基本問題
191 ばねと分裂
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「分裂現象における運動量保存則とエネルギー保存則」です。静止している物体が内力によって複数の部分に分かれる「分裂」は、運動量保存則が適用される典型的な例です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 運動量保存則: 物体系に外力が働かない(または、働く外力の合力がゼロの)場合、系の全運動量は保存されます。分裂や合体といった、物体同士が内力を及ぼしあう現象を解析する際の基本法則です。
- 力学的エネルギー保存則: 保存力(この問題ではばねの弾性力)のみが仕事をする場合、系の力学的エネルギー(運動エネルギーと位置エネルギーの和)は保存されます。
- 内力と外力: 物体系の内部で相互に及ぼしあう力(ばねの弾性力など)を内力、系の外部から働く力(重力、摩擦力など)を外力と区別することが重要です。運動量保存則は、外力が働かない場合に成り立ちます。
- 運動エネルギー: 運動している物体が持つエネルギーで、\(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) と表されます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、台車AとBを一つの「系」とみなします。ばねが及ぼす力は系にとって「内力」であり、水平方向には「外力」が働かないため、分裂の前後で系全体の運動量の和は保存されます。この運動量保存則の式を立てて、未知数である台車Bの速さを求めます。
- (2)では、エネルギーに着目します。分裂前は、系は静止しており、エネルギーはすべて押し縮められたばねの弾性エネルギーとして蓄えられています。分裂後は、ばねが自然長に戻り、蓄えられていたエネルギーがすべて台車AとBの運動エネルギーに変換されます。このエネルギーの前後関係(力学的エネルギー保存則)から、ばねが蓄えていたエネルギーを計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
この問題は、静止していた物体が内部の力(ばねの力)によって2つに分かれる「分裂」の典型例です。台車AとB、そしてばねを一つの「系」として考えると、ばねがAとBを押し広げる力は「内力」です。水平方向には摩擦などの外力が働かないとみなせるため、この系の運動量の和は分裂の前後で保存されます。この「運動量保存則」を立式して、台車Bの速さを求めます。
この設問における重要なポイント
- 運動量はベクトル量(向きを持つ量)であるため、正の向きを決め、速度の符号に注意して立式する。
- 分裂前、系全体は静止しているので、運動量の和は \(0\)。
- 分裂後も、系の運動量の和は \(0\) に保たれる。
具体的な解説と立式
台車Aの質量を \(m_A = 1.0\,\text{kg}\)、台車Bの質量を \(m_B = 2.0\,\text{kg}\) とします。
分裂後の台車Aの速度を \(v_A’\)、台車Bの速度を \(v_B’\) とします。
運動は水平方向の1次元運動なので、水平右向きを正の向きと定めます。
- 分裂前:
AもBも静止しているので、速度は \(v_A = 0\)、\(v_B = 0\) です。
したがって、分裂前の運動量の和 \(P_{\text{前}}\) は、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{前}} &= m_A v_A + m_B v_B \\[2.0ex]
&= 1.0 \times 0 + 2.0 \times 0 \\[2.0ex]
&= 0
\end{aligned}
$$ - 分裂後:
台車Aは左向きに速さ \(1.0\,\text{m/s}\) で動くので、その速度は \(v_A’ = -1.0\,\text{m/s}\) となります。
台車Bの速度は未知数 \(v_B’\) です。
したがって、分裂後の運動量の和 \(P_{\text{後}}\) は、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{後}} &= m_A v_A’ + m_B v_B’ \\[2.0ex]
&= 1.0 \times (-1.0) + 2.0 \times v_B’
\end{aligned}
$$
運動量保存則より、\(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\) なので、
$$ 0 = 1.0 \times (-1.0) + 2.0 \times v_B’ $$
使用した物理公式
- 運動量保存則: \(m_1v_1 + m_2v_2 = m_1v_1′ + m_2v_2’\)
上記で立てた運動量保存則の式を \(v_B’\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
0 &= 1.0 \times (-1.0) + 2.0 \times v_B’ \\[2.0ex]
0 &= -1.0 + 2.0 v_B’ \\[2.0ex]
2.0 v_B’ &= 1.0 \\[2.0ex]
v_B’ &= \frac{1.0}{2.0} \\[2.0ex]
v_B’ &= 0.50\,\text{m/s}
\end{aligned}
$$
速度 \(v_B’\) が正の値で求まったので、台車Bは右向きに動くことがわかります。問題で問われているのは「速さ」なので、絶対値をとって \(0.50\,\text{m/s}\) となります。
スケートボードに乗った大人(B)と子供(A)が、お互いをぐっと押し合った状況を想像してみてください。押し合った後、子供(軽いA)は速く後ろに下がり、大人(重いB)はゆっくりと後ろに下がりますよね。この問題もそれと同じです。分裂前は全体が止まっていたので「勢いの合計(運動量)」はゼロです。分裂後も、Aが左向きに持つ「勢い」と、Bが右向きに持つ「勢い」がちょうど打ち消し合って、合計がゼロになるように動きます。このつりあいの式から、Bの速さが計算できます。
台車Bの速さは \(0.50\,\text{m/s}\) と求まりました。計算結果の速度が正の値であったことから、BはAとは逆の右向きに動くという物理的に妥当な結果が得られました。また、質量がAの2倍であるBの速さが、Aの速さの半分になっていることも、運動量保存則から期待される通りの結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
ばねが蓄えていたエネルギーを求めます。この分裂現象では、ばねの弾性力という「保存力」だけが仕事をするため、系全体の力学的エネルギーは保存されます。
分裂前は、台車は静止しており運動エネルギーは \(0\) です。系のエネルギーはすべて、押し縮められたばねの弾性エネルギーとして蓄えられています。
分裂後、ばねは自然長に戻り(弾性エネルギーは \(0\) になり)、蓄えられていたエネルギーはすべて台車AとBの運動エネルギーに変換されます。
したがって、「ばねが蓄えていたエネルギー」は「分裂後のAとBの運動エネルギーの和」に等しくなります。
この設問における重要なポイント
- ばねの弾性力は保存力であり、分裂の前後で系全体の力学的エネルギーは保存される。
- 分裂前: エネルギーはすべてばねの弾性エネルギー。
- 分裂後: エネルギーはすべてAとBの運動エネルギー。
- 運動エネルギーの計算では、速さ(速度の大きさ)を用いる。
具体的な解説と立式
ばねが蓄えていたエネルギーを \(U\) とします。
分裂後の台車Aの速さは \(v_A’ = 1.0\,\text{m/s}\)、(1)で求めた台車Bの速さは \(v_B’ = 0.50\,\text{m/s}\) です。
力学的エネルギー保存則を考えます。
- 分裂前の力学的エネルギー \(E_{\text{前}}\):
運動エネルギーは \(0\) なので、ばねの弾性エネルギー \(U\) のみです。
\(E_{\text{前}} = U\) - 分裂後の力学的エネルギー \(E_{\text{後}}\):
ばねは自然長に戻るので弾性エネルギーは \(0\) です。AとBの運動エネルギーの和になります。
$$
\begin{aligned}
E_{\text{後}} &= (\text{Aの運動エネルギー}) + (\text{Bの運動エネルギー}) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}m_A (v_A’)^2 + \frac{1}{2}m_B (v_B’)^2
\end{aligned}
$$
力学的エネルギー保存則 \(E_{\text{前}} = E_{\text{後}}\) より、
$$ U = \frac{1}{2}m_A (v_A’)^2 + \frac{1}{2}m_B (v_B’)^2 $$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
上記で立てた式に、それぞれの値を代入して \(U\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
U &= \frac{1}{2} \times 1.0 \times (1.0)^2 + \frac{1}{2} \times 2.0 \times (0.50)^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2} \times 1.0 \times 1.0 + \frac{1}{2} \times 2.0 \times 0.25 \\[2.0ex]
&= 0.50 + 1.0 \times 0.25 \\[2.0ex]
&= 0.50 + 0.25 \\[2.0ex]
&= 0.75\,\text{J}
\end{aligned}
$$
最初にぎゅっと押し縮められたばねは、元に戻ろうとする「エネルギー」を溜め込んでいます。糸が切られた瞬間、この溜め込まれていたエネルギーが解放されて、台車AとBを動かすための「スピードのエネルギー(運動エネルギー)」に姿を変えます。エネルギーはなくなったり、勝手に増えたりしないので、「最初にばねが持っていたエネルギー」の量は、「分裂後にAとBが持っている運動エネルギーの合計」とぴったり同じになります。AとBの運動エネルギーをそれぞれ計算して足し合わせれば、答えが求まります。
ばねが蓄えていたエネルギーは \(0.75\,\text{J}\) と求まりました。エネルギーは正の値であり、物理的に妥当な結果です。このエネルギーが、分裂後の2つの物体の運動を生み出す源となったことがわかります。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動量保存則
- 核心: この問題の根幹は、複数の物体からなる系に「外力が働かない」とき、その系全体の運動量の合計は、内部でどのような力が働こうとも(分裂、合体など)、現象の前後で一定に保たれるという法則です。特に、静止状態からの分裂では、分裂前の運動量がゼロであるため、分裂後の各部分の運動量のベクトル和もゼロになります。
- 理解のポイント:
- 内力と外力の区別: ばねが台車AとBを押し合う力は、AとBを一つの系として見たときの「内力」です。運動量保存則は、この内力によっては変化せず、系の外部から働く「外力」(この場合は摩擦力など、ただし問題では無視できる)がない場合に成立します。
- ベクトルとしての運動量: 運動量は \(m\vec{v}\) で定義されるベクトル量(向きと大きさを持つ量)です。したがって、運動量保存則を適用する際は、必ず座標軸(正の向き)を設定し、速度の符号を考慮して立式する必要があります。
- 力学的エネルギー保存則
- 核心: ばねの弾性力や重力のような「保存力」だけが仕事をする場合、系全体の力学的エネルギー(運動エネルギーと位置エネルギーの和)は一定に保たれるという法則です。この問題では、分裂によってばねの弾性エネルギーが、そっくりそのまま台車AとBの運動エネルギーに変換される、というエネルギーの形態変化を捉えるために用います。
- 理解のポイント:
- エネルギーの変換: 分裂前は、系のエネルギーはすべてばねの弾性エネルギー \(U\) として蓄えられています。分裂後は、ばねが自然長に戻るため弾性エネルギーはゼロになり、その分がすべて台車AとBの運動エネルギー \(K_A + K_B\) に変わります。\(U \rightarrow K_A + K_B\) というエネルギーの移り変わりを数式にしたものが、この問題におけるエネルギー保存則の応用です。
- 運動量保存則との違い: 運動量保存則がベクトルの和の保存を扱うのに対し、エネルギー保存則はスカラー(向きのない量)の和の保存を扱います。両者は独立した物理法則であり、問題に応じて適切に使い分けることが重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 衝突と合体: 2つの物体が衝突して一体となって運動する場合。これも内力のみが働く現象なので運動量保存則が成り立ちます。ただし、通常は衝突の際に熱や音が発生するため、力学的エネルギーは保存されません(非弾性衝突)。
- ロケットの推進: ロケットが燃料を後方に噴射し、その反作用で前方に加速する現象。これも「分裂」の一種と見なせます。「ロケット本体+噴射ガス」を一つの系と考えると、運動量保存則が成り立ちます。
- 人が動く台車の上を歩く問題: 「人+台車」を一つの系と見なすと、人が右に歩けば台車は左に動きます。水平方向に外力が働かなければ、系全体の重心の位置は変わらず、運動量も保存されます。
- 初見の問題での着眼点:
- 現象の種類を特定する: まず、問題で起きている現象が「分裂」「合体」「衝突」のどれに当てはまるかを見極めます。
- 外力の有無を確認する: 次に、系全体に外力が働いているかを確認します。特に、運動量保存則を使いたい方向(この問題では水平方向)に、摩擦力や空気抵抗などの外力がないかを確認します。「なめらかな水平面」などの記述は、運動量保存則が使えることを示唆する重要な手がかりです。
- エネルギー保存の可否を判断する: 仕事をする力が保存力(重力、弾性力、静電気力)のみか、それとも非保存力(摩擦力、人が押す力、衝突時の内部抵抗力など)が含まれるかを確認します。ばねが介在する分裂や、完全弾性衝突では力学的エネルギーが保存されますが、非弾性衝突や合体では保存されません。
- 座標軸(正の向き)を設定する: 運動量保存則を立式する前に、必ず「右向きを正」のように座標軸を設定します。これにより、速度の符号ミスを防ぎます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動量とエネルギーの法則を混同する:
- 誤解: 運動量が保存されるなら、力学的エネルギーも必ず保存されるだろうと考えてしまう。
- 対策: 「運動量保存」と「エネルギー保存」は全く別の法則であると明確に区別しましょう。例えば、粘土の塊が合体するような非弾性衝突では、運動量は保存されますが、力学的エネルギーは熱エネルギーなどに変わってしまい保存されません。法則が成立するための条件(外力がないか、非保存力が仕事をしないか)をそれぞれ正確に覚えることが重要です。
- 速度と速さの取り違え:
- 誤解: 運動量の計算 \(mv\) で、向きを考えずに速さ(常に正の値)を代入してしまう。
- 対策: 運動量はベクトル(向きを持つ量)なので、必ず設定した正の向きに対する「速度」(正負の値)を用いる癖をつけましょう。一方で、運動エネルギー \( \displaystyle\frac{1}{2}mv^2 \) はスカラー(向きのない量)なので、向きに関係なく「速さ」の2乗を計算します。この違いを常に意識することがミスを防ぐ鍵です。
- 分裂後の運動エネルギーの計算ミス:
- 誤解: 分裂後の運動エネルギーを、質量を合計して \( \displaystyle\frac{1}{2}(m_A+m_B)v^2 \) のように、あたかも一つの物体であるかのように計算してしまう。
- 対策: 分裂後は、AとBはそれぞれ異なる速度で運動する「2つの別々の物体」です。エネルギーはスカラー量なので、それぞれの物体の運動エネルギー(\( \displaystyle\frac{1}{2}m_A v_A’^2 \) と \( \displaystyle\frac{1}{2}m_B v_B’^2 \))を個別に計算し、それらを単純に足し合わせる、という手順を徹底してください。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- (1)での公式選択(運動量保存則):
- 選定理由: 問題は「分裂」後の物体の「速さ」を問うています。分裂や衝突のように、物体同士が内力を及ぼしあう現象で、前後の速度の関係を知りたい場合、運動量保存則が最も直接的で強力な法則です。ばねの力や作用時間などが分からなくても、分裂前後の状態だけで立式できるのが最大の利点です。
- 適用根拠: 問題の状況設定(なめらかな水平面上で、ばねという内力によって分裂)から、水平方向には外力が働かないことがわかります。これは、運動量保存則が成立するための絶対条件です。未知数が台車Bの速度 \(v_B’\) の一つであるのに対し、運動量保存則から一本の方程式が得られるため、問題を解くことができます。
- (2)での公式選択(力学的エネルギー保存則):
- 選定理由: 求めたいものが「ばねが蓄えていたエネルギー」であり、エネルギーに関する問いです。したがって、エネルギーの観点からアプローチするのが最も自然な思考の流れです。
- 適用根拠: この分裂現象で仕事をする力は、ばねの弾性力のみです。弾性力は保存力であるため、系全体の力学的エネルギー(運動エネルギー+弾性エネルギー)は保存されます。この物理的な事実が、エネルギー保存則を適用する根拠となります。「分裂前の弾性エネルギーが、分裂後の運動エネルギーの和に変換された」という関係式を立てることで、(1)で求めた速度を使って、未知のエネルギーを計算することができます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 式を立ててから数値を代入する:
- まずは \(m_A v_A + m_B v_B = m_A v_A’ + m_B v_B’\) のように、文字式のまま法則を書き出しましょう。ここから \(v_B’ = -\displaystyle\frac{m_A}{m_B}v_A’\) のように解いてから数値を代入すると、物理的な意味(速度が質量の逆比になることなど)を確認でき、検算にも役立ちます。
- 符号の確認を徹底する:
- (1)で右向きを正と決めたら、左向きに進む台車Aの速度は \(v_A’ = -1.0\,\text{m/s}\) となります。立式する際、このマイナス符号を付け忘れるのが最も多いミスです。式を立てた後、各項の符号が物理的な状況と合っているか、指差し確認するくらいの慎重さが大切です。
- 2乗の計算を丁寧に行う:
- (2)の運動エネルギーの計算では、速度の2乗が出てきます。特に \( (0.50)^2 = 0.25 \) のような小数の計算は、焦っていると間違えやすいポイントです。暗算に自信がなければ、計算用紙の隅で筆算するなど、確実な方法で計算しましょう。
- 単位の確認:
- 計算に使う数値の単位が、基本単位(質量は \(\text{kg}\)、速度は \(\text{m/s}\))に揃っているかを確認する癖をつけましょう。最終的にエネルギーを求めたら、単位が \(\text{J}\) になっているかを確認します。
- 物理的にありえない値でないか吟味する:
- (1)の計算結果が、もし \(v_B’ < 0\) (左向き)になったら、明らかに物理的におかしいと気づくべきです。静止状態からの分裂では、各部分は互いに逆方向に飛び散るはずです。
- (2)でエネルギーが負の値になったら、100%計算ミスです。運動エネルギーや弾性エネルギーが負になることはありません。このような基本的な物理原則に照らして、自分の答えを吟味する習慣が重要です。
192 ロケットの分離
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 設問(2)の別解: 分離前のロケットと共に動く座標系で考える解法
- 模範解答が地上に固定された座標系(静止系)で運動量保存則を立式するのに対し、別解では分離前のロケットと同じ速度で動く座標系から現象を捉え、運動量保存則を適用します。
- 設問(2)の別解: 分離前のロケットと共に動く座標系で考える解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的視点の多様化: 静止系だけでなく、運動する座標系からも物理法則(運動量保存則)が同様に成り立つことを体験でき、ガリレイの相対性原理の具体的な理解につながります。
- 計算の簡略化: この別解では、分離前の運動量がゼロになるため、立式がよりシンプルかつ直感的になります。問題によっては、適切な座標系を選ぶことで計算が大幅に楽になることを学べます。
- 思考の柔軟性向上: どの座標系を基準に問題を解くかを選択する訓練になり、複雑な問題に対するアプローチの幅が広がります。
- 結果への影響
- 用いる座標系が異なるだけで、物理法則は同じであるため、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「相対速度と運動量保存則を組み合わせた分裂問題」です。運動する物体から別の物体が分離するような、複数の物体が絡む運動を解析する際には、系全体で成り立つ保存則と、物体間の相対的な運動の関係を正しく立式することが重要になります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 運動量保存則: 物体系に外力が働かない場合、系の全運動量は保存されます。ロケットの分離は、内力によって起こるため、この法則が適用できる典型例です。
- 相対速度: 観測者(基準となる物体)から見た、他の物体の速度のことです。「Aに対するBの相対速度」は、\(v_B – v_A\) で計算されます。ベクトル量であるため、向き(符号)の扱いに注意が必要です。
- 内力と外力の区別: 宇宙船とエンジンが互いに押し合う力は、2物体を一つの系とみなしたときの「内力」です。運動量保存則は、この内力には影響されず、外力が働かない場合に成立します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、まずロケットの進行方向を正と定めます。次に、「宇宙船Sに対するエンジンEの相対速度」が与えられていることから、相対速度の定義式 \(v_{AB} = v_B – v_A\) を用いて、エンジンEの速度 \(v_E\) を、宇宙船Sの速度 \(v_S\) と相対的な速さ \(u\) で表す関係式を導きます。
- (2)では、宇宙船SとエンジンEを一つの系とみなし、分離の前後で運動量保存則を立式します。この式に、(1)で求めた \(v_E\) と \(v_S\) の関係式を代入することで、未知数であった \(v_S\) を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
この設問の核心は、問題文で与えられた「相対的な速さ」という情報を、物理法則で扱える「相対速度」の式に正しく翻訳することです。「Aに対するBの相対速度」は「Bの速度 – Aの速度」(\(v_B – v_A\))という定義を正確に適用します。速度は向きを持つベクトル量なので、最初に正の向きを定め、どちらの向きに動いているかに注意して符号を決めることが重要です。
この設問における重要なポイント
- ロケットの進行方向を正とする。
- 宇宙船Sの速度を \(v_S\)、エンジンEの速度を \(v_E\) とおく。
- 「宇宙船Sに対するエンジンEの相対的な速さが \(u\)」であり、エンジンEは宇宙船Sから見て後方(負の向き)に遠ざかるので、その相対速度は \(-u\) となる。
具体的な解説と立式
分離後の宇宙船SとエンジンEの運動の向き、つまりロケットの進む向きを正とします。
分離後の宇宙船Sの速度を \(v_S\)、エンジンEの速度を \(v_E\) とします。
「宇宙船Sに対するエンジンEの相対速度」は、相対速度の定義から \(v_E – v_S\) と表されます。
問題文には「宇宙船Sに対するエンジンEの相対的な速さは \(u\)」とあり、エンジンEは宇宙船Sから見て後方に分離される、つまり負の向きに速さ \(u\) で遠ざかることを意味します。
したがって、相対速度は \(-u\) となります。
よって、以下の関係式が成り立ちます。
$$
\begin{aligned}
v_E – v_S &= -u
\end{aligned}
$$
この式を、設問で問われているエンジンEの速さ(この場合は速度 \(v_E\))について解きます。
$$
\begin{aligned}
v_E &= v_S – u
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 相対速度: \(v_{AB} = v_B – v_A\)
立式の過程で既に答えは導かれています。式を移項することで、エンジンEの速度 \(v_E\) が求められます。
$$
\begin{aligned}
v_E – v_S &= -u \\[2.0ex]
v_E &= v_S – u
\end{aligned}
$$
宇宙船Sに乗っている宇宙飛行士から、切り離されたエンジンEがどのように見えるかを考えてみましょう。宇宙船S自身は \(v_S\) という猛スピードで前に進んでいます。その宇宙船から見ると、エンジンEは「後ろ向きに \(u\) の速さ」で遠ざかっていきます。ということは、宇宙空間に静止している観測者から見ると、エンジンEの実際の速度 \(v_E\) は、宇宙船Sの速度 \(v_S\) よりも \(u\) だけ遅い、ということになります。これを数式で表したのが \(v_E = v_S – u\) です。
エンジンEの速度は \(v_E = v_S – u\) と表せました。問題文には「分離後のエンジンEの進む向きは、宇宙船Sの進む向きと同じであった」と書かれています。これは、エンジンEの速度 \(v_E\) が正であることを意味します (\(v_E > 0\))。したがって、\(v_S – u > 0\)、すなわち \(v_S > u\) という条件が隠されていることがわかります。これは、宇宙船が非常に高速であるため、エンジンを後方に噴射しても、外部から見ればエンジンもまだ前進している、という状況を表しています。
問(2)
思考の道筋とポイント
宇宙船SとエンジンEを一つの「系」とみなします。分離は、2物体が互いに力を及ぼしあう内部の現象(内力によるもの)です。系の進行方向には外部から力が働かないため、分離の前後で系全体の運動量の和は保存されます。この運動量保存則の式を立て、(1)で求めたエンジン速度 \(v_E\) と宇宙船速度 \(v_S\) の関係式を代入することで、未知数である \(v_S\) を解くことができます。
この設問における重要なポイント
- 分離前の系の質量は \((m+M)\)、速度は \(V\)。
- 分離後の宇宙船Sの質量は \(m\)、速度は \(v_S\)。
- 分離後のエンジンEの質量は \(M\)、速度は \(v_E\)。
- (1)で求めた関係式 \(v_E = v_S – u\) を利用する。
具体的な解説と立式
(1)と同様に、ロケットの進む向きを正とします。
宇宙船SとエンジンEを一つの系として、分離前後での運動量保存則を考えます。
- 分離前の運動量 \(P_{\text{前}}\):
系全体の質量は \((m+M)\)、速度は \(V\) なので、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{前}} &= (m+M)V
\end{aligned}
$$ - 分離後の運動量 \(P_{\text{後}}\):
宇宙船S(質量 \(m\)、速度 \(v_S\))とエンジンE(質量 \(M\)、速度 \(v_E\))の運動量の和なので、
$$
\begin{aligned}
P_{\text{後}} &= mv_S + Mv_E
\end{aligned}
$$
運動量保存則 \(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\) より、
$$ (m+M)V = mv_S + Mv_E \quad \cdots ① $$
この式に、(1)で求めた関係式 \(v_E = v_S – u\) を代入して \(v_S\) を求めます。
使用した物理公式
- 運動量保存則: \(m_1v_1 + m_2v_2 = m_1v_1′ + m_2v_2’\)
式①に \(v_E = v_S – u\) を代入し、\(v_S\) について整理します。
$$
\begin{aligned}
(m+M)V &= mv_S + M(v_S – u) \\[2.0ex]
(m+M)V &= mv_S + Mv_S – Mu \\[2.0ex]
(m+M)V + Mu &= (m+M)v_S \\[2.0ex]
v_S &= \frac{(m+M)V + Mu}{m+M} \\[2.0ex]
v_S &= V + \frac{M}{m+M}u
\end{aligned}
$$
ロケット全体を一つのグループとして考えます。分離というイベントは、グループ内部での出来事なので、グループ全体の「勢いの合計(運動量)」は変わりません。「分離前の勢い」は「(全体の質量)×(速さ\(V\))」です。「分離後の勢い」は「(宇宙船Sの勢い)+(エンジンEの勢い)」です。この二つが等しいという式を立て、(1)でわかったエンジンEの速度の関係を使うと、宇宙船Sの新しい速さ \(v_S\) が計算できます。エンジンを後方に強く押し出す(\(u\) が大きい)ほど、宇宙船はより加速できる(\(v_S\) が大きくなる)ことが式からわかります。
分離後の宇宙船Sの速さは \(v_S = V + \displaystyle\frac{M}{m+M}u\) と求まりました。この結果は、宇宙船の速度が、分離前の速度 \(V\) に、分離によって得られた追加の速度 \(\displaystyle\frac{M}{m+M}u\) が加わった形になっていることを示しています。\(M\), \(m\), \(u\) はすべて正の値なので、\(v_S > V\) となり、宇宙船がエンジンを分離することによって加速したことがわかります。これは物理的に妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
地上に固定された座標系(静止系)ではなく、分離前のロケットと同じ速度 \(V\) で動く座標系から現象を観察する方法です。この座標系では、分離前の運動量の和が \(0\) となるため、立式がシンプルになります。この座標系から見た各物体の速度(相対速度)を正しく計算し、運動量保存則を立てます。
この設問における重要なポイント
- この座標系から見ると、分離前の系の運動量は \(0\)。
- 地上から見た速度 \(v\) の物体は、この座標系から見ると速度 \(v-V\) で運動しているように見える。
- 運動量保存則は、等速直線運動するどの座標系(慣性系)でも成り立つ。
具体的な解説と立式
分離前のロケットと同じ速度 \(V\) で、同じ向きに動く座標系を考えます。この座標系から見た速度には「’」をつけて区別します。
- この座標系から見た分離前の運動量 \(P’_{\text{前}}\):
ロケット全体がこの座標系に対して静止して見えるので、速度は \(0\) です。
$$
\begin{aligned}
P’_{\text{前}} &= (m+M) \times 0 \\[2.0ex]
&= 0
\end{aligned}
$$ - この座標系から見た分離後の運動量 \(P’_{\text{後}}\):
地上から見た速度が \(v_S\), \(v_E\) なので、この座標系から見た速度はそれぞれ、
宇宙船Sの速度: \(v’_S = v_S – V\)
エンジンEの速度: \(v’_E = v_E – V\)
したがって、分離後の運動量の和は、
$$
\begin{aligned}
P’_{\text{後}} &= mv’_S + Mv’_E \\[2.0ex]
&= m(v_S – V) + M(v_E – V)
\end{aligned}
$$
運動量保存則 \(P’_{\text{前}} = P’_{\text{後}}\) より、
$$ 0 = m(v_S – V) + M(v_E – V) \quad \cdots ② $$
この式に、(1)で求めた静止系での関係式 \(v_E = v_S – u\) を代入します。
使用した物理公式
- 運動量保存則
- 相対速度
式②に \(v_E = v_S – u\) を代入し、\(v_S\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
0 &= m(v_S – V) + M((v_S – u) – V) \\[2.0ex]
0 &= m(v_S – V) + M(v_S – V – u) \\[2.0ex]
0 &= mv_S – mV + Mv_S – MV – Mu \\[2.0ex]
0 &= (m+M)v_S – (m+M)V – Mu \\[2.0ex]
(m+M)v_S &= (m+M)V + Mu \\[2.0ex]
v_S &= \frac{(m+M)V + Mu}{m+M} \\[2.0ex]
v_S &= V + \frac{M}{m+M}u
\end{aligned}
$$
ロケットに乗っている人の視点で考えてみる方法です。この人から見ると、分離前は自分も周りも止まっています(運動量ゼロ)。分離の瞬間、宇宙船Sが前に、エンジンEが後ろに動きます。この人から見た「前後の勢いの合計がゼロ」というつりあいの式を立てます。最後に、その結果を地上の人から見た速度に翻訳し直すと、同じ答えが得られます。
主たる解法と完全に同じ結果が得られました。これは、物理法則が観測者の立場(どの慣性系で見るか)によらず成り立つことを示しています。問題を別の視点から見ることで、立式が簡単になる場合があるなど、理解を深めることができます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動量保存則
- 核心: この問題の根幹は、複数の物体からなる系に「外力が働かない」とき、その系全体の運動量の合計は、内部でどのような力が働こうとも(この問題では分離)、現象の前後で一定に保たれるという法則です。宇宙空間でのロケットの分離は、外力が無視できるため、この法則を適用するのに最適な状況です。
- 理解のポイント:
- 内力による現象: 宇宙船SとエンジンEが互いに押し合う力は、2物体を一つの系として見たときの「内力」です。運動量保存則は、この内力によって系の運動量が変化しないことを保証します。
- 座標系の選択: 運動量保存則は、静止している座標系(静止系)だけでなく、一定速度で動いている座標系(慣性系)でも同様に成り立ちます。別解で示したように、分離前のロケットと共に動く座標系を選ぶと、分離前の運動量がゼロとなり、計算が簡潔になる場合があります。
- 相対速度の概念
- 核心: 複数の物体が運動している状況を正確に記述するためには、ある物体から見た別の物体の速度、すなわち「相対速度」の概念が不可欠です。「Aに対するBの相対速度は \(v_B – v_A\)」という定義式を、ベクトルの向き(符号)を考慮して正しく使いこなすことが、この問題を解くためのもう一つの鍵です。
- 理解のポイント:
- 基準の明確化: 「誰から見た速度か」を常に意識することが重要です。問題文の「宇宙船Sに対するエンジンEの相対的な速さ」という表現から、基準は宇宙船Sであり、そのSから見てEが後方(負の向き)に速さ \(u\) で動いていることを読み取り、相対速度を \(-u\) と設定するプロセスが最も重要です。
- 絶対速度への変換: 相対速度の情報(\(v_E – v_S = -u\))と、運動量保存則で必要となる絶対速度(静止系から見た速度 \(v_E, v_S\))とを結びつけることで、問題を解くための方程式を完成させることができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 動く台車からの物体の射出: 一定速度で動く台車の上から、前方または後方にボールを投げ出す問題。これも「台車+ボール」を一つの系として運動量保存則が使えます。ボールの速度は「台車に対する相対速度」で与えられることが多いです。
- 船の上を人が歩く問題: 止まっている船の上を人が歩くと、船は逆向きに動きます。これも「人+船」の系で運動量保存則が成り立ちます。人が船に対して持つ速度(相対速度)が計算の鍵となります。
- 二段式ロケットの分離: 一段目のロケットを切り離し、二段目を点火してさらに加速する状況。各分離の段階で、その時点でのロケット全体を系として運動量保存則を適用できます。
- 初見の問題での着眼点:
- 系を定義する: まず、どの物体をまとめて一つの「系」と見なすかを決めます。通常は、相互に力を及ぼしあう物体全体(この問題では宇宙船S+エンジンE)を系とします。
- 外力の有無を確認する: 系全体に外力が働いていないか(または無視できるか)を確認します。これにより、運動量保存則が適用可能か判断します。
- 座標軸(正の向き)を設定する: 運動は1次元か2次元かを確認し、正の向きを定めます。これは速度の符号を決定するために不可欠です。
- 相対速度の関係を整理する: 問題文に「〜に対する相対速度」という記述があれば、すぐに定義式 \(v_{AB} = v_B – v_A\) を書き出し、与えられた情報を数式に変換します。特に、向き(符号)に注意します。
- 保存則を立式する: 分離(または合体、衝突)の前後で、系の運動量の和が等しいという式を立てます。
- 連立して解く: 相対速度の式と運動量保存則の式を連立させて、未知の速度を求めます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 相対速度の符号ミス:
- 誤解: 「相対的な速さ \(u\)」と書かれているため、相対速度を \(+u\) と置いてしまう。
- 対策: 相対速度はベクトルです。必ず「どちらから見て、どちらが、どの向きに」動いているかを図でイメージしましょう。この問題では「Sから見てEが後方(負の向き)に」動くので、相対速度は \(-u\) となります。この符号の判断が最大の関門です。
- 運動量保存則の立式ミス:
- 誤解: 分離後のエンジンEの速度を、宇宙船Sの速度 \(v_S\) とは無関係な別の未知数として扱い、式が解けなくなってしまう。
- 対策: 未知数は少ない方が良いです。(1)で導いた \(v_E = v_S – u\) という関係は、未知数を一つ減らすための重要なステップです。運動量保存則を立てる際には、この関係を代入して、未知数を \(v_S\) のみにすることを意識しましょう。
- 座標系の混同:
- 誤解: 静止系で運動量保存則を立てているのに、一部の速度を相対速度で代入してしまうなど、異なる座標系での値を混ぜて計算してしまう。
- 対策: 主たる解法のように静止系で解くなら、全ての速度を静止系での値(\(V, v_S, v_E\))で統一して立式します。別解のように運動座標系で解くなら、全ての速度をその座標系での値(\(0, v’_S, v’_E\))で統一します。計算の途中で座標系を混ぜないように、一貫した視点を保つことが重要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- (1)での公式選択(相対速度の定義式):
- 選定理由: 問題文に「宇宙船Sに対するエンジンEの相対的な速さ」という、二物体間の相対的な運動に関する情報が与えられています。この情報を、物理法則で扱える絶対速度(静止系から見た速度)と結びつけるための唯一のツールが、相対速度の定義式 \(v_{AB} = v_B – v_A\) です。
- 適用根拠: 求めたいのはエンジンEの速度 \(v_E\) であり、それを \(v_S\) と \(u\) で表すことが要求されています。相対速度の定義式は、まさにこれら3つの物理量の関係を直接的に記述する式であるため、これを選択するのは必然です。
- (2)での公式選択(運動量保存則):
- 選定理由: 「分離」という現象で、分離後の物体の「速さ」を求めたい状況です。分離は内力によって起こり、外力が働かないため、運動量保存則が適用できる典型的な場面です。力や加速度、時間を考えることなく、現象の前後だけの状態で立式できるため、最も効率的なアプローチです。
- 適用根拠: 宇宙船SとエンジンEを一つの系とみなすと、分離の際に働く力は内力のみです。宇宙空間では外力は働かない(または無視できる)ため、運動量保存則が厳密に成り立ちます。これが、この法則を適用する物理的な根拠です。未知数が \(v_S\) の一つ(\(v_E\) は \(v_S\) で表せるため)であるのに対し、運動量保存則から一本の方程式が得られるため、問題を解くことができます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める:
- この問題のように数値が与えられていない場合、必然的に文字式での計算になります。分配法則 \(M(v_S – u) = Mv_S – Mu\) や、移項、共通因数でくくる \(mv_S + Mv_S = (m+M)v_S\) などの基本的な計算を、焦らず丁寧に行うことが重要です。
- 求める変数について整理する:
- 最終的に求めたいのは \(v_S\) です。計算の途中で、\(v_S\) を含む項を左辺に、それ以外の項を右辺に集めるなど、ゴールを意識して式を整理する癖をつけましょう。
- 分数の計算を丁寧に行う:
- 最終段階で \(\displaystyle\frac{(m+M)V + Mu}{m+M}\) のような分数が出てきます。これを \(\displaystyle\frac{(m+M)V}{m+M} + \displaystyle\frac{Mu}{m+M}\) のように2つの項に分けることで、\(V + \displaystyle\frac{M}{m+M}u\) という見通しの良い形に変形できます。計算結果はできるだけシンプルな形で表すように心がけましょう。
- 極端な場合を考えて検算する:
- 例えば、もしエンジンEの質量 \(M\) がゼロだったらどうなるか考えてみましょう。答えの式に \(M=0\) を代入すると、\(v_S = V + \frac{0}{m+0}u = V\) となり、分離しても速度が変わらないという妥当な結果になります。
- もし相対的な速さ \(u\) がゼロだったらどうでしょう。\(u=0\) を代入すると、\(v_S = V\) となり、これもまた分離しても加速しないという直感に合う結果です。このように、極端なケースを代入して物理的に妥当な結果になるかを確認するのも、有効な検算方法です。
193 重心の運動
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「内力のみが働く系の重心の運動」です。複数の物体からなる系(物体グループ)において、内部の力だけで全体の重心の位置を動かすことはできない、という重要な物理法則を理解することが目的です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 重心の概念: 物体系の質量の中心となる点で、その系の運動を代表させることができる点です。
- 内力と外力: 物体系の内部で相互に及ぼしあう力(人が台を蹴る力など)を内力、系の外部から働く力(摩擦力、重力など)を外力と区別します。
- 運動量保存則と重心の運動: 物体系に働く外力の合力がゼロの場合、系の全運動量は保存されます。このとき、系の重心の速度は一定に保たれます。特に、初めに静止していた系の重心は、内力によって各部分がどのように動いても、静止し続けます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、問題文の指示通り「台と人をまとめて1つの物体系」とみなします。
- 次に、この系に水平方向の外力が働くかどうかを考えます。床が「なめらか」であること、人が台を蹴る力は「内力」であることから、水平方向の外力は働かないと判断します。
- 「外力が働かない系の重心の速度は変わらない」という法則を適用します。初期状態で系の重心は原点Oで静止していたため、人が台の上をどのように動いても、系の重心は原点Oに留まり続けると結論づけます。
思考の道筋とポイント
この問題の核心は、「人と台を一つの系として見たとき、水平方向に外力が働くか?」という点を見抜くことです。床は「なめらか」なので摩擦力は働きません。人が歩くために台を蹴る力と、その反作用として台が人を押し返す力は、あくまで「人と台」というグループ内部での力のやり取り(内力)に過ぎません。グループの外から水平方向の力が加わらない限り、グループ全体の重心を動かすことはできません。最初に重心が静止していたのであれば、その後もずっと同じ場所に静止し続けます。
この設問における重要なポイント
- 「台と人をまとめて1つの物体系」と考える。
- 水平面がなめらかなので、系に働く水平方向の外力は \(0\)。
- 系の重心の速度は一定に保たれる。
- 初期状態で重心は原点Oで静止していたので、その速度は \(0\)。
具体的な解説と立式
人と台を一つの系とみなします。
人が歩くとき、足は台を後方(x軸負の向き)に蹴ります。作用・反作用の法則により、台は人を前方(x軸正の向き)に同じ大きさの力で押し返します。この力によって人は前進します。
これらの力は、人と台の間で及ぼしあう力であり、系全体で考えれば「内力」です。
一方、水平面はなめらかなので、台と水平面の間の摩擦力は \(0\) です。したがって、この系に働く水平方向の「外力」は \(0\) ということになります。
物体系に働く外力の合力が \(0\) の場合、その系の全運動量は保存されます。
系の重心の速度 \(v_G\) は、系の全運動量を \(P_{\text{全}}\)、全質量を \(M_{\text{全}}\) とすると、
$$ v_G = \frac{P_{\text{全}}}{M_{\text{全}}} $$
と表されます。
運動量 \(P_{\text{全}}\) が保存される(一定である)ため、重心の速度 \(v_G\) も一定に保たれます。
この問題では、初期状態で人と台は静止しており、系の重心も原点Oで静止していました。つまり、初期の重心速度は \(v_G = 0\) です。
したがって、人が歩いている間も、歩き終わって端Bに達したときも、系の重心の速度は \(0\) のままであり、その位置は初期位置である原点Oから動くことはありません。
使用した物理公式
- 重心の運動に関する法則(外力がなければ重心の速度は一定)
この問題は、上記の定性的な考察によって結論を導くことができます。
初期の重心位置: \(x_G = 0\)
初期の重心速度: \(v_G = 0\)
水平方向の外力がないため、重心速度 \(v_G\) は常に \(0\) のままです。
したがって、人が端Bに達したときの重心の位置も \(x_G = 0\) となります。
岸に固定されていないボートの上で、人がボートの端から端まで歩く状況を想像してみてください。人が右に歩くと、ボートはその分だけ左に動きますよね。このとき、もし空から「人とボートを合わせたグループ全体」の中心点(重心)を見ていたら、その中心点は全く動いていないのです。人が右に動いた効果と、ボートが左に動いた効果がちょうど打ち消し合って、全体の中心点の位置を保ちます。この問題も全く同じで、人が右端Bに動いた分、台が左に動くことで、全体としての重心の位置は最初の場所(原点O)からピクリとも動かないのです。
結論として、物体系の重心の位置は \(x=0\) のままです。これは、内力だけでは系の重心を動かすことができないという、力学における重要な原理「重心運動の法則」を示しています。人が動くことで台が逆向きに動き、重心の位置を不変に保つという現象は、物理的に妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 重心運動の法則(運動量保存則の帰結)
- 核心: この問題の根幹は、「複数の物体からなる系に、ある方向の外力が働かない場合、その方向における系の重心の運動状態(速度)は変化しない」という法則です。これは、運動量保存則を別の視点から表現したものです。
- 理解のポイント:
- 静止した重心は動き出さない: 特に、この問題のように初期状態で系全体が静止している場合、重心の速度はゼロです。外力が働かなければ、重心の速度はゼロのまま、つまり重心の位置は全く動きません。
- 内力では重心を動かせない: 人が台を歩くために台を蹴る力や、その反作用は、すべて「人と台」という系の中での力のやり取り(内力)です。内力は、系内部の各部分の相対的な位置関係を変えることはできますが、系全体の重心を加速させることはできません。
- 外力の役割: もし床に摩擦があれば、それは系に対する水平方向の「外力」となります。この場合、運動量は保存されず、重心の位置も変化します。したがって、「なめらかな水平面上」という条件が、この法則を適用するための決定的な鍵となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 岸に固定されていないボートの上を人が歩く問題: 人が一方の端からもう一方の端へ歩くと、ボートは逆向きに動きます。このとき「人とボート」を一つの系と見なせば、水平方向の外力がないため、系の重心の位置は動きません。
- 宇宙空間で宇宙飛行士が道具を投げる問題: 宇宙飛行士が道具を前方に投げると、宇宙飛行士自身は後方に動きます。「宇宙飛行士と道具」の系の重心は、投げる前後で同じ位置に留まり続けます(あるいは等速直線運動を続けます)。
- 動く板の上で物体が滑る問題: なめらかな床の上の板の上を、物体が摩擦を受けながら滑る場合。「板と物体」を系と見なせば、水平方向の外力は働かないため、系の重心は動きません(または等速直線運動を続けます)。
- 初見の問題での着眼点:
- まず「系」を定義する: 問題文中のどの物体をまとめて一つのグループ(系)と考えるかを明確にします。(例:「人と台」)
- 外力の有無を判断する: 次に、その系に対して、考えている方向(この問題では水平方向)に外力が働くかどうかを確認します。「なめらかな」「宇宙空間で」といったキーワードは、外力がゼロであることを示す重要なヒントです。
- 系の初期状態を確認する: 系全体が最初に静止していたか、あるいは一定の速度で動いていたかを確認します。これにより、重心の初期速度が決まります。
- 重心運動の法則を適用する: 外力が働かないことを確認したら、「重心の速度は一定」という法則を適用します。初期状態が静止なら、重心はずっと静止し続けます。
- 定量計算への応用: もし「台がどれだけ動いたか?」などを計算する必要がある場合は、「重心の位置が変わらない」という事実から方程式を立てます。つまり、(初期の重心位置)=(人が動いた後の重心位置) という式を、重心の公式 \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2}{m_1+m_2}\) を使って立式し、未知の変数を解きます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 内力と外力を混同してしまう:
- 誤解: 人が台を蹴る力で、系全体が前に進むのではないかと考えてしまう。
- 対策: 常に「系」の境界線を意識する癖をつけましょう。人が台を蹴る力と、台が人を押し返す力は、系の内部での作用・反作用のペアであり、内力です。内力は系全体の運動量を変化させません。外力とは、摩擦力や空気抵抗のように、系の外部から加えられる力のことです。
- 重心が動かないという結論が直感に反すると感じる:
- 誤解: 人が右に移動したのだから、全体の重心も少しは右にずれるはずだ、と直感で判断してしまう。
- 対策: 人が右に動くとき、その反作用で「台が必ず左に動く」という事実を忘れないようにしましょう。この台の動きが、人の動きによる重心の移動効果を完全に打ち消します。図を描いて、人が右に動いた後の台の(左にずれた)位置を想像してみると、重心が動かないことを納得しやすくなります。
- 法則の適用条件を忘れてしまう:
- 誤解: どんな状況でも、物体系の重心は動かないものだと一般化してしまう。
- 対策: 「重心の速度が一定」という法則が成り立つのは、「系に働く外力の合力がゼロ」のときだけです。もし床に摩擦があれば、それは系にとって明確な外力となり、運動量は保存されず、重心も動きます(最終的には摩擦力によって全体が静止します)。法則は、それが成り立つ条件とセットで正確に覚えることが重要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 公式選択(重心運動の法則):
- 選定理由: この問題は、系内部で物体が動いた後の「系全体の重心の位置」という、マクロな視点での変化を問うています。個々の物体(人や台)の運動を運動方程式で追うのは非常に複雑ですが、系全体の重心の運動に注目すると、問題は非常にシンプルになります。複数の物体が内力を及ぼしあいながら運動する系を扱う場合、まず重心の運動を考えるのは非常に有効なアプローチです。
- 適用根拠: 問題の「なめらかな水平面上」という設定が、水平方向の外力がゼロであることを保証しています。これは、「重心の速度が一定である」という法則を適用するための絶対的な物理的根拠です。さらに、「初めに重心は原点Oにあった」という初期条件から、重心の初期速度がゼロであることがわかります。これらの根拠が揃っているため、重心の位置は動かないと断定できます。この問題は、計算能力ではなく、この物理法則を正しく理解し、適用できるかを試す思考問題です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- この問題は定性的な問いであり、直接的な計算はありません。しかし、この原理を使った定量的な問題(例:「台はどちらに何m動くか?」)でミスを防ぐためのテクニックは以下の通りです。
- 座標原点と正の向きを明確にする:
- 定量計算を行う際は、まず最初に「どこを原点(\(x=0\))とするか」「どちら向きを正とするか」を図に明記しましょう。これを怠ると、位置の符号で必ず混乱します。
- 各物体の位置座標を正確に表現する:
- 例えば、人が動いた後の台の中心の座標を \(x_{\text{台}}\) と置いた場合、人の座標は台の端の位置、つまり \(x_{\text{台}} + L/2\) (\(L\)は台の長さ)のように、基準となる変数を使って正確に表現する練習をしましょう。
- 重心の公式を機械的に適用する:
- 重心の位置が変わらないことから、(初期の重心位置)=(変化後の重心位置) という式を立てます。そして、重心の公式 \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) に、それぞれの物体の質量と、上で定義した位置座標を正確に代入します。
- 物理的な直感で検算する:
- 計算の結果、人が右に動いたのに台も右に動く、という答えが出たら、それは100%間違いです。人が動いた方向と台が動く方向は必ず逆になるはずです。このように、計算結果が物理的な直感と合っているかを確認する癖をつけることが重要です。
[mathjax] SNSでのシェアはご自由にどうぞ。(上のボタンをクリック) ブログで引用する際には、こちらのリンクを添えてください。 【引用】https://makoto-physics-school.com […]
194 平面上での衝突
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 設問の別解: 運動量ベクトル図を用いる解法
- 模範解答が運動量保存則を最初から成分に分けて計算するのに対し、別解ではまず運動量をベクトルとして図示し、ベクトル全体の保存という視覚的なイメージから、各成分が保存されることを導き出します。
- 設問の別解: 運動量ベクトル図を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的イメージの強化: 「運動量というベクトル量が保存される」という物理現象を、矢印の図によって直感的に理解することができます。
- ベクトルの理解深化: 「ベクトル和が等しい」ということは、「そのベクトルの各成分の和がそれぞれ等しい」ことと数学的に等価であることを、物理現象と結びつけて確認できます。
- 解法の多角化: 成分計算という代数的なアプローチだけでなく、ベクトル図という図形的なアプローチも可能であることを学び、問題解決の視野が広がります。
- 結果への影響
- 思考の出発点が異なるだけで、導かれる数式と最終的な答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「平面衝突における運動量保存則」です。運動が2次元(平面)になるだけで、基本的な考え方は1次元の衝突と同じです。運動量がベクトル量であることを正しく理解し、互いに直交する2つの方向(成分)に分解して考えることがポイントになります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 運動量保存則: 物体系に外力が働かない場合、系の全運動量は保存されます。なめらかな水平面上での衝突は、この法則が適用できる典型例です。
- ベクトルの成分分解: 運動量のようなベクトル量を、互いに直交する2つの軸(例: x軸とy軸)の成分に分けて扱う数学的な手法です。平面上の運動は、2つの独立した直線運動の組み合わせとして解析できます。
- 運動量のベクトル和: 系の全運動量は、各物体の運動量ベクトルの和で表されます。運動量が保存されるとは、このベクトル和が衝突の前後で変化しないことを意味します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、東西方向をx軸、南北方向をy軸のように、互いに直交する座標軸を設定します。
- 衝突前の物体A、Bそれぞれの運動量を、x成分とy成分に分解します。そして、x成分の和とy成分の和をそれぞれ求めます。
- 同様に、衝突後の物体A、Bそれぞれの運動量を、未知数である速さ \(v_A’\), \(v_B’\) を用いてx成分とy成分に分解し、その和を求めます。
- 「x方向の運動量の和は保存される」「y方向の運動量の和は保存される」という2本の式を立て、連立方程式として解くことで、\(v_A’\) と \(v_B’\) を求めます。