「リードα 物理基礎・物理 改訂版」徹底解説!【第8章】基本問題159~169

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基本問題

159 慣性力

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説では、模範解答で採用されている解法(非慣性系での力のつり合い・運動方程式)を主たる解説とします。それに加え、以下の教育的価値の高い別解を提示します。

  1. 設問(1)および(2)の別解
    • 別解: 慣性系(地上の観測者)の視点から運動方程式を用いた解法
  2. 別解の意義
    • 慣性力という概念を使わない、より基本的なニュートンの運動法則から現象を理解できます。
    • 特に設問(2)では、リフトと小球の運動を別々に記述し、両者の相対的な位置関係から時間を求めるアプローチを取ります。これにより、相対運動の考え方を深く理解することができます。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、最終的な答えは模範解答と一致します。

この問題のテーマは「慣性力と見かけの重力加速度」です。上向きに加速するリフト(非慣性系)の中では、下向きの慣性力がはたらくため、見かけ上、重力が大きくなったように振る舞います。この状況で、糸の張力や、糸が切れた後の落下運動がどうなるかを考察します。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 慣性力: 加速度\(a\)で運動する観測者から見ると、質量\(m\)の物体には、加速度と逆向きに大きさ\(ma\)の慣性力がはたらいているように見えます。
  2. 非慣性系での力のつり合い: (1)のようにリフト内の観測者から見て物体が静止している場合、「実際にはたらく力」と「慣性力」の合力がゼロになります。
  3. 非慣性系での運動方程式: (2)のようにリフト内で物体が運動する場合、物体にはたらく「実在の力」と「慣性力」の合力を原動力として、運動方程式を立てることができます。
  4. 等加速度直線運動の公式: 糸が切れた後の小球は、リフト内の観測者から見ると、一定の加速度で落下するように見えます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、リフト内の人の視点(非慣性系)に立ち、小球にはたらく「重力」「張力」「慣性力」の3つの力がつり合っていると考えて、張力\(S\)を求めます。
  2. (2)では、引き続きリフト内の人の視点に立ちます。糸が切れた後、小球には「重力」と「慣性力」の合力がはたらきます。この合力によって生じる「見かけの加速度」を求め、等加速度直線運動の公式を用いて落下時間を計算します。

問(1)

思考の道筋とポイント
リフト内の観測者から見ると、小球は天井に吊るされて静止しています。この観測者にとっては、おもりにはたらく力は、(a)重力 \(mg\)(下向き)、(b)糸の張力 \(S\)(上向き)、(c)慣性力(見かけの力)の3つです。リフトが上向きに加速度\(a\)で運動しているため、慣性力はそれと逆の下向きにはたらきます。これらの力がつり合っているとして式を立て、張力\(S\)を求めます。
この設問における重要なポイント

  • リフトの加速度が上向きなので、慣性力は下向きにはたらく。
  • 非慣性系では、実在の力と慣性力を合わせた力のつり合いを考える。

具体的な解説と立式
リフト内の観測者から見ると、小球は静止しています。小球にはたらく力は以下の通りです。

  1. 重力: 大きさ\(mg\)、下向き
  2. 張力: 大きさ\(S\)、上向き
  3. 慣性力: リフトの加速度\(a\)が上向きなので、慣性力は下向き。大きさは\(ma\)。

鉛直上向きを正とすると、力のつり合いの式は、
$$ S – mg – ma = 0 $$

使用した物理公式

  • 力のつり合いの式
  • 慣性力: \(F=ma\)
計算過程

力のつり合いの式を\(S\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
S &= mg + ma \\[2.0ex]
&= m(g+a)
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

エレベーターが上に加速すると、体が重くなったように感じます。これと同じで、小球にも「慣性力」という下向きの見かけの力が加わります。糸は、通常の「重力」に加えて、この「慣性力」も支えなければならないため、静止しているときより大きな張力が必要になります。

結論と吟味

糸が小球を引く力の大きさ\(S\)は\(m(g+a)\)です。静止している場合の張力\(mg\)よりも\(ma\)だけ大きくなっており、物理的に妥当な結果です。

解答 (1) \(m(g+a)\)
別解: 慣性系(地上の観測者)からの視点

思考の道筋とポイント
地上で静止している観測者から見ると、小球はリフトと一緒に上向きに加速度\(a\)で運動しています。この場合、慣性力は考えません。小球にはたらく力は「重力」と「張力」の2つだけであり、これらの合力が加速度\(a\)を生み出していると考え、運動方程式\(ma=F\)を立てます。
この設問における重要なポイント

  • 慣性系では慣性力を考えず、運動方程式を立てる。
  • 上向きに加速しているので、上向きの張力が下向きの重力より大きい。

具体的な解説と立式
地上の観測者から見ると、小球にはたらく力は重力\(mg\)(下向き)と張力\(S\)(上向き)の2つです。
鉛直上向きを正とすると、小球にはたらく合力は\(F = S-mg\)です。
小球は上向きに加速度\(a\)で運動しているので、運動方程式\(ma=F\)は、
$$ ma = S – mg $$
計算過程
この式を\(S\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
S &= mg + ma \\[2.0ex]
&= m(g+a)
\end{aligned}
$$
この式は主たる解法で得られた式と全く同じです。
結論と吟味
異なる視点からでも、同じ物理現象を正しく記述でき、同じ結論が得られました。

解答 (1) \(m(g+a)\)

問(2)

思考の道筋とポイント
引き続きリフト内の観測者の視点で考えます。糸が切れると、小球を支えていた張力\(S\)がなくなります。その瞬間から、小球には「重力\(mg\)」と「慣性力\(ma\)」の2つの力だけがはたらきます。どちらも下向きなので、これらの合力が小球を落下させます。この合力によって生じる「見かけの加速度」を求め、初速度0で距離\(h\)を落下する時間として、等加速度直線運動の公式を用います。
この設問における重要なポイント

  • リフト内では、見かけの重力加速度が\(g’ = g+a\)となる。
  • 糸が切れた瞬間、小球はリフトに対して初速度0である。
  • 等加速度直線運動の変位の公式 \(x = v_0 t + \displaystyle\frac{1}{2}at^2\) を適用する。

具体的な解説と立式
リフト内の観測者から見ると、糸が切れた後の小球には、下向きに重力\(mg\)と慣性力\(ma\)がはたらきます。
リフト内の観測者から見た小球の加速度を\(\alpha\)(下向きを正とする)として、運動方程式を立てます。
小球にはたらく合力は\(F_{\text{合力}} = mg+ma\)なので、
$$ m\alpha = mg + ma $$
この式から、リフト内での見かけの加速度\(\alpha\)が求まります。
$$ \alpha = g+a $$
小球は初速度0で、この加速度\(\alpha\)で距離\(h\)を落下します。等加速度直線運動の公式 \(x = v_0 t + \displaystyle\frac{1}{2}at^2\) を用いて、落下時間\(t\)を求めます。
$$ h = 0 \cdot t + \frac{1}{2}\alpha t^2 $$

使用した物理公式

  • 非慣性系での運動方程式: \(m\alpha = F_{\text{実在}} + F_{\text{慣性}}\)
  • 等加速度直線運動の公式: \(x = v_0 t + \displaystyle\frac{1}{2}at^2\)
計算過程

$$
\begin{aligned}
h &= \frac{1}{2}(g+a)t^2 \\[2.0ex]
t^2 &= \frac{2h}{g+a}
\end{aligned}
$$
\(t>0\) なので、
$$ t = \sqrt{\frac{2h}{g+a}} $$

計算方法の平易な説明

リフトが上に加速していると、中の世界では重力が強くなったように感じられます。この「見かけの重力加速度」は、本来の\(g\)にリフトの加速度\(a\)を加えた\(g+a\)になります。糸が切れた小球は、この強くなった重力に従って、初速度0で距離\(h\)を落下します。あとは通常の自由落下の時間計算と同じで、\(g\)の代わりに\(g+a\)を使って計算します。

結論と吟味

落下時間は\(\sqrt{\displaystyle\frac{2h}{g+a}}\)となります。地上での自由落下時間\(\sqrt{\displaystyle\frac{2h}{g}}\)よりも短くなっており、見かけの重力が大きくなったことで、より速く落下するという直感と一致する結果です。

解答 (2) \(\sqrt{\displaystyle\frac{2h}{g+a}}\)
別解: 慣性系(地上の観測者)からの視点

思考の道筋とポイント
地上の観測者から見ると、糸が切れた瞬間に、小球とリフトの床はどちらも同じ初速度で上向きに運動しています。その後、小球は重力のみを受けて減速・落下し(自由落下と同じ)、リフトの床は加速度\(a\)で上昇を続けます。小球がリフトの床に「追いつかれる」までの時間を求めます。これは相対運動の問題として解くことができます。
この設問における重要なポイント

  • 糸が切れた瞬間、小球とリフトの床は同じ初速度を持つ。
  • 小球と床の運動をそれぞれ記述し、位置が等しくなる時刻を求める。
  • 相対加速度を考えて解くと計算が簡潔になる。

具体的な解説と立式
糸が切れた時刻を\(t=0\)とし、その瞬間の小球の位置(リフトの床から高さ\(h\))を原点\(y=0\)とします。鉛直上向きを正とします。
糸が切れた瞬間のリフトの速さを\(v_0\)とすると、小球とリフトの床はどちらも初速度\(v_0\)で運動を開始します。

時刻\(t\)における小球の位置\(y_{\text{球}}\)は、初速度\(v_0\)、加速度\(-g\)の等加速度直線運動なので、
$$ y_{\text{球}} = v_0 t – \frac{1}{2}gt^2 $$
時刻\(t\)におけるリフトの床の位置\(y_{\text{床}}\)は、初速度\(v_0\)、加速度\(a\)の等加速度直線運動で、初期位置が\(-h\)なので、
$$ y_{\text{床}} = -h + v_0 t + \frac{1}{2}at^2 $$
小球が床に当たるのは、\(y_{\text{球}} = y_{\text{床}}\)となるときです。
$$ v_0 t – \frac{1}{2}gt^2 = -h + v_0 t + \frac{1}{2}at^2 $$
計算過程
$$
\begin{aligned}
– \frac{1}{2}gt^2 &= -h + \frac{1}{2}at^2 \\[2.0ex]
h &= \frac{1}{2}at^2 + \frac{1}{2}gt^2 \\[2.0ex]
h &= \frac{1}{2}(a+g)t^2 \\[2.0ex]
t^2 &= \frac{2h}{g+a}
\end{aligned}
$$
\(t>0\) なので、
$$ t = \sqrt{\frac{2h}{g+a}} $$
結論と吟味
地上の観測者から見た相対運動として問題を解いても、全く同じ結果が得られました。リフト内の観測者から見た「見かけの重力加速度」での落下運動は、地上の観測者から見た「相対加速度」での運動と等価であることがわかります。

解答 (2) \(\sqrt{\displaystyle\frac{2h}{g+a}}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 慣性力と見かけの重力
    • 核心: 加速度運動するエレベーター(非慣性系)の中では、物体に「慣性力」という見かけの力がはたらきます。この慣性力と本来の重力の合力が「見かけの重力」となり、糸の張力や落下運動の加速度に影響を与えます。この現象を正しく理解することが核心です。
    • 理解のポイント:
      • 見かけの重力: リフトが上向きに加速度\(a\)で運動すると、内部の物体には下向きに慣性力\(ma\)がはたらくように見えます。その結果、物体にはたらく下向きの力の合計は\(mg+ma = m(g+a)\)となり、あたかも重力加速度が\(g’ = g+a\)になったかのように振る舞います。
      • (1)の張力: この「見かけの重力」\(m(g+a)\)を支えるため、張力は\(S=m(g+a)\)となります。
      • (2)の落下: 糸が切れると、物体はこの「見かけの重力加速度」\(g+a\)に従って落下します。
  • 2つの視点の使い分け
    • 核心: この問題は、リフト内の人(非慣性系)と地上の人(慣性系)のどちらの視点からでも解くことができます。両者の立式方法の違いと、それらが物理的に等価であることを理解することが重要です。
    • 理解のポイント:
      • 非慣性系(リフト内の人): 慣性力を導入し、(1)では力のつり合い、(2)では見かけの重力による落下運動として、比較的シンプルに現象を捉えることができます。
      • 慣性系(地上の人): 慣性力は考えません。(1)では運動方程式を立て、(2)ではリフトと小球、それぞれの運動を記述し、相対運動として解く必要があります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • エレベーター内の台はかり: 天井からの張力が、床からの垂直抗力に置き換わった問題。考え方は全く同じです。
    • エレベーター内の振り子: 見かけの重力加速度が\(g’ = g \pm a\)となるため、振り子の周期が\(T = 2\pi\sqrt{l/g’}\)のように変化します。
    • 自由落下するエレベーター: 加速度が\(a=-g\)(下向きにg)となり、慣性力が上向きに\(mg\)ではたらきます。その結果、重力と慣性力がつり合い、見かけの重力がゼロになる「無重力状態」を考察する問題。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 観測者は誰か?: 問題を解き始める前に、自分はリフトの中にいるのか(非慣性系)、外にいるのか(慣性系)の立場を明確に決めます。特に指定がなければ、計算が楽な方(多くの場合、非慣性系)を選ぶのが得策です。
    2. 系の加速度の向きは?: リフトの加速度の向きを正確に把握し、慣性力の向きがその「逆」であることを確認します。
    3. 状況の変化を捉える: (1)の「糸が切れる前」と(2)の「糸が切れた後」では、物体にはたらく力が変化します。それぞれの状況で、力の図示をやり直すことが重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 慣性力の向きの間違い:
    • 誤解: 慣性力の向きを、リフトの加速度と同じ向きだと勘違いする。
    • 対策: 「リフトが上に急発進すると、体は下に押し付けられる」という日常体験を思い出しましょう。慣性力は常に加速度と「逆向き」です。
  • (2)の落下運動を地上の重力加速度\(g\)で計算してしまう:
    • 誤解: 糸が切れた後の落下時間を、単純に\(t=\sqrt{2h/g}\)としてしまう。
    • 対策: リフト内の観測者にとっては、見かけの重力加速度が\(g+a\)になっていることを意識します。地上の観測者にとっては、落下中にリフトの床も加速して「迎えに来る」ため、相対的な落下距離は同じでも時間が短くなることを理解します。
  • 視点の混同:
    • 誤解: 地上の観測者の視点(運動方程式)で考えているのに、慣性力を力のひとつとして加えてしまう(\(ma = S – mg + ma\)のような誤った式を立てる)。
    • 対策: 「慣性力は非慣性系でだけ使う魔法の力」と割り切り、一度決めた視点を途中で変えないようにします。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 非慣性系での力のつり合い/運動方程式:
    • 選定理由: リフト内の観測者から見ると、(1)は静止、(2)は単純な落下運動に見えるため、直感的で現象を捉えやすいアプローチです。
    • 適用根拠: 加速度運動する系でニュートンの法則を適用するための理論的枠組みが慣性力の導入です。(1)では相対加速度がゼロなので力のつり合い、(2)では相対加速度\(\alpha\)があるので\(m\alpha = F_{\text{実在}} + F_{\text{慣性}}\)という運動方程式を立てます。
  • 慣性系での運動方程式 (\(ma=F\)):
    • 選定理由: 別解で示したこの方法は、慣性力という「見かけの力」を使わない、物理学の最も基本的な法則に基づいた解法です。
    • 適用根拠: (1)では、地上から見て小球は加速度\(a\)で運動しているので、運動方程式\(ma = S-mg\)を適用します。(2)では、地上から見て小球と床はそれぞれ異なる加速度で運動します。両者の位置関係を追跡するために、等加速度直線運動の公式をそれぞれに適用するのが論理的に正しい手順です。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 符号の管理を徹底する: 鉛直上向きを正とするなど、最初に座標軸の向きを自分で決め、全てのベクトル量(力、加速度、変位)の符号をそのルールに従って一貫して扱います。
  • 相対加速度の考え方を活用する: (2)の別解を解く際、小球と床の位置をそれぞれ追うよりも、「床から見た小球の相対加速度」を考えると計算が簡潔になります。床から見た小球の加速度は、\(a_{\text{相対}} = a_{\text{球}} – a_{\text{床}} = (-g) – (a) = -(g+a)\)となります。これは、下向きに\(g+a\)の加速度で運動することを意味し、非慣性系の考え方と一致します。
  • 文字式を整理する習慣: (1)で\(S=mg+ma\)を\(S=m(g+a)\)とまとめる、(2)で\(m\alpha = mg+ma\)から\(\alpha=g+a\)とまとめるなど、式を簡潔に整理することで、物理的な意味(見かけの重力加速度など)が明確になり、計算ミスも減ります。

160 慣性力

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「慣性系と非慣性系での力の記述の違い」です。同じ物理現象でも、観測者の立場(座標系)が異なると、運動の様子やはたらく力の記述がどのように変わるのか、その本質的な違いを理解することが目的です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 慣性系と非慣性系: 静止または等速直線運動している座標系を「慣性系」(地上の人)、加速度運動している座標系を「非慣性系」(電車内の人)と呼びます。
  2. 慣性力(見かけの力): 非慣性系で物体の運動を考えるときに導入する見かけの力です。加速度と逆向きに大きさ\(ma\)の力がはたらいているように見えます。
  3. 力のつり合い: 非慣性系にいる観測者から見て物体が静止している場合、「実際にはたらく力」と「慣性力」の合力がゼロになります。
  4. 運動方程式: 慣性系にいる観測者から見ると、慣性力は存在せず、物体の運動は「実在する力の合力」によって生じる加速度運動として、運動方程式\(ma=F\)で記述されます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、電車内の人の立場(非慣性系)に立ちます。おもりは静止して見えるため、「慣性力」を導入して、すべての力がつり合っている様子を図示します。
  2. (2)では、地上の人の立場(慣性系)に立ちます。おもりは加速度運動して見えるため、「慣性力」は考えず、実際にはたらいている力(実在力)のみを図示します。

問(1)

思考の道筋とポイント
「電車内の人から見た立場」は、電車と一緒に加速度運動する「非慣性系」です。この立場では、おもりは傾いたままで「静止」しているように見えます。物体が静止して見えるということは、その物体にはたらく力の合力がゼロ、つまり力が「つり合っている」と解釈できます。しかし、おもりにはたらく実在の力は「重力」と「張力」だけで、この2つではつり合いません。この矛盾を解消するために、電車の加速度と逆向きの「慣性力」という見かけの力を導入します。
この設問における重要なポイント

  • 非慣性系では、物体は静止して見える。
  • 静止して見えるなら、力のつり合いが成り立っている。
  • 力のつり合いを成り立たせるために、加速度と逆向きの「慣性力」を導入する。

具体的な解説と立式
電車内の観測者から見ると、おもりは静止しています。このおもりにはたらく力は以下の3つです。

  1. 重力: 地球がおもりを引く力。鉛直下向きにはたらく。
  2. 張力: ひもがおもりを引く力。ひもに沿って斜め上向きにはたらく。
  3. 慣性力: 電車が右向きに加速しているため、それと逆向き(左向き)にはたらく見かけの力。

これら3つの力がつり合っているため、おもりは静止して見えます。

使用した物理公式

  • 慣性力の概念
  • 力のつり合い
計算過程

この設問は力の図示を問うものであり、計算は不要です。

計算方法の平易な説明

電車が右向きに急発進すると、車内にいる私たちは体が左側に押し付けられるように感じます。この「見えない力」が慣性力です。おもりも同じように、左向きの慣性力を受けます。これと、地球が真下に引く「重力」、ひもが斜め上に引く「張力」の3つの力がちょうどバランスを取っているため、おもりは斜めに傾いた状態で静止して見えるのです。

結論と吟味

おもりにはたらく力は、鉛直下向きの「重力」、ひもに沿った斜め上向きの「張力」、水平左向きの「慣性力」の3つです。これらの3つの力を矢印で正しく図示できました。

解答 (1) おもりから、鉛直下向きに「重力」、ひもに沿って斜め右上向きに「張力」、水平左向きに「慣性力」の3つの力の矢印を描く。

問(2)

思考の道筋とポイント
「地上に静止している人から見た立場」は、「慣性系」です。この立場では、おもりは電車と一緒に右向きに「等加速度直線運動」をしているように見えます。加速度運動をしているということは、物体にはたらく力はつり合っておらず、加速度の向きに合力がはたらいているはずです。慣性系では「慣性力」という見かけの力は考えないので、おもりにはたらく実在の力のみを図示します。
この設問における重要なポイント

  • 慣性系では、物体は加速度運動して見える。
  • 加速度運動をしているので、力はつり合っていない(合力が存在する)。
  • 慣性力という見かけの力は考えず、実在する力のみを図示する。

具体的な解説と立式
地上の観測者から見ると、おもりは電車と同じ加速度で右向きに運動しています。このおもりにはたらく実在の力は以下の2つだけです。

  1. 重力: 地球がおもりを引く力。鉛直下向きにはたらく。
  2. 張力: ひもがおもりを引く力。ひもに沿って斜め上向きにはたらく。

この2つの力はつり合っていません。この2つの力の合力が、おもりを右向きに加速させる原動力(運動方程式の右辺に相当する力)となっています。

使用した物理公式

  • 運動方程式の概念
計算過程

この設問は力の図示を問うものであり、計算は不要です。

計算方法の平易な説明

地上から見ている人にとっては、電車もおもりも一体となって右向きに加速しているように見えます。物体を加速させるためには、その向きに力がはたらいているはずです。おもりには、地球が引く「重力」と、ひもが引く「張力」の2つの力しかはたらいていません。この2つの力を合わせると(ベクトル的に足し合わせると)、ちょうど右向きの力が残り、この力がおもりを加速させていると説明できます。したがって、図にはこの2つの実在する力だけを描きます。

結論と吟味

おもりにはたらく力は、鉛直下向きの「重力」と、ひもに沿った斜め上向きの「張力」の2つです。これらの2つの力を矢印で正しく図示できました。この2力の合力が、電車の加速度と同じ右向きになることも確認できます。

解答 (2) おもりから、鉛直下向きに「重力」、ひもに沿って斜め右上向きに「張力」の2つの力の矢印を描く。

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 慣性系と非慣性系の視点の違い
    • 核心: この問題は、計算ではなく、同じ物理現象が観測者の立場によってどのように記述されるか、その根本的な違いを概念的に理解しているかを問うています。核心は「慣性系では運動法則がそのまま成り立つが、非慣性系では見かけの力(慣性力)を導入する必要がある」という原理です。
    • 理解のポイント:
      • 非慣性系(電車内の人): 自分自身が加速しているため、周りの物体が「静止」して見える。しかし、実在する力(重力と張力)だけではつり合わない。この矛盾を解消するために、系の加速度と逆向きの「慣性力」を導入する。その結果、「実在の力 + 慣性力 = 0」という力のつり合いの式が成り立つ。
      • 慣性系(地上の人): 自分は静止しているので、物体の運動をありのままに観察できる。物体は電車と共に「加速」している。ニュートンの運動法則によれば、加速の原因は力の合力である。したがって、「実在する力の合力 = 質量 × 加速度」という運動方程式が成り立つ。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • エレベーター内の物体: 上下に加速するエレベーターの中で、天井から吊るされた物体や床に置かれた物体にはたらく力を、それぞれの視点で図示させる問題。
    • 円運動する物体: 回転する円盤上の物体にはたらく力を、円盤と共に回転する視点(非慣性系、遠心力を考慮)と、地上の視点(慣性系、向心力を考慮)で図示させる問題。
    • 力の大きさを計算する問題: この問題の図を元に、張力の大きさや電車の加速度を文字式で計算させる問題に発展する。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 観測者の立場を明確にする: 問題文が「〜内の人から見た立場」なのか「地上に静止している人から見た立場」なのかを最初に確認します。これが全ての思考の出発点です。
    2. 運動の様子を判断する: 決めた立場から見て、対象の物体が「静止」しているように見えるのか、「加速」しているように見えるのかを判断します。
    3. 適用する法則を決める: 「静止」に見えるなら「力のつり合い」、「加速」に見えるなら「運動方程式」を適用する方針を立てます。
    4. 力の種類を判断する: 「力のつり合い」を考える非慣性系では「慣性力」を力のひとつとして加えます。「運動方程式」を考える慣性系では「慣性力」は絶対に考えず、実在する力のみを考えます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 視点の混同:
    • 誤解: 最も多いミスは、2つの視点を混同することです。例えば、地上の人の立場(慣性系)で考えているのに、慣性力を図示してしまう。あるいは、電車内の人の立場(非慣性系)で力のつり合いを考えているのに、物体の加速度を考慮してしまう。
    • 対策: 問題を解き始める前に、「自分は今、電車の中にいるのか、外にいるのか」を宣言し、その立場になりきって考えます。一度決めた立場は、設問を解き終わるまで変えないと心に決めましょう。
  • 力の合力の誤解:
    • 誤解: (2)の地上の人の立場で、重力と張力がつり合っているかのような図を描いてしまう。
    • 対策: 地上から見ると、物体は明らかに右に加速しています。運動方程式 \(m\vec{a} = \vec{F}_{\text{合力}}\) より、加速度の向きと合力の向きは必ず一致します。したがって、重力と張力の合力は、必ず右向きになるように図示しなければなりません。
  • 慣性力の向きの間違い:
    • 誤解: 慣性力の向きを、電車の加速度と同じ向き(右向き)だと勘違いする。
    • 対策: 慣性力は「その場に留まろうとする性質(慣性)」から生じる見かけの力です。電車が右に動けば、体は左に取り残されるように感じます。この日常体験から、慣性力は「加速度と逆向き」と覚えましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • この問題は公式を適用するのではなく、物理法則の概念そのものを問うています。
  • 非慣性系での力のつり合い:
    • 選定理由: (1)で「電車内の人から見た立場」が指定されているためです。この観測者にとって、おもりは「静止」しています。静止している物体の力学は「力のつり合い」で記述するのが最も自然です。
    • 適用根拠: ニュートンの運動法則が本来成り立たない非慣性系において、法則が成り立つように「慣性力」という補正項(見かけの力)を導入します。これにより、静止して見える物体に対しては、実在の力と慣性力を合わせたベクトル和がゼロになる、という形で力のつり合いを適用できます。
  • 慣性系での運動方程式:
    • 選定理由: (2)で「地上に静止している人から見た立場」が指定されているためです。この観測者にとって、おもりは「等加速度直線運動」をしています。運動(加速度)と力の因果関係を記述する法則は「運動方程式」です。
    • 適用根拠: 慣性系は、ニュートンの運動法則がそのままの形で成り立つ基準となる座標系です。地上から見て、おもりには実在の力(重力と張力)がはたらき、その合力によって加速度が生じている、という物理学の基本法則をそのまま適用します。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • この問題には計算がありませんが、概念的なミスを防ぐための実践テクニックを挙げます。
  • 力の矢印の始点をそろえる: 物体にはたらく力を図示する際、すべての力の矢印の始点を物体の中心(または重心)にそろえて描くことで、力のつり合いや合力の関係が視覚的に分かりやすくなります。
  • ベクトル和を意識した作図: (1)では、3つの力ベクトルを矢印のままつなげていくと、出発点に戻ってくる閉じた三角形になるように描くと、つり合いの関係が明確になります。(2)では、2つの力ベクトルの和(合力)が、電車の加速度と同じ右向きになるように描くことで、運動方程式との対応が取れます。
  • 力の名称を正確に書く: 「重力」「張力」「慣性力」といった力の名称を、矢印のそばに正確に記述する癖をつけましょう。これにより、自分が何を考えているのかが明確になります。

161 慣性力

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

本解説では、模範解答で採用されている解法(非慣性系での力のつり合い・運動方程式)を主たる解説とします。それに加え、以下の教育的価値の高い別解を提示します。

  1. 設問(1)および(2)の別解
    • 別解: 慣性系(地上の観測者)の視点から運動方程式を用いた解法
  2. 別解の意義
    • 慣性力という概念を使わない、より基本的なニュートンの運動法則から現象を理解できます。
    • 特に設問(2)の慣性系での解法は、相対加速度の概念を応用する良い練習になります。
    • 2つの視点を比較することで、どちらのアプローチが計算上簡潔になるかを体感でき、問題解決能力の向上につながります。
  3. 結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、最終的な答えは模範解答と一致します。

この問題のテーマは「加速する斜面上の物体の運動と慣性力」です。斜面自体が加速度運動する場合、その上の物体がどのように振る舞うかを、異なる観測者の視点から分析します。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 慣性力: 加速度運動する座標系(非慣性系)では、系の加速度と逆向きに見かけの力である慣性力がはたらきます。
  2. 力の分解: 状況に応じて、力を「水平・鉛直方向」または「斜面に平行・垂直な方向」に分解する技術が重要です。
  3. 力のつり合いと運動方程式: 物体が観測者から見て静止している場合は「力のつり合い」、加速している場合は「運動方程式」を適用します。
  4. 相対加速度: 慣性系で考える場合、複数の物体がそれぞれ異なる加速度で運動するため、相対的な運動を考える必要があります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、斜面とともに運動する観測者(非慣性系)の視点に立ちます。この観測者から見ると小物体は静止しているので、「重力」「垂直抗力」「慣性力」の3つの力がつり合っているとして式を立てます。
  2. (2)では、斜面の加速度が変化し、力のつり合いが崩れます。引き続き非慣性系の視点で、今度は斜面に沿った方向の運動方程式を立て、小物体の加速度を求めます。

問(1)

思考の道筋とポイント
斜面とともに運動する観測者(非慣性系)から見ると、小物体は斜面に対して静止しています。物体が静止しているということは、その物体にはたらく力の合力がゼロ、つまり力がつり合っているということです。小物体にはたらく実在の力は「重力」と「垂直抗力」ですが、これだけではつり合いません。そこで、斜面の加速度と逆向きの「慣性力」を導入し、3つの力のつり合いを考えます。
この設問における重要なポイント

  • 非慣性系では、慣性力を導入して力のつり合いを考える。
  • 物体が静止するためには、慣性力が重力の斜面を下る成分を打ち消す方向にはたらく必要がある。
  • 力を水平方向と鉛直方向に分解して、つり合いの式を立てる。

具体的な解説と立式
小物体が斜面に対して静止するためには、重力によって斜面を滑り落ちようとするのを、慣性力が押しとどめる必要があります。重力は下向きなので、慣性力は水平方向の成分を持つ必要があります。慣性力は斜面の加速度と逆向きなので、斜面は水平方向に加速しているとわかります。
小物体にはたらく右向きの慣性力によって、小物体は斜面に押し付けられ、左に滑り落ちるのを防がれます。したがって、慣性力は右向き、斜面の加速度は左向きとなります。

斜面とともに運動する観測者から見た力のつり合いを考えます。小物体にはたらく力は、重力\(mg\)、垂直抗力\(N\)、慣性力\(ma\)の3つです。これらの力を水平・鉛直方向に分解してつり合いの式を立てます。
鉛直方向の力のつり合い:
$$ N\cos\theta – mg = 0 \quad \cdots ① $$
水平方向の力のつり合い:
$$ N\sin\theta – ma = 0 \quad \cdots ② $$

使用した物理公式

  • 力のつり合いの式
  • 慣性力: \(F=ma\)
計算過程

式①と式②を連立して解きます。
式①より、
$$ N = \frac{mg}{\cos\theta} $$
これを式②に代入すると、
$$
\begin{aligned}
\left( \frac{mg}{\cos\theta} \right) \sin\theta – ma &= 0 \\[2.0ex]
mg\tan\theta &= ma
\end{aligned}
$$
両辺を\(m\)で割ると、
$$ a = g\tan\theta $$

計算方法の平易な説明

斜面と一緒に動く人から見ると、小物体はピタッと止まっています。これは、下向きの「重力」、斜面が押し返す「垂直抗力」、そして斜面の加速によって生じる横向きの「慣性力」の3つが完璧にバランスを取っているからです。この力のバランスを数式にして解くことで、加速度の大きさがわかります。

結論と吟味

斜面の加速度の大きさは\(a=g\tan\theta\)で、向きは左向きです。傾斜角\(\theta\)が大きいほど、物体を静止させるためにより大きな加速度が必要になるという結果は、物理的に妥当です。

解答 (1) 大きさ: \(g\tan\theta\), 向き: 左向き
別解: 慣性系(床に静止した観測者)からの視点

思考の道筋とポイント
床に静止した観測者から見ると、小物体は斜面と一緒に左向きに加速度\(a\)で等加速度直線運動をしています。この場合、慣性力は考えません。小物体にはたらく実在の力は「重力」と「垂直抗力」の2つだけであり、これらの合力が左向きの加速度\(a\)を生み出していると考え、運動方程式を立てます。
この設問における重要なポイント

  • 慣性系では、運動方程式を立てる。
  • 鉛直方向は力がつり合い、水平方向は加速度運動をしている。

具体的な解説と立式
小物体にはたらく力は、重力\(mg\)と垂直抗力\(N\)です。
鉛直方向は運動していないので、力のつり合いが成り立ちます。
$$ N\cos\theta – mg = 0 \quad \cdots ③ $$
水平方向は、左向きに加速度\(a\)で運動しているので、運動方程式は、
$$ ma = N\sin\theta \quad \cdots ④ $$
計算過程
式③と④は、主たる解法で立てた式①と②と全く同じ形です。したがって、同様に計算すると、
$$ a = g\tan\theta $$
という同じ結果が得られます。
結論と吟味
観測者の立場が異なっても、物理法則を正しく適用すれば同じ結論が導かれます。

解答 (1) 大きさ: \(g\tan\theta\), 向き: 左向き

問(2)

思考の道筋とポイント
斜面の加速度が\(2a\)になると、小物体にはたらく右向きの慣性力も2倍の\(2ma\)になります。これにより力のつり合いが崩れ、小物体は斜面を上昇します。この運動を、斜面とともに運動する観測者(非慣性系)の視点で考えます。この観測者から見ると、小物体は斜面に沿って加速度\(\alpha\)で運動します。力を斜面に平行な方向と垂直な方向に分解し、斜面に平行な方向について運動方程式を立てるのが効率的です。
この設問における重要なポイント

  • 非慣性系で物体が運動する場合、慣性力を含めた力の合力によって運動方程式を立てる。
  • 運動方向(斜面に平行)に座標軸をとって力を分解する。

具体的な解説と立式
斜面とともに加速度\(2a\)で運動する観測者の視点で考えます。小物体にはたらく力は、重力\(mg\)、垂直抗力\(N\)、慣性力\(2ma\)です。
これらの力を、斜面に平行な方向と垂直な方向に分解します。斜面に沿って上向きを正とします。

  • 重力の斜面平行成分: \(-mg\sin\theta\)(下向き)
  • 慣性力の斜面平行成分: \(2ma\cos\theta\)(上向き)
  • 垂直抗力は斜面に垂直なので、平行成分は0です。

斜面に平行な方向の運動方程式 \(m\alpha = F_{\text{平行}}\) は、
$$ m\alpha = 2ma\cos\theta – mg\sin\theta $$
この式に、(1)で求めた \(a=g\tan\theta\) を代入して\(\alpha\)を求めます。

使用した物理公式

  • 非慣性系での運動方程式
  • 力の分解
計算過程

$$
\begin{aligned}
m\alpha &= 2m(g\tan\theta)\cos\theta – mg\sin\theta \\[2.0ex]
\alpha &= 2(g\tan\theta)\cos\theta – g\sin\theta \\[2.0ex]
&= 2g\left(\frac{\sin\theta}{\cos\theta}\right)\cos\theta – g\sin\theta \\[2.0ex]
&= 2g\sin\theta – g\sin\theta \\[2.0ex]
&= g\sin\theta
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

斜面の左向きの加速が(1)のときの2倍になったので、物体が感じる右向きの慣性力も2倍になります。この強くなった慣性力が、物体を斜面に沿って押し上げる力となります。しかし、重力は相変わらず物体を斜面に沿って引きずり下ろそうとします。斜面上の加速度は、この「押し上げる力(慣性力の成分)」と「引きずり下ろす力(重力の成分)」の差によって決まります。

結論と吟味

斜面から見た小物体の加速度の大きさ\(\alpha\)は\(g\sin\theta\)です。

解答 (2) \(g\sin\theta\)
別解: 慣性系(床に静止した観測者)からの視点

思考の道筋とポイント
地上の観測者から見ると、物体は「左向きに加速する斜面」の上を「斜め上に加速」するという、合成された複雑な運動をします。物体の絶対加速度を\(\vec{a}_{\text{物体}}\)、斜面の加速度を\(\vec{a}_{\text{斜面}}\)、斜面に対する物体の相対加速度を\(\vec{\alpha}\)とすると、\(\vec{a}_{\text{物体}} = \vec{a}_{\text{斜面}} + \vec{\alpha}\)が成り立ちます。この関係を用いて、水平・鉛直方向で運動方程式を立てます。
この設問における重要なポイント

  • 相対加速度のベクトル合成 \(\vec{a}_{\text{物体}} = \vec{a}_{\text{斜面}} + \vec{\alpha}\) を利用する。

具体的な解説と立式
水平右向きをx軸、鉛直上向きをy軸とします。

  • 斜面の加速度: \(\vec{a}_{\text{斜面}} = (-2a, 0)\)
  • 相対加速度: \(\vec{\alpha}\)は斜面に沿って上向きなので、\(\vec{\alpha} = (\alpha\cos\theta, \alpha\sin\theta)\)
  • 物体の絶対加速度: \(\vec{a}_{\text{物体}} = (-2a + \alpha\cos\theta, \alpha\sin\theta)\)

物体にはたらく力は重力\(mg\)と垂直抗力\(N\)です。運動方程式をx, y成分で立てます。
x成分: \( m(-2a + \alpha\cos\theta) = -N\sin\theta \quad \cdots ⑤ \)
y成分: \( m(\alpha\sin\theta) = N\cos\theta – mg \quad \cdots ⑥ \)
計算過程
式⑥から\(N\)を求めます。
$$ N = \frac{m(\alpha\sin\theta + g)}{\cos\theta} $$
これを式⑤に代入します。
$$ m(-2a + \alpha\cos\theta) = -\frac{m(\alpha\sin\theta + g)}{\cos\theta}\sin\theta $$
両辺を\(m\)で割り、整理します。
$$
\begin{aligned}
-2a + \alpha\cos\theta &= -(\alpha\sin\theta + g)\tan\theta \\[2.0ex]
-2a + \alpha\cos\theta &= -\alpha\sin\theta\tan\theta – g\tan\theta \\[2.0ex]
\alpha(\cos\theta + \sin\theta\tan\theta) &= 2a – g\tan\theta \\[2.0ex]
\alpha\left(\frac{\cos^2\theta + \sin^2\theta}{\cos\theta}\right) &= 2a – g\tan\theta \\[2.0ex]
\frac{\alpha}{\cos\theta} &= 2a – g\tan\theta
\end{aligned}
$$
ここで(1)の結果 \(a=g\tan\theta\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\alpha}{\cos\theta} &= 2(g\tan\theta) – g\tan\theta \\[2.0ex]
\frac{\alpha}{\cos\theta} &= g\tan\theta \\[2.0ex]
\alpha &= g\tan\theta\cos\theta \\[2.0ex]
\alpha &= g\sin\theta
\end{aligned}
$$
結論と吟味
計算は非常に複雑になりますが、主たる解法と同じ結果が得られました。このことから、このような問題では非慣性系の視点で考える方が圧倒的に簡潔に解けることがわかります。

解答 (2) \(g\sin\theta\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 非慣性系における運動の記述
    • 核心: この問題は、加速度運動する斜面という「非慣性系」で、物体がどのように振る舞うかを記述することが核心です。非慣性系では、見かけの力である「慣性力」を導入することで、静止(力のつり合い)や運動(運動方程式)を、慣性系と同じ形式でシンプルに扱うことができます。
    • 理解のポイント:
      • 静止する場合 (1): 物体にはたらく実在の力(重力、垂直抗力)と、見かけの力(慣性力)の3つの力がベクトル的に完全につり合っている状態です。
      • 運動する場合 (2): 加速度が変わり、力のつり合いが崩れます。このとき、物体は慣性力を含めた「合力」によって、非慣性系の中で加速度運動を始めます。
  • 状況に応じた座標軸の選択と力の分解
    • 核心: この問題では、力を分解する際の座標軸の取り方が2種類登場します。(1)では水平・鉛直方向、(2)では斜面に平行・垂直な方向に分解するのが定石です。状況に応じて最も計算が簡潔になる座標軸を適切に選択し、力を正しく成分分解する能力が問われます。
    • 理解のポイント:
      • (1)では、慣性力が水平、重力が鉛直なので、垂直抗力を分解する「水平・鉛直」の座標軸が有利です。
      • (2)では、物体の加速度が斜面に平行な方向なので、その方向に合わせて重力と慣性力を分解する「斜面に平行・垂直」な座標軸が有利です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 摩擦のある斜面での問題: この問題に静止摩擦力が加わると、(1)で物体が静止していられる加速度\(a\)が、ある範囲を持つようになります(\(a_{\text{min}} \le a \le a_{\text{max}}\))。
    • エレベーター内の斜面: 水平方向だけでなく、鉛直方向にも加速度を持つ系での問題。鉛直方向の慣性力も考慮する必要があります。
    • 電車内で振り子が振れる運動: (2)のように、非慣性系の中で物体が運動する(単振動する)問題。見かけの重力と慣性力の合力がはたらく中での振動を考えます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 観測者を決める: まず、斜面と一緒に動く「非慣性系」で考えるか、地上にいる「慣性系」で考えるかを決めます。通常、非慣性系の方が運動の記述が単純になり、計算が楽です。
    2. 慣性力の向きと大きさを特定する: 系の加速度の向きを確認し、その「真逆」に、大きさ\(ma\)の慣性力がはたらくことを図に書き込みます。
    3. 運動の方向を見極め、座標軸を設定する: 物体が静止しているのか、あるいは特定の方向に運動しているのかを判断し、それに合わせて最も都合の良い座標軸(水平・鉛直 or 斜面に平行・垂直)を設定します。
    4. 力をすべて分解し、立式する: 設定した座標軸の各成分について、すべての力(慣性力も含む)を分解し、つり合いの式または運動方程式を立てます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 力の分解ミス:
    • 誤解: (2)で、水平方向の慣性力\(2ma\)を、斜面に平行な成分と垂直な成分に分解する際に、角度を間違えてsinとcosを取り違える。
    • 対策: 必ず大きな図を描き、斜面の角度\(\theta\)と、慣性力のベクトルが作る直角三角形のどの角が\(\theta\)になるかを、図形的に(錯角や同位角などを使って)慎重に確認します。慣性力と斜面がなす角は\(\theta\)なので、斜面に平行な成分は\(2ma\cos\theta\)となります。
  • 慣性力を分解し忘れる:
    • 誤解: (2)で斜面に平行な方向の運動方程式を立てる際に、重力\(mg\)は\(mg\sin\theta\)に分解するが、水平な慣性力\(2ma\)を分解し忘れてしまう。
    • 対策: 座標軸を設定したら、「すべての力」をその座標軸の成分に分解するというルールを徹底します。慣性力も力のひとつとして、例外なく分解の対象となります。
  • 視点の混同:
    • 誤解: 地上の観測者(慣性系)の立場で運動方程式を立てているのに、慣性力を書き加えてしまう。
    • 対策: 「慣性力は非慣性系でだけ使える便利な道具」と割り切り、慣性系で考えるときは実在する力(この問題では重力と垂直抗力)のみを考える、という原則を厳守します。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 非慣性系での力のつり合い (\(\vec{F}_{\text{重力}} + \vec{N} + \vec{F}_{\text{慣性}} = 0\)):
    • 選定理由: (1)で「斜面に対して静止していた」という記述があるためです。観測者から見て「静止」しているなら、その観測者にとっての「力のつり合い」を考えるのが最も直接的です。
    • 適用根拠: 加速度運動する非慣性系でニュートンの法則を成り立たせるために、見かけの力である慣性力を導入します。観測者から見て物体が静止している(相対加速度がゼロ)ということは、実在の力と慣性力のベクトル和がゼロになっていることを意味します。
  • 非慣性系での運動方程式 (\(m\vec{\alpha} = \vec{F}_{\text{重力}} + \vec{N} + \vec{F}_{\text{慣性}}\)):
    • 選定理由: (2)で「斜面にそって上昇した」とあり、非慣性系の中で運動が起きているためです。この相対的な運動(加速度\(\alpha\))の原因を記述するために、運動方程式を適用します。
    • 適用根拠: 非慣性系における運動方程式は、物体の相対的な運動(質量\(m \times\)相対加速度\(\alpha\))が、実在の力と慣性力の合力によって引き起こされる、という形で記述されます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 連立方程式の処理: (1)では、水平・鉛直の2つのつり合いの式から\(N\)を消去するために、辺々割り算(式② ÷ 式①)を行うと、\(\tan\theta = ma/mg\)となり、一発で\(a\)が求まります。この計算テクニックは非常に有効です。
  • 三角関数の変形: (2)の計算過程で出てくる\(g\tan\theta\cos\theta\)のような式は、\(\tan\theta = \sin\theta/\cos\theta\) の定義に戻って計算すると、\(g(\sin\theta/\cos\theta)\cos\theta = g\sin\theta\) となり、きれいに整理できます。三角関数の基本的な関係式を使いこなせるようにしておきましょう。
  • 文字の代入は最後に行う: (2)の計算では、(1)で求めた\(a=g\tan\theta\)を、式の最後の段階で代入することで、計算の見通しが良くなり、ミスを減らすことができます。
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162 遠心力

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