問題の確認
thermodynamicsall#08各設問の思考プロセス
この問題は、なめらかに動くピストンで仕切られた2つの理想気体の状態を考える、熱力学の典型的な問題です。この種の問題を解く上で最も重要な思考のポイントは、「なめらかに動くピストン」という条件を物理的にどう解釈するかです。
この問題を解く上で中心となる物理法則は以下の通りです。
- 理想気体の状態方程式: \(PV = nRT\)
- 力のつり合い: ピストンが「なめらかに動く」ということは、ピストンが静止している状態では、左右の気体がピストンを押す力がつり合っていることを意味します。容器の断面積は左右で同じなので、これは左右の気体の圧力が等しい (\(P_A = P_B\)) ことを意味します。この条件が、初期状態と変化後の最終状態の両方で成り立ちます。
この問題を解くための手順は以下の通りです。
- (1) 初期状態の温度を求める:
初期状態でA室とB室の圧力が等しいことを利用します。A、Bそれぞれに理想気体の状態方程式を適用し、圧力についての式を立てます。これらを等しいと置くことで、未知の温度\(T_B\)を求める関係式を導きます。 - (2) 変化後の温度を求める:
Aを加熱した後の最終状態を考えます。まず、ピストンが動いた後のA室、B室の新しい体積(長さ)を正しく設定します。次に、最終状態でもA室とB室の圧力が等しいことを利用して、(1)と同様に状態方程式から関係式を導きます。この式には未知数が \(T_A\) と \(T_B\) の2つありますが、(1)で求めた \(T_B\) の関係式を代入することで、最終的に \(T_A\) を求めることができます。
このように、各状態で「圧力のつり合い」という条件を使い、状態方程式を連立させて解いていくのが基本的な戦略となります。
各設問の具体的な解説と解答
(1) A の温度は \(T\)[K] であった。Bの温度 \(T_{B}\)[K] を求めよ。
問われている内容の明確化
初期状態における、部屋Bの気体の温度 \(T_B\) を求めます。
具体的な解説と立式
まず、AとBそれぞれに理想気体の状態方程式を適用します。容器の断面積を \(S\) とすると、体積はそれぞれ \(V_A = Sl_1\)、\(V_B = Sl_2\) と表せます。
初期状態の圧力を \(P\) とすると、ピストンが静止しているので両側の圧力は等しく \(P_A = P_B = P\) です。
- 気体A: 状態方程式 \(P V_A = n_1 R T_A\) に、\(V_A=Sl_1\)、\(T_A=T\) を代入すると、\(P (Sl_1) = n_1 R T\) となります。
- 気体B: 状態方程式 \(P V_B = n_2 R T_B\) に、\(V_B=Sl_2\) を代入すると、\(P (Sl_2) = n_2 R T_B\) となります。
これらの式から、圧力 \(P\) はそれぞれ、
$$P = \frac{n_1 R T}{Sl_1}$$
$$P = \frac{n_2 R T_B}{Sl_2}$$
と表せます。この2つの \(P\) の式は等しいので、以下の関係式が成り立ちます。
$$\frac{n_1 R T}{Sl_1} = \frac{n_2 R T_B}{Sl_2} \quad \cdots ①$$
この方程式を \(T_B\) について解きます。
$$PV = nRT$$重要な条件: なめらかに動くピストンによる圧力のつり合い$$P_A = P_B$$
計算過程
式①の両辺から、共通の項である気体定数 \(R\) と断面積 \(S\) を消去します。
$$\frac{n_1 T}{l_1} = \frac{n_2 T_B}{l_2}$$
この式を \(T_B\) について解くために、両辺に \(\displaystyle\frac{l_2}{n_2}\) を掛けます。
$$T_B = \frac{n_1 T}{l_1} \times \frac{l_2}{n_2}$$
これを整理すると、
$$T_B = \frac{n_1 l_2}{n_2 l_1} T$$
となります。
この設問における重要なポイント
- なめらかに動くピストンは「左右の圧力が等しい」ことを意味すると読み替えること。
- AとBそれぞれについて状態方程式を立て、圧力のつり合いの式に代入して関係を導くこと。
\(\displaystyle T_B = \frac{n_1 l_2}{n_2 l_1} T\)
(2) Bの温度はそのままにAの温度を上げたらピストンが \(l\) 動いた。Aの温度 \(T_A\) を求めよ。
問われている内容の明確化
Aを加熱し、ピストンが \(l\) だけ移動して静止した後の、部屋Aの気体の温度 \(T_A\) を求めます。
具体的な解説と立式
Aの温度を上げた後の最終状態を考えます。この状態でもピストンは静止しているため、両側の圧力は再び等しくなります。最終状態の圧力を \(P’\) とします (\(P_A’ = P_B’ = P’\))。
ピストンが \(l\) だけ動いた後の、AとBの長さに注意します。Aが膨張してBを圧縮するので、
- 変化後のAの長さ: \(l_1′ = l_1 + l\)
- 変化後のBの長さ: \(l_2′ = l_2 – l\)
これより、変化後の体積は \(V_A’ = S(l_1+l)\), \(V_B’ = S(l_2-l)\) となります。
A, Bそれぞれについて、変化後の状態で状態方程式を立てます。(Bの温度は(1)で求めた \(T_B\) のまま一定であることに注意します。)
- 気体A: 状態方程式 \(P’ V_A’ = n_1 R T_A\) に、\(V_A’=S(l_1+l)\) を代入すると、\(P’ S(l_1+l) = n_1 R T_A\) となります。
- 気体B: 状態方程式 \(P’ V_B’ = n_2 R T_B\) に、\(V_B’=S(l_2-l)\) を代入すると、\(P’ S(l_2-l) = n_2 R T_B\) となります。
これらの式から、圧力 \(P’\) はそれぞれ、
$$P’ = \frac{n_1 R T_A}{S(l_1+l)}$$
$$P’ = \frac{n_2 R T_B}{S(l_2-l)}$$
と表せます。この2つの \(P’\) の式は等しいので、以下の関係式が成り立ちます。
$$\frac{n_1 R T_A}{S(l_1+l)} = \frac{n_2 R T_B}{S(l_2-l)} \quad \cdots ②$$
この式を、求めたい \(T_A\) について解きます。その際、(1)で求めた \(T_B\) の式を代入します。
計算過程
まず、式②の両辺から共通項 \(R\) と \(S\) を消去します。
$$\frac{n_1 T_A}{l_1+l} = \frac{n_2 T_B}{l_2-l}$$
この式を \(T_A\) について解きます。
$$T_A = \frac{n_2 (l_1+l)}{n_1 (l_2-l)} T_B \quad \cdots ③$$
次に、この式③に(1)の解答である \(T_B = \displaystyle\frac{n_1 l_2}{n_2 l_1} T\) を代入します。
$$T_A = \frac{n_2 (l_1+l)}{n_1 (l_2-l)} \left( \frac{n_1 l_2}{n_2 l_1} T \right)$$
分数の掛け算なので、分子と分母で共通する項(\(n_1\) と \(n_2\))を約分して消去します。
$$T_A = \frac{(l_1+l)l_2}{(l_2-l)l_1} T$$
これが求めるAの最終的な温度です。
この設問における重要なポイント
- 状態が変化した後の体積を、ピストンの移動距離 \(l\) を使って正しく表せること。
- (1)と同様に、変化後の状態で圧力のつり合いの式を立てること。
- (1)で求めた関係式を代入して、最終的な答えを導くこと。
\(\displaystyle T_A = \frac{l_2(l_1+l)}{l_1(l_2-l)} T\)
▼別の問題もチャレンジ▼
問題全体を通して理解しておくべき重要な物理概念や法則
- 理想気体の状態方程式 (\(PV=nRT\)): 気体の状態(圧力、体積、温度、物質量)を関連付ける最も基本的な法則です。あらゆる熱力学の問題の出発点となります。
- 力のつり合いと圧力: ピストンがなめらかに動けて静止している場合、両側から受ける力はつり合っています。断面積が同じなら、これは両側の気体の圧力が等しいことを意味します。この「圧力一定」ではなく「圧力が常に等しい」という条件の読み替えが重要です。
- 状態変化の追跡: 熱力学の問題では、変化の「前」と「後」の状態を明確に区別し、それぞれの状態でどの物理量が変化し、どの物理量が一定に保たれるのかを整理することが、正解への近道です。
類似の問題を解く上でのヒントや注意点
- 図を書いて整理する: 変化の前後で、各部屋のP, V, n, Tがどうなっているかを図に書き込むと、状況を把握しやすくなります。特に体積(長さ)の変化は間違いやすいので、図で確認するのが有効です。
- 断面積Sの扱い: この問題のように、容器の断面積が与えられていない場合でも、文字(例えばS)で置いておけば、計算の途中で消去できることがほとんどです。焦らずに立式を進めましょう。
- ボイル・シャルルの法則の利用: 各部屋の気体のモル数nが一定の場合、状態方程式は \(\frac{PV}{T} = nR = (\text{一定})\) と変形できます。これ(ボイル・シャルルの法則)を使うと、変化前後の状態の関係をより簡潔に立式できる場合があります。
よくある誤解や間違いやすいポイント
- 圧力一定との混同: 「なめらかに動くピストン」は、AとBの圧力が「等しい」ことを意味しますが、Aを加熱するとAもBも圧力は変化します(この場合は上昇します)。変化の前後で圧力が「一定」だと誤解しないように注意が必要です。
- 体積変化の符号ミス: ピストンが\(l\)動いたとき、片方の体積(長さ)が \(+l\) となるなら、もう片方は \(-l\) となります。この符号を間違えると、計算結果が大きく変わってしまいます。
- 代入ミス: (2)を解く際に、(1)で求めた \(T_B\) の式を代入しますが、その際に分子・分母を間違えるなどの単純な計算ミスに気をつけましょう。
▼別の問題もチャレンジ▼