問題61 (東京大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、気体の熱膨張を利用して水をくみ上げる装置の動作サイクルを熱力学的に解析するものです。円柱内の単原子理想気体の状態が、水の注入、加熱による膨張、排水、冷却による収縮を経て、元の状態に戻る一連の過程を追います。各状態(I, II, III, IV)における気体の圧力や温度、そして各状態変化の間に気体がする仕事や吸収する熱量を求めることが中心となります。ピストンの質量は無視できますが、水の重さや大気圧の影響を考慮する必要があります。
- 装置:気体の熱膨張を利用した揚水装置。
- 気体:円柱内の単原子分子の理想気体。
- 初期状態 (状態I):気体の高さ \(a\)、外気と等しい絶対温度 \(T_0\)。ピストンの上に深さ \(b\) の水があり、つり合っている。
- 操作サイクル:
- 状態I → 状態II:注水口Cを閉じ気体を加熱、水面がゆっくり上昇し、高さ \(h\) の排水口Dに達する。
- 状態II → 状態III:さらに加熱し水がDからあふれ出し、ピストンがDに達して排水終了。
- 状態III → 状態IV:加熱を止めると気体が冷え、ピストンが下がり排水口Cに達する。
- 状態IV → 状態I:Cを開くと水が注入され、状態Iに戻る。
- 定数:外気の圧力 \(p_0\)、外気の絶対温度 \(T_0\)、円柱の断面積 \(S\)、水の密度 \(\rho\)、重力加速度 \(g\)。
- ピストンの重さは無視できる。
- (1) 状態I, II, III, IVでの気体の圧力 \(p_1, p_2, p_3, p_4\) および状態II, III, IVでの絶対温度 \(T_2, T_3, T_4\)。
- (2) 状態IからIIまでの間に気体がする仕事 \(W_1\) と吸収する熱量 \(Q_1\)。
- (3) 状態IIからIIIまでの間に気体がする仕事 \(W_2\) と吸収する熱量 \(Q_2\)。
- (4) \(I \rightarrow II \rightarrow III \rightarrow IV \rightarrow I\) の一巡で、気体がする仕事 \(W\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題は、熱力学的なサイクルを構成する各過程での気体の状態変化を、力のつり合い、状態方程式、熱力学第一法則を駆使して定量的に評価するものです。特に、ピストンの上に乗る水の量が変化することによる圧力の変化や、定圧ではない過程での仕事の計算がポイントとなります。一つ一つの状態と過程を丁寧に見ていきましょう。
問 (1)
思考の道筋とポイント
各状態における気体の圧力を求めるには、ピストン(およびその上の水)に働く力のつり合いを考えます。ピストンの質量は無視できるため、気体がピストンを押し上げる力と、大気圧および水の重さ(存在する場合)がピストンを押し下げる力の合計がつり合います。
各状態における気体の体積は、図から円柱の断面積 \(S\) と気体部分の高さを用いて求めます。
圧力が求まれば、初期状態(状態I)の温度が \(T_0\) であることと、理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\) を利用して、各状態の温度を \(T_0\) を基準として表すことができます。物質量 \(n\) はサイクルを通じて一定です。
この設問における重要なポイント
- 各状態でのピストン(及び水柱)の力のつり合いを正確に立式する。
- 各状態での気体の体積を、図に示された高さ \(a, b, h\) と断面積 \(S\) から正しく求める。
- 理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\) を用い、基準となる状態Iと比較して各状態の温度を導出する。
- 状態I→II、状態III→IVの変化は、模範解答の記述から定圧変化として扱われていることを読み取る。
具体的な解説と立式
気体の物質量を \(n\)、気体定数を \(R\) とします。
状態I:
気体の高さは \(a\)。ピストンの上に深さ \(b\) の水がある。
力のつり合い: \(p_1S = p_0S + (\rho Sb)g\)
よって、気体の圧力 \(p_1\) は、
$$p_1 = p_0 + \rho bg \quad \cdots ①$$
気体の体積 \(V_1 = Sa\)。
気体の温度 \(T_1 = T_0\)。
状態方程式より、\((p_0+\rho bg)Sa = nRT_0 \quad \cdots ②\) が成り立ちます。この式は後で \(nR\) を消去するのに使います。
状態II:
水面が排水口D(高さ \(h\))に達する。状態IからIIへはゆっくり水面が上昇し、ピストンの上の水の深さは \(b\) で一定なので、この間の気体の圧力は \(p_1\) で一定、つまり定圧変化です。
気体の圧力 \(p_2\) は、
$$p_2 = p_1 = p_0 + \rho bg \quad \cdots ③$$
気体の高さは \(a+h\)。気体の体積 \(V_2 = S(a+h)\)。
気体の温度を \(T_2\) とすると、状態方程式より \(p_2V_2 = nRT_2\)。
$$(p_0+\rho bg)S(a+h) = nRT_2 \quad \cdots ④$$
状態III:
ピストンがDに達し排水終了。ピストンの上には水がない。
力のつり合い: \(p_3S = p_0S\)
よって、気体の圧力 \(p_3\) は、
$$p_3 = p_0 \quad \cdots ⑤$$
気体の高さは \(a+h+b\)。気体の体積 \(V_3 = S(a+h+b)\)。
気体の温度を \(T_3\) とすると、状態方程式より \(p_3V_3 = nRT_3\)。
$$p_0S(a+h+b) = nRT_3 \quad \cdots ⑥$$
状態IV:
ピストンが注水口Cに達する。ピストンの上には水がない状態でピストンが下がるので、この間の気体の圧力は \(p_3\) で一定、つまり定圧変化です。
気体の圧力 \(p_4\) は、
$$p_4 = p_3 = p_0 \quad \cdots ⑦$$
気体の高さは \(a+b\)。気体の体積 \(V_4 = S(a+b)\)。
気体の温度を \(T_4\) とすると、状態方程式より \(p_4V_4 = nRT_4\)。
$$p_0S(a+b) = nRT_4 \quad \cdots ⑧$$
次に、\(T_2, T_3, T_4\) を \(T_0\) を用いて表します。式②より \(nR = \displaystyle\frac{(p_0+\rho bg)Sa}{T_0}\) です。
使用した物理公式
- 力のつり合い: \(F_{\text{上向き}} = F_{\text{下向き}}\)
- 理想気体の状態方程式: \(pV = nRT\)
圧力のまとめ:
$$p_1 = p_0 + \rho bg$$$$p_2 = p_0 + \rho bg$$$$p_3 = p_0$$
$$p_4 = p_0$$
温度の計算:
\(nR = \displaystyle\frac{(p_0+\rho bg)Sa}{T_0}\) を用います。
温度 \(T_2\):
式④ \( (p_0+\rho bg)S(a+h) = nRT_2 \) より、
$$T_2 = \frac{(p_0+\rho bg)S(a+h)}{nR} = \frac{(p_0+\rho bg)S(a+h)}{\frac{(p_0+\rho bg)Sa}{T_0}}$$
\((p_0+\rho bg)S\) を約分すると、
$$T_2 = \frac{a+h}{a}T_0 \quad \cdots ⑨$$
温度 \(T_3\):
式⑥ \( p_0S(a+h+b) = nRT_3 \) より、
$$T_3 = \frac{p_0S(a+h+b)}{nR} = \frac{p_0S(a+h+b)}{\frac{(p_0+\rho bg)Sa}{T_0}}$$
\(S\) を約分すると、
$$T_3 = \frac{p_0(a+h+b)}{(p_0+\rho bg)a}T_0 \quad \cdots ⑩$$
温度 \(T_4\):
式⑧ \( p_0S(a+b) = nRT_4 \) より、
$$T_4 = \frac{p_0S(a+b)}{nR} = \frac{p_0S(a+b)}{\frac{(p_0+\rho bg)Sa}{T_0}}$$
\(S\) を約分すると、
$$T_4 = \frac{p_0(a+b)}{(p_0+\rho bg)a}T_0 \quad \cdots ⑪$$
まず、それぞれの状態でピストン(とその上の水)が静止しているので、ピストンにかかる上下の力がつり合っていると考えます。これにより、シリンダー内の気体の圧力がわかります。次に、図から気体が入っている部分の高さを読み取り、断面積を掛けて気体の体積を求めます。圧力と体積がわかったら、最初の状態(状態I)の温度が \(T_0\) であることを基準にして、理想気体の状態方程式(\(pV=nRT\))を使い、他の状態での気体の温度を計算します。「気体の量(物質量 \(n\))」と「気体定数 \(R\)」は変化しないので、これらをひとまとめにして消去するように式を立てると計算がスムーズです。
各状態での圧力と温度は以下の通りです。
圧力:
\(p_1 = p_0 + \rho bg\)
\(p_2 = p_0 + \rho bg\)
\(p_3 = p_0\)
\(p_4 = p_0\)
温度:
\(T_2 = \displaystyle\frac{a+h}{a}T_0\)
\(T_3 = \displaystyle\frac{p_0(a+h+b)}{(p_0+\rho bg)a}T_0\)
\(T_4 = \displaystyle\frac{p_0(a+b)}{(p_0+\rho bg)a}T_0\)
これらの結果について吟味します。
圧力:状態IとIIでは水深 \(b\) の水が乗っているので大気圧より \(\rho bg\) だけ高く、状態IIIとIVでは水がないので大気圧に等しくなっています。これは物理的に妥当です。
温度:状態I→IIは定圧膨張(\(a \rightarrow a+h\))なので、\(T_2 > T_0\) となります(\(\frac{a+h}{a} > 1\))。その他の温度も、各状態の \(pV\) 積に比例する形で表されており、矛盾はありません。
圧力: \(p_1 = p_0 + \rho bg\), \(p_2 = p_0 + \rho bg\), \(p_3 = p_0\), \(p_4 = p_0\)
温度: \(T_2 = \displaystyle\frac{a+h}{a}T_0\), \(T_3 = \displaystyle\frac{p_0(a+h+b)}{(p_0+\rho bg)a}T_0\), \(T_4 = \displaystyle\frac{p_0(a+b)}{(p_0+\rho bg)a}T_0\)
問 (2)
思考の道筋とポイント
状態Iから状態IIへの変化は、問(1)で確認したように圧力 \(p_1 = p_0+\rho bg\) で一定の定圧変化です。
定圧変化で気体がする仕事 \(W_1\) は、\(W_1 = p_1 \Delta V\) で計算できます。体積変化 \(\Delta V\) は \(V_2 – V_1 = S(a+h) – Sa = Sh\) です。
気体が吸収する熱量 \(Q_1\) は、定圧モル比熱 \(C_P\) を用いて \(Q_1 = nC_P \Delta T\) で計算できます。単原子分子の理想気体なので、\(C_P = \frac{5}{2}R\) です。温度変化 \(\Delta T\) は \(T_2 – T_1 = T_2 – T_0\) です。\(nRT_0\) や \(nRT_2\) は、それぞれ状態Iおよび状態IIでの \(pV\) 積で置き換えることができます。
この設問における重要なポイント
- 状態Iから状態IIへの変化が定圧変化であることを利用する。
- 定圧変化における仕事の公式 \(W = p\Delta V\) を適用する。
- 定圧変化における熱量の公式 \(Q = nC_P\Delta T\) を適用する。単原子分子理想気体の場合、\(C_P = \frac{5}{2}R\)。
- \(nR\Delta T\) を \(p\Delta V\) の形で表すことができる(\(p\Delta V = nR\Delta T\) for 定圧変化)。
具体的な解説と立式
状態Iから状態IIへの変化は、圧力 \(p_1 = p_0 + \rho bg\) で一定の定圧変化です。
気体の体積変化 \(\Delta V_1\) は、
$$\Delta V_1 = V_2 – V_1 = S(a+h) – Sa = Sh$$気体がする仕事 \(W_1\) は、$$W_1 = p_1 \Delta V_1 \quad \cdots ⑫$$
気体の温度変化 \(\Delta T_1\) は \(T_2 – T_1 = T_2 – T_0\)。
問(1)の式⑨より \(T_2 = \displaystyle\frac{a+h}{a}T_0\) なので、
$$\Delta T_1 = \frac{a+h}{a}T_0 – T_0 = \left(\frac{a+h-a}{a}\right)T_0 = \frac{h}{a}T_0$$吸収する熱量 \(Q_1\) は、単原子分子理想気体の定圧モル比熱 \(C_P = \displaystyle\frac{5}{2}R\) を用いて、$$Q_1 = nC_P \Delta T_1 = n \cdot \frac{5}{2}R \Delta T_1 \quad \cdots ⑬$$
使用した物理公式
- 仕事(定圧変化): \(W = p\Delta V\)
- 熱量(定圧変化): \(Q = nC_P\Delta T\)
- 単原子分子理想気体の定圧モル比熱: \(C_P = \frac{5}{2}R\)
- 理想気体の状態方程式 ( \(nR\Delta T = p\Delta V\) for 定圧変化)
仕事 \(W_1\):
式⑫に \(p_1 = p_0 + \rho bg\) と \(\Delta V_1 = Sh\) を代入します。
$$W_1 = (p_0 + \rho bg)Sh \quad \cdots ⑭$$
熱量 \(Q_1\):
式⑬に代入します。ここで、\(nR\Delta T_1 = nR \cdot \displaystyle\frac{h}{a}T_0\)。
問(1)の式② \((p_0+\rho bg)Sa = nRT_0\) を使うと、\(nR\Delta T_1 = \displaystyle\frac{h}{a} (nRT_0) = \frac{h}{a} (p_0+\rho bg)Sa = (p_0+\rho bg)Sh\)。
これは \(W_1\) に等しいです。
したがって、式⑬は、
$$Q_1 = \frac{5}{2} (nR\Delta T_1) = \frac{5}{2} W_1$$
$$Q_1 = \frac{5}{2}(p_0 + \rho bg)Sh \quad \cdots ⑮$$
状態IからIIへは、気体の圧力が一定のまま体積が増える変化です(これを定圧膨張といいます)。このとき気体がする仕事は、単純に「圧力 × 体積の増加分」で計算できます。
気体が吸収する熱量は、単原子の理想気体の場合、「\(\frac{5}{2} \times (\text{物質量}) \times (\text{気体定数}) \times (\text{温度の上昇分})\)」で計算できます。また、この熱量と仕事の間には、「吸収した熱量 = 内部エネルギーの増加分 + した仕事」という関係(熱力学第一法則)も成り立っています。
気体がする仕事は \(W_1 = (p_0 + \rho bg)Sh\) です。
気体が吸収する熱量は \(Q_1 = \displaystyle\frac{5}{2}(p_0 + \rho bg)Sh\) です。
体積が増加しているので \(W_1 > 0\)(気体は正の仕事をする)。温度も上昇し(\(T_2 > T_0\))、体積も増加しているので、内部エネルギーも増加し、外部に仕事もしています。そのため、外部から熱を吸収する必要があり \(Q_1 > 0\) です。これらの符号は物理的に妥当です。
また、単原子理想気体の定圧変化では、吸収した熱量 \(Q_1\) のうち \(\frac{3}{5}Q_1\) が内部エネルギー増加に、\(\frac{2}{5}Q_1\) が仕事に使われます (\(W_1 = nR\Delta T_1\), \(Q_1 = \frac{5}{2}nR\Delta T_1\))。したがって \(Q_1 = \frac{5}{2}W_1\) の関係は正しいです。
問 (3)
思考の道筋とポイント
状態IIから状態IIIへの変化では、水が排水口Dからあふれ出しながらピストンがDに達するまで上昇します。この過程では、ピストンの上の水の深さが \(b\) から \(0\) へと連続的に変化するため、気体の圧力も \(p_2 = p_0+\rho bg\) から \(p_3 = p_0\) へと連続的に変化します。これは定圧変化ではありません。
気体がする仕事 \(W_2\) は、主に以下の二つの方法で考えることができます。
- \(p-V\)グラフの利用: 気体の圧力 \(p\) が体積 \(V\) の関数としてどのように変化するかを求めます。この変化が \(p-V\) グラフ上で直線になることを示し、仕事 \(W_2\) を台形の面積として計算します。
- エネルギー保存則の観点(別解): 気体がした仕事 \(W_2\) が、ピストンの上にあった水のポテンシャルエネルギーの増加と、大気圧に逆らってした仕事の和に等しいと考えます。
気体が吸収する熱量 \(Q_2\) は、仕事 \(W_2\) が求まった後、熱力学第一法則 \(\Delta U_2 = Q_2 – W_2\) を利用して \(Q_2 = \Delta U_2 + W_2\) として求めます。内部エネルギー変化 \(\Delta U_2 = \frac{3}{2}nR(T_3 – T_2)\) は、各状態の \(p, V\) を用いて \(\frac{3}{2}(p_3V_3 – p_2V_2)\) と計算できます。
この設問における重要なポイント
- 状態IIから状態IIIへの変化が定圧変化ではないことを理解する。
- 仕事 \(W_2\) を求める複数のアプローチ(\(p-V\)グラフの面積、エネルギー保存)を理解する。
- 気体の圧力が、ピストンの位置(または気体の体積)の関数としてどのように変化するかを正確に導出する。
- 熱量 \(Q_2\) は熱力学第一法則を用いて計算する。
具体的な解説と立式 (主たる解法:\(p-V\)グラフの利用)
状態IIからピストンが \(x\) だけ上昇したとき(\(0 \le x \le b\)、ここで \(x\) は状態IIのピストン位置からの上昇距離)、ピストンの上の水の深さは \(b-x\) となります。
このときの気体の圧力 \(P(x)\) は、力のつり合い \(P(x)S = p_0S + \rho S(b-x)g\) より、
$$P(x) = p_0 + \rho g(b-x) \quad \cdots ⑯$$このときの気体の体積 \(V(x)\) は、状態IIの体積 \(V_2 = S(a+h)\) から \(Sx\) だけ増加するので、$$V(x) = S(a+h+x) \quad \cdots ⑰$$
式⑰より \(x = \frac{V(x)}{S} – (a+h)\)。これを式⑯に代入すると、
\(P(V) = p_0 + \rho g\left(b – \left(\frac{V}{S} – (a+h)\right)\right) = p_0 + \rho gb – \frac{\rho g}{S}V + \rho g(a+h)\)。
これは \(P\) が \(V\) の1次関数 (\(P = -\frac{\rho g}{S}V + \text{const.}\)) であることを示し、\(p-V\)グラフは直線になります。
始点(状態II): \(p_2 = p_0 + \rho gb\), \(V_2 = S(a+h)\)
終点(状態III): \(p_3 = p_0\), \(V_3 = S(a+h+b)\)
体積変化 \(\Delta V_2 = V_3 – V_2 = S(a+h+b) – S(a+h) = Sb\)。
仕事 \(W_2\) は、この間の \(p-V\)グラフと \(V\)軸で囲まれた台形の面積なので、
$$W_2 = \frac{p_2+p_3}{2}\Delta V_2 \quad \cdots ⑱$$
式⑱に \(p_2 = p_0 + \rho gb\), \(p_3 = p_0\), \(\Delta V_2 = Sb\) を代入します。
$$W_2 = \frac{(p_0+\rho gb) + p_0}{2}(Sb) = \frac{2p_0+\rho gb}{2}Sb$$
$$W_2 = \left(p_0 + \frac{1}{2}\rho gb\right)Sb \quad \cdots ㉑$$
状態IIからIIIへは、水があふれ出しながらピストンが上がるため、気体の圧力は一定ではありません(水深が減るため、気体が押す力も徐々に減ってよい)。このとき気体がする仕事は、\(p-V\)グラフでこの変化を表したときのグラフの下側の面積に相当します。このグラフは直線(変化が線形なので台形)になるため、その面積を計算することで仕事が求まります。
気体がする仕事は \(W_2 = \left(p_0 + \displaystyle\frac{1}{2}\rho gb\right)Sb\) です。この仕事は、気体が膨張 (\(\Delta V_2 = Sb > 0\)) し、その間の平均圧力が \(\frac{p_2+p_3}{2}\) であることから、常に正の値となります。
別解1: エネルギー保存則に基づく仕事の計算
思考の道筋とポイント (別解1)
気体がした仕事 \(W_2\) は、系全体のエネルギー変化として捉えることができます。具体的には、この過程でピストンの上にあった水が持ち上げられ、その位置エネルギーが増加します。また、気体が膨張することで大気圧に逆らって仕事をする部分もあります。これらを考慮して、気体が供給したエネルギー(=した仕事)を計算します。
具体的な解説と立式 (別解1)
状態IIからIIIにかけて、ピストンの上にあった水(初期の体積 \(Sb\)、質量 \(m_{\text{水}} = \rho Sb\))が徐々に排出されます。このとき、水の重心が実質的に持ち上げられると考えます。初期に深さ \(b\) であった水が、最終的に上面が高さ \(b\) だけ上昇する過程で排出されるので、水の重心は約 \(\frac{b}{2}\) だけ上昇したと見なせます。
- 水のポテンシャルエネルギーの増加:質量 \(\rho Sb\) の水全体の重心が \(\frac{b}{2}\) 上昇することによるエネルギー増加は、\((\rho Sb)g \cdot \frac{b}{2} = \frac{1}{2}\rho Sgb^2\)。
- 大気圧に対する仕事:気体の体積が \(V_2 = S(a+h)\) から \(V_3 = S(a+h+b)\) へと \(Sb\) だけ増加します。この膨張により、大気圧 \(p_0\) に逆らってする仕事は \(p_0 (Sb)\)。
気体がした仕事 \(W_2\) は、これらの和と考えられます。
$$W_2 = (\text{水のポテンシャルエネルギー増加}) + (\text{大気への仕事})$$
$$W_2 = \frac{1}{2}\rho Sgb^2 + p_0Sb \quad \cdots (別解1-1)$$
式 (別解1-1) を整理すると、
$$W_2 = \left(p_0 + \frac{1}{2}\rho gb\right)Sb$$
これは、\(p-V\)グラフの面積から求めた式㉑と完全に一致します。
この別解は、気体がした仕事が具体的に何に使われたか(水を持ち上げるエネルギー、大気を押しのけるエネルギー)という物理的な内訳を示しており、理解を助けます。結果が主たる解法と一致することからも、その妥当性が確認できます。
具体的な解説と立式 (熱量 \(Q_2\))
熱力学第一法則 \(\Delta U_2 = Q_2 – W_2\) より、\(Q_2 = \Delta U_2 + W_2\)。
内部エネルギー変化 \(\Delta U_2 = \frac{3}{2}nR(T_3-T_2)\)。
ここで、\(nRT_3 = p_3V_3 = p_0S(a+h+b)\) (問(1)式⑥より)
また、\(nRT_2 = p_2V_2 = (p_0+\rho bg)S(a+h)\) (問(1)式④より)
よって、
$$\Delta U_2 = \frac{3}{2}(p_3V_3 – p_2V_2) \quad \cdots ⑲$$したがって、吸収する熱量 \(Q_2\) は、$$Q_2 = \frac{3}{2}(p_3V_3 – p_2V_2) + W_2 \quad \cdots ⑳$$
まず \(\Delta U_2\) を計算します。
\begin{align*} \Delta U_2 &= \frac{3}{2}(p_3V_3 – p_2V_2) \\ &= \frac{3}{2} [p_0 S(a+h+b) – (p_0+\rho bg)S(a+h)] \\ &= \frac{3}{2}S [p_0(a+h+b) – (p_0a+p_0h+\rho bga+\rho bgh)] \\ &= \frac{3}{2}S [p_0a+p_0h+p_0b – p_0a-p_0h-\rho bga-\rho bgh] \\ &= \frac{3}{2}S [p_0b – \rho bg(a+h)] \\ &= \frac{3}{2}Sb [p_0 – \rho g(a+h)] \end{align*}
次に \(Q_2 = \Delta U_2 + W_2\) に代入します。\(W_2 = \left(p_0 + \frac{1}{2}\rho gb\right)Sb\) を用いて、
\begin{align*} Q_2 &= \frac{3}{2}Sb [p_0 – \rho g(a+h)] + \left(p_0 + \frac{1}{2}\rho gb\right)Sb \\ &= Sb \left[ \frac{3}{2}p_0 – \frac{3}{2}\rho g(a+h) + p_0 + \frac{1}{2}\rho gb \right] \\ &= Sb \left[ \frac{5}{2}p_0 – \frac{3}{2}\rho ga – \frac{3}{2}\rho gh + \frac{1}{2}\rho gb \right] \\ &= \frac{Sb}{2} [5p_0 – 3\rho ga – 3\rho gh + \rho gb] \\ &= \frac{Sb}{2} [5p_0 – (3a+3h-b)\rho g] \quad \cdots ㉒ \end{align*}
気体が吸収する熱量は、エネルギー保存の法則(熱力学第一法則)から計算します。まず、気体の内部エネルギーがどれだけ変化したかを、各状態での圧力と体積を使って計算します。そして、この内部エネルギーの変化量に、先ほど計算した気体がした仕事を足し合わせることで、吸収した熱量が求まります。
気体が吸収する熱量は \(Q_2 = \displaystyle\frac{Sb}{2} [5p_0 – (3a+3h-b)\rho g]\) です。
\(Q_2\) の符号は、括弧内の各項のバランスによりますが、一般にピストンを押し上げて水を排出するために気体は加熱されエネルギーを吸収すると考えられます。
問 (4)
思考の道筋とポイント
1サイクル (\(I \rightarrow II \rightarrow III \rightarrow IV \rightarrow I\)) で気体がする全体の仕事 \(W\) を求めます。
これにはいくつかの方法があります。
1. 各過程の仕事の和: \(W = W_1 + W_2 + W_3 + W_4\)。\(W_1\) (I→II) と \(W_2\) (II→III) は既に計算済みです。\(W_3\) (III→IV) と \(W_4\) (IV→I) を計算し、合計します。
過程III→IV: 状態IIIから状態IVへは、ピストンの上に水がない状態でピストンが下がるので、圧力 \(p_3=p_0\) で一定の定圧変化です。体積変化は \(\Delta V_3 = V_4 – V_3 = S(a+b) – S(a+h+b) = -Sh\)。仕事 \(W_3 = p_3 \Delta V_3\)。
過程IV→I: 状態IVから状態Iへは、水が注入されながらピストンが下がるので、圧力は \(p_4=p_0\) から \(p_1=p_0+\rho bg\) へと変化します。この過程も \(p-V\)グラフでは直線になります。仕事 \(W_4\) は台形の面積として計算できます(体積が減少するので仕事は負)。\(W_4 = \frac{p_4+p_1}{2}(V_1-V_4)\)。
2. \(p-V\)グラフで囲まれた面積(別解1): 1サイクルの仕事は、\(p-V\)グラフ上でサイクルが描く閉じたループの面積に等しいです。この問題では、サイクルが平行四辺形を形成することを利用します。
3. 仕事の物理的意味(別解2): この装置は揚水ポンプとして機能します。1サイクル全体で見ると、気体は実質的にある量の水をある高さまで持ち上げる仕事をしています。この「持ち上げた水のポテンシャルエネルギーの増加」が、気体がした正味の仕事に相当すると考えられます。
この設問における重要なポイント
- 1サイクルの仕事は、各過程の仕事の代数和である。
- 1サイクルの仕事は、\(p-V\)グラフ上でサイクルが囲む面積として求められる。
- 各過程がどのような変化(定圧、圧力変化など)であるかを正確に把握し、適切な方法で仕事や熱量を計算する。
具体的な解説と立式 (主たる解法:各過程の仕事の和)
\(W_1 = (p_0 + \rho bg)Sh\) (問(2)より)
\(W_2 = \left(p_0 + \frac{1}{2}\rho gb\right)Sb\) (問(3)より)
過程III \(\rightarrow\) IV: 定圧変化(圧力 \(p_3=p_0\))
体積変化 \(\Delta V_3 = V_4 – V_3 = S(a+b) – S(a+h+b) = -Sh\)
仕事 \(W_3\) は、
$$W_3 = p_3 \Delta V_3 = p_0(-Sh) = -p_0Sh \quad \cdots ㉓$$
過程IV \(\rightarrow\) I: 圧力が \(p_4=p_0\) から \(p_1=p_0+\rho bg\) へ変化。体積が \(V_4=S(a+b)\) から \(V_1=Sa\) へ変化。
体積変化 \(\Delta V_4 = V_1 – V_4 = Sa – S(a+b) = -Sb\)。
この過程は、II \(\rightarrow\) III の過程を逆向きにたどるような圧力変化をする直線と見なせます。
仕事 \(W_4\) は、台形の面積として(ただし体積減少なので負)、
$$W_4 = \frac{p_4+p_1}{2}(V_1-V_4) = \frac{p_0 + (p_0+\rho bg)}{2}(-Sb)$$
$$W_4 = -\frac{2p_0+\rho bg}{2}Sb = -\left(p_0+\frac{1}{2}\rho bg\right)Sb \quad \cdots ㉔$$
1サイクルの全仕事 \(W\) は、
$$W = W_1 + W_2 + W_3 + W_4$$
使用した物理公式
- 仕事 (定圧変化): \(W = p\Delta V\)
- 仕事 (p-Vグラフ上の閉ループが囲む面積)
\begin{align*} W &= W_1 + W_2 + W_3 + W_4 \\ &= (p_0 + \rho bg)Sh + \left(p_0 + \frac{1}{2}\rho gb\right)Sb + (-p_0Sh) + \left(-\left(p_0+\frac{1}{2}\rho bg\right)Sb\right) \\ &= p_0Sh + \rho bgSh + p_0Sb + \frac{1}{2}\rho gb^2S – p_0Sh – p_0Sb – \frac{1}{2}\rho gb^2S \end{align*}
多くの項が打ち消し合います。
\(p_0Sh\) と \(-p_0Sh\) が打ち消し。
\(p_0Sb\) と \(-p_0Sb\) が打ち消し。
\(\frac{1}{2}\rho gb^2S\) と \(-\frac{1}{2}\rho gb^2S\) が打ち消し。
残る項は、
$$W = \rho bgSh \quad \cdots ㉖$$
1サイクルで気体がする全体の仕事は、4つの各段階(I→II、II→III、III→IV、IV→I)で気体がする仕事をすべて足し合わせることで求められます。それぞれの段階での仕事は、圧力が一定なら「圧力×体積変化」、圧力が変化する場合は「\(p-V\)グラフの面積」で計算します。
1サイクルで気体がする仕事 \(W = \rho bgSh\) です。この仕事は正の値であり、サイクル全体として気体は外部に正味の仕事をしたことを意味します。
別解1: \(p-V\)グラフで囲まれた面積
思考の道筋とポイント (別解1)
サイクル I \(\rightarrow\) II \(\rightarrow\) III \(\rightarrow\) IV \(\rightarrow\) I を \(p-V\) グラフに描くと、平行四辺形を形成します。1サイクルで気体がする正味の仕事は、この平行四辺形の面積に等しくなります。
具体的な解説と立式 (別解1)
各状態の圧力と体積は以下の通りです。
状態I: (\(V_1=Sa, p_1=p_0+\rho bg\))
状態II: (\(V_2=S(a+h), p_2=p_0+\rho bg\))
状態III: (\(V_3=S(a+h+b), p_3=p_0\))
状態IV: (\(V_4=S(a+b), p_4=p_0\))
過程I→IIは圧力 \(p_1\) の定圧膨張で、体積増加は \(V_2-V_1 = Sh\)。
過程III→IVは圧力 \(p_3\) の定圧圧縮で、体積変化は \(V_4-V_3 = -Sh\)。
過程II→IIIと過程IV→Iは、圧力が体積の1次関数として変化する直線であり、これらの傾きは等しくなります (\(-\frac{\rho g}{S}\))。
したがって、このサイクルは平行四辺形です。
平行四辺形の「高さ」にあたる圧力差は、\(p_1 – p_3 = (p_0+\rho bg) – p_0 = \rho bg\)。
平行四辺形の「横幅」にあたる体積のずれは、定圧過程での体積変化 \(Sh\) に相当します。
仕事 \(W\) はこの平行四辺形の面積なので、
$$W = (\text{圧力差}) \times (\text{体積変化の幅}) = (\rho bg)(Sh) \quad \cdots ㉕$$
上記立式の通り、\(W = \rho bgSh\)。
\(p-V\)グラフで囲まれる面積が正味の仕事を表すという熱力学の基本原理を用いた解法です。この問題のサイクルが平行四辺形になることを認識できれば、計算は非常に簡潔になります。結果は主たる解法と一致します。
別解2: 揚水ポンプとしての仕事の物理的意味
思考の道筋とポイント (別解2)
この装置は、1サイクルを通じて外部から熱を吸収し、その一部を仕事に変換して水をくみ上げる熱機関と見なせます。1サイクルで気体の状態は元に戻るため、内部エネルギーの変化はありません。したがって、気体がした正味の仕事は、実質的に水を持ち上げるために使われたエネルギーに等しいと考えられます。
具体的な解説と立式 (別解2)
模範解答の解説によれば、「結局のところ、気体は下の水槽から上の水槽へ質量 \(m=\rho Sb\) の水を \(h\) の高さだけ運び上げている」と解釈できます。
ここで、質量 \(m=\rho Sb\) は、状態IIからIIIへ移行する際に排水口Dからあふれ出る水の総量(ピストンが距離 \(b\) だけ上昇する間に排出される水の体積 \(Sb\) に相当)です。
この水は、注水口C(基準となる高さ)から排水口D(高さ \(h\) だけ高い位置)へ実質的に持ち上げられたとみなせます。
したがって、気体がした仕事 \(W\) は、この水を持ち上げるための仕事に等しいと考えられます。
$$W = (\text{持ち上げられた水の質量}) \times g \times (\text{持ち上げられた高さ})$$
$$W = (\rho Sb) g h \quad \cdots (別解2-1)$$
上記立式の通り、\(W = \rho S b g h\)。
この解釈は、装置全体の機能(揚水)に着目したもので、非常に直感的です。結果は他の解法と一致し、その妥当性を示しています。大気圧に対する仕事は、サイクル全体で見ると相殺される部分があるため、正味の仕事は水を持ち上げるという実質的な成果として現れると考えることができます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合い: 各状態でピストン(及びその上の水)が静止していることから、気体の圧力を決定する上で基本となりました。特に水の重さ \(\rho S (\text{水深}) g\) と大気圧 \(p_0S\) を考慮することが重要です。
- 理想気体の状態方程式 (\(pV=nRT\)): 各状態における気体の圧力、体積、温度の関係を結びつけ、未知の温度を算出するのに不可欠でした。
- 熱力学第一法則 (\(\Delta U = Q – W_{\text{した}}\)): 気体のエネルギー収支(内部エネルギー変化、吸収熱量、した仕事)を記述する中心法則です。特に、定圧変化や圧力が変化する過程での熱量を求める際に使用しました。
- 仕事の計算 (\(W\)):
- 定圧変化: \(W=p\Delta V\)。状態I→IIやIII→IVで適用されました。
- 圧力が変化する過程: \(W=\int pdV\)。状態II→IIIやIV→Iでは、\(p-V\)グラフが直線(台形)になるため、その面積として計算できました。
- 1サイクルの仕事: 各過程の仕事の代数和、または \(p-V\)グラフでサイクルが囲む面積として求められます。
- 単原子分子理想気体の性質: 内部エネルギー \(U=\frac{3}{2}nRT\)、定圧モル比熱 \(C_p=\frac{5}{2}R\) が熱量の計算で用いられました。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
- 熱機関のサイクル(カルノーサイクル、オットーサイクル、ディーゼルサイクルなど)の解析。
- ピストンとシリンダーを用いた気体の状態変化と、それに伴う仕事や熱の計算。
- 大気圧や重力が関わる開放系や準静的過程の問題。
- \(p-V\)グラフの解釈と利用(仕事の計算、サイクルの可視化)。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 状態変化の特定: 各過程が定圧、定積、等温、断熱、あるいはそれ以外のどのような変化なのかを問題文や図から正確に読み取る。
- 力のつり合いの確認: ピストンや仕切りが動く場合、どの力が作用し、どのようにつり合っている(または運動している)のかを把握する。
- \(p-V\)グラフの活用: 可能であれば、状態変化の過程を \(p-V\)グラフに図示してみる。仕事の正負や大きさが視覚的に理解しやすくなる。特にサイクル問題では囲む面積が正味の仕事を表す。
- エネルギー保存則(熱力学第一法則)の適用: どのような変化であっても、エネルギー保存則は成り立つ。これを軸に未知数を求めていく。
- 問題解決のヒントや、特に注意すべき点は何か:
- 「ゆっくり」という記述は、多くの場合、力のつり合いが保たれながら変化する準静的過程を示唆し、途中の状態も定義しやすい。
- ピストンの上に液体がある場合、液体の深さが変わると気体の圧力が変化することに注意する。
- 1サイクルで気体の状態が元に戻る場合、内部エネルギーの変化はゼロ (\(\Delta U_{\text{cycle}}=0\)) である。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 圧力の計算ミス:
- 現象: 大気圧の考慮漏れ、水の重さによる圧力 (\(\rho gh\)) の計算ミス、力のつり合いの式の立て間違い。
- 対策: ピストンに働くすべての力を図示し、向きに注意して力のつり合いの式を立てる。水圧は深さに比例することを再確認する。
- 仕事の符号と計算方法の誤り:
- 現象: 気体が「する仕事」か「される仕事」か、膨張か圧縮かによる符号の取り違え。定圧でない変化の仕事を \(p\Delta V\) で計算してしまう。
- 対策: 仕事の定義(\(W_{\text{した}}\) か \(W_{\text{された}}\) か)を明確にする。\(p-V\)グラフを描き、面積で仕事を求める習慣をつける。体積が増加すれば気体は正の仕事、減少すれば負の仕事(=正の仕事をされる)。
- 熱量の計算式の選択ミス:
- 現象: 定圧変化なのに定積モル比熱を使ったり、その逆をしたりする。理想気体の種類(単原子か二原子か)を見落とし、比熱の値を間違える。
- 対策: 状態変化の種類(定圧、定積など)を正確に特定し、それに応じた熱量の公式(\(Q=nC_p\Delta T\), \(Q=nC_V\Delta T\))や熱力学第一法則を適用する。気体の種類も確認する。
- \(p-V\)グラフの解釈ミス:
- 現象: 1サイクルの仕事が囲む面積であることを忘れる、または面積計算を誤る。各過程のグラフの形を間違える。
- 対策: 各過程の \(p\) と \(V\) の関係を調べ、グラフを丁寧に描く。面積計算は図形(長方形、三角形、台形など)に分割して行う。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題における物理現象の具体的なイメージ化:
- I→II: 気体が加熱され、風船が膨らむように水面をゆっくり押し上げていくイメージ。圧力は一定。
- II→III: さらに加熱すると、水がこぼれ始め、気体はますます膨張。ピストンの上の水が減るにつれて、気体がピストンを支えるのに必要な圧力が徐々に減っていくイメージ。
- III→IV: 火を止めると気体が冷えて縮み、ピストンが下がってくる。圧力は一定。
- IV→I: 注水口から水が入り、気体が圧縮されて元の状態に戻る。ピストンの上の水が増えるにつれて、気体の圧力も徐々に上がっていくイメージ。
- サイクル全体: この装置が、熱エネルギーを仕事(水をくみ上げる)に変換する一種の熱機関として機能していることを捉える。
- 図を描く際に注意すべき点は何か:
- 各状態I, II, III, IVでのピストンの位置、水の水位、気体の高さを明確に図示する。
- ピストンに働く力(気体の圧力、大気圧、水の重力)を矢印で正確に描く。
- \(p-V\)グラフを描く際は、各状態の \(p,V\) の値をプロットし、状態変化の経路を線で結ぶ。定圧変化なら水平線、圧力が体積の1次関数なら直線、など。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合い:
- 選定理由: (1)で各状態の気体の圧力を決定するため。ピストンが静止またはゆっくり動いている状況で適用。
- 適用根拠: ニュートンの運動の法則(合力がゼロ)。
- 理想気体の状態方程式 (\(pV=nRT\)):
- 選定理由: (1)で各状態の温度を計算するため、また(2)(3)で \(nR\Delta T\) を \(p,V\) の量に変換するために使用。気体のマクロな状態量を関連付ける。
- 適用根拠: 問題文で「理想気体」と明記されているため。
- 仕事の公式 (\(W=p\Delta V\) や \(p-V\)グラフの面積):
- 選定理由: (2)(3)(4)で気体がする仕事を計算するため。
- 適用根拠: \(W=p\Delta V\) は定圧変化の場合。\(p-V\)グラフの面積はより一般的に仕事を表す(準静的過程)。
- 熱力学第一法則 (\(\Delta U=Q-W\)):
- 選定理由: (2)(3)で吸収熱量を計算するため。エネルギー保存則。
- 適用根拠: あらゆる熱力学的過程に適用可能。内部エネルギー変化 \(\Delta U\) は気体の種類と温度変化で決まる。
- 公式選択の思考プロセス:
- まず、どの物理量(圧力、温度、仕事、熱量など)を求めたいのかを明確にする。
- 次に、その物理量に関連する法則や公式をリストアップする。
- 問題の条件(定圧、定積、等温、断熱、理想気体、単原子分子など)と照らし合わせ、最も適切な公式を選択する。
- 例えば、「圧力は?」と問われたら力のつり合いや状態方程式を、「仕事は?」と問われたら \(p\Delta V\) や \(p-V\)グラフの面積を、「熱量は?」と問われたら熱力学第一法則や比熱の定義を考える。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 各状態の \(p, V, T\) の特定 (問1):
- 力のつり合いから各状態の \(p\) を求める。
- 図から各状態の \(V\) (気体の高さから) を求める。
- 状態方程式 \(pV=nRT\) と基準状態 (I) を用いて各状態の \(T\) を求める。
- 過程I→II の \(W_1, Q_1\) の計算 (問2):
- 定圧変化であることを確認。
- 仕事 \(W_1 = p_1 \Delta V_1\) を計算。
- 熱量 \(Q_1 = nC_p \Delta T_1 = \frac{5}{2}p_1 \Delta V_1 = \frac{5}{2}W_1\) を計算。
- 過程II→III の \(W_2, Q_2\) の計算 (問3):
- 圧力が直線的に変化することを確認。
- 仕事 \(W_2 = \frac{p_2+p_3}{2}\Delta V_2\) (台形の面積) を計算。(別解としてエネルギー保存も検討)
- 内部エネルギー変化 \(\Delta U_2 = \frac{3}{2}(p_3V_3 – p_2V_2)\) を計算。
- 熱量 \(Q_2 = \Delta U_2 + W_2\) (熱力学第一法則) を計算。
- 1サイクルの仕事 \(W\) の計算 (問4):
- 過程III→IV の仕事 \(W_3\) (定圧) を計算。
- 過程IV→I の仕事 \(W_4\) (圧力変化、台形) を計算。
- \(W = W_1+W_2+W_3+W_4\) を計算。(別解として \(p-V\)グラフで囲まれた平行四辺形の面積や、揚水仕事の物理的意味も検討)
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 今回の計算過程で特に注意すべきだった点:
- 各状態の圧力 \(p_i\) と体積 \(V_i\) の値を正確に代入すること。特に添え字が多いので混同しやすい。
- 仕事や熱量を求める際の、圧力と体積変化の積の組み合わせ。例えば \(W_1\) は \(p_1(V_2-V_1)\) であり、\(p_2(V_2-V_1)\) ではない(\(p_1=p_2\) だから結果は同じだが)。
- 台形の面積の公式 \(\frac{(\text{上底}+\text{下底})\times\text{高さ}}{2}\) を \(p-V\)グラフに適用する際の、\(p\) と \(V\) の対応。
- 1サイクルの仕事の計算で、各仕事の符号(膨張なら正、圧縮なら負)を間違えないこと。
- 文字が多く複雑な式(特に \(Q_2\) など)の代数計算での展開、整理ミス。
- 日頃から計算練習で意識すべきこと・実践テクニック:
- 途中式を丁寧に書く: 特に複数の項が絡む計算や、多くの物理定数が含まれる式では、途中式を省略せずに段階を追って書くことで、計算ミスを発見しやすくなります。
- 文字の置き換えを有効活用: 例えば \(nR = \frac{p_1V_1}{T_0}\) のように、頻出する組み合わせを一つの塊として扱うことで、式を簡潔にし、代入ミスを減らせます。
- 図と式を対応させる: \(p-V\)グラフを描いていれば、計算している仕事がグラフのどの部分の面積に対応するのかを常に意識することで、符号や大きさの感覚的なチェックができます。
- 検算の習慣: 可能であれば、別のアプローチで同じ量を計算してみる(例:仕事の和とグラフ面積)。また、極端な場合(例:\(h=0\) など)を考えて、結果が妥当か確認する。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えが物理的に妥当かどうかを検討する視点の重要性:
- 仕事の符号: 気体が膨張する過程では仕事は正、圧縮する過程では仕事は負。1サイクル全体で時計回りのループを描く場合、正味の仕事は正(熱機関)。これらが計算結果と一致するか確認する。
- 熱量の符号: 加熱されて温度が上がったり膨張したりする過程では熱量は正(吸収)。冷却されて温度が下がったり収縮したりする過程では熱量は負(放出)。これらが物理的状況と合うか確認する。
- 温度変化と体積・圧力変化の関係: 例えば定圧で加熱すれば体積も温度も上がる、断熱圧縮すれば温度も圧力も上がる、など、基本的な気体の性質と矛盾しないか確認する。問(1)の \(T_2 > T_0\) はその一例です。
- (4)の \(W = \rho bgSh\): これは \((\text{圧力差}) \times (\text{体積変化幅})\) となっており、\(p-V\)グラフ上の平行四辺形の面積として解釈できます。また、物理的に「質量 \(\rho Sb\) の水を実質的に高さ \(h\) だけ持ち上げた仕事」とも解釈でき、結果の妥当性が裏付けられます。もし \(h=0\) なら \(W=0\) となり、水をくみ上げていないので当然です。
- 「解の吟味」を通じて得られること:
- 計算ミスや立式の誤りを発見できる。
- 物理法則の適用範囲や、数式の持つ物理的意味への理解が深まる。
- 問題の状況を多角的に捉え、別解やより簡潔な解法を見つける洞察力が養われる。
- 物理現象に対する直感的な感覚が磨かれる。
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