電磁気範囲 71~75
71 電磁誘導
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法(力のつりあい)を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 別解: エネルギー保存則を用いる解法
- 主たる解法が導体棒に働く「力」のつりあいに着目するのに対し、別解では回路全体の「エネルギー」の収支に着目します。終端速度で運動しているとき、重力がする仕事率(位置エネルギーの減少率)が、すべて抵抗で消費されるジュール熱(消費電力)に等しくなる、というエネルギー保存則から終端速度を導きます。
- 別解: エネルギー保存則を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的理解の深化: 「力のつりあい」という力学的な視点と、「エネルギーの保存」という熱力学・電磁気学的な視点の両方から同じ現象を記述できることを学び、物理法則の普遍性への理解が深まります。
- 思考の柔軟性向上: 一つの現象に対して、力学的アプローチとエネルギー的アプローチの二つの引き出しを持つことで、問題解決能力の幅が広がります。
- 検算への応用: 主たる解法で得た答えの検算手法としても極めて有効です。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「電磁誘導と導体棒の運動」です。磁場中で導体棒が運動することによって誘導起電力が生じ、回路に電流が流れます。この電流が磁場から力を受けることで、導体棒の運動が変化します。最終的に、重力と電磁力がつり合って等速運動(終端速度)に達するまでの物理現象を総合的に理解することが問われます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 電磁誘導(誘導起電力): 磁場を横切る導体棒には、\(V=vBl\)で表される誘導起電力が生じます。起電力の向きは、導体内の電荷が受けるローレンツ力で決まります。
- フレミングの左手の法則(電磁力): 磁場中で電流が流れる導体には、\(F=IBl\)で表される力が働きます。力の向きは、フレミングの左手の法則で決まります。
- 力のつりあい: 導体棒の速度が一定(終端速度)になったとき、導体棒に働く力はつり合っています。この問題では、下向きの重力と、上向きの電磁力がつり合います。
- オームの法則: 回路に流れる電流は、誘導起電力を回路全体の抵抗で割ることで求められます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、導体棒が落下するときに、棒の中の正電荷がどちらの向きにローレンツ力を受けるかを考え、誘導起電力の向き(電流の向き)を決定します。
- 次に、導体棒が終端速度\(v_1\)で運動している状態を考えます。このとき、導体棒に働く力はつり合っているため、力のつりあいの式を立てます。
- 力のつりあいの式に含まれる電流\(I\)を、誘導起電力の式とオームの法則を用いて、終端速度\(v_1\)で表します。
- 最終的に、力のつりあいの式を\(v_1\)について解くことで、終端速度を求めます。
電流の向き
思考の道筋とポイント
導体棒PQが重力によって下向きに運動すると、棒の中にある自由電子や陽イオンなどの電荷も一緒に下向きに運動します。磁場中で電荷が運動すると、「ローレンツ力」という力を受けます。
この問題では、導体棒の中にある正電荷がどちらの向きに力を受けるかを考えます。正電荷が力を受けて移動した先が、電位の高い「正極」になります。
ローレンツ力の向きは、電流(正電荷の運動の向き)、磁場、力の向きの関係で決まります。これはフレミングの左手の法則と同じ指の配置で確認できます。
- 中指:正電荷の運動の向き(下向き)
- 人差し指:磁場の向き(紙面の奥から手前向き)
- 親指:ローレンツ力の向き
この法則を適用すると、正電荷がPとQのどちらの端に集まるかがわかり、電流の向きが決定します。
この設問における重要なポイント
- 導体棒の運動は、内部の電荷の運動であると捉える。
- 磁場中を運動する電荷はローレンツ力を受ける。
- 正電荷が力を受けて集まる側が、誘導起電力の正極(高電位側)になる。
具体的な解説と立式
導体棒PQは重力により下向きに運動します。それに伴い、棒の中にある正電荷も下向きに速度 \(v\) で運動していると考えることができます。
磁場は紙面の奥から手前向きです。
磁場中を運動する正電荷が受けるローレンツ力の向きを、フレミングの左手の法則に対応させて考えます。
- 中指を正電荷の運動の向きである「下」に合わせます。
- 人差し指を磁場の向きである「紙面の奥から手前」に合わせます。
すると、親指は「QからPの向き」を指します。
これは、棒の中の正電荷がP側に、負電荷(電子)がQ側に偏ることを意味します。
その結果、導体棒PQにはP側が正極、Q側が負極となる誘導起電力が生じます。
回路全体で見ると、電流は電池の正極から出て負極に戻るので、抵抗Rを通った後、導体棒の中をQ→Pの向きに流れることになります。
使用した物理公式
- ローレンツ力(向きの決定)
金属の棒が磁場の中を落ちていくとき、棒の中にあるプラスの電気の粒も一緒に下に動きます。
磁場の中を電気が動くと、横向きの力(ローレンツ力)を受けます。この力の向きは「フレミングの左手の法則」で調べることができます。左手の中指を「プラスの電気が動く向き(下)」、人差し指を「磁場の向き(手前向き)」に合わせると、親指が「力の向き」を教えてくれます。
実際にやってみると、親指はQからPの方向を指します。
つまり、プラスの電気はP側に集められ、マイナスの電気(電子)はQ側に集められます。その結果、Pがプラス極、Qがマイナス極の電池のようになり、回路にはQからPに向かって電流が流れます。
電流の向きはQ→Pです。この向きに電流が流れると、今度は導体棒全体がフレミングの左手の法則に従って上向きの電磁力を受けることになります。この上向きの力が落下を妨げるブレーキの役割を果たし、後続の設問で考える終端速度につながるため、物理的に整合性がとれています。
終端速度 \(v_1\)
思考の道筋とポイント
導体棒は最初、重力によって加速しながら落下します。しかし、速度が上がるにつれて誘導起電力(\(V=vBl\))が大きくなり、回路に流れる電流 \(I\) も増加します。
電流が増加すると、フレミングの左手の法則によって導体棒に働く上向きの電磁力(\(F=IBl\))も大きくなります。
やがて、この上向きの電磁力が、下向きの重力(\(mg\))とちょうど同じ大きさになると、導体棒に働く合力はゼロになります。力がつり合った状態なので、導体棒はそれ以上加速せず、一定の速度で落下し続けます。このときの速度が「終端速度 \(v_1\)」です。
したがって、終端速度を求めるには、「重力 = 電磁力」という力のつりあいの式を立てることが出発点となります。
この設問における重要なポイント
- 終端速度とは、力がつり合って等速直線運動をしているときの速度である。
- 導体棒に働く力は、下向きの「重力」と上向きの「電磁力」の2つ。
- 電磁力の大きさを計算するために、まず誘導起電力とオームの法則から電流を求める必要がある。
具体的な解説と立式
導体棒が終端速度 \(v_1\) で運動しているとき、導体棒に働く力はつり合っています。
- 下向きの力: 重力 \(mg\)
- 上向きの力: 電磁力 \(F\)
力のつりあいの式は、(上向きの力の和)=(下向きの力の和)より、
$$
\begin{aligned}
F &= mg
\end{aligned}
$$
電磁力 \(F\) の大きさは \(F=IBl\) で与えられます。ここで \(I\) は終端速度のときに流れる電流です。
$$
\begin{aligned}
IBl &= mg \quad \cdots ①
\end{aligned}
$$
この電流 \(I\) は、導体棒に生じる誘導起電力 \(V\) と回路の抵抗 \(R\) から、オームの法則によって決まります。
終端速度 \(v_1\) のとき、誘導起電力 \(V\) は、
$$
\begin{aligned}
V &= v_1 B l
\end{aligned}
$$
回路の抵抗は \(R\) のみなので、オームの法則より電流 \(I\) は、
$$
\begin{aligned}
I &= \frac{V}{R} \\[2.0ex]
&= \frac{v_1 B l}{R} \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$
この電流 \(I\) の式②を、力のつりあいの式①に代入することで、\(v_1\) を含む方程式が得られます。
使用した物理公式
- 力のつりあい: (上向きの力)=(下向きの力)
- 電磁力: \(F=IBl\)
- 誘導起電力: \(V=vBl\)
- オームの法則: \(I = V/R\)
式②を式①に代入します。
$$
\begin{aligned}
\left( \frac{v_1 B l}{R} \right) Bl &= mg \\[2.0ex]
\frac{v_1 B^2 l^2}{R} &= mg
\end{aligned}
$$
この式を、求めたい終端速度 \(v_1\) について解きます。
両辺に \(R\) を掛け、\(B^2 l^2\) で割ります。
$$
\begin{aligned}
v_1 B^2 l^2 &= mgR \\[2.0ex]
v_1 &= \frac{mgR}{B^2 l^2}
\end{aligned}
$$
棒が落ち始めると、スピードが上がるにつれて、上向きのブレーキ力(電磁力)がどんどん強くなっていきます。そして、ついにブレーキの力が重力と等しくなると、それ以上スピードは上がらなくなり、一定の速度(終端速度)で落ち続けます。
この問題は、この「重力 = ブレーキ力」という力のつりあいの状態を数式にすることから始まります。
ブレーキ力の大きさは、回路に流れる電流に比例します。そして、その電流の大きさは、棒のスピードに比例します。
つまり、「スピードが上がると電流が増え、電流が増えるとブレーキ力が強くなる」という関係になっています。
これらの関係をすべて一つの式にまとめ、「終端速度 \(v_1\) = …」の形になるように式を変形すれば、答えが求まります。
終端速度 \(v_1\) は \(\displaystyle\frac{mgR}{B^2 l^2}\) と求められました。この式を吟味してみましょう。
- \(m\) や \(g\) が大きいほど(重力が強いほど)、\(v_1\) は大きくなる。
- \(R\) が大きいほど(電流が流れにくいほど)、ブレーキ力が弱くなるため \(v_1\) は大きくなる。
- \(B\) や \(l\) が大きいほど(磁場が強い、または棒が長いほど)、ブレーキ力が強くなるため \(v_1\) は小さくなる。
これらはすべて物理的な直感と一致しており、妥当な結果であると言えます。
思考の道筋とポイント
主たる解法が「力」のつりあいに着目したのに対し、この別解では「エネルギー」の収支に着目します。
導体棒が終端速度 \(v_1\) で等速落下しているとき、運動エネルギーは変化していません。このとき、単位時間あたりに減少する位置エネルギー(=重力がする仕事率)は、すべて回路の抵抗 \(R\) で消費されるジュール熱(=消費電力)に変換されている、と考えることができます。
このエネルギー保存則を数式で表すことで、終端速度 \(v_1\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 終端速度では運動エネルギーが一定なので、位置エネルギーの減少分がすべてジュール熱になる。
- 重力がする仕事率(単位時間あたりの仕事)は \(P_{\text{重力}} = Fv = mgv_1\)。
- 抵抗での消費電力は \(P_{\text{消費}} = RI^2\)。
- 「仕事率 = 消費電力」というエネルギー保存則の式を立てる。
具体的な解説と立式
導体棒が終端速度 \(v_1\) で運動しているとき、エネルギーの収支は釣り合っています。
単位時間あたりに重力がする仕事(仕事率) \(P_{\text{重力}}\) は、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{重力}} &= mgv_1
\end{aligned}
$$
一方、このとき回路で単位時間あたりに発生するジュール熱、すなわち消費電力 \(P_{\text{消費}}\) は、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{消費}} &= RI^2
\end{aligned}
$$
ここで、電流 \(I\) は、誘導起電力 \(V=v_1Bl\) とオームの法則から、
$$
\begin{aligned}
I &= \frac{v_1Bl}{R}
\end{aligned}
$$
と表せます。これを消費電力の式に代入すると、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{消費}} &= R \left( \frac{v_1Bl}{R} \right)^2 \\[2.0ex]
&= \frac{v_1^2 B^2 l^2}{R}
\end{aligned}
$$
エネルギー保存則より、重力がする仕事率は抵抗での消費電力に等しいので、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{重力}} &= P_{\text{消費}}
\end{aligned}
$$
$$
\begin{aligned}
mgv_1 &= \frac{v_1^2 B^2 l^2}{R}
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則: (重力の仕事率)=(消費電力)
- 仕事率: \(P=Fv\)
- 消費電力: \(P=RI^2\)
- 誘導起電力: \(V=vBl\)
- オームの法則: \(I=V/R\)
上記で立式した \(mgv_1 = \displaystyle\frac{v_1^2 B^2 l^2}{R}\) を \(v_1\) について解きます。
\(v_1 \neq 0\) なので、両辺を \(v_1\) で割ることができます。
$$
\begin{aligned}
mg &= \frac{v_1 B^2 l^2}{R}
\end{aligned}
$$
この式は、主たる解法で力のつりあいから導いた式と全く同じです。
したがって、これを \(v_1\) について解くと、
$$
\begin{aligned}
v_1 &= \frac{mgR}{B^2 l^2}
\end{aligned}
$$
別の見方をしてみましょう。棒が一定の速さで落ちているとき、失われた高さのエネルギー(位置エネルギー)はどこへ行ったのでしょうか?運動のエネルギーは増えていないので、すべて回路の抵抗で発生する熱(ジュール熱)に変わったはずです。
この「単位時間あたりに失われる位置エネルギー」と「単位時間あたりに発生するジュール熱」が等しい、というエネルギーの収支の式を立てます。
- 単位時間あたりに失われる位置エネルギー = 重力 × 速度
- 単位時間あたりに発生するジュール熱 = 抵抗 × (電流)²
電流は速度に比例するので、このエネルギーの等式を「速度 \(v_1\) = …」の形に変形すれば、力のつりあいから考えたときと全く同じ答えが得られます。
エネルギー保存則という異なる物理法則から出発しても、力のつりあいから導かれたものと完全に一致する結果が得られました。これは、力学的な現象と電磁気・熱的な現象が、エネルギーという共通の土台の上で結びついていることを示しています。この別解は、物理法則の普遍性を示す良い例です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 電磁誘導と電磁力の相互作用:
- 核心: この問題の根幹は、電磁誘導(運動→起電力)と電磁力(電流→力)という2つの現象が、互いに原因と結果になりながら連動している「フィードバック」の仕組みを理解することにあります。
- 理解のポイント:
- 運動が原因: 導体棒が重力で落下する(運動)。
- 起電力が結果: 運動によって誘導起電力 \(V=vBl\) が生じる。
- 電流が結果: 起電力によって回路に電流 \(I=V/R\) が流れる。
- 力が結果: 電流によって導体棒に電磁力 \(F=IBl\) が働く。
- 運動へのフィードバック: この電磁力が運動を妨げる向きに働くため、加速度が変化する。
この一連の因果関係のループを把握することが、この種の問題を解く上での本質です。
- 終端速度における「力のつりあい」と「エネルギー保存」:
- 核心: 導体棒が終端速度に達した定常状態は、「力のつりあい」という力学的な視点と、「エネルギー保存(仕事率と消費電力のつりあい)」というエネルギー的な視点の、2つの異なる側面から記述することができます。
- 理解のポイント:
- 力の視点: (重力) = (電磁力)。これは運動方程式 \(ma = mg – F\) において、加速度 \(a=0\) となった状態です。
- エネルギーの視点: (重力がする仕事率) = (ジュール熱としての消費電力)。これは、運動エネルギーが変化しないため、位置エネルギーの減少分がすべて電気エネルギーを経由して熱エネルギーに変換されることを意味します。
- 2つの視点の等価性: これら2つの式は、数学的に変形すると全く同じ形になります。物理現象を異なる角度から見ても、同じ結論に至るという物理法則の美しさを示しています。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 水平なレール上での運動: 導体棒を初速度\(v_0\)で動かしたり、一定の力で引き続けたりする問題。運動方程式 \(ma = F_{\text{外力}} – F_{\text{電磁力}}\) を立てて、速度の時間変化などを解析します。
- 回路にコンデンサーやコイルが含まれる場合: 回路部分が複雑になっても、誘導起電力 \(V=vBl\) が電源となる点は同じです。コンデンサーなら過渡現象、コイルなら自己誘導が絡んできます。
- 発電機・モーターの原理: 導体(コイル)を回転させることで継続的に起電力を得るのが発電機、電流を流して力を得て回転するのがモーターです。本問は、これらの原理の最も単純なモデルと見なせます。
- 初見の問題での着眼点:
- 起電力の発生源を特定する: 導体棒の運動、磁場の変化など、何が原因で誘導起電力が生じているのかをまず確認します。
- 回路をモデル化する: 誘導起電力が生じている部分を「電池」とみなし、回路全体の等価回路を描きます。電池の極性(起電力の向き)と大きさ(\(V=vBl\)など)を明確にします。
- 力学的な側面と電気的な側面を結びつける:
- 力学: 導体棒に働く力(重力、外力、電磁力など)をすべてリストアップし、運動方程式または力のつりあいの式を立てる準備をします。
- 電気: 回路にオームの法則を適用し、電流を速度\(v\)の関数として表す準備をします。
- 2つの式を連立させる: 運動の式に含まれる「電磁力F」を、電気の式から導いた「電流I」を用いて表現し、代入することで、運動に関する方程式を解きます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 2種類の「フレミングの法則」の混同:
- 誤解: 起電力の向きを求めたいのに左手の法則を、力の向きを求めたいのに右手の法則を使ってしまう。
- 対策: 「右手が発電、左手がモーター」と覚えます。つまり、「運動から電気(電流)を生む」のが右手の法則(発電機)、「電気(電流)から力(運動)を生む」のが左手の法則(モーター)です。本問のように、ローレンツ力で起電力の向きを考える方法は、この混同を避ける上でも有効です。
- 電流の式を立てずに力のつりあいを考えようとする:
- 誤解: \(mg=F\) までは立式できても、その \(F=IBl\) の \(I\) をどうすればよいか分からなくなる。
- 対策: 電磁力の式に出てくる電流\(I\)は、あくまで「結果」として流れているものであり、その原因は「誘導起電力」にある、という因果関係を常に意識します。必ず「①起電力Vを求める → ②オームの法則でIを求める → ③F=IBlに代入する」というステップを踏むことを徹底します。
- エネルギー保存則の誤用:
- 誤解: 加速している途中でも「位置エネルギーの減少 = ジュール熱」としてしまう。
- 対策: エネルギー保存則を考える際は、運動エネルギーの変化も考慮に入れる必要があります。「(位置エネルギーの減少) = (運動エネルギーの増加) + (ジュール熱)」が、いつでも成り立つ正しいエネルギー保存則です。終端速度のときは、運動エネルギーの増加が0になるため、特別な関係式が成り立つ、と理解します。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 終端速度を求めるための「力のつりあい」の選択:
- 選定理由: 「終端速度」という言葉は、物理学的には「加速度が0になったときの速度」を意味します。加速度が0であるということは、運動方程式 \(ma = \sum F\) において、合力 \(\sum F\) が0であることを意味します。これはまさに「力のつりあい」の状態です。したがって、「終端速度」というキーワードから「力のつりあい」の式を立てるのが、最も直接的で論理的なアプローチです。
- 適用根拠: ニュートンの運動法則は、力学における最も基本的な法則です。終端速度という力学的な状態を解析するには、その基本法則に立ち返るのが王道です。
- 別解としての「エネルギー保存則」の選択:
- 選定理由: 「終端速度」の状態は、力がつり合っているだけでなく、運動エネルギーが一定であるというエネルギー的な特徴も持っています。この状態では、重力によって供給される仕事率(エネルギー/時間)と、抵抗によって消費される電力(エネルギー/時間)が等しくなるはずです。このように、問題の状況がエネルギーの観点からシンプルに記述できる場合、エネルギー保存則は力学的アプローチの強力な代替手段(または検算手段)となります。
- 適用根拠: エネルギー保存則は、力学、熱力学、電磁気学を貫く、物理学全体で最も重要な基本法則の一つです。異なる分野の現象が絡み合う電磁誘導の問題において、エネルギーという共通の土俵で考えることは、現象の深い理解につながります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 記号の2乗忘れに注意: 最終的な答えに \(B^2\) や \(l^2\) が出てくるように、計算過程で同じ記号が2回掛け合わされる場面があります(\(I=\frac{vBl}{R}\) を \(F=IBl\) に代入する場面など)。これらの2乗を付け忘れるミスは非常に多いので、代入の際には特に注意しましょう。
- 文字式の整理: この問題はすべて文字式で計算します。分数が含まれる式の変形では、どの文字が分子にあり、どの文字が分母にあるのかを常に明確に意識しながら、焦らずに一行ずつ変形を進めることが重要です。
- 最終的な答えの次元(単位)を確認する:
- 最終的に得られた \(v_1 = \frac{mgR}{B^2 l^2}\) の単位が、本当に速度の単位 [m/s] になっているかを確認(次元解析)するのも有効な検算方法です。各物理量の単位を代入して計算すると、最終的に [m/s] になるはずです。
72 電磁誘導
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法(力のつりあいと運動方程式)を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 終端速度を求める別解: エネルギー保存則を用いる解法
- 主たる解法が導体棒に働く「力」のつりあいに着目するのに対し、別解では回路全体の「エネルギー」の収支に着目します。終端速度で運動しているとき、重力がする仕事率(位置エネルギーの減少率)が、すべて抵抗で消費されるジュール熱(消費電力)に等しくなる、というエネルギー保存則から終端速度を導きます。
- 終端速度を求める別解: エネルギー保存則を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的理解の深化: 「力のつりあい」という力学的な視点と、「エネルギーの保存」という熱力学・電磁気学的な視点の両方から同じ現象を記述できることを学び、物理法則の普遍性への理解が深まります。
- 思考の柔軟性向上: 一つの現象に対して、力学的アプローチとエネルギー的アプローチの二つの引き出しを持つことで、問題解決能力の幅が広がります。
- 検算への応用: 主たる解法で得た答えの検算手法としても極めて有効です。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「傾斜したレール上での電磁誘導と導体棒の運動」です。前問71の応用で、導体棒が斜面を滑り落ちる状況を扱います。重力や電磁力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解して考えること、そして誘導起電力を計算する際に、磁場に対して垂直な速度成分のみが寄与することを正しく理解できるかが問われます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の分解: 重力や電磁力を、斜面に平行な方向と垂直な方向に分解する技術。
- 誘導起電力: 導体棒の速度ベクトルのうち、磁場ベクトルと垂直な成分のみが起電力の発生に寄与します。公式は \(V = (v_{\perp B})Bl\)。
- フレミングの左手の法則(電磁力): 電流と磁場は常に垂直な関係で力を考えます。この問題では、電流は導体棒の向き、磁場は鉛直上向きなので、電磁力は水平方向に働きます。
- 力のつりあいと運動方程式: 終端速度では、斜面方向の力がつり合います。加速している途中では、斜面方向の運動方程式を立てます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、導体棒が速さ\(v\)で滑り落ちている一般の状況を考えます。
- 速度\(v\)のうち、磁場\(B\)(鉛直上向き)と垂直な成分を求め、誘導起電力の大きさを計算します。
- 誘導起電力の向きをローレンツ力で判断し、回路に流れる電流の向きと大きさを求めます。
- 電流が受ける電磁力の向き(水平方向)と大きさを計算します。
- 導体棒に働くすべての力(重力、垂直抗力、電磁力)を図示し、斜面に平行な方向と垂直な方向に分解します。
- 終端速度\(v_1\)については、斜面方向の力のつりあいの式を立てて解きます。
- 加速中の加速度\(a\)については、斜面方向の運動方程式を立てて解きます。
終端速度 \(v_1\)
思考の道筋とポイント
終端速度\(v_1\)に達したとき、導体棒は斜面を等速で滑り落ちています。これは、斜面方向の力がつり合っている状態を意味します。
導体棒に働く力は、重力\(mg\)、レールからの垂直抗力\(N\)、そして電磁力\(F\)の3つです。これらのうち、斜面方向に成分を持つのは重力と電磁力です。
- 重力の斜面方向成分: 斜面を滑り落ちる向きに \(mg \sin\theta\)。
- 電磁力の向きと分解: 誘導電流の向きは、導体棒内の正電荷が斜面下向きに運動することでローレンツ力を受け、Q→Pの向き(紙面手前向き)に流れます。磁場は鉛直上向きです。フレミングの左手の法則を適用すると、電磁力\(F\)は水平で左向きに働きます。この水平な力を、斜面に平行な成分と垂直な成分に分解する必要があります。斜面方向の成分は、斜面を駆け上がる向きに \(F \cos\theta\) となります。
したがって、力のつりあいの式は「\(mg \sin\theta = F \cos\theta\)」となります。
次に、電磁力\(F\)の大きさを終端速度\(v_1\)で表す必要があります。
- 誘導起電力: 導体棒の速度\(v_1\)は斜面方向ですが、磁場\(B\)は鉛直方向です。誘導起電力の発生に関わるのは、磁場と垂直な速度成分です。速度\(v_1\)の水平成分、すなわち \(v_1 \cos\theta\) が磁場と垂直になるため、誘導起電力は \(V = (v_1 \cos\theta)Bl\) となります。
- 電流: オームの法則より \(I = V/R\)。
- 電磁力: \(F=IBl\)。
これらの関係式を力のつりあいの式に代入していくことで、\(v_1\)を求めることができます。
この設問における重要なポイント
- 誘導起電力の計算では、磁場と垂直な速度成分 (\(v \cos\theta\)) を使う。
- 電磁力は水平方向に働く。これをさらに斜面方向に分解する必要がある。
- 終端速度では、斜面方向の力がつり合う。
具体的な解説と立式
導体棒が終端速度\(v_1\)で運動しているとき、斜面方向の力はつり合っています。
- 重力の斜面下向き成分: \(mg \sin\theta\)
- 電磁力の斜面上向き成分: \(F \cos\theta\)
力のつりあいの式は、
$$
\begin{aligned}
mg \sin\theta &= F \cos\theta \quad \cdots ①
\end{aligned}
$$
次に、電磁力\(F\)を\(v_1\)で表します。
- 誘導起電力\(V\): 速度\(v_1\)の、磁場\(B\)(鉛直上向き)に垂直な成分は、水平成分である \(v_1 \cos\theta\) です。よって、
$$
\begin{aligned}
V &= (v_1 \cos\theta) B l
\end{aligned}
$$ - 電流\(I\): オームの法則より、
$$
\begin{aligned}
I &= \frac{V}{R} \\[2.0ex]
&= \frac{(v_1 \cos\theta) B l}{R}
\end{aligned}
$$ - 電磁力\(F\): 電流\(I\)はQ→Pの向き(紙面手前向き)、磁場\(B\)は鉛直上向きなので、フレミングの左手の法則より、力\(F\)は水平左向きに働きます。その大きさは、
$$
\begin{aligned}
F &= IBl \\[2.0ex]
&= \left( \frac{(v_1 \cos\theta) B l}{R} \right) Bl \\[2.0ex]
&= \frac{v_1 B^2 l^2 \cos\theta}{R}
\end{aligned}
$$
この\(F\)を、力のつりあいの式①に代入します。
使用した物理公式
- 力のつりあい
- 誘導起電力: \(V = (v_{\perp B})Bl\)
- 電磁力: \(F=IBl\)
- オームの法則: \(I=V/R\)
電磁力\(F\)の式を、力のつりあいの式① \(mg \sin\theta = F \cos\theta\) に代入します。
$$
\begin{aligned}
mg \sin\theta &= \left( \frac{v_1 B^2 l^2 \cos\theta}{R} \right) \cos\theta \\[2.0ex]
mg \sin\theta &= \frac{v_1 B^2 l^2 \cos^2\theta}{R}
\end{aligned}
$$
この式を、求めたい終端速度 \(v_1\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
mgR \sin\theta &= v_1 B^2 l^2 \cos^2\theta \\[2.0ex]
v_1 &= \frac{mgR \sin\theta}{B^2 l^2 \cos^2\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{mgR \sin\theta}{(Bl \cos\theta)^2}
\end{aligned}
$$
今度は、レールが斜めになっています。棒が滑り落ちるとき、重力は棒を下に引っ張りますが、電磁ブレーキがそれを邪魔します。最終的に、重力の「斜面を滑らせる力」と、電磁ブレーキの「斜面を駆け上がらせる力」が釣り合うと、一定の速度(終端速度)になります。
ここで注意点が2つあります。
- 電気を作るのは、棒の速度のうち、磁場と垂直な成分だけです。棒は斜めに動きますが、磁場は真上を向いているので、棒の「水平方向の速さ」だけが電気作りに貢献します。
- 電磁ブレーキの力は、電流と磁場の両方に垂直な向き、つまり「水平方向」に働きます。この水平な力を、さらに「斜面方向」の成分に分解して、重力の滑らせる力と比較する必要があります。
これらの点に注意して「滑らせる力 = ブレーキ力」の式を立て、速度について解けば答えが出ます。
終端速度 \(v_1\) は \(\displaystyle\frac{mgR \sin\theta}{(Bl \cos\theta)^2}\) と求められました。この式は、\(\theta=90^\circ\)(鉛直)の極限を考えると、\(\sin 90^\circ=1\), \(\cos 90^\circ=0\) となり分母が0で発散してしまいます。これは、\(\theta=90^\circ\) の場合は電磁力が水平に働き、重力(鉛直)とつりあう成分を持たないため、終端速度に達しない(無限に加速する)という物理的状況を正しく反映しています。
加速度の大きさ \(a\)
思考の道筋とポイント
導体棒がまだ終端速度に達しておらず、速さ\(v\)で加速している途中を考えます。このとき、導体棒に働く力はつり合っていません。
斜面方向の合力を求め、ニュートンの運動方程式 \(ma = F_{\text{合力}}\) を立てることで、加速度\(a\)を求めます。
斜面方向の力は、終端速度のときと同様に、
- 斜面下向き: 重力成分 \(mg \sin\theta\)
- 斜面上向き: 電磁力成分 \(F \cos\theta\)
です。
したがって、斜面下向きを正とすると、合力は \(mg \sin\theta – F \cos\theta\) となります。
電磁力\(F\)の大きさは、そのときの速さ\(v\)に依存します。終端速度の計算と同様の手順で、\(F\)を速さ\(v\)の関数として表し、運動方程式に代入します。
この設問における重要なポイント
- 加速中は、力のつりあいではなく運動方程式を立てる。
- 運動方程式: \(ma = (\text{斜面下向きの力}) – (\text{斜面上向きの力})\)。
- 電磁力の大きさは、その瞬間の速さ\(v\)に比例する。
具体的な解説と立式
速さ\(v\)のときの、導体棒の斜面方向の運動方程式を立てます。斜面下向きを正とします。
$$
\begin{aligned}
ma &= mg \sin\theta – F \cos\theta
\end{aligned}
$$
ここで、電磁力\(F\)は、そのときの速さ\(v\)によって決まります。終端速度の計算と同様に、
$$
\begin{aligned}
F &= \frac{v B^2 l^2 \cos\theta}{R}
\end{aligned}
$$
この\(F\)を運動方程式に代入します。
$$
\begin{aligned}
ma &= mg \sin\theta – \left( \frac{v B^2 l^2 \cos\theta}{R} \right) \cos\theta
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- (終端速度の計算で使用した各式)
上記で立式した運動方程式を、加速度\(a\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
ma &= mg \sin\theta – \frac{v B^2 l^2 \cos^2\theta}{R}
\end{aligned}
$$
両辺を質量\(m\)で割ります。
$$
\begin{aligned}
a &= g \sin\theta – \frac{v B^2 l^2 \cos^2\theta}{mR} \\[2.0ex]
&= g \sin\theta – \frac{v(Bl \cos\theta)^2}{mR}
\end{aligned}
$$
棒がまだ加速している途中の、ある瞬間の加速度を求める問題です。
加速度は、ニュートンの運動方程式「質量 × 加速度 = 合力」から計算できます。
このときの合力は、「重力の滑らせる力」から、その瞬間の「電磁ブレーキ力」を引いたものです。
電磁ブレーキ力の大きさは、その瞬間の速さ\(v\)を使って計算できます。
これらの関係を運動方程式にまとめ、「加速度 \(a\) = …」の形に変形すれば、答えが求まります。
加速度\(a\)は \(g \sin\theta – \displaystyle\frac{v(Bl \cos\theta)^2}{mR}\) と求められました。この式を吟味してみましょう。
- 初速\(v=0\)のとき、\(a = g \sin\theta\) となり、電磁力がない場合の斜面の運動と同じで、最大の加速度で滑り始めることがわかります。
- 速度\(v\)が大きくなるにつれて、右辺第2項(ブレーキ項)が大きくなるため、加速度\(a\)はだんだん小さくなります。
- やがて加速度\(a\)が0になったとき、\(g \sin\theta = \displaystyle\frac{v(Bl \cos\theta)^2}{mR}\) となり、このときの速度\(v\)が終端速度\(v_1\)に等しくなります。この式を\(v\)について解くと、前半で求めた終端速度の式と一致します。
これらのことから、得られた加速度の式は物理的に非常に妥当であると言えます。
思考の道筋とポイント
主たる解法が「力」のつりあいに着目したのに対し、この別解では「エネルギー」の収支に着目します。
導体棒が終端速度 \(v_1\) で等速運動しているとき、運動エネルギーは変化していません。このとき、単位時間あたりに減少する位置エネルギー(=重力がする仕事率)は、すべて回路の抵抗 \(R\) で消費されるジュール熱(=消費電力)に等しくなる、と考えることができます。
このエネルギー保存則を数式で表すことで、終端速度 \(v_1\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 終端速度では運動エネルギーが一定なので、位置エネルギーの減少分がすべてジュール熱になる。
- 重力がする仕事率は、重力の斜面方向成分と速度の積で \(P_{\text{重力}} = (mg \sin\theta)v_1\)。
- 抵抗での消費電力は \(P_{\text{消費}} = RI^2\)。
- 「仕事率 = 消費電力」というエネルギー保存則の式を立てる。
具体的な解説と立式
導体棒が終端速度 \(v_1\) で運動しているとき、エネルギーの収支は釣り合っています。
単位時間あたりに重力がする仕事(仕事率) \(P_{\text{重力}}\) は、重力の進行方向成分 \(mg \sin\theta\) と速さ \(v_1\) の積で与えられます。
$$
\begin{aligned}
P_{\text{重力}} &= (mg \sin\theta)v_1
\end{aligned}
$$
一方、このとき回路で単位時間あたりに発生するジュール熱、すなわち消費電力 \(P_{\text{消費}}\) は、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{消費}} &= RI^2
\end{aligned}
$$
ここで、電流 \(I\) は、主たる解法で求めた通り、
$$
\begin{aligned}
I &= \frac{(v_1 \cos\theta) B l}{R}
\end{aligned}
$$
と表せます。これを消費電力の式に代入すると、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{消費}} &= R \left( \frac{(v_1 \cos\theta) B l}{R} \right)^2 \\[2.0ex]
&= \frac{v_1^2 B^2 l^2 \cos^2\theta}{R}
\end{aligned}
$$
エネルギー保存則より、重力がする仕事率は抵抗での消費電力に等しいので、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{重力}} &= P_{\text{消費}}
\end{aligned}
$$
$$
\begin{aligned}
(mg \sin\theta)v_1 &= \frac{v_1^2 B^2 l^2 \cos^2\theta}{R}
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則: (重力の仕事率)=(消費電力)
- 仕事率: \(P=Fv\)
- 消費電力: \(P=RI^2\)
上記で立式した \((mg \sin\theta)v_1 = \displaystyle\frac{v_1^2 B^2 l^2 \cos^2\theta}{R}\) を \(v_1\) について解きます。
\(v_1 \neq 0\) なので、両辺を \(v_1\) で割ることができます。
$$
\begin{aligned}
mg \sin\theta &= \frac{v_1 B^2 l^2 \cos^2\theta}{R}
\end{aligned}
$$
この式は、主たる解法で力のつりあいから導いた式と全く同じです。
したがって、これを \(v_1\) について解くと、
$$
\begin{aligned}
v_1 &= \frac{mgR \sin\theta}{B^2 l^2 \cos^2\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{mgR \sin\theta}{(Bl \cos\theta)^2}
\end{aligned}
$$
別の見方をしてみましょう。棒が一定の速さで斜面を滑り落ちているとき、失われた高さのエネルギー(位置エネルギー)はどこへ行ったのでしょうか?運動のエネルギーは増えていないので、すべて回路の抵抗で発生する熱(ジュール熱)に変わったはずです。
この「単位時間あたりに失われる位置エネルギー」と「単位時間あたりに発生するジュール熱」が等しい、というエネルギーの収支の式を立てます。
- 単位時間あたりに失われる位置エネルギー = (重力の斜面方向の力) × 速度
- 単位時間あたりに発生するジュール熱 = 抵抗 × (電流)²
電流は速度の水平成分に比例するので、このエネルギーの等式を「速度 \(v_1\) = …」の形に変形すれば、力のつりあいから考えたときと全く同じ答えが得られます。
エネルギー保存則という異なる物理法則から出発しても、力のつりあいから導かれたものと完全に一致する結果が得られました。これは、力学的な現象と電磁気・熱的な現象が、エネルギーという共通の土台の上で結びついていることを示しています。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 3次元空間におけるベクトル量の分解:
- 核心: この問題の根幹は、物理量がベクトルであることを強く意識し、3次元空間で向きが異なるベクトル(速度、磁場、力)を、問題の状況に合わせて適切な成分に分解して扱う能力にあります。特に、斜面と鉛直・水平方向が混在する設定が、その能力を試しています。
- 理解のポイント:
- 誘導起電力の計算: 誘導起電力 \(V=vBl\) の公式は、本来 \(v, B, l\) が互いに直交する場合のものです。直交しない場合は、「磁場に垂直な速度成分」(\(v_{\perp B}\)) を見つけ出し、\(V=(v_{\perp B})Bl\) として計算する必要があります。この問題では、鉛直な磁場に対して、斜め方向の速度の「水平成分」がそれに当たります。
- 電磁力の分解: 電磁力 \(F=IBl\) は、電流と磁場の両方に垂直な向きに働きます。この問題では「水平方向」です。しかし、運動を解析する基準は「斜面方向」です。そのため、算出した水平な電磁力を、さらに斜面方向と斜面に垂直な方向に分解するという、2段階のベクトル分解が必要になります。
- 運動の状態に応じた物理法則の適用:
- 核心: 導体棒の運動が「等速(終端速度)」か「加速中」かによって、適用すべき力学法則が異なります。
- 理解のポイント:
- 終端速度(等速運動): 加速度が0なので、合力も0です。したがって、「力のつりあい」の式を立てます。あるいは、運動エネルギーが変化しないので、「エネルギー保存則(仕事率のつりあい)」の式を立てることもできます。
- 加速運動: 加速度が0ではないので、合力も0ではありません。したがって、「運動方程式 \(ma=F_{\text{合力}}\)」を立てます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 磁場の向きが異なる問題: 例えば、磁場が斜面に垂直な向きや、水平方向にかかっている場合。どの問題でも、「①誘導起電力の計算では、磁場に垂直な速度成分を使う」「②電磁力の向きをフレミングの左手で正確に決定し、運動を解析する座標系(斜面方向など)に分解する」という基本手順は全く同じです。
- 導体棒を斜面上向きに運動させる問題: 例えば、外部から力を加えて斜面を上らせる場合。運動の向きが逆になるため、誘導電流の向きも逆になり、電磁力の向きも逆(運動を妨げる向き、つまり斜面下向きに成分を持つ)になります。
- エネルギーの収支を問う問題: 「抵抗で発生するジュール熱は、何エネルギーが変換されたものか」を問う問題。本質的には、重力がした仕事(位置エネルギーの減少分)が、電磁誘導を介して電気エネルギーに変換され、最終的に熱エネルギーになった、というエネルギーの変換過程を理解しているかが問われます。
- 初見の問題での着眼点:
- すべてのベクトルの向きを図示する: 速度 \(\vec{v}\)、磁場 \(\vec{B}\)、電流 \(I\)、重力 \(mg\)、電磁力 \(\vec{F}\) など、登場するすべてのベクトル量を、向きがわかるように図に矢印で書き込みます。
- 基準となる座標系(分解する方向)を決める: 斜面上の運動なので、「斜面に平行」と「斜面に垂直」な方向を基準に、すべての力を分解するのが定石です。
- 誘導起電力の計算を慎重に行う: 速度 \(\vec{v}\) と磁場 \(\vec{B}\) が直交しているかを確認します。直交していない場合は、必ず図を描いて \(v_{\perp B}\) を三角関数で正しく表現します。ここがこの種の問題で最も間違いやすいポイントです。
- 電磁力の向きと分解を慎重に行う: 電流の向きと磁場の向きから、フレミングの左手の法則で電磁力の「空間的な向き」(例: 水平左向き)を決定します。その後、その力を基準座標系(例: 斜面方向)に分解します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 誘導起電力の計算での速度成分の誤り:
- 誤解: 誘導起電力を、単純に \(V=v_1Bl\) や \(V=(v_1 \sin\theta)Bl\) と間違えてしまう。
- 対策: 必ず、速度ベクトルと磁場ベクトルの両方を矢印で描き、そのなす角を確認します。そして、「磁場に垂直な速度成分」はどちらになるかを、三角関数を使って慎重に導出します。図を描かずに頭の中だけで処理しようとすると、\(\cos\theta\) と \(\sin\theta\) を取り違えるミスが頻発します。
- 電磁力の向きの誤認と分解ミス:
- 誤解: 電磁力が常に運動と逆向き(この場合は斜面を駆け上がる向き)に働くと早合点してしまう。
- 対策: 電磁力の向きは、あくまで「電流の向き」と「磁場の向き」だけで決まります。フレミングの左手の法則を厳密に適用し、まず空間的な力の向き(水平左向き)を確定させます。その上で、「その力は、斜面に対してどの向きの成分を持つか」を改めて図形的に考え、分解します。
- 2種類の\(\theta\)の混同:
- 誤解: 速度を分解するときの\(\theta\)と、力を分解するときの\(\theta\)の使い方が混乱し、\(\cos\theta\)と\(\sin\theta\)をごちゃ混ぜにしてしまう。
- 対策: 速度の分解、力の分解、それぞれの場面で別々に図を描き、直角三角形を見つけて三角関数の定義(斜辺、対辺、隣辺の関係)に忠実に従います。幾何学的な関係を正確に把握することが不可欠です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 誘導起電力における \(v_{\perp B}\) の選択:
- 選定理由: 誘導起電力の本質は、導体内の電荷が磁場から受けるローレンツ力 \(F=qvB\)(\(v\)と\(B\)が垂直な場合)によって生じる電位差です。ローレンツ力は、速度ベクトルのうち磁場と平行な成分には働かず、垂直な成分にのみ働きます。したがって、起電力の発生に寄与するのも磁場に垂直な速度成分だけです。
- 適用根拠: ローレンツ力のベクトル積による定義 \(\vec{F}=q(\vec{v}\times\vec{B})\) に基づいています。ベクトル積の性質から、\(\vec{v}\) の \(\vec{B}\) に平行な成分は、外積の計算結果に寄与しません。
- 運動解析における「斜面方向」への分解の選択:
- 選定理由: 導体棒の運動は、レールによって斜面方向に束縛されています。また、垂直抗力は未知数であり、通常は計算に関与させたくありません。したがって、運動(加速度)が生じる「斜面に平行な方向」と、垂直抗力が関係する「斜面に垂直な方向」に分けて考えるのが、力学の問題を解く上での最も基本的な戦略です。
- 適用根拠: ニュートンの運動法則はベクトル方程式であり、各成分ごとに独立して成り立ちます。問題を解析しやすいように座標系を設定し、その各成分について方程式を立てることは、ベクトル方程式を解くための標準的な数学的手法です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 大きな図を描き、角度を正確に書き込む: この問題は幾何学的な要素が強いので、ケチらずに大きな図を描くことが成功の鍵です。特に、角度\(\theta\)がどこに現れるか(錯角、同位角など)を、補助線を引きながら正確に図に書き込みましょう。
- 分解するベクトルを主役にする: 例えば、水平な電磁力\(F\)を分解するときは、\(F\)を斜辺とする直角三角形を描き、その三角形の中で\(\cos\theta\)と\(\sin\theta\)を考えます。重力\(mg\)を分解するときは、\(mg\)を斜辺とする直角三角形を描きます。分解したいベクトルが常に「斜辺」になるように意識すると、ミスが減ります。
- 文字式の整理を慎重に: 最終的な答えには、\(\cos^2\theta\) や \(B^2 l^2\) など、多くの項が含まれます。計算の各段階で、どの項がどこから来たのかを確認しながら、丁寧に整理を進めましょう。
[mathjax] SNSでのシェアはご自由にどうぞ。(上のボタンをクリック) ブログで引用する際には、こちらのリンクを添えてください。 【引用】https://makoto-physics-school.com […]
73 電磁誘導
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法(各辺に生じる誘導起電力の合成)を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 別解: ファラデーの電磁誘導の法則を用いる解法
- 模範解答にも示されているアプローチで、コイルを貫く磁束の時間変化率から誘導起電力を求めます。主たる解法がコイルの各辺を個別の電池とみなすのに対し、別解ではコイル全体を一つのループとして捉え、磁束の変化というより根源的な法則からアプローチします。
- 別解: ファラデーの電磁誘導の法則を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理法則の多角的理解: 「ローレンツ力による起電力」と「磁束の時間変化による起電力」という、電磁誘導の2つの側面から同じ現象を説明できることを学び、物理法則への理解が深まります。
- 解法の選択肢の拡大: 磁場が一様でない場合、磁束の計算が複雑になることもありますが、この問題のように変化が線形である場合は、磁束の変化量を考えることで簡潔に解ける場合があります。問題に応じて適切な解法を選択する能力が養われます。
- 物理的直感の育成: コイルが移動することで「磁場が強い領域に入り、弱い領域から出る」ため、差し引きで「コイルを貫く磁束が増加する」という直感的なイメージを持つことができます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「一様でない磁場中を運動するコイルに生じる電磁誘導」です。磁場の強さが場所によって変化するため、コイルの各辺に生じる誘導起電力の大きさが異なります。これらの起電力を合成することで、コイル全体に流れる電流の向きと起電力の大きさを求める問題です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- ローレンツ力による誘導起電力: 磁場を横切る導体には、\(V=vBl\)で表される誘導起電力が生じます。この問題では、磁場の強さ\(B\)が場所\(x\)の関数である点に注意が必要です。
- キルヒホッフの第2法則: コイルを一周するとき、各辺で生じる起電力の総和が、コイル全体としての誘導起電力になります。
- ファラデーの電磁誘導の法則(別解): コイルを貫く磁束\(\Phi\)の時間変化率が、誘導起電力の大きさになります (\(V = |\frac{\Delta \Phi}{\Delta t}|\))。
- レンツの法則: 誘導電流の向きは、磁束の変化を妨げる向きに生じます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- コイルの4辺のうち、誘導起電力が生じるのは磁場を横切る辺PQと、もう一方の縦の辺(RSとする)です。
- 各辺が位置する場所の磁場の強さを、問題で与えられた式 \(B(x)=Kx\) を用いて表します。
- 各辺に生じる誘導起電力の大きさと向きを、ローレンツ力(またはフレミングの右手の法則)を用いて求めます。
- 2つの起電力が互いに逆向きの電池として直列に接続されているとみなし、キルヒホッフの法則を適用してコイル全体の起電力を計算します。起電力の大きい方が全体の向きを決定します。