「名問の森」徹底解説(55〜57問):未来の得点力へ!完全マスター講座【波動Ⅱ・電磁気・原子】

当ページでは、数式をより見やすく表示するための処理に、少しお時間がかかることがございます。お手数ですが、ページを開いたまま少々お待ちください。

問題55 (京都大)

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、荷電粒子を高いエネルギーまで加速するための2つの代表的な装置、「サイクロトロン」と「ベータトロン」の動作原理について問うものです。どちらの装置も磁場(ローレンツ力)を利用して粒子を円運動させますが、加速の仕組みが異なります。

  • サイクロトロン: 一様な磁場の中で、2つのD型電極間の交流電場で粒子が隙間を通過するたびに加速します。
  • ベータトロン: 軌道半径を一定に保ちながら、円軌道内部を貫く磁束を変化させることで誘導電場を発生させ、電子を連続的に加速します。

それぞれの空欄を埋めるためには、ローレンツ力による円運動、交流電圧による加速、電磁誘導の法則といった、電磁気学の重要な概念を正確に適用する必要があります。

与えられた条件
  • サイクロトロン:
    • 一様な磁場(磁束密度 \(B\))
    • 正のイオン(質量 \(M\)、電荷 \(q\))
    • 電極間の電位差 \(V_0\) の交流電源で加速
    • 取り出し口の半径 \(R\)
  • ベータトロン:
    • 電子(質量 \(m\)、電荷 \(-e\))
    • 一定半径 \(R\) の円軌道
    • 軌道上の磁束密度 \(B\)
    • 軌道を貫く磁束 \(\Phi\)
問われていること
  • 空欄ア〜ケに当てはまる数式や物理量を求める。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題を解く上で鍵となる物理法則は以下の通りです。

  1. ローレンツ力と円運動: 磁場中で荷電粒子が受けるローレンツ力 \(F=qvB\) が、円運動の向心力として働きます。この関係から、円運動の運動方程式 \(M\frac{v^2}{r} = qvB\) を立てることが基本となります。
  2. サイクロトロンの加速原理: 粒子が半周する時間と、交流電圧の極性が反転する時間が一致することで、粒子は効率よく加速されます。円運動の周期が粒子の速さや半径によらないという性質が、この原理を可能にしています。
  3. 電磁誘導の法則: ベータトロンでは、磁束の時間変化が誘導起電力を生み出し、その結果として渦状の誘導電場が発生します。ファラデーの電磁誘導の法則 \(V = -\frac{d\Phi}{dt}\) が中心的な役割を果たします。
  4. 運動量と力積の関係: 粒子が力を受けて加速される(運動量が変化する)様子は、運動量と力積の関係(\(\Delta p = F \Delta t\))で記述されます。

これらの法則を各装置の状況に合わせて適用し、空欄を一つずつ論理的に埋めていきます。

思考の道筋とポイント
イオンは、D型電極の内部では電場がかからないため、一様な磁場からローレンツ力のみを受けて等速円運動をします。このローレンツ力が向心力の役割を果たしています。この運動の周期を求めるには、まず円運動の運動方程式を立て、そこから速さ\(v\)と半径\(r\)の関係を導き、周期の定義式 \(T = \displaystyle\frac{2\pi r}{v}\) に代入します。
具体的な解説と立式
イオンの速さを\(v\)、円運動の半径を\(r\)とします。イオンが磁場から受けるローレンツ力の大きさは \(f = qvB\) です。これが向心力となり、円運動の運動方程式は次のように立てられます。
$$M\frac{v^2}{r} = qvB \quad \cdots ①$$
この式から、速さ\(v\)と半径\(r\)の関係が得られます。
$$\frac{v}{r} = \frac{qB}{M}$$
一方、周期\(T\)は、円周の長さ \(2\pi r\) を速さ \(v\) で割ることで求められます。
$$T = \frac{2\pi r}{v} = 2\pi \left(\frac{r}{v}\right) \quad \cdots ②$$

使用した物理公式

  • 円運動の運動方程式: \(M\displaystyle\frac{v^2}{r} = F\)
  • 向心力としてのローレンツ力: \(F=qvB\)
  • 周期の定義: \(T = \displaystyle\frac{2\pi r}{v}\)
計算過程

式②に、\(\displaystyle\frac{v}{r}\) の逆数である \(\displaystyle\frac{r}{v} = \frac{M}{qB}\) を代入します。
$$T = 2\pi \cdot \frac{M}{qB} = \frac{2\pi M}{qB}$$

結論と吟味

イオンの円運動の周期は\(\displaystyle\frac{2\pi M}{qB}\)となります。この式には速さ\(v\)や半径\(r\)が含まれておらず、粒子の質量\(M\)、電荷\(q\)、そして磁場の強さ\(B\)という定数だけで決まります。これはサイクロトロンが機能するための非常に重要な性質です。

解答 ア \(\displaystyle\frac{2\pi M}{qB}\)

思考の道筋とポイント
イオンは、D型電極間の隙間を通過するたびに加速されます。例えば、イオンがIの隙間からIIの隙間へ半周して到達したとき、II側の電位がI側より低くなっていなければなりません(正イオンを加速するため)。さらに半周してIの隙間に戻ってきたときには、今度はI側の電位がII側より低くなっている必要があります。このように、イオンが半周するごと(時間 \(T/2\) ごと)に電位の正負が逆転していれば、イオンは継続的に加速されます。これを実現するのが交流電源です。最もシンプルなのは、イオンの周回周期\(T\)と交流電圧の周期が一致している場合です。
具体的な解説と立式
イオンが継続的に加速されるためには、交流電圧の周期がイオンの円運動の周期\(T\)と等しくなければなりません。
$$T_{\text{交流}} = T = \frac{2\pi M}{qB}$$
周波数\(f\)は周期\(T\)の逆数なので、
$$f = \frac{1}{T_{\text{交流}}} \quad \cdots ③$$

使用した物理公式

  • 周波数と周期の関係: \(f = \displaystyle\frac{1}{T}\)
計算過程

式③に、アで求めた周期\(T\)の式を代入します。
$$f = \frac{1}{\frac{2\pi M}{qB}} = \frac{qB}{2\pi M}$$

結論と吟味

必要な交流電圧の周波数は\(\displaystyle\frac{qB}{2\pi M}\)です。なお、模範解答の補足にあるように、交流の周期が\(T\)の奇数分の1(\(T/3, T/5, …\))でも、タイミングを合わせることは可能です。しかし、最も基本的な設定は周期を一致させる場合です。

解答 イ \(\displaystyle\frac{qB}{2\pi M}\)

思考の道筋とポイント
イオンは、電極間の隙間を1回通過するたびに、電位差\(V_0\)によって \(qV_0\) のエネルギーを得ます。イオンは1周する間に隙間を2回(I→II と II→I)通過します。したがって、N周する間に何回加速されるかを考えれば、得られる総エネルギーが計算できます。
具体的な解説と立式

  • 1回の加速で得るエネルギー: \(E_1 = qV_0\)
  • 1周あたりに加速される回数: 2回
  • 1周で得るエネルギー: \(E_{\text{周}} = 2 \times qV_0 = 2qV_0\)

N周する間に得る総エネルギーを \(E_{\text{総計}}\) とすると、
$$E_{\text{総計}} = E_{\text{周}} \times N \quad \cdots ④$$

使用した物理公式

  • 電位差によるエネルギー変化: \(\Delta E = qV\)
計算過程

式④に値を代入します。
$$E_{\text{総計}} = 2qV_0 \times N = 2NqV_0$$

結論と吟味

イオンがN周する間に得るエネルギーは\(2NqV_0\)です。非常に多数回(Nが大きい)周回させることで、一回あたりの加速電圧\(V_0\)が小さくても、最終的に非常に高いエネルギーを得ることができるのがサイクロトロンの特長です。

解答 ウ \(2NqV_0\)

思考の道筋とポイント
イオンが取り出し口Fに達したとき、その軌道半径は\(R\)になっています。このときのイオンの速さを求め、運動エネルギーの公式 \(\frac{1}{2}Mv^2\) に代入します。速さは、円運動の運動方程式から導くことができます。
具体的な解説と立式
円運動の運動方程式(式①)を速さ\(v\)について解くと、
$$v = \frac{qBr}{M}$$
取り出し口では軌道半径が\(r=R\)なので、このときの速さ\(v_{\text{max}}\)は、
$$v_{\text{max}} = \frac{qBR}{M} \quad \cdots ⑤$$
このときの運動エネルギー \(K_{\text{max}}\) は、
$$K_{\text{max}} = \frac{1}{2}M v_{\text{max}}^2 \quad \cdots ⑥$$

使用した物理公式

  • 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}Mv^2\)
  • 円運動の運動方程式: \(M\displaystyle\frac{v^2}{r} = qvB\)
計算過程

式⑥に、式⑤を代入します。
$$K_{\text{max}} = \frac{1}{2}M \left(\frac{qBR}{M}\right)^2 = \frac{1}{2}M \frac{q^2 B^2 R^2}{M^2}$$
$$K_{\text{max}} = \frac{q^2 B^2 R^2}{2M} = \frac{(qBR)^2}{2M}$$

結論と吟味

取り出し口での運動エネルギーは\(\displaystyle\frac{(qBR)^2}{2M}\)です。この式から、到達できる最大エネルギーは、装置の最大半径\(R\)と磁場の強さ\(B\)で決まることがわかります。より高いエネルギーを得るためには、装置を大きくするか、磁場を強くする必要があります。

解答 エ \(\displaystyle\frac{(qBR)^2}{2M}\)

思考の道筋とポイント
ベータトロンでも、電子は軌道上でローレンツ力を向心力として等速円運動をしています。したがって、サイクロトロンと同様に円運動の運動方程式を立てることで、運動量\(p=mv\)を求めることができます。電子の電荷は\(-e\)ですが、力の大きさだけを考えればよいので、電荷の大きさ\(e\)を用います。
具体的な解説と立式
電子の速さを\(v\)、質量を\(m\)、軌道半径を\(R\)、軌道上の磁束密度を\(B\)とします。円運動の運動方程式は、
$$m\frac{v^2}{R} = evB$$
運動量\(p=mv\)の形にするため、両辺を\(v\)で割ります。
$$m\frac{v}{R} = eB$$
これを\(mv\)について解くと、運動量\(p\)が求まります。

使用した物理公式

  • 円運動の運動方程式: \(m\displaystyle\frac{v^2}{R} = evB\)
  • 運動量の定義: \(p=mv\)
計算過程

上の式から、
$$p = mv = eBR$$

結論と吟味

電子の運動量は\(eBR\)となります。ベータトロンでは軌道半径\(R\)が一定なので、電子が加速されて運動量\(p\)が増加するのに伴い、軌道上の磁束密度\(B\)も増加させる必要があることが、この式からわかります。

解答 オ \(eBR\)

思考の道筋とポイント
電子の円軌道を貫く磁束が変化すると、ファラデーの電磁誘導の法則に従って、軌道に沿って誘導起電力が生じます。法則の式をそのまま適用します。
具体的な解説と立式
ファラデーの電磁誘導の法則より、誘導起電力\(V\)の大きさは、磁束の時間変化率の大きさに等しくなります。
$$V = \left| -\frac{d\Phi}{dt} \right|$$
微小時間\(\Delta t\)の間に磁束が\(\Delta \Phi\)だけ変化した場合、誘導起電力の大きさは、
$$V = \frac{\Delta\Phi}{\Delta t}$$

使用した物理公式

  • ファラデーの電磁誘導の法則: \(V = \left| -\displaystyle\frac{d\Phi}{dt} \right|\)
計算過程

これは公式そのものであるため、これ以上の計算はありません。

結論と吟味

誘導起電力は\(\displaystyle\frac{\Delta\Phi}{\Delta t}\)となります。これが電子を加速する「電圧」の役割を果たします。

解答 カ \(\displaystyle\frac{\Delta\Phi}{\Delta t}\)

思考の道筋とポイント
誘導起電力\(V\)とは、単位電荷を一周させたときに電場がする仕事のことです。ベータトロンの円軌道は中心軸に対して対称なので、発生する誘導電場\(E\)の大きさは軌道上のどこでも同じはずです。したがって、「起電力 = 電場 × 距離」という関係式(\(V=Ed\)の応用)が使えます。ここでの距離は、円周の長さ\(2\pi R\)です。
具体的な解説と立式
誘導起電力\(V\)と、それを作り出す誘導電場\(E\)の間には、以下の関係が成り立ちます。
$$V = E \times (\text{円周の長さ})$$
$$V = E \cdot 2\pi R \quad \cdots ⑦$$
この式を電場\(E\)について解くと、
$$E = \frac{V}{2\pi R}$$
ここに、カで求めた\(V=\displaystyle\frac{\Delta\Phi}{\Delta t}\)を代入します。

使用した物理公式

  • 誘導起電力と電場の関係: \(V = E \cdot 2\pi R\)
計算過程

$$E = \frac{1}{2\pi R} \cdot \frac{\Delta\Phi}{\Delta t} = \frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t}$$

結論と吟味

誘導電場の強さは\(\displaystyle\frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t}\)となります。磁束が時間的に変化するだけで、何もない真空中に電場が生まれる、という電磁誘導の本質を示しています。

解答 キ \(\displaystyle\frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t}\)

思考の道筋とポイント
誘導電場\(E\)によって、電子は接線方向に静電気力\(eE\)を受けます。この力によって電子は加速され、運動量が変化します。運動量の変化は、受けた力積に等しいという「運動量と力積の関係」を用いて計算します。
具体的な解説と立式

  • 電子が受ける力: \(F = eE\) (大きさ)
  • 力が働く時間: \(\Delta t\)
  • 力積: \(I = F \Delta t = eE \Delta t\)

運動量の変化量\(\Delta p\)は、この力積に等しいので、
$$\Delta p = eE \Delta t \quad \cdots ⑧$$
この式に、キで求めた電場\(E = \displaystyle\frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t}\)を代入します。

使用した物理公式

  • 運動量と力積の関係: \(\Delta p = F \Delta t\)
  • 電場による力: \(F = eE\)
計算過程

$$\Delta p = e \left( \frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t} \right) \Delta t$$
\(\Delta t\)が約分されて、
$$\Delta p = \frac{e\Delta\Phi}{2\pi R} = \left(\frac{e}{2\pi R}\right) \Delta\Phi$$
問題は「ク \(\times \Delta\Phi\)」の形なので、クに当てはまるのは係数部分です。

結論と吟味

クに当てはまるのは\(\displaystyle\frac{e}{2\pi R}\)です。電子の運動量の増加が、磁束の増加に直接比例していることがわかります。

解答 ク \(\displaystyle\frac{e}{2\pi R}\)

思考の道筋とポイント
ベータトロンでは、電子が加速されても軌道半径\(R\)が一定に保たれるように、軌道上の磁束密度\(B\)も同時に増加させます。この条件式を導くのが最後の設問です。
私たちは、運動量の変化\(\Delta p\)について2つの異なる表現を得ました。

  1. オの結果から: 運動量\(p=eBR\)であり、Rは一定なので、\(p\)が変化するのは\(B\)が変化するから \(\rightarrow \Delta p = eR \Delta B\)
  2. クの結果から: 運動量の変化は磁束の変化による力積で決まる \(\rightarrow \Delta p = \displaystyle\frac{e\Delta\Phi}{2\pi R}\)

これら2つの\(\Delta p\)は等しいはずなので、イコールで結んで条件式を導きます。
具体的な解説と立式
オの結果 \(p=eBR\) において、半径\(R\)は一定なので、両辺の変化量を取ると、
$$\Delta p = eR \Delta B \quad \cdots ⑨$$
一方、クの結果は、
$$\Delta p = \frac{e\Delta\Phi}{2\pi R} \quad \cdots ⑩$$
式⑨と式⑩の左辺は同じ\(\Delta p\)なので、右辺どうしも等しくなります。
$$eR \Delta B = \frac{e\Delta\Phi}{2\pi R}$$

計算過程

この式を\(\Delta B\)について解きます。両辺を\(eR\)で割ると、
$$\Delta B = \frac{e\Delta\Phi}{2\pi R \cdot eR} = \frac{\Delta\Phi}{2\pi R^2} = \left(\frac{1}{2\pi R^2}\right) \Delta\Phi$$
問題は「ケ \(\times \Delta\Phi\)」の形なので、ケに当てはまるのは係数部分です。

結論と吟味

ケに当てはまるのは\(\displaystyle\frac{1}{2\pi R^2}\)です。この \(\Delta B = \displaystyle\frac{\Delta\Phi}{2\pi R^2}\) という関係は「ベータトロンの条件」として知られています。この条件は、軌道上の磁場の変化\(\Delta B\)と、軌道内部を貫く全磁束の変化\(\Delta\Phi\)の間に特定のバランスが必要であることを示しています。もし磁場が一様なら\(\Phi = B \cdot \pi R^2 \rightarrow \Delta\Phi = \pi R^2 \Delta B\)となり、この条件を満たせません。そのため、ベータトロンでは中心部ほど磁場が強くなるような、特殊な形状の磁石(一様でない磁場)が使われます。

解答 ケ \(\displaystyle\frac{1}{2\pi R^2}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • ローレンツ力と円運動: 荷電粒子が磁場から受ける力 \(F=qvB\) が向心力となり、円運動(運動方程式 \(Mv^2/r=qvB\))を引き起こす。サイクロトロンとベータトロンの両方に共通する基本原理。
  • サイクロトロンの同調条件: 円運動の周期 \(T=2\pi M/qB\) が速さや半径によらないため、一定周波数の交流電場で連続的に加速できる。
  • ファラデーの電磁誘導の法則と誘導電場: 磁束の変化 \(\Delta\Phi\) が誘導起電力 \(V=\Delta\Phi/\Delta t\) を生み、これが渦状の誘導電場 \(E=V/(2\pi R)\) の源となる。これがベータトロンの加速原理。
  • 運動量と力積: 誘導電場による力 \(F=eE\) が時間\(\Delta t\)だけ働くことで、粒子は力積 \(F\Delta t\) を受け、そのぶん運動量が増加する (\(\Delta p = F\Delta t\))。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
    • 質量分析器: ローレンツ力による円運動で、粒子の質量や比電荷を分析する装置。サイクロトロンの円運動の式と考え方が共通。
    • ホール効果: ローレンツ力と静電気力がつり合う現象。サイクロトロンの前段階である速度選択器と原理が似ている。
    • リニアック(線形加速器): 多数の電極を直線状に並べ、交流電場で粒子を加速する装置。サイクロトロンと加速の考え方は似ているが、磁場で曲げずに直線的に加速する点が異なる。
  • 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
    1. 加速の仕組みは何か? を見抜く。電極間の電位差か、電磁誘導による電場か。
    2. 軌道を維持する力は何か? を見抜く。ほとんどの場合、磁場によるローレンツ力である。
    3. 何が一定で、何が変化するのか? を整理する。サイクロトロンでは\(B\)が一定で\(r, v\)が変化、ベータトロンでは\(R\)が一定で\(B, \Phi, v\)が変化する。この違いが両者の性質を決定づける。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • サイクロトロンの周期:
    • 現象: 半径が大きくなると速さも増すので、周期も変わってしまうと勘違いする。
    • 対策: 周期の式 \(T=2\pi M/qB\) を正しく導出し、「\(v\)も\(r\)も含まれていない」ことを確認する。速くなると同時により長い距離を回るため、一周にかかる時間は相殺されて一定になる、と物理的に理解する。
  • ベータトロンの磁場:
    • 現象: 軌道上の磁束密度\(B\)と、磁束\(\Phi\)を計算するための(平均の)磁束密度を混同する。
    • 対策: ベータトロンでは、粒子を曲げるための磁場(\(B\))と、粒子を加速するための磁束変化(\(\Delta\Phi\))という2つの役割を磁場が担っていると理解する。ケの結論が示すように、これらは両立しないため、一様な磁場ではないことを常に意識する。
  • 力の向きと符号:
    • 現象: ローレンツ力や静電気力の向きを間違える。特にベータトロンの電子(負電荷)の場合。
    • 対策: フレミングの左手の法則は「正電荷(電流)」の向きで考えることを徹底し、負電荷の場合は最後に力の向きを逆にする。電磁誘導で生じる電場の向き(レンツの法則)も、磁束の変化を妨げる向きに電流を流そうとする方向、と正確に判断する。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • サイクロトロン: イオンがD型電極の間を往復するたびに「パン!」と蹴られて加速し、だんだん大きな渦巻き(螺旋)を描いていくイメージ。
  • ベータトロン: ドーナツ状のトラックを走る電子を、トラックの内側の磁場を強めることで、背中から見えない力(誘導電場)でぐいぐいと押し続けて加速させるイメージ。同時に、トラックから飛び出さないように、コース上の磁場も強くして遠心力と釣り合わせる。
  • 図の活用: 問題の図1、図2と、解答の図は、粒子の軌道と力の関係を視覚的に理解する上で極めて重要。特にベータトロンの誘導電場の図は、磁束の変化がどのようにして周回方向の力を生み出すのかを直感的に示している。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 円運動の運動方程式 \(ma = F\):
    • 選定理由: 粒子が円軌道を描いている、という記述から選択。
    • 適用根拠: ニュートンの第二法則。向心加速度 \(a=v^2/r\) と向心力 \(F=qvB\) を適用する。
  • ファラデーの電磁誘導の法則 \(V = d\Phi/dt\):
    • 選定理由: 「磁束を変化させ」「誘導起電力を利用する」というベータトロンの原理説明から選択。
    • 適用根拠: 時間変化する磁場は、空間に(渦状の)電場を誘起するというマクスウェルの方程式の一つ。
  • 運動量と力積の関係 \(\Delta p = F\Delta t\):
    • 選定理由: 誘導電場という「力」が「時間」\(\Delta t\)だけ作用して、粒子の「運動量」を変化させる、という因果関係を記述するために最適。
    • 適用根拠: 運動方程式を時間で積分したものであり、力の時間的効果を記述する際に有効。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. 【装置の特定】 サイクロトロンかベータトロンかを確認し、基本原理(加速方法、軌道の性質)を思い出す。
  2. 【力の分析】 粒子に働く力(ローレンツ力、静電気力、誘導電場による力)を特定する。
  3. 【運動のモデル化】 粒子の運動をモデル化する(等速円運動、等加速度運動など)。
  4. 【方程式の立式】 各モデルに対応する物理法則(運動方程式、電磁誘導の法則、力積の関係)を用いて方程式を立てる。
  5. 【連立と代入】 複数の式を連立させたり、ある式の結果を別の式に代入したりして、未知数を消去し、目的の物理量を導出する。
  6. 【条件の適用】 「半径Rが一定」「周期が一致」など、その装置特有の条件を式に適用する。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 定数と変数の区別: 問題文をよく読み、何が一定に保たれ、何が変化する量なのかを明確に区別する。
  • 単位円周あたりの量: ベータトロンの電場や起電力の計算では、円周の長さ\(2\pi R\)が分母や分子によく現れる。混同しないよう注意する。
  • 微小変化量の扱い: \(\Delta p, \Delta \Phi, \Delta B, \Delta t\) といった微小変化量を扱う計算では、どの量がどの量に比例するのか、関係性を正確に追う。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • サイクロトロンの限界: エで求めた最大エネルギーの式を見ると、粒子を光速近くまで加速しようとすると、相対論的効果によって質量\(M\)が増加するため、周期が一定でなくなり、加速のタイミングがずれてしまう(シンクロトロンが必要になる)。この原理的な限界を考えてみる。
  • ベータトロンの条件の意味: ケで求めた \(\Delta\Phi = 2\pi R^2 \Delta B\) という条件は、物理的に「軌道内部の平均的な磁場変化は、軌道上の磁場変化のちょうど2倍でなければならない」ことを意味する。なぜそうなるのか、力のモーメント(トルク)と角運動量の関係から考察してみることも、より深い理解につながる(大学レベルの内容)。

問題56 (弘前大+京都工繊大)

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、光が電子にエネルギーを与えて金属表面から飛び出させる「光電効果」に関する総合問題です。与えられた実験データ(I-Vグラフ、K-νグラフ)を読み解き、光の粒子性に関する基本的な法則を理解し適用できるかが問われています。

与えられた条件
  • 陰極の金属: ナトリウム (Na)
  • 図1: ある波長の紫外線を当てたときの、陽極電圧 \(V\) と光電流 \(I\) の関係を示したグラフ。
  • 図2: 実験に使用する部品(光電管、電池、可変抵抗、電流計、電圧計)。
  • 図3: 当てる光の振動数 \(\nu\) と、飛び出す光電子の最大運動エネルギー \(K\) の関係を示したグラフ。
  • 物理定数: 光速 \(c = 3.0 \times 10^8 \, \text{m/s}\)、電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \, \text{C}\)。
問われていること
  • (1) 実験装置の回路図の作成。
  • (2) 光電流が \(1.6 \, \mu\text{A}\) のときの、毎秒陽極に到達する電子の数。
  • (3) 飛び出す光電子の最大運動エネルギー \(K\) [eV]。
  • (4) 光の強度を強くしたときのI-Vグラフの変化。
  • (5) ナトリウムの仕事関数 \(W\) とプランク定数 \(h\)。
  • (6) 特定の波長の光(ヘリウム・ネオンレーザー)による光電効果の有無。
  • (7) 陰極をセシウム(Cs)に変えた場合のK-\(\nu\)グラフの変化と、レーザー光による光電効果の有無。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは、20世紀初頭の物理学に革命をもたらした「光電効果」です。光が単なる波ではなく、「光子(こうし)」というエネルギーの粒子の集まりであるという「光の粒子説」を強力に裏付けた現象です。

この問題を解くための心臓部となるのが、アインシュタインの光電方程式です。
$$ \frac{1}{2}mv_{\text{max}}^2 = h\nu – W $$
ここで、\(\frac{1}{2}mv_{\text{max}}^2\) は飛び出す光電子の運動エネルギーの最大値 \(K\)、\(h\) はプランク定数、\(\nu\) は入射光の振動数、\(W\) は仕事関数(電子を金属から引き出すのに必要な最小エネルギー)です。
この式は、「光子1個のエネルギー \(h\nu\) が、電子を飛び出させるための手数料 \(W\) と、飛び出した後の運動エネルギー \(K\) に分配される」という、非常にシンプルなエネルギー保存則を表しています。この一つの式を軸に、各設問を解き明かしていきましょう。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1) 回路図の設計: 電圧計・電流計の基本接続と、陽極Pの電位を陰極Cに対して正にも負にも変えられる(逆電圧をかけられる)ように、可変抵抗器をどう組み込むかを考えます。
  2. (2) 電流と電子数の関係: 電流の定義(単位時間あたりの電荷の流れ)に立ち返り、電荷の運び手である電子1個の電気量 \(e\) を用いて計算します。
  3. (3) 最大運動エネルギーの算出: I-Vグラフ(図1)から、光電流を止めるのに必要な「阻止電圧 \(V_0\)」を読み取ります。この電圧がする仕事 \(eV_0\) が、電子の最大運動エネルギー \(K\) に等しいという関係 \(K = eV_0\) を使います。
  4. (4) 光の強度とグラフ: 光の「強度」とは光子の「数」のことだと理解します。光子数が増えると光電子数、ひいては光電流がどうなるか、一方で光子1個のエネルギーは変わらないので阻止電圧はどうなるか、を考えます。
  5. (5) 物理定数の決定: K-\(\nu\)グラフ(図3)と光電方程式 \(K = h\nu – W\) を比較します。この式は \(K\) を縦軸、\(\nu\) を横軸とした一次関数と見なせるため、グラフの「傾き」がプランク定数 \(h\)、「縦軸切片」が \(-W\) に対応することを利用して値を求めます。
  6. (6),(7) 光電効果の条件判定: 光電効果が起こるには、光子1個のエネルギー \(h\nu\) が仕事関数 \(W\) より大きい(\(h\nu \ge W\))必要があります。これは、光の振動数 \(\nu\) が、金属固有の「限界振動数 \(\nu_0\)」以上(\(\nu \ge \nu_0\))であることと同値です。この条件を満たすかどうかを計算して判定します。

問(1)

思考の道筋とポイント
1. まず、測定器の基本ルールを確認します。電流計は測定したい回路に直列に、電圧計は測定したい区間(光電管の両極)に並列に接続します。
2. 次に、この実験のキモである「陽極Pの電位を、陰極Cに対して正にも負にもする」方法を考えます。電池のプラス極とマイナス極をそのままつないだだけでは、一方向の電圧しかかけられません。
3. そこで可変抵抗器(ポテンショメータ)を使います。可変抵抗器の両端に電池をつなぐと、抵抗器の各点に連続的に電位が分布します。この電位差を利用して、自在な電圧を取り出すのです。
4. 模範解答の例1の方法は、可変抵抗器のちょうど真ん中の点の電位を基準(ここでは陰極Cにつなぐ)とします。こうすると、スライド接点を右に動かせば基準より電位が高く(Pが正)、左に動かせば電位が低く(Pが負)なり、一台で正負両方の電圧をスムーズに作り出せます。

メインの解法: 可変抵抗の中点を基準にする方法
具体的な解説と立式

  1. 光電管の陽極Pと陰極Cの間に、電圧を測定するための電圧計Vを並列に接続します。
  2. 陽極Pに流れる光電流を測定するため、Pと回路をつなぐ導線の途中に電流計Aを直列に挿入します。
  3. 電源である電池を可変抵抗器に接続します。
  4. 陰極Cを、可変抵抗器の中点Oに接続します。この点の電位を基準(0V)とします。
  5. 陽極Pを、可変抵抗器のスライド接点に接続します。

この結線により、スライド接点を中点Oより高電位側に動かせばPはCに対して正の電位に、低電位側に動かせば負の電位になります。

結論と吟味

(模範解答の図「例1」を参照し、各部品を線で結ぶ)
この回路により、陽極Pと陰極Cの間の電圧 \(V\) を連続的に変化させながら、そのとき流れる電流 \(I\) を測定することが可能になります。特に、Pの電位をCより低くする「逆電圧」をかけられる点が重要です。

別解1: 一般的な分圧回路を用いる方法
具体的な解説と立式

  1. 電圧計Vと電流計Aの接続はメインの解法と同様です。
  2. 電池を可変抵抗器の両端に接続します。
  3. 陰極Cを、可変抵抗器のどこか一点(例えば低電位側の端)に接続します。
  4. 陽極Pを、可変抵抗器のスライド接点に接続します。

この結線でも、スライド接点の位置を動かすことで、PとCの間の電位差を変化させることができます。模範解答の例2では、Cの接続点を「中点でなくてもよい」としており、Cの接続位置とスライダの位置関係によってPの電位がCに対して正にも負にもなりうることを示唆しています。

結論と吟味

(模範解答の図「例2」を参照し、各部品を線で結ぶ)
メインの解法(例1)の方が、直感的に正負の電圧を作り出せるため分かりやすいかもしれません。しかし、例2のような接続でも、基準の取り方次第で同様の実験が可能であることを理解しておくと良いでしょう。どちらの回路も、電圧 \(V\) を可変させ、電流 \(I\) を測定するという目的を達成できます。

解答 (1) 模範解答の例1または例2のように配線する。

問(2)

思考の道筋とポイント
電流とは、そもそも何だったでしょうか? 電流の定義は「ある断面を1秒間に通過する電気の量」です。この問題では、電気を運んでいるのはまぎれもなく電子です。
つまり、「\(1.6 \, \mu\text{A}\) の電流が流れている」とは、「1秒間に \(1.6 \times 10^{-6} \, \text{C}\) の電気量が陽極Pに到達している」ということです。
電子1個が持つ電気量は電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \, \text{C}\) です。
ならば、総電気量を電子1個の電気量で割ってあげれば、電子の個数が求まるはずです。
具体的な解説と立式
1秒間に陽極Pに到達する電子の数を \(N\) [個] とします。
電子1個の電気量は \(e\) [C] です。
したがって、1秒間に陽極Pに到達する総電気量 \(Q\) は、
$$ Q = N \times e $$
この、単位時間あたりの電気量の流れが電流 \(I\) の定義そのものですから、
$$ I = \frac{Q}{1 \, \text{s}} = Ne $$
この式を \(N\) について解くと、次式を得ます。
$$ N = \frac{I}{e} \quad \cdots ① $$

使用した物理公式

  • 電流の定義: \(I=Ne\) (\(N\)は単位時間あたりに通過する電荷数、\(e\)は電気素量)
計算過程

与えられた値を式①に代入します。電流の単位をマイクロアンペア[\(\mu\text{A}\)]からアンペア[\(\text{A}\)]に変換することを忘れないようにしましょう。\(1 \, \mu\text{A} = 10^{-6} \, \text{A}\) です。
$$ N = \frac{1.6 \times 10^{-6} \, [\text{A}]}{1.6 \times 10^{-19} \, [\text{C}]} $$
分子と分母の \(1.6\) を約分し、指数の計算を行います。
$$ N = 1.0 \times 10^{-6 – (-19)} = 1.0 \times 10^{-6+19} = 1.0 \times 10^{13} \, [\text{個/s}] $$

計算方法の平易な説明

スーパーでお会計をするとき、合計金額(電流 \(I\))が分かっていて、商品1個の値段(電子1個の電気量 \(e\))が分かっていたら、買った商品の個数(電子の数 \(N\))は「合計金額 ÷ 1個の値段」で計算できますね。それと全く同じ計算をしています。

結論と吟味

陽極Pには、毎秒 \(1.0 \times 10^{13}\) 個もの電子が到達していることになります。非常に大きな数ですが、電流の値から妥当な結果と言えます。

解答 (2) \(1.0 \times 10^{13}\) 個/s

問(3)

思考の道筋とポイント
図1のグラフを詳しく見てみましょう。陽極の電圧 \(V\) を下げていくと、電流 \(I\) がだんだん小さくなり、ついに \(V = -1.8 \, \text{V}\) で電流がゼロになっています。
電圧を負にする、つまり「逆電圧をかける」とは、光電管から飛び出した電子を押し返すような電場を作ることを意味します。
\(V = -1.8 \, \text{V}\) で電流がピタッと止まったということは、これが、陰極から飛び出してきた電子の中で最も元気な(運動エネルギーが最大の)電子でさえも押し返してしまうギリギリの電圧だということです。この電圧を阻止電圧 \(V_0\) と呼びます。
エネルギーの観点から見ると、最大運動エネルギー \(K\) を持って飛び出した電子が、静電気力による位置エネルギー \(eV_0\) に完全に変換された(運動を止められた)と考えられます。したがって、\(K = eV_0\) という関係が成り立ちます。
具体的な解説と立式
図1のグラフから、光電流が \(0\) になるのは、陽極電圧が \(-1.8 \, \text{V}\) のときです。
したがって、阻止電圧 \(V_0\) の大きさは、
$$ V_0 = 1.8 \, [\text{V}] $$
光電子の最大運動エネルギーを \(K\) とすると、エネルギー保存則(仕事とエネルギーの関係)より、
$$ K = e V_0 \quad \cdots ① $$
この式で計算した \(K\) の単位はジュール [J] です。
問題では電子ボルト [eV] という単位で答えることが求められています。
電子ボルトの定義は、「電子1個が \(1 \, \text{V}\) の電位差で加速されたときに得る運動エネルギー」であり、その値は \(1 \, \text{eV} = e \times (1 \, \text{V}) = e \, [\text{J}]\) です。
つまり、ジュール単位のエネルギーを電気素量 \(e\) で割ると、電子ボルト単位のエネルギーの数値が得られます。
$$ K \, [\text{eV}] = \frac{K \, [\text{J}]}{e} = \frac{eV_0}{e} = V_0 $$
これは、電子の場合、最大運動エネルギーの[eV]での数値が、阻止電圧の[V]での数値と一致することを意味します。

使用した物理公式

  • 最大運動エネルギーと阻止電圧の関係: \(K = eV_0\)
  • 電子ボルトの定義: \(1 \, \text{eV} = e \, \text{[J]}\)
計算過程

上記の解説から、阻止電圧 \(V_0\) が \(1.8\,\text{V}\) であるため、最大運動エネルギー \(K\) は、
$$ K = 1.8 \, [\text{eV}] $$
となります。

計算方法の平易な説明

電子のエネルギーを表すのに便利な単位が「電子ボルト(eV)」です。これは、いわば「電子専用のエネルギーものさし」のようなものです。このものさしを使うと、\(V_0\) ボルトの電圧で止められる電子のエネルギーは、計算するまでもなく「\(V_0\) 電子ボルト」になると覚えておくと非常に便利です。

結論と吟味

光電子の最大運動エネルギーは \(1.8 \, \text{eV}\) です。単位をジュール[J]にするか、電子ボルト[eV]にするか、問題の要求をしっかり確認することが大切です。

解答 (3) \(1.8 \, \text{eV}\)

問(4)

思考の道筋とポイント
「光の強度を強くする」とは、物理的にどういうことかを考えます。これは、波としての光の振幅を大きくすることですが、光の粒子説の立場では「単位面積・単位時間あたりに降り注ぐ光子の数を増やす」ことを意味します。
1. 電流への影響: 光電効果では、基本的に1個の光子が1個の電子をたたき出します。したがって、やってくる光子の数が増えれば、飛び出す光電子の数も(比例して)増えます。電子の数が増えれば、当然、流れる電流 \(I\) は大きくなります。特に、十分な正電圧をかけて、飛び出した電子をすべて陽極Pで集めたときの電流(飽和電流)が、光の強度に比例して増加します。
2. 阻止電圧への影響: 一方、光子1個が持つエネルギーは \(E = h\nu\) で決まります。光の強度を変えても、振動数 \(\nu\) を変えない限り、光子1個のエネルギーは変わりません。したがって、光電子がもらうエネルギーの最大値 \(K = h\nu – W\) も変わりません。\(K\) が変わらないということは、それを止めるのに必要な阻止電圧 \(V_0\) (\(K=eV_0\)) も変わらない、ということになります。
具体的な解説と立式

  • 飽和電流の変化:
    光の強度 \(\propto\) 単位時間あたりの光子数 \(\propto\) 単位時間あたりに飛び出す光電子の数 \(\propto\) 飽和光電流 \(I_{\text{sat}}\)
    よって、光の強度を強くすると、飽和光電流は大きくなります。
  • 阻止電圧の不変性:
    光の強度を変えても、光の振動数 \(\nu\) は変化しません。光電子の最大運動エネルギー \(K = h\nu – W\) は、\(\nu\) と \(W\) のみに依存するため、変化しません。阻止電圧 \(V_0\) は \(K = eV_0\) の関係にあるため、\(K\) が不変なら \(V_0\) も不変です。

これらの考察から、新しいグラフは、元のグラフを縦方向に引き伸ばした形になり、横軸との交点(阻止電圧 \(V_0\))の位置は変わらない、と結論付けられます。

計算方法の平易な説明

例えるなら、光子はボール、電子は的、電流は1秒間に倒れた的の数です。
「光の強度を強くする」のは、「投げるボールの数を増やす」のと同じです。ボールの数が増えれば、倒れる的の数(電流)も増えます。
しかし、ボール1個の速さ(光子1個のエネルギー)は変えていないので、倒れた的1個が飛んでいく勢いの最大値(最大運動エネルギー)は変わりません。したがって、それを止めるのに必要な壁の高さ(阻止電圧)も変わらないのです。

結論と吟味

(模範解答の図を参照し、元のグラフの阻止電圧 \(-V_0\) の点は共通で、それより右側で元のグラフよりも上側を通る曲線を描く)
光の強度と振動数が、それぞれ光電流と光電子のエネルギーに独立して影響を与えるという、光電効果の重要な特徴を示す問題です。

解答 (4) 阻止電圧は変わらず、飽和電流が大きくなるグラフを描く(模範解答の図を参照)。

問(5)

思考の道筋とポイント
この問題の鍵は、アインシュタインの光電方程式 \(K = h\nu – W\) と、与えられたK-\(\nu\)グラフ(図3)を関連付けることです。
この式を、数学で習う一次関数の式 \(y = ax + b\) と比べてみましょう。

  • 縦軸 \(y\) が、最大運動エネルギー \(K\)
  • 横軸 \(x\) が、振動数 \(\nu\)

と見なすと、

  • 傾き \(a\) が、プランク定数 \(h\)
  • 切片 \(b\) が、仕事関数にマイナスをつけた \(-W\)

に対応していることが一目瞭然です。あとはグラフから傾きと切片を読み取るだけです。
メインの解法: K-\(\nu\)グラフの切片と傾きから求める方法
具体的な解説と立式
光電方程式は \(K = h\nu – W\)。

  1. 仕事関数 \(W\) の導出:
    この式で \(\nu=0\) とすると \(K = -W\) となります。これはグラフの縦軸(\(K\)軸)の切片を意味します。図3のグラフを破線で延長すると、縦軸と \(-2.3 \, \text{eV}\) で交わっています。
    したがって、\(-W = -2.3 \, [\text{eV}]\)、よって仕事関数 \(W\) は、
    $$ W = 2.3 \, [\text{eV}] \quad \cdots ① $$
  2. プランク定数 \(h\) の導出:
    式の傾きはプランク定数 \(h\) です。傾きは「縦軸の変化量 / 横軸の変化量」で計算できます。グラフが通る2点、例えば切片の点 \((\nu_1, K_1) = (0, -2.3 \, \text{eV})\) と、横軸との交点 \((\nu_2, K_2) = (5.6 \times 10^{14} \, \text{Hz}, 0 \, \text{eV})\) を使います。
    $$ h = \frac{\Delta K}{\Delta \nu} = \frac{K_2 – K_1}{\nu_2 – \nu_1} \quad \cdots ② $$
    ここで非常に重要な注意点は、プランク定数 \(h\) の単位は [J·s] であるため、計算に用いるエネルギー \(K\) の単位もジュール [J] に統一する必要があるということです。

使用した物理公式

  • 光電方程式: \(K = h\nu – W\)
  • グラフの傾きと切片の解釈
計算過程

まず仕事関数は、式①より \(W = 2.3 \, \text{eV}\) です。

次にプランク定数 \(h\) を計算します。式②に数値を代入します。エネルギーの単位を [J] に変換するために、[eV] の値に電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19}\) を掛け合わせます。
$$ h = \frac{(0 \, \text{eV}) – (-2.3 \, \text{eV})}{(5.6 \times 10^{14} \, \text{Hz}) – (0 \, \text{Hz})} = \frac{2.3 \, \text{eV}}{5.6 \times 10^{14} \, \text{Hz}} $$
単位を [J] に変換します。
$$ h = \frac{2.3 \times (1.6 \times 10^{-19} \, \text{J})}{5.6 \times 10^{14} \, \text{s}^{-1}} $$
$$ h = \frac{3.68}{5.6} \times 10^{-19-14} \approx 0.657 \times 10^{-33} = 6.57 \times 10^{-34} \, [\text{J·s}] $$
有効数字を考慮して、\(h \approx 6.6 \times 10^{-34} \, [\text{J·s}]\)。
別解1: 限界振動数を利用する方法
具体的な解説と立式
グラフの横軸との交点にも物理的な意味があります。ここは \(K=0\) となる点、つまり、光電子が飛び出すかどうかのギリギリの境界線です。このときの振動数を限界振動数 \(\nu_0\) と呼びます。\(K=0\) のとき、光電方程式は \(0 = h\nu_0 – W\)、すなわち \(W = h\nu_0\) となります。

  1. 仕事関数 \(W\) と限界振動数 \(\nu_0\) の読み取り:
    仕事関数はメインの解法と同様に、縦軸切片から \(W = 2.3 \, \text{eV}\) と読み取ります。限界振動数 \(\nu_0\) は、グラフが横軸と交わる点なので、図3から、
    $$ \nu_0 = 5.6 \times 10^{14} \, [\text{Hz}] $$
  2. プランク定数 \(h\) の導出:
    関係式 \(W = h\nu_0\) を \(h\) について解くと、
    $$ h = \frac{W}{\nu_0} \quad \cdots ③ $$
    ここでも、\(W\) の単位をジュール [J] に変換して計算する必要があります。
計算過程

式③に数値を代入します。
$$ h = \frac{2.3 \, [\text{eV}]}{5.6 \times 10^{14} \, [\text{Hz}]} = \frac{2.3 \times 1.6 \times 10^{-19} \, [\text{J}]}{5.6 \times 10^{14} \, [\text{s}^{-1}]} $$
この式は、メインの解法で傾きを計算したときと全く同じものです。したがって、計算結果も同じになります。
$$ h \approx 6.6 \times 10^{-34} \, [\text{J·s}] $$

計算方法の平易な説明

グラフの式と物理法則の式を「見比べる」のがポイントです。グラフの「形」が物理法則を表していると分かれば、あとはグラフから「切片」と「傾き」という幾何学的な情報を読み取り、それを物理量(仕事関数とプランク定数)に翻訳する作業になります。計算で一番気を付けるのは「単位」です。特に、基本的な物理定数を求めるときは、必ずSI単位系に揃えて計算しましょう。

結論と吟味

ナトリウムの仕事関数は \(W=2.3 \, \text{eV}\)、プランク定数は \(h \approx 6.6 \times 10^{-34} \, \text{J·s}\) と求められます。このプランク定数の値は、現在知られている精密な値とほぼ一致しており、この実験と理論の正しさを示しています。

解答 (5) 仕事関数: \(2.3 \, \text{eV}\), プランク定数: \(6.6 \times 10^{-34} \, \text{J·s}\)

問(6)

思考の道筋とポイント
ある光を当てたときに光電効果が起こるか、起こらないか。その運命を決めるのは、たった一つの条件です。
「入射光の光子1個のエネルギー \(h\nu\) が、その金属の仕事関数 \(W\) 以上か?」
これを、振動数で表現することもできます。
「入射光の振動数 \(\nu\) が、その金属の限界振動数 \(\nu_0\) 以上か?」
今回は、(5)で限界振動数 \(\nu_0\) が分かっているので、後者の条件で比べるのが簡単そうです。まず、ヘリウム・ネオンレーザーの光の波長 \(\lambda\) から、振動数 \(\nu\) を計算しましょう。
具体的な解説と立式

  1. レーザー光の振動数 \(\nu\) の計算:
    光の速さ \(c\)、波長 \(\lambda\)、振動数 \(\nu\) の間には、波の基本式 \(c = \nu\lambda\) が成り立ちます。これを \(\nu\) について解くと、
    $$ \nu = \frac{c}{\lambda} \quad \cdots ① $$
  2. 光電効果の発生条件の確認:
    (5)で求めたナトリウムの限界振動数は \(\nu_{0, \text{Na}} = 5.6 \times 10^{14} \, \text{Hz}\) です。計算したレーザー光の振動数 \(\nu\) と \(\nu_{0, \text{Na}}\) を比較し、

    • \(\nu \ge \nu_{0, \text{Na}}\) なら、光電効果は起こる
    • \(\nu < \nu_{0, \text{Na}}\) なら、光電効果は起こらない

使用した物理公式

  • 波の基本式: \(c = \nu\lambda\)
  • 光電効果の発生条件: \(\nu \ge \nu_0\)
計算過程

与えられた値 \(c=3.0\times10^8 \, \text{m/s}\)、\(\lambda=6.3\times10^{-7} \, \text{m}\) を式①に代入します。
$$ \nu = \frac{3.0 \times 10^8}{6.3 \times 10^{-7}} = \frac{3.0}{6.3} \times 10^{8-(-7)} \approx 0.476 \times 10^{15} = 4.76 \times 10^{14} \, [\text{Hz}] $$
模範解答に合わせて、\(\nu \approx 4.8 \times 10^{14} \, \text{Hz}\) とします。
この値とナトリウムの限界振動数 \(\nu_{0, \text{Na}} = 5.6 \times 10^{14} \, \text{Hz}\) を比較すると、
$$ 4.8 \times 10^{14} \, \text{Hz} < 5.6 \times 10^{14} \, \text{Hz} $$
つまり、\(\nu < \nu_{0, \text{Na}}\) です。

計算方法の平易な説明

電子を金属の外に連れ出すには、「通行料」(仕事関数 \(W\))が必要です。光子は、この通行料を払えるだけの「お金」(エネルギー \(h\nu\))を持っている必要があります。
このレーザー光の光子が持っているお金(\(h \times 4.8 \times 10^{14}\))は、ナトリウムの通行料(\(W = h \times 5.6 \times 10^{14}\))に足りていません。したがって、電子は外に出ることができません。光がどんなに強く(光子の数が多く)ても、1個1個がお金を持っていないので、誰も通行料を払えないのです。

結論と吟味

レーザー光の振動数が限界振動数より小さいため、この光をナトリウムに当てても光電効果は起こりません。

解答 (6) 起こらない。

問(7)

思考の道筋とポイント

  1. グラフの変化: 陰極の金属をナトリウム(Na)からセシウム(Cs)に変えました。金属の種類が変わると、仕事関数 \(W\) が変わります。光電方程式 \(K = h\nu – W\) を見ると、プランク定数 \(h\) は金属の種類によらない普遍的な定数なので、グラフの傾きは変わりません。変わるのは縦軸切片 \(-W\) です。したがって、新しいグラフは、元のグラフを平行移動したものになります。
    • Naの仕事関数: \(W_{\text{Na}} = 2.3 \, \text{eV}\)
    • Csの仕事関数: \(W_{\text{Cs}} = 1.9 \, \text{eV}\)

    \(W_{\text{Cs}} < W_{\text{Na}}\) なので、縦軸切片は \(-W_{\text{Cs}} > -W_{\text{Na}}\) となります。つまり、グラフは全体的に上方へ平行移動します。

  2. 光電効果の有無: 次に、このセシウムに対して、(6)と同じレーザー光(\(\nu \approx 4.8 \times 10^{14} \, \text{Hz}\))を当てた場合に光電効果が起こるかを判定します。そのためには、セシウムの限界振動数 \(\nu_{0, \text{Cs}}\) を計算し、レーザー光の振動数 \(\nu\) と比較する必要があります。

具体的な解説と立式

  1. K-\(\nu\)グラフの作図:
    • 傾き: プランク定数 \(h\) は不変なので、元のグラフ(Na)と平行な直線を描きます。
    • 縦軸切片: セシウムの仕事関数は \(W’ = 1.9 \, \text{eV}\) なので、新しいグラフの縦軸切片は \(-1.9 \, \text{eV}\) となります。
  2. 光電効果の判定:
    セシウムの限界振動数を \(\nu_0’\) とします。関係式 \(W’ = h\nu_0’\) より、
    $$ \nu_0′ = \frac{W’}{h} \quad \cdots ① $$
    この \(\nu_0’\) を計算し、レーザーの振動数 \(\nu \approx 4.8 \times 10^{14} \, \text{Hz}\) と比較します。

使用した物理公式

  • 光電方程式: \(K = h\nu – W’\)
  • 限界振動数の関係式: \(W’ = h\nu_0’\)
計算過程

まずグラフを描きます。(模範解答の図を参照し、Naのグラフに平行で、縦軸切片が-1.9となる直線を描く)

次に、セシウムの限界振動数 \(\nu_0’\) を式①から計算します。
\(W’ = 1.9 \, \text{eV} = 1.9 \times 1.6 \times 10^{-19} \, \text{J}\)、\(h \approx 6.6 \times 10^{-34} \, \text{J·s}\) を用いて、
$$ \nu_0′ = \frac{1.9 \times 1.6 \times 10^{-19}}{6.6 \times 10^{-34}} = \frac{3.04}{6.6} \times 10^{15} \approx 0.46 \times 10^{15} = 4.6 \times 10^{14} \, [\text{Hz}] $$
レーザー光の振動数 \(\nu \approx 4.8 \times 10^{14} \, \text{Hz}\) と比較すると、
$$ 4.8 \times 10^{14} \, \text{Hz} > 4.6 \times 10^{14} \, \text{Hz} $$
つまり、\(\nu > \nu_0’\) です。

計算方法の平易な説明

セシウムはナトリウムよりも「通行料」(仕事関数)が安い金属です。(6)のレーザー光は、ナトリウムの通行料は払えませんでしたが、より安いセシウムの通行料なら払えるかもしれません。
計算してみると、セシウムの限界振動数(通行料を払える最低ラインの振動数)は \(4.6 \times 10^{14} \, \text{Hz}\) です。レーザー光の振動数は \(4.8 \times 10^{14} \, \text{Hz}\) なので、ギリギリですが上回っています。よって、通行料を払ってお釣りがもらえる(運動エネルギーを持って飛び出せる)ことになります。

結論と吟味

セシウムの場合、K-\(\nu\)グラフはナトリウムのグラフを上方に平行移動させた形になります。
また、セシウムではレーザー光の振動数が限界振動数を上回るため、光電効果は起こります。金属の種類によって光電効果の起こりやすさが違う、ということがよくわかる問題です。

解答 (7) グラフ: 傾きが同じで切片が-1.9[eV]の直線(模範解答の図を参照)。光電効果は起こる。

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • アインシュタインの光電方程式 \(K = h\nu – W\): この一見シンプルな式が、光電効果のすべてを物語っています。「光子のエネルギー(\(h\nu\))が、仕事関数(\(W\))と運動エネルギー(\(K\))に分配される」というエネルギー保存則であることを、心に刻みましょう。
  • グラフの物理的意味: I-Vグラフの「阻止電圧」が \(K\) を、K-\(\nu\)グラフの「傾き」が \(h\)、「切片」が \(-W\) を表すこと。グラフの幾何学的特徴と物理法則を結びつける視点は、物理全般で極めて重要です。
  • 「強度」と「振動数」の役割分担: 光の「強度(明るさ)」は光子の数に対応し、光電流の大きさを決めます。一方、「振動数(色)」は光子1個のエネルギーに対応し、飛び出す電子の最大運動エネルギーを決めます。この二つを混同しないことが、現象を正しく理解する鍵です。
  • 光電効果の発生条件: \(h\nu \ge W\) (光子のエネルギー \(\ge\) 仕事関数)。これに満たない光は、いくら強くても(いくら数を集めても)、電子を1個もたたき出すことはできません。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
    • 未知の現象に関する実験データがグラフで与えられたとき、まずは軸が何を表すかを確認し、関係を表す物理法則の式を立てて、グラフの形(直線か、曲線か)、傾き、切片などが何を意味するのかを考察する、というアプローチは普遍的に役立ちます。
    • X線の発生(制動X線と特性X線)やコンプトン効果など、光子と電子のエネルギーのやり取りが関わる他の原子物理の問題に応用できます。
  • 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
    1. 与えられたグラフの縦軸と横軸が何の物理量を表しているかを確認する。
    2. その物理量同士を関係付ける物理法則(今回は \(K=h\nu-W\))を思い出す。
    3. 法則の式をグラフの形(\(y=ax+b\))と対応させ、傾きや切片が何に当たるかを特定する。
    4. 計算においては、単位(特に[J]と[eV])の扱いに細心の注意を払う。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 単位の混同([J]と[eV]):
    • 現象: I-Vグラフから阻止電圧 \(V_0=1.8\,\text{V}\) を読み取って、最大運動エネルギーを \(K=1.8\,\text{J}\) と答えてしまう。プランク定数 \(h\) を求める計算で、エネルギーの単位を[eV]のまま使ってしまい、桁が全く違う答えを出してしまう。
    • 対策: 単位を常に意識しましょう。\(K=eV_0\) であり、単位は[J]です。[eV]で問われた場合は、数値をそのまま使って \(1.8\,\text{eV}\) となります。この違いを明確に区別してください。プランク定数のような基本物理定数を求めるときは、必ず全ての量をSI単位系([J], [m], [s]など)に統一してから計算する、というルールを徹底しましょう。
  • 「強度」と「エネルギー」の混同:
    • 現象: 「強い光」と聞くと、エネルギーが大きい光だと勘違いし、阻止電圧も大きくなると考えてしまう。
    • 対策: 「強度」は光子の「数(量)」、「振動数」は光子の「質(エネルギー)」と役割分担を明確に覚えましょう。明るい赤色光(強度は大きいがエネルギーは小さい)と、暗い紫色光(強度は小さいがエネルギーは大きい)をイメージすると分かりやすいです。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • 現象のイメージ化:
    • 光電方程式 \(K = h\nu – W\): 金属中の電子に「個性」があることを想像してみましょう。一番元気よく飛び出す電子(\(K=K_{\text{max}}\))は、金属表面の最もエネルギー的に不安定な場所(浅い場所)にいた電子です。もっと深い場所にいた電子は、外に出るまでにもっと多くのエネルギー(仕事関数 \(W\) 以上のエネルギー)を失うため、運動エネルギーは \(K_{\text{max}}\) より小さくなります。これが、阻止電圧以下の逆電圧でも電流が流れる理由です。
    • K-\(\nu\)グラフ: なぜグラフの傾き \(h\) は金属の種類によらないのでしょうか? それは、\(h\) が光そのものの性質を決める定数であり、光と電子のエネルギーのやり取りという、ミクロな世界の根本的なルールだからです。金属は、そのやり取りが行われる「舞台」に過ぎず、舞台が変わっても(Na \(\rightarrow\) Cs)、エネルギー交換のルール自体は変わらない、とイメージすると良いでしょう。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • \(I=Ne\):
    • 選定理由: 電流というマクロな量と、電子というミクロな粒子の流れを結びつけるため。
    • 適用根拠: 電流の定義そのものです。「電荷の流れ」が、不連続な粒子(電子)によって担われているという物理描像に基づきます。
  • \(K=eV_0\):
    • 選定理由: 測定可能な電気量(阻止電圧)から、直接測定が難しい電子のエネルギーを求めるため。
    • 適用根拠: 仕事とエネルギーの関係(エネルギー保存則)です。電子が電場のする仕事に逆らって運動し、運動エネルギーのすべてが静電気力による位置エネルギーに変換される点、と解釈できます。
  • \(K=h\nu-W\):
    • 選定理由: 入射光の性質(振動数 \(\nu\))と、出てくる電子のエネルギー \(K\)、金属の性質 \(W\) を結びつける、この現象の根幹をなす法則だからです。
    • 適用根拠: 光子と電子の1対1の衝突におけるエネルギー保存則です。光が波であると考える古典論では説明できない現象を説明するために、アインシュタインが提唱した画期的な考え方です。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 指数計算の徹底: \(10^8\)、\(10^{-7}\)、\(10^{-19}\)、\(10^{-34}\) など、非常に大きな数や小さな数を扱います。\(10^a \times 10^b = 10^{a+b}\)、\(10^a \div 10^b = 10^{a-b}\) の計算を、符号に注意して慎重に行いましょう。
  • 単位換算の確認: \(\mu\text{A} \rightarrow \text{A}\) (\(\times 10^{-6}\))、\(\text{eV} \rightarrow \text{J}\) (\(\times 1.6 \times 10^{-19}\)) など、計算の前に単位をSI系に揃える癖をつけましょう。
  • 概算の活用: \(3.68/5.6\) のような計算は、およそ \(3.5/5.6 \sim 3.7/5.5\) だから0.6~0.7くらいかな?と大まかな見当をつけておくと、桁を間違えるなどの大きなミスに気づきやすくなります。

問題57 (東北大)

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、X線やγ線といったエネルギーの高い光が、電子によって散乱される「コンプトン効果」をテーマにしています。光を単なる波としてではなく、「光子」という運動量を持つ粒子として捉えることで、この現象を鮮やかに説明できます。光電効果と並び、光の粒子性を証明する重要な現象の一つです。

与えられた条件
  • 入射光子の振動数を \(\nu_0\)、散乱後の振動数を \(\nu\) とする。
  • 電子は質量 \(m\) で、最初は静止している。
  • 散乱後の光子の進行方向は入射方向と角度 \(\theta\) をなす。
  • はね飛ばされた電子の速さを \(v\)、進行方向は入射方向と角度 \(\phi\) をなす。
  • 図2は、あるγ線源(\({}^{137}\text{Cs}\))を用いた実験で、散乱角 \(\theta\) と散乱されたγ線光子のエネルギーの逆数 \(\displaystyle\frac{1}{h\nu}\) の関係を示したグラフ。
  • 物理定数: プランク定数 \(h\), 光速 \(c\)。
問われていること
  • (1) ア, イ, ウ: 衝突における運動量保存則とエネルギー保存則の立式。
  • (2) エ, オ, カ, キ: \({}^{137}\text{Cs}\)線源の実験結果(図2)の読解。散乱光子の最小エネルギー、入射光子のエネルギー、電子が得る最大エネルギーの算出。
  • (2) ク, ケ: 線源を\({}^{54}\text{Mn}\)に変えた場合の、特定の角度での散乱光子のエネルギーと電子の散乱角の計算。
  • 【コラム】Q: 保存則の連立方程式から、コンプトン効果の公式を導出する計算。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

今回のテーマは「コンプトン効果」です。光が、まるでビリヤードの球のように電子にぶつかって、向きとエネルギーを変える現象です。これは、光が波の性質だけでなく、はっきりとした「粒子」としての性質を持つことの動かぬ証拠となりました。

この問題を解く鍵は、光を「光子」という粒子とみなし、そのエネルギーと運動量を考えることです。

  • 光子のエネルギー: \(E = h\nu\)
  • 光子の運動量: \(p = \displaystyle\frac{h\nu}{c} = \frac{h}{\lambda}\)

この2つの量を、電子との衝突の前後で「エネルギー保存則」と「運動量保存則」に当てはめていくだけで、複雑に見える現象もすっきりと理解できます。さあ、一緒にこのミクロの世界のビリヤードを解き明かしていきましょう!

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1) 保存則の立式: 光子と電子の衝突を、2つの物体の「弾性衝突」と考えます。衝突の前後で、物理学の大原則である「エネルギー保存則」と「運動量保存則」が成り立ちます。運動量はベクトル量なので、x成分とy成分に分けて立式することを忘れないようにしましょう。
  2. (2) グラフと公式の読解: 問題文で与えられたコンプトン散乱の公式(4)と、実験結果のグラフ(図2)を対応させます。公式を一次関数の形 \(y=ax+b\) と見なすことで、グラフの「切片」や「傾き」が持つ物理的な意味を読み解き、入射光子のエネルギーなどを求めていきます。
  3. (2) エネルギーの関係を追う: エネルギー保存則から、「電子が得たエネルギー = 入射光子のエネルギー – 散乱光子のエネルギー」という関係がわかります。これを利用して、電子が得る最大エネルギーを計算します。
  4. (2) 別の線源への応用: 線源を変えることは、入射光子のエネルギーを変えることに相当します。公式(4)とグラフの関係から、傾きは不変で切片だけが変わる(グラフが平行移動する)ことを利用して、新しい条件での物理量を求めていきます。
  5. 【コラム】Q 数式の導出: (1)で立てた3つの保存則を連立させ、観測が難しい電子の速度\(v\)や角度\(\phi\)を消去して、観測可能な量(\(\theta, \nu, \nu_0\))だけの関係式、つまり公式(4)を導出します。これは少し骨の折れる計算ですが、物理法則から現象を説明する醍醐味を味わえます。

問(1)

思考の道筋とポイント
光子と電子の衝突を、2つの球の衝突としてイメージします。衝突の前後で、系全体のエネルギーと運動量は不変です。運動量はベクトルなので、図1の座標系に従ってx成分とy成分に分解して考えます。
具体的な解説と立式

  • 【ア】 x方向の運動量保存則
    衝突前、x方向の運動量を持っているのは入射光子だけです。その大きさは \(p_0 = \displaystyle\frac{h\nu_0}{c}\) です。衝突後、散乱光子の運動量のx成分は \(\displaystyle\frac{h\nu}{c}\cos\theta\)、電子の運動量のx成分は \(mv\cos\phi\) となります。衝突の前後でx方向の運動量の和は保存されるので、以下の式が成り立ちます。
    $$ \frac{h\nu_0}{c} = \frac{h\nu}{c}\cos\theta + mv\cos\phi $$
  • 【イ】 y方向の運動量保存則
    衝突前、y方向の運動量はゼロです。衝突後、散乱光子の運動量のy成分は、図の向きから \(-\displaystyle\frac{h\nu}{c}\sin\theta\) となります。電子の運動量のy成分は \(mv\sin\phi\) です。衝突の前後でy方向の運動量の和は保存される(ゼロのまま)なので、以下の式が成り立ちます。
    $$ 0 = mv\sin\phi – \frac{h\nu}{c}\sin\theta $$
  • 【ウ】 エネルギー保存則
    衝突前のエネルギーは、入射光子のエネルギー \(h\nu_0\) と静止している電子のエネルギーです。電子の運動エネルギーは0です。衝突後のエネルギーは、散乱光子のエネルギー \(h\nu\) と、はね飛ばされた電子の運動エネルギー \(\displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) の和です。(注:ここでは問題の指示に従い、非相対論的な運動エネルギーで扱います。)エネルギー保存則より、以下の式が成り立ちます。
    $$ h\nu_0 = h\nu + \frac{1}{2}mv^2 $$
使用した物理公式

  • 光子のエネルギー: \(E = h\nu\)
  • 光子の運動量: \(p = \displaystyle\frac{h\nu}{c}\)
  • 運動量保存則(ベクトル)
  • エネルギー保存則
解答 (1)
ア: \(\displaystyle\frac{h\nu_0}{c} = \frac{h\nu}{c}\cos\theta + mv\cos\phi\)
イ: \(0 = mv\sin\phi – \displaystyle\frac{h\nu}{c}\sin\theta\)
ウ: \(h\nu_0 = h\nu + \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)

問(2)

思考の道筋とポイント
この設問は、与えられた公式(4)とグラフ(図2)を正しく結びつけて解釈する能力が問われます。
公式(4): \(\displaystyle\frac{1}{h\nu} – \frac{1}{h\nu_0} = \frac{1}{mc^2}(1-\cos\theta)\)
これを、グラフの軸に合わせて変形してみましょう。縦軸を \(y = \displaystyle\frac{1}{h\nu}\)、横軸を \(x = 1-\cos\theta\) と置くと、
$$ y = \frac{1}{mc^2}x + \frac{1}{h\nu_0} $$
これは、傾きが \(\displaystyle\frac{1}{mc^2}\)、y切片が \(\displaystyle\frac{1}{h\nu_0}\) の直線を表す式です。図2のグラフが実際に直線状になっていることは、この理論の正しさを裏付けています。この関係性を元に、各問いに答えていきます。

【エ, オ】 散乱γ線エネルギーが最小になる角度と、そのエネルギー値
思考の道筋とポイント
散乱γ線光子のエネルギー \(h\nu\) が最小になるということは、その逆数である縦軸の値 \(\displaystyle\frac{1}{h\nu}\) が最大になるということです。グラフから、どの条件で縦軸が最大になるかを読み取ります。
具体的な解説と立式
グラフを見ると、縦軸の値は横軸 \(1-\cos\theta\) の値に比例して増加しています。したがって、\(1-\cos\theta\) が取りうる最大値のときにエネルギーは最小になります。
三角関数 \(\cos\theta\) の値域は \(-1 \le \cos\theta \le 1\) です。よって、\(1-\cos\theta\) が最大になるのは \(\cos\theta=-1\) のときで、その最大値は \(1-(-1)=2\) です。
\(\cos\theta = -1\) となる角度は \(\theta = 180^\circ\) です。【エ】
次に、グラフ上で横軸の値が2の点に対応する縦軸の値を読み取ると、5.5 となっています。これがエネルギーの逆数の最大値です。
$$ \frac{1}{h\nu_B} = 5.5 \, [1/\text{MeV}] $$
計算過程
最小エネルギー \(h\nu_B\) を求めるには、上の式の逆数をとります。
$$ h\nu_B = \frac{1}{5.5} \approx 0.1818… \, [\text{MeV}] $$
問題の指示に従い有効数字2桁で答えると、\(0.18 \, \text{MeV}\) となります。【オ】
【カ】 入射γ線のエネルギー
思考の道筋とポイント
一次関数の式 \(y = \displaystyle\frac{1}{mc^2}x + \frac{1}{h\nu_0}\) において、y切片(グラフがy軸と交わる点のy座標)は \(x=0\) のときのyの値です。この問題ではy切片が \(\displaystyle\frac{1}{h\nu_0}\) に対応します。
具体的な解説と立式
y切片は、横軸 \(x=1-\cos\theta=0\) のときの縦軸の値です。図2のグラフで、プロットされた点を結ぶ直線が縦軸と交わる点を読み取ると、1.5 となっています。したがって、
$$ \frac{1}{h\nu_0} = 1.5 \, [1/\text{MeV}] $$
計算過程
この式の逆数をとって、入射γ線のエネルギー \(h\nu_0\) を求めます。
$$ h\nu_0 = \frac{1}{1.5} = \frac{2}{3} \approx 0.666… \, [\text{MeV}] $$
有効数字2桁で答えるため、四捨五入して \(0.67 \, \text{MeV}\) となります。
【キ】 はね飛ばされた電子の最大エネルギー
思考の道筋とポイント
エネルギー保存則(ウの式)から、電子が得る運動エネルギーは、衝突によって光子が失ったエネルギーに等しくなります。この電子のエネルギーが最大になるのは、光子が失うエネルギーが最大、つまり散乱後の光子のエネルギー \(h\nu\) が最小になるときです。
具体的な解説と立式
電子の運動エネルギーを \(E_e\) とすると、エネルギー保存則は \(E_e = h\nu_0 – h\nu\) と書き換えられます。\(E_e\) が最大値 \(E_{e, \text{max}}\) をとるのは、\(h\nu\) が最小値 \(h\nu_B\) をとるときなので、
$$ E_{e, \text{max}} = h\nu_0 – h\nu_B $$
計算過程
(カ)で求めた \(h\nu_0 \approx 0.67 \, \text{MeV}\) と、(オ)で求めた \(h\nu_B \approx 0.18 \, \text{MeV}\) を代入します。
$$ E_{e, \text{max}} = 0.67 \, [\text{MeV}] – 0.18 \, [\text{MeV}] = 0.49 \, [\text{MeV}] $$
【ク】 線源を\({}^{54}\text{Mn}\)に変えた場合の散乱光子エネルギー
思考の道筋とポイント
線源を \({}^{54}\text{Mn}\) に変えると、入射γ線のエネルギーが \(h\nu_0′ = 0.84 \, \text{MeV}\) に変わります。グラフの元になった式 \(y = \displaystyle\frac{1}{mc^2}x + \frac{1}{h\nu_0}\) を見ると、傾き \(\displaystyle\frac{1}{mc^2}\) は電子の質量 \(m\) と光速 \(c\) だけで決まる定数なので、線源を変えても不変です。変わるのはy切片 \(\displaystyle\frac{1}{h\nu_0}\) のみです。したがって、\({}^{54}\text{Mn}\) のグラフは、\({}^{137}\text{Cs}\) のグラフと平行な直線になります。
具体的な解説と立式
まず、\({}^{54}\text{Mn}\)の場合の新しいy切片を求めます。
$$ \text{y切片}’ = \frac{1}{h\nu_0′} = \frac{1}{0.84} \approx 1.19 \, [1/\text{MeV}] $$
模範解答に合わせて約 \(1.2 \, [1/\text{MeV}]\) とします。この新しいy切片を通り、元の直線に平行な直線(模範解答の赤線)を引きます。
次に、\(\theta=90^\circ\) のときを考えます。このとき、横軸の値は \(x = 1 – \cos90^\circ = 1 – 0 = 1\) です。
グラフ上で、\(x=1\) のときのyの値を、新しく引いた赤線から読み取ります。図から読み取ると、\(y \approx 3.2 \, [1/\text{MeV}]\) です。
$$ \frac{1}{h\nu} = 3.2 \, [1/\text{MeV}] $$
計算過程
この逆数をとって、散乱γ線のエネルギー \(h\nu\) を求めます。
$$ h\nu = \frac{1}{3.2} = 0.3125 \, [\text{MeV}] $$
有効数字2桁で \(0.31 \, \text{MeV}\) となります。
【ケ】 電子のはね飛ばされた角度
思考の道筋とポイント
電子の散乱角 \(\phi\) を求めるには、運動量保存則の式(ア)と(イ)に戻ります。この2つの式から、\(mv\) を消去すれば、\(\phi\) に関する情報が得られます。特に、2つの式を割り算することで \(\tan\phi\) を求めることができます。
具体的な解説と立式
\(\theta=90^\circ\) のときの運動量保存則の式を使います。このとき \(\cos90^\circ=0, \sin90^\circ=1\) です。\({}^{54}\text{Mn}\) の入射エネルギーは \(h\nu_0’\) です。
式(ア)より: \( \displaystyle\frac{h\nu_0′}{c} = mv\cos\phi \quad \cdots ①’ \)
式(イ)より: \( \displaystyle\frac{h\nu}{c} = mv\sin\phi \quad \cdots ②’ \)
ここで、②’を①’で割ると、
$$ \frac{mv\sin\phi}{mv\cos\phi} = \frac{h\nu/c}{h\nu_0’/c} $$
$$ \tan\phi = \frac{h\nu}{h\nu_0′} $$
計算過程
\({}^{54}\text{Mn}\) の入射エネルギー \(h\nu_0′ = 0.84 \, \text{MeV}\) と、(ク)で求めた \(\theta=90^\circ\) での散乱エネルギー \(h\nu = 0.31 \, \text{MeV}\) を代入します。
$$ \tan\phi = \frac{0.31}{0.84} \approx 0.369… $$
有効数字2桁で \(0.37\) となります。
解答 (2)
エ: \(180^\circ\)
オ: \(0.18 \, \text{MeV}\)
カ: \(0.67 \, \text{MeV}\)
キ: \(0.49 \, \text{MeV}\)
ク: \(0.31 \, \text{MeV}\)
ケ: \(0.37\)

【コラム】Q. 式(4)の導出と波長の伸び

思考の道筋とポイント
保存則の3つの式(ア,イ,ウ)から、直接観測することが難しい電子の速さ \(v\) と散乱角 \(\phi\) を消去し、観測量である \(\nu_0, \nu, \theta\) のみの関係式を導出します。これは純粋な数式変形の練習ですが、物理法則から理論式を導く過程そのものです。
具体的な解説と立式

  1. \(\phi\)の消去: 運動量保存則の式(ア)と(イ)を、\(mv\cos\phi\) と \(mv\sin\phi\) について解き、2乗して足し合わせ、\(\cos^2\phi + \sin^2\phi = 1\) を利用して\(\phi\)を消去します。
    $$ (mv)^2 = \left(\frac{h\nu_0}{c} – \frac{h\nu}{c}\cos\theta\right)^2 + \left(\frac{h\nu}{c}\sin\theta\right)^2 $$
    展開して整理すると、
    $$ m^2v^2 = \frac{h^2}{c^2} (\nu_0^2 – 2\nu_0\nu\cos\theta + \nu^2) \quad \cdots (C) $$
  2. \(v\)の消去: エネルギー保存則の式(ウ)から \(v^2 = \displaystyle\frac{2h}{m}(\nu_0 – \nu)\) を求め、式(C)に代入します。
    $$ m^2 \cdot \frac{2h}{m}(\nu_0 – \nu) = \frac{h^2}{c^2} (\nu_0^2 – 2\nu_0\nu\cos\theta + \nu^2) $$
  3. 式(4)の導出 (近似計算): 上の式を整理し、両辺を \(h^2\nu_0\nu\) で割ると、
    $$ \frac{2mc^2}{h} \left(\frac{1}{\nu} – \frac{1}{\nu_0}\right) = \frac{\nu_0}{\nu} – 2\cos\theta + \frac{\nu}{\nu_0} $$
    ここで近似 \(\nu \approx \nu_0\) を使うと、右辺は \(\approx 1 – 2\cos\theta + 1 = 2(1-\cos\theta)\) となります。
    $$ \frac{2mc^2}{h} \left(\frac{1}{\nu} – \frac{1}{\nu_0}\right) \approx 2(1-\cos\theta) $$
    これを整理すると、式(4)が導かれます。
    $$ \frac{1}{h\nu} – \frac{1}{h\nu_0} \approx \frac{1}{mc^2}(1-\cos\theta) $$
  4. 波長の伸び \(\Delta\lambda\) の導出: 上の式に \(\nu = c/\lambda\) を代入します。
    $$ \frac{\lambda}{hc} – \frac{\lambda_0}{hc} = \frac{1}{mc^2}(1-\cos\theta) $$
    したがって、波長の伸び \(\Delta\lambda = \lambda – \lambda_0\) は、
    $$ \Delta\lambda = \frac{h}{mc}(1-\cos\theta) $$
Qの解答
導出過程は上記の通り。
波長の伸び: \(\Delta\lambda = \displaystyle\frac{h}{mc}(1-\cos\theta)\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 光子のエネルギーと運動量: 光がエネルギー \(E=h\nu\) だけでなく、運動量 \(p=h/\lambda = h\nu/c\) を持つ粒子であることを理解することが出発点です。コンプトン効果は、この「運動量を持つ粒子」としての側面が顕著に現れる現象です。
  • 保存則の絶対性: どんな複雑に見える衝突現象も、物理学の根幹をなす「エネルギー保存則」と「運動量保存則」で記述できます。特に運動量はベクトルなので、図を描いて成分に分けて考えることが鉄則です。
  • 理論式と実験データの連携: コンプトン散乱の公式を一次関数 \(y=ax+b\) と見なして、実験データのグラフから物理量を読み解く手法は非常に重要です。理論と実験が結びつく物理学の醍醐味がここにあります。
  • コンプトン散乱の公式: \(\Delta\lambda = \displaystyle\frac{h}{mc}(1-\cos\theta)\) が示すように、波長の伸びは入射光の波長によらず、散乱角\(\theta\)のみで決まるという、この現象の重要な特徴を理解しましょう。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
    • この問題で使った、保存則を連立させて未知数を消去していく手法は、原子核反応や素粒子反応など、ミクロの世界のあらゆる2体衝突問題に応用できる基本的なアプローチです。
  • 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
    1. 現象が「衝突」であることを見抜く。
    2. 衝突の前後で、エネルギーと運動量が保存されることを思い出す。
    3. 図を描いて、各粒子の運動量ベクトルを成分分解する。
    4. 与えられたグラフがある場合、その縦軸と横軸を確認し、理論式と関連付けて傾きや切片の意味を考える。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 運動量の扱い:
    • 現象: 運動量をスカラーとして扱い、ベクトルの成分分解を忘れてしまう。
    • 対策: 運動量は必ずベクトルとして意識し、図を描いて衝突の前後でx, y成分をそれぞれ追跡する習慣をつけましょう。
  • グラフの読解ミス:
    • 現象: グラフの縦軸がエネルギー \(h\nu\) そのものではなく、その逆数 \(\displaystyle\frac{1}{h\nu}\) であることを見落としてしまい、値をそのままエネルギーとして使ってしまう。
    • 対策: 問題を解き始める前に、必ずグラフの縦軸と横軸の「物理量」と「単位」を指差し確認しましょう。「逆数になっている」ことと、単位が「1/MeV」であることに気づけば、ミスは防げます。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • 現象のイメージ化:
    • 衝突の激しさと波長の変化: 散乱角\(\theta\)が衝突の激しさを表しているとイメージしましょう。
      • \(\theta=0^\circ\) (前方散乱): 光子が電子にかすりもせず通り抜けたイメージ。だから波長の変化 \(\Delta\lambda = 0\) で、エネルギー損失もゼロ。
      • \(\theta=180^\circ\) (後方散乱): 光子が電子に正面衝突して真後ろにはね返されたイメージ。最も激しい衝突なので、\(\Delta\lambda\) は最大となり、電子に与えるエネルギーも最大になります。
    • \(\displaystyle\frac{h}{mc}\)(コンプトン波長): この値は、電子1個が持つ静止エネルギー \(mc^2\) と、プランク定数 \(h\)、光速 \(c\) だけで決まる「長さ」の次元を持つ定数です。ミクロな世界のスケールを決める、基本的な「ものさし」の一つと捉えることができます。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 運動量保存則・エネルギー保存則:
    • 選定理由: 衝突、分裂、合体といった、複数の物体が相互作用する現象を解析するための最も基本的かつ強力な法則だからです。
    • 適用根拠: 相互作用が内力のみで、外力が働かない(または無視できる)系において、運動量とエネルギーの総和は常に一定に保たれます。
  • \(p=h/\lambda=h\nu/c\):
    • 選定理由: 光を粒子として扱い、その運動量を計算するために必要不可欠な関係式です。
    • 適用根拠: 光の波動性(波長\(\lambda\)や振動数\(\nu\))と粒子性(運動量\(p\))を結びつける、ド・ブロイの関係式です。これにより、光子を運動量を持つ粒子として扱うことができます。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. 図を描く: 衝突前の状態、衝突後の状態を図示し、各粒子の運動量ベクトル(向きと大きさ)を書き込む。
  2. 保存則の立式: 図に基づいて、エネルギー保存則の式を1つ、運動量保存則の式を(2次元なら)x,y成分で2つ立てる。
  3. 連立方程式を解く: 求めたい物理量以外の変数(この問題では\(\phi\)や\(v\))を、式変形によって消去していく。
  4. グラフとの対比: 導出した理論式と実験データのグラフを比べ、傾きや切片から未知の物理量を特定する。
  5. 数値を代入: 最後に、具体的な数値を代入して答えを求める。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 複雑な文字式の変形: 【コラム】Qのような計算では、焦らず一行ずつ、何のためにその変形をしているのか(\(\phi\)を消去するため、など)を意識しながら進めましょう。
  • 三角関数の公式: \(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) は、角度を消去する際の常套手段です。すぐに使えるようにしておきましょう。
  • グラフの目盛りの読み取り: 1目盛りがいくらに相当するのかをしっかり確認し、慎重に値を読み取ります。特に、原点から始まっていない場合や、対数目盛の場合は注意が必要です。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 極端な条件での検討:
    • もし\(\theta=0^\circ\)なら、\(\Delta\lambda=0\)となり、散乱されなかった場合と一致するか?
    • もし\(\theta=180^\circ\)なら、波長の伸びが最大になるという物理的なイメージと計算結果が合うか?
  • 物理的な意味の考察: 計算結果が物理的に妥当な範囲にあるか考えます。例えば、散乱後のエネルギーが負になる、電子の速度が光速を超える、といった結果が出た場合は、どこかで計算を間違えている証拠です。
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