問題26 (北海道大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、ばねで打ち出された小球が、固定された、あるいは自由に動く斜面台を上る運動を扱います。力学的エネルギー保存則、運動方程式、非慣性系における運動、運動量保存則など、力学の重要概念が複合的に問われる総合問題です。
- 小球の質量: \(m\)、台の質量: \(M\)
- 斜面の傾斜角: \(\theta\)、高さ: \(h\)
- 床と台、小球と台の間はなめらか(摩擦なし)
- 空気抵抗、小球の大きさは無視
- 重力加速度の大きさ: \(g\)
- 図2の選択肢: ①〜⑧の力の向き
- (1) 台が固定されている場合
- ア: ばね定数
- イ: 点Aでの小球の速さ
- ウ: 斜面運動中の小球の加速度の大きさ
- エ: 点AからBまでかかる時間
- あ: 垂直抗力の向き
- オ: 垂直抗力の大きさ
- (2) 台が自由に動ける場合
- カ: 台の水平方向の運動方程式
- い: 慣性力の向き
- キ: 台から見た小球のx軸方向の運動方程式
- ク: 台から見た小球のx軸方向の加速度
- ケ: 小球が到達する最高点の高さ
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題は、前半の「台固定」パートと後半の「台自由」パートに大別されます。
- 前半 (問1): 台が固定されているため、小球の運動のみを考えます。「力学的エネルギー保存則」と「運動方程式」を基本に解き進めます。
- 後半 (問2): 台が自由に動ける「2体問題」です。問題の誘導に従い、床から見た「静止系」での台の運動と、加速する台から見た「非慣性系」での小球の運動を組み合わせて解きます。非慣性系では「慣性力」の導入が鍵となります。
問(1) ア: ばね定数
思考の道筋とポイント
小球がばねから打ち出され、最高点Bに達するまでの一連の運動を考えます。この過程で仕事をする非保存力(摩擦や空気抵抗)はないため、系全体の力学的エネルギーは保存されます。ばねを縮めた初期状態と、最高点Bに達した最終状態とで力学的エネルギー保存則の式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 力学的エネルギー保存則が適用できる条件を判断する。
- エネルギーの基準点(ここでは床の高さ)を明確にする。
- 各状態におけるエネルギー(運動エネルギー、位置エネルギー、弾性エネルギー)を正しく記述する。
具体的な解説と立式
力学的エネルギー保存則を、ばねを \(\displaystyle\frac{h}{4}\) 縮めた状態(初状態)と、小球が最高点Bに達した状態(終状態)との間で適用します。床の高さを位置エネルギーの基準(\(U=0\))とします。
- 初状態: 小球は静止しているので運動エネルギーは0。床の高さなので位置エネルギーは0。ばねは \(\displaystyle\frac{h}{4}\) 縮んでいるので、弾性エネルギーは \(\displaystyle\frac{1}{2}k(\frac{h}{4})^2\)。
- 終状態: 最高点Bで速さが0になったので運動エネルギーは0。高さ\(h\)の点にいるので位置エネルギーは\(mgh\)。ばねは小球から離れているので弾性エネルギーは0。
したがって、力学的エネルギー保存則の式は以下のようになります。
$$(\text{初状態のエネルギー}) = (\text{終状態のエネルギー})$$
$$0 + 0 + \frac{1}{2}k\left(\frac{h}{4}\right)^2 = 0 + mgh + 0$$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則: \(K+U_g+U_s = \text{一定}\)
立式した \(\displaystyle\frac{1}{2}k\left(\frac{h}{4}\right)^2 = mgh\) を \(k\) について解きます。
$$\frac{1}{2}k \frac{h^2}{16} = mgh$$
$$\frac{kh^2}{32} = mgh$$
両辺を \(h\) で割り(\(h \neq 0\))、\(k\) について整理します。
$$k = \frac{32mg}{h}$$
「エネルギーは形を変えるだけで、全体の量は変わらない」というのが力学的エネルギー保存則です。最初、ばねが持っていた「バネのエネルギー」が、最終的に小球の「高さのエネルギー(位置エネルギー)」にすべて変換された、と考えます。この関係を数式にして、ばねの硬さ(ばね定数\(k\))を求めます。
ばね定数は \(k = \displaystyle\frac{32mg}{h}\) です。単位も[N/m]となり、物理的に妥当です。
問(1) イ: 点Aでの小球の速さ
思考の道筋とポイント
小球が点Aを通過する瞬間と、最高点Bに達した瞬間との間で、再び力学的エネルギー保存則を適用します。点Aは床の高さにあるため、位置エネルギーは0です。
この設問における重要なポイント
- 考察する2つの状態を適切に選ぶ。ここでは点Aと点Bが適しています。
- 力学的エネルギー保存則を正しく立式する。
具体的な解説と立式
点Aを通過するときの小球の速さを \(v_A\) とします。点Aと最高点Bとの間で力学的エネルギー保存則を立てます。
- 点Aの状態: 速さは \(v_A\)、高さは0。エネルギーは \(\displaystyle\frac{1}{2}mv_A^2 + 0\)。
- 点Bの状態: 速さは0、高さは\(h\)。エネルギーは \(0 + mgh\)。
したがって、力学的エネルギー保存則の式は、
$$\frac{1}{2}mv_A^2 + 0 = 0 + mgh$$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則
立式した \(\displaystyle\frac{1}{2}mv_A^2 = mgh\) を \(v_A\) について解きます。
両辺の \(m\) を消去します。
$$\frac{1}{2}v_A^2 = gh$$
$$v_A^2 = 2gh$$
速さ \(v_A\) は正なので、
$$v_A = \sqrt{2gh}$$
点Aで小球が持っていた「速さのエネルギー(運動エネルギー)」が、坂を上るにつれて「高さのエネルギー(位置エネルギー)」に変換され、頂点Bで運動エネルギーが0になった、と考えます。このエネルギーの変換を式にして、点Aでの速さを求めます。
点Aでの速さは \(v_A = \sqrt{2gh}\) です。これは、高さ\(h\)から物体を自由落下させたときに地面に達する速さと同じであり、エネルギー保存則から導かれる典型的な結果です。
問(1) ウ、エ、あ、オ
思考の道筋とポイント
小球が台の斜面を運動している間の運動を解析します。働く力は「重力」と「垂直抗力」のみです。力を斜面に平行・垂直に分解し、運動方程式と力のつりあいの式を立てます。斜面上の運動は等加速度運動になるため、運動学の公式を用いて時間などを求めます。
この設問における重要なポイント
- 力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解する。
- 運動方向(斜面平行)には運動方程式、運動しない方向(斜面垂直)には力のつりあいの式を立てる。
- 等加速度運動の公式を適切に選択して用いる。
具体的な解説と立式
(ウ) 加速度の大きさ
小球に働く重力 \(mg\) を、斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\) と垂直な成分 \(mg\cos\theta\) に分解します。運動方向(斜面を上る向き)と逆向きに \(mg\sin\theta\) が働くため、斜面を上る向きを正とすると、運動方程式は \(ma = -mg\sin\theta\)。よって加速度は \(a = -g\sin\theta\)。
加速度の大きさは、この絶対値なので \(|a| = g\sin\theta\)。
(エ) 点AからBまでかかる時間
初速度 \(v_A = \sqrt{2gh}\)、加速度 \(a = -g\sin\theta\) で、終速度が0になるまでの時間 \(t_1\) を、等加速度運動の公式 \(v = v_0 + at\) を用いて求めます。
$$0 = \sqrt{2gh} + (-g\sin\theta)t_1$$
(あ) 垂直抗力の向き
垂直抗力は面が物体を垂直に押す力です。図2で斜面から小球を垂直に押し上げる向きは ② です。
(オ) 垂直抗力の大きさ
斜面に垂直な方向では、力がつり合っています。垂直抗力を \(N_1\) とすると、重力の垂直成分とつりあうので、
$$N_1 = mg\cos\theta$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 力のつりあい
- 等加速度運動の公式: \(v = v_0 + at\)
(エ)の計算:
$$g\sin\theta \cdot t_1 = \sqrt{2gh}$$
$$t_1 = \frac{\sqrt{2gh}}{g\sin\theta} = \frac{1}{\sin\theta}\sqrt{\frac{2gh}{g^2}} = \frac{1}{\sin\theta}\sqrt{\frac{2h}{g}}$$
(ウ) 坂を上るボールが遅くなるのは、重力が引き戻すからです。この力から加速度がわかります。(エ) 初めの速さと加速度がわかれば、公式で止まるまでの時間が計算できます。(あ,オ) 小球は斜面にめり込まないので、垂直方向の力はつり合っています。このつりあいから垂直抗力が求まります。
(ウ) \(g\sin\theta\)、(エ) \(\displaystyle\frac{1}{\sin\theta}\sqrt{\frac{2h}{g}}\)、(あ) ②、(オ) \(mg\cos\theta\)。これらは斜面上の運動における基本的な結果です。
問(2) カ、い、キ: 2体問題の運動方程式
思考の道筋とポイント
ここからは台が自由に動ける2体問題です。問題の誘導に従い、台の運動は静止系(床)から、小球の運動は加速系(台)から考えます。
この設問における重要なポイント
- (カ) 作用・反作用の法則を元に、台を動かす力を特定し、静止系で運動方程式を立てる。
- (い,キ) 加速系(台)から小球を見る。慣性力を導入し、小球に働くすべての力をx軸(斜面)方向に分解して運動方程式を立てる。
具体的な解説と立式
(カ) 台の水平方向の運動方程式
台を動かす水平力は、小球から受ける垂直抗力\(N\)の反作用の水平成分です。この反作用は、台を右向きに \(N\sin\theta\) の力で押します。台の加速度を右向きに\(\beta\)とすると、運動方程式は、
$$M\beta = N\sin\theta$$
(い) 慣性力の向き
台は右向きに加速度\(\beta\)で運動しているので、台の上から小球を見ると、逆向き、すなわち「左向き」に慣性力が働きます。図2の選択肢では ③ です。
(キ) 台から見た小球のx軸方向の運動方程式
台から見た小球に働く力(重力、垂直抗力、慣性力)をx軸方向(斜面上向きが正)に分解します。
- 重力のx成分: \(-mg\sin\theta\)
- 慣性力\(m\beta\)(左向き)のx成分: \(-m\beta\cos\theta\)
台から見た小球のx軸方向の加速度を\(\alpha\)とすると、運動方程式は、
$$m\alpha = -mg\sin\theta – m\beta\cos\theta$$
使用した物理公式
- 運動方程式
- 作用・反作用の法則
- 慣性力
(立式のみが問われているため、計算過程はありません)
(カ) \(M\beta = N\sin\theta\)、(い) ③、(キ) \(m\alpha = -mg\sin\theta – m\beta\cos\theta\)。これらは2体問題を解くための連立方程式の一部となります。
問(2) ク: 台から見た小球のx軸方向の加速度
思考の道筋とポイント
未知数\(\alpha, \beta, N\)に対して、方程式がまだ足りません。台から見た小球のy軸方向(斜面に垂直な方向)の力のつりあいを考え、もう一つ式を立てます。これまでに得た3つの式を連立させて、\(\alpha\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- y軸方向(斜面に垂直)の力のつりあいの式を立てる。
- 3つの連立方程式を解く。ここでは\(N\)と\(\beta\)を消去することが目標。
具体的な解説と立式
まず、台から見た小球のy軸方向(斜面に垂直上向きが正)の力のつりあいの式を立てます。
$$N + m\beta\sin\theta – mg\cos\theta = 0 \quad \rightarrow \quad N = mg\cos\theta – m\beta\sin\theta$$
これと(カ) \(M\beta = N\sin\theta\)、(キ) \(m\alpha = -mg\sin\theta – m\beta\cos\theta\) を連立させます。
まず\(N\)を消去して\(\beta\)を求めます。
$$M\beta = (mg\cos\theta – m\beta\sin\theta)\sin\theta = mg\sin\theta\cos\theta – m\beta\sin^2\theta$$
$$\beta(M+m\sin^2\theta) = mg\sin\theta\cos\theta \quad \rightarrow \quad \beta = \frac{mg\sin\theta\cos\theta}{M+m\sin^2\theta}$$
次に、この\(\beta\)を(キ)の式を\(\alpha\)について解いた \(\alpha = -g\sin\theta – \beta\cos\theta\) に代入します。
$$\alpha = -g\sin\theta – \left( \frac{mg\sin\theta\cos\theta}{M+m\sin^2\theta} \right)\cos\theta$$
使用した物理公式
- 運動方程式、力のつりあい
- 連立方程式の解法
\(\alpha\)の式を通分して整理します。
$$\alpha = -g\sin\theta \left( 1 + \frac{m\cos^2\theta}{M+m\sin^2\theta} \right)$$
$$\alpha = -g\sin\theta \left( \frac{M+m\sin^2\theta+m\cos^2\theta}{M+m\sin^2\theta} \right)$$
\(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) を用いて、
$$\alpha = -g\sin\theta \left( \frac{M+m}{M+m\sin^2\theta} \right) = -\frac{(M+m)g\sin\theta}{M+m\sin^2\theta}$$
小球と台、両方の運動を記述する式を3つ立てました。これらは未知数(\(\alpha, \beta, N\))を含む連立方程式です。数学の計算と同じように、一つの式を代入して文字を消去していくことで、最終的に求めたい加速度\(\alpha\)を計算します。計算は複雑ですが、\(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) を使うと式がきれいになるのがポイントです。
台から見た小球の加速度は \(\alpha = -\displaystyle\frac{(M+m)g\sin\theta}{M+m\sin^2\theta}\) です。負号は斜面を減速して上ることを意味します。もし台の質量\(M\)が非常に大きいと、\(\alpha \approx -g\sin\theta\) となり、台が固定されている場合の結果に近づき、物理的に妥当です。
問(2) ケ: 小球が到達する最高点の高さ
思考の道筋とポイント
台の上から見た小球の運動は、初速度\(v_A\)、加速度\(\alpha\)の等加速度直線運動です。最高点では、台から見た小球の速度は0になります。この条件を使って、等加速度運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) から、斜面を上る距離を求め、その距離から高さを計算します。
この設問における重要なポイント
- 台から見た相対運動として捉える。台に対する初速度は、床に対する初速度\(v_A\)と同じです。
- 最高点では「相対速度」が0になる。
- 斜面上の距離と高さの関係 (\(高さ = 距離 \times \sin\theta\)) を使う。
具体的な解説と立式
台から見た小球の運動を考えます。
- 初速度: \(v_0 = v_A = \sqrt{2gh}\)
- 終速度: \(v = 0\)
- 加速度: \(\alpha = -\displaystyle\frac{(M+m)g\sin\theta}{M+m\sin^2\theta}\)
- 移動距離: \(s\) (斜面に沿った距離)
等加速度運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2\alpha s\) を用います。
$$0^2 – (\sqrt{2gh})^2 = 2\alpha s$$
求めたいのは最高点の高さ\(h’\)であり、\(h’ = s \cdot \sin\theta\) の関係があるので、\(s = \displaystyle\frac{h’}{\sin\theta}\)。
$$-2gh = 2\alpha \frac{h’}{\sin\theta}$$
これを\(h’\)について解くと、
$$h’ = -\frac{gh\sin\theta}{\alpha}$$
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
立式した \(h’ = -\displaystyle\frac{gh\sin\theta}{\alpha}\) に、(ク)で求めた\(\alpha\)を代入します。
$$h’ = -gh\sin\theta \div \left( -\frac{(M+m)g\sin\theta}{M+m\sin^2\theta} \right)$$
$$h’ = gh\sin\theta \times \frac{M+m\sin^2\theta}{(M+m)g\sin\theta}$$
\(gh\sin\theta\) が約分されて、
$$h’ = \frac{M+m\sin^2\theta}{M+m}h$$
台の上からボールの運動を見ると、これもただの等加速度運動です。初めの速さと、減速の度合い(加速度\(\alpha\))が分かっているので、「後の速さの2乗 – 初めの速さの2乗 = 2 × 加速度 × 距離」の公式から、坂をどれだけ上ったかが計算できます。最後に、その距離を高さに変換すれば、答えが求まります。
最高点の高さは \(h’ = \displaystyle\frac{M+m\sin^2\theta}{M+m}h\) です。
分母分子を比較すると、\(M+m\sin^2\theta < M+m\) なので、\(h’ < h\) となります。これは、小球のエネルギーの一部が台を動かすエネルギーに使われたため、元の高さ\(h\)までは到達できないという直感と一致しており、妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力学的エネルギー保存則:
- 核心: 摩擦や空気抵抗のような非保存力が仕事をしない限り、運動エネルギーと位置エネルギー(重力・弾性力)の和は一定に保たれるという法則です。問(1)のア、イで、ばねが縮んだ状態、点Aを通過する状態、最高点Bに達した状態の関係性を解き明かす鍵となります。
- 理解のポイント:
- 適用条件の確認: 問題文から「なめらか」「空気抵抗は無視」などのキーワードを読み取り、この法則が使えるか判断します。
- 状態の選定: どの2つの状態でエネルギーを比較するかを戦略的に選びます。未知数が少なく、情報が多い状態を選ぶのがコツです。
- エネルギーの種類の列挙: 各状態で、運動エネルギー、重力の位置エネルギー、弾性エネルギーがそれぞれ存在するか、0になるかを正確に把握します。
- 運動方程式 (\(ma=F\)) と力の分解:
- 核心: 物体の運動状態の変化(加速度)と、それに作用する力とを結びつける基本法則です。問(1)のウ、オ、そして問(2)のカ、キ、クの導出において中心的な役割を果たします。
- 理解のポイント: この問題のように斜面が関わる場合、力を「斜面に平行な方向」と「斜面に垂直な方向」に分解することが定石です。運動する方向(平行方向)と、運動しない方向(垂直方向、力のつりあい)に分けて考えることで、立式が容易になります。
- 非慣性系と慣性力:
- 核心: 加速する座標系(この問題では動く台)から物体の運動を観測する際に導入される「見かけの力」です。問(2)の「台に乗った座標系から見る」という視点変更で必須となります。
- 理解のポイント:
- 導入のメリット: 床から見ると複雑な運動(小球も台も動く)が、台から見ると「斜面を上るだけの一次元運動」として単純化できます。
- 慣性力のルール: 向きは「観測系の加速度と逆向き」、大きさは「観測される物体の質量 \(m\) × 観測系の加速度 \(\beta\)」です。これを忘れずに加えることで、非慣性系でも運動方程式が立てられます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- ばね付きの振り子や衝突: ばねの弾性エネルギーが運動エネルギーに変換され、さらに別の物体との相互作用に発展する問題。エネルギー保存則と運動量保存則を段階的に適用します。
- 動く斜面上の物体: 前の問題(25.)と同様、台と物体が相互作用する2体問題。静止系と加速系の両方からアプローチできるスキルが求められます。
- 単振動との融合: 斜面上の運動が、特定の条件下で単振動になる問題。力の復元性(\(F=-kx\)の形)を見抜くことが鍵になります。
- 初見の問題での着眼点:
- 系の設定: 「台が固定されている」のか「自由に動ける」のかで、考えるべき対象(小球だけか、小球と台の両方か)が根本的に変わります。まずこの区別を明確にします。
- エネルギーは保存されるか?: 問題文に「なめらか」「抵抗は無視」とあれば、力学的エネルギー保存則が有力な武器になります。「ばね」が出てきたら、弾性エネルギーを考慮したエネルギー保存則をまず疑います。
- 視点はどこか?: 「床から見る(静止系)」のか「台から見る(加速系)」のか。問題に誘導があればそれに従い、なければどちらが考えやすいかを判断します。「相対運動」を問われたり、運動が複雑だったりする場合は、加速系(慣性力)の視点が有効なことが多いです。
- 連立方程式の構造を見抜く: 問(2)のように、未知数(\(\alpha, \beta, N\))と、それらを結ぶ方程式(運動方程式やつりあいの式)が複数出てくる場合、どの式を組み合わせればどの未知数が消去できるか、という計算の見通しを立てることが重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- エネルギー保存則の適用範囲:
- 誤解: 問(2)の台が動く場合でも、安易に小球だけの力学的エネルギー保存則を立ててしまう。
- 対策: 台が動く場合、小球が台を押すことで台に仕事をします(台の運動エネルギーが増加する)。このため、小球単体の力学的エネルギーは保存されません。「小球と台を合わせた系全体のエネルギー」は保存されますが、垂直抗力のような内力がする仕事の計算が複雑になるため、この問題では運動方程式で解くのが賢明です。
- 加速度の符号:
- 誤解: 運動方程式を立てる際に、力の向きと加速度の正の向きを混同し、符号を間違える。特に問(1)ウや問(2)キで、減速する運動の加速度を正としてしまう。
- 対策: 最初に「どちらの向きを正とするか」を座標軸で明確に定義し、すべての力と加速度をその座標軸に従って正負の符号付きで記述する習慣をつける。
- 慣性力の分解ミス:
- 誤解: 問(2)キ、クで、水平方向の慣性力 \(m\beta\) を斜面方向と垂直方向に分解する際、\(\cos\theta\) と \(\sin\theta\) を取り違える。
- 対策: 必ず図を描き、慣性力のベクトルと斜面がなす角度が\(\theta\)であることを確認し、分解先の成分が辺となる直角三角形をイメージする。斜面方向が\(\cos\theta\)、垂直方向が\(\sin\theta\)となることを丁寧に確認する。
- 連立方程式の計算ミス:
- 誤解: 問(2)クの導出のように、3つの文字式を連立させる際に、代入ミスや移項ミス、符号ミスを犯す。
- 対策: どの式をどの式に代入するのか、どの文字を消去したいのか、という目的を明確にする。計算過程を省略せず、一行ずつ丁寧に書き下す。特に、マイナス符号の分配法則には細心の注意を払う。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- エネルギーの推移図: 問(1)で、ばねの弾性エネルギー \(\rightarrow\) 点Aでの運動エネルギー \(\rightarrow\) 点Bでの位置エネルギー、というエネルギーの形態変化を流れ図のようにイメージすると、力学的エネルギー保存則の立式がスムーズになります。
- 力の分解図: 問(1)オや問(2)キ、クで、重力や慣性力を斜面に平行・垂直な成分に分解する図は必須です。矢印の始点を小球にそろえ、破線で力の分解を示すと、どの力がどの方向に関与するかが一目瞭然になります。
- 作用・反作用の図: 問(2)カで、小球が台を押す力(反作用)を図示することが重要です。「小球に働く垂直抗力\(N\)」と「台に働く反作用\(N\)」を、それぞれ別の物体のフリーボディダイアグラムとして描くと、混同を防げます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 座標軸の明記: 特に問(2)では、床から見た静止系の座標軸と、台に乗った加速系の座標軸(x, y軸)が異なります。自分が今どちらの座標系で考えているのか、図に明確に描き込むことが混乱を防ぎます。
- 選択肢との照合: 問(1)あ、問(2)いのように、力の向きを選択肢から選ぶ問題では、自分の描いた力の矢印がどの選択肢に対応するかを慎重に確認します。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力学的エネルギー保存則:
- 選定理由: 「ばね」「高さの変化」「速さ」といったキーワードがあり、かつ「なめらか」で非保存力が仕事をしないため。エネルギーというスカラー量で扱えるため、ベクトルの分解が不要で計算が楽なことが多い。
- 適用根拠: 問(1)の状況設定が、この法則の適用条件を完全に満たしている。
- 運動方程式 \(ma=F\):
- 選定理由: 「加速度」や「力(垂直抗力)」そのものを求めたい場合。
- 適用根拠: 問(1)ウ、オでは加速度と力を、問(2)では台と小球の間の力学的関係を記述するために必要不可欠。エネルギー保存則だけでは、途中の力や加速度は分からない。
- 等加速度運動の公式 (\(v=v_0+at\), \(v^2-v_0^2=2ax\)):
- 選定理由: 運動方程式を解いて加速度が一定値だと分かった後、時間、距離、速度の関係を知りたい場合。
- 適用根拠: 問(1)エでは「時間」を、問(2)ケでは「距離」を求めるために、それぞれ最適な公式を選択して適用する。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【問(1) 台固定】
- ア, イ (エネルギー): 初状態(ばね圧縮)と終状態(点B)、および中間状態(点A)の間で力学的エネルギー保存則を立式。
- ウ, オ (力): 斜面上の小球に働く力を図示・分解。斜面平行方向で運動方程式、垂直方向で力のつりあいの式を立式。
- エ (運動学): イとウの結果(初速度と加速度)を使い、等加速度運動の公式で時間を計算。
- 【問(2) 台自由】
- カ (台の運動): 静止系で考える。台に働く水平力(小球からの反作用)を特定し、運動方程式 \(M\beta = F_x\) を立式。
- い, キ (小球の相対運動): 加速系(台)で考える。慣性力を導入し、小球に働く全力をx軸(斜面)方向に分解して運動方程式 \(m\alpha = F’_x\) を立式。
- ク (連立計算): 未知数\(\alpha, \beta, N\)を求めるため、追加の式として「小球のy軸方向の力のつりあい」を立式。得られた3式を連立させて解き、\(\alpha\)を求める。
- ケ (最高点): \(\alpha\)が求まったので、台から見た小球の運動は等加速度運動として扱える。初速度\(v_A\)と終速度0、加速度\(\alpha\)を使い、等加速度運動の公式で斜面の移動距離を求め、高さを計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位の確認: 問題文で与えられた単位(kg, m, s, rad)と、求める量の単位(N/m, m/s, Nなど)が対応しているか意識する。次元解析は検算の基本です。
- 分数の整理: 問(2)ク、ケの計算では、複雑な分数式が出てきます。通分や約分を慎重に行う。特に、分母に分数が入る繁分数の整理は、分母分子に同じ数を掛けるなど、手順を確立しておく。
- 三角関数の公式: \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) は、複雑な式を劇的に簡単にする魔法の公式です。三角関数を含む計算では、常にこの公式が使えないかアンテナを張っておく。
- 代入は最後に: 問(2)ク、ケのように、複数のステップを経て最終結果を出す問題では、具体的な式(長い式)の代入はできるだけ後回しにし、まずは文字のまま計算を進める方が、見通しが良くなり、計算ミスも減らせます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (ク) 加速度\(\alpha\): もし台の質量\(M\)が無限大なら、台は動かないはず。このとき、\(\alpha\)の式で \(M \rightarrow \infty\) の極限をとると、\(\alpha \rightarrow -g\sin\theta\) となり、問(1)ウの結果と一致します。これは、解の妥当性を示す強力な証拠です。
- (ケ) 高さ\(h’\): \(h’ = \displaystyle\frac{M+m\sin^2\theta}{M+m}h\) という結果について考えます。
- \(\sin^2\theta \le 1\) なので、分子 \(\le\) 分母です。したがって \(h’ \le h\) となり、元の高さには到達できないことがわかります。これは、エネルギーの一部が台の運動に使われたと考えると当然の結果です。
- もし \(m=0\) なら、\(h’=h\)。小球がなければ台は動かず、エネルギーのロスもないので当然です。
- もし \(M \rightarrow \infty\) なら、\(h’ \rightarrow h\)。台が動かないので、これも問(1)の状況と同じになります。
- 条件を変えて思考実験:
- もし \(\theta=90^\circ\) ならどうなるか? 台は水平方向に動けず、小球は真上に上がって落ちるだけです。このとき \(\sin90^\circ=1\) なので、\(h’ = \displaystyle\frac{M+m}{M+m}h = h\)。台が動かないので、元の高さまで戻れるという結果になり、これも妥当です。
- このような思考実験は、式の正しさを多角的に検証し、物理現象への深い理解につながります。
問題27 (関西学院大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、滑車を介して糸で結ばれた2つの小物体(BとC)と、それらが乗っている斜面台(A)の運動を扱います。問題は大きく3つのパート〔A〕, 〔B〕, 〔C〕に分かれており、それぞれ台の運動条件が異なります。力学の様々な法則を複合的に適用する必要がある総合問題です。
- 台Aの質量: \(M\)、斜面の角度: \(\theta\)
- 小物体B, Cの質量: ともに \(m\)
- 糸は軽くて伸びない。滑車は軽くてなめらか。
- 重力加速度の大きさ: \(g\)
- 空気の影響、摩擦はすべて無視。
- 〔A〕 台Aを固定した場合
- (1) 小物体Cの運動方向(上昇か下降か)。
- (2) 小物体Cの加速度の大きさ。
- (3) 糸の張力の大きさ。
- (4) 糸が滑車を介して台Aを押す力の水平成分の大きさ。
- 〔B〕 台Aを一定の力で引き、等加速度運動させた場合
- (1) 台Aを引く力の向き。
- (2) 台Aの加速度の大きさ。
- (3) 小物体Bが受ける抗力の大きさ。
- (4) 台Aを引く力の大きさ。
- 〔C〕 台Aが自由に動ける(壁D付き)場合
- (1) 台Aの加速度\(a_A\)と、台から見たCの加速度\(a_C\)の比。
- (2) 加速度\(a_C\)の大きさ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題は、複数の物体が糸で連結された「連結体の運動」をテーマとしています。各パートで状況設定が異なり、それぞれに適したアプローチが求められます。
- 〔A〕 台固定: 最も基本的な設定です。BとCは一体となって同じ大きさの加速度で運動します。それぞれの物体について運動方程式を立て、連立して解くのが定石です。
- 〔B〕 台が等加速度運動: 台Aが加速度運動するため、台Aの上からBとCの運動を見ると「非慣性系」での考察となります。BとCは台Aに対して静止しているので、慣性力を考慮した上で「力のつりあい」を考えます。
- 〔C〕 すべてが自由に運動: 最も複雑な設定です。この場合も「非慣性系」のアプローチが有効ですが、系全体に水平方向の外力が働かないため、「運動量保存則(重心則)」が強力なツールとなります。
〔A〕(1) 小物体Cは上昇するか、下降するか。
思考の道筋とポイント
小物体BとCが動き出す原因となる力を比較します。Cを下に引く力はCの重力\(mg\)です。一方、Bを斜面下向きに引く力はBの重力の斜面成分\(mg\sin\theta\)です。これら2つの力の大きさを比較し、どちらが勝つかで全体の運動方向が決まります。
この設問における重要なポイント
- 系全体を動かそうとする力を特定する。
- 力の大きさを比較する。\(\sin\theta\)の値の範囲を考慮する。
具体的な解説と立式
小物体Cには、鉛直下向きに重力\(mg\)が働きます。これがCを下降させようとする力です。
小物体Bには、斜面下向きに重力の成分\(mg\sin\theta\)が働きます。これがBを滑り落とさせ、結果的にCを上昇させようとする力です。
ここで、\(\theta\)は斜面の角度なので \(0 < \theta < 90^\circ\) であり、したがって \(0 < \sin\theta < 1\) です。
よって、\(mg\sin\theta < mg\) となります。
Cを下降させようとする力(\(mg\))の方が、Cを上昇させようとする力(\(mg\sin\theta\))よりも大きいため、Cは下降し、Bは斜面を上昇します。
使用した物理公式
- 力の分解
(定性的な比較のため、計算過程はありません)
Cを下に引っ張る力は、Cの重さ\(mg\)まるごとです。一方、Bが坂を滑り落ちようとする力は、Bの重さの一部(\(mg\sin\theta\))だけです。\(mg\)と\(mg\sin\theta\)を比べると、必ず\(mg\)の方が大きいので、CがBを引っ張り上げる形で、Cは下に、Bは坂を上に動きます。
小物体Cは下降します。
〔A〕(2),(3) 加速度と張力
思考の道筋とポイント
小物体BとCは糸で繋がれているため、一体となって運動し、加速度の大きさは等しくなります。BとCそれぞれについて運動方程式を立て、連立させて加速度\(a\)と張力\(T\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 連結された物体の加速度の大きさは等しい。
- 各物体について、運動方向を正として運動方程式を立てる。
具体的な解説と立式
BとCの加速度の大きさを\(a\)、糸の張力の大きさを\(T\)とします。それぞれの運動方向を正とします。
- 小物体Cの運動方程式 (鉛直下向き正):
$$ma = mg – T \quad \cdots ①$$ - 小物体Bの運動方程式 (斜面上向き正):
$$ma = T – mg\sin\theta \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
(2) 加速度 a の計算:
①式と②式の両辺をそれぞれ足し合わせることで、\(T\)を消去します。
$$2ma = (mg – T) + (T – mg\sin\theta) = mg(1 – \sin\theta)$$
$$a = \frac{g}{2}(1 – \sin\theta)$$
(3) 張力 T の計算:
求めた\(a\)を②式に代入します。
$$m \left\{ \frac{g}{2}(1 – \sin\theta) \right\} = T – mg\sin\theta$$
$$T = \frac{mg}{2}(1 – \sin\theta) + mg\sin\theta = \frac{mg – mg\sin\theta + 2mg\sin\theta}{2}$$
$$T = \frac{mg(1 + \sin\theta)}{2}$$
BとC、それぞれの物体について運動のルール(運動方程式)を立てます。この2つの式を足し算すると、やっかいな張力\(T\)が消えて、加速度\(a\)が簡単に計算できます。次に、求まった\(a\)を元の式のどちらかに代入すれば、張力\(T\)も計算できます。
(2) 加速度の大きさは \(a = \displaystyle\frac{g}{2}(1 – \sin\theta)\) です。(3) 糸の張力の大きさは \(T = \displaystyle\frac{mg}{2}(1 + \sin\theta)\) です。
〔A〕(4) 糸が台Aを押す力の水平成分
思考の道筋とポイント
滑車は、小物体Bからの糸と小物体Cからの糸の2本に引かれています。これらの力の合力が、滑車が糸から受ける力です。作用・反作用の法則により、滑車が台Aを押す力は、この合力と大きさが等しく向きが反対になります。この力の水平成分を求めます。
この設問における重要なポイント
- 滑車に働く2つの張力をベクトルとして考える。
- 2つの張力ベクトルの合力の水平成分を計算する。
具体的な解説と立式
滑車が糸から受ける力は、斜面下向きの張力\(T\)と鉛直下向きの張力\(T\)の合力です。台Aが滑車から受ける力(押される力)は、この合力の反作用です。求めたいのは、この押される力の水平成分の大きさです。これは、滑車を引く2つの張力の合力の水平成分の大きさに等しくなります。
- 張力1(Bから)の水平成分: \(T\cos\theta\)(左向き)
- 張力2(Cから)の水平成分: 0
したがって、求める力の水平成分の大きさは \(T\cos\theta\) となります。これに(3)で求めた\(T\)を代入します。
$$(\text{水平成分の大きさ}) = T\cos\theta = \frac{mg}{2}(1 + \sin\theta)\cos\theta$$
使用した物理公式
- 力の合成・分解
(上記で計算済み)
求める力の水平成分の大きさは \(\displaystyle\frac{mg}{2}(1 + \sin\theta)\cos\theta\) です。
〔B〕 台Aの運動
思考の道筋とポイント
台Aを右向きに加速度\(\alpha\)で運動させると、BとCが台上で静止した、という状況です。これは、台Aと同じ加速度で運動する観測者(非慣性系)から見ると、BとCに働く力(実在力+慣性力)が完全につり合っていることを意味します。
この設問における重要なポイント
- (1) Bが静止するために必要な慣性力の向きから、台の加速度の向きを特定する。
- (2) 非慣性系でBとCの力のつりあいを考え、連立させて加速度\(\alpha\)を求める。
- (3) Bの斜面に垂直な方向の力のつりあいから抗力\(N_B\)を求める。
- (4) A,B,Cを一体とみなし、系全体の運動方程式から引く力\(F\)を求める。
具体的な解説と立式
(1) 台Aを引く力の向き
〔A〕ではBは斜面を上ろうとしました。Bを静止させるには、Bに斜面下向きの力を加える必要があります。これを水平方向の慣性力で実現するには、Bに「水平左向き」の慣性力を働かせる必要があります。慣性力の向きは台の加速度と逆なので、台Aは「水平右向き」に加速させる必要があります。よって、引く力の向きはQです。
(2) 台Aの加速度の大きさ
台A上の観測者から見ると、B, Cには左向きに大きさ\(m\alpha\)の慣性力が働きます。B, Cは静止しているので、力がつり合っています。糸の張力を\(T\)とします。
- Cの鉛直方向のつりあい: \(T = mg \quad \cdots ③\)
- Bの斜面方向のつりあい: \(T = mg\sin\theta + m\alpha\cos\theta \quad \cdots ④\)
③を④に代入すると、\(mg = mg\sin\theta + m\alpha\cos\theta\)。これを解いて、
$$\alpha = \frac{g(1-\sin\theta)}{\cos\theta}$$
(3) 小物体Bが台Aから受ける抗力の大きさ
Bの斜面に垂直な方向の力のつりあいを考えます。お手本の図cおよび解答の立式に従うと、慣性力の垂直成分は斜面から離れる向きに\(m\alpha\sin\theta\)として扱われます。
$$N_B – mg\cos\theta + m\alpha\sin\theta = 0$$
$$N_B = mg\cos\theta – m\alpha\sin\theta$$
これに求めた\(\alpha\)を代入します。
$$N_B = mg\cos\theta – m \left\{ \frac{g(1-\sin\theta)}{\cos\theta} \right\} \sin\theta = \frac{mg(1-\sin\theta)}{\cos\theta}$$
(4) 台Aを引く力の大きさを求めよ。
A, B, Cを一つの系(全質量 \(M+2m\))と見なします。この系全体が加速度\(\alpha\)で運動しているので、運動方程式より、引く力\(F\)は、
$$F = (M+2m)\alpha = (M+2m)\frac{g(1-\sin\theta)}{\cos\theta}$$
別解:[B](3) 静止系での力のつりあい
思考の道筋とポイント
小物体Bの運動を、床から見た静止系で考えます。Bは台Aとともに水平右向きに加速度\(\alpha\)で運動しています。したがって、Bに働くすべての実在力(重力、張力、抗力)の合力は、水平右向きに\(m\alpha\)となります。特に、鉛直方向には運動していないため、鉛直方向の力の成分はつり合っています。このつりあいの式を利用します。
この設問における重要なポイント
- 静止系で運動方程式(または力のつりあい)を立てる。
- 各力を水平・鉛直方向に分解する。
- 鉛直方向の加速度が0であることに着目する。
具体的な解説と立式
床から見た小物体Bに働く力は、重力\(mg\)、糸の張力\(T\)、台からの抗力\(N_B\)の3つです。これらの力を鉛直方向に分解し、力のつりあいを考えます。上向きを正とします。
- 張力\(T\)の鉛直成分: \(T\sin\theta\)
- 抗力\(N_B\)の鉛直成分: \(N_B\cos\theta\)
- 重力\(mg\): \(-mg\)
鉛直方向の加速度は0なので、力のつりあいの式は、
$$T\sin\theta + N_B\cos\theta – mg = 0$$
ここで、[B](2)の考察から、張力\(T\)は\(mg\)に等しいことがわかっています。これを代入します。
$$mg\sin\theta + N_B\cos\theta = mg$$
使用した物理公式
- 力のつりあい
立式した式を\(N_B\)について解きます。
$$N_B\cos\theta = mg – mg\sin\theta = mg(1-\sin\theta)$$
$$N_B = \frac{mg(1-\sin\theta)}{\cos\theta}$$
この別解でも、抗力の大きさは \(N_B = \displaystyle\frac{mg(1-\sin\theta)}{\cos\theta}\) となり、非慣性系で考えた結果と一致します。異なる視点から同じ結論に至ることで、解の確からしさを高めることができます。
〔C〕 台Aが自由に動ける場合
思考の道筋とポイント
台A、B、C、壁Dからなる系全体を考えます。水平方向には外力が働かないため、「水平方向の運動量保存則(重心則)」が成り立ちます。また、BとCの運動は台Aの上から「非慣性系」で考えることで、関係式を立てやすくなります。
この設問における重要なポイント
- (1) 水平方向の運動量保存則(重心則)を用いて、加速度の比を求める。
- (2) 非慣性系でBとCの運動方程式を立て、(1)の結果と連立させて加速度\(a_C\)を求める。
具体的な解説と立式
(1) 加速度の大きさの比 \(\displaystyle\frac{a_C}{a_A}\)
系全体の重心の水平位置は変化しないので、重心の水平加速度は0です。各物体の水平方向の加速度(右向き正)は、台A:\(-a_A\)、C:\(-a_A\)、B:\(-a_A + a_C\cos\theta\)。
重心則 \(\sum m_i a_{ix} = 0\) より、
$$M(-a_A) + m(-a_A + a_C\cos\theta) + m(-a_A) = 0$$
$$-(M+2m)a_A + ma_C\cos\theta = 0$$
$$\frac{a_C}{a_A} = \frac{M+2m}{m\cos\theta}$$
(2) \(a_C\) の大きさ
台A(左向き加速度\(a_A\))の上から見ると、B,Cには右向きに慣性力\(ma_A\)が働きます。
- Cの運動方程式 (下向き正): \(ma_C = mg – T \quad \cdots ⑤\)
- Bの運動方程式 (上向き正): \(ma_C = T – mg\sin\theta + ma_A\cos\theta \quad \cdots ⑥\)
⑤+⑥より、\(2ma_C = mg(1-\sin\theta) + ma_A\cos\theta\)。
ここに(1)の関係式 \(a_A = \displaystyle\frac{m\cos\theta}{M+2m}a_C\) を代入します。
$$2ma_C = mg(1-\sin\theta) + m \left( \frac{m\cos\theta}{M+2m}a_C \right) \cos\theta$$
使用した物理公式
- 運動量保存則(重心則)
- 運動方程式(非慣性系)
\(a_C\)について解きます。
$$a_C \left( 2m – \frac{m^2\cos^2\theta}{M+2m} \right) = mg(1-\sin\theta)$$
$$a_C \left( \frac{2m(M+2m) – m^2\cos^2\theta}{M+2m} \right) = mg(1-\sin\theta)$$
$$a_C = \frac{(M+2m)mg(1-\sin\theta)}{2m(M+2m) – m^2\cos^2\theta} = \frac{(M+2m)g(1-\sin\theta)}{2(M+2m) – m\cos^2\theta}$$
模範解答の \(2M+m(4-\cos^2\theta)\) とは分母が異なりますが、これは \(2(M+2m) – m\cos^2\theta = 2M+4m-m\cos^2\theta = 2M+m(4-\cos^2\theta)\) となり、同値です。
別解:[C](1) 重心の変位を用いた解法
思考の道筋とポイント
重心の「加速度」が0であることを利用する代わりに、これを積分した「変位」で考えることもできます。運動開始から時間\(t\)後の各物体の水平変位を考え、重心の水平位置が変化しない(全質量のモーメントの和が0)という式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 重心位置不変の法則を変位で表現する。
- 各物体の変位を、それぞれの加速度を用いて正しく表す。
具体的な解説と立式
運動開始から時間\(t\)後の各物体の変位を考えます。左向きを正とします。
- 台Aの変位: \(x_A = \displaystyle\frac{1}{2}a_A t^2\)
- 小物体Cの変位: \(x_C = x_A = \displaystyle\frac{1}{2}a_A t^2\)
- 小物体Bの変位: 床から見たBの水平加速度(左向き正)は \(a_{Bx} = a_A – a_C\cos\theta\)。よって変位は \(x_B = \displaystyle\frac{1}{2}(a_A – a_C\cos\theta)t^2\)。
重心位置不変の法則 \(\sum m_i x_i = 0\) より、
$$M(x_A) + m(x_B) + m(x_C) = 0$$
$$M\left(\frac{1}{2}a_A t^2\right) + m\left(\frac{1}{2}(a_A – a_C\cos\theta)t^2\right) + m\left(\frac{1}{2}a_A t^2\right) = 0$$
使用した物理公式
- 重心位置不変の法則
- 等加速度運動の変位の式: \(x = \frac{1}{2}at^2\)
両辺から \(\displaystyle\frac{1}{2}t^2\) を消去します。
$$Ma_A + m(a_A – a_C\cos\theta) + ma_A = 0$$
$$(M+2m)a_A – ma_C\cos\theta = 0$$
これは本文の解法で得られた式と完全に一致します。したがって、加速度の比も同じ結果となります。
$$\frac{a_C}{a_A} = \frac{M+2m}{m\cos\theta}$$
重心則を加速度で考えても変位で考えても、本質的には同じであり、当然同じ結果が得られます。問題に応じて、より直感的に立式しやすい方を選ぶと良いでしょう。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 核心: 物体の運動(加速度)とそれに働く力とを結びつける、力学の最重要法則です。この問題のほぼ全ての設問で、運動方程式を立てることが解法の出発点となります。
- 理解のポイント:
- 着目物体の明確化: どの物体についての式を立てるのかを明確にします(Bか、Cか、Aか、あるいは系全体か)。
- 力の完全な列挙: 着目物体に働く力を、重力、張力、抗力、慣性力など、漏れなくダブりなくすべて図示します。
- 座標軸と力の分解: 運動の方向に合わせて座標軸を設定し、力をその成分に分解する技術が不可欠です。
- 非慣性系と慣性力:
- 核心: 加速する座標系(観測者)から物体の運動を見る際に導入される「見かけの力」です。〔B〕と〔C〕で、動く台Aの上からBやCの運動を考える際に中心的な役割を果たします。
- 理解のポイント:
- 導入のメリット: 複雑な2体・3体の運動も、非慣性系から見ることで「静止(力のつりあい)」や「単純な直線運動」として捉え直すことができ、立式が容易になります。
- 慣性力のルール: 向きは「観測系の加速度と逆向き」、大きさは「観測される物体の質量 \(m\) × 観測系の加速度 \(\alpha\)」です。これを忘れずに加えることが、非慣性系で運動方程式を正しく立てるための絶対条件です。
- 運動量保存則(重心則):
- 核心: ある系に外力が働かない(または外力の合力が0の)方向では、その系の全運動量は一定に保たれるという法則です。〔C〕(1)のように、水平方向に外力が働かない状況で、複数の物体の運動の関係性を知る上で極めて強力なツールとなります。
- 理解のポイント: この法則は、物体間の相互作用(内力)がどんなに複雑であっても、系全体の運動の拘束条件を与えてくれます。加速度の関係(\(\sum m_i a_i = 0\))や変位の関係(\(\sum m_i x_i = 0\))として利用できます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- エレベーター内の連結体: 上下に加速するエレベーター内で、滑車を介して繋がれた物体の運動。慣性力(見かけの重力)を考慮した上で、〔A〕と同様の連結体の運動方程式を立てます。
- 動く台の上での相対運動: なめらかな床の上の台車の上で、人が歩いたり物体が滑ったりする問題。運動量保存則と、相対速度・相対加速度の概念が鍵となります。
- 複数の物体が絡む複雑な系: 3つ以上の物体が相互作用する問題では、個々の運動方程式だけでは解けないことが多いです。運動量保存則やエネルギー保存則といった「保存則」を組み合わせることで、解への突破口が開けます。
- 初見の問題での着眼点:
- 拘束条件の確認: 「台が固定」「一定の力で引く」「自由に動く」「壁がある」など、問題文中の条件が、各物体の運動をどのように制約しているか(例:加速度が0、加速度が一定、特定の方向に動けないなど)を最初に整理します。
- どの視点で見るか?:
- 静止系(床): すべての力が実在力なので直感的ですが、運動の軌道が複雑になることがあります。
- 加速系(動く台): 運動が単純に見えることが多いですが、慣性力を忘れずに導入する必要があります。〔B〕のように「止まったままになった」という記述があれば、非慣性系での「力のつりあい」を考えるのが定石です。
- 保存則は使えないか?:
- 運動量保存則: 系全体に外力が働かない方向はないか?(〔C〕の水平方向)
- エネルギー保存則: 非保存力(摩擦など)が仕事をしないか?(この問題では張力が仕事をするため、個々の物体の力学的エネルギーは保存されないことに注意)
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 張力\(T\)の扱い:
- 誤解: 1本の糸で繋がれた物体でも、働く張力の大きさが異なると考えてしまう。
- 対策: 「軽くて伸びない糸」の場合、糸のどの部分でも張力の大きさは等しい、と覚える。Bを引く力とCを引く力は同じ\(T\)として立式します。
- 慣性力の向きと作用点:
- 誤解: 慣性力の向きを加速度と同じ向きにしてしまう。また、系内のすべての物体に慣性力が働くことを見落とす(例:〔B〕でBにだけ慣性力を考え、Cを忘れる)。
- 対策: 慣性力は「観測系の加速度と逆向き」に「観測されるすべての物体」に働くと覚える。図を描く際に、慣性力を点線の矢印で描き加える習慣をつけると、忘れにくくなります。
- 力の分解のミス:
- 誤解: 水平方向の慣性力を斜面方向の成分に分解する際、\(\cos\theta\)と\(\sin\theta\)を取り違える。
- 対策: 必ず大きな図を描き、分解したいベクトルと座標軸がなす角度を正確に特定する。直角三角形のどの辺がどの三角関数に対応するか、落ち着いて確認する。
- 運動量保存則の適用条件:
- 誤解: 〔A〕や〔B〕のように、系に水平方向の外力(固定する力や引く力)が働いているのに、運動量保存則を使おうとしてしまう。
- 対策: 運動量保存則は「外力の合力が0の方向」にのみ適用できる、という大原則を常に意識する。適用前に「この方向に外力は働いていないか?」と自問する癖をつける。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- フリーボディダイアグラム(力の矢印図): 各物体(A, B, C)を個別に抜き出し、それに働く力をすべて矢印で描き込む。これがすべての基本です。特に、張力、抗力、慣性力など、目に見えない力を正確に図示することが重要です。
- 座標軸の明記: 静止系で考えるのか、非慣性系で考えるのか。斜面に平行・垂直な座標軸か、水平・鉛直な座標軸か。自分が今どの座標軸で考えているのかを図に明記することで、力の分解や符号のミスを防ぎます。
- 作用・反作用のペアを意識した図: 滑車が糸から受ける力と、糸が滑車を引く力。BがAから受ける抗力と、AがBから受ける抗力。これらをペアとして意識し、異なる物体に働く力であることを図で明確に区別する。
- 図を描く際に注意すべき点:
- お手本の図の解読: この問題のように、解答に力の分解図が示されている場合、その図が何を意味しているのかを正確に読み解くことが求められます。[B](3)のように、物理的な分解と図の表現が直感と異なる場合もあるため、図の表現を尊重し、それに沿って立式する能力も必要です。
- ベクトル和の図示: [A](4)の滑車に働く力のように、複数の力の合力を考える際は、ベクトルの平行四辺形や三角形を描いて、合力の向きと大きさを視覚的に捉えることが有効です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 \(ma=F\):
- 選定理由: 物体の「加速度」と「力」の関係性を記述する、力学の根幹をなす法則だから。
- 適用根拠: 〔A〕では運動している物体の加速度を、〔B〕では静止している物体の力のつりあいを、〔C〕では複雑に運動する物体の関係性を記述するために、すべてのパートで必要となります。
- 力のつりあいの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: 物体が「静止している」または「等速直線運動している」場合。
- 適用根拠: 〔B〕で、加速する台の上から見るとBとCは「静止」しているため、慣性力を加えた上でこの式を適用します。また、〔A〕や〔B〕のBの運動で、斜面に垂直な方向には動かないため、その方向の力のつりあいを考えます。
- 運動量保存則 / 重心則:
- 選定理由: 複数の物体が相互作用している系で、外力が働かない方向がある場合。
- 適用根拠: 〔C〕では、系全体に水平方向の外力が働かないため、この法則が適用できます。これにより、個々の運動方程式を複雑に解くことなく、加速度の間の関係式を一つ、簡単に見つけ出すことができます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 〔A〕 台固定:
- (1) Cの運動方向: BとCを動かそうとする力の大きさを比較。
- (2),(3) 加速度と張力: BとCそれぞれに運動方程式を立て、連立して解く。
- (4) 台が受ける力: 滑車に働く2つの張力のベクトル和を考え、その水平成分を計算。
- 〔B〕 台が等加速度運動:
- (1) 加速方向: Bが斜面上で静止するために必要な慣性力の向きから、台の加速度の向きを逆算。
- (2) 加速度: 非慣性系(台の上)から見る。BとCは静止しているので、力のつりあいを考える。Bの斜面方向とCの鉛直方向のつりあいの式を連立し、加速度\(\alpha\)を求める。
- (3) 抗力: Bの斜面に垂直な方向の力のつりあいの式を立て、\(\alpha\)を代入して抗力\(N_B\)を求める。(別解:静止系での鉛直方向の力のつりあいからも可能)
- (4) 引く力: A, B, Cを一つの系とみなし、系全体の運動方程式 \(F = (M+2m)\alpha\) を立てる。
- 〔C〕 台が自由運動:
- (1) 加速度の比: 系全体に水平方向の外力がないため、重心則(水平方向の運動量保存)を適用し、\(a_A\)と\(a_C\)の関係式を導く。(別解:重心の変位からも可能)
- (2) 加速度\(a_C\): 非慣性系(台の上)から見る。BとCそれぞれに運動方程式を立てる。得られた2式と、(1)で求めた比の関係式を連立させて、\(a_C\)を解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 連立方程式の戦略:
- 特に注意すべき点: 未知数と式の数が多くなると、やみくもに計算を始めても迷子になりやすい。
- 日頃の練習: まずどの文字を消去したいか(例えば、問われいない張力\(T\)や抗力\(N\))を決め、そのための最適な式の組み合わせ(足す、引く、代入する)を考えてから計算を始める。
- 三角関数の計算:
- 特に注意すべき点: \(\cos^2\theta + \sin^2\theta = 1\) は頻出。この公式を見逃すと、式が不必要に複雑なままになります。
- 日頃の練習: 計算の最終段階で、三角関数が残っていたら、この公式が使えないか常に確認する癖をつける。
- 検算の習慣:
- 特に注意すべき点: 複雑な計算の後は、ミスをしている可能性が高い。
- 日頃の練習: 得られた答えについて、極端な場合を考えてみる(例:\(\theta=0^\circ, 90^\circ\)、\(M \rightarrow \infty\)など)。もし、その極端な状況での物理的に妥当な結果(例:〔A〕の結果と一致する、加速度が0になるなど)と合致すれば、計算が合っている可能性が高いです。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 〔B〕(2) 加速度\(\alpha\): \(\alpha = \displaystyle\frac{g(1-\sin\theta)}{\cos\theta}\)。もし\(\theta \rightarrow 90^\circ\)なら、\(\cos\theta \rightarrow 0\)で分母が0に近づき、\(\alpha \rightarrow \infty\)となる。これは、BとCがほぼ同じ高さでつり合うため、Bを静止させるには無限に大きな加速度が必要になるという物理的状況を反映しており、妥当です。
- 〔C〕(2) 加速度\(a_C\): もし台の質量\(M\)が無限に大きい(\(M \rightarrow \infty\))なら、台は動かないはずです。このとき、\(a_C\)の式の分母分子を\(M\)で割って極限をとると、\(a_C \rightarrow \displaystyle\frac{g(1-\sin\theta)}{2}\) となり、これは台固定の場合〔A〕(2)の結果と一致します。この一致は、解の正しさを強く支持します。
- 別解による検証:
- [B](3)では、非慣性系で考えた結果と、静止系で考えた結果が一致しました。このように、一つの問題を複数の視点から解き、同じ答えが得られることを確認するのは、最も確実な検算方法の一つです。物理への深い理解にもつながります。
問題28 (愛知工大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、あらい水平面上での2つの物体の運動を扱います。前半は別々に運動する場合、後半はひもで連結されて運動する場合を考えます。動摩擦力が働く中での運動方程式、等加速度直線運動、そして仕事とエネルギーの関係が問われる問題です。
- 物体Aの質量: \(m\)、初速度: \(v_0\)
- 物体Bの質量: \(2m\)、初速度: \(2v_0\)
- 物体Aと床の間の動摩擦係数: \(\mu_A’\)
- 重力加速度の大きさ: \(g\)
- 前半(1)(2)では、AとBは別々に運動し、静止するまでの移動距離が同じ。
- 後半(3)(4)では、AとBをひもでつなぎ、Aの進行方向に初速度\(v_0\)で運動させる。
- (1) 物体Aが単独で運動し、静止するまでの時間。
- (2) 物体Bと床の間の動摩擦係数。
- (3) AとBを連結して運動させたときの、ひもの張力の大きさ。
- (4) (3)の状況で、物体Bにはたらく摩擦力がした仕事。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「動摩擦力が働く物体の運動」です。動摩擦力は常に運動方向と逆向きに、一定の大きさで働くため、物体の運動は等加速度直線運動(減速)となります。
- 前半 (問1, 2): 運動方程式を立てて加速度を求め、等加速度直線運動の公式を適用するのが基本です。「仕事とエネルギーの関係」からも解くことができ、有効な別解となります。
- 後半 (問3, 4): AとBがひもで連結された「連結体」の運動です。「ひもは張った状態のままで運動」という記述から、AとBは一体となって運動し、加速度が等しいと判断できます。それぞれの物体について運動方程式を立て、連立させます。
問(1)
思考の道筋とポイント
物体Aが運動しているときに働く力は、運動方向と逆向きの動摩擦力のみです。この力から運動方程式を立てて加速度を求め、初速度\(v_0\)の物体が静止(速度0)するまでの時間を、等加速度直線運動の公式を用いて計算します。
この設問における重要なポイント
- 動摩擦力の大きさを正しく計算する: \(F’ = \mu’N\)。水平面上の運動なので、垂直抗力\(N\)は重力\(mg\)に等しい。
- 運動方程式を立てて加速度を求める。
- 初速度、終速度、加速度が分かっている状況で、時間を求めるのに適した公式 (\(v=v_0+at\)) を選択する。
具体的な解説と立式
物体Aに働く水平方向の力は、運動の向きと逆向きの動摩擦力 \(F_A’ = \mu_A’ N_A = \mu_A’ mg\) のみです。
初速度の向き(右向き)を正とすると、Aの加速度を\(a_A\)として運動方程式を立てると、
$$ma_A = -\mu_A’ mg$$
$$a_A = -\mu_A’ g$$
この加速度で、初速度\(v_0\)の物体Aが静止する(速度が0になる)までの時間を\(t\)とします。等加速度直線運動の公式 \(v = v_0 + at\) を用いると、
$$0 = v_0 + a_A t$$
$$0 = v_0 + (-\mu_A’ g)t$$
使用した物理公式
- 動摩擦力: \(F’ = \mu’N\)
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 等加速度直線運動の公式: \(v = v_0 + at\)
立式した \(0 = v_0 – \mu_A’ g t\) を\(t\)について解きます。
$$\mu_A’ g t = v_0$$
$$t = \frac{v_0}{\mu_A’ g}$$
Aを減速させる犯人は「動摩擦力」です。この力の大きさは \(\mu_A’ mg\) です。運動方程式 \(ma=F\) から、Aの減速の度合い(加速度)が \(-\mu_A’ g\) であることがわかります。
初めの速さが\(v_0\)で、毎秒\(\mu_A’ g\)ずつスピードが落ちていくので、止まるまでの時間は「初めの速さ ÷ 減速の度合い」で計算できます。
物体Aが静止するまでの時間は \(t = \displaystyle\frac{v_0}{\mu_A’ g}\) です。初速度が大きいほど、また摩擦が小さいほど、止まるまでの時間が長くなるという直感とも一致しており、妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
物体AとBが静止するまでの「移動距離が同じ」という条件を利用します。まず、AとBそれぞれについて、初速度と加速度から移動距離を求める式を立てます。時間\(t\)が関係しない等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を使うのが便利です。
この設問における重要なポイント
- 物体Bについても、同様に運動方程式を立てて加速度を求める。
- 「移動距離が同じ」という条件を、\(x_A = x_B\) として数式で表現する。
- 等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) をAとBそれぞれに適用する。
具体的な解説と立式
物体Bと床の間の動摩擦係数を\(\mu_B’\)とします。Bの加速度を\(a_B\)とすると、運動方程式は、
$$(2m)a_B = -\mu_B’ (2m)g \quad \rightarrow \quad a_B = -\mu_B’ g$$
AとBが静止するまでに移動した距離を\(x\)とします。公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) をAとBにそれぞれ適用します。
- 物体Aについて: \(0^2 – v_0^2 = 2(-\mu_A’ g)x \quad \cdots ①\)
- 物体Bについて: \(0^2 – (2v_0)^2 = 2(-\mu_B’ g)x \quad \cdots ②\)
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
式①より、\(v_0^2 = 2\mu_A’ gx\)。
式②より、\(4v_0^2 = 2\mu_B’ gx\)。
式②に式①の結果を代入します。
$$4(2\mu_A’ gx) = 2\mu_B’ gx$$
$$8\mu_A’ gx = 2\mu_B’ gx$$
両辺を \(2gx\) で割ると、
$$4\mu_A’ = \mu_B’$$
AとBが止まるまでの距離が同じ、という条件を使います。「後の速さの2乗 – 初めの速さの2乗 = 2 × 加速度 × 距離」という公式を、AとBそれぞれに当てはめます。この2つの式を見比べると、\(\mu_B’\)が\(\mu_A’\)の何倍かがわかります。
物体Bと床の間の動摩擦係数は \(\mu_B’ = 4\mu_A’\) です。BはAに比べて初速度が2倍(運動エネルギーは4倍)なので、同じ距離で止まるためには、より強いブレーキ(大きな動摩擦係数)が必要であるという直感と一致します。
別解:仕事とエネルギーの関係を用いるアプローチ (問2)
思考の道筋とポイント
物体の運動エネルギーの変化は、その物体がされた仕事に等しい、という「仕事とエネルギーの定理」を用います。初めに持っていた運動エネルギーが、すべて動摩擦力がする負の仕事によって失われ、静止したと考えます。
この設問における重要なポイント
- 仕事とエネルギーの定理(運動エネルギーの変化 = された仕事)を理解している。
- 動摩擦力がする仕事は負であること (\(W = -F’x\))。
- AとBそれぞれについてエネルギーの式を立て、「移動距離\(x\)が同じ」という条件で結びつける。
具体的な解説と立式
移動距離を\(x\)とします。
- 物体Aについて:
$$0 – \frac{1}{2}mv_0^2 = -(\mu_A’ mg)x \quad \cdots ③$$ - 物体Bについて:
$$0 – \frac{1}{2}(2m)(2v_0)^2 = -(\mu_B’ (2m)g)x \quad \cdots ④$$
使用した物理公式
- 仕事とエネルギーの定理: \(\Delta K = W\)
式③より、\(x = \displaystyle\frac{v_0^2}{2\mu_A’ g}\)。
式④より、\(4mv_0^2 = 2m g \mu_B’ x\)、よって \(x = \displaystyle\frac{4mv_0^2}{2mg\mu_B’} = \frac{2v_0^2}{\mu_B’ g}\)。
移動距離\(x\)が等しいので、
$$\frac{v_0^2}{2\mu_A’ g} = \frac{2v_0^2}{\mu_B’ g}$$
$$\frac{1}{2\mu_A’} = \frac{2}{\mu_B’}$$
$$\mu_B’ = 4\mu_A’$$
運動学で考えた場合と全く同じ結果が得られました。どちらのアプローチでも解けるようにしておくことが重要です。
問(3)
思考の道筋とポイント
物体AとBがひもで連結されて一体となって運動します。このとき、AとBの加速度は等しくなります。AとBそれぞれについて、運動方向の運動方程式を立て、連立させて張力\(T\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 連結体の加速度は等しい(\(\alpha\)とおく)。
- AとBそれぞれに働く力をすべて図示する(動摩擦力と張力)。
- 運動方向を正として、2つの運動方程式を立てる。
具体的な解説と立式
AとBが一体となって運動するときの加速度を\(\alpha\)、ひもの張力の大きさを\(T\)とします。初速度の向き(右向き)を正とします。
- 物体Aに働く力:
左向きに張力\(T\)、左向きに動摩擦力 \(\mu_A’ mg\)。
運動方程式は、
$$m\alpha = -T – \mu_A’ mg \quad \cdots ⑤$$ - 物体Bに働く力:
右向きに張力\(T\)、左向きに動摩擦力 \(\mu_B’ (2m)g = (4\mu_A’)(2m)g = 8\mu_A’ mg\)。
運動方程式は、
$$(2m)\alpha = T – 8\mu_A’ mg \quad \cdots ⑥$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
加速度\(\alpha\)を消去して\(T\)を求めます。式⑤を2倍して式⑥から引きます。
$$2m\alpha – 2m\alpha = (-2T – 2\mu_A’ mg) – (T – 8\mu_A’ mg)$$
$$0 = -3T + 6\mu_A’ mg$$
$$3T = 6\mu_A’ mg$$
$$T = 2\mu_A’ mg$$
AとB、それぞれについて運動方程式を立てます。未知数が加速度\(\alpha\)と張力\(T\)の2つ、式も2つなので、連立方程式を解けば\(T\)が求まります。加速度\(\alpha\)を消すように式を組み合わせるのがコツです。
ひもの張力の大きさは \(T = 2\mu_A’ mg\) です。
問(4)
思考の道筋とポイント
物体Bにはたらく摩擦力がした仕事を求めます。仕事は「力 × 距離」で計算できます。Bに働く摩擦力の大きさと、Bが静止するまでに移動した距離が必要です。移動距離は、(3)で立てた運動方程式から加速度\(\alpha\)を求め、等加速度運動の公式を使って計算します。
この設問における重要なポイント
- 仕事の定義式 \(W = Fx\cos\theta\) を使う。摩擦力がする仕事は負になる。
- 連結体の加速度\(\alpha\)を計算する。
- 等加速度運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を使って移動距離を求める。
具体的な解説と立式
まず、連結体の加速度\(\alpha\)を求めます。(3)の式⑤に \(T=2\mu_A’ mg\) を代入します。
$$m\alpha = -(2\mu_A’ mg) – \mu_A’ mg = -3\mu_A’ mg$$
$$\alpha = -3\mu_A’ g$$
次に、この加速度で初速度\(v_0\)の物体が静止するまでの移動距離\(l\)を求めます。
$$0^2 – v_0^2 = 2(-3\mu_A’ g)l \quad \rightarrow \quad l = \frac{v_0^2}{6\mu_A’ g}$$
物体Bに働く動摩擦力の大きさは \(F_B’ = 8\mu_A’ mg\)。この力がした仕事\(W_B\)は、
$$W_B = -F_B’ \cdot l = -(8\mu_A’ mg) \times \left( \frac{v_0^2}{6\mu_A’ g} \right)$$
使用した物理公式
- 運動方程式
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
- 仕事の定義: \(W = Fx\)
$$W_B = -8\mu_A’ mg \times \frac{v_0^2}{6\mu_A’ g}$$
\(\mu_A’ g\) が約分され、係数を整理すると、
$$W_B = -\frac{8}{6}mv_0^2 = -\frac{4}{3}mv_0^2$$
仕事は「力×距離」です。Bの摩擦力は \(8\mu_A’ mg\)。あとはBが止まるまでに進んだ距離が分かればOKです。距離を求めるために、まずAとBが一体で動くときの加速度を計算し、それを使って公式で距離を求めます。最後に「Bの摩擦力 × 距離」を計算すれば、仕事が求まります。摩擦力は動きを邪魔する力なので、仕事はマイナスになります。
物体Bにはたらく摩擦力がした仕事は \(W_B = -\displaystyle\frac{4}{3}mv_0^2\) です。
別解:仕事とエネルギーの関係を用いたアプローチ (問4)
思考の道筋とポイント
AとBを一つの系として考え、仕事とエネルギーの定理を適用します。系全体の運動エネルギーの変化は、系に働いた仕事の合計に等しくなります。この場合、仕事をするのはAの摩擦力とBの摩擦力です。全仕事のうち、Bの摩擦力がした仕事の割合は、摩擦力の大きさの比で分配されると考えます。
この設問における重要なポイント
- 系全体で仕事とエネルギーの定理を考える。
- 全体の仕事が、各部分の仕事にどのように分配されるかを考える。
具体的な解説と立式
AとBを一つの系として考えます。
- 初めの運動エネルギーの合計: \(K_{初} = \displaystyle\frac{1}{2}mv_0^2 + \frac{1}{2}(2m)v_0^2 = \frac{3}{2}mv_0^2\)
- 終わりの運動エネルギーの合計: \(K_{後} = 0\)
運動エネルギーの変化は \(\Delta K = 0 – \displaystyle\frac{3}{2}mv_0^2 = -\frac{3}{2}mv_0^2\)。
このエネルギー変化は、AとBの摩擦力がした仕事の合計 \(W_{全}\) に等しい。
$$W_{全} = W_A + W_B = -\frac{3}{2}mv_0^2$$
AとBの摩擦力の大きさの比は、\(F_A’ : F_B’ = \mu_A’ mg : 8\mu_A’ mg = 1 : 8\)。
AとBは同じ距離を動くので、摩擦力がした仕事の大きさの比も \(|W_A| : |W_B| = 1 : 8\) となります。
したがって、Bの摩擦力がした仕事\(W_B\)は、全仕事\(W_{全}\)を \(1:8\) の比で分けたうちの8の分に相当します。
$$W_B = W_{全} \times \frac{8}{1+8} = \left( -\frac{3}{2}mv_0^2 \right) \times \frac{8}{9}$$
使用した物理公式
- 仕事とエネルギーの定理
- 比例配分
$$W_B = -\frac{3}{2}mv_0^2 \times \frac{8}{9}$$
$$W_B = -\frac{3 \times 8}{2 \times 9}mv_0^2 = -\frac{24}{18}mv_0^2 = -\frac{4}{3}mv_0^2$$
別解でも同じく \(W_B = -\displaystyle\frac{4}{3}mv_0^2\) という結果が得られました。エネルギーの観点から見ると、全体のエネルギー損失のうち、どれだけの割合がBの摩擦によって消費されたか、という見方ができ、現象の理解が深まります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 核心: 物体の運動(加速度)と、それに働く力(この問題では特に動摩擦力と張力)を結びつける、力学の基本中の基本です。すべての設問において、この法則を正しく立てることが解法の第一歩となります。
- 理解のポイント:
- 動摩擦力: 大きさは \(F’=\mu’N\)、向きは「運動方向と逆」。この2点を正確に把握することが不可欠です。水平面上の運動では、垂直抗力\(N\)が重力\(mg\)と等しくなるため、動摩擦力は\(\mu’mg\)となります。
- 連結体: ひもで繋がれた物体は、一体となって同じ加速度で運動します(問3)。それぞれの物体について運動方程式を立て、連立させるのが定石です。
- 等加速度直線運動の公式:
- 核心: 動摩擦力は運動中一定であるため、物体の加速度も一定となります。したがって、物体の運動は等加速度直線運動として扱うことができます。
- 理解のポイント: 速度、加速度、時間、距離の関係を表す3つの公式(\(v=v_0+at\), \(x=v_0t+\frac{1}{2}at^2\), \(v^2-v_0^2=2ax\))を、問題の状況(どの量が既知で、どの量を求めたいか)に応じて適切に使い分ける能力が問われます。
- 仕事とエネルギーの関係(仕事とエネルギーの定理):
- 核心: 「物体の運動エネルギーの変化は、その物体がされた仕事の総和に等しい」という法則です。運動方程式を立てて加速度を求めるアプローチとは別の視点を提供し、特に問(2)や問(4)では強力な別解となります。
- 理解のポイント:
- 運動エネルギーの変化: \(\Delta K = K_{後} – K_{初}\)
- 仕事: \(W = Fx\)。特に、動摩擦力がする仕事は、運動方向と逆向きに力が働くため、常に負の値(\(W = -F’x\))となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- あらい斜面上の運動: 動摩擦力に加えて、重力の斜面成分も考慮する必要があります。運動方程式や仕事とエネルギーの関係を立てる際に、力の分解が加わります。
- 連結された物体の運動(滑車など): 複数の物体が糸で結ばれ、異なる方向に運動する問題。各物体の運動方向を正しく設定し、連立運動方程式を立てる練習が有効です。
- エネルギー保存則との組み合わせ: あらい面と、なめらかな面(やばね)が組み合わさったコースを物体が運動する問題。あらい面では「仕事とエネルギーの関係」を、なめらかな面では「力学的エネルギー保存則」を使い分ける必要があります。
- 初見の問題での着眼点:
- 「あらい面」か「なめらかな面」か: 問題文のこの記述が、動摩擦力を考慮するか否か、力学的エネルギーが保存されるか否かの最初の分岐点です。「あらい」とあれば、動摩擦係数\(\mu’\)と垂直抗力\(N\)を意識します。
- 物体の数と拘束条件: 物体は1つか、複数か。複数なら「連結されている」か「別々」か。「静止するまでの移動距離が同じ」(問2)や「ひもは張ったまま」(問3)といった条件が、立式の際の重要なヒントになります。
- どの物理量で解くか?:
- 「時間」「加速度」が問われたら \(\rightarrow\) 運動方程式 + 等加速度運動の公式
- 「距離」「速さ」の関係だけなら \(\rightarrow\) \(v^2-v_0^2=2ax\) や、仕事とエネルギーの関係
- 「仕事」が問われたら \(\rightarrow\) \(W=Fx\) や、仕事とエネルギーの関係
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 動摩擦力の計算ミス:
- 誤解: 垂直抗力\(N\)を常に\(mg\)だと思い込んでしまう。斜面上の場合など、\(N\)が\(mg\)と異なる状況に注意が必要です。
- 対策: 常に運動面に垂直な方向の力のつりあいを考え、そこから\(N\)を求める習慣をつける。この問題では水平面なので\(N=mg\)でOKです。
- 運動方程式の符号ミス:
- 誤解: 動摩擦力や張力の向きを間違え、運動方程式の符号を誤る。特に、連結体で物体ごとに運動方向が異なる場合に起こりやすい。
- 対策: 最初に必ず「正の向き」を矢印で定義する。次に、各物体に働くすべての力をベクトル(矢印)で図示し、正の向きと同じなら「+」、逆なら「-」として式に代入する手順を徹底する。
- 仕事の符号ミス:
- 誤解: 摩擦力がした仕事を正の値としてしまう。
- 対策: 仕事は \(W=Fx\cos\theta\)(\(\theta\)は力と変位のなす角)と定義を思い出す。摩擦力は常に変位と逆向き(\(\theta=180^\circ\))なので、\(\cos180^\circ=-1\)となり、仕事は必ず負になると理解する。
- 連結体での張力の向き:
- 誤解: 問(3)で、Aに働く張力とBに働く張力の向きを混同する。
- 対策: 張力は常に「糸が物体を引く向き」に働きます。問題の図ではAが先行しているので、AはBを引っ張る形になり、Aに働く張力は左向き、Bに働く張力は右向きとなります。この設定を正確に読み取ることが重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- フリーボディダイアグラム(力の矢印図): 各物体(A, B)を個別に四角で描き、それに働く力をすべて矢印で描き込む。特に問(3)の連結体では、AとBを別々に描くことで、張力の向きを間違えにくくなります。
- 運動のタイムライン: 「初速度\(v_0\)でスタート \(\rightarrow\) 加速度\(\alpha\)で減速 \(\rightarrow\) 時間\(t\)後に静止(\(v=0\))」という一連の流れをイメージする。これにより、どの瞬間にどの物理量が分かっていて、どの公式を使えばよいかが見えやすくなります。
- エネルギーの収支図: 「初めの運動エネルギー」が「摩擦による熱エネルギー(摩擦がした仕事)」に変換されて失われていく、というエネルギーの収支をイメージする。問(4)の別解のように、全体のエネルギー損失が、各物体の摩擦力に応じて分配されるという考え方は、現象をより深く理解する助けになります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の作用点: 重力は重心から、摩擦力や垂直抗力は接触面から描くことを意識する。
- 運動方向と力の向き: 運動方向を太い矢印で示し、それに対して各力がどの向きに働くかを明確に区別して描く。動摩擦力は必ず運動方向の矢印と逆向きになります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 \(ma=F\):
- 選定理由: 物体の「加速度」を求めたい、あるいは「力」(張力など)を求めたい場合の、最も基本的な出発点だから。
- 適用根拠: 動摩擦力が働き、物体が加速(減速)しているため。この法則なしに運動の詳細を記述することはできません。
- 等加速度運動の公式:
- 選定理由: 加速度が一定だと分かった後、速度・時間・距離の関係性を知りたいから。
- 適用根拠: 運動方程式から加速度が一定値(例: \(a_A = -\mu_A’ g\))として求まるため、これらの公式の適用が正当化されます。問(1)では時間、問(2)では距離、問(4)では距離を求めるために使用します。
- 仕事とエネルギーの定理 \(\Delta K = W\):
- 選定理由: 加速度や時間を経由せずに、初状態と終状態の「速さ」と「距離」、「力」の関係を直接結びつけたい場合。運動方程式とは異なるアプローチで、検算や別解として非常に有効です。
- 適用根拠: 動摩擦力という「仕事をする力」が働き、物体の「運動エネルギーが変化」しているため。この法則が現象を的確に表現しています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【前半:単独運動】
- (1) Aの時間: Aの動摩擦力を計算 \(\rightarrow\) Aの運動方程式を立てて加速度\(a_A\)を求める \(\rightarrow\) 等加速度運動の公式 \(v=v_0+at\) で\(t\)を求める。
- (2) Bの動摩擦係数:
- [解法1] Bの動摩擦力を\(\mu_B’\)で表す \(\rightarrow\) Bの運動方程式で加速度\(a_B\)を求める \(\rightarrow\) AとBそれぞれについて、\(v^2-v_0^2=2ax\) で移動距離\(x\)の式を立てる \(\rightarrow\) \(x\)が等しいことから\(\mu_B’\)を求める。
- [別解] AとBそれぞれについて、仕事とエネルギーの定理(\(\Delta K = -F’x\))を立式 \(\rightarrow\) \(x\)が等しいことから\(\mu_B’\)を求める。
- 【後半:連結運動】
- (3) 張力: AとB、それぞれに運動方程式を立てる(未知数は加速度\(\alpha\)と張力\(T\))。2式を連立させ、\(\alpha\)を消去して\(T\)を求める。
- (4) Bの仕事:
- [解法1] (3)の連立方程式から加速度\(\alpha\)を求める \(\rightarrow\) 等加速度運動の公式 \(v^2-v_0^2=2\alpha l\) で移動距離\(l\)を求める \(\rightarrow\) 仕事の定義 \(W_B = -F_B’ l\) で計算する。
- [別解] 系全体の運動エネルギー変化 \(\Delta K\) を計算 \(\rightarrow\) これが全摩擦仕事 \(W_{全}\) に等しい \(\rightarrow\) \(W_{全}\)を摩擦力の比 (\(F_A’ : F_B’\)) で比例配分し、\(W_B\)を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位と文字の確認: 質量が\(m\)と\(2m\)、初速度が\(v_0\)と\(2v_0\)など、似ているが異なる設定を混同しないように注意する。立式の際に、都度問題文を確認する。
- 連立方程式の処理: 問(3)のように、2つの式から特定の文字(この場合は\(T\))を求める場合、もう一方の文字(\(\alpha\))を消去するのが最も効率的です。式を足したり引いたり、係数を揃えてから計算するなど、手際の良い計算方法を練習しておく。
- 比例配分の考え方: 問(4)の別解で用いた比例配分は、計算を大幅に簡略化できる強力なテクニックです。全体の量が、各部分の何らかの比(この場合は力の比)で分配される状況で活用できます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥同性の検討:
- (2) 動摩擦係数 \(\mu_B’\): \(\mu_B’ = 4\mu_A’\) という結果。BはAに比べて質量が2倍、初速度が2倍です。運動エネルギーは \(\frac{1}{2}(2m)(2v_0)^2 = 4mv_0^2\) となり、Aの \(\frac{1}{2}mv_0^2\) の8倍です。一方、Bの動摩擦力は \(\mu_B'(2m)g = (4\mu_A’)(2m)g = 8\mu_A’mg\) となり、Aの動摩擦力 \(\mu_A’mg\) の8倍です。エネルギーが8倍、ブレーキ力も8倍なので、同じ距離で止まるというのはつじつまが合っています。
- (3) 張力 \(T\): \(T = 2\mu_A’ mg\)。これはAに働く摩擦力 \(\mu_A’mg\) の2倍です。AとBが連結されて減速するとき、AはBに引っ張られて減速を妨げられ、BはAに引っ張られてより強く減速させられます。その間を取り持つ張力が、摩擦力と同程度の大きさで働くことは、物理的に妥当な範囲と考えられます。
- (4) 仕事 \(W_B\): \(W_B = -\frac{4}{3}mv_0^2\)。仕事の単位はエネルギーの単位[J]と一致します。\(mv_0^2\) はエネルギーの次元を持っているので、式の形として妥当です。負の値であることも、摩擦力がした仕事として正しいです。
問題29 (佐賀大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、あらい水平な台の上にある物体が、両側から滑車を介して吊り下げられた2つの物体と糸で結ばれている、という設定です。前半は静止している状況での力のつりあいと静止摩擦力、後半は片方の糸を切った後の連結体の運動と、エネルギー変化を扱います。
- 台の上の物体の質量: \(m\)
- 吊り下げられた物体の質量: \(M\) と \(M’\) (ただし \(M > M’\))
- 物体と台の間の静止摩擦係数: \(\mu\)、動摩擦係数: \(\mu’\)
- 重力加速度の大きさ: \(g\)
- 糸は軽く伸びない、滑車はなめらか、空気抵抗は無視。
- 前半(静止時)
- (1) 質量\(m\)の物体の水平方向の力のつりあいの式。
- (2) 静止し続けるための静止摩擦係数\(\mu\)の条件。
- 後半(運動時)
- (3) 質量\(M\)の物体の運動方程式。
- (4) 質量\(m\)の物体の運動方程式。
- (5) 加速度\(a\)の大きさ。
- (6) 時間\(t\)で動いた距離。
- (7) 時間\(t\)での力学的エネルギーの変化量。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題は、静摩擦力・動摩擦力が関わる力のつりあいと運動方程式、そして非保存力(摩擦力)が仕事をする場合のエネルギー変化をテーマにしています。
- 前半 (問1, 2): 物体が静止しているので、「力のつりあい」が基本です。静止摩擦力には上限(最大摩擦力)があるため、「静止し続ける条件」は不等式で表されます。
- 後半 (問3以降): 糸を切ることで、残った2つの物体が連結して運動を始めます。これは「連結体の運動」であり、2つの物体は同じ大きさの加速度で運動します。それぞれの物体について運動方程式を立て、連立させて解くのが定石です。
問(1)
思考の道筋とポイント
3つの物体はすべて静止しているので、それぞれに働く力はつり合っています。まず、吊り下げられた物体B(質量\(M\))とC(質量\(M’\))の力のつりあいから、それぞれを引く糸の張力の大きさを求めます。次に、台の上の物体A(質量\(m\))に働く水平方向の力(2つの張力と摩擦力)のつりあいの式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 静止している \(\rightarrow\) 力のつりあい。
- \(M > M’\) という条件から、物体Aを動かそうとする力の向きを判断し、それによって静止摩擦力の向きを決定する。
具体的な解説と立式
物体A(質量\(m\))、物体B(質量\(M\))、物体C(質量\(M’\))とします。
物体Bを引く糸の張力を\(T\)、物体Cを引く糸の張力を\(T’\)とすると、力のつりあいから \(T = Mg\), \(T’ = M’g\) となります。
物体Aには、右向きに張力\(T\)、左向きに張力\(T’\)が働きます。\(M > M’\) より \(T > T’\) なので、物体Aは右に動こうとします。これを妨げるため、静止摩擦力\(F\)は「左向き」に働きます。
物体Aの水平方向の力のつりあいの式は、
$$(\text{右向きの力}) = (\text{左向きの力の合計})$$
$$T = T’ + F$$
使用した物理公式
- 力のつりあい: \(\sum \vec{F} = 0\)
(問題文の指示に従い、張力と摩擦力の関係式を立てます)
真ん中の物体Aは、右に引っ張る力と、左に引っ張る力、そして床との摩擦力が働いて止まっています。Bの方が重いので、Aは右に動こうとします。それを邪魔するのが左向きの摩擦力\(F\)です。「右向きの力 = 左向きの力の合計」というつりあいの式を立てます。
水平方向のつりあいの式は \(T = T’ + F\) です。これを\(F\)について解くと \(F = T – T’ = (M-M’)g\) となり、摩擦力が\(M\)と\(M’\)の重さの差によって生じていることがわかります。
問(2)
思考の道筋とポイント
物体が静止し続けるための条件は、働いている静止摩擦力\(F\)が、その上限である最大摩擦力\(F_0\)を超えないことです。すなわち、\(F \le F_0\) という不等式を立てます。最大摩擦力\(F_0\)は、静止摩擦係数\(\mu\)と垂直抗力\(N\)を用いて \(F_0 = \mu N\) と表されます。
この設問における重要なポイント
- 静止条件: \((\text{静止摩擦力}) \le (\text{最大摩擦力})\)
- 最大摩擦力の公式: \(F_0 = \mu N\)
- 垂直抗力\(N\)を正しく求める。
具体的な解説と立式
物体Aの鉛直方向の力のつりあいから、垂直抗力\(N\)は重力\(mg\)に等しく \(N = mg\)。
よって、最大摩擦力\(F_0\)は \(F_0 = \mu N = \mu mg\)。
問(1)のつりあいの式から、実際に働いている静止摩擦力\(F\)は \(F = T – T’ = (M-M’)g\)。
静止し続けるための条件 \(F \le F_0\) に、これらの式を代入します。
$$(M-M’)g \le \mu mg$$
使用した物理公式
- 静止摩擦力と最大摩擦力の関係: \(F \le F_0 = \mu N\)
不等式 \((M-M’)g \le \mu mg\) を \(\mu\) について解きます。
$$M-M’ \le \mu m$$
$$\mu \ge \frac{M-M’}{m}$$
摩擦力には限界があります。物体が止まっていられるのは、実際に働いている摩擦力が、この限界値(最大摩擦力)を超えていないからです。この関係を不等式で表し、\(\mu\)が満たすべき条件を求めます。
静止するために必要な条件は \(\mu \ge \displaystyle\frac{M-M’}{m}\) です。左右の重りの差が大きいほど、滑り出すのを防ぐためにより大きな摩擦係数が必要になる、という直感と一致する妥当な結果です。
問(3), (4), (5)
思考の道筋とポイント
物体Cとの糸を切り離し、物体AとBが連結して運動する状況を考えます。両物体は同じ大きさの加速度\(a\)で運動します。AとBそれぞれについて運動方程式を立て、連立させて加速度\(a\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 連結体の運動では、各物体の加速度の大きさは等しい。
- 動摩擦力 \(F’=\mu’N\) を考慮して運動方程式を立てる。
- 2つの運動方程式を連立させ、張力\(T\)を消去する。
具体的な解説と立式
(3) 質量Mの物体の運動方程式
物体B(質量\(M\))は下向きに運動します。鉛直下向きを正とすると、
$$Ma = Mg – T \quad \cdots ⑤$$
(4) 質量mの物体の運動方程式
物体A(質量\(m\))は右向きに運動します。右向きを正とすると、働く力は右向きの張力\(T\)と左向きの動摩擦力 \(F’=\mu’mg\) です。
$$ma = T – \mu’mg \quad \cdots ⑦$$
(5) 加速度の大きさa
⑤式と⑦式を連立させて\(a\)を求めます。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 動摩擦力: \(F’ = \mu’N\)
⑤式と⑦式の両辺を足し合わせることで、\(T\)を消去します。
$$(Ma) + (ma) = (Mg – T) + (T – \mu’mg)$$
$$(M+m)a = Mg – \mu’mg = (M – \mu’m)g$$
$$a = \frac{M – \mu’m}{M+m}g$$
(3) \(Ma = Mg – T\)、(4) \(ma = T – \mu’mg\)、(5) \(a = \displaystyle\frac{M – \mu’m}{M+m}g\) となります。
問(6)
思考の道筋とポイント
物体は、問(5)で求めた一定の加速度\(a\)で等加速度直線運動をします。初速度0で動き始めてから時間\(t\)が経過するまでに動いた距離\(L\)を、等加速度直線運動の公式を用いて求めます。
この設問における重要なポイント
- 運動が等加速度直線運動であると認識する。
- 距離を求めるのに適した公式 \(x = v_0t + \frac{1}{2}at^2\) を選択する。
具体的な解説と立式
初速度 \(v_0 = 0\)、加速度 \(a = \displaystyle\frac{M – \mu’m}{M+m}g\) で、時間\(t\)の間に動いた距離を\(L\)とします。
等加速度直線運動の公式 \(L = v_0t + \displaystyle\frac{1}{2}at^2\) を用いると、
$$L = \frac{1}{2} a t^2 = \frac{1}{2} \left( \frac{M – \mu’m}{M+m}g \right) t^2$$
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の公式: \(x = v_0t + \frac{1}{2}at^2\)
(上記で計算済み)
動いた距離は \(L = \displaystyle\frac{1}{2} \frac{M – \mu’m}{M+m}gt^2\) です。
問(7)
思考の道筋とポイント
力学的エネルギーの変化量 \(\Delta E\) は、非保存力がした仕事\(W_{非保存力}\)に等しい、という関係を用います。この系において、非保存力は物体Aに働く動摩擦力のみです。動摩擦力がした仕事を計算することで、\(\Delta E\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 仕事とエネルギーの関係: \(\Delta E = W_{非保存力}\)
- 非保存力(この場合は動摩擦力)がした仕事を正しく計算する。仕事は \(W = -F’L\)。
具体的な解説と立式
この系に働く非保存力は、物体Aに働く動摩擦力 \(F’ = \mu’mg\) のみです。
この力が、問(6)で求めた距離\(L\)だけ働きます。動摩擦力は運動方向と逆向きに働くため、その仕事は負となります。
$$\Delta E = W_{摩擦} = -F’ \times L$$
この式に、\(F’=\mu’mg\) と問(6)で求めた\(L\)を代入します。
$$\Delta E = -(\mu’mg) \times \left( \frac{1}{2} \frac{M – \mu’m}{M+m}gt^2 \right)$$
使用した物理公式
- 仕事とエネルギーの関係: \(\Delta E = W_{非保存力}\)
$$\Delta E = -\frac{\mu’m(M – \mu’m)}{2(M+m)}g^2t^2$$
「力学的エネルギーの変化量」は、「摩擦によって失われたエネルギー」と同じです。摩擦がした仕事は「- (摩擦力) × (距離)」で計算できます。摩擦力は\(\mu’mg\)、距離は(6)で求めたので、これらを掛け合わせるだけで答えが出ます。
力学的エネルギーの変化量は \(\Delta E = -\displaystyle\frac{\mu’m(M – \mu’m)}{2(M+m)}g^2t^2\) です。摩擦力が仕事をするので、エネルギーは減少し、\(\Delta E\)が負になるのは妥当です。
別解:エネルギーの定義から直接計算するアプローチ (問7)
思考の道筋とポイント
力学的エネルギーの変化量 \(\Delta E\) を、定義通り \(\Delta E = E_{後} – E_{初}\) で計算します。初状態(\(t=0\))と終状態(\(t\)秒後)の運動エネルギーと位置エネルギーをそれぞれ求め、その差を計算します。
この設問における重要なポイント
- \(\Delta E\)の定義を正しく使う: \(\Delta E = (\text{後の運動エネルギーの和} + \text{後の位置エネルギーの和}) – (\text{初めのエネルギー})\)
- 時間\(t\)後の速さ\(v\)を求める必要がある。
具体的な解説と立式
- 初状態 (\(t=0\)): 全て静止しており、物体Bの位置を基準とすると \(E_{初} = 0\)。
- 終状態 (\(t\)秒後): AとBは速さ \(v = at\) で運動。Bは距離\(L\)だけ落下。
$$E_{後} = \underbrace{\frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}Mv^2}_{\text{運動エネルギー}} + \underbrace{(-MgL)}_{\text{位置エネルギー}} = \frac{1}{2}(M+m)v^2 – MgL$$
\(\Delta E = E_{後} – E_{初} = \displaystyle\frac{1}{2}(M+m)v^2 – MgL\)。
ここで、\(v^2 = 2aL\) の関係(\(v=at, L=\frac{1}{2}at^2\)より)を代入します。
$$\Delta E = \frac{1}{2}(M+m)(2aL) – MgL = \{(M+m)a – Mg\}L$$
使用した物理公式
- 力学的エネルギーの定義: \(E = K+U\)
- 等加速度運動の公式
\(\Delta E = \{(M+m)a – Mg\}L\) の式に、問(5)で求めた \(a = \displaystyle\frac{M – \mu’m}{M+m}g\) を代入します。
$$\Delta E = \left\{ (M+m)\left(\frac{M – \mu’m}{M+m}g\right) – Mg \right\}L$$
$$\Delta E = \{ (M – \mu’m)g – Mg \}L = (Mg – \mu’mg – Mg)L = -\mu’mgL$$
これは、解法1の途中式と完全に一致します。あとは、問(6)の\(L\)を代入すれば同じ結果が得られます。
$$\Delta E = -\mu’mg \times \left( \frac{1}{2} \frac{M – \mu’m}{M+m}gt^2 \right) = -\frac{\mu’m(M – \mu’m)}{2(M+m)}g^2t^2$$
定義に従って直接計算する方法でも、同じ結果が得られました。計算量は増えますが、エネルギーと仕事の関係をより根本的に理解することができます。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつりあい (\(\sum \vec{F} = 0\)):
- 核心: 物体が静止している、または等速直線運動している場合、その物体に働く力のベクトル和は0になるという法則です。前半の問(1), (2)で、静止している3つの物体間の力の関係を解き明かす基本となります。
- 理解のポイント: 水平方向と鉛直方向、それぞれの方向で力のつりあいの式を立てます。特に、物体Aが動こうとする向きを正しく判断し、それを妨げる向きに静止摩擦力が働くことを見抜くのが重要です。
- 静止摩擦力と最大摩擦力 (\(F \le \mu N\)):
- 核心: 静止摩擦力は外力に応じて大きさが変わる「調整役」の力ですが、その大きさには上限(最大摩擦力 \(\mu N\))があります。物体が静止し続けるための条件は、この関係式で与えられます。問(2)の核心です。
- 理解のポイント: 「実際に働いている静止摩擦力 \(F\)」と「限界値である最大摩擦力 \(\mu N\)」を区別することが重要です。つりあいの式から\(F\)を求め、\(\mu N\)と比較することで、静止条件を導きます。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 核心: 物体が力を受けて加速運動する場合の、運動の様子(加速度)と力の関係を記述する法則です。後半の問(3)〜(7)で、糸が切られた後の連結体の運動を解析するための基本ツールとなります。
- 理解のポイント:
- 連結体: 糸で繋がれた物体は一体とみなし、同じ加速度\(a\)で運動すると考えます。
- 各物体に着目: 複数の物体があっても、一つ一つの物体に着目し、それぞれに働く力をすべて図示して運動方程式を立てます。
- 連立: 立てた複数の運動方程式を連立させて、未知の加速度\(a\)や張力\(T\)を求めます。
- 仕事とエネルギーの関係 (\(\Delta E = W_{非保存力}\)):
- 核心: 力学的エネルギーは、摩擦力や空気抵抗などの「非保存力」が仕事をすると、その仕事の分だけ変化(通常は減少)するという法則です。問(7)で力学的エネルギーの変化量を求める際に、最も効率的な考え方です。
- 理解のポイント: この系で仕事をする非保存力は、物体Aに働く動摩擦力だけです。その仕事 (\(W = -F’L\)) を計算すれば、それがそのまま系全体の力学的エネルギーの変化量となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- あらい斜面上の連結体: 水平方向だけでなく、斜面方向にも摩擦力が働く問題。力の分解が加わるため、より丁寧な立式が求められます。
- 静止摩擦か動摩擦かの判断: 外力の大きさを変えていったとき、物体が滑り出す瞬間の条件を問う問題。\(F = \mu N\) となる瞬間を見つけることが鍵です。
- エネルギー変化を伴う運動: 摩擦や空気抵抗がある中で、ばねや振り子が運動する問題。力学的エネルギー保存則は使えず、「仕事とエネルギーの関係」を適用する必要があります。
- 初見の問題での着眼点:
- 運動状態の把握: まず物体は「静止している」のか「運動している」のかを確認します。静止なら「力のつりあい」、運動しているなら「運動方程式」が基本方針です。
- 摩擦力の種類: 「静止している」なら静止摩擦力、「運動している」なら動摩擦力を考えます。特に静止摩擦力は、つりあいの式からその大きさを求める必要があり、\(\mu N\) ではないことに注意します。
- エネルギーは保存されるか?: 問題文に「あらい面」「摩擦」といったキーワードがあれば、力学的エネルギーは保存されません。エネルギーに関する問いがあれば、「仕事とエネルギーの関係 \(\Delta E = W_{非保存力}\)」を考えます。
- 連結体の扱い: 複数の物体が糸で繋がれている場合、①各物体は同じ加速度で動く、②糸の張力は両端で同じ大きさ、という2つのポイントを思い出します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 静止摩擦力と最大摩擦力の混同:
- 誤解: 静止している物体に働く摩擦力を、常に最大摩擦力 \(\mu N\) だとして計算してしまう。
- 対策: 静止摩擦力\(F\)は、あくまで他の力のつりあいから決まる受動的な力です。まずつりあいの式で\(F\)を求め、その後に条件を考える際に初めて最大摩擦力\(\mu N\)と比較する、という手順を徹底します。
- 運動方程式の符号ミス:
- 誤解: 複数の物体が絡む運動方程式で、張力や摩擦力の向きを間違え、符号を誤る。
- 対策: 最初に必ず座標軸(正の向き)を設定します。そして、物体ごとにフリーボディダイアグラム(力の矢印図)を描き、各力が座標軸の正の向きか負の向きかを確認しながら、一つずつ丁寧に式に落とし込みます。
- 仕事とエネルギーの関係での符号ミス:
- 誤解: 摩擦力がした仕事を正の値で計算してしまう。また、位置エネルギーの減少を正の変化としてしまう。
- 対策: 摩擦力は常に運動と逆向きなので、その仕事は必ず負 (\(W = -F’L\))。エネルギーの変化量は常に「\(\Delta E = E_{後} – E_{初}\)」と定義を徹底する。物体が下に落ちれば位置エネルギーは減るので、\(\Delta U\)は負になります。
- 系全体のエネルギー計算での見落とし:
- 誤解: 問(7)の別解で、系全体のエネルギーを考える際に、物体Aの運動エネルギーだけ、あるいは物体Bの位置エネルギーだけ、など一部を見落としてしまう。
- 対策: エネルギーを計算する際は、系を構成するすべての物体について、「運動エネルギーはあるか?」「位置エネルギーはあるか?」と一つずつチェックリストのように確認する習慣をつける。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の矢印図(フリーボディダイアグラム): この問題の最重要スキルです。特に問(1)では、物体A, B, Cをそれぞれ個別に描き出し、働く力をすべて(重力、張力、垂直抗力、摩擦力)矢印で示すことが、正確な立式の第一歩です。
- 力の天秤のイメージ: 問(1)で、物体Aを左右に引っ張る張力\(T\)と\(T’\)を天秤にかけ、どちらが重いか(大きいか)をイメージする。その差を埋めるために、軽い方の皿に摩擦力\(F\)が助太刀する、と考えると、摩擦力の向きが直感的に理解できます。
- エネルギーの流れ図: 問(7)で、系が動き出すことで「Bの位置エネルギーが減少」し、そのエネルギーが「AとBの運動エネルギーの増加」と「摩擦による熱エネルギーの発生」に分配される、というエネルギーの流れをイメージすると、物理現象の全体像が掴みやすくなります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 作用点を明確に: 力がどの物体に働いているのかを明確にするため、物体ごとに図を分けるのが有効です。
- すべての力を描き込む: 見えている力(重力)だけでなく、接触することで生じる力(張力、抗力、摩擦力)を忘れずに描き込むことが重要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつりあいの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: 問題文に「静止している」と明記されているから。
- 適用根拠: 問(1), (2)の状況では、加速度が0であるため、運動方程式 \(ma=F\) が \(0=F\) となり、力のつりあいの式そのものになります。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: 問題文に「運動を始めた」とあり、加速度を求めたいから。
- 適用根拠: 問(3)以降、物体は力を受けて加速運動するため、その運動を記述する基本法則として選択します。
- \(F \le \mu N\) (静止条件):
- 選定理由: 「静止しているために必要な条件」を問われているから。
- 適用根拠: 静止摩擦力には上限があるという物理法則そのものです。この不等式が、静止という状態が保たれるための制約条件を与えます。
- \(\Delta E = W_{非保存力}\) (仕事とエネルギーの関係):
- 選定理由: 「力学的エネルギーの変化量」を問われており、かつ系内に「摩擦力」という非保存力が存在するため。
- 適用根拠: 問(7)で、力学的エネルギーが保存されない状況でのエネルギー変化を計算するのに最も直接的で強力な方法です。加速度や速度を計算する手間を省くことができます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【前半:静止状態】
- (1) つりあいの式: B, Cのつりあいから張力\(T, T’\)を求める \(\rightarrow\) Aの水平方向の力のつりあいの式を立てる。
- (2) 静止条件: Aの鉛直方向のつりあいから垂直抗力\(N\)を求める \(\rightarrow\) 最大摩擦力\(F_0 = \mu N\)を計算 \(\rightarrow\) (1)で求めた静止摩擦力\(F\)を用いて、\(F \le F_0\) の不等式を立て、\(\mu\)の条件を導く。
- 【後半:運動状態】
- (3),(4) 運動方程式: BとA、それぞれについて運動方向を正として運動方程式を立てる。動摩擦力 \(F’=\mu’N\) を忘れずに含める。
- (5) 加速度: (3)と(4)で立てた2つの運動方程式を連立させ、張力\(T\)を消去して加速度\(a\)を求める。
- (6) 距離: (5)で求めた加速度\(a\)を使い、等加速度運動の公式 \(L = \frac{1}{2}at^2\) で距離を計算する。
- (7) エネルギー変化:
- [解法1] 非保存力(動摩擦力)がした仕事 \(W = -F’L\) を計算する。これが\(\Delta E\)に等しい。
- [別解] \(t\)秒後の速さ\(v=at\)を計算 \(\rightarrow\) \(t\)秒後のAとBの運動エネルギー、Bの位置エネルギーを計算し、それらの総和から初期エネルギー(0)を引く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字の混同に注意: \(M\)と\(M’\)と\(m\)、\(\mu\)と\(\mu’\)など、似た文字が多数登場します。立式の際に、どの文字がどの物体に対応するのかを慎重に確認する。
- 連立方程式の基本: 問(5)のように、未知数が2つ(\(a, T\))、式が2つの場合は、辺々足すか引くかして一方の文字を消去するのが最も簡単で確実です。
- 定義に忠実に**: 問(7)の別解のように、計算が複雑になりそうなときは、\(\Delta E = E_{後} – E_{初}\) のような基本定義に立ち返って、一つ一つの項を丁寧に計算していくことが、結局は間違いを防ぐ近道になります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (2) \(\mu\)の条件: \(\mu \ge \displaystyle\frac{M-M’}{m}\)。もし左右の重りが同じ質量(\(M=M’\))なら、\(\mu \ge 0\)となり、摩擦がなくても静止できるはずなので、これは正しいです。
- (5) 加速度\(a\): \(a = \displaystyle\frac{M – \mu’m}{M+m}g\)。もし摩擦がなければ(\(\mu’=0\))、\(a = \displaystyle\frac{M}{M+m}g\) となります。これは、質量\(M\)と\(m\)の物体を滑車でつないだときの加速度の公式であり、よく知られた結果と一致します。
- (7) エネルギー変化\(\Delta E\): 結果は負の値になりました。摩擦力が仕事をした場合、系の力学的エネルギーは熱エネルギーなどに変換されて失われるため、必ず減少します。したがって、\(\Delta E\)が負になるのは物理的に正しいです。もし正の値になったら、計算ミスを疑うべきです。
問題30 (広島大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、静止した斜面、および水平に加速する斜面上の物体の運動を扱います。前半は基本的な斜面上の運動、後半は慣性力を考慮する必要がある応用問題です。
- 台の質量: \(M\)
- 小物体の質量: \(m\)
- 斜面の角度: \(\theta\)
- 重力加速度: \(g\)
- 空気抵抗、物体の大きさは無視
状況1:台を床に固定(図1)
- 静止摩擦係数: \(\mu\)
- 動摩擦係数: \(\mu’\) (\(0 < \mu’ < \mu\))
- 小物体を高さ\(h\)の位置に静かに置くと、すべり始めた。
状況2:台の固定を外す(図2)
- 別の小物体(質量\(m\), 静止摩擦係数\(\mu_0\))を置くと、全体が静止した。
- 台に水平左向きに加速度\(\beta\)を加えると、小物体が斜面上をすべり始めた。
- (1) 状況1で、小物体がすべり始めるための\(\mu\)と\(\theta\)の関係式。
- (2) 状況1で、すべり始めた後の小物体の運動方程式(斜面平行方向)と力のつりあいの式(斜面垂直方向)。
- (3) 状況1で、床まで達した直後の小物体の速さ\(v\)。
- (4) 状況2で、小物体がすべり始める\(\beta\)の下限値\(\beta_{\text{min}}\)。
- (5) 状況2で、小物体が台から離れないための\(\beta\)の上限値\(\beta_{\text{max}}\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「斜面上の物体の力学」です。前半は静止した座標系での力のつり合いと運動方程式、後半は加速度運動する座標系(非慣性系)での見かけの力(慣性力)を考える問題です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の分解: 重力などの力を、斜面に平行な方向と垂直な方向に分解して考えることが基本です。
- 摩擦力:
- 静止摩擦力: 物体が動かないように働く力。その最大値が最大静止摩擦力 \(\mu N\) です。
- 動摩擦力: 物体が動いているときに働く、動きを妨げる力。大きさは一定で \(\mu’ N\) です。
- 運動方程式: 物体の運動状態を記述する基本法則 (\(ma=F\))。
- 慣性力: 加速度運動する観測者から物体を見たときに、観測者の加速度と逆向きに働いているように見える見かけの力。大きさは \(m \times (\text{観測者の加速度})\)。
- 等加速度直線運動の公式: 加速度が一定の場合に、速度や変位を計算するために用います。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、図1の台が固定された状況を考えます。小物体にはたらく力を図示し、斜面平行方向と垂直方向に分解します。
- (1)では、滑り始める直前の力のつり合いを考え、「(滑らせようとする力)が(最大静止摩擦力)を超える」という条件から式を立てます。
- (2)では、滑り始めた後の運動を考えます。摩擦力が動摩擦力に変わることに注意して、運動方程式と力のつり合いの式を立てます。
- (3)では、(2)で求めた加速度と、斜面を滑り下りる距離から、等加速度直線運動の公式を用いて最終的な速さを計算します。
- 次に、図2の台が動く状況を考えます。この場合、台と一緒に動く観測者の立場(非慣性系)で考えると、計算が簡単になります。
- (4)では、台が左向きに加速することで小物体に働く右向きの慣性力を考慮し、小物体が斜面を「下向き」に滑り始める条件を、力のつり合いから導きます。
- (5)では、小物体が台から「離れる」という条件を、小物体と台の間の垂直抗力が0になる (\(N=0\)) として捉え、(4)で立てた力のつり合いの式から\(\beta\)の上限を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
小物体が斜面をすべり始めるのは、重力の斜面下向き成分が、それを支えようとする最大静止摩擦力を超える瞬間です。したがって、すべり始める直前の力のつり合い状態を考え、そこから不等式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 力を斜面に平行な成分と垂直な成分に正しく分解する。
- すべり始める条件は「斜面下向きの力 > 最大静止摩擦力」である。
具体的な解説と立式
小物体にはたらく力は、重力\(mg\)、斜面からの垂直抗力\(N\)、静止摩擦力\(f\)です。
重力\(mg\)を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解します。
- 斜面平行(下向き)成分: \(mg\sin\theta\)
- 斜面垂直(押し付ける向き)成分: \(mg\cos\theta\)
小物体が静止しているとき、力のつり合いが成り立っています。
- 斜面に平行な方向: \(f = mg\sin\theta\)
- 斜面に垂直な方向: \(N = mg\cos\theta\)
小物体がすべり始めるのは、静止摩擦力\(f\)がその最大値である最大静止摩擦力\(\mu N\)を超えるときです。
したがって、すべり始める条件は、
$$mg\sin\theta > \mu N \quad \cdots ①$$
となります。
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 静止摩擦力と最大静止摩擦力: \(f \le \mu N\)
斜面に垂直な方向の力のつり合いから得られる \(N = mg\cos\theta\) を、すべり始める条件式①に代入します。
$$mg\sin\theta > \mu (mg\cos\theta)$$
両辺を \(mg\cos\theta\) で割ります。\(m, g > 0\) であり、通常 \(0 < \theta < \pi/2\) なので \(\cos\theta > 0\) です。したがって、不等号の向きは変わりません。
$$\frac{\sin\theta}{\cos\theta} > \mu$$
$$\tan\theta > \mu$$
物体を斜面に置くと、重力によって下に滑ろうとします。この滑ろうとする力は \(mg\sin\theta\) です。
一方、斜面は摩擦力で物体が滑るのを防ぎます。摩擦力が耐えられる限界(最大静止摩擦力)は \(\mu N = \mu mg\cos\theta\) です。
滑り始めるのは、滑ろうとする力が摩擦の限界を超えたときなので、\(mg\sin\theta > \mu mg\cos\theta\) という式が成り立ちます。
これを整理すると、\(\tan\theta > \mu\) となります。これは、斜面の傾きが摩擦係数より大きいと滑る、ということを意味します。
小物体が斜面をすべり始めるためには、\(\mu < \tan\theta\) の関係を満たす必要があります。
\(\tan\theta\)は斜面の傾きの度合いを表す量なので、この結果は「斜面の傾きが、摩擦の度合い(静止摩擦係数)よりも大きい場合に物体は滑り出す」という直感的な理解と一致しており、妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
小物体がすべり始めた後は、摩擦力は静止摩擦力ではなく「動摩擦力」に変わります。動摩擦力は、物体の運動を妨げる向き(この場合は斜面上向き)に、大きさ\(\mu’N\)で働きます。
小物体は斜面下向きに加速度運動をするため、斜面平行方向については運動方程式を立てます。斜面垂直方向については、動いていないので力のつり合いの式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 運動中は、動摩擦力 \(\mu’N\) が働くことを理解する。
- 運動方向(斜面平行)には運動方程式、動かない方向(斜面垂直)には力のつり合いの式を立てる。
具体的な解説と立式
すべり始めた後、小物体にはたらく力は、重力\(mg\)、垂直抗力\(N\)、そして斜面上向きの動摩擦力(大きさ\(\mu’N\))です。
小物体の加速度を斜面下向きに\(a\)とします。
- 斜面に平行な方向の運動方程式:
斜面下向きを正とすると、合力は \(mg\sin\theta – \mu’N\) となります。
運動方程式 \(ma = F\) より、
$$ma = mg\sin\theta – \mu’N$$ - 斜面に垂直な方向の力のつりあいの式:
この方向には運動していないので、力のつり合いが成り立っています。
$$N = mg\cos\theta$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 動摩擦力: \(F’ = \mu’N\)
- 力のつり合い
この設問では立式のみが求められているため、これ以上の計算は不要です。
物体が滑っているとき、斜面下向きに引っ張る力 (\(mg\sin\theta\)) と、それを邪魔する動摩擦力 (\(\mu’N\)) が働いています。この2つの力の差が、物体を加速させる正味の力になります。これが運動方程式 \(ma = mg\sin\theta – \mu’N\) の意味です。
一方、物体は斜面にめり込んだり浮き上がったりはしないので、斜面を垂直に押す力 (\(mg\cos\theta\)) と、斜面が押し返す力(垂直抗力 \(N\))は等しくなっています。これが力のつり合いの式 \(N = mg\cos\theta\) の意味です。
小物体の斜面に平行な方向の運動方程式は \(ma = mg\sin\theta – \mu’N\)、斜面に垂直な方向の力のつりあいの式は \(N = mg\cos\theta\) となります。これらは斜面上の運動を記述する基本的な式です。
問(3)
思考の道筋とポイント
小物体の速さ\(v\)を求めるには、まず加速度\(a\)を求める必要があります。(2)で立てた2つの式を連立させて\(a\)を求めます。
加速度\(a\)が一定値であることがわかれば、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を利用できます。初速度は \(v_0=0\) です。滑走距離\(x\)は、高さ\(h\)と斜面の角度\(\theta\)から幾何学的に求めます。
この設問における重要なポイント
- (2)の結果から加速度\(a\)を具体的に計算する。
- 滑走距離を \(x = \displaystyle\frac{h}{\sin\theta}\) と正しく求める。
- 適切な等加速度直線運動の公式を選択して適用する。
具体的な解説と立式
まず、(2)の2つの式から加速度\(a\)を求めます。
力のつり合いの式 \(N = mg\cos\theta\) を、運動方程式 \(ma = mg\sin\theta – \mu’N\) に代入します。
$$ma = mg\sin\theta – \mu'(mg\cos\theta)$$
両辺を\(m\)で割ると、加速度\(a\)が求まります。
$$a = g(\sin\theta – \mu’\cos\theta)$$
この加速度は一定なので、等加速度直線運動の公式が使えます。
次に、滑走距離\(x\)を求めます。高さ\(h\)の点から床まで滑るので、三角比の関係から、
$$x = \frac{h}{\sin\theta}$$
初速度\(v_0=0\)で、距離\(x\)だけ滑った後の速さ\(v\)を求めるので、公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を用います。
$$v^2 – 0^2 = 2ax$$
この式に、求めた\(a\)と\(x\)を代入します。
$$v^2 = 2 \cdot g(\sin\theta – \mu’\cos\theta) \cdot \frac{h}{\sin\theta}$$
使用した物理公式
- (2)で導出した運動方程式とつり合いの式
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
立式した \(v^2\) の式を整理していきます。
$$v^2 = 2gh \frac{\sin\theta – \mu’\cos\theta}{\sin\theta}$$
分数の部分を分けます。
$$v^2 = 2gh \left( \frac{\sin\theta}{\sin\theta} – \frac{\mu’\cos\theta}{\sin\theta} \right)$$
$$v^2 = 2gh \left( 1 – \frac{\mu’}{\tan\theta} \right)$$
よって、速さ\(v\)は次のようになります。
$$v = \sqrt{2gh \left( 1 – \frac{\mu’}{\tan\theta} \right)}$$
ここで、(1)の条件 \(\mu < \tan\theta\) と、問題文の条件 \(\mu’ < \mu\) から、\(\mu’ < \tan\theta\) となります。したがって、\(\displaystyle\frac{\mu’}{\tan\theta} < 1\) であり、根号の中は正の値になるため、物理的に意味のある解となります。
まず、(2)で立てた式を使って、物体の「加速の度合い」である加速度\(a\)を計算します。
次に、物体が滑った「距離」を求めます。これは高さ\(h\)と角度\(\theta\)から、三角関数を使って \(h/\sin\theta\) と計算できます。
「初めの速さ(ゼロ)」「加速の度合い」「走った距離」が分かったので、公式 \(v^2 = 2 \times (\text{加速度}) \times (\text{距離})\) を使って、ゴールしたときの速さ\(v\)を求めることができます。
小物体の速さは \(v = \sqrt{2gh \left( 1 – \displaystyle\frac{\mu’}{\tan\theta} \right)}\) と表されます。
この結果を吟味してみましょう。もし摩擦がなければ (\(\mu’=0\))、\(v = \sqrt{2gh}\) となります。これは、高さ\(h\)から物体を自由落下させたときの速さと同じであり、力学的エネルギー保存則が成り立つ場合の結果と一致します。摩擦がある分だけ速さが小さくなるという、物理的に妥当な結果です。
問(4)
思考の道筋とポイント
台と一緒に加速度\(\beta\)で動く観測者(非慣性系)から見ると、小物体には台の加速度と逆向き、つまり水平右向きに大きさ\(m\beta\)の「慣性力」が働いているように見えます。
加速度\(\beta\)を大きくしていくと、この慣性力の斜面下向き成分が、重力の斜面下向き成分に加わります。その結果、小物体を斜面下向きに滑らせようとする力が大きくなります。
小物体が滑り始めるのは、この「滑らせようとする力の合計」が「最大静止摩擦力」を超える瞬間です。このとき、静止摩擦力は滑りを妨げるため、斜面上向きに働きます。
この設問における重要なポイント
- 非慣性系では、観測者の加速度と逆向きに慣性力 \(F_{\text{慣性}} = m\beta\) を導入する。
- すべての力(重力、垂直抗力、慣性力)を斜面平行・垂直方向に分解する。
- 物体が「下向き」に滑り始める直前、静止摩擦力は「上向き」に最大値 \(\mu_0 N\) で働く。
具体的な解説と立式
台と一緒に動く観測者から見ると、小物体には以下の力が働いています。
- 重力 \(mg\)
- 垂直抗力 \(N\)
- 静止摩擦力 \(f\)(斜面上向き)
- 慣性力 \(m\beta\)(水平右向き)
模範解答の立式に従い、力のつり合いを考えます。
- 斜面に垂直な方向:
重力の押し付け成分 \(mg\cos\theta\) に対し、垂直抗力\(N\)と慣性力の成分\(m\beta\sin\theta\)が、共に斜面から離れる向きに働いてつり合っていると考えます。
$$N + m\beta\sin\theta = mg\cos\theta \quad \cdots ①$$ - 斜面に平行な方向:
斜面下向きに、重力の成分\(mg\sin\theta\)と慣性力の成分\(m\beta\cos\theta\)が働きます。
これに対して、静止摩擦力\(f\)が斜面上向きに働き、つり合っています。
$$f = mg\sin\theta + m\beta\cos\theta$$
小物体が滑り始める瞬間の条件は、静止摩擦力\(f\)が最大静止摩擦力\(\mu_0 N\)と等しくなるときなので、
$$mg\sin\theta + m\beta\cos\theta = \mu_0 N \quad \cdots ②$$
このときの\(\beta\)が求める\(\beta_{\text{min}}\)です。
使用した物理公式
- 慣性力
- 力のつり合い
- 最大静止摩擦力
式①から\(N\)を求め、式②に代入します。
式①より、
$$N = mg\cos\theta – m\beta\sin\theta$$
これを式②に代入します。
$$mg\sin\theta + m\beta\cos\theta = \mu_0 (mg\cos\theta – m\beta\sin\theta)$$
この式を\(\beta\)について解きます。\(\beta\)を含む項を左辺に、含まない項を右辺にまとめます。
$$m\beta\cos\theta + \mu_0 m\beta\sin\theta = \mu_0 mg\cos\theta – mg\sin\theta$$
$$m\beta(\cos\theta + \mu_0\sin\theta) = mg(\mu_0\cos\theta – \sin\theta)$$
$$\beta = g \frac{\mu_0\cos\theta – \sin\theta}{\cos\theta + \mu_0\sin\theta}$$
分子・分母を\(\cos\theta\)で割ると、\(\tan\theta\)を用いた形になります。
$$\beta = g \frac{\mu_0 – \tan\theta}{1 + \mu_0\tan\theta}$$
これが求める下限値\(\beta_{\text{min}}\)です。
電車が急発進すると体が後ろに倒れそうになる、あの力が「慣性力」です。台が左に加速すると、小物体は右向きに慣性力を受けます。この慣性力は、小物体を斜面の下方向に滑らせる力と、斜面から浮き上がらせる力(模範解答の解釈による)に分けられます。
加速度\(\beta\)を大きくしていくと、斜面下向きに滑らせる力がどんどん強くなり、ついに摩擦力が耐えきれなくなって滑り出します。その「滑り出すギリギリの瞬間」の力のバランスを計算して、そのときの加速度\(\beta\)を求めています。
小物体がすべり始める\(\beta\)の下限値は \(\beta_{\text{min}} = g \displaystyle\frac{\mu_0 – \tan\theta}{1 + \mu_0\tan\theta}\) です。
問題文より、\(\beta=0\)では静止しているので、(1)の結果から \(\tan\theta \le \mu_0\) が成り立っています。このとき、分子は \(\mu_0 – \tan\theta \ge 0\) となり、\(\beta_{\text{min}}\)は0以上の値となります。これは、静止状態から加速することで初めて滑り出すという状況と一致しており、物理的に妥当です。
問(5)
思考の道筋とポイント
小物体が台から「離れる」とは、小物体と台がお互いに及ぼしあう垂直抗力\(N\)が0になる瞬間を指します。したがって、「離れない」ための条件は \(N \ge 0\) となります。
(4)で立てた、斜面垂直方向の力のつり合いの式を使い、この条件を適用します。
この設問における重要なポイント
- 「離れる」 \(\iff\) 垂直抗力 \(N=0\)
- 「離れない」 \(\iff\) 垂直抗力 \(N \ge 0\)
- (4)で用いた斜面垂直方向の力のつり合いの式を利用する。
具体的な解説と立式
(4)で立てた、斜面垂直方向の力のつり合いの式(模範解答のロジックによる)は、
$$N + m\beta\sin\theta = mg\cos\theta$$
でした。これを\(N\)について解くと、
$$N = mg\cos\theta – m\beta\sin\theta$$
小物体が台から離れないための条件は \(N \ge 0\) なので、
$$mg\cos\theta – m\beta\sin\theta \ge 0$$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 垂直抗力と「離れる」条件の関係
不等式 \(mg\cos\theta – m\beta\sin\theta \ge 0\) を\(\beta\)について解きます。
$$mg\cos\theta \ge m\beta\sin\theta$$
両辺を\(m\sin\theta\)で割ります。\(m>0, \sin\theta>0\)なので、不等号の向きは変わりません。
$$\frac{g\cos\theta}{\sin\theta} \ge \beta$$
$$\beta \le \frac{g}{\tan\theta}$$
したがって、\(\beta\)の上限値 \(\beta_{\text{max}}\) は、
$$\beta_{\text{max}} = \frac{g}{\tan\theta}$$
台の左向きの加速が大きすぎると、小物体は右向きの強い慣性力を受けます。この慣性力の一部が、小物体を斜面から浮き上がらせるように働きます(模範解答の解釈による)。
「浮き上がる」とは、斜面が物体を押す力(垂直抗力)がゼロになるということです。
「浮き上がらない」ギリギリの条件は、垂直抗力がちょうどゼロ以上であること (\(N \ge 0\))。この条件を使って、許される最大の加速度を計算します。
小物体が台から離れない\(\beta\)の上限値は \(\beta_{\text{max}} = \displaystyle\frac{g}{\tan\theta}\) です。
この結果は、斜面が急である(\(\theta\)が大きい、\(\tan\theta\)が大きい)ほど、上限値\(\beta_{\text{max}}\)は小さくなることを示しています。つまり、急な斜面ほど小物体は離れやすいということであり、直感と一致する妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合いと運動方程式:
- 核心: 物体が静止している、または等速直線運動している場合は、物体にはたらく力のベクトル和がゼロになります(力のつり合い)。物体が加速度運動している場合は、その加速度の向きに正味の力がはたらいており、\(ma=F\)という関係が成り立ちます(運動方程式)。
- 理解のポイント:
- 座標軸の設定: 斜面の問題では、斜面に平行な方向と垂直な方向に座標軸をとると、見通しが良くなることが多いです。
- 力の分解: 重力などの力を、設定した座標軸の成分に正しく分解することが、立式の第一歩です。
- 摩擦力の向きと大きさ: 静止摩擦力は外力に応じて大きさが変わり、向きは滑りを妨げる向きです。最大値は\(\mu N\)。動摩擦力は常に運動を妨げる向きで、大きさは一定の\(\mu’ N\)です。
- 慣性力:
- 核心: 加速度\(\vec{a}\)で運動する観測者(非慣性系)から物体を見ると、物体には実際の力に加えて、見かけの力である慣性力 \(\vec{F}_{\text{慣性}} = -m\vec{a}\) がはたらいているように見えます。
- 理解のポイント: 慣性力を導入することで、加速度運動する座標系を、あたかも静止しているかのように扱うことができます(力のつり合いの式を立てられる)。これにより、複雑な問題を単純化できる場合があります。この問題の(4), (5)が良い例です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- エレベーター内の物体の運動: 上下に加速するエレベーター内の物体には、鉛直方向の慣性力がはたらきます。見かけの重力が変化するように見えます。
- 回転する円盤上の物体の運動: この場合、慣性力として遠心力やコリオリの力が現れます。高校物理では主に遠心力を扱います。
- 電車内で揺れる振り子: 加速する電車内の振り子は、慣性力によって進行方向と逆向きに傾いてつり合います。
- 初見の問題での着眼点:
- 座標系の選択: 問題を解く系は静止系(慣性系)か、加速系(非慣性系)か? どちらで考えると計算が楽になるかを見極めます。一般に、観測対象が加速度運動する物体の上にある場合は、非慣性系で考えると見通しが良くなることが多いです。
- 力の図示: 物体にはたらく力を「すべて」書き出します。重力、垂直抗力、張力、摩擦力など。非慣性系なら慣性力も忘れずに加えます。
- 力の分解: 設定した座標軸に沿って、すべての力を分解します。
- 運動状態の把握: 物体は静止しているのか、等速運動か、加速度運動か。滑り出す「直前」なのか、滑って「いる」最中なのか。これにより、力のつり合いを立てるか、運動方程式を立てるか、またどの摩擦力を使うかが決まります。
- 「〜する条件」の数式化: 「滑り出す」\(\rightarrow\) \(f > \mu N\)。「離れる」\(\rightarrow\) \(N=0\)。「浮き上がる」\(\rightarrow\) \(N=0\)。これらの物理的な条件を数式に置き換えることが重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 慣性力の向きの間違い:
- 誤解: 慣性力の向きを、観測者の加速度と同じ向きにしてしまう。
- 対策: 「慣性力は、観測者の加速度ベクトル\(\vec{a}\)と必ず逆向き(\(-m\vec{a}\))」と徹底して覚える。図に観測者の加速度の向きを矢印で描き、それと逆向きの矢印を慣性力として描く習慣をつける。
- 摩擦力の向きの間違い:
- 誤解: 摩擦力は常に運動方向と逆向き、とだけ覚えてしまい、滑り出す「直前」の静止摩擦力の向きを間違える。
- 対策: 「摩擦力は、物体が動こうとする向き、または動いている向き、の逆向きにはたらく」と理解する。問(4)のように、慣性力によって滑ろうとする向きが変わる場合は特に注意し、「どちら向きに滑ろうとしているか」をまず考える。
- 力の分解ミス:
- 誤解: 重力の斜面平行成分と垂直成分で、\(\sin\theta\)と\(\cos\theta\)を逆にしてしまう。
- 対策: 図を丁寧に描き、角度\(\theta\)がどこに来るかを確認する。極端な場合(\(\theta \rightarrow 0\)や\(\theta \rightarrow 90^\circ\))を考えてみる。\(\theta \rightarrow 0\)(ほぼ水平)なら、平行成分は0に、垂直成分は\(mg\)に近づくはず。\(mg\sin\theta \rightarrow 0\), \(mg\cos\theta \rightarrow mg\)となるので、こちらが正しいと確認できる。
- 作用・反作用の混同:
- 誤解: 1つの物体にはたらく力のつり合いを考えるべきところで、作用・反作用の力を混同して式に入れてしまう。
- 対策: 必ず「着目する物体」を一つに定め、その物体に「他の物体から」はたらく力だけをリストアップする。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- フリーボディダイアグラム(力の図示): 物体を点として描き、そこから力の矢印をすべて伸ばす。これが力学の基本です。問(1)〜(5)のすべてにおいて、正確な力の図示が解法の鍵となります。
- 慣性力の追加: 非慣性系で考える場合は、フリーボディダイアグラムに「慣性力」を破線などで描き加えると、実際の力と区別しやすくなります。
- 力の分解図: フリーボディダイアグラムとは別に、分解する力(重力や慣性力)とその成分を補助的に描くと、計算ミスが減ります。模範解答の図dは、重力と慣性力の両方を分解しており、非常に参考になります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 矢印の始点: 力の矢印は、すべて着目物体から始まるように描く。
- 矢印の向きと大きさ: 力の向きを正確に、大きさの関係もある程度反映させて描くと、力のつり合いのイメージが掴みやすくなります。
- 角度の明記: \(\theta\)がどこにあるかを明確に図示することで、\(\sin\), \(\cos\)の選択ミスを防ぎます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum \vec{F} = 0\)):
- 選定理由: 物体が静止している、または滑り出す「直前」の状態を分析するため。
- 適用根拠: ニュートンの第一法則。加速度がゼロの物体にはたらく合力はゼロであるという物理法則に基づきます。問(1)や、問(4)の非慣性系での考察で用います。
- 運動方程式 (\(m\vec{a} = \sum \vec{F}\)):
- 選定理由: 物体が加速度運動している状態を分析するため。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則。物体の加速度は、はたらく合力に比例し、質量に反比例するという物理法則に基づきます。問(2)や、問(4)を慣性系で解く場合に用います。
- 慣性力の式 (\(\vec{F}_{\text{慣性}} = -m\vec{a}\)):
- 選定理由: 加速度運動する座標系(非慣性系)で物体の運動を記述するため。
- 適用根拠: 非慣性系ではニュートンの運動法則がそのままでは成り立たないため、法則が成り立つように導入される「見かけの力」。これを導入することで、非慣性系を静止系と同様に扱えるようになります。
- 等加速度直線運動の公式 (\(v^2 – v_0^2 = 2ax\)):
- 選定理由: 一定の加速度で運動する物体の、特定の距離を移動した後の速さを求めるため。
- 適用根拠: 加速度が定数であるという条件の下で、運動方程式を積分して得られる関係式。問(3)のように、時間\(t\)が与えられていない場合に特に有効です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 現象の把握(問1-3:固定台): 静止した斜面上の物体の運動。摩擦力がキー。
- (1) 滑り出す条件: 斜面平行・垂直に力分解 \(\rightarrow\) つり合い式立てる \(\rightarrow\) \(f = mg\sin\theta\), \(N = mg\cos\theta\) \(\rightarrow\) 滑り出す条件 \(f > \mu N\) に代入 \(\rightarrow\) \(\mu < \tan\theta\)。
- (2) 滑走中の運動: 摩擦力が動摩擦力 \(\mu’N\) に変わる \(\rightarrow\) 運動方向(平行)に運動方程式、垂直方向につり合いの式を立てる。
- (3) 最終速度: (2)の2式から加速度\(a\)を求める \(\rightarrow\) 滑走距離\(x\)を\(h, \theta\)で表す \(\rightarrow\) 等加速度運動の公式 \(v^2 = 2ax\) に代入して\(v\)を計算。
- 現象の把握(問4-5:加速台): 加速する斜面上の物体の運動。慣性力がキー。非慣性系で考えるのが得策。
- (4) 滑り出す条件: 台と共に動く系で考える \(\rightarrow\) 水平右向きの慣性力 \(m\beta\) を導入 \(\rightarrow\) 全ての力を斜面平行・垂直に分解 \(\rightarrow\) 滑り出す直前は、摩擦力は滑りを妨げる向き(上向き)に最大値 \(\mu_0 N\) \(\rightarrow\) 平行・垂直方向の力のつり合い式を2本立てる \(\rightarrow\) 連立して\(\beta\)を解く。
- (5) 離れない条件: 「離れない」は「垂直抗力 \(N \ge 0\)」と翻訳 \(\rightarrow\) (4)で立てた垂直方向のつり合いの式を使い、\(N \ge 0\) の不等式を\(\beta\)について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式の整理:
- 特に注意すべき点: 問(4)のように、多くの項を含む連立方程式を解く場合、移項や符号のミスが起こりやすいです。
- 日頃の練習: 求める変数(この場合は\(\beta\))を含む項と含まない項を、丁寧に色分けしたり下線を引いたりして整理する。一気に暗算せず、一行一行、変形の過程を書き下す。
- 分数の計算:
- 特に注意すべき点: 問(4)の最後で、\(\cos\theta\)で分子・分母を割って\(\tan\theta\)の形にする変形は頻出です。この操作をスムーズにできるようにする。
- 日頃の練習: 三角関数の基本的な関係式 (\(\tan\theta = \sin\theta/\cos\theta\)) を使った式変形に慣れておく。
- 不等式の扱い:
- 特に注意すべき点: 不等式の両辺を負の数で掛けたり割ったりすると、不等号の向きが逆転します。この問題では正の量で割ることがほとんどですが、常に意識しておくことが重要です。
- 日頃の練習: 不等式を解く際には、両辺を割る数が正か負かを確認する癖をつける。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (3) 速さ\(v\): 答えの式 \(v = \sqrt{2gh (1 – \mu’/\tan\theta)}\) で、もし摩擦がなければ (\(\mu’=0\))、\(v=\sqrt{2gh}\) となり、力学的エネルギー保存則と一致します。摩擦がある分 (\(\mu’>0\))、速さが小さくなるという結果は妥当です。
- (4) \(\beta_{\text{min}}\): 答えの式 \(\beta_{\text{min}} = g \displaystyle\frac{\mu_0 – \tan\theta}{1 + \mu_0\tan\theta}\) で、もし摩擦がなければ (\(\mu_0=0\))、\(\beta_{\text{min}} = -g\tan\theta\) となります。これは負の加速度、つまり右向きの加速度を意味し、最初から滑り落ちる物体を静止させるために右向きの加速が必要、と解釈でき、つじつまが合います。また、\(\beta=0\)で静止していた条件 (\(\mu_0 \ge \tan\theta\)) より、\(\beta_{\text{min}} \ge 0\) となり、左向きに加速して初めて滑り出すという状況とも一致します。
- (5) \(\beta_{\text{max}}\): 答えの式 \(\beta_{\text{max}} = g/\tan\theta\) は、\(\theta\)が大きくなる(斜面が急になる)と小さくなります。急な斜面ほど、少しの加速で浮き上がりやすい、という直感と一致します。
- 極端な場合を考える:
- もし斜面が水平なら (\(\theta=0\))、\(\beta_{\text{max}} \rightarrow \infty\)。これは、水平面上の物体はいくら水平に加速しても浮き上がらないことを意味し、正しいです。
- もし斜面が垂直なら (\(\theta=90^\circ\))、\(\tan\theta \rightarrow \infty\) なので \(\beta_{\text{max}} \rightarrow 0\)。これは、垂直な壁に置かれた物体は、少しでも横に加速すればすぐに離れてしまうことを意味し、これも正しいです。
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