問題06 (横浜市大改)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、水平面ではなく傾いた斜面に対して斜方投射を行う、非常に応用的な設定です。この問題を解く上での最大のポイントは、運動を分解する「座標軸」が、地面に対して傾いているという点です。この傾いた座標系(x軸が斜面方向、y軸が斜面に垂直な方向)に沿って、重力や初速度を正しく分解できるかが問われます。
- 座標系: 水平面と角度 \(\theta\) をなす斜面に沿って上向きにx軸、斜面から垂直上向きにy軸をとる。
- 投射条件: 原点Oから、斜面(x軸)と角度 \(\alpha\) をなす方向に、初速 \(v_0\) で小球を投射する。
- 物理的条件: 質量 \(m\)、重力加速度 \(g\)。斜面はなめらかで、空気抵抗は無視。
- (1) 重力のx, y成分。
- (2) 時刻 \(t\) での速度のx, y成分。
- (3) 時刻 \(t\) での位置のx, y座標。
- (4) 小球が斜面に衝突する時刻 \(t_0\)。
- (5) 原点から衝突点までの距離 \(l\)。
- (6) 距離 \(l\) が最大となる角度 \(\alpha\)。
- (7) 小球が斜面に垂直に衝突する場合の、角度 \(\alpha\) と \(\theta\) の関係式。
- (8) 垂直に衝突する場合の、衝突直前の速さ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題の最も重要な攻略法は、「与えられた斜めの座標系の中で、すべての運動を記述しきる」という一貫した方針を貫くことです。地面に固定された水平・鉛直の座標系で考えると、計算が非常に複雑になります。
- 物理量の成分分解: まず、この問題で常に一定である「重力加速度 \(\vec{g}\)」と、運動の開始点である「初速度 \(\vec{v}_0\)」を、与えられた斜めのx軸、y軸の方向に分解します。これがすべての計算の土台となります。
- 等加速度直線運動として立式: 成分分解が終われば、小球の運動はx方向、y方向それぞれが「等加速度直線運動」として扱えます。速度や位置を求めるには、見慣れた等加速度直線運動の公式を各成分に適用するだけです。
- 物理的条件の適用: 「斜面に衝突する」や「斜面に垂直に衝突する」といった問題文の条件を、座標や速度の成分が特定の値(例えば \(y=0\) や \(v_x=0\))になる、という数式上の条件に変換して解を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
小球にはたらく力は重力 \(mg\) のみで、これは常に鉛直下向きです。この重力ベクトルを、問題で設定された「斜面に平行なx軸」と「斜面に垂直なy軸」の2つの方向に分解します。角度 \(\theta\) を用いた三角比の適用が鍵となります。
この設問における重要なポイント
- 重力ベクトルと、傾いた座標軸がなす角度を正確に図から読み取ること。
- 各成分が、設定されたx軸、y軸の正の向きに対してどちらの向きになるかを考え、符号(プラスかマイナスか)を正しく決定すること。
具体的な解説と立式
重力 \(mg\) は鉛直下向きにはたらきます。このベクトルを、斜面に平行なx軸方向と、斜面に垂直なy軸方向に分解します。図を描いて考えると、重力ベクトルとy軸の負の向きがなす角は \(\theta\) になります。
- x成分 \(W_x\): 重力の、斜面に平行な成分です。大きさは \(mg\sin\theta\) で、向きはx軸の負の向きとなるため、マイナスの符号がつきます。
- y成分 \(W_y\): 重力の、斜面に垂直な成分です。大きさは \(mg\cos\theta\) で、向きはy軸の負の向きとなるため、マイナスの符号がつきます。
したがって、求める力の成分はそれぞれ \(W_x = -mg\sin\theta\)、\(W_y = -mg\cos\theta\) と立式できます。
使用した物理公式
- 力のベクトル分解(三角比)
本問は力の成分を求めるのみであり、具体的な数値計算はありません。立式がそのまま解答となります。
真下に働く重力 \(mg\) を、斜めの床(x軸)と、その床に垂直な壁(y軸)の方向に「分身」させるイメージです。分身させた力がそれぞれx成分、y成分になります。図を描いて角度の関係を見つけると、x方向には \(mg\sin\theta\)、y方向には \(mg\cos\theta\) の大きさの力が働くことがわかります。どちらも軸の負の向きなので、マイナスをつけます。
重力のx成分は \(-mg\sin\theta\)、y成分は \(-mg\cos\theta\) となります。
もし斜面が水平になった場合 (\(\theta=0\)) を考えると、\(W_x=0\), \(W_y=-mg\) となります。これは、力が水平方向にはなく、垂直下向き(この座標系ではy軸負の向き)に重力がそのままかかる状態と一致するため、妥当な結果だと言えます。
問(2)
思考の道筋とポイント
x, y各方向の運動は、それぞれ一定の加速度を持つ「等加速度直線運動」です。したがって、公式 \(v = v_0 + at\) を各成分に適用すれば、時刻 \(t\) での速度を求めることができます。そのためには、まず「初速度の各成分」と「加速度の各成分」を求める必要があります。
この設問における重要なポイント
- 加速度の成分:運動方程式 \(ma=F\) を用いて、(1)で求めた力の成分から加速度の成分を求めます。
- 初速度の成分:初速度 \(v_0\) を、x軸(斜面方向)とy軸(垂直方向)に分解します。角度は \(\alpha\) であることに注意します。
具体的な解説と立式
- 加速度の成分を求める:
運動方程式 \(m\vec{a} = \vec{F}\) をx成分、y成分に適用します。- x成分: \(ma_x = W_x = -mg\sin\theta\)。よって、\(a_x = -g\sin\theta\) となります。
- y成分: \(ma_y = W_y = -mg\cos\theta\)。よって、\(a_y = -g\cos\theta\) となります。
- 初速度の成分を求める:
初速度 \(\vec{v}_0\) は、x軸から角度 \(\alpha\) の向きなので、- x成分: \(v_{0x} = v_0\cos\alpha\)
- y成分: \(v_{0y} = v_0\sin\alpha\)
- 速度の式を立てる:
等加速度直線運動の公式 \(v(t) = v_{\text{initial}} + at\) を各成分に適用します。
$$v_x(t) = v_{0x} + a_x t$$ $$v_y(t) = v_{0y} + a_y t$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- ベクトルの成分分解
- 等加速度直線運動の速度公式: \(v = v_0 + at\)
上で立式した速度の式に、求めた初速度と加速度の各成分を代入します。
$$v_x(t) = v_0\cos\alpha + (-g\sin\theta)t = v_0\cos\alpha – gt\sin\theta$$
$$v_y(t) = v_0\sin\alpha + (-g\cos\theta)t = v_0\sin\alpha – gt\cos\theta$$
車のアクセルとブレーキのように、速度は「最初の速度」に「加速度による速度の変化」を足し合わせたものです。今回はx方向(斜面を駆け上がる向き)とy方向(斜面から飛び出す向き)の両方に、それぞれ重力によるブレーキ(負の加速度)がかかります。それぞれの方向について、「最初の速度」と「ブレーキのかかり具合(加速度)」を計算し、公式に当てはめます。
速度のx成分は \(v_x = v_0\cos\alpha – gt\sin\theta\)、y成分は \(v_y = v_0\sin\alpha – gt\cos\theta\) です。
どちらの成分も、初速度の成分から、時間 \(t\) と加速度の成分を掛け合わせた分だけ変化しており、等加速度直線運動の速度の式として正しい形になっています。
問(3)
思考の道筋とポイント
問(2)と同様に、x, y各方向は等加速度直線運動です。したがって、位置を求める公式 \(s = v_0 t + \frac{1}{2}at^2\) を各成分に適用します。(2)で求めた初速度と加速度の成分をそのまま利用します。
この設問における重要なポイント
- 小球は原点Oから投射されるので、初期位置は \(x(0)=0\), \(y(0)=0\) であること。
- 等加速度直線運動の位置の公式を正しく使えること。
具体的な解説と立式
等加速度直線運動の位置の公式 \(s(t) = s_0 + v_0 t + \frac{1}{2}at^2\) をx, yの各成分に適用します。初期位置は \((x_0, y_0) = (0, 0)\) です。
- x座標:
$$x(t) = v_{0x}t + \frac{1}{2}a_x t^2$$ - y座標:
$$y(t) = v_{0y}t + \frac{1}{2}a_y t^2$$
これらの式に、問(2)で整理した初速度と加速度の成分を代入します。
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の位置の公式: \(s = v_0 t + \displaystyle\frac{1}{2}at^2\)
各成分の式に、\(v_{0x}, v_{0y}, a_x, a_y\) を代入します。
$$x(t) = (v_0\cos\alpha)t + \frac{1}{2}(-g\sin\theta)t^2 = v_0t\cos\alpha – \frac{1}{2}gt^2\sin\theta$$
$$y(t) = (v_0\sin\alpha)t + \frac{1}{2}(-g\cos\theta)t^2 = v_0t\sin\alpha – \frac{1}{2}gt^2\cos\theta$$
物体の位置は、「もし初速度のまま進み続けたらどこにいるか」という位置と、「加速度によってどれだけズレるか」という位置の合計で決まります。問(2)で準備した各方向の初速度と加速度を使って、位置を求める公式に当てはめることで、x座標とy座標がそれぞれ計算できます。
x座標は \(x = v_0t\cos\alpha – \frac{1}{2}gt^2\sin\theta\)、y座標は \(y = v_0t\sin\alpha – \frac{1}{2}gt^2\cos\theta\) です。
こちらも、初速度による項と加速度による項で構成されており、等加速度直線運動の公式として正しい形になっています。
問(4)
解法1:衝突点の座標条件から求める
思考の道筋とポイント
「斜面と衝突する」という事象を、座標を用いて表現します。この問題で設定した座標系では、斜面上の点はすべてy座標が0です。したがって、衝突時刻 \(t_0\) は、y座標の式 \(y(t)\) が0になる時刻(ただし \(t_0 > 0\))として求めることができます。
この設問における重要なポイント
- 「斜面との衝突」が「\(y=0\)」と翻訳できること。
- 得られる2次方程式の解のうち、\(t=0\)(投射時)ではない方の解を求めること。
具体的な解説と立式
衝突時刻を \(t_0\) とします。このとき、小球のy座標は0になるので、(3)で求めたy座標の式を用いて、
$$y(t_0) = v_0t_0\sin\alpha – \frac{1}{2}gt_0^2\cos\theta = 0$$
この \(t_0\) に関する2次方程式を解きます。
使用した物理公式
- 問(3)で求めたy座標の式
$$v_0t_0\sin\alpha – \frac{1}{2}gt_0^2\cos\theta = 0$$\(t_0\) で因数分解します。$$t_0 \left( v_0\sin\alpha – \frac{1}{2}gt_0\cos\theta \right) = 0$$\(t_0 > 0\) なので、求める衝突時刻は括弧の中が0になるときです。$$v_0\sin\alpha – \frac{1}{2}gt_0\cos\theta = 0$$
$$t_0 = \frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}$$
小球が斜面に戻ってくる(衝突する)ということは、斜面からの高さ(y座標)が再びゼロになるということです。(3)で求めたy座標の式がゼロになるような時刻を計算します。答えは2つ出てきますが、\(t=0\) は投げた瞬間なので、もう一方のゼロではない方の答えが求める時間です。
別解:運動の対称性を利用する
思考の道筋とポイント
y方向の運動は、初速度 \(v_{0y}\) で打ち上げられ、一定の加速度 \(a_y\) で減速・加速する運動です。このような放物運動では、最高点(y座標が最大になる点)に達するまでの時間と、そこから元の高さ(\(y=0\))に戻ってくるまでの時間は同じです。この対称性を利用します。
具体的な解説と立式
- 最高点に達する時刻 \(t_1\) を求める:
y座標が最大になるとき、y方向の速度 \(v_y\) は0になります。(2)で求めた \(v_y(t)\) の式を使い、
$$v_y(t_1) = v_0\sin\alpha – gt_1\cos\theta = 0$$
この式から \(t_1\) を求めます。 - 衝突時刻 \(t_0\) を求める:
運動の対称性から、衝突時刻 \(t_0\) は最高点到達時刻 \(t_1\) の2倍になります。
$$t_0 = 2t_1$$
使用した物理公式
- 問(2)のy成分の速度の式
- 放物運動の対称性
まず、\(v_y(t_1)=0\) の式を \(t_1\) について解きます。
$$v_0\sin\alpha – gt_1\cos\theta = 0$$
$$gt_1\cos\theta = v_0\sin\alpha$$
$$t_1 = \frac{v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}$$
衝突時刻 \(t_0\) はこの2倍なので、
$$t_0 = 2t_1 = \frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}$$
斜面から垂直な方向に注目すると、ボールは飛び上がって、また同じ高さに戻ってくる運動をしています。一番高い場所に到達するまでの時間と、そこから元の高さに戻ってくるまでの時間は同じはずです。なので、「一番高い場所(y方向の速度が0)に着くまでの時間」を計算して、それを単純に2倍すれば、衝突するまでの時間が求められます。
小球が斜面と衝突する時刻は \(t_0 = \displaystyle\frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}\) です。
y方向の初速度 \(v_0\sin\alpha\) が大きいほど滞空時間が長くなること、y方向の重力加速度の大きさ \(g\cos\theta\) が大きいほど滞空時間が短くなること、いずれも物理的な直感と一致しており、妥当な結果です。
問(5)
思考の道筋とポイント
原点Oからの距離 \(l\) は、衝突時刻 \(t_0\) におけるx座標の値に等しいです(x軸は斜面に沿って定義されているため)。したがって、(3)で求めたx座標の式に、(4)で求めた衝突時刻 \(t_0\) を代入して計算します。計算過程は複雑ですが、三角関数の加法定理などを用いて整理します。
この設問における重要なポイント
- 到達距離 \(l\) が \(x(t_0)\) と等しいことを理解すること。
- 複雑な文字式の代入と整理を、正確に行う計算力。
- 三角関数の加法定理 \(\cos(\theta+\alpha) = \cos\theta\cos\alpha – \sin\theta\sin\alpha\) を利用すること。
具体的な解説と立式
距離 \(l\) は、時刻 \(t_0\) におけるx座標なので、(3)の式から、
$$l = x(t_0) = v_0t_0\cos\alpha – \frac{1}{2}gt_0^2\sin\theta$$
この式に、(4)で求めた \(t_0 = \displaystyle\frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}\) を代入して計算を進めます。
使用した物理公式
- 問(3)のx座標の式、問(4)の衝突時刻の式
- 三角関数の加法定理: \(\cos(A+B) = \cos A\cos B – \sin A\sin B\)
\(l\) の式に \(t_0\) を代入します。
$$l = v_0\cos\alpha \left(\frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}\right) – \frac{1}{2}g\sin\theta \left(\frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}\right)^2$$
$$l = \frac{2v_0^2\sin\alpha\cos\alpha}{g\cos\theta} – \frac{1}{2}g\sin\theta \left(\frac{4v_0^2\sin^2\alpha}{g^2\cos^2\theta}\right)$$
$$l = \frac{2v_0^2\sin\alpha\cos\alpha}{g\cos\theta} – \frac{2v_0^2\sin^2\alpha\sin\theta}{g\cos^2\theta}$$
共通因数 \(\displaystyle\frac{2v_0^2\sin\alpha}{g\cos^2\theta}\) でくくります。
$$l = \frac{2v_0^2\sin\alpha}{g\cos^2\theta} (\cos\alpha\cos\theta – \sin\alpha\sin\theta)$$
括弧の中は、コサインの加法定理 \(\cos(\alpha+\theta)\) そのものです。
$$l = \frac{2v_0^2\sin\alpha\cos(\alpha+\theta)}{g\cos^2\theta}$$
(4)で「衝突するまでの時間」がわかったので、あとは「その時間でx方向にどれだけ進んだか」を計算するだけです。(3)で作ったx座標の式に、(4)の答えを代入します。計算は少し大変ですが、共通な部分でまとめたり、数学で習った三角関数の公式(加法定理)を使ったりすると、きれいな形に整理できます。
到達距離 \(l\) は、\(l = \displaystyle\frac{2v_0^2\sin\alpha\cos(\alpha+\theta)}{g\cos^2\theta}\) です。
式の次元(単位)を確認すると、分子が(速度)^2、分母が(加速度)なので、(m/s)^2 / (m/s^2) = m となり、距離の単位として正しいことがわかります。
問(6)
思考の道筋とポイント
(5)で求めた距離 \(l\) の式は、投射角 \(\alpha\) の関数になっています。この関数 \(l(\alpha)\) が最大値をとるような \(\alpha\) の値を求めます。式をよく見ると \(\sin\alpha\) と \(\cos(\theta+\alpha)\) の積の形をしています。三角関数の「積和の公式」を用いて、和の形に直すことで、最大値を議論しやすくなります。
この設問における重要なポイント
- 距離 \(l\) の式のうち、変数は \(\alpha\) のみであると見抜くこと。
- 三角関数の積和の公式を適用して、最大値問題を単純な \(\sin\) の最大値問題に帰着させること。
具体的な解説と立式
(5)で求めた \(l\) の式は、定数部分と \(\alpha\) の関数部分に分けられます。
$$l = \frac{2v_0^2}{g\cos^2\theta} \cdot \sin\alpha \cos(\theta+\alpha)$$
\(l\) が最大になるのは、\(\alpha\) を含む部分 \(f(\alpha) = \sin\alpha \cos(\theta+\alpha)\) が最大になるときです。
三角関数の積和の公式 \(\sin A \cos B = \frac{1}{2}\{\sin(A+B) + \sin(A-B)\}\) を用いて、\(f(\alpha)\) を変形します。ここで \(A=\alpha\), \(B=\theta+\alpha\) と考えます。
$$f(\alpha) = \frac{1}{2}\{\sin(\alpha + (\theta+\alpha)) + \sin(\alpha – (\theta+\alpha))\}$$
この式を整理し、最大値をとる条件を考えます。
使用した物理公式
- 三角関数の積和の公式: \(\sin A \cos B = \frac{1}{2}\{\sin(A+B) + \sin(A-B)\}\)
積和の公式を適用して変形します。
$$f(\alpha) = \frac{1}{2}\{\sin(2\alpha+\theta) + \sin(-\theta)\} = \frac{1}{2}\{\sin(2\alpha+\theta) – \sin\theta\}$$
\(l\) の式に戻すと、
$$l = \frac{v_0^2}{g\cos^2\theta}\{\sin(2\alpha+\theta) – \sin\theta\}$$
この式で、\(v_0, g, \theta\) は定数です。したがって、\(l\) が最大になるのは、\(\sin(2\alpha+\theta)\) が最大値である \(1\) をとるときです。
$$\sin(2\alpha+\theta) = 1$$
問題の条件 \(0 < \theta+\alpha < \pi/2\) から、\(2\alpha+\theta\) は \(\pi\) より小さい範囲にあるため、この範囲で \(\sin\) が1になるのは、
$$2\alpha+\theta = \frac{\pi}{2}$$
これを \(\alpha\) について解くと、
$$\alpha = \frac{\pi}{4} – \frac{\theta}{2}$$
どの角度で投げれば一番遠くまで飛ぶか、という問題です。(5)で求めた飛距離の式は複雑ですが、角度 \(\alpha\) が関わる部分は \(\sin\alpha\cos(\theta+\alpha)\) だけです。この部分が一番大きくなるときを数学のテクニック(積和の公式)を使って探します。公式で変形すると、式の中に \(\sin(2\alpha+\theta)\) という項が出てきます。サイン(\(\sin\))が一番大きくなるのは、中身の角度が \(90^\circ\) (\(\pi/2\)) のときで、その値は1です。この条件から \(\alpha\) を逆算します。
距離lが最大となる角度は \(\alpha = \displaystyle\frac{\pi}{4} – \frac{\theta}{2}\) です。
これは、水平な地面への斜方投射で到達距離が最大になるのが45°であることの、斜面バージョンと考えることができます。もし斜面がなければ \(\theta=0\) であり、そのとき \(\alpha=\pi/4 = 45^\circ\) となり、よく知られた結果と一致します。
問(7), (8)
思考の道筋とポイント
(7) 角度の関係式: 「斜面に対して垂直に衝突する」という条件を、速度の成分を用いて表現します。この座標系では、y軸が斜面に垂直な方向なので、衝突時の速度ベクトルがy軸の負の方向を向けばよい、ということになります。これは、衝突時刻 \(t_0\) において、速度のx成分 \(v_x\) が0になることを意味します。
(8) 衝突時の速さ: この垂直衝突の状況で、衝突直前の速さを求めます。このとき、速度のx成分は0なので、速さはy成分の速度の絶対値に等しくなります。(7)で求めた角度の関係式を使い、答えから \(\alpha\) を消去して \(\theta\) だけで表すのがゴールです。
この設問における重要なポイント
- 「垂直衝突」 \(\Leftrightarrow\) 「衝突時のx成分の速度が0 (\(v_x(t_0)=0\))」という条件変換ができること。
- 衝突時の速さが \(|v_y(t_0)|\) となること。
- (7)で求めた \(\alpha, \theta\) の関係式を、(8)で \(\alpha\) を消去するために利用する代数的な連立処理。
具体的な解説と立式
- (7) 角度の関係式
衝突時刻 \(t_0\) において \(v_x(t_0) = 0\) となるのが条件です。(2)と(4)の結果を用います。
$$v_x(t_0) = v_0\cos\alpha – gt_0\sin\theta = 0$$
この式に、(4)で求めた衝突時刻 \(t_0 = \displaystyle\frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}\) を代入し、角度 \(\alpha\) と \(\theta\) の関係を導きます。 - (8) 衝突時の速さ
速さ \(v_1\) は \(v_1 = |v_y(t_0)|\) であり、(2)と(4)の結果から、
$$v_y(t_0) = v_0\sin\alpha – g\cos\theta \cdot t_0$$
と立式できます。この式から得られる \(v_1\) を、(7)の結果を用いて \(\theta\) だけで表します。
使用した物理公式
- 問(2), (4)の速度と時間の式
- 三角関数の公式: \(1+\tan^2\alpha = 1/\cos^2\alpha\), \(\sin^2\alpha+\cos^2\alpha=1\)
- (7) の計算
\(v_x(t_0)=0\) の式に \(t_0\) を代入します。
$$v_0\cos\alpha – g\sin\theta \left(\frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}\right) = 0$$
\(v_0\) で両辺を割り、整理します。
$$\cos\alpha = \frac{2g\sin\theta\sin\alpha}{g\cos\theta} = 2\tan\theta\sin\alpha$$
$$\cos\alpha\cos\theta = 2\sin\alpha\sin\theta$$
両辺を \(\cos\alpha\cos\theta\) で割ると、
$$1 = 2 \frac{\sin\alpha}{\cos\alpha} \frac{\sin\theta}{\cos\theta} = 2\tan\alpha\tan\theta$$
よって、関係式は \(\tan\alpha\tan\theta = \displaystyle\frac{1}{2}\) となります。 - (8) の計算
まず \(v_y(t_0)\) を計算します。
$$v_y(t_0) = v_0\sin\alpha – g\cos\theta \left(\frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos\theta}\right) = v_0\sin\alpha – 2v_0\sin\alpha = -v_0\sin\alpha$$
よって速さは \(v_1 = |-v_0\sin\alpha| = v_0\sin\alpha\) です。
次に、(7)の関係式から \(\sin\alpha\) を求めます。
\(\tan\alpha = \displaystyle\frac{1}{2\tan\theta}\) の両辺を2乗すると \(\tan^2\alpha = \displaystyle\frac{1}{4\tan^2\theta}\)。
公式 \(1+\tan^2\alpha = \displaystyle\frac{1}{\cos^2\alpha}\) より、
$$\frac{1}{\cos^2\alpha} = 1 + \frac{1}{4\tan^2\theta} = \frac{4\tan^2\theta+1}{4\tan^2\theta}$$
公式 \(\sin^2\alpha = 1 – \cos^2\alpha\) より、
$$\sin^2\alpha = 1 – \frac{4\tan^2\theta}{4\tan^2\theta+1} = \frac{1}{4\tan^2\theta+1}$$
\(0 < \alpha < \pi/2\) より \(\sin\alpha > 0\) なので、
$$\sin\alpha = \frac{1}{\sqrt{1+4\tan^2\theta}}$$
これを \(v_1\) の式に代入して、
$$v_1 = \frac{v_0}{\sqrt{1+4\tan^2\theta}}$$
(7)の関係式は \(\tan\alpha\tan\theta = \displaystyle\frac{1}{2}\)。(8)の速さは \(\displaystyle\frac{v_0}{\sqrt{1+4\tan^2\theta}}\) となります。
(7)は角度に関する条件、(8)は初速 \(v_0\) と斜面の角度 \(\theta\) だけで決まる速さを表しており、一連の計算として整合性が取れています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 傾いた座標系における運動の分解
- 核心:この問題の最大のポイントは、地面に水平・鉛直な座標系ではなく、斜面に沿った(傾いた)座標系で運動を考える点にあります。この「見方」を変えることで、一見複雑な運動が、各軸方向の単純な「等加速度直線運動」として扱えるようになります。
- 理解のポイント:
- 重力加速度の分解:この問題の出発点です。常に鉛直下向きにはたらく重力加速度 \(\vec{g}\) を、傾いたx軸、y軸方向に分解することが不可欠です。これにより、各軸方向の加速度 \(a_x = -g\sin\theta\) と \(a_y = -g\cos\theta\) が求まります。
- 初速度の分解:同様に、初速度 \(\vec{v}_0\) も、この傾いた座標系のx, y成分(\(v_{0x} = v_0\cos\alpha\), \(v_{0y} = v_0\sin\alpha\))に分解します。
- 等加速度運動公式の適用:上記2つの分解が完了すれば、あとはx方向、y方向それぞれに、見慣れた等加速度直線運動の公式(\(v = v_0+at\), \(s = v_0t + \frac{1}{2}at^2\))を適用するだけです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン
- 斜面上のばね振り子:おもりの運動を、斜面に平行な方向と垂直な方向に分解して考えると同じアプローチが使えます。
- 円錐振り子や、カーブを曲がる自動車:円運動を水平面でなく、斜め上から見るような問題では、力を適切に分解して考える必要があります。
- 要するに、「運動が平面上だが、主たる力が座標軸に対して斜めを向いている」あらゆる問題で、座標系を適切に設定し、力を分解するという考え方が有効です。
- 初見の問題での着眼点
- 座標系の選択:まず、どの向きに座標軸を取れば運動の記述が最も簡単になるかを見極めます。斜面上の運動では、斜面に沿った座標系を取るのが定石です。
- 全ベクトルの成分分解:座標系を決めたら、問題に登場するすべてのベクトル量(初速度、力、加速度)を、その座標系の成分に分解する作業を徹底します。これを図示することが不可欠です。
- 物理条件の数式化:「斜面に衝突する \(\rightarrow y=0\)」「垂直に衝突する \(\rightarrow v_x=0\)」「y方向の最高点 \(\rightarrow v_y=0\)」のように、問題文のキーワードを、座標や速度の成分を用いた数式条件に「翻訳」する能力が問われます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 重力加速度の分解ミス
- 誤解:重力の斜面平行成分と垂直成分で、\(\sin\theta\) と \(\cos\theta\) を取り違える。
- 対策:毎回必ず図を描き、重力 \(mg\)(鉛直下向き)と座標軸の関係を確認する癖をつけましょう。傾斜角 \(\theta\) は、「鉛直線」と「斜面に垂直なy軸」との間にも現れます。これを元に、「\(\theta\) と向かい合う辺がx成分 (\(\sin\theta\))」「\(\theta\) を挟む辺がy成分 (\(\cos\theta\))」と覚えれば間違いません。
- 加速度の符号ミス
- 誤解:(1)で求めた力の成分のマイナス符号を、(2)以降の加速度の計算で見落とす。
- 対策:座標軸の正の向きを最初に明確に定義し、各ベクトル成分がその向きと同じか逆かを常に確認します。今回はx, yともに、加速度は軸の負の向きなので、両方ともマイナスがつきます。
- 水平投射の公式の誤用
- 誤解:普段の水平投射と同じ感覚で、y方向の加速度を \(-g\) だと思ってしまう。
- 対策:この問題は「斜めの世界」での投射です。y方向の加速度は、重力の一成分である \(-g\cos\theta\) になります。安易な公式の暗記ではなく、その都度、座標系に合わせて加速度を導出する基本動作が重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 「傾いた世界」のイメージ
- 自分が斜面に立って、この小球の運動を観察していると想像してみましょう。あなたにとっての「真上」はy軸方向、「前方」はx軸方向です。この世界では、重力が「真下(y軸負方向)」だけでなく、「後ろ(x軸負方向)」にも引っ張ってくるように感じられます。この「後ろ向きに常に引かれる力」が \(a_x = -g\sin\theta\) の効果です。このため、x方向も単なる等速運動ではなく、減速していくのです。
- y方向の運動の対称性
- y方向の運動だけを取り出して見ると、初速度 \(v_0\sin\alpha\) で「打ち上げ」られ、一定の加速度 \(-g\cos\theta\) で減速し、最高点で \(v_y=0\) となり、再び加速して \(y=0\) に戻ってくる、という完全な「鉛直投げ上げ」と同じ構造をしています。この運動の対称性を理解していると、(4)の別解のように「最高点までの時間の2倍が滞空時間」という発想が自然に生まれます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 等加速度直線運動の公式群
- 選定理由:問題の冒頭で、運動をx, yの各成分に分解した結果、両方向とも加速度が一定(\(a_x=-g\sin\theta\), \(a_y=-g\cos\theta\))になることが分かったからです。
- 適用根拠:加速度が時間によらず一定である運動は、すべてこれらの公式で速度と位置を記述できます。この問題は、2つの独立した等加速度直線運動の組み合わせとしてモデル化できる、という物理的判断が根拠となります。
- 三角関数の各種公式(加法定理、積和の公式など)
- 選定理由:これらは物理法則ではなく、複雑な物理の数式を、分析や解釈がしやすい形に変形するための「数学的な道具」です。
- 適用根拠:(5)では、\(\cos\alpha\cos\theta-\sin\alpha\sin\theta\) という形が出てきたため、これを \(\cos(\alpha+\theta)\) にまとめる加法定理が有効です。(6)では、\(\alpha\) の関数を最大化するために、積の形 \(\sin\alpha\cos(\dots)\) を和の形に変える積和の公式が選ばれました。目的(式の単純化、最大値の導出)に応じて最適な道具を選択する能力が問われます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【準備段階】座標系に合わせた物理量の分解
- 重力加速度 \(\vec{g}\) を分解 → \(a_x, a_y\) を確定【問1】
- 初速度 \(\vec{v}_0\) を分解 → \(v_{0x}, v_{0y}\) を確定
- 【運動の記述】等加速度運動の公式を適用
- \(v=v_0+at\) を各成分に適用 → \(v_x(t), v_y(t)\) を導出【問2】
- \(s=v_0t+\frac{1}{2}at^2\) を各成分に適用 → \(x(t), y(t)\) を導出【問3】
- 【条件の適用】各設問を解く
- 衝突時刻: \(y(t_0)=0\) を解く【問4】
- 到達距離: \(l = x(t_0)\) に代入して計算【問5】
- 最大距離: \(l(\alpha)\) の式を三角関数の公式で変形し、最大値条件を求める【問6】
- 垂直衝突: \(v_x(t_0)=0\) を解き、角度の関係式を導く【問7】
- 衝突速度: \(v_1=|v_y(t_0)|\) を計算し、(7)の関係式で \(\alpha\) を消去する【問8】
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 最初の分解を絶対に間違えない
- 特に注意すべき点:(1)の重力加速度の分解は、この問題のすべての計算の基礎です。ここで \(\sin\) と \(\cos\) を間違えると、以降の設問はすべて不正解となります。
- 日頃の練習:斜面の問題が出てきたら、何も考えずにまず力を分解する図を描く、というルーティンを体に染み込ませましょう。
- 複雑な代入計算は段階的に
- 特に注意すべき点:(5)の到達距離の計算のように、分数や三角関数を含む複雑な式を代入する際は、一気に行おうとすると間違いのもとです。
- 日頃の練習:まず代入しただけの式を書き、次の行で共通因数でくくり、さらに次の行で括弧の中を整理する、といったように、焦らず段階的に計算を進めることで、ミスを減らし、途中計算の検算もしやすくなります。
- 三角関数の計算に習熟する
- 特に注意すべき点:(8)の \(\tan\alpha\) から \(\sin\alpha\) を求める計算は、複数の公式を組み合わせる必要があり、間違いやすいポイントです。
- 日頃の練習:「\(\tan \rightarrow \sec \rightarrow \cos \rightarrow \sin\)」のように、\(1+\tan^2\theta=1/\cos^2\theta\) と \(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) を使って自在に変換できるよう、計算練習を積んでおきましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 極端な場合(特殊なケース)を代入してみる
- 吟味の視点:もし斜面がなければ(\(\theta=0\))、この問題は通常の斜方投射になるはずです。そこで、導出した式に \(\theta=0\) を代入してみます。
- (4)衝突時刻: \(t_0 = \frac{2v_0\sin\alpha}{g\cos 0} = \frac{2v_0\sin\alpha}{g}\)。これは水平面への斜方投射の滞空時間の公式と一致します。
- (5)到達距離: \(l = \frac{2v_0^2\sin\alpha\cos(\alpha+0)}{g\cos^2 0} = \frac{2v_0^2\sin\alpha\cos\alpha}{g} = \frac{v_0^2\sin(2\alpha)}{g}\)。これは水平到達距離の公式と一致します。
このように、よく知っている簡単なケースと結果が一致することを確認するのは、非常に有効な検算方法です。
- 吟味の視点:もし斜面がなければ(\(\theta=0\))、この問題は通常の斜方投射になるはずです。そこで、導出した式に \(\theta=0\) を代入してみます。
- 物理的な直感と照らし合わせる
- 吟味の視点:(7)で垂直に衝突する条件は \(\tan\alpha\tan\theta = 1/2\) でした。もし斜面が非常に急(\(\theta\) が \(90^\circ\) に近い)なら、\(\tan\theta\) は非常に大きくなります。このとき、式を満たすには \(\tan\alpha\) は非常に小さく、つまり \(\alpha\) は0に近くなる必要があります。これは、「非常に急な壁に垂直に当てるには、ほとんど壁に沿って真上に投げなければならない」という直感と一致します。
問題07 (上智大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、斜面をのぼる小球の運動を扱っていますが、単なる斜方投射ではなく、3次元的な動きを2つの方向(x軸方向と、斜面に沿ったy’軸方向)に分解して考える、非常に思考力を要する問題です。小球が面から離れないという条件の下で、運動がどのように記述され、どのような条件で上面に到達できるかを分析します。
- 構造: 高さ\(h\)の水平な上面と下面が、傾斜角\(\phi\)のなめらかな斜面で繋がっている。
- 座標系: 下面の端にx軸(水平)、y軸(水平)が、斜面上にはy’軸が設定されている。
- 初期条件: 下面上で、y軸から角度\(\theta_1\)の向きに、速さ\(v\)で小球を走らせる。
- 物理条件: 摩擦、空気抵抗はなし。重力加速度は\(g\)。小球は面から飛び上がらない。
- (1) 斜面をのぼる運動の分析
- ア, イ: x軸方向とy’軸方向の運動の種類。
- ウ, エ, オ: 上面に到達したときの速度のx, y成分と、斜面をのぼるのにかかる時間。
- カ: 上面と下面での進行方向の角度の関係式。
- (2) 上面に到達する条件と時間
- キ: 上面に到達できなくなる限界の角度 \(\theta_c\) が満たす条件。
- ク: 上面に到達できずに下面に戻ってくるまでにかかる時間。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この一見複雑に見える3次元的な運動は、運動を適切に分解することで、2つの独立した1次元の運動としてシンプルに捉えることができます。
この問題の座標系は巧妙に設定されており、この座標系に沿って考えるのが攻略の鍵です。
- 運動の分解: 小球が斜面上にあるときの運動を、x軸方向とy’軸方向に分解します。
- 各方向での立式: 分解した各方向の運動が「等速」なのか「等加速度」なのかを判断し、それぞれの運動法則に従って、速度や位置を求める式を立てます。
- 条件の適用: 「上面に到達する」「下面に戻る」といった物理的な条件を、座標や速度を用いた数式に変換し、連立方程式を解いて未知数を求めます。
ア, イ
思考の道筋とポイント
小球が斜面上にあるときに、x軸方向とy’軸方向にそれぞれどのような力がはたらくかを考えます。力がはたらかなければ「等速度運動」、一定の力がはたらき続ければ「等加速度運動」です。力の分析には、重力と、斜面からの垂直抗力の2つを考慮する必要があります。
この設問における重要なポイント
- 小球にはたらく力は「重力」と「垂直抗力」のみ。
- x軸は斜面に平行かつ水平な方向です。重力(鉛直下向き)も垂直抗力(斜面に垂直)も、x軸方向の成分を持ちません。
- y’軸は斜面をのぼる方向です。重力はこの方向に成分を持ちます。
具体的な解説と立式
- ア(x軸方向):
x軸方向には、重力も垂直抗力も成分を持たないため、小球には力がはたらきません。したがって、運動方程式(\(ma_x=0\))より加速度は0です。よって、x軸方向の運動は等速度運動となります。 - イ(y’軸方向):
y’軸方向には、重力の斜面成分がはたらきます。その力の大きさは \(mg\sin\phi\) で、向きはy’軸の負の向きです。この力は運動中常に一定なので、運動方程式(\(ma_{y’} = -mg\sin\phi\))より、加速度は \(a_{y’} = -g\sin\phi\) で一定となります。よって、y’軸方向の運動は等加速度運動となります。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 力の分解
- x方向の合力 \(F_x = 0\)。よって \(a_x = 0\)。加速度0なので等速度運動。 (選択肢 ①)
- y’方向の合力 \(F_{y’} = -mg\sin\phi\)。よって \(ma_{y’} = -mg\sin\phi\)。加速度 \(a_{y’} = -g\sin\phi\) の等加速度運動。 (選択肢 ②)
斜面をのぼるボールの動きを、真横(x方向)と斜め上(y’方向)に分けて考えます。真横(x方向)には、ボールを押したり引いたりする力は何もありません。なので、最初の横向きのスピードのまま進み続けます(等速度運動)。一方、斜め上(y’方向)には、常に重力が「坂を滑り落ちろ」と引っ張り続けています。この力は一定なので、ボールは一定の割合でブレーキがかかる運動(等加速度運動)をします。
アは「① 等速度運動」、イは「② 加速度 \(a=-g\sin\phi\) の等加速度運動」が正解です。これは、斜面上の物体の運動を分析する際の基本的な考え方です。
ウ, エ, オ
思考の道筋とポイント
ウ (速度のx成分): アで結論付けた通り、x方向は等速度運動です。したがって、速度のx成分は最初から最後まで変化しません。
エ (速度のy成分): y’方向は等加速度運動です。上面に到達したときのy’方向の速度を求めるには、等加速度運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) が有効です。この公式を使うために、初速度のy’成分と、斜面をのぼる距離を求める必要があります。別解として、力学的エネルギー保存則も利用できます。
オ (所要時間): y’方向の初速度と、(エ)で求めた最終速度、そして加速度がわかっているので、等加速度運動の公式 \(v = v_0 + at\) を使って時間を逆算できます。
この設問における重要なポイント
- 初速度の分解: 下面での速さ \(v\) を、x成分とy成分に分解します。y軸から角度 \(\theta_1\) なので、\(v_x = v\sin\theta_1\), \(v_y = v\cos\theta_1\) となります。このy成分が、斜面をのぼり始める瞬間のy’方向の初速度になります。
- 斜面の長さ: 斜面をのぼりきることで、高さが \(h\) だけ変化します。斜面の傾斜角が \(\phi\) なので、斜面に沿った距離 \(l’\) は \(l’ = h/\sin\phi\) となります。
具体的な解説と立式
- ウ (速度のx成分):
x方向は等速度運動なので、速度は常に一定です。初速度のx成分は \(v_x = v\sin\theta_1\) なので、上面到達時もこの値のままです。 - エ (速度のy成分):
上面到達時のy’方向の速度を \(v_{y’}\) とします。等加速度運動の公式 \(v^2-v_0^2 = 2ax\) をy’方向に適用します。- 初速度: \(v_{0y’} = v\cos\theta_1\)
- 加速度: \(a_{y’} = -g\sin\phi\)
- 距離: \(x = l’ = h/\sin\phi\)
$$v_{y’}^2 – (v\cos\theta_1)^2 = 2(-g\sin\phi)\left(\frac{h}{\sin\phi}\right)$$
この式を \(v_{y’}\) について解きます。 - オ (所要時間):
等加速度運動の公式 \(v=v_0+at\) をy’方向に適用します。求める時間を \(t\) とすると、
$$v_{y’} = v_{0y’} + a_{y’}t$$
この式に、上で求めた各値を代入し、\(t\) について解きます。
使用した物理公式
- ベクトルの成分分解
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\), \(v = v_0 + at\)
- 三角比: \(h = l’\sin\phi\)
- ウ: 初速度のx成分から、\(v\sin\theta_1\) となります。
- エ:
$$v_{y’}^2 – v^2\cos^2\theta_1 = -2gh$$ $$v_{y’}^2 = v^2\cos^2\theta_1 – 2gh$$
小球が上面に到達できる条件なので根号の中は正であり、
$$v_{y’} = \sqrt{v^2\cos^2\theta_1 – 2gh}$$
上面での速度のy成分はこれに等しいです。 - オ:
$$\sqrt{v^2\cos^2\theta_1 – 2gh} = v\cos\theta_1 + (-g\sin\phi)t$$ $$gt\sin\phi = v\cos\theta_1 – \sqrt{v^2\cos^2\theta_1 – 2gh}$$ $$t = \frac{v\cos\theta_1 – \sqrt{v^2\cos^2\theta_1 – 2gh}}{g\sin\phi}$$
別解 (エについて):力学的エネルギー保存則を用いたアプローチ
思考の道筋とポイント
斜面はなめらかなので、小球が下面から上面に移動する間、力学的エネルギーは保存されます。下面での運動エネルギーと、上面での運動エネルギーと位置エネルギーの和が等しい、という関係から上面での速度を求めることができます。
具体的な解説と立式
下面を高さの基準(0)とします。下面での速さは \(v\)、上面での速度を \(v_x, v_{y’}\) とすると、力学的エネルギー保存則より、
$$E_{\text{下面}} = E_{\text{上面}}$$
$$\frac{1}{2}mv^2 = \frac{1}{2}m(v_x^2 + v_{y’}^2) + mgh$$
x成分の速度は保存されるので \(v_x = v\sin\theta_1\) です。この式を \(v_{y’}\) について解きます。
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則: \(\frac{1}{2}mv_1^2 + mgh_1 = \frac{1}{2}mv_2^2 + mgh_2\)
- 速度の合成: \(v^2 = v_x^2 + v_y^2\)
エネルギー保存則の式の \(m\) を消去し、2倍します。
$$v^2 = (v_x^2 + v_{y’}^2) + 2gh$$
\(v_x = v\sin\theta_1\) を代入します。
$$v^2 = (v\sin\theta_1)^2 + v_{y’}^2 + 2gh$$
$$v^2 = v^2\sin^2\theta_1 + v_{y’}^2 + 2gh$$
\(v_{y’}^2\) について整理します。
$$v_{y’}^2 = v^2 – v^2\sin^2\theta_1 – 2gh = v^2(1-\sin^2\theta_1) – 2gh$$
\(1-\sin^2\theta_1 = \cos^2\theta_1\) なので、
$$v_{y’}^2 = v^2\cos^2\theta_1 – 2gh$$
$$v_{y’} = \sqrt{v^2\cos^2\theta_1 – 2gh}$$
これは運動学から導いた結果と一致します。
(エ)は別のアプローチでも解けます。エネルギーに注目すると、最初の運動エネルギーの一部が、高さhの位置エネルギーに変わります。残ったエネルギーが上面での運動エネルギーになります。上面での運動エネルギーは、変わらないx方向の速さと、求めたいy’方向の速さから計算できます。この関係を式にすると、y’方向の速さが求まります。
ウは \(v\sin\theta_1\)、エは \(\sqrt{v^2\cos^2\theta_1 – 2gh}\)、オは \(\displaystyle\frac{v\cos\theta_1 – \sqrt{v^2\cos^2\theta_1 – 2gh}}{g\sin\phi}\) となります。特に(エ)の式は、運動学とエネルギーという異なる2つのアプローチで同じ結果が得られることから、その妥当性が強く確認できます。
カ
思考の道筋とポイント
下面と上面で、x方向の速度成分が保存されることを利用します。下面での速度 \(v\) と角度 \(\theta_1\)、上面での速度を \(v’\) と角度 \(\theta_2\) として、それぞれのx成分を立式し、それらが等しいという関係から式を導きます。上面での速さ \(v’\) は、力学的エネルギー保存則から簡単に求めることができます。
この設問における重要なポイント
- x方向の速度保存: \(v_x(\text{下面}) = v_x(\text{上面})\)
- 力学的エネルギー保存則: \(\frac{1}{2}mv^2 = \frac{1}{2}mv’^2 + mgh\)
具体的な解説と立式
- x方向の速度保存の立式:
- 下面でのx成分: \(v_x = v\sin\theta_1\)
- 上面でのx成分: \(v’_x = v’\sin\theta_2\)
これらが等しいので、\(v\sin\theta_1 = v’\sin\theta_2\)。変形すると、
$$\frac{\sin\theta_1}{\sin\theta_2} = \frac{v’}{v}$$ - 上面での速さ \(v’\) の導出:
下面(高さ0)と上面(高さ\(h\))での力学的エネルギー保存則より、
$$\frac{1}{2}mv^2 = \frac{1}{2}mv’^2 + mgh$$
この式から \(v’\) を求め、上の関係式に代入します。
使用した物理公式
- 速度の成分分解
- 力学的エネルギー保存則
まず、エネルギー保存則から \(v’\) を求めます。
$$v^2 = v’^2 + 2gh $$
$$ v’^2 = v^2 – 2gh$$
よって、\(v’ = \sqrt{v^2-2gh}\) となります。
これを \(\displaystyle\frac{\sin\theta_1}{\sin\theta_2} = \frac{v’}{v}\) に代入します。
$$\frac{\sin\theta_1}{\sin\theta_2} = \frac{\sqrt{v^2-2gh}}{v} = \sqrt{\frac{v^2-2gh}{v^2}} = \sqrt{1-\frac{2gh}{v^2}}$$
この現象は、光が空気中から水の中に入るときの「屈折」に似ています。x方向の速度が変わらないことが、光の屈折における「スネルの法則」のアナロジーになっています。下面と上面で、それぞれ横向き(x方向)の速度を計算し、それらが等しい、という式を立てます。上面での全体の速さは、エネルギーが保存されることから計算できます。これらを組み合わせると、角度の関係式が求まります。
角度の関係は、\(\displaystyle\frac{\sin\theta_1}{\sin\theta_2} = \sqrt{1-\frac{2gh}{v^2}}\) となります。これは運動量保存とエネルギー保存から導かれる、力学におけるスネルの法則とも呼ばれる関係式です。
キ, ク
思考の道筋とポイント
キ (限界角): 「上面に到達できない」とは、斜面をのぼるy’方向の運動の途中で速度が0になり、引き返してくることを意味します。「到達できるかできないかの限界」は、y’方向の速度が、ちょうど斜面をのぼりきった瞬間に0になるときです。このとき、上面での速度はx成分のみとなり、上面での進行方向の角度 \(\theta_2\) は \(90^\circ\) になります。この条件を(カ)で求めた関係式に適用します。
ク (往復時間): 上面に到達できずに下面に戻ってくる運動は、y’軸方向の運動だけを見ると、斜面をのぼって元の位置(\(y’=0\))に戻ってくる運動です。これは、y’方向の初速度で打ち出され、一定の加速度で運動する物体が、再び変位0の位置に戻るまでの時間を求める問題と等価です。運動の対称性を利用すると計算が早いです。
この設問における重要なポイント
- 限界条件の物理的解釈:「上面に到達した瞬間にy’方向の速度が0」\(\Leftrightarrow\)「上面での進行方向がx軸方向」\(\Leftrightarrow\)「\(\theta_2 = 90^\circ\)」
- 戻ってくる運動は、y’方向の変位が0になるまでの時間として計算できること。
具体的な解説と立式
- キ (限界角):
限界の角度を \(\theta_c\) とします。このとき、上面での進行方向の角度は \(\theta_2 = 90^\circ\) となります。この条件を(カ)で求めた関係式に代入します。
$$\frac{\sin\theta_c}{\sin 90^\circ} = \sqrt{1-\frac{2gh}{v^2}}$$ - ク (往復時間):
y’方向の往復運動の時間を \(t’\) とします。運動の対称性から、最高点に達する時間 \(t_{\text{peak}}\) の2倍となります。最高点では \(v_{y’}=0\) なので、
$$0 = v\cos\theta_1 + (-g\sin\phi)t_{\text{peak}}$$
この式から \(t_{\text{peak}}\) を求め、\(t’=2t_{\text{peak}}\) を計算します。
使用した物理公式
- (カ)で求めた角度の関係式
- 等加速度直線運動の速度公式: \(v=v_0+at\)
- 放物運動の対称性
- キ:
\(\sin 90^\circ = 1\) なので、
$$\frac{\sin\theta_c}{1} = \sqrt{1-\frac{2gh}{v^2}}$$
$$\sin\theta_c = \sqrt{1-\frac{2gh}{v^2}}$$ - ク:
まず最高点までの時間を求めます。
$$t_{\text{peak}} = \frac{v\cos\theta_1}{g\sin\phi}$$
往復時間 \(t’\) はこの2倍なので、$$t’ = 2t_{\text{peak}} = \frac{2v\cos\theta_1}{g\sin\phi}$$
キ: ボールがギリギリてっぺんにたどり着けるのは、坂をのぼりきる力(y’方向の勢い)をちょうど使い切った状態です。このとき、てっぺんに着いたボールは真横(x軸方向)にしか動けません。つまり、上面での角度 \(\theta_2\) が \(90^\circ\) になります。この条件を(カ)の式に入れてあげると、限界の角度 \(\theta_c\) が満たすべき条件がわかります。
ク: ボールが坂を上がって下りてくるまでの時間を求めます。これは、ボールを斜め上に投げて、元の高さに戻ってくるまでの時間を計算するのと同じです。一番高いところまで行く時間と、そこから下りてくる時間は同じなので、「一番高いところに行くまでの時間」を計算して2倍すればOKです。
限界角の条件は \(\sin\theta_c = \sqrt{1-\displaystyle\frac{2gh}{v^2}}\)、下面に戻るまでの時間は \(\displaystyle\frac{2v\cos\theta_1}{g\sin\phi}\) となります。
(キ)の式は、運動エネルギーの一部が位置エネルギーに変換される、というエネルギーの観点からも解釈でき、妥当な結果です。(ク)の式も、y’方向の初速度に比例し、y’方向の加速度の大きさに反比例するという、物理的に自然な形をしています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動の分解と保存則の選択的利用
- 核心:この問題は、3次元的な運動を、性質の異なる2つの1次元運動に分解して考えることで、その全体像を明らかにするという、物理学の非常に強力なアプローチを体現しています。
- 理解のポイント:
- 運動の分解: 小球の運動を、斜面の縁に沿った水平なx軸方向と、斜面をのぼりくだりするy’軸方向に分解します。x軸方向には力がはたらかないため「等速度運動」となり、y’軸方向には重力の一成分が常にはたらくため「等加速度運動」となります。この運動の性質の違いを見抜くことが、すべての始まりです。
- 保存則の活用:この問題では、2つの重要な保存則が活躍します。
- 速度成分の保存:x方向に力がないため、x成分の速度(運動量)は斜面をのぼる前後で保存されます。これが(カ)の角度の関係を導く鍵となります。
- 力学的エネルギーの保存:斜面はなめらかなので、小球がもつ力学的エネルギー(運動エネルギー+位置エネルギー)は常に一定に保たれます。これにより、異なる地点での速さを、間の運動を問わずに直接結びつけることができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン
- 電場・磁場中の荷電粒子の運動:一様な電場(一定の力がはたらく)と磁場(進行方向に垂直な力がはたらく)が組み合わさった領域に荷電粒子が入射する問題など、方向によって異なる法則が支配する運動の分析に応用できます。
- サイクロイド振り子や円錐振り子:おもりの運動を、特定の方向に分解して考えることで、見通しが良くなることがあります。
- 初見の問題での着眼点
- 保存量を探す:問題文を読んで、まず「何か保存される量はないか?」と探す癖をつけましょう。「なめらか」という言葉があれば力学的エネルギー保存則が、「ある方向に力がはたらかない」のであればその方向の運動量(速度)保存が、強力な武器になります。
- ツールの使い分けを意識する:
- 時間が関わる問い((オ)や(ク)) → 運動方程式・等加速度運動の公式が有効。
- 時間が関わらない2点間の状態変化(速さや高さ) → 力学的エネルギー保存則が有効。
このように、目的に応じて最適なツールを選択することで、計算を簡略化できます。
- 角度の定義を正確に捉える:初速度の向きを表す角度 \(\theta_1\) が、x軸からではなくy軸から測られている点に注意が必要です。これにより、速度のx,y成分が \(v\cos\theta_1, v\sin\theta_1\) ではなく、\(v\sin\theta_1, v\cos\theta_1\) となります。図を丁寧に見て、三角比を正しく適用することが不可欠です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 初速度の成分分解ミス
- 誤解:角度といえばx軸から、という思い込みで、初速度のx成分を \(v\cos\theta_1\)、y成分を \(v\sin\theta_1\) と置いてしまう。
- 対策:必ず図を見て、角度が「どの軸」から「どちら向き」に測られているかを確認しましょう。「y軸とのなす角が \(\theta_1\)」なので、y成分が \(\cos\theta_1\) になります。図に直角三角形を描き、三角比の定義に忠実に従うことがミスを防ぎます。
- 2種類の角度(\(\phi\) と \(\theta_1\))の混同を避ける
- 誤解:\(\phi\) は斜面の物理的な傾斜角、\(\theta_1\) は運動の方向を表す角度です。役割が全く異なります。計算中に混同しないよう、どの式にどの角度が使われるかを意識しましょう。(例:加速度を決めるのは\(\phi\)、初速の成分を決めるのは\(\theta_1\))
- 全体速度と成分速度の混同
- 誤解:(エ)でy’方向の運動を考える際に、等加速度運動の公式の初速度 \(v_0\) として、全体の速さ \(v\) を代入してしまう。
- 対策:運動を分解した後は、それぞれの軸の計算では、その軸の「成分」のみを用います。y’方向の運動を考えるなら、初速度もy’成分である \(v\cos\theta_1\) を使わなければなりません。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 運動を「展開図」で捉え直す
- この斜面を「展開」して一枚の平面として想像してみましょう。この平面上では、x軸方向には何も起こりませんが、y’軸の負の向きに常に \(g\sin\phi\) という大きさの「擬似的な重力」がはたらいている、と考えることができます。すると、この問題は「重力の大きさが異なる世界での、斜方投射」と見なすことができ、y’方向に放物線を描くイメージが掴みやすくなります。
- エネルギーを「登山予算」としてイメージする
- 小球が持つ運動エネルギーのうち、斜面をのぼるために使えるのはy’方向の成分、すなわち \(\frac{1}{2}m(v\cos\theta_1)^2\) です。これを「登山のための予算」と考えます。一方、高さ\(h\)の上面に到達するには \(mgh\) の「登山費用」が必要です。予算が費用を上回っていれば登頂成功、足りなければ途中リタイアとなります。限界角\(\theta_c\)は、この予算と費用がピッタリ一致する状況に対応します。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- x方向の速度保存(運動量保存則)
- 選定理由:(カ)で下面と上面の角度の関係を問われた際、2つの状態を結びつける法則が必要だったため。x軸方向に外力がはたらかないことに着目すれば、その方向の運動量(速度)が保存されることがわかり、これが最もシンプルな関係式を与えてくれます。
- 力学的エネルギー保存則
- 選定理由:「なめらか」というキーワードから、非保存力である摩擦力が仕事をしないことがわかります。この法則を使えば、過程(時間や経路)を問わず、始点と終点の「速さ」と「高さ」の関係を直接導き出せるため、(エ)の別解や(カ)の \(v’\) の計算で極めて有効です。
- 等加速度直線運動の公式群
- 選定理由:y’方向の運動の加速度が、\(a_{y’}=-g\sin\phi\) で一定であると分析できたため。加速度が一定の運動を記述するための基本ツールがこれらの公式です。特に、時間や最終速度を求める(エ)(オ)(ク)では必須となります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【準備】運動の分解:
- 初速度 \(\vec{v}\) を分解 → \(v_x = v\sin\theta_1\), \(v_{0y’} = v\cos\theta_1\)。
- 斜面上の力を分解 → x方向の力=0, y’方向の力=\(-mg\sin\phi\)。
- 加速度を確定 → \(a_x=0\) (→等速), \(a_{y’}=-g\sin\phi\) (→等加速度)。【ア,イ】
- 【運動の記述】上面到達を考える:
- x方向は速度不変 → 上面での \(v_x = v\sin\theta_1\)。【ウ】
- y’方向は等加速度運動。移動距離 \(l’=h/\sin\phi\)、初速度、加速度から、公式 \(v^2-v_0^2=2ax\) を使い上面での \(v_{y’}\) を求める。【エ】
- y’方向の初速、終速、加速度から、公式 \(v=v_0+at\) を使い、上面までの時間 \(t\) を求める。【オ】
- 【状態の比較】下面と上面をつなぐ:
- x方向の速度保存則(\(v\sin\theta_1 = v’\sin\theta_2\))と力学的エネルギー保存則(\(\frac{1}{2}mv^2=\frac{1}{2}mv’^2+mgh\))を連立し、角度の関係式を導く。【カ】
- 【限界条件の分析】
- 上面にギリギリ到達する条件(\(v_{y’}=0\) at top \(\Leftrightarrow \theta_2=90^\circ\))を(カ)の式に代入し、限界角 \(\theta_c\) の条件式を求める。【キ】
- 到達できずに戻ってくる時間を、y’方向の変位が0になる条件(\(y'(t’)=0\))から求める。【ク】
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 角度の定義の再確認
- 特に注意すべき点:この問題最大の罠は、角度 \(\theta_1\) がy軸から測られている点です。計算を始める前に、速度の成分分解の図を自分で描き、\(v_x=v\sin\theta_1\), \(v_y=v\cos\theta_1\) となることを余白に大きくメモしておきましょう。
- 2種類の角度(\(\theta_1, \phi\))の混同を避ける
- 特に注意すべき点:\(\theta_1\) は運動の「方向」を決める角度、\(\phi\) は運動の「加速度」を決める角度です。役割が全く異なります。計算中に混同しないよう、どの式にどの角度が使われるかを意識しましょう。
- 根号(ルート)の計算
- 特に注意すべき点:(エ)(カ)(キ)では、根号を含む計算が頻出します。特に、(オ)のように根号のついた項を引き算するような場合は、符号のミスが起こりやすいので、慎重に計算を進めましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 物理的アナロジー(類推)で確認する
- (カ)の吟味:導出した関係式 \(\displaystyle\frac{\sin\theta_1}{\sin\theta_2} = \frac{v’}{v}\) は、光が屈折率の異なる媒質に入射するときの「スネルの法則(\(n_1\sin\theta_1=n_2\sin\theta_2\))」と非常によく似た形をしています。ここで、屈折率 \(n\) が速さ \(v\) に反比例する量だと考えると、力学と光学の間に美しい対応関係があることがわかります。このアナロジーは、答えの妥当性を強く示唆します。
- エネルギーの観点から検算する
- (キ)の吟味:限界角の条件式は \(\sin\theta_c = \sqrt{1-2gh/v^2}\) でした。これを2乗して整理すると、\(\frac{1}{2}m(v\cos\theta_c)^2 = mgh\) となります。左辺は「斜面をのぼる方向の初期運動エネルギー」、右辺は「上面に到達するために必要な位置エネルギー」です。両者が等しいという、エネルギーの観点から見ても非常に明快な結果となっており、解答が正しいことを裏付けています。
問題08 (藤田保健衛生大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、人と体重計を乗せたゴンドラが、人が引く綱によって空中で静止しているという状況を扱います。複数の物体が力を及ぼし合う系の、静力学的なつり合いを考える問題です。
- ゴンドラの質量: \(M\)
- 人の質量: \(m\)
- 重力加速度の大きさ: \(g\)
- ゴンドラと人は「静止」している(力のつりあい状態)。
- 綱、体重計の質量、滑車の摩擦、浮力はすべて無視できる。
- 前提条件として、人の質量がゴンドラの質量より大きい (\(m > M\))。
- (1) 人とゴンドラそれぞれにはたらく力のつりあいの式。未知数として綱の張力\(T\)、垂直抗力\(N\)を用いる。
- (2) 綱にはたらく張力の大きさ \(T\)。
- (3) 体重計の読み(単位がkgであることに注意)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「複数の物体にはたらく力のつりあい」です。一見、人が自分自身を含んだ系を引くという設定が複雑に見えますが、解法の鍵となる物理法則は非常にシンプルです。
- 力のつりあい: 静止している物体にはたらく力の合力は0である (\(\sum \vec{F} = \vec{0}\))。鉛直方向では「上向きの力の和=下向きの力の和」となります。
- 作用・反作用の法則: 物体Aが物体Bに力を及ぼすとき、物体Bも物体Aに同じ大きさで逆向きの力を及ぼします。人と体重計、人と綱の間で、この法則を正しく適用することが重要です。
基本的なアプローチは以下の2通りです。
- 解法1(確実な方法): 「人」と「ゴンドラ」を別々の物体として捉え、それぞれに力のつりあいの式を立て、連立方程式を解きます。
- 解法2(エレガントな方法): 「人とゴンドラ全体」を一つの「系」と見なし、系全体にはたらく外力のみに着目して力のつりあいを考えます。これにより、一部の問いを非常に素早く解くことができます。
問(1)
思考の道筋とポイント
この問題の出発点です。まずは「人」と「ゴンドラ」それぞれを独立した物体として考え、それぞれにはたらく力をすべて見つけ出すことが最重要です。
「人」にはたらく力は、(1)地球からの重力、(2)自分で引いている綱からの張力、(3)乗っている体重計からの垂直抗力の3つです。
「ゴンドラ」にはたらく力は、(1)地球からの重力、(2)定滑車から伸びる綱からの張力、(3)人が体重計を押すことによる力(垂直抗力の反作用)の3つです。
体重計の質量は無視できるため、「ゴンドラ」と「体重計」を一体の物体として考えると、立式が簡単になります。
これらの力を鉛直方向で整理し、物体が静止していることから「上向きの力の和=下向きの力の和」というつりあいの式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 力を受ける物体(作用点)を意識し、各物体にはたらく力を正確に図示する。
- 人が綱を引く力は、綱が人を上向きに引く力(張力\(T\))として現れることを理解する。
- 人が体重計を押す力と、体重計が人を押し返す力(垂直抗力\(N\))は、作用・反作用の関係にある。
- 一本のなめらかな滑車にかかる軽い綱では、張力の大きさはどこでも等しい。
具体的な解説と立式
【人について】
人という物体にはたらく力は以下の通りです。
- 下向きの力: 自身の質量 \(m\) による重力 \(mg\)。
- 上向きの力: 自分で引いている綱から受ける張力 \(T\)、および体重計から押し返される垂直抗力 \(N\)。
人が静止しているので、鉛直方向の力のつりあいの式は、
(上向きの力の合計) = (下向きの力の合計)
$$T + N = mg \quad \cdots ①$$
【ゴンドラについて】
次に、ゴンドラと体重計を一体の物体として考えます。
- 下向きの力: ゴンドラの質量 \(M\) による重力 \(Mg\)、および人が体重計を押す力(垂直抗力 \(N\) の反作用なので大きさは \(N\))。
- 上向きの力: 綱がゴンドラを引く力(張力 \(T\))。
ゴンドラも静止しているので、鉛直方向の力のつりあいの式は、
(上向きの力の合計) = (下向きの力の合計)
$$T = Mg + N \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 力のつりあい: 静止している物体にはたらく力の合力は0になる。 \(\sum \vec{F} = \vec{0}\)
- 作用・反作用の法則: 物体Aが物体Bに力 \(\vec{F}\) を及ぼすとき、物体Bは物体Aに力 \(-\vec{F}\) を及ぼす。
結論と吟味
以上より、求めるつりあいの式は以下の2つです。これらの式は問題で指定された文字のみで表現されており、未知数 \(T\) と \(N\) に対して2つの独立した方程式が立てられたため、連立して解くことが可能であることが分かります。
問(2)
思考の道筋とポイント
問(1)で立てた2つのつりあいの式を連立方程式として解き、張力 \(T\) を求めます。
式①: \(T + N = mg\)
式②: \(T = Mg + N\)
未知数は \(T\) と \(N\) です。\(T\) を求めたいので、\(N\) を消去する方針で計算を進めます。式②を \(N\) について解き(\(N = T – Mg\))、それを式①に代入するのが最も直接的な方法です。
この設問における重要なポイント
- 問(1)で立てた連立方程式を正しく処理する。
- 求めたい物理量(この場合は \(T\))を残し、不要な変数(この場合は \(N\))を消去する。
具体的な解説と立式
問(1)で導いた2つの式を用います。
$$T + N = mg \quad \cdots ①$$
$$T = Mg + N \quad \cdots ②$$
式②を変形して、\(N\) を \(T\) で表します。
$$N = T – Mg \quad \cdots ②’$$
この式②’を式①に代入して \(N\) を消去します。
$$T + (T – Mg) = mg$$
これで \(T\) に関する一次方程式が得られました。この式を \(T\) について解きます。
使用した物理公式
- 力のつりあいの式(問(1)の結果を利用)
- 連立一次方程式の解法(代入法)
$$T + (T – Mg) = mg$$
括弧を外して整理します。
$$2T – Mg = mg$$
\(-Mg\) を右辺に移項します。
$$2T = mg + Mg$$
右辺を \(g\) でくくります。
$$2T = (m + M)g$$
両辺を2で割って \(T\) を求めます。
$$T = \displaystyle\frac{m+M}{2}g$$
(1)で見つけた2つの関係式、「\(T + N = mg\)」と「\(T = Mg + N\)」を使います。2つ目の式を変形すると、「垂直抗力\(N\)の大きさは、張力\(T\)からゴンドラの重さ\(Mg\)を引いたもの」つまり「\(N = T – Mg\)」となります。この\(N\)の正体を、1つ目の式の\(N\)に代入します。すると、式から\(N\)が消えて\(T\)だけの式「\(T + (T – Mg) = mg\)」になります。これを整理すると「\(2T = mg + Mg\)」となり、最終的に張力\(T\)は、人とゴンドラの質量の合計\((m+M)\)に重力加速度\(g\)を掛けて、2で割った大きさに等しいことがわかります。
綱にはたらく張力の大きさ \(T\) は \(\displaystyle\frac{m+M}{2}g\) です。もし、人とゴンドラが単に一つの物体として綱にぶら下がっているだけなら、必要な張力は全体の重さである \((m+M)g\) です。しかしこの問題では、人が綱を自分で引くことで、その半分の力で全体を支えることができています。これは、定滑車を使いながらも、動滑車のように力を半分にする効果が生まれていることを示唆しており、興味深い結果です。
別解: 系全体で考える方法
具体的な解説と立式
「人+ゴンドラ+体重計」を一つの「系」としてまとめて考えます。この系全体にはたらく「外力」(系の外から及ぼされる力)のみに着目します。
- 下向きの外力: 人の重力 \(mg\) とゴンドラの重力 \(Mg\) の合計 \((m+M)g\)。
- 上向きの外力: 人が持つ綱からの張力 \(T\) と、ゴンドラにつながる綱からの張力 \(T\) の合計 \(2T\)。
系全体が静止しているので、これらの外力はつり合っています。
$$(上向きの外力の合計) = (下向きの外力の合計)$$
$$2T = (m+M)g$$
これを解くと、ただちに \(T = \displaystyle\frac{m+M}{2}g\) が得られます。この方法は、途中の垂直抗力\(N\)(内力)を考える必要がなく、非常に素早く結論に到達できます。
問(3)
思考の道筋とポイント
「体重計の読み」が何を測定しているのかを正確に理解することが核心です。体重計は、その上に乗っている物体の「重さ(重力)」を直接測っているのではありません。測定しているのは、物体が体重計の測定面を「押す力」の大きさです。作用・反作用の法則により、この力の大きさは、体重計が物体を押し返す「垂直抗力 \(N\)」の大きさに等しくなります。
したがって、この設問は、まず垂直抗力 \(N\) の大きさを求めることに帰着します。\(N\) を求めるには、問(1)で立てたつりあいの式と、問(2)で計算した張力 \(T\) の値を利用します。
最後に、体重計の「読み」は通常、力の単位 [N] ではなく質量の単位 [kg] で表示されるため、算出した垂直抗力 \(N\) の値を重力加速度 \(g\) で割る、という最後の処理を忘れてはいけません。
この設問における重要なポイント
- 体重計が測定しているのは垂直抗力の大きさ \(N\) である、と正しく解釈する。
- 体重計の「読み」(質量表示)は、力の大きさ \(N\) を \(g\) で割った値、\(\displaystyle\frac{N}{g}\) で与えられる。
- これまでの設問で得られた関係式や値を利用して \(N\) を計算する。
具体的な解説と立式
体重計が示す力の大きさは、人が体重計から受ける垂直抗力 \(N\) の大きさに等しいです。\(N\) を求めるために、問(1)の式② \(T = Mg + N\) を \(N\) について解いた式を使います。
$$N = T – Mg$$
この式に、問(2)で求めた張力の値 \(T = \displaystyle\frac{m+M}{2}g\) を代入します。
$$N = \left(\displaystyle\frac{m+M}{2}g\right) – Mg$$
この式を計算して \(N\) の値を \(m, M, g\) で表します。最後に、体重計の読み(質量)を \(\displaystyle\frac{N}{g}\) として求めます。
使用した物理公式
- 力のつりあいの式(問(1)の結果を利用)
- 体重計の測定原理:読み[kg] = (垂直抗力[N]) / (重力加速度[m/s²])
まず、垂直抗力 \(N\) の大きさを計算します。
$$N = \displaystyle\frac{m+M}{2}g – Mg$$
右辺を通分して計算するために、第2項を \(\displaystyle\frac{2M}{2}g\) と考えます。
$$N = \displaystyle\frac{(m+M)g – 2Mg}{2}$$
分子を整理します。
$$N = \displaystyle\frac{(m+M-2M)g}{2}$$
$$N = \displaystyle\frac{m-M}{2}g$$
次に、この \(N\) の値を重力加速度 \(g\) で割って、体重計の読み(質量)を求めます。
$$\text{読み} = \displaystyle\frac{N}{g} = \displaystyle\frac{\frac{m-M}{2}g}{g}$$
$$\text{読み} = \displaystyle\frac{m-M}{2}$$
体重計の表示値の正体は、人が体重計を押す力(=垂直抗力 \(N\))です。関係式「\(T = Mg + N\)」を変形すると「\(N = T – Mg\)」となります。ここに(2)で計算した \(T\) の値を代入すると、\(N\) を求めることができます。計算を進めると、垂直抗力 \(N\) は「\(\displaystyle\frac{m-M}{2}g\)」という大きさだとわかります。普段私たちが目にする体重計は力の大きさ[N]ではなく質量[kg]で表示されるので、この力の大きさ \(N\) を重力加速度 \(g\) で割ってあげる必要があります。その結果、体重計の読みは「\(\displaystyle\frac{m-M}{2}\)」[kg]となります。
ゴンドラ内の体重計の読みは \(\displaystyle\frac{m-M}{2}\) です。この結果を考えてみましょう。もし人が単に床の上の体重計に乗っていれば、表示は \(m\) [kg] のはずです。しかし、この問題では人が綱を上向きに引くことで、自分自身を軽くする効果が生じています。その結果、体重計を押す力が減り、読みは本来の体重 \(m\) よりも小さくなっています。
また、問題の冒頭で与えられた \(m>M\) という条件がここで活きてきます。この条件があるからこそ、\(N = \displaystyle\frac{m-M}{2}g\) は正の値となり、人が体重計をきちんと押している状態が成り立ちます。このことからも、得られた解答の物理的な妥当性が確認できます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつりあい(静力学の基本原理):
- 核心: 問題全体を通して、「ゴンドラが空中で静止している」という記述が最も重要です 。これは、すべての物体(人、ゴンドラ)の加速度が0であることを意味し、それぞれの物体にはたらく力の合力がゼロである、という「力のつりあい」の法則を適用する根拠となります。
- 理解のポイント: どのような複雑な設定であっても、「静止」や「等速直線運動」というキーワードを見たら、まず「力のつりあい (\(\sum \vec{F} = \vec{0}\))」を思い浮かべることが、静力学の問題を解くための第一歩です。鉛直方向であれば「上向きの力の和=下向きの力の和」という単純な等式に帰着します。
- 作用・反作用の法則(ニュートンの第三法則):
- 核心: この問題には複数の物体が登場し、互いに力を及ぼし合っています。これらの力の関係を正しく整理するために不可欠な法則です。
- 理解のポイント:
- 人と体重計の間: 人が体重計を押す力と、体重計が人を押し返す力(垂直抗力 \(N\))は、大きさが等しく向きが逆です 。体重計の読みを考える上で、この関係の理解は必須です。
- 人と綱の間: 人が綱を下向きに引く力と、綱が人を上向きに引く力(張力 \(T\))も作用・反作用の関係にあります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- エレベーター問題: エレベーターが上昇・下降(加速・減速)する中で、中の体重計の読みがどう変わるか、という問題。本問題は加速度が0の静止した場合ですが、もしゴンドラが一定の加速度で動いていれば、運動方程式(\(ma = F\))を立てることになり、考え方は直結します。
- 動滑車を含む力の問題: 本問題は定滑車ですが、人が綱を引くことで張力が2か所(人とゴンドラ)に上向きにはたらくため、結果的に動滑車のように「力を半分にする」効果が生まれています。この構造的な類似性を見抜けると、他の滑車の問題にも応用できます。
- 連結された物体の運動: 複数の物体が糸やロープでつながれて運動する問題全般に、本問題の考え方(物体ごとに分解する、あるいは系として一体で見る)は有効です。
- 初見の問題での着眼点:
- 「体重計が測るものは何か?」を自問する: 「体重計の読み=垂直抗力 \(N\)」という原理は、静止時に限らず加速度運動している場合でも普遍的です 。この点を押さえるだけで、多くの問題で見通しが良くなります。
- 「物体」を切り分けるか、「系」としてまとめるか?: 問題で問われている量に応じて、解法を戦略的に選択する視点を持ちましょう。
- すべての未知数(\(T\) と \(N\))を求める必要があるなら、オーソドックスに物体ごと(人、ゴンドラ)に分解して連立方程式を立てるのが確実です 。
- 張力 \(T\) だけを素早く知りたい場合や、全体の状況を大局的に捉えたい場合は、「人とゴンドラ全体」を一つの系と見なして外力のみを考える別解のアプローチが極めて有効です。この「内力は無視できる」というテクニックは、大幅な時間短縮につながります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 力の数え忘れ・二重計上:
- 誤解: 人が綱を引く力を、張力とは別の力として数えてしまう。あるいは、人に重力 \(mg\), 垂直抗力 \(N\), 張力 \(T\) がはたらくことを見落とす。
- 対策: 常に「その物体が、何から力を受けているか」という視点で力をリストアップする癖をつけましょう。人が受ける力は「地球から」「体重計から」「綱から」の3つです 。人が綱に及ぼす力と綱が人に及ぼす力は作用・反作用のペアであり、人に働く力としては後者の張力 \(T\) のみを考えます。
- 作用・反作用の法則の混同:
- 誤解: 「人が体重計に及ぼす力(大きさ \(N\))」が、なぜゴンドラにはたらく下向きの力になるのかを混同する。
- 対策: 力の連鎖を一つずつ追いましょう。(1)人が体重計を \(N\) で押す → (2)体重計は(質量が無視できるため)下のゴンドラを \(N\) で押す → (3)結果としてゴンドラは下向きに \(N\) の力を受ける、という流れです 。「AがBに及ぼす力」の主語(A)と目的語(B)を常に明確に意識することが、混乱を防ぐ最善策です。
- 体重計の「読み」の解釈ミス:
- 誤解: (3)で垂直抗力 \(N = \displaystyle\frac{m-M}{2}g\) を求めたところで満足してしまい、これをそのまま答えてしまう。
- 対策: 問題で問われているのは「読み」であり、通常は質量の単位[kg]です 。力の大きさ[N]を求めた後は、必ず重力加速度 \(g\) で割る、という最終ステップを忘れないように意識づけましょう。これはお約束の「ひっかけポイント」です 。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の分解図(フリーボディダイアグラム)の徹底: この問題の攻略は、正確な力の図示に尽きます。以下の2つの図を描くことが極めて有効です。
- 物体ごとの分解図: 「人」だけを抜き出して四角で描き、そこにはたらく力(\(mg, T, N\))を矢印で書き込む。同様に「ゴンドラ+体重計」を抜き出して力の図(\(Mg, N, T\))を描く 。これが解法1の思考プロセスそのものです。
- 系全体の図: 人とゴンドラを大きな点線の円で囲み、「系」としてブラックボックス化します。この円を貫いて外から内へ向かう力(外力)だけを矢印で描きます。すると、下向きの \((m+M)g\) と、上向きの \(2T\) だけが残ることが視覚的に理解でき、別解のアプローチにつながります。
- 力の分解図(フリーボディダイアグラム)の徹底: この問題の攻略は、正確な力の図示に尽きます。以下の2つの図を描くことが極めて有効です。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 作用点を明確に: 重力は物体の重心から、張力は綱との接続点から、垂直抗力は接触面から、というように、力がどこにはたらいているかを意識して矢印の始点を描くと、より正確な理解につながります。
- 力のペアを意識する: 人にはたらく上向きの \(T\) とゴンドラにはたらく上向きの \(T\) は、一本の綱による張力であり同じ大きさです 。一方、人にはたらく上向きの \(N\) とゴンドラにはたらく下向きの \(N\) は、作用・反作用の関係(の延長)にあります 。これらの力の由来の違いを図で描き分ける(例えば点線で関係を示すなど)と、思考が整理されます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつりあいの式 (\(\sum \vec{F} = \vec{0}\)):
- 選定理由: 問題文に「空中で静止している」という、物理現象の状態を示す最も重要な記述があるためです 。
- 適用根拠: 物理学の基本法則であるニュートンの運動方程式 \(m\vec{a} = \sum \vec{F}\) において、「静止」は加速度 \(\vec{a} = \vec{0}\) の状態を意味します。これを代入すると \(m \cdot \vec{0} = \sum \vec{F}\)、すなわち \(\sum \vec{F} = \vec{0}\) となり、力のつりあいの式が導かれます。つまり、力のつりあいの式は運動方程式の特別な場合に他なりません。
- 体重計の読み \(= \displaystyle\frac{N}{g}\):
- 選定理由: 問題の問いが「体重計の読みはいくらか」であり、物理量として「質量」を求めることが要求されているためです。
- 適用根拠: これは物理公式というより「測定器の原理」の理解に基づきます 。体重計は内部のバネなどの歪みを利用して物体から受ける「力(垂直抗力 \(N\))」を検知し、その値を「\(g\) で割る」という計算を内部的に行って「質量」の数値として表示しています。したがって、私たちが計算でやるべきことは、この原理を逆にたどること、すなわち \(N\) を求めて \(g\) で割ることなのです 。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 状況分析: 物体は「人」と「ゴンドラ」の2つ。両方とも「静止」している 。→ 各物体で「力のつりあい」を立てる方針を決定。
- (1) 力の洗い出しと立式:
- 【人】にはたらく力は? → (下向き) 重力 \(mg\)、(上向き) 張力 \(T\) と垂直抗力 \(N\) 。 → 式①: \(T+N=mg\) 。
- 【ゴンドラ】にはたらく力は? → (下向き) 重力 \(Mg\) と人からの力 \(N\)、(上向き) 張力 \(T\) 。 → 式②: \(T=Mg+N\) 。
- (2) 張力 \(T\) の導出:
- 目的: 式①と②から \(N\) を消去して \(T\) を求める。
- 戦略: 式②を \(N=T-Mg\) と変形し、式①に代入する。
- 実行: \(T+(T-Mg)=mg\) → \(2T = (m+M)g\) → \(T=\displaystyle\frac{m+M}{2}g\) 。
- (別解戦略): 「人+ゴンドラ」を系と見なす。外力は下向きに \((m+M)g\)、上向きに \(2T\)。→ \(2T=(m+M)g\) で一発。
- (3) 体重計の読みの導出:
- 目的: 垂直抗力 \(N\) を求め、それを \(g\) で割る。
- 戦略: \(T\) の値が分かったので、\(N=T-Mg\) に代入するのが最も早い。
- 実行: \(N = (\displaystyle\frac{m+M}{2}g) – Mg = \displaystyle\frac{m-M}{2}g\) 。
- 最終処理: 読み \(= \displaystyle\frac{N}{g} = \displaystyle\frac{m-M}{2}\) 。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 連立方程式の確実な処理:
- 特に注意すべき点: この問題では、式①と式②を足し合わせると \(2T+N = mg+Mg+N\) となり、両辺の \(N\) がきれいに消えて \(2T=(m+M)g\) が得られます。このように、代入法だけでなく加減法も常に選択肢に入れると、より速く楽に計算できることがあります。
- 日頃の練習: 式を立てた後、すぐに代入するのではなく、2つの式を数秒眺めて、足したり引いたりしたらどうなるかを考える癖をつけると、計算の選択肢が広がります。
- 符号ミスと文字の混同:
- 特に注意すべき点: 式を変形・移項する際の符号ミスは、単純ですが最も起こりやすいミスです。また、\(m\)(人の質量)と \(M\)(ゴンドラの質量)を計算途中で取り違えないよう、注意深く計算を進める必要があります。
- 日頃の練習: 焦って暗算せず、一行一行、式を丁寧に書き下すことが、結果的に時間短縮と正確性向上につながります。
- 分数と通分の計算:
- 特に注意すべき点: (3)で \(N\) を求める際の \( \displaystyle\frac{m+M}{2}g – Mg \) のような計算では、通分が必要です。\(Mg\) を \(\displaystyle\frac{2M}{2}g\) と正しく変換し、分子の計算 \((m+M)g – 2Mg = (m-M)g\) を間違えないようにしましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (2) 張力 \(T\):
- 吟味の視点: 得られた答え \(T = \displaystyle\frac{m+M}{2}g\) は、全体の重さ \((m+M)g\) のちょうど半分です 。これは、綱を引くことで自分たちの重さを軽くする効果があるという直感と一致します。もし、\(T\) が全体の重さより大きいなど、直感に反する結果が出た場合は、立式や計算のミスを疑うべきです。
- (3) 体重計の読み:
- 吟味の視点: 答えは \(\displaystyle\frac{m-M}{2}\) [kg]でした 。これは、人の本来の体重 \(m\) よりも軽くなっています。これも、人が綱を引いて体を持ち上げているため、体重計にかかる力が減るという現象と一致し、妥当です。
- (2) 張力 \(T\):
- 前提条件の意味を考える:
- 吟味の視点: なぜ問題文に「\(m>M\)とする」という条件があったのでしょうか ? (3)の答え \(\displaystyle\frac{m-M}{2}\) を見るとその意味が分かります。この条件があるからこそ、体重計の読み(垂直抗力)は正の値になります。
- もし \(m=M\) なら、読みは0になります。これは、人が体重計を押す力がなくなり、浮き上がっている状態(無重力状態)を意味します。
- もし \(m<M\) なら、読みは負になってしまいます。これは物理的にあり得ず、そもそもこのつりあいの状態を保てない(ゴンドラが上がってしまう)ことを示唆しています。
このように、与えられた条件が最終的な答えの物理的な妥当性を保証していることを確認する作業は、非常に重要です 。
- 吟味の視点: なぜ問題文に「\(m>M\)とする」という条件があったのでしょうか ? (3)の答え \(\displaystyle\frac{m-M}{2}\) を見るとその意味が分かります。この条件があるからこそ、体重計の読み(垂直抗力)は正の値になります。
問題9 (湘南工科大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、2つのばねに繋がれたおもりのつりあいに関する問題です。水平な場合と斜面の場合の力のつりあいを考え、フックの法則を適用することが基本となります。
- おもり: 質量 \(m\)
- ばね1: ばね定数 \(k_1\)、自然の長さ \(l_0\)
- ばね2: ばね定数 \(k_2\)、自然の長さ \(l_0\)
- 板: 長さ \(L\)、表面はなめらか
- 幾何学的条件: \(L > 2l_0\) (2つのばねは常に自然長より長い)
- 板の傾き: 水平面に対し角度 \(\theta\) ( \(0 \le \theta < 90^\circ\) )
- 重力加速度: \(g\)
- 無視できるもの: ばねの質量、おもりの大きさ
- (1) \(\theta=0\) (水平) の場合
- つりあい位置Aでのばね \(k_2\) の伸び \(a\)
- つりあい位置Aから \(x\) だけ動かしたときのおもりが受ける力 \(F\)
- (2) 板を角度 \(\theta\) だけ傾けたときの、Aからのつりあい位置の変化 \(x_0\)
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「力のつりあい」と「フックの法則」です。水平な場合と斜面の場合で、おもりにはたらく力を正確に把握し、つりあいの式を立てることが鍵となります。
- フックの法則: ばねの弾性力は、ばねの自然の長さからの伸び(または縮み)に比例します。弾性力の大きさは \(f = kx\) で与えられます。ここで \(k\) はばね定数、\(x\) は伸び(または縮み)です。
- 力のつりあい: 物体が静止しているとき、物体にはたらく力のベクトル和はゼロになります。一直線上の問題では、正の向きを定め、力の総和が0になるように式を立てます。
- 重力の成分分解: 斜面上の物体を考える場合、重力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解すると便利です。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、2つのばねの伸びの合計と板の長さ \(L\) の関係を幾何学的に整理します。
- 問(1)では、水平方向の力のつりあいを考えます。2つのばねの弾性力がつりあう条件から、それぞれのばねの伸びを求めます。その後、つりあい位置からずらしたときの合力を計算します。
- 問(2)では、斜面方向の力のつりあいを考えます。ばねの弾性力に加えて、重力の斜面成分がはたらくことを考慮して、新しいつりあい位置を求めます。(1)の結果を利用すると計算が簡潔になります。
問(1) ばね\(k_2\)の伸び\(a\)の導出
思考の道筋とポイント
板が水平 (\(\theta=0\)) のとき、おもりは2つのばねの弾性力がつりあう位置Aで静止します。ばね\(k_1\)とばね\(k_2\)の伸びをそれぞれ文字で設定し、両者の関係式と力のつりあいの式を連立して解くことで、ばね\(k_2\)の伸び\(a\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 2つのばねの全長(自然長+伸び)の和が、板の長さ\(L\)に等しいという幾何学的条件を式にする。
- 水平方向の力のつりあいを考える。おもりにはたらく力は2つのばねの弾性力のみ。
具体的な解説と立式
おもりがつりあい位置Aにあるとき、ばね\(k_2\)の伸びを\(a\)、ばね\(k_1\)の伸びを\(b\)とします。
おもりの大きさは無視できるので、2つのばねの長さの合計は板の長さ\(L\)に等しくなります。
$$(l_0 + a) + (l_0 + b) = L$$
この式を\(b\)について整理すると、
$$b = L – 2l_0 – a$$
となります。
次におもりにはたらく力のつりあいを考えます。
ばね\(k_2\)がおもりを引く力(右向き)を\(f_2\)、ばね\(k_1\)がおもりを引く力(左向き)を\(f_1\)とすると、フックの法則より、
$$f_2 = k_2 a$$
$$f_1 = k_1 b$$
おもりは位置Aで静止しているので、これらの力はつりあっています。
$$f_1 = f_2$$
\(b = L – 2l_0 – a\) を代入して、
$$k_1(L – 2l_0 – a) = k_2 a \quad \cdots ①$$
この方程式を解くことで、\(a\)が求まります。
使用した物理公式
- フックの法則: \(f = kx\)
- 力のつりあい: \(\sum F = 0\)
式① \(k_1(L – 2l_0 – a) = k_2 a\) を展開すると、
$$k_1(L – 2l_0) – k_1 a = k_2 a$$
\(a\)を含む項を右辺に集めると、
$$k_1(L – 2l_0) = k_1 a + k_2 a$$
右辺を\(a\)でくくると、
$$k_1(L – 2l_0) = (k_1 + k_2)a$$
両辺を \((k_1 + k_2)\) で割ると、
$$a = \frac{k_1}{k_1 + k_2}(L – 2l_0)$$
おもりは、左のばねに引かれる力と右のばねに引かれる力が同じ大きさになるところで止まります。全体の伸び(板の長さ \(L\) からばね2本分の自然長 \(2l_0\) を引いたもの)が決まっているので、この全体の伸びを2つのばねで分け合う形になります。力のつりあいの条件から、それぞれのばねがどれだけ伸びるかを計算します。
ばね\(k_2\)の伸び\(a\)は \(a = \displaystyle\frac{k_1}{k_1 + k_2}(L – 2l_0)\) となります。
この結果は、全体の伸び \(L-2l_0\) が、ばね定数\(k_1\)と\(k_2\)によって分配されることを示しています。物理的に妥当な結果です。
問(1) ばね\(k_2\)の伸び\(a\)の導出 (別解)
思考の道筋とポイント
この系は、2つのばねが力を及ぼしあう点で、直列接続されたばねと類似の性質を持ちます。つりあい状態では、両方のばねにはたらく張力は等しくなります。この性質を利用して、全体の伸び \(L-2l_0\) がどのように分配されるかを考えます。
この設問における重要なポイント
- つりあい状態では、2つのばねの張力は等しい (\(f_1=f_2\))。
- ばねの伸びは、張力に比例し、ばね定数に反比例する (\(x = f/k\))。
- 伸びの比は、ばね定数の逆比になる。
具体的な解説と立式
つりあい位置Aでは、ばね\(k_1\)とばね\(k_2\)がおもりに及ぼす力は等しく、これを\(f\)とします。
$$f_1 = f_2 = f$$
フックの法則より、それぞれのばねの伸び\(a\), \(b\)は、
$$a = \frac{f}{k_2}, \quad b = \frac{f}{k_1}$$
したがって、伸びの比は、
$$a : b = \frac{f}{k_2} : \frac{f}{k_1} = \frac{1}{k_2} : \frac{1}{k_1}$$
両辺に \(k_1 k_2\) を掛けると、
$$a : b = k_1 : k_2$$
となります。これは、ばねの伸びがばね定数の「逆比」になることを意味します(伸び\(a\)が\(k_1\)に、伸び\(b\)が\(k_2\)に比例する)。
全体の伸びは \(a+b = L-2l_0\) ですから、この全体の伸びを \(k_1:k_2\) の比で比例配分します。
使用した物理公式
- フックの法則: \(x = f/k\)
- 比例配分
1. 伸びの比 \(a:b = k_1:k_2\) と全体の伸び \(a+b = L-2l_0\) を使う。
2. 比例配分の式を立てる: \(a = (a+b) \times \displaystyle\frac{k_1}{k_1+k_2}\)。
3. 代入して計算: \(a = (L-2l_0) \times \displaystyle\frac{k_1}{k_1+k_2}\)。
綱引きでつりあっているとき、両者が引く力は同じです。ばねの場合、同じ力で引っぱられたとき、柔らかいばね(ばね定数が小さい)ほどよく伸びます。つまり、伸びの大きさはばね定数の逆の比になります。全体の伸びが決まっているので、この比率を使ってそれぞれの伸びを計算できます。
結果は最初の解法と完全に一致し、物理的な妥当性が確認できます。この考え方は、特に直列ばねの問題に応用が効くため、理解しておくと便利です。
問(1) 合力\(F\)の導出
思考の道筋とポイント
おもりをつりあい位置Aから右向きに\(x\)だけ動かしたときの、おもりにはたらく合力を求めます。変位\(x\)によって、2つのばねの伸びが変化し、弾性力も変化します。右向きを正として、2つの弾性力の合力を計算します。
この設問における重要なポイント
- 座標の原点をつりあい位置Aとし、右向きを正とする。
- 変位\(x\)が正のとき、ばね\(k_2\)の伸びは\(a-x\)に減少し、ばね\(k_1\)の伸びは\(b+x\)に増加する。
- すでにつりあいの関係式① \(k_1(L – 2l_0 – a) = k_2 a\) が成り立っていることを利用すると、計算が簡単になる。
具体的な解説と立式
おもりをつりあい位置Aから右向きに\(x\)だけ動かすと、
- ばね\(k_2\)の伸びは \(a-x\) となる。おもりにはたらく弾性力は \(f_2′ = k_2(a-x)\) (右向き)。
- ばね\(k_1\)の伸びは \(b+x\) となる。おもりにはたらく弾性力は \(f_1′ = k_1(b+x)\) (左向き)。
おもりにはたらく合力\(F\)を右向きを正として求めます。
$$F = f_2′ – f_1’$$
$$F = k_2(a-x) – k_1(b+x)$$
ここで、\(b = L – 2l_0 – a\) を代入すると、
$$F = k_2(a-x) – k_1(L – 2l_0 – a + x)$$
この式を整理すると、つりあい位置からの復元力が求まります。
使用した物理公式
- フックの法則: \(f = kx\)
- 力の合成
合力の式 \(F = k_2(a-x) – k_1(b+x)\) を展開し、\(b = L – 2l_0 – a\) を用いて整理します。
$$F = k_2(a-x) – k_1(L – 2l_0 – a + x)$$
$$F = k_2 a – k_2 x – k_1(L – 2l_0 – a) – k_1 x$$
項を並べ替えると、
$$F = \{k_2 a – k_1(L – 2l_0 – a)\} – (k_1 + k_2)x$$
ここで、中括弧 \(\{\}\) の中は、つりあいの式① \(k_1(L – 2l_0 – a) = k_2 a\) より、0になります。
$$k_2 a – k_1(L – 2l_0 – a) = 0$$
したがって、合力\(F\)は、
$$F = -(k_1 + k_2)x$$
おもりを釣り合いの位置から少しずらすと、ばねの力のバランスが崩れます。ずらした方向と逆向きに、おもりを元の位置に戻そうとする力がはたらきます。この「戻そうとする力」の大きさを計算します。計算を楽にするコツは、もともと釣り合っていたときの力の関係を使うことです。
おもりがばねから受ける力\(F\)は \(F = -(k_1 + k_2)x\) となります。
この式は \(F = -Kx\) の形をしており、復元力を表しています。おもりはつりあい位置Aを中心に単振動することがわかります。その際の合成ばね定数は \(K = k_1 + k_2\) であり、これはばねを並列につないだときの合成ばね定数と同じ形です。
問(2)
思考の道筋とポイント
板を角度\(\theta\)だけ傾けると、おもりには重力の斜面成分 \(mg \sin\theta\) が新たにはたらきます。この力と2つのばねの弾性力がつりあう新しい位置を求めます。水平状態のつりあい位置Aを基準として、どれだけ位置が変化するか (\(x_0\)) を考えます。
この設問における重要なポイント
- 斜面方向の力のつりあいを考える。
- おもりにはたらく力は、2つのばねの弾性力と、重力の斜面成分の3つ。
- (1)で導いた水平状態でのつりあいの関係式①を利用すると、計算が大幅に簡略化できる。
具体的な解説と立式
板を傾けたときの新しいつりあい位置は、水平のつりあい位置Aから斜面下向き(右向き)に \(x_0\) だけずれた位置にあるとします。
この新しいつりあい位置では、おもりにはたらく力は以下の3つです。
- ばね\(k_2\)の弾性力: 伸びが \(a-x_0\) なので、力は \(f_2” = k_2(a-x_0)\) (斜面下向き)。
- ばね\(k_1\)の弾性力: 伸びが \(b+x_0\) なので、力は \(f_1” = k_1(b+x_0)\) (斜面上向き)。
- 重力の斜面成分: \(mg \sin\theta\) (斜面下向き)。
斜面方向の力のつりあいを考えます。斜面下向きを正とすると、上向きの力と下向きの力の和がつりあうので、
$$f_1” = f_2” + mg \sin\theta$$
フックの法則を適用し、\(b = L – 2l_0 – a\) を用いると、
$$k_1(L – 2l_0 – a + x_0) = k_2(a-x_0) + mg \sin\theta$$
この方程式を解くことで、\(x_0\)が求まります。
使用した物理公式
- フックの法則: \(f = kx\)
- 力のつりあい
- 重力の成分分解
つりあいの式 \(k_1(L – 2l_0 – a + x_0) = k_2(a-x_0) + mg \sin\theta\) を展開します。
$$k_1(L – 2l_0 – a) + k_1 x_0 = k_2 a – k_2 x_0 + mg \sin\theta$$
ここで、(1)で導いた水平時のつりあいの式① \(k_1(L – 2l_0 – a) = k_2 a\) を利用すると、両辺の \(k_1(L – 2l_0 – a)\) と \(k_2 a\) の項は等しいので、相殺されます。
$$k_1 x_0 = -k_2 x_0 + mg \sin\theta$$
\(x_0\) の項を左辺に集めると、
$$k_1 x_0 + k_2 x_0 = mg \sin\theta$$
$$(k_1 + k_2)x_0 = mg \sin\theta$$
よって、つりあい位置の変化 \(x_0\) は、
$$x_0 = \frac{mg \sin\theta}{k_1 + k_2}$$
板を傾けると、おもりに重力の一部が斜め下向きにかかります。この新しい力と、2つのばねの力が釣り合うまで、おもりは下にずれます。どれだけずれるかを計算するのがこの問題です。水平のときの力のつりあいの関係を使うと、重力によるズレだけをきれいに取り出して計算できます。
つりあい位置の変化 \(x_0\) は \(x_0 = \displaystyle\frac{mg \sin\theta}{k_1 + k_2}\) となります。
この結果は、重力の斜面成分 \(mg \sin\theta\) という一定の力を、合成ばね定数 \(K = k_1 + k_2\) のばねで支えたときの伸びを表していると解釈できます。
\(\theta=0\) のときは \(x_0=0\) となり、水平状態ではAからずれないことと一致します。また、\(x_0 > 0\) なので、おもりは斜面下向きにずれるという直感とも一致しており、物理的に妥当な結果です。
問(2) (別解)
思考の道筋とポイント
問(1)で求めた合力(復元力)の式 \(F = -(k_1 + k_2)x\) を利用します。この式は、つりあい位置Aを原点としたときの、ばねによる合力を表しています。板を傾けたときの新しいつりあい点では、このばねによる合力と、新たにはたらく重力の斜面成分 \(mg \sin\theta\) がつりあいます。
この設問における重要なポイント
- 水平状態のつりあい位置Aを基準(原点)として考える。
- 新しいつりあい位置 \(x_0\) では、ばねによる復元力と重力の斜面成分がつりあう。
具体的な解説と立式
水平状態のつりあい位置Aを原点(\(x=0\))とし、斜面下向きを正の向きとします。
おもりが位置 \(x_0\) にあるとき、問(1)の結果から、2つのばねがおもりに及ぼす合力 \(F_{ばね}\) は、
$$F_{ばね} = -(k_1 + k_2)x_0$$
この力は、変位と逆向き、つまり斜面上向きにはたらきます。
一方、おもりには重力の斜面成分 \(mg \sin\theta\) が常に斜面下向きにはたらきます。
新しいつりあい位置では、これらの力がつりあうので、力の大きさは等しくなります。
$$|F_{ばね}| = mg \sin\theta$$
$$(k_1 + k_2)x_0 = mg \sin\theta$$
使用した物理公式
- 復元力の式: \(F = -Kx\)
- 力のつりあい
つりあいの式 \((k_1 + k_2)x_0 = mg \sin\theta\) を \(x_0\) について解くと、
$$x_0 = \frac{mg \sin\theta}{k_1 + k_2}$$
水平なときのつりあい点を基準に考えます。板を傾けると、おもりは重力によって下向きに引っ張られます。この力に対抗して、ばね全体が「戻そうとする力」を発生させます。この2つの力がちょうど釣り合ったところが、新しいつりあい点になります。この考え方だと、複雑なばねの伸びの計算を省略できます。
最初の解法と完全に同じ結果が得られました。この解法は、つりあい点からのずれと復元力の関係を理解していれば、より迅速かつスマートに問題を解くことができることを示しています。物理現象をより本質的に捉えた解法と言えます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- フックの法則と力のつりあい:
- 核心: この問題は、ばねの弾性力に関する「フックの法則 (\(f=kx\))」と、物体が静止している状態を表す「力のつりあい (\(\sum F = 0\))」という、力学の2つの基本法則を組み合わせて解く問題です。
- 理解のポイント:
- 力の図示: まず、おもりにはたらく力をすべて正確に図示することが第一歩です。水平な場合は2つのばねの弾性力のみ、斜面の場合はそれに加えて重力の斜面成分がはたらきます。
- 座標軸の設定: 力をベクトルとして扱うため、正の向きを定めます。これにより、力のつりあいの式を代数的に処理できます。
- 幾何学的条件の利用: 2つのばねの長さの合計が板の長さ\(L\)に等しいという条件 (\((l_0+a)+(l_0+b)=L\)) は、未知数を減らすための重要な関係式です。
- つりあい条件の立式: 設定した座標軸に沿って、力の総和が0になるという式を立てます。これが問題を解くための方程式となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- ばねで繋がれた複数の物体のつりあい: 複数の物体がばねで直列または並列に繋がれている問題。各物体について力のつりあいを考える必要があります。
- 鉛直に吊るされたばね振り子: 重力と弾性力がつりあう点が振動の中心になります。本問の問(2)は、このタイプの問題と本質的に同じ構造をしています。
- ばねと摩擦力: なめらかな板の代わりに摩擦のある面に置かれた場合、静止摩擦力や動摩擦力が加わります。つりあいの条件だけでなく、動き出す条件などを考える問題に発展します。
- 初見の問題での着眼点:
- 基準点の選択: どこを座標の原点とするかで、計算の複雑さが変わることがあります。多くの場合、「自然長の位置」または「力のつりあい位置」を基準にすると見通しが良くなります。本問では、水平状態のつりあい位置Aを基準に考えることで、問(2)の計算が劇的に簡単になりました。
- 保存則の利用: この問題は力のつりあいで解けますが、エネルギー保存則を使って解くことも可能です(特に振動の問題に発展した場合)。どの法則を使うのが最も効率的かを見極める視点も重要です。
- 合成ばね定数の考え方: 2つのばねがおもりを挟んでいるこの配置は、実質的に「並列接続」とみなせます。問(1)の合力\(F\)の計算で \(F = -(k_1+k_2)x\) となったように、合成ばね定数が \(K=k_1+k_2\) であると見抜ければ、振動周期などを問われた際に即座に対応できます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- ばねの伸びと長さの混同:
- 誤解: フックの法則 \(f=kx\) の \(x\) に、ばねの全長を代入してしまう。
- 対策: \(x\) は常に「自然の長さからの変化量(伸びまたは縮み)」であることを強く意識する。図に自然長 \(l_0\) と伸び \(a\), \(b\) を明確に書き分けて整理する。
- 力の向きの間違い:
- 誤解: ばねの弾性力は常に特定の向きにはたらくと勘違いする。
- 対策: 弾性力は、ばねが「自然長に戻ろうとする向き」にはたらくことを理解する。伸びているばねは縮む向きに、縮んでいるばねは伸びる向きに力を及ぼします。
- つりあい条件の式の立て方ミス:
- 誤解: 問(2)で、水平時のつりあい条件を無視して、ゼロからすべての力を計算しようとして式が複雑になり、計算ミスを誘発する。
- 対策: 問(1)で導いたつりあいの関係式 \(k_1(L-2l_0-a) = k_2 a\) は、問(2)でも有効な関係です。これを代入して式を簡略化するというテクニックを身につける。これは「すでにつりあっている状態に、新たな力が加わったときの変化」を考える問題で頻出する有効な手法です。
- 並列と直列の混同:
- 誤解: この問題の配置を見て、ばねが直列に繋がっていると勘違いする。
- 対策: ばねの接続方法の定義を正しく理解する。
- 並列: 2つのばねが同じ変位(伸び・縮み)をする場合。または、本問のように1つの物体を両側から支え、変位に対して合成された復元力がはたらく場合。合成ばね定数は \(K=k_1+k_2\)。
- 直列: 2つのばねに同じ大きさの力がはたらく場合。合成ばね定数は \(\frac{1}{K} = \frac{1}{k_1} + \frac{1}{k_2}\)。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力のベクトル図: おもりを点で表し、そこから伸びる矢印で力の向きと種類(弾性力 \(f_1\), \(f_2\)、重力成分 \(mg\sin\theta\))を明記する。力のつりあいを考える上で最も基本かつ重要な図です。
- ばねの長さと伸びの関係図: 模範解答の図のように、板の全長 \(L\)、ばねの自然長 \(l_0\)、伸び \(a\), \(b\) の関係を一本の線分図で示すと、\( (l_0+a) + (l_0+b) = L \) という幾何学的関係が視覚的に理解しやすくなります。
- 変位と力の関係図: つりあい位置Aを原点として、おもりを \(x\) だけずらした図を描く。このとき、各ばねの伸びが \(a-x\), \(b+x\) と変化する様子を図示することで、力の変化を直感的に捉えられます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の矢印の長さ: つりあっている状態では、反対向きの力の矢印の長さを等しく描くことで、力の大きさが等しいことを視覚的に表現できます。
- 座標軸の明記: 右向きを正、斜面下向きを正など、自分で設定した座標軸を図に書き込むことで、式の符号ミスを防ぎます。
- 記号の一貫性: \(a\), \(b\), \(x\), \(x_0\) など、自分で設定した文字が何を指すのかを明確にする。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- フックの法則 \(f=kx\):
- 選定理由: 問題に「ばね」が登場し、その「弾性力」を扱うため、必須の法則です。
- 適用根拠: 問題文に「ばね定数が \(k_1\), \(k_2\) のばね」と明記されており、弾性力を定量的に計算する必要があるため。
- 力のつりあいの式 \(\sum F = 0\):
- 選定理由: 問題が「おもりのつりあいの位置」を問うているため。物体が静止している(=つりあっている)状態を記述する基本法則です。
- 適用根拠: おもりが静止している、あるいは新しいつりあい点に移動して静止するという物理的状況。
- 復元力の式 \(F = -(k_1+k_2)x\):
- 選定理由: 問(1)の後半で「つりあい位置から動かしたときの力」を問われているため。これは振動における復元力を求めることに相当します。
- 適用根拠: つりあい位置からの変位 \(x\) に比例し、常に中心を向く力がはたらくという、単振動の基本的な性質を導出する過程で自然に現れます。問(2)の別解では、この結果を巧みに利用しています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 現象の把握: 2つのばねに繋がれたおもりのつりあい問題。水平と斜面の場合を考える。
- 問(1) 水平の場合:
- 目標1: ばね\(k_2\)の伸び\(a\)を求める
- Step 1 (幾何学): ばね\(k_1\)の伸びを\(b\)とし、長さの関係式 \(b = L – 2l_0 – a\) を立てる。
- Step 2 (力のつりあい): 2つの弾性力がつりあうので \(f_1 = f_2\)。フックの法則を使い \(k_1 b = k_2 a\) とする。
- Step 3 (連立・計算): Step 1の式をStep 2に代入し、\(a\)について解く。
- 目標2: 合力\(F\)を求める
- Step 1 (変位後の状態設定): つりあい位置Aから右へ\(x\)変位。ばね\(k_1\)の伸びは \(b+x\)、ばね\(k_2\)の伸びは \(a-x\)。
- Step 2 (合力の立式): 右向きを正とし、合力 \(F = f_2′ – f_1′ = k_2(a-x) – k_1(b+x)\) を立てる。
- Step 3 (計算の簡略化): 式を展開し、目標1で用いたつりあいの関係式 \(k_2 a = k_1 b\) を利用して項を相殺する。
- Step 4 (結論): \(F = -(k_1+k_2)x\) を導く。
- 目標1: ばね\(k_2\)の伸び\(a\)を求める
- 問(2) 斜面の場合:
- 目標: Aからのつりあい位置の変化\(x_0\)を求める
- 解法1 (正攻法)
- Step 1 (力の図示): 新たに加わる重力成分 \(mg\sin\theta\) を含め、斜面方向の3つの力を考える。
- Step 2 (力のつりあい): 新しいつりあい位置(Aから\(x_0\)ずれた点)での力のつりあいの式を立てる: \(k_1(b+x_0) = k_2(a-x_0) + mg\sin\theta\)。
- Step 3 (計算の簡略化): 問(1)のつりあいの関係式 \(k_1 b = k_2 a\) を利用して式を整理する。
- Step 4 (計算): \(x_0\) について解く。
- 解法2 (別解・復元力の利用)
- Step 1 (力の分解): おもりにはたらく力を「ばねによる復元力 \(F_{ばね}\)」と「重力成分 \(mg\sin\theta\)」の2つに分ける。
- Step 2 (力のつりあい): 新しいつりあい点では、これら2つの力がつりあう。\(|F_{ばね}| = mg\sin\theta\)。
- Step 3 (代入・計算): \(F_{ばね} = -(k_1+k_2)x_0\) を代入し、\(x_0\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 符号の確認:
- 特に注意すべき点: 力の向きと座標軸の向きを常に意識する。\(F = -(k_1+k_2)x\) のマイナス符号は、力が変位と逆向きである(復元力である)ことを示す物理的に重要な意味を持ちます。計算過程で符号を落とさないように注意する。
- 日頃の練習: 式を立てる際に、必ず力のベクトル図と座標軸をセットで描く習慣をつける。
- 文字式の整理:
- 特に注意すべき点: この問題のように多くの文字(\(k_1, k_2, l_0, L, m, g, a, b, x, x_0, \theta\))が登場する場合、式が長くなりがちです。展開や移項の際にミスが起こりやすい。
- 日頃の練習: 途中式を省略せず、丁寧に書く。特に、括弧を展開するときや、項をまとめるときは慎重に行う。問(2)のように、前の設問の結果を利用して計算を簡略化できないか、常に考える癖をつける。
- 代入のタイミング:
- 特に注意すべき点: \(b = L – 2l_0 – a\) のような関係式を、どのタイミングで代入するかが計算の効率を左右します。早すぎると式が複雑になり、遅すぎると関係性を見失うことがあります。
- 日頃の練習: いくつかの問題で、異なるタイミングで代入を試してみて、どの方法が自分にとって最もミスが少なく、見通しが良いかを知る。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 伸び\(a\): \(a = \frac{k_1}{k_1 + k_2}(L – 2l_0)\)。
- 吟味の視点: \(L > 2l_0\) なので、\(L-2l_0 > 0\)。\(k_1, k_2\) も正なので、\(a > 0\) となり、ばねが伸びているという前提と一致する。もし \(k_1=k_2\) なら \(a = (L-2l_0)/2\) となり、全体の伸びを均等に分け合うことになり、直感的にも正しい。
- (1) 合力\(F\): \(F = -(k_1+k_2)x\)。
- 吟味の視点: \(x>0\) (右に変位) のとき \(F<0\) (左向きの力)、\(x<0\) (左に変位) のとき \(F>0\) (右向きの力) となり、まさしく復元力の性質を示している。
- (2) つりあい位置の変化\(x_0\): \(x_0 = \frac{mg \sin\theta}{k_1 + k_2}\)。
- 吟味の視点:
- \(\theta=0\) (水平) なら \(\sin\theta=0\) なので \(x_0=0\)。水平のつりあい位置からずれない。正しい。
- \(\theta=90^\circ\) (鉛直) なら \(\sin\theta=1\) で \(x_0\) は最大になる。これも直感と一致。
- 重力 \(mg\) が大きいほど、また、ばねが柔らかい(\(k_1+k_2\)が小さい)ほど、\(x_0\) は大きくなる。これも物理的に妥当。
- 吟味の視点:
- (1) 伸び\(a\): \(a = \frac{k_1}{k_1 + k_2}(L – 2l_0)\)。
- 極端な場合や既知の状況との比較:
- もしばね\(k_1\)が非常に硬く (\(k_1 \rightarrow \infty\))、ばね\(k_2\)が壁のようなものだったらどうなるか? この場合、おもりはほとんど動けず、\(x_0 \rightarrow 0\) となるはず。式も \(k_1 \rightarrow \infty\) の極限で \(x_0 \rightarrow 0\) となり、整合性がある。
- もしばねが1本 (\(k_1=0\)) で、鉛直に吊るされている場合 (\(\theta=90^\circ\))、つりあい点での伸びは \(x_0 = mg/k_2\) となる。これは高校物理で最初に習う鉛直ばねのつりあいの式と一致する。
問題10 (鳥取大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、一部が斜面に置かれ、残りが垂れ下がったロープのつりあいを扱います。ロープのような連続体のつりあいを考える際は、ロープを部分に分けてそれぞれの部分にはたらく力を考えることが基本です。特に、あらい斜面上の静止摩擦力が、他の力とのバランスによって向きを変える点が重要なポイントとなります。
- ロープ: 全長 \(L\)、質量 \(M\)、一様で均質、伸びない
- 斜面: 水平面とのなす角 \(\theta\)、あらい
- 静止摩擦係数: \(\mu\) (\(\mu \le \tan\theta\))
- 状態: 垂れ下がっている部分(BP)の長さが \(a\)、斜面上にある部分(AP)の長さが \(L-a\)
- その他: 斜面の上端Pは滑車のように滑らか、鉛直面も滑らか
- 重力加速度: \(g\)
- (1) 部分APと部分BPのそれぞれの重さ。
- (2) 点Pにおけるロープの張力の大きさ。
- (3) ロープと斜面の間の摩擦力の大きさ。
- (4) ロープが静止しているための \(a\) の条件。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「連続体の力のつりあい」と「静止摩擦力」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 線密度: ロープのように一様な物体では、質量は長さに比例します。単位長さあたりの質量(線密度)を考えると、任意の部分の質量を簡単に計算できます。
- 力のつりあい: 物体が静止しているとき、その物体にはたらく力のベクトル和はゼロになります。ロープを部分に分けて、それぞれの部分についてつりあいの式を立てます。
- 静止摩擦力: 静止している物体にはたらく摩擦力は、外力のつりあいから決まる「未知の力」です。その大きさは0から最大静止摩擦力 \(f_{\text{最大}}\) までの値をとり、向きは物体が滑ろうとする向きと逆向きになります。
- 静止する条件: 物体が静止し続けるためには、必要な静止摩擦力の大きさが最大静止摩擦力以下でなければなりません (\(f \le f_{\text{最大}}\))。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、ロープの線密度を求め、斜面上にある部分APと垂れ下がっている部分BPの質量と重さを、それぞれの長さを用いて表します。
- 次に、垂れ下がっている部分BPの力のつりあいを考えます。これにより、点Pにおける張力の大きさが求まります。
- 続いて、斜面上にある部分APの力のつりあいを考えます。このとき、張力と重力の斜面成分の大小関係によって、摩擦力の向きがどちらになるか場合分けして考え、摩擦力の大きさを求めます。
- 最後に、(3)で求めた摩擦力が最大静止摩擦力 (\(f_{\text{最大}} = \mu N\)) を超えないという条件から、ロープが静止し続けるための垂下部の長さ \(a\) の範囲を導き出します。
問(1)
思考の道筋とポイント
ロープは一様で均質なので、その質量は長さに比例します。まず、ロープ全体の質量\(M\)と全長\(L\)から、単位長さあたりの質量(線密度)を求めます。そして、各部分の長さを掛けることで、それぞれの部分の質量、さらに重さを計算します。
この設問における重要なポイント
- ロープの質量が長さに比例することを利用する。
- 単位長さあたりの質量(線密度)の概念を正しく適用する。
具体的な解説と立式
ロープは一様で均質なので、単位長さあたりの質量(線密度)\(\rho\)は一定です。
$$\rho = \frac{M}{L}$$
斜面上にある部分APの長さは \(L-a\) なので、その質量 \(M_A\) は、
$$M_A = \rho \times (L-a) = \frac{M}{L}(L-a)$$
したがって、部分APの重さ \(W_A\) は、
$$W_A = M_A g = \frac{L-a}{L}Mg$$
同様に、垂れ下がっている部分BPの長さは \(a\) なので、その質量 \(M_B\) は、
$$M_B = \rho \times a = \frac{M}{L}a$$
したがって、部分BPの重さ \(W_B\) は、
$$W_B = M_B g = \frac{a}{L}Mg$$
- 線密度の定義: \(\rho = (\text{質量}) / (\text{長さ})\)
- 重力の式: \(W = mg\)
この設問では、立式がそのまま最終的な答えとなるため、特別な計算過程はありません。
ロープ全体の重さが \(Mg\) で、全体の長さが \(L\) です。なので、1mあたりの重さは \(\frac{Mg}{L}\) となります。斜面上の部分の長さは \(L-a\) なので、その重さは \( (L-a) \times \frac{Mg}{L} \) です。ぶら下がっている部分の長さは \(a\) なので、その重さは \( a \times \frac{Mg}{L} \) となります。
部分APの重さは \(\frac{L-a}{L}Mg\)、部分BPの重さは \(\frac{a}{L}Mg\) となります。
\(a=0\) のときBPの重さは0、\(a=L\) のときAPの重さは0となり、物理的な状況と一致しています。また、両者の重さの和は \(\frac{L-a}{L}Mg + \frac{a}{L}Mg = \frac{L}{L}Mg = Mg\) となり、ロープ全体の重さと一致します。
問(2)
思考の道筋とポイント
点Pにおけるロープの張力は、垂れ下がっている部分BPを支える力と考えることができます。部分BPは静止しているので、BPにはたらく力はつりあっています。この力のつりあいの式から張力を求めます。
この設問における重要なポイント
- 考察の対象を「垂れ下がっている部分BP」に絞る。
- 部分BPにはたらく力は、上向きの張力と下向きの重力の2つのみである。
具体的な解説と立式
垂れ下がっている部分BPに着目します。この部分には、鉛直上向きに張力\(T\)がはたらき、鉛直下向きに自身の重さ \(W_B\) がはたらいています。
部分BPは静止しているので、これらの力はつりあっています。
$$T = W_B$$
問(1)の結果 \(W_B = \frac{a}{L}Mg\) を代入すると、張力\(T\)が求まります。
- 力のつりあい: \(\sum F = 0\)
つりあいの式 \(T = W_B\) に、問(1)で求めたBPの重さを代入します。
$$T = \frac{a}{L}Mg \quad \cdots ①$$
ロープのてっぺんP点にかかる力(張力)は、真下にぶら下がっている部分BPの重さをまるごと支える力と同じ大きさです。なので、(1)で求めたBPの重さがそのまま張力の答えになります。
Pにおけるロープの張力の大きさは \(T = \frac{a}{L}Mg\) です。
この結果は、垂れ下がっている部分の長さ \(a\) に比例しており、\(a\) が大きいほど張力も大きくなるという直感と一致します。
問(3)
思考の道筋とポイント
ロープと斜面の間の摩擦力は、斜面上にある部分APにはたらく他の力とのつりあいによって決まります。部分APにはたらく斜面方向の力は、「張力 \(T\)」「重力の斜面成分 \(M_A g \sin\theta\)」「摩擦力 \(f\)」の3つです。張力と重力成分の大小関係によって、APが滑ろうとする向きが変わり、それに伴って摩擦力の向きも変わります。
この設問における重要なポイント
- 考察の対象を「斜面上にある部分AP」に絞る。
- 静止摩擦力の向きは、物体が滑ろうとする向きと逆向きである。
- 「上に滑ろうとする場合」と「下に滑ろうとする場合」の2つに場合分けして考える。
具体的な解説と立式
斜面上にある部分APにはたらく、斜面に平行な力は以下の通りです。
- 張力 \(T\): 斜面下向きに \(T\)
- 重力の斜面成分: 斜面下向きに \(W_A \sin\theta = M_A g \sin\theta\)
- 摩擦力 \(f\): 向きはつりあいから決まる。
APが滑ろうとする向きは、張力 \(T\) と重力成分 \(M_A g \sin\theta\) の大小関係によります。
場合1: \(T > M_A g \sin\theta\) のとき
APは斜面を上に滑り上がろうとするため、摩擦力 \(f\) は斜面下向きにはたらきます。力のつりあいの式は、
$$T = M_A g \sin\theta + f$$
よって、摩擦力の大きさは、\(f = T – M_A g \sin\theta\)。
場合2: \(T < M_A g \sin\theta\) のとき
APは斜面を下に滑り下ろうとするため、摩擦力 \(f\) は斜面上向きにはたらきます。力のつりあいの式は、
$$T + f = M_A g \sin\theta$$
よって、摩擦力の大きさは、\(f = M_A g \sin\theta – T\)。
これらをまとめると、摩擦力の大きさ \(f\) は、2つの力の差の絶対値として表すことができます。
$$f = |T – M_A g \sin\theta|$$
- 力のつりあい
- 静止摩擦力の性質
上で導いた \(f = |T – M_A g \sin\theta|\) の式に、問(1), (2)の結果を代入します。
$$T = \frac{a}{L}Mg$$
$$M_A g \sin\theta = \frac{L-a}{L}Mg \sin\theta$$
よって、
$$f = \left| \frac{a}{L}Mg – \frac{L-a}{L}Mg \sin\theta \right|$$
共通の項 \(\frac{Mg}{L}\) でくくりだすと、
$$f = \frac{Mg}{L} |a – (L-a)\sin\theta|$$
斜面上のロープ(AP)は、ぶら下がった部分(BP)に下に引っ張られる力(張力)と、自身の重みで滑り落ちようとする力の、2つの力で綱引きをしています。摩擦力は、この綱引きで弱い方を助けて、引き分け(つりあい)に持ち込む助っ人のような存在です。したがって、摩擦力の大きさは、この2つの力の差と同じになります。
摩擦力の大きさは \(f = \frac{Mg}{L} |a – (L-a)\sin\theta|\) です。この式は、\(a\) の値によって摩擦力の大きさが変わることを示しています。特定の \(a\) の値で \(f=0\) となるつりあい点が存在することもわかります。
問(4)
思考の道筋とポイント
ロープが静止し続けるための条件は、(3)で求めた摩擦力の大きさ \(f\) が、最大静止摩擦力 \(f_{\text{最大}}\) を超えないことです。つまり、\(f \le f_{\text{最大}}\) という不等式を立て、これを \(a\) について解きます。
そのためには、まず最大静止摩擦力 \(f_{\text{最大}} = \mu N_A\) を計算する必要があります。垂直抗力 \(N_A\) は、斜面に垂直な方向の力のつりあいから求めます。
この設問における重要なポイント
- 静止条件は \(f \le f_{\text{最大}}\) である。
- 最大静止摩擦力は \(f_{\text{最大}} = \mu N\) で与えられる。
- 絶対値を含む不等式 \(|X| \le Y\) は、\(-Y \le X \le Y\) と同値である。
具体的な解説と立式
まず、斜面上にある部分APにはたらく垂直抗力 \(N_A\) を求めます。斜面に垂直な方向の力のつりあいより、垂直抗力は重力の斜面垂直成分とつりあいます。
$$N_A = W_A \cos\theta = M_A g \cos\theta$$
したがって、最大静止摩擦力 \(f_{\text{最大}}\) は、
$$f_{\text{最大}} = \mu N_A = \mu M_A g \cos\theta$$
ロープが静止するための条件は \(f \le f_{\text{最大}}\) です。問(3)の結果 \(f = |T – M_A g \sin\theta|\) を用いて、
$$|T – M_A g \sin\theta| \le \mu M_A g \cos\theta$$
この絶対値を含む不等式は、次の連立不等式と同じです。
$$- \mu M_A g \cos\theta \le T – M_A g \sin\theta \le \mu M_A g \cos\theta$$
この不等式を、ロープが上に滑らない条件と下に滑らない条件の2つに分けて考えます。
1. 上に滑らないための条件(\(a\)の上限)
右側の不等式 \(T – M_A g \sin\theta \le \mu M_A g \cos\theta\) を整理します。
$$T \le M_A g (\sin\theta + \mu \cos\theta)$$
2. 下に滑らないための条件(\(a\)の下限)
左側の不等式 \(- \mu M_A g \cos\theta \le T – M_A g \sin\theta\) を整理します。
$$M_A g (\sin\theta – \mu \cos\theta) \le T$$
- 最大静止摩擦力: \(f_{\text{最大}} = \mu N\)
- 力のつりあい
- 不等式の性質
1. \(a\)の上限を求める
不等式 \(T \le M_A g (\sin\theta + \mu \cos\theta)\) に、\(T=\frac{a}{L}Mg\) と \(M_A g=\frac{L-a}{L}Mg\) を代入します。
$$\frac{a}{L}Mg \le \frac{L-a}{L}Mg (\sin\theta + \mu \cos\theta)$$
両辺の \(\frac{Mg}{L}\) を消去します。
$$a \le (L-a)(\sin\theta + \mu \cos\theta)$$
$$a \le L(\sin\theta + \mu \cos\theta) – a(\sin\theta + \mu \cos\theta)$$
\(a\) の項を左辺にまとめます。
$$a(1 + \sin\theta + \mu \cos\theta) \le L(\sin\theta + \mu \cos\theta)$$
$$a \le \frac{L(\sin\theta + \mu \cos\theta)}{1 + \sin\theta + \mu \cos\theta} \quad \cdots ②$$
2. \(a\)の下限を求める
不等式 \(M_A g (\sin\theta – \mu \cos\theta) \le T\) に同様に代入します。
$$\frac{L-a}{L}Mg (\sin\theta – \mu \cos\theta) \le \frac{a}{L}Mg$$
両辺の \(\frac{Mg}{L}\) を消去します。
$$(L-a)(\sin\theta – \mu \cos\theta) \le a$$
$$L(\sin\theta – \mu \cos\theta) – a(\sin\theta – \mu \cos\theta) \le a$$
\(a\) の項を右辺にまとめます。
$$L(\sin\theta – \mu \cos\theta) \le a(1 + \sin\theta – \mu \cos\theta)$$
$$\frac{L(\sin\theta – \mu \cos\theta)}{1 + \sin\theta – \mu \cos\theta} \le a \quad \cdots ③$$
②と③を合わせることで、\(a\) の条件が求まります。
$$\frac{L(\sin\theta – \mu \cos\theta)}{1 + \sin\theta – \mu \cos\theta} \le a \le \frac{L(\sin\theta + \mu \cos\theta)}{1 + \sin\theta + \mu \cos\theta}$$
摩擦力が耐えられる限界の力(最大静止摩擦力)を計算します。そして、実際に摩擦力に求められている仕事(張力と重力成分の差を埋めること)が、その限界を超えないように条件を立てます。「上に滑り出す限界」と「下に滑り出す限界」の2つのケースを考え、その両方を満たすような、ぶら下がっている部分の長さ \(a\) の範囲を求めます。
ロープが静止しているための \(a\) の条件は、
$$\frac{L(\sin\theta – \mu \cos\theta)}{1 + \sin\theta – \mu \cos\theta} \le a \le \frac{L(\sin\theta + \mu \cos\theta)}{1 + \sin\theta + \mu \cos\theta}$$
となります。この結果は、\(a\) がある一定の範囲内にあるときのみ、ロープが静止できることを示しています。\(a\) がこの範囲より小さいと下に滑り落ち、大きいと上に引き上げられてしまいます。これは物理的に妥当な結論です。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつりあいと静止摩擦力の性質:
- 核心: この問題の根幹は、物体が静止している状態、すなわち「力のつりあい」を正しく記述することです。特に、ロープを「斜面上の部分AP」と「垂れ下がった部分BP」に分けて、それぞれにはたらく力を考える分割思考が重要です。
- 理解のポイント:
- 静止摩擦力の不確定性: 静止摩擦力は、つりあいを保つために必要な分だけはたらく「調整役」の力です。その大きさと向きは、他の力の合力の大きさと向きによって決まります。最初から \(f=\mu N\) と決めつけるのではなく、力のつりあいの式の中から未知数として求めます。
- 静止し続ける条件: 物体が滑り出さない条件は、つりあいのために必要な静止摩擦力 \(f\) が、その限界値である最大静止摩擦力 \(f_{\text{最大}} = \mu N\) を超えないこと、すなわち \(f \le \mu N\) です。この不等式を立てることが、問(4)の核心です。
- 線密度の利用: ロープのような一様な連続体の質量を扱う際は、単位長さあたりの質量(線密度)を考えることで、任意の部分の質量を簡単に計算できます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 鎖やベルトのつりあい: ロープと同様に、鎖やベルトが滑車や角をまたいでいる問題。考え方は本問と全く同じです。
- 斜面に置かれた物体と、滑車を介して吊るされたおもりのつりあい: 本問の「斜面上のロープAP」と「垂れ下がったロープBP」を、それぞれ「斜面上の物体」と「おもり」に置き換えた問題。構造が同じであることを見抜くことが重要です。
- 摩擦力の向きが自明でない問題: 外力の条件によって、摩擦力の向きが上向きにも下向きにもなりうる問題全般。必ず力の大小関係を比較し、滑ろうとする向きを判断してから摩擦力の向きを決定するプロセスが必要です。
- 初見の問題での着眼点:
- 分割して考える: 複雑に見える系でも、意味のある部分(本問ではAPとBP)に分割し、それぞれの部分にはたらく力を図示することから始めます。
- 内力と外力の区別: 部分に分けたとき、部分同士が及ぼしあう力(本問の張力\(T\))は「内力」です。それぞれの部分について力のつりあいを考える際は、この内力も忘れずに考慮します。
- 摩擦力の向きを仮定しない: まずは摩擦力を除いた他の力の合力を考え、物体がどちらに動こうとするかを判断します。その逆向きに摩擦力がはたらくと考えるのが安全な手順です。
- 静止条件の不等式: 「静止しているための条件を求めよ」という問いは、ほぼ確実に \(f \le \mu N\) の不等式を立てる問題です。このキーワードに反応できるようにしておきましょう。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 静止摩擦力の大きさを常に \(f=\mu N\) と思い込む:
- 誤解: 静止摩擦力と聞くと、すぐに \(f=\mu N\) の式を立ててしまう。
- 対策: \(\mu N\) はあくまで最大値(滑り出す直前の値)であることを肝に銘じる。静止している間の摩擦力は、力のつりあいの式から \(f = (\text{他の力の合力})\) として求めるのが鉄則です。
- 摩擦力の向きの決めつけ:
- 誤解: 重力があるから摩擦力は常に斜面上向きだ、などと直感で決めつけてしまう。
- 対策: 本問のように、張力など他の力がはたらく場合は、必ず力の大小比較を行う。\(T\) と \(M_A g \sin\theta\) のどちらが大きいかによって、滑ろうとする向き、ひいては摩擦力の向きが変わることを理解する。
- 考察対象の混同:
- 誤解: ロープ全体で力のつりあいを考えてしまい、張力や摩擦力といった内力・接触力を見失う。
- 対策: 問(2)ではBPだけ、問(3)ではAPだけ、というように、どの部分について考えているのかを常に明確にする。それぞれの部分にはたらく力を正確に図示することが、この混同を防ぐ最善策です。
- 絶対値の扱い:
- 誤解: 問(4)で \(|X| \le Y\) という形の不等式を、\(X \le Y\) だけで処理してしまい、下限の条件を見落とす。
- 対策: \(|X| \le Y\) は \(-Y \le X \le Y\) と同値であることを数学の知識として定着させる。物理的には「上に滑り出さない条件」と「下に滑り出さない条件」の両方を満たす必要がある、と解釈することで、二つの不等式を立てる必然性が理解できます。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- フリーボディダイアグラム(力の図示): この問題で最も重要な図です。「部分AP」と「部分BP」をそれぞれ独立した物体とみなし、それぞれにはたらく力をすべて矢印で描く。
- 部分AP: 重力\(M_A g\)、垂直抗力\(N_A\)、張力\(T\)、摩擦力\(f\) の4つの力。重力は斜面成分と垂直成分に分解して描くと良い。
- 部分BP: 重力\(M_B g\)、張力\(T\) の2つの力。
- 摩擦力の向きの可視化: \(T\) と \(M_A g \sin\theta\) の綱引きをイメージする。\(T\) が勝てばAPは上に滑ろうとするので摩擦力は下向き、\(M_A g \sin\theta\) が勝てばAPは下に滑ろうとするので摩擦力は上向き、という関係を図に描き込むと理解が深まります。
- フリーボディダイアグラム(力の図示): この問題で最も重要な図です。「部分AP」と「部分BP」をそれぞれ独立した物体とみなし、それぞれにはたらく力をすべて矢印で描く。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 作用点を明確に: 重力は物体の重心から、張力はロープの端から、垂直抗力と摩擦力は接触面から、というように力の作用点を意識して描くと、より正確な理解に繋がります。
- 記号の統一: \(M_A, M_B, W_A, W_B, T, f, N_A\) など、自分で定義した記号を図に書き込み、式と図の対応を明確にする。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 線密度の考え方:
- 選定理由: 「一様で均質なロープ」という記述から、質量が長さに比例すると判断。部分の質量を計算するために、この考え方が必要になります。
- 適用根拠: 物理的にロープの密度が均一であるという問題設定。
- 力のつりあいの式 \(\sum F = 0\):
- 選定理由: 問題全体を通して「ロープが静止している」状態を扱っているため。静止は加速度が0の状態であり、運動方程式 \(ma=F\) で \(a=0\) とした特別な場合に相当します。
- 適用根拠: ロープの各部分が静止しているという物理的状況。
- 静止条件の不等式 \(f \le \mu N\):
- 選定理由: 問(4)で「静止しているための条件」が問われているため。これは、つりあいを保つために必要な摩擦力が、供給可能な摩擦力の最大値(最大静止摩擦力)を超えない、という限界条件を数式化したものです。
- 適用根拠: 物体が滑り出す直前ではなく、静止し続けるための範囲を求めるという問題の要求。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 準備段階:
- ロープの線密度 \(\rho = M/L\) を定義する。
- 問(1) 各部分の重さ:
- APの質量 \(M_A = \rho(L-a)\)、重さ \(W_A = M_A g\)。
- BPの質量 \(M_B = \rho a\)、重さ \(W_B = M_B g\)。
- 問(2) 張力\(T\)の計算:
- 考察対象を「部分BP」に絞る。
- 鉛直方向の力のつりあい \(T = W_B\) を立式し、\(T\)を求める。
- 問(3) 摩擦力\(f\)の計算:
- 考察対象を「部分AP」に絞る。
- 斜面方向の力のつりあいを考える。摩擦力を除いた2力、張力\(T\)と重力成分\(M_A g \sin\theta\)の大小を比較する。
- つりあいを満たすように摩擦力\(f\)の向きと大きさを決定する。最終的に \(f = |T – M_A g \sin\theta|\) とまとめる。
- 問(4) 静止条件:
- Step 1 (垂直抗力): APの斜面垂直方向の力のつりあいから、垂直抗力 \(N_A = M_A g \cos\theta\) を求める。
- Step 2 (最大静止摩擦力): \(f_{\text{最大}} = \mu N_A\) を計算する。
- Step 3 (不等式の立式): 静止条件 \(f \le f_{\text{最大}}\) を立てる。すなわち、\(|T – M_A g \sin\theta| \le \mu M_A g \cos\theta\)。
- Step 4 (不等式を解く): 絶対値を外し、\(-f_{\text{最大}} \le T – M_A g \sin\theta \le f_{\text{最大}}\) として、\(a\) についての連立不等式を解く。これにより、\(a\) の下限と上限が求まる。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字の多さに惑わされない:
- 特に注意すべき点: \(M, L, a, g, \theta, \mu\) など多くの文字が登場します。計算過程で混乱しないように、一つ一つの文字の意味を常に意識する。
- 日頃の練習: 複雑な文字式を整理する練習を積む。特に、問(4)のように分母・分子に多くの項が含まれる不等式を解く際には、移項や分配法則の適用を慎重に行う。
- 分数の扱い:
- 特に注意すべき点: \(M_A = \frac{L-a}{L}M\) のように、質量が分数で表されます。計算過程で \(\frac{Mg}{L}\) のような共通の係数をうまく括りだしたり、両辺から消去したりすることで、計算を大幅に簡略化できます。
- 日頃の練習: 文字式の計算において、共通因数を見つけて括りだす癖をつける。
- 不等式の変形:
- 特に注意すべき点: 不等式の両辺に負の数を掛けたり割ったりすると、不等号の向きが逆転します。本問の計算では、分母の \(1+\sin\theta \pm \mu\cos\theta\) は常に正であるため向きは変わりませんが、一般的には注意が必要です。
- 日頃の練習: 数学で不等式の性質を復習し、正確な式変形ができるようにする。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (4) \(a\)の条件:
- 吟味の視点: \(a\) の下限値と上限値の式を見て、物理的に意味のある範囲になっているかを確認する。
- 例えば、摩擦がない場合 (\(\mu=0\)) を考えると、静止できるのは \(a = L\sin\theta / (1+\sin\theta)\) の一点のみとなり、範囲がなくなる。これは、摩擦がないと少しでもバランスが崩れると滑ってしまうという直感と一致する。
- また、問題の条件 \(\mu \le \tan\theta\) は、\(\sin\theta – \mu\cos\theta \ge 0\) を保証しており、\(a\) の下限値が負にならないことを意味している。これも物理的に妥当(長さが負になることはない)。
- (4) \(a\)の条件:
- 極端な場合や既知の状況との比較:
- もし斜面が滑らかだったら (\(\mu=0\)): 静止条件は \(T = M_A g \sin\theta\) となる。\(a\) がこの一点からずれると滑り出してしまう。
- もし斜面が垂直だったら (\(\theta=90^\circ\)): このとき \(\cos\theta=0\) なので、摩擦力ははたらかない。静止条件は \(a = L / 2\) となる。つまり、左右の重さが等しいときだけつりあう。これはU字管の水面と同じ状況で、直感的に正しい。
- もし垂れ下がりがなければ (\(a=0\)): このとき \(T=0\)。ロープは重力の斜面成分 \(M g \sin\theta\) で滑り落ちようとする。これを支える摩擦力が必要になる。
- もし全て垂れ下がっていたら (\(a=L\)): このとき斜面上の部分はなく、摩擦力ははたらかない。ロープは自由落下する。
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