問題67 (九州工大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、2段階の核反応を通じて高エネルギーの中性子を生成するプロセスを扱います。質量そのものではなく「結合エネルギー」が与えられている点が特徴で、これを用いて反応エネルギー(Q値)を計算する必要があります。さらに、衝突後の粒子が特定の角度に放出される場合のエネルギー計算など、運動量保存則を2次元的に応用する力も問われます。
- 反応 (a): \({}_{3}^{6}\text{Li} + {}_{0}^{1}\text{n} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He} + {}_{1}^{3}\text{H}\) (熱中性子を吸収)
- 反応 (b): \({}_{1}^{3}\text{H} + {}_{1}^{2}\text{H} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He} + {}_{0}^{1}\text{n}\)
- 原子核の結合エネルギー (BE):
- \({}_{3}^{6}\text{Li}\): \(32.0 \, \text{MeV}\)
- \({}_{2}^{4}\text{He}\): \(28.3 \, \text{MeV}\)
- \({}_{1}^{3}\text{H}\): \(8.5 \, \text{MeV}\)
- \({}_{1}^{2}\text{H}\): \(2.2 \, \text{MeV}\)
- 有効数字: 2桁
- (1) 反応(a)で発生するエネルギー(Q値)。
- (2) 反応(a)で生じる\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギー。
- (3) 反応(b)で生じる\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\)の運動エネルギーの和。
- (4) 反応(b)で、中性子が特定の角度(入射方向と90度)に放出された場合の中性子の運動エネルギー。
- (コラムQ) (4)の運動量保存に関する式をベクトル図から導出すること。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本問の最大のポイントは、結合エネルギーを用いて反応エネルギー(Q値)を計算する点です。原子核の質量は、それを構成する陽子と中性子がバラバラの状態のときの質量の和よりも小さく、その差が「質量欠損」です。この質量欠損に相当するエネルギーが「結合エネルギー」であり、原子核の安定度を示します。したがって、結合エネルギーが大きいほど、原子核は安定で、そのぶん質量(静止エネルギー)は小さくなります。この関係を利用し、「バラバラな核子の状態」をエネルギーの基準点として考えることで、反応前後のエネルギー差、すなわちQ値を計算できます。
問(1)
思考の道筋とポイント
原子核反応の前後で陽子と中性子の総数は変わらないため、「バラバラな核子の状態」を共通のエネルギー基準点(0)とします。結合エネルギーが\(E_B\)の原子核は、この基準よりエネルギーが\(E_B\)だけ低い(安定である)ため、そのエネルギー準位を\(-E_B\)と表現できます。反応(a)の前後における「全結合エネルギー」の変化を計算することで、放出されるエネルギー(Q値)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 結合エネルギーが大きいほど、原子核は安定で、その静止エネルギーは小さい。
- 反応エネルギー(Q値)は、生成物の総結合エネルギーから反応物の総結合エネルギーを引いた差に等しい。\(Q = \sum BE_{\text{後}} – \sum BE_{\text{前}}\)。
- 中性子のような単独の核子は、すでに「バラバラ状態」なので結合エネルギーはゼロとして扱う。
メインの解法: 結合エネルギーの差を用いた方法
具体的な解説と立式
発生するエネルギー\(Q\)は、反応後の生成物全体の総結合エネルギーから、反応前の反応物全体の総結合エネルギーを引いたものとして計算されます。
$$Q = (\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) + \text{BE}({}_{1}^{3}\text{H})) – (\text{BE}({}_{3}^{6}\text{Li}) + \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n})) \quad \cdots ①$$
別解1: エネルギー保存則による方法
具体的な解説と立式
運動エネルギーと(負の)結合エネルギーの和が保存される、というエネルギー保存則を直接立式します。反応前の運動エネルギーはゼロ(\(K_{\text{前}}=0\))、反応後の運動エネルギーの和が発生エネルギー\(Q\) (\(K_{\text{後}}=Q\))なので、
$$0 – (\text{BE}({}_{3}^{6}\text{Li}) + \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n})) = Q – (\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) + \text{BE}({}_{1}^{3}\text{H})) \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 結合エネルギーの定義
- エネルギー保存則
式①に、問題文で与えられた結合エネルギーの値を代入します。
はじめに、反応後の総結合エネルギーを計算します。
$$\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) + \text{BE}({}_{1}^{3}\text{H}) = 28.3 + 8.5 = 36.8 \, \text{MeV}$$
次に、反応前の総結合エネルギーを計算します。
$$\text{BE}({}_{3}^{6}\text{Li}) + \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n}) = 32.0 + 0 = 32.0 \, \text{MeV}$$
これらの差をとって、Q値を求めます。
$$Q = 36.8 – 32.0 = 4.8 \, \text{MeV}$$
反応後の生成物チーム(\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{1}^{3}\text{H}\))の安定度(結合エネルギーの合計)と、反応前の材料チーム(\({}_{3}^{6}\text{Li}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\))の安定度を比べます。その安定度の差(どれだけより安定な組み合わせになったか)が、エネルギーとして放出されます。
反応(a)で発生するエネルギーは \(4.8 \, \text{MeV}\) です。Q値が正であることから、この反応はエネルギーを放出する発熱反応であり、より安定な原子核の組み合わせが生成されたことがわかります。
問(2)
思考の道筋とポイント
反応(a)は「静止状態からの分裂」と見なせるため、(1)で求めた発生エネルギー\(Q\)が、生成される\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギーの和となります。運動量保存則より、運動エネルギーは質量の逆比で分配されます。
この設問における重要なポイント
- 静止系からの2体分裂では、運動エネルギーは質量の逆比に分配される。
- 質量の比は、多くの場合、質量数の比で精度よく近似できる。
具体的な解説と立式
エネルギー保存則より、生成される2つの粒子の運動エネルギーの和は\(Q\)に等しくなります。
$$K_{{}_{2}^{4}\text{He}} + K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = Q = 4.8 \, \text{MeV}$$
運動量保存則から導かれる運動エネルギーの分配則は、質量の逆比となります。質量を質量数で近似すると、\({}_{2}^{4}\text{He}\)の質量数は4、\({}_{1}^{3}\text{H}\)の質量数は3なので、
$$K_{{}_{2}^{4}\text{He}} : K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = (\text{質量数 of } {}_{1}^{3}\text{H}) : (\text{質量数 of } {}_{2}^{4}\text{He}) = 3 : 4$$
この比率を用いて、全エネルギー\(Q\)から\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギー\(K_{{}_{1}^{3}\text{H}}\)を求めます。
$$K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = Q \times \displaystyle\frac{4}{3+4} \quad \cdots ①$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 運動量保存則(及びそこから導かれる運動エネルギーの逆比分配則)
式①に \(Q = 4.8 \, \text{MeV}\) を代入します。
$$K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = 4.8 \times \displaystyle\frac{4}{7}$$
分数を計算します。
$$K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = \displaystyle\frac{19.2}{7} \approx 2.742… \, \text{MeV}$$
問題文の指示に従い、有効数字2桁で答えます。
$$K_{{}_{1}^{3}\text{H}} \approx 2.7 \, \text{MeV}$$
発生した全エネルギー \(4.8 \, \text{MeV}\) を、2つの粒子の質量の逆比、つまり\(4:3\)ではなく\(3:4\)の比率で分けます。求めたいのは質量3の\({}_{1}^{3}\text{H}\)のエネルギーなので、全体(\(3+4=7\))のうちの4の割合を受け取ります。
反応(a)で生じる\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギーは \(2.7 \, \text{MeV}\) です。残りの \(2.1 \, \text{MeV}\) が\({}_{2}^{4}\text{He}\)の運動エネルギーとなり、質量の小さい\({}_{1}^{3}\text{H}\)の方がより多くのエネルギーを得ていることが確認できます。
問(3)
思考の道筋とポイント
反応(b)で生じる生成物の運動エネルギーの和を求めます。これはエネルギー保存則から、「反応前の全運動エネルギー」と「反応(b)自体のQ値」の和に等しくなります。
この設問における重要なポイント
- 反応後の全運動エネルギーは、反応のQ値だけでなく、入射粒子の運動エネルギーも含む。
- Q値は、ここでも結合エネルギーの差から計算できる。
メインの解法: Q値と初期エネルギーの和として計算
具体的な解説と立式
まず反応(b)のQ値 \(Q_b\) を(1)と同様に計算します。
$$Q_b = (\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) + \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n})) – (\text{BE}({}_{1}^{3}\text{H}) + \text{BE}({}_{1}^{2}\text{H})) \quad \cdots ①$$
生成物の運動エネルギーの和 \(K_{\text{後}}\) は、入射粒子\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギー \(K_{{}_{1}^{3}\text{H}}\) と \(Q_b\) の和です。(標的の\({}_{1}^{2}\text{H}\)は静止)
$$K_{\text{後}} = K_{{}_{1}^{3}\text{H}} + Q_b \quad \cdots ②$$
別解1: 統一的なエネルギー保存則で計算
具体的な解説と立式
「運動エネルギー ー 結合エネルギー」の和が保存されるという単一の式で直接計算します。
$$K_{{}_{1}^{3}\text{H}} – (\text{BE}({}_{1}^{3}\text{H}) + \text{BE}({}_{1}^{2}\text{H})) = K_{\text{後}} – (\text{BE}({}_{2}^{4}\text{He}) + \text{BE}({}_{0}^{1}\text{n})) \quad \cdots ③$$
使用した物理公式
- Q値の定義(結合エネルギーを用いる方法)
- エネルギー保存則
まず、式①を用いて反応(b)のQ値 \(Q_b\) を計算します。
$$Q_b = (28.3 + 0) – (8.5 + 2.2) = 28.3 – 10.7 = 17.6 \, \text{MeV}$$
次に、式②に(2)で求めた \(K_{{}_{1}^{3}\text{H}} \approx 2.7 \, \text{MeV}\) と、今計算した \(Q_b = 17.6 \, \text{MeV}\) を代入します。
$$K_{\text{後}} = 2.7 + 17.6 = 20.3 \, \text{MeV}$$
有効数字2桁で答えます。
$$K_{\text{後}} \approx 20 \, \text{MeV}$$
この反応自体が\(17.6 \, \text{MeV}\)のエネルギーを生み出し、さらに弾丸である\({}_{1}^{3}\text{H}\)が\(2.7 \, \text{MeV}\)のエネルギーを持ち込んできます。したがって、反応後に飛び出す粒子たちが分け合うエネルギーの合計は、この二つを足し合わせたものになります。
問(4)
思考の道筋とポイント
反応後の粒子の運動方向が指定されているため、エネルギー保存則だけでは解けず、運動量保存則をベクトルとして扱う必要があります。入射粒子(\({}_{1}^{3}\text{H}\))の進行方向をx軸、放出された中性子(\({}_{0}^{1}\text{n}\))の進行方向をy軸と設定します。運動量保存則をx, y成分で立式し、それらの式と(3)のエネルギー保存則を連立させて解きます。
この設問における重要なポイント
- 運動量はベクトル量であり、2次元の衝突では成分ごとに保存則を立てる。
- 運動量保存則とエネルギー保存則を連立させて解く。
- 運動量(\(p\))と運動エネルギー(\(K\))は、\(p^2=2mK\)で相互に変換できる。
メインの解法: 運動量保存則の成分分解による方法
具体的な解説と立式
入射\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動エネルギーを \(K_0\)、速さを\(v\)、生成された\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\)の運動エネルギーをそれぞれ \(T_1, T_2\)、速さを\(V_1, V_2\)とします。核子1個の質量を\(m\)とし、各原子核の質量を質量数で近似します。運動量保存則をx成分、y成分について立てます。
- 運動量保存則(x成分):
$$3mv = 4mV_1 \cos\theta \quad \cdots ①$$ - 運動量保存則(y成分):
$$mV_2 = 4mV_1 \sin\theta \quad \cdots ②$$
式①と②から\(\theta\)を消去するために2乗して足し合わせ、\(p^2=2MK\)の関係を使って運動エネルギーの式に書き換えると、次の関係式が得られます。
$$3K_0 + T_2 = 4T_1 \quad \cdots ③$$
これと、(3)で求めたエネルギー保存則の式を連立させます。
$$T_1 + T_2 = 20.3 \quad \cdots ④$$
使用した物理公式
- 2次元の運動量保存則
- エネルギー保存則
- 運動量と運動エネルギーの関係 (\(p^2=2mK\))
連立方程式③と④を解きます。
まず、式④を \(T_1\) について解きます。
$$T_1 = 20.3 – T_2$$
これを式③に代入します。\(K_0=2.7 \, \text{MeV}\) を用います。
$$3(2.7) + T_2 = 4(20.3 – T_2)$$
式を展開します。
$$8.1 + T_2 = 81.2 – 4T_2$$
\(T_2\)を含む項を左辺に、定数項を右辺にまとめます。
$$T_2 + 4T_2 = 81.2 – 8.1$$
$$5T_2 = 73.1$$
\(T_2\)について解きます。
$$T_2 = \displaystyle\frac{73.1}{5} = 14.62 \, \text{MeV}$$
有効数字2桁で答えます。
$$T_2 \approx 15 \, \text{MeV}$$
この問題は、未知数が放出された\({}_{2}^{4}\text{He}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\)の運動エネルギー\(T_1, T_2\)の2つなので、式が2本必要になります。1本目はエネルギー保存の式((3)で計算済み)、2本目は運動量保存の式です。運動量保存の式をうまく変形してエネルギーの式に直し、これら2本の式を連立方程式として解くことで、答えを求めます。
中性子の運動エネルギーは \(15 \, \text{MeV}\) となります。(計算途中の値の丸め方によっては \(14 \, \text{MeV}\) となる場合もありますが、どちらも正解の範囲内です)。全運動エネルギー \(20.3 \, \text{MeV}\) の大部分を、質量の軽い中性子が持っていくことがわかります。
【コラム】Q. (4)の運動量保存に関する式をベクトル図から導出せよ。
思考の道筋とポイント
運動量保存則 \(\vec{p}_{0} = \vec{p}_{1} + \vec{p}_{2}\) をベクトル図で考えます。ここで \(\vec{p}_{0}\) は入射\({}_{1}^{3}\text{H}\)の運動量、\(\vec{p}_{1}\) は放出\({}_{2}^{4}\text{He}\)の運動量、\(\vec{p}_{2}\) は放出中性子の運動量です。このベクトル方程式を \(\vec{p}_{1} = \vec{p}_{0} – \vec{p}_{2}\) と変形します。問題の条件から、ベクトル\(\vec{p}_{0}\)と\(\vec{p}_{2}\)は直交しているため、\(\vec{p}_{0}\)と\(-\vec{p}_{2}\)を2辺とし、\(\vec{p}_{1}\)を斜辺とする直角三角形を考えることができます。
具体的な解説と立式
ベクトル図から、運動量ベクトルの大きさ \(p_0, p_1, p_2\) の間には、三平方の定理が成り立ちます。
$$p_1^2 = p_0^2 + p_2^2 \quad \cdots (A)$$
この式を、関係式 \(p^2 = 2mK\) を用いて運動エネルギーで書き直します。各粒子の質量を質量数(3, 4, 1)で近似し、核子1個の質量を\(m\)とします。
$$2(4m)T_1 = 2(3m)K_0 + 2(1m)T_2$$
両辺を\(2m\)で割ることにより、設問(4)の解説中の式③と同じ関係式が得られます。
$$4T_1 = 3K_0 + T_2$$
使用した物理公式
- ベクトルとしての運動量保存則
- 三平方の定理
- 運動量と運動エネルギーの関係 (\(p^2=2mK\))
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 結合エネルギーと質量・エネルギーの関係: 質量が直接与えられない場合、反応エネルギー(Q値)は、生成物と反応物の総結合エネルギーの差、\(Q = \sum BE_{\text{後}} – \sum BE_{\text{前}}\) として計算されます。結合エネルギーが大きいほど、原子核は安定でエネルギー準位が低い、という概念の理解が核心です。
- 運動量保存則(1次元と2次元): (2)の静止系からの分裂では1次元的な適用が、(4)の特定の角度への放出ではベクトルとして扱う2次元的な適用が問われます。特に2次元でのベクトル演算は、この問題の大きな山場です。
- エネルギー保存則: 反応で発生したQ値と、系が元々持っていた運動エネルギーの総和が、反応後の全運動エネルギーに等しいという、エネルギーの収支を管理する基本法則です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
- 質量ではなく、結合エネルギーや静止エネルギーが与えられた場合の、あらゆる核反応(核分裂、α崩壊など)のQ値計算。
- 衝突・分裂後に粒子が特定の角度に放出されるような、2次元的な衝突問題全般。
- 多段階の反応を経て最終的な結果を問う問題。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 与えられているのが「質量」なのか「結合エネルギー」なのかを確認する。結合エネルギーなら、エネルギー準位図を描くか、\(Q = \Delta BE\) の公式を適用する。
- 反応後の粒子の「方向」や「角度」に関する記述があるか確認する。もしあれば、運動量保存則をベクトルとして(成分分解やベクトル図で)扱う必要があると判断する。
- 「静止状態から」「熱中性子を吸収」などの記述は、初期運動エネルギーがゼロと見なせるサイン。
- 問題解決のヒントや、特に注意すべき点は何か:
- (4)のような2次元衝突では、エネルギー保存則だけでは未知数が多くて解けません。必ず運動量保存則と連立させる必要があります。
- 運動量(\(p\))と運動エネルギー(\(K\))は別物ですが、\(p^2=2mK\) という関係式で常に行き来できます。この変換は非常に頻繁に使うテクニックです。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 結合エネルギーとエネルギー準位の混同:
- 現象: 結合エネルギーが大きいほどエネルギーが高いと勘違いし、Q値の計算で符号を間違える。
- 対策: 「結合エネルギーが大きい \(\leftrightarrow\) バラバラ状態から多くのエネルギーを放出した \(\leftrightarrow\) 安定でエネルギー準位は低い」という論理関係を正確に理解する。エネルギー準位図を描くのが最も有効な対策です。
- (3)で入射粒子の運動エネルギーを足し忘れる:
- 現象: 反応(b)後の全運動エネルギーを、反応(b)のQ値そのものだと勘違いしてしまう。
- 対策: エネルギー保存則を常に意識し、「後の全エネルギー = 前の全エネルギー」という基本に立ち返る。前のエネルギーには、Q値の元となる静止エネルギーだけでなく、運動エネルギーも含まれることを忘れない。
- (4)での運動量ベクトルの扱い:
- 現象: 運動量をスカラーとして単純に足し引きしたり、三平方の定理のどの辺が斜辺になるかを間違えたりする。
- 対策: 必ず \(\vec{p}_{\text{前}} = \vec{p}_{\text{後}}\) のベクトル図を描く。今回のケースでは \(\vec{p}_1 = \vec{p}_0 – \vec{p}_2\) と変形し、直交する\(\vec{p}_0\)と\(-\vec{p}_2\)から斜辺\(\vec{p}_1\)を求める、という手順を明確に踏むことがミスを防ぎます。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題では、物理現象をどのようにイメージし、図にどのように表現することが有効だったか:
- エネルギー準位図: (1)や(3)のQ値計算で絶大な効果を発揮します。一番上に「バラバラ状態(E=0)」の線を引き、そこから各原子核(または系の)結合エネルギー分だけ下にエネルギー準位を描きます。反応は、この準位間の矢印として視覚化され、Q値がその矢印の長さに対応することが直感的にわかります。
- 運動量ベクトル図: (4)を解く鍵です。入射運動量ベクトル \(\vec{p}_0\) を基準に、それと直角に飛び出す中性子の運動量ベクトル \(\vec{p}_2\) を描き、運動量保存則 \(\vec{p_0} = \vec{p_1} + \vec{p_2}\) を満たすように残りの\({}_{2}^{4}\text{He}\)の運動量ベクトル \(\vec{p}_1\) を作図します。これにより、ベクトル間の幾何学的な関係(三平方の定理)が明確になります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(Q = \sum BE_{\text{後}} – \sum BE_{\text{前}}\):
- 選定理由: 問題で与えられているのが質量ではなく結合エネルギーであり、反応によるエネルギーの出入りを問われているため。
- 適用根拠: 全ての原子核は共通の構成要素(陽子と中性子)から成るため、「バラバラ状態」をエネルギーの共通基準とすることで、結合エネルギーの差が正味のエネルギー変化を表すという物理的描像に基づきます。
- 2次元運動量保存則 (\(p_x\)成分、\(p_y\)成分の保存):
- 選定理由: 反応後の粒子の運動方向が、入射方向に対して角度を持っているため。
- 適用根拠: 運動量はベクトル量であり、外力が働かない限り、どの方向の成分についても保存されるという基本法則に基づきます。
- \(p^2=2mK\):
- 選定理由: 運動量保存則から導かれる式と、エネルギー保存則から導かれる式を連立させるため。両法則に共通する変数がないため、運動量\(p\)と運動エネルギー\(K\)を相互に変換するこの式が必要になります。
- 適用根拠: 運動エネルギーと運動量の定義式から導かれる、純粋な数学的関係です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 反応(a)のQ値: \(Q_a = (\text{後のBE合計}) – (\text{前のBE合計})\) を計算する。
- (2) エネルギー分配: \(K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = Q_a \times \displaystyle\frac{A_{{}_{2}^{4}\text{He}}}{A_{{}_{2}^{4}\text{He}} + A_{{}_{1}^{3}\text{H}}}\) で分配する。
- (3) 反応(b)の全エネルギー: まず反応(b)の\(Q_b\)を(1)と同様に計算。次に、\(K_{\text{後}} = K_{{}_{1}^{3}\text{H}(\text{入射})} + Q_b\) で全運動エネルギーを求める。
- (4) 2次元衝突の解析:
- Step A (運動量): 運動量ベクトルについて三平方の定理を立てる: \(p_1^2 = p_0^2 + p_2^2\)。
- Step B (エネルギー): エネルギー保存則の式を準備する: \(T_1 + T_2 = K_{\text{後}}\)。
- Step C (変換): Step Aの式を \(p^2=2mK\) を使って運動エネルギーの式に変換する。
- Step D (連立): Step B と Step C で得られた2つの式を連立して解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 連立方程式の処理: (4)では、2つの未知数(\(T_1, T_2\))を含む連立方程式を解く必要があります。計算過程を丁寧に書き出し、符号や係数の間違いがないか慎重に確認しましょう。
- 計算途中の丸め: 計算の途中ではなるべく丸めない値を使い、最後に有効数字を合わせることで精度を高めます。
- 近似の意識: 質量を質量数で近似していることを念頭に置きましょう。この問題では、この近似によって核子1個の質量\(m\)が式からきれいに消去できるため、計算が簡潔になります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- Q値の符号の妥当性: 両反応とも、より安定な原子核が生成される(結合エネルギーが増加する)方向に進んでいるため、Q値が正になる(発熱反応)というのは物理的に妥当です。
- エネルギーの分配の妥当性: (2)では軽い\({}_{1}^{3}\text{H}\)の方が重い\({}_{2}^{4}\text{He}\)より多くのエネルギーを、(4)では最も軽い中性子がエネルギーの大部分を持ち去っており、物理的に妥当な結果です。
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