問題16 (大阪大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、弾丸が木材に打ち込まれる際の力学的な現象を扱います。前半(I)は木材が固定されている場合、後半(II)は木材が滑らかな床の上で動ける場合と、条件が異なります。それぞれの状況で、弾丸が木材から受ける一定の抵抗力を考慮しながら、仕事とエネルギーの関係や運動量保存則を駆使して問題を解き明かしていくことになります。特に、木材が動く場合は、弾丸と木材を一つの「系」として捉える視点が重要になります。
- 弾丸の質量: \(m\) [kg]
- 木材の質量: \(M\) [kg]
- 木材の長さ: \(l\) [m]
- 弾丸の初めの速さ (I, II(3)で共通): \(v_0\) [m/s]
- 弾丸が木材から受ける抵抗力: 大きさ \(F\) [N] で常に一定
- I. 木材を固定した場合:
- 弾丸を速さ \(v_0\) で打つと、深さ \(d\) [m] まで入り込んで止まった。このときの抵抗力 \(F\) の大きさは?
- 弾丸が木材を貫くには、はじめの速さ \(v_1\) [m/s] はいくら以上でなければならないか?
- II. 木材を滑らかな床の上に置いた場合:
- 弾丸をⅠと同じ速さ \(v_0\) で打つと、木材に入り込み、一体となって一定の速さ \(v\) [m/s] で動いた。その速さ \(v\) と、弾丸が入り込んだ深さ \(d’\) [m] は?
- 弾丸が木材を貫くためには、はじめの速さ \(v_2\) [m/s] はいくら以上でなければならないか?
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題を解くためには、以下の物理法則や概念をしっかりと理解しておく必要があります。
- 仕事と運動エネルギーの関係: 物体がされた仕事の分だけ、その物体の運動エネルギーが変化します。特に、摩擦力や抵抗力のような「非保存力」が仕事をすると、その分だけ力学的エネルギーは熱などに変わって失われます。数式で表すと \(\Delta K = W\) (運動エネルギーの変化 = された仕事) となります。
- 運動量保存則: 外力が働かない(または外力の合力が0の)系では、系の全運動量は常に一定に保たれます。衝突や合体といった現象を分析するのに非常に強力なツールです。数式で表すと \(\sum p_{\text{初}} = \sum p_{\text{後}}\) (初めの運動量の和 = 後の運動量の和) となります。
パートIでは主に仕事と運動エネルギーの関係を、パートIIでは運動量保存則と仕事とエネルギーの関係(熱の発生を含む)の両方を用いて考えていきましょう。
問 I (1)
思考の道筋とポイント
木材が固定されているため、弾丸は初速 \(v_0\) で木材に進入し、一定の抵抗力 \(F\) を受けながら減速し、深さ \(d\) で停止します。この過程で弾丸が持っていた運動エネルギーは、すべて抵抗力 \(F\) による仕事(摩擦熱)に変換されたと考えられます。仕事と運動エネルギーの関係を使いましょう。
この設問における重要なポイント
- 木材は静止したままで動きません。
- 弾丸の運動エネルギーが、抵抗力 \(F\) によって \(d\) の距離だけ仕事をされることでゼロになります。
- 仕事と運動エネルギーの関係式: \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W_{\text{された仕事}}\) を利用します。
具体的な解説と立式
弾丸の初めの運動エネルギーを \(K_{\text{初}}\)、止まった後の運動エネルギーを \(K_{\text{後}}\) とします。
初めの運動エネルギーは \(K_{\text{初}} = \displaystyle\frac{1}{2}mv_0^2\) です。
弾丸は最終的に止まるので、後の運動エネルギーは \(K_{\text{後}} = 0\) です。
弾丸が木材から受ける抵抗力は \(F\) で、弾丸の進行方向と逆向きに働きます。弾丸が木材にくい込む距離は \(d\) なので、抵抗力が弾丸にした仕事 \(W_{\text{抵抗力}}\) は、力の向きと移動の向きが \(180^\circ\) 反対であるため、負の仕事となります。
$$W_{\text{抵抗力}} = -Fd \quad \cdots ①$$
仕事と運動エネルギーの関係 \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W_{\text{抵抗力}}\) より、次のように立式できます。
$$0 – \frac{1}{2}mv_0^2 = -Fd \quad \cdots ②$$
使用した物理公式
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 仕事: \(W = (\text{力}) \times (\text{力の向きの変位})\) または \(W = Fx \cos\theta\)
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\)
式②を \(F\) について解きます。
まず、両辺に \(-1\) を掛けて、符号を整理します。
$$\frac{1}{2}mv_0^2 = Fd$$
次に、この式を \(F\) について解くと、
$$F = \frac{mv_0^2}{2d} \quad \cdots ③$$
弾丸が最初に持っていた運動エネルギー(\(\frac{1}{2}mv_0^2\))が、木材の中を \(d\) だけ進む間に、抵抗力 \(F\) に逆らって仕事をすることで、すべて熱に変わってしまったと考えます。つまり、「最初の運動エネルギー」=「抵抗力がした仕事(の絶対値)」という関係です。これを式にすると \(\frac{1}{2}mv_0^2 = Fd\) となり、ここから \(F\) を求めます。
抵抗力の大きさは \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) [N] です。
この結果の単位を確認すると、分子が \(\text{kg} \cdot (\text{m/s})^2 = \text{kg} \cdot \text{m}^2/\text{s}^2\)、分母が \(\text{m}\) なので、全体として \(\text{kg} \cdot \text{m/s}^2\) となり、これは力 \(F\) の単位 [N](ニュートン)と一致します。物理的な次元も合っていますね。
また、\(v_0\) が大きいほど、または \(d\) が小さいほど \(F\) が大きくなるという関係も、直感的に理解できる結果です。
問 I (2)
思考の道筋とポイント
弾丸が木材を「貫く」ぎりぎりの状態とは、弾丸が木材の長さ \(l\) だけ進んで、木材の反対側の面に達した瞬間にちょうど止まる(速度が0になる)状態を指します。このときも、弾丸の運動エネルギーが抵抗力 \(F\) による仕事で全て失われると考えます。抵抗力 \(F\) の大きさは(1)で求めたものを使用します。
この設問における重要なポイント
- 木材は静止したままです。
- 「貫くぎりぎり」とは、木材の長さ \(l\) を進んでちょうど速度が \(0\) になる状態です。
- 抵抗力 \(F\) は(1)で求めた \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) を使います。
- ここでも仕事と運動エネルギーの関係式を利用します。
具体的な解説と立式
弾丸が木材を貫くために必要となるはじめの速さを \(v_1\) とします。
このときの初めの運動エネルギーは \(K_{\text{初}} = \displaystyle\frac{1}{2}mv_1^2\) です。
貫くぎりぎりの状態では、木材の長さ \(l\) だけ進んで止まるので、後の運動エネルギーは \(K_{\text{後}} = 0\) です。
この間に抵抗力 \(F\) がした仕事 \(W_{\text{抵抗力}}\) は、
$$W_{\text{抵抗力}} = -Fl \quad \cdots ④$$
仕事と運動エネルギーの関係 \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W_{\text{抵抗力}}\) より、
$$0 – \frac{1}{2}mv_1^2 = -Fl \quad \cdots ⑤$$
使用した物理公式
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\)
式⑤を \(v_1\) について解きます。
まず、両辺に \(-1\) を掛けて符号を整理します。
$$\frac{1}{2}mv_1^2 = Fl$$
次に、(1)で求めた抵抗力 \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) (式③) をこの式に代入します。
$$\frac{1}{2}mv_1^2 = \left(\frac{mv_0^2}{2d}\right)l$$
両辺の \(\displaystyle\frac{1}{2}m\) を消去します(\(m \neq 0\))。
$$v_1^2 = \frac{v_0^2 l}{d}$$
\(v_1\) は速さなので \(v_1 > 0\) です。したがって、両辺の平方根をとると、
$$v_1 = \sqrt{\frac{v_0^2 l}{d}} = v_0 \sqrt{\frac{l}{d}} \quad \cdots ⑥$$
(1)と考え方はほとんど同じです。弾丸が持つ運動エネルギー(今度は \(\frac{1}{2}mv_1^2\))が、抵抗力 \(F\) に逆らって木材の全長 \(l\) だけ仕事をすることで全て失われると考えます。式にすると \(\frac{1}{2}mv_1^2 = Fl\) となり、これに(1)で求めた \(F\) の値を代入して \(v_1\) を求めます。
弾丸が木材を貫くための最小の初速は \(v_1 = v_0 \sqrt{\displaystyle\frac{l}{d}}\) [m/s] です。
もし \(l=d\) ならば \(v_1 = v_0\) となり、これは(1)の状況(深さ \(d\) で止まる)と一致しますね。
もし \(l>d\) ならば \(\sqrt{l/d} > 1\) なので \(v_1 > v_0\) となります。これは、より長い距離を進むためには、より大きな初速が必要であることを意味しており、直感とも合致します。
問 II (3)
思考の道筋とポイント
今度は木材が滑らかな床の上にあるため、弾丸が打ち込まれると木材も動き出します。弾丸と木材は一体となって動くとのことです。
一体となった速さ \(v\) の求め方: 床が滑らかであるため、弾丸と木材を一つの「系」として考えると、水平方向には外力が働きません。したがって、この系の全運動量は保存されます。これを利用して \(v\) を求めましょう。
弾丸が入り込んだ深さ \(d’\) の求め方: 系全体のエネルギーの変化を考えます。弾丸の初期の運動エネルギーが、最終的に「一体となった弾丸と木材の運動エネルギー」と「弾丸が木材内部を相対的に \(d’\) だけ進む間に抵抗力 \(F\) がした仕事(これが摩擦熱となる)」に分配されると考えます。抵抗力 \(F\) の大きさは(1)で求めたものと同じです。
この設問における重要なポイント
- 床は滑らか \(\rightarrow\) 水平方向の外力は働かない \(\rightarrow\) 弾丸と木材の系で運動量保存則が成り立ちます。
- 弾丸と木材は一体となって同じ速さ \(v\) で動きます。
- エネルギー保存則を考える際には、抵抗力による仕事(摩擦熱)を考慮に入れます。この摩擦熱は \(Fd’\) と表されます(\(d’\) は弾丸が木材に対して相対的に進んだ距離)。
- 抵抗力 \(F\) は(1)で求めた値を使用します。
具体的な解説と立式
まず、一体となった速さ \(v\) を求めます。
衝突前の弾丸の運動量は \(mv_0\)。木材は静止しているので運動量は \(0\) です。
したがって、衝突前の系の全運動量 \(p_{\text{初}}\) は、
$$p_{\text{初}} = mv_0 + M \cdot 0 = mv_0$$
衝突後、弾丸と木材は一体となり、質量 \((m+M)\) の物体として速さ \(v\) で動きます。
したがって、衝突後の系の全運動量 \(p_{\text{後}}\) は、
$$p_{\text{後}} = (m+M)v$$
運動量保存則 \(p_{\text{初}} = p_{\text{後}}\) より、
$$mv_0 = (m+M)v \quad \cdots ⑦$$
次に、弾丸が入り込んだ深さ \(d’\) を求めます。
系の初めの力学的エネルギー \(E_{\text{初}}\) は、弾丸の運動エネルギーのみです。
$$E_{\text{初}} = \frac{1}{2}mv_0^2$$
弾丸と木材が一体となった後の系の力学的エネルギー \(E_{\text{後}}\) は、一体となった物体の運動エネルギーです。
$$E_{\text{後}} = \frac{1}{2}(m+M)v^2$$
この過程で、弾丸が木材の内部を相対的に距離 \(d’\) だけ進む間に、抵抗力 \(F\) が仕事をし、その分が摩擦熱 \(Q_{\text{熱}}\) となります。この摩擦熱は \(Q_{\text{熱}} = Fd’\) と表されます。
エネルギー保存則(より正確には、仕事とエネルギーの関係)を考慮すると、初めの力学的エネルギーが、後の力学的エネルギーと発生した摩擦熱の和に等しくなります。
$$\frac{1}{2}mv_0^2 = \frac{1}{2}(m+M)v^2 + Fd’ \quad \cdots ⑧$$
使用した物理公式
- 運動量保存則: \(m_1\vec{v_1} + m_2\vec{v_2} = m_1\vec{v_1′} + m_2\vec{v_2′}\) (特に一次元の合体では \(m_1v_1 + m_2v_2 = (m_1+m_2)V\))
- エネルギー保存則(非保存力の仕事を含む場合): \(E_{\text{力学・初}} = E_{\text{力学・後}} + Q_{\text{熱}}\)
速さ \(v\) の計算:
式⑦から \(v\) を求めます。両辺を \((m+M)\) で割ると、
$$v = \frac{m}{m+M}v_0 \quad \cdots ⑨$$
深さ \(d’\) の計算:
式⑧を \(Fd’\) について解きます。
$$Fd’ = \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)v^2$$
この式に、上で求めた \(v = \displaystyle\frac{m}{m+M}v_0\) (式⑨) を代入します。
$$Fd’ = \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)\left(\frac{m}{m+M}v_0\right)^2$$
右辺第2項の括弧を展開します。
$$Fd’ = \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)\frac{m^2}{(m+M)^2}v_0^2$$
右辺第2項の \((m+M)\) を約分します。
$$Fd’ = \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_0^2$$
右辺を \(\displaystyle\frac{1}{2}mv_0^2\) でくくりだします。
$$Fd’ = \frac{1}{2}mv_0^2 \left(1 – \frac{m}{m+M}\right)$$
括弧の中を通分して計算します。\(1 – \displaystyle\frac{m}{m+M} = \frac{m+M-m}{m+M} = \frac{M}{m+M}\)。
$$Fd’ = \frac{1}{2}mv_0^2 \left(\frac{M}{m+M}\right) \quad \cdots ⑩$$
最後に、(1)で求めた抵抗力 \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) (式③) をこの式の左辺に代入します。
$$\left(\frac{mv_0^2}{2d}\right)d’ = \frac{1}{2}mv_0^2 \left(\frac{M}{m+M}\right)$$
両辺の \(\displaystyle\frac{mv_0^2}{2}\) を消去します(\(m \neq 0, v_0 \neq 0\) と考えられます)。
$$\frac{d’}{d} = \frac{M}{m+M}$$
したがって、\(d’\) は、
$$d’ = \frac{M}{m+M}d \quad \cdots ⑪$$
速さ \(v\): 弾丸が木材にぶつかる前後で、弾丸と木材を合わせた全体の「勢い」(運動量)は変わりません。だから、「(弾丸の質量)×(弾丸の初速)=(弾丸と木材の合計質量)×(一体となった速さ \(v\))」という式を立てて \(v\) を求めます。
深さ \(d’\): 弾丸が最初に持っていた運動エネルギーが、最終的に「一体となった物体の運動エネルギー」と「弾丸が木材にめり込むときの摩擦で発生した熱(\(Fd’\))」の2つに分けられた、と考えます。つまり、「(初めの弾丸の運動エネルギー)=(後の全体の運動エネルギー)+(摩擦熱)」というエネルギーの保存の式を立てます。これに(1)で求めた抵抗力 \(F\) と、上で計算した速さ \(v\) を代入して、\(d’\) を計算します。
一体となった速さは \(v = \displaystyle\frac{m}{m+M}v_0\) [m/s] です。
弾丸が入り込んだ深さは \(d’ = \displaystyle\frac{M}{m+M}d\) [m] です。
速さ \(v\) について、\(m+M > m\) なので、\(v < v_0\) となります。これは、弾丸が木材を動かすためにエネルギーを使うため、弾丸自身の速さが落ち、結果として一体となった後の速さは弾丸の初速より小さくなることを意味しており、物理的に妥当です。
深さ \(d’\) について、\(m+M > M\) なので、\(\displaystyle\frac{M}{m+M} < 1\) となります。したがって \(d’ < d\) です。これは、木材が固定されていた場合(I)に比べて、木材が動くことで弾丸が入り込む深さは浅くなることを示しています。弾丸の運動エネルギーの一部が木材を動かす運動エネルギーとして使われるため、抵抗力によって熱に変えられるエネルギーがその分減るためと考えられ、これも妥当な結果です。
問 II (4)
思考の道筋とポイント
弾丸が木材を「貫く」ぎりぎりの状況を考えます。この場合、弾丸が木材の長さ \(l\) だけ進んで木材の右端からちょうど出た瞬間に、弾丸と木材の速度が一時的に同じになる(つまり、その瞬間だけ見れば一体化して同じ速度 \(u\) で動く)と考えるのが一般的なアプローチです。この考え方に従い、運動量保存則とエネルギー保存則(摩擦熱 \(Fl\) を考慮)を連立させて解きます。抵抗力 \(F\) は(1)で求めた値を使用します。
この設問における重要なポイント
- 床は滑らかであり、運動量保存則が利用できます。
- 「貫くぎりぎり」とは、弾丸が木材の長さ \(l\) だけ相対的に進み、その瞬間に弾丸と木材が同じ速度 \(u\) になると考えます(この後、弾丸は木材から離れていきます)。
- エネルギー保存則では、摩擦熱 \(Fl\) を考慮します。
- 抵抗力 \(F\) は(1)で求めた \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) を使います。
具体的な解説と立式
弾丸が木材を貫くための最小の初速を \(v_2\) とします。
貫通するぎりぎりの瞬間、つまり弾丸が木材の右端に達したとき、弾丸と木材は同じ速度 \(u\) になると仮定します。
運動量保存則より、はじめの弾丸の運動量 \(mv_2\) が、貫通ぎりぎりで一体とみなせる状態の運動量 \((m+M)u\) に等しくなります。
$$mv_2 = (m+M)u \quad \cdots ⑫$$
エネルギー保存則を考えます。弾丸が木材の内部を相対的に \(l\) だけ進んだので、発生する摩擦熱は \(Fl\) です。
初めの弾丸の運動エネルギーが、貫通ぎりぎりの状態での(一体となったとみなせる)運動エネルギーと摩擦熱の和に等しくなります。
$$\frac{1}{2}mv_2^2 = \frac{1}{2}(m+M)u^2 + Fl \quad \cdots ⑬$$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- エネルギー保存則(非保存力の仕事を含む)
式⑫から \(u\) を \(v_2\) で表します。
$$u = \frac{m}{m+M}v_2$$
これを式⑬に代入します。
$$\frac{1}{2}mv_2^2 = \frac{1}{2}(m+M)\left(\frac{m}{m+M}v_2\right)^2 + Fl$$
右辺第1項の括弧を展開します。
$$\frac{1}{2}mv_2^2 = \frac{1}{2}(m+M)\frac{m^2}{(m+M)^2}v_2^2 + Fl$$
右辺第1項の \((m+M)\) を約分します。
$$\frac{1}{2}mv_2^2 = \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_2^2 + Fl$$
\(Fl\) 以外の項を左辺に集めて、\(\displaystyle\frac{1}{2}v_2^2\) で整理します。
$$\frac{1}{2}v_2^2 \left(m – \frac{m^2}{m+M}\right) = Fl$$
左辺の括弧の中を通分して計算します。\(m – \displaystyle\frac{m^2}{m+M} = \frac{m(m+M)-m^2}{m+M} = \frac{m^2+mM-m^2}{m+M} = \frac{mM}{m+M}\)。
$$\frac{1}{2}v_2^2 \left(\frac{mM}{m+M}\right) = Fl$$
この式を \(v_2^2\) について解きます。
$$v_2^2 = \frac{2Fl(m+M)}{mM} \quad \cdots ⑭$$
ここで、(1)で求めた抵抗力 \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) (式③) を代入します。
$$v_2^2 = \frac{2\left(\frac{mv_0^2}{2d}\right)l(m+M)}{mM}$$
分子の \(2\) と分母の \(2d\) の中の \(2\) を約分し、さらに分子の \(m\) と分母の \(m\) を約分します。
$$v_2^2 = \frac{\frac{mv_0^2}{d}l(m+M)}{mM} = \frac{mv_0^2 l(m+M)}{mMd}$$
もう一度、分子の \(m\) と分母の \(m\) を約分します。
$$v_2^2 = \frac{v_0^2 l(m+M)}{Md}$$
\(v_2\) は速さなので \(v_2 > 0\) です。したがって、両辺の平方根をとると、
$$v_2 = v_0 \sqrt{\frac{l(m+M)}{Md}} \quad \cdots ⑮$$
ここでも、まず「運動量保存」の式を立てます。弾丸が木材にぶつかる前の勢いが、貫通するぎりぎりの瞬間に(一時的に一体となったと考えて)全体の勢いと同じになる、という考え方です。次に「エネルギー保存」の式。初めの弾丸の運動エネルギーが、貫通ぎりぎりの瞬間の全体の運動エネルギーと、木材を貫く間に摩擦で発生した熱(今度は木材の全長 \(l\) に対応して \(Fl\))の合計になる、と考えます。この2つの式を連立させて、貫通に必要な初速 \(v_2\) を求めます。
弾丸が木材を貫くための最小の初速は \(v_2 = v_0 \sqrt{\displaystyle\frac{l(m+M)}{Md}}\) [m/s] です。
この結果を、木材を固定した場合の貫通速度 \(v_1 = v_0 \sqrt{\displaystyle\frac{l}{d}}\) (式⑥) と比較してみましょう。
\(\displaystyle\frac{v_2}{v_1} = \frac{v_0 \sqrt{\frac{l(m+M)}{Md}}}{v_0 \sqrt{\frac{l}{d}}} = \sqrt{\frac{l(m+M)}{Md} \cdot \frac{d}{l}} = \sqrt{\frac{m+M}{M}} = \sqrt{1 + \frac{m}{M}}\) となります。
\(m\) と \(M\) はどちらも正の質量なので、\(1 + \frac{m}{M} > 1\) であり、したがって \(\sqrt{1 + \frac{m}{M}} > 1\) です。よって、\(v_2 > v_1\) となります。
これは、木材が動ける場合の方が、固定されている場合よりも貫通させるのにより大きな初速が必要になることを意味します。弾丸のエネルギーの一部が木材を動かす運動エネルギーにも使われてしまうため、木材を貫通させるという仕事(摩擦熱の発生)に使えるエネルギーが相対的に減ってしまうからだと考えられ、物理的に妥当な結果と言えます。
【コラム】Q. 摩擦熱と仕事の関係について深掘り!
問題文の最後にあったこの質問、「前ページの図で、赤矢印で示された抵抗力 \(F\) がした仕事は負で、\(-Fx\) と読み取れる。すると、摩擦熱は \(Fx\) になりそうに思えるが、この考え方はどこが誤っているのか。(★)」について考えてみましょう。これは特に木材が動く場合(パートII)のエネルギー考察で非常に重要なポイントです。
解説:
この疑問を解き明かす鍵は、「どの物体がどの力から仕事をされ、その結果どうなるのか」を正確に捉えることです。
- 弾丸が抵抗力 \(F\) からされる仕事:
弾丸は、木材から進行方向とは逆向き(左向き)の抵抗力 \(F\) を受けます。そして、床に対して距離 \(x\)(右向き)だけ進みます。したがって、抵抗力が弾丸にする仕事 \(W_{\text{弾丸への仕事}}\) は、ご指摘の通り \(-Fx\) となります。この仕事は弾丸の運動エネルギーを減少させる効果があります。 - 木材が抵抗力の反作用からされる仕事:
作用・反作用の法則により、弾丸が木材から抵抗力 \(F\)(左向き)を受けるとき、木材は弾丸から同じ大きさ \(F\) の力(右向き、弾丸の進行方向と同じ向き)を受けます。木材はこの力を受けながら、床に対して距離 \(X\)(右向き)だけ進みます。したがって、この弾丸からの反作用が木材にする仕事 \(W_{\text{木材への仕事}}\) は \(+FX\) となります。この仕事は木材の運動エネルギーを増加させる効果があります。 - 弾丸と木材からなる「系」全体で、抵抗力(およびその反作用)がした正味の仕事:
弾丸と木材を一つの「系」として考えた場合、これらの抵抗力とその反作用は系内部の力、すなわち「内力」です。この内力が系全体にした正味の仕事 \(W_{\text{系・抵抗関連}}\) は、それぞれの物体がされた仕事の合計となります。
$$W_{\text{系・抵抗関連}} = W_{\text{弾丸への仕事}} + W_{\text{木材への仕事}} = (-Fx) + (+FX) = -F(x-X)$$ - 摩擦熱との関係:
問題の図から、弾丸が木材に対して相対的にめり込んだ深さ \(d’\) は、弾丸の床に対する移動距離 \(x\) と木材の床に対する移動距離 \(X\) の差で与えられます。つまり、\(d’ = x-X\) です。
これを先ほどの \(W_{\text{系・抵抗関連}}\) の式に代入すると、
$$W_{\text{系・抵抗関連}} = -F(x-X) = -Fd’$$
この仕事 \(W_{\text{系・抵抗関連}}\) は負の値です。これは何を意味するのでしょうか? これは、弾丸と木材の系の力学的エネルギーが、これらの内力の働きによって \(Fd’\) だけ減少したことを示しています。そして、この減少した力学的エネルギーこそが、弾丸と木材の間で発生した摩擦熱 \(Q_{\text{熱}}\) に等しいのです。
$$Q_{\text{熱}} = Fd’$$
だから、(3)のエネルギー保存則の式 \(\frac{1}{2}mv_0^2 = \frac{1}{2}(m+M)v^2 + Fd’\) における \(Fd’\) の項は、まさにこの発生した摩擦熱を表しているわけです。
誤解の原因とまとめ:
「摩擦熱は \(Fx\) になりそう」と考えてしまうのは、弾丸の視点だけで仕事を評価し、弾丸がされた負の仕事の絶対値がそのまま熱になる、と考えてしまうためかもしれません。しかし、木材も弾丸から力を受けて(正の)仕事をされており、これも考慮に入れる必要があります。
摩擦熱は、弾丸と木材が互いにこすれ合いながら動いた**相対的な距離**(この問題では \(d’\) や \(l\))に、その間に働いていた抵抗力(またはその反作用)の大きさ \(F\) を掛けたものとして発生する、と理解するのが正しいアプローチです。この視点は、非保存力が働く系のエネルギー問題を考える上で非常に重要です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 仕事と運動エネルギーの関係(エネルギー保存則):
- この問題を解く上で最も根幹となる法則の一つです。特に非保存力である抵抗力が物体にする仕事と、その物体の運動エネルギー変化の関係 (\(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\)) を正確に理解し適用することが求められました。
- 抵抗力がする仕事が負となり、それが熱エネルギーに変換されるという視点(パートI、パートII共通)、または系のエネルギー保存を考える際に発生熱量 \(Q_{\text{熱}}\) を考慮に入れること(パートII: \(E_{\text{力学・初}} = E_{\text{力学・後}} + Q_{\text{熱}}\))が鍵でした。
- 運動量保存則:
- パートIIで木材が動く状況において、弾丸と木材を一つの「系」と見なしたとき、床が滑らかであるために水平方向には外力が働かず、系の全運動量が保存されること。これは衝突や合体といった現象を扱う上での基本的な考え方です。
- どの範囲を「系」と定義するか、その系に働く「外力」は何か(そしてそれは無視できるか)を見極めることが、運動量保存則適用の第一歩です。
- 内力と外力の区別と役割:
- 弾丸と木材の間で働く抵抗力とその反作用は、弾丸と木材を一つの系として見た場合には「内力」となります。内力は系の運動量を変えることはありませんが、系の力学的エネルギーを熱のような他の形態のエネルギーに変換することができます。
- 床からの垂直抗力や重力は「外力」ですが、この問題では水平方向の運動に注目しているため、水平方向の外力の有無が運動量保存則の適用判断に重要でした。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法が応用できる類似問題のパターン:
- 摩擦のある水平面や斜面を物体が滑る問題(動摩擦力が抵抗力と同様の役割を果たします)。
- ばねに物体が衝突したり、弾丸がばねに打ち込まれたりする問題(この場合は弾性エネルギーも力学的エネルギーに含めて考えます)。
- 複数の物体が衝突し、合体したり分裂したりする問題全般(運動量保存則が主役になることが多いです)。
- 杭打ち機のように、抵抗を受けながら物体が地面などにめり込んでいく現象の解析。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 保存則の適用可能性の検討:
- まず、系に働く外力の合力がゼロ(または特定の方向でゼロ)かどうかを確認し、運動量保存則が使える場面か判断します。衝突、合体、分裂などのキーワードがあれば、運動量保存則を優先的に考えましょう。
- 次に、エネルギーについて考えます。摩擦力や空気抵抗などの非保存力が仕事をするかどうかに注目します。仕事をする場合は、仕事と運動エネルギーの関係(あるいは熱の発生を含むエネルギー保存)を、しない場合は力学的エネルギー保存則を適用します。
- 「系」の適切な設定:
- 複数の物体が相互作用している場合、どの物体群を一つの「系」として扱うかによって、内力と外力の区別や、適用できる保存則が変わってきます。問題に応じて最適な「系」を設定する能力が重要です。
- 力の作用・反作用の法則の意識:
- 複数の物体間で力が及ぼしあう場合、それぞれの物体にどのような力が働いているのか、図を描いて力を正確に把握することが不可欠です。特に内力はペアで存在します。
- 相対運動の視点の活用:
- パートIIの(3)や(4)の【別解】で示したように、一方の物体から見たもう一方の物体の運動(相対速度、相対加速度、相対変位)に着目すると、問題の見通しが良くなったり、計算が簡略化されたりすることがあります。特に、摩擦が絡む問題で「相対的にどれだけこすれ合ったか」は摩擦熱の計算に直結します。
- 保存則の適用可能性の検討:
- 問題解決のヒントや特に注意すべき点:
- 力の向きと物体の運動(変位)の向きを正確に把握し、仕事の正負を間違えないようにしましょう。
- 「静止した」「一体となった」「貫通した(ぎりぎり)」といった問題文中の言葉が、物理的にどのような状態(速度は?相対速度は?エネルギーは?)を指しているのかを明確にイメージすることが大切です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動量保存則と力学的エネルギー保存則の混同や誤用:
- 現象: 運動量が保存される衝突(特に非弾性衝突)であっても、力学的エネルギーが保存されるとは限りません。今回の問題のように抵抗力(摩擦力)が働く場合、力学的エネルギーは熱に変わり減少します。
- 対策: それぞれの保存則が成り立つための条件(運動量保存: 外力の合力がゼロ。力学的エネルギー保存: 保存力以外の力が仕事をしない)を正確に理解し、問題の状況に応じて使い分ける訓練をしましょう。
- 仕事の計算における「距離」の誤解:
- 現象: 特にパートIIのように木材が動く場合、抵抗力がした仕事(最終的に摩擦熱になる部分)を計算する際の距離 \(d’\) や \(l\) は、弾丸が木材に対して相対的に進んだ距離です。床などの静止系から見た絶対的な移動距離ではない点に注意が必要です。
- 対策: 仕事を計算する際には、その力が働いている間に物体が「どの基準に対して」「どの方向に」「どれだけ」変位したのかを常に明確に意識しましょう。
- 抵抗力 \(F\) の値の扱い:
- 現象: この問題では、抵抗力 \(F\) の大きさが常に一定であるという重要な仮定があります。また、パートIの(1)で求めた \(F\) の具体的な式を、パートI(2)やパートIIでも使用することを見落とさないようにしましょう。
- 対策: 問題文の条件(力が一定か、変化するかなど)を注意深く読み取ること。そして、設問間で導出した結果が後の設問で利用できるかどうかを常に意識することが大切です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題における物理現象の具体的なイメージ化:
- パートI (木材固定時): 弾丸が木材にくい込んでいく際に、まるで硬いバターにナイフが入るように、周囲から抵抗を受けながら運動エネルギーを失っていく様子をイメージします。最終的にピタッと止まるまで、エネルギーが熱に変わっていく連続的な過程を思い描きましょう。
- パートII (木材滑走時): 弾丸が木材に接触した瞬間から、弾丸は木材を前方に押し始め、木材はそれによって加速されます。同時に弾丸自身は木材からの抵抗力で減速します。この「押す・押される」関係の中で、両者が一体となって進む場合や、弾丸が木材を突き抜けていく場合の違いを、スローモーションで再生するようにイメージできると良いでしょう。
- 図示(力の図示、運動の図示)の有効性とポイント:
- 力の図示: 各物体(弾丸、木材)にはたらく力を、作用点を明確にして矢印で正確に描くことが基本です。特に、弾丸に働く抵抗力と、木材に働くその反作用は、同じ大きさで逆向きであること(作用・反作用の法則)を意識して図示すると、力の関係性が明確になります。
- 運動の図示: 衝突前、衝突中(めり込んでいる最中)、衝突後(一体化または貫通)のそれぞれの段階で、各物体の速度ベクトルを模式的に描くと、運動量の変化やエネルギーの移り変わりを視覚的に捉えやすくなります。
- 図を描く際には、座標軸を適切に設定すると、力の成分分解や運動方程式の立式がスムーズに進みます。また、相対運動を考える際には、どの物体から見た運動を描いているのかを常に明確にすることが混乱を防ぐコツです。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 仕事と運動エネルギーの関係 \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\):
- 選定理由: 「抵抗力」という非保存力が存在し、それによって物体の速さが変化し「止まった」あるいは「貫いた(ぎりぎり止まった)」というように、運動エネルギーの変化が明確に記述されているため。
- 適用根拠: 物体が力を受けて運動状態が変化するあらゆる場合に成り立つ普遍的な関係式であるため、安心して適用できます。特に、エネルギーが熱に変わるような状況では必須の考え方です。
- 運動量保存則 \(\sum p_{\text{初}} = \sum p_{\text{後}}\):
- 選定理由: パートIIで「床が滑らか」という条件があり、弾丸と木材を一つの系と見なすと、水平方向には外力が作用しない(または無視できるほど小さい)と判断できるため。また、「一体となって動いた」や「貫いた」という記述は、衝突・合体・分裂といった運動量保存則が活躍する典型的な場面です。
- 適用根拠: 外力の合力がゼロである(またはある方向成分がゼロである)系において、その系(またはその方向成分)の全運動量は時間的に変化しない、というニュートンの運動法則から導かれる基本法則であるため。
- 公式選択の訓練:
- 問題を読んだときに、「この状況ではどの物理法則が使えるだろうか?」「その法則が使える根拠(条件)はこの問題で満たされているだろうか?」と常に自問自答する癖をつけることが、論理的な公式選択能力を高める上で非常に重要です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 問題状況の正確な把握:
- 木材は固定されているか、滑らかな床の上か?
- 弾丸の最終的な状態はどうなるか?(停止、一体化、貫通など)
- 与えられている物理量は何か?求める物理量は何か?
- 適用する物理法則の選択:
- 木材固定の場合: 主に仕事と運動エネルギーの関係。
- 木材が動ける場合: 運動量保存則と、仕事とエネルギーの関係(熱の発生を含む)の両方を視野に入れる。
- 変数の設定と図による状況整理:
- 未知の速さ、距離、抵抗力などを適切な文字で置きます。
- 物体にはたらく力や運動の様子を簡単な図で表現し、状況を視覚的に整理します。
- 選択した法則に基づく立式:
- 仕事とエネルギーの関係式では、どのエネルギーがどの仕事によってどのように変化したのか(あるいは熱になったのか)を正確に対応させます。初状態と後状態を明確にしましょう。
- 運動量保存の式では、注目する系の衝突(相互作用)前と後での全運動量が等しいことをベクトル量(一次元なら符号)に注意して立式します。
- 方程式の計算と解の導出:
- 立式した方程式(または連立方程式)を、求める変数について解きます。文字計算が多い場合は、計算ミスをしないよう、式を整理しながら慎重に進めます。
- 解の吟味と物理的な妥当性の確認:
- 得られた答えの単位は正しいか?
- 例えば、(3)で \(d’ < d\) となったように、他の条件との比較や極端な場合を考えて、結果が物理的に直感と合うかなどを検討します。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 計算過程における注意点(今回の問題より):
- パートII(3)の深さ \(d’\) の導出や、パートII(4)の初速 \(v_2\) の導出では、多くの文字変数を含む分数の計算や式の変形が必要でした。このような場面では、通分、約分、括り出し、代入のタイミングなどを一つ一つ丁寧に行うことがミスを防ぐ鍵です。
- 特に、抵抗力 \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) を他の式に代入する際には、分数の分母分子を間違えないように、また、式全体が煩雑になりすぎないように注意が必要です。
- 日頃の計算練習で意識すべきこと:
- 途中式を丁寧に書く: 暗算に頼らず、一行一行、どのような計算操作(例: 「両辺を \(m\) で割る」「\(x\) について整理する」「式(A)を式(B)に代入する」など)を行っているのかを意識しながら記述する習慣をつけましょう。
- 計算のパターンを習得する: 物理でよく出てくる計算の形(特に複雑な分数の整理や連立方程式の解法など)は、何度も練習してスムーズに処理できるようにしておくと、思考の負担を減らせます。
- 検算の習慣: 時間が許せば、導出した答えを元の式に代入してみたり、異なるアプローチで計算してみたりして検算する習慣をつけましょう。また、前述の「解の吟味」も一種の検算として有効です。
- 単位の確認: 計算の各ステップで、物理量の単位が正しく扱われているか意識することも、間違いの発見に繋がります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えが物理的に妥当かどうかを検討する視点の重要性:
- 極端な場合を考える: 例えば、パートII(3)で得られた深さ \(d’ = \displaystyle\frac{M}{m+M}d\) について考えてみましょう。
- もし木材の質量 \(M\) が非常に小さい(\(M \rightarrow 0\))とすると、\(d’ \rightarrow 0\) となります。これは、非常に軽い木材は弾丸の衝突によってすぐに弾丸と同じ速さになってしまうため、弾丸はほとんど木材にめり込むことができない、という直感に合います。
- 逆に、もし木材の質量 \(M\) が非常に大きい(\(M \rightarrow \infty\)、つまり木材がほとんど動かない固定状態に近い)とすると、\(\displaystyle\frac{M}{m+M} = \frac{1}{m/M + 1} \rightarrow 1\) となり、\(d’ \rightarrow d\) となります。これは、パートI(1)の木材固定時の結果と一致し、妥当性が高いと言えます。
- 他の条件との比較: パートII(4)で \(v_2 > v_1\) であることを確認したように、異なる条件下での結果を比較し、その大小関係や傾向が物理的な直感や予想と一致するかどうかを検討することも有効な吟味方法です。
- 単位の一貫性: 計算結果の単位が、求めようとしている物理量の単位として正しいかどうかを常に確認しましょう。
- 極端な場合を考える: 例えば、パートII(3)で得られた深さ \(d’ = \displaystyle\frac{M}{m+M}d\) について考えてみましょう。
- 解の吟味の効用:
- 問題を解きっぱなしにせず、得られた答えの意味を深く考えることで、物理現象に対する理解が一層深まります。
- また、計算ミスや立式の誤りなど、ケアレスミスを発見する良い機会にもなります。
- この「吟味する」という習慣は、物理だけでなく、科学的な思考力全般を高める上で非常に大切です。
問題17 (東京電機大+日本大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、質量 \(m\) の小球と質量 \(M\) の曲面を持つ台の間での運動と衝突を扱います。前半は台の左側がストッパーSで固定されている場合、後半はストッパーSがない場合で、それぞれ小球の運動や台の運動、そして衝突後の挙動を解析します。摩擦がないこと、そして小球と台の突起Wとの衝突が弾性衝突であることが重要なポイントです。力学的エネルギー保存則と運動量保存則を的確に使い分けることが求められます。
- 小球の質量: \(m\) [kg]
- 台の質量: \(M\) [kg] (ただし \(m<M\))
- 小球を放す最初の高さ: \(h\) [m] (曲面Bの近くの水平面からの高さ)
- 台の形状: 曲面ABと突起Wからなる。Bの近くは水平面。
- 床と台: 水平な床の上にある。床や台の摩擦はなし。
- 重力加速度: \(g\) [m/s²]
- 衝突: 小球と突起Wは弾性衝突する。
- ストッパーS:
- (1)~(3)では、台の左側がストッパーSに接しており、衝突後に台がSから離れる。
- (4)~(5)では、ストッパーSをはずす。
- ストッパーSがある場合:
- (1) 突起Wと衝突する直前の小球の速さ。
- (2) 小球がWと衝突した直後の、小球と台の速さ。
- (3) 小球が曲面を上り、最高点に達したときの台の速さと、最高点の高さ(Bからの高さ)。
- ストッパーSがない場合:
- (4) Wに衝突する直前の、小球と台の速さ。
- (5) Wとの衝突後、小球が達する最高点の高さ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題を攻略する鍵は、「力学的エネルギー保存則」と「運動量保存則」の的確な適用です。特に、ストッパーの有無による台の挙動の違い、弾性衝突の性質、そして「最高点」が意味する物理的状態(相対速度が0、すなわち速度が一致する)を正確に把握することが大切です。
問 (1)
思考の道筋とポイント
ストッパーSがあるため、小球が曲面ABを滑り降りる間、台は動きません。小球は高さ \(h\) のA点から静かに放され、摩擦のない曲面を滑り降ります。この過程では重力だけが仕事をするため、小球の力学的エネルギーが保存されます。
この設問における重要なポイント
- 台はストッパーSで固定されており、動きません。
- 小球の運動において、摩擦はなく重力のみが仕事をするため、力学的エネルギーが保存されます。
- A点での小球の速さは0です。B点(衝突直前)を位置エネルギーの基準(高さ0)とします。
具体的な解説と立式
小球の質量を \(m\)、重力加速度を \(g\) とします。A点での小球の速さは \(v_A = 0\)、高さは \(h\) です。B点(突起Wとの衝突直前)での小球の速さを \(v_0\) とし、B点の高さを位置エネルギーの基準(高さ0)とします。
A点での力学的エネルギー \(E_A\) は、運動エネルギー \(K_A = 0\) と位置エネルギー \(U_A = mgh\) の和です。
$$E_A = mgh$$
B点(衝突直前)での力学的エネルギー \(E_B\) は、運動エネルギー \(K_B = \displaystyle\frac{1}{2}mv_0^2\) と位置エネルギー \(U_B = 0\) の和です。
$$E_B = \frac{1}{2}mv_0^2$$
力学的エネルギー保存則 \(E_A = E_B\) より、以下の式が成り立ちます。
$$mgh = \frac{1}{2}mv_0^2 \quad \cdots ①$$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則: \(K_{\text{初}} + U_{\text{初}} = K_{\text{後}} + U_{\text{後}}\)
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 重力による位置エネルギー: \(U = mgh\)
式①を \(v_0\) について解きます。
まず、式①の両辺に存在する \(m\) を消去します(\(m \neq 0\) であるため)。
$$gh = \frac{1}{2}v_0^2$$
次に、この式の両辺を2倍します。
$$2gh = v_0^2$$
\(v_0\) は速さを表すので \(v_0 > 0\) です。したがって、両辺の平方根をとると、
$$v_0 = \sqrt{2gh} \quad \cdots ②$$
小球がA点からB点まで滑り落ちる間に、失った位置エネルギー(\(mgh\))がすべて運動エネルギー(\(\frac{1}{2}mv_0^2\))に変わったと考えます。エネルギー保存の考え方から「(初めの位置エネルギー)=(終わりの運動エネルギー)」という等式、つまり \(mgh = \frac{1}{2}mv_0^2\) を立て、これを \(v_0\) について解きます。
突起Wと衝突する直前の小球の速さは \(v_0 = \sqrt{2gh}\) [m/s] です。これは、物体が高さ \(h\) から自由落下したときに得る速さと同じであり、物理の基本的な結果の一つです。単位も速さの単位 [m/s] となり、整合性が取れています。
問 (2)
思考の道筋とポイント
小球が突起Wと弾性衝突します。この衝突の瞬間、台はストッパーSから離れて動き出すことができます。衝突は非常に短時間で起こるため、衝突中に働く重力や曲面からの垂直抗力による力積は無視できると考え、小球と台からなる系全体で水平方向の運動量が保存されるとします。また、弾性衝突であるため反発係数 \(e=1\) が成り立ちます。
この設問における重要なポイント
- 衝突は弾性衝突であり、反発係数 \(e=1\) を用います。
- 衝突の前後で、小球と台の系全体の水平方向の運動量が保存されます。
- 衝突直前の小球の速さは(1)で求めた \(v_0\)、台の速さは \(0\) です。
- 衝突直後の小球の速さを \(v\)、台の速さを \(V\) とし、右向きを正の向きとします。
具体的な解説と立式
衝突直前の小球の速度を \(+v_0\)(右向きを正とします)、台の速度は \(0\) です。
衝突直後の小球の速度を \(v\)、台の速度を \(V\) とします(これらも右向きを正とします)。
水平方向の運動量保存則より、衝突前の全運動量と衝突後の全運動量は等しくなります。
$$mv_0 + M \cdot 0 = mv + MV \quad \cdots ③$$
弾性衝突なので、反発係数 \(e=1\) です。反発係数の式 \(e = -\displaystyle\frac{(\text{衝突後の相対速度})}{(\text{衝突前の相対速度})}\) を用いると、
$$1 = -\frac{v-V}{v_0-0}$$
これを整理すると、
$$v_0 = -(v-V)$$
$$v_0 = V-v \quad \cdots ④$$
使用した物理公式
- 運動量保存則: \(m_1\vec{u_1} + m_2\vec{u_2} = m_1\vec{v_1} + m_2\vec{v_2}\)
- 反発係数の式: \(e = -\displaystyle\frac{v_1 – v_2}{u_1 – u_2}\) (\(u\) が衝突前、\(v\) が衝突後の速度)
式③と式④を \(v\) と \(V\) についての連立方程式として解きます。
まず、式④を \(V\) について解くと \(V = v_0 + v\) となります。これを式③に代入します。
$$mv_0 = mv + M(v_0+v)$$
右辺を展開します。
$$mv_0 = mv + Mv_0 + Mv$$
\(v\) を含む項を右辺に、それ以外を左辺に集めます。
$$mv_0 – Mv_0 = mv + Mv$$
両辺を整理します。
$$(m-M)v_0 = (m+M)v$$
したがって、衝突直後の小球の速度 \(v\) は、
$$v = \frac{m-M}{m+M}v_0 \quad \cdots ⑤$$
次に、この \(v\) の結果を \(V = v_0 + v\) に代入して \(V\) を求めます。
$$V = v_0 + \frac{m-M}{m+M}v_0$$
右辺を \(v_0\) でくくりだし、括弧内を通分します。
$$V = v_0 \left(1 + \frac{m-M}{m+M}\right) = v_0 \left(\frac{m+M+m-M}{m+M}\right) = v_0 \left(\frac{2m}{m+M}\right)$$
したがって、衝突直後の台の速度 \(V\) は、
$$V = \frac{2m}{m+M}v_0 \quad \cdots ⑥$$
最後に、(1)で求めた \(v_0 = \sqrt{2gh}\) (式②) を式⑤と式⑥に代入します。
$$v = \frac{m-M}{m+M}\sqrt{2gh}$$
$$V = \frac{2m}{m+M}\sqrt{2gh}$$
衝突の問題では、「全体の勢い(運動量)は変わらない」というルールと、「はね返り具合(反発係数)」の2つのルールが基本です。今回は「弾性衝突」なので、はね返り係数は1です。これは、ぶつかる前の近づく速さと、ぶつかった後の遠ざかる速さが同じであることを意味します。この2つのルールから式を2本立てて、衝突後の小球と台それぞれの速さを求めます。
衝突直後の小球の速度は \(v = \displaystyle\frac{m-M}{m+M}\sqrt{2gh}\) [m/s]、台の速度は \(V = \displaystyle\frac{2m}{m+M}\sqrt{2gh}\) [m/s] です。
問題の条件として \(m<M\) が与えられているので、\(m-M < 0\) となります。したがって、\(v < 0\) となり、小球は衝突後に左向き(負の向き)にはね返ることがわかります。その速さの大きさは \(\left|\frac{m-M}{m+M}\right|\sqrt{2gh} = \frac{M-m}{M+m}\sqrt{2gh}\) となります。
一方、台の速度 \(V\) は常に正の値をとるため、台は右向きに動き出すことがわかります。これらの結果は物理的な直感とも一致しています。
問 (3)
思考の道筋とポイント
衝突後、小球は左向きに、台は右向きにそれぞれ動き出します。小球は台の曲面を逆方向に上っていき、やがて最高点に達します。小球が最高点に達するとは、台の上で小球が一瞬静止するように見える状態、つまり台に対する小球の相対速度が0になる瞬間です。これは、床から見た小球の速度と台の速度が等しくなることを意味します。この共通の速度を \(V_1\) とします。衝突後からこの最高点に至るまで、小球と台の系には水平方向に外力が働かないため、系の水平方向の全運動量は保存されます。また、衝突が弾性衝突であり、その後の運動にも摩擦が関与しないため、系全体の力学的エネルギーも保存されます。
この設問における重要なポイント
- 小球が最高点に達するとき、小球と台の速度は等しくなります。この共通の速度を \(V_1\) とします。
- 小球と台の系で、水平方向の運動量と力学的エネルギーが保存されます。
- 運動量保存則を考える際、衝突直後の系の運動量 \(mv+MV\) を初期値として用いますが、これは(2)の式③から衝突前の小球の運動量 \(mv_0\) に等しいことがわかっています。
- 力学的エネルギー保存則を考える際、基準となるエネルギーは小球がA点にあったときの初期位置エネルギー \(mgh\) と考えることができます(衝突も弾性でエネルギー損失がなかったため)。
具体的な解説と立式
小球が最高点に達したときの、小球と台の共通の速度を \(V_1\) とします。最高点のBからの高さを \(h’\) とします。
水平方向の運動量保存則について考えます。
衝突直後の系の全運動量は \(mv+MV\) です。これは(2)の式③ (\(mv_0 = mv+MV\)) より、衝突前の小球の運動量 \(mv_0\) に等しいです。
最高点に達したとき、小球と台は一体となって速度 \(V_1\) で動くので、そのときの系の全運動量は \((m+M)V_1\) と表せます。
したがって、運動量保存則は次のように立てられます。
$$mv_0 = (m+M)V_1 \quad \cdots ⑦$$
次に、力学的エネルギー保存則について考えます。
系全体の力学的エネルギーは、衝突が弾性であり、その後の運動においても摩擦がないため、常に保存されます。基準となるのは、小球が最初にA点にあったときの力学的エネルギー \(E_A = mgh\) です(A点では運動エネルギー0、位置エネルギー \(mgh\))。
最高点では、小球の運動エネルギーは \(\frac{1}{2}mV_1^2\)、台の運動エネルギーは \(\frac{1}{2}MV_1^2\)、そして小球の位置エネルギーは \(mgh’\) となります。
したがって、力学的エネルギー保存則は次のように立てられます。
$$mgh = \frac{1}{2}mV_1^2 + \frac{1}{2}MV_1^2 + mgh’$$
これを整理すると、
$$mgh = \frac{1}{2}(m+M)V_1^2 + mgh’ \quad \cdots ⑧$$
使用した物理公式
- 水平方向の運動量保存則
- 力学的エネルギー保存則
まず、式⑦から \(V_1\) を求めます。両辺を \((m+M)\) で割ると、
$$V_1 = \frac{m}{m+M}v_0$$
(1)で求めた \(v_0 = \sqrt{2gh}\) (式②) を代入すると、
$$V_1 = \frac{m}{m+M}\sqrt{2gh} \quad \cdots ⑨$$
次に、この \(V_1\) を式⑧に代入して \(h’\) を求めます。
$$mgh = \frac{1}{2}(m+M)\left(\frac{m}{m+M}v_0\right)^2 + mgh’$$
右辺の最初の項の括弧内を展開します。
$$mgh = \frac{1}{2}(m+M)\frac{m^2}{(m+M)^2}v_0^2 + mgh’$$
右辺の最初の項の \((m+M)\) を約分します。
$$mgh = \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_0^2 + mgh’$$
ここで、\(v_0^2 = 2gh\) (式①の変形、または式②の両辺を2乗したもの)を代入します。
$$mgh = \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}(2gh) + mgh’$$
右辺の最初の項の \(2\) と \(1/2\) を約分します。
$$mgh = \frac{m^2gh}{m+M} + mgh’$$
この式を \(mgh’\) について解きます。
$$mgh’ = mgh – \frac{m^2gh}{m+M}$$
両辺を \(mg\) で割ります(\(m \neq 0, g \neq 0\))。
$$h’ = h – \frac{mh}{m+M}$$
右辺を \(h\) でくくりだし、通分します。
$$h’ = h \left(1 – \frac{m}{m+M}\right) = h \left(\frac{m+M-m}{m+M}\right)$$
したがって、最高点の高さ \(h’\) は、
$$h’ = \frac{M}{m+M}h \quad \cdots ⑩$$
台の速さ \(V_1\): 小球が台の上で一番高いところまで到達したとき、小球と台は一瞬だけ同じ速さになります。衝突が起こってからこの瞬間まで、外からは水平方向の力が加えられていないので、全体の「水平方向の勢い(運動量)」は変わりません。このルール(運動量保存則)を使って、そのときの共通の速さ \(V_1\) を求めます。
最高点の高さ \(h’\): この運動では、全体のエネルギーもずっと保存されています。最初に小球がA点に持っていた位置エネルギーが、小球が最高点 \(h’\) に達したときの「小球と台が持つ運動エネルギーの合計」と「小球が持つ位置エネルギー \(mgh’\)」の合計に等しい、という式(力学的エネルギー保存則)を立てて \(h’\) を計算します。
小球が最高点に達したときの台の速さは \(V_1 = \displaystyle\frac{m}{m+M}\sqrt{2gh}\) [m/s] です。
また、最高点の高さ(Bからの高さ)は \(h’ = \displaystyle\frac{M}{m+M}h\) [m] です。
\(m\) と \(M\) はどちらも正の質量なので、\(\displaystyle\frac{M}{m+M} < 1\) となります。したがって、\(h’ < h\) であり、小球は最初に放された高さ \(h\) までは戻れないことがわかります。これは、衝突後に台も運動エネルギーを持つようになり、その分のエネルギーが小球の高さからは「失われた」ように見えるためです。全体の力学的エネルギーは保存されていますが、その配分が変わったのですね。
また、\(V_1\) は正の値なので、台は右向きに動き続けていることがわかります。
問 (4)
思考の道筋とポイント
今度はストッパーSがありません。そのため、小球がA点から滑り降り始めると、その反作用で台も動き出します。この場合、小球と台からなる系全体には、水平方向には外力が働きません(床は滑らか)。したがって、系の水平方向の全運動量は保存されます。初期状態では全体が静止しているので、全運動量は常に0です。また、摩擦がないため、系全体の力学的エネルギーも保存されます。
この設問における重要なポイント
- ストッパーがないため、小球の運動に伴い台も動きます。
- 系全体の水平方向の運動量は常に0で保存されます(初め全体が静止していたため)。
- 系全体の力学的エネルギーが保存されます。
- Wとの衝突直前の小球の速さを \(u\)、台の速さを \(U\) とします。小球が右へ動けば台は左へ動くと予想されるため、速度の向きに注意して立式します。
具体的な解説と立式
Wに衝突する直前の小球の速さを \(u\)、台の速さを \(U\) とします。
小球が右向きに速さ \(u\) で動くと仮定すると、運動量保存則から台は左向きに速さ \(U\) で動くことが予想されます。ここでは、右向きを正として速度を考えます。
水平方向の運動量保存則(右向きを正とします):
初めの系の全運動量は \(0\)(小球も台も静止しています)。
衝突直前の系の全運動量は、小球が \(+mu\)、台が \(-MU\)(台は左向きに速さ \(U\) で動くので、速度は \(-U\) となります)。
$$0 = mu – MU \quad \cdots ⑪$$
力学的エネルギー保存則:
初めの系の力学的エネルギーは、A点での小球の位置エネルギーのみで \(mgh\)(運動エネルギーは0、台の位置エネルギーの変化は考えません)。
衝突直前の系の力学的エネルギーは、小球の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mu^2\) と台の運動エネルギー \(\frac{1}{2}MU^2\) の和です(このとき小球はB点にあるので位置エネルギーは0)。
$$mgh = \frac{1}{2}mu^2 + \frac{1}{2}MU^2 \quad \cdots ⑫$$
使用した物理公式
- 水平方向の運動量保存則
- 力学的エネルギー保存則
式⑪と式⑫を \(u\) と \(U\) についての連立方程式として解きます。
まず、式⑪より \(MU = mu\)、したがって \(U = \displaystyle\frac{m}{M}u\) です。これを式⑫に代入します。
$$mgh = \frac{1}{2}mu^2 + \frac{1}{2}M\left(\frac{m}{M}u\right)^2$$
右辺の第2項の括弧を展開します。
$$mgh = \frac{1}{2}mu^2 + \frac{1}{2}M\frac{m^2}{M^2}u^2$$
右辺の第2項の \(M\) を約分します。
$$mgh = \frac{1}{2}mu^2 + \frac{1}{2}\frac{m^2}{M}u^2$$
右辺を \(\displaystyle\frac{1}{2}u^2\) でくくりだします。
$$mgh = \frac{1}{2}u^2 \left(m + \frac{m^2}{M}\right)$$
括弧の中を通分します。\(m + \displaystyle\frac{m^2}{M} = \frac{mM+m^2}{M} = \frac{m(M+m)}{M}\)。
$$mgh = \frac{1}{2}u^2 \frac{m(M+m)}{M}$$
この式を \(u^2\) について解きます。まず両辺の \(m\) を消去します(\(m \neq 0\))。
$$gh = \frac{1}{2}u^2 \frac{M+m}{M}$$
\(u^2\) について整理すると、
$$u^2 = \frac{2Mgh}{M+m}$$
\(u\) は速さなので \(u>0\) です。したがって、平方根をとると、
$$u = \sqrt{\frac{2Mgh}{M+m}} \quad \cdots ⑬$$
次に、この \(u\) の結果を \(U = \displaystyle\frac{m}{M}u\) に代入して \(U\) を求めます。
$$U = \frac{m}{M}\sqrt{\frac{2Mgh}{M+m}} \quad \cdots ⑭$$
ストッパーがないと、小球が滑り始めると同時に台も反対方向に動き出します。このときも、2つの大切なルールが成り立ちます。一つは「全体の水平方向の勢い(運動量)は、最初ゼロだったので、ずっとゼロのまま変わらない」というルール。もう一つは「全体のエネルギー(小球の位置エネルギーと、小球と台の運動エネルギーの合計)は変わらない」というルールです。これら2つのルールから式を2本作って、小球の速さ \(u\) と台の速さ \(U\) を求めます。
Wに衝突する直前の小球の速さは \(u = \sqrt{\displaystyle\frac{2Mgh}{M+m}}\) [m/s] (右向き)、台の速さは \(U = \displaystyle\frac{m}{M}\sqrt{\frac{2Mgh}{M+m}}\) [m/s] (左向き) です。
ここで、仮に台の質量 \(M\) が非常に大きい(\(M \rightarrow \infty\))とすると、\(\displaystyle\frac{M}{M+m} = \frac{1}{1+m/M} \rightarrow 1\) となります。このとき、小球の速さ \(u\) は \(u \rightarrow \sqrt{2gh}\) となります。また、台の速さ \(U\) は \(U = \displaystyle\frac{m}{M}u \rightarrow 0 \cdot \sqrt{2gh} = 0\) となります。これは、台が非常に重くてほとんど動かない状況、つまりストッパーがある場合(1)の結果 \(v_0 = \sqrt{2gh}\) に近づくことを意味しており、物理的に妥当な結果です。このように極端な場合を考えることで、答えの確かさを吟味することができます。
問 (5)
思考の道筋とポイント
ストッパーがない状況で、小球をA点で静かに放したときの系全体の水平方向の運動量は0です。小球がWと弾性衝突した後、再び曲面を上り最高点に達します。この一連の運動(小球を放してから再び最高点に達するまで)を通じて、水平方向の運動量と力学的エネルギーは常に保存され続けます。
小球が最高点に達するとき、台に対する小球の相対速度は0、つまり小球と台の速度は一致します。系全体の水平方向の運動量が常に0であるため、速度が一致するということは、その共通の速度も0でなければなりません。すなわち、小球が最高点に達した瞬間、小球も台も一瞬だけ静止します。
この設問における重要なポイント
- 系全体の水平方向の運動量は、初期状態(全体が静止)から常に0で保存されます。
- 弾性衝突であり、その後の運動にも摩擦がないため、系全体の力学的エネルギーは常に保存されます。
- 小球が最高点に達するとき、小球と台の速度は一致し、その共通の速度は0になります(全運動量が0であるため)。
具体的な解説と立式
小球がWとの衝突後に達する最高点の高さを \(h”\) とします。
前述の通り、この最高点では、小球と台は一瞬ともに静止します。したがって、小球の速度も台の速度も0です。
系全体の力学的エネルギー保存則を、小球をA点で放した最初の状態と、小球が最高点 \(h”\) に達した状態で比較します。
最初の状態(A点でのリリース時):
運動エネルギー \(K_{\text{初}} = 0\) (小球も台も静止しています)。
位置エネルギー \(U_{\text{初}} = mgh\) (小球の位置エネルギー。台の高さは変わらないため、台の位置エネルギーの変化は考えません。床面を高さの基準とします)。
小球が最高点 \(h”\) に達した状態:
運動エネルギー \(K_{\text{後}} = 0\) (小球も台も一瞬静止します)。
位置エネルギー \(U_{\text{後}} = mgh”\) (小球の位置エネルギー)。
力学的エネルギー保存則 \(K_{\text{初}} + U_{\text{初}} = K_{\text{後}} + U_{\text{後}}\) より、以下の式が成り立ちます。
$$0 + mgh = 0 + mgh” \quad \cdots ⑮$$
使用した物理公式
- 水平方向の運動量保存則(特に全運動量が0の場合の帰結)
- 力学的エネルギー保存則
式⑮を \(h”\) について解きます。
式⑮の両辺に存在する \(mg\) を消去します(\(m \neq 0, g \neq 0\) であるため)。
$$h = h”$$
したがって、
$$h” = h \quad \cdots ⑯$$
ストッパーがない場合、最初に全体が止まっているので、全体の水平方向の「勢い」(運動量)はずっとゼロのままです。小球が一番高いところまで再び上がったとき、小球と台は一瞬同じ速度になります。全体の運動量がゼロであるためには、この共通の速度もゼロでなければなりません。つまり、その瞬間、全体が一瞬ピタッと止まるのです。そして、最初からずっとエネルギーも保存されているので、運動エネルギーが再びゼロになるということは、小球は最初に持っていた位置エネルギーと同じだけの位置エネルギーを持つことになります。つまり、元の高さ \(h\) まで戻る、というわけです。
Wとの衝突後、小球が達する最高点の高さは \(h” = h\) [m] です。
これは、小球が最初に放されたA点と全く同じ高さまで戻ることを意味します。途中でエネルギーの損失(摩擦や非弾性衝突によるもの)が一切なく、かつ系全体の運動量が常に0であるという、非常に理想的な条件が重なった結果として現れる美しい結論です。この結果は、保存則の強力さと、条件設定の重要性を示唆しています。
【コラム】Q. 台に摩擦がある場合、保存則はどうなる?
問題の最後にあった「Q 床は滑らかだが、台に摩擦がある場合、式③(実際には設問(4)の運動量保存則 \(MU=mu\) の元となる \(0 = mu-MU\) を指すと思われます)は成立するかどうか。また、式④(力学的エネルギー保存則 \(mgh = \frac{1}{2}mu^2 + \frac{1}{2}MU^2\))についてはどうか。(★)」について考えてみましょう。これは保存則の本質を理解する上で非常に重要な問いかけです。
解説:
- 運動量保存則(設問(4)の式③の元となる \(0 = mu-MU\))について:
- 小球と台の間にはたらく摩擦力は、小球と台のそれぞれに力を及ぼしますが、これらは小球と台からなる「系」の内部の力、すなわち「内力」です。
- 水平方向の運動量保存則は、系に働く「水平方向の外力」の合力がゼロであれば成立します。床は滑らかであり、他に水平方向の外力は考えられないため、たとえ小球と台の間に摩擦(内力)が存在したとしても、系全体の水平方向の運動量保存則は影響を受けず、依然として成立します。
- したがって、設問(4)における運動量保存の式(\(0 = mu-MU\))は成立します。
- 力学的エネルギー保存則(設問(4)の式④)について:
- 小球と台の間に摩擦が存在すれば、小球が台の曲面を滑る際に摩擦熱が発生します。摩擦熱の発生は、系の力学的エネルギーが熱エネルギーという別の形態のエネルギーに変換され、結果として力学的エネルギーが減少することを意味します。
- したがって、この場合、力学的エネルギー保存則は成立しなくなります。もしエネルギーに関する式を立てるのであれば、\(mgh = \frac{1}{2}mu^2 + \frac{1}{2}MU^2 + Q_{\text{摩擦熱}}\) のように、発生した摩擦熱の項 \(Q_{\text{摩擦熱}}\) を考慮に入れる必要があります。
- さらに、この問題の曲面のように接触面の形状が複雑な場合、摩擦力がする仕事(つまり摩擦熱 \(Q_{\text{摩擦熱}}\))を具体的に計算することは一般に非常に困難です。なぜなら、摩擦力の大きさは垂直抗力に比例しますが、曲面では垂直抗力の大きさが場所によって変化する可能性があり、単純に「力 × 距離」で摩擦熱を計算できないことが多いからです。
まとめ:
台の上面(曲面)に摩擦がある場合でも、小球と台を一つの系として考えれば、水平方向の運動量保存則は影響を受けず成立します。しかし、摩擦によって熱が発生し、系の力学的エネルギーは保存されなくなります。これは、摩擦力が保存力ではないためです。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力学的エネルギー保存則:
- 摩擦や空気抵抗といったエネルギーを散逸させる要素がない状況、あるいは保存力(この問題では重力)のみが仕事をする状況では、運動エネルギーと位置エネルギーの総和である力学的エネルギーは一定に保たれます。小球が滑らかな曲面を運動する際や、弾性衝突の前後でこの法則が鍵となりました。
- 運動量保存則(特に水平方向):
- 注目している系に働く外力の合力がゼロである場合(または、ある特定の方向の外力成分がゼロである場合)、その系の全運動量(またはその方向の運動量成分)は時間的に変化せず一定に保たれます。ストッパーがない場合に小球と台からなる系に水平方向の外力が働かなかったこと、また衝突現象において短時間での力のやり取りを考える際に、この法則が非常に有効でした。
- 弾性衝突の性質:
- 弾性衝突とは、反発係数 \(e=1\) の衝突を指します。この種の衝突では、運動量だけでなく、衝突の前後で系全体の運動エネルギーも保存されるという特徴があります。一次元の衝突の場合、運動量保存則の式と反発係数の式(または運動エネルギー保存の式)を連立させて解くのが一般的なアプローチです。
- 内力と外力の概念:
- 運動量保存則を適用する上で、系内部の力(内力)と系外部からの力(外力)を区別することは極めて重要です。内力は系の全運動量を変化させることはできませんが、系の力学的エネルギーを他の形態(例:熱)に変化させることはあります(例:摩擦)。系の全運動量を変化させることができるのは外力のみです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法が応用できる類似問題のパターン:
- 物体が滑らかな曲面や斜面を滑り降りたり、駆け上がったりする問題全般(力学的エネルギー保存則の典型)。
- 台の上で物体が運動し、その反作用(内力)によって台自身も運動するような「相対運動」が関わる問題(例:台車の上を人が歩く、静止したボートから人が岸へジャンプする状況など)。運動量保存則とエネルギー保存則の組み合わせが鍵になります。
- 様々な条件下(弾性衝突、非弾性衝突、完全非弾性衝突)での物体の衝突問題。
- 複数の物体が互いに力を及ぼしあいながら運動する系における保存則(運動量、エネルギー)の適用問題。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 保存則が適用できる条件の有無の確認:
- 問題文中の「摩擦がない」「滑らか」といった記述 \(\rightarrow\) 力学的エネルギー保存則の適用を検討。
- 「外力が働かない」「水平方向には力が作用しない」といった状況 \(\rightarrow\) 運動量保存則(特にその方向の成分)の適用を検討。
- 「弾性衝突」というキーワード \(\rightarrow\) 反発係数 \(e=1\) の利用、および衝突前後での運動エネルギー保存の可能性を考慮。
- 「系」の適切な設定: 注目する現象に応じて、どの物体群を一つの「系」として捉えるかを決定します(例:小球のみの系、台のみの系、小球と台を合わせた系)。この設定によって、内力と外力の区別や、適用できる保存則が変わってきます。
- 物理状態が変化する「瞬間」や「条件」に注目: 「静かに放す(初速0)」「衝突直前」「衝突直後」「最高点に達する(相対速度0、速度一致)」など、問題文中で物理状態が特徴的に変化する瞬間に着目し、それぞれの状態でどのような物理量が定義でき、どのような法則が成り立つかを整理します。
- 相対運動の視点の活用: 「最高点では台に対する相対速度が0になる」というように、一方の物体から見たもう一方の物体の運動を考えると、問題解決の糸口が見つかることがあります。
- 保存則が適用できる条件の有無の確認:
- 問題解決のヒントや特に注意すべき点:
- 速度や運動量はベクトル量であるため、その向き(一次元なら符号)を常に意識することが重要です。あらかじめ正の向きを定めて立式しましょう。
- エネルギーはスカラー量ですが、位置エネルギーを計算する際には、基準点(高さ0の点)を明確に設定する必要があります。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動量保存則と力学的エネルギー保存則の適用範囲の混同:
- 現象:運動量が保存される状況(例:多くの衝突)であっても、力学的エネルギーが必ずしも保存されるわけではありません(例:摩擦がある場合や非弾性衝突)。逆に、力学的エネルギーが保存される状況でも、外力が働いていれば運動量は保存されません。
- 対策:それぞれの保存則が成立するための前提条件(運動量保存: 外力の合力がゼロ。力学的エネルギー保存: 保存力以外の力が仕事をしない、またはその仕事がゼロ)を正確に理解し、問題の状況に応じて適切に使い分ける訓練を積むことが重要です。
- 衝突現象におけるエネルギーの扱いの誤解:
- 現象:「弾性衝突」と明記されていれば、衝突前後で運動エネルギーも保存されますが、単に「衝突」としか書かれていない場合や、「非弾性衝突」「完全非弾性衝突(合体)」の場合は、一般に運動エネルギーは熱や音などに変わり失われます。
- 対策:衝突の種類を問題文から正確に読み取り、それに応じてエネルギーの扱い(保存されるのか、損失を考慮するのか)を判断しましょう。
- 台が動く場合の運動量やエネルギーの考慮漏れ:
- 現象:小球だけでなく台も運動する場合、台の運動量や運動エネルギーも系全体の量として考慮に入れなければなりませんが、これを見落としやすいです。
- 対策:「系」全体で物理量を考えるという意識を常に持ち、図を描くなどして各物体の運動状態を把握するようにしましょう。
- 「最高点」の物理的条件の誤解:
- 現象:単独の物体が空中を飛ぶ場合の最高点では鉛直方向の速度成分が0になりますが、今回のように台の上を物体が運動する場合の「最高点」は、一般に「台に対する相対速度の鉛直成分が0」であり、床から見ると水平方向には運動していることがあります。この問題ではさらに「小球と台の速度が一致する」という条件を用いました。
- 対策:何に対する「最高点」なのか、その瞬間にどのような物理的条件(速度、相対速度など)が満たされるのかを具体的にイメージし、正確に把握することが大切です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題における物理現象の具体的なイメージ化:
- ストッパーSの有無による台の動きの違いのイメージ: ストッパーがある場合は台がどっしりと固定されている様子を、ストッパーがない場合は小球が滑り降りるのと同時に台がスーッと反対方向に動き出す様子を、頭の中で明確に区別して再生しましょう。
- 弾性衝突の瞬間のイメージ: 小球が突起Wにカチンと当たり、勢いよくはね返る(そして台を押し出す)様子を、まるでスローモーション映像を見るようにイメージします。エネルギーが失われない、生き生きとした衝突を思い描きましょう。
- 最高点での運動状態のイメージ: 小球が台の曲面を滑り上がり、一瞬だけ台と同じ速度になる(つまり、台の上に乗っている人から見れば、小球が一瞬止まって見える)状況をイメージします。ストッパーがない(5)の場合には、このとき全体が一瞬静止する様子まで思い描けると完璧です。
- 図示(特に速度ベクトル)の有効性と描く際のポイント:
- 各重要な段階(初期状態、衝突直前、衝突直後、最高点など)において、小球と台それぞれの速度ベクトルを矢印で図に描き込むことが非常に有効です。これにより、運動の方向や速さの大小関係が視覚的に把握でき、運動量保存則などの立式の際に符号ミスを防ぐのに役立ちます。
- 特に(4)のように小球と台が互いに反対向きに動く場合は、それぞれの速度の向きを明確に図示することが、立式の正確性に繋がります。
- 図を描く際には、あらかじめ座標軸(特に正の向き)を設定しておくと、ベクトル量を扱う際の符号の基準が明確になり、混乱を避けられます。
- 衝突時に働く力(作用・反作用)や、その他の力(重力、垂直抗力)も必要に応じて描き加えると、力のバランスや運動の原因についての理解が深まります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力学的エネルギー保存則の選択と適用根拠:
- 選定理由:問題文中に「摩擦はなく」「滑らかな床」といった記述があり、エネルギーが熱などに散逸する要因がないと判断できるため。また、「弾性衝突」という条件も、衝突前後で運動エネルギーが保存されることを示唆しています。
- 適用根拠:保存力(この問題では重力)のみが仕事をするか、あるいは非保存力が仕事をしていない場合、系の力学的エネルギー(運動エネルギーと位置エネルギーの和)は一定に保たれるという、物理学の基本法則に基づいています。
- 運動量保存則の選択と適用根拠:
- 選定理由:「水平な床上にあり」(外力である重力や垂直抗力が鉛直方向で、水平方向には影響しない)、「ストッパーSがない場合」(台が自由に動け、系に水平方向の外力が加わらない)、また「衝突」(内力が主役で外力の影響が無視できる短時間の現象)といった記述から、小球と台を一つの系として見たときに、水平方向の運動量が保存されると判断できるため。
- 適用根拠:ある系に働く外力の合力がゼロである場合(または特定の方向成分がゼロである場合)、その系の全運動量(またはその方向の運動量成分)は時間的に変化しない、というニュートンの運動法則から導かれる重要な法則に基づいています。
- 公式選択の思考訓練:
- 問題を読んだ際、まず「この状況設定は、どの物理法則が適用できる条件を満たしているだろうか?」と自問自答する習慣をつけることが大切です。「なぜこの法則が使えるのか?」という根拠を常に意識することで、公式を丸暗記するのではなく、その本質を理解し、応用する力が養われます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 問題の状況設定の精密な把握:
- ストッパーSの有無は?(台は固定か、可動か?)
- 衝突の種類は?(弾性か、非弾性か?)
- 摩擦や空気抵抗の有無は?
- 初期条件(初速、初期位置)と、求めたい物理量は何か?
- 注目する物理現象と各段階の定義:
- 小球の滑り降り、衝突、衝突後の小球の上昇など、一連の現象を区切り、それぞれの段階で何が起こるかを明確にします。
- 特に「初期状態」「衝突直前」「衝突直後」「最高点」といったキーとなる状態を定義します。
- 適用する物理法則の選択と立式:
- 各段階、あるいは段階をまたぐ変化に対して、どの保存則(力学的エネルギー保存則、運動量保存則)が適用可能か、その根拠と共に判断します。
- 未知数(速さ、高さなど)を適切な記号で設定し、選択した法則に基づいて方程式を立てます。ベクトル量(速度、運動量)の向き(符号)に細心の注意を払います。
- 連立方程式の数学的処理:
- 多くの場合、未知数の数だけ独立した方程式が必要になります。立式した連立方程式を、代入法や加減法などを用いて計画的に解き進めます。
- 得られた解の物理的な意味の解釈と吟味:
- 計算結果として得られた数値や式が、物理的にどのような意味を持つのかを考察します。
- 単位は正しいか? 符号は運動の向きと一致しているか? 極端な条件下(例:\(M \gg m\))で予想される結果と整合性があるか?などを確認します。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 今回の計算過程で特に注意すべきだった点:
- 設問(2)や(4)のように、運動量保存則と反発係数の式(またはエネルギー保存則)を連立させて複数の未知数を解く際には、代入ミスや移項の際の符号ミスが起こりやすいです。
- 平方根を含む計算や、文字が多く複雑な分数の整理(通分、約分など)では、一つ一つのステップを焦らず確実に行うことが求められました。
- 多くの物理量(\(m, M, h, g, v_0, v, V, V_1, u, U, h’, h”\)など)が登場するため、どの文字が何を表しているのかを常に明確に意識し、混同しないように注意深く計算を進める必要がありました。
- 日頃から計算練習で意識すべきこと・実践テクニック:
- 途中式を省略せずに丁寧に書く習慣: 特に複雑な計算では、暗算に頼らず、各ステップの計算操作(例:「式(A)を式(B)に代入して \(v\) を消去する」「両辺を \(m+M\) で割る」など)を明確に意識しながら、論理的に記述する練習をしましょう。
- 計算の「見通し」を立てる: 複雑な連立方程式を解く前に、どの順番でどの変数を消去すれば効率的か、といった大まかな計算計画を立てることで、途中で混乱するのを防げます。
- 検算の習慣化: 時間に余裕がある場合は、得られた答えを元の方程式に代入してみる、あるいは別の方法で同じ問題を解いてみる(別解の検討)などして、計算の正しさを確認する習慣をつけましょう。
- 単位によるチェック: 計算結果の単位が、求めようとしている物理量の単位として正しいかどうかを常に意識することも、間違いの発見に繋がる有効な手段です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えが物理的に妥当かどうかを検討する視点の重要性:
- 極端な条件下での振る舞いの考察: 例えば、設問(4)で台の質量 \(M\) が小球の質量 \(m\) に比べて非常に大きい(\(M \gg m\)、つまり \(M \rightarrow \infty\))という極端な状況を考えると、台はほとんど動かないはずです。このとき、計算結果がストッパーがある場合(1)の結果に近づくかどうかを確認しました。このように、既知の状況や直感的に予想できる振る舞いと計算結果を照らし合わせることは、解の妥当性を判断する上で非常に有効です。
- 物理量の符号や大小関係の確認: 設問(2)で衝突後の小球の速度 \(v\) の符号が負になったことから、小球が左向きにはね返ることが確認できました。また、設問(3)で最高点の高さ \(h’\) が初期の高さ \(h\) よりも小さくなる(\(h'<h\))ことを確認し、その物理的理由(台の運動エネルギーへの分配)を考察しました。このような符号や大小関係が物理的な直感と一致するかどうかを確認することも重要です。
- (5)の結果 \(h”=h\) の物理的背景の理解: なぜ元の高さに戻るのか?それは、系全体の運動量が常にゼロであり、かつ力学的エネルギーが完全に保存されるという理想的な条件が揃っているため、最高点では運動エネルギーがゼロ、つまり全体が一瞬静止し、結果として位置エネルギーが初期状態に戻るからです。このような物理的背景まで理解することで、単なる計算結果以上の深い学びが得られます。
- 「解の吟味」がもたらす効果:
- 計算ミスや立式の誤りといったケアレスミスを発見する上で役立ちます。
- 物理現象そのものに対する理解を深め、物理法則がどのように現実の(あるいは理想化された)運動を記述しているのかを実感することができます。
- 論理的思考力や問題解決能力全般の向上に繋がります。難しい問題に挑戦する際にも、この「吟味する」という視点は強力な武器になります。
問題18 (東工大+京都大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、滑らかな床に置かれた箱の中で、糸につるされた小球Pが運動する状況を扱います。前半(I)はPに初速を与える場合、後半(II)はPをある角度から静かに放す場合で、それぞれの状況でPや箱の速度、糸の角度、箱の移動距離などを求めます。床が滑らかであること、そしてPと箱が衝突しないことが重要な前提条件です。力学的エネルギー保存則と運動量保存則(特に水平方向)を駆使して解き進めることになります。
- 小球Pの質量: \(m\) [kg]
- 箱の質量: \(M\) [kg]
- 糸の長さ: \(l\) [m]
- 重力加速度: \(g\) [m/s²]
- 床: 滑らかで水平
- 小球Pと箱の衝突: なし
- I. 図の静止状態で、Pだけに水平右向きに初速 \(v_0\) を与える場合:
- (1) Pが最高点に達したときの箱の速さ。
- (2) そのとき糸が鉛直方向となす角を \(\theta_0\) として、\(\cos\theta_0\)。
- II. 糸が鉛直方向と角 \(\theta\) をなす位置AまでPを移し、全体が静止した状態でPを静かに放す場合:
- (3) Pが最下点に達したときのPと箱の速さ。
- (4) そのとき、箱ははじめの位置からどれだけ動いているか。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題を攻略する上で中心となるのは、「運動量保存則(特に水平方向)」と「力学的エネルギー保存則」です。床が滑らかであるため、小球Pと箱を一つの系として考えると、水平方向には外力が作用しません。また、摩擦が考慮されていないため、系全体の力学的エネルギーも保存されます。「最高点」や「最下点」といった条件が、速度やエネルギーの関係にどのように影響するかを正確に捉えることが鍵となります。
問 I (1)
思考の道筋とポイント
小球Pに水平右向きの初速 \(v_0\) を与えると、Pは円弧を描きながら上昇し、同時に箱も床の上を動き出します。Pが最高点に達したとき、Pの箱に対する鉛直方向の相対速度は0となり、この瞬間、Pと箱は一体となって同じ水平速度で運動すると考えられます。この共通の速度を \(v_1\) とします。床は滑らかなので、小球Pと箱からなる系全体には水平方向に外力が働きません。したがって、系全体の水平方向の運動量は保存されます。
この設問における重要なポイント
- Pが最高点に達したとき、Pと箱の水平速度は等しくなります。この共通の速度を \(v_1\) と置きます。
- 小球Pと箱からなる系全体の水平方向の運動量が保存されます。
- 初期状態では、Pの速度は \(v_0\) (右向き)、箱の速度は \(0\) です。
具体的な解説と立式
初めの状態(Pに初速 \(v_0\) を与えた直後)における、Pの水平方向の運動量は \(mv_0\)、箱の水平方向の運動量は \(M \cdot 0 = 0\) です。したがって、系全体の初めの水平方向の運動量 \(P_{\text{I初}}\) は、
$$P_{\text{I初}} = mv_0 + 0 = mv_0$$
Pが最高点に達したとき、Pと箱は同じ水平速度 \(v_1\) で運動します(右向きを正とします)。このときの系全体の水平方向の運動量 \(P_{\text{I後}}\) は、
$$P_{\text{I後}} = mv_1 + Mv_1 = (m+M)v_1$$
水平方向の運動量保存則 \(P_{\text{I初}} = P_{\text{I後}}\) より、以下の式が成り立ちます。
$$mv_0 = (m+M)v_1 \quad \cdots ①$$
使用した物理公式
- 運動量保存則(水平方向): \( (m_P v_{Px} + M v_{Mx})_{\text{初}} = (m_P v_{Px} + M v_{Mx})_{\text{後}} \)
式①を \(v_1\) について解きます。
式①の両辺を \((m+M)\) で割ると、
$$v_1 = \frac{m}{m+M}v_0 \quad \cdots ②$$
小球Pと箱を一つのグループ(系)として考えます。このグループ全体には、横方向(水平方向)には外部から力が加わらないため、グループ全体の横方向の「勢い」(運動量)は最初から最後まで変わりません。最初は小球Pだけが右向きの勢い \(mv_0\) を持っています。小球Pが最も高い位置(最高点)に達したときは、小球Pと箱が同じ速さ \(v_1\) で一緒に右向きに動くので、そのときの全体の勢いは \((m+M)v_1\) となります。これらの勢いが等しいという関係から \(v_1\) を求めます。
Pが最高点に達したときの箱の速さは \(v_1 = \displaystyle\frac{m}{m+M}v_0\) [m/s] です。
この結果は、初めに小球Pが持っていた運動量が、最終的に小球Pと箱の合計質量 \((m+M)\) に分配されたときの共通の速度と解釈できます。\(m+M > m\) であるため、\(v_1 < v_0\) となり、箱が動くことによって、Pの初速 \(v_0\) よりも遅くなるというのは物理的に妥当です。
問 I (2)
思考の道筋とポイント
小球Pと箱の系全体で、床との摩擦や空気抵抗は考慮されていないため、力学的エネルギーが保存されます。初めの状態(Pに初速を与えた直後)と、Pが最高点に達した状態とで力学的エネルギー保存則の式を立てます。Pが最高点に達したとき、糸の長さが \(l\) で、糸が鉛直方向となす角が \(\theta_0\) なので、Pは初めの高さ(最下点)から \(l(1-\cos\theta_0)\) だけ高い位置にあります。位置エネルギーの基準点をPの最下点(初めの高さ)とします。
この設問における重要なポイント
- 小球Pと箱からなる系全体の力学的エネルギーが保存されます。
- 初めの状態の力学的エネルギーは、Pの運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv_0^2\) です(Pの初めの高さを位置エネルギーの基準点0とします)。
- 最高点での力学的エネルギーは、Pと箱の運動エネルギーの合計 \(\frac{1}{2}(m+M)v_1^2\) と、Pの位置エネルギー \(mgl(1-\cos\theta_0)\) の和です。
- 設問(1)で求めた \(v_1\) の関係を利用します。
具体的な解説と立式
力学的エネルギーの基準点を、小球Pの初めの高さ(糸のつり下げ点から鉛直に下ろした最下点、Pに初速を与えた点)とします。
初めの状態(Pに初速 \(v_0\) を与えた直後):
小球Pの運動エネルギーは \(K_{\text{I初}} = \frac{1}{2}mv_0^2\)。
箱の運動エネルギーは \(0\)。
小球Pの位置エネルギーは \(U_{\text{I初}} = 0\)。
したがって、系全体の初めの力学的エネルギー \(E_{\text{I初}}\) は、
$$E_{\text{I初}} = \frac{1}{2}mv_0^2$$
Pが最高点に達した状態:
小球Pと箱は同じ速度 \(v_1\) で運動するので、系全体の運動エネルギー \(K_{\text{I後}}\) は、
$$K_{\text{I後}} = \frac{1}{2}mv_1^2 + \frac{1}{2}Mv_1^2 = \frac{1}{2}(m+M)v_1^2$$小球Pは、初めの高さから \(h_0 = l – l\cos\theta_0 = l(1-\cos\theta_0)\) だけ高い位置にあるので、Pの位置エネルギー \(U_{\text{I後}}\) は、$$U_{\text{I後}} = mgl(1-\cos\theta_0)$$したがって、系全体の後の力学的エネルギー \(E_{\text{I後}}\) は、$$E_{\text{I後}} = \frac{1}{2}(m+M)v_1^2 + mgl(1-\cos\theta_0)$$力学的エネルギー保存則 \(E_{\text{I初}} = E_{\text{I後}}\) より、以下の式が成り立ちます。$$\frac{1}{2}mv_0^2 = \frac{1}{2}(m+M)v_1^2 + mgl(1-\cos\theta_0) \quad \cdots ③$$
使用した物理公式
- 力学的エネルギー保存則: \( (K_P + K_{\text{箱}} + U_P)_{\text{初}} = (K_P + K_{\text{箱}} + U_P)_{\text{後}} \)
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 重力による位置エネルギー: \(U = mgh\) (この場合、高さの変化は \(l(1-\cos\theta_0)\))
式③に、設問(1)で求めた \(v_1 = \displaystyle\frac{m}{m+M}v_0\) (式②) を代入して \(\cos\theta_0\) を求めます。
まず、式③の \(v_1^2\) の部分に式②を代入します。
$$\frac{1}{2}mv_0^2 = \frac{1}{2}(m+M)\left(\frac{m}{m+M}v_0\right)^2 + mgl(1-\cos\theta_0)$$右辺の運動エネルギーの項を計算します。$$\frac{1}{2}(m+M)\frac{m^2}{(m+M)^2}v_0^2 = \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_0^2$$これを式③に戻すと、$$\frac{1}{2}mv_0^2 = \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_0^2 + mgl(1-\cos\theta_0)$$\(mgl(1-\cos\theta_0)\) について解くために、移項します。$$mgl(1-\cos\theta_0) = \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_0^2$$右辺を \(\displaystyle\frac{1}{2}mv_0^2\) でくくりだします。$$mgl(1-\cos\theta_0) = \frac{1}{2}mv_0^2 \left(1 – \frac{m}{m+M}\right)$$括弧の中を通分します。\(1 – \displaystyle\frac{m}{m+M} = \frac{m+M-m}{m+M} = \frac{M}{m+M}\)。$$mgl(1-\cos\theta_0) = \frac{1}{2}mv_0^2 \frac{M}{m+M}$$両辺の \(m\) を消去します(\(m \neq 0\))。$$gl(1-\cos\theta_0) = \frac{1}{2}v_0^2 \frac{M}{m+M}$$\(1-\cos\theta_0\) について解きます。$$1-\cos\theta_0 = \frac{Mv_0^2}{2(m+M)gl}$$最後に \(\cos\theta_0\) について解きます。$$\cos\theta_0 = 1 – \frac{Mv_0^2}{2(m+M)gl} \quad \cdots ④$$
小球Pと箱を合わせたグループ全体のエネルギー(運動エネルギーと位置エネルギーの合計)は、最初から最後まで変わりません。最初は小球Pだけが運動エネルギーを持っていて、その位置を高さの基準(位置エネルギー0)とします。小球Pが最も高い位置に行ったときは、小球Pと箱が一緒に運動エネルギーを持ち、さらに小球Pは初めの位置より高いところにあるので位置エネルギーも持ちます。これらのエネルギーの合計が最初のエネルギーと等しい、という式を立てて、そこから糸の角度 \(\theta_0\) に関する \(\cos\theta_0\) を求めます。この計算には、(1)で求めた共通の速さ \(v_1\) の関係も使います。
糸が鉛直方向となす角を \(\theta_0\) としたときの \(\cos\theta_0 = 1 – \displaystyle\frac{Mv_0^2}{2(m+M)gl}\) です。
\(\cos\theta_0\) の値は \(-1 \le \cos\theta_0 \le 1\) でなければなりません。この式では、右辺の第2項 \(\displaystyle\frac{Mv_0^2}{2(m+M)gl}\) は全ての物理量が正なので、この項自体は正の値を持ちます。したがって、\(\cos\theta_0 \le 1\) は常に満たされます。また、Pが振り上げられる(\(\theta_0 > 0\) すなわち \(\cos\theta_0 < 1\))ためには、この第2項が正である必要があり、そのためには \(v_0 > 0\) でなければなりません。もし \(v_0 = 0\) ならば \(\cos\theta_0 = 1\) となり、\(\theta_0 = 0\) で振れない、という物理的な状況と一致します。
問 II (3)
思考の道筋とポイント
小球Pを、糸が鉛直方向と角 \(\theta\) をなす位置Aから静かに放します。このとき、Pと箱からなる系全体は静止しています。Pが最下点に向かって動き出すと、箱もその反作用で反対方向に動き出します。この過程で、系全体の水平方向の運動量は常に0で保存されます(初期運動量が0であるため)。また、摩擦がないため、系全体の力学的エネルギーも保存されます。Pが最下点に達したときのPの速さを \(v\)、箱の速さを \(V\) とし、それぞれの運動方向を考慮して運動量保存則とエネルギー保存則を立式します。
この設問における重要なポイント
- 初期状態では、小球Pと箱からなる系全体は静止しているため、水平方向の運動量は常に0です。
- 系全体の力学的エネルギーが保存されます。
- Pが最下点に達したとき、Pは右向きに速さ \(v\)、箱は左向きに速さ \(V\) で動くと仮定します(あるいは、両方とも右向きを正として速度を設定し、計算結果の符号で向きを判断します)。
- 初めのPの高さは、最下点を基準として \(l(1-\cos\theta)\) です。
具体的な解説と立式
Pが最下点に達したときの、Pの速さを \(v\)、箱の速さを \(V\) とします。
Pが図のA点(左側)から最下点に向かって動くとき、Pは図で右向きに、箱はその反動で左向きに動くと考えられます。
水平方向の運動量保存則(右向きを正とします):
初めの系の全運動量は \(0\)(全体が静止しています)。
Pが最下点に達したときのPの運動量は \(+mv\)、箱の運動量は \(-MV\)(箱は左向きに速さ \(V\) で動くので、速度は \(-V\) となります)。
$$0 = mv – MV \quad \cdots ⑤$$
これより、\(mv = MV\) という関係が成り立ちます。
力学的エネルギー保存則:
初めの状態(Pが位置Aで静止):
運動エネルギー \(K_{\text{II初}} = 0\)。
Pの位置エネルギー \(U_{\text{II初}} = mgl(1-\cos\theta)\)(最下点を位置エネルギーの基準0とします)。
したがって、初めの力学的エネルギー \(E_{\text{II初}} = mgl(1-\cos\theta)\)。
Pが最下点に達した状態:
Pの運動エネルギー \(K_{P\text{後}} = \frac{1}{2}mv^2\)。
箱の運動エネルギー \(K_{\text{箱後}} = \frac{1}{2}MV^2\)。
Pの位置エネルギー \(U_{P\text{後}} = 0\)(最下点なので)。
したがって、後の力学的エネルギー \(E_{\text{II後}} = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}MV^2\)。
力学的エネルギー保存則 \(E_{\text{II初}} = E_{\text{II後}}\) より、
$$mgl(1-\cos\theta) = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}MV^2 \quad \cdots ⑥$$
使用した物理公式
- 運動量保存則(水平方向)
- 力学的エネルギー保存則
式⑤と式⑥を \(v\) と \(V\) についての連立方程式として解きます。
式⑤より \(V = \displaystyle\frac{m}{M}v\) です。これを式⑥に代入します。
$$mgl(1-\cos\theta) = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}M\left(\frac{m}{M}v\right)^2$$右辺の第2項を計算します。$$\frac{1}{2}M\frac{m^2}{M^2}v^2 = \frac{1}{2}\frac{m^2}{M}v^2$$これを式⑥に戻すと、$$mgl(1-\cos\theta) = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}\frac{m^2}{M}v^2$$右辺を \(\displaystyle\frac{1}{2}v^2\) でくくりだします。$$mgl(1-\cos\theta) = \frac{1}{2}v^2 \left(m + \frac{m^2}{M}\right)$$括弧の中を通分します。\(m + \displaystyle\frac{m^2}{M} = \frac{mM+m^2}{M} = \frac{m(M+m)}{M}\)。$$mgl(1-\cos\theta) = \frac{1}{2}v^2 \frac{m(M+m)}{M}$$この式を \(v^2\) について解きます。まず両辺の \(m\) を消去します(\(m \neq 0\))。$$gl(1-\cos\theta) = \frac{1}{2}v^2 \frac{M+m}{M}$$\(v^2\) について整理すると、$$v^2 = \frac{2Mgl(1-\cos\theta)}{M+m}$$\(v\) は速さなので \(v>0\) です。したがって、$$v = \sqrt{\frac{2Mgl(1-\cos\theta)}{M+m}} \quad \cdots ⑦$$次に、この \(v\) の結果を \(V = \displaystyle\frac{m}{M}v\) に代入して \(V\) を求めます。$$V = \frac{m}{M}\sqrt{\frac{2Mgl(1-\cos\theta)}{M+m}}$$模範解答の形式に合わせると、$$V = m\sqrt{\frac{2gl(1-\cos\theta)}{M(M+m)}} \quad \cdots ⑧$$
最初に小球Pと箱が全体として止まっているので、動き出した後も、全体の横方向の「勢い」(運動量)はゼロのままです。つまり、小球Pが右に動けば、箱は左に動いて、互いの勢いを打ち消し合います(\(mv = MV\) の関係)。この関係から、Pの速さ \(v\) と箱の速さ \(V\) の間に一つの式が成り立ちます。もう一つはエネルギーのルールです。初めにPが持っていた位置エネルギー(高さ \(l(1-\cos\theta)\) による)が、Pが一番下(最下点)に来たときには、Pの運動エネルギーと箱の運動エネルギーの合計に変わります。この2つのルール(運動量保存とエネルギー保存)から式を2本立てて、それぞれの速さ \(v\) と \(V\) を求めます。
Pが最下点に達したときのPの速さは \(v = \sqrt{\displaystyle\frac{2Mgl(1-\cos\theta)}{M+m}}\) [m/s] (図では右向き)、箱の速さは \(V = m\sqrt{\displaystyle\frac{2gl(1-\cos\theta)}{M(M+m)}}\) [m/s] (図では左向き) です。
物理的な妥当性を考えてみましょう。もし \(\theta=0\) ならば、\(1-\cos\theta=0\) となり、\(v=0, V=0\) となります。これは、初めから最下点にあり静止しているので動かない、という状況と一致します。また、もし箱の質量 \(M\) が非常に大きい(\(M \rightarrow \infty\))と仮定すると、分母の \(M+m\) はほぼ \(M\) とみなせ、Pの速さ \(v\) は \(v \approx \sqrt{\frac{2Mgl(1-\cos\theta)}{M}} = \sqrt{2gl(1-\cos\theta)}\) となります。これは、箱が固定されている場合の振り子の最下点での速さと同じです。このとき箱の速さ \(V\) は \(V \approx m\sqrt{\frac{2gl(1-\cos\theta)}{M \cdot M}} = \frac{m}{M}\sqrt{2gl(1-\cos\theta)} \rightarrow 0\) となり、箱はほとんど動かないことと一致します。
問 II (4)
思考の道筋とポイント
小球Pと箱からなる系全体には、水平方向に外力が働いていません。また、初めに系全体は静止していました。このような場合、系全体の重心は水平方向には移動しません。この「重心不動」の原理を利用して、箱の移動距離を求めることができます。
初めの状態(Pが位置A)と後の状態(Pが最下点)とで、重心の水平座標が変わらないという式を立てます。あるいは、各物体の水平変位と質量の積の和が0になるという関係 (\(m\Delta x_P + M\Delta x_M = 0\)) を用います。
この設問における重要なポイント
- 系全体の水平方向の運動量が0で保存されるため、系全体の重心の水平方向の位置は変化しません。
- 初めの状態とPが最下点に達した状態で、重心の水平位置を比較します。
- Pが最下点に来たとき、Pは箱の中央(糸のつり下げ点の真下)にあります。
- 箱が動いた距離を \(D\) とし、Pと箱の水平方向の変位から重心の変位が0になる条件を考えます。
具体的な解説と立式
床に固定された座標系で考え、初めに箱の中央(糸のつり下げ点)の水平座標を \(0\) とします。
Pを放す初めの位置Aでは、Pは箱の中央から見て水平方向に \(l\sin\theta\) だけ変位しています(問題の図ではPが左側なので、右向きを正とするとPの初期水平座標は \(-l\sin\theta\))。箱の重心(中央)の水平座標は \(x_{M\text{初}} = 0\) です。
Pが最下点に達したとき、箱がはじめの位置から右向きに距離 \(D\) だけ動いたとします。(Pが左から右へ振れるので、箱は左へ動くと予想されますが、ここでは \(D\) を右向きの変位として一般的に設定し、計算結果の符号で向きを判断します。)
箱の中央の新しい水平座標は \(x_{M\text{後}} = D\) となります。このとき、Pは箱の中央(つり下げ点の真下)に来るので、Pの水平座標も \(x_{P\text{後}} = D\) となります。
系全体の重心の水平座標が変化しないという条件は、\(m \Delta x_P + M \Delta x_M = 0\) と表せます。ここで \(\Delta x_P\) はPの水平変位、\(\Delta x_M\) は箱の水平変位です。
Pの水平変位は \(\Delta x_P = x_{P\text{後}} – x_{P\text{初}} = D – (-l\sin\theta) = D + l\sin\theta\)。
箱の水平変位は \(\Delta x_M = x_{M\text{後}} – x_{M\text{初}} = D – 0 = D\)。
したがって、重心不動の条件から、
$$m(D + l\sin\theta) + M(D) = 0 \quad \cdots ⑨$$
使用した物理公式
- 重心の性質: 外力の合力が0の系では、重心の速度は一定(初め静止なら重心は不動)。
- 重心が不動の場合の各物体の変位の関係式(2物体の場合): \(m\vec{\Delta r_P} + M\vec{\Delta r_{\text{箱}}} = \vec{0}\)
式⑨を \(D\) について解きます。
まず、式⑨を展開します。
$$mD + ml\sin\theta + MD = 0$$
\(D\) を含む項を左辺に、それ以外の項を右辺に移項します。
$$mD + MD = -ml\sin\theta$$
$$(m+M)D = -ml\sin\theta$$
したがって、箱の変位 \(D\) は、
$$D = -\frac{m}{m+M}l\sin\theta \quad \cdots ⑩$$
ここで、\(D\) は箱の右向きの変位として設定したので、負号は箱が実際には左向きに動いたことを示しています。問題で問われているのは「どれだけ動いているか」なので、移動した距離(変位の大きさ)を答えます。
$$\text{移動距離} = |D| = \frac{m}{m+M}l\sin\theta$$
別解1: 重心公式の直接利用(模範解答の考え方)
床に固定されたx軸を水平右向きにとり、初めの箱の中央(糸のつり下げ点)を原点 \(x=0\) とします。
初めの状態(Pが位置A):Pのx座標は \(-l\sin\theta\)(図で左にあるため)、箱の重心のx座標は \(0\)。
このときの系全体の重心のx座標 \(X_{G\text{初}}\) は、
$$X_{G\text{初}} = \frac{m(-l\sin\theta) + M(0)}{m+M} = -\frac{ml\sin\theta}{m+M}$$
Pが最下点に達したとき、箱が右向きに距離 \(D_{\text{箱}}\) だけ動いたとすると、箱の重心のx座標は \(D_{\text{箱}}\)。このときPは箱の中央にあるので、Pのx座標も \(D_{\text{箱}}\)。
このときの系全体の重心のx座標 \(X_{G\text{後}}\) は、
$$X_{G\text{後}} = \frac{m(D_{\text{箱}}) + M(D_{\text{箱}})}{m+M} = \frac{(m+M)D_{\text{箱}}}{m+M} = D_{\text{箱}}$$
重心は水平方向に動かないので \(X_{G\text{初}} = X_{G\text{後}}\) です。
$$-\frac{ml\sin\theta}{m+M} = D_{\text{箱}}$$
したがって、箱の変位 \(D_{\text{箱}}\) は \(-\frac{m}{m+M}l\sin\theta\) となり、移動距離はその絶対値 \(\frac{m}{m+M}l\sin\theta\) です。これは先ほどの結果と一致します。
別解2: 運動量保存則からの移動距離の比の利用(模範解答の考え方)
Pが最下点に達するまでの任意の瞬間において、Pの水平方向の速さの大きさを \(v_P(t)\)、箱の水平方向の速さの大きさを \(v_M(t)\) とすると、運動量保存則から常に \(mv_P(t) = Mv_M(t)\) が成り立ちます(互いに逆向きに動くため、速さの比は \(v_P(t)/v_M(t) = M/m\))。
同じ時間 \(\Delta t\) の間に進む微小な水平距離の比もこの速さの比に等しくなります。したがって、Pが最下点に達するまでの間にPが水平方向に動いた総距離(床に対して)を \(d_P\)、箱が水平方向に動いた総距離(床に対して)を \(d_M\) とすると、これらの距離の比は質量の逆比に等しくなります。
$$\frac{d_P}{d_M} = \frac{M}{m}$$
Pが最下点に来るためには、Pは箱に対して水平方向に \(l\sin\theta\) だけ相対的に移動する必要があります(Pが左から振れると仮定)。この移動は、Pが床に対して \(d_P\) だけ右に動き、箱が床に対して \(d_M\) だけ左に動くことによって達成されます。図から、Pの初期の水平位置(箱の中央からの距離)が \(l\sin\theta\) であり、この距離がPの右への移動距離 \(d_P\) と箱の左への移動距離 \(d_M\) の和で構成されると考えられます。
$$d_P + d_M = l\sin\theta$$
この2式から箱の移動距離 \(d_M\)(これが求める \(D\))を求めます。
\(d_P = \frac{M}{m}d_M\) を代入すると、
$$\frac{M}{m}d_M + d_M = l\sin\theta$$
$$d_M \left(\frac{M}{m} + 1\right) = l\sin\theta$$
$$d_M \frac{M+m}{m} = l\sin\theta$$
$$d_M = \frac{m}{M+m}l\sin\theta$$
これが箱の移動距離 \(D\) となります。この別解も有効です。
小球Pと箱を一つのグループとして見たとき、このグループ全体の「中心点」(重心)は横方向(水平方向)には動きません。これは、最初に全体が止まっていて、横から誰も押したり引いたりしていないからです。小球Pが糸の角度 \(\theta\) の位置から真下(最下点)まで動くと、それに伴って箱も動きます。このとき、小球Pの水平方向の動きと箱の水平方向の動きが、互いに「釣り合う」ようにして、全体の重心の位置が変わらないようにします。具体的には、軽いPがたくさん動くのと、重い箱が少し動くのが釣り合うようなイメージです(質量の逆比で動く)。この関係から箱が動いた距離 \(D\) が求められます。
箱がはじめの位置から動いた距離は \(D = \displaystyle\frac{m}{m+M}l\sin\theta\) です。動いた向きは、Pが振れた方向とは逆向き(この解説では左向きと設定)になります。
この結果は物理的に妥当か考えてみましょう。もし小球の質量 \(m\) が非常に小さい(\(m \rightarrow 0\))ならば、\(D \rightarrow 0\) となり、箱はほとんど動きません。これは軽いおもりでは箱をあまり動かせないという直感に合います。逆に、もし箱の質量 \(M\) が非常に小さい(\(M \rightarrow 0\))ならば、\(D \rightarrow l\sin\theta\) となります。これは、箱が非常に軽いため、Pが水平方向に \(l\sin\theta\) だけ相対的に移動する間、床に対してPの位置が変わらないように箱が大きく動く、と解釈できます(実際には、Pも床に対して動きますが、箱がその動きを補償するように大きく動くイメージです)。これらの極端な場合を考えると、結果の妥当性が確認できます。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動量保存則(特に水平方向):
- 床が滑らかであるという条件から、小球と箱からなる系全体には水平方向に外力が作用しません。このため、系全体の水平方向の運動量は常に保存されます。これは、特に箱が自由に動ける場合に、小球と箱の速度の関係を導く上で非常に重要な法則でした。
- パートIでは、初めに小球に与えられた運動量が、最高点での小球と箱の共通の運動量に等しくなりました。
- パートIIでは、初期運動量がゼロであるため、運動のどの瞬間においても系全体の水平運動量はゼロに保たれました。
- 力学的エネルギー保存則:
- 摩擦や空気抵抗が無視できるという条件から、小球と箱からなる系全体の力学的エネルギー(運動エネルギーと重力による位置エネルギーの和)は常に保存されました。
- 位置エネルギーの基準点を明確に定め、各状態での運動エネルギーと位置エネルギーを正確に計算し、それらが等しいとおくことで、未知の速度や高さを求めることができました。特に、振り子の高さの変化 \(l(1-\cos\alpha)\) の形を正しく使うことが重要でした。
- 「最高点」「最下点」における物理的条件の的確な把握:
- パートIの「最高点」では、小球の箱に対する鉛直方向の相対速度がゼロとなり、小球と箱が一体となって同じ水平速度で運動する、という条件を適用しました。
- パートIIの「最下点」では、小球が鉛直真下にくる瞬間であり、そのときの速度やエネルギーを保存則と結びつけて考えました。
- 重心の運動に関する理解(特に(4)):
- 系に働く外力の合力がゼロの場合、その系の重心の速度は一定に保たれます(ニュートンの運動法則の帰結)。この問題のパートIIでは、初期状態で系全体が静止しており、水平方向の外力がないため、重心の水平方向の位置は変化しません。この「重心不動」の原理は、複数の物体が相互作用しながら運動する系で、物体の変位を求める際に非常に有効な手段となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- この問題の考え方や解法が応用できる類似問題のパターン:
- 台車や板の上で物体(人、別の物体など)が運動し、その反作用で台車や板自身も動くような、いわゆる「連結された物体系」の運動の問題。
- 複数の物体が糸、棒、ばねなどで連結されて運動する系全般。
- 衝突現象(弾性・非弾性問わず)が運動の途中に含まれる問題。
- 重心の運動に着目することで、複雑に見える運動の中から一部の情報をシンプルに抜き出せる問題。
- 初見の問題で、どこに着目すればこの問題と同じように解き進められるか:
- 保存則が適用できる条件の徹底確認:
- まず、問題文から「摩擦の有無」「外力の有無(特に特定の方向)」「衝突の種類(弾性か非弾性か)」といった情報を正確に読み取り、どの保存則(運動量保存則、力学的エネルギー保存則、あるいはその両方)が適用可能かを判断します。
- 「系」の適切な設定と内力・外力の区別:
- どの範囲の物体群を一つの「系」として捉えるかによって、内力と外力の区別が変わり、適用できる保存則も変わってきます。問題の状況に応じて、最も有効な「系」を設定する洞察力が求められます。
- 運動の特別な状態や瞬間の特定:
- 「最高点」「最下点」「衝突の瞬間」「一体となって運動する瞬間」「相対速度がゼロになる瞬間」など、運動の中で物理的に特徴的な状態や瞬間に注目し、そのときに成り立つ速度関係やエネルギー状態を明確にします。
- 座標系と基準点の適切な設定:
- 運動を記述するための座標系(特にベクトル量を扱う際の正の向き)や、位置エネルギーを計算する際の基準点を最初に明確に定めることで、立式の誤りを減らし、計算をスムーズに進めることができます。
- 保存則が適用できる条件の徹底確認:
- 問題解決のヒントや特に注意すべき点:
- 速度や運動量はベクトル量であるため、その向き(一次元であれば符号)を常に意識することが極めて重要です。図を描いて運動の向きを視覚化すると良いでしょう。
- エネルギーはスカラー量ですが、位置エネルギーの基準点は自分で設定する必要があり、どこを基準にするかで式の形が変わる(最終的な物理的結論は変わらない)ことを理解しておきましょう。
- 連立方程式を解く際には、計算ミスに十分注意し、式を整理しながら、どの変数を消去し、どの変数を求めようとしているのかを常に意識して進めることが大切です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動量保存則と力学的エネルギー保存則の安易な混同:
- 現象:運動量が保存される状況であっても、力学的エネルギーが保存されるとは限りません(例:非弾性衝突では力学的エネルギーは減少します)。逆に、力学的エネルギーが保存される状況でも、外力が働いていれば運動量は保存されません。
- 対策:それぞれの保存則が成立するための厳密な条件を正確に記憶し、問題文の記述(「滑らか」「弾性」など)から、どの法則が適用できるのかを個別に、かつ慎重に判断する訓練が必要です。
- 「最高点」や「最下点」における速度条件の誤解:
- 現象:単独の振り子の運動では、最高点で速度が瞬間的にゼロになりますが、この問題のように台が動く場合、パートIの「最高点」では小球と箱の速度が(床から見て)一致するのであり、ゼロになるとは限りません。
- 対策:何に対する速度なのか(床から見た絶対速度か、台から見た相対速度か)を常に明確に区別し、問題の文脈から「最高点」や「最下点」が具体的にどのような運動状態を指すのかを正確に読み取ることが重要です。
- 重心の概念の扱いの難しさ:
- 現象:重心の概念は複数の物体からなる系の運動を解析する上で非常に強力なツールですが、重心の座標の定義や、重心が不動である条件の適用方法を間違えやすいポイントです。
- 対策:重心の定義式 \(X_G = (m_1x_1 + m_2x_2 + \dots)/(m_1+m_2+\dots)\) や、重心が不動である場合の変位の関係式 \(m_1\Delta x_1 + m_2\Delta x_2 + \dots = 0\) を正確に理解し、図を描きながら座標や変位の向き(符号)に注意して適用する練習を積むことが効果的です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題における物理現象の具体的なイメージ化:
- 小球Pが糸に引かれて円弧を描きながら振れる様子と、それに呼応して箱が水平な床の上を滑らかに左右に動く様子を、頭の中でアニメーションのように再生してみましょう。特に、小球が一方に振れると箱はその反動で反対側に動くという、作用・反作用的な動きを捉えることが大切です。
- パートIの最高点では、小球と箱が一瞬だけ同じ速度で同じ方向にスーッと進む様子をイメージします。
- パートIIの(3)の最下点では、小球が最も速く振れ、箱もそれに応じて反対向きに最も速く動いている瞬間をイメージします。
- パートIIの(4)では、小球がA点から最下点まで動く間に、箱がどれだけ「後ずさり」するのか、その相対的な位置関係の変化を追いかけるようにイメージします。
- 図示(速度ベクトル、位置関係)の有効性と描く際のポイント:
- 各重要な状態(初期状態、最高点、最下点など)において、小球と箱それぞれの速度ベクトル(向きと、未知の場合は設定した文字)を図に描き込むことで、運動量保存則を立式する際の符号ミスを防ぎやすくなります。
- 振り子の問題では、糸の長さと角度から高さの変化(位置エネルギーの変化に関わる)を正確に図示し、\(l(1-\cos\alpha)\) のような関係を視覚的に確認できるようにすることが重要です。
- 座標軸(特に水平方向の正の向き)を明確に設定し、ベクトル量である速度や変位の符号がその座標軸に対してどのように対応するのかを一貫して扱うことが、立式の正確性を高めます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動量保存則の選択と適用根拠:
- 選定理由:問題文に「滑らかで水平な床」という記述があり、小球と箱からなる系全体で見ると、水平方向にはたらく外力がない(または無視できるほど小さい)と判断できるため。このような条件下では、系の水平方向の全運動量は保存されます。
- 適用根拠:ニュートンの運動の第2法則と第3法則から導かれる普遍的な原理であり、特に複数の物体が相互作用する系(衝突や分裂、合体など)の解析に強力な手段を与えます。
- 力学的エネルギー保存則の選択と適用根拠:
- 選定理由:問題文に「摩擦がない」という記述があり、非保存力(この場合は摩擦力)が仕事をしないと判断できるため。また、重力は保存力であり、糸の張力は常に小球の運動方向と垂直なので仕事をしません(円運動の中心力)。
- 適用根拠:保存力のみが仕事をする系において、運動エネルギーと位置エネルギーの和である力学的エネルギーは一定に保たれるという、エネルギー原理の重要な一形態です。
- 公式選択の思考プロセス:
- 常に「この物理法則が成り立つための前提条件は何か?」そして「現在の問題設定はその条件を満たしているか?」という2段階の問いかけを自分自身に行う習慣をつけることが、適切な公式選択と論理的な思考の基礎となります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 問題設定の分析と理解:
- パートIとパートIIでの初期条件の違い(初速の有無、Pの初期位置)を正確に把握します。
- 「最高点」「最下点」といった運動の特別な状態が何を意味するのかを物理的に解釈します。
- 適用する物理法則の選択:
- 運動量保存則(特に水平方向)が適用できるか? その根拠は?
- 力学的エネルギー保存則が適用できるか? その根拠は?
- 必要に応じて、重心の運動に関する法則も考慮に入れます。
- 未知数の設定と基準の明確化:
- 求めるべき物理量(速さ、角度、距離など)を適切な文字で置きます。
- 運動方向(ベクトル量の場合)の正の向きを定めた座標軸や、位置エネルギーの基準点を明確に設定します。
- 選択した法則に基づく数学的な立式:
- 運動量保存則:初期状態の全運動量と、注目する状態の全運動量を等しいとおきます。
- 力学的エネルギー保存則:初期状態の全力学的エネルギーと、注目する状態の全力学的エネルギーを等しいとおきます。
- 連立方程式の求解:
- 立式した複数の方程式を、未知数について解きます。代入法や式の整理を慎重に行います。
- 解の物理的な吟味:
- 得られた答えの単位は正しいか?
- 物理的にありえる値か?(例:速さが負になる場合は向きの解釈、\(\cos\theta \le 1\) など)
- 極端な条件下(例:\(M \gg m\) や \(\theta=0\))で、直感や既知の結果と一致するかどうかを確認します。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 今回の計算過程で特に注意すべきだった点:
- 運動量保存則と力学的エネルギー保存則から得られる連立方程式を解く際の、代入ミスや移項時の符号ミス。特に、複数の文字変数が絡むため、式が複雑になりがちでした。
- \(v_1^2\) や \(v^2, V^2\) などを他の式に代入する際の展開ミスや、その後の整理(括り出し、通分など)の誤り。
- 多くの物理変数(\(m, M, l, g, v_0, \theta, \theta_0, v_1, v, V, D\)など)が登場するため、それぞれの文字が何を意味しているのかを常に明確に意識し、計算中に混同したり書き間違えたりしないように細心の注意を払う必要がありました。
- 日頃から計算練習で意識すべきこと・実践テクニック:
- 途中式は思考の足跡として丁寧に記述する: 特に複雑な文字計算では、暗算に頼らず、一行一行、どのような計算操作(例:「式(A)から \(V\) を消去するために式(B)を代入する」「両辺を \(2(m+M)\) で割る」など)を行っているのかを明確に意識しながら、論理の流れが追えるように記述する練習をしましょう。
- 文字式の計算スキルを高める: 物理の問題では、数値計算よりも文字式の計算が中心となることが多いです。分数の整理、平方根の扱い、括り出しや展開といった基本的な代数計算に習熟しておくことが、計算ミスを減らし、思考の負担を軽減するために不可欠です。
- 可能であれば検算を行う: 時間に余裕がある場合は、得られた答えを元の方程式に代入して等号が成り立つか確認したり、あるいは(4)の重心のように異なる物理的アプローチ(別解)で同じ問題を解いてみて、結果が一致するかどうかを確認する習慣をつけましょう。
- 単位の整合性を常に意識する: 計算の各ステップや最終的な答えについて、物理量の単位が正しく扱われているか、そして求めようとしている物理量の単位として適切であるかを意識することも、間違いの発見に繋がる有効な手段です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えが物理的に妥当かどうかを検討する視点の重要性:
- 極端な条件下での振る舞いの考察: 例えば、設問(1)で得られた箱の速さ \(v_1 = \frac{m}{m+M}v_0\) について、もし箱の質量 \(M\) が小球の質量 \(m\) に比べて非常に大きい(\(M \gg m\)、つまり \(M \rightarrow \infty\))という極端な状況を考えると、\(\frac{m}{m+M} \approx \frac{m}{M} \rightarrow 0\) となり、\(v_1 \rightarrow 0\) となります。これは、非常に重い箱はほとんど動かないという直感に一致します。逆に \(M \rightarrow 0\) なら \(v_1 \rightarrow v_0\) となりますが、これは物理的な状況として箱が存在しない場合に近いです。設問(3)や(4)でも同様の極限ケースを考えることで、式の妥当性をチェックできます。
- 物理量の符号や大小関係、依存性の確認: 設問(2)で得られた \(\cos\theta_0 = 1 – \frac{Mv_0^2}{2(m+M)gl}\) から、初速 \(v_0\) が大きいほど \(\cos\theta_0\) は小さく(つまり \(\theta_0\) は大きく)なることがわかります。これは、より速く投げ出すほど振り子がより高く上がるという直感と一致します。また、\(v_0=0\) なら \(\cos\theta_0=1\) (\(\theta_0=0\)) となり、振れないことも確認できます。
- 既知の単純なケースとの比較: 例えば、もし箱が固定されていた場合(\(M \rightarrow \infty\) の極限)、パートII(3)のPの速さ \(v\) は \(\sqrt{2gl(1-\cos\theta)}\) となり、これは単振り子の最下点での速さの公式と一致します。このように、より単純で結果が分かっているケースに帰着させてみることも、解の吟味に繋がります。
- 「解の吟味」がもたらす学びの深化:
- 計算ミスや立式の根本的な誤りを発見する上で非常に有効な手段です。
- 物理法則がどのように現実の(あるいは理想化されたモデルとしての)運動現象を記述しているのか、その数式の背後にある物理的な意味をより深く理解することができます。
- 単に答えを出すだけでなく、「なぜそうなるのか?」を考えることで、論理的思考力や問題解決能力全般が養われ、未知の問題に対する応用力が向上します。
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