68 あらい水平面上での運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、あらい水平面上に置かれた物体を、斜め上向きに引くときの摩擦力と運動を扱う問題です。静止摩擦力、最大摩擦力、動摩擦力の違いを正しく理解し、状況に応じて力のつり合いの式や運動方程式を使い分ける能力が問われます。
この問題の核心は、物体に働く力を正しく図示・分解し、特に引く力によって「垂直抗力」が変化する点を考慮しながら、各設問の状況を分析することです。
- 物体の質量: \(m = 1.0 \text{ kg}\)
- 引く力の向き: 水平から仰角 \(30^\circ\)
- 静止摩擦係数: \(\mu_s = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}}\)
- 動摩擦係数: \(\mu_k = 0.50\)
- 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\)
- (1) \(F=4.0 \text{ N}\) で物体が動かなかったときの摩擦力の大きさ \(f\)。
- (2) 物体がすべり出すときの力の大きさ \(F\)。
- (3) \(F=8.0 \text{ N}\) のときの物体の加速度の大きさ \(a\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「斜め上向きに引かれる物体の摩擦力と運動」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示と分解: 物体に働くすべての力(重力、引く力、垂直抗力、摩擦力)を正しく図示し、水平・鉛直方向に分解します。
- 静止摩擦力と最大摩擦力: 静止摩擦力は外力に応じて大きさが変わる力であり、その最大値(最大摩擦力 \(\mu_s N\))を超えると物体は動き出します。
- 動摩擦力: 運動中の物体に働く摩擦力で、大きさは一定(\(\mu_k N\))です。
- 力のつり合いと運動方程式: 静止している、または動き出す直前の状態では力のつり合いの式を、運動している状態では運動方程式を立てます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、各設問の状況に応じて、物体に働く力をすべて図示します。
- (1)では、物体が静止しているので、水平方向の力のつり合いから静止摩擦力を求めます。
- (2)では、物体がすべり出す直前の「最大摩擦力」が働く状況を考え、水平・鉛直両方向の力のつり合いを連立させて \(F\) を求めます。
- (3)では、物体が運動しているので、鉛直方向の力のつり合いから垂直抗力を求め、それを使って水平方向の運動方程式を立てて加速度を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
力が加わっても物体が「動かなかった」という記述が重要です。これは、物体に働く力がつり合っている状態、つまり静止している状態を意味します。このとき物体に働く摩擦力は「静止摩擦力」です。静止摩擦力は、物体を動かそうとする力の水平成分とちょうど同じ大きさで、逆向きに働きます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: 物体に働く力は、鉛直下向きの「重力 \(mg\)」、斜め上向きの「引く力 \(F\)」、面からの「垂直抗力 \(N\)」、そして水平左向きの「静止摩擦力 \(f\)」の4つです。
- 力の分解: 斜めを向いている力 \(F\) を、水平成分 \(F \cos 30^\circ\) と鉛直成分 \(F \sin 30^\circ\) に分解します。
- 水平方向の力のつり合い: 物体は水平方向に動いていないため、引く力の水平成分と静止摩擦力がつり合っています。
具体的な解説と立式
物体に働く力は、重力 \(mg\)、引く力 \(F\)、垂直抗力 \(N\)、静止摩擦力 \(f\) です。
物体は静止しているので、水平方向の力はつり合っています。
引く力 \(F\) の水平成分は右向きに \(F \cos 30^\circ\)、静止摩擦力 \(f\) はそれを妨げる左向きに働きます。
したがって、水平方向の力のつり合いの式は以下のようになります。
$$ F \cos 30^\circ – f = 0 $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
上記で立てた力のつり合いの式を \(f\) について解き、与えられた値を代入します。
$$
\begin{aligned}
f &= F \cos 30^\circ \\[2.0ex]
&= 4.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \\[2.0ex]
&= 2\sqrt{3} \\[2.0ex]
&\approx 2 \times 1.73 \\[2.0ex]
&= 3.46 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(3.5 \text{ N}\) となります。
物体を斜め上に引っぱっても動かないのは、床との間に「摩擦力」が働いて、引っぱる力の「横方向の分力」を打ち消しているからです。この問題では、その「横方向の分力」がいくらになるかを計算することで、それと等しい大きさの摩擦力を求めます。
静止摩擦力の大きさは \(3.5 \text{ N}\) です。
ちなみに、このときの垂直抗力 \(N\) は、鉛直方向の力のつり合い \(N + F \sin 30^\circ – mg = 0\) から、\(N = mg – F \sin 30^\circ = 1.0 \times 9.8 – 4.0 \times \displaystyle\frac{1}{2} = 7.8 \text{ N}\) となります。
このときの最大摩擦力は \(\mu_s N = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}} \times 7.8 \approx 0.577 \times 7.8 \approx 4.5 \text{ N}\) です。
実際に働いている静止摩擦力 \(3.5 \text{ N}\) は、最大摩擦力 \(4.5 \text{ N}\) よりも小さいので、物体が動かないという問題の条件と矛盾しません。
問(2)
思考の道筋とポイント
「物体がすべり出す」直前の状態を考えます。これは、静止摩擦力がその最大値である「最大摩擦力 \(f_{\text{最大}} = \mu_s N\)」に達した瞬間です。この瞬間もまだ物体は静止している(加速度が0)と見なせるため、力のつり合いの式を立てることができます。この問題では、引く力 \(F\) が大きくなると、垂直抗力 \(N\) が小さくなる(\(F\) の上向き成分が物体を軽くするため)という点がポイントです。\(F\) と \(N\) の両方が未知数となるため、水平方向と鉛直方向の2つのつり合いの式を連立させて解く必要があります。
この設問における重要なポイント
- 最大摩擦力の条件: 物体がすべり出す直前には、静止摩擦力が最大値 \(f_{\text{最大}} = \mu_s N\) となります。
- 水平方向の力のつり合い: 引く力の水平成分 \(F \cos 30^\circ\) と、最大摩擦力 \(\mu_s N\) がつり合います。
- 鉛直方向の力のつり合い: 引く力の鉛直成分 \(F \sin 30^\circ\) と垂直抗力 \(N\) の和が、重力 \(mg\) とつり合います。
- 連立方程式: 水平方向と鉛直方向の2つの式を立て、未知数 \(F\) と \(N\) を求めます。
具体的な解説と立式
物体がすべり出す直前、物体に働く力はつり合っています。
水平方向の力のつり合いより、
$$ F \cos 30^\circ – \mu_s N = 0 \quad \cdots ① $$
鉛直方向の力のつり合いより、
$$ N + F \sin 30^\circ – mg = 0 \quad \cdots ② $$
この2つの式を連立させて、\(F\) と \(N\) を求めます。
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 最大摩擦力: \(f_{\text{最大}} = \mu_s N\)
式②を \(N\) について解きます。
$$ N = mg – F \sin 30^\circ $$
これを式①に代入します。
$$ F \cos 30^\circ – \mu_s (mg – F \sin 30^\circ) = 0 $$
この式を \(F\) について解きます。
$$ F \cos 30^\circ – \mu_s mg + \mu_s F \sin 30^\circ = 0 $$
$$ F (\cos 30^\circ + \mu_s \sin 30^\circ) = \mu_s mg $$
$$ F = \frac{\mu_s mg}{\cos 30^\circ + \mu_s \sin 30^\circ} $$
与えられた値を代入します。
$$
\begin{aligned}
F &= \frac{\displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}} \times 1.0 \times 9.8}{\displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2} + \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}} \times \displaystyle\frac{1}{2}} \\[2.0ex]
&= \frac{\displaystyle\frac{9.8}{\sqrt{3}}}{\displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2} + \displaystyle\frac{1}{2\sqrt{3}}} \\[2.0ex]
&= \frac{\displaystyle\frac{9.8}{\sqrt{3}}}{\displaystyle\frac{3+1}{2\sqrt{3}}} \\[2.0ex]
&= \frac{\displaystyle\frac{9.8}{\sqrt{3}}}{\displaystyle\frac{4}{2\sqrt{3}}} \\[2.0ex]
&= \frac{9.8}{2} \\[2.0ex]
&= 4.9 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
物体が動き出すギリギリの瞬間を考えます。このとき、床との摩擦は限界(最大摩擦力)に達しています。この限界の摩擦力は、物体が床に押し付けられる力(垂直抗力)に比例します。しかし、斜め上に引っぱる力 \(F\) が大きくなると、物体が少し持ち上げられて床に押し付ける力が弱くなり、垂直抗力も小さくなります。この複雑な関係を「横方向の力のつり合い」と「縦方向の力のつり合い」の2つの式で表し、連立方程式を解くことで、動き出す瞬間の引っぱる力 \(F\) の大きさを求めます。
物体がすべり出すときの力の大きさは \(4.9 \text{ N}\) です。
(1)で計算したように、\(F=4.0 \text{ N}\) のときはすべり出さず、この結果はそれより大きい値なので妥当です。もし引く力が水平(\(\theta=0^\circ\))だった場合、\(N=mg\) となり、すべり出す力は \(F = \mu_s N = \mu_s mg = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}} \times 9.8 \approx 5.66 \text{ N}\) となります。斜め上に引くことで垂直抗力が減り、より小さな力で動かせるようになるという物理的な直感とも一致しています。
思考の道筋とポイント
物体に働く力は「重力 \(mg\)」「引く力 \(F\)」「床からの抗力 \(R\)」の3つであると考える方法です。抗力 \(R\) は、「垂直抗力 \(N\)」と「摩擦力 \(f\)」のベクトル的な合力です。物体がすべり出す直前、抗力 \(R\) の向きは、鉛直線に対して「静止摩擦角 \(\phi_s\)」だけ傾きます。この角度は \(\tan \phi_s = \mu_s\) という関係で決まります。この3つの力がつり合っていることから、ベクトル図を描いて幾何学的に解くことができます。
この設問における重要なポイント
- 抗力の導入: 垂直抗力 \(N\) と摩擦力 \(f\) を、その合力である抗力 \(R\) として一つにまとめます。
- 静止摩擦角: すべり出す直前、抗力 \(R\) と垂直抗力 \(N\) のなす角 \(\phi_s\) は最大となり、これを静止摩擦角と呼びます。 \(\tan \phi_s = \mu_s\) が成り立ちます。
- 3力のつり合い: 重力 \(mg\)、引く力 \(F\)、抗力 \(R\) の3力がつり合うため、これらのベクトルを繋ぐと閉じた三角形ができます。
- 正弦定理の利用: 力のベクトルが作る三角形に正弦定理を適用して \(F\) を求めます。
具体的な解説と立式
物体に働く力、重力 \(mg\)、引く力 \(F\)、抗力 \(R\) の3力がつり合っています。
静止摩擦係数が \(\mu_s = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}}\) なので、静止摩擦角 \(\phi_s\) は、
$$ \tan \phi_s = \mu_s = \frac{1}{\sqrt{3}} $$
より、\(\phi_s = 30^\circ\) となります。
力のベクトル図を描くと、3つの力のベクトルは閉じた三角形をなします。
各ベクトルのなす角を考えます。
- 重力 \(mg\) は鉛直下向き。
- 引く力 \(F\) は水平線から上向きに \(30^\circ\)。したがって、鉛直上向きの線とは \(60^\circ\) の角をなします。
- 抗力 \(R\) は、すべり出すのを妨げる向き(左斜め上)に働きます。その向きは、垂直な線(鉛直上向き)から左へ静止摩擦角 \(\phi_s = 30^\circ\) だけ傾いています。
力のつり合いの三角形に正弦定理を適用します。
\(F\) とその対角(\(mg\) と \(R\) のなす角)、\(mg\) とその対角(\(F\) と \(R\) のなす角)の関係を考えます。
- \(F\) の対角の角度は、鉛直下向きの \(mg\) と、鉛直上向きから左へ \(30^\circ\) 傾いた \(R\) のなす角なので、\(180^\circ – 30^\circ = 150^\circ\) です。
- \(mg\) の対角の角度は、鉛直上向きから右へ \(60^\circ\) 傾いた \(F\) と、鉛直上向きから左へ \(30^\circ\) 傾いた \(R\) のなす角なので、\(60^\circ + 30^\circ = 90^\circ\) です。
正弦定理より、
$$ \frac{F}{\sin 150^\circ} = \frac{mg}{\sin 90^\circ} $$
使用した物理公式
- 3力のつり合い
- 静止摩擦角: \(\tan \phi_s = \mu_s\)
- 正弦定理
上記で立てた正弦定理の式を \(F\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
F &= \frac{mg \sin 150^\circ}{\sin 90^\circ} \\[2.0ex]
&= \frac{(1.0 \times 9.8) \times \displaystyle\frac{1}{2}}{1} \\[2.0ex]
&= 9.8 \times 0.5 \\[2.0ex]
&= 4.9 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
物体に働く3つの力(重力、引く力、床からの抵抗力)が釣り合っている状態を、力の矢印をつないだ三角形で考えます。物体が滑り出すギリギリの瞬間、床からの抵抗力の傾きは摩擦の性質から決まった角度(静止摩擦角)になります。この三角形の辺の長さと角度の関係(正弦定理)を使うことで、引く力の大きさを計算する方法です。
力の分解と連立方程式を用いる標準的な解法と、全く同じ \(4.9 \text{ N}\) という結果が得られました。この問題では、たまたま静止摩擦角が \(30^\circ\) というきれいな角度になったため、幾何学的な解法が非常にすっきりと解けました。異なる視点から同じ結論に至ることで、解の正しさをより確信できます。
問(3)
思考の道筋とポイント
\(F=8.0 \text{ N}\) は、(2)で求めたすべり出す力 \(4.9 \text{ N}\) よりも大きいので、物体はすべり出します。運動している物体に働く摩擦力は「動摩擦力」であり、その大きさは \(\mu_k N’\) で与えられます。ここでの垂直抗力 \(N’\) は、\(F=8.0 \text{ N}\) の場合の値であり、(1)や(2)のときとは異なることに注意が必要です。
物体は水平方向に加速度運動をするため、水平方向については「運動方程式 \(ma=F_{\text{合力}}\)」を立てます。鉛直方向には動かないので、鉛直方向の力はつり合ったままです。
この設問における重要なポイント
- 運動の判定: 加える力 \(F=8.0 \text{ N}\) が、すべり出す力 \(4.9 \text{ N}\) より大きいことを確認し、物体が運動していると判断します。
- 動摩擦力の適用: 運動しているので、摩擦力は動摩擦力 \(\mu_k N’\) となります。
- 鉛直方向の力のつり合い: まず鉛直方向の力のつり合いから、この場合の垂直抗力 \(N’\) を求めます。
- 水平方向の運動方程式: 次に、水平方向について運動方程式 \(ma = F_{\text{合力}}\) を立て、加速度 \(a\) を求めます。
具体的な解説と立式
物体は右向きに加速度 \(a\) で運動しています。
まず、鉛直方向の力のつり合いを考えます。垂直抗力の大きさを \(N’\) とすると、
$$ N’ + F \sin 30^\circ – mg = 0 \quad \cdots ③ $$
次に、水平方向の運動方程式を立てます。右向きを正とします。
物体に働く水平方向の力は、引く力の水平成分 \(F \cos 30^\circ\)(右向き)と、動摩擦力 \(\mu_k N’\)(左向き)です。
したがって、運動方程式は、
$$ ma = F \cos 30^\circ – \mu_k N’ \quad \cdots ④ $$
となります。
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 動摩擦力: \(f’ = \mu_k N’\)
まず、式③から垂直抗力 \(N’\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
N’ &= mg – F \sin 30^\circ \\[2.0ex]
&= (1.0 \times 9.8) – 8.0 \times \frac{1}{2} \\[2.0ex]
&= 9.8 – 4.0 \\[2.0ex]
&= 5.8 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
次に、この \(N’\) の値を式④に代入して、加速度 \(a\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
1.0 \times a &= 8.0 \cos 30^\circ – 0.50 \times 5.8 \\[2.0ex]
a &= 8.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2} – 2.9 \\[2.0ex]
&= 4\sqrt{3} – 2.9 \\[2.0ex]
&\approx 4 \times 1.73 – 2.9 \\[2.0ex]
&= 6.92 – 2.9 \\[2.0ex]
&= 4.02 \text{ [m/s}^2]
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(4.0 \text{ m/s}^2\) となります。
物体はすでに動き出しているので、床との摩擦は「動摩擦力」に変わります。まず、縦方向の力のつり合いから、このときの床からの垂直抗力を計算します。次に、その垂直抗力を使って動摩擦力の大きさを求めます。最後に、横方向に働く力(引っぱる力の横成分と動摩擦力)の差(合力)を計算し、ニュートンの運動の法則(\(F=ma\))を使って、物体の加速度を求めます。
加速度の大きさは \(4.0 \text{ m/s}^2\) です。
引く力 \(F\) が大きくなるにつれて、垂直抗力 \(N\) は小さくなり、摩擦力も変化します。
\(F=4.0 \text{ N}\) のとき: \(N=7.8 \text{ N}\), \(f=3.5 \text{ N}\) (静止)
\(F=4.9 \text{ N}\) のとき: \(N \approx 7.35 \text{ N}\), \(f_{\text{最大}} \approx 4.24 \text{ N}\) (すべり出す直前)
\(F=8.0 \text{ N}\) のとき: \(N’=5.8 \text{ N}\), 動摩擦力 \(f’ = \mu_k N’ = 0.50 \times 5.8 = 2.9 \text{ N}\)
引く力の水平成分は \(8.0 \cos 30^\circ \approx 6.9 \text{ N}\) であり、動摩擦力 \(2.9 \text{ N}\) を上回っているため、物体が加速するのは妥当です。計算結果も正の値であり、物理的に矛盾はありません。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力の分解と各方向での法則適用:
- 核心: この問題の最も重要な点は、物体に働く力を「水平方向」と「鉛直方向」に分解し、それぞれの方向で異なる物理法則を適用することです。斜め向きの力 \(F\) が関わることで、両方向の運動が連動します。
- 理解のポイント:
- 鉛直方向: 物体は上下には動かないため、常に「力のつり合い」が成り立ちます。しかし、引く力 \(F\) の鉛直成分が加わるため、垂直抗力 \(N\) は一定ではなく、\(N = mg – F\sin\theta\) のように \(F\) の値によって変化します。これがこの問題の複雑さの根源です。
- 水平方向: 物体の運動状態(静止か、運動中か)によって適用する法則が変わります。
- 静止時(問1, 2): 「力のつり合い」が成り立ちます。
- 運動時(問3): 「運動方程式 \(ma=F_{\text{合力}}\)」が成り立ちます。
- 摩擦力の性質の正しい理解:
- 核心: 摩擦力は「静止摩擦力」と「動摩擦力」の2種類があり、状況に応じて使い分ける必要があります。
- 理解のポイント:
- 静止摩擦力 \(f\): 大きさが \(0 \le f \le \mu_s N\) の範囲で変化する「調整役」の力です。外力の水平成分とつり合うように大きさが決まります(問1)。
- 最大摩擦力 \(f_{\text{最大}}\): 静止摩擦力がとりうる最大値で、\(f_{\text{最大}} = \mu_s N\) です。物体が動き出す直前の状態を考えるときに使います(問2)。
- 動摩擦力 \(f’\): 運動中に働く摩擦力で、大きさは \(f’ = \mu_k N\) で一定です(問3)。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 斜面上の物体: 斜面に置かれた物体に、斜面に沿って、あるいは水平に力を加える問題。重力を斜面方向と垂直方向に分解する点で、本問の「力を分解する」思考がそのまま応用できます。
- 斜め下に押す力: 本問とは逆に、斜め下向きに力を加えて物体を押す問題。この場合、力の鉛直成分が垂直抗力を \(N = mg + F\sin\theta\) のように大きくするため、摩擦力が増加します。
- 複数の物体が連結された問題: 摩擦のある面で、複数の物体が糸でつながれて運動する問題。各物体について、本問と同様に力の図示、分解、立式を行い、連立方程式を解くことになります。
- 初見の問題での着眼点:
- 「動いたか、動かないか」を最初に確認: 問題文の記述から、物体が「静止している」「動き出す直前」「運動している」のどの状態にあるのかを判断します。これにより、適用すべき摩擦力(静止摩擦力か動摩擦力か)と物理法則(つり合いか運動方程式か)が決まります。
- 垂直抗力は \(N=mg\) とは限らない: 力が斜めに加わる場合や、斜面上の問題では、垂直抗力は重力と等しくなりません。必ず鉛直方向(または面に垂直な方向)の力のつり合いを立てて、垂直抗力 \(N\) を正しく求めることが最優先事項です。
- 未知数の数と式の数を確認する: (2)のように、求めたい量(\(F\))以外に、途中で必要になる未知数(\(N\))が出てくることがあります。未知数が2つなら、式も2つ(水平方向と鉛直方向)必要だ、という見通しを立てることが重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 垂直抗力を常に \(mg\) と思い込む:
- 誤解: どんな状況でも垂直抗力は \(N=mg\) であると暗記してしまい、そのまま使ってしまう。
- 対策: 「垂直抗力は、面が物体を押し返す力」と正しく定義を理解することです。鉛直方向に力が加われば、その分だけ押し返す力も変化します。必ず鉛直方向の力の図を描き、つり合いの式を立てる習慣をつけましょう。
- 静止摩擦力と最大摩擦力の混同:
- 誤解: 静止している物体に働く摩擦力を、常に最大摩擦力 \(\mu_s N\) だと思って計算してしまう。(1)で \(\mu_s N\) を計算すると間違いになります。
- 対策: 静止摩擦力は「必要なだけ働く可変の力」であり、最大摩擦力は「その上限値」であると区別することです。「動き出す直前」というキーワードがない限り、安易に \(\mu_s N\) を使わず、力のつり合いから静止摩擦力 \(f\) を求めましょう。
- 力の分解における \(\sin\) と \(\cos\) の取り違え:
- 誤解: 水平成分は常に \(\cos\)、鉛直成分は常に \(\sin\) と機械的に覚えてしまい、角度の取り方によっては間違える。
- 対策: 図を描き、「角度 \(\theta\) を挟む辺が \(\cos\theta\)」「角度 \(\theta\) の対辺が \(\sin\theta\)」という三角比の定義に立ち返って確認する癖をつけましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力のベクトル図: 物体を中心点とし、そこから働くすべての力(重力、引く力、垂直抗力、摩擦力)を矢印で描きます。特に、引く力 \(F\) を点線の水平・鉛直成分に分解して描くことで、どの力がどの方向の運動に関わるかが一目瞭然になります。
- 垂直抗力の変化をイメージ: 引く力 \(F\) を徐々に大きくしていく様子を想像します。\(F\) が大きくなるにつれて、その上向き成分も大きくなり、物体が徐々に「軽く」なっていくイメージを持つと、垂直抗力 \(N\) が減少していくことが直感的に理解できます。
- (2)の別解の幾何学イメージ: 3つの力(重力、引く力、床からの抗力)が釣り合うとき、力のベクトルを矢印でつなぐと、出発点に戻ってくる(閉じた三角形になる)というイメージは非常に強力です。特に、すべり出す瞬間の「抗力」の向きが、静止摩擦角で決まるという物理法則と結びつけると、問題を代数的な式だけでなく、図形の性質で解く視点が養われます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の作用点を統一する: すべての力は物体の重心(中心)から生えているように描くと、力のモーメントなどを考えずに済み、問題が単純化されます。
- 分解した力と元の力を区別する: 分解した後の成分(例: \(F\cos 30^\circ, F\sin 30^\circ\))は点線で描き、分解前の力(\(F\))は実線で描くか、あるいは分解後は元の力に斜線を引くなどして、二重に数えないように工夫しましょう。
- 摩擦力の向き: 摩擦力は常に「動こうとする向き」または「動いている向き」と逆向きに描きます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: (1)と(2)では物体が静止しており、(3)では鉛直方向の速度がゼロであるため。加速度がゼロの方向には、力の合力もゼロになるというニュートンの第一法則(慣性の法則)を適用します。
- 適用根拠: 物体の運動状態が「静止」または「等速直線運動」であるという観察事実から、その方向の加速度がゼロであると判断し、この公式を選択します。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (3)で、物体が水平方向に加速しているため。力の合力(原因)と加速度(結果)の関係を記述する、力学の最も基本的な法則です。
- 適用根拠: 物体が「加速している」という事実から、その方向には力の合力が存在すると判断し、この公式を選択します。
- 摩擦力の公式 (\(f \le \mu_s N\), \(f’ = \mu_k N\)):
- 選定理由: 問題にあらい面が登場し、摩擦を考慮する必要があるため。
- 適用根拠: 物体が「静止している」か「運動している」かに応じて、適切な公式を選択します。「すべり出す直前」という特別な状況では、静止摩擦力が最大値 \(\mu_s N\) をとるという条件式を使います。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 静止摩擦力の計算:
- 戦略: 物体は静止 → 水平方向は力のつり合い。
- フロー: ①引く力 \(F\) を水平・鉛直成分に分解 → ②水平方向の力のつり合いを立式 (\(F\cos 30^\circ – f = 0\)) → ③式を \(f\) について解き、数値を代入して計算。
- (2) すべり出す力の計算:
- 戦略: すべり出す直前 → 摩擦力は最大摩擦力 \(\mu_s N\)。水平・鉛直ともに力のつり合い。未知数が \(F, N\) の2つなので連立方程式を立てる。
- フロー: ①水平方向の力のつり合いを立式 (\(F\cos 30^\circ – \mu_s N = 0\)) → ②鉛直方向の力のつり合いを立式 (\(N + F\sin 30^\circ – mg = 0\)) → ③2つの式を連立させて \(F\) を解く。
- (3) 加速度の計算:
- 戦略: 物体は運動中 → 摩擦力は動摩擦力 \(\mu_k N’\)。鉛直方向はつり合い、水平方向は運動方程式。
- フロー: ①鉛直方向の力のつり合いから垂直抗力 \(N’\) を計算 (\(N’ = mg – F\sin 30^\circ\)) → ②水平方向の運動方程式を立式 (\(ma = F\cos 30^\circ – \mu_k N’\)) → ③求めた \(N’\) を代入し、\(a\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: (2)の計算では、すぐに数値を代入するのではなく、まず文字式で \(F\) を求めるのが有効です。
\(F = \displaystyle\frac{\mu_s mg}{\cos 30^\circ + \mu_s \sin 30^\circ}\)
この式を導出してから最後に一度だけ数値を代入することで、途中の計算ミスを防ぎ、物理的な関係性も見通しやすくなります。 - 三角関数の値と有理化: \(\cos 30^\circ = \sqrt{3}/2\), \(\sin 30^\circ = 1/2\) などの基本的な値は正確に覚えること。また、分母に根号が複数含まれる計算((2)の計算過程など)では、通分を丁寧に行い、計算ミスを減らしましょう。
- 単位の確認: 最終的な答えの単位が、(1)では力の単位[N]、(3)では加速度の単位[m/s²]になっているかを確認する癖をつけましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 静止摩擦力: (1)で求めた静止摩擦力 \(f \approx 3.5 \text{ N}\) が、その状況での最大摩擦力 \(f_{\text{最大}} \approx 4.5 \text{ N}\) を超えていないか検算する(結論と吟味で実施済み)。この一手間が、矛盾のない解答につながります。
- (2) すべり出す力: 求めた \(F=4.9 \text{ N}\) が、(1)の力 \(4.0 \text{ N}\) より大きいことを確認する。もし小さければ、計算ミスの可能性が高いです。
- (3) 加速度: 加速度が正の値になったことを確認する。もし負になったら、加える力の水平成分が動摩擦力より小さいことになり、そもそも加速しない(あるいは減速する)はずなので、計算を見直す必要があります。
- 別解との比較:
- (2)の答えは、力の分解による代数的な解法と、静止摩擦角を用いた幾何学的な解法の両方で求められました。全く異なるアプローチで同じ \(4.9 \text{ N}\) という答えが得られたことは、計算の正しさと物理的理解の確かさを強力に裏付けます。
69 エレベーターの運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、エレベーターの加速度運動に伴う、中の人の「見かけの重さ」の変化を扱う問題です。v-tグラフから運動状態を正確に読み取り、運動方程式を適用して垂直抗力を求める、力学の基本が詰まった一問です。
この問題の核心は、エレベーターの加速度に応じて、人が体重計から受ける垂直抗力の大きさが変化する現象を、運動方程式(または慣性力)を用いて定量的に説明することです。
- 人の質量: \(m = 49 \text{ kg}\)
- 運動の様子: v-tグラフで与えられる
- 座標軸の向き: 鉛直上向きを正とする
- 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\)(問題文に明記はないが、解答で使用)
- (1) 各時刻のエレベーターの加速度。
- (2) 人に働く力の名称。
- (3) 各時刻において、体重計が人から受ける力の大きさ。
- (4) 各時刻において、体重計の目盛りが示す質量。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「エレベーター内の見かけの重さ(慣性力)」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- v-tグラフの解釈: 速度と時間の関係を示すv-tグラフから、各区間の加速度(グラフの傾き)や運動の種類(加速、等速、減速)を正確に読み取る能力が基本となります。
- 運動方程式: 加速度運動をしている物体について、ニュートンの第二法則 \(ma=F\) を立てます。この問題では、エレベーター内の人に着目し、運動方程式を適用します。
- 力の図示: 人に働く力をすべて(重力と垂直抗力)正しく図示することが、立式の第一歩です。
- 作用・反作用の法則: 体重計が人を支える力(垂直抗力)と、人が体重計を押す力は、作用・反作用の関係にあり、大きさが等しくなります。体重計の目盛りは、この人が体重計を押す力(に比例する値)を示します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、v-tグラフの各区間(0-4s, 4-16s, 16-24s)について、傾きから加速度を計算します(問1)。
- 次に、人に働く力を特定します(問2)。
- 各区間の加速度を用いて、人に働く力の運動方程式を立て、体重計が人を支える力(垂直抗力)の大きさを求めます(問3)。
- 最後に、(3)で求めた垂直抗力の大きさを重力加速度で割ることで、体重計の目盛りが示す質量を計算します(問4)。
問(1)
思考の道筋とポイント
v-tグラフ(速度-時刻グラフ)において、グラフの傾きは加速度を表します。問題で与えられたグラフは3つの直線区間(0-4s, 4-16s, 16-24s)に分かれているため、それぞれの区間について傾きを計算することで、各時刻の加速度を求めることができます。傾きは「縦軸の変化量(速度の変化) / 横軸の変化量(時間の変化)」で計算します。
この設問における重要なポイント
- v-tグラフと加速度の関係: 加速度 \(a\) は、v-tグラフの傾きに等しい。
- 傾きの計算: 傾き \(a = \displaystyle\frac{\Delta v}{\Delta t} = \displaystyle\frac{v_{\text{後}} – v_{\text{初}}}{t_{\text{後}} – t_{\text{初}}}\)。
- 各区間の運動:
- 0-4s: 傾きが正の一定値なので、等加速度直線運動(加速)。
- 4-16s: 傾きが0なので、等速直線運動(加速度0)。
- 16-24s: 傾きが負の一定値なので、等加速度直線運動(減速)。
具体的な解説と立式
v-tグラフの傾きが加速度 \(a\) を表すので、各区間について計算します。
- 0~4sの区間:
時刻 \(t=0\text{ s}\) で \(v=0\text{ m/s}\)、時刻 \(t=4.0\text{ s}\) で \(v=8.0\text{ m/s}\) なので、加速度 \(a_1\) は、
$$ a_1 = \frac{8.0 – 0}{4.0 – 0} $$ - 4~16sの区間:
速度が \(v=8.0\text{ m/s}\) で一定なので、加速度 \(a_2\) は、
$$ a_2 = 0 $$ - 16~24sの区間:
時刻 \(t=16\text{ s}\) で \(v=8.0\text{ m/s}\)、時刻 \(t=24\text{ s}\) で \(v=0\text{ m/s}\) なので、加速度 \(a_3\) は、
$$ a_3 = \frac{0 – 8.0}{24 – 16} $$
使用した物理公式
- 加速度の定義: \(a = \displaystyle\frac{\Delta v}{\Delta t}\)
- 0~4sの区間:
$$ a_1 = \frac{8.0}{4.0} = 2.0 \text{ [m/s}^2] $$ - 4~16sの区間:
$$ a_2 = 0 \text{ [m/s}^2] $$ - 16~24sの区間:
$$ a_3 = \frac{-8.0}{8.0} = -1.0 \text{ [m/s}^2] $$
エレベーターの速さが時間とともにどう変わるかを示したのがv-tグラフです。このグラフの「坂道の急さ(傾き)」が「加速度」にあたります。最初の4秒間は上り坂、次の12秒間は平坦、最後の8秒間は下り坂になっており、それぞれの坂の傾きを計算することで、各時間帯の加速度がわかります。
各時刻のエレベーターの加速度は、
0~4s: \(2.0 \text{ m/s}^2\)
4~16s: \(0 \text{ m/s}^2\)
16~24s: \(-1.0 \text{ m/s}^2\)
です。
正の向きを鉛直上向きとしているので、最初の区間は上向きに加速、中央の区間は一定速度で上昇、最後の区間は上向きに減速(=下向きに加速)していることがわかります。これはエレベーターの一般的な動きとして妥当です。
問(2)
思考の道筋とポイント
エレベーターの中にいる人に働く力を考えます。力は、接触している物体から働く力と、離れていても働く力(遠隔力)に分けられます。人は地球から重力を受け、体重計の床と接触しているため、そこから力を受けます。
この設問における重要なポイント
- 遠隔力: 人は地球の中心から引かれる力、すなわち「重力」を受けます。
- 接触力: 人は体重計の上面と接しており、面から垂直に押し返される力、すなわち「垂直抗力」を受けます。
具体的な解説と立式
人に働く力は以下の2つです。
- 地球が人を引く力: 重力(鉛直下向き)
- 体重計が人を支える力: 垂直抗力(鉛直上向き)
使用した物理公式
- 力の種類分けの概念
特になし。
エレベーターに乗っているあなたに、どんな力がかかっているか考えてみましょう。まず、地球があなたを常に下に引っ張っています。これが「重力」です。そして、あなたが床を突き抜けないように、体重計の床があなたを上に押し返しています。これが「垂直抗力」です。
人に働く力は「重力」と「垂直抗力」です。
しばしば「張力」や「摩擦力」など他の力と混同しがちですが、この状況では糸やロープは関与せず、水平方向の動きもないため、この2力のみを考えればよいです。
問(3)
思考の道筋とポイント
「体重計が人から受ける力」の大きさを問われています。作用・反作用の法則により、これは「人が体重計から受ける力(=垂直抗力)」の大きさに等しくなります。したがって、人に働く垂直抗力 \(N\) を求めればよいことになります。
人はエレベーターとともに加速度運動をしているため、人について運動方程式 \(ma=F\) を立てます。ここで、\(m\) は人の質量、\(a\) は(1)で求めた各区間の加速度、\(F\) は人に働く力の合力(垂直抗力と重力の和)です。
この設問における重要なポイント
- 作用・反作用の法則: 「体重計が人から受ける力」の大きさは、「人が体重計から受ける垂直抗力 \(N\)」の大きさと等しい。
- 運動方程式の立式: 人(質量 \(m\))について、鉛直上向きを正として運動方程式を立てます。人に働く力は上向きの垂直抗力 \(N\) と下向きの重力 \(mg\) なので、合力は \(N-mg\) となります。よって、運動方程式は \(ma = N – mg\) となります。
- 各区間での計算: (1)で求めた3つの加速度 \(a_1, a_2, a_3\) をそれぞれこの運動方程式に代入して、各区間の垂直抗力 \(N\) を計算します。
具体的な解説と立式
人の質量を \(m=49 \text{ kg}\)、重力加速度を \(g=9.8 \text{ m/s}^2\)、人が体重計から受ける垂直抗力の大きさを \(N \text{ [N]}\) とします。
鉛直上向きを正として、人についての運動方程式を立てると、
$$ ma = N – mg $$
この式を \(N\) について整理すると、
$$ N = m(a+g) \quad \cdots ① $$
となります。この式に、(1)で求めた各区間の加速度 \(a\) を代入していきます。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 作用・反作用の法則
与えられた値 \(m=49 \text{ kg}\), \(g=9.8 \text{ m/s}^2\) と、(1)で求めた加速度を式①に代入します。
- 0~4sの区間 (\(a_1 = 2.0 \text{ m/s}^2\)):
$$
\begin{aligned}
N_1 &= 49 \times (2.0 + 9.8) \\[2.0ex]
&= 49 \times 11.8 \\[2.0ex]
&= 578.2 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(5.8 \times 10^2 \text{ N}\) となります。 - 4~16sの区間 (\(a_2 = 0 \text{ m/s}^2\)):
$$
\begin{aligned}
N_2 &= 49 \times (0 + 9.8) \\[2.0ex]
&= 49 \times 9.8 \\[2.0ex]
&= 480.2 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(4.8 \times 10^2 \text{ N}\) となります。 - 16~24sの区間 (\(a_3 = -1.0 \text{ m/s}^2\)):
$$
\begin{aligned}
N_3 &= 49 \times (-1.0 + 9.8) \\[2.0ex]
&= 49 \times 8.8 \\[2.0ex]
&= 431.2 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(4.3 \times 10^2 \text{ N}\) となります。
体重計があなたを押し返す力(垂直抗力)は、エレベーターの動きによって変わります。この関係は、ニュートンの運動の法則(\(F=ma\))で説明できます。この法則を使って、各時間帯の加速度から、そのときの垂直抗力の大きさを計算します。上向きに加速するときは力が大きくなり、減速するときは小さくなります。
思考の道筋とポイント
エレベーターと一緒に運動する観測者の視点(非慣性系)で考えます。この観測者から見ると、人には重力と垂直抗力に加えて「慣性力」が働いているように見えます。慣性力の大きさは \(ma\) で、向きはエレベーターの加速度 \(a\) と逆向きです。この視点では、人は常に静止しているように見えるため、力のつり合いの式を立てることができます。
この設問における重要なポイント
- 慣性力の導入: 加速度 \(a\) で運動するエレベーター内では、質量 \(m\) の物体に加速度と逆向きに大きさ \(F_{\text{慣性}} = ma\) の慣性力が働く。
- 力のつり合い: エレベーター内の観測者から見ると、人は静止しているので、鉛直方向の力がつり合っている。
- 上向きの力: 垂直抗力 \(N\)
- 下向きの力: 重力 \(mg\) と 慣性力 \(ma\)
- つり合いの式: \(N – mg – F_{\text{慣性}} = 0\) ではなく、力の向きを考慮して \(N = mg + F_{\text{慣性}}\) のように力の大きさが釣り合う式を立てる。慣性力の向きは加速度と逆なので注意。
具体的な解説と立式
エレベーター内の人から見た力のつり合いを考えます。人には、上向きに垂直抗力 \(N\)、下向きに重力 \(mg\) が働きます。さらに、エレベーターの加速度 \(a\) とは逆向きに、大きさ \(ma\) の慣性力が働きます。
したがって、力のつり合いの式は、
$$ N – mg – ma_{\text{慣性力}} = 0 $$
ここで、慣性力は加速度 \(a\) と逆向きに働くので、鉛直上向きを正とすると、慣性力による力の成分は \(-ma\) となります。
よって、力のつり合いの式は、
$$ N – mg – ma = 0 $$
これを \(N\) について解くと、
$$ N = m(g+a) $$
となり、運動方程式から導いた式と全く同じになります。
使用した物理公式
- 慣性力: \(F_{\text{慣性}} = ma\)(向きは加速度と逆)
- 力のつり合い
運動方程式を用いた解法と全く同じ式が得られるため、計算過程と結果も同一になります。
0~4s: \(N_1 = 5.8 \times 10^2 \text{ N}\)
4~16s: \(N_2 = 4.8 \times 10^2 \text{ N}\)
16~24s: \(N_3 = 4.3 \times 10^2 \text{ N}\)
エレベーターの中にいるあなたの視点で考えてみましょう。加速中は、まるで「下向きの見えない力」が加わったかのように感じます。これが慣性力です。この見えない力と、もともとの重力を合わせたものと、床があなたを支える力(垂直抗力)が釣り合っている、と考える方法です。
慣性系(静止した観測者)から見た運動方程式と、非慣性系(エレベーター内の観測者)から見た慣性力込みの力のつり合いは、異なる視点から同じ現象を記述したものであり、当然同じ結果を与えます。どちらの考え方でも解けるようにしておくことが重要です。
各時刻において体重計が人から受ける力の大きさは、
0~4s: \(5.8 \times 10^2 \text{ N}\)
4~16s: \(4.8 \times 10^2 \text{ N}\)
16~24s: \(4.3 \times 10^2 \text{ N}\)
です。
静止時や等速運動時の力の大きさは、人の重力 \(mg = 49 \times 9.8 = 480.2 \text{ N}\) に等しくなります。
上向きに加速(0-4s)すると、静止時より大きな力が必要となり(体が重く感じる)、上向きに減速(16-24s)すると、静止時より小さな力で済みます(体が軽く感じる)。この結果は日常的な感覚と一致しており、物理的に妥当です。
問(4)
思考の道筋とポイント
体重計の目盛りは、物体が体重計を押す力の大きさを、質量の単位 [kg] に換算して表示する装置です。具体的には、力の大きさ \(N\) [N] を、重力加速度 \(g=9.8 \text{ m/s}^2\) で割った値が、目盛りの示す質量 \(M\) [kg] となります。これは、質量 \(M\) の物体が静止しているときに及ぼす力の大きさが \(Mg\) [N] であるという関係に基づいています。
この設問における重要なポイント
- 体重計の原理: 体重計の目盛り \(M\) [kg] は、体重計が受ける力 \(N\) [N] を用いて \(M = \displaystyle\frac{N}{g}\) と計算される。
- 計算の実行: (3)で求めた各区間の力の大きさ(垂直抗力) \(N_1, N_2, N_3\) を、それぞれ \(g=9.8\) で割ります。
具体的な解説と立式
体重計の目盛りが示す質量を \(M \text{ [kg]}\) とすると、体重計が受ける力 \(N \text{ [N]}\) との関係は、
$$ N = Mg $$
と表せます。したがって、目盛り \(M\) は、
$$ M = \frac{N}{g} $$
で計算できます。
使用した物理公式
- 重力と質量の関係: \(W=mg\)
(3)で求めた \(N_1, N_2, N_3\) の値を \(g=9.8\) で割ります。
- 0~4sの区間:
$$ M_1 = \frac{578.2}{9.8} = 59 \text{ [kg]} $$ - 4~16sの区間:
$$ M_2 = \frac{480.2}{9.8} = 49 \text{ [kg]} $$ - 16~24sの区間:
$$ M_3 = \frac{431.2}{9.8} = 44 \text{ [kg]} $$
体重計は、かかった力の大きさを「もしこれが重力だけだったら何kgに相当するか」という考え方で質量の目盛りに変換しています。そこで、(3)で計算した各時間帯での力の大きさを、重力加速度(9.8)で割り算することで、体重計が指し示すであろう目盛りの値を求めます。
各時刻において体重計の目盛りが示す質量は、
0~4s: \(59 \text{ kg}\)
4~16s: \(49 \text{ kg}\)
16~24s: \(44 \text{ kg}\)
です。
人の本来の質量は \(49 \text{ kg}\) です。等速運動中(加速度0)は、目盛りも本来の質量と一致します。上向きに加速すると質量が重く表示され(見かけの重さが増加)、上向きに減速すると軽く表示されます(見かけの重さが減少)。これは我々の経験とも一致する妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動方程式 (\(ma=F\)) の応用:
- 核心: この問題は、加速度運動する系(エレベーター)の中での力の働きを問う、運動方程式の典型的な応用問題です。核心は、観測対象(人)に働くすべての力(重力と垂直抗力)を正しく特定し、観測事実(v-tグラフから読み取れる加速度)と結びつけて運動方程式を立てることにあります。
- 理解のポイント: \(ma = N – mg\) という一本の式が、この問題の物理現象のすべてを表現しています。左辺の \(ma\) は運動の変化(結果)を表し、右辺の \(N-mg\) はその原因となる力の合力を表します。加速度 \(a\) が正(上向き加速)、ゼロ(等速)、負(上向き減速)と変化するのに応じて、垂直抗力 \(N\) の値がどう変わるかを定量的に解析することが求められます。
- v-tグラフの物理的意味の理解:
- 核心: 問題の前提条件である運動の様子が、数式ではなくv-tグラフで与えられている点が特徴です。グラフの「傾き」が「加速度」を表すという物理的な意味を理解していなければ、運動方程式を立てるための \(a\) の値を求めることができません。
- 理解のポイント: 物理は数式だけでなく、グラフや図で表現されることが多々あります。グラフから物理量を読み取り、それを数式に代入するという、異なる表現形式を繋ぐ能力が不可欠です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 電車内のつり革・風船: 加速する電車内で、つり革が傾いたり、ヘリウム風船が進行方向と同じ向きに傾いたりする問題。これらも慣性力を考えて解くことができます。
- 斜面を運動する台車上の物体: 斜面を滑り降りる台車の上に置かれた物体が滑るか、倒れるかなどを問う問題。台車の加速度によって生じる慣性力と、重力の斜面方向成分との合力を考える必要があります。
- 糸で吊るされたおもり: エレベーターの天井から糸で吊るされたおもりの問題。本問の垂直抗力 \(N\) が、糸の張力 \(T\) に置き換わるだけで、立式や考え方は全く同じです(\(ma = T – mg\))。
- 初見の問題での着眼点:
- 誰の視点で見るかを決める: まず「地上で静止した視点(慣性系)」で見るか、「乗り物と一緒に動く視点(非慣性系)」で見るかを決めます。慣性系なら「運動方程式」、非慣性系なら「慣性力を含めた力のつり合い」を立てます。どちらでも解けますが、自分が得意な方、または問題が解きやすそうな方を選びましょう。
- 加速度の向きを正確に把握する: 乗り物の加速度の向きが、力の関係を決定する最も重要な要素です。v-tグラフや問題文から、加速度の向き(と大きさ)を最初に確定させます。
- 「見かけの重さ」という言葉に注目: 問題文に「見かけの重さ」や「体重計の目盛り」とあれば、それは垂直抗力や張力の大きさを問われていると解釈します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動方程式の符号ミス:
- 誤解: \(ma = N – mg\) の式で、力の向きを考えずに \(ma = N + mg\) としたり、加速度の正負を間違えたりする。
- 対策: 必ず座標軸(例: 鉛直上向きを正)を設定し、すべてのベクトル量(力、加速度)の向きをその座標軸に合わせてプラス・マイナスで表現する習慣をつけること。「上向きの力はプラス、下向きの力はマイナス」のように機械的に処理すれば、符号ミスは防げます。
- 慣性力と運動方程式の混同:
- 誤解: 慣性系(静止系)の視点で運動方程式を立てているにもかかわらず、慣性力を書き加えてしまう(\(ma = N – mg – ma\) のような誤った式を立てる)。
- 対策: 「運動方程式(慣性系)」と「慣性力(非慣性系)」は排他的な考え方であると肝に銘じること。静止した地面から見るなら慣性力は存在せず、乗り物に乗って見るなら運動は存在しない(力のつり合いを考える)、と視点を明確に区別しましょう。
- 力の大きさと質量の混同:
- 誤解: (3)で力の大きさを聞かれているのに、(4)の質量の値を答えてしまう。あるいはその逆。
- 対策: 物理量の「単位」を常に意識することです。力の単位は [N]、質量の単位は [kg] です。問題で何が問われているかを正確に把握し、適切な単位で答えるようにしましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の矢印図: 人を表す点を描き、そこから鉛直下向きに「重力 \(mg\)」、鉛直上向きに「垂直抗力 \(N\)」の矢印を描きます。
- 加速時 (\(a>0\)): 合力が上向きになる必要があるので、上向きの矢印 \(N\) を下向きの矢印 \(mg\) より長く描きます。
- 等速時 (\(a=0\)): 合力がゼロなので、\(N\) と \(mg\) の矢印を同じ長さに描きます。
- 減速時 (\(a<0\)): 合力が下向きになる必要があるので、\(N\) を \(mg\) より短く描きます。
この図を描くことで、\(N\) と \(mg\) の大小関係が視覚的に理解できます。
- 慣性力のイメージ:
- 上向き加速時: シートに体が押し付けられる感覚。これは「下向きの慣性力」が加わったとイメージできます。
- 上向き減速時: 体がフワッと浮くような感覚。これは「上向きの慣性力」が加わったとイメージできます(あるいは下向きの力が減ったと考える)。
- 力の矢印図: 人を表す点を描き、そこから鉛直下向きに「重力 \(mg\)」、鉛直上向きに「垂直抗力 \(N\)」の矢印を描きます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- v-tグラフの読み取り: グラフの縦軸と横軸の単位、目盛りの値を正確に読み取ることがすべての出発点です。読み間違いがないか、指差し確認しましょう。
- 力の作用点: 人に働く力は、人の重心に作用しているとして描くとシンプルで分かりやすいです。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 加速度の定義 (\(a = \Delta v / \Delta t\)):
- 選定理由: (1)で、v-tグラフという時間変化の情報から、運動の状態を表す物理量「加速度」を定量化する必要があるため。
- 適用根拠: 加速度は速度の時間的な変化率である、という定義そのものです。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (3)で、加速度運動している人のダイナミクス(力と運動の関係)を記述するため。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則は、力学における最も普遍的な法則の一つです。加速度がゼロでない限り、この法則が適用されます。
- 体重計の目盛りの式 (\(M=N/g\)):
- 選定理由: (4)で、力 [N] という物理量を、日常的な感覚に近い質量 [kg] という尺度に変換する必要があるため。
- 適用根拠: これは物理法則というより「体重計という測定器の定義・原理」です。体重計は力を測定し、それを \(g\) で割って質量として表示する装置である、という前提知識に基づいています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 運動の解析 (問1):
- 戦略: v-tグラフから加速度を求める。
- フロー: ①グラフを3区間に分割 → ②各区間で傾き (\(\Delta v / \Delta t\)) を計算 → ③3つの加速度 \(a_1, a_2, a_3\) を確定。
- 力の解析 (問2, 3):
- 戦略: 人について運動方程式を立て、垂直抗力を求める。
- フロー: ①人に働く力(重力、垂直抗力)を図示 → ②鉛直上向きを正として運動方程式を立式 (\(ma = N – mg\)) → ③式を \(N\) について整理 (\(N = m(a+g)\)) → ④(1)で求めた \(a_1, a_2, a_3\) を代入し、各区間の \(N_1, N_2, N_3\) を計算。
- 目盛りの計算 (問4):
- 戦略: 求めた垂直抗力を質量に換算する。
- フロー: ①体重計の原理式 (\(M=N/g\)) を確認 → ②(3)で求めた \(N_1, N_2, N_3\) を代入し、各区間の目盛り \(M_1, M_2, M_3\) を計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式で整理してから代入: (3)の計算では、いきなり数値を代入するのではなく、まず \(N = m(a+g)\) という一般式を導出することが有効です。この式に、3パターンの \(a\) を代入するだけで済むため、思考が整理され、計算ミスも減ります。
- 有効数字の扱い: 問題文で与えられた数値(質量49kgなど)が2桁なので、最終的な答えも有効数字2桁に揃えるのが一般的です。計算途中では3桁か4桁程度で計算を進め、最後に四捨五入すると誤差が少なくなります。模範解答では \(4.8 \times 10^2\) のように指数表記が使われているので、それに倣うのが安全です。
- 単位の換算: この問題では単位換算は不要ですが、もし質量が [g] で与えられていたら [kg] に直すなど、基本的な単位(SI基本単位)に揃えてから計算する習慣をつけましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (3) 垂直抗力: 静止時の力(重力)は \(49 \times 9.8 = 480.2 \text{ N}\) です。上向き加速時(0-4s)の \(N_1 \approx 578 \text{ N}\) はこれより大きく、上向き減速時(16-24s)の \(N_3 \approx 431 \text{ N}\) はこれより小さい。この大小関係が「エレベーター上昇時の体の感覚(発進時に重く感じ、停止前に軽く感じる)」と一致しているかを確認します。
- (4) 体重計の目盛り: 人の質量は \(49 \text{ kg}\) です。等速運動時(4-16s)の目盛りが \(49 \text{ kg}\) になっているかを確認します。これが基準となり、加速・減速時の値がこの基準から増減していることが妥当性を裏付けます。
- 別解との比較:
- (3)の垂直抗力は、慣性系での「運動方程式」と、非慣性系での「慣性力を含めた力のつり合い」という2つのアプローチで求められました。両者で全く同じ結果が得られたことは、計算の正しさと物理的理解の確かさを裏付ける強力な証拠となります。
70 連結した物体の運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、あらい斜面上の物体と滑車を介して吊るされたおもりが、糸で連結された系の運動を扱う問題です。おもりの質量によって、斜面上の物体が「静止し続ける」「動き出す」という状況の変化があり、特に静止摩擦力の向きがどう変わるかを考察する点が重要です。
この問題の核心は、おもりの質量\(M\)の値に応じて変化する状況を正しく把握し、「力のつり合い」と「運動方程式」を適切に使い分けることです。
- 斜面の傾斜角: \(\theta\)
- 物体Aの質量: \(m\)
- 物体Bの質量: \(M\)
- 静止摩擦係数: \(\mu_0\)
- 動摩擦係数: \(\mu’\)
- 静止条件: \(M_1 \le M \le M_2\) の範囲でAは静止
- 条件: \(\tan\theta > \mu_0\)
- (1) Aが静止し続けるための質量の下限\(M_1\)と上限\(M_2\)。
- (2) \(M > M_2\) のときの、両物体の加速度の大きさと糸の張力の大きさ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「静止摩擦力と動摩擦力が関わる連結物体の運動」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示と分解: 物体Aに働く重力を、斜面に平行な成分と垂直な成分に分解することが全ての基本です。
- 静止摩擦力の向きと大きさ: 静止摩擦力は、物体が滑り出そうとするのを妨げる向きに働きます。その向きは、おもりBの質量\(M\)によって変わります。\(M\)が小さいとき、Aは斜面を滑り落ちようとするため摩擦力は上向きに、\(M\)が大きいとき、Aは斜面を上ろうとするため摩擦力は下向きに働きます。
- 力のつり合い: 物体Aが静止している状態(問1)では、AとBそれぞれについて力のつり合いの式を立てます。特に、Aが滑り出す限界(\(M=M_1, M_2\))では、静止摩擦力が最大摩擦力 \(\mu_0 mg \cos\theta\) となります。
- 運動方程式: 物体AとBが一体となって運動する状態(問2)では、動摩擦力を考慮し、AとBそれぞれについて運動方程式を立て、連立して解きます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、物体Aが静止し続けるための条件を考えます。まず、Bの質量が最も小さい限界(\(M=M_1\))の状況を考えます。このときAは斜面を滑り落ちようとするので、最大摩擦力は斜面上向きに働きます。次に、Bの質量が最も大きい限界(\(M=M_2\))の状況を考えます。このときAは斜面を上ろうとするので、最大摩擦力は斜面下向きに働きます。それぞれの状況で力のつり合いの式を立てて\(M_1\)と\(M_2\)を求めます。
- (2)では、\(M > M_2\) の条件から、Aが斜面を上向きに、Bが下向きに運動すると判断します。Aには斜面下向きの動摩擦力が働くため、これを考慮してAとBそれぞれについて運動方程式を立て、加速度と張力を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
物体Aが静止し続けるための、おもりBの質量\(M\)の範囲を求める問題です。この範囲の下限が\(M_1\)、上限が\(M_2\)に対応します。
- \(M=M_1\)(下限)のとき: Bの質量が最も小さい状態です。このとき、Aは重力の斜面成分によって斜面を滑り落ちようとします。これを糸の張力と静止摩擦力で支えている状況です。滑り落ちる直前なので、静止摩擦力は最大値に達し、向きは「斜面上向き」となります。
- \(M=M_2\)(上限)のとき: Bの質量が最も大きい状態です。このとき、糸の張力によってAは斜面を上向きに引き上げられようとします。これを重力の斜面成分と静止摩擦力で支えている状況です。滑り上がる直前なので、静止摩擦力は最大値に達し、向きは「斜面下向き」となります。
この2つの限界状態について、それぞれ物体Aと物体Bの力のつり合いを考えます。
この設問における重要なポイント
- 力の分解: 物体Aに働く重力\(mg\)を、斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\) と、斜面に垂直な成分 \(mg\cos\theta\) に分解します。
- 摩擦力の向きの判断: \(M_1\)のときはAが滑り落ちるのを防ぐ「上向き」、\(M_2\)のときはAが滑り上がるのを防ぐ「下向き」に最大摩擦力が働きます。
- 最大摩擦力: 大きさは \(f_{\text{最大}} = \mu_0 N\) です。斜面に垂直方向の力のつり合いから、垂直抗力 \(N = mg\cos\theta\) となるため、最大摩擦力は \(\mu_0 mg\cos\theta\) となります。
- 連立: 物体Aと物体Bは糸で繋がれているため、張力\(T\)は共通です。それぞれの物体で力のつり合いの式を立てます。
具体的な解説と立式
物体Aに働く垂直抗力\(N\)は、斜面に垂直方向の力のつり合いから、常に \(N = mg\cos\theta\) です。
したがって、最大摩擦力の大きさ \(f_{\text{最大}}\) は \(\mu_0 N = \mu_0 mg\cos\theta\) となります。
1. \(M_1\)を求める(Aが滑り落ちる直前)
このとき、静止摩擦力は斜面上向きに最大値 \(f_{\text{最大}}\) で働きます。
- 物体A(斜面方向の力のつり合い):
$$ T_1 + f_{\text{最大}} – mg\sin\theta = 0 \quad \cdots ① $$ - 物体B(鉛直方向の力のつり合い):
$$ T_1 – M_1 g = 0 \quad \cdots ② $$
2. \(M_2\)を求める(Aが滑り上がる直前)
このとき、静止摩擦力は斜面下向きに最大値 \(f_{\text{最大}}\) で働きます。
- 物体A(斜面方向の力のつり合い):
$$ T_2 – f_{\text{最大}} – mg\sin\theta = 0 \quad \cdots ③ $$ - 物体B(鉛直方向の力のつり合い):
$$ T_2 – M_2 g = 0 \quad \cdots ④ $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 最大摩擦力: \(f_{\text{最大}} = \mu_0 N\)
1. \(M_1\)の計算
式②より \(T_1 = M_1 g\)。これを式①に代入します。
$$ M_1 g + \mu_0 mg\cos\theta – mg\sin\theta = 0 $$
両辺を \(g\) で割り、\(M_1\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
M_1 &= m\sin\theta – \mu_0 m\cos\theta \\[2.0ex]
&= m(\sin\theta – \mu_0\cos\theta)
\end{aligned}
$$
2. \(M_2\)の計算
式④より \(T_2 = M_2 g\)。これを式③に代入します。
$$ M_2 g – \mu_0 mg\cos\theta – mg\sin\theta = 0 $$
両辺を \(g\) で割り、\(M_2\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
M_2 &= m\sin\theta + \mu_0 m\cos\theta \\[2.0ex]
&= m(\sin\theta + \mu_0\cos\theta)
\end{aligned}
$$
(1) Aがギリギリ静止していられる条件を考えます。まず、おもりBが一番軽いとき(質量\(M_1\))、Aは下に滑り落ちそうになるのを、糸の力と床からの最大級の摩擦力(上向き)で必死にこらえます。この力のつり合いから\(M_1\)を計算します。次におもりBが一番重いとき(質量\(M_2\))、Aは上に引っ張り上げられそうになるのを、自重と床からの最大級の摩擦力(下向き)で必死にこらえます。この力のつり合いから\(M_2\)を計算します。
\(M_1 = m(\sin\theta – \mu_0\cos\theta)\), \(M_2 = m(\sin\theta + \mu_0\cos\theta)\) です。
問題文に \(\tan\theta > \mu_0\) という条件があります。これは \(m\sin\theta > \mu_0 m\cos\theta\) を意味し、\(M_1 > 0\) であることを保証しています。もしこの条件がなければ、おもりがなくても(\(M=0\)でも)Aは静止摩擦力だけで斜面にとどまることができ、\(M_1=0\) となります。\(M_2\)が\(M_1\)より大きいのは当然の結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
\(M > M_2\) のとき、物体AとBは静止し続けることができず、動き出します。\(M\)が静止できる上限を超えているので、Aは斜面を上向きに、Bは鉛直下向きに、同じ大きさの加速度 \(a\) で運動します。
運動している物体に働く摩擦力は「動摩擦力」であり、その大きさは \(\mu’ N = \mu’ mg\cos\theta\) となります。Aは斜面を上向きに運動するので、動摩擦力はそれを妨げる「斜面下向き」に働きます。
AとBそれぞれについて運動方程式を立て、連立して加速度 \(a\) と張力 \(T\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 運動方向の判断: \(M > M_2\) という条件から、Aは斜面上向き、Bは鉛直下向きに運動すると判断します。
- 動摩擦力の適用: 運動しているので、摩擦力は動摩擦力 \(f’ = \mu’ N = \mu’ mg\cos\theta\) となります。向きはAの運動を妨げる斜面下向きです。
- 運動方程式の立式: AとB、それぞれについて運動方程式を立てます。加速度の向きを正として立式するのが一般的です。
- A: 斜面上向きを正とする。
- B: 鉛直下向きを正とする。
- 連立方程式: 2つの運動方程式を連立させて、未知数 \(a\) と \(T\) を解きます。
具体的な解説と立式
Aは斜面上向き、Bは鉛直下向きに大きさ \(a\) の加速度で運動する。このときの糸の張力を \(T’\) とする。
Aに働く動摩擦力は斜面下向きで、大きさは \(f’ = \mu’ mg\cos\theta\)。
- 物体Aの運動方程式(斜面上向きを正とする):
$$ ma = T’ – mg\sin\theta – \mu’ mg\cos\theta \quad \cdots ⑤ $$ - 物体Bの運動方程式(鉛直下向きを正とする):
$$ Ma = Mg – T’ \quad \cdots ⑥ $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 動摩擦力: \(f’ = \mu’ N\)
加速度 \(a\) の計算
式⑤と式⑥を辺々足し合わせると、張力 \(T’\) が消去できます。
$$ (m+M)a = (Mg – T’) + (T’ – mg\sin\theta – \mu’ mg\cos\theta) $$
$$ (m+M)a = Mg – mg\sin\theta – \mu’ mg\cos\theta $$
\(a\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
a &= \frac{Mg – mg(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} \\[2.0ex]
&= \frac{M – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g
\end{aligned}
$$
張力 \(T’\) の計算
式⑥を \(T’\) について解きます。
$$ T’ = Mg – Ma = M(g-a) $$
ここに上で求めた \(a\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
T’ &= M \left( g – \frac{Mg – mg(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g \right) \\[2.0ex]
&= Mg \left( 1 – \frac{M – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} \right) \\[2.0ex]
&= Mg \left( \frac{(M+m) – (M – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta))}{M+m} \right) \\[2.0ex]
&= Mg \left( \frac{m + m\sin\theta + m\mu’\cos\theta}{M+m} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{Mm(1 + \sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g
\end{aligned}
$$
おもりBが重すぎて、ついにAが上に滑り始めた状況を考えます。このとき、AとBは同じ加速度で運動します。Aには、下向きに「自重の斜面成分」と「動摩擦力」が、上向きに「糸の張力」が働きます。Bには、下向きに「重力」、上向きに「糸の張力」が働きます。この関係を、AとBそれぞれについてニュートンの運動の法則(\(F=ma\))で数式にし、2つの式を連立方程式として解くことで、加速度と張力を求めます。
加速度の大きさは \(a = \displaystyle\frac{M – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g\)、張力の大きさは \(T’ = \displaystyle\frac{Mm(1 + \sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g\) です。
\(M > M_2 = m(\sin\theta + \mu_0\cos\theta)\) であり、通常 \(\mu_0 \ge \mu’\) なので、\(M > m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\) が成り立ち、加速度 \(a\) は正の値となります。これはAが斜面を上るという設定と矛盾しません。
また、張力 \(T’\) は、Bが自由落下するときの力(\(T’=0\))と、静止しているときの力(\(T’=Mg\))の間の値になるはずです。\(T’ = M(g-a)\) という式から、\(a>0\) なので \(T’ < Mg\) となっており、妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 摩擦力の状況依存性:
- 核心: この問題の最も重要なポイントは、摩擦力が「静止摩擦力」か「動摩擦力」か、さらに静止摩擦力の「向き」がどうなるかを、物体の運動状態や外力(この問題ではおもりBの質量\(M\))に応じて正しく判断することです。
- 理解のポイント:
- 静止時(問1): 摩擦力は「つり合いを保つために必要な力」として働きます。おもり\(M\)が軽ければAは滑り落ちようとするので摩擦力は「上向き」に、\(M\)が重ければAは引き上げられようとするので摩擦力は「下向き」に働きます。\(M_1\)と\(M_2\)は、この静止摩擦力が限界(最大摩擦力)に達したときの質量です。
- 運動時(問2): 一度動き出せば、摩擦力は「動摩擦力」となり、大きさは \(\mu’N\) で一定、向きは常に運動を妨げる向き(この場合は斜面下向き)になります。
- 複数物体の連立方程式:
- 核心: 2つの物体が糸で繋がれているため、単独では運動が決まりません。物体Aと物体B、それぞれについて物理法則(力のつり合い or 運動方程式)を立て、それらを「張力\(T\)と加速度\(a\)が共通である」という条件を使って連立方程式として解く必要があります。
- 理解のポイント: 運動方程式を2つ立て、辺々足し合わせることで張力\(T\)を消去し、まず加速度\(a\)を求める、という一連の流れは、連結物体問題の典型的な解法パターンです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 2つの物体が斜面上にある問題: あらい斜面上に2つの物体を重ねて置いたり、並べて置いたりする問題。接触面に働く垂直抗力や摩擦力を考慮し、それぞれの物体で運動方程式を立てて解きます。
- 動滑車を含む問題: 動滑車によって2つの物体の加速度が異なる(例: \(a_A = 2a_B\))場合。運動方程式を立てるだけでなく、加速度の関係式(束縛条件)も必要になります。
- 水平面と斜面の組み合わせ: 水平面上の物体と斜面上の物体を滑車で結んだ問題。考え方の基本は本問と全く同じです。
- 初見の問題での着眼点:
- まず「静止できるか」を判断する: 外力(おもりなど)がない状態で、物体が斜面上で静止できるか(\(mg\sin\theta \le \mu_0 mg\cos\theta\) すなわち \(\tan\theta \le \mu_0\) か)を確認します。これにより、摩擦力が最初から働く状況かどうかが分かります。
- 摩擦力の向きを慎重に決定する: 「物体がどちらに動こうとしているか」を常に自問自答し、摩擦力の向きを決定します。これが最大の分岐点です。
- 限界状態を図示する: (1)のような範囲を求める問題では、「下限(滑り落ちる寸前)」と「上限(滑り上がる寸前)」の2つの状態について、それぞれ力の働く向きを正確に図示することが、立式のミスを防ぐ鍵となります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 摩擦力の向きの固定観念:
- 誤解: 重力の斜面成分が常に下向きだからといって、摩擦力は常に上向きだと勘違いしてしまう。
- 対策: 摩擦力は「運動(または運動しようとする方向)を妨げる向き」に働く、という定義に立ち返ることです。おもり\(M\)が重くなり、Aが上に動こうとすれば、摩擦力は下を向きます。状況に応じて向きが変わることを常に意識しましょう。
- 静止摩擦係数と動摩擦係数の混同:
- 誤解: 静止しているとき(問1)に動摩擦係数 \(\mu’\) を使ったり、運動しているとき(問2)に静止摩擦係数 \(\mu_0\) を使ったりする。
- 対策: 「静止限界は \(\mu_0\)」「運動中は \(\mu’\)」と明確に区別して覚えること。問題文をよく読み、物体の状態(静止か運動か)を正確に把握することが不可欠です。
- 運動方程式の立式ミス:
- 誤解: 2つの物体の加速度の正の向きをバラバラに設定してしまい、連立する際に符号を間違える。
- 対策: Aが斜面を上る向きと、Bが下に下りる向きを、同じ正の向き(加速度\(a\))と定義するなど、系の運動方向を一つに決めてから立式すると、混乱が少なくなります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力のベクトル図の使い分け: (1)の\(M_1\)と\(M_2\)を考える際に、2つの図を並べて描くのが有効です。
- \(M_1\)の図: Aに働く力として、下向きの \(mg\sin\theta\)、上向きの \(T_1\) と \(f_{\text{最大}}\) を描く。\(mg\sin\theta\) の矢印が、\(T_1\) と \(f_{\text{最大}}\) の矢印の合計と同じ長さになるように描くと、力のつり合いが視覚化できます。
- \(M_2\)の図: Aに働く力として、下向きの \(mg\sin\theta\) と \(f_{\text{最大}}\)、上向きの \(T_2\) を描く。\(T_2\) の矢印が、\(mg\sin\theta\) と \(f_{\text{最大}}\) の矢印の合計と同じ長さになるように描きます。
- エネルギーの視点(発展): この系全体のエネルギーを考えることもできます。\(M > M_2\) で運動するとき、Bが失う位置エネルギーの一部が、Aの位置エネルギー増加と、摩擦による熱エネルギー(仕事)に変換され、残りが系全体の運動エネルギーの増加になる、というイメージです。
- 力のベクトル図の使い分け: (1)の\(M_1\)と\(M_2\)を考える際に、2つの図を並べて描くのが有効です。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の分解を明確に: 重力\(mg\)を斜面平行成分と垂直成分に分解したら、元の\(mg\)のベクトルには斜線を引くなどして、二重に数えないようにします。
- 加速度の向きを記入: 運動方程式を立てる際には、AとBの加速度\(a\)の向きを矢印で明確に図に記入します。これにより、力のどの成分が正で、どの成分が負になるかが分かりやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: (1)で、物体が「静止したままであった」という条件が与えられているため。
- 適用根拠: 加速度がゼロの物体に働く力の合力はゼロである、というニュートンの第一法則に基づきます。AとB、それぞれについてこの法則を適用します。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (2)で、\(M>M_2\) となり物体が「動き出す」ため。
- 適用根拠: 加速度運動する物体について、その運動(加速度)と原因(力の合力)の関係を記述するニュートンの第二法則を適用します。これもAとB、それぞれについて適用します。
- 摩擦力の公式 (\(f \le \mu_0 N\), \(f’ = \mu’ N\)):
- 選定理由: 問題にあらい斜面が登場するため、摩擦を考慮する必要があります。
- 適用根拠: (1)の限界状態では静止摩擦力が最大値 \(\mu_0 N\) をとるという条件を、(2)の運動状態では動摩擦力が \(\mu’ N\) で働くという法則を、それぞれ適用します。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 静止限界質量の計算:
- 戦略: \(M_1\)(滑り落ちる限界)と\(M_2\)(滑り上がる限界)の2つの状況を分けて考える。それぞれで力のつり合いを立てる。
- フロー(\(M_1\)): ①摩擦力は上向きと判断 → ②AとBで力のつり合いを立式 → ③連立して\(M_1\)を解く。
- フロー(\(M_2\)): ①摩擦力は下向きと判断 → ②AとBで力のつり合いを立式 → ③連立して\(M_2\)を解く。
- (2) 加速度と張力の計算:
- 戦略: AとBが一体で運動すると考え、それぞれ運動方程式を立てる。動摩擦力が働くことに注意。
- フロー: ①Aの運動方向(上向き)を判断し、動摩擦力の向き(下向き)を決定 → ②AとBそれぞれについて運動方程式を立式 → ③2式を足して張力\(T’\)を消去し、加速度\(a\)を求める → ④求めた\(a\)をどちらかの式に代入し、張力\(T’\)を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題のように数値が与えられていない場合、必然的に文字式での計算になります。特に(2)の張力を求める計算は複雑になりがちです。分数の計算や因数分解を丁寧に行いましょう。
- 加速度を求めてから張力を求める: (2)で、まず2式を足し合わせて加速度\(a\)を求めるのが定石です。求めた\(a\)を代入して張力\(T’\)を計算する際、より簡単な式(この問題ではBの運動方程式 \(T’ = M(g-a)\))を選ぶと、計算量を減らせます。
- 結果の吟味: (1)で求めた\(M_1\)と\(M_2\)の式を見比べ、\(M_2 > M_1\) となっているかを確認する。また、(2)で求めた加速度\(a\)の式の分子が、\(M > M_2\) のときに正になるかを確認するなど、物理的に妥当な結果になっているかを見直すことで、計算ミスを発見できることがあります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 限界質量: \(M_1\)と\(M_2\)の式は、\(m\sin\theta\)(Aを滑らせようとする力に対応する質量)から、摩擦力に相当する質量 \(\mu_0 m\cos\theta\) を引いたものと、足したものになっています。これは物理的な意味(摩擦力が助けてくれるか、邪魔をするか)と直結しており、非常に理にかなった形です。
- (2) 加速度: 加速度の式 \(a = \displaystyle\frac{Mg – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)g}{M+m}\) の分子は、「Bを動かそうとする力」から「Aの運動を妨げる力の合計」を引いた形になっています。分母は系全体の質量です。これは \(a = \frac{F_{\text{合力}}}{m_{\text{全体}}}\) という運動方程式の構造そのものであり、妥当です。
- 極端な場合を考える: もし斜面がなめらか(\(\mu_0=\mu’=0\))だったら、\(M_1=M_2=m\sin\theta\) となり、静止できるのは \(M=m\sin\theta\) の一点だけになります。また、加速度は \(a = \frac{M-m\sin\theta}{M+m}g\) となり、よく知られた公式と一致します。このように、特殊な場合を考えて答えの式を検証するのも有効な手段です。
[mathjax] SNSでのシェアはご自由にどうぞ。(上のボタンをクリック) ブログで引用する際には、こちらのリンクを添えてください。【引用】https://makoto-physics-school.com[…]