「リードα 物理基礎・物理 改訂版」徹底解説!【第5章】基本例題~基本問題96

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基本例題

基本例題19 棒のつりあい

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「剛体のつりあいと力のモーメント」です。大きさを持つ物体(剛体)が静止し続けるための条件を理解し、正しく立式できるかが問われます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 剛体のつりあいの条件: 物体が静止しているとき、「並進運動しない」ための力のつりあいと、「回転運動しない」ための力のモーメントのつりあいが同時に成り立ちます。
  2. 力のつりあい: 物体にはたらく力のベクトル和がゼロになります。計算では、水平方向と鉛直方向など、直交する2方向の成分に分け、それぞれの方向で力の和がゼロになる式を立てます。
  3. 力のモーメント: ある点のまわりに物体を回転させようとする能力のことで、「力の大きさ × 腕の長さ」で計算されます。「腕の長さ」とは、回転の中心から力の作用線へ下ろした垂線の距離です。
  4. モーメントのつりあい: 任意の点のまわりで、時計回りのモーメントの和と、反時計回りのモーメントの和が等しくなります。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、問題の「棒」にはたらく全ての力(重力、張力、垂直抗力、摩擦力)をもれなく図示します。
  2. 次に、未知の力が最も多く集まる点Aを回転の中心として選び、力のモーメントのつりあいの式を立てて、糸の張力 \(T\) を求めます。
  3. 最後に、鉛直方向と水平方向の力のつりあいの式をそれぞれ立て、求めた \(T\) を代入することで、摩擦力 \(F\) と垂直抗力 \(N\) を計算します。

思考の道筋とポイント
剛体のつりあいを扱う問題では、「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」という2種類の条件式を立てることが基本です。特に、力のモーメントを考える際に、どの点を回転の中心として選ぶかが計算を簡略化する鍵となります。この問題では、未知の力である垂直抗力 \(N\) と摩擦力 \(F\) がはたらく点Aを回転中心に選ぶことで、これらの力のモーメントがゼロになり、張力 \(T\) だけを含むシンプルな式を立てることができます。
この設問における重要なポイント

  • 剛体のつりあいの条件:力の合力が0、任意の点のまわりの力のモーメントの和が0。
  • 力のモーメントの計算:モーメント = 力の大きさ × 腕の長さ。腕の長さは、回転中心から力の作用線までの垂直距離である。
  • 力の分解:斜めにはたらく力(この問題では張力 \(T\))は、水平成分と鉛直成分に分解すると、力のつりあいの式が立てやすくなる。

具体的な解説と立式
まず、棒にはたらく力をすべて図示します。

  1. おもりによる重力:大きさ \(mg\)、点Pに下向きにはたらく。
  2. 糸の張力:大きさ \(T\)、点Bに棒と30°の角をなす向きにはたらく。
  3. 壁からの垂直抗力:大きさ \(N\)、点Aに壁から棒へ向かって右向きにはたらく。
  4. 壁からの静止摩擦力:大きさ \(F\)、棒は重力で下に滑ろうとするのを妨げるため、点Aに上向きにはたらく。

次に、つりあいの式を立てるために、張力 \(T\) を水平成分と鉛直成分に分解します。

  • 水平成分(左向き):\(T \cos 30^\circ = \displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2}T\)
  • 鉛直成分(上向き):\(T \sin 30^\circ = \displaystyle\frac{1}{2}T\)

ここで、3つのつりあいの式を立てます。

1. 点Aのまわりの力のモーメントのつりあい
点Aを回転の中心に選ぶと、\(N\) と \(F\) の腕の長さが0なので、これらのモーメントは0になります。

  • 重力 \(mg\) による時計回りのモーメント:\(M_{\text{時計回り}} = mg \times d\)
  • 張力 \(T\) の鉛直成分による反時計回りのモーメント:\(M_{\text{反時計回り}} = (T \sin 30^\circ) \times l = \displaystyle\frac{1}{2}T \times l\)

(張力 \(T\) の水平成分は作用線が点Aを通るため、モーメントは0です。)

つりあいの式は \(M_{\text{時計回り}} = M_{\text{反時計回り}}\) なので、
$$ mgd = \frac{1}{2}Tl \quad \cdots ① $$
2. 鉛直方向の力のつりあい
上向きの力の和と下向きの力の和が等しいので、
$$ F + T \sin 30^\circ = mg $$
$$ F + \frac{1}{2}T = mg \quad \cdots ② $$
3. 水平方向の力のつりあい
右向きの力の和と左向きの力の和が等しいので、
$$ N = T \cos 30^\circ $$
$$ N = \frac{\sqrt{3}}{2}T \quad \cdots ③ $$

使用した物理公式

  • 力のつりあい(成分表示): 水平方向の力の和=0, 鉛直方向の力の和=0
  • 力のモーメントのつりあい: 時計回りのモーメントの和 = 反時計回りのモーメントの和
  • 力のモーメント: \(M = (\text{力の大きさ}) \times (\text{腕の長さ})\)
計算過程

まず、式①から張力 \(T\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
mgd &= \frac{1}{2}Tl \\[2.0ex]
T &= \frac{2mgd}{l}
\end{aligned}
$$
次に、この \(T\) の結果を式②に代入して、摩擦力 \(F\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
F &= mg – \frac{1}{2}T \\[2.0ex]
&= mg – \frac{1}{2} \left( \frac{2mgd}{l} \right) \\[2.0ex]
&= mg – \frac{mgd}{l} \\[2.0ex]
&= mg \left( 1 – \frac{d}{l} \right)
\end{aligned}
$$
最後に、\(T\) の結果を式③に代入して、垂直抗力 \(N\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
N &= \frac{\sqrt{3}}{2}T \\[2.0ex]
&= \frac{\sqrt{3}}{2} \left( \frac{2mgd}{l} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{\sqrt{3}mgd}{l}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

この問題は、棒が「動かない」「回らない」という2つの条件から解いていきます。
1. まず「回らない」条件を使います。棒が回転しないためには、シーソーがつりあうのと同じように、ある支点を中心にした「時計回りに回す力」と「反時計回りに回す力」が同じ大きさでなければなりません。ここでは、計算が楽になるように、壁との接点Aを支点に選びます。すると、「おもりが棒を下に回そうとする力」と「糸が棒を上に引き上げようとする力」がつりあう、という式が立てられます。この式を解くと、まず糸の張力 \(T\) の大きさがわかります。
2. 次に「動かない」条件を使います。棒が上下に動かないためには、「上向きの力の合計」と「下向きの力の合計」がつりあわなければなりません。上向きの力は壁が支える摩擦力 \(F\) と糸の力の上向き成分、下向きの力はおもりの重さ \(mg\) です。これらがつりあうという式に、先ほど求めた \(T\) をあてはめると、摩擦力 \(F\) が計算できます。
3. 同様に、棒が左右に動かないためには、「右向きの力」と「左向きの力」がつりあう必要があります。右向きの力は壁が棒を押す垂直抗力 \(N\)、左向きの力は糸の力の左向き成分です。これらがつりあうという式に \(T\) をあてはめると、垂直抗力 \(N\) が計算できます。

結論と吟味

糸の張力 \(T\) は \(\displaystyle\frac{2mgd}{l}\)、摩擦力 \(F\) は \(mg(1 – \displaystyle\frac{d}{l})\)、垂直抗力 \(N\) は \(\displaystyle\frac{\sqrt{3}mgd}{l}\) となります。
これらの結果を吟味してみましょう。例えば、おもりの位置 \(d\) が棒の長さ \(l\) と同じとき(\(d=l\))、\(F = mg(1-1) = 0\) となり、摩擦力は0になります。これは、おもりが棒の先端にある場合、糸の張力の鉛直成分がちょうど重りとつりあうため、壁との摩擦が必要なくなるという物理的な状況と一致しており、妥当な結果といえます。また、\(d\) が0に近づくと、\(T\) と \(N\) も0に近づき、\(F\) は \(mg\) に近づきます。これも、おもりが壁際にくると糸はほとんど不要になり、重さをすべて壁の摩擦力で支える状況に対応しており、理にかなっています。

解答 \(T = \displaystyle\frac{2mgd}{l}\), \(F = mg(1 – \displaystyle\frac{d}{l})\), \(N = \displaystyle\frac{\sqrt{3}mgd}{l}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 剛体のつりあいの条件:
    • 核心: この問題は、物体が静止し続けるための条件、すなわち「剛体のつりあいの条件」を適用することが全てです。この条件は、以下の2つの要素から成り立っています。
    • 理解のポイント:
      • 力のつりあい: 物体が並進運動(場所を移動する運動)を始めないための条件。物体にはたらく全ての力のベクトル和が0になります。計算上は、水平方向と鉛直方向など、互いに直交する2方向について、それぞれ力の和がゼロになる式を立てます。
      • 力のモーメントのつりあい: 物体が回転運動を始めないための条件。任意の点のまわりで、物体を時計回りに回転させようとする力のモーメントの和と、反時計回りに回転させようとする力のモーメントの和が等しくなります。
  • 力のモーメントの正しい計算:
    • 核心: 力のモーメントのつりあいの式を正しく立てるためには、モーメントの定義を正確に理解している必要があります。
    • 理解のポイント:
      • 定義: 力のモーメントは「力の大きさ × 腕の長さ」で決まります。
      • 腕の長さ: 「回転の中心(支点)から、力の作用線(力がはたらく向きを示す直線)へ下ろした垂線の長さ」です。回転中心から力の作用点までの距離ではないことに注意が必要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • はしごのつりあい: 床と壁に立てかけられたはしごの問題。床からの摩擦力(滑り出すのを防ぐ)と壁からの摩擦力(壁がなめらかでない場合)の両方を考慮する必要があります。「滑り出す直前」という条件があれば、静止摩擦力が最大摩擦力になるとして式を立てます。
    • 棒が斜めになっている問題: 棒が水平ではなく斜めになっている場合、棒の重力による力のモーメントを計算する際に、腕の長さを三角比(\(\cos\theta\) や \(\sin\theta\))を使って正しく求める必要があります。
    • 蝶番(ちょうつがい)で固定された剛体: 蝶番から受ける力は、向きが未知です。そのため、垂直抗力と摩擦力のように考えるのではなく、水平方向成分 \(R_x\) と鉛直方向成分 \(R_y\) の2つの未知数として設定するのが定石です。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 力の完全な図示: まず、剛体にはたらく力を「もれなく」図示します。重力、接触力(垂直抗力、摩擦力)、張力など、考えられる全ての力を書き出します。特に摩擦力の向きは、「もし摩擦がなければ物体はどちらに動くか」を考え、それを妨げる向きに設定します。
    2. 最適な回転中心の選択: 力のモーメントのつりあいを考える際、回転中心はどこに選んでも良いのですが、計算を最も簡単にする点を選ぶのがセオリーです。基本は「未知の力が最も多く集まっている点」を選びます。そうすることで、その点にはたらく力の腕の長さがゼロになり、モーメントの式から未知数を消去できます。この問題では点Aが最適です。
    3. 立式の戦略: ほとんどの場合、「①モーメントのつりあいの式を立てる → ②力のつりあいの式(水平・鉛直)を立てる」という順番で進めると、スムーズに解けます。モーメントの式で未知数を1つ特定し、それを力のつりあいの式に代入していく流れが効率的です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 腕の長さの誤認:
    • 誤解: 力のモーメントを計算する際、腕の長さを「回転中心から力の作用点までの距離」と勘違いしてしまう。例えば、点A周りの張力 \(T\) のモーメントを \(T \times l\) と計算してしまうミス。
    • 対策: 「腕の長さ」とは「回転中心から力の作用線に下ろした垂線の長さ」であると、定義を徹底して覚えることが重要です。自信がないときは、図に作用線と垂線を実際に描き込んで確認しましょう。または、この解説のように力を分解し、各成分のモーメントを考える方法も有効です。
  • 力の図示漏れや向きの間違い:
    • 誤解: 壁からの垂直抗力や摩擦力を書き忘れる。また、摩擦力の向きを逆に描いてしまう。
    • 対策: 物体にはたらく力は「重力」「接触している物体から受ける力」「離れた物体から受ける力(張力など)」の3種類に分類し、それぞれチェックする習慣をつけましょう。摩擦力の向きは「物体が滑ろうとするのを妨げる向き」と常に意識します。
  • 力のつりあいだけで解こうとする:
    • 誤解: 剛体の問題なのに、力のモーメントのつりあいを忘れ、力のつりあいの式(水平・鉛直)だけで解こうとして、未知数が3つ(\(T, F, N\))あるのに式が2本しかなく、手詰まりになる。
    • 対策: 「剛体」が「つりあっている」という問題設定を見たら、「力のつりあい」と「モーメントのつりあい」の2つをセットで使うことを条件反射的に思い出せるようにしましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 剛体のつりあいの条件(力のつりあいとモーメントのつりあい):
    • 選定理由: 問題文に「つりあった」と明記されているため、物体が静止状態にあることは明らかです。物体が静止し続けるためには、並進運動も回転運動もしてはなりません。この2つの運動を抑えるための物理法則が、それぞれ「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」です。
    • 適用根拠:
      • 力のつりあい(力のベクトル和が0)は、運動の法則(\(m\vec{a} = \vec{F}_{\text{合力}}\))の特別な場合に相当します。静止している、つまり加速度 \(\vec{a}\) がゼロであるためには、物体にはたらく力の合力 \(\vec{F}_{\text{合力}}\) がゼロでなければなりません。
      • 力のモーメントのつりあい(モーメントの和が0)は、回転の運動法則(\(I\alpha = M_{\text{合}}\)、\(I\)は慣性モーメント、\(\alpha\)は角加速度)の特別な場合に相当します。静止している、つまり角加速度 \(\alpha\) がゼロであるためには、物体にはたらく力のモーメントの総和 \(M_{\text{合}}\) がゼロでなければなりません。高校物理では、これを「時計回りのモーメントの和=反時計回りのモーメントの和」という形で適用します。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 力の分解のミス: 張力 \(T\) を分解する際、\(T\cos30^\circ\) と \(T\sin30^\circ\) を逆に覚えてしまうミスは頻発します。図に直角三角形を描き、角度と辺の関係(隣辺か、対辺か)を指で確認してから式を立てる癖をつけましょう。
  • モーメントの回転方向の判断ミス: 時計回りと反時計回りを混同しないように、回転中心にペン先などを当て、力がはたらいたときにどちらに回るかを実際にシミュレーションしてみると確実です。
  • 代入ミス: 複数の式を連立して解くため、代入の過程でミスが起こりがちです。式①で求めた \(T\) を式②、③に代入する際、分数の計算などを焦らず、一行ずつ丁寧に行いましょう。特に、\(\displaystyle\frac{1}{2}\) や \(\displaystyle\frac{\sqrt{3}}{2}\) といった係数の掛け算は慎重に。
  • 文字の混同: 問題に出てくる \(l\) や \(d\) などの文字を、計算途中で書き間違えたり、読み間違えたりしないよう、普段から丁寧な字で書くことを心がけましょう。

基本例題20 壁に立てかけた棒のつりあい

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「剛体のつりあいと静止摩擦力」です。壁に立てかけた棒が静止し続けるための条件を、力のつりあいと力のモーメントのつりあい、そして摩擦力の条件から解き明かしていきます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 剛体のつりあいの条件: 物体が静止しているとき、「力のつりあい(並進しない)」と「力のモーメントのつりあい(回転しない)」が同時に成り立ちます。
  2. 力のモーメント: ある点のまわりに物体を回転させる能力のことで、「力の大きさ × 腕の長さ」で計算します。腕の長さは、回転中心から力の作用線へ下ろした垂線の距離です。
  3. 重心: 「一様な棒」とある場合、その重力は棒のちょうど真ん中(重心)にはたらくと考えます。
  4. 静止摩擦力: 物体が滑り出すのを妨げる力。その大きさは、滑り出す直前の「最大摩擦力」(\(F_{\text{最大}} = \mu N\)) を超えることはできません (\(F \le \mu N\))。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、棒にはたらく全ての力(重力、垂直抗力、摩擦力)を図示します。次に、計算が最も簡単になる点(床との接点B)を回転中心として力のモーメントのつりあいの式を立て、続いて鉛直方向、水平方向の力のつりあいの式を立てて、各力を求めます。
  2. (2)では、(1)で求めた摩擦力 \(F\) が、最大摩擦力 \(\mu N_B\) を超えないという条件式 (\(F \le \mu N_B\)) を立て、これを \(\tan\theta\) について解きます。

問(1)

思考の道筋とポイント
棒にはたらく力を求めます。未知数は壁からの垂直抗力 \(N_A\)、床からの垂直抗力 \(N_B\)、摩擦力 \(F\) の3つなので、式が3本必要です。剛体のつりあいの条件である「水平方向の力のつりあい」「鉛直方向の力のつりあい」「力のモーメントのつりあい」の3つの式を立てて連立方程式を解きます。
力のモーメントを考える際、回転中心をどこに選ぶかが計算を簡略化する鍵です。この問題では、未知の力である \(N_B\) と \(F\) がはたらく床との接点Bを回転中心に選ぶと、これらの力のモーメントが0となり、\(N_A\) を直接求める式を立てることができます。
この設問における重要なポイント

  • 剛体のつりあいの3条件を正しく立式する。
  • 「一様な棒」なので、重力は長さ \(2l\) の棒の中心、つまり端から \(l\) の距離の位置にはたらく。
  • 力のモーメントを計算する際の「腕の長さ」を、三角比を用いて正確に求める。

具体的な解説と立式
まず、棒にはたらく力をすべて図示します。

  1. 重力: 大きさ \(mg\)。棒の中心(重心)に鉛直下向きにはたらく。
  2. 壁からの垂直抗力: 大きさ \(N_A\)。点Aで壁から棒に水平右向きにはたらく(壁はなめらかなので摩擦力はなし)。
  3. 床からの垂直抗力: 大きさ \(N_B\)。点Bで床から棒に鉛直上向きにはたらく。
  4. 床からの静止摩擦力: 大きさ \(F\)。棒は点Bで右に滑ろうとするため、それを妨げる左向きに、点Bにはたらく。

次に、つりあいの式を立てます。

1. 鉛直方向の力のつりあい
上向きの力と下向きの力がつりあうので、
$$ N_B – mg = 0 \quad \cdots ① $$
2. 水平方向の力のつりあい
右向きの力と左向きの力がつりあうので、
$$ N_A – F = 0 \quad \cdots ② $$
3. 点Bのまわりの力のモーメントのつりあい
点Bを回転の中心に選ぶと、\(N_B\) と \(F\) の腕の長さが0なので、これらのモーメントは0になります。

  • 重力 \(mg\) による時計回りのモーメント:
    力の作用点は棒の中心なので、点Bからの距離は \(l\)。腕の長さは、点Bから重力の作用線(鉛直線)に下ろした垂線の長さなので、\(l\cos\theta\)。
    $$ M_{\text{時計回り}} = mg \times l\cos\theta $$
  • 壁からの垂直抗力 \(N_A\) による反時計回りのモーメント:
    力の作用点は点A。腕の長さは、点Bから \(N_A\) の作用線(水平線)に下ろした垂線の長さ、つまり点Aの高さなので、\(2l\sin\theta\)。
    $$ M_{\text{反時計回り}} = N_A \times 2l\sin\theta $$

つりあいの式は \(M_{\text{時計回り}} = M_{\text{反時計回り}}\) なので、
$$ mg \times l\cos\theta = N_A \times 2l\sin\theta \quad \cdots ③ $$

使用した物理公式

  • 力のつりあい: 水平方向の力の和=0, 鉛直方向の力の和=0
  • 力のモーメントのつりあい: 時計回りのモーメントの和 = 反時計回りのモーメントの和
  • 力のモーメント: \(M = (\text{力の大きさ}) \times (\text{腕の長さ})\)
計算過程

まず、式①から床からの垂直抗力 \(N_B\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
N_B – mg &= 0 \\[2.0ex]
N_B &= mg
\end{aligned}
$$
次に、式③から壁からの垂直抗力 \(N_A\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
mg \times l\cos\theta &= N_A \times 2l\sin\theta \\[2.0ex]
mg\cos\theta &= 2N_A\sin\theta \\[2.0ex]
N_A &= \frac{mg\cos\theta}{2\sin\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{mg}{2\tan\theta}
\end{aligned}
$$
最後に、式②に \(N_A\) の結果を代入して、摩擦力 \(F\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
F &= N_A \\[2.0ex]
&= \frac{mg}{2\tan\theta}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

棒が静止しているので、「上下」「左右」「回転」の3つの動きがすべてつりあっていると考えます。
1. 「上下のつりあい」:棒にはたらく下向きの力は重さ \(mg\) だけです。これを支えているのは床からの垂直抗力 \(N_B\) なので、\(N_B\) と \(mg\) は等しくなります。
2. 「回転のつりあい」:床との接点Bを支点として考えます。重力は棒を時計回りに倒そうとし、壁が押す力 \(N_A\) はそれを反時計回りに支えようとします。この「倒そうとする力」と「支えようとする力」のモーメントが等しいという式を立てます。腕の長さを図形から正しく求めると、壁からの力 \(N_A\) が計算できます。
3. 「左右のつりあい」:棒にはたらく右向きの力は壁が押す \(N_A\) だけです。左向きの力は床の摩擦力 \(F\) だけです。この2つの力がつりあっているので、\(F\) は \(N_A\) と同じ大きさになります。

結論と吟味

壁からの垂直抗力 \(N_A = \displaystyle\frac{mg}{2\tan\theta}\)、床からの垂直抗力 \(N_B = mg\)、摩擦力 \(F = \displaystyle\frac{mg}{2\tan\theta}\) です。
床からの垂直抗力 \(N_B\) は棒の角度 \(\theta\) によらず常に棒の重さに等しい、という結果は直感的にも理解しやすいです。また、角度 \(\theta\) が90°に近づくと \(\tan\theta\) は無限大に近づくため、\(N_A\) と \(F\) は0に近づきます。これは棒がほぼ垂直に立つ状況で、壁にほとんど寄りかからず、滑る心配もない状態に対応しており、物理的に妥当です。

解答 (1) \(N_A = \displaystyle\frac{mg}{2\tan\theta}\), \(N_B = mg\), \(F = \displaystyle\frac{mg}{2\tan\theta}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
「棒が倒れない」という条件は、物理的には「棒が床で滑り出さない」という条件と同じです。物体が滑り出さないためには、はたらいている静止摩擦力 \(F\) が、その限界値である最大摩擦力 \(\mu N_B\) を超えなければよい、という不等式を立てます。
この設問における重要なポイント

  • 静止摩擦力が満たすべき条件は \(F \le F_{\text{最大}}\) である。
  • 最大摩擦力は \(F_{\text{最大}} = \mu N\) で与えられる(\(N\) は接触面の垂直抗力)。
  • (1)で求めた \(F\) と \(N_B\) を条件式に代入する。

具体的な解説と立式
棒が倒れない(滑らない)ための条件は、床からはたらく静止摩擦力 \(F\) が、最大摩擦力 \(\mu N_B\) を超えないことです。
$$ F \le \mu N_B \quad \cdots ④ $$
この不等式に、(1)で求めた \(F = \displaystyle\frac{mg}{2\tan\theta}\) と \(N_B = mg\) を代入します。
$$ \frac{mg}{2\tan\theta} \le \mu (mg) $$

使用した物理公式

  • 静止摩擦力の条件: \(F \le \mu N\)
計算過程

上記で立てた不等式を \(\tan\theta\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{mg}{2\tan\theta} &\le \mu mg
\end{aligned}
$$
両辺を \(mg\) で割ります(\(mg > 0\) なので不等号の向きは変わりません)。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2\tan\theta} &\le \mu
\end{aligned}
$$
両辺に \(2\tan\theta\) を掛けます(\(\theta\) は鋭角なので \(\tan\theta > 0\) であり、不等号の向きは変わりません)。
$$
\begin{aligned}
1 &\le 2\mu\tan\theta
\end{aligned}
$$
両辺を \(2\mu\) で割ります(\(\mu > 0\) なので不等号の向きは変わりません)。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{2\mu} &\le \tan\theta
\end{aligned}
$$
したがって、求める条件は
$$ \tan\theta \ge \frac{1}{2\mu} $$

計算方法の平易な説明

棒が滑らないためには、(1)で計算した「棒を支えている摩擦力 \(F\)」が、「床が持つ摩擦力のポテンシャルの限界(最大摩擦力)」を超えなければOKです。最大摩擦力は「摩擦係数 \(\mu\) × 床からの垂直抗力 \(N_B\)」で計算できます。
つまり、「\(F\) が \(\mu N_B\) 以下である」という条件式を立て、(1)の結果を代入します。この不等式を整理して、\(\tan\theta\) が満たすべき条件を導き出します。

結論と吟味

棒が倒れないためには、\(\tan\theta \ge \displaystyle\frac{1}{2\mu}\) である必要があります。
この結果は、静止摩擦係数 \(\mu\) が大きい(床がザラザラしている)ほど、右辺の値が小さくなることを意味します。つまり、摩擦が大きいほど、より小さな角度 \(\theta\)(より寝かせた状態)でも棒は倒れずに済む、ということになり、我々の日常的な感覚と一致する妥当な結果です。

解答 (2) \(\tan\theta \ge \displaystyle\frac{1}{2\mu}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 剛体のつりあいの条件:
    • 核心: (1)は、壁に立てかけた棒が「静止している」状態を分析するため、剛体のつりあいの2大条件、「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」を適用することが出発点です。
    • 理解のポイント:
      • 力のつりあい: 棒が上下左右に動かないための条件。鉛直方向と水平方向のそれぞれで、力の和がゼロになる式を立てます。
      • 力のモーメントのつりあい: 棒が回転しないための条件。任意の点のまわりで、時計回りのモーメントと反時計回りのモーメントがつりあう式を立てます。
  • 静止摩擦力の条件:
    • 核心: (2)の「棒が倒れないために」という条件は、「棒が床で滑り出さないために」という条件に読み替える必要があります。これを物理的に表現するのが、静止摩擦力 \(F\) がその最大値(最大摩擦力 \(\mu N\))を超えないという条件式 \(F \le \mu N\) です。
    • 理解のポイント:
      • 静止摩擦力 \(F\) は、つりあいの式から決まる「必要な摩擦力」です。
      • 最大摩擦力 \(\mu N\) は、接触面が供給できる「摩擦力の最大供給量」です。
      • 「滑らない」とは、「必要な量」が「供給可能な最大量」を上回らない、ということです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 壁にも摩擦がある問題: 壁が「なめらか」でなく「あらい」場合、壁にも摩擦力がはたらきます。棒は下に滑ろうとするので、壁の摩擦力は上向きにはたらきます。この力を追加して、力のつりあいの式を立て直す必要があります。
    • 重心が中心にない棒: 「一様でない棒」の場合、重心の位置が棒の中心からずれます。重心の位置が具体的に与えられるので、力のモーメントを計算する際の重力の腕の長さを正しく設定し直す必要があります。
    • 人がはしごを登る問題: 人がはしごを登るにつれて、人の重力によるモーメントが変化します。人がどの高さまで登ると滑り出すか、といった限界を問う問題に応用されます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 力の作用点を正確に図示: 特に重力の作用点に注意。「一様な棒」なら中心、「一様でない」なら指定された重心の位置に \(mg\) を描きます。
    2. 摩擦力の向きを判断: 「もし摩擦がなかったら、棒の下端はどちらに動くか?」を考えます。この問題では右に滑るので、摩擦力はそれを妨げる左向きです。
    3. 「滑る」「倒れる」「傾く」の物理的翻訳: 問題文の日常的な表現を、物理の条件式に変換する能力が重要です。「滑り出す直前」「倒れない限界」 \(\rightarrow\) \(F = \mu N\)。「倒れないためには」 \(\rightarrow\) \(F \le \mu N\)。
    4. モーメントの回転中心の選択: この問題では床との接点Bが最適解でしたが、壁との接点Aを回転中心に選んでも解くことはできます。ただし、未知数 \(N_A\) のモーメントが消える代わりに、\(N_B\) と \(F\) のモーメントを計算する必要があり、少し手間が増えます。計算が最も楽になる点を選ぶのがセオリーです。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 腕の長さの計算ミス:
    • 誤解: 点B周りのモーメントを計算する際、重力の腕の長さを棒の半分の長さ \(l\) そのものと勘違いする。また、\(N_A\) の腕の長さを棒の長さ \(2l\) と勘違いする。
    • 対策: 腕の長さは「回転中心から力の作用線への垂線の距離」と常に定義に戻ること。図に直角三角形を描き、角度 \(\theta\) を使って \(l\cos\theta\) や \(2l\sin\theta\) と正しく辺の長さを求める練習をしましょう。
  • 静止摩擦力と最大摩擦力の混同:
    • 誤解: (1)の静止している状態を考える段階で、いきなり \(F = \mu N_B\) の式を使ってしまう。
    • 対策: \(F = \mu N\) は、あくまで「滑り出す直前」という特別な瞬間にのみ成り立つ等式です。単に「静止している」だけの場合は、摩擦力 \(F\) は力のつりあいから決まる未知数として扱わなければなりません。\(F \le \mu N\) という関係を常に意識し、等号が成立するのは限界の時だけ、と区別しましょう。
  • 力の図示漏れ:
    • 誤解: 棒の重力 \(mg\) を描き忘れる。
    • 対策: 質量がある物体には必ず重力がはたらくことを忘れないこと。力を図示する際は「重力」「接触力(垂直抗力・摩擦力)」「遠隔力(張力など)」のリストでチェックする癖をつけると防げます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 剛体のつりあい条件(力のつりあいとモーメントのつりあい):
    • 選定理由: (1)で棒が「静止している」と明記されているため、この法則の適用が必須となります。静止とは、並進運動の加速度も回転運動の角加速度もゼロの状態であり、それを保証するのがこの2つのつりあい条件です。
    • 適用根拠: 未知数が \(N_A, N_B, F\) の3つであるのに対し、力のつりあいだけでは水平・鉛直の2式しか立てられず、式が足りません。剛体の回転の自由度を束縛する「力のモーメントのつりあい」の式を追加することで、未知数と方程式の数が一致し、問題を解くことができます。
  • 静止摩擦力の条件 (\(F \le \mu N\)):
    • 選定理由: (2)で「棒が倒れないために」という、状態が維持されるための「条件」が問われています。これは、静止摩擦力がその限界を超えない、という条件に他なりません。
    • 適用根拠: (1)で求めた摩擦力 \(F\) は、角度 \(\theta\) に依存する変数です。この \(F\) が、床と棒の間で決まる摩擦力のポテンシャルの上限値 \(\mu N_B\) を下回っていれば、棒は滑らずに静止し続けられます。この物理的な制約を数式で表現したものが \(F \le \mu N_B\) となります。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 三角関数の変形: \(N_A\) を求める過程で \(\displaystyle\frac{\cos\theta}{\sin\theta} = \displaystyle\frac{1}{\tan\theta}\) という変形を使います。この関係をスムーズに使えるようにしておくと、計算が速く、かつシンプルになります。
  • 不等式の処理: (2)で不等式を解く際、両辺に \(\tan\theta\) を掛けたり、\(\mu\) で割ったりします。これらの量が正であることを確認し、不等号の向きが変わらないことを意識しながら変形を進めることが重要です。
  • 文字の整理: この問題では棒の長さ \(2l\) の \(l\) が、モーメントのつりあいの式を立てた後、両辺で約分されて消えます。計算の早い段階で不要な文字を消去していくと、式が見やすくなり、ミスが減ります。
  • 分数の扱い: \(N_A\) や \(F\) が分数の形で出てきます。不等式に代入する際など、分数の扱いに慣れておきましょう。特に、分母に未知数 (\(\tan\theta\)) がある場合の不等式の変形は慎重に行いましょう。

基本例題21 重心

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「重心の計算」、特に物体の一部を切り取った後の重心を求める問題です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 重心の公式: 複数の質点からなる系の重心は、各質点の質量と位置座標から公式を用いて計算できます。
  2. 質量と面積の関係: 厚さが一様な板の場合、その質量は面積に比例します。この関係を使って、各部分の質量比を求めます。
  3. 合成の考え方: 「切り取った部分」と「残りの部分」を合わせると「もとの全体」に戻る、という考え方を利用して、未知の重心位置を逆算します。
  4. 力のモーメントのつりあい: (別解で用いる考え方)重心は、物体にはたらく重力の作用点とみなせます。この性質を利用して、力のモーメントのつりあいから重心位置を求めることもできます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. まず、切り取る前の円板と、切り取った円板の面積を計算し、その比から質量比を求めます。
  2. 「切り取った部分」と「残りの部分」を合成すると「もとの円板」になる、という関係を重心の公式に当てはめて方程式を立てます。
  3. 立てた方程式を解くことで、残りの部分の重心の位置を求めます。

思考の道筋とポイント
穴の開いた物体の重心を直接計算するのは困難です。そこで、「切り取る前の完全な物体」と「切り取った部分」の関係から、「残った部分」の重心を間接的に求める、という逆転の発想が重要になります。
この問題では、「残りの部分(求めたい物)」と「切り取った部分(情報が既知の物)」を合成すると、「もとの円板(情報が既知の物)」に戻る、という関係を利用します。この関係を重心の公式に適用することで、未知数である「残りの部分」の重心位置を特定します。
この設問における重要なポイント

  • 一様な板では、質量は面積に比例する。円の面積は \(\pi \times (\text{半径})^2\) で計算する。
  • 重心の公式: \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) を正しく使う。
  • 座標軸を適切に設定し、各部分の重心の座標と質量を整理する。

具体的な解説と立式
まず、座標軸を設定します。もとの円板の中心Oを原点(\(x=0\))とし、中心OとPを通る直線をx軸とします。

次に、各部分の質量を面積比から求めます。板は一様なので、質量は面積に比例します。

  • 切り取った円板(半径 \(\displaystyle\frac{r}{2}\))の面積 \(S_1\) は、\(S_1 = \pi (\displaystyle\frac{r}{2})^2 = \displaystyle\frac{1}{4}\pi r^2\)。
  • もとの円板(半径 \(r\))の面積 \(S_{\text{全体}}\) は、\(S_{\text{全体}} = \pi r^2\)。

面積比は \(S_1 : S_{\text{全体}} = \displaystyle\frac{1}{4}\pi r^2 : \pi r^2 = 1 : 4\) となります。
したがって、切り取った円板の質量を \(m\) とすると、もとの円板の質量は \(4m\) と表せます。
よって、残りの部分の質量は、\(4m – m = 3m\) となります。

ここで、各部分の重心の位置と質量を整理します。

  • 部分1(切り取った円板): 質量 \(m_1 = m\)、重心は中心Pなので、座標 \(x_1 = \displaystyle\frac{r}{2}\)。
  • 部分2(残りの板): 質量 \(m_2 = 3m\)、重心Gの座標を \(x_G\) とする(これが求める値)。
  • 全体(もとの円板): 質量 \(m_{\text{全体}} = 4m\)、重心は中心Oなので、座標 \(x_{\text{全体}} = 0\)。

「部分1」と「部分2」を合成すると「全体」になるので、重心の公式を適用します。
$$ x_{\text{全体}} = \frac{m_1 x_1 + m_2 x_2}{m_1 + m_2} $$
これに上記の値を代入すると、
$$ 0 = \frac{m \cdot \frac{r}{2} + 3m \cdot x_G}{m + 3m} \quad \cdots ① $$

使用した物理公式

  • 重心の座標の公式: \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\)
  • 円の面積: \(S = \pi r^2\)
計算過程

式①を \(x_G\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
0 &= \frac{m \cdot \frac{r}{2} + 3m \cdot x_G}{4m}
\end{aligned}
$$
分母の \(4m\) を両辺に掛けて消去します。
$$
\begin{aligned}
0 &= m \frac{r}{2} + 3m x_G
\end{aligned}
$$
両辺を \(m\) で割ります。
$$
\begin{aligned}
0 &= \frac{r}{2} + 3x_G \\[2.0ex]
-3x_G &= \frac{r}{2} \\[2.0ex]
x_G &= -\frac{r}{6}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

この問題は、パズルのように考えると分かりやすいです。「三日月形の板(残りの部分)」と「小さい円形の板(切り取った部分)」を合体させると、「大きい円形の板(もとの全体)」に戻ります。このとき、それぞれの部品の「重心」も合わさって、全体の重心になります。
1. まず、部品の重さを比べます。板の重さは面積に比例します。小さい円の面積は、大きい円の面積の4分の1です。なので、小さい円の重さを1とすると、大きい円の重さは4、三日月形の板の重さは3になります。
2. 次に、シーソーのつりあいをイメージします。三日月形(重さ3)の重心Gと、小さい円(重さ1)の重心Pに、それぞれおもりを置いたシーソーを考えます。このシーソーがぴったりつりあう支点が、合体後の大きい円の重心Oになるはずです。
3. このつりあいの関係を「重心の公式」という計算ルールに当てはめると、三日月形の重心Gが、中心Oからどれだけ離れているかが計算できます。

結論と吟味

求める重心Gの位置は \(x_G = -\displaystyle\frac{r}{6}\) となります。
これは、もとの円板の中心Oから、切り取った円Pとは反対側(左側)に \(\displaystyle\frac{r}{6}\) の距離だけずれた位置にあることを意味します。穴が開いていない、より質量の大きい側に重心が移動するのは物理的に自然であり、妥当な結果です。

解答 点Oより左に \(\displaystyle\frac{r}{6}\) の位置

 

別解: 負の質量(マイナス法)による解法

思考の道筋とポイント
「残りの部分」を、「もとの全体(正の質量)」と「切り取った部分(負の質量)」の合成と考える方法です。計算がより直接的になる利点があります。
具体的な解説と立式
「残りの部分」の重心 \(x_G\) は、「もとの円板」と「質量がマイナスの、切り取った円板」を合成した系の重心と考えることができます。

  • 部分1(もとの円板): 質量 \(m_1 = 4m\)、重心は中心Oなので、座標 \(x_1 = 0\)。
  • 部分2(負の質量の円板): 質量 \(m_2 = -m\)、重心は中心Pなので、座標 \(x_2 = \displaystyle\frac{r}{2}\)。

この2つの部分を合成した重心が \(x_G\) となるので、重心の公式に代入します。
$$ x_G = \frac{m_1 x_1 + m_2 x_2}{m_1 + m_2} $$
$$ x_G = \frac{(4m) \cdot 0 + (-m) \cdot \frac{r}{2}}{4m + (-m)} \quad \cdots ② $$

計算過程

式②を計算します。
$$
\begin{aligned}
x_G &= \frac{0 – \frac{mr}{2}}{3m} \\[2.0ex]
&= \frac{-\frac{mr}{2}}{3m} \\[2.0ex]
&= -\frac{r}{6}
\end{aligned}
$$
結論と吟味
メインの解法と全く同じ結果が得られました。この方法は、くり抜き問題において非常に強力で簡潔な計算方法です。

解答 点Oより左に \(\displaystyle\frac{r}{6}\) の位置

 

別解: 力のモーメントのつりあいによる解法

思考の道筋とポイント
重心は「その物体にはたらく重力の作用点」と考えることができます。「残りの部分」にはたらく重力と、「切り取った部分」にはたらく重力の合力の作用点が、「もとの全体」にはたらく重力の作用点(重心O)と一致する、という考え方です。点Oを支点とした力のモーメントのつりあいを利用します。
具体的な解説と立式

  • 残りの部分(質量\(3m\))には、その重心Gに重力 \(3mg\) が鉛直下向きにはたらきます。
  • 切り取った部分(質量\(m\))には、その重心Pに重力 \(mg\) が鉛直下向きにはたらきます。

この2つの平行な力の合力の作用点が、もとの円板の重心Oになります。したがって、点Oを回転の中心(支点)とすると、この2つの重力がつくる力のモーメントはつりあいます。
求める重心Gの、中心Oからの距離を \(d\) (\(d>0\)) とします。

  • 残りの部分の重力による、点Oのまわりのモーメント(反時計回りを正とする):
    \(M_G = (3mg) \times d\)
  • 切り取った部分の重力による、点Oのまわりのモーメント(時計回りを負とする):
    \(M_P = -(mg) \times (\text{OP間の距離}) = -mg \times \displaystyle\frac{r}{2}\)

モーメントのつりあいの式は、モーメントの和が0となることなので、
$$ M_G + M_P = 0 $$
$$ 3mg \cdot d – mg \cdot \frac{r}{2} = 0 \quad \cdots ③ $$

計算過程

式③を \(d\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
3mg \cdot d &= mg \cdot \frac{r}{2} \\[2.0ex]
3d &= \frac{r}{2} \\[2.0ex]
d &= \frac{r}{6}
\end{aligned}
$$
これはOからの距離なので、座標で表すと \(x_G = -\displaystyle\frac{r}{6}\) となります。
結論と吟味
ここでも同じ結果が得られました。重心を「重力の作用点」と物理的に捉えることで、モーメントのつりあいという馴染み深い法則から解くことができる、非常に直感的な解法です。

解答 点Oより左に \(\displaystyle\frac{r}{6}\) の位置

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 重心の公式と合成・分解の考え方:
    • 核心: この問題の根幹は、直接計算が難しい「穴の開いた物体」の重心を、既知の物体の組み合わせで考える「合成・分解」の発想にあります。特に、「残りの部分」と「切り取った部分」を合わせると「もとの全体」に戻るという関係を、重心の公式に適用することが核心です。
    • 理解のポイント:
      • 重心の公式: 複数の質点(または物体)からなる系の重心位置 \(x_G\) は、各部分の質量 \(m_i\) と重心位置 \(x_i\) を用いた加重平均 \(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\) で与えられます。
      • 逆算の思考: 「もとの全体の重心(既知)」= 「残りの部分の重心(未知)」と「切り取った部分の重心(既知)」の合成、という関係式を立て、未知数を逆算します。
  • 質量と面積(または体積)の比例関係:
    • 核心: 「一様な板」という条件から、質量が面積に比例すると判断し、具体的な質量を計算せずとも「質量比」だけで問題を解けることが重要です。
    • 理解のポイント:
      • 質量 \(m\) = 密度 \(\rho\) × 厚さ \(t\) × 面積 \(S\)。\(\rho\) と \(t\) が一定なので、\(m\) は \(S\) に比例します。
      • これにより、円の面積公式 \(S=\pi r^2\) を使って、各部分の質量比を簡単に求めることができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • L字型・T字型の板の重心: 物体を複数の長方形に分割し、それぞれの重心(対角線の交点)と質量(面積)を求めてから、重心の公式で合成します。
    • 複数の穴が開いた板: 「負の質量」の考え方(マイナス法)が非常に有効です。「もとの全体」に、穴の数だけ「負の質量の物体」を合成すると考えれば、複雑な形状でも機械的に計算できます。
    • 円錐から小さい円錐をくり抜いた立体: 3次元になっても考え方は同じです。質量が体積に比例すること(体積公式 \(V = \displaystyle\frac{1}{3}\pi r^2 h\) など)を使い、各部分の重心(円錐なら頂点から底面までの高さの \(\displaystyle\frac{3}{4}\) の点)と質量(体積)から全体の重心を求めます。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 対称性の確認: まず、物体に対称性がないか探します。対称軸が存在すれば、重心はその軸上にあります。これにより、計算する座標成分を減らすことができます(この問題ではy座標の計算が不要)。
    2. 分割・分解の方針決定: 物体を、重心位置が分かっている単純な図形(長方形、円、三角形など)の組み合わせにどう分割、あるいは分解できるかを考えます。
    3. 座標系の設定: 計算が最も楽になるように原点と座標軸を設定します。通常、もとの物体の重心や、図形の頂点・中心などを原点に取ると計算が簡潔になります。
    4. 解法の選択: 「合成法(足し算)」「マイナス法(引き算)」「モーメントのつりあい法」など、複数のアプローチが考えられます。くり抜き問題では、計算が直接的で間違いにくい「マイナス法」が特におすすめです。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 質量比の計算ミス:
    • 誤解: 面積比を半径比と勘違いし、\(r : \displaystyle\frac{r}{2} = 2:1\) から質量比を \(2:1\) と設定してしまう。
    • 対策: 面積は半径の「2乗」に比例する(\(S=\pi r^2\))ことを徹底する。面積比は \(r^2 : (\displaystyle\frac{r}{2})^2 = r^2 : \displaystyle\frac{r^2}{4} = 4:1\) と正しく計算する。
  • 重心の公式の分母・分子の混同:
    • 誤解: 分子を質量の重み付けをせずに \(x_1+x_2\) としたり、分母を質量の総和ではなく物体の個数で割ったりする。
    • 対策: 重心の公式は「(質量×位置)の和」を「質量の総和」で割る「加重平均」である、と意味を理解して覚える。シーソーのつりあいをイメージすると間違いにくいです。
  • 座標の符号ミス:
    • 誤解: 原点を設定したにもかかわらず、切り取った部分の重心Pの座標を \(-\displaystyle\frac{r}{2}\) としたり、最終的な答えの符号を逆にしたりする。
    • 対策: 最初に座標軸を図に描き込み、各点の位置が原点に対して正の方向か負の方向かを必ず確認してから式に代入する。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 重心の公式 (\(x_G = \displaystyle\frac{m_1x_1 + m_2x_2 + \dots}{m_1+m_2+\dots}\)):
    • 選定理由: これは「重心」という物理量を計算するための定義式そのものです。複数の部分から構成される物体の「バランス点」を求めるための、最も基本的かつ直接的な公式です。
    • 適用根拠: この公式は、物理的には「力のモーメントのつりあい」から導かれます。原点のまわりの力のモーメントを考えると、系全体の重力 \( (m_1+m_2+\dots)g \) が重心 \(x_G\) にはたらくときのモーメントは、各部分の重力 \(m_1g, m_2g, \dots\) がそれぞれの重心 \(x_1, x_2, \dots\) にはたらくときのモーメントの和に等しい、という関係式 \( (m_1+m_2+\dots)g \cdot x_G = (m_1g \cdot x_1 + m_2g \cdot x_2 + \dots) \) が成り立ちます。この式の両辺から \(g\) を消去すると、重心の公式が得られます。この背景を理解していると、別解で示した「モーメント法」が自然な発想として出てきます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 質量の簡単な設定: 面積比が \(1:4\) と分かったら、切り取った部分の質量を \(m\)、もとの全体の質量を \(4m\) と置くことで、\(\pi\) や \(r^2\) などの余計な文字を計算に持ち込まずに済み、式が非常にシンプルになります。
  • 方程式の単純化: メインの解法のように \(0 = \displaystyle\frac{A+B}{C}\) という形の方程式を立てた場合、まず分母を払って \(0 = A+B\) という形に直してから移項などの操作をすると、計算ミスが減ります。
  • 共通因子の消去: 計算の早い段階で共通の因子(この問題では質量 \(m\))を両辺から約分して消去すると、式がすっきりして見通しが良くなります。
  • 物理的な妥当性の確認: 計算結果が出たら、それが物理的に妥当か考えましょう。この問題では、円板の右側をくり抜いたので、重心は左側にずれるはずです。したがって、答えの座標が負(\(-\displaystyle\frac{r}{6}\))になることは理にかなっています。もし正の値が出た場合は、計算のどこかで符号ミスをした可能性が高いと自己チェックできます。

基本例題22 物体が傾く条件

【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド

この問題のテーマは「剛体のつりあいと、すべる条件・傾く条件の比較」です。物体を引く力を大きくしていくと、「すべる」のと「傾く」のどちらが先に起こるかを、力のつりあいと力のモーメントのつりあいから分析します。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。

  1. 剛体のつりあいの条件: 物体が静止している間は、「力のつりあい」と「力のモーメントのつりあい」が常に成り立っています。
  2. 垂直抗力の作用点の移動: 物体に転倒させるような力がはたらくと、それを支えるために床からの垂直抗力の作用点が移動します。
  3. 傾く条件(転倒の条件): 垂直抗力の作用点が、物体の底面の端まで移動したとき、物体は傾き始めます。この瞬間が、物体が倒れずに静止できる限界です。
  4. すべる条件: 床からの静止摩擦力が、その限界値である最大摩擦力 (\(F_{\text{最大}} = \mu N\)) に達したとき、物体はすべり始めます。

基本的なアプローチは以下の通りです。

  1. (1)では、物体が静止している状態での力のつりあいと力のモーメントのつりあいの式を立て、垂直抗力の作用点の位置 \(x\) を求めます。
  2. (2)では、「傾き始める」という条件を「垂直抗力の作用点が物体の端点Pに達する(\(x=0\))」と解釈し、(1)の結果からそのときの張力 \(T_0\) を求めます。
  3. (3)では、「すべるより先に傾く」という条件を、「傾き始めるのに必要な力 \(T_0\)\)」が「すべり始めるのに必要な力(最大摩擦力)」よりも小さい、という不等式で表し、\(\mu\) の条件を導きます。

問(1)

思考の道筋とポイント
物体が静止している状態なので、力のつりあいと力のモーメントのつりあいが成立します。引く力 \(T\) によって物体には時計回りのモーメントがはたらくため、これを支えるために垂直抗力の作用点は、\(T=0\) のときの重心の真下から右側へ移動します。この作用点の位置 \(x\) を、モーメントのつりあいの式を立てて求めます。
この設問における重要なポイント

  • 剛体のつりあいの3条件(水平・鉛直・モーメント)を正しく立式する。
  • 垂直抗力 \(N\) は、床と物体の接触面上の1点にはたらく力としてモデル化し、その作用点の位置を未知数とする。
  • モーメントの回転中心は、計算が簡単になるように選ぶ。ここでは、垂直抗力の作用点そのものを中心に選ぶと計算が簡潔になる。

具体的な解説と立式
物体にはたらく力は、重力 \(mg\)、張力 \(T\)、床からの垂直抗力 \(N\)、床からの静止摩擦力 \(F\) の4つです。

  • 重力 \(mg\) は、一様な物体なので中心(点Pから左に \(\displaystyle\frac{l}{2}\) の位置)に鉛直下向きにはたらく。
  • 垂直抗力 \(N\) は、点Pから左に \(x\) の位置に鉛直上向きにはたらく。
  • 静止摩擦力 \(F\) は、物体が右に動こうとするのを妨げるため、左向きにはたらく。

まず、力のつりあいの式を立てます。

  • 水平方向: \(T – F = 0 \quad \cdots ①\)
  • 鉛直方向: \(N – mg = 0 \quad \cdots ②\)

次に、力のモーメントのつりあいの式を立てます。回転中心を垂直抗力の作用点に選ぶと、\(N\) と \(F\) のモーメントが0になり、計算が簡単です。

  • 重力 \(mg\) による反時計回りのモーメント: \(mg \times (\displaystyle\frac{l}{2} – x)\)
  • 張力 \(T\) による時計回りのモーメント: \(T \times h\)

モーメントのつりあいの式は、
$$ mg \left(\frac{l}{2} – x\right) – T h = 0 \quad \cdots ③ $$

使用した物理公式

  • 力のつりあい: 水平方向の力の和=0, 鉛直方向の力の和=0
  • 力のモーメントのつりあい: 時計回りのモーメントの和 = 反時計回りのモーメントの和
計算過程

式③を \(x\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
mg \left(\frac{l}{2} – x\right) &= Th \\[2.0ex]
\frac{l}{2} – x &= \frac{Th}{mg} \\[2.0ex]
x &= \frac{l}{2} – \frac{Th}{mg}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

物体が静止しているとき、シーソーのように力のモーメントがつりあっています。どこを支点に考えても良いのですが、床が物体を支えている点(垂直抗力の作用点)を支点と考えると分かりやすいです。この支点を中心に、「重力が物体を左に回そうとする力」と「糸で引く力が物体を右に回そうとする力」がちょうどつりあっている、という式を立てます。この式を解くことで、支点の位置(点Pからの距離 \(x\))が計算できます。

結論と吟味

垂直抗力の作用点と点Pとの距離は \(x = \displaystyle\frac{l}{2} – \frac{Th}{mg}\) となります。この式は、引く力 \(T\) が大きくなるほど \(x\) が小さくなる(作用点が右に移動する)ことを示しており、物理的に妥当です。\(T=0\) のときは \(x = l/2\) となり、作用点が重心の真下に来ることも確認できます。

解答 (1) \(\displaystyle\frac{l}{2} – \frac{Th}{mg}\)

問(2)

思考の道筋とポイント
「物体がすべることなく傾き始めた」という状況を考えます。「傾き始める」とは、物体が右下の角Pを支点として回転を始める瞬間です。このとき、床が物体を支える点(垂直抗力の作用点)は、支えきれる限界である角Pまで移動しています。したがって、(1)で求めた作用点の位置 \(x\) が0になる、という条件を使って、そのときの張力 \(T_0\) を求めます。
この設問における重要なポイント

  • 物体が傾き始めるときの条件は、垂直抗力の作用点が物体の底面の端点に達すること。
  • この問題では、作用点が点Pに一致するので、\(x=0\) となる。

具体的な解説と立式
物体が傾き始める直前、垂直抗力の作用点は点Pに一致します。これは、(1)で求めた \(x\) が0になる状態です。このときの張力を \(T_0\) とすると、(1)の結論の式は次のようになります。
$$ 0 = \frac{l}{2} – \frac{T_0 h}{mg} \quad \cdots ④ $$

使用した物理公式

  • (1)で導出した関係式
計算過程

式④を \(T_0\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{T_0 h}{mg} &= \frac{l}{2} \\[2.0ex]
T_0 &= \frac{mgl}{2h}
\end{aligned}
$$

計算方法の平易な説明

(1)で、引く力 \(T\) が強くなるほど、床が支えるポイントが右にずれていくことが分かりました。「傾き始める」とは、この支えるポイントが、これ以上は無理という物体の右端Pまで到達してしまった瞬間です。このときの力の大きさを求めるには、(1)で求めた式に「支えるポイントの位置 \(x\) が0になった」という条件を代入すれば計算できます。

結論と吟味

傾き始めるときの張力の大きさは \(T_0 = \displaystyle\frac{mgl}{2h}\) です。この結果から、物体が背の高い(\(h\) が大きい)ほど小さな力で傾き、幅が広い(\(l\) が大きい)ほど傾きにくいことがわかります。これは私たちの日常経験と一致しており、物理的に妥当な結果です。

解答 (2) \(\displaystyle\frac{mgl}{2h}\)

問(3)

思考の道筋とポイント
物体が動き出すきっかけには「傾く」と「すべる」の2通りがあります。問題の条件である「すべることなく傾き始める」が成立するためには、「傾き始めるのに必要な力 \(T_0\)\)」が、「すべり始めるのに必要な力 \(T_{\text{すべる}}\)\)」よりも小さくなければなりません。この大小関係を不等式で立て、静止摩擦係数 \(\mu\) が満たすべき条件を導きます。
この設問における重要なポイント

  • すべり出す条件は、静止摩擦力 \(F\) が最大摩擦力 \(\mu N\) に達したとき。
  • 力のつりあいから \(F=T\), \(N=mg\) なので、すべり出すときの張力は \(T_{\text{すべる}} = \mu mg\)。
  • 「すべるより先に傾く」という条件を、\(T_0 < T_{\text{すべる}}\) という不等式で表現する。

具体的な解説と立式
物体がすべり出すのは、静止摩擦力 \(F\) が最大摩擦力 \(\mu N\) に達したときです。
力のつりあいの式① (\(T=F\)) と② (\(N=mg\)) から、すべり出す瞬間の張力 \(T_{\text{すべる}}\) は、
$$ T_{\text{すべる}} = F_{\text{最大}} = \mu N = \mu mg $$
一方、(2)で求めた傾き始めるときの張力は \(T_0 = \displaystyle\frac{mgl}{2h}\) です。

「すべることなく傾き始める」ためには、\(T_0\) が \(T_{\text{すべる}}\) よりも小さい必要があるので、
$$ T_0 < T_{\text{すべる}} $$
$$ \frac{mgl}{2h} < \mu mg \quad \cdots ⑤ $$

使用した物理公式

  • 静止摩擦力の条件: \(F \le \mu N\)
計算過程

不等式⑤を \(\mu\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{mgl}{2h} &< \mu mg
\end{aligned}
$$
両辺を正の値である \(mg\) で割ると、不等号の向きは変わりません。
$$
\begin{aligned}
\frac{l}{2h} &< \mu \end{aligned} $$ したがって、求める条件は、 $$ \mu > \frac{l}{2h} $$

計算方法の平易な説明

物体を引っ張ったとき、動き方には「すべる」か「傾く」かの2択があります。今回は「傾く」が先に起こりました。これは、「傾かせるのに必要な力」が「すべらせるのに必要な力」よりも小さかったことを意味します。
「すべらせるのに必要な力」は、床のザラザラ具合(摩擦係数 \(\mu\))が大きいほど大きくなります。
したがって、「傾く力 < すべる力」という不等式を立て、(2)で求めた「傾く力」などを代入することで、摩擦係数 \(\mu\) がどれだけ大きければこの条件を満たすのかを計算できます。

結論と吟味

条件は \(\mu > \displaystyle\frac{l}{2h}\) となります。この式の右辺 \(\displaystyle\frac{l}{2h}\) は、物体の形状(幅と高さの比)だけで決まる値です。摩擦係数 \(\mu\) がこの値より大きい(床が十分にザラザラしている)場合に、物体はすべるより先に傾くことがわかります。逆に、背が低く幅が広い物体(\(l/h\) が大きい)ほど、傾くより先にすべりやすいということも示唆しており、物理的に妥当です。

解答 (3) \(\mu > \displaystyle\frac{l}{2h}\)

【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座

最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
  • 剛体のつりあいと垂直抗力の作用点移動:
    • 核心: 物体が静止している間は、力のつりあいと力のモーメントのつりあいが成立しています。特にこの問題では、物体を転倒させようとする力(張力 \(T\))がはたらくことで、床からの垂直抗力の作用点が移動するという現象を理解することが核心です。
    • 理解のポイント:
      • 物体を引く力 \(T\) が大きくなるほど、物体を時計回りに回転させようとするモーメントが強くなります。
      • これに対抗するため、垂直抗力 \(N\) は、反時計回りのモーメントを生み出すように、作用点を重心の真下から右側(張力側に)へ移動させてバランスを取ります。
  • 「傾く条件」と「すべる条件」の物理的解釈:
    • 核心: 物体が動き出すきっかけは一つではありません。この問題では「傾く」と「すべる」という2つの可能性があり、それぞれの限界条件を正しく数式で表現できるかが問われます。
    • 理解のポイント:
      • 傾く限界: 垂直抗力の作用点が、これ以上移動できない物体の端(この問題では点P)に達した瞬間です。
      • すべる限界: 物体を動かそうとする力に対抗している静止摩擦力が、その最大値(最大摩擦力 \(\mu N\))に達した瞬間です。
      • どちらが先に起こるかは、それぞれの限界に達するときの力の大きさを比較することで決まります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
  • 応用できる類似問題のパターン:
    • 斜面に置かれた物体の転倒・滑落: 斜面に置かれた物体には、重力の斜面方向成分が滑らせる力、斜面に垂直な成分が転倒させるモーメントとして働きます。角度を大きくしていくと、すべるのが先か、倒れるのが先か、という同様の比較問題に応用されます。
    • 引く高さを変える問題: この問題では引く高さは \(h\) で固定でしたが、「どの高さで引くと、すべることなく最も傾けやすいか」などを問う問題もあります。引く高さが変わると、張力によるモーメントが変化するため、傾く条件が変わってきます。
    • 引く力の向きを変える問題: 水平ではなく、斜め上向きに引く場合。張力を水平・鉛直成分に分解する必要があります。鉛直成分は垂直抗力を減らす効果があるため、すべり出す条件(最大摩擦力)も変化します。
  • 初見の問題での着眼点:
    1. 2つの限界を独立して考える: まず、「もし物体が絶対にすべらないとしたら、いくらの力で傾くか?」を計算します。次に、「もし物体が絶対に傾かないとしたら、いくらの力ですべるか?」を計算します。
    2. 限界となる力を比較する: 上記で計算した2つの力の大きさを比べます。小さい方の力に達したときに、対応する現象(傾く or すべる)が先に起こると判断します。
    3. 垂直抗力の作用点を未知数 \(x\) と置く: 剛体のつりあいを考える際、垂直抗力の作用点がどこにあるかわからない場合は、まず基準点からの距離 \(x\) という未知数として設定し、モーメントのつりあいの式に組み込むのが定石です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
  • 垂直抗力の作用点を固定してしまう:
    • 誤解: 垂直抗力は常に物体の中心(重心の真下)にはたらくと考えてしまい、モーメントのつりあいの式を間違える。
    • 対策: 物体を倒そうとする力がかかっている場合、垂直抗力の作用点は必ず移動すると意識すること。「作用点の位置も未知数の一つ」と捉えることが重要です。
  • 「傾く」と「すべる」の条件の混同:
    • 誤解: 「傾き始める」瞬間に、摩擦力も「最大摩擦力になっている」と早合点してしまう。
    • 対策: 「傾く」ことと「すべる」ことは、それぞれ独立した現象です。傾く瞬間の摩擦力は、あくまで力のつりあい(\(F=T_0\))から決まる値であり、最大摩擦力と等しいとは限りません。両者が同時に起こるのは、傾く力とすべる力がたまたま一致する、非常に特殊なケースだけです。
  • モーメントの腕の長さの定義ミス:
    • 誤解: (1)で、例えば点Pを回転中心としたとき、重力の腕の長さを \(l\) や \(l/2\) ではなく、適当な値で計算してしまう。
    • 対策: 回転中心を定めたら、そこから各力の「作用線」に下ろした垂線の長さを、図形的に正確に求める癖をつけましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
  • 剛体のつりあい条件(力のつりあいとモーメントのつりあい):
    • 選定理由: (1)で物体が「静止している」状態を分析するため、これは必須の法則です。特に、未知数である垂直抗力の作用点の位置 \(x\) を求めるためには、力のつりあいだけでは式が足りず、力のモーメントのつりあいの式を立てる必要があります。
    • 適用根拠: 物体にはたらく力の合力がゼロ(並進しない)、かつ、任意の点のまわりの力のモーメントの和がゼロ(回転しない)という2つの条件が、静止状態を数学的に記述しています。
  • 傾く条件としての \(x=0\) の適用:
    • 選定理由: これは物理法則そのものではなく、物理現象の「モデル化」です。「物体が傾き始める」という日常的な現象を、「垂直抗力の作用点が支持面の端に達する」という、計算可能な物理的条件に翻訳しています。このモデル化こそが、物理の問題解決における重要な思考プロセスです。
    • 適用根拠: 垂直抗力は、物体が床から離れていない接触面にしかはたらけません。作用点が支持面の端(点P)を越えて外側に出ることは物理的にありえないため、端点が作用点の移動の限界となり、そこが傾き始める瞬間に対応します。
  • すべる条件としての \(F = \mu N\) の適用:
    • 選定理由: 「すべる」という現象を議論するには、摩擦力の性質を定義する法則が必要です。
    • 適用根拠: 静止摩擦力は外力に応じて大きさを変えますが、それには上限(最大摩擦力 \(\mu N\))があります。外力がこの上限を超えた瞬間に、物体は静止を保てなくなり、滑り始めます。したがって、「すべり始めるときの力」を求めるには、この限界条件の等式を用います。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
  • 文字式の整理: (1)で \(x\) を求める式変形は、移項と割り算だけですが、符号ミスに注意が必要です。\(mg(\frac{l}{2} – x) = Th\) のような式は、焦らず一つずつ展開・移項しましょう。
  • 不等式の扱い: (3)で \(T_0 < \mu mg\) という不等式を解く際、両辺を \(mg\) で割りますが、\(mg\) が正の値であることを確認する(当たり前のようですが、不等式の基本として重要です)ことで、不等号の向きが変わらないことを保証します。
  • 物理量の代入ミス: (3)で \(T_0\) の式を代入するときに、式を間違えないように注意しましょう。特に \(T_0 = \displaystyle\frac{mgl}{2h}\) の分母にある \(2h\) などの係数や文字を忘れないように。
  • 単位と次元の確認: 最終的な答えの次元(単位)が物理的に正しいかを確認する癖をつけましょう。(3)の答え \(\mu > \displaystyle\frac{l}{2h}\) では、左辺の \(\mu\) は無次元量です。右辺の \(\displaystyle\frac{l}{2h}\) も(長さ)/(長さ)で無次元量となり、次元が一致しています。これにより、大きな間違いはないだろうと推測できます。
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