問題61 (佐賀大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、ばねで連結された2つの物体が、水平でなめらかな床の上で振動する「二体問題」を扱っています。特に、2物体の運動を「重心の運動」と「相対運動」に分けて考えることがテーマとなっています。
この問題の核心は、系全体に外力がはたらかないため「運動量保存則」が成り立つこと、そして保存力である弾性力のみが仕事をするため「力学的エネルギー保存則」が成り立つことを理解し、これらを連立して解くことです。また、後半では相対座標を用いることで、複雑な二体問題が見かけ上、単一の物体の単振動(換算質量を持つ物体の運動)として扱えることを示しています。
- 物体A, B: 質量はそれぞれ \(m_A\), \(m_B\)。
- ばね: 自然の長さ \(l\)、ばね定数 \(k\)。
- 床: 水平でなめらか(摩擦なし)。
- 初期条件: ばねの長さを \(L\) (\(L>l\)) に引き伸ばし、2物体を静かにはなす。
- 座標: 図の右向きを正とする。
- 変数:
- 位置: \(x_A\), \(x_B\)
- 速度: \(v_A\), \(v_B\)
- 加速度: \(a_A\), \(a_B\)
- ばねの伸び: \(X = x_B – x_A – l\)
- 相対加速度: \(a = a_B – a_A\)
- (1) 手をはなす直前のばねの弾性エネルギー。
- (2) ばねが自然の長さにもどった瞬間のAとBの速度。
- (3) 重心の座標 \(x_G\)。
- (4) A, Bそれぞれの運動方程式(\(X\)を使用)。
- (5) 相対運動の単振動の式 \(Ma=-kX\) を導き、換算質量 \(M\) と角振動数 \(\omega\) を求める。
- (6) \(X\) と \(x_A\) を時刻 \(t\) の関数として表す。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「連結された2物体の運動」と「単振動」です。重心運動と相対運動という2つの視点から問題を解き明かしていきます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 運動量保存則: 2物体を一つの「系」とみなしたとき、水平方向には外力がはたらかないため、系の全運動量は常に保存されます。
- 力学的エネルギー保存則: 系にはたらく力は内力である弾性力のみで、非保存力(摩擦など)ははたらかないため、系の力学的エネルギー(運動エネルギーと弾性エネルギーの和)は常に保存されます。
- 重心: 系の重心は、外力がはたらかない限り、静止し続けるか等速直線運動を続けます。今回は初速0なので、重心は動きません。
- 相対運動と換算質量: 2物体の相対運動に着目すると、その運動は質量が「換算質量 \(M = \frac{m_A m_B}{m_A+m_B}\)」である単一の物体が、同じばね定数\(k\)のばねで単振動する運動と等価になります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、与えられた初期条件から、エネルギー保存則と運動量保存則を用いて、特定の瞬間の速度を求めます(問1, 2)。
- 次に、重心の定義式と、各物体にはたらく力を考えて運動方程式を立てます(問3, 4)。
- 2つの運動方程式から、相対運動に関する運動方程式を導き、それを単振動の基本形式と比較することで、換算質量と角振動数を求めます(問5)。
- 最後に、相対運動が単振動であることと、重心が静止していることを利用して、各物体の位置を時刻の関数として表現します(問6)。
問(1)
思考の道筋とポイント
ばねの弾性エネルギーの公式 \(U = \displaystyle\frac{1}{2}kx^2\) を用います。ここで \(x\) は「ばねの自然の長さからの伸びまたは縮み」です。
この設問における重要なポイント
- 弾性エネルギーの公式を正しく理解していること。
- ばねの「伸び」を正しく計算すること。
具体的な解説と立式
- ばねの自然の長さ: \(l\)
- 引き伸ばされたときの長さ: \(L\)
したがって、ばねの伸びは \(L-l\) です。
弾性エネルギーの公式に、ばねの伸び \(x = L-l\) を代入します。
$$U = \frac{1}{2}k(L-l)^2$$
使用した物理公式
- ばねの弾性エネルギー: \(U = \displaystyle\frac{1}{2}kx^2\)
この設問は公式に代入するだけであり、これ以上の計算はありません。
ばねを伸ばしたり縮めたりすると、エネルギーが蓄えられます。そのエネルギーの大きさは、公式「(1/2) × ばね定数 × (伸びまたは縮み)²」で計算できます。ここでは、ばねがどれだけ伸びているかを計算し、公式に当てはめます。
弾性エネルギーは \(\displaystyle\frac{1}{2}k(L-l)^2\) です。これは公式通りの基本的な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
手をはなしてから、ばねが自然の長さに戻るまでの運動を考えます。この過程で、2物体からなる系には水平方向の外力がはたらかないので「運動量保存則」が、また保存力である弾性力しか仕事をしないので「力学的エネルギー保存則」が成り立ちます。この2つの保存則を連立して、2物体の速度を求めます。
この設問における重要なポイント
- 系全体で運動量と力学的エネルギーが保存されることを理解する。
- 初状態(手をはなす直前)と終状態(自然長に戻った瞬間)のそれぞれの物理量を正しく設定する。
具体的な解説と立式
- 初状態:
- 速度: \(v_A = 0\), \(v_B = 0\)
- 全運動量: \(P_i = m_A(0) + m_B(0) = 0\)
- 力学的エネルギー: \(E_i = \frac{1}{2}k(L-l)^2\) (運動エネルギーは0)
- 終状態(ばねが自然長に戻った瞬間):
- 速度: \(v_A\), \(v_B\)
- ばねの伸び: 0
- 全運動量: \(P_f = m_A v_A + m_B v_B\)
- 力学的エネルギー: \(E_f = \frac{1}{2}m_A v_A^2 + \frac{1}{2}m_B v_B^2\) (弾性エネルギーは0)
保存則の式を立てます。
- 運動量保存則 (\(P_i = P_f\)):
$$0 = m_A v_A + m_B v_B \quad \cdots ①$$ - 力学的エネルギー保存則 (\(E_i = E_f\)):
$$\frac{1}{2}k(L-l)^2 = \frac{1}{2}m_A v_A^2 + \frac{1}{2}m_B v_B^2 \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 運動量保存則: \(\sum m_i v_i = \text{一定}\)
- 力学的エネルギー保存則: \(\sum \frac{1}{2}m_i v_i^2 + U = \text{一定}\)
未知数が \(v_A\) と \(v_B\) の2つなので、連立方程式を解きます。
まず、式①から \(v_B\) を \(v_A\) で表します。
$$v_B = -\frac{m_A}{m_B}v_A \quad \cdots ③$$
次に、これを式②に代入します。
$$
\begin{aligned}
k(L-l)^2 &= m_A v_A^2 + m_B v_B^2 \\[2.0ex]k(L-l)^2 &= m_A v_A^2 + m_B \left(-\frac{m_A}{m_B}v_A\right)^2 \\[2.0ex]k(L-l)^2 &= m_A v_A^2 + m_B \frac{m_A^2}{m_B^2}v_A^2 \\[2.0ex]k(L-l)^2 &= m_A v_A^2 + \frac{m_A^2}{m_B}v_A^2 \\[2.0ex]k(L-l)^2 &= m_A\left(1 + \frac{m_A}{m_B}\right)v_A^2 \\[2.0ex]k(L-l)^2 &= m_A\left(\frac{m_B+m_A}{m_B}\right)v_A^2
\end{aligned}
$$
\(v_A^2\) について解くと、
$$v_A^2 = \frac{m_B k(L-l)^2}{m_A(m_A+m_B)}$$
ばねが自然長に戻る瞬間、物体Aは右向き(正の向き)に動くので \(v_A > 0\) です。したがって、
$$v_A = \sqrt{\frac{m_B k(L-l)^2}{m_A(m_A+m_B)}} = (L-l)\sqrt{\frac{m_B k}{m_A(m_A+m_B)}}$$
この結果を式③に代入して \(v_B\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
v_B &= -\frac{m_A}{m_B}v_A \\[2.0ex]&= -\frac{m_A}{m_B} \left( (L-l)\sqrt{\frac{m_B k}{m_A(m_A+m_B)}} \right) \\[2.0ex]&= -(L-l) \frac{m_A}{m_B} \sqrt{\frac{m_B k}{m_A(m_A+m_B)}} \\[2.0ex]&= -(L-l) \sqrt{\frac{m_A^2}{m_B^2} \frac{m_B k}{m_A(m_A+m_B)}} \\[2.0ex]&= -(L-l) \sqrt{\frac{m_A k}{m_B(m_A+m_B)}}
\end{aligned}
$$
別解: エネルギーの分配則を利用
具体的な解説と立式
この現象は、静止していた物体が内力によって分裂する「分裂」と同じモデルと見なせます。このとき、解放されたエネルギー(今回は弾性エネルギー)は、各物体の運動エネルギーとして、質量の逆比に分配されます。
解放されるエネルギーは \(E = \displaystyle\frac{1}{2}k(L-l)^2\) です。
物体AとBの運動エネルギーの比は、
$$K_A : K_B = \frac{1}{m_A} : \frac{1}{m_B} = m_B : m_A$$
したがって、物体Aが得る運動エネルギー \(K_A\) は、
$$\frac{1}{2}m_A v_A^2 = E \times \frac{m_B}{m_A+m_B}$$
同様に、物体Bが得る運動エネルギー \(K_B\) は、
$$\frac{1}{2}m_B v_B^2 = E \times \frac{m_A}{m_A+m_B}$$
\(K_A\) の式から \(v_A\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}m_A v_A^2 &= \frac{1}{2}k(L-l)^2 \frac{m_B}{m_A+m_B} \\[2.0ex]m_A v_A^2 &= k(L-l)^2 \frac{m_B}{m_A+m_B} \\[2.0ex]v_A^2 &= \frac{m_B k(L-l)^2}{m_A(m_A+m_B)}
\end{aligned}
$$
\(v_A > 0\) なので、
$$v_A = (L-l)\sqrt{\frac{m_B k}{m_A(m_A+m_B)}}$$
同様に \(K_B\) の式から \(v_B\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}m_B v_B^2 &= \frac{1}{2}k(L-l)^2 \frac{m_A}{m_A+m_B} \\[2.0ex]m_B v_B^2 &= k(L-l)^2 \frac{m_A}{m_A+m_B} \\[2.0ex]v_B^2 &= \frac{m_A k(L-l)^2}{m_B(m_A+m_B)}
\end{aligned}
$$
物体Bは左向き(負の向き)に動くので \(v_B < 0\) です。
$$v_B = -(L-l)\sqrt{\frac{m_A k}{m_B(m_A+m_B)}}$$
初めにばねが持っていた弾性エネルギーが、2つの物体の運動エネルギーに変わります。これがエネルギー保存則です。また、全体としては外から力を受けていないので、2つの物体の運動量を合計したものは常にゼロのままです。これが運動量保存則です。この2つのルールを連立方程式として解くことで、それぞれの物体の速度がわかります。
ばねが自然長に戻ったときの速度は、
\(v_A = (L-l)\sqrt{\displaystyle\frac{m_B k}{m_A(m_A+m_B)}}\), \(v_B = -(L-l)\sqrt{\displaystyle\frac{m_A k}{m_B(m_A+m_B)}}\)
となります。\(v_A\) が正、\(v_B\) が負となり、それぞれが内側に向かって動くという物理的な状況と一致しています。また、質量の逆比で速度が分配されていることもわかります。
問(3)
思考の道筋とポイント
重心の座標の定義式を書くだけの問題です。
この設問における重要なポイント
- 2物体の重心の座標の公式を正しく覚えていること。
具体的な解説と立式
質量 \(m_A\), \(m_B\) の物体がそれぞれ位置 \(x_A\), \(x_B\) にあるとき、その重心の座標 \(x_G\) は、
$$x_G = \frac{m_A x_A + m_B x_B}{m_A + m_B}$$
使用した物理公式
- 重心の座標の定義式
この設問は定義式を記述するものであり、これ以上の計算はありません。
2つの物体の「真ん中」にあたる重心の位置は、それぞれの物体の「質量 × 位置」を足し合わせて、全体の質量で割ることで計算できます。これは公式そのものです。
重心の座標は \(x_G = \displaystyle\frac{m_A x_A + m_B x_B}{m_A + m_B}\) です。これは重心の定義そのものです。
問(4)
思考の道筋とポイント
物体Aと物体B、それぞれについて運動方程式を立てます。各物体にはたらく力は、ばねからの弾性力のみです。
この設問における重要なポイント
- 物体AとBを別々の物体として考える。
- ばねの伸びが \(X\) のとき、ばねが物体を引く力の大きさは \(kX\)。
- 物体Aにはたらく力は右向き(正)、物体Bにはたらく力は左向き(負)であることに注意する。
具体的な解説と立式
ばねの伸びが \(X\) のとき、ばねは両端の物体を大きさ \(kX\) の力で引きます。
- 物体Aについて:
- はたらく力: ばねから右向き(正の向き)に大きさ \(kX\) の力を受ける。
- 運動方程式: \(m_A a_A = kX\)
- 物体Bについて:
- はたらく力: ばねから左向き(負の向き)に大きさ \(kX\) の力を受ける。
- 運動方程式: \(m_B a_B = -kX\)
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- フックの法則: \(F=kx\)
この設問は運動方程式を立てるものであり、これ以上の計算はありません。
物体Aと物体Bは、それぞればねに引っ張られて運動します。ニュートンの法則 \(ma=F\) に従って、それぞれの物体について「質量 × 加速度 = 力」という式を立てます。このとき、ばねが物体を引く力の向きに注意が必要です。
運動方程式は、Aについては \(m_A a_A = kX\)、Bについては \(m_B a_B = -kX\) となります。2物体にはたらく力の大きさが等しく、向きが逆になっていることが確認できます。
問(5)
思考の道筋とポイント
問(4)で立てた2つの運動方程式を用いて、相対加速度 \(a = a_B – a_A\) とばねの伸び \(X\) の関係式を導きます。その式を、単振動の基本形式 \(Ma=-kX\) と比較することで、質量に相当する \(M\)(換算質量)と角振動数 \(\omega\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 問(4)の結果から \(a_A\) と \(a_B\) を求め、\(a = a_B – a_A\) に代入する。
- 得られた式を \(Ma=-kX\) の形に整理する。
具体的な解説と立式
問(4)の結果から、
$$a_A = \frac{kX}{m_A}$$
$$a_B = -\frac{kX}{m_B}$$
これらを相対加速度の定義式 \(a = a_B – a_A\) に代入します。
$$a = \left(-\frac{kX}{m_B}\right) – \left(\frac{kX}{m_A}\right)$$
使用した物理公式
- 運動方程式
- 単振動の運動方程式: \(Ma=-kX\)
上の式を整理して、\(Ma=-kX\) の形を目指します。
$$
\begin{aligned}
a &= -\left(\frac{1}{m_A} + \frac{1}{m_B}\right)kX \\[2.0ex]a &= -\left(\frac{m_A+m_B}{m_A m_B}\right)kX
\end{aligned}
$$
この式の両辺に \(\displaystyle\frac{m_A m_B}{m_A+m_B}\) を掛けると、
$$\left(\frac{m_A m_B}{m_A+m_B}\right)a = -kX$$
この式を \(Ma=-kX\) と比較すると、質量に相当する \(M\) は、
$$M = \frac{m_A m_B}{m_A+m_B}$$
この \(M\) は換算質量と呼ばれます。
次に、角振動数 \(\omega\) を求めます。単振動の式 \(a = -\omega^2 X\) と、導出した \(a = -\left(\displaystyle\frac{m_A+m_B}{m_A m_B}\right)kX\) を比較します。
$$\omega^2 = \frac{k(m_A+m_B)}{m_A m_B}$$
これは \(\omega^2 = k/M\) とも書けます。したがって、角振動数 \(\omega\) は、
$$\omega = \sqrt{\frac{k(m_A+m_B)}{m_A m_B}}$$
2つの物体の動きを直接追いかけるのは大変なので、代わりに「2つの物体がどれだけ離れたり近づいたりするか」という相対的な動きに注目します。それぞれの運動方程式を組み合わせることで、この相対的な動きが、あたかも「換算質量」という特別な質量を持つ1つの物体が単振動しているかのように記述できることがわかります。この見方から、振動の周期などを計算できます。
質量に相当する \(M\) は換算質量 \(\displaystyle\frac{m_A m_B}{m_A+m_B}\) であり、角振動数 \(\omega\) は \(\sqrt{\displaystyle\frac{k(m_A+m_B)}{m_A m_B}}\) です。これは二体問題における既知の重要な結果です。
問(6)
思考の道筋とポイント
時刻 \(t\) の関数として、ばねの伸び \(X\) と物体Aの位置 \(x_A\) を求めます。
- \(X(t)\): 相対運動が角振動数 \(\omega\) の単振動であることから求めます。初期条件(\(t=0\) で \(X=0\))と振幅を考慮します。
- \(x_A(t)\): 重心が静止していること(\(x_G\)が一定)と、\(X\) と \(x_A\), \(x_B\) の関係式を連立して求めます。
この設問における重要なポイント
- 相対運動は、振幅 \(A = L-l\)、角振動数 \(\omega\) の単振動。
- \(t=0\) で \(X=0\) であり、その後 \(X\) は負(縮む)になるので、\(X(t) = -A\sin(\omega t)\) の形になる。
- 重心は初めの位置から動かない。
具体的な解説と立式
1. \(X(t)\) を求める
相対運動は単振動であり、その方程式は \(X(t) = A\cos(\omega t + \phi)\) または \(A\sin(\omega t + \phi)\) と書けます。
- 振幅: 手をはなしたときの伸びが \(L-l\) なので、振幅は \(A = L-l\)。
- 初期条件: \(t=0\) でばねは自然長なので \(X(0)=0\)。この瞬間、物体は内側に向かって動いているので、ばねは縮み始めます(\(X\) は負になる)。
\(X(0)=0\) を満たすのは \(\sin\) 型です。また、\(t>0\) で \(X<0\) となるためには、係数が負である必要があります。
したがって、
$$X(t) = -(L-l)\sin(\omega t)$$
2. \(x_A(t)\) を求める
重心 \(x_G\) は動きません。任意の時刻 \(t\) において、
$$x_G = \frac{m_A x_A + m_B x_B}{m_A+m_B} \quad \cdots ④$$
また、ばねの伸びの定義から、
$$X = x_B – x_A – l \quad \cdots ⑤$$
式④から \(x_B\) を、式⑤から \(X\) を使って \(x_A\) を求めます。
式④より: \(x_B = \displaystyle\frac{(m_A+m_B)x_G – m_A x_A}{m_B}\)
これを式⑤に代入します。
$$X = \frac{(m_A+m_B)x_G – m_A x_A}{m_B} – x_A – l$$
使用した物理公式
- 単振動の変位の式: \(x = A\sin(\omega t + \phi)\)
- 重心の定義式
この式を \(x_A\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
m_B X &= (m_A+m_B)x_G – m_A x_A – m_B x_A – m_B l \\[2.0ex]m_B X &= (m_A+m_B)x_G – (m_A+m_B)x_A – m_B l \\[2.0ex](m_A+m_B)x_A &= (m_A+m_B)x_G – m_B X – m_B l \\[2.0ex]x_A &= x_G – \frac{m_B}{m_A+m_B}(X+l)
\end{aligned}
$$
ここに \(X(t) = -(L-l)\sin(\omega t)\) を代入します。
$$x_A(t) = x_G – \frac{m_B}{m_A+m_B}\{l – (L-l)\sin(\omega t)\}$$
ばねの伸び縮み \(X\) は、単純なサインカーブを描きます。振幅は最初の伸び \(L-l\) で、\(t=0\) で伸びがゼロになることから、\(X = -(L-l)\sin(\omega t)\) となります。
一方、物体Aの位置を知るには、もう一つの情報が必要です。それは「全体の重心は動かない」という事実です。重心の位置を表す式と、ばねの伸びを表す式を連立方程式として解くことで、物体Aの位置 \(x_A\) を時刻の関数として求めることができます。
時刻 \(t\) の関数として、
\(X(t) = -(L-l)\sin(\omega t)\)
\(x_A(t) = x_G – \displaystyle\frac{m_B}{m_A+m_B}\{l – (L-l)\sin(\omega t)\}\)
となります。\(t=0\) で \(X=0\)、\(x_A = x_G – \frac{m_B l}{m_A+m_B}\) となり、物理的な状況と一致しています。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動量保存則:
- 核心: 2物体を一つの系として見たとき、水平方向には外力が作用しないため、系の全運動量は常に保存されます。特に、初めに系全体が静止していた場合、全運動量は常にゼロです (\(m_A \vec{v_A} + m_B \vec{v_B} = \vec{0}\))。
- 理解のポイント: この法則は、2物体の速度の関係を縛る強力な条件式を与えます。(2)では、この法則があるからこそ、2つの未知数(\(v_A, v_B\))を求めることができます。
- 力学的エネルギー保存則:
- 核心: 系にはたらく力は、保存力であるばねの弾性力(内力)のみです。摩擦などの非保存力が仕事をしないため、系の力学的エネルギー(2物体の運動エネルギーとばねの弾性エネルギーの和)は常に保存されます。
- 理解のポイント: (2)で運動量保存則と連立して速度を求める際に不可欠です。初めの弾性エネルギーが、運動の過程で2物体の運動エネルギーに変換されていく様子を定量的に記述します。
- 相対運動と換算質量:
- 核心: 2物体の相対運動(一方から見たもう一方の運動)だけを取り出すと、その運動は、質量が「換算質量 \(M = \frac{m_A m_B}{m_A+m_B}\)」である単一の物体が、同じばねで単振動する運動と数学的に等価になります。
- 理解のポイント: (5)で導出するこの考え方は、二体問題を単体問題に帰着させるための非常に強力なテクニックです。複雑に見える2物体の運動も、「重心の運動(この場合は静止)」と「換算質量による単振動」という2つの単純な運動の重ね合わせとして理解できることを示しています。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 天体の二体問題: 2つの星が互いの万有引力によって運動する問題。万有引力も内力なので、運動量と(角運動量も)保存されます。相対運動を考えることで、惑星の軌道問題を解くことができます。
- 衝突問題: 2物体の衝突も、内力のみがはたらく短時間の現象とみなせば、運動量保存則が適用できます。
- 台の上での物体の運動: なめらかな床の上の台の上で、物体がばねや摩擦で運動する問題。水平方向には外力がないため、台と物体の系で運動量保存則が成り立ちます。
- 初見の問題での着眼点:
- 系全体に外力ははたらくか?: まず、考察する系(この場合は2物体)を定め、その系に対して外力がはたらかない方向(この場合は水平方向)を見つけます。その方向では運動量保存則が使えます。
- 非保存力は仕事をするか?: 摩擦や空気抵抗など、エネルギーを散逸させる非保存力が仕事をしていないかを確認します。していなければ、力学的エネルギー保存則が使えます。
- 重心の運動はどうなるか?: 外力がはたらかない場合、重心は等速直線運動をします。特に初速がゼロなら、重心は動きません。これは運動を拘束する強力な条件になります。
- 相対座標は有効か?: 2つの物体が相互作用しながら運動している場合、重心座標と相対座標を導入することで、問題が「重心の運動」と「相対運動」に分離され、見通しが良くなることが多いです。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 保存則の適用範囲の誤解:
- 誤解: 2つの物体を別々に考え、それぞれの物体でエネルギー保存則を立てようとしてしまう。
- 対策: エネルギー保存則や運動量保存則は、複数の物体を含む「系」全体に対して適用する法則です。ばねの弾性力は、物体Aにとっては仕事をする力ですが、系全体で見れば内力です。個々の物体に対しては、運動方程式(\(ma=F\))を立てるのが基本です。
- 換算質量の意味の誤解:
- 誤解: 換算質量\(M\)を、2つの質量の合計や平均のようなものだと考えてしまう。
- 対策: 換算質量は、あくまで「相対運動」を記述する際に現れる、計算上の便宜的な質量です。実際の物体の質量とは異なります。\(M = (1/m_A + 1/m_B)^{-1}\) という形から、質量の「逆数の和の逆数」であり、2つの質量のどちらよりも小さい値になることを理解しておきましょう。
- 単振動の初期位相の決定ミス:
- 誤解: (6)で、\(t=0\)で\(X=0\)だからといって、安易に \(X(t) = (L-l)\sin(\omega t)\) と置いてしまう。
- 対策: 単振動の式を立てるときは、\(t=0\)での位置だけでなく、その後の運動の向き(速度の符号)も考慮する必要があります。\(t=0\)で\(X=0\)の後、ばねは縮む(\(X\)が負になる)ので、グラフは原点を通って負の方向に下がるサインカーブ、すなわち \(-\sin\) 型になると判断します。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 重心と相対座標の図示: 2つの物体A, Bとは別に、重心Gの位置と、相対座標の原点(例えばA)を図に描き加えると、\(x_A, x_B, x_G, X\) の関係性が視覚的に整理しやすくなります。
- エネルギーのやり取りのイメージ: 運動の過程で、「ばねの弾性エネルギー」と「Aの運動エネルギー」「Bの運動エネルギー」の間で、エネルギーがどのように移り変わっていくかをイメージします。両端で運動エネルギーが0になり弾性エネルギーが最大に、中心で弾性エネルギーが0になり運動エネルギーが最大になる様子を捉えます。
- 時間変化のグラフ: (6)のように、\(X\)や\(x_A\)の時間変化をグラフに描いてみることは、運動の全体像を把握する上で非常に有効です。\(X\)が単純な単振動であるのに対し、\(x_A\)は単振動と等速直線運動(重心の運動、この場合は静止)の重ね合わせになっていることがわかります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動量保存則と力学的エネルギー保存則:
- 選定理由: (2)で2つの未知数(\(v_A, v_B\))を求める必要があるため、2つの独立した方程式が必要です。系に外力がなく、非保存力が仕事をしないという条件から、この2つの保存則が最も強力なツールとして選ばれます。
- 適用根拠: ニュートンの第2法則(運動方程式)と第3法則(作用・反作用の法則)から導かれる普遍的な法則です。
- 運動方程式 (\(m_A a_A = kX\), etc.):
- 選定理由: (5)で相対運動の性質を調べるため。各物体の加速度を力の源泉(ばねの伸び\(X\))と結びつけ、それらを組み合わせることで相対加速度の式を導出できます。
- 適用根拠: 個々の物体の運動のダイナミクスを記述するための基本法則。
- 単振動の式 (\(Ma=-kX\)):
- 選定理由: (5), (6)で相対運動の周期的性質(角振動数)や時間変化を記述するため。この形に帰着させることで、単振動に関する豊富な知識(周期、変位の式など)を応用できます。
- 適用根拠: 2物体の運動方程式から数学的に導出された、相対運動が満たすべき方程式。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 初期エネルギー:
- 戦略: 弾性エネルギーの公式を適用。
- フロー: \(U = \frac{1}{2}k(\text{伸び})^2 = \frac{1}{2}k(L-l)^2\)。
- (2) 自然長での速度:
- 戦略: ①運動量保存則、②力学的エネルギー保存則を連立。
- フロー: \(m_A v_A + m_B v_B = 0\) と \(\frac{1}{2}k(L-l)^2 = \frac{1}{2}m_A v_A^2 + \frac{1}{2}m_B v_B^2\) を解き、\(v_A, v_B\) を求める。
- (3) 重心座標:
- 戦略: 重心の定義式を記述。
- フロー: \(x_G = (m_A x_A + m_B x_B) / (m_A+m_B)\)。
- (4) 運動方程式:
- 戦略: 各物体にはたらく弾性力を特定し、\(ma=F\)を立てる。
- フロー: A: \(m_A a_A = kX\), B: \(m_B a_B = -kX\)。
- (5) 相対運動の解析:
- 戦略: (4)から\(a_A, a_B\)を求め、\(a=a_B-a_A\)に代入。\(Ma=-kX\)の形に整理する。
- フロー: \(a = -(\frac{k}{m_A}+\frac{k}{m_B})X\) \(\rightarrow\) \(M = (1/m_A+1/m_B)^{-1}\)。\(a=-\omega^2 X\) と比較し \(\omega\) を求める。
- (6) 位置の時間関数:
- 戦略: ①相対運動\(X\)を単振動の式で表す。②重心が不変であることと\(X\)の定義式を連立し、\(x_A\)を求める。
- フロー: \(X(t) = -(L-l)\sin(\omega t)\)。\(x_A = x_G – \frac{m_B}{m_A+m_B}(X+l)\) に代入する。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 符号の確認: 速度、加速度、力の向きを座標軸の正負と照らし合わせ、符号を慎重に扱いましょう。(2)や(4)で力の向きを間違えると、以降の計算がすべてずれてしまいます。
- 文字式の整理: (2)や(5)のように、多くの文字を含む計算では、共通因数でくくる、分数を整理するなど、式をできるだけシンプルな形に保ちながら計算を進めることが重要です。特に換算質量の部分は、\(\frac{1}{M} = \frac{1}{m_A} + \frac{1}{m_B}\) の形で覚えておくと計算が楽になる場合があります。
- 連立方程式の処理: (2)や(6)のように、複数の未知数を含む連立方程式を解く際には、どの変数を消去し、どの変数で表すか、という見通しを立ててから計算を始めるとスムーズです。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 対称性の確認: もし \(m_A = m_B = m\) ならどうなるか?
- (2)の速度は \(v_A = (L-l)\sqrt{k/2m}\), \(v_B = -(L-l)\sqrt{k/2m}\) となり、速さが等しく向きが逆になります。
- (5)の換算質量は \(M = m/2\)、角振動数は \(\omega = \sqrt{2k/m}\) となります。
- このように、物理的に対称な状況を設定して検算することで、式の妥当性を確認できます。
- 極端な場合を考える: もし \(m_B\) が非常に大きい(壁のようなもの)ならどうなるか?
- \(M = \frac{m_A m_B}{m_A+m_B} \approx \frac{m_A m_B}{m_B} = m_A\)。
- \(\omega = \sqrt{\frac{k(m_A+m_B)}{m_A m_B}} \approx \sqrt{\frac{k m_B}{m_A m_B}} = \sqrt{k/m_A}\)。
- これは、質量\(m_A\)の物体が壁につながれたばねで単振動する状況と一致し、結果が妥当であることがわかります。
問題62 (東北大改)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、地球の周りを回る円運動と、地球を貫くトンネル内での単振動、そして万有引力による位置エネルギーと仕事の関係をテーマにしています。万有引力に関する様々な側面を総合的に問う問題です。
この問題の核心は、万有引力の法則を正しく理解し、運動の状況に応じて適切に適用することです。特に、地球内部での万有引力の変化(ガウスの法則の応用)と、力が変化する場合の仕事や位置エネルギーの計算が重要なポイントとなります。
- 地球: 質量 \(M\)、半径 \(R\)、一様な密度を持つ球。
- 小球: 質量 \(m\)。
- 万有引力定数: \(G\)。
- 状況1: 小球が地表から高さ \(h\) の軌道で円運動。
- 状況2: 地球の中心Oを通るトンネル内を小球が運動。
- 地球内部(\(r \le R\))での万有引力は、中心から半径\(r\)の球の質量\(M’\)が中心に集中したものとして計算できる。
- 状況3: 点A(地表)から高さ\(h\)の点Hから小球を静かにはなし、中心Oまで落下させる。
- (1a) 高さ\(h\)での円運動における万有引力の大きさ \(F_1\)。
- (1b) 円運動の速さ \(V\)。
- (1c) 円運動の周期 \(T_1\)。
- (2a) 地球内部の半径\(r\)の球の質量\(M’\)が \(M’ = M(r^3/R^3)\) となることの証明。
- (2b) 地球内部(\(r<R\))での万有引力の大きさ \(F_2\)。
- (2c) トンネル内の運動の周期 \(T_2\)。
- (3a) 点Hから点Aまで落下する間の万有引力がする仕事 \(W_1\)。
- (3b) 点Aから中心Oまで落下する間の万有引力がする仕事 \(W_2\)。
- (3c) 地球の中心Oにおける小球の速さ \(v\)。
- (3d) 地球の中心から距離\(r\)の位置における万有引力による位置エネルギー \(U\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「万有引力」とその応用です。円運動、単振動、仕事とエネルギーといった複数の分野にまたがる総合的な理解が求められます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 万有引力の法則: 2つの質点間に働く引力の大きさは、質量の積に比例し、距離の2乗に反比例します (\(F = G\frac{Mm}{r^2}\))。
- 円運動の運動方程式: 円運動する物体には、中心に向かう向心力が必要です。運動方程式は \(m\frac{v^2}{r} = F_{向心力}\) となります。
- 単振動: 物体にはたらく復元力が、つりあいの位置からの変位に比例するとき(\(F=-Kx\))、物体は単振動します。
- 仕事とエネルギー: 万有引力は保存力であり、位置エネルギーを定義できます。万有引力がする仕事は、位置エネルギーの変化として計算できます (\(W = -\Delta U\))。また、力が距離によって変化する場合、その仕事は \(F-r\) グラフの面積で求めることができます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、地球の外部での万有引力を考え、円運動の運動方程式を立てて速さや周期を求めます((1))。
- 次に、地球の内部での万有引力の特殊な性質を理解し、それが復元力となって単振動を引き起こすことを示します((2))。
- 最後に、万有引力がする仕事を、位置エネルギーの定義、または力が距離によって変化することを利用して計算し、仕事と運動エネルギーの関係から速さを求めます((3))。
問(1a)
思考の道筋とポイント
万有引力の法則の公式 \(F = G\frac{M_1 M_2}{r^2}\) を適用します。ここで、2物体間の距離 \(r\) が地球の中心から小球までの距離であることに注意します。
この設問における重要なポイント
- 万有引力は、物体の中心間の距離で計算する。
- 地球の中心から小球までの距離は \(R+h\)。
具体的な解説と立式
- 地球の質量: \(M\)
- 小球の質量: \(m\)
- 中心間の距離: \(r = R+h\)
万有引力の法則より、力の大きさ \(F_1\) は、
$$F_1 = G\frac{Mm}{(R+h)^2}$$
使用した物理公式
- 万有引力の法則: \(F = G\frac{Mm}{r^2}\)
公式に代入するだけであり、これ以上の計算はありません。
万有引力の大きさは、公式「万有引力定数 × (質量1) × (質量2) ÷ (中心間距離)²」で計算できます。地球の中心から小球までの距離は、地球の半径\(R\)と高さ\(h\)を足した \(R+h\) になります。
万有引力の大きさは \(F_1 = G\displaystyle\frac{Mm}{(R+h)^2}\) です。これは公式通りの基本的な結果です。
問(1b)
思考の道筋とポイント
小球は、(1a)で求めた万有引力 \(F_1\) を向心力として円運動しています。円運動の運動方程式を立てて、速さ \(V\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 円運動の向心力は、万有引力によって供給される。
- 円運動の運動方程式 \(m\frac{v^2}{r} = F\) を正しく立てる。
具体的な解説と立式
- 小球の質量: \(m\)
- 速さ: \(V\)
- 円運動の半径: \(r = R+h\)
- 向心力: \(F_1 = G\displaystyle\frac{Mm}{(R+h)^2}\)
円運動の運動方程式は、
$$m\frac{V^2}{R+h} = G\frac{Mm}{(R+h)^2}$$
使用した物理公式
- 円運動の運動方程式: \(m\frac{v^2}{r} = F\)
この式を \(V\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{V^2}{R+h} &= G\frac{M}{(R+h)^2} \\[2.0ex]V^2 &= \frac{GM}{R+h}
\end{aligned}
$$
\(V>0\) なので、
$$V = \sqrt{\frac{GM}{R+h}}$$
小球が円を描いて飛び去らずに回り続けられるのは、地球が万有引力で常に中心方向に引っ張っているからです。この「円運動に必要な力(向心力)」と「万有引力」が等しいという式を立てることで、小球の速さを計算できます。
速さは \(V = \sqrt{\displaystyle\frac{GM}{R+h}}\) です。これは人工衛星の速さ(第一宇宙速度)の一般式であり、軌道半径が大きいほど速さが遅くなるという、物理的に妥当な結果です。
問(1c)
思考の道筋とポイント
周期とは、円軌道を1周するのにかかる時間のことです。距離(円周)を速さで割ることで求められます。
この設問における重要なポイント
- 周期の定義: \(T = (\text{円周の長さ}) / (\text{速さ})\)
- 円周の長さは \(2\pi r = 2\pi(R+h)\)。
具体的な解説と立式
- 円周の長さ: \(2\pi(R+h)\)
- 速さ: \(V = \sqrt{\displaystyle\frac{GM}{R+h}}\)
周期 \(T_1\) は、
$$T_1 = \frac{2\pi(R+h)}{V}$$
使用した物理公式
- 周期と速さの関係: \(T = 2\pi r / v\)
この式に(1b)で求めた \(V\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
T_1 &= \frac{2\pi(R+h)}{\sqrt{\frac{GM}{R+h}}} \\[2.0ex]&= 2\pi(R+h) \sqrt{\frac{R+h}{GM}} \\[2.0ex]&= 2\pi\sqrt{\frac{(R+h)^3}{GM}}
\end{aligned}
$$
周期は1周する時間のことです。円周の長さを、(1b)で求めた速さで割れば、1周にかかる時間が計算できます。
周期は \(T_1 = 2\pi\sqrt{\displaystyle\frac{(R+h)^3}{GM}}\) です。この \(T_1^2 \propto (R+h)^3\) という関係は、ケプラーの第3法則として知られており、妥当な結果です。
問(2a)
思考の道筋とポイント
地球の密度が一様であることを利用して、地球全体の質量 \(M\) と、半径 \(r\) の球内部の質量 \(M’\) をそれぞれ密度 \(\rho\) を用いて表し、その比を計算します。
この設問における重要なポイント
- 地球の密度 \(\rho\) は一定。
- 質量 = 密度 × 体積
- 球の体積の公式: \(V = \frac{4}{3}\pi (\text{半径})^3\)
具体的な解説と立式
地球の密度を \(\rho\) とします。
- 地球全体の質量 \(M\) と体積 \(V_{total}\):
$$M = \rho \cdot \frac{4}{3}\pi R^3 \quad \cdots ①$$ - 半径 \(r\) の球内部の質量 \(M’\) と体積 \(V’\):
$$M’ = \rho \cdot \frac{4}{3}\pi r^3 \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 質量と密度の関係
- 球の体積の公式
式②を式①で割ることで、密度\(\rho\)を消去します。
$$
\begin{aligned}
\frac{M’}{M} &= \frac{\rho \cdot \frac{4}{3}\pi r^3}{\rho \cdot \frac{4}{3}\pi R^3} \\[2.0ex]\frac{M’}{M} &= \frac{r^3}{R^3}
\end{aligned}
$$
したがって、
$$M’ = M\frac{r^3}{R^3}$$
地球の密度はどこでも同じなので、「質量」は「体積」に比例します。また、球の「体積」は「半径の3乗」に比例します。したがって、「質量」は「半径の3乗」に比例することになります。この比例関係を使って、地球全体の質量\(M\)から、内部の小さい球の質量\(M’\)を計算します。
\(M’ = M\displaystyle\frac{r^3}{R^3}\) が示されました。これは問題文で与えられた関係式そのものです。
問(2b)
思考の道筋とポイント
地球内部(\(r<R\))での万有引力は、半径\(r\)の球の質量\(M’\)が中心に集まったものとして計算できる、という問題文の指示に従います。
この設問における重要なポイント
- 地球内部では、自分より内側にある質量からの引力のみを考えればよい。
- 万有引力の公式 \(F = G\frac{M’m}{r^2}\) に、(2a)で求めた\(M’\)を代入する。
具体的な解説と立式
地球の中心から距離\(r\)の位置にある小球にはたらく万有引力 \(F_2\) は、質量 \(M’\) の物体から受ける引力に等しいので、
$$F_2 = G\frac{M’m}{r^2}$$
ここに、(2a)で求めた \(M’ = M\displaystyle\frac{r^3}{R^3}\) を代入します。
$$F_2 = G\frac{(M\frac{r^3}{R^3})m}{r^2}$$
使用した物理公式
- 万有引力の法則(地球内部版)
この式を整理します。
$$
\begin{aligned}
F_2 &= G\frac{Mm}{r^2}\frac{r^3}{R^3} \\[2.0ex]&= \frac{GMm}{R^3}r
\end{aligned}
$$
地球の内部にいるとき、万有引力は外側にいるときとは少し違った振る舞いをします。自分より外側の地殻からの引力は、うまく打ち消し合ってゼロになります。そのため、自分より内側にある部分の質量だけを考えればよくなります。(2a)で計算した内側の質量を使って、万有引力の公式を適用します。
地球内部での万有引力は \(F_2 = \displaystyle\frac{GMm}{R^3}r\) となります。これは、力が中心からの距離\(r\)に比例することを示しています。これはフックの法則 \(F=kx\) と同じ形であり、小球が単振動することを示唆しています。
問(2c)
思考の道筋とポイント
(2b)で求めた万有引力 \(F_2\) が復元力となって、小球は単振動します。運動方程式を立て、単振動の基本形式 \(ma = -Kx\) と比較して角振動数を求め、周期を計算します。
この設問における重要なポイント
- 地球内部での万有引力が復元力となる。
- 運動方程式を立て、\(a = -\omega^2 r\) の形に変形する。
具体的な解説と立式
地球の中心を原点とし、中心から離れる向きを正とすると、万有引力(復元力)は常に中心向き(負の向き)にはたらくので、その大きさは \(F_2 = \displaystyle\frac{GMm}{R^3}r\) です。
運動方程式 \(ma=F\) は、
$$ma = -\frac{GMm}{R^3}r$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 単振動の周期: \(T = 2\pi/\omega\)
この式を加速度 \(a\) について解きます。
$$a = -\frac{GM}{R^3}r$$
これは単振動の加速度の式 \(a = -\omega^2 r\) と同じ形です。係数を比較すると、
$$\omega^2 = \frac{GM}{R^3}$$
$$\omega = \sqrt{\frac{GM}{R^3}}$$
したがって、周期 \(T_2\) は、
$$T_2 = \frac{2\pi}{\omega} = 2\pi\sqrt{\frac{R^3}{GM}}$$
(2b)で、地球の中心に近づくほど引かれる力が弱まり、中心からの距離に比例することがわかりました。これは、ばねが自然長からの距離に比例した力で引き戻すのと同じ形です。したがって、トンネル内の小球は、ばねにつながれたおもりのように単振動します。その周期を、運動方程式から計算します。
周期は \(T_2 = 2\pi\sqrt{\displaystyle\frac{R^3}{GM}}\) です。これは、地表すれすれを飛ぶ人工衛星の周期((1c)で\(h=0\)とした場合)と一致します。これは偶然ではなく、地球内部の単振動と地表の円運動が同じ周期を持つという、よく知られた興味深い事実です。
問(3a)
思考の道筋とポイント
万有引力がする仕事は、位置エネルギーの変化で計算するのが簡単です。万有引力による位置エネルギーの公式 \(U = -G\frac{Mm}{r}\) を用いて、始点Hと終点Aでの位置エネルギーを求め、その差から仕事を計算します。
この設問における重要なポイント
- 保存力がする仕事: \(W = – \Delta U = U_{始点} – U_{終点}\)
- 万有引力による位置エネルギーの公式: \(U(r) = -G\frac{Mm}{r}\)
具体的な解説と立式
- 始点H: 地球中心からの距離は \(r_H = R+h\)。
位置エネルギー: \(U_H = -G\frac{Mm}{R+h}\) - 終点A: 地球中心からの距離は \(r_A = R\)。
位置エネルギー: \(U_A = -G\frac{Mm}{R}\)
万有引力がする仕事 \(W_1\) は、
$$W_1 = U_H – U_A$$
使用した物理公式
- 仕事と位置エネルギーの関係: \(W = -\Delta U\)
- 万有引力による位置エネルギー: \(U = -G\frac{Mm}{r}\)
$$
\begin{aligned}
W_1 &= \left(-G\frac{Mm}{R+h}\right) – \left(-G\frac{Mm}{R}\right) \\[2.0ex]&= GMm\left(\frac{1}{R} – \frac{1}{R+h}\right) \\[2.0ex]&= GMm\left(\frac{(R+h)-R}{R(R+h)}\right) \\[2.0ex]&= \frac{GMmh}{R(R+h)}
\end{aligned}
$$
万有引力のような保存力がする仕事は、「(スタート地点の)位置エネルギー – (ゴール地点の)位置エネルギー」で計算できます。それぞれの地点での位置エネルギーを公式から求め、引き算をします。
仕事 \(W_1\) は \(\displaystyle\frac{GMmh}{R(R+h)}\) です。物体が引力の向きに移動しているので、仕事は正の値となり、妥当です。
問(3b)
思考の道筋とポイント
点A(地表)から中心Oまで落下する間に万有引力がする仕事を求めます。この区間では、万有引力の大きさが距離\(r\)に比例して変化します(\(F_2 = \frac{GMm}{R^3}r\))。力が一定でないため、仕事の計算には積分、または \(F-r\) グラフの面積を利用します。
この設問における重要なポイント
- 地球内部では、万有引力は \(F_2 \propto r\) と変化する。
- 力が変化する場合の仕事は、\(F-r\) グラフの面積に等しい。
具体的な解説と立式
仕事 \(W_2\) は、\(r=R\) から \(r=0\) までの間に力 \(F_2\) がする仕事です。
\(F-r\) グラフを考えると、\(F_2\) は \(r\) に比例する直線なので、グラフは原点を通る直線になります。
仕事 \(W_2\) は、このグラフの \(r=0\) から \(r=R\) までの面積(三角形の面積)に等しくなります。
- 底辺: \(R\)
- 高さ(\(r=R\)での力): \(F_2(R) = \frac{GMm}{R^3}R = \frac{GMm}{R^2}\)
したがって、仕事 \(W_2\) は、
$$W_2 = \frac{1}{2} \times (\text{底辺}) \times (\text{高さ})$$
使用した物理公式
- 仕事の定義(力が変化する場合): \(W = \int F dr\)
$$
\begin{aligned}
W_2 &= \frac{1}{2} \times R \times \frac{GMm}{R^2} \\[2.0ex]&= \frac{GMm}{2R}
\end{aligned}
$$
地表から中心に向かうとき、万有引力は一定ではなく、中心に近づくにつれて弱くなっていきます。このように力が変化する場合、仕事は単純な「力×距離」では計算できません。力の大きさをグラフに描くと三角形になるので、その面積を求めることで、仕事の大きさを計算します。
仕事 \(W_2\) は \(\displaystyle\frac{GMm}{2R}\) です。これも引力の向きへの移動なので、仕事は正となり妥当です。
問(3c)
思考の道筋とポイント
点Hから中心Oまでの全区間について、「仕事と運動エネルギーの関係」を考えます。小球には万有引力のみが仕事をするので、全仕事は \(W_1 + W_2\) です。これが運動エネルギーの変化に等しくなります。
この設問における重要なポイント
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(\Delta K = W_{total}\)
- 初めの状態(点H)では速さ0。
- 全仕事は、(3a)と(3b)で求めた仕事の和。
具体的な解説と立式
- 初めの運動エネルギー: \(K_H = 0\)
- 終わりの運動エネルギー: \(K_O = \frac{1}{2}mv^2\)
- 全仕事: \(W_{total} = W_1 + W_2\)
仕事と運動エネルギーの関係より、
$$\frac{1}{2}mv^2 – 0 = W_1 + W_2$$
使用した物理公式
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(K_f – K_i = W\)
この式に \(W_1, W_2\) を代入し、\(v\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv^2 &= \frac{GMmh}{R(R+h)} + \frac{GMm}{2R} \\[2.0ex]\frac{1}{2}v^2 &= \frac{GMh}{R(R+h)} + \frac{GM}{2R} \\[2.0ex]v^2 &= \frac{2GMh}{R(R+h)} + \frac{GM}{R} \\[2.0ex]v^2 &= \frac{GM}{R}\left(\frac{2h}{R+h} + 1\right) \\[2.0ex]v^2 &= \frac{GM}{R}\left(\frac{2h + (R+h)}{R+h}\right) \\[2.0ex]v^2 &= \frac{GM(R+3h)}{R(R+h)}
\end{aligned}
$$
したがって、
$$v = \sqrt{\frac{GM(R+3h)}{R(R+h)}}$$
物体がされた仕事の分だけ、物体の運動エネルギーは増加します。スタート(点H)からゴール(中心O)までに万有引力がした仕事の合計は、(3a)と(3b)で計算しました。この仕事の合計が、中心Oでの運動エネルギーに等しい、という式を立てて速さ\(v\)を求めます。
速さは \(v = \sqrt{\displaystyle\frac{GM(R+3h)}{R(R+h)}}\) です。\(h=0\) の場合、\(v=\sqrt{GM/R}\) となり、これは地表からトンネルに飛び込んだ場合の速さとして妥当な値です。
問(3d)
思考の道筋とポイント
地球内部(\(r<R\))での万有引力による位置エネルギーを求めます。位置エネルギーは、基準点(無限遠)からその点まで、外力が万有引力に逆らってする仕事に等しいです。しかし、この計算は高校範囲では複雑なので、ここでは「保存力がする仕事は位置エネルギーの減少分に等しい」という関係を利用します。
この設問における重要なポイント
- \(U(r) – U_A = -W_{A \rightarrow r}\)
- \(W_{A \rightarrow r}\) は、地表Aから距離\(r\)の点まで万有引力がする仕事。
- この仕事は、\(F_2-r\)グラフの面積(台形の面積)で計算できる。
具体的な解説と立式
地表A(\(r=R\))での位置エネルギーは \(U_A = -G\displaystyle\frac{Mm}{R}\) です。
中心から距離\(r\)の点での位置エネルギーを \(U(r)\) とします。
この2点間の位置エネルギーの差は、その間に万有引力がした仕事 \(W_{A \rightarrow r}\) の符号を逆にしたものに等しいです。
$$U(r) – U_A = -W_{A \rightarrow r}$$
仕事 \(W_{A \rightarrow r}\) は、(3b)と同様に \(F_2-r\) グラフの面積から求めます。これは、\(r\) から \(R\) までの区間の面積(台形)です。
- 上底(\(r\)での力): \(F_2(r) = \frac{GMm}{R^3}r\)
- 下底(\(R\)での力): \(F_2(R) = \frac{GMm}{R^2}\)
- 高さ: \(R-r\)
$$W_{A \rightarrow r} = \frac{1}{2}\left(\frac{GMm}{R^3}r + \frac{GMm}{R^2}\right)(R-r)$$
したがって、
$$U(r) = U_A – W_{A \rightarrow r}$$
使用した物理公式
- 仕事と位置エネルギーの関係: \(\Delta U = -W\)
この式を整理します。
$$
\begin{aligned}
W_{A \rightarrow r} &= \frac{GMm}{2R^3}(r+R)(R-r) \\[2.0ex]&= \frac{GMm}{2R^3}(R^2-r^2)
\end{aligned}
$$
よって、
$$
\begin{aligned}
U(r) &= U_A – W_{A \rightarrow r} \\[2.0ex]&= -G\frac{Mm}{R} – \frac{GMm}{2R^3}(R^2-r^2) \\[2.0ex]&= -G\frac{Mm}{R} – \frac{GMm}{2R} + \frac{GMm}{2R^3}r^2 \\[2.0ex]&= -\frac{3GMm}{2R} + \frac{GMm}{2R^3}r^2 \\[2.0ex]&= \frac{GMm}{2R^3}(r^2 – 3R^2)
\end{aligned}
$$
位置エネルギーは、「その場所まで物体を運ぶのに必要な仕事」のようなものです。地表Aでの位置エネルギーはわかっているので、そこから中心に向かって距離\(r\)の場所まで移動する間に、万有引力がどれだけ仕事をするかを計算します。その仕事の分だけ、位置エネルギーが変化します。
位置エネルギーは \(U(r) = \displaystyle\frac{GMm}{2R^3}(r^2 – 3R^2)\) です。
- \(r=R\)(地表)を代入すると、\(U(R) = \frac{GMm}{2R^3}(R^2 – 3R^2) = -G\frac{Mm}{R}\) となり、地表での位置エネルギーの公式と一致します。
- \(r=0\)(中心)を代入すると、\(U(0) = -\frac{3GMm}{2R}\) となり、地表より低いエネルギー値となります。これは物理的に妥当です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 万有引力の法則:
- 核心: 2つの質点(または球対称の物体)が及ぼしあう引力は、質量の積に比例し、中心間距離の2乗に反比例します (\(F = G\frac{Mm}{r^2}\))。これは地球の「外側」での運動((1)や(3a))を考える際の基本です。
- 理解のポイント: この法則が、円運動の向心力や、位置エネルギーの源泉となります。
- 地球内部での万有引力(ガウスの法則の帰結):
- 核心: 地球内部(中心からの距離\(r<R\))では、小球にはたらく万有引力は、小球より内側にある質量(半径\(r\)の球)だけを考えればよく、その大きさは中心からの距離\(r\)に比例します (\(F_2 = \frac{GMm}{R^3}r\))。
- 理解のポイント: この性質が、トンネル内の運動が単振動になる理由です。力が\(r\)に比例するため、復元力として働き、運動方程式が \(ma = -Kr\) の形になります。この法則は問題文で与えられていますが、非常に重要な概念です。
- 仕事とエネルギーの関係(エネルギー保存則):
- 核心: 万有引力は保存力なので、力学的エネルギー(運動エネルギー+万有引力による位置エネルギー)は保存されます。また、より一般的に、万有引力がした仕事は物体の運動エネルギーを変化させます (\(\Delta K = W\))。
- 理解のポイント: (3)のように、力が距離によって複雑に変化する区間(地球の外側と内側)をまたいで運動を解析する場合、各区間で力がした仕事を計算し、それらを足し合わせることで、全体のエネルギー変化を追うことができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 人工衛星のエネルギー問題: 衛星が円運動から楕円運動に移る、あるいは別の円軌道に移る際に必要なエネルギーを問う問題。各軌道での力学的エネルギーを計算し、その差を考えます。
- 惑星探査機のスイングバイ: 惑星の引力を利用して探査機を加速・減速させる問題。惑星との相対運動におけるエネルギー保存を考えます。
- 一様な電荷を持つ球内外の電場: 万有引力とクーロン力は同じ逆2乗則に従うため、一様に帯電した球が作る電場も、球の外側では \(1/r^2\) に、内側では \(r\) に比例します。この問題の考え方は、電磁気学にも直接応用できます。
- 初見の問題での着眼点:
- 物体はどこにあるか?(球の外か内か): 万有引力の法則は、物体が引力源となる球の外にあるか内にあるかで、力の形が劇的に変わります。まず、この位置関係を明確にすることが第一歩です。
- 運動の形は何か?(円運動か、単振動か、落下か):
- 一定の軌道半径で周回 \(\rightarrow\) 円運動の運動方程式
- 中心に向かって往復 \(\rightarrow\) 単振動の可能性を疑い、復元力が変位に比例するか確認
- ある点から別の点へ移動 \(\rightarrow\) 仕事とエネルギーの関係
- エネルギーと仕事のどちらで考えるか?:
- 位置エネルギーの式が簡単に書ける区間なら、\(W = -\Delta U\) が便利。
- 力が距離に比例するなど、\(F-r\)グラフの面積が簡単に求まる場合は、グラフから仕事を直接計算するのも有効な手段です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 万有引力の距離\(r\)の扱い:
- 誤解: (1a)で、距離を地表からの高さ\(h\)としてしまう (\(F \propto 1/h^2\))。
- 対策: 万有引力は、常に2物体の「中心間」の距離で計算します。図を描いて、地球の中心Oから小球までの距離が \(R+h\) であることを視覚的に確認しましょう。
- 地球内部での力の形の誤解:
- 誤解: 地球のトンネル内でも、万有引力は \(1/r^2\) に比例すると思い込んでしまう。
- 対策: 「自分より外側の殻からの引力は打ち消しあう」という特殊なルールをしっかり記憶しましょう。これにより、内部では \(F \propto r\) という、ばねのような復元力になることを理解するのが鍵です。
- 仕事の計算方法:
- 誤解: (3b)のように力が一定でない区間で、安易に「力×距離」で仕事を計算してしまう。
- 対策: 力が距離の関数として与えられている場合、仕事は積分(高校範囲ではグラフの面積)で求めるのが原則です。\(F-r\)グラフを描いて、仕事がどの部分の面積に対応するかを考える習慣をつけましょう。
- 位置エネルギーの符号:
- 誤解: 万有引力による位置エネルギーのマイナス符号を忘れる、または意味を理解していない。
- 対策: 位置エネルギーの基準は無限遠点(\(U=0\))です。万有引力は引力なので、そこから有限の距離に物体を近づけると、引力に引かれてエネルギー状態は低く(安定に)なります。したがって、位置エネルギーは必ず負の値をとると理解しましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 力のベクトル図: (1b)の円運動では、中心に向かう万有引力のベクトルを描くことで、向心力の役割が明確になります。
- \(F-r\)グラフの活用: この問題のように、力が距離によって変化する場合、横軸に距離\(r\)、縦軸に力\(F\)をとったグラフを描くことは非常に有効です。
- 地球の外側(\(r>R\))では \(F \propto 1/r^2\) の曲線、内側(\(r<R\))では \(F \propto r\) の直線となります。
- (3b)の仕事\(W_2\)は、このグラフの三角形の面積として一目でわかります。
- \(U-r\)グラフ(ポテンシャル曲線)のイメージ: 横軸に距離\(r\)、縦軸に位置エネルギー\(U\)をとったグラフをイメージすると、運動の様子がより深く理解できます。
- \(r>R\)では \(U \propto -1/r\)、\(r<R\)では \(U \propto r^2 + C\) の放物線状になります。
- 物体は、このポテンシャル曲線上を、力学的エネルギー一定の水平線を保ちながら転がるボールのように運動します。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 円運動の運動方程式:
- 選定理由: (1b)で、小球が「円運動」という特定の運動形態をとっているため。この方程式は、円運動を維持するための力の条件を記述します。
- 適用根拠: 物体が一定の速さで円軌道を描いているという物理的状況。
- 運動方程式 (\(ma=-Kr\)) からの周期計算:
- 選定理由: (2c)で「周期」を求めるため。周期は運動の時間スケールであり、運動の時間変化を記述する運動方程式から導出するのが基本です。
- 適用根拠: 地球内部での万有引力が \(F \propto r\) の復元力となり、運動が単振動になるという物理的状況。
- 仕事とエネルギーの関係:
- 選定理由: (3)で、始点と終点が決まっている運動での「速さ」を求めるため。運動の途中経過を追う必要がなく、始点と終点の状態と、その間にされた仕事だけで計算できるため、非常に強力です。
- 適用根拠: 運動方程式を積分したものであり、力が変化する場合でも適用できる普遍的な法則。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 地球外の円運動:
- 戦略: ①万有引力の公式を適用 → ②円運動の運動方程式を立て、①を代入して速さ\(V\)を求める → ③周期の定義から\(T_1\)を求める。
- フロー: \(F_1 = G\frac{Mm}{(R+h)^2}\) \(\rightarrow\) \(m\frac{V^2}{R+h}=F_1\) \(\rightarrow\) \(V\)を解く \(\rightarrow\) \(T_1 = 2\pi(R+h)/V\)。
- (2) 地球内の単振動:
- 戦略: ①密度の関係から\(M’\)を導出 → ②地球内部での万有引力\(F_2\)を計算 → ③運動方程式を立て、\(a=-\omega^2 r\)の形から周期\(T_2\)を求める。
- フロー: \(M’ = M(r/R)^3\) \(\rightarrow\) \(F_2 = G\frac{M’m}{r^2} = \frac{GMm}{R^3}r\) \(\rightarrow\) \(ma=-F_2\) \(\rightarrow\) \(\omega\)を求め\(T_2=2\pi/\omega\)。
- (3) 落下運動とエネルギー:
- 戦略: ①区間H\(\rightarrow\)Aの仕事を位置エネルギーの差から計算(\(W_1\)) → ②区間A\(\rightarrow\)Oの仕事を\(F-r\)グラフの面積から計算(\(W_2\)) → ③仕事とエネルギーの関係から速さ\(v\)を求める → ④位置エネルギーの定義から\(U(r)\)を計算する。
- フロー: \(W_1 = U_H-U_A\) \(\rightarrow\) \(W_2 = \int_R^0 (-F_2) dr\) (面積計算) \(\rightarrow\) \(\frac{1}{2}mv^2 = W_1+W_2\) \(\rightarrow\) \(U(r) = U_A – \int_R^r F_2 dr\)。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- Rとrとhの区別: 半径や距離を表す文字が複数出てくるので、どの文字が何を表しているかを常に意識しましょう。特に、万有引力や位置エネルギーの公式で使う距離は、必ず「中心から」の距離\(r\)です。
- 指数の計算: \(r^2\)や\(r^3\)、\(R^2\)や\(R^3\)など、指数の計算を間違えないように慎重に行いましょう。特に(2a)や(2b)の約分で注意が必要です。
- 積分と面積: (3b)や(3d)の仕事や位置エネルギーの計算は、実質的に積分計算です。力が距離に比例するなら面積は三角形、一定なら長方形、とグラフの形をイメージすることで、計算ミスを減らせます。
- 結果の検算: (3d)で求めた\(U(r)\)に\(r=R\)を代入して、地表での位置エネルギー\(-GMm/R\)と一致するかを確認する、といったセルフチェックは非常に有効です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (2c) 周期\(T_2\): 地球内部のトンネルを往復する周期が、地表すれすれの円軌道を周回する周期\(T_1(h=0)\)と一致するという結果は、一見不思議ですが物理的に正しいです。これは、単振動と円運動が射影の関係にあることを示唆しています。
- (3d) 位置エネルギー\(U(r)\): 地球の中心(\(r=0\))で位置エネルギーが最小値(\(-\frac{3GMm}{2R}\))をとり、地表(\(r=R\))に向かって放物線状に増加する、という結果は、中心に向かうほど引力が強くなる(ただし\(r\)に比例)という状況と整合しています。
- 極端な場合や既知の状況との比較:
- (1b)の速さ\(V\)の式で\(h=0\)とすると、\(V=\sqrt{GM/R}\)となり、これは地表での第一宇宙速度の式と一致します。
- (3a)の仕事\(W_1\)で、もし\(h\)が非常に小さい(\(h \ll R\))場合、\(R(R+h) \approx R^2\)となり、\(W_1 \approx \frac{GMm}{R^2}h = (mg)h\)となります(\(g=GM/R^2\)は地表の重力加速度)。これは、地表付近では力が一定とみなせる場合の「仕事=力×距離」の式と一致し、結果の妥当性を示しています。
問題63 (東北大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、動くベルトの上での物体の単振動を扱っています。動摩擦力が常に働く環境での振動であるため、振動の中心が力のつりあいの位置からずれる点が特徴です。問題は[A]と[B]の2つのパートに分かれています。
- [A]では、箱A単独の運動を解析します。動摩擦力がはたらく中での単振動の周期や中心、エネルギーについて問われます。
- [B]では、箱Bが箱Aに衝突し、一体となった後の運動を解析します。衝突による運動量の変化、そして一体となった後の単振動、さらには再び分離する条件まで、多岐にわたる内容が問われます。
この問題の核心は、「見かけの復元力」と「振動中心のずれ」を正しく理解すること、そして運動のフェーズ(単独運動、衝突、一体での運動)に応じて適切な物理法則(運動方程式、運動量保存則)を使い分けることです。
- ベルト: 速さ \(v_0\) で右向き(正)に運動。
- 箱A, 箱B: ともに質量 \(m\)。
- ばね: ばね定数 \(k\)。自然長の位置が \(x=0\)。
- 動摩擦係数: \(\mu’\)(箱A, B共通)。
- 重力加速度: \(g\)。
- [A]の状況:
- (1) 箱Aが \(x=x_0\) で静止(力のつりあい)。
- (2) 箱Aを \(x=x_0+d\) の位置から静かにはなす。
- [B]の状況:
- (1) 箱Bが \(x=-x_1\) から動き出し、\(x=x_0\) の箱Aに完全非弾性衝突する。
- (2)以降 衝突後、一体となって運動する。
- [A](1) 箱Aのつりあいの位置 \(x_0\)。
- [A](2) 単振動の \(x, v, T\)。
- [A](3) ある種の「エネルギー」が保存されることの証明。
- [B](1) 衝突直後の速度 \(v_1\)。
- [B](2) 一体での運動における運動エネルギー \(E_K’\) と位置エネルギー \(E_p’\)。
- [B](3) 衝突後、初めて速さが0になる位置 \(x_2\)。
- [B](4) 運動の途中で箱BがAから離れるための条件。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「動摩擦力がはたらく系での単振動」と「非弾性衝突」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力のつりあい: 物体が静止しているとき、物体にはたらく力の合力はゼロです。
- 運動方程式と単振動: 運動方程式を立て、\(ma = -K(x-x_c)\) の形に変形することで、振動中心が \(x_c\) にずれた単振動であることがわかります。周期は \(T=2\pi\sqrt{m/K}\) で、動摩擦力の有無によらず同じです。
- 運動量保存則: 衝突の前後で、系全体の運動量は保存されます。完全非弾性衝突では、衝突後2物体は一体となります。
- エネルギー: [A](3)や[B](2)で定義される「位置エネルギー」は、ばねの弾性エネルギーだけでなく、動摩擦力のような非保存力のポテンシャル(のようなもの)も含んだ、この問題独自に定義されたものです。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、箱Aにはたらく力を考え、力のつりあいから振動の中心を求めます([A](1))。
- つりあいの位置からずれた点での運動方程式を立て、単振動の式を導出し、周期や変位を求めます([A](2))。
- [B]パートでは、まず衝突前の箱Bの運動を解析し、衝突直前の速度を求めます。次に運動量保存則を用いて衝突直後の速度を計算します([B](1))。
- 衝突後、2物体が一体となった系について、改めて運動方程式を立て、新しい振動中心と運動の様子を解析します([B](2), (3))。
- 最後に、2物体間にはたらく内力(垂直抗力)に着目し、それが0になる条件(=分離する条件)を考えます([B](4))。
[A](1)
思考の道筋とポイント
箱Aがベルト上で静止している状態を考えます。このとき、箱Aにはたらく水平方向の力は「ばねの弾性力」と「動摩擦力」であり、これらがつりあっています。
この設問における重要なポイント
- 箱Aはベルトに対して静止しているが、ベルト自体が動いているため、箱Aとベルトの間には動摩擦力がはたらく。
- 箱Aはばねに引かれて左に行こうとするため、ベルトから右向き(正の向き)に動摩擦力を受ける。
- ばねは \(x_0\) だけ伸びているので、左向き(負の向き)に弾性力がはたらく。
具体的な解説と立式
箱Aにはたらく力を考えます。
- 鉛直方向: 重力 \(mg\)(下向き)とベルトからの垂直抗力 \(N\)(上向き)がつりあっているので、\(N=mg\)。
- 水平方向:
- ばねの弾性力: ばねは \(x_0\) だけ伸びているので、左向き(負の向き)に大きさ \(kx_0\) の力がはたらく。
- 動摩擦力: 箱Aはばねに引かれて左に行こうとするため、ベルトから右向き(正の向き)に動摩擦力を受ける。その大きさは \(\mu’N = \mu’mg\)。
水平方向の力のつりあいの式は、
$$(\text{右向きの力}) = (\text{左向きの力})$$
$$\mu’mg = kx_0$$
使用した物理公式
- 力のつりあい: \(\sum F = 0\)
- 動摩擦力: \(f’ = \mu’N\)
この式を \(x_0\) について解きます。
$$x_0 = \frac{\mu’mg}{k}$$
箱Aは、ばねによって左に引っ張られています。しかし、動くベルトが箱Aを右に引きずろうとする摩擦力も同時に働いています。この2つの力がちょうど同じ大きさになるとき、箱Aはその場で静止できます。この力のつりあいの式を解くことで、静止する位置 \(x_0\) がわかります。
つりあいの位置は \(x_0 = \displaystyle\frac{\mu’mg}{k}\) です。動摩擦力が大きいほど、また、ばねが弱い(\(k\)が小さい)ほど、ばねがより伸びた位置でつりあうという、物理的に妥当な結果です。
[A](2)
思考の道筋とポイント
箱Aが位置 \(x\) にあるときの運動方程式を立てます。このときも、箱Aには「ばねの弾性力」と「動摩擦力」がはたらきます。運動方程式を \(a = -\omega^2(x-x_c)\) の形に整理し、振動中心 \(x_c\)、角振動数 \(\omega\)、周期 \(T\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 箱Aは常にベルトに対して左向きに滑っている(または滑ろうとしている)と仮定されているため、動摩擦力は常に右向き(正の向き)にはたらく。
- 運動方程式を立て、\(x\) の項と定数項をまとめる。
具体的な解説と立式
位置 \(x\) にある箱A(質量\(m\))の運動方程式を立てます。加速度を \(a\) とします。
- ばねの弾性力: 左向きに \(kx\)。
- 動摩擦力: 右向きに \(\mu’mg\)。
運動方程式 \(ma=F\) は、
$$ma = -kx + \mu’mg$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 単振動の式: \(a = -\omega^2(x-x_c)\)
この運動方程式を \(a\) について解き、単振動の形に整理します。
$$
\begin{aligned}
ma &= -k\left(x – \frac{\mu’mg}{k}\right) \\[2.0ex]a &= -\frac{k}{m}\left(x – \frac{\mu’mg}{k}\right)
\end{aligned}
$$
ここで、(1)の結果 \(x_0 = \displaystyle\frac{\mu’mg}{k}\) を用いると、
$$a = -\frac{k}{m}(x – x_0)$$
これは、振動中心が \(x_0\)、角振動数が \(\omega = \sqrt{k/m}\) の単振動を表しています。
- 周期 \(T\):
$$T = \frac{2\pi}{\omega} = 2\pi\sqrt{\frac{m}{k}}$$ - 位置 \(x(t)\):
- 振動中心: \(x_0\)
- 振幅: スタート位置が \(x_0+d\) なので、振幅は \(A=d\)。
- 初期条件: \(t=0\) で \(x=x_0+d\)(振動の端)で静かにはなしたので、運動は \(\cos\) 型で表される。
$$x(t) = x_0 + d\cos\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)$$
- 速度 \(v(t)\):
位置 \(x(t)\) を時間で微分します。
$$v(t) = -d\omega\sin(\omega t) = -d\sqrt{\frac{k}{m}}\sin\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)$$
箱が振動している最中の運動の様子を、運動方程式で記述します。この式を整理すると、「加速度 = -定数 × (位置 – \(x_0\))」という形になります。これは、振動の中心が原点から \(x_0\) にずれただけで、振動の仕方(周期)は摩擦がない場合と同じであることを意味します。この情報と、スタート地点の情報から、時刻 \(t\) における位置と速度を式で表すことができます。
- 位置: \(x = x_0 + d\cos\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\)
- 速度: \(v = -d\sqrt{\frac{k}{m}}\sin\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\)
- 周期: \(T = 2\pi\sqrt{\frac{m}{k}}\)
動摩擦力は振動の中心をずらすだけで、周期には影響しないという重要な結果が得られました。
[A](3)
思考の道筋とポイント
問題文で与えられた運動エネルギー \(E_K\) と位置エネルギー \(E_p\) の和を計算し、それが時刻 \(t\) によらない定数になることを示します。
この設問における重要なポイント
- (2)で求めた \(x(t)\) と \(v(t)\) を、与えられた \(E_K\) と \(E_p\) の式に代入する。
- 三角関数の公式 \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) を利用して、\(t\) を消去する。
具体的な解説と立式
与えられた式は、
- \(E_K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- \(E_p = \displaystyle\frac{1}{2}k(\Delta x)^2 = \frac{1}{2}k(x-x_0)^2\)
(2)の結果を代入します。
- \(v = -d\sqrt{\frac{k}{m}}\sin\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\)
- \(x-x_0 = d\cos\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\)
これらの2乗を計算すると、
- \(v^2 = d^2\frac{k}{m}\sin^2\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\)
- \((x-x_0)^2 = d^2\cos^2\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\)
これらを \(E_K+E_p\) の式に代入します。
$$E_K + E_p = \frac{1}{2}m\left(d^2\frac{k}{m}\sin^2\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\right) + \frac{1}{2}k\left(d^2\cos^2\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\right)$$
使用した物理公式
- 三角関数の恒等式: \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\)
$$
\begin{aligned}
E_K + E_p &= \frac{1}{2}kd^2\sin^2\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right) + \frac{1}{2}kd^2\cos^2\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right) \\[2.0ex]&= \frac{1}{2}kd^2\left\{\sin^2\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right) + \cos^2\left(\sqrt{\frac{k}{m}}t\right)\right\} \\[2.0ex]&= \frac{1}{2}kd^2
\end{aligned}
$$
(2)で求めた位置\(x\)と速度\(v\)の式を、問題文で与えられたエネルギーの式にそれぞれ代入します。すると、三角関数の性質(\(\sin^2 + \cos^2 = 1\))によって、時刻\(t\)を含む項がきれいに消えてなくなり、結果が定数になることがわかります。
\(E_K + E_p = \displaystyle\frac{1}{2}kd^2\) となり、時刻 \(t\) によらない一定値となることが示されました。これは、動摩擦力という非保存力がはたらいているにもかかわらず、振動中心を基準とした「見かけの位置エネルギー」を定義することで、力学的エネルギー保存則に似た保存則が成り立つことを示しています。
[B](1)
思考の道筋とポイント
箱Bが箱Aに衝突するまでのプロセスを考えます。
- 糸が切れた箱Bは、ベルトから動摩擦力を受けて加速する。
- 衝突直前の箱Bの速度 \(v_B\) を、等加速度直線運動の式から求める。
- 箱Aと箱Bの完全非弾性衝突について、運動量保存則を適用し、衝突直後の合体した物体の速度 \(v_1\) を求める。
この設問における重要なポイント
- 箱Bは、右向き(正)に大きさ \(\mu’mg\) の動摩擦力を受けて、等加速度運動する。
- 衝突は瞬間的な出来事なので、衝突の前後で系全体の運動量が保存される。
- 完全非弾性衝突なので、衝突後、2物体は一体となる。
具体的な解説と立式
Step 1: 衝突直前の箱Bの速度 \(v_B\) を求める
箱Bは、初速度0で \(x=-x_1\) の位置から、動摩擦力 \(\mu’mg\) を受けて \(x=x_0\) まで運動します。
- 加速度: \(a_B = \frac{\mu’mg}{m} = \mu’g\)
- 移動距離: \(x_0 – (-x_1) = x_0+x_1\)
等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) より、
$$v_B^2 – 0^2 = 2(\mu’g)(x_0+x_1)$$
$$v_B = \sqrt{2\mu’g(x_0+x_1)}$$
Step 2: 運動量保存則を適用する
- 衝突前: 箱Aは静止(\(v_A=0\))、箱Bは速度 \(v_B\)。
全運動量: \(P_i = m(0) + mv_B = mv_B\) - 衝突後: 箱AとBが一体(質量\(2m\))となり、速度 \(v_1\) で運動する。
全運動量: \(P_f = (m+m)v_1 = 2mv_1\)
運動量保存則 \(P_i = P_f\) より、
$$mv_B = 2mv_1$$
使用した物理公式
- 等加速度直線運動: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
- 運動量保存則
上の式を \(v_1\) について解き、\(v_B\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
v_1 &= \frac{1}{2}v_B \\[2.0ex]&= \frac{1}{2}\sqrt{2\mu’g(x_0+x_1)}
\end{aligned}
$$
まず、箱BがAにぶつかるまでにどれだけスピードアップするかを、摩擦力による等加速度運動として計算します。次に、衝突の瞬間を考えます。衝突では運動量が保存されるので、「衝突前の運動量の合計 = 衝突後の運動量の合計」という式を立てて、衝突後の速度を求めます。
衝突直後の速度は \(v_1 = \displaystyle\frac{1}{2}\sqrt{2\mu’g(x_0+x_1)}\) です。衝突によって速度が半分になること、また、箱Bの助走距離(\(x_1+x_0\))が長いほど衝突後の速度も大きくなるという、物理的に妥当な結果です。
[B](2)
思考の道筋とポイント
衝突後、一体となった物体(質量\(2m\))の運動を考えます。この物体にはたらく力と、新しい振動中心を求め、それに基づいて \(E_K’\) と \(E_p’\) を定義します。
この設問における重要なポイント
- 一体となった物体(質量\(2m\))にはたらく力を考える。
- 水平方向の力は、ばねの弾性力(左向き)と、2つの箱が受ける動摩擦力(右向き)の合力。
- 新しい力のつりあいの位置(振動中心)を求める。
具体的な解説と立式
一体となった物体(質量\(2m\))が位置 \(x’\) にあるときの運動方程式を考えます。
- ばねの弾性力: 左向きに \(kx’\)。
- 動摩擦力: 2つの箱がそれぞれ \(\mu’mg\) の動摩擦力を右向きに受けるので、合計で \(2\mu’mg\)。
運動方程式は、
$$ (2m)a’ = -kx’ + 2\mu’mg $$
$$ (2m)a’ = -k\left(x’ – \frac{2\mu’mg}{k}\right) $$
ここで、(1)の結果 \(x_0 = \mu’mg/k\) を使うと、\(\frac{2\mu’mg}{k} = 2x_0\) となります。
$$ (2m)a’ = -k(x’ – 2x_0) $$
この式から、新しい振動中心は \(x’_c = 2x_0\) であることがわかります。
問題文の定義に従い、\(E_K’\) と \(E_p’\) を記述します。
- 運動エネルギー \(E_K’\): 質量が \(2m\)、速度が \(v’\) なので、
$$E_K’ = \frac{1}{2}(2m)(v’)^2 = m(v’)^2$$ - 位置エネルギー \(E_p’\): 振動中心が \(2x_0\) なので、中心からの変位は \(\Delta x’ = x’ – 2x_0\)。
$$E_p’ = \frac{1}{2}k(\Delta x’)^2 = \frac{1}{2}k(x’ – 2x_0)^2$$
使用した物理公式
- 運動方程式
- エネルギーの定義
定義に従って式を記述するものであり、これ以上の計算はありません。
衝突後は、2つの箱がくっついた「質量2mの大きな箱」として振動します。この大きな箱には、ばねの力と、2箱分の摩擦力が働きます。この新しい状況での力のつりあいの位置(新しい振動の中心)を求め、それに基づいて運動エネルギーと位置エネルギーの式を立てます。
\(E_K’ = m(v’)^2\), \(E_p’ = \displaystyle\frac{1}{2}k(x’ – 2x_0)^2\) となります。箱が2つになったことで、動摩擦力が2倍になり、振動の中心が \(x_0\) から \(2x_0\) にずれたことが重要なポイントです。
[B](3)
思考の道筋とポイント
衝突直後から、一体となった物体の速度が初めて0になるまでの運動を考えます。これは、新しい単振動の運動の端から端までを考えることに相当します。エネルギー保存則([A](3)で示された、この問題独自のエネルギー)を用いるのが最も簡単です。
この設問における重要なポイント
- 衝突直後の位置は \(x’=x_0\)、速度は \(v’=v_1\)。
- 速度が0になる位置を \(x_2\) とする。
- 衝突直後の「エネルギー」と、速度が0になったときの「エネルギー」が等しい。
具体的な解説と立式
[B](2)で考えた系において、\(E_K’ + E_p’\) は保存されます。
- 衝突直後(始点): \(x’=x_0\), \(v’=v_1\)
$$E’_i = m v_1^2 + \frac{1}{2}k(x_0 – 2x_0)^2 = m v_1^2 + \frac{1}{2}k x_0^2$$ - 速度が0になる位置(終点): \(x’=x_2\), \(v’=0\)
$$E’_f = m(0)^2 + \frac{1}{2}k(x_2 – 2x_0)^2$$
エネルギー保存則 \(E’_i = E’_f\) より、
$$m v_1^2 + \frac{1}{2}k x_0^2 = \frac{1}{2}k(x_2 – 2x_0)^2$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
この式を \(x_2\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
k(x_2 – 2x_0)^2 &= 2m v_1^2 + k x_0^2 \\[2.0ex](x_2 – 2x_0)^2 &= \frac{2m}{k}v_1^2 + x_0^2
\end{aligned}
$$
衝突後、物体は右向きに動くので \(x_2 > x_0\) です。また、振動中心は \(2x_0\) なので、\(x_2 > 2x_0\) と考えられます。したがって、\(x_2 – 2x_0 > 0\) です。
$$x_2 – 2x_0 = \sqrt{x_0^2 + \frac{2m}{k}v_1^2}$$
$$x_2 = 2x_0 + \sqrt{x_0^2 + \frac{2m}{k}v_1^2}$$
衝突後、物体は新しい振動の中心(\(2x_0\))を中心として単振動を始めます。衝突した瞬間が振動の一方の端ではないため、少し複雑です。しかし、この振動においても(見かけの)エネルギーは保存されるので、「衝突直後のエネルギー = 速度がゼロになったときのエネルギー」という式を立てることで、速度がゼロになる位置を計算できます。
速度が0になる位置は \(x_2 = 2x_0 + \sqrt{x_0^2 + \displaystyle\frac{2m}{k}v_1^2}\) です。これは新しい振動 \(x’ = 2x_0 + A’\cos(\omega’t+\phi)\) の右端の位置に相当します。
[B](4)
思考の道筋とポイント
一体で運動している2つの箱が分離する条件を考えます。分離が起こるのは、2つの箱の間で及ぼしあう力(垂直抗力)が0になるときです。
この設問における重要なポイント
- 箱Aと箱B、それぞれについて運動方程式を立てる。
- 2つの箱の間にはたらく垂直抗力を \(R\) とする。
- 分離する条件は \(R=0\)。
具体的な解説と立式
一体で運動しているとき、加速度は共通で \(a’ = -\displaystyle\frac{k}{2m}(x’ – 2x_0)\) です。
箱B(左側の箱)の運動方程式を考えます。箱Bにはたらく水平方向の力は、
- 箱Aからの垂直抗力: 右向きに \(R\)。
- ベルトからの動摩擦力: 右向きに \(\mu’mg\)。
運動方程式は、
$$ma’ = R + \mu’mg$$
箱Bが箱Aから離れるのは、接触がなくなる瞬間、すなわち \(R=0\) のときです。
$$ma’ = \mu’mg$$
$$a’ = \mu’g$$
このときの加速度 \(a’\) を、単振動の加速度の式に代入して、分離が起こる位置 \(x’\) を求めます。
$$\mu’g = -\frac{k}{2m}(x’ – 2x_0)$$
ここで、\(x_0 = \mu’mg/k\) より \(\mu’g = kx_0/m\) なので、
$$\frac{kx_0}{m} = -\frac{k}{2m}(x’ – 2x_0)$$
$$2x_0 = -(x’ – 2x_0)$$
$$-x’ + 2x_0 = 2x_0$$
$$x’ = 0$$
これは、ばねが自然長になった瞬間に分離が起こる可能性があることを示しています。
分離が実際に起こるためには、一体となった物体が \(x’=0\) の位置を通過し、さらに左側(\(x'<0\))まで運動する必要があります。
振動の右端は \(x_2 = 2x_0 + A’\) であり、左端は \(x_{min} = 2x_0 – A’\) です(\(A’\)は振幅)。
分離が起こるためには、振動の左端が \(x’=0\) よりも左側にある必要があります。
$$x_{min} < 0$$
$$2x_0 – A’ < 0$$ $$A’ > 2x_0$$
ここで、振幅 \(A’\) は \(x_2\) の式から \(A’ = \sqrt{x_0^2 + \frac{2m}{k}v_1^2}\) です。
したがって、条件は、
$$\sqrt{x_0^2 + \frac{2m}{k}v_1^2} > 2x_0$$
使用した物理公式
- 運動方程式
- 分離条件: \(R=0\)
この不等式の両辺を2乗して \(x_1\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
x_0^2 + \frac{2m}{k}v_1^2 &> 4x_0^2 \\[2.0ex]\frac{2m}{k}v_1^2 &> 3x_0^2
\end{aligned}
$$
ここに \(v_1^2 = \frac{\mu’g}{2}(x_0+x_1)\) と \(x_0 = \mu’mg/k\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{2m}{k}\left\{\frac{\mu’g}{2}(x_0+x_1)\right\} &> 3x_0^2 \\[2.0ex]\frac{m\mu’g}{k}(x_0+x_1) &> 3x_0^2 \\[2.0ex]x_0(x_0+x_1) &> 3x_0^2
\end{aligned}
$$
\(x_0 > 0\) なので、両辺を \(x_0\) で割ることができます。
$$x_0+x_1 > 3x_0$$
$$x_1 > 2x_0$$
2つの箱が離れるのは、お互いを押し合う力がゼロになるときです。左側の箱Bの運動方程式を考えると、この押し合う力がゼロになるのは、ばねが自然長に戻った瞬間であることがわかります。実際に分離するためには、物体がこの「分離ポイント」を通り過ぎて、さらにばねが縮む領域まで運動する必要があります。この条件を、振動の振幅が十分に大きい、という形で数式にし、それを最初の箱Bの位置 \(x_1\) の条件に変換します。
分離が起こる条件は \(x_1 > 2x_0\) です。箱Bが十分な助走距離を持って箱Aに衝突し、衝突後の振動の振幅が大きくなった場合に分離が起こるという、物理的に妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 動摩擦力がはたらく中での力のつりあいと運動方程式:
- 核心: この問題の最大の特色は、一定の動摩擦力が常にはたらき続けることです。物体が静止(つりあう)とき、この動摩擦力とばねの弾性力がつりあいます([A](1))。物体が運動しているとき、運動方程式は \(ma = -kx + (\text{一定の動摩擦力})\) となります。
- 理解のポイント: この運動方程式を \(ma = -k(x-x_c)\) の形に変形することが鍵です。これにより、運動が「振動中心が\(x_c\)にずれた単振動」であることがわかります。動摩擦力は振動の中心をずらしますが、ばね定数\(k\)と質量\(m\)が変わらないため、振動の周期(角振動数)には影響を与えません。
- 運動量保存則(完全非弾性衝突):
- 核心: [B]パートでの2箱の衝突は、短時間にはたらく内力による現象なので、衝突の直前直後で2箱を一体とみなした系の運動量は保存されます。
- 理解のポイント: [B](1)では、まず衝突前の箱Bの速度を求め、次に運動量保存則 \(m v_B = (m+m)v_1\) を適用して衝突直後の速度を求めます。完全非弾性衝突(はねかえり係数0)なので、衝突後に2物体が一体となる点がポイントです。
- 分離の条件(内力がゼロ):
- 核心: 2つの物体が接触しながら運動しているとき、それらが「離れる」瞬間は、互いに及ぼしあう内力(この場合は垂直抗力\(R\))がゼロになるときです。
- 理解のポイント: [B](4)では、一体で運動している箱Aと箱Bをあえて別々の物体とみなし、片方(箱B)の運動方程式(\(ma’ = R + \mu’mg\))を立てます。ここに分離条件 \(R=0\) を適用することで、分離が起こる瞬間の加速度が特定でき、そこから分離が起こる位置(\(x’=0\))が導かれます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 斜面上の単振動: 重力の斜面方向成分が、ばねの弾性力とつりあう位置が振動中心になります。動摩擦力がはたらく場合は、上りと下りで動摩擦力の向きが逆になるため、往路と復路で振動中心が異なる複雑な運動になります。
- 浮力による単振動: 前問(60番)のように、浮力と重力がつりあう位置が振動中心となります。
- エネルギー保存則が使えない衝突: 摩擦がある面での衝突や、非弾性衝突では、力学的エネルギーは保存されません。このような場合は、運動量保存則が唯一の頼れる法則となります。
- 初見の問題での着眼点:
- はたらく力の中に「一定の力」はないか?: 重力、動摩擦力、一定の電場からの力など、変位によらない一定の力がはたらいている場合、単振動の振動中心がずれる可能性が高いと予測します。
- 運動のフェーズを区切る: この問題のように「静止」\(\rightarrow\)「単独で単振動」\(\rightarrow\)「衝突」\(\rightarrow\)「一体で単振動」\(\rightarrow\)「分離」と運動の様子が変化する場合、各フェーズを明確に区切り、それぞれのフェーズでどの物理法則が適用できるかを整理することが重要です。
- 分離・接触の条件を問われたら**: 必ず2物体間にはたらく内力(垂直抗力や張力)に着目し、個別の物体の運動方程式を立てる、という思考パターンを思い出しましょう。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 動摩擦力の向きの誤解:
- 誤解: 動摩擦力は常に運動方向と逆向き、と考えてしまい、単振動の往路と復路で向きを逆にしてしまう。
- 対策: 動摩擦力は「物体と接触面の『相対運動』と逆向き」にはたらきます。この問題では、箱は常にベルトに対して左に滑ろうとする(あるいは滑っている)と仮定されているため、ベルトから受ける動摩擦力は常に右向き(正)で一定です。問題文の仮定や設定を正確に読み取ることが重要です。
- 振動中心の混同:
- 誤解: [A]での振動中心(\(x_0\))と[B]での振動中心(\(2x_0\))を混同してしまう。あるいは、ばねの自然長の位置(\(x=0\))が振動中心だと勘違いする。
- 対策: 運動方程式を立て、\(-k(x-x_c)\) の形に整理する基本動作を徹底しましょう。\(x_c\)がその運動における振動中心です。系の構成(質量やはたらく力)が変われば、振動中心も変わるのが当然と認識しましょう。
- エネルギー保存則の適用ミス:
- 誤解: 動摩擦力がはたらいているので、力学的エネルギー保存則は使えない、と考えて思考が停止してしまう。
- 対策: [A](3)が示すように、たとえ非保存力がはたらいていても、振動中心からの変位を用いてうまく「位置エネルギー」を再定義すれば、保存則に似た関係式が成り立つ場合があります。問題文でエネルギーに関する問いがあれば、その定義に忠実に従って計算を進めることが求められます。通常の力学的エネルギー保存則とは別物と理解しましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 力のベクトル図: 各フェーズ([A]のつりあい、[A]の振動中、[B]の一体での振動中、[B]の分離の瞬間)で、箱にはたらく力をすべて図示する習慣をつけましょう。特に、動摩擦力の向きと、ばねの弾性力の向き(伸びているか縮んでいるか)を正確に描くことが重要です。
- エネルギーのポテンシャル曲線: 横軸に位置\(x\)、縦軸にポテンシャルエネルギーをとったグラフをイメージすると理解が深まります。ばねの弾性エネルギー \(U_{spring} = \frac{1}{2}kx^2\) は原点を頂点とする放物線ですが、動摩擦力による「位置エネルギー」(のようなもの)\(U_{friction} = -\mu’mgx\) は右下がりの直線です。この2つを合成した \(U_{total} = \frac{1}{2}kx^2 – \mu’mgx\) が、この系のポテンシャルエネルギーとなり、その頂点(極小値)が振動中心 \(x_0\) に対応します。
- 位相空間での軌道: 横軸に位置\(x\)、縦軸に速度\(v\)をとった位相空間を考えると、単振動は円や楕円を描きます。この問題では、振動中心がずれた円(楕円)として運動の軌跡をイメージできます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma = -k(x-x_c)\)):
- 選定理由: 周期、振動中心、加速度など、単振動の基本的な性質を明らかにするための最も根本的な法則だからです。
- 適用根拠: 物体が力を受けて加速度運動しているという、あらゆる力学の基本状況。この形に変形することで、単振動であることが確定します。
- 運動量保存則:
- 選定理由: [B](1)の「衝突」という現象を解析するため。衝突では、撃力という測定困難な内力がはたらくため、運動方程式で追うのは困難です。しかし、系全体で見れば外力は無視できるため、運動量保存則が唯一かつ強力な法則となります。
- 適用根拠: 衝突時間が極めて短く、衝突中に働く外力(この場合はばねの力や摩擦力)の影響が、撃力に比べて無視できるという物理的状況。
- 分離条件 (\(R=0\)):
- 選定理由: [B](4)で「離れる」という条件を数式化するため。
- 適用根拠: 垂直抗力\(R\)は物体が押し合うときにのみ発生する力であり、その大きさが負になることは物理的にありえません。したがって、\(R\)が0になった瞬間が、接触を保てる限界点(分離点)となります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- [A] 箱Aの単独運動:
- (1) つりあい位置: 水平方向の力のつりあい \(\mu’mg = kx_0\) から \(x_0\) を求める。
- (2) 単振動: 運動方程式 \(ma = -kx + \mu’mg\) を立て、\(a=-\frac{k}{m}(x-x_0)\) に変形。周期\(T\)、角振動数\(\omega\)を特定し、初期条件から \(x(t), v(t)\) を求める。
- (3) エネルギー: (2)の結果を \(E_K+E_p\) に代入し、\(\sin^2+\cos^2=1\) を使って定数になることを示す。
- [B] 衝突と一体での運動:
- (1) 衝突後の速度: ①箱Bの衝突直前の速度\(v_B\)を等加速度運動の式から求める。②運動量保存則 \(mv_B = (2m)v_1\) から \(v_1\) を求める。
- (2) 一体でのエネルギー: 質量\(2m\)の物体にはたらく力を考え、新しい振動中心 \(2x_0\) を特定。定義に従い \(E_K’, E_p’\) を記述する。
- (3) 静止する位置: (2)の系でエネルギー保存則(\(E_K’+E_p’=\text{一定}\))を立て、衝突直後と速度0の点で比較し、\(x_2\) を求める。
- (4) 分離条件: 箱Bの運動方程式 \(ma’=R+\mu’mg\) を立て、\(R=0\) となる条件を求める。これにより分離点(\(x’=0\))がわかる。振動の振幅が、振動中心から分離点までの距離より大きいことが分離の条件となる。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 振動中心の明確化: 計算の各段階で、「今考えている運動の振動中心はどこか?」を常に自問自答しましょう。[A]では\(x_0\)、[B]では\(2x_0\)です。これを混同すると、エネルギーの式や振幅の計算がすべて狂います。
- 文字の置き換え: \(x_0 = \mu’mg/k\) という関係は頻繁に登場します。計算の途中で \(\mu’mg\) を \(kx_0\) に置き換えるなど、式を簡単な形に保つ工夫をすると、見通しが良くなり計算ミスが減ります。
- 衝突と振動の分離: 衝突は「運動量保存則」、その後の運動は「単振動(運動方程式 or エネルギー)」と、フェーズごとに使う道具を明確に区別して考えましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 物理的描像との一致:
- 振動中心のずれ: 動摩擦力がばねの力とつりあう点まで振動中心がずれる、という結果は直感的にも理解しやすいです。
- 周期の不変性: 動摩擦力のような「定数力」は、振動中心をずらすだけで周期には影響しません。これは、ポテンシャル曲線の形(曲率)を変えずに、全体の高さを傾けるだけだからです。この性質を知っていると、結果の妥当性を判断できます。
- 分離条件: 箱Bが離れるのが \(x’=0\)(ばねが自然長)のとき、という結果も興味深いです。このとき、箱Aにはたらく力は動摩擦力のみ(\(\mu’mg\))、箱Bにはたらく力も動摩擦力のみ(\(\mu’mg\))となり、両者の加速度が等しくなります(\(a’=\mu’g\))。加速度が同じなので、お互いを押し合う必要がなくなり、力がゼロになる、と解釈できます。
問題64 (岩手大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、熱量計を用いた比熱の測定に関する基本的な問題です。2つの実験を通して、熱量の保存則(熱量保存の法則)を正しく適用できるかが問われています。
- 実験1では、温度の異なる金属製容器と水の間で熱の移動が起こり、共通の温度に達します。
- 実験2では、実験1の状態に、さらに高温の金属球を投入し、新たな平衡温度に達します。
この問題の核心は、「高温の物体が失った熱量 = 低温の物体が得た熱量」という熱量保存の法則を、それぞれの実験状況に応じて正しく立式することです。
- 断熱容器: 中と外との熱の出入りはない。
- 熱容量が無視できるもの: 温度計、かき混ぜ棒、断熱容器。
- 実験1:
- 金属製容器: 質量 \(m_A\), 比熱 \(c_A\), 初めの温度 \(t_A\)。
- 水: 質量 \(m_B\), 比熱 \(c_B\), 初めの温度 \(t_B\)。
- 平衡温度: \(t_1\)。
- 実験2:
- 金属球: 質量 \(m_X\), 比熱 \(c_X\), 初めの温度 90℃。
- 金属製容器と水: 実験1の後の状態。すなわち、質量 \(m_A\) と \(m_B\)、比熱 \(c_A\) と \(c_B\)、初めの温度 \(t_1\)。
- 平衡温度: \(t_2\)。
- (1) 実験1における平衡温度 \(t_1\)。
- (2) 実験2の結果から、金属球の比熱 \(c_X\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「熱量の保存」です。熱量計算の基本公式を理解し、どの物体が熱を失い、どの物体が熱を得たのかを正確に把握することが重要です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 熱量計算の公式: 物体の温度を \(\Delta t\) だけ変化させるのに必要な熱量 \(Q\) は、\(Q = mc\Delta t\) で与えられます。ここで \(m\) は質量、\(c\) は比熱です。
- 熱量保存の法則: 断熱された系の中で複数の物体間で熱のやり取りがある場合、高温の物体が失った熱量の総和と、低温の物体が得た熱量の総和は等しくなります。
- 温度変化 \(\Delta t\) の扱い: 熱量計算における温度変化 \(\Delta t\) は、常に正の値として扱うのが一般的です。つまり、「高温側の温度 – 低温側の温度」で計算します。これにより、「失った熱量」も「得た熱量」も正の値となり、等式を立てやすくなります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 実験1について、高温物体(容器か水)と低温物体を特定し、「失った熱量 = 得た熱量」の式を立て、\(t_1\) について解きます(問1)。
- 実験2について、同様に高温物体(金属球)と低温物体(容器と水)を特定し、「失った熱量 = 得た熱量」の式を立て、未知数である \(c_X\) について解きます(問2)。
問(1)
思考の道筋とポイント
実験1では、金属製容器と水の間で熱交換が行われます。どちらが高温かは明記されていませんが、一般的に \(t_A\) と \(t_B\) の間に最終的な温度 \(t_1\) が来ます。ここでは、容器が高温、水が低温であると仮定して立式します(逆でも最終的な結果は同じになります)。
この設問における重要なポイント
- 熱量保存の法則: (容器が失った熱量) = (水が得た熱量)
- 熱量計算の公式: \(Q = mc\Delta t\)
- 温度変化は \(\Delta t = (\text{高温側}) – (\text{低温側})\) で計算する。
具体的な解説と立式
容器の温度が \(t_A\)、水の温度が \(t_B\) で、最終的に \(t_1\) になったとします。ここで \(t_A > t_1 > t_B\) と仮定します。
- 金属製容器が失った熱量 \(Q_{失}\):
- 質量: \(m_A\)
- 比熱: \(c_A\)
- 温度変化: \(t_A – t_1\)
$$Q_{失} = m_A c_A (t_A – t_1)$$
- 水が得た熱量 \(Q_{得}\):
- 質量: \(m_B\)
- 比熱: \(c_B\)
- 温度変化: \(t_1 – t_B\)
$$Q_{得} = m_B c_B (t_1 – t_B)$$
熱量保存の法則 \(Q_{失} = Q_{得}\) より、
$$m_A c_A (t_A – t_1) = m_B c_B (t_1 – t_B)$$
使用した物理公式
- 熱量の保存: \(Q_{失} = Q_{得}\)
- 熱量の計算: \(Q = mc\Delta t\)
この方程式を、未知数である \(t_1\) について解きます。
まず、式を展開します。
$$m_A c_A t_A – m_A c_A t_1 = m_B c_B t_1 – m_B c_B t_B$$
\(t_1\) を含む項を右辺に、それ以外の項を左辺にまとめます。
$$m_A c_A t_A + m_B c_B t_B = m_A c_A t_1 + m_B c_B t_1$$
右辺を \(t_1\) でくくります。
$$m_A c_A t_A + m_B c_B t_B = (m_A c_A + m_B c_B) t_1$$
最後に、両辺を \((m_A c_A + m_B c_B)\) で割ります。
$$t_1 = \frac{m_A c_A t_A + m_B c_B t_B}{m_A c_A + m_B c_B}$$
温度の高い容器が失った熱と、温度の低い水が得た熱が等しい、というエネルギー保存の式を立てます。それぞれの熱量は「質量 × 比熱 × 温度変化」で計算できます。この等式を、最終的な温度 \(t_1\) について解きます。
平衡温度は \(t_1 = \displaystyle\frac{m_A c_A t_A + m_B c_B t_B}{m_A c_A + m_B c_B}\) です。この式は、熱容量 \(m_A c_A\) と \(m_B c_B\) を重みとした、温度 \(t_A\) と \(t_B\) の加重平均の形になっています。これは物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
実験2では、高温の金属球と、低温の「金属製容器と水のセット」の間で熱交換が行われます。ここでも熱量保存の法則を適用します。
この設問における重要なポイント
- 高温物体: 金属球(90℃)
- 低温物体: 金属製容器と水(これらは一体で温度 \(t_1\) から \(t_2\) に変化する)
- 熱量保存の法則: (金属球が失った熱量) = (容器が得た熱量) + (水が得た熱量)
具体的な解説と立式
最終的な温度は \(t_2\) です。\(90 > t_2 > t_1\) と考えられます。
- 金属球が失った熱量 \(Q_{失}\):
- 質量: \(m_X\)
- 比熱: \(c_X\)
- 温度変化: \(90 – t_2\)
$$Q_{失} = m_X c_X (90 – t_2)$$
- 金属製容器と水が得た熱量 \(Q_{得}\):
- 容器が得た熱量: \(m_A c_A (t_2 – t_1)\)
- 水が得た熱量: \(m_B c_B (t_2 – t_1)\)
合計で得た熱量は、
$$Q_{得} = m_A c_A (t_2 – t_1) + m_B c_B (t_2 – t_1) = (m_A c_A + m_B c_B)(t_2 – t_1)$$
熱量保存の法則 \(Q_{失} = Q_{得}\) より、
$$m_X c_X (90 – t_2) = (m_A c_A + m_B c_B)(t_2 – t_1)$$
使用した物理公式
- 熱量の保存: \(Q_{失} = Q_{得}\)
- 熱量の計算: \(Q = mc\Delta t\)
この方程式を、未知数である \(c_X\) について解きます。
両辺を \(m_X (90 – t_2)\) で割るだけです。
$$c_X = \frac{(m_A c_A + m_B c_B)(t_2 – t_1)}{m_X (90 – t_2)}$$
実験1と同様に、熱量保存の法則を使います。今回は、熱くなった金属球が熱を失い、その熱を容器と水が受け取ります。容器と水は一体となって温度が上がるので、得た熱量はまとめて計算できます。「金属球が失った熱量 = (容器+水)が得た熱量」という式を立て、それを金属球の比熱 \(c_X\) について解きます。
金属球の比熱は \(c_X = \displaystyle\frac{(m_A c_A + m_B c_B)(t_2 – t_1)}{m_X (90 – t_2)}\) です。この式は、測定した質量や温度変化から未知の比熱を求める、熱量測定の基本的な関係式そのものであり、妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 熱量保存の法則:
- 核心: 断熱された系(外部との熱の出入りがない系)において、内部の物体間で熱の移動が起こるとき、「高温の物体が失った熱量の総和」と「低温の物体が得た熱量の総和」は等しくなります。
- 理解のポイント: この法則は、熱現象におけるエネルギー保存則の一つの表現です。この問題では、(1)と(2)の両方でこの法則を立式することが解答への唯一の道筋となります。問題を解く上での第一歩は、どの物体が高温側で熱を「失い」、どの物体が低温側で熱を「得た」のかを正確に特定することです。
- 熱量計算の公式 (\(Q=mc\Delta t\)):
- 核心: 質量\(m\)、比熱\(c\)の物体の温度を\(\Delta t\)だけ変化させるのに必要な熱量\(Q\)を計算するための基本公式です。
- 理解のポイント: 熱量保存の法則を具体的な式にするための道具です。特に、温度変化\(\Delta t\)を計算する際には、常に正の値になるように「高温側の温度 – 低温側の温度」として計算すると、「失った熱量」も「得た熱量」も正の値として扱うことができ、\(Q_{失} = Q_{得}\)というシンプルな等式を立てやすくなります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 氷の融解を含む熱量保存: 0℃の氷を水の中に入れる問題。氷が得る熱量は、「0℃の氷が0℃の水になるための融解熱(\(mL\), \(L\)は融解熱)」と「0℃の水が最終温度まで上がるための熱量(\(mc\Delta t\))」の2段階で計算する必要があります。
- 熱容量の計算: 容器の熱容量\(C\)[J/K]が与えられている場合、容器が得る(または失う)熱量は \(Q=C\Delta t\) となります。比熱\(c\)と熱容量\(C\)の関係は \(C=mc\) です。この問題でも、\(m_A c_A\) や \(m_B c_B\) はそれぞれの熱容量とみなせます。
- 抵抗の発熱(ジュール熱)を含む熱量保存: 電熱線で水を温める問題。「電熱線が発生した熱量(\(P t = IVt\))」が「水や容器が得た熱量」に等しい、という式を立てます。
- 初見の問題での着眼点:
- 系を特定し、断熱されているか確認する: まず、熱のやり取りをしている物体の集まり(系)を特定します。問題文に「断熱容器」や「熱の出入りは無視」といった記述があれば、熱量保存の法則が使えるサインです。
- 高温物体と低温物体をリストアップする: どの物体が熱を失い、どの物体が熱を得たのかを明確に分けます。実験2のように複数の物体が一体となって温度変化する場合は、それらをまとめて低温物体(または高温物体)として扱うと計算が楽になります。
- 状態変化(融解、蒸発)の有無を確認する: 氷や水蒸気が関わる問題では、温度変化だけでなく、状態変化に伴う潜熱(融解熱、蒸発熱)の吸収・放出がないかを確認することが極めて重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 温度変化 \(\Delta t\) の符号ミス:
- 誤解: 温度変化を常に「後の温度 – 初めの温度」で計算しようとして、失った熱量が負の値になり、式の意味が混乱してしまう。
- 対策: 「失った熱量」と「得た熱量」をそれぞれ正の値として計算するのが最も安全です。そのためには、\(\Delta t\) は必ず「高温 – 低温」で計算する、とルール化しましょう。
- 失った熱量: \(mc(\text{初めの高温} – \text{後の温度})\)
- 得た熱量: \(mc(\text{後の温度} – \text{初めの低温})\)
- 熱容量と比熱の混同:
- 誤解: 熱容量 \(C\)[J/K]と比熱 \(c\)[J/(g・K)]を混同し、質量\(m\)を掛けるべきか否かで混乱する。
- 対策: 単位に注目しましょう。比熱は「1gあたり」の熱容量なので、熱量を計算するには質量\(m\)を掛ける必要があります(\(Q=mc\Delta t\))。熱容量は物体全体での値なので、質量を掛けずにそのまま使います(\(Q=C\Delta t\))。
- 実験2での低温物体の扱いのミス:
- 誤解: 実験2で熱を得る物体を「水だけ」と考えてしまい、金属製容器が得る熱量を計算に入れ忘れる。
- 対策: 実験1の後の状態では、容器と水は一体となって温度\(t_1\)になっています。ここに高温の金属球を入れると、容器と水の両方が熱を得て温度\(t_2\)まで上昇します。熱を得た物体は「容器と水のセット」であると正しく認識することが重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 熱の移動の矢印図: 高温物体から低温物体へ、熱エネルギーが移動する様子を矢印で図示すると、誰が熱を失い、誰が得たのかが一目瞭然になります。
- 実験1: 容器 \(\xrightarrow{Q}\) 水
- 実験2: 金属球 \(\xrightarrow{Q}\) (容器 + 水)
- 温度の数直線: 温度変化を数直線上に描くのも有効です。
- 実験1: 低温側の\(t_B\)と高温側の\(t_A\)の間に、最終的な温度\(t_1\)が来る。
- 実験2: 低温側の\(t_1\)と高温側の90℃の間に、最終的な温度\(t_2\)が来る。
これにより、\(\Delta t\)の計算(どちらからどちらを引くか)を視覚的に確認でき、ミスを防げます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 熱量保存の法則:
- 選定理由: この問題は、異なる温度の物体を接触させた後の最終的な温度や、未知の比熱を求める問題です。このような熱交換の問題を解くための、最も基本的で強力な法則だからです。
- 適用根拠: 問題文に「断熱容器」「熱の出入りはない」と明記されており、系が外部から熱的に孤立していることが保証されているため。
- \(Q=mc\Delta t\) (熱量の計算式):
- 選定理由: 熱量保存の法則を具体的な物理量(質量、比熱、温度)で記述するための唯一の道具だからです。
- 適用根拠: 物体の温度変化が状態変化(融解など)を伴わない範囲であるという前提に基づきます。この問題では、水が沸騰したり凍ったりはしないため、この公式が適用できます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 平衡温度 \(t_1\) の計算:
- 戦略: 実験1について、熱量保存の法則を適用する。
- フロー:
- 高温物体(容器と仮定)が失った熱量 \(Q_{失} = m_A c_A (t_A – t_1)\) を立式。
- 低温物体(水と仮定)が得た熱量 \(Q_{得} = m_B c_B (t_1 – t_B)\) を立式。
- \(Q_{失} = Q_{得}\) の等式を立てる。
- この方程式を \(t_1\) について解く。
- (2) 比熱 \(c_X\) の計算:
- 戦略: 実験2について、熱量保存の法則を適用する。
- フロー:
- 高温物体(金属球)が失った熱量 \(Q_{失} = m_X c_X (90 – t_2)\) を立式。
- 低温物体(容器と水のセット)が得た熱量 \(Q_{得} = (m_A c_A + m_B c_B)(t_2 – t_1)\) を立式。
- \(Q_{失} = Q_{得}\) の等式を立てる。
- この方程式を未知数である \(c_X\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 項の整理: (1)の計算のように、未知数(\(t_1\))を含む項と含まない項を、等式の左辺と右辺にきちんと分けてから整理すると、計算ミスが減ります。
- 括弧の活用: (2)のように、複数の物体が同じ温度変化をする場合、\((m_A c_A + m_B c_B)(t_2 – t_1)\) のように、熱容量の和を括弧でまとめてから計算すると、式がスッキリして見通しが良くなります。
- 単位の確認: 問題文で与えられている単位(g, J/(g・K), ℃)と、最終的に求められるべき単位を確認する習慣をつけましょう。温度変化\(\Delta t\)の場合、セ氏温度(℃)の差と絶対温度(K)の差は等しいので、単位が混在していてもそのまま計算できます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) \(t_1\) の式: \(t_1 = \frac{(m_A c_A) t_A + (m_B c_B) t_B}{(m_A c_A) + (m_B c_B)}\) は、熱容量 \(m_A c_A\) と \(m_B c_B\) を重みとする加重平均の形をしています。これは、熱容量が大きい(温まりにくく冷めにくい)物体の温度に、最終的な温度がより強く影響されることを意味しており、物理的に非常に妥当です。
- (2) \(c_X\) の式: もし温度変化が大きければ(\(t_2-t_1\) が大きい、または \(90-t_2\) が小さい)、計算される比熱 \(c_X\) も大きくなります。これは、同じ熱量でより大きな温度変化を引き起こす物質は、比熱が大きいことを意味し、直感と一致します。
- 極端な場合を考える:
- もし容器の熱容量が無視できる(\(m_A c_A \rightarrow 0\))としたら、(1)の式は \(t_1 \rightarrow \frac{m_B c_B t_B}{m_B c_B} = t_B\) となるべきですが、これは間違いです。正しくは、\(m_A c_A \rightarrow 0\) ならば容器は熱を失わないので、\(t_1=t_B\) となるはずですが、式の上ではそうなっていません。これは、立式の仮定(\(t_A > t_1 > t_B\))が崩れるためです。このように、極端な場合を考えることで、式の適用限界や物理的な意味をより深く考察することができます。
- もし \(t_A=t_B\) なら、(1)の式は \(t_1 = \frac{(m_A c_A + m_B c_B)t_A}{m_A c_A + m_B c_B} = t_A\) となり、温度変化が起こらないという自明な結果と一致します。
問題65 (近畿大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、ヒーターで水を加熱したときの状態変化(固体→液体→気体)を扱っています。与えられた温度変化のグラフを読み解き、各区間で加えられた熱量と物質の状態変化を結びつけることが求められます。
この問題の核心は、ヒーターの電力が一定であるため、「加えられた熱量は加熱時間に比例する」という関係を理解し、熱量計算の公式(\(Q=mc\Delta t\) や \(Q=mL\))と結びつけていくことです。
- 容器: 断熱材でできており、ピストンや容器の熱容量は無視できる。
- 水: 質量 \(m\)[g]。
- 加熱: 一定の電力 \(P\)[W] の温度調節器で加熱。
- 圧力: 1気圧の大気圧のもと。
- 温度変化グラフ:
- \(0 \sim t_1\): 氷の温度が \(-T_1\)℃ から 0℃ へ上昇。
- \(t_1 \sim t_2\): 氷がとけて水になる(融解)。温度は0℃で一定。
- \(t_2 \sim t_3\): 水の温度が 0℃ から 100℃ へ上昇。(\(t_B\)のとき\(T_B\)℃)
- \(t_3 \sim t_4\): 水が蒸発して水蒸気になる。温度は100℃で一定。
- 比熱・潜熱:
- 水の比熱: \(C_W\) [J/(g・K)]
- 氷の比熱: 未知
- 氷の融解熱: 未知
- 水の蒸発熱: 未知
- (1) 0℃の水が\(T_B\)℃になるまでに与えられた熱量。
- (2) ヒーターの電力 \(P\)。
- (3) 氷の融解熱。
- (4) 氷の比熱と水の比熱の比。
- (5) 時刻 \(t_A\) (\(t_1 < t_A < t_2\)) における、氷と水の質量の比。
- (6) 水の蒸発熱と氷の融解熱の比。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「物質の状態変化と熱」です。グラフの各区間が物理的に何を意味しているかを正確に読み取ることが最初のステップです。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 熱量と温度変化: 状態変化がない場合、物質の温度を \(\Delta t\) だけ変化させるのに必要な熱量 \(Q\) は \(Q = mc\Delta t\) で計算できます。
- 熱量と状態変化(潜熱): 融解や蒸発などの状態変化の間、温度は一定に保たれます。このときに必要な熱量 \(Q\) は \(Q = mL\) で計算できます(\(L\)は融解熱や蒸発熱などの潜熱)。
- 電力と熱量: 電力 \(P\)[W] のヒーターが \(t\)[s] の間にはたらくと、発生する熱量(ジュール熱)は \(Q = Pt\) となります。この問題では \(P\) が一定なので、加えられた熱量は時間に比例します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、熱量計算の基本公式 \(Q=mc\Delta t\) を使って、特定の温度上昇に必要な熱量を求めます(問1)。
- 次に、グラフから各プロセスにかかった時間を読み取り、「加えられた熱量 \(Q\) = 電力 \(P\) × 時間 \(t\)」の関係を利用して、電力\(P\)や潜熱を求めていきます(問2, 3, 6)。
- 氷と水の比熱の比は、同じヒーターで同じ質量の物質を温めたときの「温度上昇に必要な時間」の比から求めることができます(問4)。
- 融解の途中での氷と水の質量比は、融解プロセス全体にかかる時間と、融解が始まってから経過した時間の比で考えます(問5)。
問(1)
思考の道筋とポイント
0℃の水が\(T_B\)℃まで温度上昇する際に与えられた熱量を、熱量計算の基本公式 \(Q=mc\Delta t\) を用いて求めます。
この設問における重要なポイント
- 熱量計算の公式を正しく適用する。
- 質量は \(m\)、水の比熱は \(C_W\)、温度変化は \(T_B – 0 = T_B\)。
具体的な解説と立式
- 質量: \(m\)
- 水の比熱: \(C_W\)
- 温度変化: \(\Delta t = T_B – 0 = T_B\)
公式 \(Q=mc\Delta t\) にこれらの値を代入すると、求める熱量 \(Q\) は、
$$Q = mC_W T_B$$
使用した物理公式
- 熱量の計算: \(Q = mc\Delta t\)
この設問は公式に代入するだけであり、これ以上の計算はありません。
質量\(m\)の水を温度\(T_B\)だけ上げるのに必要な熱量を計算します。これは「質量 × 比熱 × 温度変化」という基本公式に、問題で与えられた記号を当てはめることで求められます。
熱量は \(mC_W T_B\) です。これは公式通りの基本的な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
ヒーターの電力 \(P\) を求めます。グラフから、0℃の水が\(T_B\)℃まで上昇するのにかかった時間は \(t_B – t_2\) であることがわかります。この間にヒーターが与えた熱量は \(P \times (t_B – t_2)\) です。この熱量が、問(1)で求めた熱量と等しいことを利用します。
この設問における重要なポイント
- ヒーターが与える熱量は \(Q = Pt\)。
- グラフから、0℃ \(\rightarrow\) \(T_B\)℃ の温度上昇にかかった時間を読み取る。
具体的な解説と立式
- 0℃ \(\rightarrow\) \(T_B\)℃ の温度上昇に必要な熱量: 問(1)より \(Q = mC_W T_B\)。
- 0℃ \(\rightarrow\) \(T_B\)℃ の温度上昇にかかった時間: グラフより \(t = t_B – t_2\)。
- この間にヒーターが与えた熱量: \(Q = P \times t = P(t_B – t_2)\)。
この2つの熱量が等しいので、
$$P(t_B – t_2) = mC_W T_B$$
使用した物理公式
- 電力と熱量の関係: \(Q = Pt\)
この式を電力 \(P\) について解きます。
$$P = \frac{mC_W T_B}{t_B – t_2}$$
ヒーターのパワー(電力\(P\))は一定です。グラフから、0℃の水を\(T_B\)℃まで温めるのに \((t_B – t_2)\) 秒かかったことがわかります。この間にヒーターが発生した総熱量は「電力 × 時間」です。この熱量が、(1)で計算した水が吸収した熱量と等しくなるはずなので、その等式から電力を逆算します。
電力は \(P = \displaystyle\frac{mC_W T_B}{t_B – t_2}\) です。単位時間あたりの温度上昇が大きいほど、また水の熱容量(\(mC_W\))が大きいほど、電力\(P\)が大きいという物理的に妥当な結果になっています。
問(3)
思考の道筋とポイント
氷の融解熱を求めます。融解熱とは、単位質量(1g)の固体を液体にするのに必要な熱量です。まず、質量\(m\)の氷すべてを融解させるのに必要な総熱量 \(Q_{融解}\) を求め、それを質量\(m\)で割ります。
この設問における重要なポイント
- 融解中は温度が0℃で一定。
- グラフから、融解にかかった時間は \(t_2 – t_1\)。
- この間にヒーターが与えた熱量が、融解に必要な総熱量に等しい。
具体的な解説と立式
- 融解にかかった時間: グラフより \(t = t_2 – t_1\)。
- この間にヒーターが与えた総熱量 \(Q_{融解}\):
$$Q_{融解} = P(t_2 – t_1)$$
これは質量\(m\)の氷すべてを融解させるのに必要な熱量です。
求める融解熱を \(L_f\) [J/g] とすると、\(Q_{融解} = mL_f\) という関係があります。
したがって、
$$mL_f = P(t_2 – t_1)$$
使用した物理公式
- 潜熱の計算: \(Q = mL\)
- 電力と熱量の関係: \(Q = Pt\)
この式を \(L_f\) について解き、問(2)で求めた電力 \(P\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
L_f &= \frac{P(t_2 – t_1)}{m} \\[2.0ex]&= \frac{1}{m} \left( \frac{mC_W T_B}{t_B – t_2} \right) (t_2 – t_1) \\[2.0ex]&= \frac{C_W T_B (t_2 – t_1)}{t_B – t_2}
\end{aligned}
$$
グラフから、氷がすべてとけるのに \((t_2 – t_1)\) 秒かかったことがわかります。この間にヒーターが供給した熱の総量を計算します。融解熱は「1gあたり」の熱量なので、この総熱量を氷の質量\(m\)で割ることで求められます。
氷の融解熱は \(L_f = \displaystyle\frac{C_W T_B (t_2 – t_1)}{t_B – t_2}\) です。融解に時間がかかる(\(t_2-t_1\)が大きい)ほど、融解熱も大きいという直感に合う結果です。
問(4)
思考の道筋とポイント
氷の比熱を \(C_I\) とします。氷の温度を \(-T_1\)℃ から 0℃ まで上げるのに必要な熱量と、そのプロセスにかかった時間との関係を考えます。そして、水の温度上昇の場合と比較することで、比熱の比を求めます。
この設問における重要なポイント
- 氷の温度上昇: \(-T_1\)℃ \(\rightarrow\) 0℃。温度変化は \(T_1\)。時間は \(t_1\)。
- 水の温度上昇: 0℃ \(\rightarrow\) \(T_B\)℃。温度変化は \(T_B\)。時間は \(t_B – t_2\)。
- 同じ電力\(P\)で加熱しているので、熱量は時間に比例する。
具体的な解説と立式
- 氷の温度上昇に必要な熱量 \(Q_I\):
$$Q_I = mC_I T_1$$
この熱量は、時間 \(t_1\) の間に電力 \(P\) のヒーターによって与えられたので、
$$mC_I T_1 = P t_1 \quad \cdots ①$$ - 水の温度上昇に必要な熱量 \(Q_W\):
$$Q_W = mC_W T_B$$
この熱量は、時間 \(t_B – t_2\) の間に与えられたので、
$$mC_W T_B = P(t_B – t_2) \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 熱量の計算: \(Q = mc\Delta t\)
- 電力と熱量の関係: \(Q = Pt\)
求めるのは氷の比熱と水の比熱の比、すなわち \(C_I / C_W\) です。
式①から \(P = \frac{mC_I T_1}{t_1}\)、式②から \(P = \frac{mC_W T_B}{t_B – t_2}\) となり、これらが等しいので、
$$\frac{mC_I T_1}{t_1} = \frac{mC_W T_B}{t_B – t_2}$$
この式を \(\frac{C_I}{C_W}\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{C_I}{C_W} &= \frac{T_B}{t_B – t_2} \cdot \frac{t_1}{T_1} \\[2.0ex]\frac{C_I}{C_W} &= \frac{T_B t_1}{T_1 (t_B – t_2)}
\end{aligned}
$$
同じヒーターで同じ質量の氷と水を温めることを考えます。比熱が小さい物質ほど、温まりやすい(短い時間で温度が上がる)。この性質を利用します。「氷を\(T_1\)℃上げるのにかかった時間」と「水を\(T_B\)℃上げるのにかかった時間」をグラフから読み取り、それらの比を計算することで、氷と水の比熱の比を求めることができます。
氷の比熱は水の比熱の \(\displaystyle\frac{T_B t_1}{T_1 (t_B – t_2)}\) 倍です。この式は、各プロセスでの温度変化と時間の比で構成されており、妥当な形をしています。
問(5)
思考の道筋とポイント
融解の途中である時刻 \(t_A\) (\(t_1 < t_A < t_2\)) での、残っている氷と、とけて水になった部分の質量の比を求めます。ヒーターの電力が一定なので、氷がとける速さも一定です。したがって、とけた氷の質量は、融解が始まってからの時間に比例します。
この設問における重要なポイント
- 氷がとける速さは一定。
- とけた氷の質量 \(\propto\) 融解開始からの経過時間。
- 残っている氷の質量 \(\propto\) 融解終了までの残り時間。
具体的な解説と立式
- 融解プロセス全体にかかる時間: \(t_2 – t_1\)。この時間で質量 \(m\) の氷がすべてとける。
- 時刻 \(t_A\) までに融解した時間: \(t_A – t_1\)。
- 時刻 \(t_A\) から融解終了までにかかる時間: \(t_2 – t_A\)。
とけた水の質量を \(m_{水}\)、残っている氷の質量を \(m_{氷}\) とすると、これらの質量は時間に比例するので、
$$\frac{m_{氷}}{m_{水}} = \frac{(\text{氷がとけきるまでの残り時間})}{(\text{これまでとけてきた時間})}$$
$$ \frac{m_{氷}}{m_{水}} = \frac{t_2 – t_A}{t_A – t_1}$$
使用した物理公式
- 比例関係
上記の通り、比例関係から直接答えが導かれます。
氷がとけている間、一定のペースで水に変わっていきます。したがって、「とけた水の量」は「とけるのにかかった時間」に比例し、「残っている氷の量」は「とけ終わるまでの残り時間」に比例します。時刻\(t_A\)でのそれぞれの時間をグラフから読み取り、その比を計算します。
残っている氷の質量は、とけて水になった部分の質量の \(\displaystyle\frac{t_2 – t_A}{t_A – t_1}\) 倍です。\(t_A\) が \(t_1\) に近いときは比が大きく(ほとんど氷)、\(t_A\) が \(t_2\) に近いときは比が小さく(ほとんど水)なり、直感と一致します。
問(6)
思考の道筋とポイント
水の蒸発熱と氷の融解熱の比を求めます。それぞれの状態変化に必要な熱量を、ヒーターが供給した時間から計算し、その比を取ります。
この設問における重要なポイント
- 融解熱 \(L_f\) と蒸発熱 \(L_v\) の比 \(\frac{L_v}{L_f}\) を求める。
- \(mL_f = P(t_2 – t_1)\)
- \(mL_v = P(t_4 – t_3)\)
具体的な解説と立式
- 融解に必要な総熱量 \(Q_f\):
融解熱を \(L_f\) とすると、\(Q_f = mL_f\)。
ヒーターからの供給熱量は \(P(t_2 – t_1)\)。
$$mL_f = P(t_2 – t_1) \quad \cdots ③$$ - 蒸発に必要な総熱量 \(Q_v\):
蒸発熱を \(L_v\) とすると、\(Q_v = mL_v\)。
ヒーターからの供給熱量は \(P(t_4 – t_3)\)。
$$mL_v = P(t_4 – t_3) \quad \cdots ④$$
使用した物理公式
- 潜熱の計算: \(Q = mL\)
- 電力と熱量の関係: \(Q = Pt\)
求めるのは \(\frac{L_v}{L_f}\) です。式④を式③で割ります。
$$
\begin{aligned}
\frac{mL_v}{mL_f} &= \frac{P(t_4 – t_3)}{P(t_2 – t_1)} \\[2.0ex]\frac{L_v}{L_f} &= \frac{t_4 – t_3}{t_2 – t_1}
\end{aligned}
$$
「1gの氷を水にする熱量(融解熱)」と「1gの水を水蒸気にする熱量(蒸発熱)」の比を求めます。同じヒーターで加熱しているので、熱量は時間に比例します。したがって、この比は「すべての水が蒸発するのにかかった時間」と「すべての氷がとけるのにかかった時間」の比に等しくなります。それぞれの時間をグラフから読み取って、比を計算します。
蒸発熱と融解熱の比は \(\displaystyle\frac{t_4 – t_3}{t_2 – t_1}\) です。一般に水の蒸発熱は融解熱よりかなり大きいので、グラフでも \(t_4-t_3\) の区間が \(t_2-t_1\) の区間より長くなっていることが多く、この式は物理的な事実と整合しています。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 熱量と加熱時間の比例関係:
- 核心: この問題のすべての設問を解く上での大前提となる法則です。ヒーターの電力\(P\)が一定であるため、ヒーターが供給する熱量\(Q\)は、加熱時間\(t\)に正比例します(\(Q=Pt\))。
- 理解のポイント: この関係があるため、グラフの「横軸(時間)」を、そのまま「加えられた熱量」と読み替えて問題を解き進めることができます。例えば、(6)で潜熱の比を求める際に、熱量の比がそのまま時間の比(\((t_4-t_3)/(t_2-t_1)\))として計算できるのは、この比例関係のおかげです。
- 熱量計算の基本公式(\(Q=mc\Delta t\) と \(Q=mL\)):
- 核心: 物質の温度を変化させたり、状態を変化させたりするのに必要な熱量を計算するための2つの基本公式です。
- 理解のポイント: グラフの各区間がどちらの公式に対応するかを正しく見極めることが重要です。
- 温度が上昇している区間(\(0 \sim t_1\), \(t_2 \sim t_3\)): 温度変化なので \(Q=mc\Delta t\) を適用します。
- 温度が一定の区間(\(t_1 \sim t_2\), \(t_3 \sim t_4\)): 状態変化(融解、蒸発)なので、潜熱の式 \(Q=mL\) を適用します。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 混合問題: 異なる温度の物質を混ぜ合わせる問題。基本的な考え方は同じですが、「ヒーターで加熱」ではなく「高温物体が失った熱量」が熱源になります。
- 冷却曲線: 加熱ではなく冷却していく場合の温度変化グラフの問題。考え方は全く同じで、失われる熱量が時間に比例します。
- 圧力変化を伴う状態変化: ピストンが動くことで圧力や体積が変化する場合。気体の状態方程式(\(PV=nRT\))や熱力学第一法則(\(\Delta U = Q + W\))と組み合わせて考える必要があります。
- 初見の問題での着眼点:
- グラフの区間を物理現象に対応させる: まず、与えられたグラフの各部分(傾きのある部分、平坦な部分)が、それぞれ「温度上昇」なのか「状態変化」なのかを特定します。
- 傾きがある \(\rightarrow\) 温度上昇(比熱が関係)
- 平坦 \(\rightarrow\) 状態変化(潜熱が関係)
- 熱源は何か?: 熱を供給(または吸収)している源は何かを特定します。この問題では「電力Pのヒーター」です。これにより、熱量と時間の関係(\(Q=Pt\))がわかります。
- 未知数は何か?: 問題で問われている物理量(比熱、潜熱、電力など)を明確にし、それを求めるためにどの区間の、どの法則を使えばよいか戦略を立てます。例えば、電力\(P\)を求める(2)では、比熱が既知である「水の温度上昇」区間に着目するのが定石です。
- グラフの区間を物理現象に対応させる: まず、与えられたグラフの各部分(傾きのある部分、平坦な部分)が、それぞれ「温度上昇」なのか「状態変化」なのかを特定します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 比熱と熱容量の混同:
- 誤解: 比熱\(c\)[J/(g・K)]は単位質量あたりの熱容量ですが、これを質量を掛けずに使ってしまう。
- 対策: 熱量計算では必ず \(Q=mc\Delta t\) のように質量\(m\)を掛けることを徹底しましょう。単位を意識することが有効です。
- 温度変化 \(\Delta t\) の計算ミス:
- 誤解: \(-T_1\)℃から0℃への温度変化を、\(-T_1\)と計算してしまう。
- 対策: 温度「変化」は、変化後の温度と変化前の温度の差です。\(0 – (-T_1) = T_1\) と正しく計算しましょう。温度変化の場合、セ氏温度(℃)で計算しても絶対温度(K)で計算しても差は同じなので、単位換算は不要です。
- 融解・蒸発の途中の質量の扱い:
- 誤解: (5)で、時刻\(t_A\)での氷と水の質量を、熱量の式から複雑に計算しようとしてしまう。
- 対策: 加熱ペースが一定なので、状態変化の進み具合も時間に比例します。全体の時間と部分の時間との「比」で考えるのが最もシンプルで間違いが少ない方法です。\(m_{水} : m_{氷} = (t_A-t_1) : (t_2-t_A)\) という比例関係に気づけるかが鍵です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- グラフの傾きと比熱の関係:
- \(Q=Pt\) と \(Q=mc\Delta t\) から \(Pt = mc\Delta t\) が成り立ち、グラフの傾き(温度/時間)は \(\frac{\Delta t}{t} = \frac{P}{mc}\) となります。つまり、「比熱が大きい(温まりにくい)物質ほど、グラフの傾きは緩やかになる」と視覚的に理解できます。(4)で氷と水の比熱を比較する際、グラフの傾きの違いとして捉えることができます。
- グラフの水平部分の長さと潜熱の関係:
- \(Q=Pt\) と \(Q=mL\) から、\(Pt = mL\) となり、状態変化にかかる時間 \(t = \frac{mL}{P}\) は、潜熱\(L\)に比例します。
- (6)で融解熱と蒸発熱を比較する際、グラフの水平部分の長さの比を見ていることと等価であると理解できます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(Q=mc\Delta t\) (比熱の式):
- 選定理由: (1), (4)で、温度が変化する区間の熱量を計算するため。
- 適用根拠: 物質の状態が変わらず、温度のみが変化しているという物理的状況。
- \(Q=mL\) (潜熱の式):
- 選定理由: (3), (6)で、状態が変化する区間の熱量を計算するため。
- 適用根拠: 物質が固体から液体へ(融解)、または液体から気体へ(蒸発)と状態を変えている最中であるという物理的状況。この間、温度は一定に保たれます。
- \(Q=Pt\) (電力と熱量の関係):
- 選定理由: グラフの横軸である「時間」と、物理量である「熱量」を結びつけるための唯一の法則だからです。
- 適用根拠: 問題文に「電力を一定にして加熱を続けた」とあり、ヒーターの仕事がすべて熱に変わるという前提。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 水の熱量:
- 戦略: 水の温度上昇区間に \(Q=mc\Delta t\) を適用。
- フロー: \(Q = m C_W (T_B – 0)\)。
- (2) 電力P:
- 戦略: 水の温度上昇区間で、ヒーターの仕事と吸収熱量が等しいと考える。
- フロー: \(P(t_B-t_2) = mC_W T_B\) \(\rightarrow\) \(P\)を求める。
- (3) 融解熱:
- 戦略: 融解区間で、ヒーターの仕事と融解に必要な熱量が等しいと考える。
- フロー: \(P(t_2-t_1) = m L_f\) \(\rightarrow\) (2)の\(P\)を代入し\(L_f\)を求める。
- (4) 比熱の比:
- 戦略: 氷の温度上昇区間と水の温度上昇区間で、それぞれヒーターの仕事と吸収熱量の関係式を立て、2式を割り算して\(P\)を消去する。
- フロー: \(P t_1 = mC_I T_1\) と \(P(t_B-t_2) = mC_W T_B\) の比をとり、\(C_I/C_W\)を求める。
- (5) 質量の比:
- 戦略: 融解にかかる時間は、とける質量に比例することを利用する。
- フロー: \(m_{氷} : m_{水} = (\text{残り時間}) : (\text{経過時間}) = (t_2-t_A) : (t_A-t_1)\)。
- (6) 潜熱の比:
- 戦略: 融解区間と蒸発区間で、それぞれヒーターの仕事と潜熱の関係式を立て、2式を割り算して\(P\)を消去する。
- フロー: \(mL_f = P(t_2-t_1)\) と \(mL_v = P(t_4-t_3)\) の比をとり、\(L_v/L_f\)を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- グラフの読み取り: \(t_1, t_2, t_3, t_4, t_B\) など、多くの時刻・温度の記号が登場します。各区間にかかった時間を計算する際に、引き算を間違えないように注意しましょう。(例:水の温度上昇時間は \(t_B\) ではなく \(t_B-t_2\))
- 一貫した単位: 問題では質量が[g]で与えられていますが、比熱や潜熱の単位も[J/(g・K)]なので、単位換算は不要です。しかし、もし質量が[kg]で与えられていたら、単位を揃える必要があるので注意が必要です。
- 代入のタイミング: (3)のように、前の設問の結果(電力P)を代入する問題では、計算ミスが連鎖する可能性があります。各設問を慎重に解き進めましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 物理定数との比較: 水の比熱は約4.2J/(g・K)、氷の比熱は約2.1J/(g・K)です。(4)で求めた比は、\(\frac{C_I}{C_W} \approx 0.5\) に近い値になるはずです。また、水の融解熱は約334J/g、蒸発熱は約2257J/gです。(6)で求めた比は、\(\frac{L_v}{L_f} \approx 6.75\) 程度になるはずです。このように、既知の物理定数とおおよそのオーダーが合うかを確認することで、計算結果の妥当性を吟味できます。
- グラフの形状との整合性:
- (4)で求めた比熱の比が1より小さいなら、氷のグラフの傾きは水のグラフの傾きより急になっているはずです。
- (6)で求めた潜熱の比が1より大きいなら、蒸発にかかる時間(\(t_4-t_3\))は融解にかかる時間(\(t_2-t_1\))より長くなっているはずです。
- これらの視覚的な確認は、検算として非常に有効です。
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