発展例題
発展例題12 ばねと力学的エネルギー保存の法則
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 設問(1), (2)の別解: 単振動の性質を利用する解法
- 模範解答が力学的エネルギー保存則を用いて各設問を独立に解くのに対し、別解ではこの運動が「単振動」であることに着目し、その性質(振動の中心、振幅)から(1)と(2)の答えを統一的に導き出します。
- 設問(1), (2)の別解: 単振動の性質を利用する解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的本質の深化: 力学的エネルギー保存則と単振動という、異なる物理概念の間の深いつながりを理解できます。
- 思考の柔軟性向上: 「速さが最大となる点」をエネルギーの式から数学的に求める方法と、「力のつりあいの点」として物理的に捉える方法の両方を学ぶことで、問題解決のアプローチが広がります。
- 解法の選択肢拡大: 振動問題を見たときに、エネルギーだけでなく運動方程式や単振動の性質からも解けるという視点を持つことができ、複雑な問題への対応力が高まります。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「鉛直ばね振り子における力学的エネルギー保存」です。重力と弾性力の両方が関わる状況でのエネルギーのやり取りを正確に追跡することが求められます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力学的エネルギー保存の法則: 物体に働く非保存力(この問題では手をはなすまでの手の力など)が仕事をしない区間では、運動エネルギーと位置エネルギー(重力および弾性力)の和は一定に保たれます。
- エネルギーの基準点設定: 位置エネルギー(重力・弾性力)を考える際は、どこを基準(高さ\(0\)、自然長)とするかを最初に明確に決めることが重要です。
- 最下点の運動学的条件: 物体が振動の最下点に達した瞬間、その速さは一瞬 \(0\) になります。
- 速さ最大点の物理的条件: 物体の速さが最大になるのは、運動エネルギーが最大になるときであり、これは物体に働く合力が \(0\) になる、すなわち力がつりあう位置です。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、物体の運動の始点(手をはなした位置)と終点(最下点)の2つの状態で力学的エネルギー保存の法則を立式します。最下点では速さが \(0\) になることを利用して、はじめの高さからの距離 \(x_0\) を求めます。
- (2)では、運動の始点と、速さが最大となる任意の位置との間で力学的エネルギー保存の法則を立式します。得られた速さ \(v\) の式が、どのような条件で最大値をとるかを考え、そのときの位置を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
物体が手を離れてから最下点に達するまでの運動を考えます。この間、物体に働く力は保存力である重力と弾性力のみです。したがって、系全体の力学的エネルギーは保存されます。はじめの状態(手を離した瞬間)と、最下点に達した状態とで、力学的エネルギーが等しいという式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 力学的エネルギーの内訳は、(1)重力による位置エネルギー、(2)弾性力による位置エネルギー、(3)運動エネルギーの3つ。
- エネルギーの基準点を明確にする。ここでは、はじめの物体の位置(ばねが自然長)を重力による位置エネルギーの基準(高さ\(0\))とし、このときのばねの長さを弾性力による位置エネルギーの基準(自然長、伸び\(0\))とする。
- はじめの状態: 速さ \(v=0\)。
- 最下点: 速さ \(v=0\)。
具体的な解説と立式
はじめの物体の位置を基準点とします。
- 重力による位置エネルギーの基準: はじめの高さ
- 弾性力による位置エネルギーの基準: ばねの自然長
はじめの状態(図(b))と最下点(図(c))での力学的エネルギーをそれぞれ考えます。
- はじめの力学的エネルギー \(E_{\text{初}}\):
- 物体は基準の高さにあるので、重力による位置エネルギーは \(U_g = 0\)。
- ばねは自然長なので、弾性力による位置エネルギーは \(U_s = 0\)。
- 物体は静かに放されるので、運動エネルギーは \(K = 0\)。
- よって、\(E_{\text{初}} = 0 + 0 + 0 = 0\)。
- 最下点での力学的エネルギー \(E_{\text{後}}\):
- 物体は基準から \(x_0\) だけ下がっているので、重力による位置エネルギーは \(U_g = -mgx_0\)。
- ばねは \(x_0\) だけ縮んでいるので、弾性力による位置エネルギーは \(U_s = \frac{1}{2}kx_0^2\)。
- 最下点では一瞬静止するので、運動エネルギーは \(K = 0\)。
- よって、\(E_{\text{後}} = -mgx_0 + \frac{1}{2}kx_0^2 + 0\)。
力学的エネルギー保存則 \(E_{\text{初}} = E_{\text{後}}\) より、
$$ 0 = -mgx_0 + \frac{1}{2}kx_0^2 $$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則: \(K+U_g+U_s = \text{一定}\)
- 重力による位置エネルギー: \(U_g = mgh\)
- 弾性力による位置エネルギー: \(U_s = \frac{1}{2}kx^2\)
- 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
上記で立てた式を \(x_0\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}kx_0^2 – mgx_0 &= 0 \\[2.0ex]
\left(\frac{1}{2}kx_0 – mg\right)x_0 &= 0
\end{aligned}
$$
この方程式の解は、
$$ x_0 = 0 \quad \text{または} \quad \frac{1}{2}kx_0 – mg = 0 $$
したがって、
$$ x_0 = 0, \quad \frac{2mg}{k} $$
\(x_0=0\) は、物体がまだ動き出していない、はじめの位置を表します。求めるのは振動の最下点なので、\(x_0 > 0\) です。
よって、求める距離は \(x_0 = \displaystyle\frac{2mg}{k}\) となります。
物体が一番下まで落ちる間に、失った「高さのエネルギー(位置エネルギー)」が、すべてばねを縮めるための「ばねのエネルギー(弾性エネルギー)」に変わった、と考えます。はじめの位置と一番下の位置では、どちらも速さがゼロなので、運動エネルギーは考えなくてOKです。「失った高さのエネルギー = 得たばねのエネルギー」というエネルギーの収支計算をすることで、どれだけ縮んだかを計算できます。
最下点までの距離は \(x_0 = \displaystyle\frac{2mg}{k}\) と求まりました。
この値は、力のつりあいの位置(\(x = \displaystyle\frac{mg}{k}\))のちょうど2倍の距離になっています。これは、物体が自然長の位置から運動を始め、つりあいの位置を振動の中心として単振動することを示唆しており、物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
物体の速さが最大になる点を考えます。力学的エネルギーが保存される系では、運動エネルギーが最大になるとき、位置エネルギー(重力と弾性力の合計)が最小になります。
(1)と同様に、はじめの状態と、距離 \(x\) だけ下がって速さが \(v\) になった状態とで力学的エネルギー保存則を立てます。そして、運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) が最大となる \(x\) の条件を求めます。
この設問における重要なポイント
- 運動エネルギーが最大 ⇔ 速さが最大。
- 力学的エネルギー \(E = K + U_g + U_s\) は一定。
- \(K\) が最大になるのは、ポテンシャルエネルギーの和 \(U = U_g + U_s\) が最小になるとき。
具体的な解説と立式
はじめの状態(図(b))と、はじめの高さから距離 \(x\) だけ下がり、速さが \(v\) となった任意の状態との間で、力学的エネルギー保存則を立てます。基準点は(1)と同じです。
- はじめの力学的エネルギー \(E_{\text{初}}\): \(E_{\text{初}} = 0\)
- 距離 \(x\) 下がった点の力学的エネルギー \(E(x)\):
- 重力による位置エネルギー: \(U_g = -mgx\)
- 弾性力による位置エネルギー: \(U_s = \frac{1}{2}kx^2\)
- 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
- よって、\(E(x) = -mgx + \frac{1}{2}kx^2 + \frac{1}{2}mv^2\)
力学的エネルギー保存則 \(E_{\text{初}} = E(x)\) より、
$$ 0 = -mgx + \frac{1}{2}kx^2 + \frac{1}{2}mv^2 $$
この式を運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) について整理します。
$$ \frac{1}{2}mv^2 = mgx – \frac{1}{2}kx^2 $$
速さ \(v\) が最大になるのは、右辺の \(x\) の2次関数が最大値をとるときです。
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則: \(K+U_g+U_s = \text{一定}\)
右辺を \(f(x) = mgx – \frac{1}{2}kx^2\) とおき、この関数の最大値を求めます。
2次関数を平方完成します。
$$
\begin{aligned}
f(x) &= -\frac{1}{2}k \left( x^2 – \frac{2mg}{k}x \right) \\[2.0ex]
&= -\frac{1}{2}k \left\{ \left( x – \frac{mg}{k} \right)^2 – \left( \frac{mg}{k} \right)^2 \right\} \\[2.0ex]
&= -\frac{1}{2}k \left( x – \frac{mg}{k} \right)^2 + \frac{1}{2}k \frac{m^2g^2}{k^2} \\[2.0ex]
&= -\frac{1}{2}k \left( x – \frac{mg}{k} \right)^2 + \frac{m^2g^2}{2k}
\end{aligned}
$$
この式から、\(f(x)\) は \(x = \displaystyle\frac{mg}{k}\) のときに最大値をとることがわかります。
したがって、物体の速さが最大になるのは、はじめの高さから \(x = \displaystyle\frac{mg}{k}\) だけ下がったところです。
物体が落ちていくとき、はじめは重力がばねの力より大きいので、物体はどんどん加速します。しかし、落ちるにつれてばねが縮み、ばねが押し返す力(弾性力)が強くなっていきます。やがて、下向きの重力と、上向きのばねの力がちょうど釣り合う点に達します。この「力のつりあい点」が、一番スピードが乗っている場所です。この点を過ぎると、今度はばねの力の方が重力より強くなるので、物体はブレーキがかかり始め、減速していきます。
速さが最大になる位置は \(x = \displaystyle\frac{mg}{k}\) と求まりました。
この位置は、物体に働く重力 \(mg\) と弾性力 \(kx\) がつりあう位置(\(mg=kx\))です。加速度が \(0\) になる点であり、物理的に速さが最大になる点として妥当です。また、(1)で求めた最下点 \(x_0 = \displaystyle\frac{2mg}{k}\) のちょうど半分の位置であり、振動の中心に対応しています。
思考の道筋とポイント
この物体の運動は、重力と弾性力が働く鉛直ばね振り子であり、単振動の一種です。単振動の性質を理解していれば、エネルギー計算をせずとも答えを導き出すことができます。まず振動の中心を求め、そこから振幅と最下点を特定します。
この設問における重要なポイント
- 鉛直ばね振り子の振動の中心は、重力と弾性力がつりあう位置である。
- 速さが最大になるのは、振動の中心である。
- 物体は振動の中心を挟んで、同じ距離だけ行ったり来たりする。その最大距離が振幅である。
具体的な解説と立式
1. 振動の中心を求める
振動の中心とは、物体に働く合力が \(0\) になる、すなわち力がつりあう位置です。
はじめの高さから \(x_c\) だけ下がった位置で力がつりあうとします。
このとき、物体に働く力は、
- 重力: \(mg\)(下向き)
- 弾性力: \(kx_c\)(上向き)
力のつりあいの式は、(上向きの力の和)=(下向きの力の和)より、
$$ kx_c = mg $$
よって、振動の中心は \(x_c = \displaystyle\frac{mg}{k}\) の位置です。
2. 設問(2)の答えを求める
単振動において、物体の速さが最大になるのは振動の中心を通過するときです。
したがって、速さが最大になるのは、はじめの高さから \(x = x_c = \displaystyle\frac{mg}{k}\) だけ下がったところです。
3. 設問(1)の答えを求める
物体は、はじめの位置(\(x=0\)、ばねは自然長)で静かに放されました。ここが振動の上端となります。
単振動の振幅 \(A\) は、振動の中心から振動の端までの距離です。
$$
\begin{aligned}
A &= (\text{振動の中心}) – (\text{上端の位置}) \\[2.0ex]
&= \frac{mg}{k} – 0 \\[2.0ex]
&= \frac{mg}{k}
\end{aligned}
$$
最下点 \(x_0\) は、振動の中心から振幅だけ下にいった位置です。
$$ x_0 = (\text{振動の中心}) + (\text{振幅}) $$
$$ x_0 = x_c + A $$
使用した物理公式
- 力のつりあい: \(F_{\text{上}} = F_{\text{下}}\)
- 単振動の性質
- 設問(2)の計算上記より、速さが最大になる位置は \(x = \displaystyle\frac{mg}{k}\) です。
- 設問(1)の計算
$$
\begin{aligned}
x_0 &= \frac{mg}{k} + \frac{mg}{k} \\[2.0ex]
&= \frac{2mg}{k}
\end{aligned}
$$
この結果は、主たる解法と完全に一致します。
この物体の運動は、ブランコのような「行ったり来たり」の運動(単振動)です。ブランコが一番スピードが出るのは、一番低い真ん中の点ですよね。この問題でも同じで、スピードが最大になるのは振動の「真ん中」です。この「真ん中」とは、重力とばねの力がちょうど釣り合う点のことです。まずこの真ん中の位置を計算します。
そして、一番下(最下点)は、スタート地点(一番上)から見て、この真ん中の点を通り過ぎて、ちょうど同じ距離だけ下に行った場所になります。
単振動という物理モデルを用いることで、(1)と(2)の問いに統一的かつ明快に答えることができました。
- 速さが最大になる位置(振動の中心): \(x = \displaystyle\frac{mg}{k}\)
- 最下点(振動の下端): \(x_0 = \displaystyle\frac{2mg}{k}\)
これらの結果は、力学的エネルギー保存則から導いた結果と一致しており、異なる物理法則が同じ現象を正しく記述していることを示しています。この解法は、振動現象の本質を捉える上で非常に有効です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力学的エネルギー保存則の適用
- 核心: この問題の根幹は、重力と弾性力という2種類の保存力が同時に働く系において、「力学的エネルギーの総和が一定に保たれる」という法則を正しく適用できるかどうかにあります。
- 理解のポイント:
- エネルギーの構成要素を特定する: 力学的エネルギーが「運動エネルギー \(K\)」「重力による位置エネルギー \(U_g\)」「弾性力による位置エネルギー \(U_s\)」の3つの和であることを理解し、それぞれの式を正しく立てることが出発点です。
- 基準点を明確にする: \(U_g\) と \(U_s\) は基準の取り方によって値が変わります。計算を始める前に、「どこを重力位置エネルギーの高さ\(0\)とするか」「どこをばねの自然長(伸び縮み\(0\))とするか」を自分で明確に設定することが不可欠です。一度決めた基準は、一連の計算の最後まで変えてはいけません。
- 2つの状態を比較する: エネルギー保存則は、運動の「前」と「後」など、2つの異なる時点の状態を等号で結ぶことで力を発揮します。問題文から、比較すべき2つの状態(例:手を離した瞬間と最下点)を的確に選び出すことが重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 斜面上のばね振り子: 物体が斜面に置かれ、ばねが斜面に沿って取り付けられている問題。この場合、重力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解して考えます。力学的エネルギーを考える際は、高さの変化を斜面に沿った距離から計算する必要があります(\(h = L\sin\theta\))。
- 振り子の運動: 糸で吊るされたおもりの運動。これは、張力が常に運動方向と垂直で仕事をしないため、力学的エネルギーが保存される典型例です。弾性エネルギーの代わりに、糸の長さという束縛条件の下で重力位置エネルギーと運動エネルギーの変換を考えます。
- 衝突と力学的エネルギー: 物体がばねに衝突する問題など。衝突直前と、ばねが最も縮んだ瞬間とで力学的エネルギー保存則を立てることが多いです。ただし、物体同士が衝突して一体となるような「非弾性衝突」では、衝突の前後で力学的エネルギーは保存されないため注意が必要です。
- 初見の問題での着眼点:
- 働く力をすべてリストアップする: まず、物体にどのような力が働いているか(重力、弾性力、張力、摩擦力など)を考えます。
- 非保存力の有無を確認する: リストアップした力の中に、摩擦力や空気抵抗、あるいは人が加える力など、「非保存力」が含まれているかを確認します。
- エネルギー保存則が使える区間を見極める:
- 非保存力が仕事をしない(または働かない)区間では、力学的エネルギー保存則が使えます。
- 非保存力が仕事をする区間では、「(後の力学的エネルギー)-(前の力学的エネルギー)=(非保存力がした仕事)」という、より一般的なエネルギーと仕事の関係式を使う必要があります。
- 単振動の可能性を疑う: ばねや振り子のように、物体が特定の点の周りを行ったり来たりする運動の場合、「これは単振動ではないか?」と疑ってみるのが有効な着眼点です。もし単振動であれば、力のつりあいの位置が振動の中心になることや、周期の公式など、単振動特有の性質を利用して問題を解くことができます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 弾性エネルギーの式を間違える:
- 誤解: ばねの伸びや縮みが \(x\) のときの弾性エネルギーを \(kx\) や \(kx^2\) と間違えてしまう。
- 対策: 弾性エネルギーの公式は \(\frac{1}{2}kx^2\) であることを正確に覚えましょう。\(kx\) は弾性力の大きさです。グラフ(F-x図)を考えたとき、弾性エネルギーは力と変位のグラフが作る三角形の面積に相当することをイメージすると、\(\frac{1}{2}\) がつく理由を忘れにくくなります。
- 重力位置エネルギーの符号ミス:
- 誤解: 基準点より下にある物体の位置エネルギーを、正の値で計算してしまう。
- 対策: 最初に設定した基準点(高さ\(0\))を常に意識しましょう。基準点より \(h\) だけ高い場所の位置エネルギーは \(+mgh\)、基準点より \(h\) だけ低い場所の位置エネルギーは \(-mgh\) です。図に基準線を引いておくと、符号ミスを防ぎやすくなります。
- 速さが最大になる点を最下点だと勘違いする:
- 誤解: 物体が一番下まで落ちたときが、一番速いと考えてしまう。
- 対策: 速さが最大になるのは「加速度が \(0\) になる点」、すなわち「働く力の合力が \(0\) になる点(力のつりあい点)」です。鉛直ばね振り子の場合、最下点では上向きの弾性力が重力より大きくなっているため、上向きの加速度が生じており、すでに減速が始まっています。加速と減速の境目である「力のつりあい点」が速度のピークであると理解しましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- (1)での公式選択(力学的エネルギー保存則):
- 選定理由: 求めたいのは「最下点までの距離」です。この運動では、重力と弾性力という保存力しか仕事をしていないため、力学的エネルギー保存則が成り立ちます。この法則を使えば、運動の途中経過(時間や加速度)を一切考えることなく、始点と終点の2つの状態を結びつけて距離を直接計算できるため、最も効率的です。
- 適用根拠: 始点(\(x=0\))と終点(最下点 \(x=x_0\))では、どちらも速さが \(0\) であるという明確な条件があります。これにより、力学的エネルギーの式から運動エネルギーの項が消え、位置エネルギー(重力と弾性力)だけの関係式となり、計算が非常にシンプルになります。
- (2)での公式選択(力学的エネルギー保存則と2次関数の最大値):
- 選定理由: 求めたいのは「速さが最大になる位置」です。まず、任意の点 \(x\) での速さ \(v\) を知るために、(1)と同様に力学的エネルギー保存則を適用します。これにより、速さ \(v\)(あるいは運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\))を位置 \(x\) の関数として表すことができます。
- 適用根拠: 速さが最大になるということは、運動エネルギーが最大になるということです。エネルギー保存則から導かれた \(\frac{1}{2}mv^2 = mgx – \frac{1}{2}kx^2\) という関係式において、左辺が最大になる条件は、右辺の \(x\) の2次関数が最大値をとる条件と同じです。したがって、数学的な手法(平方完成)を用いて最大値を求めるのが論理的な流れとなります。
- 別解でのアプローチ選択(単振動モデル):
- 選定理由: この運動が「復元力」(つりあいの位置からの変位に比例する力)による単振動であることを見抜けば、単振動の一般的な性質を利用できます。特に「速さが最大になるのは振動の中心」「振動の中心は力のつりあい点」という性質は、エネルギー計算よりも物理的に直観的で、計算も簡単です。
- 適用根拠: 物体に働く合力 \(F\) を計算すると、つりあいの位置からの変位を \(x’\) として \(F = -kx’\) と表せます。この形は単振動の条件そのものです。この物理的な事実が、単振動モデルを適用する根拠となります。このアプローチは、エネルギー保存則とは全く異なる視点から同じ結論に至ることを示しており、物理理解を深める上で非常に有益です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める:
- 最初から数値を代入せず、\(m, g, k, x_0\) などの文字を使って式を立て、整理しましょう。(1)の \((\frac{1}{2}kx_0 – mg)x_0 = 0\) のように、因数分解などの代数的な処理がしやすくなり、計算ミスが減ります。また、答えの \(x_0 = \frac{2mg}{k}\) が物理的に妥当な次元(単位)を持っているかの確認も容易になります。
- 平方完成は丁寧に行う:
- (2)の計算で出てくる平方完成は、符号ミスが起こりやすいポイントです。\(f(x) = mgx – \frac{1}{2}kx^2\) のように、まずは \(x^2\) の係数(\(-\frac{1}{2}k\))で全体をくくり出すところから、一段階ずつ丁寧に変形する癖をつけましょう。
- 物理的な意味を考えながら検算する:
- (1)で求めた最下点 \(x_0 = \frac{2mg}{k}\) と、(2)で求めた速さ最大の位置 \(x = \frac{mg}{k}\) の関係を見てみましょう。最下点が速さ最大位置のちょうど2倍になっています。これは、物体が \(x=0\)(上端)から \(x=\frac{mg}{k}\)(中心)まで運動し、さらに同じ距離だけ進んで \(x=\frac{2mg}{k}\)(下端)に達するという、単振動の対称性を表しており、計算結果が自己矛盾していないことを示しています。
- 単位の確認:
- 例えば、\(x = \frac{mg}{k}\) の単位を確認してみます。\(mg\) の単位は力の単位 \(\text{N}\)(ニュートン)、ばね定数 \(k\) の単位は \(\text{N/m}\) です。したがって、\(\frac{[\text{N}]}{[\text{N/m}]} = [\text{m}]\) となり、確かに距離の単位になっています。このような簡単な単位チェックで、式の形の間違いに気づくことがあります。
発展例題13 摩擦のある斜面上の運動
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 設問(1), (2)の別解: 運動方程式と等加速度直線運動の公式を用いる解法
- 模範解答がエネルギーと仕事の関係式を用いて解くのに対し、別解ではまず物体に働く力から運動方程式を立てて加速度を求め、その結果を等加速度直線運動の公式に適用して距離や速さを求めます。
- 設問(1), (2)の別解: 運動方程式と等加速度直線運動の公式を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的本質の深化: エネルギーという「スカラー量」で運動の前後を比較する視点と、力と加速度という「ベクトル量」で運動の過程を追う視点の両方を学ぶことで、力学現象を多角的に捉える力が養われます。
- 思考の柔軟性向上: 問題によって、エネルギーで考えた方が楽な場合と、運動方程式から考えた方が楽な場合があります。両方のアプローチを習得することで、より効率的な解法を選択する判断力が身につきます。
- 基礎の再確認: 運動方程式の立式は力学の基本です。この解法を通じて、力の分解、運動方向と力の向きの関係、正負の設定といった基本事項を確実に再確認できます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「摩擦のある斜面における、非保存力が仕事をする場合のエネルギーと運動の解析」です。動摩擦力が仕事をするため力学的エネルギーが保存されず、「力学的エネルギーの変化量 = 非保存力がした仕事」という、より一般的なエネルギーと仕事の関係式を使いこなすことが目的です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- エネルギーと仕事の関係: 力学的エネルギーが保存しない場合、その変化量は動摩擦力などの非保存力がした仕事に等しい(\(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\))という関係を理解していること。
- 動摩擦力の性質: 動摩擦力は、大きさ \(\mu’N\) で、常に物体の運動方向と逆向きに働くことを理解していること。
- 斜面上の力の分解: 重力を斜面に平行な成分と垂直な成分に正しく分解し、垂直抗力を求められること。
- 仕事の計算: 非保存力(動摩擦力)がした仕事を、力の向きと移動方向を考慮して正しく計算できること(この場合は常に負の値となる)。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、物体が斜面を上る運動について、始点(下端)と終点(最高点)の2つの状態で「エネルギーと仕事の関係式」を立てます。最高点では速さが \(0\) になることを利用して、移動距離 \(l\) を求めます。
- (2)では、往復の運動全体で考えるか、あるいは下りの運動だけに着目して「エネルギーと仕事の関係式」を立てます。(1)で求めた距離 \(l\) を利用して、下端に戻ってきたときの速さ \(v\) を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
物体が斜面を上る運動では、非保存力である動摩擦力が仕事をします。そのため、力学的エネルギーは保存されません。このような場合は、「(後の力学的エネルギー)-(前の力学的エネルギー)=(動摩擦力がした仕事)」という関係式を立てて解きます。
この設問における重要なポイント
- 動摩擦力は常に運動の向きと逆向きに働くため、その仕事は負の値になる。
- エネルギー計算のために、基準点を明確に設定する(ここでは斜面下端を高さの基準とする)。
- 最高点に達した瞬間、物体の速さは \(0\) になる。
具体的な解説と立式
まず、物体に働く力を考え、動摩擦力の大きさを求めます。
- 斜面に垂直な方向の力のつりあいより、垂直抗力 \(N\) は重力の垂直成分とつりあいます。
$$ N = mg\cos\theta $$ - したがって、動摩擦力 \(F’\) の大きさは、
$$ F’ = \mu’N $$
$$ F’ = \mu’mg\cos\theta $$
次に、エネルギーと仕事の関係を考えます。斜面下端を重力による位置エネルギーの基準(高さ\(0\))とします。
- 始点(下端)の力学的エネルギー \(E_{\text{初}}\):
- 位置エネルギーは \(0\)。運動エネルギーは \(\frac{1}{2}mv_0^2\)。
$$ E_{\text{初}} = \frac{1}{2}mv_0^2 $$
- 位置エネルギーは \(0\)。運動エネルギーは \(\frac{1}{2}mv_0^2\)。
- 終点(最高点)の力学的エネルギー \(E_{\text{後}}\):
- 最高点の高さは \(h = l\sin\theta\)。速さは \(0\)。
$$ E_{\text{後}} = mgh $$
$$ E_{\text{後}} = mgl\sin\theta $$
- 最高点の高さは \(h = l\sin\theta\)。速さは \(0\)。
- 動摩擦力がした仕事 \(W\):
- 動摩擦力 \(F’\) は運動の向きと逆向きに働くので、仕事は負になります。
$$ W = -F’ \times (\text{距離}) $$
$$ W = -(\mu’mg\cos\theta) \cdot l $$
- 動摩擦力 \(F’\) は運動の向きと逆向きに働くので、仕事は負になります。
エネルギーと仕事の関係式 \(E_{\text{後}} – E_{\text{初}} = W\) より、
$$ (mgl\sin\theta) – \left(\frac{1}{2}mv_0^2\right) = -\mu’mgl\cos\theta $$
使用した物理公式
- エネルギーと仕事の関係: \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\)
- 動摩擦力: \(F’ = \mu’N\)
- 仕事: \(W = -F’l\) (力が移動と逆向きの場合)
上記で立てた式を \(l\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
mgl\sin\theta – \frac{1}{2}mv_0^2 &= -\mu’mgl\cos\theta \\[2.0ex]
mgl\sin\theta + \mu’mgl\cos\theta &= \frac{1}{2}mv_0^2
\end{aligned}
$$
左辺を \(mgl\) でくくり、
$$ mgl(\sin\theta + \mu’\cos\theta) = \frac{1}{2}mv_0^2 $$
両辺から \(m\) を消去し、\(l\) について解くと、
$$
\begin{aligned}
gl(\sin\theta + \mu’\cos\theta) &= \frac{1}{2}v_0^2 \\[2.0ex]
l &= \frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}
\end{aligned}
$$
物体が最初に持っていた運動エネルギー(スピードのエネルギー)は、坂を上るにつれて2つのものに姿を変えていきます。一つは「高さのエネルギー(位置エネルギー)」、もう一つは摩擦によって失われる「熱エネルギー」です。最初に持っていたエネルギーが、この2つのエネルギーに完全に使い果たされたとき、物体はストップします。このエネルギーの収支を計算することで、止まるまでに進んだ距離を求めることができます。
移動した距離は \(l = \displaystyle\frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}\) と求まりました。
もし摩擦がなければ(\(\mu’=0\))、\(l = \displaystyle\frac{v_0^2}{2g\sin\theta}\) となります。これは、力学的エネルギー保存則(\(\frac{1}{2}mv_0^2 = mgl\sin\theta\))から導かれる結果と一致しており、妥当な式であることがわかります。
問(2)
思考の道筋とポイント
物体が最高点から下端まですべりおりる運動を考えます。この問題は、模範解答のように「往復」で考える方法と、「下りだけ」で考える方法があります。ここでは模範解答に沿って、往復の運動全体でエネルギーと仕事の関係を考えます。始点は「下端を上り始めるとき」、終点は「下端にすべりおりてきたとき」です。
この設問における重要なポイント
- 始点と終点はどちらも斜面下端なので、重力による位置エネルギーは変化しない。
- 動摩擦力は上りのときも下りのときも運動と逆向きに働き、常に負の仕事をする。
- 往復で動摩擦力がする仕事の総量は、片道の仕事の2倍になる。
具体的な解説と立式
斜面下端を位置エネルギーの基準とします。
- 始点(下端、上り始め)の力学的エネルギー \(E_{\text{初}}\):
$$ E_{\text{初}} = \frac{1}{2}mv_0^2 $$ - 終点(下端、下り終わり)の力学的エネルギー \(E_{\text{後}}\):
$$ E_{\text{後}} = \frac{1}{2}mv^2 $$ - 往復で動摩擦力がした仕事 \(W_{\text{往復}}\):
- 上りの仕事は(1)で求めた通り \(W_{\text{上り}} = -\mu’mgl\cos\theta\)。
- 下りのときも、同じ大きさの動摩擦力が同じ距離 \(l\) だけ働くので、仕事は \(W_{\text{下り}} = -\mu’mgl\cos\theta\)。
- したがって、往復での仕事の合計は、
$$ W_{\text{往復}} = W_{\text{上り}} + W_{\text{下り}} $$
$$ W_{\text{往復}} = -2\mu’mgl\cos\theta $$
エネルギーと仕事の関係式 \(E_{\text{後}} – E_{\text{初}} = W_{\text{往復}}\) より、
$$ \frac{1}{2}mv^2 – \frac{1}{2}mv_0^2 = -2\mu’mgl\cos\theta $$
使用した物理公式
- エネルギーと仕事の関係: \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\)
上記で立てた式に、(1)で求めた \(l = \displaystyle\frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}\) を代入します。
$$ \frac{1}{2}mv^2 – \frac{1}{2}mv_0^2 = -2\mu’mg\cos\theta \cdot \frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)} $$
両辺を \(\frac{1}{2}m\) で割ると、
$$
\begin{aligned}
v^2 – v_0^2 &= -2\mu’g\cos\theta \cdot \frac{v_0^2}{g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)} \\[2.0ex]
v^2 &= v_0^2 – \frac{2\mu’g\cos\theta \cdot v_0^2}{g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)} \\[2.0ex]
v^2 &= v_0^2 \left( 1 – \frac{2\mu’\cos\theta}{\sin\theta + \mu’\cos\theta} \right) \\[2.0ex]
v^2 &= v_0^2 \left( \frac{\sin\theta + \mu’\cos\theta – 2\mu’\cos\theta}{\sin\theta + \mu’\cos\theta} \right) \\[2.0ex]
v^2 &= v_0^2 \left( \frac{\sin\theta – \mu’\cos\theta}{\sin\theta + \mu’\cos\theta} \right)
\end{aligned}
$$
したがって、速さ \(v\) は、
$$ v = \sqrt{\frac{\sin\theta – \mu’\cos\theta}{\sin\theta + \mu’\cos\theta}} v_0 $$
最初に持っていた運動エネルギー \(E_{\text{初}}\) は、坂を上って下りてくる間に、摩擦によって熱エネルギーとして一部が失われます。その失われた分だけ、戻ってきたときの運動エネルギー \(E_{\text{後}}\) は小さくなります。つまり、「戻ってきたときのエネルギー = 最初のエネルギー – 往復で摩擦に奪われたエネルギー」という計算をしています。
下端に達したときの速さは \(v = \sqrt{\displaystyle\frac{\sin\theta – \mu’\cos\theta}{\sin\theta + \mu’\cos\theta}} v_0\) と求まりました。
摩擦があるので、戻ってきたときの速さ \(v\) は、行き(\(v_0\))よりも小さくなるはずです。式の根号の中は、分子が \(\sin\theta – \mu’\cos\theta\)、分母が \(\sin\theta + \mu’\cos\theta\) なので、必ず1より小さくなります。したがって、\(v < v_0\) となり、物理的に妥当な結果です。また、物体がすべりおりるためには、重力の斜面成分が最大静止摩擦力(ここでは動摩擦力)より大きい必要があります(\(mg\sin\theta > \mu’mg\cos\theta\)、つまり \(\tan\theta > \mu’\))。この条件は、根号の中が正になる条件と一致します。
思考の道筋とポイント
エネルギーの代わりに、ニュートンの運動方程式を用いて物体の加速度を求め、等加速度直線運動の公式から距離や速さを計算する方法です。上りと下りでは動摩擦力の向きが逆になるため、加速度が異なることに注意が必要です。
この設問における重要なポイント
- 上りと下りで、それぞれ運動方程式を立てる。
- 動摩擦力は、上りのときは斜面下向き、下りのときは斜面上向きに働く。
- 時間を含まない等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) が有効。
具体的な解説と立式
問(1)の別解
物体が斜面を上る運動を考えます。斜面に沿って上向きを正とします。
- 斜面に垂直方向の力のつりあい: \(N = mg\cos\theta\)
- 動摩擦力の大きさ: \(F’ = \mu’N = \mu’mg\cos\theta\)
斜面に平行な方向の運動方程式を立てます。上りの加速度を \(a_1\) とすると、重力の斜面成分と動摩擦力が負の向きに働くので、
$$ ma_1 = -mg\sin\theta – F’ $$
$$ ma_1 = -mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta $$
最高点では速さが \(0\) になるので、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) に、\(v=0\), \(x=l\), \(a=a_1\) を代入します。
$$ 0^2 – v_0^2 = 2a_1 l $$
問(2)の別解
物体が斜面を下る運動を考えます。斜面に沿って下向きを正とします。
下りの加速度を \(a_2\) とすると、重力の斜面成分が正の向き、動摩擦力が負の向きに働くので、
$$ ma_2 = mg\sin\theta – F’ $$
$$ ma_2 = mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta $$
最高点(初速 \(0\))から距離 \(l\) だけすべりおりたときの速さ \(v\) を求めます。公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) に、\(v_0=0\), \(x=l\), \(a=a_2\) を代入します。
$$ v^2 – 0^2 = 2a_2 l $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
問(1)の計算
まず、上りの加速度 \(a_1\) を求めます。
$$ a_1 = -g(\sin\theta + \mu’\cos\theta) $$
これを公式に代入して \(l\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
-v_0^2 &= 2 \{-g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\} l \\[2.0ex]
l &= \frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}
\end{aligned}
$$
この結果は主たる解法と一致します。
問(2)の計算
まず、下りの加速度 \(a_2\) を求めます。
$$ a_2 = g(\sin\theta – \mu’\cos\theta) $$
これを公式に代入します。
$$ v^2 = 2 \{g(\sin\theta – \mu’\cos\theta)\} l $$
この式に、上で求めた \(l\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
v^2 &= 2g(\sin\theta – \mu’\cos\theta) \cdot \frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)} \\[2.0ex]
v^2 &= v_0^2 \left( \frac{\sin\theta – \mu’\cos\theta}{\sin\theta + \mu’\cos\theta} \right)
\end{aligned}
$$
したがって、
$$ v = \sqrt{\frac{\sin\theta – \mu’\cos\theta}{\sin\theta + \mu’\cos\theta}} v_0 $$
この結果も主たる解法と一致します。
この解き方は、まず物体にかかる「ブレーキの強さ(上りの加速度)」と「アクセルとブレーキの差し引き(下りの加速度)」を計算します。そして、物理の公式を使って「この加速度で運動したら、距離や速さはどうなるか?」を一段階ずつ計算していく方法です。エネルギーのように運動の前後を飛び越えるのではなく、運動の最中の様子(加速度)をきちんと調べてから計算する、地道で確実なアプローチです。
運動方程式という力学の基本法則から出発しても、エネルギーと仕事の関係を用いた場合と全く同じ結果が得られました。これは、両者が同じ物理現象を異なる側面から記述していることを示しています。加速度を求める手間はかかりますが、運動の過程をより詳細に分析できるのがこの解法の特徴です。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- エネルギーと仕事の関係(非保存力が仕事をする場合)
- 核心: この問題の根幹は、動摩擦力という「非保存力」が仕事をするため、力学的エネルギーが保存されない状況を正しく扱う能力です。基本法則である力学的エネルギー保存則が使えない代わりに、より一般的な「(力学的エネルギーの変化量)=(非保存力がした仕事)」という関係式を適用することが核心となります。
- 理解のポイント:
- エネルギー保存則の限界を知る: まず、「摩擦や空気抵抗がある場合、力学的エネルギーは保存されない」という大原則を理解することが出発点です。
- エネルギーの”収支”を考える: 失われた力学的エネルギーは、摩擦によって熱エネルギーなどに変わります。動摩擦力がした仕事(常に負の値)は、この失われたエネルギー量を表します。したがって、「後のエネルギー」は「前のエネルギー」から「摩擦に奪われた分」を引いたものになります。これを数式にしたのが \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\) です。
- 式の各項を正確に立てる:
- 始点と終点を決め、それぞれの運動エネルギーと位置エネルギーを計算する。
- 始点から終点までの間に、動摩擦力がした仕事を計算する(力の大きさと移動距離、そして仕事が負であることに注意)。
- これらを関係式に代入して方程式を立てる。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 摩擦のある水平面とばねの運動: 粗い水平面上の物体がばねに衝突したり、ばねにつながれて振動したりする問題。この場合、力学的エネルギーは「運動エネルギー」と「弾性エネルギー」の和になり、動摩擦力がした仕事の分だけ減少していきます。
- 空気抵抗を受けながらの物体の運動: ボールを投げ上げたり、雨滴が落下したりする際に空気抵抗が働く問題。空気抵抗も非保存力なので、動摩擦力と全く同じように「エネルギーと仕事の関係」で扱います。
- 粗い面と滑らかな面が組み合わさったコース: 例えば、滑らかな曲面を滑り降りた後、粗い水平面を進むような問題。この場合、運動の区間ごとにエネルギー保存則が使えるか、仕事とエネルギーの関係を使うかを見極める必要があります。滑らかな区間ではエネルギーは保存され、粗い区間ではその仕事の分だけエネルギーが減少します。
- 初見の問題での着眼点:
- まず力をすべて図示し、分類する: 問題を読んだら、物体に働く力(重力、垂直抗力、動摩擦力など)をすべて書き出します。そして、それらを「保存力(重力、弾性力)」と「非保存力(動摩擦力、空気抵抗など)」に分類します。
- エネルギー保存の可否を判断する: 非保存力が仕事をしているか? → YESなら「エネルギーと仕事の関係」を使います。→ NO(または仕事の合計がゼロ)なら「力学的エネルギー保存則」が使えます。この最初の判断が解法の分かれ道です。
- 仕事の正負と大きさを計算する: 非保存力が仕事をする場合、その仕事 \(W\) を計算します。特に動摩擦力は、常に運動の向きと逆向きに働くため、その仕事は必ず負(\(W = -(\text{力の大きさ}) \times (\text{距離})\))になることを強く意識します。
- 比較する2つの時点(始点と終点)を明確にする: エネルギーの関係式を立てるには、比較対象となる運動の「始点」と「終点」を問題文から正確に読み取ることが重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 動摩擦力の仕事の符号ミス:
- 誤解: 仕事を計算するときに、力の大きさと距離を単純に掛けてしまい、正の値にしてしまう。
- 対策: 動摩擦力は「常に物体の運動方向と逆向きに働く力」であることを徹底しましょう。力が移動方向と逆向きの場合、その仕事は必ず負になります。この問題では、物体が斜面を上るときも下るときも、動摩擦力は常に運動を妨げる向きに働くため、どちらの場合も仕事は負です。
- 往復運動での仕事の扱い:
- 誤解: 物体が元の位置に戻ってくる往復運動では、動摩擦力のした仕事の合計はゼロになると考えてしまう。
- 対策: 仕事は経路に依存します。動摩擦力は、行き(上り)の道のりでもエネルギーを奪い(負の仕事)、帰り(下り)の道のりでもエネルギーを奪います(負の仕事)。したがって、往復での仕事はゼロになるどころか、片道の仕事の2倍(\( -2\mu’mgl\cos\theta \))になります。
- 力の分解におけるsinとcosの混同:
- 誤解: 斜面上の重力の分解で、平行成分と垂直成分に使う三角関数を間違える。
- 対策: 毎回、角度 \(\theta\) を含む直角三角形を図に描き、三角関数の定義(\(\sin\theta = \text{対辺}/\text{斜辺}\), \(\cos\theta = \text{底辺}/\text{斜辺}\))に立ち返って確認する癖をつけましょう。斜面に「平行な成分が \(mg\sin\theta\)」、「垂直な成分が \(mg\cos\theta\)」となることを、図から確実に導出できるようにすることが根本的な対策です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- (1)(2)での公式選択(エネルギーと仕事の関係):
- 選定理由: 問題文に「摩擦」というキーワードがある時点で、力学的エネルギーが保存しない可能性を考えます。動摩擦力が仕事をするため、力学的エネルギー保存則は適用できません。そこで、これを包含するより一般的な法則である「エネルギーと仕事の関係(\(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\))」を選択するのが論理的です。この公式の最大の利点は、運動の途中経過(加速度など)を一切考慮せず、始点と終点の状態だけで立式できるため、距離や速さを求める問題に非常に強いことです。
- 適用根拠: 物体に働く力のうち、重力は保存力なのでその仕事は位置エネルギー \(\Delta U_g\) としてエネルギーの項に含めます。垂直抗力は常に運動方向と垂直なので仕事をしません。動摩擦力は仕事をする非保存力です。この力の分類こそが、「(運動エネルギーと重力位置エネルギーの変化)=(動摩擦力がした仕事)」という関係式を適用する直接的な根拠となります。
- 別解でのアプローチ選択(運動方程式と等加速度運動の公式):
- 選定理由: 力学のあらゆる問題は、基本に立ち返れば運動方程式 \(ma=F\) から解くことができます。これは、運動の「原因」である力から、運動の「様子」である加速度を求め、その後の変化を追跡していくアプローチです。エネルギー計算が苦手な場合や、運動の途中経過(かかる時間など)も知りたい場合に有効な選択肢です。
- 適用根拠: 斜面上を運動する間、物体に働く力(重力の斜面成分、動摩擦力)は一定です。したがって、加速度も一定となります。この「加速度が一定である」という事実が、「等加速度直線運動の公式(\(v^2 – v_0^2 = 2ax\) など)」を適用できる根拠となります。ただし、上りと下りでは動摩擦力の向きが逆になるため、加速度の値は異なります。そのため、上りの運動と下りの運動を、それぞれ別の等加速度直線運動として分けて考える必要があります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 複雑な分数の計算は慎重に:
- (2)の計算のように、求めた文字式をさらに代入する場面では、式が非常に複雑になります。一気に暗算しようとせず、まずは代入した形をそのまま書き出し、約分できる項(\(2g\)など)を一つずつ消していくなど、段階を踏んで整理しましょう。
- \(v^2 = v_0^2 ( 1 – \dots )\) のように共通因数でくくったり、通分(\(1 – \frac{A}{B} = \frac{B-A}{B}\))したりする際は、符号ミスに特に注意が必要です。
- 極端な条件で検算する:
- 計算結果が正しいか不安なときは、物理的に分かりやすい極端な条件を代入してみるのが有効です。
- もし摩擦がなかったら(\(\mu’ = 0\)):
- (1)の答えは \(l = \frac{v_0^2}{2g\sin\theta}\) となり、エネルギー保存則 \(\frac{1}{2}mv_0^2 = mgl\sin\theta\) の結果と一致します。
- (2)の答えは \(v = \sqrt{\frac{\sin\theta}{\sin\theta}}v_0 = v_0\) となり、エネルギーが保存されるので行きと帰りで速さが同じ、という直観に合います。
- このように、簡単な状況で答えが妥当な値になるかを確認することで、計算ミスを発見できることがあります。
- 物理的な大小関係を吟味する:
- (2)で求めた速さ \(v\) は、摩擦でエネルギーを失っているため、初速 \(v_0\) より小さくなるはずです。計算結果の \(v = \sqrt{\frac{\sin\theta – \mu’\cos\theta}{\sin\theta + \mu’\cos\theta}} v_0\) を見ると、根号の中の分数は(分子)<(分母)なので、必ず1より小さくなります。したがって \(v < v_0\) となり、結果が物理的に妥当であることが確認できます。
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発展問題
167 仕事率
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 設問(1), (2)の別解: エネルギーの増加率に着目する解法
- 模範解答が「力のつりあい」から引き上げる力 \(F\) を求めて仕事率の公式 \(P=Fv\) で計算するのに対し、別解では仕事率を「単位時間あたりにエネルギーを供給するペース」と捉え、単位時間あたりの位置エネルギーの増加量と摩擦による熱の発生率の和として直接計算します。
- 設問(1), (2)の別解: エネルギーの増加率に着目する解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的本質の深化: 仕事率の物理的な意味、すなわち「エネルギーを供給する速さ」という側面をより深く、直感的に理解することができます。
- 思考の柔軟性向上: 「力のつりあい」という静力学的な視点と、「エネルギーの変換・移動」という動力学的な視点の両方から同じ現象を分析する良い訓練になります。
- 解法の選択肢拡大: 問題によっては、エネルギーの観点から考えた方が全体像を把握しやすい場合があります。このアプローチを学ぶことで、解法の引き出しが増えます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「一定速度で物体を引き上げる際の仕事率の計算」です。仕事率の定義と、運動状態(この場合は等速直線運動)に応じた力のつりあいの考え方を正確に結びつけることが目的です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 仕事率の定義: 仕事率 \(P\) は、力がする仕事 \(W\) を時間 \(t\) で割ったもの(\(P=W/t\))であり、力が物体に働く点で物体の速さが \(v\) のとき、力の向きと速度の向きが同じであれば \(P=Fv\) と表せること。
- 力のつりあい: 問題文の「一定の速さで」という記述から、物体の加速度は \(0\) であると判断し、物体に働く力の合力は \(0\) になる(力がつりあっている)と考えること。
- 斜面上の力の分解: 重力を、斜面に平行な成分と斜面に垂直な成分に正しく分解できること。
- 動摩擦力の公式: 動摩擦力の大きさ \(f’\) は、動摩擦係数 \(\mu’\) と垂直抗力 \(N\) を用いて \(f’=\mu’N\) と計算できること。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1), (2)ともに、まず物体に働く力をすべて図示します。
- 「一定の速さ」という条件から、斜面に平行な方向の力のつりあいの式を立て、引き上げる力の大きさ \(F\) を求めます。
- 求めた力の大きさと、与えられた速さ \(v\) を、仕事率の公式 \(P=Fv\) に代入して答えを計算します。