Step 2
59 あらい斜面上での運動
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「あらい斜面上の往復運動」です。物体が斜面をすべり上がる「行き」の運動と、最高点からすべりおりる「帰り」の運動では、動摩擦力の向きが逆になるため、加速度が異なることが最大のポイントです。
- 力の分解: 物体にはたらく重力を、運動方向である「斜面に平行な成分」と、それに「垂直な成分」に分解することが不可欠です。
- 動摩擦力の向き: 動摩擦力は、常に物体の運動を妨げる向きにはたらきます。したがって、すべり上がるときは斜面下向き、すべりおりるときは斜面上向きとなります。
- 運動方程式 \(ma=F\): 物体の運動(加速度)と、その原因である力(合力)の関係を結びつける基本法則です。
- 等加速度直線運動の公式: 力が一定の場合、加速度も一定となります。このとき、速度や位置、距離の変化を計算するために等加速度直線運動の公式が使えます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、動摩擦力の公式 \(f’ = \mu’N\) を使うために、まず斜面に垂直な方向の力のつり合いから垂直抗力 \(N\) を求めます。
- (2)では、すべり上がるときの力をすべて考慮して運動方程式を立て、加速度を求めます。
- (3)では、(2)で求めた加速度を使い、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を用いて、最高点までの距離を計算します。
- (4)では、すべりおりるときの力を考えます。動摩擦力の向きが(2)とは逆になることに注意して、再び運動方程式を立て、加速度を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
物体が斜面をすべっているときにはたらく動摩擦力の大きさを求める問題です。動摩擦力の公式は \(f’ = \mu’N\) であり、これを用いるためにはまず垂直抗力 \(N\) の大きさを求める必要があります。垂直抗力は、斜面に垂直な方向の力のつり合いから計算できます。
この設問における重要なポイント
- 動摩擦力の公式は \(f’ = \mu’N\) である。
- 垂直抗力 \(N\) は、重力の斜面垂直成分 \(mg\cos\theta\) とつり合っている。
具体的な解説と立式
まず、斜面に垂直な方向の力のつり合いを考えます。この方向には、斜面が物体を押し上げる上向きの「垂直抗力 \(N\)」と、物体を斜面に押し付ける下向きの「重力の垂直成分 \(mg \cos \theta\)」がはたらいています。物体はこの方向に動かないので、これらの力はつり合っています。
$$ N – mg \cos \theta = 0 $$
よって、垂直抗力の大きさは、
$$ N = mg \cos \theta $$
次に、動摩擦力の公式 \(f’ = \mu’N\) を使って、動摩擦力の大きさ \(f’\) を求めます。
$$ f’ = \mu’ N = \mu’ mg \cos \theta $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 動摩擦力: \(f’ = \mu’N\)
この設問は文字式で答えるものであり、これ以上の計算は不要です。
摩擦力は「滑りにくさの係数(\(\mu’\)) × 垂直抗力(\(N\))」という公式で計算できます。まず垂直抗力 \(N\) を求めましょう。垂直抗力は「斜面が物体を垂直に押し返す力」です。これは、「重力が斜面を垂直に押す力」とちょうど同じ大きさになります。重力を分解すると、その垂直成分は \(mg \cos \theta\) となるので、これが垂直抗力 \(N\) の大きさです。最後に、求めた \(N\) を動摩擦力の公式に当てはめます。
物体にはたらく動摩擦力の大きさは \(\mu’mg \cos \theta\) です。この力は、物体が斜面をすべっている間、常に運動と逆向きにはたらき続けます。
問(2)
思考の道筋とポイント
物体が斜面を「すべり上がるとき」の加速度を求める問題です。運動方程式 \(ma=F\) を立てますが、このときの合力 \(F\) を正しく求めることが鍵となります。斜面上向きを正とすると、物体にはたらく力は、斜面下向きの「重力の斜面成分」と、同じく斜面下向きの「動摩擦力」の2つです。両方ともブレーキとして働くため、合力はこれらの和になります。
この設問における重要なポイント
- 斜面上向きを正の向きとする。
- 重力の斜面成分 \(mg\sin\theta\) は、斜面下向きにはたらくので、負の力となる。
- 動摩擦力 \(f’\) も、運動を妨げる向き(斜面下向き)にはたらくので、負の力となる。
具体的な解説と立式
斜面上向きを正として、運動方程式 \(ma=F\) を立てます。
物体にはたらく斜面方向の力は、
- 重力の斜面成分: \(-mg\sin\theta\)
- 動摩擦力: \(-f’ = -\mu’mg\cos\theta\) ((1)の結果より)
したがって、運動方程式は以下のようになります。
$$ ma = -mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
上記で立式した運動方程式を \(a\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
ma &= -mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta
\end{aligned}
$$
両辺を \(m\) で割ると、
$$
\begin{aligned}
a &= -g\sin\theta – \mu’g\cos\theta \\[2.0ex]
&= -g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)
\end{aligned}
$$
物体が坂を上るとき、2つの力がブレーキとして働きます。一つは坂道を滑り落ちようとする「重力の一部」、もう一つは「摩擦力」です。両方とも運動の向きとは逆(斜面下向き)なので、運動方程式を立てるとき、この2つの力はマイナスの力として足し合わされます。
加速度は \(a = -g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\) です。\(\sin\theta\), \(\cos\theta\), \(\mu’\), \(g\) はすべて正の値なので、加速度 \(a\) は必ず負の値になります。これは、斜面上向きを正としたので、物体が減速していることを意味し、物理的に妥当な結果です。
問(3)
思考の道筋とポイント
物体が最高点に達する(一瞬静止する)までの距離を求める問題です。(2)で求めた加速度は、すべり上がっている間は一定です。したがって、この運動は等加速度直線運動として扱えます。初速度、最終速度、加速度がわかっているので、時間を含まない公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を使うと効率的に距離を求めることができます。
この設問における重要なポイント
- 加速度が一定なので、等加速度直線運動の公式が使える。
- 初速度は \(v_0\)、最高点での速度(最終速度)は \(v=0\) である。
- 時間 \(t\) が関係しないので、\(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を選択する。
具体的な解説と立式
すべり上がる距離を \(x\) とします。等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) に、以下の値を代入します。
- 初速度: \(v_0\)
- 最終速度: \(v=0\)
- 加速度: \(a = -g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\) ((2)の結果より)
$$ 0^2 – v_0^2 = 2 \{-g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\} x $$
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の公式: \(v^2 – v_0^2 = 2ax\)
上記で立式した式を \(x\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
-v_0^2 &= -2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta) x \\[2.0ex]
x &= \displaystyle\frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}
\end{aligned}
$$
初速度 \(v_0\) で打ち出された物体が、(2)で計算したブレーキの強さ(加速度の大きさ)で止まるまでにどれだけ進むか、という問題です。物理では、速度と加速度と距離の関係を表す便利な公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) があり、これに値を当てはめて解くだけで距離が求まります。
物体が一瞬静止するまでに上がる距離は \(x = \displaystyle\frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}\) です。もし摩擦がなければ (\(\mu’=0\))、距離は \(\displaystyle\frac{v_0^2}{2g\sin\theta}\) となります。摩擦がある場合、分母が大きくなるため、進む距離は短くなります。これは直感とも一致しており、妥当な結果です。
問(4)
思考の道筋とポイント
最高点に達した物体が、今度は「すべりおりる」ときの加速度を求める問題です。運動の向きが逆(斜面下向き)になるため、動摩擦力の向きも逆(斜面上向き)に変わる点に注意が必要です。この新しい力の状況で、再び運動方程式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 運動の向きは「斜面下向き」。
- 動摩擦力の向きは、運動を妨げる「斜面上向き」に変わる。
- 斜面下向きを正として運動方程式を立てると計算しやすい。
具体的な解説と立式
すべりおりるときの加速度を \(a’\) とします。斜面下向きを正の向きとします。
物体にはたらく斜面方向の力は、
- 重力の斜面成分: \(+mg\sin\theta\) (駆動力)
- 動摩擦力: \(-f’ = -\mu’mg\cos\theta\) (抵抗力)
したがって、運動方程式は以下のようになります。
$$ ma’ = mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
上記で立式した運動方程式を \(a’\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
ma’ &= mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta
\end{aligned}
$$
両辺を \(m\) で割ると、
$$
\begin{aligned}
a’ &= g\sin\theta – \mu’g\cos\theta \\[2.0ex]
&= g(\sin\theta – \mu’\cos\theta)
\end{aligned}
$$
今度は坂道を下る運動です。物体を加速させようとする力(アクセル)は「重力の一部」です。一方、運動を邪魔する力(ブレーキ)として「摩擦力」が働きます。実際に物体を加速させる正味の力は「アクセル – ブレーキ」となるので、この合力を使って運動方程式を立てれば、下るときの加速度が求まります。
すべりおりるときの加速度は \(a’ = g(\sin\theta – \mu’\cos\theta)\) です。
(2)で求めた、すべり上がるときの加速度の大きさ \(|a| = g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\) と比較すると、\(|a| > a’\) となっています。これは、上るときは重力と摩擦力が両方ともブレーキになるのに対し、下るときは重力がアクセル、摩擦力がブレーキとなり、力の打ち消し合いが起こるためです。したがって、上りの減速の度合いの方が、下りの加速の度合いよりも大きいという、物理的に正しい結果が得られました。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 動摩擦力の向きと往復運動の非対称性
- 核心: この問題の核心は、動摩擦力が常に「運動を妨げる向き」にはたらくという性質を理解し、それによって斜面をすべり上がる「行き」の運動と、すべりおりる「帰り」の運動で、加速度が異なる(非対称になる)ことを把握する点にあります。
- 理解のポイント:
- すべり上がり(行き): 運動の向きは斜面上向き。したがって、重力の斜面成分と動摩擦力の両方が「斜面下向き」にはたらき、強いブレーキとなります。
- 合力: \(F_{\text{行き}} = -mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta\)
- 加速度: \(a_{\text{行き}} = -g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\)
- すべりおり(帰り): 運動の向きは斜面下向き。したがって、重力の斜面成分は「斜面下向き」(アクセル)に、動摩擦力は「斜面上向き」(ブレーキ)にはたらきます。
- 合力: \(F_{\text{帰り}} = mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta\)
- 加速度: \(a_{\text{帰り}} = g(\sin\theta – \mu’\cos\theta)\)
この加速度の大きさの非対称性(\(|a_{\text{行き}}| > |a_{\text{帰り}}|\))が、この問題の本質です。
- すべり上がり(行き): 運動の向きは斜面上向き。したがって、重力の斜面成分と動摩擦力の両方が「斜面下向き」にはたらき、強いブレーキとなります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 往復の時間: 最高点までの時間 \(t_1\) と、最高点から元の位置に戻るまでの時間 \(t_2\) を比較する問題。加速度の大きさが異なるため、同じ距離を運動するのにかかる時間も異なります(\(t_1 < t_2\) となる)。
- エネルギー保存則が使えない問題: 摩擦や空気抵抗などの「非保存力」が仕事をするため、力学的エネルギーは保存しません。往復運動で失われた力学的エネルギーは、動摩擦力がした仕事に等しくなります。
- すべりおりない条件: (4)で、もし \(mg\sin\theta \le \mu_0 mg\cos\theta\)(\(\mu_0\)は静止摩擦係数)という条件が満たされる場合、物体は最高点で静止したまま、すべりおりてきません。このような条件分岐を問う問題もあります。
- 初見の問題での着眼点:
- 運動のフェーズを分割する: 「すべり上がり」と「すべりおり」は、物理的に異なる運動です。必ず2つのフェーズに分けて、それぞれについて力を図示し、運動方程式を立てる必要があります。
- 動摩擦力の向きを再確認する: フェーズが変わるたびに、「今の運動方向はどちらか?」を自問し、動摩擦力の向きをその都度正しく設定し直すことが最も重要です。
- 力学と運動学の連携: 各フェーズで、まず運動方程式を立てて「加速度」を求め(力学)、次にその加速度を使って等加速度直線運動の公式から「距離」や「時間」を求める(運動学)、という2段階のプロセスを意識します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 動摩擦力の向きを固定してしまう:
- 誤解: (4)のすべりおりる運動を考える際に、(2)と同じように動摩擦力を斜面下向きのままで計算してしまう。
- 対策: 動摩擦力は「運動と逆向き」と呪文のように覚えましょう。運動の向きが変われば、摩擦力の向きも必ず変わります。運動のフェーズごとに力の図を書き直す習慣をつけるのが最も効果的です。
- 垂直抗力の計算ミス:
- 誤解: 斜面上の垂直抗力 \(N\) を、水平面と同じように \(mg\) と勘違いし、動摩擦力を \(\mu’mg\) と計算してしまう。
- 対策: 垂直抗力は、常に「面に垂直な方向の力のつり合い」から求めます。斜面上の場合は、重力の垂直成分とつり合うため、\(N=mg\cos\theta\) となります。この \(\cos\theta\) を忘れないように徹底しましょう。
- 加速度の符号の扱い:
- 誤解: (2)ですべり上がる運動の加速度を計算する際に、マイナス符号をつけ忘れる。
- 対策: 最初に「斜面上向きを正」などと座標軸を明確に定義します。重力の斜面成分も動摩擦力も、この正の向きとは逆(斜面下向き)なので、運動方程式では両方ともマイナスの項として扱います。\(ma = (\text{負の力}) + (\text{負の力})\) となることを確認しましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (2)と(4)で、物体の「加速度」を問われているためです。力と加速度の関係を記述する唯一の法則が運動方程式です。
- 適用根拠: 物体には重力と摩擦力の合力がはたらき、その結果として加速(減速)運動をしています。この原因(力)と結果(加速度)の因果関係を定量的に記述するために、運動方程式を適用します。
- 等加速度直線運動の公式 (\(v^2 – v_0^2 = 2ax\)):
- 選定理由: (3)で「距離」を問われており、初速度・最終速度・加速度が分かっている(または求められる)状況だからです。特に、時間が関係しないため、この公式が最も直接的で計算が簡単です。
- 適用根拠: この公式が使えるのは「加速度が一定」の場合に限られます。すべり上がりの運動では、はたらく力(重力成分、動摩擦力)がすべて一定なので、運動方程式から導かれる加速度も一定となります。この「加速度が一定である」という事実が、この公式を選択する絶対的な根拠となります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式の整理:
- 加速度の式を \(a = -g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\) のように、共通因数 \(g\) でくくると、式がすっきりし、物理的な意味(重力加速度 \(g\) が基準となっていること)も理解しやすくなります。
- 符号の確認:
- (3)で距離 \(x\) を計算する際、\(x = \frac{-v_0^2}{2a}\) となります。ここで \(v_0^2\) は正、加速度 \(a\) は負なので、\(x\) は正の値となり、物理的に妥当であることが確認できます。計算の各段階で符号が持つ意味を考える癖をつけましょう。
- 物理的な大小比較:
- すべり上がるときの加速度の大きさ \(|a_{\text{行き}}| = g(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\) と、すべりおりるときの加速度の大きさ \(a_{\text{帰り}} = g(\sin\theta – \mu’\cos\theta)\) を比較し、\(|a_{\text{行き}}| > a_{\text{帰り}}\) となっていることを確認するのも良い検算方法です。
60 連結した物体の運動
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「摩擦を受ける連結体の運動」です。2つの物体が糸でつながれて一体で運動する連結体問題に、片方の物体だけが摩擦を受けるという要素が加わった応用問題です。
- 運動方程式 \(ma=F\): 各物体、あるいは物体全体について、運動方程式を正しく立てることが基本です。
- 動摩擦力: 物体Bと台の間には動摩擦力がはたらきます。その大きさは \(f’ = \mu’N\) で計算されます。
- 張力(内力): 2つの物体をつなぐ「軽くて伸びないひも」では、張力の大きさはどこでも同じになります。
- 分離法と一体法: 連結体の問題を解くための2つの視点です。各物体を別々に考える「分離法」と、全体をまとめて一つの物体と見なす「一体法」を使い分けることが重要です。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、各物体にはたらく力を図示します。特に、物体Bにはたらく動摩擦力を正しく考慮することが重要です。
- 解法1(分離法): AとBそれぞれについて、水平方向の運動方程式を立て、連立方程式として解くことで、加速度と張力の両方を求めます。
- 解法2(一体法+分離法): まずAとBを一体と見なし、全体の運動方程式から加速度を求め、その結果を使って物体A(またはB)の運動方程式から張力を求めます。
思考の道筋とポイント
台車Aと物体Bが糸でつながれ、一体となって水平に運動する問題です。ただし、物体Bのみが台から摩擦力を受けます。この非対称な状況を、運動方程式を用いて正しくモデル化することが鍵となります。
AとBは糸でつながれているため、加速度の大きさは等しく、糸の張力の大きさも共通です。この共通の加速度 \(a\) と張力 \(T\) を未知数として、AとBそれぞれについて運動方程式を立て、連立して解くのが基本的な方針です。
この設問における重要なポイント
- AとBは一体で運動するので、加速度の大きさは等しい。
- 糸が「軽くて伸びない」ので、糸の両端で物体を引く張力の大きさは等しい。
- 物体Bには、運動を妨げる向き(左向き)に動摩擦力がはたらく。
- 台車Aには摩擦力がはたらかない。
具体的な解説と立式
A, B両物体の加速度の大きさを \(a\) [m/s²]、糸の張力の大きさを \(T\) [N] とします。
水平右向きを正の向きとして、AとBそれぞれについて運動方程式を立てます。
物体Bにはたらく動摩擦力 \(f’\) の計算:
まず、物体Bにはたらく動摩擦力の大きさを求めます。物体Bの鉛直方向の力のつり合いより、垂直抗力 \(N\) は重力 \(m_B g\) に等しくなります。
$$ N = m_B g = 10 \times 9.8 = 98 \text{ N} $$
したがって、動摩擦力の大きさ \(f’\) は、
$$ f’ = \mu’ N = 0.50 \times 98 = 49 \text{ N} $$
台車Aについて:
台車Aには、右向きに引く力 \(F=89 \text{ N}\) と、左向きに糸が引く張力 \(T\) がはたらきます。
$$ m_A a = F – T $$
物体Bについて:
物体Bには、右向きに糸が引く張力 \(T\) と、左向きに動摩擦力 \(f’\) がはたらきます。
$$ m_B a = T – f’ $$
これで、未知数が \(a\) と \(T\) の2つ、式が2本の連立方程式が立てられました。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 動摩擦力: \(f’ = \mu’N\)
各運動方程式に数値を代入します。
$$
\begin{cases}
10 a = 89 – T & \cdots ① \\
10 a = T – 49 & \cdots ②
\end{cases}
$$
①式と②式を辺々足し合わせることで、\(T\) を消去します。
$$
\begin{aligned}
(10 a) + (10 a) &= (89 – T) + (T – 49) \\[2.0ex]
20 a &= 40 \\[2.0ex]
a &= \displaystyle\frac{40}{20} \\[2.0ex]
&= 2.0 \text{ [m/s²]}
\end{aligned}
$$
次に、この \(a\) の値を②式に代入して \(T\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
10 \times 2.0 &= T – 49 \\[2.0ex]
20 &= T – 49 \\[2.0ex]
T &= 20 + 49 \\[2.0ex]
&= 69 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
AとBを別々の物体として考え、それぞれに運動方程式を立てます。
台車Aは、「右に引く89Nの力」から「糸に左に引っ張られる力(張力)」を引いた、残りの力で加速します。
物体Bは、「糸に右に引っ張られる力(張力)」から「床との摩擦力」を引いた、残りの力で加速します。
この2つの関係式を立て、連立方程式として解くと、加速度 \(a\) と張力 \(T\) が両方求まります。
加速度の大きさは \(2.0 \text{ m/s²}\)、糸の張力の大きさは \(69 \text{ N}\) です。
物体Bを \(2.0 \text{ m/s²}\) で加速させるためには、摩擦力 \(49 \text{ N}\) に打ち勝ち、さらに \(m_B a = 10 \times 2.0 = 20 \text{ N}\) の力を加える必要があります。合計すると \(49 + 20 = 69 \text{ N}\) となり、これは計算で求めた張力 \(T\) の大きさと一致するため、物理的に妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
まず全体の加速度を求めるために、AとBを一体の物体と見なします。これにより、物体間をつなぐ糸の張力(内力)を考えずに済み、計算が簡略化されます。その後、個別の物体の運動方程式に立ち返って張力を求めます。
この設問における重要なポイント
- 一体と見なしたとき、考える力は系全体にはたらく「外力」のみ。
- この系の外力は、右向きに引く力 \(F\) と、物体Bにはたらく動摩擦力 \(f’\) である。
具体的な解説と立式
加速度 \(a\) の計算
台車Aと物体Bを、質量 \(M = m_A + m_B = 10 + 10 = 20 \text{ kg}\) の一つの物体と見なします。
この一体の物体にはたらく外力は、右向きの力 \(F=89 \text{ N}\) と、左向きの動摩擦力 \(f’ = 49 \text{ N}\) です。
右向きを正として、一体の物体についての運動方程式を立てます。
$$ (m_A + m_B) a = F – f’ $$
張力 \(T\) の計算
求めた加速度 \(a\) を使って、張力 \(T\) を求めます。台車Aに着目するのが簡単です。
台車Aを加速させている合力は、右向きに引く力 \(F\) と左向きの張力 \(T\) の差です。
台車Aについての運動方程式は、
$$ m_A a = F – T $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
加速度 \(a\) の計算
$$
\begin{aligned}
20 a &= 89 – 49 \\[2.0ex]
20 a &= 40 \\[2.0ex]
a &= 2.0 \text{ [m/s²]}
\end{aligned}
$$
張力 \(T\) の計算
求めた \(a = 2.0 \text{ m/s²}\) を、台車Aの運動方程式に代入します。
$$
\begin{aligned}
10 \times 2.0 &= 89 – T \\[2.0ex]
20 &= 89 – T \\[2.0ex]
T &= 89 – 20 \\[2.0ex]
&= 69 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
まず、AとBを合体させて「20kgの一つの物体」と考えます。この物体には、右向きに89Nの力がかかり、左向きに(Bの部分にだけ)49Nの摩擦力がかかっています。差し引きすると、右向きに \(89 – 49 = 40 \text{ N}\) の力で加速することがわかります。この情報から、運動方程式を使って全体の加速度を求めます。
次に、張力を知るためにAだけを見ます。Aは89Nで引かれていますが、実際には \(2.0 \text{ m/s²}\) でしか加速していません。これは、糸がAを左向きに引っ張って邪魔しているからです。Aだけの運動方程式を立てて計算すると、その邪魔する力(張力)が求まります。
メインの解法と同じく、加速度は \(2.0 \text{ m/s²}\)、張力は \(69 \text{ N}\) となり、同じ結果が得られました。一体法は、特に加速度を求める際に非常に見通しが良く、計算も簡潔になります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 摩擦を受ける連結体の運動方程式
- 核心: この問題は、糸でつながれた2つの物体のうち、片方だけが摩擦力を受けるという非対称な状況を扱います。核心は、各物体にはたらく力を正確に把握し、それぞれについて正しく運動方程式を立てることにあります。
- 理解のポイント:
- 力の図示: 各物体にはたらく力をすべて図示します。特に、物体Bにのみ運動と逆向きの動摩擦力がはたらくこと、張力がAには左向き、Bには右向きにはたらくことを見抜くのが重要です。
- 共通の物理量: 「軽くて伸びない糸」でつながれているため、両物体の加速度の「大きさ」は等しく(\(a\))、糸が両物体を引く張力の「大きさ」も等しい(\(T\))と考えます。
- 運動方程式の立式: 各物体について、運動方程式 \(ma=F_{\text{合力}}\) を立てます。
- 台車A: \(m_A a = F – T\)
- 物体B: \(m_B a = T – f’\) (ここで \(f’ = \mu’ m_B g\))
- 連立方程式の求解: 2つの運動方程式を連立させて、加速度 \(a\) と張力 \(T\) を求めます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 両方の物体に摩擦がはたらく場合: 台車Aにも摩擦力がはたらく場合。Aの運動方程式の抵抗力に、その摩擦力が追加されます。
- 滑車を介した連結物体: 一方の物体が摩擦のある水平面上、もう一方が鉛直に吊るされている場合。系を動かす駆動力は吊るされた物体の重力、抵抗力は水平面上の動摩擦力となります。
- 斜面上の連結体で摩擦がある場合: 2つの物体が摩擦のある斜面上にあり、連結されている場合。各物体の運動方程式に、重力の斜面成分と動摩擦力の両方が抵抗力として加わります。
- 初見の問題での着眼点:
- 摩擦の有無を物体ごとに確認する: 問題文を注意深く読み、「Aと台の間は無視できる」「Bと台の間にははたらく」といった条件を正確に把握します。これが力の図示の第一歩です。
- 「一体法」で加速度を素早く求める: 系全体の質量(\(m_A+m_B\))と、系全体にはたらく外力の合力(引く力 \(F\) から、Bにはたらく動摩擦力 \(f’\) を引いたもの)がわかれば、\( (m_A+m_B)a = F – f’ \) という一体の運動方程式で、加速度 \(a\) を素早く計算できます。
- 張力は内力である: 張力は物体間(系内部)で作用・反作用の関係にある力(内力)です。張力を求めたい場合は、必ず物体を個別に(分離して)考え、運動方程式を立てる必要があります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 摩擦力のはたらく対象の勘違い:
- 誤解: 摩擦力がAとBの両方にはたらく、あるいはAにだけはたらくと勘違いしてしまう。
- 対策: 問題文の条件を丁寧に読み解くことが不可欠です。「Bと台との間」「Aと台との間」という記述を正確に区別し、力の図示に反映させましょう。
- 張力の向きの間違い:
- 誤解: 物体Aにはたらく張力 \(T\) を、右に引く力 \(F\) と同じ右向きだと勘違いしてしまう。
- 対策: 張力は「ひもが物体を引く力」です。物体Aから見ると、ひもはAを「左向きに」引いています。逆に物体Bから見ると、ひもはBを「右向きに」引いています。ひもがピンと張っている状態をイメージしましょう。
- 一体法での力の計算ミス:
- 誤解: 一体法で考える際に、動摩擦力 \(f’\) を考慮し忘れて、\( (m_A+m_B)a = F \) と立式してしまう。
- 対策: 一体法で考える場合でも、系全体にはたらく「外力」はすべて考慮しなければなりません。この問題での外力は、右向きの「引く力 \(F\)」と、左向きの「動摩擦力 \(f’\)」の2つです。張力は内力なので消えますが、摩擦力は台という外部から受ける力なので消えません。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: 問題が「加速度」と「張力」という、力と運動の関係そのものを問うているため、運動方程式を用いるのが必然です。
- 適用根拠: 2つの物体が糸という内力を介して連動しています。ニュートンの法則は個々の物体に対して成立するため、AとBをそれぞれ分離し、各々について運動方程式を立てる「分離法」が最も基本的で確実なアプローチです。未知数が \(a\) と \(T\) の2つなので、独立した方程式が2本必要となり、この方法が論理的に正当化されます。
- 動摩擦力の公式 (\(f’ = \mu’N\)):
- 選定理由: 物体Bが台の上を「すべっている」状況で、その運動を妨げる力を定量化する必要があるためです。
- 適用根拠: 物体が動いているときにはたらく摩擦力は動摩擦力であり、その大きさは垂直抗力 \(N\) に比例するという実験則に基づいています。この問題では、水平面上なので垂直抗力 \(N\) は重力 \(m_B g\) に等しくなります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 連立方程式の確実な解法:
- この問題のように、一方の式に \(-T\)、もう一方に \(+T\) が現れる場合、2式をそのまま足し算すると \(T\) がきれいに消去できます。これは計算ミスが少なく、最も推奨される方法です。
- 数値計算の順序:
- まず、動摩擦力 \(f’ = \mu’ m_B g = 0.50 \times 10 \times 9.8 = 49 \text{ N}\) を計算してから、運動方程式に代入すると、式がすっきりして計算ミスが減ります。
- 有効数字の意識:
- 問題文で与えられている数値(10kg, 89N, 0.50)は有効数字2桁です。重力加速度 \(g=9.8\) も有効数字2桁なので、計算結果も有効数字2桁で答えるのが適切です。(例: \(a=2.0 \text{ m/s²}\), \(T=69 \text{ N}\))
- 検算の徹底:
- 求めた \(a=2.0 \text{ m/s²}\) と \(T=69 \text{ N}\) を、元の2つの運動方程式に代入して、両辺が等しくなるかを確認します。
- Aの式: 左辺 \(10 \times 2.0 = 20\)。右辺 \(89 – 69 = 20\)。OK。
- Bの式: 左辺 \(10 \times 2.0 = 20\)。右辺 \(69 – 49 = 20\)。OK。
- この一手間が、テストでの失点を防ぎます。
- 求めた \(a=2.0 \text{ m/s²}\) と \(T=69 \text{ N}\) を、元の2つの運動方程式に代入して、両辺が等しくなるかを確認します。
61 連結した物体の運動
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「斜面上の運動と鉛直運動が組み合わされた連結体の運動」です。異なる方向に運動する2つの物体が、滑車と糸を介して連動する、連結体問題の典型例です。
- 運動方程式 \(ma=F\): 各物体について、運動方程式を正しく立てることが基本です。
- 力の分解: 斜面上にある物体Aにはたらく重力を、運動方向である「斜面に平行な成分」と、それに「垂直な成分」に分解することが不可欠です。
- 張力(内力): 2つの物体をつなぐ「軽くて伸びないひも」では、張力の大きさはどこでも同じになります。
- 物体ごとの座標軸設定: 2つの物体は異なる方向に運動するため、それぞれの運動方向に合わせて正の向きを設定すると計算がしやすくなります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、各物体にはたらく力を図示し、物体Aの重力を分解します。
- 解法1(分離法): AとBそれぞれについて、運動方向に合わせて運動方程式を立て、連立方程式として解くことで、加速度と張力の両方を求めます。
- 解法2(一体法+分離法): まずAとBを一体と見なし、系全体を動かす力の合力から加速度を求め、その結果を使って個別の物体の運動方程式から張力を求めます。
思考の道筋とポイント
斜面上の物体Aと鉛直に吊るされた物体Bが、滑車を介して連動する問題です。
まず、系全体がどちらに動くかを判断します。物体Bにはたらく重力は \(m_B g = 5.0 \times 9.8 = 49 \text{ N}\) です。一方、物体Aを斜面下向きに引く力は、重力の斜面成分 \(m_A g \sin 30^\circ = 2.0 \times 9.8 \times 0.5 = 9.8 \text{ N}\) です。\(49 \text{ N} > 9.8 \text{ N}\) なので、物体Bが下降し、物体Aが斜面をのぼることがわかります。
AとBは糸でつながれているため、加速度の大きさと糸の張力の大きさは共通です。この共通の加速度 \(a\) と張力 \(T\) を未知数として、AとBそれぞれの運動方程式を立て、連立して解くのが基本方針です。
この設問における重要なポイント
- AとBの加速度の大きさは等しい。
- 糸の張力の大きさは共通である。
- 物体Aにはたらく重力の斜面成分を抵抗力として正しく計算する。
- 物体ごとに運動方向に合わせて正の向きを設定すると計算がしやすい。Aは斜面上向き、Bは鉛直下向きを正とすると良い。
具体的な解説と立式
A, B両物体の加速度の大きさを \(a\) [m/s²]、糸の張力の大きさを \(T\) [N] とします。
それぞれの物体の運動方向に合わせて、正の向きを設定し、運動方程式を立てます。
物体Aについて(斜面上向きを正とする):
物体Aには、斜面を上向きに引く張力 \(T\) と、斜面下向きにはたらく重力の斜面成分 \(m_A g \sin 30^\circ\) があります。
$$ m_A a = T – m_A g \sin 30^\circ \quad \cdots ① $$
物体Bについて(鉛直下向きを正とする):
物体Bには、下向きに重力 \(m_B g\) が、上向きに張力 \(T\) がはたらきます。
$$ m_B a = m_B g – T \quad \cdots ② $$
これで、未知数が \(a\) と \(T\) の2つ、式が2本の連立方程式が立てられました。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 力の分解
各運動方程式に数値を代入します。
$$
\begin{cases}
2.0 a = T – 2.0 \times 9.8 \times 0.5 & \cdots ① \\
5.0 a = 5.0 \times 9.8 – T & \cdots ②
\end{cases}
$$
これを整理すると、
$$
\begin{cases}
2.0 a = T – 9.8 \\
5.0 a = 49 – T
\end{cases}
$$
①式と②式を辺々足し合わせることで、\(T\) を消去します。
$$
\begin{aligned}
(2.0 a) + (5.0 a) &= (T – 9.8) + (49 – T) \\[2.0ex]
7.0 a &= 39.2 \\[2.0ex]
a &= \displaystyle\frac{39.2}{7.0} \\[2.0ex]
&= 5.6 \text{ [m/s²]}
\end{aligned}
$$
次に、この \(a\) の値を①式に代入して \(T\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
2.0 \times 5.6 &= T – 9.8 \\[2.0ex]
11.2 &= T – 9.8 \\[2.0ex]
T &= 11.2 + 9.8 \\[2.0ex]
&= 21 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
AとBは糸でつながっているので、加速度の大きさと張力の大きさは同じです。
物体Aは、「張力」に引っ張られて坂を上りますが、「重力の坂道成分」に邪魔されます。
物体Bは、「B自身の重さ」で下に落ちようとしますが、「張力」に邪魔されます。
この2つの関係式を立てて、足し算すると張力がうまく消えるので、まず加速度が求まります。その加速度をどちらかの式に戻して計算すれば、張力も求まります。
加速度の大きさは \(5.6 \text{ m/s²}\)、糸の張力の大きさは \(21 \text{ N}\) です。
物体Aの重力の斜面成分は \(9.8 \text{ N}\) です。張力 \(21 \text{ N}\) はこれより大きいので、Aは確かに斜面を上向きに加速できます。
物体Bの重力は \(49 \text{ N}\) です。張力 \(21 \text{ N}\) はこれより小さいので、Bは確かに下向きに加速できます。結果は物理的に妥当です。
思考の道筋とポイント
まず全体の加速度を求めるために、AとBを一体の系と見なします。この系全体を動かす力は、Bの重力(駆動力)とAの重力の斜面成分(抵抗力)の差であると考えます。
この設問における重要なポイント
- 系全体を動かす駆動力は、物体Bの重力 \(m_B g\)。
- 運動を妨げる抵抗力は、物体Aの重力の斜面成分 \(m_A g \sin 30^\circ\)。
- 系全体の質量は \(m_A + m_B\)。
具体的な解説と立式
加速度 \(a\) の計算
物体AとBを、質量 \((m_A+m_B)\) の一つの系と見なします。
この系全体を動かす力の合力は、Bの重力 \(m_B g\) と、Aの重力の斜面成分 \(m_A g \sin 30^\circ\) の差になります。
一体の物体についての運動方程式は、
$$ (m_A+m_B)a = m_B g – m_A g \sin 30^\circ $$
張力 \(T\) の計算
求めた加速度 \(a\) を使って、張力 \(T\) を求めます。物体Aに着目するのが簡単です。
物体Aを斜面上向きに加速させている合力は、上向きの張力 \(T\) と下向きの重力斜面成分の差です。
物体Aについての運動方程式は、
$$ m_A a = T – m_A g \sin 30^\circ $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
加速度 \(a\) の計算
$$
\begin{aligned}
(2.0 + 5.0) a &= 5.0 \times 9.8 – 2.0 \times 9.8 \times 0.5 \\[2.0ex]
7.0 a &= 49 – 9.8 \\[2.0ex]
7.0 a &= 39.2 \\[2.0ex]
a &= 5.6 \text{ [m/s²]}
\end{aligned}
$$
張力 \(T\) の計算
求めた \(a = 5.6 \text{ m/s²}\) を、物体Aの運動方程式に代入します。
$$
\begin{aligned}
2.0 \times 5.6 &= T – 2.0 \times 9.8 \times 0.5 \\[2.0ex]
11.2 &= T – 9.8 \\[2.0ex]
T &= 11.2 + 9.8 \\[2.0ex]
&= 21 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
AとBを一つのシステムと考えます。このシステムを動かすエンジンはBの重力、ブレーキ役はAの重力の坂道成分です。したがって、システム全体を動かす正味の力は「Bの重力 – Aの重力の坂道成分」となります。運動方程式「全体の質量 × 加速度 = 正味の力」から、全体の加速度を求めます。
加速度がわかったら、次に張力を求めます。Aだけを見ると、Aを坂道の上に引っ張る張力は、A自身の重力の坂道成分に打ち勝ち、さらにAを加速させる力も加わっているはずです。Aだけの運動方程式を立てて計算すれば、張力が求まります。
メインの解法と同じく、加速度は \(5.6 \text{ m/s²}\)、張力は \(21 \text{ N}\) となり、同じ結果が得られました。一体法は、特に加速度を求める際に非常に見通しが良く、計算も簡潔になります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 斜面と鉛直運動が組み合わさった連結体の運動方程式
- 核心: この問題は、斜面上の物体と鉛直に吊るされた物体が滑車を介して連動する、連結体問題の代表例です。核心は、2つの物体が異なる方向に運動する状況を、それぞれの運動方向に合わせて正しく運動方程式を立て、連立させて解くことにあります。
- 理解のポイント(解法の流れ):
- 力の図示と分解: まず、各物体にはたらく力(重力、張力、垂直抗力)をすべて図示します。特に、斜面上の物体Aの重力を「斜面に平行な成分 \(m_A g\sin\theta\)」と「斜面に垂直な成分 \(m_A g\cos\theta\)」に分解することが不可欠です。
- 運動方向の判断: 系全体を動かそうとする力(駆動力: \(m_B g\))と、それを妨げようとする力(抵抗力: \(m_A g\sin\theta\))の大きさを比較し、どちら向きに加速するかを判断します。
- 物体ごとの座標設定: 各物体の実際の運動方向に合わせて正の向きを設定します。この問題では、Aは「斜面上向きが正」、Bは「鉛直下向きが正」とすると、両方の加速度を同じ文字 \(a\)(正の値)で扱え、計算がスムーズになります。
- 運動方程式の立式と求解: AとBそれぞれについて運動方程式を立て、未知数 \(a\) と \(T\) に関する連立方程式として解きます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 摩擦がある場合: 斜面が「粗い」場合。物体Aの運動方程式に、運動を妨げる向きに動摩擦力(\(\mu’N = \mu’m_A g \cos\theta\))が抵抗力として追加されます。
- 質量関係が逆の場合: もし \(m_A g\sin\theta > m_B g\) ならば、Aが滑り落ち、Bが上昇する運動になります。この場合、駆動力と抵抗力が入れ替わり、加速度の向きも逆になります。
- 両方とも斜面上にある場合: 2つの物体が、頂点に滑車がある一つの斜面の両側に吊るされている場合。それぞれの重力の斜面成分の差が、系全体の駆動力となります。
- 初見の問題での着眼点:
- まずどちらに動くか力の大きさを比較する: 運動方向を最初に確定させることが、座標軸設定や力の向きを正しく判断する上で非常に重要です。\(m_B g\) と \(m_A g\sin\theta\) の大小関係を必ず比較しましょう。
- 「一体法」で加速度を素早く求める: 系全体の質量(\(m_A+m_B\))と、系全体にはたらく外力の合力(駆動力 – 抵抗力 = \(m_B g – m_A g\sin\theta\))がわかれば、\( (m_A+m_B)a = m_B g – m_A g\sin\theta \) という一体の運動方程式で、加速度 \(a\) を素早く計算できます。
- 張力は内力である: 張力は物体間(系内部)で作用・反作用の関係にある力(内力)です。張力を求めたい場合は、必ず物体を個別に(分離して)考え、運動方程式を立てる必要があります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 重力の斜面成分の見落とし/分解ミス:
- 誤解: 物体Aの運動方程式を立てる際に、重力の斜面成分 \(m_A g\sin\theta\) を考慮し忘れる。または、sinとcosを逆にしてしまう。
- 対策: 「斜面」の問題では、必ず重力を分解する、という手順を徹底しましょう。sin/cosの混同は、\(\theta=0\) の極限を考えて確認するのが有効です(斜面が水平なら、滑らせる力は0になるはず \(\rightarrow\) \(\sin 0^\circ = 0\))。
- 座標軸設定のミス:
- 誤解: 両方の物体について、習慣的に「鉛直上向き」や「水平右向き」を正としてしまう。すると、AとBの加速度の関係が複雑になり、符号ミスを誘発します。
- 対策: 2つの物体が「実際に動く向き」を、それぞれの物体にとっての「正の向き」と定義するのが最も簡単です。Aは斜面上向き、Bは鉛直下向きをそれぞれ正とすれば、両方の加速度を同じ \(a\)(正の値)として扱えます。
- 一体法での力の計算ミス:
- 誤解: 一体法で考える際に、駆動力と抵抗力の概念を理解せず、両方の重力を足したり、斜面成分でない重力そのものを式に入れてしまったりする。
- 対策: 系全体を一つの長い物体と考え、片方の端に \(m_B g\) の力が、もう片方の端に逆向きの \(m_A g\sin\theta\) の力がかかっているとイメージします。すると、全体の合力は力の差 \(m_B g – m_A g\sin\theta\) であることが直感的に理解できます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: 問題が「加速度」と「張力」という、力と運動の関係そのものを問うているため、運動方程式を用いるのが必然です。
- 適用根拠: 2つの物体が糸という内力を介して連動しています。ニュートンの法則は個々の物体に対して成立するため、AとBをそれぞれ分離し、各々について運動方程式を立てる「分離法」が最も基本的で確実なアプローチです。未知数が \(a\) と \(T\) の2つなので、独立した方程式が2本必要となり、この方法が論理的に正当化されます。
- 力の分解:
- 選定理由: 物体Aの運動は斜面に沿った一次元的なものですが、重力は鉛直下向きにはたらくため、運動方向と力の方向が一致していません。
- 適用根拠: 運動方程式はベクトル方程式なので、成分ごとに分けて考えるのが基本です。運動が起こる「斜面平行方向」と、運動が起こらない(力がつり合っている)「斜面垂直方向」にすべての力を分解することで、問題を1次元の運動方程式として単純化して扱うことができます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 連立方程式の確実な解法:
- この問題のように、一方の式に \(+T\)、もう一方に \(-T\) が現れる場合、2式をそのまま足し算すると \(T\) がきれいに消去できます。これは計算ミスが少なく、最も推奨される方法です。
- 数値計算の順序:
- まず、\(m_A g \sin 30^\circ = 9.8 \text{ N}\) や \(m_B g = 49 \text{ N}\) といった各力の大きさを計算してから、運動方程式に代入すると、式がすっきりして計算ミスが減ります。
- 物理的な妥当性の吟味(検算):
- 力の大小関係の確認: 計算結果の張力 \(T=21 \text{ N}\) が、抵抗力(\(9.8 \text{ N}\))より大きく、駆動力(\(49 \text{ N}\))より小さい(\(9.8 < 21 < 49\))ことを確認します。これにより、Aが上に、Bが下に加速するという状況と矛盾がないかチェックできます。
- 極限を考える: もし \(\theta=90^\circ\) なら、これはアトウッドの器械の問題になります。計算結果の式が、その場合の結果と一致するかを確認するのも良い検算方法です。
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