今回の問題
thermodynamicsall#17【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「気体分子のエネルギーと速さ」です。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 気体分子の平均運動エネルギー: 気体の種類によらず、絶対温度だけで決まるという重要な性質。
- 二乗平均速度: 平均運動エネルギーと分子の質量から計算される、分子の速さの目安。
- 絶対温度: 気体の法則で使われる温度の尺度。セルシウス温度との変換が必須。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、平均運動エネルギーが絶対温度のみに依存するという法則を適用します。
- (2)では、(1)の結果(平均運動エネルギーが等しいこと)と、運動エネルギーの定義式 \(\overline{K} = \frac{1}{2}m\overline{v^2}\) を用いて、速さの比を質量の比から計算します。
- (3)では、平均運動エネルギーと絶対温度の比例関係を用いて、温度変化によるエネルギーの変化率を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
水素分子と酸素分子の平均運動エネルギーの比を求める問題です。ここで鍵となるのは、「気体分子1個あたりの平均運動エネルギーは、気体の種類によらず、絶対温度 \(T\) だけで決まる」という気体分子運動論の非常に重要な結論です。
この設問における重要なポイント
- 気体分子1個あたりの平均運動エネルギー \(\overline{K}\) は、ボルツマン定数を \(k_B\) として \(\overline{K} = \displaystyle\frac{3}{2}k_B T\) と表される。
- この式からわかるように、平均運動エネルギーは気体の種類(分子量や質量)には依存しない。
- したがって、温度が同じであれば、どんな種類の気体分子でも平均運動エネルギーは等しい。
具体的な解説と立式
水素ガスと酸素ガスは、どちらも同じ温度 \(0^\circ\text{C}\) です。
気体分子1個あたりの平均運動エネルギー \(\overline{K}\) は、絶対温度を \(T\) とすると、
$$ \overline{K} = \frac{3}{2}k_B T $$
と表されます。
この式は、分子の質量 \(m\) や分子量を含んでいません。つまり、平均運動エネルギーは気体の種類によらず、絶対温度 \(T\) のみに比例します。
今、水素分子と酸素分子は同じ温度に置かれているため、それぞれの平均運動エネルギー \(\overline{K}_{\text{H}_2}\) と \(\overline{K}_{\text{O}_2}\) は等しくなります。
$$ \overline{K}_{\text{H}_2} = \overline{K}_{\text{O}_2} $$
したがって、水素1分子あたりの平均運動エネルギーは、酸素1分子あたりの平均運動エネルギーの1倍です。
使用した物理公式
- 気体分子の平均運動エネルギー: \(\overline{K} = \displaystyle\frac{3}{2}k_B T\)
上記の解説の通り、立式と同時に結論が導かれます。比を計算すると、
$$ \frac{\overline{K}_{\text{H}_2}}{\overline{K}_{\text{O}_2}} = 1 $$
気体分子の「平均運動エネルギー」は、その気体の「温度」だけで決まります。分子が重いか軽いか(水素か酸素か)は関係ありません。
問題では、水素ガスと酸素ガスはどちらも同じ \(0^\circ\text{C}\) なので、温度が同じです。
したがって、両者の平均運動エネルギーも全く同じになります。よって、答えは1倍です。
水素1分子あたりの平均運動エネルギーは、酸素1分子あたりの平均運動エネルギーの1倍です。これは気体分子運動論の基本原則であり、しっかりと理解しておくべき重要なポイントです。
問(2)
思考の道筋とポイント
水素分子と酸素分子の「平均の速さ」の比を求める問題です。(1)で、両者の平均運動エネルギーが等しいことがわかりました。この事実と、運動エネルギーの定義式 \(\overline{K} = \frac{1}{2}m\overline{v^2}\) を使って、速さの比を計算します。ここでいう「平均の速さ」は、二乗平均速度 \(\sqrt{\overline{v^2}}\) のことを指していると解釈するのが一般的です。
この設問における重要なポイント
- (1)より、\(\overline{K}_{\text{H}_2} = \overline{K}_{\text{O}_2}\) である。
- 平均運動エネルギーの定義は \(\overline{K} = \displaystyle\frac{1}{2}m\overline{v^2}\)。
- 分子1個の質量 \(m\) は、分子量に比例する。
具体的な解説と立式
(1)の結果から、水素分子と酸素分子の平均運動エネルギーは等しいので、
$$ \frac{1}{2}m_{\text{H}_2}\overline{v_{\text{H}_2}^2} = \frac{1}{2}m_{\text{O}_2}\overline{v_{\text{O}_2}^2} \quad \cdots ① $$
ここで、\(m_{\text{H}_2}\) と \(m_{\text{O}_2}\) はそれぞれ水素分子と酸素分子1個の質量、\(\overline{v_{\text{H}_2}^2}\) と \(\overline{v_{\text{O}_2}^2}\) はそれぞれの速さの2乗の平均です。
式①を整理すると、
$$ \frac{\overline{v_{\text{H}_2}^2}}{\overline{v_{\text{O}_2}^2}} = \frac{m_{\text{O}_2}}{m_{\text{H}_2}} $$
両辺の正の平方根をとると、二乗平均速度の比が得られます。
$$ \frac{\sqrt{\overline{v_{\text{H}_2}^2}}}{\sqrt{\overline{v_{\text{O}_2}^2}}} = \sqrt{\frac{m_{\text{O}_2}}{m_{\text{H}_2}}} \quad \cdots ② $$
分子1個の質量 \(m\) は分子量 \(M\) に比例するので、質量の比は分子量の比に等しくなります。
$$ \frac{m_{\text{O}_2}}{m_{\text{H}_2}} = \frac{M_{\text{O}_2}}{M_{\text{H}_2}} = \frac{32}{2} = 16 $$
これを式②に代入します。
使用した物理公式
- 平均運動エネルギーの定義: \(\overline{K} = \displaystyle\frac{1}{2}m\overline{v^2}\)
- (1)の結果: \(\overline{K}_{\text{H}_2} = \overline{K}_{\text{O}_2}\)
$$
\begin{aligned}
\frac{\sqrt{\overline{v_{\text{H}_2}^2}}}{\sqrt{\overline{v_{\text{O}_2}^2}}} &= \sqrt{16} \\
&= 4
\end{aligned}
$$
したがって、水素分子の平均の速さは酸素分子の平均の速さの4倍です。
(1)で、水素と酸素の平均運動エネルギーは同じだとわかりました。運動エネルギーは「\(\frac{1}{2} \times \text{質量} \times \text{速さ}^2\)」で計算されます。
このエネルギーが同じだということは、「軽い分子ほど、速く動き回っている」ということです。
水素(分子量2)は酸素(分子量32)より16倍軽いです。
エネルギーを同じにするためには、速さの「2乗」が16倍になる必要があります。
したがって、速さ自体は \(\sqrt{16} = 4\) 倍になります。
水素分子の平均の速さは酸素分子の平均の速さの4倍です。軽い気体ほど速く運動しているという直感的なイメージとも一致し、妥当な結果です。
問(3)
思考の道筋とポイント
温度が \(273^\circ\text{C}\) になったときの平均運動エネルギーが、\(0^\circ\text{C}\) のときの何倍になるかを問う問題です。ここでも(1)と同様に、「気体分子1個あたりの平均運動エネルギーは絶対温度に比例する」という法則を使います。重要なのは、計算にはセルシウス温度(℃)ではなく、絶対温度(K)を用いることです。
この設問における重要なポイント
- 平均運動エネルギー \(\overline{K}\) は絶対温度 \(T\) に比例する (\(\overline{K} \propto T\))。
- 絶対温度 \(T \, \text{[K]}\) とセルシウス温度 \(t \, [^\circ\text{C}]\) の関係は \(T = t + 273\)。
具体的な解説と立式
まず、それぞれの温度を絶対温度に変換します。
変化前の温度 \(t_1 = 0^\circ\text{C}\) は、
$$ T_1 = 0 + 273 = 273 \, \text{K} $$
変化後の温度 \(t_2 = 273^\circ\text{C}\) は、
$$ T_2 = 273 + 273 = 546 \, \text{K} $$
平均運動エネルギー \(\overline{K}\) は絶対温度 \(T\) に比例するので、
$$ \overline{K} = cT \quad (\text{cは比例定数}) $$
と書けます。
変化前のエネルギーを \(\overline{K_1}\)、変化後のエネルギーを \(\overline{K_2}\) とすると、
$$ \overline{K_1} = cT_1 $$
$$ \overline{K_2} = cT_2 $$
求めたいのは、エネルギーの比 \(\displaystyle\frac{\overline{K_2}}{\overline{K_1}}\) です。
$$ \frac{\overline{K_2}}{\overline{K_1}} = \frac{cT_2}{cT_1} = \frac{T_2}{T_1} \quad \cdots ① $$
この関係は、水素と酸素の両方に共通して成り立ちます。
使用した物理公式
- 平均運動エネルギーと絶対温度の比例関係: \(\overline{K} \propto T\)
- 絶対温度の変換: \(T[\text{K}] = t[^\circ\text{C}] + 273\)
式①に、計算した絶対温度の値を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{\overline{K_2}}{\overline{K_1}} &= \frac{546 \, \text{K}}{273 \, \text{K}} \\
&= 2
\end{aligned}
$$
したがって、水素と酸素のどちらの分子も、1分子あたりの平均運動エネルギーは2倍になります。
分子の平均運動エネルギーは「絶対温度」に比例します。
計算をするときは、摂氏(℃)を絶対温度(K)に直す必要があります。摂氏に273を足すと絶対温度になります。
はじめの温度は \(0^\circ\text{C}\) なので、絶対温度では \(0+273=273 \, \text{K}\) です。
後の温度は \(273^\circ\text{C}\) なので、絶対温度では \(273+273=546 \, \text{K}\) です。
絶対温度が \(273 \, \text{K}\) から \(546 \, \text{K}\) へと、ちょうど2倍になっています。
エネルギーは絶対温度に比例するので、エネルギーも2倍になります。これは水素でも酸素でも同じです。
温度が \(273^\circ\text{C}\) になったとき、水素と酸素の1分子あたりの平均運動エネルギーは、\(0^\circ\text{C}\) のときに比べてそれぞれ2倍になります。絶対温度で考える、という基本さえ押さえれば平易な問題ですが、この基本が非常に重要です。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 平均運動エネルギーは絶対温度のみに依存する:
- 核心: 気体分子運動論の最も重要な結論の一つ、\(\overline{K} = \displaystyle\frac{3}{2}k_B T\) を正しく理解し、適用できるかが問われています。
- 理解のポイント: この法則は、分子の平均的な運動の激しさ(エネルギー)が、その気体が置かれている環境の温度(絶対温度)によって一意に決まることを意味します。分子の種類(質量や大きさ)は関係ない、という点が非常に重要です。この一点を理解していれば、(1)と(3)は即座に解答できます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 混合気体: 水素と酸素を混ぜた混合気体中の各分子の平均運動エネルギーや速さを問う問題。温度が均一であれば、やはり平均運動エネルギーは等しく、速さは質量の平方根に反比例します。
- 内部エネルギーの比: 物質量 \(n_1, n_2\) の異なる気体が同じ温度にあるとき、内部エネルギーの比を問う問題。内部エネルギーは \(U = N\overline{K} = n N_A \overline{K}\) なので、\(U \propto n\) となります。エネルギーの比は物質量の比に等しくなります。
- 断熱変化との関連: 気体を断熱圧縮すると温度が上昇します。これは、外部からされた仕事が気体の内部エネルギーの増加(つまり分子の平均運動エネルギーの増加)に変わるためです。このミクロな視点は、熱力学第一法則の理解を深めます。
- 初見の問題での着眼点:
- 問われているのは「エネルギー」か「速さ」か?: この2つは密接に関連していますが、異なる物理量です。エネルギーなら温度だけ、速さなら温度と質量の両方を考える必要があります。
- 温度は「絶対温度」か?: 問題文でセルシウス温度(℃)が与えられていたら、計算の前に必ず絶対温度(K)に変換する、という手順を徹底します。
- 比較対象は何か?: 「AはBの何倍か」という問いでは、\(\displaystyle\frac{A}{B}\) という比を計算します。どの物理量を比較しているのかを明確にし、対応する公式から比の式を立てます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- エネルギーと質量の関係の誤解:
- 誤解: (1)で、重い酸素分子の方がエネルギーが大きい、あるいは軽い水素分子の方がエネルギーが大きい、と勘違いしてしまう。
- 対策: 「エネルギーは温度のみで決まる」と何度も唱えて記憶に刻み込みましょう。「同じ温度なら、エネルギーは同じ」と機械的に判断できるようにすることが理想です。
- 速さと質量の関係の誤解:
- 誤解: (2)で、速さの比を質量の逆数の比 (\(m_2/m_1\)) で計算してしまう。
- 対策: エネルギーの式に \(v^2\) が含まれていることを意識します。\(\frac{1}{2}m_1 v_1^2 = \frac{1}{2}m_2 v_2^2\) から、\(v_1^2/v_2^2 = m_2/m_1\) となり、速さの比は \(v_1/v_2 = \sqrt{m_2/m_1}\) となります。「平方根」を忘れないように注意が必要です。
- 絶対温度への変換忘れ:
- 誤解: (3)で、セルシウス温度の比 \(273/0\) を計算しようとして混乱する、あるいは \(273/1\) などと間違える。
- 対策: 気体の問題で温度が出てきたら、条件反射で「まず絶対温度に直す」という習慣をつけましょう。\(T[\text{K}] = t[^\circ\text{C}] + 273\) の変換は、気体分野における計算の第一歩です。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- \(\overline{K} = \displaystyle\frac{3}{2}k_B T\) (平均運動エネルギーと絶対温度の関係):
- 選定理由: (1)と(3)は、分子の平均運動エネルギーと温度の関係を直接問う問題です。この関係を最も端的に表しているのがこの公式です。
- 適用根拠: この式は、気体分子運動論による圧力の式と、理想気体の状態方程式という、ミクロな世界の理論とマクロな世界の実験則を結びつけて得られた、物理学的に非常に重要な結論です。「温度の正体は、分子運動の激しさである」ことを示しています。
- \(\overline{K} = \displaystyle\frac{1}{2}m\overline{v^2}\) (平均運動エネルギーの定義):
- 選定理由: (2)では、エネルギーが等しいという条件から「速さ」の比を求めたい。エネルギーと速さを結びつける式として、この定義式が必要になります。
– 適用根拠: これは力学における運動エネルギーの定義を、多数の分子の平均的な振る舞いに拡張したものです。個々の分子のエネルギーは様々ですが、その平均値と速さの2乗の平均値との間には、この関係が成り立ちます。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 比の計算をマスターする: この問題のように「〜は何倍か」と問う問題は頻出です。\(A\) は \(B\) の何倍か \(\rightarrow \frac{A}{B}\) を計算する、という思考パターンを身につけましょう。比例定数などは比をとることで消去できる場合が多く、計算が簡略化されます。
- 平方根の計算: (2)では \(\sqrt{16}\) のような簡単な平方根でしたが、\(\sqrt{8} = 2\sqrt{2}\) のように、ルートの中に平方数を残さないように計算する練習をしておきましょう。
- 概念の整理: 「平均運動エネルギー」「速さの2乗の平均」「二乗平均速度」といった似た用語を、数式(\(\overline{K}\), \(\overline{v^2}\), \(\sqrt{\overline{v^2}}\))とセットで正確に区別して覚えることが、混乱を防ぎ、正しい公式選択につながります。ノートに一覧表を作って整理するのも有効です。
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