「セミナー物理基礎+物理2025」徹底解説!【第 Ⅲ 章 12】発展例題~発展問題306

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発展例題

発展例題24 容器から逃げる気体

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(2)の別解: シャルルの法則を用いる解法
      • 模範解答がフラスコ内に「残った」気体の物質量に着目して状態方程式を立てるのに対し、別解では「はじめにあった」気体全体が定圧下で膨張すると考え、シャルルの法則を用いてフラスコからはみ出した量を計算します。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理現象の多角的解釈: 同じ現象を「フラスコ内に残った気体」という視点と、「はじめの気体全体が膨張した」という視点の両方から捉えることで、気体の状態変化に対する理解が深まります。
    • 法則の応用力向上: 状態方程式だけでなく、シャルルの法則のようなより具体的な法則を、物質量が変化するように見える状況にどう応用するか(考察対象を工夫する)を考える良い訓練になります。
    • 思考の柔軟性: 状態方程式が万能である一方、特定の条件下(この場合は定圧)では、よりシンプルで直感的な法則が有効であることを学び、問題解決のアプローチの幅が広がります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「開いた容器内における気体の状態変化」です。容器の口が開いているために、加熱の過程で圧力が一定に保たれる(定圧変化)というのが最大の特徴です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 気体の状態方程式: 気体の圧力、体積、物質量、温度の関係を表す基本法則 \(PV=nRT\) を正しく使えること。
  2. 絶対温度の理解: 気体の状態を記述する際には、セルシウス温度 \([^\circ\text{C}]\) ではなく、必ず絶対温度 \([\text{K}]\) を用いなければならないこと。(\(T\,[\text{K}] = t\,[^\circ\text{C}] + 273\))
  3. 開口容器の特性: 口が開いた容器内の気体の圧力は、常に外部の大気圧に等しいことを理解していること。そのため、ゆっくり加熱する過程は定圧変化となる。
  4. 質量と物質量の関係: 気体の質量は、その気体の物質量に比例すること。(\(m = M \times n\), ここで \(M\) はモル質量)

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、「フラスコの口が開いている」という条件が物理的に何を意味するかを考えます。これにより、フラスコ内外の圧力の関係がわかります。
  2. (2)では、温める前と後でフラスコ内に存在する気体について、それぞれ状態方程式を立てます。このとき、圧力と体積は一定ですが、温度と物質量が変化することに着目します。2つの式から物質量の変化率を求め、それを質量の変化率に結びつけます。

問(1)

思考の道筋とポイント
この問題の最も重要な設定は「口の開いたフラスコ」という点です。フラスコの内と外は常に大気とつながっているため、内部の空気が外部から押される力(大気圧)と、外部の空気を押し返す力(内部の気体の圧力)は常につり合っています。したがって、フラスコ内の圧力は、温める前も温めた後も、常に外部の大気圧と等しくなります。
この設問における重要なポイント

  • フラスコの口が開いているため、内部の空気は外部の大気と自由に出入りできる。
  • この結果、フラスコ内部の圧力は常に大気圧と等しく保たれる。

具体的な解説と立式
フラスコは圧力 \(p_1\,[\text{Pa}]\) の大気中に置かれています。

  • 温める前: フラスコ内の空気の圧力は、外部の大気圧と等しいので \(p_1\,[\text{Pa}]\) です。
  • 温めた後: フラスコをゆっくり温めると、中の空気は膨張して一部が外部に逃げ出します。この過程でもフラスコの口は開いたままなので、内外の圧力はつり合った状態が保たれます。したがって、温めた後のフラスコ内の空気の圧力も、外部の大気圧と等しい \(p_1\,[\text{Pa}]\) となります。

使用した物理公式

この設問では、特定の公式を用いるというよりは、圧力の基本的な性質に基づいた物理的な考察が求められます。
計算過程

計算は不要です。

この設問の平易な説明

部屋のドアを開けっ放しにして、ストーブをつけたと考えてみてください。部屋の空気は温められて膨張し、一部は廊下に出ていくかもしれませんが、部屋の中の気圧が廊下より高くなったり低くなったりすることはありません。それと同じで、口の開いたフラスコの中の圧力は、温めても温めなくても、常に外の空気の圧力(大気圧)と同じになります。

結論と吟味

温める前と後におけるフラスコ内の空気の圧力は、いずれも大気圧 \(p_1\) に等しいと結論付けられます。これは物理的に妥当な状況です。

解答 (1) 温める前: \(p_1\,[\text{Pa}]\), 温めた後: \(p_1\,[\text{Pa}]\)

問(2)

思考の道筋とポイント
フラスコを温めると、中の空気が膨張して一部が外へ逃げ出します。これは、フラスコという一定の容積の中に存在できる気体の物質量が、温度の上昇によって減少することを意味します。この問題では、温める前にフラスコ内にあった空気の質量 \(m\) と、逃げ出した空気の質量 \(\Delta m\) の比 \(\frac{\Delta m}{m}\) を求めます。
空気の分子の種類は変わらないので、質量の比は物質量の比に等しくなります。そこで、温める前と後のフラスコ内の気体の物質量をそれぞれ求め、その関係から答えを導きます。
この設問における重要なポイント

  • フラスコの容積 \(V\) と、フラスコ内の圧力 \(p_1\) は、温める前後で一定である。
  • 変化するのは、フラスコ内の気体の温度 \(T\) と物質量 \(n\) である。
  • 気体の状態方程式を立てる際は、セルシウス温度 \(t\,[^\circ\text{C}]\) ではなく、絶対温度 \(T\,[\text{K}]\) を用いる必要がある。(\(T = t + 273\))
  • 求める質量の比 \(\frac{\Delta m}{m}\) は、物質量の比 \(\frac{n_1 – n_2}{n_1}\) に等しい。

具体的な解説と立式
フラスコの容積を \(V\,[\text{m}^3]\)、気体定数を \(R\,[\text{J/(mol}\cdot\text{K)}]\) とします。
温める前の温度を \(T_1\)、物質量を \(n_1\) とし、温めた後の温度を \(T_2\)、物質量を \(n_2\) とします。
絶対温度で表すと、
$$ T_1 = 273 + t_1 \,[\text{K}] $$
$$ T_2 = 273 + t_2 \,[\text{K}] $$
温める前と後のフラスコ内の気体について、それぞれ気体の状態方程式を立てます。

  • 温める前:
    $$ p_1 V = n_1 R T_1 \quad \cdots ① $$
  • 温めた後:
    $$ p_1 V = n_2 R T_2 \quad \cdots ② $$

温める前にあった空気の質量を \(m\)、逃げた空気の質量を \(\Delta m\) とします。空気のモル質量を \(M\) とすると、\(m = M n_1\)、\(\Delta m = M(n_1 – n_2)\) となります。
よって、求める比は、
$$ \frac{\Delta m}{m} = \frac{M(n_1 – n_2)}{M n_1} = \frac{n_1 – n_2}{n_1} = 1 – \frac{n_2}{n_1} $$

使用した物理公式

  • 気体の状態方程式: \(PV = nRT\)
計算過程

式①と式②の左辺は等しいので、
$$
\begin{aligned}
n_1 R T_1 &= n_2 R T_2 \\[2.0ex]
n_1 T_1 &= n_2 T_2
\end{aligned}
$$
この式から、物質量の比 \(\frac{n_2}{n_1}\) を求めると、
$$ \frac{n_2}{n_1} = \frac{T_1}{T_2} $$
これを求める質量の比の式に代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\Delta m}{m} &= 1 – \frac{n_2}{n_1} \\[2.0ex]
&= 1 – \frac{T_1}{T_2} \\[2.0ex]
&= \frac{T_2 – T_1}{T_2}
\end{aligned}
$$
最後に、絶対温度 \(T_1, T_2\) をセルシウス温度 \(t_1, t_2\) に戻します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\Delta m}{m} &= \frac{(273 + t_2) – (273 + t_1)}{273 + t_2} \\[2.0ex]
&= \frac{t_2 – t_1}{273 + t_2}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

フラスコという「部屋」の広さ(容積)は決まっています。はじめ、この部屋は \(t_1\) 度という温度で、\(n_1\) 人の空気分子で満員でした。次にストーブで部屋を \(t_2\) 度まで温めると、一人一人の分子が元気に動き回るようになり、より広いスペースを必要とします。部屋の広さは変わらないので、全員は部屋にいることができず、一部の分子が部屋の外に追い出されてしまいます。その結果、部屋の中には \(n_2\) 人の分子しか残れませんでした。このとき、追い出された分子の数は、もともといた分子の数の何倍ですか?という問題です。状態方程式というルールを使って、この割合を計算します。

結論と吟味

大気中へ逃げた空気の質量は、温める前にフラスコ内にあった空気の質量の \(\frac{t_2 – t_1}{273 + t_2}\) 倍となります。
この結果から、温度差 \((t_2 – t_1)\) が大きいほど、また最終的な絶対温度 \(T_2\) が大きいほど、逃げる気体の割合が大きくなることがわかります。これは物理的な直感とも一致しており、妥当な結論です。

解答 (2) \(\frac{t_2 – t_1}{273 + t_2}\) 倍
別解: シャルルの法則を用いる解法

思考の道筋とポイント
別の視点として、温める前にフラスコ内にあった空気の「かたまり」全体が、その後どうなるかを追跡する方法があります。この空気の「かたまり」(物質量 \(n_1\))は、フラスコの外に逃げた分も含めて、一つの集団と見なせます。この集団は、圧力が大気圧 \(p_1\) で一定のまま温度が \(T_1\) から \(T_2\) に上昇します。これは、物質量が一定の気体の定圧変化に他ならず、シャルルの法則が適用できます。
シャルルの法則を使って、この空気の「かたまり」が温度 \(T_2\) になったときに占めるであろう体積 \(V’\) を計算し、フラスコの容積 \(V\) からはみ出した体積 \(\Delta V = V’ – V\) の割合を求めることで、逃げた質量の割合を導きます。
この設問における重要なポイント

  • 考察の対象を「はじめにフラスコ内にあった気体全体(物質量 \(n_1\))」に設定する。
  • この気体集団は、圧力 \(p_1\) が一定のまま温度変化するので、シャルルの法則 \(\frac{V}{T} = \text{一定}\) に従う。
  • 同じ温度・圧力の条件下では、気体の質量の比は体積の比に等しい。

具体的な解説と立式
温める前にフラスコ内にあった気体(体積 \(V\)、温度 \(T_1\))を考えます。この気体の物質量は \(n_1\) で一定です。
この気体を、圧力を \(p_1\) に保ったまま温度 \(T_2\) まで加熱したとすると、その体積は \(V’\) に膨張します。
シャルルの法則より、
$$ \frac{V}{T_1} = \frac{V’}{T_2} $$
この膨張した体積 \(V’\) のうち、フラスコの容積 \(V\) を超えた分が、フラスコから逃げ出したことになります。したがって、温度 \(T_2\) における逃げた空気の体積は \(\Delta V = V’ – V\) です。
はじめにあった空気の質量 \(m\) は、温度 \(T_2\) において体積 \(V’\) を占める気体の質量に相当します。逃げた空気の質量 \(\Delta m\) は、同じく温度 \(T_2\) において体積 \(\Delta V\) を占める気体の質量に相当します。
同じ温度・圧力なので密度は等しく、質量の比は体積の比に等しくなります。
$$ \frac{\Delta m}{m} = \frac{\Delta V}{V’} $$

使用した物理公式

  • シャルルの法則: \(\frac{V}{T} = \text{一定}\)
計算過程

まず、求める比を \(V\) と \(V’\) で表します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\Delta m}{m} &= \frac{V’ – V}{V’} \\[2.0ex]
&= 1 – \frac{V}{V’}
\end{aligned}
$$
次に、シャルルの法則 \(\frac{V}{T_1} = \frac{V’}{T_2}\) を変形して、体積の比 \(\frac{V}{V’}\) を求めます。
$$ \frac{V}{V’} = \frac{T_1}{T_2} $$
これを上の式に代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\Delta m}{m} &= 1 – \frac{T_1}{T_2} \\[2.0ex]
&= \frac{T_2 – T_1}{T_2}
\end{aligned}
$$
最後に、絶対温度をセルシウス温度に戻します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\Delta m}{m} &= \frac{(273 + t_2) – (273 + t_1)}{273 + t_2} \\[2.0ex]
&= \frac{t_2 – t_1}{273 + t_2}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

はじめにフラスコの中にいた空気を、一つの大きなゴム風船に入れてあると考えてみましょう。この風船を温めると、シャルルの法則に従ってどんどん膨らんでいきます。はじめはフラスコにぴったり収まっていた風船が、温められてフラスコからはみ出してしまうイメージです。「逃げた空気」とは、この「はみ出した部分」のことです。風船全体(はじめの空気)に対して、はみ出した部分がどれくらいの割合になるかを計算しています。

結論と吟味

主たる解法である状態方程式を用いたアプローチと、完全に同じ結果 \(\frac{t_2 – t_1}{273 + t_2}\) が得られました。これは、状態方程式とシャルルの法則が矛盾のない、整合性のとれた物理法則であることを示しています。視点を変えることで、より直感的に現象を理解できる場合があります。

解答 (2) \(\frac{t_2 – t_1}{273 + t_2}\) 倍

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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 開口容器における気体の状態方程式の適用
    • 核心: この問題の根幹は、「口の開いた容器」という物理的状況を正しく解釈し、気体の状態方程式に適用する能力です。容器の口が開いているため、内部の気体は外部の大気と自由に出入りでき、圧力は常に大気圧と等しく保たれます。この「定圧」という条件下で、温度変化によって容器内の気体の「物質量」が変化する、という点がポイントです。
    • 理解のポイント:
      • 圧力の決定要因: 密閉容器であれば、温度を上げると圧力が増加します。しかし、本問のように口が開いている場合、圧力は外部環境(大気圧)によって決定されます。この違いを明確に理解することが第一歩です。
      • 状態量の整理: 状態方程式 \(PV=nRT\) を用いる際に、加熱の前後で「変化しない量」と「変化する量」を正確に区別することが重要です。本問では、圧力 \(P\) と容器の容積 \(V\) は一定ですが、温度 \(T\) とフラスコ内の気体の物質量 \(n\) が変化します。この関係を数式に落とし込むことができれば、問題は解決します。
  • 絶対温度の使用
    • 核心: 気体の状態方程式やシャルルの法則など、気体の性質を記述する公式では、温度は必ず絶対温度(ケルビン)を用いなければならないという基本原則の理解です。
    • 理解のポイント:
      • 物理的意味: 気体分子の運動エネルギーは、絶対温度に比例します。セルシウス温度は \(0^\circ\text{C}\) を基準にしていますが、物理的なエネルギーの観点からは絶対零度(\(0\,\text{K}\))が基準となります。公式の物理的な背景を理解していれば、絶対温度を使うのは当然のこととして受け入れられます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 水中に沈めたコップ内の空気: コップを逆さまにして水中に沈めていく問題。この場合、コップ内の空気は閉じ込められているので物質量 \(n\) は一定ですが、深くなるにつれて水圧がかかるため圧力 \(P\) が増加し、体積 \(V\) が減少します。ボイルの法則やボイル・シャルルの法則が適用できる典型例です。
    • 熱気球の浮力: 熱気球は、下部が開いており、内部の空気をバーナーで温めます。内部の圧力は外部の大気圧とほぼ等しい(定圧)とみなせ、本問と非常に似た状況です。温めることで内部の空気の密度が小さくなり、アルキメデスの原理によって浮力を得ます。
    • 自由に動くピストン付きシリンダー: ピストンに蓋をされたシリンダー内の気体を加熱する問題。ピストンが自由に動ける場合、ピストンにかかる内外の力のつり合いから、内部の気体の圧力は一定に保たれます(定圧変化)。これも本問と考え方が共通しています。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 容器の口は開いているか、閉じているか?: まずこの点を確認します。これが、圧力が一定(大気圧)とみなせるか、あるいは変化するのかを判断する最大の分かれ道です。
    2. 気体は漏れ出すか、閉じ込められているか?: 次に、気体の物質量 \(n\) が一定か、変化するかを見極めます。問題文の「逃げる」「漏れる」「出入りする」といった言葉がヒントになります。
    3. 状態変化で一定に保たれる量は何か?: 圧力 \(P\)、体積 \(V\)、温度 \(T\)、物質量 \(n\) のうち、どれが一定でどれが変数かを整理します。
      • \(n\) が一定 → ボイル・シャルルの法則 \(\frac{PV}{T} = \text{一定}\) が基本。
      • \(n\) が変化 → 状態方程式 \(PV=nRT\) を変化の前後で立てて比較するのが基本。
    4. 考察の対象を工夫できないか?: 別解のように、一見すると物質量が変化する問題でも、考察の対象を「はじめにあった気体全体」のように変更することで、物質量一定の系として扱える場合があります。これにより、シャルルの法則のようなよりシンプルな法則が適用できることがあります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • セルシウス温度を公式に代入してしまう:
    • 誤解: 問題で与えられたセルシウス温度 \(t_1, t_2\) を、そのまま状態方程式やシャルルの法則の \(T\) に代入してしまう。
    • 対策: 「気体の計算、温度は絶対ケルビン!」と覚えましょう。計算を始める前に、まず \(T_1 = t_1 + 273\), \(T_2 = t_2 + 273\) と変換する癖をつけることが最も効果的です。
  • 圧力が変化すると考えてしまう:
    • 誤解: 「気体を温めたのだから、圧力は高くなるはずだ」と、密閉容器の場合と同じように考えてしまう。
    • 対策: 「口が開いている」という言葉の物理的な意味を常に意識しましょう。フラスコの内と外はつながっており、もし圧力差があれば気体は高い方から低い方へ流れてすぐに圧力が等しくなります。「ゆっくり温める」という記述も、常に内外の圧力がつり合った状態で変化が進むことを示唆しています。
  • 物質量が一定だと勘違いしてボイル・シャルルの法則を適用する:
    • 誤解: 気体の状態変化の問題だからと、機械的にボイル・シャルルの法則 \(\frac{p_1V_1}{T_1} = \frac{p_2V_2}{T_2}\) を使おうとする。
    • 対策: ボイル・シャルルの法則が成り立つ大前提は「気体の物質量 \(n\) が一定」であることです。問題文をよく読み、「空気が大気中へ逃げる」という記述から、物質量 \(n\) が変化していることを見抜く必要があります。どの法則がどの条件下で成り立つのかを正確に理解しておくことが重要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • (1)でのアプローチ選択(物理的考察):
    • 選定理由: 求められているのは「圧力」です。そして、問題の状況は「口の開いた容器が大気中にある」というものです。これは、特定の計算式を適用する以前の、圧力の基本的な性質に関する問いです。
    • 適用根拠: 圧力とは、単位面積あたりに及ぼす力のことです。フラスコの内外の空気は接触しており、もし圧力に差があれば、その差を解消する向きに空気が流れます。問題では「ゆっくり温める」とあり、これは常に内外の圧力がつり合った状態(等しい状態)を保ちながら変化することを意味します。したがって、フラスコ内の圧力は常に外部の大気圧に等しい、という物理的な考察から結論が導かれます。
  • (2)での公式選択(気体の状態方程式):
    • 選定理由: 求めたいのは「逃げた気体の質量の割合」であり、これは「物質量の変化の割合」に置き換えられます。気体の状態量である圧力 \(P\)、体積 \(V\)、物質量 \(n\)、温度 \(T\) の関係を記述する法則が必要です。
    • 適用根拠: この問題では、加熱によって物質量 \(n\) が変化します。ボイルの法則やシャルルの法則は、物質量 \(n\) が一定であることを前提としているため、そのままでは適用できません。物質量 \(n\) を変数として明確に扱える最も普遍的な法則は、気体の状態方程式 \(PV=nRT\) です。したがって、変化の前と後のそれぞれの状態について状態方程式を立て、それらを比較することで、物質量の変化を求めるのが最も論理的で確実な方法です。
  • (2)別解でのアプローチ選択(シャルルの法則):
    • 選定理由: 状態方程式よりもシンプルな法則で解けないか、という視点からのアプローチです。シャルルの法則は「定圧」かつ「物質量一定」の条件下で成り立ちます。
    • 適用根拠: この問題は「定圧」ですが、フラスコ内に着目すると「物質量変化」が起こっています。しかし、ここで発想を転換し、考察の対象を「フラスコ内」から「はじめにフラスコ内にあった気体全体(後に逃げ出す分も含む)」へと広げます。この「気体の集団」の物質量 \(n_1\) は、加熱されても変化しません。そして、この集団は常に大気圧 \(p_1\) のもとで温度変化するので、「定圧」かつ「物質量一定」というシャルルの法則の適用条件を満たします。このように、考察対象を工夫することで、より具体的な法則を適用できる場合があります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 文字式のまま計算を進める:
    • \(T_1 = 273+t_1\), \(T_2 = 273+t_2\) のように、まずは文字(\(T_1, T_2\))のまま計算を進めましょう。\(1 – \frac{T_1}{T_2} = \frac{T_2-T_1}{T_2}\) という関係式を導いてから、最後に \(T_2-T_1 = (273+t_2) – (273+t_1) = t_2-t_1\) を代入する方が、計算の見通しが格段に良くなります。
  • 比の計算は割り算で:
    • \(p_1V = n_1RT_1\) と \(p_1V = n_2RT_2\) のように、共通の項を多く含む2つの式がある場合、両辺を割り算することで効率的に関係式を導けます。
    • \(\frac{p_1V}{p_1V} = \frac{n_1RT_1}{n_2RT_2}\) より \(1 = \frac{n_1T_1}{n_2T_2}\) となり、\(n_1T_1 = n_2T_2\) がすぐに得られます。
  • 求める量を最初に数式で表現する:
    • 問題で問われている「逃げた空気の質量の、もとの質量の何倍か」を、まず数式で \(\frac{\Delta m}{m}\) と置きます。次に、これを物理量(物質量)で \(\frac{n_1-n_2}{n_1} = 1 – \frac{n_2}{n_1}\) と表現します。こうすることで、計算のゴールが「物質量の比 \(\frac{n_2}{n_1}\) を求めること」であると明確になり、思考の道筋が立ちやすくなります。
  • 単位による検算:
    • 最終的な答えは「〜倍」なので、単位のない無次元量になるはずです。得られた結果 \(\frac{t_2-t_1}{273+t_2}\) の分子は温度差なので単位は \([\text{K}]\) または \([^\circ\text{C}]\)、分母は絶対温度なので単位は \([\text{K}]\) です。温度差の \(1\,\text{K}\) は \(1^\circ\text{C}\) に等しいので、単位は \(\frac{[\text{K}]}{[\text{K}]}\) となり、正しく無次元量になっていることが確認できます。
  • 極端な状況で結果を吟味する:
    • もし温めなかったら? (\(t_2 = t_1\)) → 逃げる空気は \(0\) のはず。式に代入すると、分子が \(t_1-t_1=0\) となり、結果は \(0\) 倍。正しいです。
    • もし無限の温度まで加熱したら? (\(t_2 \to \infty\)) → ほとんど全ての空気が逃げ出すはずなので、比は \(1\) に近づくはず。式の形を \(\frac{t_2-t_1}{t_2+273} = \frac{1-t_1/t_2}{1+273/t_2}\) と変形すると、\(t_2 \to \infty\) のとき、確かに \(1\) に収束します。このように、物理的にありえる極端な状況を考えてみることで、答えの妥当性をチェックできます。

発展例題25 気体の分子運動

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(1)の別解: 「単位時間あたりの衝突回数」から力を求める解法
      • 模範解答が、1回の衝突で与える力積を「衝突の時間間隔」で割って平均の力を求めるのに対し、別解では「単位時間あたりの衝突回数」に「1回の衝突で与える力積」を掛けるという考え方で平均の力を求めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: 平均の力を求める二つの異なる視点(「時間平均」と「回数×1回あたり」)を学ぶことで、力積と力の関係をより深く、多角的に理解できます。
    • 思考の柔軟性向上: 同じ物理現象を異なる計算手順でモデル化する良い訓練となり、他の分野(例えば交流回路の実効値など)にも通じる考え方を養うことができます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、思考のプロセスが異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「気体の圧力の微視的起源の解明」です。ふだん私たちが感じている気体の圧力というマクロな現象が、目に見えない多数の分子の運動(ミクロな現象)によってどのように生み出されているのかを、力学の基本法則から導き出す過程を学びます。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 運動量と力積の関係: 物体が受けた力積は、物体の運動量の変化に等しいという関係を正しく使えること。
  2. 作用・反作用の法則: 分子が壁から受ける力と、壁が分子から受ける力は、大きさが等しく向きが逆であることを理解していること。
  3. 平均の力の考え方: 断続的に働く力(衝突力)を、ある時間でならして考えた「平均の力」として計算できること。
  4. 統計的な考え方と平均操作: 膨大な数の分子の振る舞いを、個々の分子ではなく「平均値」という代表的な値を用いて記述する考え方。
  5. 分子運動の等方性: 容器内の気体分子は、特定の方向に偏ることなく、どの方向にも同じようにランダムに運動しているという仮定。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、まず1個の分子に着目します。この分子が壁Aと弾性衝突する際の運動量変化を計算し、それによって壁Aが受ける力積を求めます。次に、分子が壁Aに繰り返し衝突する時間間隔を求め、力積をこの時間で割ることで、壁Aが分子から受け続ける「平均の力」を計算します。
  2. (2)では、(1)で求めた1個の分子からの力を、\(N\) 個の分子全体に拡張します。各分子の速度は異なりますが、それらの速度の二乗の平均値(二乗平均)を用いることで、\(N\) 個の分子全体から壁Aが受ける力の合計を表現します。
  3. (3)では、(2)で求めた力を壁Aの面積で割ることで、圧力を計算します。さらに、分子の運動はどの方向にも等しい(等方性)という仮定を用いて、速度のx成分の二乗平均を、分子の速さ全体の二乗平均で表し、式を書き換えます。

問(1)

思考の道筋とポイント
壁Aが1個の分子から受ける「平均の力」を求めます。分子は壁Aに衝突しては跳ね返り、向かいの壁に衝突してまた戻ってきて、再び壁Aに衝突する、という繰り返し運動をしています。この断続的な衝突によって壁が受ける力を、長時間でならしたものが平均の力です。
これを計算するために、まず「1回の衝突で壁がどれだけの力積を受けるか」を計算し、次に「衝突から次の衝突までどれくらいの時間がかかるか」を計算します。平均の力は、力積をこの時間間隔で割ることで求められます。
この設問における重要なポイント

  • 分子と壁の衝突は弾性衝突なので、衝突の前後で分子の速さは変わらない。
  • 壁に垂直な速度成分(この場合はx成分)のみ、向きが反転する。(\(v_x \to -v_x\))
  • 分子が壁Aに衝突してから、次に壁Aに衝突するまでに進む距離は、壁との往復距離 \(2L\) である。

具体的な解説と立式
1個の分子(質量 \(m\)、速度のx成分 \(v_x\))が壁Aに衝突する状況を考えます。

  • 1回の衝突による分子の運動量変化
    衝突前後の分子の速度のx成分は、それぞれ \(v_x\), \(-v_x\) です。したがって、衝突による分子の運動量のx成分の変化 \(\Delta p_x\) は、
    $$
    \begin{aligned}
    \Delta p_x &= (\text{衝突後の運動量}) – (\text{衝突前の運動量}) \\[2.0ex]
    &= (-mv_x) – (mv_x) \\[2.0ex]
    &= -2mv_x
    \end{aligned}
    $$
  • 1回の衝突で壁Aが受ける力積
    作用・反作用の法則により、壁Aが分子から受ける力積は、分子が受けた力積と大きさが等しく向きが逆になります。したがって、壁Aが受ける力積 \(I\) は、
    $$
    \begin{aligned}
    I &= – \Delta p_x \\[2.0ex]
    &= 2mv_x
    \end{aligned}
    $$
  • 衝突の時間間隔
    分子は壁Aに衝突した後、速さ \(v_x\) で反対側の壁まで距離 \(L\) を進み、跳ね返って再び速さ \(v_x\) で壁Aまで距離 \(L\) を戻ってきます。したがって、壁Aに一度衝突してから次に衝突するまでの時間 \(\Delta t\) は、
    $$ \Delta t = \frac{2L}{v_x} $$
  • 壁Aが受ける平均の力
    壁Aは、\(\Delta t\) 秒ごとに \(I = 2mv_x\) の力積を受け続けます。したがって、壁Aが受ける平均の力の大きさ \(f\) は、
    $$ f = \frac{I}{\Delta t} $$

使用した物理公式

  • 運動量: \(p = mv\)
  • 力積と運動量の関係: \(I = \Delta p\)
計算過程

上記で立てた式に、それぞれの値を代入します。
$$
\begin{aligned}
f &= \frac{2mv_x}{\Delta t} \\[2.0ex]
&= \frac{2mv_x}{2L/v_x} \\[2.0ex]
&= 2mv_x \times \frac{v_x}{2L} \\[2.0ex]
&= \frac{mv_x^2}{L}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

壁に向かって、繰り返しボールを投げつける状況を想像してください。壁が受ける平均的な衝撃の強さ(力)は、どう決まるでしょうか?それは、「1回ごとのボールの衝撃の強さ(力積)」と、「どれくらいひんぱんにボールがぶつかるか(衝突頻度)」で決まります。この問題では、速いボール(\(v_x\)が大きい)ほど、1回の衝撃が強いだけでなく、壁との往復も速いので衝突頻度も高くなります。この両方の効果を計算して、平均の力を求めています。

結論と吟味

1個の分子から壁Aが受ける力の大きさは \(f = \frac{mv_x^2}{L}\) と求まりました。
この式は、分子の速度のx成分 \(v_x\) が大きいほど力が強くなることを示しています。これは、\(v_x\) が大きいと1回の衝突で与える力積が大きくなる効果と、衝突の時間間隔が短くなる(頻度が高くなる)効果の両方が働くため、\(v_x\) の2乗に比例するという結果になっており、物理的に妥当です。

解答 (1) \(f = \frac{mv_x^2}{L}\)
別解: 「単位時間あたりの衝突回数」から力を求める解法

思考の道筋とポイント
平均の力 \(f\) は、「単位時間あたりに壁が受ける力積の合計」と考えることもできます。これは、「単位時間あたりの衝突回数」と「1回の衝突で壁が受ける力積」の積として計算することができます。このアプローチは、考え方がより直接的で分かりやすい場合があります。
この設問における重要なポイント

  • 平均の力 = (単位時間あたりの衝突回数) × (1回の衝突で与える力積)
  • 単位時間あたりの衝突回数は、衝突の時間間隔 \(\Delta t\) の逆数 \(1/\Delta t\) で与えられる。

具体的な解説と立式

  • 1回の衝突で壁Aが受ける力積 \(I\)
    主たる解法と同様に、\(I = 2mv_x\) です。
  • 単位時間あたりの衝突回数
    分子が壁Aに衝突する時間間隔は \(\Delta t = \frac{2L}{v_x}\) です。したがって、単位時間(1秒間)に壁Aに衝突する回数は、
    $$
    \begin{aligned}
    (\text{衝突回数}) &= \frac{1}{\Delta t} \\[2.0ex]
    &= \frac{1}{2L/v_x} \\[2.0ex]
    &= \frac{v_x}{2L}
    \end{aligned}
    $$
  • 壁Aが受ける平均の力 \(f\)
    平均の力は、これらの積で与えられます。
    $$ f = (\text{単位時間あたりの衝突回数}) \times I $$

使用した物理公式

  • 運動量: \(p = mv\)
  • 力積と運動量の関係: \(I = \Delta p\)
計算過程

$$
\begin{aligned}
f &= \left( \frac{v_x}{2L} \right) \times (2mv_x) \\[2.0ex]
&= \frac{mv_x^2}{L}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

マシンガンから壁に弾を撃ち込む状況を想像してください。壁が受ける平均的な力は、「1発あたりの衝撃の強さ(力積)」と「1秒間に何発当たるか(衝突頻度)」の掛け算で決まります。この別解は、まさにその考え方で計算しています。まず1回の衝突の衝撃を計算し、次に1秒あたりの衝突回数を計算して、それらを掛け合わせることで平均の力を求めています。

結論と吟味

主たる解法と完全に同じ結果が得られました。平均の力を求める際には、このように複数の視点からアプローチが可能であり、どちらも物理的に正しい考え方です。

解答 (1) \(f = \frac{mv_x^2}{L}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
容器内には \(N\) 個の分子があり、それぞれの分子が壁Aに力を及ぼしています。壁Aが受ける力の合計 \(F\) は、個々の分子が及ぼす力の総和です。ただし、\(N\) 個の分子はそれぞれ異なる速度を持っています。そこで、すべての分子の速度のx成分の「二乗の平均」\(\overline{v_x^2}\) という統計的な量を使って、全体の力を表現します。
この設問における重要なポイント

  • 壁Aが受ける力の合計 \(F\) は、\(N\) 個の分子それぞれが及ぼす力の和である。
  • 速度のx成分の二乗平均 \(\overline{v_x^2}\) の定義を正しく理解して用いる。
    \(\overline{v_x^2} = \frac{v_{x1}^2 + v_{x2}^2 + \dots + v_{xN}^2}{N}\)

具体的な解説と立式
\(N\) 個の分子の速度のx成分を、それぞれ \(v_{x1}, v_{x2}, \dots, v_{xN}\) とします。
(1)の結果から、\(i\) 番目の分子が壁Aに及ぼす力の大きさ \(f_i\) は、
$$ f_i = \frac{mv_{xi}^2}{L} $$
壁Aが受ける力の合計 \(F\) は、これらすべての分子からの力の和です。
$$
\begin{aligned}
F &= f_1 + f_2 + \dots + f_N \\[2.0ex]
&= \frac{mv_{x1}^2}{L} + \frac{mv_{x2}^2}{L} + \dots + \frac{mv_{xN}^2}{L} \\[2.0ex]
&= \frac{m}{L} (v_{x1}^2 + v_{x2}^2 + \dots + v_{xN}^2)
\end{aligned}
$$
ここで、問題で与えられている速度のx成分の二乗平均 \(\overline{v_x^2}\) の定義式から、
$$ v_{x1}^2 + v_{x2}^2 + \dots + v_{xN}^2 = N \overline{v_x^2} $$
この関係を使って、\(F\) の式を書き換えます。

使用した物理公式

  • 設問(1)で導出した \(f = \frac{mv_x^2}{L}\)
  • 平均の定義
計算過程

$$
\begin{aligned}
F &= \frac{m}{L} (N \overline{v_x^2}) \\[2.0ex]
&= \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

(1)で、分子1個が壁を押す力を計算しました。この設問では、それを単純に \(N\) 個分、足し合わせます。ただし、分子たちの速さは一人一人バラバラです。そこで、「平均的な速さの二乗」という代表選手を連れてきて、「\(N\) 個の分子全体の力は、この代表選手 \(N\) 人分の力と同じだ」と考えることで、式をスッキリとまとめています。

結論と吟味

\(N\) 個の分子全体から壁Aが受ける力の大きさは \(F = \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L}\) と求まりました。この力は、分子の数 \(N\) に比例し、分子の平均的な運動の激しさ(\(\overline{v_x^2}\))に比例します。これは物理的な直感と一致しており、妥当な結果です。

解答 (2) \(F = \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
まず、圧力 \(p\) を定義に従って計算します。圧力は、単位面積あたりに働く力の大きさなので、(2)で求めた力 \(F\) を壁Aの面積 \(L^2\) で割れば求まります。
次に、得られた圧力の式には \(\overline{v_x^2}\) というx方向だけの情報しか含まれていません。しかし、実際の分子はx, y, zの3次元空間を自由に動き回っています。そこで、「分子の運動はどの方向にも偏りがない(等方性)」という物理的な仮定を導入し、\(\overline{v_x^2}\) を、より普遍的な量である「速さの二乗平均 \(\overline{v^2}\)」を使って表します。
この設問における重要なポイント

  • 圧力の定義: \(p = \frac{(\text{力})}{(\text{面積})}\)
  • 分子運動の等方性: 分子の運動に特定の方向への偏りはないため、平均的に見れば \(\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2}\) が成り立つ。
  • 速さと速度成分の関係: \(v^2 = v_x^2 + v_y^2 + v_z^2\)

具体的な解説と立式

  • 圧力の計算
    (2)で求めた力 \(F = \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L}\) を、壁Aの面積 \(S=L^2\) で割ることで、圧力 \(p\) を求めます。
    $$
    \begin{aligned}
    p &= \frac{F}{S} \\[2.0ex]
    &= \frac{F}{L^2}
    \end{aligned}
    $$
  • \(\overline{v_x^2}\) と \(\overline{v^2}\) の関係
    分子の速さ \(v\) と、速度の各成分 \(v_x, v_y, v_z\) の間には、三平方の定理から次の関係が成り立ちます。
    $$ v^2 = v_x^2 + v_y^2 + v_z^2 $$
    この式の両辺の平均をとると、
    $$
    \begin{aligned}
    \overline{v^2} &= \overline{v_x^2 + v_y^2 + v_z^2} \\[2.0ex]
    &= \overline{v_x^2} + \overline{v_y^2} + \overline{v_z^2}
    \end{aligned}
    $$
    ここで、分子の運動はランダムで、特定の方向に偏りがない(等方性)と仮定すると、各方向の速度の二乗平均は等しくなります。
    $$ \overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2} $$
    したがって、
    $$
    \begin{aligned}
    \overline{v^2} &= \overline{v_x^2} + \overline{v_x^2} + \overline{v_x^2} \\[2.0ex]
    &= 3\overline{v_x^2}
    \end{aligned}
    $$
    この式から、\(\overline{v_x^2}\) を \(\overline{v^2}\) で表すことができます。
    $$ \overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2} $$

使用した物理公式

  • 圧力の定義: \(p = F/S\)
  • 三平方の定理
計算過程

まず、圧力 \(p\) を \(\overline{v_x^2}\) を用いて表します。
$$
\begin{aligned}
p &= \frac{F}{L^2} \\[2.0ex]
&= \frac{1}{L^2} \left( \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{Nm\overline{v_x^2}}{L^3}
\end{aligned}
$$
次に、この式に \(\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
p &= \frac{Nm}{L^3} \left( \frac{1}{3}\overline{v^2} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{Nm\overline{v^2}}{3L^3}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

(2)で壁全体が受ける力を計算したので、それを壁の面積で割って「圧力(単位面積あたりの力)」に直します。これで答えの半分は完成です。
残りの半分は、式の見た目を整える作業です。今までの式はx方向のことしか考えていませんでしたが、分子は縦横無尽に動き回っています。分子の動きに偏りはないはずなので、「x方向の運動エネルギーは、全体の運動エネルギーのちょうど3分の1だろう」という考え方を使って、式をx方向だけに依存しない、より一般的な「速さ」を使った形に書き換えます。

結論と吟味

壁Aが受ける圧力は \(p = \frac{Nm\overline{v^2}}{3L^3}\) と求まりました。
この式は、気体分子運動論における最も重要な結果の一つです。容器の体積を \(V=L^3\) とすると、\(p = \frac{Nm\overline{v^2}}{3V}\) となり、\(PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}\) と変形できます。これは、圧力や体積といったマクロな量と、分子の運動というミクロな量を結びつける基本公式です。

解答 (3) \(p = \frac{Nm\overline{v^2}}{3L^3}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 圧力の微視的モデル化
    • 核心: 気体の圧力という、普段私たちがマクロな量として捉えているものが、実は無数の気体分子が壁に衝突することによって生じる「力積の集まり」であることを、力学の基本法則から説明する点にあります。目に見えないミクロな世界の現象(分子の運動)と、目に見えるマクロな世界の現象(圧力)とを結びつける、気体分子運動論の根幹的な考え方です。
    • 理解のポイント:
      • 力の起源: 壁が受ける力は、1個1個の分子が衝突の際に壁に与える力積が、無数に、そして連続的に蓄積された結果であると理解します。
      • モデル化: 複雑な分子の動きを「壁との往復運動」という単純なモデルに置き換えて計算を進める、という物理学的な思考プロセスを学びます。
  • 平均操作の重要性
    • 核心: \(10^{23}\) 個オーダーという膨大な数の分子の運動を、一つ一つ追跡することは不可能です。そこで、「二乗平均速度」のような統計的な代表値を用いることで、分子集団全体の振る舞いを現実的に記述します。この「平均」という考え方こそが、個々の粒子の力学と、集団の熱力学とをつなぐ鍵となります。
    • 理解のポイント:
      • なぜ二乗平均か: 速度の平均 \(\overline{v_x}\) は、左右に動く分子が同数いるため \(0\) になってしまい、運動の激しさを表せません。一方で、運動エネルギーは速度の2乗に比例するため、\(v_x^2\) の平均である \(\overline{v_x^2}\) が、気体のエネルギーや圧力を議論する上で意味のある量となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 気体の内部エネルギーの導出: この問題で得られた結果 \(PV = \frac{1}{3}Nm\overline{v^2}\) と、理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) を組み合わせることで、単原子分子理想気体の内部エネルギー \(U = N \times \frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}nRT\) を導出する問題。これは最重要の派生問題です。
    • 壁が動く場合(断熱圧縮・膨張): 壁が気体を圧縮するように動いている場合、分子は動く壁に衝突してより速く跳ね返されます(速さが増す)。逆に気体が膨張して壁が遠ざかる場合、分子は遅く跳ね返されます(速さが減る)。これは、気体の断熱変化における温度変化の微視的な説明に対応します。
    • 分子の放出によるロケットの推力: 容器の壁に小さな穴を開け、そこから分子が噴出する状況。噴出する分子が失う運動量の反作用として、容器全体が推力を受けます。これも運動量と力積の考え方を応用する問題です。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. まずは1個の粒子から考える: 多数の粒子を扱う問題では、いきなり全体を考えず、まず「粒子1個」の運動に着目するのが定石です。1個の粒子が起こす現象(例: 1回の衝突での力積)を正確に分析します。
    2. 時間平均を考える: 衝突のように瞬間的に起こる現象が繰り返される場合、その効果を「単位時間あたり」にならす、あるいは「1周期あたり」で平均化するという視点が重要になります。
    3. 全体に拡張する(\(N\)倍と平均操作): 1個の粒子についての結果が出たら、それを粒子数 \(N\) 倍して全体に拡張します。このとき、粒子ごとの性質の違い(例: 速度のばらつき)を「平均値」で代表させる、という統計的な処理が必要になります。
    4. 等方性を利用する: 3次元空間でのランダムな運動を扱う場合、x, y, zの各方向は対等である(等方性)という仮定が、式を簡潔にする上で非常に有効な武器となります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 力積と力の混同:
    • 誤解: 1回の衝突で壁が受ける力は \(2mv_x\) であると考えてしまう。
    • 対策: \(2mv_x\) はあくまで運動量の変化量、すなわち「力積」です。力は「単位時間あたりの力積」であり、次元が異なります。力積を衝突の時間間隔で割る、という操作を忘れないようにしましょう。
  • 往復距離の間違い:
    • 誤解: 分子が壁Aに衝突する時間間隔を計算する際、移動距離を \(L\) と考えてしまい、時間を \(L/v_x\) としてしまう。
    • 対策: 分子が「次に」壁Aに衝突するためには、向かいの壁まで行って帰ってくる必要があります。頭の中で分子の動きをシミュレーションし、移動距離が往復の \(2L\) であることを確実にイメージしましょう。
  • 速度の平均と二乗平均の混同:
    • 誤解: 圧力の計算で、速度の二乗平均 \(\overline{v_x^2}\) ではなく、速度の平均の二乗 \((\overline{v_x})^2\) を使おうとしてしまう。
    • 対策: 分子は左右両方向に同じように運動しているため、速度のx成分の平均 \(\overline{v_x}\) は \(0\) になります。圧力を生み出すのは運動の「激しさ」であり、それは運動エネルギーに比例する \(v_x^2\) で評価されます。したがって、意味のある平均は \(\overline{v_x^2}\) の方であると理解しましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • (1)でのアプローチ選択(力積 ÷ 時間):
    • 選定理由: 求めたいのは「平均の力」です。分子の衝突は非常に短時間に起こるため、衝突中の力の大きさ \(F(t)\) は複雑に変化し、直接求めることは困難です。しかし、力学の基本法則である「力積=運動量の変化」を用いれば、衝突前後の運動量という比較的計算しやすい量から、衝突全体で与えられた力積を求めることができます。
    • 適用根拠: この力積が周期的に(時間 \(\Delta t\) ごとに)与えられるとモデル化することで、複雑な力の時間変化を考えずに済みます。力積という「時間積分された量」を、あえて時間で割ることで、我々が知りたい「平均の力」という量に変換しているのです。これは、瞬間的な現象を平均的な量として扱うための、物理学における非常に強力で基本的な思考法です。
  • (2)でのアプローチ選択(総和と平均値):
    • 選定理由: 求めたいのは「\(N\) 個の分子からの力の合計」です。\(N\) 個の分子の速度は全てバラバラなので、個々の力を単純に \(N\) 倍することはできません。そこで、集団全体の特徴を代表する統計的な量が必要になります。
    • 適用根拠: 「平均値」は、まさにそのような集団の代表値です。各分子が及ぼす力の和 \((f_1+f_2+\dots+f_N)\) を、\(N \times (\text{力の平均値})\) と考えることができます。力の式 \(f_i = mv_{xi}^2/L\) から、力の平均値は速度の二乗平均 \(\overline{v_x^2}\) で表せることがわかります。このように、個別の要素の和を「全体の個数 × 平均値」で置き換えるのは、統計的な考え方の基本です。
  • (3)でのアプローチ選択(等方性の仮定):
    • 選定理由: (2)で求めた力や圧力の式は、\(\overline{v_x^2}\) という「x方向」に限定されたミクロな量で記述されています。しかし、圧力というマクロな量は、どの方向から測っても同じ値になるはずです。したがって、式をより普遍的で方向によらない量(速さ \(v\))で表現し直す必要があります。
    • 適用根拠: 「等方性(どの方向も対等である)」という仮定は、この目的を達成するための論理的な橋渡しです。この仮定を置くことで、\(\overline{v_x^2}\) という一つの成分の情報から、全体の運動の激しさを表す \(\overline{v^2}\) へと、情報を拡張することができます。これにより、特定の壁(x壁)だけでなく、あらゆる壁に適用できる一般的な圧力の公式が導かれます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 文字の添え字やバーを明確に書く:
    • \(v_x\)(ある1個の分子の速度成分)、\(\overline{v_x}\)(速度成分の平均)、\(\overline{v_x^2}\)(速度成分の二乗平均)は、すべて異なる物理量です。計算の途中で混同しないよう、意識して正確に書き分けましょう。
  • 繁分数の計算は慎重に:
    • (1)の計算に出てくる \(f = \frac{2mv_x}{2L/v_x}\) のような分母に分数が含まれる形は、計算ミスの元です。分母の逆数を掛ける形、すなわち \(f = 2mv_x \times \frac{v_x}{2L}\) に直してから計算すると、間違いが大幅に減ります。
  • 物理的な意味での検算:
    • 最終的に得られた圧力の式 \(p = \frac{Nm\overline{v^2}}{3L^3}\) を見て、その物理的な意味を吟味しましょう。
      • 分子の数 \(N\) が増えれば、壁への衝突回数が増えるので圧力は高くなるはず → 式と一致(\(p \propto N\))。
      • 分子の質量 \(m\) や平均の速さ \(\overline{v^2}\) が増えれば、1回あたりの衝撃が強くなるので圧力は高くなるはず → 式と一致(\(p \propto m\overline{v^2}\))。
      • 容器の体積 \(V=L^3\) が大きくなれば、分子が壁に衝突する頻度が下がるので圧力は低くなるはず → 式と一致(\(p \propto 1/L^3\))。
    • このように、直感的な物理的振る舞いと数式が一致しているかを確認する癖をつけると、大きな間違いに気づくことができます。
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発展問題

301 連結されたピストン

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(1)の別解: ピストンを分解して個別の力のつりあいを考える解法
      • 模範解答がA側とB側のピストンを一つの系(一体)とみなして全体の力のつりあいを考えるのに対し、別解ではA側ピストンとB側ピストンを連結棒でつながれた別々の物体とみなし、それぞれの物体にはたらく力のつりあいと作用・反作用の法則から連立方程式を立てて解きます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的背景の理解深化: 「一体とみなす」方法の物理的な背景(連結棒が及ぼす内力が計算上、相殺されること)をより深く理解できます。
    • 作用・反作用の法則の適用訓練: 連結された物体間にはたらく力を「内力」として扱い、作用・反作用の法則を具体的に適用する良い練習になります。
    • 応用問題への橋渡し: この考え方は、連結棒にはたらく力の大きさ(張力や圧縮力)そのものを問うような、より複雑な問題へ対応するための基礎となります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「連結されたピストンにはたらく力のつりあいと気体の状態変化」です。断面積の異なるピストンが連結されているため、それぞれの気体や大気が及ぼす力も異なる大きさになる点を正確に扱うことが重要です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 力のつりあい: 静止している物体にはたらく力の総和はゼロである、という基本法則を正しく立式できること。
  2. 圧力による力: 気体がピストンを押す力は、圧力とピストンの断面積の積 (\(F=pS\)) で計算されることを理解していること。
  3. ボイル・シャルルの法則: 閉じ込められた気体の物質量が一定のとき、圧力・体積・絶対温度の間には \(\frac{PV}{T} = \text{一定}\) の関係が成り立つこと。
  4. 一体とみなす考え方: 連結されて一体となって動く複数の物体を、一つの物体とみなして全体の運動や力のつりあいを考えることができること。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、A側とB側のピストン全体を一つの物体とみなし、この物体にはたらく水平方向の力(Aの気体が押す力、Bの気体が押す力、大気が両側から押す力)のつりあいを考え、Bの気体の圧力を求めます。
  2. (2)では、まずAの気体に着目し、状態変化の前後でボイル・シャルルの法則を適用して、変化後のAの気体の圧力を求めます。次に、変化後の状態でピストンは再び静止するので、(1)と同様にピストン全体の力のつりあいを考え、Bの気体の圧力を計算します。

問(1)

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