353 ヤングの実験
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、光の波動性を示す代表的な現象である「ヤングの干渉実験」を扱います。特に、スリットの一方に屈折率の異なる媒質(薄膜)を挿入したときの干渉縞の変化を考察することで、光路差と干渉条件についての深い理解が問われます。
- スリット間隔: \(d\) [m]
- スリットからスクリーンまでの距離: \(l\) [m]
- スクリーン上の原点Oからの距離: \(x\) [m]
- 近似条件: \(l \gg d\), \(l \gg x\)
- 空気中のレーザー光の波長: \(\lambda\) [m]
- 空気の屈折率: \(1.0\)
- 薄膜の厚さ: \(a\) [m]
- 薄膜の屈折率: \(n\)
- (4)での具体的な値: \(\lambda = 4.0 \times 10^{-7}\) m, \(n = 1.2\), 中央明線のずれが明線間隔の2倍
- (1) スクリーン上の点Pにおける光路差
- (2) 干渉縞の明線の間隔 \(\Delta x\)
- (3) 薄膜を置いたときの中央明線のずれの方向と大きさ \(x_0\)
- (4) (3)の条件を満たす薄膜の厚さ \(a\)
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 設問(3)の別解: 任意の点Pでの光路差の一般式を立てる解法
- 模範解答が「中央明線O’での光路長が等しい」という条件から直接立式するのに対し、別解ではまず「任意の点Pでの光路差の一般式」を導出し、その光路差が0になる条件として中央明線のずれを求めます。
- 設問(3)の別解: 任意の点Pでの光路差の一般式を立てる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 一般性の獲得: 薄膜がある場合の光路差がどのように変化するのかを一般式として理解でき、中央明線だけでなく、他の次数の明線や暗線の移動についても考察する力が養われます。
- 物理的意味の明確化: 「中央明線とは光路差が0になる点である」という定義を、数式の上でより明確に確認することができます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「ヤングの干渉実験における光路差と干渉条件」です。特に、スリットの一部に薄膜を挿入した際の干渉縞の変化を正しく理解することが求められます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 光路差の近似式: スリット間隔\(d\)、スクリーンまでの距離\(l\)が、スクリーン上の座標\(x\)に比べて非常に大きい場合(\(l \gg d, l \gg x\))、光路差は \(\displaystyle\frac{dx}{l}\) と近似できます。
- 光路長: 屈折率\(n\)の媒質中を距離\(a\)だけ進む光の光路長は\(na\)となります。これは、真空中での同じ位相変化に相当する距離を表します。
- 干渉条件: 2つの光の光路差が波長の整数倍(\(m\lambda\))のとき強め合って「明線」となり、半波長の奇数倍(\((m+1/2)\lambda\))のとき弱め合って「暗線」となります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、近似式を用いて、スクリーン上の任意の点Pにおける光路差を求めます(問1)。
- 次に、明線の干渉条件を用いて、隣り合う明線の間隔を計算します(問2)。
- 薄膜を挿入したことによる光路長の変化を考慮し、新しい中央明線(光路差が0になる点)の位置がどれだけずれるかを求めます(問3)。
- 最後に、(2)と(3)で求めた結果と問題の条件を組み合わせて、薄膜の厚さ\(a\)を計算します(問4)。
問(1) スクリーン上の点Pにおける光路差
思考の道筋とポイント
スリットS₁とS₂からスクリーン上の点Pに到達する2つの光の「光路差」を求めます。問題の条件 \(l \gg d\) および \(l \gg x\) を用いて、幾何学的な経路差 \(S_2P – S_1P\) を近似計算することが鍵となります。空気中(屈折率1.0)では、経路差と光路差は等しくなります。
この設問における重要なポイント
- 経路差の近似: \(l \gg d\) のとき、S₁とS₂から点Pに向かう光はほぼ平行とみなせます。このとき、2つの光の経路差は \(d\sin\theta\) と表せます(\(\theta\)は点Pの方向角)。
- 角度の近似: \(l \gg x\) のとき、角度\(\theta\)は非常に小さいため、\(\sin\theta \approx \tan\theta\) という近似が成り立ちます。
- 光路差と経路差: 空気中なので、光路差 = 経路差となります。
具体的な解説と立式
スリットS₁、S₂からスクリーン上の点Pまでの経路をそれぞれ\(S_1P\)、\(S_2P\)とします。このときの経路差は \(S_2P – S_1P\) です。
点Pの方向を、スリットの中心から見た角度\(\theta\)で表します。
条件 \(l \gg d\) より、2つの光線は平行とみなせるため、経路差は図のように \(d\sin\theta\) と近似できます。
$$ S_2P – S_1P \approx d\sin\theta \quad \cdots ① $$
また、条件 \(l \gg x\) より、角度\(\theta\)は非常に小さいので、\(\sin\theta\) は \(\tan\theta\) で近似できます。
図より、\(\tan\theta = \displaystyle\frac{x}{l}\) なので、
$$ \sin\theta \approx \tan\theta = \frac{x}{l} \quad \cdots ② $$
空気の屈折率は1.0なので、光路差は経路差に等しくなります。①、②より、求める光路差は
$$ \text{光路差} = d\sin\theta \approx d \cdot \frac{x}{l} $$
使用した物理公式
- 光路差の近似式: \(\Delta L \approx d\sin\theta\)
- 三角関数の近似式: \(\sin\theta \approx \tan\theta\) (ただし \(\theta\) が微小)
上記の立式より、光路差は次のように計算されます。
$$ \text{光路差} = \frac{dx}{l} \text{ [m]} $$
これは、この後の設問で繰り返し使用する基本的な関係式です。
2つのスリットからスクリーン上のある一点までの「距離の差」を求めます。スクリーンがスリットから非常に遠く、スリットの間隔がとても狭いので、複雑な計算をしなくても、簡単な三角形の辺の比の関係(三角比)を使って、この距離の差を「\(d \times x \div l\)」というシンプルな形で表すことができます。
スクリーン上の点Pにおける光路差は \(\displaystyle\frac{dx}{l}\) [m] です。この式は、点Pが中心Oから離れるほど(\(x\)が大きくなるほど)、光路差も大きくなることを示しており、物理的に妥当です。
問(2) 干渉縞の明線の間隔 \(\Delta x\)
思考の道筋とポイント
(1)で求めた光路差を使い、光が強め合う「明線」の条件を考えます。明線がどの位置\(x\)に現れるかを式で表し、隣り合う明線の位置の差を計算することで、明線の間隔\(\Delta x\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 明線の条件: 2つの光の光路差が、波長\(\lambda\)の整数倍になるとき、光は同位相で重なり強め合います。すなわち、光路差 = \(m\lambda\) (ここで\(m=0, 1, 2, \dots\)は整数で、干渉の次数と呼ばれます)。
- 間隔の計算: \(m\)番目の明線の位置を\(x_m\)、その隣の\((m+1)\)番目の明線の位置を\(x_{m+1}\)として、その差 \(\Delta x = x_{m+1} – x_m\) を計算します。
具体的な解説と立式
(1)で求めた光路差 \(\displaystyle\frac{dx}{l}\) が、明線の条件を満たすとき、
$$ \frac{dx}{l} = m\lambda \quad (m = 0, 1, 2, \dots) \quad \cdots ③ $$
この式を\(x\)について解くと、\(m\)番目の明線の位置\(x_m\)がわかります。
$$ x_m = m \frac{l\lambda}{d} $$
明線の間隔\(\Delta x\)は、隣り合う明線の位置の差なので、\((m+1)\)番目の明線の位置\(x_{m+1}\)と\(m\)番目の明線の位置\(x_m\)の差として求められます。
$$ \Delta x = x_{m+1} – x_m $$
使用した物理公式
- 光路差: \(\Delta L = \displaystyle\frac{dx}{l}\)
- 干渉の明線条件: \(\Delta L = m\lambda\)
\(m\)番目と\((m+1)\)番目の明線の位置は、それぞれ
$$ x_m = m \frac{l\lambda}{d} $$
$$ x_{m+1} = (m+1) \frac{l\lambda}{d} $$
よって、明線の間隔\(\Delta x\)は、
$$
\begin{aligned}
\Delta x &= x_{m+1} – x_m \\[2.0ex]
&= (m+1) \frac{l\lambda}{d} – m \frac{l\lambda}{d} \\[2.0ex]
&= \left( (m+1) – m \right) \frac{l\lambda}{d} \\[2.0ex]
&= \frac{l\lambda}{d} \text{ [m]}
\end{aligned}
$$
明るい線が現れる場所は、(1)で求めた「距離の差」が、光の波長のちょうど1倍, 2倍, 3倍, …になる点です。この条件から、明るい線が現れる位置を計算できます。その結果、明るい線はスクリーン上に等間隔で並ぶことがわかり、その「間隔」を計算します。
明線の間隔は \(\Delta x = \displaystyle\frac{l\lambda}{d}\) [m] です。この式は、波長\(\lambda\)が長いほど、またスリット間隔\(d\)が狭いほど、干渉縞の間隔が広がることを示しており、実験結果とも一致する妥当な結論です。
問(3) 薄膜を置いたときの中央明線のずれの方向と大きさ \(x_0\)
思考の道筋とポイント
スリットS₁の前に屈折率\(n\)の薄膜を置くと、S₁を通る光は空気中を進む場合に比べて光路長が変化します。この変化により、光路差が0となる「中央明線」の位置が、もとの原点Oからずれます。新しい中央明線の位置をO’(座標\(x_0\))とし、S₁からO’への光路長とS₂からO’への光路長が等しくなる、という条件から\(x_0\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 光路長の変化: 厚さ\(a\)、屈折率\(n\)の媒質中の光路長は\(na\)です。一方、空気中(屈折率1.0)の同じ厚さ\(a\)の部分の光路長は\(1 \times a\)です。したがって、薄膜を置くことでS₁を通る光の光路長は、\(na – a = (n-1)a\)だけ長くなります。
- 中央明線の定義: 中央明線とは、2つのスリットからの光路差が0になる点です。
具体的な解説と立式
新しい中央明線の位置をO’、その座標を\(x_0\)とします。
中央明線の条件は、S₁からO’への光路長とS₂からO’への光路長が等しくなることです。
S₁からO’への光路長は、経路S₁O’のうち、厚さ\(a\)の部分が薄膜に置き換わったものと考えます。
光路長(S₁ \(\rightarrow\) O’) = (経路長 S₁O’ – \(a\)) \(\times 1.0 + na\) = S₁O’ + \((n-1)a\)
S₂からO’への光路長は、すべて空気中なので経路長S₂O’に等しいです。
光路長(S₂ \(\rightarrow\) O’) = 経路長 S₂O’
中央明線の条件より、
$$ \text{光路長(S₁ \(\rightarrow\) O’)} = \text{光路長(S₂ \(\rightarrow\) O’)} $$
$$ S_1O’ + (n-1)a = S_2O’ $$
これを変形すると、O’における経路差がわかります。
$$ S_2O’ – S_1O’ = (n-1)a \quad \cdots ④ $$
一方、(1)で求めた近似式より、座標\(x_0\)の点における経路差は \(\displaystyle\frac{dx_0}{l}\) と表せます。
$$ S_2O’ – S_1O’ = \frac{dx_0}{l} \quad \cdots ⑤ $$
④と⑤から、\(x_0\)を求める式が得られます。
使用した物理公式
- 光路長: \(L = nd\)
- 光路差の近似式: \(\Delta L = \displaystyle\frac{dx}{l}\)
- 中央明線の条件: 光路差 = 0
④式と⑤式を等しいとおきます。
$$ \frac{dx_0}{l} = (n-1)a $$
この式を\(x_0\)について解くと、
$$ x_0 = \frac{(n-1)al}{d} \text{ [m]} $$
屈折率\(n\)は1より大きいので、\((n-1) > 0\)となり、\(x_0 > 0\)です。これは、中央明線がスクリーン上向き(\(x\)の正の方向)にずれることを意味します。
S₁の前にガラス板のような薄膜を置くと、S₁を通る光は少し「足止め」を食らうような状態になります(専門的には位相が遅れます)。この遅れを取り戻すように、2つの光のスタートラインを揃えるため、中央の明るい線は、もともとS₁に近かった側、つまりスクリーン上方に移動します。その移動距離を計算します。
中央明線は、上向きに \(\displaystyle\frac{(n-1)al}{d}\) [m] ずれます。
S₁を通る光の光路長が増加したため、経路差がもともとS₁側が長くなる上方へ移動することで、全体の光路差が0になるという結果は物理的に妥当です。
思考の道筋とポイント
薄膜を置いた場合の、スクリーン上の任意の点P(座標\(x\))における光路差の一般式をまず導出します。中央明線とは、この光路差が0になる点のことです。この条件を満たす\(x\)を求めることで、ずれの大きさ\(x_0\)を計算します。
具体的な解説と立式
薄膜がない場合の点Pでの光路差は、S₂からの光がS₁からの光より長いので、\(S_2P – S_1P = \displaystyle\frac{dx}{l}\) です。
薄膜をS₁の前に置くと、S₁を通る光の光路長が \((n-1)a\) だけ増加します。
したがって、点Pにおける全体の光路差 \(\Delta L_P\) は、
$$ \Delta L_P = (S_2P – S_1P) – (\text{S₁側の光路長の増加分}) $$
$$ \Delta L_P = \frac{dx}{l} – (n-1)a \quad \cdots ⑥ $$
新しい中央明線O’(座標\(x_0\))では、この光路差が0になるので、\(\Delta L_{O’} = 0\) です。
$$ \frac{dx_0}{l} – (n-1)a = 0 $$
上の式を\(x_0\)について解くと、
$$ \frac{dx_0}{l} = (n-1)a $$
$$ x_0 = \frac{(n-1)al}{d} \text{ [m]} $$
これは主たる解法の結果と完全に一致します。
薄膜を置くと、干渉縞全体がスクリーン下方へ、距離 \((n-1)a\) に相当する分だけシフトすると考えることができます。その結果、もともと原点Oにあった中央の明るい線(光路差0の点)は、上方へ移動して新しい位置\(x_0\)に現れます。
主たる解法と同じく、上向きに \(\displaystyle\frac{(n-1)al}{d}\) [m] ずれるという結果が得られました。物理現象を一般式で捉えることで、問題の見通しが良くなる場合があります。
問(4) (3)の条件を満たす薄膜の厚さ \(a\)
思考の道筋とポイント
問題文の「(3)の位置のずれは干渉縞の間隔の2倍であった」という条件を数式で表現します。(3)で求めたずれの大きさ\(x_0\)と、(2)で求めた明線間隔\(\Delta x\)の関係式を立て、未知数である薄膜の厚さ\(a\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 問題文の条件の立式: \(x_0 = 2 \Delta x\)
- 代入と計算: (2), (3)で求めた式を代入し、\(a\)について解きます。
具体的な解説と立式
問題文の条件は、
$$ x_0 = 2 \Delta x $$
(2)で求めた \(\Delta x = \displaystyle\frac{l\lambda}{d}\) と、(3)で求めた \(x_0 = \displaystyle\frac{(n-1)al}{d}\) をこの式に代入します。
$$ \frac{(n-1)al}{d} = 2 \times \frac{l\lambda}{d} \quad \cdots ⑦ $$
使用した物理公式
- 明線間隔: \(\Delta x = \displaystyle\frac{l\lambda}{d}\)
- 中央明線のずれ: \(x_0 = \displaystyle\frac{(n-1)al}{d}\)
⑦式の両辺に \(\displaystyle\frac{d}{l}\) を掛けると、\(d\)と\(l\)が消去できます。
$$ (n-1)a = 2\lambda $$
この式を\(a\)について解きます。
$$ a = \frac{2\lambda}{n-1} $$
与えられた数値 \(\lambda = 4.0 \times 10^{-7}\) [m]、\(n = 1.2\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
a &= \frac{2 \times (4.0 \times 10^{-7})}{1.2 – 1} \\[2.0ex]
&= \frac{8.0 \times 10^{-7}}{0.2} \\[2.0ex]
&= \frac{8.0}{0.2} \times 10^{-7} \\[2.0ex]
&= 40 \times 10^{-7} \\[2.0ex]
&= 4.0 \times 10^{-6} \text{ [m]}
\end{aligned}
$$
(2)で計算した「明るい線の間隔」と、(3)で計算した「中央の線がずれた距離」を使います。問題文に「ずれた距離が、間隔のちょうど2倍だった」と書かれているので、その通りに数式を立てます。すると、薄膜の厚さ\(a\)だけが分からない方程式になるので、それを解いて答えを求めます。
薄膜の厚さは \(a = 4.0 \times 10^{-6}\) [m] です。計算過程に問題はなく、物理的に妥当な値です。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 光路差の近似式 \(\displaystyle\frac{dx}{l}\):
- 核心: ヤングの干渉実験において、スクリーンがスリットから十分に遠い(\(l \gg d, l \gg x\))という条件下では、2つのスリットからの光の経路差は \(\displaystyle\frac{dx}{l}\) という非常にシンプルな形で近似できること。これが干渉縞の位置を計算するすべての出発点となります。
- 理解のポイント: この近似は、三平方の定理を使って厳密な経路差を計算し、二項定理で近似することで導出されますが、結果として「経路差はスクリーン上の座標\(x\)に比例する」という関係を覚えておくことが重要です。
- 光路長と位相の変化:
- 核心: 光が屈折率\(n\)の媒質中を距離\(d\)進むとき、その「光学的距離」である光路長は\(nd\)となります。これは、真空中を進む光に比べて位相がどれだけ余分に変化するか(遅れるか)を表す量です。
- 理解のポイント: この問題では、S₁の前に薄膜を置くことで、S₁を通る光の光路長だけが \((n-1)a\) 増加します。この「追加の光路差」が、干渉縞全体をずらす原因となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 回折格子: 多数のスリット(回折格子)による干渉でも、基本的な光路差の考え方(\(d\sin\theta\))と干渉条件(\(d\sin\theta = m\lambda\))は全く同じです。
- 薄膜の干渉: シャボン玉や水に浮いた油膜が色づいて見える現象。この場合は、膜の表面で反射する光と裏面で反射する光の干渉を考えます。光路差の計算方法は異なりますが、「光路長」と「位相の変化(固定端反射)」を考慮する点で本質は同じです。
- ニュートンリング: 平面ガラスの上に凸レンズを置いたときに見える同心円状の干渉縞。レンズとガラスの間の空気層の厚さが場所によって変わるため、干渉条件が変化します。これも光路差の応用問題です。
- 初見の問題での着眼点:
- 近似条件の確認: まず問題文で「\(l \gg d\)」のような近似が使えるかを確認します。これが使えるなら、光路差の計算は \(\displaystyle\frac{dx}{l}\) で済みます。
- 光路が変化する要因の特定: この問題では「薄膜の挿入」が光路を変化させる要因でした。他の問題では「光源をずらす」「装置全体を水に沈める」などのパターンがあります。どの部分の光路長がどう変化するのかを正確に把握することが第一歩です。
- 「中央明線」の定義を思い出す: 中央明線とは「光路差が0になる点」です。この定義に立ち返れば、どんな複雑な状況でも、立式の方針がぶれることはありません。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 経路差と光路差の混同:
- 誤解: 薄膜を置いた後も、幾何学的な経路差 \(S_2P – S_1P\) だけで干渉条件を考えてしまう。
- 対策: 「干渉は位相で決まる」と常に意識すること。媒質が異なれば、同じ距離でも位相の変化量が異なります。そのため、必ず「光路長(= 屈折率 × 経路長)」で比較する習慣をつけましょう。
- 光路長の変化分の符号ミス:
- 誤解: 薄膜を置いたことで光路長が \((n-1)a\) 変化することを、全体の光路差の式に足すのか引くのかで混乱する。
- 対策: (別解で示したように)全体の光路差を一つの式で立てるのが有効です。例えば「(S₂からの光路長) – (S₁からの光路長)」と決めたら、S₁側の光路長は \(S_1P + (n-1)a\) となるので、全体の光路差は \((S_2P) – (S_1P + (n-1)a) = \frac{dx}{l} – (n-1)a\) となり、符号ミスが防げます。
- ずれの方向の間違い:
- 誤解: S₁側に薄膜を置いたのに、中央明線が下(S₂側)にずれると考えてしまう。
- 対策: 「光は遅れた分を取り戻そうとする」とイメージしましょう。S₁の光が薄膜で遅れるので、幾何学的な距離が短い側(スクリーン上方)へ移動することで、S₂の光と同時にゴール(位相が揃う)できるようになります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 波面の移動イメージ: スリットS₁とS₂から同位相で出た波の「波面」がスクリーンに向かって進む様子をイメージします。S₁の前に薄膜があると、S₁から出た波面だけが進むのが遅くなります。その結果、スクリーンに到達する頃には、S₁側の波面がS₂側の波面より遅れた状態になります。この「波面のズレ」を補正するために、干渉縞全体がスクリーン上方に移動する、と捉えることができます。
- 光路差のグラフ化: 横軸にスクリーン上の位置\(x\)、縦軸に光路差をとったグラフを考えます。薄膜がない場合、光路差は \(\frac{dx}{l}\) なので、原点を通る直線になります。薄膜をS₁側に置くと、光路差は \(\frac{dx}{l} – (n-1)a\) となり、グラフ全体が縦軸の負の方向に \((n-1)a\) だけ平行移動します。このグラフが横軸と交わる点(光路差=0)が新しい中央明線の位置\(x_0\)であり、グラフからずれの方向と大きさが一目瞭然となります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 光路差の作図: \(l \gg d\) の近似を使う場合、S₁からS₂Pに垂線を下ろし、その足までの距離が経路差 \(d\sin\theta\) になるという標準的な作図を正確に描けるようにしましょう。
- 薄膜の影響の図示: 薄膜がある場合、S₁から出る光の波長が短くなる(\(\lambda’ = \lambda/n\))かのように図示すると、位相の遅れを視覚的に理解しやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 光路差の近似式 \(\Delta L \approx \displaystyle\frac{dx}{l}\):
- 選定理由: ヤングの実験のように、スクリーンが遠いという典型的な設定における経路差を、複雑な平方根の計算なしに求めるための、最も強力で基本的な公式だからです。
- 適用根拠: \(l \gg d, l \gg x\) という条件が問題文で与えられている(または読み取れる)ため、この近似は十分な精度を持ちます。この条件がない場合は、三平方の定理で厳密に計算する必要があります。
- 光路長 \(L = nd\):
- 選定理由: 異なる媒質中の光の進みを、真空中の進みと等価な「ものさし」で比較するための、普遍的な概念だからです。干渉は位相の揃い具合で決まるため、幾何学的な距離ではなく、位相の変化量を表す光路長で考えなければなりません。
- 適用根拠: 光の位相が、媒質中では屈折率\(n\)に比例して速く変化するという実験事実に基づいています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 基本の光路差:
- 戦略: 近似公式を適用する。
- フロー: ①経路差 \(\approx d\sin\theta\) → ②\(\sin\theta \approx \tan\theta = x/l\) → ③光路差 = 経路差 = \(\displaystyle\frac{dx}{l}\)。
- (2) 明線間隔:
- 戦略: 明線条件を立て、隣り合う次数の差をとる。
- フロー: ①光路差 = \(m\lambda\) として \(x_m\) を求める → ②\(x_{m+1}\) を求める → ③\(\Delta x = x_{m+1} – x_m\) を計算。
- (3) 中央明線のずれ:
- 戦略: 「新しい中央明線では、S₁からとS₂からの光路長が等しい」という定義から立式する。
- フロー: ①S₁側の光路長を「経路長 + 薄膜による増加分」で表す → ②S₂側の光路長と等しいとおく → ③式を整理すると「経路差 = 薄膜による増加分」という関係が導かれる → ④経路差に近似式を代入して\(x_0\)を解く。
- (4) 厚さの計算:
- 戦略: 問題文の条件を素直に数式にする。
- フロー: ①\(x_0 = 2\Delta x\) と立式 → ②(2)と(3)の結果を代入 → ③\(a\)について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま進める: (4)の計算のように、途中で数値を代入すると計算が煩雑になります。まずは \(x_0 = 2\Delta x\) のように文字式のまま関係を整理し、\((n-1)a = 2\lambda\) というシンプルな関係式を導いてから、最後に数値を代入しましょう。これにより、計算の見通しが良くなり、ミスが減ります。
- 単位の確認: 最終的な答えの単位が[m]になっているかを確認する癖をつけましょう。
- 分数の計算: (4)の最後の計算 \(\displaystyle\frac{8.0 \times 10^{-7}}{0.2}\) では、分母を \(2 \times 10^{-1}\) と考えて、\(\displaystyle\frac{8.0}{2} \times \frac{10^{-7}}{10^{-1}} = 4.0 \times 10^{-6}\) のように、指数部分と係数部分を分けて計算すると確実です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (3) ずれの方向: S₁側に薄膜(屈折率\(n>1\))を置くと、S₁の光の位相が遅れます。これを補償するには、幾何学的な経路が短いS₁側に中央明線がずれる必要があります。スクリーン上方(\(x>0\))にずれるという結果は妥当です。
- (3) ずれの大きさ: ずれの大きさ \(x_0 = \displaystyle\frac{(n-1)al}{d}\) は、薄膜の厚さ\(a\)や屈折率\(n\)が大きいほど大きくなることを示しています。これは、光の遅れが大きいほど、より大きくずれて補償する必要があるという直観に合致します。
- (4) 厚さa: 計算結果が極端に大きい、または小さい値になっていないかを確認します。\(10^{-6}\) m = 1 \(\mu\)m オーダーは、光の波長(サブミクロン)に対して物理的に妥当な厚さです。
- 別解との比較:
- (3)の主たる解法(中央明線の定義から直接求める)と別解(一般式を立ててから求める)は、アプローチが異なりますが、同じ結果に至りました。これは、どちらの考え方も正しく、計算も正確であることを裏付けています。問題に応じて、より考えやすい方のアプローチを選択できると理想的です。
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354 回折格子
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、多数のスリットからなる「回折格子」による光の干渉を扱います。特に、光が回折格子に斜めに入射する場合の干渉条件を正しく立式できるかが問われます。ヤングの実験との違いは、スリットの数が多いことと、スクリーンではなく角度で干渉を考える点ですが、光路差を計算する基本的な考え方は共通しています。
- 回折格子の格子定数(スリット間隔): \(d\)
- 平面波の波長: \(\lambda\)
- 入射光の方向(法線とのなす角): \(\theta_0\)
- 明線の方向(法線とのなす角): \(\theta\)
- (4)での具体的な値: \(\theta_0 = 30^\circ\), \(\lambda = 0.4d\)
- (1) 垂直入射(\(\theta_0=0\))のときの明線の条件式
- (2) 斜め入射(\(\theta_0\))のときの明線の条件式
- (3) (2)における\(m=0\)の明線と入射光のなす角
- (4) 具体的な条件下での明線の様子
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「回折格子における光の干渉」です。特に、光が斜めに入射する場合の光路差の扱いが最大のポイントです。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 波面: 位相が等しい点を連ねた面のこと。波面上のどの点においても、波の位相は同じです。
- 光路差: 2つの光が、ある波面から次の波面まで進む経路の差。この問題では、入射前の波面と回折後の波面を考えることで、光路差を幾何学的に求めます。
- 干渉条件: 隣り合うスリットを通過する光の光路差が、波長の整数倍(\(m\lambda\))になるとき、すべての光が強め合って明線ができます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、最も基本的な垂直入射の場合について、回折後の光路差を考え、明線の条件式を立てます(問1)。
- 次に、光が斜めに入射する場合を考えます。このとき、回折格子に到達する前の「入射前の光路差」と、回折格子を通過した後の「回折後の光路差」の両方を考慮して、全体の光路差を求め、明線の条件式を立てます(問2)。
- (2)で立てた一般式に、特定の条件(\(m=0\))を代入して、その物理的な意味を考察します(問3)。
- 最後に、具体的な数値を代入し、明線がどの角度に何本現れるかを計算し、最も適した図を選びます(問4)。