問題64 (新潟大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、原子核反応における質量とエネルギーの関係、そして反応後の粒子の運動について扱います。静止したリチウム6原子核に低速の中性子を衝突させる核反応が題材です。
- 反応式: \({}_{3}^{6}\text{Li} + {}_{0}^{1}\text{n} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He} + \text{X}\)
- 反応前の状態: \({}_{3}^{6}\text{Li}\)は静止、中性子(\({}_{0}^{1}\text{n}\))は遅い(運動エネルギーは無視できる)。
- 反応エネルギー: 反応によって放出されるエネルギーは \(4.78 \, \text{MeV}\) である。
- 質量とエネルギーの等価性: \(1 \, \text{MeV}\) のエネルギーは \(0.00107 \, \text{u}\) の質量に相当する。
- 各粒子の質量:
- \({}_{3}^{6}\text{Li}\): \(6.01513 \, \text{u}\)
- 中性子 \({}_{0}^{1}\text{n}\): \(1.00867 \, \text{u}\)
- \({}_{2}^{4}\text{He}\): \(4.00260 \, \text{u}\)
- (1) 質量\(m\)とエネルギー\(E\)の等価性を示す関係式。
- (2) 未知の生成物である原子核\(\text{X}\)の正体。
- (3) 原子核\(\text{X}\)の質量。
- (4) 原子核\(\text{X}\)と\({}_{2}^{4}\text{He}\)の運動エネルギーの比。
- (5) 原子核\(\text{X}\)の運動エネルギー。
- (6) 原子核\(\text{X}\)がβ崩壊した後に生成される原子核。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題の核心は、アインシュタインによって示された質量とエネルギーの等価性 (\(E=mc^2\)) です。原子核反応では、反応の前後で質量の総和が変化することがあります。この失われた質量(質量欠損)が、莫大なエネルギーに変換されて放出されます。
また、反応によって生成された粒子がどのようにエネルギーを分け合うかを考える際には、運動量保存則が鍵となります。これら二つの物理法則を組み合わせることで、未知の粒子の正体からその運動エネルギーまで、段階的に解明していくことができます。
問 (1)
思考の道筋とポイント
問題文の前段で説明されている、質量\(m\)の粒子が持つエネルギー\(E\)と、真空中の光速\(c\)との関係式を答えます。 これは現代物理学の基本原理の一つです。
具体的な解説と立式
相対性理論によれば、質量\(m\)を持つ物体は、それだけでエネルギーを持っていると見なされます。このエネルギーは「静止エネルギー」とよばれ、質量\(m\)と真空中の光速\(c\)を用いて以下のように表されます。
$$E = mc^2$$
使用した物理公式
- 質量とエネルギーの等価性
問 (2)
思考の道筋とポイント
原子核反応では、反応の前後で「質量数の総和」と「原子番号(陽子数、すなわち電荷数)の総和」がそれぞれ保存されます。この2つの保存則を用いることで、未知の原子核\(\text{X}\)を特定します。
具体的な解説と立式
未知の原子核\(\text{X}\)の質量数を\(A\)、原子番号を\(Z\)とおき、反応式に情報を加えます。
$${}_{3}^{6}\text{Li} + {}_{0}^{1}\text{n} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He} + {}_{Z}^{A}\text{X}$$
質量数と原子番号の保存則から、以下の方程式が成り立ちます。
- 質量数の保存:$$6 + 1 = 4 + A \quad \cdots ①$$
- 原子番号の保存:$$3 + 0 = 2 + Z \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 質量数保存則
- 原子番号(電荷数)保存則
- 式①より \(A = 7 – 4 = 3\)。
- 式②より \(Z = 3 – 2 = 1\)。
計算の結果、原子核\(\text{X}\)は質量数が3、原子番号が1の原子核であることがわかりました。原子番号1は水素(\(\text{H}\))を表すため、これは水素の同位体である三重水素(トリチウム)です。記号では \({}_{1}^{3}\text{H}\) と書きます。
問 (3)
思考の道筋とポイント
放出されたエネルギー \(4.78 \, \text{MeV}\) は、反応前後の質量差(質量欠損)がエネルギーに変換されたものです。エネルギーと質量の換算関係を使って質量欠損 \(\Delta m\) を計算し、質量欠損の定義式から未知の原子核\(\text{X}\)(\({}_{1}^{3}\text{H}\))の質量 \(m_1\) を求めます。
具体的な解説と立式
$$4.78 \times 0.00107 = (m_{{}_{3}^{6}\text{Li}} + m_{{}_{0}^{1}\text{n}}) – (m_{{}_{2}^{4}\text{He}} + m_1) \quad \cdots ①$$
ここに、与えられた質量値を代入します。
$$4.78 \times 0.00107 = (6.01513 + 1.00867) – (4.00260 + m_1) \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 質量とエネルギーの等価性
- 質量欠損の定義
式②の各項を計算し、\(m_1\)について解きます。
$$0.0051146 = 7.02380 – (4.00260 + m_1)$$
$$4.00260 + m_1 = 7.02380 – 0.0051146 = 7.0186854$$
$$m_1 = 7.0186854 – 4.00260 = 3.0160854 \, \text{u}$$
原子核\(\text{X}\) (\({}_{1}^{3}\text{H}\)) の質量は \(3.0160854 \, \text{u}\) です。小数点以下5桁までで答えると、四捨五入して \(3.01609 \, \text{u}\) となります。
問 (4)
思考の道筋とポイント
静止系からの分裂なので、生成された2つの原子核(\({}_{1}^{3}\text{H}\)と\({}_{2}^{4}\text{He}\))の運動量の大きさは等しくなります。この事実と運動エネルギーと運動量の関係式 \(K = \displaystyle\frac{p^2}{2m}\) を使うことで、運動エネルギーの比を質量の比で表すことができます。
具体的な解説と立式
原子核\(\text{X}\) (\({}_{1}^{3}\text{H}\)) とヘリウム原子核 \({}_{2}^{4}\text{He}\) の質量をそれぞれ \(m_1\), \(m_2\)、運動量の大きさを \(p_1\), \(p_2\) とします。運動量保存則より \(p_1 = p_2\) です。それぞれの運動エネルギー \(K_1\) と \(K_2\) の比は、
$$\displaystyle\frac{K_1}{K_2} = \displaystyle\frac{p_1^2 / (2m_1)}{p_2^2 / (2m_2)}$$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- 運動エネルギーの定義 (\(K = \displaystyle\frac{p^2}{2m}\))
\(p_1 = p_2\) なので、\(p_1^2 = p_2^2\) となり、
$$\displaystyle\frac{K_1}{K_2} = \displaystyle\frac{1/m_1}{1/m_2} = \displaystyle\frac{m_2}{m_1}$$
問 (5)
思考の道筋とポイント
放出されたエネルギー \(Q = 4.78 \, \text{MeV}\) が、全て生成された2つの原子核の運動エネルギーの和になります。設問(4)で導いた運動エネルギーの比の関係 \(K_1/K_2 = m_2/m_1\) を用いて、\(\text{X}\)(\({}_{1}^{3}\text{H}\))の運動エネルギー \(K_1\) を求めます。計算の簡略化のため、質量の比を質量数の比で近似します。
具体的な解説と立式
\(K_1 + K_2 = 4.78 \, \text{MeV}\) と \(K_1 : K_2 = m_2 : m_1\) より、\(K_1\) は以下のように計算できます。
$$K_1 = \displaystyle\frac{m_2}{m_1 + m_2} \times (4.78 \, \text{MeV})$$
質量を質量数で近似 (\(m_1 \approx 3, m_2 \approx 4\)) して、
$$K_1 \approx \displaystyle\frac{4}{3+4} \times 4.78 \, \text{MeV}$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 運動エネルギーの逆比分配則
$$K_1 = \displaystyle\frac{4}{7} \times 4.78 \approx 2.7314 \, \text{MeV}$$
有効数字3桁で答えると、\(2.73 \, \text{MeV}\) となります。
問 (6)
思考の道筋とポイント
β崩壊は、原子核内の中性子が陽子と電子に変わる現象です。これにより質量数は不変のまま、原子番号が1増加します。
具体的な解説と立式
崩壊前の原子核は \({}_{1}^{3}\text{H}\) です。β崩壊後の原子核を \({}_{Z’}^{A’}\text{Y}\) とすると、
- 質量数は不変: \(A’ = 3\)
- 原子番号は1増加: \(Z’ = 1 + 1 = 2\)
反応式で書くと、\({}_{1}^{3}\text{H} \rightarrow {}_{2}^{3}\text{Y} + {}_{-1}^{0}\text{e}\) となります。
使用した物理公式
- β崩壊の法則
崩壊後の原子核は、質量数が3で原子番号が2となります。原子番号2の元素はヘリウム(\(\text{He}\))なので、生成される原子核は \({}_{2}^{3}\text{He}\) (ヘリウム3)です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 質量とエネルギーの等価性 (\(E=mc^2\)): 原子核反応でエネルギーが生成される根源です。質量欠損がエネルギーに変わるという概念を理解することが不可欠です。
- 原子核反応における保存則:
- 質量数保存則: 核子(陽子と中性子)の総数は反応の前後で変わりません。
- 電荷数(原子番号)保存則: 電荷の総和も反応の前後で変わりません。
- 運動量保存則: 外力が働かない系では、反応前の全運動量と反応後の全運動量は等しくなります。 特に、静止状態からの分裂では、生成粒子の運動量の和はゼロベクトルになります。
- エネルギー保存則: 反応で放出されたエネルギーが、生成粒子の運動エネルギーの和に等しくなります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 「静止状態からの分裂」を見抜く: このキーワードがあれば、運動エネルギーの比は質量の逆比 (\(K_1:K_2 = m_2:m_1\)) になる、という非常に強力な関係式が使えます。
- 単位 \(\text{u}\) と \(\text{MeV}\) のペアに注目: この2つが出てきたら、それは「質量欠損と発生エネルギー」を関連付ける問題であるサインです。必ず、その2つの単位の換算レートを確認しましょう。
- 計算における「精密さ」と「近似」の使い分け: 質量欠損の計算では精密な質量(\(\text{u}\)単位)を、運動エネルギーの分配比の計算では質量数での近似が有効です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 【誤解】原子核反応でも質量は保存する。
【対策】 原子核反応では質量は保存されず、「質量数」が保存されると区別しましょう。 - 【ミス】運動エネルギーを質量の「比」で分配してしまう。
【対策】 正しくは質量の「逆比」です。「重い粒子はエネルギーを少ししかもらえない」とイメージで覚えておきましょう。 - 【ミス】β崩壊で質量数が変わってしまう。
【対策】 β崩壊は「質量数不変、原子番号+1」です。α崩壊との違いをしっかり整理しておくことが重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- 分裂の図解: 静止していた塊が、2つの破片になって反対方向に飛んでいく図を描きましょう。運動量の矢印は同じ長さで逆向きに、速度の矢印は軽い方が長く、重い方が短く描くことで、軽い方がより多くの運動エネルギーを得ることが視覚的に理解できます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 未知の粒子を特定したい → 「保存則」 (質量数保存則、原子番号保存則)
- エネルギーの発生源を知りたい → 「質量とエネルギーの等価性 \(E=mc^2\)」
- 粒子が分裂・衝突した → 「運動量保存則」
- エネルギーの分配を知りたい → 「エネルギー保存則」 + 「運動量保存則」
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【Step 1: 登場人物の特定】 質量数と原子番号の保存則を使い、\(\text{X}\) が \({}_{1}^{3}\text{H}\) であることを突き止める。
- 【Step 2: エネルギー源の定量化】 質量欠損の定義式とエネルギー換算式から、未知の質量 \(m_{{}_{1}^{3}\text{H}}\) を求める。
- 【Step 3: エネルギー分配のルール導出】 運動量保存則から、\(K_1/K_2 = m_2/m_1\) という「逆比」の関係を導き出す。
- 【Step 4: 具体的なエネルギー計算】 全エネルギー \(Q\) を、逆比で分配する計算式を立て、解を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 小数点の桁数: 質量の計算は小数点以下の桁数が多く間違いやすいです。検算を徹底しましょう。
- 逆比の確認: エネルギー分配の計算では、「求めるのは \(K_1\) だから、分子に来るのは \(m_2\) の方」と確認する習慣をつけましょう。
- 概算の活用: 計算する前に、答えがどのくらいの値になるか大まかな見当をつけておくと、大きな間違いに気づきやすくなります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 質量の妥当性: 求めた \({}_{1}^{3}\text{H}\) の質量が、その構成要素(陽子1個と中性子2個)の質量の単純な和よりも「わずかに小さい」ことを確認しましょう。
- エネルギー分配の妥当性: \({}_{1}^{3}\text{H}\) (軽い方) と \({}_{2}^{4}\text{He}\) (重い方) で、\({}_{1}^{3}\text{H}\) の運動エネルギーの方が大きいことを確認しましょう。
- 有効数字の確認: 問題文の指定に従い、最終的な答えを正しい有効数字に丸めているか確認しましょう。
問題65 (奈良女子大+東京大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、未来のエネルギー源として期待される核融合反応をテーマに、原子核物理学の複数の重要な法則を総合的に応用する力を問うものです。
- 主たる反応式: \({}_{1}^{2}\text{H} + {}_{1}^{2}\text{H} \rightarrow {}_{2}^{3}\text{He} + {}_{0}^{1}\text{n}\)
- 各粒子の質量:
- 重水素原子核 \({}_{1}^{2}\text{H}\): \(2.0136 \, \text{u}\)
- ヘリウム3原子核 \({}_{2}^{3}\text{He}\): \(3.0150 \, \text{u}\)
- 中性子 \({}_{0}^{1}\text{n}\): \(1.0087 \, \text{u}\)
- 質量とエネルギーの換算: \(1 \, \text{u}\) は \(9.3 \times 10^2 \, \text{MeV}\) のエネルギーに相当します。
- 問(3)以降の条件:
- クーロン定数 \(k_0 = 9.0 \times 10^9 \, \text{N}\cdot\text{m}^2/\text{C}^2\)
- 電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \, \text{C}\)
- \({}_{1}^{2}\text{H}\)の半径 \(r_0 = 1.8 \times 10^{-15} \, \text{m}\)
- ボルツマン定数 \(k = 1.4 \times 10^{-23} \, \text{J/K}\)
- 問(5)で考える反応: \({}_{1}^{2}\text{H} + {}_{1}^{2}\text{H} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He}\) (ヘリウム4の質量は \(4.0015 \, \text{u}\))
- (1) 主たる反応で発生するエネルギー (\(\text{MeV}\)単位)。
- (2) 特定の衝突条件下における、生成物の運動エネルギー (\(\text{MeV}\)単位)。
- (3) 核融合反応を起こすために必要な\({}_{1}^{2}\text{H}\)の最小運動エネルギー \(K_0\)。
- (4) (3)の運動エネルギーに相当する温度 \(T\)。
- (5) \({}_{2}^{4}\text{He}\)が生成される反応が起こりえない物理的な理由。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
核融合は、軽い原子核同士が合体してより重い原子核になる反応です。この際、反応の前後で質量がわずかに減少し、その「質量欠損」がアインシュタインの有名な関係式 \(E=mc^2\) に従って莫大なエネルギーに変換されます。この問題では、まずこの発生エネルギーを計算し、次にそのエネルギーが運動量保存則に従って生成物にどう分配されるか、さらには反応が起こるための条件や、別の反応がなぜ禁じられるのかを物理法則に基づいて考察していきます。
問 (1)
思考の道筋とポイント
原子核反応で発生するエネルギーは、反応前後の質量の差(質量欠損)に由来します。まず、反応物(\({}_{1}^{2}\text{H}\) 2個)の全質量と、生成物(\({}_{2}^{3}\text{He}\) 1個と中性子\({}_{0}^{1}\text{n}\) 1個)の全質量を計算し、その差 \(\Delta m\) を求めます。次に、この質量欠損を与えられた換算係数でエネルギーに変換します。
具体的な解説と立式
質量欠損 \(\Delta m\) は、反応前の総質量から反応後の総質量を引いたものです。
$$\Delta m = (2 \times m_{{}_{1}^{2}\text{H}}) – (m_{{}_{2}^{3}\text{He}} + m_{{}_{0}^{1}\text{n}}) \quad \cdots ①$$
発生するエネルギー \(E\) は、質量欠損 \(\Delta m\) に換算係数を掛けて求めます。
$$E = \Delta m \times (9.3 \times 10^2 \, \text{MeV/u}) \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 質量欠損の定義
- 質量とエネルギーの等価性
式①に与えられた質量値を代入して、質量欠損 \(\Delta m\) を計算します。
$$\Delta m = (2 \times 2.0136) – (3.0150 + 1.0087) = 4.0272 – 4.0237 = 0.0035 \, \text{u}$$
次に、式②を用いてこの質量欠損をエネルギーに換算します。
$$E = 0.0035 \times (9.3 \times 10^2) = 3.255 \, \text{MeV}$$
問題で与えられた数値(\(9.3 \times 10^2\))が有効数字2桁なので、答えも有効数字2桁に丸めます。
$$E \approx 3.3 \, \text{MeV}$$
問 (2)
思考の道筋とポイント
反応後の生成物が持つ運動エネルギーの合計は、反応前に系が持っていた運動エネルギーと、反応によって新たに発生した核エネルギーの和に等しくなります(エネルギー保存則)。また、2個の\({}_{1}^{2}\text{H}\)が等しい運動エネルギーで「正面衝突」するため、反応前の系の全運動量はゼロです。運動量保存則により、反応後の系の全運動量もゼロでなければならず、このことから全運動エネルギーが質量の逆比で分配されることがわかります。
具体的な解説と立式
反応後の運動エネルギーの総和 \(K_{\text{全}}\) は、反応前の運動エネルギーの和と、(1)で求めた発生エネルギー \(E\) の和です。
$$K_{\text{全}} = (0.35 \, \text{MeV} + 0.35 \, \text{MeV}) + 3.3 \, \text{MeV} = 4.0 \, \text{MeV} \quad \cdots ①$$
反応前の全運動量がゼロなので、\({}_{2}^{3}\text{He}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\)の運動エネルギーの比は質量の逆比になります。計算を簡単にするため、質量の比を質量数の比(\({}_{2}^{3}\text{He}\)は3, \({}_{0}^{1}\text{n}\)は1)で近似します。
$$K_{{}_{2}^{3}\text{He}} : K_{{}_{0}^{1}\text{n}} \approx A_{{}_{0}^{1}\text{n}} : A_{{}_{2}^{3}\text{He}} = 1:3$$
この比に従って、全運動エネルギー \(K_{\text{全}}\) を分配します。
$$K_{{}_{2}^{3}\text{He}} = K_{\text{全}} \times \displaystyle\frac{1}{1+3} \quad \cdots ②$$
$$K_{{}_{0}^{1}\text{n}} = K_{\text{全}} \times \displaystyle\frac{3}{1+3} \quad \cdots ③$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 運動量保存則
- 運動エネルギーの比(質量の逆比)
式①より、\(K_{\text{全}} = 4.0 \, \text{MeV}\) です。これを式②、③に代入します。
$$K_{{}_{2}^{3}\text{He}} = 4.0 \times \displaystyle\frac{1}{4} = 1.0 \, \text{MeV}$$
$$K_{{}_{0}^{1}\text{n}} = 4.0 \times \displaystyle\frac{3}{4} = 3.0 \, \text{MeV}$$
問 (3)
思考の道筋とポイント
2つの\({}_{1}^{2}\text{H}\)原子核が核反応を起こすには、クーロンの反発力に打ち勝って、中心間距離が \(2r_0\) まで近づく必要があります。無限遠での運動エネルギーが、最接近した瞬間の静電ポテンシャルエネルギーにちょうど変換される、という力学的エネルギー保存則の観点から立式します。
具体的な解説と立式
衝突前の系の全エネルギー \(E_{\text{前}}\) は、2つの\({}_{1}^{2}\text{H}\)が持つ運動エネルギーの和です。最接近時には速度がゼロになると考えると、その瞬間の系の全エネルギー \(E_{\text{後}}\) は静電ポテンシャルエネルギー \(U\) のみとなります。
$$E_{\text{前}} = K_0 + K_0 = 2K_0$$
$$E_{\text{後}} = U = k_0 \displaystyle\frac{e \cdot e}{2r_0} = k_0 \displaystyle\frac{e^2}{2r_0}$$
力学的エネルギー保存則 \(E_{\text{前}} = E_{\text{後}}\) より、
$$2K_0 = k_0 \displaystyle\frac{e^2}{2r_0} \quad \cdots ①$$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則
- 静電ポテンシャルエネルギー \(U = k_0 \displaystyle\frac{q_1 q_2}{r}\)
式①を \(K_0\) について解きます。
$$K_0 = \displaystyle\frac{k_0 e^2}{4r_0}$$
問 (4)
思考の道筋とポイント
気体分子運動論によると、絶対温度 \(T\) の理想気体を構成する粒子1個が持つ並進運動エネルギーの平均値は \(\displaystyle\frac{3}{2}kT\) と表されます。この平均運動エネルギーが、(3)で求めた核融合に必要なエネルギー \(K_0\) と等しくなる条件で、温度 \(T\) を求めます。
具体的な解説と立式
粒子1個の平均運動エネルギーの公式と、(3)の結果を等しいとおきます。
$$\displaystyle\frac{3}{2}kT = K_0 = \displaystyle\frac{k_0 e^2}{4r_0} \quad \cdots ①$$
この式を温度 \(T\) について解きます。
$$T = \displaystyle\frac{k_0 e^2}{6kr_0} \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 気体分子の平均運動エネルギー: \(E = \displaystyle\frac{3}{2}kT\)
式②に、問題文で与えられた各定数の値を代入します。
$$T = \displaystyle\frac{(9.0 \times 10^9) \times (1.6 \times 10^{-19})^2}{6 \times (1.4 \times 10^{-23}) \times (1.8 \times 10^{-15})}$$
数値部分と10のべき乗部分を分けて計算します。
- 数値部分: \(\displaystyle\frac{9.0 \times 1.6^2}{6 \times 1.4 \times 1.8} = \displaystyle\frac{9.0 \times 2.56}{15.12} \approx 1.523\)
- べき乗部分: \(\displaystyle\frac{10^9 \times 10^{-38}}{10^{-23} \times 10^{-15}} = \displaystyle\frac{10^{-29}}{10^{-38}} = 10^9\)
したがって、\(T \approx 1.523 \times 10^9 \, \text{K}\)。有効数字2桁で答えると、\(1.5 \times 10^9 \, \text{K}\) となります。
問 (5)
思考の道筋とポイント
ある物理現象が起こるためには、関連する全ての物理法則(保存則)を同時に満たさなければなりません。ここでは、仮に \({}_{1}^{2}\text{H} + {}_{1}^{2}\text{H} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He}\) という反応が起こったとして、それがエネルギー保存則と運動量保存則の両方を満たせるかを検証します。もし両立できなければ、その反応は起こりえないと結論できます。
具体的な解説と立式
- エネルギー保存則の検証:
まず、この反応の質量欠損 \(\Delta m’\) を計算します。
$$\Delta m’ = (2 \times m_{{}_{1}^{2}\text{H}}) – m_{{}_{2}^{4}\text{He}} = (2 \times 2.0136) – 4.0015 = 4.0272 – 4.0015 = 0.0257 \, \text{u}$$
質量欠損は正の値であり、反応によって質量がエネルギーに変換されることを意味します。したがって、エネルギー保存則によれば、生成物である\({}_{2}^{4}\text{He}\)は運動エネルギーを持つはずです。 - 運動量保存則の検証:
反応前の系の全運動量はゼロです(等しい速さでの正面衝突のため)。運動量保存則により、反応後の系の全運動量もゼロでなければなりません。この反応の生成物は\({}_{2}^{4}\text{He}\)という1つの粒子のみなので、その運動量がゼロであるためには、その粒子は静止していなければなりません。 - 矛盾の指摘:
エネルギー保存則は「\({}_{2}^{4}\text{He}\)は運動エネルギーを持つ」と要求し、運動量保存則は「\({}_{2}^{4}\text{He}\)は静止し、運動エネルギーはゼロである」と要求します。この2つの要求は明らかに矛盾しており、両立不可能です。
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 運動量保存則
結論として、この反応はエネルギー保存則と運動量保存則を同時に満たすことができないため、起こりえません。反応後に少なくとも2つ以上の粒子が異なる方向に飛び出すことで、初めて運動量の和をゼロに保ったまま、各粒子が運動エネルギーを持つことが可能になります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 質量とエネルギーの等価性 (\(E=mc^2\)): (1)と(5)で中心的な役割を果たします。原子核反応でエネルギーが放出されるのは、反応前後の質量の差(質量欠損)がエネルギーに転化するためです。
- エネルギー保存則: (2)では反応前の運動エネルギーと核エネルギーの和が反応後の運動エネルギーの和に等しい、という形で、(3)ではクーロン力に打ち勝つための力学的エネルギー保存として、(5)では反応の可否を判定するために、多岐にわたって用いられます。
- 運動量保存則: (2)で反応後のエネルギー分配比を決めるため、そして(5)で反応が起こりえないことを証明するための決定的な法則です。特に「反応前の全運動量がゼロなら、反応後もゼロ」という点が重要です。
- クーロンの法則(静電エネルギー): (3)で、原子核同士が反発するエネルギーの大きさ(クーロン障壁)を定量化するために不可欠です。
- 分子運動論(\(E_k = \displaystyle\frac{3}{2}kT\)): (4)で、核融合という微視的な現象が起こるのに必要なエネルギーと、気体の温度という巨視的な量を結びつける橋渡しの役割を担います。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 「正面衝突」「静止からの分裂」という言葉: これは反応前の全運動量がゼロであることの強いシグナルです。この条件が読み取れたら、反応後の生成物が2つの場合、運動エネルギーの比は質量の逆比になるというショートカットテクニックが使え、計算が大幅に楽になります。
- 「反応が起こるための条件を求めよ」という問い: この種の問いは、多くの場合「エネルギー的な条件」に帰着します。(3)のように、反発力に打ち勝つ問題では、(初期の運動エネルギー) \(\geq\) (最も近づいたときのポテンシャルエネルギー)という力学的エネルギー保存の考え方で立式するのが定石です。
- 「この反応は起こりえない理由を説明せよ」という問い: この形式の証明問題は、エネルギー保存則と運動量保存則が両立しない(矛盾する)ことを示すのが王道パターンです。「もし反応が起こると仮定すると…」と出発し、両法則を適用した結果、矛盾が生じることを論理的に示しましょう。
- 粒子エネルギーと「温度」を結びつける問い: 粒子1個のエネルギーから気体全体の「温度」を問われたら、それは分子運動論の \(E_k = \displaystyle\frac{3}{2}kT\) を使うサインです。ミクロとマクロをつなぐ重要な公式として覚えておきましょう。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 【ミス】(2)で、核エネルギーだけを分配してしまう。
【対策】 反応後の粒子が使えるエネルギーは、(1)で発生した核エネルギーだけではありません。反応前に粒子が持っていた運動エネルギー(この問題では\(0.35 \times 2 \, \text{MeV}\))も合算した、系の全エネルギーを分配対象としなければなりません。 - 【ミス】(3)で、運動エネルギーを\(K_0\)としてしまう。
【対策】 衝突するのは2つの粒子であり、系全体の初期運動エネルギーは \(K_0 + K_0 = 2K_0\) です。片方の粒子のエネルギーだけで立式しないように注意しましょう。 - 【ミス】運動エネルギーの分配比を、質量の比にしてしまう。
【対策】 正しくは「逆比」です。これは運動量保存則 \(p_1=p_2\) から来ています。軽い粒子ほど速く飛び出すため、エネルギー(\(\propto mv^2\))は大きくなります。「軽い方がエネルギーをたくさんもらう」と覚えておきましょう。 - 【ミス】有効数字の見落とし。
【対策】 (1)の計算では、質量は有効数字5桁ですが、換算係数 \(9.3 \times 10^2\) は2桁です。計算結果は、最も桁数の少ないものに合わせるのがルールなので、答えは2桁の \(3.3 \, \text{MeV}\) となります。常に与えられた数値の有効数字を確認する癖をつけましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- (3)のクーロン障壁のイメージ: 横軸に原子核間の距離\(r\)、縦軸にポテンシャルエネルギー\(U\)をとったグラフをイメージします。\(U\)は\(r\)が小さいほど急激に高くなる「エネルギーの壁(山)」の形をしています。粒子はこの山に向かって運動エネルギーという”助走”をつけて駆け上がります。山の頂上(距離\(2r_0\)の点)を越える、というのが反応の条件です。
- (2)や(5)のベクトル図:
- 衝突前: 同じ長さの運動量ベクトルが、互いに逆向きに進んでくる図を描きます。これで全運動量がゼロであることが一目瞭然です。
- 衝突後(2): 2つの粒子(\({}_{2}^{3}\text{He}\)と\({}_{0}^{1}\text{n}\))が、やはり逆向きに同じ長さの運動量ベクトルを持って飛び去る図を描きます。
- 衝突後(5): 生成物が1粒子(\({}_{2}^{4}\text{He}\))のみ。運動量保存則を満たすには、この粒子の運動量ベクトルは長さゼロ、つまり静止するしかありません。この図を描けば、「エネルギーは放出されるはずなのに、粒子は動けない」という矛盾が視覚的に理解できます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 問われているのが「原子核反応での発生エネルギー」なら → 質量欠損 (\(E = \Delta m c^2\))
粒子の質量が与えられ、エネルギー放出を問う問題では、まずこの公式を思い出します。 - 問われているのが「ゼロ運動量衝突後のエネルギー分配」なら → 運動量保存則と逆比の法則
「正面衝突」「等しい運動エネルギー」といったキーワードから、反応前の全運動量がゼロと判断し、運動量保存則を適用します。結果として得られる「エネルギーの逆比分配」は、知っていれば強力な武器になります。 - 問われているのが「反発力に打ち勝つ最小エネルギー」なら → 力学的エネルギー保存則
これは「ポテンシャル障壁」を越える問題の典型です。運動エネルギーが位置エネルギーに変換される、というエネルギー保存の観点から立式します。 - 問われているのが「粒子のエネルギーに対応する温度」なら → 分子運動論 (\(E_k = \displaystyle\frac{3}{2}kT\))
ミクロな粒子のエネルギーと、マクロな系の温度を結びつける唯一の公式です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) エネルギー発生量: \(\Delta m = m_{\text{前}} – m_{\text{後}}\) を計算し、\(E = \Delta m \times (\text{換算係数})\) でエネルギーを求める。
- (2) エネルギー分配: 全エネルギー \(K_{\text{全}} = K_{\text{前}} + E\) を計算する。質量の逆比を使って、\(K_1 = K_{\text{全}} \times \displaystyle\frac{m_2}{m_1+m_2}\) のように分配する。
- (3) クーロン障壁: エネルギー保存則 \(2K_0 = U_{\text{クーロン}} = k_0 \displaystyle\frac{e^2}{2r_0}\) を立てて、\(K_0\) を求める。
- (4) 温度換算: \(K_0 = \displaystyle\frac{3}{2}kT\) の関係式に(3)の結果を代入し、\(T\) を求める。
- (5) 矛盾の証明:
- エネルギー保存則から「生成物は運動エネルギーを持つ(\(K_{\text{後}} > 0\))」ことを示す。
- 運動量保存則から「生成物は静止する(\(K_{\text{後}} = 0\))」ことを示す。
- 両者が矛盾するため、この反応は起こらないと結論づける。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 有効数字を常に意識する: 計算に使う数値の中で、最も有効数字の桁数が少ないものに、最終的な答えの桁数を合わせます。この問題では、多くの定数が有効数字2桁で与えられており、これが答えの精度を決めます。
- べき乗の計算を分離する: (4)のような複雑な計算では、\(9.0 \times 1.6^2 / (6 \times 1.4 \times 1.8)\) のような係数部分と、\(10^9 \times 10^{-38} / \dots\) のような10のべき乗部分を分けて計算すると、指数部分の足し算・引き算のミスが減り、検算もしやすくなります。
- 単位系を統一する: (4)では、エネルギー \(K_0\) の計算にはクーロン定数などSI単位系の定数を使うため、エネルギーの単位はジュール(\(\text{J}\))になります。ボルツマン定数 \(k\) も \(\text{J/K}\) なので、単位の整合性が取れていることを確認してから計算を進めましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- (1) 符号の確認: 「核融合反応」はエネルギーを放出する反応(発熱反応)なので、計算した質量欠損 \(\Delta m\) とエネルギー \(E\) は正の値になるはずです。もし負になったら、反応前後の質量を逆に引いてしまった可能性があります。
- (2) エネルギー分配の確認: 軽い粒子(中性子)の方が、重い粒子(\({}_{2}^{3}\text{He}\))よりも多くの運動エネルギーをもらっているか?(結果は \(3.0 \, \text{MeV} > 1.0 \, \text{MeV}\) であり、妥当です)
- (4) オーダー(桁数)の確認: 核融合に必要な温度は、一般に数千万度から数億度という超高温であることが知られています。計算結果が \(1.5 \times 10^9 \, \text{K}\)(15億ケルビン)と、非常に大きな値になっていることは、物理的に見て妥当なオーダーです。もし \(10^3\) のような小さな値が出たら、べき乗の計算ミスを疑いましょう。
- (5) 論理の確認: 「エネルギー保存則」と「運動量保存則」という物理学の大原則が矛盾する、という論法は非常に強力です。自分の説明が、この矛盾を明確に示せているか、筋道が通っているかを見直しましょう。
問題66 (広島大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、原子核反応におけるエネルギーの出入り(Q値)と、反応が起こるためのエネルギー条件(しきい値)について、発熱反応と吸熱反応の2つの側面から考察するものです。
- 核反応の一般式: \(X + a \rightarrow Y + b + Q\)
- Q値の定義: \(Q = (m_X + m_a)c^2 – (m_Y + m_b)c^2\)
- \(Q>0\): 発熱反応
- \(Q<0\): 吸熱反応
- しきい値: 吸熱反応を起こすために必要な入射粒子の最小運動エネルギー。
- パートI(発熱反応):
- 反応式: \({}^{6}\text{Li} + \text{n} \rightarrow \alpha + \gamma\)
- 質量: \({}^{6}\text{Li}\) (\(6.0135 \, \text{u}\)), \(\text{n}\) (\(1.0087 \, \text{u}\)), \(\alpha\) (\(4.0015 \, \text{u}\)), \(\gamma\) (\(3.0155 \, \text{u}\))
- 換算係数: \(1 \, \text{u} = 9.3 \times 10^2 \, \text{MeV}\)
- パートII(吸熱反応):
- 状況: 粒子\(a\)が静止した原子核\(X\)に衝突する。
- (1) 原子核\(\gamma\)の特定と、パートIの反応のQ値。
- (2) パートIの反応で、生成される\(\alpha\)粒子の運動エネルギー。
- (3) パートIIで、複合核形成時に内部エネルギーに変換されるエネルギー\(\Delta K\)の導出。
- (4) パートIIの吸熱反応における、しきい値の導出。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
原子核反応は、単に粒子が入れ替わるだけでなく、質量の変化を通じてエネルギーの放出(発熱)や吸収(吸熱)を伴います。このエネルギーの出入りを定量的に表すのが「Q値」です。パートIでは発熱反応を、パートIIでは吸熱反応を扱います。特にパートIIでは、運動量保存則があるために入射粒子の運動エネルギーの全てが反応に使えるわけではない、という点が重要な物理的洞察となります。
問 (1)
思考の道筋とポイント
まず質量数と原子番号の保存則を用いて未知の原子核\(\gamma\)を特定します。次に、反応物と生成物の質量の差(質量欠損)を計算し、与えられた換算係数を用いてエネルギー(Q値)に変換します。
具体的な解説と立式
未知の原子核\(\gamma\)の質量数を\(A\)、原子番号を\(Z\)とし、反応式に情報を加えます。
$${}_{3}^{6}\text{Li} + {}_{0}^{1}\text{n} \rightarrow {}_{2}^{4}\text{He} + {}_{Z}^{A}\gamma$$
質量数と原子番号の保存則より、
$$6 + 1 = 4 + A \quad \cdots ①$$
$$3 + 0 = 2 + Z \quad \cdots ②$$
Q値は、質量欠損 \(\Delta m = m_{\text{前}} – m_{\text{後}}\) から計算します。
$$\Delta m = (m_{^{6}\text{Li}} + m_{\text{n}}) – (m_{\alpha} + m_{\gamma}) \quad \cdots ③$$
$$Q = \Delta m \times (9.3 \times 10^2 \, \text{MeV/u}) \quad \cdots ④$$
使用した物理公式
- 質量数保存則
- 原子番号保存則
- Q値の定義(質量とエネルギーの等価性)
式①より \(A = 3\)、式②より \(Z = 1\) となり、原子核\(\gamma\)は三重水素(\({}_{1}^{3}\text{H}\))です。
次に、式③に質量値を代入します。
$$\Delta m = (6.0135 + 1.0087) – (4.0015 + 3.0155) = 7.0222 – 7.0170 = 0.0052 \, \text{u}$$
式④でエネルギーに換算します。
$$Q = 0.0052 \times (9.3 \times 10^2) = 4.836 \, \text{MeV}$$
有効数字2桁に丸めて、\(Q \approx 4.8 \, \text{MeV}\) となります。
原子核\(\gamma\)は三重水素(\({}_{1}^{3}\text{H}\))であり、この反応のQ値は約\(4.8 \, \text{MeV}\)です。Q値が正なので、発熱反応であることが確認できます。
問 (2)
思考の道筋とポイント
「十分遅い\(\text{n}\)が静止している\({}^{6}\text{Li}\)に衝突」とあるので、反応前の系は全体として静止していると見なせます。この場合、反応で発生したエネルギー\(Q\)が、すべて生成物の運動エネルギーの和となります。静止状態からの分裂なので、運動エネルギーは質量の逆比に分配されます。
具体的な解説と立式
生成される粒子の運動エネルギーの合計はQ値に等しくなります。
$$K_{\alpha} + K_{{}_{1}^{3}\text{H}} = Q \approx 4.8 \, \text{MeV} \quad \cdots ①$$
運動エネルギーは質量の逆比に分配されます。質量数の比(\(\alpha\)粒子:\({}_{1}^{3}\text{H}\) \(\approx 4:3\))で近似すると、エネルギーの比は \(K_{\alpha} : K_{{}_{1}^{3}\text{H}} \approx 3:4\) となります。この比率を用いて、\(\alpha\)粒子の運動エネルギー\(K_{\alpha}\)を求めます。
$$K_{\alpha} = Q \times \displaystyle\frac{3}{3+4} \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 運動量保存則(及びそこから導かれる運動エネルギーの逆比分配則)
式②に \(Q \approx 4.8 \, \text{MeV}\) を代入します。
$$K_{\alpha} = 4.8 \times \displaystyle\frac{3}{7} \approx 2.057 \, \text{MeV}$$
有効数字2桁で答えると、\(K_{\alpha} \approx 2.1 \, \text{MeV}\) となります。
- 反応で生まれたエネルギー\(4.8 \, \text{MeV}\)を、\(\alpha\)粒子と\({}_{1}^{3}\text{H}\)で分け合います。
- 静止状態からの分裂なので、軽い方が多くのエネルギーをもらいます。質量の比が約\(4:3\)なので、エネルギーは逆の比の\(3:4\)で分け合います。
- \(\alpha\)粒子(質量\(4\)の方)は、全体の \(3+4=7\) のうち \(3\) の割合をもらうので、\(4.8 \, \text{MeV} \times \frac{3}{7}\) を計算します。
問 (3)
思考の道筋とポイント
粒子\(a\)が静止している原子核\(X\)に衝突し、一体となる「複合核」を考えます。この非弾性衝突では運動量は保存されますが、運動エネルギーは保存されません。運動量保存則から複合核の速さ\(v\)を求め、衝突前の運動エネルギーと衝突後の運動エネルギーの差 \(\Delta K\) を計算します。この\(\Delta K\)が、反応に利用できる内部エネルギーとなります。
具体的な解説と立式
運動量保存則より、複合核の速さ\(v\)は次式で与えられます。
$$m_a v_a = (m_a + m_X)v \quad \rightarrow \quad v = \displaystyle\frac{m_a}{m_a + m_X}v_a$$
エネルギー差\(\Delta K\)は、衝突前の運動エネルギーから複合核の運動エネルギーを引いたものです。
$$\Delta K = \displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2 – \displaystyle\frac{1}{2}(m_a + m_X)v^2 \quad \cdots ①$$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- 運動エネルギーの定義
式①に\(v\)の式を代入し、共通項 \(\displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2\) でくくります。
$$\Delta K = \displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2 – \displaystyle\frac{1}{2}(m_a + m_X) \left( \displaystyle\frac{m_a}{m_a + m_X}v_a \right)^2$$
$$\Delta K = \displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2 \left( 1 – \displaystyle\frac{m_a}{m_a + m_X} \right) = \displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2 \left( \displaystyle\frac{m_X}{m_a + m_X} \right)$$
したがって、
$$\Delta K = \displaystyle\frac{m_a m_X v_a^2}{2(m_a + m_X)}$$
問 (4)
思考の道筋とポイント
吸熱反応(\(Q<0\))では、反応に \(|Q| = -Q\) のエネルギーが不足しています。この不足分は、衝突によって生み出される内部エネルギー\(\Delta K\)で補う必要があります。反応が起こるための最小条件(しきい値)は、この利用可能なエネルギー\(\Delta K\)が、ちょうどエネルギーの不足分\(-Q\)に等しくなるときです。
具体的な解説と立式
しきい値の条件は \(\Delta K = -Q\) です。この式に(3)の結果を代入します。
$$\displaystyle\frac{m_X}{m_a + m_X} \left( \displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2 \right) = -Q \quad \cdots ①$$
この反応のしきい値とは、入射粒子\(a\)の運動エネルギー \(K_a = \displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2\) のことなので、この式を \(K_a\) について解きます。
使用した物理公式
- エネルギー保存の考え方
- 設問(3)で導出した関係式
式①の両辺に \(\displaystyle\frac{m_a + m_X}{m_X}\) を掛けて、しきい値 \(\displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2\) を求めます。
$$\displaystyle\frac{1}{2}m_a v_a^2 = – \displaystyle\frac{m_a + m_X}{m_X} Q$$
吸熱反応のしきい値は \(-\displaystyle\frac{m_a + m_X}{m_X}Q\) となります。この値は、不足エネルギー\(-Q\)よりも必ず大きくなります。これは運動量保存の制約から、入射エネルギーの一部が反応に利用されずに系全体の運動エネルギーとして残るため、その分だけ余計にエネルギーが必要になることを意味しています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 質量とエネルギーの等価性(Q値の概念): (1)で発熱量を、(4)でエネルギーの不足分を計算する際の根幹です。反応前後の質量差がエネルギーに転化する(あるいはエネルギーが質量に転化する)という、核物理の基本中の基本です。
- 運動量保存則: この問題の最も重要な鍵です。(2)では、静止系からの分裂におけるエネルギー分配のルールを導き出します。さらに(3)(4)では、入射粒子の運動エネルギーが全ては反応に使えない理由、すなわち衝突後も系全体が運動量を持ち続けなければならないという制約の根源となり、「しきい値」という概念を生み出します。
- エネルギー保存則: (2)では放出エネルギーが生成物の運動エネルギーになるという形で、(4)では「反応に利用可能なエネルギー \(\Delta K\)」が「反応に必要なエネルギー \(-Q\)」を補うという形で、問題全体を通してエネルギーの収支を考える上で不可欠です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 「しきい値エネルギー」というキーワード: この言葉が出てきたら、それは「吸熱反応(\(Q<0\))」であり、かつ「運動量保存則の考慮が必要」というサインです。答えが単純に \(-Q\) にはならないことを即座に予見し、(3)(4)のような手順で「反応に利用可能なエネルギー」を考える必要があります。しきい値 \(K_{th}\) の一般式 \(K_{th} = -Q \left( 1 + \displaystyle\frac{m_a}{m_X} \right)\) は非常に強力な結果です。
- 「複合核」というモデル: 衝突粒子がターゲットと一度合体する、という「複合核」モデルは、非弾性衝突を分析する際の典型的な手法です。このモデルが出てきたら、解法の流れは「①運動量保存則で複合核の速度\(v\)を決定 → ②衝突前後での運動エネルギーの差(=内部エネルギーに転化可能なエネルギー)を計算」という定石パターンを思い出しましょう。
- 最初にQ値の符号を確認する: 問題が発熱反応か吸熱反応かで、その後のアプローチが全く異なります。まずは質量欠損を計算してQ値の正負を判断し、(2)のようにエネルギーを分配する問題なのか、(4)のようにエネルギーの不足を補う問題なのか、全体の方針を立てることが重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 【最大の誤解】しきい値エネルギーは \(-Q\) である。
【対策】 これは最も典型的な間違いです。入射粒子の運動エネルギーは、衝突後の系全体の運動量を保存するためにも使われるため、全てが反応エネルギーに転化できるわけではありません。運動量保存則がある限り、しきい値は必ず \(-Q\) より大きくなる、と肝に銘じましょう。 - 【混同】Q値の計算で質量数を使ってしまう。
【対策】 (1)のQ値の計算では、微小な質量差がエネルギーになるため、必ず与えられた精密な質量(\(u\)単位)を使用してください。質量数を使うと、質量欠損がゼロになってしまいます。(2)のエネルギー比の計算では、質量の「比」が重要なので、質量数による近似が有効です。計算の目的によって、どちらの値を使うべきか明確に区別しましょう。 - 【誤解】(3)の \(\Delta K\) が「失われた」エネルギーである。
【対策】 \(\Delta K\) は、マクロな運動エネルギーとしては失われましたが、物理的に消滅したわけではありません。複合核の内部エネルギー(質量エネルギーや励起エネルギー)に「転化」したエネルギーです。このエネルギーこそが、吸熱反応の不足分を補うために利用できる「有効な」エネルギーとなります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- エネルギーの2つの「財布」のイメージ((3)と(4)):
- 入射粒子が持つ運動エネルギー \(K_a\) を「元の財布」とします。
- 静止している原子核との衝突後、このお金は2つの財布に分けられます。一つは「全体の移動のための財布」(複合核の運動エネルギー)。もう一つは「反応に使える財布」(内部エネルギーに転化された \(\Delta K\))。
- 吸熱反応という \(|Q|\) の「借金」を返済するには、「反応に使える財布」のお金(\(\Delta K\))を使わなければなりません。しきい値の問題は、この借金をちょうど返せるように、元の財布 \(K_a\) にいくら入れておけばよいか、という問題なのです。
- 「重心系」という魔法のメガネ:
普段我々が見ている実験室系では、粒子\(a\)が動き、原子核\(X\)が止まっています。しかし、この系の重心と一緒に動く「重心系」という魔法のメガネをかけて見ると、\(a\)と\(X\)が互いに向かってきて衝突するように見えます。このメガネの世界では、全運動量は常にゼロです。そして、この世界での全運動エネルギーが、実は実験室系で計算した「反応に使えるエネルギー \(\Delta K\)」と等しくなります。これにより、\(\Delta K\) がなぜ重要なのかをより深く理解できます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 「核反応で出入りするエネルギーは?」と問われたら → Q値の定義式
\(Q = (m_{\text{前}} – m_{\text{後}})c^2\) は、核反応のエネルギー収支を定義する基本式です。 - 「衝突」「分裂」「合体」が起きたら → まずは運動量保存則
これは相互作用の前後をつなぐ最も基本的な法則です。エネルギーを考える前に、まず運動量の保存を考えるのが鉄則です。 - 「静止しているターゲットへの衝突」で「しきい値」を問われたら → 運動量保存則から\(\Delta K\)を導出
エネルギー保存則だけでは解けない問題の典型です。運動量保存という「制約」を考慮して、本当に反応に使えるエネルギー(\(\Delta K\))がいくらになるのかを、(3)のように導出するプロセスが必須となります。 - 「しきい値の条件式は?」と問われたら → \(\Delta K = -Q\)
これは物理的な洞察に基づく条件式です。「反応に使えるエネルギー」が「反応に必要なエネルギー」をちょうど満たす、という論理的な帰結です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- パートI(発熱反応)
- 質量数・原子番号の保存則で、未知の粒子を特定する。
- 質量欠損からQ値を計算し、\(Q>0\)を確認する。
- 静止系からの分裂なので、運動エネルギーを質量の逆比でQ値から分配する。
- パートII(吸熱反応のしきい値)
- 第一段階として、入射粒子と標的核が一体化する「複合核」モデルを考える。
- 運動量保存則を適用して、複合核の速度\(v\)を求める。
- 衝突前の運動エネルギーと複合核の運動エネルギーの差 \(\Delta K\)(=反応に利用可能なエネルギー)を計算する。
- しきい値の条件として、\(\Delta K = -Q\)(不足エネルギー)という等式を立てる。
- この等式を、入射粒子の運動エネルギー(=しきい値)について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式の変形を丁寧に行う: (3)や(4)の導出は、やや複雑な文字式の計算を含みます。焦らず、一行ずつ丁寧に式を変形させることで、符号や添字の間違いを防ぎます。特に、2乗の展開や分数の整理は慎重に行いましょう。
- 符号のチェック: 吸熱反応では \(Q\) は負の値です。一方、しきい値(運動エネルギー)は正の値でなければなりません。最終的に得られた式 \(K_{th} = -\displaystyle\frac{m_a+m_X}{m_X}Q\) は、負の数である \(Q\) に負号がついているため、全体として正の値となり、物理的に妥当です。常に答えの符号が物理的意味と合っているか確認しましょう。
- 最後まで文字で計算する: この問題のように、最終的な答えを文字式で表現する設問では、途中で数値を代入する必要はありません。最後まで変数(\(m_a, m_X\)など)のまま計算を進めることで、思考がクリアになり、間違いも減ります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- (2) エネルギー分配の妥当性: 計算結果では、軽い方の\({}_{1}^{3}\text{H}\)が \(約2.7 \, \text{MeV}\)、重い方の\(\alpha\)粒子が \(約2.1 \, \text{MeV}\) のエネルギーを得ています。軽い粒子がより多くのエネルギーを得る、という結果は物理的に正しいです。
- (4) しきい値の大きさの妥当性: 導出したしきい値 \(K_{th} = -Q\left(1+\displaystyle\frac{m_a}{m_X}\right)\) は、エネルギーの不足分 \(-Q\) よりも大きいことがわかります。これは、「運動量を保存するためにエネルギーの一部が消費されるので、不足分より多くのエネルギーが必要だ」という物理的直観と一致しており、非常に妥当な結果と言えます。
- 極限を考える: もし標的核が非常に重かったら(\(m_X \rightarrow \infty\))、しきい値の式はどうなるでしょう? \(m_a/m_X \rightarrow 0\) となるため、\(K_{th} \rightarrow -Q\) となります。これは、動かない壁にボールをぶつけるようなもので、運動エネルギーのほぼ全てを内部エネルギーに変換できる状況に対応しており、導出した式が極端な場合でも正しく振る舞うことを示しています。
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