今回の問題
dynamics#43【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「動摩擦力がする仕事とエネルギーの関係」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 仕事と運動エネルギーの関係(エネルギー原理): 物体がされた仕事の総量は、その物体の運動エネルギーの変化量に等しい (\(W = \Delta K\))。
- 動摩擦力: 物体がすべっているときに、その運動を妨げる向きにはたらく力。大きさは \(f’ = \mu’N\) で与えられます(\(\mu’\)は動摩擦係数、\(N\)は垂直抗力)。
- 仕事の定義: 力\(F\)が物体にした仕事は \(W = Fx\cos\theta\) で与えられます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、2つのアプローチが考えられます。一つは仕事と運動エネルギーの関係を利用する方法、もう一つは仕事の定義式から直接計算する方法です。
- (2)では、(1)で求めた2つの仕事の表現を結びつけることで、距離\(x\)を速さ\(v\)で表す式を導きます。
問(1)
思考の道筋とポイント
摩擦力が自動車にした仕事\(W\)を求めます。この問題を解くには「仕事と運動エネルギーの関係」を利用するのが最も簡単で見通しが良いです。自動車は最初、速さ\(v\)で運動していたので運動エネルギーを持っていましたが、最終的に停止したので運動エネルギーは\(0\)になりました。この運動エネルギーの変化量(失われた運動エネルギー)が、摩擦力がした仕事に等しくなります。
この設問における重要なポイント
- 仕事と運動エネルギーの関係 \(W = \Delta K = K_{\text{後}} – K_{\text{前}}\) を適用する。
- 運動エネルギーの公式は \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)。
- 摩擦力は運動を妨げる力なので、その仕事は負の値になる。
具体的な解説と立式
仕事と運動エネルギーの関係式は、
$$ W = K_{\text{後}} – K_{\text{前}} \quad \cdots ① $$
です。ここで、\(W\)は物体にはたらくすべての力がした仕事の合計(この場合は摩擦力のみが仕事をする)です。
自動車の運動エネルギーを考えます。
- すべり始める直前の運動エネルギー(前): \(K_{\text{前}} = \displaystyle\frac{1}{2}Mv^2\)
- 停止した後の運動エネルギー(後): \(K_{\text{後}} = \displaystyle\frac{1}{2}M(0)^2 = 0\)
これらの値を式①に代入することで、摩擦力がした仕事\(W\)が求まります。
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(W = \Delta K\)
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
式①に\(K_{\text{前}}\)と\(K_{\text{後}}\)を代入します。
$$
\begin{aligned}
W &= 0 – \frac{1}{2}Mv^2 \\[2.0ex]&= -\frac{1}{2}Mv^2
\end{aligned}
$$
自動車が持っていた運動エネルギー(走る勢い)は、ブレーキによってすべて摩擦の仕事に変わって消えてしまいました。したがって、摩擦がした仕事の量は、自動車が最初に持っていた運動エネルギーの量と等しくなります。ただし、摩擦は運動を邪魔する力なので、物理学では「負の仕事をした」と考えます。そのため、答えにはマイナスがつきます。
摩擦力が自動車にした仕事\(W\)は \(-\frac{1}{2}Mv^2\) です。仕事が負の値になるのは、摩擦力が自動車の運動を妨げる向きにはたらき、エネルギーを奪ったことを意味しており、物理的に妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
仕事の定義式 \(W = (\text{力}) \times (\text{距離})\) を使って直接仕事\(W\)を計算します。
まず、自動車にはたらく動摩擦力の大きさを求めます。水平な路上なので、垂直抗力\(N\)の大きさは重力\(Mg\)と等しくなります。したがって、動摩擦力\(f’\)の大きさは \(\mu’N = \mu’Mg\) となります。
この動摩擦力が、運動と逆向きに距離\(x\)だけはたらいたので、その仕事は \(-f’x = -\mu’Mgx\) と表せます。
この設問における重要なポイント
- 動摩擦力の公式 \(f’ = \mu’N\) を使う。
- 水平な路面では、垂直抗力\(N\)と重力\(Mg\)がつり合っている。
- 仕事の定義 \(W = (\text{力}) \times (\text{距離})\) を適用する。
具体的な解説と立式
まず、自動車にはたらく動摩擦力\(f’\)の大きさを求めます。
鉛直方向の力のつり合いより、垂直抗力\(N\)は重力\(Mg\)と等しくなります。
$$ N = Mg $$
したがって、動摩擦力\(f’\)の大きさは、
$$ f’ = \mu’N = \mu’Mg $$
次に、この動摩擦力がした仕事を、仕事の定義から求めます。
動摩擦力は運動の向きと逆向き(なす角\(180^\circ\))にはたらくので、その仕事\(W\)は、
$$ W = f’ \cdot x \cdot \cos 180^\circ = -f’x $$
これに\(f’ = \mu’Mg\)を代入すると、
$$ W = -\mu’Mgx $$
- 動摩擦力: \(f’ = \mu’N\)
- 仕事の定義: \(W = Fx\cos\theta\)
立式した式がそのまま答えとなります。
摩擦がした仕事は、「摩擦力の大きさ」と「すべった距離」の掛け算で計算できます。摩擦力の大きさは \(\mu’Mg\) です。摩擦は運動を邪魔する力なので、仕事はマイナスになります。したがって、摩擦がした仕事は \(-\mu’Mgx\) となります。
摩擦力が自動車にした仕事\(W\)は \(-\mu’Mgx\) です。この表現も、仕事の定義に忠実な正しい答えです。メインの解法で得られた \(-\frac{1}{2}Mv^2\) とは見た目が異なりますが、どちらも同じ仕事\(W\)を表しています。
問(2)
思考の道筋とポイント
すべった距離\(x\)を求めます。(1)で、摩擦力がした仕事\(W\)について2通りの表現が得られました。
- エネルギーの変化から: \(W = -\frac{1}{2}Mv^2\)
- 仕事の定義から: \(W = -\mu’Mgx\)
これらはどちらも同じ仕事\(W\)を表しているので、等しいとおくことができます。この等式を立てることで、距離\(x\)を速さ\(v\)や他の物理量で表すことができます。
この設問における重要なポイント
- (1)で得られた2つの仕事の表現が等しいことを利用する。
- \(-\frac{1}{2}Mv^2 = -\mu’Mgx\) というエネルギーに関する等式を立てる。
具体的な解説と立式
(1)の結果より、摩擦力がした仕事\(W\)は、
$$ W = -\frac{1}{2}Mv^2 $$
であり、同時に
$$ W = -\mu’Mgx $$
でもある。
したがって、これら2つの式は等しいので、
$$ -\frac{1}{2}Mv^2 = -\mu’Mgx \quad \cdots ④ $$
この方程式を\(x\)について解きます。
- 仕事と運動エネルギーの関係
- 仕事の定義
式④の両辺を整理します。
$$
\begin{aligned}
-\frac{1}{2}Mv^2 &= -\mu’Mgx \\[2.0ex]\frac{1}{2}Mv^2 &= \mu’Mgx
\end{aligned}
$$
両辺の\(M\)を消去し、\(\mu’g\)で割ると、
$$ x = \frac{v^2}{2\mu’g} $$
(1)で計算した「失われた運動エネルギーの量」と「摩擦がした仕事の量」は、原因と結果の関係にあり、その量は等しくなります。この関係を数式にして(イコールで結んで)、距離\(x\)について解くと、答えが求まります。
すべった距離\(x\)は \(\frac{v^2}{2\mu’g}\) です。この式から、速さ\(v\)が2倍になると制動距離は4倍になることや、摩擦係数\(\mu’\)が大きい(滑りにくい)路面ほど制動距離が短くなることがわかります。これは日常的な感覚とも一致しており、妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
エネルギーを使わずに、力と加速度から直接計算する方法です。
まず、自動車の加速度を運動方程式から求めます。自動車にはたらく水平方向の力は動摩擦力のみです。
次に、求めた加速度と、初速度\(v\)、終速度\(0\)を使って、時間を含まない等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) から距離\(x\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 運動方程式 \(ma=F\) を立てて加速度を求める。
- 等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を適用する。
具体的な解説と立式
自動車の進行方向を正とします。自動車にはたらく力は、進行方向と逆向きの動摩擦力 \(f’ = \mu’Mg\) のみです。
運動方程式 \(Ma=F\) を立てると、
$$ Ma = -f’ = -\mu’Mg $$
ここから加速度\(a\)が求まります。
$$ a = -\mu’g $$
次に、等加速度直線運動の公式 \(v_{\text{後}}^2 – v_{\text{前}}^2 = 2ax\) を用います。
- 初速度: \(v_{\text{前}} = v\)
- 終速度: \(v_{\text{後}} = 0\)
- 加速度: \(a = -\mu’g\)
- 距離: \(x\)
これらの値を代入します。
$$ 0^2 – v^2 = 2(-\mu’g)x $$
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 等加速度直線運動の式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
立式した方程式を\(x\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
-v^2 &= -2\mu’gx \\[2.0ex]v^2 &= 2\mu’gx
\end{aligned}
$$
したがって、
$$ x = \frac{v^2}{2\mu’g} $$
となり、メインの解法と同じ結果が得られます。
まず、摩擦力によって自動車にどれくらいの「逆向きの加速度(ブレーキのかかり具合)」が生じるかを計算します。次に、その加速度で、速さ\(v\)の自動車が止まるまでにどれくらいの距離が必要かを、等加速度直線運動の公式を使って計算します。
メインの解法と同じく、\(x = \frac{v^2}{2\mu’g}\) という結果が得られました。仕事とエネルギーの関係を使った解法は、途中の加速度を計算する必要がないため、より少ないステップで答えにたどり着けます。どちらの方法でも解けるようにしておくと、問題に応じて最適なアプローチを選択できます。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 仕事と運動エネルギーの関係(エネルギー原理):
- 核心: この問題の本質は、「物体の運動エネルギーの変化は、その間にはたらいた力がした仕事に等しい」というエネルギー原理を、具体的な物理現象(摩擦による減速)に適用できるかどうかにあります。特に、動摩擦力のような「非保存力」がした仕事が、力学的エネルギー(この場合は運動エネルギー)をいかに変化させるかを理解することが最も重要です。
- 理解のポイント: (1)と(2)は独立した問いに見えますが、実は「エネルギーの変化((1)の答え)」と「仕事の定義((2)の計算過程)」を結びつけることで解ける、一連の問題です。この2つの設問を通じて、エネルギー原理という一つの法則を多角的に見ることができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 斜面を滑り上がる/下る運動: 斜面上の運動では、動摩擦力に加えて重力の斜面成分も仕事をするため、仕事とエネルギーの関係式は「(重力がした仕事)+(摩擦力がした仕事)=(運動エネルギーの変化)」となります。
- ばねと摩擦: 摩擦のある水平面上でばねに繋がれた物体が振動する場合、摩擦力が仕事をして力学的エネルギー(運動エネルギー+弾性エネルギー)が減少していく「減衰振動」の問題に応用されます。
- 空気抵抗がある落下運動: 空気抵抗(速さに依存する力)を受けながら物体が落下し、やがて終端速度に達する問題も、エネルギーの観点から考えることができます。「(重力がした仕事)+(空気抵抗がした仕事)=(運動エネルギーの変化)」が成り立ちます。
- 初見の問題での着眼点:
- エネルギーが保存するかどうかを見極める: まず、問題に摩擦力や空気抵抗、人が加える力などの「非保存力」が登場するかを確認します。もし登場すれば、力学的エネルギーは保存しません。
- 最初と最後の状態を明確にする: エネルギーを考える上で最も重要なのは、変化の「前」と「後」の状態を正確に把握することです。それぞれの状態での速さ(運動エネルギー)や高さ(位置エネルギー)を整理します。
- 仕事とエネルギーの関係式を立てる: 「(非保存力がした仕事)=(力学的エネルギーの変化)」という万能の式を立てることを考えます。この問題では位置エネルギーの変化がないので、式が「(摩擦力がした仕事)=(運動エネルギーの変化)」と単純化されます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 摩擦力がした仕事の符号ミス:
- 誤解: (1)で、摩擦力がした仕事を正の値 \(\frac{1}{2}Mv^2\) と答えてしまう。
- 対策: 摩擦力は常に運動を「妨げる」向きにはたらくことを思い出しましょう。運動を妨げる力がする仕事は、必ず負になります。これは、物体からエネルギーを「奪う」仕事だからです。
- 垂直抗力\(N\)を常に\(Mg\)と勘違いする:
- 誤解: 斜面上の問題や、鉛直方向に別の力がはたらいている場合でも、垂直抗力を\(Mg\)としてしまう。
- 対策: 垂直抗力は「面が物体を押す力」であり、常に重力と等しいわけではありません。必ず、面に垂直な方向の力のつり合いを考えて、その場その場で\(N\)の大きさを決定する癖をつけましょう。
- エネルギー原理と運動方程式の混同:
- 誤解: エネルギーはスカラー(向きがない量)、力や加速度はベクトル(向きがある量)であることを忘れ、式をごちゃ混ぜにしてしまう。
- 対策: 「エネルギーの式には向き(\(\pm\))は速度の二乗でしか現れない」「運動方程式はベクトルの式なので、軸を設定して力の向き(\(\pm\))を厳密に扱う」という根本的な違いを意識して、2つのアプローチを明確に区別しましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 仕事と運動エネルギーの関係 (\(W = \Delta K\)):
- 選定理由: (1)では、摩擦力がした「仕事」と、速度の変化(運動エネルギーの変化)が直接関係しています。この関係を最もシンプルに結びつけるのがエネルギー原理です。距離\(x\)や摩擦係数\(\mu’\)が具体的に分からなくても、最初と最後の速度さえ分かれば仕事が計算できるという強力な利点があります。
- 適用根拠: この関係式は、運動方程式 \(ma=F\) を積分することによって導出される、より高次の物理法則です。力と加速度という「瞬間」の関係だけでなく、ある区間における「力積と運動量」や「仕事とエネルギー」といった累積的な効果を記述する上で非常に重要です。
- 動摩擦力の公式 (\(f’ = \mu’N\)) と仕事の定義 (\(W=-f’x\)):
- 選定理由: (2)では、具体的な「距離\(x\)」を求める必要があります。エネルギー原理だけでは、仕事\(W\)という全体の量は分かっても、その内訳である「力」と「距離」は分かりません。そこで、仕事\(W\)をその定義である「力 \(\times\) 距離」の形に分解し、(1)の結果と結びつけることで、未知の距離\(x\)を求めることができます。
- 適用根拠: 動摩擦力の公式は実験則ですが、摩擦現象をモデル化する上で基本となります。仕事の定義は、エネルギー原理を具体的な計算に落とし込むための橋渡し役となります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題はすべて文字式なので、分数の計算や移項を丁寧に行いましょう。特に、両辺で同じ文字(\(M\)など)を消去する際は、消し忘れがないか確認します。
- 2つのアプローチで検算する: (2)をエネルギー原理から解いた後、別解である運動方程式からのアプローチでも計算してみることで、答えの確実性を高めることができます。異なる道筋で同じ結論にたどり着くことを確認するのは、物理の最も強力な検算方法です。
- 単位次元の確認: 最終的に得られた距離の式 \(x = \displaystyle\frac{v^2}{2\mu’g}\) の単位が、本当に長さの単位[\(\text{m}\)]になっているかを確認します。\((\text{m/s})^2 / (\text{m/s}^2) = (\text{m}^2/\text{s}^2) / (\text{m/s}^2) = \text{m}\) となり、単位が合っていることが分かります(\(\mu’\)は無次元)。
- 極端な場合を考える: \(v=0\)なら\(x=0\)、\(g\)が非常に大きい(重力が強い)なら\(x\)は小さくなる、など、物理的にありえそうな状況を代入してみて、式が妥当な振る舞いをするか確認するのも有効なテクニックです。
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