「リードα 物理基礎・物理 改訂版」徹底解説!【第7章】基本問題136~145

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基本問題

136 運動量の保存 (分裂)

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「分裂現象における運動量保存則」です。

  1. 運動量保存則: 複数の物体からなる系に外力が働かない(または、ある方向の外力が0の)場合、その系の全運動量は保存されます。これは衝突や合体だけでなく、静止した物体が複数の部分に分かれて動き出す「分裂」現象にも適用できます。
  2. 内力と外力: 人が台車Bを押す力、およびその反作用として台車Bが人を押し返す力は、系(人、台車A、台車B、荷物)の内部で及ぼしあう力なので「内力」です。内力は系の全運動量を変えることはありません。
  3. ベクトルの取り扱い: 運動量はベクトル量であるため、向きを考慮する必要があります。一直線上の運動では、正の向きを定め、逆向きの速度や運動量には負の符号をつけて計算します。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、人、台車A、台車B、荷物のすべてを含む全体を一つの「系」として考えます。
  2. 水平面はなめらかなので、この系には水平方向の外力が働きません。したがって、水平方向の運動量保存則が成り立ちます。
  3. 分裂前(全体が静止)の全運動量と、分裂後(各部分が運動)の全運動量の和が等しい(この場合は0に等しい)として式を立て、未知の速さ\(v\)を求めます。

(設問)

思考の道筋とポイント
静止していた人が、隣の台車を押し出すという、典型的な「分裂」の問題です。
「台車Aと人」のグループと、「台車Bと荷物」のグループ、これらすべてを合わせたものを一つの「系」と見なします。
人が台車Bを押す力は、この系の中での力のやり取り(内力)です。水平面はなめらかで、水平方向には外力が働かないため、この系の全運動量は分裂の前後で保存されます。

分裂前は系全体が静止していたので、全運動量は0です。したがって、運動量保存則により、分裂後の全運動量も0でなければなりません。これは、分裂した2つの部分(「台車A+人」と「台車B+荷物」)の運動量が、大きさが等しく、向きが真逆になることを意味します。この関係から、未知の速さ\(v\)を計算します。
この設問における重要なポイント

  • 分裂の前後で、系の全運動量は保存される。
  • 人が物体を押す力は、系全体で見れば内力である。
  • 分裂前の全運動量が0の場合、分裂後の各部分の運動量のベクトル和も0になる。

具体的な解説と立式
「台車Aと人」を一つの物体Aとみなし、その質量を \(m_A = 60 \, \text{kg}\) とします。
「台車Bと荷物」を一つの物体Bとみなし、その質量を \(m_B = 10 \, \text{kg}\) とします。

分裂前は、系全体が静止しているので、全運動量 \(P_{\text{前}}\) は0です。
$$ P_{\text{前}} = 0 $$
分裂後、物体Aは速さ\(v\)で、物体Bは速さ \(v_B = 1.5 \, \text{m/s}\) で互いに反対向きに運動します。
ここで、物体Bが進む向き(図の右向き)を正の向きとします。
すると、物体Bの速度は \(+1.5 \, \text{m/s}\)、物体Aの速度は \(-v\) と表せます。

分裂後の全運動量 \(P_{\text{後}}\) は、物体Aと物体Bの運動量の和です。
$$ P_{\text{後}} = m_A (-v) + m_B (+1.5) $$
運動量保存則 \(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\) より、以下の式が成り立ちます。
$$ 0 = m_A (-v) + m_B \cdot (1.5) $$

使用した物理公式

  • 運動量保存則: \(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\)
  • 運動量の定義: \(p = mv\)
計算過程

運動量保存則の式に、与えられた質量を代入して \(v\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
0 &= 60 \cdot (-v) + 10 \cdot (1.5) \\[2.0ex]
0 &= -60v + 15 \\[2.0ex]
60v &= 15 \\[2.0ex]
v &= \frac{15}{60} \\[2.0ex]
v &= \frac{1}{4} \\[2.0ex]
v &= 0.25 \, [\text{m/s}]
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

スケートリンクの上で、静止している大人と子供が互いに押し合う状況を想像してみてください。押し合うと、2人は反対方向に滑り出します。このとき、全体の運動の勢い(運動量)は、押し合う前も後も合計でゼロのままです。これは、大人の「質量×速さ」と子供の「質量×速さ」が、大きさが等しくなることを意味します。
この問題も同じで、「台車A+人」の運動量(\(60 \times v\))と、「台車B+荷物」の運動量(\(10 \times 1.5\))の大きさが等しくなります。
したがって、\(60 \times v = 10 \times 1.5\) という簡単な式を立てて、これを解くことで速さ\(v\)を求めることができます。

結論と吟味

台車Aと人が動く速さ\(v\)は \(0.25 \, \text{m/s}\) です。
分裂後の2つの物体の運動量の大きさは、\(m_A v = 60 \times 0.25 = 15 \, \text{kg}\cdot\text{m/s}\) と \(m_B v_B = 10 \times 1.5 = 15 \, \text{kg}\cdot\text{m/s}\) となり、確かに等しくなっています。向きが逆なので、ベクトル和は0となり、運動量保存則が満たされていることが確認できます。結果は物理的に妥当です。

解答 \(0.25 \, \text{m/s}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 分裂現象における運動量保存則:
    • 核心: この問題の根幹は、静止している物体が内部の力によって複数の部分に分かれる「分裂」現象において、系の全運動量は保存されるという法則です。特に、分裂前の運動量が0であるため、分裂後の各部分の運動量のベクトル和も0になります。
    • 理解のポイント:
      • \(P_{\text{前}} = 0\) ならば \(P_{\text{後}} = 0\) の関係: 分裂前の全運動量が0の場合、分裂後の全運動量も0です。これは、分裂した各部分の運動量ベクトルをすべて足し合わせると0になる、つまり、互いに打ち消しあう関係になることを意味します。
      • 内力による運動: 人が台車を押す力は、系全体から見れば「内力」です。内力は系の各部分の運動量を変化させますが、系の「全運動量」を変化させることはできません。運動を開始させるきっかけは内力ですが、運動の法則は運動量保存則に支配されます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • ロケットの推進: ロケットが燃料を後方に噴射することで前方に加速する問題。これも「ロケット本体」と「噴射ガス」の分裂と見なせ、運動量保存則が適用できます。
    • 大砲の発射: 大砲が砲弾を発射すると、砲身が後退(リコイル)する問題。これも「砲身」と「砲弾」の分裂であり、運動量保存則で砲身の後退速度を計算できます。
    • 人が船や台車の上を歩く: 静止している船の上を人が歩き始めると、船は人と反対向きに動き出す問題。これも「人」と「船」の分裂(あるいは相対運動)と捉え、運動量保存則(または重心位置不変の法則)で解くことができます。
    • 放射性崩壊: 原子核が放射線(α線など)を放出して別の原子核に変わる現象。これも原子レベルでの分裂であり、運動量保存則が成り立ちます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 「分裂」のキーワードを探す: 問題文に「押し出す」「分裂する」「発射する」「飛び出す」といった、一つの系が複数の部分に分かれることを示唆する言葉がないか探します。
    2. 系全体を定義する: 分裂する前の状態(人、台車A、台車B、荷物)をすべて含んだものを一つの「系」として明確に定義します。
    3. 外力の有無を確認する: 系に対して水平方向に外力(床との摩擦など)が働かないことを確認します。これが運動量保存則を適用するための大前提です。
    4. 分裂前後の運動量を比較する: 分裂前の全運動量(この問題では0)と、分裂後の各部分の運動量の総和が等しい、という式を立てます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 速度の符号の付け忘れ・間違い:
    • 誤解: 運動量がベクトルであることを忘れ、すべての速度を正の値として \(0 = 60v + 10 \times 1.5\) のように立式してしまう。
    • 対策: 運動量保存則を扱う際は、必ず最初に座標軸の正の向きを決めます。そして、各物体の速度がその向きと同じか逆かを判断し、逆向きの場合は必ず負の符号を付けて式に代入する、という手順を徹底します。
  • 質量を取り違える:
    • 誤解: 「台車Aと人」「台車Bと荷物」のように、複数の要素が一体となっている場合に、その合計の質量ではなく、片方の質量だけで計算してしまう。例えば、\(0 = 60v + (\text{台車Bの質量}) \times 1.5\) のように計算してしまうミス。
    • 対策: 問題文をよく読み、どの要素が一体となって運動しているのかを正確に把握します。立式する前に、運動する各部分の「かたまり」とその「合計質量」をメモしておくと、ミスを防げます。
  • エネルギー保存則を誤って適用する:
    • 誤解: この現象では、人が仕事をして(化学エネルギーを使って)運動エネルギーを生み出しているので、力学的エネルギーは保存されません。しかし、運動量保存則と混同してエネルギー保存則を使おうとするミスが考えられます。
    • 対策: 「分裂」や「発射」のように、内部のエネルギー(化学エネルギー、爆発のエネルギーなど)が運動エネルギーに変わる現象では、力学的エネルギーは増加するため保存されません。このような現象では運動量保存則が主役である、と認識しておくことが重要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 運動量保存則 (\(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\)):
    • 選定理由: この問題は、静止状態から内部の力によって動き出す「分裂」現象です。この現象の前後関係を記述するのに最も適した法則が運動量保存則です。特に、分裂前の運動量が0であるため、分裂後の関係式が非常にシンプルになります。
    • 適用根拠: 人、台車A、台車B、荷物をすべて含む系を考えます。人が台車Bを押す力は内力であり、作用・反作用の法則により、系内部で運動量を交換するだけです。水平面はなめらかなので、水平方向の外力は0です。運動方程式の一般形 \(\frac{d\vec{P}}{dt} = \vec{F}_{\text{外}}\) において、右辺が0なので、系の全運動量 \(\vec{P}\) は時間的に変化せず、一定に保たれます。分裂前が0なら、分裂後も0でなければなりません。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 立式をシンプルにする: 分裂前の運動量が0の場合、\(P_{\text{後}}=0\) から、\(m_A \vec{v_A} + m_B \vec{v_B} = 0\)、すなわち \(m_A \vec{v_A} = -m_B \vec{v_B}\) が成り立ちます。これは「2つの部分の運動量は、大きさが等しく向きが逆」であることを意味します。この関係を直接利用して、大きさだけで \(m_A v_A = m_B v_B\) と立式すると、符号ミスを減らし、計算を簡略化できます。
  • 単位の確認: 質量は[kg]、速さは[m/s]という基本的な単位が揃っているかを確認します。
  • 簡単な整数・分数に直す: \(v = 15/60\) のような計算では、約分して \(1/4\) とし、最後に小数 \(0.25\) に直すことで、計算ミスを減らせます。
  • 物理的な意味の吟味: 質量が大きい「台車A+人」(60kg)の方が、質量が小さい「台車B+荷物」(10kg)よりも、分裂後の速さが遅くなるはずです。計算結果(\(v=0.25 \text{ m/s}\) は \(1.5 \text{ m/s}\) より小さい)が、この物理的な直感と合っているかを確認するのも良い検算方法です。

137 運動量の保存と相対速度

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「運動量保存則と相対速度の関係」です。

  1. 運動量保存則: ロケット全体(頭部A+尾部B)を一つの「系」とみなすと、分離は内力によるものなので、系の全運動量は保存されます。
  2. 相対速度: 「頭部Aに対する尾部Bの相対的な速さ」という情報を、観測者(地上)から見たそれぞれの速度を用いて正しく数式で表現することが重要です。
  3. 観測者の視点: 運動量保存則は地上に固定された観測者(静止系)の視点で立式し、相対速度は運動している物体(この場合は頭部A)の視点で考えます。この2つの視点を明確に区別し、適切に結びつけることが問題を解く鍵となります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、相対速度の定義式 \(v_{AB} = v_B – v_A\) を用いて、問題文で与えられた「頭部Aに対する尾部Bの相対的な速さ」を数式で表現します。
  2. (2)では、まず地上から見た視点で、分離の前後における運動量保存則の式を立てます。次に、(1)で求めた関係式を代入して連立方程式を解き、頭部Aの速度\(v_A\)を求めます。

問(1)

思考の道筋とポイント
「分離後の頭部Aの速度を\(v_A\)、尾部Bの速度を\(v_B\)、頭部Aに対する尾部Bの相対的な速さを\(u\)として、これらの関係を示せ」という問題です。これは、相対速度の定義を正しく理解し、数式に翻訳できるかを問うています。

まず、ロケットの進行方向(図の右向き)を正の向きと定めます。
「頭部Aに対する尾部Bの相対速度」とは、「頭部Aに乗っている観測者から見た、尾部Bの速度」のことです。これを \(v_{AB}\) とします。
問題文より、尾部Bは頭部Aに対して後方(負の向き)に速さ\(u\)で分離するので、この相対速度は \(v_{AB} = -u\) となります。
この情報と、相対速度の定義式 \(v_{AB} = v_B – v_A\) ((相手の速度) – (自分の速度))を結びつけることで、関係式を導きます。
この設問における重要なポイント

  • 相対速度の定義式: \(v_{AB} = v_B – v_A\)
  • 問題文の「Aに対するBの相対的な速さ\(u\)」が、ベクトル量である相対速度としては \(v_{AB} = -u\) となることを理解する。
  • 速度\(v_A\), \(v_B\)は、地上から見た「絶対速度」である。

具体的な解説と立式
ロケットの進行方向(右向き)を正の向きとします。
地上から見た頭部Aの速度を\(v_A\)、尾部Bの速度を\(v_B\)とします。
頭部Aに対する尾部Bの相対速度を\(v_{AB}\)とすると、定義より
$$ v_{AB} = v_B – v_A $$
と表せます。
問題文より、尾部Bは頭部Aに対して後方(負の向き)へ速さ\(u\)で分離したため、この相対速度は
$$ v_{AB} = -u $$
となります。
したがって、この2つの式から、求める関係式は
$$ v_B – v_A = -u $$
となります。

使用した物理公式

  • 相対速度: \(v_{AB} = v_B – v_A\)
計算過程

この設問は、物理的な意味を数式に変換するものであり、特別な計算過程はありません。

計算方法の平易な説明

「A君から見たB君の速さ」は、単純に「B君の速さからA君の速さを引き算する」というルールがあります。問題文では「頭部Aに対する尾部Bの相対的な速さ」が\(u\)だと書かれています。これは、Aから見るとBが後ろ向き(マイナス方向)に速さ\(u\)で遠ざかっていく、という意味です。なので、Aから見たBの速度は \(-u\) となります。
この \(-u\) が、「Bの速度 \(v_B\) – Aの速度 \(v_A\)」に等しいので、\(v_B – v_A = -u\) という関係式が出来上がります。

結論と吟味

\(v_A\), \(v_B\), \(u\)の関係は \(v_B – v_A = -u\) と示されます。この式を変形すると \(v_B = v_A – u\) となり、尾部Bの(地上から見た)速度は、頭部Aの速度よりも\(u\)だけ小さいことを意味します。これは、BがAに対して後方に分離するという物理的な状況と一致しており、妥当な関係式です。

解答 (1) \(v_B – v_A = -u\)

問(2)

思考の道筋とポイント
分離後の頭部Aの速度\(v_A\)を求める問題です。
ロケットの分離は、ロケット内部の力(内力)によって起こる現象です。宇宙空間を運動していると考えれば、系全体には外力が働かないため、分離の前後でロケット全体(頭部A+尾部B)の運動量は保存されます。

そこで、地上(静止系)の観測者から見た運動量保存則の式を立てます。この式には未知数として\(v_A\)と\(v_B\)が含まれますが、(1)で求めた関係式を使うことで、未知数を一つに絞り込むことができます。この連立方程式を解くことで、\(v_A\)を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 分離の前後で、系全体の運動量は保存される。
  • 運動量保存則は、地上から見た「絶対速度」を用いて立式する。
  • (1)で求めた相対速度の式と、運動量保存則の式を連立させて解く。

具体的な解説と立式
地上から見た視点で、運動量保存則を考えます。
分離前の系の全運動量 \(P_{\text{前}}\) は、
$$ P_{\text{前}} = (m+M)v \quad \cdots ① $$
分離後の系の全運動量 \(P_{\text{後}}\) は、
$$ P_{\text{後}} = mv_A + Mv_B \quad \cdots ② $$
運動量保存則 \(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\) より、
$$ (m+M)v = mv_A + Mv_B \quad \cdots ③ $$
ここで、(1)で求めた関係式 \(v_B – v_A = -u\) を \(v_B\) について解くと、
$$ v_B = v_A – u \quad \cdots ④ $$
この④式を③式に代入して、\(v_B\)を消去します。

使用した物理公式

  • 運動量保存則: \(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\)
  • 相対速度の関係式((1)の結果)
計算過程

式④を式③に代入します。
$$
\begin{aligned}
(m+M)v &= mv_A + M(v_A – u) \\[2.0ex]
(m+M)v &= mv_A + Mv_A – Mu \\[2.0ex]
(m+M)v &= (m+M)v_A – Mu
\end{aligned}
$$
この式を、求める\(v_A\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
(m+M)v_A &= (m+M)v + Mu \\[2.0ex]
v_A &= \frac{(m+M)v + Mu}{m+M} \\[2.0ex]
v_A &= v + \frac{Mu}{m+M}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

ロケット全体の運動の勢い(運動量)は、分離の前後で変わらない、というルールを使います。
分離前の勢いは「全体の質量 \((m+M)\) × 速度 \(v\)」です。
分離後の勢いは「頭部Aの勢い \(mv_A\) + 尾部Bの勢い \(Mv_B\)」です。
これらが等しいので、\((m+M)v = mv_A + Mv_B\) という式が作れます。
この式には知りたい \(v_A\) の他に、わからない \(v_B\) も入っています。しかし、(1)で \(v_B\) を \(v_A\) と \(u\) で表す関係式(\(v_B = v_A – u\))を求めたので、これを代入します。すると、式の中のわからない文字が \(v_A\) だけになるので、方程式を解いて答えを求めることができます。

結論と吟味

頭部Aの速度\(v_A\)は \(v + \displaystyle\frac{Mu}{m+M}\) です。
分離によって加えられた項 \(\displaystyle\frac{Mu}{m+M}\) は正の値なので、\(v_A\) は分離前の速度 \(v\) よりも大きくなります。これは、後方に質量\(M\)の尾部を噴射することで、その反作用により前方に加速するというロケットの原理そのものを表しており、物理的に非常に妥当な結果です。

解答 (2) \(v_A = v + \displaystyle\frac{Mu}{m+M}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 運動量保存則と相対速度の連立:
    • 核心: この問題は、2つの異なる物理概念、すなわち「静止系から見た運動量保存則」と「運動する物体から見た相対速度」を、連立方程式として解く能力を試すものです。
    • 理解のポイント:
      • 運動量保存則の視点: この法則は、外力が働かない限り、どの慣性系(静止または等速直線運動する座標系)から見ても成り立ちますが、通常は最も簡単な「地上(静止系)」から見た速度(絶対速度)で立式します。
      • 相対速度の視点: 問題文で与えられる「Aに対するBの相対速度」は、Aの立場に乗り移ってBの運動を見たときの速度です。この「運動している物体からの視点」と「地上からの視点」を、\(v_{AB} = v_B – v_A\) という関係式で結びつけることが核心です。
      • 2つの未知数と2つの式: 分離後の速度 \(v_A\) と \(v_B\) は未知数です。これらを求めるためには、独立した2つの式が必要です。その2つの式が「運動量保存則」と「相対速度の定義式」なのです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • ロケットの多段分離: 2段式ロケットが1段目を切り離し、さらに2段目が加速するような問題。分離が起こるたびに、その時点での運動量保存則と相対速度の関係を繰り返し適用します。
    • 動く台車上での物体の射出: 一定速度で動いている台車の上から、進行方向または逆向きに物体を射出する問題。本問と全く同じ構造で解くことができます。
    • 衝突と反発係数: 2物体の衝突問題で、反発係数\(e\)が与えられる場合も、本問と構造が似ています。「運動量保存則」と「反発係数の式(これも相対速度の式の一種)」を連立させて解きます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 観測者を明確にする: 問題文に「〜に対する相対速度」という記述が出てきたら、誰から見た速度なのかを明確にします。運動量保存則を立てる「静止した観測者」と、相対速度を考える「運動する観測者」の2つの視点を意識します。
    2. 未知数を特定する: 問題で求められている量と、式を立てる上で未知数となる量(この問題では \(v_A\) と \(v_B\))を最初にリストアップします。
    3. 立てられる式をリストアップする: 未知数の数だけ方程式が必要になります。この問題では「運動量保存則」と「相対速度の式」の2つが立てられることを見抜きます。
    4. 符号に細心の注意を払う: 最初に座標軸の正の向きを決め、すべてのベクトル量(速度、相対速度)に符号を付けて扱うことを徹底します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 運動量保存則に相対速度を代入してしまう:
    • 誤解: 最も多い致命的なミスが、運動量保存則の式に、地上から見た絶対速度ではなく、相対速度を直接代入してしまうことです。例えば、\((m+M)v = mv_A + M(-u)\) のように、尾部Bの運動量を \(Mv_B\) ではなく \(M(-u)\) としてしまうミスです。
    • 対策: 「運動量保存則は、必ず同じ一つの慣性系(通常は地上)から見た速度で立式する」という大原則を徹底します。相対速度は、あくまで速度間の関係式を立てるためだけに使用し、運動量の計算には直接用いない、と区別して覚えることが重要です。
  • 相対速度の式の符号ミス:
    • 誤解: 「Aに対するBの相対速度」\(v_{AB}\) を \(v_A – v_B\) と逆に定義してしまう。あるいは、後方に速さ\(u\)で分離するのを、相対速度 \(+u\) と勘違いしてしまう。
    • 対策: 相対速度は「相手の速度 – 自分の速度」と語順も含めて覚えます。「Aに対するBの〜」なら「B – A」です。また、速さ(スカラー)と速度(ベクトル)を区別し、後方への分離なら負の符号を付けることを忘れないようにします。
  • 計算ミス:
    • 誤解: (2)の計算過程で、\(v_B = v_A – u\) を代入した後の展開 \((m+M)v = mv_A + M(v_A – u)\) で、\(M\)を\(-u\)に掛け忘れるなどの分配法則のミス。
    • 対策: 文字式が複雑なときは、焦らず一行ずつ丁寧に展開・整理します。特に、括弧を外す際の符号の変化には細心の注意を払います。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 運動量保存則:
    • 選定理由: 「分離」という、内力によって系の状態が変化する現象を扱うためです。分離の前後で系の全運動量は不変であるというこの法則は、分離後の各部分の速度の関係を導く上で不可欠です。
    • 適用根拠: ロケット全体を一つの系とみなすと、分離を引き起こす力(エンジン噴射など)はすべて内力です。宇宙空間では外力が働かないため、運動量保存則が厳密に成り立ちます。
  • 相対速度の定義式:
    • 選定理由: 問題文に「Aに対するBの相対的な速さ」という、運動量保存則だけでは扱えない情報が与えられているからです。この情報を数式に落とし込むために、相対速度の定義式が必要となります。
    • 適用根拠: この式は、異なる座標系(静止系と、頭部Aと共に動く座標系)における速度の関係を結びつける、ガリレイ変換の基本的な関係式です。これにより、異なる視点からの情報を一つの数式体系の中で扱えるようになります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 求める文字について整理する: (2)の計算で \((m+M)v = (m+M)v_A – Mu\) という式が得られたら、求めたい \(v_A\) が含まれる項を左辺に、それ以外を右辺に集めるなど、方程式を解く基本に忠実に整理します。
  • 最終的な式の形を吟味する: 得られた答え \(v_A = v + \displaystyle\frac{Mu}{m+M}\) を吟味します。第2項は、分離によって得られた速度の増加分を意味します。この項は、噴射した尾部の質量\(M\)が大きいほど、また相対的な噴射速度\(u\)が大きいほど、大きくなります。これはロケットの性能に関する直感と一致しており、答えの妥当性を裏付けます。
  • 極端な場合を考える: もしロケットが静止(\(v=0\))していたら、\(v_A = \displaystyle\frac{Mu}{m+M}\) となります。これは、静止状態からの分裂問題と同じ形です。また、もし尾部の質量がゼロ(\(M=0\))なら、\(v_A=v\) となり、何も噴射しないので加速しない、という当然の結果になります。このように極端なケースを考えることで、式の正しさを検証できます。

138 重心の運動

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「重心の運動」、特に外力が働かない系における「重心位置不変の法則」です。

  1. 運動量保存則: 人と板を一つの「系」とみなすと、床がなめらかなので水平方向には外力が働きません。したがって、系の全運動量は保存されます。
  2. 重心の速度: 運動量保存則が成り立つとき、系の重心の速度は一定に保たれます。特に、初期状態で系全体が静止していれば、重心の速度は常に0です。
  3. 重心位置不変の法則: 重心の速度が常に0であるということは、系の重心の位置は運動の前後で全く変わらないことを意味します。
  4. 重心の公式: 複数の質点からなる系の重心位置は、公式 \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) を用いて計算できます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、人と板を一つの系とみなし、運動量保存則を適用して板の速度を求めます。
  2. (2)では、重心の公式を用いて、初期状態(人がA端にいるとき)の系の重心位置を計算します。
  3. (3)では、同様に重心の公式を用いて、最終状態(人がB端にいるとき)の系の重心位置を、未知数\(x_1, x_2\)を用いて表します。
  4. (4)では、水平方向に外力が働かないため重心の位置は不変であること((2)と(3)の結果が等しいこと)と、板の長さが\(l\)であるという幾何学的な条件を用いて連立方程式を立て、\(x_1, x_2\)を求めます。

問(1)

思考の道筋とポイント
人が板の上を歩くと、その反作用で板も動きます。人と板を一つの「系」として考えると、水平方向には外力が働かないため、系の全運動量は保存されます。
初期状態では人と板は共に静止しているので、系の全運動量は0です。したがって、人が歩いている最中も、系の全運動量は0に保たれます。この運動量保存則から、板の速度\(V\)を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 人と板を合わせた系の、水平方向の運動量は保存される。
  • 初期状態の全運動量は0なので、運動中の全運動量も0である。
  • 問題で与えられている人の速度\(v\)は、「床に対する速度」であることに注意する。

具体的な解説と立式
床に対して右向きを正の向きとします。
人の質量は\(2m\)、床に対する速度は\(v\)です。
板の質量は\(m\)、床に対する速度は\(V\)です。

運動量保存則を適用します。
初期状態(人が歩き出す前)の系の全運動量\(P_{\text{前}}\)は、
$$ P_{\text{前}} = (2m+m) \cdot 0 = 0 $$
人が歩いている最中の系の全運動量\(P_{\text{後}}\)は、
$$ P_{\text{後}} = 2m \cdot v + m \cdot V $$
運動量保存則 \(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\) より、
$$ 0 = 2mv + mV $$

使用した物理公式

  • 運動量保存則: \(P_{\text{前}} = P_{\text{後}}\)
計算過程

上記で立てた式を、求める板の速度\(V\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
mV &= -2mv \\[2.0ex]
V &= -2v
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

人と板を一つのグループとして考えます。このグループは、最初止まっているので、全体の運動の勢い(運動量)は0です。人が右向きに歩き始めると、その反動で板は左向きに動きます。外から力が加わらない限り、グループ全体の勢いの合計は0のままなので、人の右向きの勢い(\(2m \times v\))と、板の左向きの勢い(\(m \times V\))は、互いに打ち消しあう関係になります。この関係を式にすると、\(0 = 2mv + mV\)となり、板の速度\(V\)を求めることができます。

結論と吟味

板の速度\(V\)は\(-2v\)です。負の符号は、板が人の進行方向(正の向き)とは逆向きに動くことを示しており、物理的に妥当な結果です。

解答 (1) \(-2v\)

問(2)

思考の道筋とポイント
初期状態(人がA端にいるとき)における、人と板からなる物体系の重心の位置\(x_G\)を求める問題です。重心の公式 \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) を用いて計算します。各物体の位置を正確に把握することが重要です。
この設問における重要なポイント

  • 重心の公式を正しく適用する。
  • 各構成要素の「質量」と「重心の位置」を正確に設定する。
  • 板は一様なので、その重心は板の中点にある。

具体的な解説と立式
問題の設定より、初期状態では板のA端が原点(\(x=0\))です。
人の質量は\(2m\)、位置はA端なので \(x_{\text{人}} = 0\) です。
板の質量は\(m\)、長さは\(l\)で一様なので、その重心は板の中点にあります。板のA端が0、B端が\(l\)なので、板の重心の位置は \(x_{\text{板}} = \displaystyle\frac{l}{2}\) です。

これらの値を重心の公式に代入します。
$$ x_G = \frac{2m \cdot x_{\text{人}} + m \cdot x_{\text{板}}}{2m+m} $$

使用した物理公式

  • 重心の公式: \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\)
計算過程

$$
\begin{aligned}
x_G &= \frac{2m \cdot 0 + m \cdot \displaystyle\frac{l}{2}}{2m+m} \\[2.0ex]
&= \frac{\displaystyle\frac{ml}{2}}{3m} \\[2.0ex]
&= \frac{l}{6}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

重心とは、その物体系の「重さの平均点」のことです。質量\(2m\)の人が位置0に、質量\(m\)の板の代表点(重心)が位置\(l/2\)にいると考えて、これらの点の「重み付き平均」を計算します。公式に当てはめると、重心の位置が求まります。

結論と吟味

初期状態の系の重心の位置は \(\displaystyle\frac{l}{6}\) です。人の質量が板の2倍なので、重心は板の重心(\(l/2\))よりも人に近い位置に来ます。\(l/6 < l/2\) なので、この結果は妥当です。

解答 (2) \(\displaystyle\frac{l}{6}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
最終状態(人がB端に着いたとき)の系の重心の位置\(x_G’\)を、そのときの人の位置\(x_1\)と板のA端の位置\(x_2\)を用いて表す問題です。(2)と同様に、重心の公式を用います。板の重心の位置を\(x_1, x_2\)でどう表すかがポイントです。
この設問における重要なポイント

  • (2)と同様、重心の公式を適用する。
  • 板の重心は、常に板のA端とB端の中点にある。

具体的な解説と立式
最終状態では、人の質量は\(2m\)、位置は \(x_1\) です。
板の質量は\(m\)です。そのA端の位置は\(x_2\)、B端の位置は人がいるので\(x_1\)です。
板は一様なので、その重心の位置 \(x_{\text{板}}’\) はA端とB端の中点になります。
$$ x_{\text{板}}’ = \frac{x_1+x_2}{2} $$
これらの値を重心の公式に代入します。
$$ x_G’ = \frac{2m \cdot x_1 + m \cdot x_{\text{板}}’}{2m+m} $$

使用した物理公式

  • 重心の公式: \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\)
計算過程

$$
\begin{aligned}
x_G’ &= \frac{2m \cdot x_1 + m \cdot \left(\displaystyle\frac{x_1+x_2}{2}\right)}{2m+m} \\[2.0ex]
&= \frac{m \left(2x_1 + \displaystyle\frac{x_1+x_2}{2}\right)}{3m} \\[2.0ex]
&= \frac{1}{3} \left( \frac{4x_1 + x_1+x_2}{2} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{5x_1+x_2}{6}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

(2)と考え方は同じで、最終状態での「重さの平均点」を計算します。人の位置は\(x_1\)です。板の代表点(重心)の位置は、板の左端\(x_2\)と右端\(x_1\)のちょうど真ん中なので、\( \frac{x_1+x_2}{2} \) と表せます。これらを使って、(2)と同じ公式に当てはめれば、重心の位置を文字式で表すことができます。

結論と吟味

最終状態の系の重心の位置は \(\displaystyle\frac{5x_1+x_2}{6}\) と表せます。

解答 (3) \(\displaystyle\frac{5x_1+x_2}{6}\)

問(4)

思考の道筋とポイント
最終状態における人の位置\(x_1\)と板のA端の位置\(x_2\)を求める問題です。
ここで、この問題の核心である「重心位置不変の法則」を使います。人と板の系には水平方向に外力が働かないため、系の重心の位置は運動の前後で変化しません。つまり、(2)で求めた初期の重心位置\(x_G\)と、(3)で求めた最終的な重心位置\(x_G’\)は等しくなります。
これにより\(x_1\)と\(x_2\)の関係式が一つ得られます。もう一つの関係式は、板の長さが\(l\)であるという幾何学的な条件から導き、これら2つの式を連立させて解きます。
この設問における重要なポイント

  • 水平方向に外力が働かないため、系の重心の位置は不変である (\(x_G = x_G’\))。
  • 板の長さは、B端の位置とA端の位置の差に等しい。

具体的な解説と立式
重心位置不変の法則より、\(x_G = x_G’\) が成り立ちます。
(2), (3)の結果を代入すると、
$$ \frac{l}{6} = \frac{5x_1+x_2}{6} $$
これを整理すると、
$$ l = 5x_1+x_2 \quad \cdots ① $$
また、板の長さは\(l\)であり、最終状態ではB端が\(x_1\)、A端が\(x_2\)にあるので、
$$ x_1 – x_2 = l \quad \cdots ② $$
この①式と②式の連立方程式を解きます。

使用した物理公式

  • 重心位置不変の法則
計算過程

①式と②式を足し合わせることで\(x_2\)を消去します。
$$
\begin{aligned}
(5x_1+x_2) + (x_1-x_2) &= l + l \\[2.0ex]
6x_1 &= 2l \\[2.0ex]
x_1 &= \frac{2l}{6} = \frac{l}{3}
\end{aligned}
$$
求めた\(x_1\)を②式に代入して\(x_2\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
\frac{l}{3} – x_2 &= l \\[2.0ex]
x_2 &= \frac{l}{3} – l \\[2.0ex]
x_2 &= -\frac{2l}{3}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

外から力が加わっていないので、人と板を合わせたグループ全体の「バランス点(重心)」は、人が歩いても動きません。したがって、(2)で求めた最初の重心位置と(3)で求めた最後の重心位置は等しくなります。これにより、\(x_1\)と\(x_2\)に関する一つ目の式が作れます。
二つ目の式は、板の長さが\(l\)であることから、「右端の位置\(x_1\) – 左端の位置\(x_2\) = \(l\)」という単純な関係から作れます。
この2つの式を、中学校で習う連立方程式として解けば、\(x_1\)と\(x_2\)の値が求まります。

結論と吟味

人の最終的な位置は \(x_1 = \displaystyle\frac{l}{3}\)、板のA端の最終的な位置は \(x_2 = -\displaystyle\frac{2l}{3}\) です。
人が右に\(l\)だけ歩いたにもかかわらず、人の床に対する移動距離は\(l/3\)に留まっています。これは、足元の板が左に\(2l/3\)だけ動いたためです。人の板に対する移動距離は、人の位置と板のA端の位置の差の「変化量」で、\((x_1-x_2)_{\text{後}} – (x_1-x_2)_{\text{前}} = (l/3 – (-2l/3)) – (0-0) = l\)となり、人が板の長さ分だけ歩いたことと一致します。結果は物理的に妥当です。

解答 (4) \(x_1 = \displaystyle\frac{l}{3}\), \(x_2 = -\displaystyle\frac{2l}{3}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 重心位置不変の法則:
    • 核心: この問題全体を貫く最も重要な法則は、「系に外力が働かない(あるいは外力の合力が0の)場合、その系の重心は静止し続ける(または等速直線運動を続ける)」というものです。本問では、初期状態で系が静止しているため、人が板の上を歩いても、人と板を合わせた系の重心の位置は全く変化しません
    • 理解のポイント:
      • 運動量保存則との関係: 運動量保存則が成り立つ系では、重心の速度が一定に保たれます(\( \vec{P}_{\text{系}} = M_{\text{系}}\vec{v}_G \) の関係より)。重心位置不変の法則は、運動量保存則を「位置」の観点から見たものと言えます。
      • 内力では重心は動かせない: 人が板を蹴る力や、板が人を押し返す摩擦力はすべて「内力」です。内力は、系内部の各部分の位置を変化させることはできますが、系全体の重心の位置を動かすことはできません。
  • 重心の座標公式:
    • 核心: 重心位置不変の法則を適用するためには、まず各時点での重心の位置を計算する必要があります。そのために、重心の座標を求める公式 \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) を正しく使う能力が不可欠です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 船の上を人が歩く問題: 静止している船の一端から他端へ人が歩くと、船はどれだけ動くか、という典型問題。本問と全く同じ考え方で解けます。
    • 台車の上で物体を動かす問題: 台車の上で物体を水平に移動させたときの台車の移動距離を問う問題。
    • ロープを手繰り寄せる問題: 宇宙空間で宇宙飛行士がロープの先にある物体を手繰り寄せるとき、自分と物体がどこで出会うか、という問題。出会う場所は、初期状態の系の重心の位置になります。
    • 分裂・合体と重心: 運動量保存が成り立つ分裂・合体現象では、重心の速度は常に一定です。衝突前後の重心の位置と速度の関係を問う問題に応用できます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 「重心」という視点を持つ: 複数の物体が相互作用しながら動く問題、特に「床がなめらか」「静水上」などの設定がある場合、「運動量保存則」だけでなく「重心位置不変」も使えないか、常に考える癖をつけます。
    2. 系全体を定義する: 相互作用する物体すべて(この問題では人と板)を一つの「系」として捉えます。
    3. 外力の有無を確認する: 系に対して、考えている方向(この問題では水平方向)に外力が働かないことを確認します。
    4. 始状態と終状態の重心位置を比較する: 「始状態の重心位置」と「終状態の重心位置」をそれぞれ計算し、それらが等しい(\(x_G = x_G’\))という式を立てます。これが問題を解く上でのメインの式になります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 人の速度と板の速度の関係を誤る:
    • 誤解: (1)で、問題文に「人が板上を床に対して速度\(v\)で歩く」とあるのを、「人が板に対して速度\(v\)で歩く」と読み間違える。後者の場合、人の床に対する速度は \(v+V\) となり、運動量保存則の式は \(0 = 2m(v+V) + mV\) となってしまいます。
    • 対策: 「〜に対して」という言葉に細心の注意を払います。物理では「床に対する速度(絶対速度)」と「板に対する速度(相対速度)」は全くの別物です。問題文を正確に読み取ることが第一歩です。
  • 重心の公式の分母・分子を間違える:
    • 誤解: 重心の公式で、分母を質量の和ではなく差にしたり、分子の \(m_1x_1 + m_2x_2\) の足し算を忘れたりする。
    • 対策: 重心の公式は「モーメントの和 / 質量の和」という構造を理解して覚えます。\(m_1x_1\) は原点周りの質量のモーメントであり、それらを足し合わせて全質量で割ることで「平均の位置」を求めている、という物理的意味を理解すると忘れにくくなります。
  • 連立方程式の2本目の式を立てられない:
    • 誤解: (4)で、重心位置不変の法則から \(5x_1+x_2=l\) という式は立てられても、もう一つの式が立てられずに詰まってしまう。
    • 対策: 物理法則(重心位置不変)だけでなく、問題設定の「幾何学的な条件」にも目を向けます。この問題では「板の長さが\(l\)である」という自明に見える条件が、\(x_1 – x_2 = l\) というもう一つの方程式を与えてくれます。物理と数学の両方の視点から式を探すことが重要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 運動量保存則 / 重心位置不変の法則:
    • 選定理由: この問題は、人と板という2つの物体が「内力」(人が板を押す力とその反作用)のみを及ぼしあって運動する系を扱っています。このような「多体系の内力による運動」を解析するのに最も強力なツールが運動量保存則であり、それを位置の言葉で表現したものが重心位置不変の法則だからです。
    • 適用根拠: 人と板を一つの系とみなすと、水平方向には外力が作用しません。系の全運動量を \(\vec{P}\)、全質量を \(M_{\text{全}}\)、重心の速度を \(\vec{v}_G\) とすると、\(\vec{P} = M_{\text{全}}\vec{v}_G\) という関係があります。運動量保存則(\(\vec{P}=\text{一定}\))が成り立つということは、\(\vec{v}_G=\text{一定}\) を意味します。本問では初期状態で静止(\(\vec{P}=0\))しているので、\(\vec{v}_G=0\) が常に成り立ちます。速度が0ということは、位置は変化しない(\(x_G=\text{一定}\))ということになります。
  • 重心の座標公式:
    • 選定理由: 上記の重心位置不変の法則を具体的に適用するためには、各時点での重心の座標を計算する必要があります。そのための数学的な道具がこの公式です。
    • 適用根拠: この公式は、重心の定義そのものです。各質点の「質量×位置ベクトル」の和を、全質量で割ることで、その物体系の代表点である重心の位置ベクトルが定義されます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 質量の比を意識する: 人の質量が\(2m\)、板の質量が\(m\)なので、質量比は2:1です。重心の位置は、2つの物体の重心を結ぶ線分を、質量の逆比である1:2に内分する点になります。(2)では、人と板の重心(0と\(l/2\))を結ぶ線分を1:2に内分する点を計算すると、\(\frac{1 \cdot 0 + 2 \cdot (l/2)}{1+2} = \frac{l}{3}\) となり、あれ?答えと違いますね。これは、人の質量が\(2m\)、板が\(m\)なので、内分比は\(m:2m=1:2\)です。したがって、\(\frac{2 \cdot 0 + 1 \cdot (l/2)}{2+1} = \frac{l}{6}\) となり、公式の結果と一致します。内分点の公式を使う際は、質量の比を正しく使うことが重要です。
  • 連立方程式の解法: (4)の連立方程式 \(5x_1+x_2=l\) と \(x_1-x_2=l\) は、加減法を使えば簡単に解けます。両式を足せば \(6x_1=2l\)、両式を引けば \(4x_1+2x_2=0\) となり、どちらからでも解けます。計算しやすい方法を瞬時に選べるように練習しておきましょう。
  • 図を描いて確認する: 最終的に得られた \(x_1=l/3, x_2=-2l/3\) という結果を図に描き込んでみましょう。板のA端は\(-2l/3\)、B端は\(l/3\)にあり、板の長さは \(l/3 – (-2l/3) = l\) となっていて正しいです。人がB端(\(l/3\))にいるので、板は全体として左にずれています。これは物理的な直感とも一致します。
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139 平面上の運動量保存則

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