「セミナー物理基礎+物理2025」徹底解説!【第 Ⅰ 章 5】基本例題~基本問題141

当ページでは、数式をより見やすく表示するための処理に、少しお時間がかかることがございます。お手数ですが、ページを開いたまま少々お待ちください。

基本例題

基本例題16 力のつりあいとモーメント

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(2)の別解1: 点Aのまわりのモーメントのつりあいを用いる解法
      • 模範解答が点Oを回転の中心とするのに対し、別解では点Aを回転の中心としてモーメントのつりあいを考えます。
    • 設問(2)の別解2: 点Bのまわりのモーメントのつりあいを用いる解法
      • 同様に、点Bを回転の中心としてモーメントのつりあいを考えます。
    • 設問(2)の別解3: 重心を用いる解法
      • 模範解答がモーメントのつりあいから解くのに対し、別解ではおもりAとBの合成された重さ(合力)が作用する点(重心)を求め、その点がばねのつり下げ点Oと一致することを利用します。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: モーメントのつりあいはどの点を中心に考えても成立するという原理を体感できます。また、モーメントと重心という二つの概念が密接に関連していることを理解できます。
    • 思考の柔軟性向上: 計算を簡単にするために、どの点を回転の中心に選ぶべきか戦略的に考える良い訓練になります。
    • 解法の選択肢拡大: モーメントのつりあいだけでなく、重心という視点からも問題を解けることを学び、アプローチの幅が広がります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「剛体のつりあい(静止条件)」です。物体が静止し続けるための条件を正しく理解し、数式に落とし込むことが目的です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 力のつりあい: 物体が並進運動(場所を移動する運動)を始めないための条件で、物体に働く力のベクトル和がゼロであることを意味します。
  2. 力のモーメントのつりあい: 物体が回転運動を始めないための条件で、任意の点のまわりの力のモーメントの和がゼロであることを意味します。
  3. フックの法則: ばねの弾性力は、ばねの自然長からの伸びや縮みに比例するという法則です。(\(F=kx\))
  4. 軽い棒: 問題文に「軽い棒」とある場合、棒自体の重さ(質量)は無視して良い、という約束事です。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、棒全体に働く鉛直方向の力に着目します。棒が静止していることから、「上向きの力の和」と「下向きの力の和」が等しいという「力のつりあい」の式を立てます。これによりばねの弾性力が求まり、フックの法則を使って伸びを計算します。
  2. (2)では、棒が回転しない条件、すなわち「力のモーメントのつりあい」の式を立てます。ある一点を回転の中心と定め、「反時計回りに回そうとするモーメントの和」と「時計回りに回そうとするモーメントの和」が等しいという式から、未知の長さを求めます。

問(1)

思考の道筋とポイント
棒が静止しているということは、「上下に動かない」し「回転もしない」ということです。この設問では、まず「上下に動かない」という条件、すなわち「力のつりあい」に着目します。棒には、下向きにおもりAとBの重さが、上向きにばねの弾性力が働いています。これらの力がつりあっている(合計がゼロになっている)ことから、ばねの弾性力の大きさを求め、フックの法則を適用してばねの伸びを計算します。
この設問における重要なポイント

  • 棒は静止しているので、鉛直方向の力の合計はゼロになる。
  • 上向きの力は、ばねが棒を引く弾性力のみである。
  • 下向きの力は、おもりAの重さとおもりBの重さの合計である。

具体的な解説と立式
ばねの伸びを \(x\,\text{m}\)、ばね定数を \(k = 2.5 \times 10^2\,\text{N/m}\) とします。
フックの法則より、ばねが棒を引く上向きの弾性力の大きさ \(F\) は、
$$
\begin{aligned}
F &= kx \\[2.0ex]
&= (2.5 \times 10^2)x
\end{aligned}
$$
と表せます。

一方、棒に働く下向きの力は、おもりAの重さ \(W_A = 30\,\text{N}\) とおもりBの重さ \(W_B = 20\,\text{N}\) の和です。
棒にはたらく鉛直方向の力のつりあいは、「上向きの力の和」=「下向きの力の和」なので、以下の式が成り立ちます。
$$ (2.5 \times 10^2)x = 30 + 20 $$

使用した物理公式

  • 力のつりあい
  • フックの法則: \(F = kx\)
計算過程

上記で立てた力のつりあいの式を解いて、ばねの伸び \(x\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
(2.5 \times 10^2)x &= 50 \\[2.0ex]
250x &= 50 \\[2.0ex]
x &= \frac{50}{250} \\[2.0ex]
x &= 0.20\,\text{m}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

棒を上に引っ張っている「ばねの力」と、下に引っ張っている「おもりAの力」と「おもりBの力」が、綱引きで引き分けている状態です。おもりA(\(30\,\text{N}\))とおもりB(\(20\,\text{N}\))が下向きに合計\(50\,\text{N}\)で引っ張っているので、ばねも上向きに\(50\,\text{N}\)の力で引っ張り返しているはずです。このばねは「\(1\,\text{m}\)伸ばすと\(2.5 \times 10^2 = 250\,\text{N}\)の力を出す」強さ(ばね定数)を持っているので、「\(50\,\text{N}\)の力を出すにはどれくらい伸ばせばよいか」を計算すれば答えが出ます。

結論と吟味

ばねの伸びは \(0.20\,\text{m}\) と求まりました。これは物理的に妥当な値です。

解答 (1) \(0.20\,\text{m}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
次に、棒が「回転しない」という条件、すなわち「力のモーメントのつりあい」を使います。回転の中心はどこに選んでも構いませんが、ここでは模範解答に沿って、ばねが接続されている点Oを選びます。点Oのまわりで、おもりAが棒を反時計回りに回そうとする作用と、おもりBが時計回りに回そうとする作用が打ち消し合って、つりあっていると考えます。
この設問における重要なポイント

  • 棒は回転しないので、任意の点のまわりのモーメントの和はゼロになる。
  • 力のモーメントは「力の大きさ × 回転の中心から力の作用線までの距離(腕の長さ)」で計算される。
  • 点Oのまわりで考える場合、点Oに働くばねの弾性力は腕の長さがゼロなので、モーメントを持たない。

具体的な解説と立式
AOの長さを \(L\,\text{m}\) とします。棒の全長は \(1.0\,\text{m}\) なので、BOの長さは \((1.0 – L)\,\text{m}\) と表せます。
点Oのまわりの力のモーメントのつりあいを考えます。

  • おもりAの重さ \(W_A = 30\,\text{N}\) は、点Oのまわりに反時計回りのモーメントを生みます。その大きさ \(M_A\) は、
    $$ M_A = 30 \times L $$
  • おもりBの重さ \(W_B = 20\,\text{N}\) は、点Oのまわりに時計回りのモーメントを生みます。その大きさ \(M_B\) は、
    $$ M_B = 20 \times (1.0 – L) $$

力のモーメントのつりあいは、「反時計回りのモーメントの和」=「時計回りのモーメントの和」なので、以下の式が成り立ちます。
$$ 30 \times L = 20 \times (1.0 – L) $$

使用した物理公式

  • 力のモーメントのつりあい
計算過程

上記で立てたモーメントのつりあいの式を解いて、長さ \(L\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
30L &= 20(1.0 – L) \\[2.0ex]
30L &= 20 – 20L \\[2.0ex]
30L + 20L &= 20 \\[2.0ex]
50L &= 20 \\[2.0ex]
L &= \frac{20}{50} \\[2.0ex]
L &= 0.40\,\text{m}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

シーソーが釣り合うのと同じ原理です。点Oをシーソーの支点だと考えてください。左側に乗っているおもりAによる「下向きに回そうとする力(重さ \(30\,\text{N}\) × 支点からの距離 \(L\))」と、右側に乗っているおもりBによる「下向きに回そうとする力(重さ \(20\,\text{N}\) × 支点からの距離 \((1.0-L)\))」が等しくなれば、シーソーは回転せずに水平を保ちます。このつりあいの式を解くことで、支点の位置、つまりAOの長さ\(L\)を求めることができます。

結論と吟味

AOの長さは \(0.40\,\text{m}\) と求まりました。重いおもりA(\(30\,\text{N}\))の方が、軽いおもりB(\(20\,\text{N}\))よりも支点Oに近い位置にあるため、つりあいが取れています。これは直感とも一致しており、妥当な結果です。

解答 (2) \(0.40\,\text{m}\)
別解1: 点Aのまわりのモーメントのつりあいを用いる解法

思考の道筋とポイント
力のモーメントのつりあいは、どの点を回転の中心に選んでも成立します。ここでは、棒の左端である点Aを回転の中心として考えてみます。この場合、点Aに働くおもりAの重さは腕の長さがゼロなのでモーメントを持たなくなり、計算が少し変わります。ばねの弾性力が棒を上に持ち上げようとする作用(反時計回り)と、おもりBの重さが棒を下に引き下げようとする作用(時計回り)がつりあうと考えます。
この設問における重要なポイント

  • 回転の中心を点Aに選ぶ。
  • 点Aに働く力(おもりAの重さ)は、腕の長さがゼロなのでモーメントを考えなくてよい。
  • ばねの弾性力は、(1)で求めた力のつりあいの結果から \(F = 30 + 20 = 50\,\text{N}\) であることを用いる。

具体的な解説と立式
点Aを回転の中心とします。AOの長さを \(L\,\text{m}\) とします。

  • ばねの弾性力 \(F = 50\,\text{N}\) は、点Aのまわりに反時計回りのモーメントを生みます。その大きさ \(M_F\) は、
    $$ M_F = 50 \times L $$
  • おもりBの重さ \(W_B = 20\,\text{N}\) は、点Aのまわりに時計回りのモーメントを生みます。腕の長さはAB間の距離 \(1.0\,\text{m}\) なので、その大きさ \(M_B\) は、
    $$ M_B = 20 \times 1.0 $$

力のモーメントのつりあいの式、「反時計回りのモーメントの和」=「時計回りのモーメントの和」より、
$$ 50 \times L = 20 \times 1.0 $$

使用した物理公式

  • 力のモーメントのつりあい
計算過程

上記で立てた式を解いて、長さ \(L\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
50L &= 20 \\[2.0ex]
L &= \frac{20}{50} \\[2.0ex]
L &= 0.40\,\text{m}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

棒の左端Aを手で押さえていると想像してください。棒が水平で静止するためには、ばねが棒を上に持ち上げようとする回転力と、右端のおもりBが棒を下に引き下げようとする回転力が釣り合っている必要があります。この釣り合いの式から、ばねの位置(AOの長さ)を計算します。

結論と吟味

主たる解法と完全に同じ結果が得られました。回転の中心をどこに選んでも物理法則は変わらないことが確認できます。未知の力が複数ある場合、そのうちの一つの力の作用点を回転中心に選ぶと、その力のモーメントがゼロになり計算が楽になることが多いというテクニックの良い例です。

解答 (2) \(0.40\,\text{m}\)
別解2: 点Bのまわりのモーメントのつりあいを用いる解法

思考の道筋とポイント
同様に、棒の右端である点Bを回転の中心として考えることもできます。この場合、おもりAの重さが反時計回りに回そうとする作用と、ばねの弾性力が時計回りに回そうとする作用がつりあうと考えます。
この設問における重要なポイント

  • 回転の中心を点Bに選ぶ。
  • 点Bに働く力(おもりBの重さ)はモーメントを考えなくてよい。
  • ばねの弾性力は \(F = 50\,\text{N}\) であることを用いる。

具体的な解説と立式
点Bを回転の中心とします。AOの長さを \(L\,\text{m}\) とすると、BOの長さは \((1.0 – L)\,\text{m}\) です。

  • おもりAの重さ \(W_A = 30\,\text{N}\) は、点Bのまわりに反時計回りのモーメントを生みます。腕の長さはAB間の距離 \(1.0\,\text{m}\) なので、その大きさ \(M_A\) は、
    $$ M_A = 30 \times 1.0 $$
  • ばねの弾性力 \(F = 50\,\text{N}\) は、点Bのまわりに時計回りのモーメントを生みます。腕の長さはBO間の距離 \((1.0 – L)\) なので、その大きさ \(M_F\) は、
    $$ M_F = 50 \times (1.0 – L) $$

力のモーメントのつりあいの式、「反時計回りのモーメントの和」=「時計回りのモーメントの和」より、
$$ 30 \times 1.0 = 50 \times (1.0 – L) $$

使用した物理公式

  • 力のモーメントのつりあい
計算過程

上記で立てた式を解いて、長さ \(L\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
30 &= 50(1.0 – L) \\[2.0ex]
30 &= 50 – 50L \\[2.0ex]
50L &= 50 – 30 \\[2.0ex]
50L &= 20 \\[2.0ex]
L &= \frac{20}{50} \\[2.0ex]
L &= 0.40\,\text{m}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

今度は棒の右端Bを手で押さえていると想像してください。棒が水平で静止するためには、左端のおもりAが棒を下に引き下げようとする回転力と、ばねが棒を上に持ち上げようとする回転力が釣り合っている必要があります。この釣り合いの式からも、ばねの位置を計算できます。

結論と吟味

主たる解法と完全に同じ結果が得られました。どの点を中心にしても同じ結論に至ることを再確認できます。

解答 (2) \(0.40\,\text{m}\)
別解3: 重心を用いる解法

思考の道筋とポイント
棒自体は軽いので、この系は実質的におもりAとおもりBという2つの物体から構成されていると見なせます。この2つのおもりの重さの合力(合計の重さ)が作用する点、すなわち「重心」を考えます。棒が水平に静止するためには、この重心の真上をばねで支える必要があります。したがって、AとBの重心の位置を求めれば、それが点Oの位置になります。
この設問における重要なポイント

  • 複数の平行な力の合力の作用点は、各力の作用点を質点とみなしたときの重心に一致する。
  • 棒が水平につりあうためには、2つのおもりの重心の真上を支える必要がある。

具体的な解説と立式
点Aを座標の原点 \((x_A=0)\) とし、点Bの位置を \(x_B=1.0\,\text{m}\) とします。
おもりA(重さ \(W_A = 30\,\text{N}\))とおもりB(重さ \(W_B = 20\,\text{N}\))の重心の座標を \(x_G\) とします。
重心の公式より、
$$ x_G = \frac{W_A x_A + W_B x_B}{W_A + W_B} $$
この重心の位置 \(x_G\) が、ばねのつり下げ点Oの座標、すなわちAOの長さ \(L\) に等しくなります。

使用した物理公式

  • 重心の公式: \(x_G = \displaystyle\frac{w_1x_1 + w_2x_2 + \dots}{w_1+w_2+\dots}\)
計算過程

各値を代入して重心 \(x_G\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
x_G &= \frac{30 \times 0 + 20 \times 1.0}{30 + 20} \\[2.0ex]
&= \frac{0 + 20}{50} \\[2.0ex]
&= \frac{20}{50} \\[2.0ex]
&= 0.40\,\text{m}
\end{aligned}
$$
したがって、AOの長さ \(L\) は \(0.40\,\text{m}\) です。

この設問の平易な説明

重さの違う2人(\(30\,\text{N}\)の人と\(20\,\text{N}\)の人)が乗った軽いシーソーを想像してください。このシーソーを1点で支えて水平にするには、どこを支えれば良いでしょうか?それは、2人の「重さの中心(重心)」です。重心は、重い人の方に少し寄った場所になります。この問題では、その重心の位置を計算することで、ばねで支えるべき点Oの場所を直接求めています。

結論と吟味

モーメントのつりあいを考えずとも、重心の概念だけで同じ結果が導き出されました。これは、モーメントのつりあいと重心の定義が本質的に等価であることを示しています。非常に見通しの良い解法であり、物理的な理解を深める上で有益です。

解答 (2) \(0.40\,\text{m}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 剛体のつりあい条件
    • 核心: 物体が静止し続けるためには、2つの条件を同時に満たす必要があります。この問題は、その2つの条件を正しく理解し、立式できるかを問うています。
    • 理解のポイント:
      • 力のつりあい: 物体が並進運動(上下左右に動くこと)をしないための条件です。「上向きの力の和」=「下向きの力の和」かつ「右向きの力の和」=「左向きの力の和」が成り立ちます。この問題では、鉛直方向の力のつりあいだけを考えれば十分です。
      • 力のモーメントのつりあい: 物体が回転運動をしないための条件です。任意の点のまわりで、「反時計回りのモーメントの和」=「時計回りのモーメントの和」が成り立ちます。どの点を回転の中心に選んでもこの関係は成立するという点が非常に重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • はしごを壁に立てかける問題: はしごに働く力(重力、壁からの垂直抗力と摩擦力、床からの垂直抗力と摩擦力)を図示し、「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」の2つの式を立てて解きます。
    • 看板や物体を複数のひもで吊るす問題: 各ひもの張力を未知数とし、同様につりあいの式を立てます。張力を水平・鉛直成分に分解する必要がある場合が多いです。
    • シーソーやてこの原理に関する問題: まさにこの問題の(2)が典型例です。どこを支点(回転の中心)と考えるかで、計算の複雑さが変わります。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. まずは力をすべて図示する: 静止している物体(この問題では棒)に着目し、それに働く力をすべてベクトル矢印で書き込みます。重力、張力、弾性力、垂直抗力、摩擦力など、接触しているものと離れて働く力(重力)を漏れなく見つけ出すのが第一歩です。
    2. 力のつりあいの式を立てる: 鉛直方向と水平方向に分けて、力のつりあいの式を立てます。未知数が多くてこの段階で解けなくても、後で使う重要な式になります。
    3. モーメントのつりあいの中心を選ぶ: どこを回転の中心にすれば計算が最も楽になるか考えます。基本戦略は、「未知の力が最も多く集まっている点」や「求めたい距離の基準点」を選ぶことです。そうすることで、その点に働く力のモーメントがゼロになり、式から消去できるためです。
    4. モーメントのつりあいの式を立てる: 選んだ点のまわりで、各力がどちら向きに物体を回そうとするか(時計回りか、反時計回りか)を判断し、腕の長さを正確に求めてモーメントのつりあいの式を立てます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • モーメントの腕の長さを間違える:
    • 誤解: 力の作用点までの距離をそのまま腕の長さとしてしまう。
    • 対策: 腕の長さは、回転の中心から「力の作用線(力の向きに伸ばした直線)」へ下ろした垂線の長さです。力が斜めに働く場合は、力を分解するか、三角比を使って垂線の長さを正確に求める必要があります。この問題では全ての力が鉛直方向なので、水平距離がそのまま腕の長さになります。
  • 回転の中心をどこに選べばよいか分からない:
    • 誤解: 回転の中心は、必ず物体の支点や中心でなければならないと考えてしまう。
    • 対策: 回転の中心は、計算上どこに選んでも物理的に問題ありません。静止している物体は、どの点のまわりでも回転していないからです。別解で示したように、点Aや点Bを回転の中心にしても同じ答えが出ます。計算を楽にするために戦略的に選ぶ、という意識を持ちましょう。
  • 力のつりあいだけで解こうとしてしまう:
    • 誤解: (2)のような位置を問う問題で、力のつりあいだけで何とかならないかと考えてしまう。
    • 対策: 物体の「位置」や「長さ」に関する未知数を求めるには、力の「作用点の位置」が関係するモーメントのつりあいを考える必要があります。力のつりあいだけでは、力がどこに働いているかの情報が式に含まれないため、位置を決定することはできません。「力のつりあい」と「モーメントのつりあい」はセットで使う、と覚えておきましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • (1)での公式選択(力のつりあい、フックの法則):
    • 選定理由: 求めたいのは「ばねの伸び」です。ばねの伸び \(x\) は、フックの法則 \(F=kx\) により、ばねの弾性力 \(F\) が分かれば求まります。その弾性力 \(F\) は、棒に働く未知の力の一つです。棒が静止しているという条件から、未知の力を求めるための最も基本的な法則が「力のつりあい」です。したがって、「力のつりあい → 弾性力 \(F\) を求める → フックの法則 → 伸び \(x\) を求める」という論理的な流れになります。
    • 適用根拠: 問題文に「静止した」と明記されているため、力のつりあいの法則を適用する根拠は明確です。また、ばねが登場しているので、その性質を記述するフックの法則を用いるのも自然な流れです。
  • (2)での公式選択(力のモーメントのつりあい):
    • 選定理由: 求めたいのは「AOの長さ」という、力の作用点の位置に関する情報です。力の作用点の位置情報を含む物理法則は「力のモーメントのつりあい」です。モーメントの定義(力×腕の長さ)に位置の情報が含まれているため、この法則を使えば位置に関する未知数を求めることができます。
    • 適用根拠: (1)と同様に、棒が「静止した」状態にあるため、回転もしていません。したがって、任意の点のまわりで力のモーメントがつりあっている、という法則を適用できます。模範解答では点Oを、別解では点Aや点Bを中心としていますが、いずれもこの法則を適用していることに変わりはありません。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 単位を意識する:
    • この問題では、長さは \(\text{m}\)、力は \(\text{N}\) に統一されています。もし問題で長さが \(\text{cm}\) で与えられていたら、計算前に \(\text{m}\) に直す癖をつけましょう。単位が混在すると、計算結果が大きくずれてしまいます。
  • 式を整理してから代入する:
    • (2)の計算 \(30L = 20(1.0 – L)\) のように、まずは文字式のまま立てて、それを整理 \(50L = 20\) してから、最後に割り算 \(L = 20/50\) を行う方が、途中の計算ミスを減らせます。
  • 図に情報を書き込む:
    • 問題の図に、力の大きさ、分かっている長さ、未知の長さ(\(L\)など)をすべて書き込みましょう。特にモーメントを考える際は、回転の中心、力の作用点、腕の長さを図で確認しながら立式すると、間違いが格段に減ります。
  • 物理的にありえない値でないか吟味する:
    • (2)で求めたAOの長さ \(L=0.40\,\text{m}\) は、棒の全長 \(1.0\,\text{m}\) の内側にあり、妥当な値です。もし計算結果が負になったり、\(1.0\,\text{m}\) を超えたりした場合は、どこかで符号や式を間違えた可能性が高いと判断できます。
    • また、重いおもり(\(30\,\text{N}\))と軽いおもり(\(20\,\text{N}\))のどちら側に支点Oが寄るべきかを直感的に考えてみましょう。重い方が支点に近い(腕が短い)はずなので、AOの長さは棒の半分の \(0.5\,\text{m}\) より短くなるはずです。計算結果 \(0.40\,\text{m}\) はこの予測と一致しており、答えの妥当性を裏付けています。

基本例題17 剛体のつりあい

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(1)の別解: 点B(壁との接点)を回転の中心とする解法
      • 模範解答が点A(床との接点)を回転の中心とするのに対し、別解では点Bを回転の中心としてモーメントのつりあいを考えます。
    • 設問(2)の別解: 3つの力の作用線が1点で交わる条件を用いる解法
      • 模範解答が力のつりあいと摩擦力の条件式から代数的に解くのに対し、別解では「3力でつりあう物体の力の作用線は1点で交わる」という幾何学的な性質を利用して解きます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: モーメントのつりあいはどの点を中心に考えても成立するという原理や、3力のつりあいの幾何学的条件といった、より深い物理的洞察を得ることができます。
    • 思考の柔軟性向上: 問題に応じて、計算が楽になる回転中心を戦略的に選ぶ訓練になります。また、代数的な解法だけでなく図形的な解法もあることを知り、多角的に問題を捉える力が養われます。
    • 解法の選択肢拡大: 複雑な問題に直面した際に、一つの解法で行き詰まっても、別の視点からアプローチできる引き出しが増えます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「摩擦のある床に立てかけた棒のつりあい」です。剛体のつりあいの2つの条件(力のつりあい、力のモーメントのつりあい)と、静止摩擦力の条件を組み合わせて解く典型問題です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 剛体のつりあい条件: 物体が静止しているとき、「力のつりあい(ベクトル和がゼロ)」と「力のモーメントのつりあい(任意の点のまわりのモーメントの和がゼロ)」が同時に成り立っています。
  2. 力のモーメント: 力が物体を回転させようとする能力のことで、「力の大きさ × 腕の長さ」で計算されます。腕の長さとは、回転の中心から力の作用線へ下ろした垂線の長さです。
  3. 静止摩擦力: 物体がすべり出そうとするのを妨げる向きに働く力です。その大きさは外力に応じて変化し、最大値(最大静止摩擦力 \(\mu N\))を超えると物体はすべり出します。
  4. なめらかな壁: 「なめらか」とある場合、摩擦は働かないと考え、面に垂直な力(垂直抗力)のみを考えます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、まず棒に働くすべての力を図示します。次に、力のつりあいの式(水平方向、鉛直方向)と、力のモーメントのつりあいの式を立てます。これらの連立方程式を解くことで、垂直抗力を求めます。
  2. (2)では、(1)で立てた力のつりあいの式から静止摩擦力の大きさを求めます。そして、棒が倒れない(すべらない)ための条件である「(静止摩擦力)≦(最大静止摩擦力)」という不等式を立て、それを解くことで \(\theta\) の条件を導き出します。

問(1)

思考の道筋とポイント
この問題の核心は、棒に働く力をすべて正確に把握し、「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」という2つの条件を数式にすることです。
棒に働く力は、①重力 \(W\)、②壁からの垂直抗力 \(N_1\)、③床からの垂直抗力 \(N_2\)、④床からの静止摩擦力 \(F\) の4つです。
これらの力について、まず力のつりあいの式を水平・鉛直で立てます。しかし、未知数が \(N_1, N_2, F\) の3つあるのに対し、式は2本しかないので解けません。そこで、第3の式として「力のモーメントのつりあい」を考えます。
回転の中心はどこに選んでもよいですが、未知の力が最も多く集まっている点A(床との接点)を選ぶと、\(N_2\) と \(F\) のモーメントがゼロになり、計算が最も簡単になります。
この設問における重要なポイント

  • 棒に働く4つの力(重力、垂直抗力2つ、静止摩擦力)をすべて図示する。
  • 力のモーメントのつりあいを考える際、計算が楽になるように回転の中心を選ぶ(この場合は点A)。
  • モーメントの腕の長さを、図と三角比を使って正しく求める。

具体的な解説と立式
棒に働く力は以下の通りです。

  • 地球から受ける重力 \(W\)(鉛直下向き、棒の中心に作用)
  • 壁から受ける垂直抗力 \(N_1\)(水平左向き、点Bに作用)
  • 床から受ける垂直抗力 \(N_2\)(鉛直上向き、点Aに作用)
  • 床から受ける静止摩擦力 \(F\)(水平右向き、点Aに作用)

まず、力のつりあいの式を立てます。

  • 水平方向: (右向きの力の和)=(左向きの力の和)より、
    $$ F = N_1 \quad \cdots ① $$
  • 鉛直方向: (上向きの力の和)=(下向きの力の和)より、
    $$ N_2 = W \quad \cdots ② $$

次に、点Aのまわりの力のモーメントのつりあいを考えます。点Aに働く \(N_2\) と \(F\) は腕の長さがゼロなので、モーメントはゼロです。

  • 壁からの垂直抗力 \(N_1\) によるモーメント(反時計回り):
    • 腕の長さは \(L\sin\theta\) なので、モーメントの大きさは \(N_1 \times L\sin\theta\)。
  • 重力 \(W\) によるモーメント(時計回り):
    • 腕の長さは \(\frac{L}{2}\cos\theta\) なので、モーメントの大きさは \(W \times \frac{L}{2}\cos\theta\)。

(反時計回りのモーメントの和)=(時計回りのモーメントの和)より、
$$ N_1 \times L\sin\theta = W \times \frac{L}{2}\cos\theta \quad \cdots ③ $$

使用した物理公式

  • 力のつりあい
  • 力のモーメントのつりあい
計算過程

まず、式②から \(N_2\) がすぐに求まります。
$$ N_2 = W $$
次に、式③を \(N_1\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
N_1 L\sin\theta &= W \frac{L}{2}\cos\theta \\[2.0ex]
N_1 \sin\theta &= \frac{W}{2}\cos\theta \\[2.0ex]
N_1 &= \frac{W\cos\theta}{2\sin\theta} \\[2.0ex]
N_1 &= \frac{W}{2\tan\theta}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

棒が倒れずに静止しているのは、いろいろな力が絶妙にバランスを取っているからです。(1)では、まず棒を支える上下の力のバランスを考えます。棒の重さ \(W\) をすべて床が垂直抗力 \(N_2\) で支えているので、\(N_2=W\) となります。次に、棒が回転しないためのバランス(モーメントのつりあい)を考えます。床の接点Aを支点としたシーソーを想像してください。棒の重さ \(W\) が棒を時計回りに倒そうとする作用と、壁が棒を押す力 \(N_1\) が棒を反時計回りに支えようとする作用が釣り合っています。この釣り合いの式を解くことで、壁が押す力 \(N_1\) の大きさがわかります。

結論と吟味

壁から受ける垂直抗力の大きさは \(N_1 = \displaystyle\frac{W}{2\tan\theta}\)、床から受ける垂直抗力の大きさは \(N_2 = W\) と求まりました。
\(N_1\) の式から、角度 \(\theta\) が小さくなる(棒が寝てくる)と \(\tan\theta\) も小さくなるため、壁が押す力 \(N_1\) は大きくなることがわかります。これは直感とも一致しており、妥当な結果です。

解答 (1) 壁からの垂直抗力: \(\displaystyle\frac{W}{2\tan\theta}\), 床からの垂直抗力: \(W\)
別解: 点B(壁との接点)を回転の中心とする解法

思考の道筋とポイント
力のモーメントのつりあいは、どの点を回転の中心に選んでも成立します。ここでは、壁との接点Bを回転の中心として考えてみます。この場合、点Bに働く垂直抗力 \(N_1\) のモーメントがゼロになるため、式から \(N_1\) が消えます。残りの力(\(W, N_2, F\))のモーメントのつりあいの式を立て、これと力のつりあいの式(\(F=N_1, N_2=W\))を連立させることで、未知数をすべて決定します。
この設問における重要なポイント

  • 回転の中心を点Bに選ぶ。
  • 点Bに働く力 \(N_1\) のモーメントはゼロになる。
  • 他の力の腕の長さを、点Bを基準として正しく求める。

具体的な解説と立式
点Bのまわりの力のモーメントのつりあいを考えます。

  • 重力 \(W\) によるモーメント(反時計回り):
    • 腕の長さは \(\frac{L}{2}\cos\theta\)。モーメントの大きさは \(W \times \frac{L}{2}\cos\theta\)。
  • 床からの静止摩擦力 \(F\) によるモーメント(反時計回り):
    • 腕の長さは \(L\sin\theta\)。モーメントの大きさは \(F \times L\sin\theta\)。
  • 床からの垂直抗力 \(N_2\) によるモーメント(時計回り):
    • 腕の長さは \(L\cos\theta\)。モーメントの大きさは \(N_2 \times L\cos\theta\)。

(反時計回りのモーメントの和)=(時計回りのモーメントの和)より、
$$ W \times \frac{L}{2}\cos\theta + F \times L\sin\theta = N_2 \times L\cos\theta $$

使用した物理公式

  • 力のつりあい
  • 力のモーメントのつりあい
計算過程

このモーメントの式と、力のつりあいの式① \(F=N_1\)、② \(N_2=W\) を連立して解きます。
まず、モーメントの式に②を代入します。
$$
\begin{aligned}
W \times \frac{L}{2}\cos\theta + F \times L\sin\theta &= W \times L\cos\theta \\[2.0ex]
F \times L\sin\theta &= W \times L\cos\theta – W \times \frac{L}{2}\cos\theta \\[2.0ex]
F L\sin\theta &= W \frac{L}{2}\cos\theta
\end{aligned}
$$
両辺から \(L\) を消去し、\(F\) について解くと、
$$
\begin{aligned}
F &= \frac{W\cos\theta}{2\sin\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{W}{2\tan\theta}
\end{aligned}
$$
最後に、式① \(F=N_1\) より、
$$ N_1 = \frac{W}{2\tan\theta} $$
また、式②から \(N_2=W\) です。これは主たる解法の結果と完全に一致します。

この設問の平易な説明

今度は、棒のてっぺん(壁との接点B)を指で押さえて固定したと想像してみましょう。棒が回転せずに静止するためには、棒を回そうとする力が釣り合っている必要があります。この場合、「床からの垂直抗力」が棒を時計回りに回そうとし、それに対して「棒の重さ」と「床の摩擦力」が協力して反時計回りに回そうとします。この「時計回り」対「反時計回り」の力の釣り合いの式を解くことで、答えを導き出します。

結論と吟味

回転の中心を変えても、同じ結果が得られることが確認できました。ただし、この解法では力のつりあいの式を代入して連立させる必要があり、未知の力が集中する点Aを回転中心に選んだ主たる解法の方が計算はシンプルです。このことから、問題に応じて計算が最も楽になる回転中心を戦略的に選ぶことの有効性がわかります。

解答 (1) 壁からの垂直抗力: \(\displaystyle\frac{W}{2\tan\theta}\), 床からの垂直抗力: \(W\)

問(2)

思考の道筋とポイント
棒が倒れない(=床の上をすべらない)ための条件を考えます。物体がすべり出すのを妨げているのは静止摩擦力 \(F\) です。しかし、静止摩擦力には限界があり、その最大値が最大静止摩擦力 \(\mu N_2\) です。したがって、棒がすべらないためには、実際に働いている静止摩擦力 \(F\) が、発揮できる最大の静止摩擦力 \(\mu N_2\) を超えなければよい、ということになります。この条件を不等式で表し、(1)で求めた結果を代入して解きます。
この設問における重要なポイント

  • 棒がすべらない条件は、静止摩擦力 \(F\) が最大静止摩擦力 \(\mu N_2\) 以下であること。すなわち \(F \le \mu N_2\)。
  • 静止摩擦力 \(F\) の大きさは、水平方向の力のつりあい (\(F=N_1\)) から求める。

具体的な解説と立式
棒が倒れないためには、点Aで棒がすべらなければよいです。
すべらないための条件は、静止摩擦力 \(F\) が最大静止摩擦力 \(\mu N_2\) 以下であることです。
$$ F \le \mu N_2 \quad \cdots ④ $$
ここで、(1)で立てた力のつりあいの式と、計算結果を用います。

  • 水平方向の力のつりあい(式①)より、\(F = N_1\)。
  • (1)の計算結果より、\(N_1 = \displaystyle\frac{W}{2\tan\theta}\)。
  • (1)の計算結果より、\(N_2 = W\)。

これらの関係を、すべらない条件の式④に代入します。
$$ \frac{W}{2\tan\theta} \le \mu W $$

使用した物理公式

  • 力のつりあい
  • 静止摩擦力と最大静止摩擦力の関係: \(F \le \mu N\)
計算過程

上記で立てた不等式を \(\tan\theta\) について解きます。
$$ \frac{W}{2\tan\theta} \le \mu W $$
両辺を \(W\) で割ります(\(W>0\) なので不等号の向きは変わりません)。
$$ \frac{1}{2\tan\theta} \le \mu $$
両辺に \(2\tan\theta\) を掛けます(\(\theta\) は鋭角なので \(\tan\theta > 0\) です。不等号の向きは変わりません)。
$$ 1 \le 2\mu\tan\theta $$
最後に、両辺を \(2\mu\) で割ります(\(\mu>0\) です)。
$$ \frac{1}{2\mu} \le \tan\theta $$
したがって、求める条件は、
$$ \tan\theta \ge \frac{1}{2\mu} $$

この設問の平易な説明

棒が壁に寄りかかると、壁を左に押します(力 \(N_1\))。その反動で、床との接点では棒が右にすべろうとします。このすべりを食い止めているのが、床のザラザラ(静止摩擦力 \(F\))です。しかし、このザラザラの力にも限界があります。棒の角度 \(\theta\) が小さくなりすぎると、壁を押す力 \(N_1\) が大きくなり、それに伴ってすべろうとする力 \(F\) も大きくなります。そして、ついに床のザラザラの限界を超えてしまい、棒はずるっとすべって倒れてしまいます。この問題では、「ザラザラの限界を超えないためには、角度 \(\theta\) はどれくらい以上でなければならないか?」を計算しています。

結論と吟味

棒が倒れないための条件は \(\tan\theta \ge \displaystyle\frac{1}{2\mu}\) と求まりました。
この式は、静止摩擦係数 \(\mu\) が大きい(床がザラザラしている)ほど、右辺が小さくなることを示しています。つまり、より小さい角度 \(\theta\)(より寝かせた状態)でも倒れずに済む、ということです。これは私たちの日常経験とも一致しており、物理的に妥当な結論です。

解答 (2) \(\tan\theta \ge \displaystyle\frac{1}{2\mu}\)
別解: 3つの力の作用線が1点で交わる条件を用いる解法

思考の道筋とポイント
棒に働く力は、①重力 \(W\)、②壁からの垂直抗力 \(N_1\)、③床からの抗力 \(R\)(垂直抗力 \(N_2\) と静止摩擦力 \(F\) の合力)の3つとみなすことができます。物体が3つの力だけを受けてつりあっている場合、それらの力の作用線は必ず1点で交わる、という重要な性質があります。この幾何学的な条件を利用して、力のつりあいの関係を図形的に解き、そこからすべらないための条件を導き出します。モーメントの計算をせずに解けるのが特徴です。
この設問における重要なポイント

  • 棒に働く力を3つ(重力、壁からの垂直抗力、床からの抗力)にまとめる。
  • 3力の作用線が1点で交わることを利用する。
  • 床からの抗力 \(R\) が鉛直線となす角 \(\alpha\) と、すべらない条件を結びつける。

具体的な解説と立式
重力 \(W\) の作用線(棒の中心を通る鉛直線)と、壁からの垂直抗力 \(N_1\) の作用線(点Bを通る水平線)の交点をPとします。
3つ目の力である床からの抗力 \(R\) の作用線も、この点Pを通る必要があります。抗力 \(R\) は点Aから働くので、作用線は直線APとなります。

点Aを原点 \((0, 0)\) とする座標で考えます。

  • 重心Gの座標は \((\frac{L}{2}\cos\theta, \frac{L}{2}\sin\theta)\)。
  • 点Bの座標は \((L\cos\theta, L\sin\theta)\)。
  • 重力 \(W\) の作用線は、直線 \(x = \frac{L}{2}\cos\theta\)。
  • 垂直抗力 \(N_1\) の作用線は、直線 \(y = L\sin\theta\)。

したがって、交点Pの座標は \((\frac{L}{2}\cos\theta, L\sin\theta)\) となります。

床からの抗力 \(R\) の作用線(直線AP)が、鉛直線(y軸)となす角を \(\alpha\) とすると、図より、
$$
\begin{aligned}
\tan\alpha &= \frac{(\text{P点のx座標})}{(\text{P点のy座標})} \\[2.0ex]
&= \frac{\frac{L}{2}\cos\theta}{L\sin\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{\cos\theta}{2\sin\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2\tan\theta}
\end{aligned}
$$
一方、抗力 \(R\) は垂直抗力 \(N_2\) と静止摩擦力 \(F\) の合力なので、その定義から、
$$ \tan\alpha = \frac{F}{N_2} $$
よって、2つの式から、
$$ \frac{F}{N_2} = \frac{1}{2\tan\theta} $$
棒がすべらない条件は \(F \le \mu N_2\)、すなわち \(\frac{F}{N_2} \le \mu\) です。
これに上の関係式を代入すると、
$$ \frac{1}{2\tan\theta} \le \mu $$

使用した物理公式

  • 3力のつりあいの条件(作用線が1点で交わる)
  • 静止摩擦力と最大静止摩擦力の関係
計算過程

上記で立てた不等式を \(\tan\theta\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2\tan\theta} &\le \mu \\[2.0ex]
1 &\le 2\mu\tan\theta \\[2.0ex]
\frac{1}{2\mu} &\le \tan\theta
\end{aligned}
$$
これは主たる解法の結果と完全に一致します。

この設問の平易な説明

綱引きで3人が異なる方向に引っ張り合ってピタッと静止している状況を想像してください。このとき、3人が引いているロープをずっと伸ばしていくと、必ず1点で交わります。物理の世界でも同じで、棒に働く3つの大きな力(「重力」「壁が押す力」「床が支える力」)の矢印を伸ばしていくと、必ず1点で交わります。この「交わる点」の位置を図形の問題として計算することで、力のバランスを調べ、棒がすべらないための角度の条件を求める、という少し変わったアプローチです。

結論と吟味

力のモーメントのつりあいを直接計算する代わりに、3力の作用線が1点で交わるという幾何学的な性質を用いることで、同じ結論を導くことができました。この解法は、代数的な計算だけでなく、図形的な視点からも物理問題を解けることを示しており、力のつりあいの図形的な意味を深く理解する上で非常に有益です。

解答 (2) \(\tan\theta \ge \displaystyle\frac{1}{2\mu}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 剛体のつりあい条件と静止摩擦力の組み合わせ
    • 核心: この問題は、物体が静止し続けるための2つの条件(力のつりあい、モーメントのつりあい)と、物体がすべり出さないための条件(静止摩擦力)という、3つの異なる物理法則を正しく組み合わせて思考できるかを問うています。どれか一つでも欠けると解くことはできません。
    • 理解のポイント:
      • 力のつりあい: 棒がその場で動かない(並進しない)ための条件です。水平方向と鉛直方向のそれぞれで、力の合計がゼロになります。
      • 力のモーメントのつりあい: 棒が回転しないための条件です。どの点を中心に考えても、時計回りのモーメントと反時計回りのモーメントが釣り合います。
      • 静止摩擦力の条件: 棒が床をすべらないための条件です。実際に働いている静止摩擦力 \(F\) は、その限界値である最大静止摩擦力 \(\mu N\) を超えることはできません (\(F \le \mu N\))。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 壁にも摩擦がある場合: 壁からの力として、垂直抗力に加えて摩擦力も考慮する必要があります。未知数が一つ増えますが、力のつりあいとモーメントのつりあいを立てるという基本方針は同じです。
    • 棒の途中に荷物が置かれている場合: 棒の重力に加えて、荷物の重力も考慮します。モーメントを計算する際に、それぞれの重力が働く位置(腕の長さ)が異なる点に注意が必要です。
    • 人がはしごを登っていく問題: 人の位置によって、人がはしごに及ぼす重力のモーメントが変わります。人がどこまで登るとはしごがすべるか、といった条件を問われます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. まずは力をすべて図示する: これが最も重要です。重力、垂直抗力、摩擦力など、考えられる力をすべて、正しい作用点と向きで図に書き込みます。特に摩擦力の向きは、「もし摩擦がなかったら物体はどちらにすべるか?」を考えて、その動きを妨げる向きに設定します。
    2. 力のつりあいの式を立てる: 水平方向と鉛直方向に分けて、それぞれ「右向きの力の和=左向きの力の和」「上向きの力の和=下向きの力の和」の式を立てます。
    3. モーメントのつりあいの中心を選ぶ: 計算を最も簡単にするために、回転の中心を戦略的に選びます。セオリーは「未知の力や、考えたくない力が最も多く集まっている点」です。この問題では点Aがそれに該当します。
    4. 腕の長さを正確に求める: 選んだ回転中心から、各力の作用線(力の矢印を伸ばした直線)に下ろした垂線の長さを、図形と三角比を使って正確に計算します。
    5. 「すべる条件」を最後に適用する: (1)のようにつりあっている状態を問う問題では、静止摩擦力は未知数 \(F\) のまま扱います。(2)のように「すべらないための条件」を問われたときに、初めて \(F \le \mu N\) という不等式を適用します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 静止摩擦力の向きを直感で間違える:
    • 誤解: 棒が壁に寄りかかっているから、下端は右にすべりそうだと直感的に考えて、摩擦力を右向きにしてしまう。
    • 対策: 摩擦力の向きを決めるときは、「もし摩擦がなかったら、この物体はどう動くか?」を考えます。この問題で床がツルツルだったら、棒は壁から受ける力 \(N_1\)(左向き)によって、全体が左に動きながら倒れます。つまり、下端Aは「左にすべろうとする」のです。したがって、それを妨げる静止摩擦力は「右向き」に働きます。
  • つりあいの式にいきなり最大静止摩擦力を使う:
    • 誤解: (1)の力のつりあいの式を立てる段階で、静止摩擦力 \(F\) をいきなり \(\mu N_2\) で置き換えてしまう。
    • 対策: 静止摩擦力は、あくまで外力とつりあうだけの大きさしか働きません。つりあっている状態では、まだ限界に達しているとは限らないので、未知数 \(F\) として扱います。\(F \le \mu N_2\) は、(2)のように「すべり出す直前」や「すべらないための条件」を考えるときにのみ使う「条件式」であると区別しましょう。
  • モーメントの腕の長さを間違える:
    • 誤解: 回転中心から力の作用点までの棒に沿った距離(例えば \(\frac{L}{2}\))を、そのまま腕の長さとしてしまう。
    • 対策: 腕の長さは、あくまで回転中心と力の作用線の「最短距離(垂線の長さ)」です。必ず図を描いて、直角三角形を見つけ、\(\sin\theta\) や \(\cos\theta\) を使って正しく長さを表現する癖をつけましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • (1)での公式選択(力のつりあい + 力のモーメントのつりあい):
    • 選定理由: 求めたい未知数は垂直抗力 \(N_1, N_2\) ですが、これらを求めるには静止摩擦力 \(F\) も含めた3つの未知数を解く必要があります。未知数が3つあるので、独立した方程式が3本必要になります。物理法則のうち、「力のつりあい」から水平方向と鉛直方向の2本の方程式が得られます。そして、物体が回転せずに静止していることから、「力のモーメントのつりあい」という3本目の独立した方程式を立てることができます。これにより、未知数3つに対して方程式3本が揃い、解くことが可能になります。
    • 適用根拠: 問題文に「立てかける」「静止している」とあることから、棒は並進も回転もしていないことがわかります。これが、力のつりあいとモーメントのつりあいの両方を適用できる明確な根拠となります。
  • (2)での公式選択(静止摩擦力の条件式 \(F \le \mu N\)):
    • 選定理由: 問われているのは「棒が倒れないための条件」です。この文脈での「倒れる」は「床をすべること」を意味します。物体がすべるかすべらないかを判定するための物理法則が、静止摩擦力の条件式 \(F \le \mu N\) です。したがって、この法則を選択するのは必然です。
    • 適用根拠: (1)で求めた力のつりあいの結果(実際に働いている静止摩擦力 \(F\) の大きさ)を、この条件式に代入することで、物理的にすべらずに存在できるための \(\theta\) の条件を導き出すことができます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 文字式のまま計算を進める:
    • この問題のように、数値が与えられていない場合は必然的に文字式計算になります。計算の途中で式が複雑になっても、慌てずに整理しましょう。両辺で共通の文字(この問題では \(L\) や \(W\))を約分できる場合が多く、最終的にはシンプルな形になることが多いです。
  • 三角関数の扱いに慣れる:
    • モーメントの計算では三角関数が頻出します。特に、\(\tan\theta = \displaystyle\frac{\sin\theta}{\cos\theta}\) の関係は、式を整理する際によく使います。スムーズに式変形できるよう練習しておきましょう。
  • 不等式の変形ルールを徹底する:
    • (2)では不等式を扱います。両辺に正の数を掛けたり割ったりする場合は不等号の向きは変わりませんが、負の数を掛ける・割る場合は逆転します。この問題では \(\mu\) や \(\tan\theta\) は正の値なので向きは変わりませんが、常に意識する癖をつけましょう。
  • 極端な場合を考えて検算する:
    • 求まった条件式 \(\tan\theta \ge \displaystyle\frac{1}{2\mu}\) が妥当かどうか、極端な状況を代入して考えてみましょう。
    • もし床がツルツルだったら?: \(\mu \to 0\) とすると、\(\frac{1}{2\mu} \to \infty\) となります。つまり \(\tan\theta\) が無限大にならねばならず、これは \(\theta \to 90^\circ\) を意味します。つまり、ほぼ垂直に立てないと無理、ということです。これは直感に合います。
    • もし床が非常にザラザラだったら?: \(\mu \to \infty\) とすると、\(\frac{1}{2\mu} \to 0\) となります。つまり \(\tan\theta \ge 0\) となり、どんなに小さい角度(\(\theta > 0\))でも立てかけられることを意味します。これも直感に合います。このような吟味によって、答えの確からしさを確認できます。
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基本問題

133 剛体にはたらく力の合成

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(1), (2), (3)の共通の別解: 力のモーメントのつりあいを用いる解法
      • 模範解答が平行な力の合成における内分・外分点の公式を用いるのに対し、別解ではより基本的な原理である「元の力のモーメントの和は、合力のモーメントに等しい」という関係式を用いて、合力の作用点の位置を直接計算します。
    • 設問(4)の別解: ベクトルの成分計算を用いる解法
      • 模範解答が図形的に平行四辺形の法則を用いて解くのに対し、別解では各力をベクトル成分で表し、成分ごとに足し合わせることで合力ベクトルを求め、その大きさを計算します。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: 内分・外分公式が、実は力のモーメントのつりあいから導かれる関係であることを理解できます。また、力の図形的な合成(平行四辺形の法則)と、代数的な合成(成分計算)が等価であることを体感できます。
    • 解法の選択肢拡大: 公式を忘れてしまった場合でも、モーメントのつりあいという基本原理に立ち返って問題を解くことができます。また、複雑な力の合成において、成分計算が有効な場面があることを学べます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「剛体にはたらく力の合成」です。複数の力がはたらく物体を、あたかも一つの力がはたらいているかのように見なすための「合力」の求め方を学びます。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 合力の考え方: 合力とは、大きさ、向き、そして作用線の3つの要素で決まります。特に作用線の位置が重要です。
  2. 平行な力の合成:
    • 同じ向きの2力: 合力の大きさは力の和。作用線は2力の作用点を力の大きさの逆比に「内分」する点を通ります。
    • 逆向きの2力: 合力の大きさは力の差。作用線は2力の作用点を力の大きさの逆比に「外分」する点を通ります。
  3. 平行でない力の合成: 2力の作用線を延長し、その交点まで力を移動させてから「平行四辺形の法則」を用いて合成します。
  4. 力のモーメント: 合力の作用点を求めるもう一つの強力な方法です。任意の点のまわりで、「元の複数の力が生むモーメントの和」と「合力1つが生むモーメント」は等しくなります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1), (2)では、平行な2力の合成の公式(内分・外分)を適用して、合力の大きさと作用線を求めます。
  2. (3)では、3つの力を2段階に分けて合成します。まず2力を選んでその合力を求め、次にその合力と残りの1力を合成します。
  3. (4)では、平行でない2力の合成の基本手順に従い、作用線の交点を見つけて平行四辺形の法則を適用します。

問(1)

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