問題141 (愛媛大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、n型半導体およびp型半導体におけるホール効果について扱っています。電流が流れている半導体に磁場を加えたとき、半導体内部のキャリア(電子または正孔)がローレンツ力を受けて偏り、それによって電位差(ホール電圧)が生じる現象を理解しているかが問われます。
- 直方体の半導体。x, y, z 方向の長さはそれぞれ \(a, b, c\)。
- 電流 \(I\) がy軸の正の向きに流れている。
- 磁束密度 \(B\) の一様な磁場がz軸の正の向きに加えられている。
- 半導体は単位体積あたり \(n\) 個のキャリア(n型の場合は電子、p型の場合は正孔)をもつ。
- キャリアの電荷の大きさを \(e\)、平均の速さを \(v\) とする。
- 点Mはx軸正側、点Nはx軸負側の側面を示す。
- (1) n型半導体における電流 \(I\) の表式。
- (2) n型半導体内の電子が受けるローレンツ力の大きさ。
- (a) 上記ローレンツ力の向き(x軸の正または負)。
- (b) 上記の力の名称。
- (c) n型半導体において、Mに対するNの電位の状態(高低、正負)。
- (3) n型半導体において、キャリアに働く磁場による力と電場による力がつりあったときの電場の強さ。
- (4) n型半導体におけるMN間の電位差 \(V\)。
- (5) 上記電位差 \(V\) を電流 \(I\) を用いて表した式。
- (d) p型半導体において電流の担い手となるもの。
- (e) p型半導体において、Mに対するNの電位の状態(高低、正負)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「ホール効果」です。ホール効果は、電流が流れている導体や半導体に磁場をかけると、導体内の荷電粒子(キャリア)がローレンツ力を受けて移動し、導体内部に電位差が生じる現象です。この現象を理解するためには、以下の物理法則や概念が鍵となります。
- 電流の定義とキャリアの運動: 電流の向きとキャリア(電子や正孔)の運動方向の関係、電流の大きさをキャリアの数、電荷、速さ、断面積で表す式。
- ローレンツ力: 磁場中で運動する荷電粒子が受ける力。向きはフレミングの左手の法則で、大きさは \(f = |q|vB\sin\theta\) で与えられます。
- 電場と電位: 電荷の偏りによって生じる電場、電場と電位差の関係 (\(V=Ed\))。
- 力のつりあい: 定常状態では、キャリアが受けるローレンツ力と電場による力がつりあいます。
まず、n型半導体について考えます。電流の担い手は電子(負電荷)です。電流の定義から、電流 \(I\) を電子の速さ \(v\) や濃度 \(n\) などで表します。次に、磁場中を運動する電子が受けるローレンツ力の大きさと向きを求めます。ローレンツ力によって電子が半導体の一方の側面に偏ることで電場が生じ、やがてローレンツ力と電場からの力がつり合います。このつり合いの条件から電場の強さを求め、電場の強さと半導体の幅から、MN間の電位差(ホール電圧)を計算します。最後に、p型半導体について同様に考えます。p型半導体では電流の担い手は正孔(正電荷)であることに注意します。
問(1)
思考の道筋とポイント
電流の定義は、ある断面を単位時間に通過する電気量です。これをキャリアの数、電荷、速さ、断面積を用いて微視的に表現することを考えます。
n型半導体では、電子が電流の担い手です。電流の向きはy軸正方向ですが、負電荷である電子の運動方向は電流の向きと逆、つまりy軸負方向になります。しかし、電流の大きさを考える際には、電子の速さの絶対値を用います。
この設問における重要なポイント
- 電流 \(I\) は、単位時間あたりに断面を通過する電気量。
- キャリアの電荷の大きさを \(e\)、単位体積あたりのキャリア数を \(n\)、キャリアの平均の速さを \(v\)、電流が通過する断面積を \(S_{\text{断面}}\) とすると、電流 \(I\) は \(I = en v S_{\text{断面}}\) と表せます。
- 問題の図から、電流はy軸方向に流れており、その断面はxz平面です。したがって、断面積 \(S_{\text{断面}}\) は \(a \times c\) となります。
具体的な解説と立式
電流 \(I\) は、電子の電荷の大きさを \(e\)、単位体積あたりの電子の数を \(n\)、電子の平均の速さを \(v\)、電流が流れる方向に垂直な半導体の断面積を \(S_{\text{断面}}\) とすると、次のように表されます。
$$I = envS_{\text{断面}} \quad \cdots ①$$
ここで、電流はy軸方向に流れており、半導体のx方向の長さが \(a\)、z方向の長さが \(c\) であるため、電流が通過する断面積 \(S_{\text{断面}}\) は \(ac\) です。
したがって、電流 \(I\) は、
$$I = enacv \quad \cdots ②$$
と表されます。
使用した物理公式
- 電流の微視的表現: \(I = en v S_{\text{断面}}\)
上記「具体的な解説と立式」の通り、式②が電流 \(I\) を表す式となります。
電流の強さは、1秒間に断面を通過する電気の量です。
半導体の中には、単位体積あたり \(n\) 個の電子があります。電子1個の電気の量は \(e\) です。
電子が速さ \(v\) で動いているとすると、1秒間に長さ \(v\) だけ進みます。
電流が流れる方向の断面積を \(S_{\text{断面}}\) とすると、1秒間にこの断面を通過する電子の個数は、体積 \(vS_{\text{断面}}\) の中に含まれる電子の数、つまり \(nvS_{\text{断面}}\) 個です。
したがって、1秒間に通過する電気量は \(e \times (nvS_{\text{断面}}) = envS_{\text{断面}}\) となります。
この問題では、断面積 \(S_{\text{断面}}\) が \(ac\) なので、\(I = enacv\) となります。
電流 \(I\) は \(enacv\) と表されます。これは電流の基本的な定義から導かれる重要な関係式です。単位も確認すると、\(e[\text{C}]\), \(n[\text{m}^{-3}]\), \(a[\text{m}]\), \(c[\text{m}]\), \(v[\text{m/s}]\) なので、\(enacv\) の単位は \([\text{C} \cdot \text{m}^{-3} \cdot \text{m} \cdot \text{m} \cdot \text{m/s}] = [\text{C/s}] = [\text{A}]\) となり、電流の単位と一致します。
問(2), (a), (b)
思考の道筋とポイント
磁場中で運動する荷電粒子はローレンツ力を受けます。n型半導体では、電子が電流を担っています。
電子の電荷は \(-e\)(大きさは \(e\))、速さは \(v\)、磁束密度は \(B\) です。電子の運動方向と磁場の方向は垂直です(電子はy軸方向(またはその逆)に運動、磁場はz軸方向)。
ローレンツ力の大きさは \(|q|vB\) で計算できます。向きはフレミングの左手の法則で判断します。この力の名称も答えましょう。
この設問における重要なポイント
- ローレンツ力の公式: \(f = |q|vB\sin\theta\)。ここで \(\theta\) は速度ベクトルと磁場ベクトルのなす角。今回は \(\theta = 90^\circ\) なので \(\sin\theta = 1\)。
- 電子の電荷は \(-e\)。力の大きさは \(evB\)。
- フレミングの左手の法則:
- 中指: 電子の運動の向き(電流の向きと逆なので、y軸負方向)
- 人差し指: 磁場の向き(z軸正方向)
- 親指: 力の向き
- この力は「ローレンツ力」と呼ばれます。
具体的な解説と立式
電子(電荷 \(-e\))が磁束密度 \(B\) の磁場中を、磁場と垂直に速さ \(v\) で運動するときに受ける力の大きさ \(f\) は、
$$f = e v B \quad \cdots ③$$
と表されます。この力はローレンツ力とよばれます。
次に、このローレンツ力の向きを考えます。
電流 \(I\) の向きはy軸の正の向きです。電子は負の電荷を持っているので、電子の運動の平均的な向きは電流の向きとは逆で、y軸の負の向きとなります。
磁場 \(B\) の向きはz軸の正の向きです。
フレミングの左手の法則を適用します。
中指(電子の運動方向)をy軸の負の向きに、人差し指(磁場の向き)をz軸の正の向きに合わせると、親指(力の向き)はx軸の正の向きを向きます。
使用した物理公式
- ローレンツ力の大きさ: \(f = |q|vB\) (速度と磁場が垂直な場合)
- フレミングの左手の法則
力の大きさは式③の通り \(evB\) です。
力の向きは、上記のフレミングの左手の法則の適用によりx軸の正の向きです。
磁場の中で電気が動くと、電気は力を受けます。この力をローレンツ力といいます。
力の大きさは、電気の量 \(e\)、速さ \(v\)、磁場の強さ \(B\) に比例し、\(evB\) となります。
力の向きは、フレミングの左手の法則で調べます。
左手の中指を「電子の動く向き」(電流の向きとは逆なので、y軸のマイナス方向)、人差し指を「磁場の向き」(z軸のプラス方向)に合わせます。すると、親指は「力の向き」(x軸のプラス方向)を指します。
電子が受けるローレンツ力の大きさは \(evB\) であり、その向きはx軸の正の向きです。この力はローレンツ力と呼ばれます。
ここで注意すべきは、フレミングの左手の法則を「電流の向き」で使うか「(正の)電荷の運動の向き」で使うか、あるいは「(負の)電子の運動の向き」で使うかによって、親指の向きがそのまま力の向きになるか、逆になるかが変わる点です。今回は電子(負電荷)の運動の向きに中指を合わせたので、親指の向きがそのまま力の向きです。
問(c)
思考の道筋とポイント
(a)で求めたように、電子はローレンツ力によりx軸の正の向きに力を受けます。その結果、電子がx軸方向に移動し、半導体の側面M(x軸正側)とN(x軸負側)に電荷の偏りが生じます。
模範解答によれば、「N側に負の電子が集まるため、負に帯電し、Nの電位は低く(負に)なる。一方、Mは正に帯電し、電位は高い」とされています。この現象を説明します。
この設問における重要なポイント
- 電子は負の電荷を持っています。
- 電子が一方の側に集まると、その側は負に帯電し、電位が低くなります。
- 電子が不足した側は、相対的に正に帯電し、電位が高くなります。
- 模範解答の記述「N側に負の電子が集まる」という結果を前提とします。
具体的な解説と立式
電子はローレンツ力を受けてx軸方向に移動します。模範解答の記述に従うと、この結果、N側(x軸負側)に負の電荷を持つ電子が集まります。
そのため、N側は負に帯電し、電位は周囲に比べて低くなります。
一方、M側(x軸正側)は電子が相対的に不足するため、正に帯電し、電位は周囲に比べて高くなります。
したがって、Mに対してNの電位は低く(負に)なります。
定性的な判断であり、計算式はありません。
電子はマイナスの電気を持っています。ローレンツ力という力によって、電子がNという面に集められるとイメージしてください(模範解答の記述に基づく解釈)。
マイナスの電気が集まったN面は、マイナスに帯電します。電位というのは電気的な高さのようなもので、マイナスに帯電すると電位は低くなります。
逆に、Mという面は電子が減るので、プラスに帯電し、電位が高くなります。
そのため、M面と比べるとN面の電位は低くなります。
Mに対してNの電位は低く(負に)なります。これはホール効果の基本的な現れ方の一つです。電子がN側に偏ることで、MとNの間に電位差が生じます。
問(3)
思考の道筋とポイント
電子がN側に偏ることで、M側が正、N側が負に帯電し、MからNの向き(x軸の正の向きから負の向きへ)に電場 \(E\) が生じます(模範解答の図3参照)。
この電場から、電子はローレンツ力とは逆向きの力(電場による力)を受けます。やがて、ローレンツ力と電場による力がつり合って、電子のx軸方向への移動が止まり、定常状態になります。
この力のつり合いの式から電場の強さ \(E\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 電子が受けるローレンツ力の大きさ: \(f_{\text{ローレンツ}} = evB\)。
- 電子が偏ることでMN間に生じる電場の向きは、MからN(正から負)の向き。
- 電子(電荷 \(-e\))がこの電場 \(E\) から受ける力の大きさ: \(f_{\text{電場}} = eE\)。
- 力のつりあい: \(f_{\text{ローレンツ}} = f_{\text{電場}}\)。模範解答の(3)の導出 \(eE = evB\) は、ローレンツ力の大きさと電場による力の大きさが釣り合うことを示しています。
具体的な解説と立式
定常状態では、電子が受けるローレンツ力と電場による力がつりあいます。
ローレンツ力の大きさは \(evB\) です。
電場の強さを \(E\) とすると、電子が電場から受ける力の大きさは \(eE\) です。
力のつり合いから、
$$eE = evB \quad \cdots ④$$となります。この式から電場の強さ \(E\) を求めると、$$E = vB \quad \cdots ⑤$$
と表されます。
使用した物理公式
- ローレンツ力の大きさ: \(f = evB\)
- 電場中の荷電粒子が受ける力: \(F = qE\)
- 力のつりあい
式④ \(eE = evB\) の両辺を \(e\) で割ると、
$$E = \displaystyle\frac{evB}{e}$$
上記の式から \(e\) を約分すると、
$$E = vB$$
となり、式⑤が得られます。
電子は、磁場からローレンツ力(大きさ \(evB\))を受けます。
電子が偏ることでMN間に電場 \(E\) ができると、今度はこの電場から力(大きさ \(eE\))を受けます。
この2つの力がちょうど同じ大きさになってつりあうと、電子はそれ以上偏らなくなります。
つまり、\(eE = evB\) という式が成り立ちます。
この式の両辺を \(e\) で割ると、\(E = vB\) が求まります。
電場の強さは \(E = vB\) と表されます。これはホール効果において重要な関係式で、キャリアの速さと磁束密度に比例します。
問(4)
思考の道筋とポイント
MN間に生じる電位差 \(V\) を求めます。(3)で求めた電場の強さ \(E\) と、MN間の距離(x方向の長さ \(a\))を用います。一様な電場中での電位差は \(V = Ed\) で計算できます。
この設問における重要なポイント
- 電位差、電場、距離の関係: \(V = Ed\) (電場が一様な場合)。
- MN間の距離は、半導体のx方向の長さ \(a\)。
- (3)で求めた電場の強さ \(E = vB\) を用いる。
具体的な解説と立式
MN間の電位差を \(V\) とします。電場の強さが \(E\) で、MN間の距離が \(a\) なので、電位差 \(V\) は次のように表されます。
$$V = Ea \quad \cdots ⑥$$
(3)で求めた \(E=vB\) (式⑤) を代入すると、
$$V = (vB)a = vBa \quad \cdots ⑦$$
となります。
使用した物理公式
- 一様な電場中の電位差: \(V = Ed\)
式⑤ \(E = vB\) を式⑥ \(V = Ea\) に代入します。
$$V = (vB)a$$
これを計算すると、
$$V = vBa$$
これが求める電位差 \(V\) です。
電位差(電圧)は、電場の強さ \(E\) と距離 \(a\) を掛け算することで求められます (\(V = Ea\))。
(3)で電場の強さ \(E\) が \(vB\) であることがわかったので、これを代入すると、
\(V = (vB) \times a = vBa\) となります。
MN間の電位差 \(V\) は \(vBa\) と表されます。この電位差はホール電圧とも呼ばれ、キャリアの速さ、磁束密度、半導体の幅に比例します。
問(5)
思考の道筋とポイント
(4)で求めた電位差 \(V = vBa\) を、電流 \(I\) を用いて表します。そのためには、(1)で求めた電流 \(I\) の式 \(I = enacv\) を使って、速さ \(v\) を消去します。
この設問における重要なポイント
- (1)の結果: \(I = enacv\) (式②)
- (4)の結果: \(V = vBa\) (式⑦)
- 式②から \(v\) を \(I\) で表し、式⑦に代入する。
具体的な解説と立式
(1)で得られた電流 \(I\) の式は、
$$I = enacv \quad (\text{式②})$$でした。この式から、電子の速さ \(v\) は、$$v = \displaystyle\frac{I}{enac} \quad \cdots ⑧$$
と表せます。
(4)で得られた電位差 \(V\) の式は、
$$V = vBa \quad (\text{式⑦})$$でした。この式に式⑧を代入すると、$$V = \left(\displaystyle\frac{I}{enac}\right)Ba \quad \cdots ⑨$$
となります。
使用した物理公式
- \(I = enacv\)
- \(V = vBa\)
式⑨に \(v = \displaystyle\frac{I}{enac}\) を代入した \(V = \left(\displaystyle\frac{I}{enac}\right)Ba\) を整理します。
右辺の分子は \(IBa\)、分母は \(enac\) となります。
$$V = \displaystyle\frac{IBa}{enac}$$
ここで、分子と分母にある \(a\) を約分すると、
$$V = \displaystyle\frac{IB}{enc} \quad \cdots ⑩$$
となります。
(4)で \(V = vBa\) という式が得られました。この式には電子の速さ \(v\) が含まれています。
(1)で \(I = enacv\) という式が得られているので、この式を \(v\) について解くと \(v = \displaystyle\frac{I}{enac}\) となります。
この \(v\) の式を \(V = vBa\) の \(v\) に代入します。
\(V = \left(\displaystyle\frac{I}{enac}\right)Ba = \displaystyle\frac{IBa}{enac}\)
ここで、分母と分子に \(a\) があるので約分すると、
\(V = \displaystyle\frac{IB}{enc}\) が得られます。
電位差 \(V\) は \( \displaystyle\frac{IB}{enc} \) と表されます。この形から、ホール電圧 \(V\) は、電流 \(I\) と磁束密度 \(B\) に比例し、キャリア濃度 \(n\)、電気素量 \(e\)、半導体の厚み(ここでは \(c\))に反比例することがわかります。
問(d), (e)
思考の道筋とポイント
次に、n型半導体のかわりにp型半導体で同様の実験を行った場合を考えます。
p型半導体では、電流の担い手が異なります。それが何かを答え、その結果としてMに対するNの電位がどうなるかを考えます。
n型半導体とp型半導体では、キャリアの電荷の符号が逆になるため、ローレンツ力によるキャリアの偏る向き、そして生じる電位差の極性が逆になります。
この設問における重要なポイント
- p型半導体のキャリア: 正孔(ホール)。正孔は正の電荷を持つと考えられます。
- 電流の向きと正孔の運動の向き: p型半導体では、キャリアである正孔は電流と同じ向きに運動します。
- フレミングの左手の法則を正孔に適用してローレンツ力の向きを判断します。
- 中指: 正孔の運動の向き(電流の向きと同じy軸正方向)
- 人差し指: 磁場の向き(z軸正方向)
- 親指: ローレンツ力の向き
- 正孔が偏ることで生じる電位の偏りを考える。模範解答の記述「ホールはN側に集まるため、Nが正に帯電し、その電位は高く(正に)なる」という結果を前提とします。
具体的な解説と立式
(d) p型半導体において、電流の担い手となるのは正孔(またはホール)です。正孔は、価電子帯の電子が不足した「孔」であり、あたかも正の電荷を持った粒子のように振る舞います。
(e) p型半導体で電流 \(I\) がy軸の正の向きに流れているとき、正孔の運動の向きもy軸の正の向きです。磁場 \(B\) はz軸の正の向きにかかっています。
フレミングの左手の法則を適用すると、中指(正孔の運動方向、y軸正)をその向きに、人差し指(磁場の向き、z軸正)をその向きにすると、親指(ローレンツ力の向き)はx軸の正の向きを向きます。
したがって、正孔はx軸の正の向きにローレンツ力を受けます。
模範解答の記述によると、「ホールはN側に集まるため、Nが正に帯電し、その電位は高く(正に)なる(Mは負に帯電する)」とあります。
正孔がN側に集まると、N側は正孔の過剰により正に帯電し、電位が高くなります。一方、M側は正孔が相対的に不足し、負に帯電する(または電位が相対的に低くなる)と考えられます。
したがって、Mに対してNの電位は高く(正に)なります。
使用した物理公式
- フレミングの左手の法則
定性的な判断であり、計算式はありません。
(d) p型半導体では、電気を運ぶ主役は「正孔(ホール)」と呼ばれるものです。これはプラスの電気を持つ粒子のようなものだと考えてください。
(e) 電流がy軸プラス方向に流れるとき、プラスの電気を持つ正孔もy軸プラス方向に動きます。磁場はz軸プラス方向です。
フレミングの左手の法則を使うと、正孔はx軸プラス方向に力を受けます。
模範解答の解説によると、この結果「ホールはN側に集まる」とされています。プラスの電気を持つ正孔がN面に集まると、N面はプラスに帯電します。プラスに帯電すると電位は高くなります。
逆にM面はマイナスに帯電する(または電位が相対的に低くなる)ことになります。
そのため、M面と比べるとN面の電位は高くなります。
p型半導体では、電流の担い手は正孔(ホール)です。そして、Mに対してNの電位は高く(正に)なります。
n型半導体の場合(Nの電位は低い)とp型半導体の場合(Nの電位は高い)とで、ホール電圧の極性が逆になることがホール効果の重要な特徴であり、これによって半導体の型(n型かp型か)を判別することができます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 電流の微視的描像: 電流 \(I = en v S_{\text{断面}}\) の関係。キャリア(電荷を運ぶ粒子)の数、電荷、速さ、断面積と電流を結びつける基本的な式です。
- ローレンツ力: 磁場中を運動する荷電粒子が受ける力 \(f = |q|vB\sin\theta\)。向きはフレミングの左手の法則で決定されます。キャリアが電子(負電荷)か正孔(正電荷)かで、力の向きの解釈に注意が必要です。
- ホール効果: 電流が流れる導体・半導体に磁場を印加した際、ローレンツ力によりキャリアが偏り、内部に電場と電位差(ホール電圧)が生じる現象。
- 力のつりあい: 定常状態では、キャリアが受けるローレンツ力と、キャリアの偏りによって生じた電場からの力がつりあう (\(eE = evB\))。
- 電場と電位の関係: 一様な電場 \(E\) における電位差 \(V = Ed\)。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 類似問題のパターン:
- 異なる形状の半導体や導体でのホール効果。
- 磁場の向きや電流の向きが変わった場合のローレンツ力の向き、ホール電圧の極性の変化。
- キャリア濃度や移動度をホール効果の測定結果から求める問題。
- ホール素子(ホール効果を利用した磁気センサなど)に関する問題。
- 初見の問題での着眼点:
- キャリアの特定: まず、電流の担い手が何か(電子か正孔か、あるいはイオンかなど)を確認し、その電荷の符号を把握します。
- 電流とキャリアの運動方向: 電流の向きとキャリアの運動方向の関係を正しく理解します(電子なら逆向き、正孔なら同じ向き)。
- ローレンツ力の向き: フレミングの左手の法則を正確に適用し、キャリアがどちらの方向に力を受けるかを図示します。
- 電荷の偏りと電場の発生: ローレンツ力によってキャリアが偏る方向と、それによってどちらの面が正/負に帯電し、どの向きに電場が生じるかを考察します。
- 力のつりあい: 定常状態ではローレンツ力と電場からの力がつりあうという条件から立式します。
- 特に注意すべき点:
- フレミングの左手の法則は、「電流」の向きで使うか、「正電荷の運動」の向きで使うか、「負電荷の運動」の向きで使うかで、親指が示す力の解釈が変わることに注意。電子の場合は、電子の運動方向に中指を合わせれば親指が力の向きです。電流の向きに中指を合わせる場合は、親指の向きと逆が電子の受ける力になります。
- 問題文中の図やM、Nなどの点の位置関係を正確に把握すること。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 電子の運動方向: 電流の向きと電子の運動方向を混同しやすい。電子は負電荷なので、電流の向きと逆方向に運動します。
- ローレンツ力の向きの誤り: フレミングの左手の法則の適用ミス。特に負電荷である電子の場合に注意が必要です。
- 電荷の偏りによる電位の高低: どちらの面が正に帯電し、どちらが負に帯電するか、それによって電位がどうなるかの判断ミス。正に帯電した方が電位は高くなります。
- n型とp型の混同: n型半導体のキャリアは電子(負)、p型半導体のキャリアは正孔(正)。これによりホール電圧の極性が逆になります。
対策:
- 常にキャリアの電荷の符号を意識する。
- 図を描いて、電流、キャリアの運動、磁場、ローレンツ力、電場の向きを一つ一つ丁寧に確認する。
- n型とp型での違いを整理して覚えておく。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題でのイメージ化:
- 半導体の中をキャリア(電子やボールのようなもの)が流れていくイメージ。
- そこに横から磁石で力をかける(磁場を印加する)と、キャリアが横に押しやられる(ローレンツ力)イメージ。
- 押しやられたキャリアが片側に溜まっていくと、そこが混雑し(電荷が偏り)、反対側は閑散とする(逆の電荷が相対的に現れる)。この混雑/閑散の度合いが電位差として現れるイメージ。
- 図示の有効性:
- 問題文にある図は現象理解の助けになりますが、自分でさらに力の向きや電荷の分布、電場の向きなどを書き込むと、より理解が深まります。
- 特にフレミングの左手の法則は、実際に手を動かしながら図と対応させることが重要です。
- 模範解答の図2、図3、図4は、それぞれローレンツ力、n型での電荷分布と電場、p型でのローレンツ力と電荷分布を示しており、これらを参考にしながら自分で図を描いてみるのが効果的です。
- 図を描く際の注意点:
- 座標軸の向きを明確にする。
- 電流、磁場、キャリアの速度、ローレンツ力、電場など、ベクトル量は向きを矢印で正確に示す。
- 電荷の偏り(+やーの記号)を適切に配置する。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(I = en v S_{\text{断面}}\): 「電流とは何か」という定義から導かれる、電流の担い手であるキャリアのミクロな情報(数、電荷、速さ)とマクロな量(電流、断面積)を結びつける関係式です。特定の断面を通過するキャリアの総電荷量を時間で割るという基本に立ち返れば、なぜこの形になるのかが理解できます。
- \(f = |q|vB\): (速度と磁場が垂直な場合)これは磁場が運動する電荷に力を及ぼすという実験事実を数式化したローレンツ力の基本式です。なぜこの形なのかという根源的な問いは大学レベルの電磁気学に譲るとして、高校物理ではこの公式を正しく適用できることが重要です。
- \(eE = evB\): ホール効果において、キャリアがローレンツ力で偏り始めると、電荷の偏りによって内部に電場が形成されます。この電場はキャリアに対してローレンツ力と逆向き(または同じ向きで大きさが異なる場合もあるが、最終的にはつりあう方向)の力を及ぼします。キャリアの横方向への移動が止まる定常状態では、これら2つの力がつりあっていると考えられます。これがこの式が成り立つ根拠です。
- \(V = Ea\): 一様な電場 \(E\) が距離 \(a\) にわたって存在するとき、その間の電位差が \(V\) であるという関係は、電場の定義 (\(E = -dV/dx\) を積分した形)から来ています。高校では電位の傾きが電場であるという理解で十分でしょう。
これらの公式がどのような物理現象や条件に対応しているのかを意識することで、適切な場面で適切な公式を選び、適用する能力が養われます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 電流の表現:
- [現象] 半導体中をキャリアが運動し電流が生じる。
- [法則・定義] 電流の微視的表現 \(I = en v S_{\text{断面}}\)。
- [適用] 問題の寸法から断面積 \(S_{\text{断面}} = ac\) を代入し、\(I=enacv\) を得る。
- (2), (a), (b) ローレンツ力:
- [現象] 磁場中を電子が運動する。
- [法則・定義] ローレンツ力 \(f=|q|vB\)、フレミングの左手の法則。
- [適用] 電子の電荷 \(e\)、速さ \(v\)、磁束密度 \(B\) から \(f=evB\)。電子の運動方向(y軸負)、磁場(z軸正)から力の向き(x軸正)を決定。力の名称はローレンツ力。
- (c) 電位の偏り:
- [現象] ローレンツ力により電子が偏る(模範解答の記述「N側に集まる」)。
- [結果] N側が負、M側が正に帯電。
- [結論] Nの電位はMより低い。
- (3) 電場の発生と力のつりあい:
- [現象] 電子の偏りによりMN間に電場 \(E\) が発生。電子は電場から力を受ける。
- [法則・定義] 力のつりあい。ローレンツ力 \(evB\) と電場からの力 \(eE\) が等しい。
- [適用] \(eE=evB\) より \(E=vB\)。
- (4) 電位差の計算:
- [法則・定義] 一様な電場中の電位差 \(V=Ed\)。
- [適用] MN間の距離は \(a\) なので \(V=Ea\)。\(E=vB\) を代入し \(V=vBa\)。
- (5) 電流を用いた電位差の表現:
- [関係式] (1)より \(v = I/(enac)\)。(4)より \(V=vBa\)。
- [代入・計算] \(v\) を消去し、\(V = (I/(enac))Ba = BI/(enc)\)。
- (d), (e) p型半導体の場合:
- [知識] p型半導体のキャリアは正孔(電荷 \(+e\))。
- [思考] n型と同様にローレンツ力を考える。正孔の運動方向(y軸正)、磁場(z軸正)から力の向き(x軸正)を決定。
- [現象] ローレンツ力により正孔が偏る(模範解答の記述「N側に集まる」)。
- [結果] N側が正、M側が負に帯電。
- [結論] Nの電位はMより高い。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字の定義の明確化: \(n, e, v, a, c, I, B, E, V\) など多くの物理量記号が出てきます。それぞれの意味を正確に把握し、混同しないように注意しましょう。特に、断面積を計算する際の寸法 \(a, b, c\) のどれを使うのか、図と照らし合わせて確認することが重要です。
- 単位の確認: 計算の各段階や最終結果で単位が物理的に正しいかを確認する習慣をつけると、大きなミスを防げます。例えば、(5)の \(V = BI/(enc)\) の単位は、\([\text{T} \cdot \text{A}] / [ \text{m}^{-3} \cdot \text{C} \cdot \text{m}] = [\text{N/(A}\cdot\text{m)} \cdot \text{A}] / [ \text{m}^{-2} \cdot \text{C}] = [\text{N/m}] / [ \text{C/m}^2] = [\text{N}\cdot\text{m/C}] = [\text{J/C}] = [\text{V}]\) となり、電位差の単位と一致します。
- 約分の確実性: (5)の計算では、文字 \(a\) の約分があります。複雑な分数式になる場合は、どの文字が約分できるのかを慎重に見極めましょう。
- フレミングの法則の正確な適用: 特にn型(電子)の場合、電流の向きと電子の運動の向きが逆であることに注意し、法則を適用する際にどちらの向きを基準にするかを明確にしましょう。混乱しそうな場合は、まず正電荷の場合で力の向きを考え、負電荷ならその逆、というステップを踏んでも良いでしょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- n型とp型の比較: n型半導体とp型半導体では、ホール電圧の極性が逆転します。これは、キャリアの電荷の符号が異なるためです。解答がこの性質と整合しているかを確認しましょう((c)ではNが低く、(e)ではNが高い)。
- 物理的な妥当性:
- 例えば、電流 \(I\) を大きくしたり、磁束密度 \(B\)を強くしたりすると、ホール電圧 \(V\) は大きくなるはずです((5)の式 \(V=BI/(enc)\) はこれと整合)。
- キャリア濃度 \(n\) が大きいほど、同じ電流を流すのに必要なキャリアの速度は遅くなり(\(I=enacv\) より \(v\) は \(n\) に反比例)、また、電荷の偏りも生じにくくなるため、ホール電圧は小さくなるはずです((5)の式はこれと整合)。
- 極端な場合を考える: 例えば、磁場 \(B=0\) ならホール効果は起きないので \(V=0\) となるはずです。また、電流 \(I=0\) ならキャリアの運動がない(またはドリフト速度が0)なのでやはり \(V=0\) となるはずです。これらのことは、導出した式が妥当かどうかを判断する一つの目安になります。
解き終わった後に、得られた結果が物理的に見ておかしくないか、他の条件を変えたらどうなるかを考えることで、理解が深まり、間違いにも気づきやすくなります。
問題142 (徳島大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、ミリカンの油滴の実験を題材としており、電気素量の存在とその測定方法に関する理解を問うものです。前半の(142)では、油滴に働く力のつり合いから関連する物理量を式で表し、後半の問1、問2では具体的な数値計算を通じて油滴の電気量や電気素量の値を求めていきます。
- 電気量には最小単位(電気素量)が存在する。
- 油滴: 密度 \(\rho\) [kg/m³]、半径 \(r\) [m]、球形。
- 重力加速度: \(g\) [m/s²]。
- 空気の浮力は無視する。
- 空気の抵抗力: 油滴の半径 \(r\) と速さ \(v\) の積に比例。比例定数 \(k\)。つまり \(krv\)。
- 極板A, B: 間隔 \(d\) [m]。Aに対するBの電位 \(V\) [V] (\(V>0\))。図よりAが上、Bが下。Aの電位は \(0\text{ V}\)、Bの電位は \(V\text{ V}\)。
- 状態1 (電場なし): 油滴は重力と空気抵抗を受け、鉛直下向きに終端速度 \(v_1\) [m/s] で落下。
- 状態2 (電場あり): 油滴は電気量 \(q\) [C] を持ち、鉛直上向きに終端速度 \(v_2\) [m/s] で上昇。
- (ア) 電気素量が何に由来するかの名称。
- (イ) 電場がないときの力のつり合いの式。
- (ウ) 電場があるときの力のつり合いの式。
- (エ) (イ), (ウ) から導かれる電気量 \(q\) の式。
- 問1:
- パラフィン油の密度 \(\rho = 855 \text{ kg/m}^3\)。
- ある油滴の終端速度 (落下時) \(v_1 = 3.0 \times 10^{-5} \text{ m/s}\)。
- 比例定数 \(k = 3.41 \times 10^{-4} \text{ kg/(m}\cdot\text{s)}\)。
- (イ)の式から計算された油滴の半径 \(r = 5.4 \times 10^{-7} \text{ m}\)。
- 極板間隔 \(d = 5.0 \times 10^{-3} \text{ m}\)。
- Aに対するBの電位 \(V = 320 \text{ V}\)。
- 終端速度 (上昇時) \(v_2 = 8.0 \times 10^{-5} \text{ m/s}\)。
- 問2:
- 複数の油滴で測定した電気量の値: \(6.4, 4.8, 11.3, 8.1\) (単位は \(\times 10^{-19} \text{ C}\))。問1の結果も使用する。
- 問1: 油滴の電気量 \(q\) を求めよ。
- 問2: 問1の結果と与えられた測定値から、電気素量 \(e\) の値を求めよ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題は、20世紀初頭に行われたミリカンの油滴の実験に関するものです。この実験は、電気量の最小単位である「電気素量」の値を精密に測定し、電荷が量子化されている(とびとびの値をとる)ことを実証した歴史的に非常に重要な実験です。
問題を解く上で鍵となるのは、油滴に働く様々な力(重力、空気抵抗力、静電気力)を正確に把握し、油滴が一定速度で運動する(つまり力がつり合っている)条件から方程式を立てることです。
- 重要な物理法則・概念:
- 力のつり合い: 物体が等速直線運動をしているとき、その物体に働く力の合力はゼロです。
- 重力: 質量 \(m\) の物体に働く重力は \(mg\)。油滴の質量は密度 \(\rho\) と体積 \(V_{\text{体積}}\) (球の体積は \(\frac{4}{3}\pi r^3\))から求められます。
- 空気抵抗力: 問題文で与えられている通り、速さに比例する抵抗力 \(krv\) を考えます。向きは常に運動方向と逆向きです。
- 静電気力: 電荷 \(q\) を持つ物体が電場 \(E\) から受ける力は \(qE\)。電場の向きと電荷の符号によって力の向きが決まります。
- 一様な電場: 平行な極板間に電位差 \(V\) があるとき、極板間の電場の強さは \(E = V/d\) で与えられます(\(d\) は極板間距離)。
- 電気量の量子性: 全ての電気量は、ある最小単位(電気素量 \(e\))の整数倍になっています (\(q=Ne\)、\(N\) は整数)。
問題を解くための全体的な戦略と手順は以下の通りです。
- 142 (ア): 電気素量の定義に関する基本的な知識を問う問題です。
- 142 (イ): 電場がない状態で油滴が落下するときの力のつり合いを考えます。油滴には下向きの重力と、上向きの空気抵抗力が働きます。
- 142 (ウ): 電場がある状態で油滴が上昇するときの力のつり合いを考えます。油滴には、電場の向きと電荷の符号によって決まる向きの静電気力、下向きの重力、そして運動方向(上向き)と逆向き(下向き)の空気抵抗力が働きます。
- 142 (エ): (イ)と(ウ)で立てた2つの力のつり合いの式を連立させて、電気量 \(q\) を他の物理量で表します。
- 問1: (エ)で導いた \(q\) の式に、与えられた具体的な数値を代入して \(q\) の値を計算します。
- 問2: 複数の油滴の電気量の測定値が電気素量 \(e\) の整数倍であるという性質を利用して、\(e\) の値を推定します。具体的には、測定値の差を取ったり、各測定値が \(e\) のおよそ何倍かを考えて平均的な値を求めたりします。
142 (ア)
思考の道筋とポイント
電気素量とは何か、という定義に関する問題です。電気量の最小単位であり、ある基本的な粒子が持つ電気量の大きさとされています。
この設問における重要なポイント
- 電気素量は、電荷の基本単位です。
- 自然界に存在する多くの荷電粒子の中で、最も基本的なものの一つが持つ電気の大きさが電気素量に対応します。
具体的な解説と立式
電気量の最小単位である電気素量は、電子1個が持つ電気量の大きさに等しいと定義されています。陽子も電子と同じ大きさの正の電荷を持っていますが、通常、電気素量を議論する際には電子の電荷が基準とされます。
142 (イ)
思考の道筋とポイント
電場がないとき、油滴は重力と空気の抵抗力を受けて鉛直下向きに一定の速さ \(v_1\) で落下します。「一定の速さ」とは、力がつり合っている状態(終端速度)を意味します。油滴に働く力を図示し、力のつり合いの式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 油滴に働く力は2つ:
- 鉛直下向きの重力 \(mg\)。
- 鉛直上向きの空気抵抗力 \(krv_1\)。
- 油滴の質量 \(m\) は、密度 \(\rho\) と体積 \(V_{\text{体積}} = \frac{4}{3}\pi r^3\) を用いて \(m = \rho \cdot \frac{4}{3}\pi r^3\) と表されます。
- 力のつり合いの式: 上向きの力の総和 = 下向きの力の総和。
具体的な解説と立式
油滴が鉛直下向きに一定の速さ \(v_1\) で落下するとき、油滴に働く力は以下の通りです。
- 重力: 鉛直下向きに \(mg = \left(\rho \cdot \displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3\right)g\)。
- 空気抵抗力: 運動方向(下向き)と逆向き、つまり鉛直上向きに \(krv_1\)。
これらの力がつり合っているので、
$$krv_1 = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g \quad \cdots ①$$
これが求める力のつり合いの式です。
使用した物理公式
- 重力: \(mg\)
- 球の体積: \(V_{\text{体積}} = \frac{4}{3}\pi r^3\)
- 質量と密度の関係: \(m = \rho V_{\text{体積}}\)
- 空気抵抗力: \(krv\) (問題文より)
- 力のつりあい: 合力ゼロ
上記の「具体的な解説と立式」で示した式①がそのまま解答となります。
142 (ウ)
思考の道筋とポイント
電場があるとき、油滴は電気量 \(q\) を持ち、鉛直上向きに一定の速さ \(v_2\) で上昇します。このときも力がつり合っています。油滴に働く力を考え、つり合いの式を立てます。極板Aの電位は \(0 \text{ V}\)、Bの電位は \(V \text{ V}\) (\(V>0\)) で、Aが上、Bが下なので、電場はBからAの向き(鉛直下向き)です。
この設問における重要なポイント
- 油滴に働く力は3つ:
- 鉛直下向きの重力 \(mg = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\)。
- 鉛直下向きの空気抵抗力 \(krv_2\)(運動方向が上向きなので抵抗はその逆)。
- 静電気力 \(F_{\text{静電気}}\)。油滴は上向きに運動しているので、静電気力は上向き。電場は下向き (\(E=V/d\)) なので、油滴の電荷 \(q\) は正であると判断できます。静電気力の大きさは \(qE = q\frac{V}{d}\)。
- 力のつり合いの式: 上向きの力の総和 = 下向きの力の総和。
具体的な解説と立式
油滴が鉛直上向きに一定の速さ \(v_2\) で上昇するとき、油滴に働く力は以下の通りです。
- 重力: 鉛直下向きに \(mg = \displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\)。
- 空気抵抗力: 運動方向(上向き)と逆向き、つまり鉛直下向きに \(krv_2\)。
- 静電気力: 極板A(電位 \(0 \text{ V}\))が上で、極板B(電位 \(V \text{ V}\))が下なので、電場の向きはBからAへ、つまり鉛直下向きです。電場の強さは \(E = V/d\)。油滴は上向きに力を受けて上昇しているので、この静電気力は鉛直上向きです。電荷 \(q\) を持つ油滴が受ける静電気力は \(qE = q\displaystyle\frac{V}{d}\)。油滴が下向きの電場から上向きの力を受けるためには、電荷 \(q\) は正でなければなりません。
これらの力がつり合っているので、
$$q\frac{V}{d} = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g + krv_2 \quad \cdots ②$$
これが求める力のつり合いの式です。
使用した物理公式
- 重力: \(mg\)
- 空気抵抗力: \(krv\)
- 一様な電場の強さ: \(E = V/d\)
- 静電気力: \(F = qE\)
- 力のつりあい: 合力ゼロ
上記の「具体的な解説と立式」で示した式②がそのまま解答となります。
142 (エ)
思考の道筋とポイント
(イ)で得られた式①と(ウ)で得られた式②を連立させて、電気量 \(q\) を求めます。式①から重力の項 \(\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\) を \(krv_1\) で置き換えることができる点に注目します。
この設問における重要なポイント
- 式①: \(krv_1 = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\)
- 式②: \(q\frac{V}{d} = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g + krv_2\)
- 式①の右辺を式②の \(\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\) の部分に代入する。
- 代入後、\(q\) について解く。
具体的な解説と立式
式① \(krv_1 = \displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\) を、式② \(q\displaystyle\frac{V}{d} = \displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g + krv_2\) に代入します。
具体的には、式②の右辺第一項の \(\displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\) を \(krv_1\) で置き換えます。
$$q\frac{V}{d} = krv_1 + krv_2 \quad \cdots ③$$
この式③を \(q\) について解くことを目指します。
右辺を共通因数 \(kr\) でくくると、
$$q\frac{V}{d} = kr(v_1 + v_2) \quad \cdots ④$$
となります。
使用した物理公式
- (イ)のつり合い式: \(krv_1 = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\)
- (ウ)のつり合い式: \(q\frac{V}{d} = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g + krv_2\)
式④ \(q\displaystyle\frac{V}{d} = kr(v_1 + v_2)\) から \(q\) を求めるために、両辺に \(\displaystyle\frac{d}{V}\) を掛けます。
$$q = kr(v_1 + v_2) \cdot \displaystyle\frac{d}{V}$$
整理すると、
$$q = \displaystyle\frac{krd(v_1 + v_2)}{V} \quad \cdots ⑤$$
これが求める \(q\) の式です。
(イ)の式から、油滴の重さ(\( \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g \))が、落下時の空気抵抗(\(krv_1\))と等しいことがわかります。
(ウ)の式は、上向きの電気の力(\( q\frac{V}{d} \))が、油滴の重さ(\( \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g \))と上昇時の空気抵抗(\(krv_2\))の合計と等しいことを示しています。
(ウ)の式の「油滴の重さ」の部分に、(イ)の式からわかる「落下時の空気抵抗(\(krv_1\))」を代入します。
すると、\( q\frac{V}{d} = krv_1 + krv_2 \) という簡単な式になります。
この式を \(q\) について解けば、答えが得られます。両辺を \(V\) で割って \(d\) を掛けると、\( q = \frac{krd(v_1+v_2)}{V} \) となります。
問1
思考の道筋とポイント
142の(エ)で導出した油滴の電気量 \(q\) を表す式⑤に、問題文で与えられた数値を代入して \(q\) の値を計算します。各物理量の単位を確認し、代入ミスや計算ミスに注意します。
この設問における重要なポイント
- 使用する式: \(q = \displaystyle\frac{krd(v_1 + v_2)}{V}\) (式⑤)
- 与えられた数値:
- \(k = 3.41 \times 10^{-4} \text{ kg/(m}\cdot\text{s)}\)
- \(r = 5.4 \times 10^{-7} \text{ m}\)
- \(d = 5.0 \times 10^{-3} \text{ m}\)
- \(v_1 = 3.0 \times 10^{-5} \text{ m/s}\)
- \(v_2 = 8.0 \times 10^{-5} \text{ m/s}\)
- \(V = 320 \text{ V}\)
- \(v_1 + v_2\) を先に計算しておくと良いでしょう。
- 指数の計算を間違えないように注意します。
具体的な解説と立式
油滴の電気量 \(q\) は、式⑤より次のように与えられます。
$$q = \displaystyle\frac{krd(v_1 + v_2)}{V}$$
これに各数値を代入します。
\(k = 3.41 \times 10^{-4} \text{ kg/(m}\cdot\text{s)}\)
\(r = 5.4 \times 10^{-7} \text{ m}\)
\(d = 5.0 \times 10^{-3} \text{ m}\)
\(v_1 = 3.0 \times 10^{-5} \text{ m/s}\)
\(v_2 = 8.0 \times 10^{-5} \text{ m/s}\)
\(V = 320 \text{ V}\)
まず、\(v_1 + v_2\) を計算します。
$$v_1 + v_2 = (3.0 \times 10^{-5}) + (8.0 \times 10^{-5}) = (3.0 + 8.0) \times 10^{-5} = 11.0 \times 10^{-5} \text{ m/s}$$
これらの値を式に代入する準備ができました。
使用した物理公式
- \(q = \displaystyle\frac{krd(v_1 + v_2)}{V}\)
数値を代入して \(q\) を計算します。
$$q = \displaystyle\frac{(3.41 \times 10^{-4}) \times (5.4 \times 10^{-7}) \times (5.0 \times 10^{-3}) \times (11.0 \times 10^{-5})}{320}$$
まず、分子の数値部分と指数部分を分けて計算します。
数値部分: \(3.41 \times 5.4 \times 5.0 \times 11.0 = 18.414 \times 55.0 = 1012.77\)
指数部分: \(10^{-4} \times 10^{-7} \times 10^{-3} \times 10^{-5} = 10^{-4-7-3-5} = 10^{-19}\)
よって、分子は \(1012.77 \times 10^{-19}\) となります。
これを \(320\) で割ります。
$$q = \displaystyle\frac{1012.77 \times 10^{-19}}{320} = \left(\displaystyle\frac{1012.77}{320}\right) \times 10^{-19}$$
$$\displaystyle\frac{1012.77}{320} \approx 3.1649$$
したがって、
$$q \approx 3.1649 \times 10^{-19} \text{ C}$$
有効数字を考慮すると、与えられた数値の多くが2桁または3桁であるため、結果もそれに合わせます。模範解答では \(3.2 \times 10^{-19} \text{ C}\) となっているので、有効数字2桁で丸めます。
$$q \approx 3.2 \times 10^{-19} \text{ C}$$
(エ)で求めた \(q = \frac{krd(v_1+v_2)}{V}\) の式に、問題文で与えられている \(k, r, d, v_1, v_2, V\) の値をそれぞれ代入します。
まず、\(v_1+v_2\) を計算すると、\(3.0 \times 10^{-5} + 8.0 \times 10^{-5} = 11.0 \times 10^{-5}\) となります。
次に、これらの値を全て式に代入します。
\(q = \frac{(3.41 \times 10^{-4}) \times (5.4 \times 10^{-7}) \times (5.0 \times 10^{-3}) \times (11.0 \times 10^{-5})}{320}\)
分数の計算と、\(10\) の何乗という部分の計算を丁寧に行います。
分子の数を掛け合わせるとおよそ \(1012.77 \times 10^{-19}\) となります。
これを \(320\) で割ると、およそ \(3.16 \times 10^{-19}\) となります。
答えの有効数字を考えて、\(3.2 \times 10^{-19} \text{ C}\) とします。
問2
思考の道筋とポイント
油滴の持つ電気量 \(q\) は、電気素量 \(e\) の整数倍 (\(q=Ne\)) になっているという「電気量の量子性」がこの問題の核心です。与えられた複数の \(q\) の測定値から、共通の約数である \(e\) の値を推定します。
方法としては、測定値を小さい順に並べ、隣り合う値の差を取ることで \(e\) のおおよその値を見つける方法や、各測定値が \(e\) の何倍になっているかを推定し、それらの平均からより確からしい \(e\) を求める方法があります。
この設問における重要なポイント
- 電気量の量子性: \(q = Ne\) (\(N\) は整数、\(e\) は電気素量)。
- 与えられた測定値 (単位 \(\times 10^{-19} \text{ C}\)): \(6.4, 4.8, 11.3, 8.1\)。
- 問1の結果: \(3.2 \times 10^{-19} \text{ C}\)。
- これらの値を小さい順に並べる: \(3.2, 4.8, 6.4, 8.1, 11.3\) (全て \(\times 10^{-19} \text{ C}\))。
- これらの差を取ることで、\(e\) の候補値が見えてくる可能性があります。
- 各測定値が \(e\) のおおよそ何倍 (\(N\)) に当たるかを推測し、\(\sum q = (\sum N)e\) の関係から \(e\) を計算する方法がより精度が高いと考えられます。
具体的な解説と立式
油滴の電気量は電気素量 \(e\) の整数倍になっているはずです。
与えられた電気量の測定値と問1の結果をまとめると(単位 \(\times 10^{-19} \text{ C}\) は省略して数値のみを扱うと)、
\(3.2, 4.8, 6.4, 8.1, 11.3\)
これらの数値の差を調べてみましょう。
\(4.8 – 3.2 = 1.6\)
\(6.4 – 4.8 = 1.6\)
\(8.1 – 6.4 = 1.7\)
\(11.3 – 8.1 = 3.2\) (これは \(1.6 \times 2\))
これらの差から、電気素量 \(e\) はおよそ \(1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\) であると推測されます。
この推測に基づき、各測定値が \(e \approx 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\) の何倍 (整数 \(N\)) になっているかを見積もります。
\(q_1 = 3.2 \times 10^{-19} \text{ C} \approx 2 \times (1.6 \times 10^{-19} \text{ C})\) なので \(N_1=2\)
\(q_2 = 4.8 \times 10^{-19} \text{ C} \approx 3 \times (1.6 \times 10^{-19} \text{ C})\) なので \(N_2=3\)
\(q_3 = 6.4 \times 10^{-19} \text{ C} \approx 4 \times (1.6 \times 10^{-19} \text{ C})\) なので \(N_3=4\)
\(q_4 = 8.1 \times 10^{-19} \text{ C} \approx 5 \times (1.6 \times 10^{-19} \text{ C})\) なので \(N_4=5\)
\(q_5 = 11.3 \times 10^{-19} \text{ C} \approx 7 \times (1.6 \times 10^{-19} \text{ C})\) なので \(N_5=7\)
全ての測定データの合計 \(\sum q\) と、対応する整数 \(N\) の合計 \(\sum N\) を用いて、より確からしい \(e\) の値を求めます。
$$\sum q = (3.2 + 4.8 + 6.4 + 8.1 + 11.3) \times 10^{-19} \text{ C} = 33.8 \times 10^{-19} \text{ C}$$
$$\sum N = N_1 + N_2 + N_3 + N_4 + N_5 = 2 + 3 + 4 + 5 + 7 = 21$$
ここで、\(\sum q = (\sum N)e\) の関係が成り立つはずなので、
$$e = \displaystyle\frac{\sum q}{\sum N} \quad \cdots ⑥$$
という式で \(e\) を計算します。
使用した物理公式
- 電気量の量子性: \(q = Ne\)
\(\sum q = 33.8 \times 10^{-19} \text{ C}\)
\(\sum N = 21\)
これらを式⑥ \(e = \displaystyle\frac{\sum q}{\sum N}\) に代入します。
$$e = \displaystyle\frac{33.8 \times 10^{-19}}{21} \text{ C}$$
分数の部分を計算すると、
$$\displaystyle\frac{33.8}{21} \approx 1.6095…$$
有効数字を考慮します。測定値の和 \(33.8\) は小数点以下1桁まで(つまり有効数字3桁)で、\(\sum N = 21\) は正確な整数です。したがって、結果は有効数字3桁で表すのが適切です。
$$e \approx 1.61 \times 10^{-19} \text{ C}$$
油滴の電気の量は、実は「電気のつぶ」のようなものの集まりでできていて、その「つぶ」1個分の電気の大きさが電気素量 \(e\) です。だから、測定される電気の量 \(q\) は必ず \(e\) の整数倍 (\(1e, 2e, 3e, \dots\)) になっています。
問1で求めた \(3.2 \times 10^{-19} \text{ C}\) と、問題文にある \(4.8, 6.4, 8.1, 11.3\) (すべて単位は \(\times 10^{-19} \text{ C}\)) という値を考えます。
これらの数値の差を取ってみると、だいたい \(1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\) くらいが基本の単位になっていそうです。
そこで、各測定値がこの \(1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\) の何倍になっているかを考えると、
\(3.2 \rightarrow 2\)倍、\(4.8 \rightarrow 3\)倍、\(6.4 \rightarrow 4\)倍、\(8.1 \rightarrow 5\)倍、\(11.3 \rightarrow 7\)倍くらいだとわかります。
これらの測定値を全部足すと \( (3.2+4.8+6.4+8.1+11.3) \times 10^{-19} = 33.8 \times 10^{-19} \text{ C} \) です。
これは、\( (2+3+4+5+7)e = 21e \) に等しいはずです。
だから、\(21e = 33.8 \times 10^{-19} \text{ C}\) という式から \(e\) を計算すると、\(e = \frac{33.8 \times 10^{-19}}{21} \approx 1.61 \times 10^{-19} \text{ C}\) となります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合い: 物体が一定速度で運動している(静止している場合も含む)とき、物体に働く力のベクトル和はゼロになります。この問題では、油滴の落下時と上昇時のそれぞれで、重力、空気抵抗力、静電気力がつり合っています。
- ローレンツ力と静電気力: この問題では直接ローレンツ力を計算しませんが、ミリカンの実験の背景として電磁気学の理解は重要です。ここでは電場中の荷電粒子が受ける静電気力 \(F=qE\) が中心となります。
- 電気量の量子性: ミリカンの実験の最も重要な結論の一つで、どんな物質が持つ電気量も、電気素量 \(e\) という最小単位の整数倍になっているという性質です。問2はこの原理に基づいて解かれます。
- 終端速度: 流体中を落下する物体がやがて到達する一定の速度のことで、このとき重力と抵抗力がつり合っています。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 類似問題への応用:
- 異なる条件(電場の強さ、油滴の密度や半径、空気抵抗の係数など)でのミリカンの実験。
- 他の荷電粒子(例:イオン)の運動と、そこから電気素量や比電荷を求める問題。
- サイクロトロンや質量分析器など、電場や磁場中で荷電粒子が運動する他の現象に関する問題。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 運動状態の確認: 油滴が「一定の速さで」運動しているかどうかが重要です。これにより力のつり合いの式を立てることができます。
- 働く力の列挙と図示: 油滴にどのような力が、どの向きに働いているかを正確に把握し、フリーボディダイアグラム(力の図示)を描くことが第一歩です。重力、空気抵抗、静電気力、浮力(本問では無視)など、考えられる力をリストアップします。
- 電場の向きと電位: 極板間の電位差と極板の配置から、電場の向きと強さを正しく求めます。静電気力の向きは、電荷の符号と電場の向きで決まります。
- 連立方程式の処理: 複数の状態(例:電場ありとなし)で力のつり合いを考え、未知数を消去していく数学的な処理能力も問われます。
- 電気量の量子性の利用: 複数のデータから基本単位を推定するタイプの問題では、測定値の差を取る、比率を考えるなどの統計的な視点が必要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 力の向きの誤り:
- 空気抵抗力: 常に物体の運動方向と逆向きに働きます。落下時は上向き、上昇時は下向きです。
- 静電気力: 電荷の符号(正か負か)と電場の向きによって決まります。\(q>0\) なら電場と同じ向き、\(q<0\) なら電場と逆向きです。本問では油滴が上向きに上昇し、電場が下向きなので、\(q>0\) と判断できます。
対策: 必ず図を描き、力の向きを矢印で明確に示しながら考える習慣をつけましょう。
- 油滴の質量の計算: 密度 \(\rho\) と半径 \(r\) から質量 \(m = \rho \cdot \frac{4}{3}\pi r^3\) を計算する際に、球の体積の公式を間違えないように。
- 代数計算のミス: (エ)の導出や問1の数値計算で、式の変形や代入、指数の計算を誤る可能性があります。
対策: 一つ一つのステップを丁寧に行い、検算する癖をつけましょう。特に指数の計算は慎重に。 - 問2のデータの扱い方: 電気素量を推定する際に、単に平均を取るだけでは不適切な場合があります。差を取ったり、整数倍の関係を見抜いたりする考察が必要です。
対策: 電気量の量子性 (\(q=Ne\)) という原理をしっかり理解し、データがその原理に従っているはずだという視点からアプローチしましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題における物理現象のイメージ化:
- 小さな油滴が、目に見えない空気分子と衝突しながら落ちていく/上がっていく様子(空気抵抗)。
- 重力に引かれる油滴。
- 電場という「空間のゆがみ」から力を受ける帯電した油滴(静電気力)。
- これらの力がせめぎ合って、やがてバランスが取れ、油滴が一定の速さでスーッと動く様子(力のつり合い、終端速度)。
- 図示の有効性:
- 油滴に働く全ての力を、作用点と向きを正確に矢印で図示することが極めて重要です。これにより、力のつり合いの式を立てる際の符号ミスなどを防ぐことができます。
- 電場がない場合とある場合、それぞれについて図を描き、力の成分を比較検討すると良いでしょう。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力のベクトルの始点は油滴の中心(または重心)に統一する。
- 力の種類(重力、抵抗力、静電気力)を明記する。
- 座標軸を設定し、各力の成分を考える場合はそれも図示する(本問では鉛直方向のみ)。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(mg = \rho \cdot \frac{4}{3}\pi r^3 g\): 油滴に働く重力を計算するため。質量を密度と体積で表すのは基本的な考え方です。
- \(F_{\text{抵抗}} = krv\): 問題文で「空気の抵抗力は \(r\) と \(v\) の積に比例し、比例定数を \(k\) とする」と与えられているため、このモデルを使用します。ストークスの抵抗の法則 \(6\pi\eta rv\) とは形が異なりますが、問題の指示に従います。
- \(F_{\text{静電気}} = qE\) と \(E=V/d\): 電場中の荷電粒子が受ける力を計算するため。平行平板電極間の電場は一様とみなせ、その強さは電位差と極板間距離で決まります。
- 力のつり合い (\(\sum F_y = 0\)): 油滴が「一定の速さで」運動しているという記述から、加速度がゼロであり、したがって合力もゼロであると判断し、この法則を適用します。
- \(q=Ne\): 電気量の量子性。問2で複数の測定値から \(e\) を推定する際の根拠となります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 142(イ) 電場なし・落下:
- 働く力: 重力(下向き)、空気抵抗(上向き)。
- 力のつり合い: \(krv_1 = mg\)。 \(m\) に \(\rho \frac{4}{3}\pi r^3\) を代入。
- 142(ウ) 電場あり・上昇:
- 働く力: 静電気力(上向き、\(qV/d\))、重力(下向き)、空気抵抗(下向き、\(krv_2\))。
- 力のつり合い: \(qV/d = mg + krv_2\)。 \(m\) に \(\rho \frac{4}{3}\pi r^3\) を代入。
- 142(エ) \(q\) の導出:
- (イ)の式から \(mg = krv_1\) を得る。
- これを(ウ)の \(mg\) に代入: \(qV/d = krv_1 + krv_2\)。
- \(q\) について解く: \(q = \frac{krd(v_1+v_2)}{V}\)。
- 問1 \(q\) の数値計算:
- (エ)の式に与えられた数値を代入。
- 指数の計算、有効数字に注意して計算実行。
- 問2 \(e\) の推定:
- 電気量の量子性 \(q=Ne\) を念頭に置く。
- 測定値(問1の結果を含む)を比較し、共通の約数(\(e\) の候補)を見つける。
- 各測定値が \(e\) の何倍 (\(N\)) にあたるかを決定。
- \(\sum q = (\sum N)e\) の関係から、より確からしい \(e\) を計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位の統一と確認: 全ての物理量をSI基本単位系に換算してから計算するとミスが減ります。本問では最初からSI単位が使われていますが、そうでない場合は注意が必要です。また、計算結果の単位が求めるべき物理量の単位と一致しているか確認しましょう。
- 指数の計算ルールの徹底: \(10^a \times 10^b = 10^{a+b}\)、\(10^a / 10^b = 10^{a-b}\)。特にマイナス符号の扱いに注意。
- 有効数字の意識: 計算の途中では有効数字より1桁多く取っておき、最終的な答えを出すときに問題文中の数値の有効数字に合わせて丸めるのが一般的です。問1では、与えられた数値が2桁や3桁なので、答えもそれに合わせます。問2の \(e\) の計算では、測定値の和の有効数字が考慮されています。
- 概算による検算: 複雑な計算の前に、おおよその桁数や数値を予測(概算)しておくと、大きな計算ミスに気づきやすくなります。例えば、問1で指数部分を無視して \(3 \times 5 \times 5 \times 10 / 300 \approx 2.5\) のように大まかな値を出しておき、最終的な答えの数値部分がこれに近いかを確認するなど。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 物理的な直感との整合性:
- 問1で得られた電気量 \(q \approx 3.2 \times 10^{-19} \text{ C}\) は、電気素量 \(e \approx 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\) の約2倍です。これは物理的に妥当な値です(\(N=2\) の場合に相当)。
- 問2で得られた電気素量 \(e \approx 1.61 \times 10^{-19} \text{ C}\) は、現在知られている電気素量の値 \(1.602 \times 10^{-19} \text{ C}\) に非常に近い値であり、実験結果として妥当であると言えます。
- 他のデータとの比較: 問2では複数の測定値が与えられていますが、もし一つだけ極端にかけ離れたデータがあれば、それは測定ミスや特殊な状況(例:油滴が途中で電荷を失った/得た)の可能性を疑うこともあります(ただし、入試問題では通常、与えられたデータは全て使用して解くことが多いです)。
- 実験の限界と誤差: 実際の実験では様々な誤差要因(空気の浮力、油滴が完全な球でない、ブラウン運動の影響、測定機器の精度など)が考えられます。これらの影響を考察することも、物理への理解を深める上で有益です(本問では直接問われていませんが)。
ミリカンの実験は、単純な力のつり合いから非常に根源的な物理定数を求めることができる巧妙な実験です。式の導出だけでなく、その背景にある物理的な意味合いや実験の意義も理解しておくと良いでしょう。
問題143 (弘前大+北見工大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、光電効果に関する実験とその解釈を扱うものです。光電管に紫外線を当て、陰極から飛び出す光電子の挙動を調べることにより、光子のエネルギー、仕事関数、電気素量、プランク定数といった物理学の基本概念への理解を深めます。
- 実験装置: ナトリウム(Na)を陰極とする光電管を用いた図1の回路。
- 照射光: 波長 \(\lambda = 3.0 \times 10^{-7} \text{ m}\) の紫外線。
- 物理定数:
- 光速: \(c = 3.0 \times 10^8 \text{ m/s}\)
- 電気素量: \(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\)
- プランク定数: \(h = 6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\)
- 図2: AB間の電圧(陽極の電位 \(V\))と光電流 \(I\) の関係を示すグラフ。
- (1) AB間に十分な電圧をかけ、飽和光電流 \(I = 1.6 \times 10^{-6} \text{ A}\) が流れたとき、陰極Aから陽極Bに達する電子の数 \(N\) (毎秒何個か)。
- (2) 図2のグラフから、陰極から飛び出す光電子の最大運動エネルギー \(K\) [J] 。
- (3) 照射した光子のエネルギー [J] とナトリウムの仕事関数 \(W\) [J] 。また、\(W\) を [eV] で表した値、およびナトリウムに対する限界振動数 \(\nu_0\) [Hz] 。
- (4) 光の波長を変えずに光の明るさを半分にした場合、図2の \(I-V\) 曲線がどう変わるか(図に概形を描き込む)。
- (5) 当てる光の波長を変えながら同様の実験を行ったとき、横軸を光の振動数 \(\nu\) [Hz]、縦軸を最大運動エネルギー \(K\) [J] としたグラフの定性的な概形(\(\nu_0\) と \(W\) を用いる)。また、プランク定数 \(h\) がグラフの何に対応するか。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「光電効果」です。光電効果とは、物質に特定の振動数以上の光を当てると、物質の表面から電子が飛び出す現象です。この現象は、光を波としてだけでは説明できず、アインシュタインが提唱した「光量子仮説(光はエネルギー \(h\nu\) を持つ粒子(光子)の流れであるという考え方)」によって見事に説明されました。この問題を通して、光電効果の基本的な法則や関連する物理量の計算方法を学びましょう。
- 鍵となる物理法則・概念:
- 電流の定義: 電流 \(I\) は、単位時間あたりに断面を通過する電気量 \(Q\) であり、\(I = Q/t\)。電気量が電気素量 \(e\) を持つ電子 \(N\) 個からなる場合、\(Q=Ne\)。
- 光子のエネルギー: 振動数 \(\nu\)、波長 \(\lambda\) の光子のエネルギー \(E\) は、\(E = h\nu = hc/\lambda\)。
- アインシュタインの光電効果の式: 光電子の最大運動エネルギーを \(K_{\text{max}}\)、金属の仕事関数を \(W\) とすると、\(K_{\text{max}} = h\nu – W\)。
- 仕事関数 \(W\): 電子を金属表面から取り出すのに必要な最小のエネルギー。金属の種類によって決まる。
- 限界振動数 \(\nu_0\): 光電効果が起こるための最小の振動数。\(h\nu_0 = W\) の関係がある。
- 阻止電圧 (逆電圧) \(V_0\): 光電流がゼロになるときの、光電子の運動を妨げる向きの電圧。光電子の最大運動エネルギーと \(K_{\text{max}} = eV_0\) の関係がある。
問題を解くための全体的な戦略と手順は以下の通りです。
- (1) 電子の数の計算: 飽和光電流の値と電気素量 \(e\) から、単位時間あたりに陽極に到達する電子の数を求めます。
- (2) 最大運動エネルギーの計算: 図2のグラフから阻止電圧 \(V_0\) を読み取り、\(K_{\text{max}} = eV_0\) の関係式を使って光電子の最大運動エネルギーを計算します。
- (3) 光子のエネルギー、仕事関数、限界振動数の計算:
- まず、照射した紫外線の波長から光子1個のエネルギー \(E = hc/\lambda\) を求めます。
- 次に、アインシュタインの光電効果の式 \(K_{\text{max}} = E – W\) を利用して、(2)で求めた \(K_{\text{max}}\) と計算した \(E\) から仕事関数 \(W\) を求めます。
- 仕事関数 \(W\) をジュール [J] からエレクトロンボルト [eV] に単位換算します。 (\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\))
- 最後に、仕事関数 \(W\) とプランク定数 \(h\) から、限界振動数 \(\nu_0 = W/h\) を求めます。
- (4) 光の明るさと \(I-V\) 曲線の関係: 光の明るさは、入射する光子の数に比例します。光子の数が増えれば飛び出す光電子の数も増えるため、飽和光電流が変化します。一方、光電子1個の最大運動エネルギーは光の振動数と仕事関数で決まるため、光の明るさを変えても変化しません。
- (5) \(K-\nu\) グラフの作成: アインシュタインの光電効果の式 \(K_{\text{max}} = h\nu – W\) は、\(K_{\text{max}}\) を縦軸、\(\nu\) を横軸にとると、傾きが \(h\)、縦軸切片が \(-W\) の直線関係を表します。このグラフを描き、プランク定数 \(h\) がグラフの何に対応するかを答えます。
(1)
思考の道筋とポイント
電流とは、単位時間あたりに導線の断面を通過する電気量のことです。光電流 \(I\) が流れているということは、単位時間あたりに電子が陽極Bに到達していることを意味します。電子1個の電気量は \(e\) なので、毎秒 \(N\) 個の電子が到達する場合、電流 \(I\) は \(Ne\) と表せます。
この設問における重要なポイント
- 電流 \(I\) と、単位時間あたりに流れる電気量 \(Q\) の関係: \(I = Q/t\)。
- 電気量 \(Q\) と、電子の数 \(N\)、電気素量 \(e\) の関係: \(Q = Ne\)。
- したがって、毎秒通過する電子の数を \(N_{\text{毎秒}}\) とすると、\(I = N_{\text{毎秒}}e\)。
具体的な解説と立式
回路に流れる電流 \(I\) は、単位時間に陽極Bに到達する電子の総電気量に等しいです。
毎秒 \(N\) 個の電子が陽極Bに達するとすると、その総電気量は \(Ne\) となります。
したがって、電流 \(I\) と電子の数 \(N\)(毎秒)の関係は、
$$I = Ne \quad \cdots ①$$
と表せます。この式を \(N\) について解くと、
$$N = \frac{I}{e} \quad \cdots ②$$
となります。
使用した物理公式
- 電流と電気量の関係: \(I = Q/t\)
- 電気量と電子の数の関係: \(Q = Ne\)
与えられた値を式②に代入します。
電流 \(I = 1.6 \times 10^{-6} \text{ A}\)
電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\)
$$N = \frac{1.6 \times 10^{-6} \text{ A}}{1.6 \times 10^{-19} \text{ C}}$$
数値部分を計算すると、\(1.6 / 1.6 = 1\)。
指数部分を計算すると、\(10^{-6} / 10^{-19} = 10^{-6 – (-19)} = 10^{-6+19} = 10^{13}\)。
したがって、
$$N = 1.0 \times 10^{13} \text{ 個/秒}$$
となります。
電流の大きさ \(I\) は、1秒間に流れる電気の量です。電子1個が持つ電気の量は \(e\) です。
もし1秒間に \(N\) 個の電子が流れるとすると、1秒間に流れる電気の総量は \(N \times e\) となります。
これが電流 \(I\) に等しいので、\(I = Ne\) という関係が成り立ちます。
この式を \(N\) について解くと、\(N = I/e\) となります。
問題で与えられた電流 \(I = 1.6 \times 10^{-6} \text{ A}\) と電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\) を代入して計算すると、
\(N = (1.6 \times 10^{-6}) / (1.6 \times 10^{-19}) = 1.0 \times 10^{13}\) 個と求まります。
陰極Aから陽極Bに達する電子の数は毎秒 \(1.0 \times 10^{13}\) 個です。非常に多くの電子が関わっていることがわかります。
(2)
思考の道筋とポイント
図2のグラフは、陽極の電位 \(V\) と光電流 \(I\) の関係を示しています。陽極の電位 \(V\) を負にしていくと、陰極Aから飛び出した光電子は電場に逆らって陽極Bに向かうことになり、運動エネルギーが小さい電子は途中で押し戻されてしまいます。光電流 \(I\) がちょうどゼロになるのは、最も運動エネルギーが大きい光電子でさえも陽極Bに到達できなくなる瞬間です。このときの電圧を阻止電圧 \(V_0\) といい、光電子の最大運動エネルギー \(K_{\text{max}}\) との間には \(K_{\text{max}} = eV_0\) の関係があります。
この設問における重要なポイント
- 図2のグラフから、光電流 \(I\) がゼロになる電圧(阻止電圧 \(V_0\))を読み取る。このとき、陽極の電位は陰極に対して負になっているので、\(V_0\) の大きさ(絶対値)を用います。
- 阻止電圧 \(V_0\) と光電子の最大運動エネルギー \(K_{\text{max}}\) の関係式: \(K_{\text{max}} = eV_0\)。
具体的な解説と立式
図2のグラフから、光電流 \(I\) がゼロになるときの陽極の電位は \(-1.8 \text{ V}\) です。
これは、陰極Aに対して陽極Bの電位が \(-1.8 \text{ V}\) であることを意味し、この電圧によって最もエネルギーの大きい光電子の運動が完全に妨げられることを示します。
この電圧の絶対値が阻止電圧 \(V_0\) なので、\(V_0 = 1.8 \text{ V}\) です。
光電子の最大運動エネルギー \(K\) (または \(K_{\text{max}}\)) は、電気素量 \(e\) と阻止電圧 \(V_0\) を用いて次のように表されます。
$$K = eV_0 \quad \cdots ③$$
使用した物理公式
- 最大運動エネルギーと阻止電圧の関係: \(K_{\text{max}} = eV_0\)
与えられた値を式③に代入します。
電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\)
阻止電圧 \(V_0 = 1.8 \text{ V}\) (図2より読み取り)
$$K = (1.6 \times 10^{-19} \text{ C}) \times (1.8 \text{ V})$$
数値部分を計算すると、\(1.6 \times 1.8 = 2.88\)。
したがって、
$$K = 2.88 \times 10^{-19} \text{ J}$$
有効数字を考慮すると、\(1.8 \text{ V}\) が2桁なので、\(2.9 \times 10^{-19} \text{ J}\) とするのが適切です。模範解答もこれに合わせています。
グラフを見ると、陽極の電圧をマイナスにしていき、\(-1.8 \text{ V}\) になったときに電流が流れなくなっています。これは、元気いっぱいに飛び出してきた電子も、\(1.8 \text{ V}\) の逆向きの電圧(坂道のようなもの)に阻まれて陽極までたどり着けなくなるということです。
この \(1.8 \text{ V}\) を阻止電圧 \(V_0\) といいます。
飛び出す電子が持っている最大の運動エネルギー \(K\) は、この阻止電圧 \(V_0\) と電気素量 \(e\) を使って \(K = eV_0\) と計算できます。
\(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\) と \(V_0 = 1.8 \text{ V}\) を代入すると、
\(K = (1.6 \times 10^{-19}) \times 1.8 = 2.88 \times 10^{-19} \text{ J}\) となります。
答えは有効数字2桁で \(2.9 \times 10^{-19} \text{ J}\) です。
陰極から飛び出す光電子の最大運動エネルギーは \(2.88 \times 10^{-19} \text{ J}\) (有効数字2桁で \(2.9 \times 10^{-19} \text{ J}\)) です。このエネルギーは、光電効果を理解する上で非常に重要な量です。
(3)
思考の道筋とポイント
まず、照射した紫外線の波長 \(\lambda\) から、光子1個のエネルギー \(E = hc/\lambda\) を計算します。
次に、アインシュタインの光電効果の式 \(K_{\text{max}} = E – W\) を用いて仕事関数 \(W\) を求めます。ここで \(K_{\text{max}}\) は(2)で求めた値です。
仕事関数 \(W\) をジュール [J] からエレクトロンボルト [eV] に変換します(\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\))。
最後に、仕事関数 \(W\) と限界振動数 \(\nu_0\) の関係式 \(W = h\nu_0\) から \(\nu_0\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 光子のエネルギー: \(E = hc/\lambda\)。
- アインシュタインの光電効果の式: \(K_{\text{max}} = E – W\)。これを変形して \(W = E – K_{\text{max}}\)。
- 単位換算: ジュール [J] とエレクトロンボルト [eV] の関係。
- 仕事関数と限界振動数の関係: \(W = h\nu_0\)。これを変形して \(\nu_0 = W/h\)。
具体的な解説と立式
1. 光子のエネルギー \(E\) の計算
波長 \(\lambda = 3.0 \times 10^{-7} \text{ m}\) の紫外線の光子1個のエネルギー \(E\) は、
$$E = \frac{hc}{\lambda} \quad \cdots ④$$
で与えられます。
2. 仕事関数 \(W\) [J] の計算
アインシュタインの光電効果の式は、\(K_{\text{max}} = E – W\) です。ここで \(K_{\text{max}}\) は(2)で求めた光電子の最大運動エネルギー \(K\) です。
この式を仕事関数 \(W\) について解くと、
$$W = E – K \quad \cdots ⑤$$
となります。
3. 仕事関数 \(W\) [eV] の計算
ジュールで表された仕事関数 \(W_{\text{[J]}}\) をエレクトロンボルトで表すには、電気素量 \(e\) の値(\(1.6 \times 10^{-19}\))で割ります。
$$W_{\text{[eV]}} = \frac{W_{\text{[J]}}}{e} \quad \cdots ⑥$$
4. 限界振動数 \(\nu_0\) の計算
仕事関数 \(W\) と限界振動数 \(\nu_0\) の間には、
$$W = h\nu_0 \quad \cdots ⑦$$という関係があります。これを \(\nu_0\) について解くと、$$\nu_0 = \frac{W}{h} \quad \cdots ⑧$$
となります。
使用した物理公式
- 光子のエネルギー: \(E = hc/\lambda\)
- アインシュタインの光電効果の式: \(K_{\text{max}} = h\nu – W\) (または \(K_{\text{max}} = E – W\))
- ジュールとエレクトロンボルトの換算: \(1 \text{ eV} = e \text{ [J]}\) (\(e\) は電気素量の値)
- 仕事関数と限界振動数の関係: \(W = h\nu_0\)
1. 光子のエネルギー \(E\) の計算
プランク定数 \(h = 6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\)、光速 \(c = 3.0 \times 10^8 \text{ m/s}\)、波長 \(\lambda = 3.0 \times 10^{-7} \text{ m}\) を式④に代入します。
$$E = \frac{(6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}) \times (3.0 \times 10^8 \text{ m/s})}{3.0 \times 10^{-7} \text{ m}}$$
数値部分を計算すると \((6.6 \times 3.0) / 3.0 = 6.6\)。
指数部分を計算すると \((10^{-34} \times 10^8) / 10^{-7} = 10^{-34+8-(-7)} = 10^{-34+8+7} = 10^{-19}\)。
したがって、
$$E = 6.6 \times 10^{-19} \text{ J}$$
2. 仕事関数 \(W\) [J] の計算
(2)で求めた \(K = 2.88 \times 10^{-19} \text{ J}\) と、上記で計算した \(E = 6.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) を式⑤に代入します。
$$W = (6.6 \times 10^{-19} \text{ J}) – (2.88 \times 10^{-19} \text{ J})$$
$$W = (6.6 – 2.88) \times 10^{-19} \text{ J} = 3.72 \times 10^{-19} \text{ J}$$
有効数字を考慮し、模範解答に合わせて \(W \approx 3.7 \times 10^{-19} \text{ J}\) とします。
3. 仕事関数 \(W\) [eV] の計算
\(W = 3.72 \times 10^{-19} \text{ J}\) を電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\) の値で割ります。(\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\))
$$W_{\text{[eV]}} = \frac{3.72 \times 10^{-19} \text{ J}}{1.6 \times 10^{-19} \text{ J/eV}}$$
$$W_{\text{[eV]}} = \frac{3.72}{1.6} \text{ eV} = 2.325 \text{ eV}$$
有効数字2桁で丸めると \(2.3 \text{ eV}\)。
4. 限界振動数 \(\nu_0\) の計算
仕事関数 \(W = 3.72 \times 10^{-19} \text{ J}\) とプランク定数 \(h = 6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\) を式⑧に代入します。
$$\nu_0 = \frac{3.72 \times 10^{-19} \text{ J}}{6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}}$$
数値部分を計算すると \(3.72 / 6.6 \approx 0.5636\)。
指数部分を計算すると \(10^{-19} / 10^{-34} = 10^{-19 – (-34)} = 10^{-19+34} = 10^{15}\)。
したがって、
$$\nu_0 \approx 0.5636 \times 10^{15} \text{ Hz} = 5.636 \times 10^{14} \text{ Hz}$$
有効数字2桁で丸めると \(5.6 \times 10^{14} \text{ Hz}\)。
まず、当たっている紫外線の光1粒(光子)が持っているエネルギー \(E\) を計算します。\(E = hc/\lambda\) という式を使います。
\(h=6.6 \times 10^{-34}\), \(c=3.0 \times 10^8\), \(\lambda=3.0 \times 10^{-7}\) を代入すると、\(E = 6.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) となります。
次に、金属から電子を追い出すのに必要な最小エネルギーである仕事関数 \(W\) を求めます。光子のエネルギー \(E\) の一部が仕事関数 \(W\) として使われ、残りが電子の運動エネルギー \(K\) になります (\(K = E – W\))。なので、\(W = E – K\) です。
(2)で \(K = 2.88 \times 10^{-19} \text{ J}\) と求めたので、\(W = (6.6 \times 10^{-19}) – (2.88 \times 10^{-19}) = 3.72 \times 10^{-19} \text{ J}\) です (有効数字2桁なら \(3.7 \times 10^{-19} \text{ J}\))。
この \(W\) を別の単位 [eV](エレクトロンボルト)で表すには、\(1.6 \times 10^{-19}\) で割ります。\( (3.72 \times 10^{-19}) / (1.6 \times 10^{-19}) = 2.325 \text{ eV} \) (有効数字2桁なら \(2.3 \text{ eV}\))。
最後に、限界振動数 \(\nu_0\) を求めます。これは「この振動数以上の光でないと電子は飛び出さない」というギリギリの振動数です。\(W = h\nu_0\) の関係があるので、\(\nu_0 = W/h\) です。
\(W = 3.72 \times 10^{-19} \text{ J}\) と \(h=6.6 \times 10^{-34}\) を代入すると、\(\nu_0 = (3.72 \times 10^{-19}) / (6.6 \times 10^{-34}) \approx 5.6 \times 10^{14} \text{ Hz}\) となります。
光子のエネルギーは \(6.6 \times 10^{-19} \text{ J}\)。ナトリウムの仕事関数は \(3.7 \times 10^{-19} \text{ J}\) (約 \(2.3 \text{ eV}\))。限界振動数は \(5.6 \times 10^{14} \text{ Hz}\)。これらの値は、光電効果の現象を定量的に示しています。仕事関数は金属に固有の値であり、限界振動数もそれによって決まります。
(4)
思考の道筋とポイント
光の「明るさ」は、単位時間あたりに入射する光子の数に比例します。光子の数が半分になると、陰極から飛び出す光電子の数も半分になります。これにより、飽和光電流の大きさが変化します。
一方、光の波長(つまり振動数、光子1個のエネルギー)は変えていないので、飛び出す光電子1個あたりの最大運動エネルギーは変化しません。したがって、阻止電圧 \(V_0\) も変化しません。
この設問における重要なポイント
- 光の明るさ(強さ) \(\propto\) 単位時間あたりの光子の数。
- 単位時間あたりの光子の数 \(\propto\) 飛び出す光電子の数 \(\propto\) 飽和光電流 \(I_{\text{飽和}}\)。
- 光電子の最大運動エネルギー \(K_{\text{max}}\) は、光の振動数 \(\nu\)(または波長 \(\lambda\))と仕事関数 \(W\) で決まり、光の明るさには依存しない。
- 阻止電圧 \(V_0\) は \(K_{\text{max}}\) に対応するため、明るさが変わっても \(V_0\) は変わらない。
具体的な解説と立式
光の明るさを半分にすると、陰極に単位時間あたりに入射する光子の数が半分になります。その結果、陰極から飛び出す光電子の数も半分になり、陽極に到達できる最大の電子の数、すなわち飽和光電流 \(I_{\text{飽和}}\) が元の半分になります。
元の飽和光電流は図2から \(1.6 \times 10^{-6} \text{ A}\) なので、明るさが半分になると、新しい飽和光電流は \(0.8 \times 10^{-6} \text{ A}\) になります。
一方、光の波長(振動数)は変えていないため、光子1個のエネルギー \(h\nu\) は同じです。したがって、光電子の最大運動エネルギー \(K_{\text{max}} = h\nu – W\) も変化しません。最大運動エネルギーが変わらないので、それを阻止するための電圧 \(V_0 = K_{\text{max}}/e\) も変化しません。
つまり、グラフの形状は、\(V_0\) の値(\(I=0\) となる電圧)は変わらず、飽和電流の値が半分になるように変化します。
グラフの変化の概形は以下のようになります。
- 光電流がゼロになる電圧(阻止電圧に対応する \(V = -1.8 \text{ V}\))は変化しない。
- 陽極の電位 \(V\) が十分に大きいときの飽和光電流の値が、元の \(1.6 \times 10^{-6} \text{ A}\) から \(0.8 \times 10^{-6} \text{ A}\) に減少する。
- グラフ全体が \(I\) 軸方向に圧縮されたような形になる。
(模範解答の図を参照し、図2の元の曲線(黒線)に対して、阻止電圧 \(V_0 = -1.8 \text{ V}\) の点は同じで、飽和電流が \(0.8 \times 10^{-6} \text{ A}\) となるような新しい曲線(赤線)を描き込む。)
(5)
思考の道筋とポイント
アインシュタインの光電効果の式 \(K_{\text{max}} = h\nu – W\) を、縦軸を \(K_{\text{max}}\)(問題文では \(K\))、横軸を \(\nu\) としたグラフで考えます。この式は \(y = ax + b\) の形の一次関数の式と見なせます。
この設問における重要なポイント
- アインシュタインの光電効果の式: \(K = h\nu – W\)。
- この式を \(K\) についての \(\nu\) の関数と見る。
- グラフの形状: 直線。
- グラフの傾きが何に対応するか。
- グラフの縦軸(\(K\)軸)切片が何に対応するか。
- グラフの横軸(\(\nu\)軸)切片(\(K=0\) となる \(\nu\))が何に対応するか(限界振動数 \(\nu_0\))。
- 光電効果が起こる条件 (\(\nu \ge \nu_0\) または \(h\nu \ge W\)) を考慮してグラフを描く。
具体的な解説と立式
アインシュタインの光電効果の式は、光電子の最大運動エネルギー \(K\)、光の振動数 \(\nu\)、プランク定数 \(h\)、仕事関数 \(W\) の間に次の関係を示します。
$$K = h\nu – W \quad \cdots ⑨$$
この式は、\(K\) を縦軸、\(\nu\) を横軸とすると、一次関数 \(y = ax+b\) の形をしています。
ここで、
- 傾き \(a\) はプランク定数 \(h\) に対応します。
- 縦軸切片 \(b\) は \(-W\) に対応します。
また、\(K=0\) となるとき、すなわち光電子がギリギリ飛び出す(または飛び出さない)ときの振動数は限界振動数 \(\nu_0\) です。式⑨で \(K=0\) とおくと、
$$0 = h\nu_0 – W$$
$$h\nu_0 = W \quad \text{または} \quad \nu_0 = \frac{W}{h}$$
となります。これはグラフが横軸(\(\nu\)軸)と \(\nu = \nu_0\) で交わることを意味します。
光電効果は \(\nu < \nu_0\) の領域では起こらないため、グラフは \(\nu \ge \nu_0\) の範囲でのみ物理的な意味を持ちます。したがって、グラフの実線部分は \(\nu = \nu_0\) から始まり、右上がりの直線となります。
グラフの概形は以下のようになります。
- 横軸に \(\nu\)、縦軸に \(K\) をとる。
- \(\nu = \nu_0\) の点で \(\nu\) 軸と交わり(\(K=0\))、そこから右上がりの直線となる。
- 直線の傾きは \(h\)。
- 直線を左に延長した場合、縦軸(\(K\)軸)と \(-W\) で交わる(ただし、\(\nu < \nu_0\) の領域は物理的には光電効果が起こらないので点線で描かれることが多い)。
プランク定数 \(h\) は、この \(K-\nu\) グラフの傾きに対応しています。
(模範解答の図を参照し、横軸 \(\nu\)、縦軸 \(K\) のグラフで、\(\nu\)軸上の点 \(\nu_0\) から始まり、傾き \(h\) を持つ右上がりの直線を描く。この直線を延長して \(K\)軸と交わる点が \(-W\) であることを示す。\(\nu < \nu_0\) の部分は点線で示すか、描かない。)
使用した物理公式
- アインシュタインの光電効果の式: \(K = h\nu – W\)
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- アインシュタインの光電効果の式 (\(K_{\text{max}} = h\nu – W\)): この式が光電効果の現象を定量的に説明する上で最も重要です。光子のエネルギー (\(h\nu\)) が、電子を金属から取り出すための仕事関数 (\(W\)) と、飛び出した電子の最大運動エネルギー (\(K_{\text{max}}\)) に分配されることを示しています。
- 光量子仮説: 光はエネルギー \(h\nu\) を持つ粒子(光子)の流れであるという考え方。これが光電効果を説明する基礎となります。
- 阻止電圧と最大運動エネルギーの関係 (\(K_{\text{max}} = eV_0\)): 実験的に最大運動エネルギーを測定する手段を与えます。
- 仕事関数と限界振動数の関係 (\(W = h\nu_0\)): 光電効果が起こるための条件を示します。
- 電流と荷電粒子の流れ (\(I=Ne/t\)): 光電流の大きさから、飛び出す光電子の数を把握するのに使います。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 類似問題への応用:
- 異なる金属(仕事関数 \(W\) が異なる)や、異なる波長・振動数の光を用いた場合の光電効果の計算。
- \(I-V\) 特性曲線や \(K-\nu\) グラフの読み取り、作図、解釈。
- 光の強さ(明るさ)と光電流、運動エネルギーの関係の理解。
- 逆光電効果(X線の発生など)との関連。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 与えられた物理量の確認: 波長か振動数か、エネルギーか。単位は何か(JかeVか)。
- グラフの種類の特定: \(I-V\) 特性曲線なのか、\(K-\nu\) グラフなのか。それぞれのグラフが何を表しているかを理解する。
- \(I-V\) 曲線: 阻止電圧 \(V_0\)(から \(K_{\text{max}}\))、飽和電流 \(I_{\text{飽和}}\)(から光電子の数)が読み取れる。
- \(K-\nu\) グラフ: 傾き (\(h\))、\(\nu\)軸切片 (\(\nu_0\))、\(K\)軸切片 (\(-W\)) が読み取れる。
- 求められているものは何か: エネルギー、仕事関数、振動数、電子の数、グラフの形状など。
- 適用すべき公式の選択: 問題の状況に合わせて、光子のエネルギーの式、アインシュタインの光電効果の式、阻止電圧の式などを適切に使い分ける。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 光の強さ(明るさ)と光子のエネルギーの混同:
- 光の強さ(明るさ)は、単位時間あたりに入射する「光子の数」に比例します。光子の数を増やしても、光子1個のエネルギー \(h\nu\) は変わりません(振動数が同じなら)。
- 光電子の「数」は光の強さに比例しますが、光電子1個の「最大運動エネルギー」は光の強さにはよらず、光の「振動数」と金属の「仕事関数」で決まります。
対策: 「強さ=光子の数」「振動数(波長)=光子1個のエネルギー」という対応を明確に区別しましょう。
- 仕事関数 \(W\) と阻止電圧 \(V_0\) の直接的な混同: これらは単位も意味も異なります。\(K_{\text{max}} = eV_0\) であり、\(K_{\text{max}} = h\nu – W\) です。
- 単位の換算ミス: エネルギーの単位としてジュール [J] とエレクトロンボルト [eV] が使われます。\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) の関係を正しく使いましょう。特にプランク定数 \(h\) は J·s の単位なので、計算途中で単位系を統一する必要があります。
- \(K-\nu\) グラフの切片の符号: 縦軸 (\(K\)軸) 切片は \(-W\) であり、負の値です。横軸 (\(\nu\)軸) 切片は \(\nu_0\) であり、正の値です。
対策: アインシュタインの式 \(K = h\nu – W\) をグラフの基本形 \(y = ax+b\) と比較し、切片が何に対応するかを常に意識しましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- エネルギー準位図の活用: 光電効果を理解する上で、金属中の電子のエネルギー状態、仕事関数、入射光子のエネルギー、飛び出す光電子の運動エネルギーの関係をエネルギー準位図でイメージすると分かりやすいです。
- 金属の表面を基準 (0) とすると、電子は \(-W\) のエネルギー状態に束縛されている。
- そこにエネルギー \(h\nu\) の光子がやってきて、電子にエネルギーを与える。
- \(h\nu > W\) であれば、電子は束縛を振り切って飛び出し、残り \(h\nu – W\) が運動エネルギーになる。
- \(I-V\) 特性曲線の解釈:
- \(V>0\) (順電圧): 電子が陽極に引かれやすくなり電流が増加、やがて全ての光電子が到達して飽和。
- \(V<0\) (逆電圧): 電子が陽極に反発され、運動エネルギーの小さいものから到達できなくなり電流減少。
- \(V=-V_0\): 最大運動エネルギーを持つ電子も到達できなくなり電流ゼロ。
- \(K-\nu\) グラフの物理的意味:
- \(\nu < \nu_0\) では \(K<0\) となり、実際には光電子は飛び出さないことを示す。
- \(\nu = \nu_0\) で初めて \(K=0\) となり、電子がギリギリ飛び出す。
- \(\nu > \nu_0\) では、\(\nu\) が大きいほど \(K\) も直線的に増加する。傾き \(h\) は、振動数が単位量増加したときの最大運動エネルギーの増加量であり、普遍的な定数であることを示唆している。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(E=h\nu\): 光をエネルギーの粒(光子)と考える光量子仮説の根幹。実験事実(特に光電効果や黒体放射)を説明するために導入されました。
- \(K_{\text{max}} = h\nu – W\): エネルギー保存則に基づいています。入射した光子のエネルギー \(h\nu\) が、電子を金属から取り出すための仕事 \(W\) と、飛び出した電子の運動エネルギー \(K_{\text{max}}\) に使われる、というエネルギーの収支を表しています。
- \(K_{\text{max}} = eV_0\): エネルギーの原理(仕事とエネルギーの関係)に基づいています。最大運動エネルギー \(K_{\text{max}}\) を持つ電子が、電位差 \(V_0\) の電場からされる仕事 \(eV_0\) によってちょうど止められる状況を表しています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 電子の数: 電流 \(I\) → 単位時間あたりの電気量 \(Q=It\) → 電子の数 \(N=Q/e\)。
- (2) 最大運動エネルギー: \(I-V\)グラフ → 阻止電圧 \(V_0\) の読み取り → \(K_{\text{max}} = eV_0\)。
- (3) 各物理量:
- 光子のエネルギー: \(\lambda \rightarrow \nu = c/\lambda \rightarrow E=h\nu\)。
- 仕事関数: \(K_{\text{max}}, E \rightarrow W = E – K_{\text{max}}\)。単位換算 J \(\leftrightarrow\) eV。
- 限界振動数: \(W \rightarrow \nu_0 = W/h\)。
- (4) 明るさの影響: 明るさ \(\rightarrow\) 光子の数 \(\rightarrow\) 光電子の数 \(\rightarrow\) 飽和電流。\(K_{\text{max}}\) と \(V_0\) は不変。
- (5) \(K-\nu\) グラフ: \(K = h\nu – W\) を \(K\) と \(\nu\) の一次関数と解釈 → 傾き \(h\)、切片 \(-W\), \(\nu_0\)。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位の一貫性: 特にエネルギー計算では、\(h\) が J·s 単位なので、他の量もジュール基準で計算し、必要なら最後にeVに換算するのが安全です。最初からeVで計算しようとすると、プランク定数もeV·s単位に換算する必要があり、間違いやすいです。
- 指数の計算: \(10^n\) の計算は慎重に。特に割り算の場合 \(10^a / 10^b = 10^{a-b}\) の符号に注意。
- 有効数字: 問題文で与えられた物理定数や測定値の有効数字を確認し、計算結果も適切な有効数字で答えるように心がけましょう。一般的には、計算に使った数値の中で最も有効数字の桁数が少ないものに合わせます。
- 定数の値の記憶と確認: \(e, h, c\) などの基本的な物理定数は、おおよその値を覚えておくと検算や概算に役立ちますが、問題文で指定されていればその値を用います。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 仕事関数の値: 通常、金属の仕事関数は数eV程度です。計算結果がこの範囲から大きく外れていないか確認しましょう。(\(3.7 \times 10^{-19} \text{ J} \approx 2.3 \text{ eV}\) は妥当)
- 限界振動数・限界波長: 仕事関数から計算される限界振動数や限界波長が、使用した光の振動数や波長と物理的に矛盾しないか(例:光電効果が起こるなら \(\nu > \nu_0\)、\(\lambda < \lambda_0\))。
- グラフの物理的意味の再確認: \(I-V\) 曲線がなぜ飽和するのか、なぜ阻止電圧が存在するのか。\(K-\nu\) グラフの傾きや切片がなぜプランク定数や仕事関数に対応するのか。これらの物理的な理由を自分の言葉で説明できるようにしておくと、理解が深まります。
光電効果は、量子物理学の扉を開いた重要な現象の一つです。数式の計算だけでなく、その背景にある物理的なモデルや歴史的意義も合わせて学ぶと、より興味深く学習できるでしょう。
問題144 (名古屋大+兵庫県立大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、X線の粒子性を示すコンプトン効果に関するものです。静止した電子にX線光子を衝突させると、X線光子は散乱され波長が変化し、電子ははね飛ばされます。この現象をエネルギー保存則と運動量保存則を用いて解析します。
- 衝突前の電子: 質量 \(m\)、静止している(速さ0)。
- 入射X線光子: 波長 \(\lambda\)、進行方向はx軸正方向。
- 衝突後の電子: 速さ \(v\)、進行方向はx軸から角度 \(\phi\) の方向。
- 散乱X線光子: 波長 \(\lambda’\)、進行方向はx軸から角度 \(\theta\) の方向。
- 物理定数: 光速 \(c\)、プランク定数 \(h\)。
- 近似条件 (設問(3)で使用): \(\lambda’ \approx \lambda\) であり、\(\displaystyle\frac{\lambda’}{\lambda} + \displaystyle\frac{\lambda}{\lambda’} = 2\)。
- (1) 衝突前後のエネルギー保存則を表す式。
- (2) 入射方向(x方向)およびそれと垂直な方向(y方向)の運動量保存則を表す式。
- (3) (1), (2)の結果から導かれる関係式 \(\lambda’ – \lambda = \displaystyle\frac{h}{mc}(1-\cos\theta)\)。
- (4) \(\theta = 90^\circ\) の場合の \(\tan\phi\) を \(\lambda, \lambda’\) を用いて表した式。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
コンプトン効果は、光電効果とともに光の粒子性を示す重要な現象の一つです。この実験では、X線(光子)がまるでビリヤードの球のように電子と衝突し、エネルギーと運動量の一部を電子に与えて自身は散乱されます。このとき、光子と電子の系全体でエネルギーと運動量が保存されると考えます。
- 鍵となる物理法則・概念:
- 光子のエネルギー: 波長 \(\lambda\) の光子のエネルギー \(E\) は \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\)。
- 光子の運動量: 波長 \(\lambda\) の光子の運動量の大きさ \(p\) は \(p = \displaystyle\frac{h}{\lambda}\)。運動量の向きは光の進行方向です。
- 電子の運動エネルギー: 質量 \(m\)、速さ \(v\) の電子の運動エネルギー \(K\) は \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)(ここでは非相対論的エネルギーを扱います)。
- 電子の運動量: 質量 \(m\)、速さ \(v\) の電子の運動量の大きさ \(p_e\) は \(p_e = mv\)。
- エネルギー保存則: 衝突の前後で、系全体のエネルギーの総和は変わりません。
- 運動量保存則: 衝突の前後で、系全体の運動量のベクトル和は変わりません。運動量はベクトルなので、成分ごとに保存則を立てる必要があります。
問題を解くための全体的な戦略と手順は以下の通りです。
- (1) エネルギー保存則の立式: 衝突前の全エネルギー(入射光子のエネルギー + 静止電子のエネルギー)と、衝突後の全エネルギー(散乱光子のエネルギー + はね飛ばされた電子の運動エネルギー)が等しいという式を立てます。静止電子の運動エネルギーは0です。
- (2) 運動量保存則の立式: 運動量はベクトルなので、x方向とy方向の成分に分けて保存則を考えます。
- (3) 関係式の導出: (1)で立てたエネルギー保存則の式と、(2)で立てた運動量保存則の2つの式(合計3つの式)から、電子の速さ \(v\) と散乱角 \(\phi\) を消去して、\(\lambda, \lambda’, \theta\) の間の関係式を導きます。途中で与えられた近似条件を用います。
- (4) \(\tan\phi\) の導出: (2)で立てた運動量保存則の式において、\(\theta = 90^\circ\) という条件を代入し、\(\tan\phi\) を計算します。
(1)
思考の道筋とポイント
衝突前と衝突後で、光子と電子からなる系全体のエネルギーが保存されると考えます。
衝突前のエネルギーは、入射X線光子のエネルギーと静止している電子のエネルギー(運動エネルギーは0)の和です。
衝突後のエネルギーは、散乱X線光子のエネルギーとはね飛ばされた電子の運動エネルギーの和です。
この設問における重要なポイント
- 入射光子のエネルギー: \(E_{\text{入射}} = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\)
- 静止電子のエネルギー: 運動エネルギーは0。
- 散乱光子のエネルギー: \(E_{\text{散乱}} = \displaystyle\frac{hc}{\lambda’}\)
- はね飛ばされた電子の運動エネルギー: \(K_e = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- エネルギー保存則: 衝突前の全エネルギー = 衝突後の全エネルギー
具体的な解説と立式
衝突前の系全体のエネルギー \(E_{\text{前}}\) は、入射X線光子のエネルギーと静止電子の運動エネルギー(0)の和です。
$$E_{\text{前}} = \frac{hc}{\lambda} + 0$$
衝突後の系全体のエネルギー \(E_{\text{後}}\) は、散乱X線光子のエネルギーとはね飛ばされた電子の運動エネルギーの和です。
$$E_{\text{後}} = \frac{hc}{\lambda’} + \frac{1}{2}mv^2$$
エネルギー保存則より \(E_{\text{前}} = E_{\text{後}}\) なので、
$$\frac{hc}{\lambda} = \frac{hc}{\lambda’} + \frac{1}{2}mv^2 \quad \cdots ①$$
これが求めるエネルギー保存則の式です。
使用した物理公式
- 光子のエネルギー: \(E = hc/\lambda\)
- 電子の運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
- エネルギー保存則
(2)
思考の道筋とポイント
衝突の前後で、光子と電子からなる系全体の運動量が保存されると考えます。運動量はベクトル量なので、入射X線の進行方向をx軸、それと垂直な方向をy軸として、各成分について保存則を立てます。
この設問における重要なポイント
- 入射光子の運動量: x成分 \(\displaystyle\frac{h}{\lambda}\)、y成分 0。
- 静止電子の運動量: x成分 0、y成分 0。
- 散乱光子の運動量: x成分 \(\displaystyle\frac{h}{\lambda’}\cos\theta\)、y成分 \(\displaystyle\frac{h}{\lambda’}\sin\theta\)。
- はね飛ばされた電子の運動量: x成分 \(mv\cos\phi\)、y成分 \(-mv\sin\phi\) (図に基づき、電子がx軸から下向きに\(\phi\)の角度で進むと解釈。模範解答の式に合わせるため、電子のy成分運動量を\(-mv\sin\phi\)として、y方向の運動量保存則を \(0 = \frac{h}{\lambda’}\sin\theta – mv\sin\phi\) と立式する)。
- 運動量保存則 (x方向): 衝突前のx方向の運動量の和 = 衝突後のx方向の運動量の和。
- 運動量保存則 (y方向): 衝突前のy方向の運動量の和 = 衝突後のy方向の運動量の和。
具体的な解説と立式
入射X線の進行方向をx軸の正の向き、それと垂直な方向をy軸とします。
x方向の運動量保存則:
衝突前のx方向の運動量の総和は、入射光子の運動量 \(\displaystyle\frac{h}{\lambda}\) と静止電子の運動量 0 の和です。
衝突後のx方向の運動量の総和は、散乱光子の運動量のx成分 \(\displaystyle\frac{h}{\lambda’}\cos\theta\) と電子の運動量のx成分 \(mv\cos\phi\) の和です。
したがって、x方向の運動量保存則は、
$$\frac{h}{\lambda} = \frac{h}{\lambda’}\cos\theta + mv\cos\phi \quad \cdots ②$$
y方向の運動量保存則:
衝突前のy方向の運動量の総和は、入射光子の運動量のy成分 0 と静止電子の運動量のy成分 0 の和です。
衝突後のy方向の運動量の総和は、散乱光子の運動量のy成分 \(\displaystyle\frac{h}{\lambda’}\sin\theta\) と電子の運動量のy成分 \(-mv\sin\phi\) (図に従い、電子はx軸から下向きに角度\(\phi\)で進むとする)の和です。
したがって、y方向の運動量保存則は、
$$0 = \frac{h}{\lambda’}\sin\theta – mv\sin\phi \quad \cdots ③$$
(これは \(mv\sin\phi = \displaystyle\frac{h}{\lambda’}\sin\theta\) と同等です。)
使用した物理公式
- 光子の運動量: \(p = h/\lambda\)
- 電子の運動量: \(p_e = mv\)
- 運動量保存則 (成分ごと)
(3)
思考の道筋とポイント
エネルギー保存則の式①と運動量保存則の式②、③から、電子の速さ \(v\) と散乱角 \(\phi\) を消去して、\(\lambda, \lambda’, \theta\) の関係式を導き、最終的に与えられた近似を用いて \(\lambda’ – \lambda = \displaystyle\frac{h}{mc}(1-\cos\theta)\) を示します。
戦略としては、まず運動量保存則の式②と③から未知の角度 \(\phi\) を消去し、電子の運動量の2乗 \(m^2v^2\) を \(\lambda, \lambda’, \theta\) で表す式を導きます。次に、エネルギー保存則の式①から電子の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) を \(\lambda, \lambda’\) で表し、これを利用して \(mv^2\) を求めます。最後に、これら \(m^2v^2\) と \(mv^2\) の関係から \(v\) を消去し、目的の式を導出します。
この設問における重要なポイント
- 運動量保存則の式②、③から \(\phi\) を消去して \(m^2v^2\) を求める。
- エネルギー保存則の式①から \(mv^2\) を求める。
- 上記の2つの結果と近似条件を用いて、目的の式を導出する。
具体的な解説と立式
(2)で得られた運動量保存則の式②、③をそれぞれ \(mv\cos\phi\) と \(mv\sin\phi\) について整理します。
$$mv\cos\phi = \frac{h}{\lambda} – \frac{h}{\lambda’}\cos\theta \quad \cdots ④$$
$$mv\sin\phi = \frac{h}{\lambda’}\sin\theta \quad \cdots ⑤$$
これらの2式から \(\phi\) を消去するために、各辺を2乗して足し合わせます。左辺は \((mv\cos\phi)^2 + (mv\sin\phi)^2 = m^2v^2(\cos^2\phi + \sin^2\phi) = m^2v^2\) となります。したがって、\(m^2v^2\) は \(\lambda, \lambda’, \theta\) を用いて次のように表されます。
$$m^2v^2 = \left(\frac{h}{\lambda} – \frac{h}{\lambda’}\cos\theta\right)^2 + \left(\frac{h}{\lambda’}\sin\theta\right)^2 \quad \cdots ⑥$$
次に、(1)で得られたエネルギー保存則の式① \(\displaystyle\frac{hc}{\lambda} = \displaystyle\frac{hc}{\lambda’} + \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) を \(mv^2\) について整理します。
$$\frac{1}{2}mv^2 = hc\left(\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’}\right)$$
よって、\(mv^2\) は次のように表されます。
$$mv^2 = 2hc\left(\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’}\right) \quad \cdots ⑦$$
式⑥と式⑦を用いて \(v\) を消去し、与えられた近似条件を適用することで、求める関係式 \(\lambda’ – \lambda = \displaystyle\frac{h}{mc}(1-\cos\theta)\) を導出します。
使用した物理公式
- エネルギー保存則 (式①)
- 運動量保存則 (式②, ③)
- 三角関数の関係式: \(\cos^2\alpha + \sin^2\alpha = 1\)
式⑥の右辺を展開し、整理します。
\begin{align*} m^2v^2 &= \left(\frac{h^2}{\lambda^2} – 2\frac{h^2}{\lambda\lambda’}\cos\theta + \frac{h^2}{\lambda’^2}\cos^2\theta\right) + \frac{h^2}{\lambda’^2}\sin^2\theta \\ &= \frac{h^2}{\lambda^2} – \frac{2h^2}{\lambda\lambda’}\cos\theta + \frac{h^2}{\lambda’^2}(\cos^2\theta + \sin^2\theta) \\ &= h^2\left(\frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} – \frac{2\cos\theta}{\lambda\lambda’}\right)\end{align*}
これが \(m^2v^2\) です。一方、式⑦ \(mv^2 = 2hc\left(\displaystyle\frac{1}{\lambda} – \displaystyle\frac{1}{\lambda’}\right)\) を用いて \(m^2v^2 = m \cdot (mv^2)\) と考えると、
$$m \left(2hc\left(\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’}\right)\right) = h^2\left(\frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} – \frac{2\cos\theta}{\lambda\lambda’}\right)$$
両辺を \(h\) で割ります(\(h \neq 0\))。
$$2mc\left(\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’}\right) = h\left(\frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} – \frac{2\cos\theta}{\lambda\lambda’}\right)$$
左辺の括弧内を通分し、右辺の括弧内に \(\lambda\lambda’\) を掛けて分母を揃える(あるいは両辺に \(\lambda\lambda’\) を掛ける)と、
$$2mc\frac{\lambda’-\lambda}{\lambda\lambda’} = h\left(\frac{\lambda’}{\lambda\lambda’^2}\lambda\lambda’ + \frac{\lambda}{\lambda^2\lambda’}\lambda\lambda’ – \frac{2\cos\theta}{\lambda\lambda’}\lambda\lambda’\right)$$
この変形は模範解答に合わせると、
$$2mc\frac{\lambda’-\lambda}{\lambda\lambda’} = h \frac{\lambda’^2 + \lambda^2 – 2\lambda\lambda’\cos\theta}{(\lambda\lambda’)^2} \cdot \frac{\lambda\lambda’}{1}$$
というよりは、模範解答の \(2mhc(\lambda’-\lambda)=h^2(\frac{\lambda’}{\lambda}+\frac{\lambda}{\lambda’}-2\cos\theta)\) の形から、
\(2mc(\lambda’-\lambda) = h(\frac{\lambda’}{\lambda} + \frac{\lambda}{\lambda’} – 2\cos\theta)\) が得られます。(これは先ほどの式⑧と同じです)
$$2mc(\lambda’-\lambda) = h\left(\frac{\lambda’}{\lambda} + \frac{\lambda}{\lambda’} – 2\cos\theta\right)$$
ここで、近似条件 \(\displaystyle\frac{\lambda’}{\lambda} + \displaystyle\frac{\lambda}{\lambda’} = 2\) を適用します。
$$2mc(\lambda’-\lambda) = h(2 – 2\cos\theta)$$
$$2mc(\lambda’-\lambda) = 2h(1 – \cos\theta)$$
両辺を \(2mc\) で割ると、
$$\lambda’ – \lambda = \frac{h}{mc}(1-\cos\theta)$$
が得られます。
(1)で求めたエネルギーの式と、(2)で求めた運動量の式(x方向とy方向の2つ)を使います。
まず、運動量の2つの式から、電子の散乱角 \(\phi\) を消します。これは、それぞれの式を \(\cos\phi\) と \(\sin\phi\) についての形にし、2乗して足し合わせる(\(\cos^2\phi + \sin^2\phi = 1\) を利用)ことでできます。これにより、電子の速さ \(v\) の2乗 (\(m^2v^2\)) を含む式が得られます。
次に、エネルギーの式からも \(mv^2\) を含む形に変形します。
こうして得られた2つの \(v^2\) に関する式(\(m^2v^2\) の式と \(mv^2\) の式)を組み合わせることで、\(v\) を消去します。
残った式を整理し、問題文で与えられた近似 \(\frac{\lambda’}{\lambda} + \frac{\lambda}{\lambda’} = 2\) を使うと、目的の式 \(\lambda’ – \lambda = \frac{h}{mc}(1-\cos\theta)\) が導かれます。計算は少し複雑ですが、一つ一つのステップを丁寧に行いましょう。
(4)
思考の道筋とポイント
(2)で立てた運動量保存則の式②と③に、散乱X線の角度 \(\theta = 90^\circ\) を代入します。その後、得られた2つの式から \(\tan\phi\) を求めます。\(\tan\phi = \sin\phi / \cos\phi\) であることを利用します。
この設問における重要なポイント
- 運動量保存則の式②: \(\displaystyle\frac{h}{\lambda} = \displaystyle\frac{h}{\lambda’}\cos\theta + mv\cos\phi\)
- 運動量保存則の式③: \(0 = \displaystyle\frac{h}{\lambda’}\sin\theta – mv\sin\phi\) (または \(mv\sin\phi = \displaystyle\frac{h}{\lambda’}\sin\theta\))
- \(\theta = 90^\circ\) を代入すると、\(\cos90^\circ = 0\)、\(\sin90^\circ = 1\)。
- 得られた \(mv\cos\phi\) の式と \(mv\sin\phi\) の式から、辺々割り算をして \(\tan\phi\) を作る。
具体的な解説と立式
運動量保存則の式②と③に \(\theta = 90^\circ\) を代入します。
\(\cos90^\circ = 0\)、\(\sin90^\circ = 1\) なので、
式②は、
$$\frac{h}{\lambda} = \frac{h}{\lambda’}(0) + mv\cos\phi$$
これより、\(mv\cos\phi\) は次のようになります。
$$mv\cos\phi = \frac{h}{\lambda} \quad \cdots ②’$$
式③は、
$$0 = \frac{h}{\lambda’}(1) – mv\sin\phi$$
これより、\(mv\sin\phi\) は次のようになります。
$$mv\sin\phi = \frac{h}{\lambda’} \quad \cdots ③’$$
\(\tan\phi = \displaystyle\frac{\sin\phi}{\cos\phi}\) なので、\(\displaystyle\frac{mv\sin\phi}{mv\cos\phi}\) を計算することで \(\tan\phi\) が求められます。
使用した物理公式
- 運動量保存則 (式②, ③)
- 三角関数の定義: \(\tan\phi = \sin\phi / \cos\phi\)
式③’ \(mv\sin\phi = \displaystyle\frac{h}{\lambda’}\) を 式②’ \(mv\cos\phi = \displaystyle\frac{h}{\lambda}\) で割ると、
$$\frac{mv\sin\phi}{mv\cos\phi} = \frac{h/\lambda’}{h/\lambda}$$
左辺の \(mv\) を約分すると \(\tan\phi\) となります。
右辺は \(\displaystyle\frac{h}{\lambda’} \times \displaystyle\frac{\lambda}{h}\) となり、\(h\) を約分すると \(\displaystyle\frac{\lambda}{\lambda’}\) となります。
したがって、
$$\tan\phi = \frac{\lambda}{\lambda’} \quad \cdots ⑩$$
これが求める \(\tan\phi\) です。
(2)で求めた運動量の保存の式のうち、x方向の式とy方向の式に、\(\theta=90^\circ\) を代入します。
\(\cos90^\circ=0\) なので、x方向の式は \(mv\cos\phi = h/\lambda\) と簡単になります。
\(\sin90^\circ=1\) なので、y方向の式は \(mv\sin\phi = h/\lambda’\) と簡単になります。
\(\tan\phi\) は \(\sin\phi / \cos\phi\) なので、2番目の式を最初の式で割ると、\(mv\) が約分されて消え、
\(\tan\phi = (h/\lambda’) / (h/\lambda) = \lambda/\lambda’\) となります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- エネルギー保存則: 衝突現象において、外力や非保存力が仕事をしない場合、系全体のエネルギーは保存されます。コンプトン効果では、光子と電子のエネルギーの総和が衝突前後で等しくなります。
- 運動量保存則: 外力が働かない系(またはある方向の合力が0の系)では、その系全体の運動量(またはその方向の運動量成分)は保存されます。コンプトン効果は、光子と電子の2体系の衝突であり、運動量保存則がベクトル的に成り立ちます。
- 光の粒子性(光子): 光は波の性質だけでなく、エネルギー \(E=h\nu=hc/\lambda\) と運動量 \(p=h/\lambda\) を持つ粒子(光子)としての性質も持ちます。コンプトン効果は、この光の粒子性を強く裏付ける現象です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 類似問題への応用:
- 他の粒子(例:中性子、陽子など)と原子核や他の粒子との衝突問題。
- 相対論的効果を考慮したコンプトン散乱(より厳密な扱い)。
- 光電効果との比較(どちらも光の粒子性を示すが、現象の詳細は異なる)。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 保存則の適用可能性: 問題文から「衝突」「散乱」といったキーワードがあれば、エネルギー保存則や運動量保存則の適用をまず考えます。
- 運動量のベクトル性: 運動量保存則を扱う際は、必ずベクトル量であることを意識し、適切な座標軸を設定して成分ごとに立式します。図を描いて運動量ベクトルを示すと分かりやすくなります。
- 未知数の消去: 保存則から複数の式が立てられた場合、どの未知数を消去すれば目的の式が得られるか、式の形を見ながら戦略を立てます。三角関数の公式 (\(\sin^2\alpha+\cos^2\alpha=1\)など) は、角度を消去する際によく用いられます。
- 近似条件の利用: 問題文に近似条件が与えられている場合、どの段階でそれを用いるのが適切かを見極めます。通常は、ある程度式変形が進んでから適用します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 光子の運動量の誤解: 光子の質量は0なので、運動量を \(mv\) の形で表すことはできません。必ず \(p=h/\lambda\) または \(p=E/c\) を用います。
- 運動量保存則のスカラー扱い: 運動量はベクトルなので、大きさと向きを考慮する必要があります。単に衝突前後の運動量の大きさの和が等しいとするのは誤りです(弾性衝突で一直線上の場合を除く)。必ず成分分解して考えましょう。
- エネルギーの種類の混同: 光子のエネルギー \(hc/\lambda\) と電子の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) を正しく区別して立式することが重要です。(より高度な問題では電子の静止エネルギー \(mc^2\) も関わってきますが、本問の範囲では不要です。)
- 代数計算のミス: 複数の式を連立して解く過程で、符号のミスや展開・整理のミスが起こりやすいです。
対策: 途中計算を丁寧に書き出し、見直しをしっかり行うこと。特に二乗の展開や、複数の項がある場合の符号処理に注意しましょう。 - 近似の適用タイミング: 近似を早すぎる段階で適用すると、結果が大きくずれたり、導けなくなったりすることがあります。できるだけ正確な式で変形を進め、最終段階に近いところで近似を用いるのが一般的です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 衝突現象のイメージ化: X線光子と電子を、それぞれ小さな粒子(玉)と見立て、それらが衝突して互いに進路を変える「ビリヤードの玉突き」のようなイメージを持つと理解しやすくなります。
- 運動量ベクトル図の活用: 運動量保存則を視覚的に理解するために、衝突前後の光子と電子の運動量ベクトルを図示し、それらがベクトル的に保存されていることを確認すると良いでしょう。
- (2)の運動量保存則は、ベクトルで書けば \(\vec{p}_{\text{入射光子}} = \vec{p}_{\text{散乱光子}} + \vec{p}_{\text{電子}}\) となります。このベクトル和の図(三角形や平行四辺形)を描いてみる。
- 模範解答の図にも運動量のベクトル関係が示唆されています。例えば、電子の運動量ベクトル \(\vec{p}_e\) は、入射光子の運動量ベクトル \(\vec{p}_{\lambda}\) から散乱光子の運動量ベクトル \(\vec{p}_{\lambda’}\) を引いたものに等しい(\(\vec{p}_e = \vec{p}_{\lambda} – \vec{p}_{\lambda’}\))。このベクトルの差を図示し、その大きさを余弦定理などで求めることも、(3)の⑥式を導く別のアプローチになります。
- 散乱角の図示: \(\theta\) と \(\phi\) がどの角度を表しているのかを正確に図で把握することが、運動量の成分分解の基礎となります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- エネルギー保存則: 衝突現象において、外部とのエネルギーのやり取りがなければ(あるいは仕事をする外力がなければ)、系の全エネルギーは不変であるという普遍的な法則です。光子と電子の衝突は、これに該当すると考えられます。
- 運動量保存則: 衝突現象において、系に働く外力のベクトル和がゼロであれば(あるいは無視できれば)、系の全運動量は不変であるという普遍的な法則です。光子と電子の衝突は、短時間で起こり、衝突中に働く力(内力)に比べて外力の影響は無視できるため、運動量保存則が適用できます。
- \(E=hc/\lambda\) と \(p=h/\lambda\): これらは光の粒子性(光子)のエネルギーと運動量を表す基本的な関係式で、ド・ブロイ波の考え方にも通じます。これらの式がコンプトン効果の解析の出発点となります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) エネルギー保存:
- 衝突前のエネルギー \(E_1 = E_{\text{光子}}(\lambda) + K_{\text{電子}}(0)\)。
- 衝突後のエネルギー \(E_2 = E_{\text{光子}}(\lambda’) + K_{\text{電子}}(v)\)。
- \(E_1 = E_2\) で立式。
- (2) 運動量保存 (ベクトル):
- x成分: \(p_{x1} = p_{x\text{光子}}(\lambda) + p_{x\text{電子}}(0)\)。 \(p_{x2} = p_{x\text{光子}}(\lambda’, \theta) + p_{x\text{電子}}(v, \phi)\)。 \(p_{x1}=p_{x2}\)。
- y成分: \(p_{y1} = p_{y\text{光子}}(\lambda) + p_{y\text{電子}}(0)\)。 \(p_{y2} = p_{y\text{光子}}(\lambda’, \theta) + p_{y\text{電子}}(v, \phi)\)。 \(p_{y1}=p_{y2}\)。
- (3) 関係式の導出 (\(\lambda’, \lambda, \theta\) のみ):
- 運動量保存の2式から \(\phi\) を消去し \(v^2\) の式を導く(\((mv\cos\phi)^2 + (mv\sin\phi)^2 = m^2v^2\))。
- エネルギー保存の式から \(v^2\) の式を導く。
- 2つの \(v^2\) の式を連立して \(v\) を消去。
- 残った式を整理し、与えられた近似を適用して目的の形にする。
- (4) \(\tan\phi\) の導出:
- 運動量保存の2式に \(\theta=90^\circ\) を代入。
- \(mv\sin\phi\) の式を \(mv\cos\phi\) の式で割り、\(\tan\phi\) を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 三角関数の扱いに習熟する: \(\cos^2\alpha + \sin^2\alpha = 1\) は頻出。角度の消去によく使います。また、\(\cos(\pi-\alpha) = -\cos\alpha\) や加法定理なども、問題によっては必要になります。
- 文字式の展開と整理: (3)の導出では、複数の項の2乗の展開や、共通因数でのくくりだしなど、基本的な代数計算が続きます。一つ一つの変形を丁寧に行い、符号ミスや項の抜けがないように注意しましょう。
- 近似の適用: 問題文で与えられた近似は、通常、その近似なしでは式が非常に複雑になる場合や、特定の条件下での振る舞いを見やすくするために使われます。どのタイミングで、どの部分に適用するのかを正確に把握することが重要です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- コンプトン波長: 導出した \(\lambda’ – \lambda = \displaystyle\frac{h}{mc}(1-\cos\theta)\) の式で、\(\displaystyle\frac{h}{mc}\) はコンプトン波長と呼ばれ、電子のコンプトン波長は約 \(2.426 \times 10^{-12} \text{ m}\) です。波長の変化量 (\(\lambda’ – \lambda\)) は、このコンプトン波長のオーダーになります。
- 角度依存性:
- \(\theta=0\) (前方散乱) のとき、\(\cos\theta=1\) なので \(\lambda’ – \lambda = 0\)、つまり \(\lambda’=\lambda\)。これは光子が電子と相互作用せず直進した場合に相当し、波長は変化しません。
- \(\theta=90^\circ\) のとき、\(\cos\theta=0\) なので \(\lambda’ – \lambda = h/mc\)。
- \(\theta=180^\circ\) (後方散乱) のとき、\(\cos\theta=-1\) なので \(\lambda’ – \lambda = 2h/mc\)。これが波長変化の最大値です。
これらの極端な場合を考えることで、式の物理的な意味合いがより明確になります。
- (4)の結果の吟味: \(\tan\phi = \lambda/\lambda’\)。 コンプトン効果では一般に \(\lambda’ > \lambda\) なので、\(\lambda/\lambda’ < 1\) となり、\(\phi < 45^\circ\) であることが示唆されます(ただし、これは \(\theta=90^\circ\) の特別な場合)。模範解答のコメント「\(\lambda’ \approx \lambda\) だから \(\phi\) はほぼ45°」 は、この式と近似を組み合わせた解釈です。
コンプトン効果は、光のエネルギーと運動量の両方で粒子的な性質を考える必要がある典型的な例です。保存則の適用と、その後の代数計算の正確さが求められる問題と言えるでしょう。
問題145 (中部大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、電子線の結晶による回折現象、いわゆるブラッグ反射について扱っています。電子も波としての性質(ド・ブロイ波)を持つため、結晶のように規則正しく原子が並んだ構造に入射すると、特定の条件下で干渉し合い、強く反射される方向が現れます。問題の前半ではブラッグ反射が起こるための条件式を導き、後半では具体的な数値を用いて加速された電子の波長や反射が起こる角度について計算します。
- 結晶の格子面間隔: \(d\) [m]
- 電子線の格子面に対する入射角度: \(\theta\)
- 電子線の波長: \(\lambda\) [m]
- 強め合いの条件に関わる自然数: \(n\)
- 電気素量: \(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\)
- 電子の質量: \(m = 9.1 \times 10^{-31} \text{ kg}\)
- プランク定数: \(h = 6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\)
- 電子を加速する電圧 (後半): \(V = 2.9 \times 10^2 \text{ V}\)
- 特定の入射角度 (後半): \(\theta = 50^{\circ}\)
- 格子面間隔の具体的な値 (後半): \(d = 3.5 \times 10^{-10} \text{ m}\)
- \(\sin50^{\circ} = 0.77\) (後半)
- 角度の範囲 (後半): \(50^{\circ} \le \theta < 90^{\circ}\)
- (1) 散乱された電子線が互いに特定の方向に強く反射する現象の名称。
- (2) 隣り合う2つの電子線の経路差(\(d, \theta\) を用いて表す)。
- (3) 反射電子線が互いに強め合う条件式(\(d, \theta, \lambda, n\) を用いて表す)。
- (4) 電圧 \(V = 2.9 \times 10^2 \text{ V}\) で加速された電子の速さ \(v\) [m/s]。
- (5) 上記の電子のド・ブロイ波長 \(\lambda\) [m]。
- (6) \(\theta = 50^{\circ}\) で入射後、\(\theta\) を増加させたときに最初に強い反射が起こる角度 \(\theta_1\) に対する \(\sin\theta_1\) の値。
- (7) \(\theta\) を \(50^{\circ} \le \theta < 90^{\circ}\) の範囲で変化させたときに強い反射が起こる回数。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは、電子の波動性を示す「電子回折」と、特に結晶格子による「ブラッグ反射」です。ド・ブロイによって、運動する粒子は波としての性質も持つことが提唱されました(物質波、ド・ブロイ波)。電子も粒子であると同時に波であり、その波長は運動量に反比例します。結晶のように原子が規則正しく配列した構造は、電子波にとって回折格子のように働き、特定の角度で入射した電子波は、各原子面で反射された波が干渉しあって強め合うことがあります。この現象を理解するためには、以下の物理法則や概念が鍵となります。
- 波の干渉: 複数の波が重なり合うとき、波の山と山(または谷と谷)が重なれば強め合い、山と谷が重なれば弱め合います。強め合う条件は、経路差が波長の整数倍(位相がそろう場合)となることです。
- ブラッグの条件: 結晶格子によるX線や電子線の回折で、特定の方向に強い反射が起こる条件。隣り合う格子面で反射された波が強め合うための条件です。
- ド・ブロイ波長: 運動量 \(p\) を持つ粒子の波長 \(\lambda\) は、\(\lambda = h/p\) で与えられます。ここで \(h\) はプランク定数です。電子の場合、運動量 \(p=mv\) なので \(\lambda = h/(mv)\) となります。
- 仕事と運動エネルギー: 電荷 \(e\) を持つ電子が電位差 \(V\) で加速されるとき、静電気力がする仕事 \(eV\) によって運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) が増加します。
問題を解くための全体的な戦略と手順は以下の通りです。
- (1)~(3) ブラッグ反射の条件の理解と導出:
- (1) は現象の名称を答えます。
- (2) は、問題文の図を参考に、隣り合う格子面で反射する電子線の経路差を幾何学的に求めます。
- (3) は、(2)で求めた経路差と波長 \(\lambda\) を用いて、反射波が強め合う条件(干渉条件)を式で表します。
- (4), (5) 加速された電子の速さと波長の計算:
- (4) 電子が電位差 \(V\) で加速されたときのエネルギー保存(または仕事と運動エネルギーの関係)から、電子の速さ \(v\) を求めます。
- (5) (4)で求めた速さ \(v\) を用いて、電子のド・ブロイ波長 \(\lambda = h/(mv)\) を計算します。
- (6), (7) 具体的な条件下でのブラッグ反射の解析:
- (6) (3)で導いたブラッグの条件式と、(5)で計算した電子線の波長 \(\lambda\)、与えられた格子面間隔 \(d\) を用いて、指定された角度 \(\theta \ge 50^\circ\) で最初に強め合いが起こる条件(\(n\) が最小の整数で条件を満たす場合)から \(\sin\theta_1\) を求めます。
- (7) 指定された角度範囲 \(50^\circ \le \theta < 90^\circ\) (\(\sin\theta\) の範囲に注意) で、ブラッグの条件を満たす整数 \(n\) がいくつ存在するかを数えます。
(1)
思考の道筋とポイント
結晶中の規則正しく並んだ原子によって波が散乱され、特定の方向に強く反射する現象を何と呼ぶか、という知識問題です。波の重ね合わせによって強め合ったり弱め合ったりする現象を一般に指す言葉です。
この設問における重要なポイント
- 複数の波が重なり合い、その結果として波の振幅が大きくなったり小さくなったりする現象。
- 結晶格子によるX線や電子線の反射は、この現象の代表例です。
具体的な解説と立式
結晶に入射した電子線が、規則正しく並んだ原子によって散乱され、互いに特定の方向に強く反射する現象は、波の「干渉」によるものです。特に、結晶格子によるX線や粒子線のこのような干渉反射は「ブラッグ反射」とも呼ばれます。
(2)
思考の道筋とポイント
問題文中の図を参照し、隣り合う格子面で反射する2つの電子線の光路長(道のり)の差を幾何学的に求めます。格子面に対して角度 \(\theta\) で入射し、同じ角度 \(\theta\) で反射する(鏡面反射)と考えるのがポイントです。
この設問における重要なポイント
- 図中の三角形に着目し、三角比を利用して経路差を \(d\) と \(\theta\) で表します。
- 隣り合う格子面に入射する波面と、反射して出ていく波面を考え、その間の道のりの差を計算します。
- 模範解答の図にあるように、一方の電子線が格子面に入射する点から垂線を下ろし、もう一方の電子線が格子面から反射してその垂線に達するまでの部分が、余分な経路となります。この余分な経路は入射側と反射側の両方にあることに注意が必要です。
具体的な解説と立式
問題文の図と模範解答の図を参考に考えます。隣り合う2つの格子面(間隔 \(d\))があり、電子線が格子面に対して角度 \(\theta\) で入射します。
1番目の格子面で反射する電子線と、2番目の格子面まで進んで反射する電子線を比較します。
2番目の格子面まで進む電子線は、1番目の格子面を通過した後、余分に距離を進んでから反射し、さらに余分な距離を進んで1番目の格子面から反射してきた電子線と波面を揃えます。
入射時、2番目の面に進む電子線が1番目の面より余分に進む距離は、格子面間隔 \(d\) と角度 \(\theta\) から \(d\sin\theta\) となります。
同様に、反射時にも同じだけ余分な距離 \(d\sin\theta\) を進みます。
したがって、隣り合う2つの電子線の経路差は、これらの和となります。
$$\text{経路差} = d\sin\theta + d\sin\theta = 2d\sin\theta \quad \cdots ①$$
使用した物理公式
- 三角比の定義 (\(\sin\theta\))
(3)
思考の道筋とポイント
波が干渉して強め合う条件は、経路差が波長の整数倍になることです(反射による位相のずれがないか、あるいは全ての反射面で共通の位相ずれがある場合)。(2)で求めた経路差と、電子線の波長 \(\lambda\)、自然数 \(n\) を用いてこの条件を表します。
この設問における重要なポイント
- 波の強め合いの条件: 経路差 = \(n\lambda\) (\(n\) は整数)
- (2)で求めた経路差 \(2d\sin\theta\) を用いる。
- 模範解答の注釈にあるように、格子面での反射による位相変化は全ての反射電子線に共通して起こるため、強め合いの条件には影響しません。
具体的な解説と立式
反射電子線が互いに強め合うためには、(2)で求めた隣り合う電子線の経路差 \(2d\sin\theta\) が、電子線の波長 \(\lambda\) の自然数 \(n\) 倍に等しくなる必要があります。
したがって、強め合いの条件は、
$$2d\sin\theta = n\lambda \quad (\text{ここで } n = 1, 2, 3, \dots) \quad \cdots ②$$
この式はブラッグの反射条件として知られています。
使用した物理公式
- 波の干渉による強め合いの条件: 経路差 = \(n\lambda\)
(4)
思考の道筋とポイント
静止している電子(電荷 \(-e\)、質量 \(m\))が電位差 \(V\) で加速されるとき、電子は静電気力から仕事 \(eV\) をされ、その分だけ運動エネルギーが増加します。初めの運動エネルギーは0なので、加速後の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) が \(eV\) に等しくなります。この関係から速さ \(v\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 仕事と運動エネルギーの関係(エネルギー保存則): \(eV = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2 – 0\)
- この式を \(v\) について解く。
- 与えられた \(e, V, m\) の数値を代入して \(v\) を計算する。指数の計算に注意。
具体的な解説と立式
静止している電子が電位差 \(V\) で加速されるとき、電子が得る運動エネルギー \(\displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) は、静電気力がした仕事 \(eV\) に等しくなります。
したがって、次のエネルギー保存則の式が成り立ちます。
$$eV = \frac{1}{2}mv^2 \quad \cdots ③$$
この式を速さ \(v\) について解くと、解くべき方程式は
$$v = \sqrt{\frac{2eV}{m}} \quad \cdots ④$$
となります。
使用した物理公式
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(W_{\text{仕事}} = \Delta K\)
- 静電気力による仕事: \(eV\)
- 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
与えられた数値を式④に代入します。
電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\)
加速電圧 \(V = 2.9 \times 10^2 \text{ V}\)
電子の質量 \(m = 9.1 \times 10^{-31} \text{ kg}\)
$$v = \sqrt{\frac{2 \times (1.6 \times 10^{-19} \text{ C}) \times (2.9 \times 10^2 \text{ V})}{9.1 \times 10^{-31} \text{ kg}}}$$
まず、根号の中の数値部分と指数部分をそれぞれ計算します。
数値部分: \(\displaystyle\frac{2 \times 1.6 \times 2.9}{9.1} = \frac{3.2 \times 2.9}{9.1} = \frac{9.28}{9.1} \approx 1.01978\)
指数部分: \(\displaystyle\frac{10^{-19} \times 10^2}{10^{-31}} = \frac{10^{-17}}{10^{-31}} = 10^{-17 – (-31)} = 10^{-17+31} = 10^{14}\)
よって、根号の中は \(1.01978 \times 10^{14}\) となります。
$$v = \sqrt{1.01978 \times 10^{14}} = \sqrt{1.01978} \times \sqrt{10^{14}}$$
ここで、\(\sqrt{1.01978} \approx 1.0098\) であり、\(\sqrt{10^{14}} = 10^7\) です。
したがって、
$$v \approx 1.0098 \times 10^7 \text{ m/s}$$
有効数字を考慮すると、電圧 \(V\) が2桁 (\(2.9 \times 10^2\)) なので、結果も2桁で \(1.0 \times 10^7 \text{ m/s}\) とするのが適切です。
電子が電圧 \(V\) で加速されると、\(eV\) だけのエネルギーをもらいます。これが全て電子の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) になると考えます。
なので、\(eV = \frac{1}{2}mv^2\) という式が成り立ちます。
この式を \(v\) について解くと、\(v = \sqrt{\frac{2eV}{m}}\) となります。
ここに、電気素量 \(e=1.6\times10^{-19}\)、電圧 \(V=2.9\times10^2\)、電子の質量 \(m=9.1\times10^{-31}\) を代入して計算します。
計算すると、およそ \(1.0 \times 10^7 \text{ m/s}\) という速さが得られます。
(5)
思考の道筋とポイント
(4)で求めた電子の速さ \(v\) を用いて、ド・ブロイ波長の公式 \(\lambda = h/(mv)\) から波長を計算します。プランク定数 \(h\) と電子の質量 \(m\) は与えられています。
この設問における重要なポイント
- ド・ブロイ波長の公式: \(\lambda = \displaystyle\frac{h}{p} = \displaystyle\frac{h}{mv}\)
- (4)で求めた \(v\) の値、与えられた \(h, m\) の値を代入する。
具体的な解説と立式
運動量 \(p=mv\) を持つ粒子のド・ブロイ波長 \(\lambda\) は、プランク定数 \(h\) を用いて次のように表されます。
$$\lambda = \frac{h}{mv} \quad \cdots ⑤$$
(4)で求めた電子の速さ \(v\) をこの式に代入して波長 \(\lambda\) を計算します。
使用した物理公式
- ド・ブロイ波長: \(\lambda = h/(mv)\)
プランク定数 \(h = 6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\)
電子の質量 \(m = 9.1 \times 10^{-31} \text{ kg}\)
電子の速さ \(v = 1.0 \times 10^7 \text{ m/s}\) ((4)の結果より)
これらの値を式⑤に代入します。
$$\lambda = \frac{6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}}{(9.1 \times 10^{-31} \text{ kg}) \times (1.0 \times 10^7 \text{ m/s})}$$
分母の数値部分を計算すると \(9.1 \times 1.0 = 9.1\)。
分母の指数部分を計算すると \(10^{-31} \times 10^7 = 10^{-31+7} = 10^{-24}\)。
よって、分母は \(9.1 \times 10^{-24} \text{ kg}\cdot\text{m/s}\) となります。
$$\lambda = \frac{6.6 \times 10^{-34}}{9.1 \times 10^{-24}} \text{ m}$$
数値部分を計算すると \(6.6 / 9.1 \approx 0.72527\)。
指数部分を計算すると \(10^{-34} / 10^{-24} = 10^{-34 – (-24)} = 10^{-34+24} = 10^{-10}\)。
したがって、
$$\lambda \approx 0.72527 \times 10^{-10} \text{ m} = 7.2527 \times 10^{-11} \text{ m}$$
有効数字を考慮すると、\(h\) が2桁、\(v\) が2桁なので、結果も2桁で \(7.3 \times 10^{-11} \text{ m}\) とするのが適切です。
運動している粒子は波としての性質も持ち、その波長 \(\lambda\) は \(\lambda = h/(mv)\) という式で計算できます。ここで \(h\) はプランク定数、\(m\) は粒子の質量、\(v\) は粒子の速さです。
(4)で電子の速さ \(v\) が \(1.0 \times 10^7 \text{ m/s}\) とわかったので、この値を \(h=6.6\times10^{-34}\)、\(m=9.1\times10^{-31}\) とともに式に代入します。
\(\lambda = (6.6\times10^{-34}) / ((9.1\times10^{-31}) \times (1.0\times10^7))\)
これを計算すると、およそ \(7.3 \times 10^{-11} \text{ m}\) となります。
(6)
思考の道筋とポイント
(3)で導いたブラッグの条件式 \(2d\sin\theta = n\lambda\) を用います。ここで、\(d\) は与えられた格子面間隔、\(\lambda\) は(5)で計算した電子線の波長です。問題文の条件「\(\theta=50^{\circ}\) で入射させ、そのあと \(\theta\) を増加させる」と「最初の角度を \(\theta_1\) とする」から、\(\theta \ge 50^\circ\) の範囲でこの条件を満たす最小の自然数 \(n\) を見つけ、そのときの \(\sin\theta_1\) を計算します。
この設問における重要なポイント
- ブラッグの条件: \(2d\sin\theta = n\lambda\) (式②)
- この式を \(\sin\theta\) について解く: \(\sin\theta = \displaystyle\frac{n\lambda}{2d}\)。
- 条件 \(\theta \ge 50^\circ\) より、\(\sin\theta \ge \sin50^\circ = 0.77\)。
- 上記を満たす最小の自然数 \(n\) を見つける。
- その \(n\) を用いて \(\sin\theta_1\) を計算する。
具体的な解説と立式
ブラッグの条件式 \(2d\sin\theta = n\lambda\) (式②) より、\(\sin\theta\) は次のように表せます。
$$\sin\theta = \frac{n\lambda}{2d} \quad \cdots ⑥$$
この式に、格子面間隔 \(d = 3.5 \times 10^{-10} \text{ m}\) と (5)で求めた波長 \(\lambda = 7.3 \times 10^{-11} \text{ m}\) を代入して係数を計算する準備をします。
強い反射が起こる角度 \(\theta\) は \(\theta \ge 50^\circ\) であり、\(\sin50^\circ = 0.77\) なので、\(\sin\theta \ge 0.77\) を満たす必要があります。
式⑥とこの条件から、
$$\frac{n\lambda}{2d} \ge 0.77$$
この不等式を満たす最小の自然数 \(n\) を見つけ、そのときの \(\sin\theta_1 = \frac{n\lambda}{2d}\) を計算します。
使用した物理公式
- ブラッグの条件: \(2d\sin\theta = n\lambda\)
まず、式⑥に具体的な値を代入して係数を求めます。
$$\sin\theta = \frac{n \times (7.3 \times 10^{-11} \text{ m})}{2 \times (3.5 \times 10^{-10} \text{ m})} = \frac{n \times 7.3 \times 10^{-11}}{7.0 \times 10^{-10}} = n \times \frac{7.3}{70} \approx n \times 0.10428…$$
模範解答に合わせて \(n \times 0.104\) とします。
$$\sin\theta = n \times 0.104 \quad \cdots ⑦$$
条件 \(\sin\theta \ge 0.77\) より、
$$n \times 0.104 \ge 0.77$$
$$n \ge \frac{0.77}{0.104} \approx 7.403…$$
\(n\) は自然数なので、この条件を満たす最小の \(n\) は \(n=8\) です。
このときが最初の強い反射が起こる角度 \(\theta_1\) なので、\(n=8\) を式⑦に代入して \(\sin\theta_1\) を求めます。
$$\sin\theta_1 = 8 \times 0.104 = 0.832$$
模範解答に合わせて有効数字2桁(または3桁)で \(0.83\) とします。
強い反射が起こる条件は \(2d\sin\theta = n\lambda\) です。これを \(\sin\theta\) について解くと \(\sin\theta = \frac{n\lambda}{2d}\) となります。
(5)で計算した \(\lambda = 7.3 \times 10^{-11} \text{ m}\) と、与えられた \(d = 3.5 \times 10^{-10} \text{ m}\) を代入すると、\(\sin\theta = n \times 0.104\) となります。
問題の条件で、反射角 \(\theta\) は \(50^\circ\) 以上、つまり \(\sin\theta\) は \(\sin50^\circ = 0.77\) 以上である必要があります。
なので、\(n \times 0.104 \ge 0.77\) という条件を満たす一番小さい自然数 \(n\) を探します。
計算すると \(n \ge 7.4…\) となるので、一番小さい自然数 \(n\) は \(8\) です。
この \(n=8\) のときが最初の強い反射なので、そのときの \(\sin\theta_1\) は、\(8 \times 0.104 = 0.832\) となります。答えは \(0.83\) です。
(7)
思考の道筋とポイント
(6)で、\(\theta \ge 50^\circ\) の範囲で最初に強い反射が起こるのは \(n=8\) のときであることを見つけました。さらに角度 \(\theta\) を \(90^\circ\) 未満の範囲で増加させていくとき、他にブラッグの条件 \(2d\sin\theta = n\lambda\) (すなわち \(\sin\theta = n \times 0.104\)) を満たす自然数 \(n\) が存在するかどうかを調べます。
\(\sin\theta\) の取りうる値の範囲は、\(\theta \ge 50^\circ\) から \(\sin\theta \ge 0.77\)、そして \(\theta < 90^\circ\) から \(\sin\theta < \sin90^\circ = 1\) です。
この設問における重要なポイント
- ブラッグの条件式から得られる \(\sin\theta = n \times 0.104\)。
- 角度の範囲 \(50^\circ \le \theta < 90^\circ\) に対応する \(\sin\theta\) の範囲: \(0.77 \le \sin\theta < 1\)。
- この範囲を満たす自然数 \(n\) がいくつあるかを数える。
- (6)より、\(n \ge 8\) は既に分かっている。
具体的な解説と立式
強い反射が起こる条件は \(\sin\theta = n \times 0.104\) です (式⑦)。
角度の範囲は \(50^\circ \le \theta < 90^\circ\) なので、\(\sin\theta\) の範囲は \(\sin50^\circ \le \sin\theta < \sin90^\circ\)、つまり \(0.77 \le \sin\theta < 1\) です。
したがって、次の不等式を満たす自然数 \(n\) を見つければよいことになります。
$$0.77 \le n \times 0.104 < 1$$
(6)で \(n \times 0.104 \ge 0.77\) から \(n \ge 8\) であることは既に求めています。
次に、\(n \times 0.104 < 1\) の条件を考えます。
この不等式を \(n\) について解きます。
使用した物理公式
- ブラッグの条件: \(2d\sin\theta = n\lambda\)
- 三角関数の値の範囲
不等式 \(n \times 0.104 < 1\) を \(n\) について解くと、
$$n < \frac{1}{0.104}$$
右辺を計算すると、\(\displaystyle\frac{1}{0.104} \approx 9.615…\) となります。
したがって、\(n\) は \(9.615…\) より小さい自然数です。
(6)の結果から \(n \ge 8\) であったので、これらの条件を同時に満たす自然数 \(n\) は、\(n=8\) と \(n=9\) です。
よって、\(50^\circ \le \theta < 90^\circ\) の範囲で強い反射が起こるのは2回です。
強い反射が起こる条件は \(\sin\theta = n \times 0.104\) です。
角度 \(\theta\) は \(50^\circ\) 以上 \(90^\circ\) 未満なので、\(\sin\theta\) の値は \(0.77\) 以上 \(1\) 未満です (\(\sin50^\circ=0.77, \sin90^\circ=1\))。
つまり、\(0.77 \le n \times 0.104 < 1\) を満たす自然数 \(n\) の個数を数えればよいことになります。
(6)で \(n \ge 8\) であることがわかっています。
また、\(n \times 0.104 < 1\) から \(n < 1/0.104 \approx 9.6…\) となります。
したがって、\(n\) は \(8\) 以上で \(9.6…\) より小さい自然数なので、\(n=8\) と \(n=9\) の2つが該当します。
よって、強い反射は2回起こります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- ブラッグの反射条件 (\(2d\sin\theta = n\lambda\)): 結晶格子による波(X線や電子線など)の干渉で、特定の方向に強い反射(回折)が見られる条件です。経路差が波長の整数倍になることで、各格子面からの反射波が同位相で重なり強め合います。
- ド・ブロイ波長 (\(\lambda = h/mv\)): 運動する粒子は波としての性質も持ち、その波長は運動量に反比例するという、物質の波動性を示す基本的な関係式です。
- 仕事と運動エネルギーの関係 (\(eV = \frac{1}{2}mv^2\)): 荷電粒子が電位差 \(V\) で加速される際に、静電気力がする仕事が粒子の運動エネルギーの増加に等しいというエネルギー保存則の一形態です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 類似問題への応用:
- X線回折(ラウエの条件やデバイ-シェラー環など)も、結晶構造と波の干渉という点で共通の考え方を用います。
- 薄膜による光の干渉も、異なる経路を通る波の重ね合わせと経路差・位相差が重要になる点で類似しています。
- 中性子線回折など、他の粒子線の波動性を利用した結晶構造解析の問題。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 「干渉」「回折」「強め合い」などのキーワード: これらがあれば、波の重ね合わせと経路差(または位相差)を考える問題であると判断できます。
- 幾何学的な状況の把握: 図が与えられている場合は、波の進行経路、反射面、角度などを正確に読み取ることが不可欠です。特に経路差が生じる部分を特定することが重要です。
- 粒子の加速: 電子などが電圧で加速される場面では、仕事と運動エネルギーの関係 \(eV = \frac{1}{2}mv^2\) や、そこからド・ブロイ波長 \(\lambda = h/mv\) を計算する流れを思い出しましょう。
- 条件の絞り込み: 「\(n\) は自然数」「角度の範囲」「最初の~」といった条件は、解を一つまたは複数に特定するための重要な手がかりです。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 経路差の計算ミス: ブラッグの条件における経路差 \(2d\sin\theta\) の「2」を忘れがちです。入射時と反射時の両方で経路に差が生じるためです。図を丁寧に描いて確認しましょう。
- 角度 \(\theta\) の取り方: ブラッグの条件での角度 \(\theta\) は、入射線(または反射線)と格子面とのなす角です。入射角や反射角(法線とのなす角)と混同しないように注意が必要です。
- ド・ブロイ波長の式の混同: 光子の波長とエネルギーの関係 \(E=hc/\lambda\) や運動量 \(p=h/\lambda\) と、物質波の波長 \(\lambda=h/p=h/mv\) を混同しないようにしましょう。
- \(n\) の条件: ブラッグの条件 \(2d\sin\theta=n\lambda\) における \(n\) は、強め合いの次数を表す正の整数(自然数)です。\(n=0\) は通常考えません(経路差0は入射方向そのものを指すため)。
- \(\sin\theta\) の範囲: \(\sin\theta\) は \(1\) を超えることはありません。計算結果から \(n\) の取りうる範囲を限定する際にこの条件を用います。
対策: 公式の導出過程や意味を理解し、図を描いて状況を把握する習慣をつけることが、これらのミスを防ぐ上で効果的です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 結晶格子と波面のイメージ: 結晶を、原子が規則正しく並んだ多数の平行な面(格子面)の集まりとしてイメージします。そこに入射する電子波を、波面が進行するものとして捉えます。
- 反射と経路差の図解: 隣り合う格子面で反射される波を考え、一方の波が余分に進む経路(入射時と反射時の両方)を図に描き込み、その長さを \(d\) と \(\theta\) で表す練習をしましょう。模範解答の図が非常に参考になります。
- 波の重ね合わせのイメージ: 各格子面から反射されたたくさんの波が、ある方向に進む際に山と山、谷と谷が一致すれば振幅が大きくなり(強め合い)、山と谷が打ち消し合えば振幅が小さくなる(弱め合い)という干渉の基本的なイメージを持つことが大切です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(2d\sin\theta = n\lambda\): これは、隣接する格子面で反射された波が同位相で重なり合って強め合うための幾何学的な条件から導かれます。経路差 \(2d\sin\theta\) が波長 \(\lambda\) の整数倍であれば、波の山(谷)同士が一致し、振幅が大きくなります。
- \(eV = \frac{1}{2}mv^2\): これはエネルギー保存則の現れです。電場が電子にした仕事 \(eV\) が、すべて電子の運動エネルギーの増加(初速ゼロならそのまま運動エネルギー)に変換されるという考え方に基づいています。
- \(\lambda = h/mv\): これはド・ブロイによって提唱された物質波の仮説の核心部分です。運動する粒子はその運動量 \(p=mv\) に反比例する波長を持つ波として振る舞うという、量子力学の基本的な考え方です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1)-(3) ブラッグ反射の条件式の導出:
- 現象の名称を特定(干渉)。
- 図から幾何学的に経路差を \(2d\sin\theta\) と求める。
- 強め合いの干渉条件(経路差 = \(n\lambda\))を適用し、\(2d\sin\theta = n\lambda\) を得る。
- (4) 電子の速さの計算:
- 電子の加速に関するエネルギーの関係式 \(eV = \frac{1}{2}mv^2\) を立てる。
- \(v\) について解き、数値を代入して計算。
- (5) ド・ブロイ波長の計算:
- ド・ブロイ波長の公式 \(\lambda = h/mv\) を用いる。
- (4)で求めた \(v\) と与えられた \(h, m\) を代入して計算。
- (6) 最初の反射角の計算:
- ブラッグの条件 \(\sin\theta = n\lambda/(2d)\) を用いる。
- 与えられた角度の条件 (\(\theta \ge 50^\circ \Rightarrow \sin\theta \ge 0.77\)) を満たす最小の自然数 \(n\) を求める。
- その \(n\) を代入して \(\sin\theta_1\) を計算。
- (7) 反射回数の計算:
- ブラッグの条件 \(\sin\theta = n\lambda/(2d)\) と角度の範囲 (\(50^\circ \le \theta < 90^\circ \Rightarrow 0.77 \le \sin\theta < 1\)) を用いる。
- この \(\sin\theta\) の範囲を満たす自然数 \(n\) の個数を数える。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位の確認: 計算に用いる物理量の単位がSI単位系に揃っているかを確認しましょう。特に長さの単位(m, cm, nm, Åなど)の換算ミスに注意。
- 指数の計算: \(10^a \times 10^b = 10^{a+b}\), \(10^a / 10^b = 10^{a-b}\), \((10^a)^b = 10^{ab}\), \(\sqrt{10^{2a}} = 10^a\) などの指数法則を正確に使いこなしましょう。特に負の指数や分数の指数に注意。
- 有効数字の扱い: 計算の途中では有効数字より1桁多く取り、最終的な答えを指定された有効数字(または問題文中の数値の最も少ない有効数字)に合わせるのが基本です。
- 概算の習慣: 本格的な計算に入る前に、大まかな桁数や数値を予測する(概算する)ことで、大きな計算ミスに気づきやすくなります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 波長のオーダー: (5)で計算した電子のド・ブロイ波長 (\(7.3 \times 10^{-11} \text{ m}\)) は、X線の波長領域に近く、結晶格子間隔 (\(3.5 \times 10^{-10} \text{ m}\)) と同程度のオーダーです。波長が格子間隔と同程度でないと、顕著な回折・干渉現象は観測されにくいため、この結果は妥当と言えます。
- \(\sin\theta\) の値: \(\sin\theta\) は必ず \(-1\) から \(1\) の間の値を取ります(物理的な角度を考えれば \(0 \le \sin\theta \le 1\))。計算結果がこの範囲を逸脱していないか確認しましょう。逸脱している場合は、\(n\) の取り方や計算過程に誤りがある可能性が高いです。
- \(n\) の整数性: ブラッグの条件における \(n\) は干渉の次数を表す自然数です。計算途中で \(n\) が整数にならない場合は、どこかで誤りがあると考えられます。
電子回折は、電子の波動性という量子力学の根幹に関わる美しい現象です。その条件を理解し、計算できるようになることは非常に重要です。
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