力学範囲 16~20
16 合成速度
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法(ベクトル図と三平方の定理を用いる幾何学的な解法)を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 別解: 速度の成分分解を用いる代数的な解法
- 模範解答がベクトル図を直感的に解くのに対し、別解では座標軸を設定し、すべての速度ベクトルを成分表示して、速度の合成の式を代数的に計算します。
- 別解: 速度の成分分解を用いる代数的な解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的本質の深化: 速度の合成 \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\) というベクトル方程式が、x成分とy成分それぞれのスカラー方程式に分解できるという、ベクトル解析の基本を明確に理解できます。
- 思考の柔軟性向上: 図形的な解法(主たる解法)と、数式処理による代数的な解法(別解)の両方を経験することで、問題の特性に応じて適切なアプローチを選択する能力が養われます。
- 応用力の養成: 速度ベクトルが直角三角形をなさないような、より複雑な角度設定の問題にも対応できる、汎用性の高い計算手法を学ぶことができます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「速度の合成」です。特に、「川を渡る船」という、相対速度と合成速度の考え方を応用する典型的な問題です。静水での船の速さ(水に対する船の速さ)と川の流速(岸に対する水の速さ)をベクトル的に合成して、岸から見た船の速さを求めることが鍵となります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 速度の合成: 「岸から見た船の速度」は、「水に対する船の速度」と「岸に対する水の速度(川の流速)」のベクトル和で与えられること。すなわち、\(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\)。
- ベクトル図の作成: 上記のベクトル和の関係を、矢印を用いた図で正しく表現できること。
- 問題文の条件の図形への反映: 「岸に垂直に横切った」という条件が、合成速度ベクトル(\(\vec{v}_{\text{岸船}}\))の向きが川岸に対して垂直であることを意味すると理解し、ベクトル図に反映できること。
- 三平方の定理: 作成したベクトル図が直角三角形になることを見抜き、三平方の定理を用いて未知の辺の長さ(合成速度の大きさ)を計算できること。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 3つの速度ベクトル(\(\vec{v}_{\text{水船}}\), \(\vec{v}_{\text{岸水}}\), \(\vec{v}_{\text{岸船}}\))の関係をベクトル図で表現します。
- 「岸に垂直に横切る」という条件から、ベクトル図が直角三角形になることを見抜きます。
- 三平方の定理を用いて、岸から見た船の速さ(合成速度)の大きさを求めます。
- 求めた合成速度を使って、川を横切るのにかかる時間を「距離 ÷ 速さ」で計算します。
思考の道筋とポイント
この問題は、船が川をまっすぐ横切るために、船首を少し上流に向ける必要がある、という状況を扱っています。
船の動きは、2つの要素の合成として考えられます。
- 船自身の推進力による動き: 静止した水面なら \(5 \, \text{m/s}\) で進む。船はこの速さで、ある角度を持って進もうとします。
- 川の流れによる動き: 川の水自体が \(3 \, \text{m/s}\) で下流に流れているため、船もそれに流されます。
この2つの動きが合わさった結果が、岸から見た実際の船の動き(合成速度)です。問題では、この合成速度の向きが「岸に垂直」になるようにしたい、とされています。
この関係をベクトル図で描くと、3つの速度ベクトルで三角形ができます。「岸に垂直」という条件から、この三角形が直角三角形になることがわかります。
すると、三平方の定理を使って、岸から見た本当の速さ(合成速度の大きさ)を計算することができます。
最後に、この速さで川幅 \(20 \, \text{m}\) を渡る時間を計算します。
この設問における重要なポイント
- 「静止した水面なら進める速さ」は、水に対する船の相対速度 \(\vec{v}_{\text{水船}}\) の大きさである。
- 「水の速さ」は、岸に対する水の速度(川の流速) \(\vec{v}_{\text{岸水}}\) である。
- 「岸に垂直に横切った」ときの速さは、岸に対する船の速度(合成速度) \(\vec{v}_{\text{岸船}}\) である。
- これらの間には、\(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\) の関係が成り立つ。
具体的な解説と立式
3つの速度ベクトルの関係式は \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\) です。
この関係をベクトル図で描きます。
- \(\vec{v}_{\text{岸水}}\)(川の流速): 川の流れの向き(下流方向)に、長さ \(3\) のベクトル。
- \(\vec{v}_{\text{岸船}}\)(合成速度): 川岸に垂直な向きのベクトル。この大きさを \(v_{\text{合成}}\) とする。
- \(\vec{v}_{\text{水船}}\)(船の対水速度): 船首の向きのベクトル。この大きさは \(5\)。
\(\vec{v}_{\text{水船}} = \vec{v}_{\text{岸船}} – \vec{v}_{\text{岸水}}\) と変形し、始点をそろえて描くと、模範解答の図のようになります。あるいは、\(\vec{v}_{\text{岸水}}\) の終点から \(\vec{v}_{\text{水船}}\) を描き、その終点が \(\vec{v}_{\text{岸船}}\) の終点になるように描いても同じ三角形が得られます。
このベクトル図は、斜辺の長さが \(5\)、他の二辺の長さが \(3\) と \(v_{\text{合成}}\) の直角三角形になります。
三平方の定理を適用して、\(v_{\text{合成}}\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
5^2 &= 3^2 + v_{\text{合成}}^2
\end{aligned}
$$
この \(v_{\text{合成}}\) を使って、川幅 \(W=20 \, \text{m}\) を渡る時間 \(t\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
t &= \frac{W}{v_{\text{合成}}}
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 速度の合成: \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\)
- 三平方の定理: \(a^2 + b^2 = c^2\)
- 時間 = 距離 ÷ 速さ
- 合成速度 \(v_{\text{合成}}\) の計算:
三平方の定理の式を解きます。
$$
\begin{aligned}
25 &= 9 + v_{\text{合成}}^2 \\[2.0ex]
v_{\text{合成}}^2 &= 25 – 9 \\[2.0ex]
v_{\text{合成}}^2 &= 16
\end{aligned}
$$
速さは正なので、
$$
\begin{aligned}
v_{\text{合成}} &= 4 \, \text{m/s}
\end{aligned}
$$ - 時間の計算:
$$
\begin{aligned}
t &= \frac{20}{4} \\[2.0ex]
&= 5 \, \text{s}
\end{aligned}
$$
川をまっすぐ横切りたい船は、川の流れに流される分を見越して、少し上流に船首を向ける必要があります。
このときの速度の関係を矢印(ベクトル)で描くと、きれいな直角三角形ができます。
- 斜辺: 船が頑張って進もうとする速さ(\(5 \, \text{m/s}\))
- 横の辺: 川が船を流そうとする速さ(\(3 \, \text{m/s}\))
- 縦の辺: 実際に岸から見て、まっすぐ対岸に向かう速さ(求めたい合成速度)
この直角三角形は、辺の比が「3:4:5」の有名な形をしています。したがって、求めたい合成速度は \(4 \, \text{m/s}\) であることがすぐにわかります。
川幅は \(20 \, \text{m}\) なので、この速さで渡るのにかかる時間は、「距離 \(\div\) 速さ」で \(20 \div 4 = 5\) 秒となります。
川を横切るのに \(5\) 秒かかるという結果が得られました。岸から見た船の速さは \(4 \, \text{m/s}\) であり、これは静水での速さ \(5 \, \text{m/s}\) よりも遅くなっています。これは、推進力の一部が川の流れを打ち消すために使われているためであり、物理的に妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
ベクトル図を直感的に解くのではなく、座標軸を設定し、各速度ベクトルを成分表示して代数的に解くアプローチです。
川の流れの向きにx軸、川を横切る向きにy軸を設定します。船が船首を上流に向ける角度を \(\theta\) とおき、各速度ベクトルをx, y成分に分解して、速度の合成の式 \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\) を成分ごとに計算します。
「岸に垂直に横切る」という条件は、「合成速度のx成分が0になる」こととして数式化できます。
この設問における重要なポイント
- 川の流れの向きにx軸、対岸へ向かう向きにy軸を設定する。
- 船首が川の上流に向く角度を \(\theta\) とおく。
- 各速度ベクトルをx, y成分で表す。
- 「岸に垂直に横切る」 \(\iff\) 合成速度のx成分が \(0\)。
具体的な解説と立式
川の流れの向きにx軸、対岸へ向かう向きにy軸をとります。船が船首をy軸から上流側(x軸負の向き)に角度 \(\theta\) だけ傾けて進むとします。
- 各速度ベクトルの成分表示:
- 川の流速 \(\vec{v}_{\text{岸水}}\):
$$
\begin{aligned}
\vec{v}_{\text{岸水}} &= (3, 0)
\end{aligned}
$$ - 船の対水速度 \(\vec{v}_{\text{水船}}\) (大きさは \(5\)):
$$
\begin{aligned}
\vec{v}_{\text{水船}} &= (-5\sin\theta, 5\cos\theta)
\end{aligned}
$$ - 合成速度 \(\vec{v}_{\text{岸船}}\):
$$
\begin{aligned}
\vec{v}_{\text{岸船}} &= \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}} \\
&= (-5\sin\theta + 3, 5\cos\theta)
\end{aligned}
$$
- 川の流速 \(\vec{v}_{\text{岸水}}\):
- 岸に垂直に横切る条件:
この条件は、合成速度のx成分が \(0\) であることを意味します。
$$
\begin{aligned}
-5\sin\theta + 3 &= 0
\end{aligned}
$$
この条件から \(\sin\theta\) と \(\cos\theta\) を求め、合成速度のy成分(岸を垂直に横切る速さ)を計算します。 - 時間の計算:
川幅 \(W=20 \, \text{m}\) を、合成速度のy成分で渡る時間を計算します。
使用した物理公式
- 速度の合成: \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\)
- 三角関数の相互関係: \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\)
- 角度 \(\theta\) の三角比を求める:
$$
\begin{aligned}
-5\sin\theta + 3 &= 0 \\[2.0ex]
\sin\theta &= \frac{3}{5}
\end{aligned}
$$
\(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) より、
$$
\begin{aligned}
\cos^2\theta &= 1 – \sin^2\theta \\[2.0ex]
&= 1 – \left(\frac{3}{5}\right)^2 \\[2.0ex]
&= 1 – \frac{9}{25} \\[2.0ex]
&= \frac{16}{25}
\end{aligned}
$$
船は対岸へ向かうので \(\cos\theta > 0\)。よって、
$$
\begin{aligned}
\cos\theta &= \frac{4}{5}
\end{aligned}
$$ - 合成速度のy成分(岸を横切る速さ)を求める:
$$
\begin{aligned}
v_{\text{岸船}, y} &= 5\cos\theta \\[2.0ex]
&= 5 \times \frac{4}{5} \\[2.0ex]
&= 4 \, \text{m/s}
\end{aligned}
$$ - 時間の計算:
$$
\begin{aligned}
t &= \frac{W}{v_{\text{岸船}, y}} \\[2.0ex]
&= \frac{20}{4} \\[2.0ex]
&= 5 \, \text{s}
\end{aligned}
$$
この解き方では、ベクトル図の代わりに数式(成分)で考えます。
船が上流にどれくらいの角度 \(\theta\) を向ければよいかを考えます。船が横に流される速さ(\(5\sin\theta\))と、川の流れの速さ(\(3 \, \text{m/s}\))がちょうど打ち消し合えば、船は真横に進むことができます。
「\(5\sin\theta = 3\)」という式から、角度 \(\theta\) のときの \(\sin\) や \(\cos\) の値がわかります。
次に、船が対岸に向かって進む速さの成分(\(5\cos\theta\))を計算します。これが、岸から見た船の本当の速さになります。計算すると \(4 \, \text{m/s}\) となります。
あとは、川幅 \(20 \, \text{m}\) をこの速さで渡る時間を計算すれば、答えは \(5\) 秒となります。
主たる解法と全く同じ結果が得られました。この別解は、ベクトル図が描きにくい、あるいは角度が複雑で直角三角形にならないような問題にも対応できる、より汎用性の高いアプローチです。ベクトルを成分で扱う計算に慣れる上で、非常に良い練習になります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 速度の合成(ガリレイの速度法則):
- 核心: この問題の根幹は、「岸から見た船の速度」が、「船自身の推進による速度(水に対する速度)」と「川の流れの速度」という2つの独立した運動のベクトル的な足し算で決まる、という速度の合成の原理を理解しているかどうかにあります。
- 理解のポイント:
- 式の表現: \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\) というベクトル方程式が、この現象のすべてを表しています。
- 物理的イメージ: 船は水の上を進み、その水自体が岸に対して動いている。したがって、岸から見ると、この2つの動きが合わさって見える、というイメージを持つことが重要です。
- ベクトルによる物理量の表現:
- 核心: 速度が単なる「速さ」というスカラー量ではなく、「大きさと向き」を持つベクトル量であることを認識し、ベクトルとして正しく扱えるかが問われます。
- 理解のポイント:
- 幾何学的アプローチ(主たる解法): ベクトルを矢印として図示し、その幾何学的な関係(三角形)から問題を解きます。直感的で分かりやすい方法です。
- 代数的アプローチ(別解): 座標系を設定し、ベクトルを成分(例: \((v_x, v_y)\))で表現して計算します。より汎用性が高く、複雑な問題にも対応できる方法です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 最短時間で川を渡る問題: 川を渡るのにかかる時間を最短にするには、船首を真向かいに向ける(\(\vec{v}_{\text{水船}}\) を川岸と垂直にする)のが正解です。この場合、船は下流に流されます。
- 最短距離で川を渡る問題: 本問がこれにあたります。岸に垂直に渡ることで、移動距離が川幅と等しくなり、最短距離となります。このためには船首を上流に向ける必要があります。
- 風の中を飛ぶ飛行機: 「目的地に最短時間で着くための機首の向き」や「特定の方向に飛ぶための機首の向き」を問う問題は、本問と全く同じ構造で解くことができます。
- 初見の問題での着眼点:
- 登場する3つの速度を特定する: 問題文から、「岸に対する船の速度」「水に対する船の速度」「岸に対する水の速度」のどれが与えられ、どれを求めるのかを明確に整理します。
- 「〜に垂直に」「最短時間で」などの条件を数式・図に翻訳する:
- 「岸に垂直に」\(\rightarrow\) 合成速度ベクトルが岸と垂直 \(\rightarrow\) 合成速度の川の流れ方向成分が0。
- 「最短時間で」\(\rightarrow\) 岸を横切る速度成分を最大にする \(\rightarrow\) 船首を真向かいに向ける。
- ベクトル図を描く: まずは \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\) の関係を満たすように、分かっているベクトルから図を描き始めます。多くの場合、三角形ができます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- どの速度が与えられているかの混同:
- 誤解: 「静止した水面なら進める速さ」が、岸から見た船の速さだと勘違いしてしまう。
- 対策: 「静止した水面なら」や「船のエンジンが出す」速さは、常に「水に対する船の速さ(\(\vec{v}_{\text{水船}}\))」であると明確に区別します。これは、船のプロペラが水をかくことで得られる、純粋な推進力による速さです。
- 合成速度の計算ミス:
- 誤解: ベクトルであることを忘れ、単純に速さの大きさだけを足したり引いたりしてしまう(例: \(5+3=8\) や \(5-3=2\) を合成速度だと考えてしまう)。
- 対策: 速度はベクトルである、ということを常に意識し、必ずベクトル図を描くか、成分で計算するかのどちらかの手順を踏むことを徹底します。
- 三平方の定理の辺の対応ミス:
- 誤解: ベクトル図を描いた際に、どの辺が斜辺になるかを取り違える。
- 対策: \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\) のベクトル和の関係から、\(\vec{v}_{\text{水船}}\) が斜辺になることを確認します。あるいは、速度の大きさ(数値)を見て、最も大きい \(5 \, \text{m/s}\) が斜辺に対応すると判断することもできます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 速度の合成則 \(\vec{v}_{\text{岸船}} = \vec{v}_{\text{水船}} + \vec{v}_{\text{岸水}}\) の選択:
- 選定理由: この問題は、動く媒質(水)の上を動く物体(船)の、静止した場所(岸)から見た運動を扱っています。このような異なる基準系における速度の関係を結びつけるのが、この速度の合成則(ガリレイの速度法則)です。
- 適用根拠: この法則は、ニュートン力学が成り立つ慣性系間の座標変換から導かれる、基本的な関係式です。岸の座標系、水の座標系という2つの基準系を考えることで、複雑な運動を論理的に分析することができます。
- 三平方の定理の選択:
- 選定理由: 速度の合成則をベクトル図で表現した結果、「岸に垂直に」という条件によって、図が直角三角形になりました。直角三角形の3辺の長さの関係を表す最も基本的な数学的道具が、三平方の定理だからです。
- 適用根拠: ベクトルで表された物理法則を、幾何学的な図形の問題に置き換えた後、その図形の性質を利用して解を求めるのは、物理学における常套手段です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- ベクトル図を丁寧に描く: 各速度ベクトルがどの物理量に対応するのかを明記し、大きさや向きの関係が分かりやすいように、できるだけ正確な図を描くことが重要です。特に、どのベクトルが合成された結果なのか(合成ベクトル)を明確に区別しましょう。
- 辺の比に注目する: 今回の問題のように、辺の長さが \(3\) と \(5\) の直角三角形が出てきたら、「これは \(3:4:5\) の有名な三角形だな」と気づくことができると、計算するまでもなく残りの辺が \(4\) であると分かり、時間短縮と計算ミス防止につながります。
- 最終的な答えの吟味: 計算で出た合成速度(\(4 \, \text{m/s}\))が、船の静水での速さ(\(5 \, \text{m/s}\))より小さくなっていることを確認します。まっすぐ進むために、推進力の一部が流れを打ち消すのに使われているので、対岸へ向かう速度成分は必ず元の速さより小さくなるはずです。この吟味により、例えば斜辺を取り違えるといったミスに気づくことができます。
17 力の図示
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「物体に働く力の正しい図示」です。特に、複数の物体が接触している場合に、ある特定の物体に着目し、その物体に直接働く力だけを正確に選び出して図示する能力が問われます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の種類: 物体に働く力を「重力」のような遠隔力と、「垂直抗力」や「張力」のような接触力に分類して考えること。
- 作用・反作用の法則の理解: 2つの物体が力を及ぼし合うとき、それらの力は大きさが等しく向きが逆であること。しかし、力の図示では、着目している物体が「受ける」力だけを描くことが重要です。
- 力のつり合い: 静止している物体では、その物体に働く力のベクトル和がゼロになる(力がつり合っている)こと。力の図示が正しいかどうかを検証するのに役立ちます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、着目する物体(灰色の積み木)が、地球から引かれる力(重力)を図示します。
- 次に、着目する物体が「何と接触しているか」を考えます。この問題では、上の積み木と下の積み木です。
- 接触しているそれぞれの物体から「押される力」(垂直抗力)を図示します。上の積み木からは下向きに、下の積み木からは上向きに押されます。
- これら以外の力(例えば、一番下の積み木が床から受ける力など)は、着目している物体に直接働いていないので、描かないように注意します。
思考の道筋とポイント
物体に働く力を図示する際の鉄則は、「その物体が何から力を受けているか」を一つずつリストアップすることです。
- 重力: まず、地球の中心に向かって引かれる力、すなわち重力が必ず働きます。これは物体の中心(重心)から下向きに描きます。
- 接触力: 次に、着目している物体(灰色の積み木)が、何かに触れているかを考えます。
- 上の積み木に触れています。したがって、上の積み木から「押される力」を受けます。向きは下向きです。
- 下の積み木に触れています。したがって、下の積み木から「押される力」を受けます。向きは上向きです。
この3つの力以外に、灰色の積み木に直接働いている力はありません。例えば、一番上の積み木の重力や、床からの垂直抗力などは、灰色の積み木には直接関係ないので、描いてはいけません。
この設問における重要なポイント
- 力の図示は、着目している物体が「受ける」力のみを描く。
- 力は「重力」と「接触力」に大別して考えると、漏れや重複がなくなる。
- 上の物体からは下向きに押され、下の物体からは上向きに押される。
具体的な解説と立式
灰色の積み木(以下、「着目物体」と呼びます)に働く力を考えます。積み木1つの質量を \(m\) とします。
- 1. 重力:
着目物体自身の質量によって、地球から引かれる力です。大きさは \(mg\) で、向きは鉛直下向きです。作用点は物体の重心です。 - 2. 上の積み木から受ける力:
着目物体の上には、もう一つ積み木が乗っています。この上の積み木は、自身の重力によって着目物体を下向きに押します。この力を垂直抗力 \(R\) とします。向きは鉛直下向きです。 - 3. 下の積み木から受ける力:
着目物体は、下の積み木に乗っています。下の積み木は、着目物体を支えるために上向きに押し返します。この力を垂直抗力 \(N\) とします。向きは鉛直上向きです。
以上3つの力が、灰色の積み木に働く力のすべてです。
これらの力はつり合っているので、力の大きさの間には以下の関係が成り立ちます。
$$
\begin{aligned}
(\text{上向きの力の和}) &= (\text{下向きの力の和}) \\[2.0ex]
N &= mg + R
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 力のつり合い: \(\sum \vec{F} = 0\)
この問題は力の図示を求めるものなので、具体的な計算は不要です。
力の図は、模範解答の図と同様になります。
- 物体の中心から下向きに「重力 \(mg\)」
- 上の接触面から下向きに「上の積み木からの垂直抗力 \(R\)」
- 下の接触面から上向きに「下の積み木からの垂直抗力 \(N\)」
灰色の積み木になったつもりで、自分がどんな力を受けているか考えてみましょう。
- まず、地球に引っ張られています(重力)。これは下向きの力です。
- 次に、頭の上に上の積み木が乗っているので、頭が押されています(上の積み木からの力)。これも下向きの力です。
- 最後にお尻の下には下の積み木があって、自分を支えてくれています(下の積み木からの力)。これは上向きの力です。
灰色の積み木が感じている力は、この3つだけです。一番上の積み木がどうとか、床がどうとかは、自分には直接関係ありません。この3つの力を矢印で描けば完成です。
灰色の積み木には、鉛直下向きの力が2つ(自身の重力、上の積み木からの垂直抗力)、鉛直上向きの力が1つ(下の積み木からの垂直抗力)働いています。
物体は静止しているので、これらの力はつり合っているはずです。つまり、上向きの力の大きさと、下向きの2つの力の大きさの和は等しくなります。図示した力の向きと種類は、物理的に妥当です。
解答 模範解答の図の通り。
- 灰色の積み木の中心から鉛直下向きの矢印(重力)
- 灰色の積み木の上面から鉛直下向きの矢印(上の積み木から受ける垂直抗力)
- 灰色の積み木の下面から鉛直上向きの矢印(下の積み木から受ける垂直抗力)
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 作用点の分離と力の種類分け:
- 核心: この問題の根幹は、物体に働く力を正しく見つけるための体系的な手順を理解しているかどうかにあります。その手順とは、(1)物体から離れていても働く力(重力など)と、(2)物体が直接触れている点から働く力(接触力)に分けて考えることです。
- 理解のポイント:
- 重力: 質量を持つすべての物体は、地球から引かれる力(重力)を受けます。この力は物体の中心(重心)から働くと考えます。
- 接触力: 物体が何かに触れている場合、その接触面を介して必ず力が働きます。この問題では、上の積み木との接触面、下の積み木との接触面の2箇所から力を受けます。
- 着目物体を明確にする(力の図示の原則):
- 核心: 物理の問題で力を図示する際は、必ず「どの物体に働く力を描くのか」という着目物体を一つだけ選び、その物体が「他の物体から受ける力」のみを描き出す、という大原則を徹底することが重要です。
- 理解のポイント:
- 主語は何か?: 「灰色の積み木に働く力」が問われているので、力の主語は常に「灰色の積み木」です。
- 受ける力のみ: 灰色の積み木が「及ぼす力」(例:下の積み木を押す力)は、作用・反作用の法則により存在しますが、これは下の積み木に働く力なので、この問題では描きません。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 糸でつながれた複数の物体: 例えば、天井から糸1で物体Aが、物体Aから糸2で物体Bがつるされている場合。「物体Aに働く力」を問われたら、(1)重力、(2)糸1が引く力(上向き)、(3)糸2が引く力(下向き)の3つを描くことになります。
- 摩擦のある面で重ねられた物体: 下の物体を引いたときに、上の物体も一緒に動くような状況。「上の物体に働く力」は、(1)重力、(2)下の物体からの垂直抗力、(3)下の物体からの摩擦力(動かす向き)の3つになります。
- エレベーターの中の物体: 加速するエレベーターの床に置かれた物体に働く力は、静止している場合と同じく「重力」と「床からの垂直抗力」の2つです。ただし、力の大きさはつり合っていません。
- 初見の問題での着眼点:
- 着目物体を円で囲む: 問題の図の中で、力を図示せよと言われている物体を、鉛筆などで軽く円で囲んでしまいます。これにより、意識をその物体に集中させることができます。
- 重力を描く: まず、機械的に物体の中心から下向きに重力の矢印を描きます。
- 接触点を探す: 次に、円で囲んだ物体の輪郭を指でなぞり、他の物体と触れている点(接触点)をすべて見つけ出します。
- 接触力を描く: 見つけた接触点それぞれから、力が働いているとして矢印を描きます。面で接していれば垂直抗力(と摩擦力)、糸なら張力です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 作用・反作用の力を描いてしまう:
- 誤解: 灰色の積み木が下の積み木を押す力(\(N\) の反作用)や、上の積み木を押す力(\(R\) の反作用)も、同じ図に描き込んでしまう。
- 対策: 「主語は誰か?」を常に自問します。問われているのは「灰色の積み木に働く力」です。「灰色の積み木が及ぼす力」は、別の物体(下の積み木や上の積み木)に働く力なので、描いてはいけません。
- 内部の力を描いてしまう:
- 誤解: 例えば、一番上と二番目の積み木を一体と見なして、その合計の重さを描いてしまうなど、着目物体以外の情報を取り込んでしまう。
- 対策: 模範解答のコメントにあるように、「上に何段積まれようとも描くべき接触による力はただ一本」という考え方が重要です。上の積み木が10個あっても、灰色の積み木が直接触れているのは真上の1個だけです。その1個から押される力 \(R\) を描けば、上の10個分の重さの情報はその \(R\) の大きさにすべて含まれることになります。
- 存在しない力を描いてしまう:
- 誤解: 物体が動いていないので、つり合いを考えて、重力 \(mg\) と同じ大きさの上向きの力を描いて満足してしまう。
- 対策: 力は必ず「何から」働くのか、その源泉があります。上向きの力は何が原因で生じているのか?を考えると、「下の積み木が支えているからだ」と気づきます。力の源泉を常に意識することで、根拠のない力を描くミスを防げます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 \(N = mg + R\) の選択:
- 選定理由: この問題は力の図示がメインですが、その図が正しいかを確認し、力の大きさの関係を理解するために、力のつり合いの式を立てます。物体が静止(あるいは等速直線運動)している場合、その物体に働く力は必ずつり合っている、というのがニュートンの運動の第1法則(慣性の法則)だからです。
- 適用根拠: 物体は静止しており、加速度はゼロです。運動方程式 \(ma=F\) に \(a=0\) を代入すると、合力 \(F=0\) となります。これは、力がつり合っていることを意味します。鉛直上向きを正とすると、\(N – mg – R = 0\)、すなわち \(N = mg + R\) という関係が導かれます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 力をリストアップする癖をつける: 図に矢印を描く前に、まず言葉で「1. 重力(地球から、下向き)」「2. 上の物体からの力(接触、下向き)」「3. 下の物体からの力(接触、上向き)」のようにリストアップする習慣をつけると、描き忘れや余計な力を描くミスを防げます。
- 矢印の始点を明確にする: 重力は物体の中心(重心)から、接触力は接触している面から矢印を描き始めるようにします。これにより、どの力が何に由来するのかが視覚的に明確になります。
- 複数の物体が登場する場合は、物体ごとに力の図を描く: もし「すべての物体に働く力を図示せよ」という問題であれば、物体ごとに別々の図(フリーボディダイヤグラム)を描くのが鉄則です。1つの図にすべての力を描き込むと、作用・反作用の混同などが起こりやすくなります。
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18 力のつりあい
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている2つの解法(力の分解を用いる解法と、力の合成を用いる解法)を、それぞれ主たる解法と別解として詳細に解説します。
- 提示する解法
- 主たる解法: 力の分解を用いる解法
- 斜め向きの張力 \(T_1\) を水平成分と鉛直成分に分解し、それぞれの方向で力のつり合いの式を立てます。
- 別解: 力の合成を用いる解法
- 3つの力のつり合いを、ベクトル図(力の三角形)を用いて幾何学的に解きます。
- 主たる解法: 力の分解を用いる解法
- 上記の解法が有益である理由
- 思考の柔軟性向上: 1つの問題を、代数的なアプローチ(力の分解)と幾何学的なアプローチ(力の合成)の両方で解く経験は、問題解決能力の幅を広げます。
- 解法の特性理解: 力の分解は、どんな問題にも適用できる汎用性の高い方法です。一方、力の合成は、特に力が3つでつり合っている場合に、図形的な性質から直感的に素早く解けることがあります。両者の長所を理解することは、解法選択のスキルを高めます。
- 物理的本質の深化: 2つの解法が同じ結論に至ることを確認することで、「力がつり合っている」という状態が、数式上でもベクトル図上でも同じ意味を持つことへの理解が深まります。
この問題のテーマは「静止した物体における力のつり合い」です。物体に働く複数の力を正しく図示し、それらの力がつり合っているという条件を数式に落とし込む能力が問われます。特に、斜め方向の力を水平・鉛直成分に分解する、基本的なベクトル操作が鍵となります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示: 着目する物体(質量 \(m\) のおもり)に働く力をすべて正しく見つけ出し、図示できること(重力、糸aの張力、糸bの張力)。
- 力の分解: 斜め向きの力(糸aの張力 \(T_1\))を、計算しやすいように水平成分と鉛直成分に分解できること。
- 力のつり合いの条件: 物体が静止しているとき、その物体に働く力の合力はゼロであること。これは、水平方向の力の和がゼロ、かつ、鉛直方向の力の和がゼロであることを意味します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- おもりに働く3つの力(重力 \(mg\)、張力 \(T_1\)、張力 \(T_2\))を図示します。
- 斜めを向いている張力 \(T_1\) を、水平成分と鉛直成分に分解します。
- 「鉛直方向の力のつり合い」と「水平方向の力のつり合い」の2つの式を立てます。
- これらの連立方程式を解いて、未知数である \(T_1\) と \(T_2\) を求めます。