問題34 (奈良女子大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、複数の長い直線電流が互いに力を及ぼし合う状況を分析する、電磁気学の総合問題です。電流がその周囲に磁場(磁界)を作り、その磁場が別の電流に力を及ぼす、という一連の相互作用を、ベクトルを用いて定量的に計算する力が試されます。xyz座標系が設定されているため、力や磁場の「向き」を座標軸に基づいて正確に捉えることが、正解への鍵となります。
- 導線P: x=-r を通りz軸に平行。電流Iをz軸正の向きに流す。
- 導線Q: x=+r を通りz軸に平行。電流Iをz軸負の向きに流す。
- 導線R: y=d (x=0) を通りz軸に平行。電流Iをz軸負の向きに流す(※問(2)以降)。
- 導線S: 位置(x, y)は未知。電流2Iを流す(※問(3)以降)。
- 物理定数: 真空の透磁率を \(\mu_0\) とする。
- (1) 導線Pの長さ \(l\) の部分が受ける力の大きさと向き。
- (2) 導線Rの長さ \(l\) の部分が受ける力の大きさと向き。
- (3) 導線Rに働く力がつり合うときの、導線Sの位置(x, y座標)と電流の向き(2通り)。
- (コラムQ) 導線Qの電流をz軸「正」の向きに変えた場合の、(2)と(3)の問いに対する答え。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題を解くための武器は、電流と磁場の関係を支配する2つの基本的な法則です。
- アンペールの法則(右ネジの法則): 電流は、その進行方向に右ネジを進めたときにネジが回る向きに、同心円状の磁場を作ります。直線電流から距離rだけ離れた点の磁場の強さは \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi r}\) で与えられます。
- 電磁力(フレミングの左手の法則): 電流が磁場の中から受ける力です。力の向きはフレミングの左手の法則(中指:電流、人差し指:磁場、親指:力)で決まり、その大きさは \(F = IBl = I(\mu_0 H)l\) で計算できます。
この問題のように複数の電流が登場する場合、ある導線が受ける力は、それ以外のすべての電流が作る磁場をベクトルとして足し合わせ(重ね合わせ)、その合成磁場から力を受ける、と考えます。あるいは、導線間に直接働く力(同方向の電流なら引力、逆方向なら反発力)をそれぞれ計算し、その力をベクトルとして合成するというアプローチも非常に有効です。
問 (1)
思考の道筋とポイント
導線Pが受ける力は、導線Qを流れる電流がPの位置に作る磁場によって生じます。したがって、思考のステップは2段階です。
- 導線QがPの位置に作る磁場 \(\vec{H_Q}\) の大きさと向きを求める。
- その磁場 \(\vec{H_Q}\) の中で、導線Pを流れる電流 \(I\) が受ける力 \(\vec{F_P}\) を計算する。
具体的な解説と立式
1. QがPの位置に作る磁場:
導線Q(x=+r)から導線P(x=-r)までの距離は \(r – (-r) = 2r\) です。導線Qにはz軸負の向き(紙面の奥向き)に電流が流れています。右ネジの法則を用いると、Pの位置(x=-r)では、Qが作る磁場はy軸の正の向きを向きます。
その磁場の強さ \(H_Q\) は、アンペールの法則の公式より、
$$H_Q = \frac{I}{2\pi (\text{距離})} = \frac{I}{2\pi (2r)} = \frac{I}{4\pi r} \quad \cdots ①$$
2. Pが受ける電磁力:
この磁場(強さ\(H_Q\), 向きはy軸正)の中で、導線Pにはz軸正の向き(紙面の手前向き)に電流Iが流れています。フレミングの左手の法則(電:手前、磁:上)を適用すると、力の向きはx軸の負の向き(左向き)となります。
力の大きさ \(F_P\) は、\(F=I(\mu_0 H)l\) の公式より、
$$F_P = I_P \cdot (\mu_0 H_Q) \cdot l = I \cdot \mu_0 \left( \frac{I}{4\pi r} \right) \cdot l \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 直線電流が作る磁場: \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi r}\)
- 電磁力: \(F = I(\mu_0 H)l\)
式②を整理して、力の大きさを求めます。
$$F_P = \frac{\mu_0 I^2 l}{4\pi r}$$
まず、Qの電流がPの場所にどれくらいの強さの磁場を作っているかを計算します。PとQの距離は2rなので、公式から磁場の強さが求まります。次に、その磁場がPにいる電流に及ぼす力を、フレミングの左手の法則(向き)と力の公式(大きさ)を使って計算します。また、PとQの電流は互いに逆向きなので「反発力(斥力)」が働くと知っていれば、PがQから離れる向き、つまりx軸負の向きに力を受けることが直感的に分かります。
Pの長さ\(l\)の部分が受ける力の大きさは \(\displaystyle\frac{\mu_0 I^2 l}{4\pi r}\) [N]で、向きはx軸の負の向きです。これは、逆向きに流れる平行電流間には反発力が働くという法則とも完全に一致しており、妥当な結果です。
問 (2)
思考の道筋とポイント
導線Rは、導線Pと導線Qの両方から力を受けます。これは、Rの位置(y軸上の点C)にPとQがそれぞれ磁場を作り、Rはその「合成された磁場」から力を受ける、と考えるのがスマートです。
- PがC点に作る磁場 \(\vec{H_P}\) と、QがC点に作る磁場 \(\vec{H_Q}\) の大きさと向きをそれぞれ求める。
- 2つの磁場ベクトルを足し合わせて(ベクトル合成)、C点における合成磁場 \(\vec{H_c}\) を求める。
- 合成磁場 \(\vec{H_c}\) の中で、導線Rに流れる電流が受ける力 \(\vec{F_R}\) を計算する。
この問題は対称性が高いので、ベクトルの合成が計算を簡単にする鍵となります。
具体的な解説と立式
1. P, QがC点に作る磁場:
C点(0, d, 0)とP(-r, 0, 0)、Q(r, 0, 0)の間の距離は、三平方の定理よりどちらも \(\sqrt{r^2+d^2}\) です。
したがって、PとQがC点に作る磁場の強さ \(H_P, H_Q\) は等しくなります。
$$H_P = H_Q = \frac{I}{2\pi \sqrt{r^2+d^2}} \quad \cdots ①$$
2. 磁場のベクトル合成:
C点をxy平面で見たとき、
- Pの電流(z正:手前向き)が作る磁場 \(\vec{H_P}\) は、右ネジの法則より、線分PCに垂直な向き(左上向き)です。
- Qの電流(z負:奥向き)が作る磁場 \(\vec{H_Q}\) は、右ネジの法則より、線分QCに垂直な向き(右上向き)です。
この2つのベクトルは、y軸に対して対称な向きと大きさを持つため、ベクトル合成すると x成分は互いに打ち消し合い、y成分(正の向き)は強めあいます。
PCとy軸のなす角を \(\theta\) とすると、合成磁場 \(H_c\) の大きさは、それぞれの磁場のy成分(\(H_P \cos\theta\))の2倍になります。
$$H_c = (H_P \cos\theta) \times 2 \quad \cdots ②$$
図から、\(\cos\theta = \displaystyle\frac{r}{\sqrt{r^2+d^2}}\) と読み取れます。
3. Rが受ける電磁力:
合成磁場 \(\vec{H_c}\) はy軸正の向きです。この中で、導線Rにはz軸負の向き(奥向き)に電流Iが流れています。フレミングの左手の法則(電:奥、磁:上)を適用すると、力の向きはx軸の正の向き(右向き)となります。
力の大きさ \(F_R\) は、
$$F_R = I_R \cdot (\mu_0 H_c) \cdot l = I \cdot \mu_0 H_c \cdot l \quad \cdots ③$$
まず、式①と \(\cos\theta\) の値を式②に代入して、合成磁場 \(H_c\) を求めます。
$$H_c = \left( \frac{I}{2\pi \sqrt{r^2+d^2}} \right) \cdot \left( \frac{r}{\sqrt{r^2+d^2}} \right) \times 2 = \frac{2Ir}{2\pi (r^2+d^2)} = \frac{Ir}{\pi(r^2+d^2)}$$
次に、この \(H_c\) を式③に代入して、力 \(F_R\) を求めます。
$$F_R = I \cdot \mu_0 \cdot \left( \frac{Ir}{\pi(r^2+d^2)} \right) \cdot l = \frac{\mu_0 I^2 rl}{\pi(r^2+d^2)}$$
別解1: 力を直接合成する方法
思考の道筋とポイント
磁場を介さずに、導線間に働く力を直接計算して合成することもできます。
- PとRの間に働く力 \(\vec{F_{PR}}\) と、QとRの間に働く力 \(\vec{F_{QR}}\) の大きさと向きをそれぞれ求める。
- 2つの力ベクトルを足し合わせて(ベクトル合成)、合成力 \(\vec{F_R}\) を求める。
具体的な解説と立式
1. 導線間に働く力:
平行な直線電流間に働く力の大きさの公式は \(F = \displaystyle\frac{\mu_0 I_1 I_2 l}{2\pi (\text{距離})}\) です。
PとR、QとRの間の距離はともに \(\sqrt{r^2+d^2}\) なので、力の大きさ \(F_{PR}\) と \(F_{QR}\) は等しくなります。
$$F_{PR} = F_{QR} = \frac{\mu_0 I \cdot I \cdot l}{2\pi \sqrt{r^2+d^2}} = \frac{\mu_0 I^2 l}{2\pi \sqrt{r^2+d^2}} \quad \cdots ④$$
2. 力の向きとベクトル合成:
- P(z正向き)とR(z負向き)は逆行電流なので、反発力が働きます。力 \(\vec{F_{PR}}\) は、PからRを遠ざける向き(右上向き)です。
- Q(z負向き)とR(z負向き)は平行電流なので、引力が働きます。力 \(\vec{F_{QR}}\) は、RをQに引き寄せる向き(右下向き)です。
この2つの力をベクトル合成すると、対称性から y成分は互いに打ち消し合い、x成分(正の向き)は強めあいます。
線分PCとx軸のなす角を \(\alpha\) とすると、合成力 \(F_R\) の大きさは、それぞれの力のx成分(\(F_{PR} \cos\alpha\))の2倍になります。
$$F_R = (F_{PR} \cos\alpha) \times 2 \quad \cdots ⑤$$
図から、\(\cos\alpha = \displaystyle\frac{r}{\sqrt{r^2+d^2}}\) です。
式④と \(\cos\alpha\) の値を式⑤に代入します。
$$F_R = \left( \frac{\mu_0 I^2 l}{2\pi \sqrt{r^2+d^2}} \right) \cdot \left( \frac{r}{\sqrt{r^2+d^2}} \right) \times 2 = \frac{2 \mu_0 I^2 rl}{2\pi (r^2+d^2)} = \frac{\mu_0 I^2 rl}{\pi(r^2+d^2)}$$
これはメインの解法と完全に一致します。
Rの長さlの部分が受ける力の大きさは \(\displaystyle\frac{\mu_0 I^2 rl}{\pi(r^2+d^2)}\) [N]で、向きはx軸の正の向きです。対称的な配置により、力がちょうど真横(x軸方向)を向くことが、どちらの解法からも確認できました。
問 (3)
思考の道筋とポイント
導線Rに働く力 \(\vec{F_R}\) は、(2)で求めた通り、x軸正の向きです。この力を打ち消して「つり合わせる」ためには、導線SがRに対して、大きさが同じで向きが正反対の力、つまり x軸負の向き の力を及ぼす必要があります。そのような力を発生させるSの位置と電流の向きの組み合わせは、SをRの右に置くか左に置くかで2通り考えられます。
具体的な解説と立式
1. SがRに及ぼす力 \(\vec{F_S}\) の条件:
Rに働く力をつり合わせるための、Sが及ぼす力 \(F_S\) の条件は、
- 大きさ: \(F_S = F_R = \displaystyle\frac{\mu_0 I^2 rl}{\pi(r^2+d^2)}\)
- 向き: x軸負の向き
2. Sの位置と電流の向きの検討:
Rにx軸負の向きの力を及ぼすためには、SはRと同じ高さ(y=d)の平面上に置くのが最も効率的です。
- ケースA (反発力でつり合わせる): Rにx軸負の向きの反発力を及ぼすには、SはRの右側(x>0)にあり、かつRとは逆向きの電流(z軸正の向き)を流す必要があります。
- ケースB (引力でつり合わせる): Rにx軸負の向きの引力を及ぼすには、SはRの左側(x<0)にあり、かつRと同じ向きの電流(z軸負の向き)を流す必要があります。
3. SとRの距離の計算:
どちらのケースでも、SとRの間の距離を \(x_S\) とします。S(電流2I)とR(電流I)の間に働く力の大きさの公式は、
$$F_S = \frac{\mu_0 I_R \cdot I_S \cdot l}{2\pi (\text{距離})} = \frac{\mu_0 I \cdot (2I) \cdot l}{2\pi x_S} = \frac{\mu_0 I^2 l}{\pi x_S} \quad \cdots ①$$
4. 力のつり合いの式:
\(F_S = F_R\) の条件から、
$$\frac{\mu_0 I^2 l}{\pi x_S} = \frac{\mu_0 I^2 rl}{\pi(r^2+d^2)} \quad \cdots ②$$
式②の両辺の共通項(\(\mu_0, I^2, l, \pi\))をすべて消去すると、非常にシンプルな関係式が残ります。
$$\frac{1}{x_S} = \frac{r}{r^2+d^2}$$
これを解いて、SとRの間の距離 \(x_S\) を求めます。
$$x_S = \frac{r^2+d^2}{r}$$
この距離を使って、2つのケースのSの座標と電流の向きを答えます。
- ケースA (反発力): SはR(x=0, y=d)の右側に距離 \(x_S\) の位置。
- 座標: \((\displaystyle\frac{r^2+d^2}{r}, d)\)
- 電流の向き: z軸正の向き
- ケースB (引力): SはR(x=0, y=d)の左側に距離 \(x_S\) の位置。
- 座標: \((-\displaystyle\frac{r^2+d^2}{r}, d)\)
- 電流の向き: z軸負の向き
別解1: 磁場を打ち消す方法
思考の道筋とポイント
導線Rに働く力がゼロになる、ということは、導線Rの位置(C点)における合成磁場がゼロになることを意味します(ただし、R自身の電流が作る磁場は除く)。つまり、PとQが作る合成磁場 \(\vec{H_c}\) を、Sが作る磁場 \(\vec{H_S}\) で完全に打ち消せばよいのです。
具体的な解説と立式
磁場を打ち消す条件は \(\vec{H_S} + \vec{H_c} = 0\)、つまり \(\vec{H_S} = -\vec{H_c}\) です。
\(\vec{H_c}\) は(2)で求めた通り、大きさ \(\displaystyle\frac{Ir}{\pi(r^2+d^2)}\) で向きはy軸正の向きです。
したがって、SがC点に作る磁場 \(\vec{H_S}\) は、同じ大きさで y軸負の向き を持つ必要があります。SとC点の距離を \(x_S\) とすると、Sが作る磁場の大きさは \(H_S = \displaystyle\frac{2I}{2\pi x_S} = \displaystyle\frac{I}{\pi x_S}\) です。
大きさが等しいという条件から、
$$\frac{I}{\pi x_S} = \frac{Ir}{\pi(r^2+d^2)} \quad \rightarrow \quad x_S = \frac{r^2+d^2}{r}$$
Sがy軸負の向きの磁場を作るためには、メインの解法と同様に2つのケースが考えられ、同じ結論に至ります。
答えは2通り存在します。Sを置く位置によって、引力でつり合わせるか、反発力でつり合わせるかが決まり、それに伴って電流の向きも変わります。どちらか一方だけでなく、両方の可能性を考慮することが重要です。
① 座標: \((\displaystyle\frac{r^2+d^2}{r}, d)\)、電流の向き: z軸正の向き
② 座標: \((-\displaystyle\frac{r^2+d^2}{r}, d)\)、電流の向き: z軸負の向き
【コラム】Q. Qの電流をz軸正の向きに変えた場合
思考の道筋とポイント
Qの電流の向きが変わったことで、PとQが作る磁場や、それによってRが受ける力の向きが根本的に変わります。しかし、解法のステップ(力をベクトル合成し、それとつり合う力を考える)は全く同じです。
具体的な解説と立式
問(2)の答え (Qの電流がz正向きの場合):
1. 力の向きの変化:
- P(z正)とR(z負)の間には、逆行電流なので反発力が働きます(左上向き)。
- Q(z正)とR(z負)の間にも、逆行電流なので反発力が働きます(右上向き)。
2. ベクトル合成:
この2つの反発力をベクトル合成します。対称性から、今度は x成分が互いに打ち消し合い、y成分(正の向き)が強めあいます。
したがって、合成力 \(F_R’\) はy軸正の向きになります。
力の大きさは、それぞれの力のy成分(\(F_1 \sin\theta\))の2倍です。ここで \(F_1 = \displaystyle\frac{\mu_0 I^2 l}{2\pi \sqrt{r^2+d^2}}\) であり、\(\sin\theta = \displaystyle\frac{d}{\sqrt{r^2+d^2}}\) です。
$$F_R’ = (F_1 \sin\theta) \times 2 = \left( \frac{\mu_0 I^2 l}{2\pi \sqrt{r^2+d^2}} \right) \cdot \left( \frac{d}{\sqrt{r^2+d^2}} \right) \times 2$$
問(3)の答え (Qの電流がz正向きの場合):
1. 力のつり合い:
Rに働く力 \(F_R’\) (y軸正の向き) を打ち消すには、SはRに y軸負の向き の力を及ぼす必要があります。そのためには、SはRの真上か真下(つまりy軸上)に置かなければなりません。
2. SとRの距離の計算:
SがRに及ぼす力の大きさ \(F_S\) と \(F_R’\) が等しいという条件から、SとRの間の距離Dを求めます。
$$F_S = \frac{\mu_0 I \cdot (2I) \cdot l}{2\pi D} = F_R’$$
$$\frac{\mu_0 I^2 l}{\pi D} = \frac{\mu_0 I^2 ld}{\pi(r^2+d^2)} \quad \rightarrow \quad D = \frac{r^2+d^2}{d}$$
3. Sの位置と電流の向き:
- ケースA (引力でつり合わせる): y軸負の向きの引力を働かせるには、SをRの下 (y<d) に置き、Rと同じ向きの電流(z軸負の向き)を流します。
Sのy座標: \(y = d – D = d – \frac{r^2+d^2}{d} = -\frac{r^2}{d}\)。x座標は0。 - ケースB (反発力でつり合わせる): y軸負の向きの反発力を働かせるには、SをRの上 (y>d) に置き、Rと逆向きの電流(z軸正の向き)を流します。
Sのy座標: \(y = d + D = d + \frac{r^2+d^2}{d} = \frac{d^2+r^2+d^2}{d} = \frac{r^2+2d^2}{d}\)。x座標は0。
問(2)の計算:
$$F_R’ = \frac{2 \mu_0 I^2 ld}{2\pi (r^2+d^2)} = \frac{\mu_0 I^2 ld}{\pi(r^2+d^2)}$$
問(3)の計算:
距離Dは上記の通り \(D = \displaystyle\frac{r^2+d^2}{d}\) です。
よって、2通りの答えは、
- 座標: \((0, -\displaystyle\frac{r^2}{d})\), 電流の向き: z軸負の向き
- 座標: \((0, \displaystyle\frac{r^2+2d^2}{d})\), 電流の向き: z軸正の向き
(2) 大きさ: \(\displaystyle\frac{\mu_0 I^2 ld}{\pi(r^2+d^2)}\)、向き: y軸の正の向き
(3) ① 座標: \((0, -\displaystyle\frac{r^2}{d})\)、電流の向き: z軸負の向き
② 座標: \((0, \displaystyle\frac{r^2+2d^2}{d})\)、電流の向き: z軸正の向き
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 場の考え方と重ね合わせの原理: この問題の最も重要な概念です。複数の電流がある場合、ある点での磁場や、ある導線が受ける力は、各電流が単独で及ぼす磁場や力を「ベクトルとして」足し合わせたものになる、という「重ね合わせの原理」を体現しています。
- ベクトルの分解と合成: 力や磁場というベクトル量を、x, y成分に分解したり、系の対称性を利用して特定の成分が打ち消しあうことを見抜いたりと、ベクトルを自在に扱う計算能力が不可欠です。
- 電磁気の基本法則の適用: 「電流→磁場(右ネジの法則)」と「磁場+電流→力(フレミングの左手の法則)」という2つの基本法則を、向きと大きさの両方で正確に適用できることが全ての基礎となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
- 電場や重力場の問題: 「重ね合わせの原理」と「ベクトル合成」は、複数の点電荷が作る電場や、複数の質点が作る重力場を求める問題でも全く同じように使えます。物理分野を超えた普遍的な思考ツールです。
- 円電流やソレノイドが作る磁場: この問題は直線電流でしたが、電流の形が変わっても、「まず磁場を求め、次に力を計算する」という基本的な思考フローは共通しています。
- 力のつり合い全般: (3)やQ(3)のように、力のつり合いを考える問題では、力のベクトル図を正確に描き、各方向の成分ごとに「力の和=0」の式を立てることが基本戦略となります。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 系の対称性を探す: 複雑な配置に見えても、どこかに対称性(例:y軸対称)が隠れていることが多いです。対称性を見つければ、ベクトル計算が劇的に楽になります(例:x成分が消える)。
- 2つのアプローチを使い分ける: 「磁場を合成してから力を求める」方法と、「力を直接計算してから合成する」方法の2通りがあることを知っておくと、問題に応じて解きやすい方を選んだり、検算に使ったりできます。
- 力のつり合いから原因を逆算する: (3)のように「結果(つり合い)」から「原因(Sの位置と電流)」を求める問題では、どのような力が必要かをまず考え、その力を発生させる条件を論理的に探していきます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 向きの決定ミス:
- 現象: 右ネジの法則とフレミングの左手の法則の適用を誤り、磁場や力の向きを90度や180度間違えてしまう。特に3次元の座標系では混乱しやすい。
- 対策: 面倒くさがらずに、実際に手や指を使って確認する。xy平面に図を描き、z軸の向き(手前/奥)を記号(\(\odot, \otimes\))で明確にすることで、3次元の関係を2次元に落とし込んで考えるとミスが減る。
- ベクトルのスカラー和:
- 現象: ベクトル量を、向きを無視して大きさだけを足し算・引き算してしまう。
- 対策: 必ず図を描き、ベクトルを図示する。ベクトルの合成は、平行四辺形の法則や成分計算で行うことを徹底する。
- 引力と反発力の混同:
- 現象: 「平行電流は引力、逆行電流は反発力」というルールを逆に覚えてしまう。
- 対策: もし忘れても、右ネジとフレミングの法則に立ち返れば、2本の導線間に働く力が引力か反発力かはいつでもその場で導出できる。ルールは暗記の補助として使い、原理を理解しておく。
- 解が複数ある可能性の見落とし:
- 現象: (3)やQ(3)で、力のつり合いを達成する方法が1つしかないと思い込んでしまう。
- 対策: 「引力でつり合わせる場合」と「反発力でつり合わせる場合」の両方の可能性を常に検討する習慣をつける。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題では、物理現象をどのようにイメージし、図にどのように表現することが有効だったか:
- 磁力線を「渦」としてイメージする: 電流が流れる導線を芯として、その周りに磁力線が渦を巻いているイメージを持つ。右ネジの法則は、その渦の向きを決めるルールです。
- 「場の考え方」を可視化する: 空間の各点に、Pが作る磁場ベクトルとQが作る磁場ベクトルが「生えている」と想像する。Rが置かれたC点では、その2つのベクトルが合成された結果、1つの磁場ベクトルになっている、というイメージが重要です。
- 平面への射影: 3次元のxyz空間で考えるのは難しいので、xy平面に注目して図を描くのが極めて有効でした。電流の向きは、紙面に垂直な向きを示す記号(\(\odot\):手前向き、\(\otimes\):奥向き)を使って表現することで、2次元の図で3次元の状況を正確に把握できます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi r}\) (直線電流の磁場):
- 選定理由: 問題で与えられているのが「十分長い直線導線」であるため。この公式は、アンペールの法則を無限長の直線電流に適用して導かれた結果。
- 適用根拠: 電流が磁場の源であり、その影響は距離に反比例して弱まるという電磁気学の基本性質。
- \(F = I(\mu_0 H)l\) (電磁力):
- 選定理由: 磁場(\(H\))がわかっている状況で、そこにある電流(\(I\))が受ける力を計算するために用いる。
- 適用根拠: 運動する荷電粒子が磁場から受けるローレンツ力を、導線中の多数の電子の流れ(電流)としてマクロな力に書き直したもの。
- \(F = \displaystyle\frac{\mu_0 I_1 I_2 l}{2\pi d}\) (平行電流間の力):
- 選定理由: (別解で用いた) 2本の直線電流間に働く力を直接計算したい場合に便利。
- 適用根拠: 上記2つの公式を組み合わせた結果に相当。「導線1が作る磁場」を力の公式のHに代入すると、この式が導かれる。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 力の原因を特定する: どの導線が、どの導線に力を及ぼすのか、その相互作用のペアを全てリストアップする。
- アプローチを選択する:
- [A] 磁場を合成するアプローチ: 各原因電流が作る磁場ベクトルを計算 → それらをベクトル合成 → 合成磁場から最終的な力を計算。
- [B] 力を合成するアプローチ: 各原因電流との間に働く力ベクトルを直接計算 → それらをベクトル合成。
- ベクトルを図示する: xy平面などの適切な平面に、全ての磁場ベクトルまたは力ベクトルを、向きと大きさを意識して描き出す。
- ベクトル計算を実行する: 図を元に、対称性を利用したり、成分に分解したりして、正確にベクトル和を計算する。
- つり合いの条件を適用する: (3)やQ(3)のように、つり合いが問われている場合は、求めた力のベクトル和がゼロになる(\(\sum \vec{F} = 0\))という条件式を立てて、未知数を解く。
問題35 (立教大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、様々な形状の導体に電流を流した際に、その周囲にどのような磁場(磁界)が形成されるかを問う、アンペールの法則の応用問題です。特に、同軸ケーブルのような二重円筒構造や、空洞のある導体といった、一見すると複雑に見える状況を扱います。しかし、問題文で丁寧に誘導されている通り、「重ね合わせの原理」という強力な物理の考え方を用いることで、すでに知っている単純な問題に分解して解くことができます。
- 基本定理: 半径dの薄い中空円筒導体に電流Iを流すと、磁場は、
- 外側(\(r \ge d\)): 全電流Iが中心軸に集まった直線電流の磁場と等しい。(\(H=\displaystyle\frac{I}{2\pi r}\))
- 内側(\(r < d\)): 磁場はゼロになる。(\(H=0\))
- 問イ, ロの状況:
- 導体A: 半径aの円柱。電流Iが流れる。
- 導体B: 半径bの薄い円筒。Aとは逆向きに電流Iが流れる。
- 問ハの状況:
- 導体C: 半径3Rの円柱から、中心がRずれた位置にある半径Rの円柱状の空洞をくり抜いた導体。全体で電流Iが流れる。
- イ: 導体AとBで構成される系で、\(a \le r < b\) の領域における磁場の強さ。
- ロ: 同じく、\(r \ge b\) の領域における磁場の強さ。
- ハ: 空洞のある導体Cで、空洞の中心軸l上における磁場の強さ。
- (コラムQ): 半径Rの円柱導体に一様に電流を流したときの、中心からの距離rと磁場の強さHの関係を表すグラフの描画。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題を解く鍵は、高校物理の電磁気で学ぶアンペールの法則と、物理学の様々な分野で登場する重ね合わせの原理です。
アンペールの法則は、電流とその周りにできる磁場の関係を示す法則で、特にこの問題のように対称性の高い形状(円筒や円柱)では、「ある閉じた経路を考えると、その内側を貫く電流の合計だけが、経路上の磁場に関係する」という形で使うと非常に強力です。
そして「重ね合わせの原理」は、複雑な状況を単純な状況の足し算や引き算で考えるテクニックです。特に問ハの「空洞のある導体」は、『もし空洞がなかった場合の完璧な導体』から『空洞部分だけの導体』の影響をベクトル的に引き算する、という「補う手法」で鮮やかに解くことができます。これは物体の重心計算などでも用いられる、ぜひマスターしたい考え方です。
問 イ
思考の道筋とポイント
磁場の強さを知りたい領域(\(a \le r < b\))が、それぞれの導体(AとB)に対して「内側」なのか「外側」なのかを判断することが全てです。
- この領域は、内側の導体A(半径a)の外側です。
- この領域は、外側の導体B(半径b)の内側です。
- それぞれの導体が作る磁場を考え、それらを足し合わせます(重ね合わせの原理)。
具体的な解説と立式
中心軸から距離r (\(a \le r < b\)) の点における合成磁場Hを考えます。
- 導体Aが作る磁場 \(H_A\):
この点は導体Aの外側にあります。問題文の基本定理と同様に、導体Aの全電流Iが中心軸に集まった直線電流が作る磁場と見なせます。
$$H_A = \frac{I}{2\pi r} \quad \cdots ①$$ - 導体Bが作る磁場 \(H_B\):
この点は導体Bの内側にあります。基本定理より、円筒導体の内側では、その円筒自身が流す電流による磁場はゼロになります。
$$H_B = 0 \quad \cdots ②$$
全体の磁場は、これらのベクトル和、つまり \(H = H_A + H_B\) となります。
使用した物理公式
- 直線電流の作る磁場: \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi r}\)
- 中空円筒導体の性質(内部の磁場は0)
- 重ね合わせの原理
立式した関係をまとめます。
$$H = H_A + H_B$$
式①と②を代入すると、
$$H = \frac{I}{2\pi r} + 0 = \frac{I}{2\pi r}$$
求めたい場所は、内側の円柱Aから見れば「外」、外側の円筒Bから見れば「中」です。外側の円筒Bは、自分の内側には磁場を作りません。したがって、この場所に磁場を作っている犯人は内側の円柱Aだけです。円柱Aの外側なので、全電流Iが中心の一本の線に集まっていると考えて、単純な直線電流の公式を適用するだけで答えが求まります。
\(a \le r < b\) における磁場の強さは \(\displaystyle\frac{I}{2\pi r}\) です。これは、信号を外部のノイズから守る同軸ケーブルの基本原理に関わる、重要な結果です。
問 ロ
思考の道筋とポイント
今度の領域(\(r \ge b\))は、導体Aと導体Bの両方に対して「外側」になります。したがって、Aが作る磁場とBが作る磁場の両方を考慮し、それらをベクトル的に合成する必要があります。電流の向きが逆である点に注意しましょう。
具体的な解説と立式
中心軸から距離r (\(r \ge b\)) の点における合成磁場Hを考えます。
- 導体Aが作る磁場 \(\vec{H_A}\):
この点は導体Aの外側にあり、Aの電流Iが作る磁場です。Aの電流の向きから、右ネジの法則により反時計回りの向きになります。強さは、
$$H_A = \frac{I}{2\pi r} \quad \cdots ①$$ - 導体Bが作る磁場 \(\vec{H_B}\):
この点も導体Bの外側にあり、Bの電流Iが作る磁場です。Bの電流はAと逆向きなので、右ネジの法則により時計回りの向きになります。強さは、
$$H_B = \frac{I}{2\pi r} \quad \cdots ②$$
全体の磁場は、これらのベクトル和 \(\vec{H} = \vec{H_A} + \vec{H_B}\) です。
使用した物理公式
- 直線電流の作る磁場: \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi r}\)
- 重ね合わせの原理
ベクトル \(\vec{H_A}\) と \(\vec{H_B}\) は、式①と②から分かるように大きさが全く同じで、向きが正反対です。したがって、この2つのベクトルを足し合わせると、互いに完全に打ち消し合います。
$$H = H_A – H_B = \frac{I}{2\pi r} – \frac{I}{2\pi r} = 0$$
求めたい場所は、AからもBからも「外側」です。Aの電流は反時計回りの磁場の渦を作り、Bの電流は時計回りの磁場の渦を作ります。電流の大きさが同じで、中心からの距離も同じなので、作られる磁場の渦の強さは全く同じになります。したがって、2つの渦は互いに完全に打ち消し合って、磁場はゼロになってしまいます。
\(r \ge b\) における磁場の強さは 0 です。これは、行きと帰りの電流が同軸上を流れることで、外部に磁場を漏らさないという、同軸ケーブルの重要な性質を示しています。
問 ハ
思考の道筋とポイント
空洞のある導体Cが作る磁場という、一見して複雑な問題を解くために、問題文で誘導されている「補う手法(重ね合わせの原理)」を使います。これは、パズルのピースをはめたり外したりするような考え方です。
- 複雑な導体Cを、『半径3Rの完全な円柱(C+X)』から、『空洞部分を埋める円柱(X)』を引き算したものと考え、その関係式 \(\vec{H}_C = \vec{H}_{C+X} – \vec{H}_X\) を利用します。
- それぞれの構成要素(全体と、引く部分)が、求めたい場所(空洞の中心軸l)に作る磁場を計算します。
- 最後にベクトルとして引き算をすることで、目的の磁場を求めます。
具体的な解説と立式
1. 重ね合わせの原理の適用:
空洞のある導体Cが軸lに作る磁場\(\vec{H}_C\)は、
『Cの空洞を同じ物質で埋めた、半径3Rの完全な円柱導体(C+X)』が軸lに作る磁場 \(\vec{H}_{C+X}\) から、
『空洞部分だけを考えた、半径Rの円柱導体X』が軸lに作る磁場 \(\vec{H}_X\) を、
ベクトル的に引き算したものに等しいと考えられます。
$$\vec{H}_C = \vec{H}_{C+X} – \vec{H}_X \quad \cdots ①$$
2. 『完全な円柱(C+X)』が軸lに作る磁場 \(\vec{H}_{C+X}\) の計算:
これは『半径3Rで一様な電流が流れる完全な円柱』が、その中心から距離Rの点(軸lの位置)に作る磁場です。円柱内部の磁場の公式(コラムQで導出)\(H = \displaystyle\frac{I_{total}}{2\pi R_{total}^2}r\) を用います。
- まず、(C+X)に流れるであろう全電流 \(I_{C+X}\) を求めます。電流密度は導体C(断面積 \(8\pi R^2\), 電流I)と同じなので、断面積が \(9\pi R^2\) の(C+X)に流れる電流は、\(I_{C+X} = I \times \frac{9\pi R^2}{8\pi R^2} = \frac{9}{8}I\) となります。
- 公式に \(I_{total}=\frac{9}{8}I\)、\(R_{total}=3R\)、\(r=R\) を代入します。
$$H_{C+X} = \frac{\frac{9}{8}I}{2\pi (3R)^2} \times R = \frac{9I}{8} \cdot \frac{R}{18\pi R^2} = \frac{I}{16\pi R} \quad \cdots ②$$
3. 『空洞部分の円柱(X)』が軸lに作る磁場 \(\vec{H}_X\) の計算:
これは『半径Rで一様な電流が流れる円柱X』が、その中心軸l上に作る磁場です。円柱の中心軸上(\(r=0\))では、対称性から磁場は常にゼロになります。
$$H_X = 0 \quad \cdots ③$$
使用した物理公式
- 重ね合わせの原理
- 円柱導体内部の磁場: \(H = \displaystyle\frac{I_{total}}{2\pi R_{total}^2}r\) (コラムQより)
- 対称性による中心軸上の磁場ゼロ
式①のベクトル計算を実行します。求めたい場所(軸l)では、\(\vec{H}_{C+X}\) と \(\vec{H}_X\) の向きは同じ方向を向くか、片方がゼロなので、大きさの引き算で計算できます。
$$H_C = H_{C+X} – H_X$$
式②と③の値を代入します。
$$H_C = \frac{I}{16\pi R} – 0 = \frac{I}{16\pi R}$$
穴の開いたクッキーの磁場を知りたいとき、「もし穴がなかった場合の大きなクッキーの磁場」から「穴の部分だけの小さなクッキーの磁場」を引く、という考え方をします。
- まず、「もし穴がなかった場合(半径3Rの巨大な円柱)」が、穴の中心(軸l)に作る磁場の強さを計算します。これは \(I/(16\pi R)\) となります。
- 次に、「穴の部分だけの円柱(X)」が、自分のど真ん中(軸l)に作る磁場の強さを考えます。円柱のど真ん中では、周りの電流が作る磁場はきれいに対称性から打ち消し合ってゼロになります。
- したがって、求める磁場は、ステップ1の結果からステップ2の結果(ゼロ)を引いたものになり、結局 \(I/(16\pi R)\) が答えとなります。
導体Cが空洞の中心軸l上につくる磁場の強さは \(\displaystyle\frac{I}{16\pi R}\) です。一見して複雑な問題が、重ね合わせの原理を使うことで、既知の単純な問題の組み合わせに分解できることがわかる好例です。
【コラム】Q. 断面が半径Rの長い円柱に一様に電流を流す。中心軸から距離r離れた位置での磁場の強さHを表すグラフを描け。
思考の道筋とポイント
この問題を解くには、アンペールの法則 \(H \times (\text{経路長}) = (\text{内部の電流})\) を使います。導体の外側と内側で、考える経路の内側を貫く電流の量が変わるため、場合分けが必要です。
- ケース1: \(r \ge R\)(導体の外側)
- ケース2: \(0 \le r < R\)(導体の内側)
それぞれのケースでHをrの関数として求め、グラフにまとめます。
具体的な解説と立式
中心軸を中心とする半径rの円形の経路(アンペール路)を考えます。アンペールの法則より、\(H \cdot (2\pi r) = i\) が成り立ちます。ここで \(i\) は、この円の内側を貫く電流の総量です。
- ケース1: \(r \ge R\) (導体の外側)
円形の経路は導体全体を囲んでいるので、貫く電流は導体の全電流Iに等しくなります (\(i=I\))。
$$H \cdot (2\pi r) = I$$
$$H = \frac{I}{2\pi r} \quad \cdots ①$$
これは、全電流が中心軸に集まった直線電流が作る磁場と同じです。
- ケース1: \(r \ge R\) (導体の外側)
- ケース2: \(0 \le r < R\) (導体の内側)
円形の経路の内側にあるのは、半径rの円柱部分だけです。電流は断面積に一様に分布しているので、貫く電流iは断面積の比で求められます。
$$i = (\text{全電流} I) \times \frac{\text{半径rの円の面積}}{\text{導体全体の断面積}} = I \times \frac{\pi r^2}{\pi R^2} = I \frac{r^2}{R^2}$$
これをアンペールの法則に代入します。
$$H \cdot (2\pi r) = I \frac{r^2}{R^2}$$
$$H = \frac{1}{2\pi r} \left( I \frac{r^2}{R^2} \right) = \frac{I}{2\pi R^2} r \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- アンペールの法則: \(H \cdot L = I_{in}\)
上記の立式でH(r)の関数形が求まりました。グラフを描くために、特徴的な点での値を確認します。
- \(r=0\) (中心軸): 式②より \(H=0\)。
- \(r=R\) (導体表面): 式①からは \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi R}\)。式②からも \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi R^2} R = \displaystyle\frac{I}{2\pi R}\)。となり、値は連続しています。
- グラフの形:
- 内側(\(r<R\))では、Hはrに比例して(\(H \propto r\))、原点から直線的に増加します。
- 外側(\(r>R\))では、Hは1/rに反比例して(\(H \propto 1/r\))、双曲線的に減少していきます。
グラフは、原点(0, 0)から始まり、点(R, \(\displaystyle\frac{I}{2\pi R}\))まで直線的に増加し、そこを頂点として、rが大きくなるにつれて滑らかに減少していく「山」のような形になります。(模範解答のグラフを参照し、縦軸と横軸、最大値の点を明記して線を描く)
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- アンペールの法則: この問題の根幹をなす法則です。特に「対称性の高い形状」に対して、その周りの磁場を計算する際に絶大な威力を発揮します。「ある閉じた経路を考えると、その経路上の磁場の周回積分は、経路の内側を貫く電流の総和に比例する」という法則ですが、高校物理では「\(H \times (経路長) = (内部の電流)\)」という形で使うことが多いです。
- 重ね合わせの原理(補う手法): 問ハで使われた、物理学における非常に強力で普遍的な考え方です。複雑な形状や状況を、複数の単純な形状・状況の「足し算」や「引き算」として捉え直すことで、解析を可能にします。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
- 電場や重力場の計算: ガウスの法則を用いて、一様に帯電した球や円柱の内部・外部の電場を求める問題は、この問題のQと全く同じ思考プロセスで解くことができます。アンペールの法則とガウスの法則は、数学的に「兄弟」のような関係にあります。
- 複雑な形状の物体の重心計算: 「大きな円板から小さな円板をくり抜いた物体の重心を求める」といった問題でも、「全体の質量(と位置ベクトル)」から「くり抜いた部分の質量(と位置ベクトル)」を引き算するという、問ハと全く同じ「補う手法」が使えます。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 系の対称性を探す: まず、問題の形状が「球対称」や「円筒対称」といった高い対称性を持っていないか確認します。対称性があれば、アンペールの法則やガウスの法則がうまく使えるサインです。
- 「内側」か「外側」かを意識する: 磁場や電場を求めたい点が、電流や電荷の分布に対して「内側」にあるか「外側」にあるかで、物理的な状況が大きく変わります。必ず場合分けをします。
- 複雑な形状は「分解」を疑う: 空洞があったり、複数の物体が組み合わさっていたりする場合は、「重ね合わせの原理で単純なパーツに分解できないか?」と考えるのが定石です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 円筒・円柱の内部と外部の混同:
- 現象: 導体の内側でも外側でも、構わず \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi r}\) の公式を使おうとしてしまう。
- 対策: この公式は、あくまで「全電流Iが中心に集まっていると見なせる場合」、つまり導体の外側や、電流が細い直線である場合にしか使えない、と肝に銘じる。内側では、その場所を貫く電流を別途計算する必要がある。
- 重ね合わせでのベクトルの扱い:
- 現象: 問ハで、\(\vec{H}_C = \vec{H}_{C+X} – \vec{H}_X\) を計算する際、各ベクトルがどの向きを向いているかを考慮せず、単純に大きさの引き算をしてしまう。
- 対策: 重ね合わせはあくまで「ベクトル」の和と差であると意識する。各要素が作る場の向きを図に描き込み、向きが同じなら足し算、逆なら引き算、斜めなら成分分解、と正しくベクトル演算を行う。
- 内部を貫く電流の計算ミス:
- 現象: 問Qで、円柱内部の磁場を計算する際に、半径rの円を貫く電流iを、断面積の比を使って正しく計算できない。全電流Iをそのまま使ってしまう。
- 対策: 「電流密度(単位面積あたりの電流)は一定」という条件から、「貫く電流 = 電流密度 × 貫かれる面積」と立式する習慣をつける。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題では、物理現象をどのようにイメージし、図にどのように表現することが有効だったか:
- アンペール路(閉じた経路)を意識する: アンペールの法則を使う際、自分が考えている「半径rの円」を明確に図に描き込むことが重要です。そして、「この円の内側だけを見るんだ」と意識を集中させます。
- 対称性から結論を予測する: 模範解答の解説にもあるように、「もし完全な円柱の中心軸上に磁場があったら、円柱を回転させると磁場の向きも変わるはず。でも円柱を回転させても電流の様子は何も変わらない。これはおかしい!」と考えることで、計算する前に「中心軸上の磁場はゼロだ」と結論を予測できます。このような思考実験は、物理の深い理解に繋がります。
- 「補う手法」の図解: 問ハでは、「空洞のある物体」=「完璧な大きな物体」-「穴と同じ大きさの物体」という関係を、簡単な図で描いてみると、立式の意味が視覚的に理解しやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(H = \displaystyle\frac{I}{2\pi r}\) (直線電流の磁場):
- 選定理由: 導体の外側や、電流が十分に細い直線と見なせる場合に適用できる、最も基本的な公式だから。
- 適用根拠: アンペールの法則を、無限に長い直線電流という特殊な状況に適用して導き出された便利な結果。
- \(H = 0\) (円筒内部):
- 選定理由: 求めたい点が、電流が流れる「薄い円筒」の「内側」にある場合に適用。
- 適用根拠: アンペールの法則で円筒の内側に経路をとると、その内側を貫く電流がゼロであるため。
- \(H \propto r\) (円柱内部):
- 選定理由: 求めたい点が、電流が一様に流れる「円柱」の「内側」にある場合に適用。
- 適用根拠: アンペールの法則で内部に経路をとると、貫く電流が経路の面積(\(\propto r^2\))に比例するため。これを経路長(\(\propto r\))で割ることで、結果的に \(H \propto r\) となる。
- 重ね合わせの原理:
- 選定理由: 複数の電流源があったり、形状が複雑で直接公式を適用できない場合に、問題を単純な要素に分解するために用いる。
- 適用根拠: 磁場(や電場)は、複数の源からの影響が互いに干渉せず、単純なベクトルの和として合成できるという、物理法則の線形性に基づいている。
問題36 (東海大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、導体棒の運動によって生じる「電磁誘導」と、導体棒に流れる電流が磁場から受ける「電磁力」、そしてそれらが滑車につながれたおもりの「力学的な運動」とどのように関わるかを総合的に問う問題です。導体棒が動くことで「電池」として機能する側面と、電流が流れることで「モーター」のように力を受ける側面の両方を、状況に応じて正しく分析する必要があります。
- 磁場: 磁束密度B、鉛直上向きで一様
- レール: 間隔l、水平で滑らか
- 導体棒P: レール上に置かれる
- おもり: 質量m
- 抵抗: R₁ (ab間)、R₂ (cd間、問(3)のみ)
- 重力加速度: g
- その他: 抵抗以外の電気抵抗、電流が作る磁場は無視できる。
- (1) 電池をつないでおもりを静止させるための、電池の極性(a, bどちらが正極か)と起電力V₀。
- (2) ab間を導線で結び、Pが等速で左に動くときの、電位が高いのはX, Yのどちらか、またその速さv₁。
- (3) 電池V₁と抵抗R₂をつなぎ、Pが等速で右に動くときの、
- (ア) R₂を流れる電流の向きと強さi。
- (イ) Pの速さv₂。
- (コラムQ₁): (2)の状況で、Pの速さがvの瞬間の加速度。
- (コラムQ₂): (2)と(3)の状況におけるエネルギー保存則(単位時間あたり)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題を解く鍵は、磁場中で運動する導体棒Pを「誘導起電力 V=vBl を生み出す電池」と見なすことです。この視点に立てば、複雑な電磁誘導の問題を、馴染み深い「直流回路」と「力学」の問題に分解して考えることができます。
- 発電機としての側面(電磁誘導): 導体棒が速さvで磁場を横切ると、\(V=vBl\)の起電力を持つ電池になります。起電力の向き(どちらが正極か)は、フレミングの右手の法則や、棒の中の電荷が受けるローレンツ力で決まります。
- モーターとしての側面(電磁力): 導体棒に電流Iが流れると、\(F=IBl\)の力を受けます。力の向きはフレミングの左手の法則で決まります。
- 力学との連携: この電磁力と、おもりによる張力、慣性力(運動方程式)や力のつり合いを結びつけます。
- 回路としての解析: 導体棒を電池に置き換えたら、あとは直流回路の問題です。オームの法則やキルヒホッフの法則を適用して、電流や電圧を求めます。
このように、複数の分野の知識を統合して、現象を一つずつ丁寧に追っていきましょう。
問 (1)
思考の道筋とポイント
おもりが「静止している」ということは、導体棒Pも静止しています。Pに働く力は、左向きの「糸の張力T」と、右向きの「電磁力F」がつり合っている状態です。張力Tは、ぶら下がっているおもりにはたらく重力mgとつり合っています。したがって、電磁力Fがmgと等しくなるように、外部の電池で電流を流してあげればよい、という計画を立てます。
- 力のつり合いから、必要な電磁力の大きさを求める。
- その電磁力を発生させるために必要な電流の向きと大きさを求める。
- その電流を流すために必要な電池の極性と起電力をオームの法則から求める。
具体的な解説と立式
1. 力のつり合い:
おもりは静止しているので、糸の張力Tは重力mgと等しくなります。
$$T = mg \quad \cdots ①$$
導体棒Pも静止しているので、この張力Tと、Pに働く右向きの電磁力Fが完全につり合っている必要があります。
$$F = T \quad \cdots ②$$
電磁力の大きさは \(F=IBl\) で与えられます。ここでIはPを流れる電流です。①、②より、
$$IBl = mg \quad \cdots ③$$
2. 電流の向きと電池の極性:
右向きの力Fを生むためには、フレミングの左手の法則(磁場B:上向き、力F:右向き)から、電流IはXからYの向きに流れる必要があります。この向きに電流を流すためには、電池の電位が高い正極をa側に接続しなければなりません。
3. 電池の起電力:
Pは静止しているので、誘導起電力は発生しません。回路は電池V₀と抵抗R₁だけの単純な直列回路です。オームの法則より、
$$V_0 = R_1 I \quad \cdots ④$$
- 力のつり合い: \(\sum F = 0\)
- 電磁力: \(F = IBl\)
- オームの法則: \(V = IR\)
まず、式③からPを流すべき電流Iの大きさを求めます。
$$I = \frac{mg}{Bl}$$
次に、このIを式④に代入して、電池の起電力V₀を求めます。
$$V_0 = R_1 \cdot \left( \frac{mg}{Bl} \right) = \frac{mgR_1}{Bl}$$
おもりを空中で静止させるには、糸には\(mg\)の張力が必要です。この張力に逆らって導体棒Pを静止させるには、右向きに\(mg\)の大きさの電磁力を発生させなければなりません。フレミングの左手の法則を使うと、そのためには電流をX→Yの向きに流す必要があり、電池のプラス極はa側だとわかります。次に、力の公式 \(F=IBl\) から、必要な電流の大きさは \(I = mg/Bl\) だと計算できます。最後に、この電流を抵抗\(R_1\)に流すのに必要な電圧をオームの法則(\(V=IR\))で計算すれば、それが電池の起電力になります。
電池の正極は a側 で、その起電力V₀は \(\displaystyle\frac{mgR_1}{Bl}\) です。
問 (2)
思考の道筋とポイント
今度は電池の代わりに導線でab間が結ばれ、Pが左に動いています。Pが動くことで、P自身が「電池」となって発電します(電磁誘導)。この誘導起電力によって回路に電流が流れ、その電流が磁場から「ブレーキをかける向き(右向き)」の電磁力を受けます。Pが「一定の速さ」で動いているということは、このブレーキ力である電磁力と、おもりが引く力(張力)がちょうどつり合っている、と考えるのがポイントです。
具体的な解説と立式
1. 誘導起電力の向き(電位の高さ):
導体棒Pが速さv₁で左に動くと、棒の中の自由電子がローレンツ力を受けます。あるいはフレミングの右手の法則(運動v:左、磁場B:上)を使うと、電流の向きはX→Yの向きだとわかります。電流を流す源である電池で考えると、電流は正極から流れ出すので、Yの電位が高くなります。つまり、PはY側が正極の電池と見なせます。
2. 誘導起電力の大きさとオームの法則:
公式より、誘導起電力Vの大きさは \(V = v_1 B l\) です。この起電力によって、抵抗R₁に電流Iが流れます。回路全体で見ると、
$$v_1 B l = R_1 I \quad \cdots ①$$
3. 力のつり合い:
Pは一定の速さなので、力がつり合っています。Pに働く力は、左向きの張力T(\(=mg\))と、右向きの電磁力Fです。電流IはX→Yの向きに流れているので、電磁力Fはフレミングの左手の法則により右向きに働きます。
$$T = F \quad \text{すなわち} \quad mg = IBl \quad \cdots ②$$
- 誘導起電力: \(V = vBl\)
- 力のつり合い: \(\sum F = 0\)
- 電磁力: \(F = IBl\)
- オームの法則: \(V = IR\)
未知数がv₁とIの連立方程式①と②を解きます。
まず、式②から電流Iを求めます。
$$I = \frac{mg}{Bl}$$
これを式①に代入して、v₁を求めます。
$$v_1 B l = R_1 \left( \frac{mg}{Bl} \right)$$
v₁について整理すると、
$$v_1 = \frac{mgR_1}{B^2 l^2}$$
導体棒Pが動くと、Pは電圧 \(v_1Bl\) の電池に変わります。この自家製の電池によって回路に電流が流れ、その電流は磁場から運動を邪魔する向き(右向き)に力を受けます。Pが一定速度で進んでいるので、「おもりが左に引く力」と「磁場が右に引く力」がちょうど釣り合っているはずです。この「力のつり合いの式」と、回路についての「オームの法則の式」の2つを立て、連立方程式として解くことで速さv₁が求まります。
電位が高いのはYで、Pの速さv₁は \(\displaystyle\frac{mgR_1}{B^2 l^2}\) です。この最終的な速度は、重力が大きいほど速くなりますが、磁場が強いほど、またレール幅が広いほどブレーキがよく効き、遅くなることが式から見て取れます。
問 (3)
思考の道筋とポイント
状況が最も複雑になります。Pは右に動き、おもりを引き上げています。この回路には、電源が2つ存在することに注意が必要です。外部から接続した「電池V₁」と、Pが動くことで生じる「誘導起電力」です。このように電源が複数ある複雑な回路を解くには、キルヒホッフの法則が最も確実で有効な手段です。
- (ア) まず、Pが一定速度で動いていることから、Pに働く力はつり合っているはずです。この力のつり合いの条件から、Pを流れる電流Iを確定させます。その後、キルヒホッフの法則を使って、回路の各部分を流れる電流を求めます。
- (イ) 最後に、別のループでキルヒホッフの法則を使い、未知数である速さv₂を求めます。
具体的な解説と立式
(ア) 抵抗R₂を流れる電流
- Pを流れる電流Iの決定:
Pは一定の速さでおもりを引き上げているので、Pには右向きの電磁力Fが働いています。この電磁力は、糸の張力T(おもりの重力mgに等しい)とつり合っています。これは(1)と全く同じ力の状況です。
$$IBl = mg \quad \rightarrow \quad I = \frac{mg}{Bl} \quad \cdots ①$$
この右向きの力を発生させる電流Iの向きはX→Yであり、そのためには電池V₁のa側が正極である必要があります。 - 誘導起電力の向きと大きさ:
Pは速さv₂で右に動いているので、誘導起電力を生じます。フレミングの右手の法則(運動v:右、磁場B:上)より、電流はY→Xの向きに流そうとする力が働きます。つまり、X側(c側)が高電位の電池になります。大きさは \(V_{ind} = v_2 B l\) です。 - キルヒホッフの法則の適用:
回路には電流が分岐しています。Pを流れる電流をI、R₂を流れる電流をiとします。すると、R₁を流れる電流は、b→cの合流点でキルヒホッフの第一法則から \(I+i\) となります。
次に、右半分の閉回路(V₁, R₁, R₂を含むループ)に第二法則を適用します。c→d→a→b→cと時計回りに一周してたどります。- 電圧上昇(起電力): V₁
- 電圧降下(抵抗): R₁にかかる電圧 \(R_1(I+i)\) と、R₂にかかる電圧 \(R_2 i\)
したがって、以下の関係が成り立ちます。
$$V_1 = R_1(I+i) + R_2 i \quad \cdots ②$$
(ここで電流iの向きをc→dと仮定しました。計算結果の符号で正しさがわかります。)
(イ) Pの速さ
- キルヒホッフの法則の適用(別ループ):
今度は左半分の閉回路(導体棒P, 抵抗R₂を含むループ)に第二法則を適用します。c→P→d→cと時計回りに一周します。- 電圧上昇(起電力): 誘導起電力 \(v_2 B l\) (Pのc側が高電位なので、d→cは電圧上昇)
- 電圧降下(抵抗): R₂にかかる電圧 \(R_2 i\)
したがって、以下の関係が成り立ちます。
$$v_2 B l = R_2 i \quad \cdots ③$$
- 力のつり合い、電磁力、誘導起電力
- キルヒホッフの第一法則(電流則)と第二法則(電圧則)
(ア) 電流iの計算:
式②をiについて解きます。
$$V_1 = R_1 I + R_1 i + R_2 i = R_1 I + (R_1+R_2)i$$
$$(R_1+R_2)i = V_1 – R_1 I$$
ここに、式①で求めた \(I = \displaystyle\frac{mg}{Bl}\) を代入します。
$$i = \frac{V_1 – R_1 (\frac{mg}{Bl})}{R_1+R_2} = \frac{BlV_1 – mgR_1}{Bl(R_1+R_2)}$$
おもりを引き上げるには \(V_1\) が(1)の\(V_0\)より大きい必要があり、そのとき分子は正となるため \(i>0\) となります。したがって、仮定した電流の向きであるcからdの向きで正しいことがわかります。
(イ) 速さv₂の計算:
式③をv₂について解きます。
$$v_2 = \frac{R_2 i}{Bl}$$
ここに上で求めたiの式を代入します。
$$v_2 = \frac{R_2}{Bl} \left( \frac{BlV_1 – mgR_1}{Bl(R_1+R_2)} \right) = \frac{R_2(BlV_1 – mgR_1)}{B^2 l^2 (R_1+R_2)}$$
別解: (イ)の計算
(イ)を求めるには、外側の大きなループ(V₁, R₁, P)でキルヒホッフの法則を立てることもできます。d→a→b→c→P→dと一周してたどると、
$$V_1 – R_1(I+i) – v_2 B l = 0$$
この式と①, ②を組み合わせても、同じv₂が求まります。
(ア) R₂を流れる電流はcからdの向きに、大きさは \(\displaystyle\frac{BlV_1 – mgR_1}{Bl(R_1+R_2)}\) です。
(イ) Pの速さは \(\displaystyle\frac{R_2(BlV_1 – mgR_1)}{B^2 l^2 (R_1+R_2)}\) です。式は複雑ですが、各法則を順に適用した結果であり、各物理量がどのように影響しているかを読み取ることができます。
(ア) 向き: cからd、強さ: \(\displaystyle\frac{BlV_1 – mgR_1}{Bl(R_1+R_2)}\)
(イ) 速さ: \(\displaystyle\frac{R_2(BlV_1 – mgR_1)}{B^2 l^2 (R_1+R_2)}\)
【コラム】Q₁: (2)の状況で、Pの速さがv(\(<v_1\))の瞬間の加速度aを求めよ。(Pの質量M)
思考の道筋とポイント
速さが一定でない場合、力はつり合っていません。これは「ニュートンの運動方程式 \(ma=F\)」を立てる問題です。おもりと導体棒Pは糸で繋がっているので、一体となって運動します(加速度aは共通)。それぞれの物体について運動方程式を立て、連立して解きます。このとき、電磁力はPのその時々の速さvに依存することに注意が必要です。
具体的な解説と立式
1. 各物体にはたらく力と電流:
- おもり(質量m): 下向きに重力mg、上向きに張力T。加速度は下向きにa。
- 導体棒P(質量M): 左向きに張力T、右向きに電磁力F。加速度は左向きにa。
- Pの速さがvなので、誘導起電力は \(V=vBl\)。回路に流れる電流は \(i = V/R_1 = vBl / R_1\)。
- 電磁力Fの大きさは \(F = iBl = (vBl/R_1)Bl = vB^2l^2/R_1\)。
2. 運動方程式の立式:
- おもり: \(ma = mg – T \quad \cdots ①\)
- 導体棒P: \(Ma = T – F = T – \frac{vB^2l^2}{R_1} \quad \cdots ②\)
未知の張力Tを消去するために、①と②を足し合わせます。
$$(M+m)a = (mg-T) + \left( T – \frac{vB^2l^2}{R_1} \right)$$
$$(M+m)a = mg – \frac{vB^2l^2}{R_1}$$
aについて解くと、
$$a = \frac{1}{M+m} \left( mg – \frac{vB^2l^2}{R_1} \right)$$
加速度aは \(\displaystyle\frac{1}{M+m} \left( mg – \frac{vB^2l^2}{R_1} \right)\) です。この式から、Pが動き始めて速さvが大きくなるにつれて、ブレーキ力である電磁力の項が大きくなり、加速度aはだんだん小さくなることがわかります。そして、やがて右辺がゼロになったとき(\(mg = vB^2l^2/R_1\))、加速度もゼロとなり、等速運動(問(2)の状況)に達します。
【コラム】Q₂: (2)と(3)の状況におけるエネルギー保存則(単位時間あたり)を記せ。
思考の道筋とポイント
単位時間あたりのエネルギーは「仕事率(電力)」[W]を指します。「エネルギー保存則」を立てるとは、「供給された仕事率(電力)の合計」と、「消費・変換された仕事率(電力)の合計」が等しい、という式を立てることです。等速運動なので運動エネルギーの変化はなく、エネルギーの変換の収支のみを考えます。
具体的な解説と立式
- (2)の状況(等速v₁):
- エネルギーの供給源: おもりが1秒間に\(v_1\)だけ下がることで、重力がする仕事(位置エネルギーの減少)。その仕事率は \(P_{in} = mg \cdot v_1\)。
- エネルギーの消費先: 抵抗R₁で発生するジュール熱。その電力は \(P_{out} = I^2 R_1\)。
エネルギー保存則は、
$$mgv_1 = I^2 R_1$$ - (3)の状況(等速v₂):
- エネルギーの供給源: 電池V₁が供給する電力。回路全体に \(I+i\) の電流を供給しているので、\(P_{in} = V_1(I+i)\)。
- エネルギーの消費・変換先:
- おもりを1秒間に\(v_2\)だけ引き上げる仕事(位置エネルギーの増加)。仕事率は \(P_{pot} = mg v_2\)。
- 抵抗R₁で発生するジュール熱。電流は \(I+i\) なので、\(P_{J1} = (I+i)^2 R_1\)。
- 抵抗R₂で発生するジュール熱。電流は \(i\) なので、\(P_{J2} = i^2 R_2\)。
エネルギー保存則は、
$$V_1(I+i) = mgv_2 + (I+i)^2 R_1 + i^2 R_2$$
エネルギー保存則は、力学的エネルギーと電気的エネルギーがどのように相互に変換され、保存されているかをマクロな視点で捉えることができます。力のつり合いやキルヒホッフの法則で立てた式と、エネルギー保存則の式は、同じ物理現象を異なる側面から記述したものであり、両者は常につながっています。
(2)のとき: \(mgv_1 = I^2 R_1\)
(3)のとき: \(V_1(I+i) = mgv_2 + R_1(I+i)^2 + R_2i^2\)
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 電磁誘導と電磁力の双方向性: この問題の核心は、導体棒の「運動(力学)」が「起電力(電気)」を生み(発電機)、その結果流れる「電流(電気)」が「力(力学)」を生む(モーター)、という電磁気と力学の相互作用を理解することです。
- 動く導体棒は電池と見なす: この視点を持つことで、複雑に見える電磁誘導の問題を、馴染みのある「直流回路の問題」と「力学の力のつり合い・運動方程式の問題」という2つの単純な問題に分解して考えることができます。
- エネルギー保存則の適用: 力のつり合いだけでなく、仕事や電力といったエネルギーの観点からも現象を記述できます。特に、単位時間あたりで考えることで、定常的な運動におけるエネルギーの収支(入力=出力)を明確にできます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法は、どのようなパターンの類似問題に応用できるか:
- モーターや発電機の原理を問う問題: この問題は、モーター(電気→運動)と発電機(運動→電気)の最も単純なモデルであり、これらの機器の基本原理を理解する上で非常に役立ちます。
- エネルギー変換を伴う物理問題全般: 物理の問題では、力学的エネルギー、熱エネルギー、電気エネルギーなどが相互に変換される場面が多く登場します。常に「エネルギーはどこから来て、どこへ行ったのか?」という視点を持つことで、立式の選択肢が広がり、別解や検算に役立ちます。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 「導体棒が磁場中を動く」という設定: これを見たら、即座に「誘導起電力 \(V=vBl\) が発生するな」と連想します。
- 「電流が流れる導体棒が磁場中にある」という設定: これを見たら、「電磁力 \(F=IBl\) が働くぞ」と連想します。
- 「静止」「等速運動」という言葉: これは「力がつり合っている(\(\sum F = 0\))」という力学的な条件を示すキーワードです。
- 「加速度」を問われた場合: これは力がつり合っていない状況なので、「運動方程式(\(ma=F\))」を立てる必要があります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 誘導起電力の「向き」のミス:
- 現象: 導体棒が動く向きによって、どちらが正極になるかを間違える。
- 対策: フレミングの右手の法則を正しく適用する。または、棒の中の正電荷がローレンツ力 \(q(\vec{v}\times\vec{B})\) でどちらに寄せられるかを考える、という原理に立ち返ると間違いが少ないです。
- 電磁力の「向き」のミス:
- 現象: フレミングの左手の法則の指の向きを間違える。特に、電流の向きを勘違いしていると、力の向きも必然的に間違えます。
- 対策: まず回路を解いて電流の向きを確定させてから、落ち着いて左手の法則を適用する。
- キルヒホッフの法則での符号ミス:
- 現象: (3)のように複数の電源がある場合、ループを一周するときの電圧上昇(+)と電圧降下(-)の符号を取り違える。
- 対策: ①ループをたどる向きを矢印で明記する。②起電力は、たどる向きがマイナス極からプラス極へなら「+」、逆なら「-」。③抵抗は、たどる向きが電流と同じなら「-」、逆なら「+」。このルールを機械的に適用する。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題では、物理現象をどのようにイメージし、図にどのように表現することが有効だったか:
- 導体棒を「電池マーク」に置き換える: 導体棒が動いている状況を図に描く際、導体棒そのものを電池の記号(起電力の向きと大きさを書き込む)に置き換えてしまうと、問題が一気にただの直流回路に見えてきて、思考が整理されます。
- 力のベクトル図を必ず描く: 力学的な側面を考えるときは、導体棒とおもりに働く全ての力(張力、重力、電磁力)を矢印で図示する(フリーボディダイアグラム)。これにより、力のつり合いや運動方程式の立式ミスを防ぎます。
- エネルギーの流れを図式化する: Q₂のようなエネルギーの問題では、「電池」や「重力」からエネルギーが供給され、それが「抵抗での熱」や「位置エネルギー」に変換されていく流れを、矢印を使ったフローチャートのように描くと、エネルギー収支の全体像が把握しやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(V=vBl\) (誘導起電力):
- 選定理由: 導体が磁場を「横切って」運動している状況で、発生する電圧を計算するため。
- 適用根拠: 導体内の荷電粒子が、導体の運動に伴って磁場からローレンツ力を受け、導体の両端に偏ることで生じる電位差。ファラデーの電磁誘導の法則の一つの現れ。
- \(F=IBl\) (電磁力):
- 選定理由: 磁場の中にある導線に電流が流れている状況で、導線が受ける力を計算するため。
- 適用根拠: 導線内の電流(荷電粒子の流れ)の一つ一つの粒子が受けるローレンツ力を、導線全体で合計したもの。
- 力のつり合い (\(\sum \vec{F} = 0\)):
- 選定理由: 「静止」や「等速直線運動」というキーワードがある場合。加速度がゼロの状況を示す力学の基本法則。
- 適用根拠: ニュートンの運動の第一法則、または第二法則でa=0とした場合。
- 運動方程式 (\(m\vec{a} = \sum \vec{F}\)):
- 選定理由: Q₁のように、物体が「加速」している状況で、その加速度を求めたい場合。
- 適用根拠: ニュートンの運動の第二法則。物体の運動状態の変化(加速度)と、それに働く力の関係を示す、力学の根幹をなす法則。
- キルヒホッフの法則:
- 選定理由: (3)のように、回路内に電源(起電力)が複数あったり、接続が複雑で単純な直列・並列にできない場合の、回路解析の万能ツールとして用いる。
- 適用根拠: 電荷保存則(第一法則)とエネルギー保存則(第二法則)に基づいているため、どんな直流回路にも適用できる。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 状況の把握: まず、導体棒が「静止」「等速」「加速」のどれに当てはまるかを確認する。
- 図の作成と情報の整理:
- 回路図を描き、導体棒を電池マークに置き換える(向きと大きさを記入)。
- 力学的な図を描き、全ての力をベクトルで図示する。
- 法則の選択と立式:
- 力学の式: 「静止/等速」なら力のつり合い式。「加速」なら運動方程式。
- 電気の式: 回路が単純ならオームの法則。複雑ならキルヒホッフの法則。
- 連立方程式の求解: 力学の式と電気の式を連立させ、問われている未知数を数学的に解く。
- (必要な場合)エネルギーの式: エネルギーの変換や収支が問われたら、仕事率(電力)の観点から「供給エネルギー=消費エネルギー」の式を立てる。
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