87 立てかけはしご
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、壁に立てかけられたはしごに人が登る状況を扱い、剛体のつり合いの条件を応用する典型的な問題です。力のつり合いと力のモーメントのつり合いという、静力学の基本法則を正しく適用できるかが問われます。
この問題の核心は、はしごに働くすべての力を正確に図示し、「並進運動しない(力の合力がゼロ)」と「回転運動しない(力のモーメントの合力がゼロ)」という2つの条件を立式して解くことです。
- はしごの質量: \(m_{\text{はしご}} = 10 \text{ kg}\)
- はしごの長さ: \(L = 6.0 \text{ m}\)
- 人の質量: \(m_{\text{人}} = 50 \text{ kg}\)
- 床との角度: \(\theta = 60^\circ\)
- 床との静止摩擦係数: \(\mu = 0.50\)
- 壁との摩擦: 無視できる
- 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\) (問題文に明記はないが、解答の計算で使用されているため採用)
- (1) 人がはしごに沿って \(2.0 \text{ m}\) 登ったときの、床から受ける摩擦力の大きさ \(f\)。
- (2) はしごがすべり出すときの、人がはしごに沿って登った距離 \(x\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「剛体のつり合い」です。はしごという大きさを持つ物体が静止し続けるための条件を考えます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示: はしごに働くすべての力(重力、垂直抗力、摩擦力)を漏れなく図示します。
- 力のつり合い: 物体が並進運動しない条件として、水平方向と鉛直方向それぞれの力の合力がゼロになります。
- 力のモーメントのつり合い: 物体が回転運動しない条件として、任意の点のまわりの力のモーメントの和がゼロになります。
- 静止摩擦力: 静止摩擦力は、すべり出さない限り外力に応じて大きさが変化し、その最大値は最大摩擦力 \(\mu N\) で与えられます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、はしごに働く力をすべて図示します。次に、(1)の状況について、力のつり合いと力のモーメントのつり合いの式を立て、連立して摩擦力 \(f\) を求めます。
- 次に、(2)の「すべり出す直前」という状況を考えます。これは静止摩擦力が最大摩擦力 \(\mu N\) に達した状態です。この条件を加えて、(1)と同様につり合いの式を立て、人が登った距離 \(x\) を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
人が \(2.0 \text{ m}\) の位置で静止している、つまり「はしご全体がつり合っている」状況です。剛体のつり合いの条件である「力のつり合い」と「力のモーメントのつり合い」を立式します。未知数は床からの垂直抗力 \(N_1\)、摩擦力 \(f\)、壁からの垂直抗力 \(N_2\) の3つです。つり合いの式も3つ(水平、鉛直、モーメント)立てられるので、原理的に解くことができます。この問題では摩擦力 \(f\) を求めたいので、水平方向の力のつり合いの式と、力のモーメントのつり合いの式を利用するのが効率的です。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: はしごに働く力は、①はしごの重心(中央)にかかる重力、②人の位置にかかる重力、③床からの垂直抗力 \(N_1\)、④床からの摩擦力 \(f\)、⑤壁からの垂直抗力 \(N_2\) の5つです。
- モーメントの基準点: 力のモーメントを計算する際の基準点はどこに選んでもよいですが、未知の力が集中している点(この場合は床との接点A)を選ぶと、その点に働く力のモーメントがゼロになり、計算式が簡単になります。
- モーメントの計算: モーメントは「力 × 腕の長さ」で計算します。腕の長さとは、回転軸から力の作用線へ下ろした垂線の長さです。
具体的な解説と立式
はしごが床から受ける垂直抗力を \(N_1\)、摩擦力を \(f\)、壁から受ける垂直抗力を \(N_2\) とします。はしごはつり合いの状態にあるため、水平方向の力のつり合いが成り立ちます。床の接点Aから見て右向きを正とすると、
$$ f – N_2 = 0 \quad \cdots ① $$
次に、点Aのまわりの力のモーメントのつり合いを考えます。反時計回りを正とします。点Aに働く \(N_1\) と \(f\) は、腕の長さがゼロなのでモーメントはゼロです。
- 人の重力 \(m_{\text{人}}g\) によるモーメント(時計回り): \( – (m_{\text{人}}g) \times (2.0 \cos 60^\circ) \)
- はしごの重力 \(m_{\text{はしご}}g\) によるモーメント(時計回り): \( – (m_{\text{はしご}}g) \times (\frac{6.0}{2} \cos 60^\circ) \)
- 壁からの垂直抗力 \(N_2\) によるモーメント(反時計回り): \( + N_2 \times (6.0 \sin 60^\circ) \)
したがって、力のモーメントのつり合いの式は以下のようになります。
$$ N_2 \times (6.0 \sin 60^\circ) – (m_{\text{人}}g) \times (2.0 \cos 60^\circ) – (m_{\text{はしご}}g) \times (3.0 \cos 60^\circ) = 0 \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 力のモーメントのつり合い
まず、②式を \(N_2\) について解き、与えられた値を代入します。
\(m_{\text{人}} = 50 \text{ kg}\), \(m_{\text{はしご}} = 10 \text{ kg}\), \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\), \(\sin 60^\circ = \displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2}\), \(\cos 60^\circ = \displaystyle\frac{1}{2}\) です。
$$
\begin{aligned}
N_2 \times (6.0 \sin 60^\circ) &= (50 \times 9.8) \times (2.0 \cos 60^\circ) + (10 \times 9.8) \times (3.0 \cos 60^\circ) \\[2.0ex]N_2 \times (6.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2}) &= 490 \times (2.0 \times \frac{1}{2}) + 98 \times (3.0 \times \frac{1}{2}) \\[2.0ex]N_2 \times 3.0\sqrt{3} &= 490 \times 1.0 + 98 \times 1.5 \\[2.0ex]N_2 \times 3.0\sqrt{3} &= 490 + 147 \\[2.0ex]N_2 \times 3.0\sqrt{3} &= 637 \\[2.0ex]N_2 &= \frac{637}{3.0\sqrt{3}}
\end{aligned}
$$
①式より \(f = N_2\) なので、
$$
\begin{aligned}
f &= \frac{637}{3.0\sqrt{3}} \\[2.0ex]&= \frac{637}{3.0 \times 1.732} \\[2.0ex]&= \frac{637}{5.196} \\[2.0ex]&\approx 122.59… \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(1.2 \times 10^2 \text{ N}\) となります。
はしごがその場で静止し続けるためには、はしごを(床の接点を中心に)時計回りに倒そうとする力(人の重さとはしご自体の重さ)と、反時計回りに支えようとする力(壁がはしごを押す力)が釣り合っている必要があります。この「回転の力のつり合い」から、壁が押す力 \(N_2\) を計算します。そして、はしごが水平方向に動かないためには、壁が押す力 \(N_2\) と床が支える摩擦力 \(f\) が等しくなければなりません。したがって、計算した \(N_2\) の大きさが、そのまま求める摩擦力 \(f\) の大きさになります。
はしごが床から受ける摩擦力の大きさは \(1.2 \times 10^2 \text{ N}\) です。
このとき、はしごがすべっていないか確認してみましょう。鉛直方向の力のつり合いは \(N_1 – m_{\text{人}}g – m_{\text{はしご}}g = 0\) なので、床からの垂直抗力 \(N_1\) は \(N_1 = (50+10) \times 9.8 = 588 \text{ N}\) です。最大摩擦力は \(f_{\text{最大}} = \mu N_1 = 0.50 \times 588 = 294 \text{ N}\) となります。求めた摩擦力 \(f \approx 123 \text{ N}\) は最大摩擦力 \(294 \text{ N}\) よりも小さいので、はしごはすべらずにつり合いを保てるという問題の条件と一致しており、妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
人がはしごを登るにつれて、人を原因とする時計回りのモーメントが大きくなり、それにつり合うために壁からの垂直抗力 \(N_2\) と摩擦力 \(f\) も大きくなっていきます。やがて摩擦力 \(f\) が限界値である「最大摩擦力 \(\mu N_1’\)」に達した瞬間に、はしごはすべり始めます。この「すべり出す直前」という条件を数式で表現し、つり合いの式と連立させて、そのときの人の位置 \(x\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- すべり出す直前の条件: 静止摩擦力が最大値に達している状態です。これを \(f’ = \mu N_1’\) と立式します。ここで \(f’\) と \(N_1’\) は、すべり出す直前の摩擦力と垂直抗力です。
- 立式の戦略: 未知数は \(N_1’\), \(N_2’\), \(x\) の3つです(\(f’\) は \(N_1’\) で表せる)。(1)と同様に「鉛直方向の力のつり合い」「水平方向の力のつり合い」「力のモーメントのつり合い」の3つの式を立てます。まず鉛直方向のつり合いから \(N_1’\) を求め、次に最大摩擦力の式を使って \(f’\) を、水平方向のつり合いから \(N_2’\) を求め、最後にこれらの値をモーメントの式に代入して \(x\) を解くのが最も明快な手順です。
具体的な解説と立式
すべり出す直前のはしごが床から受ける垂直抗力を \(N_1’\)、摩擦力を \(f’\)、壁から受ける垂直抗力を \(N_2’\) とします。人が登った距離を \(x\) とします。
まず、鉛直方向の力のつり合いより、
$$ N_1′ – m_{\text{人}}g – m_{\text{はしご}}g = 0 \quad \cdots ③ $$
水平方向の力のつり合いより、
$$ f’ – N_2′ = 0 \quad \cdots ④ $$
すべり出す直前の条件は、静止摩擦力が最大摩擦力になることなので、
$$ f’ = \mu N_1′ \quad \cdots ⑤ $$
最後に、点Aのまわりの力のモーメントのつり合い(反時計回りを正)より、
$$ N_2′ \times (6.0 \sin 60^\circ) – (m_{\text{人}}g) \times (x \cos 60^\circ) – (m_{\text{はしご}}g) \times (3.0 \cos 60^\circ) = 0 \quad \cdots ⑥ $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 力のモーメントのつり合い
- 最大摩擦力: \(f_{\text{最大}} = \mu N\)
上記で立てた③〜⑥の式を連立して \(x\) を求めます。
まず、③式から \(N_1’\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
N_1′ &= (m_{\text{人}} + m_{\text{はしご}})g \\[2.0ex]&= (50 + 10) \times 9.8 \\[2.0ex]&= 588 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
次に、⑤式から \(f’\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
f’ &= \mu N_1′ \\[2.0ex]&= 0.50 \times 588 \\[2.0ex]&= 294 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
④式より、\(N_2′ = f’ = 294 \text{ [N]}\) となります。
これらの値を⑥式に代入して \(x\) について解きます。
$$ 294 \times (6.0 \sin 60^\circ) – (50 \times 9.8) \times (x \cos 60^\circ) – (10 \times 9.8) \times (3.0 \cos 60^\circ) = 0 $$
各項を計算します。
$$ 294 \times (6.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2}) – 490 \times (x \times \frac{1}{2}) – 98 \times (3.0 \times \frac{1}{2}) = 0 $$
$$ 294 \times 3.0\sqrt{3} – 245x – 147 = 0 $$
$$ 882\sqrt{3} – 245x – 147 = 0 $$
\(x\) について整理します。
$$
\begin{aligned}
245x &= 882\sqrt{3} – 147
\end{aligned}
$$
ここで、\(\sqrt{3} \approx 1.73\) を用いて計算します。
$$
\begin{aligned}
245x &= 882 \times 1.73 – 147 \\[2.0ex]&= 1525.86 – 147 \\[2.0ex]&= 1378.86 \\[2.0ex]x &= \frac{1378.86}{245} \\[2.0ex]&\approx 5.628
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(5.6 \text{ m}\) となります。
人がはしごの高い位置に登るほど、はしごを倒そうとする「回転の力」が強くなります。それに抵抗するため、床の摩擦力もだんだん大きくなります。この摩擦力には限界があり、その限界値(最大摩擦力)に達した瞬間に、はしごは「ズルッ」とすべり始めます。この問題では、まず「摩擦力の限界値はいくつか」を計算し、次に「はしごを倒そうとする力が、ちょうどその限界値と釣り合うのは、人がどの高さにいるときか」を逆算することで、すべり出す位置を求めています。
人がはしごに沿って \(5.6 \text{ m}\) の距離まで登ると、はしごはすべり出します。はしごの全長は \(6.0 \text{ m}\) なので、この結果は物理的に妥当な範囲にあります。もし人がこれより少しでも高く登ると、はしごを倒そうとするモーメントがさらに大きくなり、摩擦力が支えきれなくなるため、つり合いが破れてすべり出すことになります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 剛体のつり合いの条件:
- 核心: 物体が静止し続けるためには、「並進運動しない」ことと「回転運動しない」ことの2つの条件を同時に満たす必要があります。この問題では、はしごという大きさのある物体(剛体)が静止しているため、この法則が適用されます。
- 理解のポイント:
- 力のつり合い(並進): はしごに働く力のベクトル和がゼロであること。具体的には、水平方向の力の合力と、鉛直方向の力の合力がそれぞれゼロになります。(\(\sum F_x = 0\), \(\sum F_y = 0\))
- 力のモーメントのつり合い(回転): 任意の点のまわりの力のモーメントの代数和がゼロであること。(\(\sum M = 0\)) これら3つの式を連立させることで、未知の力を求めるのが剛体のつり合い問題の基本戦略です。
- 静止摩擦力とその限界:
- 核心: (2)で問われる「すべり出す」という現象は、静止摩擦力がその限界値である最大摩擦力に達した瞬間のことです。
- 理解のポイント: 静止摩擦力 \(f\) は、すべりを起こそうとする外力に応じて大きさが変化する受動的な力です。しかし、その大きさには上限があり、最大摩擦力 \(f_{\text{最大}} = \mu N\) を超えることはできません。この「すべり出す直前」という条件を \(f = \mu N\) と数式で表現できるかが、(2)を解くための鍵となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 床と壁の両方に摩擦がある問題: この問題では壁の摩擦は無視できましたが、壁にも摩擦がある場合は、壁からの摩擦力(鉛直方向)も考慮に入れる必要があります。力のつり合いの式(特に鉛直方向)とモーメントの式が変化します。
- 看板や棒が蝶番(ちょうつがい)で支えられている問題: 蝶番は、あらゆる方向の力を及ぼすことができるため、水平成分と鉛直成分の2つの未知の力として扱います。モーメントの基準点を蝶番に選ぶのが定石です。
- 物体を積み重ねて、下の物体がすべり出す条件を問う問題: 上の物体の重さも考慮して、下の物体に働く垂直抗力と摩擦力を計算し、つり合いの条件を考えます。
- 初見の問題での着眼点:
- 力の図示を完璧に行う: まず、対象となる剛体(この問題でははしご)に働く力をすべて、作用点も含めて正確に図示します。重力は重心に、接触力(垂直抗力、摩擦力)は接触点に働きます。
- モーメントの基準点を賢く選ぶ: 力のモーメントのつり合いを考える際、基準点はどこに選んでも構いません。しかし、未知の力が最も多く働いている点(この問題では床との接点A)を選ぶと、それらの力のモーメントがゼロになり、立式が大幅に簡略化されます。
- 「〜する直前」という言葉に注目する: 「すべり出す直前」「倒れる直前」といった表現は、物理的な限界条件を示唆しています。「すべり出す直前」なら \(f = \mu N\)、「倒れる直前」なら、ある支点を中心に回転が始まろうとしており、その点以外の垂直抗力がゼロになる、といった条件に置き換えて考えます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 力のモーメントの腕の長さを間違える:
- 誤解: 力の作用点までの距離をそのまま腕の長さとしてしまう。例えば、人の重力によるモーメントを計算する際に、腕の長さを \(2.0 \text{ m}\) としてしまうミスです。
- 対策: 腕の長さは「回転軸から、力の作用線に下ろした垂線の長さ」です。必ず図を描き、三角比を使って \(L \cos\theta\) や \(L \sin\theta\) のように正しく計算しましょう。この問題では、重力(鉛直方向の力)に対する腕の長さは水平距離 \(x \cos 60^\circ\) であり、壁からの垂直抗力(水平方向の力)に対する腕の長さは鉛直距離 \(L \sin 60^\circ\) となります。
- 力の図示漏れや方向の間違い:
- 誤解: はしご自体の重力を忘れる、摩擦力の向きを逆にする、など。
- 対策: 「重力」「接触力(垂直抗力、摩擦力、張力など)」の順に、物体に働く力をリストアップする習慣をつけましょう。摩擦力は、物体がすべろうとする向きと逆向きに働きます。はしごは左下方向にすべろうとするので、床からの摩擦力は右向きに働きます。
- 静止摩擦力と最大摩擦力の混同:
- 誤解: (1)のように、まだすべり出す余裕がある状態にもかかわらず、摩擦力を \(f = \mu N\) として計算してしまう。
- 対策: 静止摩擦力は、つり合いの条件から決まる値です。\(f = \mu N\) という式は、あくまで「すべり出す直前」という特別な状況でのみ成り立つ等式であると強く認識しましょう。それ以外の静止状態では \(f \le \mu N\) という不等式の関係にあります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- モーメントのシーソーイメージ: はしごを、床の接点Aを支点とした巨大なシーソーだと考えます。人の重力とはしごの重力が、はしごを時計回りに倒そうとする「乗客」です。一方、壁がはしごを水平に押す力が、反時計回りに支える「対抗者」です。人がはしごを登る(支点から遠ざかる)ほど、「乗客」側の力が強くなり、「対抗者」である壁の力も強くなる必要があります。このイメージを持つと、モーメントのつり合いの式の意味が直感的に理解できます。
- 力の分解図: この問題では力を分解する必要はあまりありませんが、もし斜面上に置かれた物体の問題などであれば、力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解する図が有効です。力のベクトルを点線で分解後の成分に分けることで、計算ミスを防ぎます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力をベクトル矢印で描く: 力の大きさを矢印の長さで、向きを矢印の向きで表現します。作用点を明確にすることも重要です。
- 腕の長さを図に書き込む: モーメントを計算する際に使う腕の長さを、図の中に垂線として描き込み、その長さを \(x \cos\theta\) のように明記すると、立式ミスが劇的に減ります。
- 記号を統一する: 複数の状況を考える場合((1)と(2)など)、物理量を区別するために \(N_1, f\) と \(N_1′, f’\) のようにダッシュ記号などを使って明確に区別しましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F_x = 0, \sum F_y = 0\)):
- 選定理由: 問題文に「つり合いの状態を保っていた」「静止していた」とあるため、はしごが並進運動していない(加速度がゼロ)ことを数式で表現する必要があるから。
- 適用根拠: ニュートンの運動法則において、加速度がゼロの物体に働く合力はゼロであるという基本原理に基づきます。
- 力のモーメントのつり合いの式 (\(\sum M = 0\)):
- 選定理由: はしごが大きさを持つ「剛体」であり、回転せずに静止しているため。もし力のつり合いだけでは、物体が回転してしまう可能性を排除できません。
- 適用根拠: 物体が回転しない(角加速度がゼロ)ためには、任意の点のまわりの力のモーメントの総和がゼロでなければならない、という剛体力学の基本原理です。
- 最大摩擦力の式 (\(f’ = \mu N_1’\)):
- 選定理由: (2)で「はしごはすべり出すか」という、静止状態が破れる限界を問われているため。
- 適用根拠: 摩擦という現象の経験則をモデル化した公式です。静止摩擦力が取りうる最大値を定義し、すべり始める条件を定量的に扱うために用います。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 静止時の摩擦力の計算:
- 戦略: 未知数 \(N_1, f, N_2\) に対し、3つのつり合いの式を立てて解く。
- フロー: ①はしごに働く5つの力を図示 → ②水平方向の力のつり合いを立式 (\(f – N_2 = 0\)) → ③点Aを基準に力のモーメントのつり合いを立式 → ④モーメントの式から \(N_2\) を計算 → ⑤水平方向のつり合いの式に代入して \(f\) を求める。
- (2) すべり出す距離の計算:
- 戦略: 「すべり出す直前」の条件 \(f’ = \mu N_1’\) を追加し、未知数 \(N_1′, N_2′, x\) を3つのつり合いの式から解く。
- フロー: ①鉛直方向の力のつり合いから \(N_1’\) を計算 → ②最大摩擦力の式 \(f’ = \mu N_1’\) から \(f’\) を計算 → ③水平方向の力のつり合いから \(N_2′ (=f’)\) を計算 → ④これらの値を、未知数 \(x\) を含むモーメントのつり合いの式に代入 → ⑤\(x\) についての方程式を解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: (2)の計算では、すぐに数値を代入するのではなく、まず文字式で \(x\) を表現してみましょう。
\(N_1′ = (m_{\text{人}}+m_{\text{はしご}})g\), \(N_2′ = f’ = \mu N_1′ = \mu(m_{\text{人}}+m_{\text{はしご}})g\)。
これらをモーメントの式 \(N_2′ L \sin\theta – m_{\text{人}}g x \cos\theta – m_{\text{はしご}}g \frac{L}{2} \cos\theta = 0\) に代入すると、\(g\) が両辺から消去でき、計算が簡略化されます。
\(\mu(m_{\text{人}}+m_{\text{はしご}}) L \sin\theta – m_{\text{人}} x \cos\theta – m_{\text{はしご}} \frac{L}{2} \cos\theta = 0\)。
この式を \(x\) について解いてから最後に数値を代入すると、見通しが良くなり、ミスが減ります。 - 三角関数の値の正確性: \(\sin 60^\circ = \sqrt{3}/2\), \(\cos 60^\circ = 1/2\) といった基本的な値を正確に使うことが必須です。
- 単位の確認: 計算の各段階で単位が正しいか意識し、最終的な答えの単位が求められているもの([N]や[m])と一致しているか確認しましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 摩擦力: (1)で求めた摩擦力 \(f \approx 123 \text{ N}\) が、最大摩擦力 \(f_{\text{最大}} = 294 \text{ N}\) より小さいことを確認しました。これは「つり合っている」という問題の状況と矛盾せず、妥当です。
- (2) 距離: (2)で求めた距離 \(x = 5.6 \text{ m}\) は、はしごの全長 \(6.0 \text{ m}\) より短く、物理的にありえる値です。もし計算結果が \(6.0 \text{ m}\) を超えたり、負の値になったりした場合は、どこかで計算ミスや立式の誤りがあると判断できます。
- 極端な場合を考える(思考実験):
- もし静止摩擦係数 \(\mu\) が非常に大きかったらどうなるか?すべりにくくなるので、人ははしごの最上部(\(6.0 \text{ m}\))まで登ってもすべらないはずです。計算式で \(\mu \rightarrow \infty\) とすると、\(x\) も非常に大きな値になり、はしごの長さの範囲内ではすべらない、という直感と一致します。
- もし人の質量 \(m_{\text{人}}\) がゼロだったら?(2)の式で \(m_{\text{人}}=0\) とすると、すべり出す条件ははしご自体の重さだけで決まります。この場合、はしごは最初から立てかけられない(すべる)か、あるいは立てかけられる(すべらない)かのどちらかであり、人が登る距離 \(x\) には依存しなくなります。このように、パラメータを変化させたときの挙動を考えることで、式の正しさを多角的に検証できます。
88 物体のつり合い
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、円板から一部を切り抜いた複雑な形状の物体のつり合いを扱う問題です。剛体のつり合いを考える上で不可欠な「重心」の計算と、「力のモーメントのつり合い」を正しく適用する能力が問われます。
この問題の核心は、まず切り抜かれた物体の重心の位置を正確に求めること、そしてその重心に重力が働くと考えて、力のつり合いと力のモーメントのつり合いの式を立てることです。
- 元の円板の質量: \(M\)
- 元の円板の半径: \(2a\)
- 切り抜く円板の中心: A(\(a, 0\))
- 切り抜く円板の半径: \(a\)
- 糸1の取り付け点: B(\(-2a, 0\))
- 糸2の取り付け点: C(\(0, 2a\))
- 状態: 糸1, 2は鉛直になり、物体は静止している。
- 重力加速度: \(g\)
- (1) 糸1の張力 \(F_1\)。
- (2) 糸2の張力 \(F_2\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「重心の計算と剛体のつり合い」です。複雑な形状の物体の重心を求め、静止条件を適用します。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 質量の計算: 物体は均一な厚さなので、質量は面積に比例します。この関係を使って、切り抜かれた部分と残った部分の質量を計算します。
- 重心の計算(合成重心): 「切り抜く前の全体 = 残った物体 + 切り抜いた物体」という関係を利用して、合成重心の考え方から、残った物体の重心を求めます。
- 力のモーメントのつり合い: 物体が回転せずに静止しているため、任意の点のまわりの力のモーメントの和はゼロになります。
- 力のつり合い: 物体が並進せずに静止しているため、鉛直方向の力の合力はゼロになります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、質量と面積の関係から、残った物体の質量を計算します。次に、合成重心の公式を用いて、残った物体の重心の位置を特定します。
- (1)では、計算が簡単になる点(原点O)を基準に力のモーメントのつり合いの式を立て、張力\(F_1\)を求めます。
- (2)では、鉛直方向の力のつり合いの式を立て、(1)で求めた\(F_1\)の値を使って張力\(F_2\)を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
張力\(F_1\)を求めるために、力のモーメントのつり合いを利用します。モーメントを計算するには、力が働く点(作用点)と基準点からの距離(腕の長さ)が必要です。この問題では、残った物体の重力がどこに働くか、つまり重心の位置が分かっていません。したがって、最初のステップとして、この物体の重心を計算する必要があります。
この設問における重要なポイント
- 質量と重心の計算: 問題解決の前提として、残った物体の質量と重心の位置を正確に求めることが最重要です。「元の物体」を「残った物体」と「切り抜いた物体」の合成体と見なすのが定石です。
- モーメントの基準点選び: 力のモーメントのつり合いはどの点を基準にしても成り立ちますが、計算を簡単にするために、未知の力が働く点や、座標が単純な点を選ぶのが賢明です。この問題では、張力\(F_2\)の作用線が通る原点Oを基準にすると、\(F_2\)のモーメントがゼロになり、式がシンプルになります。
- 座標と符号: モーメントを計算する際は、腕の長さと回転の向き(時計回りか反時計回りか)に注意し、符号を正しく設定する必要があります。
具体的な解説と立式
1. 質量と重心の計算
物体は均一なので、質量は面積に比例します。
元の円板(半径\(2a\))の面積は \(\pi (2a)^2 = 4\pi a^2\)。この質量が\(M\)です。
切り抜く円板(半径\(a\))の面積は \(\pi a^2\)。
面積比が\(4:1\)なので、切り抜く円板の質量\(m_{\text{切り抜き}}\)は \(\frac{1}{4}M\)です。
したがって、残った物体の質量\(m_{\text{物体}}\)は、
$$ m_{\text{物体}} = M – m_{\text{切り抜き}} = M – \frac{1}{4}M = \frac{3}{4}M $$
次に、残った物体の重心Gのx座標を\(x_G\)とします。(図から対称性を考えるとy座標は0より下になりますが、この設問ではx座標のみ必要です)
「元の円板の重心」は、「残った物体の重心」と「切り抜いた物体の重心」を合成したものと考えます。
元の円板の重心は原点O(\(x=0\))、切り抜いた円板の重心はA(\(x=a\))です。
合成重心の公式より、
$$ M \times 0 = m_{\text{物体}} \times x_G + m_{\text{切り抜き}} \times a $$
$$ 0 = (\frac{3}{4}M) \times x_G + (\frac{1}{4}M) \times a \quad \cdots ① $$
2. 力のモーメントのつり合い
原点Oを基準として、力のモーメントのつり合いを考えます。反時計回りを正とします。
- 糸1の張力\(F_1\)によるモーメント: 作用点はB(\(-2a, 0\))。腕の長さは\(2a\)。時計回りのため負。
- 物体の重力\(m_{\text{物体}}g\)によるモーメント: 作用点は重心G(\(x_G, y_G\))。腕の長さは\(|x_G|\)。後で計算すると\(x_G\)は負になるので、腕の長さは\(-x_G\)。重力は下向きなので、反時計回りのモーメントとなり正。
- 糸2の張力\(F_2\)によるモーメント: 作用点はC(\(0, 2a\))。腕の長さは0。モーメントは0。
したがって、つり合いの式は、
$$ -F_1 \times 2a + (\frac{3}{4}Mg) \times (-x_G) = 0 \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 重心の公式
- 力のモーメントのつり合い
まず、①式を解いて重心のx座標 \(x_G\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
0 &= (\frac{3}{4}M) x_G + \frac{1}{4}Ma \\[2.0ex]-\frac{3}{4}M x_G &= \frac{1}{4}Ma
\end{aligned}
$$
両辺を \(M\) で割り、整理すると、
$$
\begin{aligned}
x_G &= -\frac{1}{4}a \times \frac{4}{3} \\[2.0ex]&= -\frac{1}{3}a
\end{aligned}
$$
次に、この \(x_G\) の値を②式に代入して \(F_1\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
-F_1 \times 2a + \frac{3}{4}Mg \times (-(-\frac{1}{3}a)) &= 0 \\[2.0ex]-F_1 \times 2a + \frac{3}{4}Mg \times (\frac{1}{3}a) &= 0 \\[2.0ex]F_1 \times 2a &= \frac{1}{4}Mga \\[2.0ex]F_1 &= \frac{Mga}{4 \times 2a} \\[2.0ex]&= \frac{1}{8}Mg
\end{aligned}
$$
まず、穴の開いた物体の「重さの中心(重心)」がどこにあるかを計算します。これは、「穴を埋めた元の円板」=「穴の開いた物体」+「穴の部分」という足し算の考え方を使い、てこの原理(重心の公式)で求めます。次に、物体が回転しないように釣り合っていることから、原点を中心とした「回転させる力のつり合い(モーメントのつり合い)」の式を立てます。この式に、先ほど計算した重心の位置を使って、糸1が引く力 \(F_1\) を計算します。
糸1が物体を引く力の大きさ \(F_1\) は \(\frac{1}{8}Mg\) です。
重心の位置が \(x_G = -\frac{1}{3}a\) と、原点より左側(B点側)にずれているため、その重力を支えるためにB点側の糸1とC点側の糸2の両方が必要になります。\(F_1\)が正の値として求まったことは、物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
張力\(F_2\)を求めるには、最もシンプルな「鉛直方向の力のつり合い」を利用します。物体は静止しているので、上向きに働く力の合計と、下向きに働く力の合計は等しくなります。下向きに働く力は物体の重力であり、その質量は(1)で計算済みです。上向きに働く力は糸1と糸2の張力です。(1)で張力\(F_1\)を求めているので、力のつり合いの式から\(F_2\)を計算できます。
この設問における重要なポイント
- 力のつり合い: 物体が静止している(並進運動しない)ための条件 \(\sum F = 0\) を適用します。この問題では、力がすべて鉛直方向なので、鉛直方向の力の和がゼロになるという式を立てます。
- 既知の値の利用: (1)で求めた \(F_1\) の値を正しく利用します。物理の問題では、前の設問の結果を次の設問で使うことがよくあります。
具体的な解説と立式
物体全体にはたらく鉛直方向の力は、上向きの張力 \(F_1\), \(F_2\) と、下向きの重力 \(m_{\text{物体}}g\) です。
物体は静止しているので、これらの力はつり合っています。上向きを正とすると、力のつり合いの式は以下のようになります。
$$ F_1 + F_2 – m_{\text{物体}}g = 0 $$
(1)で計算したように、\(m_{\text{物体}} = \frac{3}{4}M\) なので、
$$ F_1 + F_2 – \frac{3}{4}Mg = 0 \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
上記で立てた③式に、(1)で求めた \(F_1 = \frac{1}{8}Mg\) を代入して、\(F_2\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
F_2 &= \frac{3}{4}Mg – F_1 \\[2.0ex]&= \frac{3}{4}Mg – \frac{1}{8}Mg \\[2.0ex]&= (\frac{6}{8} – \frac{1}{8})Mg \\[2.0ex]&= \frac{5}{8}Mg
\end{aligned}
$$
物体全体が空中で静止しているのは、2本の糸が上向きに引く力の合計が、物体の重さとちょうど等しいからです。物体の重さと、(1)で計算した糸1が引く力 \(F_1\) が分かっているので、引き算をすることで、残りの糸2が引く力 \(F_2\) を求めることができます。
糸2が物体を引く力の大きさ \(F_2\) は \(\frac{5}{8}Mg\) です。
\(F_1 = \frac{1}{8}Mg\) と \(F_2 = \frac{5}{8}Mg\) の和は \(\frac{6}{8}Mg = \frac{3}{4}Mg\) となり、これは物体の全質量 \(\frac{3}{4}M\) にかかる重力と等しく、力のつり合いの条件を満たしています。また、重心G(\(x_G = -\frac{1}{3}a\))が、糸1の作用点B(\(-2a\))よりも糸2の作用点C(\(0\))に近いことから、重心を支えるためにはより重心に近い糸2の方が大きな力が必要であると直感的に推測できます。\(F_2 > F_1\) という結果はこの直感と一致しており、妥当な結果と言えます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 重心の計算(マイナスの質量):
- 核心: 円板を切り抜いたような複雑な形状の物体の重心を求める際、「元の物体=残った物体+切り抜いた物体」という考え方(合成重心)が基本となります。特にこの問題のように一部を「取り除く」場合は、切り抜いた部分を「マイナスの質量」を持つ物体と考え、元の物体と足し合わせることで残った物体の重心を求める、というテクニックが非常に有効です。
- 理解のポイント: \(x_G = \frac{m_1x_1 + m_2x_2}{m_1+m_2}\) という重心の公式は、物体を分割して考えるための強力なツールです。切り抜き問題では、\(m_2\) を負の値として扱うことで、引き算を足し算の形で統一的に処理できます。
- 剛体のつり合いの条件(力とモーメント):
- 核心: 物体が静止している、という条件は「力のつり合い」と「力のモーメントのつり合い」の2つの条件が同時に満たされていることを意味します。
- 理解のポイント:
- 力のつり合い (\(\sum \vec{F} = 0\)): 物体が上下左右に動かない(並進しない)ことを保証します。この問題では、上向きの張力の合計と下向きの重力がつり合います。
- 力のモーメントのつり合い (\(\sum M = 0\)): 物体が回転しないことを保証します。この問題では、重心に働く重力によるモーメントと、糸の張力によるモーメントがつり合います。これら2つの条件を連立させるのが、剛体問題の王道です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- L字型やT字型の板の重心とつり合い: 複数の長方形を組み合わせた物体の問題。各長方形の重心と質量を求め、合成重心の公式で全体の重心を計算してから、つり合いを考えます。
- 密度が異なる物体を貼り合わせた問題: 各部分の質量を「密度×体積(面積)」で計算し、合成重心を求めます。
- 物体が倒れるか倒れないかの条件を問う問題: 物体を床に置いた場合、重心の真下の点が支持面(底面)の内側にあれば安定し、外側に出ると倒れます。この「重心の位置」が安定性を決める鍵となります。
- 初見の問題での着眼点:
- まず重心を求める: 複雑な形状の剛体の問題では、何はともあれ、まずその物体の重心を特定することが解析の第一歩です。重心が分かれば、その1点に全質量が集まり、重力が働くと考えて問題を単純化できます。
- モーメントの基準点を戦略的に選ぶ: 力のモーメントのつり合いを立式する際、基準点をどこに取るかで計算の手間が大きく変わります。未知の力が作用する点や、複数の力が集中する点(この問題では原点O)を選ぶと、その力のモーメントがゼロになり、式が簡単になることが多いです。
- 対称性を利用する: 物体の形状に対称性がある場合、重心はその対称軸上に存在します。この問題では、物体はx軸に対して対称ではないですが、もし対称な形状であれば、重心の座標の1つを計算せずに決定できます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 重心計算での質量の扱い:
- 誤解: 合成重心の公式 \(x_G = \frac{m_1x_1 + m_2x_2}{m_1+m_2}\) の分母を、元の物体の質量 \(M\) のままにしてしまう。
- 対策: 分母は構成要素の質量の総和です。残った物体(質量 \(\frac{3}{4}M\))と切り抜いた物体(質量 \(\frac{1}{4}M\))の重心から、元の物体(質量 \(M\))の重心を求める、という視点で立式しましょう。\(0 = \frac{(\frac{3}{4}M)x_G + (\frac{1}{4}M)a}{(\frac{3}{4}M) + (\frac{1}{4}M)}\) のように、常に基本に忠実に立式する癖をつけましょう。
- モーメントの腕の長さと符号:
- 誤解: 座標の値をそのまま腕の長さとして使ってしまい、符号を間違える。例えば、重心 \(x_G = -\frac{1}{3}a\) によるモーメントを計算する際に、腕の長さを \(\frac{1}{3}a\) と正しく認識できても、回転方向の判断を誤る。
- 対策: 必ず図を描き、「基準点」「力の作用点」「力の向き」の3つを確認して、どちら回りのモーメントになるかを一つ一つ判断しましょう。原点Oを基準にしたとき、x軸の負の領域にある重心に下向きの力が働くと、物体を反時計回りに回転させるモーメントになります。
- 力のつり合いで使う質量:
- 誤解: (2)の力のつり合いの式で、物体の重力を \(Mg\) としてしまう。
- 対策: つり合いの式を立てる対象は、あくまで「残った物体」です。その質量は \(\frac{3}{4}M\) であることを常に意識しましょう。問題のどの段階でどの物体について考えているのかを明確にすることが重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- マイナス質量のイメージ: 切り抜かれた部分を「反重力」を発生させる「マイナスの質量」を持つおもりだと想像します。元の円板の中心Oに下向きの重力 \(Mg\) があり、点Aに上向きの力 \(\frac{1}{4}Mg\) が働いていると考えると、その合力の作用点(=残った物体の重心)が少し左にずれることが直感的に理解できます。
- 力のベクトルの図示: 最終的に物体に働く力は、B点での上向きの張力 \(F_1\)、C点での上向きの張力 \(F_2\)、そして重心Gでの下向きの重力 \(\frac{3}{4}Mg\) の3つです。この3つの力がつり合っている状態を図示すると、物理的な状況が明確になります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 重心の位置を明記: 計算で求めた重心Gの位置を、図の中に「G」として描き込み、座標も記入します。
- 力の作用点を正確に: 各力がどの点に働いているか(\(F_1\)はBに、\(F_2\)はCに、重力はGに)を明確に矢印で示します。
- 座標軸と基準点: x軸、y軸、そしてモーメントの基準点Oをはっきりと描くことで、腕の長さや符号の判断ミスを防ぎます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 重心の公式 (\(x_G = \frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1 + m_2 + \dots}\)):
- 選定理由: 複雑な形状の物体の力学的な振る舞いを、あたかもその1点(重心)に全質量が集中しているかのように単純化して扱うため。剛体力学の問題を解く上での出発点となります。
- 適用根拠: 重力による力のモーメントの総和が、重心に全質量が集まった場合の力のモーメントと等しくなる、という定義に基づいています。
- 力のモーメントのつり合いの式 (\(\sum M = 0\)):
- 選定理由: (1)で、複数の未知の力(\(F_1, F_2\))のうち、片方だけを効率的に求めるため。基準点をうまく選ぶことで、もう片方の未知の力(\(F_2\))を計算から排除できます。
- 適用根拠: 物体が回転せずに静止している(角加速度がゼロ)という物理的な事実を数式で表現するための、剛体力学の基本法則です。
- 力のつり合いの式 (\(\sum F_y = 0\)):
- 選定理由: (2)で、残りの未知の力\(F_2\)を求めるため。モーメントのつり合いだけではすべての未知数は求まらず、並進方向のつり合いの式も必要となるから。
- 適用根拠: 物体が並進せずに静止している(加速度がゼロ)という物理的な事実を数式で表現するための、ニュートンの運動法則の基本です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 準備段階:重心計算:
- 戦略: 合成重心の考え方を用いて、残った物体の質量と重心座標を求める。
- フロー: ①質量と面積の比例関係から、残った物体の質量を計算 (\(m_{\text{物体}} = \frac{3}{4}M\)) → ②「元の物体=残った物体+切り抜いた物体」として、重心の公式を立式 → ③式を解いて、残った物体の重心座標 \(x_G\) を求める。
- (1) 張力\(F_1\)の計算:
- 戦略: 未知の力\(F_2\)のモーメントがゼロになる原点Oを基準に、力のモーメントのつり合いを立てる。
- フロー: ①原点O周りの各力(\(F_1\), 重力)のモーメントを計算 → ②モーメントのつり合いの式を立式 → ③準備段階で求めた\(x_G\)を代入し、\(F_1\)について解く。
- (2) 張力\(F_2\)の計算:
- 戦略: 鉛直方向の力のつり合いを立てる。
- フロー: ①鉛直方向の力(\(F_1, F_2\), 重力)をリストアップ → ②力のつり合いの式を立式 (\(F_1+F_2 – m_{\text{物体}}g = 0\)) → ③(1)で求めた\(F_1\)を代入し、\(F_2\)について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 分数の計算を丁寧に行う: この問題は \(\frac{1}{4}, \frac{3}{4}, \frac{1}{8}, \frac{5}{8}\) など、分数が多出します。通分や約分を焦らず慎重に行いましょう。
- 文字式で最後まで進める: \(m_{\text{物体}}\) や \(x_G\) を具体的な値(\(-\frac{1}{3}a\)など)で置き換えるのは、式の最終段階で行うと、途中の関係性が見やすくなります。例えば、\(F_1 \times 2a = m_{\text{物体}}g(-x_G)\) のような形で関係を整理してから代入すると、ミスが減ります。
- 単位や次元の確認: 最終的に求めた力の次元が \(Mg\) となっているかを確認するのも有効な検算方法です。もし \(Ma\) や \(Mg/a\) のような次元になっていたら、どこかで計算を間違えています。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 力の合計の確認: (1)と(2)で求めた \(F_1 = \frac{1}{8}Mg\) と \(F_2 = \frac{5}{8}Mg\) の和を計算すると、\(F_1+F_2 = \frac{6}{8}Mg = \frac{3}{4}Mg\) となります。これは物体の総重量 \(m_{\text{物体}}g = \frac{3}{4}Mg\) とぴったり一致しており、鉛直方向の力のつり合いが満たされていることを再確認できます。これは非常に強力な検算方法です。
- 力の大小関係: 物体の重心G(\(x_G = -\frac{1}{3}a\))は、B点(\(-2a\))とC点(\(0\))の間にありますが、C点の方に近いです。てこの原理を考えれば、重心を支えるためには、より重心に近いC点側の糸の方が大きな力が必要になります。\(F_2 > F_1\) という計算結果は、この物理的な直感と一致しており、妥当性が高いと言えます。
89 転倒する条件
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、斜面上に置かれた物体が「すべり出す」のか、それとも「倒れる」のか、という2つの現象を物理的に分析し、その条件を比較する問題です。力のつり合いと力のモーメントのつり合いという、剛体の力学における基本法則を正しく適用できるかが問われます。
この問題の核心は、「すべり出す条件」を力のつり合いから、「倒れる条件」を力のモーメントのつり合いからそれぞれ独立に導出し、最終的に両者を比較してどちらが先に起こるかを判断することです。
- 物体の形状: 高さ\(a\)、底面の1辺の長さ\(b\)の一様な直方体
- 物体の質量: \(m\)
- 物体と板の間の静止摩擦係数: \(\mu_0\)
- 板の傾斜角: \(\theta\)
- 重力加速度: \(g\)
- (1) 物体が板の上をすべり出さないための\(\theta\)の条件。
- (2) 物体が倒れるための\(\theta\)の条件。
- (3) 物体がすべり出すことなく、倒れる場合の\(\mu_0\)の条件。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「剛体のつり合いと転倒・滑り出しの条件」です。物体の運動を、並進運動(すべり)と回転運動(転倒)の2つの側面から捉える必要があります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示と分解: 物体に働く重力を、斜面に平行な成分と垂直な成分に分解します。
- 力のつり合い: 物体がすべり出さない条件を考える際、斜面に平行・垂直方向の力がつり合っている状態を考えます。
- 静止摩擦力: 「すべり出さない」という条件は、静止摩擦力が最大摩擦力 \(\mu_0 N\) を超えない、という形で数式化されます。
- 力のモーメントのつり合い: 物体が倒れない条件を考える際、ある回転軸のまわりの力のモーメントがつり合っている状態を考えます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、物体に働く力を図示し、斜面に平行・垂直な成分に分解します。力のつり合いの式と、静止摩擦力の条件式 \(f \le \mu_0 N\) を用いて、すべり出さないための角度\(\theta\)の条件を求めます(問1)。
- 次に、物体の左下隅を回転軸として、力のモーメントを考えます。倒れる向きのモーメントと支える向きのモーメントを比較し、倒れるための角度\(\theta\)の条件を求めます(問2)。
- 最後に、(1)で求めた「すべり出す限界角」と(2)で求めた「倒れる限界角」を比較し、「倒れる」現象が「すべり出す」現象より先に起こるための静止摩擦係数\(\mu_0\)の条件を導きます(問3)。
問(1)
思考の道筋とポイント
物体が板の上をすべり出さないための条件を求める問題です。物体が静止している状態、つまり力がつり合っている状態を考えます。斜面上の物体を扱う基本として、力を斜面に平行な方向と垂直な方向に分解し、それぞれの方向で力のつり合いを考えます。「すべり出さない」という条件は、斜面下向きに物体を動かそうとする力が、それを妨げる静止摩擦力の限界(最大摩擦力)を超えない、ということを意味します。
この設問における重要なポイント
- 力の図示と分解: 物体に働く重力\(mg\)を、斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\) と斜面に垂直な成分 \(mg\cos\theta\) に分解します。
- 力のつり合い: 物体が静止しているとき、斜面に平行な方向と垂直な方向で、それぞれ力がつり合っています。
- 静止摩擦力の条件: すべり出さないためには、働く静止摩擦力\(f\)が最大摩擦力\(\mu_0 N\)以下である必要があります。すなわち \(f \le \mu_0 N\) です。
具体的な解説と立式
物体に働く力は、鉛直下向きの重力\(mg\)、板から受ける垂直抗力\(N\)、そして斜面を上る向きの静止摩擦力\(f\)です。
物体が静止している(力のつり合いが成り立っている)と仮定します。力を斜面に平行な方向と垂直な方向に分解して、つり合いの式を立てます。
斜面に平行な方向の力のつり合いより、重力の斜面下向き成分と静止摩擦力がつり合います。
$$ mg \sin\theta – f = 0 \quad \cdots ① $$
斜面に垂直な方向の力のつり合いより、重力の斜面に垂直な成分と垂直抗力がつり合います。
$$ N – mg \cos\theta = 0 \quad \cdots ② $$
物体がすべり出さないための条件は、静止摩擦力\(f\)がその最大値である最大摩擦力\(\mu_0 N\)を超えないことです。
$$ f \le \mu_0 N \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 最大摩擦力: \(f_{\text{最大}} = \mu_0 N\)
式①より \(f = mg \sin\theta\)、式②より \(N = mg \cos\theta\) となります。これらを条件式③に代入します。
$$
\begin{aligned}
mg \sin\theta &\le \mu_0 (mg \cos\theta)
\end{aligned}
$$
両辺を \(mg \cos\theta\) で割ります。傾斜角\(\theta\)は \(0 \le \theta < 90^\circ\) の範囲なので、\(mg \cos\theta > 0\) であり、不等号の向きは変わりません。
$$
\begin{aligned}
\frac{mg \sin\theta}{mg \cos\theta} &\le \mu_0 \\[2.0ex]\frac{\sin\theta}{\cos\theta} &\le \mu_0 \\[2.0ex]\tan\theta &\le \mu_0
\end{aligned}
$$
物体が斜面をすべり落ちないのは、斜面との間に働く「静止摩擦力」が、重力によってすべり落とそうとする力に抵抗しているからです。この静止摩擦力には限界(最大摩擦力)があります。すべり落とそうとする力が、この限界を超えなければ、物体はすべりません。この関係を数式に表し、角度\(\theta\)に関する条件として整理します。
物体がすべり出さないための条件は \(\tan\theta \le \mu_0\) です。これは、傾斜角\(\theta\)が大きくなるほど \(\tan\theta\) も大きくなり、すべり落とす力が強くなることを表しています。すべり始める限界の角度は \(\tan\theta = \mu_0\) を満たす角度であり、物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
物体が倒れるための条件を求める問題です。物体が「倒れる」という現象は、回転運動の始まりを意味します。したがって、力のモーメントを考える必要があります。物体は、斜面の下側にある底面の角を回転軸として倒れると考えられます。物体を倒そうとするモーメントが、倒れまいと支えるモーメントを上回った瞬間に、物体は倒れ始めます。
この設問における重要なポイント
- 回転軸の設定: 物体が倒れる際の回転軸は、物体の底面の左下隅の点です。
- 力のモーメントの計算: 回転軸のまわりの力のモーメントを考えます。物体に働く重力は重心に作用すると考え、これを斜面に平行な成分と垂直な成分に分解し、それぞれの力が作るモーメントを計算します。
- 転倒条件: 物体を倒す向き(反時計回り)のモーメントが、支える向き(時計回り)のモーメントより大きくなったときに倒れます。
具体的な解説と立式
物体の底面の左下隅の点を回転軸Pとします。物体は一様なので、重力\(mg\)はその中心(重心)に作用します。
この重力\(mg\)を、斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\) と、斜面に垂直な成分 \(mg\cos\theta\) に分解して考えます。
- 倒す向きのモーメント: 重力の成分 \(mg\sin\theta\) は、物体を点Pのまわりに反時計回りに回転させ、倒そうとします。重心は底面から \(\frac{a}{2}\) の高さにあるため、この力の腕の長さは \(\frac{a}{2}\) です。
- 支える向きのモーメント: 重力の成分 \(mg\cos\theta\) は、物体を点Pのまわりに時計回りに回転させ、倒れるのを防ごうとします。重心は回転軸Pから水平方向に \(\frac{b}{2}\) の距離にあるため、この力の腕の長さは \(\frac{b}{2}\) です。
物体が倒れるのは、倒す向きのモーメントが支える向きのモーメントを上回ったときです。
$$ (mg \sin\theta) \times \frac{a}{2} > (mg \cos\theta) \times \frac{b}{2} \quad \cdots ④ $$
なお、倒れる直前には、垂直抗力の作用点は回転軸である点Pに移動するため、垂直抗力と静止摩擦力は点Pまわりのモーメントを生じさせません。
使用した物理公式
- 力のモーメント: \(M = (\text{力}) \times (\text{腕の長さ})\)
- 力のモーメントのつり合い
式④の不等式を整理します。両辺に共通する \(mg \times \frac{1}{2}\) を消去します。
$$
\begin{aligned}
(\sin\theta) \times a &> (\cos\theta) \times b
\end{aligned}
$$
この式の両辺を \(a \cos\theta\) で割ります。\(a>0\) かつ \(0 \le \theta < 90^\circ\) で \(\cos\theta > 0\) なので、不等号の向きは変わりません。
$$
\begin{aligned}
\frac{\sin\theta}{\cos\theta} &> \frac{b}{a} \\[2.0ex]\tan\theta &> \frac{b}{a}
\end{aligned}
$$
物体が倒れるかどうかは、シーソーの原理(てこの原理)で考えられます。物体の左下の角を支点として、重力が物体を「倒そうとする働き(モーメント)」と「支えようとする働き(モーメント)」を比べます。「倒そうとする働き」が「支えようとする働き」に打ち勝った瞬間に、物体は倒れます。この力関係を数式で表し、角度\(\theta\)の条件を導きます。
物体が倒れるための条件は \(\tan\theta > \frac{b}{a}\) です。この式は、物体の形状に関係しており、高さ\(a\)が大きく底辺\(b\)が小さい、つまり細長い物体ほど \(\frac{b}{a}\) の値が小さくなり、より小さな傾斜角で倒れやすくなることを示しています。これは私たちの日常的な感覚とも一致しており、物理的に妥当な結果です。
問(3)
思考の道筋とポイント
「物体がすべり出すことなく、倒れる」という条件を求める問題です。これは、板の傾斜角\(\theta\)を徐々に大きくしていったときに、「倒れる」という現象が「すべり出す」という現象よりも先に起こるための条件を問うています。(1)と(2)で、それぞれの現象が起こる限界の角度(のタンジェント)を求めました。この二つの値を比較することで、どちらが先に起こるかを判断できます。
この設問における重要なポイント
- 二つの限界条件の比較: (1)で求めた「すべり出す条件」と(2)で求めた「倒れる条件」を比較します。
- 限界角の大小関係: すべり出す限界の角度を\(\theta_s\)、倒れる限界の角度を\(\theta_t\)とします。「すべり出す前に倒れる」という条件は、\(\theta_t < \theta_s\) となります。
- \(\tan\theta\)の単調増加性: 角度\(\theta\)が \(0^\circ\) から \(90^\circ\) の範囲では、\(\theta\)が大きくなるにつれて\(\tan\theta\)も単調に増加します。したがって、角度の大小関係は\(\tan\)の値の大小関係と一致します。
具体的な解説と立式
(1)の結果から、物体がすべり始めるのは \(\tan\theta\) が \(\mu_0\) を超えたときです。したがって、すべり始める限界の角度 \(\theta_s\) は次式で与えられます。
$$ \tan\theta_s = \mu_0 \quad \cdots ⑤ $$
(2)の結果から、物体が倒れ始めるのは \(\tan\theta\) が \(\frac{b}{a}\) を超えたときです。したがって、倒れ始める限界の角度 \(\theta_t\) は次式で与えられます。
$$ \tan\theta_t = \frac{b}{a} \quad \cdots ⑥ $$
傾斜角\(\theta\)を0から徐々に大きくしていくと、\(\tan\theta\)の値も0から大きくなっていきます。このとき、物体が「すべり出すことなく倒れる」ためには、\(\tan\theta\)の値が\(\mu_0\)に達するよりも前に、\(\frac{b}{a}\)の値を超えなければなりません。
これは、倒れる限界角\(\theta_t\)が、すべり出す限界角\(\theta_s\)よりも小さいことを意味します。
$$ \theta_t < \theta_s $$
\(\tan\theta\)はこの角度の範囲で単調増加関数なので、この不等式は次の不等式と等価です。
$$ \tan\theta_t < \tan\theta_s $$
この式に⑤と⑥を代入すると、求める条件が得られます。
$$ \frac{b}{a} < \mu_0 $$
使用した物理公式
- (1)で導出したすべり出しの条件: \(\tan\theta_s = \mu_0\)
- (2)で導出した転倒の条件: \(\tan\theta_t = \frac{b}{a}\)
上記の立式により、結論は \(\mu_0 > \frac{b}{a}\) と直接導かれます。
この条件を別の視点から考えると、「すべらずに倒れる」という現象が起こるためには、すべらない条件 \(\tan\theta \le \mu_0\) と、倒れる条件 \(\tan\theta > \frac{b}{a}\) を同時に満たす角度\(\theta\)が存在する必要があります。
つまり、
$$ \frac{b}{a} < \tan\theta \le \mu_0 $$
という範囲に\(\theta\)が存在するための条件を求めればよく、これは明らかに \(\frac{b}{a} < \mu_0\) となります。
坂の角度を急にしていくと、物体は「すべる」か「倒れる」かのどちらかが先に起こります。「すべり始める角度の基準」は摩擦係数\(\mu_0\)で決まり、「倒れ始める角度の基準」は物体の形\(\frac{b}{a}\)で決まります。「倒れる」方が「すべる」より先に起こるためには、「倒れ始める角度の基準」(\(\frac{b}{a}\))が、「すべり始める角度の基準」(\(\mu_0\))よりも小さい(つまり、より緩やかな坂で条件を満たす)必要があります。
物体がすべり出すことなく倒れるための条件は \(\mu_0 > \frac{b}{a}\) です。この式は、静止摩擦係数\(\mu_0\)が大きい(=滑りにくい)ほど、また、比\(\frac{b}{a}\)が小さい(=細長く倒れやすい)ほど、滑る前に倒れやすくなることを示しています。これは物理的な直感とよく一致しており、妥当な結論です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合いと静止摩擦(並進運動):
- 核心: 物体が「すべり出す」かどうかは、並進運動(直線運動)に関する力のつり合いで決まります。特に、斜面をすべり落とそうとする力(重力の斜面平行成分)と、それを妨げる静止摩擦力の関係が重要です。すべり出さない条件は、静止摩擦力が最大摩擦力 \(\mu_0 N\) を超えないこと、すなわち \(f \le \mu_0 N\) です。
- 理解のポイント: (1)で導出した \(\tan\theta \le \mu_0\) という関係式は、この物理法則を直接表現したものです。斜面上の物体の静止条件を問われたら、まずこの法則を適用します。
- 力のモーメントのつり合い(回転運動):
- 核心: 物体が「倒れる」かどうかは、回転運動に関する力のモーメントのつり合いで決まります。物体を倒そうとするモーメントと、支えようとするモーメントの大小関係が鍵となります。倒れる直前には、物体は底面の角を回転軸として回転し始めます。
- 理解のポイント: (2)で導出した \(\tan\theta > \frac{b}{a}\) という関係式は、重力の各成分が作るモーメントの大小比較から導かれます。剛体の転倒問題を考える際は、適切な回転軸を設定し、モーメントのつり合い(またはつり合いが破れる条件)を考えるのが定石です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 積み重ねた物体の安定性: 複数の物体を積み重ねた場合、どの物体が先にすべるか、あるいは全体として倒れるか、といった問題。各接触面での摩擦力と、全体の重心に対するモーメントを考える必要があります。
- 壁に立てかけたはしご: はしごがすべり落ちない条件を求める問題。床と壁からの垂直抗力と摩擦力、そしてはしごの重心に働く重力を考え、並進と回転の両方のつり合いを立式します。
- 乗り物がブレーキをかけたときの荷物の挙動: 電車やトラックが減速するとき、慣性力によって荷物がすべったり倒れたりする条件を考える問題。慣性力を重力と同様に扱い、力のつり合いとモーメントのつり合いを分析します。
- 初見の問題での着眼点:
- 2つの現象を分離して考える: 問題文に「すべる」「倒れる」といった複数の現象が含まれている場合、まずはそれぞれを独立した現象として捉え、別々に条件式を立てます。
- 「すべる」→ 力のつり合い: 「すべる」というキーワードを見たら、並進運動に注目し、力のつり合いの式(特に摩擦力が関わる式)を立てることを考えます。
- 「倒れる」→ モーメントのつり合い: 「倒れる」「転倒する」というキーワードを見たら、回転運動に注目し、力のモーメントのつり合いの式を立てることを考えます。このとき、回転軸がどこになるかを見極めるのが最重要です。
- 条件の比較: 最後に、それぞれの現象が起こる条件(限界となる角度や力など)を比較し、どちらが先に起こるかを判断します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- モーメントの腕の長さの誤認:
- 誤解: 重心までの距離をそのまま腕の長さとしてしまう。例えば、重力の斜面平行成分 \(mg\sin\theta\) の腕の長さを、重心までの斜面に沿った距離と勘違いするなど。
- 対策: 「腕の長さ」とは、「回転軸から力の作用線までの垂直距離」であると常に意識しましょう。図を丁寧に描き、回転軸と力のベクトル、そしてその間の垂直距離を明確に図示する習慣をつけることが有効です。この問題では、重心の座標を(\(\frac{b}{2}, \frac{a}{2}\))(回転軸を原点とした斜面に平行・垂直な座標系)と設定すると、腕の長さが明確になります。
- すべり出す条件と倒れる条件の混同:
- 誤解: 倒れる条件を考える際に、静止摩擦力のことを考慮に入れてしまう。あるいは、すべる条件を考える際にモーメントを考えてしまう。
- 対策: 「すべる」は並進、「倒れる」は回転、と現象を明確に切り分けましょう。倒れる瞬間を考えるときは、力のモーメントのみに集中します。すべる瞬間を考えるときは、力のつり合いのみに集中します。この2つは独立した条件として導出できます。
- 垂直抗力の作用点の扱い:
- 誤解: 傾斜角\(\theta\)が大きくなっても、垂直抗力は常に底面の中心に作用すると考えてしまう。
- 対策: 実際には、物体を倒そうとするモーメントが大きくなるにつれて、垂直抗力の作用点は回転軸(この問題では左下隅)の方向に移動していきます。そして、倒れる直前には作用点が回転軸そのものに到達します。モーメントの計算では、この「倒れる直前」の状態を考えるため、垂直抗力のモーメントはゼロとなり、計算が簡略化されます。この物理的背景を理解しておくと、なぜ垂直抗力のモーメントを考えなくてよいのかが明確になります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の分解図: 物体に働く重力\(mg\)を、斜面に平行な成分\(mg\sin\theta\)と垂直な成分\(mg\cos\theta\)に分解した図は必須です。これにより、「すべらせる力」と「斜面に押し付ける力」が視覚化されます。
- モーメントの図解: 回転軸Pを明記し、そこから各力の作用線へ垂線を下ろして「腕の長さ」を記入した図を描くと、モーメントの計算ミスを防げます。\(mg\sin\theta\)が作る反時計回りのモーメントと、\(mg\cos\theta\)が作る時計回りのモーメントを、回転方向を示す矢印とともに描くと、どちらが倒す力でどちらが支える力かが一目瞭然になります。
- 限界角のグラフイメージ: 横軸に\(\tan\theta\)、縦軸に現象の起こりやすさをとるイメージを持つと良いでしょう。\(\tan\theta\)が\(\frac{b}{a}\)という値を超えると「転倒」が起こり、\(\mu_0\)という値を超えると「滑り」が起こります。この2つの「しきい値」の大小関係で、どちらが先に起こるかが決まる、という関係性を視覚的に理解できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 重心の位置を明確に: 一様な直方体なので、重心は幾何学的な中心にあることを図に点で示します。すべての重力はこの点に作用するものとして描きます。
- 力の作用点を意識する: 重力は重心に、垂直抗力と摩擦力は底面に作用します。特に倒れる直前を考える際は、垂直抗力の作用点が回転軸に移動していることを意識することが重要です。
- 角度と辺の長さを正確に記入: 図の中に角度\(\theta\)や辺の長さ\(a, b\)を正確に書き込むことで、三角比や腕の長さの計算ミスを防ぎます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: (1)で、物体が「すべり出さない」=「静止している」状態を解析するため。静止は加速度がゼロの状態なので、力のつり合いが成り立ちます。
- 適用根拠: ニュートンの第一法則(慣性の法則)または第二法則で\(a=0\)とした場合。物体が静止し続けるためには、働く力のベクトル和がゼロでなければならないという基本原理です。
- 力のモーメントのつり合いの式 (\(\sum M = 0\)):
- 選定理由: (2)で、物体が「倒れる」=「回転し始める」境界条件を解析するため。回転し始める直前までは、回転に関するつり合いが成り立っています。
- 適用根拠: 剛体が回転しないための条件。任意の点のまわりで、時計回りのモーメントの和と反時計回りのモーメントの和が等しいという物理法則です。「倒れる条件」は、このつり合いが破れる条件として不等式で表されます。
- 静止摩擦力の条件式 (\(f \le \mu_0 N\)):
- 選定理由: (1)で、「すべり出さない」という物理的な制約を数式に落とし込むため。
- 適用根拠: 摩擦という現象の性質をモデル化した経験則。静止摩擦力は外力に応じて大きさを変えるが、最大摩擦力\(\mu_0 N\)という上限があることを表します。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) すべらない条件の計算:
- 戦略: 斜面に平行・垂直方向の力のつり合いを考え、静止摩擦力の条件式に適用する。
- フロー: ①力の図示と分解 → ②斜面平行方向のつり合い式を立てる (\(f = mg\sin\theta\)) → ③斜面垂直方向のつり合い式を立てる (\(N = mg\cos\theta\)) → ④静止摩擦力の条件式 \(f \le \mu_0 N\) に代入 → ⑤\(\tan\theta \le \mu_0\) を導出。
- (2) 倒れる条件の計算:
- 戦略: 物体の左下隅を回転軸とし、力のモーメントのつり合いが破れる条件を考える。
- フロー: ①回転軸を設定 → ②重力の各成分によるモーメントを計算(倒すモーメント vs 支えるモーメント) → ③倒れる条件として不等式を立式 (\((mg\sin\theta)\frac{a}{2} > (mg\cos\theta)\frac{b}{2}\)) → ④式を整理し、\(\tan\theta > \frac{b}{a}\) を導出。
- (3) すべらずに倒れる条件の計算:
- 戦略: (1)で求めた「すべり出す限界角」と(2)で求めた「倒れる限界角」の大小を比較する。
- フロー: ①すべり出す限界条件 \(\tan\theta_s = \mu_0\) と倒れる限界条件 \(\tan\theta_t = \frac{b}{a}\) を確認 → ②「倒れるのが先」 \(\iff \theta_t < \theta_s \iff \tan\theta_t < \tan\theta_s\) という関係を立てる → ③\(\frac{b}{a} < \mu_0\) を導出。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題の計算は比較的単純ですが、より複雑な問題では、すぐに数値を代入せずに文字式のまま計算を進めるのが鉄則です。特に(2)のモーメントの式では、両辺の共通項 (\(mg/2\)) をきれいに消去できるため、計算が非常に楽になります。
- 三角関数の関係式を使いこなす: \(\tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta}\) の関係は頻繁に利用します。不等式の両辺を \(\cos\theta\) で割る操作は、\(\theta\)の範囲(\(0 \le \theta < 90^\circ\))で \(\cos\theta > 0\) であることを確認してから行いましょう。
- 物理的な意味を考える: (2)の答え \(\tan\theta > \frac{b}{a}\) は、物体の形状比 \(\frac{b}{a}\) が転倒のしやすさを決める指標になっていることを示しています。このように、得られた結果が物理的にどのような意味を持つかを考えることで、計算ミスに気づきやすくなります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) すべらない条件: \(\tan\theta \le \mu_0\)。摩擦係数\(\mu_0\)が大きいほど、より急な角度まで耐えられる。これは直感と一致し、妥当です。
- (2) 倒れる条件: \(\tan\theta > \frac{b}{a}\)。物体の幅\(b\)が広く、高さ\(a\)が低い(つまり、ずんぐりした)物体ほど、\(\frac{b}{a}\)が大きくなり、倒れにくい。逆に、細長い物体ほど倒れやすい。これも直感と一致し、妥当です。
- (3) すべらずに倒れる条件: \(\mu_0 > \frac{b}{a}\)。摩擦が強く(\(\mu_0\)大)、かつ細長い(\(\frac{b}{a}\)小)物体ほど、すべる前に倒れやすい。例えば、消しゴムを斜めにすると、ざらざらした面の上では倒れやすく、つるつるした面の上ではすべりやすい、という日常経験と一致します。
- 極端な場合を考えてみる:
- もし \(b \rightarrow 0\) (非常に細い棒)なら、\(\frac{b}{a} \rightarrow 0\) となり、ごくわずかな傾きでも倒れます。
- もし \(a \rightarrow 0\) (非常に薄い板)なら、\(\frac{b}{a} \rightarrow \infty\) となり、決して倒れることはありません。
- もし \(\mu_0 \rightarrow \infty\) (摩擦が無限大)なら、決してすべることはなく、必ず倒れます。
これらの極端なケースで、導出した式が直感的な結果と一致することを確認するのも、有効な吟味方法です。
90 なめらかな半円柱と棒
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、床と半円柱に立てかけられた棒のつり合いを扱う、剛体の力学における典型的な問題です。棒が「すべり出す直前」という限界状態を正しく捉え、力のつり合いと力のモーメントのつり合いという2つの基本法則を連立させて解く能力が問われます。
この問題の核心は、棒に働くすべての力を正確に図示し、適切な回転軸を選んでモーメントのつり合いを考えることです。
- 棒の長さ: \(L\)
- 棒の性質: 一様
- 半円柱の半径: \(r\)
- 半円柱の表面: なめらか
- 水平面の性質: あらい
- 棒と水平面の間の静止摩擦係数: \(\mu_0\)
- すべり出す直前の角度: 棒と水平面のなす角が45°
- 棒の長さ\(L\)は半径\(r\)の何倍か。(\(\mu_0\)を用いて表す)
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「摩擦のある床に立てかけた棒のつり合い」です。剛体が静止し続けるための条件を数式化することが目標となります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示: 棒に働くすべての力(重力、垂直抗力、摩擦力)を、正しい向きと作用点で図示します。
- 力のつり合い: 棒は静止しているので、水平方向と鉛直方向のそれぞれの力はつり合っています。
- 力のモーメントのつり合い: 棒は回転もしていないので、任意の点のまわりの力のモーメントもつり合っています。計算を簡単にするため、未知の力が多く集まる点を回転軸に選ぶのが定石です。
- 最大静止摩擦力: 「すべり出す直前」という条件は、棒と床との間の静止摩擦力が最大値 \(f = \mu_0 N\) に達していることを意味します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、棒に働く力をすべて図示します。重力、半円柱からの垂直抗力、床からの垂直抗力、床からの静止摩擦力の4つです。
- 次に、「すべり出す直前」の状態、つまり角度が45°のときのつり合いを考えます。水平方向と鉛直方向の力のつり合いの式を立てます。
- 続いて、棒の下端を回転軸として、力のモーメントのつり合いの式を立てます。
- 最後に、摩擦力が最大摩擦力 \(f = \mu_0 N\) となっている条件式も加え、これら4つの連立方程式を解いて、未知の力(重力や抗力)を消去し、\(L\)と\(r\)の関係式を導きます。
思考の道筋とポイント
この問題は「すべり出す直前」という、つり合いが破れる寸前の静止状態を解析します。このとき、棒と水平面のなす角は45°です。この瞬間の力の関係を式にしていきます。
棒に働く力は、(1)棒自身の重力\(W\)、(2)半円柱から受ける垂直抗力\(R\)、(3)床から受ける垂直抗力\(N\)、(4)床から受ける静止摩擦力\(f\)の4つです。「すべり出す直前」なので、静止摩擦力は最大摩擦力 \(f = \mu_0 N\) となります。
未知の力(\(W, R, N, f\))と求めたい量(\(L, r\)の関係)を含む連立方程式を解くことになりますが、力のつり合い(水平・鉛直で2式)と力のモーメントのつり合い(1式)の合計3つの式を立てることで解決できます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: 4つの力を漏れなく図示することが出発点です。特に、半円柱からの垂直抗力\(R\)は、半円柱の面に垂直な向き、すなわち円の中心を向く半径方向に働くことを正確に理解する必要があります。
- 力の分解: 垂直抗力\(R\)は斜めを向いているため、水平成分と鉛直成分に分解してつり合いを考えます。図の幾何学的関係から、\(R\)は鉛直線と45°の角をなすことがわかります。
- モーメントの腕の長さ: 棒の下端を回転軸とすると、床からの垂直抗力\(N\)と摩擦力\(f\)のモーメントはゼロになり、計算が簡略化されます。このとき、重力\(W\)の腕の長さは \(\frac{L}{2}\cos 45^\circ\)、垂直抗力\(R\)の腕の長さは\(r\)となることを、図から正確に読み取ることが重要です。
- 連立方程式の処理: 4つの式(水平つり合い、鉛直つり合い、モーメントつり合い、最大摩擦力)を立て、求めたい\(\frac{L}{r}\)以外の未知数を計画的に消去していきます。
具体的な解説と立式
棒に働く力を、重力\(W\)、半円柱からの垂直抗力\(R\)、床からの垂直抗力\(N\)、床からの静止摩擦力\(f\)とします。
棒がすべり出す直前、すなわち棒と水平面のなす角が45°のときのつり合いを考えます。
水平方向の力のつり合いより、垂直抗力\(R\)の水平成分と摩擦力\(f\)がつり合います。
$$ R \sin 45^\circ – f = 0 \quad \cdots ① $$
鉛直方向の力のつり合いより、垂直抗力\(R\)の鉛直成分と床からの垂直抗力\(N\)の和が、重力\(W\)とつり合います。
$$ R \cos 45^\circ + N – W = 0 \quad \cdots ② $$
次に、棒の下端を回転軸として、力のモーメントのつり合いを考えます。重力\(W\)による時計回りのモーメントと、垂直抗力\(R\)による反時計回りのモーメントがつり合います。
$$ W \times \frac{L}{2} \cos 45^\circ – Rr = 0 \quad \cdots ③ $$
最後に、すべり出す直前であることから、静止摩擦力\(f\)は最大摩擦力\(\mu_0 N\)に等しくなります。
$$ f = \mu_0 N \quad \cdots ④ $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 力のモーメントのつり合い
- 最大摩擦力
目標は、4つの式から未知数\(W, R, N, f\)を消去し、\(\frac{L}{r}\)を\(\mu_0\)で表すことです。
まず、式①と④から\(f\)を消去し、\(N\)を\(R\)で表します。
式①より、\(f = R \sin 45^\circ = \frac{R}{\sqrt{2}}\)。
これを式④に代入すると、\(\frac{R}{\sqrt{2}} = \mu_0 N\)。
よって、
$$ N = \frac{R}{\sqrt{2}\mu_0} $$
次に、式②にこの\(N\)を代入して、\(W\)を\(R\)で表します。
$$
\begin{aligned}
W &= R \cos 45^\circ + N \\[2.0ex]&= R \frac{1}{\sqrt{2}} + \frac{R}{\sqrt{2}\mu_0} \\[2.0ex]&= \frac{R}{\sqrt{2}} \left( 1 + \frac{1}{\mu_0} \right) \\[2.0ex]&= \frac{R}{\sqrt{2}} \frac{\mu_0 + 1}{\mu_0}
\end{aligned}
$$
最後に、式③を\(\frac{L}{r}\)について解き、上で求めた\(W\)の関係式を代入します。
式③より、
$$ \frac{L}{r} = \frac{2R}{W \cos 45^\circ} $$
この式の\(W\)に、先ほど求めた \(W = \frac{R}{\sqrt{2}} \frac{\mu_0 + 1}{\mu_0}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{L}{r} &= \frac{2R}{ \left( \displaystyle\frac{R}{\sqrt{2}} \frac{\mu_0 + 1}{\mu_0} \right) \times \displaystyle\frac{1}{\sqrt{2}} } \\[2.0ex]&= \frac{2R}{ \displaystyle\frac{R}{2} \frac{\mu_0 + 1}{\mu_0} } \\[2.0ex]&= 2R \times \frac{2\mu_0}{R(\mu_0 + 1)} \\[2.0ex]&= \frac{4\mu_0}{1+\mu_0}
\end{aligned}
$$
棒がギリギリすべらない状態で静止している、という状況を考えます。このとき、棒を支えている力(摩擦力、垂直抗力)と、棒を動かそうとする力(重力)が、直進方向にも回転方向にも、完全につり合っています。この「力のつり合い」と「モーメントのつり合い」を数式にし、それらを連立方程式として解くことで、棒の長さ\(L\)と半円柱の半径\(r\)の関係を導き出します。
\(L\)は\(r\)の \(\frac{4\mu_0}{1+\mu_0}\) 倍です。
この結果を吟味してみましょう。静止摩擦係数\(\mu_0\)が大きい(滑りにくい)ほど、より長い棒(\(L\))を立てかけられるはずです。
得られた式 \(\frac{4\mu_0}{1+\mu_0}\) は、\(\mu_0\) が増加すると分母より分子の増加率が大きいため、全体として値は増加します(例えば、\(4 – \frac{4}{1+\mu_0}\)と変形すると分かりやすい)。これは物理的な直感と一致しており、妥当な結果と言えます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 剛体の静止条件:
- 核心: 剛体が静止しているためには、「並進運動のつり合い(力のつり合い)」と「回転運動のつり合い(力のモーメントのつり合い)」という2つの条件を同時に満たす必要があります。
- 理解のポイント: この問題では、力のつり合いを水平方向と鉛直方向に分けて2つの式 (\(\sum F_x = 0, \sum F_y = 0\))、そして力のモーメントのつり合いの式 (\(\sum M = 0\)) の合計3つの式を立てることが、問題を解くための骨格となります。
- 限界条件の数式化:
- 核心: 「すべり出す直前」という言葉は、物理的に「静止摩擦力が最大値に達している」という限界状態を意味します。
- 理解のポイント: この条件を \(f = \mu_0 N\) という数式に置き換えることが、問題を解くための最後の鍵となります。これにより、未知数と方程式の数が揃い、問題を解くことができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 壁に立てかけたはしご: 床と壁の両方に摩擦がある場合や、人がはしごを上る場合など、様々なバリエーションがあります。基本的な解法は本問と全く同じです。
- 積み重ねた物体の安定性: 複数の物体を重ねたとき、どの面からすべり出すか、あるいは全体が転倒するかを問う問題。各物体、各接触面についてつり合いを考えます。
- L字型の剛体のつり合い: 形状が複雑になっても、重心の位置を正しく求め、力のつり合いとモーメントのつり合いを立てるという原則は変わりません。
- 初見の問題での着眼点:
- 力の図示を完璧に: まず、剛体に働く力をすべて(作用点と向きを含めて)漏れなく図示します。これが全ての基本です。
- つり合いの式を立てる: 水平方向、鉛直方向の力のつり合いの式を機械的に立てます。
- 回転軸を賢く選ぶ: モーメントのつり合いを考える際、回転軸はどこに選んでも良いですが、未知の力が最も多く集まる点(この問題では棒の下端)を選ぶと、その力のモーメントがゼロになり、式がシンプルになります。
- 限界条件を探す: 「すべり出す直前」「倒れる直前」といったキーワードを見つけ、それを数式(例: \(f=\mu_0 N\))に変換します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 力の向きの間違い:
- 誤解: 半円柱からの垂直抗力\(R\)の向きを、鉛直上向きや水平方向などと勘違いする。
- 対策: 垂直抗力は常に接触面に垂直に働きます。曲面の場合、その点での接線に対して垂直な向き、すなわち円の半径方向(中心を向く向き)になります。必ず図を描いて確認しましょう。
- モーメントの腕の長さの誤認:
- 誤解: 力の作用点までの距離をそのまま腕の長さとしてしまう。例えば、重力の腕の長さを\(\frac{L}{2}\)としてしまう。
- 対策: 「腕の長さ」とは「回転軸から力の作用線までの垂直な距離」です。必ず図上で回転軸から力のベクトルが描かれた直線(作用線)に垂線を下ろし、その長さを求めましょう。この問題では、重力の腕の長さは\(\frac{L}{2}\cos 45^\circ\)です。
- 連立方程式の混乱:
- 誤解: 未知数が多いため、どの式から手をつけていいか分からなくなる。
- 対策: 最終的に求めたいものが何か(この問題では\(\frac{L}{r}\))を意識し、それ以外の未知数(\(W, R, N, f\))を消去する方針を立てます。どの文字をどの式で表現し、どの式に代入すれば消去できるか、計算を始める前に計画を立てることが重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の分解図: 棒に働く4つの力(\(W, R, N, f\))をすべて描き込みます。特に、斜めを向いた力\(R\)を水平成分と鉛直成分に分解した補助線を点線で描くと、力のつり合いの式を立てやすくなります。
- モーメントのシーソーイメージ: 棒の下端を支点とするシーソーを想像します。重力\(W\)が棒を時計回りに「倒そう」とし、半円柱からの抗力\(R\)がそれを反時計回りに「支えよう」として、ギリギリのバランスを保っている、という力関係をイメージすると、モーメントの式の意味が直感的に理解できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の作用点を明確に: 重力は重心(一様な棒なので中点)に、抗力や摩擦力は接触点に作用することを明確に描きます。
- 角度を正確に記入: 棒と水平面のなす角が45°であること、それによって他の部分の角度(例:垂直抗力\(R\)と鉛直線のなす角が45°)も決まることを図に書き込みます。
- 腕の長さを図示する: 回転軸から各力の作用線への垂線を図に描き込み、それが腕の長さであることを明示すると、計算ミスを劇的に減らせます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F_x = 0, \sum F_y = 0\)):
- 選定理由: 棒が静止しており、並進運動(直進や横滑り)をしていないから。
- 適用根拠: ニュートンの第一法則。加速度がゼロの物体に働く力の合力はゼロである、という力学の基本原理です。
- 力のモーメントのつり合いの式 (\(\sum M = 0\)):
- 選定理由: 棒が静止しており、回転運動をしていないから。
- 適用根拠: 剛体が回転しないための条件。任意の点のまわりで、時計回りのモーメントの和と反時計回りのモーメントの和が等しいという法則です。
- 最大静止摩擦力の式 (\(f = \mu_0 N\)):
- 選定理由: 問題文の「すべり出す直前」という、静止摩擦力が限界に達した特殊な状況を数式で表現するため。
- 適用根拠: 摩擦という現象をモデル化した経験則であり、つり合いが破れる限界点を特定するために用います。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 状態の確定と力の図示: 「すべり出す直前、角度45°」の状態を考え、棒に働く4つの力(\(W, R, N, f\))をすべて図示する。
- つり合いの式の立式:
- ① 水平方向の力のつり合いの式を立てる。
- ② 鉛直方向の力のつり合いの式を立てる。
- ③ 棒の下端まわりの力のモーメントのつり合いの式を立てる。
- 限界条件の式の立式:
- ④ 「すべり出す直前」なので、\(f = \mu_0 N\) の式を立てる。
- 連立方程式の求解:
- ①〜④の4つの式を用いて、求めたい\(\frac{L}{r}\)以外の未知数(\(W, R, N, f\))を消去していく。最終的に\(\frac{L}{r}\)を\(\mu_0\)で表す。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題のように未知数が多い場合、途中で具体的な数値を代入する場面はありませんが、基本方針として、最後まで文字式のまま整理することが重要です。これにより、物理量間の関係が見えやすくなり、検算も容易になります。
- 計画的な未知数の消去: 計算を始める前に、どの文字から消去するか計画を立てましょう。例えば、「①と④で\(f\)を消去して\(N\)を\(R\)で表す」→「②に代入して\(W\)を\(R\)で表す」→「③に代入して\(W\)と\(R\)を消去する」といった手順をイメージすると、計算がスムーズに進みます。
- 三角関数の値の正確性: \(\sin 45^\circ = \cos 45^\circ = \frac{1}{\sqrt{2}}\) または \(\frac{\sqrt{2}}{2}\) を正確に使いこなすことが必須です。計算途中でうまく約分できることが多いので、\(\frac{1}{\sqrt{2}}\)の形で使うと見通しが良くなる場合があります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 答えは \(\frac{L}{r} = \frac{4\mu_0}{1+\mu_0}\) でした。
- 摩擦係数\(\mu_0\)との関係: もし床が滑りにくくなれば(\(\mu_0\)が大きくなる)、より長い棒を立てかけられるはずです。この式は\(\mu_0\)の増加関数(\(4 – \frac{4}{1+\mu_0}\)と変形すると明らか)であり、物理的な直感と一致します。
- 極端な場合を考える: もし摩擦がなければ(\(\mu_0=0\))、\(L=0\)となり、立てかけることはできません。これも直感と一致します。もし摩擦が無限大なら(\(\mu_0 \rightarrow \infty\))、\(\frac{L}{r} \rightarrow 4\)。これは、摩擦以外の要因(この場合はモーメントのつり合い)で限界が決まることを示唆しており、妥当な結果です。
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