問題16 (大阪大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、弾丸が木材に打ち込まれる際の力学的な現象を扱います。前半(I)は木材が固定されている場合、後半(II)は木材が滑らかな床の上で動ける場合と、条件が異なります。それぞれの状況で、弾丸が木材から受ける一定の抵抗力を考慮しながら、仕事とエネルギーの関係や運動量保存則を駆使して問題を解き明かしていくことになります。特に、木材が動く場合は、弾丸と木材を一つの「系」として捉える視点が重要になります。
- 弾丸の質量: \(m\) [kg]
- 木材の質量: \(M\) [kg]
- 木材の長さ: \(l\) [m]
- 弾丸の初めの速さ (I, II(3)で共通): \(v_0\) [m/s]
- 弾丸が木材から受ける抵抗力: 大きさ \(F\) [N] で常に一定
- I. 木材を固定した場合:
- 弾丸を速さ \(v_0\) で打つと、深さ \(d\) [m] まで入り込んで止まった。このときの抵抗力 \(F\) の大きさは?
- 弾丸が木材を貫くには、はじめの速さ \(v_1\) [m/s] はいくら以上でなければならないか?
- II. 木材を滑らかな床の上に置いた場合:
- 弾丸をⅠと同じ速さ \(v_0\) で打つと、木材に入り込み、一体となって一定の速さ \(v\) [m/s] で動いた。その速さ \(v\) と、弾丸が入り込んだ深さ \(d’\) [m] は?
- 弾丸が木材を貫くためには、はじめの速さ \(v_2\) [m/s] はいくら以上でなければならないか?
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 問(1) 抵抗力の大きさの別解: 運動方程式と等加速度運動の公式を用いる解法
- 主たる解法が仕事とエネルギーの関係から直接 \(F\) を求めるのに対し、別解ではまず運動方程式から加速度を求め、次に等加速度運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を用いて \(F\) を導出します。
- 問(3) 弾丸が入り込んだ深さ\(d’\)の別解: 相対運動に着目する解法
- 主たる解法が系全体のエネルギー保存則を考えるのに対し、別解では木材に対する弾丸の「相対運動」に着目します。相対運動においても仕事とエネルギーの関係が成り立ち、初期の相対運動エネルギーが抵抗力による仕事(摩擦熱)に変わる、というより物理的本質に迫る視点で解きます。
- 問(4) 貫通に必要な初速\(v_2\)の別解: 相対運動に着目する解法
- 問(3)の別解と同様に、木材に対する弾丸の相対運動に着目します。貫通ぎりぎりの状態は、相対距離 \(l\) を進んで相対速度が \(0\) になる状態と捉え、相対運動における仕事とエネルギーの関係から \(v_2\) を導出します。
- 問(1) 抵抗力の大きさの別解: 運動方程式と等加速度運動の公式を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理モデルの深化: 「実験室系」でのエネルギー保存則だけでなく、「運動方程式」や「相対運動におけるエネルギー保存」といった異なる物理モデルからアプローチすることで、現象を多角的に理解する力が養われます。
- 計算の選択肢の学習: 特に問(3)と(4)の別解は、重心の運動エネルギーを陽に計算する必要がなく、計算が大幅に簡略化されます。これは「\(2\)体問題」を「\(1\)体問題」に帰着させる強力なテクニックであり、応用範囲が非常に広いです。
- 思考の柔軟性: 同じ問題に対して、エネルギーの観点と力の観点(運動方程式)の両方から解けることを学ぶことで、問題の条件に応じて最適な解法を選択する柔軟な思考力が身につきます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「非保存力(抵抗力)が働く系の力学」です。木材が固定されている場合と動ける場合とで、適用すべき物理法則がどのように変わるかを理解することが鍵となります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 仕事と運動エネルギーの関係: 物体がされた仕事は、その物体の運動エネルギーを変化させます。抵抗力のような非保存力が仕事をすると、その分だけ力学的エネルギーが熱などに変わります。
- 運動量保存則: 外力が働かない系では、衝突や合体の前後で系全体の運動量は保存されます。木材が動ける場合に極めて重要になります。
- エネルギー保存則(熱を含む): 非保存力が仕事をする系では、「初めの力学的エネルギー = 後の力学的エネルギー + 発生した熱」という形でエネルギー全体の保存を考えます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- パートI(木材固定)では、弾丸のみに着目し、仕事と運動エネルギーの関係を立式します。
- パートII(木材自由)では、弾丸と木材を一つの「系」として捉えます。まず、外力が働かないため「運動量保存則」を適用します。次に、抵抗力による熱の発生を考慮した「エネルギー保存則」を適用し、これらを連立させて解きます。
問 I (1)
思考の道筋とポイント
木材が固定されているため、弾丸の運動のみを考えます。弾丸は初速\(v_0\)で木材に進入し、一定の抵抗力\(F\)を受けながら減速し、深さ\(d\)で停止します。この過程で、弾丸が持っていた運動エネルギーが、すべて抵抗力\(F\)がした負の仕事によって失われた(摩擦熱に変換された)と考え、仕事と運動エネルギーの関係を立式します。
この設問における重要なポイント
- 木材は静止したままで動かない。
- 弾丸の運動エネルギーの変化が、抵抗力がした仕事に等しい。
- 抵抗力は弾丸の運動と逆向きに働くため、負の仕事をする。
具体的な解説と立式
弾丸の初めの運動エネルギーを\(K_{\text{初}}\)、止まった後の運動エネルギーを\(K_{\text{後}}\)とします。
$$
\begin{aligned}
K_{\text{初}} &= \frac{1}{2}mv_0^2 \\[2.0ex]
K_{\text{後}} &= 0
\end{aligned}
$$
弾丸が木材から受ける抵抗力は\(F\)で、弾丸の進行方向と逆向きに働きます。弾丸が木材にくい込む距離は\(d\)なので、抵抗力が弾丸にした仕事\(W\)は、
$$
\begin{aligned}
W = -Fd \quad \cdots ①
\end{aligned}
$$
仕事と運動エネルギーの関係式 \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\) より、
$$
\begin{aligned}
0 – \frac{1}{2}mv_0^2 = -Fd \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
- 仕事: \(W = Fx\cos\theta\)
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\)
式②の両辺に\(-1\)を掛けて整理します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv_0^2 = Fd
\end{aligned}
$$
この式を\(F\)について解くと、
$$
\begin{aligned}
F = \frac{mv_0^2}{2d}
\end{aligned}
$$
走っている人が壁にぶつかって止まるのを想像してください。人が持っていた「走る勢い(運動エネルギー)」は、壁にぶつかることで熱や音に変わってゼロになります。この問題も同じです。弾丸が持っていた運動エネルギーが、木材の中を進む間に抵抗力という「ブレーキ」によってすべて奪われ、熱に変わってしまったと考えます。つまり、「失われた運動エネルギー = ブレーキがした仕事」というエネルギーの収支計算をすることで、ブレーキの力(抵抗力)の大きさを求めることができます。
抵抗力の大きさは \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) です。
この結果は、弾丸の初速\(v_0\)が大きいほど、また、めり込む深さ\(d\)が小さいほど、抵抗力\(F\)が大きいことを示しており、物理的な直感と一致します。
思考の道筋とポイント
抵抗力\(F\)が一定であるため、弾丸は木材の中で一定の加速度で減速します。まず運動方程式を立てて加速度を求め、次に時間を含まない等加速度運動の公式\(v^2 – v_0^2 = 2ax\)を用いて抵抗力\(F\)を導出します。
この設問における重要なポイント
- 抵抗力\(F\)が一定なので、弾丸の加速度も一定である。
- 運動方程式 \(ma = F_{\text{合力}}\) を立てる。
- 等加速度運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を適用する。
具体的な解説と立式
弾丸の進行方向(右向き)を正とします。弾丸に働く力は、運動と逆向きの抵抗力\(-F\)のみです。弾丸の加速度を\(a\)とすると、運動方程式は、
$$
\begin{aligned}
ma = -F \quad \cdots ③
\end{aligned}
$$
弾丸は初速\(v_0\)で進入し、距離\(d\)だけ進んで速度が\(0\)になります。等加速度運動の公式\(v^2 – v_0^2 = 2ax\)を適用すると、
$$
\begin{aligned}
0^2 – v_0^2 = 2ad \quad \cdots ④
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 等加速度運動の公式: \(v^2-v_0^2=2ax\)
式④から加速度\(a\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
a = -\frac{v_0^2}{2d}
\end{aligned}
$$
これを運動方程式③に代入します。
$$
\begin{aligned}
m\left(-\frac{v_0^2}{2d}\right) = -F
\end{aligned}
$$
両辺に\(-1\)を掛けて、
$$
\begin{aligned}
F = \frac{mv_0^2}{2d}
\end{aligned}
$$
この解き方は、エネルギーではなく「力」と「加速度」の観点から見ていきます。弾丸は木材の中で一定の「ブレーキ力(抵抗力)」を受けるので、一定の割合でスピードが落ちていきます(等加速度運動)。
まず、初速\(v_0\)だったものが距離\(d\)で止まるという事実から、どれくらいの加速度(減速の度合い)だったのかを計算します。次に、物理学の基本ルールである「力 = 質量 × 加速度(運動方程式)」に、今計算した加速度を当てはめることで、ブレーキ力である抵抗力\(F\)の大きさを求めることができます。
結果は主たる解法と完全に一致します。仕事とエネルギーの関係は運動方程式を積分して得られるものであるため、両者は本質的に等価なアプローチです。
問 I (2)
思考の道筋とポイント
弾丸が木材を「貫く」ぎりぎりの状態とは、弾丸が木材の長さ\(l\)だけ進んで、木材の反対側の面に達した瞬間にちょうど止まる(速度が\(0\)になる)状態を指します。このときも、弾丸の運動エネルギーが抵抗力\(F\)による仕事で全て失われると考えます。抵抗力\(F\)の大きさは(1)で求めたものを使用します。
この設問における重要なポイント
- 木材は静止したままである。
- 「貫くぎりぎり」とは、木材の長さ\(l\)を進んでちょうど速度が\(0\)になる状態である。
- 抵抗力\(F\)は問(1)で求めた値を用いる。
- ここでも仕事と運動エネルギーの関係式を利用する。
具体的な解説と立式
弾丸が木材を貫くために必要となるはじめの速さを\(v_1\)とします。
このときの初めの運動エネルギーは\(K_{\text{初}} = \frac{1}{2}mv_1^2\)です。
貫くぎりぎりの状態では、木材の長さ\(l\)だけ進んで止まるので、後の運動エネルギーは\(K_{\text{後}} = 0\)です。
この間に抵抗力\(F\)がした仕事\(W\)は、
$$
\begin{aligned}
W = -Fl
\end{aligned}
$$
仕事と運動エネルギーの関係 \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\) より、
$$
\begin{aligned}
0 – \frac{1}{2}mv_1^2 = -Fl \quad \cdots ⑤
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 仕事と運動エネルギーの関係: \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\)
式⑤の両辺に\(-1\)を掛けて整理します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv_1^2 = Fl
\end{aligned}
$$
この式に、問(1)で求めた抵抗力\(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\)を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv_1^2 = \left(\frac{mv_0^2}{2d}\right)l
\end{aligned}
$$
両辺の\(\frac{1}{2}m\)を消去します。
$$
\begin{aligned}
v_1^2 = \frac{v_0^2 l}{d}
\end{aligned}
$$
\(v_1\)は速さなので\(v_1 > 0\)です。したがって、両辺の平方根をとると、
$$
\begin{aligned}
v_1 = v_0 \sqrt{\frac{l}{d}}
\end{aligned}
$$
問(1)と考え方はほとんど同じです。「木材を貫通する」ということは、弾丸が木材の端から端まで、つまり距離\(l\)を進むということです。貫通できるぎりぎりの速さ\(v_1\)で打ち込んだ場合、弾丸は木材の出口でちょうど止まると考えます。
つまり、弾丸が最初に持っていた運動エネルギー\(\frac{1}{2}mv_1^2\)が、抵抗力\(F\)に逆らって距離\(l\)を進む間に、すべて熱に変わってしまった、というエネルギーの収支計算をします。式にすると\(\frac{1}{2}mv_1^2 = Fl\)となり、これに問(1)で求めた\(F\)の値を代入して\(v_1\)を求めます。
弾丸が木材を貫くための最小の初速は\(v_1 = v_0 \sqrt{\displaystyle\frac{l}{d}}\)です。
もし\(l=d\)ならば\(v_1 = v_0\)となり、これは問(1)の状況(深さ\(d\)で止まる)と一致します。
もし\(l>d\)ならば\(\sqrt{l/d} > 1\)なので\(v_1 > v_0\)となります。これは、より長い距離を進むためには、より大きな初速が必要であることを意味しており、直感とも合致します。
問 II (3)
思考の道筋とポイント
今度は木材が滑らかな床の上にあるため、弾丸が打ち込まれると木材も動き出します。弾丸と木材は一体となって動くとのことです。
一体となった速さ \(v\) の求め方: 床が滑らかであるため、弾丸と木材を一つの「系」として考えると、水平方向には外力が働きません。したがって、この系の全運動量は保存されます。これを利用して\(v\)を求めましょう。
弾丸が入り込んだ深さ \(d’\) の求め方: 系全体のエネルギーの変化を考えます。弾丸の初期の運動エネルギーが、最終的に「一体となった弾丸と木材の運動エネルギー」と「弾丸が木材内部を相対的に\(d’\)だけ進む間に抵抗力\(F\)がした仕事(これが摩擦熱となる)」に分配されると考えます。抵抗力\(F\)の大きさは(1)で求めたものと同じです。
この設問における重要なポイント
- 床は滑らか \(\rightarrow\) 水平方向の外力は働かない \(\rightarrow\) 弾丸と木材の系で運動量保存則が成り立ちます。
- 弾丸と木材は一体となって同じ速さ\(v\)で動きます。
- エネルギー保存則を考える際には、抵抗力による仕事(摩擦熱)を考慮に入れます。この摩擦熱は\(Fd’\)と表されます(\(d’\)は弾丸が木材に対して相対的に進んだ距離)。
- 抵抗力\(F\)は問(1)で求めた値を使用します。
具体的な解説と立式
一体となった速さ \(v\):
衝突前の弾丸の運動量は\(mv_0\)。木材は静止しているので運動量は\(0\)です。
衝突後、弾丸と木材は一体となり、質量\((m+M)\)の物体として速さ\(v\)で動きます。
運動量保存則より、
(衝突前の運動量の和)=(衝突後の運動量の和)
$$
\begin{aligned}
mv_0 + M \cdot 0 = (m+M)v \quad \cdots ⑥
\end{aligned}
$$
弾丸が入り込んだ深さ \(d’\):
系の初めの力学的エネルギー\(E_{\text{初}}\)は、弾丸の運動エネルギーのみです。
$$
\begin{aligned}
E_{\text{初}} = \frac{1}{2}mv_0^2
\end{aligned}
$$
一体となった後の系の力学的エネルギー\(E_{\text{後}}\)は、
$$
\begin{aligned}
E_{\text{後}} = \frac{1}{2}(m+M)v^2
\end{aligned}
$$
この過程で発生した摩擦熱は\(Q_{\text{熱}} = Fd’\)です。
エネルギー保存則より、
(初めの力学的エネルギー)=(後の力学的エネルギー)+(発生した熱)
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv_0^2 = \frac{1}{2}(m+M)v^2 + Fd’ \quad \cdots ⑦
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動量保存則: \(m_1v_1 + m_2v_2 = (m_1+m_2)V\)
- エネルギー保存則(非保存力の仕事を含む): \(E_{\text{力学・初}} = E_{\text{力学・後}} + Q_{\text{熱}}\)
速さ \(v\) の計算:
式⑥から\(v\)を求めます。
$$
\begin{aligned}
v = \frac{m}{m+M}v_0
\end{aligned}
$$
深さ \(d’\) の計算:
式⑦を\(Fd’\)について解き、求めた\(v\)を代入します。
$$
\begin{aligned}
Fd’ &= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)v^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)\left(\frac{m}{m+M}v_0\right)^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_0^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 \left(1 – \frac{m}{m+M}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 \left(\frac{M}{m+M}\right)
\end{aligned}
$$
この式に、問(1)で求めた抵抗力\(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\)を代入します。
$$
\begin{aligned}
\left(\frac{mv_0^2}{2d}\right)d’ &= \frac{1}{2}mv_0^2 \left(\frac{M}{m+M}\right)
\end{aligned}
$$
両辺の\(\frac{mv_0^2}{2}\)を消去して、
$$
\begin{aligned}
\frac{d’}{d} &= \frac{M}{m+M} \\[2.0ex]
d’ &= \frac{M}{m+M}d
\end{aligned}
$$
速さ\(v\): 今度は木材が自由に動けるので、弾丸がぶつかると木材も動き出します。このとき、弾丸と木材をひとまとめの「チーム」として考えると、チーム全体には誰も力を加えていないので、チーム全体の「勢い(運動量)」は衝突の前後で変わりません。このルールを使えば、「(弾丸の最初の勢い)=(合体したチームの最後の勢い)」という簡単な式から、一体となった速さ\(v\)が求まります。
深さ\(d’\): エネルギーの観点から見ると、弾丸が最初に持っていた運動エネルギーは、最終的に\(2\)つのものに分けられます。一つは「合体したチームが動くための運動エネルギー」、もう一つは「弾丸が木材にめり込むときの摩擦で発生した熱」です。このエネルギーの分配の式を立て、先ほど求めた速さ\(v\)と、問(1)で求めた抵抗力\(F\)を使えば、めり込んだ深さ\(d’\)が計算できます。
一体となった速さは\(v = \displaystyle\frac{m}{m+M}v_0\)です。
弾丸が入り込んだ深さは\(d’ = \displaystyle\frac{M}{m+M}d\)です。
\(m+M > m\)なので、\(v < v_0\)となり、一体となった後の速さは弾丸の初速より小さくなります。これは物理的に妥当です。
また、\(m+M > M\)なので、\(d’ < d\)となります。これは、木材が動ける場合の方が、固定されている場合よりも弾丸が入り込む深さは浅くなることを示しており、これも妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
深さ\(d’\)を求める別の方法です。木材に対する弾丸の相対運動に着目し、仕事とエネルギーの関係を適用します。
木材から見た弾丸は、初速\(v_0\)で近づいてきて、抵抗力\(F\)を受けながら減速し、最終的に相対速度\(0\)で静止します。この過程で、弾丸が木材に対してした仕事は\(Fd’\)です。この仕事は、弾丸と木材の「相対運動のエネルギー」を減少させます。
この設問における重要なポイント
- 相対運動における仕事とエネルギーの関係を考える。
- 初期の相対速度は\(v_0\)、最終的な相対速度は\(0\)。
- 初期の相対運動エネルギーが、抵抗力による仕事(摩擦熱)に変換される。
具体的な解説と立式
弾丸と木材の系の、重心に対する相対運動エネルギーの変化が、内力である抵抗力がした仕事(の絶対値、つまり摩擦熱)に等しくなります。
初期の相対運動エネルギー\(K_{\text{相対,初}}\)は、換算質量\(\mu = \frac{mM}{m+M}\)と初期の相対速度\(v_0\)を用いて、
$$
\begin{aligned}
K_{\text{相対,初}} = \frac{1}{2}\mu v_0^2 = \frac{1}{2}\frac{mM}{m+M}v_0^2
\end{aligned}
$$
最終状態では一体となるため、相対速度は\(0\)となり、相対運動エネルギーも\(0\)です。
この相対運動エネルギーの減少分が、すべて摩擦熱\(Fd’\)に変換されたので、
$$
\begin{aligned}
K_{\text{相対,初}} = Fd’
\end{aligned}
$$
よって、
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}\frac{mM}{m+M}v_0^2 = Fd’ \quad \cdots ⑧
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 重心運動エネルギーと相対運動エネルギーの分離
- 換算質量: \(\mu = \frac{mM}{m+M}\)
式⑧に、問(1)で求めた\(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\)を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}\frac{mM}{m+M}v_0^2 = \left(\frac{mv_0^2}{2d}\right)d’
\end{aligned}
$$
両辺の\(\frac{mv_0^2}{2}\)を消去して、
$$
\begin{aligned}
\frac{M}{m+M} = \frac{d’}{d} \\[2.0ex]
d’ = \frac{M}{m+M}d
\end{aligned}
$$
この解き方は、少し視点を変えて、「木材に乗って弾丸の動きを見たらどうなるか」を考えます。
木材から見ると、弾丸はものすごい速さで自分に突っ込んできて、内部でブレーキをかけられて止まります。この「木材から見た弾丸の運動エネルギー」が、すべて摩擦熱に変わった、と考えることができます。
この考え方を使うと、系全体の運動エネルギーの変化を計算する手間が省け、より直接的に摩擦熱と深さの関係を導き出すことができます。
結果は主たる解法と完全に一致します。このアプローチは、\(2\)体問題におけるエネルギー損失が相対運動エネルギーの減少に起因するという、物理学の重要な概念に基づいています。
問 II (4)
思考の道筋とポイント
弾丸が木材を「貫く」ぎりぎりの状況を考えます。この場合、弾丸が木材の長さ\(l\)だけ進んで木材の右端からちょうど出た瞬間に、弾丸と木材の速度が一時的に同じになる(つまり、その瞬間だけ見れば一体化して同じ速度\(u\)で動く)と考えるのが一般的なアプローチです。この考え方に従い、運動量保存則とエネルギー保存則(摩擦熱\(Fl\)を考慮)を連立させて解きます。抵抗力\(F\)は(1)で求めた値を使用します。
この設問における重要なポイント
- 床は滑らかであり、運動量保存則が利用できます。
- 「貫くぎりぎり」とは、弾丸が木材の長さ\(l\)だけ相対的に進み、その瞬間に弾丸と木材が同じ速度\(u\)になると考えます。
- エネルギー保存則では、摩擦熱\(Fl\)を考慮します。
- 抵抗力\(F\)は問(1)で求めた値を使用します。
具体的な解説と立式
弾丸が木材を貫くための最小の初速を\(v_2\)とします。
貫通するぎりぎりの瞬間、つまり弾丸が木材の右端に達したとき、弾丸と木材は同じ速度\(u\)になると仮定します。
運動量保存則より、
$$
\begin{aligned}
mv_2 = (m+M)u \quad \cdots ⑨
\end{aligned}
$$
エネルギー保存則より、発生する摩擦熱は\(Fl\)なので、
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv_2^2 = \frac{1}{2}(m+M)u^2 + Fl \quad \cdots ⑩
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- エネルギー保存則(非保存力の仕事を含む)
式⑨から\(u = \frac{m}{m+M}v_2\)として式⑩に代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}mv_2^2 &= \frac{1}{2}(m+M)\left(\frac{m}{m+M}v_2\right)^2 + Fl \\[2.0ex]
\frac{1}{2}mv_2^2 &= \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_2^2 + Fl
\end{aligned}
$$
\(Fl\)以外の項を左辺に集めます。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}v_2^2 \left(m – \frac{m^2}{m+M}\right) &= Fl \\[2.0ex]
\frac{1}{2}v_2^2 \left(\frac{mM}{m+M}\right) &= Fl
\end{aligned}
$$
この式を\(v_2^2\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
v_2^2 = \frac{2Fl(m+M)}{mM}
\end{aligned}
$$
ここで、問(1)で求めた抵抗力\(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\)を代入します。
$$
\begin{aligned}
v_2^2 &= \frac{2\left(\frac{mv_0^2}{2d}\right)l(m+M)}{mM} \\[2.0ex]
&= \frac{v_0^2 l(m+M)}{Md}
\end{aligned}
$$
\(v_2 > 0\)なので、
$$
\begin{aligned}
v_2 = v_0 \sqrt{\frac{l(m+M)}{Md}}
\end{aligned}
$$
ここでも、まず「運動量保存則」の式を立てます。弾丸が木材にぶつかる前の勢いが、貫通するぎりぎりの瞬間に(一時的に一体となったと考えて)全体の勢いと同じになる、という考え方です。次に「エネルギー保存則」の式。初めの弾丸の運動エネルギーが、貫通ぎりぎりの瞬間の全体の運動エネルギーと、木材を貫く間に摩擦で発生した熱(今度は木材の全長\(l\)に対応して\(Fl\))の合計になる、と考えます。この\(2\)つの式を連立させて、貫通に必要な初速\(v_2\)を求めます。
弾丸が木材を貫くための最小の初速は\(v_2 = v_0 \sqrt{\displaystyle\frac{l(m+M)}{Md}}\)です。
この結果を、木材を固定した場合の貫通速度\(v_1 = v_0 \sqrt{\displaystyle\frac{l}{d}}\)と比較すると、\(\frac{v_2}{v_1} = \sqrt{\frac{m+M}{M}} > 1\)となり、\(v_2 > v_1\)です。
これは、木材が動ける場合の方が、固定されている場合よりも貫通させるのにより大きな初速が必要になることを意味し、物理的に妥当な結果と言えます。
思考の道筋とポイント
問(3)の別解と同様に、木材に対する弾丸の相対運動に着目します。貫通ぎりぎりの状態は、弾丸が木材に対して相対的に距離\(l\)だけ進み、その瞬間に相対速度が\(0\)になる状態と解釈できます。
初期の相対運動エネルギーが、摩擦熱\(Fl\)に変換された、というエネルギー保存則を立式します。
この設問における重要なポイント
- 貫通ぎりぎりの状態は、相対速度が\(0\)になる状態である。
- 初期の相対運動エネルギーが、摩擦熱\(Fl\)に等しい。
具体的な解説と立式
貫通に必要な初速を\(v_2\)とします。初期の相対速度は\(v_2 – 0 = v_2\)です。
初期の相対運動エネルギー\(K_{\text{相対,初}}\)は、
$$
\begin{aligned}
K_{\text{相対,初}} = \frac{1}{2}\mu v_2^2 = \frac{1}{2}\frac{mM}{m+M}v_2^2
\end{aligned}
$$
貫通ぎりぎりの状態では相対速度が\(0\)になるため、最終的な相対運動エネルギーは\(0\)です。
このエネルギー減少分が、摩擦熱\(Fl\)に等しくなります。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2}\frac{mM}{m+M}v_2^2 = Fl \quad \cdots ⑪
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 重心運動エネルギーと相対運動エネルギーの分離
- 換算質量: \(\mu = \frac{mM}{m+M}\)
式⑪を\(v_2^2\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
v_2^2 = \frac{2Fl(m+M)}{mM}
\end{aligned}
$$
これは主たる解法の計算過程の式と全く同じであり、以降の計算も同様に進めることで、同じ結果が得られます。
$$
\begin{aligned}
v_2 = v_0 \sqrt{\frac{l(m+M)}{Md}}
\end{aligned}
$$
問(3)の別解と同じく、「木材に乗って弾丸を見る」視点で考えます。
木材から見ると、弾丸は初速\(v_2\)で突っ込んできます。そして、木材の中を距離\(l\)だけ進んで、ちょうど出口で止まる(相対速度が\(0\)になる)のが「貫通ぎりぎり」の状態です。
このとき、「木材から見た弾丸の運動エネルギー」が、すべて摩擦熱\(Fl\)に変わった、というエネルギーの式を立てることで、\(v_2\)を求めることができます。
結果は主たる解法と完全に一致します。相対運動のエネルギーを考えることで、重心の運動エネルギーや運動量保存則を陽に扱わずに済むため、立式と計算が非常にシンプルになります。
【コラム】Q. 摩擦熱と仕事の関係について深掘り!
問題文の最後にあったこの質問、「前ページの図で、赤矢印で示された抵抗力 \(F\) がした仕事は負で、\(-Fx\) と読み取れる。すると、摩擦熱は \(Fx\) になりそうに思えるが、この考え方はどこが誤っているのか。(★)」について考えてみましょう。これは特に木材が動く場合(パートII)のエネルギー考察で非常に重要なポイントです。
解説:
この疑問を解き明かす鍵は、「どの物体がどの力から仕事をされ、その結果どうなるのか」を正確に捉えることです。
- 弾丸が抵抗力 \(F\) からされる仕事:
弾丸は、木材から進行方向とは逆向き(左向き)の抵抗力 \(F\) を受けます。そして、床に対して距離 \(x\)(右向き)だけ進みます。したがって、抵抗力が弾丸にする仕事 \(W_{\text{弾丸への仕事}}\) は、ご指摘の通り \(-Fx\) となります。この仕事は弾丸の運動エネルギーを減少させる効果があります。 - 木材が抵抗力の反作用からされる仕事:
作用・反作用の法則により、弾丸が木材から抵抗力 \(F\)(左向き)を受けるとき、木材は弾丸から同じ大きさ \(F\) の力(右向き、弾丸の進行方向と同じ向き)を受けます。木材はこの力を受けながら、床に対して距離 \(X\)(右向き)だけ進みます。したがって、この弾丸からの反作用が木材にする仕事 \(W_{\text{木材への仕事}}\) は \(+FX\) となります。この仕事は木材の運動エネルギーを増加させる効果があります。 - 弾丸と木材からなる「系」全体で、抵抗力(およびその反作用)がした正味の仕事:
弾丸と木材を一つの「系」として考えた場合、これらの抵抗力とその反作用は系内部の力、すなわち「内力」です。この内力が系全体にした正味の仕事 \(W_{\text{系・抵抗関連}}\) は、それぞれの物体がされた仕事の合計となります。
$$
\begin{aligned}
W_{\text{系・抵抗関連}} &= W_{\text{弾丸への仕事}} + W_{\text{木材への仕事}} \\[2.0ex]
&= (-Fx) + (+FX) \\[2.0ex]
&= -F(x-X)
\end{aligned}
$$ - 摩擦熱との関係:
問題の図から、弾丸が木材に対して相対的にめり込んだ深さ \(d’\) は、弾丸の床に対する移動距離 \(x\) と木材の床に対する移動距離 \(X\) の差で与えられます。つまり、\(d’ = x-X\) です。
これを先ほどの \(W_{\text{系・抵抗関連}}\) の式に代入すると、
$$W_{\text{系・抵抗関連}} = -F(x-X) = -Fd’$$
この仕事 \(W_{\text{系・抵抗関連}}\) は負の値です。これは何を意味するのでしょうか? これは、弾丸と木材の系の力学的エネルギーが、これらの内力の働きによって \(Fd’\) だけ減少したことを示しています。そして、この減少した力学的エネルギーこそが、弾丸と木材の間で発生した摩擦熱 \(Q_{\text{熱}}\) に等しいのです。
$$Q_{\text{熱}} = Fd’$$
だから、(3)のエネルギー保存則の式 \(\frac{1}{2}mv_0^2 = \frac{1}{2}(m+M)v^2 + Fd’\) における \(Fd’\) の項は、まさにこの発生した摩擦熱を表しているわけです。
誤解の原因とまとめ:
「摩擦熱は \(Fx\) になりそう」と考えてしまうのは、弾丸の視点だけで仕事を評価し、弾丸がされた負の仕事の絶対値がそのまま熱になる、と考えてしまうためかもしれません。しかし、木材も弾丸から力を受けて(正の)仕事をされており、これも考慮に入れる必要があります。
摩擦熱は、弾丸と木材が互いにこすれ合いながら動いた相対的な距離(この問題では \(d’\) や \(l\))に、その間に働いていた抵抗力(またはその反作用)の大きさ \(F\) を掛けたものとして発生する、と理解するのが正しいアプローチです。この視点は、非保存力が働く系のエネルギー問題を考える上で非常に重要です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 仕事と運動エネルギーの関係(エネルギー保存則):
- 核心: この問題を解く上で最も根幹となる法則の一つです。特に非保存力である抵抗力が物体にする仕事と、その物体の運動エネルギー変化の関係 (\(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\)) を正確に理解し適用することが求められました。
- 理解のポイント: 抵抗力がする仕事が負となり、それが熱エネルギーに変換されるという視点(パートI、パートII共通)、または系のエネルギー保存を考える際に発生熱量 \(Q_{\text{熱}}\) を考慮に入れること(パートII: \(E_{\text{力学・初}} = E_{\text{力学・後}} + Q_{\text{熱}}\))が鍵でした。
- 運動量保存則:
- 核心: パートIIで木材が動く状況において、弾丸と木材を一つの「系」と見なしたとき、床が滑らかであるために水平方向には外力が働かず、系の全運動量が保存されること。これは衝突や合体といった現象を扱う上での基本的な考え方です。
- 理解のポイント: どの範囲を「系」と定義するか、その系に働く「外力」は何か(そしてそれは無視できるか)を見極めることが、運動量保存則適用の第一歩です。
- 内力と外力の区別と役割:
- 核心: 弾丸と木材の間で働く抵抗力とその反作用は、弾丸と木材を一つの系として見た場合には「内力」となります。内力は系の運動量を変えることはありませんが、系の力学的エネルギーを熱のような他の形態のエネルギーに変換することができます。
- 理解のポイント: 床からの垂直抗力や重力は「外力」ですが、この問題では水平方向の運動に注目しているため、水平方向の外力の有無が運動量保存則の適用判断に重要でした。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 摩擦のある水平面や斜面を物体が滑る問題(動摩擦力が抵抗力と同様の役割を果たします)。
- ばねに物体が衝突したり、弾丸がばねに打ち込まれたりする問題(この場合は弾性エネルギーも力学的エネルギーに含めて考えます)。
- 複数の物体が衝突し、合体したり分裂したりする問題全般(運動量保存則が主役になることが多いです)。
- 杭打ち機のように、抵抗を受けながら物体が地面などにめり込んでいく現象の解析。
- 初見の問題での着眼点:
- 保存則の適用可能性の検討:
- まず、系に働く外力の合力がゼロ(または特定の方向でゼロ)かどうかを確認し、運動量保存則が使える場面か判断します。衝突、合体、分裂などのキーワードがあれば、運動量保存則を優先的に考えましょう。
- 次に、エネルギーについて考えます。摩擦力や空気抵抗などの非保存力が仕事をするかどうかに注目します。仕事をする場合は、仕事と運動エネルギーの関係(あるいは熱の発生を含むエネルギー保存)を、しない場合は力学的エネルギー保存則を適用します。
- 「系」の適切な設定:
- 複数の物体が相互作用している場合、どの物体群を一つの「系」として扱うかによって、内力と外力の区別や、適用できる保存則が変わってきます。問題に応じて最適な「系」を設定する能力が重要です。
- 力の作用・反作用の法則の意識:
- 複数の物体間で力が及ぼしあう場合、それぞれの物体にどのような力が働いているのか、図を描いて力を正確に把握することが不可欠です。特に内力はペアで存在します。
- 相対運動の視点の活用:
- パートIIの(3)や(4)の【別解】で示したように、一方の物体から見たもう一方の物体の運動(相対速度、相対加速度、相対変位)に着目すると、問題の見通しが良くなったり、計算が簡略化されたりすることがあります。特に、摩擦が絡む問題で「相対的にどれだけこすれ合ったか」は摩擦熱の計算に直結します。
- 保存則の適用可能性の検討:
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動量保存則と力学的エネルギー保存則の混同や誤用:
- 誤解: 運動量が保存される衝突(特に非弾性衝突)であっても、力学的エネルギーが保存されるとは限りません。今回の問題のように抵抗力(摩擦力)が働く場合、力学的エネルギーは熱に変わり減少します。
- 対策: それぞれの保存則が成り立つための条件(運動量保存: 外力の合力がゼロ。力学的エネルギー保存: 保存力以外の力が仕事をしない)を正確に理解し、問題の状況に応じて使い分ける訓練をしましょう。
- 仕事の計算における「距離」の誤解:
- 誤解: 特にパートIIのように木材が動く場合、抵抗力がした仕事(最終的に摩擦熱になる部分)を計算する際の距離 \(d’\) や \(l\) は、弾丸が木材に対して相対的に進んだ距離です。床などの静止系から見た絶対的な移動距離ではない点に注意が必要です。
- 対策: 仕事を計算する際には、その力が働いている間に物体が「どの基準に対して」「どの方向に」「どれだけ」変位したのかを常に明確に意識しましょう。
- 抵抗力 \(F\) の値の扱い:
- 誤解: この問題では、抵抗力 \(F\) の大きさが常に一定であるという重要な仮定があります。また、パートIの(1)で求めた \(F\) の具体的な式を、パートI(2)やパートIIでも使用することを見落とさないようにしましょう。
- 対策: 問題文の条件(力が一定か、変化するかなど)を注意深く読み取ること。そして、設問間で導出した結果が後の設問で利用できるかどうかを常に意識することが大切です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 仕事と運動エネルギーの関係 \(K_{\text{後}} – K_{\text{初}} = W\):
- 選定理由: 「抵抗力」という非保存力が存在し、それによって物体の速さが変化し「止まった」あるいは「貫いた(ぎりぎり止まった)」というように、運動エネルギーの変化が明確に記述されているため。
- 適用根拠: 物体が力を受けて運動状態が変化するあらゆる場合に成り立つ普遍的な関係式であるため、安心して適用できます。特に、エネルギーが熱に変わるような状況では必須の考え方です。
- 運動量保存則 \(\sum p_{\text{初}} = \sum p_{\text{後}}\):
- 選定理由: パートIIで「床が滑らか」という条件があり、弾丸と木材を一つの系と見なすと、水平方向には外力が作用しない(または無視できるほど小さい)と判断できるため。また、「一体となって動いた」や「貫いた」という記述は、衝突・合体・分裂といった運動量保存則が活躍する典型的な場面です。
- 適用根拠: 外力の合力がゼロである(またはある方向成分がゼロである)系において、その系(またはその方向成分)の全運動量は時間的に変化しない、というニュートンの運動法則から導かれる基本法則であるため。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 計算過程における注意点(今回の問題より):
- 特に注意すべき点: パートII(3)の深さ \(d’\) の導出や、パートII(4)の初速 \(v_2\) の導出では、多くの文字変数を含む分数の計算や式の変形が必要でした。このような場面では、通分、約分、括り出し、代入のタイミングなどを一つ一つ丁寧に行うことがミスを防ぐ鍵です。
- 日頃の練習: 特に、抵抗力 \(F = \displaystyle\frac{mv_0^2}{2d}\) を他の式に代入する際には、分数の分母分子を間違えないように、また、式全体が煩雑になりすぎないように注意が必要です。
- 日頃の計算練習で意識すべきこと:
- 途中式を丁寧に書く: 暗算に頼らず、一行一行、どのような計算操作(例: 「両辺を \(m\) で割る」「\(x\) について整理する」「式(A)を式(B)に代入する」など)を行っているのかを意識しながら記述する習慣をつけましょう。
- 計算のパターンを習得する: 物理でよく出てくる計算の形(特に複雑な分数の整理や連立方程式の解法など)は、何度も練習してスムーズに処理できるようにしておくと、思考の負担を減らせます。
- 検算の習慣: 時間が許せば、導出した答えを元の式に代入してみたり、異なるアプローチで計算してみたりして検算する習慣をつけましょう。また、前述の「解の吟味」も一種の検算として有効です。
- 単位の確認: 計算の各ステップで、物理量の単位が正しく扱われているか意識することも、間違いの発見に繋がります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えが物理的に妥当かどうかを検討する視点の重要性:
- 極端な場合を考える: 例えば、パートII(3)で得られた深さ \(d’ = \displaystyle\frac{M}{m+M}d\) について考えてみましょう。
- もし木材の質量 \(M\) が非常に小さい(\(M \rightarrow 0\))とすると、\(d’ \rightarrow 0\) となります。これは、非常に軽い木材は弾丸の衝突によってすぐに弾丸と同じ速さになってしまうため、弾丸はほとんど木材にめり込むことができない、という直感に合います。
- 逆に、もし木材の質量 \(M\) が非常に大きい(\(M \rightarrow \infty\)、つまり木材がほとんど動かない固定状態に近い)とすると、\(\displaystyle\frac{M}{m+M} = \frac{1}{m/M + 1} \rightarrow 1\) となり、\(d’ \rightarrow d\) となります。これは、パートI(1)の木材固定時の結果と一致し、妥当性が高いと言えます。
- 他の条件との比較: パートII(4)で \(v_2 > v_1\) であることを確認したように、異なる条件下での結果を比較し、その大小関係や傾向が物理的な直感や予想と一致するかどうかを検討することも有効な吟味方法です。
- 単位の一貫性: 計算結果の単位が、求めようとしている物理量の単位として正しいかどうかを常に確認しましょう。
- 極端な場合を考える: 例えば、パートII(3)で得られた深さ \(d’ = \displaystyle\frac{M}{m+M}d\) について考えてみましょう。
- 解の吟味の効用:
- 問題を解きっぱなしにせず、得られた答えの意味を深く考えることで、物理現象に対する理解が一層深まります。
- また、計算ミスや立式の誤りなど、ケアレスミスを発見する良い機会にもなります。
- この「吟味する」という習慣は、物理だけでなく、科学的な思考力全般を高める上で非常に大切です。
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問題17 (東京電機大+日本大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、質量 \(m\) の小球と質量 \(M\) の曲面を持つ台の間での運動と衝突を扱います。前半は台の左側がストッパーSで固定されている場合、後半はストッパーSがない場合で、それぞれ小球の運動や台の運動、そして衝突後の挙動を解析します。摩擦がないこと、そして小球と台の突起Wとの衝突が弾性衝突であることが重要なポイントです。力学的エネルギー保存則と運動量保存則を的確に使い分けることが求められます。
- 小球の質量: \(m\)
- 台の質量: \(M\) (ただし \(m<M\))
- 小球を放す最初の高さ: \(h\) (曲面Bの近くの水平面からの高さ)
- 台の形状: 曲面ABと突起Wからなる。Bの近くは水平面。
- 床と台: 水平な床の上にある。床や台の摩擦はなし。
- 重力加速度: \(g\)
- 衝突: 小球と突起Wは弾性衝突する。
- ストッパーS:
- (1)~(3)では、台の左側がストッパーSに接しており、衝突後に台がSから離れる。
- (4)~(5)では、ストッパーSをはずす。
- ストッパーSがある場合:
- (1) 突起Wと衝突する直前の小球の速さ。
- (2) 小球がWと衝突した直後の、小球と台の速さ。
- (3) 小球が曲面を上り、最高点に達したときの台の速さと、最高点の高さ(Bからの高さ)。
- ストッパーSがない場合:
- (4) Wに衝突する直前の、小球と台の速さ。
- (5) Wとの衝突後、小球が達する最高点の高さ。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 問(2) 衝突直後の速度の別解: 運動エネルギー保存則を用いる解法
- 主たる解法が運動量保存則と反発係数の式(\(e=1\))を連立させるのに対し、別解では「弾性衝突では運動エネルギーも保存される」という性質を利用し、運動量保存則と運動エネルギー保存則を連立させて解きます。
- 問(5) 衝突後の最高点の高さの別解: 各段階を順に計算する解法
- 主たる解法が、系全体の運動量とエネルギーが常に保存されることから、初期状態と最終状態を直接結びつけて論理的に解くのに対し、別解では(4)で求めた衝突直前の速度を用いて、実際に衝突後の速度を計算し、(3)と同様のプロセスを経て最高点の高さを求める、より段階的で実直な計算アプローチを示します。
- 問(2) 衝突直後の速度の別解: 運動エネルギー保存則を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理法則の多角的理解: 「反発係数\(e=1\)」と「運動エネルギー保存」が弾性衝突において等価な条件であることを、問(2)の別解を通じて具体的に確認できます。
- 解法のスマートさの体感: 問(5)の別解は計算が非常に煩雑になります。それゆえに、系全体を大局的に捉え、保存則を巧みに利用する主たる解法がいかにエレガントで強力であるかを際立たせ、物理的な洞察力の重要性を学ぶことができます。
- 思考の柔軟性: 一見遠回りに見えるアプローチ(問(5)別解)でも、物理法則を正しく適用すれば同じ結論に至ることを体験することで、一つの解法に行き詰まった際に別の道筋を探る思考の柔軟性が養われます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題の攻略の鍵は、「力学的エネルギー保存則」と「運動量保存則」の的確な適用です。特に、ストッパーの有無による台の挙動の違い、弾性衝突の性質、そして「最高点」が意味する物理的状態(相対速度が\(0\)、すなわち速度が一致する)を正確に把握することが大切です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力学的エネルギー保存則: 摩擦や非弾性衝突など、エネルギーを散逸させる要因がない系では、運動エネルギーと位置エネルギーの和は一定に保たれます。
- 運動量保存則: 外力が働かない系(あるいは特定の方向に外力が働かない場合、その方向の成分)では、系全体の運動量は保存されます。
- 弾性衝突: 運動量だけでなく、運動エネルギーも保存される衝突です。反発係数\(e=1\)という条件と等価です。
- 相対運動: 「最高点に達する」という条件を、「台に対する小球の相対速度が\(0\)になる」、すなわち「両者の速度が一致する」と解釈することが重要です。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- ストッパーがある場合 (問1-3):
- (1) 小球が滑り降りる際は、台が固定されているため、小球単体の力学的エネルギー保存則を適用します。
- (2) 衝突の瞬間は、小球と台の系で運動量保存則と反発係数の式(\(e=1\))を連立します。
- (3) 衝突後は、小球と台の系で運動量保存則と力学的エネルギー保存則を適用します。
- ストッパーがない場合 (問4-5):
- (4) 小球が滑り降りる段階から、小球と台の系で運動量保存則と力学的エネルギー保存則が同時に成り立ちます。
- (5) 衝突後も両保存則が成り立つことを利用し、最高点の条件を考えます。