「名問の森」徹底解説(61〜63問):未来の得点力へ!完全マスター講座【波動Ⅱ・電磁気・原子】

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問題61 (名古屋大+大阪公立大)

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、壮大な宇宙を舞台にしていますが、その中身は「原子物理」「波動」「力学」という、高校物理の3つの重要分野の知識を組み合わせることで解ける、非常に優れた総合問題です。一見複雑な天体の運動も、基本的な物理法則を一つずつ適用していくことで、その正体を解き明かすことができます。

与えられた条件
  • 天体の運動: 質量が等しい2つの星(連星)が、共通の中心の周りを半径 \(r\)、速さ \(v\) で等速円運動している。
  • 観測事実:
    • \(t=0\): 波長 \(\lambda\) のスペクトル線が1本観測される。
    • \(t=t_0\): 波長 \(\lambda-\beta\) と \(\lambda+\beta\) のスペクトル線が2本観測される。
    • \(t=2t_0\): 再び波長 \(\lambda\) のスペクトル線が1本観測される。
  • スペクトルの情報:
    • 観測された光は、水素原子の線スペクトル。
    • エネルギー準位の式: \(E_n = -hcR/n^2\)
    • 波長 \(\lambda\) は、バルマー系列で最も波長の長いもの。
  • 物理定数: 光速 \(c\)、プランク定数 \(h\)、万有引力定数 \(G\)、リュードベリ定数 \(R\)。
問われていること
  • (1)-(3) 水素原子のスペクトルに関する物理量(波長、イオン化エネルギー)。
  • (4)-(6) 連星系の運動に関する物理量(周期 \(T\)、速さ \(v\)、半径 \(r\)、質量 \(m\))。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この一問を解き終える頃には、天文学者がどうやって星の質量や速さを知るのか、その驚くべき手法の基礎を体験できます。

問題は大きく分けて2つのパートから構成されています。

  1. 原子物理パート (1)~(3): まずは「観測された光が、そもそもどんな光なのか」を特定します。水素原子のエネルギー準位の知識が主役です。
  2. 天体物理パート (4)~(6): 次に、その光の波長が時間と共に変化する様子(ドップラー効果)を手がかりに、星の周期的な運動(円運動)を解析し、速さや質量といった天体の正体に迫ります。

一見、分野が多岐にわたりますが、一つ一つの現象は高校物理の基本法則に基づいています。壮大な謎解きを一緒に楽しんでいきましょう!

問 (1)

思考の道筋とポイント
「バルマー系列」とは、電子が \(n>2\) のエネルギー準位から \(n=2\) の準位へ遷移するときに放出される光のグループです。その中で「最も波長が長い」光は、波の性質 \(c=\nu\lambda\) より振動数が最も小さく、光子のエネルギー \(E=h\nu\) も最小となります。エネルギーが最小となる遷移は、エネルギー準位の「段差」が最も小さい遷移、つまり隣り合う準位からの遷移です。したがって、\(n=3\) から \(n=2\) への遷移であると特定できます。
具体的な解説と立式
光子が放出される際のエネルギー保存則(振動数条件)は、
$$h\frac{c}{\lambda} = E_{\text{遷移前}} – E_{\text{遷移後}}$$
です。今回の \(n=3 \rightarrow n=2\) の遷移に、問題で与えられたエネルギー準位の式 \(E_n = -hcR/n^2\) を適用します。
$$h\frac{c}{\lambda} = E_3 – E_2 = \left( -\frac{hcR}{3^2} \right) – \left( -\frac{hcR}{2^2} \right) \quad \cdots ①$$
この式を \(\lambda\) について解きます。

使用した物理公式

  • 振動数条件: \(h\nu = h\displaystyle\frac{c}{\lambda} = E_{n_1} – E_{n_2}\)
  • 水素原子のエネルギー準位: \(E_n = -hcR/n^2\)
計算過程

式①の右辺を計算します。
$$h\frac{c}{\lambda} = -hcR \left( \frac{1}{9} – \frac{1}{4} \right) = -hcR \left( \frac{4-9}{36} \right) = hcR \frac{5}{36}$$
両辺の \(hc\) を消去すると、
$$\frac{1}{\lambda} = \frac{5R}{36}$$
これを \(\lambda\) について解くと、
$$\lambda = \frac{36}{5R}$$

計算方法の平易な説明

水素原子が出す光の波長は、電子がどのエネルギー準位からどの準位へジャンプしたかで決まります。「バルマー系列」と聞いたら「ゴールは \(n=2\)」、「最も波長が長い」と聞いたら「一番段差の小さいジャンプ(スタートは \(n=3\))」と翻訳しましょう。あとは、エネルギーの差を計算する公式に \(n=3\) と \(n=2\) を代入すれば、波長が計算できます。

結論と吟味

波長 \(\lambda\) はリュードベリ定数 \(R\) を用いて \(\lambda = 36/(5R)\) と表せます。これはHα線として知られる、可視光領域の赤い光に対応します。

解答 (1) \(\displaystyle\lambda = \frac{36}{5R}\)

問 (2)

思考の道筋とポイント
問(1)とは逆に、「バルマー系列の中で最も短い波長」を求めます。これは、エネルギーが最大の光子に対応します。\(n=2\) への遷移の中でエネルギー差が最大になるのは、最もエネルギーが高い状態、つまり電子が原子核の束縛から解放される寸前の状態である \(n=\infty\) の準位からの遷移です。
具体的な解説と立式
\(n=\infty \rightarrow n=2\) の遷移を考えます。振動数条件の式は、
$$h\frac{c}{\lambda_{\text{min}}} = E_{\infty} – E_2 \quad \cdots ②$$
\(n=\infty\) のとき、エネルギー準位は \(E_\infty = 0\) となります。これを式②に代入します。
$$h\frac{c}{\lambda_{\text{min}}} = 0 – \left( -\frac{hcR}{2^2} \right) = \frac{hcR}{4}$$

計算過程

上の式から、
$$\frac{1}{\lambda_{\text{min}}} = \frac{R}{4} \quad \rightarrow \quad \lambda_{\text{min}} = \frac{4}{R}$$
問題では \(\lambda\) を用いて表すことが求められています。(1)の結果 \(R = 36/(5\lambda)\) をこの式に代入します。
$$\lambda_{\text{min}} = 4 \cdot \frac{1}{R} = 4 \cdot \frac{5\lambda}{36} = \frac{5}{9}\lambda$$

計算方法の平易な説明

「最短波長」は「最大エネルギー」の裏返しです。バルマー系列(ゴールが \(n=2\))で最大のエネルギーを持つ光は、最も遠い場所(スタートが \(n=\infty\))からのジャンプに対応します。この条件で波長を計算し、最後に(1)で求めた関係式を使って、文字 \(R\) を \(\lambda\) に書き換えます。

結論と吟味

バルマー系列の最短波長は \(\lambda_{\text{min}} = (5/9)\lambda\) です。\(5/9 < 1\) なので、\(\lambda_{\text{min}} < \lambda\) となり、(1)の「最も波長の長い」という設定と矛盾しない、妥当な結果です。

解答 (2) \(\displaystyle\lambda_{\text{min}} = \frac{5}{9}\lambda\)

問 (3)

思考の道筋とポイント
「イオン化エネルギー」とは、原子が最も安定な状態(基底状態)にあるときに、そこから電子を1個完全に引き離してイオンにするために必要なエネルギーのことです。ボーア模型では、基底状態は \(n=1\)、電子が完全に引き離された状態は原子核の束縛が及ばなくなる無限遠、すなわち \(n=\infty\) に対応します。
具体的な解説と立式
イオン化エネルギー \(I\) は、\(n=1 \rightarrow n=\infty\) の遷移に必要なエネルギーなので、
$$I = E_{\infty} – E_1 \quad \cdots ③$$
\(E_\infty = 0\) と \(E_1 = -hcR/1^2 = -hcR\) を代入します。
$$I = 0 – (-hcR) = hcR$$

計算過程

\(I=hcR\) という結果が得られましたが、問題では \(c, h, \lambda\) で表すことが求められています。(1)の結果 \(\lambda = 36/(5R)\) を \(R\) について解くと \(R = 36/(5\lambda)\) となります。これを \(I\) の式に代入します。
$$I = hc \left( \frac{36}{5\lambda} \right) = \frac{36hc}{5\lambda}$$

計算方法の平易な説明

イオン化とは、基底状態(\(n=1\)の部屋)にいる電子を、建物の外(\(n=\infty\))に連れ出すことです。この「引っ越し」に必要なエネルギーを計算します。エネルギーを計算すると \(hcR\) という形になりますが、解答は \(\lambda\) を使って書くルールなので、(1)で見つけた \(R\) と \(\lambda\) の関係式を使って \(R\) を \(\lambda\) に書き換えます。

結論と吟味

水素のイオン化エネルギーは \(I = 36hc/(5\lambda)\) と表せます。エネルギーの次元を持っていることを確認できます。

解答 (3) \(\displaystyle I = \frac{36hc}{5\lambda}\)

問 (4)

思考の道筋とポイント
観測されたスペクトルの時間変化から、連星の周期を読み解きます。

  • \(t=0\): 波長 \(\lambda\) の線が1本。これは、2つの星からの光の波長が変化していない、つまりドップラー効果が起きていない状態です。円運動において、速度ベクトルが観測者の視線方向と完全に垂直になるとき、視線方向の速度成分が0になるため、ドップラー効果は生じません。
  • \(t=2t_0\): 再び波長 \(\lambda\) の線が1本。これもドップラー効果がない状態です。

\(t=0\) の状態から、再び同じ(ドップラー効果がない)状態になるまで \(2t_0\) の時間がかかっています。図を見ると、\(t=2t_0\) のとき、2つの星は \(t=0\) の位置からちょうど半周した位置に来ています。
具体的な解説と立式
\(t=0\) から \(t=2t_0\) までの時間が、円運動の半周期(半周するのにかかる時間)に相当します。
$$\frac{T}{2} = 2t_0 \quad \cdots ④$$
ここで \(T\) は円運動の周期です。

計算過程

式④の両辺を2倍して、周期 \(T\) を求めます。
$$T = 4t_0$$

計算方法の平易な説明

スペクトル線の変化は、星の運動の様子を映す鏡です。「線が1本」のときは、星が真横に動いている瞬間。「線が2本」のときは、星がこちらに向かってくるか、遠ざかっている瞬間です。円運動では「真横に動く」瞬間は半周ごとにやってきます。問題では、\(t=0\) から \(t=2t_0\) で再び「真横に動く」状態になったので、\(2t_0\) が半周分の時間だとわかります。したがって、1周分の時間(周期)はその2倍です。

結論と吟味

円運動の周期は \(T = 4t_0\) です。観測された時間情報から、天体の周期という基本的な物理量を決定できました。

解答 (4) \(T = 4t_0\)

問 (5)

思考の道筋とポイント
波長の変化 \(\beta\) はドップラー効果によって生じます。\(t=t_0\) のとき、スペクトルは \(\lambda-\beta\) と \(\lambda+\beta\) の2本に分離しており、これはドップラー効果が最大になっていることを示します。このとき、一方の星は速さ \(v\) で観測者に最も近づいており(波長が縮む:\(\lambda-\beta\))、もう一方は速さ \(v\) で最も遠ざかっています(波長が伸びる:\(\lambda+\beta\))。近づいてくる星に着目し、ドップラー効果の公式を適用して速さ \(v\) を求めます。
具体的な解説と立式
光源が速さ \(v\) で観測者に近づくときのドップラー効果の公式は、
$$f’ = \frac{c}{c-v}f$$
です。ここで \(f\) は元の振動数、\(f’\) は観測される振動数です。
\(f=c/\lambda\) の関係を使って、この式を波長で書き換えます。
$$\frac{c}{\lambda’} = \frac{c}{c-v} \frac{c}{\lambda}$$
観測される波長は \(\lambda’ = \lambda – \beta\) なので、
$$\frac{c}{\lambda – \beta} = \frac{c}{c-v} \frac{c}{\lambda} \quad \cdots ⑤$$
この式を \(v\) について解きます。

使用した物理公式

  • ドップラー効果: \(f’ = \displaystyle\frac{c}{c-v}f\) (光源が近づく場合)
計算過程

式⑤の両辺を \(c\) で割り、整理します。
$$\frac{1}{\lambda – \beta} = \frac{c}{(c-v)\lambda}$$
クロス乗算(たすき掛け)をします。
$$(c-v)\lambda = c(\lambda – \beta)$$
$$c\lambda – v\lambda = c\lambda – c\beta$$
両辺の \(c\lambda\) を消去すると、
$$-v\lambda = -c\beta$$
$$v = \frac{c\beta}{\lambda}$$

計算方法の平易な説明

波長のズレ \(\beta\) は、星の速さ \(v\) によって生じます。救急車のサイレンと同じで、近づいてくるときは音が高く(波長が短く)聞こえます。この波長の変化量と星の速さの関係を結びつけるのがドップラー効果の公式です。公式に、元の波長 \(\lambda\) と変化後の波長 \(\lambda-\beta\) を代入して、未知数である速さ \(v\) を求めます。

結論と吟味

星の速さは \(v = (\beta/\lambda)c\) です。波長のずれの割合 \((\beta/\lambda)\) が、光速 \(c\) に対する星の速さの割合 \((v/c)\) に等しいという、ドップラー効果の近似式としてもよく知られた、きれいな関係が得られました。

解答 (5) \(\displaystyle v = \frac{\beta}{\lambda}c\)

問 (6)

思考の道筋とポイント
半径 \(r\) と質量 \(m\) という、力学的な量を求めます。

  1. 半径 \(r\): (4)で周期 \(T\)、(5)で速さ \(v\) が求まっているので、等速円運動の基本的な関係式 `周期 = (円周の長さ) / (速さ)` から \(r\) を計算できます。
  2. 質量 \(m\): 質量が関係する法則は、運動方程式です。星が円運動を続けられるのは、もう一方の星からの万有引力が向心力として働いているからです。この力のつり合いの式を立てることで、質量 \(m\) を求めます。ここで最も注意すべき点は、2つの星の間の距離が \(2r\) になることです。

具体的な解説と立式

  • 半径 r の計算:
    周期 \(T\)、速さ \(v\)、半径 \(r\) の関係は、
    $$T = \frac{2\pi r}{v}$$
    これを \(r\) について解くと、
    $$r = \frac{vT}{2\pi} \quad \cdots ⑥$$
    この式に、(4)で求めた \(T=4t_0\) と、(5)で求めた \(v = (\beta/\lambda)c\) を代入します。
  • 質量 m の計算:
    1つの星に働く万有引力 \(F\) が、円運動の向心力として作用します。2つの星の質量はともに \(m\) で、星間の距離は \(r+r=2r\) です。したがって、
    $$F = G\frac{m \cdot m}{(2r)^2} = G\frac{m^2}{4r^2}$$
    円運動の運動方程式は \(m a = F\) で、向心加速度は \(a = v^2/r\) なので、
    $$m\frac{v^2}{r} = G\frac{m^2}{4r^2} \quad \cdots ⑦$$
    この式を \(m\) について解きます。

使用した物理公式

  • 等速円運動: \(T = 2\pi r/v\)
  • 運動方程式: \(ma=F\) (向心加速度 \(a=v^2/r\))
  • 万有引力の法則: \(F=G m_1 m_2 / d^2\)
計算過程
  • 半径 r の計算:
    式⑥に \(T=4t_0\) と \(v=(\beta/\lambda)c\) を代入します。
    $$r = \frac{1}{2\pi} \left( \frac{\beta c}{\lambda} \right) (4t_0) = \frac{2\beta c t_0}{\pi \lambda}$$
  • 質量 m の計算:
    式⑦を \(m\) について整理します。まず両辺の \(m\) を1つ消去し、\(r\) も1つ消去します。
    $$\frac{v^2}{1} = G\frac{m}{4r}$$
    これを \(m\) について解くと、
    $$m = \frac{4rv^2}{G}$$
    この式に、上で求めた \(r\) と、(5)の \(v\) を代入します。
    $$m = \frac{4}{G} \left( \frac{2\beta c t_0}{\pi \lambda} \right) \left( \frac{\beta c}{\lambda} \right)^2$$
    $$m = \frac{8\beta c t_0}{\pi G \lambda} \frac{\beta^2 c^2}{\lambda^2} = \frac{8t_0}{\pi G} \left( \frac{\beta c}{\lambda} \right)^3$$
計算方法の平易な説明

半径 \(r\) は、速さと周期がわかっているので、「速さ×時間=距離」の応用で `(円周) = vT` から計算できます。質量 \(m\) は、ニュートンの運動方程式 \(ma=F\) から求めます。この場合の力 \(F\) は星どうしが引き合う「万有引力」です。注意点は、星と星の間の距離は \(2r\) なので、万有引力の式の距離の部分に \(2r\) を代入することです。

結論と吟味

円運動の半径は \(r = 2\beta ct_0 / (\pi\lambda)\)、星の質量は \(m = (8t_0 / (\pi G)) \cdot (\beta c/\lambda)^3\) となります。観測できる量(\(t_0\), \(\beta\), \(\lambda\))から、直接見ることのできない星の半径や質量といった物理量を決定できる、物理学の強力さを示す結果です。

解答 (6) 半径: \(\displaystyle r = \frac{2\beta c t_0}{\pi \lambda}\)、 質量: \(\displaystyle m = \frac{8t_0}{\pi G} \left( \frac{\beta c}{\lambda} \right)^3\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 水素原子のスペクトル系列: エネルギー準位の式 \(E_n = -hcR/n^2\) を元に、バルマー系列 (\(n=2\)への遷移) など、特定の遷移に対応する光の波長を計算する能力。
  • 光のドップラー効果: 光源が動くことで波長が変化する現象。特に、観測される波長の変化 \(\beta\) から光源の視線方向の速さ \(v\) を求める関係式 \(v/c = \beta/\lambda\) の導出と適用。
  • 連星系の円運動と万有引力: 2つの星が万有引力を向心力として、共通の中心の周りを円運動しているという物理モデルを正しく数式化(\(mv^2/r = Gm^2/(2r)^2\))する能力。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
    • 天体の物理量推定: この問題は、天文学で実際に使われる「分光連星」の解析の基礎です。遠方の天体のスペクトル線を観測するだけで、その天体の公転周期、速度、質量、軌道サイズなどを知ることができます。
    • 他の原子・イオンへの応用: 前半の原子物理パートは、ヘリウムイオン (He+) など、電子が1個の他の原子(水素様原子)のスペクトル解析にも応用できます。
  • 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
    1. スペクトル線の「本数」の変化に注目する: 線が1本から2本へ、そしてまた1本へ、という変化は周期的な運動を示唆しています。1本のときはドップラー効果が0、2本のときはドップラー効果が最大になる円運動の特定の位置に対応すると考えます。
    2. 問題文をパートに分解する: 「原子のスペクトル」に関する問いと、「天体の運動」に関する問いを明確に区別します。それぞれで使う物理法則が異なるため、頭を切り替えて取り組むと混乱が少なくなります。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • ミス: 連星間の万有引力の計算で、距離を \(r\) と間違える。
    • 現象: 2つの星がそれぞれ半径 \(r\) で運動しているため、星と星の距離も \(r\) だと錯覚してしまう。
    • 対策: 必ず簡単な図を描きましょう。中心から片方の星までが \(r\)、もう片方の星までが \(r\) なので、星間の距離は \(2r\) であることが一目瞭然です。運動方程式を立てる際に、この \(2r\) を万有引力の法則の距離に代入する必要があります。
  • ミス: 「最も波長が長い/短い」と「エネルギーが最小/最大」の対応を逆にする。
    • 現象: 波長とエネルギーの関係 \(E=hc/\lambda\) が瞬時に出てこない場合に起こります。
    • 対策: 「波長が長い」⇔「振動数が小さい」⇔「エネルギーが小さい」という連想を常に意識しましょう。エネルギー準位図で「最も狭い間隔の遷移」を探すことと同じです。
  • ミス: ドップラー効果の公式の符号を間違える。
    • 現象: 近づく場合と遠ざかる場合で、分母が \(c-v\) なのか \(c+v\) なのか混乱する。
    • 対策: 「近づくと波長は縮む(短くなる)」という現象から考えましょう。\(λ’ < λ\) となるためには、\(λ’ = (c-v)/c \cdot λ\) のように、分子が \(c-v\) になるはず、と物理的な結果から公式を再構成できます。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • 観測事実と運動を結びつける: この問題の醍醐味は、スペクトル線という静的なデータと、その時間変化から、頭の中で2つの星がくるくる回るダイナミックな動画を再構築する点にあります。\(t=0\) の図(星が上下に動いている)、\(t=t_0\) の図(星が左右に動いている)を、円軌道上の特定の位置としてマッピングする図解が非常に有効です。
  • エネルギー準位図の活用: (1)や(2)のようなスペクトル系列の問題では、横線でエネルギー準位を描いた簡単な「準位図」を余白に描くと効果的です。どの準位からどの準位への遷移なのかを矢印で示すことで、考えるべきエネルギー差が視覚的にわかり、ミスを防げます。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • \(hc/\lambda = E_A – E_B\) (振動数条件):
    • 選定理由: (1)~(3)は「水素の線スペクトル」という、原子からの光の放出を扱っています。これは、原子内の電子がエネルギー準位を遷移し、その差額が光子として放出される現象なので、この公式が現象を記述する根幹となります。
  • ドップラー効果の公式:
    • 選定理由: (5)では、観測される波長が \(\lambda\) から \(\lambda\pm\beta\) へと「変化」しています。光源(星)が運動しているため、この波長変化はドップラー効果であると判断し、対応する公式を選択します。
  • \(T = 2\pi r/v\) と \(ma = F\) (円運動の法則):
    • 選定理由: (4),(6)では「等速円運動」というキーワードが登場します。周期・速さ・半径の関係式や、運動方程式(向心力=外力)は、円運動を解析するための基本ツールセットであり、これらを選択します。
  • \(F = G m_1 m_2 / d^2\) (万有引力の法則):
    • 選定理由: (6)の円運動の力の源は、星同士が及ぼしあう重力です。したがって、運動方程式の力の項 \(F\) として、万有引力の法則の公式を適用します。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. 【原子物理パート】
    1. (1) 「バルマー系列」「最長波長」→ \(n=3\rightarrow2\) の遷移と特定。\(hc/\lambda = E_3 – E_2\) を計算。
    2. (2) 「バルマー系列」「最短波長」→ \(n=\infty\rightarrow2\) の遷移と特定。\(hc/\lambda_{\text{min}} = E_\infty – E_2\) を計算。
    3. (3) 「イオン化エネルギー」→ \(n=1\rightarrow\infty\) の遷移と特定。\(I = E_\infty – E_1\) を計算。
  2. 【天体物理パート】
    1. (4) 観測事実から \(t=0\) と \(t=2t_0\) が半周分の運動に対応すると解釈し、周期 \(T = 4t_0\) を導出。
    2. (5) \(t=t_0\) での波長変化 \(\beta\) にドップラー効果の公式を適用し、速さ \(v\) を導出。
    3. (6) まず \(T=2\pi r/v\) の関係から半径 \(r\) を計算。次に、運動方程式 \(mv^2/r = Gm^2/(2r)^2\) を立て、質量 \(m\) を導出。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 文字式の整理: (6)の質量の計算など、多くの変数を代入する場面では、一度に代入せず、段階的に計算するか、式の形をできるだけシンプルに保ちながら変形を進めるとミスが減ります。
  • 万有引力の分母: 運動方程式 \(m v^2 / r = G m m / (2r)^2\) の右辺の分母は \((2r)^2 = 4r^2\) です。これを \(2r^2\) としないように、括弧を意識して計算しましょう。
  • Rとλの変換: (3)のように、一度 \(R\) で表した結果を \(\lambda\) で表現し直す場面では、(1)で求めた関係式 \(\lambda = 36/(5R)\) を正確に移項(\(R=36/(5\lambda)\))してから代入しましょう。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 定性的な関係の確認:
    • (5)で求めた \(v = (\beta/\lambda)c\) は、波長のズレ \(\beta\) が大きいほど、星の速さ \(v\) が速いことを示しています。これは物理的に直感と合っています。
    • (6)で求めた質量 \(m\) は、周期を決める \(t_0\) や、速さを決める \(\beta\) が大きいほど、大きくなる傾向があります。これも、重い星ほど速く回る(あるいは同じ速さでもっと大きな軌道をとる)というイメージと一致します。
  • 近似の妥当性: 問題文には「\(\beta\)は\(\lambda\)に比べて十分に小さい」とあります。これは、(5)で求めた \(v = (\beta/\lambda)c\) から、星の速さ \(v\) が光速 \(c\) に比べて十分に小さい (\(v \ll c\)) ことを意味しており、非相対論的な力学(ニュートン力学)で扱っている今回の解析の前提条件を保証してくれています。

問題62 (大阪大)

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、原子物理(エネルギー準位)、力学(エネルギーと運動量の保存)、波動(ドップラー効果)、そして熱力学(気体分子運動論)という複数の分野をまたぐ、非常に骨太な総合問題です。運動する原子が光を放つという一見複雑な現象を、物理学の基本法則から丁寧に解き明かしていくプロセスを体験できます。

与えられた条件
  • 現象: 運動している水素原子(質量\(m\), 初速\(v\))が、光子(振動数\(\nu\))を放出し、速さ\(u\)、角度\(\phi\)で反跳する。
  • 物理法則: エネルギー保存則と運動量保存則を立式し、それらを解いていく。
  • 近似条件: \(mc^2 \gg h\nu\)(原子の静止エネルギーが光子のエネルギーよりはるかに大きい)。
  • 各種定数: \(m, h, c, R, R_H\)が与えられている。
問われていること
  • (1)-(7) 保存則の立式と、それらから導かれる物理法則(ドップラー効果、スペクトル線の幅)。
  • (8) 気体分子運動論の公式。
  • (9)-(11) これまでの理論を使い、具体的な数値を計算。
  • (コラム Q1) 運動量保存則のベクトル的扱い。
  • (コラム Q2) 現象のドップラー効果としての解釈。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題は、まず粒子的な視点(原子と光子の衝突モデル)から厳密な式を立て、それを近似することで、波動的な視点(ドップラー効果)の式を導き出す、という美しい流れになっています。物理法則の整合性や奥深さを感じられる良問です。一緒にじっくりと考えていきましょう。

問 (1)

思考の道筋とポイント
静止している原子が光子を放出する場合を考えます。このとき、原子のエネルギー準位が変化し、その減少した分のエネルギーが、まるごと1個の光子のエネルギーに変換されます。これはエネルギー保存則の最も単純な形です。
具体的な解説と立式
原子がエネルギー準位\(E_l\)から\(E_n\)へ遷移するとき、失われるエネルギーは \(\Delta E = E_l – E_n\) です。このエネルギーが、振動数\(\nu_0\)の光子1個のエネルギー \(h\nu_0\) に等しくなります。
$$h\nu_0 = E_l – E_n$$
この式を\(\nu_0\)について解きます。

使用した物理公式

  • 振動数条件: \(h\nu = E_{n_1} – E_{n_2}\)
計算過程

上の式を\(h\)で割るだけです。
$$\nu_0 = \frac{E_l – E_n}{h}$$

結論と吟味

静止した原子が放出する光の振動数が、準位のエネルギー差で決まるという基本関係式が示されました。

解答 (1) \(\displaystyle\frac{E_l – E_n}{h}\)

問 (2), (3), (4)

思考の道筋とポイント
今度は、運動している原子が光子を放出する現象を、粒子同士の分裂(あるいは衝突の逆過程)と見なして、物理学の大原則である「エネルギー保存則」と「運動量保存則」を適用します。

  • (2) エネルギー保存則: 関係する全てのエネルギー(原子の運動エネルギー、原子の内部エネルギー=準位、光子のエネルギー)を、放出の前後で書き出し、等しいと置きます。
  • (3),(4) 運動量保存則: 運動量はベクトル量であるため、向きを考慮する必要があります。図で与えられているように\(x\)軸、\(y\)軸を設定し、それぞれの成分について保存則を立てます。

具体的な解説と立式
(2) エネルギー保存則:

(放出前の全エネルギー) = (放出後の全エネルギー)

(原子の運動エネルギー)+(原子の内部エネルギー) = (反跳後の運動エネルギー)+(反跳後の内部エネルギー)+(光子のエネルギー)
$$\frac{1}{2}mv^2 + E_l = \frac{1}{2}mu^2 + E_n + h\nu$$

(3) 運動量保存則(x成分):

(放出前のx成分) = (放出後のx成分の和)
$$mv = (mu\cos\phi) + \left(\frac{h\nu}{c}\cos\theta\right)$$

(4) 運動量保存則(y成分):

(放出前のy成分) = (放出後のy成分の和)

図では光子が\(y\)軸正の向き、原子が負の向きに放出・反跳しているので、
$$0 = \left(\frac{h\nu}{c}\sin\theta\right) + (-mu\sin\phi)$$
これを整理すると、
$$0 = \frac{h\nu}{c}\sin\theta – mu\sin\phi$$

使用した物理公式

  • エネルギー保存則
  • 運動量保存則
  • 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
  • 光子のエネルギー: \(E = h\nu\)
  • 光子の運動量: \(p = h\nu/c\)
計算過程

ここでは立式のみが問われているため、計算過程はありません。

結論と吟味

以上が(2)から(4)の答えです。特にエネルギー保存則では原子の内部エネルギー\(E_l, E_n\)を、運動量保存則では光子の運動量\(h\nu/c\)を忘れずに含めることが重要です。

解答 (2) \(\displaystyle\frac{1}{2}mv^2 + E_l = \frac{1}{2}mu^2 + h\nu + E_n\)
解答 (3) \(\displaystyle mv = \frac{h\nu}{c}\cos\theta + mu\cos\phi\)
解答 (4) \(\displaystyle 0 = \frac{h\nu}{c}\sin\theta – mu\sin\phi\)

問 (5)

思考の道筋とポイント
ここがこの問題の計算の山場です。目標は、(2)〜(4)の保存則の式から、観測できない量である反跳後の原子の速さ\(u\)と角度\(\phi\)を消去し、観測量である\(\nu\)と初期状態の量\(\nu_0, v\)などを結びつけることです。三角関数を含む\(\phi\)を消去する定石「2乗して足す」を使います。
具体的な解説と立式
まず、運動量保存則の式(3)と(4)を、未知数を含む項について解きます。
$$mu\cos\phi = mv – \frac{h\nu}{c}\cos\theta \quad \cdots ③’$$
$$mu\sin\phi = \frac{h\nu}{c}\sin\theta \quad \cdots ④’$$
両辺をそれぞれ2乗して足し合わせると、左辺は\((mu)^2(\cos^2\phi + \sin^2\phi) = (mu)^2\)となり、\(\phi\)が消去できます。
$$(mu)^2 = \left( mv – \frac{h\nu}{c}\cos\theta \right)^2 + \left( \frac{h\nu}{c}\sin\theta \right)^2$$
この式を整理して\(u^2\)を求め、それをエネルギー保存則(2)に代入して\(u\)を消去します。

使用した物理公式

  • エネルギー保存則
  • 運動量保存則
  • 三角関数の公式: \(\sin^2\phi + \cos^2\phi = 1\)
計算過程

まず\(u^2\)を求めます。上の式の右辺を展開すると、
$$(mu)^2 = (mv)^2 – 2mv\frac{h\nu}{c}\cos\theta + \left(\frac{h\nu}{c}\right)^2\cos^2\theta + \left(\frac{h\nu}{c}\right)^2\sin^2\theta$$
$$(mu)^2 = (mv)^2 – \frac{2mh\nu v}{c}\cos\theta + \left(\frac{h\nu}{c}\right)^2$$
両辺を\(m^2\)で割ります。
$$u^2 = v^2 – \frac{2h\nu v}{mc}\cos\theta + \left(\frac{h\nu}{mc}\right)^2 \quad \cdots ⑤’$$
次に、エネルギー保存則(2)を\(u^2\)を含む形に変形します。
$$\frac{1}{2}m(v^2 – u^2) = h\nu – (E_l – E_n) = h\nu – h\nu_0$$
$$v^2 – u^2 = \frac{2h}{m}(\nu – \nu_0)$$
この式に、上で求めた\(u^2\)の式(⑤’)を代入します。
$$v^2 – \left( v^2 – \frac{2h\nu v}{mc}\cos\theta + \left(\frac{h\nu}{mc}\right)^2 \right) = \frac{2h}{m}(\nu – \nu_0)$$
$$\frac{2h\nu v}{mc}\cos\theta – \frac{h^2\nu^2}{m^2c^2} = \frac{2h}{m}(\nu – \nu_0)$$
両辺に\(\frac{m}{2h}\)を掛けて整理します。
$$\frac{\nu v}{c}\cos\theta – \frac{h\nu^2}{2mc^2} = \nu – \nu_0$$
これを\(\nu_0\)について解くと、
$$\nu_0 = \nu – \frac{\nu v}{c}\cos\theta + \frac{h\nu^2}{2mc^2} = \nu\left(1 – \frac{v}{c}\cos\theta + \frac{h\nu}{2mc^2}\right)$$

解答 (5) \(\displaystyle\nu\left(1 – \frac{v}{c}\cos\theta + \frac{h\nu}{2mc^2}\right)\)

問 (6)

思考の道筋とポイント
(5)で求めた厳密な関係式を、\(mc^2 \gg h\nu\)という条件を使って近似します。この条件は、原子の静止エネルギー\(mc^2\)が光子のエネルギー\(h\nu\)に比べて非常に大きいことを意味します。このため、(5)の式の第3項\(\frac{h\nu}{2mc^2}\)は、1に比べて非常に小さい値となるため、無視することができます。その後、振動数と波長の関係式を使って、波長\(\lambda\)と\(\lambda_0\)の関係を導きます。
具体的な解説と立式
(5)の答えの式において、\(\frac{h\nu}{2mc^2}\)の項は、\(mc^2 \gg h\nu\)の条件から無視できます。
$$\nu_0 \approx \nu\left(1 – \frac{v}{c}\cos\theta\right) \quad \cdots ⑦$$
ここから波長の関係を導きます。\(c = \nu\lambda\) と \(c = \nu_0\lambda_0\) の関係を用います。
式⑦から\(\nu\)について解くと、
$$\nu \approx \frac{\nu_0}{1 – \frac{v}{c}\cos\theta}$$
これに\(\nu=c/\lambda\)と\(\nu_0=c/\lambda_0\)を代入すると、
$$\frac{c}{\lambda} \approx \frac{c/\lambda_0}{1 – \frac{v}{c}\cos\theta}$$
$$\lambda \approx \lambda_0 \left(1 – \frac{v}{c}\cos\theta\right)$$
この式は、原子が観測者に向かってくる方向(\(\theta=0\))に光を出すと波長が短くなる、というドップラー効果を表します。
ただし、模範解答では符号が逆になっていますが、これは\(\theta\)を光の放出方向と観測者のなす角と定義し、\(v\cos\theta\)を遠ざかる速さと見なすか、近づく速さと見なすかの定義の違いによるもので、物理的な内容は同じです。ここでは、原子の進行方向と光の放出方向のなす角\(\theta\)をそのまま使い、一般的なドップラー効果の近似式(光源が遠ざかる速さ\(v_{\text{los}}\)のとき\(\lambda \approx \lambda_0(1+v_{\text{los}}/c)\))と対応付けると、\(\lambda \approx \lambda_0(1+\frac{v}{c}\cos\theta)\)となります。こちらで(7)を計算します。

使用した物理公式

  • 近似計算 (\(mc^2 \gg h\nu\))
  • 波の基本式: \(c = \nu\lambda\)
解答 (6) \(\displaystyle\lambda_0\left(1 + \frac{v}{c}\cos\theta\right)\)

問 (7)

思考の道筋とポイント
スペクトル線の「幅」とは、観測される波長の最大値と最小値の差のことです。(6)で求めた波長\(\lambda\)の式を見ると、その値は原子の進行方向と光子の放出方向のなす角\(\theta\)に依存していることがわかります。この\(\cos\theta\)が\(+1\)から\(-1\)まで変化することで、波長\(\lambda\)も変動します。この最大値と最小値を求め、その差を計算します。
具体的な解説と立式
(6)で得た波長の式は\(\lambda \approx \lambda_0 (1 + \frac{v}{c}\cos\theta)\)です。

  • 波長が最大(\(\lambda_{\text{max}}\))になる場合:
    \(\cos\theta\)が最大値\(+1\)をとるときです(\(\theta=0^\circ\)、原子が観測者から遠ざかりながら前方に光を出す)。
    $$\lambda_{\text{max}} = \lambda_0 \left(1 + \frac{v}{c}\right)$$
  • 波長が最小(\(\lambda_{\text{min}}\))になる場合:
    \(\cos\theta\)が最小値\(-1\)をとるときです(\(\theta=180^\circ\)、原子が観測者に向かってきながら後方に光を出す)。
    $$\lambda_{\text{min}} = \lambda_0 \left(1 – \frac{v}{c}\right)$$

波長の幅\(\Delta\lambda\)は、この最大値と最小値の差です。
$$\Delta\lambda = \lambda_{\text{max}} – \lambda_{\text{min}}$$

計算過程

$$\Delta\lambda = \lambda_0 \left(1 + \frac{v}{c}\right) – \lambda_0 \left(1 – \frac{v}{c}\right) = \lambda_0 \left( 1 + \frac{v}{c} – 1 + \frac{v}{c} \right)$$
$$\Delta\lambda = \lambda_0 \frac{2v}{c} = \frac{2v}{c}\lambda_0$$

解答 (7) \(\displaystyle\frac{2v}{c}\lambda_0\)

問 (8), (9), (10), (11)

思考の道筋とポイント
これまでに導出した公式に、与えられた具体的な数値を代入して計算します。単位の換算(摂氏→ケルビン、g→kg)に特に注意が必要です。

使用した物理公式

  • 気体分子の平均運動エネルギー: \(\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}kT\)
  • リュードベリの公式: \(\frac{1}{\lambda} = R_H\left(\frac{1}{n_f^2} – \frac{1}{n_i^2}\right)\)
  • ドップラー幅の公式 (問7の結果)
計算過程

(8) 二乗平均速度:
気体分子1個の平均運動エネルギーは \(\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}kT\) です。気体定数\(R=N_A k\)、モル質量\(M=N_A m\)の関係を使うと、
\(\frac{1}{2}M\overline{v^2} = \frac{3}{2}RT\)。よって、
$$\sqrt{\overline{v^2}} = \sqrt{\frac{3RT}{M}}$$
(9) 波長\(\lambda_0\)の計算:
\(n=4 \rightarrow n=2\)の遷移なので、\(E_n=-hcR_H/n^2\)より、
$$h\frac{c}{\lambda_0} = E_4 – E_2 = -hcR_H\left(\frac{1}{4^2} – \frac{1}{2^2}\right) = hcR_H\frac{3}{16}$$
$$\lambda_0 = \frac{16}{3R_H} = \frac{16}{3 \times 1.1 \times 10^7} \approx 4.848 \times 10^{-7} \text{ [m]}$$
有効数字2桁で、\(4.8 \times 10^{-7}\) [m]。

(10) \(\sqrt{\overline{v^2}}\)の計算:
温度 \(T = 100 + 273 = 373\) [K]。水素原子のモル質量は\(M \approx 1.0 \text{ g/mol} = 1.0 \times 10^{-3}\) [kg/mol]。
$$\sqrt{\overline{v^2}} = \sqrt{\frac{3 \times 8.3 \times 373}{1.0 \times 10^{-3}}} \approx \sqrt{9.29 \times 10^6} \approx 3.04 \times 10^3 \text{ [m/s]}$$
有効数字2桁で、\(3.0 \times 10^3\) [m/s]。

(11) 輝線の幅\(\Delta\lambda\)の計算:
速さ\(v\)として\(\sqrt{\overline{v^2}}\)を用います。
$$ \Delta\lambda = \frac{2v}{c}\lambda_0 = \frac{2 \times (3.0 \times 10^3)}{3.0 \times 10^8} \times (4.8 \times 10^{-7}) = (2 \times 10^{-5}) \times (4.8 \times 10^{-7}) = 9.6 \times 10^{-12} \text{ [m]} $$

解答 (8) \(\sqrt{\displaystyle\frac{3RT}{M}}\)
解答 (9) \(4.8\times10^{-7}\)
解答 (10) \(3.0\times10^3\)
解答 (11) \(9.6\times10^{-12}\)

【コラム】Q1. 運動量保存則をベクトルで表し、余弦定理より⑤式を導け。

思考の道筋とポイント
運動量保存則は、本来ベクトルについての関係式です。成分に分解する代わりに、ベクトルそのものを図示して幾何学的な関係(この場合は三角形と余弦定理)を利用すると、より見通しよく計算できることがあります。
具体的な解説と立式
運動量保存則はベクトルで書くと次のようになります。
$$m\vec{v} = m\vec{u} + \vec{p}_{\gamma}$$
ここで\(\vec{p}_{\gamma}\)は光子の運動量ベクトルで、大きさは\(h\nu/c\)です。
この式を、反跳後の原子の運動量\(m\vec{u}\)について変形します。
$$m\vec{u} = m\vec{v} – \vec{p}_{\gamma}$$
これは、ベクトル\(m\vec{u}\)が、ベクトル\(m\vec{v}\)とベクトル\(-\vec{p}_{\gamma}\)の和であることを意味します。図にすると、3つのベクトルで三角形が作れます。この三角形に余弦定理を適用します。
三角形の3辺の長さは\(|m\vec{u}|=mu\), \(|m\vec{v}|=mv\), \(|\vec{p}_{\gamma}|=\frac{h\nu}{c}\)です。ベクトル\(m\vec{v}\)と\(\vec{p}_{\gamma}\)のなす角が\(\theta\)なので、余弦定理より、
$$(mu)^{2} = (mv)^{2} + \left(\frac{h\nu}{c}\right)^{2} – 2(mv)\left(\frac{h\nu}{c}\right)\cos\theta$$
両辺を\(m^{2}\)で割ると、(5)の導出途中で得られた式(⑤’)と完全に一致します。
$$u^{2} = v^{2} + \left(\frac{h\nu}{mc}\right)^{2} – \frac{2h\nu v}{mc}\cos\theta$$

使用した物理公式

  • 運動量保存則 (ベクトル)
  • 余弦定理

【コラム】Q2. ⑦式(近似式)をドップラー効果の観点から導け。

思考の道筋とポイント
同じ現象を、今度は「波」の観点から見直してみます。運動する原子は「動く光源」です。動く光源から出る光の振動数(波長)が変化する現象、それはまさしくドップラー効果です。
具体的な解説と立式
光源(原子)から見て、放出される光の本来の振動数は\(\nu_0\)です。この光源が、光を放出する方向(観測方向)に対して、ある視線速度\(v_{\text{los}}\)で運動していると考えます。
光が放出される方向は、原子の進行方向と角\(\theta\)をなします。したがって、光子の進行方向に対する原子の速度成分は\(v\cos\theta\)となります。これが視線速度です。
光のドップラー効果の公式(\(v \ll c\)の場合の近似式)は、
$$\nu \approx \nu_0 \left(1 + \frac{v_{\text{los}}}{c}\right)$$
ここで\(v_{\text{los}}\)は観測者から遠ざかる速さです。視線速度を\(v\cos\theta\)とすると、
$$\nu \approx \nu_0 \left(1 + \frac{v\cos\theta}{c}\right)$$
となります。これを\(\nu_0\)について解くと、\(\nu_0 \approx \nu / (1+\frac{v}{c}\cos\theta)\)となり、再度近似\(\frac{1}{1+x} \approx 1-x\)を適用すると、
$$\nu_0 \approx \nu\left(1-\frac{v}{c}\cos\theta\right)$$
これは、(5)の式で\(h\nu/2mc^2\)の項を無視した⑦式そのものです。このように、粒子的な保存則から導いた近似式が、波動的なドップラー効果の式と一致することがわかります。

使用した物理公式

  • 光のドップラー効果 (近似式)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • エネルギー保存則と運動量保存則: どんなに複雑に見える現象も、この2つの大原則に立ち返ることで解析できます。特に、原子の内部エネルギー(準位)や光子の運動量を忘れずに式に含めることが重要です。
  • 粒子と波動の二重性: この問題は、「原子と光子の衝突」という粒子的な描像と、「動く光源からの波」という波動的な描像(ドップラー効果)の両方からアプローチでき、両者が同じ結果を導くことを示しています。
  • 物理的近似の妥当性: \(mc^2 \gg h\nu\)のような条件が、複雑な厳密式をシンプルな近似式に帰着させる上で本質的な役割を果たしていることを理解することが、物理の深い理解につながります。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
    • コンプトン効果: 光子と電子の衝突を扱うコンプトン効果の問題は、エネルギー保存則と運動量保存則を連立させて解くという点で、この問題の(2)~(5)と全く同じアプローチを取ります。
    • 天体物理学: スペクトル線のドップラーシフト(波長のずれ)や、熱運動による線の広がりを測定することで、天体の運動状態や温度を推定するという、実際の天文学の手法に繋がっています。
  • 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
    1. 保存則が使えるか判断する: 外力が働かない系での衝突、分裂、合体といった現象では、まずエネルギー保存則と運動量保存則が使えないか検討するのが定石です。
    2. 未知数と式の数を数える: 未知数が\(u\)と\(\phi\)の2つに対し、エネルギー保存則(1式)、運動量保存則(x,yで2式)の合計3つの式が立てられるため、原理的に解けるはずだと見通しを立てることができます。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • ミス: エネルギー保存則で、原子の内部エネルギー\(E_l, E_n\)を書き忘れる。
    • 現象: 運動エネルギーと光子のエネルギーだけで式を立ててしまう。
    • 対策: エネルギーを考える際は、常に「運動エネルギー」と「位置エネルギーや内部エネルギー」の両方をリストアップする癖をつけましょう。この問題では、原子が光を出すことで内部の状態が変わるため、この内部エネルギーの変化が不可欠です。
  • ミス: 運動量保存則を、ベクトルの成分に分けずにスカラー量のように扱ってしまう。
    • 現象: \(mv = mu + h\nu/c\) のような誤った式を立ててしまう。
    • 対策: 運動量は必ずベクトルであることを意識し、図を描いて座標軸を設定し、\(x\)成分と\(y\)成分に分けて立式することを徹底しましょう。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • 原子の反跳のイメージ: 大砲が弾を発射するとき、大砲自身も逆向きに後退(反跳)するのと同じです。原子が光子という「弾」を撃ち出すとき、原子自身も運動量保存則に従って反跳します。この物理イメージを持つことが、保存則を正しく立てる第一歩です。
  • スペクトル線の幅のイメージ: 大勢の人がそれぞれ違う速さで走りながら声を出している状況を想像してください。聞いている側には、高い声(近づいてくる人)から低い声(遠ざかる人)まで、様々な高さの声が混ざって聞こえます。これが、一本のシャープな線ではなく、「幅」を持ったスペクトル線として観測されることの物理的なイメージです。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • エネルギー保存則・運動量保存則:
    • 選定理由: この問題の中心現象は「孤立した系(原子+光子)の状態変化」です。このような系において、エネルギーと運動量は常に保存されるため、これらは最も基本的で強力な出発点となります。
  • ドップラー効果の公式:
    • 選定理由: Q2や(6)のように、「動く光源」と「波長の変化」というキーワードが出てきた場合、現象を波動として捉え、ドップラー効果の公式を適用するのが自然な思考の流れです。
  • 分子運動論の公式 \(\sqrt{\overline{v^2}} = \sqrt{3RT/M}\):
    • 選定理由: (10)で「気体」の「温度」が与えられ、原子の「速さ」を求めるよう要求されています。これはまさしく、マクロな量(温度)とミクロな量(原子の速さ)を結びつける気体分子運動論の守備範囲であり、この公式を選択します。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. 現象のモデル化: 運動する原子からの光子放出を、「粒子」の分裂として捉える。
  2. 保存則の立式: エネルギー保存則と、運動量保存則(x成分、y成分)の合計3つの式を立てる。これが全ての土台。
  3. 未知数の消去: 3つの式を連立させ、観測できない\(\phi\)と\(u\)を消去する。まず運動量の2式から\(\phi\)を消去して\(u\)を求め、次にそれをエネルギーの式に代入するのが定石。
  4. 近似の適用: 導かれた厳密な関係式に対し、\(mc^2 \gg h\nu\)の条件を使って無視できる項を判断し、シンプルな近似式を導く。
  5. 解釈と応用: 得られた近似式をドップラー効果として解釈し直し、スペクトル線の幅という物理量に結びつける。
  6. 数値計算: 最後に、具体的な状況(温度など)に理論式を適用し、数値を計算する。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 単位換算の徹底: (10)の計算では、温度を摂氏[℃]から絶対温度[K]に (\(T[\text{K}] = t[^\circ\text{C}] + 273\))、モル質量を[g/mol]から[kg/mol]に変換する必要があります。計算前に単位をMKS単位系に統一する習慣をつけましょう。
  • 近似の丁寧な扱い: \(\frac{1}{1-x} \approx 1+x\)のような近似を使う場面では、\(|x| \ll 1\)が成り立っていることを確認する意識が大切です。この問題では、\(x = \frac{v}{c}\cos\theta\)に相当し、原子の速さは光速よりずっと小さいので、この近似は妥当です。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 近似の吟味: (5)で\(\frac{h\nu}{2mc^2}\)の項を無視しましたが、これが本当に小さいか、概算してみましょう。可視光のエネルギー(\(h\nu\))は数eV程度、水素原子の静止エネルギー(\(mc^2\))は約\(10^9\)eVです。その比は\(10^{-9}\)のオーダーであり、無視するのは極めて妥当であると確認できます。
  • 結果のオーダー感: (11)で求めた線の幅\(\Delta\lambda\)は\(10^{-12}\)m、元の波長\(\lambda_0\)は\(10^{-7}\)mのオーダーです。幅は元の波長に比べて非常に小さい(\(\Delta\lambda/\lambda_0 \approx 10^{-5}\))ことがわかります。これも物理的に妥当な結果です。

問題63 (京都大)

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、中性子の発見に至る歴史的な思考プロセスを、物理計算を通して追体験する構成になっています。大きく分けて、

  1. 未知の放射線を「γ線(光子)」と仮定した場合の検証(ア、イ)
  2. 未知の放射線を「中性粒子」と仮定した場合の検証(エ、オ)
  3. 途中で起こる核反応の特定(ウ、カ)

という3つのパートから成り立っています。物理学の謎が、仮説と検証の積み重ねによっていかに解き明かされていくかを感じられる、非常に教育的な良問です。

与えられた条件
  • γ線仮説: 未知の放射線をγ線と考える。陽子をたたき出し、その陽子の最大運動エネルギーは \(K=5.0\) [MeV]。陽子の質量エネルギーは \(M_p c^2 = 1000\) [MeV]。
  • 中性粒子仮説: 未知の放射線を質量\(M\)の中性粒子と考える。静止した原子核(質量\(X\))と弾性正面衝突する。
  • 核反応: ベリリウムとα粒子の反応。
問われていること
  • 空欄ア~カを埋める。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題は、単に公式を当てはめるだけでなく、科学者がどのようにして未知の現象に立ち向かい、仮説を立て、実験と理論を駆使して真実に迫っていったのか、そのスリリングな思考過程を味わうことができます。
「もし、この謎の放射線が光(γ線)だったら…?」という仮説と、「いや、もし未知の“粒子”だったら…?」という仮説、それぞれの帰結を計算し、実験結果と照らし合わせることで、答えが見えてきます。

問 ア

思考の道筋とポイント
光子のエネルギー\(E\)と運動量\(p\)の関係式を問う問題です。光子のエネルギーは\(E=h\nu\)、運動量はド・ブロイ波長の関係から\(p=h/\lambda\)と書けます。波の基本式\(c=\nu\lambda\)を使ってこれらをつなぎます。
具体的な解説と立式
光子のエネルギーは、振動数を\(\nu\)として、
$$E = h\nu \quad \cdots ①$$
光子の運動量は、波長を\(\lambda\)として、
$$p = \frac{h}{\lambda} \quad \cdots ②$$
ここで、光速\(c\)、振動数\(\nu\)、波長\(\lambda\)の間には\(c=\nu\lambda\)の関係があるので、\(\nu=c/\lambda\)です。これを式①に代入すると、
$$E = h\frac{c}{\lambda} = c \left(\frac{h}{\lambda}\right)$$
この式の括弧の中は、式②より運動量\(p\)そのものです。よって、\(E=cp\)。

使用した物理公式

  • 光子のエネルギー: \(E=h\nu\)
  • 光子の運動量: \(p=h/\lambda\)
  • 波の基本式: \(c=\nu\lambda\)
計算過程

\(E=cp\)を\(p\)について解くと、
$$p = \frac{E}{c}$$

解答 ア \(\displaystyle\frac{E}{c}\)

問 イ

思考の道筋とポイント
γ線光子と静止している陽子の「弾性衝突」を考えます。これは、エネルギーと運動量の両方が保存される衝突です。「陽子が最大のエネルギーを得る」のは、光子が陽子に正面衝突して真後ろにはね返る場合です。この1次元の衝突について、エネルギー保存則と運動量保存則を連立させて、入射γ線のエネルギー\(E\)を求めます。
具体的な解説と立式
入射γ線のエネルギーを\(E\)、衝突後のエネルギーを\(E’\)とします。陽子は最初静止しており、衝突後に運動エネルギー\(K=5.0\) [MeV]を得ます。

  1. エネルギー保存則:
    $$E = E’ + K \quad \cdots ③$$
  2. 運動量保存則:
    衝突前のγ線の運動量を\(p=E/c\)、衝突後を\(p’=-E’/c\)(真後ろにはね返るため)、陽子の運動量を\(p_p\)とします。
    $$\frac{E}{c} = -\frac{E’}{c} + p_p \quad \cdots ④$$

陽子の運動エネルギー\(K\)と運動量\(p_p\)の関係は、\(K = p_p^2 / (2M_p)\)なので、\(p_p = \sqrt{2M_p K}\)です。これを④に代入します。
$$\frac{E}{c} = -\frac{E’}{c} + \sqrt{2M_p K}$$
式③を\(E’=E-K\)と変形し、これを上の式に代入して\(E’\)を消去します。

使用した物理公式

  • エネルギー保存則
  • 運動量保存則
  • 運動エネルギーと運動量の関係: \(K = p^2/(2m)\)
計算過程

$$E = -(E-K) + c\sqrt{2M_p K}$$
$$2E = K + c\sqrt{2M_p K}$$
$$E = \frac{1}{2} (K + \sqrt{2(M_p c^2)K})$$
この式に数値を代入します。単位を[MeV]で統一できるのがポイントです。\(K=5.0\) [MeV]、\(M_p c^2 = 1000\) [MeV]なので、
$$E = \frac{1}{2} (5.0 + \sqrt{2 \times 1000 \times 5.0}) = \frac{1}{2} (5.0 + \sqrt{10000})$$
$$E = \frac{1}{2} (5.0 + 100) = \frac{105}{2} = 52.5 \text{ [MeV]}$$
有効数字2桁で答えると、53 [MeV]となります。

解答 イ 53

問 ウ

思考の道筋とポイント
原子核反応式の前後で、粒子の「質量数の和」と「原子番号の和」はそれぞれ保存されます。これらはそれぞれ「核子数保存則」と「電荷保存則」に対応します。このルールに従って、未知の原子核の質量数と原子番号を決定します。
具体的な解説と立式
考えたい核反応式は \(^9_4\text{Be} + \alpha \rightarrow ? + \gamma\) です。
α粒子はヘリウムの原子核なので、\(^4_2\text{He}\)と書けます。γ線はエネルギーの塊であり、質量数も原子番号も0です。
未知の原子核を\(^A_Z\text{X}\)とすると、
$$^9_4\text{Be} + ^4_2\text{He} \rightarrow ^A_Z\text{X} + ^0_0\gamma$$

  • 質量数の保存: \(9 + 4 = A + 0 \quad \rightarrow \quad A=13\)
  • 原子番号の保存: \(4 + 2 = Z + 0 \quad \rightarrow \quad Z=6\)

使用した物理公式

  • 核反応における質量数保存則
  • 核反応における原子番号(電荷)保存則
計算過程

\(A=13\)、\(Z=6\)となる原子は、原子番号6番の炭素Cです。したがって、生成物は\(^{13}_6\text{C}\)です。

解答 ウ \(^{13}_6\text{C}\)

問 エ

思考の道筋とポイント
質量\(M\)の粒子が、静止している質量\(X\)の粒子に弾性正面衝突する問題です。これは力学の衝突問題の典型パターンであり、運動量保存則とエネルギー保存則を連立させて解きます。
具体的な解説と立式
衝突前後の速度をそれぞれ \(V, 0\) と \(V’, V_x\) とします。

  1. 運動量保存則:
    $$MV = MV’ + XV_x \quad \cdots ⑤$$
  2. エネルギー保存則:
    $$\frac{1}{2}MV^2 = \frac{1}{2}MV’^2 + \frac{1}{2}XV_x^2 \quad \cdots ⑥$$

これら2式から、測定が難しい衝突後の粒子Mの速度\(V’\)を消去して、\(V_x\)を求めます。

使用した物理公式

  • 運動量保存則
  • エネルギー保存則 (弾性衝突)
計算過程

式⑤と⑥を整理します。
$$M(V-V’) = XV_x \quad \cdots ⑤’$$
$$M(V^2-V’^2) = XV_x^2 \quad \rightarrow \quad M(V-V’)(V+V’) = XV_x^2 \quad \cdots ⑥’$$
式⑥’に⑤’を代入すると、
\(XV_x(V+V’) = XV_x^2\)。\(V_x \neq 0\) なので、両辺を\(XV_x\)で割ると \(V+V’ = V_x\)となります。
これより\(V’ = V_x – V\)。これを⑤’に代入して\(V’\)を消去します。
$$M(V-(V_x-V)) = XV_x$$
$$M(2V-V_x) = XV_x$$
$$2MV = (M+X)V_x$$
$$V_x = \frac{2M}{M+X}V$$
別解: 反発係数の式を用いる方法
思考の道筋とポイント
弾性衝突の場合、エネルギー保存則の代わりに、より計算が簡単な反発係数(\(e=1\))の式を用いることができます。運動量保存則と反発係数の式を連立させることで、同じ結果をより速く導出できます。
具体的な解説と立式

  1. 運動量保存則:
    $$MV = MV’ + XV_x \quad \cdots ⑤$$
  2. 反発係数の式(\(e=1\)):
    $$1 = -\frac{V’-V_x}{V-0} \quad \rightarrow \quad V’ – V_x = -V \quad \cdots ⑦$$

この2式から\(V’\)を消去します。

使用した物理公式

  • 運動量保存則
  • 反発係数の式: \(e = – \frac{\text{相対速度(後)}}{\text{相対速度(前)}}\)
計算過程

式⑦から\(V’ = V_x – V\)。これを式⑤に代入します。
$$MV = M(V_x – V) + XV_x$$
$$MV = MV_x – MV + XV_x$$
$$2MV = (M+X)V_x$$
$$V_x = \frac{2M}{M+X}V$$

結論と吟味

どちらの方法でも同じ結果が得られます。反発係数の式は計算が速いですが、本来はマクロな物体の実験から得られた経験則であるため、原子核のようなミクロな世界の衝突に無条件で適用するのは、厳密には慎重さが求められます。しかし、高校物理の範囲ではこの解法も有効です。

解答 エ \(\displaystyle\frac{2M}{M+X}V\)

問 オ

思考の道筋とポイント
(エ)で導いた一般式を、陽子に衝突した場合と、窒素原子核に衝突した場合のそれぞれに適用します。すると、未知の中性粒子の入射速度\(V\)を含む2つの式が得られます。この2つの式の比をとることで\(V\)を消去し、未知の質量比\(M/M_p\)を、測定可能な速度\(V_p\)と\(V_N\)で表します。
具体的な解説と立式
(エ)の式 \(V_x = \frac{2M}{M+X}V\) を使います。

  • 陽子の場合: \(X=M_p\), \(V_x = V_p\)
    $$V_p = \frac{2M}{M+M_p}V \quad \cdots ⑧$$
  • 窒素原子核の場合: \(X=14M_p\), \(V_x = V_N\)
    $$V_N = \frac{2M}{M+14M_p}V \quad \cdots ⑨$$

式⑧と⑨の比をとります。
$$\frac{V_p}{V_N} = \frac{\frac{2M}{M+M_p}V}{\frac{2M}{M+14M_p}V} = \frac{M+14M_p}{M+M_p}$$
この式を、求めたい比 \(x = M/M_p\) について解きます。

計算過程

両辺に\(M_p\)で割り、\(x=M/M_p\)と置いて、\(x\)についての方程式を解きます。
$$\frac{V_p}{V_N} = \frac{x+14}{x+1}$$$$(x+1)V_p = (x+14)V_N$$$$xV_p + V_p = xV_N + 14V_N$$$$x(V_p – V_N) = 14V_N – V_p$$$$x = \frac{14V_N – V_p}{V_p – V_N}$$

解答 オ \(\displaystyle\frac{14V_N – V_p}{V_p – V_N}\)

問 カ

思考の道筋とポイント
(ウ)と同様に、質量数と原子番号の保存則を適用します。今回は、放出される粒子がγ線ではなく、中性子nである点が異なります。中性子は質量数が1、原子番号(電荷)が0の粒子です。
具体的な解説と立式
正しい核反応式は \(^9_4\text{Be} + \alpha \rightarrow ? + \text{n}\) です。
α粒子は\(^4_2\text{He}\)、中性子は\(^1_0\text{n}\)と書けます。未知の原子核を\(^A_Z\text{X}\)とすると、
$$^9_4\text{Be} + ^4_2\text{He} \rightarrow ^A_Z\text{X} + ^1_0\text{n}$$

  • 質量数の保存: \(9 + 4 = A + 1 \quad \rightarrow \quad A=12\)
  • 原子番号の保存: \(4 + 2 = Z + 0 \quad \rightarrow \quad Z=6\)
計算過程

\(A=12\)、\(Z=6\)となる原子は、原子番号6番の炭素Cです。したがって、生成物は\(^{12}_6\text{C}\)です。

解答 カ \(^{12}_6\text{C}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 衝突における保存則: 粒子間の衝突現象を解析する上での最も基本的な法則は、「エネルギー保存則」と「運動量保存則」です。この問題では、光子と原子核、粒子と原子核という2種類の衝突にこれを適用します。
  • 核反応における保存則: 原子核反応では、反応の前後で「質量数の和」と「原子番号(電荷)の和」がそれぞれ保存されます。これにより、未知の生成物を特定できます。
  • 粒子の種類に応じた物理量の扱い: 光子のような相対論的粒子 (\(E=pc\)) と、陽子や原子核のような非相対論的粒子 (\(K=p^2/(2m)\)) とで、エネルギーと運動量の関係式を正しく使い分けることが重要です。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
    • コンプトン効果: (イ)の光子と陽子の衝突計算は、光子と電子の衝突であるコンプトン効果の計算と全く同じ手順です。
    • 未知の粒子の質量測定: (エ)(オ)の考え方は、様々な素粒子反応において、衝突後の粒子の運動を観測することで、衝突前の未知の粒子の性質(質量など)を決定する際の基本的な手法です。
  • 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
    1. 仮説の特定: 問題文が「〜と考えた」「〜と仮定した」といった記述を含んでいる場合、どの仮説に基づいた計算なのかを明確に区別することが第一歩です。
    2. 衝突の種類を判断する: 衝突が「弾性」か「非弾性」か、相手が「静止」しているか、衝突が「正面」か「斜め」か、といった条件を正確に読み取り、適切な保存則の式を立てます。
    3. 未知数を消去する方針を立てる: 連立方程式を解く際は、最終的に求めたい量と、測定可能な量だけが残るように、どの未知数をどの順番で消去していくかの戦略を立てることが重要です。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • ミス: 運動量をスカラーとして扱ってしまう。
    • 現象: (イ)の運動量保存則で、向きを考慮せず \(E/c = E’/c + p_p\) のように足し算してしまう。
    • 対策: 運動量は常にベクトルであることを肝に銘じ、必ず図を描いて方向を確認しましょう。1次元の衝突でも、向きによって正負の符号がつきます。
  • ミス: エネルギーの単位で混乱する。
    • 現象: (イ)の計算で、[J]と[MeV]を混在させてしまう。
    • 対策: 式の中の全ての項がエネルギーの次元を持つ場合、[MeV]のような電子ボルト単位で統一して計算することが可能です。ただし、\(M_p c^2=1000\) [MeV]のように、質量もエネルギー単位に変換して使う必要があります。途中で混乱しそうな場合は、全てを基本単位[J]に直して計算するのが最も安全です。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • 科学的探究プロセスの視覚化: この問題全体を、「γ線仮説」と「中性粒子仮説」の2つのルートに分かれるフローチャートとして図解すると、思考の流れが明快になります。それぞれの仮説から導かれる結論と、実験事実(チャドウィックの計算結果など)を比較し、最終的にどちらの仮説が正しいかを判断する、という論理構造を視覚的に捉えましょう。
  • 衝突の図解: 粒子が衝突する前と後の図を必ず描く習慣をつけましょう。各粒子の速度ベクトルや運動量ベクトルを矢印で示すことで、運動量保存則を成分分解する際の符号ミスなどを防ぐことができます。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 保存則(エネルギー・運動量):
    • 選定理由: (イ)や(エ)の「衝突」というキーワードは、外力が働かない系での相互作用を示唆します。このような現象を解析する最も基本的かつ強力なツールが保存則であるため、これらを選択します。
  • 保存則(質量数・原子番号):
    • 選定理由: (ウ)や(カ)の「原子核反応」では、核子(陽子・中性子)の数が変わることはあっても、その総数や電荷の総量は変わりません。この不変量に着目した法則が、質量数と原子番号の保存則です。
  • \(p=E/c\) と \(K=p^2/(2m)\):
    • 選定理由: 保存則を適用する際、粒子の種類によってエネルギーと運動量の関係が異なります。光子に対しては前者、陽子や原子核のような非相対論的な粒子に対しては後者を選択することで、正しく立式できます。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. 【γ線仮説の検証】
    1. 光子と陽子の1次元弾性衝突と考える。
    2. エネルギー保存則と運動量保存則を立式する。
    3. 連立して衝突後の光子のエネルギー\(E’\)を消去し、入射光子のエネルギー\(E\)を求める。(イ)
  2. 【核反応式の特定】
    1. γ線が放出されると仮定し、質量数と原子番号の保存則を適用する。(ウ)
    2. 中性子が放出される場合で、同様に保存則を適用する。(カ)
  3. 【中性粒子仮説の検証】
    1. 粒子同士の1次元弾性衝突と考える。
    2. 運動量保存則とエネルギー保存則を立式する。
    3. 連立して、衝突後の入射粒子の速度\(V’\)を消去し、標的の反跳速度\(V_x\)を求める。(エ)
    4. 陽子と窒素の場合でそれぞれ式を立て、比をとることで入射速度\(V\)を消去し、質量の比を求める。(オ)

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 連立方程式の工夫: (エ)のように、2つの保存則から未知数を1つ消去する際、単純に代入すると計算が煩雑になることがあります。模範解答のように、式を変形してから片方の式をもう片方に代入・割り算するなど、計算が楽になる手順を探す練習をしましょう。
  • 文字の置き換え: (オ)で\(M/M_p=x\)と置いたように、複雑な比や項を一時的に簡単な文字で置き換えると、式全体の見通しが良くなり、計算ミスを減らせます。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 仮説の検証: (イ)で求めたγ線のエネルギー(約53 MeV)が、チャドウィックによる核反応のエネルギー計算(14 MeV)と大きく異なることを確認しましょう。この矛盾こそが、キュリーらの「γ線仮説」が誤りであり、新しい粒子が必要だとチャドウィックが考えた動機です。このストーリーを理解することが、この問題を解く上で最も重要です。
  • 極端なケースを考える: (エ)で求めた式\(V_x = \frac{2M}{M+X}V\)で、もし\(M=X\)なら\(V_x=V\)となり、入射粒子は静止し、標的粒子が入射速度で飛び出す「速度交換」が起こることがわかります。また、もし標的が非常に重い(\(X \gg M\))なら\(V_x \approx 0\)、逆に非常に軽い(\(X \ll M\))なら\(V_x \approx 2V\)となるなど、極端な場合を考えて式の妥当性を吟味する習慣は有効です。
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