「リードα 物理基礎・物理 改訂版」徹底解説!【第4章】応用問題

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88 動く板の上での物体の運動

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、重ねた2物体の運動を扱う典型問題です。物体間の相互作用(特に摩擦力)を正しく理解し、運動方程式を適切に立てる能力が問われます。
この問題の核心は、2物体を「一体の物体(系)」として見る視点と、それぞれの物体に働く力に着目して「個別の物体」として見る視点を、状況に応じて使い分けることです。

与えられた条件
  • 物体Aの質量: \(2M\)
  • 物体Bの質量: \(M\)
  • 床はなめらか
  • 物体AとBの間の静止摩擦係数: \(\mu\)
  • 重力加速度の大きさ: \(g\)
  • 物体Aに加える水平な力: \(F\)
問われていること
  • (1) 物体A, Bが一体となって動くときの、物体Aの床に対する加速度の大きさ \(a\)。
  • (2) そのときの、物体Bが物体Aから受ける摩擦力の大きさ \(f\)。
  • (3) 物体BがAの上をすべり始めるときの力の大きさ \(F_0\)。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

この解説は、設問(3)において、模範解答とは異なるアプローチで解説を進めます。

  1. 解説の方針が模範解答と異なる点
    • 設問(3)の解法: 模範解答では物体AとBそれぞれについて運動方程式を立てて連立していますが、本解説ではまず「物体Bが滑らずに運動できる最大の加速度」を求め、その加速度を系全体に与える外力\(F_0\)を計算するという、より物理的本質に迫るアプローチを主たる解法として採用します。模範解答の方法は別解として紹介します。
  2. 上記の方針を採用する理由
    • 主たる解法として採用するアプローチの方が、「なぜ滑り出すのか」という現象の根本原因(物体Bを加速させる静止摩擦力に上限があるため、Bの加速度にも上限が生じる)をより明確に理解できるためです。
  3. 計算結果への影響
    • 立式のアプローチが異なりますが、最終的な答え \(F_0 = 3\mu Mg\) は模範解答と一致します。

この問題のテーマは「重ねた物体の運動と摩擦力」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 運動方程式: 物体の運動(加速度)と力との関係を記述する基本法則です。
  2. 作用・反作用の法則: 物体AとBの間で及ぼしあう摩擦力は、大きさが等しく向きが逆になります。
  3. 静止摩擦力と最大静止摩擦力: 物体が滑り出さない間は「静止摩擦力」が働き、その大きさは状況に応じて変化します。「最大静止摩擦力」はその上限値であり、物体が滑り出すかどうかの境目を決定します。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)と(2)では、物体AとBが一体となって運動するため、まずAとBをひとまとめにした「系」として扱い、全体の加速度を求めます。次に、その加速度で物体Bが運動するために必要な摩擦力を計算します。
  2. (3)では、「物体Bが滑り始める」という条件に着目します。これは、Bを加速させる静止摩擦力がその上限(最大静止摩擦力)に達したことを意味します。この条件から、Bが滑らずにいられる最大の加速度を求め、そのときの外力\(F_0\)を計算します。

問(1)

思考の道筋とポイント
物体AとBが「一体となって」動く、という点が最大のポイントです。この場合、AとBを合わせた合計質量 \(2M+M=3M\) の一つの物体と見なして、全体の運動を考えることができます。この一体の物体に、外部からどのような力が働いているかを考え、運動方程式を立てます。
この設問における重要なポイント

  • 一体の物体(系)として捉える: 物体AとBの間に滑りが生じていないため、全体を質量 \(3M\) の一つの物体として扱うことができます。
  • 外力に着目する: この一体の物体に水平方向に働く「外からの力」は、引く力 \(F\) のみです。AとBの間で働く摩擦力は、系内部の力(内力)なので、全体の運動を考える際には考慮する必要はありません。
  • 運動方程式の適用: 系全体の質量と、系に働く外力の合力を使って、運動方程式 \(ma=F\) を立てます。

具体的な解説と立式
物体Aと物体Bは一体となって運動するので、全体を質量 \(3M\) の一つの物体と見なします。
この物体に水平方向に働く外力は \(F\) のみです。
求める加速度を \(a\) とすると、この一体の物体についての運動方程式は以下のようになります。
$$ (2M + M)a = F $$

使用した物理公式

  • 運動方程式 \(ma=F\)
計算過程

上記で立てた運動方程式を \(a\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
3Ma &= F \\[2.0ex]
a &= \frac{F}{3M}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

物体AとBがくっついて一緒に動いているので、合体して重さが \(3M\) になった一つの大きな物体だと考えます。この大きな物体を力 \(F\) で引っ張ったときの加速度を求めるのと同じなので、運動の法則「(全体の重さ) × (加速度) = (引っ張る力)」に当てはめて計算します。

結論と吟味

物体Aの床に対する加速度の大きさは \(\displaystyle\frac{F}{3M}\) です。
これは、力 \(F\) がAとBの両方を加速させるために使われるため、質量 \(3M\) 全体で割った値になります。物理的に妥当な結果です。

別解: 物体AとBそれぞれに運動方程式を立てる方法

思考の道筋とポイント
物体Aと物体Bを別々の物体として扱い、それぞれに働く力をすべて図示して運動方程式を立てます。AとBは摩擦力によって互いに力を及ぼし合っているため、作用・反作用の法則を正しく適用することが重要です。最終的に2つの式を連立して解くことで、加速度を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 個々の物体に着目: 物体A、物体Bそれぞれに働く水平方向の力を考えます。
  • 摩擦力の図示: 物体Bは、物体Aから進行方向(右向き)に静止摩擦力 \(f\) を受けて加速します。
  • 作用・反作用の法則: 物体Aは、物体Bからその反作用として、逆向き(左向き)に同じ大きさの静止摩擦力 \(f\) を受けます。

具体的な解説と立式
物体AとBの間の静止摩擦力の大きさを \(f\) とします。

  • 物体Bに働く水平方向の力は、Aからの静止摩擦力 \(f\) のみです。Bの運動方程式は、
    $$ Ma = f \quad \cdots ① $$
  • 物体Aに働く水平方向の力は、引く力 \(F\) と、Bからの摩擦力の反作用 \(f\) です。Aの運動方程式は、
    $$ 2Ma = F – f \quad \cdots ② $$

使用した物理公式

  • 運動方程式 \(ma=F\)
  • 作用・反作用の法則
計算過程

式①と式②を連立して解きます。2つの式の両辺をそれぞれ足し合わせると、摩擦力 \(f\) を消去できます。
$$ (Ma) + (2Ma) = (f) + (F – f) $$
この式を整理します。
$$
\begin{aligned}
3Ma &= F \\[2.0ex]
a &= \frac{F}{3M}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

A君とB君、それぞれの動きのルール(運動方程式)を数式にします。B君はA君に押される力(摩擦力)だけで前に進みます。A君は引っ張られる力から、B君を押すのに使った力の分だけを引いた残りの力で前に進みます。この2人のルールを合体させると、結局、2人合わせた全体の動きのルールがわかる、という計算です。

結論と吟味

一体とみなす方法と全く同じ結果 \(\displaystyle a = \frac{F}{3M}\) が得られました。これは、一体とみなす考え方が、個々の物体の運動方程式を組み合わせた結果と等価であることを示しています。内部の力である摩擦力は、連立方程式を解く過程で相殺されることがわかります。

解答 (1) \(\displaystyle\frac{F}{3M}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
物体Bがなぜ加速できるのかを考えます。床の上に静止している物体Bを、誰かが押さなければ動き出すことはありません。この問題では、物体Aが物体Bの足元で動くことにより、Aの上面がBの底面を「進行方向に」押します。この力が静止摩擦力です。したがって、物体Bに着目し、(1)で求めた加速度 \(a\) で運動させる原因となる力を考え、運動方程式を立てます。
この設問における重要なポイント

  • 摩擦力の向き: 物体Bは静止摩擦力によって加速されます。したがって、摩擦力はBの運動方向(右向き)に働きます。
  • 物体Bへの着目: 求める摩擦力は物体Bに直接働いている力なので、物体Bについての運動方程式を立てるのが最も直接的です。
  • 加速度の利用: (1)で求めた加速度 \(a\) を使って、運動方程式を完成させます。

具体的な解説と立式
物体Bが物体Aから受ける摩擦力の大きさを \(f\) とします。
水平方向を見ると、物体Bを加速させている力はこの摩擦力 \(f\) のみです。
(1)で求めた加速度 \(a\) を用いて、物体Bについての運動方程式を立てると、以下のようになります。
$$ Ma = f $$

使用した物理公式

  • 運動方程式 \(ma=F\)
計算過程

上記で立てた運動方程式に、(1)で求めた \(a = \displaystyle\frac{F}{3M}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
f &= Ma \\[2.0ex]
&= M \left( \frac{F}{3M} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{F}{3}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

上のB君が、(1)で計算した加速度で前に進むためには、どれくらいの力で押してもらう必要があるかを計算します。運動の法則「(B君の重さ) × (加速度) = (押す力)」に当てはめると、A君がB君を押す力(摩擦力)の大きさがわかります。

結論と吟味

物体Bが受ける摩擦力の大きさは \(\displaystyle\frac{F}{3}\) です。
これは、外力 \(F\) の \(1/3\) が、物体Bを加速させるための摩擦力として伝わっていることを意味します。残りの \(F\) の \(2/3\) は、物体A自身を加速させるために使われています。

別解: 物体Aに着目する方法

思考の道筋とポイント
物体Aの運動に着目して摩擦力を求めることも可能です。物体Aは、外力 \(F\) で右向きに引かれながら、物体Bから左向きに摩擦力の反作用を受けています。これらの力の合力によって、物体Aは加速度 \(a\) で運動します。この関係を運動方程式で表し、摩擦力 \(f\) を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 物体Aへの着目: 物体Aに働く水平方向の力(外力 \(F\) と摩擦力の反作用 \(f\))をすべて考えます。
  • 作用・反作用の法則: BがAから受ける摩擦力が \(f\)(右向き)なので、AがBから受ける摩擦力は \(f\)(左向き)となります。
  • 運動方程式の利用: Aの質量 \(2M\)、加速度 \(a\)、そしてAに働く力の合力を使って運動方程式を立てます。

具体的な解説と立式
物体Aに働く水平方向の力は、右向きの力 \(F\) と、物体Bから受ける左向きの摩擦力 \(f\) です。
(1)で求めた加速度 \(a\) を用いて、物体Aについての運動方程式を立てると、以下のようになります。
$$ 2Ma = F – f $$

使用した物理公式

  • 運動方程式 \(ma=F\)
計算過程

上記で立てた運動方程式を \(f\) について解き、(1)で求めた \(a = \displaystyle\frac{F}{3M}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
f &= F – 2Ma \\[2.0ex]
&= F – 2M \left( \frac{F}{3M} \right) \\[2.0ex]
&= F – \frac{2F}{3} \\[2.0ex]
&= \frac{F}{3}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

下のA君の動きに注目します。A君は力 \(F\) で引っ張られますが、その力の一部は、上に乗っているB君を一緒に動かすために使われます。A君自身が加速するために使われた力((A君の重さ)×(加速度))を、元の力 \(F\) から引き算すれば、残りがB君を動かすために使った力(摩擦力)だとわかります。

結論と吟味

物体Bに着目した場合と全く同じ結果 \(\displaystyle f = \frac{F}{3}\) が得られました。これは、作用・反作用の法則と運動方程式が矛盾なく成り立っていることを示しています。

解答 (2) \(\displaystyle\frac{F}{3}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
「物体Bが物体Aの上をすべった」という現象の物理的な意味を考えます。これは、AとBが一体で運動できなくなった、ということです。なぜ一体で運動できなくなるかというと、BをAと同じ加速度で運動させるために必要な静止摩擦力が、物理的な上限である「最大静止摩擦力」を超えてしまったからです。
そこで、まず「Bが滑らずに運動できる最大の加速度」を求め、次に「その最大の加速度でAとB全体を動かすために必要な外力」が求める \(F_0\) である、という論理で解き進めます。
この設問における重要なポイント

  • すべり始めの条件: 物体Bに働く静止摩擦力が、最大静止摩擦力 \(f_{\text{max}} = \mu N\) に達した瞬間です。
  • 物体Bの最大の加速度: Bを加速させる力は静止摩擦力のみなので、Bが達成できる加速度にも上限があります。この最大の加速度を \(a_{\text{max}}\) とします。
  • 系全体への適用: Bがすべりだす直前、AとBはまだ一体で、共通の加速度 \(a_{\text{max}}\) で運動しています。このときの外力が \(F_0\) です。

具体的な解説と立式
まず、物体Bに働く鉛直方向の力を考え、垂直抗力 \(N\) を求めます。鉛直方向には運動していないので、力のつり合いが成り立ちます。
$$ N – Mg = 0 $$
よって、\(N = Mg\) です。
これにより、Bに働くことができる最大静止摩擦力 \(f_{\text{max}}\) は、
$$ f_{\text{max}} = \mu N = \mu Mg \quad \cdots ① $$
次に、物体Bがこの最大の摩擦力で加速する場合の加速度、すなわちBが滑らずに運動できる最大の加速度 \(a_{\text{max}}\) を求めます。Bの運動方程式は、
$$ Ma_{\text{max}} = f_{\text{max}} \quad \cdots ② $$
Bがすべり始める直前、AとBからなる系全体がこの加速度 \(a_{\text{max}}\) で運動しています。このときの外力を \(F_0\) とすると、系全体の運動方程式は、
$$ (2M + M)a_{\text{max}} = F_0 \quad \cdots ③ $$

使用した物理公式

  • 力のつり合い
  • 最大静止摩擦力: \(f_{\text{max}} = \mu N\)
  • 運動方程式 \(ma=F\)
計算過程

式①と②から、最大の加速度 \(a_{\text{max}}\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
Ma_{\text{max}} &= \mu Mg \\[2.0ex]
a_{\text{max}} &= \mu g
\end{aligned}
$$
この \(a_{\text{max}}\) を式③に代入して、\(F_0\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
F_0 &= 3M a_{\text{max}} \\[2.0ex]
&= 3M (\mu g) \\[2.0ex]
&= 3\mu Mg
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

まず、A君がB君を押せる力(摩擦力)の限界値を計算します。次に、その限界の力でB君をどれだけ速く加速させられるか(最大の加速度)を計算します。最後に、A君とB君が一体となってその「最大の加速度」で動くためには、全体をどれくらいの力 \(F_0\) で引っ張る必要があるかを、運動の法則を使って計算します。

結論と吟味

求める力の大きさ \(F_0\) は \(3\mu Mg\) です。この力を少しでも超えると、Bを \(a_{\text{max}}\) 以上で加速させることはできないため、BはAの加速についていけず、Aの上を滑り始めます。力の大きさは、静止摩擦係数 \(\mu\) や物体の質量 \(M, g\) に比例しており、物理的に妥当な結果です。

別解: 物体AとBそれぞれに運動方程式を立てる方法

思考の道筋とポイント
模範解答で示されているアプローチです。物体Bがすべり始める直前の瞬間に着目し、AとBそれぞれについて運動方程式を立てます。この瞬間、AとBはまだ同じ加速度で運動しており、両者間の摩擦力は最大静止摩擦力になっています。これらの条件を使って連立方程式を解きます。
この設問における重要なポイント

  • 共通の加速度: すべり始める直前なので、AとBの加速度は等しい。これを \(a’\) とおく。
  • 最大静止摩擦力: AとBの間に働く摩擦力は、最大静止摩擦力 \(\mu Mg\) である。
  • 作用・反作用: BがAから右向きに \(\mu Mg\) の力を受けるなら、AはBから左向きに \(\mu Mg\) の力を受ける。

具体的な解説と立式
すべり始める直前の加速度を \(a’\)、そのときの外力を \(F_0\) とします。

  • 物体Bについて: Bを加速させる力は最大静止摩擦力 \(\mu Mg\) です。運動方程式は、
    $$ Ma’ = \mu Mg \quad \cdots ① $$
  • 物体Aについて: Aには右向きに外力 \(F_0\)、左向きにBからの摩擦力の反作用 \(\mu Mg\) が働きます。運動方程式は、
    $$ 2Ma’ = F_0 – \mu Mg \quad \cdots ② $$

使用した物理公式

  • 運動方程式 \(ma=F\)
  • 最大静止摩擦力
計算過程

まず、式①から加速度 \(a’\) を求めます。
$$ a’ = \mu g $$
次に、この \(a’\) を式②に代入して \(F_0\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
2M(\mu g) &= F_0 – \mu Mg \\[2.0ex]
2\mu Mg &= F_0 – \mu Mg \\[2.0ex]
F_0 &= 2\mu Mg + \mu Mg \\[2.0ex]
F_0 &= 3\mu Mg
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

すべり始めるギリギリの瞬間の、A君とB君それぞれの力のバランスを数式にします。B君は、A君から受ける限界の力(最大摩擦力)で加速しています。A君は、引っ張られる力 \(F_0\) から、B君を押すのに使った限界の力の反作用を引かれた力で、B君と同じ加速度で動いています。この2つの式を解くことで、\(F_0\) を求めます。

結論と吟味

メインの解法で得られた結果と完全に一致します。どちらのアプローチも物理的に正しく、同じ結論を導きます。現象の本質を捉える前者と、機械的に立式して解く後者、両方の視点を理解しておくと応用力がつきます。

解答 (3) \(3\mu Mg\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 運動方程式 (\(ma=F\)):
    • 核心: 物体の運動状態の変化(加速度)は、物体に働く力の合力に比例し、質量に反比例するという、力学の根幹をなす法則です。この問題では、(1)で系全体、(2)で物体B、(3)で系全体や個々の物体と、対象を変えながら繰り返し適用されます。
    • 理解のポイント: どの物体に、どの方向の、どんな力が働いているかを正確に把握し、運動方程式を立てることが全ての出発点です。特に、複数の物体が絡む問題では、「どの物体についての運動方程式か」を常に意識することが重要です。
  • 作用・反作用の法則と摩擦力:
    • 核心: 物体Aが物体Bに力(摩擦力)を及ぼすとき、BもAに同じ大きさで逆向きの力(摩擦力の反作用)を及ぼします。この法則は、2つの物体間の相互作用を正しく記述するために不可欠です。
    • 理解のポイント: (2)や(3)でAとBそれぞれの運動方程式を立てる際に、Aに働く摩擦力とBに働く摩擦力の向きを逆に、大きさを同じに設定できるのは、この法則に基づいています。
  • 静止摩擦力と最大静止摩擦力:
    • 核心: 静止摩擦力は、滑りを防ぐために必要な分だけ働く「調整可能な力」であり、その大きさには上限(最大静止摩擦力 \(\mu N\))があります。(3)で物体が「すべり始める」という条件は、この静止摩擦力が上限に達したことを意味します。
    • 理解のポイント: (2)で求めた摩擦力 \(f = F/3\) は、まだ上限に達していない静止摩擦力です。この値が \(\mu Mg\) を超えない限り、物体は一体で運動を続けます。\(f \le \mu Mg\) という不等式が、一体で運動するための条件となります。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 加速度運動する電車内の物体: 電車が加速するとき、床に置かれた荷物は床からの静止摩擦力によって電車と同じ加速度で運動します。摩擦力が足りなくなると、荷物は電車内で滑り始めます。
    • ベルトコンベアに乗せられた荷物: 静止しているベルトコンベアが動き出すとき、荷物は静止摩擦力によって加速されます。加速が急すぎると滑ってしまいます。
    • 人が乗った板を引く問題: 人と板の間の静止摩擦力が、人を加速させる力となります。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 一体で動くか、別々に動くか?: まず、問題の状況が「一体運動」なのか「相対的な滑りがある運動」なのかを判断します。これが、系全体で考えるか、個別に考えるかの分かれ道になります。
    2. 摩擦力の向きを正しく判断する: 「どちらがどちらを、どちらの向きに動かそうとしているか」を考えます。物体BはAによって右に動かされるので、Bに働く摩擦力は右向きです。作用・反作用により、Aに働く摩擦力は左向きになります。「滑りを妨げる向き」と機械的に覚えるだけでなく、「加速させる力」としての摩擦力の役割を理解することが重要です。
    3. 「すべり始める瞬間」の条件を数式化する: 「すべり始める」という言葉を「静止摩擦力が最大静止摩擦力に達した」と物理の言葉に翻訳し、\(f = \mu N\) という式に落とし込むことが解法の鍵です。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 摩擦力の向きの間違い:
    • 誤解: 摩擦力は常に運動を妨げる向きに働くと考え、物体Aに働く力 \(F\) と同じ向きに摩擦力を描いてしまう。
    • 対策: 物体Bの視点に立って考えましょう。BはAによって「前に進む」のですから、Bを前に進ませる力、すなわち進行方向(右向き)の摩擦力が必要です。作用・反作用を考えれば、Aに働く摩擦力は自ずと左向きに決まります。
  • どの物体に運動方程式を適用するかの混乱:
    • 誤解: (2)で摩擦力を求める際に、物体Aの運動方程式 \(2Ma = F – f\) を立てたものの、(1)で求めた \(a\) を代入するのを忘れ、式が解けずに混乱する。
    • 対策: 「未知数が何か、既知の量は何か」を常に意識しましょう。(2)の時点では \(a\) は既知の量です。未知数は \(f\) だけなので、AかBどちらか一方の運動方程式だけで解けるはずです。より式が単純な物体Bに着目するのが最も簡単だと判断する習慣をつけましょう。
  • 静止摩擦力と最大静止摩擦力の混同:
    • 誤解: (2)の摩擦力を求める問題で、まだ滑っていないにもかかわらず、いきなり最大静止摩擦力 \(f = \mu Mg\) を使ってしまう。
    • 対策: 静止摩擦力は「必要な分だけ働く」可変の力であることを理解しましょう。最大静止摩擦力は、あくまで「すべり始める」という特別な瞬間にのみ使う値です。問題文に「すべり始めた」「すべり出す直前」といった記述がない限り、安易に使ってはいけません。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • 力の矢印の図解: 物体AとBを少し離して描き、それぞれに働く力をすべて矢印で記入します。特に、AとBの間で働く摩擦力は、作用点(Aの上面、Bの下面)を明確にし、大きさが同じで逆向きのペアとして描くことで、作用・反作用の関係が視覚的に理解できます。
    • 慣性力の導入(Aの上に乗った視点): 物体Bと一緒に加速する観測者から見ると、Bには進行方向と逆向きに大きさ \(Ma\) の「慣性力」が働いているように見えます。BがAの上で静止し続けるのは、この慣性力と、AがBを前に押す静止摩擦力 \(f\) がつり合っているから、と考えることもできます。つまり \(f = Ma\) という関係が成り立ちます。この視点は、Bの運動方程式そのものと等価です。
  • 図を描く際に注意すべき点:
    • 力を作用物体ごとに整理する: 「物体Aに働く力」「物体Bに働く力」を別々のフリーボディダイアグラムとして描くと、力の見落としや混同が防げます。
    • 内力と外力の区別: 系全体を考えるときは、外力(この問題では\(F\))のみを描きます。個々の物体を考えるときは、内力(摩擦力)も描きます。この区別を意識して図を描くと、思考が整理されます。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 運動方程式 (\(ma=F\)):
    • 選定理由: この問題は、力によって物体の運動状態(加速度)が決定される、典型的な「動力学」の問題だからです。物体の加速度を求めたり、加速度から力を求めたりする場面では、必ずこの法則が基本となります。
    • 適用根拠: (1)では「一体の物体」の加速度を求めるため、(2)では「Bの加速度を生む力」を求めるため、(3)では「AとBの加速度を生む力」をそれぞれ記述するために適用します。
  • 力のつり合いの式 (\(\sum F_y = 0\)):
    • 選定理由: (3)で最大静止摩擦力を計算する際、その大きさを決める垂直抗力 \(N\) が未知だからです。
    • 適用根拠: 物体Bは鉛直方向には運動していない(加速度がゼロ)ため、鉛直方向の力はつり合っていると判断し、この式を適用して \(N\) を求めます。
  • 最大静止摩擦力の公式 (\(f_{\text{max}} = \mu N\)):
    • 選定理由: (3)で「すべり始める」という物理現象を数式で表現する必要があるからです。
    • 適用根拠: 「すべり始める」という条件は、静止摩擦力がその上限値に達したことを意味するため、この公式を適用して摩擦力の大きさを確定させます。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (1) 加速度の計算:
    • 戦略: AとBは一体。系全体で考えるのが最も効率的。
    • フロー: ①AとBを質量 \(3M\) の一体の物体とみなす → ②系に働く外力は \(F\) のみと特定 → ③運動方程式 \((3M)a = F\) を立式 → ④\(a\) について解く。
  2. (2) 摩擦力の計算:
    • 戦略: 摩擦力はBを加速させる力。Bに着目するのが最も直接的。
    • フロー: ①物体Bに働く水平方向の力は摩擦力 \(f\) のみと特定 → ②(1)で求めた加速度 \(a\) を使う → ③Bの運動方程式 \(Ma = f\) を立式 → ④\(a\) を代入して \(f\) を計算。
  3. (3) すべり始める力の計算:
    • 戦略: 「Bがすべり始める」=「Bの加速度が限界に達した」と解釈し、Bの限界加速度から系全体の力を逆算する。
    • フロー: ①Bの垂直抗力 \(N=Mg\) を求める → ②Bに働く最大静止摩擦力 \(f_{\text{max}} = \mu Mg\) を計算 → ③Bが達成できる最大の加速度 \(a_{\text{max}}\) を運動方程式 \(Ma_{\text{max}} = f_{\text{max}}\) から求める → ④すべり出す直前は系全体が \(a_{\text{max}}\) で運動していると考え、系全体の運動方程式 \((3M)a_{\text{max}} = F_0\) を立式 → ⑤\(a_{\text{max}}\) を代入して \(F_0\) を計算。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 文字式のまま計算を進める: この問題は比較的単純ですが、より複雑な問題では、途中で数値を代入せずに文字式のまま計算を進めることが有効です。例えば、(2)の別解で \(f = F – 2Ma\) を計算する際、\(a = F/(3M)\) を代入すると \(f = F – 2M(F/(3M)) = F – 2F/3 = F/3\) となり、\(M\) がきれいに消去されることが確認できます。
  • 単位や次元の確認: 例えば(1)で求めた加速度 \(a = F/(3M)\) の次元は、(力)/(質量) となっており、確かに加速度の次元と一致します。(3)で求めた力 \(F_0 = 3\mu Mg\) の次元は、(無次元量)×(質量)×(加速度) であり、力の次元と一致します。このような次元チェックは、簡単なミスを発見するのに役立ちます。
  • 分数の計算を丁寧に: \(F – \displaystyle\frac{2F}{3}\) のような計算は、\(\displaystyle\frac{3F}{3} – \frac{2F}{3} = \frac{F}{3}\) のように、通分を丁寧に行うことでケアレスミスを防げます。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • (2) 摩擦力: \(f = F/3\)。外力 \(F\) が大きいほど、Bを同じように加速させるための摩擦力も大きくなる、という直感と一致します。また、\(f\) は \(F\) より小さい値であり、これも妥当です。
    • (3) 力 \(F_0\): \(F_0 = 3\mu Mg\)。静止摩擦係数 \(\mu\) が大きい(滑りにくい)ほど、より大きな力 \(F_0\) を加えるまで滑らない、という直感と一致します。また、Bの質量 \(M\) が大きいほど、Bを加速させるのにより大きな摩擦力が必要になるため、結果として滑り出す \(F_0\) も大きくなる、という点も物理的に妥当です。
  • 極端な場合を考える:
    • もし \(\mu = 0\) (AとBの間がツルツル)だったら?: \(F_0 = 0\) となります。これは、少しでも力 \(F\) を加えるとAだけが動き、Bはその場に取り残される(滑る)ことを意味し、直感と一致します。
    • もし \(M \rightarrow 0\) (Bが非常に軽い)だったら?: \(F_0 \rightarrow 0\) となります。これは、Bを加速させるのに必要な摩擦力はほぼゼロで済むため、滑らせるのが非常に困難になる(理論上は滑らない)ことを示唆しますが、このモデルでは少し不自然です。むしろ、(2)の式 \(f=F/3\) から、\(F\) がどんなに大きくてもBを加速させる摩擦力は \(F/3\) で済む、という関係が見えます。Bの運動方程式は \(Ma = M(F/3M) = F/3\) となり、摩擦力はBの質量 \(M\) に依存しないことがわかります。このあたりは少し深い考察になります。

89 動く板の上での物体の運動

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、摩擦のある水平面上に置かれた板の上で、小物体が滑る運動を扱う問題です。運動量保存則(外力が働かない系の場合)や、エネルギーの損失(摩擦による熱の発生)といった、より発展的なテーマにも繋がる重要なモデルです。
この問題の核心は、小物体と板の間に働く「動摩擦力」を介して、両者が互いにどのような影響を及ぼし合うかを理解することです。小物体は減速し、板は加速し、やがて両者は同じ速度になります。

与えられた条件
  • 小物体の質量: \(m\)
  • 板の質量: \(M\)
  • 小物体の初速度: \(v_0\)(右向き)
  • 板の初速度: 0
  • 小物体と板の間の動摩擦係数: \(\mu\)
  • 板と床の間の摩擦: 無視できる
  • 重力加速度の大きさ: \(g\)
  • 座標軸の向き: 右向きを正とする
問われていること
  • (1) 小物体の加速度 \(a\)。
  • (2) 板の加速度 \(A\)。
  • (3) 小物体が板に対して静止するまでの時間 \(t\) と、その間に滑る距離 \(l\)。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

この解説は、設問(3)のすべる距離\(l\)の求め方において、模範解答とは異なるアプローチを複数提示します。

  1. 解説の方針が模範解答と異なる点
    • 設問(3)の距離\(l\)の解法:
      1. 主たる解法: 模範解答と同じく、小物体と板それぞれの移動距離を計算し、その差から\(l\)を求める方法で解説します。
      2. 別解1: 「小物体から見た板の相対運動」に着目し、相対加速度を用いて直接\(l\)を求める方法を紹介します。
      3. 別解2: さらに、「運動量とエネルギーの関係」を用いた、計算が非常に簡潔になるエレガントな解法も追加で紹介します。
  2. 上記の方針を採用する理由
    • 別解1(相対運動): 「すべる距離」という問いの本質が「相対的な位置の変化」であることを明確にし、物理現象と数式の対応をより深く理解させるためです。
    • 別解2(エネルギー): 運動方程式だけでなく、エネルギーという別の視点からもアプローチできることを示し、多角的な問題解決能力を養うためです。この解法は計算量が少なく、検算にも非常に有効です。
  3. 計算結果への影響
    • いずれのアプローチを用いても、最終的な答えは模範解答と完全に一致します。

この問題のテーマは「摩擦を受ける2物体の運動」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 運動方程式: 小物体と板、それぞれの運動を記述する基本法則です。
  2. 作用・反作用の法則: 小物体が板から受ける動摩擦力と、板が小物体から受ける動摩擦力は、大きさが等しく向きが逆です。
  3. 動摩擦力: 物体が滑っている間に働く摩擦力で、その大きさは垂直抗力に比例し、速度によらず一定です。
  4. 等加速度直線運動の公式: 加速度が一定の物体の速度や位置を、時間を使って表すための公式です。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1), (2)では、小物体と板それぞれに働く力を図示し、運動方程式を立てて各々の加速度を求めます。
  2. (3)では、まず「小物体が板に対して静止する」という条件が「小物体と板の(床から見た)速度が等しくなる」ことと同じであると捉え、等加速度直線運動の公式からその時刻\(t\)を求めます。次に、その時刻\(t\)までに小物体と板がそれぞれ床に対して移動した距離を計算し、その差から滑った距離\(l\)を求めます。

問(1)

思考の道筋とポイント
小物体の加速度を求める問題です。まず、小物体に働く力をすべて特定し、図示します。小物体は板の上を右向きに滑っているので、板から運動を妨げる向き、すなわち左向きに「動摩擦力」を受けます。この動摩擦力が、小物体の運動を変化させる(減速させる)原因となります。
この設問における重要なポイント

  • 力の図示: 小物体には、鉛直下向きの「重力 \(mg\)」、板からの「垂直抗力 \(N\)」、そして運動と逆向き(左向き)の「動摩擦力 \(f\)」が働きます。
  • 動摩擦力の計算: 動摩擦力の大きさは \(f = \mu N\) で計算できます。まず、鉛直方向の力のつり合いから垂直抗力 \(N\) を求めます。
  • 運動方程式の適用: 水平方向について、運動方程式 \(ma=F_{\text{合力}}\) を立てます。右向きを正としているので、左向きの動摩擦力は負の力として扱います。

具体的な解説と立式
まず、小物体に働く鉛直方向の力に着目します。小物体は鉛直方向には運動しないので、力のつり合いが成り立っています。垂直抗力の大きさを \(N\) とすると、
$$ N – mg = 0 $$
よって、\(N = mg\) となります。

次に、小物体が板から受ける動摩擦力の大きさ \(f\) を求めます。
$$ f = \mu N $$
上の \(N=mg\) を代入して、
$$ f = \mu mg $$
小物体は右向きに運動しており、動摩擦力 \(f\) はその運動を妨げる左向きに働きます。右向きを正の向きとしているので、小物体の水平方向についての運動方程式は、
$$ ma = -f $$

使用した物理公式

  • 力のつり合い
  • 動摩擦力: \(f = \mu N\)
  • 運動方程式 \(ma=F\)
計算過程

上記で立てた運動方程式に、\(f = \mu mg\) を代入して \(a\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
ma &= -\mu mg \\[2.0ex]
a &= -\mu g
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

小物体は、板との間の摩擦によってブレーキをかけられます。まず、そのブレーキ力(動摩擦力)の大きさを計算します。これは、物体の重さに比例します。次に、運動の法則「(物体の重さ) × (加速度) = (働く力)」に、このブレーキ力を当てはめて加速度を計算します。ブレーキなので、加速度はマイナスの値になります。

結論と吟味

小物体の加速度は \(a = -\mu g\) です。加速度が負の値になったのは、初速度の向き(右向き、正)とは逆向きに力が働き、減速していることを正しく表しています。また、加速度の大きさが質量 \(m\) によらないという点も、摩擦が関わる運動の重要な特徴です。

解答 (1) \(-\mu g\)

問(2)

思考の道筋とポイント
板の加速度を求める問題です。ここで鍵となるのが「作用・反作用の法則」です。小物体が板から左向きに動摩擦力を受けているならば、板は小物体からその反作用として、右向きに同じ大きさの動摩擦力を受けます。この力が、静止していた板を動き出させる原因となります。
この設問における重要なポイント

  • 作用・反作用の法則: 小物体が板から受ける動摩擦力が \(f\)(左向き)ならば、板が小物体から受ける力は \(f\)(右向き)です。
  • 板への着目: 板に働く水平方向の力は、小物体からの動摩擦力 \(f\) のみです。(床はなめらかなので、床からの摩擦はありません)
  • 運動方程式の適用: 板の質量 \(M\)、板に働く力 \(f\)、そして求める加速度 \(A\) を使って、運動方程式を立てます。

具体的な解説と立式
板に働く水平方向の力は、小物体から受ける動摩擦力の反作用のみです。その大きさは(1)で求めた \(f = \mu mg\) と同じで、向きは右向き(正の向き)です。
板の加速度を \(A\) とすると、板の水平方向についての運動方程式は、
$$ MA = f $$

使用した物理公式

  • 作用・反作用の法則
  • 運動方程式 \(ma=F\)
計算過程

上記で立てた運動方程式に、\(f = \mu mg\) を代入して \(A\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
MA &= \mu mg \\[2.0ex]
A &= \frac{\mu mg}{M}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

板の立場になって考えます。板は、上で滑っている小物体から、進行方向(右向き)に引きずられる力を受けます。この力が、静止していた板を加速させる唯一の原因です。運動の法則「(板の重さ) × (加速度) = (働く力)」に、この引きずられる力(動摩擦力)を当てはめて、板の加速度を計算します。

結論と吟味

板の加速度は \(A = \displaystyle\frac{\mu mg}{M}\) です。加速度が正の値になったのは、板が右向きに加速していることを正しく表しています。また、小物体の質量 \(m\) が大きいほど、また摩擦係数 \(\mu\) が大きいほど、板を動かす力が強くなり、加速度 \(A\) が大きくなるという結果は、物理的に妥当です。

解答 (2) \(\displaystyle\frac{\mu mg}{M}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
「小物体が板に対して静止する」という現象は、床から見ている観測者にとっては「小物体と板の速度が等しくなる」瞬間を意味します。小物体は減速し、板は加速していくので、いつか必ず両者の速度は一致します。
まず、この時刻 \(t\) を求めます。次に、その時刻までに小物体と板がそれぞれ床に対して移動した距離を計算し、その差から滑った距離\(l\)を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 静止の条件: 小物体が板に対して静止する \(\iff\) 小物体と板の速度が等しくなる。
  • 等加速度直線運動の公式: (1), (2)で求めた一定の加速度を使って、時刻 \(t\) における小物体と板の速度や移動距離をそれぞれ計算します。
  • すべる距離 \(l\): 小物体が板の上を滑った距離 \(l\) は、床から見た小物体の移動距離 \(x\) と板の移動距離 \(X\) の差 (\(l = x – X\)) で求められます。

具体的な解説と立式
時間 \(t\) の計算

時刻 \(t\) における小物体の速度を \(v\)、板の速度を \(V\) とします。等加速度直線運動の公式 \(v = v_0 + (\text{加速度})t\) を用いると、
小物体の速度は、
$$ v = v_0 + at $$
これに \(a = -\mu g\) を代入して、
$$ v = v_0 – \mu g t $$
板の速度は、初速度0からなので、
$$ V = At $$
これに \(A = \displaystyle\frac{\mu mg}{M}\) を代入して、
$$ V = \frac{\mu mg}{M} t $$
時刻 \(t\) で両者の速度が等しくなるので、\(v=V\) とおきます。
$$ v_0 – \mu g t = \frac{\mu mg}{M} t \quad \cdots ① $$

すべる距離 \(l\) の計算

時刻 \(t\) までに小物体が進む距離 \(x\) と、板が進む距離 \(X\) を、等加速度直線運動の公式 \(x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2\) を用いて表します。
小物体の移動距離は、
$$ x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2 $$
これに \(a = -\mu g\) を代入して、
$$ x = v_0 t – \frac{1}{2}\mu g t^2 $$
板の移動距離は、初速度0からなので、
$$ X = \frac{1}{2}At^2 $$
これに \(A = \displaystyle\frac{\mu mg}{M}\) を代入して、
$$ X = \frac{1}{2}\frac{\mu mg}{M}t^2 $$
滑った距離 \(l\) はこれらの差なので、
$$ l = x – X $$
したがって、
$$ l = \left( v_0 t – \frac{1}{2}\mu g t^2 \right) – \left( \frac{1}{2}\frac{\mu mg}{M}t^2 \right) \quad \cdots ② $$

使用した物理公式

  • 等加速度直線運動の公式: \(v = v_0 + at\), \(x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2\)
計算過程

時間 \(t\) の計算

式①を \(t\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
v_0 &= \mu g t + \frac{\mu mg}{M} t \\[2.0ex]
v_0 &= \left( \mu g + \frac{\mu mg}{M} \right) t \\[2.0ex]
v_0 &= \left( \frac{\mu Mg + \mu mg}{M} \right) t \\[2.0ex]
v_0 &= \frac{\mu(M+m)g}{M} t \\[2.0ex]
t &= \frac{Mv_0}{\mu(M+m)g}
\end{aligned}
$$

すべる距離 \(l\) の計算

式②を整理します。
$$
\begin{aligned}
l &= v_0 t – \frac{1}{2}\mu g t^2 – \frac{1}{2}\frac{\mu mg}{M}t^2 \\[2.0ex]
&= v_0 t – \frac{1}{2}\mu g t^2 \left( 1 + \frac{m}{M} \right) \\[2.0ex]
&= v_0 t – \frac{1}{2}\mu g t^2 \left( \frac{M+m}{M} \right) \\[2.0ex]
&= v_0 t – \frac{\mu(M+m)g}{2M}t^2
\end{aligned}
$$
ここで、時間 \(t\) の計算過程で得られた関係式 \(v_0 = \displaystyle\frac{\mu(M+m)g}{M} t\) を使うと、\(\displaystyle\frac{\mu(M+m)g}{M} = \frac{v_0}{t}\) となります。これを上の式に代入します。
$$
\begin{aligned}
l &= v_0 t – \frac{1}{2} \left( \frac{v_0}{t} \right) t^2 \\[2.0ex]
&= v_0 t – \frac{1}{2}v_0 t \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}v_0 t
\end{aligned}
$$
最後に、この式に先に求めた \(t = \displaystyle\frac{Mv_0}{\mu(M+m)g}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
l &= \frac{1}{2}v_0 \left( \frac{Mv_0}{\mu(M+m)g} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{Mv_0^2}{2\mu(M+m)g}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

時間 \(t\): 小物体はだんだん遅くなり、板はだんだん速くなります。両者の速度が「せーの」で同じになる瞬間を探します。それぞれの速度を時間の式で表し、「イコール」で結んで方程式を解くと、その時刻 \(t\) がわかります。

距離 \(l\): その時刻 \(t\) までに、小物体が床の上を進んだ距離と、板が床の上を進んだ距離を、それぞれ等加速度運動の公式で計算します。そして、小物体の移動距離から板の移動距離を引き算すると、小物体が板の上をどれだけ余分に進んだか、つまり「すべった距離」がわかります。

結論と吟味

小物体が板に対して静止するまでの時間は \(t = \displaystyle\frac{Mv_0}{\mu(M+m)g}\)、その間に滑る距離は \(l = \displaystyle\frac{Mv_0^2}{2\mu(M+m)g}\) です。
初速度 \(v_0\) が大きいほど、速度が一致するまでの時間 \(t\) と滑る距離 \(l\) が長くなる、という結果は直感と一致します。また、摩擦係数 \(\mu\) が大きいほど、早く速度が一致し、時間 \(t\) と距離 \(l\) は短くなります。これも物理的に妥当です。

別解1: 相対運動を用いて \(l\) を求める方法

思考の道筋とポイント
「すべる距離」は、板に対する小物体の「相対的な移動距離」そのものです。そこで、板に乗っている観測者から見た小物体の運動(相対運動)を考え、直接 \(l\) を求めます。この方法では、時間 \(t\) を使わずに \(l\) を計算できます。
具体的な解説と立式
板に対する小物体の相対的な運動を考えます。

相対初速度 \(v_{\text{相対}, 0}\) は、小物体の初速度から板の初速度を引いたものなので、
$$ v_{\text{相対}, 0} = v_0 – 0 $$
$$ v_{\text{相対}, 0} = v_0 $$
相対加速度 \(a_{\text{相対}}\) は、小物体の加速度から板の加速度を引いたものなので、
$$ a_{\text{相対}} = a – A $$
$$ a_{\text{相対}} = -\mu g – \frac{\mu mg}{M} $$
$$ a_{\text{相対}} = -\frac{\mu Mg + \mu mg}{M} $$
$$ a_{\text{相対}} = -\frac{\mu(M+m)g}{M} $$
時刻 \(t\) で相対的に静止するので、最終的な相対速度 \(v_{\text{相対}}\) は 0 になります。

求める距離 \(l\) は、この相対運動で進んだ距離なので、等加速度直線運動の公式 \(v^2 – v_0^2 = 2ax\) を相対運動に適用します。
$$ v_{\text{相対}}^2 – v_{\text{相対}, 0}^2 = 2 a_{\text{相対}} l $$
$$ 0^2 – v_0^2 = 2 \left( -\frac{\mu(M+m)g}{M} \right) l $$

計算過程

上記で立てた式を \(l\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
-v_0^2 &= -2 \frac{\mu(M+m)g}{M} l \\[2.0ex]
l &= \frac{v_0^2 M}{2\mu(M+m)g}
\end{aligned}
$$

結論と吟味

メインの解法と全く同じ結果が得られました。この方法は、それぞれの移動距離を計算する手間が省け、物理現象(相対運動)と求める量(相対距離)が直接結びつくため、非常に見通しの良い解法です。

別解2: 運動量とエネルギーの関係を用いる方法

思考の道筋とポイント
この系は、水平方向には外力が働いていないため、「運動量保存則」が成り立ちます。また、動摩擦力が仕事をすることで、系の力学的エネルギーは熱エネルギーに変わり、保存されません。この「失われた力学的エネルギー」が「摩擦力がした仕事」に等しい、という関係を利用して \(l\) を求めます。
具体的な解説と立式
運動量保存則

初めの状態(時刻0)と、後の状態(時刻\(t\)、速度が \(v_{\text{後}}\) で一致)で運動量保存則を立てます。
$$ mv_0 + M \cdot 0 = (m+M)v_{\text{後}} $$
これにより、一体となった後の速度 \(v_{\text{後}}\) が求まります。
$$ v_{\text{後}} = \frac{m}{m+M}v_0 \quad \cdots ③ $$

エネルギーの関係

失われた力学的エネルギー \(\Delta E\) は、摩擦力がした仕事に等しくなります。摩擦力がした仕事は、(摩擦力の大きさ) × (相対的に滑った距離) で計算できます。
$$ \Delta E = f \cdot l $$
$$ \Delta E = (\mu mg) l $$
一方、\(\Delta E\) は、(初めの力学的エネルギー)-(後の力学的エネルギー)です。
$$ \Delta E = \left( \frac{1}{2}mv_0^2 \right) – \left( \frac{1}{2}(m+M)v_{\text{後}}^2 \right) $$
したがって、以下のエネルギーに関する等式が成り立ちます。
$$ (\mu mg) l = \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)v_{\text{後}}^2 \quad \cdots ④ $$

計算過程

式③で求めた \(v_{\text{後}}\) を式④に代入し、\(l\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
(\mu mg) l &= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M)\left( \frac{m v_0}{m+M} \right)^2 \\[2.0ex]
(\mu mg) l &= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}(m+M) \frac{m^2 v_0^2}{(m+M)^2} \\[2.0ex]
(\mu mg) l &= \frac{1}{2}mv_0^2 – \frac{1}{2}\frac{m^2 v_0^2}{m+M} \\[2.0ex]
(\mu mg) l &= \frac{1}{2}mv_0^2 \left( 1 – \frac{m}{m+M} \right) \\[2.0ex]
(\mu mg) l &= \frac{1}{2}mv_0^2 \left( \frac{(m+M)-m}{m+M} \right) \\[2.0ex]
(\mu mg) l &= \frac{1}{2}mv_0^2 \left( \frac{M}{m+M} \right) \\[2.0ex]
l &= \frac{1}{\mu mg} \cdot \frac{Mmv_0^2}{2(m+M)} \\[2.0ex]
l &= \frac{Mv_0^2}{2\mu(M+m)g}
\end{aligned}
$$

結論と吟味

他の解法と全く同じ結果が得られました。この解法は、時間 \(t\) を求める必要がなく、運動方程式を解く手間も省けるため、非常にエレガントで計算ミスも起こしにくいです。ただし、運動量保存則とエネルギーの関係を深く理解している必要があります。

解答 (3) \(t = \displaystyle\frac{Mv_0}{\mu(M+m)g}\),   \(l = \displaystyle\frac{Mv_0^2}{2\mu(M+m)g}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 運動方程式 (\(ma=F\)):
    • 核心: この問題の全ての計算の出発点です。小物体と板、それぞれに働く力を正確に特定し、各々の運動(加速度)を記述するために使います。
    • 理解のポイント: (1)では小物体の減速運動、(2)では板の加速運動を、それぞれ運動方程式でモデル化します。力の向きを正負の符号で正確に表現することが重要です。
  • 作用・反作用の法則:
    • 核心: 小物体と板という2つの物体間の相互作用を理解する上で不可欠です。小物体が板から受ける動摩擦力と、板が小物体から受ける動摩擦力は、同じ大きさで向きが逆になります。
    • 理解のポイント: この法則があるからこそ、(1)で考えた摩擦力を、(2)で板を動かす力としてそのまま使うことができます。2物体間の力は必ずペアで存在することを意識しましょう。
  • 等加速度直線運動の公式:
    • 核心: 運動方程式によって加速度が一定であることがわかった後、具体的な速度や位置を時間と関連付けるために用いる数学的なツールです。
    • 理解のポイント: (3)で「速度が等しくなる時刻」や「移動距離」を求める際に、\(v=v_0+at\) や \(x=v_0t+\frac{1}{2}at^2\) などの公式を適切に選択して適用します。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 分裂・合体する物体: 2つの物体がばねで繋がれていて分裂する場合や、衝突して一体となる場合など。水平方向に外力がなければ、運動量保存則が強力な武器になります。
    • 摩擦熱を問う問題: 「この過程で発生した熱エネルギーはいくらか」という問いは、本問題の別解2で用いた「失われた力学的エネルギー」を計算することと全く同じです。\(Q = (\mu mg)l\) の関係が鍵となります。
    • 斜面上の板と小物体の運動: 重力の斜面成分が加わるだけで、基本的な考え方(作用・反作用、運動方程式)は全く同じです。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 運動の全体像を把握する: まず「小物体は減速し、板は加速し、やがて同じ速度になる」というストーリーを頭に描きます。この終着点(同じ速度になる)が、(3)を解く上での重要な条件となります。
    2. 力を漏れなく図示する: 小物体と板、それぞれについてフリーボディダイアグラムを描き、重力、垂直抗力、摩擦力をすべて記入します。特に、作用・反作用の関係にある摩擦力のペアを意識して描くことが重要です。
    3. 座標軸と正の向きを設定する: 運動方向(この場合は右向き)を正と決め、力の向きや速度、加速度の符号を統一します。これにより、立式や計算のミスを防ぎます。
    4. 解法の選択肢を考える: (3)の距離\(l\)のように、複数の解法が考えられる場合があります。「定義通りに計算する方法(移動距離の差)」「物理的な本質を突く方法(相対運動)」「別の法則を使う方法(エネルギー)」など、複数の視点からアプローチできないか検討する習慣をつけると、応用力が格段に向上します。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 作用・反作用の力の混同:
    • 誤解: 板に働く力を考える際に、小物体に働く垂直抗力\(N\)や重力\(mg\)を、板に働く力として誤って記入してしまう。
    • 対策: 常に「誰が、誰から、どの向きに」力を受けているのかを明確にしましょう。板が受ける鉛直方向の力は、「自身の重力\(Mg\)」「小物体から押される力(\(N\)の反作用)」「床からの垂直抗力」の3つです。フリーボディダイアグラムを物体ごとにきっちり描くことが最も有効な対策です。
  • 相対速度・相対加速度の符号ミス:
    • 誤解: 相対加速度を計算する際に、\(a_{\text{相対}} = a + A\) のように、単純に大きさを足したり引いたりしてしまう。
    • 対策: 相対加速度は、ベクトルの引き算として定義されています(\( \vec{a}_{\text{相対}} = \vec{a} – \vec{A} \))。符号を含めて計算することが重要です。この問題では \(a_{\text{相対}} = (-\mu g) – (\frac{\mu mg}{M})\) となり、両方とも負の方向への加速度として加算される形になります。
  • エネルギー保存則の誤用:
    • 誤解: 摩擦があるにもかかわらず、力学的エネルギー保存則を適用してしまう。
    • 対策: 「摩擦や空気抵抗などの非保存力が仕事をする場合、力学的エネルギーは保存しない」という大原則を常に念頭に置きましょう。その代わり、「(非保存力のした仕事)=(力学的エネルギーの変化)」という、より一般的なエネルギーの原理が成り立ちます。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • 速度-時間グラフ(v-tグラフ): 横軸に時間\(t\)、縦軸に速度\(v\)をとって、小物体と板の運動をグラフに描いてみましょう。小物体のグラフは、切片\(v_0\)、傾き\(a=-\mu g\)の右下がりの直線になります。板のグラフは、原点を通り、傾き\(A=\frac{\mu mg}{M}\)の右上がりの直線になります。2つの直線が交わる点が「速度が等しくなる時刻\(t\)」であり、そのときの速度が\(v_{\text{後}}\)です。
    • v-tグラフの面積: グラフと時間軸で囲まれた面積は、移動距離を表します。時刻\(t\)までの小物体の移動距離\(x\)は台形の面積、板の移動距離\(X\)は三角形の面積として計算できます。そして、滑った距離\(l=x-X\)は、2つのグラフで囲まれた三角形の面積に等しくなります。この面積を計算すると、\(l = \frac{1}{2} \times (\text{底辺}) \times (\text{高さ}) = \frac{1}{2} t v_0\) となり、メインの解法で導出した中間式と一致することが視覚的に理解できます。
  • 図を描く際に注意すべき点:
    • 初期状態と最終状態を並べて描く: 時刻0の図と、速度が一致した時刻\(t\)の図を並べて描くと、運動量やエネルギーの変化を考える際に状況を整理しやすくなります。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 運動方程式 (\(ma=F\)):
    • 選定理由: 物体に力が働き、速度が変化する「動力学」の問題だから。加速度という、運動の変化率を決定するために必須の法則です。
    • 適用根拠: (1)と(2)で、未知の量である加速度を、既知の力(動摩擦力)と質量から求めるために適用します。
  • 等加速度直線運動の公式:
    • 選定理由: (1)(2)で加速度が一定値であることが判明したため、その後の運動(速度、位置)を予測するのに最も適したツールだからです。
    • 適用根拠: (3)で、未知の時刻\(t\)や距離\(l\)を、既知の初速度と加速度から計算するために適用します。どの公式(\(v=v_0+at\), \(x=v_0t+\frac{1}{2}at^2\), \(v^2-v_0^2=2ax\))を使うかは、求めたい量と分かっている量に応じて最も効率的なものを選択します。
  • 運動量保存則(別解):
    • 選定理由: 小物体と板を一つの「系」とみなしたとき、水平方向に外力が働いていない(床がなめらか)という条件に気づいたから。
    • 適用根拠: 外力が働かない系の全運動量は、内部でどのような力が及ぼしあわれようとも、常に一定に保たれるという普遍的な法則に基づきます。
  • エネルギー原理(別解):
    • 選定理由: 摩擦という「非保存力」が仕事をし、力学的エネルギーが減少する現象だから。
    • 適用根拠: 「非保存力のした仕事は、その分だけ力学的エネルギーを変化させる」という、エネルギー保存則を拡張したより一般的な原理に基づきます。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (1) 小物体の加速度:
    • 戦略: 小物体に働く力を特定し、運動方程式を立てる。
    • フロー: ①鉛直方向の力のつり合いから垂直抗力\(N\)を求める → ②動摩擦力\(f=\mu N\)を計算 → ③水平方向の運動方程式\(ma=-f\)を立式 → ④\(a\)を求める。
  2. (2) 板の加速度:
    • 戦略: 作用・反作用の法則を使い、板に働く力を特定して運動方程式を立てる。
    • フロー: ①板に働く力は\(f\)の反作用のみと特定 → ②板の運動方程式\(MA=f\)を立式 → ③\(A\)を求める。
  3. (3) 時刻\(t\)と距離\(l\):
    • 戦略: 「速度が等しくなる」条件で\(t\)を求め、各移動距離の差から\(l\)を計算する。
    • フロー: ①小物体と板の速度を\(t\)の式で表す → ②\(v=V\)として\(t\)の方程式を立て、解く → ③小物体と板の移動距離を\(t\)の式で表す → ④\(l=x-X\)を計算し、求めた\(t\)を代入(または式変形)して\(l\)を求める。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 文字式のまま計算を進める: (3)の\(l\)の計算では、\(l = \frac{1}{2}v_0 t\) という中間結果を導出してから\(t\)を代入することで、複雑な2次式の計算を回避でき、ミスを大幅に減らせます。いきなり\(t\)の値を代入すると、計算が非常に煩雑になります。
  • 分数の整理を丁寧に行う: \(t\)を求める際の \(\mu g + \displaystyle\frac{\mu mg}{M}\) のような計算は、\(\displaystyle\frac{\mu Mg + \mu mg}{M} = \frac{\mu(M+m)g}{M}\) のように、通分と因数分解を段階的に行うことで、間違いを防ぎます。
  • 別解による検算: (3)の\(l\)は、3通りの方法で求めることができました。もし試験中に時間に余裕があれば、例えば相対運動の方法で計算し、エネルギーの方法で検算する、といった使い方ができます。異なるアプローチで同じ答えが出れば、その解答の信頼性は非常に高まります。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • \(t\)と\(l\)の式を見て、各物理量との関係を吟味します。例えば、\(M\)が非常に大きい(板がほとんど動かない)場合を考えます。\(t = \displaystyle\frac{Mv_0}{\mu(M+m)g} \approx \frac{Mv_0}{\mu Mg} = \frac{v_0}{\mu g}\)。これは、静止した摩擦面に物体を滑らせたときに止まるまでの時間と一致します。また、\(l = \displaystyle\frac{Mv_0^2}{2\mu(M+m)g} \approx \frac{Mv_0^2}{2\mu Mg} = \frac{v_0^2}{2\mu g}\)。これも、静止摩擦面を滑る距離の公式 \(v^2-v_0^2=2(-\mu g)l\) から導かれる結果と一致します。このように極端な場合を考えることで、式の妥当性を検証できます。
  • 運動の終着点を確認する:
    • 速度が一致した後、小物体と板は一体となって、速度 \(v_{\text{後}} = \displaystyle\frac{m}{m+M}v_0\) で等速直線運動を続けます。これは、一体となった後は水平方向に力が働かないため、慣性の法則に従うからです。このような運動全体のストーリーが、自分の計算結果と矛盾しないかを確認する習慣が大切です。

90 あらい斜面上のつりあいと運動

【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう

この問題は、あらい斜面上の物体と、滑車を介してつながれた物体のつり合いと運動を扱う、力学の総合問題です。静止摩擦力と動摩擦力の違い、そして力が働く向きを正しく判断する能力が問われます。
この問題の核心は、「物体がどの向きに動こうとしているか(あるいは動いているか)」を正確に把握し、それに応じて摩擦力の向きと種類(静止摩擦力か動摩擦力か)を決定することです。

与えられた条件
  • 斜面の傾斜角: \(\theta\)
  • 物体Aの質量: \(m\)
  • 物体Bの質量: \(M\)
  • Aと斜面間の静止摩擦係数: \(\mu\)
  • Aと斜面間の動摩擦係数: \(\mu’\)
  • 重力加速度の大きさ: \(g\)
  • 条件: \(\tan\theta > \mu\) (何もしなければAは滑り落ちる)
問われていること
  • (1) Aが斜面下方にすべりだす直前のBの質量 \(M_1\)。
  • (2) Aが斜面上方にすべりだす直前のBの質量 \(M_2\)。
  • (3) Bのかわりに質量 \(M_3 (>M_2)\) のCをつるしたときの加速度の大きさ \(a\)。

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

【相違点に関する注記】

この解説は、設問(3)において、模範解答とは異なるアプローチで解説を進めます。

  1. 解説の方針が模範解答と異なる点
    • 設問(3)の解法: 模範解答では物体AとCそれぞれについて運動方程式を立て、連立して解いています。本解説では、まずAとCをひとまとめにした「系」として扱い、系全体に働く「外力」と「内力」を区別して、系全体の運動方程式を立てるアプローチを主たる解法として採用します。模範解答の方法は別解として紹介します。
  2. 上記の方針を採用する理由
    • 主たる解法として採用するアプローチの方が、張力\(T_3\)のような「内力」を計算の初期段階で消去できるため、立式や計算が簡潔になり、見通しが良くなります。また、「系」という考え方を学ぶ上で教育的価値が高いと判断しました。
  3. 計算結果への影響
    • 立式のアプローチが異なりますが、最終的な答えは模範解答と一致します。

この問題のテーマは「摩擦がある斜面上の物体のつり合いと運動」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 力のつり合い: 物体が静止している状態では、働く力のベクトル和がゼロになります。
  2. 運動方程式: 物体が加速度運動している状態では、\(ma=F\)が成り立ちます。
  3. 最大静止摩擦力と動摩擦力: 「すべりだす直前」は最大静止摩擦力が働き、「すべっている間」は動摩擦力が働きます。摩擦力の向きは、常に運動(または運動しようとする向き)を妨げる向きです。
  4. 力の分解: 重力\(mg\)を、斜面に平行な成分\(mg\sin\theta\)と垂直な成分\(mg\cos\theta\)に分解する操作は、斜面上の問題を解く上での基本です。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1), (2)では、「すべりだす直前」という力のつり合いの限界状態を考えます。Aが「下にすべりだす直前」と「上にすべりだす直前」とで、最大静止摩擦力の働く向きが逆になる点に注意して、それぞれの力のつり合いの式を立てます。
  2. (3)では、物体AとCが実際に運動している状況を考えます。Aには動摩擦力が働き、AとCは同じ大きさの加速度で運動します。AとCを一つの「系」と見なして全体の運動方程式を立てるか、それぞれ個別に運動方程式を立てて連立させることで、加速度を求めます。

問(1)

思考の道筋とポイント
「Aが斜面下方にすべりだす」直前の状態を考えます。このとき、物体AとBは静止しており、力のつり合いが成り立っています。ポイントは、Aが「下方にすべりだそう」としているため、それを妨げる向き、すなわち「斜面上向き」に最大静止摩擦力が働くことです。
この設問における重要なポイント

  • 力の図示と分解: 物体Aに働く重力\(mg\)を、斜面平行成分\(mg\sin\theta\)と斜面垂直成分\(mg\cos\theta\)に分解します。
  • 摩擦力の向き: Aは下方にすべりだそうとするので、最大静止摩擦力\(F_0\)は「斜面上向き」に働きます。
  • 力のつり合い: 物体Aと物体B、それぞれについて力のつり合いの式を立てます。特にAについては、斜面平行方向と垂直方向の2方向で考えます。

具体的な解説と立式
まず、物体Aに働く斜面に垂直な方向の力のつり合いを考えます。垂直抗力を\(N\)とすると、
$$ N – mg\cos\theta = 0 \quad \cdots ① $$
よって、\(N = mg\cos\theta\)となります。

これにより、最大静止摩擦力\(F_0\)の大きさは、
$$ F_0 = \mu N = \mu mg\cos\theta $$
次に、物体Aに働く斜面に平行な方向の力のつり合いを考えます。斜面下向きを正とすると、働く力は「重力の斜面成分(下向き)」、「糸の張力\(T_1\)(上向き)」、「最大静止摩擦力\(F_0\)(上向き)」です。
$$ mg\sin\theta – T_1 – F_0 = 0 \quad \cdots ② $$
最後に、物体Bに働く力のつり合いを考えます。張力\(T_1\)と重力\(M_1g\)がつり合っています。
$$ T_1 – M_1g = 0 \quad \cdots ③ $$

使用した物理公式

  • 力のつり合い
  • 最大静止摩擦力: \(F_0 = \mu N\)
計算過程

式③より \(T_1 = M_1g\)、また \(F_0 = \mu mg\cos\theta\) なので、これらを式②に代入します。
$$
\begin{aligned}
mg\sin\theta – M_1g – \mu mg\cos\theta &= 0 \\[2.0ex]
mg\sin\theta – \mu mg\cos\theta &= M_1g
\end{aligned}
$$
両辺を\(g\)で割り、\(M_1\)について整理します。
$$
\begin{aligned}
M_1 &= m\sin\theta – \mu m\cos\theta \\[2.0ex]
M_1 &= m(\sin\theta – \mu\cos\theta)
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

Aが下に滑り落ちるのを、糸の張力と摩擦力が必死で支えているギリギリの状態を考えます。Aを下に引っ張る力は「重力の斜面成分」です。これを支える力は「糸が上に引く力(Bの重さと同じ)」と「摩擦が上に押しとどめる限界の力(最大静止摩擦力)」の合計です。「下に引っ張る力」=「上に支える力の合計」というつり合いの式を立てて、Bの質量\(M_1\)を計算します。

結論と吟味

Bの質量\(M_1\)は \(m(\sin\theta – \mu\cos\theta)\) です。問題の条件 \(\tan\theta > \mu\) は \(\sin\theta / \cos\theta > \mu\)、すなわち \(\sin\theta > \mu\cos\theta\) を意味し、\(M_1\)が正の値になることを保証しています。もしこの条件がなければ、BをつるさなくてもAは滑り落ちないことになります。

解答 (1) \(m(\sin\theta – \mu\cos\theta)\)

問(2)

思考の道筋とポイント
「Aが斜面上方にすべりだす」直前の状態を考えます。これも(1)と同様に力のつり合いの問題ですが、摩擦力の向きが逆になります。Aが「上方にすべりだそう」としているため、それを妨げる向き、すなわち「斜面下向き」に最大静止摩擦力が働きます。
この設問における重要なポイント

  • 摩擦力の向きの変化: (1)とは逆に、最大静止摩擦力\(F_0\)は「斜面下向き」に働きます。これが唯一にして最大の違いです。
  • 力のつり合い: (1)と同様に、物体AとBそれぞれについて力のつり合いの式を立てます。

具体的な解説と立式
垂直抗力\(N\)と最大静止摩擦力\(F_0\)の大きさは(1)と同じです。
$$ N = mg\cos\theta $$
$$ F_0 = \mu N = \mu mg\cos\theta $$
物体Aに働く斜面に平行な方向の力のつり合いを考えます。斜面上向きを正とすると、働く力は「糸の張力\(T_2\)(上向き)」、「重力の斜面成分(下向き)」、「最大静止摩擦力\(F_0\)(下向き)」です。
$$ T_2 – mg\sin\theta – F_0 = 0 \quad \cdots ④ $$
物体Bに働く力のつり合いを考えます。張力\(T_2\)と重力\(M_2g\)がつり合っています。
$$ T_2 – M_2g = 0 \quad \cdots ⑤ $$

使用した物理公式

  • 力のつり合い
  • 最大静止摩擦力: \(F_0 = \mu N\)
計算過程

式⑤より \(T_2 = M_2g\)、また \(F_0 = \mu mg\cos\theta\) なので、これらを式④に代入します。
$$
\begin{aligned}
M_2g – mg\sin\theta – \mu mg\cos\theta &= 0 \\[2.0ex]
M_2g &= mg\sin\theta + \mu mg\cos\theta
\end{aligned}
$$
両辺を\(g\)で割り、\(M_2\)について整理します。
$$
\begin{aligned}
M_2 &= m\sin\theta + \mu m\cos\theta \\[2.0ex]
M_2 &= m(\sin\theta + \mu\cos\theta)
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

今度は、Bが重すぎてAを上に引きずり上げようとするギリギリの状態を考えます。Aを上に引っ張る力は「糸が引く力(Bの重さと同じ)」です。これに抵抗する力は「重力の斜面成分」と「摩擦が下に引きとめる限界の力(最大静止摩擦力)」の合計です。「上に引っ張る力」=「下に抵抗する力の合計」というつり合いの式を立てて、Bの質量\(M_2\)を計算します。

結論と吟味

Bの質量\(M_2\)は \(m(\sin\theta + \mu\cos\theta)\) です。(1)の結果と比較すると、摩擦力の向きが変わった分だけ、符号がマイナスからプラスに変わっていることがわかります。物理的な状況の違いが、数式に正しく反映されています。

解答 (2) \(m(\sin\theta + \mu\cos\theta)\)

問(3)

思考の道筋とポイント
Bのかわりに質量\(M_3\)の物体Cをつるすと、Cが降下し、Aは斜面を上向きに加速します。これは運動の問題なので、運動方程式を立てます。AとCは糸で繋がれているため、加速度の大きさは等しくなります。
ここでは、AとCを一つの「系」と見なし、系全体を動かす力と、系全体の質量を使って、一気に加速度を求める方法で解説します。
この設問における重要なポイント

  • 動摩擦力: Aは実際に上向きにすべっているので、Aには「斜面下向き」に「動摩擦力」が働きます。その大きさは \(f’ = \mu’N = \mu’mg\cos\theta\) です。
  • 系として捉える: 物体AとCを一体のシステム(系)として考えます。
  • 外力と内力: 系を動かす力(外力)は「Cの重力\(M_3g\)」と「Aの重力の斜面成分\(mg\sin\theta\)」、そして「動摩擦力\(f’\)」です。糸の張力は系内部の力(内力)なので、系全体の運動を考える際には相殺され、考慮する必要がありません。
  • 運動の向き: Cが降下しAが上昇するので、この向きを運動の正の向きとします。

具体的な解説と立式
物体AとCを一つの系として考えます。系の質量は \(m+M_3\) です。
この系を動かそうとする力(運動の正の向きの力)は、Cの重力 \(M_3g\) です。
この系の運動を妨げる力(運動の負の向きの力)は、Aの重力の斜面成分 \(mg\sin\theta\) と、Aに働く動摩擦力 \(f’ = \mu’mg\cos\theta\) です。
系の加速度の大きさを \(a\) とすると、系全体の運動方程式は、
$$ (\text{全質量}) \times (\text{加速度}) = (\text{正の向きの力の合力}) – (\text{負の向きの力の合力}) $$
$$ (m+M_3)a = M_3g – (mg\sin\theta + \mu’mg\cos\theta) $$

使用した物理公式

  • 運動方程式 \(ma=F\)
  • 動摩擦力: \(f’ = \mu’N\)
計算過程

上記で立てた運動方程式を \(a\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
(m+M_3)a &= M_3g – mg(\sin\theta + \mu’\cos\theta) \\[2.0ex]
a &= \frac{M_3g – mg(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{m+M_3} \\[2.0ex]
a &= \frac{M_3 – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{m+M_3}g
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

AとCを連結した一つの機械と考えます。この機械を動かすエンジン役はCの重さ(\(M_3g\))です。一方、ブレーキ役となるのはAの重さの斜面成分と、Aに働く動摩擦力の合計です。運動の法則「(全体の重さ)×(加速度) = (エンジン力) – (ブレーキ力)」に当てはめて、全体の加速度を計算します。

結論と吟味

加速度の大きさ \(a\) は \(\displaystyle\frac{M_3 – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{m+M_3}g\) です。
分子の \(M_3 – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)\) は、(2)で求めた \(M_2 = m(\sin\theta + \mu\cos\theta)\) と比較すると、\(M_3 > M_2\) であれば(\(\mu \ge \mu’\)を考慮すると)、加速度が正になることがわかります。これは、Aを上に滑り出させる質量\(M_2\)よりも重い\(M_3\)をつるしたのだから、当然加速するという物理的状況と一致しています。

別解: 物体AとCそれぞれに運動方程式を立てる方法

思考の道筋とポイント
模範解答で示されているアプローチです。物体Aと物体Cを別々の物体として扱い、それぞれについて運動方程式を立てます。両者をつなぐ糸の張力を\(T_3\)とし、2つの式を連立させて解くことで加速度\(a\)を求めます。
具体的な解説と立式
物体AとCは、同じ大きさ\(a\)の加速度で運動します。糸の張力を\(T_3\)とします。

  • 物体Aについて: 斜面上向きを正とします。Aには、上向きに張力\(T_3\)、下向きに重力の斜面成分\(mg\sin\theta\)と動摩擦力\(f’=\mu’mg\cos\theta\)が働きます。運動方程式は、
    $$ ma = T_3 – mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta \quad \cdots ⑥ $$
  • 物体Cについて: 鉛直下向きを正とします。Cには、下向きに重力\(M_3g\)、上向きに張力\(T_3\)が働きます。運動方程式は、
    $$ M_3a = M_3g – T_3 \quad \cdots ⑦ $$

使用した物理公式

  • 運動方程式 \(ma=F\)
計算過程

式⑥と式⑦を連立して解きます。2つの式の両辺をそれぞれ足し合わせると、張力\(T_3\)を消去できます。
$$ (ma) + (M_3a) = (T_3 – mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta) + (M_3g – T_3) $$
この式を整理します。
$$
\begin{aligned}
(m+M_3)a &= M_3g – mg\sin\theta – \mu’mg\cos\theta \\[2.0ex]
(m+M_3)a &= M_3g – mg(\sin\theta + \mu’\cos\theta) \\[2.0ex]
a &= \frac{M_3g – mg(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{m+M_3} \\[2.0ex]
a &= \frac{M_3 – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{m+M_3}g
\end{aligned}
$$

結論と吟味

系全体で考えた場合と全く同じ結果が得られました。これは、系として考える方法が、個々の運動方程式を連立させて内力(張力)を消去する操作を、より概念的に行ったものと等価であることを示しています。

解答 (3) \(\displaystyle\frac{M_3 – m(\sin\theta + \mu’\cos\theta)}{m+M_3}g\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?

  • 力のつり合いと運動方程式:
    • 核心: 物体が静止しているか(つり合い)、運動しているか(加速度運動)によって、適用する法則を使い分けることが力学の基本です。(1)(2)では力のつり合い、(3)では運動方程式が主役となります。
    • 理解のポイント: 「すべりだす直前」という言葉は、「力のつり合いが成立する限界の状況」と読み替えます。この瞬間を境に、静力学の問題から動力学の問題へと移行します。
  • 摩擦力の性質(向きと大きさ):
    • 核心: 摩擦力は、物体が動こうとする向き、あるいは動いている向きを「妨げる」向きに働きます。この向きの判断が、この問題の最大の分岐点です。
    • 理解のポイント:
      • (1) Aは下にすべりだそうとする → 摩擦力は「上向き」。
      • (2) Aは上にすべりだそうとする → 摩擦力は「下向き」。
      • (3) Aは実際に上にすべっている → 摩擦力は「下向き」。

      また、(1)(2)は「すべりだす直前」なので「最大静止摩擦力 \(F_0=\mu N\)」を、(3)は「すべっている最中」なので「動摩擦力 \(f’=\mu’N\)」を使う、という種類の区別も極めて重要です。

  • 力の分解:
    • 核心: 斜面上の問題では、重力を「斜面に平行な成分」と「斜面に垂直な成分」に分解することが定石です。これにより、斜面方向の運動と、斜面に垂直方向の力のつり合いを独立して考えることができます。
    • 理解のポイント: 重力\(mg\)を、\(mg\sin\theta\)(斜面を滑り落とそうとする力)と\(mg\cos\theta\)(斜面を垂直に押す力)の2つの力に分けて考えることで、問題が格段にシンプルになります。

応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点

  • 応用できる類似問題のパターン:
    • ばね付きの物体: 糸の張力の代わりに、ばねの弾性力が加わるパターン。ばねの伸び縮みに応じて力が変化するため、つり合いの位置や振動の問題に発展します。
    • 2段の斜面: 途中で摩擦係数や傾斜角が変わる斜面の問題。運動のフェーズごとに働く力や加速度が変化するため、それぞれの区間で運動方程式を立てて接続する必要があります。
    • 水平面上に置かれた物体を斜めに引く問題: 引く力を水平成分と鉛直成分に分解して考えます。鉛直成分が垂直抗力の大きさに影響を与え、結果として摩擦力の大きさが変わる点がポイントです。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. まず「運動の向き」を予測・判断する: 物体が「下に動くか」「上に動くか」「静止したままか」を最初に考えます。この判断によって、摩擦力の向きが決まります。
    2. 力の種類を特定する: 「すべりだす直前」なら最大静止摩擦力、「運動中」なら動摩擦力、と問題文のキーワードから適切な摩擦力を選択します。
    3. 「系」で見るか「個別」で見るか: (3)のように複数の物体が連動して加速する場合、「系」として全体を見れば内力(張力)を無視して立式できるため、計算が楽になることが多いです。この視点を持っておくと、複雑な問題にも対応しやすくなります。

要注意!ありがちなミス・誤解とその対策

  • 摩擦力の向きの決定ミス:
    • 誤解: 常に重力の斜面成分と逆向きに摩擦力が働くと勘違いし、(2)や(3)で摩擦力を上向きにしてしまう。
    • 対策: 摩擦力は「運動(しようとする向き)を妨げる力」と徹底して覚えましょう。「Aを上に引っ張る力が強すぎて、上に動きそう」だから、摩擦は「下向き」に助け舟を出す、というように力の関係性をストーリーで理解すると間違いが減ります。
  • sinとcosの取り違え:
    • 誤解: 力の分解で、斜面平行成分を\(mg\cos\theta\)、垂直成分を\(mg\sin\theta\)と逆にしてしまう。
    • 対策: 角度\(\theta\)が小さい極端な場合を想像しましょう。\(\theta \to 0\)(ほぼ水平)なら、滑り落ちる力はほぼ0になるはずです。\(mg\sin\theta\)は\(\theta \to 0\)で0になるので、こちらが平行成分だと確認できます。逆に、斜面を押す力はほぼ\(mg\)になるはずで、\(mg\cos\theta\)は\(\theta \to 0\)で\(mg\)になるので、こちらが垂直成分だとわかります。
  • 静止摩擦係数と動摩擦係数の混同:
    • 誤解: (3)で運動しているにもかかわらず、静止摩擦係数\(\mu\)を使ってしまう。
    • 対策: 「静止」と「動」という言葉の意味をそのまま受け取りましょう。静止している状態(あるいはその限界)を扱うのが\(\mu\)、動いている状態を扱うのが\(\mu’\)です。問題の状況設定を正しく読み取ることが重要です。

物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意

  • この問題での有効なイメージ化と図示:
    • 力のバランスの天秤イメージ: (1)では、「下に滑る力(\(mg\sin\theta\))」と「上に支える力(\(T_1+F_0\))」が天秤でつり合っているイメージ。(2)では、「上に引く力(\(T_2\))」と「下に抵抗する力(\(mg\sin\theta+F_0\))」がつり合っているイメージを持つと、立式がしやすくなります。
    • (3)の「系」の図解: AとCを一つの破線で囲み、その「系」を動かす外力(\(M_3g\))と、妨げる外力(\(mg\sin\theta, f’\))だけを矢印で描いてみます。すると、\( (m+M_3)a = M_3g – mg\sin\theta – f’ \) という全体の運動方程式が視覚的に理解できます。
  • 図を描く際に注意すべき点:
    • 力の矢印は必ず物体から生やす: 特にAに働く力は多いので、すべてAの重心から矢印が生えているように描くと、どの物体に働く力かが明確になります。
    • 分解した力は点線で: 重力\(mg\)を実線で描いたら、分解した\(mg\sin\theta\)と\(mg\cos\theta\)は点線で描くなど、ルールを決めておくと、力の二重カウントを防げます。

なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法

  • 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
    • 選定理由: (1)と(2)で、物体が「すべりだす直前」で静止しているから。
    • 適用根拠: ニュートンの第一法則(慣性の法則)に基づき、静止または等速直線運動している物体の合力はゼロであるという原理を適用します。斜面問題では、斜面平行方向と垂直方向のそれぞれでこの式を立てます。
  • 運動方程式 (\(ma=F\)):
    • 選定理由: (3)で、物体が一定の加速度で運動しているから。
    • 適用根拠: ニュートンの第二法則に基づき、加速度運動の原因である力と、その結果である加速度の関係を記述するために適用します。
  • 最大静止摩擦力・動摩擦力の公式 (\(F_0=\mu N, f’=\mu’N\)):
    • 選定理由: 問題で問われている状況が「摩擦力が働く限界状態」または「滑り運動中」であり、その力の大きさを具体的に計算する必要があるから。
    • 適用根拠: 摩擦力の大きさが垂直抗力に比例するという、実験的に得られた法則を適用します。まず垂直方向のつり合いから\(N\)を求める必要がある点に注意が必要です。

思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー

  1. (1) 下にすべりだす限界質量\(M_1\)の計算:
    • 戦略: AとBの力のつり合いを考える。摩擦力は上向き。
    • フロー: ①Aの垂直方向のつり合いから\(N\)を計算 → ②最大静止摩擦力\(F_0=\mu N\)を計算 → ③Aの平行方向のつり合いを立式(\(mg\sin\theta – T_1 – F_0 = 0\)) → ④Bのつり合い(\(T_1=M_1g\))を③に代入 → ⑤\(M_1\)を求める。
  2. (2) 上にすべりだす限界質量\(M_2\)の計算:
    • 戦略: AとBの力のつり合いを考える。摩擦力は下向き。
    • フロー: ①(1)と同様に\(N, F_0\)を準備 → ②Aの平行方向のつり合いを立式(\(T_2 – mg\sin\theta – F_0 = 0\)) → ③Bのつり合い(\(T_2=M_2g\))を②に代入 → ④\(M_2\)を求める。
  3. (3) 加速度\(a\)の計算:
    • 戦略: AとCを一つの系とみなし、全体の運動方程式を立てる。
    • フロー: ①Aに働く動摩擦力\(f’=\mu’N\)を計算 → ②系全体を動かす力(\(M_3g\))と妨げる力(\(mg\sin\theta, f’\))を特定 → ③系全体の運動方程式 \((m+M_3)a = M_3g – (mg\sin\theta + f’)\) を立式 → ④\(a\)を求める。

計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック

  • 文字式を整理してから代入する: (1)や(2)では、\(T_1=M_1g\)や\(F_0=\mu mg\cos\theta\)をいきなり代入するのではなく、まず\(T_1 = mg\sin\theta – F_0\)のように式を整理してから代入すると、計算の見通しが良くなります。
  • 共通項でくくる: 最終的な答えは、\(m(\sin\theta – \mu\cos\theta)\)のように、共通の文字(この場合は\(m\))でくくると、式が美しくなり、物理的な意味も捉えやすくなります。計算の最終段階で、共通因数がないか確認する習慣をつけましょう。
  • 単位や次元の確認: (1)(2)で求めた\(M_1, M_2\)は、\(m\)に三角比(無次元)を掛けたものなので、質量の次元と一致しています。(3)で求めた\(a\)は、(質量)×\(g\) / (質量) なので、加速度の次元と一致しています。このようなチェックは有効です。

解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう

  • 得られた答えの物理的妥当性の検討:
    • \(M_2 > M_1\)になっているか?: 計算結果を比較すると、\(M_2 = m(\sin\theta + \mu\cos\theta)\) と \(M_1 = m(\sin\theta – \mu\cos\theta)\) であり、明らかに\(M_2 > M_1\)です。これは、上に滑らせる方が、下に滑り落ちるのを支えるよりも大きな質量が必要だという直感と一致しており、妥当です。
    • もし摩擦がなかったら(\(\mu, \mu’ \to 0\))?: \(M_1 = M_2 = m\sin\theta\) となります。これは、Aの重力の斜面成分とBの重さがつり合う状態を意味し、直感と一致します。また、(3)の加速度は \(a = \displaystyle\frac{M_3 – m\sin\theta}{m+M_3}g\) となり、これも摩擦がない場合の正しい式になっています。
  • 条件式の意味を考える:
    • \(\tan\theta > \mu\) という条件は、\(mg\sin\theta > \mu mg\cos\theta = F_0\) を意味します。これは、「Aを滑り落とそうとする力 > 最大静止摩擦力」ということなので、「何もしなければAは勝手に滑り落ちてしまう」状況設定であることを示しています。だからこそ、(1)では下に滑るのを防ぐために\(M_1\)が必要になるわけです。この条件と設問の関係性を理解すると、問題への洞察が深まります。
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91 動滑車と2物体の運動

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