228 熱膨張
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、温度変化によって物体の長さが変わる「熱膨張」を扱います。特に、測定する「棒」と測定に使う「定規」の両方が異なる割合で熱膨張する状況を正しく理解し、計算する能力が問われます。
この問題の核心は、「30℃で測定したときの『3400 mm』という読み値が、物理的に何を意味するのか」を正確に解釈することです。
- 測定時の温度: \(t = 30^\circ\text{C}\)
- しんちゅう製定規の線膨張率: \(\alpha_1 = 2.0 \times 10^{-5} \text{ /K}\) (0℃で正しい長さを示す)
- 鉄の棒の線膨張率: \(\alpha_2 = 1.0 \times 10^{-5} \text{ /K}\)
- 30℃での測定値: \(3400 \text{ mm}\)
- 近似式: \(a \ll 1\) のとき \(\displaystyle\frac{1}{1+a} \approx 1-a\)
- (1) 30℃での鉄の棒の正しい長さ \(L_{30}\)
- (2) 0℃での鉄の棒の正しい長さ \(L_0\)
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、学習者の多角的な理解を促進するため、教育的価値の高い別解を提示します。
- 提示する別解
- 問(1), (2)の別解: 0℃での鉄の棒の長さを直接求める解法
- 模範解答が「(1) 30℃での長さ → (2) 0℃での長さ」の順で求めるのに対し、別解では「(2) 0℃での長さ → (1) 30℃での長さ」の順で求めます。
- 問(1), (2)の別解: 0℃での鉄の棒の長さを直接求める解法
- 別解の教育的意義
- 物理現象の包括的理解: 30℃での測定で起きている現象(測定対象の膨張と定規の膨張)を一つの関係式に集約することで、問題の全体像をより深く理解できます。
- 異なるアプローチの学習: 未知数を最初に設定し、直接その値を求めるという、より代数的な問題解決アプローチを学ぶことができます。
- 近似式の応用: 模範解答とは異なる形の近似計算(\(\displaystyle\frac{1+a}{1+b}\)の形)に触れることができ、数学的スキルの幅が広がります。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程と思考の順序が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「異なる線膨張率を持つ物体の熱膨張」です。定規自身も膨張することを考慮に入れるのが最大のポイントです。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 線膨張の式: 基準温度(0℃)での長さ \(L_0\) の物体が、温度 \(t\) になったときの長さ \(L\) は \(L = L_0(1+\alpha t)\) で表されます。
- 測定値の意味の理解: ある温度での測定値は、「測定対象のその温度での真の長さ」を「ものさしの1目盛りのその温度での真の長さ」で割った値に等しくなります。
- 近似式の利用: 線膨張率 \(\alpha\) が非常に小さいため、計算の途中で現れる複雑な分数を、問題で与えられた近似式を使って簡単にします。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、30℃で伸びたしんちゅう製定規の「1目盛り」が、実際には何mmの長さになっているかを計算します。
- 次に、その伸びた目盛りで「3400」と読めたことから、30℃での鉄の棒の実際の長さを求めます(問1)。
- 最後に、(1)で求めた30℃での鉄の棒の長さと、鉄自身の線膨張率を使って、基準となる0℃での長さを逆算します(問2)。
問(1) 30℃での鉄の棒の正しい長さ
思考の道筋とポイント
30℃での鉄の棒の正しい長さを求める問題です。重要なのは、測定に使っているしんちゅう製の定規も30℃の環境下で熱膨張しているという点です。0℃で正しかった1mmの目盛りは、30℃では1mmより長くなっています。鉄の棒の30℃での実際の長さは、この「伸びた目盛り」で3400個分に相当する長さとなります。
この設問における重要なポイント
- 定規の膨張: 0℃で1 mmであった定規の1目盛りは、30℃では \(1 \times (1 + \alpha_1 t)\) [mm] に伸びています。ここで \(\alpha_1\) はしんちゅうの線膨張率です。
- 測定値との関係: 鉄の棒の30℃での正しい長さ \(L_{30}\) は、この伸びた1目盛りの長さに、読み値である3400を掛け合わせたものになります。
具体的な解説と立式
しんちゅう製定規は0℃で正しい長さを示すので、0℃での1目盛りの長さは \(l_0 = 1 \text{ mm}\) です。
温度が \(t = 30^\circ\text{C}\) になったとき、この1目盛りの実際の長さ \(l_{30}\) は、しんちゅうの線膨張率 \(\alpha_1 = 2.0 \times 10^{-5} \text{ /K}\) を用いて、次のように表せます。
$$ l_{30} = l_0 (1 + \alpha_1 t) = 1 \times \{1 + (2.0 \times 10^{-5}) \times 30\} \quad \cdots ① $$
30℃での鉄の棒の正しい長さ \(L_{30}\) は、この伸びた目盛り \(l_{30}\) で測って 3400 という値だったので、その積で与えられます。
$$ L_{30} = 3400 \times l_{30} \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 線膨張: \(L = L_0(1 + \alpha t)\)
①式を②式に代入して \(L_{30}\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
L_{30} &= 3400 \times \{1 + (2.0 \times 10^{-5}) \times 30\} \\[2.0ex]
&= 3400 \times (1 + 6.0 \times 10^{-4}) \\[2.0ex]
&= 3400 \times 1.0006 \\[2.0ex]
&= 3400 + 3400 \times 6.0 \times 10^{-4} \\[2.0ex]
&= 3400 + 2.04 \\[2.0ex]
&= 3402.04 \text{ [mm]}
\end{aligned}
$$
問題の指示に従い、小数点以下を四捨五入すると、
$$ L_{30} \approx 3402 \text{ [mm]} $$
暑い日には、金属の定規もわずかに伸びます。この問題では、30℃の環境で、しんちゅう製の定規の「1mm」の目盛りは、実は1mmより少しだけ長くなっています。その伸びた定規で鉄の棒を測ったら「3400mm」と読めたので、鉄の棒の本当の長さは3400mmよりも少し長いことになります。この「少しだけ長い分」を、定規の伸び率から計算して足し合わせます。
30℃での鉄の棒の正しい長さは \(3402 \text{ mm}\) です。
定規が熱で膨張し、1目盛りが本来より長くなっているため、測定対象の実際の長さは読み値よりも大きくなります。したがって、\(3400 \text{ mm}\) より大きい \(3402 \text{ mm}\) という結果は物理的に妥当です。
問(2) 0℃での鉄の棒の正しい長さ
思考の道筋とポイント
0℃での鉄の棒の正しい長さを求める問題です。(1)で求めた「30℃での鉄の棒の正しい長さ \(L_{30}\)」は、鉄の棒自身が0℃の状態から熱膨張した結果の長さです。したがって、鉄の線膨張の式を使って、30℃の長さから0℃のときの長さを逆算します。
この設問における重要なポイント
- 鉄の棒の膨張: 30℃での長さ \(L_{30}\) と0℃での長さ \(L_0\) の間には、鉄の線膨張率 \(\alpha_2\) を用いて \(L_{30} = L_0(1 + \alpha_2 t)\) という関係が成り立ちます。
- 逆算と近似式: この式を \(L_0\) について解くと、\(L_0 = \displaystyle\frac{L_{30}}{1 + \alpha_2 t}\) となります。分母に \(1+\dots\) の形が現れるため、問題で与えられた近似式 \(\displaystyle\frac{1}{1+a} \approx 1-a\) を利用して計算を簡略化します。
具体的な解説と立式
(1)で求めた30℃での鉄の棒の正しい長さ \(L_{30} = 3402.04 \text{ mm}\) を用います。
求めたい0℃での鉄の棒の長さを \(L_0\) とすると、鉄の線膨張率 \(\alpha_2 = 1.0 \times 10^{-5} \text{ /K}\) と温度 \(t = 30^\circ\text{C}\) を使って、次の関係式が成り立ちます。
$$ L_{30} = L_0 (1 + \alpha_2 t) \quad \cdots ③ $$
この式を \(L_0\) について解くと、
$$ L_0 = \frac{L_{30}}{1 + \alpha_2 t} \quad \cdots ④ $$
使用した物理公式
- 線膨張: \(L = L_0(1 + \alpha t)\)
- 近似式: \(\displaystyle\frac{1}{1+a} \approx 1-a\)
④式に数値を代入します。
$$
\begin{aligned}
L_0 &= \frac{3402.04}{1 + (1.0 \times 10^{-5}) \times 30} \\[2.0ex]
&= \frac{3402.04}{1 + 3.0 \times 10^{-4}}
\end{aligned}
$$
ここで、\(a = 3.0 \times 10^{-4}\) として、与えられた近似式 \(\displaystyle\frac{1}{1+a} \approx 1-a\) を用います。
$$
\begin{aligned}
L_0 &\approx 3402.04 \times (1 – 3.0 \times 10^{-4}) \\[2.0ex]
&= 3402.04 – 3402.04 \times 3.0 \times 10^{-4} \\[2.0ex]
&= 3402.04 – 1.020612 \\[2.0ex]
&= 3401.019388 \text{ [mm]}
\end{aligned}
$$
問題の指示に従い、小数点以下を四捨五入すると、
$$ L_0 \approx 3401 \text{ [mm]} $$
(1)で「30℃のときの鉄の棒の本当の長さは、約3402mmだ」と分かりました。この鉄の棒も、0℃のときに比べると熱で伸びてこの長さになっています。では、伸びる前の0℃のときの長さはいくつだったのかを、今度は鉄自身の伸びる割合(線膨張率)を使って、計算で元に戻してあげます。
0℃での鉄の棒の正しい長さは \(3401 \text{ mm}\) です。
30℃での長さ(約3402 mm)から0℃に冷却されると、棒は収縮して短くなります。したがって、\(3402 \text{ mm}\) より短い \(3401 \text{ mm}\) という結果は物理的に妥当です。
思考の道筋とポイント
模範解答とは逆に、まず(2)の「0℃での鉄の棒の長さ」を直接求める方法です。30℃での測定値「3400 mm」が、物理的にどのような量の比で表されるかを考えます。これは「30℃での鉄の棒の実際の長さ」を「30℃での定規の1目盛りの実際の長さ」で割った値です。この関係式を立て、未知数である「0℃での鉄の棒の長さ \(L_0\)」を直接求めます。
この設問における重要なポイント
- 関係式の立式: 測定値 \(3400\) は、\( \displaystyle\frac{\text{30℃での鉄の棒の長さ}}{\text{30℃での定規の1目盛りの長さ}} \) に等しい。
- 未知数の設定: 0℃での鉄の棒の長さを \(L_0\) とおくと、30℃での鉄の棒の長さは \(L_0(1+\alpha_2 t)\) と表せます。
- 一つの式で表現: 上記の関係を一つの式 \( 3400 = \displaystyle\frac{L_0(1+\alpha_2 t)}{1+\alpha_1 t} \) で表現し、\(L_0\) を求めます。
具体的な解説と立式
求めたい0℃での鉄の棒の長さを \(L_0\) [mm] とします。
温度が \(t=30^\circ\text{C}\) になったときの鉄の棒の実際の長さ \(L_{30}\) は、
$$ L_{30} = L_0 (1 + \alpha_2 t) \quad \cdots ① $$
一方、30℃におけるしんちゅう製定規の1目盛りの実際の長さ \(l_{30}\) は、0℃での1mmが膨張したものなので、
$$ l_{30} = 1 \times (1 + \alpha_1 t) \quad \cdots ② $$
30℃での測定値「3400 mm」は、\(L_{30}\) を \(l_{30}\) で測ったときの目盛りの数なので、次の関係が成り立ちます。
$$ 3400 = \frac{L_{30}}{l_{30}} \quad \cdots ③ $$
③に①と②を代入すると、\(L_0\) を直接求めるための方程式が得られます。
$$ 3400 = \frac{L_0 (1 + \alpha_2 t)}{1 + \alpha_1 t} \quad \cdots ④ $$
使用した物理公式
- 線膨張: \(L = L_0(1 + \alpha t)\)
- 近似式: \(\displaystyle\frac{1+a}{1+b} \approx (1+a)(1-b) \approx 1+a-b\) (本質的には \(\frac{1}{1+b} \approx 1-b\) の利用)
まず、(2)の答えである0℃での鉄の棒の長さ \(L_0\) を求めます。④式を \(L_0\) について解きます。
$$ L_0 = 3400 \times \frac{1 + \alpha_1 t}{1 + \alpha_2 t} $$
数値を代入します。
$$
\begin{aligned}
L_0 &= 3400 \times \frac{1 + (2.0 \times 10^{-5}) \times 30}{1 + (1.0 \times 10^{-5}) \times 30} \\[2.0ex]
&= 3400 \times \frac{1 + 6.0 \times 10^{-4}}{1 + 3.0 \times 10^{-4}}
\end{aligned}
$$
ここで、\(\displaystyle\frac{1}{1+a} \approx 1-a\) の近似を分母に適用します。
$$
\begin{aligned}
L_0 &\approx 3400 \times (1 + 6.0 \times 10^{-4}) \times (1 – 3.0 \times 10^{-4}) \\[2.0ex]
&\approx 3400 \times (1 + 6.0 \times 10^{-4} – 3.0 \times 10^{-4} – 1.8 \times 10^{-7})
\end{aligned}
$$
\(1.8 \times 10^{-7}\) の項は非常に小さいので無視できます。
$$
\begin{aligned}
L_0 &\approx 3400 \times (1 + 3.0 \times 10^{-4}) \\[2.0ex]
&= 3400 + 3400 \times 3.0 \times 10^{-4} \\[2.0ex]
&= 3400 + 1.02 \\[2.0ex]
&= 3401.02 \text{ [mm]}
\end{aligned}
$$
四捨五入して、\(L_0 \approx 3401 \text{ mm}\) となり、(2)の答えが求まります。
次に、(1)の答えである30℃での鉄の棒の長さ \(L_{30}\) を求めます。①式に \(L_0 = 3401.02\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
L_{30} &= L_0 (1 + \alpha_2 t) \\[2.0ex]
&= 3401.02 \times \{1 + (1.0 \times 10^{-5}) \times 30\} \\[2.0ex]
&= 3401.02 \times (1 + 3.0 \times 10^{-4}) \\[2.0ex]
&= 3401.02 + 3401.02 \times 3.0 \times 10^{-4} \\[2.0ex]
&= 3401.02 + 1.020306 \\[2.0ex]
&= 3402.040306 \text{ [mm]}
\end{aligned}
$$
四捨五入して、\(L_{30} \approx 3402 \text{ mm}\) となり、(1)の答えが求まります。
この問題で起きていることを、一つの大きな数式で表現してみる方法です。「定規の読み値(3400)」は、「鉄の棒が30℃で伸びた実際の長さ」を「定規の1目盛りが30℃で伸びた実際の長さ」で割ったもの、と考えます。この関係式を使うと、求めたい「鉄の棒の0℃での長さ」を直接計算できます。まず(2)の答えを出し、その結果を使って(1)の答えを計算する、という通常とは逆の順序で解く方法です。
0℃での長さは \(3401 \text{ mm}\)、30℃での長さは \(3402 \text{ mm}\) となり、主たる解法と完全に一致しました。物理現象を一つの関係式に集約することで、問題の見通しが良くなる場合があり、この解法はその良い一例です。どちらの順序でも解けることを理解しておくと、応用力が身につきます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 線膨張の式の正しい理解と適用:
- 核心: 物体の長さは温度に依存して変化し、その変化は \(L = L_0(1+\alpha t)\) という式で記述されます。この問題の最大のポイントは、測定対象の「鉄の棒」だけでなく、測定器具の「しんちゅう製定規」も同じ法則に従って膨張することを認識することです。
- 理解のポイント: 30℃での測定値「3400 mm」は、単なる長さではなく、「30℃での鉄の棒の真の長さ」を「30℃での定規の1目盛りの真の長さ」で割った無次元の「比」を表しています。この物理的意味を正確に捉えることが、立式の鍵となります。
- 近似計算の的確な利用:
- 核心: 線膨張率は一般に \(10^{-5}\) 程度の非常に小さい値であるため、\((1+\alpha t)\) のような項を含む計算では、しばしば近似計算が有効かつ必要になります。
- 理解のポイント: この問題では、\(L_0 = L_{30} / (1+\alpha_2 t)\) という割り算を、\(L_0 \approx L_{30}(1-\alpha_2 t)\) という掛け算に変換するために、与えられた近似式 \(\frac{1}{1+a} \approx 1-a\) を用います。これにより、手計算が大幅に簡略化されます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 液体の体積膨張とガラス容器: ガラスのメスシリンダーで液体の体積を測る場合。液体の体積膨張だけでなく、メスシリンダー(ガラス)自体の体積膨張も考慮する必要があります。
- バイメタル: 線膨張率の異なる2枚の金属板を貼り合わせたもの。温度が変化すると、伸び方の違いから湾曲します。この湾曲の度合いを計算する問題は、本質的に同じ考え方を使います。
- 振り子時計の周期: 振り子の「おもり」を吊るす棒が金属製の場合、温度変化で棒の長さが変わり、振り子の周期が変化して時計が狂う原因になります。
- 初見の問題での着眼点:
- 基準状態を明確にする: この問題では「0℃で正しい長さを示す」とあるので、0℃が全ての長さの基準となります。
- 変化する要素を全てリストアップする: この問題では「鉄の棒」と「しんちゅうの定規」の両方が温度変化の影響を受けます。どちらか一方を見落とさないことが重要です。
- 測定値の物理的意味を定義する: 「読み値」や「測定値」が、どの物理量とどの物理量の比で表されるのかを、まず最初に式で定義します。(\( \text{読み値} = \displaystyle\frac{\text{対象の真の長さ}}{\text{目盛りの真の長さ}} \))
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 定規の膨張の無視:
- 誤解: 30℃での鉄の棒の長さを、読み値のまま \(3400 \text{ mm}\) だと考えてしまう。
- 対策: 「測定器具も温度変化の影響を受ける」という意識を常に持つこと。特に、器具と対象が異なる物質でできている場合は、必ず膨張を考慮する必要があります。
- 線膨張率の取り違え:
- 誤解: 定規の長さを計算するときに鉄の線膨張率を使ったり、その逆をしてしまったりする。
- 対策: 計算の各段階で「今、どちらの物体について考えているのか?」を常に自問自答する習慣をつけましょう。式を立てる際に、\(\alpha_1\)(しんちゅう), \(\alpha_2\)(鉄)のように、記号を明確に区別して書き、混乱を防ぎます。
- 近似式の誤用:
- 誤解: \(1/(1+a)\) を \(1+a\) と間違えたり、\(1-a\) とすべきところを \(1+a\) としたりする。
- 対策: なぜこの近似式が成り立つのか(等比級数の和の公式から導出される)を一度は確認しておくと、符号の間違いが減ります。「分母にある \(1+a\) は、分子に持ってくると \(1-a\) になる」とイメージで覚えておくのも有効です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 2つの世界の比較イメージ: 「0℃の理想的な世界」と「30℃の膨張した世界」を頭の中で比較します。0℃の世界では、定規の3400mmの目盛りは、きっかり3400mmの長さを持ちます。一方、30℃の世界では、全てのものが膨張します。しんちゅうの定規は鉄よりよく伸びるので、定規の目盛りは「間延び」した状態になります。この間延びした定規で、同じく伸びた鉄の棒を測っている、というイメージを持つことが重要です。
- 模範解答の図の活用: 問題に示されている図は、この現象を理解する上で非常に優れています。「0℃のしんちゅう(正しい値)」の目盛りと、「30℃のしんちゅう」の伸びた目盛りを上下に並べて比較することで、30℃での読み値「3400」が、実際の長さとしてはそれより長いことを視覚的に理解できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 基準を揃える: 0℃の定規と30℃の定規を描くときは、必ず0の起点を揃えて描きます。これにより、3400の目盛りがどれだけずれるかが明確になります。
- 大小関係を誇張して描く: 実際の膨張は非常に小さいですが、理解のためには、30℃の定規の目盛りが明らかに長くなっているように、少し大げさに描くと分かりやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 線膨張の式 \(L = L_0(1+\alpha t)\):
- 選定理由: 温度変化による固体の長さの変化という、この問題の根幹をなす物理現象を記述するための基本公式だからです。
- 適用根拠: 実験的に確立された法則であり、温度変化が大きすぎない範囲で、多くの固体の長さの変化を非常に高い精度で表現できます。
- 近似式 \(\displaystyle\frac{1}{1+a} \approx 1-a\):
- 選定理由: 線膨張の式を逆算する過程で、\(\displaystyle\frac{1}{1+\alpha t}\) という形の項が現れます。線膨張率 \(\alpha\) は非常に小さい(\(a \ll 1\))ため、この割り算を簡単な掛け算に変換し、計算を劇的に楽にするために選びます。
- 適用根拠: これは数学のテイラー展開(または等比級数の和)の一次近似に相当します。\(a\) が1に比べて十分に小さいとき、この近似は非常に良い精度を持つことが数学的に保証されています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 30℃での長さの計算:
- 戦略: 伸びた定規の「本当の1目盛りの長さ」を求め、それに読み値を掛ける。
- フロー: ①30℃での定規の1目盛りの長さ \(l_{30}\) を線膨張の式で計算 (\(l_{30} = 1 \times (1+\alpha_1 t)\)) → ②鉄の棒の長さ \(L_{30}\) は \(3400 \times l_{30}\) であるとして立式 → ③数値を代入して \(L_{30}\) を計算。
- (2) 0℃での長さの計算:
- 戦略: (1)で求めた30℃での長さを、今度は鉄自身の線膨張の式で0℃の長さに逆算する。
- フロー: ①鉄の棒について線膨張の式を立てる (\(L_{30} = L_0(1+\alpha_2 t)\)) → ②式を \(L_0\) について解く (\(L_0 = L_{30} / (1+\alpha_2 t)\)) → ③近似式を適用して式を簡略化 (\(L_0 \approx L_{30}(1-\alpha_2 t)\)) → ④数値を代入して \(L_0\) を計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 分配法則の活用: \(3400 \times (1 + 6.0 \times 10^{-4})\) のような計算では、焦って電卓のように \(3400 \times 1.0006\) を筆算するのではなく、\(3400 \times 1 + 3400 \times 6.0 \times 10^{-4}\) と分配法則を使って展開しましょう。\(3400 + 2.04 = 3402.04\) のように、整数の部分と微小な補正項に分けて計算することで、計算ミスが格段に減ります。
- 指数の計算を丁寧に: \(10^{-5}\) と \(30\) を掛けると \(3.0 \times 10^{-4}\) となるなど、指数の計算は間違いやすいポイントです。落ち着いて処理しましょう。
- 近似は最後に行う: (1)の計算で \(L_{30} = 3402.04\) と出たときに、すぐに \(3402\) と丸めずに、この値をそのまま(2)の計算に使うことで、より正確な結果が得られます。最終的な答えを出す段階で、初めて四捨五入を行いましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 30℃の長さ: しんちゅう(\(\alpha_1=2.0\times10^{-5}\))は鉄(\(\alpha_2=1.0\times10^{-5}\))より膨張しやすい。つまり、定規の目盛りの方が鉄の棒よりも大きく伸びます。目盛りが「間延び」するので、測った値(3400 mm)は、実際の長さよりも小さく出るはずです。したがって、真の長さが \(3402 \text{ mm}\) と読み値より大きくなったのは妥当です。
- (2) 0℃の長さ: 30℃から0℃へは冷却なので、物体は収縮します。したがって、30℃での長さ(\(3402 \text{ mm}\))より0℃での長さ(\(3401 \text{ mm}\))が短くなるのは当然であり、妥当です。
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 別解との比較:
- この問題では、「(1)→(2)」の順で解く方法と、「(2)→(1)」の順で解く別解がありました。全く異なる計算手順を踏んだにもかかわらず、最終的に同じ答えにたどり着いたことは、両方の解法の正しさと、自身の計算の正確さを裏付ける強力な証拠となります。
229 熱量の保存
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、異なる物質間での熱の移動と、それに伴う温度変化を扱う「熱量の保存」に関する基本的な問題です。比熱や熱容量の定義を正しく理解し、熱量保存則を適用して未知の量を求める能力が問われます。
この問題の核心は、(1)と(2)で求めた「水と容器を一体とみなした熱容量」を使い、(3)の熱量保存の計算を効率的に行う点にあります。
- 水の質量: \(m_1\), 比熱: \(c_1\)
- 鉄製容器の質量: \(m_2\), 比熱: \(c_2\)
- ステンレス球の質量: \(m_3\)
- 初期の全体の温度: \(T_1\)
- 加熱後の全体の温度: \(T_2\)
- ステンレス球の初期温度: \(T_3\) (\(T_3 > T_2\))
- 最終的な全体の温度: \(T_4\)
- 電気ヒーターの熱容量は無視できる。
- 容器は断熱されており、外部との熱のやりとりはない。
- (1) 水と鉄製容器全体の熱容量 \(C_{\text{全体}}\)
- (2) ヒーターが与えた熱量 \(Q\)
- (3) ステンレスの比熱 \(c_3\)
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、学習者の多角的な理解を促進するため、教育的価値の高い別解を提示します。
- 提示する別解
- 設問(3)の別解: エネルギー保存則(熱量保存則)を用いた解法
- 模範解答が「高温物体が失った熱量 = 低温物体が得た熱量」という関係式で解いているのに対し、別解では「変化の前の全体の熱エネルギーの総和 = 変化の後の全体の熱エネルギーの総和」という、より普遍的なエネルギー保存則の視点から立式します。
- 設問(3)の別解: エネルギー保存則(熱量保存則)を用いた解法
- 別解の教育的意義
- 物理法則の普遍性の理解: 「失った量=得た量」という関係が、より根源的な「全体の総和は不変」という保存則の一つの表現であることを理解できます。これにより、熱力学第一法則への理解が深まります。
- 立式の柔軟性: 基準となる温度(例えば0℃)を任意に設定し、各物体の持つ熱エネルギーを表現する練習になります。これにより、複雑な熱の移動問題にも対応できる応用力が身につきます。
- ミスの防止: どの物体が熱を失い、どの物体が得たかを個別に考える必要がないため、特に3種類以上の物体が関わる複雑な状況で、符号のミスなどを防ぎやすくなります。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、立式の見た目は異なりますが、式を整理すると全く同じ形になり、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「比熱、熱容量、熱量保存則」です。複数の物体が関わる熱のやりとりを、段階的に解き進めていきます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 熱容量の定義: 物体の温度を1K(または1℃)上昇させるのに必要な熱量。質量\(m\)、比熱\(c\)の物体の熱容量\(C\)は \(C=mc\) で表されます。全体の熱容量は、各部分の熱容量の和になります。
- 熱量の計算式: 物体の温度が \(\Delta T\) だけ変化したときに移動した熱量 \(Q\) は、\(Q = C \Delta T = mc \Delta T\) で計算できます。
- 熱量保存則: 断熱された系の中では、高温の物体が失った熱量の総和と、低温の物体が得た熱量の総和は等しくなります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、水と鉄製容器それぞれの熱容量を計算し、それらを足し合わせて系全体の熱容量を求めます。
- (2)では、(1)で求めた全体の熱容量と、温度変化(\(T_2 – T_1\))を用いて、ヒーターが供給した熱量を計算します。
- (3)では、高温のステンレス球が失った熱量と、低温の水と容器が得た熱量が等しい、という熱量保存則の式を立て、未知の比熱\(c_3\)を求めます。
問(1) 水と鉄製容器全体の熱容量を求めよ。
思考の道筋とポイント
熱容量の定義を理解しているかが問われます。熱容量は「その物体を1K温めるのに必要な熱量」であり、複数の物体からなる系全体の熱容量は、それぞれの物体の熱容量を単純に足し合わせることで求められます。
この設問における重要なポイント
- 水の熱容量: 質量\(m_1\)、比熱\(c_1\)なので、熱容量は \(C_1 = m_1 c_1\) です。
- 鉄製容器の熱容量: 質量\(m_2\)、比熱\(c_2\)なので、熱容量は \(C_2 = m_2 c_2\) です。
- 全体の熱容量: 水と容器を一体とみなしたときの熱容量は、これらの和 \(C_{\text{全体}} = C_1 + C_2\) となります。
具体的な解説と立式
熱容量\(C\)、質量\(m\)、比熱\(c\)の間には \(C=mc\) の関係があります。
水の熱容量を \(C_1\)、鉄製容器の熱容量を \(C_2\) とすると、
$$ C_1 = m_1 c_1 $$
$$ C_2 = m_2 c_2 $$
水と鉄製容器を合わせた系全体の熱容量 \(C_{\text{全体}}\) は、これらの和で与えられます。
$$ C_{\text{全体}} = C_1 + C_2 $$
使用した物理公式
- 熱容量: \(C = mc\)
上記の式をまとめると、求める全体の熱容量は次のようになります。
$$ C_{\text{全体}} = m_1 c_1 + m_2 c_2 $$
「熱容量」とは、その物体の「温まりにくさ」を表す指標のようなものです。水と鉄の容器がセットになっている場合、このセット全体がどれくらい温まりにくいかは、水自身の温まりにくさと、鉄の容器の温まりにくさを足し合わせたものになります。
水と鉄製容器全体の熱容量は \(m_1 c_1 + m_2 c_2\) です。これは熱容量の定義から直接導かれる基本的な結果です。
問(2) 電気ヒーターで加熱すると、全体の温度が \(T_2\) まで上昇した。与えた熱量を求めよ。
思考の道筋とポイント
(1)で求めた系全体の熱容量 \(C_{\text{全体}}\) を使って、系全体の温度を \(T_1\) から \(T_2\) まで上昇させるのに必要だった熱量を計算します。熱量、熱容量、温度変化の関係式 \(Q = C \Delta T\) を用います。
この設問における重要なポイント
- 全体の熱容量の利用: (1)で求めた \(C_{\text{全体}} = m_1 c_1 + m_2 c_2\) を使います。
- 温度変化: 温度は \(T_1\) から \(T_2\) へ変化したので、温度上昇は \(\Delta T = T_2 – T_1\) です。
- 熱量の計算: これらを \(Q = C \Delta T\) の式に代入します。
具体的な解説と立式
ヒーターが与えた熱量を \(Q\) とします。
(1)で求めた水と容器全体の熱容量は \(C_{\text{全体}} = m_1 c_1 + m_2 c_2\) です。
全体の温度は \(T_1\) から \(T_2\) へ上昇したので、温度変化 \(\Delta T\) は、
$$ \Delta T = T_2 – T_1 $$
熱量 \(Q\)、熱容量 \(C\)、温度変化 \(\Delta T\) の関係式は \(Q = C \Delta T\) なので、
$$ Q = C_{\text{全体}} \times \Delta T $$
使用した物理公式
- 熱量: \(Q = C \Delta T\)
上記の式に具体的な表現を代入すると、
$$ Q = (m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_2 – T_1) $$
(1)で計算した「水と容器セットの温まりにくさ」に、実際に上昇した温度(\(T_2 – T_1\))を掛け合わせることで、ヒーターがどれだけの熱エネルギーを供給したかを計算できます。
ヒーターが与えた熱量は \((m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_2 – T_1)\) です。熱容量と温度変化の積で熱量が求められるという、基本的な関係式を適用した結果です。
問(3) 次に、鉄製容器の穴から質量 \(m_3\)、温度 \(T_3\) (\(T_3 > T_2\)) のステンレス球を水に入れると、全体の温度が \(T_4\) となった。ステンレスの比熱を求めよ。
思考の道筋とポイント
これは典型的な熱量保存の問題です。断熱された系の中で、高温の物体(ステンレス球)が失った熱量と、低温の物体(水と鉄製容器)が得た熱量が等しくなる、という関係を用いて立式します。
この設問における重要なポイント
- 高温物体が失った熱量: ステンレス球(比熱を \(c_3\) とする)の温度は \(T_3\) から \(T_4\) に下がります。失った熱量 \(Q_{\text{失}}\) は \(m_3 c_3 (T_3 – T_4)\) です。
- 低温物体が得た熱量: 水と容器の温度は \(T_2\) から \(T_4\) に上がります。得た熱量 \(Q_{\text{得}}\) は、(1)で求めた全体の熱容量を用いて \((m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2)\) となります。
- 熱量保存則: \(Q_{\text{失}} = Q_{\text{得}}\) の式を立て、未知数 \(c_3\) について解きます。
具体的な解説と立式
求めるステンレスの比熱を \(c_3\) とします。
熱の移動後、全体の温度は \(T_4\) で平衡状態になります。
高温のステンレス球が失った熱量を \(Q_{\text{失}}\) とすると、温度変化は \(T_3 – T_4\) なので、
$$ Q_{\text{失}} = m_3 c_3 (T_3 – T_4) \quad \cdots ① $$
低温の水と鉄製容器が得た熱量を \(Q_{\text{得}}\) とすると、全体の熱容量は \(m_1 c_1 + m_2 c_2\)、温度変化は \(T_4 – T_2\) なので、
$$ Q_{\text{得}} = (m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2) \quad \cdots ② $$
容器は断熱されているため、熱量保存則より、
$$ Q_{\text{失}} = Q_{\text{得}} \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 熱量: \(Q = mc \Delta T = C \Delta T\)
- 熱量保存則: 高温物体が失った熱量 = 低温物体が得た熱量
③式に①式と②式を代入します。
$$ m_3 c_3 (T_3 – T_4) = (m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2) $$
この式を \(c_3\) について解くと、
$$ c_3 = \frac{(m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2)}{m_3 (T_3 – T_4)} $$
熱いステンレス球を水に入れると、球は冷めて熱を放出し、水と容器は温められて熱を受け取ります。外部に熱が逃げないので、「球が失った熱」と「水と容器が得た熱」はぴったり同じ量になります。この関係を数式にして、未知のステンレスの比熱(温まりにくさの度合い)を計算します。
ステンレスの比熱 \(c_3\) は \(\displaystyle\frac{(m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2)}{m_3 (T_3 – T_4)}\) です。
分母・分子ともに物理的に意味のある量(熱量)を表しており、式全体として比熱の次元を持っています。妥当な結果と言えます。
思考の道筋とポイント
「失った熱量=得た熱量」と考える代わりに、「変化前の熱エネルギーの総和=変化後の熱エネルギーの総和」という、より普遍的なエネルギー保存の視点から立式します。この考え方では、系の基準となる温度(例えば0℃)を任意に設定し、各物体の持つ熱エネルギーをその基準からの差として表現します。
この設問における重要なポイント
- 基準温度の設定: 計算の基準として、0℃(または0K)を考えます。
- 変化前の熱エネルギー:
- 水と容器: 温度 \(T_2\) なので、熱エネルギーは \((m_1 c_1 + m_2 c_2) T_2\)。
- ステンレス球: 温度 \(T_3\) なので、熱エネルギーは \(m_3 c_3 T_3\)。
- 変化後の熱エネルギー:
- 全てが温度 \(T_4\) になるので、全体の熱エネルギーは \((m_1 c_1 + m_2 c_2 + m_3 c_3) T_4\)。
- エネルギー保存則: 「変化前の総和 = 変化後の総和」の式を立て、\(c_3\) について解きます。
具体的な解説と立式
0℃を基準温度として、各状態での熱エネルギーの総和を考えます。
ステンレス球を入れる直前の系全体の熱エネルギー \(E_{\text{前}}\) は、温度 \(T_2\) の水と容器、および温度 \(T_3\) のステンレス球が持つ熱エネルギーの和です。
$$ E_{\text{前}} = (m_1 c_1 + m_2 c_2)T_2 + m_3 c_3 T_3 \quad \cdots ④ $$
熱平衡に達した後の系全体の熱エネルギー \(E_{\text{後}}\) は、すべての物体が温度 \(T_4\) になったときの熱エネルギーです。
$$ E_{\text{後}} = (m_1 c_1 + m_2 c_2 + m_3 c_3)T_4 \quad \cdots ⑤ $$
断熱系なので、エネルギーは保存されます。したがって、
$$ E_{\text{前}} = E_{\text{後}} \quad \cdots ⑥ $$
使用した物理公式
- 熱エネルギー: \(E = CT = mcT\) (基準温度0℃の場合)
- エネルギー保存則(熱量保存則)
⑥式に④式と⑤式を代入します。
$$ (m_1 c_1 + m_2 c_2)T_2 + m_3 c_3 T_3 = (m_1 c_1 + m_2 c_2 + m_3 c_3)T_4 $$
この式を \(c_3\) を含む項と含まない項に整理します。
$$ (m_1 c_1 + m_2 c_2)T_2 + m_3 c_3 T_3 = (m_1 c_1 + m_2 c_2)T_4 + m_3 c_3 T_4 $$
\(c_3\) を含む項を左辺に、含まない項を右辺に集めます。
$$ m_3 c_3 T_3 – m_3 c_3 T_4 = (m_1 c_1 + m_2 c_2)T_4 – (m_1 c_1 + m_2 c_2)T_2 $$
両辺を整理します。
$$ m_3 c_3 (T_3 – T_4) = (m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2) $$
この式は、主たる解法で立てた熱量保存則の式と全く同じです。したがって、これを \(c_3\) について解くと、同じ結果が得られます。
$$ c_3 = \frac{(m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2)}{m_3 (T_3 – T_4)} $$
「混ぜる前の、全員の『熱エネルギー』の合計金額」と、「混ざった後の、全員の『熱エネルギー』の合計金額」は変わらない、という考え方です。各物体の熱エネルギーを「所持金」のように考え、全体の「総資産」が保存されるという式を立てます。この方法だと、誰から誰にお金(熱)が移動したかを考えなくても、全体の収支だけで計算できます。
ステンレスの比熱 \(c_3\) は \(\displaystyle\frac{(m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2)}{m_3 (T_3 – T_4)}\) となり、主たる解法と完全に一致しました。この方法は、熱の移動の向き(プラス・マイナス)を意識する必要がないため、より機械的に立式でき、特に複数の物体が関わる複雑な問題で有効です。物理現象のより本質的な側面である「エネルギー保存則」に基づいた考え方として、理解しておく価値は非常に高いです。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 熱容量と熱量の関係:
- 核心: 物体の温度を \(\Delta T\) 上昇させるのに必要な熱量 \(Q\) は、その物体の熱容量 \(C\) を用いて \(Q = C \Delta T\) と表されます。また、熱容量 \(C\) は質量 \(m\) と比熱 \(c\) を用いて \(C = mc\) と表されます。この問題では、まず水と容器を一体とみなした熱容量 \(C_{\text{全体}} = m_1c_1 + m_2c_2\) を求めることが、(2)以降の計算を簡潔にするための鍵となります。
理解のポイント: 熱容量は「物体全体」の温まりにくさを示す量で、エネルギーと同じく足し算ができます(示量性)。(1)で全体の熱容量を計算しておくことで、(2)や(3)では「水と容器」を一つの物体としてシンプルに扱うことができ、計算の見通しが格段に良くなります。比熱(物質1gあたり)と熱容量(物体全体)の違いを常に意識することが重要です。
- 熱量保存則:
- 核心: 外部と熱のやりとりがない断熱された系において、内部で熱の移動が起こったとき、高温物体が失った熱量の総和と、低温物体が得た熱量の総和は等しくなります。これを数式で \(Q_{\text{失}} = Q_{\text{得}}\) と表現することが、(3)を解くための最も重要な法則です。
- 理解のポイント: この法則は、エネルギー保存則が熱現象に現れたものです。別解で示したように「変化前の全熱エネルギーの総和 = 変化後の全熱エネルギーの総和」という視点からも同じ結果が導かれ、より普遍的な物理法則に基づいていることがわかります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 氷の融解を伴う熱量保存: 0℃の氷を水に入れる問題など。この場合、低温側が得る熱量は「氷の温度上昇(もしあれば)」「氷が水に融解するための融解熱」「元氷の水がさらに温度上昇するための熱量」の3段階で考える必要があります。
- 複数の液体を混合する問題: 温度の異なる複数の液体を混ぜ合わせ、最終的な温度を求める問題。3種類以上の物体が関わる場合、別解で示した「全エネルギーの保存」で考えると、誰が得て誰が失ったかを考えずに済むため、立式が容易になります。
- 気体の状態変化と熱: ピストン内の気体を加熱する問題など。この場合、与えた熱量が気体の内部エネルギーの増加と、気体が外部にする仕事の両方に使われる(熱力学第一法則)ため、単なる温度上昇だけでは済みません。
- 初見の問題での着眼点:
- 系を明確にする: どの範囲で熱のやりとりが完結しているのか(断熱されている範囲はどこか)を最初に確認します。
- 状態変化の有無を確認する: 氷が融ける、水が蒸発するなど、相転移が関わるかどうかをチェックします。相転移がある場合は、融解熱や蒸発熱を考慮に入れる必要があります。
- 熱の移動に関わる物体を全てリストアップする: この問題では水、鉄製容器、ステンレス球の3つです。容器の熱容量を無視できるかどうかの指示は必ず確認しましょう。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 熱容量と比熱の混同:
- 誤解: 質量 \(m\) の物体の熱量を \(Q=m \Delta T\) としたり、熱容量を求めるところで比熱を答えたりする。
- 対策: 言葉の定義を正確に覚えましょう。「比熱 \(c\) [J/(g・K)]」は物質固有の値で、1gあたり。「熱容量 \(C\) [J/K]」は物体固有の値で、その物体全体。\(C=mc\) の関係を常に意識しましょう。
- 温度変化 \(\Delta T\) の符号ミス:
- 誤解: 「失った熱量」「得た熱量」を考える際に、温度変化を常に「後の温度 – 前の温度」としてしまい、負の値が出てきて混乱する。
- 対策: \(Q_{\text{失}} = Q_{\text{得}}\) の公式を使うときは、\(\Delta T\) は必ず正の値になるように「大きい温度 – 小さい温度」で計算すると決めておくと、符号のミスが防げます。ステンレス球が失った熱量は \(m_3c_3(T_3-T_4)\)、水と容器が得た熱量は \((m_1c_1+m_2c_2)(T_4-T_2)\) のように、両辺が正になるように立式します。
- 容器の熱容量の無視:
- 誤解: 問題文に指示がない場合に、容器の存在を忘れて水だけが熱を得たと考えてしまう。
- 対策: 図に容器が描かれている場合、その熱容量を考慮すべきかどうかを問題文で必ず確認する癖をつけましょう。「容器の熱容量は無視できる」という一文がない限り、計算に含めるのが原則です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 温度の数直線イメージ: 横軸に温度をとった数直線をイメージします。左から \(T_1\), \(T_2\), \(T_4\), \(T_3\) と点が並びます。(2)では \(T_1 \rightarrow T_2\) へヒーターで熱を供給。(3)では \(T_3\) の球と \(T_2\) の水・容器が、中間の \(T_4\) に落ち着く、という熱の移動を視覚的に捉えます。
- 熱エネルギーのやりとり図: 高温の物体(ステンレス球)から低温の物体(水+容器)へ、矢印で熱 \(Q\) が移動する図を描きます。球からは \(Q_{\text{失}}\) が出ていき、水+容器には \(Q_{\text{得}}\) が入ってくる。そして \(Q_{\text{失}} = Q_{\text{得}}\) である、という関係を図で表現すると、立式のイメージが掴みやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 熱容量の加法性 (\(C_{\text{全体}} = C_1 + C_2\)):
- 選定理由: (1)で、複数の物体からなる系の「温まりにくさ」を一つの指標で表すため。
- 適用根拠: 熱容量はエネルギーの尺度であり、示量性(物質の量に比例する性質)を持ちます。そのため、系全体の熱容量は、構成要素の熱容量の単純な和で表せます。
- 熱量計算式 (\(Q = C \Delta T\)):
- 選定理由: (2)で、熱容量が分かっている物体の温度を特定の量だけ変化させるのに必要なエネルギーを計算するため。
- 適用根拠: 熱量、熱容量、温度変化の間の比例関係を示す、熱量計算の基本公式です。
- 熱量保存則 (\(Q_{\text{失}} = Q_{\text{得}}\)):
- 選定理由: (3)で、外部との熱のやりとりがない閉じた系内での熱交換問題を解くため。
- 適用根拠: エネルギー保存則という物理学の根本原理に基づいています。この法則により、未知の物理量(この場合は比熱 \(c_3\))を含む方程式を立てることができます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 全体の熱容量の計算:
- 戦略: 各部分の熱容量を求め、足し合わせる。
- フロー: ①水の熱容量 \(C_1=m_1c_1\) を定義 → ②容器の熱容量 \(C_2=m_2c_2\) を定義 → ③全体の熱容量 \(C_{\text{全体}} = C_1+C_2\) を計算。
- (2) 与えられた熱量の計算:
- 戦略: (1)で求めた全体の熱容量と温度変化を使い、\(Q=C\Delta T\) を適用する。
- フロー: ①全体の熱容量 \(C_{\text{全体}}\) を使用 → ②温度変化 \(\Delta T = T_2-T_1\) を確認 → ③\(Q = C_{\text{全体}}\Delta T\) を計算。
- (3) ステンレスの比熱の計算:
- 戦略: 熱量保存則 \(Q_{\text{失}} = Q_{\text{得}}\) を立てる。
- フロー: ①ステンレス球が失った熱量 \(Q_{\text{失}}\) を立式 → ②水と容器が得た熱量 \(Q_{\text{得}}\) を立式 → ③\(Q_{\text{失}} = Q_{\text{得}}\) の等式を作り、未知数 \(c_3\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題のように、具体的な数値が与えられていない場合は、最後まで文字式のまま計算を進めるしかありません。計算過程で、どの文字がどの物理量を表しているかを見失わないように注意しましょう。
- 括弧を正しく使う: \((m_1c_1+m_2c_2)(T_2-T_1)\) のように、複数の項からなる量には必ず括弧をつけましょう。括弧をつけ忘れると、全く違う意味の式になってしまいます。
- 最終的な式の次元を確認する: (3)で求めた \(c_3\) の式は、右辺が \(\displaystyle\frac{\text{[熱量]}}{\text{[質量] \times \text{[温度]}}}\) の次元を持っているかを確認します。分子は(J)、分母は(kg・K)となり、比熱の単位(J/(kg・K))と一致するため、式が大きく間違ってはいないだろうと推測できます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (3)の答えの式の吟味: \(c_3 = \displaystyle\frac{(m_1 c_1 + m_2 c_2)(T_4 – T_2)}{m_3 (T_3 – T_4)}\) という式を見てみます。\(T_3 > T_4 > T_2\) なので、分子の \((T_4-T_2)\) も分母の \((T_3-T_4)\) も正の値です。したがって、\(c_3\) は必ず正の値となり、物理的に妥当です。もし、ステンレス球の質量 \(m_3\) が非常に大きければ、温度変化は小さくて済むので \(c_3\) は小さくなるはずですが、式は \(m_3\) に反比例しており、直感と一致します。
- 別解との比較:
- (3)は「失った熱量=得た熱量」というアプローチと、「変化前後の全エネルギーが等しい」というアプローチの2通りで解きました。全く異なる視点から立式したにもかかわらず、途中で全く同じ方程式に変形され、同じ結論に至りました。これは、両者の物理的本質が同じであること、そして計算が正しく行われたことを強く裏付けています。
[mathjax] SNSでのシェアはご自由にどうぞ。(上のボタンをクリック) ブログで引用する際には、こちらのリンクを添えてください。【引用】https://makoto-physics-school.com[…]
230 水の状態変化
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、氷が水になり、さらにその水が温められるという一連の状態変化と温度上昇の過程をグラフから読み取り、熱に関する様々な量を計算する問題です。グラフの各部分が物理的にどのような状態に対応しているかを正確に理解することが求められます。
この問題の核心は、ヒーターが「一定の割合で熱量を与えている」という条件から、加熱時間と与えられた熱量が比例関係にあることを利用して、グラフの異なる区間の情報を結びつける点にあります。
- 容器の中身: 質量 \(m = 100 \text{ g}\) の氷(のちに水)
- 加熱方法: 一定の割合で熱量を与える
- 氷の融解熱: \(L = 334 \text{ J/g}\)
- 水の比熱: \(c_{\text{水}} = 4.20 \text{ J/(g・K)}\)
- グラフ: 時間と温度の関係を示すグラフ
- 与えた熱はすべて、氷または水、および容器のみが得る。
- (ア) 単位時間当たりに与えた熱量 \(q\) [J/s]
- (イ) 容器の熱容量 \(C_{\text{容}}\) [J/K]
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、学習者の多角的な理解を促進するため、教育的価値の高い別解を提示します。
- 提示する別解
- 設問(イ)の別解: 氷の加熱過程の情報を用いた解法
- 模範解答が「50s〜80sの水の加熱過程」の情報を使って容器の熱容量を求めるのに対し、別解では「0s〜10sの氷の加熱過程」の情報を使います。この解法には、水の比熱の代わりに氷の比熱が必要となりますが、ここでは一般的な値を用いて計算を進めます。
- 設問(イ)の別解: 氷の加熱過程の情報を用いた解法
- 別解の教育的意義
- 問題の多角的な分析: グラフの異なる部分からでも、同じ物理量を求めることができることを示します。これにより、一つの解法に固執せず、利用可能な情報を柔軟に活用する能力を養います。
- 物理定数の知識の活用: 問題文に与えられていない物理定数(この場合は氷の比熱)を知っていれば、解法の選択肢が広がることを体験できます。
- 解法の妥当性の検証: 異なるデータセットから導いた結果が一致すること(または、なぜ一致しないのかを考察すること)は、物理的理解の深化と、解答の妥当性を検証する上で非常に有益です。
- 結果への影響
- この別解は、問題文に与えられていない「氷の比熱」の値に依存するため、用いる値によっては模範解答と完全には一致しない可能性があります。しかし、物理的なアプローチの正しさを学ぶ上で教育的価値が高いと判断し、提示します。
この問題のテーマは「物質の状態変化と熱量」です。グラフの情報を正しく読み解き、熱量の計算式を適用することが中心となります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- グラフの読解: グラフの傾きが0でない区間は「温度上昇」、傾きが0の平坦な区間は「状態変化(融解)」に対応します。
- 熱量の計算(温度上昇): 質量\(m\)、比熱\(c\)の物体の温度を\(\Delta T\)上昇させるのに必要な熱量\(Q\)は、\(Q=mc\Delta T\)。熱容量\(C\)の場合は\(Q=C\Delta T\)。
- 熱量の計算(状態変化): 質量\(m\)の物質を状態変化させるのに必要な熱量\(Q\)は、融解熱(または蒸発熱)を\(L\)として\(Q=mL\)。
- 熱源からの供給熱量: 単位時間あたりに与える熱量(熱量率)を\(q\) [J/s]とすると、時間\(t\) [s]の間に供給される総熱量は \(Q = qt\)。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (ア)では、グラフの中で最も情報が明確な「氷の融解」の区間(10s〜50s)に着目します。この区間で100gの氷がすべて融解したと考え、融解に必要な総熱量を計算します。一方、ヒーターが供給した熱量は加熱時間から求められるので、両者を等しいとおいて単位時間あたりの熱量\(q\)を求めます。
- (イ)では、次に情報が明確な「水の温度上昇」の区間(50s〜80s)に着目します。この区間で「水と容器」が得た熱量を、\(q\)を使って時間から計算します。一方、得た熱量は「水が得た熱量」と「容器が得た熱量」の和としても表せるので、等式を立てて未知の容器の熱容量\(C_{\text{容}}\)を求めます。