68 あらい水平面上での運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、あらい水平面上に置かれた物体を、斜め上向きに引くときの摩擦力と運動を扱う問題です。静止摩擦力、最大摩擦力、動摩擦力の違いを正しく理解し、状況に応じて力のつり合いの式や運動方程式を使い分ける能力が問われます。
この問題の核心は、物体に働く力を正しく図示・分解し、特に引く力によって「垂直抗力」が変化する点を考慮しながら、各設問の状況を分析することです。
- 物体の質量: \(m = 1.0 \text{ kg}\)
- 引く力の向き: 水平から仰角 \(30^\circ\)
- 静止摩擦係数: \(\mu_s = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}}\)
- 動摩擦係数: \(\mu_k = 0.50\)
- 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\)
- (1) \(F=4.0 \text{ N}\) で物体が動かなかったときの摩擦力の大きさ \(f\)。
- (2) 物体がすべり出すときの力の大きさ \(F\)。
- (3) \(F=8.0 \text{ N}\) のときの物体の加速度の大きさ \(a\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「斜め上向きに引かれる物体の摩擦力と運動」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示と分解: 物体に働くすべての力(重力、引く力、垂直抗力、摩擦力)を正しく図示し、水平・鉛直方向に分解します。
- 静止摩擦力と最大摩擦力: 静止摩擦力は外力に応じて大きさが変わる力であり、その最大値(最大摩擦力 \(\mu_s N\))を超えると物体は動き出します。
- 動摩擦力: 運動中の物体に働く摩擦力で、大きさは一定(\(\mu_k N\))です。
- 力のつり合いと運動方程式: 静止している、または動き出す直前の状態では力のつり合いの式を、運動している状態では運動方程式を立てます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、各設問の状況に応じて、物体に働く力をすべて図示します。
- (1)では、物体が静止しているので、水平方向の力のつり合いから静止摩擦力を求めます。
- (2)では、物体がすべり出す直前の「最大摩擦力」が働く状況を考え、水平・鉛直両方向の力のつり合いを連立させて \(F\) を求めます。
- (3)では、物体が運動しているので、鉛直方向の力のつり合いから垂直抗力を求め、それを使って水平方向の運動方程式を立てて加速度を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
力が加わっても物体が「動かなかった」という記述が重要です。これは、物体に働く力がつり合っている状態、つまり静止している状態を意味します。このとき物体に働く摩擦力は「静止摩擦力」です。静止摩擦力は、物体を動かそうとする力の水平成分とちょうど同じ大きさで、逆向きに働きます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: 物体に働く力は、鉛直下向きの「重力 \(mg\)」、斜め上向きの「引く力 \(F\)」、面からの「垂直抗力 \(N\)」、そして水平左向きの「静止摩擦力 \(f\)」の4つです。
- 力の分解: 斜めを向いている力 \(F\) を、水平成分 \(F \cos 30^\circ\) と鉛直成分 \(F \sin 30^\circ\) に分解します。
- 水平方向の力のつり合い: 物体は水平方向に動いていないため、引く力の水平成分と静止摩擦力がつり合っています。
具体的な解説と立式
物体に働く力は、重力 \(mg\)、引く力 \(F\)、垂直抗力 \(N\)、静止摩擦力 \(f\) です。
物体は静止しているので、水平方向の力はつり合っています。
引く力 \(F\) の水平成分は右向きに \(F \cos 30^\circ\)、静止摩擦力 \(f\) はそれを妨げる左向きに働きます。
したがって、水平方向の力のつり合いの式は以下のようになります。
$$ F \cos 30^\circ – f = 0 $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
上記で立てた力のつり合いの式を \(f\) について解き、与えられた値を代入します。
$$
\begin{aligned}
f &= F \cos 30^\circ \\[2.0ex]&= 4.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \\[2.0ex]&= 2\sqrt{3} \\[2.0ex]&\approx 2 \times 1.73 \\[2.0ex]&= 3.46 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(3.5 \text{ N}\) となります。
物体を斜め上に引っぱっても動かないのは、床との間に「摩擦力」が働いて、引っぱる力の「横方向の分力」を打ち消しているからです。この問題では、その「横方向の分力」がいくらになるかを計算することで、それと等しい大きさの摩擦力を求めます。
静止摩擦力の大きさは \(3.5 \text{ N}\) です。
ちなみに、このときの垂直抗力 \(N\) は、鉛直方向の力のつり合い \(N + F \sin 30^\circ – mg = 0\) から、\(N = mg – F \sin 30^\circ = 1.0 \times 9.8 – 4.0 \times \displaystyle\frac{1}{2} = 7.8 \text{ N}\) となります。
このときの最大摩擦力は \(\mu_s N = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}} \times 7.8 \approx 0.577 \times 7.8 \approx 4.5 \text{ N}\) です。
実際に働いている静止摩擦力 \(3.5 \text{ N}\) は、最大摩擦力 \(4.5 \text{ N}\) よりも小さいので、物体が動かないという問題の条件と矛盾しません。
問(2)
思考の道筋とポイント
「物体がすべり出す」直前の状態を考えます。これは、静止摩擦力がその最大値である「最大摩擦力 \(f_{\text{最大}} = \mu_s N\)」に達した瞬間です。この瞬間もまだ物体は静止している(加速度が0)と見なせるため、力のつり合いの式を立てることができます。この問題では、引く力 \(F\) が大きくなると、垂直抗力 \(N\) が小さくなる(\(F\) の上向き成分が物体を軽くするため)という点がポイントです。\(F\) と \(N\) の両方が未知数となるため、水平方向と鉛直方向の2つのつり合いの式を連立させて解く必要があります。
この設問における重要なポイント
- 最大摩擦力の条件: 物体がすべり出す直前には、静止摩擦力が最大値 \(f_{\text{最大}} = \mu_s N\) となります。
- 水平方向の力のつり合い: 引く力の水平成分 \(F \cos 30^\circ\) と、最大摩擦力 \(\mu_s N\) がつり合います。
- 鉛直方向の力のつり合い: 引く力の鉛直成分 \(F \sin 30^\circ\) と垂直抗力 \(N\) の和が、重力 \(mg\) とつり合います。
- 連立方程式: 水平方向と鉛直方向の2つの式を立て、未知数 \(F\) と \(N\) を求めます。
具体的な解説と立式
物体がすべり出す直前、物体に働く力はつり合っています。
水平方向の力のつり合いより、
$$ F \cos 30^\circ – \mu_s N = 0 \quad \cdots ① $$
鉛直方向の力のつり合いより、
$$ N + F \sin 30^\circ – mg = 0 \quad \cdots ② $$
この2つの式を連立させて、\(F\) と \(N\) を求めます。
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 最大摩擦力: \(f_{\text{最大}} = \mu_s N\)
式②を \(N\) について解きます。
$$ N = mg – F \sin 30^\circ $$
これを式①に代入します。
$$ F \cos 30^\circ – \mu_s (mg – F \sin 30^\circ) = 0 $$
この式を \(F\) について解きます。
$$ F \cos 30^\circ – \mu_s mg + \mu_s F \sin 30^\circ = 0 $$
$$ F (\cos 30^\circ + \mu_s \sin 30^\circ) = \mu_s mg $$
$$ F = \frac{\mu_s mg}{\cos 30^\circ + \mu_s \sin 30^\circ} $$
与えられた値を代入します。
$$
\begin{aligned}
F &= \frac{\displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}} \times 1.0 \times 9.8}{\displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2} + \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}} \times \displaystyle\frac{1}{2}} \\[2.0ex]&= \frac{\displaystyle\frac{9.8}{\sqrt{3}}}{\displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2} + \displaystyle\frac{1}{2\sqrt{3}}} \\[2.0ex]&= \frac{\displaystyle\frac{9.8}{\sqrt{3}}}{\displaystyle\frac{3+1}{2\sqrt{3}}} \\[2.0ex]&= \frac{\displaystyle\frac{9.8}{\sqrt{3}}}{\displaystyle\frac{4}{2\sqrt{3}}} \\[2.0ex]&= \frac{9.8}{2} \\[2.0ex]&= 4.9 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
物体が動き出すギリギリの瞬間を考えます。このとき、床との摩擦は限界(最大摩擦力)に達しています。この限界の摩擦力は、物体が床に押し付けられる力(垂直抗力)に比例します。しかし、斜め上に引っぱる力 \(F\) が大きくなると、物体が少し持ち上げられて床に押し付ける力が弱くなり、垂直抗力も小さくなります。この複雑な関係を「横方向の力のつり合い」と「縦方向の力のつり合い」の2つの式で表し、連立方程式を解くことで、動き出す瞬間の引っぱる力 \(F\) の大きさを求めます。
物体がすべり出すときの力の大きさは \(4.9 \text{ N}\) です。
(1)で計算したように、\(F=4.0 \text{ N}\) のときはすべり出さず、この結果はそれより大きい値なので妥当です。もし引く力が水平(\(\theta=0^\circ\))だった場合、\(N=mg\) となり、すべり出す力は \(F = \mu_s N = \mu_s mg = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}} \times 9.8 \approx 5.66 \text{ N}\) となります。斜め上に引くことで垂直抗力が減り、より小さな力で動かせるようになるという物理的な直感とも一致しています。
思考の道筋とポイント
物体に働く力は「重力 \(mg\)」「引く力 \(F\)」「床からの抗力 \(R\)」の3つであると考える方法です。抗力 \(R\) は、「垂直抗力 \(N\)」と「摩擦力 \(f\)」のベクトル的な合力です。物体がすべり出す直前、抗力 \(R\) の向きは、鉛直線に対して「静止摩擦角 \(\phi_s\)」だけ傾きます。この角度は \(\tan \phi_s = \mu_s\) という関係で決まります。この3つの力がつり合っていることから、ベクトル図を描いて幾何学的に解くことができます。
この設問における重要なポイント
- 抗力の導入: 垂直抗力 \(N\) と摩擦力 \(f\) を、その合力である抗力 \(R\) として一つにまとめます。
- 静止摩擦角: すべり出す直前、抗力 \(R\) と垂直抗力 \(N\) のなす角 \(\phi_s\) は最大となり、これを静止摩擦角と呼びます。 \(\tan \phi_s = \mu_s\) が成り立ちます。
- 3力のつり合い: 重力 \(mg\)、引く力 \(F\)、抗力 \(R\) の3力がつり合うため、これらのベクトルを繋ぐと閉じた三角形ができます。
- 正弦定理の利用: 力のベクトルが作る三角形に正弦定理を適用して \(F\) を求めます。
具体的な解説と立式
物体に働く力、重力 \(mg\)、引く力 \(F\)、抗力 \(R\) の3力がつり合っています。
静止摩擦係数が \(\mu_s = \displaystyle\frac{1}{\sqrt{3}}\) なので、静止摩擦角 \(\phi_s\) は、
$$ \tan \phi_s = \mu_s = \frac{1}{\sqrt{3}} $$
より、\(\phi_s = 30^\circ\) となります。
力のベクトル図を描くと、3つの力のベクトルは閉じた三角形をなします。
各ベクトルのなす角を考えます。
- 重力 \(mg\) は鉛直下向き。
- 引く力 \(F\) は水平線から上向きに \(30^\circ\)。したがって、鉛直上向きの線とは \(60^\circ\) の角をなします。
- 抗力 \(R\) は、すべり出すのを妨げる向き(左斜め上)に働きます。その向きは、垂直な線(鉛直上向き)から左へ静止摩擦角 \(\phi_s = 30^\circ\) だけ傾いています。
力のつり合いの三角形に正弦定理を適用します。
\(F\) とその対角(\(mg\) と \(R\) のなす角)、\(mg\) とその対角(\(F\) と \(R\) のなす角)の関係を考えます。
- \(F\) の対角の角度は、鉛直下向きの \(mg\) と、鉛直上向きから左へ \(30^\circ\) 傾いた \(R\) のなす角なので、\(180^\circ – 30^\circ = 150^\circ\) です。
- \(mg\) の対角の角度は、鉛直上向きから右へ \(60^\circ\) 傾いた \(F\) と、鉛直上向きから左へ \(30^\circ\) 傾いた \(R\) のなす角なので、\(60^\circ + 30^\circ = 90^\circ\) です。
正弦定理より、
$$ \frac{F}{\sin 150^\circ} = \frac{mg}{\sin 90^\circ} $$
使用した物理公式
- 3力のつり合い
- 静止摩擦角: \(\tan \phi_s = \mu_s\)
- 正弦定理
上記で立てた正弦定理の式を \(F\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
F &= \frac{mg \sin 150^\circ}{\sin 90^\circ} \\[2.0ex]&= \frac{(1.0 \times 9.8) \times \displaystyle\frac{1}{2}}{1} \\[2.0ex]&= 9.8 \times 0.5 \\[2.0ex]&= 4.9 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
物体に働く3つの力(重力、引く力、床からの抵抗力)が釣り合っている状態を、力の矢印をつないだ三角形で考えます。物体が滑り出すギリギリの瞬間、床からの抵抗力の傾きは摩擦の性質から決まった角度(静止摩擦角)になります。この三角形の辺の長さと角度の関係(正弦定理)を使うことで、引く力の大きさを計算する方法です。
力の分解と連立方程式を用いる標準的な解法と、全く同じ \(4.9 \text{ N}\) という結果が得られました。この問題では、たまたま静止摩擦角が \(30^\circ\) というきれいな角度になったため、幾何学的な解法が非常にすっきりと解けました。異なる視点から同じ結論に至ることで、解の正しさをより確信できます。
問(3)
思考の道筋とポイント
\(F=8.0 \text{ N}\) は、(2)で求めたすべり出す力 \(4.9 \text{ N}\) よりも大きいので、物体はすべり出します。運動している物体に働く摩擦力は「動摩擦力」であり、その大きさは \(\mu_k N’\) で与えられます。ここでの垂直抗力 \(N’\) は、\(F=8.0 \text{ N}\) の場合の値であり、(1)や(2)のときとは異なることに注意が必要です。
物体は水平方向に加速度運動をするため、水平方向については「運動方程式 \(ma=F_{\text{合力}}\)」を立てます。鉛直方向には動かないので、鉛直方向の力はつり合ったままです。
この設問における重要なポイント
- 運動の判定: 加える力 \(F=8.0 \text{ N}\) が、すべり出す力 \(4.9 \text{ N}\) より大きいことを確認し、物体が運動していると判断します。
- 動摩擦力の適用: 運動しているので、摩擦力は動摩擦力 \(\mu_k N’\) となります。
- 鉛直方向の力のつり合い: まず鉛直方向の力のつり合いから、この場合の垂直抗力 \(N’\) を求めます。
- 水平方向の運動方程式: 次に、水平方向について運動方程式 \(ma = F_{\text{合力}}\) を立て、加速度 \(a\) を求めます。
具体的な解説と立式
物体は右向きに加速度 \(a\) で運動しています。
まず、鉛直方向の力のつり合いを考えます。垂直抗力の大きさを \(N’\) とすると、
$$ N’ + F \sin 30^\circ – mg = 0 \quad \cdots ③ $$
次に、水平方向の運動方程式を立てます。右向きを正とします。
物体に働く水平方向の力は、引く力の水平成分 \(F \cos 30^\circ\)(右向き)と、動摩擦力 \(\mu_k N’\)(左向き)です。
したがって、運動方程式は、
$$ ma = F \cos 30^\circ – \mu_k N’ \quad \cdots ④ $$
となります。
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 動摩擦力: \(f’ = \mu_k N’\)
まず、式③から垂直抗力 \(N’\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
N’ &= mg – F \sin 30^\circ \\[2.0ex]&= (1.0 \times 9.8) – 8.0 \times \frac{1}{2} \\[2.0ex]&= 9.8 – 4.0 \\[2.0ex]&= 5.8 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
次に、この \(N’\) の値を式④に代入して、加速度 \(a\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
1.0 \times a &= 8.0 \cos 30^\circ – 0.50 \times 5.8 \\[2.0ex]a &= 8.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2} – 2.9 \\[2.0ex]&= 4\sqrt{3} – 2.9 \\[2.0ex]&\approx 4 \times 1.73 – 2.9 \\[2.0ex]&= 6.92 – 2.9 \\[2.0ex]&= 4.02 \text{ [m/s}^2]\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(4.0 \text{ m/s}^2\) となります。
物体はすでに動き出しているので、床との摩擦は「動摩擦力」に変わります。まず、縦方向の力のつり合いから、このときの床からの垂直抗力を計算します。次に、その垂直抗力を使って動摩擦力の大きさを求めます。最後に、横方向に働く力(引っぱる力の横成分と動摩擦力)の差(合力)を計算し、ニュートンの運動の法則(\(F=ma\))を使って、物体の加速度を求めます。
加速度の大きさは \(4.0 \text{ m/s}^2\) です。
引く力 \(F\) が大きくなるにつれて、垂直抗力 \(N\) は小さくなり、摩擦力も変化します。
\(F=4.0 \text{ N}\) のとき: \(N=7.8 \text{ N}\), \(f=3.5 \text{ N}\) (静止)
\(F=4.9 \text{ N}\) のとき: \(N \approx 7.35 \text{ N}\), \(f_{\text{最大}} \approx 4.24 \text{ N}\) (すべり出す直前)
\(F=8.0 \text{ N}\) のとき: \(N’=5.8 \text{ N}\), 動摩擦力 \(f’ = \mu_k N’ = 0.50 \times 5.8 = 2.9 \text{ N}\)
引く力の水平成分は \(8.0 \cos 30^\circ \approx 6.9 \text{ N}\) であり、動摩擦力 \(2.9 \text{ N}\) を上回っているため、物体が加速するのは妥当です。計算結果も正の値であり、物理的に矛盾はありません。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力の分解と各方向での法則適用:
- 核心: この問題の最も重要な点は、物体に働く力を「水平方向」と「鉛直方向」に分解し、それぞれの方向で異なる物理法則を適用することです。斜め向きの力 \(F\) が関わることで、両方向の運動が連動します。
- 理解のポイント:
- 鉛直方向: 物体は上下には動かないため、常に「力のつり合い」が成り立ちます。しかし、引く力 \(F\) の鉛直成分が加わるため、垂直抗力 \(N\) は一定ではなく、\(N = mg – F\sin\theta\) のように \(F\) の値によって変化します。これがこの問題の複雑さの根源です。
- 水平方向: 物体の運動状態(静止か、運動中か)によって適用する法則が変わります。
- 静止時(問1, 2): 「力のつり合い」が成り立ちます。
- 運動時(問3): 「運動方程式 \(ma=F_{\text{合力}}\)」が成り立ちます。
- 摩擦力の性質の正しい理解:
- 核心: 摩擦力は「静止摩擦力」と「動摩擦力」の2種類があり、状況に応じて使い分ける必要があります。
- 理解のポイント:
- 静止摩擦力 \(f\): 大きさが \(0 \le f \le \mu_s N\) の範囲で変化する「調整役」の力です。外力の水平成分とつり合うように大きさが決まります(問1)。
- 最大摩擦力 \(f_{\text{最大}}\): 静止摩擦力がとりうる最大値で、\(f_{\text{最大}} = \mu_s N\) です。物体が動き出す直前の状態を考えるときに使います(問2)。
- 動摩擦力 \(f’\): 運動中に働く摩擦力で、大きさは \(f’ = \mu_k N\) で一定です(問3)。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 斜面上の物体: 斜面に置かれた物体に、斜面に沿って、あるいは水平に力を加える問題。重力を斜面方向と垂直方向に分解する点で、本問の「力を分解する」思考がそのまま応用できます。
- 斜め下に押す力: 本問とは逆に、斜め下向きに力を加えて物体を押す問題。この場合、力の鉛直成分が垂直抗力を \(N = mg + F\sin\theta\) のように大きくするため、摩擦力が増加します。
- 複数の物体が連結された問題: 摩擦のある面で、複数の物体が糸でつながれて運動する問題。各物体について、本問と同様に力の図示、分解、立式を行い、連立方程式を解くことになります。
- 初見の問題での着眼点:
- 「動いたか、動かないか」を最初に確認: 問題文の記述から、物体が「静止している」「動き出す直前」「運動している」のどの状態にあるのかを判断します。これにより、適用すべき摩擦力(静止摩擦力か動摩擦力か)と物理法則(つり合いか運動方程式か)が決まります。
- 垂直抗力は \(N=mg\) とは限らない: 力が斜めに加わる場合や、斜面上の問題では、垂直抗力は重力と等しくなりません。必ず鉛直方向(または面に垂直な方向)の力のつり合いを立てて、垂直抗力 \(N\) を正しく求めることが最優先事項です。
- 未知数の数と式の数を確認する: (2)のように、求めたい量(\(F\))以外に、途中で必要になる未知数(\(N\))が出てくることがあります。未知数が2つなら、式も2つ(水平方向と鉛直方向)必要だ、という見通しを立てることが重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 垂直抗力を常に \(mg\) と思い込む:
- 誤解: どんな状況でも垂直抗力は \(N=mg\) であると暗記してしまい、そのまま使ってしまう。
- 対策: 「垂直抗力は、面が物体を押し返す力」と正しく定義を理解することです。鉛直方向に力が加われば、その分だけ押し返す力も変化します。必ず鉛直方向の力の図を描き、つり合いの式を立てる習慣をつけましょう。
- 静止摩擦力と最大摩擦力の混同:
- 誤解: 静止している物体に働く摩擦力を、常に最大摩擦力 \(\mu_s N\) だと思って計算してしまう。(1)で \(\mu_s N\) を計算すると間違いになります。
- 対策: 静止摩擦力は「必要なだけ働く可変の力」であり、最大摩擦力は「その上限値」であると区別することです。「動き出す直前」というキーワードがない限り、安易に \(\mu_s N\) を使わず、力のつり合いから静止摩擦力 \(f\) を求めましょう。
- 力の分解における \(\sin\) と \(\cos\) の取り違え:
- 誤解: 水平成分は常に \(\cos\)、鉛直成分は常に \(\sin\) と機械的に覚えてしまい、角度の取り方によっては間違える。
- 対策: 図を描き、「角度 \(\theta\) を挟む辺が \(\cos\theta\)」「角度 \(\theta\) の対辺が \(\sin\theta\)」という三角比の定義に立ち返って確認する癖をつけましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力のベクトル図: 物体を中心点とし、そこから働くすべての力(重力、引く力、垂直抗力、摩擦力)を矢印で描きます。特に、引く力 \(F\) を点線の水平・鉛直成分に分解して描くことで、どの力がどの方向の運動に関わるかが一目瞭然になります。
- 垂直抗力の変化をイメージ: 引く力 \(F\) を徐々に大きくしていく様子を想像します。\(F\) が大きくなるにつれて、その上向き成分も大きくなり、物体が徐々に「軽く」なっていくイメージを持つと、垂直抗力 \(N\) が減少していくことが直感的に理解できます。
- (2)の別解の幾何学イメージ: 3つの力(重力、引く力、床からの抗力)が釣り合うとき、力のベクトルを矢印でつなぐと、出発点に戻ってくる(閉じた三角形になる)というイメージは非常に強力です。特に、すべり出す瞬間の「抗力」の向きが、静止摩擦角で決まるという物理法則と結びつけると、問題を代数的な式だけでなく、図形の性質で解く視点が養われます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の作用点を統一する: すべての力は物体の重心(中心)から生えているように描くと、力のモーメントなどを考えずに済み、問題が単純化されます。
- 分解した力と元の力を区別する: 分解した後の成分(例: \(F\cos 30^\circ, F\sin 30^\circ\))は点線で描き、分解前の力(\(F\))は実線で描くか、あるいは分解後は元の力に斜線を引くなどして、二重に数えないように工夫しましょう。
- 摩擦力の向き: 摩擦力は常に「動こうとする向き」または「動いている向き」と逆向きに描きます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: (1)と(2)では物体が静止しており、(3)では鉛直方向の速度がゼロであるため。加速度がゼロの方向には、力の合力もゼロになるというニュートンの第一法則(慣性の法則)を適用します。
- 適用根拠: 物体の運動状態が「静止」または「等速直線運動」であるという観察事実から、その方向の加速度がゼロであると判断し、この公式を選択します。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (3)で、物体が水平方向に加速しているため。力の合力(原因)と加速度(結果)の関係を記述する、力学の最も基本的な法則です。
- 適用根拠: 物体が「加速している」という事実から、その方向には力の合力が存在すると判断し、この公式を選択します。
- 摩擦力の公式 (\(f \le \mu_s N\), \(f’ = \mu_k N\)):
- 選定理由: 問題にあらい面が登場し、摩擦を考慮する必要があるため。
- 適用根拠: 物体が「静止している」か「運動している」かに応じて、適切な公式を選択します。「すべり出す直前」という特別な状況では、静止摩擦力が最大値 \(\mu_s N\) をとるという条件式を使います。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 静止摩擦力の計算:
- 戦略: 物体は静止 → 水平方向は力のつり合い。
- フロー: ①引く力 \(F\) を水平・鉛直成分に分解 → ②水平方向の力のつり合いを立式 (\(F\cos 30^\circ – f = 0\)) → ③式を \(f\) について解き、数値を代入して計算。
- (2) すべり出す力の計算:
- 戦略: すべり出す直前 → 摩擦力は最大摩擦力 \(\mu_s N\)。水平・鉛直ともに力のつり合い。未知数が \(F, N\) の2つなので連立方程式を立てる。
- フロー: ①水平方向の力のつり合いを立式 (\(F\cos 30^\circ – \mu_s N = 0\)) → ②鉛直方向の力のつり合いを立式 (\(N + F\sin 30^\circ – mg = 0\)) → ③2つの式を連立させて \(F\) を解く。
- (3) 加速度の計算:
- 戦略: 物体は運動中 → 摩擦力は動摩擦力 \(\mu_k N’\)。鉛直方向はつり合い、水平方向は運動方程式。
- フロー: ①鉛直方向の力のつり合いから垂直抗力 \(N’\) を計算 (\(N’ = mg – F\sin 30^\circ\)) → ②水平方向の運動方程式を立式 (\(ma = F\cos 30^\circ – \mu_k N’\)) → ③求めた \(N’\) を代入し、\(a\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: (2)の計算では、すぐに数値を代入するのではなく、まず文字式で \(F\) を求めるのが有効です。
\(F = \displaystyle\frac{\mu_s mg}{\cos 30^\circ + \mu_s \sin 30^\circ}\)
この式を導出してから最後に一度だけ数値を代入することで、途中の計算ミスを防ぎ、物理的な関係性も見通しやすくなります。 - 三角関数の値と有理化: \(\cos 30^\circ = \sqrt{3}/2\), \(\sin 30^\circ = 1/2\) などの基本的な値は正確に覚えること。また、分母に根号が複数含まれる計算((2)の計算過程など)では、通分を丁寧に行い、計算ミスを減らしましょう。
- 単位の確認: 最終的な答えの単位が、(1)では力の単位[N]、(3)では加速度の単位[m/s²]になっているかを確認する癖をつけましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 静止摩擦力: (1)で求めた静止摩擦力 \(f \approx 3.5 \text{ N}\) が、その状況での最大摩擦力 \(f_{\text{最大}} \approx 4.5 \text{ N}\) を超えていないか検算する(結論と吟味で実施済み)。この一手間が、矛盾のない解答につながります。
- (2) すべり出す力: 求めた \(F=4.9 \text{ N}\) が、(1)の力 \(4.0 \text{ N}\) より大きいことを確認する。もし小さければ、計算ミスの可能性が高いです。
- (3) 加速度: 加速度が正の値になったことを確認する。もし負になったら、加える力の水平成分が動摩擦力より小さいことになり、そもそも加速しない(あるいは減速する)はずなので、計算を見直す必要があります。
- 別解との比較:
- (2)の答えは、力の分解による代数的な解法と、静止摩擦角を用いた幾何学的な解法の両方で求められました。全く異なるアプローチで同じ \(4.9 \text{ N}\) という答えが得られたことは、計算の正しさと物理的理解の確かさを強力に裏付けます。
69 エレベーターの運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、エレベーターの加速度運動に伴う、中の人の「見かけの重さ」の変化を扱う問題です。v-tグラフから運動状態を正確に読み取り、運動方程式を適用して垂直抗力を求める、力学の基本が詰まった一問です。
この問題の核心は、エレベーターの加速度に応じて、人が体重計から受ける垂直抗力の大きさが変化する現象を、運動方程式(または慣性力)を用いて定量的に説明することです。
- 人の質量: \(m = 49 \text{ kg}\)
- 運動の様子: v-tグラフで与えられる
- 座標軸の向き: 鉛直上向きを正とする
- 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\)(問題文に明記はないが、解答で使用)
- (1) 各時刻のエレベーターの加速度。
- (2) 人に働く力の名称。
- (3) 各時刻において、体重計が人から受ける力の大きさ。
- (4) 各時刻において、体重計の目盛りが示す質量。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「エレベーター内の見かけの重さ(慣性力)」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- v-tグラフの解釈: 速度と時間の関係を示すv-tグラフから、各区間の加速度(グラフの傾き)や運動の種類(加速、等速、減速)を正確に読み取る能力が基本となります。
- 運動方程式: 加速度運動をしている物体について、ニュートンの第二法則 \(ma=F\) を立てます。この問題では、エレベーター内の人に着目し、運動方程式を適用します。
- 力の図示: 人に働く力をすべて(重力と垂直抗力)正しく図示することが、立式の第一歩です。
- 作用・反作用の法則: 体重計が人を支える力(垂直抗力)と、人が体重計を押す力は、作用・反作用の関係にあり、大きさが等しくなります。体重計の目盛りは、この人が体重計を押す力(に比例する値)を示します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、v-tグラフの各区間(0-4s, 4-16s, 16-24s)について、傾きから加速度を計算します(問1)。
- 次に、人に働く力を特定します(問2)。
- 各区間の加速度を用いて、人に働く力の運動方程式を立て、体重計が人を支える力(垂直抗力)の大きさを求めます(問3)。
- 最後に、(3)で求めた垂直抗力の大きさを重力加速度で割ることで、体重計の目盛りが示す質量を計算します(問4)。
問(1)
思考の道筋とポイント
v-tグラフ(速度-時刻グラフ)において、グラフの傾きは加速度を表します。問題で与えられたグラフは3つの直線区間(0-4s, 4-16s, 16-24s)に分かれているため、それぞれの区間について傾きを計算することで、各時刻の加速度を求めることができます。傾きは「縦軸の変化量(速度の変化) / 横軸の変化量(時間の変化)」で計算します。
この設問における重要なポイント
- v-tグラフと加速度の関係: 加速度 \(a\) は、v-tグラフの傾きに等しい。
- 傾きの計算: 傾き \(a = \displaystyle\frac{\Delta v}{\Delta t} = \displaystyle\frac{v_{\text{後}} – v_{\text{初}}}{t_{\text{後}} – t_{\text{初}}}\)。
- 各区間の運動:
- 0-4s: 傾きが正の一定値なので、等加速度直線運動(加速)。
- 4-16s: 傾きが0なので、等速直線運動(加速度0)。
- 16-24s: 傾きが負の一定値なので、等加速度直線運動(減速)。
具体的な解説と立式
v-tグラフの傾きが加速度 \(a\) を表すので、各区間について計算します。
- 0~4sの区間:
時刻 \(t=0\text{ s}\) で \(v=0\text{ m/s}\)、時刻 \(t=4.0\text{ s}\) で \(v=8.0\text{ m/s}\) なので、加速度 \(a_1\) は、
$$ a_1 = \frac{8.0 – 0}{4.0 – 0} $$ - 4~16sの区間:
速度が \(v=8.0\text{ m/s}\) で一定なので、加速度 \(a_2\) は、
$$ a_2 = 0 $$ - 16~24sの区間:
時刻 \(t=16\text{ s}\) で \(v=8.0\text{ m/s}\)、時刻 \(t=24\text{ s}\) で \(v=0\text{ m/s}\) なので、加速度 \(a_3\) は、
$$ a_3 = \frac{0 – 8.0}{24 – 16} $$
使用した物理公式
- 加速度の定義: \(a = \displaystyle\frac{\Delta v}{\Delta t}\)
- 0~4sの区間:
$$ a_1 = \frac{8.0}{4.0} = 2.0 \text{ [m/s}^2] $$ - 4~16sの区間:
$$ a_2 = 0 \text{ [m/s}^2] $$ - 16~24sの区間:
$$ a_3 = \frac{-8.0}{8.0} = -1.0 \text{ [m/s}^2] $$
エレベーターの速さが時間とともにどう変わるかを示したのがv-tグラフです。このグラフの「坂道の急さ(傾き)」が「加速度」にあたります。最初の4秒間は上り坂、次の12秒間は平坦、最後の8秒間は下り坂になっており、それぞれの坂の傾きを計算することで、各時間帯の加速度がわかります。
各時刻のエレベーターの加速度は、
0~4s: \(2.0 \text{ m/s}^2\)
4~16s: \(0 \text{ m/s}^2\)
16~24s: \(-1.0 \text{ m/s}^2\)
です。
正の向きを鉛直上向きとしているので、最初の区間は上向きに加速、中央の区間は一定速度で上昇、最後の区間は上向きに減速(=下向きに加速)していることがわかります。これはエレベーターの一般的な動きとして妥当です。
問(2)
思考の道筋とポイント
エレベーターの中にいる人に働く力を考えます。力は、接触している物体から働く力と、離れていても働く力(遠隔力)に分けられます。人は地球から重力を受け、体重計の床と接触しているため、そこから力を受けます。
この設問における重要なポイント
- 遠隔力: 人は地球の中心から引かれる力、すなわち「重力」を受けます。
- 接触力: 人は体重計の上面と接しており、面から垂直に押し返される力、すなわち「垂直抗力」を受けます。
具体的な解説と立式
人に働く力は以下の2つです。
- 地球が人を引く力: 重力(鉛直下向き)
- 体重計が人を支える力: 垂直抗力(鉛直上向き)
使用した物理公式
- 力の種類分けの概念
特になし。
エレベーターに乗っているあなたに、どんな力がかかっているか考えてみましょう。まず、地球があなたを常に下に引っ張っています。これが「重力」です。そして、あなたが床を突き抜けないように、体重計の床があなたを上に押し返しています。これが「垂直抗力」です。
人に働く力は「重力」と「垂直抗力」です。
しばしば「張力」や「摩擦力」など他の力と混同しがちですが、この状況では糸やロープは関与せず、水平方向の動きもないため、この2力のみを考えればよいです。
問(3)
思考の道筋とポイント
「体重計が人から受ける力」の大きさを問われています。作用・反作用の法則により、これは「人が体重計から受ける力(=垂直抗力)」の大きさに等しくなります。したがって、人に働く垂直抗力 \(N\) を求めればよいことになります。
人はエレベーターとともに加速度運動をしているため、人について運動方程式 \(ma=F\) を立てます。ここで、\(m\) は人の質量、\(a\) は(1)で求めた各区間の加速度、\(F\) は人に働く力の合力(垂直抗力と重力の和)です。
この設問における重要なポイント
- 作用・反作用の法則: 「体重計が人から受ける力」の大きさは、「人が体重計から受ける垂直抗力 \(N\)」の大きさと等しい。
- 運動方程式の立式: 人(質量 \(m\))について、鉛直上向きを正として運動方程式を立てます。人に働く力は上向きの垂直抗力 \(N\) と下向きの重力 \(mg\) なので、合力は \(N-mg\) となります。よって、運動方程式は \(ma = N – mg\) となります。
- 各区間での計算: (1)で求めた3つの加速度 \(a_1, a_2, a_3\) をそれぞれこの運動方程式に代入して、各区間の垂直抗力 \(N\) を計算します。
具体的な解説と立式
人の質量を \(m=49 \text{ kg}\)、重力加速度を \(g=9.8 \text{ m/s}^2\)、人が体重計から受ける垂直抗力の大きさを \(N \text{ [N]}\) とします。
鉛直上向きを正として、人についての運動方程式を立てると、
$$ ma = N – mg $$
この式を \(N\) について整理すると、
$$ N = m(a+g) \quad \cdots ① $$
となります。この式に、(1)で求めた各区間の加速度 \(a\) を代入していきます。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 作用・反作用の法則
与えられた値 \(m=49 \text{ kg}\), \(g=9.8 \text{ m/s}^2\) と、(1)で求めた加速度を式①に代入します。
- 0~4sの区間 (\(a_1 = 2.0 \text{ m/s}^2\)):
$$
\begin{aligned}
N_1 &= 49 \times (2.0 + 9.8) \\[2.0ex]&= 49 \times 11.8 \\[2.0ex]&= 578.2 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(5.8 \times 10^2 \text{ N}\) となります。 - 4~16sの区間 (\(a_2 = 0 \text{ m/s}^2\)):
$$
\begin{aligned}
N_2 &= 49 \times (0 + 9.8) \\[2.0ex]&= 49 \times 9.8 \\[2.0ex]&= 480.2 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(4.8 \times 10^2 \text{ N}\) となります。 - 16~24sの区間 (\(a_3 = -1.0 \text{ m/s}^2\)):
$$
\begin{aligned}
N_3 &= 49 \times (-1.0 + 9.8) \\[2.0ex]&= 49 \times 8.8 \\[2.0ex]&= 431.2 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で \(4.3 \times 10^2 \text{ N}\) となります。
体重計があなたを押し返す力(垂直抗力)は、エレベーターの動きによって変わります。この関係は、ニュートンの運動の法則(\(F=ma\))で説明できます。この法則を使って、各時間帯の加速度から、そのときの垂直抗力の大きさを計算します。上向きに加速するときは力が大きくなり、減速するときは小さくなります。
思考の道筋とポイント
エレベーターと一緒に運動する観測者の視点(非慣性系)で考えます。この観測者から見ると、人には重力と垂直抗力に加えて「慣性力」が働いているように見えます。慣性力の大きさは \(ma\) で、向きはエレベーターの加速度 \(a\) と逆向きです。この視点では、人は常に静止しているように見えるため、力のつり合いの式を立てることができます。
この設問における重要なポイント
- 慣性力の導入: 加速度 \(a\) で運動するエレベーター内では、質量 \(m\) の物体に加速度と逆向きに大きさ \(F_{\text{慣性}} = ma\) の慣性力が働く。
- 力のつり合い: エレベーター内の観測者から見ると、人は静止しているので、鉛直方向の力がつり合っている。
- 上向きの力: 垂直抗力 \(N\)
- 下向きの力: 重力 \(mg\) と 慣性力 \(ma\)
- つり合いの式: \(N – mg – F_{\text{慣性}} = 0\) ではなく、力の向きを考慮して \(N = mg + F_{\text{慣性}}\) のように力の大きさが釣り合う式を立てる。慣性力の向きは加速度と逆なので注意。
具体的な解説と立式
エレベーター内の人から見た力のつり合いを考えます。人には、上向きに垂直抗力 \(N\)、下向きに重力 \(mg\) が働きます。さらに、エレベーターの加速度 \(a\) とは逆向きに、大きさ \(ma\) の慣性力が働きます。
したがって、力のつり合いの式は、
$$ N – mg – ma_{\text{慣性力}} = 0 $$
ここで、慣性力は加速度 \(a\) と逆向きに働くので、鉛直上向きを正とすると、慣性力による力の成分は \(-ma\) となります。
よって、力のつり合いの式は、
$$ N – mg – ma = 0 $$
これを \(N\) について解くと、
$$ N = m(g+a) $$
となり、運動方程式から導いた式と全く同じになります。
使用した物理公式
- 慣性力: \(F_{\text{慣性}} = ma\)(向きは加速度と逆)
- 力のつり合い
運動方程式を用いた解法と全く同じ式が得られるため、計算過程と結果も同一になります。
0~4s: \(N_1 = 5.8 \times 10^2 \text{ N}\)
4~16s: \(N_2 = 4.8 \times 10^2 \text{ N}\)
16~24s: \(N_3 = 4.3 \times 10^2 \text{ N}\)
エレベーターの中にいるあなたの視点で考えてみましょう。加速中は、まるで「下向きの見えない力」が加わったかのように感じます。これが慣性力です。この見えない力と、もともとの重力を合わせたものと、床があなたを支える力(垂直抗力)が釣り合っている、と考える方法です。
慣性系(静止した観測者)から見た運動方程式と、非慣性系(エレベーター内の観測者)から見た慣性力込みの力のつり合いは、異なる視点から同じ現象を記述したものであり、当然同じ結果を与えます。どちらの考え方でも解けるようにしておくことが重要です。
各時刻において体重計が人から受ける力の大きさは、
0~4s: \(5.8 \times 10^2 \text{ N}\)
4~16s: \(4.8 \times 10^2 \text{ N}\)
16~24s: \(4.3 \times 10^2 \text{ N}\)
です。
静止時や等速運動時の力の大きさは、人の重力 \(mg = 49 \times 9.8 = 480.2 \text{ N}\) に等しくなります。
上向きに加速(0-4s)すると、静止時より大きな力が必要となり(体が重く感じる)、上向きに減速(16-24s)すると、静止時より小さな力で済みます(体が軽く感じる)。この結果は日常的な感覚と一致しており、物理的に妥当です。
問(4)
思考の道筋とポイント
体重計の目盛りは、物体が体重計を押す力の大きさを、質量の単位 [kg] に換算して表示する装置です。具体的には、力の大きさ \(N\) [N] を、重力加速度 \(g=9.8 \text{ m/s}^2\) で割った値が、目盛りの示す質量 \(M\) [kg] となります。これは、質量 \(M\) の物体が静止しているときに及ぼす力の大きさが \(Mg\) [N] であるという関係に基づいています。
この設問における重要なポイント
- 体重計の原理: 体重計の目盛り \(M\) [kg] は、体重計が受ける力 \(N\) [N] を用いて \(M = \displaystyle\frac{N}{g}\) と計算される。
- 計算の実行: (3)で求めた各区間の力の大きさ(垂直抗力) \(N_1, N_2, N_3\) を、それぞれ \(g=9.8\) で割ります。
具体的な解説と立式
体重計の目盛りが示す質量を \(M \text{ [kg]}\) とすると、体重計が受ける力 \(N \text{ [N]}\) との関係は、
$$ N = Mg $$
と表せます。したがって、目盛り \(M\) は、
$$ M = \frac{N}{g} $$
で計算できます。
使用した物理公式
- 重力と質量の関係: \(W=mg\)
(3)で求めた \(N_1, N_2, N_3\) の値を \(g=9.8\) で割ります。
- 0~4sの区間:
$$ M_1 = \frac{578.2}{9.8} = 59 \text{ [kg]} $$ - 4~16sの区間:
$$ M_2 = \frac{480.2}{9.8} = 49 \text{ [kg]} $$ - 16~24sの区間:
$$ M_3 = \frac{431.2}{9.8} = 44 \text{ [kg]} $$
体重計は、かかった力の大きさを「もしこれが重力だけだったら何kgに相当するか」という考え方で質量の目盛りに変換しています。そこで、(3)で計算した各時間帯での力の大きさを、重力加速度(9.8)で割り算することで、体重計が指し示すであろう目盛りの値を求めます。
各時刻において体重計の目盛りが示す質量は、
0~4s: \(59 \text{ kg}\)
4~16s: \(49 \text{ kg}\)
16~24s: \(44 \text{ kg}\)
です。
人の本来の質量は \(49 \text{ kg}\) です。等速運動中(加速度0)は、目盛りも本来の質量と一致します。上向きに加速すると質量が重く表示され(見かけの重さが増加)、上向きに減速すると軽く表示されます(見かけの重さが減少)。これは我々の経験とも一致する妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動方程式 (\(ma=F\)) の応用:
- 核心: この問題は、加速度運動する系(エレベーター)の中での力の働きを問う、運動方程式の典型的な応用問題です。核心は、観測対象(人)に働くすべての力(重力と垂直抗力)を正しく特定し、観測事実(v-tグラフから読み取れる加速度)と結びつけて運動方程式を立てることにあります。
- 理解のポイント: \(ma = N – mg\) という一本の式が、この問題の物理現象のすべてを表現しています。左辺の \(ma\) は運動の変化(結果)を表し、右辺の \(N-mg\) はその原因となる力の合力を表します。加速度 \(a\) が正(上向き加速)、ゼロ(等速)、負(上向き減速)と変化するのに応じて、垂直抗力 \(N\) の値がどう変わるかを定量的に解析することが求められます。
- v-tグラフの物理的意味の理解:
- 核心: 問題の前提条件である運動の様子が、数式ではなくv-tグラフで与えられている点が特徴です。グラフの「傾き」が「加速度」を表すという物理的な意味を理解していなければ、運動方程式を立てるための \(a\) の値を求めることができません。
- 理解のポイント: 物理は数式だけでなく、グラフや図で表現されることが多々あります。グラフから物理量を読み取り、それを数式に代入するという、異なる表現形式を繋ぐ能力が不可欠です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 電車内のつり革・風船: 加速する電車内で、つり革が傾いたり、ヘリウム風船が進行方向と同じ向きに傾いたりする問題。これらも慣性力を考えて解くことができます。
- 斜面を運動する台車上の物体: 斜面を滑り降りる台車の上に置かれた物体が滑るか、倒れるかなどを問う問題。台車の加速度によって生じる慣性力と、重力の斜面方向成分との合力を考える必要があります。
- 糸で吊るされたおもり: エレベーターの天井から糸で吊るされたおもりの問題。本問の垂直抗力 \(N\) が、糸の張力 \(T\) に置き換わるだけで、立式や考え方は全く同じです(\(ma = T – mg\))。
- 初見の問題での着眼点:
- 誰の視点で見るかを決める: まず「地上で静止した視点(慣性系)」で見るか、「乗り物と一緒に動く視点(非慣性系)」で見るかを決めます。慣性系なら「運動方程式」、非慣性系なら「慣性力を含めた力のつり合い」を立てます。どちらでも解けますが、自分が得意な方、または問題が解きやすそうな方を選びましょう。
- 加速度の向きを正確に把握する: 乗り物の加速度の向きが、力の関係を決定する最も重要な要素です。v-tグラフや問題文から、加速度の向き(と大きさ)を最初に確定させます。
- 「見かけの重さ」という言葉に注目: 問題文に「見かけの重さ」や「体重計の目盛り」とあれば、それは垂直抗力や張力の大きさを問われていると解釈します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動方程式の符号ミス:
- 誤解: \(ma = N – mg\) の式で、力の向きを考えずに \(ma = N + mg\) としたり、加速度の正負を間違えたりする。
- 対策: 必ず座標軸(例: 鉛直上向きを正)を設定し、すべてのベクトル量(力、加速度)の向きをその座標軸に合わせてプラス・マイナスで表現する習慣をつけること。「上向きの力はプラス、下向きの力はマイナス」のように機械的に処理すれば、符号ミスは防げます。
- 慣性力と運動方程式の混同:
- 誤解: 慣性系(静止系)の視点で運動方程式を立てているにもかかわらず、慣性力を書き加えてしまう(\(ma = N – mg – ma\) のような誤った式を立てる)。
- 対策: 「運動方程式(慣性系)」と「慣性力(非慣性系)」は排他的な考え方であると肝に銘じること。静止した地面から見るなら慣性力は存在せず、乗り物に乗って見るなら運動は存在しない(力のつり合いを考える)、と視点を明確に区別しましょう。
- 力の大きさと質量の混同:
- 誤解: (3)で力の大きさを聞かれているのに、(4)の質量の値を答えてしまう。あるいはその逆。
- 対策: 物理量の「単位」を常に意識することです。力の単位は [N]、質量の単位は [kg] です。問題で何が問われているかを正確に把握し、適切な単位で答えるようにしましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の矢印図: 人を表す点を描き、そこから鉛直下向きに「重力 \(mg\)」、鉛直上向きに「垂直抗力 \(N\)」の矢印を描きます。
- 加速時 (\(a>0\)): 合力が上向きになる必要があるので、上向きの矢印 \(N\) を下向きの矢印 \(mg\) より長く描きます。
- 等速時 (\(a=0\)): 合力がゼロなので、\(N\) と \(mg\) の矢印を同じ長さに描きます。
- 減速時 (\(a<0\)): 合力が下向きになる必要があるので、\(N\) を \(mg\) より短く描きます。
この図を描くことで、\(N\) と \(mg\) の大小関係が視覚的に理解できます。
- 慣性力のイメージ:
- 上向き加速時: シートに体が押し付けられる感覚。これは「下向きの慣性力」が加わったとイメージできます。
- 上向き減速時: 体がフワッと浮くような感覚。これは「上向きの慣性力」が加わったとイメージできます(あるいは下向きの力が減ったと考える)。
- 力の矢印図: 人を表す点を描き、そこから鉛直下向きに「重力 \(mg\)」、鉛直上向きに「垂直抗力 \(N\)」の矢印を描きます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- v-tグラフの読み取り: グラフの縦軸と横軸の単位、目盛りの値を正確に読み取ることがすべての出発点です。読み間違いがないか、指差し確認しましょう。
- 力の作用点: 人に働く力は、人の重心に作用しているとして描くとシンプルで分かりやすいです。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 加速度の定義 (\(a = \Delta v / \Delta t\)):
- 選定理由: (1)で、v-tグラフという時間変化の情報から、運動の状態を表す物理量「加速度」を定量化する必要があるため。
- 適用根拠: 加速度は速度の時間的な変化率である、という定義そのものです。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (3)で、加速度運動している人のダイナミクス(力と運動の関係)を記述するため。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則は、力学における最も普遍的な法則の一つです。加速度がゼロでない限り、この法則が適用されます。
- 体重計の目盛りの式 (\(M=N/g\)):
- 選定理由: (4)で、力 [N] という物理量を、日常的な感覚に近い質量 [kg] という尺度に変換する必要があるため。
- 適用根拠: これは物理法則というより「体重計という測定器の定義・原理」です。体重計は力を測定し、それを \(g\) で割って質量として表示する装置である、という前提知識に基づいています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 運動の解析 (問1):
- 戦略: v-tグラフから加速度を求める。
- フロー: ①グラフを3区間に分割 → ②各区間で傾き (\(\Delta v / \Delta t\)) を計算 → ③3つの加速度 \(a_1, a_2, a_3\) を確定。
- 力の解析 (問2, 3):
- 戦略: 人について運動方程式を立て、垂直抗力を求める。
- フロー: ①人に働く力(重力、垂直抗力)を図示 → ②鉛直上向きを正として運動方程式を立式 (\(ma = N – mg\)) → ③式を \(N\) について整理 (\(N = m(a+g)\)) → ④(1)で求めた \(a_1, a_2, a_3\) を代入し、各区間の \(N_1, N_2, N_3\) を計算。
- 目盛りの計算 (問4):
- 戦略: 求めた垂直抗力を質量に換算する。
- フロー: ①体重計の原理式 (\(M=N/g\)) を確認 → ②(3)で求めた \(N_1, N_2, N_3\) を代入し、各区間の目盛り \(M_1, M_2, M_3\) を計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式で整理してから代入: (3)の計算では、いきなり数値を代入するのではなく、まず \(N = m(a+g)\) という一般式を導出することが有効です。この式に、3パターンの \(a\) を代入するだけで済むため、思考が整理され、計算ミスも減ります。
- 有効数字の扱い: 問題文で与えられた数値(質量49kgなど)が2桁なので、最終的な答えも有効数字2桁に揃えるのが一般的です。計算途中では3桁か4桁程度で計算を進め、最後に四捨五入すると誤差が少なくなります。模範解答では \(4.8 \times 10^2\) のように指数表記が使われているので、それに倣うのが安全です。
- 単位の換算: この問題では単位換算は不要ですが、もし質量が [g] で与えられていたら [kg] に直すなど、基本的な単位(SI基本単位)に揃えてから計算する習慣をつけましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (3) 垂直抗力: 静止時の力(重力)は \(49 \times 9.8 = 480.2 \text{ N}\) です。上向き加速時(0-4s)の \(N_1 \approx 578 \text{ N}\) はこれより大きく、上向き減速時(16-24s)の \(N_3 \approx 431 \text{ N}\) はこれより小さい。この大小関係が「エレベーター上昇時の体の感覚(発進時に重く感じ、停止前に軽く感じる)」と一致しているかを確認します。
- (4) 体重計の目盛り: 人の質量は \(49 \text{ kg}\) です。等速運動時(4-16s)の目盛りが \(49 \text{ kg}\) になっているかを確認します。これが基準となり、加速・減速時の値がこの基準から増減していることが妥当性を裏付けます。
- 別解との比較:
- (3)の垂直抗力は、慣性系での「運動方程式」と、非慣性系での「慣性力を含めた力のつり合い」という2つのアプローチで求められました。両者で全く同じ結果が得られたことは、計算の正しさと物理的理解の確かさを裏付ける強力な証拠となります。
70 連結した物体の運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、あらい斜面上の物体と滑車を介して吊るされたおもりが、糸で連結された系の運動を扱う問題です。おもりの質量によって、斜面上の物体が「静止し続ける」「動き出す」という状況の変化があり、特に静止摩擦力の向きがどう変わるかを考察する点が重要です。
この問題の核心は、おもりの質量\(M\)の値に応じて変化する状況を正しく把握し、「力のつり合い」と「運動方程式」を適切に使い分けることです。
- 斜面の傾斜角: \(\theta\)
- 物体Aの質量: \(m\)
- 物体Bの質量: \(M\)
- 静止摩擦係数: \(\mu_0\)
- 動摩擦係数: \(\mu’\)
- 静止条件: \(M_1 \le M \le M_2\) の範囲でAは静止
- 条件: \(\tan\theta > \mu_0\)
- (1) Aが静止し続けるための質量の下限\(M_1\)と上限\(M_2\)。
- (2) \(M > M_2\) のときの、両物体の加速度の大きさと糸の張力の大きさ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「静止摩擦力と動摩擦力が関わる連結物体の運動」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力の図示と分解: 物体Aに働く重力を、斜面に平行な成分と垂直な成分に分解することが全ての基本です。
- 静止摩擦力の向きと大きさ: 静止摩擦力は、物体が滑り出そうとするのを妨げる向きに働きます。その向きは、おもりBの質量\(M\)によって変わります。\(M\)が小さいとき、Aは斜面を滑り落ちようとするため摩擦力は上向きに、\(M\)が大きいとき、Aは斜面を上ろうとするため摩擦力は下向きに働きます。
- 力のつり合い: 物体Aが静止している状態(問1)では、AとBそれぞれについて力のつり合いの式を立てます。特に、Aが滑り出す限界(\(M=M_1, M_2\))では、静止摩擦力が最大摩擦力 \(\mu_0 mg \cos\theta\) となります。
- 運動方程式: 物体AとBが一体となって運動する状態(問2)では、動摩擦力を考慮し、AとBそれぞれについて運動方程式を立て、連立して解きます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、物体Aが静止し続けるための条件を考えます。まず、Bの質量が最も小さい限界(\(M=M_1\))の状況を考えます。このときAは斜面を滑り落ちようとするので、最大摩擦力は斜面上向きに働きます。次に、Bの質量が最も大きい限界(\(M=M_2\))の状況を考えます。このときAは斜面を上ろうとするので、最大摩擦力は斜面下向きに働きます。それぞれの状況で力のつり合いの式を立てて\(M_1\)と\(M_2\)を求めます。
- (2)では、\(M > M_2\) の条件から、Aが斜面を上向きに、Bが下向きに運動すると判断します。Aには斜面下向きの動摩擦力が働くため、これを考慮してAとBそれぞれについて運動方程式を立て、加速度と張力を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
物体Aが静止し続けるための、おもりBの質量\(M\)の範囲を求める問題です。この範囲の下限が\(M_1\)、上限が\(M_2\)に対応します。
- \(M=M_1\)(下限)のとき: Bの質量が最も小さい状態です。このとき、Aは重力の斜面成分によって斜面を滑り落ちようとします。これを糸の張力と静止摩擦力で支えている状況です。滑り落ちる直前なので、静止摩擦力は最大値に達し、向きは「斜面上向き」となります。
- \(M=M_2\)(上限)のとき: Bの質量が最も大きい状態です。このとき、糸の張力によってAは斜面を上向きに引き上げられようとします。これを重力の斜面成分と静止摩擦力で支えている状況です。滑り上がる直前なので、静止摩擦力は最大値に達し、向きは「斜面下向き」となります。
この2つの限界状態について、それぞれ物体Aと物体Bの力のつり合いを考えます。
この設問における重要なポイント
- 力の分解: 物体Aに働く重力\(mg\)を、斜面に平行な成分 \(mg\sin\theta\) と、斜面に垂直な成分 \(mg\cos\theta\) に分解します。
- 摩擦力の向きの判断: \(M_1\)のときはAが滑り落ちるのを防ぐ「上向き」、\(M_2\)のときはAが滑り上がるのを防ぐ「下向き」に最大摩擦力が働きます。
- 最大摩擦力: 大きさは \(f_{\text{最大}} = \mu_0 N\) です。斜面に垂直方向の力のつり合いから、垂直抗力 \(N = mg\cos\theta\) となるため、最大摩擦力は \(\mu_0 mg\cos\theta\) となります。
- 連立: 物体Aと物体Bは糸で繋がれているため、張力\(T\)は共通です。それぞれの物体で力のつり合いの式を立てます。
具体的な解説と立式
物体Aに働く垂直抗力\(N\)は、斜面に垂直方向の力のつり合いから、常に \(N = mg\cos\theta\) です。
したがって、最大摩擦力の大きさ \(f_{\text{最大}}\) は \(\mu_0 N = \mu_0 mg\cos\theta\) となります。
1. \(M_1\)を求める(Aが滑り落ちる直前)
このとき、静止摩擦力は斜面上向きに最大値 \(f_{\text{最大}}\) で働きます。
- 物体A(斜面方向の力のつり合い):
$$ T_1 + f_{\text{最大}} – mg\sin\theta = 0 \quad \cdots ① $$ - 物体B(鉛直方向の力のつり合い):
$$ T_1 – M_1 g = 0 \quad \cdots ② $$
2. \(M_2\)を求める(Aが滑り上がる直前)
このとき、静止摩擦力は斜面下向きに最大値 \(f_{\text{最大}}\) で働きます。
- 物体A(斜面方向の力のつり合い):
$$ T_2 – f_{\text{最大}} – mg\sin\theta = 0 \quad \cdots ③ $$ - 物体B(鉛直方向の力のつり合い):
$$ T_2 – M_2 g = 0 \quad \cdots ④ $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 最大摩擦力: \(f_{\text{最大}} = \mu_0 N\)
1. \(M_1\)の計算
式②より \(T_1 = M_1 g\)。これを式①に代入します。
$$ M_1 g + \mu_0 mg\cos\theta – mg\sin\theta = 0 $$
両辺を \(g\) で割り、\(M_1\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
M_1 &= m\sin\theta – \mu_0 m\cos\theta \\[2.0ex]&= m(\sin\theta – \mu_0\cos\theta)
\end{aligned}
$$
2. \(M_2\)の計算
式④より \(T_2 = M_2 g\)。これを式③に代入します。
$$ M_2 g – \mu_0 mg\cos\theta – mg\sin\theta = 0 $$
両辺を \(g\) で割り、\(M_2\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
M_2 &= m\sin\theta + \mu_0 m\cos\theta \\[2.0ex]&= m(\sin\theta + \mu_0\cos\theta)
\end{aligned}
$$
(1) Aがギリギリ静止していられる条件を考えます。まず、おもりBが一番軽いとき(質量\(M_1\))、Aは下に滑り落ちそうになるのを、糸の力と床からの最大級の摩擦力(上向き)で必死にこらえます。この力のつり合いから\(M_1\)を計算します。次におもりBが一番重いとき(質量\(M_2\))、Aは上に引っ張り上げられそうになるのを、自重と床からの最大級の摩擦力(下向き)で必死にこらえます。この力のつり合いから\(M_2\)を計算します。
\(M_1 = m(\sin\theta – \mu_0\cos\theta)\), \(M_2 = m(\sin\theta + \mu_0\cos\theta)\) です。
問題文に \(\tan\theta > \mu_0\) という条件があります。これは \(m\sin\theta > \mu_0 m\cos\theta\) を意味し、\(M_1 > 0\) であることを保証しています。もしこの条件がなければ、おもりがなくても(\(M=0\)でも)Aは静止摩擦力だけで斜面にとどまることができ、\(M_1=0\) となります。\(M_2\)が\(M_1\)より大きいのは当然の結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
\(M > M_2\) のとき、物体AとBは静止し続けることができず、動き出します。\(M\)が静止できる上限を超えているので、Aは斜面を上向きに、Bは鉛直下向きに、同じ大きさの加速度 \(a\) で運動します。
運動している物体に働く摩擦力は「動摩擦力」であり、その大きさは \(\mu’ N = \mu’ mg\cos\theta\) となります。Aは斜面を上向きに運動するので、動摩擦力はそれを妨げる「斜面下向き」に働きます。
AとBそれぞれについて運動方程式を立て、連立して加速度 \(a\) と張力 \(T\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 運動方向の判断: \(M > M_2\) という条件から、Aは斜面上向き、Bは鉛直下向きに運動すると判断します。
- 動摩擦力の適用: 運動しているので、摩擦力は動摩擦力 \(f’ = \mu’ N = \mu’ mg\cos\theta\) となります。向きはAの運動を妨げる斜面下向きです。
- 運動方程式の立式: AとB、それぞれについて運動方程式を立てます。加速度の向きを正として立式するのが一般的です。
- A: 斜面上向きを正とする。
- B: 鉛直下向きを正とする。
- 連立方程式: 2つの運動方程式を連立させて、未知数 \(a\) と \(T\) を解きます。
具体的な解説と立式
Aは斜面上向き、Bは鉛直下向きに大きさ \(a\) の加速度で運動する。このときの糸の張力を \(T’\) とする。
Aに働く動摩擦力は斜面下向きで、大きさは \(f’ = \mu’ mg\cos\theta\)。
- 物体Aの運動方程式(斜面上向きを正とする):
$$ ma = T’ – mg\sin\theta – \mu’ mg\cos\theta \quad \cdots ⑤ $$ - 物体Bの運動方程式(鉛直下向きを正とする):
$$ Ma = Mg – T’ \quad \cdots ⑥ $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 動摩擦力: \(f’ = \mu’ N\)
加速度 \(a\) の計算
式⑤と式⑥を辺々足し合わせると、張力 \(T’\) が消去できます。
$$ (m+M)a = (Mg – T’) + (T’ – mg\sin\theta – \mu’ mg\cos\theta) $$
$$ (m+M)a = Mg – mg\sin\theta – \mu’ mg\cos\theta $$
\(a\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
a &= \frac{Mg – mg(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} \\[2.0ex]&= \frac{M – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g
\end{aligned}
$$
張力 \(T’\) の計算
式⑥を \(T’\) について解きます。
$$ T’ = Mg – Ma = M(g-a) $$
ここに上で求めた \(a\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
T’ &= M \left( g – \frac{Mg – mg(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g \right) \\[2.0ex]&= Mg \left( 1 – \frac{M – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} \right) \\[2.0ex]&= Mg \left( \frac{(M+m) – (M – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta))}{M+m} \right) \\[2.0ex]&= Mg \left( \frac{m + m\sin\theta + m\mu’\cos\theta}{M+m} \right) \\[2.0ex]&= \frac{Mm(1 + \sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g
\end{aligned}
$$
おもりBが重すぎて、ついにAが上に滑り始めた状況を考えます。このとき、AとBは同じ加速度で運動します。Aには、下向きに「自重の斜面成分」と「動摩擦力」が、上向きに「糸の張力」が働きます。Bには、下向きに「重力」、上向きに「糸の張力」が働きます。この関係を、AとBそれぞれについてニュートンの運動の法則(\(F=ma\))で数式にし、2つの式を連立方程式として解くことで、加速度と張力を求めます。
加速度の大きさは \(a = \displaystyle\frac{M – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g\)、張力の大きさは \(T’ = \displaystyle\frac{Mm(1 + \sin\theta + \mu’\cos\theta)}{M+m} g\) です。
\(M > M_2 = m(\sin\theta + \mu_0\cos\theta)\) であり、通常 \(\mu_0 \ge \mu’\) なので、\(M > m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\) が成り立ち、加速度 \(a\) は正の値となります。これはAが斜面を上るという設定と矛盾しません。
また、張力 \(T’\) は、Bが自由落下するときの力(\(T’=0\))と、静止しているときの力(\(T’=Mg\))の間の値になるはずです。\(T’ = M(g-a)\) という式から、\(a>0\) なので \(T’ < Mg\) となっており、妥当な結果です。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 摩擦力の状況依存性:
- 核心: この問題の最も重要なポイントは、摩擦力が「静止摩擦力」か「動摩擦力」か、さらに静止摩擦力の「向き」がどうなるかを、物体の運動状態や外力(この問題ではおもりBの質量\(M\))に応じて正しく判断することです。
- 理解のポイント:
- 静止時(問1): 摩擦力は「つり合いを保つために必要な力」として働きます。おもり\(M\)が軽ければAは滑り落ちようとするので摩擦力は「上向き」に、\(M\)が重ければAは引き上げられようとするので摩擦力は「下向き」に働きます。\(M_1\)と\(M_2\)は、この静止摩擦力が限界(最大摩擦力)に達したときの質量です。
- 運動時(問2): 一度動き出せば、摩擦力は「動摩擦力」となり、大きさは \(\mu’N\) で一定、向きは常に運動を妨げる向き(この場合は斜面下向き)になります。
- 複数物体の連立方程式:
- 核心: 2つの物体が糸で繋がれているため、単独では運動が決まりません。物体Aと物体B、それぞれについて物理法則(力のつり合い or 運動方程式)を立て、それらを「張力\(T\)と加速度\(a\)が共通である」という条件を使って連立方程式として解く必要があります。
- 理解のポイント: 運動方程式を2つ立て、辺々足し合わせることで張力\(T\)を消去し、まず加速度\(a\)を求める、という一連の流れは、連結物体問題の典型的な解法パターンです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 2つの物体が斜面上にある問題: あらい斜面上に2つの物体を重ねて置いたり、並べて置いたりする問題。接触面に働く垂直抗力や摩擦力を考慮し、それぞれの物体で運動方程式を立てて解きます。
- 動滑車を含む問題: 動滑車によって2つの物体の加速度が異なる(例: \(a_A = 2a_B\))場合。運動方程式を立てるだけでなく、加速度の関係式(束縛条件)も必要になります。
- 水平面と斜面の組み合わせ: 水平面上の物体と斜面上の物体を滑車で結んだ問題。考え方の基本は本問と全く同じです。
- 初見の問題での着眼点:
- まず「静止できるか」を判断する: 外力(おもりなど)がない状態で、物体が斜面上で静止できるか(\(mg\sin\theta \le \mu_0 mg\cos\theta\) すなわち \(\tan\theta \le \mu_0\) か)を確認します。これにより、摩擦力が最初から働く状況かどうかが分かります。
- 摩擦力の向きを慎重に決定する: 「物体がどちらに動こうとしているか」を常に自問自答し、摩擦力の向きを決定します。これが最大の分岐点です。
- 限界状態を図示する: (1)のような範囲を求める問題では、「下限(滑り落ちる寸前)」と「上限(滑り上がる寸前)」の2つの状態について、それぞれ力の働く向きを正確に図示することが、立式のミスを防ぐ鍵となります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 摩擦力の向きの固定観念:
- 誤解: 重力の斜面成分が常に下向きだからといって、摩擦力は常に上向きだと勘違いしてしまう。
- 対策: 摩擦力は「運動(または運動しようとする方向)を妨げる向き」に働く、という定義に立ち返ることです。おもり\(M\)が重くなり、Aが上に動こうとすれば、摩擦力は下を向きます。状況に応じて向きが変わることを常に意識しましょう。
- 静止摩擦係数と動摩擦係数の混同:
- 誤解: 静止しているとき(問1)に動摩擦係数 \(\mu’\) を使ったり、運動しているとき(問2)に静止摩擦係数 \(\mu_0\) を使ったりする。
- 対策: 「静止限界は \(\mu_0\)」「運動中は \(\mu’\)」と明確に区別して覚えること。問題文をよく読み、物体の状態(静止か運動か)を正確に把握することが不可欠です。
- 運動方程式の立式ミス:
- 誤解: 2つの物体の加速度の正の向きをバラバラに設定してしまい、連立する際に符号を間違える。
- 対策: Aが斜面を上る向きと、Bが下に下りる向きを、同じ正の向き(加速度\(a\))と定義するなど、系の運動方向を一つに決めてから立式すると、混乱が少なくなります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力のベクトル図の使い分け: (1)の\(M_1\)と\(M_2\)を考える際に、2つの図を並べて描くのが有効です。
- \(M_1\)の図: Aに働く力として、下向きの \(mg\sin\theta\)、上向きの \(T_1\) と \(f_{\text{最大}}\) を描く。\(mg\sin\theta\) の矢印が、\(T_1\) と \(f_{\text{最大}}\) の矢印の合計と同じ長さになるように描くと、力のつり合いが視覚化できます。
- \(M_2\)の図: Aに働く力として、下向きの \(mg\sin\theta\) と \(f_{\text{最大}}\)、上向きの \(T_2\) を描く。\(T_2\) の矢印が、\(mg\sin\theta\) と \(f_{\text{最大}}\) の矢印の合計と同じ長さになるように描きます。
- エネルギーの視点(発展): この系全体のエネルギーを考えることもできます。\(M > M_2\) で運動するとき、Bが失う位置エネルギーの一部が、Aの位置エネルギー増加と、摩擦による熱エネルギー(仕事)に変換され、残りが系全体の運動エネルギーの増加になる、というイメージです。
- 力のベクトル図の使い分け: (1)の\(M_1\)と\(M_2\)を考える際に、2つの図を並べて描くのが有効です。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の分解を明確に: 重力\(mg\)を斜面平行成分と垂直成分に分解したら、元の\(mg\)のベクトルには斜線を引くなどして、二重に数えないようにします。
- 加速度の向きを記入: 運動方程式を立てる際には、AとBの加速度\(a\)の向きを矢印で明確に図に記入します。これにより、力のどの成分が正で、どの成分が負になるかが分かりやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: (1)で、物体が「静止したままであった」という条件が与えられているため。
- 適用根拠: 加速度がゼロの物体に働く力の合力はゼロである、というニュートンの第一法則に基づきます。AとB、それぞれについてこの法則を適用します。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (2)で、\(M>M_2\) となり物体が「動き出す」ため。
- 適用根拠: 加速度運動する物体について、その運動(加速度)と原因(力の合力)の関係を記述するニュートンの第二法則を適用します。これもAとB、それぞれについて適用します。
- 摩擦力の公式 (\(f \le \mu_0 N\), \(f’ = \mu’ N\)):
- 選定理由: 問題にあらい斜面が登場するため、摩擦を考慮する必要があります。
- 適用根拠: (1)の限界状態では静止摩擦力が最大値 \(\mu_0 N\) をとるという条件を、(2)の運動状態では動摩擦力が \(\mu’ N\) で働くという法則を、それぞれ適用します。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 静止限界質量の計算:
- 戦略: \(M_1\)(滑り落ちる限界)と\(M_2\)(滑り上がる限界)の2つの状況を分けて考える。それぞれで力のつり合いを立てる。
- フロー(\(M_1\)): ①摩擦力は上向きと判断 → ②AとBで力のつり合いを立式 → ③連立して\(M_1\)を解く。
- フロー(\(M_2\)): ①摩擦力は下向きと判断 → ②AとBで力のつり合いを立式 → ③連立して\(M_2\)を解く。
- (2) 加速度と張力の計算:
- 戦略: AとBが一体で運動すると考え、それぞれ運動方程式を立てる。動摩擦力が働くことに注意。
- フロー: ①Aの運動方向(上向き)を判断し、動摩擦力の向き(下向き)を決定 → ②AとBそれぞれについて運動方程式を立式 → ③2式を足して張力\(T’\)を消去し、加速度\(a\)を求める → ④求めた\(a\)をどちらかの式に代入し、張力\(T’\)を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題のように数値が与えられていない場合、必然的に文字式での計算になります。特に(2)の張力を求める計算は複雑になりがちです。分数の計算や因数分解を丁寧に行いましょう。
- 加速度を求めてから張力を求める: (2)で、まず2式を足し合わせて加速度\(a\)を求めるのが定石です。求めた\(a\)を代入して張力\(T’\)を計算する際、より簡単な式(この問題ではBの運動方程式 \(T’ = M(g-a)\))を選ぶと、計算量を減らせます。
- 結果の吟味: (1)で求めた\(M_1\)と\(M_2\)の式を見比べ、\(M_2 > M_1\) となっているかを確認する。また、(2)で求めた加速度\(a\)の式の分子が、\(M > M_2\) のときに正になるかを確認するなど、物理的に妥当な結果になっているかを見直すことで、計算ミスを発見できることがあります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 限界質量: \(M_1\)と\(M_2\)の式は、\(m\sin\theta\)(Aを滑らせようとする力に対応する質量)から、摩擦力に相当する質量 \(\mu_0 m\cos\theta\) を引いたものと、足したものになっています。これは物理的な意味(摩擦力が助けてくれるか、邪魔をするか)と直結しており、非常に理にかなった形です。
- (2) 加速度: 加速度の式 \(a = \displaystyle\frac{Mg – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)g}{M+m}\) の分子は、「Bを動かそうとする力」から「Aの運動を妨げる力の合計」を引いた形になっています。分母は系全体の質量です。これは \(a = \frac{F_{\text{合力}}}{m_{\text{全体}}}\) という運動方程式の構造そのものであり、妥当です。
- 極端な場合を考える: もし斜面がなめらか(\(\mu_0=\mu’=0\))だったら、\(M_1=M_2=m\sin\theta\) となり、静止できるのは \(M=m\sin\theta\) の一点だけになります。また、加速度は \(a = \frac{M-m\sin\theta}{M+m}g\) となり、よく知られた公式と一致します。このように、特殊な場合を考えて答えの式を検証するのも有効な手段です。
71 動滑車を用いた運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、あらい水平面上の物体と、動滑車を介して吊るされたおもりを連結した系の運動を扱います。動滑車特有の「加速度」と「張力」の関係性(束縛条件)を正しく理解し、運動方程式に組み込むことができるかが問われる、応用的な問題です。
この問題の核心は、2つの物体の運動が独立ではなく、動滑車によって幾何学的に束縛されている点を見抜き、その関係を数式で表現して連立方程式を解くことです。
- 物体Aの質量: \(m\) [kg]
- 物体Bの質量: \(M\) [kg]
- Aと水平面との間の動摩擦係数: \(\mu’\)
- 重力加速度の大きさ: \(g\) [m/s²]
- 物体Bの加速度の大きさ \(a\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「動滑車を含む連結物体の運動」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 動滑車の性質(束縛条件): 動滑車が使われているため、物体Aと物体Bの移動距離、速度、加速度は単純な1対1の関係にはなりません。また、物体Bを支える力と、糸1本に働く張力の関係も同様です。この幾何学的な関係を正しく導出することが最初の関門です。
- 運動方程式: 2つの物体が連動して加速度運動をするため、それぞれの物体について運動方程式を立てます。
- 動摩擦力: 物体Aが置かれているのはあらい水平面なので、運動を妨げる向きに動摩擦力が働きます。
- 連立方程式の解法: 2つの物体について立てた運動方程式を、未知数である加速度と張力について解く数学的な処理能力が求められます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、動滑車の仕組みから、物体Aと物体Bの加速度の大きさの関係式を導きます。
- 次に、物体Aと物体Bそれぞれに働く力を図示し、運動方程式を立てます。このとき、動滑車に働く力の関係から、物体Bに働く上向きの力が張力\(T\)の2倍になることに注意します。
- 立てた2つの運動方程式を連立させ、問われている物体Bの加速度を求めます。
Bの加速度の大きさ
思考の道筋とポイント
この問題の最大のポイントは「動滑車」の存在です。動滑車によって、物体Aと物体Bの運動は単純な関係ではなくなります。
まず、AとBの加速度の関係(束縛条件)を明らかにします。動滑車が \(h\) だけ下がると、動滑車の両側の糸がそれぞれ \(h\) ずつ、合計 \(2h\) だけ短くなる必要があります。この短くなった分の糸は物体Aを引くために使われるので、Aは \(2h\) だけ移動します。この移動距離の関係から、Aの加速度はBの加速度の2倍になることがわかります。
次に、力の関係を考えます。動滑車は質量が無視できるため、動滑車自身に働く力はつり合っていると見なせます(あるいは運動方程式 \(0 \times a = F_{\text{合力}}\) より合力は0)。動滑車には、下向きに物体Bの重力 \(Mg\) がかかり、上向きに2本の糸が張力 \(T\) で引いています。したがって、Bの運動に関わる上向きの力は \(2T\) となります。
これらの関係を元に、AとBそれぞれについて運動方程式を立てて連立します。
この設問における重要なポイント
- 加速度の束縛条件: 物体Bの加速度の大きさを \(a\) とすると、物体Aの加速度の大きさ \(a_A\) はその2倍の \(2a\) となります。
- 力の関係: 糸の張力を \(T\) とすると、動滑車を介して物体Bに働く上向きの力の合計は \(2T\) となります。
- 動摩擦力: 物体Aは運動しているので、動摩擦力 \(f’ = \mu’N\) が働きます。水平面なので垂直抗力 \(N=mg\) であり、動摩擦力は \(\mu’mg\) となります。向きはAの運動を妨げる左向きです。
- 運動方程式の立式: AとB、それぞれについて運動方程式を立てます。未知数が加速度 \(a\) と張力 \(T\) の2つなので、式も2つ必要です。
具体的な解説と立式
物体Bの加速度の大きさを \(a\)、物体Aの加速度の大きさを \(a_A\) とします。
動滑車の性質より、Aの移動距離はBの移動距離の2倍なので、加速度の大きさも2倍になります。
$$ a_A = 2a \quad \cdots ① $$
糸の張力の大きさを \(T\) とします。
物体Aと物体Bについて、それぞれの運動の向き(Aは右向き、Bは下向き)を正として運動方程式を立てます。
- 物体Aの運動方程式:
Aに働く力は、右向きの張力 \(T\) と、左向きの動摩擦力 \(f’ = \mu’mg\) です。
$$ m a_A = T – \mu’mg $$
式①を代入して、
$$ m(2a) = T – \mu’mg \quad \cdots ② $$ - 物体Bの運動方程式:
Bには下向きに重力 \(Mg\)、上向きに2本の糸からの張力(合計 \(2T\))が働きます。
$$ Ma = Mg – 2T \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 動摩擦力: \(f’ = \mu’N\)
- 動滑車の性質(束縛条件)
式②と③を連立して、加速度 \(a\) を求めます。
まず、式②を \(T\) について解きます。
$$ T = 2ma + \mu’mg $$
これを式③に代入して \(T\) を消去します。
$$ Ma = Mg – 2(2ma + \mu’mg) $$
右辺を展開します。
$$ Ma = Mg – 4ma – 2\mu’mg $$
\(a\) を含む項を左辺にまとめます。
$$ Ma + 4ma = Mg – 2\mu’mg $$
左辺を \(a\) で、右辺を \(g\) でくくります。
$$ (M+4m)a = (M – 2\mu’m)g $$
したがって、物体Bの加速度 \(a\) は、
$$ a = \frac{M – 2\mu’m}{M+4m}g $$
となります。
この問題は、動滑車という少し特殊な装置がポイントです。動滑車のせいで、物体Aは物体Bの「2倍の加速度」で動きます。また、物体Bは「2本の糸」で吊られているため、糸1本が引く力の2倍の力で運動が妨げられます。この「加速度が1:2」「力が2:1」という2つの関係を、ニュートンの運動の法則(\(F=ma\))に組み込んで、AとBについての連立方程式を立てて解くことで、加速度を計算します。
思考の道筋とポイント
系全体を一つのシステムと見なし、エネルギーの収支から加速度を求める方法です。この系では摩擦力が仕事をするため、力学的エネルギーは保存しません。そこで、「(系全体の)力学的エネルギーの変化が、非保存力(動摩擦力)のした仕事に等しい」という、より一般的な仕事とエネルギーの関係を用います。
この設問における重要なポイント
- エネルギー保存則は使えない: 摩擦力が仕事をする非保存系です。
- 仕事とエネルギーの関係: \(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\) 、あるいは \(\Delta K + \Delta U = W_{\text{非保存力}}\) という関係式を立てます。
- 速度の束縛条件: Aの速さ \(v_A\) はBの速さ \(v_B\) の2倍 (\(v_A = 2v_B\))。これは加速度の束縛条件から導かれます。
- 系のエネルギー変化: 系全体の運動エネルギーの変化と位置エネルギーの変化をそれぞれ計算します。
具体的な解説と立式
物体Bが距離 \(h\) だけ静かに落下した瞬間を考えます。このとき、物体Aは \(2h\) だけ水平に移動します。
また、その瞬間の物体Bの速さを \(v\) とすると、物体Aの速さは \(2v\) となります。
- 系全体の力学的エネルギーの変化 \(\Delta E\):
- 運動エネルギーの変化 \(\Delta K\):
$$ \Delta K = \left( \frac{1}{2}m(2v)^2 + \frac{1}{2}Mv^2 \right) – 0 = \frac{1}{2}(4m+M)v^2 $$ - 位置エネルギーの変化 \(\Delta U\):
$$ \Delta U = 0 – Mgh = -Mgh $$ - よって、力学的エネルギーの変化は、
$$ \Delta E = \Delta K + \Delta U = \frac{1}{2}(4m+M)v^2 – Mgh $$
- 運動エネルギーの変化 \(\Delta K\):
- 非保存力(動摩擦力)がした仕事 \(W_{\text{非保存力}}\):
動摩擦力 \(\mu’mg\) が、Aの運動と逆向きに距離 \(2h\) にわたって働くので、
$$ W_{\text{非保存力}} = -(\mu’mg) \times (2h) = -2\mu’mgh $$ - 仕事とエネルギーの関係式:
$$ \Delta E = W_{\text{非保存力}} $$
$$ \frac{1}{2}(4m+M)v^2 – Mgh = -2\mu’mgh $$
使用した物理公式
- 仕事とエネルギーの関係: \(\Delta K + \Delta U = W_{\text{非保存力}}\)
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 重力による位置エネルギー: \(U = mgh\)
- 仕事: \(W = Fx\)
上記で立てたエネルギーの式を整理します。
$$ \frac{1}{2}(4m+M)v^2 = Mgh – 2\mu’mgh $$
$$ \frac{1}{2}(4m+M)v^2 = (M-2\mu’m)gh $$
ここで、物体Bは初速度0、加速度 \(a\) の等加速度直線運動をしているので、距離 \(h\) を進んだときの速さ \(v\) との間には \(v^2 = 2ah\) の関係があります。これを代入します。
$$ \frac{1}{2}(4m+M)(2ah) = (M-2\mu’m)gh $$
両辺の \(h\) を消去し、\(a\) について解きます。
$$ (M+4m)a = (M-2\mu’m)g $$
$$ a = \frac{M – 2\mu’m}{M+4m}g $$
エネルギーの観点から問題を解く方法です。おもりBが下に落ちることで「位置エネルギー」という財産が生まれます。この財産は、「Aの運動エネルギー」「Bの運動エネルギー」「摩擦による損失(熱)」の3つに分配されます。この「財産の収支決算」の式を立て、そこから加速度を逆算します。
運動方程式を立てる解法と全く同じ結果 \(a = \displaystyle\frac{M – 2\mu’m}{M+4m}g\) が得られました。これは、運動方程式と仕事とエネルギーの関係が、同じ物理現象を異なる視点から記述した、等価な法則であることを示しています。エネルギーの視点は、系全体の振る舞いを直感的に捉えるのに役立ちます。
物体Bの加速度の大きさは \(a = \displaystyle\frac{M – 2\mu’m}{M+4m}g\) です。
この式から、動滑車が下がり始める(\(a>0\) となる)ためには、分子が正、すなわち \(M > 2\mu’m\) である必要があることがわかります。これは、Bを引く重力 \(Mg\) が、Aを静止させようとする最大級の力(張力 \(T\) が動摩擦力 \(\mu’mg\) とつり合うときの、Bを支える力 \(2T=2\mu’mg\))を上回る必要がある、という物理的な直感と一致しています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 束縛条件(Constraint Condition):
- 核心: この問題の成否を分ける最大のポイントは、動滑車によって生じる物体AとBの運動の「束縛条件」を正しく理解し、立式できるかという点です。具体的には、Aの移動距離・速度・加速度が、Bのそれらの2倍になるという幾何学的な関係です。
- 理解のポイント: 動滑車が \(h\) 下がると、それを吊るしている糸は左右合わせて \(2h\) 分だけ供給される必要があります。この糸はAから手繰り寄せられるため、Aは \(2h\) 動きます。この「1:2」の関係が、運動方程式を連立させる上での鍵となります。
- 複数物体の運動方程式:
- 核心: 2つの物体が糸を介して連動しているため、それぞれの物体について運動方程式を立て、連立して解く必要があります。
- 理解のポイント:
- 物体A: 水平面上の運動なので、水平方向の力(張力と動摩擦力)で運動方程式を立てます。
- 物体B: 鉛直方向の運動ですが、動滑車を介しているため、Bを上に引く力は張力\(T\)の2倍、つまり \(2T\) になります。この点に注意して運動方程式を立てます。
- これら2つの式と、束縛条件から導かれる加速度の関係式 \(a_A = 2a_B\) を用いて、未知数を消去していきます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 複数の動滑車を含む問題: 動滑車が2つ、3つと組み合わさった複雑なクレーンのような問題。それぞれの動滑車について束縛条件を一つずつ丁寧に解き明かし、全体の加速度の関係を導出します。
- 斜面上の動滑車: 物体Aが斜面上にある場合。基本的な考え方は同じですが、Aの運動方程式に重力の斜面成分が加わり、垂直抗力の計算も必要になります。
- 人が乗ったゴンドラを自分で引き上げる問題: 人がゴンドラ内のロープを引いて自分自身を持ち上げる問題。これも動滑車の一種と見なせ、人がロープを引く力と、ゴンドラが上昇する加速度の関係に束縛条件が現れます。
- 初見の問題での着眼点:
- 滑車の種類を確認する: まず、定滑車だけなのか、動滑車が含まれているのかを確認します。動滑車があれば、必ず束縛条件が存在します。
- 束縛条件を導出する: 「動滑車が少し動いたら、各物体はどれだけ動くか」を仮想的に考え、移動距離の関係を導きます。これを微分すれば速度、もう一度微分すれば加速度の関係が得られます。
- 力の伝わり方を確認する: 1本の連続した軽い糸なら、どこでも張力は同じ \(T\) です。動滑車には糸が2本かかっているので、動滑車を引く力は \(2T\) になります。この力の関係を図に書き込むことが重要です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 加速度の関係を1:1と勘違いする:
- 誤解: 動滑車の存在を忘れ、AとBの加速度が同じ大きさだとして式を立ててしまう。
- 対策: 問題の図をよく見て、動滑車があることを認識したら、「加速度は1:1ではない!」と自分に言い聞かせること。必ず束縛条件の確認から入る癖をつけましょう。
- 動滑車にかかる力を \(T\) と誤認する:
- 誤解: 物体Bの運動方程式を立てる際に、上向きの力を張力 \(T\) のままにしてしまう(\(Ma = Mg – T\) と誤る)。
- 対策: 動滑車そのものに働く力に着目し、図を描くこと。動滑車は、2本の糸によって上向きに \(2T\) の力で引かれています。この力が物体Bの運動に関わると正しく理解しましょう。
- 連立方程式の計算ミス:
- 誤解: 3つの関係式(Aの運動方程式、Bの運動方程式、加速度の束縛条件)を連立させる際に、代入や移項で計算ミスを犯す。
- 対策: 未知数が \(a_A, a_B, T\) の3つあると考え、式も3つあることを確認します。焦らず、一つずつ丁寧に代入・消去を行いましょう。最初に \(a_A = 2a_B\) を代入して未知数を2つに減らしてから解き始めると、見通しが良くなります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 糸を手繰り寄せるイメージ: 動滑車が \(h\) 下がる様子を想像します。このとき、Aと天井の間の糸の長さは変わりません。変わるのは、Aと動滑車、天井と動滑車を結ぶ部分です。Bが下がるためには、Aが糸を \(2h\) 分だけ「手繰り寄せて」動滑車に供給してあげる必要がある、というイメージを持つと、距離が1:2になる関係が直感的に理解できます。
- 力の分解図:
- 物体A: 水平面上の物体として、右向きに \(T\)、左向きに \(\mu’mg\) の矢印を描きます。
- 物体B(動滑車): 動滑車を中心点として、下向きに \(Mg\)、上向きに2本の矢印 \(T\) を描きます。これにより、Bを上に引く力が \(2T\) であることが視覚的に明らかになります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 加速度の大きさを明記: 図の中に、Aの加速度が \(2a\)、Bの加速度が \(a\) であることを、異なる長さの矢印などで描き分けると、立式時の混乱を防げます。
- 張力は1本の糸で共通: 1本の繋がった糸の張力は、どこでも同じ大きさ \(T\) であることを意識します。図に \(T\) と書き込むことで、Bにかかる力が \(2T\) であることを導きやすくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: 2つの物体が共に加速度運動をしているため、その運動と力の関係を記述する必要があるから。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則は、力学の根幹をなす法則です。AとB、それぞれが独立した物体であるため、個別にこの法則を適用します。
- 束縛条件 (\(a_A=2a_B\)):
- 選定理由: 2つの物体の運動が、動滑車と糸という幾何学的な構造によって束縛(拘束)されており、独立に動けないため。
- 適用根拠: これは物理法則というより、問題設定から導かれる「幾何学的な制約条件」です。この条件があるからこそ、未知数の数と方程式の数が一致し、問題を解くことができます。
- 仕事とエネルギーの関係 (\(\Delta E = W_{\text{非保存力}}\)):
- 選定理由: 別解として、系全体のエネルギー収支という異なる視点から問題を解くため。
- 適用根拠: 運動方程式を時間積分したものがエネルギー保存則(または仕事とエネルギーの関係)であり、両者は等価な内容を表します。張力のような「内力」の仕事を考えずに済むため、計算が楽になる場合があります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 関係性の整理(束縛条件):
- 戦略: 動滑車の性質から、AとBの運動(加速度)と力(張力)の関係を明らかにする。
- フロー: ①AとBの移動距離の関係を考え、\(a_A = 2a_B\) を導く。Bの加速度を \(a\) とおく。→ ②動滑車にかかる力の関係から、Bを上に引く力は \(2T\) であることを確認する。
- 運動方程式の立式:
- 戦略: AとB、それぞれについて運動方程式を立てる。
- フロー: ①物体Aについて立式: \(m(2a) = T – \mu’mg\)。→ ②物体Bについて立式: \(Ma = Mg – 2T\)。
- 連立方程式の求解:
- 戦略: 2つの式から未知数 \(T\) を消去し、\(a\) を求める。
- フロー: ①式の一方を \(T=\dots\) の形に変形する。→ ②もう一方の式に代入する。→ ③式を整理し、\(a\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字の置き換えを有効活用: 模範解答のように、Bを上に引く力を \(S\) とおき、\(S=2T\) という関係式を別に書いておくのも良い方法です。これにより、Bの運動方程式が \(Ma = Mg – S\) とシンプルな形になり、思考が整理されます。
- 両辺を足し合わせる工夫: \(T\) を消去する際、式②を2倍して \(4ma = 2T – 2\mu’mg\) とし、これと式③ \(Ma = Mg – 2T\) を辺々足し合わせる方法もあります。\( (4m+M)a = Mg – 2\mu’mg \)となり、同じ結果がより直接的に得られます。代入法よりもこちらの方法が速い場合が多いです。
- 単位と次元の確認: 最終的に得られた加速度の式の単位(次元)が、重力加速度 \(g\) と同じになっているかを確認します。分母も分子も質量の次元なので、式全体として加速度の次元になっており、妥当だと判断できます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 加速度の式: \(a = \displaystyle\frac{M – 2\mu’m}{M+4m}g\) という式の構造を見てみます。分子は「系を動かそうとする力(\(Mg\))」から「系を妨げる力(\(2\mu’mg\))」を引いた形に、分母は「慣性質量の合計(\(M+4m\))」になっています。これは \(a = \frac{F_{\text{合力}}}{m_{\text{全体}}}\) という運動方程式の構造とよく似ており、物理的に妥当な形をしています。(分母の \(4m\) は、Aの加速度がBの2倍であることに起因する「見かけの質量」の増加と解釈できます。)
- 極端な場合を考える:
- もし摩擦がなければ(\(\mu’=0\))、加速度は \(a = \displaystyle\frac{M}{M+4m}g\) となります。
- もしAの質量がなければ(\(m=0\))、加速度は \(a=g\) となり、Bが自由落下することに対応します。
- もしBの質量がなければ(\(M=0\))、加速度は \(a = \displaystyle\frac{-2\mu’m}{4m}g = -\frac{\mu’}{2}g\) となります。負の加速度は物理的に意味をなさず、これは \(M > 2\mu’m\) でないと運動が始まらない、という条件を反映しています。
これらの極端なケースで、式が物理的に妥当な振る舞いをすることを確認するのは、非常に有効な検算方法です。
72 斜面とともに動く物体
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、水平方向に加速するなめらかな斜面の上で、物体が滑り落ちずに静止し続けるための条件を問う問題です。地上から見た「運動方程式」と、台と一緒に動く視点から見た「慣性力」という、2つの異なるアプローチで解くことができる、力学の重要な概念を学ぶための良問です。
この問題の核心は、物体に働く力を正しく分析し、どの視点で現象を捉えるかによって適用する物理法則(運動方程式か、力のつり合いか)を使い分ける点にあります。
- 斜面の傾斜角: \(\theta\)
- 斜面はなめらか(摩擦なし)
- 台の加速度: \(a\)(水平方向)
- 重力加速度の大きさ: \(g\)
- 物体を斜面上で静止させるための加速度 \(a\) の値。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「加速する斜面上の物体の静止(慣性力)」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 運動の分解: 物体の運動を、水平方向と鉛直方向に分けて考えます。物体は台とともに水平方向には加速度運動をしますが、鉛直方向には動きません。
- 力の図示と分解: 物体に働く力(重力と垂直抗力)を正しく図示し、運動を解析しやすい水平・鉛直方向に分解します。
- 運動方程式と力のつり合い: 水平方向には加速度運動をしているので運動方程式を、鉛直方向には静止しているので力のつり合いの式を立てます。
- 慣性力の利用(別解): 加速する台と一緒に動く観測者の視点(非慣性系)に立つと、物体には慣性力が働くように見えます。この視点では物体は完全に静止しているため、力のつり合いだけで問題を解くことができます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 解法1(慣性系): 地上で静止している観測者の視点で考えます。物体に働く力を重力と垂直抗力とし、これらを水平・鉛直方向に分解します。鉛直方向の力のつり合いの式と、水平方向の運動方程式を立て、これらを連立させて加速度\(a\)を求めます。
- 解法2(非慣性系): 台と一緒に動く観測者の視点に切り替えます。この観測者から見ると、物体には重力、垂直抗力に加えて、台の加速度と逆向きに慣性力が働きます。物体は斜面上で静止しているので、これらの力がつり合っていると考え、力のつり合いの式を立てて加速度\(a\)を求めます。
加速度aの値を求める
思考の道筋とポイント
地上で静止している観測者(慣性系)の視点で考えます。物体は、台とともに水平右向きに加速度\(a\)で運動しています。この運動を引き起こしているのは、物体に働く力の合力です。
物体に働く力は、鉛直下向きの「重力 \(mg\)」と、斜面から垂直に受ける「垂直抗力 \(N\)」の2つだけです(斜面はなめらかなので摩擦力はありません)。
このままでは運動方程式を立てにくいので、斜めを向いている垂直抗力\(N\)を「水平成分」と「鉛直成分」に分解します。
物体は鉛直方向には動かないので、鉛直方向の力はつり合っています。一方、水平方向には加速度\(a\)で運動しているので、運動方程式を立てることができます。この2つの式を連立させて、未知数である\(N\)を消去し、\(a\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: 物体に働く力は、重力\(mg\)と垂直抗力\(N\)の2力のみ。
- 力の分解: 垂直抗力\(N\)を、水平成分\(N\sin\theta\)と鉛直成分\(N\cos\theta\)に分解します。
- 鉛直方向の力のつり合い: 垂直抗力の鉛直成分\(N\cos\theta\)と、重力\(mg\)がつり合います。
- 水平方向の運動方程式: 垂直抗力の水平成分\(N\sin\theta\)が、物体を水平方向に加速させる力(合力)となります。
具体的な解説と立式
物体の質量を\(m\)、垂直抗力の大きさを\(N\)とします。
物体に働く力を水平方向と鉛直方向に分解して考えます。
- 鉛直方向:
上向きに垂直抗力の鉛直成分\(N\cos\theta\)、下向きに重力\(mg\)が働きます。物体は鉛直方向には動かないので、これらの力はつり合っています。
$$ N\cos\theta – mg = 0 \quad \cdots ① $$ - 水平方向:
右向きに垂直抗力の水平成分\(N\sin\theta\)のみが働きます。この力が、物体を右向きに加速度\(a\)で運動させる原因となります。したがって、水平方向の運動方程式は、
$$ ma = N\sin\theta \quad \cdots ② $$
となります。
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 運動方程式: \(ma = F\)
式①と②を連立させて、\(a\)を求めます。
まず、式①から\(N\)を求めます。
$$ N = \frac{mg}{\cos\theta} $$
これを式②に代入します。
$$ ma = \left( \frac{mg}{\cos\theta} \right) \sin\theta $$
両辺の\(m\)を消去します。
$$ a = g \frac{\sin\theta}{\cos\theta} $$
\(\tan\theta = \displaystyle\frac{\sin\theta}{\cos\theta}\) の関係を用いると、
$$ a = g\tan\theta $$
となります。
台が加速することで、物体は斜面から「いつもより強く」押し返されます(垂直抗力が増加します)。この「強く押し返す力」の横方向の分力が、物体を台と一緒に水平に加速させる力になります。また、縦方向の分力は、物体の重さを支える力と釣り合っています。この「縦のつり合い」と「横の運動」の2つの関係式を立てて、ちょうど物体が斜面を滑り落ちない加速度を計算します。
思考の道筋とポイント
台とともに加速度\(a\)で運動する観測者の視点(非慣性系)で考えます。この観測者から見ると、物体は斜面上で「静止」しています。
この観測者からは、物体に働く力として、実在の力である「重力\(mg\)」と「垂直抗力\(N\)」に加えて、見かけの力である「慣性力」が働いているように見えます。慣性力の大きさは\(ma\)で、向きは台の加速度と逆向き、すなわち水平左向きです。
物体は静止しているので、これら3つの力がつり合っていると考えます。力を斜面に平行な方向と垂直な方向に分解し、つり合いの式を立てることで\(a\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 慣性力の導入: 水平左向きに大きさ\(ma\)の慣性力が働くと考えます。
- 力のつり合い: 物体は静止しているので、すべての方向で力がつり合っています。
- 力の分解: 重力\(mg\)と慣性力\(ma\)を、斜面に平行な成分と垂直な成分に分解します。
- 斜面方向の力のつり合い: 斜面に平行な方向の力のつり合いだけで、\(a\)を求めることができます。
具体的な解説と立式
台と一緒に運動する観測者から見ると、物体は静止しています。
この物体に働く力は、
- 重力 \(mg\)(鉛直下向き)
- 垂直抗力 \(N\)(斜面に垂直上向き)
- 慣性力 \(ma\)(水平左向き)
の3つです。これらの力がつり合っています。
力を斜面に平行な方向と垂直な方向に分解します。
- 重力の斜面平行成分: \(mg\sin\theta\)(斜面下向き)
- 慣性力の斜面平行成分: \(ma\cos\theta\)(斜面上向き)
物体は斜面方向に動かないので、これらの力はつり合っています。
$$ ma\cos\theta – mg\sin\theta = 0 $$
使用した物理公式
- 慣性力: \(F_{\text{慣性}} = ma\)
- 力のつり合い
上記で立てた力のつり合いの式を\(a\)について解きます。
$$ ma\cos\theta = mg\sin\theta $$
両辺の\(m\)を消去します。
$$ a\cos\theta = g\sin\theta $$
$$ a = g\frac{\sin\theta}{\cos\theta} $$
$$ a = g\tan\theta $$
台が急ブレーキをかけたときに体が前に投げ出されるように、台が加速すると物体には「後ろ向きの見えない力(慣性力)」が働きます。この慣性力には、物体を斜面に押し付けて上に登らせようとする成分があります。この「慣性力による登る力」と、もともと物体を滑り落とさせようとする「重力による滑る力」がちょうど釣り合うときの加速度を求めます。
慣性系で運動方程式を立てる解法と、全く同じ結果 \(a = g\tan\theta\) が得られました。慣性力を用いると、斜面方向の力のつり合いだけで解けるため、計算がよりシンプルになることが多いです。どちらの視点でも解けるようにしておくことが、物理の理解を深める上で非常に重要です。
加速度の値は \(a = g\tan\theta\) です。
この結果は、質量\(m\)に依存しません。これは、重力も運動に必要な力(慣性)もどちらも質量に比例するため、質量が相殺されるからです。
角度\(\theta\)が大きくなるほど、より大きな加速度\(a\)が必要になるという結果は、急な坂ほど物体が滑り落ちやすいので、それを防ぐにはより強く加速する必要があるという直感と一致しており、妥当です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動座標系の選択と、それに応じた法則の適用:
- 核心: この問題の最も重要な物理的思考は、問題をどの視点(座標系)から見るかを選択し、その視点に応じた正しい物理法則を適用することです。
- 理解のポイント:
- 慣性系(地上の静止した視点): この視点では、物体は「水平方向に加速度運動」し、「鉛直方向には静止」しています。したがって、水平方向には運動方程式 (\(ma=F\)) を、鉛直方向には力のつり合いを適用します。2つの異なる法則を、運動の方向に応じて使い分ける必要があります。
- 非慣性系(台と一緒に動く視点): この視点では、物体は完全に「静止」しています。その代わり、見かけの力である慣性力を導入する必要があります。物体は静止しているので、すべての方向に力のつり合いを適用します。
- どちらの視点も同じ物理現象を記述しており、同じ答えを導きます。この等価性を理解することが、力学の深い理解につながります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 電車内で振れる振り子: 一定加速度で進む電車内で、振り子がどの角度で静止するかを問う問題。本問の垂直抗力が、糸の張力に置き換わっただけで、考え方は全く同じです。
- 遠心力が関わる問題: 回転する円盤上の物体や、円錐振り子など。これらも回転という加速度運動をする系(非慣性系)で、見かけの力である「遠心力」を導入して力のつり合いを考えると、問題が解きやすくなります。
- 液体を入れた容器の加速: 加速する容器の中で、液面が傾く問題。液面上の任意の微小部分が、本問の物体と同じように、重力・圧力(垂直抗力に相当)・慣性力の3力でつり合っていると考えることで、液面の傾きが \(\tan\theta = a/g\) となることを導けます。
- 初見の問題での着眼点:
- 「〜の上で静止」というキーワード: 加速する台や乗り物の上で物体が「静止」または「〜に対して静止」というキーワードを見たら、それは「慣性力」を使って解く絶好のチャンスだと考えましょう。非慣性系に乗り移り、力のつり合いを考えるのが近道です。
- 力の分解の軸を選ぶ:
- 慣性系で解く場合: 運動が水平・鉛直方向に起こるので、力を「水平・鉛直」に分解するのが定石です(模範解答の方法)。
- 非慣性系で解く場合: 物体は斜面上で静止しているので、力を「斜面に平行・垂直」に分解すると、垂直抗力\(N\)を計算せずに済み、計算が楽になります(別解の方法)。
このように、解法によって最適な座標軸(力の分解の方向)が異なることを知っておくと有利です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 慣性力の向きの間違い:
- 誤解: 慣性力の向きを、台の加速度と同じ向きにしてしまう。
- 対策: 慣性力は「加速度に抵抗する向き」と覚えましょう。電車が右に発進すれば体は左に、ブレーキをかければ(左向きの加速度)体は右に傾きます。必ず「加速度と逆向き」と肝に銘じましょう。
- 力の分解における角度の取り違え:
- 誤解: 垂直抗力\(N\)を水平・鉛直に分解する際や、慣性力\(ma\)を斜面方向に分解する際に、角度\(\theta\)をどこに使うか混乱し、\(\sin\)と\(\cos\)を逆にしてしまう。
- 対策: 必ず大きな図を描き、錯角や同位角の関係を使って、どこが\(\theta\)になるかを丁寧に確認すること。「角度を挟む辺が\(\cos\)、対辺が\(\sin\)」という基本に忠実に分解しましょう。
- 慣性系での立式ミス:
- 誤解: 地上から見ているのに、物体は斜面方向に動いていないからと、斜面方向の力のつり合いの式を立てようとしてしまう。
- 対策: 地上から見れば、物体は明らかに水平方向に加速しています。運動している物体に、力のつり合いは(その方向には)成り立ちません。運動している方向には運動方程式、静止している方向には力のつり合い、という原則を厳格に守りましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の合成によるアプローチ(非慣性系): 台上の視点では、物体に働く力は「重力\(mg\)」と「慣性力\(ma\)」と「垂直抗力\(N\)」の3つです。この3力がつり合うということは、重力と慣性力の合力が、垂直抗力\(N\)と「つり合う」関係にあることを意味します。つまり、重力と慣性力の合力ベクトルは、斜面に垂直で下向きになります。この合力ベクトルの向きが斜面に垂直になるという幾何学的な条件から、\(ma\)と\(mg\)のなす直角三角形を考え、\(\tan\theta = \frac{ma}{mg} = \frac{a}{g}\) という関係を瞬時に導くこともできます。
- 見かけの重力: 非慣性系では、重力と慣性力の合力を「見かけの重力」と考えることができます。この見かけの重力が働く向きが、その世界での「真下」になります。物体が斜面で静止するためには、この「見かけの重力」の向きが、斜面に対して垂直になればよい、というイメージです。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 視点(座標系)を明記する: 図の近くに「地上の視点」や「台上の視点(慣性力あり)」などとメモ書きしておくと、自分が今どちらの立場で考えているかが明確になり、立式の混乱を防げます。
- 分解した力は点線で: 力を成分に分解した場合、分解後の力は点線で描くと、元の力と区別しやすくなり、力の数え間違い(元の力と分解後の力の両方を式に入れてしまうなど)を防げます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: 慣性系(地上)から見たとき、物体は水平方向に明らかに「加速度運動」をしているため。
- 適用根拠: 力(原因)と加速度(結果)を結びつける、ニュートン力学の根幹をなす法則です。運動している物体・方向には必ずこの法則を適用します。
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: 慣性系から見たときの「鉛直方向」、または非慣性系(台上)から見たときの「すべての方向」で、物体は「静止」している(加速度がゼロ)ため。
- 適用根拠: 加速度がゼロの場合、力の合力はゼロになるというニュートンの第一法則(または第二法則で\(a=0\)とした場合)に基づきます。
- 慣性力の公式 (\(F_{\text{慣性}} = ma\)):
- 選定理由: 非慣性系という特殊な視点(本来は運動方程式が成り立たない)で、ニュートン力学(力のつり合い)を使えるようにするための「帳尻合わせ」の力として導入するため。
- 適用根拠: これは物理法則そのものというより、非慣性系で運動を記述するための便利な「数学的ツール(手法)」です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 解法1:慣性系(地上の視点)
- 戦略: 水平方向は運動方程式、鉛直方向は力のつり合い。
- フロー: ①物体に働く力(重力、垂直抗力)を図示 → ②垂直抗力\(N\)を水平・鉛直成分に分解 → ③鉛直方向の力のつり合いを立式 (\(N\cos\theta – mg = 0\)) → ④水平方向の運動方程式を立式 (\(ma = N\sin\theta\)) → ⑤2式を連立して\(N\)を消去し、\(a\)を解く。
- 解法2:非慣性系(台上の視点)
- 戦略: 慣性力を導入し、力のつり合いを考える。
- フロー: ①物体に働く力(重力、垂直抗力、慣性力)を図示 → ②力を斜面に平行・垂直な成分に分解 → ③斜面に平行な方向の力のつり合いを立式 (\(ma\cos\theta – mg\sin\theta = 0\)) → ④式を\(a\)について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題は最初から文字式ですが、途中で\(N\)を消去するプロセスを丁寧に行うことが重要です。
- 三角関数の関係式を使いこなす: 最終的に \(\displaystyle\frac{\sin\theta}{\cos\theta}\) が出てきたら、すぐに \(\tan\theta\) に変換できるようにしておきましょう。物理ではこの変形が頻出します。
- 別解での検算: 2つの全く異なるアプローチ(慣性系と非慣性系)で同じ答えが出れば、計算が正しいことの強力な裏付けになります。時間に余裕があれば、両方の方法で解いてみることが理想的です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 単位の確認: \(a = g\tan\theta\) という式で、右辺の\(g\)は加速度の単位、\(\tan\theta\)は無次元なので、右辺全体として加速度の単位になっており、妥当です。
- 極端な場合を考える:
- もし斜面が水平(\(\theta=0\))なら、\(\tan 0 = 0\) なので \(a=0\) となります。これは、水平な台の上なら加速しなくても物体は静止し続ける、という当たり前の事実と一致します。
- もし斜面が鉛直(\(\theta \to 90^\circ\))なら、\(\tan\theta \to \infty\) なので \(a \to \infty\) となります。これは、垂直な壁に物体を押し付けて静止させるには無限に大きな加速度が必要、というイメージと一致し、妥当です。
このような吟味を行うことで、式の形がもっともらしいかどうかを判断できます。
73 動く板の上での人の運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、なめらかな床に置かれた板の上を人が歩くという、相互作用が関わる運動を扱います。人が板を蹴る力(摩擦力)とその反作用によって、人と板の両方が動くのが特徴です。運動量保存則や相対運動の考え方を応用する、力学の総合的な理解を問う問題です。
この問題の核心は、人と板を個別の物体として捉え「運動方程式」を立てる視点と、人と板を一体の系として捉え「運動量保存則」を適用する視点の両方を理解すること、そして「人が板の端まで歩く」という相対的な事象を、静止した床から見た絶対的な運動として記述し直すことにあります。
- 板の質量: \(m_B = 10 \text{ kg}\)
- 板の長さ: \(L = 8.0 \text{ m}\)
- 人の質量: \(m_A = 40 \text{ kg}\)
- 人の床に対する加速度: \(a_A = 0.80 \text{ m/s}^2\)(右向き)
- 床はなめらか
- (1) 床に対する板の加速度。
- (2) 人が板の右端まで歩くのに要する時間。
- (3) 人が板の右端に来たときの、床に対する人の速度。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「動く板の上を人が歩く運動(運動量保存則と相対運動)」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 作用・反作用の法則: 人が板を蹴る力(摩擦力)と、板が人を押し返す力(摩擦力)は、作用・反作用の関係にあり、大きさが等しく逆向きです。この力が、人と板それぞれの運動の原因となります。
- 運動方程式: 人と板、それぞれについて運動方程式を立てます。このとき、両者に働く水平方向の力は、互いに及ぼし合う摩擦力のみです。
- 運動量保存則: 人と板を一体の「系」と見なすと、水平方向には外力が働かないため、系全体の運動量は保存されます。この視点からも問題を解くことができます。
- 相対運動: 人が板の右端まで歩く、という現象は、人と板の相対的な位置関係の問題です。床から見たそれぞれの移動距離を考え、その関係を立式する必要があります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、人と板の間に働く摩擦力を介して、それぞれの運動方程式を立てます。人の加速度は与えられているので、そこから摩擦力を求め、その摩擦力によって板に生じる加速度を計算します。
- (2)では、人が板の左端から右端まで移動する条件を考えます。床から見た人の移動距離と、床から見た板の移動距離の和が、板の長さと等しくなる、という関係式を立てて時間を求めます。
- (3)は、人の運動が等加速度直線運動であることから、公式を用いて単純に計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
人が板の上を右向きに加速して歩くとき、人は足で板を「左向き」に蹴ります。この力が摩擦力です。作用・反作用の法則により、板は人から「左向き」の力を受けると同時に、人は板から「右向き」の力を受けます。この人が板から受ける右向きの摩擦力が、人を右向きに加速させる原因です。
一方、板は人から左向きの摩擦力を受けます。床はなめらかなので、この摩擦力が板を動かす唯一の水平力となり、板は左向きに加速します。
人と板、それぞれについて運動方程式を立てることで、板の加速度を求めます。
この設問における重要なポイント
- 作用・反作用: 人と板が及ぼし合う水平方向の力(摩擦力)の大きさは等しい。
- 運動方程式(人): 人(質量\(m_A\))は、板から右向きの摩擦力\(F\)を受けて、床に対して右向きに加速度\(a_A\)で運動する。
- 運動方程式(板): 板(質量\(m_B\))は、人から左向きの摩擦力\(F\)を受けて、床に対して左向きに加速度\(a_B\)で運動する。
具体的な解説と立式
人の質量を \(m_A = 40 \text{ kg}\)、板の質量を \(m_B = 10 \text{ kg}\) とする。
人の床に対する加速度を \(a_A = 0.80 \text{ m/s}^2\)(右向き)、板の床に対する加速度を \(a_B\)(左向き)とする。
人と板の間で及ぼし合う摩擦力の大きさを \(F\) とする。
- 人についての運動方程式(右向きを正とする):
人は板から右向きの摩擦力\(F\)を受けて加速するので、
$$ m_A a_A = F \quad \cdots ① $$ - 板についての運動方程式(左向きを正とする):
板は人から左向きの摩擦力\(F\)を受けて加速するので、
$$ m_B a_B = F \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 作用・反作用の法則
式①に数値を代入して、摩擦力\(F\)の大きさを求めます。
$$ F = 40 \times 0.80 = 32 \text{ [N]} $$
次に、この\(F\)を式②に代入して、板の加速度\(a_B\)を求めます。
$$ 10 \times a_B = 32 $$
$$ a_B = 3.2 \text{ [m/s}^2] $$
向きは、運動方程式を立てたときの正の向き、すなわち左向きです。
人が前に進むためには、地面や床を後ろに蹴る必要があります。このとき、人が床を蹴る力と、床が人を前に押し出す力は同じ大きさです。まず、人が与えられた加速度で進むために、どれだけの力で床から押される必要があるかを計算します。次に、その同じ大きさの力で板が後ろ(左向き)に蹴られるので、その力によって板がどれくらいの加速度で動くかを計算します。
思考の道筋とポイント
人と板を一つの「系」として考えます。この系には、水平方向の外力が働いていません(人と板が及ぼし合う摩擦力は内力)。したがって、系全体の運動量は保存されます。初期状態では全体が静止しているので、運動量はゼロです。したがって、任意の時刻において、人と板の運動量の和は常にゼロでなければなりません。
この設問における重要なポイント
- 運動量保存則: 水平方向に外力が働かないため、系全体の運動量は保存される。
- 初期条件: 最初、人と板は静止しているので、全運動量は \(0\)。
- 運動量の式: 任意の時刻で、人の運動量(右向き)と板の運動量(左向き)の和は \(0\) となる。
具体的な解説と立式
人の質量を\(m_A\)、板の質量を\(m_B\)、ある時刻での人の速度を\(v_A\)、板の速度を\(v_B\)とする。
運動量保存則より、
$$ m_A v_A + m_B v_B = 0 $$
(ただし、速度はベクトルなので向きを考慮する。右向きを正とすると \(m_A v_A – m_B |v_B| = 0\) となる)
この式を時間で微分すると、加速度の関係式が得られます。
$$ m_A \frac{dv_A}{dt} + m_B \frac{dv_B}{dt} = 0 $$
$$ m_A a_A + m_B a_B = 0 $$
ここで、\(a_A\)と\(a_B\)は床から見た加速度(ベクトル)です。右向きを正として、\(a_A = 0.80 \text{ m/s}^2\) を代入します。
$$ 40 \times 0.80 + 10 \times a_B = 0 $$
使用した物理公式
- 運動量保存則: \(p_{\text{初}} = p_{\text{後}}\)
上記で立てた式を \(a_B\) について解きます。
$$ 32 + 10 a_B = 0 $$
$$ a_B = -3.2 \text{ [m/s}^2] $$
負の符号は、加速度の向きが左向きであることを示しています。したがって、加速度の大きさは \(3.2 \text{ m/s}^2\) です。
人と板をセットで考えます。このセットは、外から誰も押したり引いたりしていないので、全体として見れば勝手に動き出すことはありません。つまり、人が右に動いた分の「勢い」と、板が左に動いた分の「勢い」は、常に打ち消し合ってゼロになるはずです。この「勢いのつり合い(運動量保存)」の関係から、人の加速度が分かっていれば、板の加速度を計算できます。
運動方程式を用いた解法と全く同じ結果が得られました。運動量保存則は、物体間で働く「内力」を計算する必要がないため、このような問題では非常に強力なツールとなります。
床に対する板の加速度は、左向きに \(3.2 \text{ m/s}^2\) です。
人が板より4倍重いので、同じ力で押し合った結果、板の方が4倍大きな加速度で動く、という結果は妥当です。
問(2)
思考の道筋とポイント
人が板の右端まで歩くのに要する時間を求めます。この現象は、床から見た観測者にとっては、「人が右に動いた距離」と「板が左に動いた距離」の合計が、板の長さ \(L=8.0 \text{ m}\) に等しくなった瞬間、と捉えることができます。
人と板は、それぞれ初速度0の等加速度直線運動をします。移動時間を \(t\) として、それぞれの移動距離を \(t\) の式で表し、その和が \(8.0 \text{ m}\) になるという方程式を立てて \(t\) を解きます。
この設問における重要なポイント
- 相対的な位置関係: 「人が板の右端に来る」とは、「人と板の出発点からの移動距離の和が板の長さに等しくなる」ことと同じです。
- 等加速度直線運動の公式: 移動距離は \(x = v_0 t + \displaystyle\frac{1}{2}at^2\) で計算します。
- 床から見た運動: 人と板の加速度は、(1)で求めた床に対する加速度を用います。
具体的な解説と立式
人が板の右端まで歩くのに要する時間を \(t\) とする。
床から見た人の移動距離を \(s_A\)、板の移動距離を \(s_B\) とする。
人が板の右端に到達したとき、
$$ s_A + s_B = 8.0 \quad \cdots ③ $$
が成り立ちます。
人と板はそれぞれ初速度0の等加速度直線運動をするので、
- 人の移動距離 \(s_A\):
$$ s_A = \frac{1}{2} a_A t^2 = \frac{1}{2} \times 0.80 \times t^2 = 0.40 t^2 $$ - 板の移動距離 \(s_B\):
$$ s_B = \frac{1}{2} a_B t^2 = \frac{1}{2} \times 3.2 \times t^2 = 1.6 t^2 $$
これらを式③に代入します。
$$ 0.40 t^2 + 1.6 t^2 = 8.0 $$
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の変位の式: \(x = v_0 t + \displaystyle\frac{1}{2}at^2\)
上記で立てた方程式を \(t\) について解きます。
$$ (0.40 + 1.6) t^2 = 8.0 $$
$$ 2.0 t^2 = 8.0 $$
$$ t^2 = 4.0 $$
\(t>0\) なので、
$$ t = 2.0 \text{ [s]} $$
人が右に一歩進むと、その反動で板は左に少し動きます。そのため、人が板の端から端まで歩くためには、板の長さ \(8.0 \text{ m}\) よりも長い距離を床に対して進む必要があります。この問題では、「人が床に対して進んだ距離」と「板が床に対して進んだ距離」の合計が、ちょうど板の長さ \(8.0 \text{ m}\) になったときがゴールです。この関係を数式にして、時間を計算します。
時間は \(2.0 \text{ s}\) です。
この時間で、人は \(s_A = 0.40 \times (2.0)^2 = 1.6 \text{ m}\) 進み、板は \(s_B = 1.6 \times (2.0)^2 = 6.4 \text{ m}\) 後退します。合計は \(1.6 + 6.4 = 8.0 \text{ m}\) となり、板の長さと一致するので、計算は妥当です。
問(3)
思考の道筋とポイント
人が板の右端に来たとき、すなわち歩き始めてから \(t=2.0 \text{ s}\) 後の、「床に対する人の速度」を求めます。
人の床に対する運動は、初速度0、加速度 \(a_A = 0.80 \text{ m/s}^2\) の等加速度直線運動です。等加速度直線運動の速度の公式 \(v = v_0 + at\) を用いて計算します。
この設問における重要なポイント
- 床に対する運動: 問題で問われているのは「床に対する」人の速度です。
- 等加速度直線運動の公式: 速度は \(v = v_0 + at\) で計算します。
具体的な解説と立式
求める速度を \(v_A\) とする。
人の床に対する運動は、初速度 \(v_0 = 0\)、加速度 \(a_A = 0.80 \text{ m/s}^2\) の等加速度直線運動である。
(2)で求めた時間 \(t=2.0 \text{ s}\) を、速度の公式に代入します。
$$ v_A = v_0 + a_A t $$
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の速度の式: \(v = v_0 + at\)
$$
\begin{aligned}
v_A &= 0 + 0.80 \times 2.0 \\[2.0ex]&= 1.6 \text{ [m/s]}
\end{aligned}
$$
向きは右向きです。
人の運動は、単純な「等加速度直線運動」です。初めは止まっていて、一定の割合でどんどん速くなっていきます。(2)でゴールするまでの時間が \(2.0\) 秒だと分かったので、「初速0から、加速度0.80で2.0秒間加速したら、速さはいくらになるか」を計算します。
床に対する人の速度は、右向きに \(1.6 \text{ m/s}\) です。
ちなみに、このときの板の速度は、左向きに \(v_B = a_B t = 3.2 \times 2.0 = 6.4 \text{ m/s}\) です。
この瞬間の運動量を確認してみると、
人の運動量: \(40 \times 1.6 = 64 \text{ [kg}\cdot\text{m/s]}\) (右向き)
板の運動量: \(10 \times 6.4 = 64 \text{ [kg}\cdot\text{m/s]}\) (左向き)
となり、大きさが等しく逆向きなので、系全体の運動量はゼロに保たれています。運動量保存則とも矛盾しない、妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 作用・反作用の法則と運動量保存則:
- 核心: この問題は、2つの物体(人と板)が互いに力を及ぼし合う「内力」のみで運動する系です。この系の運動を理解する核心は、2つの視点から成り立っています。
- 個々の物体で見る視点: 人が板を蹴る力(摩擦力)と、板が人を押し返す力(摩擦力)が、作用・反作用の法則により大きさが等しく逆向きであると考え、それぞれの物体について運動方程式を立てます。
- 系全体で見る視点: 人と板を一つの「系」と見なすと、水平方向には外部から力が働かない(外力ゼロ)ため、系全体の運動量保存則が成り立ちます。
- 理解のポイント: (1)は、どちらの視点でも解くことができます。運動方程式は現象をミクロに、運動量保存則はマクロに捉える法則であり、両者が本質的に同じことを示していると理解することが重要です。
- 核心: この問題は、2つの物体(人と板)が互いに力を及ぼし合う「内力」のみで運動する系です。この系の運動を理解する核心は、2つの視点から成り立っています。
- 相対運動の考え方:
- 核心: (2)で「人が板の右端まで歩く」という条件を数式に翻訳する際、相対運動の考え方が必要になります。床(静止系)から見たそれぞれの物体の動きを考え、その位置関係を正しく立式しなければなりません。
- 理解のポイント: 人が右に \(s_A\) 進み、板が左に \(s_B\) 進んだとき、両者の間の距離は \(s_A + s_B\) だけ開きます。この距離が板の長さ \(L\) に等しくなったときがゴールです。この \(s_A + s_B = L\) という関係式を立てられるかが、(2)を解く鍵となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 宇宙空間での物体の放出: 宇宙飛行士が道具を投げたり、ロケットがガスを噴射したりする問題。これらも内力のみで運動する系であり、運動量保存則が中心的な役割を果たします。
- 台車からの物体の射出: 台車の上からバネや火薬で物体を水平に射出する問題。射出後に台車が逆向きに動き出す現象は、本問で板が動くのと同じ原理です。
- 分裂・合体: 2つの物体が分裂したり、衝突して一体となったりする問題。これらの前後で運動量が保存されることを利用します。
- 初見の問題での着眼点:
- 外力の有無を確認する: まず、考えている系全体に対して、運動方向に外力が働いているかを確認します。床がなめらかで空気抵抗も無視できる本問のような状況では、水平方向の外力はゼロです。→「運動量保存則が使える!」と判断します。
- 誰から見た運動か(基準系)を明確にする: 問題文で与えられている加速度や、問われている速度が、「床に対して」なのか「板に対して」なのかを正確に読み取ることが極めて重要です。基準系を混同すると、全く違う答えになってしまいます。
- 相対的な条件を絶対座標で表現する: 「AがBの右端に来る」のような相対的な条件は、そのままでは扱いにくいことが多いです。これを「床から見たAの座標」と「床から見たBの座標」の関係式に書き直すことで、計算可能な形になります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 板が動くことを忘れる:
- 誤解: 人が板の上を歩く問題で、板が固定されているかのように錯覚し、板の運動を全く考慮しない。
- 対策: 問題文の「なめらかな床」というキーワードに注目すること。これは「板は自由に動ける」というサインです。必ず板の運動も考慮に入れましょう。
- 相対加速度を使ってしまう:
- 誤解: 人の「床に対する」加速度が与えられているのに、これを「板に対する」加速度だと勘違いして、運動方程式や運動の式を立ててしまう。
- 対策: 問題文の「〜に対して」という言葉を注意深く読む癖をつけること。運動方程式(\(ma=F\))の \(a\) は、必ず慣性系(静止した床など)から見た加速度でなければなりません。
- 移動距離の関係式の誤り:
- 誤解: (2)で、人と板の移動距離の関係を \(s_A – s_B = L\) のように、差で考えてしまう。
- 対策: 簡単な図を描いてみることです。人が右端、板が左端にいる状態から、人が右に、板が左に動くのですから、両者の間の距離はそれぞれの移動距離の「和」になります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 重心の運動をイメージする: 人と板の系には水平外力が働かないため、系全体の重心は水平方向には動きません(初めに静止していたので、ずっと同じ位置に留まります)。人が右に動くと、重心の位置を保つために、板が左に動きます。この「重心位置不変」という視点から、\(m_A s_A = m_B s_B\) という関係(運動量保存則と等価)を導くこともできます。
- 力の矢印図:
- 人に働く力: 板から右向きに摩擦力 \(F\) を受ける。
- 板に働く力: 人から左向きに摩擦力 \(F\) を受ける。
この2つの \(F\) が作用・反作用の関係にあることを図で確認すると、運動方程式の立式がスムーズになります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 初期状態と最終状態の図: (2)を考える際に、\(t=0\) のときの図と、\(t\) 秒後の図を並べて描くと、移動距離の関係(\(s_A+s_B=L\))が視覚的に分かりやすくなります。
- 座標軸の設定: 床に固定した座標軸(x軸)を設定し、人の位置 \(x_A(t)\)、板の左端の位置 \(x_B(t)\) などを数式で表現すると、相対的な関係がより厳密に扱えます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (1)で、人と板、それぞれの物体に働く力と、その結果生じる加速度の関係を記述するため。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則は、個々の物体の運動を記述する基本法則です。作用・反作用の関係にある内力 \(F\) を介して、2つの物体の運動が関連付けられます。
- 運動量保存則 (\(\sum p = \text{const.}\)):
- 選定理由: (1)の別解として。系全体に外力が働かないという条件が満たされているため、より大局的な視点から系の振る舞いを記述できるから。
- 適用根拠: 作用・反作用の法則から導かれる、より普遍的な法則です。内力の詳細を問わずに済むため、計算が簡単になることが多いです。
- 等加速度直線運動の公式 (\(x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2\), \(v = v_0 + at\)):
- 選定理由: (2), (3)で、人と板がそれぞれ一定の加速度で運動しているため、その移動距離や速度を時間 \(t\) の関数として求める必要があるから。
- 適用根拠: 加速度が一定であるという条件下で、運動方程式を積分して得られる便利な関係式です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 板の加速度の計算:
- 戦略: 人と板の間に働く摩擦力を介して、両者の運動を結びつける。
- フロー(運動方程式): ①人の運動方程式から摩擦力\(F\)を求める。→ ②板の運動方程式に\(F\)を代入し、板の加速度\(a_B\)を求める。
- フロー(運動量保存): ①運動量保存則から、\(m_A a_A + m_B a_B = 0\) を立てる。→ ②値を代入し、\(a_B\)を求める。
- (2) 時間の計算:
- 戦略: 人が板の右端に来る条件を、床から見た移動距離の関係式で表す。
- フロー: ①人と板の移動距離を、等加速度運動の公式を用いて\(t\)で表す。→ ②「両者の移動距離の和=板の長さ」という式を立てる。→ ③\(t\)について解く。
- (3) 人の速度の計算:
- 戦略: 人の床に対する運動は、単純な等加速度直線運動。
- フロー: ①等加速度運動の速度の公式に、人の加速度と(2)で求めた時間を代入して計算する。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 質量の取り違えに注意: 人(40kg)と板(10kg)の質量を、運動方程式を立てる際に逆にしてしまわないよう注意しましょう。
- 正の向きを明確にする: (1)の運動方程式を立てる際、模範解答のように人と板で別々の正の向きを設定すると、両方の加速度が正の値として求まります。一方、運動量保存則を使う場合や、(2)で移動距離を考える場合は、床に固定した一つの座標軸(例: 右向きを正)で考える方が、符号の混乱がなくて安全です。
- 検算の習慣: (2)で求めた時間 \(t\) を使って、(3)で人と板それぞれの速度を計算し、その瞬間の運動量が保存されているか(\(m_A v_A + m_B v_B = 0\) となっているか)を確かめることで、(1)〜(3)までの一連の計算が正しかったかを強力に検証できます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 加速度: 人が板を蹴る反作用で板が動くので、板の加速度の向きは人の加速度の向きと逆(左向き)になるはずです。計算結果がそうなっているか確認します。
- (2) 時間: もし板が固定されていたら、人は \(8.0 = \frac{1}{2} \times 0.80 \times t^2\) より \(t = \sqrt{20} \approx 4.5 \text{ s}\) かかります。板が動くことで、人は板の上を「後退する床」の上を歩くことになるため、ゴールまでの時間は短くなるはずです。計算結果の \(2.0 \text{ s}\) はこの直感と一致しています。
- (3) 速度: (2)と同様に、もし板が固定されていたら、人の速度は \(v = 0.80 \times \sqrt{20} \approx 3.6 \text{ m/s}\) になります。板が動くことで、ゴールまでの時間が短縮されるため、最終的な速度はこれより小さくなるはずです。計算結果の \(1.6 \text{ m/s}\) はこの予測と一致します。
74 動く板の上での物体の運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、なめらかな床上の板の上で、初速度を与えられた小物体が滑る運動を扱います。摩擦によって小物体は減速し、板は加速し、やがて両者は一体となって運動します。作用・反作用、運動方程式、そして運動量保存則といった力学の重要法則を総合的に活用する問題です。
この問題の核心は、小物体と板の間で及ぼし合う「動摩擦力」を内力として、2つの物体からなる系の運動を分析することです。個々の物体の運動(加速度)と、系全体の運動(運動量保存)、そして最終的に一体となる条件を正しく理解することが求められます。
- 板の質量: \(M\)
- 小物体の質量: \(m\)
- 小物体と板の間の動摩擦係数: \(\mu’\)
- 小物体の初速度: \(v\)(右向き)
- 板の初速度: \(0\)
- 床はなめらか
- 重力加速度の大きさ: \(g\)
- (1) 小物体の加速度。
- (2) 板の加速度。
- (3) 小物体が板に対して静止する時刻。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「摩擦のある板の上を滑る物体の運動(運動量保存則と相対運動)」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 動摩擦力: 小物体と板の間には相対的なすべりが生じているため、両者の間には動摩擦力が働きます。この力は、それぞれの物体の運動を変化させる原因となります。
- 作用・反作用の法則: 小物体が板から受ける動摩擦力と、板が小物体から受ける動摩擦力は、作用・反作用の関係にあり、大きさが等しく逆向きです。
- 運動方程式: 小物体と板、それぞれについて運動方程式を立て、各物体の加速度を求めます。
- 運動量保存則: 小物体と板を一つの「系」と見なすと、水平方向には外力が働かないため、系全体の運動量は保存されます。この視点からも問題を解くことができます。
- 相対運動と一体化: 「小物体が板に対して静止する」とは、両者の(床から見た)速度が等しくなる瞬間を意味します。このとき、両者は一体となって運動します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)と(2)では、小物体と板の間に働く動摩擦力の大きさを求め、それを元に小物体と板それぞれについて運動方程式を立て、加速度を計算します。
- (3)では、「板に対して静止する」=「両者の速度が等しくなる」という条件を使います。小物体と板、それぞれの速度を時刻\(t\)の関数として表し、それらが等しくなる時刻\(t\)を求めます。
問(1), 問(2)
思考の道筋とポイント
(1)と(2)は、同じ物理現象の異なる側面に注目しているため、同時に解説します。
小物体は初速度\(v\)で右向きに動き始めますが、板との間に摩擦があるため、板から「左向き」の動摩擦力を受けます。この力が、小物体の運動を妨げ、減速させる原因となります。
一方、作用・反作用の法則により、板は小物体から「右向き」の動摩擦力を受けます。床はなめらかなので、この力が板を動かす唯一の水平力となり、板は静止状態から右向きに加速します。
動摩擦力の大きさは \(f’ = \mu’N\) で計算できます。小物体は水平な板の上にあるので、垂直抗力\(N\)は小物体の重力\(mg\)と等しくなります。
この動摩擦力を用いて、小物体と板それぞれについて運動方程式を立て、加速度を求めます。
この設問における重要なポイント
- 動摩擦力の大きさ: 垂直抗力\(N=mg\)より、動摩擦力の大きさは \(f’ = \mu’mg\) となります。
- 動摩擦力の向き:
- 小物体に働く向き: 運動を妨げる「左向き」。
- 板に働く向き: 小物体から押される「右向き」。
- 運動方程式: 小物体と板、それぞれについて運動方程式を立てます。右向きを正の向きとします。
具体的な解説と立式
小物体と板の間に働く動摩擦力の大きさ\(f’\)は、
$$ f’ = \mu’N = \mu’mg $$
となります。
右向きを正として、小物体と板それぞれについて運動方程式を立てます。
- 小物体の運動方程式 (問1):
小物体の加速度を\(a\)とします。小物体には左向き(負の向き)に動摩擦力\(f’\)が働くので、
$$ ma = -f’ $$
$$ ma = -\mu’mg \quad \cdots ① $$ - 板の運動方程式 (問2):
板の加速度を\(b\)とします。板には右向き(正の向き)に動摩擦力\(f’\)が働くので、
$$ Mb = f’ $$
$$ Mb = \mu’mg \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 動摩擦力: \(f’ = \mu’N\)
- 小物体の加速度 (問1):
式①の両辺を\(m\)で割ります。
$$ a = -\mu’g $$
負の符号は左向きを意味するので、加速度の大きさは \(\mu’g\) で、向きは左向きです。 - 板の加速度 (問2):
式②の両辺を\(M\)で割ります。
$$ b = \frac{\mu’mg}{M} $$
正の値なので、加速度の向きは右向きです。
(1) 小物体は、板との摩擦によってブレーキをかけられながら進みます。このブレーキ力(動摩擦力)によって生じる小物体の加速度を計算します。
(2) 一方、板は、小物体が上を滑っていくことで、進行方向に引きずられます。この引きずられる力(動摩擦力)によって生じる板の加速度を計算します。
(1) 小物体の加速度は、左向きに大きさ \(\mu’g\)。
(2) 板の加速度は、右向きに大きさ \(\displaystyle\frac{\mu’mg}{M}\)。
小物体は減速し、板は加速するという結果は、物理的な直感と一致しています。
問(3)
思考の道筋とポイント
「小物体が板に対して静止する」とは、床から見た小物体と板の速度が等しくなる瞬間を指します。この瞬間の速度を\(V\)、時刻を\(t\)とします。
小物体と板は、それぞれ(1), (2)で求めた一定の加速度で運動する「等加速度直線運動」をします。
それぞれの速度を、時刻\(t\)の関数として、公式 \(v = v_0 + at\) を用いて表します。
- 小物体の初速度は\(v\)、加速度は \(a = -\mu’g\)。
- 板の初速度は\(0\)、加速度は \(b = \displaystyle\frac{\mu’mg}{M}\)。
この2つの速度が等しい(\(V_{\text{小物体}} = V_{\text{板}}\))とおいて、時刻\(t\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 一体化の条件: 「板に対して静止」とは、床から見た速度が等しくなること。
- 等加速度直線運動の公式: 速度は \(v = v_0 + at\) で計算します。
- 連立方程式: 両者の速度が等しくなるという条件から、時刻\(t\)に関する方程式を立てて解きます。
具体的な解説と立式
時刻\(t\)における小物体と板の速度(右向きを正とする)を、それぞれ \(v_m(t)\), \(v_M(t)\) とします。
- 小物体の速度:
$$ v_m(t) = v + at = v – \mu’gt \quad \cdots ③ $$ - 板の速度:
$$ v_M(t) = 0 + bt = \frac{\mu’mg}{M}t \quad \cdots ④ $$
小物体が板に対して静止する時刻を\(t_s\)とすると、このとき \(v_m(t_s) = v_M(t_s)\) となります。
$$ v – \mu’gt_s = \frac{\mu’mg}{M}t_s $$
使用した物理公式
- 等加速度直線運動の速度の式: \(v = v_0 + at\)
上記で立てた方程式を \(t_s\) について解きます。
$$ v = \mu’gt_s + \frac{\mu’mg}{M}t_s $$
右辺を \(\mu’gt_s\) でくくります。
$$ v = \mu’gt_s \left( 1 + \frac{m}{M} \right) $$
$$ v = \mu’gt_s \left( \frac{M+m}{M} \right) $$
\(t_s\) について解くと、
$$ t_s = \frac{v}{\mu’g \left( \displaystyle\frac{M+m}{M} \right)} = \frac{Mv}{\mu'(M+m)g} $$
初め、小物体は板より速く動いていますが、摩擦によってだんだん遅くなります。逆に、板は摩擦によってだんだん速くなります。いずれ、両者の速度は同じになります。その瞬間、小物体は板の上で滑るのをやめ、一体となって動き始めます。それぞれの速度が時刻とともにどう変わるかを数式で表し、それらが等しくなる時刻を計算します。
思考の道筋とポイント
小物体と板を一つの系と見なすと、水平方向の外力は働かないため、運動量が保存されます。この性質を利用して、まず一体化した後の最終的な速度\(V\)を求め、その速度になるまでの時間から時刻\(t\)を逆算します。
この設問における重要なポイント
- 運動量保存則: 系全体の運動量は、最初から最後まで保存される。
- 初期運動量: \(p_{\text{初}} = mv + M \cdot 0 = mv\)。
- 最終運動量: 一体化した後の速度を\(V\)とすると、\(p_{\text{後}} = (m+M)V\)。
- 速度と時間の関係: 最終速度\(V\)が分かれば、どちらか一方の物体の運動(例: 板の運動 \(V = bt\))から時刻\(t\)を求めることができます。
具体的な解説と立式
運動量保存則より、
$$ p_{\text{初}} = p_{\text{後}} $$
$$ mv = (m+M)V $$
よって、一体化した後の速度\(V\)は、
$$ V = \frac{m}{m+M}v \quad \cdots ⑤ $$
一方、板の速度は時刻\(t\)の関数として \(v_M(t) = bt = \displaystyle\frac{\mu’mg}{M}t\) と表せます。
一体化する時刻を\(t_s\)とすると、そのときの板の速度は\(V\)に等しくなります。
$$ V = \frac{\mu’mg}{M}t_s \quad \cdots ⑥ $$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- 等加速度直線運動の速度の式
式⑤で求めた\(V\)を式⑥に代入して、\(t_s\)を求めます。
$$ \frac{m}{m+M}v = \frac{\mu’mg}{M}t_s $$
両辺の\(m\)を消去し、\(t_s\)について解きます。
$$ t_s = \frac{Mv}{(M+m)\mu’g} $$
これは、模範解答の \(t = \displaystyle\frac{Mv}{\mu'(M+m)g}\) と一致します。(模範解答の式の \(g\) の位置が括弧の外にあるのは誤植の可能性がありますが、物理的な意味から括弧の中にあるべきです。)
人と板をセットで考えます。このセットの「勢いの合計(運動量)」は、外から力が加わらないので、ずっと変わりません。最初に小物体が持っていた勢いが、最終的に小物体と板に分配されます。このことから、一体になったときの最終的な速度をまず計算します。次に、例えば板が、止まっている状態からその最終速度に達するまでに何秒かかるかを、(2)で求めた板の加速度を使って計算します。
運動方程式を直接解く方法と、運動量保存則を経由する方法の、2つのアプローチで同じ結果が得られました。運動量保存則を使うと、まず最終状態がどうなるかを見通せるという利点があります。どちらの解法も理解しておくことが重要です。
小物体が板に対して静止する時刻は \(t = \displaystyle\frac{Mv}{\mu'(M+m)g}\) です。
この結果は、初速度\(v\)が大きいほど、また摩擦が小さい(\(\mu’\)が小さい)ほど、一体化するまでの時間が長くなることを示しており、直感と一致します。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動量保存則と、その破れ(エネルギーの損失):
- 核心: この問題は、水平方向に外力が働かないため、小物体と板を一つの「系」として見たとき、系全体の運動量は保存されるという点が最も重要な物理法則です。初めに小物体が持っていた運動量 \(mv\) が、最終的に一体となった物体(質量 \(m+M\))の運動量に等しくなります。
- 理解のポイント:
- 運動量保存: \(mv = (m+M)V\) という関係から、内力(摩擦力)の詳細を考えなくても、最終的にどうなるか(一体化した後の速度\(V\))が分かります。
- エネルギー非保存: 一方、摩擦によって熱が発生するため、力学的エネルギーは保存されません。小物体の初期の運動エネルギーの一部が、摩擦による仕事(熱)に変換され、残りが一体化した物体の運動エネルギーになります。運動量とエネルギー、それぞれの保存・非保存を正しく区別することが重要です。
- 作用・反作用の法則と運動方程式:
- 核心: 運動がどのように変化していくか(途中経過)を追うためには、個々の物体に働く力に着目する必要があります。小物体が板から受ける摩擦力と、板が小物体から受ける摩擦力は、作用・反作用の関係にあります。この力を元に、それぞれの物体について運動方程式を立てることで、各物体の加速度が求まります。
- 理解のポイント: (1), (2)の加速度を求めるには運動方程式が、(3)の最終状態を考えるには運動量保存則が、それぞれ強力なツールとなります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 物体の分裂: 静止していた物体が、内力(爆発など)によって2つ以上に分裂する問題。分裂後の各破片の運動量のベクトル和は、分裂前の運動量(ゼロ)に等しくなります。
- 非弾性衝突: 2つの物体が衝突し、一体となって運動する問題(完全非弾性衝突)。衝突の前後で運動量は保存されますが、力学的エネルギーは大きく失われます。
- ロケットの推進: ロケットがガスを噴射して加速する問題。ロケットと噴射ガスを一つの系と見なせば、運動量保存則が成り立ちます。
- 初見の問題での着眼点:
- 外力の有無の確認: まず、系全体に外力が働くかを確認します。床がなめらかな場合、水平方向の外力はゼロなので「運動量保存則が使える」と判断します。
- 摩擦の有無の確認: 物体間に摩擦があるかを確認します。摩擦があれば、力学的エネルギーは保存されないと判断します。
- 最終状態をイメージする: この種の問題では、多くの場合、最終的に物体は一体となって同じ速度で運動します。この「速度が等しくなる」という状態が、問題を解く上での重要なゴール(条件)になります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動量保存則とエネルギー保存則の混同:
- 誤解: 運動量が保存されるから、力学的エネルギーも保存されるだろうと勘違いし、エネルギー保存則の式を立ててしまう。
- 対策: 摩擦や非弾性衝突がある場合、力学的エネルギーは必ず失われる(保存されない)と肝に銘じること。一方、内力しか働かない系では、運動量は常に保存されます。この2つの法則の成立条件を明確に区別しましょう。
- 摩擦力の向きの間違い:
- 誤解: 小物体が右に動いているので、板に働く摩擦力も右向きだと考えてしまう。
- 対策: 作用・反作用の法則を徹底すること。小物体が板から受ける力(小物体の運動を妨げる左向き)の反作用として、板が小物体から受ける力(板を右に引きずる力)を考えます。必ず「主語」と「目的語」を意識し、「AがBから受ける力」と「BがAから受ける力」を区別しましょう。
- 相対速度で考えてしまう:
- 誤解: (3)で、小物体の板に対する相対速度がゼロになる、と考えて相対速度の式を立てようとして混乱する。
- 対策: 相対運動の問題は、一度「静止した床から見る」という絶対的な視点に立ち返るのが最も安全で確実です。「AのBに対する速度がゼロ」とは、「床から見たAの速度と、床から見たBの速度が等しくなる」ことだと翻訳する癖をつけましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- v-tグラフを描く: 横軸に時間\(t\)、縦軸に速度\(v\)をとります。
- 小物体の速度: \(t=0\)で\(v\)から出発し、傾き \(-\mu’g\) の直線で減少していきます。
- 板の速度: \(t=0\)で\(0\)から出発し、傾き \(\frac{\mu’mg}{M}\) の直線で増加していきます。
この2本の直線が交わった点が、両者の速度が等しくなった瞬間であり、そのときの時刻が(3)の答え、速度が一体化した後の最終速度\(V\)になります。このグラフを描くことで、問題全体の流れが視覚的に一目瞭然となります。
- 力の矢印図:
- 小物体: 右向きの速度ベクトルと、それを妨げる左向きの摩擦力の矢印を描きます。
- 板: 小物体から受ける右向きの摩擦力の矢印を描きます。
この2つの摩擦力の矢印が、作用・反作用の関係にあることを意識します。
- v-tグラフを描く: 横軸に時間\(t\)、縦軸に速度\(v\)をとります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 座標軸の統一: 複数の物体を扱う場合、すべての物体の運動を同じ座標軸(例: 右向きを正)で記述すると、符号のミスが減り、立式が容易になります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (1), (2)で、各物体に働く力(動摩擦力)から、それぞれの加速度という運動の変化を具体的に求める必要があるため。
- 適用根拠: 個々の物体の運動を記述する、力学の基本法則です。
- 運動量保存則 (\(p_{\text{初}} = p_{\text{後}}\)):
- 選定理由: (3)の別解として。系に外力が働かないため、系全体の運動の初期状態と最終状態を、途中の詳細(摩擦力など)を問わずに直接結びつけることができるから。
- 適用根拠: 作用・反作用の法則から導かれる、よりマクロな視点の法則。内力しか働かない閉鎖系で成立します。
- 等加速度直線運動の速度の式 (\(v = v_0 + at\)):
- 選定理由: (3)で、(1)(2)で求めた一定の加速度の下で、各物体の速度が時間とともにどう変化するかを記述し、「速度が等しくなる」という条件を立式するため。
- 適用根拠: 加速度が一定という条件下での、運動方程式の積分結果です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1), (2) 加速度の計算:
- 戦略: 小物体と板、それぞれに働く動摩擦力を特定し、運動方程式を立てる。
- フロー: ①動摩擦力の大きさを計算 (\(f’=\mu’mg\)) → ②小物体について運動方程式を立て、\(a\)を求める。→ ③板について運動方程式を立て、\(b\)を求める。
- (3) 一体化する時刻の計算:
- 戦略: 両者の速度が等しくなる時刻を求める。
- フロー(解法1): ①小物体と板の速度を、それぞれ時刻\(t\)の関数として公式から導出。→ ②両者の速度が等しいとおいて、\(t\)に関する方程式を立てる。→ ③\(t\)について解く。
- フロー(解法2): ①運動量保存則から、一体化した後の最終速度\(V\)を求める。→ ②どちらか一方の物体の速度が\(V\)になる時刻を、等加速度運動の公式から計算する。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 正の向きを統一する: 模範解答では小物体と板で正の向きを別にしていますが、一貫して「右向きを正」と決めて計算する方が、特に(3)で速度の式を立てる際に混乱が少ないです。その場合、小物体の加速度は \(a = -\mu’g\) となります。
- 文字の区別: 質量 \(m\) と \(M\)、加速度 \(a\) と \(b\) など、似た文字を明確に区別して書くこと。添字(\(a_m, a_M\)など)を使うのも有効です。
- 別解での検算: (3)は2通りの方法で解けます。両方で解いてみて、同じ答えになるかを確認することは、最も確実な検算方法です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1), (2) 加速度: 小物体は減速(加速度が初速度と逆向き)、板は加速(初速度0から速度が増加)するはずです。計算結果の符号や向きが、この直感と合っているか確認します。
- (3) 時刻: 求めた時刻 \(t\) は必ず正の値になるはずです。もし負になったら、計算ミスの可能性が高いです。また、摩擦係数 \(\mu’\) が大きいほど、早く一体化する(\(t\)が小さくなる)はずです。式の形がそうなっているか(分母に\(\mu’\)があるか)を確認します。
- 最終速度: 別解で求めた最終速度 \(V = \frac{m}{m+M}v\) は、必ず小物体の初速度 \(v\) と板の初速度 \(0\) の間の値になります。これも妥当性を判断する材料になります。
75 水中での運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、水中に浮かぶ円柱に働く「浮力」をテーマに、力のつり合いと運動方程式を扱う問題です。おもりを乗せた静止状態から、おもりを取り去った直後の運動状態へと変化する際の、物理法則の適用方法が問われます。
この問題の核心は、アルキメデスの原理に基づいて浮力の大きさを正しく計算し、(1)の「静止」状態では力のつり合いの式を、(2)の「運動開始直後」では運動方程式を、と状況に応じて物理法則を的確に使い分ける点にあります。
- 円柱の密度: \(\rho_0\) [kg/m³]
- 円柱の体積: \(V\) [m³]
- 水の密度: \(\rho\) [kg/m³] (ただし \(\rho > \rho_0\))
- 重力加速度の大きさ: \(g\) [m/s²]
- (1) 円柱の上面が水面と一致するように静止させるためのおもりの質量 \(m\)。
- (2) おもりを取り去った直後の、円柱の加速度の大きさ \(a\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「浮力と力のつり合い、および単振動」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- アルキメデスの原理(浮力): 液体中の物体は、その物体が押しのけた液体の重さに等しい大きさの浮力を受けます。浮力の大きさは \(F_{\text{浮力}} = \rho V g\) で表され、ここで \(\rho\) は液体の密度、\(V\) は物体が液体に沈んでいる部分の体積です。
- 力のつり合い: (1)では、円柱とおもりが静止しているため、鉛直方向の力がつり合っています。このつり合いの式を立てることが基本となります。
- 運動方程式: (2)では、おもりを取り去った直後の円柱の運動を考えます。この瞬間、力はつり合っておらず、合力が円柱に加速度を生じさせます。この関係を運動方程式 \(ma=F\) で記述します。
- 質量の計算: 円柱の質量は、密度と体積の積(質量 = 密度 × 体積)で計算できます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、円柱とおもりを一体と見なした系、あるいは円柱のみに着目し、働く力(円柱の重力、おもりの重力、浮力)をすべて図示します。これらの力がつり合っていることから、力のつり合いの式を立て、おもりの質量を求めます。
- (2)では、おもりを取り去った直後の円柱に働く力を考えます。この瞬間、円柱はまだ完全に水中に沈んだままであり、浮力の大きさは(1)のときと同じです。しかし、おもりの重さがなくなるため、上向きの浮力が下向きの円柱の重力より大きくなり、円柱は上向きに加速します。このときの合力を求め、円柱の運動方程式を立てて加速度を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
おもりを乗せた円柱が、上面を水面に合わせて静止している状況を考えます。このとき、系に働く力はつり合っています。
系に働く力は、下向きの力(円柱自身の重力とおもりの重力)と、上向きの力(浮力)です。
- 円柱の重力: 円柱の密度は\(\rho_0\)、体積は\(V\)なので、質量は\(\rho_0 V\)。したがって、重力は \(\rho_0 V g\)。
- おもりの重力: おもりの質量を\(m\)とすると、重力は\(mg\)。
- 浮力: 円柱は体積\(V\)全体が水中に沈んでいるので、押しのけた水の体積も\(V\)です。水の密度は\(\rho\)なので、浮力の大きさは \(\rho V g\)。
これらの力のつり合いの式を立てて、未知数であるおもりの質量\(m\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: 円柱とおもりを一体として考え、下向きの2つの重力と、上向きの浮力を図示します。
- 各力の大きさの計算:
- 円柱の質量: \(M = \rho_0 V\)
- 浮力: \(F_{\text{浮力}} = \rho V g\) (\(\rho\)は水の密度、\(V\)は円柱全体の体積)
- 力のつり合い: (円柱の重力) + (おもりの重力) = (浮力)
具体的な解説と立式
おもりの質量を\(m\)とします。
円柱とおもりを合わせた系全体に働く力は、鉛直下向きに「円柱の重力 \(\rho_0 V g\)」と「おもりの重力 \(mg\)」、鉛直上向きに「浮力 \(\rho V g\)」です。
系は静止しているので、これらの力はつり合っています。
$$ (\rho_0 V g) + (mg) – (\rho V g) = 0 $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 浮力: \(F = \rho V g\)
- 質量と密度の関係: \(M = \rho_0 V\)
上記で立てた力のつり合いの式を\(m\)について解きます。
$$ mg = \rho V g – \rho_0 V g $$
両辺の\(g\)を消去します。
$$ m = \rho V – \rho_0 V $$
$$ m = (\rho – \rho_0)V $$
物体が水に浮いて静止しているとき、「物体全体の重さ」と「水が物体を押し上げる力(浮力)」は同じ大きさになります。この問題では、「円柱の重さ」と「おもりの重さ」の合計が、円柱全体が水に沈んだときの浮力と釣り合っています。この関係を数式にして、おもりの重さを計算します。
おもりの質量は \(m = (\rho – \rho_0)V\) です。
水の密度\(\rho\)が円柱の密度\(\rho_0\)より大きい(\(\rho > \rho_0\))という条件から、\(m\)は正の値となり、物理的に妥当です。もし\(\rho = \rho_0\)なら、おもりを乗せなくても円柱は水中に完全に沈んで静止できるので、\(m=0\)となり、これも直感と一致します。
問(2)
思考の道筋とポイント
おもりを取り去った「直後」の円柱の運動を考えます。この瞬間、円柱はまだ動いていないので、水中に沈んでいる体積は\(V\)のままです。したがって、円柱に働く浮力の大きさは(1)のときと変わりません。
しかし、おもりの重さ\(mg\)がなくなるため、力のつり合いは崩れます。上向きの浮力が、下向きの円柱の重力よりも大きくなるため、円柱には上向きの合力が働き、上向きに加速します。
このときの合力を求め、円柱の運動方程式 \(ma=F\)(この場合は円柱の質量が\(\rho_0 V\)なので、\(\rho_0 V a = F_{\text{合力}}\))を立てて、加速度\(a\)を求めます。
この設問における重要なポイント
- 「直後」の意味: 速度はまだゼロだが、加速度は生じている状態。円柱はまだ完全に水中に沈んでいるため、浮力の大きさは \(\rho V g\) のまま。
- 働く力: 円柱に働く力は、上向きの「浮力 \(\rho V g\)」と、下向きの「円柱の重力 \(\rho_0 V g\)」の2つのみ。
- 運動方程式: 円柱の質量は \(\rho_0 V\)。これを用いて運動方程式を立てます。
具体的な解説と立式
おもりを取り去った直後の円柱の加速度を\(a\)(鉛直上向きを正)とします。
この瞬間の円柱に働く力は、
- 浮力: \(\rho V g\)(上向き)
- 円柱の重力: \(\rho_0 V g\)(下向き)
です。
円柱の質量は \(\rho_0 V\) なので、運動方程式は以下のようになります。
$$ (\rho_0 V) a = (\rho V g) – (\rho_0 V g) $$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma = F\)
- 浮力: \(F = \rho V g\)
上記で立てた運動方程式を\(a\)について解きます。
$$ \rho_0 V a = (\rho – \rho_0) V g $$
両辺の\(V\)を消去します。
$$ \rho_0 a = (\rho – \rho_0) g $$
$$ a = \frac{\rho – \rho_0}{\rho_0} g $$
これは、
$$ a = \left( \frac{\rho}{\rho_0} – 1 \right) g $$
と変形できます。
おもりをどかした瞬間、円柱を下に押していた力がなくなり、浮力だけが円柱の重さを大きく上回る状態になります。この「浮力と重力の差額」が、円柱を上に押し上げる力(合力)となります。この合力と、円柱自身の質量を使って、ニュートンの運動の法則(\(F=ma\))から、円柱がどれくらいの加速度で飛び上がり始めるかを計算します。
思考の道筋とポイント
(2)で円柱に働く上向きの合力は、浮力と円柱の重力の差です。
\(F_{\text{合力}} = \rho V g – \rho_0 V g = (\rho – \rho_0)Vg\)。
一方、(1)の結果から、おもりの質量は \(m = (\rho – \rho_0)V\) でした。
これらを比較すると、\(F_{\text{合力}} = mg\) であることがわかります。
つまり、おもりを取り去った直後に円柱に働く上向きの合力は、取り去ったおもりの重さと等しい、と解釈できます。
この設問における重要なポイント
- 合力とおもりの重さの関係: おもりを取り去った直後の不平衡な力(合力)は、取り去ったおもりの重さに等しい。
- 運動方程式への適用: 円柱(質量\(\rho_0 V\))が、力\(mg\)を受けて加速すると考え、運動方程式を立てる。
具体的な解説と立式
おもりを取り去った直後、円柱に働く上向きの合力 \(F_{\text{合力}}\) は、
$$ F_{\text{合力}} = \text{浮力} – \text{円柱の重力} = \rho V g – \rho_0 V g $$
(1)の結果 \(m = (\rho – \rho_0)V\) より、\(mg = (\rho – \rho_0)Vg\) なので、
$$ F_{\text{合力}} = mg $$
円柱の質量は \(\rho_0 V\) なので、運動方程式は、
$$ (\rho_0 V) a = mg $$
使用した物理公式
- 運動方程式
- (1)で導出した関係式
上記で立てた運動方程式を\(a\)について解きます。
$$ a = \frac{mg}{\rho_0 V} $$
ここに \(m = (\rho – \rho_0)V\) を代入します。
$$ a = \frac{(\rho – \rho_0)V g}{\rho_0 V} $$
$$ a = \frac{\rho – \rho_0}{\rho_0} g = \left( \frac{\rho}{\rho_0} – 1 \right) g $$
(1)の力のつり合いは「円柱の重力+おもりの重力=浮力」でした。おもりをどかすと、この式の「おもりの重力」の分だけ、力のバランスが崩れます。このバランスを崩した張本人である「おもりの重力」が、そのまま円柱を上に押し上げる力として働き、加速度を生み出す、と考える方法です。
当然ながら、同じ結果が得られます。この解法は、(1)と(2)の物理的なつながりをより明確に示してくれます。おもりを乗せて無理やり沈めていた状態から、その「無理やり」の部分を取り除いた結果、何が起こるか、という視点で問題を捉えることができます。
円柱の加速度の大きさは \(a = \left( \displaystyle\frac{\rho}{\rho_0} – 1 \right) g\) です。
\(\rho > \rho_0\) なので、\(a\)は正の値となり、円柱が上向きに加速するという物理的な状況と一致します。この運動は、浮力と重力がつり合う位置(円柱の一部だけが水面上に出る位置)を中心とした単振動の一部となります。この問題は、その単振動の初期加速度を求めていることになります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- アルキメデスの原理(浮力):
- 核心: この問題は、流体中の物体に働く「浮力」を正しく理解し、定量的に扱えるかが全ての基本です。浮力の公式 \(F = \rho V g\) を正しく適用することが核心となります。
- 理解のポイント:
- \(\rho\) は流体(水)の密度であり、物体の密度ではない。
- \(V\) は物体が流体中に沈んでいる部分の体積である。本問では、(1)と(2)の直後、どちらの状況でも円柱全体が水中に沈んでいるため、この \(V\) は円柱の体積そのものになります。
- 力のつり合いと運動方程式の使い分け:
- 核心: 物理現象を、その運動状態に応じて適切にモデル化する能力が問われます。
- 理解のポイント:
- 静止時(問1): 物体が「静止して浮いている」という記述から、加速度がゼロであると判断し、力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)) を選択します。
- 運動開始直後(問2): 「おもりを取り去る」という操作によって力のつり合いが崩れ、物体が動き始める状況です。この「直後」では、物体はまだ動き出しておらず速度はゼロですが、力の合力が存在し、加速度が生じています。したがって、運動方程式 (\(ma=F\)) を選択します。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 単振動: 本問の(2)の後の運動は、実は浮力を復元力とする単振動になります。つり合いの位置を求め、そこからの変位に比例した復元力が働くことを示せば、周期などを求める問題に発展します。
- 密度が異なる液体: 水と油のように、密度が異なる2層の液体に物体が浮いている問題。この場合、浮力は「水に沈んでいる部分による浮力」と「油に沈んでいる部分による浮力」の和になります。
- 気球の運動: 空気も流体なので、気球には浮力(空気の密度による)が働きます。荷物を捨てて上昇する気球の運動は、本問と全く同じ考え方で解くことができます。
- 初見の問題での着眼点:
- 物体が沈んでいる体積を特定する: 浮力を計算する上で最も重要なのは、物体が液体にどれだけ沈んでいるかです。問題の図や記述から、その体積を正確に把握します。
- 力の種類をすべてリストアップする: 物体に働く力を(重力、浮力、張力、おもりの重さなど)漏れなく図示することが、立式の第一歩です。
- 「静止」か「運動」かを見極める: 問題文の動詞に注目し、「浮いている」「静止した」なら力のつり合い、「動き出した」「取り去った直後」なら運動方程式、と適用する法則を判断します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 浮力の公式の文字の混同:
- 誤解: 浮力の公式 \(F=\rho V g\) の密度\(\rho\)に、物体の密度\(\rho_0\)を入れてしまう。
- 対策: 「浮力は、押しのけた流体の重さ」というアルキメデスの原理の定義に立ち返ることです。したがって、密度は必ず流体(この問題では水)の密度\(\rho\) を使います。
- 運動方程式の質量の誤り:
- 誤解: (2)で円柱の運動方程式を立てる際、左辺の質量\(m\)に、(1)で求めたおもりの質量を使ってしまう。あるいは、浮力の計算で使った水の質量(\(\rho V\))を使ってしまう。
- 対策: 運動方程式 \(ma=F\) の \(m\) は、運動している物体そのものの質量です。(2)で運動しているのは「円柱」なので、円柱の質量(\(\rho_0 V\))を使わなければなりません。
- (2)の「直後」の状況の誤解:
- 誤解: おもりを取り去った直後、円柱はすぐに一部が水面から出て、浮力が小さくなると考えてしまう。
- 対策: 「直後」とは、時間変化がゼロの極限を意味します。位置や速度は変化する時間がなく、直前の状態と同じです。しかし、力は瞬時に変化するため、加速度はゼロから変化します。この「位置・速度は連続、力・加速度は不連続」という概念を理解することが重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の矢印図: 円柱の中心を作用点として、働く力をすべて矢印で描きます。
- (1)のつり合い状態: 下向きの矢印(\(\rho_0 Vg\) と \(mg\))の合計の長さと、上向きの矢印(\(\rho Vg\))の長さが等しくなるように描きます。
- (2)の運動開始直後: おもりの重さ\(mg\)の矢印がなくなり、上向きの浮力の矢印が下向きの重力の矢印より明らかに長くなる様子を描きます。この矢印の長さの差が、合力であり、加速度を生む原因であることが視覚的に理解できます。
- つり合いの位置との比較: (2)の後の運動を想像してみましょう。円柱は最終的に、浮力と重力がつり合う位置(\(\rho V_{\text{沈}} g = \rho_0 V g\) となる、体積の一部だけが沈んだ状態)で静止します。(2)の状況は、この最終的なつり合いの位置よりも深く沈んでいるため、浮力が過剰になり、上向きに押し戻される、というイメージを持つと現象を捉えやすくなります。
- 力の矢印図: 円柱の中心を作用点として、働く力をすべて矢印で描きます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の種類を明記: 矢印の横に「重力(\(\rho_0 Vg\))」「浮力(\(\rho Vg\))」などと力の名称と大きさを書き込むと、立式ミスを防げます。
- 座標軸の設定: 鉛直上向きを正とするなど、座標軸を明確に設定し、図に書き込むことで、力の符号を間違えにくくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: (1)で、円柱とおもりが「静止して浮いている」ため。
- 適用根拠: 加速度がゼロの物体に働く力の合力はゼロである、というニュートンの第一法則に基づきます。
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (2)で、おもりを取り去ったことで力のつり合いが崩れ、円柱が「加速度運動」を始めるため。
- 適用根拠: 加速度運動する物体の運動(加速度)と、その原因(力の合力)の関係を記述するニュートンの第二法則を適用します。
- 浮力の公式 (\(F = \rho V g\)):
- 選定理由: 物体が流体中にあるため、流体から受ける力を計算する必要があるから。
- 適用根拠: アルキメデスの原理として知られる、流体静力学の基本法則です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) おもりの質量の計算:
- 戦略: 円柱とおもりを一体とみなし、力のつり合いを立てる。
- フロー: ①系に働く力(円柱の重力、おもりの重力、浮力)を特定 → ②それぞれの力の大きさを文字式で表現 → ③鉛直方向の力のつり合いの式を立式 → ④おもりの質量\(m\)について解く。
- (2) 加速度の計算:
- 戦略: おもりを取り去った直後の円柱について、運動方程式を立てる。
- フロー: ①円柱に働く力(円柱の重力、浮力)を特定 → ②浮力の大きさは(1)と同じであると判断 → ③円柱の質量(\(\rho_0 V\))と、力の合力(浮力 – 重力)を計算 → ④運動方程式を立式し、加速度\(a\)について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 密度の使い分けを意識する: 質量を計算するときは物体の密度(\(\rho_0\))、浮力を計算するときは流体の密度(\(\rho\))と、どの場面でどちらの密度を使うかを常に意識しましょう。
- 文字式の整理: この問題はすべて文字式での計算です。\(V\)や\(g\)など、共通の文字でくくったり、消去したりするプロセスを丁寧に行いましょう。特に(2)の最終的な答えの形 \(\left( \frac{\rho}{\rho_0} – 1 \right) g\) は、物理的な意味(密度の比が重要)を解釈しやすくするための変形なので、こうした式変形にも慣れておくと良いでしょう。
- (1)の結果の利用: (2)の別解のように、(1)で求めた関係式 \(mg = (\rho – \rho_0)Vg\) を使うと、(2)の計算がより簡潔になる場合があります。前の設問の結果が次の設問で使えないか、と考える癖をつけるのも有効です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) おもりの質量: \(m = (\rho – \rho_0)V\) という結果は、\(\rho > \rho_0\) という条件の下で正の値になります。もし \(\rho < \rho_0\) なら(円柱が水より重いなら)、おもりを乗せなくても沈んでしまうので、この式は意味をなさなくなります。このように、与えられた条件と結果の整合性を確認します。
- (2) 加速度: \(a = \left( \frac{\rho}{\rho_0} – 1 \right) g\) という結果は、\(\rho > \rho_0\) のとき正の値となり、上向きに加速するという状況と一致します。もし \(\rho = \rho_0\) なら \(a=0\) となり、おもりを外しても円柱は水中に沈んだまま静止し続ける、という事実と一致します。このような極端な場合を考えることで、式の妥当性を検証できます。
76 浮力の反作用
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、水中の物体に働く「浮力」と、それに関連する力のつり合いを、複数の視点から考察する問題です。ばねばかりと台ばかりという2種類のはかりが登場し、それぞれが何を測定しているのかを正確に理解する必要があります。
この問題の核心は、(1)では「球」に、(3)では「容器と水」または「系全体」に、と着目する対象を切り替えながら、それぞれの状況で力のつり合いを考える点にあります。特に、(3)を解く上で鍵となる「浮力の反作用」の概念を正しく扱えるかが問われます。
- 容器の質量: \(0.20 \text{ kg}\)
- 水の質量: \(0.10 \text{ kg}\)
- 球の質量: \(0.20 \text{ kg}\)
- ばねばかりの目盛り: \(1.47 \text{ N}\)
- 水の密度: \(\rho_{\text{水}} = 1.0 \times 10^3 \text{ kg/m}^3\)
- 重力加速度: \(g = 9.8 \text{ m/s}^2\)
- (1) 球が受ける浮力の大きさ。
- (2) 球の密度。
- (3) 台ばかりの目盛り。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「浮力と力のつり合い、および浮力の反作用」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力のつり合い: (1)では、水中の球が静止しているため、球に働く力がつり合っていると考えます。また、(3)の別解では、容器・水・球を一体と見なした系全体の力のつり合いを考えます。
- アルキメデスの原理(浮力): (2)では、(1)で求めた浮力の大きさから、アルキメデスの原理 \(F = \rho V g\) を用いて球の体積を逆算します。
- 密度の定義: (2)では、球の質量と体積から、密度の定義式 \(\rho_{\text{球}} = \frac{m}{V}\) を用いて密度を計算します。
- 作用・反作用の法則: (3)では、「浮力の反作用」という考え方が重要になります。水が球を押し上げる力(浮力)の反作用として、球は水を下向きに同じ大きさの力で押しています。この力が、台ばかりの目盛りを増加させる原因となります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、水中に吊るされた球に着目し、働く力(重力、ばねばかりの弾性力、浮力)のつり合いの式を立てて、浮力の大きさを求めます。
- (2)では、(1)で求めた浮力の大きさを使って、アルキメデスの原理から球の体積を計算し、質量と体積から密度を求めます。
- (3)では、台ばかりが支える力を考えます。これは、容器と水の重さに加え、浮力の反作用として球が水を押す力を合計したものになります。
問(1)
思考の道筋とポイント
水中でばねばかりに吊るされ、静止している球に働く力を考えます。球は静止しているので、鉛直方向の力はつり合っています。
球に働く力は、
- 下向きの力: 重力
- 上向きの力: ばねばかりが引く力(弾性力) と 浮力
の3つです。
ばねばかりの目盛りが弾性力の大きさを表しているので、これらの力のつり合いの式を立てることで、未知数である浮力の大きさを求めることができます。
この設問における重要なポイント
- 力の図示: 球に働く3つの力(重力、弾性力、浮力)を正しく図示します。
- 力のつり合い: 球は静止しているので、上向きの力の合計と下向きの力の合計が等しくなります。
- ばねばかりの目盛り: 問題文より、ばねばかりの目盛り \(1.47 \text{ N}\) が、そのまま上向きに働く弾性力の大きさとなります。
具体的な解説と立式
球が受ける浮力の大きさを \(F_{\text{浮力}}\) とします。
球に働く力は、
- 鉛直下向き: 重力 \(mg = 0.20 \times 9.8 \text{ [N]}\)
- 鉛直上向き: ばねばかりの弾性力 \(T = 1.47 \text{ [N]}\)、浮力 \(F_{\text{浮力}}\)
です。
球は静止しているので、鉛直方向の力のつり合いの式は、
$$ T + F_{\text{浮力}} – mg = 0 $$
となります。
使用した物理公式
- 力のつり合い
上記で立てた力のつり合いの式を \(F_{\text{浮力}}\) について解き、与えられた値を代入します。
$$
\begin{aligned}
F_{\text{浮力}} &= mg – T \\[2.0ex]&= 0.20 \times 9.8 – 1.47 \\[2.0ex]&= 1.96 – 1.47 \\[2.0ex]&= 0.49 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
水中の球は、地球から下に引かれる力(重力)と、上向きに引っぱる2つの力(ばねの力と水の浮力)が釣り合って静止しています。つまり、「重力」=「ばねの力+浮力」という関係が成り立っています。重力とばねの力は分かっているので、引き算をすることで浮力の大きさを計算できます。
球が受ける浮力の大きさは \(0.49 \text{ N}\) です。
もし球が空気中で吊るされていたら、ばねばかりは重力と同じ \(1.96 \text{ N}\) を示すはずです。水中では \(1.47 \text{ N}\) に減っていることから、その差額分 \(1.96 – 1.47 = 0.49 \text{ N}\) が、水が球を上に押し上げる力(浮力)に相当すると考えられ、結果は妥当です。
問(2)
思考の道筋とポイント
(1)で求めた浮力の大きさ \(F_{\text{浮力}} = 0.49 \text{ N}\) を利用して、球の密度を求めます。
まず、アルキメデスの原理 \(F_{\text{浮力}} = \rho_{\text{水}} V g\) を用いて、球の体積 \(V\) を計算します。ここで \(\rho_{\text{水}}\) は水の密度です。
次に、球の質量 \(m\) と、今求めた体積 \(V\) を使って、密度の定義式 \(\rho_{\text{球}} = \displaystyle\frac{m}{V}\) から球の密度を計算します。
この設問における重要なポイント
- アルキメデスの原理: 浮力の大きさは、押しのけた流体の重さに等しい (\(F_{\text{浮力}} = \rho_{\text{水}} V g\))。
- 密度の定義: 密度は、質量を体積で割ったものである (\(\rho = m/V\))。
具体的な解説と立式
球の体積を \(V\)、密度を \(\rho_{\text{球}}\) とします。
まず、浮力の式から体積\(V\)を求めます。
$$ F_{\text{浮力}} = \rho_{\text{水}} V g \quad \cdots ① $$
次に、球の質量 \(m_{\text{球}}\) と体積 \(V\) から密度 \(\rho_{\text{球}}\) を求めます。
$$ \rho_{\text{球}} = \frac{m_{\text{球}}}{V} \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 浮力: \(F = \rho V g\)
- 密度: \(\rho = m/V\)
式①を \(V\) について解き、数値を代入します。
$$
\begin{aligned}
V &= \frac{F_{\text{浮力}}}{\rho_{\text{水}} g} \\[2.0ex]&= \frac{0.49}{(1.0 \times 10^3) \times 9.8} \\[2.0ex]&= \frac{0.49}{9800} \\[2.0ex]&= \frac{49}{980000} \\[2.0ex]&= \frac{1}{20000} \\[2.0ex]&= 0.00005 = 5.0 \times 10^{-5} \text{ [m}^3]\end{aligned}
$$
次に、この体積\(V\)と球の質量 \(m_{\text{球}} = 0.20 \text{ kg}\) を用いて、式②から密度 \(\rho_{\text{球}}\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
\rho_{\text{球}} &= \frac{0.20}{5.0 \times 10^{-5}} \\[2.0ex]&= \frac{2.0 \times 10^{-1}}{5.0 \times 10^{-5}} \\[2.0ex]&= 0.4 \times 10^4 \\[2.0ex]&= 4.0 \times 10^3 \text{ [kg/m}^3]\end{aligned}
$$
(1)で計算した浮力は、「球が押しのけた水の重さ」と同じです。水の密度は分かっているので、この情報から「球の体積」を逆算することができます。球の体積が分かれば、もともと分かっている球の質量を体積で割ることで、球の密度を計算できます。
球の密度は \(4.0 \times 10^3 \text{ kg/m}^3\) です。
水の密度が \(1.0 \times 10^3 \text{ kg/m}^3\) なので、球は水より4倍密度が高いことがわかります。これは、球が水に沈むという事実と矛盾せず、妥当な値です。
問(3)
思考の道筋とポイント
台ばかりの目盛り、すなわち台ばかりが及ぼす垂直抗力の大きさを求めます。そのためには、台ばかりが「何を」支えているかを考えます。台ばかりは、その上に乗っている「容器と水」の全体を支えています。
容器と水に働く力を考えましょう。
- 下向きの力: 容器の重力、水の重力、そして浮力の反作用。
- 上向きの力: 台ばかりからの垂直抗力。
ここで重要なのが「浮力の反作用」です。水が球を上向きに力 \(F_{\text{浮力}}\) で押し上げている(浮力)のですから、作用・反作用の法則により、球は水を下向きに同じ大きさの力 \(F_{\text{浮力}}\) で押しています。この力が、容器の底を通して台ばかりに伝わります。
したがって、台ばかりが支えるべき力は、これら3つの下向きの力の合計となります。
この設問における重要なポイント
- 浮力の反作用: 水が球に及ぼす浮力の反作用として、球は水を下向きに同じ大きさの力で押す。
- 台ばかりが支える力: 台ばかりが受ける力は、「容器の重さ」+「水の重さ」+「浮力の反作用の大きさ」の合計に等しい。
具体的な解説と立式
台ばかりの目盛り(垂直抗力)を \(N\) とします。
台ばかりが支える力は、
- 容器の重力: \(m_{\text{容器}}g = 0.20 \times 9.8 \text{ [N]}\)
- 水の重力: \(m_{\text{水}}g = 0.10 \times 9.8 \text{ [N]}\)
- 浮力の反作用: (1)で求めた浮力と同じ大きさ \(F_{\text{浮力}} = 0.49 \text{ [N]}\)
の合計です。
したがって、力のつり合いから、
$$ N = m_{\text{容器}}g + m_{\text{水}}g + F_{\text{浮力}} $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 作用・反作用の法則
上記で立てた式に、数値を代入します。
$$
\begin{aligned}
N &= (0.20 \times 9.8) + (0.10 \times 9.8) + 0.49 \\[2.0ex]&= (0.20 + 0.10) \times 9.8 + 0.49 \\[2.0ex]&= 0.30 \times 9.8 + 0.49 \\[2.0ex]&= 2.94 + 0.49 \\[2.0ex]&= 3.43 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
台ばかりの目盛りは、その上に乗っているもの全体の重さを測ります。この場合、乗っているのは「容器」「水」そして「水に沈められた球が、水を押し下げている力」の3つです。水の浮力が球を上に押し上げている分、球は水を下に押し下げています。この「押し下げている力」も重さとして加算されるため、台ばかりの目盛りは、容器と水の重さに、浮力の大きさを足したものになります。
思考の道筋とポイント
「容器、水、球」のすべてを一つの「系」として考えます。この系全体は静止しているので、系全体に働く外部の力がつり合っています。
この系に働く外部の力は、
- 下向きの力: 容器の重力、水の重力、球の重力
- 上向きの力: ばねばかりが引く力、台ばかりが押す力(垂直抗力)
です。これらの力のつり合いの式を立てることで、台ばかりの垂直抗力を求めることができます。この方法では「浮力の反作用」という概念を直接使わずに済みます。
この設問における重要なポイント
- 系全体で考える: 容器、水、球を一つのシステムと見なす。
- 外部力のみを考慮: 系に働く「外部の力」だけをリストアップする(浮力やその反作用は、系内部の力なので考えない)。
- 系全体の力のつり合い: 上向きの外部力の合計と、下向きの外部力の合計が等しい。
具体的な解説と立式
系全体(容器+水+球)に働く外部の力は、
- 鉛直下向き:
- 容器の重力: \(m_{\text{容器}}g = 0.20 \times 9.8 \text{ [N]}\)
- 水の重力: \(m_{\text{水}}g = 0.10 \times 9.8 \text{ [N]}\)
- 球の重力: \(m_{\text{球}}g = 0.20 \times 9.8 \text{ [N]}\)
- 鉛直上向き:
- ばねばかりの弾性力: \(T = 1.47 \text{ [N]}\)
- 台ばかりの垂直抗力: \(N\)
系全体は静止しているので、これらの力がつり合っています。
$$ T + N – (m_{\text{容器}}g + m_{\text{水}}g + m_{\text{球}}g) = 0 $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
上記で立てた力のつり合いの式を \(N\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
N &= (m_{\text{容器}} + m_{\text{水}} + m_{\text{球}})g – T \\[2.0ex]&= (0.20 + 0.10 + 0.20) \times 9.8 – 1.47 \\[2.0ex]&= 0.50 \times 9.8 – 1.47 \\[2.0ex]&= 4.90 – 1.47 \\[2.0ex]&= 3.43 \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
容器、水、球を全部まとめて一つの大きな「おもり」だと考えます。このおもり全体は、下向きにそれぞれの重さの合計で引かれています。一方、上向きには「ばね」と「台ばかり」の2つで支えられています。この大きな視点で力のつり合い(下向きの力の合計=上向きの力の合計)を考え、全体の重さからばねが支えている分を引けば、残りが台ばかりの支えている力だと計算できます。
メインの解法と全く同じ \(3.43 \text{ N}\) という結果が得られました。この別解は、「浮力の反作用」という少し捉えにくい概念を回避し、より機械的に解くことができるという利点があります。物理現象を異なる視点から分析し、同じ結論に至ることを確認するのは、理解を深める上で非常に有効です。
台ばかりの目盛りは \(3.43 \text{ N}\) です。
もし球を沈めなければ、台ばかりの目盛りは容器と水の重さの合計、\((0.20+0.10) \times 9.8 = 2.94 \text{ N}\) です。球を沈めることで、目盛りが \(0.49 \text{ N}\) だけ増加しました。この増加分は、(1)で求めた浮力の大きさとぴったり一致しており、浮力の反作用が正しく加算されていることがわかります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合いの多角的な適用:
- 核心: この問題は、一見複雑に見える状況を、どの物体(または系のどの部分)に着目するかによって、複数の方法で「力のつり合い」を適用できることを示しています。
- 理解のポイント:
- 球のみに着目(問1): 水中の球に働く力(重力、張力、浮力)のつり合いを考えます。
- 容器と水に着目(問3 本解): 容器と水に働く力(重力、台からの垂直抗力、浮力の反作用)のつり合いを考えます。
- 系全体に着目(問3 別解): 球、水、容器の全てを一つの系とみなし、系全体に働く外部の力(全体の重力、張力、台からの垂直抗力)のつり合いを考えます。
これら全ての視点で矛盾なく同じ結論に至ることを理解するのが、この問題の核心です。
- 浮力とその反作用:
- 核心: 浮力は「流体が物体を押す力」ですが、その反作用として「物体が流体を押し返す力」が必ず存在します。この作用・反作用の関係を正しく理解しているかが問われます。
- 理解のポイント: 台ばかりの目盛りは、その上に乗っている物体が台を押す力の大きさを示します。球を水に沈めると、球が水を押し下げる力(浮力の反作用)が加わるため、その分だけ台ばかりの目盛りは増加します。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- エレベーター内の浮力: 加速するエレベーター内の水槽に物体を沈める問題。エレベーター内の観測者から見ると、見かけの重力加速度が \(g’ = g+a\) や \(g-a\) に変化したと見なせます。浮力も \(F = \rho V g’\) のように変化します。
- 船の積荷と喫水線: 船に荷物を積んだり降ろしたりしたときに、船が水に沈む深さ(喫水)がどう変わるかを問う問題。船全体の重さと浮力のつり合いを考えます。
- 密度測定: 未知の物体の質量を空気中と水中で測り、その差(浮力に相当)から物体の体積や密度を特定する問題。本問の(1)と(2)はまさにこの原理を応用したものです。
- 初見の問題での着眼点:
- 着目する物体(系)を明確にする: 最初に「どの物体(またはどの部分の集まり)について力のつり合いを考えるか」を明確に決めます。これにより、考慮すべき力(内力か外力か)がはっきりします。
- 力のペア(作用・反作用)を意識する: 特に複数の物体が接触している場合、「AがBに及ぼす力」と「BがAに及ぼす力」をペアで考える癖をつけると、浮力の反作用のような見落としがちな力に気づきやすくなります。
- はかりの種類を区別する: 「ばねばかり」は張力(物体を引く力)を測り、「台ばかり」は垂直抗力(物体を支える力)を測ります。どちらのはかりが使われているかで、力の働き方が異なることを理解しておく必要があります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 浮力の反作用の存在を忘れる:
- 誤解: (3)で、台ばかりの目盛りを単純に容器と水の重さの合計(\(2.94 \text{ N}\))だと考えてしまう。
- 対策: 「物体を水に入れると、その分だけ重くなる(ように見える)」という日常感覚を物理的に解釈する習慣をつけること。なぜ重くなるのか? それは物体が水を押し下げ、その力が底に伝わるからだ、と理由付けできれば、浮力の反作用の存在を忘れません。
- 系全体のつり合いにおける内力の混入:
- 誤解: (3)の別解で、系全体に働く力を考える際に、系内部の力である浮力やその反作用を式に入れてしまう。
- 対策: 「系」を一つのブラックボックスと考え、その「外側」から作用する力だけをリストアップする練習をすること。この問題では、地球(重力)、ばねばかり(張力)、台ばかり(垂直抗力)が「外部」にあたります。
- 質量の取り違え:
- 誤解: 容器、水、球の質量がそれぞれ与えられているため、計算の際にどの質量を使うべきか混乱する。
- 対策: 式を立てる際に、必ず主語を明確にすること。「(球の)重力 \(m_{\text{球}}g\)」「(容器と水の)重力 \((m_{\text{容器}}+m_{\text{水}})g\)」のように、どの物体の質量なのかを意識すれば、取り違えは防げます。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力の流れをイメージする:
- 球は重力で下に引かれるが、ばねと水(浮力)に支えられている。
- 水は、球から「浮力の反作用」で下向きに押される。
- 容器と水は、自分たちの重さに加え、球から押された力も合わさって、台ばかりを下に押す。
- 台ばかりは、その全ての力を支える。
このように、力がどのように伝わっていくかをストーリーとしてイメージすると、現象の全体像が掴みやすくなります。
- 分離体図(Free Body Diagram):
- (1)では「球」だけを抜き出して、それに働く力をすべて描く。
- (3)の本解では「容器と水」を抜き出して、それに働く力をすべて描く。
- (3)の別解では「容器と水と球」の全体を一つの塊として描き、それに働く外部からの力だけを描く。
このように、着目する対象を明確に分離して図示する手法は、複雑な問題で非常に有効です。
- 力の流れをイメージする:
- 図を描く際に注意すべき点:
- 作用点を明確に: 重力は物体の重心に、浮力は水中部分の重心(浮心)に、張力や垂直抗力は接触点に作用します。正確な作用点を意識して描くと、より物理的に正しい図になります。
- 力の大きさを矢印の長さで表現する: つり合っている状態では、上向きの矢印の合計の長さと下向きの矢印の合計の長さが等しくなるように描くと、視覚的に理解が深まります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: (1)と(3)のどちらの状況でも、着目する物体(または系)が「静止」しているため。
- 適用根拠: 加速度がゼロの物体に働く力の合力はゼロである、というニュートンの第一法則に基づきます。この法則を、どの対象に適用するかが思考のポイントです。
- 浮力の公式 (\(F = \rho V g\)):
- 選定理由: (2)で、(1)で求めた浮力の大きさという物理現象を、より基本的な物理量(水の密度、球の体積)と結びつけるため。
- 適用根拠: アルキメデスの原理は、流体中の圧力差から導かれる基本法則です。
- 密度の定義式 (\(\rho = m/V\)):
- 選定理由: (2)で、問題の最終目標である「球の密度」を、質量と体積から計算するため。
- 適用根拠: 密度は物質固有の性質を表す基本的な物理量の定義です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 浮力の計算:
- 戦略: 水中の球に着目し、力のつり合いを立てる。
- フロー: ①球に働く力(重力、張力、浮力)を特定 → ②力のつり合いを立式 → ③浮力について解く。
- (2) 球の密度の計算:
- 戦略: 浮力の大きさから体積を求め、質量と体積から密度を計算する。
- フロー: ①浮力の公式から球の体積\(V\)を求める → ②密度の定義式に球の質量と\(V\)を代入して計算する。
- (3) 台ばかりの目盛りの計算:
- 戦略A(本解): 容器と水に着目し、力のつり合いを立てる。
- フローA: ①容器と水に働く力(重力、垂直抗力、浮力の反作用)を特定 → ②力のつり合いを立式 → ③垂直抗力(目盛り)について解く。
- 戦略B(別解): 系全体に着目し、力のつり合いを立てる。
- フローB: ①系全体に働く外部力(全体の重力、張力、垂直抗力)を特定 → ②力のつり合いを立式 → ③垂直抗力(目盛り)について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 重力加速度 \(g=9.8\) の計算: この問題では、\(0.20 \times 9.8 = 1.96\) のような計算が頻出します。計算ミスをしないよう、筆算などで丁寧に行いましょう。
- 単位の確認: 質量[kg]、力[N]、密度[kg/m³]、体積[m³]など、各物理量の単位が正しく扱えているかを確認する習慣をつけましょう。特に(2)の計算では、単位が最終的に[kg/m³]になることを意識すると、式の組み立てミスに気づきやすくなります。
- 別解での検算: (3)は2通りの方法で解ける典型的な問題です。両方で計算し、答えが一致することを確認すれば、計算の信頼性が格段に上がります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 浮力: ばねばかりの目盛りが、空気中(何もない状態)での重さ \(1.96 \text{ N}\) よりも小さくなっている(\(1.47 \text{ N}\))ことから、上向きの力(浮力)が働いていることがわかります。その差が浮力になるという計算結果は妥当です。
- (3) 台ばかりの目盛り: 球を沈める前の台ばかりの目盛りは、容器と水の重さの合計 \( (0.20+0.10) \times 9.8 = 2.94 \text{ N}\) です。球を沈めた後の目盛り \(3.43 \text{ N}\) は、これより大きくなっています。増加分は \(3.43 – 2.94 = 0.49 \text{ N}\) であり、これは(1)で求めた浮力の大きさと完全に一致します。この関係が成り立つことを確認することで、解答全体の正しさを検証できます。
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