問題の確認
dynamics#34各設問の思考プロセス
この問題は、エレベーターという「加速する空間(非慣性系)」の中での力のつり合いと運動を扱う問題です。静止時、加速時、そしてその中での自由落下という3つの異なる状況を、ニュートンの法則を用いて分析します。このような問題は「見かけの重力」や「慣性力」の概念を理解する上で非常に重要です。
この問題を解く上で中心となる物理法則は以下の通りです。
- フックの法則: ばねの弾性力 \(F_{\text{ばね}} = kx\)。
- 力のつり合い: 物体が静止(加速度が0)しているとき、合力は0。
- ニュートンの運動の第二法則(運動方程式): 物体が加速しているとき、\(ma = F_{\text{合力}}\)。
- 加速座標系での運動: 加速するエレベーター内での運動は、「見かけの重力」がはたらくと考えると理解しやすくなります。
この問題を解くための手順は以下の通りです。
- (1) ばね定数を求める: まず、最も単純な「エレベーターが静止している」状態に着目します。このとき、おもりにはたらく力はつり合っているので、「弾性力=重力」の式からばね定数 \(k\) を求めます。
- (2) 加速度を求める: 次に、「加速上昇している」状態に着目します。このとき、おもりも同じ加速度で運動しているので、運動方程式を立てます。力の合力は「弾性力-重力」となり、これが \(ma\) に等しいという式から加速度 \(a\) を求めます。
- (3) 落下時間を求める: 加速しているエレベーター内での落下運動を考えます。エレベーターの中から見ると、重力が通常より大きく見える「見かけの重力」(\(g’ = g+a\)) の中で落下するのと同じになります。この見かけの重力加速度 \(g’\) を使って、自由落下の公式から時間を求めます。
各設問の具体的な解説と解答
(1) このばねのばね定数 \(k[N/m]\) を求めよ。
問われている内容の明確化
ばねの硬さを表す、ばね定数 \(k\) を求めます。
具体的な解説と立式
エレベーターが静止しているとき、おもりにはたらく力はつり合っています。
- 上向きの力: ばねの弾性力 \(F_{\text{ばね1}} = kx_1\)
- 下向きの力: 重力 \(mg\)
力のつり合いの式は、
$$kx_1 = mg$$
となります。この式を \(k\) について解きます。
$$k = \frac{mg}{x_1} \quad \cdots ①$$
使用した物理公式:
- フックの法則: \(F_{\text{ばね}} = kx\)
- 力のつり合い
計算過程
式①に、与えられた値と \(g=9.8 \, \text{m/s}^2\) を代入します。単位をmに変換することを忘れないようにします。
- \(m = 2.0 \, \text{kg}\)
- \(g = 9.8 \, \text{m/s}^2\)
- \(x_1 = 5.6 \, \text{cm} = 0.056 \, \text{m}\)
$$
\begin{aligned}
k &= \frac{2.0 \, \text{kg} \times 9.8 \, \text{m/s}^2}{0.056 \, \text{m}} \\[2.0ex]&= \frac{19.6}{0.056} \, \text{N/m} \\[2.0ex]&= 350 \, \text{N/m}
\end{aligned}
$$
問題で与えられている数値の有効数字は2桁なので、答えも有効数字2桁で表します。
$$ k = 3.5 \times 10^2 \, \text{N/m} $$
計算方法の平易な説明
- エレベーターが止まっているとき、ばねがおもりを引く力と、おもりにはたらく重力はつり合っています。
- つまり「\(k \times (\text{伸び})\) = \((\text{質量}) \times g\)」です。
- この式に、伸び(0.056m)、質量(2.0kg)、g(9.8m/s²)を代入して、ばね定数kを計算します。
この設問における重要なポイント
- 物体が静止しているときは、力がつり合っていると考えること。
- ばねの伸びの単位をcmからmに変換すること。
\(3.5 \times 10^2 \, \text{N/m}\)
(2) 上昇中のエレベーターの加速度の向きと大きさを求めよ。
問われている内容の明確化
エレベーターが加速上昇しているときの、加速度の大きさと向きを求めます。
具体的な解説と立式
エレベーターが加速度 \(a\) で上昇しているとき、おもりも同じ加速度 \(a\) で運動しています。鉛直上向きを正として、おもりの運動方程式を立てます。
- 上向きの力: ばねの弾性力 \(F_{\text{ばね2}} = kx_2\)
- 下向きの力: 重力 \(mg\)
合力 \(F_{\text{合力}} = kx_2 – mg\) なので、運動方程式 \(ma = F_{\text{合力}}\) は、
$$ma = kx_2 – mg \quad \cdots ②$$
となります。(1)のつり合いの式 \(mg = kx_1\) を使うと、式②は
$$ma = kx_2 – kx_1 = k(x_2 – x_1)$$
と変形できます。この式を \(a\) について解きます。
$$a = \frac{k(x_2 – x_1)}{m}$$
$$ma = F_{\text{合力}}$$
計算過程
上の式に、(1)で求めた \(k=350\,\text{N/m}\) と、与えられた値を代入します。
- \(x_2 = 6.4 \, \text{cm} = 0.064 \, \text{m}\)
- \(x_1 = 5.6 \, \text{cm} = 0.056 \, \text{m}\)
- \(m = 2.0 \, \text{kg}\)
$$
\begin{aligned}
a &= \frac{350 \times (0.064 – 0.056)}{2.0} \\[2.0ex]&= \frac{350 \times 0.008}{2.0} \\[2.0ex]&= \frac{2.8}{2.0} \\[2.0ex]&= 1.4 \, \text{m/s}^2
\end{aligned}
$$
計算結果が正の値なので、加速度の向きは鉛直上向きです。
向き: 鉛直上向き, 大きさ: \(1.4 \, \text{m/s}^2\)
(3) (2)の上昇中のエレベーター内で、床からの高さ 1.4 m の点から小球を静かに落とすと、何秒で床に当たるか。
問われている内容の明確化
加速度 \(a\) で上昇するエレベーター内で、自由落下させた小球が床に到達するまでの時間 \(t\) を求めます。
具体的な解説と立式
加速するエレベーター内では、見かけの重力がはたらいているように観測されます。
エレベーターが上向きに加速度 \(a\) で運動している場合、エレベーター内の観測者から見ると、すべての物体には下向きに大きさ \(ma\) の慣性力がはたらいているように見えます。
したがって、小球にはたらく見かけの力は、本来の重力 \(mg\) と慣性力 \(ma\) の合計になります。
このとき、エレベーター内の見かけの重力加速度 \(g’\) は、
$$g’ = g + a$$
となります。
この見かけの重力加速度 \(g’\) のもとで、高さ \(h\) から初速度0で落下する物体の落下時間を求めます。自由落下の公式 \(h = \frac{1}{2}gt^2\) を、見かけの重力加速度 \(g’\) を使って書き換えます。
$$h = \frac{1}{2}g’t^2$$
この式を時間 \(t\) について解くと、
$$t = \sqrt{\frac{2h}{g’}} = \sqrt{\frac{2h}{g+a}} \quad \cdots ③$$
使用した物理公式:
- 見かけの重力(慣性力)
- 等加速度直線運動の変位の式: \(x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2\)
計算過程
まず、見かけの重力加速度 \(g’\) を計算します。
- \(g = 9.8 \, \text{m/s}^2\)
- \(a = 1.4 \, \text{m/s}^2\)
$$
\begin{aligned}
g’ &= g + a \\
&= 9.8 + 1.4 \\
&= 11.2 \, \text{m/s}^2
\end{aligned}
$$
次に、式③に \(h=1.4\,\text{m}\) と \(g’=11.2\,\text{m/s}^2\) を代入して、時間 \(t\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
t &= \sqrt{\frac{2 \times 1.4}{11.2}} \\[2.0ex]&= \sqrt{\frac{2.8}{11.2}} \\[2.0ex]&= \sqrt{\frac{1}{4}} \\[2.0ex]&= 0.50 \, \text{s}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えます。
0.50 s
▼別の問題もチャレンジ▼
問題全体を通して理解しておくべき重要な物理概念や法則
- ニュートンの運動法則: 静止しているときの「力のつり合い」と、加速しているときの「運動方程式」を、状況に応じて正しく使い分けることが基本です。
- 慣性力と見かけの重力: エレベーターのような加速する座標系(非慣性系)では、本来の力に加えて「慣性力」という見かけの力がはたらいていると考えることで、その内部での運動を、あたかも静止した空間での運動のように扱うことができます。上向きに加速するエレベーター内では、見かけの重力加速度が \(g’ = g+a\) となります。
- フックの法則: ばねの弾性力は、自然長からの変位に比例するという法則です。
類似の問題を解く上でのヒントや注意点
- 2つの状況を比較する: (1)の静止時と(2)の加速時のように、異なる状況が与えられている問題では、一方の状況からばね定数などの定数を求め、それを使って他方の状況を分析する、という流れが定石です。
- 非慣性系の扱い方: エレベーター問題は、2通りの解き方があります。(A)床や地面といった静止した系から見て、物体とエレベーターの運動をそのまま追う方法。(B)エレベーターと一緒に運動する観測者の視点に立ち、慣性力を導入して解く方法。(3)のような問題では、(B)の見かけの重力で考える方が圧倒的に簡単です。
よくある誤解や間違いやすいポイント
- 単位変換のミス: ばねの伸びがcmで与えられているのに、mに直さずに計算してしまうミスは非常に多いです。物理量の計算では、必ずSI基本単位に揃えることを徹底しましょう。
- (3)を通常の重力で計算してしまう: エレベーターが加速していることを忘れ、落下時間を \(h = \frac{1}{2}gt^2\) の式で計算してしまうミス。加速する乗り物の中では、重力の見かけの大きさが変わることを理解しておく必要があります。
- 慣性力の向きの間違い: 慣性力は、常に観測している座標系の加速度と「逆向き」にはたらきます。エレベーターが上向きに加速すれば、慣性力は下向きにはたらきます。
▼別の問題もチャレンジ▼