「名問の森」徹底解説(49〜51問):未来の得点力へ!完全マスター講座【力学・熱・波動Ⅰ】

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問題49 (福井大)

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、断熱容器内で行われる気体の断熱膨張を、分子運動論の立場から微視的に考察し、体積変化と温度変化の関係を導き出すものです。単原子分子からなる理想気体を対象とし、分子とピストンの弾性衝突を通じてエネルギーのやり取りを考えます。

与えられた条件
  • 断熱容器内に質量 \(m\) の単原子分子からなる理想気体。
  • ピストンPは \(x\) 方向に一定の速度 \(u\) で引き出される(断熱膨張)。
  • ピストンPまでの長さが \(L\) のとき、気体の絶対温度は \(T\)。
  • ある分子の \(x\) 方向の速さを \(v_x\)。
  • 分子の速さ \(v_x\) はピストンの速さ \(u\) に比べて十分大きい (\(v_x \gg u\))。
  • 分子間の衝突は無視する。
  • \(\Delta t\) は微小時間。
問われていること(空欄補充形式)
  1. (1) \(x\) 方向の速さが \(v_x\) の分子がピストンPに弾性衝突した後の、\(x\) 方向の速さ。
  2. (2) 上記衝突による分子の運動エネルギーの減少量(\(u^2\) の項は無視)。
  3. (3) 微小時間 \(\Delta t\) の間での、上記分子のPとの衝突回数。
  4. (4) 微小時間 \(\Delta t\) の間での、上記分子の運動エネルギーの減少量。
  5. (5) 微小時間 \(\Delta t\) の間での体積増加分 \(\Delta V\) ともとの体積 \(V\) との比 \(\Delta V/V\)。
  6. (6) 分子1個あたりの平均運動エネルギーの変化 \(\Delta E\) を \(E\) と \(\Delta V/V\) で表した式。
  7. (7) \(\overline{v_x^2}\) と \(\overline{v^2}\)(速さの2乗平均)の関係。
  8. (8) (6)の結果を、(7)を用いて \(E\) と \(\Delta V/V\) で書き直した式。
  9. (9) 気体の温度変化 \(\Delta T\) を \(T, V, \Delta V\) で表した式。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注違】

本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • 問(1) 衝突後の速さの別解: ピストンと共に動く座標系からの考察
      • 主たる解法が反発係数の公式を機械的に適用するのに対し、別解ではピストンと同じ速度で動く観測者の視点に立つことで、より物理的なイメージを持って衝突現象を解析します。
    • 問(2) 運動エネルギー減少量の別解: 仕事とエネルギーの関係からの考察
      • 主たる解法が衝突前後のエネルギーの差を直接計算するのに対し、別解では「分子がピストンにした仕事」が「分子の運動エネルギーの減少量」に等しいという、仕事とエネルギーの原理からアプローチします。
    • コラムQ 圧力変化の別解: ポアソンの法則を用いる解法
      • 主たる解法が状態方程式の微小変化から圧力変化を導くのに対し、別解では断熱変化の公式であるポアソンの法則(\(PV^\gamma = \text{一定}\))の微小変化を考えることで、圧力と体積の変化率の関係を直接導出します。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理モデルの深化: 「相対速度」や「慣性系」といった力学の重要概念(問(1))、そして「仕事とエネルギーの関係」という物理学の根幹をなす原理(問(2))への理解を深めることができます。
    • 知識の体系化: 分子運動論(微視的アプローチ)と熱力学(巨視的アプローチ)が、同じ物理現象を異なる側面から記述しており、両者が互いに矛盾しないことを学ぶことで、物理学の知識を体系的に整理する力が養われます(コラムQ)。
    • 異なる視点の学習: 同じ現象をエネルギーの「差」として見るか、「仕事」として見るかという異なる視点を学ぶことで、思考の柔軟性が高まります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは、気体の断熱膨張の微視的解釈です。通常、断熱変化は熱力学第一法則やポアソンの法則 \(PV^\gamma = \text{一定}\) を用いてマクロに扱われますが、ここでは分子運動論の立場から、分子と動くピストンとの衝突を通じてエネルギーが変化する様子を追跡し、最終的に断熱膨張時の温度と体積の関係を導きます。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 弾性衝突: 特に、運動する壁との衝突では、相対速度の考え方が有効です。分子が後退する壁(ピストン)に衝突すると、分子はエネルギーを失い(仕事をされ)、速度が減少します。
  2. 運動エネルギー: 分子の運動エネルギー(\(\frac{1}{2}mv^2\))の変化が、気体全体の内部エネルギーの変化、ひいては温度の変化につながります。
  3. 平均の概念: 容器内には多数の分子が存在し、その速度は様々です。そのため、個々の分子の振る舞いから出発しつつも、最終的には「平均値」を用いて気体全体の性質を議論します。
  4. 気体の内部エネルギーと温度の関係: 単原子分子理想気体では、内部エネルギーは分子の平均運動エネルギーに比例し、絶対温度に比例します。この関係が、分子の力学的なエネルギーと、我々が観測する「温度」とを結びつけます。

問題文の誘導に沿って各空欄を埋めていくことで、断熱膨張で気体の温度が下がる理由を、分子レベルの力学現象として解き明かしていきます。

(1)

思考の道筋とポイント
分子が、速度\(u\)で後退するピストンPに弾性衝突する状況を考えます。これは、動く壁との1次元衝突の問題です。衝突後の分子の\(x\)方向の速度を求めるには、反発係数の式(相対速度の関係式)を用いるのが最も直接的です。弾性衝突なので、反発係数\(e=1\)です。
この設問における重要なポイント

  • 動く壁との弾性衝突: 衝突後の相対速度の大きさは、衝突前の相対速度の大きさに等しく、向きが逆になります。
  • 相対速度の定義: (相手の速度)-(自分の速度)。衝突の前後でこの関係を立式します。
  • 座標軸の設定: \(x\)軸の正の向きを明確にし、速度の符号を正しく扱います。ここでは右向きを正とします。

具体的な解説と立式
分子の衝突前の\(x\)方向の速度を\(v_x\)、ピストンPの速度を\(u\)とします(ともに右向き正)。衝突後の分子の\(x\)方向の速度を\(v_x’\)とします。ピストンの質量は分子に比べて非常に大きいので、衝突後も速度は\(u\)のままと考えます。
反発係数の式は、
$$
(\text{衝突後の相対速度}) = -e \times (\text{衝突前の相対速度})
$$
弾性衝突なので\(e=1\)です。
$$
v_x’ – u = -1 \times (v_x – u) \quad \cdots ①
$$

使用した物理公式

  • 反発係数の式(1次元衝突): \(v_1′ – v_2′ = -e(v_1 – v_2)\)
計算過程

式①を\(v_x’\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
v_x’ – u &= -v_x + u \\[2.0ex]
v_x’ &= -v_x + 2u
\end{aligned}
$$
問題では衝突後の「速さ」を問われています。衝突後、分子は左向き(\(-x\)方向)に跳ね返るので、その速さは速度の絶対値\(|v_x’| = |-v_x + 2u|\)です。ここで、\(v_x \gg u\)という条件があるので、\(v_x – 2u > 0\)と考えられます。したがって、速さは、
$$
|v_x’| = v_x – 2u
$$

この設問の平易な説明

走っている電車から、進行方向と逆向きにボールを投げると、地面から見たボールのスピードは遅くなりますね。それと似た状況です。分子が、自分から「逃げていく」壁であるピストンにぶつかって跳ね返ると、そのぶん勢いが削がれてしまいます。計算すると、分子の速さは、ピストンの速さの2倍だけ遅くなることがわかります。

結論と吟味

衝突後の\(x\)方向の速さは\(v_x – 2u\)となります。ピストンが後退(膨張)しているため、分子が衝突後に減速するのは物理的に妥当です。逆にピストンが前進(圧縮)していれば(\(u<0\))、分子は加速されることになり、それも直感と一致します。

別解: ピストンと共に動く座標系からの考察

思考の道筋とポイント
ピストンと同じ速度\(u\)で動く観測者の視点(慣性系)で衝突を考えます。この観測者から見ると、ピストンは静止した壁に見えます。分子は、相対速度\(v_x – u\)でこの静止した壁に近づいてきます。弾性衝突なので、分子は同じ速さ\(v_x – u\)で壁から遠ざかります。この「遠ざかる」という運動を、元の静止した実験室系に戻して考えることで、衝突後の速度を求めます。
具体的な解説と立式
ピストンと共に動く座標系で考えます。

  • 衝突前の分子の相対速度: \(v_{\text{相対}} = v_x – u\)
  • 衝突後の分子の相対速度: \(v’_{\text{相対}} = -(v_x – u)\) (向きが逆になる)

衝突後の分子の速度を実験室系で\(v_x’\)とすると、\(v’_{\text{相対}} = v_x’ – u\)と表せます。したがって、
$$
v_x’ – u = -(v_x – u)
$$
これを解くと、主たる解法と同じく\(v_x’ = -v_x + 2u\)が得られます。

この設問の平易な説明

自分がピストンに乗っていると想像してみてください。自分から見れば、ピストンは止まっています。そこに分子が\(v_x – u\)という速さで飛んできて、弾性衝突なので同じ速さ\(v_x – u\)で遠ざかっていきます。この「遠ざかっていく分子」を、再び地面から見るとどう見えるか?を計算するのがこの方法です。結果はもちろん同じになります。

解答 (1) \(v_x – 2u\)

(2)

思考の道筋とポイント
分子の運動エネルギーの変化量を計算します。衝突によって変化するのは速度の\(x\)成分のみなので、\(x\)方向の運動エネルギーの変化だけを考えれば、それが分子全体の運動エネルギーの変化となります。(1)で求めた衝突後の速さを用いて、衝突前後の運動エネルギーの差を計算します。問題文の指示に従い、\(v_x \gg u\)の条件を用いて\(u^2\)の項を無視する近似を行います。
この設問における重要なポイント

  • 運動エネルギー: \(E_k = \frac{1}{2}mv^2\)。速度の\(y, z\)成分は変化しないため、\(\Delta E_k = \Delta (\frac{1}{2}mv_x^2)\)。
  • 近似計算: \(v_x \gg u\) を利用して、\(u^2\)を含む項を無視します。
  • エネルギーの「減少量」: 正の値で答えるため、「衝突前のエネルギー」-「衝突後のエネルギー」を計算します。

具体的な解説と立式
衝突による分子の運動エネルギーの減少量\(\Delta E_{k, \text{1回}}\)を求めます。
衝突前の\(x\)方向の速さは\(v_x\)、衝突後の速さは\((v_x-2u)\)です。
$$
\Delta E_{k, \text{1回}} = (\text{衝突前の運動エネルギー}) – (\text{衝突後の運動エネルギー})
$$
$$
\begin{aligned}
\Delta E_{k, \text{1回}} &= \frac{1}{2}m v_x^2 – \frac{1}{2}m (v_x – 2u)^2 \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$

使用した物理公式

  • 運動エネルギー: \(E_k = \frac{1}{2}mv^2\)
計算過程

式②の右辺を展開して整理します。
$$
\begin{aligned}
\Delta E_{k, \text{1回}} &= \frac{1}{2}m \left\{ v_x^2 – (v_x^2 – 4v_x u + 4u^2) \right\} \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}m (v_x^2 – v_x^2 + 4v_x u – 4u^2) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}m (4v_x u – 4u^2) \\[2.0ex]
&= 2mv_x u – 2mu^2
\end{aligned}
$$
ここで、\(v_x \gg u\)という条件があるので、\(2mu^2\)の項は\(2mv_x u\)に比べて非常に小さいため、無視できます。
したがって、
$$
\Delta E_{k, \text{1回}} \approx 2mv_x u
$$

この設問の平易な説明

衝突によって分子のスピードが落ちたので、当然エネルギーも失われます。どれだけ失ったかを計算するには、衝突前のエネルギーから衝突後のエネルギーを引き算します。エネルギーは「\(\frac{1}{2} \times \text{質量} \times \text{速さ}^2\)」で計算できます。計算の途中で、ピストンの速さ\(u\)の2乗という、非常に小さい値が出てくるので、それは無視してよい、という指示に従います。

結論と吟味

分子の運動エネルギーは、1回の衝突で\(2mv_x u\)だけ減少します。これは、分子が後退するピストンを押す「仕事」をしたためにエネルギーを失った、と解釈できます。エネルギーの減少量は、分子の速度\(v_x\)とピストンの速度\(u\)の両方に比例しており、物理的に妥当です。

別解: 仕事とエネルギーの関係からの考察

思考の道筋とポイント
「エネルギーの減少量」は「分子がピストンにした仕事」に等しい、という仕事とエネルギーの原理からアプローチします。分子がピストンに及ぼす力は瞬間的ですが、その力積は計算できます。分子がピストンに与える力積の大きさは、分子の運動量変化の大きさ\(|m(v_x’) – mv_x| = |m(-v_x+2u) – mv_x| = |-2mv_x+2mu| \approx 2mv_x\)です。この力積を衝突時間\(\delta t\)で割ったものが平均の力\(F\)です。ピストンがこの間に動く距離は\(u \delta t\)なので、仕事\(W = F \cdot u \delta t\)を計算します。ただし、この方法は衝突時間\(\delta t\)が未知なため、厳密な計算は困難です。しかし、エネルギーの観点から現象を捉える良い練習になります。
具体的な解説と立式
実験室系でのエネルギー変化\(\Delta E_k\)は、
$$
\Delta E_k = \frac{1}{2}m(v_x’)^2 – \frac{1}{2}mv_x^2
$$
ここに\(v_x’ = -v_x + 2u\)を代入します。
$$
\begin{aligned}
\Delta E_k &= \frac{1}{2}m(-v_x + 2u)^2 – \frac{1}{2}mv_x^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}m(v_x^2 – 4v_x u + 4u^2) – \frac{1}{2}mv_x^2 \\[2.0ex]
&= -2mv_x u + 2mu^2
\end{aligned}
$$
エネルギーの「減少量」は\(-\Delta E_k\)なので、\(2mv_x u – 2mu^2\)となります。\(u^2\)の項を無視すると、\(2mv_x u\)となり、主たる解法と一致します。

この設問の平易な説明

エネルギーがどれだけ減ったかを、別の視点から考えます。分子は、逃げるピストンを「押す」ことで、ピストンに対して仕事をします。物理学の基本原理によれば、「した仕事」のぶんだけ、自分のエネルギーは減るはずです。この「分子がピストンにした仕事」を計算することで、エネルギーの減少量を求めることもできます(計算は少し複雑になりますが、本質は同じです)。

解答 (2) \(2mv_x u\)

(3)

思考の道筋とポイント
微小時間\(\Delta t\)の間に、特定の分子がピストンPと何回衝突するかを考えます。分子はピストンと容器の左端の壁との間を往復運動しています。ピストンに1回衝突してから、壁で反射して再びピストンに衝突するまでに、分子が\(x\)方向に進む距離は\(2L\)です。
微小時間\(\Delta t\)の間、分子は\(x\)方向に\(v_x \Delta t\)の距離を進むと近似できます。したがって、衝突回数は、この総移動距離を1往復の距離で割ることで求められます。
この設問における重要なポイント

  • 衝突サイクルの距離: ピストンと壁の間を1往復する\(x\)方向の距離は\(2L\)。
  • 微小時間内の移動距離: \(x\)方向の移動距離は\(v_x \Delta t\)と近似します(\(\Delta t\)が微小なので、この間に\(L\)や\(v_x\)はほぼ一定とみなします)。

具体的な解説と立式
分子がピストンPに衝突した後、左端の壁で反射し、再びピストンPに衝突するまでの1サイクルで、\(x\)方向に進む距離は\(2L\)です。
微小時間\(\Delta t\)の間に、この分子が\(x\)方向に進む総距離は\(v_x \Delta t\)と近似できます。
したがって、\(\Delta t\)内でのピストンPとの衝突回数\(N_{\text{衝突}}\)は、
$$
N_{\text{衝突}} = \frac{(\Delta t \text{間の} x \text{方向移動距離})}{(\text{1衝突あたりの} x \text{方向移動距離})}
$$
$$
N_{\text{衝突}} = \frac{v_x \Delta t}{2L} \quad \cdots ③
$$

使用した物理公式

  • 等速直線運動の距離: 距離 = 速さ × 時間
計算過程

(上記「具体的な解説と立式」で結論③が導かれているため、追加の計算ステップは不要です。)

この設問の平易な説明

分子は、ピストンと反対側の壁の間を、卓球のラリーのように行ったり来たりしています。ピストンに1回ぶつかってから、次に戻ってきてぶつかるまでに進む距離は、ちょうど往復分の\(2L\)です。では、ごく短い時間\(\Delta t\)の間に何回ぶつかるでしょうか?その間に分子が進む距離は\(v_x \Delta t\)なので、これを往復距離\(2L\)で割れば、衝突回数が計算できます。

結論と吟味

衝突回数は\(\displaystyle \frac{v_x \Delta t}{2L}\)回となります。分子の速度\(v_x\)が速いほど、また容器の長さ\(L\)が短いほど、衝突回数が多くなるという結果は、直感と一致しています。

解答 (3) \(\displaystyle \frac{v_x \Delta t}{2L}\)

(4)

思考の道筋とポイント
微小時間\(\Delta t\)の間に、1個の分子が失う運動エネルギーの総量を求めます。これは、「1回の衝突で失うエネルギー(問(2)の結果)」と「\(\Delta t\)の間の衝突回数(問(3)の結果)」を掛け合わせることで計算できます。
この設問における重要なポイント

  • 総エネルギー変化 = (1回あたりのエネルギー変化) × (回数)。

具体的な解説と立式
1回の衝突で減少する運動エネルギーは、(2)の結果から\(\Delta E_{k, \text{1回}} \approx 2mv_x u\)。
\(\Delta t\)間の衝突回数は、(3)の結果から\(N_{\text{衝突}} = \frac{v_x \Delta t}{2L}\)。
したがって、\(\Delta t\)間の分子の運動エネルギーの総減少量\(\Delta \epsilon\)は、
$$
\Delta \epsilon = (\text{1回あたりのエネルギー減少量}) \times (\text{衝突回数})
$$
$$
\Delta \epsilon = (2mv_x u) \times \left(\frac{v_x \Delta t}{2L}\right) \quad \cdots ④
$$

使用した物理公式

  • (2)と(3)の結果
計算過程

式④を計算します。
$$
\begin{aligned}
\Delta \epsilon &= \frac{2mv_x u \cdot v_x \Delta t}{2L} \\[2.0ex]
&= \frac{mv_x^2 u \Delta t}{L}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

短い時間\(\Delta t\)の間に、分子の運動エネルギーが合計でどれだけ減るかを計算します。これは単純な掛け算です。「1回ぶつかったときに減るエネルギー((2)で計算済み)」に、「\(\Delta t\)の間にぶつかる回数((3)で計算済み)」を掛ければ、その時間内に失われるエネルギーの合計がわかります。

結論と吟味

この間の分子の運動エネルギーの減少は\(\displaystyle \frac{mv_x^2 u \Delta t}{L}\)となります。この式は、分子の運動が激しいほど(\(v_x^2\)が大きい)、またピストンが速く動くほど(\(u\)が大きい)、エネルギーが多く失われることを示しており、物理的に妥当です。

解答 (4) \(\displaystyle \frac{mv_x^2 u \Delta t}{L}\)

(5)

思考の道筋とポイント
微小時間\(\Delta t\)の間での体積の増加分\(\Delta V\)と、もとの体積\(V\)との比\(\Delta V/V\)を求めます。容器の断面積を\(S\)とすると、もとの体積は\(V = SL\)と表せます。微小時間\(\Delta t\)の間にピストンPは\(u\Delta t\)だけ移動するので、体積の増加分\(\Delta V\)は、この移動距離に断面積\(S\)を掛けたものになります。
この設問における重要なポイント

  • 体積と断面積・長さの関係: \(V=SL\)。
  • 微小体積変化: \(\Delta V = S \times (\text{ピストンの移動距離})\)。

具体的な解説と立式
容器の断面積を\(S\)とします。
もとの体積\(V\)は、
$$
V = SL \quad \cdots ⑤
$$
微小時間\(\Delta t\)の間にピストンPは\(u\Delta t\)だけ右に移動します。このときの体積の増加分\(\Delta V\)は、
$$
\Delta V = S \cdot (u\Delta t) \quad \cdots ⑥
$$
求めるのは、これらの比\(\Delta V/V\)です。

使用した物理公式

  • 体積の定義
計算過程

式⑥を式⑤で割ります。
$$
\frac{\Delta V}{V} = \frac{S u\Delta t}{SL}
$$
断面積\(S\)が約分されて、
$$
\frac{\Delta V}{V} = \frac{u\Delta t}{L} \quad \cdots ⑦
$$

この設問の平易な説明

ピストンが少し動くと、容器の体積が少し増えます。この「体積の変化率」を計算します。元の体積は「底面積\(S\) × 長さ\(L\)」です。短い時間\(\Delta t\)にピストンは\(u\Delta t\)だけ動くので、増えた体積は「底面積\(S\) × \(u\Delta t\)」です。この「増えた体積」を「元の体積」で割り算すると、底面積\(S\)がうまく消えて、きれいな形になります。

結論と吟味

体積の増加分ともとの体積との比\(\Delta V/V\)は\(\displaystyle \frac{u\Delta t}{L}\)となります。これは体積の「相対的な変化率」を表しており、無次元量になっています。

解答 (5) \(\displaystyle \frac{u\Delta t}{L}\)

(6)

思考の道筋とポイント
これまでの結果を統合し、分子1個あたりの平均運動エネルギーの変化\(\Delta E\)を、そのエネルギー\(E\)と体積変化率\(\Delta V/V\)で表します。
まず、(4)で求めた1個の分子のエネルギー減少量\(\Delta \epsilon = \frac{mv_x^2 u \Delta t}{L}\)を、全分子にわたって平均化します。具体的には、\(v_x^2\)をその平均値\(\overline{v_x^2}\)に置き換えます。これが分子1個あたりの平均的なエネルギー減少量となります。エネルギーの「変化」\(\Delta E\)は、減少なのでマイナス符号をつけて表します。
最後に、(5)で求めた関係式\(\frac{\Delta V}{V} = \frac{u\Delta t}{L}\)を用いて、式を書き換えます。
この設問における重要なポイント

  • 平均化の操作: 個々の分子の\(v_x^2\)を、集団の平均値\(\overline{v_x^2}\)で代表させます。
  • 変化量\(\Delta E\)の符号: エネルギーは減少しているので、変化量は負の値になります。
  • 式の結合: これまでの設問で得られた関係式を代入し、最終的な形に整理します。

具体的な解説と立式
(4)の結果\(\Delta \epsilon = \frac{mv_x^2 u \Delta t}{L}\)を平均化します。\(v_x^2\)を平均値\(\overline{v_x^2}\)で置き換えると、分子1個あたりの平均的なエネルギー減少量は\(\frac{m\overline{v_x^2} u \Delta t}{L}\)となります。
分子の平均運動エネルギーの変化\(\Delta E\)は、この減少量にマイナス符号をつけたものなので、
$$
\Delta E = -\frac{m\overline{v_x^2} u \Delta t}{L} \quad \cdots ⑧
$$
この式を、(5)の結果\(\frac{\Delta V}{V} = \frac{u\Delta t}{L}\)を用いて書き換えます。式⑧は次のように変形できます。
$$
\Delta E = -m\overline{v_x^2} \left( \frac{u\Delta t}{L} \right)
$$
ここに(5)の結果を代入します。

使用した物理公式

  • (4)と(5)の結果
  • 平均の概念
計算過程

上の式に\(\frac{u\Delta t}{L} = \frac{\Delta V}{V}\)を代入すると、
$$
\Delta E = -m\overline{v_x^2} \frac{\Delta V}{V} \quad \cdots ⑨
$$

この設問の平易な説明

ここまでの結果を合体させる作業です。(4)で計算した「ある分子が失うエネルギー」を、気体全体の平均で考えます。それには、\(v_x^2\)を平均値\(\overline{v_x^2}\)に置き換えるだけです。エネルギーは減るので、マイナスの符号をつけます。これで「分子1個あたりが平均的に失うエネルギー\(\Delta E\)」の式ができました。最後に、この式に(5)で求めた体積変化の関係を代入すると、問題で要求されている形に整理できます。

結論と吟味

分子の平均運動エネルギーの変化\(\Delta E\)は\(\displaystyle \Delta E = -m\overline{v_x^2} \frac{\Delta V}{V}\)となります。体積が増加(\(\Delta V > 0\))すると、エネルギーが減少(\(\Delta E < 0\))するという断熱膨張の性質を正しく表しています。

解答 (6) \(-m\overline{v_x^2}\)

(7)

思考の道筋とポイント
分子の速さの2乗平均\(\overline{v^2}\)と、その\(x\)成分の2乗平均\(\overline{v_x^2}\)の関係を求めます。分子の速度ベクトル\(\vec{v}\)の成分を\((v_x, v_y, v_z)\)とすると、三平方の定理から\(v^2 = v_x^2 + v_y^2 + v_z^2\)が成り立ちます。気体中では、分子の運動は特定の方向に偏りがなく、あらゆる方向に対して一様(等方的)であると考えるのが自然です。この「等方性」の仮定から、各方向の速度の2乗平均は等しくなる(\(\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2}\))と考え、関係式を導きます。
この設問における重要なポイント

  • 三平方の定理(空間): \(v^2 = v_x^2 + v_y^2 + v_z^2\)。
  • 分子運動の等方性: 平均的には、特定の方向が優先されることはない。したがって、\(\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2}\)。

具体的な解説と立式
分子の速さの2乗は、各速度成分の2乗の和で表されます。
$$
v^2 = v_x^2 + v_y^2 + v_z^2
$$
この式の平均をとると、
$$
\overline{v^2} = \overline{v_x^2 + v_y^2 + v_z^2} = \overline{v_x^2} + \overline{v_y^2} + \overline{v_z^2} \quad \cdots ⑩
$$
分子の運動は方向によらず一様(等方的)であると仮定すると、
$$
\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2} \quad \cdots ⑪
$$

使用した物理公式

  • 三平方の定理(空間におけるベクトルの大きさ)
  • 分子運動の等方性の仮定
計算過程

式⑩に式⑪を代入すると、
$$
\begin{aligned}
\overline{v^2} &= \overline{v_x^2} + \overline{v_x^2} + \overline{v_x^2} \\[2.0ex]
&= 3\overline{v_x^2}
\end{aligned}
$$
したがって、\(\overline{v_x^2}\)は\(\overline{v^2}\)を用いて次のように表せます。
$$
\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2} \quad \cdots ⑫
$$

この設問の平易な説明

分子のスピード(の2乗)は、x, y, zの3方向の成分に分解できます。たくさんの分子がデタラメに飛び回っている気体では、平均的に見れば、どの方向が特別ということはありません。つまり、x方向の運動の激しさも、y方向も、z方向も、平均すれば同じはずです。このことから、全体の運動の激しさ(\(\overline{v^2}\))は、一つの方向の運動の激しさ(\(\overline{v_x^2}\))のちょうど3倍になる、という関係が導かれます。

結論と吟味

\(\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}\)となります。これは、分子の運動エネルギーが3つの自由度(x, y, z方向の並進運動)に均等に分配されるという「エネルギー等分配の法則」の一端を示しており、分子運動論で頻繁に用いられる重要な関係式です。

解答 (7) \(\displaystyle \frac{1}{3}\)

(8)

思考の道筋とポイント
(6)で求めた\(\Delta E = -m\overline{v_x^2} \frac{\Delta V}{V}\)という式を、より普遍的な量である分子全体の平均運動エネルギー\(E\)を用いて書き換えます。(7)で導いた関係式\(\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}\)を代入し、さらに問題文で与えられている\(E = \frac{1}{2}m\overline{v^2}\)の関係を利用して式を整理します。
この設問における重要なポイント

  • (6)と(7)の結果の組み合わせ。
  • 平均運動エネルギー\(E\)の定義: \(E = \frac{1}{2}m\overline{v^2}\)を利用して、\(\overline{v^2}\)を\(E\)で表し直します。

具体的な解説と立式
(6)の結果は、
$$
\Delta E = -m\overline{v_x^2} \frac{\Delta V}{V} \quad \cdots ⑬
$$
ここに、(7)の結果\(\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}\)を代入すると、
$$
\Delta E = -m\left(\frac{1}{3}\overline{v^2}\right) \frac{\Delta V}{V} = -\frac{1}{3}m\overline{v^2} \frac{\Delta V}{V} \quad \cdots ⑭
$$
次に、分子1個あたりの平均運動エネルギー\(E\)の定義式\(E = \frac{1}{2}m\overline{v^2}\)から、\(m\overline{v^2} = 2E\)という関係が得られます。これを式⑭に代入します。

使用した物理公式

  • (6)と(7)の結果
  • 平均運動エネルギーの定義 \(E = \frac{1}{2}m\overline{v^2}\)
計算過程

式⑭に\(m\overline{v^2} = 2E\)を代入すると、
$$
\begin{aligned}
\Delta E &= -\frac{1}{3}(2E) \frac{\Delta V}{V} \\[2.0ex]
&= -\frac{2}{3}E \frac{\Delta V}{V}
\end{aligned}
$$

この設問の平易な説明

ここも、これまでの結果を組み合わせるパズルのような作業です。(6)で求めた「エネルギー変化\(\Delta E\)」の式には、まだ\(x\)方向だけの情報である\(\overline{v_x^2}\)が含まれています。これを(7)の結果を使って、より一般的な全体の速さ\(\overline{v^2}\)の式に書き換えます。最後に、問題文で与えられた平均運動エネルギー\(E\)の定義を使って、式を\(E\)と\(\Delta V/V\)だけのシンプルな形に整理します。

結論と吟味

\(\Delta E = -\frac{2}{3}E \frac{\Delta V}{V}\)となります。この式は、分子の平均エネルギーの変化率(\(\Delta E/E\))が、体積の変化率(\(\Delta V/V\))に比例することを示しています。

解答 (8) \(\displaystyle -\frac{2}{3}E\)

(9)

思考の道筋とポイント
気体の絶対温度\(T\)の変化\(\Delta T\)を、\(T, V, \Delta V\)で表します。ここで鍵となるのは、「単原子分子理想気体の平均運動エネルギー\(E\)は、絶対温度\(T\)にのみ比例する」という重要な性質です。この比例関係\(E=aT\)(\(a\)は比例定数)を用いると、微小変化についても同様の関係が成り立ち、変化率の間に\(\frac{\Delta E}{E} = \frac{\Delta T}{T}\)という関係が導かれます。この関係式と、(8)で得られた結果を結びつけることで、\(\Delta T\)を求めることができます。
この設問における重要なポイント

  • 平均運動エネルギーと絶対温度の比例関係: \(E \propto T\)。
  • 微小変化の比例関係: 比例関係にある2つの量については、その変化率も等しくなる。つまり、\(\frac{\Delta E}{E} = \frac{\Delta T}{T}\)。
  • (8)の結果の利用。

具体的な解説と立式
単原子分子理想気体の分子の平均運動エネルギー\(E\)は、絶対温度\(T\)に比例するので、比例定数を\(a\)として\(E=aT\)と書けます。
この式の両辺の微小変化を考えると、\(\Delta E = a\Delta T\)となります。
これらの式の比をとると、
$$
\frac{\Delta E}{E} = \frac{a\Delta T}{aT} = \frac{\Delta T}{T} \quad \cdots ⑮
$$
一方、(8)の結果から、
$$
\frac{\Delta E}{E} = -\frac{2}{3}\frac{\Delta V}{V} \quad \cdots ⑯
$$
式⑮と式⑯の左辺は等しいので、右辺も等しくなります。
$$
\frac{\Delta T}{T} = -\frac{2}{3}\frac{\Delta V}{V} \quad \cdots ⑰
$$
この式から\(\Delta T\)を求めます。

使用した物理公式

  • 平均運動エネルギーと絶対温度の比例関係 \(E \propto T\)
  • (8)の結果
計算過程

式⑰の両辺に\(T\)を掛けて、\(\Delta T\)について解きます。
$$
\Delta T = -\frac{2T}{3V}\Delta V \quad \cdots ⑱
$$

この設問の平易な説明

いよいよ最終段階です。気体の「温度」の正体は、分子の平均的な運動エネルギー\(E\)でした。つまり、\(E\)と\(T\)は比例します。ということは、\(E\)が1%変化すれば、\(T\)も1%変化する、というように「変化の割合」も同じになります。(8)で、エネルギーの変化率(\(\Delta E/E\))が体積の変化率(\(\Delta V/V\))でどう表されるかを計算しました。この関係をそのまま温度の変化率(\(\Delta T/T\))に置き換えることで、温度変化\(\Delta T\)を求める式が完成します。

結論と吟味

\(\Delta T = -\frac{2T}{3V}\Delta V\)となります。この式は、断熱膨張(\(\Delta V > 0\))すると気体の温度が下がる(\(\Delta T < 0\))ことを分子運動論の立場から明確に示しています。また、この関係式を積分すると、単原子分子理想気体の断熱変化におけるポアソンの法則の一つである\(TV^{2/3} = \text{一定}\)(すなわち\(TV^{\gamma-1} = \text{一定}\)で\(\gamma=5/3\))が導かれ、熱力学の巨視的な法則と微視的なモデルが見事に一致することがわかります。

解答 (9) \(\displaystyle -\frac{2T}{3V}\)

【コラム】Q. 断熱変化で体積が3%増すと、温度と圧力はそれぞれ何%減少するか。問(9)の結果を用いてよい(変化は微小と考えてよい)。

思考の道筋とポイント
問(9)で導出した温度と体積の微小変化の関係式\(\frac{\Delta T}{T} = -\frac{2}{3}\frac{\Delta V}{V}\)を用いて、まず温度の変化率を計算します。体積が3%増すということは、\(\frac{\Delta V}{V} = +0.03\)を意味します。
次に、圧力の変化率を求めます。これには、理想気体の状態方程式\(PV=nRT\)の微小変化を考えます。積で表された物理量の微小変化は、各変数の変化率の和で表されることを利用します。すなわち、\(\frac{\Delta P}{P} + \frac{\Delta V}{V} = \frac{\Delta T}{T}\)という関係式に、既知の体積変化率と先ほど計算した温度変化率を代入して、圧力の変化率\(\frac{\Delta P}{P}\)を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 微小変化の関係式の利用: 問(9)で導出した\(\frac{\Delta T}{T} = -\frac{2}{3}\frac{\Delta V}{V}\)は、単原子分子理想気体の断熱変化における温度と体積の変化率の関係そのものです。
  • 状態方程式の微小変化: \(PV=nRT\)から導かれる変化率の関係式\(\frac{\Delta P}{P} + \frac{\Delta V}{V} = \frac{\Delta T}{T}\)は、あらゆる状態変化(微小変化)で成り立つ普遍的な関係です。

具体的な解説と立式
体積が3%増すという条件から、体積の相対変化(変化率)は、
$$
\frac{\Delta V}{V} = 0.03
$$
問(9)の結果(式⑰)より、温度の相対変化は、
$$
\frac{\Delta T}{T} = -\frac{2}{3}\frac{\Delta V}{V} \quad \cdots ⑲
$$
圧力の相対変化を求めるために、理想気体の状態方程式\(PV=nRT\)を考えます。\(n, R\)は定数なので、両辺の微小変化を考えると、
$$
(\Delta P)V + P(\Delta V) = nR(\Delta T)
$$
この式の両辺を\(PV=nRT\)で割ると、
$$
\frac{\Delta P}{P} + \frac{\Delta V}{V} = \frac{\Delta T}{T} \quad \cdots ⑳
$$
という関係式が得られます。

使用した物理公式

  • 問(9)の結果
  • 理想気体の状態方程式の微小変化の関係
計算過程

まず、温度の変化率を式⑲から計算します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\Delta T}{T} &= -\frac{2}{3} \times (0.03) \\[2.0ex]
&= -0.02
\end{aligned}
$$
これは、温度が2%減少することを意味します。
次に、この結果を式⑳に代入して、圧力の変化率を計算します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\Delta P}{P} + 0.03 &= -0.02 \\[2.0ex]
\frac{\Delta P}{P} &= -0.02 – 0.03 \\[2.0ex]
&= -0.05
\end{aligned}
$$
これは、圧力が5%減少することを意味します。

この設問の平易な説明

温度: (9)で見つけた関係「温度の変化率 = \(-\frac{2}{3}\) × 体積の変化率」を使います。体積が3%増えたので、これを式に入れると温度の変化率がわかります。
圧力: 気体の法則 \(PV=nRT\) から、変化が小さいときは「圧力の変化率 + 体積の変化率 = 温度の変化率」が成り立ちます。体積の変化率 (3%増) と計算した温度の変化率 (2%減) をこの式に入れると、圧力の変化率が計算できます。

結論と吟味

体積が3%増すと、温度は2%減少し、圧力は5%減少します。断熱膨張では温度と圧力がともに下がるという一般的な性質と一致しています。

別解: ポアソンの法則を用いる解法

思考の道筋とポイント
単原子分子理想気体の断熱変化では、ポアソンの法則\(PV^\gamma = \text{一定}\)が成り立ちます。ここで、比熱比\(\gamma = C_p/C_v = \frac{5}{2}R / \frac{3}{2}R = 5/3\)です。この法則の微小変化を考えることで、圧力と体積の変化率の関係を直接導き、圧力の変化を計算します。
具体的な解説と立式
ポアソンの法則\(PV^{5/3} = \text{一定}\)の両辺の対数をとり、微分する(または微小変化を考える)と、
$$
\frac{\Delta P}{P} + \frac{5}{3}\frac{\Delta V}{V} = 0
$$
この式から、圧力の変化率\(\frac{\Delta P}{P}\)を計算します。

計算過程

\(\frac{\Delta V}{V} = 0.03\)を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\Delta P}{P} &= -\frac{5}{3}\frac{\Delta V}{V} \\[2.0ex]
&= -\frac{5}{3} \times 0.03 \\[2.0ex]
&= -0.05
\end{aligned}
$$
よって、圧力は5%減少します。これは主たる解法の結果と一致します。

解答 温度は2%減少し、圧力は5%減少する。

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 動く壁との衝突によるエネルギー交換:
    • 核心: 断熱膨張で気体の温度が下がる(=内部エネルギーが減少する)根本的な理由は、「気体が外部に対して仕事をするから」です。この問題は、その仕事を分子レベルで解き明かしています。すなわち、個々の分子が後退するピストンに衝突するたびに、分子はピストンに仕事をし、そのぶん自身の運動エネルギーを失います。この微視的なエネルギー損失の積み重ねが、気体全体の温度低下という巨視的な現象として現れます。
    • 理解のポイント:
      1. 衝突相手が動いていること: 壁が静止していれば、弾性衝突で分子の運動エネルギーは変わりません。壁が動いているからこそ、エネルギーのやり取りが発生します。
      2. エネルギーの行方: 分子が失ったエネルギーは、ピストンを押す仕事として外部に取り出されます。これが断熱膨張で気体が外部にする仕事の正体です。
      3. 圧縮の場合は逆: 逆に断熱圧縮では、ピストンが分子に仕事をすることで分子の運動エネルギーが増加し、気体の温度が上昇します。
  • 平均操作によるマクロな物理法則の導出:
    • 核心: この問題は、たった1個の分子の運動法則から出発し、それを多数の分子の集団に拡張(平均化)することで、熱力学の法則(断熱変化の関係式)を導出できることを示しています。これは、統計力学の基本的な考え方であり、ミクロな世界の法則が、我々の住むマクロな世界の法則を支配していることを体感させてくれます。
    • 理解のポイント:
      1. 等方性の仮定: 分子の運動は特定の方向に偏りがなくランダムであるという仮定(\(\overline{v_x^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}\))が、1次元の考察を3次元に拡張する上で決定的に重要です。
      2. 温度とエネルギーの比例関係: 分子の平均運動エネルギーが絶対温度に比例する(\(E \propto T\))という関係が、力学的な量(エネルギー)と熱力学的な量(温度)を結びつける鍵となります。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 気体の圧力の導出: 気体分子運動論の最も基本的な問題。静止した壁との衝突を考え、圧力の公式 \(P=\frac{Nm\overline{v^2}}{3V}\) を導出します。
    • 重力下での気体の密度分布: 高度によって気体の密度が変化する問題。分子の運動エネルギーと重力による位置エネルギーのバランスを考えます(ボルツマン分布)。
    • 拡散やブラウン運動: 分子どうしの衝突を考慮に入れ、分子がどのように広がっていくか(拡散)、または微粒子が分子の衝突によってどのようにランダムに動くか(ブラウン運動)を考察する問題。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 「分子運動論を用いて」という指定: この言葉があれば、出発点は必ず個々の分子の力学(衝突、運動量、エネルギー)です。熱力学第一法則などのマクロな法則から解こうとしないことが重要です。
    2. 近似の指示: 「\(v_x \gg u\)」や「微小変化」といった言葉は、計算を簡単にするための重要なヒントです。\(u^2\)のような高次の微小量を無視したり、変化率の一次近似(\(\frac{\Delta A}{A} + \frac{\Delta B}{B} = \frac{\Delta C}{C}\))を使ったりすることが許されているサインです。
    3. 物理量の比例関係: \(E \propto T\) のように、物理量間に単純な比例関係がある場合、その変化率も等しくなる(\(\frac{\Delta E}{E} = \frac{\Delta T}{T}\))というテクニックは、微小変化を扱う問題で非常に強力です。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 動く壁との衝突の扱い:
    • 誤解: 動く壁との衝突でも、静止した壁と同じように、速さが変わらず向きだけ反転する(\(v_x’ = -v_x\))と勘違いする。
    • 対策: 衝突相手が動いている場合は、必ず相対速度を考えるか、動く座標系で考える必要があります。自分に向かってくる壁に当たれば速くなり、自分から逃げる壁に当たれば遅くなる、という物理的イメージを常に持つことが重要です。
  • エネルギーと運動量の混同:
    • 誤解: エネルギーはスカラー量、運動量はベクトル量であるにもかかわらず、エネルギーの計算で方向を考えてしまったり、運動量の計算で大きさと向きを分離しなかったりする。
    • 対策: エネルギー(\(\frac{1}{2}mv^2\))は速さの2乗で決まるスカラー、運動量(\(m\vec{v}\))は速度に比例するベクトル、という定義を明確に区別しましょう。エネルギーの変化は単純な引き算ですが、運動量の変化はベクトルの引き算です。
  • 微小変化の計算:
    • 誤解: \((v_x-2u)^2\) の展開で \(4u^2\) の項を最初から無視してしまい、\(v_x^2 – 4v_x u\) としてしまう。
    • 対策: 近似は、必ず式を正確に展開した後、項の大きさ(オーダー)を比較して行います。最初から恣意的に項を消去すると、重要な項まで消してしまう危険があります。まず展開し、その後で「\(v_x u\) の項に比べて \(u^2\) の項は小さいから無視する」という論理的な手順を踏むことが大切です。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 反発係数の式:
    • 選定理由: 1次元の「衝突」現象を扱う上で、運動量保存則とエネルギー保存則(弾性衝突の場合)を一つにまとめた、非常に便利で強力な公式だからです。特に、壁のように質量が無限大とみなせる相手との衝突では、この式だけで衝突後の速度が求まります。
    • 適用根拠: 2つの物体が衝突し、その後の速度を問われているという物理的状況。
  • 運動エネルギーの式 \(E_k = \frac{1}{2}mv^2\):
    • 選定理由: 問題が「分子の運動エネルギーの減少」を問うているため、エネルギーを定量化する必要があるからです。
    • 適用根拠: 運動エネルギーの定義そのものです。
  • 平均運動エネルギーと温度の関係 \(E \propto T\):
    • 選定理由: 分子の力学的な量である「エネルギー」の変化を、熱力学的な量である「温度」の変化に結びつけるために必要だからです。
    • 適用根拠: これは気体分子運動論の重要な結論の一つであり、理想気体の温度の物理的実体が分子の運動の激しさであることを示しています。
  • 状態方程式の微小変化の関係 \(\frac{\Delta P}{P} + \frac{\Delta V}{V} = \frac{\Delta T}{T}\):
    • 選定理由: 圧力、体積、温度という3つのマクロな物理量の「微小な変化」の間の関係を知るため。
    • 適用根拠: 理想気体の状態方程式 \(PV=nRT\) が、変化の前後で常に成り立っているという事実に基づいています。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 近似のタイミングを間違えない:
    • 特に注意すべき点: 問(2)の計算で、\(v_x’ = -v_x + 2u\) を \(v_x’ \approx -v_x\) と先に近似してしまうと、エネルギー変化が0になってしまいます。
    • 日頃の練習: 微小量の計算では、「引き算で大きな項がキャンセルされた後に残る、小さな項が重要になる」ことが多いです。したがって、近似は必ず引き算などの計算が終わった最終段階で行う、という原則を徹底しましょう。
  • 変化率の計算をマスターする:
    • 特に注意すべき点: \(\Delta E/E\), \(\Delta V/V\), \(\Delta T/T\) のような変化率(相対変化)の扱いに慣れることが、この種の問題をスムーズに解く鍵です。
    • 日頃の練習: \(y=ax^k\) のようなべき乗の関数では、微小変化に対して \(\frac{\Delta y}{y} = k \frac{\Delta x}{x}\) という関係が成り立ちます。また、\(z=xy\) のような積の関数では \(\frac{\Delta z}{z} = \frac{\Delta x}{x} + \frac{\Delta y}{y}\) となります。これらの関係を公式として覚えておくと、計算が大幅に速くなります。
  • 符号の確認:
    • 特に注意すべき点: エネルギーの「変化」を問うているのか、「減少量」を問うているのかで符号が変わります。膨張(\(\Delta V > 0\))ではエネルギーは減少(\(\Delta E < 0\))し、温度も低下(\(\Delta T < 0\))します。計算結果の符号が、この物理的な直感と一致しているかを常に確認しましょう。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • (1) \(v_x – 2u\): ピストンが逃げている(\(u>0\))ので、分子の速さが衝突前(\(v_x\))より減少するのは妥当です。
    • (2) \(2mv_x u\): エネルギーの減少量は、分子が速いほど(\(v_x\))、またピストンが速く逃げるほど(\(u\))大きくなる、という結果は物理的に理にかなっています。
    • (9) \(\Delta T = -\frac{2T}{3V}\Delta V\): この式は、\(\Delta V > 0\)(膨張)のとき \(\Delta T < 0\)(温度低下)となることを示しています。これは「断熱膨張では温度が下がる」という熱力学の法則と一致します。符号がマイナスであることが極めて重要です。
  • コラムQの結果の吟味:
    • 温度は2%減少、圧力は5%減少: 体積が3%増加したのに対し、温度の減少率は2%、圧力の減少率は5%です。断熱膨張では、等温膨張(温度一定、圧力は\(1/1.03 \approx -2.9\%\))よりも急激に圧力が下がることが知られています。5%という減少率は、この性質と整合的です。
  • 既知の法則との比較:
    • 問(9)の結果 \(\frac{\Delta T}{T} = -\frac{2}{3}\frac{\Delta V}{V}\) は、微分形式で書くと \(\frac{dT}{T} = -\frac{2}{3}\frac{dV}{V}\) となります。これを積分すると \(\ln T = -\frac{2}{3}\ln V + \text{const.}\) となり、\(T V^{2/3} = \text{一定}\) という関係が導かれます。
    • これは、単原子分子理想気体の比熱比 \(\gamma = 5/3\) を用いたポアソンの法則 \(TV^{\gamma-1} = \text{一定}\) と完全に一致します。このように、分子運動論から出発した微視的な考察が、熱力学の巨視的な法則を再現することを確認するのは、非常に重要な学習体験です。
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問題50 (防衛大+横浜国大+岩手大)

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、理想気体の状態変化をP-Vグラフ上で追いながら、仕事、熱、内部エネルギー変化に関する基本的な理解を問うものです。定積モル比熱 \(C_V\)、定圧モル比熱 \(C_P\) を用いて、各過程における熱力学的な量を記述していきます。サイクルは、定圧変化(A→B)、等温変化(B→C)、定積変化(C→D)、断熱変化(D→A)から構成されています。

与えられた条件
  • \(n\) モルの理想気体。
  • 定積モル比熱: \(C_V\)。
  • 定圧モル比熱: \(C_P\)。
  • 状態変化のサイクル: A→B→C→D→A。
  • A→B: 定圧変化(圧力 \(P_A\)、温度 \(T_1 \rightarrow T_2\))。
  • B→C: 等温変化(温度 \(T_2\))。
  • C→D: 定積変化(体積 \(V_C\)、温度 \(T_2 \rightarrow T_3\))。
  • D→A: 断熱変化(温度 \(T_3 \rightarrow T_1\))。
  • 図中の( )内は各状態での絶対温度を示す。
問われていること(空欄補充形式)
  • (ア), (イ): 気体が仕事をした区間。
  • (ウ): 気体が仕事をされた区間。
  • (エ): 1サイクル全体で気体が仕事をしたかされたか。
  • (オ): 温度 \(T_1, T_2, T_3\) の大小関係。
  • (カ): 内部エネルギーが変化しなかった区間。
  • (キ): (カ)の区間で気体が熱を吸収したか放出したか。
  • 内部エネルギーが変化した区間を①(A→B), ②(C→D), ③(D→A)と名付ける。
  • (ク): ①での内部エネルギーの変化量。
  • (ケ): ①での吸収熱量。
  • (コ): ①での仕事の大きさ。
  • (サ): ②での放出熱量。
  • (シ): ③で気体にされた仕事。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。

  1. 提示する別解
    • (コ) A→Bで気体がした仕事の大きさの別解: 状態方程式を用いる解法
      • 主たる解法が熱力学第一法則(\(W’ = Q – \Delta U\))から仕事を求めるのに対し、別解では仕事の定義式 \(W’ = P\Delta V\) と理想気体の状態方程式 \(P\Delta V = nR\Delta T\) を直接用いて導出します。
  2. 上記の別解が有益である理由
    • 物理法則の多角的理解: 同じ物理量(仕事)を、エネルギー保存則(熱力学第一法則)の観点から見るか、力学的な定義(\(P\Delta V\))と気体の性質(状態方程式)から見るかという、二つの異なるアプローチを学ぶことで、物理法則間の関連性についての理解が深まります。
    • 解法の選択肢: 問題によっては、熱量\(Q\)が未知で仕事\(W\)を求めたい場合があります。その際に、状態方程式から直接仕事を計算できることを知っていると、解法の選択肢が広がり、より効率的に問題を解くことができます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは、理想気体の状態変化と熱力学第一法則です。P-Vグラフで示されたサイクルを通じて、気体がする仕事、吸収または放出する熱、内部エネルギーの変化を、それぞれの過程(定圧、等温、定積、断熱)の特性を踏まえて考察します。

問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. P-Vグラフと仕事: グラフ上で状態変化の曲線とV軸で囲まれた面積が、気体がした仕事(またはされた仕事)を表します。体積が増加(膨張)すれば気体は仕事をし、体積が減少(圧縮)すれば仕事をされます。
  2. 理想気体の内部エネルギー: 理想気体の内部エネルギーは絶対温度のみに依存し、\(U = nC_V T\)と表せます。したがって、内部エネルギーの変化量は\(\Delta U = nC_V \Delta T\)となり、これはあらゆる状態変化に適用可能な極めて重要な公式です。
  3. 熱力学第一法則: \(\Delta U = Q + W\) (\(Q\):気体が吸収した熱量、\(W\):気体がされた仕事)。これはエネルギー保存則の熱力学における表現です。
  4. 各状態変化の公式:
    • 定積変化: \(Q = nC_V \Delta T\)
    • 定圧変化: \(Q = nC_P \Delta T\)
    • マイヤーの関係式: \(C_P – C_V = R\)

これらの法則や定義を正確に理解し、各空欄に対応する物理量を特定・計算していきます。仕事の有無や向きは体積変化で判断し、温度関係はP-Vグラフ上の等温線の性質や各過程の特性から判断します。内部エネルギーの変化は温度変化に直結し、熱量の出入りや仕事の計算は熱力学第一法則と各過程の公式を適用します。

(ア), (イ), (ウ)

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