「リードα 物理基礎・物理 改訂版」徹底解説!【第29章】応用問題

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516 水素原子のスペクトル

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、水素原子のエネルギー準位と、電子が準位間を遷移する際に放出される光のスペクトル(特にバルマー系列)に関するものです。ボーアの原子模型における基本的な関係式を正しく理解し、適用する能力が問われます。

与えられた条件
  • バルマー系列: 電子が量子数\(n\)の軌道から\(n=2\)の軌道へ遷移する際に放出される光。
  • 観測されたスペクトル線の波長(長い順):
    • \( \lambda_1 = 6.56 \times 10^{-7} \, \text{m} \)
    • \( \lambda_2 = 4.86 \times 10^{-7} \, \text{m} \)
    • \( \lambda_3 = 4.34 \times 10^{-7} \, \text{m} \)
  • 光の速さ: \( c = 3.0 \times 10^8 \, \text{m/s} \)
  • プランク定数: \( h = 6.6 \times 10^{-34} \, \text{J}\cdot\text{s} \)
  • エネルギー準位の式: \( E_n = -\displaystyle\frac{E_0}{n^2} \) (\(E_0\)は正の定数)
  • エネルギーの基準: \(n=\infty\)で\(E=0\)。
問われていること
  • (1) \(n=3\)から\(n=2\)への遷移で放出される光子のエネルギー \(E\) [J]
  • (2) \(n=1\)の状態のエネルギー \(E_1\) [J]
  • (3) 4本目のスペクトル線の波長 \(\lambda_4\) [m] と、その位置の図示

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • 問(2), (3)の別解: リュードベリ定数を用いる解法
      • 模範解答がエネルギー準位の定数 \(E_0\) を算出して他の準位や波長を求めるのに対し、別解では既知のスペクトル線からリュードベリ定数 \(R\) を算出し、それを用いて未知のエネルギー準位や波長を求めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 公式の関連性の理解: エネルギー準位の式 \(E_n = -E_0/n^2\) と、リュードベリの公式 \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R(\displaystyle\frac{1}{n’^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2})\) が、振動数条件 \(E_n – E_{n’} = hc/\lambda\) を通じて本質的に等価であり、\(E_0 = hcR\) の関係で結ばれていることを深く理解できます。
    • 物理定数の導出体験: 実験データ(スペクトル線の波長)から、普遍的な物理定数(リュードベリ定数)を導出し、それを用いて他の物理量を予測するという、物理学における重要な思考プロセスを体験できます。
    • 計算アプローチの多様性: \(E_0\) を経由する計算と、\(R\) を経由する計算の両方に触れることで、問題解決の視野が広がります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「水素原子のエネルギー準位とスペクトル線」です。電子のエネルギーがとびとびの値(エネルギー準位)しかとらないこと、そして準位間の遷移で光子が放出・吸収されることを理解するのがポイントです。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. エネルギー準位: 水素原子内の電子のエネルギー \(E_n\) は、量子数 \(n\) を用いて \(E_n = -E_0/n^2\) と表されます。\(n\) が大きいほどエネルギーは高くなります(0に近づく)。
  2. 振動数条件: 電子がエネルギー準位 \(E_n\) からより低い \(E_{n’}\) へ遷移するとき、そのエネルギー差に等しいエネルギーを持つ光子が放出されます。その光子の振動数を \(\nu\)、波長を \(\lambda\) とすると、\(E_n – E_{n’} = h\nu = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) が成り立ちます。
  3. スペクトル系列と波長の関係: エネルギー差 \(E_n – E_{n’}\) が小さいほど、放出される光子のエネルギーは小さく、波長 \(\lambda\) は長くなります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、バルマー系列で最も波長が長い光が、どの準位間の遷移に対応するかを特定し、そのエネルギーを計算します(問1)。
  2. 次に、(1)の結果とエネルギー準位の式を用いて、定数 \(E_0\) の値を求めます。これを使って \(n=1\) のエネルギーを計算します(問2)。
  3. 最後に、4本目のスペクトル線がどの遷移に対応するかを考え、(2)で求めた \(E_0\) を使ってその波長を計算します(問3)。

問(1)

思考の道筋とポイント
放出される光子のエネルギーは、遷移前後のエネルギー準位の差に等しくなります。問題文より、バルマー系列(\(n=2\)への遷移)のうち、波長の最も長いものが図に示されています。波長が最も長いということは、光子のエネルギーが最も小さいことを意味します。これは、エネルギー準位の差が最も小さい遷移、すなわち隣り合う準位からの遷移である \(n=3 \rightarrow n=2\) に対応します。したがって、図中の最も長い波長 \(\lambda_1 = 6.56 \times 10^{-7} \, \text{m}\) を使って光子のエネルギーを計算します。

この設問における重要なポイント

  • 波長とエネルギーの関係: 光子のエネルギー \(E\) と波長 \(\lambda\) の間には \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) の関係があります。波長が長いほどエネルギーは小さいです。
  • バルマー系列の最小エネルギー遷移: バルマー系列は \(n > 2\) の準位から \(n=2\) の準位への遷移です。このうちエネルギー差が最小となるのは、\(n=3\) から \(n=2\) への遷移です。
  • 与えられたデータの利用: 図に示された最も長い波長 \(6.56 \times 10^{-7} \, \text{m}\) が、この \(n=3 \rightarrow n=2\) の遷移に対応する光の波長 \(\lambda_1\) です。

具体的な解説と立式
放出される光子のエネルギーを \(E\)、振動数を \(\nu\)、波長を \(\lambda\) とすると、以下の関係が成り立ちます。
$$ E = h\nu $$
また、光の速さ \(c\) との関係から \(\nu = c/\lambda\) なので、
$$ E = \frac{hc}{\lambda} \quad \cdots ① $$
問題の条件から、バルマー系列で最も波長の長い光は、エネルギー準位の差が最も小さい \(n=3 \rightarrow n=2\) の遷移によるものです。図から、このときの波長は \(\lambda_1 = 6.56 \times 10^{-7} \, \text{m}\) です。
この \(\lambda_1\) を①式に代入することで、求めるエネルギー \(E\) が得られます。

使用した物理公式

  • 光子のエネルギー: \(E = h\nu = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\)
計算過程

①式に、プランク定数 \(h = 6.6 \times 10^{-34} \, \text{J}\cdot\text{s}\)、光の速さ \(c = 3.0 \times 10^8 \, \text{m/s}\)、波長 \(\lambda_1 = 6.56 \times 10^{-7} \, \text{m}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
E &= \frac{(6.6 \times 10^{-34}) \times (3.0 \times 10^8)}{6.56 \times 10^{-7}} \\[2.0ex]
&= \frac{19.8 \times 10^{-26}}{6.56 \times 10^{-7}} \\[2.0ex]
&\approx 3.018 \times 10^{-19} \, [\text{J}]
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、
$$ E \approx 3.0 \times 10^{-19} \, [\text{J}] $$

この設問の平易な説明

電子が高いエネルギーの階(\(n=3\))から低い階(\(n=2\))に「飛び降りる」とき、その高さの差に相当するエネルギーを光として放出します。この光のエネルギーは、波長が分かっていれば計算できます。問題では、一番波長が長い光(=一番エネルギーが小さい光)が、一番段差の小さい \(n=3 \rightarrow n=2\) のジャンプに対応することを見抜くのがポイントです。その波長を使って、放出された光のエネルギーを計算します。

結論と吟味

\(n=3\)から\(n=2\)への遷移で放出される光子のエネルギーは \(3.0 \times 10^{-19} \, \text{J}\) です。計算結果は正の値であり、光子がエネルギーを放出したという物理的状況と一致しています。

解答 (1) \(3.0 \times 10^{-19} \, \text{J}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
\(n=1\) のエネルギー \(E_1\) を求めるには、まずエネルギー準位の式 \(E_n = -E_0/n^2\) に含まれる定数 \(E_0\) の値を決定する必要があります。この \(E_0\) は、(1)で求めた \(n=3 \rightarrow n=2\) の遷移エネルギー \(E\) を利用して計算できます。振動数条件から、\(E = E_3 – E_2\) であり、これを \(E_0\) を用いて表すことで方程式を立て、\(E_0\) を求めます。最後に、求めた \(E_0\) を使って \(E_1 = -E_0/1^2\) を計算します。

この設問における重要なポイント

  • 振動数条件の適用: \(n=3 \rightarrow n=2\) の遷移で放出される光子のエネルギー \(E\) は、\(E_3\) と \(E_2\) の差に等しい。すなわち \(E = E_3 – E_2\)。
  • エネルギー準位の式の利用: \(E_n = -E_0/n^2\) を \(E_3\) と \(E_2\) に適用し、\(E_0\) を用いてエネルギー差を表します。
  • 定数 \(E_0\) の計算: (1)で求めた \(E\) の値を使って、\(E_0\) を算出します。計算の精度を上げるため、(1)の計算結果は有効数字を1桁多く使います(\(E \approx 3.018 \times 10^{-19} \, \text{J}\))。

具体的な解説と立式
(1)で求めたエネルギー \(E\) は、\(n=3\) の準位 \(E_3\) から \(n=2\) の準位 \(E_2\) へ遷移したときのエネルギー差なので、
$$ E = E_3 – E_2 \quad \cdots ① $$
エネルギー準位の式 \(E_n = -E_0/n^2\) を用いると、\(E_3\) と \(E_2\) はそれぞれ
$$ E_3 = -\frac{E_0}{3^2} $$
$$ E_2 = -\frac{E_0}{2^2} $$
と表せます。これらを①式に代入すると、
$$
\begin{aligned}
E &= \left(-\frac{E_0}{3^2}\right) – \left(-\frac{E_0}{2^2}\right) \\[2.0ex]
&= E_0 \left(\frac{1}{2^2} – \frac{1}{3^2}\right) \\[2.0ex]
&= E_0 \left(\frac{1}{4} – \frac{1}{9}\right) \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$
この式を \(E_0\) について解くことで、\(E_0\) の値が求まります。

求めたい \(n=1\) のエネルギー \(E_1\) は、
$$ E_1 = -\frac{E_0}{1^2} = -E_0 \quad \cdots ③ $$
となります。

使用した物理公式

  • 振動数条件: \(E = E_n – E_{n’}\)
  • エネルギー準位: \(E_n = -\displaystyle\frac{E_0}{n^2}\)
計算過程

まず、②式を計算して \(E\) と \(E_0\) の関係を求めます。
$$
\begin{aligned}
E &= E_0 \left(\frac{9-4}{36}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{5}{36}E_0
\end{aligned}
$$
これを \(E_0\) について解くと、
$$ E_0 = \frac{36}{5}E $$
(1)の計算結果 \(E \approx 3.018 \times 10^{-19} \, \text{J}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
E_0 &\approx \frac{36}{5} \times (3.018 \times 10^{-19}) \\[2.0ex]
&= 7.2 \times (3.018 \times 10^{-19}) \\[2.0ex]
&\approx 21.73 \times 10^{-19} \, [\text{J}] \\[2.0ex]
&= 2.173 \times 10^{-18} \, [\text{J}]
\end{aligned}
$$
最後に、③式より \(E_1 = -E_0\) なので、
$$ E_1 \approx -2.173 \times 10^{-18} \, [\text{J}] $$
有効数字2桁で答えると、
$$ E_1 \approx -2.2 \times 10^{-18} \, [\text{J}] $$

この設問の平易な説明

原子のエネルギー準位は、\(E_n = -(\text{定数})/n^2\) という式で決まっています。この「定数」の値が分からないと、各階のエネルギーを具体的に計算できません。(1)で \(n=3 \rightarrow n=2\) のエネルギー差を計算したので、この情報を使って逆算し、「定数」の値を突き止めます。定数の値が分かれば、あとは \(n=1\) の場合のエネルギーを計算するだけです。

結論と吟味

\(n=1\)の状態のエネルギーは \(-2.2 \times 10^{-18} \, \text{J}\) です。エネルギー準位は \(n=\infty\) で \(0\) となり、束縛されている電子のエネルギーは負の値をとるため、結果は物理的に妥当です。また、\(n=1\) は最も安定した基底状態であり、エネルギーが最も低くなる(負の絶対値が最大になる)ことも、この結果と整合します。

解答 (2) \(-2.2 \times 10^{-18} \, \text{J}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
図に示されているスペクトル線は、波長の長い順に並んでいます。これはエネルギーの大きい順(波長の短い順)に並べると、\(n=3 \rightarrow n=2\)、\(n=4 \rightarrow n=2\)、\(n=5 \rightarrow n=2\) の遷移に対応します。したがって、4本目のスペクトル線は、次にエネルギーが大きい \(n=6 \rightarrow n=2\) の遷移に対応すると考えられます。この遷移で放出される光子のエネルギー \(E’\) を、(2)で求めた \(E_0\) を使って計算し、最後に振動数条件 \(E’ = hc/\lambda_4\) から波長 \(\lambda_4\) を求めます。

この設問における重要なポイント

  • スペクトル線の規則性: バルマー系列のスペクトル線は、遷移前の量子数 \(n\) が \(3, 4, 5, \dots\) と大きくなるにつれて、放出される光子のエネルギーが大きくなり、波長は短くなります。
  • 4本目の遷移の特定: 1本目から3本目が \(n=3, 4, 5\) からの遷移に対応するため、4本目は \(n=6 \rightarrow n=2\) の遷移に対応します。
  • 波長の計算: 遷移エネルギー \(E’ = E_6 – E_2\) を \(E_0\) を用いて計算し、\(\lambda_4 = \displaystyle\frac{hc}{E’}\) の関係式から波長を求めます。

具体的な解説と立式
図に示されているスペクトル線は、波長の長い順(エネルギーの小さい順)に

1本目: \(n=3 \rightarrow n=2\)

2本目: \(n=4 \rightarrow n=2\)

3本目: \(n=5 \rightarrow n=2\)

に対応します。したがって、4本目のスペクトル線は \(n=6 \rightarrow n=2\) の遷移によって放出される光です。

このときに放出される光子のエネルギーを \(E’\) とすると、
$$ E’ = E_6 – E_2 \quad \cdots ① $$
エネルギー準位の式 \(E_n = -E_0/n^2\) を用いると、
$$
\begin{aligned}
E’ &= \left(-\frac{E_0}{6^2}\right) – \left(-\frac{E_0}{2^2}\right) \\[2.0ex]
&= E_0 \left(\frac{1}{4} – \frac{1}{36}\right) \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$
このエネルギー \(E’\) と、求める波長 \(\lambda_4\) の間には、振動数条件から次の関係があります。
$$ E’ = \frac{hc}{\lambda_4} \quad \cdots ③ $$
②と③から \(\lambda_4\) を求める式を立てます。

使用した物理公式

  • 振動数条件: \(E = E_n – E_{n’}\)
  • エネルギー準位: \(E_n = -\displaystyle\frac{E_0}{n^2}\)
  • 光子のエネルギー: \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\)
計算過程

まず、②式を計算して \(E’\) を \(E_0\) で表します。
$$
\begin{aligned}
E’ &= E_0 \left(\frac{9-1}{36}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{8}{36}E_0 \\[2.0ex]
&= \frac{2}{9}E_0
\end{aligned}
$$
これを③式に代入して \(\lambda_4\) について解くと、
$$ \frac{hc}{\lambda_4} = \frac{2}{9}E_0 $$
$$ \lambda_4 = \frac{9hc}{2E_0} $$
(2)で求めた \(E_0 \approx 2.173 \times 10^{-18} \, \text{J}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
\lambda_4 &\approx \frac{9 \times (6.6 \times 10^{-34}) \times (3.0 \times 10^8)}{2 \times (2.173 \times 10^{-18})} \\[2.0ex]
&= \frac{178.2 \times 10^{-26}}{4.346 \times 10^{-18}} \\[2.0ex]
&\approx 41.0 \times 10^{-8} \, [\text{m}] \\[2.0ex]
&= 4.1 \times 10^{-7} \, [\text{m}]
\end{aligned}
$$
この波長 \(4.1 \times 10^{-7} \, \text{m}\) は、3本目の波長 \(4.34 \times 10^{-7} \, \text{m}\) よりも短いため、図では3本目の線のさらに下(波長が短い側)に位置します。

この設問の平易な説明

スペクトル線は、電子が飛び降りる「階」の高さの差が大きいほど、エネルギーが大きく、波長が短くなります。バルマー系列はすべて2階(\(n=2\))に飛び降りる光の集まりです。図の3本の線は、3階、4階、5階から飛び降りた光に対応します。ということは、4本目の線は、次に高い6階から飛び降りた光のはずです。この \(n=6 \rightarrow n=2\) のエネルギー差を計算し、それを波長に変換します。

結論と吟味

4本目のスペクトル線の波長は \(4.1 \times 10^{-7} \, \text{m}\) です。この値は、3本目の波長 \(4.34 \times 10^{-7} \, \text{m}\) よりも短く、量子数 \(n\) が大きいほど波長が短くなるというスペクトル線の規則性と一致しており、物理的に妥当です。図示する位置も、3本目の線より短い波長側になります。

別解: リュードベリ定数を用いる解法

思考の道筋とポイント
この別解では、(1)で得られた \(n=3 \rightarrow n=2\) の遷移の波長 \(\lambda_1\) を使って、まずリュードベリ定数 \(R\) を求めます。リュードベリの公式 \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R(\displaystyle\frac{1}{n’^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2})\) を利用します。

(2)の \(E_1\) は、\(n=\infty \rightarrow n=1\) の遷移エネルギー(イオン化エネルギーの符号を反転させたもの)として計算できます。

(3)の \(\lambda_4\) は、\(n=6 \rightarrow n=2\) の遷移として、リュードベリの公式に直接代入して求めます。このアプローチは、\(E_0\) を陽に計算する代わりに、実験データと直接結びついた定数 \(R\) を介して計算を進めるものです。

具体的な解説と立式
水素原子のスペクトル線の波長 \(\lambda\) は、リュードベリの公式で与えられます。
$$ \frac{1}{\lambda} = R \left( \frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2} \right) \quad (n > n’) \quad \cdots ④ $$
ここで \(R\) はリュードベリ定数です。

まず、\(n=3 \rightarrow n’=2\) の遷移に対応する波長 \(\lambda_1 = 6.56 \times 10^{-7} \, \text{m}\) を使って \(R\) を求めます。
$$ \frac{1}{\lambda_1} = R \left( \frac{1}{2^2} – \frac{1}{3^2} \right) \quad \cdots ⑤ $$

(2) \(n=1\) のエネルギー \(E_1\) の計算:

\(E_1\) は、電子が \(n=\infty\)(エネルギー \(0\))から \(n=1\) に遷移したときに放出するエネルギーの符号を反転させたものです。このときに放出される光子のエネルギーを \(E_{\text{イオン化}}\) とすると、
$$ E_1 = -E_{\text{イオン化}} = – \frac{hc}{\lambda_{\text{イオン化}}} $$
ここで \(\lambda_{\text{イオン化}}\) は \(n=\infty \rightarrow n’=1\) の遷移に対応する光の波長で、④式から求められます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{\lambda_{\text{イオン化}}} &= R \left( \frac{1}{1^2} – \frac{1}{\infty^2} \right) \\[2.0ex]
&= R \quad \cdots ⑥
\end{aligned}
$$
よって、\(E_1 = -hcR\) となります。

(3) 4本目のスペクトル線の波長 \(\lambda_4\) の計算:

4本目の線は \(n=6 \rightarrow n’=2\) の遷移に対応するので、④式に代入して直接 \(\lambda_4\) を求めます。
$$ \frac{1}{\lambda_4} = R \left( \frac{1}{2^2} – \frac{1}{6^2} \right) \quad \cdots ⑦ $$

計算過程

まず、⑤式からリュードベリ定数 \(R\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{6.56 \times 10^{-7}} &= R \left( \frac{1}{4} – \frac{1}{9} \right) \\[2.0ex]
\frac{1}{6.56 \times 10^{-7}} &= R \left( \frac{5}{36} \right) \\[2.0ex]
R &= \frac{36}{5 \times (6.56 \times 10^{-7})} \\[2.0ex]
&= \frac{36}{32.8 \times 10^{-7}} \\[2.0ex]
&\approx 1.0975 \times 10^7 \, [\text{m}^{-1}]
\end{aligned}
$$

(2) \(E_1\) の計算:

\(E_1 = -hcR\) に値を代入します。
$$
\begin{aligned}
E_1 &\approx -(6.6 \times 10^{-34}) \times (3.0 \times 10^8) \times (1.0975 \times 10^7) \\[2.0ex]
&= -(19.8 \times 10^{-26}) \times (1.0975 \times 10^7) \\[2.0ex]
&\approx -21.73 \times 10^{-19} \, [\text{J}] \\[2.0ex]
&= -2.173 \times 10^{-18} \, [\text{J}]
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(E_1 \approx -2.2 \times 10^{-18} \, \text{J}\) となり、主たる解法の結果と一致します。

(3) \(\lambda_4\) の計算:

⑦式を計算します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{\lambda_4} &= R \left( \frac{1}{4} – \frac{1}{36} \right) \\[2.0ex]
&= R \left( \frac{8}{36} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{2}{9}R
\end{aligned}
$$
したがって、\(\lambda_4 = \displaystyle\frac{9}{2R}\) となります。
$$
\begin{aligned}
\lambda_4 &\approx \frac{9}{2 \times (1.0975 \times 10^7)} \\[2.0ex]
&= \frac{9}{2.195 \times 10^7} \\[2.0ex]
&\approx 4.10 \times 10^{-7} \, [\text{m}]
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(\lambda_4 \approx 4.1 \times 10^{-7} \, \text{m}\) となり、主たる解法の結果と一致します。

結論と吟味

リュードベリ定数 \(R\) を経由するアプローチでも、主たる解法と全く同じ結果が得られました。これは、エネルギー準位の式とリュードベリの公式が \(E_0 = hcR\) という関係で結ばれていることを裏付けています。どちらのアプローチも物理的に正しく、問題に応じて使い分けることができます。

解答 (3) \(4.1 \times 10^{-7} \, \text{m}\), 図は解説参照

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • ボーアの原子模型の2つの柱:
    • 核心: この問題は、ボーアが提唱した原子模型の根幹をなす2つの仮説に基づいています。
      1. 定常状態(エネルギー準位)の仮説: 原子内の電子は、特定のとびとびのエネルギー準位 \(E_n\) にしか存在できない。水素原子の場合、それは \(E_n = -\displaystyle\frac{E_0}{n^2}\) で与えられます。
      2. 振動数条件: 電子がエネルギーの高い準位 \(E_n\) から低い準位 \(E_{n’}\) へ遷移(ジャンプ)するとき、そのエネルギー差に等しいエネルギー \(E_n – E_{n’}\) を持つ光子を1個放出する。この関係は \(E_n – E_{n’} = h\nu = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) と表されます。
    • 理解のポイント: なぜスペクトルが線状になるのか(特定の色しか見えないのか)は、この「エネルギー準位がとびとびである」という量子論的な描像によって初めて説明されます。この2つの法則を組み合わせることが、原子物理のスペクトル問題を解く上での絶対的な出発点となります。
  • エネルギーと波長の関係:
    • 核心: 放出される光子のエネルギー \(E\) とその波長 \(\lambda\) は、\(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) という反比例の関係にあります。
    • 理解のポイント: この関係から、「エネルギー差が最も小さい遷移」が「最もエネルギーの低い光子」を放出し、それは「最も波長の長い光」として観測される、という論理の連鎖を確実に理解することが重要です。問題の図で与えられた波長の大小関係を、エネルギー準位の差の大小関係に正しく翻訳する能力が問われます。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • ライマン系列・パッシェン系列: この問題はバルマー系列(終状態が \(n=2\))でしたが、ライマン系列(終状態が \(n=1\))やパッシェン系列(終状態が \(n=3\))の問題も全く同じ考え方で解けます。遷移の終状態の量子数 \(n’\) が変わるだけです。
    • 吸収スペクトル: 電子が光を吸収して低い準位から高い準位へ遷移する問題。放出とは逆のプロセスですが、エネルギー差と光子のエネルギーが等しいという関係(振動数条件)は同じです。
    • イオン化エネルギー: 電子を原子核の束縛から完全に引き離す(\(n=1\) から \(n=\infty\) へ励起させる)のに必要なエネルギーを問う問題。\(E_{\text{イオン化}} = E_{\infty} – E_1 = 0 – (-\displaystyle\frac{E_0}{1^2}) = E_0\) となり、(2)で求めた \(E_0\) そのものがイオン化エネルギーに相当します。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. どの系列かを特定する: 問題文が「バルマー系列」と指定しているように、電子が最終的にどの準位 \(n’\) に落ち着くのかを最初に確認します。
    2. 波長の大小関係と遷移の対応付け: スペクトル図が与えられたら、まず「波長が長い \(\Leftrightarrow\) エネルギーが小さい \(\Leftrightarrow\) 準位の差が小さい」という関係を思い出します。これにより、最も波長の長い線が、終状態 \(n’\) に最も近い準位 \(n=n’+1\) からの遷移に対応すると特定できます。
    3. 未知数は何かを明確にする: 問題が \(E_0\) やリュードベリ定数 \(R\) を与えていない場合、これらは既知のスペクトル線から計算すべき未知数であると認識します。最初の遷移(例: \(n=3 \rightarrow n=2\))の情報を使ってこれらの定数を決定し、それを他の遷移の計算に利用するのが定石です。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • エネルギー準位の式の符号ミス:
    • 誤解: \(E_n = \displaystyle\frac{E_0}{n^2}\) のように、マイナス符号を忘れてしまう。
    • 対策: エネルギーの基準は \(n=\infty\)(電子が原子核から無限に離れた状態)で \(0\) です。電子は原子核に束縛されているため、そのエネルギーは基準より低く、必ず負の値をとる、と物理的イメージで覚えましょう。
  • エネルギー差の計算ミス:
    • 誤解: \(E_3 – E_2\) を計算する際に、\((-\displaystyle\frac{E_0}{9}) – (-\displaystyle\frac{E_0}{4})\) の符号の扱いを間違え、\(E_0(-\displaystyle\frac{1}{9} – \displaystyle\frac{1}{4})\) のように計算してしまう。
    • 対策: 必ず括弧を丁寧につけて立式する習慣をつけましょう。\(E_n\) が負の値であることを意識し、「(高い準位のエネルギー)-(低い準位のエネルギー)」は必ず正の値になるはずだ、と確認しながら計算を進めることが有効です。
  • 有効数字の扱い:
    • 誤解: (1)で求めた \(3.0 \times 10^{-19}\) をそのまま(2)の計算に使い、誤差が大きくなってしまう。
    • 対策: 途中の計算結果を次の計算で用いる場合は、最終的な答えで要求される有効数字よりも1桁多く残して計算を進めるのが基本です。この問題では、\(E \approx 3.018 \times 10^{-19}\) を用いて \(E_0\) を計算することで、より正確な値が得られます。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • エネルギーの「はしご」のイメージ: エネルギー準位を、間隔が上に行くほど狭くなる「はしご」としてイメージします。\(n=1\) が地面に最も近い一番下の段、\(n=\infty\) がはるか上空の天井(エネルギー\(0\))です。電子はこのはしごの段から段へしか移動できません。
    • 遷移を「矢印」で表現: バルマー系列は、\(n=3, 4, 5, \dots\) の各段から \(n=2\) の段へ向かって電子が飛び降りる様子を「矢印」で描くことで視覚化できます。矢印が長いほど(出発点が高いほど)、エネルギー差が大きく、放出される光の波長は短くなります。問題の図にこの「はしご」と「矢印」を書き込むと、どのスペクトル線がどの遷移に対応するかが一目瞭然になります。
  • 図を描く際に注意すべき点:
    • 準位の間隔: エネルギー準位の間隔は \(n\) が大きくなるにつれて急速に狭まっていきます。\(E_1\) と \(E_2\) の間隔が最も広く、\(E_2\) と \(E_3\) の間隔はそれより狭く、\(E_3\) と \(E_4\) はさらに狭く…という関係を意識して描くと、より現実に近い図になります。
    • 系列ごとのグループ化: ライマン系列(\(n=1\)へ)、バルマー系列(\(n=2\)へ)、パッシェン系列(\(n=3\)へ)の矢印を色分けして描くと、各系列がエネルギー的にどの領域の光に対応するのか(ライマン系列は紫外線、バルマー系列は可視光、パッシェン系列は赤外線)を視覚的に理解する助けになります。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • エネルギー準位の式 \(E_n = -E_0/n^2\):
    • 選定理由: 水素原子における電子の束縛エネルギーが、量子数 \(n\) によって決まるという、量子論の根幹をなす関係式だからです。この問題は水素原子のスペクトルを扱うため、この式が全ての計算の出発点となります。
    • 適用根拠: この式は、ボーアの量子条件と、電子に働くクーロン力に関する力学的な考察から導出される、理論的に確立された関係式です。
  • 振動数条件 \(E_n – E_{n’} = hc/\lambda\):
    • 選定理由: 「原子の状態変化(エネルギーの増減)」と「光の放出・吸収(エネルギーのやり取り)」という、2つの異なる現象を結びつける唯一の架け橋となる法則だからです。原子のエネルギー変化を、観測可能な光の波長に変換するために必須の公式です。
    • 適用根拠: これはアインシュタインの光量子仮説(光はエネルギー \(h\nu\) を持つ粒子の集まりである)と、ボーアの定常状態の仮説を組み合わせたもので、原子物理学の基本法則です。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (1) 最長波長の光のエネルギー計算:
    • 戦略: 最長の波長 \(\lambda_1\) を持つ光が、最小のエネルギー遷移 \(n=3 \rightarrow n=2\) に対応することを見抜く。
    • フロー: ① \(E = hc/\lambda\) の公式を立てる → ② \(\lambda\) に図の最長波長 \(\lambda_1 = 6.56 \times 10^{-7}\) を代入 → ③ \(E\) を計算。
  2. (2) 基底状態のエネルギー計算:
    • 戦略: (1)の結果を利用して、エネルギー準位の式の係数 \(E_0\) を決定し、それを使って \(E_1\) を求める。
    • フロー: ① 振動数条件 \(E = E_3 – E_2\) を立てる → ② エネルギー準位の式 \(E_n = -E_0/n^2\) を代入し、\(E = E_0(\frac{1}{4} – \frac{1}{9})\) の関係式を導く → ③ (1)の \(E\) の値を代入して \(E_0\) を計算 → ④ \(E_1 = -E_0/1^2\) に \(E_0\) を代入して \(E_1\) を計算。
  3. (3) 4本目の線の波長計算:
    • 戦略: 4本目の線が \(n=6 \rightarrow n=2\) の遷移に対応すると特定し、(2)で求めた \(E_0\) を使ってその波長を計算する。
    • フロー: ① 4本目の遷移エネルギー \(E’ = E_6 – E_2\) を立てる → ② エネルギー準位の式を代入し、\(E’ = E_0(\frac{1}{4} – \frac{1}{36})\) を導く → ③ \(E_0\) の値を代入して \(E’\) を計算 → ④ \(\lambda_4 = hc/E’\) の関係から \(\lambda_4\) を計算。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 指数の計算をまとめる: \(\displaystyle\frac{(6.6 \times 10^{-34}) \times (3.0 \times 10^8)}{6.56 \times 10^{-7}}\) のような計算では、まず \(10\) のべき乗の部分だけを先に計算します。\(10^{-34} \times 10^8 \div 10^{-7} = 10^{-34+8-(-7)} = 10^{-19}\)。このように指数部分を分離して計算することで、係数部分の割り算 \(\displaystyle\frac{6.6 \times 3.0}{6.56}\) に集中でき、ミスを減らせます。
  • 分数の計算を丁寧に: \((\displaystyle\frac{1}{4} – \displaystyle\frac{1}{9})\) のような計算は、焦らず通分します。\((\displaystyle\frac{9}{36} – \displaystyle\frac{4}{36}) = \displaystyle\frac{5}{36}\)。単純な計算ほど慎重に行うことが大切です。
  • 逆算の検算: (2)で \(E_0\) を求めたら、それを使って \(n=4 \rightarrow n=2\) の遷移の波長を計算してみましょう。\(E_4 – E_2 = E_0(\frac{1}{4} – \frac{1}{16}) = \frac{3}{16}E_0\)。ここから計算した波長が、図の2本目の波長 \(4.86 \times 10^{-7} \, \text{m}\) に近くなるはずです。このような検算を行うことで、計算の確信度が高まります。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • (1) エネルギー: エネルギーの値は正であり、光子が「放出」された状況と矛盾しません。
    • (2) エネルギー準位: \(E_1\) の値は負であり、電子が原子核に束縛されている状態を表すものとして妥当です。また、その絶対値は(1)で求めた遷移エネルギー \(E\) よりも大きく、より安定な状態であることを示唆しており、これも物理的に正しいです。
    • (3) 波長: 計算された \(\lambda_4 = 4.1 \times 10^{-7} \, \text{m}\) は、3本目の \(\lambda_3 = 4.34 \times 10^{-7} \, \text{m}\) よりも短くなっています。遷移前の準位 \(n\) が大きくなるほどエネルギー差は大きくなり、波長は短くなるはずなので、この大小関係は妥当です。また、\(n \rightarrow \infty\) で波長は最短値(系列の限界)に収束することも知られており、値が徐々に詰まっていく様子も物理的に正しいです。
  • 別解との比較:
    • この問題では、\(E_0\) を経由して計算する主たる解法と、リュードベリ定数 \(R\) を経由して計算する別解がありました。全く異なる定数(エネルギーの単位を持つ \(E_0\) と、長さの逆数の単位を持つ \(R\))を介して計算したにもかかわらず、最終的な \(E_1\) と \(\lambda_4\) の値が完全に一致しました。これは、\(E_0 = hcR\) という物理的な関係が正しく成り立っていることの強力な証拠であり、両方の解法と計算の正しさを裏付けています。

517 α崩壊

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、原子核のα崩壊とβ崩壊、そして崩壊系列、さらには核分裂における運動量保存則とエネルギー分配について、総合的に問う問題です。原子核物理の基本的な法則を正確に理解し、それらを組み合わせて問題を解決する能力が求められます。

与えられた条件
  • 元の原子核: ポロニウム210 (\({}_{84}^{210}\text{Po}\))
  • (2) 祖先の候補: ウラン238 (\({}_{92}^{238}\text{U}\))、ウラン235 (\({}_{92}^{235}\text{U}\))、トリウム232 (\({}_{90}^{232}\text{Th}\))
  • (3) \({}_{84}^{210}\text{Po}\) は静止している。
  • (3) 放出されたα粒子の運動エネルギー: \(K_\alpha = 8.50 \times 10^{-13} \, \text{J}\)
問われていること
  • (1) α崩壊後の原子核Xの原子番号 \(Z\) と質量数 \(A\)
  • (2) \({}_{84}^{210}\text{Po}\) の祖先核の特定と、そこに至るまでのα崩壊の回数 \(m\)、β崩壊の回数 \(n\)
  • (3) 残った原子核Xが得る運動エネルギー \(K_X\) [J]

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • 問(3)の別解: 運動量と速度を直接用いる解法
      • 模範解答が運動エネルギーと質量の関係式 \(K = p^2/(2M)\) を用いてエネルギー比を直接求めるのに対し、別解では運動量保存則から速度の比を求め、それを運動エネルギーの定義式 \(K = (1/2)Mv^2\) に代入してエネルギー比を導出します。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理法則の段階的適用: 「運動量保存則で速度比を求める」→「運動エネルギーの定義式に代入する」という、より基本的な物理法則を段階的に適用するプロセスを体験できます。これにより、公式 \(K \propto 1/M\) がどのように導出されるのかを根本から理解できます。
    • 思考の具体性: 抽象的な「エネルギー比」ではなく、具体的な「速度」を一度計算の途中で経由するため、分裂後の粒子が「軽い方が速く、重い方が遅く」飛び出すという物理現象をより直感的にイメージしやすくなります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「原子核の崩壊とそれに伴う力学法則」です。原子核反応の前後で保存される量(電荷、質量数、運動量、エネルギー)を正しく扱うことが鍵となります。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. α崩壊: 原子核がα粒子(ヘリウム原子核 \({}_{2}^{4}\text{He}\))を放出する現象。原子番号が \(2\)、質量数が \(4\) 減少します。
  2. β崩壊: 原子核内の中性子が陽子に変化し、電子(β線)と反電子ニュートリノを放出する現象。原子番号が \(1\) 増え、質量数は変化しません。
  3. 崩壊系列: ある放射性核種が、α崩壊やβ崩壊を繰り返して安定な核種に変化していく一連の過程。同一系列に属する核種の質量数の差は、\(4\) の倍数になります。
  4. 運動量保存則: 外力が働かない系では、分裂や合体の前後で系の全運動量は保存されます。静止している原子核が分裂する場合、分裂後の粒子の運動量のベクトル和はゼロになります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. α崩壊の法則に従い、原子番号と質量数の変化を計算します(問1)。
  2. α崩壊とβ崩壊での質量数の変化に着目し、祖先核を特定します。その後、質量数と原子番号の保存則から崩壊回数 \(m, n\) を連立方程式で求めます(問2)。
  3. 静止した原子核の分裂に運動量保存則を適用し、分裂後のα粒子と原子核Xの運動エネルギーの比を求め、\(K_X\) を計算します(問3)。

問(1)

思考の道筋とポイント
α崩壊は、原子核がα粒子(\({}_{2}^{4}\text{He}\))を放出する反応です。このとき、反応の前後で電荷の総和(原子番号の総和)と核子の総和(質量数の総和)は保存されます。この保存則を用いて、崩壊後の原子核Xの原子番号 \(Z\) と質量数 \(A\) を求めます。

この設問における重要なポイント

  • α粒子の正体: α粒子はヘリウム原子核 \({}_{2}^{4}\text{He}\) であり、陽子2個と中性子2個からなります。したがって、原子番号は \(2\)、質量数は \(4\) です。
  • 保存則の適用:
    • 質量数: (元の核の質量数) = (新しい核の質量数) + (α粒子の質量数)
    • 原子番号: (元の核の原子番号) = (新しい核の原子番号) + (α粒子の原子番号)

具体的な解説と立式
元の原子核はポロニウム210 (\({}_{84}^{210}\text{Po}\)) です。これがα崩壊して、原子核X (\({}_{Z}^{A}\text{X}\)) とα粒子 (\({}_{2}^{4}\text{He}\)) になります。この反応は次のように書けます。
$$ {}_{84}^{210}\text{Po} \rightarrow {}_{Z}^{A}\text{X} + {}_{2}^{4}\text{He} $$
反応の前後で質量数と原子番号の総和はそれぞれ保存されるため、以下の2つの式が成り立ちます。

質量数の保存:
$$ 210 = A + 4 \quad \cdots ① $$
原子番号の保存:
$$ 84 = Z + 2 \quad \cdots ② $$
これらの式を解くことで、\(A\) と \(Z\) が求まります。

使用した物理公式

  • 原子核反応における質量数と原子番号の保存則
計算過程

①式より、原子核Xの質量数 \(A\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
A &= 210 – 4 \\[2.0ex]
&= 206
\end{aligned}
$$
②式より、原子核Xの原子番号 \(Z\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
Z &= 84 – 2 \\[2.0ex]
&= 82
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

α崩壊は、原子核が「陽子2個と中性子2個のかたまり(α粒子)」を放出する現象です。ポロニウム210という原子核は、陽子84個と中性子126個(合計210個の核子)でできています。ここから陽子2個と中性子2個が飛び出すので、残った原子核の陽子の数は \(84-2=82\) 個、核子の総数は \(210-4=206\) 個になります。

結論と吟味

崩壊後の原子核Xは、原子番号 \(Z=82\)、質量数 \(A=206\) となります。原子番号82の元素は鉛(\(\text{Pb}\))なので、この原子核は \({}_{82}^{206}\text{Pb}\) であることがわかります。

解答 (1) 原子番号: 82, 質量数: 206

問(2)

思考の道筋とポイント
ある祖先核 \({}_{Z’}^{A’}\text{Y}\) が、α崩壊を \(m\) 回、β崩壊を \(n\) 回繰り返して \({}_{84}^{210}\text{Po}\) になったと考えます。

まず、祖先核を特定します。α崩壊では質量数が4減り、β崩壊では質量数は変化しません。したがって、祖先核と \({}_{84}^{210}\text{Po}\) の質量数の差は、α崩壊の回数 \(m\) を用いて \(4m\) と表せるはずです。つまり、質量数の差は4の倍数でなければなりません。この条件を使って、3つの候補の中から祖先核を絞り込みます。

次に、特定した祖先核から \({}_{84}^{210}\text{Po}\) への崩壊について、質量数と原子番号の保存則を用いて \(m\) と \(n\) の連立方程式を立てて解きます。

この設問における重要なポイント

  • 質量数変化の特徴: 質量数が変化するのはα崩壊(4減少)のみです。β崩壊では質量数は不変です。
  • 崩壊系列の性質: 同一の崩壊系列に属する核種間の質量数の差は、必ず4の倍数になります。
  • 原子番号の変化: α崩壊1回で原子番号は2減少し、β崩壊1回で1増加します。

具体的な解説と立式
祖先核を \({}_{Z’}^{A’}\text{Y}\) とすると、α崩壊 \(m\) 回、β崩壊 \(n\) 回を経て \({}_{84}^{210}\text{Po}\) になる変化を考えます。

まず、祖先核を特定します。質量数の差 \(A’ – 210\) が4の倍数になるものを探します。

  • \({}_{92}^{238}\text{U}\) の場合: \(238 – 210 = 28\)。\(28 = 4 \times 7\) なので、4の倍数です。
  • \({}_{92}^{235}\text{U}\) の場合: \(235 – 210 = 25\)。4の倍数ではありません。
  • \({}_{90}^{232}\text{Th}\) の場合: \(232 – 210 = 22\)。4の倍数ではありません。

したがって、祖先核は \({}_{92}^{238}\text{U}\) であると特定できます。

次に、\({}_{92}^{238}\text{U}\) から \({}_{84}^{210}\text{Po}\) への崩壊について、質量数と原子番号の変化量から \(m, n\) を求めます。

質量数の変化:
$$ 238 – 4m = 210 \quad \cdots ① $$
原子番号の変化:
$$ 92 – 2m + n = 84 \quad \cdots ② $$

使用した物理公式

  • α崩壊・β崩壊における質量数・原子番号の変化の法則
計算過程

①式からα崩壊の回数 \(m\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
4m &= 238 – 210 \\[2.0ex]
4m &= 28 \\[2.0ex]
m &= 7
\end{aligned}
$$
次に、求めた \(m=7\) を②式に代入して、β崩壊の回数 \(n\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
92 – 2 \times 7 + n &= 84 \\[2.0ex]
92 – 14 + n &= 84 \\[2.0ex]
78 + n &= 84 \\[2.0ex]
n &= 84 – 78 \\[2.0ex]
n &= 6
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

まず、\({}_{84}^{210}\text{Po}\) の「ご先祖様」を探します。原子核の「体重」(質量数)は、α崩壊で4減り、β崩壊では変わりません。つまり、ご先祖様と子孫の体重差は必ず4の倍数になるはずです。候補者3人のうち、体重差が4の倍数になるのは \({}_{92}^{238}\text{U}\) だけなので、ご先祖様は確定です。

次に、体重差(\(238-210=28\))から、α崩壊が \(28 \div 4 = 7\) 回あったことが分かります。

最後に、原子番号の変化を追います。スタートは92番。α崩壊7回で \(2 \times 7 = 14\) 減って78番になります。ゴールは84番なので、β崩壊(1増える)を6回繰り返して \(78+6=84\) 番になった、と考えます。

結論と吟味

祖先核は \({}_{92}^{238}\text{U}\) であり、α崩壊は \(m=7\) 回、β崩壊は \(n=6\) 回です。計算結果はすべて整数となり、物理的に妥当です。

解答 (2) \({}_{92}^{238}\text{U}\), m=7, n=6

問(3)

思考の道筋とポイント
静止していた \({}_{84}^{210}\text{Po}\) が、原子核Xとα粒子に分裂します。この過程では、系に外力が働かないため、運動量保存則が成り立ちます。分裂前の運動量はゼロなので、分裂後の原子核Xとα粒子の運動量のベクトル和もゼロでなければなりません。これは、両者の運動量の大きさが等しく、向きが逆であることを意味します。

運動エネルギー \(K\) と運動量 \(p\) の間には \(K = \displaystyle\frac{p^2}{2M}\)(\(M\)は質量)という関係があります。運動量の大きさ \(p\) が等しいとき、運動エネルギー \(K\) は質量 \(M\) に反比例することがわかります。この関係を用いて、原子核Xの運動エネルギー \(K_X\) を求めます。

この設問における重要なポイント

  • 運動量保存則: 分裂前の運動量が \(0\) なので、分裂後の2つの粒子の運動量の大きさは等しい。\(p_X = p_\alpha\)。
  • 運動エネルギーと運動量の関係: \(K = \displaystyle\frac{p^2}{2M}\)。この式から、\(p\) が一定ならば \(K \propto \displaystyle\frac{1}{M}\) となる。
  • 質量の近似: 原子核の質量の比は、その質量数の比で近似できます。\(M_X : M_\alpha \approx A_X : A_\alpha\)。

具体的な解説と立式
分裂前の \({}_{84}^{210}\text{Po}\) の運動量は \(0\) です。運動量保存則より、分裂後の原子核Xの運動量を \(\vec{p}_X\)、α粒子の運動量を \(\vec{p}_\alpha\) とすると、
$$ \vec{0} = \vec{p}_X + \vec{p}_\alpha $$
したがって、両者の運動量の大きさは等しくなります。
$$ p_X = p_\alpha \quad \cdots ① $$
運動エネルギー \(K\) と運動量 \(p\)、質量 \(M\) の関係は、
$$ K = \frac{1}{2}Mv^2 = \frac{(Mv)^2}{2M} = \frac{p^2}{2M} \quad \cdots ② $$
です。この式から、運動エネルギーは \(K_X = \displaystyle\frac{p_X^2}{2M_X}\) および \(K_\alpha = \displaystyle\frac{p_\alpha^2}{2M_\alpha}\) と書けます。

①より \(p_X^2 = p_\alpha^2\) なので、
$$ 2M_X K_X = 2M_\alpha K_\alpha $$
よって、運動エネルギーの比は質量の逆比になります。
$$ \frac{K_X}{K_\alpha} = \frac{M_\alpha}{M_X} \quad \cdots ③ $$
原子核の質量の比は質量数の比で近似できるので、\(M_X \approx 206\)、\(M_\alpha \approx 4\) とします。

使用した物理公式

  • 運動量保存則
  • 運動エネルギーと運動量の関係式: \(K = \displaystyle\frac{p^2}{2M}\)
計算過程

③式を \(K_X\) について解き、数値を代入します。
$$
\begin{aligned}
K_X &= K_\alpha \times \frac{M_\alpha}{M_X} \\[2.0ex]
&\approx K_\alpha \times \frac{A_\alpha}{A_X} \\[2.0ex]
&= (8.50 \times 10^{-13}) \times \frac{4}{206} \\[2.0ex]
&= (8.50 \times 10^{-13}) \times \frac{2}{103} \\[2.0ex]
&\approx (8.50 \times 10^{-13}) \times 0.019417 \\[2.0ex]
&\approx 0.1650 \times 10^{-13} \, [\text{J}] \\[2.0ex]
&= 1.65 \times 10^{-14} \, [\text{J}]
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

静止していた原子核が分裂するとき、軽い破片と重い破片が反対方向に飛び出します。このとき、運動量保存則から「重い破片はゆっくり、軽い破片は速く」飛び出すことになります。運動エネルギーは質量と速さの2乗に比例するため、結果的に「軽い破片の方が大きな運動エネルギーを持つ」ことになります。エネルギーは、質量の逆比で分配されます。つまり、質量が \(206:4\) の原子核Xとα粒子には、\(4:206\) の比率でエネルギーが分け与えられます。

結論と吟味

原子核Xが得る運動エネルギーは \(1.65 \times 10^{-14} \, \text{J}\) です。この値はα粒子の運動エネルギーよりも小さく、「重い粒子ほど運動エネルギーが小さい」という物理的描像と一致しており、妥当な結果です。

別解: 運動量と速度を直接用いる解法

思考の道筋とポイント
模範解答が \(K=p^2/(2M)\) の関係から直接エネルギー比を求めたのに対し、この別解では、より基本的な法則を順に適用します。

  1. 運動量保存則から、原子核Xとα粒子の速度の比を求めます。
  2. それぞれの運動エネルギーを、質量の比と速度の比を使って表します。
  3. 運動エネルギーの比を計算し、\(K_X\) を求めます。

具体的な解説と立式
運動量保存則より、分裂後の原子核Xの質量を \(M_X\)、速度を \(v_X\)、α粒子の質量を \(M_\alpha\)、速度を \(v_\alpha\) とすると、大きさについて
$$ M_X v_X = M_\alpha v_\alpha \quad \cdots ① $$
が成り立ちます。ここから、速度の比がわかります。
$$ \frac{v_X}{v_\alpha} = \frac{M_\alpha}{M_X} \quad \cdots ② $$
一方、それぞれの運動エネルギーは
$$ K_X = \frac{1}{2} M_X v_X^2 \quad \cdots ③ $$
$$ K_\alpha = \frac{1}{2} M_\alpha v_\alpha^2 \quad \cdots ④ $$
と定義されます。求める \(K_X\) を、与えられた \(K_\alpha\) を使って表すため、これらの比をとります。
$$
\begin{aligned}
\frac{K_X}{K_\alpha} &= \frac{\frac{1}{2} M_X v_X^2}{\frac{1}{2} M_\alpha v_\alpha^2} \\[2.0ex]
&= \frac{M_X}{M_\alpha} \left( \frac{v_X}{v_\alpha} \right)^2 \quad \cdots ⑤
\end{aligned}
$$
この⑤式に、②式(速度の比)を代入することで、エネルギーの比が質量の比で表されます。

計算過程

⑤式に②式を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{K_X}{K_\alpha} &= \frac{M_X}{M_\alpha} \left( \frac{M_\alpha}{M_X} \right)^2 \\[2.0ex]
&= \frac{M_\alpha}{M_X}
\end{aligned}
$$
これは主たる解法で得られた③式と全く同じです。したがって、これ以降の計算は主たる解法と同じになります。
$$
\begin{aligned}
K_X &= K_\alpha \times \frac{M_\alpha}{M_X} \\[2.0ex]
&\approx (8.50 \times 10^{-13}) \times \frac{4}{206} \\[2.0ex]
&\approx 1.65 \times 10^{-14} \, [\text{J}]
\end{aligned}
$$

結論と吟味

運動量保存則から速度比を求め、それを運動エネルギーの定義式に代入するという、より基本的なステップを踏むことでも、同じ結果が得られました。これにより、\(K \propto 1/M\) という関係が、運動量保存則と運動エネルギーの定義から自然に導かれることが確認できます。

解答 (3) \(1.65 \times 10^{-14} \, \text{J}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 原子核反応における保存則
    • 核心: 原子核の崩壊や反応を考える上で最も重要なのは、「何が保存されるか」を理解することです。この問題では、以下の2種類の保存則が中心的な役割を果たします。
      1. 核子数と電荷の保存: α崩壊やβ崩壊の前後で、核子の総数(質量数 \(A\))と電荷の総和(原子番号 \(Z\))は変化しません。これは、反応式を立てて未知の原子核や崩壊回数を決定するための基本ルールです。
      2. 運動量保存則: 外力が働かない系では、原子核が分裂する前後で系の全運動量は保存されます。特に、静止している原子核が分裂する場合、分裂後の粒子は互いに逆向きに、大きさの等しい運動量を持って飛び出します。
    • 理解のポイント: (1)と(2)は「粒子の数」に関する保存則、(3)は「力学的な量」に関する保存則です。これらは独立した法則であり、問題の異なる側面を解明するために使われます。
  • 運動エネルギーと運動量の関係
    • 核心: 運動エネルギー \(K\) と運動量 \(p\) の間には、\(K = \displaystyle\frac{p^2}{2M}\) という重要な関係があります。
    • 理解のポイント: この式は、運動量保存則とエネルギー分配の問題を結びつける鍵です。運動量保存則によって \(p\) が等しいと分かれば、この式から直ちに「運動エネルギー \(K\) は質量 \(M\) に反比例する」という結論が導けます。つまり、分裂で生じた粒子には、質量の逆比で運動エネルギーが分配されるのです。この関係を覚えておくと、(3)のような問題は即座に比の計算に持ち込めます。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 核分裂反応: ウランの核分裂のように、1つの重い原子核が2つの中くらいの原子核といくつかの中性子に分裂する問題。分裂後の粒子が3つ以上でも、運動量保存則(ベクトル和がゼロ)は成り立ちます。
    • 光子の放出と原子の反跳: 励起状態の原子が光子を放出して基底状態に戻る際、原子は光子の運動量の分だけ逆向きに反跳します。光子の運動量は \(p=h/\lambda\) で与えられるため、原子の反跳エネルギーを計算できます。
    • 粒子の衝突・合体: 2つの粒子が衝突して合体したり、別の粒子に変化したりする反応。これも運動量保存則が適用できる典型的な例です。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 反応の種類を特定する: 問題で起きているのがα崩壊、β崩壊、核分裂、衝突のどれなのかをまず明確にします。これにより、適用すべき保存則(質量数・原子番号の変化のルール)が決まります。
    2. 系の初期状態を確認する: (3)のように「静止していた」という記述は、初期運動量がゼロであることを示す重要なキーワードです。これにより、運動量保存則の式が非常にシンプルになります。
    3. 問われているのは何か?: 崩壊回数なのか、エネルギーなのか、速度なのかを正確に把握します。エネルギーを問われている場合、運動量保存則から直接エネルギー比を求めるのが最も効率的です。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • β崩壊のルールの混同:
    • 誤解: β崩壊で原子番号が1減る、あるいは質量数が1変わる、などと誤解してしまう。
    • 対策: β崩壊は「中性子 \(\rightarrow\) 陽子 + 電子」の変化であると根本から理解しましょう。中性子が陽子に変わるので、陽子の数(原子番号)は1増えます。核子の総数(質量数)は変わらない、と論理的に覚えましょう。
  • 崩壊回数の計算ミス:
    • 誤解: (2)で原子番号の変化を計算する際に、\(92 – 2m – n = 84\) のように、β崩壊による増加(\(+n\))を減少(\(-n\))としてしまう。
    • 対策: 「α崩壊で2減る」「β崩壊で1増える」という変化を、言葉で確認しながら立式する習慣をつけましょう。「スタートの92から、\(m\)回のα崩壊で\(2m\)減り、\(n\)回のβ崩壊で\(n\)増えた結果、84になった」というストーリーを式に翻訳します: \(92 – 2m + n = 84\)。
  • エネルギー分配の比の取り違え:
    • 誤解: 運動エネルギーが質量に比例する(\(K_X : K_\alpha = M_X : M_\alpha\))と勘違いし、比を逆にしてしまう。
    • 対策: 「重いものは動きにくい \(\rightarrow\) 速度が遅い \(\rightarrow\) エネルギーが小さい」という直感的なイメージを常に持つこと。これにより、エネルギーは質量の「逆比」に分配される、と間違えにくくなります。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • 崩壊系列のマップ: (2)のような問題では、横軸に原子番号 \(Z\)、縦軸に中性子数 \(N\)(または質量数 \(A\))をとった「核図表」をイメージすると非常に分かりやすくなります。α崩壊は左下に斜めに進む矢印(\(Z\)が2減、\(N\)が2減)、β崩壊は右上に斜めに進む矢印(\(Z\)が1増、\(N\)が1減)に対応します。スタート地点 (\({}_{92}^{238}\text{U}\)) からゴール地点 (\({}_{84}^{210}\text{Po}\)) まで、これらの矢印をどう組み合わせればたどり着けるかを考えるパズルのように捉えられます。
    • 分裂のベクトル図: (3)では、静止していた一つの点が、逆向きの2つの運動量ベクトル \(\vec{p}_X\) と \(\vec{p}_\alpha\) に分裂するイメージを描きます。ベクトルの長さが運動量の大きさを表し、\(|\vec{p}_X| = |\vec{p}_\alpha|\) となります。この矢印に「質量 \(M_X\)」「質量 \(M_\alpha\)」と書き添えることで、「同じ運動量でも、重い方がエネルギーは小さい」という関係が視覚的に理解しやすくなります。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 質量数・原子番号の保存則:
    • 選定理由: これらは核反応の最も基本的なルールであり、反応に関与する粒子を特定するための唯一の手がかりだからです。(1)や(2)のように、反応後の生成物や反応回数を問われた場合に必須となります。
    • 適用根拠: 核反応は核子(陽子・中性子)の組み替えですが、核子自体が消滅したり生成したりするわけではない(対生成・対消滅などを除く)ため、その総数は保存されます(核子数保存)。また、電荷も孤立系では必ず保存されるという電磁気学の基本法則(電荷保存則)に基づいています。
  • 運動量保存則:
    • 選定理由: (3)のように、分裂後の粒子の力学的な量(速度やエネルギー)を問われた場合に必要となります。原子核の分裂は、原子核内部の力(核力やクーロン力)によって起こります。これらは内力であり、系全体に外力が働いていないため、運動量保存則が厳密に成り立ちます。
    • 適用根拠: 運動量保存則は、ニュートンの運動の第3法則(作用・反作用の法則)と等価であり、物理学で最も普遍的な法則の一つです。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (1) α崩壊後の核種の特定:
    • 戦略: α崩壊の定義に基づき、質量数と原子番号の保存則を適用する。
    • フロー: ① 反応式 \( {}_{84}^{210}\text{Po} \rightarrow {}_{Z}^{A}\text{X} + {}_{2}^{4}\text{He} \) を書く → ② 質量数について \(210 = A+4\) を解く → ③ 原子番号について \(84 = Z+2\) を解く。
  2. (2) 崩壊系列の計算:
    • 戦略: 質量数の変化が4の倍数であることから祖先核を特定し、質量数と原子番号の保存則で連立方程式を立てる。
    • フロー: ① 各候補との質量数差を計算し、4の倍数になるものを探す → ② 祖先核が \({}_{92}^{238}\text{U}\) と決まる → ③ 質量数の変化からα崩壊の回数 \(m\) を求める (\(238 – 4m = 210\)) → ④ 原子番号の変化からβ崩壊の回数 \(n\) を求める (\(92 – 2m + n = 84\))。
  3. (3) 運動エネルギーの計算:
    • 戦略: 静止系の分裂であることから運動量保存則を適用し、運動エネルギーが質量の逆比に分配されることを利用する。
    • フロー: ① 運動量保存則から \(p_X = p_\alpha\) を導く → ② \(K=p^2/(2M)\) より \(K_X/K_\alpha = M_\alpha/M_X\) の関係を導く → ③ 質量の比を質量数の比で近似 (\(M_\alpha/M_X \approx 4/206\)) → ④ \(K_X = K_\alpha \times (4/206)\) を計算する。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 単位や記号を明確に書く: \(m\) はα崩壊の回数、\(M\) は質量など、同じアルファベットでも意味が全く異なります。計算中は、自分がどの物理量を扱っているのかを常に意識しましょう。特に(3)では、\(K_X, K_\alpha, M_X, M_\alpha\) のように添字をしっかりつけて区別することが混乱を防ぎます。
  • 比の計算を丁寧に行う: \(K_X = K_\alpha \times \displaystyle\frac{4}{206}\) のような計算では、分母と分子を取り違えないように注意が必要です。「求めたい \(K_X\) は、重い方の粒子のエネルギーだから、α粒子より小さくなるはずだ」と予測を立てておけば、\(\displaystyle\frac{206}{4}\) のような大きな数を掛けてしまうミスを防げます。
  • 連立方程式の検算: (2)で \(m=7, n=6\) と求めたら、必ず元の式に代入して検算しましょう。
    • 質量数: \(210 + 4 \times 7 = 210 + 28 = 238\)。OK。
    • 原子番号: \(84 – 6 + 2 \times 7 = 78 + 14 = 92\)。OK。

    (※原子番号の計算は、\(Z_{\text{終}} – n + 2m = Z_{\text{始}}\) のように、終状態から逆算する形でも検算できます)

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • (1) 生成物: 生成された \({}_{82}^{206}\text{Pb}\) は、鉛の安定同位体の一つであり、ウランの崩壊系列の最終生成物(またはその近く)として知られています。物理的に妥当な生成物です。
    • (2) 崩壊回数: \(m, n\) が正の整数として求まっており、妥当です。もし負や分数になったら、計算ミスか立式の誤りを疑うべきです。
    • (3) エネルギー分配: \(K_X \approx 1.65 \times 10^{-14} \, \text{J}\) は、\(K_\alpha = 8.50 \times 10^{-13} \, \text{J}\) よりも約50分の1と非常に小さくなっています。これは、原子核Xの質量がα粒子の約50倍 (\(206/4=51.5\)) であることと整合しており、「エネルギーは質量の逆比に分配される」という法則を正しく反映した、非常に妥当な結果です。
  • 別解との比較:
    • (3)では、エネルギー比を直接用いる方法と、速度比を経由する方法がありました。後者のアプローチで計算を進めると、途中で \(K_X/K_\alpha = M_\alpha/M_X\) という関係式が導かれ、前者のアプローチの出発点と一致しました。これは、両者が本質的に同じ物理法則(運動量保存則)に基づいていることを示しており、解法の正しさを相互に裏付けています。

518 年代測定

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、放射性同位体の半減期を利用した年代測定法(ウラン-鉛法)をテーマにしています。放射性崩壊の基本的な公式を理解し、それを対数を用いて時間 \(t\) について解く計算能力、そして与えられた観測データ(原子数の比)を式に適用する能力が問われます。

与えられた条件
  • 親核種: ウラン238 (\({}^{238}\text{U}\))
  • 娘核種: 鉛206 (\({}^{206}\text{Pb}\))
  • \({}^{238}\text{U}\) の半減期: \(T\)
  • 鉱物の年齢(経過時間): \(t\)
  • 生成時(\(t=0\))の \({}^{238}\text{U}\) の数: \(N_0\)
  • 現在(時間 \(t\))の \({}^{238}\text{U}\) の数: \(N\)
  • 現在(時間 \(t\))の \({}^{206}\text{Pb}\) の数: \(n\)
  • 仮定: 生成時に \({}^{206}\text{Pb}\) は存在しない (\(n=0\) at \(t=0\))。中間生成物は無視できる。
  • 関係式: \(N_0 = N + n\)
  • 対数の値: \(\log_{10}2 = 0.301\)
  • (ウ)での具体的な値:
    • \({}^{238}\text{U}\) と \({}^{206}\text{Pb}\) の数の比 \(N:n = 4:1\)
    • \({}^{238}\text{U}\) の半減期 \(T = 44.7\) 億年
問われていること
  • (ア) 現在の \({}^{238}\text{U}\) の数 \(N\) を、\(N_0, T, t\) を用いた式で表す。
  • (イ) 鉱物の年齢 \(t\) を、\(T, N, n\) を用いた式で表す。
  • (ウ) あるウラン鉱物の年齢(億年)。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • 問(イ), (ウ)の別解: 自然対数を用いる解法
      • 模範解答が常用対数 (\(\log_{10}\)) を用いて計算するのに対し、別解では物理学の崩壊現象でより自然に現れる自然対数 (\(\ln\)) を用いて計算を進めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質への理解: 放射性崩壊の微分方程式 \(\frac{dN}{dt} = -\lambda N\) を解くと、その解は自然対数の底 \(e\) を用いて \(N = N_0 e^{-\lambda t}\) と表されます。自然対数を用いることで、この物理的本質に近い形で計算を体験できます。
    • 数学的スキルの拡張: 常用対数と自然対数の間には \(\ln x = (\ln 10) \times \log_{10} x\) という関係があり、底の変換公式の具体的な応用例に触れることができます。これにより、対数計算の柔軟性が高まります。
    • 異なるアプローチの学習: 最終的に同じ答えにたどり着くための、異なる数学的ツールを用いたアプローチを学ぶことができます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程で用いる対数の種類が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「放射性崩壊を利用した年代測定」です。半減期の概念を数式で表現し、それを変形して未知の時間を求めるのが中心的な課題です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 放射性崩壊の公式: 初めの原子数を \(N_0\)、半減期を \(T\)、経過時間を \(t\) とすると、残っている原子数 \(N\) は \(N = N_0 \left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{t}{T}}\) と表されます。
  2. 原子数の保存: 崩壊した親核種 (\({}^{238}\text{U}\)) の数は、生成された娘核種 (\({}^{206}\text{Pb}\)) の数に等しいです。つまり、(初めのUの数) = (現在のUの数) + (現在のPbの数) という関係 \(N_0 = N + n\) が成り立ちます。
  3. 対数計算: 指数関数で表された式から時間 \(t\) を取り出すために、両辺の対数をとる計算手法を用います。特に、底の変換公式などの対数の性質を正確に使いこなすことが求められます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. 放射性崩壊の基本公式をそのまま記述します(ア)。
  2. (ア)の式に \(N_0 = N+n\) を代入し、\(t\) について解きます。このとき、指数部分にある \(t\) を取り出すために対数をとります(イ)。
  3. (イ)で導いた式に、与えられた原子数の比と半減期の具体的な数値を代入して、鉱物の年齢 \(t\) を計算します(ウ)。

(ア)

思考の道筋とポイント
放射性原子核が時間とともに減少する様子を表す基本公式を答える問題です。半減期 \(T\) が「原子数が半分になるのにかかる時間」であることを数式で表現します。時間 \(t\) の間に半減期が \(t/T\) 回訪れる、と考えるのがポイントです。

この設問における重要なポイント

  • 半減期の定義: 時間 \(T\) が経過すると、原子数は \(1/2\) 倍になる。
  • 指数法則の適用: 時間 \(t\) が経過すると、原子数は \((1/2)\) 倍が \(t/T\) 回繰り返されるので、\((1/2)^{t/T}\) 倍になります。

具体的な解説と立式
時間 \(t\) が経過した後の \({}^{238}\text{U}\) の数 \(N\) は、初めの数 \(N_0\) と半減期 \(T\) を用いて、次のように表されます。
$$ N = N_0 \left( \frac{1}{2} \right)^{\frac{t}{T}} $$
これがそのまま(ア)の答えとなります。

使用した物理公式

  • 放射性崩壊の公式
計算過程

この設問は立式のみで、計算はありません。

この設問の平易な説明

放射性物質は、一定の時間が経つと数が半分になる、という性質を持っています。この「半分になる時間」を半減期 \(T\) と呼びます。例えば、半減期が100年なら、100年後には半分に、200年後にはさらにその半分(つまり4分の1)になります。この関係を一般的な時間 \(t\) で表したのが、\(N = N_0 \times (\frac{1}{2})^{(t/T)}\) という式です。

結論と吟味

答えは \(N = N_0 \left( \frac{1}{2} \right)^{\frac{t}{T}}\) です。これは放射性崩壊の定義そのものであり、物理的に正しい式です。

解答 (ア) \(N_0 \left( \frac{1}{2} \right)^{\frac{t}{T}}\)

(イ)

思考の道筋とポイント
(ア)で立てた式と、与えられた関係式 \(N_0 = N+n\) を組み合わせて、\(t\) を求める式を導出します。未知数 \(t\) が指数部分にあるため、対数を用いて式から下ろしてくる必要があります。問題の誘導(ヒント)に従い、まず式の逆数をとり、その後で両辺の常用対数 (\(\log_{10}\)) をとって計算を進めます。

この設問における重要なポイント

  • \(N_0\) の消去: 測定で直接わかる量は現在の \(N\) と \(n\) なので、測定できない過去の量 \(N_0\) を \(N_0 = N+n\) を使って消去します。
  • 逆数をとる操作: (ア)の式 \(N/N_0 = (1/2)^{t/T}\) の逆数をとると、\(N_0/N = 2^{t/T}\) となり、対数計算がしやすい形になります。
  • 対数の性質の利用: \(\log(A^B) = B \log A\) という性質を使って、指数部分の \(t/T\) を係数として前に出します。

具体的な解説と立式
(ア)の式を変形します。
$$ \frac{N}{N_0} = \left( \frac{1}{2} \right)^{\frac{t}{T}} $$
両辺の逆数をとると、
$$ \frac{N_0}{N} = 2^{\frac{t}{T}} \quad \cdots ① $$
ここで、両辺の常用対数 (\(\log_{10}\)) をとります。
$$ \log_{10} \left( \frac{N_0}{N} \right) = \log_{10} \left( 2^{\frac{t}{T}} \right) $$
対数の性質 \(\log(A^B) = B \log A\) を用いて、右辺の指数を前に出します。
$$ \log_{10} \left( \frac{N_0}{N} \right) = \frac{t}{T} \log_{10} 2 \quad \cdots ② $$
この式を \(t\) について解きます。
$$ t = \frac{T}{\log_{10} 2} \log_{10} \left( \frac{N_0}{N} \right) $$
最後に、問題文の関係式 \(N_0 = N+n\) を代入して \(N_0\) を消去します。
$$ t = \frac{T}{\log_{10} 2} \log_{10} \left( \frac{N+n}{N} \right) $$
問題文で \(\log_{10}2 = 0.301\) を使うよう指示があるので、分母を置き換えます。
$$ t = \frac{T}{0.301} \log_{10} \left( \frac{N+n}{N} \right) $$

使用した物理公式

  • 放射性崩壊の公式
  • 原子数の保存関係: \(N_0 = N+n\)
計算過程

この設問は立式のみで、具体的な数値計算はありません。

この設問の平易な説明

(ア)で立てた式は、未来を予測する式(\(t\)年後に\(N\)はどうなるか)です。今回は逆に、現在の状況(\(N\)と\(n\)の比)から過去(時間\(t\))を求めたいので、この式を \(t=\dots\) の形に変形します。指数の肩に乗っている \(t\) を地面に下ろすための魔法が「対数をとる」という操作です。式変形を進め、測定できない \(N_0\)(大昔のウランの数)を、測定できる \(N\)(今のウランの数)と \(n\)(今の鉛の数)で表すことで、最終的な式が完成します。

結論と吟味

答えは \(t = \displaystyle\frac{T}{0.301} \log_{10} \left( \frac{N+n}{N} \right)\) です。この式は、現在の原子数の比 \((N+n)/N\) と半減期 \(T\) から、経過時間 \(t\) を計算できる形になっており、物理的に意味のある式です。

解答 (イ) \(\displaystyle\frac{T}{0.301} \log_{10} \left( \frac{N+n}{N} \right)\)

(ウ)

思考の道筋とポイント
(イ)で導出した年代測定の公式に、具体的な数値を代入して鉱物の年齢を計算します。与えられた原子数の比 \(N:n=4:1\) から、式中の \((N+n)/N\) の値を求め、その常用対数を計算します。最後に、半減期 \(T\) の値を代入して、年齢 \(t\) を算出します。

この設問における重要なポイント

  • 比の計算: \(N:n=4:1\) は、例えば \(N=4k, n=k\)(\(k\)は比例定数)と置くことで、\((N+n)/N\) の値を具体的に計算できます。
  • 対数計算: \(\log_{10}(A/B) = \log_{10}A – \log_{10}B\) や \(\log_{10}(A^B) = B \log_{10}A\) といった性質を駆使して、\(\log_{10}2\) の値を使って計算を進めます。
  • 単位の確認: 半減期 \(T\) を「億年」の単位で代入するので、計算結果の \(t\) も「億年」の単位で得られます。

具体的な解説と立式
(イ)で求めた式を用います。
$$ t = \frac{T}{0.301} \log_{10} \left( \frac{N+n}{N} \right) \quad \cdots ① $$
まず、比 \(N:n=4:1\) から、式中の比の値を計算します。\(N=4k, n=k\) とおくと、
$$ \frac{N+n}{N} = \frac{4k+k}{4k} = \frac{5k}{4k} = \frac{5}{4} $$
次に、この値の常用対数を計算します。
$$ \log_{10} \left( \frac{5}{4} \right) $$
ここで、\(5 = 10/2\) と変形すると、\(\log_{10}2\) を使って計算できます。
$$
\begin{aligned}
\log_{10} \left( \frac{5}{4} \right) &= \log_{10} \left( \frac{10/2}{2^2} \right) \\[2.0ex]
&= \log_{10} \left( \frac{10}{2^3} \right) \\[2.0ex]
&= \log_{10} 10 – \log_{10} (2^3) \\[2.0ex]
&= 1 – 3 \log_{10} 2
\end{aligned}
$$
この結果と、与えられた半減期 \(T=44.7\) 億年を①式に代入します。

使用した物理公式

  • 年代測定の公式((イ)の結果)
  • 対数の計算法則
計算過程

まず、対数の値を計算します。\(\log_{10}2 = 0.301\) を用いて、
$$
\begin{aligned}
\log_{10} \left( \frac{5}{4} \right) &= 1 – 3 \times 0.301 \\[2.0ex]
&= 1 – 0.903 \\[2.0ex]
&= 0.097
\end{aligned}
$$
この値を①式に代入します。
$$
\begin{aligned}
t &= \frac{44.7}{0.301} \times 0.097 \\[2.0ex]
&\approx 148.5 \times 0.097 \\[2.0ex]
&\approx 14.4045
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、
$$ t \approx 14 \, [\text{億年}] $$

この設問の平易な説明

(イ)で作った「年齢計算機」の式に、実際のデータを入力する作業です。まず、「ウランと鉛の比が4:1」という情報から、計算に必要な \((N+n)/N\) という部分が \(5/4\) であると分かります。次に、電卓を使わずに \(\log_{10}(5/4)\) を計算するテクニックが求められます。\(5\) を \(10 \div 2\) と考えるのがミソです。最後に、これらの数値をすべて式に代入すれば、鉱物の年齢が求まります。

結論と吟味

このウラン鉱物の年齢は、約14億年と推定されます。計算過程は物理的・数学的に正しく、得られた値も妥当なものです。

別解: 自然対数を用いる解法

思考の道筋とポイント
(イ)の式変形の段階で、常用対数の代わりに自然対数 (\(\ln\)) を用います。物理現象としてより自然な崩壊定数 \(\lambda\) を介して考えるアプローチです。

  1. 崩壊の基本式を \(N = N_0 e^{-\lambda t}\) の形で書きます。
  2. 半減期 \(T\) と崩壊定数 \(\lambda\) の関係式 \(\lambda = (\ln 2)/T\) を用います。
  3. 自然対数をとって \(t\) について解き、最後に常用対数との関係を使って数値を計算します。

具体的な解説と立式
放射性崩壊の公式は、崩壊定数 \(\lambda\) を用いて次のように書くこともできます。
$$ N = N_0 e^{-\lambda t} $$
両辺の比をとり、自然対数をとると、
$$ \ln \left( \frac{N}{N_0} \right) = -\lambda t $$
\(t\) について解くと、
$$
\begin{aligned}
t &= -\frac{1}{\lambda} \ln \left( \frac{N}{N_0} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{\lambda} \ln \left( \frac{N_0}{N} \right)
\end{aligned}
$$
ここで、半減期 \(T\) と崩壊定数 \(\lambda\) には \(\lambda = \displaystyle\frac{\ln 2}{T}\) の関係があるので、
$$ t = \frac{T}{\ln 2} \ln \left( \frac{N_0}{N} \right) $$
\(N_0 = N+n\) を代入すると、
$$ t = \frac{T}{\ln 2} \ln \left( \frac{N+n}{N} \right) \quad \cdots \text{(イの別解式)} $$
(ウ)の計算:

この式に \(N:n=4:1\) を代入すると、\((N+n)/N = 5/4\) となるので、
$$ t = \frac{T}{\ln 2} \ln \left( \frac{5}{4} \right) $$
ここで、底の変換公式 \(\ln x = (\ln 10) \times \log_{10} x\) を用います。
$$
\begin{aligned}
t &= \frac{T}{(\ln 10) \log_{10} 2} \times (\ln 10) \log_{10} \left( \frac{5}{4} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{T}{\log_{10} 2} \log_{10} \left( \frac{5}{4} \right)
\end{aligned}
$$
この式は、主たる解法で用いた式と完全に一致します。

計算過程

以降の計算は主たる解法と全く同じです。
$$
\begin{aligned}
\log_{10} \left( \frac{5}{4} \right) &= 1 – 3 \log_{10} 2 \\[2.0ex]
&= 0.097
\end{aligned}
$$
$$
\begin{aligned}
t &= \frac{44.7}{0.301} \times 0.097 \\[2.0ex]
&\approx 14 \, [\text{億年}]
\end{aligned}
$$

結論と吟味

自然対数を用いて立式しても、最終的には常用対数を用いた式と等価な形になり、同じ結果が得られました。これは、対数の底の選び方によらず、物理的な関係が一意に定まることを示しています。崩壊現象の理論的背景(微分方程式)を考えると、自然対数を用いる方がより本質的なアプローチと言えます。

解答 (ウ) 14

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 放射性崩壊の指数関数的性質
    • 核心: 放射性原子核の数は、時間とともに指数関数的に減少します。この現象を記述する基本公式が \(N = N_0 \left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{t}{T}}\) です。この式は、原子核の崩壊が「確率的」に起こり、単位時間あたりに崩壊する原子の割合が一定であるという物理的本質を反映しています。
    • 理解のポイント: この公式を単なる暗記ではなく、「半減期 \(T\) が経過するごとに数が \(1/2\) になる」という定義から導けるようにしておくことが重要です。時間 \(t\) の間に半減期が \(t/T\) 回起こると考えれば、\((1/2)\) を \(t/T\) 回掛ける、すなわち \((1/2)^{t/T}\) 乗すると理解できます。
  • 対数による時間tの算出
    • 核心: 年代測定のように、現在の状態から過去の経過時間 \(t\) を知りたい場合、指数関数の「逆演算」である対数計算が不可欠になります。\(N/N_0 = (1/2)^{t/T}\) のような式から、指数の肩に乗っている \(t\) を取り出す唯一の方法が、両辺の対数をとることです。
    • 理解のポイント: \(\log(A^B) = B \log A\) という対数の性質が、この問題の計算における最重要ツールです。この性質を使うことで、\(t\) を含む項を指数から係数へと変換し、\(t\) について解くことが可能になります。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 炭素14法による年代測定: 生物が死ぬと炭素14(\({}^{14}\text{C}\))の補給が止まり、その時点から半減期約5730年で崩壊していきます。化石などに含まれる \({}^{14}\text{C}\) の量を測定することで、生物が死んでからの年代を測定できます。ウラン-鉛法と全く同じ原理です。
    • コンデンサーの放電: コンデンサーに蓄えられた電荷が抵抗を通じて放電する際、電荷の量 \(Q\) は \(Q = Q_0 e^{-t/CR}\) のように指数関数的に減少します。これも放射性崩壊と数学的に同じモデルであり、対数を用いて特定の電荷量になるまでの時間を計算できます。
    • 薬物の血中濃度: 体内に投与された薬物の血中濃度も、多くの場合、指数関数的に減少します(半減期を持つ)。これも同様の計算で解析できます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 親核種と娘核種を特定する: 何が何に変化するのかを明確にします。この問題では \({}^{238}\text{U}\) が \({}^{206}\text{Pb}\) になります。
    2. 原子数の関係式を立てる: 「崩壊した親核種の数」が「生成された娘核種の数」と等しい、という物質量保存の考え方から、\(N_0 = N+n\) のような関係式を立てます。これは、測定不可能な \(N_0\) を測定可能な \(N\) と \(n\) で置き換えるための鍵となります。
    3. 与えられた対数の底を確認する: 問題で \(\log_{10}2\) が与えられていれば常用対数を、\(\ln 2\) が与えられていれば自然対数を使うのが最も効率的です。与えられた道具に合わせて計算方針を立てます。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 半減期の公式の誤用:
    • 誤解: \(N = N_0 \times \frac{1}{2} \times \frac{t}{T}\) のように、指数部分を掛け算と勘違いしてしまう。
    • 対策: 半減期 \(T\) が2回過ぎたら(\(t=2T\))、原子数は \(1/4\) になるはずです。自分の立てた式に \(t=2T\) を代入してみて、\(N=N_0/4\) となるかを確認する習慣をつけましょう。誤った式では \(N=N_0\) となり、間違いに気づけます。
  • \(N_0\) と \(N\) の取り違え:
    • 誤解: \(N_0\) が現在の数、\(N\) が初めの数だと混同してしまう。
    • 対策: 添字の「0」は「時間ゼロ(time-zero)」の0だと覚えましょう。したがって \(N_0\) が初期値、添字のない \(N\) が時間 \(t\) 後の値です。
  • 対数計算のミス:
    • 誤解: \(\log(A+B)\) を \(\log A + \log B\) と計算したり、\(\log(A/B)\) を \(\log A / \log B\) としたりする。
    • 対策: 対数の計算公式(\(\log(AB) = \log A + \log B\), \(\log(A/B) = \log A – \log B\), \(\log(A^B) = B \log A\))を正確に覚えておくしかありません。特に和の対数は分解できないことを肝に銘じましょう。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • 横軸時間、縦軸原子数のグラフ: 放射性崩壊の様子をグラフでイメージすることが非常に有効です。縦軸を原子数 \(N\)、横軸を時間 \(t\) とすると、\(t=0\) で \(N=N_0\) からスタートし、滑らかな曲線を描いて減少していきます。\(t=T\) で高さが \(N_0/2\) に、\(t=2T\) で \(N_0/4\) になる点をプロットすることで、指数関数的な減少のイメージが掴めます。
    • 円グラフによる存在比のイメージ: (ウ)の \(N:n=4:1\) のような状況を、円グラフでイメージします。円全体が、鉱物ができた当初のウランの原子数 \(N_0\) を表します。この円が現在では「現在のウラン \(N\)」と「生成された鉛 \(n\)」の2つの領域に分かれています。\(N:n=4:1\) は、この円が4:1に分割されていることを意味し、円全体(\(N_0\))は \(4+1=5\) の比率に相当することが視覚的にわかります。したがって、\((N+n)/N = 5/4\) という関係が直感的に理解できます。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 放射性崩壊の公式 \(N = N_0 (\frac{1}{2})^{t/T}\):
    • 選定理由: 半減期 \(T\) という実験的に測定しやすい量を用いて、崩壊現象を直感的に記述できるため、高校物理ではこの形が標準的に用いられます。
    • 適用根拠: この式は、より根源的な微分方程式 \(\frac{dN}{dt} = -\lambda N\)(原子の減少速度はその時の原子数に比例する)を解いた結果と等価です。半減期の定義からこの式が成り立つことが示せ、多くの放射性核種の崩壊現象を高い精度で記述できます。
  • 対数関数:
    • 選定理由: 指数関数の逆関数であり、指数部分に変数が含まれる方程式を解くための唯一の数学的手段だからです。
    • 適用根拠: 対数関数は数学的に厳密に定義されており、その性質(\(\log(A^B) = B \log A\) など)も数学的に証明されています。指数方程式を解く際に、これらの性質を適用することに論理的な正当性があります。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (ア) 崩壊の公式の記述:
    • 戦略: 放射性崩壊の定義式をそのまま書く。
    • フロー: \(N = N_0 \left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{t}{T}}\) を記述。
  2. (イ) 年齢 \(t\) の公式の導出:
    • 戦略: (ア)の式を \(t\) について解く。途中で \(N_0\) を消去する。
    • フロー: ① (ア)の式の逆数をとる (\(N_0/N = 2^{t/T}\)) → ② 両辺の常用対数をとる (\(\log_{10}(N_0/N) = (t/T)\log_{10}2\)) → ③ \(t\) について解く (\(t = (T/\log_{10}2) \log_{10}(N_0/N)\)) → ④ \(N_0 = N+n\) を代入して \(N_0\) を消去 → ⑤ \(\log_{10}2\) を \(0.301\) に置き換える。
  3. (ウ) 具体的な年齢の計算:
    • 戦略: (イ)で導いた式に、与えられた数値を代入する。
    • フロー: ① \(N:n=4:1\) から \((N+n)/N = 5/4\) を計算 → ② \(\log_{10}(5/4)\) を計算 (\(\log_{10}10 – 3\log_{10}2\)) → ③ (イ)の式に \(T=44.7\) と ②で求めた対数の値を代入して \(t\) を計算。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 対数計算の工夫: \(\log_{10}(5/4)\) の計算で、\(5=10/2\) と置き換えるのは頻出のテクニックです。これにより、問題で与えられた \(\log_{10}2\) だけで計算が可能になります。同様に、\(\log_{10}5 = \log_{10}(10/2) = \log_{10}10 – \log_{10}2 = 1 – 0.301 = 0.699\) は覚えておくと便利です。
  • 分数の割り算を丁寧に行う: (ウ)の最後の計算 \(t = \displaystyle\frac{44.7}{0.301} \times 0.097\) では、焦って筆算をすると間違いやすいです。まず \(\displaystyle\frac{0.097}{0.301}\) はおよそ \(\displaystyle\frac{0.1}{0.3} = 1/3\) 程度だと概算しておくと、\(44.7 \times (1/3) \approx 15\) となり、最終的な答えが \(14\) に近い値になることが予測できます。このような概算は、大きな計算ミスを防ぐのに役立ちます。
  • 有効数字の意識: 問題文に「有効数字2桁で表せ」と指示があります。計算の途中では3桁〜4桁程度で計算を進め、最後の最後で四捨五入して2桁に丸めるようにしましょう。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • (イ) 式の吟味: \(n=0\)(鉛がまだ生成されていない)の場合、\(\log_{10}((N+0)/N) = \log_{10}1 = 0\) となり、\(t=0\) となります。これは物理的に正しいです。また、\(n\) が増える(時間が経つ)ほど \((N+n)/N\) は大きくなり、\(t\) も大きくなるので、式の形は妥当です。
    • (ウ) 値の吟味: 半減期が約45億年であるのに対し、ウランの数が鉛の4倍(まだあまり崩壊が進んでいない)状態なので、経過時間は半減期よりかなり短いはずです。もし原子数の比が \(1:1\) なら、ちょうど半減期 \(t=T\) が経過したことになります。\(N:n=4:1\) はそれよりずっと時間が経っていない状態なので、\(t\) が \(T=44.7\) 億年より大幅に短い \(14\) 億年という結果は、直感的に非常に妥当です。
  • 別解との比較:
    • 常用対数と自然対数という、異なる数学的ツールを用いたにもかかわらず、最終的に全く同じ結果にたどり着きました。これは、底の変換公式を通じて両者が数学的に等価であることを示しており、計算の正しさを裏付ける強力な証拠となります。
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519 核反応における保存則

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、2つの原子核がクーロン斥力に逆らって接近する際の、運動量保存則とエネルギー保存則の適用を問うものです。特に「相対速度が0」という条件が物理的に何を意味するのか、そしてそのときのエネルギー状態を正しく記述できるかがポイントとなります。

与えられた条件
  • 入射核X: 質量 \(m_1\)、原子番号 \(Z_1\)、初速度 \(v_0\)
  • 標的核Y: 質量 \(m_2\)、原子番号 \(Z_2\)、初速度 \(0\)(静止)
  • 運動は一直線上。原子核は点電荷とみなす。
  • クーロンの法則の比例定数: \(k\)
  • 電気素量: \(e\)
  • (3)での具体的な設定:
    • 入射核: \({}_{1}^{1}\text{H}\) (陽子)
    • 標的核: \({}_{3}^{7}\text{Li}\) (リチウム7)
    • \(\displaystyle\frac{ke^2}{r_0} = 0.014 \, \text{MeV}\)
問われていること
  • (1) 両核の相対速度が0になるときの、両核の共通の速さ \(v\)
  • (2) 両核が距離 \(r_0\) まで接近するための、核Xの初めの運動エネルギーの最小値 \(K\)
  • (3) (2)の \(K\) の値を、\({}_{1}^{1}\text{H}\) を \({}_{3}^{7}\text{Li}\) に衝突させる場合に計算した値 [MeV]

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • 問(2)の別解: 重心系(換算質量)を用いる解法
      • 模範解答が実験室系(床に固定された座標系)で運動量保存則とエネルギー保存則を連立させるのに対し、別解では2体問題を1体問題に変換して考える「重心系」のアプローチを用います。この系では、換算質量 \(\mu\) を持つ仮想的な粒子が、重心に固定された散乱中心に近づく問題として扱うことができます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的視点の転換: 実験室系から重心系へと視点を変えることで、2つの粒子が相互作用する複雑な問題が、見かけ上1つの粒子の運動というより単純な問題に帰着されることを体験できます。これは大学レベルの力学や量子力学にもつながる重要な考え方です。
    • 計算の簡略化: 重心系では運動量保存を考える必要がなく、エネルギー保存則だけで最接近距離の問題を解くことができます。これにより、計算の見通しが良くなり、過程が簡潔になる場合があります。
    • 換算質量の概念理解: 2体問題で繰り返し現れる換算質量 \(\mu = \frac{m_1 m_2}{m_1+m_2}\) という量の物理的意味を、具体的な問題を通じて学ぶことができます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「荷電粒子間の衝突と保存則」です。2つの粒子が互いに力を及ぼし合う系全体で、何が保存されるかを考えるのが基本です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 運動量保存則: 2つの原子核の間に働くクーロン力は内力なので、系全体の運動量は衝突の前後で保存されます。
  2. エネルギー保存則: クーロン力は保存力なので、2つの原子核の運動エネルギーと静電気力による位置エネルギーの和は、衝突の前後で保存されます。
  3. 相対速度が0の意味: 2つの物体が最も接近するとき、一方から見た他方の速度(相対速度)は0になります。これは、両者の速度が等しくなる瞬間を意味します。
  4. 静電気力による位置エネルギー: 電荷 \(Q_1, Q_2\) を持つ2つの点電荷が距離 \(r\) だけ離れているとき、その位置エネルギーは \(U = k\displaystyle\frac{Q_1 Q_2}{r}\) で与えられます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. 「相対速度が0」とは「両者の速度が等しい」ことと解釈し、運動量保存則を適用してそのときの共通の速度 \(v\) を求めます(問1)。
  2. 衝突の初期状態(無限遠)と最接近状態(距離 \(r_0\))とで、エネルギー保存則の式を立てます。(1)で求めた \(v\) を代入し、初めの運動エネルギー \(K\) について解きます(問2)。
  3. (2)で導いた式に、与えられた原子核の質量数と原子番号を代入して、\(K\) の値を計算します(問3)。

問(1)

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