「センサー総合物理 3rd Edition」徹底解説!【Chapter 31】Step3

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447 水素原子モデルと物質波

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、ボーアの原子モデルに、ド・ブロイの物質波の考え方を組み合わせた、量子力学の初歩的なモデルを扱っています。電子を「粒子」として円運動の運動方程式を立てる側面と、「波」として定常波の条件を考える側面の両方からアプローチし、量子化された軌道半径や速さ、波長の性質を導き出す問題です。

与えられた条件
  • 陽子の電気量: \(+e\)
  • 電子の電気量: \(-e\), 質量: \(m\)
  • 電子は半径\(r\)、速さ\(v\)の等速円運動を行う。
  • プランク定数: \(h\)
  • クーロンの法則の比例定数: \(k_0\)
  • 物質波の波長の式: \(\lambda = \displaystyle\frac{h}{mv}\)
  • 量子数: \(n=1, 2, 3, \dots\)
問われていること
  • (1) 電子の円運動の運動方程式。
  • (2) 電子が軌道上で定常波をつくる条件式。
  • (3) \(n=1, 2, 3\)に対応する軌道半径の比、波長の比、速さの比、および各軌道に含まれる波の数。
  • (4) \(n=1, 2, 3\)に対応する電子軌道の波の図示。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「ボーアの原子モデルとド・ブロイ波」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 円運動の運動方程式: 電子が円運動をするための向心力は、陽子との間に働く静電気力(クーロン力)によって供給されます。
  2. クーロンの法則: 2つの点電荷間に働く力の大きさは \(F = k_0 \displaystyle\frac{|q_1 q_2|}{r^2}\) で与えられます。
  3. 物質波(ド・ブロイ波): 運動量\(p=mv\)を持つ粒子は、波長\(\lambda = \displaystyle\frac{h}{p} = \frac{h}{mv}\) の波としての性質も持つという考え方です。
  4. 定常波の条件: 電子が波として安定に存在するためには、円周の長さが物質波の波長の整数倍になっていなければなりません。これにより、波が打ち消し合うことなく定常波を形成します。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、電子を「粒子」とみなし、円運動の運動方程式を立てます(問1)。
  2. 次に、電子を「波」とみなし、軌道上で安定な定常波を作るための条件式を立てます(問2)。
  3. 問1、問2の式と、物質波の波長の定義式を連立させて、軌道半径\(r\)、波長\(\lambda\)、速さ\(v\)が量子数\(n\)によってどのように決まるかを導出し、その比を求めます(問3)。
  4. 問3の結果に基づいて、各量子数に対応する定常波の様子を図示します(問4)。

問(1)

思考の道筋とポイント
電子の円運動を成立させている「向心力」の正体が何かを考え、運動方程式 \(ma=F\) を立てます。
この設問における重要なポイント

  • 力の特定: 電子(電気量 \(-e\))と陽子(電気量 \(+e\))の間には、互いに引き合う静電気力(クーロン力)が働きます。
  • 向心力: この静電気力が、電子を円軌道上にとどめておくための向心力として機能します。
  • 運動方程式: 円運動の運動方程式は \(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = F\) です。

具体的な解説と立式
電子は、中心にある陽子から静電気力を受けて、それを向心力として等速円運動をしています。
陽子の電気量は \(+e\)、電子の電気量は \(-e\) なので、両者の間に働く静電気力の大きさ \(F\) は、クーロンの法則より、
$$ F = k_0 \frac{|(+e)(-e)|}{r^2} = k_0 \frac{e^2}{r^2} $$
この力が向心力となるので、電子の円運動の運動方程式は、
$$ m\frac{v^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r^2} \quad \cdots ① $$

使用した物理公式

  • 円運動の運動方程式: \(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = F\)
  • クーロンの法則: \(F = k_0 \displaystyle\frac{|q_1 q_2|}{r^2}\)
計算過程

(立式のみ)

計算方法の平易な説明

電子がぐるぐる回り続けるためには、中心に向かって引っ張る力が必要です。この引っ張る力の正体は、プラスの電気を持つ陽子とマイナスの電気を持つ電子が引き合う「電気の力(静電気力)」です。この関係をニュートンの運動の法則(力 = 質量 × 加速度)に当てはめて式にしたものが運動方程式です。

結論と吟味

電子の円運動の運動方程式は \(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r^2}\) です。

解答 (1) \(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r^2}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
電子を「波」として捉えたとき、その波が軌道上で安定に存在するための条件を考えます。円周上で波がうまくつながるためには、どのような条件が必要かを考えます。
この設問における重要なポイント

  • 電子の波動性: 運動する電子は、物質波としての性質を持ちます。
  • 定常波: 波が安定して存在するためには、円周を一周して戻ってきた波が、元の波とぴったり重なり合う(同位相になる)必要があります。
  • 条件式: この条件は、円周の長さ \(2\pi r\) が、物質波の波長 \(\lambda\) のちょうど整数倍になることとして表されます。

具体的な解説と立式
電子が物質波として振る舞うと考えると、その波は円軌道に沿って伝わります。この波が消えずに安定な定常波を形成するためには、円周の長さ \(2\pi r\) が、波長 \(\lambda\) の自然数(量子数\(n\))倍に等しくなければなりません。
もしそうでなければ、周回してきた波と元の波の位相がずれ、干渉によって波は弱め合って消えてしまいます。
したがって、定常波の条件は、
$$ 2\pi r = n\lambda \quad (n=1, 2, 3, \dots) \quad \cdots ② $$

使用した物理公式

  • 円周上の定常波の条件
計算過程

(立式のみ)

計算方法の平易な説明

電子を「波」として考えると、電子の軌道はギターの弦のようなものです。弦がきれいな音を出すためには、弦の長さにちょうど合う波(定常波)が作られなければなりません。電子の軌道の場合、「円周の長さ」に波がちょうど「整数個」ぴったり収まる場合にのみ、電子は安定して存在できる、というのがこの条件の意味です。

結論と吟味

電子が定常波をつくる条件は \(2\pi r = n\lambda\) です。

解答 (2) \(2\pi r = n\lambda\)

問(3)

思考の道筋とポイント
(1)で立てた運動方程式、(2)の定常波の条件、そして問題文で与えられた物質波の波長の式、この3つを連立させて、軌道半径\(r\)、波長\(\lambda\)、速さ\(v\)を、量子数\(n\)と物理定数だけで表します。そして、それらの比を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 連立させる3つの式:
    1. 運動方程式: \(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r^2}\)
    2. 定常波の条件: \(2\pi r = n\lambda\)
    3. 物質波の波長: \(\lambda = \displaystyle\frac{h}{mv}\)
  • 計算の方針: 未知数 \(r, v, \lambda\) を、与えられた定数(\(k_0, m, e, h\))と量子数\(n\)で表すことを目指します。

具体的な解説と立式
3つの基本式を再掲します。
$$ m\frac{v^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r^2} \quad \cdots ① $$
$$ 2\pi r = n\lambda \quad \cdots ② $$
$$ \lambda = \frac{h}{mv} \quad \cdots ③ $$
これらの式を連立して、\(r, \lambda, v\) を \(n\) の関数として求めます。

1. 軌道半径 \(r\) を求める
まず、①と③から \(v\) を消去して \(r\) と \(\lambda\) の関係を導き、それを②に代入します。
③より \(v = \displaystyle\frac{h}{m\lambda}\)。これを①に代入します。
$$ m\frac{1}{r} \left(\frac{h}{m\lambda}\right)^2 = k_0 \frac{e^2}{r^2} $$
$$ \frac{h^2}{m\lambda^2 r} = k_0 \frac{e^2}{r^2} $$
この式を \(r\) について解くと、
$$ r = \frac{k_0 e^2 m \lambda^2}{h^2} $$
この \(r\) を②に代入します。
$$ 2\pi \left(\frac{k_0 e^2 m \lambda^2}{h^2}\right) = n\lambda $$
\(\lambda\) について解くと、
$$ \lambda = \frac{n h^2}{2\pi k_0 e^2 m} $$
この \(\lambda\) の式を、先ほどの \(r\) の式に代入し直すと、
$$ r = \frac{h^2}{4\pi^2 k_0 e^2 m} n^2 $$
この結果から、\(r\) は \(n^2\) に比例することがわかります。

2. 波長 \(\lambda\) を求める
②より \(\lambda = \displaystyle\frac{2\pi r}{n}\)。これに上記で求めた \(r\) の式を代入すると、
$$ \lambda = \frac{2\pi}{n} \left(\frac{h^2}{4\pi^2 k_0 e^2 m} n^2\right) = \frac{h^2}{2\pi k_0 e^2 m} n $$
この結果から、\(\lambda\) は \(n\) に比例することがわかります。

3. 速さ \(v\) を求める
③より \(v = \displaystyle\frac{h}{m\lambda}\)。これに上記で求めた \(\lambda\) の式を代入すると、
$$ v = \frac{h}{m} \left(\frac{2\pi k_0 e^2 m}{h^2 n}\right) = \frac{2\pi k_0 e^2}{h} \frac{1}{n} $$
この結果から、\(v\) は \(\displaystyle\frac{1}{n}\) に比例することがわかります。

使用した物理公式

  • (上記3つの基本式)
計算過程

各物理量の比を求めます。

  • 軌道半径の比: \(r \propto n^2\) より
    $$ r_1 : r_2 : r_3 = 1^2 : 2^2 : 3^2 = 1 : 4 : 9 $$
  • 波長の比: \(\lambda \propto n\) より
    $$ \lambda_1 : \lambda_2 : \lambda_3 = 1 : 2 : 3 $$
  • 速さの比: \(v \propto \displaystyle\frac{1}{n}\) より
    $$ v_1 : v_2 : v_3 = \frac{1}{1} : \frac{1}{2} : \frac{1}{3} $$
    比を簡単な整数にするため、各項に最小公倍数の6を掛けると、
    $$ v_1 : v_2 : v_3 = 6 : 3 : 2 $$

各軌道の円周に含まれる波長の数:
定常波の条件式 \(2\pi r = n\lambda\) より、円周 \(2\pi r\) は波長 \(\lambda\) の \(n\) 倍です。
したがって、量子数 \(n=1, 2, 3\) に対応する軌道には、それぞれ1波長分、2波長分、3波長分の波が含まれます。

計算方法の平易な説明

(1)の「粒子」のルール、(2)の「波」のルール、そして物質波の定義式の3つを、数学の連立方程式として解きます。複雑に見えますが、一つずつ文字を消去していくと、電子が回る軌道の半径\(r\)、波としての長さ\(\lambda\)、そして速さ\(v\)が、それぞれ量子数\(n\)という番号とどのような関係にあるか(比例するのか、2乗に比例するのかなど)が分かります。その関係が分かれば、\(n=1, 2, 3\) の場合の比を計算できます。

結論と吟味
  • 軌道半径の比 \(r_1:r_2:r_3 = 1:4:9\)
  • 物質波の波長の比 \(\lambda_1:\lambda_2:\lambda_3 = 1:2:3\)
  • 速さの比 \(v_1:v_2:v_3 = 6:3:2\)
  • 各軌道に含まれる波の数: \(n=1\)で1波長分、\(n=2\)で2波長分、\(n=3\)で3波長分。

量子数\(n\)が大きくなるほど、電子はより外側の軌道を、よりゆっくりと、より長い波長で運動していることがわかります。

解答 (3)
軌道半径の比: \(1:4:9\)
波長の比: \(1:2:3\)
速さの比: \(6:3:2\)
波の数: 1波長分, 2波長分, 3波長分

問(4)

思考の道筋とポイント
(3)で求めた結果に基づいて、電子軌道の定常波の様子を図示します。
この設問における重要なポイント

  • 半径の比: \(n=1, 2, 3\) の軌道半径の比は \(1:4:9\) です。図を描く際、この比率を意識します。
  • 波の数: \(n=1, 2, 3\) の軌道には、それぞれ1個、2個、3個の波が含まれます。
  • 定常波の描き方: 円周上に、指定された数の波が滑らかにつながるように描きます。黒い点は1波長を示す目印なので、例えば \(n=2\) の軌道では、円周上に黒い点が2つ現れるように描きます。

具体的な解説と立式
(3)の結果を元に作図します。

  • n=1: 半径比1の円周上に、波を1つ描きます。
  • n=2: 半径比4の円周上に、波を2つ描きます。
  • n=3: 半径比9の円周上に、波を3つ描きます。

与えられた図は \(n=4\) の場合の例なので、これを参考に、各量子数に対応する波を描きます。黒い点は1波長ごとの目印なので、\(n\)の数だけ円周上に配置します。

使用した物理公式

  • (なし。作図)
計算過程

(なし)

計算方法の平易な説明

(3)で計算したルールに従ってお絵描きをする問題です。「半径は \(1:4:9\) の比率で大きくし、それぞれの円周の上に、波を1個、2個、3個、滑らかにつながるように描く」という指示に従って作図します。

結論と吟味

作図問題なので、(3)の物理的な理解が正しく図に反映されているかが重要です。半径の比率と、円周上に含まれる波の数が、量子数\(n\)と正しく対応している必要があります。

解答 (4) (図は解説を参照)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 電子の二重性(粒子性と波動性)の融合:
    • 核心: この問題の最も根幹にあるのは、電子という一つの存在を「粒子」と「波」という二つの異なる側面から捉え、それぞれの法則を立式し、統合することです。
    • 粒子としての側面: 電子は質量\(m\)と電気量\(-e\)を持つ粒子として、陽子との間に働くクーロン力を向心力として円運動します。これを記述するのが(1)の「運動方程式」です。
      $$ m\frac{v^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r^2} $$
    • 波としての側面: 電子は運動量\(mv\)に応じた波長\(\lambda = h/mv\)を持つ「物質波」として振る舞います。そして、その波が軌道上で安定に存在するためには、円周の長さが波長の整数倍になるという「定常波の条件」を満たさなければなりません。これが(2)の条件式です。
      $$ 2\pi r = n\lambda $$
  • 量子化の概念:
    • 核心: 電子の軌道半径やエネルギーが、連続的な値をとらず、量子数\(n\)によって決まる特定のとびとびの値しかとれない、という「量子化」の考え方が現れています。
    • 理解のポイント: この量子化は、電子の波動性に起因する定常波の条件によって、自然に導かれます。波が整数個しか軌道に収まらないために、許される軌道もとびとびの値になる、という論理の流れを理解することが重要です。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • ボーアの量子条件の導出: 本問の(2)と(3)の式、\(2\pi r = n\lambda\) と \(\lambda = h/mv\) を組み合わせると、\(2\pi r = n(h/mv)\) となり、式を整理すると \(mvr = n\displaystyle\frac{h}{2\pi}\) という「ボーアの量子条件」そのものが導出できます。この関係式を直接使って解く問題も頻出です。
    • エネルギー準位の計算: (3)で求めた\(r\)と\(v\)を使って、電子のエネルギー \(E = \text{運動エネルギー} + \text{位置エネルギー} = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2 – k_0\displaystyle\frac{e^2}{r}\) を計算する問題に発展することがあります。エネルギーが \(E \propto -1/n^2\) となり、エネルギー準位が量子化されることを示す問題です。
    • 中心の原子核の電荷が異なる場合: 陽子の代わりに、原子番号\(Z\)の原子核(電気量 \(+Ze\))を電子が回る場合、クーロン力の式が \(F = k_0 \displaystyle\frac{Ze^2}{r^2}\) に変わります。この変更が、軌道半径やエネルギー準位の式にどのように影響するかを問う問題があります。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 2つの側面から立式する: 原子分野のこの種の問題では、必ず「力学的な側面(運動方程式など)」と「量子的な側面(量子条件、定常波の条件など)」の2つの式を立てることが出発点になります。
    2. 与えられた定数を確認する: 問題文で与えられている定数(\(m, e, k_0, h\)など)を確認し、最終的に求めたい物理量をこれらの定数と量子数\(n\)だけで表すことを目標とします。
    3. 物理量間の比例関係に着目する: (3)のように、具体的な値を計算するのではなく、物理量が量子数\(n\)の何乗に比例するか(\(r \propto n^2\), \(v \propto 1/n\) など)を見抜くことが、比を求めたり、大小を比較したりする問題の鍵となります。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • クーロン力と円運動の式の混同:
    • 誤解: 運動方程式を立てる際に、左辺と右辺を取り違えたり、クーロン力の式の\(r^2\)と円運動の加速度の\(r\)を混同したりする。
    • 対策: 「\(ma=F\)」という運動方程式の基本形を常に意識し、「左辺が運動(質量×加速度)を表し、右辺がその原因となる力(今回はクーロン力)を表す」という役割分担を明確にしましょう。
  • 定常波の条件式の誤り:
    • 誤解: 円周の長さと波長の関係を、\(2\pi r = (n+1/2)\lambda\) のように、開管や閉管の定常波の条件と混同してしまう。
    • 対策: 円周上の定常波は、波が「一周して元に戻る」という周期的な条件なので、位相のずれがゼロ、つまり波長の整数倍でなければならない、と原理から理解しましょう。
  • 連立方程式の計算ミス:
    • 誤解: 3つの式を連立させる過程で、代入や式変形を誤る。特に、文字が多く複雑なため、ミスが起こりやすいです。
    • 対策: 模範解答のように、まずどの文字を消去して、どの物理量を求めるかという方針を立ててから計算を始めると、見通しが良くなります。例えば、「まず\(v\)を消去して\(r\)を求める」といった手順を意識することが有効です。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • 太陽系モデルとギターの弦の融合イメージ:
      • 電子が陽子の周りを回る様子は、惑星が太陽の周りを回る「太陽系モデル」に似ています(粒子としての側面)。
      • しかし、その軌道はどんな半径でも良いわけではなく、まるでギターの弦のように、特定の波長(の整数倍)がぴったり収まる長さの軌道しか許されません(波としての側面)。
      • この2つのイメージを組み合わせることで、電子の不思議な振る舞いを直感的に捉えることができます。
    • 量子数\(n\)とエネルギー準位の階段イメージ:
      • 量子数\(n\)は、建物の階数のようなものです。電子は1階、2階、3階…には存在できますが、1.5階のような中途半端な場所には存在できません。
      • \(n\)が小さい(階が低い)ほど、原子核に強く束縛されており、エネルギーは低い(安定な)状態にあります。\(n\)が大きくなるほど、より高いエネルギー状態になります。
  • (4)の図を描く際に注意すべき点:
    • 半径の比率: \(n=1, 2, 3\)の軌道半径の比が\(1:4:9\)になるように、外側の軌道ほど急激に半径が大きくなるように描くことが重要です。
    • 波の数: \(n\)番目の軌道には、必ず\(n\)個の波が描かれていることを確認します。
    • 滑らかな接続: 定常波は円周上で滑らかにつながっている必要があります。波の始点と終点が不自然に途切れたり、尖ったりしないように描きましょう。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 運動方程式 (\(ma=F\)):
    • 選定理由: (1)で、電子の力学的な運動(円運動)を記述するため。電子を「粒子」として捉えたときの基本法則です。
    • 適用根拠: ニュートンの第二法則は、古典力学の範囲で物体の運動と力の関係を記述する普遍的な法則です。
  • 定常波の条件 (\(2\pi r = n\lambda\)):
    • 選定理由: (2)で、電子が「波」として安定に存在するための量子条件を記述するため。
    • 適用根拠: 波の干渉の原理に基づき、波が自分自身と強め合う形で重なり続けるための幾何学的な条件です。
  • 物質波の式 (\(\lambda = h/mv\)):
    • 選定理由: (3)で、電子の「粒子」としての性質(運動量\(mv\))と、「波」としての性質(波長\(\lambda\))を結びつけるため。この式が、2つの異なる側面を橋渡しする役割を果たします。
    • 適用根拠: ド・ブロイによって提唱された、量子力学の根幹をなす仮説であり、実験的にその正しさが確認されています。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (1) 運動方程式の立式:
    • 戦略: 電子を「粒子」とみなし、向心力が静電気力であることから立式する。
    • フロー: ①向心力 \(F_{\text{向心}}\) を特定(静電気力) → ②クーロンの法則で \(F = k_0 e^2/r^2\) を計算 → ③円運動の運動方程式 \(m v^2/r = F\) に代入。
  2. (2) 定常波の条件の立式:
    • 戦略: 電子を「波」とみなし、円周上で安定に存在するための条件を考える。
    • フロー: ①円周の長さは \(2\pi r\) → ②この長さが波長\(\lambda\)の整数\(n\)倍になることが条件 → ③ \(2\pi r = n\lambda\) と立式。
  3. (3) 物理量の比の計算:
    • 戦略: (1), (2)の式と物質波の式を連立させ、\(r, \lambda, v\) を\(n\)の関数として表す。
    • フロー: ①3つの基本式を用意 → ②式を連立して、\(r, \lambda, v\) の中の2つの変数を消去し、残りの1つを\(n\)と定数で表す(これを3つの物理量すべてで行う) → ③各物理量が\(n\)の何乗に比例するかを確認 (\(r \propto n^2, \lambda \propto n, v \propto 1/n\)) → ④\(n=1, 2, 3\)を代入して比を計算。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 文字式のまま計算を進める: (3)の計算では、最後まで文字式のまま整理し、各物理量が\(n\)とどのような関係にあるかを導出することが重要です。途中で具体的な数値を代入する問題ではないため、文字の整理能力が問われます。
  • 比例関係の利用: \(r = C_r n^2\), \(\lambda = C_\lambda n\), \(v = C_v (1/n)\) のように、比例定数部分を一つの塊(\(C_r, C_\lambda, C_v\))とみなせば、比の計算が非常に簡単になります。比例定数の具体的な形を最後まで計算する必要はありません。
  • 比の計算: \(v_1:v_2:v_3 = 1/1 : 1/2 : 1/3\) のような分数の比は、各項に分母の最小公倍数(この場合は6)を掛けて、最も簡単な整数の比(\(6:3:2\))に直すのが作法です。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた結果の物理的意味の検討:
    • \(r \propto n^2\): 量子数\(n\)が大きいほど、電子は原子核から離れた、よりエネルギーの高い軌道を回る。これは物理的に妥当です。
    • \(v \propto 1/n\): 外側の軌道を回る電子ほど、速さは遅くなる。
    • \(\lambda \propto n\): 外側の軌道を回る電子ほど、物質波の波長は長くなる。
    • \(2\pi r = n\lambda\): この関係から、\(r \propto n^2\) と \(\lambda \propto n\) を代入すると、\(n^2 \propto n \cdot n\) となり、無事に式が成立します。このように、導出した各物理量の関係性に矛盾がないかを確認(自己無撞着性のチェック)することで、計算の正しさを検証できます。

448 フランク・ヘルツの実験

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、原子のエネルギー準位がとびとびの値(不連続)であることを実験的に示した、歴史的にも重要な「フランク・ヘルツの実験」を題材にしています。加速された電子と気体原子との衝突を通して、エネルギーのやり取りが特定の値でしか起こらない(量子化されている)ことを、電流の変化から読み解く問題です。

与えられた条件
  • フランク・ヘルツの実験装置(図1)と、得られた電流-電圧特性グラフ(図2)。
  • 電子の電気量: \(-1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\)
  • 光速: \(c = 3.0 \times 10^8 \text{ m/s}\)
  • 水銀蒸気が発する光の波長: \(\lambda = 2.53 \times 10^{-7} \text{ m}\)
問われていること
  • (1) 電圧\(V\)がA, B, Cを超えると電流が急に減少する理由。
  • (2) 水銀原子の励起エネルギー。
  • (3) プランク定数\(h\)。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「フランク・ヘルツの実験とエネルギー準位」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 仕事と運動エネルギー: 電子は電場から仕事をされることで運動エネルギーを得ます。電圧\(V\)で加速された電気量\(e\)の電子が得るエネルギーは \(eV\) です。
  2. 原子のエネルギー準位: 原子内の電子は、特定のとびとびのエネルギー状態(エネルギー準位)しかとることができません。最もエネルギーの低い状態を基底状態、それより高い状態を励起状態と呼びます。
  3. 弾性衝突と非弾性衝突:
    • 弾性衝突: 衝突の前後で運動エネルギーの和が保存される衝突。加速された電子のエネルギーが原子の励起に必要なエネルギーより小さい場合、電子はエネルギーを失わずに原子と衝突します。
    • 非弾性衝突: 運動エネルギーが保存されない衝突。加速された電子のエネルギーが、原子を励起させるのに十分な大きさを持つ場合、電子はそのエネルギーを原子に与え、自身はエネルギーを失います。
  4. 振動数条件: 原子が励起状態から基底状態に戻るとき、準位間のエネルギー差 \(\Delta E\) に等しいエネルギーを持つ光子を放出します。光子のエネルギーは \(h\nu\)(\(\nu\)は振動数)または \(h\displaystyle\frac{c}{\lambda}\)(\(\lambda\)は波長)で与えられます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、電圧\(V\)と電子の運動エネルギーの関係、そして電子と水銀原子の衝突によって何が起こるかを考え、電流が減少する理由を説明します(問1)。
  2. 次に、電流が最初に減少し始める電圧値から、水銀原子を励起させるのに必要な最小エネルギー(第一励起エネルギー)を読み取ります(問2)。
  3. そして、励起された水銀原子が光を放出する現象に振動数条件を適用し、与えられた値からプランク定数を計算します(問3)。

問(1)

思考の道筋とポイント
電圧\(V\)がA, B, Cの特定の値を超えると電流が急に減少する理由を、電子と水銀原子の衝突というミクロな現象と結びつけて説明します。
この設問における重要なポイント

  • 電子の加速: フィラメントFから出た熱電子は、格子Gまでの電圧\(V\)によって加速され、運動エネルギー \(eV\) を得ます。
  • 減速電場: 格子Gと陽極Pの間には、逆向きの電場(減速電場)があります。電子が陽極Pに到達して電流として観測されるためには、この減速電場を乗り越えるだけのエネルギーが必要です。
  • 非弾性衝突: 電子の運動エネルギーが水銀原子の励起エネルギー\(\Delta E\)に達すると、電子は衝突によってエネルギー\(\Delta E\)を水銀原子に奪われます。
  • 電流の減少: エネルギーを奪われた電子は、G-P間の減速電場を乗り越えられなくなり、陽極Pに到達できなくなります。その結果、電流計を流れる電流が減少します。

具体的な解説と立式
フィラメントFから出た熱電子は、電圧\(V\)によって加速され、格子Gに到達するまでに運動エネルギー \(K=eV\) を得ます。

電圧VがA(\(4.9 \text{ V}\))に達するまで:
電子の運動エネルギー \(K\) が \(4.9 \text{ eV}\) 未満の場合、電子は水銀原子と衝突してもエネルギーを失いません(弾性衝突)。そのため、電子は十分なエネルギーを持って格子Gを通り抜け、G-P間のわずかな減速電場を乗り越えて陽極Pに到達できます。したがって、電圧\(V\)の増加とともに陽極に到達する電子が増え、電流\(i\)は増加します。

電圧VがA(\(4.9 \text{ V}\))を超えたとき:
電子の運動エネルギーが \(4.9 \text{ eV}\) を超えると、電子は水銀原子との衝突によってエネルギーを原子に与え、水銀原子を励起させることができます(非弾性衝突)。このとき、電子は \(4.9 \text{ eV}\) のエネルギーを失います。エネルギーを失った電子は、G-P間の減速電場を乗り越えることができず、陽極Pに到達できなくなります。その結果、電流\(i\)は急激に減少します。

電圧VがB(\(9.8 \text{ V}\))、C(\(14.7 \text{ V}\))を超えたとき:
電圧がさらに大きくなり、\(9.8 \text{ V} (= 2 \times 4.9 \text{ V})\) を超えると、電子は格子Gに到達するまでの間に2回の非弾性衝突を起こすことが可能になります。1回目の衝突で \(4.9 \text{ eV}\) を失い、再び加速されてエネルギーが \(4.9 \text{ eV}\) に達したところで2回目の衝突を起こし、合計で \(2 \times 4.9 \text{ eV}\) のエネルギーを失います。同様に、電圧が \(14.7 \text{ V} (= 3 \times 4.9 \text{ V})\) を超えると、3回の非弾性衝突が可能になります。
このように、電子が複数回の非弾性衝突によってエネルギーを失うため、\(V\)が\(4.9 \text{ V}\)の整数倍になるたびに、陽極Pに到達できない電子が急増し、電流\(i\)が減少するのです。

使用した物理公式

  • (なし。定性的な説明)
計算過程

(なし)

計算方法の平易な説明

電子をボール、水銀原子を「4.9Vで開く貯金箱」に例えます。

  1. 電圧を上げてボール(電子)を加速します。ボールの勢い(エネルギー)が4.9V未満だと、貯金箱にぶつかってもお金は入りません(弾性衝突)。ボールは勢いを保ったままゴール(陽極P)に到達します。
  2. ボールの勢いがちょうど4.9Vになると、貯金箱にぶつかった瞬間にお金が入り(非弾性衝突)、ボールは勢いを失います。勢いを失ったボールは、ゴールの手前にある坂(減速電場)を上れず、ゴールできません。これにより、ゴールするボールの数が減り、電流が減少します。
  3. 電圧を9.8Vまで上げると、ボールは道中で1回お金を入れてもまだ勢いが余っており、さらに加速して2回目の貯金ができます。こうして、4.9Vの倍数の電圧になるたびに、ボールが勢いを失う機会が増え、電流が周期的に減少するのです。
結論と吟味

電圧VがA, B, Cの電圧を超えると電流が急に減少するのは、電子が運動エネルギー \(eV\) を獲得し、そのエネルギーが水銀原子の励起エネルギーの整数倍に達するたびに、非弾性衝突によってエネルギーを失い、陽極に到達できなくなるためです。

解答 (1) 電子が加速されて得た運動エネルギーが水銀原子の励起エネルギー(4.9eV)の整数倍に達するたびに、非弾性衝突によってエネルギーを失い、陽極に到達できなくなるから。

問(2)

思考の道筋とポイント
(1)の考察から、電流が最初に減少し始める電圧値が、原子を励起させるのに必要な最小のエネルギーに対応します。
この設問における重要なポイント

  • 第一励起エネルギー: 原子が基底状態から最もエネルギーの低い励起状態へ遷移するために必要なエネルギー。
  • グラフの読み取り: 図2のグラフで、電流が最初に「ガクン」と落ちる点Aの電圧が、第一励起エネルギーに相当します。

具体的な解説と立式
(1)で考察したように、加速された電子が水銀原子を励起できる最小のエネルギーが、電流が最初に減少し始めるエネルギーとなります。
図2のグラフから、電流が最初に減少し始める電圧は \(V_A = 4.9 \text{ V}\) です。
このとき電子が持つ運動エネルギーは \(4.9 \text{ eV}\) であり、これが水銀原子の基底状態から最初の励起状態へ遷移させるのに必要なエネルギー(励起エネルギー)\(\Delta E\) となります。
$$ \Delta E = 4.9 \text{ [eV]} $$

使用した物理公式

  • (なし。実験結果の解釈)
計算過程

(なし)

計算方法の平易な説明

(1)の考察の通り、電流が最初にガクンと落ちる電圧が、水銀原子を「目覚めさせる(励起させる)」のに必要な最小エネルギーです。グラフからその電圧は4.9Vと読み取れるので、励起エネルギーは4.9eVとなります。

結論と吟味

水銀原子の励起エネルギーは \(4.9 \text{ eV}\) です。

解答 (2) \(4.9 \text{ eV}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
励起された水銀原子が基底状態に戻る際に放出する光子のエネルギーと、その波長の関係式(振動数条件)を用いて、プランク定数\(h\)を求めます。
この設問における重要なポイント

  • エネルギー保存: 励起された原子が基底状態に戻るとき、そのエネルギー差 \(\Delta E\) に等しいエネルギー \(E_{\text{光子}}\) を持つ光子を1個放出します。
  • 振動数条件: 光子のエネルギー \(E_{\text{光子}}\) は、振動数を\(\nu\)、波長を\(\lambda\)、光速を\(c\)、プランク定数を\(h\)とすると、\(E_{\text{光子}} = h\nu = h\displaystyle\frac{c}{\lambda}\) と表せます。
  • 単位の換算: エネルギーの単位をジュール[J]に換算する必要があります。\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) を用います。

具体的な解説と立式
励起された水銀原子は、エネルギー\(\Delta E\)を光子として放出して基底状態に戻ります。
この光子のエネルギーは、振動数条件より、
$$ E_{\text{光子}} = h\frac{c}{\lambda} $$
エネルギー保存則より、放出される光子のエネルギーは原子の励起エネルギー\(\Delta E\)に等しいので、
$$ \Delta E = h\frac{c}{\lambda} $$
この式をプランク定数\(h\)について解きます。
$$ h = \frac{\Delta E \cdot \lambda}{c} $$

使用した物理公式

  • 振動数条件: \(E = h\displaystyle\frac{c}{\lambda}\)
計算過程

与えられた値を代入して\(h\)を計算します。
まず、励起エネルギー \(\Delta E\) をジュール[J]に変換します。
$$ \Delta E = 4.9 \text{ [eV]} = 4.9 \times (1.6 \times 10^{-19}) \text{ [J]} $$
これを\(h\)の式に代入します。
$$
\begin{aligned}
h &= \frac{(4.9 \times 1.6 \times 10^{-19}) \times (2.53 \times 10^{-7})}{3.0 \times 10^8} \\[2.0ex]&= \frac{4.9 \times 1.6 \times 2.53}{3.0} \times \frac{10^{-19} \times 10^{-7}}{10^8} \\[2.0ex]&= \frac{19.8352}{3.0} \times 10^{-26-8} \\[2.0ex]&\approx 6.6117 \times 10^{-34}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\) となります。

計算方法の平易な説明

水銀原子は、電子から受け取ったエネルギー(4.9eV)を、光の粒(光子)として放出することで元の状態に戻ります。このとき放出される光のエネルギーは、受け取ったエネルギーと等しくなります。光のエネルギーは「プランク定数\(h\) × 光速\(c\) ÷ 波長\(\lambda\)」という式で計算できるので、この関係式を使って、未知のプランク定数\(h\)を逆算します。エネルギーの単位をeVからJに換算するのを忘れないように注意が必要です。

結論と吟味

プランク定数は \(6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\) と求められました。これは現在知られているプランク定数の値とよく一致しており、実験結果の妥当性を示しています。

解答 (3) \(6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 原子のエネルギー準位の量子化:
    • 核心: 原子が持つことのできる内部エネルギーは、連続的な値ではなく、特定のとびとびの値(エネルギー準位)しかとれない、という量子論の基本概念です。この実験は、その事実を初めて実験的に証明したものです。
    • 理解のポイント: 電子が持つ運動エネルギーが中途半端な値(例: 3.0eV)の場合、水銀原子はそのエネルギーを受け取ることができず、電子はエネルギーを失いません(弾性衝突)。しかし、エネルギーが準位の差(4.9eV)にちょうど一致するときに限り、水銀原子はエネルギーを吸収して励起できます(非弾性衝突)。この「特定の値でしかエネルギーのやり取りが起こらない」ことが、エネルギー準位が量子化されている証拠です。
  • エネルギー保存則(電子と原子の衝突において):
    • 核心: 電子が水銀原子と非弾性衝突する際、電子が失った運動エネルギーが、そのまま水銀原子の内部エネルギーの増加(励起)に使われます。
    • 理解のポイント: \(K_{\text{電子の減少分}} = \Delta E_{\text{原子の増加分}}\) というエネルギーの保存関係が成り立っています。グラフの電流が減少する電圧値から、このエネルギーのやり取りの単位(量子)が \(4.9 \text{ eV}\) であることを読み取ることが、(1), (2)を解く鍵です。
  • 振動数条件と光子のエネルギー:
    • 核心: 励起された原子がより低いエネルギー準位に落ちるとき、そのエネルギー差 \(\Delta E\) に等しいエネルギーを持つ光子を放出するという関係式です。
    • 理解のポイント: \(E_{\text{光子}} = \Delta E\) であり、かつ \(E_{\text{光子}} = h\nu = h\displaystyle\frac{c}{\lambda}\) であるため、\(\Delta E = h\displaystyle\frac{c}{\lambda}\) という式が成り立ちます。これにより、原子のエネルギー準位の差(\(\Delta E\))と、放出される光の波長(\(\lambda\))という、全く異なる方法で測定される2つの量を結びつけることができます。(3)はこの関係を用いてプランク定数を求める問題です。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 光電効果: 金属に光を当てると電子が飛び出す現象です。光のエネルギー\(h\nu\)が、電子を飛び出させるための仕事関数\(W\)と、飛び出した電子の運動エネルギー\(K_{\text{最大}}\)に分配される、というエネルギー保存則 (\(h\nu = W + K_{\text{最大}}\)) を用います。本問と同様に、エネルギーの量子的なやり取りがテーマです。
    • 水素原子のスペクトル: 水素原子のエネルギー準位の式 \(E_n = – \displaystyle\frac{Rhc}{n^2}\) が与えられ、ある準位から別の準位へ電子が遷移する際に放出・吸収される光の波長を計算する問題。本問の(3)と考え方は全く同じで、エネルギー差 \(\Delta E = |E_m – E_n|\) を計算し、\(\Delta E = h\displaystyle\frac{c}{\lambda}\) に代入します。
    • 異なる原子でのフランク・ヘルツの実験: もし水銀ではなく、第一励起エネルギーが \(3.0 \text{ eV}\) の原子で同じ実験を行えば、電流が減少する電圧は \(3.0 \text{ V}, 6.0 \text{ V}, 9.0 \text{ V}, \dots\) となるはずです。このように、原子の種類によってエネルギー準位の構造が異なることを理解しておくことが重要です。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. エネルギーの流れを追う: 「誰がエネルギーを得て、誰がエネルギーを失ったか」というエネルギーの収支を常に意識します。本問では「電場 → 電子 → 水銀原子 → 光子」というエネルギーの移動が起こっています。
    2. グラフの「折れ点」や「ピーク」に注目する: フランク・ヘルツの実験のグラフのように、物理量が急激に変化する点には、必ず重要な物理的意味が隠されています。その点が何を表しているのか(この場合は非弾性衝突の開始)を考察することが突破口になります。
    3. 単位を確認する: 特に原子物理の分野では、エネルギーの単位としてジュール[J]と電子ボルト[eV]が混在します。計算の際には、どちらの単位に揃えるべきかを常に確認し、必要に応じて \(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) の換算を行うことが不可欠です。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • エネルギーと電圧の混同:
    • 誤解: 電圧\(V\)そのものがエネルギーであると勘違いしてしまう。
    • 対策: エネルギーは \(E=eV\) であり、電圧\(V\)とは異なります。単位も[eV]または[J]であり、[V]ではありません。この区別を明確にしましょう。グラフの横軸は電圧[V]ですが、それが電子のエネルギー[eV]に直接対応していることを理解することが重要です。
  • 非弾性衝突の解釈ミス:
    • 誤解: 電子がエネルギーを失うのは、単に「衝突したから」であり、エネルギーの値は関係ないと考えてしまう。
    • 対策: フランク・ヘルツの実験の核心は、「特定のエネルギー値でのみ」エネルギーのやり取りが起こる点にあります。エネルギーが足りないうちは、何度衝突しても電子はエネルギーを失わない(弾性衝突)という点をしっかり理解しましょう。
  • 単位換算のミス:
    • 誤解: (3)の計算で、\(\Delta E = 4.9 \text{ eV}\) のまま計算してしまい、プランク定数が全く異なる値になってしまう。
    • 対策: プランク定数の単位は[J·s]、光速の単位は[m/s]など、基本単位(SI単位系)で計算するのが物理の原則です。計算を始める前に、すべての物理量の単位を基本単位に揃える習慣をつけましょう。特に[eV]から[J]への換算は頻出なので、換算係数 \(1.6 \times 10^{-19}\) は必ず覚えておく必要があります。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • エネルギー準位の「階段」モデル:
      • 水銀原子を、高さ4.9eVの段差がある階段だとイメージします。電子(ボール)は、この階段を上らせる(励起させる)ために、少なくとも4.9eVのエネルギーを持っている必要があります。
      • エネルギーが4.9eV未満のボールは、階段にぶつかっても跳ね返されるだけで、エネルギーを失いません。
      • エネルギーがちょうど4.9eVのボールは、階段にエネルギーをすべて吸収され、その場で止まってしまいます。
      • エネルギーが6.0eVのボールは、4.9eVを吸収されても、まだ1.1eVのエネルギーが残ります。
      • この階段のイメージは、エネルギーのやり取りが「とびとび」であることを見事に表現しています。
  • 図を描く際に注意すべき点:
    • エネルギー図: (3)の解答にあるようなエネルギー図を描くことは、現象理解に非常に有効です。基底状態と励起状態を横線で描き、その間にエネルギー差(\(\Delta E = 4.9 \text{ eV}\))を書き込みます。そして、励起状態から基底状態へ向かう下向きの矢印を描き、そこに「光子放出 \(h\nu\)」と添えることで、エネルギーの流れが視覚化されます。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 仕事とエネルギーの関係 (\(K=eV\)):
    • 選定理由: (1), (2)で、電子が電場によってどれだけの運動エネルギーを得るかを定量化するため。
    • 適用根拠: 電荷\(q\)が電位差\(V\)の区間でされる仕事は\(W=qV\)であり、これが運動エネルギーの増加分になるという、電磁気学と力学を結びつける基本法則です。
  • 振動数条件 (\(\Delta E = h\nu = h\frac{c}{\lambda}\)):
    • 選定理由: (3)で、原子の内部エネルギーの変化(\(\Delta E\))と、放出される光の性質(波長\(\lambda\))という、異なる物理現象を結びつけるため。
    • 適用根拠: アインシュタインの光量子仮説とボーアの原子モデルから導かれる、量子論の根幹をなす関係式です。原子物理の分野でエネルギーと光を扱う際には、ほぼ必ず使用する最重要公式です。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (1) 電流減少の理由の説明:
    • 戦略: 電子の加速 → 水銀原子との衝突 → エネルギー損失 → 陽極への到達不能、という一連のプロセスを論理的に説明する。
    • フロー: ①電子が電圧\(V\)で加速されエネルギー\(eV\)を得る → ②エネルギーが\(4.9\text{eV}\)に達すると、水銀原子との非弾性衝突でエネルギーを失う → ③エネルギーを失った電子は減速電場を越えられず陽極に到達できない → ④結果、電流が減少する。B, C点については、衝突回数が2回, 3回となるためと説明。
  2. (2) 励起エネルギーの特定:
    • 戦略: グラフから、最初の非弾性衝突が起こる電圧を読み取る。
    • フロー: ①グラフで電流が最初に減少する点Aの電圧が\(4.9\text{V}\)であることを確認 → ②この電圧値に対応する電子のエネルギー\(4.9\text{eV}\)が、求める励起エネルギーであると結論づける。
  3. (3) プランク定数の計算:
    • 戦略: 振動数条件の式を立て、与えられた数値を代入して計算する。
    • フロー: ①振動数条件 \(\Delta E = h\displaystyle\frac{c}{\lambda}\) を立てる → ②式を\(h\)について解く (\(h = \displaystyle\frac{\Delta E \cdot \lambda}{c}\)) → ③\(\Delta E\)を[eV]から[J]に単位換算する → ④すべての数値を代入し、プランク定数\(h\)を計算する。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 指数計算の徹底: (3)では、\(10^{-19}, 10^{-7}, 10^8\) といった指数が多数登場します。指数の掛け算は足し算(\(-19 + (-7) = -26\))、割り算は引き算(\(-26 – 8 = -34\))という法則を正確に適用しましょう。
  • 数値部分と指数部分の分離: (3)の計算では、\( \displaystyle\frac{4.9 \times 1.6 \times 2.53}{3.0} \) という数値部分と、\( \displaystyle\frac{10^{-19} \times 10^{-7}}{10^8} \) という指数部分に分けて計算すると、整理しやすく、ミスが減ります。
  • 有効数字の確認: 問題文で与えられている数値(4.9, -1.6, 3.0, 2.53)の有効数字は2桁または3桁です。答えもそれに合わせて、最も桁数の少ないもの(この場合は2桁)に揃えるのが一般的です。\(6.6 \times 10^{-34}\) と答えるのが適切です。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • (3) プランク定数: 計算結果の \(h \approx 6.6 \times 10^{-34} \text{ J}\cdot\text{s}\) は、物理の基本定数として知られている値とほぼ同じです。このように、計算結果が既知の定数と大きく異ならないかを確認することは、計算の正しさを検証する上で非常に有効です。もし桁が大きくずれている場合は、単位換算のミスや指数計算のミスを疑いましょう。
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