260 球形容器内の気体分子の運動
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、半径\(r\)の球形容器に閉じ込められた、質量\(m\)、速さ\(v\)の単原子分子\(N\)個からなる理想気体の運動を扱います。分子1個の壁との衝突から出発し、気体全体の圧力や内部エネルギーといったマクロな物理量を、分子のミクロな運動から導出する「気体分子運動論」の基本的な考え方を学びます。
- 容器: 半径 \(r\) の球形
- 気体: 単原子分子の理想気体
- 分子の数: \(N\) 個
- 分子1個の質量: \(m\)
- 分子1個の速さ: \(v\) (全分子で一定)
- 衝突: 壁と完全弾性衝突、分子間衝突は無視
- (1) 1回の衝突における、壁に垂直な方向の運動量変化の大きさ
- (2) 1個の分子の、単位時間あたりの壁への衝突回数
- (3) 1個の分子が壁に与える平均の力の大きさ \(f\)
- (4) \(N\)個の分子が壁に及ぼす圧力 \(p\)
- (5) \(N\)個の分子がもつ運動エネルギーの合計 \(U\)
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 問(4)の別解: 立方体容器モデルを用いた圧力の導出
- 模範解答が球形容器の幾何学的性質を利用して1分子あたりの力を計算し、それをN倍して圧力を求めるのに対し、別解ではより一般的な立方体容器モデルを用いて、多数の分子の運動を統計的に平均化することで圧力を導出します。
- 問(4)の別解: 立方体容器モデルを用いた圧力の導出
- 上記の別解が有益である理由
- 普遍性の理解: 気体分子運動論から導かれる圧力の式 \(p = \displaystyle\frac{Nmv^2}{3V}\) が、容器の形状によらず成り立つという、より普遍的な物理法則であることを理解できます。
- 標準的解法の習得: 多くの教科書で採用されている立方体容器モデルでの導出過程を学ぶことで、気体分子運動論の標準的な考え方(成分分解、平均化)を習得できます。
- 物理モデルの比較: 球形容器モデル(個々の衝突を追跡)と立方体容器モデル(統計的平均)という、異なる物理モデルから同じ結論が導かれることを体験し、物理学におけるモデル化の多様性を学べます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「気体分子運動論」です。気体の圧力や内部エネルギーといったマクロな性質を、分子1個1個のミクロな運動から理論的に導出する過程を学びます。
- 運動量と力積の関係: 分子の衝突による力の作用は、運動量の変化から力積を求めることで計算します。
- 作用・反作用の法則: 分子が壁から受ける力と、壁が分子から受ける力は、大きさが等しく向きが逆です。
- 圧力の定義: 圧力は単位面積あたりに働く力の大きさ (\(p = \displaystyle\frac{F}{S}\)) です。
- 理想気体の状態方程式: ミクロな世界から導いた理論式と、マクロな世界の実験則である状態方程式 (\(pV=nRT\)) を結びつけることが最終目標です。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、1個の分子が壁に1回衝突するときの運動量の変化を計算します(問1)。
- 次に、その分子が単位時間に何回壁に衝突するかを求めます(問2)。
- 運動量と力積の関係から、1個の分子が壁に及ぼす平均の力を導出します(問3)。
- \(N\)個の分子全体が及ぼす力を考え、圧力の定義式を用いて圧力を計算します(問4)。
- 最後に、(4)で得られた式と理想気体の状態方程式を組み合わせ、気体の内部エネルギーを求めます(問5)。
問(1) 壁面に垂直な方向の分子の運動量変化の大きさ
思考の道筋とポイント
分子は壁と完全弾性衝突をするため、衝突の前後で速さ \(v\) は変わらず、入射角と反射角は等しくなります。運動量はベクトル量であるため、壁に平行な成分と垂直な成分に分解して考えます。衝突によって変化するのは、壁に垂直な方向の運動量成分のみです。
この設問における重要なポイント
- 運動量の成分分解: 衝突前の運動量ベクトル \(\vec{p}_{\text{前}}\) と衝突後の運動量ベクトル \(\vec{p}_{\text{後}}\) を、壁に垂直な方向と平行な方向に分解します。
- 垂直成分の変化: 壁に垂直な方向の運動量成分は、大きさが同じまま向きが逆になります。平行な成分は変化しません。
- 運動量変化の計算: 運動量変化 \(\Delta \vec{p}\) は、ベクトルの引き算 \(\vec{p}_{\text{後}} – \vec{p}_{\text{前}}\) で計算します。
具体的な解説と立式
分子の運動量を、壁に垂直な方向と平行な方向に分解します。壁に向かって進む方向を負、壁から遠ざかる方向を正とします。
衝突前の運動量の垂直成分は \(-mv\cos\theta\)、平行成分は \(mv\sin\theta\) です。
衝突後の運動量の垂直成分は \(+mv\cos\theta\)、平行成分は \(mv\sin\theta\) です。
壁面に垂直な方向の分子の運動量変化 \(\Delta p_{\text{垂直}}\) は、衝突後の成分から衝突前の成分を引くことで求められます。
$$ \Delta p_{\text{垂直}} = (\text{衝突後の垂直成分}) – (\text{衝突前の垂直成分}) $$
$$ \Delta p_{\text{垂直}} = (mv\cos\theta) – (-mv\cos\theta) \quad \cdots ① $$
使用した物理公式
- 運動量の定義: \(p = mv\)
①式を計算すると、運動量変化の大きさは次のようになります。
$$
\begin{aligned}
\Delta p_{\text{垂直}} &= mv\cos\theta + mv\cos\theta \\[2.0ex]
&= 2mv\cos\theta
\end{aligned}
$$
よって、運動量変化の大きさは \(2mv\cos\theta\) です。
ボールが壁に斜めにぶつかって跳ね返るのをイメージしてください。壁に沿って進む速さは変わりませんが、壁に垂直な方向の速さは向きが逆になります。運動量も同じで、壁に垂直な方向の「勢い」の変化分を計算します。「後」の勢いから「前」の勢いを引き算すると、変化量が求まります。
壁面に垂直な方向の分子の運動量変化の大きさは \(2mv\cos\theta\) です。この変化は壁に垂直な向きに起こります。もし正面衝突すれば \(\theta=0\) で運動量変化は最大の \(2mv\) となり、壁をかすめるように進めば \(\theta=90^\circ\) で運動量変化は \(0\) となります。これは物理的に妥当な結果です。
問(2) この分子の単位時間当たりの壁面への衝突回数
思考の道筋とポイント
分子が1回衝突してから、次にいずれかの壁面に衝突するまでの間に進む距離を求めます。分子は速さ \(v\) で一定の距離を進むので、衝突から次の衝突までの時間が計算できます。単位時間あたりの衝突回数(衝突頻度)は、その時間の逆数となります。
この設問における重要なポイント
- 衝突間の距離: 図2より、分子が衝突してから次に壁面に衝突するまでの移動距離は、球の弦の長さに相当し、\(2r\cos\theta\) となります。
- 衝突間の時間: 分子は速さ \(v\) でこの距離を進むため、衝突から次の衝突までにかかる時間は \(\Delta t = (\text{距離}) / (\text{速さ})\) で計算できます。
- 衝突回数: 単位時間(1秒)あたりの衝突回数は、\(1 / \Delta t\) で求められます。
具体的な解説と立式
図2から、1回の衝突から次の衝突までに分子が進む距離 \(L\) は、
$$ L = 2r\cos\theta \quad \cdots ① $$
この距離 \(L\) を速さ \(v\) で進むのにかかる時間 \(\Delta t\) は、
$$ \Delta t = \frac{L}{v} = \frac{2r\cos\theta}{v} \quad \cdots ② $$
単位時間(1秒)あたりの衝突回数 \(N_{\text{回}}\) は、この時間 \(\Delta t\) の逆数なので、
$$ N_{\text{回}} = \frac{1}{\Delta t} \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 等速直線運動: 距離 = 速さ × 時間
③式に②式を代入して、単位時間あたりの衝突回数を計算します。
$$
\begin{aligned}
N_{\text{回}} &= \frac{1}{\displaystyle\frac{2r\cos\theta}{v}} \\[2.0ex]
&= \frac{v}{2r\cos\theta}
\end{aligned}
$$
分子は秒速 \(v\) [m/s] で飛んでいます。そして、1回壁にぶつかってから次にぶつかるまでに \(2r\cos\theta\) [m] 進みます。では、1秒間には何回ぶつかることができるでしょうか。これは「1秒間に進む距離 \(v\)」を「1回あたりに進む距離 \(2r\cos\theta\)」で割ることで計算できます。
単位時間あたりの衝突回数は \(\displaystyle\frac{v}{2r\cos\theta}\) [回/s] です。分子の速さ \(v\) が大きいほど、また容器が小さく衝突距離 \(2r\cos\theta\) が短いほど、衝突回数が多くなるという、直感に合った結果です。
問(3) 1個の分子が壁面に与える力の大きさ \(f\)
思考の道筋とポイント
運動量と力積の関係を利用します。分子が壁に及ぼす平均の力 \(f\) は、単位時間あたりに分子が壁に与える力積の大きさに等しくなります。単位時間あたりの力積は、「1回の衝突で与える力積」と「単位時間あたりの衝突回数」の積で計算できます。
この設問における重要なポイント
- 運動量と力積の関係: 分子が壁から受けた力積は、(1)で求めた運動量変化 \(\Delta p_{\text{垂直}}\) に等しいです。
- 作用・反作用の法則: 分子が壁に与える力積は、壁から受ける力積と大きさが等しく向きが逆です。
- 平均の力: 平均の力 \(f\) を使って、単位時間(\(\Delta t = 1\text{ s}\))に壁が受ける力積を表すと \(f \times 1\) となります。この値が、「1回の力積」×「1秒間の衝突回数」と等しくなります。
具体的な解説と立式
1回の衝突で分子が壁に与える力積の大きさ \(I\) は、(1)で求めた運動量変化の大きさに等しいです。
$$ I = 2mv\cos\theta \quad \cdots ① $$
単位時間あたりの衝突回数 \(N_{\text{回}}\) は(2)で求めた通りです。
$$ N_{\text{回}} = \frac{v}{2r\cos\theta} \quad \cdots ② $$
1個の分子が壁に及ぼす平均の力の大きさ \(f\) は、単位時間あたりに壁が受ける力積の合計に等しいので、
$$ f \times 1\text{ [s]} = I \times N_{\text{回}} \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 運動量と力積の関係: \(I = \Delta p\)
- 作用・反作用の法則
③式に①式と②式を代入して \(f\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
f &= (2mv\cos\theta) \times \left(\frac{v}{2r\cos\theta}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{2mv^2\cos\theta}{2r\cos\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{mv^2}{r}
\end{aligned}
$$
壁が受ける力は、分子がぶつかる「1回ごとの衝撃の強さ」と「1秒間にぶつかる回数」の掛け算で決まります。(1)で衝撃の強さ(運動量変化)を、(2)でぶつかる回数を計算しました。この2つを掛け合わせると、壁が平均的に受け続けている力の大きさがわかります。面白いことに、計算すると入射角 \(\theta\) が式から消えてしまいます。
1個の分子が壁面に与える力の大きさは \(f = \displaystyle\frac{mv^2}{r}\) です。この結果は、分子の入射角 \(\theta\) に依存しません。これは球形の容器の特別な性質によるもので、どの角度で衝突しても、結果的に壁に及ぼす平均の力は同じになることを意味します。このため、次の(4)の計算が単純になります。
問(4) N個の分子が壁面に及ぼす圧力 \(p\)
思考の道筋とポイント
(3)で求めたのは、あくまで1個の分子が壁に及ぼす力です。容器内には\(N\)個の分子があるので、壁が受ける全圧力は、これら全ての分子から受ける力の合計を、容器の全表面積で割ることで求められます。
この設問における重要なポイント
- 全分子からの力: (3)で求めた力 \(f\) は入射角によらないため、\(N\)個の分子が壁全体に及ぼす力の合計の大きさ \(F\) は、単純に \(f\) の\(N\)倍として計算できます。
- 圧力の定義: 圧力 \(p\) は、力 \(F\) をその力が働く面積 \(S\) で割ったものです (\(p = \displaystyle\frac{F}{S}\))。
- 球の表面積と体積: 半径 \(r\) の球の表面積は \(S=4\pi r^2\)、体積は \(V=\displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3\) です。これらの関係を利用して、式を整理します。
具体的な解説と立式
\(N\)個の分子が壁全体に及ぼす力の合計の大きさ \(F\) は、1個の分子が及ぼす力 \(f\) の\(N\)倍です。
$$ F = N \times f = N \frac{mv^2}{r} \quad \cdots ① $$
この力が、球の表面全体に働いていると考えます。球の表面積 \(S\) は、
$$ S = 4\pi r^2 \quad \cdots ② $$
圧力 \(p\) は、この力 \(F\) を表面積 \(S\) で割ることで求められます。
$$ p = \frac{F}{S} \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 圧力の定義: \(p = \displaystyle\frac{F}{S}\)
③式に①式と②式を代入します。
$$
\begin{aligned}
p &= \frac{N \displaystyle\frac{mv^2}{r}}{4\pi r^2} \\[2.0ex]
&= \frac{Nmv^2}{4\pi r^3}
\end{aligned}
$$
ここで、容器の体積 \(V = \displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3\) という関係を使います。この式を変形すると \(4\pi r^3 = 3V\) となります。これを上の式に代入すると、
$$
p = \frac{Nmv^2}{3V}
$$
まず、分子1個が壁を押す力を、容器の中にある\(N\)個分に増やして、壁全体が受ける力の合計を求めます。次に、その合計の力を、容器の壁の全面積で割ってあげます。そうすると、単位面積あたりに働く力、つまり「圧力」が計算できます。最後に、式の形をきれいにするために、球の体積の公式を使って変形します。
圧力は \(p = \displaystyle\frac{Nmv^2}{3V}\) と表せます。この式は、圧力 \(p\) が分子の数 \(N\)、質量 \(m\)、速さの2乗 \(v^2\) に比例し、容器の体積 \(V\) に反比例することを示しています。分子が多く、重く、速いほど圧力は高くなり、容器が広いほど圧力は低くなる、という物理的な直感と一致する妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
気体分子運動論のより一般的な導出方法である、一辺 \(L\) の立方体容器モデルを使って圧力を計算します。分子の速度を \(x, y, z\) の3成分に分解し、まず1つの壁(例:x軸に垂直な壁)が受ける力を計算します。最終的に、球形容器モデルと同じ結果が得られることを確認します。
この設問における重要なポイント
- 速度の成分分解: 1個の分子の速度を \((v_x, v_y, v_z)\) と分解します。速さの2乗は \(v^2 = v_x^2 + v_y^2 + v_z^2\) です。
- 1つの壁との往復運動: x軸に垂直な壁に衝突する場合、運動量が変化するのは \(v_x\) 成分のみです。分子が壁と壁の間を往復する時間から、1つの壁が受ける平均の力を計算します。
- 等方性と平均化: 分子の運動はランダムでどの方向も平等(等方的)であるため、多数の分子について平均すると \(\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2}\) となります。これより \(\overline{v_x^2} = \displaystyle\frac{1}{3}\overline{v^2}\) という重要な関係が導かれます。
具体的な解説と立式
一辺 \(L\) の立方体容器(体積 \(V=L^3\))を考えます。
1個の分子(速度成分 \(v_x\))がx軸に垂直な壁に弾性衝突するときの運動量変化は \(2mv_x\) です。
この分子が壁に衝突してから、反対側の壁にぶつかって戻ってくるまでの往復時間は \(\Delta t = \displaystyle\frac{2L}{v_x}\) です。
したがって、この1個の分子が1つの壁に及ぼす平均の力 \(f_x\) は、
$$ f_x = \frac{\text{運動量変化}}{\text{時間}} = \frac{2mv_x}{\Delta t} = \frac{2mv_x}{2L/v_x} = \frac{mv_x^2}{L} \quad \cdots ① $$
容器内には\(N\)個の分子があるので、壁が受ける力の合計 \(F_x\) は、全分子の \(f_x\) を足し合わせたものになります。分子の速度は様々なので、\(v_x^2\) の平均値 \(\overline{v_x^2}\) を用いて、
$$ F_x = N \times \frac{m\overline{v_x^2}}{L} \quad \cdots ② $$
分子の運動は等方的なので \(\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2}\) です。また、\(\overline{v^2} = \overline{v_x^2} + \overline{v_y^2} + \overline{v_z^2} = 3\overline{v_x^2}\) より、\(\overline{v_x^2} = \displaystyle\frac{1}{3}\overline{v^2}\) となります。問題では全分子の速さが \(v\) で一定なので、\(\overline{v^2} = v^2\) です。
$$ \overline{v_x^2} = \frac{1}{3}v^2 \quad \cdots ③ $$
圧力 \(p\) は力 \(F_x\) を壁の面積 \(L^2\) で割ったものなので、
$$ p = \frac{F_x}{L^2} \quad \cdots ④ $$
使用した物理公式
- 運動量と力積の関係
- 圧力の定義: \(p = \displaystyle\frac{F}{S}\)
②に③を代入して \(F_x\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
F_x &= N \times \frac{m(\frac{1}{3}v^2)}{L} \\[2.0ex]
&= \frac{Nmv^2}{3L}
\end{aligned}
$$
これを④に代入して圧力 \(p\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
p &= \frac{\displaystyle\frac{Nmv^2}{3L}}{L^2} \\[2.0ex]
&= \frac{Nmv^2}{3L^3}
\end{aligned}
$$
立方体の体積が \(V=L^3\) であることを用いると、
$$ p = \frac{Nmv^2}{3V} $$
分子の運動を、サイコロの箱の中を飛び回る点をイメージして、x, y, zの3つの方向に分解して考えます。まずx方向の運動だけに着目し、1つの分子が壁にぶつかる衝撃と頻度から、壁を押し続ける平均の力を計算します。分子の動きはバラバラですが、平均すればどの方向も同じはずなので、x方向のエネルギーは全体のエネルギーの3分の1と考えます。この考え方を使ってN個の分子全体の力を計算し、最後に壁の面積で割って圧力を求めます。
圧力は \(p = \displaystyle\frac{Nmv^2}{3V}\) となり、主たる解法(球形容器モデル)と完全に一致しました。このことは、気体の圧力の式が容器の形によらない、より普遍的な法則であることを示しています。標準的な教科書で紹介されるこの導出方法も理解しておくことは非常に重要です。
問(5) N個の分子がもつ運動エネルギーの合計 \(U\)
思考の道筋とポイント
単原子分子の理想気体では、内部エネルギー \(U\) は全ての分子の並進運動エネルギーの合計に等しいです。一方、(4)で導出した圧力の式と、マクロな実験法則である理想気体の状態方程式は、どちらも \(pV\) という項を含んでいます。この2つの式を結びつけることで、内部エネルギー \(U\) を温度 \(T\) を用いて表すことができます。
この設問における重要なポイント
- 内部エネルギーの定義: 単原子分子の理想気体の内部エネルギー \(U\) は、\(N\)個の分子の運動エネルギーの総和です。\(U = N \times (\frac{1}{2}mv^2)\)。
- 気体分子運動論の結果: (4)で導出した \(p = \displaystyle\frac{Nmv^2}{3V}\) を変形すると \(pV = \displaystyle\frac{1}{3}Nmv^2\) となります。
- 理想気体の状態方程式: マクロな量である圧力 \(p\)、体積 \(V\)、物質量 \(n\)、温度 \(T\) の間には \(pV = nRT\) の関係が成り立ちます。
具体的な解説と立式
単原子分子からなる理想気体の内部エネルギー \(U\) は、\(N\)個の分子の運動エネルギーの合計です。
$$ U = N \times \left(\frac{1}{2}mv^2\right) \quad \cdots ① $$
(4)で求めた圧力の式を変形します。
$$ pV = \frac{Nmv^2}{3} \quad \cdots ② $$
理想気体の状態方程式は、
$$ pV = nRT \quad \cdots ③ $$
ここで、\(n\) は物質量、\(R\) は気体定数です。
使用した物理公式
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 理想気体の状態方程式: \(pV = nRT\)
②式から \(Nmv^2\) に着目すると、\(Nmv^2 = 3pV\) となります。
これを①式に代入すると、\(U\) と \(pV\) の関係が得られます。
$$
\begin{aligned}
U &= \frac{1}{2} (Nmv^2) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2} (3pV) \\[2.0ex]
&= \frac{3}{2}pV
\end{aligned}
$$
この式に、状態方程式③ (\(pV = nRT\)) を代入します。
$$
U = \frac{3}{2}nRT
$$
(4)で求めた式から、「圧力×体積」という量が、分子全体の運動エネルギーと密接に関係していることがわかります。一方、高校化学でも習う「理想気体の状態方程式」は、「圧力×体積」が「温度」に比例することを示しています。この2つの関係式を「圧力×体積」を仲介役としてつなぎ合わせることで、気体の内部エネルギー(=全分子の運動エネルギー)が、実は気体の「温度」だけで決まる、という非常に重要な結論を導き出すことができます。
\(N\)個の分子がもつ運動エネルギーの合計、すなわち内部エネルギーは \(U = \displaystyle\frac{3}{2}nRT\) となります。これは単原子分子理想気体の内部エネルギーの公式そのものであり、正しく導出できました。この式は、理想気体の内部エネルギーが体積や圧力にはよらず、絶対温度 \(T\) のみに比例するという、物理学における極めて重要な結果を示しています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 運動量と力積の関係の応用:
- 核心: 気体の圧力というマクロな現象は、無数の分子が壁に衝突する際のミクロな力積の集積によって生じます。この問題の根幹は、分子1個の運動量変化(\(\Delta p\))から力積を求め、それを時間で割ることで平均の力(\(F = \Delta p / \Delta t\))を導出するという、力学の基本法則の応用です。
- 理解のポイント: 圧力の正体は「分子の衝突」であると理解することが出発点です。分子1個の衝突を力学的に分析し、それを全分子、全時間について平均化・合計することで、マクロな圧力の式が導かれます。
- ミクロとマクロの架け橋:
- 核心: 気体分子運動論は、分子の質量 \(m\) や速さ \(v\) といったミクロな量と、圧力 \(p\) や温度 \(T\) といったマクロな量とを結びつける理論です。
- 理解のポイント: (4)で導出される \(p = \displaystyle\frac{Nmv^2}{3V}\) という式と、実験則である理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\) を比較することで、マクロな量である「絶対温度 \(T\)」の正体が、ミクロな世界の「分子の平均運動エネルギー」に比例するものであることが明らかになります。この関係性(\(U = \frac{3}{2}nRT\))こそが、気体分子運動論の最も重要な結論の一つです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 立方体容器での圧力導出: 本問の別解で示した通り、立方体容器を仮定して圧力を導出する問題は、最も標準的な形式です。
- 分子1個の平均運動エネルギーと温度の関係: \( \frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}kT \) (\(k\)はボルツマン定数)という関係式を使って、特定の温度における分子の速さ(二乗平均速度)を計算させる問題。
- 混合気体の圧力: 種類の異なる分子が混在している場合でも、それぞれの分子が及ぼす圧力(分圧)を同様に計算し、それらを足し合わせることで全圧を求める問題。
- 初見の問題での着眼点:
- モデルの確認: 容器の形状(球、立方体など)と衝突の条件(弾性衝突か否か)を最初に確認します。
- 1分子の運動に着目: まずは多数の分子を無視し、たった1個の分子が壁とどのように相互作用するかを力学的に分析することから始めます。運動量のどの成分が変化するのかを見極めるのが鍵です。
- 時間平均と空間平均: 1回の衝突で働く力は瞬間的ですが、求めたいのは「平均の力」や「圧力」です。単位時間あたりの衝突回数を計算して時間平均をとる、あるいは全分子について合計し、全表面積で割って空間平均をとる、という思考プロセスを意識します。
- 対称性・等方性の利用: 分子の運動はランダムであるため、どの方向も平等(等方的)であるという仮定は非常に強力です。特に立方体モデルでは、\(\overline{v_x^2} = \overline{v_y^2} = \overline{v_z^2} = \frac{1}{3}\overline{v^2}\) という関係式が頻繁に使われます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動量変化をスカラーで計算する:
- 誤解: 運動量変化を単純に \(mv – mv = 0\) と計算してしまう。
- 対策: 運動量はベクトル量であることを常に意識し、必ず成分に分解するか、ベクトル図を描いて「後のベクトル – 前のベクトル」を計算する習慣をつけましょう。
- 力と力積の混同:
- 誤解: 1回の衝突による運動量変化 \(2mv\cos\theta\) を、そのまま力の大きさと考えてしまう。
- 対策: 力積は「力×時間」であり、運動量変化そのものは力ではありません。平均の力を求めるには、運動量変化を「それが起こるのにかかった時間」で割る必要があることを明確に区別しましょう。
- \(v^2\) と \(\overline{v_x^2}\) の混同:
- 誤解: 立方体モデルで、1つの壁への圧力を計算する際に、速さの成分 \(v_x\) ではなく、速さそのもの \(v\) を使って \(F_x = \frac{Nmv^2}{L}\) のように式を立ててしまう。
- 対策: 壁に垂直な方向の運動だけが圧力に寄与することを意識し、速度ベクトルをきちんと成分分解して考えることが重要です。\(x, y, z\) の各成分は、平均すると全体のエネルギーを3等分している、という \(\frac{1}{3}\) の意味を理解しておきましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 衝突のベクトル図: 問(1)のように、衝突前後の運動量ベクトル \(\vec{p}_{\text{前}}\) と \(\vec{p}_{\text{後}}\) を始点を揃えて描き、\(\vec{p}_{\text{前}} + \Delta\vec{p} = \vec{p}_{\text{後}}\) となるような変化ベクトル \(\Delta\vec{p}\) を図示する練習は非常に有効です。これにより、運動量変化が壁に垂直な方向を向くことが視覚的に一発で理解できます。
- 衝突間の軌跡: 問(2)の図2のように、球内部での分子の軌跡を幾何学的に考えることで、衝突間の距離が \(2r\cos\theta\) となることを直感的に把握できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- ベクトルの矢印: 運動量や力などのベクトル量を扱う際は、必ず矢印をつけ、その向きと大きさが物理的に何を意味しているかを意識しながら描きましょう。
- 座標軸の設定: 特に立方体モデルを考える際は、容器の辺に沿ってx, y, z軸を明確に設定することが、思考の整理に繋がります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動量と力積の関係 \(F\Delta t = \Delta p\):
- 選定理由: 分子の衝突のように、力が働く時間が非常に短く、力の大きさが時間的に変化するような現象を扱う場合、力の時間変化を直接追うのは困難です。しかし、衝突前後の運動量の変化は比較的簡単に計算できます。この「運動量の変化」と「平均の力×時間」を結びつけるこの公式は、衝突現象を解析するための最も強力なツールです。
- 適用根拠: ニュートンの運動方程式 \(F=ma = m\frac{\Delta v}{\Delta t}\) を変形すると \(F\Delta t = m\Delta v = \Delta p\) となり、運動方程式と等価な関係式です。
- 理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\):
- 選定理由: この問題の最終目的は、ミクロな分子運動から導いた理論的な圧力の式と、マクロな測定量である温度とを結びつけることです。圧力、体積、温度というマクロな物理量を結びつける唯一の法則が状態方程式であるため、これを用いるのは必然的な流れです。
- 適用根拠: ボイル・シャルルの法則などを統合した、気体の振る舞いを記述する最も基本的な実験則であり、理論と現実世界を繋ぐ架け橋として機能します。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【ステージ1】 1分子・1衝突の分析:
- フロー: ①運動量を壁と垂直・平行な成分に分解 → ②弾性衝突の条件から、衝突後の各成分を決定 → ③垂直成分の運動量変化(=1回の力積)を計算。
- 【ステージ2】 1分子・時間平均の力の計算:
- フロー: ①1回の衝突から次の衝突までの移動距離と時間を計算 → ②単位時間あたりの衝突回数を求める → ③「力 = 1回の力積 × 衝突回数」として、1分子が及ぼす平均の力を計算。
- 【ステージ3】 N分子・圧力の計算:
- フロー: ①1分子の力をN倍して、全分子が及ぼす力を求める → ②圧力の定義 \(p=F/S\) に従い、力を容器の表面積で割る → ③球の体積と表面積の公式を使い、式を \(V\) で表す。
- 【ステージ4】 内部エネルギーと温度の関係導出:
- フロー: ①(3)で得た圧力の式を \(pV=\dots\) の形に変形 → ②理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\) と並べる → ③両式を等しいとおき、内部エネルギー \(U = N \times \frac{1}{2}mv^2\) を \(n, R, T\) で表す。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式の整理を丁寧に: この問題では、\(m, v, r, \theta, N\) など多くの文字が登場します。特に問(3)の計算 \( (2mv\cos\theta) \times (\frac{v}{2r\cos\theta}) \) では、分子と分母でどの項が打ち消し合うのかを一つ一つ確認しながら、丁寧に約分しましょう。
- 分数の計算: \(\displaystyle\frac{A}{B/C} = \frac{AC}{B}\) や \(\displaystyle\frac{A/B}{C} = \frac{A}{BC}\) のような分数の計算は間違いやすいポイントです。落ち着いて処理しましょう。
- 単位の確認: 例えば問(2)では「単位時間あたりの回数」を求めているので、単位は [回/s] または [s⁻¹] となります。最終的な答えの単位が物理的に正しいかを確認する癖をつけると、間違いに気づきやすくなります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 圧力の式 \(p = \frac{Nmv^2}{3V}\): この式が示す依存関係を吟味します。分子の数 \(N\) が増えれば圧力が増す(妥当)。分子が重い(\(m\))、または速い(\(v\))ほど壁への衝撃が強くなり圧力が増す(妥当)。容器の体積 \(V\) が大きいと分子が壁に衝突する頻度が減り圧力が下がる(妥当)。このように、結果が物理的直感と一致するかを確認します。
- 内部エネルギーの式 \(U = \frac{3}{2}nRT\): 気体を温めると(\(T\)が上がる)、分子の運動が激しくなり(\(U\)が増える)、これは直感と一致します。また、この式は、単原子分子理想気体の内部エネルギーが温度だけで決まるという重要な結論を示しており、理論的に正しい結果です。
- 別解との比較:
- この問題では、「球形容器モデル」と「立方体容器モデル」という全く異なるアプローチから、全く同じ圧力の式 \(p = \frac{Nmv^2}{3V}\) が導かれました。これは、この法則が容器の形状によらない普遍的なものであることを強く示唆しており、両方の解法の正しさを裏付ける強力な証拠となります。
261 断熱変化と等温変化
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、p-Vグラフで示される単原子分子理想気体の状態変化を扱います。A→Bの「断熱変化」と、A→Cの「等温変化」という、熱力学における2つの重要な過程について、熱力学第一法則や仕事の定義を正しく理解し、適用する力が問われます。
- 気体: 1 mol の単原子分子理想気体
- 気体定数: \(R\)
- 過程A→B: 断熱膨張 (体積 \(V_A \rightarrow V_B\), 温度 \(T_1 \rightarrow T_2\))
- 過程A→C: 等温膨張 (体積 \(V_A \rightarrow V_C\), 温度 \(T_1\)で一定)
- 積分公式: \(\displaystyle\int_a^b \frac{1}{x} dx = \log_e \frac{b}{a}\)
- (1) 過程A→Bで、気体が外部にした仕事
- (2) 過程A→Cで、気体に外部から加えられる熱量
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 問(1)の別解: ポアソンの法則と仕事の定義式を用いた解法
- 模範解答が熱力学第一法則から間接的に仕事(\(W’=-\Delta U\))を求めるのに対し、別解ではポアソンの法則(\(pV^\gamma=\text{一定}\))を用いて圧力\(p\)を体積\(V\)の関数で表し、仕事の定義式 \(W’ = \int p dV\) を直接計算します。
- 問(1)の別解: ポアソンの法則と仕事の定義式を用いた解法
- 上記の別解が有益である理由
- 公式の導出体験: 断熱変化における仕事の公式 \(W’ = \displaystyle\frac{1}{\gamma-1}(p_A V_A – p_B V_B)\) を自ら導出する過程を体験でき、公式への理解が深まります。
- 物理法則の連携: ポアソンの法則、仕事の定義、理想気体の状態方程式といった複数の法則を連携させて問題を解く、総合的な応用力を養うことができます。
- 計算能力の向上: 微分積分を用いた物理量の計算に慣れる良い機会となります。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「熱力学における断熱変化と等温変化」です。p-Vグラフを読み解き、それぞれの過程について熱力学第一法則を正しく適用する能力が問われます。
- 熱力学第一法則: 気体のエネルギー保存則であり、内部エネルギーの変化(\(\Delta U\))、気体が吸収した熱量(\(Q\))、気体がした仕事(\(W’\))の関係 (\(\Delta U = Q – W’\)) を記述します。
- 単原子分子理想気体の内部エネルギー: 内部エネルギーが絶対温度のみに依存し、\(U = \displaystyle\frac{3}{2}nRT\) で与えられることを理解していることが重要です。
- 仕事の定義: 気体が外部にする仕事は、p-VグラフとV軸で囲まれた面積に等しく、圧力が変化する場合は積分 \(W’ = \int p dV\) で計算されます。
- 理想気体の状態方程式: 圧力、体積、温度の関係 (\(pV=nRT\)) を用い、式を適宜変形します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)のA→B過程は断熱変化(\(Q=0\))であるため、熱力学第一法則を \(\Delta U = -W’\) と変形し、内部エネルギーの変化量から気体がした仕事を求めます。
- (2)のA→C過程は等温変化(\(\Delta U=0\))であるため、熱力学第一法則は \(Q = W’\) となります。気体がした仕事\(W’\)を、与えられた積分公式を用いて計算することで、吸収した熱量\(Q\)を求めます。
問(1) 気体が外部にした仕事
思考の道筋とポイント
A→Bの過程は「断熱膨張」です。断熱とは、外部との熱のやりとりがない(\(Q=0\))ことを意味します。この状態で気体が膨張して外部に仕事(\(W’>0\))をすると、そのエネルギーは気体自身の内部エネルギーを消費することによって賄われます。したがって、内部エネルギーは減少し、温度は下がります。この関係を熱力学第一法則を用いて立式し、仕事の大きさを求めます。
この設問における重要なポイント
- 断熱変化: 外部との熱の出入りがないため、気体が吸収する熱量 \(Q\) は \(0\) です。
- 熱力学第一法則の適用: \(\Delta U = Q – W’\) に \(Q=0\) を代入すると、\(\Delta U = -W’\) となります。これは、気体がした仕事 \(W’\) が、内部エネルギーの減少量(\(-\Delta U\))に等しいことを意味します。
- 内部エネルギーの変化: 単原子分子理想気体なので、内部エネルギーの変化 \(\Delta U\) は温度変化 \(\Delta T\) のみで決まり、\(\Delta U = \displaystyle\frac{3}{2}nR\Delta T\) で計算できます。
具体的な解説と立式
気体が外部にした仕事を \(W’_{\text{AB}}\) とします。
熱力学第一法則は、
$$ \Delta U = Q – W’_{\text{AB}} \quad \cdots ① $$
A→Bの過程は断熱変化なので、気体が吸収する熱量 \(Q\) は \(0\) です。
$$ Q = 0 \quad \cdots ② $$
①式と②式より、
$$ \Delta U = -W’_{\text{AB}} $$
これを \(W’_{\text{AB}}\) について解くと、
$$ W’_{\text{AB}} = -\Delta U \quad \cdots ③ $$
ここで、単原子分子理想気体の内部エネルギーの変化 \(\Delta U\) は、はじめの温度 \(T_1\) と終わりの温度 \(T_2\) を用いて次のように表せます。気体は \(n=1 \text{ mol}\) です。
$$ \Delta U = \frac{3}{2}nR(T_{\text{後}} – T_{\text{前}}) $$
$$ \Delta U = \frac{3}{2} \times 1 \times R \times (T_2 – T_1) \quad \cdots ④ $$
使用した物理公式
- 熱力学第一法則: \(\Delta U = Q – W’\)
- 単原子分子理想気体の内部エネルギー: \(U = \displaystyle\frac{3}{2}nRT\)
④式を③式に代入して \(W’_{\text{AB}}\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
W’_{\text{AB}} &= – \left( \frac{3}{2}R(T_2 – T_1) \right) \\[2.0ex]
&= \frac{3}{2}R(T_1 – T_2)
\end{aligned}
$$
「断熱膨張」は、外部から熱エネルギーを補給せずに、気体が自力で膨らむ(仕事をする)現象です。気体は自分自身の「元気(内部エネルギー)」を削って仕事をするしかないので、その分だけ疲れて「体温(温度)」が下がります。この問題では、「どれだけ仕事をしたか?」を「どれだけ元気が減ったか(内部エネルギーの減少量)」から計算しています。
気体が外部にした仕事は \(\displaystyle\frac{3}{2}R(T_1 – T_2)\) です。問題文より温度は \(T_1\) から \(T_2\) に下がったので \(T_1 > T_2\) であり、\(T_1 – T_2 > 0\) となります。したがって、仕事 \(W’_{\text{AB}}\) は正の値となり、気体が外部に仕事をしたという物理的な状況と一致します。
思考の道筋とポイント
仕事の定義式 \(W’ = \int p dV\) を直接計算するアプローチです。そのためには、断熱過程における圧力 \(p\) と体積 \(V\) の関係式(ポアソンの法則)が必要になります。ポアソンの法則 \(pV^\gamma = \text{一定}\) を用いて積分を計算し、最後に理想気体の状態方程式を使って温度の式に変換します。
この設問における重要なポイント
- 仕事の定義式: 気体がした仕事は \(W’ = \displaystyle\int_{V_A}^{V_B} p dV\) で与えられます。
- ポアソンの法則: 断熱変化では \(pV^\gamma = K\) (\(K\)は定数)という関係が成り立ちます。単原子分子理想気体の場合、比熱比は \(\gamma = \displaystyle\frac{5}{3}\) です。
- 状態方程式の利用: 計算の最終段階で、\(pV\) を \(nRT\) に置き換えて整理します。
具体的な解説と立式
気体がした仕事 \(W’_{\text{AB}}\) は、仕事の定義より、
$$ W’_{\text{AB}} = \int_{V_A}^{V_B} p dV \quad \cdots ① $$
断熱変化では、ポアソンの法則 \(pV^\gamma = K\)(\(K\)は定数)が成り立ちます。ここで、単原子分子理想気体の比熱比 \(\gamma\) は、定圧モル比熱 \(C_p = \displaystyle\frac{5}{2}R\) と定積モル比熱 \(C_V = \displaystyle\frac{3}{2}R\) の比で与えられます。
$$ \gamma = \frac{C_p}{C_V} $$
$$ \gamma = \frac{\frac{5}{2}R}{\frac{3}{2}R} $$
$$ \gamma = \frac{5}{3} $$
ポアソンの法則より \(p = \displaystyle\frac{K}{V^\gamma}\) となるので、これを①式に代入します。
$$ W’_{\text{AB}} = \int_{V_A}^{V_B} \frac{K}{V^\gamma} dV \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 仕事の定義: \(W’ = \int p dV\)
- ポアソンの法則: \(pV^\gamma = \text{一定}\)
- 理想気体の状態方程式: \(pV=nRT\)
②式の積分を計算します。
$$
\begin{aligned}
W’_{\text{AB}} &= K \int_{V_A}^{V_B} V^{-\gamma} dV \\[2.0ex]
&= K \left[ \frac{V^{1-\gamma}}{1-\gamma} \right]_{V_A}^{V_B} \\[2.0ex]
&= \frac{K}{1-\gamma} (V_B^{1-\gamma} – V_A^{1-\gamma}) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{1-\gamma} (K V_B^{1-\gamma} – K V_A^{1-\gamma})
\end{aligned}
$$
ここで、定数 \(K\) は状態Aでも状態Bでも同じ値をとるので、\(K = p_A V_A^\gamma = p_B V_B^\gamma\) です。これを代入すると、
$$
\begin{aligned}
W’_{\text{AB}} &= \frac{1}{1-\gamma} (p_B V_B^\gamma \cdot V_B^{1-\gamma} – p_A V_A^\gamma \cdot V_A^{1-\gamma}) \\[2.0ex]
&= \frac{1}{1-\gamma} (p_B V_B – p_A V_A)
\end{aligned}
$$
理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\) を用いて、\(p_A V_A = nRT_1\), \(p_B V_B = nRT_2\) と置き換えます。\(n=1\) なので、
$$
\begin{aligned}
W’_{\text{AB}} &= \frac{1}{1-\gamma} (RT_2 – RT_1) \\[2.0ex]
&= \frac{R(T_2 – T_1)}{1-\gamma}
\end{aligned}
$$
\(\gamma = \displaystyle\frac{5}{3}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
W’_{\text{AB}} &= \frac{R(T_2 – T_1)}{1 – \frac{5}{3}} \\[2.0ex]
&= \frac{R(T_2 – T_1)}{-\frac{2}{3}} \\[2.0ex]
&= -\frac{3}{2}R(T_2 – T_1) \\[2.0ex]
&= \frac{3}{2}R(T_1 – T_2)
\end{aligned}
$$
この方法は、p-Vグラフに描かれたAからBへの曲線の真下の面積を、数学の積分を使って直接計算するものです。まず、断熱変化のときの圧力と体積の関係式(ポアソンの法則)を使って、面積を計算するための式を立てます。その式を積分し、最後に物理法則(状態方程式)を使って、求めたい温度の形に整えます。
仕事は \(\displaystyle\frac{3}{2}R(T_1 – T_2)\) となり、主たる解法と完全に一致しました。熱力学第一法則から求める方法がはるかに簡単ですが、仕事の定義から積分計算で求めるこのアプローチも、断熱変化の物理的性質を深く理解する上で非常に有益です。
問(2) 気体に外部から加えられる熱量
思考の道筋とポイント
A→Cの過程は「等温膨張」です。等温とは、温度が一定(\(T_1\))であることを意味します。単原子分子理想気体の内部エネルギーは温度のみに依存するため、温度が一定ならば内部エネルギーも変化しません(\(\Delta U=0\))。この状態で気体が膨張して外部に仕事をするには、そのエネルギーのすべてを外部から熱として供給してもらう必要があります。この関係を熱力学第一法則を用いて立式し、熱量を求めます。
この設問における重要なポイント
- 等温変化: 温度が一定なので、内部エネルギーは変化しません (\(\Delta U = 0\))。
- 熱力学第一法則の適用: \(\Delta U = Q – W’\) に \(\Delta U=0\) を代入すると、\(Q = W’\) となります。これは、気体が吸収した熱量 \(Q\) が、気体が外部にした仕事 \(W’\) に等しいことを意味します。
- 仕事の計算: 仕事 \(W’\) は、p-Vグラフの面積、すなわち \(W’ = \displaystyle\int_{V_A}^{V_C} p dV\) で計算します。このとき、状態方程式 \(pV=nRT_1\) を使って \(p\) を \(V\) の関数で表し、問題文で与えられた積分公式を利用します。
具体的な解説と立式
求める熱量を \(Q_{\text{AC}}\)、気体が外部にした仕事を \(W’_{\text{AC}}\) とします。
熱力学第一法則は、
$$ \Delta U = Q_{\text{AC}} – W’_{\text{AC}} \quad \cdots ① $$
A→Cの過程は等温変化なので、温度変化がなく、内部エネルギーも変化しません。
$$ \Delta U = 0 \quad \cdots ② $$
①式と②式より、
$$ 0 = Q_{\text{AC}} – W’_{\text{AC}} $$
$$ Q_{\text{AC}} = W’_{\text{AC}} \quad \cdots ③ $$
仕事 \(W’_{\text{AC}}\) は、p-Vグラフの面積として、以下の積分で計算できます。
$$ W’_{\text{AC}} = \int_{V_A}^{V_C} p dV \quad \cdots ④ $$
ここで、理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\) より、\(n=1\)、温度は \(T_1\) で一定なので、
$$ pV = RT_1 $$
$$ p = \frac{RT_1}{V} \quad \cdots ⑤ $$
使用した物理公式
- 熱力学第一法則: \(\Delta U = Q – W’\)
- 単原子分子理想気体の内部エネルギー: \(U = \displaystyle\frac{3}{2}nRT\)
- 理想気体の状態方程式: \(pV=nRT\)
- 仕事の定義: \(W’ = \int p dV\)
⑤式を④式に代入して \(W’_{\text{AC}}\) を計算します。
$$
\begin{aligned}
W’_{\text{AC}} &= \int_{V_A}^{V_C} \frac{RT_1}{V} dV \\[2.0ex]
&= RT_1 \int_{V_A}^{V_C} \frac{1}{V} dV
\end{aligned}
$$
ここで、問題文で与えられた積分公式 \(\displaystyle\int_a^b \frac{1}{x} dx = \log_e \frac{b}{a}\) を利用します。
$$
\begin{aligned}
W’_{\text{AC}} &= RT_1 \left[ \log_e V \right]_{V_A}^{V_C} \\[2.0ex]
&= RT_1 (\log_e V_C – \log_e V_A) \\[2.0ex]
&= RT_1 \log_e \frac{V_C}{V_A}
\end{aligned}
$$
③式より \(Q_{\text{AC}} = W’_{\text{AC}}\) なので、
$$ Q_{\text{AC}} = RT_1 \log_e \frac{V_C}{V_A} $$
「等温膨張」は、気体の温度を一定に保ったまま膨らませる操作です。気体は膨らむために仕事をするので、何もしなければ温度が下がってしまうはずです。そこで、温度が下がらないように、外部からヒーターなどで熱を加え続けます。このとき、気体がした仕事の分と「ぴったり同じ量」の熱を外部から吸収しています。この問題では、まず気体がした仕事の量を積分で計算し、それがそのまま吸収した熱量になる、という考え方で解いています。
気体に加えられる熱量は \(RT_1 \log_e \displaystyle\frac{V_C}{V_A}\) です。A→Cは膨張過程なので \(V_C > V_A\) であり、\(\log_e \displaystyle\frac{V_C}{V_A} > 0\) となります。したがって、熱量 \(Q_{\text{AC}}\) は正の値となり、気体が外部から熱を吸収した(加えられた)という物理的な状況と一致します。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 熱力学第一法則の適用:
- 核心: この問題は、熱力学第一法則 \(\Delta U = Q – W’\) を、断熱変化と等温変化という異なる条件下でいかに正しく適用できるかを問うています。
- 理解のポイント:
- 断熱変化 (A→B): 「断熱」という言葉から \(Q=0\) を即座に代入し、\(\Delta U = -W’\) の関係を導くことが第一歩です。気体が外部にする仕事は、内部エネルギーの減少によって賄われます。
- 等温変化 (A→C): 「等温」という言葉から、理想気体の内部エネルギーが温度のみに依存することを思い出し、\(\Delta U=0\) を代入します。これにより \(Q = W’\) の関係が導かれ、気体が吸収した熱量が、そのまま外部への仕事に変換されることがわかります。
- p-Vグラフと物理量の対応:
- 核心: p-Vグラフは、気体の状態変化を視覚的に表現する強力なツールです。グラフ上の曲線が状態変化の過程を、そして曲線とV軸で囲まれた面積が「気体がした仕事」を表すことを理解することが不可欠です。
- 理解のポイント: (2)では、等温曲線の下の面積を求めるために積分計算が必要になります。これは、仕事が過程の経路に依存する(経路関数である)ことを示しています。一方、内部エネルギーは状態Aと状態Bの温度だけで決まる(状態量である)こととの対比も重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 定積変化・定圧変化を含むサイクル: 断熱・等温に加え、定積変化(\(W’=0\))や定圧変化(\(W’=p\Delta V\))を組み合わせた熱力学サイクル(例:カルノーサイクル、オットーサイクル)の問題。
- ポアソンの法則の利用: 断熱変化後の温度や圧力を具体的に計算させる問題。\(T V^{\gamma-1} = \text{一定}\) や \(p^{1-\gamma}T^\gamma = \text{一定}\) といった、ポアソンの法則の変形公式を使う場面もあります。
- 熱効率の計算: 1サイクル全体で、吸収した熱量に対してどれだけの仕事を取り出せたか(熱効率 \(\eta = \frac{W’_{\text{net}}}{Q_{\text{in}}}\))を計算させる問題。
- 初見の問題での着眼点:
- 過程の特定: p-Vグラフの各部分(A→B, B→Cなど)が、定積、定圧、等温、断熱のいずれの過程に対応するのかを、問題文やグラフの形状から最初に特定します。
- 熱力学第一法則の準備: 各過程について、\(Q, \Delta U, W’\) のうち、どの物理量が0になるか、あるいは簡単に計算できるかを整理します。(例:断熱なら\(Q=0\)、等温なら\(\Delta U=0\)、定積なら\(W’=0\))
- 始点と終点の状態量: 各過程の始点と終点(A, B, Cなど)における圧力、体積、温度の情報を整理し、必要であれば状態方程式 \(pV=nRT\) を使って未知の量を求めます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 仕事の符号:
- 誤解: 気体が「された」仕事 \(W\) と「した」仕事 \(W’\) を混同する。熱力学第一法則のどの形式(\(\Delta U = Q+W\) or \(\Delta U = Q-W’\))を使っているか意識していない。
- 対策: 常に「気体を主語」にして考える癖をつけましょう。「気体が膨張する → 外向きに力を及ぼす → 気体は外部に『した』仕事 \(W’\) が正」。法則を使う際は、自分がどちらの定義で考えているかを明確にしてから立式します。
- 内部エネルギー変化の計算:
- 誤解: \(\Delta U = \displaystyle\frac{3}{2}nR(T_1 – T_2)\) のように、温度変化を「前-後」で計算してしまう。
- 対策: 物理における変化量は、常に「後の状態量-前の状態量」で定義されます。したがって、\(\Delta U\) は必ず \(\frac{3}{2}nR(T_{\text{後}} – T_{\text{前}})\) となります。この原則を徹底しましょう。
- 断熱変化と等温変化の混同:
- 誤解: p-Vグラフ上で、より傾きが急な方がどちらか分からなくなる。
- 対策: 断熱膨張では、仕事をする上に熱補給がないため、等温膨張よりも温度が下がり、圧力がより大きく低下します。したがって、「断熱変化の曲線は等温変化の曲線よりも傾きが急である」と覚えておきましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- ピストン・シリンダーモデル: この問題を、シリンダーに閉じ込められた気体をピストンが押したり引いたりするイメージで捉えると非常に分かりやすくなります。
- 断熱膨張 (A→B): シリンダーを断熱材で覆い、ピストンが外に動く状況。気体は内部のエネルギーを使ってピストンを押し、結果として冷える。
- 等温膨張 (A→C): シリンダーを常に一定温度の恒温槽(熱源)に浸しながら、ピストンが外に動く状況。気体はピストンを押すためにエネルギーを使うが、使った分だけ恒温槽から熱が流れ込んでくるため、温度は一定に保たれる。
- ピストン・シリンダーモデル: この問題を、シリンダーに閉じ込められた気体をピストンが押したり引いたりするイメージで捉えると非常に分かりやすくなります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- p-Vグラフの活用: 自分で簡単なp-Vグラフを描き、各過程を矢印で示し、その横に「\(Q=0\)」「\(\Delta U=0\)」などとメモを書き込むと、思考が整理され、立式ミスが減ります。
- 面積の図示: 仕事を求めるときは、該当する過程の曲線とV軸で囲まれた部分を実際に斜線で塗りつぶしてみましょう。これにより、どの部分の面積を計算しているのかが視覚的に明確になります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 熱力学第一法則 \(\Delta U = Q – W’\):
- 選定理由: 気体のエネルギー変化に関する問題であり、内部エネルギー、熱、仕事という3つのエネルギーの出入りを包括的に記述する基本法則だからです。この問題のように、特定の過程(断熱、等温など)を考えることは、この一般式に特定の条件(\(Q=0\)や\(\Delta U=0\))を代入する操作に他なりません。
- 適用根拠: エネルギー保存則という、物理学で最も普遍的な法則の一つを熱現象に適用したものです。
- 内部エネルギーの式 \(U = \frac{3}{2}nRT\):
- 選定理由: 熱力学第一法則の\(\Delta U\)を、測定可能な物理量である温度\(T\)と結びつけるために必要不可欠な式だからです。特に、等温変化で\(\Delta U=0\)となることや、断熱変化での仕事が温度変化だけで計算できることの根拠となります。
- 適用根拠: 気体分子運動論から導かれる理論的な帰結であり、単原子分子理想気体の振る舞いを非常によく説明します。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 断熱膨張の仕事:
- 戦略: 熱力学第一法則から、仕事が内部エネルギーの減少量に等しいことを利用する。
- フロー: ①過程が断熱であることを確認 → ②熱力学第一法則 \(\Delta U = Q – W’\) に \(Q=0\) を代入し、\(W’ = -\Delta U\) を導く → ③内部エネルギー変化 \(\Delta U\) を温度変化の式 \(\Delta U = \frac{3}{2}nR(T_2-T_1)\) で表す → ④代入して \(W’\) を計算。
- (2) 等温膨張の熱量:
- 戦略: 熱力学第一法則から、吸収熱量が外部にした仕事に等しいことを利用し、その仕事を積分で計算する。
- フロー: ①過程が等温であることを確認 → ②熱力学第一法則 \(\Delta U = Q – W’\) に \(\Delta U=0\) を代入し、\(Q = W’\) を導く → ③仕事 \(W’\) を積分の定義式 \(W’ = \int p dV\) で表す → ④状態方程式 \(p=nRT/V\) を代入して積分を実行 → ⑤与えられた公式を使い、計算結果を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 符号の徹底確認: 計算の最終段階で、求めた値の符号が物理的に妥当か必ず確認しましょう。
- (1) 断熱「膨張」なので、気体は仕事をし、温度は下がるはず。\(T_1 > T_2\) なので、\(W’ = \frac{3}{2}R(T_1-T_2)\) は正となり、妥当。
- (2) 等温「膨張」なので、気体は仕事をし、その分だけ熱を吸収するはず。\(V_C > V_A\) なので、\(Q = RT_1 \log_e (V_C/V_A)\) は正となり、妥当。
- 積分の変数と定数の区別: (2)の積分 \(\int \frac{RT_1}{V} dV\) において、\(R\) と \(T_1\) はこの過程では定数なので、積分の外に出せることを明確に意識しましょう。変数は \(V\) のみです。
- 対数の計算: \(\log_e V_C – \log_e V_A = \log_e (V_C/V_A)\) という対数法則を正確に使いましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1)の仕事: 断熱膨張では内部エネルギーを消費して仕事をするため、温度が \(T_1\) から \(T_2\) へと下がります。仕事量はその内部エネルギーの減少量に等しく、\(T_1 > T_2\) であることから、計算結果が正の値になることは物理的に正しいです。
- (2)の熱量: 等温膨張では、温度を一定に保ちながら外部へ仕事をするため、した仕事と等しい量の熱を外部から吸収する必要があります。\(V_C > V_A\) なので仕事は正であり、吸収した熱量も正となる計算結果は物理的に正しいです。
- 別解との比較:
- (1)では、熱力学第一法則というエネルギー収支の観点からアプローチする方法と、ポアソンの法則と仕事の定義(p-Vグラフの面積)から力学的にアプローチする方法の2つがありました。全く異なる計算ルートを辿りながら、最終的に同じ \(\frac{3}{2}R(T_1-T_2)\) という答えに到達したことは、両方の解法の正しさと、熱力学の法則間の整合性を示す強力な証拠となります。
262 気体の状態変化
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、p-Vグラフ上で三角形の経路をたどる「熱力学サイクル」を扱います。単原子分子理想気体がA→B→C→Aと状態変化する際の、各状態における温度や、各過程でやりとりされる熱と仕事、サイクル全体での正味の仕事などを計算します。熱力学の法則を総合的に適用する力が試されます。
- 気体: 単原子分子理想気体
- 状態A: 圧力 \(p_0\), 体積 \(V_0\), 温度 \(T_0\)
- 状態B: 圧力 \(3p_0\), 体積 \(V_0\)
- 状態C: 圧力 \(p_0\), 体積 \(3V_0\)
- 過程: A→B→C→A のサイクル
- (1) 状態BとCの温度
- (2) 過程A→BとC→Aで気体が吸収した熱量
- (3) 1サイクルで気体がした正味の仕事
- (4) 過程B→Cにおける圧力pと体積Vの関係式
- (5) 過程B→Cにおける温度Tと体積Vの関係式とグラフ
- (6) 過程B→Cにおける最高温度
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 問(2)の別解: 定積モル比熱・定圧モル比熱を用いた熱量の計算
- 模範解答が熱力学第一法則 \(Q = \Delta U + W\) を用いて熱量を計算するのに対し、別解では熱量計算の定義式(定積変化: \(Q = nC_V \Delta T\)、定圧変化: \(Q = nC_p \Delta T\))を直接用いて計算します。
- 問(3)の別解: p-Vグラフの面積を用いた仕事の計算
- 模範解答が各過程の仕事を足し合わせる(\(W_{\text{B→C}} + W_{\text{C→A}}\))ことで正味の仕事を計算するのに対し、別解ではp-Vグラフでサイクルが囲む図形(三角形)の面積を直接計算することで、より直感的に正味の仕事を求めます。
- 問(2)の別解: 定積モル比熱・定圧モル比熱を用いた熱量の計算
- 上記の別解が有益である理由
- 公式の多角的理解: 熱力学第一法則とモル比熱の定義式が、同じ熱量を計算するための異なる表現であることを理解できます。これにより、問題に応じて最適な公式を選択する能力が養われます。
- 物理的意味の深化: 1サイクルでの正味の仕事が、p-Vグラフ上でサイクルが囲む面積に等しいという、熱力学サイクルの非常に重要な物理的意味を視覚的に理解できます。
- 計算の効率化: 特に正味の仕事を求める問題において、グラフの面積を計算するアプローチは、各過程の仕事を個別に計算するよりもはるかに迅速かつ簡単です。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「熱力学サイクル」です。p-Vグラフで表された一連の状態変化(定積・定圧・その他)について、各物理量を計算し、サイクル全体のエネルギー収支を理解する能力が問われます。
- 理想気体の状態方程式: 各状態点(A, B, C)における圧力、体積、温度の関係 (\(pV=nRT\)) を結びつけます。ボイル・シャルルの法則 (\(\frac{pV}{T}=\text{一定}\)) も同等です。
- 熱力学第一法則: サイクル内の各過程(A→B, B→C, C→A)におけるエネルギー保存則 (\(Q = \Delta U + W\)) を適用します。ここで \(W\) は気体がした仕事です。
- 仕事の計算: p-Vグラフにおいて、グラフの下側の面積が気体のした仕事を表します。定積変化では仕事は0、定圧変化では \(W=p\Delta V\) となります。
- 単原子分子理想気体の内部エネルギー: 内部エネルギーの変化が \(\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T\) で計算できることを利用します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、状態方程式を用いて、未知である状態BとCの温度を求めます(問1)。
- 各過程(A→B, C→A)が定積変化、定圧変化であることに着目し、熱力学第一法則を適用して吸収熱量を計算します(問2)。
- 1サイクルで気体がした正味の仕事は、各過程で気体がした仕事の総和です。p-Vグラフの面積を利用して計算します(問3)。
- B→C間の直線関係を \(p=aV+b\) とおき、2点B, Cの座標を代入して関係式を導出します(問4)。
- (4)の結果と状態方程式を連立させ、温度Tと体積Vの関係式を導き、グラフを描きます(問5, 6)。
問(1) 状態BとCの温度
思考の道筋とポイント
理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\)、あるいはそれと同等なボイル・シャルルの法則 \(\displaystyle\frac{pV}{T}=\text{一定}\) を用いて、既知の状態Aと未知の状態B、状態Cを比較することで温度を求めます。
この設問における重要なポイント
- 状態量の整理: 状態A, B, Cそれぞれの圧力、体積、温度を表にまとめると分かりやすいです。
- 状態A: \(p_A=p_0\), \(V_A=V_0\), \(T_A=T_0\)
- 状態B: \(p_B=3p_0\), \(V_B=V_0\), \(T_B=?\)
- 状態C: \(p_C=p_0\), \(V_C=3V_0\), \(T_C=?\)
- 法則の選択: 状態AとBは体積が一定(定積変化)なので、シャルルの法則 \(\displaystyle\frac{p}{T}=\text{一定}\) が使えます。状態AとCは圧力が一定(定圧変化)なので、ゲイ=リュサックの法則 \(\displaystyle\frac{V}{T}=\text{一定}\) が使えます。もちろん、どの組み合わせでもボイル・シャルルの法則で計算できます。
具体的な解説と立式
状態Bの温度 \(T_B\) を求めます。状態Aと状態Bについて、ボイル・シャルルの法則を適用します。
$$ \frac{p_A V_A}{T_A} = \frac{p_B V_B}{T_B} \quad \cdots ① $$
状態Cの温度 \(T_C\) を求めます。状態Aと状態Cについて、ボイル・シャルルの法則を適用します。
$$ \frac{p_A V_A}{T_A} = \frac{p_C V_C}{T_C} \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- ボイル・シャルルの法則: \(\displaystyle\frac{pV}{T} = \text{一定}\)
状態Bの温度を計算します。①式に \(p_A=p_0, V_A=V_0, T_A=T_0\) および \(p_B=3p_0, V_B=V_0\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{p_0 V_0}{T_0} &= \frac{3p_0 V_0}{T_B} \\[2.0ex]
\frac{1}{T_0} &= \frac{3}{T_B}
\end{aligned}
$$
よって、
$$ T_B = 3T_0 $$
状態Cの温度を計算します。②式に \(p_A=p_0, V_A=V_0, T_A=T_0\) および \(p_C=p_0, V_C=3V_0\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{p_0 V_0}{T_0} &= \frac{p_0 (3V_0)}{T_C} \\[2.0ex]
\frac{1}{T_0} &= \frac{3}{T_C}
\end{aligned}
$$
よって、
$$ T_C = 3T_0 $$
気体の圧力、体積、温度の関係は「ボイル・シャルルの法則」で結びついています。基準となる状態Aの情報と、求めたい状態Bの圧力・体積をこの法則の式に入れることで、状態Bの温度が計算できます。状態Cも同様に、状態Aとの比較で温度を求めることができます。
状態Bの温度は \(3T_0\)、状態Cの温度も \(3T_0\) です。状態BとCはp-Vグラフ上では異なる点ですが、温度は同じであることがわかります。これは、BとCが \(pV = 3p_0V_0\) という同じ等温線上に存在することを意味します。
問(2) 気体が吸収した熱量
思考の道筋とポイント
A→Bの過程とC→Aの過程における吸収熱量を、それぞれ熱力学第一法則 \(Q = \Delta U + W\) を用いて計算します。\(W\)は気体がした仕事です。
A→Bは体積一定の「定積変化」なので、気体は仕事をしません(\(W_{\text{A→B}}=0\))。したがって、吸収した熱量は内部エネルギーの増加量に等しくなります。
C→Aは圧力一定の「定圧変化」なので、気体がした仕事は \(W_{\text{C→A}} = p_0 \Delta V\) で計算できます。内部エネルギーの変化 \(\Delta U\) と仕事 \(W_{\text{C→A}}\) の両方を計算し、熱量を求めます。
この設問における重要なポイント
- A→B (定積加熱): \(V\)が一定なので、気体がする仕事 \(W_{\text{A→B}}\) は \(0\) です。熱力学第一法則は \(Q_{\text{A→B}} = \Delta U_{\text{A→B}}\) となります。
- C→A (定圧冷却): \(p\)が一定なので、気体がする仕事は \(W_{\text{C→A}} = p_0(V_A – V_C)\) で計算できます。熱力学第一法則 \(Q_{\text{C→A}} = \Delta U_{\text{C→A}} + W_{\text{C→A}}\) から \(Q_{\text{C→A}}\) を求めます。
- 内部エネルギーの変化: \(\Delta U = \displaystyle\frac{3}{2}nR\Delta T\) を用います。状態Aの情報から \(nRT_0 = p_0V_0\) の関係を導いておくと、計算が楽になります。
具体的な解説と立式
まず、状態Aにおける状態方程式から、\(nR\) を \(p_0, V_0, T_0\) で表しておきます。
$$ p_0V_0 = nRT_0 \quad \rightarrow \quad nR = \frac{p_0V_0}{T_0} \quad \cdots ① $$
過程A→Bの熱量 \(Q_{\text{A→B}}\)
定積変化なので、気体がした仕事 \(W_{\text{A→B}}\) はゼロです。
$$ W_{\text{A→B}} = 0 $$
熱力学第一法則 \(Q = \Delta U + W\) より、
$$ Q_{\text{A→B}} = \Delta U_{\text{A→B}} + 0 = \Delta U_{\text{A→B}} $$
内部エネルギーの変化 \(\Delta U_{\text{A→B}}\) は、
$$ \Delta U_{\text{A→B}} = \frac{3}{2}nR(T_B – T_A) \quad \cdots ② $$
過程C→Aの熱量 \(Q_{\text{C→A}}\)
定圧変化なので、気体がした仕事 \(W_{\text{C→A}}\) は、
$$ W_{\text{C→A}} = p_A(V_A – V_C) \quad \cdots ③ $$
内部エネルギーの変化 \(\Delta U_{\text{C→A}}\) は、
$$ \Delta U_{\text{C→A}} = \frac{3}{2}nR(T_A – T_C) \quad \cdots ④ $$
熱力学第一法則より、
$$ Q_{\text{C→A}} = \Delta U_{\text{C→A}} + W_{\text{C→A}} \quad \cdots ⑤ $$
使用した物理公式
- 熱力学第一法則: \(Q = \Delta U + W\)
- 単原子分子理想気体の内部エネルギー: \(U = \displaystyle\frac{3}{2}nRT\)
- 定圧変化での仕事: \(W = p\Delta V\)
過程A→Bの熱量 \(Q_{\text{A→B}}\)
②式に \(T_A=T_0, T_B=3T_0\) と①式を代入します。
$$
\begin{aligned}
Q_{\text{A→B}} &= \Delta U_{\text{A→B}} = \frac{3}{2} \left( \frac{p_0V_0}{T_0} \right) (3T_0 – T_0) \\[2.0ex]
&= \frac{3}{2} \frac{p_0V_0}{T_0} (2T_0) \\[2.0ex]
&= 3p_0V_0
\end{aligned}
$$
過程C→Aの熱量 \(Q_{\text{C→A}}\)
まず仕事 \(W_{\text{C→A}}\) を③式から計算します。
$$
\begin{aligned}
W_{\text{C→A}} &= p_0(V_0 – 3V_0) \\[2.0ex]
&= -2p_0V_0
\end{aligned}
$$
次に内部エネルギー変化 \(\Delta U_{\text{C→A}}\) を④式から計算します。
$$
\begin{aligned}
\Delta U_{\text{C→A}} &= \frac{3}{2}nR(T_0 – 3T_0) \\[2.0ex]
&= \frac{3}{2} \left( \frac{p_0V_0}{T_0} \right) (-2T_0) \\[2.0ex]
&= -3p_0V_0
\end{aligned}
$$
よって、熱量 \(Q_{\text{C→A}}\) は、⑤式より、
$$
\begin{aligned}
Q_{\text{C→A}} &= \Delta U_{\text{C→A}} + W_{\text{C→A}} \\[2.0ex]
&= (-3p_0V_0) + (-2p_0V_0) \\[2.0ex]
&= -5p_0V_0
\end{aligned}
$$
A→Bでは、体積を変えずに温めています。このとき、気体は仕事をしないので、加えられた熱はすべて気体の「元気(内部エネルギー)」を増やすのに使われます。
C→Aでは、圧力を一定に保ちながら冷やして圧縮しています。このとき、気体は外部から仕事を「される」と同時に、熱を外部に「放出」します。放出する熱量は、「元気の減少分」と「外部からされた仕事」の合計になります。
A→Bで吸収した熱量は \(3p_0V_0\)(正の値なので吸収)、C→Aで吸収した熱量は \(-5p_0V_0\)(負の値なので放出)です。どちらも物理的に妥当な結果です。
思考の道筋とポイント
熱量の定義式を直接用いる方法です。定積変化では \(Q = nC_V \Delta T\)、定圧変化では \(Q = nC_p \Delta T\) で熱量を計算できます。単原子分子理想気体の場合、\(C_V = \frac{3}{2}R\)、\(C_p = \frac{5}{2}R\) であることを利用します。
この設問における重要なポイント
- 定積モル比熱 \(C_V\): 単原子分子理想気体では \(C_V = \displaystyle\frac{3}{2}R\)。
- 定圧モル比熱 \(C_p\): 単原子分子理想気体では \(C_p = \displaystyle\frac{5}{2}R\)。
- 熱量の定義式: \(Q_{\text{定積}} = nC_V \Delta T\), \(Q_{\text{定圧}} = nC_p \Delta T\)。
具体的な解説と立式
過程A→Bの熱量 \(Q_{\text{A→B}}\)
定積変化なので、
$$ Q_{\text{A→B}} = nC_V(T_B – T_A) \quad \cdots ① $$
過程C→Aの熱量 \(Q_{\text{C→A}}\)
定圧変化なので、
$$ Q_{\text{C→A}} = nC_p(T_A – T_C) \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 定積モル比熱: \(C_V = \displaystyle\frac{3}{2}R\)
- 定圧モル比熱: \(C_p = \displaystyle\frac{5}{2}R\)
過程A→Bの熱量 \(Q_{\text{A→B}}\)
①式に \(C_V = \frac{3}{2}R\) と温度を代入します。
$$
\begin{aligned}
Q_{\text{A→B}} &= n \left( \frac{3}{2}R \right) (3T_0 – T_0) \\[2.0ex]
&= \frac{3}{2} nR (2T_0) \\[2.0ex]
&= 3nRT_0
\end{aligned}
$$
状態Aの状態方程式 \(p_0V_0 = nRT_0\) を用いて、
$$ Q_{\text{A→B}} = 3p_0V_0 $$
過程C→Aの熱量 \(Q_{\text{C→A}}\)
②式に \(C_p = \frac{5}{2}R\) と温度を代入します。
$$
\begin{aligned}
Q_{\text{C→A}} &= n \left( \frac{5}{2}R \right) (T_0 – 3T_0) \\[2.0ex]
&= \frac{5}{2} nR (-2T_0) \\[2.0ex]
&= -5nRT_0
\end{aligned}
$$
状態Aの状態方程式 \(p_0V_0 = nRT_0\) を用いて、
$$ Q_{\text{C→A}} = -5p_0V_0 $$
気体を1モル、1ケルビンだけ温度を上げるのに必要な熱量を「モル比熱」といいます。このモル比熱は、体積を一定に保つか(定積)、圧力を一定に保つか(定圧)で値が異なります。この問題では、それぞれの変化に応じたモル比熱を使って、「モル比熱 × 物質量 × 温度変化」という公式で直接熱量を計算しています。
熱力学第一法則を用いた主たる解法と完全に同じ結果 (\(Q_{\text{A→B}} = 3p_0V_0\), \(Q_{\text{C→A}} = -5p_0V_0\)) が得られました。これは、熱力学第一法則とモル比熱の定義が密接に関連していることを示しています。
問(3) 1サイクルの間に気体がした正味の仕事
思考の道筋とポイント
1サイクルで気体がした正味の仕事 \(W_{\text{正味}}\) は、サイクルを構成する各過程で気体がした仕事の総和です。\(W_{\text{正味}} = W_{\text{A→B}} + W_{\text{B→C}} + W_{\text{C→A}}\)。
各過程の仕事はp-Vグラフの面積で表されることを利用します。
A→B: 定積変化なので \(W_{\text{A→B}}=0\)。
B→C: 膨張過程なので仕事は正。台形の面積で計算できます。
C→A: 圧縮過程なので仕事は負。長方形の面積で計算できます。
正味の仕事は、B→Cの仕事(正)とC→Aの仕事(負)の和になります。
この設問における重要なポイント
- 仕事とp-Vグラフの面積: 気体がした仕事は、p-Vグラフの曲線とV軸で囲まれた面積に相当します。膨張なら正、圧縮なら負です。
- 正味の仕事: 1サイクルでの正味の仕事は、p-Vグラフ上でサイクルが囲む閉じたループの面積に等しくなります。時計回りのサイクルなら正、反時計回りなら負です。
具体的な解説と立式
1サイクルでの正味の仕事を \(W_{\text{正味}}\) とします。
$$ W_{\text{正味}} = W_{\text{A→B}} + W_{\text{B→C}} + W_{\text{C→A}} $$
A→Bは定積変化なので、
$$ W_{\text{A→B}} = 0 $$
B→Cは膨張過程で、その仕事 \(W_{\text{B→C}}\) は図aの台形の面積に等しいです。
$$ W_{\text{B→C}} = \frac{1}{2}(p_C + p_B)(V_C – V_B) $$
$$ W_{\text{B→C}} = \frac{1}{2}(p_0 + 3p_0)(3V_0 – V_0) \quad \cdots ① $$
C→Aは圧縮過程で、その仕事 \(W_{\text{C→A}}\) は、
$$ W_{\text{C→A}} = p_A(V_A – V_C) $$
$$ W_{\text{C→A}} = p_0(V_0 – 3V_0) \quad \cdots ② $$
よって、正味の仕事は、
$$ W_{\text{正味}} = W_{\text{B→C}} + W_{\text{C→A}} \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 仕事と面積の関係
①式と②式をそれぞれ計算します。
$$
\begin{aligned}
W_{\text{B→C}} &= \frac{1}{2}(4p_0)(2V_0) \\[2.0ex]
&= 4p_0V_0
\end{aligned}
$$
$$
\begin{aligned}
W_{\text{C→A}} &= p_0(-2V_0) \\[2.0ex]
&= -2p_0V_0
\end{aligned}
$$
③式に代入して正味の仕事を求めます。
$$
\begin{aligned}
W_{\text{正味}} &= 4p_0V_0 + (-2p_0V_0) \\[2.0ex]
&= 2p_0V_0
\end{aligned}
$$
気体が1周して元の状態に戻る間に、トータルでどれだけの仕事をしたかを計算します。B→Cで膨らむときにした仕事(図aの台形の面積)から、C→Aで縮むときにされた仕事(面積にマイナスをつけたもの)を足し合わせます。残った分が、このサイクルで実質的に外部にした仕事になります。
1サイクルで気体がした正味の仕事は \(2p_0V_0\) です。正の値なので、このサイクルは全体として外部に仕事をする「熱機関」として機能していることがわかります。
思考の道筋とポイント
1サイクルで気体がした正味の仕事は、p-Vグラフ上でサイクルが囲む閉じたループ(この場合は三角形ABC)の面積に等しい、という重要な性質を利用します。これにより、各過程の仕事を個別に計算する手間が省け、直接的に正味の仕事を求めることができます。
この設問における重要なポイント
- サイクルが囲む面積: 正味の仕事 \(W_{\text{正味}}\) は、三角形ABCの面積に等しいです。
- 三角形の面積: 底辺×高さ÷2で計算します。
具体的な解説と立式
正味の仕事 \(W_{\text{正味}}\) は、p-Vグラフの三角形ABCの面積に等しいです。
三角形の底辺の長さは \(V_C – V_A = 3V_0 – V_0 = 2V_0\) です。
三角形の高さは \(p_B – p_A = 3p_0 – p_0 = 2p_0\) です。
よって、面積は、
$$ W_{\text{正味}} = \frac{1}{2} \times (\text{底辺}) \times (\text{高さ}) \quad \cdots ① $$
使用した物理公式
- 正味の仕事とサイクルが囲む面積の関係
①式に数値を代入します。
$$
\begin{aligned}
W_{\text{正味}} &= \frac{1}{2} \times (2V_0) \times (2p_0) \\[2.0ex]
&= 2p_0V_0
\end{aligned}
$$
p-Vグラフを一周して元に戻るサイクルの場合、気体が実質的にした仕事は、グラフが囲む図形の面積とぴったり一致します。この問題では、グラフは三角形を描いているので、単純にその三角形の面積を計算するだけで、答えが求まります。
正味の仕事は \(2p_0V_0\) となり、主たる解法と完全に一致しました。この方法は計算が非常に簡単で、熱サイクルの問題では極めて有効なアプローチです。
問(4) 状態BとCの間における圧力pと体積Vの関係式
思考の道筋とポイント
p-Vグラフ上で、BとCを結ぶ線は直線です。したがって、この関係は一次関数 \(p = aV + b\) で表せます。この直線が通る2点、B\((V_0, 3p_0)\)とC\((3V_0, p_0)\)の座標を代入して、傾き\(a\)と切片\(b\)を求める連立方程式を解きます。
この設問における重要なポイント
- 直線の式: 2点を通る直線の式を求める数学の知識を利用します。
- 座標の代入: 点Bと点Cの(V, p)の値を \(p=aV+b\) に代入し、\(a\)と\(b\)に関する2つの式を立てます。
具体的な解説と立式
B→Cの過程は直線なので、圧力 \(p\) は体積 \(V\) の一次関数として、
$$ p = aV + b \quad \cdots ① $$
と書けます。この直線は2点 B\((V_0, 3p_0)\) と C\((3V_0, p_0)\) を通ります。
点Bの座標を代入すると、
$$ 3p_0 = aV_0 + b \quad \cdots ② $$
点Cの座標を代入すると、
$$ p_0 = a(3V_0) + b \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- (特になし、数学の一次関数の知識)
②式から③式を引いて \(a\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
(3p_0 – p_0) &= (aV_0 + b) – (3aV_0 + b) \\[2.0ex]
2p_0 &= -2aV_0 \\[2.0ex]
a &= -\frac{p_0}{V_0}
\end{aligned}
$$
求めた \(a\) を②式に代入して \(b\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
3p_0 &= \left(-\frac{p_0}{V_0}\right)V_0 + b \\[2.0ex]
3p_0 &= -p_0 + b \\[2.0ex]
b &= 4p_0
\end{aligned}
$$
求めた \(a\) と \(b\) を①式に戻して、関係式が完成します。
$$ p = -\frac{p_0}{V_0}V + 4p_0 $$
グラフ上のB点とC点を結ぶ線は、数学で習う「直線」です。直線の式は \(y = ax + b\) の形で表せました。この問題では、yが圧力p、xが体積Vに対応します。BとCという2つの点の座標が分かっているので、それらを代入して連立方程式を解くことで、直線の式を決定します。
関係式は \(p = -\displaystyle\frac{p_0}{V_0}V + 4p_0\) となります。これは傾きが負の直線であり、グラフの見た目と一致しています。試しに \(V=V_0\) を代入すると \(p=3p_0\)、\(V=3V_0\) を代入すると \(p=p_0\) となり、正しくBとCの点を通ることが確認できます。
問(5) 状態BとCの間における温度Tと体積Vの関係式とグラフ
思考の道筋とポイント
(4)で求めた圧力と体積の関係式 \(p(V)\) と、理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\) の2つを連立させ、圧力 \(p\) を消去することで、温度 \(T\) と体積 \(V\) の関係式を導きます。得られた式は \(V\) に関する二次関数になるため、グラフは放物線を描きます。
この設問における重要なポイント
- 2つの式の連立: \(p = -\frac{p_0}{V_0}V + 4p_0\) と \(p = \frac{nRT}{V}\) を連立させます。
- \(nRT_0 = p_0V_0\) の利用: 式を整理する際に、この関係式を使うと、最終的な形がきれいになります。
- 二次関数のグラフ: 得られた \(T(V)\) の式を平方完成することで、放物線の頂点(最高温度となる点)の座標が分かり、グラフを正確に描くことができます。
具体的な解説と立式
理想気体の状態方程式より、
$$ pV = nRT \quad \rightarrow \quad T = \frac{pV}{nR} \quad \cdots ① $$
(4)で求めた関係式 \(p = -\displaystyle\frac{p_0}{V_0}V + 4p_0\) を①式に代入します。
$$ T = \frac{1}{nR} \left( -\frac{p_0}{V_0}V + 4p_0 \right) V \quad \cdots ② $$
ここで、状態Aにおける状態方程式から \(nR = \displaystyle\frac{p_0V_0}{T_0}\) の関係を使います。
$$ T = \frac{T_0}{p_0V_0} \left( -\frac{p_0}{V_0}V^2 + 4p_0V \right) \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 理想気体の状態方程式: \(pV=nRT\)
- 問(4)で求めた関係式
③式を整理して、\(T\) と \(V\) の関係式を求めます。
$$
\begin{aligned}
T &= \frac{T_0}{p_0V_0} \cdot p_0 \left( -\frac{1}{V_0}V^2 + 4V \right) \\[2.0ex]
&= \frac{T_0}{V_0} \left( -\frac{V^2}{V_0} + 4V \right) \\[2.0ex]
&= -\frac{T_0}{V_0^2}V^2 + \frac{4T_0}{V_0}V
\end{aligned}
$$
グラフを描くために、この二次関数を平方完成します。
$$
\begin{aligned}
T &= -\frac{T_0}{V_0^2} (V^2 – 4V_0V) \\[2.0ex]
&= -\frac{T_0}{V_0^2} \{ (V – 2V_0)^2 – (2V_0)^2 \} \\[2.0ex]
&= -\frac{T_0}{V_0^2} (V – 2V_0)^2 + \frac{T_0}{V_0^2} (4V_0^2) \\[2.0ex]
&= -\frac{T_0}{V_0^2} (V – 2V_0)^2 + 4T_0
\end{aligned}
$$
この式は、頂点が \((2V_0, 4T_0)\) で、上に凸の放物線を表します。定義域は \(V_0 \le V \le 3V_0\) です。
グラフは、\(V=V_0\) のとき \(T=3T_0\)、\(V=3V_0\) のとき \(T=3T_0\) を通り、\(V=2V_0\) で頂点 \(T=4T_0\) をとる、上に凸の放物線の一部となります。
(4)で求めた「圧力と体積の式」と、物理法則である「状態方程式」を合体させて、圧力pを消去します。すると、「温度と体積の式」が得られます。この式をよく見ると、数学で習った二次関数 \(y = ax^2+bx+c\) と同じ形をしています。二次関数のグラフは放物線なので、頂点の位置を計算してグラフを描きます。
関係式は \(T = -\displaystyle\frac{T_0}{V_0^2}(V-2V_0)^2 + 4T_0\) です。グラフは解答図の通り、頂点が \((2V_0, 4T_0)\) の上に凸の放物線となります。\(V=V_0\) と \(V=3V_0\) で \(T=3T_0\) となり、(1)で求めたB点とC点の温度と一致しており、妥当です。
問(6) 状態BとCの間で気体がとる最高温度
思考の道筋とポイント
(5)で導出した温度 \(T\) と体積 \(V\) の関係式は、\(V\) の二次関数です。二次関数の最大値を求める問題に帰着します。平方完成した式から、頂点の座標を読み取ることで、最高温度とそのときの体積がわかります。
この設問における重要なポイント
- 二次関数の最大値: (5)で平方完成した式 \(T = -\displaystyle\frac{T_0}{V_0^2}(V-2V_0)^2 + 4T_0\) から、最大値を読み取ります。
- 定義域の確認: 最大値をとる体積 \(V=2V_0\) が、過程B→Cの定義域 \(V_0 \le V \le 3V_0\) の中に含まれていることを確認します。
具体的な解説と立式
(5)で求めた関係式は、
$$ T = -\frac{T_0}{V_0^2}(V-2V_0)^2 + 4T_0 $$
この式は、\(V=2V_0\) のときに最大値をとる、上に凸の放物線を表しています。
使用した物理公式
- 問(5)で求めた関係式
式の形から、頂点のy座標が最大値となるので、
$$ T_{\text{最大}} = 4T_0 $$
このときの体積は \(V=2V_0\) です。この体積は定義域 \(V_0 \le V \le 3V_0\) 内にあるため、これが求める最高温度です。
(5)で描いたグラフの一番高いところが最高温度です。グラフの頂点のy座標を読み取るだけで、答えがわかります。
最高温度は \(4T_0\) です。この温度は、始点と終点の温度 \(3T_0\) よりも高く、グラフの形状から考えても妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 熱力学第一法則と状態変化の組み合わせ:
- 核心: この問題の根幹は、熱力学第一法則 \(Q = \Delta U + W\) を、定積変化、定圧変化、そして直線的な変化という、p-Vグラフ上の様々な過程に正しく適用できるかどうかにあります。
- 理解のポイント: 各過程の性質を即座に見抜き、法則を適切に特殊化することが鍵です。
- 定積 (A→B): \(W=0\) なので \(Q = \Delta U\)。熱はすべて内部エネルギーの変化になる。
- 定圧 (C→A): \(W=p\Delta V\) で計算可能。熱は内部エネルギーの変化と外部への仕事の両方に関わる。
- サイクル全体: 1周して元の状態に戻るので、内部エネルギーの変化はゼロ (\(\Delta U_{\text{サイクル}}=0\))。よって \(Q_{\text{正味}} = W_{\text{正味}}\) となり、吸収した正味の熱量が、外部にした正味の仕事に等しくなります。
- p-Vグラフの読解力:
- 核心: p-Vグラフは単なる図ではなく、気体の状態と変化の情報を凝縮したものです。グラフから状態量(p, V)を読み取り、仕事(面積)や変化の種類(縦線なら定積、横線なら定圧)を判断する能力が不可欠です。
- 理解のポイント: 問(3)で示したように、サイクルが囲む面積が正味の仕事に等しいという事実は、熱機関を理解する上で極めて重要です。時計回りのサイクルは外部に正の仕事をし(エンジン)、反時計回りのサイクルは外部から仕事をされる(冷凍機)ことを意味します。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 断熱変化を含むサイクル: 定積・定圧変化に断熱変化が加わった、より複雑なサイクル(オットーサイクル、ディーゼルサイクルなど)。
- 熱効率の計算: サイクル全体で吸収した熱量 \(Q_{\text{吸収}}\)(正のQの合計)と、した正味の仕事 \(W_{\text{正味}}\) から、熱機関としての効率 \(\eta = W_{\text{正味}} / Q_{\text{吸収}}\) を計算させる問題。
- p-Vグラフ以外のグラフ: 同じサイクルをp-TグラフやV-Tグラフで表現させたり、逆にそれらのグラフからp-Vグラフを復元させたりする問題。
- 初見の問題での着眼点:
- 状態点の特定: まず、A, B, Cといった各状態点での圧力、体積、温度をすべて求め、表などに整理します。未知の量は状態方程式を使って求めます。
- 過程の分類: A→B, B→C, C→Aの各過程が、定積、定圧、等温、断熱、あるいはその他のどの変化なのかを明確にします。
- エネルギー収支の確認: サイクル全体で \(\Delta U = 0\) となること、また \(W_{\text{正味}}\) がサイクルが囲む面積と等しくなることを利用して、計算結果の検算ができないか考えます。例えば、(3)で求めた \(W_{\text{正味}} = 2p_0V_0\) は、各過程の熱の総和 \(Q_{\text{A→B}} + Q_{\text{B→C}} + Q_{\text{C→A}}\) と等しくなるはずです。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 仕事の符号:
- 誤解: 気体が「した」仕事 \(W\) と、気体が「された」仕事(\(-W\))を混同する。
- 対策: 常に「気体を主語」にして考える癖をつけましょう。「気体が膨張する → 外向きに力を及ぼす → 気体は外部に『した』仕事 \(W\) が正」。熱力学第一法則 \(Q = \Delta U + W\) は、「気体がした仕事」を \(W\) と定義していることを常に意識します。
- 内部エネルギー変化の計算:
- 誤解: \(\Delta U = \displaystyle\frac{3}{2}nR(T_1 – T_2)\) のように、温度変化を「前-後」で計算してしまう。
- 対策: 物理における変化量は、常に「後の状態量-前の状態量」で定義されます。したがって、\(\Delta U\) は必ず \(\frac{3}{2}nR(T_{\text{後}} – T_{\text{前}})\) となります。この原則を徹底しましょう。
- B→C間の温度変化の誤解:
- 誤解: BとCの温度が同じ(\(3T_0\))なので、B→C間はずっと等温変化だと勘違いする。
- 対策: p-Vグラフ上で等温変化は \(pV=\text{一定}\) の反比例の曲線を描きます。B→Cは明らかに直線であり、等温曲線ではないため、途中の温度は変化しているはずです。問(5)の計算結果が、途中で温度が \(4T_0\) まで上昇することを示しています。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 等温線を補助線として描く: p-Vグラフに、状態Aを通る等温線(\(pV=p_0V_0\))と、状態B, Cを通る等温線(\(pV=3p_0V_0\))を補助的に描き入れてみましょう。これにより、A→Bでは温度が低い等温線から高い等温線へジャンプし、B→Cではさらに高い温度の領域に一旦入ってから戻ってくる、という温度変化の様子が視覚的に理解できます。
- 仕事の面積を色分けする: (3)の解説図のように、膨張過程の仕事(B→C)の面積をプラスの色(例:青)、圧縮過程の仕事(C→A)の面積をマイナスの色(例:赤)で塗り分けると、正味の仕事が「青い面積-赤い面積」で、結果的に三角形の面積になることが一目瞭然となります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- ボイル・シャルルの法則 \(\frac{pV}{T}=\text{一定}\):
- 選定理由: 異なる2つの状態(例:AとB)のp, V, Tの関係を知りたいときに、最も直接的で強力な公式だからです。物質量\(n\)や気体定数\(R\)が分からなくても、2状態の比較だけで未知の量を求められます。
- 適用根拠: 理想気体の状態方程式 \(pV=nRT\) から導かれる関係式であり、閉じた容器に入れられた一定量の気体に対して常に成り立ちます。
- 熱力学第一法則 \(Q = \Delta U + W\):
- 選定理由: 熱、仕事、内部エネルギーという、状態変化に伴うエネルギーの出入りを包括的に記述する基本法則だからです。この問題のように、特定の過程(定積、定圧など)を考えることは、この一般式に特定の条件(\(W=0\)など)を代入する操作に他なりません。
- 適用根拠: エネルギー保存則という物理学の大原則に基づいています。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 【ステージ1】 全状態の把握:
- フロー: ①既知の状態Aのp, V, Tをリストアップ → ②状態B, Cのp, Vをリストアップ → ③ボイル・シャルルの法則を用いて、状態B, Cの未知の温度Tを計算。
- 【ステージ2】 各過程の熱量計算:
- フロー: ①A→Bが定積、C→Aが定圧であることを確認 → ②熱力学第一法則を各過程に適用し、\(Q_{\text{A→B}}=\Delta U_{\text{A→B}}\), \(Q_{\text{C→A}}=\Delta U_{\text{C→A}} + W_{\text{C→A}}\) のように式を立てる → ③\(\Delta U\) と \(W\) をそれぞれ計算し、\(Q\) を求める。
- 【ステージ3】 正味の仕事の計算:
- フロー: ①サイクルが囲む図形(三角形)の面積を計算するのが最も効率的と判断 → ②三角形の底辺と高さをp-Vグラフから読み取る → ③面積公式 \(\frac{1}{2} \times \text{底辺} \times \text{高さ}\) で計算。
- 【ステージ4】 B→C間の詳細分析:
- フロー: ①B→Cが直線であることから \(p=aV+b\) とおく → ②BとCの座標を代入し、\(a, b\) を決定 → ③状態方程式 \(T=pV/nR\) に代入し、\(p\) を消去して \(T(V)\) の関係式を導く → ④二次関数を平方完成し、頂点を求めて最高温度を特定。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位と文字の整理: この問題では \(p_0, V_0, T_0\) という基準の文字が与えられています。計算の途中で \(nR\) などが出てきても、最終的には \(p_0V_0=nRT_0\) の関係を使って、与えられた文字だけで表現するように意識しましょう。
- 符号のダブルチェック:
- 仕事: 膨張なら正、圧縮なら負。
- 熱量: 吸収なら正、放出なら負。
- 内部エネルギー変化: 温度上昇なら正、下降なら負。
計算結果が出たら、その過程(加熱、冷却、膨張、圧縮)と符号の整合性が取れているか、必ず見直す習慣をつけましょう。
- 連立方程式の検算: 問(4)で \(p = aV+b\) の係数を求めたら、元のB点とC点の座標を代入して式が成り立つか検算すると、ケアレスミスを防げます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 正味の仕事: \(W_{\text{正味}} = 2p_0V_0\) は正の値です。p-Vグラフのサイクルは時計回りであり、これは外部に仕事をする熱機関に対応します。したがって、正味の仕事が正になるのは妥当です。
- 最高温度: 最高温度 \(4T_0\) は、サイクルの始点・終点であるB, Cの温度 \(3T_0\) よりも高い値です。グラフが上に凸の放物線を描くことから、途中で一度温度が上昇することは物理的に正しく、その最大値が \(4T_0\) という結果は妥当です。
- サイクル全体のエネルギー収支:
- 1サイクル後、気体は元の状態Aに戻るので、内部エネルギーの変化は \(\Delta U_{\text{サイクル}} = 0\) です。
- 熱力学第一法則より、\(Q_{\text{正味}} = W_{\text{正味}}\) が成り立つはずです。
- \(W_{\text{正味}} = 2p_0V_0\) でした。一方、熱の総和は \(Q_{\text{正味}} = Q_{\text{A→B}} + Q_{\text{B→C}} + Q_{\text{C→A}}\) です。\(Q_{\text{A→B}}=3p_0V_0\), \(Q_{\text{C→A}}=-5p_0V_0\) なので、\(Q_{\text{B→C}}\) を計算すると \(Q_{\text{B→C}} = \Delta U_{\text{B→C}} + W_{\text{B→C}} = ( \frac{3}{2}nR(3T_0-3T_0) ) + 4p_0V_0 = 4p_0V_0\) となります。
- よって \(Q_{\text{正味}} = 3p_0V_0 + 4p_0V_0 – 5p_0V_0 = 2p_0V_0\) となり、\(W_{\text{正味}}\) と一致します。このように、計算結果が法則通りになっているかを確認することで、解答の信頼性を高めることができます。
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263 気体の状態変化
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、p-Vグラフで表される、定圧・等温・定積変化を組み合わせた熱力学サイクルを扱います。グラフから各状態の物理量を正確に読み取り、状態方程式や内部エネルギーの公式を適用して、未知の物理量やグラフの形状を求める総合的な問題です。
- 気体: 1.0 mol の単原子分子理想気体
- 過程: A→B(定圧)→C(等温)→D(定圧)→A(定積) のサイクル
- 気体定数: \(R = 8.3 \text{ J/(mol}\cdot\text{K)}\)
- p-Vグラフ: 各状態の圧力・体積が読み取れる
- 数値: 有効数字2桁で求める
- (1) 状態Dにおける圧力 \(p_D\) と絶対温度 \(T_D\)
- (2) 過程D→Aにおける内部エネルギーの変化量 \(\Delta U_{\text{D→A}}\)
- (3) 全過程における体積Vと絶対温度Tのグラフ
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
本解説は、模範解答で採用されている解法を主たる解説としつつ、以下の別解を提示します。
- 提示する別解
- 問(2)の別解: 内部エネルギーの定義式 \(U = \frac{3}{2}pV\) を用いた解法
- 模範解答が内部エネルギーの変化を \(\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T\) で計算し、状態方程式を用いて \(p, V\) の式に変換するのに対し、別解では単原子分子理想気体の内部エネルギーが \(U = \frac{3}{2}pV\) とも表せることを利用し、直接圧力と体積の値から変化量を計算します。
- 問(2)の別解: 内部エネルギーの定義式 \(U = \frac{3}{2}pV\) を用いた解法
- 上記の別解が有益である理由
- 公式の柔軟な活用: 内部エネルギーの式には温度で表す形式と圧力・体積で表す形式があり、問題に応じて使い分けることで計算が簡略化できる場合があることを学べます。
- 物理的意味の再確認: 内部エネルギーが状態量であり、その値が状態点(p, Vの組)だけで決まることを再確認できます。温度を介さずに計算できることで、この概念の理解が深まります。
- 計算の効率化: この問題のように、温度を求めずに圧力と体積の値が直接グラフから読み取れる場合、この別解のアプローチは計算の手間を省き、より迅速に解答にたどり着くことができます。
- 結果への影響
- いずれのアプローチを用いても、計算過程や思考の出発点が異なるだけで、最終的に得られる答えは模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「p-Vグラフで表される熱力学サイクル」です。グラフから各状態の物理量を正確に読み取り、定積・定圧・等温といった各過程の性質を理解した上で、状態方程式や熱力学の法則を適用する総合力が問われます。
- p-Vグラフの読解: グラフの各点が気体の状態(圧力、体積)を、各経路が状態変化の種類を表していることを理解します。
- 理想気体の状態方程式: 各状態点における圧力、体積、温度の関係 (\(pV=nRT\)) を結びつけます。特に、等温変化ではボイルの法則 (\(pV=\text{一定}\)) が成り立ちます。
- 単原子分子理想気体の内部エネルギー: 内部エネルギーが \(U = \frac{3}{2}nRT\) で与えられ、これが \(\frac{3}{2}pV\) とも等しいことを利用します。
- V-Tグラフの作成: 各過程における体積Vと温度Tの関係を調べ、グラフにプロットします。特に定圧変化では、シャルルの法則 (\(\frac{V}{T}=\text{一定}\)) より、VとTは比例関係になります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、グラフから読み取れる情報と、B→Cが等温変化であることからボイルの法則を適用して、状態Dの圧力\(p_D\)を求めます。次に状態方程式を用いて温度\(T_D\)を計算します(問1)。
- D→Aは定積変化です。内部エネルギーの変化量\(\Delta U_{\text{D→A}}\)を、温度変化(\(T_A – T_D\))または圧力・体積の変化から計算します(問2)。
- サイクルを構成する4つの状態(A, B, C, D)すべての温度を求めます。各過程(定圧、等温、定積)におけるVとTの関係を調べ、V-Tグラフを作成します(問3)。