問題の確認
thermodynamicsall#04各設問の思考プロセス
この問題の目標は、線膨張の知識と与えられた近似式を使って、微小な温度変化に対する体積膨張の式を導出することです。
- モデルの設定:
計算を具体的にするために、初期状態の物体を単純な形状(例えば立方体)として考えます。線膨張率がどの方向にも一様なので、どの辺も同じ割合で膨張します。 - 線膨張による辺の長さの変化:
初期状態 (\(0^{\circ}\text{C}\)) での一辺の長さを \(L_0\) とすると、温度が \(t[^{\circ}\text{C}]\) 上昇した後の新しい辺の長さ \(L\) は、線膨張の公式 \(L = L_0(1 + \alpha t)\) で表されます。温度変化 \(t\) は、セルシウス度であってもケルビンであっても、変化量としては同じ値として扱えます。 - 体積変化の計算:
新しい辺の長さ \(L\) から、温度上昇後の新しい体積 \(V = L^3\) を計算します。このとき、初期体積 \(V_0 = L_0^3\) との関係も用います。 - 近似式の適用:
得られた体積 \(V\) の式に、条件 \(\alpha t \ll 1\) と近似式 \((1+x)^n \approx 1+nx\) を適用します。このとき、\(x\) に対応するのが \(\alpha t\)、\(n\) に対応するのが \(3\) となります。 - 最終的な式の導出と説明:
近似を適用した結果が、目標とする式 \(V = V_0(1+3\alpha t)\) となることを確認し、その導出過程を論理的に説明します。
各設問の具体的な解説と解答
問われている内容の明確化:
線膨張率 \(\alpha\) を持つ物質が、温度 \(t\) だけわずかに上昇したときの体積 \(V\) が \(V_0(1+3\alpha t)\) で表されることを、与えられた条件と近似式を用いて説明します。(\(V_0\) は \(0^{\circ}\text{C}\) における体積)
具体的な解説と計算手順:
簡単のため、\(0^{\circ}\text{C}\) において物体が一辺の長さ \(L_0\) の立方体であるとします。
このときの初期体積 \(V_0\) は、
$$V_0 = L_0^3 \quad \cdots (1)$$
温度が \(t [^{\circ}\text{C}]\)(これは温度変化 \(t \,[\text{K}]\) と等しい)だけ上昇すると、線膨張率が \(\alpha \, \text{[/K]}\) なので、一辺の長さ \(L\) は次のように表されます。
$$L = L_{\text{初期長さ}}(1 + \text{線膨張率} \times \text{温度上昇})$$
$$L = L_0(1 + \alpha t) \quad \cdots (2)$$
このときの体積 \(V\) は、
$$V = L^3$$
式(2)を代入すると、
$$V = \{L_0(1 + \alpha t)\}^3 = L_0^3 (1 + \alpha t)^3$$
式(1)より \(L_0^3 = V_0\) なので、
$$V = V_0 (1 + \alpha t)^3 \quad \cdots (3)$$
ここで、問題の条件「\(\alpha t\) は \(1\) よりきわめて小さい」(\(\alpha t \ll 1\)) と、近似式「\(x\) が \(1\) より非常に小さいとき、\((1+x)^n \approx 1+nx\)」を用います。
式(3)の \((1+\alpha t)^3\) の部分に、\(x = \alpha t\)、\(n=3\) としてこの近似式を適用すると、
$$(1 + \alpha t)^3 \approx 1 + 3(\alpha t) = 1 + 3\alpha t$$
この近似結果を式(3)に代入すると、
$$V \approx V_0 (1 + 3\alpha t)$$
となり、示すべき式が得られました。
【説明】
\(0^{\circ}\text{C}\) で一辺の長さが \(L_0\) の立方体を考えると、その体積は \(V_0 = L_0^3\) です。温度が \(t\) だけ上昇すると、線膨張率がどの方向にも \(\alpha\) で一様であるため、各辺の長さは \(L = L_0(1+\alpha t)\) になります。
したがって、温度上昇後の体積 \(V\) は \(L^3 = (L_0(1+\alpha t))^3 = L_0^3(1+\alpha t)^3\) となります。
ここで \(L_0^3\) は初期体積 \(V_0\) なので、\(V = V_0(1+\alpha t)^3\) です。
問題の条件より、\(\alpha t\) は \(1\) に比べて非常に小さいため、近似式 \((1+x)^n \approx 1+nx\) を利用できます。この近似式で \(x = \alpha t\)、\(n=3\) とおくと、\((1+\alpha t)^3 \approx 1+3\alpha t\) と近似できます。
これを体積の式に代入することにより、\(V \approx V_0(1+3\alpha t)\) が導かれます。
これは、等方的な物質の体膨張率 \(\beta\) が、線膨張率 \(\alpha\) のおよそ3倍 (\(\beta \approx 3\alpha\)) であることを示しています。
計算方法の平易な説明:
物が温まると、長さが少し伸びます。体積も同じように増えます。
- もともと、\(0^{\circ}\text{C}\) でタテ・ヨコ・高さが \(L_0\) のサイコロの体積は \(V_0 = L_0 \times L_0 \times L_0 = L_0^3\)。
- 温度が \(t\) 上がると、各辺は \(\alpha t\) の割合で伸びて、新しい長さ \(L\) は \(L_0(1+\alpha t)\) になります。
- 新しい体積 \(V\) は \(L \times L \times L = L^3 = \{L_0(1+\alpha t)\}^3 = L_0^3 (1+\alpha t)^3\)。これは \(V_0 (1+\alpha t)^3\) と書けます。
- ここで「\((1+x)^n \approx 1+nx\)」という、\(x\) がすごく小さいときに使える便利な近似を使います。私たちの場合は \(x\) が \(\alpha t\)(すごく小さい数)、\(n\) が \(3\) です。
- なので、\((1+\alpha t)^3\) はだいたい \(1+3\alpha t\) となります。
- これを体積の式 \(V = V_0 (1+\alpha t)^3\) に入れると、\(V \approx V_0 (1+3\alpha t)\) となり、説明したかった式が出てきます。
つまり、各方向の長さが \((1+\alpha t)\) 倍になると、体積はだいたい \((1+3\alpha t)\) 倍になるということです。
この設問における重要なポイント:
- 線膨張の式 \(L = L_0(1+\alpha t)\) を正しく理解し適用すること。
- 体積が長さの3乗であることから \(V = V_0(1+\alpha t)^3\) を導くこと。
- 与えられた近似式 \((1+x)^n \approx 1+nx\) を、条件 (\(\alpha t \ll 1\)) を確認した上で正しく適用すること。
- この結果は、体膨張率 \(\beta\) が線膨張率 \(\alpha\) の約3倍 (\(\beta \approx 3\alpha\)) であることを示している。
\(0^{\circ}\text{C}\) で一辺の長さ \(L_0\) の立方体を考えると、その体積は \(V_0 = L_0^3\) である。温度が \(t \, [^{\circ}\text{C}]\) 上昇すると、線膨張率が \(\alpha\) であるため、各辺の長さは \(L = L_0(1+\alpha t)\) となる。このときの体積 \(V\) は \(L^3 = L_0^3(1+\alpha t)^3 = V_0(1+\alpha t)^3\) と表される。ここで、\(\alpha t\) が \(1\) に比べて十分に小さいという条件の下で、近似式 \((1+x)^n \approx 1+nx\) を \(x=\alpha t\), \(n=3\) として適用すると、\((1+\alpha t)^3 \approx 1+3\alpha t\) となる。したがって、温度上昇後の体積は \(V \approx V_0(1+3\alpha t)\) で示される。
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問題全体を通して理解しておくべき重要な物理概念や法則
- 線膨張: 物体の温度が上昇すると、その長さが元の長さに比例して増加する現象。増加量は線膨張率と温度変化に比例する。\(L = L_0(1+\alpha \Delta T)\)。
- 体膨張: 物体の温度が上昇すると、その体積が元の体積に比例して増加する現象。増加量は体膨張率と温度変化に比例する。\(V = V_0(1+\beta \Delta T)\)。
- 線膨張率 (\(\alpha\)) と体膨張率 (\(\beta\)) の関係: 等方的な物質(どの方向にも均一に膨張する物質)の場合、微小な温度変化に対して \(\beta \approx 3\alpha\) という関係が成り立つ。
- 近似計算: 物理現象を記述する際に、特定の条件下(例: 微小変化)で複雑な式をより単純な形で近似することがあり、その一つが二項近似 \((1+x)^n \approx 1+nx\) (\(|x| \ll 1\)) である。
- 温度の単位と温度変化: 線膨張率や体膨張率の単位が \([\text{/K}]\) であっても、温度「変化」の大きさはセルシウス度[\(^{\circ}\text{C}\)]とケルビン[\(\text{K}\)]で等しいため、\(\Delta T [^{\circ}\text{C}] = \Delta T [\text{K}]\) として計算に用いることができる。
類似の問題を解く上でのヒントや注意点
- 近似条件の確認: 近似式を使用する際は、それが適用できる条件(例えば \(\alpha t \ll 1\))が問題の文脈で満たされているかを意識する。
- 微小量の高次の項の無視: \((1+\alpha t)^3\) を展開すると \(1 + 3\alpha t + 3(\alpha t)^2 + (\alpha t)^3\) となるが、\(\alpha t\) が微小量であるため、\((\alpha t)^2\) や \((\alpha t)^3\) の項は \(3\alpha t\) に比べてさらに小さく、無視できる。これが近似式 \((1+x)^n \approx 1+nx\) の根拠の一つである(二項定理の初項と第2項)。
- 導出過程の論理性: 「説明せよ」という問いに対しては、計算ステップだけでなく、なぜそのように考えられるのかという論理的なつながりを明確に示すことが求められる。
よくある誤解や間違いやすいポイント
- 近似式の無条件な使用: 近似が成り立つ条件を確認せずに、常に \(\beta = 3\alpha\) が厳密に成り立つと思い込む。これはあくまで微小な温度変化に対する近似関係である。
- 体積変化と面積変化の混同: 同様に、面膨張率 \(\gamma\) は線膨張率 \(\alpha\) を用いて \(\gamma \approx 2\alpha\) と表される。体積、面積、長さで係数が異なる点を理解する。
- \(\alpha t\) と \(t\) の混同: 近似式の \(x\) に相当するのは \(\alpha t\) であり、単なる温度 \(t\) ではない。
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