問題01 (防衛医大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、運動している物体(気球)から投げ出された別の物体(小物体)の運動を、異なる観測者(地上の人と気球に乗っている人)からどのように見えるかを分析するものです。物理の基本である「運動の記述」と「相対運動」の概念を深く理解しているかが問われます。
- 気球:速さ \(V_0\) で鉛直上向きに等速直線運動。
- 小物体:地上から高さ \(h\) の位置にいる気球から、気球に対して水平に初速度の大きさ \(v_0\) で投げ出される。
- 座標系:投げられた時刻を \(t=0\)、投げた手の真下の地表を原点Oとし、水平方向をx軸正、鉛直上向きをy軸正とする。
- 物理定数:重力加速度の大きさは \(g\)。
- 仮定:空気抵抗は無視できる。
- (1) 地表から見た小物体のx座標 \(x(t)\)。
- (2) 気球から見た小物体のx座標 \(x'(t)\)。
- (3) 地表から見た小物体のy座標 \(y(t)\)。
- (4) 気球から見た小物体のy座標 \(y'(t)\)。
- (5) 地表から見て小物体が最高点に達したときの、気球から見たy座標 \(y’_M\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題を攻略する鍵は、「誰から見るか(観測者)」を明確に意識し、それぞれの視点での運動を正しく記述することです。地上の観測者から見た運動(絶対運動)と、気球上の観測者から見た運動(相対運動)を分けて考えます。
- 絶対運動の分析: まず基準となる「地上の観測者」から見た小物体の運動と気球の運動を、それぞれx方向(水平)とy方向(鉛直)に分解して数式で表します。
- 小物体の運動: 水平方向は力が働かないため「等速直線運動」、鉛直方向は重力のみが働くため「等加速度直線運動」となります。ここで最も重要なのは、投げられた瞬間の小物体の初速度を正しく求めることです。小物体は気球の速度を引き継ぎます。
- 気球の運動: 問題文の通り、鉛直上向きの「等速直線運動」です。
- 相対運動への変換: 次に「気球上の観測者」から見た小物体の運動を考えます。これは、相対運動の基本公式を使って、絶対運動の式から導き出します。
- 相対位置の公式: (Aから見たBの相対位置) = (Bの絶対位置) – (Aの絶対位置) という関係を利用します。つまり、\(\vec{r}_{\text{気球→物体}} = \vec{r}_{\text{物体}} – \vec{r}_{\text{気球}}\) を計算します。
- 特定の条件の適用: 最後に、設問(5)のように「地上から見て最高点」という特定の条件を絶対運動の記述に適用し、その時の時刻を求めて相対運動の式に代入します。
問(1)
思考の道筋とポイント
まず、地上の観測者から見た小物体の水平方向(x軸方向)の運動を考えます。問題の仮定より空気抵抗は無視できるため、小物体に水平方向の力は働きません。運動の法則から、加速度は0、つまり等速直線運動をすることがわかります。したがって、小物体の水平方向の初速度を求め、単純な「距離 = 速さ × 時間」の関係式を立てれば解決です。
この設問における重要なポイント
- 地上の観測者から見た小物体の初速度のx成分を正しく把握することが全てです。
- 気球は鉛直方向にしか運動していないため、水平方向の速度は0です。
- したがって、気球から見て水平に \(v_0\) で投げられた小物体の速度は、そのまま地上の観測者から見た水平速度になります。
具体的な解説と立式
地上の観測者から見た小物体のx軸方向の運動を考えます。この運動は、初速度 \(v_x(0)\)、初期位置 \(x(0)\) の等速直線運動です。
時刻 \(t\) における位置 \(x(t)\) は、次の公式で表されます。
$$x(t) = x(0) + v_x(0) t$$
問題の条件から、各値は以下の通りです。
- 初期位置:\(x(0) = 0\)
- 初速度:気球の水平速度は0なので、小物体の水平初速度は気球に対する速度 \(v_0\) に等しい。よって \(v_x(0) = v_0\)。
これらの値を上の公式に適用します。
使用した物理公式
- 等速直線運動の公式: \(x = x_0 + v t\)
等速直線運動の公式に、\(x(0) = 0\)、\(v_x(0) = v_0\) を代入します。
$$x(t) = 0 + v_0 \cdot t$$したがって、$$x(t) = v_0 t$$
地上から見ると、小物体は横方向に速さ \(v_0\) で飛び出します。横方向には空気抵抗や重力(重力は真下)のような力が働かないので、小物体はずっと同じ速さ \(v_0\) で横に進み続けます。したがって、\(t\) 秒後の横方向の移動距離は、単純に「速さ × 時間」で計算でき、\(v_0 \times t\) となります。
地表から見た小物体の位置のx成分は \(x(t) = v_0 t\) です。
この式は、時間が経つにつれてx座標が一定の割合で増加することを示しており、等速直線運動の記述として物理的に妥当です。
問(2)
思考の道筋とポイント
この問題は、気球に乗っている人(動いている観測者)から見た小物体の運動、すなわち相対運動を問うています。相対位置を求める基本は「(相手の絶対位置)-(自分の絶対位置)」です。この問題では、地上の座標系で表した「小物体のx座標」から「気球(投げた手)のx座標」を引き算することで求められます。
この設問における重要なポイント
- 相対位置の公式 \(x’ = x_{\text{物体}} – x_{\text{観測者}}\) を正しく適用すること。
- 観測者である気球の水平方向の運動を考えること。気球は鉛直方向にしか運動しないため、地表から見たx座標は常に0です。
具体的な解説と立式
気球上の観測者から見た小物体の相対位置 \(x'(t)\) は、相対位置の公式によって次のように定義されます。
$$x'(t) = x_{\text{物体}}(t) – x_{\text{気球}}(t)$$
ここで、それぞれの項は以下の通りです。
- 小物体の位置:問(1)の結果より、\(x_{\text{物体}}(t) = v_0 t\)。
- 気球の位置:気球は水平方向に運動しないので、そのx座標は常に初期位置の0のままです。\(x_{\text{気球}}(t) = 0\)。
これらの式を、上の相対位置の公式に適用します。
使用した物理公式
- 相対位置の公式: \(x_{\text{AB}} = x_{\text{B}} – x_{\text{A}}\)(Aから見たBの相対位置)
相対位置の公式に、各物体の位置を代入します。
$$x'(t) = (v_0 t) – (0)$$したがって、$$x'(t) = v_0 t$$
気球に乗っている人は、自分自身が横方向には全く動いていないことを知っています。その人から見ると、投げた小物体は単純に横方向へ速さ \(v_0\) で飛んでいくように見えます。観測者(気球)が横に動かないため、地上から見た小物体の横の動きと、気球から見た小物体の横の動きは全く同じになるのです。
気球に乗っている人から見た小物体の位置のx成分は \(x'(t) = v_0 t\) です。
この結果は問(1)と同じになりました。これは、観測者である気球が水平方向に静止している(速度が0)ため、水平方向の運動の見え方が地上の観測者と変わらないことを意味しており、物理的に正しい結論です。
問(3)
思考の道筋とポイント
地上の観測者から見た小物体の鉛直方向(y軸方向)の運動を考えます。小物体には常に下向きに重力が作用しているため、この運動は等加速度直線運動です。具体的には、ある初速度をもって、ある高さから打ち上げられる「鉛直投げ上げ」運動と同じモデルで考えることができます。初期位置と初速度を正確に設定することが鍵です。
この設問における重要なポイント
- 小物体のy方向の初速度を見抜くこと。小物体は投げられる直前まで気球と一体で運動しているため、気球が持つ鉛直上向きの速度 \(V_0\) をそのまま引き継ぎます。これが初速度となります。
- 初期位置が原点 \(y=0\) ではなく、高さ \(h\) であることを見落とさないこと。
具体的な解説と立式
地上の観測者から見た小物体のy軸方向の運動は、等加速度直線運動です。時刻 \(t\) における位置 \(y(t)\) は、次の公式で表されます。
$$y(t) = y(0) + v_y(0) t + \frac{1}{2}a_y t^2$$
問題の条件と物理法則から、各値は以下の通りです。
- 初期位置:\(y(0) = h\)
- 初速度:気球の速度を引き継ぐため、\(v_y(0) = V_0\)
- 加速度:重力加速度により、\(a_y = -g\) (鉛直上向きを正とするため)
これらの値を上の公式に適用します。
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の位置の公式: \(y = y_0 + v_0 t + \displaystyle\frac{1}{2}at^2\)
等加速度直線運動の公式に、各値を代入します。
$$y(t) = h + V_0 t + \frac{1}{2}(-g)t^2$$整理すると、$$y(t) = h + V_0 t – \frac{1}{2}gt^2$$
例えば、上に動いているエスカレーターでジャンプすると、普段より高く飛べる気がしますよね。それと同じで、上向きに \(V_0\) の速さで上昇している気球から投げられた小物体は、その上昇する勢い \(V_0\) をもらった状態でスタートします。地上から見ると、小物体は「高さ \(h\) の位置から、初速度 \(V_0\) で真上に投げ上げられた」のと同じ運動に見えます。この運動を公式に当てはめると答えが求まります。
地表から見た小物体の位置のy成分は \(y(t) = h + V_0 t – \displaystyle\frac{1}{2}gt^2\) です。
この式は \(t\) についての2次関数で、\(t^2\) の係数が負であるため、上に凸の放物線を描く軌道を表しています。これは、地上から見た斜方投射の鉛直方向の運動として完全に正しい形です。
問(4)
思考の道筋とポイント
問(2)と考え方は同じです。気球から見た小物体の鉛直方向の相対位置を求めます。ここでも相対運動の基本公式「(相手の絶対位置)-(自分の絶対位置)」を適用します。地上の座標系で表した「小物体のy座標」から「気球のy座標」を引き算します。
この設問における重要なポイント
- 観測者である気球の鉛直方向の運動を正しく数式で表すこと。気球は高さ \(h\) の初期位置から、速さ \(V_0\) の等速直線運動をします。
- 小物体の運動と気球の運動の式の両方に含まれる \(h + V_0 t\) の項が、引き算によってきれいに相殺されることに気づくと、見通しが良くなります。
具体的な解説と立式
気球上の観測者から見た小物体の相対位置 \(y'(t)\) は、相対位置の公式によって次のように定義されます。
$$y'(t) = y_{\text{物体}}(t) – y_{\text{気球}}(t)$$
それぞれの項について、地上から見た運動を記述します。
- 小物体の位置:問(3)の結果より、\(y_{\text{物体}}(t) = h + V_0 t – \displaystyle\frac{1}{2}gt^2\)。
- 気球の位置:初期位置 \(h\) から速さ \(V_0\) の等速直線運動をするので、\(y_{\text{気球}}(t) = h + V_0 t\)。
これらの式を、上の相対位置の公式に適用します。
使用した物理公式
- 相対位置の公式: \(y_{\text{AB}} = y_{\text{B}} – y_{\text{A}}\)
- 等速直線運動の公式: \(y = y_0 + v t\)
相対位置の公式に、各物体の位置の式を代入します。
$$y'(t) = \left(h + V_0 t – \frac{1}{2}gt^2\right) – (h + V_0 t)$$括弧を外して整理します。$$y'(t) = h + V_0 t – \frac{1}{2}gt^2 – h – V_0 t$$
$$y'(t) = -\frac{1}{2}gt^2$$
気球に乗っている人から見ると、ボールはどう動いて見えるでしょうか。投げた瞬間、小物体も気球も同じ上向きの速さ \(V_0\) を持っています。そのため、お互いの上昇していく動きは、相対的にはゼロに見えます。気球から見ると、小物体はただ重力に引かれて真下に落ちていくだけの運動に見えるのです。これは、静止した状態から物体をそっと離したときの「自由落下」と全く同じ運動であり、その位置を表す式が \(-\displaystyle\frac{1}{2}gt^2\) となります。(y’軸が上向きなので、下向きに落ちる位置はマイナスになります。)
気球から見た小物体の位置のy’成分は \(y'(t) = -\displaystyle\frac{1}{2}gt^2\) です。
この結果は、気球の座標系(相対座標系)から見ると、小物体は鉛直方向の初速度が0で、単に重力によって自由落下するように見えることを示しています。気球の上昇運動という複雑な要素が、観測者の視点を変えることで見かけ上消去され、非常にシンプルな運動として記述できるという、相対運動の重要な性質を表しています。
問(5)
思考の道筋とポイント
この問題は、2つの段階を踏んで解く必要があります。
- Step 1: まず、「地上から見て小物体が最高点に達する」というイベントが起こる時刻を求めます。最高点とは、地上の観測者から見て、小物体の鉛直方向の速度が一時的に0になる点です。
- Step 2: 次に、Step 1で求めた時刻を、問(4)で導いた「気球から見た小物体の位置の式 \(y'(t)\)」に代入します。これにより、その特定の時刻に小物体が気球から見てどの位置にいるかがわかります。
この設問における重要なポイント
- 「最高点」という条件は、あくまで地上の観測者(絶対座標系)から見たときの条件であると正しく理解すること。(気球から見ると小物体は単調に落下するだけで「最高点」はありません。)
- 地上の観測者から見て鉛直方向の速度 \(v_y(t)\) が0になる時刻を計算し、その時刻を \(y'(t)\) の式に代入するという手順を混同しないこと。
解法1:物理的な条件(速度=0)から求めるアプローチ
具体的な解説と立式
Step 1: 最高点に達する時刻 \(t_M\) を求める
地上から見た小物体の鉛直方向の速度 \(v_y(t)\) は、初速度 \(V_0\)、加速度 \(-g\) の等加速度直線運動の速度公式で表されます。
$$v_y(t) = V_0 – gt$$最高点に達する時刻を \(t_M\) とすると、物理的な条件は \(v_y(t_M)=0\) となります。$$V_0 – g t_M = 0$$
この方程式を解くことで、時刻 \(t_M\) を求めます。
Step 2: 時刻 \(t_M\) における \(y’\) 座標を求める
次に、上で求めた時刻 \(t_M\) を、問(4)で導出した気球から見た位置の式に代入します。
$$y’_M = y'(t_M) = -\frac{1}{2}g (t_M)^2$$
この式を計算することで、求める位置 \(y’_M\) が得られます。
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の速度の公式: \(v = v_0 + at\)
- 問(4)で求めた相対位置の式: \(y'(t) = -\displaystyle\frac{1}{2}gt^2\)
まず、\(v_y(t_M)=0\) の方程式を \(t_M\) について解きます。
$$V_0 – g t_M = 0$$$$g t_M = V_0$$$$t_M = \frac{V_0}{g}$$次に、この \(t_M\) を \(y'(t)\) の式に代入します。$$y’_M = -\frac{1}{2}g \left(\frac{V_0}{g}\right)^2$$$$y’_M = -\frac{1}{2}g \left(\frac{V_0^2}{g^2}\right)$$$$y’_M = -\frac{V_0^2}{2g}$$
まず、「地上から見て、ボールが一番高い所に到達するのは何秒後か?」を計算します。ボールは最初、気球の上昇の勢い \(V_0\) をもらっていますが、重力によってだんだんスピードが落ち、やがて上向きの速度がゼロになります。この瞬間が最高点です。計算すると、その時刻は \(\displaystyle\frac{V_0}{g}\) 秒後だとわかります。
次に、「じゃあ、その瞬間に、気球に乗っている人からはボールがどこに見えるの?」という問いに答えます。問(4)で、気球の人から見たボールの位置は \(y'(t) = -\displaystyle\frac{1}{2}gt^2\) で表せることがわかっています。この式の \(t\) に、先ほど計算した時刻 \(\displaystyle\frac{V_0}{g}\) を代入してあげれば、そのときのボールの正確な位置が \(-\displaystyle\frac{V_0^2}{2g}\) であると計算できます。
別解:数学的な条件(2次関数の最大値)から求めるアプローチ
具体的な解説と立式
Step 1: 最高点に達する時刻 \(t_M\) を求める
地上の観測者から見た小物体の高さ \(y(t)\) は、時間 \(t\) の2次関数です。
$$y(t) = h + V_0 t – \frac{1}{2}gt^2$$
この関数の最大値を求めるために、数学の「平方完成」という手法を用います。これにより、最大値をとる時刻 \(t_M\) を見つけ出します。
Step 2: 時刻 \(t_M\) における \(y’\) 座標を求める
時刻 \(t_M\) が求まれば、後の手順は解法1と全く同じです。その時刻を気球から見た位置の式 \(y'(t_M) = -\displaystyle\frac{1}{2}g (t_M)^2\) に代入します。
使用した物理公式
- 2次関数の平方完成(数学)
- 問(3)で求めた絶対位置の式: \(y(t) = h + V_0t – \displaystyle\frac{1}{2}gt^2\)
まず、\(y(t)\) の式を平方完成します。
$$y(t) = -\frac{g}{2}t^2 + V_0 t + h$$\(t^2\) の係数 \(-\displaystyle\frac{g}{2}\) で前の2項をくくります。$$y(t) = -\frac{g}{2} \left( t^2 – \frac{2V_0}{g}t \right) + h$$括弧の中を平方の形にします。$$y(t) = -\frac{g}{2} \left\{ \left(t – \frac{V_0}{g}\right)^2 – \left(\frac{V_0}{g}\right)^2 \right\} + h$$中括弧を外します。$$y(t) = -\frac{g}{2}\left(t – \frac{V_0}{g}\right)^2 + \frac{g}{2}\left(\frac{V_0^2}{g^2}\right) + h$$定数項をまとめます。$$y(t) = h + \frac{V_0^2}{2g} – \frac{g}{2}\left(t – \frac{V_0}{g}\right)^2$$
この式から、\(y(t)\) は \(t = \displaystyle\frac{V_0}{g}\) のときに最大値をとることがわかります。よって、\(t_M = \displaystyle\frac{V_0}{g}\) です。
この後の計算は解法1と共通で、\(y’_M = -\displaystyle\frac{V_0^2}{2g}\) となります。
ボールの高さ \(y(t)\) を表す式は、数学で習う「2次関数」と同じ形をしています。この関数のグラフは山なりの形(上に凸の放物線)になるので、山の「頂上」が物理でいう「最高点」にあたります。数学のテクニックである「平方完成」を使うと、この頂上がいつ(時刻)、どの高さになるのかを正確に計算できます。計算してみると、頂上に来る時刻は \(\displaystyle\frac{V_0}{g}\) 秒後だとわかります。これは、物理的に「速度がゼロになる」と考えて計算した時刻とピッタリ同じになりますね。
結論と吟味(共通)
地上から見て小物体が最高点に達したとき、気球から見た小物体の位置は \(y’_M = -\displaystyle\frac{V_0^2}{2g}\) です。
- この値が負であることは、小物体が投げられた手の位置(y’=0)よりも下方にあることを意味します。これは物理的に妥当です。なぜなら、小物体は重力で減速しながら上昇するのに対し、気球は同じ時間、減速せずに等速 \(V_0\) で上昇し続けるからです。当然、気球の方がより高く上昇するため、小物体は気球に対して相対的に下に位置することになります。
- 物理的なアプローチ(速度=0)と数学的なアプローチ(2次関数の最大値)のどちらを使っても、最高点に達する時刻が同じになることが確認できました。これは、物理法則と数学的な表現が美しく対応していることを示しており、解答の信頼性を高めてくれます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 相対運動の原理:観測者を変えれば、世界は違って見える
- 核心:物理現象の記述は、誰が観測するか(座標系の取り方)に依存します。この問題の最も重要なテーマは、地上に静止した観測者から見た運動(絶対運動)と、上昇する気球に乗った観測者から見た運動(相対運動)の関係を理解することです。
- 理解のポイント:
- 相対位置の公式: Aから見たBの相対位置 \(\vec{r}_{\text{AB}}\) は、基準となる座標系(今回は地上)で測ったそれぞれの位置ベクトルを用いて、\(\vec{r}_{\text{AB}} = \vec{r}_{\text{B}} – \vec{r}_{\text{A}}\) という単純な引き算で求められます。この問題は、このベクトル演算をx成分とy成分に分けて実行しているに過ぎません。
- 見かけの運動: 気球から見ると、自分と小物体が共有している運動(鉛直上向きの速度 \(V_0\))はキャンセルされ、2つの物体の運動の「差」だけが現象として現れます。これにより、複雑な斜方投射が、気球から見れば単純な自由落下(y’方向)と等速直線運動(x’方向)に見えるのです。
- 運動の分解と重ね合わせ:2次元の運動は、独立した1次元の運動の集まり
- 核心:地上から見た小物体の放物運動は、互いに影響を及ぼさない「水平方向の運動」と「鉛直方向の運動」に分解して考えることができます。
- 理解のポイント:
- 水平(x)方向:力が働かないため、加速度はゼロ。したがって「等速直線運動」になります。
- 鉛直(y)方向:常に一定の重力が働くため、加速度は一定(\(-g\))。したがって「等加速度直線運動」になります。
これら2つのシンプルな運動を同時に起こしたものとして捉えるのが、放物運動を扱う上での鉄則です。
- 慣性の法則:速度は引き継がれる
- 核心:物体はその運動状態を維持しようとします。気球から投げられた小物体は、投げられる瞬間に持っていた気球の速度(鉛直上向きの \(V_0\))を失いません。
- 理解のポイント:「気球に対して水平に投げる」という操作は、小物体の速度に水平成分 \(v_0\) を「加える」操作です。元の速度 \(V_0\) が消えるわけではなく、ベクトルとして合成されたものが地上から見た真の初速度となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン
- 走行中の電車からの物体の投射: 電車が等速で動いている場合、今回の気球と全く同じ構造です。電車の速度を物体が引き継ぎます。
- 川を渡る船: 「岸から見た船の運動」は、「川の流れに対する船の運動」と「川の流水の運動」のベクトル和で決まります。「気球から見た小物体の運動」を求めるのと逆の計算です。
- 飛行機からの物資投下: 水平に飛ぶ飛行機から物資を静かに落とす場合、物資は飛行機の水平速度を引き継いで前方に飛びながら落下します。
- 初見の問題での着眼点
- 観測者の特定: まず問題文が「地上から見て」なのか、「船から見て」なのか、「誰の視点」で問われているのかを正確に把握します。これがすべての出発点です。
- 初速度の図示: 「乗り物の速度」と「乗り物に対する物体の初速度」を、必ずベクトルとして図に描き、そのベクトル和(合成ベクトル)が「地上から見た絶対初速度」になることを視覚的に確認します。
- 座標系の設定: どこを原点とし、どちらの向きを正とするかを明確にします。問題文で指定されていればそれに厳密に従い、自分で設定した場合はその定義を問題用紙の余白に大きく書き記しておきます。
- 運動の分離: 2次元の運動は、必ずx成分とy成分に分けて、それぞれ別々の1次元運動として立式する、という機械的な作業に落とし込みます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 初速度の決定ミス:「速度の引き継ぎ」の無視
- 誤解:「気球から水平に投げたのだから、鉛直方向の初速度は0だ」と考えてしまう。
- 対策:「物体は、投げられる直前の『乗り物』の速度を完全に引き継ぐ」と何度も唱えてください。図を描く際に、まず乗り物の速度ベクトルを描き、そこに「投げる」速度ベクトルを付け加える習慣をつけると、このミスは防げます。
- 観測者の混同:「誰にとっての」現象かの混乱
- 誤解:問(5)の「最高点」という言葉に釣られ、気球から見た運動(単調な落下運動)で最高点を考えようとしてしまい、パニックに陥る。
- 対策:「この『最高点』とは、一体誰から見た最高点なのか?」と、常に主語を確認する癖をつけましょう。問題文の「地上から見て」という部分に下線を引くなど、条件を明確にマークすることが有効です。
- 相対運動の計算ミス:式の単純な暗記による誤用
- 誤解:相対運動はとにかく「相手ひく自分」だと思い込み、どの物理量(位置、速度、加速度)についても同じ計算をしてしまう。
- 対策:位置、速度、加速度のそれぞれについて、\(x'(t)\)、\(v'(t)\)、\(a'(t)\) を求めるには、まずそれぞれの絶対運動の式 \(x(t)\)、\(v(t)\)、\(a(t)\) を立て、それらを引き算するという基本に忠実に行動します。特に今回の問題のように、位置を問われている場合は、必ず位置の式同士を引き算しましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示
- 2つの世界の図を描く:ノートを左右に分け、「地上から見た世界」と「気球から見た世界」をそれぞれ描くと、思考がクリアになります。
- 地上世界:気球はy軸上をまっすぐ上昇。小物体は原点の上空 \((0, h)\) から斜め上方に打ち出され、大きな放物線を描きます。これが「絶対運動」の描像です。
- 気球世界:気球に乗る自分は常に原点 \((0,0)\) にいます。小物体は、目の前から水平に \(v_0\) で飛び出し、あとは重力に引かれるようにして下に落ちていく、見慣れた放物線(横投げ運動)を描きます。これが「相対運動」の描像です。特に、y’方向の運動が単なる自由落下になることがイメージできれば完璧です。
- 初速度のベクトル合成図: \(t=0\) の点 \((0, h)\) で、気球の上昇速度ベクトル(上向きの矢印 \(V_0\))と、投射速度ベクトル(右向きの矢印 \(v_0\))を描き、その2辺でできる長方形の対角線が「地上から見た本当の初速度」であることを図示します。これにより、なぜ運動が斜方投射になるのかが一目瞭然となります。
- 2つの世界の図を描く:ノートを左右に分け、「地上から見た世界」と「気球から見た世界」をそれぞれ描くと、思考がクリアになります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 等速直線運動の公式 \(x = x_0 + vt\)
- 選定理由:小物体の運動をx方向とy方向に分解した際、x方向には何の力も働かない(加速度がゼロ)という物理的状況があるため。
- 適用根拠:ニュートンの運動の第1法則(慣性の法則)より、力が働かない限り物体は等速直線運動を続けます。この法則を数式で表現したものがこの公式です。
- 等加速度直線運動の公式群(\(y = y_0 + v_0t + \frac{1}{2}at^2\) など)
- 選定理由:y方向には常に一定の力である重力が働くため、加速度が一定値(\(-g\))となる物理的状況があるため。
- 適用根拠:運動方程式 \(F=ma\) より、一定の力が働く物体の加速度は一定です。この運動を記述する数学的なツールが、これらの公式群です。
- 相対位置の公式 \(x’ = x_{物体} – x_{気球}\)
- 選定理由:「気球から見て」という、基準となる地上座標系とは異なる「動く座標系」からの観測結果を求めたい、という問題の要求があるため。
- 適用根拠:これは、ある座標系での位置ベクトルが分かっていれば、座標系の原点をずらす(平行移動する)ことで別の座標系での位置ベクトルを表現できるという、ベクトル演算の基本的な性質(ガリレイ変換)に基づいています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 状況分析:「動く物体(気球)からの投射」→ これは「相対運動」の問題だ、と見抜く。
- 座標系定義:「地上から見た運動」を絶対運動(\(x, y\) で記述)、「気球から見た運動」を相対運動(\(x’, y’\) で記述)と設定する。
- 全物体の絶対運動を立式:まず、登場人物(小物体、気球)の運動を、すべて「地上から見て」どうなるか、x, y成分に分けて記述する。
- 小物体(地上視点):x方向は \(v_0\) の等速運動。y方向は初速度 \(V_0\)、初期位置 \(h\) の投げ上げ運動。
- 気球(地上視点):x方向は静止。y方向は \(V_0\) の等速運動。
- 相対運動へ変換:相対位置の公式「(相対)=(物体)-(観測者)」を使い、手順3で立てた式を成分ごとに引き算する。
- \(x'(t) = x_{\text{物体}}(t) – x_{\text{気球}}(t)\)
- \(y'(t) = y_{\text{物体}}(t) – y_{\text{気球}}(t)\)
- 特定条件の適用(問5):
- イベントの定義:「地上から見て最高点」という条件を物理の言葉に翻訳する → 「地上から見た小物体のy方向の速度 \(v_y(t)\) が 0 になる」。
- 時刻の計算: \(v_y(t)=0\) を解き、イベント発生時刻 \(t_M\) を特定する。
- 最終的な代入:問われているのは「気球から見た位置」なので、求めた時刻 \(t_M\) を \(y'(t)\) の式に代入して \(y’_M\) を計算する。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 符号ミスを防ぐ:座標軸は神様
- 特に注意すべき点:この問題では鉛直上向きを正としています。したがって、重力加速度は常に \(-g\) として式に代入しなければなりません。このマイナスを忘れると、y方向の計算はすべて崩壊します。
- 日頃の意識:問題に取り掛かる前に、自分で設定した(あるいは問題で指定された)座標軸の図を大きく描き、力や加速度などのベクトル量がどの成分で正負になるかを最初に確認する癖をつけましょう。
- 文字の混同を防ぐ:\(v_0\) と \(V_0\) は別人
- 特に注意すべき点:小文字の \(v_0\)(水平の相対速度)と大文字の \(V_0\)(鉛直の絶対速度)は、意味も単位も全く異なります。これらを混同すると致命的なミスにつながります。
- 日頃の意識:問題文を読んだら、定義された物理量を「\(v_0\):水平投射」「\(V_0\):気球の上昇速度」のようにメモし、計算中も常にその意味を意識することが大切です。
- 代入・整理は慎重に:括弧を制する者が計算を制す
- 特に注意すべき点:問(4)の \(y'(t) = (h + V_0 t – \frac{1}{2}gt^2) – (h + V_0 t)\) のような引き算では、後ろの括弧を外す際に符号を反転させるのを忘れがちです。
- 日頃の意識:引き算を含む代入を行う際は、引く式全体を必ず括弧でくくり、一行使って丁寧に括弧を外す作業を行いましょう。暗算で済ませようとしないことが、結局は一番の近道です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的意味を考える
- \(y'(t) = -\frac{1}{2}gt^2\) の吟味:この式は、初速度0の自由落下運動そのものです。気球から見ると、小物体との間の「上向きの初速度 \(V_0\)」が共有されているため、相対的な鉛直初速度は0となります。そこから重力の影響だけを受ける、というのは物理的に非常に理にかなっています。
- \(y’_M = -\frac{V_0^2}{2g}\) の吟味(符号):答えが負になりました。これは、最高点の瞬間に、小物体が「投げた手の位置よりも下にある」ことを意味します。地上から見ると、小物体は減速しながら上昇し、気球は等速で上昇し続けるので、気球の方がより高く進むはずです。したがって、小物体が気球に対して相対的に下に位置するのは当然であり、答えの符号は妥当です。
- 極端な場合を代入してみる
- もし気球が静止していたら?:つまり \(V_0 = 0\) の場合を考えます。このとき、小物体は高さ \(h\) から水平投射されるだけなので、最高点は投げた瞬間 (\(t=0\)) です。問(5)の答えの式に \(V_0=0\) を代入すると、\(y’_M = 0\) となり、「最高点(\(t=0\))では、投げた手の位置にいる(相対位置0)」という自明な事実と一致します。このようにつじつまが合うことで、式の正しさを確認できます。
- 単位(次元)を確認する
- 問(5)の答え \(\displaystyle\frac{V_0^2}{2g}\) の単位を調べます。速度 \(V_0\) の単位は \([\text{m/s}]\)、加速度 \(g\) の単位は \([\text{m/s}^2]\) です。したがって、\(\displaystyle\frac{[V_0^2]}{[g]} = \frac{(\text{m/s})^2}{\text{m/s}^2} = \frac{\text{m}^2/\text{s}^2}{\text{m/s}^2} = \text{m}\) となり、きちんと長さの単位になります。単位が合わなければ、その時点で式が間違っていることが確定します。
問題02 (防衛医大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、川を航行する船の運動を題材に、「速度の合成」という物理の基本概念を様々な角度から問うものです。観測者(岸にいる人)から見た船の実際の速度は、船そのものが水を押して進む速度(静水上の速度)と、川が流れる速度のベクトル和で決まります。この原理を正しく理解し、状況に応じてベクトルを図示したり、成分に分解したりする能力が試されます。
- 川の流れ:速さ \(v\) で一様。
- 船の性能:静止した水(静水)に対して、速さ \(v_s\) で進むことができる(ただし \(v_s > v\))。
- 地理的設定:
- 川幅は \(W\)。
- 地点Aから下流に距離 \(L\) の地点がB。
- 地点Aから対岸に距離 \(W\) の地点がC。
- 地点Cから下流にある地点がD。
- (1) 地点AとBを直線的に往復するのにかかる時間 \(T_B\)。
- (2) 地点AとCを直線的に往復するのにかかる時間 \(T_C\)。
- (3) \(L=W\) の場合に \(T_C\) を \(T_B\) などで表し、\(T_B\) と \(T_C\) のどちらが長いかを答えること。
- (4) 船首を特定の角度 \(\theta\) に向けてAからDに移動し、その後DからCへ移動する合計時間。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題を解くための普遍的な法則は「速度の合成」です。すなわち、
$$(\text{岸から見た船の速度})$$
$$= (\text{静水上の船の速度}) + (\text{川の流れの速度})$$
というベクトル和の関係が常に成り立ちます。このベクトル関係を、各設問の状況に合わせて使いこなすことが攻略の鍵となります。
- 状況の図示: 各設問で問われている船の移動経路と、関係する速度ベクトル(\(\vec{v}_{\text{岸}}\), \(\vec{v}_s\), \(\vec{v}\))を図に描き、その関係性を視覚的に捉えます。特に、ベクトルの足し算がどのような図形(一直線や直角三角形など)を形成するかに注目します。
- 岸から見た速さの計算: 上記のベクトル関係を用いて、各移動区間(A→B, B→A など)における「岸から見た船の速さ」を求めます。単純な足し算・引き算で済む場合もあれば、三平方の定理や三角比を用いた計算が必要になる場合もあります。
- 所要時間の計算: 各区間について、移動距離をその区間での「岸から見た速さ」で割ることで、所要時間を算出します (\(\text{時間} = \text{距離} / \text{速さ}\))。
- 合計・比較: 設問の要求に応じて、計算した時間を足し合わせたり、比を取って大きさを比較したりします。
問(1)
思考の道筋とポイント
川の流れに平行な往復運動を考えます。AからBへ向かう「下り」では、川の流れが船の速度を後押しするため速くなり、BからAへ向かう「上り」では、流れが船の進行を妨げるため遅くなります。それぞれの区間での岸から見た速さを求め、往路と復路にかかる時間をそれぞれ計算し、最後にそれらを合計します。
この設問における重要なポイント
- 速度の合成が1次元(直線上)で完結するため、ベクトルの計算が単純なスカラーの足し算・引き算になります。
- 下りの速さ:船の速さと川の速さの和 \(v_s + v\)。
- 上りの速さ:船の速さと川の速さの差 \(v_s – v\)。
具体的な解説と立式
往復時間を、往路(A→B)と復路(B→A)に分けて考えます。
- 往路(A→B:下り)
岸から見た船の速さ \(v_{\text{下り}}\) は、静水上の船の速さ \(v_s\) と川の速さ \(v\) の和となります。
$$v_{\text{下り}} = v_s + v$$
この区間の移動距離は \(L\) なので、所要時間 \(t_1\) は、
$$t_1 = \frac{L}{v_{\text{下り}}}$$ - 復路(B→A:上り)
岸から見た船の速さ \(v_{\text{上り}}\) は、静水上の船の速さ \(v_s\) から川の速さ \(v\) を引いたものになります。
$$v_{\text{上り}} = v_s – v$$
この区間の移動距離は \(L\) なので、所要時間 \(t_2\) は、
$$t_2 = \frac{L}{v_{\text{上り}}}$$
求める往復時間 \(T_B\) は、これらの和 \(T_B = t_1 + t_2\) として表されます。
使用した物理公式
- 速度の合成(1次元): \(v_{\text{岸}} = v_s \pm v\)
- 時間と距離・速さの関係: \(\text{時間} = \displaystyle\frac{\text{距離}}{\text{速さ}}\)
往路と復路の所要時間の式に、それぞれの速さを代入し、合計します。
$$T_B = t_1 + t_2 = \frac{L}{v_s + v} + \frac{L}{v_s – v}$$
通分して計算を進めます。
$$T_B = \frac{L(v_s – v) + L(v_s + v)}{(v_s + v)(v_s – v)}$$
$$T_B = \frac{Lv_s – Lv + Lv_s + Lv}{v_s^2 – v^2}$$
$$T_B = \frac{2v_sL}{v_s^2 – v^2}$$
川沿いの道をサイクリングするのを想像してみましょう。「下り」は追い風を受けて楽に進めるので、自分の速さに風の速さがプラスされます。「上り」は向かい風で進むのが大変なので、自分の速さから風の速さがマイナスされます。往復にかかる時間は、速くなった下りにかかる時間と、遅くなった上りにかかる時間の合計になります。
地点AとBを直線的に往復する時間 \(T_B\) は、 \(T_B = \displaystyle\frac{2v_sL}{v_s^2 – v^2}\) と表されます。
もし川の流れがなければ (\(v=0\))、\(T_B = \displaystyle\frac{2v_sL}{v_s^2} = \displaystyle\frac{2L}{v_s}\) となり、静水上を往復する時間と一致するため、物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
川の流れを横切って、岸から見てまっすぐ対岸のCへ進む状況を考えます。船をまっすぐCに向けても、川の流れ \(v\) で下流に流されてしまいます。したがって、流される分を見越して、船首を上流側へ向ける必要があります。このとき、「静水上の船の速度 \(\vec{v}_s\)」と「川の流れの速度 \(\vec{v}\)」を合成した結果の「岸から見た速度 \(\vec{v}_{\text{合成}}\)」が、ちょうどAC方向を向くように調整します。速度ベクトルが作る直角三角形に注目し、三平方の定理を用いるのが鍵です。
この設問における重要なポイント
- 速度の合成を2次元のベクトルとして正しく図示すること。
- \(\vec{v}_{\text{合成}} = \vec{v}_s + \vec{v}\) の関係において、\(\vec{v}_{\text{合成}}\) がAC方向(\(\vec{v}\) と垂直)を向く条件を考える。
- このとき、\(\vec{v}_s\) が斜辺、\(\vec{v}\) と \(\vec{v}_{\text{合成}}\) が他の2辺となる直角三角形が形成されることを見抜く。
具体的な解説と立式
岸から見て船がAからCへまっすぐ進むためには、合成速度 \(\vec{v}_{\text{合成}}\) がAC方向を向く必要があります。これは川の流れの速度 \(\vec{v}\) と垂直です。
速度の合成則 \(\vec{v}_{\text{合成}} = \vec{v}_s + \vec{v}\) より、これらの速度ベクトルは、\(\vec{v}_s\) を斜辺とする直角三角形を形成します。
三平方の定理より、速さの大きさについて次の関係が成り立ちます。
$$v_s^2 = v^2 + v_{\text{合成}}^2$$
この関係式から、岸から見た船の速さ \(v_{\text{合成}}\) を求めることができます。
A→Cの往路も、C→Aの復路も、岸から見た速さの大きさはこの \(v_{\text{合成}}\) で同じです。
往復の合計距離は \(2W\) なので、往復時間 \(T_C\) は、
$$T_C = \frac{2W}{v_{\text{合成}}}$$
使用した物理公式
- 速度の合成(2次元ベクトル)
- 三平方の定理: \(c^2 = a^2 + b^2\)
まず、岸から見た、川を横切る向きの速さ \(v_{\text{合成}}\) を三平方の定理から求めます。
$$v_{\text{合成}}^2 = v_s^2 – v^2$$
$$v_{\text{合成}} = \sqrt{v_s^2 – v^2}$$
往復距離 \(2W\) をこの速さで進むので、往復時間 \(T_C\) は、
$$T_C = \frac{2W}{\sqrt{v_s^2 – v^2}}$$
川をまっすぐ横断するには、流されるのを見越して、船の頭(船首)を斜め上流に向けておく必要があります。船自身の進む力の一部を、川の流れを打ち消すために使う、というイメージです。その結果、川を渡る方向の実際のスピードは、船が本来出せる最高速 \(v_s\) よりも少し遅くなってしまいます。どれくらい遅くなるかは、三平方の定理を使って計算できます。その実際のスピードで往復する時間を計算します。
地点AとCを直線的に往復する時間 \(T_C\) は、\(T_C = \displaystyle\frac{2W}{\sqrt{v_s^2 – v^2}}\) と表されます。
根号の中が \(v_s^2 – v^2 > 0\) である必要があり、これは問題の条件 \(v_s > v\) と一致します。もし \(v_s \le v\) なら、船は対岸にたどり着けないことを示唆しており、物理的に妥当な式です。
問(3)
思考の道筋とポイント
問(1)と問(2)で導出した \(T_B\) と \(T_C\) の数式を比較する問題です。まず、2つの式の比 \(\displaystyle\frac{T_C}{T_B}\) を計算することで、両者の関係を明らかにします。その結果に \(L=W\) という条件を適用すれば、\(T_C\) を \(T_B\) を用いて表すことができます。時間の長短を比較するには、その関係式における係数が1より大きいか小さいかを評価します。
この設問における重要なポイント
- 代数計算を正確に行うこと。特に分数の割り算の処理に注意。
- \(v_s > v > 0\) という物理的な条件を用いて、平方根を含む式の大小関係を正しく評価すること。
具体的な解説と立式
問(1), (2)で求めた \(T_B\) と \(T_C\) の式は以下の通りです。
$$T_B = \frac{2v_sL}{v_s^2 – v^2}$$
$$T_C = \frac{2W}{\sqrt{v_s^2 – v^2}}$$
これらの比 \(\displaystyle\frac{T_C}{T_B}\) を考えます。
$$\frac{T_C}{T_B} = \frac{\displaystyle\frac{2W}{\sqrt{v_s^2 – v^2}}}{\displaystyle\frac{2v_sL}{v_s^2 – v^2}}$$
この式を整理し、\(L=W\) の条件を適用します。
大小比較のために、得られた関係式の係数 \(\displaystyle\frac{\sqrt{v_s^2 – v^2}}{v_s}\) と1との大小を比較します。
使用した物理公式
- 問(1), (2)で導出した時間 \(T_B\), \(T_C\) の数式
まず、\(T_C\) と \(T_B\) の比を計算します。
$$\frac{T_C}{T_B} = \frac{2W}{\sqrt{v_s^2 – v^2}} \div \frac{2v_sL}{v_s^2 – v^2} $$
$$= \frac{2W}{\sqrt{v_s^2 – v^2}} \times \frac{v_s^2 – v^2}{2v_sL}$$
\(v_s^2 – v^2 = (\sqrt{v_s^2 – v^2})^2\) であることを利用して約分します。
$$\frac{T_C}{T_B} = \frac{W\sqrt{v_s^2 – v^2}}{v_sL}$$
ここで \(L=W\) の条件を代入すると、
$$\frac{T_C}{T_B} = \frac{\sqrt{v_s^2 – v^2}}{v_s}$$
したがって、\(T_C\) は \(T_B\) を用いて次のように表せます。
$$T_C = \frac{\sqrt{v_s^2 – v^2}}{v_s} T_B$$
次に、大小を比較します。\(v_s > v > 0\) より \(v^2 > 0\) なので、
$$v_s^2 – v^2 < v_s^2$$
両辺は正なので、正の平方根をとっても大小関係は変わりません。
$$\sqrt{v_s^2 – v^2} < v_s$$
両辺を \(v_s\) で割ると、
$$\frac{\sqrt{v_s^2 – v^2}}{v_s} < 1$$
この結果から、\(T_C < T_B\) であることがわかります。
同じ距離を進むのに、「川に沿って往復する」のと「川を横切って往復する」のでは、どちらが時間がかかるか?という問題です。(1)と(2)で計算した式を割り算して、その比を調べます。計算すると、その比は必ず1より小さくなることがわかります。これは、川を横切る時間 \(T_C\) の方が、川に沿って往復する時間 \(T_B\) よりも常に短いことを意味します。理由は、上りの際に速度が \(v_s – v\) と大幅に低下することが、全体の時間を長くする大きな要因となっているからです。
\(L=W\) のとき、\(T_C = \displaystyle\frac{\sqrt{v_s^2-v^2}}{v_s} T_B\) と表せます。
また、時間として長いほうは \(T_B\) です。これは、流れに逆らう「上り」の区間が、全体の平均速度を大きく下げるためだと直感的に解釈でき、物理的に妥当な結論です。
問(4)
思考の道筋とポイント
この設問は、A→D と D→C という2つの異なる区間の移動を考え、それぞれの所要時間を計算して合計するという手順で解きます。
- A→Dの移動: 船首をACに対して角度 \(\theta\) だけ上流に向けて進みます。この運動を「川を横切る成分」と「川に沿った成分」に分解して考えます。AからCまでの距離 \(W\) を進むのにかかる時間として、まず \(T_{AD}\) を求めます。
- D→Cの移動: 次に、A→Dの移動中に船がどれだけ下流に流されたか(=距離DC)を計算します。そして、その距離DCを、DからCへ流れに逆らって進む(上り)ときの速さで割ることで、\(T_{DC}\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 静水上の船の速度 \(\vec{v}_s\) を、問題で指定された角度 \(\theta\) を用いて、川に垂直な成分と平行な成分に正しく分解すること。
- 垂直成分(川を渡る速さ): \(v_s \cos\theta\)
- 平行成分(上流向きの速さ): \(v_s \sin\theta\)
- 岸から見た速度の各成分を、川の流れの速度 \(v\) を考慮して計算すること。
- 垂直成分:\(v_s \cos\theta\) (川の流れは影響しない)
- 平行成分(下流向き):\(v – v_s \sin\theta\) (川の流れと船の上流成分の差)
- D→Cの移動は、流れに完全に逆らう「上り」であるため、岸から見た速さは \(v_s – v\) となること。
具体的な解説と立式
合計時間 \(T\) は、AからDまでの時間 \(T_{AD}\) と、DからCまでの時間 \(T_{DC}\) の和 \(T = T_{AD} + T_{DC}\) です。
- \(T_{AD}\) の立式:
AからDへの移動において、岸から見た「川を横切る方向」の速さは \(v_s \cos\theta\) です。この速さで距離 \(W\) を進むので、
$$T_{AD} = \frac{W}{v_s \cos\theta}$$ - \(T_{DC}\) の立式:
まず、距離DCを求めます。これは、時間 \(T_{AD}\) の間に、岸から見た「川に沿った方向」の速さで流された距離に等しいです。岸から見た川に沿った速さは、下流向きを正とすると \((v – v_s \sin\theta)\) です。
$$DC = (v – v_s \sin\theta) T_{AD}$$
次に、DからCへは流れに逆らって進みます。このとき、岸から見た速さ(上りの速さ)は \(v_s – v\) です。したがって、所要時間 \(T_{DC}\) は、
$$T_{DC} = \frac{DC}{v_s – v}$$
使用した物理公式
- 速度のベクトル分解(三角比)
- 時間と距離・速さの関係: \(\text{時間} = \displaystyle\frac{\text{距離}}{\text{速さ}}\)
まず、上で立式した \(T_{AD}\) と \(T_{DC}\) の関係式を組み合わせます。
$$T_{DC} = \frac{(v – v_s \sin\theta) T_{AD}}{v_s – v}$$
合計時間 \(T = T_{AD} + T_{DC}\) を計算します。
$$T = T_{AD} + \frac{v – v_s \sin\theta}{v_s – v} T_{AD}$$
共通因数 \(T_{AD}\) でくくります。
$$T = \left( 1 + \frac{v – v_s \sin\theta}{v_s – v} \right) T_{AD}$$
括弧の中を通分します。
$$T = \left( \frac{(v_s – v) + (v – v_s \sin\theta)}{v_s – v} \right) T_{AD}$$
$$T = \left( \frac{v_s – v_s \sin\theta}{v_s – v} \right) T_{AD} $$
$$= \left( \frac{v_s(1 – \sin\theta)}{v_s – v} \right) T_{AD}$$
最後に \(T_{AD} = \displaystyle\frac{W}{v_s \cos\theta}\) を代入します。
$$T = \frac{v_s(1 – \sin\theta)}{v_s – v} \cdot \frac{W}{v_s \cos\theta}$$
\(v_s\) を約分して、最終的な形に整理します。
$$T = \frac{1 – \sin\theta}{\cos\theta} \cdot \frac{W}{v_s – v}$$
この移動は二段階に分かれています。
- A→Dへの旅: まず、Aから対岸のどこか(D)に着くまでの時間を計算します。これは、川の幅 \(W\) を、船の「川を横切るスピード成分」で割ることで求まります。
- D→Cへの旅: A→Dの旅の間に、船は川に流されて目標のC点からズレたD点に着いてしまいます。このズレた距離(DC間)を計算します。そして、その距離を、今度は川の流れに逆らってC点まで戻る(さかのぼる)ときのスピードで割ることで、2段階目の時間が計算できます。
最後に、この2つの時間を足し合わせれば、全体の所要時間となります。
AからDを経由しCまで移動するのに要する時間は、\(T = \displaystyle\frac{1 – \sin\theta}{\cos\theta} \cdot \frac{W}{v_s – v}\) と表されます。
この式は複雑に見えますが、各項の単位を確認すると、\(\sin\theta, \cos\theta\) は無次元、\(W\) は長さ、\(v_s-v\) は速さなので、全体の単位は \(\text{長さ}/\text{速さ} = \text{時間}\) となり、次元的に正しいことがわかります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 速度の合成:複数の運動の「重ね合わせ」
- 核心:この問題の全ての設問を貫くたった一つの原理は、「岸から見た速度(絶対速度)は、静水上の船の速度(相対速度)と川の流れの速度のベクトル和である」という速度の合成則です。数式で表すと以下のようになります。
$$\vec{v}_{\text{岸}} = \vec{v}_{s} + \vec{v}_{\text{川}}$$ - 理解のポイント:
- \(\vec{v}_s\) は船のエンジン性能や舵取りによって決まる「水に対する速度」です。
- \(\vec{v}_{\text{川}}\) は船の意思とは無関係に、船が乗っている水自体が動く速度です。
- \(\vec{v}_{\text{岸}}\) は、これら2つのベクトルを足し合わせた結果として、岸にいる観測者から実際にどう見えるか、という速度です。
このベクトル関係を正しく図示し、計算できるかが問われています。
- 核心:この問題の全ての設問を貫くたった一つの原理は、「岸から見た速度(絶対速度)は、静水上の船の速度(相対速度)と川の流れの速度のベクトル和である」という速度の合成則です。数式で表すと以下のようになります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン
- 飛行機と風の問題:「静水上の船」を「無風時の飛行機」、「川の流れ」を「風」と読み替えれば、全く同じ問題構造になります。(例:「向かい風での往復時間」「真横に飛ぶための機首の向き」)
- 動く歩道と人の問題:「静水上の船」を「人が歩く速さ」、「川の流れ」を「動く歩道の速さ」と読み替えることができます。
- エスカレーター上の運動:上りエスカレーターでボールを投げるなど、運動する観測者と物体の運動を扱う問題も、本質的には同じ相対速度の考え方です。
- 初見の問題での着眼点
- 3つの速度を特定する:問題文から「岸から見た速度」「媒体(水や空気)に対する速度」「媒体そのものの速度」のどれが与えられ、どれを求めるべきかを整理します。
- ベクトル図を描く:2次元の運動では、まず \(\vec{v}_{\text{岸}} = \vec{v}_{s} + \vec{v}_{\text{川}}\) の関係を満たすベクトル三角形を描くことが全ての基本です。
- 目標から逆算する:特に(2)のように、「岸から見てまっすぐ進む」という結果が指定されている場合、「合成後の速度ベクトルがどの向きになるべきか」をゴールとして設定し、それを実現するために必要な出発時の速度ベクトル(\(\vec{v}_s\))の向きや大きさを逆算します。
- 分解を恐れない:(4)のように運動が複雑な角度を持つ場合、各ベクトルを流れに平行な成分と垂直な成分に分解することで、それぞれの方向の1次元運動として単純化して扱うことができます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- ベクトルをスカラー(ただの数字)として扱ってしまう
- 誤解:(2)で川を横切る際に、速さを単純に足したり引いたりしてしまう。
- 対策:「速度は向きを持つベクトルである」と常に意識すること。2次元の問題では、必ず速度の矢印を図に描く癖をつけましょう。ベクトル図を描けば、単純な足し算・引き算が使えないことは一目瞭然です。
- どの速度がベクトルの「斜辺」になるかの混同
- 誤解:(2)の直角三角形で、岸から見た合成速度を斜辺だと勘違いしてしまう。
- 対策:船のエンジンが出す「静水上の速さ \(v_s\)」が、流れを打ち消す成分と岸を横切る成分に分けられる、と考えましょう。船が持つ本来の力(\(v_s\))が、2つの目的(流れに抗う、対岸へ進む)に分配されるイメージです。したがって、\(\vec{v}_s\) が最も長く、斜辺になります。
- 往復運動の平均速度の誤解
- 誤解:(1)で往復の平均速度を \(v_s\) と考え、安易に \(T_B = \displaystyle\frac{2L}{v_s}\) と計算してしまう。
- 対策:時間のロスは速度が遅い区間でより顕著になります。したがって、単純な速度の平均では正しい時間は計算できません。「往路の時間」と「復路の時間」を必ず別々に計算し、それらを合計するという手順を徹底してください。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示
- 速度のベクトル三角形:この問題で最も重要な図です。
- (2)の場合:まず川の流れのベクトル \(\vec{v}\)(右向き)を描きます。次に、ゴールである合成速度のベクトル \(\vec{v}_{\text{合成}}\)(上向き)を \(\vec{v}\) の始点から描きます。最後に、\(\vec{v}_{\text{合成}} = \vec{v}_s + \vec{v}\) を満たすように \(\vec{v}_s\) を描くと、\(\vec{v}\) の終点から \(\vec{v}_{\text{合成}}\) の終点に向かうベクトルとなり、これが斜辺であることが視覚的に確定します。
- (4)の場合:静水上の速度 \(\vec{v}_s\)(斜め上流向き)を、点線の補助線で川に平行な成分(\(v_s \sin\theta\))と垂直な成分(\(v_s \cos\theta\))に分解する図を描くと、岸から見た速度の計算が格段にやりやすくなります。
- 船からの視点 vs 岸からの視点:
- 船に乗っている人にとっては、船首は常に \(\vec{v}_s\) の方向を向いています。しかし、岸から見ると、船全体が川に流されながら進むため、船の進行方向(軌跡)は \(\vec{v}_{\text{合成}}\) の向きになります。この「船首の向き」と「実際の進行方向」のズレをイメージできると、理解が深まります。
- 速度のベクトル三角形:この問題で最も重要な図です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 速度の合成則 \(\vec{v}_{\text{岸}} = \vec{v}_{s} + \vec{v}_{\text{川}}\)
- 選定理由:これは「動く座標系における速度」を扱うための物理学の基本原理(ガリレイの相対性原理)だからです。川(動く座標系)に対する船の運動がわかっているときに、静止した岸(静止座標系)からどう見えるかを記述するために必須の出発点です。
- 三平方の定理 \(v_s^2 = v_{\text{合成}}^2 + v^2\)
- 選定理由:(2)の状況で、速度の合成則をベクトル図で表現すると、直角三角形が自然に現れるからです。
- 適用根拠:合成後の速度(絶対速度)が、媒体の速度と垂直になる、という特殊な幾何学的条件が与えられた場合に、未知の速度の大きさを求めるための最も強力な数学的ツールです。
- 三角比によるベクトル分解
- 選定理由:(4)のように、速度ベクトルが座標軸に対して斜めを向いており、かつ直角三角形を形成しない一般的な状況を扱うためです。
- 適用根拠:2次元のベクトル問題を、互いに独立した2つの1次元の問題に分割するための標準的な手法です。x方向とy方向(この問題では川の平行方向と垂直方向)に分けて考えることで、それぞれの方向で単純な速度や距離の計算に持ち込むことができます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 状況分析:川と船の問題 → 「速度の合成」がテーマだと認識。
- (1) 平行な往復運動 \(T_B\):
- 下り:速さは和 \(v_s+v\)。時間 \(t_1 = L/(v_s+v)\)。
- 上り:速さは差 \(v_s-v\)。時間 \(t_2 = L/(v_s-v)\)。
- 合計:\(T_B = t_1 + t_2\)。
- (2) 垂直な往復運動 \(T_C\):
- ベクトル図を描き、直角三角形を発見する (\(\vec{v}_s\) が斜辺)。
- 三平方の定理で岸から見た速さを求める:\(v_{\text{合成}} = \sqrt{v_s^2-v^2}\)。
- 合計:往復距離 \(2W\) をこの速さで割る → \(T_C = 2W / \sqrt{v_s^2-v^2}\)。
- (3) 大小比較:
- \(T_C/T_B\) の比を計算し、\(L=W\) を代入。
- 係数 \(\sqrt{v_s^2-v^2}/v_s\) が1より小さいことを示す → \(T_C < T_B\)。
- (4) 複雑な経路の時間:
- A→D:\(\vec{v}_s\) を分解 → 垂直成分 \(v_s\cos\theta\)。時間 \(T_{AD} = W/(v_s\cos\theta)\)。
- 距離DC:\(\vec{v}_s\) の平行成分と \(v\) から、岸から見た平行速度 \((v-v_s\sin\theta)\) を求める。距離 \(DC = (v-v_s\sin\theta)T_{AD}\)。
- D→C:上りの速さ \((v_s-v)\) で距離DCを進む。時間 \(T_{DC} = DC/(v_s-v)\)。
- 合計:\(T=T_{AD}+T_{DC}\)。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 分数の通分と約分を丁寧に
- 特に注意すべき点:(1)の \(T_B\) の計算や、(3)の \(T_C/T_B\) の計算では、分母が異なる分数の足し算や割り算が出てきます。焦って計算すると符号や項を間違えやすいです。
- 日頃の練習:計算過程を省略せず、一行一行書き下す習慣をつけましょう。特に通分の際は \((v_s+v)(v_s-v) = v_s^2 – v^2\) の展開を素早く正確に行えるようにしておくことが重要です。
- 平方根の扱いに習熟する
- 特に注意すべき点:(3)の大小比較で、\(\sqrt{v_s^2 – v^2}\) と \(v_s\) を比べる際に、感覚で判断せず論理的に示すことが求められます。
- 日頃の練習:両辺が正であることがわかっている場合、2乗して比較する(\(v_s^2-v^2\) と \(v_s^2\) を比べる)という手法に慣れておきましょう。
- 複雑な式の整理は共通因数から
- 特に注意すべき点:(4)の合計時間 \(T=T_{AD}+T_{DC}\) の計算は、そのまま代入すると式が非常に煩雑になります。
- 日頃の練習:まず \(T_{AD}\) という共通因数でくくる、といったように、式全体を構造的に見て、整理してから代入する癖をつけると、計算量が減りミスも少なくなります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 物理的にありえない状況を考える
- (2)の吟味:もし船の速さ \(v_s\) が川の流れ \(v\) より遅かったらどうなるか? \(v_s < v\) だと、\(T_C\) の式の根号の中が負になり、数学的に計算できなくなります。これは物理的に「船がどれだけ上流に船首を向けても、流れに負けてしまい、対岸にまっすぐ進むことは不可能である」という事実と一致しており、式の正しさを裏付けています。
- 直感との比較
- (3)の吟味:なぜ \(T_B > T_C\) なのか?直感的には「下りで稼いだ時間は、上りで失う時間で相殺されるのでは?」と思いがちです。しかし、速度が遅い「上り」区間を移動する時間は非常に長くなるため、その影響が「下り」で時間を短縮した効果を上回ります。結果として、往復では損をする、というわけです。これは「調和平均」の考え方にも通じ、妥当な結論です。
- 特殊な条件(極端な場合)を代入してみる
- (4)の吟味:(4)で求めた合計時間の式は複雑ですが、もし角度 \(\theta\) が(2)の状況(まっすぐ進む)に相当する角度 \(\theta_0\)(ただし \(\sin\theta_0 = v/v_s\))だった場合を考えます。このとき、船はDに寄らず直接Cに到着するはずなので、D-C間の距離や時間は0になるはずです。実際に \(\sin\theta = v/v_s\) を(4)の計算過程に代入すると、岸から見た平行速度 \((v-v_s\sin\theta)\) が0になり、距離DCと時間 \(T_{DC}\) も0になります。結果、合計時間はA→Cの片道時間と一致し、式の整合性が取れていることが確認できます。
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