今回の問題
dynamics#45【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「力学的エネルギー保存則」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力学的エネルギー保存則: 物体にはたらく力が重力や弾性力などの「保存力」のみの場合、その物体の運動エネルギーと位置エネルギーの和(力学的エネルギー)は一定に保たれます。
- 運動エネルギー: 運動している物体が持つエネルギーで、\(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) と表されます。
- 重力による位置エネルギー: ある基準の高さからの物体の位置によって決まるエネルギーで、\(U = mgh\) と表されます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、力学的エネルギーが保存する条件を満たしているかを確認します。問題文には「なめらかな斜面」「空気の抵抗は無視」とあるため、物体にはたらく非保存力(摩擦力や空気抵抗)は仕事をしません。したがって、点Aから点Bまでの運動において、力学的エネルギーは保存されます。
- 点Aと点Bのそれぞれについて、運動エネルギーと位置エネルギーを式で表します。
- 「点Aでの力学的エネルギー」=「点Bでの力学的エネルギー」という等式を立て、未知の速さ\(v_0\)について解きます。
思考の道筋とポイント
点Aから点Bまで小物体がすべり降りる間の速さを求める問題です。斜面は「なめらか」で「空気抵抗は無視」できるため、物体にはたらく力は重力と垂直抗力のみです。垂直抗力は常に運動方向と垂直なので仕事をしません。したがって、仕事をするのは保存力である重力のみとなり、力学的エネルギー保存則が成り立ちます。
点Aと点Bの2点間で力学的エネルギー保存の式を立てます。基準の高さをどこに取るかで位置エネルギーの表し方が変わりますが、最も低い点Bを含む水平面を基準(高さ\(0\))とすると計算が簡単になります。
この設問における重要なポイント
- 「なめらかな斜面」「空気抵抗は無視」というキーワードから、力学的エネルギー保存則が使えることを見抜く。
- 基準の高さを設定し、各点での運動エネルギーと位置エネルギーを正しく式で表す。
- 点Bで飛び出す角度\(\theta\)や、点Cに落下するという情報は、この設問を解く上では不要な情報である。
具体的な解説と立式
水平面(点Bを通る面)を位置エネルギーの基準面(高さ\(0\))とします。
力学的エネルギー保存則より、「点Aでの力学的エネルギー」と「点Bでの力学的エネルギー」は等しくなります。
$$ (\text{点Aでの運動エネルギー}) + (\text{点Aでの位置エネルギー}) $$
$$ = (\text{点Bでの運動エネルギー}) + (\text{点Bでの位置エネルギー}) $$
$$ \frac{1}{2}mv_A^2 + mgh_A = \frac{1}{2}mv_B^2 + mgh_B \quad \cdots ① $$
各点での速さと高さを整理します。
- 点A:
- 「静かにすべり出した」とあるので、初速度 \(v_A = 0\)。
- 水平面からの高さは \(h_A = h\)。
- 点B:
- 速さは \(v_B = v_0\) (これを求める)。
- 基準面上にあるので、高さは \(h_B = 0\)。
これらの値を式①に代入します。
- 力学的エネルギー保存則: \(K_1 + U_1 = K_2 + U_2\)
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 重力による位置エネルギー: \(U = mgh\)
式①に具体的な値を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}m(0)^2 + mgh &= \frac{1}{2}m(v_0)^2 + mg(0) \\[2.0ex]0 + mgh &= \frac{1}{2}mv_0^2 + 0 \\[2.0ex]mgh &= \frac{1}{2}mv_0^2
\end{aligned}
$$
この式を\(v_0\)について解きます。
両辺の\(m\)を消去し、2を掛けると、
$$ 2gh = v_0^2 $$
\(v_0 > 0\) なので、平方根をとって、
$$ v_0 = \sqrt{2gh} $$
物体がA点からB点に滑り落ちるとき、失われた「高さのエネルギー(位置エネルギー)」が、すべて「速さのエネルギー(運動エネルギー)」に変換されます。A点では高さ\(h\)の位置エネルギー\(mgh\)を持っていましたが、B点ではそれがすべて速さ\(v_0\)の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv_0^2\) に変わりました。この2つのエネルギーが等しいという式を立てて、速さ\(v_0\)を計算します。
点Bでの小物体の速さ\(v_0\)は \(\sqrt{2gh}\) です。この結果は、物体の質量\(m\)によらず、高さ\(h\)だけで決まることを示しています。これは自由落下で高さ\(h\)を落下した物体が得る速さと同じであり、途中の経路(斜面の形)によらないというエネルギー保存則の特徴をよく表しています。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力学的エネルギー保存則の適用条件の判断:
- 核心: この問題のすべては、「なめらかな斜面」「空気の抵抗は無視」という条件から、摩擦や空気抵抗といったエネルギーを散逸させる力(非保存力)がはたらかないと判断し、「力学的エネルギー保存則」を選択・適用できるかどうかにかかっています。
- 理解のポイント: なぜ力学的エネルギーが保存されるのか、その理由を明確に説明できることが重要です。物体にはたらく力は重力と垂直抗力のみであり、重力は保存力、垂直抗力は常に運動方向と垂直で仕事をしないため、力学的エネルギーの総和は変化しない、という論理を理解することが鍵です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 摩擦がある場合: もし斜面がなめらかでなく、動摩擦係数\(\mu’\)が与えられていたら、力学的エネルギーは保存しません。その場合は、「(摩擦力がした仕事)=(力学的エネルギーの変化)」という、より一般的なエネルギーと仕事の関係式を立てて解くことになります。
- ばねが関わる場合: 斜面の途中にばねが設置されている問題では、力学的エネルギーに弾性力による位置エネルギー \(\frac{1}{2}kx^2\) も含めて考える必要があります。
- 円運動との融合: 最下点を通過して円軌道を運動するような問題(ジェットコースターなど)でも、力学的エネルギー保存則は強力な武器になります。最高点に到達できる条件などを問われることが多いです。
- 初見の問題での着眼点:
- エネルギーが保存するか?: まず問題文を読み、「なめらか」「摩擦は無視」「空気抵抗は無視」といったキーワードを探します。これらの言葉があれば、力学的エネルギー保存則が使える可能性が非常に高いです。
- 比較する2点を決める: エネルギー保存則を適用する「前」と「後」の2つの状態(点)を決めます。通常は、情報が多く与えられている点と、求めたい量が含まれる点を選びます。
- 位置エネルギーの基準を決める: 計算が最も簡単になるように、位置エネルギーの高さを\(0\)とする基準面を設定します。多くの場合、最も低い点を基準にすると便利です。
- 各点でのエネルギーを立式: 決めた2点について、運動エネルギー(\(\frac{1}{2}mv^2\))と位置エネルギー(\(mgh\))をそれぞれ式で表します。初速度が\(0\)(「静かに」)や、基準面上の高さが\(0\)になる点に注意します。
- 等式を立てて解く: 「(前の力学的エネルギー) = (後の力学的エネルギー)」という式を立て、未知数を求めます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- エネルギー保存則が使えない場面で使ってしまう:
- 誤解: 摩擦があるのに力学的エネルギー保存則を立ててしまう。
- 対策: 必ず適用条件を確認する癖をつけましょう。非保存力(摩擦力、人が加える力など)が仕事をするときは、力学的エネルギーは保存しません。
- 位置エネルギーの基準が曖昧:
- 誤解: 点Aと点Bで、異なる基準の高さを使って位置エネルギーを計算してしまう。
- 対策: 計算を始める前に、必ず「どこを高さ0とするか」を明確に決め、図に書き込むなどして、計算の最後までその基準を使い続けることを徹底します。
- 運動エネルギーの\(\frac{1}{2}\)や二乗を忘れる:
- 誤解: \(mv^2\) や \(\frac{1}{2}mv\) のように、運動エネルギーの公式を間違えて覚えてしまっている。
- 対策: これは繰り返し練習して体に覚えさせるしかありません。仕事とエネルギーの関係 \(Fx = \frac{1}{2}mv^2\) を導出する経験も、公式の形を記憶する助けになります。
- 不要な情報に惑わされる:
- 誤解: 点Bで飛び出す角度\(\theta\)や、その後の放物運動の情報を使おうとして混乱する。
- 対策: 問題が何を問うているか(この場合は点Bでの速さ)を明確にし、そのために必要な情報だけを抜き出す訓練をしましょう。この問題は、後の設問で\(\theta\)や点Cの情報を使う可能性を示唆していますが、この設問単独では不要です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力学的エネルギー保存則:
- 選定理由: この問題は、物体の速さと高さの関係を問うています。運動方程式を立てて、斜面の各点での加速度を計算し、積分して速さを求める…というアプローチは非常に複雑です。一方、エネルギー保存則は、途中の経路や力の詳細には立ち入らず、始点と終点の状態だけで関係性を記述できるため、このような問題では圧倒的に簡単で強力な解法となります。
- 適用根拠: この法則は、仕事とエネルギーの関係 \(W = \Delta K\) から導かれます。物体にはたらく力\(F\)が保存力\(F_c\)と非保存力\(F_{nc}\)の和で書けるとき、仕事の合計は \(W_c + W_{nc} = \Delta K\)。保存力の仕事は位置エネルギーの変化で \(W_c = -\Delta U\) と定義されるので、\(-\Delta U + W_{nc} = \Delta K\)。移項して \(W_{nc} = \Delta K + \Delta U = \Delta(K+U)\) となります。これは「非保存力がした仕事は、力学的エネルギーの変化に等しい」という一般形です。もし非保存力が仕事をしない(\(W_{nc}=0\))なら、\(\Delta(K+U)=0\)、つまり力学的エネルギーが保存される、というわけです。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題はすべて文字式なので、移項や約分を丁寧に行いましょう。両辺の\(m\)を消去する際は、すべての項に含まれていることを確認します。
- 平方根の計算: \(v_0^2 = 2gh\) から \(v_0\) を求める際に、安易にルートをつけるだけでなく、\(v_0\)が速さ(正の値)であることを確認する意識を持つと、より丁寧です。
- 単位次元の確認: 最終的な答え \(\sqrt{2gh}\) の単位が速さの単位[\(\text{m/s}\)]になっているかを確認します。\(\sqrt{(\text{m/s}^2) \cdot \text{m}} = \sqrt{\text{m}^2/\text{s}^2} = \text{m/s}\) となり、単位が合っていることが分かります。
- 具体的な状況を想像する: もし高さ\(h\)が2倍になったら、速さは\(\sqrt{2}\)倍になる、といった関係を式から読み取ることで、物理現象のイメージが掴みやすくなり、式の意味の理解も深まります。
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