問題13 (宇都宮大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、滑らかな水平面上で、一様なリングと質点が繰り返し衝突する運動を扱います。運動量保存則と反発係数(はね返り係数)の式を用いて、各衝突後の速度や衝突にかかる時間、最終的な状態などを考察します。
- リング: 質量 \(M\)、直径 \(2a\)、一様。初期状態では静止。
- 質点: 質量 \(m\)。初期状態ではリングの中心Oにあり、初速 \(v_0\) で右向きに運動。
- 衝突面: リングの内側の側面A(右側)とB(左側)。
- 反発係数: 質点とリング側面との間で \(e\) (\(0 < e < 1\))。
- 運動の制約: 質点とリングの運動はリングの直径BOAを通る直線上(1次元衝突)。
- 水平面: 滑らか。
- 座標系: 右向きを正とする。
- (1) 質点がリングの側面Aに初めて衝突した後、質点およびリングの速度。また、衝突の際、質点が受ける力積。
- (2) 質点が中心Oを出発してから、左側のリング側面Bに初めて衝突するまでに要する時間。
- (3) (2)の衝突(Bとの衝突)後、リングの速度。また、次に質点が右側の側面Aに衝突するまでにかかる時間。
- (4) 衝突をくり返して十分に時間が経過した後、リングの速度。また、衝突で失われた運動エネルギーの総量。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 問(1) 質点が受ける力積の別解: リングの運動量変化と作用・反作用の法則を利用する解法
- 主たる解法が質点自身の運動量の変化から直接力積を計算するのに対し、別解ではまずリングが受けた力積を計算し、作用・反作用の法則を用いて質点が受けた力積を導出します。
- 問(2) 時間の別解: 床に固定した座標系で位置を追跡する解法
- 主たる解法がリングに対する質点の「相対運動」で考えるのに対し、別解では床に固定された「絶対座標系」で、質点とリング側面の位置をそれぞれ時間の関数として表し、両者の位置が一致する時刻を直接計算します。
- 問(4) 失われたエネルギーの別解: 重心運動と相対運動のエネルギー分離を利用する解法
- 主たる解法が衝突前後の全運動エネルギーの差を計算するのに対し、別解では全エネルギーを「系全体の重心の運動エネルギー」と「重心周りの相対運動のエネルギー」に分離します。衝突では重心の運動は変化しないため、エネルギー損失は相対運動のエネルギーが失われた分に等しい、という物理的本質から解を導きます。
- 問(1) 質点が受ける力積の別解: リングの運動量変化と作用・反作用の法則を利用する解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理モデルの深化: 「作用・反作用」「相対座標系」「重心系」といった、力学における重要な概念への理解が深まります。特に問(4)の別解は、エネルギー保存の本質(衝突で変化するのは相対運動エネルギーのみ)に迫る高度な視点を提供します。
- 計算アプローチの多様性: 問(2)の別解は計算が煩雑になりますが、それゆえに相対座標系を用いる主たる解法のスマートさと有用性を際立たせ、なぜ物理学者が便利なツールを導入するのかを体感できます。
- 思考の柔軟性: 同じ答えに至る複数の道筋を知ることで、問題に応じて最適な解法を選択する能力や、一つの解法で行き詰まったときに別の視点に切り替える思考の柔軟性が養われます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「衝突現象」です。衝突を扱う問題では、基本的に「運動量保存則」と「反発係数の式」という2つの強力なツールを連立させて解き進めます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 運動量保存則: 外力が働かない系では、衝突の前後で系全体の運動量の和は一定に保たれます。
- 反発係数(はね返り係数)の式: 衝突後の相対速度が、衝突前の相対速度の\(-e\)倍になるという関係式です。
- 力積と運動量の関係: 物体が受けた力積は、その物体の運動量の変化に等しいという関係です。
- 相対速度: 一方の物体から見た他方の物体の速度です。これを用いると、衝突間の運動をシンプルに考えることができます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- 各衝突について、運動量保存則と反発係数の式を立て、連立方程式を解いて衝突後の速度を求めます。
- 問(1)では、力積を運動量の変化から計算します。
- 問(2)以降では、衝突間の移動について、リングに対する質点の相対速度を考えることで、時間を効率的に求めます。
- 問(4)の最終状態は、衝突を繰り返すことで相対速度が0になり、2物体が一体となって運動する状況を考え、運動量保存則を適用します。
問(1)
思考の道筋とポイント
質点がリングの右側面Aに初めて衝突する状況を考えます。衝突前の質点の速度は \(v_0\)、リングの速度は \(0\) です。衝突後の質点の速度を \(v_1\)、リングの速度を \(V_1\) とおきます(右向きを正とします)。
この衝突は、質点とリングからなる系に水平方向の外力が働かないため、運動量保存則が成り立ちます。これと反発係数の式を連立させることで、未知数である \(v_1\) と \(V_1\) を求めます。
質点が受ける力積は、「力積と運動量の関係」を用いて、質点の運動量の変化として計算します。
この設問における重要なポイント
- 衝突の前後で、質点とリングを合わせた系全体の運動量は保存される。
- 反発係数の式 \(v’_{\text{質点}} – v’_{\text{リング}} = -e(v_{\text{質点}} – v_{\text{リング}})\) を正しく適用する。
- 力積は運動量の変化 (\(mv_{\text{後}} – mv_{\text{初}}\)) に等しい。
- 速度や力積の向きを考慮し、右向きを正として立式・計算する。
具体的な解説と立式
衝突前の質点の速度を \(v_0\)、リングの速度を \(0\) とします。
衝突後の質点の速度を \(v_1\)、リングの速度を \(V_1\) とします。座標軸は右向きを正とします。
まず、運動量保存則を立てます。
(衝突前の運動量の和)=(衝突後の運動量の和)
$$
\begin{aligned}
mv_0 + M \cdot 0 &= mv_1 + MV_1 \\[2.0ex]
mv_0 &= mv_1 + MV_1 \quad \cdots ①
\end{aligned}
$$
次に、反発係数の式を立てます。
(衝突後の相対速度)= \(-e \times\)(衝突前の相対速度)
$$
\begin{aligned}
v_1 – V_1 &= -e(v_0 – 0) \\[2.0ex]
v_1 – V_1 &= -ev_0 \quad \cdots ②
\end{aligned}
$$
質点が受ける力積 \(I_{\text{質点}}\) は、質点の運動量の変化に等しいので、
$$
\begin{aligned}
I_{\text{質点}} &= (\text{衝突後の質点の運動量}) – (\text{衝突前の質点の運動量}) \\[2.0ex]
I_{\text{質点}} &= mv_1 – mv_0 \quad \cdots ③
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動量保存則: \(m_1v_1 + m_2v_2 = m_1v’_1 + m_2v’_2\)
- 反発係数の式: \(v’_1 – v’_2 = -e(v_1 – v_2)\)
- 力積と運動量の関係: \(I = \Delta p = mv_{\text{後}} – mv_{\text{初}}\)
衝突後の速度 \(v_1, V_1\) の計算:
式①と②を \(v_1\) と \(V_1\) についての連立方程式として解きます。
式②を変形して、
$$
\begin{aligned}
v_1 &= V_1 – ev_0
\end{aligned}
$$
これを式①に代入します。
$$
\begin{aligned}
mv_0 &= m(V_1 – ev_0) + MV_1 \\[2.0ex]
mv_0 &= mV_1 – mev_0 + MV_1 \\[2.0ex]
mv_0 + mev_0 &= (m+M)V_1 \\[2.0ex]
m(1+e)v_0 &= (m+M)V_1
\end{aligned}
$$
よって、リングの衝突後の速度 \(V_1\) は、
$$
\begin{aligned}
V_1 = \frac{m(1+e)}{m+M}v_0
\end{aligned}
$$
次に、この \(V_1\) を \(v_1 = V_1 – ev_0\) に代入して \(v_1\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
v_1 &= \frac{m(1+e)}{m+M}v_0 – ev_0 \\[2.0ex]
&= \left( \frac{m(1+e)}{m+M} – e \right)v_0 \\[2.0ex]
&= \frac{m(1+e) – e(m+M)}{m+M}v_0 \\[2.0ex]
&= \frac{m+me – em – eM}{m+M}v_0 \\[2.0ex]
&= \frac{m-eM}{m+M}v_0
\end{aligned}
$$
質点が受ける力積 \(I_{\text{質点}}\) の計算:
式③に求めた \(v_1\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
I_{\text{質点}} &= m\left(\frac{m-eM}{m+M}v_0\right) – mv_0 \\[2.0ex]
&= mv_0 \left( \frac{m-eM}{m+M} – 1 \right) \\[2.0ex]
&= mv_0 \left( \frac{m-eM – (m+M)}{m+M} \right) \\[2.0ex]
&= mv_0 \left( \frac{-eM – M}{m+M} \right) \\[2.0ex]
&= -\frac{mM(1+e)}{m+M}v_0
\end{aligned}
$$
衝突の問題を解くときには、物理学者が使う2つの「魔法の呪文」があります。一つは「全体の勢いの合計は変わらない!(運動量保存則)」、もう一つは「はね返り方は\(e\)という数字で決まる!(反発係数の式)」です。この2つの呪文を数式に翻訳してあげれば、衝突後の質点とリングの速度が計算できます。
「力積」というのは、衝突の瞬間に質点が受けた「衝撃の記録」のようなものです。質点の運動がどれだけ変化したか、つまり「後の運動量」から「前の運動量」を引き算すれば、この衝撃の大きさと向きがわかります。計算結果がマイナスになったのは、質点が右に進んでいたのに対し、リングから「待った!」とばかりに左向きの衝撃を受けた、という物理的な意味が隠されています。
衝突後の質点の速度は \(v_1 = \displaystyle\frac{m-eM}{m+M}v_0\)、リングの速度は \(V_1 = \displaystyle\frac{m(1+e)}{m+M}v_0\) となります。
質点が受ける力積は \(I_{\text{質点}} = -\displaystyle\frac{mM(1+e)}{m+M}v_0\) です。
\(V_1\) は常に正なので、リングは必ず右向きに動き出します。これは直感と一致します。
\(v_1\) の符号は \(m-eM\) の正負で決まり、質量が大きいリングに軽い質点がぶつかるとはね返る(\(v_1<0\))など、状況によって向きが変わることも物理的に妥当です。
力積が負であることは、質点がリングから左向きの力を受けたことを示しており、これも正しいです。
思考の道筋とポイント
質点が受ける力積を求める別の方法です。衝突の際、質点がリングを押す力とリングが質点を押す力は、作用・反作用の関係にあり、大きさが等しく向きが逆です。したがって、両者が受ける力積も大きさが等しく向きが逆になります。
そこで、まず計算がより簡単なリングが受けた力積を求め、その符号を反転させることで質点が受けた力積を導きます。
この設問における重要なポイント
- 作用・反作用の法則により、質点がリングから受ける力積と、リングが質点から受ける力積は、大きさが等しく向きが逆である。(\(I_{\text{質点}} = -I_{\text{リング}}\))
- リングが受けた力積は、リングの運動量の変化に等しい。
具体的な解説と立式
リングが受けた力積 \(I_{\text{リング}}\) は、リングの運動量の変化に等しいので、
$$
\begin{aligned}
I_{\text{リング}} &= (\text{衝突後のリングの運動量}) – (\text{衝突前のリングの運動量}) \\[2.0ex]
I_{\text{リング}} &= MV_1 – M \cdot 0 \\[2.0ex]
I_{\text{リング}} &= MV_1
\end{aligned}
$$
作用・反作用の法則より、質点が受けた力積 \(I_{\text{質点}}\) は、
$$
\begin{aligned}
I_{\text{質点}} = -I_{\text{リング}} = -MV_1 \quad \cdots ④
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 力積と運動量の関係: \(I = \Delta p\)
- 作用・反作用の法則(力積の形): \(I_{1 \to 2} = -I_{2 \to 1}\)
主たる解法で求めたリングの速度 \(V_1 = \displaystyle\frac{m(1+e)}{m+M}v_0\) を式④に代入します。
$$
\begin{aligned}
I_{\text{質点}} &= -M \left( \frac{m(1+e)}{m+M}v_0 \right) \\[2.0ex]
&= -\frac{mM(1+e)}{m+M}v_0
\end{aligned}
$$
衝突は、質点とリングの「おしくらまんじゅう」です。質点がリングを右に「ドン!」と押したなら、リングも同じ強さで質点を左に「ドン!」と押しかえします。これが作用・反作用の法則です。
ということは、質点が受けた衝撃(力積)を知りたければ、代わりにリングが受けた衝撃を計算して、その向きを反対にしてあげればいいわけです。リングは止まっていた状態から動き出したので、その運動量の変化を計算するのはとても簡単です。この「相手の動きから自分の受けた衝撃を知る」という賢い方法でも、もちろん同じ答えにたどり着きます。
結果は主たる解法と完全に一致します。\(V_1\) の計算が済んでいれば、こちらの方法の方が \(v_1\) を使った計算よりもシンプルです。物理法則の異なる側面からアプローチすることで、理解が深まり、計算の検算にもなります。
問(2)
思考の道筋とポイント
質点が中心Oを出発してから、リングの左側面Bに初めて衝突するまでの時間を求めます。この運動は2つの区間に分けて考えるのが明快です。
1. O → A の区間: 質点が初速 \(v_0\) でリングの半径 \(a\) だけ進む等速直線運動。
2. A → B の区間: Aで衝突した後、質点とリングはそれぞれ \(v_1\), \(V_1\) の速度で運動します。この区間の時間は、床に対する絶対的な運動を追うよりも、リングに対する質点の「相対運動」を考える方がはるかに簡単です。
リングから見ると、質点は側面Aではね返り、側面Bに向かってきます。このときの相対速度の大きさは、反発係数の定義から \(ev_0\) となります。リングの直径 \(2a\) の距離をこの相対速度で進む時間を計算します。
この設問における重要なポイント
- 時間を2つの区間(衝突前と衝突後)に分割して考える。
- 衝突後の運動は、リング基準の「相対速度」で考えると計算が簡潔になる。
- 衝突後の相対速度の大きさは、衝突前の相対速度の大きさの \(e\) 倍、つまり \(|v_1 – V_1| = e|v_0 – 0| = ev_0\)。
- リング内部での相対的な移動距離は、リングの直径 \(2a\)。
具体的な解説と立式
求める総時間を \(T\) とすると、\(T = t_{\text{O} \to \text{A}} + t_{\text{A} \to \text{B}}\) となります。
1. OからAに衝突するまでの時間 \(t_{\text{O} \to \text{A}}\):
質点は速さ \(v_0\) で距離 \(a\) を進むので、
$$
\begin{aligned}
t_{\text{O} \to \text{A}} = \frac{a}{v_0} \quad \cdots ⑤
\end{aligned}
$$
2. Aに衝突後、Bに衝突するまでの時間 \(t_{\text{A} \to \text{B}}\):
Aでの衝突後の、リングに対する質点の相対速度 \(v_{\text{相対}}\) は、
$$
\begin{aligned}
v_{\text{相対}} = v_1 – V_1
\end{aligned}
$$
問(1)の反発係数の式②より、\(v_1 – V_1 = -ev_0\) です。
これは、リングから見ると、質点が左向き(負の向き)に速さ \(ev_0\) で運動していることを意味します。
質点がリングの側面Aから側面Bまで進む相対的な距離は \(2a\) です。
したがって、この距離を相対的な速さ \(ev_0\) で進むのにかかる時間 \(t_{\text{A} \to \text{B}}\) は、
$$
\begin{aligned}
t_{\text{A} \to \text{B}} = \frac{\text{相対距離}}{\text{相対的な速さ}} = \frac{2a}{ev_0} \quad \cdots ⑥
\end{aligned}
$$
求める総時間 \(T\) は、これらを足し合わせます。
$$
\begin{aligned}
T = t_{\text{O} \to \text{A}} + t_{\text{A} \to \text{B}}
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 等速直線運動: 時間 = 距離 / 速さ
- 相対速度(反発係数の式より \(|v_1 – V_1| = ev_0\))
式⑤と⑥を足し合わせます。
$$
\begin{aligned}
T &= \frac{a}{v_0} + \frac{2a}{ev_0} \\[2.0ex]
&= \frac{ae}{ev_0} + \frac{2a}{ev_0} \\[2.0ex]
&= \frac{a(e+2)}{ev_0}
\end{aligned}
$$
質点がリングの反対側にたどり着くまでの時間を、2つのパートに分けて考えましょう。
パート1は、質点がスタート地点の中心から右端にぶつかるまで。これは簡単で、ただ「距離÷速さ」です。
パート2は、右端にぶつかってから左端にぶつかるまで。ここが面白いところです。質点もリングも動いているので、地面から見ていると「あっちもこっちも動いてて、いつ追いつくんだ?」と頭がこんがらがります。
そこで、視点を変えて「自分がリングになったつもり」で見てみましょう。すると、リング自身は止まっているように見え、質点がこちらに向かって飛んでくるように見えます。この「リングから見た質点の速さ」は、衝突の法則から簡単に計算できます。あとは、リングの直径という決まった距離をその速さで進む時間を計算するだけ。この「相手の視点に立つ」というのが、物理の問題をスマートに解くコツなんです。
中心Oを出発してから、左側面Bに衝突するまでに要する時間は \(\displaystyle\frac{a(e+2)}{ev_0}\) です。
時間は正の値となり、物理的に妥当です。もし \(e\) が1に近い(よくはね返る)ほど時間は短く、\(e\) が0に近い(はね返らない)ほど時間は長くなるという関係も、直感と一致しています。
思考の道筋とポイント
相対速度という便利な道具を使わずに、床に固定された座標系(絶対座標系)から質点とリングの運動をそのまま追いかける、実直な解法です。
Oを原点とし、Aとの衝突時刻を基準に、その後の質点の位置とリングの左側面Bの位置をそれぞれ時間の関数で表します。そして、両者の位置座標が一致する時刻を求めることで、衝突時間を計算します。計算は複雑になりますが、物理の基本に忠実なアプローチです。
この設問における重要なポイント
- 床の上の原点Oを基準に、各物体の位置を \(x(t)\) の形で表す。
- Aとの衝突時刻 \(t_A\) をまず求める。
- \(t > t_A\) において、質点の位置 \(x_P(t)\) とリングの左側面Bの位置 \(x_B(t)\) を立式する。
- \(x_P(t) = x_B(t)\) となる時刻 \(t\) を求め、衝突時間 \(t_{AB} = t – t_A\) を計算する。
具体的な解説と立式
床の座標系の原点をOとし、右向きを正とします。
1. OからAに衝突するまでの時間 \(t_{OA}\):
これは主たる解法と同じです。
$$
\begin{aligned}
t_{OA} = \frac{a}{v_0}
\end{aligned}
$$
この時刻を \(t_A\) とします。衝突点Aの座標は \(x=a\) です。
2. Aに衝突後、Bに衝突するまでの時間 \(t_{AB}\):
時刻 \(t_A\) にAで衝突した後、時刻 \(t\) (\(t \ge t_A\)) における質点Pとリングの左側面Bの位置を考えます。
質点Pは、時刻 \(t_A\) に位置 \(a\) から速度 \(v_1\) で運動を始めるので、その位置 \(x_P(t)\) は、
$$
\begin{aligned}
x_P(t) = a + v_1(t – t_A)
\end{aligned}
$$
リングの中心は、時刻 \(t_A\) に位置 \(0\) から速度 \(V_1\) で運動を始めるので、その中心位置 \(x_R(t)\) は、
$$
\begin{aligned}
x_R(t) = 0 + V_1(t – t_A) = V_1(t – t_A)
\end{aligned}
$$
リングの左側面Bは、常に中心から \(a\) だけ左にあるので、その位置 \(x_B(t)\) は、
$$
\begin{aligned}
x_B(t) = x_R(t) – a = V_1(t – t_A) – a
\end{aligned}
$$
質点が側面Bに衝突するのは、\(x_P(t) = x_B(t)\) となるときです。
$$
\begin{aligned}
a + v_1(t – t_A) = V_1(t – t_A) – a
\end{aligned}
$$
この方程式を解いて、衝突時間 \(t_{AB} = t – t_A\) を求めます。
使用した物理公式
- 等速直線運動の位置の式: \(x(t) = x_0 + v(t-t_0)\)
位置が一致する式の両辺を整理します。
$$
\begin{aligned}
2a &= V_1(t – t_A) – v_1(t – t_A) \\[2.0ex]
2a &= (V_1 – v_1)(t – t_A)
\end{aligned}
$$
ここで、問(1)の反発係数の式② \(v_1 – V_1 = -ev_0\) より、\(V_1 – v_1 = ev_0\) となります。これを代入すると、
$$
\begin{aligned}
2a &= ev_0 (t – t_A)
\end{aligned}
$$
よって、Aに衝突してからBに衝突するまでの時間 \(t_{AB} = t – t_A\) は、
$$
\begin{aligned}
t_{AB} = \frac{2a}{ev_0}
\end{aligned}
$$
求める総時間 \(T\) は、\(t_{OA} + t_{AB}\) なので、
$$
\begin{aligned}
T = \frac{a}{v_0} + \frac{2a}{ev_0} = \frac{a(e+2)}{ev_0}
\end{aligned}
$$
この解き方は、いわば「神様の視点」で解く方法です。床にじっと立ったまま、動いていく質点とリングを両方同時に目で追いかけます。
まず、質点の位置を数式で表します。「時刻\(t\)には、質点はここにいるはずだ」。次に、リングの左端の位置も数式で表します。「同じ時刻\(t\)に、リングの左端はここにある」。
そして、この2つの位置を表す数式を「イコール」で結びます。これが、質点とリングの左端が「出会う」、つまり衝突する瞬間の方程式です。この方程式を解けば、衝突するまでの時間がわかります。計算は少し面倒ですが、一つ一つの動きを基本に忠実に追いかける、とても真面目な解き方です。
結果は主たる解法と完全に一致します。計算の途中経過で \(V_1 – v_1\) という項が自然に現れ、これが相対速度そのものであることがわかります。このことから、この実直な解法が、結果的に相対速度の考え方を内包していることが確認できます。
問(3)
思考の道筋とポイント
質点が左側面Bと衝突した後のリングの速度 \(V_2\) と、その衝突後、次に質点が右側面Aに衝突するまでにかかる時間 \(t_{\text{B} \to \text{A}}\) を求めます。
これは問(1)と問(2)の考え方の繰り返しです。
まず、Bとの衝突について運動量保存則と反発係数の式を立てます。このとき、衝突直前の速度は、1回目の衝突の結果である \(v_1, V_1\) であることに注意します。衝突後の速度を \(v_2, V_2\) とおき、連立方程式を解いて \(V_2\) を求めます。
次に、BからAまでの時間は、再び相対運動を考えます。Bとの衝突後の相対速度 \(v_2 – V_2\) を使い、相対距離 \(2a\) を進む時間を計算します。
この設問における重要なポイント
- 2回目の衝突でも、運動量保存則と反発係数の式が成り立つ。
- 衝突直前の速度として、前回の衝突の結果 (\(v_1, V_1\)) を用いる。
- 系全体の運動量は、最初の \(mv_0\) からずっと保存されていることを利用すると計算が楽になる。
- 衝突後の相対速度の大きさは、さらに \(e\) 倍される (\(e^2v_0\))。
具体的な解説と立式
Bとの衝突後のリングの速度 \(V_2\):
Bに衝突する直前の質点の速度は \(v_1\)、リングの速度は \(V_1\)。
衝突後の質点の速度を \(v_2\)、リングの速度を \(V_2\) とします。
運動量保存則を立てます。
(B衝突前の運動量の和)=(B衝突後の運動量の和)
$$
\begin{aligned}
mv_1 + MV_1 = mv_2 + MV_2
\end{aligned}
$$
ここで、左辺の \(mv_1 + MV_1\) は、Aとの衝突後から保存されている全運動量であり、最初の状態の運動量 \(mv_0\) に等しいです。したがって、
$$
\begin{aligned}
mv_0 = mv_2 + MV_2 \quad \cdots ⑦
\end{aligned}
$$
次に、反発係数の式を立てます。
$$
\begin{aligned}
v_2 – V_2 &= -e(v_1 – V_1)
\end{aligned}
$$
問(1)の式②より \(v_1 – V_1 = -ev_0\) であったので、これを代入すると、
$$
\begin{aligned}
v_2 – V_2 &= -e(-ev_0) \\[2.0ex]
v_2 – V_2 &= e^2v_0 \quad \cdots ⑧
\end{aligned}
$$
式⑦と⑧を連立して \(V_2\) を求めます。
次にAに衝突するまでの時間 \(t_{\text{B} \to \text{A}}\):
Bとの衝突後の、リングに対する質点の相対速度は \(v_2 – V_2 = e^2v_0\) です。
これは、リングから見ると、質点が右向き(正の向き)に速さ \(e^2v_0\) で運動していることを意味します。
側面Bから側面Aまでの相対的な距離は \(2a\) なので、かかる時間は、
$$
\begin{aligned}
t_{\text{B} \to \text{A}} = \frac{\text{相対距離}}{\text{相対的な速さ}} = \frac{2a}{e^2v_0} \quad \cdots ⑨
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- 反発係数の式
- 等速直線運動(相対運動): 時間 = 距離 / 速さ
リングの速度 \(V_2\) の計算:
式⑧を変形して、
$$
\begin{aligned}
v_2 = V_2 + e^2v_0
\end{aligned}
$$
これを式⑦に代入します。
$$
\begin{aligned}
mv_0 &= m(V_2 + e^2v_0) + MV_2 \\[2.0ex]
mv_0 &= mV_2 + me^2v_0 + MV_2 \\[2.0ex]
mv_0 – me^2v_0 &= (m+M)V_2 \\[2.0ex]
m(1-e^2)v_0 &= (m+M)V_2
\end{aligned}
$$
よって、リングの速度 \(V_2\) は、
$$
\begin{aligned}
V_2 = \frac{m(1-e^2)}{m+M}v_0
\end{aligned}
$$
次にAに衝突するまでの時間 \(t_{\text{B} \to \text{A}}\) の計算:
式⑨から直接求まります。
$$
\begin{aligned}
t_{\text{B} \to \text{A}} = \frac{2a}{e^2v_0}
\end{aligned}
$$
さあ、2回目の衝突です!でも、心配はいりません。物理のルールは変わらないので、1回目と全く同じ手順で解けます。
まず、リングの新しい速度を求めます。使うのは、またしても「運動量保存則」と「反発係数の式」のコンビです。面白いことに、全体の運動量は最初のまま変わりません。そして、はね返りの法則から、リングから見た質点の速さは、1回目の衝突後のさらに \(e\) 倍、つまり \(e^2v_0\) になります。衝突のたびに、お互いの勢いの差がどんどん小さくなっていくイメージですね。この2つの式から、2回目の衝突後のリングの速度がわかります。
次に、衝突までの時間。これも「リングになったつもり」で考えれば簡単です。リングから見た質点の速さは \(e^2v_0\)、進む距離はリングの直径 \(2a\)。あとは「距離÷速さ」を計算するだけです。
2回目の衝突後、リングの速度は \(V_2 = \displaystyle\frac{m(1-e^2)}{m+M}v_0\) となります。
次に質点が右側の側面Aに衝突するまでにかかる時間は \(\displaystyle\frac{2a}{e^2v_0}\) です。
\(0 < e < 1\) なので \(1-e^2 > 0\) であり、\(V_2\) は常に正です。リングは右向きに運動を続けます。
時間は \(e^2\) に反比例するため、\(e<1\) の場合、1回目の衝突後の時間 \(2a/(ev_0)\) よりも長くなります。これは相対速度が衝突のたびに小さくなるためで、物理的に妥当です。
問(4)
思考の道筋とポイント
質点とリングが衝突を何度も繰り返し、十分に時間が経過した後の最終的な状態を考えます。
反発係数 \(e\) が \(1\) より小さい (\(0 < e < 1\)) ため、衝突のたびに相対速度は \(e\) 倍ずつ小さくなっていきます (\(ev_0 \to e^2v_0 \to e^3v_0 \to \dots\))。無限に衝突を繰り返すと、相対速度は \(0\) に収束します。これは、質点とリングが一体となり、同じ速度で運動するようになることを意味します。
この最終的な共通の速度 \(u\) は、衝突の過程全体を通して系全体の運動量が保存されることを利用して求めます。つまり、最初の状態(質点のみが運動)と最終状態(質点とリングが一体で運動)を比較して、運動量保存則を適用します。
失われた運動エネルギーの総量は、最初の系全体の運動エネルギーと、最終的な系全体の運動エネルギーの差として計算します。
この設問における重要なポイント
- \(0 < e < 1\) の場合、衝突を繰り返すと最終的に2物体は一体となり、同じ速度で運動する。
- 最終的な共通速度 \(u\) は、初期状態と最終状態の間で運動量保存則を適用して求める。
- 失われた運動エネルギーの総量 = (初期の総運動エネルギー) – (最終の総運動エネルギー)。
具体的な解説と立式
最終的なリングの速度 (共通速度 \(u\)):
十分に時間が経過した後、質点とリングは一体となって共通の速度 \(u\) で運動します。
系全体の運動量は保存されるので、最初の状態と最終状態で運動量保存則を立てます。
(最初の運動量の和)=(最終の運動量の和)
$$
\begin{aligned}
mv_0 + M \cdot 0 = (m+M)u \quad \cdots ⑩
\end{aligned}
$$
この式から共通速度 \(u\) を求めます。これが最終的なリングの速度です。
失われた運動エネルギー \(\Delta K_{\text{失}}\):
最初の系全体の運動エネルギー \(K_{\text{初}}\) は、質点の運動エネルギーのみです。
$$
\begin{aligned}
K_{\text{初}} = \frac{1}{2}mv_0^2 \quad \cdots ⑪
\end{aligned}
$$
最終的な系全体の運動エネルギー \(K_{\text{後}}\) は、質量 \((m+M)\) の物体が速度 \(u\) で運動していると考えます。
$$
\begin{aligned}
K_{\text{後}} = \frac{1}{2}(m+M)u^2 \quad \cdots ⑫
\end{aligned}
$$
失われた運動エネルギーの総量 \(\Delta K_{\text{失}}\) は、これらの差です。
$$
\begin{aligned}
\Delta K_{\text{失}} = K_{\text{初}} – K_{\text{後}} \quad \cdots ⑬
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
最終的な共通速度 \(u\) の計算:
式⑩を \(u\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
u = \frac{m}{m+M}v_0
\end{aligned}
$$
失われた運動エネルギー \(\Delta K_{\text{失}}\) の計算:
式⑬に、求めた \(u\) を用いた \(K_{\text{後}}\) と \(K_{\text{初}}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
\Delta K_{\text{失}} &= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)u^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)\left(\frac{m}{m+M}v_0\right)^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)\frac{m^2}{(m+M)^2}v_0^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}\frac{m^2}{m+M}v_0^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 \left(1 – \frac{m}{m+M}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 \left(\frac{(m+M)-m}{m+M}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}mv_0^2 \left(\frac{M}{m+M}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{mM}{2(m+M)}v_0^2
\end{aligned}
$$
リングの中で質点が何度も跳ね返る、この終わりのない鬼ごっこのような運動も、いつかは結末を迎えます。はね返るたびに少しずつ勢いの差が失われ、やがて質点はリングの中でおとなしくなり、リングと手をつないで同じ速度で一緒に進むようになります。これが最終状態です。
この最後の速度は、一番最初に質点が持っていた「全体の勢い」を、合体した後の「全体の質量」で分け合ったものになります。途中の複雑な衝突は全部忘れて、最初と最後だけを見ればいい、というのが運動量保存則のすごいところです。
また、衝突のたびに「カチン!」という音や摩擦熱でエネルギーが少しずつ宇宙に逃げていきます。失われたエネルギーの合計は、一番最初の元気いっぱいだった時のエネルギーから、最後におとなしくなった時のエネルギーを引き算すれば求められます。
十分に時間が経過した後、リングの速度は \(u = \displaystyle\frac{m}{m+M}v_0\) となります。
衝突で失われた運動エネルギーの総量は \(\Delta K_{\text{失}} = \displaystyle\frac{mM}{2(m+M)}v_0^2\) です。
最終速度 \(u\) は、系全体の重心速度に等しく、運動量保存則から導かれる妥当な結果です。
失われたエネルギーは、2物体が非弾性衝突して一体となる場合のエネルギー損失の公式と一致しており、これも物理的に正しい結果です。\(m, M, v_0^2\) が全て正なので、失われたエネルギーも常に正となり、エネルギーが失われるという前提と矛盾しません。
思考の道筋とポイント
より物理の本質に迫るエレガントな解法です。系全体の運動エネルギーは、「系全体の質量が重心速度で動く運動エネルギー(重心運動エネルギー)」と、「重心から見た各物体の運動エネルギーの和(相対運動エネルギー)」の2つの部分に分解できます。
衝突のような内力のみが働く現象では、重心の運動は一切変化しません。つまり、重心運動エネルギーは保存されます。したがって、系全体で失われるエネルギーは、すべて相対運動エネルギーが減少した分に等しい、という考え方で解きます。
この設問における重要なポイント
- 全運動エネルギー \(K_{\text{全}} = K_{\text{重心}} + K_{\text{相対}}\)。
- 衝突(内力による相互作用)では、重心の速度は不変。よって \(K_{\text{重心}}\) は保存される。
- エネルギー損失 \(\Delta K_{\text{失}}\) は、相対運動エネルギーの変化 \(\Delta K_{\text{相対}}\) に等しい。
- 最終状態では相対速度が0になるため、最終的な相対運動エネルギーは0。
具体的な解説と立式
1. 重心運動エネルギーは保存される
質点とリングからなる系の重心速度 \(v_G\) は、衝突の前後で常に一定です。
$$
\begin{aligned}
v_G = \frac{mv_0 + M \cdot 0}{m+M} = \frac{m}{m+M}v_0
\end{aligned}
$$
したがって、重心運動エネルギー \(K_{\text{重心}} = \frac{1}{2}(m+M)v_G^2\) も常に保存されます。
エネルギーが失われる原因は、相対運動エネルギーの変化にのみあります。
$$
\begin{aligned}
\Delta K_{\text{失}} = K_{\text{相対,初}} – K_{\text{相対,後}}
\end{aligned}
$$
2. 相対運動エネルギーを計算する
相対運動エネルギーは、換算質量 \(\mu = \frac{mM}{m+M}\) と相対速度 \(v_{\text{相対}}\) を用いて \(K_{\text{相対}} = \frac{1}{2}\mu v_{\text{相対}}^2\) と表せます。
- 初期状態:
- 相対速度は \(v_{\text{相対,初}} = v_0 – 0 = v_0\)。
- 初期の相対運動エネルギー \(K_{\text{相対,初}}\) は、
$$
\begin{aligned}
K_{\text{相対,初}} = \frac{1}{2} \mu v_{\text{相対,初}}^2 = \frac{1}{2} \frac{mM}{m+M} v_0^2
\end{aligned}
$$
- 最終状態:
- 質点とリングは一体となるため、相対速度は \(v_{\text{相対,後}} = 0\)。
- 最終的な相対運動エネルギー \(K_{\text{相対,後}}\) は、
$$
\begin{aligned}
K_{\text{相対,後}} = 0
\end{aligned}
$$
3. 失われたエネルギーを求める
失われたエネルギーは、初期の相対運動エネルギーそのものです。
$$
\begin{aligned}
\Delta K_{\text{失}} = K_{\text{相対,初}} – 0 = \frac{mM}{2(m+M)}v_0^2
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- 重心速度の式: \(v_G = \frac{m_1v_1+m_2v_2}{m_1+m_2}\)
- エネルギー分離の概念: \(K_{\text{全}} = K_{\text{重心}} + K_{\text{相対}}\)
- 相対運動エネルギー: \(K_{\text{相対}} = \frac{1}{2}\mu v_{\text{相対}}^2\) (\(\mu\)は換算質量)
上記の立式自体がほぼ計算過程であり、代数的な変形は不要です。重心と相対運動の概念を適用するだけで、直接答えが導かれます。
少し専門的になりますが、とても面白い考え方を紹介します。質点とリングの全体の運動を、2つのパートに分解して見てみましょう。
一つは、全体の「代表点(重心)」がスーッと進んでいく動き。もう一つは、その代表点の周りで質点とリングがガチャガチャとぶつかり合う動きです。
実は、衝突という身内同士のケンカ(内力)では、全体の代表点の動きは全く影響を受けません。つまり、代表点が持つエネルギーは、衝突が何回起ころうと完全に保存されるのです。
では、失われるエネルギーはどこから来るのか?それは、ガチャガチャとぶつかり合う「身内の動き」のエネルギーです。衝突を繰り返すうちに、この身内の動きがだんだん静まっていき、最後にはゼロになります。つまり、最初に持っていた「身内の動き」のエネルギーが、すべて熱や音に変わって失われた、と考えることができます。この方法だと、複雑な計算なしに、物理の深いところから答えが直接見えてきます。
結果は主たる解法と完全に一致します。この解法は、なぜ衝突でエネルギーが失われるのか(あるいは保存されるのか)を、重心運動と相対運動という視点から明確に説明してくれます。重心運動エネルギーは不変であり、エネルギーの出入りはすべて相対運動エネルギーで起こるという事実は、力学の非常に重要な本質を示しています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動量保存則:
- 核心: 外力が働かない系では、物体の衝突や分裂といった相互作用の前後で、系全体の運動量のベクトル和は常に一定に保たれます。これは衝突問題を解く上で最も基本的な法則です。
- 理解のポイント: この問題では、水平方向には外力が働かないため、どの時点の衝突を考えても、質点とリングの運動量の合計は、初期状態の \(mv_0\) に等しくなります。
- 反発係数(はね返り係数)の式:
- 核心: 衝突後の相対速度が、衝突前の相対速度の \(-e\) 倍になるという関係式 \(v’_1 – v’_2 = -e(v_1 – v_2)\) です。これは衝突によるエネルギーの損失具合を現象論的に表す実験則です。
- 理解のポイント: マイナス符号は、衝突によって相対速度の向きが逆転することを意味します。\(e=1\) ならエネルギーが保存される弾性衝突、\(0 \le e < 1\) ならエネルギーが失われる非弾性衝突となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 壁との繰り返し衝突: 壁を質量が無限大 (\(M \to \infty\)) の物体と考えれば、同様に解くことができます。
- 分裂・合体現象: 合体は \(e=0\) の衝突とみなせます。分裂は衝突の逆過程として、運動量保存則が適用できます。
- 2次元の衝突: 運動量保存則と反発係数の式を、ベクトル的に(成分ごとに)立てることで対応できます。
- 初見の問題での着眼点:
- 「衝突」というキーワード: 問題文に「衝突」があれば、まず「運動量保存則」と「反発係数の式」の2つを立式することを考えます。これが解法の基本セットです。
- 相対速度の利用: 衝突後、複数の物体が動いている場合、一方の物体から見た他方の物体の運動(相対運動)を考えると、問題が劇的に簡単になることがあります。特に、衝突間の時間を求める際に有効です。
- 最終状態の考察: \(e<1\) での繰り返し衝突では、最終的に物体が一体となる(相対速度が0になる)ことが多いです。この最終状態は、複雑な途中経過をすべて飛ばして、初期状態と運動量保存則で結びつけることができます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 反発係数の式の符号ミス:
- 誤解: \(v’_1 – v’_2 = e(v_1 – v_2)\) のように、右辺のマイナス符号を忘れてしまう。
- 対策: 「衝突後は相対速度の向きが逆になる」と物理的な意味を理解し、式の形を正確に記憶する。また、速度差の順序(例:質点-リング)を、式の左辺と右辺で必ず統一する。
- 力学的エネルギー保存則の誤用:
- 誤解: 衝突問題で、安易にエネルギー保存則を立ててしまう。
- 対策: エネルギーが保存されるのは \(e=1\) の完全弾性衝突のみ、と肝に銘じる。\(e<1\) の場合は、運動量のみが保存され、力学的エネルギーは必ず減少します。
- 相対速度の定義の混同:
- 誤解: 誰から見た誰の速度なのかを曖昧にしたまま計算し、符号を間違える。
- 対策: 「リングに対する質点の相対速度 \(v_{\text{質点}} – v_{\text{リング}}\)」のように、基準を明確にして式を立てる習慣をつける。
- 力積の向き:
- 誤解: 力積をスカラー量のように扱い、向きを考慮しない。
- 対策: 力積はベクトル量であり、運動量の「変化」であるため、向きが重要です。必ず座標軸を設定し、符号を含めて計算する。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動量保存則 \( \sum mv = \text{const.} \):
- 選定理由: 問題が「衝突」という、物体間の内力が主役となる相互作用を扱っているため。
- 適用根拠: ニュートンの運動の第3法則(作用・反作用の法則)から、系全体で内力による力積は相殺されるため、外力が働かなければ全体の運動量は変化しません。衝突のような短時間での現象では、重力などの外力による力積は無視できるため、この法則が非常に有効です。
- 反発係数の式 \(v’_1 – v’_2 = -e(v_1 – v_2)\):
- 選定理由: 運動量保存則だけでは、衝突後の2つの物体の速度(未知数が2つ)を一意に決定できないため、もう一つの関係式が必要となるから。
- 適用根拠: これは、衝突時の変形や熱の発生といった複雑な過程をすべて含んだ結果を、\(e\) という一つのパラメータで簡潔に表現した実験則です。
- 力積と運動量の関係 \(I = \Delta p\):
- 選定理由: 問題で「力積」が問われているため。
- 適用根拠: 運動方程式 \(F = ma = m\frac{\Delta v}{\Delta t}\) を変形すると \(F\Delta t = m\Delta v\) となり、力積が運動量の変化に等しいことが導かれます。衝突時に働く力 \(F\) や時間 \(\Delta t\) が不明でも、速度変化から力積を求めることができます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式の整理:
- 特に注意すべき点: この問題のように多くの文字が登場する場合、連立方程式を解く過程で項の移し間違いや符号ミスが起こりやすいです。
- 日頃の練習: 途中式を省略せず、一行ずつ丁寧に書く。特に、代入して括弧を展開する際は慎重に行う。問(3)のように、前の設問の結果を利用して計算を簡略化できないか、常に考える癖をつける。
- 符号の確認:
- 特に注意すべき点: 速度、力積はベクトル量です。最初に設定した座標軸の正の向きを常に意識し、式の各項の符号が物理的な向きと一致しているかを確認する。
- 日頃の練習: 式を立てる前に、簡単な図を描いて速度や力の向きを矢印で示し、正負の判断の助けにする。
- 検算の習慣:
- 特に注意すべき点: 連立方程式で得られた解(例えば \(v_1, V_1\))を、元の式(運動量保存則や反発係数の式)に代入して、等式が成り立つかを確認する。
- 日頃の練習: 時間があれば、簡単な検算を行う習慣をつける。別解(例えば力積の計算)を思いつけば、それが強力な検算ツールになります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 速度 \(v_1, V_1\): \(V_1\) は必ず正になるか?(リングは必ず右に動くはず)。\(v_1\) の符号は、\(m\) と \(eM\) の大小関係で変わるが、それは物理的にあり得るか?(軽いボールが重い壁に当たればはね返る、など)。
- (2) 時間 \(t_{\text{O} \to \text{B}}\): \(e\) が \(0\) や \(1\) に近い極端な場合を考える。\(e \to 0\)(はね返らない)なら \(t_{\text{A} \to \text{B}}\) は無限大に発散するはず。式はそうなっているか?
- (3) 時間 \(t_{\text{B} \to \text{A}}\): \(t_{\text{A} \to \text{B}}\) と比べて長くなるか、短くなるか? \(e<1\) なので相対速度は小さくなり、時間は長くなるはず。式は \(e^2\) に反比例しており、そうなっている。
- (4) 最終速度 \(u\) と失われたエネルギー \(\Delta K_{\text{失}}\): 最終速度 \(u\) は、質点とリングの間のどこかの速度になるはず(\(0 < u < v_0\))。失われたエネルギーは必ず正の値になるか?(非弾性衝突なので必ず正になるはず)。
- 特殊な場合や既知の状況との比較:
- もし \(e=1\)(完全弾性衝突)なら、力学的エネルギーは保存されるはず。この場合、問(4)の「一体となる」という最終状態にはなりません。衝突は永遠に続き、エネルギーは失われません。
- もし \(M \gg m\)(リングが壁のようなもの)なら、\(V_1 \approx 0\), \(v_1 \approx -ev_0\) となるはず。実際に式に \(M \to \infty\) の極限を適用して確認してみる。
[mathjax] SNSでのシェアはご自由にどうぞ。(上のボタンをクリック) ブログで引用する際には、こちらのリンクを添えてください。【引用】https://makoto-physics-school.com[…]
問題14 (名古屋市立大)
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、鉛直面内で打ち上げられた物体\(P\)が最高点で破裂し、\(2\)つの物体\(P_1\)と\(P_2\)に分裂する現象を扱います。分裂前の放物運動、分裂の瞬間の運動量保存則、そして分裂後の各物体の運動(再び放物運動)を順に解析していきます。
- 物体\(P\): 仰角 \(\theta\)、初速 \(v_0\) で原点\(O\)から打ち出される。
- 軌道: \(P\)は軌道\(I\)を描き最高点\(A\)に達し、もし破裂しなければ軌道\(II\)を描いて\(y\)軸上の地点\(B\)に落下する。
- 破裂: 最高点\(A\)で\(P\)が質量が同じ\(2\)個の物体\(P_1\)と\(P_2\)に分裂。
- 物体\(P_1\)の運動: 分裂後、\(P_1\)は\(yz\)平面に垂直な方向(\(x\)方向とする)に、軌道\(II\)とまったく同じ形をした軌道\(III\)を描き、\(AB\)と等距離の地点\(C\)に落下する。
- 重力加速度: \(g\)。
- 座標系: 図\(1\)のように、打ち出しの軌道面を\(yz\)鉛直面とする。\(y\)軸は水平方向、\(z\)軸は鉛直上向き。\(x\)軸は\(yz\)平面に垂直な方向。
- (1) 最高点\(A\)の高さ \(h\) と水平距離 \(OB\)。
- (2) \(P\)が分裂した直後の\(P_1\)の速さと、\(P_2\)の速度の\(x\)成分 \(v_{P2x}\)、\(y\)成分 \(v_{P2y}\)、\(z\)成分 \(v_{P2z}\)。
- (3) 図\(2\)(分裂直前の\(P\)の速度ベクトルの水平成分を基準とした真上から見た図)に、分裂直後の\(P_1\), \(P_2\)の速度ベクトルの水平成分を描き、記号を付ける。
- (4) \(P_1\)に対する\(P_2\)の相対速度の大きさ。
- (5) \(P_2\)が地面に落下した地点の座標 \((x, y)\)。
- Q: \(P_1\), \(P_2\)が地面に落下したときの、\(P_1P_2\)間の距離を、問(4)までの結果から\(P_1\)に対する\(P_2\)の運動を考えて求めること。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
- 提示する別解
- 問(1) 最高点の高さ\(h\)の別解: 力学的エネルギー保存則を用いる解法
- 主たる解法が鉛直方向の運動方程式(等加速度運動の公式)を時間について解くのに対し、別解では時間を媒介変数としない力学的エネルギー保存則を立式して、より直接的に高さを導出します。
- 問(5) \(P_2\)の落下地点の別解: 重心の運動を利用する解法
- 主たる解法が\(P_2\)単体の運動を追跡するのに対し、別解では「分裂後も\(P_1\)と\(P_2\)の重心は、分裂しなかった場合の\(P\)と同じ軌道を描き続ける」という物理法則を利用します。\(P_1\)の落下点が分かっているため、重心の落下点との関係から\(P_2\)の落下点を逆算します。
- 問Q \(P_1P_2\)間の最終距離の別解: 各落下点の座標から直接計算する解法
- 主たる解法が分裂後の「相対運動」が等速直線運動になることを利用するのに対し、別解では問(5)までに求めた\(P_1\)と\(P_2\)の最終的な落下地点の座標を用いて、三平方の定理から\(2\)点間の直線距離を直接計算します。
- 問(1) 最高点の高さ\(h\)の別解: 力学的エネルギー保存則を用いる解法
- 上記の別解が有益である理由
- 物理的本質の深化: 「エネルギー保存則」「重心運動の保存性」「相対運動」といった、力学における極めて重要かつ普遍的な概念への理解が深まります。特に問(5)の別解は、多体系の運動を重心という一つの代表点で捉える強力な視点を提供します。
- 解法の選択肢と検算能力: 複数のアプローチを学ぶことで、問題の条件に応じて最も効率的な解法を選択する判断力が養われます。また、異なる方法で同じ結論に至ることを確認する作業は、強力な検算手段となります。
- 思考の抽象化: 主たる解法が個々の物体の具体的な運動を追うのに対し、別解(特に重心や相対運動)は系全体をより抽象的・大局的に捉えるアプローチです。これにより、より複雑な問題にも対応できる思考の柔軟性が身につきます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「分裂現象を含む放物運動」です。分裂前の「放物運動」、分裂の瞬間の「運動量保存則」、そして分裂後の各物体の「新たな放物運動」という\(3\)つのステップに分けて考えることが重要です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 放物運動の解析: 運動を水平方向の「等速直線運動」と鉛直方向の「等加速度直線運動」に分解して考えます。
- 運動量保存則: 分裂や衝突のような、内力のみが働く(または外力の影響が無視できるほど短時間の)現象では、系全体の運動量はベクトル的に保存されます。
- 運動の独立性: \(x\), \(y\), \(z\)各方向の運動は互いに独立しており、別々に扱うことができます。特に、鉛直方向の運動(落下時間など)と水平方向の運動(到達距離など)を分けて考えることが基本です。
- 相対運動: 複数の物体が同じ加速度で運動する場合、相対加速度が\(0\)となり、相対速度が一定に保たれます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、分裂が起こらない場合の標準的な放物運動を解析し、最高点の高さや水平到達距離を求めます。
- 次に、分裂の瞬間に着目し、分裂直前の運動量と分裂直後の各物体の運動量の和が等しいという「運動量保存則」を、\(x\), \(y\), \(z\)の各成分について立式します。
- 最後に、分裂後の各物体が、分裂直後の速度を新たな初速度として再び放物運動をすることを考え、落下地点などを計算します。