103 仕事率
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、一定の速さで坂道を登る自動車の運動を題材に、力のつり合いと仕事率を問う問題です。力学の基本的な法則を、具体的な状況に適用する能力が試されます。
この問題の核心は、自動車に働く力を正しく図示し、「斜面方向の力のつり合い」と「仕事率の定義」という2つの側面から現象を分析することです。
- 自動車の質量: \(m = 1000 \text{ kg}\)
- 自動車の速さ: \(v = 72 \text{ km/h}\) (一定)
- 坂道の傾斜: 10 m 走るごとに 0.50 m 高くなる
- 抵抗力(空気抵抗+車軸の抵抗): \(f = 500 \text{ N}\)
- 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\)
- (1) 自動車の駆動力の大きさ \(F\)。
- (2) 駆動力の仕事率 \(P\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「坂道を一定速度で進む物体の仕事と仕事率」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示と分解: 自動車に働く重力、駆動力、抵抗力、垂直抗力を正しく図示し、斜面に平行・垂直な方向に分解します。
- 力のつり合い: 自動車は「一定の速さ」で運動しているため、加速度はゼロです。したがって、進行方向(斜面に平行な方向)の力はつり合っています。
- 仕事率の定義: 仕事率 \(P\) は、力 \(F\) と速さ \(v\) を用いて \(P=Fv\) と表されます。
- 仕事とエネルギーの関係: 運動エネルギーが変化しない場合、物体にされた仕事の総和はゼロになります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、自動車に働く力をすべて図示します。次に、自動車が一定の速さで運動していることから、斜面に平行な方向の力のつり合いの式を立てて駆動力\(F\)を求めます(問1)。
- 次に、(1)で求めた駆動力\(F\)と、与えられた速さ\(v\)(単位をm/sに変換)を用いて、仕事率の公式 \(P=Fv\) から仕事率を計算します(問2)。
問(1)
思考の道筋とポイント
自動車の駆動力 \(F\) を求める問題です。問題文の「一定の速さで登っている」という記述が最大のヒントです。これは、自動車の加速度がゼロであることを意味し、ニュートンの運動法則によれば、自動車に働く力の合力はゼロ、すなわち力がつり合っている状態であることを示しています。
ここでは、自動車の運動方向である「斜面に平行な方向」の力のつり合いを考えます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: 自動車には、①斜面を上る向きの「駆動力 \(F\)」、②斜面を下る向きの「抵抗力 \(f\)」、③鉛直下向きの「重力 \(mg\)」、④斜面に垂直な向きの「垂直抗力 \(N\)」が働いています。
- 力の分解: つり合いの式を立てるために、重力 \(mg\) を「斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\)」と「斜面に垂直な成分 \(mg\cos\theta\)」に分解します。
- \(\sin\theta\) の計算: 斜面の傾斜角 \(\theta\) は直接与えられていませんが、「10 m 走るごとに 0.50 m 高くなる」という情報から、\(\sin\theta = \displaystyle\frac{\text{高さ}}{\text{距離}} = \displaystyle\frac{0.50}{10}\) と計算できます。
- 斜面方向の力のつり合い: 斜面を上る向きの力 \(F\) と、下る向きの力の合計(重力の斜面成分 \(mg\sin\theta\) + 抵抗力 \(f\))がつり合います。
具体的な解説と立式
自動車は一定の速さで運動しているため、斜面に平行な方向の力はつり合っています。
斜面を上る向きの力を正とすると、働く力は以下の通りです。
- 上る向きの力: 駆動力 \(F\)
- 下る向きの力: 抵抗力 \(f\) と、重力の斜面成分 \(mg\sin\theta\)
したがって、力のつり合いの式は以下のようになります。
$$ F – (mg\sin\theta + f) = 0 $$
これを変形すると、
$$ F = mg\sin\theta + f \quad \cdots ① $$
問題文の条件「10 m 走るごとに 0.50 m 高くなる」から、傾斜角 \(\theta\) のサインは次のように求められます。
$$ \sin\theta = \frac{0.50}{10} \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
式①に、与えられた値と式②を代入して \(F\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
F &= mg\sin\theta + f \\[2.0ex]&= 1000 \times 9.8 \times \frac{0.50}{10} + 500 \\[2.0ex]&= 1000 \times 9.8 \times 0.050 + 500 \\[2.0ex]&= 490 + 500 \\[2.0ex]&= 990 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で表すと、\(9.9 \times 10^2 \text{ N}\) となります。
自動車が坂道を同じスピードで登り続けるためには、エンジンが出す「前に進む力(駆動力)」が、車を「後ろに引き戻そうとする力」とちょうど同じ大きさでなければなりません。後ろに引き戻そうとする力は、「坂道のためにずり落ちようとする力(重力の下り坂成分)」と「空気抵抗などのブレーキをかける力(抵抗力)」の2つを合わせたものです。この力のつり合いを計算することで、必要なエンジンの力(駆動力)を求めます。
自動車の駆動力は \(9.9 \times 10^2 \text{ N}\) です。
重力の斜面成分が \(490 \text{ N}\)、抵抗力が \(500 \text{ N}\) であり、駆動力はこれらの和になっています。これは物理的に妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
自動車は一定の速さで運動しているため、運動エネルギーは変化しません。この事実に着目し、「仕事とエネルギーの関係(エネルギー原理)」を用いて駆動力を求めることもできます。物体にされた仕事の総和は、その物体の運動エネルギーの変化量に等しくなります。
この設問における重要なポイント
- 運動エネルギーの変化: 速さが一定なので、運動エネルギーの変化 \(\Delta K\) はゼロです。
- 仕事の計算: 自動車が斜面に沿って距離 \(L\) だけ進む間に、各力がする仕事を考えます。
- 駆動力の仕事: \(W_F = F \cdot L\) (正の仕事)
- 重力の仕事: \(W_g = -mgh = -mg(L\sin\theta)\) (負の仕事)
- 抵抗力の仕事: \(W_f = -f \cdot L\) (負の仕事)
- エネルギー原理の適用: これらの仕事の総和が、運動エネルギーの変化量(ゼロ)に等しいという式を立てます。
具体的な解説と立式
仕事とエネルギーの関係より、物体にされた仕事の総和 \(W_{\text{全}}\) は運動エネルギーの変化 \(\Delta K\) に等しくなります。
$$ W_{\text{全}} = \Delta K $$
自動車は速さ一定なので、\(\Delta K = 0\) です。
自動車が斜面に沿って距離 \(L\) 進む間にされる仕事の総和は、駆動力の仕事 \(W_F\)、重力の仕事 \(W_g\)、抵抗力の仕事 \(W_f\) の和です。
$$ W_{\text{全}} = W_F + W_g + W_f = 0 \quad \cdots ③ $$
各仕事は以下のように表せます。
$$ W_F = FL \quad \cdots ④ $$
$$ W_g = -mg(L\sin\theta) \quad \cdots ⑤ $$
$$ W_f = -fL \quad \cdots ⑥ $$
使用した物理公式
- 仕事とエネルギーの関係: \(W_{\text{全}} = \Delta K\)
- 仕事の定義: \(W = (\text{力}) \times (\text{距離})\)
式③に④、⑤、⑥を代入します。
$$ FL – mgL\sin\theta – fL = 0 $$
この式の両辺を \(L\) で割ります(\(L \neq 0\))。
$$ F – mg\sin\theta – f = 0 $$
これを \(F\) について解くと、
$$ F = mg\sin\theta + f $$
この式は、力のつり合いから導いた式①と全く同じです。したがって、これ以降の計算も同様になり、\(F = 9.9 \times 10^2 \text{ N}\) という同じ結果が得られます。
自動車のスピードが変わらない、つまり運動エネルギーが増えも減りもしないのは、エンジンが供給するエネルギー(駆動力の仕事)が、坂を登ることで増える位置エネルギー(重力の仕事)と、空気抵抗などによって熱として失われるエネルギー(抵抗力の仕事)に、ちょうど過不足なく変換されているからです。このエネルギーの収支がゼロになるという関係から、駆動力を計算します。
力のつり合いという「静力学的な視点」と、仕事とエネルギーという「エネルギーの収支の視点」のどちらで考えても、同じ結果が得られました。これは、両者が同じ物理現象を異なる側面から記述していることを示しており、計算の正しさを裏付けています。
問(2)
思考の道筋とポイント
駆動力の仕事率 \(P\) を求める問題です。仕事率とは、単位時間(1秒)あたりにする仕事の量を表します。力 \(F\) を加えながら速さ \(v\) で物体を動かすときの仕事率は、公式 \(P=Fv\) で計算できます。
(1)で求めた駆動力 \(F\) と、問題文で与えられた速さ \(v\) を使って計算します。
この設問における重要なポイント
- 仕事率の公式: 仕事率 \(P\)、力 \(F\)、速さ \(v\) の間には \(P=Fv\) の関係があります。
- 単位の変換: 速さ \(v\) が \(72 \text{ km/h}\) という単位で与えられているため、計算に用いる前に基本単位である \(\text{m/s}\) に変換する必要があります。
- 値の代入: (1)で求めた駆動力 \(F = 990 \text{ N}\) と、変換後の速さ \(v\) を公式に代入します。
具体的な解説と立式
仕事率 \(P\) は、駆動力 \(F\) と速さ \(v\) の積で与えられます。
$$ P = Fv \quad \cdots ① $$
まず、速さ \(v\) の単位を \(\text{km/h}\) から \(\text{m/s}\) に変換します。
$$ v = 72 \text{ km/h} \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 仕事率: \(P=Fv\)
まず、速さ \(v\) を \(\text{m/s}\) に変換します。
$$
\begin{aligned}
v &= 72 \text{ km/h} \\[2.0ex]&= \frac{72 \times 1000 \text{ m}}{60 \times 60 \text{ s}} \\[2.0ex]&= \frac{72000}{3600} \text{ m/s} \\[2.0ex]&= 20 \text{ m/s}
\end{aligned}
$$
この \(v=20 \text{ m/s}\) と、(1)で求めた \(F=990 \text{ N}\) を式①に代入します。
$$
\begin{aligned}
P &= Fv \\[2.0ex]&= 990 \times 20 \\[2.0ex]&= 19800 \text{ [W]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で表すと、\(2.0 \times 10^4 \text{ W}\) となります。
仕事率とは、「1秒あたりにどれだけの仕事をするか」という能力を表す数値です。これは、自動車を前に進める「力(駆動力)」と「速さ」を掛け合わせることで計算できます。まず、時速を秒速に直し、(1)で求めた駆動力と掛け算します。
駆動力の仕事率は \(2.0 \times 10^4 \text{ W}\) です。これは \(20 \text{ kW}\) に相当し、自動車のエンジン出力として現実的な値であり、妥当な結果と言えます。
思考の道筋とポイント
仕事率を「単位時間あたりに供給されるエネルギー」と捉える解法です。自動車の運動エネルギーは一定なので、駆動力が供給するエネルギーは、すべて「位置エネルギーの増加」と「抵抗力によるエネルギー損失」を補うために使われます。したがって、単位時間あたりの位置エネルギー増加率と、単位時間あたりの抵抗力による仕事(エネルギー損失率)を足し合わせることで、駆動力の仕事率を求めることができます。
この設問における重要なポイント
- エネルギー供給率の分解: 駆動力の仕事率 \(P\) は、位置エネルギーを増加させるための仕事率 \(P_g\) と、抵抗力に打ち勝つための仕事率 \(P_f\) の和として考えられます。\(P = P_g + P_f\)。
- 位置エネルギー増加率 \(P_g\): 単位時間あたりに増加する位置エネルギーは \(mg \times (\text{単位時間あたりの高さの増加})\) で計算できます。高さの増加速度は \(v\sin\theta\) です。
- 抵抗力による仕事率 \(P_f\): 抵抗力に逆らって進むために必要な仕事率は、抵抗力 \(f\) と速さ \(v\) の積 \(fv\) で計算できます。
具体的な解説と立式
駆動力の仕事率 \(P\) は、単位時間あたりに位置エネルギーを増加させる仕事率 \(P_g\) と、抵抗力に抗して仕事をする率 \(P_f\) の和に等しいと考えられます。
$$ P = P_g + P_f \quad \cdots ③ $$
単位時間あたりの位置エネルギーの増加率 \(P_g\) は、重力に逆らって物体を鉛直上向きに速さ \(v_y\) で動かすときの仕事率に相当します。鉛直上向きの速さは \(v_y = v\sin\theta\) なので、
$$ P_g = (mg) \times (v\sin\theta) = mgv\sin\theta \quad \cdots ④ $$
単位時間あたりに抵抗力がする仕事率 \(P_f\) は、
$$ P_f = fv \quad \cdots ⑤ $$
となります。
使用した物理公式
- 仕事率のエネルギー的定義
式③に④と⑤を代入します。
$$ P = mgv\sin\theta + fv $$
この式を \(v\) でくくると、
$$ P = (mg\sin\theta + f)v $$
ここで、(1)の力のつり合いの式 \(F = mg\sin\theta + f\) を用いると、
$$ P = Fv $$
となり、これはメインの解法で用いた式①と全く同じです。したがって、計算結果も同様に \(P = 2.0 \times 10^4 \text{ W}\) となります。
実際に数値を直接代入して計算することもできます。
$$
\begin{aligned}
P &= mgv\sin\theta + fv \\[2.0ex]&= (1000 \times 9.8 \times 20 \times \frac{0.50}{10}) + (500 \times 20) \\[2.0ex]&= (196000 \times 0.050) + 10000 \\[2.0ex]&= 9800 + 10000 \\[2.0ex]&= 19800 \text{ [W]}
\end{aligned}
$$
これは先程の結果と一致します。
エンジンが1秒あたりに供給すべきエネルギーは、2つの目的のために使われます。一つは「車体を1秒あたりにどれだけ高く持ち上げるか」のためのエネルギー、もう一つは「空気抵抗などに逆らって進む」ためのエネルギーです。この2つのエネルギー量をそれぞれ1秒あたりで計算し、足し合わせることで、エンジンが1秒あたりにすべき仕事、すなわち仕事率を求めることができます。
仕事率を \(P=Fv\) という力と速さの関係から求める方法と、エネルギーの供給率という観点から求める方法の、両方で同じ結果が得られました。後者の方法は、仕事率の物理的な意味、すなわち「エネルギーを変換・供給する能力」をより深く理解するのに役立ちます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合い(問1):
- 核心: 自動車が「一定の速さ」で運動しているという条件から、加速度がゼロであることを見抜くことが最も重要です。これにより、ニュートンの運動法則 \(ma=F_{\text{合力}}\) は \(F_{\text{合力}}=0\)、すなわち「力のつり合い」の式を適用できると判断できます。
- 理解のポイント: この問題では、運動方向である斜面に平行な方向について、坂を上ろうとする「駆動力」と、それを妨げる「重力の斜面成分」および「抵抗力」の合計が等しい、というつり合いの式 \(F = mg\sin\theta + f\) を立てることがゴールです。
- 仕事率の定義(問2):
- 核心: 仕事率 \(P\) は、単位時間あたりの仕事であり、力 \(F\) と速さ \(v\) の積で表される、という定義式 \(P=Fv\) を理解していることが核心です。
- 理解のポイント: この公式は、単に計算方法を覚えるだけでなく、「一定の力で物体を速く動かすほど、単位時間あたりに必要なエネルギー供給量は大きくなる」という物理的な意味合いを理解しておくことが重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- エレベーターの運動: 一定の速さで上昇・下降するエレベーターをワイヤーが引く力の計算は、本問題の駆動力の計算と全く同じ構造です(重力と張力のつり合い)。
- ベルトコンベア上の物体: ベルトコンベアによって荷物が一定の速さで斜め上に運ばれる問題も、荷物に働く力のつり合いから摩擦力などを求める点で類似しています。
- 流体中を沈降・浮上する物体: 空気中を落下する雨粒や、水中の気泡が終端速度に達した状況は、重力と抵抗力(浮力も含む)がつり合っている点で、本質的に同じ物理モデルです。
- 初見の問題での着眼点:
- 「一定の速さ」「等速」というキーワードを探す: この言葉があれば、それは「力のつり合い」を適用できる最大のサインです。加速度はゼロです。
- 力の図示を徹底する: 物体に働く力をすべて(重力、駆動力、抵抗力、垂直抗力など)漏れなく図示します。特に、重力は常に鉛直下向きであることを忘れないようにします。
- 座標軸を運動方向に合わせる: 斜面上の運動では、斜面に平行・垂直な方向を軸に取ると、力の分解が容易になります。垂直抗力は常に面に垂直であり、分解の必要がなくなります。
- 仕事率を問われたら: まずは \(P=Fv\) を考えます。そのために必要な力 \(F\) と速さ \(v\) が何かを特定し、それらを求める手順を考えます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 力のつり合いの誤解:
- 誤解: 動いている物体には必ず力が働いていると考え、つり合いの式を立てられない。あるいは、駆動力と抵抗力だけがつり合うと考えてしまう。
- 対策: 「静止」または「等速直線運動」のどちらの場合でも、加速度はゼロであり、力の合力はゼロ(つり合い)です。運動しているからといって、力がつり合わないわけではありません。また、重力の斜面成分を忘れずに力のつり合いの式に含めることが重要です。
- \(\sin\theta\) と \(\cos\theta\) の混同:
- 誤解: 重力を分解する際に、斜面平行成分を \(mg\cos\theta\)、垂直成分を \(mg\sin\theta\) と取り違える。
- 対策: 毎回、角度 \(\theta\) がどこにあるかを図に描き込み、三角形の辺の関係を確認する習慣をつけましょう。傾斜が非常に小さい(\(\theta \approx 0\))極端な場合を考えると、平行成分はほぼゼロ(\(\sin 0 = 0\))、垂直成分はほぼ \(mg\)(\(\cos 0 = 1\))になるはず、と直感的にチェックできます。
- 単位の換算ミス:
- 誤解: 速さ \(v=72 \text{ km/h}\) をそのまま仕事率の計算に使ってしまう。
- 対策: 物理計算では、原則としてすべての量を国際単位系(SI単位系:メートル、キログラム、秒、ニュートン、ワットなど)に統一してから計算する、というルールを徹底しましょう。\(1 \text{ km} = 1000 \text{ m}\)、\(1 \text{ h} = 3600 \text{ s}\) の関係を正確に使うことが必要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の分解図: 自動車に働く重力 \(m\vec{g}\) を、斜面に平行な成分 \(m\vec{g}_{\parallel}\) と垂直な成分 \(m\vec{g}_{\perp}\) に分解する図を描くことが最も重要です。これにより、斜面方向の力のつり合い(\(\vec{F} + \vec{f} + m\vec{g}_{\parallel} = \vec{0}\))と、斜面に垂直な方向の力のつり合い(\(\vec{N} + m\vec{g}_{\perp} = \vec{0}\))が視覚的に理解できます。
- エネルギーの流れのイメージ: 「エンジン(駆動力)がエネルギーを供給 \(\rightarrow\) そのエネルギーが、①位置エネルギーの増加と、②抵抗による熱エネルギーへの散逸、という2つの形で消費されていく。収支がぴったり合っているから、運動エネルギーは変化しない(=等速)」というエネルギーの流れをイメージすると、仕事率の計算(別解)の意味が深く理解できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の矢印の始点: すべての力は、物体の重心(この場合は自動車の中心あたり)から生えているように描くと、力のモーメントなどを考える際に混乱が少なくなります。
- 力の種類を明確に: 駆動力 \(F\)、抵抗力 \(f\)、重力 \(mg\)、垂直抗力 \(N\) を、それぞれ異なる記号で明確に区別して描き込みます。
- 分解した力は点線で: 重力を分解した場合、分解後の2つの成分力は点線で描くと、元の力(実線)と区別しやすくなり、力の二重カウントを防げます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F_x = 0\)):
- 選定理由: (1)で、問題文に「一定の速さ」というキーワードがあり、これは加速度 \(a=0\) を意味するため。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則 \(ma = F_{\text{合力}}\) において、\(a=0\) を代入した特別な場合が力のつり合いの式です。運動の状態(等速)から、適用すべき物理法則(力のつり合い)を論理的に選択します。
- 仕事率の公式 (\(P=Fv\)):
- 選定理由: (2)で、問われているのが「仕事率」であり、(1)で力 \(F\) を求め、問題文で速さ \(v\) が与えられているため。
- 適用根拠: 仕事率の定義そのものです。力と速さという、仕事率を構成する2つの要素が既知または計算可能であるため、この公式を選択するのが最も直接的です。
- 仕事とエネルギーの関係 (\(W_{\text{全}} = \Delta K\)):
- 選定理由: (1)の別解として。速さが一定であることから運動エネルギーの変化がゼロ (\(\Delta K=0\)) と分かり、エネルギーの収支という別の視点から問題を解析できるため。
- 適用根拠: これは力学における最も普遍的な原理の一つです。力のつり合いが「力のベクトル和」に着目するのに対し、こちらは「仕事(エネルギー)のスカラー和」に着目するアプローチであり、しばしば計算が簡単になる場合があります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 駆動力の計算:
- 戦略: 自動車は等速運動 \(\rightarrow\) 加速度ゼロ \(\rightarrow\) 力のつり合いが成立。斜面方向の力のつり合いを立てる。
- フロー: ①自動車に働く力を図示 → ②重力を斜面平行・垂直成分に分解 → ③問題文から \(\sin\theta\) の値を特定 (\(\sin\theta = 0.50/10\)) → ④斜面平行方向の力のつり合いを立式 (\(F = mg\sin\theta + f\)) → ⑤数値を代入して計算。
- (2) 仕事率の計算:
- 戦略: 仕事率の公式 \(P=Fv\) を使う。
- フロー: ①速さ \(v\) の単位を km/h から m/s に変換 (\(72 \text{ km/h} \rightarrow 20 \text{ m/s}\)) → ②仕事率の公式 \(P=Fv\) に、(1)で求めた \(F\) と変換した \(v\) を代入 → ③数値を代入して計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位を意識した立式: 例えば、(1)の計算で \(F = 1000 \times 9.8 \times 0.05 + 500\) のように、単位を省略せず、各項が何の物理量を表しているか意識しながら計算を進めると、項の足し忘れなどを防げます。
- 有効数字の扱い: 計算の途中では、有効数字より1桁多く保持しておき、最後の答えを出す段階で指定された有効数字(この問題では2桁)に丸めるのが基本です。\(F=990 \text{ N}\) を途中で \(9.9 \times 10^2 \text{ N}\) と丸めてから(2)の計算に使うと、誤差が大きくなる可能性があります。
- 単位換算の正確性: \(72 \text{ km/h}\) の変換は頻出です。\(1 \text{ m/s} = 3.6 \text{ km/h}\) という関係を覚えておくと、\(72 \div 3.6 = 20 \text{ m/s}\) と暗算で検算できます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 駆動力: 駆動力 \(F=990 \text{ N}\) は、抵抗力 \(f=500 \text{ N}\) よりも大きい。これは、抵抗力に打ち勝つだけでなく、重力に逆らって坂を登るためにも力が必要だからであり、直感と一致します。もし \(F\) が \(f\) より小さくなったら、計算ミスを疑うべきです。
- (2) 仕事率: \(P \approx 2.0 \times 10^4 \text{ W} = 20 \text{ kW}\)。一般的な乗用車のエンジン出力は数十〜百数十kW程度なので、この値は物理的に妥当な範囲に収まっています。もし桁が大きくずれるような答えが出た場合は、単位換算などを見直すべきです。
- 別解との比較:
- (1)の駆動力は、「力のつり合い」と「仕事とエネルギーの関係」という2つの異なるアプローチで求められました。両者で全く同じ結果 (\(F=990 \text{ N}\)) が得られたことは、計算の正しさと物理的理解の確かさを裏付ける強力な証拠となります。
- (2)の仕事率も同様に、「\(P=Fv\)」と「エネルギー供給率の和」という2つの視点から同じ答えが導かれました。これにより、解答への信頼性が高まります。
104 2つの物体の運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、動滑車を含む複数の滑車で連結された2つのおもりの運動を扱います。力学的エネルギー保存則と、物体系の運動における「束縛条件」という、力学の重要な概念を組み合わせて解く能力が問われます。
この問題の核心は、動滑車の特性を正しく理解し、2つのおもりの移動距離や速さの間に成り立つ関係(束縛条件)を見抜くこと、そして、その関係を力学的エネルギー保存則に適用することです。
- おもりAの質量: \(m\)
- おもりBの質量: \(2m\)
- 滑車: 摩擦がなく、軽い
- 初速: 静かにはなした(初速ゼロ)
- 重力加速度: \(g\)
- (1) Aの速さが \(v\) のとき、Bの速さ \(v_B\) を \(v\) で表す。
- (2) Aが \(h\) だけ上昇したときの速さ \(v\) を求める。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「動滑車でつながれた物体の力学的エネルギー保存」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 束縛条件: 2つのおもりは1本の糸でつながれているため、その動きは独立ではありません。Aの移動距離とBの移動距離、Aの速さとBの速さの間には、動滑車の仕組みによって決まる一定の関係があります。
- 力学的エネルギー保存則: 働く力が重力と糸の張力のみであり、糸の張力は常に物体の運動方向と平行または逆向きに働き、系全体で見るとその仕事の和はゼロになります(張力は内力)。また、摩擦もないため、系全体の力学的エネルギー(運動エネルギーと位置エネルギーの和)は保存されます。
- 運動方程式(別解): 各物体について運動方程式を立て、張力と加速度を連立方程式で解くことでも、問題を解析できます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、動滑車の仕組みから、おもりAとおもりBの移動距離の関係、および速さの関係(束縛条件)を導き出します(問1)。
- 次に、AとBを一つの「系」とみなし、系全体の力学的エネルギーが保存されることを利用して式を立てます。その際に(1)で求めた速さの関係を使い、Aの速さ\(v\)を求めます(問2)。
問(1)
思考の道筋とポイント
おもりAの速さ \(v\) とおもりBの速さ \(v_B\) の関係を求める問題です。これは「束縛条件」と呼ばれるもので、動滑車の幾何学的な性質から導かれます。
おもりAが上に動くと、Aにつながっている動滑車も上に動きます。この動滑車には糸が両側からかかっています。動滑車が上に動いた分だけ、その両側の糸がたるむことになり、そのたるんだ分の糸がおもりBを引き下げる、と考えるのがポイントです。
この設問における重要なポイント
- 動滑車の仕組み: おもりAが距離 \(h\) だけ上昇すると、Aにつながれた動滑車も \(h\) だけ上昇します。
- 糸の長さの関係: 動滑車が \(h\) 上昇すると、動滑車の左右にかかっている糸がそれぞれ \(h\) ずつ、合計 \(2h\) だけ短くなる(余る)必要があります。この余った糸の長さ \(2h\) が、おもりBを下に引く長さになります。
- 距離と速さの関係: したがって、Aの移動距離を \(h\) とすると、Bの移動距離は \(2h\) となります。移動距離の比が \(1:2\) なので、同じ時間で動く速さの比も \(1:2\) になります。
具体的な解説と立式
おもりAが微小時間 \(\Delta t\) の間に微小距離 \(\Delta y_A\) だけ上昇したとします。
すると、Aにつながれた動滑車も \(\Delta y_A\) だけ上昇します。
このとき、動滑車の両側にかかっている糸が、それぞれ \(\Delta y_A\) ずつ、合計で \(2\Delta y_A\) だけ供給されます。
この供給された糸の長さの分だけ、おもりBは下降します。したがって、おもりBの下降距離 \(\Delta y_B\) は、
$$ \Delta y_B = 2\Delta y_A $$
となります。
両辺を微小時間 \(\Delta t\) で割ると、それぞれの速さの関係が得られます。
$$ \frac{\Delta y_B}{\Delta t} = 2 \frac{\Delta y_A}{\Delta t} $$
Aの速さを \(v\)、Bの速さを \(v_B\) とすると、
$$ v_B = 2v $$
となります。
使用した物理公式
- 束縛条件(動滑車の幾何学的関係)
上記の立式により、計算は不要です。Aの速さが \(v\) のとき、Bの速さは \(2v\) です。
動滑車は、ロープを引く距離が半分になる代わりに、持ち上げる力が半分で済む道具です。この問題では逆で、おもりAが \(1\text{ m}\) 上昇すると、動滑車の両側から \(1\text{ m}\) ずつ、合計 \(2\text{ m}\) のロープがたるみます。そのたるんだ \(2\text{ m}\) のロープがおもりBを下に引っ張るので、Bは \(2\text{ m}\) 下がります。つまり、BはAの2倍の距離を動きます。同じ時間で2倍の距離を動くので、速さも2倍になります。
Aの速さが \(v\) のとき、Bの速さは \(2v\) です。これは動滑車の基本的な性質から導かれる妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
Aが \(h\) だけ上昇したときの速さ \(v\) を求める問題です。おもりAとB、そして地球を一つの「系」として考えると、働く力は重力と張力です。張力は系内部の力(内力)であり、その仕事の総和はゼロになるため、系全体の力学的エネルギーは保存されます。
「運動前の力学的エネルギーの和」と「運動後の力学的エネルギーの和」が等しいという式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 系の設定: おもりA、おもりB、地球を一つの系とみなします。
- エネルギー保存則の適用: 働く非保存力(摩擦など)がないため、力学的エネルギー保存則が成り立ちます。
- 基準面の決定: 位置エネルギーを計算するために、基準面(高さゼロの点)を決めます。初めのおもりの高さのどちらかを基準面にすると計算が楽になります。ここでは、初めのAとBの高さを基準面とします。
- 各状態のエネルギー:
- 初めの状態: AもBも静止しているので運動エネルギーはゼロ。基準面にいるので位置エネルギーもゼロ。よって、全体の初期エネルギーはゼロです。
- 後の状態: Aは高さ \(h\) 上昇し、速さ \(v\) になっています。Bは距離 \(2h\) 下降し、速さ \(2v\) になっています。これらの運動エネルギーと位置エネルギーを合計します。
具体的な解説と立式
おもりAとBからなる系全体の力学的エネルギー保存則を考えます。
(初めの力学的エネルギー) = (後の力学的エネルギー)
$$ K_{\text{初}} + U_{\text{初}} = K_{\text{後}} + U_{\text{後}} \quad \cdots ① $$
初めの高さを位置エネルギーの基準面(\(U=0\))とします。
初めの状態では、AもBも静止しているので、運動エネルギーはともにゼロです。
$$ K_{\text{初}} = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}(2m)v_B^2 = \frac{1}{2}m(0)^2 + \frac{1}{2}(2m)(0)^2 = 0 $$
基準面にいるので、位置エネルギーもともにゼロです。
$$ U_{\text{初}} = mgh_A + 2mgh_B = mg(0) + 2mg(0) = 0 $$
したがって、初めの力学的エネルギーの合計はゼロです。
後の状態では、Aは高さ \(h\) にあり、速さは \(v\) です。Bは高さ \(-2h\) にあり、速さは(1)より \(v_B = 2v\) です。
後の運動エネルギーの合計は、
$$ K_{\text{後}} = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}(2m)(2v)^2 $$
後の位置エネルギーの合計は、
$$ U_{\text{後}} = mgh + 2mg(-2h) $$
これらを式①に代入します。
$$ 0 + 0 = \left( \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}(2m)(2v)^2 \right) + \left( mgh + 2mg(-2h) \right) $$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則: \(K_{\text{初}} + U_{\text{初}} = K_{\text{後}} + U_{\text{後}}\)
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 重力による位置エネルギー: \(U = mgh\)
上記で立てたエネルギー保存の式を \(v\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
0 &= \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}(2m)(4v^2) + mgh – 4mgh \\[2.0ex]0 &= \frac{1}{2}mv^2 + 4mv^2 – 3mgh \\[2.0ex]0 &= \frac{9}{2}mv^2 – 3mgh
\end{aligned}
$$
両辺を \(m\) で割り、項を移項します。
$$ \frac{9}{2}v^2 = 3gh $$
\(v^2\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
v^2 &= 3gh \times \frac{2}{9} \\[2.0ex]&= \frac{2gh}{3}
\end{aligned}
$$
\(v>0\) なので、平方根をとります。
$$ v = \sqrt{\frac{2gh}{3}} $$
この運動では、エネルギーの種類が変化するだけで、全体の総量は変わりません。初めはすべて位置エネルギー(と運動エネルギーゼロ)でした。運動後は、Bが下がったことで失われた位置エネルギーが、Aが上がったことで得た位置エネルギーと、AとBが得た運動エネルギーに変換された、と考えます。この「失われたエネルギー=得られたエネルギー」という関係を数式にして、速さ \(v\) を計算します。
Aが \(h\) だけ上昇したときの速さは \(v = \sqrt{\displaystyle\frac{2gh}{3}}\) です。
もしBの質量がAに比べて非常に大きければ、ほぼ自由落下に近くなり、\(v\) は大きくなるはずです。この式は質量 \(m\) を含んでいませんが、これはAとBの質量比が固定されているためです。もし質量比が変われば、結果も変わります。この結果は物理的に妥当なものと考えられます。
思考の道筋とポイント
力学的エネルギー保存則を使わずに、各おもりの運動方程式を立てて解く方法です。この方法では、糸の張力 \(T\) と、おもりAの加速度 \(a\) を未知数として導入し、連立方程式を解きます。最後に、等加速度運動の公式を使って速さ \(v\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: Aには上向きの張力 \(2T\)(動滑車を介して2本の糸で引かれる)と下向きの重力 \(mg\) が働く。Bには上向きの張力 \(T\) と下向きの重力 \(2mg\) が働く。(Aを引く糸とBを引く糸の張力は、定滑車を介して等しい)
- 加速度の関係: (1)の速さの関係と同様に、Aの加速度を \(a\)(上向き)とすると、Bの加速度は \(2a\)(下向き)となります。
- 運動方程式の立式: AとBそれぞれについて、運動方程式 \(ma=F\) を立てます。
- 等加速度運動の公式: 加速度 \(a\) が求まれば、公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を使って速さ \(v\) を計算します。
具体的な解説と立式
おもりBを引く糸の張力を \(T\) とします。動滑車は軽く、つり合っているので、おもりAを引く合力としての張力は \(2T\) となります。
おもりAの加速度を上向きに \(a\) とすると、(1)の関係から、おもりBの加速度は下向きに \(2a\) となります。
各おもりの運動方程式を立てます。
おもりA(上向きを正):
$$ ma = 2T – mg \quad \cdots ② $$
おもりB(下向きを正):
$$ (2m)(2a) = 2mg – T \quad \cdots ③ $$
これで、未知数 \(a\) と \(T\) に関する連立方程式ができました。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
まず、連立方程式を解いて加速度 \(a\) を求めます。
式③を \(T\) について解きます。
$$ T = 2mg – 4ma \quad \cdots ④ $$
式④を式②に代入して \(T\) を消去します。
$$
\begin{aligned}
ma &= 2(2mg – 4ma) – mg \\[2.0ex]ma &= 4mg – 8ma – mg \\[2.0ex]ma &= 3mg – 8ma
\end{aligned}
$$
\(a\) を含む項を左辺にまとめます。
$$
\begin{aligned}
ma + 8ma &= 3mg \\[2.0ex]9ma &= 3mg \\[2.0ex]a &= \frac{3mg}{9m} \\[2.0ex]&= \frac{1}{3}g
\end{aligned}
$$
加速度 \(a\) が求まりました。次に、Aが距離 \(h\) だけ上昇したときの速さ \(v\) を、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を用いて求めます。
初速 \(v_0 = 0\)、移動距離 \(x=h\)、加速度 \(a=\displaystyle\frac{1}{3}g\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
v^2 – 0^2 &= 2 \left( \frac{1}{3}g \right) h \\[2.0ex]v^2 &= \frac{2gh}{3}
\end{aligned}
$$
\(v>0\) なので、
$$ v = \sqrt{\frac{2gh}{3}} $$
まず、AとBそれぞれについて、ニュートンの運動の法則「力=質量×加速度」を使って、動きのルールを数式にします。このとき、糸が物体を引く力(張力)が未知数ですが、AとBの動きは連動しているので、2つの数式を組み合わせることで、まず加速度を計算できます。加速度が分かれば、「どれくらいの距離を動いたら、どれくらいの速さになるか」を計算する公式が使えるので、それを使って最終的な速さを求めます。
運動方程式から出発する方法でも、力学的エネルギー保存則を用いた方法と全く同じ結果が得られました。運動方程式を解くアプローチは、途中の張力や加速度といった運動の詳細も知ることができるという利点があります。どちらの解法も理解しておくことで、問題に応じて適切なアプローチを選択できるようになります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 束縛条件(幾何学的な関係):
- 核心: この問題で最も重要なのは、動滑車の存在によって、おもりAとおもりBの運動が独立ではなく、互いに束縛されていることを見抜く点です。具体的には、Aの移動距離・速さ・加速度を \(h, v, a\) とすると、Bのそれは \(2h, 2v, 2a\) となる、という関係を導き出すことが解析の出発点となります。
- 理解のポイント: この関係は、1本の糸の全長が一定であることから導かれます。動滑車が \(h\) 上昇すると、その両側の糸が \(h\) ずつ、合計 \(2h\) だけ短くなる必要があり、その分がBの移動につながる、という幾何学的なイメージを持つことが重要です。
- 力学的エネルギー保存則:
- 核心: 2つのおもりと地球を一つの「系」として捉えたとき、働く力は保存力である重力と、仕事をしない内力である張力のみ(摩擦もない)であるため、系全体の力学的エネルギーが保存される、という法則を適用することが(2)を解くための最もエレガントな方法です。
- 理解のポイント: \( (AのK+U) + (BのK+U) = \text{一定} \) という式を立てます。このとき、束縛条件から導いた \(v_B=2v\) という関係を代入することで、未知数を \(v\) の一つに絞り込むことができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 斜面上の動滑車: 一方が斜面を滑り、もう一方が動滑車を介して吊るされているような、より複雑な配置の問題。基本的な考え方は同じで、束縛条件とエネルギー保存則(または運動方程式)を適用します。
- 複数の動滑車を持つ系: 複数の動滑車が組み合わさったクレーンのような装置。移動距離や速さの比が \(1:3\) や \(1:4\) などになりますが、束縛条件を見抜くという本質は変わりません。
- 「糸のたるみ」を考える問題: 糸の全長が一定である、という条件から束縛条件を導く問題全般に応用できます。
- 初見の問題での着眼点:
- 滑車の種類を特定する: 定滑車か、動滑車か、あるいはその組み合わせかを確認します。動滑車があれば、必ず束縛条件が存在します。
- 束縛条件を最優先で導出する: まず、物体間の移動距離や速さの比を求めます。これが分からないと、エネルギー保存則も運動方程式も立式できません。「Aが1動いたらBはいくつ動くか?」を常に自問自答しましょう。
- 解法を選択する:
- 途中の力(張力)や加速度が不要で、前後の状態の速さや位置だけが問われている場合 \(\rightarrow\) 力学的エネルギー保存則が有利。
- 加速度や張力を問われている場合、または非保存力が仕事をする場合 \(\rightarrow\) 運動方程式を立てるのが基本。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 束縛条件の間違い:
- 誤解: AとBが同じ速さ、同じ距離だけ動くと考えてしまう。動滑車の効果を無視するミスです。
- 対策: 必ず図を描き、糸がどのようにかかっているかを確認します。おもりA(動滑車)を少し動かしたときに、もう一方のおもりBにつながる糸がどれだけ動くかを、指でなぞるなどして具体的にシミュレーションしてみましょう。
- エネルギーの計算ミス:
- 誤解: Bの運動エネルギーを \(\frac{1}{2}(2m)v^2\) と計算してしまう(速さを \(v\) と間違える)。あるいは、AとBのどちらか一方のエネルギーだけを考えてしまう。
- 対策: 力学的エネルギー保存則は「系全体」で成立する法則です。必ず、系に含まれるすべての物体の運動エネルギーと位置エネルギーを漏れなく足し合わせることを徹底しましょう。立式する際に、\(K = K_A + K_B\), \(U = U_A + U_B\) のように、各物体のエネルギー項を書き出す習慣をつけるとミスが減ります。
- 位置エネルギーの符号ミス:
- 誤解: 基準面より下に移動した物体の位置エネルギーを正としてしまう。
- 対策: 最初に「どこを高さの基準(\(h=0\))にするか」を明確に宣言し、図に書き込みましょう。基準面より上なら \(+h\)、下なら \(-h\) として、符号を機械的に決定するルールを自分の中で確立することが重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 糸の移動の可視化: 図の上で、おもりAを \(h\) だけ上に動かした状態を点線で描いてみます。すると、動滑車の両側の糸がそれぞれ \(h\) だけ余ることが視覚的にわかります。この「余った糸の合計 \(2h\)」が、おもりBの下降分になる、という流れを図で追うと、束縛条件が直感的に理解できます。
- エネルギー変換のイメージ: 「Bが \(2h\) 下がることで失われる大きな位置エネルギー (\(2mg \times 2h\)) が、(Aが \(h\) 上昇するための位置エネルギー \(mgh\)) と (AとBを加速させるための運動エネルギー) に分配される」というエネルギーの収支・分配のイメージを持つと、力学的エネルギー保存則の式の意味がより明確になります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 運動の前後を比較する図: 「初めの状態」と「後の状態」の2つの図を並べて描くと、高さの変化や速さの関係が整理しやすくなります。
- 力の図示(運動方程式で解く場合): Aには \(2T\)、Bには \(T\) が働くことを明確に描き分けます。なぜAに働く張力が \(2T\) になるのか(軽い動滑車にはたらく力のつり合いから)、その理由も理解しておくことが重要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 束縛条件 (\(v_B = 2v\)):
- 選定理由: (1)で、2つの物体の速さの関係が直接問われているため。また、(2)を解く上で、未知数を減らすために必須の情報だからです。
- 適用根拠: これは物理法則というより、問題設定の幾何学的・運動学的な制約条件です。この条件を数式で表現する必要があります。
- 力学的エネルギー保存則:
- 選定理由: (2)で、運動の途中経過(張力や加速度)は不要で、始めと終わりの状態の速さを知りたいから。また、働く力が重力(保存力)と張力(内力として仕事の和がゼロ)のみで、摩擦がないため、適用条件を満たしているから。
- 適用根拠: エネルギー保存則は、運動方程式を時間や位置で積分した形に相当し、運動の全体像を捉えるのに非常に強力なツールです。適用できる場面では、計算が簡潔になることが多いです。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (2)の別解として。力学の最も基本的な法則であり、どんな問題にも(原理的には)適用できるから。特に、加速度や張力を求めたい場合には必須のアプローチです。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則は、物体の運動とその原因である力を結びつける根源的な法則です。この法則から出発すれば、運動のすべての側面を記述できます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 束縛条件の導出:
- 戦略: 動滑車の幾何学的性質に着目する。
- フロー: ①Aが \(h\) 上昇すると、動滑車の両側の糸が \(h\) ずつ、計 \(2h\) 余ることを理解 → ②この余った糸の分だけBが下降すると判断 → ③移動距離の比が \(1:2\) なので、速さの比も \(1:2\) であると結論づける (\(v_B=2v\))。
- (2) 速さの計算(エネルギー保存則):
- 戦略: 系全体の力学的エネルギーが保存されることを利用する。
- フロー: ①初めの状態と後の状態の力学的エネルギーをそれぞれ定義 → ②初めのエネルギーは運動も位置もゼロと設定 → ③後のエネルギーを、AとBそれぞれの運動エネルギーと位置エネルギーの和として表現。このとき、(1)の束縛条件 (\(v_B=2v\), \(h_B=-2h\)) を代入 → ④「初めのエネルギー = 後のエネルギー」として等式を立てる → ⑤式を \(v\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題のように、多くの物理量が文字で与えられている場合、最後まで文字式のまま計算を進めるのが鉄則です。これにより、計算過程での間違いを発見しやすくなり、物理的な意味も見失いにくくなります。
- 共通因数をまとめる: エネルギー保存の式を立てた後、\( \frac{1}{2}mv^2 + 4mv^2 – 3mgh = 0 \) のように、各項に共通する \(m\) を早い段階で消去すると、式がシンプルになり計算ミスが減ります。
- 平方根の処理: \(v^2 = \frac{2gh}{3}\) から \(v\) を求める際に、物理的に考えて速さが負になることはないので、正の平方根のみを取る、という判断を忘れずに行いましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 速さの比: Bの方がAより速い (\(2v\)) という結果は、Bの方がAより長い距離を動くという直感と一致しており、妥当です。
- (2) 速さの式: もし \(m=0\) だったら(Aが存在しない)、Bは自由落下するはずですが、この式は \(m\) に依存しない形になっています。これは、AとBの質量比が \(1:2\) で固定されているためです。もし、Aの質量を \(m_A\)、Bの質量を \(m_B\) として一般的に解くと、速さは質量の比に依存する形になります。この問題の設定内では、得られた結果は妥当です。
- 別解との比較:
- (2)の速さ \(v\) は、「力学的エネルギー保存則」と「運動方程式」という全く異なる2つのアプローチで求められました。両者で完全に同じ結果 \(v = \sqrt{\frac{2gh}{3}}\) が得られたことは、計算の正しさと物理的理解の確かさを裏付ける強力な証拠となります。もし結果が異なれば、どちらか(あるいは両方)の計算過程や立式に誤りがあると判断できます。
105 2つの物体の運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、ばねによって射出された小物体が台の上を運動し、やがて床に落下するという一連の現象を扱います。台が固定されている場合と、固定されていない場合(台も動く場合)の2つのシナリオについて、力学的エネルギー保存則や運動量保存則といった複数の物理法則を適切に使い分ける能力が問われる、複合的な問題です。
- 台の質量: \(M\)、高さ: \(h\)
- 小物体の質量: \(m\)
- ばね定数: \(k\)
- ばねの初期状態: 自然長より \(L\) だけ縮められている
- 台の上面、床: なめらか
- 重力加速度: \(g\)
- (1) 台を固定した場合の、小物体がばねから離れるときの速さ \(v_0\) と、床に衝突するときの速さ \(v_1\)。
- (2) 台を固定しない場合で、小物体が床に衝突したときの台の速さが \(V\) であったときの、床に衝突する直前の小物体の運動エネルギー \(K\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「エネルギー保存則と運動量保存則の応用」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力学的エネルギー保存則: 系の内部で働く力が保存力(重力、弾性力)のみの場合、その系の力学的エネルギー(運動エネルギー+位置エネルギー)の総和は一定に保たれます。
- 運動量保存則: 系に外力が働かない(または外力の合力がゼロの)場合、その系の運動量の総和は一定に保たれます。この問題では、水平方向について適用できます。
- 仕事とエネルギーの関係: 非保存力が仕事をする場合、その仕事の分だけ力学的エネルギーは変化します。この問題では、台と小物体を別々の系と見なした場合に、互いに及ぼし合う内力が仕事をする、と考えることもできます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、台が固定されているため、小物体のみを考えます。ばねが解放されてから床に落ちるまで、小物体に働く力は弾性力と重力のみ(どちらも保存力)なので、小物体の力学的エネルギーは常に保存されます。この法則を使って \(v_0\) と \(v_1\) を求めます。
- (2)では、台が固定されておらず、小物体と台が互いに力を及ぼし合って動きます。この場合、小物体と台を一つの「系」として考えるのが有効です。この系全体で、水平方向には外力が働かないため運動量保存則が成立し、また系全体に働く非保存力もないため力学的エネルギー保存則も成立します。
問(1)
思考の道筋とポイント
台が固定されているため、小物体の運動だけを考えればよいシンプルな状況です。小物体に働く力は、ばねに接している間は弾性力と重力、ばねから離れた後は重力のみです。これらはすべて保存力なので、小物体の力学的エネルギーは一貫して保存されます。
速さ \(v_0\) は「ばね解放直後」と「ばねから離れた瞬間」の2つの状態で、速さ \(v_1\) は「ばね解放直後」と「床に衝突する直前」の2つの状態で、それぞれエネルギー保存則を適用して求めます。
この設問における重要なポイント
- エネルギー保存の適用区間:
- \(v_0\) を求めるには、ばねが最も縮んだ状態(初状態)と、ばねが自然長に戻り小物体が離れる瞬間(中間状態)でエネルギー保存則を立てます。
- \(v_1\) を求めるには、初状態と、小物体が床に衝突する直前(終状態)でエネルギー保存則を立てるのが最も効率的です。
- 位置エネルギーの基準:
- 弾性エネルギーは、ばねが自然長のときにゼロです。
- 重力による位置エネルギーは、基準面をどこに取るかで値が変わります。台の上面を基準(\(h=0\))にすると \(v_0\) の計算が、床面を基準にすると \(v_1\) の計算が楽になりますが、一貫していればどこでも構いません。ここでは、各計算で都合の良い基準面を使い分けます。
具体的な解説と立式
まず、速さ \(v_0\) を求めます。
台の上面を重力による位置エネルギーの基準面(\(U_g=0\))とします。
ばねが最も縮んだ状態(初状態)と、ばねから離れる瞬間(自然長に戻ったとき)で、力学的エネルギー保存則を立てます。
(初状態のエネルギー) = (ばねから離れる瞬間のエネルギー)
初状態では、速さはゼロ、ばねは \(L\) 縮んでいるので、
$$ E_{\text{初}} = \frac{1}{2}m(0)^2 + \frac{1}{2}kL^2 + mg(0) = \frac{1}{2}kL^2 $$
ばねから離れる瞬間では、速さは \(v_0\)、ばねは自然長、高さは基準面なので、
$$ E_{\text{中間}} = \frac{1}{2}mv_0^2 + \frac{1}{2}k(0)^2 + mg(0) = \frac{1}{2}mv_0^2 $$
よって、エネルギー保存則は、
$$ \frac{1}{2}kL^2 = \frac{1}{2}mv_0^2 \quad \cdots ① $$
次に、速さ \(v_1\) を求めます。
床面を重力による位置エネルギーの基準面(\(U_g=0\))とします。
初状態と、床に衝突する直前で、力学的エネルギー保存則を立てます。
(初状態のエネルギー) = (床に衝突する直前のエネルギー)
初状態では、速さはゼロ、ばねは \(L\) 縮み、高さは \(h\) なので、
$$ E’_{\text{初}} = \frac{1}{2}m(0)^2 + \frac{1}{2}kL^2 + mgh $$
床に衝突する直前では、速さは \(v_1\)、ばねは自然長、高さはゼロなので、
$$ E_{\text{終}} = \frac{1}{2}mv_1^2 + \frac{1}{2}k(0)^2 + mg(0) = \frac{1}{2}mv_1^2 $$
よって、エネルギー保存則は、
$$ \frac{1}{2}kL^2 + mgh = \frac{1}{2}mv_1^2 \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 重力による位置エネルギー: \(U_g = mgh\)
- 弾性力による位置エネルギー: \(U_e = \displaystyle\frac{1}{2}kx^2\)
式①を \(v_0\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
mv_0^2 &= kL^2 \\[2.0ex]v_0^2 &= \frac{k}{m}L^2
\end{aligned}
$$
\(v_0 > 0\) なので、
$$ v_0 = \sqrt{\frac{k}{m}}L = L\sqrt{\frac{k}{m}} $$
式②を \(v_1\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
mv_1^2 &= kL^2 + 2mgh \\[2.0ex]v_1^2 &= \frac{kL^2}{m} + 2gh
\end{aligned}
$$
\(v_1 > 0\) なので、
$$ v_1 = \sqrt{\frac{kL^2}{m} + 2gh} $$
(1)は、台が動かないので小物体だけのエネルギーを考えます。
\(v_0\) の計算:最初にばねが持っていた「バネのエネルギー」が、すべて小物体の「運動エネルギー」に変わった、という関係から速さを求めます。
\(v_1\) の計算:最初にばねが持っていた「バネのエネルギー」と、台の高さ分の「位置エネルギー」の合計が、床に落ちる直前の小物体の「運動エネルギー」にすべて変わった、という関係から速さを求めます。
速さ \(v_0 = L\sqrt{\displaystyle\frac{k}{m}}\)、速さ \(v_1 = \sqrt{\displaystyle\frac{kL^2}{m} + 2gh}\) です。
\(v_1^2 = v_0^2 + 2gh\) という関係が成り立っており、これは台の上を速さ \(v_0\) で水平に飛び出した物体が、高さ \(h\) だけ落下したときの速さの2乗の関係式と一致します。物理的に整合性が取れています。
問(2)
思考の道筋とポイント
台を固定しないため、ばねが伸びるときに小物体は台を押し、その反作用で台も動き始めます。この場合、小物体と台を一つの「系」として考えるのが定石です。
この系に対して、水平方向には外力が働いていません。したがって、水平方向の運動量保存則が成り立ちます。また、系全体で仕事をする非保存力もないため、系全体の力学的エネルギー保存則も成り立ちます。
問題では、床に衝突する直前の小物体の運動エネルギー \(K\) を求めよ、とあります。この状態での台の速さ \(V\) が与えられているので、力学的エネルギー保存則を「初状態」と「小物体が床に衝突する直前」の2つの状態で適用するのが最も直接的です。
この設問における重要なポイント
- 系の設定: 小物体と台を一つの「系」として考えます。
- 力学的エネルギー保存則の適用: 系に働く力は、内力である弾性力と、保存力である重力のみです。したがって、系全体の力学的エネルギーは保存されます。
- エネルギーの勘定:
- 初状態: 小物体も台も静止。エネルギーは小物体の初期位置における重力による位置エネルギー \(mgh\) と、ばねの弾性エネルギー \(\frac{1}{2}kL^2\) のみ。
- 終状態: 小物体は運動エネルギー \(K\) を持ち、床面にいる(位置エネルギーゼロ)。台は速さ \(V\) で運動しており、運動エネルギーは \(\frac{1}{2}MV^2\)。
- 運動量保存則の不要性: この設問では、最終状態の台の速さ \(V\) が与えられているため、運動量保存則を陽に使う必要はありません。エネルギー保存則だけで解くことができます。
具体的な解説と立式
小物体と台を一つの系として、力学的エネルギー保存則を考えます。
床面を重力による位置エネルギーの基準面(\(U_g=0\))とします。
(初状態の系の全エネルギー) = (小物体が床に衝突する直前の系の全エネルギー)
初状態では、小物体も台も静止しています。小物体の高さは \(h\)、ばねは \(L\) 縮んでいます。
$$ E_{\text{初}} = K_m + K_M + U_{g,m} + U_{g,M} + U_e $$
$$ E_{\text{初}} = 0 + 0 + mgh + Mg(0) + \frac{1}{2}kL^2 = mgh + \frac{1}{2}kL^2 $$
(台の高さは変化しないので、台の位置エネルギーは考慮しなくてもよい)
小物体が床に衝突する直前の状態(終状態)では、小物体の運動エネルギーは \(K\)、台の速さは \(V\) です。小物体の高さはゼロ、ばねは自然長になっています。
$$ E_{\text{後}} = K + \frac{1}{2}MV^2 + mg(0) + Mg(0) + \frac{1}{2}k(0)^2 = K + \frac{1}{2}MV^2 $$
力学的エネルギー保存則より、\(E_{\text{初}} = E_{\text{後}}\) なので、
$$ mgh + \frac{1}{2}kL^2 = K + \frac{1}{2}MV^2 \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則(系全体)
式③を、求めたい小物体の運動エネルギー \(K\) について解きます。
$$ K = mgh + \frac{1}{2}kL^2 – \frac{1}{2}MV^2 $$
これで計算は完了です。
小物体と台をひとまとめにして考えます。最初にこのグループが持っていた全エネルギーは、ばねが蓄えた「バネのエネルギー」と、小物体が持っていた「高さのエネルギー(位置エネルギー)」の合計です。このエネルギーが、運動後に、小物体の「運動エネルギー」と、台の「運動エネルギー」に分け与えられた、と考えます。したがって、「最初の全エネルギー」から「台の運動エネルギー」を差し引けば、残りが「小物体の運動エネルギー」になります。
床に衝突する直前の小物体の運動エネルギーは \(K = mgh + \displaystyle\frac{1}{2}kL^2 – \displaystyle\frac{1}{2}MV^2\) です。
この結果は、(1)で求めた \(v_1\) を使って表現すると、台が固定されていた場合の小物体の最終的な運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv_1^2 = mgh + \frac{1}{2}kL^2\) から、台が動いたことによるエネルギー \(\frac{1}{2}MV^2\) を引いたものになっています。台が動くことで、その分だけ小物体のエネルギーが減少するという物理的な直感と一致しており、妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
もし問題で「台の速さ\(V\)」が与えられておらず、「小物体の速さ\(v_x, v_y\)を求めよ」などと問われた場合は、運動量保存則も必要になります。この問題はエネルギー保存だけで解けますが、背景にある運動量保存則を理解しておくことは重要です。
この設問における重要なポイント
- 水平方向の運動量保存: 系に水平方向の外力は働かないので、水平方向の運動量は保存されます。初めの運動量はゼロです。小物体が床に衝突する直前の、小物体の水平方向の速さを \(v_x\)、台の速さを \(V\)(左向きを正)とすると、\(mv_x – MV = 0\) が成り立ちます。
- 小物体の運動エネルギーの分解: 小物体の運動エネルギー \(K\) は、水平方向の成分と鉛直方向の成分に分けられます。\(K = \frac{1}{2}m(v_x^2 + v_y^2)\)。
- 鉛直方向の運動: 小物体の鉛直方向の運動は、台の水平運動とは独立しています。台の上を水平に速さ \(v_x\) で運動し始めてから、高さ \(h\) を自由落下するのと同じです。よって、\(v_y^2 = 2gh\) となります。
この別解は、本問の解答には直接必要ありませんが、より深い理解のために役立ちます。この問題では、これらの関係を使わなくても、エネルギー保存則だけで \(K\) が \(V\) を用いて表現できる、という構成になっています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力学的エネルギー保存則:
- 核心: この問題全体を貫く最も重要な法則です。台が固定されている(1)では「小物体のみ」の力学的エネルギーが、台が動く(2)では「小物体と台を合わせた系全体」の力学的エネルギーが、それぞれ保存されることを見抜くのが核心です。
- 理解のポイント: (1)では、ばねの弾性エネルギーが運動エネルギーに、さらに重力の位置エネルギーが運動エネルギーに変換される過程を追います。(2)では、初期の弾性エネルギーと位置エネルギーが、最終的に「小物体の運動エネルギー」と「台の運動エネルギー」の2つに分配される、というエネルギーの収支関係を捉えることが重要です。
- 運動量保存則(特に(2)の背景):
- 核心: (2)で台が動く場合、小物体と台の間で力が及ぼし合われますが、これらは内力です。水平方向には系に外力が働かないため、「系全体の水平方向の運動量」が保存されます。
- 理解のポイント: この問題では、最終的な台の速さ\(V\)が与えられているため、運動量保存則を直接立式する必要はありませんでした。しかし、もし\(V\)が未知であれば、エネルギー保存則と運動量保存則を連立させて解くのが定石です。「外力が働かない方向の運動量は保存される」という原理は、分裂や合体、衝突問題で頻出する最重要法則の一つです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 台の上での分裂: 静止した台の上で物体が左右に分裂する問題。運動量保存則とエネルギー保存則(分裂時に放出されるエネルギーを考慮)を使います。
- 動く台との衝突: 動いている台に小球が衝突する問題。運動量保存則と、はねかえり係数の式(またはエネルギー保存則)を連立します。
- 船の上を人が歩く問題: 人が船の上を歩くと、反作用で船も動きます。人と船を一つの系とみなし、運動量保存則を適用する典型例です。
- 初見の問題での着眼点:
- 「系」をどう設定するか?: まず、どの物体を一つのグループ(系)として考えるかを見極めます。物体間で力が及ぼし合う場合は、まとめて系と見なすと、内力を考えなくて済むため有利です。
- 保存則が使えるか判断する:
- 力学的エネルギー保存: 系に非保存力(摩擦、空気抵抗など)が仕事をしないか?
- 運動量保存: 系に外力が働かない(または合力がゼロの)方向はどこか?(この問題では水平方向)
- どの時点とどの時点を比較するか?: 保存則を適用する際は、「前」と「後」の2つの状態を明確に設定します。問題で問われている量と、条件が分かっている状態(多くは初期状態)を選ぶのが基本です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- エネルギー保存の適用範囲の間違い:
- 誤解: (2)で台が動くのに、(1)と同じように小物体だけのエネルギー保存則を立ててしまう。
- 対策: 物体が複数あり、互いに力を及ぼし合って動く場合は、原則として「系全体」で考えます。小物体だけを見ると、台から押される力(垂直抗力)が仕事をするため、小物体の力学的エネルギーは保存されません。
- 運動エネルギーの計算対象の漏れ:
- 誤解: (2)で、小物体の運動エネルギー\(K\)だけを考え、台の運動エネルギー \(\frac{1}{2}MV^2\) を式に入れ忘れる。
- 対策: 系全体のエネルギーを考えるときは、必ず「すべての構成要素」のエネルギーを足し合わせる、という意識を徹底しましょう。\(E_{\text{系}} = K_m + K_M + U_m + U_M + \dots\) のように、項を一つ一つ書き出すのが安全です。
- 運動量保存とエネルギー保存の混同:
- 誤解: エネルギーはスカラー(向きなし)、運動量はベクトル(向きあり)ですが、これを混同して立式してしまう。
- 対策: エネルギー保存は \(E_1 = E_2\)、運動量保存は \(m_1\vec{v_1} + m_2\vec{v_2} = \text{一定}\) と、全く異なる形の法則であることを常に意識しましょう。特に運動量は、正の向きを定めて、速度の符号に注意して立式する必要があります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- エネルギーの棒グラフ: 「初状態」と「終状態」で、エネルギーの内訳を棒グラフで描くイメージが有効です。
- (2)の初状態: グラフは「弾性エネルギー」と「位置エネルギー」の2つのブロックで構成。
- (2)の終状態: グラフは「小物体の運動エネルギー」と「台の運動エネルギー」の2つのブロックで構成。
この2つのグラフの「総量(棒の高さ)」が等しい、というのがエネルギー保存則の視覚的なイメージです。
- 運動の分解: 小物体の運動を「水平方向」と「鉛直方向」に分けて考える視点も重要です。
- 水平方向: ばねに押された後、台との間に摩擦がなければ等速運動。台が動く場合は、運動量保存則が支配。
- 鉛直方向: 台から離れた後は、単なる投げ下ろし運動と同じ。
- エネルギーの棒グラフ: 「初状態」と「終状態」で、エネルギーの内訳を棒グラフで描くイメージが有効です。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 状態の明記: 「ばね最大圧縮時」「ばね自然長」「床衝突直前」など、どの瞬間の図なのかを明確にしましょう。
- 基準面の記入: 位置エネルギーの基準面(\(h=0\))を必ず図に描き入れ、符号ミスを防ぎます。
- 速度ベクトルの図示: (2)で運動量保存を考える際は、小物体と台の速度ベクトルを矢印で描き、正の向きを定めておくと、立式がスムーズになります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力学的エネルギー保存則:
- 選定理由: (1)と(2)の両方で、運動の前後での速さやエネルギーの関係が問われており、かつ、系に働く力が保存力(重力、弾性力)と仕事をしない内力のみだから。
- 適用根拠: 運動方程式を積分するよりも、運動の始点と終点の状態だけで関係式が作れるため、計算が圧倒的に簡潔になります。特に、途中の力が複雑に変化するばねの運動では極めて有効です。
- 運動量保存則:
- 選定理由: (2)で、台と小物体が水平方向に力を及ぼし合うが、系全体で見ると水平方向の外力がないため。
- 適用根拠: 作用・反作用の法則から導かれる普遍的な法則です。複数の物体が絡む運動では、エネルギー保存則と並んで、まず適用を検討すべき最重要法則です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 台固定の場合:
- 戦略: 小物体単独の力学的エネルギー保存則を適用。
- フロー(\(v_0\)): ①「ばね最大圧縮時」と「ばね自然長時」を比較 → ②\(\frac{1}{2}kL^2 = \frac{1}{2}mv_0^2\) を立式 → ③\(v_0\)を解く。
- フロー(\(v_1\)): ①「ばね最大圧縮時」と「床衝突直前」を比較 → ②\(\frac{1}{2}kL^2 + mgh = \frac{1}{2}mv_1^2\) を立式 → ③\(v_1\)を解く。
- (2) 台が動く場合:
- 戦略: 小物体と台を一つの系とみなし、系全体の力学的エネルギー保存則を適用。
- フロー: ①「ばね最大圧縮時(初状態)」と「床衝突直前(終状態)」を比較 → ②初状態の全エネルギー \(E_{\text{初}} = mgh + \frac{1}{2}kL^2\) を計算 → ③終状態の全エネルギー \(E_{\text{後}} = K + \frac{1}{2}MV^2\) を計算 → ④\(E_{\text{初}} = E_{\text{後}}\) を立式 → ⑤\(K\)について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- エネルギーの項を一つずつ確認: 立式する際、「Aの運動エネルギー、Bの運動エネルギー、Aの位置エネルギー、Bの位置エネルギー、弾性エネルギー…」と、指差し確認しながら項を書き出すと、漏れや重複を防げます。
- 移項による符号ミスに注意: \(mgh + \frac{1}{2}kL^2 = K + \frac{1}{2}MV^2\) から \(K\) を求める際に、\(\frac{1}{2}MV^2\) を移項するときの符号ミスはありがちです。落ち着いて計算しましょう。
- 文字と添え字の区別: \(m\) と \(M\)、\(v\) と \(V\) など、似た文字を明確に書き分け、混同しないように注意が必要です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- (1)と(2)の比較:
- 台が動く(2)の場合、初期のエネルギーの一部が台の運動エネルギー \(\frac{1}{2}MV^2\) に分配されます。そのため、小物体の最終的な運動エネルギー \(K\) は、台が固定されていた(1)の場合の最終的な運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv_1^2\) よりも、\(\frac{1}{2}MV^2\) の分だけ小さくなるはずです。実際に、\(K = \frac{1}{2}mv_1^2 – \frac{1}{2}MV^2\) という関係が成り立っており、物理的に妥当な結果であることが確認できます。
- 極端な場合を考える:
- もし台の質量 \(M\) が無限大だったら、台は動かないはずです (\(V=0\))。このとき、(2)の答えは \(K = mgh + \frac{1}{2}kL^2\) となり、これは(1)の \(\frac{1}{2}mv_1^2\) と一致します。このように、極端な条件を代入して、既知の簡単な問題の結果と一致するかどうかを確かめるのは、解答の妥当性を吟味する強力な手法です。
106 エネルギーと仕事
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、鉛直につるされたばね振り子の運動を、「ゆっくり下ろす」場合と「急にはなす」場合の2つの異なるシナリオで比較する、典型的な問題です。力のつり合い、単振動、そして力学的エネルギー保存則という、力学の複数の重要概念の理解度を問われます。
この問題の核心は、「ゆっくり」と「急に」という言葉の物理的な意味を正しく解釈し、それぞれの場合でどの物理法則を適用すべきかを判断することです。
- ばね定数: \(k\)
- 物体の質量: \(m\)
- 初期状態: 物体をばねが自然の長さになる位置で手で支えている
- 重力加速度: \(g\)
- (1) ゆっくり手を下ろしたときの、ばねの伸びの最大値。
- (2) 急に手をはなしたときの、ばねの伸びの最大値。
- (3) (1)と(2)のそれぞれの終点における、力学的エネルギーの大小比較。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「鉛直ばね振り子における力のつり合いとエネルギー保存」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力のつり合い: 「ゆっくり」動かす場合、物体は常に(近似的に)力のつり合いを保ちながら移動します。加速度はゼロとみなせます。
- 力学的エネルギー保存則: 「急にはなす」場合、物体に働く力は保存力である重力と弾性力のみになります。したがって、物体とばねと地球からなる系の力学的エネルギーは保存されます。
- 単振動: (2)の運動は、力のつり合いの位置を中心とした単振動です。この視点からも伸びの最大値を求めることができます。
- 仕事とエネルギーの関係: (1)では、手が物体に負の仕事をするため、力学的エネルギーは保存されません。この仕事の分だけエネルギーが減少します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、「ゆっくり」という言葉から、物体が常に力のつり合い状態にあると解釈します。手が離れる瞬間は、ばねの弾性力と重力がつり合った点です。この力のつり合いの式から、ばねの伸びを求めます。
- (2)では、「急にはなす」ので、初状態から物体に働く力は重力と弾性力のみです。したがって、力学的エネルギー保存則を「手をはなした瞬間」と「ばねの伸びが最大になった瞬間」の2つの状態で適用し、伸びの最大値を求めます。
- (3)では、(1)と(2)で求めたそれぞれの最大伸びの位置における力学的エネルギーを計算し、比較します。
問(1)
思考の道筋とポイント
「ゆっくりと手を下ろしていった」という記述が最重要ポイントです。これは、各瞬間において物体の速度と加速度がほぼゼロとみなせる、準静的な過程を意味します。物体は常に力のつり合いを保ったまま下降し、ばねの弾性力が重力と等しくなった点で、手は物体から力を及ぼす必要がなくなり、離れます。この点が、この過程における伸びの最大値となります。
この設問における重要なポイント
- 「ゆっくり」の解釈: 加速度 \(a \approx 0\) であり、力のつり合いが常に成り立っていると考える。
- 力の図示: 物体には、鉛直上向きの「弾性力 \(kd\)」と、鉛直下向きの「重力 \(mg\)」が働いている。(手が離れる瞬間は、手の力はゼロ)
- 力のつり合いの式: これら2つの力がつり合うので、\(kd – mg = 0\) という式を立てます。
具体的な解説と立式
ばねの自然の長さからの伸びを \(d\) とします。
物体に働く力は、鉛直上向きの弾性力 \(F_e = kd\) と、鉛直下向きの重力 \(mg\) です。
「ゆっくり」下ろす過程では、これらの力(と手の力)が常につり合っています。手が物体から離れる瞬間は、手の力がゼロになり、弾性力と重力がちょうどつり合ったときです。
したがって、力のつり合いの式は以下のようになります。
$$ kd – mg = 0 \quad \cdots ① $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- フックの法則: \(F=kx\)
式①を \(d\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
kd &= mg \\[2.0ex]d &= \frac{mg}{k}
\end{aligned}
$$
「ゆっくり」下ろした場合、ばねは物体をちょうど支えられるようになるまで伸びます。物体を支える力とは、ばねが元に戻ろうとする力(弾性力)のことです。この弾性力が、地球が物体を引く力(重力)と等しくなった点で、手で支える必要がなくなり、物体は静止します。この「力のつり合い」の関係から、ばねの伸びを計算します。
ゆっくり手を下ろしたときのばねの伸びの最大値は \(d = \displaystyle\frac{mg}{k}\) です。この位置は、後に見る単振動の中心(つり合いの位置)に相当します。
問(2)
思考の道筋とポイント
「急に手をはなした」場合、初速ゼロの状態から、物体は重力と弾性力だけを受けて運動を開始します。この2つの力はどちらも保存力なので、系全体の力学的エネルギーは保存されます。
「手をはなした瞬間(自然長の位置)」と「ばねの伸びが最大になった瞬間(最下点)」の2つの状態で、力学的エネルギー保存則を適用します。
この設問における重要なポイント
- エネルギー保存則の適用: 働く力が重力と弾性力のみなので、力学的エネルギー保存則が使えます。
- 基準面の決定: 位置エネルギーの基準面を決めます。ここでは、ばねが自然長のときの物体の位置を、重力による位置エネルギーの基準面(\(U_g=0\))とします。
- 各状態のエネルギー:
- 初状態(自然長): 速さゼロ、伸びゼロ、高さゼロ。よって、全エネルギーはゼロです。
- 終状態(最大伸び): 速さゼロ(一瞬静止)、伸び \(x\)、高さ \(-x\)。このときのエネルギーを計算します。
具体的な解説と立式
ばねの自然の長さからの伸びの最大値を \(x\) とします。
ばねが自然長のときの物体の位置を、重力による位置エネルギーの基準面(\(U_g=0\))とします。弾性エネルギーは自然長でゼロです。
力学的エネルギー保存則より、
(手をはなした瞬間のエネルギー) = (ばねの伸びが最大になった瞬間のエネルギー)
手をはなした瞬間(初状態)のエネルギー \(E_{\text{初}}\) は、
$$ E_{\text{初}} = \frac{1}{2}m(0)^2 + mg(0) + \frac{1}{2}k(0)^2 = 0 $$
ばねの伸びが最大 \(x\) になった瞬間(終状態)では、物体は一瞬静止するので速さはゼロです。
このときのエネルギー \(E_{\text{後}}\) は、
$$ E_{\text{後}} = \frac{1}{2}m(0)^2 + mg(-x) + \frac{1}{2}kx^2 $$
エネルギー保存則 \(E_{\text{初}} = E_{\text{後}}\) より、
$$ 0 = -mgx + \frac{1}{2}kx^2 \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則
- 運動エネルギー、重力・弾性力による位置エネルギー
式②を \(x\) について解きます。
$$ \frac{1}{2}kx^2 = mgx $$
\(x \neq 0\) なので、両辺を \(x\) で割ることができます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}kx &= mg \\[2.0ex]x &= \frac{2mg}{k}
\end{aligned}
$$
急に手をはなすと、物体はつり合いの位置を通り過ぎて、さらに下まで落ちてから跳ね返ります。この運動では、エネルギーの総量は一定です。初めに持っていた「高さのエネルギー(位置エネルギー)」が、一番下まで落ちた瞬間に「ばねのエネルギー」に完全に変換された、と考えます。(実際には、初めの位置エネルギーが、最下点での位置エネルギーの減少分とばねのエネルギーの増加分に変わります)。このエネルギーの保存関係を数式にして、最大の伸びを計算します。
急に手をはなしたときのばねの伸びの最大値は \(x = \displaystyle\frac{2mg}{k}\) です。
これは、(1)で求めたつり合いの位置までの伸び \(d = \displaystyle\frac{mg}{k}\) のちょうど2倍になっています。これは、この運動が、つり合いの位置を中心として、振幅 \(d\) で単振動することを示しており、物理的に正しい結果です。
思考の道筋とポイント
この運動は、力のつり合いの位置を中心とした単振動です。振動の中心は(1)で求めた \(d = \frac{mg}{k}\) の位置です。手をはなした自然長の位置は、この単振動の上端になります。単振動では、中心から端までの距離(振幅)は等しいので、最下点(伸びが最大になる点)は、中心から下向きに振幅だけ離れた位置になります。
この設問における重要なポイント
- 振動中心の特定: 力のつり合いの位置 \(d = \frac{mg}{k}\) が振動の中心です。
- 振幅の特定: 運動の開始点(自然長の位置)は、振動の中心から \(d\)だけ上にあるので、この運動の振幅は \(A=d\) です。
- 最下点の計算: 最下点は、振動の中心から振幅 \(A\) だけ下にある位置です。したがって、自然長からの伸びの最大値 \(x\) は、中心までの伸び \(d\) と振幅 \(A\) の和になります。
具体的な解説と立式
この運動は、力のつり合いの位置を中心とした単振動です。
力のつり合いの位置(振動中心)は、(1)より、自然長から \(d = \displaystyle\frac{mg}{k}\) だけ下の位置です。
運動は、ばねが自然長のときに初速ゼロではなすことから始まります。この開始点は、振動の中心から距離 \(d\) だけ上の位置にあります。
単振動の端から中心までの距離が振幅 \(A\) なので、この運動の振幅は \(A=d=\displaystyle\frac{mg}{k}\) です。
ばねの伸びが最大になる最下点は、振動の中心から振幅 \(A\) だけ下の位置です。
したがって、自然長からの伸びの最大値 \(x\) は、
$$ x = d + A = d + d = 2d $$
\(d = \displaystyle\frac{mg}{k}\) を代入すると、
$$ x = 2 \times \frac{mg}{k} = \frac{2mg}{k} $$
単振動の性質を利用しても、エネルギー保存則を用いた場合と全く同じ結果が得られました。このアプローチは、運動の全体像(単振動であること)を理解している場合に非常に強力で、計算も簡単です。
問(3)
思考の道筋とポイント
(1)と(2)のそれぞれの終点、すなわち「つり合いの位置」と「単振動の最下点」における力学的エネルギーを比較する問題です。
力学的エネルギーは、運動エネルギーと位置エネルギー(重力+弾性力)の和です。それぞれの終点での物体の速さ、高さ、ばねの伸びを代入して、力学的エネルギーを具体的に計算し、比較します。
この設問における重要なポイント
- 力学的エネルギーの定義: \(E = \frac{1}{2}mv^2 + mgh + \frac{1}{2}kx^2\)。
- 基準面の設定: (2)と同様に、ばねが自然長のときの物体の位置を重力による位置エネルギーの基準面とします。
- 各終点の状態:
- (1)の終点(つり合いの位置): 伸び \(d=\frac{mg}{k}\)、高さ \(-d\)、速さゼロ(ゆっくり下ろしたので)。
- (2)の終点(最下点): 伸び \(x=\frac{2mg}{k}\)、高さ \(-x\)、速さゼロ(一瞬静止)。
具体的な解説と立式
ばねが自然長のときの物体の位置を、重力による位置エネルギーの基準面(\(U_g=0\))とします。
(1)の場合の終点(伸び \(d=\frac{mg}{k}\))での力学的エネルギー \(E_1\) は、
$$ E_1 = \frac{1}{2}m(0)^2 + mg(-d) + \frac{1}{2}kd^2 = -mgd + \frac{1}{2}kd^2 $$
(2)の場合の終点(伸び \(x=\frac{2mg}{k}\))での力学的エネルギー \(E_2\) は、
$$ E_2 = \frac{1}{2}m(0)^2 + mg(-x) + \frac{1}{2}kx^2 = -mgx + \frac{1}{2}kx^2 $$
これらの差を計算します。
使用した物理公式
- 力学的エネルギーの定義
まず、\(E_1\) と \(E_2\) を \(m, g, k\) で表します。
\(d = \displaystyle\frac{mg}{k}\) を \(E_1\) に代入します。
$$
\begin{aligned}
E_1 &= -mg\left(\frac{mg}{k}\right) + \frac{1}{2}k\left(\frac{mg}{k}\right)^2 \\[2.0ex]&= -\frac{m^2g^2}{k} + \frac{1}{2}k\frac{m^2g^2}{k^2} \\[2.0ex]&= -\frac{m^2g^2}{k} + \frac{m^2g^2}{2k} \\[2.0ex]&= -\frac{m^2g^2}{2k}
\end{aligned}
$$
次に、\(x = \displaystyle\frac{2mg}{k}\) を \(E_2\) に代入します。
$$
\begin{aligned}
E_2 &= -mg\left(\frac{2mg}{k}\right) + \frac{1}{2}k\left(\frac{2mg}{k}\right)^2 \\[2.0ex]&= -\frac{2m^2g^2}{k} + \frac{1}{2}k\frac{4m^2g^2}{k^2} \\[2.0ex]&= -\frac{2m^2g^2}{k} + \frac{2m^2g^2}{k} \\[2.0ex]&= 0
\end{aligned}
$$
\(E_2=0\) という結果は、(2)のエネルギー保存則の立式 \(E_{\text{初}}=E_{\text{後}}\) で \(E_{\text{初}}=0\) だったことから自明です。
したがって、\(E_2 > E_1\) となります。
その差は、
$$ E_2 – E_1 = 0 – \left(-\frac{m^2g^2}{2k}\right) = \frac{m^2g^2}{2k} $$
よって、(2)の場合の方が \(\displaystyle\frac{m^2g^2}{2k}\) だけ大きいです。
(1)の「ゆっくり下ろす」場合、手は物体が下に落ちすぎないように、上向きに力を加え続けています。この「手の仕事」の分だけ、系のエネルギーは外部に持ち去られてしまいます。一方、(2)の「急にはなす」場合は、外部とのエネルギーのやり取りがないため、エネルギーは保存されます。したがって、(2)の場合の方がエネルギーは大きくなります。その差は、(1)の過程で手がした仕事の大きさに等しくなります。
(2)の場合の力学的エネルギーの方が、(1)の場合よりも \(\displaystyle\frac{m^2g^2}{2k}\) だけ大きいです。
(1)の過程では、手が物体を支えながら下ろすため、手の力が負の仕事をします。この仕事の分だけ、系の力学的エネルギーが減少したと解釈できます。この物理的考察とも一致しており、妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合い vs エネルギー保存則の使い分け:
- 核心: この問題の最大のポイントは、「ゆっくり」と「急に」という言葉から、適用すべき物理法則を正しく選択できるか、という点にあります。
- (1) 「ゆっくり」 \(\rightarrow\) 準静的過程とみなし、加速度ゼロ、すなわち「力のつり合い」を適用します。
- (2) 「急に」 \(\rightarrow\) 外力(手の力)が働かなくなり、保存力(重力、弾性力)のみが仕事をする系になるため、「力学的エネルギー保存則」を適用します。
- 理解のポイント: この2つのシナリオの違いを理解することは、力学の問題を解く上での基本的な思考法です。「過程」を問うのか、「状態の変化」を問うのかを見極めることが重要です。
- 核心: この問題の最大のポイントは、「ゆっくり」と「急に」という言葉から、適用すべき物理法則を正しく選択できるか、という点にあります。
- 単振動モデルの理解:
- 核心: (2)の運動は、力のつり合いの位置を中心とする単振動です。この物理モデルを理解していると、エネルギー保存則とは別のアプローチ(振幅と中心の位置関係)で問題を解くことができ、理解が深まります。
- 理解のポイント: 鉛直ばね振り子の振動中心は「自然長の位置」ではなく「力のつり合いの位置」であること、そして、エネルギー保存則から導かれる最下点が、単振動モデルにおける「中心+振幅」の位置と一致することを確かめることで、複数の物理法則の間の整合性を確認できます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 斜面上のばね振り子: 鉛直方向だけでなく、斜面上に置かれたばね振り子でも同様の問題が考えられます。重力の斜面成分と弾性力がつりあう点が振動中心になります。
- 浮力とばね: 水中につるされたおもりとばねの問題。重力と浮力の合力と、弾性力がつりあう点が振動中心となります。
- 仕事とエネルギーの関係が問われる問題: (3)のように、外部から力が加わる(仕事がされる)ことで、系の力学的エネルギーが変化する問題全般に応用できます。
- 初見の問題での着眼点:
- 運動の様相を表す言葉に注目する: 「ゆっくり」「静かに」「急に」「衝突」などの言葉は、適用すべき法則を選択するための重要なキーワードです。
- 力のつり合いの位置を特定する: ばねが関わる問題では、まず「力のつり合いの位置(振動中心)」がどこになるかを計算しておくことが、多くの場合、解析の見通しを良くします。
- エネルギーが保存されるか自問する: 運動の前後で、非保存力(摩擦、空気抵抗、人の手の力など)が仕事をしていないか?していなければエネルギー保存則が使えます。仕事をしているなら、その仕事の分だけエネルギーが変化します(仕事とエネルギーの関係)。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 「つり合い」と「最下点」の混同:
- 誤解: (2)で急にはなした場合でも、ばねはつり合いの位置で止まると勘違いし、伸びを \(\frac{mg}{k}\) と答えてしまう。
- 対策: 「つり合いの位置」は、あくまで力の合力がゼロになる点であり、速度がゼロになる点ではありません。急にはなした場合、物体はつり合いの位置で最大の速さを持つため、慣性でさらに下まで運動します。この違いを明確に区別しましょう。
- 位置エネルギーの基準と符号のミス:
- 誤解: 重力による位置エネルギーと弾性力による位置エネルギーの基準を混同したり、基準面より下にある物体の位置エネルギーの符号を正にしてしまったりする。
- 対策: 必ず「どこを高さゼロの基準面とするか」を最初に宣言し、図に明記する習慣をつけましょう。弾性エネルギーの基準(伸びゼロ)と重力の位置エネルギーの基準(高さゼロ)は独立して設定できることを理解し、計算中は一貫した基準を使い続けることが重要です。
- (1)でエネルギー保存則を誤って適用する:
- 誤解: (1)の「ゆっくり下ろす」過程でも、最初と最後でエネルギーが保存されると考えてしまう。
- 対策: (1)の過程では、常に「手の力」という外力が働いています。この力が負の仕事をするため、系の力学的エネルギーは保存されません。エネルギー保存則が成り立つには、「保存力以外の力が仕事をしない」という厳しい条件が必要であることを再確認しましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- エネルギーのU-xグラフ: 横軸に伸び \(x\)、縦軸にエネルギー \(U\) をとり、重力による位置エネルギー \(U_g = -mgx\)(右下がりの直線)と、弾性エネルギー \(U_e = \frac{1}{2}kx^2\)(上に凸の放物線)を重ねて描くのが非常に有効です。
- この2つのグラフの和 \(U_{total} = U_g + U_e\) が、この系におけるポテンシャルエネルギー全体を表します。この \(U_{total}\) が最小になる点が「つり合いの位置」であり、(2)の運動は、このポテンシャルの谷の中でエネルギーが一定の水平線を往復する運動として視覚化できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 3つの重要な位置を明記する: 「自然長」「つり合いの位置」「最下点」の3つの位置関係を、一つの図の中に明確に描き分けることが理解の鍵です。
- 力のベクトル図: 「つり合いの位置」では重力と弾性力のベクトルが同じ長さで逆向きに、「最下点」では弾性力のベクトルが重力より長くなっている、といった力の関係を図示すると、運動の各段階での物理状態が明確になります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(F=0\)):
- 選定理由: (1)で、「ゆっくり」という言葉から加速度がゼロの準静的過程であると判断したため。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則 \(ma=F\) で \(a=0\) とした場合に相当します。運動の状態から適用法則を導いています。
- 力学的エネルギー保存則:
- 選定理由: (2)で、「急にはなす」ことで、仕事をする力が保存力(重力、弾性力)のみになるため。運動の始点と終点の状態を結びつけるのに最も効率的だから。
- 適用根拠: 非保存力が仕事をしない系では、エネルギーの形態は変わっても総量は不変である、という物理学の大原則に基づいています。
- 単振動の公式 (\(x = d+A\)):
- 選定理由: (2)の別解として。鉛直ばね振り子の運動が、力のつり合い点を中心とした単振動であることを知っている場合、その性質を利用して幾何学的に解くことができるため。
- 適用根拠: 復元力が変位に比例する(\(F=-Kx\))運動は、すべて単振動となります。この問題もその一例であり、単振動の一般的な性質を適用できます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) ゆっくり下ろす場合:
- 戦略: 「ゆっくり」\(\rightarrow\) 力のつり合い。
- フロー: ①物体に働く力(重力、弾性力)を図示 → ②力のつり合いの式 \(kd – mg = 0\) を立式 → ③伸び \(d\) を計算。
- (2) 急にはなす場合:
- 戦略: 「急に」\(\rightarrow\) エネルギー保存。
- フロー: ①「はなした瞬間」と「最下点」を比較 → ②位置エネルギーの基準面を設定 → ③両状態の力学的エネルギー(運動、重力位置、弾性位置)を書き出す → ④エネルギー保存則 \(E_{\text{初}} = E_{\text{後}}\) を立式 → ⑤伸び \(x\) を計算。
- (3) エネルギーの比較:
- 戦略: (1)と(2)の終点における力学的エネルギーを定義に従って計算し、比較する。
- フロー: ①(1)の終点(つり合い点)でのエネルギー \(E_1\) を計算 → ②(2)の終点(最下点)でのエネルギー \(E_2\) を計算(これは初期エネルギーと同じゼロ) → ③\(E_1\) と \(E_2\) の大小と差を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式の整理: (3)の計算のように、複数の文字式を代入する場合は、焦らずに一つずつ展開・整理することが重要です。特に、\(d = \frac{mg}{k}\) を代入した後の \(E_1\) の計算では、分母・分子の \(k\) の次数に注意しましょう。
- 結果の物理的意味の確認: (2)で求めた伸び \(x\) が、(1)の伸び \(d\) のちょうど2倍になる、という関係は、この問題の重要な特徴です。計算結果がそうなっているかを確認することで、計算ミスを発見できる場合があります。
- エネルギーの符号: 位置エネルギーは基準面より下では負になります。\(mg(-x)\) のように、符号を間違えないように細心の注意を払いましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- (1)と(2)の結果の比較:
- なぜ(2)の伸びは(1)の2倍になるのか? (1)は力のつり合い点、(2)は単振動の下端です。手をはなした自然長の位置は単振動の上端であり、つり合いの位置(振動中心)を挟んで対称的な位置まで振れるため、伸びが2倍になるのは物理的に理にかなっています。
- (3)の結果の物理的解釈:
- なぜ(2)の方がエネルギーが大きいのか? (1)の過程では、手が物体をゆっくり下ろす際に、重力に逆らって上向きの力を加え続けています。この力は物体に対して負の仕事をするため、その分だけ系の力学的エネルギーが外部に奪われます。一方、(2)ではそのようなエネルギーの損失がないため、初期エネルギーがそのまま保存されます。したがって、(2)の方がエネルギーが大きいのは当然の結果です。その差 \(\frac{m^2g^2}{2k}\) は、手がした仕事の大きさに等しいはずです。
107 動摩擦力のする仕事と力学的エネルギー
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、摩擦のある水平面上でのばね振り子の運動を扱います。動摩擦力が仕事をするため、力学的エネルギーが保存されない状況を正しく扱う能力が問われます。
この問題の核心は、「力学的エネルギーの変化量」が「非保存力(この場合は動摩擦力)がした仕事」に等しい、というエネルギー原理を正しく適用することです。また、静止摩擦力と弾性力のつり合いについても問われており、摩擦力の性質を深く理解しているかが試されます。
- ばね定数: \(k\)
- 物体の質量: \(m\)
- 初期状態: ばねを自然の長さより \(d\) だけ伸ばした位置で静かにはなす
- 静止摩擦係数: \(\mu_0\)
- 動摩擦係数: \(\mu’\)
- 重力加速度: \(g\)
- (1) ばねが自然の長さになる地点を通過するときの速さ \(v\)。
- (2) 物体が最初に止まる地点の、ばねの縮み \(x\)。
- (3) 物体がその地点で動き出さないための、静止摩擦係数 \(\mu_0\) の条件。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「非保存力が仕事をする場合のエネルギー原理」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- エネルギー原理(仕事とエネルギーの関係): (力学的エネルギーの変化) = (非保存力がした仕事) という関係式が、この問題全体を貫く最も重要な法則です。
- 動摩擦力: 物体が動いている間に働く摩擦力で、大きさは \(f’ = \mu’N\) (この問題では \(N=mg\))、向きは運動方向と逆向きです。動摩擦力がした仕事は、常に負となります。
- 静止摩擦力: 物体が静止しているときに働く摩擦力で、その大きさは外力に応じて変化し、最大値(最大静止摩擦力 \(f_{0,\text{max}} = \mu_0N\))を超えると物体は動き出します。
- 力のつり合い: (3)で、物体が静止し続ける条件を考える際に、弾性力と静止摩擦力がつり合っているという状況を考えます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、「手をはなした瞬間」と「自然長を通過する瞬間」の2つの状態で、エネルギー原理を適用します。この間の力学的エネルギーの減少量が、動摩擦力がした仕事に等しいという式を立て、速さ \(v\) を求めます。
- (2)では、「手をはなした瞬間」と「最初に止まった瞬間」の2つの状態で、同様にエネルギー原理を適用します。この間の力学的エネルギーの減少量が、動摩擦力がした仕事に等しいという式を立て、縮み \(x\) を求めます。
- (3)では、(2)で求めた静止位置において、物体に働く「弾性力」と「最大静止摩擦力」を比較します。弾性力が最大静止摩擦力を超えなければ、物体は動き出しません。この条件から \(\mu_0\) の不等式を導きます。
問(1)
思考の道筋とポイント
ばねが自然の長さになる地点を通過するときの速さ \(v\) を求める問題です。この運動では、動摩擦力が常に仕事をしているため、力学的エネルギーは保存されません。そこで、「エネルギー原理」を使います。
(後の力学的エネルギー) – (前の力学的エネルギー) = (動摩擦力がした仕事)
という関係式を立てます。
この設問における重要なポイント
- エネルギー原理の適用: (力学的エネルギーの変化) = (非保存力がした仕事) を使います。
- 各状態のエネルギー:
- 前(初期状態): 速さゼロ、伸び \(d\)。力学的エネルギーは \(\frac{1}{2}kd^2\)。
- 後(自然長通過時): 速さ \(v\)、伸びゼロ。力学的エネルギーは \(\frac{1}{2}mv^2\)。
- 動摩擦力がした仕事: 動摩擦力の大きさは \(f’ = \mu’mg\)。移動距離は \(d\)。仕事は \(W = -f’d = -\mu’mgd\) となります(運動と逆向きの力なので仕事は負)。
具体的な解説と立式
求める速さを \(v\) とします。
「手をはなした瞬間」から「自然長を通過する瞬間」までについて、エネルギー原理を適用します。
(後のエネルギー) – (前のエネルギー) = (動摩擦力がした仕事)
$$ \left( \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}k(0)^2 \right) – \left( \frac{1}{2}m(0)^2 + \frac{1}{2}kd^2 \right) = -\mu’mg \times d \quad \cdots ① $$
ここで、水平面なので重力による位置エネルギーは変化しないため、考慮に入れていません。
使用した物理公式
- エネルギー原理: \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\)
- 運動エネルギー、弾性エネルギー
- 動摩擦力の仕事: \(W = -f’ \times (\text{距離})\)
式①を整理して \(v\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv^2 – \frac{1}{2}kd^2 &= -\mu’mgd \\[2.0ex]\frac{1}{2}mv^2 &= \frac{1}{2}kd^2 – \mu’mgd
\end{aligned}
$$
両辺を2倍して \(m\) で割ります。
$$
\begin{aligned}
v^2 &= \frac{kd^2}{m} – 2\mu’gd
\end{aligned}
$$
\(v>0\) なので、
$$ v = \sqrt{\frac{kd^2}{m} – 2\mu’gd} $$
最初にばねが持っていたエネルギー(弾性エネルギー)の一部が、摩擦によって熱として失われ、残りが物体の運動エネルギーに変わった、と考えます。このエネルギーの収支の式「(初めのバネのエネルギー)-(摩擦で失われたエネルギー)=(後の運動エネルギー)」を立てて、速さを計算します。
速さは \(v = \sqrt{\displaystyle\frac{kd^2}{m} – 2\mu’gd}\) です。もし摩擦がなければ (\(\mu’=0\))、\(v = \sqrt{\frac{k}{m}}d\) となり、これは摩擦のない場合のエネルギー保存則から導かれる結果と一致します。摩擦がある分だけ速さが遅くなるという、物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
物体が最初に止まる地点でのばねの縮み \(x\) を求める問題です。この場合も、運動の始めから終わりまで動摩擦力が仕事をするため、エネルギー原理を適用します。
比較する2つの状態は、「手をはなした瞬間」と「最初に止まった瞬間」です。
この設問における重要なポイント
- エネルギー原理の適用: (1)と同様に、(力学的エネルギーの変化) = (非保存力がした仕事) を使います。
- 各状態のエネルギー:
- 前(初期状態): 速さゼロ、伸び \(d\)。力学的エネルギーは \(\frac{1}{2}kd^2\)。
- 後(静止時): 速さゼロ、縮み \(x\)。力学的エネルギーは \(\frac{1}{2}kx^2\)。
- 動摩擦力がした仕事: 物体は伸び \(d\) の位置から縮み \(x\) の位置まで、合計 \(d+x\) の距離を移動します。したがって、動摩擦力がした仕事は \(W = -\mu’mg(d+x)\) となります。
具体的な解説と立式
最初に止まったときのばねの縮みを \(x\) とします。
「手をはなした瞬間」から「最初に止まった瞬間」までについて、エネルギー原理を適用します。
(後のエネルギー) – (前のエネルギー) = (動摩擦力がした仕事)
$$ \left( \frac{1}{2}m(0)^2 + \frac{1}{2}kx^2 \right) – \left( \frac{1}{2}m(0)^2 + \frac{1}{2}kd^2 \right) = -\mu’mg(d+x) \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- エネルギー原理: \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\)
式②を整理して \(x\) について解きます。
$$ \frac{1}{2}kx^2 – \frac{1}{2}kd^2 = -\mu’mg(d+x) $$
左辺を因数分解します。
$$ \frac{1}{2}k(x-d)(x+d) = -\mu’mg(d+x) $$
物体は必ず止まるので、\(x \neq -d\) すなわち \(x+d \neq 0\) です。よって、両辺を \(x+d\) で割ることができます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}k(x-d) &= -\mu’mg \\[2.0ex]x-d &= -\frac{2\mu’mg}{k} \\[2.0ex]x &= d – \frac{2\mu’mg}{k}
\end{aligned}
$$
最初にばねが持っていたエネルギーが、摩擦によって熱として失われながら、最終的に再びばねのエネルギー(縮みによる)に変わった、と考えます。この間のエネルギー収支「(初めのバネのエネルギー)-(摩擦で失われたエネルギー)=(後のバネのエネルギー)」を数式にして、ばねの縮みを計算します。
最初に止まる地点の縮みは \(x = d – \displaystyle\frac{2\mu’mg}{k}\) です。
摩擦がない場合 (\(\mu’=0\)) は \(x=d\) となり、伸びた長さと同じだけ縮んだ位置で止まる(単振動の端)ことと一致します。摩擦がある分だけ、戻る距離が短くなるという物理的に妥当な結果です。
問(3)
思考の道筋とポイント
(2)で求めた位置で物体が静止し続けるための、静止摩擦係数 \(\mu_0\) の条件を求める問題です。
物体が静止しているとき、物体に働く力は「弾性力」と「静止摩擦力」です。物体が動き出さないためには、ばねが物体を引く力(弾性力)の大きさが、最大静止摩擦力を超えなければよい、ということになります。
この設問における重要なポイント
- 静止している物体に働く力: この瞬間、物体を動かそうとする力は、ばねが縮んでいることによる右向きの「弾性力 \(kx\)」です。これに対して、床は物体が動かないように左向きの「静止摩擦力 \(f\)\)」を及ぼします。
- 力のつり合い: 物体が静止しているので、これらの力はつり合っています。\(f = kx\)。
- 動き出さない条件: 静止摩擦力 \(f\) は、最大静止摩擦力 \(\mu_0mg\) を超えることはできません。したがって、動き出さない条件は \(f \le \mu_0mg\) です。
- 条件式の立式: 上記の2つの式から、\(kx \le \mu_0mg\) という条件式を立てます。
具体的な解説と立式
物体が縮み \(x\) の位置で静止しているとき、物体を右向きに動かそうとする弾性力 \(F_e = kx\) が働いています。
これに対して、静止摩擦力 \(f\) が左向きに働き、つり合っています。
$$ f = kx $$
物体がこのまま動き出さないためには、この静止摩擦力 \(f\) が最大静止摩擦力 \(f_{0,\text{max}} = \mu_0mg\) 以下でなければなりません。
$$ f \le \mu_0mg $$
したがって、条件は
$$ kx \le \mu_0mg \quad \cdots ③ $$
となります。
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 最大静止摩擦力: \(f_{\text{max}} = \mu_0N\)
式③に(2)で求めた \(x = d – \displaystyle\frac{2\mu’mg}{k}\) を代入し、\(\mu_0\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
k \left( d – \frac{2\mu’mg}{k} \right) &\le \mu_0mg \\[2.0ex]kd – 2\mu’mg &\le \mu_0mg
\end{aligned}
$$
両辺を \(mg\) で割ります(\(mg>0\) なので不等号の向きは変わりません)。
$$
\begin{aligned}
\frac{kd}{mg} – 2\mu’ &\le \mu_0
\end{aligned}
$$
したがって、求める条件は
$$ \mu_0 \ge \frac{kd}{mg} – 2\mu’ $$
物体が止まった後、再び動き出すかどうかは、「ばねが引っ張る力」と「床が踏ん張れる最大の力(最大静止摩擦力)」の勝負で決まります。床の踏ん張りが、ばねの力に勝てば(または引き分けなら)、物体は動きません。この力関係を不等式で表し、静止摩擦係数 \(\mu_0\) が満たすべき条件を求めます。
静止摩擦係数が満たすべき条件は \(\mu_0 \ge \displaystyle\frac{kd}{mg} – 2\mu’\) です。
右辺は、物体を動かそうとする弾性力を重力で割った「力の比」から、動摩擦の影響を引いた形になっています。もし動摩擦が大きければ(\(\mu’\)が大きい)、物体はあまり戻れず(\(x\)が小さい)、止まった位置での弾性力も小さくなるため、動き出すのを防ぐために必要な静止摩擦係数 \(\mu_0\) も小さくて済む、という物理的な直感と一致しています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- エネルギー原理(仕事とエネルギーの関係):
- 核心: この問題のように摩擦力が仕事をする状況では、力学的エネルギーは保存されません。その代わりに、「力学的エネルギーの変化量 \(\Delta E\)」が「非保存力(動摩擦力)のした仕事 \(W_{\text{非保存力}}\) 」に等しい、というエネルギー原理 \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\) を適用することが、(1)と(2)を解くための最も重要な法則です。
- 理解のポイント: \( (K_{\text{後}} + U_{\text{後}}) – (K_{\text{前}} + U_{\text{前}}) = -f’ \times (\text{移動距離}) \) という形で立式します。仕事が負になる点、そして仕事の計算に使うのが「移動距離」である点に注意が必要です。
- 静止摩擦力と力のつり合い:
- 核心: (3)では、物体が「動き出さない」条件が問われます。これは、物体を動かそうとする力(この場合は弾性力)が、物体を静止させ続けようとする力の限界(最大静止摩擦力)を超えない、という条件に帰着します。
- 理解のポイント: \( (\text{動かそうとする力}) \le (\text{最大静止摩擦力}) \) という不等式を立てることがゴールです。この問題では、\(kx \le \mu_0mg\) となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 摩擦のある斜面でのばね運動: 水平面ではなく、摩擦のある斜面上でばね振り子を運動させる問題。動摩擦力の計算に \(N=mg\cos\theta\) を使う点、エネルギー計算に重力の位置エネルギーの変化 \(mgh\) を含める点が追加されますが、エネルギー原理を適用する本質は同じです。
- 粗い面と滑らかな面をまたぐ運動: 途中で摩擦の有無が変わる問題。各区間でエネルギーの扱いを変える必要があります。摩擦のある区間ではエネルギー原理を、滑らかな区間ではエネルギー保存則を適用します。
- 振り子の運動と空気抵抗: 振り子の運動に空気抵抗(速度に依存する非保存力)が働く場合も、エネルギー原理の考え方が基本となります(ただし、仕事の計算が複雑になるため高校範囲を超えることが多い)。
- 初見の問題での着眼点:
- 非保存力の有無を確認する: 問題文に「摩擦」「抵抗」などの言葉があるか、まずチェックします。これらがあれば、力学的エネルギーは保存されません。
- エネルギー原理の適用を検討する: 非保存力がある場合、運動の始点と終点の状態を結びつけるにはエネルギー原理が最も有効です。
- 仕事の計算を丁寧に行う: 非保存力がした仕事を計算する際は、力の大きさと向き、そして「移動経路に沿った距離」を正確に把握することが重要です。特に、往復運動では移動距離が単純な変位と異なることに注意が必要です。
- 「止まる」「動き出す」の瞬間に注目する: これらの瞬間は、力のつり合いや、力と最大静止摩擦力の関係を考えるヒントになります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- エネルギー保存則の誤用:
- 誤解: 摩擦があるにもかかわらず、力学的エネルギー保存則を立ててしまう。
- 対策: 「力学的エネルギー保存則は、非保存力が仕事をしないという極めて限定的な状況でしか成り立たない」と肝に銘じましょう。摩擦がある時点で、まずエネルギー原理 \(\Delta E = W\) を想起する癖をつけましょう。
- 動摩擦力の仕事の符号ミス:
- 誤解: 動摩擦力の仕事を正としてしまう。
- 対策: 動摩擦力は常に運動方向と「逆向き」に働く力です。したがって、その仕事は常に負 (\(W<0\)) となり、力学的エネルギーを「減少」させる効果を持ちます。
- 移動距離の計算ミス:
- 誤解: (2)で、移動距離を \(d-x\) や \(d\) などと間違える。
- 対策: 仕事の計算で使うのは、物体が実際にたどった道のりです。図を描いて、始点から終点まで物体がどれだけの距離を動いたかを正確に確認しましょう。この問題では、伸び\(d\)から縮み\(x\)までなので、合計 \(d+x\) の距離を移動します。
- 静止摩擦力と動摩擦力の混同:
- 誤解: (3)で動き出す条件を考える際に、動摩擦係数 \(\mu’\) を使ってしまう。
- 対策: 「止まっている物体が動き出すかどうか」を議論するのは静止摩擦力、「動いている物体に働く」のが動摩擦力です。役割を明確に区別しましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- エネルギーの減少をグラフでイメージ: 横軸に時間、縦軸に力学的エネルギーをとると、摩擦によってエネルギーが階段状(実際には連続的)に減少していくグラフがイメージできます。振動の振幅がだんだん小さくなっていく減衰振動の様子と対応しています。
- U-xグラフと摩擦: 横軸に位置 \(x\)、縦軸に弾性エネルギー \(U_e = \frac{1}{2}kx^2\) のグラフを描きます。摩擦がない場合、物体はこのポテンシャルの坂を往復運動します。摩擦がある場合、往路と復路で動摩擦力の向きが逆になるため、実効的なポテンシャルの坂の形が変化する、と考えることもできます。あるいは、エネルギーの全量がこのグラフ上をだんだん下がっていくイメージを持つと良いでしょう。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力のベクトルを正確に: 各場面(自然長通過時、静止時など)で、物体に働く弾性力と摩擦力のベクトルを正確に図示しましょう。特に、摩擦力の向きは運動方向によって変わるため注意が必要です。
- 重要な位置をマーキング: 「初期位置(伸びd)」「自然長」「静止位置(縮みx)」の3点を数直線上にプロットすると、移動距離 \(d+x\) などの関係が視覚的に分かりやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- エネルギー原理 (\(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\)):
- 選定理由: (1), (2)で、非保存力である動摩擦力が仕事をしており、力学的エネルギーが保存されないから。運動の始点と終点の状態を結びつける最も直接的な方法です。
- 適用根拠: 「仕事とエネルギーの関係」は、ニュートンの運動方程式を積分して得られる、より普遍的な法則です。力学的エネルギー保存則は、この関係式で \(W_{\text{非保存力}}=0\) とした特別な場合に過ぎません。
- 力のつり合いの式と最大静止摩擦力の条件 (\(kx \le \mu_0mg\)):
- 選定理由: (3)で、物体が「静止し続ける(動き出さない)」という条件を数式で表現する必要があるため。
- 適用根拠: 物体が静止している、という事実から力のつり合い (\(f=kx\)) が導かれます。さらに、静止摩擦力には上限 (\(f \le f_{\text{max}}\)) があるという物理的な性質を組み合わせることで、条件式が導かれます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 自然長通過時の速さ:
- 戦略: エネルギー原理を適用。
- フロー: ①「初期位置」と「自然長位置」を比較 → ②両状態の力学的エネルギーを計算 → ③動摩擦力の仕事 \(W = -\mu’mgd\) を計算 → ④エネルギー原理の式 \(\Delta E = W\) を立式 → ⑤速さ \(v\) を解く。
- (2) 最初の静止位置:
- 戦略: エネルギー原理を適用。
- フロー: ①「初期位置」と「最初の静止位置」を比較 → ②両状態の力学的エネルギーを計算 → ③移動距離が \(d+x\) であることを確認し、動摩擦力の仕事 \(W = -\mu’mg(d+x)\) を計算 → ④エネルギー原理の式 \(\Delta E = W\) を立式 → ⑤縮み \(x\) を解く。
- (3) 動き出さない条件:
- 戦略: 静止位置での力のつり合いと、最大静止摩擦力の条件を組み合わせる。
- フロー: ①静止位置で働く弾性力 \(kx\) を計算 → ②動き出さない条件は「弾性力 \(\le\) 最大静止摩擦力」であると判断 → ③\(kx \le \mu_0mg\) を立式 → ④(2)で求めた \(x\) を代入し、\(\mu_0\) についての不等式を解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 因数分解の活用: (2)の計算過程で、\(\frac{1}{2}k(x^2-d^2) = \frac{1}{2}k(x-d)(x+d)\) のように因数分解を利用すると、\(x+d\) で両辺を割ることができ、二次方程式を解く手間が省けて計算が大幅に楽になります。このテクニックは頻出です。
- 文字式のまま計算: (3)のように、前の設問の結果を利用する場合は、途中で数値を代入するのではなく、文字式のまま代入して整理する方が、最終的な物理的意味が分かりやすくなり、計算ミスも減ります。
- 単位や次元の確認: 最終的に得られた答えの次元(単位)が、求められている物理量の次元と一致しているかを確認する習慣は、単純な計算ミスを発見するのに有効です。例えば、(3)で求めた \(\mu_0\) は無次元量ですが、右辺の \(\frac{kd}{mg}\) や \(\mu’\) もすべて無次元量であり、整合性が取れています。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 摩擦がない場合との比較:
- 各設問で得られた答えに \(\mu’=0\) を代入してみましょう。(1)では \(v = L\sqrt{k/m}\)、(2)では \(x=d\) となり、摩擦のない理想的な単振動の結果と一致します。これにより、式の形が妥当であることが確認できます。
- 物理的意味の吟味:
- (2)の答え \(x = d – \frac{2\mu’mg}{k}\) は、最初の伸び \(d\) から、摩擦の影響による「戻りの損失分」を引いた形になっています。摩擦が大きいほど \(x\) が小さくなるという直感と一致します。
- (3)の答え \(\mu_0 \ge \frac{kd}{mg} – 2\mu’\) は、ばねが強い(\(k\)大)、初期の伸びが大きい(\(d\)大)、物体が軽い(\(m\)小)ほど、止まった後の弾性力が相対的に強くなるため、より大きな静止摩擦係数 \(\mu_0\) が必要になることを示しており、物理的に理にかなっています。
108 動摩擦力のする仕事と力学的エネルギー
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、摩擦のある斜面上で、物体が滑り落ちてばねを圧縮するまでの一連の運動を扱います。重力、弾性力、そして非保存力である動摩擦力が同時に働く複雑な状況であり、これらの力を統合してエネルギーの変化を考える「エネルギー原理」の応用力が試されます。
この問題の核心は、(1)と(2)で動摩擦力とその仕事を正しく計算し、(3)で運動の始点(A)と終点(C)における力学的エネルギーの変化が、その間に動摩擦力がした仕事に等しい、という関係式を立てることです。
- 斜面の傾斜角: \(\theta\)
- 物体の質量: \(m\)
- 初期状態: 点Aで静かにはなす
- AからBまでの距離: \(d\)
- BからCまでの距離(ばねの最大圧縮量): \(b\)
- 動摩擦係数: \(\mu’\)
- 重力加速度: \(g\)
- (1) 運動中の動摩擦力の大きさ \(F’\)。
- (2) 物体がAからCまで移動する間に動摩擦力がする仕事 \(W\)。
- (3) ばね定数 \(k\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「摩擦のある斜面でのエネルギー原理の応用」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の分解: 物体に働く重力 \(mg\) を、斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\) と垂直な成分 \(mg\cos\theta\) に分解することが、すべての解析の出発点です。
- 動摩擦力: 動摩擦力の大きさは、垂直抗力 \(N\) を用いて \(F’ = \mu’N\) と計算されます。斜面上の運動では、垂直抗力は重力の斜面垂直成分とつり合います。
- 仕事の定義: 仕事は \((\text{力}) \times (\text{力の向きに動いた距離})\) で計算されます。力が運動方向と逆向きの場合、仕事は負になります。
- エネルギー原理(仕事とエネルギーの関係): (力学的エネルギーの変化) = (非保存力がした仕事) という関係式が、(3)を解くための鍵となります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、まず斜面に垂直な方向の力のつり合いから垂直抗力 \(N\) を求め、それを使って動摩擦力の公式 \(F’ = \mu’N\) から大きさを計算します。
- (2)では、(1)で求めた動摩擦力の大きさと、移動距離(AからCまでなので \(d+b\))を用いて、仕事の定義から動摩擦力がした仕事を計算します。動摩擦力は常に運動と逆向きなので、仕事は負の値になります。
- (3)では、運動の始点Aと終点Cの2つの状態で、エネルギー原理を適用します。始点と終点での力学的エネルギー(運動エネルギー、重力の位置エネルギー、弾性エネルギー)をそれぞれ計算し、その変化量が(2)で求めた仕事に等しいという式を立て、未知数であるばね定数 \(k\) を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
運動中の物体に働く動摩擦力の大きさを求める問題です。動摩擦力の大きさは \(F’ = \mu’N\) で与えられます。したがって、まずは垂直抗力 \(N\) の大きさを求める必要があります。
物体は斜面に沿って運動しており、斜面に垂直な方向には動きません。このことから、斜面に垂直な方向の力はつり合っていると考え、垂直抗力 \(N\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 力の分解: 重力 \(mg\) を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解します。垂直成分は \(mg\cos\theta\) です。
- 斜面垂直方向の力のつり合い: 物体に働く斜面垂直方向の力は、上向きの「垂直抗力 \(N\)」と、下向きの「重力の垂直成分 \(mg\cos\theta\)」です。これらがつり合っています。
- 動摩擦力の公式: \(F’ = \mu’N\) に、求めた \(N\) を代入します。
具体的な解説と立式
物体に働く力のうち、斜面に垂直な方向の力に着目します。
斜面から物体に働く垂直抗力を \(N\) とすると、斜面を押し付ける力、すなわち重力の斜面垂直成分 \(mg\cos\theta\) とつり合っています。
したがって、
$$ N – mg\cos\theta = 0 $$
よって、垂直抗力の大きさは、
$$ N = mg\cos\theta \quad \cdots ① $$
動摩擦力の大きさ \(F’\) は、動摩擦係数 \(\mu’\) と垂直抗力 \(N\) を用いて次のように表されます。
$$ F’ = \mu’N \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 動摩擦力: \(F’ = \mu’N\)
式②に式①を代入します。
$$ F’ = \mu'(mg\cos\theta) = \mu’mg\cos\theta $$
摩擦力は、物体が面をどれだけ強く押し付けているか(垂直抗力)に比例します。斜面の場合、物体を押し付ける力は重力そのものではなく、重力の「斜面に垂直な分力」になります。まずこの分力を計算し、それに動摩擦係数を掛けることで、動摩擦力の大きさを求めます。
動摩擦力の大きさは \(\mu’mg\cos\theta\) です。水平面 (\(\theta=0\)) なら \(\mu’mg\)、鉛直な壁 (\(\theta=90^\circ\)) ならゼロとなり、物理的な直感と一致する妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
物体がAからCまで移動する間に、動摩擦力がする仕事 \(W\) を求める問題です。仕事は「力」と「力の向きに動いた距離」の積で計算されます。
動摩擦力は、常に物体の運動方向と逆向きに働きます。この場合、力の向きと運動の向きがなす角は \(180^\circ\) なので、仕事は負の値になります。
この設問における重要なポイント
- 仕事の定義: \(W = Fs\cos\phi\)。ここで \(F\) は力の大きさ、\(s\) は移動距離、\(\phi\) は力と移動方向のなす角です。
- 力の大きさと移動距離: 力の大きさは(1)で求めた \(F’ = \mu’mg\cos\theta\)。移動距離はAからCまでなので、\(s = d+b\)。
- 力の向き: 動摩擦力は運動方向と常に逆向きなので、\(\phi=180^\circ\) であり、\(\cos 180^\circ = -1\) です。
具体的な解説と立式
動摩擦力がする仕事を \(W\) とします。
仕事の定義より、
$$ W = F’ \times s \times \cos 180^\circ $$
ここで、力の大きさ \(F’\) は(1)より \(\mu’mg\cos\theta\)、移動距離 \(s\) はAからCまでの距離なので \(d+b\) です。
したがって、
$$ W = -(\mu’mg\cos\theta) \times (d+b) $$
使用した物理公式
- 仕事の定義: \(W = Fs\cos\phi\)
上記の式を整理します。
$$ W = -\mu’mg(d+b)\cos\theta $$
仕事は「力 × 距離」で計算しますが、摩擦力のように運動を妨げる向きに働く力の場合、その仕事はマイナスになります。ここでは、(1)で計算した摩擦力の大きさに、物体が実際に滑った距離(AからCまでの \(d+b\))を掛け合わせ、マイナスの符号をつけます。
動摩擦力がした仕事は \(W = -\mu’mg(d+b)\cos\theta\) です。仕事が負の値になっており、摩擦によってエネルギーが失われるという物理現象を正しく表しています。
問(3)
思考の道筋とポイント
ばね定数 \(k\) を求める問題です。この運動では、非保存力である動摩擦力が仕事をしているため、力学的エネルギーは保存されません。このような場合には、「エネルギー原理」が有効です。
(後の力学的エネルギー) – (前の力学的エネルギー) = (非保存力がした仕事)
この関係式を、運動の始点Aと終点Cについて立てます。
この設問における重要なポイント
- エネルギー原理の適用: \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\) を使います。
- 比較する状態: 運動の始点であるAと、ばねが最も縮んで一瞬静止する終点Cを比較します。
- 位置エネルギーの基準面: 計算を簡単にするため、最も低い位置である点Cを重力による位置エネルギーの基準面(\(U_g=0\))とします。
- 各状態のエネルギー:
- 状態A(前): 速さゼロ、ばねは関与しないので弾性エネルギーゼロ。高さはCより \((d+b)\sin\theta\) だけ高い。
- 状態C(後): 速さゼロ、ばねは \(b\) だけ縮んでいる。高さは基準面なのでゼロ。
- 非保存力がした仕事: (2)で求めた \(W = -\mu’mg(d+b)\cos\theta\) を使います。
具体的な解説と立式
点Cを重力による位置エネルギーの基準面(\(U_g=0\))とします。
エネルギー原理より、
(点Cでの力学的エネルギー) – (点Aでの力学的エネルギー) = (A→Cで動摩擦力がした仕事)
$$ E_C – E_A = W \quad \cdots ③ $$
点Aでの力学的エネルギー \(E_A\) は、
$$ E_A = \frac{1}{2}m(0)^2 + mg \times (d+b)\sin\theta + \frac{1}{2}k(0)^2 = mg(d+b)\sin\theta $$
点Cでの力学的エネルギー \(E_C\) は、
$$ E_C = \frac{1}{2}m(0)^2 + mg(0) + \frac{1}{2}kb^2 = \frac{1}{2}kb^2 $$
動摩擦力がした仕事 \(W\) は(2)より、
$$ W = -\mu’mg(d+b)\cos\theta $$
これらを式③に代入します。
$$ \frac{1}{2}kb^2 – mg(d+b)\sin\theta = -\mu’mg(d+b)\cos\theta $$
使用した物理公式
- エネルギー原理: \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\)
- 運動エネルギー、重力・弾性力による位置エネルギー
上記で立てた式を、ばね定数 \(k\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}kb^2 &= mg(d+b)\sin\theta – \mu’mg(d+b)\cos\theta
\end{aligned}
$$
右辺を共通因子 \(mg(d+b)\) でくくります。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}kb^2 &= mg(d+b)(\sin\theta – \mu’\cos\theta)
\end{aligned}
$$
両辺を2倍し、\(b^2\) で割って \(k\) を求めます。
$$ k = \frac{2mg(d+b)(\sin\theta – \mu’\cos\theta)}{b^2} $$
物体がAからCへ移動する間に、エネルギーがどのように変化したかを考えます。初めにAが持っていた「高さのエネルギー(位置エネルギー)」が、摩擦によって一部失われ、残りがCでの「ばねのエネルギー」に変わった、と考えることができます。このエネルギーの収支の式「(初めの位置エネルギー)-(摩擦で失われたエネルギー)=(後のばねのエネルギー)」を立てて、未知のばね定数を計算します。
ばね定数は \(k = \displaystyle\frac{2mg(d+b)(\sin\theta – \mu’\cos\theta)}{b^2}\) です。
分子の \(\sin\theta – \mu’\cos\theta\) の部分は、斜面を滑り落ちようとする力(重力成分)と、それを妨げる力(摩擦力)のバランスを表しています。もし \(\sin\theta \le \mu’\cos\theta\) なら、そもそも物体は滑り出さないか、途中で止まってしまうため、この式が意味を持つのは \(\sin\theta > \mu’\cos\theta\) の場合です。このとき \(k\) は正の値となり、物理的に妥当な結果を与えます。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- エネルギー原理(仕事とエネルギーの関係):
- 核心: この問題のように、保存力(重力、弾性力)と非保存力(動摩擦力)が同時に仕事をする場面では、「力学的エネルギーの変化量 \(\Delta E\) は、非保存力がした仕事 \(W_{\text{非保存力}}\) に等しい」というエネルギー原理が最も強力な解析ツールとなります。これが(3)を解くための核心です。
- 理解のポイント: \( (K_{\text{後}} + U_{\text{後}}) – (K_{\text{前}} + U_{\text{前}}) = W_{\text{非保存力}} \) という関係式を正確に立てることが重要です。特に、重力による位置エネルギー \(U_g = mgh\) と弾性エネルギー \(U_e = \frac{1}{2}kx^2\) の両方を考慮に入れる必要があります。
- 力の分解と動摩擦力の定義:
- 核心: (1)と(2)の計算の基礎となるのが、斜面上の物体に働く力を正しく分解し、動摩擦力を定義する能力です。特に、動摩擦力の大きさが \(F’ = \mu’N\) であり、垂直抗力 \(N\) が重力の斜面垂直成分 \(mg\cos\theta\) とつり合うことを見抜くのが第一歩です。
- 理解のポイント: 斜面の問題では、力を「斜面に平行な方向」と「斜面に垂直な方向」に分解するのが定石です。これにより、運動を支配する力と、垂直抗力や摩擦力を決定する力を明確に分離できます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 摩擦のある面での振り子の運動: 支点から吊るされた振り子が、最下点付近に置かれた摩擦のある領域を通過するような問題。摩擦のない区間では力学的エネルギー保存則を、摩擦のある区間ではエネルギー原理を適用します。
- ばね付きの物体が粗い面を往復運動する問題: 前の問題(107)と同様に、摩擦によってエネルギーを失いながら減衰振動する問題。往復の各区間でエネルギー原理を適用することで、停止するまでの運動を追跡できます。
- 空気抵抗を受けながら落下する物体の運動: 空気抵抗も非保存力の一種です。その仕事の分だけ力学的エネルギーが減少するという点で、本質的に同じ構造の問題と見なせます。
- 初見の問題での着眼点:
- 働く力をすべてリストアップする: まず、物体に働く力(重力、垂直抗力、弾性力、摩擦力など)を漏れなく図示します。
- 保存力と非保存力に分類する: リストアップした力のうち、どれが保存力で、どれが非保存力かを見極めます。非保存力があれば、エネルギー原理の出番です。
- 運動の「始点」と「終点」を明確にする: エネルギー原理を適用する2つの状態を問題文から選び出します。多くの場合、「静かにはなした点(速さゼロ)」や「一瞬止まった点(速さゼロ)」が計算を簡単にするための良い選択肢です。
- 位置エネルギーの基準面を設定する: 計算を始める前に、重力による位置エネルギーの基準(\(h=0\))をどこにするか宣言し、図に描き込むと、高さの計算ミスを防げます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 垂直抗力の誤認:
- 誤解: 垂直抗力 \(N\) を、重力 \(mg\) と同じだと勘違いし、摩擦力を \(\mu’mg\) と計算してしまう。
- 対策: 垂直抗力は常に面が物体を押す力であり、斜面の場合は重力の斜面垂直成分 \(mg\cos\theta\) とつり合います。必ず、斜面に垂直な方向の力のつり合いを考えてから \(N\) を決定する、という手順を徹底しましょう。
- 仕事の計算における移動距離の間違い:
- 誤解: (2)で、仕事の計算に使う移動距離を \(d\) や \(b\) のみとしてしまう。
- 対策: 仕事は、力が働いている「全区間」にわたって計算する必要があります。AからCまで動摩擦力は働き続けるので、移動距離は \(d+b\) となります。
- エネルギー原理の式の符号ミス:
- 誤解: \(\Delta E = E_{\text{後}} – E_{\text{前}}\) の順番を逆にしたり、非保存力の仕事 \(W\) の符号を間違えたりする。
- 対策: 「変化量=後ひく前」という定義を徹底しましょう。また、動摩擦力の仕事は常に負であり、力学的エネルギーを「減らす」効果があることを常に意識すれば、\(W\) の符号ミスは防げます。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- エネルギーの収支図: 「初めのエネルギー(位置エネルギー)」が、「摩擦による損失(熱エネルギー)」と「終わりのエネルギー(弾性エネルギー)」に分配される、というお金の収支のような図をイメージすると分かりやすいです。\( (\text{初めの所持金}) = (\text{使ったお金}) + (\text{残金}) \)
\( \rightarrow (\text{初めの位置エネルギー}) = (\text{摩擦の仕事の絶対値}) + (\text{終わりの弾性エネルギー}) \)
この関係は、エネルギー原理の式 \(E_{\text{後}} – E_{\text{前}} = W\) を移項した \(E_{\text{前}} + W = E_{\text{後}}\)(\(W\)は負)と等価です。
- エネルギーの収支図: 「初めのエネルギー(位置エネルギー)」が、「摩擦による損失(熱エネルギー)」と「終わりのエネルギー(弾性エネルギー)」に分配される、というお金の収支のような図をイメージすると分かりやすいです。\( (\text{初めの所持金}) = (\text{使ったお金}) + (\text{残金}) \)
- 図を描く際に注意すべき点:
- 高さの関係を明確に: 点A, B, Cの位置関係だけでなく、点Cを基準としたときの点Aの高さ \(h_A = (d+b)\sin\theta\) を、直角三角形を描いて明確に図示することが、位置エネルギーの計算ミスを防ぐ鍵です。
- 力のベクトル: 物体に働く重力、垂直抗力、動摩擦力、弾性力の4つの力を、ベクトルとして正確に図示する練習は、力の分解や仕事の計算の理解を助けます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 動摩擦力の公式 (\(F’ = \mu’N\)):
- 選定理由: (1)で、問題文で与えられた動摩擦係数 \(\mu’\) から、具体的な摩擦力の大きさを計算するために必要だから。
- 適用根拠: 摩擦力が垂直抗力に比例するという、実験的に得られた基本的な法則です。
- 仕事の定義 (\(W = Fs\cos\phi\)):
- 選定理由: (2)で、(1)で求めた一定の大きさの動摩擦力が、既知の距離にわたって働いたときの仕事を計算するため。
- 適用根拠: 仕事の物理的な定義そのものです。
- エネルギー原理 (\(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\)):
- 選定理由: (3)で、運動の始点と終点の状態(速さ、位置、ばねの変位)と、その間に働く非保存力の仕事が分かっている(または求められる)状況で、未知の物理量(ばね定数 \(k\))を求めるため。
- 適用根拠: 力学における最も包括的なエネルギーの法則の一つ。力学的エネルギー保存則が使えない状況での、第一の選択肢となります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 動摩擦力の大きさの計算:
- 戦略: 斜面垂直方向の力のつり合いから垂直抗力を求め、公式に代入する。
- フロー: ①斜面垂直方向の力のつり合い \(N=mg\cos\theta\) を立式 → ②動摩擦力の公式 \(F’=\mu’N\) に代入 → ③\(F’ = \mu’mg\cos\theta\) を得る。
- (2) 動摩擦力の仕事の計算:
- 戦略: 仕事の定義 \(W=-F’s\) を適用する。
- フロー: ①力の大きさ \(F’\) は(1)の結果を利用 → ②移動距離 \(s=d+b\) を確認 → ③\(W = -F’s = -\mu’mg(d+b)\cos\theta\) を計算。
- (3) ばね定数の計算:
- 戦略: 運動の始点Aと終点Cについて、エネルギー原理を適用する。
- フロー: ①位置エネルギーの基準面をCに設定 → ②点Aでの力学的エネルギー \(E_A\) を計算 → ③点Cでの力学的エネルギー \(E_C\) を計算 → ④(2)で求めた仕事 \(W\) を用意 → ⑤エネルギー原理の式 \(E_C – E_A = W\) を立式 → ⑥未知数 \(k\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 共通因数でくくる: (3)の計算過程で、\(mg(d+b)\) という共通因数が現れます。これをうまく利用して式を整理すると、見通しが良くなり、計算ミスを減らせます。
- 文字式のまま計算: この問題のように、与えられた物理量がすべて文字の場合、最後まで文字のまま計算を進めるのが基本です。これにより、各項が何を意味するのかを追いやすくなります。
- 最終的な式の吟味: (3)で得られた \(k\) の式は、物理的に意味のある形をしていますか?例えば、摩擦がなければ(\(\mu’=0\))、\(k = \frac{2mg(d+b)\sin\theta}{b^2}\) となり、これは摩擦のない場合のエネルギー保存則から導かれる結果と一致します。このようなチェックは有効です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 物理的な条件の確認: (3)の答えが物理的に意味を持つためには、\(k>0\) でなければなりません。これは、\(\sin\theta – \mu’\cos\theta > 0\)、すなわち \(\tan\theta > \mu’\) を意味します。これは、そもそも物体が斜面を滑り出すための条件(重力の斜面成分が最大静止摩擦力より大きい)と似た形をしており、物理的に妥当な制約と言えます。
- 極端な場合を考える: もし斜面が滑らか(\(\mu’=0\))だったら、ばね定数 \(k\) はどうなるでしょうか?答えの式に \(\mu’=0\) を代入すると、\(k = \frac{2mg(d+b)\sin\theta}{b^2}\) となります。これは、位置エネルギーの減少分 \(mg(d+b)\sin\theta\) が、すべて弾性エネルギー \(\frac{1}{2}kb^2\) に変換されたというエネルギー保存則の式 \(mg(d+b)\sin\theta = \frac{1}{2}kb^2\) から導かれる結果と一致します。これにより、解答の式の信頼性が高まります。
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