問題の確認
dynamics#31各設問の思考プロセス
この問題は、「静止摩擦」と「動摩擦」という2種類の摩擦力を、それぞれの状況に応じて正しく使い分け、力のつり合いや運動方程式に適用できるかを問う問題です。この2つの摩擦力の性質の違いが、この問題を解く上での最大のポイントです。
この問題を解く上で中心となる物理法則は以下の通りです。
- 最大静止摩擦力: 物体が「すべりだす瞬間」の摩擦力。その大きさ \(f_{\text{最大}}\) は、静止摩擦係数 \(\mu\) と垂直抗力 \(N\) を用いて、\(f_{\text{最大}} = \mu N\) と計算される。
- 動摩擦力: 物体が「すべっている間」にはたらく摩擦力。その大きさ \(f’\) は、動摩擦係数 \(\mu’\) と垂直抗力 \(N\) を用いて、\(f’ = \mu’ N\) と計算される。
- ニュートンの運動の第二法則(運動方程式): 物体が加速運動しているとき、その運動は \(Ma = F_{\text{合力}}\) という式で記述される。
この問題を解くための手順は以下の通りです。
- (1) すべりだすときの力を求める:
「すべりだすとき」という言葉から、加える力 \(f_1\) が「最大静止摩擦力」に等しくなる瞬間を考えます。まず垂直抗力 \(N\) を力のつり合いから求め、最大静止摩擦力の公式に代入して \(f_1\) を計算します。 - (2) 加速させるときの力を求める:
「加速度aで運動」していることから、物体にはたらく摩擦力は「動摩擦力」であると判断します。物体にはたらく水平方向の力(加える力 \(f_2\) と動摩擦力 \(f’\))の合力を考え、運動方程式 \(Ma = F_{\text{合力}}\) を立てて、\(f_2\) について解きます。
各設問の具体的な解説と解答
(1) 物体がすべりだすときの力の大きさ \(f_{1}\) を求めよ。
問われている内容の明確化
物体を静止状態から動かし始めるために必要な、最小の力 \(f_1\) を求めます。これは最大静止摩擦力に等しくなります。
具体的な解説と立式
物体がすべりだす瞬間の力の大きさ \(f_1\) は、最大静止摩擦力 \(f_{\text{最大}}\) の大きさに等しくなります。
$$f_1 = f_{\text{最大}} \quad \cdots ①$$
最大静止摩擦力は、静止摩擦係数 \(\mu\) と垂直抗力 \(N\) を用いて、
$$f_{\text{最大}} = \mu N \quad \cdots ②$$
と表されます。
次に、垂直抗力 \(N\) を求めます。物体は水平な机の上に置かれており、鉛直方向には運動しないので、力がつり合っています。
- 鉛直下向きの力: 重力 \(Mg\)
- 鉛直上向きの力: 垂直抗力 \(N\)
力のつり合いより、
$$N = Mg \quad \cdots ③$$
式③を式②に代入し、さらに式①に適用することで \(f_1\) を求めます。
使用した物理公式:
- 最大静止摩擦力の公式: \(f_{\text{最大}} = \mu N\)
- 力のつり合い
計算過程
まず、\(N=Mg\) を最大静止摩擦力の式に代入します。
$$f_{\text{最大}} = \mu (Mg)$$
すべりだすときの力 \(f_1\) はこれに等しいので、
$$
\begin{aligned}
f_1 &= \mu Mg
\end{aligned}
$$
計算方法の平易な説明
- 物体が動き出す瞬間の力は「最大静止摩擦力」と同じ大きさです。
- 最大静止摩擦力は「静止摩擦係数 \(\mu\) × 垂直抗力 \(N\)」で計算できます。
- この場合、垂直抗力は物体の重さ \(Mg\) と等しいので \(N=Mg\) です。
- したがって、必要な力は \(\mu \times Mg\) となります。
この設問における重要なポイント
- 物体がすべりだす瞬間の力と、最大静止摩擦力が等しいことを理解すること。
- 水平な面での垂直抗力が、重力と等しい \(N=Mg\) となることを理解すること。
\(\mu Mg\)
(2) 物体を等加速度aで加速させて直線運動させる。このときの力の大きさ \(f_{2}\) を求めよ。
問われている内容の明確化
物体を加速度 \(a\) で動かし続けるために必要な力の大きさ \(f_2\) を求めます。
具体的な解説と立式
物体がすべっているとき、物体にはたらく摩擦力は動摩擦力になります。
動摩擦力の大きさ \(f’\):
$$f’ = \mu’ N$$
(1)と同様に、垂直抗力は \(N=Mg\) なので、
$$f’ = \mu’ Mg$$
となります。
次に、物体の水平方向の運動について、運動方程式を立てます。運動の向きを正とすると、
- 運動方向の力: 加えている力 \(f_2\)
- 運動と逆向きの力: 動摩擦力 \(f’\)
したがって、物体にはたらく合力 \(F_{\text{合力}}\) は、
$$F_{\text{合力}} = f_2 – f’ = f_2 – \mu’ Mg$$
となります。
ニュートンの運動方程式 \(Ma = F_{\text{合力}}\) にこれを代入すると、
$$Ma = f_2 – \mu’ Mg \quad \cdots ④$$
この式を、求めたい \(f_2\) について解きます。
使用した物理公式:
- 動摩擦力の公式: \(f’ = \mu’ N\)
- ニュートンの運動方程式: \(ma = F_{\text{合力}}\)
計算過程
式④を \(f_2\) について解くために、\(-\mu’ Mg\) を左辺に移項します。
$$
\begin{aligned}
f_2 &= Ma + \mu’ Mg
\end{aligned}
$$
共通因数 \(M\) でくくると、よりシンプルな形になります。
$$
\begin{aligned}
f_2 &= M(a + \mu’ g)
\end{aligned}
$$
計算方法の平易な説明
- 物体を動かすためには、まず邪魔をする「動摩擦力」に打ち勝つ必要があります。その大きさは \(\mu’ Mg\) です。
- さらに、物体を加速度 \(a\) で加速させるためには、運動方程式から \(Ma\) の力が必要です。
- したがって、加えるべき力の合計は、これら2つを足し合わせた「\(\mu’ Mg + Ma\)」となります。
この設問における重要なポイント
- 物体が運動しているときにはたらく摩擦は「動摩擦力」であり、動摩擦係数 \(\mu’\) を使うこと。
- 加速運動している場合、力のつり合いではなく、運動方程式を立てる必要があること。
\(M(a + \mu’ g)\) または \(Ma + \mu’ Mg\)
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問題全体を通して理解しておくべき重要な物理概念や法則
- 静止摩擦力と動摩擦力: 物理的な状況(静止しているか、動いているか)によって、はたらく摩擦力の種類とその計算方法が異なることを明確に区別することが重要です。
- 最大静止摩擦力: 静止から運動へ移る「境界」の条件を記述する重要な概念です。
- 運動方程式の適用: 力学の問題を解く際の最も基本的なツールです。「質量 × 加速度 = 合力」という関係に、その状況に応じた力を正しく代入することが求められます。
類似の問題を解く上でのヒントや注意点
- 状況の判断: まず第一に、物体が「静止している」「すべり出す瞬間」「すべっている」のどの状態にあるかを問題文から正確に読み取ることが、正しい法則を選択する上で不可欠です。
- 力の図示: 物体にはたらく力(加える力、摩擦力、重力、垂直抗力など)をすべて図示することで、合力の計算ミスを防ぐことができます。
- 垂直抗力Nの計算: 水平な面では \(N=mg\) となりますが、斜面の問題などでは \(N \neq mg\) となるため、垂直抗力は常に「面に垂直な方向の力のつり合い」から求める癖をつけましょう。
よくある誤解や間違いやすいポイント
- 静止摩擦係数\(\mu\)と動摩擦係数\(\mu’\)の混同: 動いている物体に\(\mu\)を使ったり、すべり出す瞬間の計算に\(\mu’\)を使ったりするミス。一般に \(\mu > \mu’\) であることも知識として覚えておくと良いでしょう。
- (2)で運動方程式を立て忘れる: 物体が動いているにもかかわらず、力のつり合い(\(f_2 = f’\))の式を立ててしまうミス。加速度がある場合は、必ず運動方程式 (\(Ma = f_2 – f’\)) を立てる必要があります。
- 力の向き(符号)の間違い: 運動方程式を立てる際に、摩擦力は常に運動を妨げる向き(運動方向と逆向き)にはたらくため、合力を計算するときにマイナスの符号がつくことが多いです。
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