原子範囲 16~20
16 X線の発生
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「X線スペクトルの性質」です。X線のスペクトルが、なだらかな「連続X線」と、鋭いピークを持つ「固有X線(特性X線)」の2種類から構成されることを理解し、それぞれが何に依存して決まるのかを問う問題です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 連続X線とその最短波長\(\lambda_0\): 電子がターゲット原子との衝突で減速する際に放出されるX線(制動放射)。その最短波長\(\lambda_0\)は、電子の運動エネルギーのすべてが1個の光子に変換されるという条件 \(eV = hc/\lambda_0\) で決まり、加速電圧\(V\)にのみ依存します。
- 固有X線(特性X線)とその波長\(\lambda_1, \lambda_2\): 加速電子がターゲット原子の内殻電子を弾き飛ばし、その空席に外側の電子が遷移する際に放出されるX線。その波長は、原子内のエネルギー準位の差で決まるため、ターゲット物質の原子番号にのみ依存し、加速電圧\(V\)には依存しません。
- 固有X線発生の条件: 固有X線を発生させるためには、加速電子がターゲット原子の内殻電子を弾き飛ばすのに十分なエネルギーを持っている必要があります。つまり、加速電圧\(V\)があるしきい値以上でなければなりません。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、\(\lambda_0\)が何を表しているか(連続X線の最短波長)を理解し、その決定要因が何か(加速電圧\(V\))を考え、\(V\)を上げたとき\(\lambda_0\)がどう変化するかを分析します。
- 次に、\(\lambda_1, \lambda_2\)が何を表しているか(固有X線)を理解し、その決定要因が何か(ターゲット原子の種類)を考え、\(V\)を上げたとき\(\lambda_1, \lambda_2\)がどう変化するかを分析します。
加速電圧\(V\)を上げたときのスペクトルの変化
思考の道筋とポイント
この問題は、X線スペクトルを構成する2つの成分、「連続X線」と「固有X線」の発生原理の違いを正しく理解しているかを問うています。
\(\lambda_0\)は連続X線の最短波長(下限の波長)です。これは前問で学んだように、加速された電子の運動エネルギーがすべて光子のエネルギーに変換されるという条件で決まります。したがって、\(\lambda_0\)は加速電圧\(V\)に直接関係します。
一方、\(\lambda_1, \lambda_2\)の鋭いピークは固有X線(特性X線)と呼ばれます。これは、ターゲット原子の電子がエネルギー準位間を遷移する際に放出される光です。原子内のエネルギー準位は、その原子の種類(原子番号)によって決まる固有の値です。したがって、固有X線の波長はターゲット物質に固有のものであり、電子を加速する電圧には依存しません。
この2つの発生メカニズムの違いを明確に区別することが、この問題を解く鍵となります。
この設問における重要なポイント
- \(\lambda_0\)(連続X線の最短波長)は、加速電圧\(V\)に依存する。
- \(\lambda_1, \lambda_2\)(固有X線の波長)は、ターゲット原子の種類に依存し、加速電圧\(V\)には依存しない。
- 加速電圧\(V\)を上げると、電子の運動エネルギーが増加する。
具体的な解説と立式
まず、連続X線の最短波長\(\lambda_0\)について考えます。
これは、加速電圧\(V\)で加速された電子の運動エネルギー\(eV\)が、すべて1個のX線光子のエネルギーに変換されるときの波長です。エネルギー保存則より、
$$
\begin{aligned}
eV &= h\frac{c}{\lambda_0}
\end{aligned}
$$
この式を\(\lambda_0\)について解くと、
$$
\begin{aligned}
\lambda_0 &= \frac{hc}{eV}
\end{aligned}
$$
となります。この式から、\(\lambda_0\)は加速電圧\(V\)に反比例することがわかります。したがって、加速電圧\(V\)を上げると、\(\lambda_0\)は小さくなります(グラフは左にずれます)。
次に、固有X線の波長\(\lambda_1, \lambda_2\)について考えます。
これらは、ターゲット原子のエネルギー準位間の電子遷移によって放出されるX線です。放出される光子のエネルギーは、遷移する前後のエネルギー準位の差\(\Delta E\)に等しく、
$$
\begin{aligned}
h\frac{c}{\lambda} &= \Delta E
\end{aligned}
$$
となります。原子のエネルギー準位は、その原子の種類(原子番号)によって決まる固有の値であり、外部からやってくる電子のエネルギー(加速電圧\(V\))には依存しません。
したがって、エネルギー差\(\Delta E\)は一定であり、固有X線の波長\(\lambda_1, \lambda_2\)も加速電圧\(V\)を上げても変化しません。
使用した物理公式
- X線の最短波長: \(eV = hc/\lambda_0\)
- 光子放出のエネルギー保存則: \(h\frac{c}{\lambda} = \Delta E\)
この問題は定性的な理解を問うものであり、具体的な計算はありません。
X線のスペクトルは、2種類の光が混ざったものです。
一つは、電子が急ブレーキをかけられるときに出る「連続X線」で、なだらかな山の形をしています。この山の左端の波長\(\lambda_0\)は、電子のスピード(加速電圧\(V\))が速いほど短くなります。したがって、\(V\)を上げると\(\lambda_0\)は小さくなります。
もう一つは、原子に固有の「固有X線」で、鋭いトゲのような形をしています。これは、原子の中の電子が特定のエネルギーの階段を飛び降りるときに出る光で、その波長\(\lambda_1, \lambda_2\)は原子の種類(階段の高さ)だけで決まっています。したがって、ぶつかる電子のスピード(加速電圧\(V\))を変えても、このトゲの位置(波長)は変わりません。
加速電圧\(V\)を上げると、連続X線の最短波長\(\lambda_0\)は小さくなります。一方、固有X線の波長\(\lambda_1, \lambda_2\)は変化しません。
補足すると、加速電圧\(V\)を上げると、X線全体の強度は増加します。また、加速電圧が低いと、固有X線を発生させるのに必要なエネルギーに達せず、固有X線のピークが現れない場合もあります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- X線の2つの発生メカニズムの区別:
- 核心: この問題の根幹は、X線スペクトルが「連続X線」と「固有X線」という、全く異なる2つの物理過程によって生成されることを理解し、それぞれの性質が何に依存するのかを明確に区別することにあります。
- 理解のポイント:
- 連続X線(制動放射):
- メカニズム: 高速の電子がターゲット原子の原子核近傍の電場によって急激に減速(制動)される際に、失った運動エネルギーが電磁波(X線)として放出される現象。失うエネルギーは衝突の仕方によって様々なので、放出されるX線の波長も連続的な分布を持つ。
- 依存性: 最短波長\(\lambda_0\)は、電子が持つ運動エネルギーの初期値(つまり加速電圧\(V\))のみで決まる。ターゲットの材質にはよらない。
- 固有X線(特性X線):
- メカニズム: 高速の電子がターゲット原子の内殻電子(K殻やL殻の電子)を原子外に弾き飛ばす。その結果生じた内殻の空席に、より外側の殻の電子が遷移(落下)する際に、2つの殻のエネルギー準位の差に相当するエネルギーを持つX線が放出される。
- 依存性: エネルギー準位は原子の種類(原子番号)に固有であるため、放出されるX線の波長\(\lambda_1, \lambda_2\)はターゲットの材質のみで決まる。加速電圧\(V\)にはよらない(ただし、内殻電子を弾き飛ばすための最低限の電圧は必要)。
- 連続X線(制動放射):
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- ターゲットの材質を変えた場合: 加速電圧\(V\)を一定に保ち、ターゲットの金属を原子番号の大きいものに変えた場合、スペクトルがどう変化するかを問う問題。
- 連続X線: 最短波長\(\lambda_0\)は加速電圧\(V\)のみに依存するため、変化しない。
- 固有X線: 原子番号が大きくなると、内殻電子は原子核により強く束縛され、エネルギー準位はより低く(負に大きく)なる。その結果、準位間のエネルギー差\(\Delta E\)は大きくなる。\(hc/\lambda = \Delta E\)より、固有X線の波長\(\lambda_1, \lambda_2\)は短くなる(グラフのピークは左にずれる)。
- モーズリーの法則: 固有X線(特にKα線)の振動数\(\nu\)の平方根が、原子番号\(Z\)に比例するという法則(\(\sqrt{\nu} \propto (Z-b)\))に関する問題。これは、固有X線の波長がターゲット原子に固有であることを定量的に示した法則です。
- ターゲットの材質を変えた場合: 加速電圧\(V\)を一定に保ち、ターゲットの金属を原子番号の大きいものに変えた場合、スペクトルがどう変化するかを問う問題。
- 初見の問題での着眼点:
- スペクトルの成分を分離する: グラフが与えられたら、なだらかな曲線部分が「連続X線」、鋭いピーク部分が「固有X線」であると、まず2つの成分に分解して考えます。
- 各成分の「決定要因」を思い出す:
- 連続X線の最短波長\(\lambda_0\) → 「加速電圧\(V\)」
- 固有X線の波長\(\lambda_1, \lambda_2\) → 「ターゲットの原子番号\(Z\)」
- 問題の操作と決定要因を結びつける: 問題文で「何を変えたか」(この問題では「加速電圧\(V\)を上げる」)を確認し、それが上記2つの決定要因のどちらに影響するかを判断します。影響するものは変化し、影響しないものは不変です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- すべての波長が加速電圧に依存すると考えてしまう:
- 誤解: X線はすべて加速された電子から作られるのだから、電圧を上げればすべてのX線の波長が変化するはずだ、と考えてしまう。
- 対策: 2つの発生メカニズムの違いを徹底的に理解することが不可欠です。固有X線は、あくまで原子内の「空席」に電子が落ち込む際のエネルギー差で決まる「原子固有の現象」です。加速電子の役割は、その「空席」を作るための引き金に過ぎません。一度空席ができてしまえば、あとはその原子のルールに従って光が放出されるため、引き金を引いた弾の速さ(加速電圧)は関係ない、と理解しましょう。
- \(\lambda_0\)と\(V\)の関係の混同:
- 誤解: \(eV = hc/\lambda_0\) という関係を忘れ、電圧\(V\)を上げると\(\lambda_0\)も大きくなる(右にずれる)と勘違いしてしまう。
- 対策: 「電圧を上げる \(\rightarrow\) 電子のエネルギーが上がる \(\rightarrow\) 発生する光子の最大エネルギーも上がる \(\rightarrow\) 最短波長は短くなる」という因果関係を論理的にたどる癖をつけましょう。エネルギーと波長が反比例の関係にあることは、この分野の基本中の基本です。
- グラフ全体の強度の変化:
- 誤解: この問題では問われていませんが、加速電圧を上げると、スペクトル全体の強度が大きくなる(グラフ全体が上に持ち上がる)という効果もあります。これを波長の変化と混同しないように注意が必要です。
- 対策: 加速電圧を上げると、電子1個あたりのエネルギーが増えるだけでなく、陰極から放出される電子の数が増える効果(熱電子放出の増加)もあり、結果としてX線の発生効率が上がります。これは「強さ」の変化であり、「波長」の変化とは別の現象として区別して理解しましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 連続X線の最短波長 \(\lambda_0 = hc/eV\):
- 選定理由: 連続X線のスペクトルの特徴である「下限の波長(最短波長)」の存在を説明するための法則です。
- 適用根拠: これは「逆光電効果」におけるエネルギー保存則です。電子が持つ運動エネルギー\(eV\)が、1回の制動で失われ、そのすべてが1個の光子のエネルギー\(hc/\lambda_0\)に変換される、という最もエネルギー変換効率の良い理想的なケースを考えています。電子が失うエネルギーがこれより大きいことはありえないので、発生する光子のエネルギーにも上限(\(E_{\text{最大}}=eV\))が存在し、それが波長の下限(\(\lambda_0\))に対応します。
- 固有X線の波長 \(\lambda = hc/\Delta E\):
- 選定理由: 固有X線が特定の波長に鋭いピークを持つ「線スペクトル」である理由を説明するための法則です。
- 適用根拠: これはボーアの原子模型における光の放出の法則そのものです。原子内の電子はとびとびのエネルギー準位しかとれず、ある準位\(E_m\)から別の準位\(E_n\)へ遷移する際に、そのエネルギー差\(\Delta E = E_m – E_n\)に等しいエネルギーを持つ光子を放出します。エネルギー差\(\Delta E\)が原子固有のとびとびの値であるため、放出される光の波長\(\lambda\)も特定のとびとびの値になります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 定性的な問題の思考法:
- このような計算のない定性的な問題では、「何が」「何によって」決まるのか、という依存関係を明確に整理することが最も重要です。
- 以下のような表を頭の中やノートに作ると効果的です。
スペクトルの特徴 物理的意味 決定要因 Vを上げると… Zを大きくすると… \(\lambda_0\) 連続X線の最短波長 加速電圧\(V\) 小さくなる 変化しない \(\lambda_1, \lambda_2\) 固有X線の波長 原子番号\(Z\) 変化しない 小さくなる - このように知識を整理しておくことで、どのような変化を問われても即座に答えることができます。
- グラフの読み取り:
- 横軸が波長\(\lambda\)なので、「小さくなる」は「左へ移動する」、「大きくなる」は「右へ移動する」に対応することを間違えないようにします。
- 縦軸はX線の強さ(光子の数に比例)を表していることも理解しておくと、より深い考察が可能になります。
17 X線の発生
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 別解: K殻、L殻、M殻モデルを用いる解法
- 模範解答がエネルギー準位の大小関係から抽象的に議論するのに対し、別解では原子の殻構造(K殻、L殻など)を具体的に想定し、どの遷移がどの波長に対応するかを物理的に考察します。
- 別解: K殻、L殻、M殻モデルを用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的描像の具体化: Kα線、Kβ線といった具体的な固有X線の名称と、その発生メカニズムを結びつけて理解できます。
- 知識の体系化: エネルギー準位の式 \(E_n \propto -1/n^2\) が、準位の間隔が内側ほど広いことを意味するという知識を再確認し、応用する経験ができます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは完全に一致します。
この問題のテーマは「固有X線のスペクトルと同定」です。固有X線の発生原理をエネルギー準位の観点から理解し、遷移する準位の差と放出されるX線の波長の関係を正しく結びつけることができるかを問う問題です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 固有X線の発生原理: 加速電子によって原子の内殻に生じた空席に、より外側の軌道にある電子が遷移(落下)する際に、そのエネルギー準位の差に相当する光子が放出される現象であること。
- エネルギー準位の構造: 原子内のエネルギー準位はとびとびの値(量子化)をとり、内側の軌道ほどエネルギーが低く、準位間の間隔は内側ほど広くなっていること。
- エネルギー差と光子の波長の関係: 放出される光子のエネルギー\(E\)は遷移前後のエネルギー差\(\Delta E\)に等しく、その波長\(\lambda\)とは \(E = \Delta E = hc/\lambda\) の関係があること。つまり、エネルギー差が小さいほど波長は長くなります。
- 遷移確率とスペクトル強度: 一般に、隣り合う準位からの遷移の方が、より遠くの準位からの遷移よりも起こりやすい(遷移確率が高い)ため、スペクトルの強度が強くなる傾向があること。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 「すぐ外側の軌道からの遷移」という言葉が、物理的にどのようなエネルギー遷移に対応するのかを解釈します。
- そのエネルギー遷移の大きさと、放出されるX線光子の波長の長短の関係を考えます。
- 図2のグラフから、\(\lambda_1\)と\(\lambda_2\)の波長の大小関係を読み取り、対応するX線を選択します。
固有X線の波長の同定
思考の道筋とポイント
固有X線は、原子内の電子がエネルギー準位の高い軌道から低い軌道へ「飛び降りる」際に放出される光です。このとき放出される光子のエネルギーは、飛び降りる前後の「落差」(エネルギー準位の差)に等しくなります。
問題で問われている「空席が生じた軌道のすぐ外側の軌道から電子が移る」というのは、考えられる様々な「飛び降り」の中で、最も落差が小さいケースを指しています。
光子のエネルギーと波長は反比例の関係(\(E=hc/\lambda\))にあるため、「最小の落差(最小エネルギー)」は「最長の波長」に対応します。
したがって、グラフに示された2つの固有X線 \(\lambda_1\) と \(\lambda_2\) のうち、波長が長い方を選べばよい、という結論に至ります。
この設問における重要なポイント
- 固有X線は、エネルギー準位間の電子遷移によって発生する。
- 遷移のエネルギー差 \(\Delta E\) と放出される光子の波長 \(\lambda\) は反比例の関係にある (\(\Delta E = hc/\lambda\))。
- 「すぐ外側」からの遷移は、考えられる遷移の中で \(\Delta E\) が最小の遷移に対応する。
具体的な解説と立式
固有X線は、原子の内殻に生じた空席に、外側の軌道にある電子が遷移(落下)することで発生します。
放出されるX線光子1個のエネルギーを\(E\)、波長を\(\lambda\)、振動数を\(\nu\)とすると、
$$
\begin{aligned}
E &= h\nu \\[2.0ex]
&= \frac{hc}{\lambda}
\end{aligned}
$$
です。このエネルギー\(E\)は、電子が遷移する前後のエネルギー準位の差\(\Delta E\)に等しくなります。
$$
\begin{aligned}
\Delta E &= \frac{hc}{\lambda}
\end{aligned}
$$
この式から、エネルギー差\(\Delta E\)が小さいほど、放出される光の波長\(\lambda\)は長くなることがわかります。
「空席が生じた軌道のすぐ外側の軌道から電子が移る」という現象は、その空席を満たすために起こりうる遷移の中で、エネルギー準位の差\(\Delta E\)が最も小さい遷移を意味します。
したがって、この遷移によって放出されるX線は、対応する固有X線の中で最も波長が長くなります。
図2のグラフを見ると、2つの固有X線の波長\(\lambda_1\)と\(\lambda_2\)では、\(\lambda_2\)の方が横軸の右側にあり、波長が長いことがわかります。
よって、問題で問われているX線は\(\lambda_2\)であると結論できます。
使用した物理公式
- 光子のエネルギー: \(E = hc/\lambda\)
- エネルギー準位と光子放出の関係: \(\Delta E = hc/\lambda\)
この問題は定性的な理解を問うものであり、具体的な計算はありません。
固有X線は、原子の中の電子が、空席になった内側の席に「飛び降りる」ときに出る光です。
「すぐ外側の軌道から」というのは、一番小さな段差を飛び降りることに相当します。
物理の法則では、段差(エネルギー差)が小さいほど、出てくる光のエネルギーも小さく、その分だけ波長は長くなります。
グラフで\(\lambda_1\)と\(\lambda_2\)を比べると、\(\lambda_2\)の方が右側にあって波長が長いので、答えは\(\lambda_2\)です。
ちなみに、グラフの山の高さ(強度)は、その光がどれだけたくさん出るかを表しています。すぐ隣の席から飛び移る方が、遠くから飛び移るよりも起こりやすい(確率が高い)ので、\(\lambda_2\)の山の方が高くなっている、というのも納得できる話です。
答えは\(\lambda_2\)となります。エネルギー準位差が小さい遷移ほど波長が長くなるという物理法則と、グラフの読み取りが正しく結びついています。
また、一般的に隣接する軌道からの遷移は、より外側の軌道からの遷移よりも発生確率が高く、スペクトル強度が強くなる傾向があります。図2で\(\lambda_2\)のピークが\(\lambda_1\)よりも高いことは、この物理的な事実とも整合性がとれており、結論の妥当性を裏付けています。
思考の道筋とポイント
原子内の電子の軌道を、内側からK殻(\(n=1\))、L殻(\(n=2\))、M殻(\(n=3\))といった具体的な殻構造モデルで考えます。
固有X線が発生する典型的な例として、最も内側のK殻に空席ができた場合を想定します。この空席に、「すぐ外側」のL殻から電子が遷移する場合と、「さらに外側」のM殻から電子が遷移する場合のエネルギー差を比較し、どちらが\(\lambda_1\)、\(\lambda_2\)に対応するかを同定します。
この設問における重要なポイント
- 原子殻は内側からK殻(\(n=1\))、L殻(\(n=2\))、M殻(\(n=3\))と呼ばれる。
- エネルギー準位は \(E_n \propto -1/n^2\) で与えられ、\(n\)が小さいほどエネルギーは低い(負に大きい)。
- 準位間のエネルギー差は、\(|E_2 – E_1| < |E_3 – E_1|\) のように、遷移元が遠くなるほど大きくなる。
具体的な解説と立式
固有X線は、加速電子によって内殻の電子が弾き飛ばされ、そこに生じた空席に外殻の電子が遷移することで発生します。
例えば、最も内側のK殻(\(n=1\))に空席ができた場合を考えます。
- 「すぐ外側の軌道」であるL殻(\(n=2\))から電子が遷移する場合、放出されるX線はKα線と呼ばれます。そのエネルギー差は \(\Delta E_{\text{L→K}} = E_2 – E_1\) です。
- さらに外側のM殻(\(n=3\))から電子が遷移する場合、放出されるX線はKβ線と呼ばれます。そのエネルギー差は \(\Delta E_{\text{M→K}} = E_3 – E_1\) です。
エネルギー準位は \(E_n \propto -1/n^2\) なので、\(E_1 < E_2 < E_3 < \dots < 0\) という大小関係があります。
したがって、エネルギー差を比較すると、
$$
\begin{aligned}
\Delta E_{\text{M→K}} – \Delta E_{\text{L→K}} &= (E_3 – E_1) – (E_2 – E_1) \\[2.0ex]
&= E_3 – E_2 > 0
\end{aligned}
$$
となり、\(\Delta E_{\text{M→K}} > \Delta E_{\text{L→K}}\) であることがわかります。
放出される光の波長はエネルギー差に反比例するため、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{M→K}} &< \lambda_{\text{L→K}}
\end{aligned}
$$
となります。
グラフ上の\(\lambda_1\)と\(\lambda_2\)は、\(\lambda_1 < \lambda_2\)なので、波長の短い\(\lambda_1\)がKβ線(M→K遷移)、波長の長い\(\lambda_2\)がKα線(L→K遷移)に対応します。
問題で問われている「すぐ外側の軌道からの遷移」はKα線、すなわち\(\lambda_2\)に相当します。
使用した物理公式
- エネルギー準位の式: \(E_n \propto -1/n^2\)
- エネルギー差と波長の関係: \(\Delta E = hc/\lambda\)
この問題は定性的な理解を問うものであり、具体的な計算はありません。
原子の中の電子の席を、内側から「1階席(K殻)」「2階席(L殻)」「3階席(M殻)」と呼びます。
固有X線は、例えば空席になった1階席に、上の階の席から電子が落ちてくるときに出る光です。
「すぐ外側」から落ちてくるのは、2階席から1階席への移動です(これをKα線と呼びます)。
グラフのもう一方の線は、さらに外側の3階席から1階席への移動に対応します(これをKβ線と呼びます)。
エネルギーの階段は、内側(階数が低い)ほど1段の高さが大きくなっています。そのため、「3階→1階」の落差は「2階→1階」の落差よりも大きくなります。
落差が大きいほど波長は短くなるので、波長の短い\(\lambda_1\)が「3階→1階」の光、波長の長い\(\lambda_2\)が「2階→1階」の光に対応します。
答えは\(\lambda_2\)となります。具体的な原子モデルに当てはめても、主たる解法と同じ結論が得られました。Kα線がKβ線よりも波長が長く、強度が強いという一般的な事実とも一致します。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- エネルギー準位差と放出光子の波長の関係:
- 核心: この問題の根幹は、固有X線の発生が原子内のエネルギー準位間の電子遷移によるものであることを理解し、「遷移のエネルギー差が大きいほど、放出される光子のエネルギーは大きく、波長は短くなる」という基本的な関係を正しく適用することにあります。
- 理解のポイント:
- エネルギー保存則: \(\Delta E = E_{\text{前}} – E_{\text{後}} = h\nu = h\frac{c}{\lambda}\)
- 反比例の関係: この式から、\(\Delta E\) と \(\lambda\) は反比例の関係にあることがわかります。
- 「すぐ外側」の解釈: 「空席が生じた軌道のすぐ外側の軌道からの遷移」とは、その空席を埋めるために起こりうる遷移の中で、エネルギー差 \(\Delta E\) が「最小」になるケースを指します。
- 結論への連鎖: 「最小のエネルギー差」 \(\Leftrightarrow\) 「最小の光子エネルギー」 \(\Leftrightarrow\) 「最長の光子波長」。この論理的な連鎖をたどることが、この問題を解くための思考プロセスです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 水素原子のスペクトル: 水素原子のバルマー系列(\(n \to 2\)の遷移)において、Hα線(\(n=3 \to 2\))、Hβ線(\(n=4 \to 2\))、Hγ線(\(n=5 \to 2\))の波長の大小関係を問う問題。
- エネルギー差は \( \Delta E_{3\to2} < \Delta E_{4\to2} < \Delta E_{5\to2} \) となるため、波長は \(\lambda_{\alpha} > \lambda_{\beta} > \lambda_{\gamma}\) となります。考え方は本問と全く同じです。
- 蛍光X線分析: 物質にX線を照射し、発生する固有X線の波長を測定することで、物質に含まれる元素を特定する分析手法。
- 固有X線の波長は原子番号に固有であるため、スペクトルのピーク位置(\(\lambda_1, \lambda_2\))を調べることで、ターゲット物質が何であるかを知ることができます。
- 水素原子のスペクトル: 水素原子のバルマー系列(\(n \to 2\)の遷移)において、Hα線(\(n=3 \to 2\))、Hβ線(\(n=4 \to 2\))、Hγ線(\(n=5 \to 2\))の波長の大小関係を問う問題。
- 初見の問題での着眼点:
- エネルギー準位図を描く: 問題文を読んだら、まずエネルギー準位を模式的に描きます。下に行くほどエネルギーが低く、準位の間隔は下に行くほど広くなるように描くのがポイントです。
- 遷移の矢印を描き込む: 問題で問われている遷移(例:「すぐ外側から」)と、比較対象となる遷移(例:「さらに外側から」)を、準位図に下向きの矢印で描き込みます。
- 矢印の長さを比較する: 描いた矢印の長さを比較します。矢印の長さがエネルギー差\(\Delta E\)に対応します。
- 波長に翻訳する: 「矢印が短い(\(\Delta E\)が小) \(\Rightarrow\) 波長\(\lambda\)は長い」、「矢印が長い(\(\Delta E\)が大) \(\Rightarrow\) 波長\(\lambda\)は短い」というルールに従って、波長の大小関係を判断します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- エネルギーと波長の関係の混同:
- 誤解: エネルギー差が小さいのだから、波長も短いだろう、と直感的に比例関係で考えてしまう。
- 対策: 関係式 \(E=hc/\lambda\) を常に思い出し、「エネルギーと波長は反比例する」ということを徹底的に頭に叩き込みましょう。エネルギーが大きい光は、波が激しく振動している(振動数が大きい)ため、波の山から山までの長さ(波長)は短くなる、というイメージを持つと忘れにくくなります。
- 原子殻のエネルギーの大小関係:
- 誤解: K殻(\(n=1\))、L殻(\(n=2\))と量子数が大きくなるので、エネルギーも \(E_1 < E_2\) ではなく \(E_1 > E_2\) と勘違いしてしまう。
- 対策: エネルギー準位の式 \(E_n = -A/n^2\) (\(A\)は正の定数) を思い出してください。エネルギーは負の値であり、\(n\)が大きくなるほど0に近づく、つまりエネルギーは高くなります。原子核の強い引力に束縛されている内側の電子ほど、位置エネルギーが低く、全エネルギーも低い(負に大きい)と理解しましょう。
- グラフの横軸の読み取り:
- 誤解: グラフのピークの位置を、エネルギーや振動数と勘違いしてしまう。
- 対策: グラフを見たら、まず横軸と縦軸が何を表しているかを必ず確認する癖をつけましょう。このグラフの横軸は波長\(\lambda\)なので、右に行くほど波長が「長い」ことを意味します。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(\Delta E = hc/\lambda\):
- 選定理由: この問題は、「電子の遷移」という原子内部のエネルギー変化と、その結果として観測される「光の波長」を結びつけることを要求しています。この2つの異なる物理現象をつなぐ唯一の架け橋が、このエネルギー保存則の式です。
- 適用根拠: これはアインシュタインの光量子仮説とボーアの原子模型の考え方を組み合わせたものです。原子が電子遷移によってエネルギー\(\Delta E\)を失うとき、そのエネルギーはどこかへ消えるわけではなく、1個の光子という形で完全にエネルギーが保存されたまま放出される、という物理的描像を数式化したものです。
- エネルギー準位の構造 (\(E_n \propto -1/n^2\)):
- 選定理由: 「すぐ外側」と「さらに外側」からの遷移で、どちらのエネルギー差が大きいかを比較するために、エネルギー準位が量子数\(n\)に対してどのように変化するかの知識が必要です。
- 適用根拠: この関係は、ボーア模型の運動方程式と量子条件から導出される理論的な結論です。この式が示す重要な性質は、準位の間隔 \(\Delta E = E_{n+1} – E_n\) が、\(n\)が小さい(内側の殻)ほど大きくなるということです。この性質が、Kα線とKβ線のエネルギー差(波長差)を生み出す根源となっています。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 定性的な問題での思考の可視化:
- このような計算のない問題では、思考のプロセスを「見える化」することがミスを防ぎます。
- エネルギー準位図: 前述のように、簡単なエネルギー準位図を描き、遷移の矢印を書き込む。
- 連想チェーン: 「すぐ外側」 \(\rightarrow\) 「\(\Delta E\)最小」 \(\rightarrow\) 「\(\lambda\)最大」 \(\rightarrow\) 「グラフの右側」のように、キーワードを矢印でつないで論理の流れを書き出す。
- このような簡単な図やメモが、直感的な間違いを防ぎ、論理的な思考を助けます。
- このような計算のない問題では、思考のプロセスを「見える化」することがミスを防ぎます。
- グラフの強度にも注目する(検算として):
- 模範解答の補足にもあるように、一般に隣接する準位からの遷移(この問題では\(\lambda_2\)に対応)は、より遠くの準位からの遷移(\(\lambda_1\)に対応)よりも起こる確率が高いです。
- 発生確率が高いということは、放出される光子の数が多く、X線の強度が強いことを意味します。
- グラフを見ると、\(\lambda_2\)のピークの高さ(強度)は\(\lambda_1\)よりも高くなっています。この観測事実も、「すぐ外側からの遷移は\(\lambda_2\)である」という結論を裏付ける強力な根拠となります。このように、複数の観点から結論が支持されるかを確認することで、解答の信頼性を高めることができます。
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18 原子核の構造
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「同位体と平均原子量」です。自然界に存在する元素が、質量数の異なる複数の同位体(アイソトープ)の混合物であることを理解し、それらの存在比を考慮して平均の原子量を計算する問題です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 同位体の定義: 原子番号(陽子の数)が同じで、中性子の数が異なるために質量数が異なる原子同士のこと。
- 質量数と原子量: 原子量は、炭素12(\({}^{12}\text{C}\))の質量を基準(\(12\))とした相対的な質量です。一般に、同位体の原子量はその質量数に非常に近い値となります。この問題では、質量数をそのまま原子量として近似計算します。
- 平均原子量の計算(加重平均): 平均原子量は、各同位体の原子量にその天然存在比(パーセンテージ)を掛けて、すべて足し合わせる「加重平均」によって求められます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- \({}^{35}\text{Cl}\)と\({}^{37}\text{Cl}\)の原子量を、それぞれの質量数である\(35\)と\(37\)とします。
- それぞれの存在比 \(75\%\) と \(25\%\) を小数(\(0.75, 0.25\))に直します。
- 「(原子量1 \(\times\) 存在比1) + (原子量2 \(\times\) 存在比2)」の加重平均の式を立てて、平均原子量を計算します。