「セミナー物理基礎+物理2025」徹底解説!【第 Ⅰ 章 5】発展例題~発展問題146

当ページでは、数式をより見やすく表示するための処理に、少しお時間がかかることがございます。お手数ですが、ページを開いたまま少々お待ちください。

発展例題

発展例題10 円板の重心

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 別解1: 負の質量を用いる解法
      • 模範解答が「切り抜いた部分を元に戻す」という考え方で立式するのに対し、別解では「完全な円板に、負の質量を持つ円板を重ねる」とみなし、合成重心の公式を用いて直接重心を求めます。
    • 別解2: モーメントのつり合いを用いる解法
      • 模範解答が重心の座標の公式を用いるのに対し、別解では切り抜く前の重心Oを支点とみなし、「残りの部分の重力によるモーメント」と「切り抜いた部分の重力によるモーメント」のつり合いから重心の位置を求めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: 「切り抜き」という操作を、加算(負の質量)や力のつり合いといった異なる物理モデルで捉え直すことで、重心の概念を多角的に理解できます。
    • 思考の柔軟性向上: 重心の公式だけでなく、力のモーメントという基本的な法則からもアプローチできることを学び、問題解決の選択肢が広がります。
    • 解法の選択肢拡大: 「負の質量」という考え方は、より複雑な形状の重心を求める際に強力なツールとなるため、その基礎を学ぶ良い機会となります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「切り抜かれた物体の重心計算」です。一様な物体から一部が取り除かれた後の重心を求める問題の典型例であり、重心の公式やモーメントのつり合いの考え方を正確に使いこなすことが目的です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 重心の概念: 物体の各部分にはたらく重力の合力の作用点のことであり、物体の質量(あるいは重さ)がその一点に集中しているかのように扱える点。
  2. 重心の公式: 複数の質点からなる系の重心座標は、\(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) で計算できること。
  3. 面積と質量の関係: 「一様な」板では、質量はその面積に比例すること。
  4. 合成と分解の考え方: 切り抜かれた物体を、「元の大きな物体」と「切り抜かれた部分」に分解して考えたり、逆に「残りの部分」と「切り抜かれた部分」を合成すると「元の大きな物体」に戻ると考えたりする柔軟な思考。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、切り抜く前の円板、切り抜いた円板、そして残りの板の質量の比を、面積の比から求めます。
  2. 次に、切り抜いた部分を元の位置に戻すと考えます。残りの部分の重心(求めたい点)と、切り抜いた部分の重心を合成すると、切り抜く前の全体の重心になる、という関係式を立てます。
  3. 座標軸を設定し、各部分の重心の座標と質量(またはその比)を重心の公式に代入して、未知の重心座標を求めます。

思考の道筋とポイント
この問題の核心は、「切り抜く」という操作を物理的にどう捉えるかです。最も分かりやすいのは、「残りの部分」と「切り抜いた部分」を足し合わせると、「元の完全な円板」になるという関係を利用することです。それぞれの部分の「重さ」と「重心の位置」の関係を、重心の公式を使って立式します。
この設問における重要なポイント

  • 物体は上下対称なので、求める重心は必ず中心線AB上にある。そのため、1次元(x軸)だけで考えればよい。
  • 一様な円板なので、重さは面積に比例する。面積は半径の2乗に比例する。
  • 元の円板の重心は中心O。切り抜いた円板の重心はその中心O’。
  • 「残りの部分」と「切り抜いた部分」の合成重心が、元の円板の重心Oに一致する。

具体的な解説と立式
まず、各部分の重さを設定します。
一様な円板なので、重さは面積に比例します。

  • 切り抜いた円板(半径 \(\displaystyle\frac{r}{2}\))の面積は \(\pi \left(\displaystyle\frac{r}{2}\right)^2 = \displaystyle\frac{\pi r^2}{4}\)。
  • 元の円板(半径 \(r\))の面積は \(\pi r^2\)。

切り抜いた円板の重さを \(w\) とおくと、元の円板の重さは面積比から \(4w\) となります。
したがって、切り抜いた後の残りの板の重さは、
\((\text{残りの板の重さ}) = (\text{元の円板の重さ}) – (\text{切り抜いた円板の重さ}) = 4w – w = 3w\)
となります。

次に、座標軸を設定します。
図のように、点Oを原点(\(x=0\))とし、水平右向きにx軸をとります。

  • 元の円板の重心の位置: \(x_0 = 0\)
  • 切り抜いた円板の重心の位置: \(x_1 = \text{OO’} = \displaystyle\frac{r}{2}\)
  • 求める、切り抜いた後の板の重心の位置を \(x_G\) とします。

「残りの部分(重さ \(3w\)、重心 \(x_G\))」と「切り抜いた部分(重さ \(w\)、重心 \(x_1\))」を合成すると、「元の円板(重さ \(4w\)、重心 \(x_0\))」になるので、重心の公式を適用すると、
$$ x_0 = \frac{(3w) \times x_G + w \times x_1}{3w + w} $$
この関係式が成り立ちます。

使用した物理公式

  • 重心の公式: \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2}{m_1+m_2}\)
計算過程

上記で立てた式に、\(x_0=0\), \(x_1=\displaystyle\frac{r}{2}\) を代入して、\(x_G\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
0 &= \frac{3w \cdot x_G + w \cdot \frac{r}{2}}{4w}
\end{aligned}
$$
分母の \(4w\) は \(0\) ではないので、分子が \(0\) になります。
$$
\begin{aligned}
3w \cdot x_G + w \cdot \frac{r}{2} &= 0 \\[2.0ex]
3w \cdot x_G &= – w \cdot \frac{r}{2}
\end{aligned}
$$
両辺を \(3w\) で割ると(\(w \neq 0\))、
$$
\begin{aligned}
x_G &= – \frac{w}{3w} \cdot \frac{r}{2} \\[2.0ex]
x_G &= – \frac{r}{6}
\end{aligned}
$$
\(x_G\) が負の値になったので、重心は原点Oからx軸の負の向き、つまりAの向きにあることがわかります。

この設問の平易な説明

大きなピザ(元の円板)から、小さなピザ(切り抜いた円板)をくり抜いた残りの部分の「バランスが取れる点(重心)」を探す問題です。
まず、ピザの重さは面積で決まるので、小さいピザの重さを「1」とすると、大きいピザは「4」になります。ということは、残りの部分は「3」の重さです。
ここで逆転の発想をします。「残りの部分(重さ3)」と「小さいピザ(重さ1)」を合体させたら、元の「大きいピザ(重さ4)」に戻りますよね。
合体させたときの重心(つまり大きいピザの中心O)の位置は、それぞれの部品の重心の位置から計算できます。この関係を使って、未知数である「残りの部分の重心」を逆算する、という方法です。

結論と吟味

求める重心の位置は \(x_G = -\displaystyle\frac{r}{6}\) と求まりました。
これは、元の円板の中心Oから、切り抜いた円板とは反対側(Aの向き)に \(\displaystyle\frac{r}{6}\) だけずれた位置にあることを意味します。重い部分が右側から取り除かれたので、重心が左側にずれるというのは直感的にも妥当な結果です。

解答 重心の位置: 点OからAの向きに \(\displaystyle\frac{r}{6}\) の位置。
別解1: 負の質量を用いる解法

思考の道筋とポイント
「円板を切り抜く」という操作を、「完全な円板に、切り抜く部分と同じ形で『負の質量』を持つ物体を重ね合わせる」と考える方法です。これにより、引き算ではなく、足し算の形で合成重心の公式を直接使うことができます。
この設問における重要なポイント

  • 切り抜く前の完全な円板(質量 \(4w\))と、負の質量を持つ円板(質量 \(-w\))の2つの物体を考える。
  • これらの合成重心が、求める重心の位置に一致する。
  • 負の質量であっても、重心の公式はそのままの形で適用できる。

具体的な解説と立式
主たる解法と同様に、切り抜いた円板の重さを \(w\) とすると、元の円板の重さは \(4w\) です。
点Oを原点(\(x=0\))とし、水平右向きにx軸をとります。

この問題を、以下の2つの物体の合成重心を求める問題として捉え直します。

  • 物体1: 元の完全な円板。
    • 質量: \(m_1 = 4w\)
    • 重心の位置: \(x_1 = 0\)
  • 物体2: 負の質量を持つ、切り抜かれた形の円板。
    • 質量: \(m_2 = -w\)
    • 重心の位置: \(x_2 = \displaystyle\frac{r}{2}\)

この2つの物体を合成した後の全体の質量は \(M = m_1 + m_2 = 4w – w = 3w\)。これは、切り抜いた後の板の質量と一致します。
求める重心の位置 \(x_G\) は、この合成系の重心なので、重心の公式より、
$$ x_G = \frac{m_1 x_1 + m_2 x_2}{m_1 + m_2} $$
となります。

使用した物理公式

  • 重心の公式: \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2}{m_1+m_2}\)
計算過程

上記の式に各値を代入します。
$$
\begin{aligned}
x_G &= \frac{(4w) \times 0 + (-w) \times \frac{r}{2}}{4w + (-w)} \\[2.0ex]
&= \frac{- \frac{wr}{2}}{3w} \\[2.0ex]
&= – \frac{wr}{2} \times \frac{1}{3w} \\[2.0ex]
&= – \frac{r}{6}
\end{aligned}
$$
この結果は主たる解法と一致します。

この設問の平易な説明

ピザをくり抜く代わりに、こんな風に考えてみましょう。まず、完璧な形のピザ(重さ4)を用意します。次に、くり抜きたい部分にピッタリ重なる形で、触ると消えてしまう「反物質」ならぬ「反ピザ(重さマイナス1)」を置きます。すると、その部分だけが消えて、結果的にくり抜いたのと同じ形のピザ(重さ3)が出来上がります。この「ピザ」と「反ピザ」を合わせた全体の重心を計算することで、答えを出す方法です。

結論と吟味

主たる解法と完全に同じ結果が得られました。この「負の質量」という考え方は、一見すると奇妙に思えるかもしれませんが、重心計算を機械的な足し算で処理できるため、非常に強力なテクニックです。特に、複数の部分が複雑に切り抜かれているような問題で威力を発揮します。

解答 重心の位置: 点OからAの向きに \(\displaystyle\frac{r}{6}\) の位置。
別解2: モーメントのつり合いを用いる解法

思考の道筋とポイント
「残りの部分」と「切り抜いた部分」を元に戻すと、全体の重心がOになる、という事実を力のモーメントの観点から捉える方法です。全体の重心Oを支点と考えると、残りの部分の重力が作るモーメントと、切り抜いた部分の重力が作るモーメントが完全につり合っているはずです。
この設問における重要なポイント

  • 全体の重心である点Oを、力のモーメントを考える際の回転軸(支点)とする。
  • 残りの部分(重さ \(3w\))にはたらく重力は、その重心G(座標 \(x_G\))にはたらく。
  • 切り抜いた部分(重さ \(w\))にはたらく重力は、その重心O’(座標 \(\displaystyle\frac{r}{2}\))にはたらく。
  • これら2つの力が点Oの周りに作るモーメントがつり合う。

具体的な解説と立式
主たる解法と同様に、残りの板の重さは \(3w\)、切り抜いた円板の重さは \(w\) です。
点Oを原点(支点)とし、求める重心の位置をG(座標 \(x_G\))、切り抜いた円板の重心をO’(座標 \(\displaystyle\frac{r}{2}\))とします。

点Oの周りの力のモーメントのつり合いを考えます。

  • 残りの部分にはたらく重力 \(3w\) は、点Gにはたらきます。重心Gは、切り抜かれた側と反対のA側にあると予想されるので、\(x_G\) は負の値です。この力は支点Oの左側で下向きにはたらくので、反時計回りのモーメントを作ります。
    • モーメントの大きさ: \((\text{力の大きさ}) \times (\text{腕の長さ}) = 3w \times |x_G| = 3w \times (-x_G)\)
  • 切り抜いた部分にはたらく重力 \(w\) は、点O’にはたらきます。この力は支点Oの右側で下向きにはたらくので、時計回りのモーメントを作ります。
    • モーメントの大きさ: \((\text{力の大きさ}) \times (\text{腕の長さ}) = w \times \displaystyle\frac{r}{2}\)

モーメントのつり合いの式 (反時計回りのモーメントの和)=(時計回りのモーメントの和) より、
$$ 3w \times (-x_G) = w \times \frac{r}{2} $$
この式が成り立ちます。

使用した物理公式

  • 力のモーメント: \(M = F \times l\)
  • モーメントのつり合い: (反時計回りのモーメントの和)=(時計回りのモーメントの和)
計算過程

上記で立てた式を \(x_G\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
3w(-x_G) &= \frac{wr}{2} \\[2.0ex]
-3wx_G &= \frac{wr}{2}
\end{aligned}
$$
両辺を \(-3w\) で割ると(\(w \neq 0\))、
$$
\begin{aligned}
x_G &= \frac{wr}{2} \times \left(-\frac{1}{3w}\right) \\[2.0ex]
x_G &= – \frac{r}{6}
\end{aligned}
$$
この結果は主たる解法と一致します。

この設問の平易な説明

シーソーをイメージしてください。支点を、元の大きなピザの中心Oに置きます。シーソーの片方(A側)には「残りの部分」が乗り、もう片方(B側)には「切り抜いた小さいピザ」が乗っていると考えます。この2つが合わさると、ちょうど支点Oでバランスが取れて水平になるはずです。「残りの部分」の重心(バランスが取れる点)がどこにあれば、このシーソーがつり合うかを計算する方法です。

結論と吟味

重心の公式を使わずに、より基本的な物理法則である力のモーメントのつり合いから、同じ結果を導くことができました。これは、重心の公式自体がモーメントのつり合いの考え方に基づいていることを示しています。物理現象を異なる側面から見る良い練習になります。

解答 重心の位置: 点OからAの向きに \(\displaystyle\frac{r}{6}\) の位置。

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 重心の概念と合成重心の公式
    • 核心: この問題の根幹は、「切り抜かれた物体」を、元の物体から部分を引いたものと捉えるのではなく、「残りの部分」と「切り抜かれた部分」を足し合わせると元の物体に戻る、という逆の視点で捉え直す能力です。この「合成」の考え方に、重心の公式 \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) を適用することが、問題を解くための直接的な手段となります。
    • 理解のポイント:
      • 質量の代わりに重さや面積比を使える: 「一様な」物体の場合、質量はその面積に比例します。そのため、わざわざ密度を掛けて質量を計算しなくても、面積の比をそのまま質量の比として重心の公式に用いることができます。この問題では、切り抜いた円板の重さを \(w\) とおくと、元の円板は \(4w\)、残りの部分は \(3w\) となり、この比率を使って計算を進めることができます。
      • 全体の重心は既知: 「残りの部分」と「切り抜かれた部分」の重心は未知または既知ですが、それらを合成した「元の完全な円板」の重心は、図形の中心Oであることは自明です。この既知の情報を等式の片側に置くことで、未知数である「残りの部分」の重心を求める方程式を立てることができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 複数の図形の組み合わせ: L字型やT字型の板など、長方形や三角形といった単純な図形を複数組み合わせた物体の重心を求める問題。この場合は、各単純図形に物体を分割し、それぞれの重心と質量(面積)を求めてから、合成重心の公式を適用します。
    • 複数の切り抜きがある問題: 例えば、大きな正方形の板から、2つの異なる大きさの円を切り抜いた場合など。この場合も、「負の質量」の考え方が有効です。元の正方形(正の質量)と、2つの円(それぞれ負の質量)の3つの物体の合成重心を求めることで、複雑な計算を避けることができます。
    • 3次元の物体: 直方体から球をくり抜いたような3次元の物体の重心。考え方は2次元と全く同じですが、質量を面積ではなく体積に比例させて考えます。また、対称性によっては、x, y, zの3つの座標について重心計算が必要になる場合があります。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. まずは対称性を探す: 物体が線対称や点対称な形状をしているかを確認します。対称軸や対称中心があれば、重心はその上にあることが確定するため、考える次元を減らすことができます(例: この問題ではABが対称軸なので、y座標は考えなくてよい)。
    2. 単純な図形に分割(または補完)できるか考える:
      • L字型の板なら、2つの長方形に「分割」します。
      • 円板の切り抜きなら、「元の円板」と「切り抜いた円板」に「分解」します。
    3. 各部分の「質量(面積 or 体積)」と「重心座標」を求める: 分割・分解した各々の単純な図形について、その質量(の比)と重心の座標を求めます。円や長方形なら中心、三角形なら中線の交点(頂点から対辺の中点までを2:1に内分する点)が重心です。
    4. どの方法で解くか判断する:
      • 分割した物体の合成なら → 通常の重心の公式を使う。
      • 切り抜いた物体なら → 「元に戻す」考え方(模範解答)か、「負の質量」の考え方(別解1)、あるいは「モーメントのつり合い」(別解2)を使う。どの方法でも解けますが、自分の理解しやすい方法を選択するのが良いでしょう。特に「負の質量」は応用範囲が広いため、マスターしておくと便利です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 質量の比を間違える:
    • 誤解: 半径が半分だから、質量(面積)も半分だと考えてしまう。
    • 対策: 面積は半径の「2乗」に比例し、体積は半径の「3乗」に比例することを常に意識しましょう。この問題では、半径が \(r\) と \(\displaystyle\frac{r}{2}\) なので、面積比は \(r^2 : (\displaystyle\frac{r}{2})^2 = 1 : \displaystyle\frac{1}{4} = 4:1\) となります。計算を始める前に、この質量比を正確に求めることが第一歩です。
  • 重心の座標設定ミス:
    • 誤解: 全ての重心を原点からの距離として正の値で扱ってしまう。
    • 対策: 必ず座標軸を設定し、原点をどこに置くかを明確にしましょう。そして、各部分の重心が原点の右にあるのか左にあるのかを判断し、座標に正負の符号を正しく反映させることが重要です。この問題で \(x_G = \displaystyle\frac{r}{6}\) と答えてしまうと、全く逆の位置になってしまいます。
  • 「残りの部分」の質量を使い忘れる:
    • 誤解: 重心の公式の分母を、元の物体の質量(\(4w\))や、切り抜いた部分の質量(\(w\))だけで計算してしまう。
    • 対策: 重心の公式は、あくまで「足し合わせる物体」の質量の総和で割る必要があります。模範解答のように「残りの部分(\(3w\))」と「切り抜いた部分(\(w\))」を合成するなら分母は \(3w+w\)。「負の質量」を使うなら「元の物体(\(4w\))」と「負の質量の物体(\(-w\))」を合成するので分母は \(4w-w\)。自分がどの物体を組み合わせているのかを常に意識することが大切です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 公式選択(重心の公式):
    • 選定理由: 求めたいのは、複数の質量分布を持つ物体全体の「重心」という、まさにそのものズバリの物理量です。重心の定義から直接導かれる重心の公式 \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) を使うのが最も直接的で論理的な選択です。
    • 適用根拠: この問題は、連続的な質量分布を持つ板を扱っていますが、「残りの部分」と「切り抜いた部分」という2つの「かたまり」に分解して考えることができます。それぞれの「かたまり」の重心が分かっていれば、それらを質点とみなして、2つの質点系の重心を求める問題に単純化できます。これが、重心の公式を適用できる根拠です。
  • アプローチ選択(モーメントのつり合い):
    • 選定理由: 「重心」とは、定義上「重力の合力の作用点」です。つまり、物体をその点で支えれば、重力による力のモーメントがつり合って回転しない点です。この定義に立ち返れば、重心の問題を力のモーセントのつり合いの問題として解くことができるのは自然な発想です。
    • 適用根拠: 「残りの部分」と「切り抜いた部分」を合成して「元の物体」に戻したとき、その重心はO点になります。これは、O点を支点としたときに、2つの部分にはたらく重力によるモーメントが完全につり合っていることを意味します。この物理的な事実が、モーメントのつり合いの式を立てる根拠となります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 文字式のまま計算を進める:
    • 最初から \(r\) に具体的な数値が与えられていても、まずは文字のまま計算を進めましょう。この問題のように、\(w\) や \(r\) といった文字は、計算の途中で約分されて消えることが多いです。\(x_G = -\displaystyle\frac{r}{6}\) という関係式を導いてから最後に数値を代入する方が、計算がシンプルになり、ミスを減らせます。
  • 図を丁寧に描く:
    • フリーハンドでも良いので、問題の図を自分で描いてみましょう。そして、原点、座標軸、各部分の重心の位置(G, O, O’など)、そして各部分にはたらく重力(\(3w\), \(w\)など)を矢印で書き込みます。図で状況を視覚的に整理することで、座標の正負や腕の長さを直感的に把握しやすくなり、立式ミスを防げます。
  • 簡単な比に直す:
    • 質量(面積)の比が \( \pi r^2 : \displaystyle\frac{\pi r^2}{4} \) のように複雑な形になったら、すぐに最も簡単な整数の比(\(4:1\))に直しましょう。計算に使う数値がシンプルであるほど、計算ミスは減ります。
  • 結果を吟味する:
    • 計算で出た答え \(x_G = -\displaystyle\frac{r}{6}\) が物理的に妥当か考えます。円板の右側を切り抜いたのだから、重心は左側(負の方向)にずれるはずです。もし答えが正の値になったら、どこかで符号のミスをした可能性が高いと判断できます。また、ずれの大きさ \(\displaystyle\frac{r}{6}\) は、円板の半径 \(r\) に比べて十分に小さい値であり、常識的な範囲内です。このような簡単なチェックだけでも、大きな間違いに気づくことができます。

発展例題11 剛体のつりあい

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(1)の別解: 重心を支点としてモーメントのつり合いを考える解法
      • 模範解答が物体の角である点Bを支点とするのに対し、別解では物体の重心を支点として力のモーメントのつり合いを立式します。
    • 設問(2)の別解: 回転直前の状態から直接モーメントのつり合いを考える解法
      • 模範解答が設問(1)で導いた一般式を利用するのに対し、別解では「回転し始める直前」という物理的な状況を直接モデル化し、その瞬間の力のモーメントのつり合いから張力を求めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: 支点の選び方が任意であり、どの点で考えても物理法則が成立することを確認できます。これにより、モーメントのつり合いという概念の理解が深まります。
    • 思考の柔軟性向上: ある設問の結果を利用する方法と、物理現象そのものから直接立式する方法の両方を学ぶことで、問題の構造に応じて最適なアプローチを選択する力が養われます。
    • 解法の選択肢拡大: 設問(1)が解けなかった場合でも、設問(2)を独立して解くアプローチを知ることで、部分点を確保する戦略的な解法を身につけることができます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「剛体のつり合いと、滑り出す条件・倒れる条件の比較」です。剛体が静止し続けるための条件(力のつり合い、モーメントのつり合い)を正しく立式し、さらに張力を大きくしていったときに「滑り出す」のと「倒れる」のどちらが先に起こるかを物理的に考察する能力を養います。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 剛体のつり合いの条件: 物体が静止し続けるためには、「並進運動を始めない(力のつり合い)」と「回転運動を始めない(力のモーメントのつり合い)」という2つの条件を同時に満たす必要があること。
  2. 力のモーメント: 力が物体を回転させようとする能力のことで、「力の大きさ × 腕の長さ」で計算されること。
  3. 垂直抗力の作用点: 剛体に力が加わると、床から受ける垂直抗力の作用点は移動しうること。特に物体が倒れる直前には、作用点は回転軸となる端点にまで移動する。
  4. 静止摩擦力と最大摩擦力: 物体が滑り出さないように働く静止摩擦力には限界(最大摩擦力 \(\mu N\))があり、外力がそれを超えると物体は滑り出すこと。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、物体に働くすべての力(重力、張力、垂直抗力、静止摩擦力)を図示し、「鉛直方向の力のつり合い」「水平方向の力のつり合い」「任意の点のまわりの力のモーメントのつり合い」の3つの式を立てます。これらを連立させて、垂直抗力の作用点の位置を求めます。
  2. (2)では、物体が「回転し始める直前」の状態を考えます。これは、(1)で求めた垂直抗力の作用点が、回転軸となる点Bまで移動した状態(作用点の距離が0)に対応します。この条件を(1)の式に代入して、そのときの張力を求めます。
  3. (3)では、物体が「滑り出す」条件を考えます。これは、静止摩擦力が最大摩擦力に達したときの条件です。このときの張力と、(2)で求めた「倒れる」ときの張力を比較し、「滑る前に倒れる」ための静止摩擦係数の条件を導き出します。

問(1)

思考の道筋とポイント
物体が静止している、という条件は「力がつり合っている」かつ「力のモーメントがつり合っている」ことを意味します。まず、物体に働く力をすべて図示し、それぞれのつり合いの式を立てます。このとき、垂直抗力\(N\)の作用点が未知数であることに注意が必要です。力のモーメントを考える際の支点(回転軸)は、未知の力が多く集まる点(この場合は点B)に選ぶと、計算式が簡単になることが多いです。
この設問における重要なポイント

  • 物体に働く力は、重力\(W\)、張力\(T\)、床からの垂直抗力\(N\)、床からの静止摩擦力\(F\)の4つ。
  • 鉛直方向と水平方向で、それぞれ力がつり合っている。
  • 任意の点のまわりで、力のモーメントがつり合っている。
  • 垂直抗力\(N\)の作用点を、点Bから左向きに\(x\)の距離にある点とする。

具体的な解説と立式
物体に働く力は図のようになります。

  • 鉛直方向の力のつり合いについて、\((\text{上向きの力の和}) = (\text{下向きの力の和})\) より、
    $$ N = W \quad \cdots ① $$
  • 水平方向の力のつり合いについて、\((\text{右向きの力の和}) = (\text{左向きの力の和})\) より、
    $$ T = F \quad \cdots ② $$
  • 点Bのまわりの力のモーメントのつり合いについて、\((\text{反時計回りのモーメントの和}) = (\text{時計回りのモーメントの和})\) を考えます。
    • 反時計回りのモーメント: 重力\(W\)によるもの。支点Bからの腕の長さは \(\displaystyle\frac{b}{2}\)。
    • 時計回りのモーメント: 張力\(T\)によるもの(腕の長さ\(a\))と、垂直抗力\(N\)によるもの(腕の長さ\(x\))。

    よって、つり合いの式は、
    $$ W \times \frac{b}{2} = T \times a + N \times x \quad \cdots ③ $$
    となります。

使用した物理公式

  • 力のつり合い: \((\text{力の総和}) = 0\)
  • 力のモーメントのつり合い: \((\text{モーメントの総和}) = 0\)
計算過程

未知数\(x\)を求めるために、式③に式① (\(N=W\)) を代入します。
$$
\begin{aligned}
W \frac{b}{2} &= Ta + Wx \\[2.0ex]
Wx &= W \frac{b}{2} – Ta
\end{aligned}
$$
両辺を\(W\)で割ると、
$$
\begin{aligned}
x &= \frac{b}{2} – \frac{T}{W}a
\end{aligned}
$$
と求まります。

この設問の平易な説明

箱が倒れも滑りもせずに静止している状態は、シーソーがバランスを保っているのと同じです。ここでは、箱の右下の角Bを支点と考えてみましょう。箱自身の重さ(重力)は、箱が倒れないように「反時計回り」に支えようとします。一方、引っ張る力(張力)は、箱を「時計回り」に倒そうとします。このままだと倒れてしまうので、床が箱を押し上げる力(垂直抗力)が、倒そうとする力に加勢してバランスを取っています。この3つの回転力がつり合うときの、床が押し上げる力の位置を計算する問題です。

結論と吟味

垂直抗力の作用点の位置は、点Bから左向きに \(x = \displaystyle\frac{b}{2} – \displaystyle\frac{T}{W}a\) と求まりました。
この式から、張力\(T\)が\(0\)のときは \(x = \displaystyle\frac{b}{2}\) となり、作用点は重力の真下(重心の真下)にあることがわかります。そして、\(T\)が大きくなるにつれて\(x\)は小さくなり、作用点が回転軸である点Bに近づいていく様子が物理的に正しく表現されています。

解答 (1) 点Bから左向きに \(\displaystyle\frac{b}{2} – \displaystyle\frac{T}{W}a\) の距離。
別解: 重心を支点としてモーメントのつり合いを考える解法

思考の道筋とポイント
力のモーメントのつり合いは、どの点を支点に選んでも成り立ちます。ここでは、物体の重心(幾何学的な中心)を支点としてみましょう。重心を支点に選ぶ利点は、重力\(W\)のモーメントが0になり、計算から除外できることです。
この設問における重要なポイント

  • 支点の選び方は任意である。
  • 重心を支点とすると、重力によるモーメントは考えなくてよい。
  • 他の力の腕の長さを、重心からの距離で正しく計算する必要がある。

具体的な解説と立式
物体の重心(点Bから左に\(\displaystyle\frac{b}{2}\)、上に\(\displaystyle\frac{a}{2}\)の位置)を支点として、力のモーメントのつり合い \((\text{反時計回りのモーメントの和}) = (\text{時計回りのモーメントの和})\) を考えます。

  • 反時計回りのモーメント: 垂直抗力\(N\)によるもの。重心からの腕の長さは \(\displaystyle\frac{b}{2} – x\)。
  • 時計回りのモーメント: 張力\(T\)によるもの(腕の長さ\(\displaystyle\frac{a}{2}\))と、静止摩擦力\(F\)によるもの(腕の長さ\(\displaystyle\frac{a}{2}\))。

よって、つり合いの式は、
$$ N \left( \frac{b}{2} – x \right) = T \times \frac{a}{2} + F \times \frac{a}{2} $$
となります。

計算過程

この式に、力のつり合いの式である \(N=W\) (式①) と \(F=T\) (式②) を代入します。
$$
\begin{aligned}
W \left( \frac{b}{2} – x \right) &= T \frac{a}{2} + T \frac{a}{2} \\[2.0ex]
W \left( \frac{b}{2} – x \right) &= Ta
\end{aligned}
$$
両辺を\(W\)で割ると、
$$
\begin{aligned}
\frac{b}{2} – x &= \frac{T}{W}a
\end{aligned}
$$
これを\(x\)について解くと、
$$
\begin{aligned}
x &= \frac{b}{2} – \frac{T}{W}a
\end{aligned}
$$
主たる解法と完全に同じ結果が得られました。

この設問の平易な説明

今度は、箱のど真ん中(重心)を支点として考えてみます。この場合、箱の重さは支点の真上にかかるので、回転には影響しません。引っ張る力と、床との摩擦力は、協力して箱を「時計回り」に回そうとします。それに対して、床が箱を押し上げる力(垂直抗力)だけが、箱を「反時計回り」に回して、回転しないように支えています。このつり合いから、床が押し上げる力の位置を計算する方法です。

結論と吟味

支点を変えても、物理法則に基づいて正しく立式すれば、当然ながら同じ結論に至ります。どの点を支点にすれば計算が最も楽になるかを考えることは、問題を効率的に解く上で重要なスキルです。

解答 (1) 点Bから左向きに \(\displaystyle\frac{b}{2} – \displaystyle\frac{T}{W}a\) の距離。

問(2)

思考の道筋とポイント
(1)の結果から、張力\(T\)を大きくしていくと、垂直抗力の作用点の位置\(x\)は小さくなることがわかります。つまり、作用点はどんどん右端の点Bに近づいていきます。「回転し始める」のは、この作用点がちょうど点Bに達した瞬間です。これ以上、作用点は右にずれられないため、物体は点Bを軸に回転を始めます。したがって、(1)で求めた式に \(x=0\) を代入すれば、回転し始めるときの張力\(T\)が求まります。
この設問における重要なポイント

  • 物体が回転し始める(倒れる)直前の限界条件は、垂直抗力の作用点が回転軸の真上に来ること。
  • この問題では、回転軸が点Bなので、限界条件は \(x=0\)。

具体的な解説と立式
(1)で求めた垂直抗力の作用点の位置の式
$$ x = \frac{b}{2} – \frac{T}{W}a $$
において、回転し始めるときは \(x=0\) となります。このときの張力を \(T_1\) とすると、
$$ 0 = \frac{b}{2} – \frac{T_1}{W}a $$
この式を \(T_1\) について解きます。

計算過程

$$
\begin{aligned}
\frac{T_1}{W}a &= \frac{b}{2} \\[2.0ex]
T_1 &= \frac{b}{2a}W
\end{aligned}
$$
この張力\(T_1\)をこえたときに、直方体は回転を始めます。

この設問の平易な説明

(1)で、引っ張る力を強くすると、床からの支えの位置がどんどん右端(点B)に寄っていくことがわかりました。そして、ついに支えの位置が右端のB点に到達した瞬間、箱はこれ以上踏ん張ることができなくなり、B点を軸にしてコテンと倒れ始めます。この、倒れるか倒れないかのギリギリの瞬間の、引っ張る力の大きさを計算する問題です。

結論と吟味

回転し始めるときの張力は \(T_1 = \displaystyle\frac{b}{2a}W\) と求まりました。この式は、直方体の幅\(b\)が広く、高さ\(a\)が低いほど、倒すのにより大きな力が必要であることを示しており、背が低く幅が広い物体は倒れにくいという日常的な感覚と一致します。

解答 (2) \(\displaystyle\frac{b}{2a}W\)
別解: 回転直前の状態から直接モーメントのつり合いを考える解法

思考の道筋とポイント
設問(1)の結果を使わずに、(2)の問題を直接解く方法です。「回転し始める直前」という物理状態を考え、その瞬間の力のモーメントのつり合いを直接立式します。この瞬間、物体は点Bを回転軸として回転しようとしており、垂直抗力と静止摩擦力はすべて点Bに作用していると考えることができます。
この設問における重要なポイント

  • 回転し始める直前、垂直抗力と静止摩擦力の作用点は、回転軸である点Bに集中する。
  • 点Bを支点としてモーメントを考えれば、垂直抗力と静止摩擦力のモーメントは0になる。

具体的な解説と立式
回転し始める直前の瞬間について、点Bのまわりの力のモーメントのつり合い \((\text{反時計回りのモーメントの和}) = (\text{時計回りのモーメントの和})\) を考えます。

  • 反時計回りのモーメント: 重力\(W\)によるもの。腕の長さは \(\displaystyle\frac{b}{2}\)。
  • 時計回りのモーメント: 張力\(T\)によるもの。腕の長さは \(a\)。
  • 垂直抗力\(N\)と静止摩擦力\(F\)は点Bにはたらくため、腕の長さが0でモーメントも0です。

よって、つり合いの式は、
$$ W \times \frac{b}{2} = T \times a $$
となります。

計算過程

この式を\(T\)について解くと、
$$
\begin{aligned}
T &= \frac{b}{2a}W
\end{aligned}
$$
となり、主たる解法と同じ結果が得られます。

この設問の平易な説明

(2)の主たる解法と同じです。倒れるギリギリの瞬間を考えます。このとき、箱は右下の角Bだけで地面に立っているような状態です。このB点を支点として、箱の重さが倒れまいと支える力(モーメント)と、引っ張る力が倒そうとする力(モーメント)が、ちょうどつり合っています。このつり合いの式から、引っ張る力の大きさを計算します。

結論と吟味

(1)の一般式を経由しなくても、特定の物理状態(回転直前)に注目することで、よりシンプルに問題を解くことができました。問題に応じて、どの状態をモデル化するかを考えることが重要です。

解答 (2) \(\displaystyle\frac{b}{2a}W\)

問(3)

思考の道筋とポイント
この問題では、物体は「滑る前に倒れた」とされています。これは、「倒れるのに必要な張力」が、「滑り出すのに必要な張力」よりも小さかった、ということを意味します。それぞれの限界となる張力を計算し、大小関係を不等式で表すことで、静止摩擦係数\(\mu\)が満たすべき条件を導きます。
この設問における重要なポイント

  • 物体が滑り出す条件は、静止摩擦力\(F\)が最大摩擦力\(\mu N\)に達したとき。
  • 水平方向の力のつり合いから \(F=T\)、鉛直方向の力のつり合いから \(N=W\) である。
  • したがって、張力\(T\)が \(\mu W\) をこえると滑り出す。
  • (2)で求めた、倒れるときの張力は \(T_1 = \displaystyle\frac{b}{2a}W\)。
  • 「滑る前に倒れる」という条件は、\(T_1 < \mu W\) と表せる。

具体的な解説と立式
物体が滑らないためには、静止摩擦力\(F\)が最大摩擦力\(\mu N\)を超えない、という条件が必要です。
$$ F \le \mu N $$
水平方向と鉛直方向の力のつり合いの式(\(F=T\), \(N=W\))を代入すると、滑らないための張力\(T\)の条件は、
$$ T \le \mu W $$
となります。これは、張力\(T\)が\(\mu W\)をこえると滑り始めることを意味します。

問題では、張力が(2)で求めた \(T_1 = \displaystyle\frac{b}{2a}W\) に達したときに倒れました。そして、その瞬間まで滑らなかったので、この\(T_1\)という張力は、まだ滑り出すための条件を満たしていなかった、ということになります。つまり、倒れるときの張力\(T_1\)は、滑り始める張力\(\mu W\)よりも小さい必要があります。
$$ T_1 < \mu W $$
この不等式が、「滑る前に倒れる」ための条件です。

計算過程

上記の不等式に \(T_1 = \displaystyle\frac{b}{2a}W\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{b}{2a}W &< \mu W
\end{aligned}
$$
両辺を正の値である\(W\)で割ると、
$$
\begin{aligned}
\frac{b}{2a} &< \mu \end{aligned} $$ したがって、求める条件は \(\mu > \displaystyle\frac{b}{2a}\) となります。

この設問の平易な説明

箱を引っ張るとき、「滑る」のと「倒れる」のは、どっちが先に起こるかの競争です。床がツルツル(摩擦が小さい)なら、すぐに滑ってしまうでしょう。逆に床がとてもザラザラ(摩擦が大きい)なら、滑る前にコテンと倒れるはずです。この問題では「倒れるのが先だった」という結果がわかっているので、そこから逆算して「床はどれくらいザラザラでなければならなかったか?」を計算します。「倒れるのに必要な力」が「滑り出すのに必要な力」より小さくなるための、ザラザラ具合(静止摩擦係数)の条件を求めるわけです。

結論と吟味

静止摩擦係数の条件は \(\mu > \displaystyle\frac{b}{2a}\) と求まりました。
右辺の \(\displaystyle\frac{b}{2a}\) は、物体の形状(幅と高さの比)だけで決まる値です。この値は、背が高く幅が狭い(\(a\)が大きく\(b\)が小さい)物体ほど小さくなります。つまり、不安定で倒れやすい物体ほど、滑る前に倒れるための\(\mu\)の条件は緩くなる(小さな摩擦でも倒れる)ことを示しており、物理的に妥当な結果です。

解答 (3) \(\displaystyle\frac{b}{2a}\) より大きくなければならない。

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 剛体のつり合いの2大条件
    • 核心: この問題の根幹は、物体が静止し続けるための条件を完全に理解し、数式に落とし込む能力です。剛体が静止するためには、単に力がつり合うだけでは不十分で、回転しないための条件、すなわち「力のモーメントのつり合い」も同時に満たされなければなりません。この2つの条件を連立させて解くことが、剛体力学の基本中の基本です。
    • 理解のポイント:
      • 力のつり合い: 物体が並進運動(上下左右に動くこと)を始めないための条件です。鉛直方向と水平方向(あるいは直交する2方向)に分けて、\((\text{上向きの力の和}) = (\text{下向きの力の和})\)、\((\text{右向きの力の和}) = (\text{左向きの力の和})\)という式を立てます。
      • 力のモーメントのつり合い: 物体が回転運動を始めないための条件です。まず「支点」を任意に一つ決め、その点のまわりで \((\text{反時計回りのモーメントの和}) = (\text{時計回りのモーメントの和})\) という式を立てます。支点はどこに選んでも物理法則は成立しますが、未知の力が集中する点を選ぶと計算が楽になることが多いです。
  • 限界条件の物理的解釈
    • 核心: 「倒れる直前」「滑り出す直前」といった限界状態が、物理的にどのような状況に対応するのかを正確に把握することが重要です。
    • 理解のポイント:
      • 倒れる直前: 物体を倒そうとする外力が大きくなると、床からの垂直抗力の作用点は、回転軸となる端点に向かって移動していきます。そして、作用点が端点に達した瞬間が「倒れる直前」の限界状態です。このとき、物体は回転軸となる一点でかろうじて支えられている状態になります。
      • 滑り出す直前: 物体を滑らせようとする外力が大きくなると、それに抵抗する静止摩擦力も大きくなります。そして、静止摩擦力がその最大値(最大摩擦力 \(\mu N\))に達した瞬間が「滑り出す直前」の限界状態です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 斜面上に置かれた剛体のつり合い: 重力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解する必要があります。力のつり合いの式を立てる座標軸を、斜面に平行・垂直な方向に取ると見通しが良くなります。この場合も、「滑り出す条件」と「倒れる条件」の比較が問われることが多いです。
    • はしごのつり合い: 壁がなめらか(垂直抗力のみ)か粗い(摩擦力も働く)か、床が粗いか、といった条件を正確に読み取ることが重要です。はしごに人が登っていく場合、人のの位置によって重力がかかる場所が変わり、滑りやすさや倒れやすさが変化します。
    • 複数の物体が接触している問題: 例えば、箱を2つ重ねて置いた場合など。それぞれの物体について、力のつり合いとモーメントのつり合いを考える必要があります。物体間にはたらく力(作用・反作用)を忘れずに図示することが鍵となります。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. まずは力をすべて図示する: 登場する物体にはたらく力を、作用点も意識しながらベクトル矢印で漏れなく書き込みます。重力、張力、垂直抗力、摩擦力など、考えられる力はすべてリストアップします。
    2. 座標軸と支点を設定する: 力のつり合いを考えるための座標軸(水平・鉛直など)と、モーメントのつり合いを考えるための支点を決めます。支点は、垂直抗力や摩擦力の作用点など、未知の力がはたらく点に選ぶと、その力のモーメントが0になり計算が簡単になります。
    3. つり合いの式を立てる: 「水平方向の力のつり合い」「鉛直方向の力のつり合い」「力のモーメントのつり合い」の3本の式を機械的に立てます。
    4. 限界条件を考える: 「〜し始めるとき」「〜する直前」という言葉に注目します。
      • 「倒れる」→ 垂直抗力の作用点が端点に移動する (\(x=0\))。
      • 「滑る」→ 静止摩擦力が最大摩擦力になる (\(F = \mu N\))。

      これらの条件を、つり合いの式に代入して方程式を解きます。

    5. 2つの限界条件を比較する: 「滑る前に倒れる」のか「倒れる前に滑る」のかを問われたら、それぞれの限界を引き起こす外力(この問題では張力\(T\))の大きさを計算し、どちらがより小さい力で起こるかを比較します。小さい方の力で起こる現象が、実際に観測されることになります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 垂直抗力の作用点を固定してしまう:
    • 誤解: 垂直抗力は、常に物体の底面の中心にはたらくと考えてしまう。
    • 対策: 剛体にはたらく垂直抗力の作用点は、力の加わり方によって移動します。特にモーメントが関わる問題では、作用点は未知数として扱うのが基本です。回転軸からの距離を\(x\)などと文字で置いて、モーメントのつり合いの式に含める必要があります。
  • モーメントの腕の長さを間違える:
    • 誤解: 力の作用点から支点までの直線距離を腕の長さとしてしまう。
    • 対策: 「腕の長さ」とは、支点から力の「作用線」(力を表す矢印を延長した直線)に下ろした垂線の長さです。必ず、支点と力の作用線の間の最短距離を考える癖をつけましょう。力を分解して、各成分の腕の長さを考える方法も有効です。
  • 「滑る前に倒れる」条件の不等号の向きを間違える:
    • 誤解: \(T_{\text{滑}} < T_{\text{倒}}\) のように、言葉のイメージだけで不等式を立ててしまう。
    • 対策: 「AがBより先に起こる」とは、「Aを起こすのに必要な力(や条件)が、Bを起こすのに必要な力よりも小さい」ということです。この問題では、「倒れるのが先」なので、「倒れるのに必要な張力 \(T_1\)」が「滑り出すのに必要な張力(\(\mu W\))」よりも小さい、つまり \(T_1 < \mu W\) となります。論理的に意味を考えて不等式を立てましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • (1)での公式選択(力のつり合いとモーメントのつり合い):
    • 選定理由: 問題文に「直方体が静止しているとき」と明記されています。物体が「静止」している、すなわち動かず、回転もしていない状態を記述する物理法則は、「力のつり合い」と「力のモーメントのつり合い」の2つしかありません。したがって、これらの公式を選択するのは必然です。
    • 適用根拠: 未知数が、垂直抗力の作用点の位置\(x\)、垂直抗力\(N\)、静止摩擦力\(F\)の3つ(張力\(T\)と重力\(W\)は与えられた文字として扱う)であるのに対し、立てられる独立な式も「水平方向の力のつり合い」「鉛直方向の力のつり合い」「モーメントのつり合い」の3本です。これにより、未知数を求めるための連立方程式が構成できるため、これらの法則を適用する根拠となります。
  • (3)での公式選択(最大摩擦力の公式):
    • 選定理由: 「滑り出す」という現象について考察するためには、滑り出す限界条件を記述する物理法則が必要です。それが「静止摩擦力が最大摩擦力 \(\mu N\) に達する」という条件です。したがって、\(F_{\text{最大}} = \mu N\) という公式を用いることになります。
    • 適用根拠: 問題は「滑る前に倒れる」ための条件を問うています。これは、「倒れる」という現象が起こる張力 \(T_1\) の時点では、まだ「滑る」という現象は起こっていない、つまり静止摩擦力 \(F\) が最大摩擦力 \(\mu N\) には達していない (\(F < \mu N\)) ことを意味します。力のつり合いから \(F=T_1\) なので、\(T_1 < \mu N\) という不等式が成り立ちます。これが、最大摩擦力の概念をこの問題に適用する論理的な根拠です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 支点を明確に宣言する:
    • 計算を始める前に、「点Bのまわりの力のモーメントのつり合いより」のように、自分がどこを支点に選んだのかを答案に明記する癖をつけましょう。これにより、自分自身の思考が整理され、腕の長さを計算する際の基準点が明確になり、ミスを防げます。
  • モーメントの回転方向を矢印で図示する:
    • 慣れないうちは、図に描いた各力の矢印のそばに、それが支点のまわりにどちら向きの回転(時計回りか、反時計回りか)を生むかを示す、小さな回転矢印を書き加えると良いでしょう。これにより、モーメントのつり合いの式で、項を右辺と左辺のどちらに書くべきかが一目瞭然になります。
  • 文字式のまま整理する:
    • (1)で求めた \(x = \displaystyle\frac{b}{2} – \displaystyle\frac{T}{W}a\) のように、できるだけ最後まで文字式のまま計算を進めましょう。この式は、\(T\)と\(x\)の関係を表す物理的に意味のある結果です。途中で数値を代入すると、このような関係性が見えにくくなり、(2)のような問いに応用しにくくなります。
  • 概算による検算:
    • 例えば、\(a=1.0\,\text{m}\), \(b=0.4\,\text{m}\), \(W=100\,\text{N}\) のような具体的な数値を仮定して、答えを検算してみましょう。
      • (2) 倒れるときの張力: \(T_1 = \displaystyle\frac{0.4}{2 \times 1.0} \times 100 = 20\,\text{N}\)。妥当な値です。
      • (3) 条件: \(\mu > \displaystyle\frac{0.4}{2 \times 1.0} = 0.2\)。静止摩擦係数としてありえる値です。もし、\(\mu > 5\) のような非現実的な値が出たら、どこかで計算ミスをしている可能性が高いと疑うことができます。
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発展問題

142 切り取った立方体の重心

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(1)の別解1: 負の質量(体積)を用いる解法
      • 模範解答が残った物体Aを2つの部分に分割して合成重心を求めるのに対し、別解では「元の完全な立方体」から「切り取った直方体B(を負の質量を持つ物体とみなしたもの)」を足し合わせる、という考え方で重心を求めます。
    • 設問(1)の別解2: 元の物体から逆算する解法
      • 「物体A」と「切り取った物体B」を合成すると「元の立方体」に戻る、という関係を利用します。元の立方体の重心は自明なので、この関係から物体Aの重心を逆算します。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: 「切り抜き」という操作を、分割(模範解答)、加算(負の質量)、逆算という3つの異なる視点から捉えることで、重心の概念をより深く、多角的に理解できます。
    • 解法の選択肢拡大: 「負の質量」や「逆算法」は、複雑な形状の重心を求める際に非常に強力なツールとなります。これらの基本的な使い方を学ぶことで、応用問題への対応力が向上します。
    • 検算への応用: 異なるアプローチで同じ答えが導出されることを確認することで、計算の確かさを検証する手段にもなります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「切り抜かれた物体の重心計算と、その安定性の評価」です。重心の公式を正しく適用する計算能力と、物体が倒れる条件を重心の位置と関連付けて考察する物理的な思考力が問われます。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 重心の公式: 複数の部分から構成される物体の重心は、各部分の質量(または体積・面積)と重心の位置を使って \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) で計算できること。
  2. 質量と体積の関係: 「密度が一様」な物体では、質量はその体積に比例すること。奥行きが一定の場合は、断面積に比例すると考えてもよい。
  3. 剛体が倒れる条件: 物体の重心を通る鉛直線が、物体の底面(支持面)から外れたときに物体は倒れること。倒れる直前の限界状態では、重心の真下に支持面の端点(回転軸となる点)が来る。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、まず物体Aを計算しやすい2つの直方体に分割します。次に、それぞれの直方体の体積(質量)の比と重心の座標を求め、重心の公式に代入して物体A全体の重心の位置を計算します。
  2. (2)では、物体Aが倒れる直前の状態を考えます。このとき、Aの重心は、回転軸となるAの右下の角の真上に来ます。このときの重心のx座標と、(1)で求めた重心のx座標の式が等しくなる、という方程式を立てて、そのときの辺の長さ\(l_0\)を求めます。

問(1)

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