問題55 (京都大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、荷電粒子を高いエネルギーまで加速するための2つの代表的な装置、「サイクロトロン」と「ベータトロン」の動作原理について問うものです。どちらの装置も磁場(ローレンツ力)を利用して粒子を円運動させますが、加速の仕組みが異なります。
- サイクロトロン: 一様な磁場の中で、2つのD型電極間の交流電場で粒子が隙間を通過するたびに加速します。
- ベータトロン: 軌道半径を一定に保ちながら、円軌道内部を貫く磁束を変化させることで誘導電場を発生させ、電子を連続的に加速します。
それぞれの空欄を埋めるためには、ローレンツ力による円運動、交流電圧による加速、電磁誘導の法則といった、電磁気学の重要な概念を正確に適用する必要があります。
- サイクロトロン:
- 一様な磁場(磁束密度 \(B\))
- 正のイオン(質量 \(M\)、電荷 \(q\))
- 電極間の電位差 \(V_0\) の交流電源で加速
- 取り出し口の半径 \(R\)
- ベータトロン:
- 電子(質量 \(m\)、電荷 \(-e\))
- 一定半径 \(R\) の円軌道
- 軌道上の磁束密度 \(B\)
- 軌道を貫く磁束 \(\Phi\)
- 空欄ア〜ケに当てはまる数式や物理量を求める。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
【注記】本問については、模範解答のアプローチが最も標準的かつ効率的であるため、別解の提示は省略します。
この問題のテーマは「粒子加速器の物理」です。サイクロトロンとベータトロンという具体的な装置を題材に、電磁気学の法則がどのように応用されているかを理解することが求められます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- ローレンツ力と円運動: 磁場中で荷電粒子が受けるローレンツ力 \(F=qvB\) が、円運動の向心力として働きます。この関係から、円運動の運動方程式 \(M\frac{v^2}{r} = qvB\) を立てることが基本となります。
- サイクロトロンの加速原理: 粒子が半周する時間と、交流電圧の極性が反転する時間が一致することで、粒子は効率よく加速されます。円運動の周期が粒子の速さや半径によらないという性質が、この原理を可能にしています。
- 電磁誘導の法則: ベータトロンでは、磁束の時間変化が誘導起電力を生み出し、その結果として渦状の誘導電場が発生します。ファラデーの電磁誘導の法則 \(V = -\frac{d\Phi}{dt}\) が中心的な役割を果たします。
- 運動量と力積の関係: 粒子が力を受けて加速される(運動量が変化する)様子は、運動量と力積の関係(\(\Delta p = F \Delta t\))で記述されます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- サイクロトロン (ア〜エ): まずローレンツ力を向心力とする円運動の運動方程式から、周期を求めます(ア)。次に、連続加速の条件から交流電圧の周波数を求めます(イ)。1周あたりのエネルギー増加量を計算し、N周したときの総エネルギーを求めます(ウ)。最後に、最大半径Rでの速さから、取り出し時の最大エネルギーを計算します(エ)。
- ベータトロン (オ〜ケ): サイクロトロンと同様に円運動の運動方程式から、電子の運動量を求めます(オ)。次に、ファラデーの電磁誘導の法則を用いて、磁束変化によって生じる誘導起電力を求めます(カ)。この誘導起電力と円周長の関係から誘導電場を計算し(キ)、誘導電場による力積と運動量の変化の関係から、運動量増加と磁束変化の関係を導きます(ク)。最後に、2つの異なる視点から導いた運動量の変化の式を等しいとおくことで、ベータトロンの動作条件を導出します(ケ)。
ア
思考の道筋とポイント
イオンは、D型電極の内部では電場がかからないため、一様な磁場からローレンツ力のみを受けて等速円運動をします。このローレンツ力が向心力の役割を果たしています。この運動の周期を求めるには、まず円運動の運動方程式を立て、そこから速さ\(v\)と半径\(r\)の関係を導き、周期の定義式 \(T = \displaystyle\frac{2\pi r}{v}\) に代入します。
この設問における重要なポイント
- ローレンツ力が向心力となる円運動の運動方程式を正しく立式する。
- 周期の定義式に、運動方程式から得られる関係を代入する。
具体的な解説と立式
イオンの速さを\(v\)、円運動の半径を\(r\)とします。イオンが磁場から受けるローレンツ力の大きさは \(f = qvB\) です。これが向心力となり、円運動の運動方程式は次のように立てられます。
$$
\begin{aligned}
M\frac{v^2}{r} &= qvB \quad \cdots ①
\end{aligned}
$$
この式から、速さ\(v\)と半径\(r\)の関係が得られます。
$$
\begin{aligned}
\frac{v}{r} &= \frac{qB}{M}
\end{aligned}
$$
一方、周期\(T\)は、円周の長さ \(2\pi r\) を速さ \(v\) で割ることで求められます。
$$
\begin{aligned}
T &= \frac{2\pi r}{v} \\[2.0ex]
&= 2\pi \left(\frac{r}{v}\right) \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 円運動の運動方程式: \(M\displaystyle\frac{v^2}{r} = F\)
- 向心力としてのローレンツ力: \(F=qvB\)
- 周期の定義: \(T = \displaystyle\frac{2\pi r}{v}\)
式②に、\(\displaystyle\frac{v}{r}\) の逆数である \(\displaystyle\frac{r}{v} = \frac{M}{qB}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
T &= 2\pi \cdot \frac{M}{qB} \\[2.0ex]
&= \frac{2\pi M}{qB}
\end{aligned}
$$
イオンは磁石の力で円を描いて運動します。このとき、1周するのにかかる時間(周期)を計算します。面白いことに、イオンが加速されて速くなると、それにつれて描く円も大きくなるため、結果として1周にかかる時間は常に一定になります。この「時間は一定」という性質が、サイクロトロンの仕組みの鍵です。
イオンの円運動の周期は\(\displaystyle\frac{2\pi M}{qB}\)となります。この式には速さ\(v\)や半径\(r\)が含まれておらず、粒子の質量\(M\)、電荷\(q\)、そして磁場の強さ\(B\)という定数だけで決まります。これはサイクロトロンが機能するための非常に重要な性質です。
イ
思考の道筋とポイント
イオンは、D型電極間の隙間を通過するたびに加速されます。例えば、イオンがIの隙間からIIの隙間へ半周して到達したとき、II側の電位がI側より低くなっていなければなりません(正イオンを加速するため)。さらに半周してIの隙間に戻ってきたときには、今度はI側の電位がII側より低くなっている必要があります。このように、イオンが半周するごと(時間 \(T/2\) ごと)に電位の正負が逆転していれば、イオンは継続的に加速されます。これを実現するのが交流電源です。最もシンプルなのは、イオンの周回周期\(T\)と交流電圧の周期が一致している場合です。
この設問における重要なポイント
- イオンが半周する時間と、交流電圧の極性が反転する時間が一致する必要があることを理解する。
- 周波数と周期の関係 \(f=1/T\) を用いる。
具体的な解説と立式
イオンが継続的に加速されるためには、交流電圧の周期がイオンの円運動の周期\(T\)と等しくなければなりません。
$$
\begin{aligned}
T_{\text{交流}} &= T \\[2.0ex]
&= \frac{2\pi M}{qB}
\end{aligned}
$$
周波数\(f\)は周期\(T\)の逆数なので、
$$
\begin{aligned}
f &= \frac{1}{T_{\text{交流}}} \quad \cdots ③
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 周波数と周期の関係: \(f = \displaystyle\frac{1}{T}\)
式③に、アで求めた周期\(T\)の式を代入します。
$$
\begin{aligned}
f &= \frac{1}{\frac{2\pi M}{qB}} \\[2.0ex]
&= \frac{qB}{2\pi M}
\end{aligned}
$$
イオンをタイミングよく加速するためには、イオンが電極の隙間に来るたびに、進行方向に電場がかかるように電圧のプラス・マイナスを切り替える必要があります。この切り替えの速さ(周波数)は、イオンが1周するのにかかる時間(周期)とぴったり合わせる必要があります。
必要な交流電圧の周波数は\(\displaystyle\frac{qB}{2\pi M}\)です。なお、模範解答の補足にあるように、交流の周期が\(T\)の奇数分の1(\(T/3, T/5, …\))でも、タイミングを合わせることは可能です。しかし、最も基本的な設定は周期を一致させる場合です。
ウ
思考の道筋とポイント
イオンは、電極間の隙間を1回通過するたびに、電位差\(V_0\)によって \(qV_0\) のエネルギーを得ます。イオンは1周する間に隙間を2回(I→II と II→I)通過します。したがって、N周する間に何回加速されるかを考えれば、得られる総エネルギーが計算できます。
この設問における重要なポイント
- 1周あたり2回加速されることを見抜く。
- 電位差\(V\)を通過した電荷\(q\)の粒子が得るエネルギーが\(qV\)であることを用いる。
具体的な解説と立式
- 1回の加速で得るエネルギー: \(E_1 = qV_0\)
- 1周あたりに加速される回数: 2回
- 1周で得るエネルギー: \(E_{\text{周}} = 2 \times qV_0 = 2qV_0\)
N周する間に得る総エネルギーを \(E_{\text{総計}}\) とすると、
$$
\begin{aligned}
E_{\text{総計}} &= E_{\text{周}} \times N \quad \cdots ④
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 電位差によるエネルギー変化: \(\Delta E = qV\)
式④に値を代入します。
$$
\begin{aligned}
E_{\text{総計}} &= 2qV_0 \times N \\[2.0ex]
&= 2NqV_0
\end{aligned}
$$
イオンは1周する間に2回、電気の力で「押されて」エネルギーをもらいます。1回押されるごとにもらえるエネルギーは \(qV_0\) です。これをN周繰り返すので、合計で \(2 \times N\) 回押されることになります。したがって、総エネルギーは \(2NqV_0\) となります。
イオンがN周する間に得るエネルギーは\(2NqV_0\)です。非常に多数回(Nが大きい)周回させることで、一回あたりの加速電圧\(V_0\)が小さくても、最終的に非常に高いエネルギーを得ることができるのがサイクロトロンの特長です。
エ
思考の道筋とポイント
イオンが取り出し口Fに達したとき、その軌道半径は\(R\)になっています。このときのイオンの速さを求め、運動エネルギーの公式 \(\frac{1}{2}Mv^2\) に代入します。速さは、円運動の運動方程式から導くことができます。
この設問における重要なポイント
- 最大半径\(R\)のときの速さを、円運動の運動方程式から求める。
- 求めた速さを使って運動エネルギーを計算する。
具体的な解説と立式
円運動の運動方程式(式①)を速さ\(v\)について解くと、
$$
\begin{aligned}
v &= \frac{qBr}{M}
\end{aligned}
$$
取り出し口では軌道半径が\(r=R\)なので、このときの速さ\(v_{\text{max}}\)は、
$$
\begin{aligned}
v_{\text{max}} &= \frac{qBR}{M} \quad \cdots ⑤
\end{aligned}
$$
このときの運動エネルギー \(K_{\text{max}}\) は、
$$
\begin{aligned}
K_{\text{max}} &= \frac{1}{2}M v_{\text{max}}^2 \quad \cdots ⑥
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}Mv^2\)
- 円運動の運動方程式: \(M\displaystyle\frac{v^2}{r} = qvB\)
式⑥に、式⑤を代入します。
$$
\begin{aligned}
K_{\text{max}} &= \frac{1}{2}M \left(\frac{qBR}{M}\right)^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}M \frac{q^2 B^2 R^2}{M^2} \\[2.0ex]
&= \frac{q^2 B^2 R^2}{2M} \\[2.0ex]
&= \frac{(qBR)^2}{2M}
\end{aligned}
$$
イオンがゴール(半径Rの取り出し口)に達したときのエネルギーを計算します。ゴール地点でのイオンの速さは、円運動のルールから計算できます。その速さを使って、運動エネルギーの公式「\(\frac{1}{2} \times 質量 \times 速さ^2\)」に当てはめれば、最終的なエネルギーがわかります。
取り出し口での運動エネルギーは\(\displaystyle\frac{(qBR)^2}{2M}\)です。この式から、到達できる最大エネルギーは、装置の最大半径\(R\)と磁場の強さ\(B\)で決まることがわかります。より高いエネルギーを得るためには、装置を大きくするか、磁場を強くする必要があります。
オ
思考の道筋とポイント
ベータトロンでも、電子は軌道上でローレンツ力を向心力として等速円運動をしています。したがって、サイクロトロンと同様に円運動の運動方程式を立てることで、運動量\(p=mv\)を求めることができます。電子の電荷は\(-e\)ですが、力の大きさだけを考えればよいので、電荷の大きさ\(e\)を用います。
この設問における重要なポイント
- ベータトロンでも円運動の運動方程式が基本となることを理解する。
- 運動量 \(p=mv\) の形になるように式を整理する。
具体的な解説と立式
電子の速さを\(v\)、質量を\(m\)、軌道半径を\(R\)、軌道上の磁束密度を\(B\)とします。円運動の運動方程式は、
$$
\begin{aligned}
m\frac{v^2}{R} &= evB
\end{aligned}
$$
運動量\(p=mv\)の形にするため、両辺を\(v\)で割ります。
$$
\begin{aligned}
m\frac{v}{R} &= eB
\end{aligned}
$$
これを\(mv\)について解くと、運動量\(p\)が求まります。
使用した物理公式
- 円運動の運動方程式: \(m\displaystyle\frac{v^2}{R} = evB\)
- 運動量の定義: \(p=mv\)
上の式から、
$$
\begin{aligned}
p &= mv \\[2.0ex]
&= eBR
\end{aligned}
$$
ベータトロンの中を走る電子も、サイクロトロンのイオンと同じように、磁石の力で円運動をしています。この円運動のルールを表す式を、電子の「運動量」について解き直すだけの問題です。
電子の運動量は\(eBR\)となります。ベータトロンでは軌道半径\(R\)が一定なので、電子が加速されて運動量\(p\)が増加するのに伴い、軌道上の磁束密度\(B\)も増加させる必要があることが、この式からわかります。
カ
思考の道筋とポイント
電子の円軌道を貫く磁束が変化すると、ファラデーの電磁誘導の法則に従って、軌道に沿って誘導起電力が生じます。法則の式をそのまま適用します。
この設問における重要なポイント
- ファラデーの電磁誘導の法則を正しく記述する。
具体的な解説と立式
ファラデーの電磁誘導の法則より、誘導起電力\(V\)の大きさは、磁束の時間変化率の大きさに等しくなります。
$$
\begin{aligned}
V &= \left| -\frac{d\Phi}{dt} \right|
\end{aligned}
$$
微小時間\(\Delta t\)の間に磁束が\(\Delta \Phi\)だけ変化した場合、誘導起電力の大きさは、
$$
\begin{aligned}
V &= \frac{\Delta\Phi}{\Delta t}
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- ファラデーの電磁誘導の法則: \(V = \left| -\displaystyle\frac{d\Phi}{dt} \right|\)
これは公式そのものであるため、これ以上の計算はありません。
コイルの中の磁石を動かすと電気が起きる「電磁誘導」と同じ現象が、何もない真空中でも起こります。電子が走る円の内側で磁石の強さ(磁束)を変化させると、その円周に沿って電子を押すための「電圧(誘導起電力)」が発生します。その電圧の大きさは、磁束の変化の速さに比例します。
誘導起電力は\(\displaystyle\frac{\Delta\Phi}{\Delta t}\)となります。これが電子を加速する「電圧」の役割を果たします。
キ
思考の道筋とポイント
誘導起電力\(V\)とは、単位電荷を一周させたときに電場がする仕事のことです。ベータトロンの円軌道は中心軸に対して対称なので、発生する誘導電場\(E\)の大きさは軌道上のどこでも同じはずです。したがって、「起電力 = 電場 × 距離」という関係式(\(V=Ed\)の応用)が使えます。ここでの距離は、円周の長さ\(2\pi R\)です。
この設問における重要なポイント
- 誘導起電力と、それによって生じる誘導電場の関係 \(V = E \times 2\pi R\) を理解する。
具体的な解説と立式
誘導起電力\(V\)と、それを作り出す誘導電場\(E\)の間には、以下の関係が成り立ちます。
$$
\begin{aligned}
V &= E \times (\text{円周の長さ}) \\[2.0ex]
V &= E \cdot 2\pi R \quad \cdots ⑦
\end{aligned}
$$
この式を電場\(E\)について解くと、
$$
\begin{aligned}
E &= \frac{V}{2\pi R}
\end{aligned}
$$
ここに、カで求めた\(V=\displaystyle\frac{\Delta\Phi}{\Delta t}\)を代入します。
使用した物理公式
- 誘導起電力と電場の関係: \(V = E \cdot 2\pi R\)
$$
\begin{aligned}
E &= \frac{1}{2\pi R} \cdot \frac{\Delta\Phi}{\Delta t} \\[2.0ex]
&= \frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t}
\end{aligned}
$$
カで求めた「電圧」は、電子が走る円周全体で生じる合計値です。一方、ここで問われている「電場」は、円周上の各点での電気的な力の強さを表します。合計値である電圧を円周の長さで割れば、1メートルあたりの力の強さ、つまり電場が求まります。
誘導電場の強さは\(\displaystyle\frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t}\)となります。磁束が時間的に変化するだけで、何もない真空中に電場が生まれる、という電磁誘導の本質を示しています。
ク
思考の道筋とポイント
誘導電場\(E\)によって、電子は接線方向に静電気力\(eE\)を受けます。この力によって電子は加速され、運動量が変化します。運動量の変化は、受けた力積に等しいという「運動量と力積の関係」を用いて計算します。
この設問における重要なポイント
- 運動量と力積の関係 \(\Delta p = F \Delta t\) を用いる。
- 電子が受ける力は \(F=eE\) である。
具体的な解説と立式
- 電子が受ける力: \(F = eE\) (大きさ)
- 力が働く時間: \(\Delta t\)
- 力積: \(I = F \Delta t = eE \Delta t\)
運動量の変化量\(\Delta p\)は、この力積に等しいので、
$$
\begin{aligned}
\Delta p &= eE \Delta t \quad \cdots ⑧
\end{aligned}
$$
この式に、キで求めた電場\(E = \displaystyle\frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t}\)を代入します。
使用した物理公式
- 運動量と力積の関係: \(\Delta p = F \Delta t\)
- 電場による力: \(F = eE\)
$$
\begin{aligned}
\Delta p &= e \left( \frac{\Delta\Phi}{2\pi R \Delta t} \right) \Delta t
\end{aligned}
$$
\(\Delta t\)が約分されて、
$$
\begin{aligned}
\Delta p &= \frac{e\Delta\Phi}{2\pi R} \\[2.0ex]
&= \left(\frac{e}{2\pi R}\right) \Delta\Phi
\end{aligned}
$$
問題は「ク \(\times \Delta\Phi\)」の形なので、クに当てはまるのは係数部分です。
電子が加速される様子を、「力積」という考え方で分析します。電子は、キで求めた電場\(E\)から力を受けます。この力に、力が働いた時間 \(\Delta t\) を掛け合わせたものが「力積」であり、それは電子の運動量の増加分と等しくなります。
クに当てはまるのは\(\displaystyle\frac{e}{2\pi R}\)です。電子の運動量の増加が、磁束の増加に直接比例していることがわかります。
ケ
思考の道筋とポイント
ベータトロンでは、電子が加速されても軌道半径\(R\)が一定に保たれるように、軌道上の磁束密度\(B\)も同時に増加させます。この条件式を導くのが最後の設問です。
私たちは、運動量の変化\(\Delta p\)について2つの異なる表現を得ました。
- オの結果から: 運動量\(p=eBR\)であり、Rは一定なので、\(p\)が変化するのは\(B\)が変化するから \(\rightarrow \Delta p = eR \Delta B\)
- クの結果から: 運動量の変化は磁束の変化による力積で決まる \(\rightarrow \Delta p = \displaystyle\frac{e\Delta\Phi}{2\pi R}\)
これら2つの\(\Delta p\)は等しいはずなので、イコールで結んで条件式を導きます。
この設問における重要なポイント
- 運動量の変化 \(\Delta p\) を、2つの異なる物理現象(円運動の維持、電磁誘導による加速)から導出し、それらを等しいとおく。
具体的な解説と立式
オの結果 \(p=eBR\) において、半径\(R\)は一定なので、両辺の変化量を取ると、
$$
\begin{aligned}
\Delta p &= eR \Delta B \quad \cdots ⑨
\end{aligned}
$$
一方、クの結果は、
$$
\begin{aligned}
\Delta p &= \frac{e\Delta\Phi}{2\pi R} \quad \cdots ⑩
\end{aligned}
$$
式⑨と式⑩の左辺は同じ\(\Delta p\)なので、右辺どうしも等しくなります。
$$
\begin{aligned}
eR \Delta B &= \frac{e\Delta\Phi}{2\pi R}
\end{aligned}
$$
この式を\(\Delta B\)について解きます。両辺を\(eR\)で割ると、
$$
\begin{aligned}
\Delta B &= \frac{e\Delta\Phi}{2\pi R \cdot eR} \\[2.0ex]
&= \frac{\Delta\Phi}{2\pi R^2} \\[2.0ex]
&= \left(\frac{1}{2\pi R^2}\right) \Delta\Phi
\end{aligned}
$$
問題は「ケ \(\times \Delta\Phi\)」の形なので、ケに当てはまるのは係数部分です。
ベータトロンがうまく機能するためには、電子を加速させる磁束の変化と、電子を円軌道に留めておく磁場の変化が、絶妙なバランスを保つ必要があります。この問題では、そのバランスの条件を数式で表します。加速によって増えた運動量と、磁場が強くなって増えた運動量が等しい、という等式を立てることで、その条件が導かれます。
ケに当てはまるのは\(\displaystyle\frac{1}{2\pi R^2}\)です。この \(\Delta B = \displaystyle\frac{\Delta\Phi}{2\pi R^2}\) という関係は「ベータトロンの条件」として知られています。この条件は、軌道上の磁場の変化\(\Delta B\)と、軌道内部を貫く全磁束の変化\(\Delta\Phi\)の間に特定のバランスが必要であることを示しています。もし磁場が一様なら\(\Phi = B \cdot \pi R^2 \rightarrow \Delta\Phi = \pi R^2 \Delta B\)となり、この条件を満たせません。そのため、ベータトロンでは中心部ほど磁場が強くなるような、特殊な形状の磁石(一様でない磁場)が使われます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- ローレンツ力と円運動:
- 核心: 荷電粒子が磁場から受ける力 \(F=qvB\) が向心力となり、円運動(運動方程式 \(Mv^2/r=qvB\))を引き起こす。サイクロトロンとベータトロンの両方に共通する基本原理です。
- 理解のポイント: この一つの運動方程式から、周期、速さ、運動量、エネルギーなど、様々な物理量を導出できることを理解することが重要です。
- サイクロトロンの同調条件:
- 核心: 円運動の周期 \(T=2\pi M/qB\) が速さや半径によらないため、一定周波数の交流電場で連続的に加速できる、という原理です。
- 理解のポイント: 速くなると同時により長い距離を回るため、一周にかかる時間は相殺されて一定になる、という物理的イメージを持つことが大切です。
- ファラデーの電磁誘導の法則と誘導電場:
- 核心: 磁束の変化 \(\Delta\Phi\) が誘導起電力 \(V=\Delta\Phi/\Delta t\) を生み、これが渦状の誘導電場 \(E=V/(2\pi R)\) の源となる。これがベータトロンの加速原理です。
- 理解のポイント: 何もない真空中でも、磁場の時間変化が電場を生み出す、という電磁場の本質的な性質を理解することが求められます。
- 運動量と力積:
- 核心: 誘導電場による力 \(F=eE\) が時間\(\Delta t\)だけ働くことで、粒子は力積 \(F\Delta t\) を受け、そのぶん運動量が増加する (\(\Delta p = F\Delta t\))。
- 理解のポイント: 力の時間的な効果を考える際には、力積と運動量の関係が非常に有効なツールとなります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 質量分析器: ローレンツ力による円運動で、粒子の質量や比電荷を分析する装置。サイクロトロンの円運動の式と考え方が共通しています。
- ホール効果: ローレンツ力と静電気力がつり合う現象。サイクロトロンの前段階である速度選択器と原理が似ています。
- リニアック(線形加速器): 多数の電極を直線状に並べ、交流電場で粒子を加速する装置。サイクロトロンと加速の考え方は似ていますが、磁場で曲げずに直線的に加速する点が異なります。
- 初見の問題での着眼点:
- 加速の仕組みは何か? を見抜く。電極間の電位差か、電磁誘導による電場か。
- 軌道を維持する力は何か? を見抜く。ほとんどの場合、磁場によるローレンツ力です。
- 何が一定で、何が変化するのか? を整理する。サイクロトロンでは\(B\)が一定で\(r, v\)が変化、ベータトロンでは\(R\)が一定で\(B, \Phi, v\)が変化します。この違いが両者の性質を決定づけます。
- 2つの側面から同じ物理量を記述できないか? を考える。問(ケ)のように、運動量の変化\(\Delta p\)を「円運動の維持」と「電磁誘導による加速」という2つの側面から立式し、それらを等しいとおくことで、装置の動作条件が導かれます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- サイクロトロンの周期:
- 誤解: 半径が大きくなると速さも増すので、周期も変わってしまうと勘違いする。
- 対策: 周期の式 \(T=2\pi M/qB\) を正しく導出し、「\(v\)も\(r\)も含まれていない」ことを確認する。
- ベータトロンの磁場:
- 誤解: 軌道上の磁束密度\(B\)と、磁束\(\Phi\)を計算するための(平均の)磁束密度を混同する。
- 対策: ベータトロンでは、粒子を曲げるための磁場(\(B\))と、粒子を加速するための磁束変化(\(\Delta\Phi\))という2つの役割を磁場が担っていると理解する。ケの結論が示すように、これらは両立しないため、一様な磁場ではないことを常に意識する。
- 力の向きと符号:
- 誤解: ローレンツ力や静電気力の向きを間違える。特にベータトロンの電子(負電荷)の場合。
- 対策: フレミングの左手の法則は「正電荷(電流)」の向きで考えることを徹底し、負電荷の場合は最後に力の向きを逆にする。電磁誘導で生じる電場の向き(レンツの法則)も、磁束の変化を妨げる向きに電流を流そうとする方向、と正確に判断する。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 円運動の運動方程式 \(ma = F\):
- 選定理由: 粒子が円軌道を描いている、という記述から選択。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則。向心加速度 \(a=v^2/r\) と向心力 \(F=qvB\) を適用する。
- ファラデーの電磁誘導の法則 \(V = d\Phi/dt\):
- 選定理由: 「磁束を変化させ」「誘導起電力を利用する」というベータトロンの原理説明から選択。
- 適用根拠: 時間変化する磁場は、空間に(渦状の)電場を誘起するというマクスウェルの方程式の一つ。
- 運動量と力積の関係 \(\Delta p = F\Delta t\):
- 選定理由: 誘導電場という「力」が「時間」\(\Delta t\)だけ作用して、粒子の「運動量」を変化させる、という因果関係を記述するために最適。
- 適用根拠: 運動方程式を時間で積分したものであり、力の時間的効果を記述する際に有効。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 定数と変数の区別:
- 特に注意すべき点: 問題文をよく読み、何が一定に保たれ、何が変化する量なのかを明確に区別する。サイクロトロンでは\(B\)が定数で\(r,v\)が変数、ベータトロンでは\(R\)が定数で\(B,\Phi,v\)が変数。
- 日頃の練習: 問題を読む際に、定数と変数に印をつける習慣をつける。
- 単位円周あたりの量:
- 特に注意すべき点: ベータトロンの電場や起電力の計算では、円周の長さ\(2\pi R\)が分母や分子によく現れる。混同しないよう注意する。
- 日頃の練習: 式の物理的な意味を常に考える。「起電力(V)」は一周あたりのエネルギー、「電場(N/C)」は単位長さあたりの力、という単位の次元を意識する。
- 微小変化量の扱い:
- 特に注意すべき点: \(\Delta p, \Delta \Phi, \Delta B, \Delta t\) といった微小変化量を扱う計算では、どの量がどの量に比例するのか、関係性を正確に追う。
- 日頃の練習: \(p=eBR\) のような関係式から \(\Delta p = eR \Delta B\) のように、変化量の関係式を導出する練習をしておく。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- サイクロトロンの限界: エで求めた最大エネルギーの式を見ると、粒子を光速近くまで加速しようとすると、相対論的効果によって質量\(M\)が増加するため、周期が一定でなくなり、加速のタイミングがずれてしまう(シンクロトロンが必要になる)。この原理的な限界を考えてみる。
- ベータトロンの条件の意味: ケで求めた \(\Delta\Phi = 2\pi R^2 \Delta B\) という条件は、物理的に「軌道内部の平均的な磁場変化は、軌道上の磁場変化のちょうど2倍でなければならない」ことを意味する。なぜそうなるのか、力のモーメント(トルク)と角運動量の関係から考察してみることも、より深い理解につながる(大学レベルの内容)。
- 極端な場合や既知の状況との比較:
- もし磁場\(B\)がゼロなら、粒子は円運動せず、加速もされない。ア〜エの式で\(B=0\)とすると、周期は無限大、エネルギーはゼロとなり、物理的な状況と一致する。
- もし磁束変化\(\Delta\Phi\)がゼロなら、電子は加速されない。カ〜クの式で\(\Delta\Phi=0\)とすると、起電力、電場、運動量変化がすべてゼロとなり、これも正しい。
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問題56 (弘前大+京都工繊大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、光が電子にエネルギーを与えて金属表面から飛び出させる「光電効果」に関する総合問題です。与えられた実験データ(I-Vグラフ、K-νグラフ)を読み解き、光の粒子性に関する基本的な法則を理解し適用できるかが問われています。
- 陰極の金属: ナトリウム (Na)
- 図1: ある波長の紫外線を当てたときの、陽極電圧 \(V\) と光電流 \(I\) の関係を示したグラフ。
- 図2: 実験に使用する部品(光電管、電池、可変抵抗、電流計、電圧計)。
- 図3: 当てる光の振動数 \(\nu\) と、飛び出す光電子の最大運動エネルギー \(K\) の関係を示したグラフ。
- 物理定数: 光速 \(c = 3.0 \times 10^8 \, \text{m/s}\)、電気素量 \(e = 1.6 \times 10^{-19} \, \text{C}\)。
- (1) 実験装置の回路図の作成。
- (2) 光電流が \(1.6 \, \mu\text{A}\) のときの、毎秒陽極に到達する電子の数。
- (3) 飛び出す光電子の最大運動エネルギー \(K\) [eV]。
- (4) 光の強度を強くしたときのI-Vグラフの変化。
- (5) ナトリウムの仕事関数 \(W\) とプランク定数 \(h\)。
- (6) 特定の波長の光(ヘリウム・ネオンレーザー)による光電効果の有無。
- (7) 陰極をセシウム(Cs)に変えた場合のK-\(\nu\)グラフの変化と、レーザー光による光電効果の有無。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 問(1) 回路図の別解: 一般的な分圧回路を用いる方法
- 主たる解法が可変抵抗器の中点を基準(0V)とする直感的な方法であるのに対し、別解では基準点を任意の位置にとる、より一般的な分圧回路の考え方を示します。
- 問(5) プランク定数と仕事関数の別解: 限界振動数を利用する方法
- 主たる解法がグラフの傾きとy軸切片から直接求めるのに対し、別解ではy軸切片から仕事関数\(W\)を、x軸切片(限界振動数\(\nu_0\))から関係式\(W=h\nu_0\)を用いてプランク定数\(h\)を求めます。
- 問(1) 回路図の別解: 一般的な分圧回路を用いる方法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理モデルの深化: グラフ上の特徴点(x軸切片、y軸切片)がそれぞれ物理量(限界振動数、仕事関数)とどのように対応しているかの理解が深まります。
- 計算の選択肢: 同じグラフから、異なるアプローチで同じ物理定数を導出できることを学び、問題解決の柔軟性が養われます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは、20世紀初頭の物理学に革命をもたらした「光電効果」です。光が単なる波ではなく、「光子(こうし)」というエネルギーの粒子の集まりであるという「光の粒子説」を強力に裏付けた現象です。
問題を解くための心臓部となるのが、アインシュタインの光電方程式です。
$$ \frac{1}{2}mv_{\text{max}}^2 = h\nu – W $$
ここで、\(\frac{1}{2}mv_{\text{max}}^2\) は飛び出す光電子の運動エネルギーの最大値 \(K\)、\(h\) はプランク定数、\(\nu\) は入射光の振動数、\(W\) は仕事関数(電子を金属から引き出すのに必要な最小エネルギー)です。
この式は、「光子1個のエネルギー \(h\nu\) が、電子を飛び出させるための手数料 \(W\) と、飛び出した後の運動エネルギー \(K\) に分配される」という、非常にシンプルなエネルギー保存則を表しています。この一つの式を軸に、各設問を解き明かしていきましょう。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1) 回路図の設計: 電圧計・電流計の基本接続と、陽極Pの電位を陰極Cに対して正にも負にも変えられる(逆電圧をかけられる)ように、可変抵抗器をどう組み込むかを考えます。
- (2) 電流と電子数の関係: 電流の定義(単位時間あたりの電荷の流れ)に立ち返り、電荷の運び手である電子1個の電気量 \(e\) を用いて計算します。
- (3) 最大運動エネルギーの算出: I-Vグラフ(図1)から、光電流を止めるのに必要な「阻止電圧 \(V_0\)」を読み取ります。この電圧がする仕事 \(eV_0\) が、電子の最大運動エネルギー \(K\) に等しいという関係 \(K = eV_0\) を使います。
- (4) 光の強度とグラフ: 光の「強度」とは光子の「数」のことだと理解します。光子数が増えると光電子数、ひいては光電流がどうなるか、一方で光子1個のエネルギーは変わらないので阻止電圧はどうなるか、を考えます。
- (5) 物理定数の決定: K-\(\nu\)グラフ(図3)と光電方程式 \(K = h\nu – W\) を比較します。この式は \(K\) を縦軸、\(\nu\) を横軸とした一次関数と見なせるため、グラフの「傾き」がプランク定数 \(h\)、「縦軸切片」が \(-W\) に対応することを利用して値を求めます。
- (6),(7) 光電効果の条件判定: 光電効果が起こるには、光子1個のエネルギー \(h\nu\) が仕事関数 \(W\) より大きい(\(h\nu \ge W\))必要があります。これは、光の振動数 \(\nu\) が、金属固有の「限界振動数 \(\nu_0\)」以上(\(\nu \ge \nu_0\))であることと同値です。この条件を満たすかどうかを計算して判定します。