問題58 (名古屋大+東北大+大阪公立大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、光を「光子」という粒子の集まりと見なし、その光子が容器の壁に衝突することによって生じる圧力、すなわち「光圧」を導出するものです。気体の分子が壁に衝突して圧力を生み出す「気体分子運動論」と全く同じ考え方で解き進めることができる、物理学の重要な考え方を学ぶための良問です。
- 容器: 一辺の長さが \(L\) の立方体。
- 内部の粒子: 多数の光子。総数を \(N\) とする。
- 光子の性質:
- 振動数: \(\nu\)
- 速さ: \(c\)(光速)
- エネルギー: \(E=h\nu\)
- 運動量の大きさ: \(p=h\nu/c\)
- 運動の様子: 不規則に運動し、容器の面とは完全弾性衝突をする。
- 物理定数: プランク定数 \(h\)。
問題文中の空欄(1)から(7)までを適切な数式で埋める。
- (1) 光子の運動量のx成分 \(p_x\) を、速度のx成分 \(c_x\) を用いて表す。
- (2) 1個の光子が面Sに衝突する回数。
- (3) 1個の光子が \(t\) 秒間に面Sに与える力積。
- (4) 速度のx成分の2乗の平均値 \(\overline{c_x^2}\) と速さ \(c\) の関係。
- (5) 全光子から面Sが受ける力 \(F\)。
- (6) 光子気体の圧力 \(P\)。
- (7) 圧力 \(P\) とエネルギー密度 \(U\) の関係。
- 【コラム】Q. 容器が球形の場合の圧力を求める。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題の大きな流れは、一個の光子という「ミクロ」な視点から出発し、統計的な考え方(平均化)を用いて、圧力という「マクロ」な物理量を導き出す、という物理学の王道パターンです。問題文が思考のステップを丁寧に誘導してくれているので、一つ一つの意味を理解しながら進んでいきましょう。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 光子の運動量: 光は粒子としての性質も持ち、その運動量の大きさは \(p=h\nu/c\) で与えられます。
- 力積と運動量の関係: 物体が受けた力積は、その物体の運動量の変化に等しいという法則。壁が受ける力積は、作用・反作用の法則から光子の運動量変化として計算できます。
- 気体分子運動論の考え方: 個々の粒子は不規則に運動していても、多数の粒子集団として「平均」をとることで、全体の性質を論じることができます。特に、運動の「等方性」(どの方向も同等であること)が重要な仮定となります。
問 (1)
思考の道筋とポイント
光子の運動量ベクトル \(\vec{p}\) は、その速度ベクトル \(\vec{c}\) と同じ向きを向いています。 つまり、二つのベクトルは互いに平行です。このことから、ベクトルの成分同士の比は、ベクトルの大きさ同士の比に等しくなるはずです。この関係を利用して、運動量の \(x\) 成分 \(p_x\) を、速度の \(x\) 成分 \(c_x\) で表現することを目指します。
具体的な解説と立式
光子1個の運動量の大きさ \(p\) は、振動数 \(\nu\) とプランク定数 \(h\)、光速 \(c\) を用いて次のように表されます。
$$p = \frac{h\nu}{c} \quad \cdots ①$$運動量ベクトル \(\vec{p}\) と速度ベクトル \(\vec{c}\) は平行であるため、その \(x\) 成分の比と、大きさの比は等しくなります。$$\frac{p_x}{c_x} = \frac{p}{c} \quad \cdots ②$$式②を変形すると、$$p_x = \frac{p}{c} c_x \quad \cdots ③$$
この式③に、式①を代入することで、\(p_x\) を求めます。
使用した物理公式
- 光子の運動量: \(p = \displaystyle\frac{h\nu}{c}\)
- ベクトルの平行条件
式③に式①を代入して \(p\) を消去します。
$$p_x = \frac{1}{c} \left( \frac{h\nu}{c} \right) c_x$$これを整理すると、$$p_x = \frac{h\nu}{c^2} c_x$$
したがって、問題文の空欄(1)に当てはまる比例係数は \(\displaystyle\frac{h\nu}{c^2}\) となります。
光子の「運動量」と「速度」は、向きが同じで大きさが比例しています。その比例係数を求める問題です。まず運動量の大きさを \(p=h\nu/c\) という公式で表し、「全体の比率(\(p\) と \(c\) の比)」と「\(x\) 成分の比率(\(p_x\) と \(c_x\) の比)」が同じであることを利用して、式を立てて計算します。
光子の運動量の\(x\)成分は、\(p_x = \displaystyle\frac{h\nu}{c^2} c_x\) と表せます。 運動量成分が速度成分に比例するという、直感に合った関係式が得られました。
問 (2)
思考の道筋とポイント
1個の光子が、\(x\)軸に垂直な面S(位置 \(x=L\))に \(t\) 秒間に何回衝突するかを考えます。光子は面Sに衝突した後、完全弾性衝突なので跳ね返り、反対側の壁(\(x=0\))に当たってから再び面Sに戻ってきます。つまり、面Sに衝突するたびに、容器を1往復することになります。この「1往復にかかる時間」を求めれば、\(t\) 秒間に何回往復できるか、すなわち衝突回数が計算できます。
具体的な解説と立式
光子が面Sに1回衝突してから、次に面Sに衝突するまでに進む距離は、面Sから反対の壁までの距離 \(L\) と、その壁から面Sに戻る距離 \(L\) の合計、すなわち往復距離 \(2L\) です。
この間、光子の速さの \(x\) 成分の大きさは \(c_x\) で一定です。
したがって、1回の往復(衝突から次の衝突まで)にかかる時間 \(\Delta t\) は、
$$\Delta t = \frac{\text{距離}}{\text{速さ}} = \frac{2L}{c_x} \quad \cdots ④$$
\(t\) 秒間に衝突する回数 \(n\) は、\(t\) をこの時間間隔 \(\Delta t\) で割ることで求められます。
$$n = \frac{t}{\Delta t} \quad \cdots ⑤$$
使用した物理公式
- 時間 = 距離 / 速さ
式⑤に式④を代入します。
$$n = \frac{t}{\left(\displaystyle\frac{2L}{c_x}\right)}$$分数の割り算を整理すると、$$n = \frac{c_x t}{2L}$$
これが空欄(2)の答えです。
光子が壁Sに当たる頻度を計算します。壁に1回「タン!」と当たってから、次に「タン!」と当たるまでには、向こう側の壁まで行って帰ってくる必要があります。この往復(距離 \(2L\))にかかる時間をまず計算し、「\(t\) 秒間には、この往復が何回できるかな?」と数えることで、衝突回数を求めます。
衝突回数 \(n = \displaystyle\frac{c_x t}{2L}\) が得られました。 光子の \(x\) 方向の速さ \(c_x\) が大きいほど、また容器の幅 \(L\) が小さいほど、衝突回数が多くなるという、物理的に妥当な結果です。
問 (3)
思考の道筋とポイント
面Sが受ける力積を計算します。力積は運動量の変化量です。まず、光子1個が1回の衝突で「受ける」運動量の変化を求め、作用・反作用の法則から面Sが「与えられる」力積を導きます。 そして、その1回あたりの力積に、(2)で求めた \(t\) 秒間での衝突回数を掛けることで、合計の力積を求めます。
具体的な解説と立式
衝突前の光子の運動量の \(x\) 成分は \(p_x\)、完全弾性衝突後の \(x\) 成分は \(-p_x\) です。
1回の衝突による光子の運動量の変化 \(\Delta p_x\) は、
$$\Delta p_x = (\text{後}) – (\text{前}) = (-p_x) – (p_x) = -2p_x$$
作用・反作用の法則により、面Sが1回の衝突で受ける力積 \(I_1\) は、光子が受けた力積と大きさが同じで向きが逆になります。
$$I_1 = -(\Delta p_x) = 2p_x$$
\(t\) 秒間に \(n\) 回衝突するので、その間に面Sが受ける総力積 \(I_t\) は、
$$I_t = I_1 \times n = 2p_x \times n \quad \cdots ⑥$$
この式に、問(1)の結果 \(p_x = \displaystyle\frac{h\nu}{c^2}c_x\) と、問(2)の結果 \(n = \displaystyle\frac{c_x t}{2L}\) を代入します。
使用した物理公式
- 力積 = 運動量の変化
- 作用・反作用の法則
式⑥に \(p_x\) と \(n\) の式を代入します。
$$I_t = 2 \left( \frac{h\nu}{c^2} c_x \right) \times \left( \frac{c_x t}{2L} \right)$$
係数の2を約分し、式を整理すると、
$$I_t = \frac{h\nu c_x^2}{c^2 L} t$$
これが空欄(3)の答えです。
壁が受けた衝撃(力積)を計算します。まず、光子1個が1回ぶつかったときに、運動量がどれだけ変化したかを計算します。壁が受ける衝撃の大きさは、この運動量の変化と同じです。最後に、\(t\) 秒間に何回ぶつかったか(衝突回数)を掛けて、合計の衝撃を求めます。
\(t\) 秒間に面Sが受ける力積は \(I_t = \displaystyle\frac{h\nu c_x^2}{c^2 L} t\) となりました。 力積が時間に比例し、また速度の2乗 \(c_x^2\) に比例していることがわかります。
問 (4)
思考の道筋とポイント
容器内の多数の光子は、あらゆる方向にランダムに運動しています。この「不規則性」あるいは「等方性」を数学的に扱うのがこの設問です。 光子の速さ \(c\) は一定で、その2乗は三平方の定理から \(c^2 = c_x^2 + c_y^2 + c_z^2\) と書けます。 多数の光子について平均をとることを考えます。運動は等方的、つまり \(x, y, z\) の各方向は同等なので、速度の2乗の平均値も \(\overline{c_x^2} = \overline{c_y^2} = \overline{c_z^2}\) となるはずです。 この関係から \(\overline{c_x^2}\) を \(c^2\) で表します。
具体的な解説と立式
光子の速さ \(c\) とその速度成分 \(c_x, c_y, c_z\) の間には、三平方の定理が成り立ちます。
$$c^2 = c_x^2 + c_y^2 + c_z^2 \quad \cdots ⑦$$
多数の光子(\(N\)個)について平均をとります。
$$\overline{c^2} = \overline{c_x^2} + \overline{c_y^2} + \overline{c_z^2}$$
光子の速さ \(c\) は全ての光子で等しいので、その平均 \(\overline{c^2}\) は \(c^2\) のままです。
また、光子の運動方向は十分不規則(等方的)なので、各方向は統計的に同等です。したがって、
$$\overline{c_x^2} = \overline{c_y^2} = \overline{c_z^2} \quad \cdots ⑧$$
使用した物理公式
- 三平方の定理
- 平均操作、等方性の仮定
式⑦に、式⑧の関係 (\(\overline{c_y^2}\) と \(\overline{c_z^2}\) を \(\overline{c_x^2}\) で置き換える) を代入します。
$$c^2 = \overline{c_x^2} + \overline{c_x^2} + \overline{c_x^2} = 3\overline{c_x^2}$$
この式から \(\overline{c_x^2}\) を求めると、
$$\overline{c_x^2} = \frac{1}{3} c^2$$
よって、空欄(4)に入る係数は \(\displaystyle\frac{1}{3}\) です。
光子全体の運動エネルギーが、空間の3つの方向(\(x, y, z\))に平等に分配されている、とイメージしてください。そのため、\(x\) 方向のエネルギーの「分け前」は、全体の \(1/3\) になります。これは気体の分子運動を考えるときにも登場する、とても大切な考え方です。
\(\overline{c_x^2} = \displaystyle\frac{1}{3} c^2\) という関係が得られました。 個々の光子の \(c_x\) はバラバラですが、多数の光子を集団として平均すれば、その2乗平均は \(c^2\) の \(1/3\) になるという、統計的な法則を表しています。
問 (5)
思考の道筋とポイント
いよいよ、容器内の全光子 \(N\) 個が面Sに及ぼす「力 \(F\)」を求めます。 「力」とは「単位時間あたりの力積」のことです。(3)で求めた1個の光子による力積の式に、(4)で求めた平均の考え方を適用し、それを \(N\) 個分合計することで、全体の力を導き出します。「力積 = 力 × 時間」の関係式が最終的なゴールへの橋渡しとなります。
具体的な解説と立式
(3)で求めた、1個の光子が \(t\) 秒間に与える力積 \(I_t\) の式で、\(c_x^2\) をその平均値 \(\overline{c_x^2}\) で置き換えることで、光子1個あたりの平均の力積 \(\overline{I_t}\) を求めます。
$$\overline{I_t} = \frac{h\nu \overline{c_x^2}}{c^2 L} t$$
ここに(4)の結果 \(\overline{c_x^2} = \displaystyle\frac{1}{3}c^2\) を代入すると、
$$\overline{I_t} = \frac{h\nu}{c^2 L} \left(\frac{1}{3}c^2\right) t = \frac{h\nu}{3L} t$$
容器内には光子が \(N\) 個あるので、全光子が面Sに与える総力積 \(I_{\text{全}}\) は、単純にこの \(N\) 倍です。
$$I_{\text{全}} = N \overline{I_t} = \frac{Nh\nu}{3L} t \quad \cdots ⑨$$
この総力積は、面Sが受ける平均的な力 \(F\) と時間 \(t\) の積 \(Ft\) に等しいはずです。
$$Ft = I_{\text{全}} \quad \cdots ⑩$$
使用した物理公式
- 力積と力の関係: \(F = I/\Delta t\)
式⑩に式⑨を代入します。
$$Ft = \frac{Nh\nu}{3L} t$$
両辺の \(t\) を消去すると、力 \(F\) が求まります。
$$F = \frac{Nh\nu}{3L}$$
これが空欄(5)の答えです。
ここまでの結果を合体させます。(3)で求めた「1個の光子による衝撃」の式に、(4)で求めた「平均の値」を使い、「光子1個あたりの平均的な力」を計算します。あとは、光子が全部で \(N\) 個いるので、それを \(N\) 倍して、壁にかかる合計の力を求めます。
面Sが受ける力の合計は \(F = \displaystyle\frac{Nh\nu}{3L}\) となりました。 力は、光子の総数 \(N\) と光子1個のエネルギー \(h\nu\) の積(つまり全エネルギー)に比例し、容器の大きさ \(L\) に反比例します。理にかなった結果と言えるでしょう。
問 (6)
思考の道筋とポイント
圧力 \(P\) を求めます。圧力の定義は「単位面積あたりに垂直に働く力」です。したがって、(5)で求めた面S全体に働く力 \(F\) を、面Sの面積で割るだけで計算できます。 最後に、問題の指示に従い、立方体の体積 \(V\) を使って式を整理します。
具体的な解説と立式
圧力 \(P\) の定義式は次の通りです。
$$P = \frac{F}{\text{面積}}$$
面Sは一辺 \(L\) の正方形なので、その面積は \(L^2\) です。 (5)で求めた力 \(F = \displaystyle\frac{Nh\nu}{3L}\) を代入すると、
$$P = \frac{1}{L^2} \left( \frac{Nh\nu}{3L} \right) \quad \cdots ⑪$$
立方体の体積 \(V\) は \(V = L \times L \times L = L^3\) なので、この関係を用いて式⑪を書き換えます。
使用した物理公式
- 圧力の定義: \(P = F/S\)
- 立方体の体積: \(V=L^3\)
式⑪を計算します。
$$P = \frac{Nh\nu}{3L^3}$$
分母の \(L^3\) を体積 \(V\) で置き換えると、
$$P = \frac{Nh\nu}{3V}$$
これが空欄(6)の答えです。
(5)で求めたのは、あくまで「壁全体にかかる力」です。これを壁の「面積」で割ることで、\(1\text{m}^2\) あたりの力、すなわち「圧力」に変換します。最後に、式の見た目をシンプルにするために \(L^3\) の部分を \(V\) という記号で書き換えます。
光子気体の圧力は \(P = \displaystyle\frac{Nh\nu}{3V}\) と表せました。 この式は \(PV = \displaystyle\frac{1}{3}Nh\nu\) とも書けます。理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) と比較すると、光子気体の全エネルギー \(Nh\nu\) が温度のような役割を担っていることがわかりますね。
問 (7)
思考の道筋とポイント
いよいよ最後の空欄です。圧力 \(P\) を「単位体積あたりのエネルギー」、すなわちエネルギー密度 \(U\) を用いて表します。 物理法則を、個々の粒子の性質(\(\nu\) や \(h\))に依存しない、より普遍的でマクロな量(\(P\) と \(U\))だけの関係式で表現し直す、重要なステップです。
具体的な解説と立式
まず、問題文の定義に従い、エネルギー密度 \(U\) を数式で表します。
容器内の光子1個のエネルギーは \(h\nu\) です。光子は全部で \(N\) 個あるので、全エネルギー \(E_{\text{全}}\) は、
$$E_{\text{全}} = N h\nu$$
エネルギー密度 \(U\) は、この全エネルギーを容器の体積 \(V\) で割ったものです。
$$U = \frac{E_{\text{全}}}{V} = \frac{Nh\nu}{V} \quad \cdots ⑫$$
一方、(6)で求めた圧力 \(P\) の式は、
$$P = \frac{Nh\nu}{3V} \quad \cdots ⑬$$
式⑫と式⑬の形をよく見比べれば、\(P\) を \(U\) で表すことは簡単です。
使用した物理公式
- エネルギー密度の定義: \(U = E_{\text{全}}/V\)
式⑬を次のように少し変形します。
$$P = \frac{1}{3} \left( \frac{Nh\nu}{V} \right)$$
この式の括弧の中身 \(\displaystyle\frac{Nh\nu}{V}\) は、式⑫で定義したエネルギー密度 \(U\) そのものです。よって、置き換えると、
$$P = \frac{1}{3} U$$
これが空欄(7)の答えです。
(6)で求めた圧力の式 \(P = \displaystyle\frac{Nh\nu}{3V}\) と、エネルギー密度の定義式 \(U = \displaystyle\frac{Nh\nu}{V}\) は、分母に「3」があるかないかだけの違いで、そっくりです。圧力の式の中にある \(\displaystyle\frac{Nh\nu}{V}\) の部分を、記号 \(U\) で置き換えるだけで、答えが導けます。
光子気体の圧力は、そのエネルギー密度の \(1/3\) に等しい (\(P = \displaystyle\frac{1}{3}U\)) という、非常にシンプルかつ重要な関係式が導かれました。 この関係は、光子の詳細(振動数 \(\nu\) など)によらず、エネルギー密度というマクロな量だけで決まることを示しています。これは物理法則の美しさの一つですね。
【コラム】Q. 容器が半径 \(r\) の球形の場合の圧力
思考の道筋とポイント
容器の形が立方体から球に変わりました。 一見、壁が曲面になっているため複雑に思えますが、最終的に得られる「圧力とエネルギー密度の関係」は、容器の形によらない普遍的な法則である可能性があります。これを確かめるため、立方体の時と同様の論理で圧力を計算してみましょう。衝突角度\(\theta\)が入ってきますが、最終的にうまい具合に消去されることを期待して計算を進めます。
具体的な解説と立式
光子が壁に法線から角度 \(\theta\) で衝突する状況を考えます。
- 1回の衝突で壁が受ける力積 \(I_1\):
衝突で変化するのは壁に垂直な方向の運動量成分です。運動量の大きさを \(p=h\nu/c\) とすると、垂直成分は衝突前後で \(p\cos\theta \rightarrow -p\cos\theta\) と変化します。 よって、壁が受ける力積の大きさは、
$$I_1 = 2p\cos\theta = \frac{2h\nu}{c}\cos\theta \quad \cdots ⑭$$ - 単位時間あたりの衝突回数 \(f_{\text{col}}\):
1回衝突した後、光子は速さ \(c\) で直進し、反対側の壁に衝突します。 図形的に考えると、この間の移動距離は \(2r\cos\theta\) です。 よって衝突の時間間隔 \(\Delta t\) は \(\frac{2r\cos\theta}{c}\)。単位時間あたりの衝突回数はその逆数です。
$$f_{\text{col}} = \frac{1}{\Delta t} = \frac{c}{2r\cos\theta} \quad \cdots ⑮$$ - 1個の光子が及ぼす平均の力 \(F_1\):
力は単位時間あたりの力積なので、\(F_1 = I_1 \times f_{\text{col}}\) で計算できます。 - 圧力 \(P\):
全光子 \(N\) 個による力 \(F = N F_1\) を、球の表面積 \(S = 4\pi r^2\) で割ります。
使用した物理公式
- 力積と運動量の関係
- 球の幾何学、表面積の公式
まず、1個の光子が及ぼす平均の力 \(F_1\) を計算します。式⑭と⑮を掛け合わせます。
$$F_1 = I_1 \times f_{\text{col}} = \left( \frac{2h\nu}{c}\cos\theta \right) \times \left( \frac{c}{2r\cos\theta} \right)$$
見事に \(c, 2, \cos\theta\) が全て約分で消去され、
$$F_1 = \frac{h\nu}{r}$$
驚くべきことに、衝突角度 \(\theta\) によらない一定値となりました。
したがって、全光子 \(N\) 個が及ぼす力 \(F\) は、
$$F = N F_1 = \frac{Nh\nu}{r}$$
これを球の表面積 \(S=4\pi r^2\) で割って、圧力 \(P\) を求めます。
$$P = \frac{F}{S} = \frac{Nh\nu/r}{4\pi r^2} = \frac{Nh\nu}{4\pi r^3}$$
これが求める圧力です。
球の壁では、光子は様々な角度で衝突しますが、物理はうまくできています。浅い角度で衝突するほど「1回あたりの衝撃」は弱くなりますが、その分「衝突の頻度」は高くなります。この二つの効果が完璧に打ち消しあい、結果として、1個の光子が壁に及ぼす平均的な力は角度に関係なく一定になります。この事実さえ分かれば、あとは全光子分(\(N\)倍)の力を計算し、球の表面積で割るだけです。
球形容器の場合の圧力は \(P = \displaystyle\frac{Nh\nu}{4\pi r^3}\) となります。 ここで、球の体積 \(V = \frac{4}{3}\pi r^3\) の関係を使うと、\(4\pi r^3 = 3V\) となるので、圧力の式は
$$P = \frac{Nh\nu}{3V}$$
と変形できます。これは立方体容器の場合の結果と完全に一致します。 つまり、圧力とエネルギー密度の関係 \(P = U/3\) は、容器の形によらない普遍的な法則であることが示されました。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 光子の粒子性: 光をエネルギー \(h\nu\) と運動量 \(p=h\nu/c\) を持つ粒子として扱うという、量子力学の基本的な考え方が土台にあります。
- 力積と運動量の関係: 壁が受ける圧力の根源は、無数の光子が壁に衝突し、運動量を変化させる際の「力積」の総和であるという、力学の基本法則です。
- 統計的な平均操作: 個々の粒子の複雑な運動も、「等方性」という仮定のもとで「平均化」(\(\overline{c_x^2} = c^2/3\))することで、集団全体のシンプルな法則を導き出すという、統計力学の強力な手法を体験できます。
- 法則の普遍性: 最終的に導かれた関係式 \(P=U/3\) は、容器の形状という個別の条件によらない、より根源的な物理法則であることを理解することが重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
- 理想気体の圧力の導出: この問題の光子を、質量\(m\), 速さ\(v\)の気体分子に置き換えれば、気体分子運動論の最重要公式 \(P=\frac{Nm\overline{v^2}}{3V}\) を自力で導出できます。
- 熱放射(黒体放射): 高温の物体から放出される電磁波(光子)が持つエネルギーや圧力を考える問題に応用されます。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 「圧力」を問われたら「力積」を連想する: 圧力を直接求めるのは難しい場合でも、多数の粒子の衝突が原因であれば、「1回の衝突による力積」と「衝突頻度」から攻めるのが定石です。
- 「不規則」「ランダム」という言葉を見たら「平均」を考える: 複雑な現象を単純化するための強力な武器が「平均化」です。特に方向のランダム性からは \(\overline{c_x^2} = c^2/3\) のような関係が使えないか疑ってみましょう。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- ミス: 衝突回数の計算で往復距離「2L」を片道「L」としてしまう。
- 現象: 面Sに衝突した後、すぐまたSに衝突するかのように錯覚してしまう。
- 対策: 衝突後の光子の動きを必ず図や頭の中で追いかけること。「Sに衝突 → 反対側の壁に衝突 → Sに戻ってきて再び衝突」という一連の流れをイメージすれば、往復距離 \(2L\) であることが納得できます。
- 誤解: 光子の運動量を \(p=mc\) のように質量を使って考えてしまう。
- 現象: 古典的な粒子のイメージに引きずられ、光子の質量を考えてしまう。
- 対策: 「光子の静止質量はゼロである」と明確に記憶し、光子に特有の公式 \(E=h\nu\), \(p=h\nu/c\) を使うことを徹底する。
- ミス: 球形容器の場合、角度 \(\theta\) の扱いが分からなくなり、計算が止まってしまう。
- 現象: 三角関数が出てきただけで複雑に感じてしまう。
- 対策: 「1回の力積」と「衝突頻度」をそれぞれ立式してみることが重要です。一見複雑な項も、掛け合わせるとキャンセルされるのでは?と期待して計算を進める勇気を持ちましょう。物理法則はしばしば美しく単純な形に落ち着くものです。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- ミクロとマクロの往復: この問題は、1個の光子の衝突という「ミクロ」な現象から出発し、それを多数集めて平均化することで、圧力という「マクロ」な量を導きます。この「ミクロとマクロを繋ぐ」視点は、物理学の様々な分野で共通する重要な考え方です。
- 等方性のイメージ: 「不規則に運動」という言葉から、特定の方向に偏りがなく、どの方向も平等な「球対称」な運動の集まりをイメージすることが重要です。これが \(\overline{c_x^2} = \overline{c_y^2} = \overline{c_z^2}\) という式の物理的な意味です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(p = h\nu/c\) (光子の運動量):
- 選定理由: 問題の主役である「光子」の粒子としての性質(運動量)を記述するための、量子論の基本公式だからです。
- 力積 \(I = \Delta p\) (運動量変化):
- 選定理由: 「力」や「圧力」の根源は、壁との衝突による運動量の変化です。衝突のような瞬間的な現象では、力そのものより力積を考える方が有効であり、運動量の変化として計算できるため、この公式を選択します。
- 気体分子運動論のモデル:
- 選定理由: 多数の粒子が壁に及ぼす圧力を求める問題であるため。1個の粒子の運動を解析し、衝突頻度を求め、全粒子について平均・合計するという一連の論理展開(モデル)を適用するのが最も合理的です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【ミクロ: 1個の光子、1回の衝突】
- 光子の運動量 \(p_x\) を速度成分 \(c_x\) で表す。(問1)
- 1回の衝突で壁が受ける力積 \(2p_x\) を計算する。
- 【ミクロ: 1個の光子、時間 \(t\) の間】
- \(t\) 秒間の衝突回数 \(n\) を往復運動から計算する。(問2)
- 1個の光子が \(t\) 秒間に与える力積 \(I_t = 2p_x \times n\) を計算する。(問3)
- 【マクロ: 全光子、平均化】
- 運動の等方性から \(\overline{c_x^2} = c^2/3\) の関係を導く。(問4)
- \(I_t\) の式を平均化し、全光子 \(N\) 個分を合計して、全体の力 \(F\) を求める。(問5)
- 【マクロ: 物理量の定義】
- 圧力の定義 \(P=F/S\) を使って \(P\) を計算する。(問6)
- エネルギー密度の定義 \(U=E/V\) を使い、\(P\) と \(U\) の関係式を導く。(問7)
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式の丁寧な整理: この問題では \(h, \nu, c, L, N, V, U\) など多くの文字が登場します。どの段階でどの変数を使って表すかを意識しながら、一行一行、丁寧に整理しましょう。
- 往復距離の確認: 衝突回数の計算では、距離が \(L\) なのか \(2L\) なのかが鍵になります。必ず「次の同じ状態になるまで」の運動を追跡し、安易に \(L\) としないように注意しましょう。
- 平均化のタイミング: 平均操作は、個々の粒子の性質を論じた後、集団全体としての性質に移るタイミングで行います。どの物理量(この場合は \(c_x^2\))を平均値で置き換えるのかを明確に意識することが重要です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 定性的な予測との一致確認:
- 光子の数 \(N\) やエネルギー \(h\nu\) が増えれば、圧力は大きくなるはず。容器の体積 \(V\) が大きくなれば、圧力は小さくなるはず。計算結果の式がこれらの直感と合っているか確認しましょう。(\(P = Nh\nu/3V\) なのでOK)
- 他の物理法則との比較:
- 導出された \(P = U/3\) という結果を、単原子理想気体の圧力とエネルギー密度の関係 \(P = 2U/3\) と比較してみましょう。「なぜ係数が2倍違うのか?」と考えてみることで、光子(相対論的粒子)と気体分子(非相対論的粒子)の間の運動エネルギーと運動量の関係の違いという、より深い物理への理解につながります。
- 普遍性の確認:
- 【コラム】で計算したように、容器が立方体でも球でも \(P=U/3\) という同じ結果になりました。このことは、この関係式が容器の形状に依存しない、より普遍的な法則であることを示唆しています。この事実に気づくことは、物理現象をより深く理解する上で非常に重要です。
問題59 (筑波大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、X線の発生、X線の回折(ブラッグ反射)、そして電子線の波動性(物質波)という、近代物理学の三つの重要なトピックを一つにまとめた総合問題です。それぞれの現象を正しく理解し、適切な公式を適用する能力が問われます。
- X線スペクトルのグラフ(図1)
- 結晶による回折の模式図(図2)
- プランク定数: \(h=6.6\times10^{-34}\) [J・s]
- 電気素量: \(e=1.6\times10^{-19}\) [C]
- 光速: \(c=3.0\times10^{8}\) [m/s]
- 電子の質量: \(m=9.0\times10^{-31}\) [kg]
- 電子の初速は0とする。
- (1) X線発生時の加速電圧を求め、電圧変化によるスペクトルの変化を記述する。
- (2) X線のブラッグ反射における原子面間隔 \(d\) と、干渉の極大回数を求める。
- (3) 電子線の物質波の波長 \(\lambda_e\) と加速電圧 \(V\) の関係式を求める。
- (4) 特定の条件下での電子線のブラッグ反射が起こる回数を求める。
- (コラム Q1) 固有X線Cのエネルギーを[J]と[eV]で求める。
- (コラム Q2) 電子線の屈折を考慮したブラッグ条件を導出する。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この一問で、X線がどのようにして作られるのか((1))、そのX線を使って物質の結晶構造をどうやって調べるのか((2))、そして電子も波として振る舞うという不思議な現象((3), (4))まで、近代物理の核心に触れることができます。
各設問はそれぞれ独立した物理現象に対応しています。
- (1)は光電効果の逆過程ともいえる現象で、エネルギー保存則が鍵です。
- (2)は波の干渉そのもので、ブラッグの反射条件を使いこなせるかがポイント。
- (3)と(4)は、ド・ブロイの物質波の考え方を使って、粒子である電子を波として扱います。
それぞれの現象の物理的イメージをしっかり掴みながら、一歩ずつ解き明かしていきましょう。
問 (1)
思考の道筋とポイント
スペクトル中の「最短波長」が何によって決まるのかを考えます。これは、高電圧で加速された電子1個が持つ運動エネルギーが、最も効率よく、つまり100%のエネルギー変換効率で、1個のX線光子のエネルギーに変換された場合に相当します。 このとき、発生する光子のエネルギーは最大となり、波長は最短になります。 このエネルギーの対応関係から、加速電圧を求めます。
具体的な解説と立式
実験で用いた加速電圧を \(V_0\) [V] とします。初速0の電子がこの電圧で加速されると、衝突直前に持つ運動エネルギー \(K\) は、
$$K = eV_0 \quad \cdots ①$$
この運動エネルギーがすべて1個のX線光子のエネルギー \(E_{\text{photon}}\) に変換されたとき、その光子の波長 \(\lambda\) は最短波長 \(\lambda_{\text{min}}\) となります。 光子のエネルギーは \(E_{\text{photon}} = h\nu = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) なので、
$$eV_0 = \frac{hc}{\lambda_{\text{min}}} \quad \cdots ②$$
この式を \(V_0\) について解けば、電圧を求めることができます。
グラフ(図1)から、連続X線スペクトルAの左端、すなわち最短波長 \(\lambda_{\text{min}}\) を読み取ると、\(\lambda_{\text{min}} = 3.5 \times 10^{-11}\) [m] です。
使用した物理公式
- 電子の運動エネルギー: \(K = eV_0\)
- 光子のエネルギー: \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\)
- エネルギー保存則
式②を \(V_0\) について解きます。
$$V_0 = \frac{hc}{e\lambda_{\text{min}}}$$
与えられた数値を代入します。
$$V_0 = \frac{(6.6 \times 10^{-34}) \times (3.0 \times 10^8)}{(1.6 \times 10^{-19}) \times (3.5 \times 10^{-11})} = \frac{19.8 \times 10^{-26}}{5.6 \times 10^{-30}}$$
$$V_0 \approx 3.53 \times 10^4 \text{ [V]}$$
有効数字2桁で \(3.5 \times 10^4\) [V] となります。
次に、電圧を増したときの変化について。
電圧を増す(\(V_0\) を大きくする)と、式②からわかるように、電子の運動エネルギー \(eV_0\) が増加するため、変換されうる光子の最大エネルギーも増加します。その結果、最短波長 \(\lambda_{\text{min}}\) は短くなります。
一方、固有X線B, Cは、加速電子が金属原子の内殻電子を弾き飛ばし、その空席に外側の電子が遷移する際に放出されるX線です。その波長(エネルギー)は原子のエネルギー準位の差によって決まるため、ターゲット金属に固有の値です。 加速電圧を多少増しても、この準位構造は変わらないので、固有X線の波長は変化しません。
電子をボール、電圧をボールを投げる腕の力と想像してください。腕の力が強いほど、ボールは速く飛んでいき、壁に当たったときのエネルギーも大きくなります。X線の最短波長は、このエネルギーが最大の場合に対応するので、電圧を上げると最短波長は短く(=エネルギーは大きく)なります。一方、固有X線は、ターゲットの金属原子が決まったエネルギーしか出せない「特性」のようなものなので、ボールの速さを変えても、出てくるX線のエネルギー(波長)は変わりません。
実験で使用した電圧は \(3.5 \times 10^4\) V です。電圧を増すと、「Aの最短波長は短くなるが、BとCの波長は変わらない。」となります。
問 (2)
思考の道筋とポイント
結晶格子によるX線の反射は、波の干渉現象の一種です。特定の角度で入射したX線が、異なる原子面で反射された波と強め合う条件を考えます。これが「ブラッグの反射条件」です。 この条件式に、問題で与えられた数値を代入して、未知の原子面間隔 \(d\) を求めます。その後、角度を変化させたときに、この条件が何回成立するかを考えます。
具体的な解説と立式
原子面への入射角が \(\theta\) のとき、隣り合う原子面で反射したX線の経路差は \(2d\sin\theta\) となります。 この経路差が波長の整数倍になるとき、波は強め合って極大となります。これがブラッグの条件です。
$$2d\sin\theta = n\lambda \quad (n=1, 2, 3, \dots) \quad \cdots ③$$
ここで、\(n\) は「次数」と呼ばれる自然数です。
問題では、固有X線C(波長 \(\lambda_C\))を用いています。図1からその波長を読み取ると、\(\lambda_C = 7.0 \times 10^{-11}\) [m] です。
「4回目の極大」が \(\theta = 30^\circ\) で観測されたので、これは \(n=4\) に対応します。 これらの値を式③に代入して \(d\) を求めます。
次に、極大が起こる総回数を考えます。式③を変形すると、
$$\sin\theta = \frac{n\lambda_C}{2d}$$
角度 \(\theta\) は 0° から 90° まで変化でき、\(\sin\theta\) の値は \(0 < \sin\theta \le 1\) の範囲にあります。 したがって、
$$0 < \frac{n\lambda_C}{2d} \le 1$$
この不等式を満たす自然数 \(n\) の個数が、極大の総回数になります。
使用した物理公式
- ブラッグの反射条件: \(2d\sin\theta = n\lambda\)
まず、\(d\) を求めます。式③に \(n=4, \theta=30^\circ, \lambda = \lambda_C = 7.0 \times 10^{-11}\) [m] を代入します。
$$2d \sin30^\circ = 4 \times (7.0 \times 10^{-11})$$
\(\sin30^\circ = 1/2\) なので、
$$2d \times \frac{1}{2} = 28.0 \times 10^{-11}$$
$$d = 2.8 \times 10^{-10} \text{ [m]}$$
次に、極大の総回数を求めます。
$$n \le \frac{2d}{\lambda_C}$$
先ほど求めた \(d\) と \(\lambda_C\) の値を代入します。
$$n \le \frac{2 \times (2.8 \times 10^{-10})}{7.0 \times 10^{-11}} = \frac{5.6 \times 10^{-10}}{7.0 \times 10^{-11}} = 0.8 \times 10^1 = 8$$
\(n\) は自然数なので、\(n=1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8\) の8個が可能です。
したがって、極大は全部で8回起こります。
ブラッグの条件 \(2d\sin\theta = n\lambda\) は、結晶構造解析の基本公式です。まずはこの公式に「4回目(\(n=4\))」「角度30°」「波長(グラフから読み取り)」を代入して、結晶の構造情報である \(d\) を計算します。次に、極大が全部で何回起こるかを数えます。これは、角度をどんどん大きくしていったときに、\(\sin\theta\) が1を超えることはできない、という物理的な限界から、条件式を満たすことができる整数の \(n\) がいくつあるかを調べる問題です。
結晶の原子面間隔 \(d\) は \(2.8 \times 10^{-10}\) [m]、極大が起こる総回数は8回です。原子の大きさのオーダー(\(10^{-10}\) m = 1オングストローム)として妥当な値が得られました。
問 (3)
思考の道筋とポイント
粒子である電子も、波として振る舞う(物質波)。その波長は、電子の運動量に反比例します(ド・ブロイ波長)。 一方、電子の運動量は、加速電圧によって決まります。この二つの関係式を組み合わせて、電子の速さ \(v\) を消去し、波長 \(\lambda_e\) を加速電圧 \(V\) だけで表すことを目指します。
具体的な解説と立式
電圧 \(V\) で加速された電子の速さを \(v\) とすると、その運動エネルギーは、
$$eV = \frac{1}{2}mv^2 \quad \cdots ④$$
この電子の物質波としての波長 \(\lambda_e\) は、ド・ブロイの関係式より、その運動量 \(p=mv\) を用いて次のように表されます。
$$\lambda_e = \frac{h}{p} = \frac{h}{mv} \quad \cdots ⑤$$
我々の目標は、これら2つの式から \(v\) を消去し、\(\lambda_e\) と \(V\) の関係式を導くことです。
式④の両辺に \(2m\) を掛けると、
$$2meV = (mv)^2$$
よって、運動量 \(mv\) は、
$$mv = \sqrt{2meV} \quad \cdots ⑥$$
この結果を式⑤に代入するのが最も効率的です。
使用した物理公式
- 電子の運動エネルギー: \(eV = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 物質波の波長 (ド・ブロイ波長): \(\lambda = \displaystyle\frac{h}{mv}\)
式⑤に式⑥を代入します。
$$\lambda_e = \frac{h}{\sqrt{2meV}}$$
これが、加速電圧 \(V\) と電子線の波長 \(\lambda_e\) の関係式です。
電子の波長を電圧で表すために、2つのステップを踏みます。ステップ1:電圧 \(V\) から電子の運動エネルギー、そして運動量 \(mv\) を計算します。ステップ2:ド・ブロイの公式 \(\lambda = h / (\text{運動量})\) に、ステップ1で求めた運動量を代入します。これで、波長が電圧の式で表せます。
関係式は \(\lambda_e = \displaystyle\frac{h}{\sqrt{2meV}}\) となります。この式は、加速電圧 \(V\) が大きいほど、電子の運動量が大きくなり、その結果として物質波の波長 \(\lambda_e\) は短くなることを示しています。これは電子顕微鏡が高い分解能を持つ原理にもなっています。
問 (4)
思考の道筋とポイント
電子線もX線と同様に波なので、結晶によって回折され、ブラッグの条件を満たすときに強く反射されます。つまり、ここでもブラッグの条件式 `2d sinθ = nλ` が主役です。ただし、今回は波長 \(\lambda\) が(3)で求めたように加速電圧 \(V\) に依存します。この関係式を使って、与えられた電圧範囲 \(1 \le V \le 2\) [kV] でブラッグの条件を満たす整数 \(n\) がいくつ存在するかを数えます。
具体的な解説と立式
電子線に対するブラッグの条件は次のようになります。
$$2d\sin\theta = n\lambda_e \quad \cdots ⑦$$
ここに、(3)で求めた \(\lambda_e = \displaystyle\frac{h}{\sqrt{2meV}}\) を代入します。 角度は \(\theta = 30^\circ\) に固定されています。
$$2d\sin30^\circ = n \left( \frac{h}{\sqrt{2meV}} \right)$$
この式を \(V\) について解き、\(V\) が \(n\) の関数としてどのように表されるかを見ます。
$$\sqrt{2meV} = \frac{nh}{2d\sin30^\circ}$$
両辺を2乗すると (\(\sin30^\circ=1/2\) なので)、
$$2meV = \left( \frac{nh}{d} \right)^2$$
$$V = \frac{n^2 h^2}{2med^2} = \left( \frac{h^2}{2med^2} \right) n^2 \quad \cdots ⑧$$
この式は、極大が起こる電圧 \(V\) が、回折の次数 \(n\) の2乗に比例することを示しています。
定数部分を先に計算しておくと便利です。
$$\frac{h^2}{2med^2} = \frac{(6.6 \times 10^{-34})^2}{2 \times (9.0 \times 10^{-31}) \times (1.6 \times 10^{-19}) \times (2.8 \times 10^{-10})^2} \approx 19.3$$
よって、\(V \approx 19.3 n^2\) となります。
使用した物理公式
- ブラッグの反射条件: \(2d\sin\theta = n\lambda_e\)
- 物質波の波長: \(\lambda_e = \displaystyle\frac{h}{\sqrt{2meV}}\)
極大が起こる電圧は \(V \approx 19.3 n^2\) [V] です。
問題で与えられた電圧の範囲は \(1 \text{ [kV]} \le V \le 2 \text{ [kV]}\)、つまり \(1000 \text{ [V]} \le V \le 2000 \text{ [V]}\) です。
この不等式に \(V=19.3 n^2\) を代入します。
$$1000 \le 19.3 n^2 \le 2000$$
各辺を 19.3 で割って \(n^2\) の範囲を求めます。
$$\frac{1000}{19.3} \le n^2 \le \frac{2000}{19.3}$$
$$51.8 \dots \le n^2 \le 103.6 \dots$$
この範囲にある平方数(自然数の2乗)を探します。
\(7^2 = 49\) (範囲外)
\(8^2 = 64\) (範囲内)
\(9^2 = 81\) (範囲内)
\(10^2 = 100\) (範囲内)
\(11^2 = 121\) (範囲外)
よって、条件を満たす自然数 \(n\) は \(n=8, 9, 10\) の3つです。
したがって、極大を示す回数は3回となります。
電子線でもブラッグの条件は同じですが、波長が電圧Vによって変わるのがポイントです。まず、ブラッグの条件式を電圧Vの式に書き換えます。すると、極大になる電圧は \(V = (\text{定数}) \times n^2\) という形になります。あとは、この電圧Vが問題で指定された範囲(1000Vから2000V)に収まるような整数nが、いくつあるかを数えるだけです。
指定された電圧範囲でRが極大を示す回数は3回です。電圧を変化させることで、波長をスキャンし、干渉の次数を調べていると解釈できます。
【コラム】Q1. 固有X線Cのエネルギー
思考の道筋とポイント
固有X線Cは、特定のエネルギーを持つ1個の光子です。そのエネルギーは、プランク・アインシュタインの関係式 \(E = h\nu\) で与えられます。 波長 \(\lambda\) との関係 \(c=\nu\lambda\) を使って、エネルギーを波長から直接計算します。最後に、単位をジュール[J]から電子ボルト[eV]へ換算します。
具体的な解説と立式
光子1個のエネルギー \(\Delta E\) は、その波長 \(\lambda\) を用いて次のように書けます。
$$\Delta E = h\nu = h\frac{c}{\lambda} \quad \cdots ⑨$$
固有X線Cの波長は、図1から \(\lambda_C = 7.0 \times 10^{-11}\) [m] です。 この値を式⑨に代入してエネルギーを[J]単位で求めます。
次に、ジュール[J]から電子ボルト[eV]への換算を行います。1 [eV]は、電子1個が1 [V]の電位差で加速されるときに得るエネルギーであり、その値は \(1 \text{ [eV]} = e \text{ [J]} = 1.6 \times 10^{-19}\) [J] です。 したがって、[J]単位のエネルギーを電気素量 \(e\) で割ると[eV]単位になります。
$$\Delta E \text{ [eV]} = \frac{\Delta E \text{ [J]}}{e} \quad \cdots ⑩$$
使用した物理公式
- 光子のエネルギー: \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\)
- エネルギーの単位換算: 1 [eV] = \(e\) [J]
まず、エネルギーを[J]で求めます。
$$\Delta E = \frac{(6.6 \times 10^{-34}) \times (3.0 \times 10^8)}{7.0 \times 10^{-11}} = \frac{19.8 \times 10^{-26}}{7.0 \times 10^{-11}} \approx 2.82 \times 10^{-15} \text{ [J]}$$
次に、これを[eV]に換算します。
$$\Delta E \text{ [eV]} = \frac{2.82 \times 10^{-15}}{1.6 \times 10^{-19}} \approx 1.76 \times 10^4 \text{ [eV]}$$
有効数字2桁で、\(\Delta E \approx 2.8 \times 10^{-15}\) [J], \(1.8 \times 10^4\) [eV] となります。
固有X線Cのエネルギーは \(2.8 \times 10^{-15}\) J、または \(1.8 \times 10^4\) eV (18 keV)です。これはX線として典型的なエネルギー領域です。
【コラム】Q2. 屈折を考慮した電子線のブラッグ条件
思考の道筋とポイント
これは非常に発展的な内容です。電子線が結晶内に入ると、電子は周囲の原子核(正電荷)と電子(負電荷)から力を受け、平均として電位が変化します。このポテンシャルエネルギーの変化により、電子の運動エネルギーが変化し、結果として物質波の波長が変わります。さらに、波が媒質の異なる境界を通過するときのように「屈折」も起こします。これらの効果をすべて取り入れてブラッグ条件を再構築します。
具体的な解説と立式
(ア) 結晶内部でのブラッグ条件
結晶内部では、電子線の波長は \(\lambda_e’\) に、原子面とのなす角(かすめ角)は \(\phi\) に変化します。 しかし、ブラッグ反射が起こる物理的な条件、すなわち「隣接する原子面からの反射波の経路差が波長の整数倍になる」という原理そのものは変わりません。
図より、結晶内部での経路差は \(2d\sin\phi\) となるため、内部の量を使ってブラッグ条件を立てると、
$$2d\sin\phi = n\lambda_e’ \quad \cdots ⑪$$
となります。
(イ) 外部の量でのブラッグ条件
式⑪を外部から測定可能な量(\(\theta, V\) など)で書き換えるために、内部の量(\(\phi, \lambda_e’\))を消去します。
1. 波長 \(\lambda_e’\) の導出:
外部での電子の運動エネルギーは \(eV\) です。結晶内部は外部より電位が \(V_1\) 高いので、電子のポテンシャルエネルギーは \(-eV_1\) だけ変化します。 エネルギー保存則より、内部での運動エネルギー \(K’\) は \(K’ = eV + eV_1 = e(V+V_1)\) となります。
したがって、内部での波長 \(\lambda_e’\) は、
$$\lambda_e’ = \frac{h}{\sqrt{2me(V+V_1)}} \quad \cdots ⑫$$
2. 角度 \(\phi\) の消去(屈折の法則):
電子波が結晶表面で屈折する現象を考えます。法線とのなす角は、入射側が \(90^\circ – \theta\)、屈折側が \(90^\circ – \phi\) です。 屈折の法則を適用すると、
$$\frac{\sin(90^\circ – \theta)}{\sin(90^\circ – \phi)} = \frac{\lambda_e}{\lambda_e’}$$
$$\frac{\cos\theta}{\cos\phi} = \frac{\lambda_e}{\lambda_e’} \quad \cdots ⑬$$
この式⑬と、三角関数の公式 \(\sin^2\phi + \cos^2\phi = 1\) を使って \(\sin\phi\) を \(\theta\) で表し、式⑪に代入します。
使用した物理公式
- ブラッグ条件
- 物質波の波長
- エネルギー保存則
- 波の屈折の法則
式⑬から \(\cos\phi = \cos\theta \cdot \displaystyle\frac{\lambda_e’}{\lambda_e}\) です。
\(\sin^2\phi = 1 – \cos^2\phi = 1 – \cos^2\theta \left( \displaystyle\frac{\lambda_e’}{\lambda_e} \right)^2\) となります。
ここで、\(\lambda_e = \displaystyle\frac{h}{\sqrt{2meV}}\) と式⑫から、
$$\left( \frac{\lambda_e’}{\lambda_e} \right)^2 = \frac{h^2/(2me(V+V_1))}{h^2/(2meV)} = \frac{V}{V+V_1}$$
よって、
$$\sin\phi = \sqrt{1 – \frac{V}{V+V_1}\cos^2\theta} \quad \cdots ⑭$$
これを式⑪ \(2d\sin\phi = n\lambda_e’\) に代入し、\(\lambda_e’\) にも式⑫を代入すると、最終的な関係式が得られます。
$$2d \sqrt{1 – \frac{V}{V+V_1}\cos^2\theta} = n \frac{h}{\sqrt{2me(V+V_1)}} \quad \cdots ⑮$$
非常に複雑な式になりましたが、これは電子が結晶内部でポテンシャルを感じて屈折するという、より現実に近いモデルを反映した結果です。もし、結晶内部のポテンシャルが外部と変わらない(\(V_1=0\))と仮定すれば、この複雑な式は、おなじみの \(2d\sin\theta = n\lambda_e\) という単純なブラッグの条件式に戻ることを確認でき、自己無撞着性が確かめられます。
(イ) \(2d \sqrt{1 – \displaystyle\frac{V}{V+V_1}\cos^2\theta} = n \displaystyle\frac{h}{\sqrt{2me(V+V_1)}}\)
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- X線の二面性(発生原理): X線が「連続スペクトル」(制動放射)と「線スペクトル」(固有X線)から成ることを理解すること。前者は電子のエネルギー変換、後者は原子のエネルギー準位という異なるメカニズムで生じます。
- ブラッグの反射条件: X線や電子線のような波長の短い波が、結晶格子という天然の回折格子によって干渉を起こす現象。`2d sinθ = nλ` というシンプルな式で、ミクロな構造(\(d\))と波の性質(\(\lambda\))、そしてマクロな測定量(\(\theta\))が結びつきます。
- 物質波(ド・ブロイ波): 電子のような粒子も運動量 \(p\) に応じて \(\lambda = h/p\) という波長を持つ波として振る舞うという、量子力学の根幹をなす概念です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
- 光電効果: 問(1)の「電子の運動エネルギー → 光子エネルギー」という考え方は、光電効果の「光子エネルギー → 電子の運動エネルギー」とちょうど逆の関係にあり、セットで理解すると効果的です。
- 様々な波の干渉問題: ブラッグの条件は、光の干渉(ヤングの実験、回折格子、薄膜)と本質的に同じく「経路差 = 波長の整数倍」という考え方に基づいています。この原理を理解していれば、様々な干渉問題に応用が可能です。
- 電子顕微鏡の原理: 問(3)で導いた、電圧が高いほど電子線の波長が短くなるという関係は、電子顕微鏡が高い分解能(細かく見る能力)を持つ理由そのものです。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- グラフから情報を読み取る: スペクトルが与えられたら、まず「最短波長」や「ピークの波長」に印をつけ、その値が何を意味するのかを考えます。
- 現象を切り分ける: 「X線の発生」「結晶による反射」「電子線」など、問題文に出てくるキーワードから、どの物理法則を使うべきかを判断します。
- 粒子と波の二刀流で考える: 電子を扱う問題では、「粒子としてのエネルギー(\(1/2mv^2\))」と「波としての波長(\(h/mv\))」の両方の側面をいつでも引き出せるように準備しておきます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- ミス: 図1のグラフの読み取り間違い。特に、横軸の単位が `×10^-11 m` であることを見落とす。
- 現象: 焦って数値を読み取り、単位を考慮せずに計算を進めてしまう。
- 対策: 問題文や図の軸に書かれている単位や補助情報には、必ず最初に印をつける習慣をつけましょう。
- ミス: ブラッグの条件 `2d sinθ = nλ` の `2` を忘れる。
- 現象: 公式をうろ覚えしていると起こりがちです。
- 対策: この `2` が「隣接する面からの反射波の経路差」に由来することを、簡単な図を描いて一度自分で導出しておくと、物理的な意味とセットで記憶でき、忘れにくくなります。
- 誤解: 加速電圧を上げると、固有X線の波長も変わると思ってしまう。
- 現象: 全てのX線が加速電圧に依存すると考えてしまう。
- 対策: 「連続X線」(電子の急ブレーキによって発生)と「固有X線」(原子内の電子の座席移動によって発生)のメカニズムが全く異なることを理解しましょう。固有X線の波長は、原子の種類で決まる「指紋」のようなものです。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- X線管のイメージ: 高電圧で引き伸ばされたパチンコのゴムで電子の弾を撃ち出し、金属の壁にぶつけて様々な色の火花(X線)を散らすイメージ。ゴムの引き伸ばし具合(電圧)が強いほど、最もエネルギーの高い火花(最短波長X線)が生まれます。壁の材質(金属原子)によって決まった色の火花(固有X線)も飛び出します。
- ブラッグ反射のイメージ: 整然と兵隊が並んだ列(原子面)に、横からボールを投げる様子を想像してください。特定の角度で投げたときだけ、各列の兵隊から跳ね返ったボールが、うまくタイミングを合わせて同じ方向に飛んでいく、という現象です。この「特定の角度」を調べることで、兵隊の列の間隔がわかる、というのがブラッグ反射の応用です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(eV = hc/\lambda_{\text{min}}\) (最短波長):
- 選定理由: 「X線の発生」と「最短波長」というキーワードから、電子の全運動エネルギーが1個の光子に変換されるという、エネルギー変換効率が最大の特殊なケースを考えるため。エネルギー保存則を適用します。
- \(2d \sin\theta = n\lambda\) (ブラッグの条件):
- 選定理由: 「結晶」「反射X線の強度」「極大」というキーワードから、波の干渉現象であると判断します。結晶格子による回折・干渉の強め合い条件として、この公式を選択します。
- \(\lambda_e = h/\sqrt{2meV}\) (物質波):
- 選定理由: 「電子線」「波長」というキーワードから、粒子である電子の波動性を考える必要があると判断します。電子の運動エネルギーの式とド・ブロイ波長の式を連立させ、実用的なこの関係式を導いて使用します。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- グラフの読解: まず図1から、計算に必要な波長 (\(\lambda_{\text{min}}=3.5 \times 10^{-11}\) m, \(\lambda_C=7.0 \times 10^{-11}\) m) を正確に読み取る。
- 問(1) [X線発生]: エネルギー保存則 \(eV_0 = hc/\lambda_{\text{min}}\) を立てて \(V_0\) を計算する。
- 問(2) [X線回折]: ブラッグの条件 \(2d\sin\theta = n\lambda_C\) を立て、\(n=4, \theta=30^\circ\) を代入して \(d\) を計算する。次に \(\sin\theta \le 1\) の条件から \(n\) の最大値を求め、極大の総回数を数える。
- 問(3) [物質波]: 電子の運動エネルギー \(eV = \frac{1}{2}mv^2\) とド・ブロイ波長 \(\lambda_e = h/mv\) を連立し、\(v\) を消去して \(\lambda_e\) を \(V\) の式で表す。
- 問(4) [電子線回折]: ブラッグの条件に電子線を適用 (\(2d\sin\theta = n\lambda_e\))。この式に(2)の\(d\)と(3)の\(\lambda_e(V)\)を代入し、\(V\) を \(n\) の式で表す。与えられた \(V\) の範囲を満たす自然数 \(n\) の個数を数える。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位の確認: グラフの横軸の \(10^{-11}\) や、問(4)の kV (\(10^3\) V) といった単位・接頭辞を見落とさないよう、問題を読み始めた段階で丸で囲むなどして注意を喚起しましょう。
- 有効数字: 問題文で与えられている物理定数はおおむね2桁なので、計算結果もそれに合わせるのが一般的です。最終的な答えだけでなく、途中の計算結果もある程度の桁数を保っておくと、誤差が蓄積しにくくなります。
- 指数の計算: \(10\)のべき乗の計算(特に割り算)は、\(10^{A}/10^{B} = 10^{A-B}\) の法則を落ち着いて適用しましょう。符号のミスが頻発するポイントです。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- オーダーの確認: 問(2)で求めた原子面間隔 \(d\) が、だいたい \(10^{-10}\) m(数オングストローム)になっているかを確認します。原子の大きさから考えて、この程度の値になるのが妥当です。大きくずれていれば、計算ミスの可能性があります。
- 定性的な関係の確認: 問(3)で導いた \(\lambda_e \propto 1/\sqrt{V}\) という関係は、「加速電圧を上げる → 運動エネルギーが増える → 運動量が増える → 波長は短くなる」という物理的な因果関係と一致しており、妥当性が高いと判断できます。
- 整数条件の利用: 問(2)や問(4)の \(n\) は、干渉の次数を表すため必ず自然数です。計算結果が整数から大きくずれる場合(例: \(n\)の最大値が 8.9 など)、計算ミスを疑うきっかけになります。(この問題では8.0と綺麗に求まりました)
問題60 (京都府医大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、通常の原子の「電子」を、質量が207倍もある「中間子」という粒子に置き換えた、特殊な原子(中間子原子)の性質を考察するものです。これは、水素原子のボーア模型の考え方を応用する問題であり、物理法則の普遍性を試す絶好の機会です。
- 考察する原子: 中間子原子
- 中心粒子: 原子番号 \(Z\) の原子核(電荷 \(+Ze\), 静止していると仮定)
- 周回粒子: 1個の中間子
- 中間子の性質: 電荷 \(-e\)(電子と同じ), 質量 \(m = 207m_e\) (\(m_e\) は電子の質量)
- (1) 中間子原子の軌道半径 \(r_n\) を、水素原子の基底状態の軌道半径 \(a_1\) で表す式を導け。
- (2) 中間子原子のエネルギー準位 \(E_n\) を、水素原子のエネルギー準位 \(E_{nH}\) で表せ。
- (3) 中間子原子が第3励起状態から第2励起状態へ移るときに放出する光の波長 \(\lambda\) を、水素原子が同じ状態間で放出する光の波長 \(\lambda_H\) で表せ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題の核心は、水素原子の構造を解析する手順と全く同じだという点にあります。つまり、
- 円運動の式(粒子性)
- 量子条件(波動性)
という2つの基本法則を連立させて解く、という王道の解法がそのまま使えます。水素原子の解法をしっかり理解していれば、あとは質量 `m` や原子番号 `Z` の部分を問題に合わせて変えるだけで、すべての設問が解けてしまいます。物理法則が、粒子が変わっても同じように成り立つ様子を、一緒に楽しんでいきましょう!
問 (1)
思考の道筋とポイント
中間子原子の軌道半径 \(r_n\) を求めるために、ボーア模型の2本の柱である「円運動の式」と「量子条件」を立式します。原子核(電荷 \(+Ze\))と中間子(電荷 \(-e\)、質量 \(m\))の間に働くクーロン力(静電気力)が、中間子を円運動させるための向心力として働いています。これに、中間子の物質波が安定な定常波を作るための量子条件を組み合わせ、連立方程式を解くことで軌道半径 \(r\) を求めます。
具体的な解説と立式
中間子の質量を \(m\)、速さを \(v\)、軌道半径を \(r\) とします。クーロン定数を \(k\) とします。
- 円運動の式:
原子核と中間子の間に働くクーロン力の大きさは \(k\displaystyle\frac{(Ze)e}{r^2}\) です。これが向心力となり、円運動を維持します。
$$m\frac{v^2}{r} = k\frac{Ze^2}{r^2} \quad \cdots ①$$ - 量子条件:
軌道1周の長さ \(2\pi r\) が、中間子の物質波の波長 \(\displaystyle\frac{h}{mv}\) の自然数 \(n\) 倍に等しいとき、波は定常波となり安定に存在できます。
$$2\pi r = n \frac{h}{mv} \quad \cdots ②$$
これら2式から \(v\) を消去して \(r\) を求めます。まず、式②を \(v\) について解くと、
$$v = \frac{nh}{2\pi mr} \quad \cdots ③$$
この式③を式①に代入します。
使用した物理公式
- 円運動の運動方程式 (向心力 = クーロン力)
- 物質波の量子条件 (ド・ブロイ波の定常波条件)
式①に式③を代入します。
$$m\frac{1}{r} \left( \frac{nh}{2\pi mr} \right)^2 = k\frac{Ze^2}{r^2}$$
左辺を整理します。
$$\frac{m}{r} \frac{n^2h^2}{4\pi^2 m^2 r^2} = k\frac{Ze^2}{r^2}$$
$$\frac{n^2h^2}{4\pi^2 m r^3} = \frac{kZe^2}{r^2}$$
両辺に \(r^3\) を掛け、\(kZe^2\) で割るなどして \(r\) について整理すると、量子数 \(n\) のときの軌道半径 \(r_n\) が求まります。
$$r_n = \frac{n^2h^2}{4\pi^2 k e^2 m Z} \quad \cdots ④$$
次に、これを水素原子の基底状態の軌道半径 \(a_1\) で表します。水素原子(\(Z=1\))の電子(質量 \(m_e\))が基底状態(\(n=1\))にあるときの半径が \(a_1\) なので、式④で \(n=1, Z=1, m=m_e\) とすれば、
$$a_1 = \frac{1^2 \cdot h^2}{4\pi^2 k e^2 m_e \cdot 1} = \frac{h^2}{4\pi^2 k e^2 m_e} \quad \cdots ⑤$$
式④と式⑤を見比べると、式④は次のように変形できます。
$$r_n = \frac{n^2}{Z} \cdot \frac{m_e}{m} \cdot \left( \frac{h^2}{4\pi^2 k e^2 m_e} \right) = \frac{n^2}{Z} \frac{m_e}{m} a_1$$
最後に、問題の条件 \(m = 207m_e\) を代入します。
$$r_n = \frac{n^2 a_1}{207Z}$$
原子の構造は、「クーロン力による引っ張り合いの式」と「波としての安定条件の式」の2つで決まります。この2つの式を連立させて、軌道半径 \(r\) を表す一般式を作ります。次に、一番シンプルな水素原子の最も内側の軌道半径(これを \(a_1\) と呼びます)の式と見比べて、中間子原子の半径が \(a_1\) の何倍になるかを計算します。
中間子の軌道半径は \(r_n = \displaystyle\frac{n^2 a_1}{207Z}\) となります。この式から、電子の場合と比べて質量 \(m\) が207倍大きいため、軌道半径は \(1/207\) に縮まることがわかります。また、原子核の電荷 \(Z\) が大きいほど、引力が強まるため半径が小さくなることも示されており、物理的に妥当な結果です。
問 (2)
思考の道筋とポイント
原子のエネルギー準位 \(E_n\) は、粒子の「運動エネルギー \(K\)」と、原子核とのクーロン力による「位置エネルギー \(U\)」の和で与えられます。そのままでは \(v\) と \(r\) という2つの変数が式に含まれてしまいますが、(1)でも用いた円運動の式を使うと、運動エネルギーを軌道半径 \(r\) だけで表すことができます。これにより、全エネルギーを \(r\) のみの関数としてシンプルに表現し、(1)で求めた \(r_n\) の式を代入することで、エネルギー準位 \(E_n\) を求めます。
具体的な解説と立式
中間子のエネルギー \(E\) は、運動エネルギー \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) と、原子核(電荷 \(+Ze\))からのクーロン力による位置エネルギー \(U = -k\displaystyle\frac{Ze^2}{r}\) の和です。
$$E = K + U = \frac{1}{2}mv^2 – k\frac{Ze^2}{r} \quad \cdots ⑥$$
ここで、円運動の式① \(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = k\displaystyle\frac{Ze^2}{r^2}\) の両辺に \(\displaystyle\frac{r}{2}\) を掛けると、
$$\frac{1}{2}mv^2 = \frac{1}{2} k\frac{Ze^2}{r}$$
これは、運動エネルギー \(K\) が、位置エネルギーの大きさ \(|U|\) のちょうど半分に等しいという、重要な関係を示しています。
この関係を式⑥に代入すると、
$$E = \frac{1}{2} k\frac{Ze^2}{r} – k\frac{Ze^2}{r} = -\frac{1}{2} k\frac{Ze^2}{r} \quad \cdots ⑦$$
これで、エネルギーを \(r\) だけで表せました。この式⑦に、(1)で導出した軌道半径の一般式 \(r_n = \displaystyle\frac{n^2h^2}{4\pi^2 k e^2 m Z}\) を代入します。
使用した物理公式
- 全エネルギー E = 運動エネルギー K + 位置エネルギー U
- 円運動の式から導かれる関係 \(K = |U|/2\)
式⑦に \(r_n\) を代入します。
$$E_n = -\frac{1}{2} kZe^2 \cdot \frac{1}{r_n} = -\frac{kZe^2}{2} \cdot \frac{4\pi^2 k e^2 m Z}{n^2h^2}$$
$$E_n = -\frac{2\pi^2 k^2 e^4 m Z^2}{n^2h^2} \quad \cdots ⑧$$
これが中間子原子のエネルギー準位の一般式です。
次に、水素原子のエネルギー準位 \(E_{nH}\) と比較します。\(E_{nH}\) は、式⑧で \(Z=1, m=m_e\) とした場合なので、
$$E_{nH} = -\frac{2\pi^2 k^2 e^4 m_e}{n^2h^2} \quad \cdots ⑨$$
式⑧と式⑨の比をとると、
$$\frac{E_n}{E_{nH}} = \frac{-\frac{2\pi^2 k^2 e^4 m Z^2}{n^2h^2}}{-\frac{2\pi^2 k^2 e^4 m_e}{n^2h^2}} = \frac{mZ^2}{m_e}$$
よって、
$$E_n = \frac{m}{m_e}Z^2 E_{nH}$$
問題の条件 \(m=207m_e\) を代入して、
$$E_n = 207Z^2 E_{nH}$$
原子のエネルギーは、「動き回るエネルギー(運動エネルギー)」と「原子核に束縛されているエネルギー(位置エネルギー)」の合計です。面白いことに、円運動の式を使うと、全エネルギーは「位置エネルギーの半分」というシンプルな形になります。この式に、(1)で求めた軌道半径 \(r_n\) を代入すれば、エネルギー準位 \(E_n\) が求まります。最後に、その結果が水素原子の場合と比べて何倍になっているかを計算します。
中間子原子のエネルギー準位は \(E_n = 207Z^2 E_{nH}\) となります。エネルギーは負の値であり、その絶対値(束縛エネルギー)は、質量 \(m\) に比例し、原子番号 \(Z\) の2乗に比例して非常に大きくなることがわかります。中間子は電子よりずっと重く、原子核に強く束縛されるため、そのエネルギー準位は非常に深くなる、という物理的イメージと合致しています。
問 (3)
思考の道筋とポイント
原子がエネルギーの高い状態から低い状態へ移る(遷移する)とき、そのエネルギー差に等しいエネルギーを持つ光子を放出します。光子のエネルギーは \(h\nu = hc/\lambda\) で与えられます。
ここで重要なのは「励起状態」の数え方です。基底状態が \(n=1\)、第1励起状態が \(n=2\)、第2励起状態が \(n=3\)、そして第3励起状態は \(n=4\) となります。この対応を間違えないようにしましょう。
あとは、(2)で求めたエネルギー準位の関係式を使って、中間子原子と水素原子のエネルギー差を比較し、波長の関係を導きます。
具体的な解説と立式
光子のエネルギーと原子のエネルギー準位の差の関係は、
$$h\frac{c}{\lambda} = E_{\text{遷移前}} – E_{\text{遷移後}}$$
です。
今回の遷移は「第3励起状態 (\(n=4\))」から「第2励起状態 (\(n=3\))」への遷移です。
- 中間子原子の場合:
放出される光の波長を \(\lambda\) とすると、
$$h\frac{c}{\lambda} = E_4 – E_3 \quad \cdots ⑩$$ - 水素原子の場合:
放出される光の波長を \(\lambda_H\) とすると、
$$h\frac{c}{\lambda_H} = E_{4H} – E_{3H} \quad \cdots ⑪$$
ここで、(2)で導いた関係式 \(E_n = 207Z^2 E_{nH}\) を使います。この関係は任意の \(n\) で成り立つので、
$$E_4 = 207Z^2 E_{4H} \quad \text{かつ} \quad E_3 = 207Z^2 E_{3H}$$
となります。したがって、エネルギー差は、
$$E_4 – E_3 = 207Z^2(E_{4H} – E_{3H})$$
この式の左辺に⑩を、右辺の括弧の中に⑪を代入します。
使用した物理公式
- 振動数条件: \(h\nu = h\displaystyle\frac{c}{\lambda} = E_{n_1} – E_{n_2}\)
- 励起状態の定義: 第k励起状態は量子数 n = k+1
エネルギー差の関係式に、式⑩と⑪を代入します。
$$h\frac{c}{\lambda} = 207Z^2 \left( h\frac{c}{\lambda_H} \right)$$
両辺にある共通の \(hc\) を消去すると、
$$\frac{1}{\lambda} = \frac{207Z^2}{\lambda_H}$$
これを \(\lambda\) について解くと、
$$\lambda = \frac{1}{207Z^2}\lambda_H$$
放出される光の波長は、エネルギー準位の「段差」の大きさで決まります。段差が大きいほど、エネルギーの大きい(=波長の短い)光が出ます。(2)の結果から、中間子原子のエネルギー準位の「目盛り」は、水素原子に比べて \(207Z^2\) 倍も大きいことがわかっています。したがって、同じ \(n=4 \rightarrow 3\) という遷移でも、その「段差」は \(207Z^2\) 倍になります。エネルギーが \(207Z^2\) 倍になるということは、波長はその逆数である \(1/(207Z^2)\) 倍になる、ということです。
放出される光の波長は \(\lambda = \displaystyle\frac{1}{207Z^2}\lambda_H\) となります。中間子原子のエネルギー準位の間隔は、水素原子よりもはるかに広いため、放出される光子のエネルギーは非常に大きく、波長は非常に短くなります。これはX線の領域に相当し、実際にこのような中間子X線は素粒子・原子核物理学の研究に用いられています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- ボーア模型の2本柱: 原子構造は、粒子としての側面に注目した「円運動の式」と、波としての側面に注目した「量子条件」という、2つの基本法則の連立によって解明されることを理解するのが最も重要です。
- エネルギー準位と光子の放出: 原子内の粒子がエネルギー準位を移る(遷移する)とき、その準位差に等しいエネルギーの光子を放出または吸収します (\(h\nu = \Delta E\))。これは原子スペクトルの謎を解いた画期的な考え方です。
- 物理法則の普遍性: 上記の法則は、電子だけでなく、異なる質量を持つ「中間子」のような粒子にも適用できる普遍的なものです。この問題を通じて、その一般性を体感できます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
- 水素様原子の問題: 電子が1個だけ残ったイオン、例えば He\(^+\) (\(Z=2\)) や Li\(^{++}\) (\(Z=3\)) のエネルギー準位やスペクトルを計算する問題に、この解法がそのまま使えます。原子番号Zの部分を変えるだけで対応可能です。
- スケーリング則の理解: 物理量が基本パラメータ(この問題では質量 \(m\) や原子番号 \(Z\))の変化によってどのように変わるか(スケーリングするか)を考察する力は、物理学全般で非常に重要です。この問題で導いた半径 \(r_n \propto 1/(mZ)\) やエネルギー \(E_n \propto mZ^2\) といった関係は、様々な状況を素早く予測するのに役立ちます。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 基本構成要素の確認: 「中心の粒子の電荷は何か?」「周回する粒子の電荷と質量は何か?」を最初に特定します。
- 2本の柱を立てる: 何はともあれ「円運動の式」と「量子条件」を書き下すことから始めます。これが全ての出発点です。
- 比較対象を意識する: 問題が「水素原子の〇〇で表せ」と要求している場合、まず求めたい物理量(半径やエネルギー)の一般式を導出し、その後に水素原子の場合の式と比較する、という2段階で考えると明快です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- ミス: 「第n励起状態」と「量子数n」の対応を間違える。
- 現象: 第3励起状態を \(n=3\) と早とちりしてしまう。
- 対策: 「基底状態がn=1」としっかり覚え、「第1励起状態 = 基底状態から1つ励起した状態」なので「n=2」と、一つずつ対応を確認する癖をつけましょう。第k励起状態は量子数 n = k+1 です。
- ミス: 水素原子の公式を丸暗記していて、質量や原子番号が変わった場合に対応できない。
- 現象: \(r_n \propto n^2\), \(E_n \propto 1/n^2\) という比例関係だけを覚えていて、比例定数に何が含まれるかを理解していない。
- 対策: 結果の公式だけでなく、その導出過程を自分の手で再現できるようにしておくことが根本的な対策です。円運動の式と量子条件から出発すれば、どんな状況でも怖くありません。
- 誤解: クーロン力による位置エネルギーの符号を間違える。
- 現象: 引力の場合の位置エネルギーが負になることを忘れてしまう。
- 対策: 正の原子核と負の粒子の間には引力が働きます。引力による束縛状態の位置エネルギーは、無限遠を基準(0)とすると、必ず負の値になります。これは万有引力の場合と同じです。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 質量の効果をイメージする: 電子を惑星、原子核を太陽とする太陽系のようなモデルを思い浮かべると良いでしょう。中間子は、電子という惑星より207倍も重い惑星です。同じように(同じ量子数で)公転させようとすると、重い惑星は太陽(原子核)のすぐ近くを、ものすごい速さで周回し、より強く太陽に引かれている(束縛エネルギーが大きい)イメージを持つと、計算結果と物理的直感が一致します。
- スケーリング則を図解する: 軌道半径が \(r_n \propto \frac{n^2}{mZ}\)、エネルギー準位が \(E_n \propto -mZ^2 \frac{1}{n^2}\) となる関係を図で表現してみましょう。横軸に \(n\)、縦軸に \(E_n\) をとったエネルギー準位図を描く際に、\(m\) や \(Z\) が大きくなると、準位全体が下に大きく下がり、準位間の間隔も広がる様子を視覚的に捉えることができます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 円運動の式 \(m\frac{v^2}{r} = k\frac{Ze^2}{r^2}\):
- 選定理由: 問題文に「円軌道を描いて回っている」とあるため。これは、粒子がクーロン力を向心力として等速円運動しているという物理モデルを数式で表現するために選択します。
- 適用根拠: 粒子としての中間子の運動を、古典力学の法則で記述しています。
- 量子条件 \(2\pi r = n \frac{h}{mv}\):
- 選定理由: 古典力学だけでは、なぜ軌道がとびとびの値しかとれないのかを説明できません。そこで、中間子を波と考え、その波が軌道上で安定に存在する条件(定常波の条件)を課すために、この公式を選択します。
- 適用根拠: ド・ブロイの物質波の考え方に基づき、原子構造に量子的な制約を導入しています。
- 振動数条件 \(h\frac{c}{\lambda} = E_A – E_B\):
- 選定理由: (3)で「光を放出する」という現象を扱うため。原子からの光の放出は、エネルギー準位の差が光子1個のエネルギーに変換されるという量子論の基本原理に基づきます。この現象を記述するために、この公式を選択します。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 問題設定の把握: 通常の水素原子との違い(質量が \(m=207m_e\)、原子核の電荷が \(+Ze\))を明確にする。
- 基本の連立方程式を立てる: 未知数 \(r, v\) に対し、円運動の式と量子条件の2式を書き下す。
- 軌道半径 \(r_n\) の導出: 2式から \(v\) を消去し、\(r_n\) の一般式を \(n, Z, m\) で表す。
- 水素原子 \(a_1\) との比較: \(r_n\) の一般式と \(a_1\) の定義式を見比べ、(1)の答えを導出する。
- エネルギー \(E_n\) の導出: \(E=K+U\) の式を、円運動の式を使って \(r\) だけの式に変換し、求めた \(r_n\) を代入して \(E_n\) の一般式を導出する。
- 水素原子 \(E_{nH}\) との比較: \(E_n\) の一般式と \(E_{nH}\) の定義式を見比べ、(2)の答えを導出する。
- 光の波長 \(\lambda\) の導出: 「第3励起→第2励起」を「\(n=4 \rightarrow n=3\)」に正しく変換し、振動数条件の式を立てる。(2)で求めたエネルギーの関係を使い、(3)の答えを導出する。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式の丁寧な整理: この問題では \(m, m_e, Z, n, h, k, e, \pi\) など多くの文字が登場します。どの変数を残し、どの変数を置き換えるのかを意識しながら、一行一行、丁寧に式変形を行いましょう。
- 分数の計算: 特にエネルギー準位の式を導出する際、分数の分母にさらに分数が来るなど、複雑な計算になります。分数の割り算は逆数を掛ける、など基本に忠実に計算しましょう。
- 比較の際の工夫: \(r_n\) と \(a_1\) を比較する際、\(r_n = \frac{n^2 m_e}{mZ} a_1\) のように、共通部分(\(a_1\))と異なる部分(係数)が明確になるように式を整理すると、関係性が一目でわかり、ミスが減ります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 定性的な予測との一致確認:
- 質量 \(m\) が大きいと引力に対して慣性が大きくなると思いきや、量子条件から半径は小さく(\(r \propto 1/m\))、束縛エネルギーは大きく(\(|E| \propto m\))なりました。この非古典的な結果が、量子論の面白さです。
- 原子番号 \(Z\) が大きい(原子核の引力が強い)と、半径は小さく(\(r \propto 1/Z\))、束縛エネルギーは大きく(\(|E| \propto Z^2\))なるはずです。この直感と計算結果が合っているかを確認しましょう。
- 極端な条件での検討:
- もし、中間子の質量が電子と同じ (\(m=m_e\))で、原子番号が1 (\(Z=1\)) なら、当然ながら水素原子そのものになるはずです。導出した式に \(m=m_e, Z=1\) を代入すると、\(r_n = n^2 a_1\), \(E_n = E_{nH}\) となり、矛盾がないことが確かめられます。
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