問題67 (九州工大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、2段階の核反応を通じて高エネルギーの中性子を生成するプロセスを扱います。質量そのものではなく「結合エネルギー」が与えられている点が特徴で、これを用いて反応エネルギー(Q値)を計算する必要があります。さらに、衝突後の粒子が特定の角度に放出される場合のエネルギー計算など、運動量保存則を2次元的に応用する力も問われます。
- 反応 (a): \({}_{3}^{6}\text{Li} + {}_{0}^{1}\text{n} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He} + {}_{1}^{3}\text{H}\) (熱中性子を吸収)
- 反応 (b): \({}_{1}^{3}\text{H} + {}_{1}^{2}\text{H} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He} + {}_{0}^{1}\text{n}\)
- 原子核の結合エネルギー (BE):
- \({}_{3}^{6}\text{Li}\): \(32.0 \, \text{MeV}\)
- \({}_{2}^{4}\text{He}\): \(28.3 \, \text{MeV}\)
- \({}_{1}^{3}\text{H}\): \(8.5 \, \text{MeV}\)
- \({}_{1}^{2}\text{H}\): \(2.2 \, \text{MeV}\)
- 有効数字: 2桁
- (1) 反応(a)で発生するエネルギー(Q値)。
- (2) 反応(a)で生じる\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギー。
- (3) 反応(b)で生じる\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\)の運動エネルギーの和。
- (4) 反応(b)で、中性子が特定の角度(入射方向と90度)に放出された場合の中性子の運動エネルギー。
- (コラムQ) (4)の運動量保存に関する式をベクトル図から導出すること。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 問(1)および問(3)の別解: エネルギー保存則を用いた解法
- 主たる解法が、反応エネルギーQ値を「結合エネルギーの差」として直接計算するのに対し、別解では「バラバラな核子の状態」をエネルギーの基準点とし、「(運動エネルギー)ー(結合エネルギー)」の和が保存されるという、より基本的なエネルギー保存則の形式から立式します。
- 問(1)および問(3)の別解: エネルギー保存則を用いた解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理モデルの深化: 「結合エネルギー」が、実は原子核の「負のポテンシャルエネルギー」のような役割を果たしているという、エネルギー準位の概念への理解が深まります。これにより、様々なエネルギーが関わる複雑な問題にも対応できる、より普遍的な視点が養われます。
- 異なる視点の学習: 同じQ値計算でも、質量の差から考える方法と、エネルギー準位の差から考える方法の両方を学ぶことで、質量とエネルギーの等価性に対する理解が多角的になります。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
本問の最大のポイントは、結合エネルギーを用いて反応エネルギー(Q値)を計算する点です。原子核の質量は、それを構成する陽子と中性子がバラバラの状態のときの質量の和よりも小さく、その差が「質量欠損」です。この質量欠損に相当するエネルギーが「結合エネルギー」であり、原子核の安定度を示します。したがって、結合エネルギーが大きいほど、原子核は安定で、そのぶん質量(静止エネルギー)は小さくなります。この関係を利用し、「バラバラな核子の状態」をエネルギーの基準点として考えることで、反応前後のエネルギー差、すなわちQ値を計算できます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 結合エネルギーと質量・エネルギーの関係: (1)と(3)で中心的な役割を果たします。反応エネルギー(Q値)は、生成物と反応物の総結合エネルギーの差、\(Q = \sum BE_{\text{後}} – \sum BE_{\text{前}}\) として計算されます。
- 運動量保存則(1次元と2次元): (2)の静止系からの分裂では1次元的な適用が、(4)の特定の角度への放出ではベクトルとして扱う2次元的な適用が問われます。
- エネルギー保存則: 反応で発生したQ値と、系が元々持っていた運動エネルギーの総和が、反応後の全運動エネルギーに等しいという、エネルギーの収支を管理する基本法則です。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、反応前後の総結合エネルギーの差を計算して、反応(a)のQ値を求めます。
- (2)では、反応(a)が静止系からの分裂であることから、Q値を質量の逆比で分配します。
- (3)では、まず反応(b)のQ値を(1)と同様に計算し、それに入射粒子の運動エネルギー((2)の結果)を加えて、生成物の運動エネルギーの和を求めます。
- (4)では、運動量保存則をベクトル的に(成分分解して)扱い、エネルギー保存則と連立させて解きます。
問(1)
思考の道筋とポイント
原子核反応の前後で陽子と中性子の総数は変わらないため、「バラバラな核子の状態」を共通のエネルギー基準点(0)とします。結合エネルギーが\(E_B\)の原子核は、この基準よりエネルギーが\(E_B\)だけ低い(安定である)ため、そのエネルギー準位を\(-E_B\)と表現できます。反応(a)の前後における「全結合エネルギー」の変化を計算することで、放出されるエネルギー(Q値)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 結合エネルギーが大きいほど、原子核は安定で、その静止エネルギーは小さい。
- 反応エネルギー(Q値)は、生成物の総結合エネルギーから反応物の総結合エネルギーを引いた差に等しい。\(Q = \sum BE_{\text{後}} – \sum BE_{\text{前}}\)。
- 中性子のような単独の核子は、すでに「バラバラ状態」なので結合エネルギーはゼロとして扱う。
具体的な解説と立式
発生するエネルギー\(Q\)は、反応後の生成物全体の総結合エネルギーから、反応前の反応物全体の総結合エネルギーを引いたものとして計算されます。
$$
\begin{aligned}
Q = (\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) + \text{BE}({}_{1}^{3}\text{H})) – (\text{BE}({}_{3}^{6}\text{Li}) + \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n})) \quad \cdots ①
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 結合エネルギーの定義
- エネルギー保存則
式①に、問題文で与えられた結合エネルギーの値を代入します。
はじめに、反応後の総結合エネルギーを計算します。
$$
\begin{aligned}
\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) + \text{BE}({}_{1}^{3}\text{H}) = 28.3 + 8.5 = 36.8 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
次に、反応前の総結合エネルギーを計算します。
$$
\begin{aligned}
\text{BE}({}_{3}^{6}\text{Li}) + \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n}) = 32.0 + 0 = 32.0 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
これらの差をとって、Q値を求めます。
$$
\begin{aligned}
Q = 36.8 – 32.0 = 4.8 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
原子核をレゴブロックの作品に例えましょう。結合エネルギーは、その作品がどれだけ頑丈か(壊れにくいか)を表す数値です。この核反応は、\({}_{3}^{6}\text{Li}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\)という2つの作品を一度バラバラにしてから、\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{1}^{3}\text{H}\)という新しい2つの作品に組み替えるようなものです。反応後の作品チームの方が頑丈さの合計が大きければ、その差額分のエネルギーが余って放出されます。この余ったエネルギーがQ値です。
反応(a)で発生するエネルギーは \(4.8 \, \text{MeV}\) です。Q値が正であることから、この反応はエネルギーを放出する発熱反応であり、より安定な原子核の組み合わせが生成されたことがわかります。
思考の道筋とポイント
「バラバラな核子の状態」をエネルギーの基準点(\(E=0\))とします。結合エネルギーが\(E_B\)の原子核は、この基準より\(E_B\)だけエネルギーが低い状態にあると考え、そのエネルギーを\(-E_B\)と表します。反応の前後で、「運動エネルギー」と「(負の)結合エネルギー」の総和が保存される、というエネルギー保存則を直接立式します。
この設問における重要なポイント
- バラバラな核子の状態をエネルギー基準(\(E=0\))とする。
- 結合エネルギー\(E_B\)を持つ原子核のエネルギーは\(-E_B\)と表せる。
- \((\text{運動エネルギーの和}) + (\text{静止エネルギーの和})\)が前後で保存される。
具体的な解説と立式
反応前の運動エネルギーはゼロ(\(K_{\text{前}}=0\))、反応後の運動エネルギーの和が発生エネルギー\(Q\) (\(K_{\text{後}}=Q\))です。エネルギー保存則は、
$$
\begin{aligned}
K_{\text{前}} + (-\text{BE}({}_{3}^{6}\text{Li}) – \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n})) = K_{\text{後}} + (-\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) – \text{BE}({}_{1}^{3}\text{H}))
\end{aligned}
$$
となります。これに \(K_{\text{前}}=0, K_{\text{後}}=Q\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
0 – (32.0 + 0) = Q – (28.3 + 8.5)
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 結合エネルギーの物理的意味
上の式を\(Q\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
-32.0 &= Q – 36.8 \\[2.0ex]
Q &= 36.8 – 32.0 \\[2.0ex]
&= 4.8 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
地下深くにいるほど位置エネルギーが低いように、結合エネルギーが大きい原子核ほど、エネルギー的には「低い」場所にいると考えます。反応前のチームがいるエネルギーの階層と、反応後のチームがいる階層を比べます。反応によって、より低い階層に落ちた場合、その「落差」分のエネルギーが放出されます。この落差がQ値です。
主たる解法と全く同じ結果が得られました。この考え方は、原子核のエネルギー準位図をイメージする上で非常に役立ち、より本質的な理解につながります。
問(2)
思考の道筋とポイント
反応(a)は「静止状態からの分裂」と見なせるため、(1)で求めた発生エネルギー\(Q\)が、生成される\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギーの和となります。運動量保存則より、運動エネルギーは質量の逆比で分配されます。
この設問における重要なポイント
- 静止系からの2体分裂では、運動エネルギーは質量の逆比に分配される。
- 質量の比は、多くの場合、質量数の比で精度よく近似できる。
具体的な解説と立式
エネルギー保存則より、生成される2つの粒子の運動エネルギーの和は\(Q\)に等しくなります。
$$
\begin{aligned}
K_{{}_{2}^{4}\text{He}} + K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = Q = 4.8 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
運動量保存則から導かれる運動エネルギーの分配則は、質量の逆比となります。質量を質量数で近似すると、\({}_{2}^{4}\text{He}\)の質量数は4、\({}_{1}^{3}\text{H}\)の質量数は3なので、
$$
\begin{aligned}
K_{{}_{2}^{4}\text{He}} : K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = (\text{質量数 of } {}_{1}^{3}\text{H}) : (\text{質量数 of } {}_{2}^{4}\text{He}) = 3 : 4
\end{aligned}
$$
この比率を用いて、全エネルギー\(Q\)から\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギー\(K_{{}_{1}^{3}\text{H}}\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = Q \times \frac{4}{3+4} \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 運動量保存則(及びそこから導かれる運動エネルギーの逆比分配則)
式②に \(Q = 4.8 \, \text{MeV}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
K_{{}_{1}^{3}\text{H}} &= 4.8 \times \frac{4}{7} \\[2.0ex]
&= \frac{19.2}{7} \\[2.0ex]
&\approx 2.742… \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
問題文の指示に従い、有効数字2桁で答えます。
$$
\begin{aligned}
K_{{}_{1}^{3}\text{H}} \approx 2.7 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
止まっていた爆弾が爆発して2つの破片に分かれるとき、軽い破片は速く、重い破片はゆっくり飛びます。運動エネルギーは速さの2乗に比例するので、軽い破片の方が多くのエネルギーをもらいます。この問題では、爆発で生まれた全エネルギーを、2つの原子核が質量の「逆の比」で分け合うと考え、軽い方(\({}_{1}^{3}\text{H}\))の取り分を計算します。
反応(a)で生じる\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギーは \(2.7 \, \text{MeV}\) です。残りの \(2.1 \, \text{MeV}\) が\({}_{2}^{4}\text{He}\)の運動エネルギーとなり、質量の小さい\({}_{1}^{3}\text{H}\)の方がより多くのエネルギーを得ていることが確認できます。
問(3)
思考の道筋とポイント
反応(b)で生じる生成物の運動エネルギーの和を求めます。これはエネルギー保存則から、「反応前の全運動エネルギー」と「反応(b)自体のQ値」の和に等しくなります。
この設問における重要なポイント
- 反応後の全運動エネルギーは、反応のQ値だけでなく、入射粒子の運動エネルギーも含む。
- Q値は、ここでも結合エネルギーの差から計算できる。
具体的な解説と立式
まず反応(b)のQ値 \(Q_b\) を(1)と同様に計算します。
$$
\begin{aligned}
Q_b = (\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) + \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n})) – (\text{BE}({}_{1}^{3}\text{H}) + \text{BE}({}_{1}^{2}\text{H})) \quad \cdots ③
\end{aligned}
$$
生成物の運動エネルギーの和 \(K_{\text{後}}\) は、入射粒子\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギー \(K_{{}_{1}^{3}\text{H}}\) と \(Q_b\) の和です。(標的の\({}_{1}^{2}\text{H}\)は静止)
$$
\begin{aligned}
K_{\text{後}} = K_{{}_{1}^{3}\text{H}} + Q_b \quad \cdots ④
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- Q値の定義(結合エネルギーを用いる方法)
- エネルギー保存則
まず、式③を用いて反応(b)のQ値 \(Q_b\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
Q_b &= (28.3 + 0) – (8.5 + 2.2) \\[2.0ex]
&= 28.3 – 10.7 \\[2.0ex]
&= 17.6 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
次に、式④に(2)で求めた \(K_{{}_{1}^{3}\text{H}} \approx 2.7 \, \text{MeV}\) と、今計算した \(Q_b = 17.6 \, \text{MeV}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
K_{\text{後}} &= 2.7 + 17.6 \\[2.0ex]
&= 20.3 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えます。
$$
\begin{aligned}
K_{\text{後}} \approx 20 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
動いている弾丸が的に当たって、さらに爆発するような状況です。反応後に飛び散る破片の運動エネルギーの合計は、「弾丸がもともと持っていた運動エネルギー」と「爆発によって新たに生まれたエネルギー」の足し算になります。
反応(b)で生じる\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\)の運動エネルギーの和は \(20 \, \text{MeV}\) となります。
思考の道筋とポイント
「運動エネルギー ー 結合エネルギー」の和が保存されるという単一の式で直接計算します。
具体的な解説と立式
$$
\begin{aligned}
K_{\text{前}} – \sum BE_{\text{前}} = K_{\text{後}} – \sum BE_{\text{後}}
\end{aligned}
$$
これに値を代入します。
$$
\begin{aligned}
2.7 – (8.5 + 2.2) = K_{\text{後}} – (28.3 + 0)
\end{aligned}
$$
$$
\begin{aligned}
2.7 – 10.7 &= K_{\text{後}} – 28.3 \\[2.0ex]
-8.0 &= K_{\text{後}} – 28.3 \\[2.0ex]
K_{\text{後}} &= 28.3 – 8.0 \\[2.0ex]
&= 20.3 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(20 \, \text{MeV}\) となり、主たる解法と一致します。
問(4)
思考の道筋とポイント
反応後の粒子の運動方向が指定されているため、エネルギー保存則だけでは解けず、運動量保存則をベクトルとして扱う必要があります。入射粒子(\({}_{1}^{3}\text{H}\))の進行方向をx軸、放出された中性子(\({}_{0}^{1}\text{n}\))の進行方向をy軸と設定します。運動量保存則をx, y成分で立式し、それらの式と(3)のエネルギー保存則を連立させて解きます。
この設問における重要なポイント
- 運動量はベクトル量であり、2次元の衝突では成分ごとに保存則を立てる。
- 運動量保存則とエネルギー保存則を連立させて解く。
- 運動量(\(p\))と運動エネルギー(\(K\))は、\(p^2=2mK\)で相互に変換できる。
具体的な解説と立式
入射\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギーを \(K_0\)、生成された\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\)の運動エネルギーをそれぞれ \(T_1, T_2\)とします。各原子核の質量を質量数で近似し、核子1個の質量を\(m\)とします。
運動量保存則をx成分、y成分について立てます。
- 運動量保存則(x成分):
$$
\begin{aligned}
p_0 = p_1 \cos\theta
\end{aligned}
$$ - 運動量保存則(y成分):
$$
\begin{aligned}
0 = p_1 \sin\theta – p_2
\end{aligned}
$$
この2式から\(\theta\)を消去するために2乗して足し合わせると、\(p_0^2 + p_2^2 = p_1^2\) という三平方の定理の関係が得られます。
この運動量の関係式を、\(p^2=2MK\)を使って運動エネルギーの式に書き換えます。
$$
\begin{aligned}
2(3m)K_0 + 2(1m)T_2 = 2(4m)T_1
\end{aligned}
$$
両辺を\(2m\)で割ると、
$$
\begin{aligned}
3K_0 + T_2 = 4T_1 \quad \cdots ⑨
\end{aligned}
$$
これと、(3)で求めたエネルギー保存則の式を連立させます。
$$
\begin{aligned}
T_1 + T_2 = 20.3 \quad \cdots ⑩
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 2次元の運動量保存則
- エネルギー保存則
- 運動量と運動エネルギーの関係 (\(p^2=2mK\))
連立方程式⑨と⑩を解きます。
まず、式⑩を \(T_1\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
T_1 = 20.3 – T_2
\end{aligned}
$$
これを式⑨に代入します。\(K_0=2.7 \, \text{MeV}\) を用います。
$$
\begin{aligned}
3(2.7) + T_2 &= 4(20.3 – T_2) \\[2.0ex]
8.1 + T_2 &= 81.2 – 4T_2 \\[2.0ex]
5T_2 &= 73.1 \\[2.0ex]
T_2 &= \frac{73.1}{5} \\[2.0ex]
&= 14.62 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えます。
$$
\begin{aligned}
T_2 \approx 15 \, \text{MeV}
\end{aligned}
$$
ビリヤードで、手玉を的玉にまっすぐぶつけたら、的玉は前に、手玉は後ろにしか動きません。しかし、少しずらしてぶつけると、2つの玉は斜めに飛び散ります。この問題は、それの原子核バージョンです。入射粒子がまっすぐ進み、中性子が真横に飛び出したという条件から、もう一方のヘリウムがどの方向にどれだけのエネルギーで飛び出したかを、運動量の保存(ベクトルのつりあい)とエネルギーの保存を使って計算します。
中性子の運動エネルギーは \(15 \, \text{MeV}\) となります。(計算途中の値の丸め方によっては \(14 \, \text{MeV}\) となる場合もありますが、どちらも正解の範囲内です)。全運動エネルギー \(20.3 \, \text{MeV}\) の大部分を、質量の軽い中性子が持っていくことがわかります。
【コラム】Q. (4)の運動量保存に関する式をベクトル図から導出せよ。
思考の道筋とポイント
運動量保存則 \(\vec{p}_{0} = \vec{p}_{1} + \vec{p}_{2}\) をベクトル図で考えます。ここで \(\vec{p}_{0}\) は入射\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動量、\(\vec{p}_{1}\) は放出\({}_{2}^{4}\text{He}\)の運動量、\(\vec{p}_{2}\) は放出中性子の運動量です。このベクトル方程式を \(\vec{p}_{1} = \vec{p}_{0} – \vec{p}_{2}\) と変形します。問題の条件から、ベクトル\(\vec{p}_{0}\)と\(\vec{p}_{2}\)は直交しているため、\(\vec{p}_{0}\)と\(-\vec{p}_{2}\)を2辺とし、\(\vec{p}_{1}\)を斜辺とする直角三角形を考えることができます。
この設問における重要なポイント
- 運動量保存則をベクトル図で表現する。
- ベクトル図に三平方の定理を適用する。
- 運動量と運動エネルギーの関係式 \(p^2=2mK\) を用いて式を変換する。
具体的な解説と立式
ベクトル図から、運動量ベクトルの大きさ \(p_0, p_1, p_2\) の間には、三平方の定理が成り立ちます。
$$
\begin{aligned}
p_1^2 = p_0^2 + p_2^2 \quad \cdots (A)
\end{aligned}
$$
この式を、関係式 \(p^2 = 2mK\) を用いて運動エネルギーで書き直します。各粒子の質量を質量数(3, 4, 1)で近似し、核子1個の質量を\(m\)とします。
$$
\begin{aligned}
2(4m)T_1 = 2(3m)K_0 + 2(1m)T_2
\end{aligned}
$$
両辺を\(2m\)で割ることにより、設問(4)の解説中の式⑨と同じ関係式が得られます。
$$
\begin{aligned}
4T_1 = 3K_0 + T_2
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- ベクトルとしての運動量保存則
- 三平方の定理
- 運動量と運動エネルギーの関係 (\(p^2=2mK\))
立式が主目的のため、ここでの計算はありません。
運動量の保存則は、矢印(ベクトル)の足し算で表すことができます。入射粒子の運動量の矢印が、出ていく2つの粒子の運動量の矢印の合計と等しくなります。今回は、出ていく中性子が真横に飛ぶので、運動量の矢印で直角三角形を描くことができます。そこに三平方の定理を使い、運動量をエネルギーの式に書き直すと、(4)で使った関係式が導かれます。
ベクトル図と三平方の定理を用いることで、成分分解の計算を省略し、より直感的に運動エネルギーの関係式を導出できることが示されました。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 結合エネルギーと質量・エネルギーの関係:
- 核心: 質量が直接与えられない場合、反応エネルギー(Q値)は、生成物と反応物の総結合エネルギーの差、\(Q = \sum BE_{\text{後}} – \sum BE_{\text{前}}\) として計算されます。結合エネルギーが大きいほど、原子核は安定でエネルギー準位が低い、という概念の理解が核心です。
- 理解のポイント:
- 結合エネルギーが大きい \(\leftrightarrow\) バラバラ状態から多くのエネルギーを放出した \(\leftrightarrow\) 安定でエネルギー準位は低い(質量エネルギーが小さい)。
- 反応でより安定な原子核が生成される(総結合エネルギーが増加する)場合、その差額がエネルギーとして放出されます(発熱反応)。
- 運動量保存則(1次元と2次元):
- 核心: (2)の静止系からの分裂では1次元的な適用が、(4)の特定の角度への放出ではベクトルとして扱う2次元的な適用が問われます。特に2次元でのベクトル演算は、この問題の大きな山場です。
- 理解のポイント: 運動量はベクトル量であるため、向きまで含めて保存されます。2次元の問題では、便利な座標軸を設定し、成分ごとに保存則を立てるのが基本です。
- エネルギー保存則:
- 核心: 反応で発生したQ値と、系が元々持っていた運動エネルギーの総和が、反応後の全運動エネルギーに等しいという、エネルギーの収支を管理する基本法則です。
- 理解のポイント: エネルギーは、運動エネルギー、質量エネルギー(内部エネルギー)など、様々な形態に姿を変えますが、その総和は常に一定に保たれます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 質量ではなく、結合エネルギーや静止エネルギーが与えられた場合の、あらゆる核反応(核分裂、α崩壊など)のQ値計算。
- 衝突・分裂後に粒子が特定の角度に放出されるような、2次元的な衝突問題全般。
- 多段階の反応を経て最終的な結果を問う問題。
- 初見の問題での着眼点:
- 与えられているのが「質量」なのか「結合エネルギー」なのかを確認する。結合エネルギーなら、エネルギー準位図を描くか、\(Q = \Delta BE\) の公式を適用する。
- 反応後の粒子の「方向」や「角度」に関する記述があるか確認する。もしあれば、運動量保存則をベクトルとして(成分分解やベクトル図で)扱う必要があると判断する。
- 「静止状態から」「熱中性子を吸収」などの記述は、初期運動エネルギーがゼロと見なせるサイン。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 結合エネルギーとエネルギー準位の混同:
- 誤解: 結合エネルギーが大きいほどエネルギーが高いと勘違いし、Q値の計算で符号を間違える。
- 対策: 「結合エネルギーが大きい \(\leftrightarrow\) バラバラ状態から多くのエネルギーを放出した \(\leftrightarrow\) 安定でエネルギー準位は低い」という論理関係を正確に理解する。エネルギー準位図を描くのが最も有効な対策です。
- (3)で入射粒子の運動エネルギーを足し忘れるミス:
- 誤解: 反応(b)後の全運動エネルギーを、反応(b)のQ値そのものだと勘違いしてしまう。
- 対策: エネルギー保存則を常に意識し、「後の全エネルギー = 前の全エネルギー」という基本に立ち返る。前のエネルギーには、Q値の元となる静止エネルギーだけでなく、運動エネルギーも含まれることを忘れない。
- (4)での運動量ベクトルの扱いのミス:
- 誤解: 運動量をスカラーとして単純に足し引きしたり、三平方の定理のどの辺が斜辺になるかを間違えたりする。
- 対策: 必ず \(\vec{p}_{\text{前}} = \vec{p}_{\text{後}}\) のベクトル図を描く。今回のケースでは \(\vec{p}_1 = \vec{p}_0 – \vec{p}_2\) と変形し、直交する\(\vec{p}_0\)と\(-\vec{p}_2\)から斜辺\(\vec{p}_1\)を求める、という手順を明確に踏むことがミスを防ぎます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(Q = \sum BE_{\text{後}} – \sum BE_{\text{前}}\):
- 選定理由: 問題で与えられているのが質量ではなく結合エネルギーであり、反応によるエネルギーの出入りを問われているため。
- 適用根拠: 全ての原子核は共通の構成要素(陽子と中性子)から成るため、「バラバラ状態」をエネルギーの共通基準とすることで、結合エネルギーの差が正味のエネルギー変化を表すという物理的描像に基づきます。
- 2次元運動量保存則 (\(p_x\)成分、\(p_y\)成分の保存):
- 選定理由: 反応後の粒子の運動方向が、入射方向に対して角度を持っているため。
- 適用根拠: 運動量はベクトル量であり、外力が働かない限り、どの方向の成分についても保存されるという基本法則に基づきます。
- \(p^2=2mK\):
- 選定理由: 運動量保存則から導かれる式と、エネルギー保存則から導かれる式を連立させるため。両法則に共通する変数がないため、運動量\(p\)と運動エネルギー\(K\)を相互に変換するこの式が必要になります。
- 適用根拠: 運動エネルギーと運動量の定義式から導かれる、純粋な数学的関係です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 連立方程式の処理:
- 特に注意すべき点: (4)では、2つの未知数(\(T_1, T_2\))を含む連立方程式を解く必要があります。計算過程を丁寧に書き出し、符号や係数の間違いがないか慎重に確認しましょう。
- 日頃の練習: 未知数を消去する際に、どの式をどの変数について解いて代入するのが最も計算が楽になるか、見通しを立てる練習をすると良いでしょう。
- 計算途中の丸め:
- 特に注意すべき点: 計算の途中ではなるべく丸めない値を使い、最後に有効数字を合わせることで精度を高めます。例えば(3)の計算では、\(K_{{}_{1}^{3}\text{H}}\)の値を\(2.742…\)のように多めに桁を取って計算を進めると、より正確な答えに近づきます。
- 日頃の練習: 複数の設問が連動している問題では、前の設問の答えを丸める前の値で次の計算に使う習慣をつけると、誤差の蓄積を防げます。
- 近似の意識:
- 特に注意すべき点: 質量を質量数で近似していることを念頭に置きましょう。この問題では、この近似によって核子1個の質量\(m\)が式からきれいに消去できるため、計算が簡潔になります。
- 日頃の練習: なぜ近似が許されるのか(この場合は質量の「比」が重要だから)を考えることで、物理的な洞察が深まります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- Q値の符号の妥当性:
- 吟味の視点: 両反応とも、より安定な原子核が生成される(結合エネルギーが増加する)方向に進んでいるため、Q値が正になる(発熱反応)というのは物理的に妥当です。
- エネルギーの分配の妥当性:
- 吟味の視点: (2)では軽い\({}_{1}^{3}\text{H}\)の方が重い\({}_{2}^{4}\text{He}\)より多くのエネルギーを、(4)では最も軽い中性子がエネルギーの大部分を持ち去っており、物理的に妥当な結果です。
- ベクトル図との整合性:
- 吟味の視点: (4)の計算結果から、\({}_{2}^{4}\text{He}\)の運動エネルギー\(T_1\)も計算できます(\(T_1 \approx 5.7\) MeV)。\(p^2=2mK\)の関係から、各粒子の運動量の大きさの比を計算し、それがベクトル図(直角三角形)の辺の長さを満たしているか(三平方の定理が成り立つか)を検算することができます。
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問題68 (名古屋大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、中性子と陽子の核反応によって重陽子(重水素の原子核)が生成される過程を追い、その測定と分析を通じて重陽子の結合エネルギーを求めるという、実験的な設定の総合問題です。問題は大きく分けて、(1)(2)の「γ線のエネルギー測定パート」と、(3)以降の「核反応の解析パート」の2つから構成されています。
- 反応式: \({}_{0}^{1}\text{n} + {}_{1}^{1}\text{p} \rightarrow {}_{1}^{2}\text{D} + \gamma\)
- 初期状態: 陽子(\({}_{1}^{1}\text{p}\))は静止、中性子(\({}_{0}^{1}\text{n}\))は非常に遅い(運動エネルギーは無視できる)。
- 結晶: γ線のエネルギー測定に用いる結晶の格子面間隔は\(d\)。
- ブラッグ反射の角度:
- 未知のγ線(エネルギー\(E_1\))の一次反射角: \(\theta = \alpha\)
- 既知のγ線(エネルギー\(E_0\))の一次反射角: \(\theta = \beta\)
- 定数と質量:
- 光速: \(c = 3.0 \times 10^8 \, \text{m/s}\)
- プランク定数: \(h\)
- 陽子の質量: \(m_p = 1.0073 \, \text{u}\)
- 中性子の質量: \(m_n = 1.0087 \, \text{u}\)
- 換算係数:
- \(1 \, \text{MeV} = 1.6 \times 10^{-13} \, \text{J}\)
- \(1 \, \text{u} = 1.7 \times 10^{-27} \, \text{kg}\)
- (1) 未知のγ線のエネルギー\(E_1\)を\(d, \alpha, h, c\)で表す。
- (2) \(E_1\)を\(E_0, \alpha, \beta\)で表す。
- (3) 生成された重陽子の運動量\(p_D\)と運動エネルギー\(E_D\)を\(E_1\)などで表す。
- (4) 重陽子の結合エネルギー\(E_b\)を\(E_1, E_D\)で表す。
- (5) 与えられた数値から\(E_1\)を計算し、\(E_D\)が\(E_1\)の何%になるかを計算する。
- (6) \(E_b\)の値を計算し、それを用いて重陽子の正確な質量\(m_D\)を計算する。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本問については、模範解答のアプローチが最も標準的かつ効率的であるため、別解の提示は省略します。
本問は、一つの核反応を軸に、物理学の異なる分野の法則がどのように連携して使われるかを示す好例です。まず、γ線という電磁波(光子)の波動性に着目し、「ブラッグの反射条件」を用いてそのエネルギーを決定します。次に、同じγ線を粒子(光子)として捉え、核反応の前後での「運動量保存則」と「エネルギー保存則」を考えます。これらの法則を組み合わせることで、直接測定が難しい「原子核の結合エネルギー」というミクロな世界の重要な量を、観測可能な量から導き出すことができます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 光の波動性と粒子性: γ線を「波」と見なしてブラッグの条件を適用し、その結果を「光子」という粒子のエネルギー(\(E=hc/\lambda\))や運動量(\(p=E/c\))に結びつける、現代物理学の根幹をなす二重性の理解が核心です。
- 運動量保存則: (3)で、静止状態からの反応では生成物が逆向きに同じ大きさの運動量で飛び出すことを決定づける重要な法則です。
- エネルギー保存則(静止エネルギーを含む): (4)で、反応前後の静止エネルギー、運動エネルギー、光子エネルギーの総和が等しいという関係から、未知の量である「結合エネルギー」を導き出すための最重要法則です。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)-(2)では、ブラッグの条件を用いてγ線のエネルギーを測定する原理を数式で表現します。
- (3)では、核反応の前後での運動量保存則を考えます。
- (4)では、静止エネルギーまで含めたエネルギー保存則を立式し、結合エネルギーを定義します。
- (5)-(6)では、これまでに導出した関係式に具体的な数値を代入し、最終的な物理量を計算します。