「センサー総合物理 3rd Edition」徹底解説!【Chapter 31】Step 2

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Step 2

442 水素原子のエネルギーとスペクトル

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「水素原子のスペクトル系列」です。水素原子から放出される光の波長を記述するリュードベリの公式を用いて、特定のスペクトル系列(ライマン系列、パッシェン系列)における光の波長を具体的に計算し、その性質を考察します。

  1. リュードベリの公式: 水素原子のスペクトル線の波長\(\lambda\)の逆数が、遷移前の量子数\(n\)と遷移後の量子数\(n’\)を用いて \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\) と表されるという法則です。
  2. エネルギー差と波長の関係: 光子のエネルギーは \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) であり、波長\(\lambda\)とエネルギー差 \(\Delta E = E_n – E_{n’}\) は反比例の関係にあります。したがって、波長が最も長くなるのはエネルギー差が最小のとき、波長が最も短くなるのはエネルギー差が最大のときです。
  3. スペクトル系列: 電子の遷移後の準位\(n’\)が同じであるようなスペクトル線の集まりを系列と呼びます。\(n’=1\)への遷移をライマン系列、\(n’=2\)をバルマー系列、\(n’=3\)をパッシェン系列といいます。
  4. 波長の極限値: 各系列において、エネルギー差が最小となるのは隣の準位からの遷移 (\(n=n’+1 \to n’\)) であり、このとき波長は最長となります。エネルギー差が最大となるのは無限遠からの遷移 (\(n=\infty \to n’\)) であり、このとき波長は最短となります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、波長が最長となる条件(エネルギー差が最小)を考え、ライマン系列 (\(n’=1\)) でその条件を満たす遷移前の準位\(n\)を特定します。
  2. (2)では、波長が最短となる条件(エネルギー差が最大)を考え、パッシェン系列 (\(n’=3\)) でその条件を満たす遷移 (\(n=\infty \to 3\)) について、リュードベリの公式を用いて波長を計算します。
  3. (3)では、ライマン系列とパッシェン系列のそれぞれの波長域(最短波長から最長波長までの範囲)を計算し、それが問題で与えられた可視光線の波長域に含まれないことを示します。

問(1)

思考の道筋とポイント
ライマン系列(\(n’=1\)への遷移)において、放出される光の波長が最も長くなる条件を考えます。光子のエネルギーと波長は反比例の関係 (\(\Delta E \propto \displaystyle\frac{1}{\lambda}\)) にあるため、「波長が最も長い」ということは「エネルギー差が最も小さい」ことと同じです。電子が\(n’=1\)の準位へ遷移するとき、エネルギー差が最も小さくなるのは、すぐ一つ上の準位である\(n=2\)から遷移する場合です。
この設問における重要なポイント

  • 波長が最長 \(\iff\) 光子のエネルギーが最小 \(\iff\) 遷移前後のエネルギー準位の差が最小。
  • ライマン系列とは、遷移後の準位が \(n’=1\) となる遷移のこと。
  • エネルギー準位の差が最小になるのは、隣り合う準位間の遷移、すなわち \(n=n’+1\) から \(n’\) への遷移である。

具体的な解説と立式
水素原子から放出される光の波長\(\lambda\)は、リュードベリの公式で与えられます。
$$ \frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right) $$
この式から、波長\(\lambda\)が最大になるのは、右辺の値、すなわちエネルギー差に比例する \(\left(\displaystyle\frac{1}{n’^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2}\right)\) が最小になるときです。
ライマン系列では \(n’=1\) です。このとき、この差を最小にするためには、\(n\)が\(n’\)に最も近い値、つまり \(n=2\) である必要があります。

使用した物理公式

  • リュードベリの公式: \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\)
計算過程

この設問は物理的な考察から結論を導くものであり、具体的な計算は不要です。
\(n’=1\) のとき、\(\left(\displaystyle\frac{1}{1^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2}\right)\) の値は、\(n\)が最小の自然数である \(n=2\) のときに最小値をとります。
したがって、波長が最も長くなるときの\(n\)は2です。

計算方法の平易な説明

光の波長が「長い」ということは、その光が持つエネルギーが「小さい」ことを意味します。電子が「1階」(\(n’=1\))に落ちてくるとき、放出するエネルギーが一番小さくなるのは、一番「落差」が小さい場合、つまりすぐ上の「2階」(\(n=2\))から落ちてくるときです。したがって、答えは\(n=2\)となります。

結論と吟味

ライマン系列で最も波長が長くなるのは、\(n=2\)からの遷移です。これは、エネルギー準位差が最小となる遷移に対応しており、物理的に妥当な結論です。

解答 (1) 2

問(2)

思考の道筋とポイント
パッシェン系列(\(n’=3\)への遷移)において、放出される光の波長が最も短くなる条件を考えます。「波長が最も短い」ということは「エネルギー差が最も大きい」ことと同じです。電子が\(n’=3\)の準位へ遷移するとき、エネルギー差が最も大きくなるのは、無限に遠い準位である\(n=\infty\)から遷移する場合です。この条件をリュードベリの公式に代入して、波長を計算します。
この設問における重要なポイント

  • 波長が最短 \(\iff\) 光子のエネルギーが最大 \(\iff\) 遷移前後のエネルギー準位の差が最大。
  • パッシェン系列とは、遷移後の準位が \(n’=3\) となる遷移のこと。
  • エネルギー準位の差が最大になるのは、無限遠 (\(n=\infty\)) からの遷移である。

具体的な解説と立式
波長\(\lambda\)が最小になるのは、リュードベリの公式の右辺 \(\left(\displaystyle\frac{1}{n’^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2}\right)\) が最大になるときです。
パッシェン系列では \(n’=3\) です。この差を最大にするためには、\(n\)が無限大 (\(n=\infty\)) である必要があります。このとき、\(\displaystyle\frac{1}{n^2}\) の項は0とみなせます。
したがって、最も短い波長\(\lambda_{\text{最短}}\)は、次の式で計算できます。
$$ \frac{1}{\lambda_{\text{最短}}} = R\left(\frac{1}{3^2} – \frac{1}{\infty^2}\right) $$

使用した物理公式

  • リュードベリの公式: \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\)
計算過程

立式した式を計算します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{\lambda_{\text{最短}}} &= R\left(\frac{1}{9} – 0\right) \\[2.0ex]&= \frac{R}{9}
\end{aligned}
$$
したがって、\(\lambda_{\text{最短}}\)は、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{最短}} &= \frac{9}{R} \\[2.0ex]&= \frac{9}{1.1 \times 10^7} \\[2.0ex]&\approx 8.181… \times 10^{-7} \text{ [m]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) となります。

計算方法の平易な説明

光の波長が「短い」ということは、その光が持つエネルギーが「大きい」ことを意味します。電子が「3階」(\(n’=3\))に落ちてくるとき、放出するエネルギーが一番大きくなるのは、一番「落差」が大きい場合、つまり無限に高い場所 (\(n=\infty\)) から落ちてくるときです。この条件を公式に入れて、波長を計算します。

結論と吟味

パッシェン系列で最も波長が短くなるのは、\(n=\infty\)からの遷移による光で、その波長は \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。この値は、可視光線の長波長側の端(約\(7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\))よりも長く、赤外線の領域にあることが推測されます。

解答 (2) \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
ライマン系列とパッシェン系列の光が可視光線ではないことを示すには、それぞれの系列の光が存在しうる波長の「範囲」を求め、その範囲が可視光線の波長域(\(3.8 \times 10^{-7} \sim 7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\))と重ならないことを確認します。ある系列の波長範囲は、その系列の「最長波長」と「最短波長」を計算することで決定できます。
この設問における重要なポイント

  • 系列の波長域は、[最短波長, 最長波長] の区間で与えられる。
  • 最長波長 \(\rightarrow\) \(n=n’+1 \to n’\) の遷移。
  • 最短波長 \(\rightarrow\) \(n=\infty \to n’\) の遷移。

具体的な解説と立式
1. ライマン系列 (\(n’=1\)) の波長域

  • 最長波長 \(\lambda_{\text{L,最長}}\): \(n=2 \to 1\) の遷移です。
    $$
    \begin{aligned}
    \frac{1}{\lambda_{\text{L,最長}}} &= R\left(\frac{1}{1^2} – \frac{1}{2^2}\right) \\[2.0ex]&= R\left(1 – \frac{1}{4}\right) \\[2.0ex]&= \frac{3}{4}R
    \end{aligned}
    $$
  • 最短波長 \(\lambda_{\text{L,最短}}\): \(n=\infty \to 1\) の遷移です。
    $$
    \begin{aligned}
    \frac{1}{\lambda_{\text{L,最短}}} &= R\left(\frac{1}{1^2} – \frac{1}{\infty^2}\right) \\[2.0ex]&= R
    \end{aligned}
    $$

2. パッシェン系列 (\(n’=3\)) の波長域

  • 最長波長 \(\lambda_{\text{P,最長}}\): \(n=4 \to 3\) の遷移です。
    $$
    \begin{aligned}
    \frac{1}{\lambda_{\text{P,最長}}} &= R\left(\frac{1}{3^2} – \frac{1}{4^2}\right) \\[2.0ex]&= R\left(\frac{1}{9} – \frac{1}{16}\right) \\[2.0ex]&= R\frac{16-9}{144} \\[2.0ex]&= \frac{7}{144}R
    \end{aligned}
    $$
  • 最短波長 \(\lambda_{\text{P,最短}}\): \(n=\infty \to 3\) の遷移で、(2)で計算済みです。
    $$ \frac{1}{\lambda_{\text{P,最短}}} = \frac{R}{9} $$

これらの式から各波長を計算し、可視光線の範囲と比較します。

使用した物理公式

  • リュードベリの公式: \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\)
計算過程

1. ライマン系列の波長域の計算

最短波長は、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{L,最短}} &= \frac{1}{R} \\[2.0ex]&= \frac{1}{1.1 \times 10^7} \\[2.0ex]&\approx 0.909 \times 10^{-7} \text{ m}
\end{aligned}
$$
よって、約 \(9.1 \times 10^{-8} \text{ m}\) です。

最長波長は、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{L,最長}} &= \frac{4}{3R} \\[2.0ex]&= \frac{4}{3 \times 1.1 \times 10^7} \\[2.0ex]&\approx 1.212 \times 10^{-7} \text{ m}
\end{aligned}
$$
よって、約 \(1.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。
ライマン系列の波長域は \(9.1 \times 10^{-8} \text{ m} \le \lambda_{\text{L}} \le 1.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。

2. パッシェン系列の波長域の計算

最短波長は(2)より、約 \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。

最長波長は、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{P,最長}} &= \frac{144}{7R} \\[2.0ex]&= \frac{144}{7 \times 1.1 \times 10^7} \\[2.0ex]&\approx 18.7 \times 10^{-7} \text{ m}
\end{aligned}
$$
よって、約 \(1.9 \times 10^{-6} \text{ m}\) です。
パッシェン系列の波長域は \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m} \le \lambda_{\text{P}} \le 1.9 \times 10^{-6} \text{ m}\) です。

3. 可視光線領域との比較
可視光線の波長域は \(3.8 \times 10^{-7} \text{ m} \sim 7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。

  • ライマン系列の波長域は、可視光線域よりも短いため、紫外線領域にあります。
  • パッシェン系列の波長域は、可視光線域よりも長いため、赤外線領域にあります。

したがって、いずれも可視光線ではありません。

計算方法の平易な説明

ライマン系列(1階に落ちる光)とパッシェン系列(3階に落ちる光)について、それぞれ一番波長が短い場合と長い場合を計算して、光の波長の「範囲」を調べます。

  • ライマン系列の光は、波長が \(0.91 \times 10^{-7} \text{ m}\) から \(1.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) の範囲にあります。
  • パッシェン系列の光は、波長が \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) から \(19 \times 10^{-7} \text{ m}\) の範囲にあります。

人間が見える光(可視光線)の波長は \(3.8 \times 10^{-7} \text{ m}\) から \(7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\) の範囲なので、どちらの系列の光もこの範囲に入っていません。よって、どちらも目には見えません。

結論と吟味

ライマン系列の波長域 (\(9.1 \times 10^{-8} \sim 1.2 \times 10^{-7} \text{ m}\)) とパッシェン系列の波長域 (\(8.2 \times 10^{-7} \sim 1.9 \times 10^{-6} \text{ m}\)) は、いずれも可視光線の波長域 (\(3.8 \times 10^{-7} \sim 7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\)) と重ならない。したがって、これらの系列の光は可視光線ではないことが示されました。

解答 (3) (解説を参照)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • リュードベリの公式と波長の極値:
    • 核心: 水素原子のスペクトル線の波長\(\lambda\)を決定する公式 \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\) を正しく解釈し、特に「最長波長」と「最短波長」がどのような物理的状況に対応するのかを理解することが全てです。
    • 理解のポイント:
      • エネルギー差と波長の関係: 光子のエネルギーは波長に反比例するため、「波長が最長」は「エネルギー差が最小」の遷移を、「波長が最短」は「エネルギー差が最大」の遷移を意味します。
      • 最長波長の条件: エネルギー差が最小になるのは、常に隣り合う準位からの遷移、すなわち \(n=n’+1\) から \(n’\) へ移るときです。
      • 最短波長の条件: エネルギー差が最大になるのは、束縛されていない状態(無限遠)からの遷移、すなわち \(n=\infty\) から \(n’\) へ移るときです。
  • スペクトル系列の概念:
    • 核心: スペクトル線が、遷移後の準位\(n’\)の値によって「系列」というグループに分類されることを理解すること。
    • 理解のポイント:
      • ライマン系列: \(n’=1\) への遷移群。紫外線領域に属します。
      • バルマー系列: \(n’=2\) への遷移群。一部が可視光線領域にあり、最も身近な系列です。
      • パッシェン系列: \(n’=3\) への遷移群。赤外線領域に属します。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • バルマー系列の波長計算: 水素原子のスペクトルで唯一、一部が可視光線に含まれるのがバルマー系列(\(n’=2\))です。この系列の最長波長(H\(\alpha\)線、\(n=3 \to 2\))や最短波長(\(n=\infty \to 2\))を計算させる問題は頻出です。
    • 吸収スペクトル: 通常、原子は最も安定な基底状態(\(n=1\))にあります。そのため、原子が光を吸収して励起する場合、その光の波長はライマン系列(\(n=1 \to 2, 3, \dots\))の波長と一致します。
    • 波長からの準位特定: あるスペクトル線の波長\(\lambda\)が与えられ、それがどの系列の、どの遷移(\(n \to n’\))によるものかを特定させる問題。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 系列の特定 (\(n’\)の確認): 問題文が「ライマン」「バルマー」「パッシェン」のどの系列について述べているか、つまり遷移のゴールである\(n’\)の値を最初に確定させます。
    2. 「最長/最短」を「遷移」に翻訳: 「波長が最長」とあれば「\(n=n’+1 \to n’\)」、「波長が最短」とあれば「\(n=\infty \to n’\)」と、具体的な遷移の量子数に置き換えて考えます。
    3. 計算手順の標準化: まず \(\displaystyle\frac{1}{\lambda}\) を文字式で計算し、次に \(\lambda\) の式に変形し、最後に数値を代入するという手順を徹底します。これにより、計算ミスや逆数にし忘れるミスを防ぎます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 最長波長と最短波長の条件の混同:
    • 誤解: (1)で「最長波長」を求めるときに、\(n\)が最大となる\(n=\infty\)の場合を考えてしまう。
    • 対策: 「波長が長い \(\iff\) エネルギーが小さい」という反比例の関係を徹底します。エネルギー準位図をイメージし、遷移の「落差」が一番小さいのは隣の準位から、一番大きいのは無限遠から、と視覚的に理解することが有効です。
  • 逆数計算のし忘れ:
    • 誤解: (2)で \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = \frac{R}{9}\) と計算した後、これをそのまま答えとしてしまう、あるいは \(\lambda = \displaystyle\frac{R}{9}\) と勘違いする。
    • 対策: 自分が計算しているのはあくまで「波長の逆数」である \(\displaystyle\frac{1}{\lambda}\) だと常に意識すること。計算の最後に「逆数をとる!」と問題用紙に大きくメモしておくのも良い方法です。
  • \(n\)と\(n’\)の役割の混同:
    • 誤解: リュードベリの公式の \(n\) と \(n’\) に、遷移前後の量子数を逆に入れてしまう。
    • 対策: 公式の条件である \(n > n’\) を必ず確認します。\(n\) はエネルギーが高い方の準位(スタート)、\(n’\) はエネルギーが低い方の準位(ゴール)であると、役割を明確に覚えておきましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • リュードベリの公式:
    • 選定理由: 問題文で与えられており、原子から放出される光のスペクトル線という現象を記述する、この分野の根幹をなす公式だからです。
    • 適用根拠: この公式は、ボーアの原子模型における「量子化されたエネルギー準位」と「振動数条件」から導出される理論的な帰結です。2つの整数 \(n, n’\) を指定するだけで、観測される無数のスペクトル線の波長を系統的に説明できる、非常に強力な法則です。
  • 波長の範囲を求めるための極値計算:
    • 選定理由: (3)で、ある系列が「可視光線ではない」ことを示すために、その系列が取りうる波長の「全範囲」を特定する必要があるためです。
    • 適用根拠: ある系列の波長は、遷移元の準位\(n\) (\(>n’\)) の値によって変化します。その範囲は、\(n\)が最小値(\(n’+1\))をとるときの波長(最長)と、\(n\)が最大値(\(\infty\))をとるときの波長(最短)によって決まります。この両端の値を計算することで、系列全体の波長域を確定させることができます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 分数の計算を丁寧に行う: \(\displaystyle\frac{1}{n’^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2}\) のような計算は、焦らず通分してから行いましょう。例えば、パッシェン系列の最長波長(\(n=4 \to 3\))では、\(\displaystyle\frac{1}{3^2} – \frac{1}{4^2} = \frac{1}{9} – \frac{1}{16} = \frac{16-9}{144} = \frac{7}{144}\) と、一つ一つのステップを確実に実行します。
  • 文字式で整理してから代入: (2)や(3)のように、まず \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = \frac{R}{9}\) のように文字式で関係を導き、次に \(\lambda = \displaystyle\frac{9}{R}\) と変形し、最後の最後に \(R=1.1 \times 10^7\) を代入する、という手順を踏むと、計算全体の見通しが良くなり、ミスが減ります。
  • 有効数字の管理: 問題文で与えられた定数 \(R\) が有効数字2桁なので、最終的な答えも有効数字2桁に丸める必要があります。計算途中では3桁程度で計算を進め、最後に四捨五入するのが一般的です。
  • 概算による検算: (2)で \(\lambda = \displaystyle\frac{9}{1.1 \times 10^7}\) を計算する際、分母の \(1.1\) はだいたい \(1\) なので、答えは \(9 \times 10^{-7}\) [m] に近い値になるはずだ、と当たりをつけます。これにより、桁数の間違いなどの大きなミスを事前に防ぐことができます。

443 水素原子のエネルギーとスペクトル

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「原子の電離と励起」です。与えられたエネルギー準位の公式を用いて、原子から電子を取り去る(電離)のに必要なエネルギーや、電子をより高いエネルギー準位へ移す(励起)のに必要なエネルギーを計算します。

  1. エネルギー準位: 原子内の電子は、量子数\(n\)によって決まるとびとびのエネルギー値(エネルギー準位)しかとることができません。
  2. 電離と電離エネルギー: 電子を原子核の束縛から完全に解放すること(イオン化)を電離といいます。これは電子を基底状態(\(n=1\))から無限遠の準位(\(n=\infty\))へ移すことに相当し、このとき必要なエネルギーを電離エネルギーと呼びます。
  3. 励起と励起エネルギー: 電子がエネルギーを吸収して、より高いエネルギー準位へ移ることを励起といいます。このとき吸収されるエネルギーを励起エネルギーと呼び、準位差に相当します。
  4. 電子衝突による励起: 外部から飛んできた電子が原子に衝突してエネルギーを与える場合、入射電子の運動エネルギーが励起エネルギー以上であれば、原子を励起させることができます。入射電子は余ったエネルギーを持って飛び去ります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、電離エネルギーが基底状態(\(n=1\))と無限遠(\(n=\infty\))のエネルギー準位の差であることを利用して計算します。
  2. (2)では、基底状態(\(n=1\))から第1励起状態(\(n=2\))への励起エネルギーを準位差として計算します。これが、衝突する電子が持つべき運動エネルギーの最小値となります。
  3. いずれの計算でも、最終的に単位をeVからJに変換する必要があります。

問(1)

思考の道筋とポイント
「電子を取り去る」とは、原子をイオン化させることであり、これは原子核に最も強く束縛されている基底状態(\(n=1\))の電子を、原子核の束縛が及ばない無限遠の準位(\(n=\infty\))まで引き上げることに相当します。したがって、必要なエネルギー(電離エネルギー)は、\(n=\infty\)のエネルギー準位と\(n=1\)のエネルギー準位の差として計算できます。
この設問における重要なポイント

  • 電子を取り去る \(\iff\) イオン化 \(\iff\) \(n=1 \to n=\infty\) の遷移。
  • 電離エネルギーは \(E_{\text{電離}} = E_\infty – E_1\) で計算される。
  • 無限遠のエネルギー準位は \(E_\infty = 0\) と定義される。
  • エネルギーの単位をeVからJに変換する必要がある。

具体的な解説と立式
電離エネルギーを\(E_{\text{電離}}\)とします。これは、基底状態(\(n=1\))にある電子を、原子核の束縛から解放された状態(\(n=\infty\))にするために必要なエネルギーです。したがって、その大きさは両者のエネルギー準位の差に等しくなります。
$$ E_{\text{電離}} = E_\infty – E_1 $$
問題で与えられたエネルギー準位の公式 \(E_n = -\displaystyle\frac{13.6}{n^2}\) [eV] を用いて、各準位のエネルギーを求めます。
基底状態(\(n=1\))のエネルギーは、
$$ E_1 = -\frac{13.6}{1^2} = -13.6 \text{ [eV]} $$
無限遠(\(n=\infty\))のエネルギーは、
$$ E_\infty = \lim_{n \to \infty} \left(-\frac{13.6}{n^2}\right) = 0 \text{ [eV]} $$
これらの値を代入して、電離エネルギーをeV単位で計算します。
$$
\begin{aligned}
E_{\text{電離}} &= E_\infty – E_1 \\[2.0ex]&= 0 – (-13.6) \\[2.0ex]&= 13.6 \text{ [eV]}
\end{aligned}
$$
最後に、この値をジュールの単位に変換します。

使用した物理公式

  • エネルギー準位の公式: \(E_n = -\displaystyle\frac{13.6}{n^2}\) [eV]
  • 電離エネルギーの定義: \(E_{\text{電離}} = E_\infty – E_1\)
計算過程

eVで求めた電離エネルギーを、\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) を用いてジュールに変換します。
$$
\begin{aligned}
E_{\text{電離}} &= 13.6 \times (1.6 \times 10^{-19}) \\[2.0ex]&= 2.176 \times 10^{-18} \text{ [J]}
\end{aligned}
$$
問題で与えられた数値の有効数字は2桁なので、答えもそれに合わせて四捨五入します。
$$ E_{\text{電離}} \approx 2.2 \times 10^{-18} \text{ [J]} $$

計算方法の平易な説明

「電子を取り去る」とは、原子という深い「穴」の底(基底状態)にいる電子を、外の平らな「地面」(エネルギーが0の状態)まで引きずり出す作業です。穴の深さは \(13.6 \text{ eV}\) なので、引き出すのに必要なエネルギーも \(13.6 \text{ eV}\) となります。最後に、このエネルギーの単位を「eV」から、物理計算で標準的に使われる「J」に変換するために、\(1.6 \times 10^{-19}\) を掛け算します。

結論と吟味

水素原子の電離エネルギーは \(2.2 \times 10^{-18} \text{ J}\) です。エネルギーが正の値となっており、外部からエネルギーを与える必要があるという物理的な状況と一致しています。

解答 (1) \(2.2 \times 10^{-18} \text{ J}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
原子を基底状態(\(n=1\))から第1励起状態(\(n=2\))へ励起させるために必要なエネルギーは、両者のエネルギー準位の差 \(E_2 – E_1\) です。この問題では「電子を当てて」励起させるため、衝突する電子は自身の運動エネルギーの一部を原子に与え、残りのエネルギーを持って飛び去ることができます。したがって、入射電子の運動エネルギーが、励起に必要なエネルギー \(E_2 – E_1\) 以上であれば、励起は可能です。問題では「何J以上にする必要があるか」と問われているため、この最小エネルギーを計算します。
この設問における重要なポイント

  • 励起に必要な最小エネルギーは、準位差 \(\Delta E = E_2 – E_1\) に等しい。
  • 電子衝突による励起の場合、入射電子の運動エネルギー\(K\)は \(K \ge \Delta E\) であればよい。
  • (参考)光子による励起の場合は、光子エネルギーが準位差にぴったり一致 (\(h\nu = \Delta E\)) しないと吸収されない。

具体的な解説と立式
基底状態(\(n=1\))から第1励起状態(\(n=2\))への励起に必要なエネルギー\(\Delta E\)は、
$$ \Delta E = E_2 – E_1 $$
と表されます。エネルギー準位の公式 \(E_n = -\displaystyle\frac{13.6}{n^2}\) [eV] を用いて、\(E_1\)と\(E_2\)を計算します。
$$ E_1 = -13.6 \text{ [eV]} $$
$$ E_2 = -\frac{13.6}{2^2} = -3.4 \text{ [eV]} $$
これらを代入して、励起エネルギー\(\Delta E\)をeV単位で計算します。
$$
\begin{aligned}
\Delta E &= E_2 – E_1 \\[2.0ex]&= (-3.4) – (-13.6) \\[2.0ex]&= 10.2 \text{ [eV]}
\end{aligned}
$$
外から当てる電子の運動エネルギーを\(K\)とすると、この電子が原子を励起させるためには、その運動エネルギーが励起エネルギー以上である必要があります。
$$ K \ge \Delta E = 10.2 \text{ [eV]} $$
求めるのは、この運動エネルギーの最小値なので、\(10.2 \text{ eV}\)をジュールの単位に変換します。

使用した物理公式

  • エネルギー準位の公式: \(E_n = -\displaystyle\frac{13.6}{n^2}\) [eV]
  • 励起エネルギーの定義: \(\Delta E = E_{\text{後}} – E_{\text{前}}\)
計算過程

eVで求めた励起エネルギーの最小値を、\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) を用いてジュールに変換します。
$$
\begin{aligned}
\Delta E &= 10.2 \times (1.6 \times 10^{-19}) \\[2.0ex]&= 1.632 \times 10^{-18} \text{ [J]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、
$$ \Delta E \approx 1.6 \times 10^{-18} \text{ [J]} $$

計算方法の平易な説明

原子を「1階」から「2階」へ上げるのに必要なエネルギーを計算します。これは「2階のエネルギー」から「1階のエネルギー」を引いた「階層の差」に相当します。計算すると、\(10.2 \text{ eV}\) となります。外から電子をぶつける場合、この電子は原子に \(10.2 \text{ eV}\) のエネルギーを渡しさえすればよく、もし持ってきたエネルギーに余りがあれば、それを持って帰ることができます。したがって、持ってくるエネルギーは最低でも \(10.2 \text{ eV}\) あればよい、つまり「\(10.2 \text{ eV}\) 以上」が必要となります。この最小値をジュールの単位に変換します。

結論と吟味

原子を第1励起状態にするには、当てる電子の運動エネルギーを \(1.6 \times 10^{-18} \text{ J}\) 以上にする必要があります。この値は、(1)で求めた電離エネルギーよりも小さく、物理的に妥当な結果です。

解答 (2) \(1.6 \times 10^{-18} \text{ J}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • エネルギー準位の概念と計算:
    • 核心: 原子内の電子は、量子数\(n\)で指定されるとびとびのエネルギー準位しかとれないこと、そしてそのエネルギー値が \(E_n = E_1/n^2\) の形で計算できることを理解しているかが問われます。
    • 理解のポイント:
      • 基底状態: \(n=1\) が最も安定でエネルギーが低い状態です。
      • 励起状態: \(n=2, 3, \dots\) がエネルギーの高い、不安定な状態です。
      • 電離状態: \(n=\infty\) が原子核の束縛から完全に解放された状態で、そのエネルギーは \(E_\infty=0\) と定義されます。
  • 電離・励起に必要なエネルギー:
    • 核心: 電離や励起といった原子の状態変化に必要なエネルギーは、遷移の「後」と「前」のエネルギー準位の差 (\(\Delta E = E_{\text{後}} – E_{\text{前}}\)) で決まるという、エネルギー保存則の応用です。
    • 理解のポイント:
      • 電離エネルギー: 基底状態(\(n=1\))から電離状態(\(n=\infty\))への遷移エネルギー。\(E_{\text{電離}} = E_\infty – E_1\)。
      • 励起エネルギー: ある準位から、より高い準位への遷移エネルギー。\(E_{\text{励起}} = E_{n’} – E_n\) (\(n’ > n\))。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 光子による励起: 「光子を当てて励起する」場合。この場合、光子のエネルギーは準位差にぴったり一致する必要がある (\(h\nu = \Delta E\))。電子衝突(エネルギーが「以上」でよい)との違いを問う問題は頻出です。
    • 第2励起状態への励起: \(n=1 \to n=3\) への励起エネルギーを計算させる問題。
    • 励起状態からの電離: すでに励起状態(\(n=2\)など)にある原子を電離させるのに必要なエネルギーを問う問題 (\(E_\infty – E_2\))。
    • 衝突後の電子のエネルギー: 運動エネルギー\(K\)の電子が衝突して原子を励起させた後、飛び去る電子の運動エネルギー\(K’\)を問う問題。エネルギー保存則より \(K’ = K – \Delta E\) となります。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 励起の方法を確認: 問題文が「電子を当てる」のか「光子を当てる」のかを最初に確認します。これでエネルギー条件が「以上」か「ぴったり」かが決まります。
    2. 遷移の始点と終点を確認: 「どこからどこへ」遷移するのか、量子数\(n\)の始点と終点を正確に把握します。「基底状態」は\(n=1\)、「第1励起状態」は\(n=2\)、「電離」は\(n=\infty\)と読み替えます。
    3. 単位の確認: 問題が「eV」で問うているのか「J」で問うているのかを最後まで確認し、適切なタイミングで単位換算を行います。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 電子衝突と光子吸収の条件の混同:
    • 誤解: (2)で電子を当てるのに、必要なエネルギーが準位差\(10.2 \text{ eV}\)に「ぴったり」でなければならないと勘違いする。
    • 対策: 「電子は不器用、光子は器用」と覚えましょう。電子はエネルギーを分割して与えることができる(余ったエネルギーを持って帰れる)ので「以上」でOK。光子はエネルギーを分割できず、全エネルギーを吸収されるかされないかの二択なので「ぴったり」でないとダメ、と明確に区別します。
  • エネルギー差の計算ミス:
    • 誤解: \(E_2 – E_1\)を計算するときに、\(-3.4 – 13.6\) のように、負の数の引き算の符号を間違える。
    • 対策: 必ず括弧をつけて \((-3.4) – (-13.6)\) と丁寧に立式します。「後ひく前」を徹底し、励起や電離では外部からエネルギーを与えるので、エネルギー差は必ず正の値になることを確認するのも有効です。
  • 単位換算忘れ:
    • 誤解: eVで計算した値をそのままJ単位の答えとしてしまう。
    • 対策: 問題文で「何Jか」と問われていることを強く意識します。計算の最後に単位換算のステップを設けることを習慣づけましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • エネルギー準位の差 (\(\Delta E = E_{\text{後}} – E_{\text{前}}\)):
    • 選定理由: (1)の「電離」、(2)の「励起」は、どちらも原子の内部エネルギー状態が変化する現象だからです。そのエネルギー変化量は、状態変化の前後でのエネルギーの差として定義されます。
    • 適用根拠: エネルギー保存則に基づいています。外部から与えられたエネルギーが、原子の内部エネルギーの増加分に変換されます。その増加分が準位の差に相当します。
  • 電子衝突のエネルギー条件 (\(K \ge \Delta E\)):
    • 選定理由: (2)が「電子を当てて」励起させる問題だからです。
    • 適用根拠: これはエネルギー保存則と運動量保存則を考慮した結果です。衝突前後でエネルギーと運動量の両方が保存されるためには、入射電子は励起エネルギー\(\Delta E\)を原子に与え、残りの運動エネルギーを持って飛び去ることが可能です。したがって、最低でも\(\Delta E\)のエネルギーを持っていればよい、ということになります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 単位換算のタイミング: まずはeVのままエネルギー差を計算し(例: \(10.2 \text{ eV}\))、最後に一度だけJに変換する方が、計算途中の桁数が複雑にならずミスが少ないです。
  • 有効数字の確認: 問題文で与えられている定数(\(1.6 \times 10^{-19}\))やエネルギー値(\(-13.6\))の有効数字を確認します。この問題では\(1.6\)が2桁なので、最終的な答えも2桁に丸めるのが適切です。
  • 負の数の計算: \(-(-13.6)\)のような計算は、暗算せずに丁寧に「\(+13.6\)」と書き直す癖をつけましょう。
  • エネルギー準位図の活用: 簡単なエネルギー準位図を自分で描いて、遷移の矢印を書き込むと、「後ひく前」の計算や、エネルギー差の大小関係が視覚的に確認でき、ミスを防げます。

444 ヘリウム原子モデル

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「ボーアの原子模型の応用(原子番号Zの原子核)」です。水素原子(\(Z=1\))のモデルを、原子核の電荷が異なるヘリウムイオン(\(Z=2\))に応用します。原子核の電荷が変わることで、クーロン力や位置エネルギーがどのように変化し、それが軌道半径やエネルギー準位にどう影響するかを理解することが目的です。

  1. 円運動の運動方程式: 電子が円運動を続けるための力のつり合いを表す式です。向心力の役割をクーロン力が担います。
  2. クーロンの法則: 原子核(電荷 \(+2e\))と電子(電荷 \(-e\))の間に働く静電気力の大きさを計算します。
  3. ボーアの量子条件: 電子の物質波が軌道上で定常波をなす条件です。この条件は原子核の電荷に依存しないため、水素原子の場合と全く同じ式になります。
  4. 力学的エネルギー: 電子の持つ運動エネルギーと、静電気力による位置エネルギーの和が、その電子の全エネルギーとなります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、原子核の電荷が\(+2e\)であることに注意してクーロン力の大きさを計算し、これを向心力として運動方程式を立てます。
  2. (2)では、原子核の性質によらない普遍的な条件であるボーアの量子条件を記述します。
  3. (3)では、(1)の運動方程式と(2)の量子条件を連立させ、速さ\(v\)を消去することで軌道半径\(r\)を求めます。
  4. (4)では、位置エネルギーの式に電荷\(+2e\)と\(-e\)を代入し、力学的エネルギーの式を立てます。(1)と(3)で得られた関係式を代入し、エネルギーを求めます。

問(1)

思考の道筋とポイント
電子が原子核の周りを等速円運動するための向心力は、原子核と電子の間に働くクーロン力です。この問題のヘリウムイオン(He\({}^+\))では、原子核は陽子2個からなるため、その電気量は\(+2e\)です。この点が水素原子(\(+e\))との唯一の違いです。この原子核の電荷を用いてクーロン力の大きさを計算し、運動方程式を立てます。
この設問における重要なポイント

  • 円運動の向心力は、原子核と電子の間のクーロン力である。
  • ヘリウムイオンの原子核の電気量は \(+2e\)。
  • クーロン力の大きさは \(F = k_0 \displaystyle\frac{|(+2e)(-e)|}{r^2} = k_0 \displaystyle\frac{2e^2}{r^2}\) となる。

具体的な解説と立式
電子の質量を\(m\)、速さを\(v\)、軌道半径を\(r\)とします。電子の円運動の運動方程式は \(ma = F\) と書けます。
左辺の加速度\(a\)は、円運動の加速度で \(a = \displaystyle\frac{v^2}{r}\) です。
右辺の力\(F\)は、ヘリウム原子核(電荷\(+2e\))と電子(電荷\(-e\))の間に働くクーロン力であり、その大きさは、
$$ F = k_0 \frac{(2e) \cdot e}{r^2} = k_0 \frac{2e^2}{r^2} $$
となります。
したがって、求める運動方程式はこれらを等しいと置いた次式となります。
$$ m \frac{v^2}{r} = k_0 \frac{2e^2}{r^2} $$

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(ma = F\)
  • 円運動の加速度: \(a = \displaystyle\frac{v^2}{r}\)
  • クーロンの法則: \(F = k_0 \displaystyle\frac{|q_1 q_2|}{r^2}\)
計算過程

この設問は立式が目的であるため、これ以上の計算は不要です。

計算方法の平易な説明

水素原子の場合との違いは、原子核のプラスの電気が2倍になったことだけです。そのため、電子を引っ張るクーロン力も2倍になります。運動方程式「質量 \(\times\) 加速度 = 力」の、力の部分をこの2倍になったクーロン力に置き換えることで式が作れます。

結論と吟味

運動方程式は \(m \displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \displaystyle\frac{2e^2}{r^2}\) となります。水素原子の場合と比較して、右辺のクーロン力が2倍になっており、物理的な状況を正しく反映しています。

解答 (1) \(m \displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \displaystyle\frac{2e^2}{r^2}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
電子が安定に存在できる条件、すなわちボーアの量子条件は、電子の物質波が軌道上で定常波を形成するという条件です。この条件は電子自身の波動性に基づくものであり、中心にある原子核の性質(電荷の大きさなど)には依存しません。したがって、この条件式は水素原子の場合と全く同じになります。
この設問における重要なポイント

  • ボーアの量子条件は、原子核の電荷の大きさによらない普遍的な条件である。
  • 円周の長さ \(2\pi r\) が、物質波の波長 \(\lambda = \displaystyle\frac{h}{mv}\) の整数倍になる。

具体的な解説と立式
電子が安定な軌道を描くための量子条件は、電子の物質波(波長 \(\lambda = \displaystyle\frac{h}{mv}\))が、円周上で強め合う定常波となることです。この条件は、円周の長さが波長の整数倍になることで表されます。
$$ 2\pi r = n\lambda \quad (n=1, 2, 3, \dots) $$
この式の \(\lambda\) に物質波の波長の式を代入すると、求める条件式が得られます。
$$ 2\pi r = n \frac{h}{mv} $$
この式は、水素原子の場合と全く同じです。

使用した物理公式

  • ド・ブロイ波長: \(\lambda = \displaystyle\frac{h}{mv}\)
  • 定常波の条件(ボーアの量子条件): \(2\pi r = n\lambda\)
計算過程

この設問は立式が目的であるため、これ以上の計算は不要です。

計算方法の平易な説明

電子が安定して周回するための「専用レーン」のルールは、中心に何があるかには影響されません。電子という波が、一周して自分自身とぴったり重なるための条件なので、水素原子のときと全く同じ式になります。

結論と吟味

電子が安定に存在できる条件式は \(2\pi r = n \displaystyle\frac{h}{mv}\) です。原子核の電荷が異なっても、この量子条件は変わらないという点を理解することが重要です。

解答 (2) \(2\pi r = n \displaystyle\frac{h}{mv}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
(1)で立てた運動方程式と、(2)で立てた量子条件を連立方程式として扱い、速さ\(v\)を消去することで半径\(r\)を求めます。計算の手順は水素原子の場合と全く同じですが、運動方程式のクーロン力の項が異なるため、最終的な結果が変わってきます。
この設問における重要なポイント

  • (1)と(2)の2つの式から、変数\(v\)を消去する。
  • (2)の式を「\(v = \dots\)」の形に変形し、(1)の式に代入するのが効率的。

具体的な解説と立式
(1), (2)で導出した2つの基本式を再掲します。
$$ m \frac{v^2}{r} = k_0 \frac{2e^2}{r^2} \quad \cdots ① $$
$$ 2\pi r = n \frac{h}{mv} \quad \cdots ② $$
半径\(r\)を求めるために、これらの式から速さ\(v\)を消去します。式②を\(v\)について解くと、
$$ v = \frac{nh}{2\pi mr} \quad \cdots ③ $$
となります。この\(v\)の式を、式①に代入します。

使用した物理公式

  • 問(1)で導出した運動方程式
  • 問(2)で導出した量子条件
計算過程

式③を式①に代入します。
$$
\begin{aligned}
m \frac{1}{r} \left( \frac{nh}{2\pi mr} \right)^2 &= k_0 \frac{2e^2}{r^2} \\[2.0ex]m \frac{1}{r} \cdot \frac{n^2 h^2}{4\pi^2 m^2 r^2} &= k_0 \frac{2e^2}{r^2} \\[2.0ex]\frac{n^2 h^2}{4\pi^2 m r^3} &= \frac{2k_0 e^2}{r^2}
\end{aligned}
$$
この式の両辺に \(4\pi^2 m r^3\) を掛けて分母を払います。
$$
\begin{aligned}
n^2 h^2 &= (2k_0 e^2) \cdot (4\pi^2 m r) \\[2.0ex]n^2 h^2 &= 8\pi^2 m k_0 e^2 r
\end{aligned}
$$
最後に\(r\)について解くと、
$$
\begin{aligned}
r &= \frac{n^2 h^2}{8\pi^2 m k_0 e^2}
\end{aligned}
$$
となります。

計算方法の平易な説明

水素原子のときと同じように、2つの式から速さ\(v\)を消去する連立方程式を解きます。計算手順は全く同じですが、運動方程式にクーロン力の強さを表す「2」が入っているため、この「2」が計算の最後まで残ります。その結果、半径を表す式の分母に「8」が現れます。

結論と吟味

ヘリウムイオンの軌道半径は \(r = \displaystyle\frac{n^2 h^2}{8\pi^2 m k_0 e^2}\) と求められました。水素原子の半径 \(r_{\text{H}} = \displaystyle\frac{n^2 h^2}{4\pi^2 m k_0 e^2}\) と比較すると、分母が2倍、すなわち半径が半分になっています。これは、原子核の引力が2倍になったことで、電子がより強く原子核に引きつけられ、より内側の軌道を回るようになったと解釈でき、物理的に妥当な結果です。

解答 (3) \(r = \displaystyle\frac{n^2 h^2}{8\pi^2 m k_0 e^2}\)

問(4)

思考の道筋とポイント
電子の力学的エネルギー\(E\)は、運動エネルギー\(K\)と静電気力による位置エネルギー\(U\)の和 (\(E = K + U\)) で計算できます。位置エネルギーは問題文の定義 \(U = k_0 \displaystyle\frac{q_1 q_2}{r}\) を用いて、原子核の電荷\(+2e\)と電子の電荷\(-e\)から求めます。運動エネルギーは、(1)の運動方程式を利用して半径\(r\)の式で表すと、計算が簡潔になります。最後に、(3)で求めた半径\(r\)の式を代入して、エネルギーを求めます。
この設問における重要なポイント

  • 力学的エネルギー \(E = K + U\)。
  • 位置エネルギーは \(U = k_0 \displaystyle\frac{(+2e)(-e)}{r} = -k_0 \displaystyle\frac{2e^2}{r}\)。
  • 運動方程式を使うと、運動エネルギー\(K\)と位置エネルギー\(U\)の関係がわかり、計算が楽になる。

具体的な解説と立式
電子の力学的エネルギーを\(E\)とします。これは運動エネルギー\(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)と位置エネルギー\(U\)の和です。
位置エネルギー\(U\)は、電荷\(+2e\)の原子核と電荷\(-e\)の電子の間に働くので、
$$ U = k_0 \frac{(+2e)(-e)}{r} = -k_0 \frac{2e^2}{r} $$
よって、力学的エネルギーは次式で表せます。
$$ E = \frac{1}{2}mv^2 – k_0 \frac{2e^2}{r} \quad \cdots ④ $$
ここで、(1)で立てた運動方程式 \(m \displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \displaystyle\frac{2e^2}{r^2}\) を活用します。この式の両辺に \(\displaystyle\frac{r}{2}\) を掛けると、
$$ \frac{1}{2}mv^2 = \frac{1}{2} k_0 \frac{2e^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r} \quad \cdots ⑤ $$
この関係式⑤を、エネルギーの式④に代入すると、
$$
\begin{aligned}
E &= \left( k_0 \frac{e^2}{r} \right) – k_0 \frac{2e^2}{r} \\[2.0ex]&= -k_0 \frac{e^2}{r} \quad \cdots ⑥
\end{aligned}
$$
最後に、この式⑥に(3)で求めた半径\(r\)の式を代入すれば、エネルギー\(E\)が求まります。

使用した物理公式

  • 力学的エネルギー: \(E = K + U\)
  • 静電気力による位置エネルギー: \(U = k_0 \displaystyle\frac{q_1 q_2}{r}\)
計算過程

(3)で求めた \(r = \displaystyle\frac{n^2 h^2}{8\pi^2 m k_0 e^2}\) を、式⑥ \(E = -k_0 \displaystyle\frac{e^2}{r}\) に代入します。
$$
\begin{aligned}
E &= -k_0 e^2 \cdot \frac{1}{r} \\[2.0ex]&= -k_0 e^2 \cdot \left( \frac{8\pi^2 m k_0 e^2}{n^2 h^2} \right) \\[2.0ex]&= -\frac{8\pi^2 m k_0^2 e^4}{n^2 h^2}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

電子の全エネルギーは「運動エネルギー」と「位置エネルギー」の合計です。まず、位置エネルギーを計算すると、原子核の電荷が2倍なので、水素原子の場合より2倍深くなります(\( -k_0 \frac{2e^2}{r} \))。次に、運動方程式を変形して運動エネルギーを計算します。この2つを足し合わせると、全エネルギーが \( -k_0 \frac{e^2}{r} \) というシンプルな形になります。最後に、この式の\(r\)に(3)で求めた半径の式を代入すれば、答えが求まります。

結論と吟味

ヘリウムイオンのエネルギー準位は \(E = -\displaystyle\frac{8\pi^2 m k_0^2 e^4}{n^2 h^2}\) と求められました。水素原子のエネルギー \(E_{\text{H}} = -\displaystyle\frac{2\pi^2 m k_0^2 e^4}{n^2 h^2}\) と比較すると、4倍になっています。これは、原子番号を\(Z\)とすると、エネルギーが\(Z^2\)に比例するという一般則 (\(E \propto Z^2\)) に従っています(水素は\(Z=1\)、ヘリウムは\(Z=2\)なので、\(2^2=4\)倍)。引力が強くなったことで電子はより内側の軌道を高速で運動し、位置エネルギーもより深くなった結果、束縛エネルギーの絶対値が大きくなったと解釈でき、物理的に妥当です。

解答 (4) \(E = -\displaystyle\frac{8\pi^2 m k_0^2 e^4}{n^2 h^2}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 原子番号Zへの一般化:
    • 核心: 水素原子(\(Z=1\))で成立したボーアの原子模型の考え方が、原子番号\(Z\)の原子核を持つイオン(この問題ではヘリウムイオン、\(Z=2\))に対しても、原子核の電荷を\(+Ze\)と置き換えるだけで同様に適用できる、という点です。
    • 理解のポイント:
      • クーロン力と位置エネルギーの変化: 原子核の電荷が\(+e\)から\(+Ze\)に変わることで、電子に働くクーロン力と、電子が持つ位置エネルギーがそれぞれ\(Z\)倍になります。(\(F \propto Z\), \(U \propto Z\))
      • 量子条件の不変性: ボーアの量子条件(\(2\pi r = n\lambda\))は、電子の波動性に基づくもので、中心にある原子核の電荷には依存しません。このため、水素原子と全く同じ式が使えます。
  • 物理量のZ依存性:
    • 核心: 原子番号\(Z\)の変化が、軌道半径\(r\)やエネルギー準位\(E\)にどのように影響するかを理解することです。
    • 理解のポイント:
      • 半径\(r\)は\(Z\)に反比例: \(r \propto \displaystyle\frac{1}{Z}\)。原子核の引力が強くなるほど、電子はより内側の軌道に引きつけられます。
      • エネルギー\(E\)は\(Z^2\)に比例: \(E \propto Z^2\)。引力が強くなることで、電子はより強く束縛され、エネルギー準位はより深くなります(負の方向に大きくなる)。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • リチウムイオン(\(Li^{2+}\))など、他の原子番号のイオン:
      • \(Li^{2+}\)であれば\(Z=3\)として、同様の計算を行います。半径は水素の\(1/3\)倍、エネルギーは\(3^2=9\)倍になります。
    • スペクトル線の波長の計算:
      • ヘリウムイオンが放出する光の波長を計算させる問題。エネルギー準位が\(Z^2\)倍になるため、放出される光子のエネルギーも\(Z^2\)倍になり、波長は\(1/Z^2\)倍になります。
    • 水素原子との比較:
      • 「ヘリウムイオンの\(n=2\)の軌道半径は、水素原子のどの軌道半径に最も近いか?」といった比較問題。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 原子核の電荷を確認: まず、問題となっている原子(イオン)の原子番号\(Z\)を特定し、原子核の電荷が\(+Ze\)であることを確認します。これが全ての計算の出発点です。
    2. クーロン力の式を正しく立てる: 運動方程式を立てる際、クーロン力の式 \(F = k_0 \displaystyle\frac{(Ze)e}{r^2}\) の\(Z\)を忘れないようにします。
    3. 位置エネルギーの式を正しく立てる: エネルギーを計算する際、位置エネルギーの式 \(U = k_0 \displaystyle\frac{(Ze)(-e)}{r}\) の\(Z\)を忘れないようにします。
    4. 水素原子の結果を覚えていれば検算が容易: 水素原子の半径やエネルギーの公式を覚えていれば、それに\(r \propto 1/Z\), \(E \propto Z^2\)の関係を適用することで、計算結果が妥当かどうかを素早く検算できます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • クーロン力の\(Z\)の付け忘れ:
    • 誤解: (1)の運動方程式で、水素原子の場合と同じようにクーロン力を \(k_0 \displaystyle\frac{e^2}{r^2}\) と書いてしまう。
    • 対策: 問題文の「ヘリウムイオン(He\({}^+\))」という記述に印をつけ、「原子核の電荷は\(+2e\)」と問題用紙の余白に大きく書き出しておきましょう。
  • 半径とエネルギーの\(Z\)依存性の混同:
    • 誤解: 半径が\(Z^2\)に反比例する、エネルギーが\(Z\)に比例するなど、依存関係を間違えて覚えてしまう。
    • 対策: 物理的なイメージと結びつけましょう。「引力が\(Z\)倍 \(\rightarrow\) 半径は縮む(\(1/Z\))」。エネルギーは、半径が縮み(\(1/Z\))、かつ位置エネルギーの定義自体に\(Z\)が含まれるため、合わせて\(Z^2\)に比例する、と論理的に導けるようにしておくと間違いが減ります。
  • 計算過程での係数ミス:
    • 誤解: (3)や(4)の計算で、\(2e^2\)の「2」を途中で落としてしまう、あるいは2乗の展開などで計算を間違う。
    • 対策: 水素原子の場合と全く同じ計算手順を踏むことを意識し、どこに係数「2」が影響してくるかを注意深く追跡しながら計算を進めます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 運動方程式 (\(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \frac{Ze^2}{r^2}\)):
    • 選定理由: 電子が原子核の周りを円運動しているという物理状況を記述するための基本法則だからです。
    • 適用根拠: 向心力の正体が、原子番号\(Z\)の原子核と電子の間に働くクーロン力であることを数式で表現するために適用します。この問題では\(Z=2\)です。
  • 量子条件 (\(2\pi r = n\displaystyle\frac{h}{mv}\)):
    • 選定理由: 古典力学だけでは説明できない原子の安定性を保証するための、量子論的な制約条件だからです。
    • 適用根拠: この条件は、電子の波動性に起因するもので、中心にある原子核の電荷量には依存しません。したがって、原子番号\(Z\)に関わらず、全ての原子・イオンに対して同じ形で適用されます。
  • 力学的エネルギーの定義式 (\(E = K+U\)):
    • 選定理由: (4)で電子が持つ全エネルギーそのものを問われているためです。
    • 適用根拠: 電子は運動しているので運動エネルギー\(K\)を持ち、同時に原子核からのクーロン力(保存力)によって位置エネルギー\(U\)を持ちます。この問題では、位置エネルギーの計算に原子番号\(Z\)を考慮する必要があります (\(U = -k_0 \displaystyle\frac{Ze^2}{r}\))。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 水素原子との比較: 計算の各段階で、水素原子の場合の結果とどう違うか(係数がどうなっているか)を意識すると、計算ミスに気づきやすくなります。
  • 文字の整理: (3)や(4)の最終的な答えは多くの物理定数を含みます。\(m, k_0, e, h, \pi, n\) などの文字を、意味のまとまり(例:\(m e^4\))やアルファベット順で整理すると、見間違いや書き漏らしが減ります。
  • ショートカットの活用: (4)のエネルギー計算では、運動方程式を変形して得られる関係式 \(K = -\displaystyle\frac{1}{2}U\)(運動エネルギーが位置エネルギーのマイナス半分)が、原子番号\(Z\)に関わらず成立します。これを使うと、\(E = K+U = -\displaystyle\frac{1}{2}U + U = \displaystyle\frac{1}{2}U\) となり、計算が大幅に簡略化できます。この問題では \(U = -k_0 \displaystyle\frac{2e^2}{r}\) なので、\(E = -k_0 \displaystyle\frac{e^2}{r}\) となり、解答の途中式と一致します。

445 水素原子の基底状態

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「水素原子のエネルギー関係」です。電離エネルギー\(I\)を基準として、光子の波長、基底状態における運動エネルギーと位置エネルギー、そして励起状態からの遷移で放出されるエネルギーを、すべて\(I\)を用いて表現することを目指します。

  1. 電離エネルギー: 原子を電離させる(電子を無限遠に引き離す)のに必要な最小エネルギーです。これは、基底状態の電子が持つ力学的エネルギーの絶対値に等しくなります。
  2. 光子のエネルギー: 波長\(\lambda\)の光子が持つエネルギーは \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) で表されます。
  3. ビリアル定理(円運動の場合): クーロン力のような\(1/r^2\)に比例する中心力による円運動では、運動エネルギー\(K\)と位置エネルギー\(U\)の間に \(K = -\displaystyle\frac{1}{2}U\) という関係が成り立ちます。この定理を知っていると、(2)の計算が非常に簡潔になります。
  4. 力学的エネルギー保存: 力学的エネルギー\(E\)は、運動エネルギー\(K\)と位置エネルギー\(U\)の和 (\(E = K + U\)) です。
  5. エネルギー準位の公式: 水素原子のエネルギー準位は \(E_n = \displaystyle\frac{E_1}{n^2}\) と表され、基底状態のエネルギー\(E_1\)は電離エネルギー\(I\)を用いて \(E_1 = -I\) と書けます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、電離に必要なエネルギー\(I\)を、ちょうど光子1個のエネルギーで与えると考え、光子のエネルギーの公式から波長を求めます。
  2. (2)では、円運動の運動方程式と力学的エネルギーの定義式を立てます。電離エネルギー\(I\)が基底状態の力学的エネルギーの絶対値であることを利用し、運動エネルギーと位置エネルギーを\(I\)で表します。
  3. (3)では、エネルギー準位の公式 \(E_n = -I/n^2\) を用いて、第1励起状態(\(n=2\))と基底状態(\(n=1\))のエネルギー差を計算します。

問(1)

思考の道筋とポイント
「電子を飛び出させることができる限界の光子」とは、電子を電離させるのに必要な最小限のエネルギーを持つ光子のことです。この最小エネルギーは、定義により電離エネルギー\(I\)に等しくなります。したがって、波長\(\lambda\)の光子1個が持つエネルギー \(\displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) が、ちょうど電離エネルギー\(I\)に等しいという式を立てて、波長\(\lambda\)を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 電子を電離させるのに必要な最小エネルギーは、電離エネルギー\(I\)である。
  • このエネルギーを光子で与える場合、光子のエネルギーと電離エネルギーが等しくなる。(\(\displaystyle\frac{hc}{\lambda} = I\))

具体的な解説と立式
基底状態にある水素原子から電子を飛び出させる(電離させる)ために必要な最小エネルギーは、問題の定義により\(I\)です。
このエネルギーを、波長\(\lambda\)の光子1個によって与えると考えます。光子のエネルギーは \(\displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) です。
電子を飛び出させることができる「限界」の状況とは、光子のエネルギーが電離エネルギーにちょうど等しい場合なので、次の関係式が成り立ちます。
$$ \frac{hc}{\lambda} = I $$
この式を\(\lambda\)について解きます。

使用した物理公式

  • 光子のエネルギー: \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\)
計算過程

立式した \(\displaystyle\frac{hc}{\lambda} = I\) を\(\lambda\)について解きます。
$$
\begin{aligned}
hc &= I \lambda \\[2.0ex]\lambda &= \frac{hc}{I}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

電子を原子から引き離すのに\(I\)というエネルギーが必要です。このエネルギーを光で与える場合、光1粒が持つエネルギーがちょうど\(I\)になればよい、ということです。光1粒のエネルギーは「\(h \times c \div \lambda\)」で計算できるので、「\(h \times c \div \lambda = I\)」という式が成り立ちます。この式を\(\lambda\)について変形すれば答えが求まります。

結論と吟味

限界の波長は \(\lambda = \displaystyle\frac{hc}{I}\) となります。これより波長が短い光はエネルギーが\(I\)より大きいため電子を電離させることができ、波長が長い光はエネルギー不足で電離させることができません。物理的な状況を正しく表しています。

解答 (1) \(\lambda = \displaystyle\frac{hc}{I}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
基底状態にある電子の運動エネルギー\(K\)と位置エネルギー\(U\)を、電離エネルギー\(I\)を用いて表す問題です。まず、円運動の運動方程式と、力学的エネルギー\(E_1\)の定義式を立てます。電離エネルギー\(I\)は、基底状態の力学的エネルギーの大きさに等しい、すなわち \(I = |E_1| = -E_1\) という関係を使います。これらの式を連立させることで、\(K\)と\(U\)を\(I\)で表現します。
この設問における重要なポイント

  • 基底状態の力学的エネルギー \(E_1\) は、運動エネルギー\(K\)と位置エネルギー\(U\)の和: \(E_1 = K + U\)。
  • 電離エネルギー\(I\)との関係: \(E_1 = -I\)。
  • 円運動の運動方程式から、運動エネルギー\(K\)と位置エネルギー\(U\)の関係 (\(K = -\frac{1}{2}U\)) が導かれる。

具体的な解説と立式
基底状態における電子の軌道半径を\(r\)、速さを\(v\)、質量を\(m\)とします。
電子の円運動の運動方程式は、
$$ m\frac{v^2}{r} = k_0 \frac{e^2}{r^2} \quad \cdots ① $$
この式の両辺に \(\displaystyle\frac{r}{2}\) を掛けると、運動エネルギー \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\) についての関係式が得られます。
$$ K = \frac{1}{2}mv^2 = \frac{1}{2} k_0 \frac{e^2}{r} \quad \cdots ② $$
一方、位置エネルギー\(U\)は、無限遠を基準とすると、
$$ U = -k_0 \frac{e^2}{r} \quad \cdots ③ $$
式②と③を比較すると、運動エネルギーと位置エネルギーの間に次の関係があることがわかります。
$$ K = -\frac{1}{2}U \quad \cdots ④ $$
さて、基底状態の力学的エネルギー\(E_1\)は、
$$ E_1 = K + U $$
であり、電離エネルギー\(I\)の定義から、\(E_1 = -I\) です。したがって、
$$ -I = K + U \quad \cdots ⑤ $$
式④を式⑤に代入して\(U\)を消去すると、
$$
\begin{aligned}
-I &= K + (-2K) \\[2.0ex]-I &= -K
\end{aligned}
$$
よって、運動エネルギー\(K\)が求まります。
次に、この結果を式⑤に代入すれば、位置エネルギー\(U\)も求まります。

使用した物理公式

  • 運動方程式: \(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \displaystyle\frac{e^2}{r^2}\)
  • 力学的エネルギー: \(E = K + U\)
  • 電離エネルギーと基底状態エネルギーの関係: \(I = -E_1\)
計算過程

上記で導出した関係式から\(K\)と\(U\)を求めます。
運動エネルギー\(K\):
$$
\begin{aligned}
-I &= -K \\[2.0ex]K &= I
\end{aligned}
$$
位置エネルギー\(U\):
\(K=I\)を式⑤に代入すると、
$$
\begin{aligned}
-I &= I + U \\[2.0ex]U &= -2I
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

原子の中の電子は、3つのエネルギー(運動エネルギー\(K\)、位置エネルギー\(U\)、合計の力学的エネルギー\(E_1\))を持っています。これらの間には、円運動のルールから「\(K = -U \div 2\)」という関係が、エネルギーの定義から「\(E_1 = K + U\)」という関係が成り立ちます。また、電離エネルギー\(I\)は、合計エネルギーのマイナス符号をとったもの (\(I = -E_1\)) です。この3つの関係式をパズルのように組み合わせると、\(K=I\)、\(U=-2I\)という答えが導き出せます。

結論と吟味

基底状態にある電子の運動エネルギーは\(I\)、位置エネルギーは\(-2I\)です。力学的エネルギーは \(E_1 = K+U = I + (-2I) = -I\) となり、電離エネルギーの定義と矛盾しません。また、運動エネルギーが正、位置エネルギーが負(束縛状態)、力学的エネルギーが負(束縛状態)という符号も物理的に妥当です。

解答 (2) 運動エネルギー: \(I\), 位置エネルギー: \(-2I\)

問(3)

思考の道筋とポイント
「基底状態に最も近い励起状態」とは、量子数\(n=2\)の第1励起状態のことです。この状態から基底状態(\(n=1\))へ遷移する際に放出されるエネルギーは、両者のエネルギー準位の差 \(\Delta E = E_2 – E_1\) として計算できます。水素原子のエネルギー準位は \(E_n = \displaystyle\frac{E_1}{n^2}\) と表せることと、\(E_1 = -I\) であることを利用して、このエネルギー差を\(I\)で表します。
この設問における重要なポイント

  • 基底状態に最も近い励起状態は、第1励起状態(\(n=2\))である。
  • 放出されるエネルギーは、準位差 \(\Delta E = E_2 – E_1\) に等しい。
  • エネルギー準位の公式: \(E_n = \displaystyle\frac{E_1}{n^2}\)。
  • 基底状態のエネルギーと電離エネルギーの関係: \(E_1 = -I\)。

具体的な解説と立式
放出されるエネルギー\(\Delta E\)は、遷移前後のエネルギー準位の差に等しいです。
$$ \Delta E = E_2 – E_1 $$
ここで、水素原子のエネルギー準位は、基底状態のエネルギー\(E_1\)を用いて \(E_n = \displaystyle\frac{E_1}{n^2}\) と表せます。
また、(2)の考察から \(E_1 = -I\) です。
したがって、
$$ E_n = -\frac{I}{n^2} $$
この式を用いて、\(E_1\)と\(E_2\)を\(I\)で表します。
$$ E_1 = -\frac{I}{1^2} = -I $$
$$ E_2 = -\frac{I}{2^2} = -\frac{I}{4} $$
これらの値を、エネルギー差の式に代入します。

使用した物理公式

  • エネルギー準位の公式: \(E_n = \displaystyle\frac{E_1}{n^2}\)
  • 放出エネルギー: \(\Delta E = E_{\text{高}} – E_{\text{低}}\)
計算過程

エネルギー差\(\Delta E\)を計算します。
$$
\begin{aligned}
\Delta E &= E_2 – E_1 \\[2.0ex]&= \left(-\frac{I}{4}\right) – (-I) \\[2.0ex]&= -\frac{I}{4} + I \\[2.0ex]&= \frac{3}{4}I
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

原子の「階層」のエネルギーは、\(n\)階のエネルギーが「\(-I \div n^2\)」で計算できる、というルールを使います。放出されるエネルギーは、「2階のエネルギー」から「1階のエネルギー」を引いたものです。

  • 1階のエネルギー: \(-I \div 1^2 = -I\)
  • 2階のエネルギー: \(-I \div 2^2 = -I/4\)

この差を計算すると、\((-I/4) – (-I) = \frac{3}{4}I\) となります。

結論と吟味

放出されるエネルギーは \(\displaystyle\frac{3}{4}I\) です。これは電離エネルギー\(I\)よりも小さい値であり、束縛された状態間の遷移エネルギーとして妥当な大きさです。

解答 (3) \(\displaystyle\frac{3}{4}I\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 電離エネルギー\(I\)と各エネルギーの関係性:
    • 核心: この問題は、電離エネルギー\(I\)という一つの量を基準にして、基底状態における力学的エネルギー(\(E_1\))、運動エネルギー(\(K\))、位置エネルギー(\(U\))が、互いにどのような関係にあるかを理解しているかを問うています。
    • 理解のポイント:
      • 定義: \(I = -E_1\)。電離エネルギーは、基底状態の力学的エネルギーにマイナスをつけたものです。
      • 構成: \(E_1 = K + U\)。力学的エネルギーは、運動エネルギーと位置エネルギーの和です。
      • ビリアル定理: \(K = -\displaystyle\frac{1}{2}U\)。円運動の運動方程式から導かれる、運動エネルギーと位置エネルギーの間の重要な関係です。
      • 結論: 上記3つの関係を連立させることで、\(K=I\), \(U=-2I\), \(E_1=-I\) という、それぞれのエネルギーを\(I\)だけで表す関係が導かれます。この一連の導出プロセスが核心です。
  • エネルギー準位の一般式:
    • 核心: 水素原子の\(n\)番目のエネルギー準位\(E_n\)が、電離エネルギー\(I\)を用いて \(E_n = -\displaystyle\frac{I}{n^2}\) と簡潔に表現できることを理解することです。
    • 理解のポイント: この式は、\(E_n = E_1/n^2\) と \(E_1 = -I\) を組み合わせたものです。これにより、任意の準位間の遷移エネルギーを、\(I\)を用いて簡単に計算できるようになります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 原子番号Zの原子への応用: 原子番号\(Z\)の原子核を持つイオンの場合、電離エネルギーは\(Z^2\)倍になります (\(I_Z = Z^2 I_{\text{H}}\))。この関係を用いて、\(He^+\)イオンの運動エネルギーや位置エネルギーを、水素原子の電離エネルギー\(I_{\text{H}}\)で表す問題。
    • 具体的な数値計算: 水素原子の電離エネルギーが \(I = 13.6 \text{ eV}\) であることを用いて、(2)の運動エネルギーや(3)の放出エネルギーを具体的なeV単位で計算させる問題。
    • 放出される光の波長: (3)で放出されるエネルギー(\(\frac{3}{4}I\))を持つ光の波長\(\lambda\)を、\(h, c, I\)を用いて表させる問題。(\(\displaystyle\frac{hc}{\lambda} = \frac{3}{4}I \rightarrow \lambda = \frac{4hc}{3I}\))
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 基準となるエネルギーは何か?: 問題文で、エネルギーの基準として何が与えられているか(この問題では電離エネルギー\(I\))を最初に確認します。
    2. エネルギー間の関係式を書き出す: \(I=-E_1\), \(E=K+U\), \(K=-U/2\) の3つの関係式を、問題用紙の余白にすぐに書き出します。これらが解法の道具となります。
    3. 問われているエネルギーは何か?: 運動エネルギーか、位置エネルギーか、力学的エネルギーか、あるいは準位間のエネルギー差なのかを正確に把握し、どの関係式を使えば最も効率的に解けるかを考えます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • エネルギーの符号ミス:
    • 誤解: 電離エネルギー\(I\)と基底状態のエネルギー\(E_1\)を混同し、\(E_1=I\)としてしまう。あるいは、位置エネルギー\(U\)を正の値だと考えてしまう。
    • 対策: 「束縛されている状態の力学的エネルギーは負」という大原則を常に意識します。\(E_1\)は束縛状態なので負、\(I\)は束縛を解くのに必要なエネルギーなので正、と符号の意味を明確に区別します。位置エネルギーも、引力による束縛なので負になります。
  • 運動エネルギーと力学的エネルギーの混同:
    • 誤解: (2)で運動エネルギーを問われているのに、力学的エネルギーの大きさである\(I\)と勘違いし、\(K=-I\)などと答えてしまう。
    • 対策: \(K, U, E\)の3つのエネルギーを常に区別して考える癖をつけます。\(K\)は常に正、束縛された系の\(U\)と\(E\)は常に負、という符号のルールも役立ちます。
  • 励起状態の番号の誤解:
    • 誤解: (3)で「基底状態に最も近い励起状態」を\(n=1\)のままと勘違いする、あるいは\(n=0\)など存在しない準位を考えてしまう。
    • 対策: 「基底状態」が\(n=1\)、「第1励起状態」が\(n=2\)、「第2励起状態」が\(n=3\)…という対応関係を正確に覚えます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • ビリアル定理 (\(K = -U/2\)) の導出:
    • 選定理由: (2)で、\(K\)と\(U\)という2つの未知数を、\(I\)という1つの量で表すために、\(K\)と\(U\)自身を結びつける関係式が必要になるためです。
    • 適用根拠: この関係式は、円運動の運動方程式 \(m\displaystyle\frac{v^2}{r} = k_0 \displaystyle\frac{e^2}{r^2}\) から直接導かれます。両辺に\(r/2\)を掛けると、左辺は運動エネルギー\(K\)になり、右辺は位置エネルギー\(U = -k_0 e^2/r\) を使って \(-U/2\) と表せます。このように、力学の基本法則から導出される必然的な関係です。
  • エネルギー準位の一般式 (\(E_n = -I/n^2\)):
    • 選定理由: (3)で、基底状態(\(n=1\))以外の励起状態(\(n=2\))のエネルギーを計算する必要があるためです。
    • 適用根拠: ボーアの原子模型から導かれる、水素原子のエネルギー準位が量子数\(n\)の2乗に反比例するという法則に基づいています。基準となる基底状態のエネルギーが\(E_1=-I\)と分かっているので、任意の準位\(E_n\)を\(I\)と\(n\)で一般的に表現するためにこの公式を適用します。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 連立方程式として解く意識: (2)は、未知数\(K, U, E_1\)に対する3つの関係式 \(E_1=K+U\), \(I=-E_1\), \(K=-U/2\) を解く問題だと捉えると、思考が整理されます。
  • 代入を丁寧に行う: (3)でエネルギー差を計算する際、\(E_2 – E_1 = (-\displaystyle\frac{I}{4}) – (-I)\) のように、代入する値に必ず括弧をつけましょう。これにより、負の数の引き算での符号ミスを劇的に減らせます。
  • 物理的な意味の確認: 計算結果が出たら、その物理的な意味を吟味します。例えば、(2)で\(K=I, U=-2I\)と出たら、\(E_1 = K+U = -I\)となることを確認し、矛盾がないかチェックします。(3)で放出エネルギーが\(3/4 I\)と出たら、電離エネルギー\(I\)より小さい値なので妥当だ、と判断します。

446 固有X線

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「固有X線の性質と原子番号の関係」です。ボーアの原子模型を原子番号\(Z\)の原子に拡張し、エネルギー準位が\(Z\)によってどのように変化するかを考察します。さらに、その結果を用いて、X線管の陽極物質を変えたときに、連続X線の最短波長と固有X線の波長がそれぞれどうなるかを考えます。

  1. 原子番号(Z): 原子核に含まれる陽子の数であり、原子核の電荷を決定します。
  2. ボーアの原子模型の一般化: 水素原子(\(Z=1\))のモデルを、原子核の電荷が\(+Ze\)である原子番号\(Z\)の原子に拡張すると、エネルギー準位は\(Z^2\)に比例して深くなります (\(E_n \propto -Z^2\))。
  3. 固有X線: 原子内の電子がエネルギー準位間を遷移する際に放出されるX線です。そのエネルギー(と波長)は、原子のエネルギー準位の差で決まるため、原子番号\(Z\)に依存します。
  4. 連続X線と最短波長: 加速された電子が陽極に衝突して発生するX線です。その最短波長は、電子の加速電圧のみに依存し、陽極物質の種類(原子番号\(Z\))には依存しません。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. ①, ②では、原子番号と原子核の電荷に関する基本的な知識を答えます。
  2. ③では、ボーア模型を原子番号\(Z\)の原子に適用したとき、K殻(\(n=1\))のエネルギー準位が\(Z\)の増加とともにどうなるかを考えます。
  3. ④, ⑤では、陽極物質を銀(\(Z=47\))からモリブデン(\(Z=42\))に変えた場合を考えます。連続X線の最短波長と固有X線の波長が、それぞれ「加速電圧」と「陽極物質のZ」のどちらに依存するかを判断し、変化を答えます。

①, ②, ③

思考の道筋とポイント
①, ②は原子構造の基本知識を問う問題です。原子番号\(Z\)は原子核内の陽子の数を表し、陽子1個の電気量は\(+e\)なので、原子核全体の電気量は\(+Ze\)となります。
③は、ボーアの原子模型を原子番号\(Z\)の原子に拡張した場合、エネルギー準位がどうなるかを問うています。原子核の電荷が\(+Ze\)になると、電子を引くクーロン力が\(Z\)倍になり、電子はより強く束縛されます。その結果、エネルギー準位はより深くなります。つまり、エネルギーの値はより大きな負の値になります。
この設問における重要なポイント

  • ① 原子番号\(Z\) = 陽子の数。
  • ② 原子核の電荷 = \(+Ze\)。
  • ③ 原子核の引力が強くなる(\(Z\)が増加) \(\rightarrow\) 電子はより強く束縛される \(\rightarrow\) エネルギー準位はより深くなる(エネルギーの値は小さくなる)。

具体的な解説と立式
① 原子番号\(Z\)は、原子核を構成する陽子の数と定義されます。

② 陽子1個の電気量は\(+e\)なので、陽子が\(Z\)個ある原子核の電気量は\(+Ze\)となります。

③ ボーアの原子模型を原子番号\(Z\)の原子に拡張すると、電子(電荷\(-e\))と原子核(電荷\(+Ze\))の間に働くクーロン力は\(Z\)倍になり、静電気力による位置エネルギーも\(Z\)倍深くなります。その結果、電子の力学的エネルギー(エネルギー準位)は\(Z^2\)に比例して深くなることが知られています。
$$ E_n \propto -Z^2 $$
したがって、K殻(\(n=1\))のエネルギー準位は、原子番号\(Z\)が大きくなるほど、より大きな負の値、すなわちエネルギーの値としては「小さく」なります。

使用した物理公式

  • エネルギー準位のZ依存性: \(E_n = -\displaystyle\frac{2\pi^2 k_0^2 m e^4}{h^2} \frac{Z^2}{n^2}\)
計算過程

この設問は知識や物理的考察を問うものであり、計算は不要です。

計算方法の平易な説明

①, ②は基本的な定義です。

③について、原子番号\(Z\)が大きいほど、原子核のプラスの電気が強くなります。すると、マイナスの電気を持つ電子はより強く原子核に引きつけられます。原子の中の電子にとって、エネルギーが低い(値がマイナス方向に大きい)ほど安定なので、引力が強いほどエネルギー準位は低く、つまり「小さく」なります。

結論と吟味

①陽子, ②\(+Ze\), ③小さく、となります。エネルギー準位が「小さくなる」とは、グラフの縦軸でより下方に位置することを意味し、物理的に正しいです。

解答 ① 陽子 \(+Ze\) 小さく

④, ⑤

思考の道筋とポイント
X線管の陽極を銀(\(Z=47\))からモリブデン(\(Z=42\))に変え、加速電圧はそのままにする、という状況設定です。このとき、連続X線の最短波長と固有X線の波長がどうなるかを考えます。それぞれのX線が何に依存して決まるのか、その発生原理を思い出すことが鍵です。
この設問における重要なポイント

  • 最短波長\(\lambda_0\): 連続X線の最短波長は、加速された電子の運動エネルギーのみで決まります。電子の運動エネルギーは加速電圧\(V\)で決まるため、\(\lambda_0\)は\(V\)にのみ依存し、陽極物質の種類(\(Z\))には依存しません
  • 固有X線の波長\(\lambda_{\text{固有}}\): 固有X線は、陽極原子のエネルギー準位間の遷移によって発生します。エネルギー準位は原子番号\(Z\)に依存するため、\(\lambda_{\text{固有}}\)は\(Z\)に依存します

具体的な解説と立式
最短波長の変化

連続X線の最短波長\(\lambda_0\)は、加速電圧を\(V\)とすると、次の式で与えられます。
$$ \lambda_0 = \frac{hc}{eV} $$
この式には、陽極物質の性質を表す原子番号\(Z\)が含まれていません。問題では「加速電圧をそのままに」とあるので、\(V\)は一定です。したがって、最短波長\(\lambda_0\)は変わらない

固有X線の波長の変化

固有X線のエネルギー\(\Delta E\)は、原子のエネルギー準位の差で決まります。③で考察したように、エネルギー準位は\(Z\)が大きいほど小さく(より大きな負の値に)なります。
$$ E_n \propto -Z^2 $$
したがって、準位間のエネルギー差\(\Delta E\)の大きさも、\(Z\)が大きいほど大きくなります。
$$ \Delta E \propto Z^2 $$
放出される固有X線の波長\(\lambda_{\text{固有}}\)は、\(\lambda_{\text{固有}} = \displaystyle\frac{hc}{\Delta E}\) で与えられるため、エネルギー差\(\Delta E\)と反比例します。
$$ \lambda_{\text{固有}} \propto \frac{1}{\Delta E} \propto \frac{1}{Z^2} $$
陽極を銀(\(Z=47\))からモリブデン(\(Z=42\))に変えると、原子番号\(Z\)が小さくなります。その結果、エネルギー差\(\Delta E\)は小さくなり、波長\(\lambda_{\text{固有}}\)は長くなります。

使用した物理公式

  • 最短波長の公式: \(\lambda_0 = \displaystyle\frac{hc}{eV}\)
  • 光子のエネルギー: \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\)
  • エネルギー準位のZ依存性: \(E_n \propto -Z^2\)
計算過程

この設問は物理的性質の考察が目的であり、計算は不要です。

計算方法の平易な説明

④ 最短波長は、電子を加速する「電圧」だけで決まります。陽極の材質は関係ありません。今回は電圧を変えていないので、最短波長は「変わらない」です。

⑤ 固有X線は、陽極原子の「個性」で決まります。原子番号\(Z\)が小さいモリブデンに変えると、原子核の引力が弱まり、エネルギー準位の「階層の差」が小さくなります。放出される光のエネルギーも小さくなるので、その波長は「長く」なります。

結論と吟味

④変わらない, ⑤長く、となります。最短波長と固有X線の、加速電圧と陽極物質に対する依存性の違いを正しく理解できているかが問われており、物理的に妥当な結論です。

解答 ④ 変わらない

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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • X線の2成分の依存性の違い:
    • 核心: X線スペクトルを構成する「連続X線」と「固有X線」が、それぞれ何に依存して決まるのかを明確に区別して理解することが全てです。
    • 理解のポイント:
      • 連続X線の最短波長: 加速された電子のエネルギー、すなわち加速電圧\(V\)のみに依存します。陽極物質の種類(原子番号\(Z\))には依存しません。(\(\lambda_0 = hc/eV\))
      • 固有X線の波長: 陽極を構成する原子のエネルギー準位の差、すなわち原子番号\(Z\)のみに依存します。加速電圧\(V\)には依存しません(ただし、固有X線を発生させるためには、入射電子のエネルギーが内殻電子を弾き飛ばすのに十分な大きさである必要があります)。
  • エネルギー準位の原子番号Z依存性:
    • 核心: ボーアの原子模型を原子番号\(Z\)の原子に拡張すると、エネルギー準位が\(Z\)の2乗に比例して深くなる(\(E_n \propto -Z^2\))という関係です。
    • 理解のポイント:
      • \(Z\)が大きいほど、原子核の引力が強くなり、電子はより強く束縛されます。
      • その結果、エネルギー準位はより低い(負の方向に大きい)値をとります。
      • 準位間のエネルギー差\(\Delta E\)も\(Z\)が大きいほど大きくなり、放出される固有X線の波長\(\lambda = hc/\Delta E\)は短くなります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • グラフの変化の選択: 「陽極を原子番号の大きいものに変えたとき、スペクトルグラフはどう変化するか」を図で選ばせる問題。
      • 答え: 最短波長\(\lambda_0\)の位置は変わらず、固有X線のピーク(\(\lambda_1, \lambda_2\))が左(短波長側)にシフトしたグラフを選びます。
    • 逆の操作: 「陽極を原子番号の小さいものに変えたらどうなるか」を問う問題。
      • 答え: 固有X線の波長は長くなる(右にシフトする)。
    • 加速電圧の変更: 「陽極物質は変えずに、加速電圧を大きくしたらどうなるか」を問う問題。
      • 答え: 最短波長\(\lambda_0\)は短くなる(左にシフトする)。固有X線の波長は変わらない。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 操作の特定: 問題文が何を変更したのか(「加速電圧」か「陽極物質」か)を最初に確認します。
    2. 最短波長への影響を判断: 「加速電圧」が変われば最短波長も変わる。「陽極物質」が変わっても最短波長は変わらない。
    3. 固有X線への影響を判断: 「加速電圧」が変わっても固有X線の波長は変わらない。「陽極物質」が変われば固有X線の波長も変わる。
    4. Zと波長の関係を思い出す: 陽極物質が変わる場合、\(Z\)が大きくなるのか小さくなるのかを確認し、「\(Z\)大 \(\rightarrow\) \(\Delta E\)大 \(\rightarrow\) \(\lambda\)小」という関係を適用します。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 最短波長と固有X線の依存性の混同:
    • 誤解: 加速電圧を変えたら固有X線の波長も変わる、あるいは陽極物質を変えたら最短波長も変わる、と勘違いする。
    • 対策: 「最短波長は電子の出発エネルギー(=加速電圧)で決まる」「固有X線は原子の個性(=原子番号)で決まる」と、それぞれの発生原理と結びつけて覚え、明確に区別します。
  • エネルギー準位とZの関係の誤解:
    • 誤解: ③で「Zが大きくなるとエネルギー準位は高くなる」と答えてしまう。
    • 対策: エネルギー準位のグラフをイメージしましょう。エネルギーは縦軸で、下に行くほど値が小さく(負に大きく)なります。「束縛が強い」=「安定」=「エネルギーが低い(小さい)」という関係を理解することが重要です。
  • エネルギー差と波長の関係の混同:
    • 誤解: ⑤で、Zが小さくなるとエネルギー準位の差が小さくなるので、波長も短くなると考えてしまう。
    • 対策: 関係式 \(\lambda = hc/\Delta E\) を常に意識し、\(\lambda\)と\(\Delta E\)が反比例の関係にあることを確認します。「エネルギーが小さい光ほど、波はゆったりしていて波長が長い」というイメージを持つと間違いにくくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • エネルギー準位のZ依存性 (\(E_n \propto -Z^2\)):
    • 選定理由: ③で、原子番号\(Z\)の変化がエネルギー準位にどう影響するかを問われているため。これはボーア模型を一般化した際の最も重要な結論の一つです。
    • 適用根拠: この関係は、クーロン力が\(Z\)に比例し、それによって決まる軌道半径が\(1/Z\)に比例することから導かれます。力学的エネルギーは \(E \propto U \propto -Ze^2/r\) であり、\(r \propto 1/Z\) を代入することで \(E \propto -Z^2\) という関係が得られます。
  • 最短波長の公式 (\(\lambda_0 = hc/eV\)):
    • 選定理由: ④で、陽極物質を変えたときの最短波長の変化を問われているため。この公式を見れば、最短波長が何に依存するかが一目瞭然です。
    • 適用根拠: エネルギー保存則に基づき、電子が持つ最大の運動エネルギー(\(eV\))が、放出される光子の最大のエネルギー(\(hc/\lambda_0\))に等しい、という関係から導かれます。この式に\(Z\)が含まれていないことが、陽極物質によらないことの根拠となります。
  • 固有X線の波長とエネルギー差の関係 (\(\lambda_{\text{固有}} \propto 1/Z^2\)):
    • 選定理由: ⑤で、陽極物質を変えたときの固有X線の波長の変化を問われているため。
    • 適用根拠: 固有X線のエネルギー\(\Delta E\)は、エネルギー準位の差で決まります。各準位が\(Z^2\)に比例して深くなるため、準位間の差\(\Delta E\)も\(Z^2\)に比例して大きくなります。光子の波長はエネルギーに反比例するため、\(\lambda_{\text{固有}}\)は\(1/Z^2\)に比例するという結論が導かれます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 定性的な問いへの対応: この問題のように、具体的な計算ではなく物理量の大小や変化を問う問題では、依存関係を示す比例式(例: \(\lambda \propto 1/Z^2\))を書き出し、それに基づいて論理的に結論を導くことが重要です。
  • 用語の正確な理解: 「原子番号」「陽子」「電気素量」「K殻」「最短波長」「固有X線」といった専門用語の意味を正確に理解していることが、問題を正しく読み解くための前提となります。
  • 因果関係の整理: 「\(Z\)が変わる \(\rightarrow\) クーロン力が変わる \(\rightarrow\) エネルギー準位が変わる \(\rightarrow\) 準位差が変わる \(\rightarrow\) 固有X線の波長が変わる」といった一連の因果関係を、頭の中で、あるいは図に描いて整理する癖をつけると、複雑な問題にも対応しやすくなります。
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