問題43 (東京大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、互いに逆向きに回転する2つのローラーの上に置かれた一様な板の運動を扱います。最初は糸で引かれて静止しており、そのときの力のつり合いを考えます。次に糸を切った後の板の振動(単振動)について、そして最後にローラーの回転を止めた後の板の滑走について考察します。動摩擦力が重要な役割を果たす問題です。
- 互いに逆向きに高速で回転する2つのローラーが、距離 \(2l\) を隔てて置かれている。
- その上に質量 \(M\) の一様な板が水平に置かれている。
- 初期状態では、板は糸で壁に結ばれて静止しており、その重心Gは2つのローラーの中点O (\(x=0\)) から右に \(d\) だけ離れた点 (\(x = d\)) にある。
- 板の厚みは無視でき, \(0 < d < l\)。
- 板とローラーの間の動摩擦係数は \(\mu\)。
- 重力加速度を \(g\) とする。
- (1) 板が静止しているとき、左右のローラーが板に及ぼしている垂直抗力と、糸の張力。
- (2) 糸を切った後、板が振動するときの周期と速さの最大値。
- (3) 板の重心Gが点Oを左へ通過するときにローラーの回転を瞬時に止めた場合、板が左に滑って停止するまでの距離 \(D\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
【注記】本問については、模範解答のアプローチが最も標準的かつ効率的であるため、別解の提示は省略します。剛体のつり合い(力のつり合いとモーメントのつり合い)、そして動摩擦力が引き起こす単振動という、それぞれの設問に対する解法は物理的に最も直接的であり、他のアプローチはかえって複雑になる可能性が高いです。
この問題のテーマは、摩擦力が関与する剛体のつり合いと単振動、そして仕事とエネルギーの関係です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 剛体の力のつり合い: 物体が静止している状態では、並進運動に関する力のつり合い(合力が0)と、回転運動に関する力のモーメントのつり合い(任意の点のまわりのモーメントの和が0)が成り立ちます(問(1))。
- 動摩擦力: 接触面間で滑りが生じているときに働く力で、その向きは滑りを妨げる向き、大きさは垂直抗力に比例します(\(f’ = \mu N\))。ローラーの回転方向と板の相対運動から摩擦力の向きを正確に把握することが重要です。
- 運動方程式と単振動: 物体に働く合力が、あるつり合いの位置からの変位に比例し、変位と逆向きである場合(復元力 \(F=-Kx\))、物体は単振動をします(問(2))。
- 仕事とエネルギーの関係(エネルギー保存則): 特に、動摩擦力のような非保存力が仕事をする場合、その仕事の分だけ力学的エネルギーが変化します(問(3))。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 問(1)では、板に働く力を図示し、力のつり合いとモーメントのつり合いから垂直抗力と張力を求めます。
- 問(2)では、糸を切った後の水平方向の合力を調べ、単振動の条件を満たすか確認し、周期と最大速度を計算します。
- 問(3)では、ローラー停止後の動摩擦力による仕事と運動エネルギー変化の関係から滑走距離を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
板は静止しているので、力のつり合いとモーメントのつり合いが成り立っています。
まず、板に働く力をすべて図示します。鉛直方向には重力と左右のローラーからの垂直抗力。水平方向には糸の張力と左右のローラーからの動摩擦力。ローラーは高速で回転しているので、板との間には滑りが生じており、動摩擦力が働きます。動摩擦力の向きは、ローラーの回転が板をどちらへ引きずろうとするかで決まります。
未知数は左右の垂直抗力 \(N_1, N_2\) と糸の張力 \(S\) です。これらを求めるために、以下の3つのつり合いの式を立てます。
1. 鉛直方向の力のつり合い。
2. 任意の点のまわりの力のモーメントのつり合い。
3. 水平方向の力のつり合い。
この設問における重要なポイント
- 剛体のつり合い条件: \(\sum F_y = 0\), \(\sum F_x = 0\), \(\sum M = 0\)。
- 動摩擦力の向きの決定: 左ローラーは板を右へ、右ローラーは板を左へ引きずる。
- モーメントの計算: 腕の長さを正確に求める。重心Gの位置は \(x=d\)。左右のローラーの接点はそれぞれ \(x=-l\) と \(x=l\) の位置にある。
具体的な解説と立式
板に働く力は以下の通りです(右向きを \(x\) 軸の正、鉛直上向きを \(y\) 軸の正とします)。
鉛直方向: 重力 \(Mg\)(下向き)、左ローラーからの垂直抗力 \(N_1\)(上向き)、右ローラーからの垂直抗力 \(N_2\)(上向き)。
水平方向: 糸の張力 \(S\)(右向き)、左ローラーからの動摩擦力 \(\mu N_1\)(右向き)、右ローラーからの動摩擦力 \(\mu N_2\)(左向き)。
鉛直方向の力のつり合いより:
(上向きの力の和)=(下向きの力の和)
$$
\begin{aligned}
N_1 + N_2 &= Mg \quad \cdots ①
\end{aligned}
$$
重心G (\(x=d\)) のまわりの力のモーメントのつり合いより(反時計回りを正):
(反時計回りのモーメントの和)=(時計回りのモーメントの和)
$$
\begin{aligned}
N_2(l-d) &= N_1(l+d) \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$
水平方向の力のつり合いより:
(右向きの力の和)=(左向きの力の和)
$$
\begin{aligned}
\mu N_1 + S &= \mu N_2 \quad \cdots ③
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 力のモーメントのつり合い
- 動摩擦力: \(f’ = \mu N\)
式②より、
$$
\begin{aligned}
N_2 &= N_1 \frac{l+d}{l-d}
\end{aligned}
$$
これを式①に代入します。
$$
\begin{aligned}
N_1 + N_1 \frac{l+d}{l-d} &= Mg \\[2.0ex]
N_1 \left(1 + \frac{l+d}{l-d}\right) &= Mg \\[2.0ex]
N_1 \left(\frac{l-d+l+d}{l-d}\right) &= Mg \\[2.0ex]
N_1 \frac{2l}{l-d} &= Mg
\end{aligned}
$$
よって、
$$
\begin{aligned}
N_1 &= \frac{l-d}{2l}Mg
\end{aligned}
$$
次に \(N_2\) を求めます。式①より \(N_2 = Mg – N_1\)。
$$
\begin{aligned}
N_2 &= Mg – \frac{l-d}{2l}Mg \\[2.0ex]
&= Mg \left(\frac{2l-(l-d)}{2l}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{l+d}{2l}Mg
\end{aligned}
$$
最後に、式③を \(S\) について解き、求めた \(N_1\) と \(N_2\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
S &= \mu(N_2 – N_1) \\[2.0ex]
&= \mu\left(\frac{l+d}{2l}Mg – \frac{l-d}{2l}Mg\right) \\[2.0ex]
&= \mu \frac{Mg}{2l}((l+d) – (l-d)) \\[2.0ex]
&= \mu \frac{Mg}{2l}(2d) \\[2.0ex]
&= \frac{\mu d}{l}Mg
\end{aligned}
$$
板が静止しているので、上下方向の力、左右方向の力、そして回転させようとする力(モーメント)がすべてつり合っています。
1. 上下の力のつり合い: 2つのローラーが板を支える力(垂直抗力)の合計が、板の重さと等しくなります。
2. 回転の力のつり合い: 板が傾かないように、例えば重心の周りで、左のローラーが押し上げるモーメントと右のローラーが押し上げるモーメントがつり合っています。
3. 左右の力のつり合い: 糸が右に引く力と左のローラーからの摩擦力の合計が、右のローラーからの摩擦力とつり合っています。
これらの3つの式を連立して解くことで、求めたい3つの力(2つの垂直抗力と張力)が計算できます。
左のローラーが板に及ぼしている垂直抗力 \(N_1\) は \(\displaystyle N_1 = \frac{l-d}{2l}Mg\)。
右のローラーが板に及ぼしている垂直抗力 \(N_2\) は \(\displaystyle N_2 = \frac{l+d}{2l}Mg\)。
糸の張力 \(S\) は \(\displaystyle S = \frac{\mu d}{l}Mg\)。
重心Gが右にずれている (\(d>0\)) ため、右のローラーにかかる垂直抗力 \(N_2\) の方が左の \(N_1\) よりも大きくなっています。これは物理的に妥当です。
思考の道筋とポイント
垂直抗力 \(N_1, N_2\) を求める際に、一方のローラーと板の接点のまわりのモーメントのつり合いを考えると、その接点に働く力のモーメントが0になるため、式が簡単になります。
この設問における重要なポイント
- モーメントの中心を工夫することで、未知数を減らした方程式を立てることができる。
- 力の作用点と腕の長さを正確に把握することが重要である。
具体的な解説と立式
左のローラーと板の接点(\(x=-l\))のまわりの力のモーメントのつり合い(反時計回りを正):
(反時計回りのモーメントの和)=(時計回りのモーメントの和)
$$
\begin{aligned}
N_2 \cdot (2l) &= Mg \cdot (l+d)
\end{aligned}
$$
右のローラーと板の接点(\(x=l\))のまわりの力のモーメントのつり合い(反時計回りを正):
(反時計回りのモーメントの和)=(時計回りのモーメントの和)
$$
\begin{aligned}
N_1 \cdot (2l) &= Mg \cdot (l-d)
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 力のモーメントのつり合い
上の2つの式から、それぞれ \(N_2, N_1\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
N_2 &= \frac{l+d}{2l}Mg \\[2.0ex]
N_1 &= \frac{l-d}{2l}Mg
\end{aligned}
$$
これらの結果は主たる解法と一致します。張力 \(S\) は同様に水平方向の力のつり合いから求めます。
モーメントのつり合いを考えるとき、回転の中心はどこに選んでも構いません。そこで、計算が楽になるように、未知の力がたくさん働いているローラーとの接点を選んでみましょう。そうすると、その点に働く垂直抗力や摩擦力は「腕の長さ」がゼロなのでモーメントもゼロになり、式から消えてくれます。これにより、残りの力のモーメントだけで簡単な式が立てられ、垂直抗力を素早く計算できます。
主たる解法と完全に同じ結果が得られました。モーメントの中心を戦略的に選ぶことで、連立方程式を解く手間を省き、より効率的に計算できることがわかります。
問(2)
思考の道筋とポイント
糸を切ると、板は張力 \(S\) を失い、動摩擦力によって水平方向に運動を始めます。この運動が単振動であるかを確認し、周期と最大速度を求めます。
板の重心Gが一般の位置 \(x\) にあるとき、左右のローラーからの垂直抗力 \(N_1(x), N_2(x)\) は、問(1)の結果の \(d\) を \(x\) に置き換えることで得られます。
水平方向の合力 \(F_x\) は、左右のローラーからの動摩擦力の差となります。この \(F_x\) が \(x\) に比例する復元力 (\(-Kx\)) の形になれば、板は単振動をします。
この設問における重要なポイント
- 動摩擦力による復元力の導出: 重心位置 \(x\) によって垂直抗力が変化し、それによって動摩擦力も変化する。その合力が復元力となる。
- 単振動の条件の確認: \(F_x = -Kx\)。
- 振幅の特定: 静かに放たれる位置が、その後の振動の端点となる。
具体的な解説と立式
糸が切れると張力 \(S=0\) となります。板の重心Gが一般の位置 \(x\) にあるとき、垂直抗力 \(N_1(x), N_2(x)\) は、
$$
\begin{aligned}
N_1(x) &= \frac{l-x}{2l}Mg \\[2.0ex]
N_2(x) &= \frac{l+x}{2l}Mg
\end{aligned}
$$
水平方向の合力 \(F_x\) は、右向きを正とすると、
$$
\begin{aligned}
F_x &= \mu N_1(x) – \mu N_2(x)
\end{aligned}
$$
この \(F_x\) が \(-Kx\) の形になるか確認します。運動方程式は \(M\ddot{x} = F_x\)。
振幅 \(A=d\)。角振動数を \(\omega_{\text{SHM}}\) とすると、最大速度 \(v_{\text{最大}}\) は、
$$
\begin{aligned}
v_{\text{最大}} &= A \omega_{\text{SHM}}
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 動摩擦力: \(f’ = \mu N\)
- 運動方程式: \(M\ddot{x} = F_x\)
- 単振動の周期: \(T = 2\pi\sqrt{M/K}\)
- 単振動の最大速度: \(v_{\text{最大}} = A\omega_{\text{SHM}}\)
合力 \(F_x\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
F_x &= \mu \left(\frac{l-x}{2l}Mg\right) – \mu \left(\frac{l+x}{2l}Mg\right) \\[2.0ex]
&= \frac{\mu Mg}{2l} ((l-x) – (l+x)) \\[2.0ex]
&= \frac{\mu Mg}{2l}(-2x) \\[2.0ex]
&= -\frac{\mu Mg}{l}x
\end{aligned}
$$
これは \(F_x = -Kx\) の形で、復元力の比例定数 \(K\) は、
$$
\begin{aligned}
K &= \frac{\mu Mg}{l}
\end{aligned}
$$
単振動の周期 \(T\) は、
$$
\begin{aligned}
T &= 2\pi\sqrt{\frac{M}{K}} \\[2.0ex]
&= 2\pi\sqrt{\frac{M}{\frac{\mu Mg}{l}}} \\[2.0ex]
&= 2\pi\sqrt{\frac{l}{\mu g}}
\end{aligned}
$$
角振動数 \(\omega_{\text{SHM}}\) は、
$$
\begin{aligned}
\omega_{\text{SHM}} &= \sqrt{\frac{K}{M}} \\[2.0ex]
&= \sqrt{\frac{\mu g}{l}}
\end{aligned}
$$
振幅 \(A=d\) なので、最大の速さ \(v_{\text{最大}}\) は、
$$
\begin{aligned}
v_{\text{最大}} &= d \sqrt{\frac{\mu g}{l}}
\end{aligned}
$$
糸を切ると、板は左右のローラーからの摩擦力だけを受けて振動します。板の位置 \(x\) によって左右の垂直抗力が変わり、それに応じて摩擦力も変わります。計算すると、板を元の位置 \(x=0\) に戻そうとする力が働き、その力は \(x\) に比例することがわかります。これは「単振動」という特別な振動をすることを意味します。
周期 \(T\): 単振動の周期は「\(2\pi \times \sqrt{\text{質量} / \text{戻そうとする力の強さの比例定数}}\)」で計算できます。
最大の速さ \(v_{\text{最大}}\): 単振動では、振動の中心(この場合は \(x=0\))を通過するときに速さが最大になります。これは「振幅(初めの位置 \(d\))× 角振動数(周期から計算できる)」で求められます。
振動の周期 \(T\) は \(\displaystyle T = 2\pi\sqrt{\frac{l}{\mu g}}\)。
速さの最大値 \(v_{\text{最大}}\) は \(\displaystyle v_{\text{最大}} = d\sqrt{\frac{\mu g}{l}}\)。
周期はローラー間の距離の半分 \(l\) が大きいほど、また動摩擦係数 \(\mu\) や重力加速度 \(g\) が小さいほど長くなります。最大速度は初期の変位 \(d\) が大きいほど大きくなります。これらは物理的に妥当な傾向です。
思考の道筋とポイント
板の運動は \(x=0\) を中心とする単振動なので、単振動のエネルギー保存則が使えます。振動の端(\(x=d\)、速度0)でのエネルギーと、振動中心(\(x=0\)、速度 \(v_{\text{最大}}\))でのエネルギーが等しいと考えます。
この設問における重要なポイント
- 単振動のエネルギーは \(\frac{1}{2}Mv^2 + \frac{1}{2}Kx^2\) で与えられ、保存される。
- 振動の端では運動エネルギーが0、振動中心では(中心を位置エネルギーの基準とすれば)位置エネルギーが0。
具体的な解説と立式
単振動のエネルギー保存則より、振動の端(変位 \(d\)、速度0)でのエネルギーと、振動中心(変位0、速度 \(v_{\text{最大}}\))でのエネルギーは等しいです。復元力の比例定数は \(K = \displaystyle\frac{\mu Mg}{l}\)。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}M(0)^2 + \frac{1}{2}K d^2 &= \frac{1}{2}M v_{\text{最大}}^2 + \frac{1}{2}K (0)^2 \\[2.0ex]
\frac{1}{2}K d^2 &= \frac{1}{2}M v_{\text{最大}}^2
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 単振動のエネルギー保存則: \(\frac{1}{2}Mv^2 + \frac{1}{2}Kx^2 = \text{一定}\)
上式から \(v_{\text{最大}}\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
v_{\text{最大}}^2 &= \frac{K}{M}d^2
\end{aligned}
$$
\(v_{\text{最大}} > 0\) なので、
$$
\begin{aligned}
v_{\text{最大}} &= d\sqrt{\frac{K}{M}} \\[2.0ex]
&= d\sqrt{\frac{\frac{\mu Mg}{l}}{M}} \\[2.0ex]
&= d\sqrt{\frac{\mu g}{l}}
\end{aligned}
$$
単振動のエネルギーという考え方を使っても、最大の速さを計算できます。振動の端っこ(スタート地点)で持っている「位置エネルギーのようなもの」が、振動の真ん中に来たときには、すべて「運動エネルギー」に変わります。このエネルギーの変換の式を立てることで、最大の速さが求まります。
主たる解法と全く同じ結果が得られました。\(v_{\text{最大}} = A\omega\) という公式は、このエネルギー保存則から導かれるものであり、両者は本質的に同じことを別の表現で述べているにすぎません。
問(3)
思考の道筋とポイント
板の重心Gが点O (\(x=0\)) を左へ通過するとき、板は問(2)で求めた最大速度 \(v_{\text{最大}}\) で運動しています。この瞬間に2つのローラーの回転を止めると、板は左へ滑ろうとします。そのため、左右のローラーは板に対してその滑りを妨げる向き、すなわち右向きに動摩擦力を及ぼします。
重要なのは、ローラーが回転していない場合、板がどちらのローラー上を滑るかによって摩擦力の向きが決まるということです。板全体が左に動いているので、両方のローラーから受ける動摩擦力は右向きとなります。
この動摩擦力の合力は一定になるため、板は一定の加速度(減速)で運動し、やがて停止します。
初期の運動エネルギーが、すべて動摩擦力による仕事によって失われると考えて、停止するまでの距離 \(D\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- ローラー停止後の動摩擦力の向き: 板が左へ滑るので、両方のローラーからの動摩擦力は右向きに働く。
- 動摩擦力の合力の計算: 左右のローラーからの垂直抗力の和は常に \(Mg\) である。したがって、動摩擦力の合力は \(\mu N_1 + \mu N_2 = \mu(N_1+N_2) = \mu Mg\) となり、一定である。
- 仕事とエネルギーの関係: 初期の運動エネルギー \(\frac{1}{2}Mv_{\text{最大}}^2\) が、動摩擦力のした仕事 \(\mu Mg D\) によって0になる。
具体的な解説と立式
板の重心Gが点Oを左へ通過するときの速さは \(v_{\text{最大}}\) です。ローラーの回転を止めると、板は左へ滑り、両ローラーから右向きの動摩擦力を受けます。
動摩擦力の合力 \(F_{\text{摩擦}}\) の大きさは、\(F_{\text{摩擦}} = \mu N_1 + \mu N_2 = \mu(N_1+N_2)\)。鉛直方向の力のつり合いから \(N_1+N_2 = Mg\) なので、
$$
\begin{aligned}
F_{\text{摩擦}} &= \mu Mg
\end{aligned}
$$
板は初速度 \(v_{\text{最大}}\) で左へ運動を始め、距離 \(D\) だけ滑って停止します。仕事とエネルギーの関係より、運動エネルギーの変化が摩擦力のした仕事に等しいので、
$$
\begin{aligned}
0 – \frac{1}{2}Mv_{\text{最大}}^2 &= -F_{\text{摩擦}} \cdot D \\[2.0ex]
&= -\mu Mg D
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 動摩擦力: \(f’ = \mu N\)
- 仕事とエネルギーの関係: \(\Delta E_k = W\)
上式から \(D\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}Mv_{\text{最大}}^2 &= \mu Mg D \\[2.0ex]
D &= \frac{v_{\text{最大}}^2}{2\mu g}
\end{aligned}
$$
問(2)で求めた \(v_{\text{最大}}^2 = d^2 \frac{\mu g}{l}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
D &= \frac{d^2 \frac{\mu g}{l}}{2\mu g} \\[2.0ex]
&= \frac{d^2}{2l}
\end{aligned}
$$
板が一番速く動いているとき(\(x=0\) を左に通過するとき)にローラーを止めると、板は床(止まったローラー)との摩擦でだんだん遅くなり、やがて止まります。
このとき、板が持っていた運動の勢い(運動エネルギー)が、すべて摩擦によって熱などの形で失われます。
摩擦がする仕事は「摩擦力の大きさ × 滑った距離 \(D\)」です。ローラーが止まっている場合、板が左に滑るので、左右両方のローラーから右向きの摩擦力が働きます。この摩擦力の合計は、計算すると常に \(\mu Mg\) という一定の値になります。
したがって、「初めの運動エネルギー = 摩擦力の大きさ × 滑った距離 \(D\)」という式を立て、これを \(D\) について解きます。
板が左に滑って停止するまでの距離 \(D\) は \(\displaystyle D = \frac{d^2}{2l}\) です。
この結果は、動摩擦係数 \(\mu\) や重力加速度 \(g\)、質量 \(M\) を含まない形になりました。これは、\(v_{\text{最大}}^2\) の中に \(\mu g\) が含まれており、それが摩擦力の \(\mu g\) と相殺されるためです。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 剛体のつり合い(静力学)
- 核心: (1)で問われているのは、大きさを持つ物体(剛体)が静止するための条件です。これには、力がつり合う(並進しない)という条件に加え、「力のモーメントがつり合う(回転しない)」という条件が不可欠です。
- 理解のポイント:
- 力の図示: まず、物体に働く全ての力をベクトルとして正確に図示します。作用点も重要です。
- 力のつり合い: 鉛直方向と水平方向、それぞれの方向で力の合力がゼロになるという式を立てます。
- モーメントのつり合い: 任意の点のまわりで、時計回りのモーメントの和と反時計回りのモーメントの和が等しくなるという式を立てます。計算が最も簡単になるように、未知の力が多く働く点などを回転の中心に選ぶのがコツです。
- 動摩擦力がつくる単振動
- 核心: (2)では、一見複雑な動摩擦力が、実は板の位置 \(x\) に比例する復元力 \(-Kx\) を生み出し、単振動を引き起こすことを見抜くのがポイントです。これは、板の位置によって垂直抗力が変化し、それに伴い動摩擦力も変化するために起こる現象です。
- 理解のポイント:
- 位置の関数としての力: 板の重心位置 \(x\) の関数として、垂直抗力 \(N_1(x), N_2(x)\) をまず求めます。
- 合力の計算: 左右の動摩擦力の合力 \(F_x = \mu N_1(x) – \mu N_2(x)\) を計算し、これが \(-Kx\) の形になることを確認します。
- 単振動への帰着: 復元力の形が確認できれば、あとは質量 \(M\) と復元力の比例定数 \(K\) を用いて、周期や最大速度を単振動の公式から求めることができます。
- 仕事とエネルギーの関係
- 核心: (3)のように、非保存力である動摩擦力が仕事をする場合、その仕事の分だけ系の力学的エネルギーが変化(減少)します。運動エネルギーの変化と摩擦力がした仕事の関係を正しく立式することが鍵となります。
- 理解のポイント:
- エネルギーの変化: \(\Delta E_{\text{運動}} = W_{\text{仕事}}\) という関係を理解します。この問題では、運動エネルギーの変化が摩擦力のした仕事に等しくなります。
- 仕事の計算: 動摩擦力がした仕事は、\(W = -(\text{力の大きさ}) \times (\text{移動距離})\) で計算できます。
- 力の性質の把握: (3)では、ローラーが止まった後の動摩擦力の合力が \(\mu Mg\) という「一定値」になることを見抜くことが重要です。力が一定なので、仕事の計算が単純になります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- はしごのつり合い: 壁と床に立てかけられたはしごが滑らない条件を求める問題。力のつり合いとモーメントのつり合いの両方が必要になります。
- 可変抵抗を持つ電気振動: 電気回路におけるLC振動で、抵抗値が時間や電流によって変化する場合。本問の動摩擦力が位置によって変わる状況と類似のアナロジーがあります。
- ブレーキをかける運動: 自動車がブレーキをかけるとき、動摩擦力が仕事をして運動エネルギーを熱エネルギーに変える問題。(3)の状況と本質的に同じです。
- 初見の問題での着眼点:
- 静止か運動か: まず、問題の状況が「つり合い」なのか「運動」なのかを判断します。それによって適用すべき法則(つり合いの式か、運動方程式か)が決まります。
- 力の性質: 働く力が「保存力か非保存力か」「一定か、位置や速度によって変化するか」を分析します。これが、エネルギー保存則が使えるか、運動が単振動になるか、といった解析方針を決定する上で最も重要な情報となります。
- 剛体か質点か: 物体に大きさが与えられている場合(一様な板など)、質点として扱えないため、力のモーメントを考慮する必要があることを常に意識します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 動摩擦力の向きの誤認:
- 誤解: (1)や(2)で、ローラーの回転方向と板の運動方向を混同し、摩擦力の向きを間違える。
- 対策: 摩擦力は常に「接触面間の相対的な滑りを妨げる向き」に働く、という基本に立ち返る。ローラーの表面が板に対してどちらに動こうとしているかを考え、その動きを妨げる向きに板への摩擦力が働くと判断する。
- モーメントの腕の長さの計算ミス:
- 誤解: 重心Gやローラーの位置を正しく把握せず、モーメントの腕の長さを間違える。
- 対策: 必ず図を描き、座標軸と原点を設定する。各力の作用点の座標を明確にし、「回転中心からの距離」を正確に計算する。
- 単振動と減衰振動の混同:
- 誤解: 摩擦があるので、(2)の運動は振幅が減っていく減衰振動だと早合点してしまう。
- 対策: 運動方程式を立てて、復元力の形をきちんと確認する。本問では、復元力が \(-Kx\) という理想的な単振動の形になる特殊なケースです。一般的な摩擦を伴う振動(例:問題41)では、振動中心がずれたり、振幅が減少したりします。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のモーメントのつり合い:
- 選定理由: (1)で、物体が大きさを持つ「剛体」であり、かつ「静止」しているため。力がつり合っていても、モーメントがつり合っていなければ回転してしまいます。
- 適用根拠: 剛体が静止し続けるための必要十分条件の一部です。
- 運動方程式 \(M\ddot{x} = -Kx\):
- 選定理由: (2)で、糸を切った後の振動運動を解析するため。
- 適用根拠: まず、板に働く合力を計算した結果、それが偶然にも \(x\) に比例する復元力の形になったため、この運動が単振動であると断定できます。この形に帰着できなければ、単振動の公式群は使えません。
- 仕事とエネルギーの関係 \(\Delta E_k = W\):
- 選定理由: (3)で、一定の力(動摩擦力)を受けて物体が停止するまでの「距離」を求めたい場合。
- 適用根拠: 運動エネルギーの変化量は、物体にされた仕事の総量に等しいという、物理学の基本原理です。加速度を求めて等加速度運動の公式を使う方法もありますが、エネルギーの観点から解く方が見通しが良いことが多いです。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 符号の管理:
- 特に注意すべき点: 水平方向の力のつり合いや運動方程式を立てる際、右向きを正とするなど、座標軸の向きを最初に明確に決め、各力の向きを正負の符号で正確に表現することが重要です。
- 日頃の練習: 式を立てる前に、必ずフリーボディダイアグラム(物体に働く力を矢印で示した図)を描く習慣をつける。
- 文字式の整理:
- 特に注意すべき点: \(N_1, N_2\) のように複数の未知数が含まれる連立方程式を解く際に、代入や移項でミスが起こりやすい。
- 日頃の練習: (1)の別解のように、モーメントの中心を工夫して未知数を減らすなど、計算が楽になる方法がないか常に考える。また、途中式を省略せず、丁寧な計算を心がける。
- 物理量の依存関係の確認:
- 特に注意すべき点: (2)では、動摩擦力が垂直抗力を介して位置 \(x\) に依存することを見抜くのが鍵です。
- 日頃の練習: ある物理量(例:動摩擦力)を計算する際に、その量が定数なのか、あるいは他の変数(位置や速度など)によって変わるのかを常に意識する癖をつける。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 垂直抗力: \(N_1 = \frac{l-d}{2l}Mg, N_2 = \frac{l+d}{2l}Mg\)。重心が右 (\(d>0\)) にあるので、右側の支点 \(N_2\) の方が大きな力で支えるのは当然。\(d=0\) なら \(N_1=N_2=Mg/2\) となり、対称的な状況と一致する。
- (2) 周期: \(T = 2\pi\sqrt{l/\mu g}\)。復元力が摩擦力に由来するため、\(\mu\) が大きいほど復元力が強くなり、周期が短くなる。直感と一致する。
- (3) 停止距離: \(D = d^2/(2l)\)。初期の振幅 \(d\) が大きいほど、最大速度が大きくなるため、停止距離も長くなる。また、ローラー間の距離 \(2l\) が大きいほど、(2)の復元力が弱くなり最大速度が小さくなるため、停止距離は短くなる。これらも物理的に妥当な傾向です。
- 極端な場合や既知の状況との比較:
- もし摩擦がなければ (\(\mu=0\))?
- (1) 張力 \(S=0\)。摩擦がなければ板を水平に保つ力は不要。
- (2) 復元力が0になり、周期は無限大に発散。振動しない。
- (3) 摩擦がなければ減速せず、停止しない。式の上では \(D \to \infty\) となる(\(v_{\text{最大}}\) も0になるため不定形だが、物理的には止まらない)。
- もし \(d=l\) の極限を考えると?
- (1) \(N_1=0, N_2=Mg\)。重心が右のローラーの真上に来るので、左のローラーは浮き上がる寸前になる。正しい。
- もし摩擦がなければ (\(\mu=0\))?
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問題44 (東京大+名古屋市立大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、地球の周りを回るスペースシャトルと、そこから打ち出される探査機の運動に関する一連の設問で構成されています。万有引力、円運動、楕円運動、エネルギー保存則、運動量保存則、ケプラーの法則など、天体運動に関する重要な概念が網羅的に問われています。
- 地球の質量: \(M\)
- 地球の半径: \(R\)
- 万有引力定数: \(G\)
- 大気の影響は無視する。
- 図には、円軌道A、楕円軌道B、地球中心M、点P(円軌道A上、地球中心から3Rの距離)、点Q(地表、地球中心からRの距離)が示されている。
- (1) 地上2R(地球中心から3R)の円軌道Aを回るスペースシャトルの速さと周期。
- (2) 点Pで探査機を地球の引力圏から脱出させるために必要な速さ。
- (3) 探査機打ち出し後、シャトルを楕円軌道Bに乗せ、地表の点Qで回収するための、点Pでのシャトルの速さ。
- (4) 探査機とシャトルの総質量を \(m\) としたとき、(2)で求めた速さで探査機を打ち出す場合の探査機の質量。
- (5) 探査機を打ち出してからシャトルが点Qで回収されるまでの時間。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 問(1)の周期を求める別解: ケプラーの第3法則を用いる解法
- 主たる解法が周期の定義式 \(T = 2\pi r / v\) を用いて直接計算するのに対し、別解では地表での重力と万有引力の関係から導かれる \(GM = gR^2\) を利用し、ケプラーの第3法則を適用して周期を求めます。
- 問(3)の別解: 楕円軌道のエネルギー公式を用いる解法
- 主たる解法が面積速度一定の法則と力学的エネルギー保存則を連立させるのに対し、別解では楕円軌道の性質(エネルギーが長半径のみで決まること)を利用して、より少ない計算で解を導出します。
- 問(1)の周期を求める別解: ケプラーの第3法則を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理法則の多角的理解: 同じ問題を異なる物理法則(円運動の基本式 vs ケプラーの法則、連立方程式 vs 楕円軌道のエネルギー公式)から解くことで、各法則の適用範囲やつながりについての理解が深まります。
- 解法の効率化: 特に問(3)の別解は、楕円軌道のエネルギーに関する知識があれば、複雑な連立方程式を解く手間を省き、より迅速かつスマートに解を導くことができます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは、万有引力と天体の運動です。地球の重力場における人工衛星や探査機の運動を扱います。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 万有引力の法則: 質量を持つ物体間に働く引力 \(F = G\frac{Mm}{r^2}\)。
- 万有引力による位置エネルギー: 無限遠を基準として \(U = -G\frac{Mm}{r}\)。
- 円運動の運動方程式: 円軌道上の物体にはたらく万有引力が向心力となります。
- 力学的エネルギー保存則: 保存力(この場合は万有引力のみ)だけが仕事をする場合、運動エネルギーと位置エネルギーの和は一定です。
- ケプラーの法則: 第2法則(面積速度一定の法則)と第3法則(調和の法則)が特に重要です。
- 運動量保存則: 内力のみが働く系(分裂や合体など)では、系の全運動量は保存されます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 問(1)では、円運動の条件から速さと周期を求めます。
- 問(2)では、力学的エネルギーが0以上という条件から脱出速度を計算します。
- 問(3)では、楕円軌道における力学的エネルギー保存則と面積速度一定の法則を連立させます。
- 問(4)では、探査機打ち出しの前後で運動量保存則を適用します。
- 問(5)では、ケプラーの第3法則を用いて楕円軌道の半周期を求めます。