「セミナー物理基礎+物理2025」徹底解説!【第 Ⅰ 章 4】基本問題97~105

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基本問題

97 摩擦角

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 別解1: 力の三角形の相似を用いる解法
      • 模範解答が三角関数 (\(\sin\theta, \cos\theta\)) を用いて力の成分を計算するのに対し、別解では重力とその成分が作る「力の三角形」と、板が作る「図形の三角形」の相似関係を利用して、三角関数を使わずに力の成分を求めます。
    • 別解2: 摩擦角の公式 \(\mu = \tan\theta\) を用いる解法
      • 模範解答が力のつりあいの式から段階的に導出するのに対し、別解では「物体がすべり出す瞬間の斜面の角度 \(\theta\)(摩擦角)と静止摩擦係数 \(\mu\) の間には \(\mu = \tan\theta\) という関係が成り立つ」という公式を知識として用い、図から直接 \(\tan\theta\) を計算して一気に答えを求めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: 力のつりあい(主たる解法)、図形の相似(別解1)、摩擦角の公式(別解2)という3つの異なるアプローチが、すべて同じ結論に至ることを理解することで、物理法則間の美しい関連性を深く学べます。
    • 思考の柔軟性向上: 問題の状況に応じて、三角関数を使うか、図形の相似を使うか、あるいは公式を直接使うか、最も効率的で間違いの少ない解法は何かを選択する良い訓練になります。
    • 解法の選択肢拡大: \(\mu = \tan\theta\) という強力な公式を知ることで、同様の問題を瞬時に解いたり、検算したりするための有効な武器が増えます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「摩擦角と静止摩擦係数の関係」です。斜面の角度を変化させて物体がすべり出す瞬間を調べることで、静止摩擦係数を求める典型的な問題です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 力のつりあい: 物体が「すべり始める直前」の状態では、物体に働く力の合力がゼロであること。
  2. 最大摩擦力: 物体がすべり出す直前には、静止摩擦力がその上限である最大摩擦力 \(F_{\text{最大}} = \mu N\) に達していること。
  3. 力の分解: 斜面上の問題では、重力を「斜面に平行な成分」と「斜面に垂直な成分」に分解して考えるのが基本であること。
  4. 三角比の利用: 図形情報(板の長さと高さ)から、斜面の角度に関する三角比 (\(\sin\theta, \cos\theta, \tan\theta\)) を求めることができること。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、問題文の「長さ \(50\,\text{cm}\)」「高さ \(30\,\text{cm}\)」という情報から、物体がすべり出す瞬間の斜面の角度を \(\theta\) とし、その \(\sin\theta\) と \(\cos\theta\) の値を求めます。
  2. 次に、「すべり始める直前」の状態について、物体に働く力を図示し、斜面に平行な方向と垂直な方向でそれぞれ力のつりあいの式を立てます。
  3. このとき、静止摩擦力は最大摩擦力 \(F_{\text{最大}}\) となっているので、\(F_{\text{最大}} = \mu N\) の関係式も使います。
  4. 立てた3本の式を連立させて、未知数である静止摩擦係数 \(\mu\) を求めます。

思考の道筋とポイント
「板の一方をゆっくりともちあげていったところ」「高さが \(30\,\text{cm}\) をこえたとき、物体は…すべり始めた」という記述が、この問題の核心です。これは、高さがちょうど \(30\,\text{cm}\) になった瞬間が、物体が「すべり出す直前」の限界状態であることを意味します。この限界状態における力のつりあいを考えます。
この設問における重要なポイント

  • 「すべり始める直前」では、静止摩擦力は最大摩擦力 \(F_{\text{最大}}\) となっている。
  • このとき、斜面に平行な方向と垂直な方向で、それぞれ力がつりあっている。
  • 板の長さと高さから、斜面の角度 \(\theta\) に関する三角比 (\(\sin\theta, \cos\theta\)) がわかる。

具体的な解説と立式
物体の質量を \(m\)、重力加速度の大きさを \(g\)、斜面との角度を \(\theta\) とします。物体に働く力は、重力 \(mg\)、垂直抗力 \(N\)、最大摩擦力 \(F_{\text{最大}}\) です。

重力 \(mg\) を斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\) と、斜面に垂直な成分 \(mg\cos\theta\) に分解します。

  • 斜面に垂直な方向の力のつりあい斜面に対して物体を押し付ける力と、面が押し返す力がつりあっています。「(斜面上向きの力)=(斜面下向きの力)」より、
    $$
    \begin{aligned}
    N &= mg\cos\theta \quad \cdots ①
    \end{aligned}
    $$
  • 斜面に平行な方向の力のつりあい物体を滑り落とそうとする力と、それを妨げる最大摩擦力がつりあっています。「(斜面上向きの力)=(斜面下向きの力)」より、
    $$
    \begin{aligned}
    F_{\text{最大}} &= mg\sin\theta \quad \cdots ②
    \end{aligned}
    $$
  • 最大摩擦力の公式最大摩擦力は、静止摩擦係数 \(\mu\) と垂直抗力 \(N\) を用いて次のように表せます。
    $$
    \begin{aligned}
    F_{\text{最大}} &= \mu N \quad \cdots ③
    \end{aligned}
    $$

これらの3つの式を連立させて \(\mu\) を求めます。

使用した物理公式

  • 力のつりあい: (ある方向の力の和)=(その逆方向の力の和)
  • 最大摩擦力: \(F_{\text{最大}} = \mu N\)
計算過程

まず、問題の図から三角比の値を求めます。

板の長さ(斜辺)が \(50\,\text{cm}\)、持ち上げた高さが \(30\,\text{cm}\) の直角三角形を考えます。三平方の定理より、底辺の長さは、
$$
\begin{aligned}
\sqrt{50^2 – 30^2} &= \sqrt{2500 – 900} \\[2.0ex]
&= \sqrt{1600} \\[2.0ex]
&= 40\,\text{cm}
\end{aligned}
$$
したがって、辺の比は \(3:4:5\) となります。

よって、
$$
\begin{aligned}
\sin\theta &= \frac{\text{高さ}}{\text{斜辺}} = \frac{30}{50} = \frac{3}{5} \\[2.0ex]
\cos\theta &= \frac{\text{底辺}}{\text{斜辺}} = \frac{40}{50} = \frac{4}{5}
\end{aligned}
$$
次に、立式した①, ②, ③を連立して \(\mu\) を求めます。

式③に式①と式②を代入すると、
$$
\begin{aligned}
\mu (mg\cos\theta) &= mg\sin\theta
\end{aligned}
$$
両辺の \(mg\) を消去すると、
$$
\begin{aligned}
\mu \cos\theta &= \sin\theta
\end{aligned}
$$
したがって、
$$
\begin{aligned}
\mu &= \frac{\sin\theta}{\cos\theta} \\[2.0ex]
&= \tan\theta
\end{aligned}
$$
この関係式に、求めた三角比の値を代入します。
$$
\begin{aligned}
\mu &= \frac{3/5}{4/5} \\[2.0ex]
&= \frac{3}{4} \\[2.0ex]
&= 0.75
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

板をだんだん傾けていくと、物体を下に滑らせようとする力(重力の一部)が強くなると同時に、それを支えようとする摩擦力もだんだん強くなっていきます。そして、ある角度になった瞬間に、摩擦力が限界に達して物体は滑り出します。
実は、この「限界の角度」のタンジェント(底辺の長さぶんの高さ)を計算すると、それがちょうど静止摩擦係数 \(\mu\) の値になる、という便利な関係があります。
この問題では、板の長さが \(50\,\text{cm}\)、高さが \(30\,\text{cm}\) のときに滑り出したので、底辺の長さは計算すると \(40\,\text{cm}\) になります。
したがって、タンジェントは「高さ \(30\,\text{cm}\) / 底辺 \(40\,\text{cm}\)」で \(0.75\) となり、これがそのまま答えになります。

結論と吟味

静止摩擦係数は \(\mu = 0.75\) と求まりました。
計算過程で導かれた \(\mu = \tan\theta\) という関係は非常に重要です。物体がすべり出す瞬間の斜面の角度 \(\theta\) は摩擦角とよばれ、その正接(タンジェント)が静止摩擦係数に等しくなります。この関係を知っていると、検算や時間短縮に役立ちます。

解答 0.75
別解1: 力の三角形の相似を用いる解法

思考の道筋とポイント
三角関数 (\(\sin\theta, \cos\theta\)) を明示的に使わずに、力のベクトルが作る三角形と、板が作る図形の三角形が相似であることを利用して、力の成分を直接求める方法です。
この設問における重要なポイント

  • 重力 \(mg\) とその斜面平行成分 \(W_{\parallel}\)、斜面垂直成分 \(W_{\perp}\) が作る力の三角形は、直角三角形である。
  • この力の三角形と、板が作る辺の比 \(3:4:5\) の図形の三角形は、角度が等しいため相似である。
  • 相似な図形の対応する辺の比は等しいことを利用して、力の成分を計算する。

具体的な解説と立式
重力 \(mg\) を斜面平行成分 \(W_{\parallel}\) と斜面垂直成分 \(W_{\perp}\) に分解すると、この3つのベクトルで直角三角形ができます。この力の三角形は、板が作る辺の比が「底辺:高さ:斜辺 = \(4:3:5\)」の直角三角形と相似になります。

対応する辺の関係は以下の通りです。

  • 力の三角形の斜辺 \(\leftrightarrow\) 図形の三角形の斜辺 (\(5\)) で、大きさは \(mg\)
  • 力の三角形の高さに相当する辺 \(\leftrightarrow\) 図形の三角形の高さ (\(3\)) で、大きさは \(W_{\parallel}\)
  • 力の三角形の底辺に相当する辺 \(\leftrightarrow\) 図形の三角形の底辺 (\(4\)) で、大きさは \(W_{\perp}\)

この相似関係から、比例式を立てます。
$$
\begin{aligned}
mg : W_{\parallel} : W_{\perp} &= 5 : 3 : 4
\end{aligned}
$$
すべり出す直前なので、力のつりあいが成り立っています。

  • 斜面に垂直な方向: \(N = W_{\perp}\)
  • 斜面に平行な方向: \(F_{\text{最大}} = W_{\parallel}\)

静止摩擦係数 \(\mu\) は、\(F_{\text{最大}} = \mu N\) より、\(\mu = \displaystyle\frac{F_{\text{最大}}}{N}\) で求められます。

使用した物理公式

  • 力のつりあい
  • 最大摩擦力: \(F_{\text{最大}} = \mu N\)
  • 三角形の相似
計算過程

比例式から、\(W_{\parallel}\) と \(W_{\perp}\) を \(mg\) を用いて表します。

比例式 \(mg : W_{\parallel} = 5 : 3\) より、
$$
\begin{aligned}
5 W_{\parallel} &= 3mg \\[2.0ex]
W_{\parallel} &= \frac{3}{5}mg
\end{aligned}
$$
同様に、比例式 \(mg : W_{\perp} = 5 : 4\) より、
$$
\begin{aligned}
5 W_{\perp} &= 4mg \\[2.0ex]
W_{\perp} &= \frac{4}{5}mg
\end{aligned}
$$
これらを力のつりあいの式に代入すると、
$$
\begin{aligned}
F_{\text{最大}} &= \frac{3}{5}mg \\[2.0ex]
N &= \frac{4}{5}mg
\end{aligned}
$$
よって、静止摩擦係数 \(\mu\) は、
$$
\begin{aligned}
\mu &= \frac{F_{\text{最大}}}{N} \\[2.0ex]
&= \frac{\displaystyle\frac{3}{5}mg}{\displaystyle\frac{4}{5}mg} \\[2.0ex]
&= \frac{3}{4} \\[2.0ex]
&= 0.75
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

三角関数が苦手でも大丈夫な方法です。重力を斜面に沿った力と、斜面に垂直な力に分解したとき、その力の比率は、もとの板の「底辺:高さ:斜辺」の比と関係があります。
板の辺の比は「底辺\(40\):高さ\(30\):斜辺\(50\)」つまり「\(4:3:5\)」です。
これに対応して、力の比も「垂直な力:平行な力:もとの重力 = \(4:3:5\)」となります。
すべり出す直前では、「平行な力」が最大摩擦力に、「垂直な力」が垂直抗力に等しくなります。
静止摩擦係数は「最大摩擦力 ÷ 垂直抗力」で計算できるので、結局「平行な力 ÷ 垂直な力」つまり「\(3 \div 4 = 0.75\)」と計算できます。

結論と吟味

三角関数を使わなくても、図形の相似という幾何学的なアプローチで、主たる解法と完全に同じ結果が得られました。物理現象を多角的に捉える良い練習になります。

解答 0.75
別解2: 摩擦角の公式 \(\mu = \tan\theta\) を用いる解法

思考の道筋とポイント
「物体がすべり出す瞬間の斜面の角度 \(\theta\)(摩擦角)と静止摩擦係数 \(\mu\) の間には \(\mu = \tan\theta\) という関係がある」という物理法則を知識として知っている場合に、最も速く解ける方法です。
この設問における重要なポイント

  • 公式 \(\mu = \tan\theta\) を適用できるのは、「すべり出す直前」という限界状態のみである。
  • \(\tan\theta\) は、直角三角形における「底辺に対する高さの比」である。
  • 問題の図から、高さと底辺の長さを求めて計算する。

具体的な解説と立式
物体がすべり出す瞬間の斜面の角度を摩擦角 \(\theta\) といい、静止摩擦係数 \(\mu\) との間には以下の関係が成り立ちます。
$$
\begin{aligned}
\mu &= \tan\theta
\end{aligned}
$$
ここで、\(\tan\theta\) は図より、
$$
\begin{aligned}
\tan\theta &= \frac{\text{斜面の高さ}}{\text{斜面の底辺}}
\end{aligned}
$$
で計算できます。

使用した物理公式

  • 摩擦角の公式: \(\mu = \tan\theta\)
計算過程

まず、斜面の底辺の長さを三平方の定理で求めます。
$$
\begin{aligned}
\text{底辺} &= \sqrt{(\text{斜辺})^2 – (\text{高さ})^2} \\[2.0ex]
&= \sqrt{50^2 – 30^2} \\[2.0ex]
&= \sqrt{1600} \\[2.0ex]
&= 40\,\text{cm}
\end{aligned}
$$
次に、\(\tan\theta\) を計算し、公式に適用します。
$$
\begin{aligned}
\mu &= \tan\theta \\[2.0ex]
&= \frac{30}{40} \\[2.0ex]
&= \frac{3}{4} \\[2.0ex]
&= 0.75
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

このタイプの問題には、「すべり出す瞬間の角度のタンジェントが、静止摩擦係数になる」という必殺技のような公式があります。タンジェントは「底辺ぶんの高さ」のことです。
問題の図で、高さは \(30\,\text{cm}\)、底辺は計算すると \(40\,\text{cm}\) なので、タンジェントは \(30/40 = 0.75\)。これがそのまま答えになります。この公式を知っていると、力のつりあいを考えなくても一瞬で答えが出せます。

結論と吟味

主たる解法で力のつりあいの式を立てて導出した \(\mu = \tan\theta\) という関係式を、公式として直接利用することで、極めて簡潔に答えを導くことができました。この公式は非常に便利なので、導出過程と合わせて覚えておくと大変役立ちます。

解答 0.75

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 力のつりあい(限界状態)
    • 核心: 「すべり始める直前」という言葉は、物理学的には「力がつりあっている最後の瞬間」を意味します。この限界状態において、斜面に平行な方向と垂直な方向、それぞれで力のつりあいの式を立てることが、この問題の根幹です。
    • 理解のポイント:
      • 状況の数式化: 「静止している」という状況を「合力=0」という数式に翻訳する能力が求められます。
      • 方向の分離: 斜面上の問題では、力を「斜面に平行な方向」と「斜面に垂直な方向」に分けて考えるのが定石です。それぞれの方向ごとに、力の和がゼロになるという式を立てます。
  • 最大摩擦力の法則
    • 核心: 静止摩擦力は普段、状況に応じて大きさを変えますが、「すべり出す直前」にはその上限である最大摩擦力 \(F_{\text{最大}}\) に達します。そして、その大きさは \(F_{\text{最大}} = \mu N\) という式で、垂直抗力 \(N\) と静止摩擦係数 \(\mu\) によって決まります。この法則を力のつりあいの式に適用することが鍵となります。
    • 理解のポイント:
      • 限界条件の適用: 「すべり出す直前」というキーワードを読み取ったら、即座に「静止摩擦力 \(F\) を最大摩擦力 \(F_{\text{最大}} = \mu N\) に置き換える」という思考プロセスを発動させることが重要です。
      • \(\mu = \tan\theta\) の導出: 上記の「力のつりあい」と「最大摩擦力の法則」を組み合わせることで、最終的に \(\mu = \tan\theta\) という非常にシンプルで強力な関係式が導かれます。この導出過程を理解することが、物理の本質的な理解につながります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 摩擦角を問う問題: 静止摩擦係数 \(\mu\) が与えられていて、「板を何度まで傾けたら物体はすべり出すか」を問う問題。この場合は、\(\tan\theta = \mu\) の関係から角度 \(\theta\) を求めます。
    • 動摩擦係数を求める問題: 板をある角度に固定し、物体を滑らせたときの加速度を測定することで、動摩擦係数を求める問題。この場合は、力のつりあいではなく運動方程式を立てます。
    • 円錐の斜面をすべらずに回転する物体: 水平に回転する円錐の内側に置かれた物体が、すべり落ちもずり上がりもしない条件を問う問題。この場合は、重力と遠心力の合力が、静止摩擦力の限界範囲内に収まる条件を考えます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 「すべり出す」「傾きの最大角」などのキーワードを探す: これらの言葉は、静止摩擦力が最大摩擦力になっている限界状態を示唆しています。この状態を見抜くことが第一歩です。
    2. 図形情報から三角比を読み取る: 問題文や図に示された長さ(この問題では \(50\,\text{cm}\) と \(30\,\text{cm}\))から、直角三角形の3辺の比を確定させ、\(\sin\theta\), \(\cos\theta\), \(\tan\theta\) の値を正確に計算します。
    3. \(\mu = \tan\theta\) の関係が使えるか検討する: 物体に働く力が「重力」「垂直抗力」「摩擦力」のみで、すべり出す角度を扱う問題であれば、この公式が使えます。使えると判断できれば、計算を大幅に短縮できます。
    4. 公式が使えない場合は基本に立ち返る: もし物体にひもがついていたり、外から力を加えられていたりする場合は、\(\mu = \tan\theta\) は使えません。その際は、焦らずに基本である「力の図示」と「方向ごとの力のつりあい(または運動方程式)」の立式に戻りましょう。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • \(\sin\theta\) と \(\cos\theta\) の取り違え:
    • 誤解: 重力の斜面平行成分を \(mg\cos\theta\)、垂直成分を \(mg\sin\theta\) と逆に覚えてしまう。
    • 対策: 角度 \(\theta\) が小さい極端な場合を想像しましょう。斜面がほぼ水平 (\(\theta \approx 0\)) のとき、滑り落ちる力(平行成分)はほぼゼロ、面に押し付ける力(垂直成分)はほぼ \(mg\) になるはずです。 \(\sin 0 = 0\), \(\cos 0 = 1\) なので、平行成分が \(\sin\theta\)、垂直成分が \(\cos\theta\) に対応すると覚えられます。
  • 三角比の定義の混同:
    • 誤解: \(\tan\theta\) を「斜辺/底辺」など、誤った定義で計算してしまう。
    • 対策: \(\sin\theta = \text{高さ}/\text{斜辺}\), \(\cos\theta = \text{底辺}/\text{斜辺}\), \(\tan\theta = \text{高さ}/\text{底辺}\) という基本定義を正確に覚えておきましょう。特に、この問題では \(3:4:5\) のどの辺が高さ・底辺・斜辺に対応するかを、図でしっかり確認することが重要です。
  • 公式 \(\mu = \tan\theta\) の万能視:
    • 誤解: 摩擦がある斜面の問題なら、いつでも \(\mu = \tan\theta\) が使えると思ってしまう。
    • 対策: この公式が成立するのは、「外力が重力と垂直抗力のみで、物体がちょうどすべり出す瞬間」という非常に限定的な状況だけです。例えば、物体にひもをつけて斜面上向きに引いている場合など、他の力が加わっている状況では成立しません。必ず、力のつりあいの式から導出された特殊な関係式であると理解しておきましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 力のつりあい:
    • 選定理由: 問題の状況は「すべり始める直前」であり、これは加速度がゼロ、つまり「静止」している状態です。物理学において、力と静止状態を結びつける最も基本的な法則は「力のつりあい」です。したがって、この法則を選択するのは必然です。
    • 適用根拠: 物体に働くすべての力をベクトルで考えたとき、その和がゼロになるという物理的な事実を数式で表現します。斜面の問題では、計算を簡単にするために、斜面に平行な方向と垂直な方向に分けて、それぞれの方向で力の成分の和がゼロになる、という形で適用します。
  • 最大摩擦力の公式 \(F_{\text{最大}} = \mu N\):
    • 選定理由: 「すべり始める」というキーワードは、それまで状況に応じて大きさを変えていた静止摩擦力が、ついにその限界値に達したことを示しています。この「限界」という物理的な条件を定量的に表現するための唯一の公式がこれです。
    • 適用根拠: 上記の「力のつりあい」の式の中に含まれる静止摩擦力 \(F\) が、この特別な瞬間においては最大値 \(F_{\text{最大}}\) となり、\(\mu N\) という具体的な形で表現できる、という根拠に基づいて式に代入します。
  • \(\mu = \tan\theta\)(別解でのアプローチ):
    • 選定理由: この問題のように、求めたいものが静止摩擦係数 \(\mu\) であり、与えられている情報が「すべり出す瞬間の斜面の形状(角度)」である場合に、最も直接的に答えを導ける関係式だからです。
    • 適用根拠: この公式は、前述の「力のつりあい」と「最大摩擦力の公式」を連立させて一般的に解いた結果そのものです。つまり、より基本的な2つの法則を適用した結果を、便利なショートカットとして利用していることになります。その導出過程を理解していれば、公式を適用する根拠は明確です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 図を大きく丁寧に描く:
    • 力の分解や角度の関係を視覚的に把握しやすくするために、フリーハンドでも良いので、問題の図を大きくノートに書き写しましょう。分解した力の成分や角度を書き込むことで、混乱を防げます。
  • 三平方の定理の計算を工夫する:
    • \(50^2 – 30^2\) のような計算は、そのまま計算する (\(2500 – 900 = 1600\)) のも良いですが、\(a^2 – b^2 = (a-b)(a+b)\) の因数分解公式を使うと、\((50-30)(50+30) = 20 \times 80 = 1600\) となり、暗算しやすくなる場合があります。
  • 分数の計算を丁寧に行う:
    • \(\mu = \frac{\sin\theta}{\cos\theta} = \frac{3/5}{4/5}\) のような繁分数の計算では、分母と分子に同じ数(この場合は5)を掛けて \(\frac{3}{4}\) とすると、ミスが少なくなります。
  • 物理的にありえない値でないか吟味する:
    • 計算の結果、静止摩擦係数 \(\mu\) が負の値になったり、\(10\) のような極端に大きな値になったりした場合は、どこかで計算ミスをしている可能性が高いです。一般的な物質の静止摩擦係数は、多くが \(0\) から \(1\) を少し超える程度の範囲に収まります。この感覚を持っておくと、検算の助けになります。

98 動摩擦力

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(2)の別解1: 時間を含まない公式を用いる解法
      • 模範解答が時間を含む公式 \(x = v_0t + \frac{1}{2}at^2\) を用いるのに対し、別解では時間を含まない公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を用いて、より直接的に距離を求めます。
    • 設問(2)の別解2: 平均の速さを用いる解法
      • 模範解答が加速度を用いて計算するのに対し、別解では等加速度直線運動の性質を利用して「平均の速さ」を求め、「距離 = 平均の速さ × 時間」という関係から計算します。
    • 設問(3)の別解: 仕事とエネルギーの関係を用いる解法
      • 模範解答が運動方程式(力と加速度の関係)から動摩擦力を求めるのに対し、別解では「動摩擦力がした仕事の分だけ運動エネルギーが減少した」という仕事とエネルギーの関係(エネルギー原理)を用いて動摩擦力を求めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 思考の柔軟性向上: 求める物理量や与えられた条件に応じて、どの公式や物理法則を選択すれば最も効率的かを考える良い訓練になります。
    • 物理的本質の深化: 運動方程式(力と加速度の関係性)とエネルギー原理(仕事とエネルギー変化の関係性)という、力学における二大原理が、同じ現象を異なる側面から記述していることを理解できます。
    • 解法の選択肢拡大: 複数のアプローチを知ることで、検算が容易になったり、より複雑な問題に応用できる引き出しが増えたりします。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「動摩擦力を受ける物体の等加速度直線運動」です。運動の様子を記述する「運動学」と、運動の原因を扱う「力学」を結びつけて考える、物理の基本的な問題構造をマスターすることが目的です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 等加速度直線運動の公式: 一定の加速度で運動する物体の速度、変位、時間の関係を正しく扱えること。
  2. 運動の法則(運動方程式): 物体に働く力とその結果生じる加速度の関係を、\(ma=F\) の式で正しく表現できること。
  3. 動摩擦力の性質: 動摩擦力の大きさ \(F’\) が、垂直抗力 \(N\) と動摩擦係数 \(\mu’\) を用いて \(F’ = \mu’ N\) と表されることを理解していること。また、その向きが常に運動方向と逆であること。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)と(2)は運動学の問題です。問題文で与えられた運動の情報(初速度、終速度、時間)から、等加速度直線運動の公式を用いて、未知の物理量である加速度と移動距離を計算します。
  2. (3)は力学の問題です。(1)で求めた加速度の原因となった力、すなわち動摩擦力を、運動方程式を立てることで求めます。さらに、動摩擦力の公式 \(F’ = \mu’ N\) を用いて、動摩擦係数を計算します。

問(1)

思考の道筋とポイント
問題文に「等加速度直線運動であった」と明記されています。物体の運動に関する情報として、初速度 \(v_0\)、終速度 \(v\)、時間 \(t\) が与えられているので、これら3つの量と求めたい加速度 \(a\) を結びつける公式 \(v = v_0 + at\) を選択するのが最も直接的です。
この設問における重要なポイント

  • 運動の向き(この場合は右向き)を正として座標軸を設定する。
  • 初速度 \(v_0 = 20\,\text{m/s}\)。
  • 時間 \(t = 5.0\,\text{s}\)。
  • 終速度 \(v = 0\,\text{m/s}\)(「静止した」という記述から)。

具体的な解説と立式
右向きを正とします。求めたい加速度を \(a\) とすると、等加速度直線運動の公式より、
$$
\begin{aligned}
v &= v_0 + at
\end{aligned}
$$

使用した物理公式

  • 等加速度直線運動の公式: \(v = v_0 + at\)
計算過程

公式に \(v=0\), \(v_0=20\), \(t=5.0\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
0 &= 20 + a \times 5.0 \\[2.0ex]
-20 &= 5.0a \\[2.0ex]
a &= \frac{-20}{5.0} \\[2.0ex]
a &= -4.0\,\text{m/s}^2
\end{aligned}
$$
加速度 \(a\) が負の値になったということは、加速度の向きが正の向き(右向き)とは逆、つまり「左向き」であることを意味します。大きさは \(4.0\,\text{m/s}^2\) です。

この設問の平易な説明

時速 \(20\,\text{m/s}\) のスピードで滑っていた物体が、\(5.0\) 秒かけてぴったり止まりました。これは、毎秒どれくらいのペースでブレーキがかかった(減速した)かを計算する問題です。\(20\) のスピードを \(5\) 秒間でゼロにするには、\(1\) 秒あたり \(4\) ずつスピードを落とす必要があります。ブレーキなので、運動の向きとは逆向き(左向き)の加速度になります。

結論と吟味

加速度は \(a = -4.0\,\text{m/s}^2\) と求まりました。これは、物体が運動方向とは逆向き(左向き)に、大きさ \(4.0\,\text{m/s}^2\) の加速度で減速したことを示しており、物理的に妥当です。

解答 (1) 左向きに \(4.0\,\text{m/s}^2\)

問(2)

思考の道筋とポイント
(1)で加速度が求まったので、静止するまでにすべった距離を計算します。初速度 \(v_0\)、時間 \(t\)、加速度 \(a\) が分かっていて、距離 \(x\) を求めたいので、これらの量を含む公式 \(x = v_0t + \frac{1}{2}at^2\) を用います。
この設問における重要なポイント

  • 初速度 \(v_0 = 20\,\text{m/s}\)。
  • 時間 \(t = 5.0\,\text{s}\)。
  • (1)で求めた加速度 \(a = -4.0\,\text{m/s}^2\)。

具体的な解説と立式
右向きを正として、すべった距離を \(x\) とすると、等加速度直線運動の公式より、
$$
\begin{aligned}
x &= v_0t + \frac{1}{2}at^2
\end{aligned}
$$

使用した物理公式

  • 等加速度直線運動の公式: \(x = v_0t + \frac{1}{2}at^2\)
計算過程

公式に \(v_0=20\), \(t=5.0\), \(a=-4.0\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
x &= 20 \times 5.0 + \frac{1}{2} \times (-4.0) \times (5.0)^2 \\[2.0ex]
&= 100 – 2.0 \times 25 \\[2.0ex]
&= 100 – 50 \\[2.0ex]
&= 50\,\text{m}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

(1)でわかった「\(1\) 秒あたり \(4\) ずつ減速する」というペースで、\(5\) 秒間進むと、合計でどれくらいの距離を進むかを計算します。物理の公式に数字を当てはめれば答えが出ます。

結論と吟味

物体がすべった距離は \(50\,\text{m}\) と求まりました。値は物理的に妥当な範囲です。

解答 (2) \(50\,\text{m}\)
別解1: 時間を含まない公式を用いる解法

思考の道筋とポイント
距離を求めるのに、時間 \(t\) を使わない公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) も利用できます。初速度、終速度、加速度がわかっているので、この公式から直接距離 \(x\) を求めることができます。
この設問における重要なポイント

  • 初速度 \(v_0 = 20\,\text{m/s}\)。
  • 終速度 \(v = 0\,\text{m/s}\)。
  • 加速度 \(a = -4.0\,\text{m/s}^2\)。

具体的な解説と立式
等加速度直線運動の公式より、
$$
\begin{aligned}
v^2 – v_0^2 &= 2ax
\end{aligned}
$$

使用した物理公式

  • 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
計算過程

公式に \(v=0\), \(v_0=20\), \(a=-4.0\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
0^2 – (20)^2 &= 2 \times (-4.0) \times x \\[2.0ex]
-400 &= -8.0x \\[2.0ex]
x &= \frac{-400}{-8.0} \\[2.0ex]
x &= 50\,\text{m}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

等加速度運動の公式にはいくつか種類があり、問題によって使い分けると計算が楽になります。この別解では、時間を使わない公式を使って、一気に距離を計算しています。

結論と吟味

主たる解法と同じ結果が得られました。問題によっては、こちらの公式の方が計算が簡単な場合があります。

解答 (2) \(50\,\text{m}\)
別解2: 平均の速さを用いる解法

思考の道筋とポイント
等加速度直線運動では、「距離 = 平均の速さ × 時間」というシンプルな関係が成り立ちます。初速度と終速度から平均の速さを求め、それに時間を掛けて距離を計算します。
この設問における重要なポイント

  • 平均の速さ \(\bar{v}\) は、\(\bar{v} = \frac{\text{初速度} + \text{終速度}}{2}\) で計算できる。
  • この関係が使えるのは「等加速度」直線運動の場合に限られる。

具体的な解説と立式
平均の速さ \(\bar{v}\) は、
$$
\begin{aligned}
\bar{v} &= \frac{v_0 + v}{2}
\end{aligned}
$$
距離 \(x\) は、
$$
\begin{aligned}
x &= \bar{v} \times t
\end{aligned}
$$

使用した物理公式

  • 平均の速さ: \(\bar{v} = \frac{v_0+v}{2}\)
  • 距離: \(x = \bar{v}t\)
計算過程

まず平均の速さ \(\bar{v}\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
\bar{v} &= \frac{20 + 0}{2} \\[2.0ex]
&= 10\,\text{m/s}
\end{aligned}
$$
次に距離 \(x\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
x &= 10 \times 5.0 \\[2.0ex]
&= 50\,\text{m}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

だんだん遅くなる運動ですが、ならしてみると平均でどれくらいの速さだったかを計算します。最初 \(20\)、最後 \(0\) なので、平均の速さは \(10\,\text{m/s}\) です。この平均の速さで \(5\) 秒間進んだと考えると、距離は \(10 \times 5 = 50\,\text{m}\) と簡単に計算できます。

結論と吟味

非常にシンプルな計算で同じ結果が得られました。加速度を介さずに計算できるため、検算にも有効な直感的で理解しやすい解法です。

解答 (2) \(50\,\text{m}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
物体にブレーキをかけた(減速させた)原因は、台との間に働く動摩擦力です。運動方程式 \(ma=F\) を立てることで、この力の大きさを求めることができます。次に、動摩擦力の公式 \(F’ = \mu’ N\) を使って、物体の材質や面の状態によって決まる動摩擦係数を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 物体に水平方向に働く力は、運動を妨げる向き(左向き)に働く動摩擦力 \(F’\) のみである。
  • 運動方程式を立てる際は、力の向きと加速度の向き(符号)を正確に対応させる。
  • 水平面上の運動なので、物体にはたらく垂直抗力 \(N\) の大きさは、重力 \(mg\) の大きさに等しい。

具体的な解説と立式

  • 動摩擦力の大きさ \(F’\) の算出右向きを正とすると、加速度は \(a=-4.0\,\text{m/s}^2\)、動摩擦力は左向きに働くので、運動方程式における力は \(-F’\) となります。運動方程式 \(ma=F\) より、
    $$
    \begin{aligned}
    m a &= -F’
    \end{aligned}
    $$
  • 動摩擦係数 \(\mu’\) の算出まず、鉛直方向の力のつりあいを考えます。「(上向きの力)=(下向きの力)」より、
    $$
    \begin{aligned}
    N &= mg
    \end{aligned}
    $$
    次に、動摩擦力の公式に各値を代入します。
    $$
    \begin{aligned}
    F’ &= \mu’ N
    \end{aligned}
    $$

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(ma = F\)
  • 動摩擦力の公式: \(F’ = \mu’ N\)
  • 力のつりあい
計算過程
  • 動摩擦力 \(F’\) の計算運動方程式に \(m=10\), \(a=-4.0\) を代入します。
    $$
    \begin{aligned}
    10 \times (-4.0) &= -F’ \\[2.0ex]
    -40 &= -F’ \\[2.0ex]
    F’ &= 40\,\text{N}
    \end{aligned}
    $$
  • 動摩擦係数 \(\mu’\) の計算まず垂直抗力 \(N\) を求めます。
    $$
    \begin{aligned}
    N &= mg \\[2.0ex]
    &= 10 \times 9.8 \\[2.0ex]
    &= 98\,\text{N}
    \end{aligned}
    $$
    動摩擦力の公式 \(F’ = \mu’ N\) を \(\mu’\) について解き、値を代入します。
    $$
    \begin{aligned}
    \mu’ &= \frac{F’}{N} \\[2.0ex]
    &= \frac{40}{98} \\[2.0ex]
    &\approx 0.4081\dots
    \end{aligned}
    $$
    有効数字2桁に丸めて、\(\mu’ = 0.41\) となります。
この設問の平易な説明

物体にブレーキをかけた犯人である「動摩擦力」の大きさを突き止めます。これは運動方程式という物理の法則から計算でき、\(40\,\text{N}\) とわかります。次に、この摩擦の「滑りにくさの度合い(動摩擦係数)」を計算します。これは、動摩擦力を物体が台を垂直に押す力(この場合は重さ)で割ることで求められます。

結論と吟味

動摩擦力の大きさは \(40\,\text{N}\)、動摩擦係数は \(0.41\) と求まりました。これらは物理的に妥当な値です。

解答 (3) 動摩擦力の大きさ: \(40\,\text{N}\), 動摩擦係数: \(0.41\)
別解: 仕事とエネルギーの関係を用いる解法

思考の道筋とポイント
物体が減速して止まったのは、動摩擦力によって「仕事」をされ、運動エネルギーがすべて奪われたからだと考えることができます。この「仕事とエネルギーの関係(エネルギー原理)」を用いると、運動方程式とは異なるアプローチで動摩擦力を求めることができます。
この設問における重要なポイント

  • 運動エネルギーの変化 \(\Delta K\) は、「後の運動エネルギー」から「はじめの運動エネルギー」を引いたもの。
  • 動摩擦力がした仕事 \(W\) は、力の向きと移動の向きが逆なので負の値になる。\(W = -(\text{力の大きさ}) \times (\text{距離}) = -F’x\)。
  • エネルギー原理: \(\Delta K = W\)。

具体的な解説と立式

  • はじめの運動エネルギー:
    $$
    \begin{aligned}
    K_0 &= \frac{1}{2}mv_0^2
    \end{aligned}
    $$
  • 後の運動エネルギー:
    $$
    \begin{aligned}
    K &= 0 \quad (\text{静止したため})
    \end{aligned}
    $$
  • 動摩擦力がした仕事:
    $$
    \begin{aligned}
    W &= -F’x
    \end{aligned}
    $$

仕事とエネルギーの関係より、
$$
\begin{aligned}
K – K_0 &= W
\end{aligned}
$$
したがって、
$$
\begin{aligned}
0 – \frac{1}{2}mv_0^2 &= -F’x
\end{aligned}
$$

使用した物理公式

  • 仕事とエネルギーの関係: \(\Delta K = W\)
  • 運動エネルギー: \(K=\frac{1}{2}mv^2\)
計算過程

(2)で求めた距離 \(x=50\,\text{m}\) を用いて、動摩擦力 \(F’\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
-\frac{1}{2} \times 10 \times (20)^2 &= -F’ \times 50 \\[2.0ex]
-\frac{1}{2} \times 10 \times 400 &= -50F’ \\[2.0ex]
-2000 &= -50F’ \\[2.0ex]
F’ &= \frac{-2000}{-50} \\[2.0ex]
F’ &= 40\,\text{N}
\end{aligned}
$$
動摩擦力が \(40\,\text{N}\) と求まった後の、動摩擦係数の計算は主たる解法と同じ手順になります。

この設問の平易な説明

物体が持っていたスピードのエネルギー(運動エネルギー)が、摩擦によって熱などのエネルギーに変わり、ゼロになってしまった、という考え方です。失われたエネルギーの量を計算し、それが「動摩擦力 × 距離」に等しいという関係から、動摩擦力の大きさを逆算します。

結論と吟味

運動方程式とは全く異なるアプローチであるエネルギーの観点から、同じ動摩擦力の値が求められました。これは、力学の異なる法則が互いに矛盾なく成り立っていることを示す良い例です。

解答 (3) 動摩擦力の大きさ: \(40\,\text{N}\), 動摩擦係数: \(0.41\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 等加速度直線運動の公式
    • 核心: この問題の前半(1)(2)は、力が関与しない「運動学」の問題です。物体の運動の様子(初速度、終速度、時間、距離)だけに着目し、それらの関係性を記述する等加速度直線運動の公式を正しく選択し、適用できることが核心となります。
    • 理解のポイント:
      • 運動の種類の特定: 問題文の「等加速度直線運動であった」という記述から、どの公式群を使うべきかを判断します。
      • 適切な公式の選択: 3つの主要な公式(\(v = v_0 + at\), \(x = v_0t + \frac{1}{2}at^2\), \(v^2 – v_0^2 = 2ax\))の中から、与えられた量と求めたい量に応じて、最も計算が簡単なものを選択する能力が問われます。
  • 運動方程式 (\(ma=F\))
    • 核心: 問題の後半(3)は、運動の原因である「力」を扱う「力学」の問題です。前半で求めた運動の様子(加速度)と、その原因である力(動摩擦力)を結びつけるのが運動方程式です。この法則を適用して、目に見えない力を定量的に求めることが核心となります。
    • 理解のポイント:
      • 運動学と力学の橋渡し: 加速度 \(a\) は、運動学(運動の記述)と力学(運動の原因)の両方に登場する重要な物理量です。この問題は、運動の様子から \(a\) を求め(運動学)、その \(a\) を使って運動方程式から力を求める(力学)、という物理学の基本的な思考プロセスを体験する典型例です。
      • 力の向きと符号: 運動方程式はベクトルの方程式です。正の向きを定めた上で、力や加速度の向きを正負の符号で正確に表現することが、正しい立式に不可欠です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 斜面上の動摩擦: 物体が摩擦のある斜面を滑り降りる、あるいは滑り上がる運動。この場合、動摩擦力に加えて重力の斜面平行成分も考慮して運動方程式を立てる必要があります。
    • 空気抵抗を受ける落下運動: 速度に比例する抵抗力を受けて落下する物体の運動。これは加速度が一定ではないため等加速度運動の公式は使えませんが、運動方程式を立てて考えるという点では共通しています(高校範囲を超えることが多い)。
    • 力積と運動量の関係を使う問題: 物体に力が働いた時間と、それによる速度変化(運動量変化)の関係を問う問題。運動方程式を時間で積分すると力積と運動量の関係式が導かれるため、本質的には同じ物理法則を扱っています。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 問題が「運動学」か「力学」かを見極める:
      • 問題文が速度、時間、距離といった運動の様子のみを扱っていれば、それは「運動学」の問題です。等加速度運動の公式群が主役になります。
      • 問題文に質量、力、摩擦係数といった言葉が登場すれば、それは「力学」の問題です。運動方程式や力のつりあいが主役になります。
    2. 正の向きを設定し、物理量を整理する: まず最初に、座標軸の正の向きを決めます。次に、問題文で与えられている物理量(\(v_0, v, t, x, m\) など)と、求めたい物理量をリストアップし、向きに応じて正負の符号を割り振ります。
    3. 運動学と力学の連携を意識する:
      • 加速度 \(a\) が未知の場合: まず運動方程式を立てて \(a\) を求め、その \(a\) を使って等加速度運動の公式で \(v\) や \(x\) を求める、という流れが多いです。
      • 力が未知の場合(この問題): まず等加速度運動の公式から \(a\) を求め、その \(a\) を使って運動方程式から力 \(F\) を求める、という逆の流れになります。
    4. エネルギーの視点も検討する: 速さや距離が関わる問題では、「仕事とエネルギーの関係」が有効な別解になることが多いです。特に、途中の時間や加速度に興味がない場合は、エネルギーで考えた方が計算が楽になることがあります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 加速度の符号ミス:
    • 誤解: 加速度は常に正の値だと思い込み、\(a=4.0\,\text{m/s}^2\) として計算してしまう。
    • 対策: 加速度はベクトル量であり、向きを持ちます。最初に設定した「正の向き」に対して、速度が増加する場合は正、速度が減少(減速)する場合は負の値になります。この問題では物体は減速しているので、加速度は負 (\(a=-4.0\,\text{m/s}^2\)) となります。この符号を間違えると、(2)以降の計算結果がすべて変わってしまいます。
  • 運動方程式の右辺の符号ミス:
    • 誤解: 運動方程式 \(ma=F\) の右辺 \(F\) に、力の大きさだけを代入してしまう。
    • 対策: 右辺の \(F\) は「合力」であり、向きを考慮する必要があります。動摩擦力は運動の向き(正の向き)と逆向きに働くので、力は \(-F’\) となります。\(10 \times (-4.0) = F’\) のように、左辺と右辺で符号の対応が取れていない式を立ててしまうのが典型的なミスです。
  • 垂直抗力 \(N\) を常に \(mg\) だと思い込む:
    • 誤解: どんな状況でも垂直抗力は \(mg\) に等しいと考えてしまう。
    • 対策: この問題では水平な台の上なので \(N=mg\) で正しいですが、例えば斜面上の物体では \(N=mg\cos\theta\) となります。また、物体を上から押さえつけたり、斜め上に引っ張ったりする力が加わると、垂直抗力の大きさは変化します。必ず、面に垂直な方向の力のつりあいを考えて \(N\) を決定する癖をつけましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • (1)での公式選択(\(v = v_0 + at\)):
    • 選定理由: 既知の量は \(v_0, v, t\) で、未知の量は \(a\) です。これら4つの物理量を最もシンプルに結びつけるのが、速度と時間の関係式 \(v = v_0 + at\) です。他の公式には距離 \(x\) が含まれており、未知数が2つになってしまうため、この選択が最適です。
    • 適用根拠: 問題文で「等加速度直線運動」と明記されているため、この公式群を適用する根拠は明確です。
  • (2)での公式選択(\(x = v_0t + \frac{1}{2}at^2\)):
    • 選定理由: 既知の量は \(v_0, t, a\) で、未知の量は \(x\) です。これらの量を含む公式は \(x = v_0t + \frac{1}{2}at^2\) と \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) の2つがあります。どちらを使っても解けますが、模範解答では前者を選択しています。これは、問題の流れとして時間 \(t\) が明示的に与えられているため、より自然な選択と言えます。
    • 適用根拠: (1)と同様に、運動が「等加速度直線運動」であるという事実に基づいています。
  • (3)での公式選択(運動方程式 \(ma=F\) と動摩擦力の公式 \(F’=\mu’N\)):
    • 選定理由: 求めたいのは「動摩擦力」と「動摩擦係数」です。
      1. まず「力」を求めるには、その原因となる運動(加速度)との関係を記述する「運動方程式」が必要です。
      2. 次に「動摩擦係数」を求めるには、それが含まれる定義式である「動摩擦力の公式」が必要です。
    • 適用根拠: ニュートンの運動の第二法則(運動方程式)は、力と加速度の関係を規定する普遍的な法則です。また、動摩擦力の大きさが垂直抗力に比例するという法則は、多くの状況で成り立つ実験則であり、これらを適用する根拠は十分です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 単位を揃える:
    • この問題では単位はすべて基本単位(m, s, kg)で与えられていますが、もし問題に km/h や cm などが含まれていたら、計算を始める前に必ず m, s, kg に変換する癖をつけましょう。
  • 有効数字を意識する:
    • 問題文で与えられている数値は \(10\,\text{kg}\), \(20\,\text{m/s}\), \(5.0\,\text{s}\), \(9.8\,\text{m/s}^2\) であり、多くが有効数字2桁です。したがって、最終的な答えも有効数字2桁で答えるのが適切です。(3)の \(\mu’ = 40/98 \approx 0.408\) を \(0.41\) と丸めるのはこのためです。計算の途中では3桁程度を残しておき、最後に四捨五入すると誤差が少なくなります。
  • 概算による検算:
    • \(g \approx 10\,\text{m/s}^2\) として概算してみましょう。
    • (3) \(\mu’ = \frac{F’}{mg} \approx \frac{40}{10 \times 10} = 0.4\)。計算結果の \(0.41\) と非常に近い値であり、計算が妥当であることが確認できます。
  • 別解で検算する:
    • (2)の距離を、別解で示した \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) や平均の速さの方法でも計算してみることで、自分の計算が正しいかをダブルチェックできます。同様に、(3)の動摩擦力も、エネルギーの考え方で検算することができます。複数の解法を知っていることは、ミスを発見する上で非常に強力な武器になります。

99 摩擦のある斜面上の運動

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「摩擦のある斜面を運動する物体の加速度」です。物体が斜面をすべり降りる場合と、すべり上がる場合とで、動摩擦力の向きが逆になる点を正確に理解し、それぞれの場合について運動方程式を立てることが目的です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 運動の法則(運動方程式): 物体に働くすべての力(合力)を見つけ出し、\(ma=F\) の関係式を正しく立てられること。
  2. 動摩擦力の性質: 物体が動いているときに働く摩擦力で、その向きは常に運動の向きと逆になること。大きさは \(F’ = \mu’ N\) で与えられること。
  3. 力の分解: 斜面上の問題では、重力を「斜面に平行な成分」と「斜面に垂直な成分」に分解して考えるのが基本であること。
  4. 力のつりあい(斜面に垂直な方向): 物体は斜面にめり込んだり、斜面から浮き上がったりしないため、斜面に垂直な方向の力は常につりあっていること。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)と(2)のそれぞれの場合について、物体に働く力をすべて図示します。特に、動摩擦力の向きが運動方向と逆になるように注意します。
  2. まず、斜面に垂直な方向の力のつりあいから、垂直抗力 \(N\) の大きさを求めます。
  3. 次に、求めた垂直抗力 \(N\) を使って、動摩擦力 \(F’ = \mu’ N\) の大きさを計算します。
  4. 最後に、斜面に平行な方向について運動方程式を立て、加速度を求めます。

問(1)

思考の道筋とポイント
物体は「斜面下向きにすべり始め」ます。この運動を妨げるように、動摩擦力は「斜面上向き」に働きます。物体に働く力は、重力、垂直抗力、そしてこの動摩擦力の3つです。これらの合力を考え、運動方程式を立てて加速度を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 運動方向は「斜面下向き」。
  • 動摩擦力の向きは、運動方向と逆の「斜面上向き」。
  • 斜面下向きを正として運動方程式を立てる。

具体的な解説と立式
物体の質量を \(m\) とします。

まず、斜面に垂直な方向の力のつりあいを考え、垂直抗力 \(N\) を求めます。重力の斜面垂直成分は \(mg\cos30^\circ\) です。

「(斜面上向きの力)=(斜面下向きの力)」より、
$$
\begin{aligned}
N &= mg\cos30^\circ
\end{aligned}
$$
次に、動摩擦力 \(F’\) の大きさを求めます。
$$
\begin{aligned}
F’ &= \mu’ N \\[2.0ex]
&= \mu’ mg\cos30^\circ
\end{aligned}
$$
最後に、斜面に平行な方向について運動方程式を立てます。斜面下向きを正とし、加速度を \(a_1\) とします。

  • 斜面下向きの力: 重力の斜面平行成分 \(mg\sin30^\circ\)
  • 斜面上向きの力: 動摩擦力 \(F’ = \mu’ mg\cos30^\circ\)

運動方程式 \(ma = (\text{正の向きの力}) – (\text{負の向きの力})\) より、
$$
\begin{aligned}
ma_1 &= mg\sin30^\circ – \mu’ mg\cos30^\circ
\end{aligned}
$$

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(ma = F\)
  • 動摩擦力の公式: \(F’ = \mu’ N\)
  • 力のつりあい
計算過程

立てた運動方程式の両辺を \(m\) で割って、\(a_1\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
a_1 &= g\sin30^\circ – \mu’ g\cos30^\circ \\[2.0ex]
&= g(\sin30^\circ – \mu’ \cos30^\circ)
\end{aligned}
$$
ここに、\(\sin30^\circ = \frac{1}{2}\), \(\cos30^\circ = \frac{\sqrt{3}}{2}\) を代入すると、
$$
\begin{aligned}
a_1 &= g \left( \frac{1}{2} – \mu’ \frac{\sqrt{3}}{2} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{1-\sqrt{3}\mu’}{2}g
\end{aligned}
$$
物体がすべり始めたということから \(a_1 > 0\) なので、加速度の向きは仮定通り斜面下向きです。

この設問の平易な説明

斜面を滑り落ちる物体には、アクセルの役割をする「重力の一部」と、ブレーキの役割をする「動摩擦力」が同時に働いています。物体の加速度は、この「アクセル力」から「ブレーキ力」を引いたものを、物体の質量で割ることで計算できます。

結論と吟味

加速度の大きさは \(\frac{1-\sqrt{3}\mu’}{2}g\) で、向きは斜面下向きであると求まりました。動摩擦係数 \(\mu’\) が大きいほど、加速度が小さくなるという、物理的に妥当な結果です。

解答 (1) 斜面下向きに \(\displaystyle\frac{1-\sqrt{3}\mu’}{2}g\)

問(2)

思考の道筋とポイント
今度は、物体が「斜面上向きにすべって」います。この運動を妨げるように、動摩擦力は「斜面下向き」に働きます。重力の斜面平行成分も常に「斜面下向き」に働くため、今回は2つの力が合わさって、物体の運動を妨げるブレーキとして作用します。
この設問における重要なポイント

  • 運動方向は「斜面上向き」。
  • 動摩擦力の向きは、運動方向と逆の「斜面下向き」。
  • 重力の斜面平行成分も「斜面下向き」。
  • 斜面上向きを正として運動方程式を立てる。

具体的な解説と立式
物体の質量を \(m\) とします。

斜面に垂直な方向の力のつりあいは(1)と同じなので、垂直抗力 \(N\) と動摩擦力 \(F’\) の大きさは(1)と全く同じです。
$$
\begin{aligned}
N &= mg\cos30^\circ \\[2.0ex]
F’ &= \mu’ mg\cos30^\circ
\end{aligned}
$$
斜面に平行な方向について運動方程式を立てます。斜面上向きを正とし、加速度を \(a_2\) とします。

  • 斜面下向きの力: 重力の斜面平行成分 \(mg\sin30^\circ\)
  • 斜面下向きの力: 動摩擦力 \(F’ = \mu’ mg\cos30^\circ\)

運動方程式 \(ma=F\) の右辺 \(F\) は、正の向き(斜面上向き)に働く力がないため、2つの下向きの力を負として足し合わせます。
$$
\begin{aligned}
ma_2 &= -mg\sin30^\circ – \mu’ mg\cos30^\circ
\end{aligned}
$$

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(ma = F\)
  • 動摩擦力の公式: \(F’ = \mu’ N\)
計算過程

立てた運動方程式の両辺を \(m\) で割って、\(a_2\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
a_2 &= -g\sin30^\circ – \mu’ g\cos30^\circ \\[2.0ex]
&= -g(\sin30^\circ + \mu’ \cos30^\circ)
\end{aligned}
$$
ここに、\(\sin30^\circ = \frac{1}{2}\), \(\cos30^\circ = \frac{\sqrt{3}}{2}\) を代入すると、
$$
\begin{aligned}
a_2 &= -g \left( \frac{1}{2} + \mu’ \frac{\sqrt{3}}{2} \right) \\[2.0ex]
&= -\frac{1+\sqrt{3}\mu’}{2}g
\end{aligned}
$$
加速度 \(a_2\) が負の値になったということは、加速度の向きが正の向き(斜面上向き)とは逆、つまり「斜面下向き」であることを意味します。その大きさは \(\frac{1+\sqrt{3}\mu’}{2}g\) です。

この設問の平易な説明

坂道を駆け上がるときを想像してください。このとき、下向きに引っ張る「重力の一部」と、後ろ向きに働く「動摩擦力」の両方がブレーキとして働きます。物体の加速度(減速の度合い)は、この2つのブレーキ力を足し合わせたものを、物体の質量で割ることで計算できます。

結論と吟味

加速度の大きさは \(\frac{1+\sqrt{3}\mu’}{2}g\) で、向きは斜面下向きであると求まりました。すべり降りる場合(1)と比べて、重力成分と動摩擦力が同じ向きに働くため、加速度の大きさが(1)よりも大きくなっています。これは物理的な直感とも一致します。

解答 (2) 斜面下向きに \(\displaystyle\frac{1+\sqrt{3}\mu’}{2}g\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 運動方程式 (\(ma=F\))
    • 核心: この問題は、物体に働く力を正確に特定し、それらをベクトル的に合成した合力 \(F\) を求め、運動方程式 \(ma=F\) を立式することに尽きます。特に、斜面上の運動における力の扱いに習熟することが目的です。
    • 理解のポイント:
      • 力の図示: 物理現象を数式に落とし込む第一歩は、物体に働く力をすべて図示することです。重力、垂直抗力、動摩擦力を漏れなく描き、それぞれの向きを正確に把握することが不可欠です。
      • 合力の計算: 運動方程式の右辺 \(F\) は、単一の力ではなく「合力」です。斜面に平行な方向の力をすべて足し合わせ(向きを考慮して正負を判断)、一つの式にまとめる必要があります。
  • 動摩擦力の向きの決定
    • 核心: 動摩擦力は、その大きさが \(F’ = \mu’ N\) で一定である一方、その「向き」が運動の状況によって変化する点に最大の特徴があります。この問題は、その向きの変化を正しく捉えられるかを試しています。
    • 理解のポイント:
      • 運動方向への追従: 動摩擦力は「物体の速度ベクトルと常に逆向き」と覚えるのが最も確実です。物体がどちらに動いているか(あるいは動こうとしているか)さえ分かれば、向きは自動的に決まります。
      • (1)と(2)の比較: 物体が斜面を下っている(1)では、動摩擦力は上向きに働きます。一方、物体が斜面を上っている(2)では、動摩擦力は下向きに働きます。この違いが、加速度の式における符号の違い(\(-\mu’\) と \(+\mu’\))として現れます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 斜方投射や放物運動に摩擦が加わった問題: 空気抵抗を動摩擦力の一種とみなす問題。速度の向きが刻々と変わるため、摩擦力の向きも常に変化します(高校範囲を超えることが多いが、概念は同じ)。
    • 連結された物体の摩擦運動: 摩擦のある斜面上の物体が、滑車を介して別の物体と連結されている問題。各物体について運動方程式を立て、動摩擦力の向きをそれぞれの運動方向に応じて正しく設定する必要があります。
    • 最高点までの距離や時間を求める問題: (2)の状況で、「物体が最高点に達するまでの距離はいくらか」「最高点に達するまでにかかる時間はいくらか」などを問う問題。この場合は、(2)で求めた加速度を使って、等加速度直線運動の公式(\(v^2 – v_0^2 = 2ax\) や \(v = v_0 + at\))を適用します。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. まず運動の向きを確認する: 問題文から、物体が「どちら向きに動いているか」を最初に確定させます。これが動摩擦力の向きを決める最も重要な情報です。
    2. 力をすべて図示し、動摩擦力の矢印を書き込む: 運動の向きがわかったら、その逆向きに動摩擦力の矢印を書き込みます。
    3. 座標軸を設定する: 斜面に平行な方向をx軸、垂直な方向をy軸とするのが定石です。運動の向きを正とすると、運動方程式が立てやすくなります。
    4. 斜面に垂直な方向の力のつりあいを先に処理する: 運動方程式を立てる前に、まず斜面に垂直な方向の力のつりあい(\(N = mg\cos\theta\))を考え、垂直抗力 \(N\) を求めます。これにより、動摩擦力の大きさ \(F’ = \mu’ N\) が確定します。
    5. 斜面に平行な方向の運動方程式を立てる: 必要なすべての力の成分がわかった段階で、満を持して斜面に平行な方向の運動方程式 \(ma=F\) を立式します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 動摩擦力の向きを固定的に考えてしまう:
    • 誤解: 斜面上の摩擦力は、常に斜面上向きに働くものだと思い込んでしまう。
    • 対策: (1)と(2)を比較することが、この誤解を解く最良の薬です。摩擦力は「重力に対抗する力」ではなく、あくまで「運動を妨げる力」です。物体が上に動いている(2)の状況では、重力も摩擦力も両方とも下向きに働き、運動を妨げるブレーキになることをしっかり理解しましょう。
  • 運動方程式の符号ミス:
    • 誤解: (2)の運動方程式を立てる際に、力の向きを正しく考慮せず、\(ma_2 = mg\sin30^\circ – \mu’ mg\cos30^\circ\) のように、(1)と同じ形の式を立ててしまう。
    • 対策: 必ず最初に「正の向き」を定義し、その向きと同じ方向の力は正(プラス)、逆方向の力は負(マイナス)として機械的に式に代入する癖をつけましょう。(2)で斜面上向きを正とすると、重力成分も動摩擦力もどちらも負の向きなので、運動方程式の右辺は \((-mg\sin30^\circ) + (-\mu’ mg\cos30^\circ)\) となります。
  • 垂直抗力 \(N\) を \(mg\) と勘違いする:
    • 誤解: 水平面上の問題の感覚で、垂直抗力 \(N\) を \(mg\) としてしまい、動摩擦力を \(\mu’ mg\) と計算してしまう。
    • 対策: 斜面上の垂直抗力は、常に重力の「斜面に垂直な成分」とつりあいます。したがって、\(N=mg\cos\theta\) となります。必ず、斜面に垂直な方向の力のつりあいを立ててから \(N\) を決定する習慣をつけましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 力のつりあい(斜面に垂直な方向):
    • 選定理由: 物体は斜面に沿ってのみ運動し、斜面から浮き上がったりめり込んだりしません。これは、斜面に垂直な方向には加速度が生じていない(\(a_y=0\))ことを意味します。加速度がゼロの状態を記述する法則は「力のつりあい」です。
    • 適用根拠: 垂直抗力 \(N\) の大きさを知る必要がありますが、\(N\) は未知数です。この未知数を決定するために、加速度がゼロであることが分かっている垂直方向の力の関係式を立てる必要があります。これが、この式を選択する論理的な理由です。
  • 動摩擦力の公式 (\(F’ = \mu’ N\)):
    • 選定理由: 運動方程式を立てるためには、物体に働く動摩擦力の大きさを具体的に知る必要があります。動摩擦力の大きさを、垂直抗力と動摩擦係数という別の物理量と結びつけるための定義式がこれです。
    • 適用根拠: 物体が面上をすべっているとき、動摩擦力の大きさは(速度によらずほぼ一定で)垂直抗力に比例するという実験事実に基づいています。この法則を適用することで、未知の力 \(F’\) を、力のつりあいから求まる \(N\) を使って表現できます。
  • 運動方程式(斜面に平行な方向):
    • 選定理由: 求めたいのは「加速度」です。力と加速度の関係を記述する物理学の根幹をなす法則が、運動方程式 \(ma=F\) です。
    • 適用根拠: 物体には斜面に平行な方向に力が働き、実際にその方向に加速度が生じています。この原因(力)と結果(加速度)の関係を数式で表現するために、運動方程式を適用します。右辺の \(F\) には、重力成分や動摩擦力など、その方向に働くすべての力を(向きを考慮して)代入します。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 文字式のまま計算を進める:
    • この問題のように、数値ではなく文字(\(m, g, \mu’\))で与えられている場合、最後まで文字式のまま計算を進めるのが基本です。途中で値を代入する必要がないため、計算ミスが起こりにくいです。
  • 共通因数でくくる:
    • 運動方程式を立てた後、\(ma = mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta\) のように、右辺の各項に共通の因子(この場合は \(mg\))が含まれることがよくあります。\(ma = mg(\sin\theta – \mu’\cos\theta)\) のように共通因数でくくると、式が整理され、見通しが良くなります。両辺の \(m\) を消去する際も、消し忘れを防げます。
  • 極端な場合を考えて検算する:
    • もし摩擦がなかったら(\(\mu’=0\))、(1)の加速度は \(a_1 = \frac{1}{2}g\)、(2)の加速度は \(a_2 = -\frac{1}{2}g\) となるはずです。実際に、求めた式に \(\mu’=0\) を代入すると、それぞれ \(a_1 = \frac{1-0}{2}g = \frac{1}{2}g\)、\(a_2 = -\frac{1+0}{2}g = -\frac{1}{2}g\) となり、結果が一致します。このような簡単なチェックで、式の妥当性を確認できます。
  • (1)と(2)の結果を比較吟味する:
    • (2)で求めた加速度の大きさ \(\frac{1+\sqrt{3}\mu’}{2}g\) は、(1)の \(\frac{1-\sqrt{3}\mu’}{2}g\) よりも明らかに大きいです。これは、(2)では重力と摩擦力が協力してブレーキをかけるのに対し、(1)では重力がアクセル、摩擦力がブレーキと、互いに逆向きに働くため、全体の加速度(減速の度合い)が小さくなる、という物理的な状況と一致しています。このように、得られた結果が直感と合うかを確認するのも良い検算方法です。
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100 連結された2物体の運動

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】
  1. 提示する別解
    • 設問(3)の別解: AとBを一体とみなす解法
      • 模範解答が物体AとBそれぞれについて運動方程式を立て、連立して解くのに対し、別解ではAとBを一つの系(一体)とみなし、系全体に対する運動方程式を立てて一気に加速度を求めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的本質の深化: 個別の物体に着目する方法と、系全体に着目する方法の違いと関連性を理解することで、力学の問題をより多角的に捉える力が養われます。
    • 思考の柔軟性向上: 加速度だけを求めたい場合など、状況に応じて連立方程式を回避する効率的な解法を選択する訓練になります。
    • 解法の選択肢拡大: 「一体とみなす」考え方は、より複雑な連結物体の問題にも応用できる強力な手法です。検算にも利用できます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「摩擦がある面での連結された2物体の運動」です。静止している場合(力のつりあい)と、運動している場合(運動方程式)のそれぞれについて、摩擦力の扱いや張力の考え方を正確に理解することが目的です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 力のつりあい: 物体が静止している場合、物体に働く力のベクトル和がゼロになること。
  2. 静止摩擦力の性質: 物体を動かそうとする力とつりあうように、その大きさが自動的に調整される力であること。
  3. 動摩擦力の性質: 物体が運動しているときに働く摩擦力で、その向きは常に運動方向と逆であり、大きさは \(F’ = \mu’ N\) で一定であること。
  4. 運動の法則(運動方程式): 複数の物体が連結されて運動する場合でも、物体ごとに働く力をすべて見つけ出し、\(ma=F\) の関係式を正しく立てられること。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、物体が「動かなかった」という事実から、物体Bに働く力がつりあっていると考えます。また、物体Aの状況から、糸の張力がゼロであることを見抜きます。
  2. (2)では、物体が「運動を始めた」ことから、Bには動摩擦力が働くと判断します。動摩擦力の公式 \(F’ = \mu’ N\) を用いてその大きさを計算します。
  3. (3)では、物体Aと物体Bそれぞれについて運動方程式を立てます。このとき、両者の加速度と糸の張力は共通であることから、2本の連立方程式を解いて加速度と張力を求めます。

問(1)

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