「物理のエッセンス(力学・波動)」徹底解説(力学86〜90問):物理の”土台”を固める!完全マスター講座

当ページでは、数式をより見やすく表示するための処理に、少しお時間がかかることがございます。お手数ですが、ページを開いたまま少々お待ちください。

力学範囲 86~90

86 慣性力

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説は、模範解答で採用されている非慣性系(箱の中の観
測者)の視点での解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • 別解: 慣性系(地上の観測者)の視点で運動方程式を立てる解法
      • 主たる解法が、加速する箱の中で「慣性力」という見かけの力を導入し、箱の中でのPの運動方程式を考えるのに対し、別解では、地上で静止している観測者の立場から、Pと箱のそれぞれの運動を記述し、両者の位置関係から時間を求めます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理法則の普遍性の確認: 「慣性力」という架空の力を導入する非慣性系の考え方と、ニュートンの運動法則がそのまま成り立つ慣性系の考え方の両方で、全く同じ結論が導かれることを確認できます。これにより、物理法則の整合性への理解が深まります。
    • 相対運動の理解: 慣性系でのアプローチは、各物体の絶対的な運動を記述した上で、それらの「相対的な」位置関係を考えるため、相対速度や相対加速度の概念をより深く理解する良い訓練になります。
    • 思考の柔軟性向上: 一つの問題を異なる視点(座標系)から解く経験は、問題解決能力の幅を広げ、より本質的な理解へと導きます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、立式に至る物理的な考え方が異なるだけで、最終的に解くべき数式と得られる答えは完全に一致します。

この問題のテーマは「摩擦のある面上での、非慣性系における運動方程式」です。加速する箱の中で、慣性力と摩擦力の両方を受けながら運動する物体の様子を、非慣性系の立場から正しく記述できるかが問われます。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 慣性力: 加速する座標系(非慣性系)で運動を記述するために導入される「見かけの力」です。その大きさは \(ma\)、向きは座標系の加速度と逆向きになります。
  2. 非慣性系での運動方程式: 加速する座標系に乗っている観測者から見て物体が運動している場合、その物体には、実際に働いている力に「慣性力」を加えた合力によって、その座標系内での加速度が生じる、という運動方程式が成り立ちます。
  3. 動摩擦力: 物体が滑っているときに働く摩擦力で、大きさは \(\mu N\)(\(\mu\)は動摩擦係数、\(N\)は垂直抗力)、向きは運動の向きと逆向きです。
  4. 等加速度直線運動の公式: 一定の加速度で運動する物体の移動距離と時間の関係式 \(x = \frac{1}{2}at^2\) を用います。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. 箱の中にいる観測者の視点(非慣性系)に立ちます。
  2. 小物Pに働く水平方向の力(慣性力、動摩擦力)をすべて特定します。
  3. これらの合力によってPが箱の中でどのように加速するか、箱の中での運動方程式を立てます。
  4. 求めた加速度を用いて、Pが距離\(l\)を移動するのにかかる時間を、等加速度直線運動の公式から計算します。

思考の道筋とポイント
この問題は、「箱の中で見れば」という非慣性系の視点に立つのが最もシンプルです。箱は右向きに加速度\(\alpha\)で運動しているので、箱の中は特殊な空間になっています。
箱の中にいる観測者から見ると、小物Pは、まるで誰かに左向きに引っ張られるかのように動き出します。この「見えざる手」が、大きさが\(m\alpha\)の「慣性力」です。
Pが左向きに滑り始めると、箱の床はそれを妨げるように、右向きに「動摩擦力」を及ぼします。
したがって、Pは、左向きの慣性力と右向きの動摩擦力の「綱引き」の結果、その差分の力によって左向きに加速していくことになります。
この箱の中でのPの加速度を求めることができれば、あとは初速度0で距離\(l\)を進む時間を計算するだけの、基本的な等加速度運動の問題に帰着します。
この設問における重要なポイント

  • 非慣性系で運動する物体には、運動方程式 \(ma’ = (\text{本物の力の合力}) + (\text{慣性力})\) を立てる。(\(a’\)は非慣性系から見た加速度)
  • 慣性力は、箱の加速度(右向き\(\alpha\))と逆向き(左向き)に働く。
  • 動摩擦力は、箱に対するPの運動(左向き)と逆向き(右向き)に働く。

具体的な解説と立式
箱の中の観測者から見た小物Pの運動を考えます。
Pに働く水平方向の力は、以下の2つです。

  • 慣性力: 大きさ \(m\alpha\)、向きは左向き。
  • 動摩擦力: Pは箱に対して左に滑るので、動摩擦力は右向きに働く。鉛直方向の力のつりあい(\(N=mg\))より、その大きさは \(\mu N = \mu mg\)。

箱に対するPの加速度を \(a\) とし、運動の向きである左向きを正とします。
Pについての、箱の中での運動方程式を立てます。
$$ ma = (\text{左向きの力の和}) – (\text{右向きの力の和}) $$
$$ ma = m\alpha – \mu mg $$

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(ma=F\)
  • 慣性力: \(F_{\text{慣性}} = m\alpha\)
  • 動摩擦力: \(f’ = \mu N\)
  • 等加速度直線運動: \(x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2\)
計算過程

まず、運動方程式から、箱に対するPの加速度 \(a\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
a &= \frac{m\alpha – \mu mg}{m} \\[2.0ex]
&= \alpha – \mu g
\end{aligned}
$$
Pは、箱の中で初速度0、加速度 \(a = \alpha – \mu g\) の等加速度直線運動をして、距離 \(l\) を進みます。
等加速度直線運動の公式 \(l = \frac{1}{2}at^2\) より、
$$
\begin{aligned}
l &= \frac{1}{2}(\alpha – \mu g)t^2
\end{aligned}
$$
この式を \(t\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
t^2 &= \frac{2l}{\alpha – \mu g} \\[2.0ex]
t &= \sqrt{\frac{2l}{\alpha – \mu g}}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

加速する箱の中は、すべての物体が左向きに \(m\alpha\) の力を常に受けている、不思議な世界だと考えましょう。
小物Pは、この不思議な力に引かれて左に動き出そうとしますが、床との摩擦が「行かせないぞ」と右向きに邪魔をします。
結局、Pは「慣性力」と「摩擦力」の綱引きの結果、その差の力で左向きに加速していきます。この加速の度合い(加速度)がわかれば、あとは「距離=\(\frac{1}{2}\)×加速度×時間の2乗」というおなじみの公式を使って、壁にぶつかるまでの時間を計算することができます。

結論と吟味

PがAに当たるまでの時間は \(t = \sqrt{\displaystyle\frac{2l}{\alpha – \mu g}}\) となります。
この結果は、箱の加速度\(\alpha\)が大きいほど、Pを動かす慣性力が強くなるため、より短い時間でAに到達することを示しています。逆に、動摩擦係数\(\mu\)が大きいほど、Pの動きが妨げられるため、より長い時間がかかることを示しており、物理的に妥当な結果です。
また、もし \(\alpha \le \mu g\) ならば、慣性力が最大静止摩擦力(\(\le \mu mg\))を超えられず、Pは滑り出しません。このとき、式の根号の中が負または0になり、実数解が存在しないことと対応しています。

解答 \(\sqrt{\displaystyle\frac{2l}{\alpha – \mu g}}\)
別解: 慣性系(地上の観測者)の視点で運動方程式を立てる解法

思考の道筋とポイント
地上で静止している観測者(慣性系)の視点から、Pと箱(の側面A)のそれぞれの運動を別々に記述し、両者の位置が一致するまでの時間を求めるアプローチです。この視点では、「慣性力」という見かけの力は登場しません。
この設問における重要なポイント

  • 慣性系(地上)では、慣性力は存在しない。
  • Pに働く水平方向の力は、箱から受ける「動摩擦力」のみである。
  • Pと箱の側面Aのそれぞれの運動を、等加速度直線運動の公式で記述し、位置が等しくなる時刻を求める。

具体的な解説と立式
地上の座標系で、右向きを正とします。時刻 \(t=0\) での箱の左端Aの位置を \(x_A(0)=0\)、小物Pの初期位置を \(x_P(0)=l\) とします。両者とも初速度は0です。

小物Pの運動
Pは箱に対して左に滑るので、箱からPには右向きの動摩擦力が働きます。これが、地上から見たPを加速させる唯一の水平方向の力です。
Pの加速度を \(a_P\) とすると、運動方程式は、
$$ ma_P = \mu mg $$
よって、\(a_P = \mu g\) (右向き)

箱の側面Aの運動
側面Aは箱の一部であり、箱は問題の条件より右向きに加速度\(\alpha\)で運動します。
Aの加速度は \(a_A = \alpha\) (右向き)

時刻\(t\)における位置
時刻\(t\)におけるPとAの位置は、等加速度直線運動の公式 \(x(t) = x(0) + \frac{1}{2}at^2\) より、
$$ x_P(t) = l + \frac{1}{2}(\mu g)t^2 $$
$$ x_A(t) = 0 + \frac{1}{2}\alpha t^2 $$
PがAに当たるのは、\(x_P(t) = x_A(t)\) となるときです。
$$ l + \frac{1}{2}\mu g t^2 = \frac{1}{2}\alpha t^2 $$

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(ma=F\)
  • 等加速度直線運動: \(x = x_0 + v_0 t + \frac{1}{2}at^2\)
計算過程

上記で立式した位置の関係式を、\(t\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
l &= \frac{1}{2}\alpha t^2 – \frac{1}{2}\mu g t^2 \\[2.0ex]
l &= \frac{1}{2}(\alpha – \mu g)t^2 \\[2.0ex]
t^2 &= \frac{2l}{\alpha – \mu g} \\[2.0ex]
t &= \sqrt{\frac{2l}{\alpha – \mu g}}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

地面に立っている人から見ると、何が起きているでしょうか。
箱は、右向きに加速度\(\alpha\)でグングン加速していきます。
一方、箱の中の小物Pは、床との摩擦によって、少しだけ右向きに引きずられます。その加速度は\(\mu g\)です。
箱の加速度\(\alpha\)の方が、Pが引きずられる加速度\(\mu g\)よりも大きいので、結果的に箱の左壁AがPに「追いつく」形になります。
「Aの移動距離」が「Pの移動距離」と「もともとの距離\(l\)」を足したものと等しくなる時間を計算すれば、それが答えになります。

結論と吟味

主たる解法と全く同じ結果が得られました。この別解は、慣性力という架空の力を使わずに、ニュートンの運動法則と相対運動の考え方だけで問題を解くことができることを示しています。どちらの視点でも同じ答えにたどり着くことを確認することで、物理法則の一貫性への理解が深まります。

解答 \(\sqrt{\displaystyle\frac{2l}{\alpha – \mu g}}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 非慣性系における運動方程式
    • 核心: この問題の根幹は、加速する座標系(非慣性系)の中で「運動」する物体を扱う点にあります。前問までのように物体が静止して見える場合は「力のつりあい」で済みましたが、今回は運動しているため、「慣性力」を含めた「運動方程式」を立てる必要があります。
    • 理解のポイント:
      • 非慣性系での運動方程式の形: 非慣性系から見た物体の加速度を \(a’\) とすると、運動方程式は \(ma’ = (\text{本物の力の合力}) + (\text{慣性力})\) という形になります。
      • 力の特定: この問題では、「本物の力」は動摩擦力、「慣性力」は箱の加速度によって生じる見かけの力です。これらの力を正しく特定し、向きを考慮して運動方程式の右辺を構成することが重要です。
      • 加速度の基準: \(ma’\) の \(a’\) は、あくまで「箱に対する加速度」であるという点を明確に意識する必要があります。この加速度 \(a’\) を求めることができれば、箱の中での運動を解析できます。
  • 慣性系と非慣性系の視点の切り替え
    • 核心: 同じ物理現象を、「慣性系(地上の観測者)」と「非慣性系(箱の中の観測者)」という2つの異なる視点から記述できることを理解し、問題に応じて適切な立場を選択することが重要です。
    • 理解のポイント:
      • 非慣性系の利点: 「箱の中でPが\(l\)だけ動く」という問題設定なので、箱の中の視点に立つと、Pの運動を「初速度0で距離\(l\)を進む等加速度運動」としてシンプルに捉えることができます。
      • 慣性系の利点: 慣性力という架空の力を導入する必要がなく、ニュートンの運動法則をそのまま適用できるため、物理法則の基本に忠実です。ただし、この問題ではPと箱の側面Aという2つの対象物の運動を追跡し、それらの相対的な位置関係を考える必要があるため、少し手間が増えます。
      • 等価性: どちらの立場で解いても、最終的に得られる物理的な結論(衝突までの時間など)は必ず一致します。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 加速する電車内でボールを投げる: 電車内でボールを投げると、ボールには進行方向と逆向きの慣性力が働き続けるため、地上で投げた場合とは軌道が変わります。各方向の運動方程式に慣性力の項を加えて解くことになります。
    • エレベーター内で物体を落下させる: 上昇加速度\(a\)のエレベーター内で物体を自由落下させると、物体には下向きの重力\(mg\)と下向きの慣性力\(ma\)が働くように見えます。したがって、見かけの重力加速度が \(g+a\) となり、通常より速く床に到達します。
    • 回転台の上でボールを転がす: 回転台の上でボールを転がすと、遠心力(慣性力)やコリオリの力(慣性力の一種)の影響で、まっすぐには進まずに軌道が曲がります。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 観測者は誰か?: 問題文が「箱の中で」「電車内で見て」といった非慣性系からの視点を要求しているか、あるいはその方が考えやすそうかを見極めます。
    2. 力のリストアップ(非慣性系の場合): (1)本物の力(重力、摩擦力、張力など)と (2)慣性力(座標系の加速度と逆向きに\(ma\))をすべて作図します。
    3. 運動方程式か、つりあいか?: 観測者から見て物体が「動いている」なら運動方程式、「静止している」なら力のつりあいの式を立てます。
    4. 相対運動として解く(慣性系の場合): 地上の視点で解く場合は、各物体の加速度を個別に求め、それらの相対加速度を考えます。物体Aの物体Bに対する相対加速度は \(a_{\text{相対}} = a_A – a_B\) で計算できます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 慣性力と摩擦力の向きの混同:
    • 誤解: 慣性力も摩擦力も運動を妨げる力だと思い込み、両方とも同じ向き(右向き)に描いてしまう。
    • 対策: 2つの力は発生原因が全く異なります。
      • 慣性力: 座標系の加速度によって「受動的に」生じる見かけの力。向きは座標系の加速度と逆向き
      • 動摩擦力: 接触面で滑りが生じることで「能動的に」働く本物の力。向きは物体の相対的な運動と逆向き

      この定義に忠実に、一つずつ向きを決定しましょう。

  • 運動方程式の加速度の混同:
    • 誤解: 非慣性系で運動方程式を立てる際、左辺の加速度 \(ma\) に、地上から見た加速度や箱の加速度\(\alpha\)を入れてしまう。
    • 対策: 非慣性系で立てる運動方程式 \(ma’ = F_{\text{合力}}\) の \(a’\) は、あくまで「その非慣性系から見た加速度」です。どの座標系で式を立てているのか、その座標系での加速度は何なのかを常に明確に意識することが重要です。
  • 力の原因と結果の混同:
    • 誤解: 慣性系(地上)で考える際に、「Pが左に動くから左向きの力が働いているはずだ」と考えてしまう。
    • 対策: 地上から見ると、Pは右向きに加速しています(ただし箱よりは緩やかに)。力が運動の原因であり、運動が力の原因ではありません。Pに働く水平方向の力は右向きの摩擦力だけなので、Pは右向きに加速する、と論理的に考える必要があります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 非慣性系での運動方程式:
    • 選定理由: 問題が「箱の中」での運動(距離\(l\)を移動する)を問うているため、箱の中の観測者の視点に立つのが最も自然で直感的です。この視点では、Pの運動は単純な等加速度直線運動として記述できるため、計算の見通しが非常に良くなります。
    • 適用根拠: 加速度運動する座標系でニュートンの運動法則を形式的に成り立たせるための拡張であり、慣性力を導入することで、慣性系での運動方程式と等価な方程式が得られます。
  • (別解)慣性系での運動方程式と相対運動:
    • 選定理由: 慣性力という架空の概念を使わずに、物理学の基本法則であるニュートンの運動方程式のみで問題を解く、最も正統的なアプローチです。異なる視点からの解法を学ぶことで、物理現象の理解を深めることができます。
    • 適用根拠: ニュートンの運動法則が、静止または等速直線運動する座標系(慣性系)において普遍的に成り立つ、という物理学の大原則に基づいています。2つの物体の運動を記述し、それらの位置関係を追跡することで、衝突や接触といった事象を解析します。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 力の向きと符号の統一: 式を立てる前に、必ず「右向きを正」あるいは「左向きを正」と座標軸を定義しましょう。そして、作図したすべての力のベクトルを、その座標軸に従って正負の符号をつけて式に代入します。この一手間が符号ミスを劇的に減らします。
  • 文字の定義を明確にする: 模範解答のように、非慣性系での加速度を\(a\)、箱の加速度を\(\alpha\)と、異なる文字で明確に区別することが重要です。自分で問題を解く際も、どの物理量をどの文字で表しているのかを答案の最初に明記すると、混乱を防げます。
  • 単位の一貫性を確認する: 最終的な答え \(t = \sqrt{\frac{2l}{\alpha – \mu g}}\) が時間の単位になっているかを確認しましょう。分母の \(\alpha – \mu g\) は(加速度)-(無次元量)×(重力加速度)なので、加速度の単位 \([\text{m/s}^2]\) を持ちます。したがって、根号の中は \([\text{m}] / [\text{m/s}^2] = [\text{s}^2]\) となり、全体として時間の単位 \([\text{s}]\) になっていることが確認できます。

87 慣性力

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説は、模範解答で採用されている非慣性系(三角柱上の観測者)の視点での解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • 別解: 慣性系(地上の観測者)の視点で運動方程式を立てる解法
      • 主たる解法が、加速する三角柱の上で「慣性力」という見かけの力を導入し、斜面に沿った運動方程式を考えるのに対し、別解では、地上で静止している観測者の立場から、小物体の実際の運動(合成された加速度)を捉え、水平方向と鉛直方向の運動方程式を連立させます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理法則の普遍性の確認: 「慣性力」という架空の力を導入する非慣性系の考え方と、ニュートンの運動法則がそのまま成り立つ慣性系の考え方の両方で、全く同じ結論が導かれることを確認できます。これにより、物理法則の整合性への理解が深まります。
    • ベクトルとしての加速度の理解: 慣性系でのアプローチは、物体の加速度を水平成分と鉛直成分に分解して扱うため、「加速度がベクトル量である」という概念をより深く、実践的に理解する良い訓練になります。
    • 思考の柔軟性向上: 一つの問題を異なる視点(座標系)から解く経験は、問題解決能力の幅を広げ、より本質的な理解へと導きます。特に、慣性系での解法は、より複雑な問題にも対応できる汎用性の高い思考法です。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、立式に至る物理的な考え方が異なるだけで、最終的に解くべき数式と得られる答えは完全に一致します。

この問題のテーマは「斜面上での運動と慣性力」です。水平に加速する三角柱の上で、物体が斜面を上るという設定を通じて、慣性力を斜面に沿った成分と斜面に垂直な成分に分解し、正しく運動を記述できるかが問われます。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 慣性力: 加速する座標系(非慣性系)で運動を記述するために導入される「見かけの力」です。大きさは \(ma\)、向きは座標系の加速度と逆向きです。
  2. 力の分解: 斜面上の運動を考える基本は、すべての力を「斜面に平行な成分」と「斜面に垂直な成分」に分解することです。この問題では、重力だけでなく、慣性力も分解する必要があります。
  3. 非慣性系での運動方程式: 加速する座標系に乗っている観測者から見て物体が運動している場合、その物体には、実際に働いている力に「慣性力」を加えた合力によって、その座標系内での加速度が生じる、という運動方程式が成り立ちます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. 三角柱に乗っている観測者の視点(非慣性系)に立ちます。
  2. 小物Pに働くすべての力(重力、垂直抗力、慣性力)を特定し、作図します。
  3. 重力と慣性力を、それぞれ「斜面に平行な成分」と「斜面に垂直な成分」に分解します。
  4. 斜面に平行な方向の力の合力を考え、Pが斜面を上るための条件を求めます。
  5. 斜面に垂直な方向の力のつりあいから、垂直抗力\(N\)を求めます。
  6. 斜面に平行な方向の運動方程式を立てて、斜面を上る加速度を求め、等加速度運動の公式から時間\(t\)を計算します。

思考の道筋とポイント
この問題も、加速する台の上での運動なので、「非慣性系」の視点に立つのが定石です。三角柱は左向きに加速度\(\alpha\)で運動しているので、三角柱の上の物体Pには、右向きに大きさ\(m\alpha\)の「慣性力」が働いているように見えます。

物体Pに働く力は、「重力」「垂直抗力」「慣性力」の3つです。斜面上の運動なので、これらの力を「斜面に平行な方向」と「斜面に垂直な方向」に分解して考えます。

  • 重力\(mg\)の分解: 斜面を滑り下ろそうとする力 \(mg\sin30^\circ\) と、斜面を押し付ける力 \(mg\cos30^\circ\)。
  • 慣性力\(m\alpha\)の分解: 斜面を駆け上がらせようとする力 \(m\alpha\cos30^\circ\) と、斜面を押し付ける力 \(m\alpha\sin30^\circ\)。

これらの分解された力を見れば、問題の見通しが立ちます。

  • Pが斜面を上る条件: 斜面を上らせようとする力(慣性力の成分)が、滑り下ろそうとする力(重力の成分)より大きければよい。
  • 垂直抗力\(N\): 斜面に垂直な方向の力はつりあっているので、\(N\)は、重力と慣性力の「斜面を押し付ける成分」の和に等しい。
  • 時間\(t\): 斜面を上る方向の運動方程式を立てて加速度を求め、等加速度運動の公式に当てはめる。

この設問における重要なポイント

  • 慣性力(右向き、\(m\alpha\))を導入する。
  • 重力と慣性力の両方を、斜面に平行・垂直な成分に分解する。
  • 斜面に平行な方向については運動方程式、垂直な方向については力のつりあいを考える。

具体的な解説と立式
三角柱上の観測者の視点(非慣性系)で考えます。Pに働く力は、重力\(mg\)、垂直抗力\(N\)、慣性力\(m\alpha\)(右向き)です。
これらの力を、斜面に沿って上向きを正、斜面に垂直に上向きを正とする座標軸で考えます。

1. Pが斜面を上る条件
Pが斜面を上るためには、斜面に沿って上向きの力の成分が、下向きの力の成分より大きくなければなりません。

  • 斜面を上向きに働かせる力: 慣性力の成分 \(m\alpha\cos30^\circ\)
  • 斜面を下向きに滑らせる力: 重力の成分 \(mg\sin30^\circ\)

したがって、条件は
$$ m\alpha\cos30^\circ > mg\sin30^\circ $$
2. 垂直抗力\(N\)の計算
斜面に垂直な方向では、Pは動かないので力がつりあっています。

  • 斜面に垂直上向きの力: 垂直抗力 \(N\)
  • 斜面に垂直下向きの力: 重力の成分 \(mg\cos30^\circ\) と 慣性力の成分 \(m\alpha\sin30^\circ\)

力のつりあいより、
$$ N = mg\cos30^\circ + m\alpha\sin30^\circ $$
3. 時間\(t\)の計算
斜面に沿った上向きの加速度を\(a\)として、運動方程式を立てます。
$$ ma = (\text{斜面を上る力の和}) – (\text{斜面を下る力の和}) $$
$$ ma = m\alpha\cos30^\circ – mg\sin30^\circ $$
この加速度\(a\)で、初速度0で距離\(l\)を進む時間を求めます。
$$ l = \frac{1}{2}at^2 $$

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(ma=F\)
  • 慣性力: \(F_{\text{慣性}} = m\alpha\)
  • 等加速度直線運動: \(x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2\)
計算過程

1. \(\alpha\)の条件
$$
\begin{aligned}
m\alpha\cos30^\circ &> mg\sin30^\circ \\[2.0ex]
\alpha \cdot \frac{\sqrt{3}}{2} &> g \cdot \frac{1}{2} \\[2.0ex]
\alpha &> \frac{g}{\sqrt{3}}
\end{aligned}
$$
2. 垂直抗力\(N\)
$$
\begin{aligned}
N &= mg\cos30^\circ + m\alpha\sin30^\circ \\[2.0ex]
&= mg\frac{\sqrt{3}}{2} + m\alpha\frac{1}{2} \\[2.0ex]
&= \frac{m}{2}(\sqrt{3}g + \alpha)
\end{aligned}
$$
3. 時間\(t\)
まず、加速度\(a\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
ma &= m\alpha\cos30^\circ – mg\sin30^\circ \\[2.0ex]
a &= \alpha\frac{\sqrt{3}}{2} – g\frac{1}{2} \\[2.0ex]
&= \frac{\sqrt{3}\alpha – g}{2}
\end{aligned}
$$
次に、時間\(t\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
l &= \frac{1}{2}at^2 \\[2.0ex]
t^2 &= \frac{2l}{a} \\[2.0ex]
&= \frac{2l}{\frac{\sqrt{3}\alpha – g}{2}} \\[2.0ex]
&= \frac{4l}{\sqrt{3}\alpha – g} \\[2.0ex]
t &= \sqrt{\frac{4l}{\sqrt{3}\alpha – g}} \\[2.0ex]
&= 2\sqrt{\frac{l}{\sqrt{3}\alpha – g}}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

左に急発進する電車の中で、床が斜めになっている状況を想像してください。
電車の中の人から見ると、物体Pには、いつもの「重力」に加えて、右向きの「慣性力」が働きます。
この「慣性力」の一部が、Pを斜面に沿って押し上げる力になります。一方、「重力」の一部は、Pを斜面に沿って引きずり下ろそうとします。
Pが斜面を上るためには、押し上げる力の方が引きずり下ろす力より強ければよい、という条件から、加速度\(\alpha\)の最小値がわかります。
垂直抗力は、重力と慣性力の両方から斜面を押し付ける力を合計した分だけ、押し返している力です。
時間は、斜面を上る方向の正味の力から加速度を計算し、「距離=\(\frac{1}{2}\)×加速度×時間の2乗」の公式で求めます。

結論と吟味

Pが斜面を上る条件は \(\alpha > \displaystyle\frac{g}{\sqrt{3}}\)。
垂直抗力は \(N = \displaystyle\frac{m}{2}(\sqrt{3}g + \alpha)\)。
時間は \(t = 2\sqrt{\displaystyle\frac{l}{\sqrt{3}\alpha – g}}\)。
三角柱の加速度\(\alpha\)が大きいほど、斜面を上る加速度も大きくなり、時間は短くなります。また、\(\alpha\)が条件の値をわずかに超えただけだと、加速度はほぼ0になり、時間は無限に長くなることも式から読み取れ、物理的に妥当です。

解答 上る条件: \(\alpha > \displaystyle\frac{g}{\sqrt{3}}\), 垂直抗力: \(N = \displaystyle\frac{m}{2}(\sqrt{3}g + \alpha)\), 時間: \(t = 2\sqrt{\displaystyle\frac{l}{\sqrt{3}\alpha – g}}\)
別解: 慣性系(地上の観測者)の視点で運動方程式を立てる解法

思考の道筋とポイント
地上で静止している観測者(慣性系)の視点から、小物Pの運動を記述します。この視点では、「慣性力」は存在せず、Pに働く力は「重力」と「垂直抗力」の2つだけです。
Pの運動は、三角柱の左向きの加速度\(\alpha\)と、斜面を上る加速度\(a\)が合成されたものになります。この合成された加速度を水平成分と鉛直成分に分解し、それぞれの方向で運動方程式を立てて解きます。計算は複雑になりますが、物理の基本法則だけで解くことができます。
この設問における重要なポイント

  • 慣性系では、慣性力は存在しない。
  • Pの加速度は、三角柱の加速度と、斜面を上る相対加速度のベクトル和である。
  • 運動方程式を、水平方向と鉛直方向の2つの成分で立式する。

具体的な解説と立式
地上の観測者から見たPの加速度を \(\vec{a}_P\) とします。これは、三角柱の加速度 \(\vec{\alpha}\)(左向き)と、三角柱に対するPの相対加速度 \(\vec{a}\)(斜面を上向き)のベクトル和になります。
水平右向きをx軸、鉛直上向きをy軸とします。
\(\vec{\alpha}\) の成分は \((-\alpha, 0)\) です。
\(\vec{a}\) の成分は \((a\cos30^\circ, a\sin30^\circ)\) です。
よって、Pの加速度 \(\vec{a}_P\) の成分は、
$$ a_{Px} = a\cos30^\circ – \alpha $$
$$ a_{Py} = a\sin30^\circ $$
Pに働く力は、重力\(mg\)(y軸負の向き)と垂直抗力\(N\)です。垂直抗力\(N\)の成分は \((-N\sin30^\circ, N\cos30^\circ)\) です。
水平方向(x軸)と鉛直方向(y軸)の運動方程式を立てます。
水平方向の運動方程式は、
$$ m a_{Px} = F_x $$
$$ m(a\cos30^\circ – \alpha) = -N\sin30^\circ \quad \cdots ③ $$
鉛直方向の運動方程式は、
$$ m a_{Py} = F_y $$
$$ m(a\sin30^\circ) = N\cos30^\circ – mg \quad \cdots ④ $$
未知数は \(N, a, \alpha\) の3つですが、問題の設問に合わせて解いていきます。

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(m\vec{a} = \vec{F}\)
  • 加速度の合成: \(\vec{a}_{\text{絶対}} = \vec{a}_{\text{相対}} + \vec{a}_{\text{基準}}\)
計算過程

③, ④式から\(N\)を消去して、\(a\)と\(\alpha\)の関係を求めます。
③より \(N = \displaystyle\frac{m(\alpha – a\cos30^\circ)}{\sin30^\circ}\)。これを④に代入します。
$$
\begin{aligned}
ma\sin30^\circ &= \frac{m(\alpha – a\cos30^\circ)}{\sin30^\circ}\cos30^\circ – mg \\[2.0ex]
a\sin^2 30^\circ &= (\alpha – a\cos30^\circ)\cos30^\circ – g\sin30^\circ \\[2.0ex]
a\sin^2 30^\circ &= \alpha\cos30^\circ – a\cos^2 30^\circ – g\sin30^\circ \\[2.0ex]
a(\sin^2 30^\circ + \cos^2 30^\circ) &= \alpha\cos30^\circ – g\sin30^\circ \\[2.0ex]
a &= \alpha\cos30^\circ – g\sin30^\circ \\[2.0ex]
&= \alpha\frac{\sqrt{3}}{2} – g\frac{1}{2} = \frac{\sqrt{3}\alpha – g}{2}
\end{aligned}
$$
これは主たる解法で求めた斜面に沿った加速度\(a\)と一致します。
Pが斜面を上る条件は \(a>0\) なので、\(\sqrt{3}\alpha – g > 0\) より \(\alpha > \displaystyle\frac{g}{\sqrt{3}}\)。
時間\(t\)も、この\(a\)を用いて \(l=\frac{1}{2}at^2\) から計算すると、主たる解法と全く同じ結果になります。
垂直抗力\(N\)は、\(a\)を③式に代入し直すなどして計算すると、これも主たる解法と一致します。

この設問の平易な説明

地面に立っている人から見ると、物体Pは非常に複雑な動きをします。左に運ばれながら、斜め上に上がっていく、という合成された運動です。
この複雑な運動も、ニュートンの運動方程式に従っているはずです。Pに働く本物の力は「重力」と「垂直抗力」だけです。この2つの力の合力が、Pの複雑な加速運動を引き起こしていると考えます。
運動を水平方向と鉛直方向に分けて、それぞれの方向で運動方程式を立てます。すると、2本の連立方程式ができます。この方程式は見た目が複雑ですが、数学的に解いていくと、不思議なことに、三角柱の上で考えた場合と全く同じ答えが出てきます。

結論と吟味

主たる解法と全く同じ結果が得られました。この別解は、計算が複雑になる一方で、慣性力という「架空の力」に頼らず、運動方程式という物理学の基本法則だけで現象を記述できることを示しています。どちらの視点でも解けるようになっておくことで、問題への対応力が格段に向上します。

解答 上る条件: \(\alpha > \displaystyle\frac{g}{\sqrt{3}}\), 垂直抗力: \(N = \displaystyle\frac{m}{2}(\sqrt{3}g + \alpha)\), 時間: \(t = 2\sqrt{\displaystyle\frac{l}{\sqrt{3}\alpha – g}}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 斜面上での慣性力の分解
    • 核心: この問題の根幹は、水平方向に働く「慣性力」を、斜面上の運動を解析するために「斜面に平行な成分」と「斜面に垂直な成分」に正しく分解できるかどうかにあります。
    • 理解のポイント:
      • 力の分解は基本操作: 斜面上の問題を解く際には、重力を分解するのが定石ですが、慣性力のような他の力が加わった場合も、同じように分解するという基本操作が重要です。
      • 慣性力の役割: 水平右向きに働く慣性力 \(m\alpha\) は、斜面に平行な成分 \(m\alpha\cos30^\circ\) と、斜面に垂直な成分 \(m\alpha\sin30^\circ\) に分けられます。
      • 物理的意味: 斜面に平行な成分は、重力の斜面成分 \(mg\sin30^\circ\) と逆向きに働き、物体を「斜面に沿って押し上げる」効果を持ちます。斜面に垂直な成分は、重力の垂直成分 \(mg\cos30^\circ\) と同じ向きに働き、物体を「斜面に強く押し付ける」効果を持ちます。
  • 非慣性系における運動方程式と力のつりあい
    • 核心: 加速する三角柱の上(非慣性系)で、運動する方向(斜面に平行)と運動しない方向(斜面に垂直)で、適用する法則を使い分けることが重要です。
    • 理解のポイント:
      • 運動する方向 → 運動方程式: 斜面に平行な方向には、物体は加速度 \(a\) で運動します。したがって、この方向には「運動方程式」 \(ma = (\text{力の合力})\) を立てます。
      • 運動しない方向 → 力のつりあい: 斜面に垂直な方向には、物体は動いたり浮き上がったりしません。したがって、この方向には「力のつりあい」の式を立てます。
      • 合力とは?: どちらの式を立てるにせよ、考えるべき力は「本物の力(重力、垂直抗力)」と「慣性力」をすべて合わせたものです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 加速する電車内で斜めに吊るしたおもり: 電車が水平に加速しているとき、天井から吊るしたおもりが斜め後ろに振れて静止する問題(問題84)。これも重力と慣性力の合力の向きに糸が張られる、という力のつりあいの問題です。
    • 遠心力と斜面: 回転する円錐の内側や、カーブを曲がる走路のバンク(傾き)の上で物体が静止する問題。この場合、慣性力として「遠心力」が働き、それが重力や垂直抗力とつりあう条件を考えます。
    • 摩擦がある場合: この問題に動摩擦力が加わった場合、斜面を上る運動方程式は \(ma = m\alpha\cos30^\circ – mg\sin30^\circ – \mu N\) となります。垂直抗力\(N\)が慣性力の影響で大きくなる (\(N = mg\cos30^\circ + m\alpha\sin30^\circ\)) ため、摩擦力も通常より大きくなる点に注意が必要です。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 座標系を決める: まず「台の上で考える(非慣性系)」か「地上で考える(慣性系)」かを決めます。斜面上の運動は、斜面に沿った座標軸を取れる非慣性系の方が考えやすいことが多いです。
    2. すべての力を書き出す: 非慣性系なら「重力、垂直抗力、摩擦力などの本物の力」+「慣性力」をすべて作図します。
    3. 力を分解する軸を決める: 斜面上の問題では、ほとんどの場合「斜面に平行」と「斜面に垂直」の2方向に分解するのが定石です。
    4. 各軸で方程式を立てる: 運動している軸では運動方程式を、静止している軸では力のつりあいの式を立てます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 慣性力の分解忘れ・分解ミス:
    • 誤解: 水平に働く慣性力 \(m\alpha\) を、分解せずにそのまま斜面方向の力として扱ってしまう。あるいは、角度を間違えて \(\sin\) と \(\cos\) を逆にしてしまう。
    • 対策: 必ず大きな図を描き、力の分解の様子を補助線(点線)で明確に示しましょう。慣性力と斜面のなす角が\(30^\circ\)なので、斜面に平行な成分が \(\cos30^\circ\)、垂直な成分が \(\sin30^\circ\) になることを、三角形の辺の比から毎回確認する癖をつけます。
  • 垂直抗力の計算ミス:
    • 誤解: 斜面上の物体の垂直抗力は常に \(mg\cos\theta\) だと思い込んでしまう。
    • 対策: 垂直抗力は「斜面を押し付ける力」とつりあう力です。この問題のように、慣性力にも斜面を押し付ける成分があれば、それも合算しなければなりません。\(N\)は状況によって変わる従属的な力であり、安易に公式化しないことが重要です。
  • 運動方程式とつりあいの式の混同:
    • 誤解: 斜面に平行な方向にも力がつりあっていると考えてしまう。
    • 対策: 物体が「静止」または「等速直線運動」している場合にのみ、力のつりあいが成り立ちます。この問題では、物体は斜面を「加速」して上るので、運動方程式を立てる必要があります。「運動しているか、静止しているか」を各方向で冷静に判断しましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 非慣性系での運動方程式:
    • 選定理由: 問題が「斜面を上る」という、斜面に沿った運動を問うているため、観測者自身も斜面(三角柱)に乗っていると考えるのが最も自然です。この視点に立つことで、運動を1次元(斜面に沿った方向)の等加速度運動として単純化できます。
    • 適用根拠: 加速度運動する座標系でニュートンの運動法則を形式的に成り立たせるための拡張であり、慣性力を導入することで、複雑な運動をより単純な座標系で記述し直すことができます。
  • 力の分解:
    • 選定理由: 物体の運動が斜面に束縛されているため、運動を記述するのに最も都合が良いのが「斜面に平行・垂直」な座標軸だからです。この軸に沿って力を分解することで、運動を引き起こす力(平行成分)と、運動に関与しない力(垂直成分、垂直抗力とつりあう)を明確に分離できます。
    • 適用根拠: 力はベクトル量であり、互いに直交する成分に分解しても、その物理的な効果の総和は変わらないというベクトルの性質に基づいています。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 三角関数の値を正確に: \(\sin30^\circ = 1/2\), \(\cos30^\circ = \sqrt{3}/2\) といった基本的な三角関数の値は、瞬時に正確に使えるようにしておきましょう。
  • 文字式の整理: 加速度 \(a = \frac{\sqrt{3}\alpha – g}{2}\) のように、複数の項を含む式を扱う際は、全体を一つの塊として意識し、分数の計算などで間違いが起きないように注意します。
  • 条件の確認: 最後に求めた時間 \(t\) の式の根号の中が、最初に求めた「上るための条件 \(\alpha > g/\sqrt{3}\)」によって正になることを確認する習慣をつけましょう。これにより、自分の計算結果に論理的な一貫性があることを検証できます。
関連記事

[mathjax] SNSでのシェアはご自由にどうぞ。(上のボタンをクリック) ブログで引用する際には、こちらのリンクを添えてください。 【引用】https://makoto-physics-school.com […]

88 等速円運動

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説は、模範解答で採用されている解法(静止した観測者の視点から運動方程式を立てる)を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • 別解1: 回転座標系(非慣性系)と遠心力を用いる解法
      • 模範解答が静止した観測者(慣性系)の立場で運動方程式を立てるのに対し、別解では物体と一緒に回転する観測者(非慣性系)の立場で、見かけの力である「遠心力」を含めた力のつり合いを考えます。
    • 別解2: 力のベクトル図を用いる解法
      • 模範解答が力を成分分解して代数的に解くのに対し、別解では重力、垂直抗力、向心力のベクトルが作る三角形の幾何学的な関係(三角比)から直接答えを導きます。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理的視点の多様化: 慣性系と非慣性系という異なる視点から同じ現象を記述する経験は、物理への理解を深めます。
    • 思考の柔軟性向上: 成分分解だけでなく、ベクトルそのものの幾何学的関係に着目する解法を学ぶことで、問題解決のアプローチが豊かになります。
    • 解法の効率化: ベクトル図を用いる解法は、立式から計算までのステップが少なく、見通しが良い場合があります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「円錐面内の等速円運動」です。円錐振り子とも呼ばれるこの種の問題は、円運動の基本的な考え方を適用する典型例です。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 力の分解: 物体に働く力を、運動を分析しやすい方向(この場合は水平方向と鉛直方向)に正しく分解できること。
  2. 鉛直方向の力のつり合い: 物体が上下に動かないことから、鉛直方向の力はつり合っていると判断できること。
  3. 円運動の運動方程式: 水平な円運動の向心力が、物体に働く力の水平成分の合力によって供給されることを理解していること (\(ma = F\))。
  4. 幾何学的関係: 図形から、力のベクトルのなす角を正しく読み取れること。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. 物体に働く力(重力と垂直抗力)を図示します。
  2. 運動が水平方向、力のつり合いが鉛直方向で考えるのが便利なため、斜めを向いている垂直抗力を水平成分と鉛直成分に分解します。
  3. 鉛直方向には動かないので、力のつり合いの式を立てます。
  4. 水平方向は等速円運動をしているので、運動方程式を立てます。
  5. これら2つの式を連立して、垂直抗力 \(N\) と速さ \(v\) を求めます。

この先は、会員限定コンテンツです

記事の続きを読んで、物理の「なぜ?」を解消しませんか?
会員登録をすると、全ての限定記事が読み放題になります。

PVアクセスランキング にほんブログ村