力学範囲 51~55
51 仕事
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「仕事の定義と計算」です。特に、力が移動方向に対して斜めに働く場合や、摩擦力が関わる場合の仕事の計算方法を正確に理解しているかが問われます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 仕事の定義: 力 \(\vec{F}\) が働いて物体が変位 \(\vec{x}\) だけ移動したとき、その仕事は \(W = |\vec{F}||\vec{x}|\cos\phi\)(\(\phi\)は力と変位のなす角)で与えられること。
- 力の分解: 斜め向きの力は、水平成分と鉛直成分に分解して考えると、物理現象を分析しやすくなる。
- 力のつりあい: 物体が特定の方向に運動しない(または等速直線運動する)場合、その方向の力の合力は0である。この問題では、鉛直方向の運動がないため、鉛直方向の力がつりあっている。
- 動摩擦力: 動摩擦力の大きさは、垂直抗力\(N\)と動摩擦係数\(\mu\)を用いて \(f’ = \mu N\) と表される。その向きは、常に運動方向と逆向きである。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)~(3)の仕事は、仕事の定義式 \(W=Fx\cos\phi\) に、それぞれの力の大きさと、移動方向とのなす角を代入して直接計算します。
- (4)の動摩擦力の仕事を求めるには、まず動摩擦力の大きさ \(f’ = \mu N\) を計算する必要があります。
- そのために、鉛直方向の力のつりあいの式を立てて、垂直抗力\(N\)の大きさを求めます。
- 求めた動摩擦力を用いて、仕事の定義からその仕事を計算します。
問(1) 手の力
思考の道筋とポイント
仕事の定義式 \(W = Fx\cos\phi\) を直接適用します。この式において、力\(F\)は手の力\(F_0\)、移動距離\(x\)は\(l\)、そして力と移動方向のなす角\(\phi\)は30°です。あるいは、手の力\(F_0\)を水平方向と鉛直方向に分解し、「仕事をするのは水平成分だけ」と考えても同じ結果が得られます。
この設問における重要なポイント
- 仕事の計算では、力の大きさと移動距離だけでなく、両者の「向きの関係(なす角)」が重要。
- 手の力\(F_0\)のうち、実際に物体を水平に動かすのに貢献しているのは、水平成分 \(F_0 \cos 30^\circ\) である。
具体的な解説と立式
仕事の定義式 \(W = Fx\cos\phi\) を用います。
- 力の大きさ: \(F = F_0\)
- 移動距離: \(x = l\)
- 力と移動のなす角: \(\phi = 30^\circ\)
したがって、手の力がする仕事\(W_1\)は、
$$
\begin{aligned}
W_1 &= F_0 \cdot l \cdot \cos 30^\circ
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 仕事の定義: \(W = Fx\cos\phi\)
\(\cos 30^\circ = \displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2}\) を代入して計算します。
$$
\begin{aligned}
W_1 &= F_0 l \left(\frac{\sqrt{3}}{2}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{\sqrt{3}}{2}F_0 l
\end{aligned}
$$
仕事とは、ある力がある物体を「どれだけ動かすのに貢献したか」を表す量です。今回は、斜め30°の方向に力\(F_0\)を加えていますが、物体は水平にしか動いていません。この力\(F_0\)のうち、水平方向への移動に直接貢献したのは、その水平成分である \(F_0 \cos 30^\circ\) だけです。したがって、仕事は「貢献した力の大きさ(\(F_0 \cos 30^\circ\)) \(\times\) 移動距離(\(l\))」で計算できます。
手の力がする仕事は \(\displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2}F_0 l\) となります。力は運動の向きに対して鋭角をなしているので、仕事は正の値となり、物理的に妥当です。
問(2) 垂直抗力
思考の道筋とポイント
垂直抗力がする仕事を、仕事の定義式 \(W = Fx\cos\phi\) を用いて計算します。垂直抗力は常に面に垂直な向き(鉛直上向き)に働きますが、物体の移動は面に沿った向き(水平方向)です。
この設問における重要なポイント
- 垂直抗力の向きは鉛直上向き。
- 移動の向きは水平方向。
- 力の向きと移動の向きが垂直(なす角が90°)であるため、仕事は0になる。
具体的な解説と立式
仕事の定義式 \(W = Fx\cos\phi\) を用います。
- 力の大きさ: \(F = N\) (垂直抗力の大きさ)
- 移動距離: \(x = l\)
- 力と移動のなす角: \(\phi = 90^\circ\)
したがって、垂直抗力がする仕事\(W_2\)は、
$$
\begin{aligned}
W_2 &= N \cdot l \cdot \cos 90^\circ
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 仕事の定義: \(W = Fx\cos\phi\)
\(\cos 90^\circ = 0\) なので、
$$
\begin{aligned}
W_2 &= N \cdot l \cdot 0 \\[2.0ex]
&= 0
\end{aligned}
$$
垂直抗力は、物体が床にめり込まないように真上に押し返す力です。しかし、物体は実際には上には動いていません(水平にしか動いていない)。このように、力の向きと移動の向きが直角になっている場合、その力は物体の移動に全く貢献していないので、仕事はゼロになります。
垂直抗力がする仕事は0です。これは、力と変位が垂直な場合には仕事が0になるという、仕事の基本的な性質を示すものです。
問(3) 重力
思考の道筋とポイント
重力がする仕事を、仕事の定義式 \(W = Fx\cos\phi\) を用いて計算します。重力は常に鉛直下向きに働きますが、物体の移動は水平方向です。
この設問における重要なポイント
- 重力の向きは鉛直下向き。
- 移動の向きは水平方向。
- 力の向きと移動の向きが垂直(なす角が90°)であるため、仕事は0になる。
具体的な解説と立式
仕事の定義式 \(W = Fx\cos\phi\) を用います。
- 力の大きさ: \(F = mg\)
- 移動距離: \(x = l\)
- 力と移動のなす角: \(\phi = 90^\circ\)
したがって、重力がする仕事\(W_3\)は、
$$
\begin{aligned}
W_3 &= mg \cdot l \cdot \cos 90^\circ
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 仕事の定義: \(W = Fx\cos\phi\)
\(\cos 90^\circ = 0\) なので、
$$
\begin{aligned}
W_3 &= mg \cdot l \cdot 0 \\[2.0ex]
&= 0
\end{aligned}
$$
重力は、物体を真下に引く力です。しかし、物体は実際には下には動いていません(水平にしか動いていない)。垂直抗力の場合と同様に、力の向きと移動の向きが直角なので、重力は物体の水平移動に全く貢献しておらず、仕事はゼロになります。
重力がする仕事は0です。水平面上の運動では、重力と垂直抗力は仕事をしない、という典型的な例です。
問(4) 動摩擦力
思考の道筋とポイント
動摩擦力がする仕事を計算するには、まず動摩擦力の大きさ \(f’ = \mu N\) を求める必要があります。ここで注意すべきは、垂直抗力\(N\)が\(mg\)と等しくない点です。手の力\(F_0\)に上向きの成分があるため、物体を少し持ち上げる効果があり、床が物体を支える力(垂直抗力)は\(mg\)より小さくなります。この点を考慮して、まず鉛直方向の力のつりあいから\(N\)を求め、次に\(f’\)を計算し、最後に仕事\(W_4\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 斜め上に引く力がある場合、垂直抗力は \(N \neq mg\) となる。
- 鉛直方向の力のつりあいを考えて、正しい垂直抗力\(N\)を求める必要がある。
- 動摩擦力は常に運動と逆向きに働くため、その仕事は必ず負になる。
具体的な解説と立式
Step 1: 垂直抗力\(N\)を求める
物体は鉛直方向には運動しないので、鉛直方向の力はつりあっています。
手の力\(F_0\)の鉛直成分は、上向きに \(F_0 \sin 30^\circ\) です。
(上向きの力の和)=(下向きの力の和)より、
$$ N + F_0 \sin 30^\circ = mg $$
これを\(N\)について解くと、
$$ N = mg – F_0 \sin 30^\circ $$
Step 2: 動摩擦力\(f’\)を求める
動摩擦力の大きさ\(f’\)は \(f’ = \mu N\) で与えられます。Step 1で求めた\(N\)を代入します。
$$ f’ = \mu (mg – F_0 \sin 30^\circ) $$
Step 3: 動摩擦力の仕事\(W_4\)を求める
動摩擦力\(f’\)は、運動方向(水平右向き)とは逆向き(水平左向き)に働きます。したがって、力と移動のなす角は180°です。
仕事の定義より、
$$
\begin{aligned}
W_4 &= f’ \cdot l \cdot \cos 180^\circ \\[2.0ex]
&= -f’l
\end{aligned}
$$
この式に、Step 2で求めた\(f’\)を代入します。
$$ W_4 = – \mu l (mg – F_0 \sin 30^\circ) $$
使用した物理公式
- 力のつりあい
- 動摩擦力: \(f’ = \mu N\)
- 仕事の定義: \(W = Fx\cos\phi\)
\(\sin 30^\circ = \displaystyle\frac{1}{2}\) を代入して、式を整理します。
まず垂直抗力\(N\)は、
$$
\begin{aligned}
N &= mg – F_0 \left(\frac{1}{2}\right) \\[2.0ex]
&= mg – \frac{F_0}{2}
\end{aligned}
$$
したがって、求める仕事\(W_4\)は、
$$
\begin{aligned}
W_4 &= – \mu l N \\[2.0ex]
&= -\mu l \left(mg – \frac{F_0}{2}\right)
\end{aligned}
$$
動摩擦力の仕事は、基本的には「(動摩擦力の大きさ)\(\times\)(距離)」で、動きを邪魔する力なのでマイナスの符号がつきます。
ここで一番のポイントは、「動摩擦力の大きさ」を正しく求めることです。摩擦力は、物体が床に押し付けられる力(垂直抗力)が強いほど大きくなります。今回は、斜め上に引っ張る力\(F_0\)が物体を少し持ち上げるのを助けているため、床に押し付けられる力は、物体の重さ\(mg\)まるまるではなく、そこから持ち上げる力(\(F_0\)の上向き成分)を引いた分になります。この「軽くなった」状態での垂直抗力を計算し、それを使って動摩擦力を求め、最後に仕事の計算をします。
動摩擦力がする仕事は \(-\mu l \left(mg – \displaystyle\frac{F_0}{2}\right)\) となります。動摩擦力は運動を妨げる力なので、仕事が負になるのは妥当です。また、この式から、引く力\(F_0\)が大きくなるほど、垂直抗力\(N\)が小さくなり、動摩擦力の仕事の大きさ(絶対値)も小さくなることがわかります。これは、斜め上に強く引くほど物体が浮き上がって摩擦が減るという直感的なイメージと一致しており、物理的に正しい結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 仕事の定義 \(W = Fx\cos\phi\) の厳密な適用:
- 核心: この問題の根幹は、仕事という物理量が、単なる「力 \(\times\) 距離」ではなく、「力のベクトル」と「変位のベクトル」の内積で定義される、向きの概念を含む量であることを理解し、正しく適用することにあります。
- 理解のポイント:
- \(\cos\phi\)の役割: この項は、力のベクトルの中から、変位の方向を向いた成分だけを抜き出す役割を果たします。
- 仕事が0になる場合: 力と変位が垂直 (\(\phi=90^\circ\)) のとき、\(\cos 90^\circ = 0\) となり、仕事は0になります。この問題の(2)垂直抗力と(3)重力がこれに該当します。どんなに大きな力でも、移動に貢献しなければ仕事は0です。
- 仕事が負になる場合: 力が変位と逆向きの成分を持つ (\(90^\circ < \phi \le 180^\circ\)) とき、\(\cos\phi\) は負となり、仕事も負になります。これは、力が物体の運動を「妨げた」ことを意味します。この問題の(4)動摩擦力がこれに該当します。
- 垂直抗力の動的な変化:
- 核心: 垂直抗力\(N\)は、常に重力\(mg\)と等しいわけではなく、状況に応じて変化する「受動的な力」であると理解することが重要です。
- 理解のポイント:
- 物体に働く鉛直方向の力は、(下向きに)重力\(mg\)と、(上向きに)垂直抗力\(N\)および手の力の上向き成分 \(F_0 \sin 30^\circ\) の3つです。
- 物体は鉛直方向には動かない(加速度が0)ので、これらの力はつりあっていなければなりません。
- したがって、\((\text{上向きの力の和}) = (\text{下向きの力の和})\) というつりあいの式 \(N + F_0 \sin 30^\circ = mg\) から、\(N\)は\(mg\)よりも小さくなることが導かれます。この正しい\(N\)を用いて摩擦力を計算することが、(4)を正解する上での最大の鍵です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 坂道を押す・引く問題: 斜面上にある物体を、斜面と平行ではない向きに押したり引いたりする場合。このときも、加える力を斜面平行成分と斜面垂直成分に分解します。斜面垂直成分は、垂直抗力の大きさに影響を与え、結果として摩擦力の大きさを変化させます。
- 仕事とエネルギーの関係(仕事率): この問題で求めた各仕事の合計は、物体の運動エネルギーの変化に等しくなります(仕事とエネルギーの定理)。また、「単位時間あたりの仕事」である仕事率 \(P = Fv\cos\phi\) を問う問題にも応用できます。
- 複数の力が働く場合の「合力の仕事」: 各力がする仕事をそれぞれ求めて足し合わせることで、「合力がした仕事」を計算できます。これは、先に力の合力をベクトル的に求めてから、その合力がする仕事を計算するのと同じ結果になります。
- 初見の問題での着眼点:
- 物体に働く力をすべて図示する: まずは重力、垂直抗力、加える力、摩擦力など、物体に働く力を漏れなく矢印で書き込みます(フリーボディダイアグラム)。
- 斜めの力は分解する: 座標軸(通常は水平・鉛直)に対して斜めを向いた力があれば、機械的に成分分解します。
- 垂直抗力を求める: 摩擦力が関わる問題では、安易に \(N=mg\) とせず、必ず鉛直方向(あるいは面に垂直な方向)の力のつりあいを立てて、\(N\)の大きさを確認します。
- 各力について、移動方向との角度を確認する: 仕事を求める際には、それぞれの力について、移動方向とのなす角\(\phi\)が何度なのか(0°, 90°, 180°, あるいはそれ以外の角度か)を一つずつ確認します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 垂直抗力を\(mg\)と決めつける:
- 誤解: 摩擦力の計算で、何も考えずに \(f’ = \mu mg\) という公式を使ってしまう。
- 対策: (4)を解く上での最も典型的な間違いです。「斜め向きの力が働いていたら、垂直抗力は\(mg\)ではない可能性が高い」と常に警戒する癖をつけましょう。必ず鉛直方向の力のつりあいを立てる一手間を惜しまないことが重要です。
- 仕事の定義における角度の誤用:
- 誤解: (1)で、力の水平成分を考える際に \(\sin 30^\circ\) を使ってしまうなど、三角関数の選択を間違える。
- 対策: 角度を挟む辺がコサイン(\(\cos\))、向かい合う辺がサイン(\(\sin\))、と機械的に覚えるのではなく、力の分解図を自分で描き、「この成分は角度を挟んでいるから\(\cos\)だ」というように、図形的に確認する習慣をつけましょう。
- 摩擦力の仕事の符号:
- 誤解: 動摩擦力の仕事の計算で、マイナス符号をつけ忘れる。
- 対策: 動摩擦力は、その定義からして常に物体の運動を妨げる向きに働きます。したがって、物体が動いている限り、動摩擦力がする仕事は「必ず負になる」と覚えておきましょう。計算の最後に、答えが負になっているかを確認するだけでミスを発見できます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 仕事の定義式 \(W=Fx\cos\phi\):
- 選定理由: この問題は、様々な種類の力がする「仕事」そのものを問うています。したがって、仕事という物理量を定義する最も基本的な式を用いるのが、全ての設問に共通する、最も直接的で論理的なアプローチです。
- 適用根拠: この式は仕事の定義そのものです。力が一定で、移動が直線的であるというこの問題の条件下では、この式を適用することに何の問題もありません。(1)~(4)の全ての設問は、この一つの定義式に、それぞれの力の\(F\)と\(\phi\)を代入するだけで解くことができる、という統一的な構造をしています。
- 鉛直方向の力のつりあい:
- 選定理由: (4)で動摩擦力の仕事を求めるためには、その大きさ \(f’=\mu N\) を知る必要があります。未知数である垂直抗力\(N\)を決定するために、追加の情報(方程式)が必要です。物体が鉛直方向には運動していない(加速度が0)という事実から、鉛直方向の力はつりあっているはずだ、という法則を選択します。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則 \(ma=F\) において、鉛直方向の加速度が \(a_y=0\) であるため、鉛直方向の力の合力は \(F_y = ma_y = 0\) となります。これは、力のつりあいの式そのものです。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 力の分解を正確に行う: \(F_0\)を分解する際、水平成分が \(F_0 \cos 30^\circ\)、鉛直成分が \(F_0 \sin 30^\circ\) となることを、簡単な図を描いて毎回確認しましょう。
- 三角関数の値を正確に覚える: \(30^\circ, 45^\circ, 60^\circ\) の\(\sin, \cos, \tan\)の値は、瞬時に出てくるようにしておくことが計算のスピードと正確性に直結します。
- 鉛直方向のつりあいの立式ミスに注意: \(N + F_0 \sin 30^\circ = mg\) の式で、\(N\)と\(F_0 \sin 30^\circ\)が同じ上向きであることを見落とし、\(N = mg + F_0 \sin 30^\circ\) のような間違いをしがちです。必ず「上向きの力の和」「下向きの力の和」をそれぞれ書き出してから等号で結ぶようにすると、符号ミスが減ります。
- 計算の順序を意識する: (4)のように、ある量を求めるために別の計算(この場合は\(N\)の計算)が必要になる問題では、思考のステップを明確に意識することが重要です。「\(W_4\)を求める \(\rightarrow\) そのためには\(f’\)が必要 \(\rightarrow\) そのためには\(N\)が必要 \(\rightarrow\) まずは\(N\)を求めよう」というように、ゴールから逆算して手順を組み立てる能力を養いましょう。
52 仕事
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法(仕事と運動エネルギーの関係を用いる)を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 別解: 運動方程式から加速度を求め、等加速度直線運動の公式を用いる解法
- 模範解答が「エネルギー」の観点から、始状態と終状態の関係を直接結びつけるのに対し、別解では「力」の観点から運動の途中経過(加速度)を求め、それを用いて最終的な速さを計算します。
- 別解: 運動方程式から加速度を求め、等加速度直線運動の公式を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的本質の深化: 同じ一つの現象を、「仕事によるエネルギーの変化」という視点と、「力による加速度の発生」という視点の両方から解析する経験は、力学の二大原理の等価性への理解を深めます。
- 解法の選択肢の拡大: 問題によっては、加速度を求める方が簡単な場合や、逆にエネルギーで考える方が簡単な場合があります。両方のアプローチを習得することで、問題解決能力の幅が広がります。
- 相互検算による確実性向上: 異なる二つの方法で計算し、同じ答えが導かれることを確認することで、計算の正確性を格段に高めることができます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「仕事と運動エネルギーの関係(仕事とエネルギーの定理)」です。問題51で計算した各力のする仕事を用いて、物体の運動エネルギーがどれだけ変化したかを計算し、最終的な速さを求めることが目標です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 仕事とエネルギーの定理: 物体にされた仕事の総和は、その物体の運動エネルギーの変化量に等しい (\(W_{\text{合計}} = \Delta K\))。これは力学における最も重要な関係式の一つです。
- 運動エネルギーの定義: 質量\(m\)、速さ\(v\)の物体の運動エネルギーは \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) で与えられること。
- 各力のする仕事: 問題51で求めた、手の力、垂直抗力、重力、動摩擦力がする仕事を正しく利用できること。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 問題51で求めた、物体に働く各力(手の力、垂直抗力、重力、動摩擦力)がする仕事をすべて合計し、物体にされた仕事の総和 \(W_{\text{合計}}\) を求めます。
- 仕事とエネルギーの定理「\(W_{\text{合計}} = (\text{後の運動エネルギー}) – (\text{前の運動エネルギー})\)」を立式します。
- 初めは静止していたこと、後の速さが\(v\)であることを式に反映させ、最終的な速さ\(v\)について解きます。
思考の道筋とポイント
「距離\(l\)だけ動いた後の速さ\(v\)はいくらか」という問いは、力学の問題で頻出するパターンです。これには大きく分けて2つの解法があります。一つは「運動方程式を立てて加速度を求め、等加速度直線運動の公式を使う」方法(別解で解説)、もう一つは「仕事とエネルギーの関係を使う」方法です。
後者は、途中の時間や加速度を計算する必要がなく、運動の「前」と「後」の状態だけに着目すればよいため、多くの場合で計算が簡潔になります。この問題では、前の問題51でご丁寧に各力のする仕事が計算済みなので、それらを足し合わせるだけで、運動エネルギーの変化量がわかる、という流れになります。
この設問における重要なポイント
- 仕事とエネルギーの定理: \(W_{\text{合計}} = \Delta K = K_{\text{後}} – K_{\text{前}}\) を適用する。
- 仕事の総和 \(W_{\text{合計}}\) は、問題51で求めた\(W_1, W_2, W_3, W_4\)の和である。
- 初め物体は静止しているので、前の運動エネルギー \(K_{\text{前}}\) は0である。
- 後の運動エネルギー \(K_{\text{後}}\) は \(\displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) である。
具体的な解説と立式
仕事とエネルギーの定理より、物体にされた仕事の総和は、物体の運動エネルギーの変化量に等しくなります。
$$
\begin{aligned}
W_1 + W_2 + W_3 + W_4 &= \frac{1}{2}mv^2 – \frac{1}{2}m \cdot 0^2
\end{aligned}
$$
ここで、問題51の結果を用いると、
- 手の力がする仕事: \(W_1 = \displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2}F_0 l\)
- 垂直抗力がする仕事: \(W_2 = 0\)
- 重力がする仕事: \(W_3 = 0\)
- 動摩擦力がする仕事: \(W_4 = -\mu l \left(mg – \displaystyle\frac{F_0}{2}\right)\)
これらの値を仕事とエネルギーの定理の式に代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\sqrt{3}}{2}F_0 l + 0 + 0 – \mu l \left(mg – \frac{F_0}{2}\right) &= \frac{1}{2}mv^2
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(W_{\text{合計}} = \Delta K\)
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 問題51で求めた各仕事の結果
上記で立式したエネルギーの式を、速さ\(v\)について解きます。
まず、左辺を整理します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv^2 &= \frac{\sqrt{3}}{2}F_0 l – \mu mgl + \frac{\mu}{2}F_0 l \\[2.0ex]
&= \left(\frac{\sqrt{3}}{2} + \frac{\mu}{2}\right)F_0 l – \mu mgl
\end{aligned}
$$
両辺を2倍して\(mv^2\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
mv^2 &= (\sqrt{3}+\mu)F_0 l – 2\mu mgl
\end{aligned}
$$
両辺を質量\(m\)で割って\(v^2\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
v^2 &= \frac{(\sqrt{3}+\mu)F_0 l}{m} – 2\mu gl
\end{aligned}
$$
最後に、正の平方根をとって速さ\(v\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
v &= \sqrt{\frac{(\sqrt{3}+\mu)F_0 l}{m} – 2\mu gl}
\end{aligned}
$$
物体がスピードアップして運動エネルギーを得るのは、外部から「プラスの仕事」をされたからです。この問題では、物体は「手の力」によってエネルギーをもらい(プラスの仕事)、「動摩擦力」によってエネルギーを奪われ(マイナスの仕事)ています。このエネルギーの収支を計算した結果が、最終的に物体の運動エネルギーとして残ります。
つまり、「(もらったエネルギー)-(奪われたエネルギー)=(最終的な運動エネルギー)」という式を立て、これを解くことで最終的な速さ\(v\)を求めることができます。
距離\(l\)だけ引きずったときの速さ\(v\)は \(\sqrt{\displaystyle\frac{(\sqrt{3}+\mu)F_0 l}{m} – 2\mu gl}\) となります。この式は、物体を加速させる仕事(\(F_0\)に比例する項)が大きいほど、また運動を妨げる仕事(\(\mu gl\)の項)が小さいほど、最終的な速さが大きくなることを示しており、物理的に妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
「速さを求めよ」という問題に対する、もう一つの基本的なアプローチです。まず、物体に働くすべての力を分析し、運動方程式を立てて物体の加速度\(a\)を求めます。力が一定であれば加速度も一定となるため、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を用いて、距離\(l\)進んだ後の速さ\(v\)を計算することができます。
この設問における重要なポイント
- 運動方程式: \(ma = F_{\text{合力}}\) を用いて加速度を求める。
- 水平方向の合力は、手の力の水平成分と動摩擦力の差である。
- 垂直抗力\(N\)は\(mg\)ではないことに注意する(問題51の計算を利用)。
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を適用する。
具体的な解説と立式
Step 1: 加速度\(a\)を求める
まず、物体に働く水平方向の合力を求めます。
- 右向きの力: 手の力の水平成分 \(F_0 \cos 30^\circ\)
- 左向きの力: 動摩擦力 \(f’ = \mu N\)
ここで、垂直抗力\(N\)は、問題51(4)で求めたように、鉛直方向の力のつりあい \(N + F_0 \sin 30^\circ = mg\) から、
$$ N = mg – F_0 \sin 30^\circ $$
となります。
したがって、水平方向の運動方程式は、
$$ ma = (\text{右向きの力}) – (\text{左向きの力}) $$
$$ ma = F_0 \cos 30^\circ – \mu N $$
$$ ma = F_0 \cos 30^\circ – \mu(mg – F_0 \sin 30^\circ) $$
Step 2: 速さ\(v\)を求める
初速度\(v_0=0\)で、距離\(l\)だけ進んだ後の速さ\(v\)を、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を用いて求めます。
$$ v^2 – 0^2 = 2al $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 力のつりあい
- 動摩擦力: \(f’=\mu N\)
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
まず、運動方程式を解いて加速度\(a\)を求めます。
\(\cos 30^\circ = \displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2}\), \(\sin 30^\circ = \displaystyle\frac{1}{2}\) を代入すると、
$$
\begin{aligned}
ma &= F_0 \left(\frac{\sqrt{3}}{2}\right) – \mu \left(mg – F_0 \left(\frac{1}{2}\right)\right) \\[2.0ex]
ma &= \frac{\sqrt{3}}{2}F_0 – \mu mg + \frac{\mu}{2}F_0 \\[2.0ex]
ma &= \frac{\sqrt{3}+\mu}{2}F_0 – \mu mg
\end{aligned}
$$
よって、加速度\(a\)は、
$$
\begin{aligned}
a &= \frac{1}{m} \left( \frac{\sqrt{3}+\mu}{2}F_0 – \mu mg \right)
\end{aligned}
$$
次に、この\(a\)を \(v^2 = 2al\) に代入して\(v\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
v^2 &= 2 \left\{ \frac{1}{m} \left( \frac{\sqrt{3}+\mu}{2}F_0 – \mu mg \right) \right\} l \\[2.0ex]
&= \frac{2l}{m} \left( \frac{\sqrt{3}+\mu}{2}F_0 – \mu mg \right) \\[2.0ex]
&= \frac{(\sqrt{3}+\mu)F_0 l}{m} – 2\mu gl
\end{aligned}
$$
最後に、正の平方根をとって速さ\(v\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
v &= \sqrt{\frac{(\sqrt{3}+\mu)F_0 l}{m} – 2\mu gl}
\end{aligned}
$$
まず、この物体がどれくらいの加速度で動くのかを計算します。物体を前に進めるアクセル役は「手の力の水平成分」、ブレーキ役は「動摩擦力」です。「質量 \(\times\) 加速度 = アクセル – ブレーキ」という運動方程式を立てることで、加速度\(a\)が求まります。
加速度が一定なので、「(後の速さの2乗)-(前の速さの2乗) = 2 \(\times\) 加速度 \(\times\) 距離」という便利な公式が使えます。今回は前の速さが0なので、これに求めた加速度と距離\(l\)を代入すれば、後の速さ\(v\)を計算することができます。
主たる解法である「仕事とエネルギーの関係」から導いた結果と、完全に一致しました。これは、「仕事とエネルギーの定理」が、運動方程式と等加速度直線運動の公式から導出される(あるいはその逆も然り)という、両者の数学的な等価性を示しています。どちらのアプローチでも解けるようになっておくことが重要です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 仕事とエネルギーの定理(\(W_{\text{合計}} = \Delta K\)):
- 核心: この問題の根幹は、力学における二大原理の一つである「仕事とエネルギーの定理」を正しく理解し、適用することにあります。この定理は、物体に加えられた仕事の総和が、その物体の運動エネルギーの変化に直接結びつくことを示しています。
- 理解のポイント:
- 仕事の役割: 物体に正の仕事をすると運動エネルギーが増加(加速)し、負の仕事をすると運動エネルギーが減少(減速)します。仕事は、エネルギーを物体に出し入れする「手段」と考えることができます。
- エネルギーの視点: この定理を用いると、運動の途中経過(加速度や時間)を一切考慮せず、運動の「始状態」と「終状態」のエネルギーだけを比較することで、速さや距離を求めることができます。これは、運動方程式を立てて積分計算を行うのと数学的に等価ですが、多くの場合、より直感的で簡潔な解法を提供します。
- 適用範囲: この定理は、力が一定でない場合や、経路が曲線の場合でも成り立つ、非常に強力で普遍的な法則です。
- 合力の仕事と仕事の和:
- 核心: 「物体にされた仕事の総和」は、「各力がした仕事の代数和」に等しい。
- 理解のポイント:
- 問題51で、手の力、垂直抗力、重力、動摩擦力がする仕事をそれぞれ\(W_1, W_2, W_3, W_4\)と個別に計算しました。
- 仕事とエネルギーの定理で使う \(W_{\text{合計}}\) は、これらの単純な足し算 \(W_1+W_2+W_3+W_4\) で求めることができます。
- これは、先に力のベクトル和(合力)\(\vec{F}_{\text{合力}}\)を求めてから、その合力がする仕事 \(W_{\text{合力}}\) を計算するのと同じ結果になります。多くの場合、各力の仕事を個別に計算して足し合わせる方が簡単です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- ジェットコースターや振り子: 高さの変化と速さの変化を問う問題。重力がする仕事(位置エネルギーの変化)と運動エネルギーの変化の関係、すなわち力学的エネルギー保存則は、仕事とエネルギーの定理の特別な場合に相当します。
- ばねによる物体の射出: ばねを縮めて物体を打ち出す問題。弾性力がする仕事が、物体の運動エネルギーに変換されます。
- 動摩擦面での運動: 摩擦のある面で物体が滑って止まるまでの距離を求める問題。初めの運動エネルギーが、すべて動摩擦力がする負の仕事によって失われる、と考えます (\(0 – \frac{1}{2}mv_0^2 = -\mu N x\))。
- 初見の問題での着眼点:
- 何を問われているか?: 「速さ」「距離」「高さ」など、運動の始状態と終状態に関する量を問われている場合、仕事とエネルギーの定理が有効なことが多いです。
- どんな力が仕事をしているか?: 物体に働く力をすべてリストアップし、それぞれの力が正の仕事、負の仕事、あるいは仕事をしない(0)のかを判断します。
- エネルギーの種類を特定する: 運動エネルギー、重力による位置エネルギー、弾性エネルギーなど、問題に関わるエネルギーの種類を特定します。
- エネルギー収支の式を立てる: 「(前のエネルギーの合計)+(非保存力がした仕事)=(後のエネルギーの合計)」という、より一般的なエネルギー保存則の形で立式すると、様々な問題に対応できます。この問題は「\(0 + W_{\text{合計}} = \frac{1}{2}mv^2\)」と書くことができます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 仕事の総和の計算ミス:
- 誤解: 正の仕事と負の仕事を足し合わせる際に、符号を間違える。
- 対策: 仕事はスカラー量(向きのない量)ですが、正負の区別はあります。エネルギーを「増やす」仕事は正、「減らす」仕事は負、という物理的な意味を常に意識しましょう。\(W_{\text{合計}} = (\text{加速させる仕事の和}) – (\text{減速させる仕事の和})\) と考えると、符号ミスを減らせます。
- 運動エネルギーの変化の計算ミス:
- 誤解: \(\Delta K\) を \(\frac{1}{2}m(v-v_0)^2\) や \(\frac{1}{2}mv^2\) と勘違いする。
- 対策: 運動エネルギーの変化は、必ず「(後の運動エネルギー)-(前の運動エネルギー)」、すなわち \(\frac{1}{2}mv^2 – \frac{1}{2}mv_0^2\) です。この定義を正確に覚え、適用しましょう。特に、初速度が0でない場合には注意が必要です。
- 仕事と力の混同:
- 誤解: エネルギーの式の中に、仕事ではなく「力」そのものを加えてしまう。(例: \(\frac{1}{2}mv^2 = F_0 – f’\) のような誤った式を立てる)
- 対策: 方程式の両辺の「単位(次元)」を意識する癖をつけましょう。エネルギーや仕事の単位はジュール[J]、力の単位はニュートン[N]です。単位が異なる量を足したり引いたりすることはできません。仕事の式には、必ず「力 \(\times\) 距離」の形をした項だけが入ることを確認します。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 仕事とエネルギーの定理:
- 選定理由: この問題は「距離\(l\)動いた後の速さ\(v\)」を問うています。これは、運動の始点と終点の状態を結びつける問題であり、まさに仕事とエネルギーの定理が最も威力を発揮する典型的な状況です。加速度を介さずに直接速さを求めることができるため、計算が一段階少なくて済み、効率的です。
- 適用根拠: この定理は、運動方程式と等加速度直線運動の公式から導き出すことができます。まず、力が一定で合力が\(F_{\text{合力}}\)の場合、運動方程式は \(ma=F_{\text{合力}}\) となります。この両辺に移動距離 \(l\) を掛けると \(mal = F_{\text{合力}}l\) となります。右辺の \(F_{\text{合力}}l\) は、合力がした仕事 \(W_{\text{合計}}\) を表します。一方、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2al\) を変形すると \(al = \displaystyle\frac{1}{2}(v^2 – v_0^2)\) となります。これを \(mal = W_{\text{合計}}\) の式に代入すると、\(m \left( \displaystyle\frac{1}{2}(v^2 – v_0^2) \right) = W_{\text{合計}}\) となり、整理すると \(W_{\text{合計}} = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2 – \displaystyle\frac{1}{2}mv_0^2\) という仕事とエネルギーの定理が導かれます。つまり、この定理は運動方程式と本質的に同じ内容を、異なる視点(エネルギー)から表現したものなのです。
- 運動方程式と等加速度運動の公式(別解):
- 選定理由: こちらは力学のもう一つの基本的な解法ルートです。力が一定で加速度が簡単に求まる場合には、この方法も非常に有効です。仕事の計算が複雑な場合や、運動の途中の時刻に関する情報が必要な場合には、こちらの方法が適していることもあります。
- 適用根拠: 運動の第二法則(運動方程式)は、力の原因と運動の変化(加速度)を結びつける根本法則です。そして、加速度が一定であれば、その運動は等加速度直線運動の公式によって完全に記述されます。この二つを組み合わせることで、あらゆる等加速度運動の問題を解くことができます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 問題51の結果を正確に引用する: この問題は問題51が解けていることが前提です。前の問題の答えを代入する際は、符号や係数を写し間違えないように細心の注意を払いましょう。
- 式全体の整理を丁寧に行う: 仕事の総和を計算する式は、項が多くなりがちです。\(F_0 l\) の項と \(mgl\) の項をそれぞれまとめ、係数を慎重に計算しましょう。特に、\(\mu\) や分数の扱いには注意が必要です。
- 平方根の中身をきれいにする: 最終的な答えを出す前に、平方根の中の式をできるだけ整理し、共通因数でくくるなどして見やすい形にしましょう。模範解答のように、分母を\(m\)でまとめるなど、項を整理する癖をつけると、物理的な意味も読み取りやすくなります。
- 両辺の単位を確認する: 計算の途中でも、式の両辺の単位が合っているかを確認するのは有効な検算方法です。例えば、\(mv^2 = (\dots)F_0 l – (\dots)mgl\) の段階で、左辺は [質量]\(\times\)[速さ]\(^2\) = [J]、右辺の各項も [力]\(\times\)[距離] = [J] となっており、単位が一致していることがわかります。
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53 力学的エネルギー保存則
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法(力学的エネルギー保存則を用いる)を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 別解: 運動方程式と仕事とエネルギーの定理を組み合わせる解法
- 模範解答がエネルギー保存則のみで完結させるのに対し、別解ではまず最高点での力のつりあいを運動方程式(向心力の方程式)で考え、一回転するための条件を「力」の観点から導出します。その後、その条件を仕事とエネルギーの定理に適用して、最下点での速さを求めます。
- 別解: 運動方程式と仕事とエネルギーの定理を組み合わせる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的本質の深化: 「棒」と「糸」の円運動の違いが、最高点での運動方程式の立て方の違い(棒が及ぼす力が張力だけでなく、押し返す力にもなり得ること)に起因することを明確に理解できます。
- 思考の網羅性: エネルギーの視点だけでなく、力の視点からも問題を分析することで、円運動という現象をより多角的に捉える能力が養われます。
- 応用力の向上: 「糸」の場合の円運動の問題(頻出)との比較検討が容易になり、条件の違いによってどのように解法が変化するのかを体系的に学ぶことができます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「棒に繋がれた物体の鉛直円運動と力学的エネルギー保存則」です。物体が一回転するために必要な条件を、エネルギーの観点から考察します。特に、物体をつなぐものが「糸」ではなく「棒」である点が、問題を解く上での最大の鍵となります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力学的エネルギー保存則: 物体に働く力が重力や弾性力などの「保存力」のみの場合(または、それ以外の力が仕事をしない場合)、運動エネルギーと位置エネルギーの和は一定に保たれる。
- 鉛直円運動の条件: 物体が一回転するためには、最高点を通過できることが必要です。この条件が、「棒」の場合と「糸」の場合で異なります。
- 「棒」と「糸」の違い: 糸は物体を「引く」ことしかできませんが、軽い棒は物体を「引く」ことも「押す」こともできます。この違いが、最高点を通過するための条件に決定的な差を生みます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 最下点を位置エネルギーの基準点として、最下点と最高点それぞれで力学的エネルギーの式を立てます。
- 「棒」でつながれた物体が一回転できるための条件、すなわち「最高点に到達できる」ための条件を考えます。
- 力学的エネルギー保存則の式にその条件を適用し、最下点で与えるべき速さの条件を導き出します。