Step 2
442 水素原子のエネルギーとスペクトル
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「水素原子のスペクトル系列」です。水素原子から放出される光の波長を記述するリュードベリの公式を用いて、特定のスペクトル系列(ライマン系列、パッシェン系列)における光の波長を具体的に計算し、その性質を考察します。
- リュードベリの公式: 水素原子のスペクトル線の波長\(\lambda\)の逆数が、遷移前の量子数\(n\)と遷移後の量子数\(n’\)を用いて \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\) と表されるという法則です。
- エネルギー差と波長の関係: 光子のエネルギーは \(E = \displaystyle\frac{hc}{\lambda}\) であり、波長\(\lambda\)とエネルギー差 \(\Delta E = E_n – E_{n’}\) は反比例の関係にあります。したがって、波長が最も長くなるのはエネルギー差が最小のとき、波長が最も短くなるのはエネルギー差が最大のときです。
- スペクトル系列: 電子の遷移後の準位\(n’\)が同じであるようなスペクトル線の集まりを系列と呼びます。\(n’=1\)への遷移をライマン系列、\(n’=2\)をバルマー系列、\(n’=3\)をパッシェン系列といいます。
- 波長の極限値: 各系列において、エネルギー差が最小となるのは隣の準位からの遷移 (\(n=n’+1 \to n’\)) であり、このとき波長は最長となります。エネルギー差が最大となるのは無限遠からの遷移 (\(n=\infty \to n’\)) であり、このとき波長は最短となります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、波長が最長となる条件(エネルギー差が最小)を考え、ライマン系列 (\(n’=1\)) でその条件を満たす遷移前の準位\(n\)を特定します。
- (2)では、波長が最短となる条件(エネルギー差が最大)を考え、パッシェン系列 (\(n’=3\)) でその条件を満たす遷移 (\(n=\infty \to 3\)) について、リュードベリの公式を用いて波長を計算します。
- (3)では、ライマン系列とパッシェン系列のそれぞれの波長域(最短波長から最長波長までの範囲)を計算し、それが問題で与えられた可視光線の波長域に含まれないことを示します。
問(1)
思考の道筋とポイント
ライマン系列(\(n’=1\)への遷移)において、放出される光の波長が最も長くなる条件を考えます。光子のエネルギーと波長は反比例の関係 (\(\Delta E \propto \displaystyle\frac{1}{\lambda}\)) にあるため、「波長が最も長い」ということは「エネルギー差が最も小さい」ことと同じです。電子が\(n’=1\)の準位へ遷移するとき、エネルギー差が最も小さくなるのは、すぐ一つ上の準位である\(n=2\)から遷移する場合です。
この設問における重要なポイント
- 波長が最長 \(\iff\) 光子のエネルギーが最小 \(\iff\) 遷移前後のエネルギー準位の差が最小。
- ライマン系列とは、遷移後の準位が \(n’=1\) となる遷移のこと。
- エネルギー準位の差が最小になるのは、隣り合う準位間の遷移、すなわち \(n=n’+1\) から \(n’\) への遷移である。
具体的な解説と立式
水素原子から放出される光の波長\(\lambda\)は、リュードベリの公式で与えられます。
$$ \frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right) $$
この式から、波長\(\lambda\)が最大になるのは、右辺の値、すなわちエネルギー差に比例する \(\left(\displaystyle\frac{1}{n’^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2}\right)\) が最小になるときです。
ライマン系列では \(n’=1\) です。このとき、この差を最小にするためには、\(n\)が\(n’\)に最も近い値、つまり \(n=2\) である必要があります。
使用した物理公式
- リュードベリの公式: \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\)
この設問は物理的な考察から結論を導くものであり、具体的な計算は不要です。
\(n’=1\) のとき、\(\left(\displaystyle\frac{1}{1^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2}\right)\) の値は、\(n\)が最小の自然数である \(n=2\) のときに最小値をとります。
したがって、波長が最も長くなるときの\(n\)は2です。
光の波長が「長い」ということは、その光が持つエネルギーが「小さい」ことを意味します。電子が「1階」(\(n’=1\))に落ちてくるとき、放出するエネルギーが一番小さくなるのは、一番「落差」が小さい場合、つまりすぐ上の「2階」(\(n=2\))から落ちてくるときです。したがって、答えは\(n=2\)となります。
ライマン系列で最も波長が長くなるのは、\(n=2\)からの遷移です。これは、エネルギー準位差が最小となる遷移に対応しており、物理的に妥当な結論です。
問(2)
思考の道筋とポイント
パッシェン系列(\(n’=3\)への遷移)において、放出される光の波長が最も短くなる条件を考えます。「波長が最も短い」ということは「エネルギー差が最も大きい」ことと同じです。電子が\(n’=3\)の準位へ遷移するとき、エネルギー差が最も大きくなるのは、無限に遠い準位である\(n=\infty\)から遷移する場合です。この条件をリュードベリの公式に代入して、波長を計算します。
この設問における重要なポイント
- 波長が最短 \(\iff\) 光子のエネルギーが最大 \(\iff\) 遷移前後のエネルギー準位の差が最大。
- パッシェン系列とは、遷移後の準位が \(n’=3\) となる遷移のこと。
- エネルギー準位の差が最大になるのは、無限遠 (\(n=\infty\)) からの遷移である。
具体的な解説と立式
波長\(\lambda\)が最小になるのは、リュードベリの公式の右辺 \(\left(\displaystyle\frac{1}{n’^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2}\right)\) が最大になるときです。
パッシェン系列では \(n’=3\) です。この差を最大にするためには、\(n\)が無限大 (\(n=\infty\)) である必要があります。このとき、\(\displaystyle\frac{1}{n^2}\) の項は0とみなせます。
したがって、最も短い波長\(\lambda_{\text{最短}}\)は、次の式で計算できます。
$$ \frac{1}{\lambda_{\text{最短}}} = R\left(\frac{1}{3^2} – \frac{1}{\infty^2}\right) $$
使用した物理公式
- リュードベリの公式: \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\)
立式した式を計算します。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{\lambda_{\text{最短}}} &= R\left(\frac{1}{9} – 0\right) \\[2.0ex]
&= \frac{R}{9}
\end{aligned}
$$
したがって、\(\lambda_{\text{最短}}\)は、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{最短}} &= \frac{9}{R} \\[2.0ex]
&= \frac{9}{1.1 \times 10^7} \\[2.0ex]
&\approx 8.181… \times 10^{-7} \text{ [m]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、\(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) となります。
光の波長が「短い」ということは、その光が持つエネルギーが「大きい」ことを意味します。電子が「3階」(\(n’=3\))に落ちてくるとき、放出するエネルギーが一番大きくなるのは、一番「落差」が大きい場合、つまり無限に高い場所 (\(n=\infty\)) から落ちてくるときです。この条件を公式に入れて、波長を計算します。
パッシェン系列で最も波長が短くなるのは、\(n=\infty\)からの遷移による光で、その波長は \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。この値は、可視光線の長波長側の端(約\(7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\))よりも長く、赤外線の領域にあることが推測されます。
問(3)
思考の道筋とポイント
ライマン系列とパッシェン系列の光が可視光線ではないことを示すには、それぞれの系列の光が存在しうる波長の「範囲」を求め、その範囲が可視光線の波長域(\(3.8 \times 10^{-7} \sim 7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\))と重ならないことを確認します。ある系列の波長範囲は、その系列の「最長波長」と「最短波長」を計算することで決定できます。
この設問における重要なポイント
- 系列の波長域は、[最短波長, 最長波長] の区間で与えられる。
- 最長波長 \(\rightarrow\) \(n=n’+1 \to n’\) の遷移。
- 最短波長 \(\rightarrow\) \(n=\infty \to n’\) の遷移。
具体的な解説と立式
1. ライマン系列 (\(n’=1\)) の波長域
- 最長波長 \(\lambda_{\text{L,最長}}\): \(n=2 \to 1\) の遷移です。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{\lambda_{\text{L,最長}}} &= R\left(\frac{1}{1^2} – \frac{1}{2^2}\right) \\[2.0ex]
&= R\left(1 – \frac{1}{4}\right) \\[2.0ex]
&= \frac{3}{4}R
\end{aligned}
$$ - 最短波長 \(\lambda_{\text{L,最短}}\): \(n=\infty \to 1\) の遷移です。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{\lambda_{\text{L,最短}}} &= R\left(\frac{1}{1^2} – \frac{1}{\infty^2}\right) \\[2.0ex]
&= R
\end{aligned}
$$
2. パッシェン系列 (\(n’=3\)) の波長域
- 最長波長 \(\lambda_{\text{P,最長}}\): \(n=4 \to 3\) の遷移です。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{\lambda_{\text{P,最長}}} &= R\left(\frac{1}{3^2} – \frac{1}{4^2}\right) \\[2.0ex]
&= R\left(\frac{1}{9} – \frac{1}{16}\right) \\[2.0ex]
&= R\frac{16-9}{144} \\[2.0ex]
&= \frac{7}{144}R
\end{aligned}
$$ - 最短波長 \(\lambda_{\text{P,最短}}\): \(n=\infty \to 3\) の遷移で、(2)で計算済みです。
$$ \frac{1}{\lambda_{\text{P,最短}}} = \frac{R}{9} $$
これらの式から各波長を計算し、可視光線の範囲と比較します。
使用した物理公式
- リュードベリの公式: \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\)
1. ライマン系列の波長域の計算
最短波長は、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{L,最短}} &= \frac{1}{R} \\[2.0ex]
&= \frac{1}{1.1 \times 10^7} \\[2.0ex]
&\approx 0.909 \times 10^{-7} \text{ m}
\end{aligned}
$$
よって、約 \(9.1 \times 10^{-8} \text{ m}\) です。
最長波長は、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{L,最長}} &= \frac{4}{3R} \\[2.0ex]
&= \frac{4}{3 \times 1.1 \times 10^7} \\[2.0ex]
&\approx 1.212 \times 10^{-7} \text{ m}
\end{aligned}
$$
よって、約 \(1.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。
ライマン系列の波長域は \(9.1 \times 10^{-8} \text{ m} \le \lambda_{\text{L}} \le 1.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。
2. パッシェン系列の波長域の計算
最短波長は(2)より、約 \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。
最長波長は、
$$
\begin{aligned}
\lambda_{\text{P,最長}} &= \frac{144}{7R} \\[2.0ex]
&= \frac{144}{7 \times 1.1 \times 10^7} \\[2.0ex]
&\approx 18.7 \times 10^{-7} \text{ m}
\end{aligned}
$$
よって、約 \(1.9 \times 10^{-6} \text{ m}\) です。
パッシェン系列の波長域は \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m} \le \lambda_{\text{P}} \le 1.9 \times 10^{-6} \text{ m}\) です。
3. 可視光線領域との比較
可視光線の波長域は \(3.8 \times 10^{-7} \text{ m} \sim 7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\) です。
- ライマン系列の波長域は、可視光線域よりも短いため、紫外線領域にあります。
- パッシェン系列の波長域は、可視光線域よりも長いため、赤外線領域にあります。
したがって、いずれも可視光線ではありません。
ライマン系列(1階に落ちる光)とパッシェン系列(3階に落ちる光)について、それぞれ一番波長が短い場合と長い場合を計算して、光の波長の「範囲」を調べます。
- ライマン系列の光は、波長が \(0.91 \times 10^{-7} \text{ m}\) から \(1.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) の範囲にあります。
- パッシェン系列の光は、波長が \(8.2 \times 10^{-7} \text{ m}\) から \(19 \times 10^{-7} \text{ m}\) の範囲にあります。
人間が見える光(可視光線)の波長は \(3.8 \times 10^{-7} \text{ m}\) から \(7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\) の範囲なので、どちらの系列の光もこの範囲に入っていません。よって、どちらも目には見えません。
ライマン系列の波長域 (\(9.1 \times 10^{-8} \sim 1.2 \times 10^{-7} \text{ m}\)) とパッシェン系列の波長域 (\(8.2 \times 10^{-7} \sim 1.9 \times 10^{-6} \text{ m}\)) は、いずれも可視光線の波長域 (\(3.8 \times 10^{-7} \sim 7.5 \times 10^{-7} \text{ m}\)) と重ならない。したがって、これらの系列の光は可視光線ではないことが示されました。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- リュードベリの公式と波長の極値:
- 核心: 水素原子のスペクトル線の波長\(\lambda\)を決定する公式 \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{n’^2} – \frac{1}{n^2}\right)\) を正しく解釈し、特に「最長波長」と「最短波長」がどのような物理的状況に対応するのかを理解することが全てです。
- 理解のポイント:
- エネルギー差と波長の関係: 光子のエネルギーは波長に反比例するため、「波長が最長」は「エネルギー差が最小」の遷移を、「波長が最短」は「エネルギー差が最大」の遷移を意味します。
- 最長波長の条件: エネルギー差が最小になるのは、常に隣り合う準位からの遷移、すなわち \(n=n’+1\) から \(n’\) へ移るときです。
- 最短波長の条件: エネルギー差が最大になるのは、束縛されていない状態(無限遠)からの遷移、すなわち \(n=\infty\) から \(n’\) へ移るときです。
- スペクトル系列の概念:
- 核心: スペクトル線が、遷移後の準位\(n’\)の値によって「系列」というグループに分類されることを理解すること。
- 理解のポイント:
- ライマン系列: \(n’=1\) への遷移群。紫外線領域に属します。
- バルマー系列: \(n’=2\) への遷移群。一部が可視光線領域にあり、最も身近な系列です。
- パッシェン系列: \(n’=3\) への遷移群。赤外線領域に属します。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- バルマー系列の波長計算: 水素原子のスペクトルで唯一、一部が可視光線に含まれるのがバルマー系列(\(n’=2\))です。この系列の最長波長(H\(\alpha\)線、\(n=3 \to 2\))や最短波長(\(n=\infty \to 2\))を計算させる問題は頻出です。
- 吸収スペクトル: 通常、原子は最も安定な基底状態(\(n=1\))にあります。そのため、原子が光を吸収して励起する場合、その光の波長はライマン系列(\(n=1 \to 2, 3, \dots\))の波長と一致します。
- 波長からの準位特定: あるスペクトル線の波長\(\lambda\)が与えられ、それがどの系列の、どの遷移(\(n \to n’\))によるものかを特定させる問題。
- 初見の問題での着眼点:
- 系列の特定 (\(n’\)の確認): 問題文が「ライマン」「バルマー」「パッシェン」のどの系列について述べているか、つまり遷移のゴールである\(n’\)の値を最初に確定させます。
- 「最長/最短」を「遷移」に翻訳: 「波長が最長」とあれば「\(n=n’+1 \to n’\)」、「波長が最短」とあれば「\(n=\infty \to n’\)」と、具体的な遷移の量子数に置き換えて考えます。
- 計算手順の標準化: まず \(\displaystyle\frac{1}{\lambda}\) を文字式で計算し、次に \(\lambda\) の式に変形し、最後に数値を代入するという手順を徹底します。これにより、計算ミスや逆数にし忘れるミスを防ぎます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 最長波長と最短波長の条件の混同:
- 誤解: (1)で「最長波長」を求めるときに、\(n\)が最大となる\(n=\infty\)の場合を考えてしまう。
- 対策: 「波長が長い \(\iff\) エネルギーが小さい」という反比例の関係を徹底します。エネルギー準位図をイメージし、遷移の「落差」が一番小さいのは隣の準位から、一番大きいのは無限遠から、と視覚的に理解することが有効です。
- 逆数計算のし忘れ:
- 誤解: (2)で \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = \frac{R}{9}\) と計算した後、これをそのまま答えとしてしまう、あるいは \(\lambda = \displaystyle\frac{R}{9}\) と勘違いする。
- 対策: 自分が計算しているのはあくまで「波長の逆数」である \(\displaystyle\frac{1}{\lambda}\) だと常に意識すること。計算の最後に「逆数をとる!」と問題用紙に大きくメモしておくのも良い方法です。
- \(n\)と\(n’\)の役割の混同:
- 誤解: リュードベリの公式の \(n\) と \(n’\) に、遷移前後の量子数を逆に入れてしまう。
- 対策: 公式の条件である \(n > n’\) を必ず確認します。\(n\) はエネルギーが高い方の準位(スタート)、\(n’\) はエネルギーが低い方の準位(ゴール)であると、役割を明確に覚えておきましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- リュードベリの公式:
- 選定理由: 問題文で与えられており、原子から放出される光のスペクトル線という現象を記述する、この分野の根幹をなす公式だからです。
- 適用根拠: この公式は、ボーアの原子模型における「量子化されたエネルギー準位」と「振動数条件」から導出される理論的な帰結です。2つの整数 \(n, n’\) を指定するだけで、観測される無数のスペクトル線の波長を系統的に説明できる、非常に強力な法則です。
- 波長の範囲を求めるための極値計算:
- 選定理由: (3)で、ある系列が「可視光線ではない」ことを示すために、その系列が取りうる波長の「全範囲」を特定する必要があるためです。
- 適用根拠: ある系列の波長は、遷移元の準位\(n\) (\(>n’\)) の値によって変化します。その範囲は、\(n\)が最小値(\(n’+1\))をとるときの波長(最長)と、\(n\)が最大値(\(\infty\))をとるときの波長(最短)によって決まります。この両端の値を計算することで、系列全体の波長域を確定させることができます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 分数の計算を丁寧に行う: \(\displaystyle\frac{1}{n’^2} – \displaystyle\frac{1}{n^2}\) のような計算は、焦らず通分してから行いましょう。例えば、パッシェン系列の最長波長(\(n=4 \to 3\))では、\(\displaystyle\frac{1}{3^2} – \frac{1}{4^2} = \frac{1}{9} – \frac{1}{16} = \frac{16-9}{144} = \frac{7}{144}\) と、一つ一つのステップを確実に実行します。
- 文字式で整理してから代入: (2)や(3)のように、まず \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} = \frac{R}{9}\) のように文字式で関係を導き、次に \(\lambda = \displaystyle\frac{9}{R}\) と変形し、最後の最後に \(R=1.1 \times 10^7\) を代入する、という手順を踏むと、計算全体の見通しが良くなり、ミスが減ります。
- 有効数字の管理: 問題文で与えられた定数 \(R\) が有効数字2桁なので、最終的な答えも有効数字2桁に丸める必要があります。計算途中では3桁程度で計算を進め、最後に四捨五入するのが一般的です。
- 概算による検算: (2)で \(\lambda = \displaystyle\frac{9}{1.1 \times 10^7}\) を計算する際、分母の \(1.1\) はだいたい \(1\) なので、答えは \(9 \times 10^{-7}\) [m] に近い値になるはずだ、と当たりをつけます。これにより、桁数の間違いなどの大きなミスを事前に防ぐことができます。
443 水素原子のエネルギーとスペクトル
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「原子の電離と励起」です。与えられたエネルギー準位の公式を用いて、原子から電子を取り去る(電離)のに必要なエネルギーや、電子をより高いエネルギー準位へ移す(励起)のに必要なエネルギーを計算します。
- エネルギー準位: 原子内の電子は、量子数\(n\)によって決まるとびとびのエネルギー値(エネルギー準位)しかとることができません。
- 電離と電離エネルギー: 電子を原子核の束縛から完全に解放すること(イオン化)を電離といいます。これは電子を基底状態(\(n=1\))から無限遠の準位(\(n=\infty\))へ移すことに相当し、このとき必要なエネルギーを電離エネルギーと呼びます。
- 励起と励起エネルギー: 電子がエネルギーを吸収して、より高いエネルギー準位へ移ることを励起といいます。このとき吸収されるエネルギーを励起エネルギーと呼び、準位差に相当します。
- 電子衝突による励起: 外部から飛んできた電子が原子に衝突してエネルギーを与える場合、入射電子の運動エネルギーが励起エネルギー以上であれば、原子を励起させることができます。入射電子は余ったエネルギーを持って飛び去ります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、電離エネルギーが基底状態(\(n=1\))と無限遠(\(n=\infty\))のエネルギー準位の差であることを利用して計算します。
- (2)では、基底状態(\(n=1\))から第1励起状態(\(n=2\))への励起エネルギーを準位差として計算します。これが、衝突する電子が持つべき運動エネルギーの最小値となります。
- いずれの計算でも、最終的に単位をeVからJに変換する必要があります。
問(1)
思考の道筋とポイント
「電子を取り去る」とは、原子をイオン化させることであり、これは原子核に最も強く束縛されている基底状態(\(n=1\))の電子を、原子核の束縛が及ばない無限遠の準位(\(n=\infty\))まで引き上げることに相当します。したがって、必要なエネルギー(電離エネルギー)は、\(n=\infty\)のエネルギー準位と\(n=1\)のエネルギー準位の差として計算できます。
この設問における重要なポイント
- 電子を取り去る \(\iff\) イオン化 \(\iff\) \(n=1 \to n=\infty\) の遷移。
- 電離エネルギーは \(E_{\text{電離}} = E_\infty – E_1\) で計算される。
- 無限遠のエネルギー準位は \(E_\infty = 0\) と定義される。
- エネルギーの単位をeVからJに変換する必要がある。
具体的な解説と立式
電離エネルギーを\(E_{\text{電離}}\)とします。これは、基底状態(\(n=1\))にある電子を、原子核の束縛から解放された状態(\(n=\infty\))にするために必要なエネルギーです。したがって、その大きさは両者のエネルギー準位の差に等しくなります。
$$ E_{\text{電離}} = E_\infty – E_1 $$
問題で与えられたエネルギー準位の公式 \(E_n = -\displaystyle\frac{13.6}{n^2}\) [eV] を用いて、各準位のエネルギーを求めます。
基底状態(\(n=1\))のエネルギーは、
$$ E_1 = -\frac{13.6}{1^2} = -13.6 \text{ [eV]} $$
無限遠(\(n=\infty\))のエネルギーは、
$$ E_\infty = \lim_{n \to \infty} \left(-\frac{13.6}{n^2}\right) = 0 \text{ [eV]} $$
これらの値を代入して、電離エネルギーをeV単位で計算します。
$$
\begin{aligned}
E_{\text{電離}} &= E_\infty – E_1 \\[2.0ex]
&= 0 – (-13.6) \\[2.0ex]
&= 13.6 \text{ [eV]}
\end{aligned}
$$
最後に、この値をジュールの単位に変換します。
使用した物理公式
- エネルギー準位の公式: \(E_n = -\displaystyle\frac{13.6}{n^2}\) [eV]
- 電離エネルギーの定義: \(E_{\text{電離}} = E_\infty – E_1\)
eVで求めた電離エネルギーを、\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) を用いてジュールに変換します。
$$
\begin{aligned}
E_{\text{電離}} &= 13.6 \times (1.6 \times 10^{-19}) \\[2.0ex]
&= 2.176 \times 10^{-18} \text{ [J]}
\end{aligned}
$$
問題で与えられた数値の有効数字は2桁なので、答えもそれに合わせて四捨五入します。
$$ E_{\text{電離}} \approx 2.2 \times 10^{-18} \text{ [J]} $$
「電子を取り去る」とは、原子という深い「穴」の底(基底状態)にいる電子を、外の平らな「地面」(エネルギーが0の状態)まで引きずり出す作業です。穴の深さは \(13.6 \text{ eV}\) なので、引き出すのに必要なエネルギーも \(13.6 \text{ eV}\) となります。最後に、このエネルギーの単位を「eV」から、物理計算で標準的に使われる「J」に変換するために、\(1.6 \times 10^{-19}\) を掛け算します。
水素原子の電離エネルギーは \(2.2 \times 10^{-18} \text{ J}\) です。エネルギーが正の値となっており、外部からエネルギーを与える必要があるという物理的な状況と一致しています。
問(2)
思考の道筋とポイント
原子を基底状態(\(n=1\))から第1励起状態(\(n=2\))へ励起させるために必要なエネルギーは、両者のエネルギー準位の差 \(E_2 – E_1\) です。この問題では「電子を当てて」励起させるため、衝突する電子は自身の運動エネルギーの一部を原子に与え、残りのエネルギーを持って飛び去ることができます。したがって、入射電子の運動エネルギーが、励起に必要なエネルギー \(E_2 – E_1\) 以上であれば、励起は可能です。問題では「何J以上にする必要があるか」と問われているため、この最小エネルギーを計算します。
この設問における重要なポイント
- 励起に必要な最小エネルギーは、準位差 \(\Delta E = E_2 – E_1\) に等しい。
- 電子衝突による励起の場合、入射電子の運動エネルギー\(K\)は \(K \ge \Delta E\) であればよい。
- (参考)光子による励起の場合は、光子エネルギーが準位差にぴったり一致 (\(h\nu = \Delta E\)) しないと吸収されない。
具体的な解説と立式
基底状態(\(n=1\))から第1励起状態(\(n=2\))への励起に必要なエネルギー\(\Delta E\)は、
$$ \Delta E = E_2 – E_1 $$
と表されます。エネルギー準位の公式 \(E_n = -\displaystyle\frac{13.6}{n^2}\) [eV] を用いて、\(E_1\)と\(E_2\)を計算します。
$$ E_1 = -13.6 \text{ [eV]} $$
$$ E_2 = -\frac{13.6}{2^2} = -3.4 \text{ [eV]} $$
これらを代入して、励起エネルギー\(\Delta E\)をeV単位で計算します。
$$
\begin{aligned}
\Delta E &= E_2 – E_1 \\[2.0ex]
&= (-3.4) – (-13.6) \\[2.0ex]
&= 10.2 \text{ [eV]}
\end{aligned}
$$
外から当てる電子の運動エネルギーを\(K\)とすると、この電子が原子を励起させるためには、その運動エネルギーが励起エネルギー以上である必要があります。
$$ K \ge \Delta E = 10.2 \text{ [eV]} $$
求めるのは、この運動エネルギーの最小値なので、\(10.2 \text{ eV}\)をジュールの単位に変換します。
使用した物理公式
- エネルギー準位の公式: \(E_n = -\displaystyle\frac{13.6}{n^2}\) [eV]
- 励起エネルギーの定義: \(\Delta E = E_{\text{後}} – E_{\text{前}}\)
eVで求めた励起エネルギーの最小値を、\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) を用いてジュールに変換します。
$$
\begin{aligned}
\Delta E &= 10.2 \times (1.6 \times 10^{-19}) \\[2.0ex]
&= 1.632 \times 10^{-18} \text{ [J]}
\end{aligned}
$$
有効数字2桁で答えると、
$$ \Delta E \approx 1.6 \times 10^{-18} \text{ [J]} $$
原子を「1階」から「2階」へ上げるのに必要なエネルギーを計算します。これは「2階のエネルギー」から「1階のエネルギー」を引いた「階層の差」に相当します。計算すると、\(10.2 \text{ eV}\) となります。外から電子をぶつける場合、この電子は原子に \(10.2 \text{ eV}\) のエネルギーを渡しさえすればよく、もし持ってきたエネルギーに余りがあれば、それを持って帰ることができます。したがって、持ってくるエネルギーは最低でも \(10.2 \text{ eV}\) あればよい、つまり「\(10.2 \text{ eV}\) 以上」が必要となります。この最小値をジュールの単位に変換します。
原子を第1励起状態にするには、当てる電子の運動エネルギーを \(1.6 \times 10^{-18} \text{ J}\) 以上にする必要があります。この値は、(1)で求めた電離エネルギーよりも小さく、物理的に妥当な結果です。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- エネルギー準位の概念と計算:
- 核心: 原子内の電子は、量子数\(n\)で指定されるとびとびのエネルギー準位しかとれないこと、そしてそのエネルギー値が \(E_n = E_1/n^2\) の形で計算できることを理解しているかが問われます。
- 理解のポイント:
- 基底状態: \(n=1\) が最も安定でエネルギーが低い状態です。
- 励起状態: \(n=2, 3, \dots\) がエネルギーの高い、不安定な状態です。
- 電離状態: \(n=\infty\) が原子核の束縛から完全に解放された状態で、そのエネルギーは \(E_\infty=0\) と定義されます。
- 電離・励起に必要なエネルギー:
- 核心: 電離や励起といった原子の状態変化に必要なエネルギーは、遷移の「後」と「前」のエネルギー準位の差 (\(\Delta E = E_{\text{後}} – E_{\text{前}}\)) で決まるという、エネルギー保存則の応用です。
- 理解のポイント:
- 電離エネルギー: 基底状態(\(n=1\))から電離状態(\(n=\infty\))への遷移エネルギー。\(E_{\text{電離}} = E_\infty – E_1\)。
- 励起エネルギー: ある準位から、より高い準位への遷移エネルギー。\(E_{\text{励起}} = E_{n’} – E_n\) (\(n’ > n\))。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 光子による励起: 「光子を当てて励起する」場合。この場合、光子のエネルギーは準位差にぴったり一致する必要がある (\(h\nu = \Delta E\))。電子衝突(エネルギーが「以上」でよい)との違いを問う問題は頻出です。
- 第2励起状態への励起: \(n=1 \to n=3\) への励起エネルギーを計算させる問題。
- 励起状態からの電離: すでに励起状態(\(n=2\)など)にある原子を電離させるのに必要なエネルギーを問う問題 (\(E_\infty – E_2\))。
- 衝突後の電子のエネルギー: 運動エネルギー\(K\)の電子が衝突して原子を励起させた後、飛び去る電子の運動エネルギー\(K’\)を問う問題。エネルギー保存則より \(K’ = K – \Delta E\) となります。
- 初見の問題での着眼点:
- 励起の方法を確認: 問題文が「電子を当てる」のか「光子を当てる」のかを最初に確認します。これでエネルギー条件が「以上」か「ぴったり」かが決まります。
- 遷移の始点と終点を確認: 「どこからどこへ」遷移するのか、量子数\(n\)の始点と終点を正確に把握します。「基底状態」は\(n=1\)、「第1励起状態」は\(n=2\)、「電離」は\(n=\infty\)と読み替えます。
- 単位の確認: 問題が「eV」で問うているのか「J」で問うているのかを最後まで確認し、適切なタイミングで単位換算を行います。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 電子衝突と光子吸収の条件の混同:
- 誤解: (2)で電子を当てるのに、必要なエネルギーが準位差\(10.2 \text{ eV}\)に「ぴったり」でなければならないと勘違いする。
- 対策: 「電子は不器用、光子は器用」と覚えましょう。電子はエネルギーを分割して与えることができる(余ったエネルギーを持って帰れる)ので「以上」でOK。光子はエネルギーを分割できず、全エネルギーを吸収されるかされないかの二択なので「ぴったり」でないとダメ、と明確に区別します。
- エネルギー差の計算ミス:
- 誤解: \(E_2 – E_1\)を計算するときに、\(-3.4 – 13.6\) のように、負の数の引き算の符号を間違える。
- 対策: 必ず括弧をつけて \((-3.4) – (-13.6)\) と丁寧に立式します。「後ひく前」を徹底し、励起や電離では外部からエネルギーを与えるので、エネルギー差は必ず正の値になることを確認するのも有効です。
- 単位換算忘れ:
- 誤解: eVで計算した値をそのままJ単位の答えとしてしまう。
- 対策: 問題文で「何Jか」と問われていることを強く意識します。計算の最後に単位換算のステップを設けることを習慣づけましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- エネルギー準位の差 (\(\Delta E = E_{\text{後}} – E_{\text{前}}\)):
- 選定理由: (1)の「電離」、(2)の「励起」は、どちらも原子の内部エネルギー状態が変化する現象だからです。そのエネルギー変化量は、状態変化の前後でのエネルギーの差として定義されます。
- 適用根拠: エネルギー保存則に基づいています。外部から与えられたエネルギーが、原子の内部エネルギーの増加分に変換されます。その増加分が準位の差に相当します。
- 電子衝突のエネルギー条件 (\(K \ge \Delta E\)):
- 選定理由: (2)が「電子を当てて」励起させる問題だからです。
- 適用根拠: これはエネルギー保存則と運動量保存則を考慮した結果です。衝突前後でエネルギーと運動量の両方が保存されるためには、入射電子は励起エネルギー\(\Delta E\)を原子に与え、残りの運動エネルギーを持って飛び去ることが可能です。したがって、最低でも\(\Delta E\)のエネルギーを持っていればよい、ということになります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位換算のタイミング: まずはeVのままエネルギー差を計算し(例: \(10.2 \text{ eV}\))、最後に一度だけJに変換する方が、計算途中の桁数が複雑にならずミスが少ないです。
- 有効数字の確認: 問題文で与えられている定数(\(1.6 \times 10^{-19}\))やエネルギー値(\(-13.6\))の有効数字を確認します。この問題では\(1.6\)が2桁なので、最終的な答えも2桁に丸めるのが適切です。
- 負の数の計算: \(-(-13.6)\)のような計算は、暗算せずに丁寧に「\(+13.6\)」と書き直す癖をつけましょう。
- エネルギー準位図の活用: 簡単なエネルギー準位図を自分で描いて、遷移の矢印を書き込むと、「後ひく前」の計算や、エネルギー差の大小関係が視覚的に確認でき、ミスを防げます。
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