「センサー総合物理 3rd Edition」徹底解説!【Chapter 6】Step3

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87 立てかけはしご

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、壁に立てかけられたはしごに人が登る状況を扱い、剛体のつり合いの条件を応用する典型的な問題です。力のつり合いと力のモーメントのつり合いという、静力学の基本法則を正しく適用できるかが問われます。
この問題の核心は、はしごに働くすべての力を正確に図示し、「並進運動しない(力の合力がゼロ)」と「回転運動しない(力のモーメントの合力がゼロ)」という2つの条件を立式して解くことです。

与えられた条件
  • はしごの質量: \(m_{\text{はしご}} = 10 \text{ kg}\)
  • はしごの長さ: \(L = 6.0 \text{ m}\)
  • 人の質量: \(m_{\text{人}} = 50 \text{ kg}\)
  • 床との角度: \(\theta = 60^\circ\)
  • 床との静止摩擦係数: \(\mu = 0.50\)
  • 壁との摩擦: 無視できる
  • 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\) (問題文に明記はないが、解答の計算で使用されているため採用)
問われていること
  • (1) 人がはしごに沿って \(2.0 \text{ m}\) 登ったときの、床から受ける摩擦力の大きさ \(f\)。
  • (2) はしごがすべり出すときの、人がはしごに沿って登った距離 \(x\)。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「剛体のつり合い」です。はしごという大きさを持つ物体が静止し続けるための条件を考えます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 力の図示: はしごに働くすべての力(重力、垂直抗力、摩擦力)を漏れなく図示します。
  2. 力のつり合い: 物体が並進運動しない条件として、水平方向と鉛直方向それぞれの力の合力がゼロになります。
  3. 力のモーメントのつり合い: 物体が回転運動しない条件として、任意の点のまわりの力のモーメントの和がゼロになります。
  4. 静止摩擦力: 静止摩擦力は、すべり出さない限り外力に応じて大きさが変化し、その最大値は最大摩擦力 \(\mu N\) で与えられます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、はしごに働く力をすべて図示します。次に、(1)の状況について、力のつり合いと力のモーメントのつり合いの式を立て、連立して摩擦力 \(f\) を求めます。
  2. 次に、(2)の「すべり出す直前」という状況を考えます。これは静止摩擦力が最大摩擦力 \(\mu N\) に達した状態です。この条件を加えて、(1)と同様につり合いの式を立て、人が登った距離 \(x\) を計算します。

問(1)

思考の道筋とポイント
人が \(2.0 \text{ m}\) の位置で静止している、つまり「はしご全体がつり合っている」状況です。剛体のつり合いの条件である「力のつり合い」と「力のモーメントのつり合い」を立式します。未知数は床からの垂直抗力 \(N_1\)、摩擦力 \(f\)、壁からの垂直抗力 \(N_2\) の3つです。つり合いの式も3つ(水平、鉛直、モーメント)立てられるので、原理的に解くことができます。この問題では摩擦力 \(f\) を求めたいので、水平方向の力のつり合いの式と、力のモーメントのつり合いの式を利用するのが効率的です。
この設問における重要なポイント

  • 力の図示: はしごに働く力は、①はしごの重心(中央)にかかる重力、②人の位置にかかる重力、③床からの垂直抗力 \(N_1\)、④床からの摩擦力 \(f\)、⑤壁からの垂直抗力 \(N_2\) の5つです。
  • モーメントの基準点: 力のモーメントを計算する際の基準点はどこに選んでもよいですが、未知の力が集中している点(この場合は床との接点A)を選ぶと、その点に働く力のモーメントがゼロになり、計算式が簡単になります。
  • モーメントの計算: モーメントは「力 × 腕の長さ」で計算します。腕の長さとは、回転軸から力の作用線へ下ろした垂線の長さです。

具体的な解説と立式
はしごが床から受ける垂直抗力を \(N_1\)、摩擦力を \(f\)、壁から受ける垂直抗力を \(N_2\) とします。はしごはつり合いの状態にあるため、水平方向の力のつり合いが成り立ちます。床の接点Aから見て右向きを正とすると、
$$ f – N_2 = 0 \quad \cdots ① $$
次に、点Aのまわりの力のモーメントのつり合いを考えます。反時計回りを正とします。点Aに働く \(N_1\) と \(f\) は、腕の長さがゼロなのでモーメントはゼロです。

  • 人の重力 \(m_{\text{人}}g\) によるモーメント(時計回り): \( – (m_{\text{人}}g) \times (2.0 \cos 60^\circ) \)
  • はしごの重力 \(m_{\text{はしご}}g\) によるモーメント(時計回り): \( – (m_{\text{はしご}}g) \times (\frac{6.0}{2} \cos 60^\circ) \)
  • 壁からの垂直抗力 \(N_2\) によるモーメント(反時計回り): \( + N_2 \times (6.0 \sin 60^\circ) \)

したがって、力のモーメントのつり合いの式は以下のようになります。
$$ N_2 \times (6.0 \sin 60^\circ) – (m_{\text{人}}g) \times (2.0 \cos 60^\circ) – (m_{\text{はしご}}g) \times (3.0 \cos 60^\circ) = 0 \quad \cdots ② $$

使用した物理公式

  • 力のつり合い
  • 力のモーメントのつり合い
計算過程

まず、②式を \(N_2\) について解き、与えられた値を代入します。
\(m_{\text{人}} = 50 \text{ kg}\), \(m_{\text{はしご}} = 10 \text{ kg}\), \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\), \(\sin 60^\circ = \displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2}\), \(\cos 60^\circ = \displaystyle\frac{1}{2}\) です。
$$
\begin{aligned}
N_2 \times (6.0 \sin 60^\circ) &= (50 \times 9.8) \times (2.0 \cos 60^\circ) + (10 \times 9.8) \times (3.0 \cos 60^\circ) \\[2.0ex]
N_2 \times (6.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2}) &= 490 \times (2.0 \times \frac{1}{2}) + 98 \times (3.0 \times \frac{1}{2}) \\[2.0ex]
N_2 \times 3.0\sqrt{3} &= 490 \times 1.0 + 98 \times 1.5 \\[2.0ex]
N_2 \times 3.0\sqrt{3} &= 490 + 147 \\[2.0ex]
N_2 \times 3.0\sqrt{3} &= 637 \\[2.0ex]
N_2 &= \frac{637}{3.0\sqrt{3}}
\end{aligned}
$$
①式より \(f = N_2\) なので、
$$
\begin{aligned}
f &= \frac{637}{3.0\sqrt{3}} \\[2.0ex]
&= \frac{637}{3.0 \times 1.732} \\[2.0ex]
&= \frac{637}{5.196} \\[2.0ex]
&\approx 122.59… \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(1.2 \times 10^2 \text{ N}\) となります。

計算方法の平易な説明

はしごがその場で静止し続けるためには、はしごを(床の接点を中心に)時計回りに倒そうとする力(人の重さとはしご自体の重さ)と、反時計回りに支えようとする力(壁がはしごを押す力)が釣り合っている必要があります。この「回転の力のつり合い」から、壁が押す力 \(N_2\) を計算します。そして、はしごが水平方向に動かないためには、壁が押す力 \(N_2\) と床が支える摩擦力 \(f\) が等しくなければなりません。したがって、計算した \(N_2\) の大きさが、そのまま求める摩擦力 \(f\) の大きさになります。

結論と吟味

はしごが床から受ける摩擦力の大きさは \(1.2 \times 10^2 \text{ N}\) です。
このとき、はしごがすべっていないか確認してみましょう。鉛直方向の力のつり合いは \(N_1 – m_{\text{人}}g – m_{\text{はしご}}g = 0\) なので、床からの垂直抗力 \(N_1\) は \(N_1 = (50+10) \times 9.8 = 588 \text{ N}\) です。最大摩擦力は \(f_{\text{最大}} = \mu N_1 = 0.50 \times 588 = 294 \text{ N}\) となります。求めた摩擦力 \(f \approx 123 \text{ N}\) は最大摩擦力 \(294 \text{ N}\) よりも小さいので、はしごはすべらずにつり合いを保てるという問題の条件と一致しており、妥当な結果です。

解答 (1) \(1.2 \times 10^2 \text{ N}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
人がはしごを登るにつれて、人を原因とする時計回りのモーメントが大きくなり、それにつり合うために壁からの垂直抗力 \(N_2\) と摩擦力 \(f\) も大きくなっていきます。やがて摩擦力 \(f\) が限界値である「最大摩擦力 \(\mu N_1’\)」に達した瞬間に、はしごはすべり始めます。この「すべり出す直前」という条件を数式で表現し、つり合いの式と連立させて、そのときの人の位置 \(x\) を求めます。
この設問における重要なポイント

  • すべり出す直前の条件: 静止摩擦力が最大値に達している状態です。これを \(f’ = \mu N_1’\) と立式します。ここで \(f’\) と \(N_1’\) は、すべり出す直前の摩擦力と垂直抗力です。
  • 立式の戦略: 未知数は \(N_1’\), \(N_2’\), \(x\) の3つです(\(f’\) は \(N_1’\) で表せる)。(1)と同様に「鉛直方向の力のつり合い」「水平方向の力のつり合い」「力のモーメントのつり合い」の3つの式を立てます。まず鉛直方向のつり合いから \(N_1’\) を求め、次に最大摩擦力の式を使って \(f’\) を、水平方向のつり合いから \(N_2’\) を求め、最後にこれらの値をモーメントの式に代入して \(x\) を解くのが最も明快な手順です。

具体的な解説と立式
すべり出す直前のはしごが床から受ける垂直抗力を \(N_1’\)、摩擦力を \(f’\)、壁から受ける垂直抗力を \(N_2’\) とします。人が登った距離を \(x\) とします。
まず、鉛直方向の力のつり合いより、
$$ N_1′ – m_{\text{人}}g – m_{\text{はしご}}g = 0 \quad \cdots ③ $$
水平方向の力のつり合いより、
$$ f’ – N_2′ = 0 \quad \cdots ④ $$
すべり出す直前の条件は、静止摩擦力が最大摩擦力になることなので、
$$ f’ = \mu N_1′ \quad \cdots ⑤ $$
最後に、点Aのまわりの力のモーメントのつり合い(反時計回りを正)より、
$$ N_2′ \times (6.0 \sin 60^\circ) – (m_{\text{人}}g) \times (x \cos 60^\circ) – (m_{\text{はしご}}g) \times (3.0 \cos 60^\circ) = 0 \quad \cdots ⑥ $$

使用した物理公式

  • 力のつり合い
  • 力のモーメントのつり合い
  • 最大摩擦力: \(f_{\text{最大}} = \mu N\)
計算過程

上記で立てた③〜⑥の式を連立して \(x\) を求めます。
まず、③式から \(N_1’\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
N_1′ &= (m_{\text{人}} + m_{\text{はしご}})g \\[2.0ex]
&= (50 + 10) \times 9.8 \\[2.0ex]
&= 588 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
次に、⑤式から \(f’\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
f’ &= \mu N_1′ \\[2.0ex]
&= 0.50 \times 588 \\[2.0ex]
&= 294 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
④式より、\(N_2′ = f’ = 294 \text{ [N]}\) となります。
これらの値を⑥式に代入して \(x\) について解きます。
$$ 294 \times (6.0 \sin 60^\circ) – (50 \times 9.8) \times (x \cos 60^\circ) – (10 \times 9.8) \times (3.0 \cos 60^\circ) = 0 $$
各項を計算します。
$$ 294 \times (6.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2}) – 490 \times (x \times \frac{1}{2}) – 98 \times (3.0 \times \frac{1}{2}) = 0 $$
$$ 294 \times 3.0\sqrt{3} – 245x – 147 = 0 $$
$$ 882\sqrt{3} – 245x – 147 = 0 $$
\(x\) について整理します。
$$
\begin{aligned}
245x &= 882\sqrt{3} – 147
\end{aligned}
$$
ここで、\(\sqrt{3} \approx 1.73\) を用いて計算します。
$$
\begin{aligned}
245x &= 882 \times 1.73 – 147 \\[2.0ex]
&= 1525.86 – 147 \\[2.0ex]
&= 1378.86 \\[2.0ex]
x &= \frac{1378.86}{245} \\[2.0ex]
&\approx 5.628
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(5.6 \text{ m}\) となります。

計算方法の平易な説明

人がはしごの高い位置に登るほど、はしごを倒そうとする「回転の力」が強くなります。それに抵抗するため、床の摩擦力もだんだん大きくなります。この摩擦力には限界があり、その限界値(最大摩擦力)に達した瞬間に、はしごは「ズルッ」とすべり始めます。この問題では、まず「摩擦力の限界値はいくつか」を計算し、次に「はしごを倒そうとする力が、ちょうどその限界値と釣り合うのは、人がどの高さにいるときか」を逆算することで、すべり出す位置を求めています。

結論と吟味

人がはしごに沿って \(5.6 \text{ m}\) の距離まで登ると、はしごはすべり出します。はしごの全長は \(6.0 \text{ m}\) なので、この結果は物理的に妥当な範囲にあります。もし人がこれより少しでも高く登ると、はしごを倒そうとするモーメントがさらに大きくなり、摩擦力が支えきれなくなるため、つり合いが破れてすべり出すことになります。

解答 (2) \(5.6 \text{ m}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 剛体のつり合いの条件:
    • 核心: 物体が静止し続けるためには、「並進運動しない」ことと「回転運動しない」ことの2つの条件を同時に満たす必要があります。この問題では、はしごという大きさのある物体(剛体)が静止しているため、この法則が適用されます。
    • 理解のポイント:
      1. 力のつり合い(並進): はしごに働く力のベクトル和がゼロであること。具体的には、水平方向の力の合力と、鉛直方向の力の合力がそれぞれゼロになります。(\(\sum F_x = 0\), \(\sum F_y = 0\))
      2. 力のモーメントのつり合い(回転): 任意の点のまわりの力のモーメントの代数和がゼロであること。(\(\sum M = 0\)) これら3つの式を連立させることで、未知の力を求めるのが剛体のつり合い問題の基本戦略です。
  • 静止摩擦力とその限界:
    • 核心: (2)で問われる「すべり出す」という現象は、静止摩擦力がその限界値である最大摩擦力に達した瞬間のことです。
    • 理解のポイント: 静止摩擦力 \(f\) は、すべりを起こそうとする外力に応じて大きさが変化する受動的な力です。しかし、その大きさには上限があり、最大摩擦力 \(f_{\text{最大}} = \mu N\) を超えることはできません。この「すべり出す直前」という条件を \(f = \mu N\) と数式で表現できるかが、(2)を解くための鍵となります。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 床と壁の両方に摩擦がある問題: この問題では壁の摩擦は無視できましたが、壁にも摩擦がある場合は、壁からの摩擦力(鉛直方向)も考慮に入れる必要があります。力のつり合いの式(特に鉛直方向)とモーメントの式が変化します。
    • 看板や棒が蝶番(ちょうつがい)で支えられている問題: 蝶番は、あらゆる方向の力を及ぼすことができるため、水平成分と鉛直成分の2つの未知の力として扱います。モーメントの基準点を蝶番に選ぶのが定石です。
    • 物体を積み重ねて、下の物体がすべり出す条件を問う問題: 上の物体の重さも考慮して、下の物体に働く垂直抗力と摩擦力を計算し、つり合いの条件を考えます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 力の図示を完璧に行う: まず、対象となる剛体(この問題でははしご)に働く力をすべて、作用点も含めて正確に図示します。重力は重心に、接触力(垂直抗力、摩擦力)は接触点に働きます。
    2. モーメントの基準点を賢く選ぶ: 力のモーメントのつり合いを考える際、基準点はどこに選んでも構いません。しかし、未知の力が最も多く働いている点(この問題では床との接点A)を選ぶと、それらの力のモーメントがゼロになり、立式が大幅に簡略化されます。
    3. 「〜する直前」という言葉に注目する: 「すべり出す直前」「倒れる直前」といった表現は、物理的な限界条件を示唆しています。「すべり出す直前」なら \(f = \mu N\)、「倒れる直前」なら、ある支点を中心に回転が始まろうとしており、その点以外の垂直抗力がゼロになる、といった条件に置き換えて考えます。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 力のモーメントの腕の長さを間違える:
    • 誤解: 力の作用点までの距離をそのまま腕の長さとしてしまう。例えば、人の重力によるモーメントを計算する際に、腕の長さを \(2.0 \text{ m}\) としてしまうミスです。
    • 対策: 腕の長さは「回転軸から、力の作用線に下ろした垂線の長さ」です。必ず図を描き、三角比を使って \(L \cos\theta\) や \(L \sin\theta\) のように正しく計算しましょう。この問題では、重力(鉛直方向の力)に対する腕の長さは水平距離 \(x \cos 60^\circ\) であり、壁からの垂直抗力(水平方向の力)に対する腕の長さは鉛直距離 \(L \sin 60^\circ\) となります。
  • 力の図示漏れや方向の間違い:
    • 誤解: はしご自体の重力を忘れる、摩擦力の向きを逆にする、など。
    • 対策: 「重力」「接触力(垂直抗力、摩擦力、張力など)」の順に、物体に働く力をリストアップする習慣をつけましょう。摩擦力は、物体がすべろうとする向きと逆向きに働きます。はしごは左下方向にすべろうとするので、床からの摩擦力は右向きに働きます。
  • 静止摩擦力と最大摩擦力の混同:
    • 誤解: (1)のように、まだすべり出す余裕がある状態にもかかわらず、摩擦力を \(f = \mu N\) として計算してしまう。
    • 対策: 静止摩擦力は、つり合いの条件から決まる値です。\(f = \mu N\) という式は、あくまで「すべり出す直前」という特別な状況でのみ成り立つ等式であると強く認識しましょう。それ以外の静止状態では \(f \le \mu N\) という不等式の関係にあります。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • モーメントのシーソーイメージ: はしごを、床の接点Aを支点とした巨大なシーソーだと考えます。人の重力とはしごの重力が、はしごを時計回りに倒そうとする「乗客」です。一方、壁がはしごを水平に押す力が、反時計回りに支える「対抗者」です。人がはしごを登る(支点から遠ざかる)ほど、「乗客」側の力が強くなり、「対抗者」である壁の力も強くなる必要があります。このイメージを持つと、モーメントのつり合いの式の意味が直感的に理解できます。
    • 力の分解図: この問題では力を分解する必要はあまりありませんが、もし斜面上に置かれた物体の問題などであれば、力を斜面に平行な成分と垂直な成分に分解する図が有効です。力のベクトルを点線で分解後の成分に分けることで、計算ミスを防ぎます。
  • 図を描く際に注意すべき点:
    • 力をベクトル矢印で描く: 力の大きさを矢印の長さで、向きを矢印の向きで表現します。作用点を明確にすることも重要です。
    • 腕の長さを図に書き込む: モーメントを計算する際に使う腕の長さを、図の中に垂線として描き込み、その長さを \(x \cos\theta\) のように明記すると、立式ミスが劇的に減ります。
    • 記号を統一する: 複数の状況を考える場合((1)と(2)など)、物理量を区別するために \(N_1, f\) と \(N_1′, f’\) のようにダッシュ記号などを使って明確に区別しましょう。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 力のつり合いの式 (\(\sum F_x = 0, \sum F_y = 0\)):
    • 選定理由: 問題文に「つり合いの状態を保っていた」「静止していた」とあるため、はしごが並進運動していない(加速度がゼロ)ことを数式で表現する必要があるから。
    • 適用根拠: ニュートンの運動法則において、加速度がゼロの物体に働く合力はゼロであるという基本原理に基づきます。
  • 力のモーメントのつり合いの式 (\(\sum M = 0\)):
    • 選定理由: はしごが大きさを持つ「剛体」であり、回転せずに静止しているため。もし力のつり合いだけでは、物体が回転してしまう可能性を排除できません。
    • 適用根拠: 物体が回転しない(角加速度がゼロ)ためには、任意の点のまわりの力のモーメントの総和がゼロでなければならない、という剛体力学の基本原理です。
  • 最大摩擦力の式 (\(f’ = \mu N_1’\)):
    • 選定理由: (2)で「はしごはすべり出すか」という、静止状態が破れる限界を問われているため。
    • 適用根拠: 摩擦という現象の経験則をモデル化した公式です。静止摩擦力が取りうる最大値を定義し、すべり始める条件を定量的に扱うために用います。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (1) 静止時の摩擦力の計算:
    • 戦略: 未知数 \(N_1, f, N_2\) に対し、3つのつり合いの式を立てて解く。
    • フロー: ①はしごに働く5つの力を図示 → ②水平方向の力のつり合いを立式 (\(f – N_2 = 0\)) → ③点Aを基準に力のモーメントのつり合いを立式 → ④モーメントの式から \(N_2\) を計算 → ⑤水平方向のつり合いの式に代入して \(f\) を求める。
  2. (2) すべり出す距離の計算:
    • 戦略: 「すべり出す直前」の条件 \(f’ = \mu N_1’\) を追加し、未知数 \(N_1′, N_2′, x\) を3つのつり合いの式から解く。
    • フロー: ①鉛直方向の力のつり合いから \(N_1’\) を計算 → ②最大摩擦力の式 \(f’ = \mu N_1’\) から \(f’\) を計算 → ③水平方向の力のつり合いから \(N_2′ (=f’)\) を計算 → ④これらの値を、未知数 \(x\) を含むモーメントのつり合いの式に代入 → ⑤\(x\) についての方程式を解く。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 文字式のまま計算を進める: (2)の計算では、すぐに数値を代入するのではなく、まず文字式で \(x\) を表現してみましょう。
    \(N_1′ = (m_{\text{人}}+m_{\text{はしご}})g\), \(N_2′ = f’ = \mu N_1′ = \mu(m_{\text{人}}+m_{\text{はしご}})g\)。
    これらをモーメントの式 \(N_2′ L \sin\theta – m_{\text{人}}g x \cos\theta – m_{\text{はしご}}g \frac{L}{2} \cos\theta = 0\) に代入すると、\(g\) が両辺から消去でき、計算が簡略化されます。
    \(\mu(m_{\text{人}}+m_{\text{はしご}}) L \sin\theta – m_{\text{人}} x \cos\theta – m_{\text{はしご}} \frac{L}{2} \cos\theta = 0\)。
    この式を \(x\) について解いてから最後に数値を代入すると、見通しが良くなり、ミスが減ります。
  • 三角関数の値の正確性: \(\sin 60^\circ = \sqrt{3}/2\), \(\cos 60^\circ = 1/2\) といった基本的な値を正確に使うことが必須です。
  • 単位の確認: 計算の各段階で単位が正しいか意識し、最終的な答えの単位が求められているもの([N]や[m])と一致しているか確認しましょう。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • (1) 摩擦力: (1)で求めた摩擦力 \(f \approx 123 \text{ N}\) が、最大摩擦力 \(f_{\text{最大}} = 294 \text{ N}\) より小さいことを確認しました。これは「つり合っている」という問題の状況と矛盾せず、妥当です。
    • (2) 距離: (2)で求めた距離 \(x = 5.6 \text{ m}\) は、はしごの全長 \(6.0 \text{ m}\) より短く、物理的にありえる値です。もし計算結果が \(6.0 \text{ m}\) を超えたり、負の値になったりした場合は、どこかで計算ミスや立式の誤りがあると判断できます。
  • 極端な場合を考える(思考実験):
    • もし静止摩擦係数 \(\mu\) が非常に大きかったらどうなるか?すべりにくくなるので、人ははしごの最上部(\(6.0 \text{ m}\))まで登ってもすべらないはずです。計算式で \(\mu \rightarrow \infty\) とすると、\(x\) も非常に大きな値になり、はしごの長さの範囲内ではすべらない、という直感と一致します。
    • もし人の質量 \(m_{\text{人}}\) がゼロだったら?(2)の式で \(m_{\text{人}}=0\) とすると、すべり出す条件ははしご自体の重さだけで決まります。この場合、はしごは最初から立てかけられない(すべる)か、あるいは立てかけられる(すべらない)かのどちらかであり、人が登る距離 \(x\) には依存しなくなります。このように、パラメータを変化させたときの挙動を考えることで、式の正しさを多角的に検証できます。

88 物体のつり合い

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、円板から一部を切り抜いた複雑な形状の物体のつり合いを扱う問題です。剛体のつり合いを考える上で不可欠な「重心」の計算と、「力のモーメントのつり合い」を正しく適用する能力が問われます。
この問題の核心は、まず切り抜かれた物体の重心の位置を正確に求めること、そしてその重心に重力が働くと考えて、力のつり合いと力のモーメントのつり合いの式を立てることです。

与えられた条件
  • 元の円板の質量: \(M\)
  • 元の円板の半径: \(2a\)
  • 切り抜く円板の中心: A(\(a, 0\))
  • 切り抜く円板の半径: \(a\)
  • 糸1の取り付け点: B(\(-2a, 0\))
  • 糸2の取り付け点: C(\(0, 2a\))
  • 状態: 糸1, 2は鉛直になり、物体は静止している。
  • 重力加速度: \(g\)
問われていること
  • (1) 糸1の張力 \(F_1\)。
  • (2) 糸2の張力 \(F_2\)。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「重心の計算と剛体のつり合い」です。複雑な形状の物体の重心を求め、静止条件を適用します。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 質量の計算: 物体は均一な厚さなので、質量は面積に比例します。この関係を使って、切り抜かれた部分と残った部分の質量を計算します。
  2. 重心の計算(合成重心): 「切り抜く前の全体 = 残った物体 + 切り抜いた物体」という関係を利用して、合成重心の考え方から、残った物体の重心を求めます。
  3. 力のモーメントのつり合い: 物体が回転せずに静止しているため、任意の点のまわりの力のモーメントの和はゼロになります。
  4. 力のつり合い: 物体が並進せずに静止しているため、鉛直方向の力の合力はゼロになります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、質量と面積の関係から、残った物体の質量を計算します。次に、合成重心の公式を用いて、残った物体の重心の位置を特定します。
  2. (1)では、計算が簡単になる点(原点O)を基準に力のモーメントのつり合いの式を立て、張力\(F_1\)を求めます。
  3. (2)では、鉛直方向の力のつり合いの式を立て、(1)で求めた\(F_1\)の値を使って張力\(F_2\)を計算します。

問(1)

思考の道筋とポイント
張力\(F_1\)を求めるために、力のモーメントのつり合いを利用します。モーメントを計算するには、力が働く点(作用点)と基準点からの距離(腕の長さ)が必要です。この問題では、残った物体の重力がどこに働くか、つまり重心の位置が分かっていません。したがって、最初のステップとして、この物体の重心を計算する必要があります。
この設問における重要なポイント

  • 質量と重心の計算: 問題解決の前提として、残った物体の質量と重心の位置を正確に求めることが最重要です。「元の物体」を「残った物体」と「切り抜いた物体」の合成体と見なすのが定石です。
  • モーメントの基準点選び: 力のモーメントのつり合いはどの点を基準にしても成り立ちますが、計算を簡単にするために、未知の力が働く点や、座標が単純な点を選ぶのが賢明です。この問題では、張力\(F_2\)の作用線が通る原点Oを基準にすると、\(F_2\)のモーメントがゼロになり、式がシンプルになります。
  • 座標と符号: モーメントを計算する際は、腕の長さと回転の向き(時計回りか反時計回りか)に注意し、符号を正しく設定する必要があります。

具体的な解説と立式
1. 質量と重心の計算

物体は均一なので、質量は面積に比例します。

元の円板(半径\(2a\))の面積は \(\pi (2a)^2 = 4\pi a^2\)。この質量が\(M\)です。

切り抜く円板(半径\(a\))の面積は \(\pi a^2\)。

面積比が\(4:1\)なので、切り抜く円板の質量\(m_{\text{切り抜き}}\)は \(\frac{1}{4}M\)です。

したがって、残った物体の質量\(m_{\text{物体}}\)は、
$$ m_{\text{物体}} = M – m_{\text{切り抜き}} = M – \frac{1}{4}M = \frac{3}{4}M $$
次に、残った物体の重心Gのx座標を\(x_G\)とします。(図から対称性を考えるとy座標は0より下になりますが、この設問ではx座標のみ必要です)

「元の円板の重心」は、「残った物体の重心」と「切り抜いた物体の重心」を合成したものと考えます。

元の円板の重心は原点O(\(x=0\))、切り抜いた円板の重心はA(\(x=a\))です。

合成重心の公式より、
$$ M \times 0 = m_{\text{物体}} \times x_G + m_{\text{切り抜き}} \times a $$
$$ 0 = (\frac{3}{4}M) \times x_G + (\frac{1}{4}M) \times a \quad \cdots ① $$

2. 力のモーメントのつり合い

原点Oを基準として、力のモーメントのつり合いを考えます。反時計回りを正とします。

  • 糸1の張力\(F_1\)によるモーメント: 作用点はB(\(-2a, 0\))。腕の長さは\(2a\)。時計回りのため負。
  • 物体の重力\(m_{\text{物体}}g\)によるモーメント: 作用点は重心G(\(x_G, y_G\))。腕の長さは\(|x_G|\)。後で計算すると\(x_G\)は負になるので、腕の長さは\(-x_G\)。重力は下向きなので、反時計回りのモーメントとなり正。
  • 糸2の張力\(F_2\)によるモーメント: 作用点はC(\(0, 2a\))。腕の長さは0。モーメントは0。

したがって、つり合いの式は、
$$ -F_1 \times 2a + (\frac{3}{4}Mg) \times (-x_G) = 0 \quad \cdots ② $$

使用した物理公式

  • 重心の公式
  • 力のモーメントのつり合い
計算過程

まず、①式を解いて重心のx座標 \(x_G\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
0 &= (\frac{3}{4}M) x_G + \frac{1}{4}Ma \\[2.0ex]
-\frac{3}{4}M x_G &= \frac{1}{4}Ma
\end{aligned}
$$
両辺を \(M\) で割り、整理すると、
$$
\begin{aligned}
x_G &= -\frac{1}{4}a \times \frac{4}{3} \\[2.0ex]
&= -\frac{1}{3}a
\end{aligned}
$$
次に、この \(x_G\) の値を②式に代入して \(F_1\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
-F_1 \times 2a + \frac{3}{4}Mg \times (-(-\frac{1}{3}a)) &= 0 \\[2.0ex]
-F_1 \times 2a + \frac{3}{4}Mg \times (\frac{1}{3}a) &= 0 \\[2.0ex]
F_1 \times 2a &= \frac{1}{4}Mga \\[2.0ex]
F_1 &= \frac{Mga}{4 \times 2a} \\[2.0ex]
&= \frac{1}{8}Mg
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

まず、穴の開いた物体の「重さの中心(重心)」がどこにあるかを計算します。これは、「穴を埋めた元の円板」=「穴の開いた物体」+「穴の部分」という足し算の考え方を使い、てこの原理(重心の公式)で求めます。次に、物体が回転しないように釣り合っていることから、原点を中心とした「回転させる力のつり合い(モーメントのつり合い)」の式を立てます。この式に、先ほど計算した重心の位置を使って、糸1が引く力 \(F_1\) を計算します。

結論と吟味

糸1が物体を引く力の大きさ \(F_1\) は \(\frac{1}{8}Mg\) です。
重心の位置が \(x_G = -\frac{1}{3}a\) と、原点より左側(B点側)にずれているため、その重力を支えるためにB点側の糸1とC点側の糸2の両方が必要になります。\(F_1\)が正の値として求まったことは、物理的に妥当な結果です。

解答 (1) \(\displaystyle\frac{1}{8}Mg\)

問(2)

思考の道筋とポイント
張力\(F_2\)を求めるには、最もシンプルな「鉛直方向の力のつり合い」を利用します。物体は静止しているので、上向きに働く力の合計と、下向きに働く力の合計は等しくなります。下向きに働く力は物体の重力であり、その質量は(1)で計算済みです。上向きに働く力は糸1と糸2の張力です。(1)で張力\(F_1\)を求めているので、力のつり合いの式から\(F_2\)を計算できます。
この設問における重要なポイント

  • 力のつり合い: 物体が静止している(並進運動しない)ための条件 \(\sum F = 0\) を適用します。この問題では、力がすべて鉛直方向なので、鉛直方向の力の和がゼロになるという式を立てます。
  • 既知の値の利用: (1)で求めた \(F_1\) の値を正しく利用します。物理の問題では、前の設問の結果を次の設問で使うことがよくあります。

具体的な解説と立式
物体全体にはたらく鉛直方向の力は、上向きの張力 \(F_1\), \(F_2\) と、下向きの重力 \(m_{\text{物体}}g\) です。
物体は静止しているので、これらの力はつり合っています。上向きを正とすると、力のつり合いの式は以下のようになります。
$$ F_1 + F_2 – m_{\text{物体}}g = 0 $$
(1)で計算したように、\(m_{\text{物体}} = \frac{3}{4}M\) なので、
$$ F_1 + F_2 – \frac{3}{4}Mg = 0 \quad \cdots ③ $$

使用した物理公式

  • 力のつり合い
計算過程

上記で立てた③式に、(1)で求めた \(F_1 = \frac{1}{8}Mg\) を代入して、\(F_2\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
F_2 &= \frac{3}{4}Mg – F_1 \\[2.0ex]
&= \frac{3}{4}Mg – \frac{1}{8}Mg \\[2.0ex]
&= (\frac{6}{8} – \frac{1}{8})Mg \\[2.0ex]
&= \frac{5}{8}Mg
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

物体全体が空中で静止しているのは、2本の糸が上向きに引く力の合計が、物体の重さとちょうど等しいからです。物体の重さと、(1)で計算した糸1が引く力 \(F_1\) が分かっているので、引き算をすることで、残りの糸2が引く力 \(F_2\) を求めることができます。

結論と吟味

糸2が物体を引く力の大きさ \(F_2\) は \(\frac{5}{8}Mg\) です。
\(F_1 = \frac{1}{8}Mg\) と \(F_2 = \frac{5}{8}Mg\) の和は \(\frac{6}{8}Mg = \frac{3}{4}Mg\) となり、これは物体の全質量 \(\frac{3}{4}M\) にかかる重力と等しく、力のつり合いの条件を満たしています。また、重心G(\(x_G = -\frac{1}{3}a\))が、糸1の作用点B(\(-2a\))よりも糸2の作用点C(\(0\))に近いことから、重心を支えるためにはより重心に近い糸2の方が大きな力が必要であると直感的に推測できます。\(F_2 > F_1\) という結果はこの直感と一致しており、妥当な結果と言えます。

解答 (2) \(\displaystyle\frac{5}{8}Mg\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 重心の計算(マイナスの質量):
    • 核心: 円板を切り抜いたような複雑な形状の物体の重心を求める際、「元の物体=残った物体+切り抜いた物体」という考え方(合成重心)が基本となります。特にこの問題のように一部を「取り除く」場合は、切り抜いた部分を「マイナスの質量」を持つ物体と考え、元の物体と足し合わせることで残った物体の重心を求める、というテクニックが非常に有効です。
    • 理解のポイント: \(x_G = \frac{m_1x_1 + m_2x_2}{m_1+m_2}\) という重心の公式は、物体を分割して考えるための強力なツールです。切り抜き問題では、\(m_2\) を負の値として扱うことで、引き算を足し算の形で統一的に処理できます。
  • 剛体のつり合いの条件(力とモーメント):
    • 核心: 物体が静止している、という条件は「力のつり合い」と「力のモーメントのつり合い」の2つの条件が同時に満たされていることを意味します。
    • 理解のポイント:
      1. 力のつり合い (\(\sum \vec{F} = 0\)): 物体が上下左右に動かない(並進しない)ことを保証します。この問題では、上向きの張力の合計と下向きの重力がつり合います。
      2. 力のモーメントのつり合い (\(\sum M = 0\)): 物体が回転しないことを保証します。この問題では、重心に働く重力によるモーメントと、糸の張力によるモーメントがつり合います。これら2つの条件を連立させるのが、剛体問題の王道です。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • L字型やT字型の板の重心とつり合い: 複数の長方形を組み合わせた物体の問題。各長方形の重心と質量を求め、合成重心の公式で全体の重心を計算してから、つり合いを考えます。
    • 密度が異なる物体を貼り合わせた問題: 各部分の質量を「密度×体積(面積)」で計算し、合成重心を求めます。
    • 物体が倒れるか倒れないかの条件を問う問題: 物体を床に置いた場合、重心の真下の点が支持面(底面)の内側にあれば安定し、外側に出ると倒れます。この「重心の位置」が安定性を決める鍵となります。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. まず重心を求める: 複雑な形状の剛体の問題では、何はともあれ、まずその物体の重心を特定することが解析の第一歩です。重心が分かれば、その1点に全質量が集まり、重力が働くと考えて問題を単純化できます。
    2. モーメントの基準点を戦略的に選ぶ: 力のモーメントのつり合いを立式する際、基準点をどこに取るかで計算の手間が大きく変わります。未知の力が作用する点や、複数の力が集中する点(この問題では原点O)を選ぶと、その力のモーメントがゼロになり、式が簡単になることが多いです。
    3. 対称性を利用する: 物体の形状に対称性がある場合、重心はその対称軸上に存在します。この問題では、物体はx軸に対して対称ではないですが、もし対称な形状であれば、重心の座標の1つを計算せずに決定できます。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 重心計算での質量の扱い:
    • 誤解: 合成重心の公式 \(x_G = \frac{m_1x_1 + m_2x_2}{m_1+m_2}\) の分母を、元の物体の質量 \(M\) のままにしてしまう。
    • 対策: 分母は構成要素の質量の総和です。残った物体(質量 \(\frac{3}{4}M\))と切り抜いた物体(質量 \(\frac{1}{4}M\))の重心から、元の物体(質量 \(M\))の重心を求める、という視点で立式しましょう。\(0 = \frac{(\frac{3}{4}M)x_G + (\frac{1}{4}M)a}{(\frac{3}{4}M) + (\frac{1}{4}M)}\) のように、常に基本に忠実に立式する癖をつけましょう。
  • モーメントの腕の長さと符号:
    • 誤解: 座標の値をそのまま腕の長さとして使ってしまい、符号を間違える。例えば、重心 \(x_G = -\frac{1}{3}a\) によるモーメントを計算する際に、腕の長さを \(\frac{1}{3}a\) と正しく認識できても、回転方向の判断を誤る。
    • 対策: 必ず図を描き、「基準点」「力の作用点」「力の向き」の3つを確認して、どちら回りのモーメントになるかを一つ一つ判断しましょう。原点Oを基準にしたとき、x軸の負の領域にある重心に下向きの力が働くと、物体を反時計回りに回転させるモーメントになります。
  • 力のつり合いで使う質量:
    • 誤解: (2)の力のつり合いの式で、物体の重力を \(Mg\) としてしまう。
    • 対策: つり合いの式を立てる対象は、あくまで「残った物体」です。その質量は \(\frac{3}{4}M\) であることを常に意識しましょう。問題のどの段階でどの物体について考えているのかを明確にすることが重要です。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • マイナス質量のイメージ: 切り抜かれた部分を「反重力」を発生させる「マイナスの質量」を持つおもりだと想像します。元の円板の中心Oに下向きの重力 \(Mg\) があり、点Aに上向きの力 \(\frac{1}{4}Mg\) が働いていると考えると、その合力の作用点(=残った物体の重心)が少し左にずれることが直感的に理解できます。
    • 力のベクトルの図示: 最終的に物体に働く力は、B点での上向きの張力 \(F_1\)、C点での上向きの張力 \(F_2\)、そして重心Gでの下向きの重力 \(\frac{3}{4}Mg\) の3つです。この3つの力がつり合っている状態を図示すると、物理的な状況が明確になります。
  • 図を描く際に注意すべき点:
    • 重心の位置を明記: 計算で求めた重心Gの位置を、図の中に「G」として描き込み、座標も記入します。
    • 力の作用点を正確に: 各力がどの点に働いているか(\(F_1\)はBに、\(F_2\)はCに、重力はGに)を明確に矢印で示します。
    • 座標軸と基準点: x軸、y軸、そしてモーメントの基準点Oをはっきりと描くことで、腕の長さや符号の判断ミスを防ぎます。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 重心の公式 (\(x_G = \frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1 + m_2 + \dots}\)):
    • 選定理由: 複雑な形状の物体の力学的な振る舞いを、あたかもその1点(重心)に全質量が集中しているかのように単純化して扱うため。剛体力学の問題を解く上での出発点となります。
    • 適用根拠: 重力による力のモーメントの総和が、重心に全質量が集まった場合の力のモーメントと等しくなる、という定義に基づいています。
  • 力のモーメントのつり合いの式 (\(\sum M = 0\)):
    • 選定理由: (1)で、複数の未知の力(\(F_1, F_2\))のうち、片方だけを効率的に求めるため。基準点をうまく選ぶことで、もう片方の未知の力(\(F_2\))を計算から排除できます。
    • 適用根拠: 物体が回転せずに静止している(角加速度がゼロ)という物理的な事実を数式で表現するための、剛体力学の基本法則です。
  • 力のつり合いの式 (\(\sum F_y = 0\)):
    • 選定理由: (2)で、残りの未知の力\(F_2\)を求めるため。モーメントのつり合いだけではすべての未知数は求まらず、並進方向のつり合いの式も必要となるから。
    • 適用根拠: 物体が並進せずに静止している(加速度がゼロ)という物理的な事実を数式で表現するための、ニュートンの運動法則の基本です。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. 準備段階:重心計算:
    • 戦略: 合成重心の考え方を用いて、残った物体の質量と重心座標を求める。
    • フロー: ①質量と面積の比例関係から、残った物体の質量を計算 (\(m_{\text{物体}} = \frac{3}{4}M\)) → ②「元の物体=残った物体+切り抜いた物体」として、重心の公式を立式 → ③式を解いて、残った物体の重心座標 \(x_G\) を求める。
  2. (1) 張力\(F_1\)の計算:
    • 戦略: 未知の力\(F_2\)のモーメントがゼロになる原点Oを基準に、力のモーメントのつり合いを立てる。
    • フロー: ①原点O周りの各力(\(F_1\), 重力)のモーメントを計算 → ②モーメントのつり合いの式を立式 → ③準備段階で求めた\(x_G\)を代入し、\(F_1\)について解く。
  3. (2) 張力\(F_2\)の計算:
    • 戦略: 鉛直方向の力のつり合いを立てる。
    • フロー: ①鉛直方向の力(\(F_1, F_2\), 重力)をリストアップ → ②力のつり合いの式を立式 (\(F_1+F_2 – m_{\text{物体}}g = 0\)) → ③(1)で求めた\(F_1\)を代入し、\(F_2\)について解く。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 分数の計算を丁寧に行う: この問題は \(\frac{1}{4}, \frac{3}{4}, \frac{1}{8}, \frac{5}{8}\) など、分数が多出します。通分や約分を焦らず慎重に行いましょう。
  • 文字式で最後まで進める: \(m_{\text{物体}}\) や \(x_G\) を具体的な値(\(-\frac{1}{3}a\)など)で置き換えるのは、式の最終段階で行うと、途中の関係性が見やすくなります。例えば、\(F_1 \times 2a = m_{\text{物体}}g(-x_G)\) のような形で関係を整理してから代入すると、ミスが減ります。
  • 単位や次元の確認: 最終的に求めた力の次元が \(Mg\) となっているかを確認するのも有効な検算方法です。もし \(Ma\) や \(Mg/a\) のような次元になっていたら、どこかで計算を間違えています。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • 力の合計の確認: (1)と(2)で求めた \(F_1 = \frac{1}{8}Mg\) と \(F_2 = \frac{5}{8}Mg\) の和を計算すると、\(F_1+F_2 = \frac{6}{8}Mg = \frac{3}{4}Mg\) となります。これは物体の総重量 \(m_{\text{物体}}g = \frac{3}{4}Mg\) とぴったり一致しており、鉛直方向の力のつり合いが満たされていることを再確認できます。これは非常に強力な検算方法です。
    • 力の大小関係: 物体の重心G(\(x_G = -\frac{1}{3}a\))は、B点(\(-2a\))とC点(\(0\))の間にありますが、C点の方に近いです。てこの原理を考えれば、重心を支えるためには、より重心に近いC点側の糸の方が大きな力が必要になります。\(F_2 > F_1\) という計算結果は、この物理的な直感と一致しており、妥当性が高いと言えます。
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89 転倒する条件

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