103 仕事率
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、一定の速さで坂道を登る自動車の運動を題材に、力のつり合いと仕事率を問う問題です。力学の基本的な法則を、具体的な状況に適用する能力が試されます。
この問題の核心は、自動車に働く力を正しく図示し、「斜面方向の力のつり合い」と「仕事率の定義」という2つの側面から現象を分析することです。
- 自動車の質量: \(m = 1000 \text{ kg}\)
- 自動車の速さ: \(v = 72 \text{ km/h}\) (一定)
- 坂道の傾斜: 10 m 走るごとに 0.50 m 高くなる
- 抵抗力(空気抵抗+車軸の抵抗): \(f = 500 \text{ N}\)
- 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\)
- (1) 自動車の駆動力の大きさ \(F\)。
- (2) 駆動力の仕事率 \(P\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「坂道を一定速度で進む物体の仕事と仕事率」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示と分解: 自動車に働く重力、駆動力、抵抗力、垂直抗力を正しく図示し、斜面に平行・垂直な方向に分解します。
- 力のつり合い: 自動車は「一定の速さ」で運動しているため、加速度はゼロです。したがって、進行方向(斜面に平行な方向)の力はつり合っています。
- 仕事率の定義: 仕事率 \(P\) は、力 \(F\) と速さ \(v\) を用いて \(P=Fv\) と表されます。
- 仕事とエネルギーの関係: 運動エネルギーが変化しない場合、物体にされた仕事の総和はゼロになります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、自動車に働く力をすべて図示します。次に、自動車が一定の速さで運動していることから、斜面に平行な方向の力のつり合いの式を立てて駆動力\(F\)を求めます(問1)。
- 次に、(1)で求めた駆動力\(F\)と、与えられた速さ\(v\)(単位をm/sに変換)を用いて、仕事率の公式 \(P=Fv\) から仕事率を計算します(問2)。
問(1)
思考の道筋とポイント
自動車の駆動力 \(F\) を求める問題です。問題文の「一定の速さで登っている」という記述が最大のヒントです。これは、自動車の加速度がゼロであることを意味し、ニュートンの運動法則によれば、自動車に働く力の合力はゼロ、すなわち力がつり合っている状態であることを示しています。
ここでは、自動車の運動方向である「斜面に平行な方向」の力のつり合いを考えます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: 自動車には、①斜面を上る向きの「駆動力 \(F\)」、②斜面を下る向きの「抵抗力 \(f\)」、③鉛直下向きの「重力 \(mg\)」、④斜面に垂直な向きの「垂直抗力 \(N\)」が働いています。
- 力の分解: つり合いの式を立てるために、重力 \(mg\) を「斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\)」と「斜面に垂直な成分 \(mg\cos\theta\)」に分解します。
- \(\sin\theta\) の計算: 斜面の傾斜角 \(\theta\) は直接与えられていませんが、「10 m 走るごとに 0.50 m 高くなる」という情報から、\(\sin\theta = \displaystyle\frac{\text{高さ}}{\text{距離}} = \displaystyle\frac{0.50}{10}\) と計算できます。
- 斜面方向の力のつり合い: 斜面を上る向きの力 \(F\) と、下る向きの力の合計(重力の斜面成分 \(mg\sin\theta\) + 抵抗力 \(f\))がつり合います。
具体的な解説と立式
自動車は一定の速さで運動しているため、斜面に平行な方向の力はつり合っています。
斜面を上る向きの力を正とすると、働く力は以下の通りです。
- 上る向きの力: 駆動力 \(F\)
- 下る向きの力: 抵抗力 \(f\) と、重力の斜面成分 \(mg\sin\theta\)
したがって、力のつり合いの式は以下のようになります。
$$ F – (mg\sin\theta + f) = 0 $$
これを変形すると、
$$ F = mg\sin\theta + f \quad \cdots ① $$
問題文の条件「10 m 走るごとに 0.50 m 高くなる」から、傾斜角 \(\theta\) のサインは次のように求められます。
$$ \sin\theta = \frac{0.50}{10} \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
式①に、与えられた値と式②を代入して \(F\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
F &= mg\sin\theta + f \\[2.0ex]
&= 1000 \times 9.8 \times \frac{0.50}{10} + 500 \\[2.0ex]
&= 1000 \times 9.8 \times 0.050 + 500 \\[2.0ex]
&= 490 + 500 \\[2.0ex]
&= 990 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で表すと、\(9.9 \times 10^2 \text{ N}\) となります。
自動車が坂道を同じスピードで登り続けるためには、エンジンが出す「前に進む力(駆動力)」が、車を「後ろに引き戻そうとする力」とちょうど同じ大きさでなければなりません。後ろに引き戻そうとする力は、「坂道のためにずり落ちようとする力(重力の下り坂成分)」と「空気抵抗などのブレーキをかける力(抵抗力)」の2つを合わせたものです。この力のつり合いを計算することで、必要なエンジンの力(駆動力)を求めます。
自動車の駆動力は \(9.9 \times 10^2 \text{ N}\) です。
重力の斜面成分が \(490 \text{ N}\)、抵抗力が \(500 \text{ N}\) であり、駆動力はこれらの和になっています。これは物理的に妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
自動車は一定の速さで運動しているため、運動エネルギーは変化しません。この事実に着目し、「仕事とエネルギーの関係(エネルギー原理)」を用いて駆動力を求めることもできます。物体にされた仕事の総和は、その物体の運動エネルギーの変化量に等しくなります。
この設問における重要なポイント
- 運動エネルギーの変化: 速さが一定なので、運動エネルギーの変化 \(\Delta K\) はゼロです。
- 仕事の計算: 自動車が斜面に沿って距離 \(L\) だけ進む間に、各力がする仕事を考えます。
- 駆動力の仕事: \(W_F = F \cdot L\) (正の仕事)
- 重力の仕事: \(W_g = -mgh = -mg(L\sin\theta)\) (負の仕事)
- 抵抗力の仕事: \(W_f = -f \cdot L\) (負の仕事)
- エネルギー原理の適用: これらの仕事の総和が、運動エネルギーの変化量(ゼロ)に等しいという式を立てます。
具体的な解説と立式
仕事とエネルギーの関係より、物体にされた仕事の総和 \(W_{\text{全}}\) は運動エネルギーの変化 \(\Delta K\) に等しくなります。
$$ W_{\text{全}} = \Delta K $$
自動車は速さ一定なので、\(\Delta K = 0\) です。
自動車が斜面に沿って距離 \(L\) 進む間にされる仕事の総和は、駆動力の仕事 \(W_F\)、重力の仕事 \(W_g\)、抵抗力の仕事 \(W_f\) の和です。
$$ W_{\text{全}} = W_F + W_g + W_f = 0 \quad \cdots ③ $$
各仕事は以下のように表せます。
$$ W_F = FL \quad \cdots ④ $$
$$ W_g = -mg(L\sin\theta) \quad \cdots ⑤ $$
$$ W_f = -fL \quad \cdots ⑥ $$
使用した物理公式
- 仕事とエネルギーの関係: \(W_{\text{全}} = \Delta K\)
- 仕事の定義: \(W = (\text{力}) \times (\text{距離})\)
式③に④、⑤、⑥を代入します。
$$ FL – mgL\sin\theta – fL = 0 $$
この式の両辺を \(L\) で割ります(\(L \neq 0\))。
$$ F – mg\sin\theta – f = 0 $$
これを \(F\) について解くと、
$$ F = mg\sin\theta + f $$
この式は、力のつり合いから導いた式①と全く同じです。したがって、これ以降の計算も同様になり、\(F = 9.9 \times 10^2 \text{ N}\) という同じ結果が得られます。
自動車のスピードが変わらない、つまり運動エネルギーが増えも減りもしないのは、エンジンが供給するエネルギー(駆動力の仕事)が、坂を登ることで増える位置エネルギー(重力の仕事)と、空気抵抗などによって熱として失われるエネルギー(抵抗力の仕事)に、ちょうど過不足なく変換されているからです。このエネルギーの収支がゼロになるという関係から、駆動力を計算します。
力のつり合いという「静力学的な視点」と、仕事とエネルギーという「エネルギーの収支の視点」のどちらで考えても、同じ結果が得られました。これは、両者が同じ物理現象を異なる側面から記述していることを示しており、計算の正しさを裏付けています。
問(2)
思考の道筋とポイント
駆動力の仕事率 \(P\) を求める問題です。仕事率とは、単位時間(1秒)あたりにする仕事の量を表します。力 \(F\) を加えながら速さ \(v\) で物体を動かすときの仕事率は、公式 \(P=Fv\) で計算できます。
(1)で求めた駆動力 \(F\) と、問題文で与えられた速さ \(v\) を使って計算します。
この設問における重要なポイント
- 仕事率の公式: 仕事率 \(P\)、力 \(F\)、速さ \(v\) の間には \(P=Fv\) の関係があります。
- 単位の変換: 速さ \(v\) が \(72 \text{ km/h}\) という単位で与えられているため、計算に用いる前に基本単位である \(\text{m/s}\) に変換する必要があります。
- 値の代入: (1)で求めた駆動力 \(F = 990 \text{ N}\) と、変換後の速さ \(v\) を公式に代入します。
具体的な解説と立式
仕事率 \(P\) は、駆動力 \(F\) と速さ \(v\) の積で与えられます。
$$ P = Fv \quad \cdots ① $$
まず、速さ \(v\) の単位を \(\text{km/h}\) から \(\text{m/s}\) に変換します。
$$ v = 72 \text{ km/h} \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 仕事率: \(P=Fv\)
まず、速さ \(v\) を \(\text{m/s}\) に変換します。
$$
\begin{aligned}
v &= 72 \text{ km/h} \\[2.0ex]
&= \frac{72 \times 1000 \text{ m}}{60 \times 60 \text{ s}} \\[2.0ex]
&= \frac{72000}{3600} \text{ m/s} \\[2.0ex]
&= 20 \text{ m/s}
\end{aligned}
$$
この \(v=20 \text{ m/s}\) と、(1)で求めた \(F=990 \text{ N}\) を式①に代入します。
$$
\begin{aligned}
P &= Fv \\[2.0ex]
&= 990 \times 20 \\[2.0ex]
&= 19800 \text{ [W]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で表すと、\(2.0 \times 10^4 \text{ W}\) となります。
仕事率とは、「1秒あたりにどれだけの仕事をするか」という能力を表す数値です。これは、自動車を前に進める「力(駆動力)」と「速さ」を掛け合わせることで計算できます。まず、時速を秒速に直し、(1)で求めた駆動力と掛け算します。
駆動力の仕事率は \(2.0 \times 10^4 \text{ W}\) です。これは \(20 \text{ kW}\) に相当し、自動車のエンジン出力として現実的な値であり、妥当な結果と言えます。
思考の道筋とポイント
仕事率を「単位時間あたりに供給されるエネルギー」と捉える解法です。自動車の運動エネルギーは一定なので、駆動力が供給するエネルギーは、すべて「位置エネルギーの増加」と「抵抗力によるエネルギー損失」を補うために使われます。したがって、単位時間あたりの位置エネルギー増加率と、単位時間あたりの抵抗力による仕事(エネルギー損失率)を足し合わせることで、駆動力の仕事率を求めることができます。
この設問における重要なポイント
- エネルギー供給率の分解: 駆動力の仕事率 \(P\) は、位置エネルギーを増加させるための仕事率 \(P_g\) と、抵抗力に打ち勝つための仕事率 \(P_f\) の和として考えられます。\(P = P_g + P_f\)。
- 位置エネルギー増加率 \(P_g\): 単位時間あたりに増加する位置エネルギーは \(mg \times (\text{単位時間あたりの高さの増加})\) で計算できます。高さの増加速度は \(v\sin\theta\) です。
- 抵抗力による仕事率 \(P_f\): 抵抗力に逆らって進むために必要な仕事率は、抵抗力 \(f\) と速さ \(v\) の積 \(fv\) で計算できます。
具体的な解説と立式
駆動力の仕事率 \(P\) は、単位時間あたりに位置エネルギーを増加させる仕事率 \(P_g\) と、抵抗力に抗して仕事をする率 \(P_f\) の和に等しいと考えられます。
$$ P = P_g + P_f \quad \cdots ③ $$
単位時間あたりの位置エネルギーの増加率 \(P_g\) は、重力に逆らって物体を鉛直上向きに速さ \(v_y\) で動かすときの仕事率に相当します。鉛直上向きの速さは \(v_y = v\sin\theta\) なので、
$$ P_g = (mg) \times (v\sin\theta) = mgv\sin\theta \quad \cdots ④ $$
単位時間あたりに抵抗力がする仕事率 \(P_f\) は、
$$ P_f = fv \quad \cdots ⑤ $$
となります。
使用した物理公式
- 仕事率のエネルギー的定義
式③に④と⑤を代入します。
$$ P = mgv\sin\theta + fv $$
この式を \(v\) でくくると、
$$ P = (mg\sin\theta + f)v $$
ここで、(1)の力のつり合いの式 \(F = mg\sin\theta + f\) を用いると、
$$ P = Fv $$
となり、これはメインの解法で用いた式①と全く同じです。したがって、計算結果も同様に \(P = 2.0 \times 10^4 \text{ W}\) となります。
実際に数値を直接代入して計算することもできます。
$$
\begin{aligned}
P &= mgv\sin\theta + fv \\[2.0ex]
&= (1000 \times 9.8 \times 20 \times \frac{0.50}{10}) + (500 \times 20) \\[2.0ex]
&= (196000 \times 0.050) + 10000 \\[2.0ex]
&= 9800 + 10000 \\[2.0ex]
&= 19800 \text{ [W]}
\end{aligned}
$$
これは先程の結果と一致します。
エンジンが1秒あたりに供給すべきエネルギーは、2つの目的のために使われます。一つは「車体を1秒あたりにどれだけ高く持ち上げるか」のためのエネルギー、もう一つは「空気抵抗などに逆らって進む」ためのエネルギーです。この2つのエネルギー量をそれぞれ1秒あたりで計算し、足し合わせることで、エンジンが1秒あたりにすべき仕事、すなわち仕事率を求めることができます。
仕事率を \(P=Fv\) という力と速さの関係から求める方法と、エネルギーの供給率という観点から求める方法の、両方で同じ結果が得られました。後者の方法は、仕事率の物理的な意味、すなわち「エネルギーを変換・供給する能力」をより深く理解するのに役立ちます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合い(問1):
- 核心: 自動車が「一定の速さ」で運動しているという条件から、加速度がゼロであることを見抜くことが最も重要です。これにより、ニュートンの運動法則 \(ma=F_{\text{合力}}\) は \(F_{\text{合力}}=0\)、すなわち「力のつり合い」の式を適用できると判断できます。
- 理解のポイント: この問題では、運動方向である斜面に平行な方向について、坂を上ろうとする「駆動力」と、それを妨げる「重力の斜面成分」および「抵抗力」の合計が等しい、というつり合いの式 \(F = mg\sin\theta + f\) を立てることがゴールです。
- 仕事率の定義(問2):
- 核心: 仕事率 \(P\) は、単位時間あたりの仕事であり、力 \(F\) と速さ \(v\) の積で表される、という定義式 \(P=Fv\) を理解していることが核心です。
- 理解のポイント: この公式は、単に計算方法を覚えるだけでなく、「一定の力で物体を速く動かすほど、単位時間あたりに必要なエネルギー供給量は大きくなる」という物理的な意味合いを理解しておくことが重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- エレベーターの運動: 一定の速さで上昇・下降するエレベーターをワイヤーが引く力の計算は、本問題の駆動力の計算と全く同じ構造です(重力と張力のつり合い)。
- ベルトコンベア上の物体: ベルトコンベアによって荷物が一定の速さで斜め上に運ばれる問題も、荷物に働く力のつり合いから摩擦力などを求める点で類似しています。
- 流体中を沈降・浮上する物体: 空気中を落下する雨粒や、水中の気泡が終端速度に達した状況は、重力と抵抗力(浮力も含む)がつり合っている点で、本質的に同じ物理モデルです。
- 初見の問題での着眼点:
- 「一定の速さ」「等速」というキーワードを探す: この言葉があれば、それは「力のつり合い」を適用できる最大のサインです。加速度はゼロです。
- 力の図示を徹底する: 物体に働く力をすべて(重力、駆動力、抵抗力、垂直抗力など)漏れなく図示します。特に、重力は常に鉛直下向きであることを忘れないようにします。
- 座標軸を運動方向に合わせる: 斜面上の運動では、斜面に平行・垂直な方向を軸に取ると、力の分解が容易になります。垂直抗力は常に面に垂直であり、分解の必要がなくなります。
- 仕事率を問われたら: まずは \(P=Fv\) を考えます。そのために必要な力 \(F\) と速さ \(v\) が何かを特定し、それらを求める手順を考えます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 力のつり合いの誤解:
- 誤解: 動いている物体には必ず力が働いていると考え、つり合いの式を立てられない。あるいは、駆動力と抵抗力だけがつり合うと考えてしまう。
- 対策: 「静止」または「等速直線運動」のどちらの場合でも、加速度はゼロであり、力の合力はゼロ(つり合い)です。運動しているからといって、力がつり合わないわけではありません。また、重力の斜面成分を忘れずに力のつり合いの式に含めることが重要です。
- \(\sin\theta\) と \(\cos\theta\) の混同:
- 誤解: 重力を分解する際に、斜面平行成分を \(mg\cos\theta\)、垂直成分を \(mg\sin\theta\) と取り違える。
- 対策: 毎回、角度 \(\theta\) がどこにあるかを図に描き込み、三角形の辺の関係を確認する習慣をつけましょう。傾斜が非常に小さい(\(\theta \approx 0\))極端な場合を考えると、平行成分はほぼゼロ(\(\sin 0 = 0\))、垂直成分はほぼ \(mg\)(\(\cos 0 = 1\))になるはず、と直感的にチェックできます。
- 単位の換算ミス:
- 誤解: 速さ \(v=72 \text{ km/h}\) をそのまま仕事率の計算に使ってしまう。
- 対策: 物理計算では、原則としてすべての量を国際単位系(SI単位系:メートル、キログラム、秒、ニュートン、ワットなど)に統一してから計算する、というルールを徹底しましょう。\(1 \text{ km} = 1000 \text{ m}\)、\(1 \text{ h} = 3600 \text{ s}\) の関係を正確に使うことが必要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の分解図: 自動車に働く重力 \(m\vec{g}\) を、斜面に平行な成分 \(m\vec{g}_{\parallel}\) と垂直な成分 \(m\vec{g}_{\perp}\) に分解する図を描くことが最も重要です。これにより、斜面方向の力のつり合い(\(\vec{F} + \vec{f} + m\vec{g}_{\parallel} = \vec{0}\))と、斜面に垂直な方向の力のつり合い(\(\vec{N} + m\vec{g}_{\perp} = \vec{0}\))が視覚的に理解できます。
- エネルギーの流れのイメージ: 「エンジン(駆動力)がエネルギーを供給 \(\rightarrow\) そのエネルギーが、①位置エネルギーの増加と、②抵抗による熱エネルギーへの散逸、という2つの形で消費されていく。収支がぴったり合っているから、運動エネルギーは変化しない(=等速)」というエネルギーの流れをイメージすると、仕事率の計算(別解)の意味が深く理解できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の矢印の始点: すべての力は、物体の重心(この場合は自動車の中心あたり)から生えているように描くと、力のモーメントなどを考える際に混乱が少なくなります。
- 力の種類を明確に: 駆動力 \(F\)、抵抗力 \(f\)、重力 \(mg\)、垂直抗力 \(N\) を、それぞれ異なる記号で明確に区別して描き込みます。
- 分解した力は点線で: 重力を分解した場合、分解後の2つの成分力は点線で描くと、元の力(実線)と区別しやすくなり、力の二重カウントを防げます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F_x = 0\)):
- 選定理由: (1)で、問題文に「一定の速さ」というキーワードがあり、これは加速度 \(a=0\) を意味するため。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則 \(ma = F_{\text{合力}}\) において、\(a=0\) を代入した特別な場合が力のつり合いの式です。運動の状態(等速)から、適用すべき物理法則(力のつり合い)を論理的に選択します。
- 仕事率の公式 (\(P=Fv\)):
- 選定理由: (2)で、問われているのが「仕事率」であり、(1)で力 \(F\) を求め、問題文で速さ \(v\) が与えられているため。
- 適用根拠: 仕事率の定義そのものです。力と速さという、仕事率を構成する2つの要素が既知または計算可能であるため、この公式を選択するのが最も直接的です。
- 仕事とエネルギーの関係 (\(W_{\text{全}} = \Delta K\)):
- 選定理由: (1)の別解として。速さが一定であることから運動エネルギーの変化がゼロ (\(\Delta K=0\)) と分かり、エネルギーの収支という別の視点から問題を解析できるため。
- 適用根拠: これは力学における最も普遍的な原理の一つです。力のつり合いが「力のベクトル和」に着目するのに対し、こちらは「仕事(エネルギー)のスカラー和」に着目するアプローチであり、しばしば計算が簡単になる場合があります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 駆動力の計算:
- 戦略: 自動車は等速運動 \(\rightarrow\) 加速度ゼロ \(\rightarrow\) 力のつり合いが成立。斜面方向の力のつり合いを立てる。
- フロー: ①自動車に働く力を図示 → ②重力を斜面平行・垂直成分に分解 → ③問題文から \(\sin\theta\) の値を特定 (\(\sin\theta = 0.50/10\)) → ④斜面平行方向の力のつり合いを立式 (\(F = mg\sin\theta + f\)) → ⑤数値を代入して計算。
- (2) 仕事率の計算:
- 戦略: 仕事率の公式 \(P=Fv\) を使う。
- フロー: ①速さ \(v\) の単位を km/h から m/s に変換 (\(72 \text{ km/h} \rightarrow 20 \text{ m/s}\)) → ②仕事率の公式 \(P=Fv\) に、(1)で求めた \(F\) と変換した \(v\) を代入 → ③数値を代入して計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位を意識した立式: 例えば、(1)の計算で \(F = 1000 \times 9.8 \times 0.05 + 500\) のように、単位を省略せず、各項が何の物理量を表しているか意識しながら計算を進めると、項の足し忘れなどを防げます。
- 有効数字の扱い: 計算の途中では、有効数字より1桁多く保持しておき、最後の答えを出す段階で指定された有効数字(この問題では2桁)に丸めるのが基本です。\(F=990 \text{ N}\) を途中で \(9.9 \times 10^2 \text{ N}\) と丸めてから(2)の計算に使うと、誤差が大きくなる可能性があります。
- 単位換算の正確性: \(72 \text{ km/h}\) の変換は頻出です。\(1 \text{ m/s} = 3.6 \text{ km/h}\) という関係を覚えておくと、\(72 \div 3.6 = 20 \text{ m/s}\) と暗算で検算できます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 駆動力: 駆動力 \(F=990 \text{ N}\) は、抵抗力 \(f=500 \text{ N}\) よりも大きい。これは、抵抗力に打ち勝つだけでなく、重力に逆らって坂を登るためにも力が必要だからであり、直感と一致します。もし \(F\) が \(f\) より小さくなったら、計算ミスを疑うべきです。
- (2) 仕事率: \(P \approx 2.0 \times 10^4 \text{ W} = 20 \text{ kW}\)。一般的な乗用車のエンジン出力は数十〜百数十kW程度なので、この値は物理的に妥当な範囲に収まっています。もし桁が大きくずれるような答えが出た場合は、単位換算などを見直すべきです。
- 別解との比較:
- (1)の駆動力は、「力のつり合い」と「仕事とエネルギーの関係」という2つの異なるアプローチで求められました。両者で全く同じ結果 (\(F=990 \text{ N}\)) が得られたことは、計算の正しさと物理的理解の確かさを裏付ける強力な証拠となります。
- (2)の仕事率も同様に、「\(P=Fv\)」と「エネルギー供給率の和」という2つの視点から同じ答えが導かれました。これにより、解答への信頼性が高まります。
104 2つの物体の運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、動滑車を含む複数の滑車で連結された2つのおもりの運動を扱います。力学的エネルギー保存則と、物体系の運動における「束縛条件」という、力学の重要な概念を組み合わせて解く能力が問われます。
この問題の核心は、動滑車の特性を正しく理解し、2つのおもりの移動距離や速さの間に成り立つ関係(束縛条件)を見抜くこと、そして、その関係を力学的エネルギー保存則に適用することです。
- おもりAの質量: \(m\)
- おもりBの質量: \(2m\)
- 滑車: 摩擦がなく、軽い
- 初速: 静かにはなした(初速ゼロ)
- 重力加速度: \(g\)
- (1) Aの速さが \(v\) のとき、Bの速さ \(v_B\) を \(v\) で表す。
- (2) Aが \(h\) だけ上昇したときの速さ \(v\) を求める。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「動滑車でつながれた物体の力学的エネルギー保存」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 束縛条件: 2つのおもりは1本の糸でつながれているため、その動きは独立ではありません。Aの移動距離とBの移動距離、Aの速さとBの速さの間には、動滑車の仕組みによって決まる一定の関係があります。
- 力学的エネルギー保存則: 働く力が重力と糸の張力のみであり、糸の張力は常に物体の運動方向と平行または逆向きに働き、系全体で見るとその仕事の和はゼロになります(張力は内力)。また、摩擦もないため、系全体の力学的エネルギー(運動エネルギーと位置エネルギーの和)は保存されます。
- 運動方程式(別解): 各物体について運動方程式を立て、張力と加速度を連立方程式で解くことでも、問題を解析できます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、動滑車の仕組みから、おもりAとおもりBの移動距離の関係、および速さの関係(束縛条件)を導き出します(問1)。
- 次に、AとBを一つの「系」とみなし、系全体の力学的エネルギーが保存されることを利用して式を立てます。その際に(1)で求めた速さの関係を使い、Aの速さ\(v\)を求めます(問2)。
問(1)
思考の道筋とポイント
おもりAの速さ \(v\) とおもりBの速さ \(v_B\) の関係を求める問題です。これは「束縛条件」と呼ばれるもので、動滑車の幾何学的な性質から導かれます。
おもりAが上に動くと、Aにつながっている動滑車も上に動きます。この動滑車には糸が両側からかかっています。動滑車が上に動いた分だけ、その両側の糸がたるむことになり、そのたるんだ分の糸がおもりBを引き下げる、と考えるのがポイントです。
この設問における重要なポイント
- 動滑車の仕組み: おもりAが距離 \(h\) だけ上昇すると、Aにつながれた動滑車も \(h\) だけ上昇します。
- 糸の長さの関係: 動滑車が \(h\) 上昇すると、動滑車の左右にかかっている糸がそれぞれ \(h\) ずつ、合計 \(2h\) だけ短くなる(余る)必要があります。この余った糸の長さ \(2h\) が、おもりBを下に引く長さになります。
- 距離と速さの関係: したがって、Aの移動距離を \(h\) とすると、Bの移動距離は \(2h\) となります。移動距離の比が \(1:2\) なので、同じ時間で動く速さの比も \(1:2\) になります。
具体的な解説と立式
おもりAが微小時間 \(\Delta t\) の間に微小距離 \(\Delta y_A\) だけ上昇したとします。
すると、Aにつながれた動滑車も \(\Delta y_A\) だけ上昇します。
このとき、動滑車の両側にかかっている糸が、それぞれ \(\Delta y_A\) ずつ、合計で \(2\Delta y_A\) だけ供給されます。
この供給された糸の長さの分だけ、おもりBは下降します。したがって、おもりBの下降距離 \(\Delta y_B\) は、
$$ \Delta y_B = 2\Delta y_A $$
となります。
両辺を微小時間 \(\Delta t\) で割ると、それぞれの速さの関係が得られます。
$$ \frac{\Delta y_B}{\Delta t} = 2 \frac{\Delta y_A}{\Delta t} $$
Aの速さを \(v\)、Bの速さを \(v_B\) とすると、
$$ v_B = 2v $$
となります。
使用した物理公式
- 束縛条件(動滑車の幾何学的関係)
上記の立式により、計算は不要です。Aの速さが \(v\) のとき、Bの速さは \(2v\) です。
動滑車は、ロープを引く距離が半分になる代わりに、持ち上げる力が半分で済む道具です。この問題では逆で、おもりAが \(1\text{ m}\) 上昇すると、動滑車の両側から \(1\text{ m}\) ずつ、合計 \(2\text{ m}\) のロープがたるみます。そのたるんだ \(2\text{ m}\) のロープがおもりBを下に引っ張るので、Bは \(2\text{ m}\) 下がります。つまり、BはAの2倍の距離を動きます。同じ時間で2倍の距離を動くので、速さも2倍になります。
Aの速さが \(v\) のとき、Bの速さは \(2v\) です。これは動滑車の基本的な性質から導かれる妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
Aが \(h\) だけ上昇したときの速さ \(v\) を求める問題です。おもりAとB、そして地球を一つの「系」として考えると、働く力は重力と張力です。張力は系内部の力(内力)であり、その仕事の総和はゼロになるため、系全体の力学的エネルギーは保存されます。
「運動前の力学的エネルギーの和」と「運動後の力学的エネルギーの和」が等しいという式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 系の設定: おもりA、おもりB、地球を一つの系とみなします。
- エネルギー保存則の適用: 働く非保存力(摩擦など)がないため、力学的エネルギー保存則が成り立ちます。
- 基準面の決定: 位置エネルギーを計算するために、基準面(高さゼロの点)を決めます。初めのおもりの高さのどちらかを基準面にすると計算が楽になります。ここでは、初めのAとBの高さを基準面とします。
- 各状態のエネルギー:
- 初めの状態: AもBも静止しているので運動エネルギーはゼロ。基準面にいるので位置エネルギーもゼロ。よって、全体の初期エネルギーはゼロです。
- 後の状態: Aは高さ \(h\) 上昇し、速さ \(v\) になっています。Bは距離 \(2h\) 下降し、速さ \(2v\) になっています。これらの運動エネルギーと位置エネルギーを合計します。
具体的な解説と立式
おもりAとBからなる系全体の力学的エネルギー保存則を考えます。
(初めの力学的エネルギー) = (後の力学的エネルギー)
$$ K_{\text{初}} + U_{\text{初}} = K_{\text{後}} + U_{\text{後}} \quad \cdots ① $$
初めの高さを位置エネルギーの基準面(\(U=0\))とします。
初めの状態では、AもBも静止しているので、運動エネルギーはともにゼロです。
$$ K_{\text{初}} = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}(2m)v_B^2 = \frac{1}{2}m(0)^2 + \frac{1}{2}(2m)(0)^2 = 0 $$
基準面にいるので、位置エネルギーもともにゼロです。
$$ U_{\text{初}} = mgh_A + 2mgh_B = mg(0) + 2mg(0) = 0 $$
したがって、初めの力学的エネルギーの合計はゼロです。
後の状態では、Aは高さ \(h\) にあり、速さは \(v\) です。Bは高さ \(-2h\) にあり、速さは(1)より \(v_B = 2v\) です。
後の運動エネルギーの合計は、
$$ K_{\text{後}} = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}(2m)(2v)^2 $$
後の位置エネルギーの合計は、
$$ U_{\text{後}} = mgh + 2mg(-2h) $$
これらを式①に代入します。
$$ 0 + 0 = \left( \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}(2m)(2v)^2 \right) + \left( mgh + 2mg(-2h) \right) $$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則: \(K_{\text{初}} + U_{\text{初}} = K_{\text{後}} + U_{\text{後}}\)
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 重力による位置エネルギー: \(U = mgh\)
上記で立てたエネルギー保存の式を \(v\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
0 &= \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}(2m)(4v^2) + mgh – 4mgh \\[2.0ex]
0 &= \frac{1}{2}mv^2 + 4mv^2 – 3mgh \\[2.0ex]
0 &= \frac{9}{2}mv^2 – 3mgh
\end{aligned}
$$
両辺を \(m\) で割り、項を移項します。
$$ \frac{9}{2}v^2 = 3gh $$
\(v^2\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
v^2 &= 3gh \times \frac{2}{9} \\[2.0ex]
&= \frac{2gh}{3}
\end{aligned}
$$
\(v>0\) なので、平方根をとります。
$$ v = \sqrt{\frac{2gh}{3}} $$
この運動では、エネルギーの種類が変化するだけで、全体の総量は変わりません。初めはすべて位置エネルギー(と運動エネルギーゼロ)でした。運動後は、Bが下がったことで失われた位置エネルギーが、Aが上がったことで得た位置エネルギーと、AとBが得た運動エネルギーに変換された、と考えます。この「失われたエネルギー=得られたエネルギー」という関係を数式にして、速さ \(v\) を計算します。
Aが \(h\) だけ上昇したときの速さは \(v = \sqrt{\displaystyle\frac{2gh}{3}}\) です。
もしBの質量がAに比べて非常に大きければ、ほぼ自由落下に近くなり、\(v\) は大きくなるはずです。この式は質量 \(m\) を含んでいませんが、これはAとBの質量比が固定されているためです。もし質量比が変われば、結果も変わります。この結果は物理的に妥当なものと考えられます。
思考の道筋とポイント
力学的エネルギー保存則を使わずに、各おもりの運動方程式を立てて解く方法です。この方法では、糸の張力 \(T\) と、おもりAの加速度 \(a\) を未知数として導入し、連立方程式を解きます。最後に、等加速度運動の公式を使って速さ \(v\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: Aには上向きの張力 \(2T\)(動滑車を介して2本の糸で引かれる)と下向きの重力 \(mg\) が働く。Bには上向きの張力 \(T\) と下向きの重力 \(2mg\) が働く。(Aを引く糸とBを引く糸の張力は、定滑車を介して等しい)
- 加速度の関係: (1)の速さの関係と同様に、Aの加速度を \(a\)(上向き)とすると、Bの加速度は \(2a\)(下向き)となります。
- 運動方程式の立式: AとBそれぞれについて、運動方程式 \(ma=F\) を立てます。
- 等加速度運動の公式: 加速度 \(a\) が求まれば、公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を使って速さ \(v\) を計算します。
具体的な解説と立式
おもりBを引く糸の張力を \(T\) とします。動滑車は軽く、つり合っているので、おもりAを引く合力としての張力は \(2T\) となります。
おもりAの加速度を上向きに \(a\) とすると、(1)の関係から、おもりBの加速度は下向きに \(2a\) となります。
各おもりの運動方程式を立てます。
おもりA(上向きを正):
$$ ma = 2T – mg \quad \cdots ② $$
おもりB(下向きを正):
$$ (2m)(2a) = 2mg – T \quad \cdots ③ $$
これで、未知数 \(a\) と \(T\) に関する連立方程式ができました。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
まず、連立方程式を解いて加速度 \(a\) を求めます。
式③を \(T\) について解きます。
$$ T = 2mg – 4ma \quad \cdots ④ $$
式④を式②に代入して \(T\) を消去します。
$$
\begin{aligned}
ma &= 2(2mg – 4ma) – mg \\[2.0ex]
ma &= 4mg – 8ma – mg \\[2.0ex]
ma &= 3mg – 8ma
\end{aligned}
$$
\(a\) を含む項を左辺にまとめます。
$$
\begin{aligned}
ma + 8ma &= 3mg \\[2.0ex]
9ma &= 3mg \\[2.0ex]
a &= \frac{3mg}{9m} \\[2.0ex]
&= \frac{1}{3}g
\end{aligned}
$$
加速度 \(a\) が求まりました。次に、Aが距離 \(h\) だけ上昇したときの速さ \(v\) を、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を用いて求めます。
初速 \(v_0 = 0\)、移動距離 \(x=h\)、加速度 \(a=\displaystyle\frac{1}{3}g\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
v^2 – 0^2 &= 2 \left( \frac{1}{3}g \right) h \\[2.0ex]
v^2 &= \frac{2gh}{3}
\end{aligned}
$$
\(v>0\) なので、
$$ v = \sqrt{\frac{2gh}{3}} $$
まず、AとBそれぞれについて、ニュートンの運動の法則「力=質量×加速度」を使って、動きのルールを数式にします。このとき、糸が物体を引く力(張力)が未知数ですが、AとBの動きは連動しているので、2つの数式を組み合わせることで、まず加速度を計算できます。加速度が分かれば、「どれくらいの距離を動いたら、どれくらいの速さになるか」を計算する公式が使えるので、それを使って最終的な速さを求めます。
運動方程式から出発する方法でも、力学的エネルギー保存則を用いた方法と全く同じ結果が得られました。運動方程式を解くアプローチは、途中の張力や加速度といった運動の詳細も知ることができるという利点があります。どちらの解法も理解しておくことで、問題に応じて適切なアプローチを選択できるようになります。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 束縛条件(幾何学的な関係):
- 核心: この問題で最も重要なのは、動滑車の存在によって、おもりAとおもりBの運動が独立ではなく、互いに束縛されていることを見抜く点です。具体的には、Aの移動距離・速さ・加速度を \(h, v, a\) とすると、Bのそれは \(2h, 2v, 2a\) となる、という関係を導き出すことが解析の出発点となります。
- 理解のポイント: この関係は、1本の糸の全長が一定であることから導かれます。動滑車が \(h\) 上昇すると、その両側の糸が \(h\) ずつ、合計 \(2h\) だけ短くなる必要があり、その分がBの移動につながる、という幾何学的なイメージを持つことが重要です。
- 力学的エネルギー保存則:
- 核心: 2つのおもりと地球を一つの「系」として捉えたとき、働く力は保存力である重力と、仕事をしない内力である張力のみ(摩擦もない)であるため、系全体の力学的エネルギーが保存される、という法則を適用することが(2)を解くための最もエレガントな方法です。
- 理解のポイント: \( (AのK+U) + (BのK+U) = \text{一定} \) という式を立てます。このとき、束縛条件から導いた \(v_B=2v\) という関係を代入することで、未知数を \(v\) の一つに絞り込むことができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 斜面上の動滑車: 一方が斜面を滑り、もう一方が動滑車を介して吊るされているような、より複雑な配置の問題。基本的な考え方は同じで、束縛条件とエネルギー保存則(または運動方程式)を適用します。
- 複数の動滑車を持つ系: 複数の動滑車が組み合わさったクレーンのような装置。移動距離や速さの比が \(1:3\) や \(1:4\) などになりますが、束縛条件を見抜くという本質は変わりません。
- 「糸のたるみ」を考える問題: 糸の全長が一定である、という条件から束縛条件を導く問題全般に応用できます。
- 初見の問題での着眼点:
- 滑車の種類を特定する: 定滑車か、動滑車か、あるいはその組み合わせかを確認します。動滑車があれば、必ず束縛条件が存在します。
- 束縛条件を最優先で導出する: まず、物体間の移動距離や速さの比を求めます。これが分からないと、エネルギー保存則も運動方程式も立式できません。「Aが1動いたらBはいくつ動くか?」を常に自問自答しましょう。
- 解法を選択する:
- 途中の力(張力)や加速度が不要で、前後の状態の速さや位置だけが問われている場合 \(\rightarrow\) 力学的エネルギー保存則が有利。
- 加速度や張力を問われている場合、または非保存力が仕事をする場合 \(\rightarrow\) 運動方程式を立てるのが基本。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 束縛条件の間違い:
- 誤解: AとBが同じ速さ、同じ距離だけ動くと考えてしまう。動滑車の効果を無視するミスです。
- 対策: 必ず図を描き、糸がどのようにかかっているかを確認します。おもりA(動滑車)を少し動かしたときに、もう一方のおもりBにつながる糸がどれだけ動くかを、指でなぞるなどして具体的にシミュレーションしてみましょう。
- エネルギーの計算ミス:
- 誤解: Bの運動エネルギーを \(\frac{1}{2}(2m)v^2\) と計算してしまう(速さを \(v\) と間違える)。あるいは、AとBのどちらか一方のエネルギーだけを考えてしまう。
- 対策: 力学的エネルギー保存則は「系全体」で成立する法則です。必ず、系に含まれるすべての物体の運動エネルギーと位置エネルギーを漏れなく足し合わせることを徹底しましょう。立式する際に、\(K = K_A + K_B\), \(U = U_A + U_B\) のように、各物体のエネルギー項を書き出す習慣をつけるとミスが減ります。
- 位置エネルギーの符号ミス:
- 誤解: 基準面より下に移動した物体の位置エネルギーを正としてしまう。
- 対策: 最初に「どこを高さの基準(\(h=0\))にするか」を明確に宣言し、図に書き込みましょう。基準面より上なら \(+h\)、下なら \(-h\) として、符号を機械的に決定するルールを自分の中で確立することが重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 糸の移動の可視化: 図の上で、おもりAを \(h\) だけ上に動かした状態を点線で描いてみます。すると、動滑車の両側の糸がそれぞれ \(h\) だけ余ることが視覚的にわかります。この「余った糸の合計 \(2h\)」が、おもりBの下降分になる、という流れを図で追うと、束縛条件が直感的に理解できます。
- エネルギー変換のイメージ: 「Bが \(2h\) 下がることで失われる大きな位置エネルギー (\(2mg \times 2h\)) が、(Aが \(h\) 上昇するための位置エネルギー \(mgh\)) と (AとBを加速させるための運動エネルギー) に分配される」というエネルギーの収支・分配のイメージを持つと、力学的エネルギー保存則の式の意味がより明確になります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 運動の前後を比較する図: 「初めの状態」と「後の状態」の2つの図を並べて描くと、高さの変化や速さの関係が整理しやすくなります。
- 力の図示(運動方程式で解く場合): Aには \(2T\)、Bには \(T\) が働くことを明確に描き分けます。なぜAに働く張力が \(2T\) になるのか(軽い動滑車にはたらく力のつり合いから)、その理由も理解しておくことが重要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 束縛条件 (\(v_B = 2v\)):
- 選定理由: (1)で、2つの物体の速さの関係が直接問われているため。また、(2)を解く上で、未知数を減らすために必須の情報だからです。
- 適用根拠: これは物理法則というより、問題設定の幾何学的・運動学的な制約条件です。この条件を数式で表現する必要があります。
- 力学的エネルギー保存則:
- 選定理由: (2)で、運動の途中経過(張力や加速度)は不要で、始めと終わりの状態の速さを知りたいから。また、働く力が重力(保存力)と張力(内力として仕事の和がゼロ)のみで、摩擦がないため、適用条件を満たしているから。
- 適用根拠: エネルギー保存則は、運動方程式を時間や位置で積分した形に相当し、運動の全体像を捉えるのに非常に強力なツールです。適用できる場面では、計算が簡潔になることが多いです。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (2)の別解として。力学の最も基本的な法則であり、どんな問題にも(原理的には)適用できるから。特に、加速度や張力を求めたい場合には必須のアプローチです。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則は、物体の運動とその原因である力を結びつける根源的な法則です。この法則から出発すれば、運動のすべての側面を記述できます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 束縛条件の導出:
- 戦略: 動滑車の幾何学的性質に着目する。
- フロー: ①Aが \(h\) 上昇すると、動滑車の両側の糸が \(h\) ずつ、計 \(2h\) 余ることを理解 → ②この余った糸の分だけBが下降すると判断 → ③移動距離の比が \(1:2\) なので、速さの比も \(1:2\) であると結論づける (\(v_B=2v\))。
- (2) 速さの計算(エネルギー保存則):
- 戦略: 系全体の力学的エネルギーが保存されることを利用する。
- フロー: ①初めの状態と後の状態の力学的エネルギーをそれぞれ定義 → ②初めのエネルギーは運動も位置もゼロと設定 → ③後のエネルギーを、AとBそれぞれの運動エネルギーと位置エネルギーの和として表現。このとき、(1)の束縛条件 (\(v_B=2v\), \(h_B=-2h\)) を代入 → ④「初めのエネルギー = 後のエネルギー」として等式を立てる → ⑤式を \(v\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題のように、多くの物理量が文字で与えられている場合、最後まで文字式のまま計算を進めるのが鉄則です。これにより、計算過程での間違いを発見しやすくなり、物理的な意味も見失いにくくなります。
- 共通因数をまとめる: エネルギー保存の式を立てた後、\( \frac{1}{2}mv^2 + 4mv^2 – 3mgh = 0 \) のように、各項に共通する \(m\) を早い段階で消去すると、式がシンプルになり計算ミスが減ります。
- 平方根の処理: \(v^2 = \frac{2gh}{3}\) から \(v\) を求める際に、物理的に考えて速さが負になることはないので、正の平方根のみを取る、という判断を忘れずに行いましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 速さの比: Bの方がAより速い (\(2v\)) という結果は、Bの方がAより長い距離を動くという直感と一致しており、妥当です。
- (2) 速さの式: もし \(m=0\) だったら(Aが存在しない)、Bは自由落下するはずですが、この式は \(m\) に依存しない形になっています。これは、AとBの質量比が \(1:2\) で固定されているためです。もし、Aの質量を \(m_A\)、Bの質量を \(m_B\) として一般的に解くと、速さは質量の比に依存する形になります。この問題の設定内では、得られた結果は妥当です。
- 別解との比較:
- (2)の速さ \(v\) は、「力学的エネルギー保存則」と「運動方程式」という全く異なる2つのアプローチで求められました。両者で完全に同じ結果 \(v = \sqrt{\frac{2gh}{3}}\) が得られたことは、計算の正しさと物理的理解の確かさを裏付ける強力な証拠となります。もし結果が異なれば、どちらか(あるいは両方)の計算過程や立式に誤りがあると判断できます。
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