436 トムソンの実験
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、J.J.トムソンが行った陰極線(電子)の比電荷測定に関する歴史的な実験を題材にしています。荷電粒子が電場や磁場から受ける力を理解し、運動方程式や力のつり合いを適用して粒子の性質を解明する過程を追体験する問題です。
この問題の核心は、複数の実験状況(電場のみ、電場と磁場、磁場のみ)を段階的に分析し、それぞれの結果を組み合わせて未知の物理量(比電荷 \(e/m\))を導出する点にあります。
- 電子の質量: \(m\) [kg]
- 電子の電気量: \(-e\) [C] (ここで \(e\) は電気素量で正の値)
- 極板の長さ: \(L\) [m]
- 電子の初速度: \(v_0\) [m/s] (x軸正方向)
- 一様な電場: \(E\) [N/C] (y軸負方向)
- 一様な磁束密度: \(B\) [T] (z軸正方向、紙面奥から手前向きと仮定。逆でもローレンツ力の向きは同じ)
- (1) 実験(i)(電場のみ)における電子の進路の傾き \(\tan\theta\)。
- (2) 実験(ii)(電場と磁場)で電子が直進するときの初速度 \(v_0\)。
- (3) (1)と(2)の結果を用いた、電子の比電荷 \(e/m\)。
- (4) 実験(iii)(磁場のみ)における円運動の関係式 \(Br = mv_0/e\) の証明。
- (5) 実験(iv)(電子の衝突による発熱)における熱エネルギー \(W\) と電気量 \(q\) を電子の個数 \(N\) で表し、さらに比電荷 \(e/m\) を測定量 \(W, q, B, r\) で表すこと。
- (6) 実際の測定値を用いた比電荷 \(e/m\) の数値計算。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「電場・磁場中での荷電粒子の運動と比電荷の測定」です。複数の物理法則を段階的に適用していく総合力が試されます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 荷電粒子が受ける力: 電場からの力(クーロン力)と、磁場から受ける力(ローレン-ツ力)の式と向きを正しく理解していること。
- 運動の分解: 力を受けた粒子の運動を、運動方向とそれに垂直な方向に分解して考える(放物運動のアナロジー)。
- 力のつり合い: 複数の力が働く状況で、粒子が直進する(加速度が0)条件は、合力が0であること。
- 円運動の動力学: ローレンツ力を向心力とする等速円運動の運動方程式を立てられること。
- エネルギー保存則: 粒子の運動エネルギーが他の形態のエネルギー(熱エネルギー)に変換される関係を理解していること。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、各実験状況において電子に働く力を正確に図示し、運動方程式または力のつり合いの式を立てます。
- (1)では、電場による等加速度運動として扱い、極板通過後の速度成分から \(\tan\theta\) を求めます。
- (2)では、電場による力とローレンツ力がつり合う条件から \(v_0\) を求めます。
- (3)では、(1)と(2)で得られた式を連立させ、未知数 \(v_0\) を消去して \(e/m\) を導出します。
- (4)では、ローレンツ力が向心力となる円運動の運動方程式を立てます。
- (5)では、多数の電子のエネルギーと電気量を考え、(4)の結果と組み合わせて \(e/m\) を別の測定量で表します。
- (6)では、(5)の式に具体的な数値を代入して計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
電場のみがかかっている状況で、電子の運動がどうなるかを考えます。電子はx軸方向には力を受けないので等速直線運動を続けますが、y軸方向には電場から静電気力を受けて加速されます。この結果、電子は放物線軌道を描きます。極板を抜け出る瞬間の速度のy成分とx成分の比が \(\tan\theta\) となります。
この設問における重要なポイント
- 力の向き: 電子の電荷は負(\(-e\))なので、電場 \(E\) の向き(図ではMからN、すなわちy軸負方向)とは逆向き、つまりy軸正方向に力を受けます。力の大きさは \(F_y = eE\) です。
- 運動の分解: 運動をx方向とy方向に分けて考えます。
- x方向: 力は働かないので、速度 \(v_0\) の等速直線運動。
- y方向: 一定の力 \(F_y = eE\) を受けるので、初速度0の等加速度直線運動。
- 時間の計算: 電子が極板間(長さ\(L\))を通過する時間は、x方向の運動から \(t = L/v_0\) として求められます。
具体的な解説と立式
電子はy軸正方向に大きさ \(eE\) の力を受けるので、y方向の加速度を \(a_y\) とすると、運動方程式は以下のようになります。
$$ ma_y = eE $$
電子が極板間を通過するのにかかる時間 \(t\) は、x方向の距離が \(L\)、速度が \(v_0\) であることから、
$$ t = \frac{L}{v_0} \quad \cdots ① $$
この時間 \(t\) の間に、電子はy方向に加速されます。極板を通過した直後のy方向の速度 \(v_y\) は、初速度が0であることから、
$$ v_y = a_y t \quad \cdots ② $$
極板通過直後のx方向の速度は初速度のまま \(v_x = v_0\) です。
速度の向きがx軸の正方向となす角が \(\theta\) なので、
$$ \tan\theta = \frac{v_y}{v_x} \quad \cdots ③ $$
が成り立ちます。
使用した物理公式
- 運動方程式: \(ma=F\)
- 等加速度直線運動: \(v = v_0 + at\)
- 等速直線運動: \(x = vt\)
まず、y方向の加速度 \(a_y\) は、運動方程式から、
$$ a_y = \frac{eE}{m} $$
次に、この \(a_y\) と①式を②式に代入して、\(v_y\) を求めます。
$$ v_y = \left( \frac{eE}{m} \right) \cdot \left( \frac{L}{v_0} \right) = \frac{eEL}{mv_0} $$
最後に、この \(v_y\) と \(v_x = v_0\) を③式に代入して \(\tan\theta\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
\tan\theta &= \frac{v_y}{v_x} \\[2.0ex]&= \frac{eEL/mv_0}{v_0} \\[2.0ex]&= \frac{eEL}{mv_0^2}
\end{aligned}
$$
電子は、まっすぐ(x方向)に進みながら、電場によって上向き(y方向)にぐいっと引かれます。この運動は、水平に投げたボールが重力で下に落ちていく放物運動と全く同じ形です。極板を通り抜けるのにかかる時間と、その間に上向きにどれだけ加速されたかを計算し、最終的な速度の「上向き成分」と「横向き成分」の比率を求めることで、進路の傾き \(\tan\theta\) がわかります。
電子の進路の傾きは \(\tan\theta = \displaystyle\frac{eEL}{mv_0^2}\) となります。
この式は、電場 \(E\) が強いほど、また極板長 \(L\) が長いほど、電子は大きく曲げられる(\(\tan\theta\) が大きくなる)ことを示しています。一方で、電子の質量 \(m\) が大きいほど、また初速度 \(v_0\) が速いほど、曲がりにくい(\(\tan\theta\) が小さくなる)ことを示しており、物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
実験(i)の状況に、電場と垂直な向きに磁場を加えます。このとき電子が直進する(\(\theta=0\))条件を考えます。直進するということは、電子の進行方向(x方向)は変わらず、y方向の速度成分が0のままであることを意味します。これは、y方向に働く力の合力が0、つまり電場による力と磁場によるローレンツ力がつり合っている状態です。
この設問における重要なポイント
- 電場による力: (1)と同様に、y軸正方向に大きさ \(F_E = eE\)。
- ローレンツ力: 速度 \(v_0\) で運動する電荷 \(-e\) の電子が磁場 \(B\) から受ける力。フレミングの左手の法則を用います。電流の向き(正電荷の運動方向)は電子の運動方向と逆、つまりx軸負方向と考えます。磁場が紙面奥から手前向き(z軸正方向)とすると、ローレンツ力はy軸負方向に働きます。力の大きさは \(F_B = ev_0B\)。
- 力のつり合い: 電子が直進するためには、y軸方向の力がつり合う必要があります。すなわち \(F_E = F_B\)。
具体的な解説と立式
電子がy方向に受ける力は次の2つです。
- 電場による力: \(F_E = eE\) (y軸正方向)
- ローレンツ力: \(F_B = ev_0B\) (y軸負方向)
電子が直進するためには、これらの力がつり合っている必要があるので、
$$ eE = ev_0B $$
が成り立ちます。
使用した物理公式
- ローレンツ力: \(F = qvB\)
- 力のつり合い
上記で立てた力のつり合いの式を \(v_0\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
eE &= ev_0B \\[2.0ex]v_0 &= \frac{E}{B}
\end{aligned}
$$
電子をまっすぐ進ませるためには、電場が上に引っ張る力と、磁場が下に引っ張る力が、ちょうど同じ大きさになればよいわけです。この「力のつり合い」が成り立つときの電子の速さを計算します。この仕組みは、特定の速さの粒子だけを選び出す「速度選択器」として知られています。
電子の初速度は \(v_0 = E/B\) と表せます。
この結果は、電場と磁場の強さの比によって、直進できる粒子の速度が決まることを示しています。この原理を利用することで、目に見えない粒子の速度を制御したり測定したりすることが可能になります。
問(3)
思考の道筋とポイント
(1)と(2)で得られた2つの関係式を使って、直接測定することが難しい初速度 \(v_0\) を消去し、比電荷 \(e/m\) を、実験で設定・測定できる量(\(E, B, L, \tan\theta\))だけで表します。
この設問における重要なポイント
- 利用する関係式:
- (1)の結果: \(\tan\theta = \displaystyle\frac{eEL}{mv_0^2}\)
- (2)の結果: \(v_0 = \displaystyle\frac{E}{B}\)
- 計算の方針: (2)の式を(1)の式に代入して \(v_0\) を消去し、得られた式を \(e/m\) について整理します。
具体的な解説と立式
(1)で求めた式は、
$$ \tan\theta = \frac{eEL}{mv_0^2} \quad \cdots ① $$
(2)で求めた式は、
$$ v_0 = \frac{E}{B} \quad \cdots ② $$
②を①に代入して \(v_0\) を消去します。
使用した物理公式
- (1), (2)で導出した関係式
②式を①式の \(v_0\) に代入します。
$$
\begin{aligned}
\tan\theta &= \frac{eEL}{m \left( \displaystyle\frac{E}{B} \right)^2} \\[2.0ex]&= \frac{eEL}{m \left( \displaystyle\frac{E^2}{B^2} \right)} \\[2.0ex]&= \frac{eELB^2}{mE^2} \\[2.0ex]&= \frac{e}{m} \cdot \frac{LB^2}{E}
\end{aligned}
$$
この式を比電荷 \(e/m\) について解きます。
$$ \frac{e}{m} = \frac{E \tan\theta}{LB^2} $$
2つの異なる実験から得られた2つの数式を、連立方程式を解く要領で組み合わせます。ここでは、両方の式に共通して含まれている「電子の速さ \(v_0\)」を消去することで、私たちが知りたい「比電荷 \(e/m\)」を、実験で測れる値だけで表す式を導き出します。
電子の比電荷は \(\displaystyle\frac{e}{m} = \frac{E \tan\theta}{LB^2}\) と表せます。
この式に含まれる \(E, B, L, \theta\) はすべて実験的に測定可能な量であるため、この関係式を用いることで、トムソンは電子の比電荷を世界で初めて測定することに成功しました。
問(4)
思考の道筋とポイント
電場をなくし、磁場だけがかかっている状況を考えます。電子は初速度 \(v_0\) と垂直な方向に常にローレンツ力を受け続けます。このように、進行方向と常に垂直な一定の力を受ける物体は等速円運動を行います。このとき、ローレンツ力が向心力の役割を果たします。この関係を運動方程式で記述します。
この設問における重要なポイント
- 向心力: 電子が受けるローレンツ力 \(F = ev_0B\) が、円運動の向心力となります。
- 向心加速度: 半径 \(r\)、速さ \(v_0\) の円運動における加速度は \(a = v_0^2/r\) で、向きは常に円の中心を向きます。
- 運動方程式: 円運動の運動方程式 \(ma=F\) を立てます。
具体的な解説と立式
電子に働く力はローレンツ力 \(F = ev_0B\) のみです。この力が向心力となり、電子は半径 \(r\) の等速円運動をします。
円運動の運動方程式は、
$$ m \frac{v_0^2}{r} = ev_0B $$
と表せます。
使用した物理公式
- 円運動の運動方程式: \(ma=F\)
- ローレンツ力: \(F=qvB\)
上記で立てた運動方程式を \(Br\) について整理します。
$$
\begin{aligned}
m \frac{v_0^2}{r} &= ev_0B \\[2.0ex]\end{aligned}
$$
両辺を \(v_0\) で割り(\(v_0 \neq 0\))、式を整理すると、
$$
\begin{aligned}
m \frac{v_0}{r} &= eB \\[2.0ex]mv_0 &= eBr \\[2.0ex]Br &= \frac{mv_0}{e}
\end{aligned}
$$
よって、題意は示されました。
磁場の中で動く電子は、常に進行方向に対して横向きに力を受け、ぐるぐると円を描きます。このとき、電子を円軌道に留めておく力(向心力)の正体は磁場からの力(ローレンツ力)です。この関係をニュートンの運動の法則(\(ma=F\))に当てはめて式を立て、整理すると、求めたい関係式が導かれます。
\(Br = mv_0/e\) という関係が示されました。この式は、磁場の強さ \(B\) と円運動の半径 \(r\) の積が、粒子の運動量 \(mv_0\) を電気量 \(e\) で割ったものに等しいことを意味します。この量は「磁気剛性」とも呼ばれ、粒子の曲がりにくさを表す指標として、加速器物理学などで広く用いられます。
問(5)
思考の道筋とポイント
この設問は2つのパートに分かれています。
前半は、1秒間に \(N\) 個の電子が金属板に衝突するときの、全熱エネルギー \(W\) と全電気量 \(q\) を \(N\) を用いて表します。
後半は、前半で得た \(W\) と \(q\) の関係式、および(4)で証明した関係式を用いて、\(v_0\) と \(N\) を消去し、比電荷 \(e/m\) を測定可能な量 \(W, q, B, r\) で表します。
この設問における重要なポイント
- エネルギーの変換: 電子1個が持つ運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv_0^2\) が、衝突によってすべて熱エネルギーに変換されると仮定します。
- 総量の計算: 全エネルギー \(W\) と全電気量 \(q\) は、電子1個あたりの量に個数 \(N\) を掛けることで求められます。
- 式の連立: 3つの関係式(\(W\) の式, \(q\) の式, (4)の式)を連立させて、不要な変数(\(v_0, N, e\))を消去し、\(e/m\) を求めます。
具体的な解説と立式
まず、\(W\) と \(q\) を \(N\) を用いて表します。
電子1個の運動エネルギーは \(\frac{1}{2}mv_0^2\) なので、\(N\) 個の電子が持つ総運動エネルギーは \(N \cdot \frac{1}{2}mv_0^2\) です。これがすべて熱エネルギー \(W\) になるとすると、
$$ W = \frac{1}{2} N m v_0^2 \quad \cdots ① $$
電子1個の電気量の大きさは \(e\) なので、\(N\) 個の電子の総電気量の大きさ \(q\) は、
$$ q = Ne \quad \cdots ② $$
次に、これらの式と(4)の結果 \(Br = mv_0/e\) を使って比電荷 \(e/m\) を求めます。
(4)の結果を変形すると、
$$ v_0 = \frac{eBr}{m} \quad \cdots ③ $$
となります。①, ②, ③の3式から \(N\) と \(v_0\) を消去して \(e/m\) を導出します。
使用した物理公式
- 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
- (4)で導出した関係式
まず、①式と②式の比をとることで \(N\) を消去します。
$$ \frac{W}{q} = \frac{\frac{1}{2} N m v_0^2}{Ne} = \frac{mv_0^2}{2e} $$
この式に、③式 (\(v_0 = eBr/m\)) を代入して \(v_0\) を消去します。
$$
\begin{aligned}
\frac{W}{q} &= \frac{m}{2e} \left( \frac{eBr}{m} \right)^2 \\[2.0ex]&= \frac{m}{2e} \cdot \frac{e^2 B^2 r^2}{m^2} \\[2.0ex]&= \frac{e B^2 r^2}{2m} \\[2.0ex]&= \frac{e}{m} \cdot \frac{B^2 r^2}{2}
\end{aligned}
$$
この最終的な式を、比電荷 \(e/m\) について解きます。
$$ \frac{e}{m} = \frac{2W}{qB^2r^2} $$
たくさんの電子(\(N\)個)を金属板にぶつけると、板は熱くなり(熱エネルギー\(W\))、電気がたまります(電気量\(q\))。\(W\) は電子の全運動エネルギー、\(q\) は電子の全電気量です。この2つの測定値の比(\(W/q\))を計算すると、個数\(N\)が打ち消し合って、電子1個あたりのエネルギーと電気量の関係式が得られます。この式に、(4)で求めた磁場中での運動の関係式を代入することで、比電荷\(e/m\)を、実験で測定できる量だけで表すことができます。
熱エネルギー \(W = \frac{1}{2}Nmv_0^2\) [J]、電気量 \(q = Ne\) [C] と表せます。
また、比電荷は \(\displaystyle\frac{e}{m} = \frac{2W}{qB^2r^2}\) [C/kg] となります。
この結果は、(3)で求めた方法とは全く異なるアプローチ(熱量測定)によって比電荷を求める方法を示しています。物理学では、このように異なる方法で同じ物理量を測定し、結果が一致することを確認することで、その法則の正しさを検証していきます。
問(6)
思考の道筋とポイント
(5)で導出した比電荷 \(e/m\) の式に、与えられた測定値を代入して、その数値を計算します。計算を簡単にするため、式を少し変形してから代入すると良いでしょう。
この設問における重要なポイント
- 使用する式: \(\displaystyle\frac{e}{m} = \frac{2W}{qB^2r^2}\)
- 式の変形: \(B^2r^2 = (Br)^2\) と見なせるので、式は \(\displaystyle\frac{e}{m} = \frac{2}{(Br)^2} \cdot \frac{W}{q}\) と変形できます。これにより、与えられた測定値の塊をそのまま代入できます。
- 与えられた測定値:
- \(\displaystyle\frac{W}{q} = 2.5 \times 10^3\) [J/C]
- \(Br = 1.60 \times 10^{-4}\) [kg・m/(s・C)]
- 有効数字: 問題で与えられている数値の有効数字は2桁(2.5)と3桁(1.60)ですが、解答はより桁数の少ない方に合わせて2桁で答えるのが一般的です。
具体的な解説と立式
(5)で求めた比電荷の式を変形します。
$$ \frac{e}{m} = \frac{2W}{qB^2r^2} = \frac{2}{(Br)^2} \left( \frac{W}{q} \right) $$
使用した物理公式
- (5)で導出した関係式
上記の式に、与えられた測定値を代入します。
$$
\begin{aligned}
\frac{e}{m} &= \frac{2}{(1.60 \times 10^{-4})^2} \times (2.5 \times 10^3) \\[2.0ex]&= \frac{2 \times 2.5 \times 10^3}{1.60^2 \times (10^{-4})^2} \\[2.0ex]&= \frac{5.0 \times 10^3}{2.56 \times 10^{-8}} \\[2.0ex]&= \frac{5.0}{2.56} \times 10^{3 – (-8)} \\[2.0ex]&= 1.953… \times 10^{11}
\end{aligned}
$$
結果を有効数字2桁で答えるため、小数第2位を四捨五入します。
$$ \frac{e}{m} \approx 2.0 \times 10^{11} \text{ [C/kg]} $$
(5)で導き出した最終公式に、実験で得られた具体的な数値を代入して、電卓(または筆算)で計算するだけです。物理的な思考というよりは、算数の計算問題に近いパートです。
電子の比電荷の値は、約 \(2.0 \times 10^{11}\) C/kg と求められました。
現在知られている電子の比電荷の精密な値は \(1.7588 \times 10^{11}\) C/kg であり、今回の計算結果はオーダー(\(10^{11}\)の部分)が一致しており、係数部分も近い値となっています。問題で使われた測定値は、計算しやすいように調整されたものですが、トムソンの実験が電子の基本的な性質を正しく捉えていたことを示唆する、妥当な結果と言えます。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 荷電粒子が電磁場から受ける力:
- 核心: この問題全体を貫く最も基本的な法則は、荷電粒子が受ける2つの力、すなわち電場からの力(クーロン力)\( \vec{F}_E = q\vec{E} \) と磁場からの力(ローレンツ力)\( \vec{F}_B = q(\vec{v} \times \vec{B}) \) です。特に、電子の電荷が負(\(-e\))であるため、力の向きが電場やフレミングの法則の「電流の向き」とは逆になる点を正確に理解することが全ての設問の出発点となります。
- 理解のポイント: (1)ではクーロン力のみ、(4)ではローレンツ力のみ、(2)ではその両方がつり合う状況を扱います。これらの力を正しく立式できるかが、問題を解くための第一関門です。
- 運動の分解と運動方程式:
- 核心: 荷電粒子が力を受けて運動する様子を、ニュートンの運動方程式 \( ma=F \) を用いて記述することです。特に、力が複数の方向に働く場合、運動を直交する成分(x方向、y方向)に分解して考えるアプローチが極めて重要です。
- 理解のポイント:
- (1)の放物運動: x方向は力がなく等速運動、y方向は一定の力で等加速度運動。
- (4)の円運動: ローレンツ力が常に向心力として働き、等速円運動を引き起こす。
これらの運動の性質を見抜き、適切な運動方程式を立てることが核心です。
- 物理量の保存と変換:
- 核心: (5)では、多数の電子が持つ運動エネルギーの総和が、衝突によって熱エネルギーに変換されるというエネルギー保存則の考え方が用いられます。また、全電気量 \(q\) は電子1個の電気量 \(e\) の整数倍(\(Ne\))になるという、電気量保存則の考え方も基礎となっています。
- 理解のポイント: ミクロな粒子(電子)1個の性質(\(m, e, v_0\))と、マクロな測定量(\(W, q\))を結びつけるために、エネルギーと電気量という2つの保存量を介して関係を構築します。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 質量分析器: 電場と磁場を使い、イオンの質量や電荷に応じて進路を分離・測定する装置。本問の(2)の速度選択器と(4)の円運動の原理を組み合わせた典型的な応用例です。
- ホール効果: 電流が流れている導体に垂直に磁場をかけると、導体内部の荷電粒子(電子やホール)がローレンツ力を受けて偏り、導体の側面に電位差(ホール電圧)が生じる現象。力のつり合いの考え方が共通しています。
- サイクロトロン: 磁場中で荷電粒子を円運動させながら、電場で加速を繰り返す装置。ローレンツ力による円運動と、電場による加速という、本問で扱った要素が組み合わさっています。
- 初見の問題での着眼点:
- 荷電粒子の符号を確認する: まず、粒子が正電荷か負電荷かを確認します。これにより、電場や磁場から受ける力の向きが決まります。
- 力の図示を徹底する: 粒子に働く力をすべてベクトルで図示します。特にローレンツ力の向きは、フレミングの左手の法則(電流の向きは正電荷の運動方向)を慎重に適用して決定します。
- 運動の軌跡を予測する: 力の向きと初速度の向きの関係から、粒子がどのような軌道(直線、放物線、円、らせん)を描くかを大まかに予測します。これにより、どの物理法則(力のつり合い、等加速度運動、円運動など)を適用すべきかの方針が立ちます。
- 複数の実験条件の関係性を見抜く: トムソンの実験のように、複数の実験(i), (ii), (iii)… が段階的に行われる問題では、前の実験の結果(例:(2)の\(v_0\))が後の設問を解くためのキーになることが多いです。各実験の目的と結果のつながりを意識しましょう。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 力の向きの間違い:
- 誤解: 電子の電荷が負であることを忘れ、電場と同じ向きに力を受けるとしてしまう。また、フレミングの左手の法則で「電流の向き」に電子の運動方向をそのまま当てはめてしまい、ローレンツ力の向きを逆にする。
- 対策: 問題を解き始める前に「電子の電荷は\(-e\)」と大きくメモしておきましょう。フレミングの左手の法則を使う際は、「電流の向きは電子の動きと逆」と毎回唱えてから指を動かす習慣をつけるとミスが減ります。
- 向心力とローレンツ力の混同:
- 誤解: 円運動の運動方程式を立てる際に、向心力とローレンツ力の両方を力の項として書いてしまう(例:\(ma = F_{\text{向心}} + F_{\text{ローレンツ}}\))。
- 対策: 「向心力」とは、円運動を引き起こしている「原因となる力」の名称です。この問題では、ローレンツ力が向心力の「役割」を担っています。したがって、運動方程式は \(ma = F_{\text{ローレンツ}}\) となります。向心力は力の種類ではなく、力の働きを指す言葉だと理解しましょう。
- 記号の混同:
- 誤解: 電子の電気量 \(e\) と電場 \(E\) の記号が似ているため、式変形の途中で混同したり、書き間違えたりする。
- 対策: 意識して丁寧に書くことが基本です。特に \(eE\) のような積は、物理的な意味(電気量×電場=力)を常に意識しながら記述すると、間違いに気づきやすくなります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力のベクトル図: 各状況で、電子に働く力のベクトルを正確に描くことが最も重要です。(2)の直進条件では、上向きのクーロン力 \( \vec{F}_E \) と下向きのローレンツ力 \( \vec{F}_B \) が同じ長さで描かれ、合力がゼロになる様子を視覚的に捉えます。(4)の円運動では、速度ベクトル \( \vec{v} \) とローレンツ力ベクトル \( \vec{F}_B \) が常に直角を保ちながら、\( \vec{F}_B \) が円の中心を指し続ける様子をイメージします。
- 運動の軌跡の図解:
- (1) 電場のみ: x方向には等間隔、y方向には二次関数的に変位が増える点をプロットし、滑らかな放物線を描く。
- (4) 磁場のみ: コンパスで円を描くように、速度ベクトルに常に垂直な力が働き続けることで軌道が曲げられていく様子をイメージする。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 座標軸の設定: 問題で与えられたx, y軸を明記します。磁場の向き(z軸)も、紙面手前向き(\(\odot\))か奥向き(\(\otimes\))かを明確に図示します。
- 力の作用点: すべての力は電子の中心から生えているように描きます。
- 負電荷の明記: 図中の粒子に「\(-e\)」と書き込むことで、力の向きを間違えるリスクを減らします。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 運動方程式 (\(ma=F\)):
- 選定理由: (1)と(4)で、電子が力を受けて加速度運動(放物運動、円運動)をしているため、その運動の様子を記述する基本法則として選択します。
- 適用根拠: ニュートンの第二法則は、力と運動の変化(加速度)を結びつける物理学の根幹です。軌道が直線でない運動はすべて加速度運動であり、この法則の適用対象となります。
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: (2)で、電子が「直進する」=「加速度が0」という条件が与えられているため。
- 適用根拠: 加速度が0の場合、運動方程式 \(ma=F\) は \(0=F\) となり、これが力のつり合いの式そのものです。つまり、力のつり合いは運動方程式の特殊なケースと見なせます。
- 運動エネルギーの式 (\(K = \frac{1}{2}mv^2\)):
- 選定理由: (5)で、電子の運動が「熱エネルギー」という別の形態のエネルギーに変換される現象を扱うため。
- 適用根拠: エネルギーという統一的な尺度を用いることで、力学的な運動と熱現象という異なる物理現象を関係づけることができます。エネルギー保存則は、このような現象の橋渡しをする強力なツールです。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) \(\tan\theta\) の計算:
- 戦略: 放物運動をx, y成分に分解。y方向の運動方程式から加速後の速度を求め、x方向の速度との比をとる。
- フロー: ①x方向の運動から極板通過時間 \(t\) を求める (\(t=L/v_0\)) → ②y方向の運動方程式 (\(ma_y=eE\)) から加速度 \(a_y\) を求める → ③y方向の速度 \(v_y\) を計算する (\(v_y=a_yt\)) → ④\(\tan\theta = v_y/v_x\) を計算。
- (2) \(v_0\) の計算:
- 戦略: 電子が直進する条件=y方向の力がつり合う。
- フロー: ①電場による力 \(F_E=eE\) を立式 → ②ローレンツ力 \(F_B=ev_0B\) を立式 → ③力のつり合いの式 (\(F_E=F_B\)) を立て、\(v_0\) について解く。
- (3) \(e/m\) の計算 (その1):
- 戦略: (1)と(2)で得た式を連立させ、\(v_0\) を消去する。
- フロー: ①(1)の式 \(\tan\theta = \dots\) と(2)の式 \(v_0 = \dots\) を準備 → ②(2)の式を(1)の式に代入 → ③得られた式を \(e/m\) について整理する。
- (4) 円運動の関係式の証明:
- 戦略: ローレンツ力を向心力とする円運動の運動方程式を立てる。
- フロー: ①円運動の運動方程式 \(m(v_0^2/r) = F\) を準備 → ②向心力 \(F\) がローレンツ力 \(ev_0B\) であることを代入 → ③式を整理して \(Br = mv_0/e\) を導く。
- (5) \(e/m\) の計算 (その2):
- 戦略: エネルギーと電気量の関係式、および(4)の式を連立させ、\(N\) と \(v_0\) を消去する。
- フロー: ①エネルギーの関係式 (\(W = \frac{1}{2}Nmv_0^2\)) と電気量の関係式 (\(q=Ne\)) を立てる → ②2式の比をとって \(N\) を消去 (\(W/q = \dots\)) → ③(4)の式を \(v_0\) について解いたものを代入し、\(v_0\) を消去 → ④得られた式を \(e/m\) について整理する。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題のように複数の式を組み合わせる場合、途中で数値を代入せず、最後まで文字式のまま計算を進めるのが鉄則です。これにより、式変形の過程で物理的な意味を見失いにくくなり、間違いも発見しやすくなります。
- 分数の整理を丁寧に行う: (3)の計算のように、分母にさらに分数が現れる(繁分数)場合、焦らずに一つずつ処理しましょう。\( \displaystyle\frac{A}{B/C} = \frac{AC}{B} \) のような変形を正確に行うことが重要です。
- 単位の確認: (6)の計算では、\(Br\) の単位が [kg・m/(s・C)] と複雑ですが、これは \(mv/e\) の単位([kg・m/s]/[C])と一致していることを確認できます。最終的に \(e/m\) の単位が [C/kg] になることを意識すると、計算ミスに気づくきっかけになります。
- 式の変形による工夫: (6)の計算で、\(\displaystyle\frac{2W}{qB^2r^2}\) を \(\displaystyle\frac{2}{(Br)^2} \cdot \frac{W}{q}\) と変形することで、与えられた測定値の塊を直接代入でき、計算が楽になると同時にミスも減らせます。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) \(\tan\theta\): \(\tan\theta = \displaystyle\frac{eEL}{mv_0^2}\) という結果は、\(e, E, L\) が大きいほど、\(m, v_0\) が小さいほど傾きが大きくなることを示しており、直感と一致します。
- (3)と(5)の比較: この問題では、比電荷 \(e/m\) を2つの異なる方法で測定しました。一つは粒子の「軌道」(\(\tan\theta\))から、もう一つは「エネルギー」(\(W\))からです。全く異なる実験手法から同じ物理量(比電荷)を導出できること自体が、物理法則の普遍性を示しています。もし2つの式が矛盾した形になれば、どこかの過程で論理的な誤りがある証拠となります。
- 極端な場合を考える(思考実験):
- もし磁場 \(B\) を非常に強くしたらどうなるか? (2)の式 \(v_0=E/B\) によれば、同じ電場 \(E\) で直進させるためには、速度 \(v_0\) は非常に小さくなくてはなりません。(4)の式 \(r=mv_0/eB\) によれば、半径 \(r\) は非常に小さくなり、電子はきつく曲がります。これらの考察は、式の物理的な意味を深く理解する助けになります。
- 数値のオーダーの確認:
- (6)で得られた \(2.0 \times 10^{11}\) C/kg という値は非常に大きい値です。これは、電子の質量 \(m\) が極めて小さい(約 \(9.1 \times 10^{-31}\) kg)のに対し、電気素量 \(e\) はそれほど小さくない(約 \(1.6 \times 10^{-19}\) C)ため、その比が大きくなることを反映しています。このように、得られた数値のオーダーが大まかにでも妥当かどうかを考える習慣は重要です。
437 ミリカンの実験
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、物理学の歴史において極めて重要な「ミリカンの油滴の実験」を題材にしています。この実験は、電気の基本単位である「電気素量 \(e\)」の値を精密に測定し、また電気が連続的な量ではなく、電気素量 \(e\) を単位とする粒子(電子)から構成されていること(電気量の量子性)を証明したものです。
この問題の核心は、油滴に働く「重力」「空気抵抗」「電気力」という3つの力のつり合いを正確に分析し、実験データと結びつけて物理的な結論を導き出す過程を理解することです。
- 油滴の密度: \(\rho\)
- 油滴の半径: \(r\)
- 油滴が受ける空気抵抗: \(krv\) (kは比例定数, vは速さ)
- 重力加速度: \(g\)
- 電極板の間隔: \(d\)
- (1) 電場がない状態で、油滴が終端速度 \(v_0\) で落下するときの半径 \(r\)。
- (2) 電圧 \(V_c\) をかけた電場中で、電荷 \(q\) を持つ油滴が一定の速さ \(v_1\) で上昇するときの電荷 \(q\)。
- (3) \(v_0=v_1\) となる油滴について測定した電圧 \(V_c\) のデータから、電荷が \(q=ne\) (nは自然数, eは電気素量)の関係にあることを示すこと。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「ミリカンの実験における力のつり合いと電気量の量子性」です。丁寧な力の分析と、実験データの解釈が求められます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 力のつり合い: 油滴が一定の速さ(終端速度)で運動しているとき、油滴に働く力の合力はゼロです。
- 働く力の特定: 油滴には「重力」「空気抵抗」「電気力」の3つが働きます。それぞれの力の向きと大きさを正しく把握することが重要です。
- 複数条件の連立: (1)の電場がない状態でのつり合いと、(2)の電場がある状態でのつり合いの結果を関連付けて解き進めます。
- 実験データの解釈: (3)では、得られた関係式に基づいて実験データを分析し、物理的な意味(電気量の量子性)を導き出します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、電場がない状態での油滴に働く「重力」と「空気抵抗」のつり合いの式を立て、半径\(r\)を求めます。
- (2)では、電場がある状態での油滴に働く「電気力」「重力」「空気抵抗」のつり合いの式を立てます。このとき、(1)で得られた関係を利用して式を簡潔にし、電荷\(q\)を求めます。
- (3)では、(2)で導いた式に \(v_0=v_1\) という条件を適用し、電荷\(q\)と電圧\(V_c\)の関係を明らかにします。その関係を用いて与えられた実験データを分析し、結論を導きます。
問(1)
思考の道筋とポイント
油滴が一定の速さ(終端速度)\(v_0\)で落下している状況を考えます。これは、油滴に働く力がつり合っている状態を意味します。油滴に働く力は、鉛直下向きの「重力」と、運動を妨げる向き、すなわち鉛直上向きの「空気抵抗」の2つです。
この設問における重要なポイント
- 重力の計算: 油滴の質量を \(m\) とすると、重力は \(mg\) です。質量 \(m\) は「密度 \(\rho\) × 体積 \(V\)」で計算できます。油滴は半径 \(r\) の球なので、体積は \(V = \frac{4}{3}\pi r^3\) です。
- 空気抵抗: 問題文より、速さ \(v_0\) のときの抵抗力は上向きに \(krv_0\) です。
- 力のつり合い: 鉛直方向の力のつり合いから、「重力 = 空気抵抗」という式を立てます。
具体的な解説と立式
油滴に働く力は以下の通りです。
- 重力 \(W\): 鉛直下向き。大きさは \(W = mg = \left(\frac{4}{3}\pi r^3 \rho\right)g\)。
- 空気抵抗 \(F_0\): 鉛直上向き。大きさは \(F_0 = krv_0\)。
油滴は一定速度で落下しているので、これらの力はつり合っています。
$$ \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g = krv_0 $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 球の体積: \(V = \frac{4}{3}\pi r^3\)
上記で立てた力のつり合いの式を \(r\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g &= krv_0 \\[2.0ex]\end{aligned}
$$
両辺を \(r\) で割ると(\(r \neq 0\))、
$$
\begin{aligned}
\frac{4}{3}\pi r^2 \rho g &= kv_0 \\[2.0ex]r^2 &= \frac{3kv_0}{4\pi\rho g} \\[2.0ex]r &= \sqrt{\frac{3kv_0}{4\pi\rho g}}
\end{aligned}
$$
油滴が一定の速さでふわふわと落ちていくのは、地球が下に引っぱる力(重力)と、空気が上に押し返す力(抵抗力)がちょうど同じ大きさで釣り合っているからです。この「力のバランス」を数式にして、そこから油滴の半径\(r\)を計算します。
油滴の半径は \(r = \sqrt{\displaystyle\frac{3kv_0}{4\pi\rho g}}\) となります。
この式から、終端速度 \(v_0\) が大きいほど、油滴の半径 \(r\) も大きいことがわかります。これは、重い(大きい)油滴ほど速く落下するという日常的な感覚と一致しており、物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
今度は、電圧をかけて電場を作り、正に帯電した油滴を一定の速さ \(v_1\) で上昇させる状況です。この場合も、油滴に働く力はつり合っています。働く力は、上向きの「電気力」と、下向きの「重力」および「空気抵抗」の3つです。
この設問における重要なポイント
- 働く力の分析:
- 電気力: 正電荷 \(q\) を持つ油滴は、電場の向きに力を受けます。油滴が上昇していることから、電気力は上向きです。大きさは \(F_E = qE\)。電場の強さ \(E\) は、電圧 \(V_c\) と極板間隔 \(d\) を用いて \(E = V_c/d\) と表せます。
- 重力: (1)と同じく、下向きに \(W = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\)。
- 空気抵抗: 油滴は速さ \(v_1\) で「上昇」しているため、抵抗力は運動を妨げる向き、すなわち「下向き」に働きます。大きさは \(krv_1\)。
- 力のつり合い: 「上向きの力 = 下向きの力の合計」なので、\(F_E = W + F_1\) という式を立てます。
- (1)の結果の活用: (1)のつり合いの式 \(\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g = krv_0\) を使うと、重力 \(W\) を抵抗力に関連する項で置き換えることができ、計算が非常に簡潔になります。
具体的な解説と立式
油滴に働く力は以下の通りです。
- 電気力 \(F_E\): 鉛直上向き。大きさは \(F_E = qE = q\displaystyle\frac{V_c}{d}\)。
- 重力 \(W\): 鉛直下向き。大きさは \(W = \displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\)。
- 空気抵抗 \(F_1\): 鉛直下向き。大きさは \(F_1 = krv_1\)。
油滴は一定速度で上昇しているので、これらの力はつり合っています。
$$ q\frac{V_c}{d} = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g + krv_1 \quad \cdots ① $$
ここで、(1)で導いた関係式 \(\displaystyle\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g = krv_0\) を①式に代入します。
$$ q\frac{V_c}{d} = krv_0 + krv_1 \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 一様な電場: \(E = V/d\)
②式を \(q\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
q\frac{V_c}{d} &= kr(v_0 + v_1) \\[2.0ex]q &= \frac{kd(v_0 + v_1)}{V_c} r
\end{aligned}
$$
このままでも \(q\) を表す式ですが、問題の模範解答では \(r\) を消去しているため、(1)で求めた \(r = \sqrt{\displaystyle\frac{3kv_0}{4\pi\rho g}}\) を代入します。
$$
q = \frac{kd(v_0 + v_1)}{V_c} \sqrt{\frac{3kv_0}{4\pi\rho g}}
$$
今度は、電気の力で油滴を上に持ち上げます。油滴が一定の速さで上に昇っていくのは、上向きの「電気力」と、下向きの「重力」と「空気抵抗」の合計が、ちょうど釣り合っているからです。この新しい力のバランスの式を立て、(1)でわかった「重力は終端速度での抵抗力と同じ大きさ」という事実も使って、油滴が持つ電気の量 \(q\) を計算します。
油滴の電荷は \(q = \displaystyle\frac{kd(v_0 + v_1)}{V_c} \sqrt{\frac{3kv_0}{4\pi\rho g}}\) となります。
この式は、油滴の電荷 \(q\) を、実験で測定可能な量(\(k, d, v_0, v_1, V_c, \rho, g\))だけで表しています。この関係式こそが、ミリカンの実験で電気素量を測定するための鍵となります。
問(3)
思考の道筋とポイント
「\(v_0\) と \(v_1\) が等しいもののみに着目」という特別な条件の下で実験を行ったデータが与えられています。この条件を(2)で求めた式に適用すると、電荷 \(q\) と電圧 \(V_c\) の間にどのような関係が成り立つかを調べることができます。その関係と実験データを比較することで、電荷の性質に関する重要な結論を導き出します。
この設問における重要なポイント
- 条件の適用: (2)で導いた関係式に \(v_1 = v_0\) を代入します。
- 関係式の分析: \(v_1 = v_0\) のとき、(2)の途中の式 \(q = \frac{kd(v_0 + v_1)}{V_c} r\) は \(q = \frac{2kdv_0}{V_c} r\) となります。この実験では、同じ油滴(\(r\)が一定)を使い、同じ速さ(\(v_0\)が一定)で動かしているので、\(k, d, v_0, r\) はすべて定数です。したがって、\(q\) と \(V_c\) の間には \(q \propto \frac{1}{V_c}\) 、すなわち \(qV_c = (\text{定数})\) という反比例の関係が成り立ちます。
- データの解釈: この反比例の関係は、電荷 \(q\) の比が、対応する電圧 \(V_c\) の「逆数」の比に等しいことを意味します。与えられた電圧のデータから、この比を計算します。
具体的な解説と立式
(2)の計算過程で得られた式
$$ q = \frac{kd(v_0 + v_1)}{V_c} r $$
に、条件 \(v_1 = v_0\) を代入すると、
$$ q = \frac{kd(v_0 + v_0)}{V_c} r = \frac{2kdv_0 r}{V_c} $$
この式において、\(2kdv_0 r\) は定数なので、電荷 \(q\) は電圧 \(V_c\) に反比例します。
したがって、測定された異なる電荷を \(q_1, q_2, q_3, q_4\)、それに対応する電圧を \(V_1, V_2, V_3, V_4\) とすると、その比は次のようになります。
$$ q_1 : q_2 : q_3 : q_4 = \frac{1}{V_1} : \frac{1}{V_2} : \frac{1}{V_3} : \frac{1}{V_4} $$
使用した物理公式
- (2)で導出した関係式
与えられた電圧の値 \(V_c = 684, 342, 228, 171\) [V] を用いて、電荷の比を計算します。
$$
\begin{aligned}
q_1 : q_2 : q_3 : q_4 &= \frac{1}{684} : \frac{1}{342} : \frac{1}{228} : \frac{1}{171}
\end{aligned}
$$
この比を簡単な整数比にするため、各項に \(171\) を掛けてみます。
$$
\begin{aligned}
(\text{比}) &= \frac{171}{684} : \frac{171}{342} : \frac{171}{228} : \frac{171}{171} \\[2.0ex]&= \frac{1}{4} : \frac{1}{2} : \frac{3}{4} : 1
\end{aligned}
$$
さらに、各項に \(4\) を掛けて整数にすると、
$$ (\text{比}) = 1 : 2 : 3 : 4 $$
この結果は、測定された電荷 \(q\) が、ある最小単位の電荷の \(1\) 倍, \(2\) 倍, \(3\) 倍, \(4\) 倍… という、とびとびの値しかとらないことを示しています。この最小単位の電荷が電気素量 \(e\) に相当します。
したがって、電荷 \(q\) は自然数 \(n\) を用いて \(q=ne\) という関係にあることが示されました。
(2)で求めた式に「落下の速さと上昇の速さが同じ」という条件を入れると、「電気量 \(q\) と、そのときに必要な電圧 \(V_c\) は反比例する」というシンプルな関係が見えてきます。そこで、実験で測定された電圧の値の「逆数」の比を計算してみます。すると、その比が「1 : 2 : 3 : 4」という、とてもきれいな整数の比になることがわかります。これは、油滴が持つことができる電気の量が、実は「電気のつぶ」の1個ぶん、2個ぶん、3個ぶん…というように決まっていること、つまり「電気量には最小単位がある」ということを示しています。
実験データから、電荷の比が \(1:2:3:4\) という簡単な整数比になることが示されました。これは、油滴の帯電量が連続的な値をとるのではなく、ある基本単位(電気素量 \(e\))の整数倍の値しかとらない、すなわち「電気量が量子化されている」ことを示す強力な実験的証拠です。したがって、\(q=ne\) の関係があることが示されました。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 力のつり合い:
- 核心: この問題のすべての設問は、油滴が一定速度で運動している、すなわち「力がつり合っている」という状況に基づいています。油滴に働く「重力」「空気抵抗」「電気力」の3つの力を正しく特定し、向きを考慮してつり合いの式を立てることが最も重要です。
- 理解のポイント: 速度の向きによって空気抵抗の向きが変わる点(落下時は上向き、上昇時は下向き)を正確に把握することが、正しい立式の鍵となります。
- 電気量の量子性:
- 核心: (3)の設問は、単なる計算問題ではなく、物理学上の大発見である「電気量の量子性」を実験データから導き出す思考プロセスそのものです。\(qV_c=\text{定数}\) という関係を導き、実験データが \(q \propto n\) (\(n\)は自然数)となることを示すことが、この問題のクライマックスです。
- 理解のポイント: 物理学では、理論から導かれる関係式と、実際の実験データを比較検討することで、自然界の法則性を明らかにしていきます。この問題は、その科学的な探求プロセスを体験させてくれます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 終端速度の問題: 雨粒の落下や、液体中の微粒子の沈降など、流体中の物体が重力と抵抗力を受けて等速運動する問題。力のつり合いを考えるアプローチは全く同じです。
- 電気泳動: 電場の中で荷電した高分子(DNAやタンパク質など)が移動する現象。電気力と抵抗力がつり合ったときの移動速度を考える点で、本問と共通しています。
- 初見の問題での着眼点:
- 運動の状態を把握する: 問題文の「一定の速さで」「十分に時間が経過し」といった記述は、加速度が0、すなわち「力のつり合い」を適用するサインです。
- 働く力をすべてリストアップし、図示する: 重力、抵抗力、電気力、浮力など、考えられる力をすべて描き出し、それぞれの向きを正確に把握します。
- 複数条件の関連性を探る: (1)と(2)のように、異なる状況設定の問題が連続している場合、(1)で得られた関係式(特に \(mg = krv_0\) のような力の関係)が(2)を解く上で強力なヒントになることが多いです。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 抵抗力の向きの間違い:
- 誤解: 抵抗力は常に重力と反対向きだと勘違いし、(2)の上昇時にも上向きに描いてしまう。
- 対策: 抵抗力は「常に速度と逆向き」と覚えましょう。物体が落下していれば上向きに、上昇していれば下向きに働きます。必ず速度の向きを確認してから抵抗力の向きを決めましょう。
- 重力の計算ミス:
- 誤解: 油滴の質量を安易に \(m\) と置いてしまい、具体的な計算ができなくなる。
- 対策: 問題文に密度 \(\rho\) と半径 \(r\) が与えられている場合、質量は \(m = (\text{密度}) \times (\text{体積}) = \rho \cdot \frac{4}{3}\pi r^3\) と計算する必要があることを常に意識しましょう。
- (2)の計算で(1)の結果を有効活用できない:
- 誤解: (2)のつり合いの式に出てくる重力の項 \(\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g\) を、(1)で求めた \(r\) の複雑な式を代入して計算しようとしてしまい、計算が煩雑になる。
- 対策: (1)のつり合いの式 \(\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g = krv_0\) は、「重力の大きさは、終端速度\(v_0\)のときの抵抗力と等しい」という物理的な意味を持っています。この関係をそのまま利用して、(2)の式の重力の項を \(krv_0\) に置き換えることで、見通しが良く、計算も簡単な式に変形できます。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力のベクトル図: (1)と(2)のそれぞれの状況で、油滴に働く力のベクトルを矢印で描くことが極めて有効です。(1)では下向きの重力と上向きの抵抗力が同じ長さ。(2)では上向きの電気力と、下向きの重力・抵抗力の合計が同じ長さになる様子を視覚的に捉えることで、立式ミスを防げます。
- ミクロとマクロの架け橋のイメージ: 目に見える油滴(マクロな物体)の運動を、顕微鏡を覗きながらストップウォッチで測定することで、目に見えない電子(ミクロな粒子)の持つ電気の量という、自然界の根源的な性質を探っている、という実験のスケール感をイメージすると、問題への興味が深まります。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 力の矢印の始点: すべての力は油滴の中心から生えているように描きます。
- 力の矢印の長さ: つり合っている力は、同じ長さの矢印で描くことで、力のバランスを視覚的に確認できます。
- 運動方向の明記: 速度ベクトル \(\vec{v}\) を矢印で描き、落下しているのか上昇しているのかを明確にすることで、抵抗力の向きを間違えにくくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: 問題文に「一定の速さで」「十分に時間が経過したとき」という記述があるため。これは物理学的に「加速度が0」の状態を意味し、ニュートンの運動法則 \(ma=F\) において \(a=0\) とした状態、すなわち力の合力が0であることを示します。
- 適用根拠: 物体が静止または等速直線運動している場合、その物体に働く力はすべてつり合っている、という力学の基本原理を適用します。
- 一様な電場 (\(E=V/d\)):
- 選定理由: 平行な電極板間に電圧 \(V_c\) をかけた状況であり、このとき極板間には一様な電場 \(E\) が生じるため。
- 適用根拠: 電位(電圧)と電場の関係を表す基本公式です。これにより、測定可能な電圧 \(V_c\) から、力を計算するために必要な電場 \(E\) を求めることができます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 半径の計算:
- 戦略: 電場なしでの落下運動に着目し、重力と空気抵抗のつり合いを立てる。
- フロー: ①油滴に働く力(重力、抵抗力)を図示 → ②力のつり合いを立式 (\(\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g = krv_0\)) → ③式を\(r\)について解き、計算。
- (2) 電荷の計算:
- 戦略: 電場ありでの上昇運動に着目し、電気力、重力、空気抵抗のつり合いを立てる。
- フロー: ①油滴に働く力(電気力、重力、抵抗力)を図示 → ②力のつり合いを立式 (\(q(V_c/d) = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho g + krv_1\)) → ③(1)の関係式 \(\frac{4}{3}\pi r^3 \rho g = krv_0\) を代入して重力の項を消去 → ④式を\(q\)について解き、(1)で求めた\(r\)の式を代入して整理。
- (3) 電気量の量子性の証明:
- 戦略: (2)で得た関係式に \(v_1=v_0\) の条件を適用し、\(q\) と \(V_c\) の関係を導く。その関係を用いて実験データを解析する。
- フロー: ①(2)の式に \(v_1=v_0\) を代入し、\(qV_c = \text{定数}\) の関係を導く → ②\(q\) の比が \(V_c\) の逆数の比に等しいことを確認 → ③実験データの \(V_c\) の逆数の比を計算 → ④比が簡単な整数比になることを示し、\(q=ne\) の関係を結論づける。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題では、最後まで文字式のまま計算を進め、物理量間の関係性を明確に保つことが重要です。特に(2)で(1)の関係式を代入する際に、このテクニックが有効です。
- 比の計算の工夫: (3)で逆数の比を計算する際、通分して最小公倍数を探すのは大変です。それよりも、分母の最小値(この場合は171)を各項に掛けて、まず簡単な分数比(\(\frac{1}{4}:\frac{1}{2}:\frac{3}{4}:1\))に直し、そこから改めて整数比(\(1:2:3:4\))に直すという二段階の操作を行うと、計算ミスが減り、見通しも良くなります。
- 単位の確認: 各物理量の単位を意識することで、式の妥当性を確認できます。例えば、\(krv\) が力の単位 [N] になるように、比例定数 \(k\) の単位は [N/m²] であることなどがわかります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (2) 電荷 \(q\) の式: \(q\) は \(v_0+v_1\) に比例し、\(V_c\) に反比例します。これは、速く動かす(\(v_0+v_1\)が大きい)ほど多くの電荷が必要、あるいは、強い電圧(\(V_c\)が大きい)をかければ少ない電荷でも動かせる、という直感と一致します。
- (3) 整数比: 実際の実験データが、理論から予測される関係(\(q \propto 1/V_c\))に従い、きれいな整数比になったという事実は、この実験のモデル(3つの力のつり合い)と、そこから導かれる結論(電気量の量子性)が非常に確からしいことを示しています。もし比がぐちゃぐちゃな値になれば、実験の失敗か、理論モデルの間違いを疑うことになります。
- 別解との比較:
- この問題の解法は、力のつり合いという一本道であり、本質的な別解は存在しにくいです。しかし、(2)の計算で \(mg=krv_0\) を使う方法と、使わずに \(r\) の式を直接代入する方法を比較すると、前者のほうが物理的意味を保ったままスマートに計算できることがわかります。よりエレガントな解法を常に意識する習慣は、応用力を高めます。
438 光電効果
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、アインシュタインが理論的に説明し、ノーベル物理学賞の受賞理由ともなった「光電効果」に関するものです。光が粒子(光子)としての性質を持つことを示す重要な現象であり、現代物理学の扉を開いた実験の一つです。
この問題の核心は、「光電効果の式」と、光電子の運動を妨げる「仕事とエネルギーの関係」という2つの物理法則を正しく理解し、それらをグラフのデータと結びつけて物理定数(プランク定数 \(h\) や仕事関数 \(W\))を導き出す能力が問われます。
- 金属Kの仕事関数: \(W\) [J]
- 入射光の振動数: \(\nu\) [Hz]
- 飛び出す光電子の速さの最大値: \(v\) [m/s]
- Kに対するPの電位が負となる電圧を加え、その大きさを増していくと、\(V_0\) [V]で陽極電流が0になった。(\(V_0\)は正の値)
- 電子の質量: \(m\) [kg]
- 電子の電気量: \(-e\) [C] (\(e=1.6 \times 10^{-19}\) C)
- プランク定数: \(h\) [J・s]
- 光速: \(c=3.0 \times 10^8\) m/s
- 阻止電圧の大きさ \(V_0\) と \(\nu\) の関係を示すグラフ(縦軸は\(V_0\)、ただしグラフの値は負でプロットされているため、縦軸は実際には電位そのものを表していると解釈するのが自然だが、設問の指示と模範解答の方針に従い、\(V_0\)を正の値として扱う)
- (1) 阻止電圧の大きさ \(V_0\) を、\(m, e, v\) を用いて表すこと。
- (2) 光子1個のエネルギー \(h\nu\) を、\(e, V_0, W\) を用いて表すこと。
- (3) \(V_0\) と \(\nu\) の関係式を、\(W, e, h\) を用いて示すこと。
- (4) グラフから限界波長 \(\lambda_0\) を求めること。
- (5) グラフからプランク定数 \(h\) と仕事関数 \(W\) の値を求めること。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「光電効果とエネルギー保存則」です。光の粒子性とエネルギーの考え方を融合させて解く必要があります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 光電効果の式: 光子1個のエネルギー \(h\nu\) は、電子を金属から引き出すための仕事(仕事関数 \(W\))と、飛び出した電子の運動エネルギー \(K_{\text{最大}}\) の和に等しい。(\(h\nu = W + K_{\text{最大}}\))
- 仕事とエネルギーの関係: 電子が電場(電位差)の中を移動するとき、その運動エネルギーは静電気力がする仕事の分だけ変化します。
- グラフの解釈: 物理法則から導かれた関係式と、実験結果であるグラフの傾きや切片を対応させることで、未知の物理量を決定します。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、陰極Kを飛び出した電子が陽極Pに到達できなくなるギリギリの条件を考え、「仕事とエネルギーの関係」から阻止電圧の大きさ \(V_0\) を求めます。
- (2)では、アインシュタインの光電効果の式を立て、(1)の結果と組み合わせて光子のエネルギーを表します。
- (3)では、(2)で得られた式を \(V_0\) について整理し、グラフの縦軸と横軸の変数の関係式を導きます。
- (4)(5)では、(3)で導いた関係式とグラフの情報を比較します。グラフの切片から限界振動数 \(\nu_0\) を読み取り、波長に変換します。また、グラフの傾きと切片の値から、プランク定数 \(h\) と仕事関数 \(W\) を計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
陰極Kから最大の速さ \(v\) で飛び出した電子が、陽極Pの直前でちょうど速さが0になる条件を考えます。これは、電子が持つ最初の運動エネルギーが、電場からされた仕事によってすべて失われたことを意味します。この仕事とエネルギーの関係から、阻止電圧の大きさ \(V_0\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 仕事とエネルギーの関係: (後の運動エネルギー) – (前の運動エネルギー) = (された仕事)。
- 電場がする仕事: 電荷 \(q\) の粒子が電位差 \(\Delta V\) の間を移動するとき、電場がする仕事は \(W_{\text{電場}} = q\Delta V\) です。電子の電荷は \(-e\)、Kに対するPの電位は \(-V_0\) なので、電位差は \(\Delta V = -V_0\)。よって、電場がする仕事は \((-e)(-V_0) = eV_0\) となりますが、これは電子が電位の低い方から高い方へ移動する場合です。今回は電子が電位の高いK(0V)から電位の低いP(\(-V_0\)V)へ移動するため、電場から負の仕事をされます。その仕事は \(-eV_0\) となります。
- 条件設定:
- 陰極Kでの運動エネルギー: \(\frac{1}{2}mv^2\)
- 陽極Pでの運動エネルギー: \(0\)
具体的な解説と立式
電子の運動エネルギーの変化が、電場からされた仕事に等しいという関係(仕事とエネルギーの定理)を立てます。
(後の運動エネルギー) – (前の運動エネルギー) = (電場がした仕事)
$$ 0 – \frac{1}{2}mv^2 = -eV_0 $$
ここで、\(V_0\) は阻止電圧の大きさ(正の値)です。
使用した物理公式
- 仕事とエネルギーの関係
- 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
上記で立てた仕事とエネルギーの関係式を \(V_0\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
-\frac{1}{2}mv^2 &= -eV_0 \\[2.0ex]V_0 &= \frac{mv^2}{2e}
\end{aligned}
$$
陰極を飛び出した電子は、運動エネルギーという「財産」を持っています。しかし、陽極に向かう途中、進行を妨げる逆向きの電場によって「負の仕事」をされ、エネルギーを奪われていきます。陽極にギリギリたどり着けないということは、持っていた運動エネルギーをすべて奪われてしまった状態です。この「失った運動エネルギー」と「電場にされた仕事」が等しいという関係から、電圧の大きさ \(V_0\) を計算します。
阻止電圧の大きさは \(V_0 = \displaystyle\frac{mv^2}{2e}\) となります。
この式は、電子の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) が大きいほど、それを止めるためにより大きな電圧 \(V_0\) が必要になることを示しており、物理的に妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
光電効果の基本法則であるアインシュタインの光電効果の式を立てます。これは、入射した光子1個のエネルギーが、電子を金属から取り出すための「仕事関数 \(W\)」と、飛び出した電子の「運動エネルギー」に分配されるというエネルギー保存則です。
この設問における重要なポイント
- 光電効果の式: 光子1個のエネルギーは \(h\nu\)。飛び出す電子の運動エネルギーの最大値は \(\frac{1}{2}mv^2\)。したがって、エネルギー保存則は \(h\nu = W + \frac{1}{2}mv^2\) となります。
- (1)の結果の利用: (1)で求めた関係式 \(V_0 = \frac{mv^2}{2e}\) を変形した \(\frac{1}{2}mv^2 = eV_0\) を使い、光電効果の式から運動エネルギーの項を消去します。
具体的な解説と立式
アインシュタインの光電効果の式は、
$$ h\nu = W + \frac{1}{2}mv^2 \quad \cdots ① $$
と表せます。
一方、(1)の結果から、電子の運動エネルギーは阻止電圧の大きさ \(V_0\) を用いて次のように表せます。
$$ \frac{1}{2}mv^2 = eV_0 \quad \cdots ② $$
②式を①式に代入して、運動エネルギーの項を消去します。
使用した物理公式
- アインシュタインの光電効果の式: \(h\nu = W + K_{\text{最大}}\)
- (1)で導出した関係式
②式を①式に代入します。
$$
\begin{aligned}
h\nu &= W + eV_0
\end{aligned}
$$
問題では光子のエネルギー \(h\nu\) を表すよう求められているので、この式がそのまま答えとなります。
光が金属に当たって電子が飛び出す現象は、光の粒(光子)が持っている全エネルギーを、電子が「金属から脱出するための通行料(仕事関数)」と「飛び出した後の運動エネルギー(おつり)」に分けるようなものです。このエネルギーの分配ルールを数式にし、(1)で求めた「運動エネルギーと電圧の関係」を使って、光子のエネルギーを電圧の式で書き換えます。
光子のエネルギーは \(h\nu = eV_0 + W\) と表せます。
この式は、光電効果という量子現象と、電場中の電子の運動という古典的な現象を結びつける重要な関係式です。
問(3)
思考の道筋とポイント
(2)で得られた関係式 \(h\nu = eV_0 + W\) を、グラフの縦軸である \(V_0\) について解き、横軸である \(\nu\) の関数として表します。これにより、グラフがなぜ直線になるのか、その傾きや切片が何に対応するのかが明らかになります。
この設問における重要なポイント
- 式の変形: \(h\nu = eV_0 + W\) を \(V_0 = \dots\) の形に変形します。
- 一次関数の形との比較: 得られた式を、一次関数 \(y = ax+b\) の形と比較します。
- \(y\) が \(V_0\) に対応
- \(x\) が \(\nu\) に対応
- 傾き \(a\) が \(\frac{h}{e}\) に対応
- y切片 \(b\) が \(-\frac{W}{e}\) に対応
具体的な解説と立式
(2)で求めた関係式
$$ h\nu = eV_0 + W $$
を \(V_0\) について整理します。
$$ eV_0 = h\nu – W $$
両辺を \(e\) で割ると、
$$ V_0 = \frac{h}{e}\nu – \frac{W}{e} $$
となります。
使用した物理公式
- (2)で導出した関係式
上記の式の導出が計算過程そのものです。
(2)で立てた光電効果の法則の式を、グラフの形(縦軸\(V_0\)、横軸\(\nu\))に合わせて変形します。すると、この式が数学で習う一次関数 \(y=ax+b\) と全く同じ形をしていることがわかります。この式の「傾き」や「切片」が、プランク定数や仕事関数といった物理的に重要な量に対応していることを見抜きます。
\(V_0\) と \(\nu\) の関係は \(V_0 = \displaystyle\frac{h}{e}\nu – \frac{W}{e}\) と表せます。
この式は、\(V_0\) が \(\nu\) の一次関数であることを示しており、実験結果のグラフが直線であることと理論的に一致します。この式が、(4)と(5)でグラフから物理定数を読み取るための基礎となります。
問(4)
思考の道筋とポイント
限界波長 \(\lambda_0\) とは、光電効果が起こる(電子が飛び出す)ギリギリの波長のことです。これは、限界振動数 \(\nu_0\) に対応します。グラフから限界振動数 \(\nu_0\) を読み取り、波の基本式 \(c = \lambda \nu\) を用いて限界波長 \(\lambda_0\) に変換します。
この設問における重要なポイント
- 限界振動数 \(\nu_0\): グラフで \(V_0=0\) となる点の横軸の値が限界振動数 \(\nu_0\) です。\(V_0=0\) とは、電子が飛び出すものの、その運動エネルギーがゼロである状態を意味します。
- グラフの読み取り: グラフの横軸切片が限界振動数 \(\nu_0\) にあたります。図から \(\nu_0 = 4.4 \times 10^{14}\) Hz と読み取れます。
- 波の基本式: 光速 \(c\)、波長 \(\lambda\)、振動数 \(\nu\) の間には \(c = \lambda \nu\) の関係があります。限界波長 \(\lambda_0\) と限界振動数 \(\nu_0\) の間にも \(c = \lambda_0 \nu_0\) が成り立ちます。
具体的な解説と立式
グラフが横軸と交わる点は、\(V_0=0\) となる点です。このときの振動数が限界振動数 \(\nu_0\) です。
グラフから、
$$ \nu_0 = 4.4 \times 10^{14} \text{ [Hz]} $$
波の基本式 \(c = \lambda_0 \nu_0\) より、限界波長 \(\lambda_0\) は、
$$ \lambda_0 = \frac{c}{\nu_0} $$
と求められます。
使用した物理公式
- 波の基本式: \(c = \lambda \nu\)
上記で立てた式に、与えられた値とグラフから読み取った値を代入します。
$$
\begin{aligned}
\lambda_0 &= \frac{3.0 \times 10^8}{4.4 \times 10^{14}} \\[2.0ex]&= \frac{3.0}{4.4} \times 10^{8-14} \\[2.0ex]&= 0.6818… \times 10^{-6} \\[2.0ex]&\approx 6.8 \times 10^{-7} \text{ [m]}
\end{aligned}
$$
光電効果が起こるかどうかは、光の振動数(または波長)で決まります。グラフで、電圧が0になる点(横軸との交点)は、ちょうど電子が飛び出し始める境目の振動数(限界振動数)を表しています。この値をグラフから読み取り、光の速さをその値で割ることで、対応する波長(限界波長)を計算します。
限界波長は \(6.8 \times 10^{-7}\) m となります。
これは約 680 nm に相当し、可視光線の赤色光の波長に近いです。これより波長が長い光(例えば赤外線)を当てても、この金属からは光電子は飛び出さないことを意味します。
問(5)
思考の道筋とポイント
(3)で導いた関係式 \(V_0 = \displaystyle\frac{h}{e}\nu – \frac{W}{e}\) とグラフの情報を対応させます。グラフの「傾き」が \(\frac{h}{e}\) に、「y切片」が \(-\frac{W}{e}\) に相当することを利用して、プランク定数 \(h\) と仕事関数 \(W\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 傾きの計算: グラフの傾きは、グラフ上の2点を使って \(\frac{\Delta V_0}{\Delta \nu}\) で計算できます。グラフは \((\nu, V_0) = (4.4 \times 10^{14}, 0)\) と \((0, -1.8)\) の2点を通る直線なので、傾きは \(\frac{0 – (-1.8)}{4.4 \times 10^{14} – 0}\) となります。
- 切片の読み取り: グラフのy切片(\(\nu=0\) のときの \(V_0\) の値)は、図から \(-1.8\) V と読み取れます。
- 物理定数との対応:
- \(\text{傾き} = \displaystyle\frac{h}{e}\)
- \(\text{y切片} = -\displaystyle\frac{W}{e}\)
具体的な解説と立式
(3)の結果より、グラフの傾きは \(\frac{h}{e}\) です。グラフから傾きを計算すると、
$$ \frac{h}{e} = \frac{0 – (-1.8)}{4.4 \times 10^{14} – 0} = \frac{1.8}{4.4 \times 10^{14}} $$
また、グラフのy切片は \(-\frac{W}{e}\) です。グラフからy切片を読み取ると、
$$ -\frac{W}{e} = -1.8 $$
使用した物理公式
- (3)で導出した関係式
まず、プランク定数 \(h\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
h &= e \times (\text{傾き}) \\[2.0ex]&= (1.6 \times 10^{-19}) \times \frac{1.8}{4.4 \times 10^{14}} \\[2.0ex]&= \frac{1.6 \times 1.8}{4.4} \times 10^{-19-14} \\[2.0ex]&= 0.6545… \times 10^{-33} \\[2.0ex]&\approx 6.5 \times 10^{-34} \text{ [J・s]}
\end{aligned}
$$
次に、仕事関数 \(W\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
-\frac{W}{e} &= -1.8 \\[2.0ex]W &= 1.8 e \\[2.0ex]&= 1.8 \times (1.6 \times 10^{-19}) \\[2.0ex]&= 2.88 \times 10^{-19} \\[2.0ex]&\approx 2.9 \times 10^{-19} \text{ [J]}
\end{aligned}
$$
(3)で、グラフの「傾き」が \(h/e\)、「y切片」が \(-W/e\) に対応することがわかっています。そこで、グラフから実際の傾きとy切片の値を読み取ります。あとは、これらの関係式を \(h\) と \(W\) について解き、電気素量 \(e\) の値を代入して計算すれば、それぞれの値が求まります。
プランク定数 \(h \approx 6.5 \times 10^{-34}\) J・s、仕事関数 \(W \approx 2.9 \times 10^{-19}\) J となります。
現在知られているプランク定数の精密な値は \(6.626 \times 10^{-34}\) J・s であり、計算結果はこれに近い妥当な値です。仕事関数の値は金属の種類によって異なりますが、\(10^{-19}\) J のオーダーは典型的な値です。このことから、光電効果の実験とグラフ解析によって、ミクロな世界の基本定数を精度良く決定できることがわかります。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- アインシュタインの光電効果の式:
- 核心: 光子1個が持つエネルギー \(h\nu\) が、電子を金属表面から引き出すための最小エネルギー(仕事関数 \(W\))と、飛び出した光電子の運動エネルギーの最大値 \(K_{\text{最大}}\) に分配される、というエネルギー保存則 (\(h\nu = W + K_{\text{最大}}\)) です。これが光電効果の現象を支配する最も重要な法則です。
- 理解のポイント: 光を「エネルギー \(h\nu\) を持つ粒子の集まり」と考える「光量子仮説」がこの式の根底にあります。光の振動数 \(\nu\) が大きいほど光子1個のエネルギーが大きく、飛び出す電子の運動エネルギーも大きくなります。
- 仕事とエネルギーの関係(エネルギー保存則):
- 核心: 陰極から飛び出した電子が、逆向きの電場(阻止電圧)によって減速させられる過程を、エネルギーの観点から捉えることです。電子の運動エネルギーが、電場による位置エネルギーに変換される(あるいは電場から負の仕事をされる)ことで失われていきます。
- 理解のポイント: 光電子の最大の運動エネルギー \(K_{\text{最大}}\) を持つものでも止められる電圧が阻止電圧 \(V_0\) であり、\(K_{\text{最大}} = eV_0\) という関係が成り立ちます。この式は、光電効果の式と実験装置(電圧)を結びつける重要な橋渡し役となります。
- 物理法則とグラフの対応:
- 核心: 物理法則から導かれた理論式(この問題では \(V_0 = \frac{h}{e}\nu – \frac{W}{e}\))と、実験で得られたグラフの形状(直線であること)、傾き、切片を対応させることで、直接測定が困難な物理定数(\(h\) や \(W\))を決定する、という科学的な手法そのものが核心です。
- 理解のポイント: グラフの傾きが \(\frac{h}{e}\) という普遍的な定数になることは、金属の種類によらず傾きが一定であることを意味します。一方、y切片 \(-\frac{W}{e}\) は金属の種類に依存する仕事関数 \(W\) を含むため、金属ごとに切片(とx切片)が異なるグラフになることを示唆しています。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- コンプトン効果: 光子(X線など)が電子に衝突して散乱される現象。光子の粒子性を前提に、衝突前後のエネルギー保存則と運動量保存則を連立させて解きます。光電効果と同様に、光の粒子性を証明する重要な現象です。
- 電子線回折: 電子が波としての性質も持つことを示す現象(ド・ブロイ波)。粒子の運動量 \(p\) と波長 \(\lambda\) の間に \(\lambda = h/p\) という関係があります。
- 半導体のバンドギャップ測定: 半導体に光を当て、光電効果と同様の原理で電子を励起させ、電気伝導が始まる限界の光の波長(エネルギー)から、物質の特性であるバンドギャップを測定する問題。
- 初見の問題での着眼点:
- エネルギーの流れを追う: 「光子のエネルギー → 仕事関数 + 電子の運動エネルギー → 電場による位置エネルギー」という一連のエネルギー変換のプロセスをまず頭に描きます。
- 2つのエネルギー保存則を立てる: ①光電効果そのもののエネルギー保存則 (\(h\nu = W + K\)) と、②飛び出した電子が電場中で運動するときのエネルギー保存則 (\(K = eV_0\)) の2つを個別に立式するのが定石です。
- グラフとの関係式を導く: グラフの縦軸と横軸の変数(この問題では \(V_0\) と \(\nu\))を含む関係式を、上記の2式を連立させて導出します。その式を一次関数 \(y=ax+b\) の形に整理し、傾きと切片の物理的意味を明確にします。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- エネルギーの単位の混同:
- 誤解: エネルギーの単位であるジュール [J] と、電子ボルト [eV] を混同する。例えば、仕事関数 \(W\) [J] と \(eV_0\) [J] を足すべきところで、\(W\) と \(V_0\) [V] を足してしまう。
- 対策: 式を立てる際は、必ずすべての項の単位がエネルギーの単位([J]または[eV])で揃っているかを確認する習慣をつけましょう。\(W\) [J] を [eV] に変換するには \(e\) で割り、逆に \(V_0\) [V] をエネルギー [J] に変換するには \(e\) を掛けます。
- 阻止電圧 \(V_0\) の符号の扱い:
- 誤解: 阻止電圧は電子の運動を妨げる負の電位をかけるものですが、その大きさ \(V_0\) 自体は正の値として扱うのが一般的です。しかし、グラフの縦軸が負の値になっているなど、問題の設定によって \(V_0\) が電位そのもの(負の値)を指す場合もあり、混乱しやすいです。
- 対策: 問題文やグラフの表記をよく読み、\(V_0\) が「電圧の大きさ」なのか「電位そのもの」なのかを最初に明確に定義しましょう。どちらで解いても物理的な結論は同じですが、途中の式の符号が変わるため、一貫した定義で解き進めることが重要です。
- 限界振動数と限界波長の関係:
- 誤解: 限界振動数 \(\nu_0\) と限界波長 \(\lambda_0\) の関係を \(c = \nu_0 / \lambda_0\) のように間違える。
- 対策: 波の基本式 \(c=\lambda\nu\) は常に成り立ちます。振動数と波長は反比例の関係にあることを常に意識し、「振動数が大きい⇔波長が短い」という感覚を持っておくと、式の間違いを防げます。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- エネルギー準位図: 金属内部の電子のエネルギー状態を基準(例えばマイナスの値)とし、金属表面のエネルギー準位を0とします。仕事関数 \(W\) は、この2準位間のエネルギー差(乗り越えるべき壁の高さ)として図示できます。そこにエネルギー \(h\nu\) の光子がやってきて、電子を壁の向こう側(運動エネルギーを持つ状態)へ叩き出す、というイメージを持つと、光電効果の式が直感的に理解できます。
- 電位の坂のイメージ: 陰極Kを地面(電位0)、陽極Pを高さ \(-V_0\) の崖の上(電位\(-V_0\))と見立てます。電子は、この崖を駆け上がろうとしますが、運動エネルギーが足りないと途中で力尽きて滑り落ちてきます。阻止電圧とは、最も元気な電子(運動エネルギー最大)ですら登りきれない崖の高さに相当します。
- 図を描く際に注意すべき点:
- グラフの軸の物理量: グラフの縦軸が \(V_0\)、横軸が \(\nu\) であることを明記し、それぞれの単位も書き込みます。
- 傾きと切片の図示: グラフの傾きが \(\Delta V_0 / \Delta \nu\) で計算できることや、y切片、x切片(限界振動数)がどの点に対応するのかを、グラフ上に直接書き込むと、思考が整理されます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- アインシュタインの光電効果の式 (\(h\nu = W + K_{\text{最大}}\)):
- 選定理由: 問題が「光電効果」という特定の物理現象を扱っているため、その現象を記述する基本法則として選択します。
- 適用根拠: これは、光のエネルギーが電子に受け渡される際の「ミクロなエネルギー保存則」です。光の粒子性という量子論的な考え方に基づいており、この現象を説明できる唯一の式です。
- 仕事とエネルギーの関係 (\(K_{\text{最大}} = eV_0\)):
- 選定理由: 飛び出した電子が電場中で運動し、その速度が変化する状況を解析するため。
- 適用根拠: これは、荷電粒子が電場から受ける仕事と運動エネルギーの変化を結びつける、力学および電磁気学の普遍的な法則です。量子的な現象(光電効果)と古典的な測定量(電圧)をつなぐ役割を果たします。
- 波の基本式 (\(c = \lambda \nu\)):
- 選定理由: (4)で、振動数 \(\nu\) と波長 \(\lambda\) という、光の波としての性質を表す2つの量を相互に変換する必要があるため。
- 適用根拠: これは光を含むすべての波に共通する、波の伝播速度、波長、振動数の関係を定義する基本的な式です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 阻止電圧の計算:
- 戦略: 電子の運動エネルギーが、電場にされた仕事によってゼロになる関係を立てる。
- フロー: ①仕事とエネルギーの関係 (\(0 – K_{\text{最大}} = -eV_0\)) を立式 → ②\(K_{\text{最大}} = \frac{1}{2}mv^2\) を代入 → ③式を\(V_0\)について解く。
- (2) 光子エネルギーの表現:
- 戦略: 光電効果の式に、(1)で得られた運動エネルギーと電圧の関係を代入する。
- フロー: ①光電効果の式 (\(h\nu = W + K_{\text{最大}}\)) を準備 → ②(1)の関係 (\(K_{\text{最大}} = eV_0\)) を代入 → ③光子エネルギー \(h\nu\) を \(e, V_0, W\) で表す。
- (3) \(V_0\) と \(\nu\) の関係式の導出:
- 戦略: (2)で得た式を、グラフの縦軸 \(V_0\) について整理する。
- フロー: ①(2)の式 (\(h\nu = eV_0 + W\)) を準備 → ②式を \(V_0\) について解き、\(V_0 = \frac{h}{e}\nu – \frac{W}{e}\) の形にする。
- (4)(5) グラフからの定数決定:
- 戦略: (3)で導いた理論式と、実験グラフの傾き・切片を対応させる。
- フロー: ①グラフからx切片(限界振動数 \(\nu_0\))とy切片を読み取る → ②\(\nu_0\) から限界波長 \(\lambda_0\) を計算 (\(\lambda_0 = c/\nu_0\)) → ③グラフの傾きを計算し、\(\frac{h}{e} = (\text{傾き})\) の式から \(h\) を求める → ④y切片の値から、\(-\frac{W}{e} = (\text{y切片})\) の式から \(W\) を求める。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 指数の計算を慎重に: この問題では \(10^{14}\) や \(10^{-19}\), \(10^{-34}\) など、様々なオーダーの指数計算が出てきます。\(10^a \times 10^b = 10^{a+b}\), \(10^a / 10^b = 10^{a-b}\) といった指数法則を正確に適用しましょう。
- 有効数字の意識: 問題文で与えられた数値(\(c, e\), グラフの値)の有効数字は2桁または3桁です。計算結果も、最も桁数の少ないものに合わせて整理する習慣をつけましょう。
- 単位の換算: 仕事関数 \(W\) は [J] で求められますが、[eV] 単位で問われることもあります。\(1 \text{ eV} = 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\) の関係を覚えておきましょう。この問題では、\(W = 1.8e\) [J] なので、\(W=1.8\) [eV] であることがすぐにわかります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- プランク定数 \(h\): 計算で得られた \(h \approx 6.5 \times 10^{-34}\) J・s は、物理定数として知られる値 (\(6.63 \times 10^{-34}\) J・s) と非常に近い値です。実験データから基本定数が再現できたことは、解法の正しさを裏付けます。
- 仕事関数 \(W\): \(W \approx 2.9 \times 10^{-19}\) J という値は、金属から電子1個を引き出すのに必要なエネルギーです。これは数eVに相当し、原子スケールのエネルギーとして妥当な大きさです。
- 限界波長 \(\lambda_0\): \(6.8 \times 10^{-7}\) m (680 nm) は可視光の赤色領域の波長です。これは、この金属が可視光(特に紫や青の光)で光電効果を起こすことを意味しており、物理的にあり得る値です。
- グラフの物理的意味の再確認:
- グラフの傾き \(\frac{h}{e}\) は、プランク定数と電気素量という2つの普遍的な基本定数の比であり、金属の種類によらず一定です。これは、どの金属で実験してもグラフの傾きは同じになることを意味します。
- グラフの切片は仕事関数 \(W\) に依存するため、金属の種類を変えると(例えば、より電子が飛び出しにくい金属を使うと \(W\) が大きくなる)、グラフは傾きを保ったまま平行に下へ移動します。このような物理的な描像を思い描けるかどうかが、深い理解の証となります。
439 X線の発生・X線回折
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、電子の二重性(粒子の性質と波の性質)に関連する2つの重要な現象、「X線の発生」と「X線の回折」を扱っています。
前半は、電子を粒子として扱い、電場で加速された電子のエネルギーや運動量、そして電流との関係を問います。後半は、発生したX線を波として扱い、結晶格子による回折現象(ブラッグ反射)を考えます。
この問題の核心は、状況に応じて電子やX線を「粒子」と「波」のどちらの側面で捉えるべきかを的確に判断し、それぞれの物理法則を適用する能力です。
- X線発生装置の加速電圧: \(V = 50 \text{ kV} = 50 \times 10^3 \text{ V}\)
- 回路に流れた電流: \(I = 4.0 \text{ mA} = 4.0 \times 10^{-3} \text{ A}\)
- 電子の質量: \(m = 9.1 \times 10^{-31} \text{ kg}\)
- 電気素量: \(e = 1.6 \times 10^{-19} \text{ C}\)
- 近似値: \(\sqrt{9.1} \approx 3.0\)
- X線の結晶格子への入射角: \(\theta = 30^\circ\)
- (1) 加速された電子の運動量の大きさ \(p\)。
- (2) 毎秒陽極に達する電子の個数 \(N\)。
- (3) X線が強く反射されたときの格子面間隔 \(d\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「X線の発生原理とブラッグの条件」です。電子の力学と波の干渉という、異なる分野の知識を統合して解く必要があります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 仕事とエネルギーの関係: 電子が電場からされる仕事 \(eV\) が、すべて電子の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) に変換されると考えます。
- 運動量と運動エネルギーの関係: 運動量 \(p=mv\) と運動エネルギー \(K=\frac{1}{2}mv^2\) の間には、\(K = \frac{p^2}{2m}\) という関係があります。これを利用すると、速さ \(v\) を経由せずに運動量を計算できます。
- 電流の定義: 電流 \(I\) は、単位時間あたりに断面を通過する電気量です。電子1個の電気量が \(e\) で、毎秒 \(N\) 個の電子が流れる場合、\(I=Ne\) という関係が成り立ちます。
- ブラッグの反射条件: X線が結晶格子で強く反射(干渉して強め合う)するための条件は、\(2d\sin\theta = n\lambda\) (\(n\)は自然数)で与えられます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、まず電子が電場から得る運動エネルギーを計算します。次に、運動エネルギーと運動量の関係式を用いて、電子の運動量を求めます。
- (2)では、電流の定義式 \(I=Ne\) を用いて、与えられた電流値から毎秒流れる電子の個数 \(N\) を計算します。
- (3)では、ブラッグの反射条件の式に、与えられた角度 \(\theta\) と波長 \(\lambda\) を代入し、格子面間隔 \(d\) を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
陰極で発生した熱電子は、初速度0から電圧 \(V\) で加速されます。このとき、電場が電子にする仕事が、すべて電子の運動エネルギーに変わります。このエネルギーの関係から、電子の運動量を計算します。速さ \(v\) を一度計算してから \(p=mv\) を求めることもできますが、運動エネルギー \(K\) と運動量 \(p\) の関係式 \(K = p^2/(2m)\) を使うと、より直接的に計算できます。
この設問における重要なポイント
- エネルギー保存則: 電子が電場から得るエネルギーは \(eV\)。これが運動エネルギー \(K\) になります。\(K=eV\)。
- 運動量と運動エネルギーの関係: \(K = \frac{1}{2}mv^2\) と \(p=mv\) から \(v\) を消去すると、\(K = \frac{p^2}{2m}\) という関係が得られます。したがって、\(p = \sqrt{2mK}\) となります。
- 単位の換算: 電圧が kV (キロボルト) で与えられているので、V (ボルト) に直して計算します。\(50 \text{ kV} = 50 \times 10^3 \text{ V}\)。
具体的な解説と立式
電子が電圧 \(V\) で加速されて得る運動エネルギー \(K\) は、
$$ K = eV \quad \cdots ① $$
運動量 \(p\) と運動エネルギー \(K\) の関係は、
$$ p = \sqrt{2mK} \quad \cdots ② $$
①式を②式に代入することで、運動量 \(p\) を \(m, e, V\) で表すことができます。
$$ p = \sqrt{2meV} $$
使用した物理公式
- 仕事とエネルギーの関係: \(K=eV\)
- 運動量と運動エネルギーの関係: \(p=\sqrt{2mK}\)
上記で立てた式に、与えられた値を代入します。
$$
\begin{aligned}
p &= \sqrt{2 \times (9.1 \times 10^{-31}) \times (1.6 \times 10^{-19}) \times (50 \times 10^3)} \\[2.0ex]&= \sqrt{2 \times 9.1 \times 1.6 \times 50 \times 10^{-31-19+3}} \\[2.0ex]&= \sqrt{1456 \times 10^{-47}} \\[2.0ex]&= \sqrt{145.6 \times 10^{-46}} \\[2.0ex]&= \sqrt{1.456 \times 10^{-44}}
\end{aligned}
$$
ここで、模範解答の計算方法に沿って、ルートの中の積の順序を工夫します。
$$
\begin{aligned}
p &= \sqrt{(9.1 \times 10^{-31}) \times (2 \times 1.6 \times 50 \times 10^{-19+3})} \\[2.0ex]&= \sqrt{(9.1 \times 10^{-31}) \times (160 \times 10^{-16})} \\[2.0ex]&= \sqrt{9.1 \times 16 \times 10 \times 10^{-31} \times 10^{-16}} \\[2.0ex]&= \sqrt{9.1 \times 16 \times 10^{-46}} \\[2.0ex]&= \sqrt{9.1} \times \sqrt{16} \times \sqrt{10^{-46}} \\[2.0ex]&= \sqrt{9.1} \times 4 \times 10^{-23}
\end{aligned}
$$
与えられた近似値 \(\sqrt{9.1} \approx 3.0\) を用いて、
$$
\begin{aligned}
p &\approx 3.0 \times 4 \times 10^{-23} \\[2.0ex]&= 12 \times 10^{-23} \\[2.0ex]&= 1.2 \times 10^{-22} \text{ [kg・m/s]}
\end{aligned}
$$
電子は、電圧という「電気的な坂」を転がり落ちることでスピードアップします。このとき電子が得る運動エネルギーは、電圧に比例します。運動量は、この運動エネルギーと電子の質量から計算できます。ルートの計算が少し複雑ですが、与えられた近似値をうまく使うことで、筆算でも計算できるように工夫されています。
加速された電子の運動量の大きさは \(1.2 \times 10^{-22}\) kg・m/s となります。
電子のような非常に軽い粒子でも、高い電圧で加速することで、かなりの運動量を持つことがわかります。この大きな運動量を持つ電子が陽極に衝突することで、X線という強力な電磁波が発生します。
問(2)
思考の道筋とポイント
電流とは、「1秒あたりに導線の断面を通過する電気の量」のことです。今、回路には \(N\) 個の電子が毎秒流れており、電子1個が持つ電気量は \(e\) です。したがって、1秒あたりに流れる全電気量は \(Ne\) となります。これが電流の大きさ \(I\) に等しいという関係式を立てて、\(N\) を求めます。
この設問における重要なポイント
- 電流の定義: 電流 \(I\) [A] は、単位時間あたりに流れる電気量 [C] のことです。
- 電子の個数と電気量: 毎秒 \(N\) 個の電子が流れるとき、1秒間に通過する総電気量は \(Q = Ne\) となります。
- 関係式: 上記より、\(I = Ne\) が成り立ちます。
- 単位の換算: 電流が mA (ミリアンペア) で与えられているので、A (アンペア) に直して計算します。\(4.0 \text{ mA} = 4.0 \times 10^{-3} \text{ A}\)。
具体的な解説と立式
電流 \(I\) は、1秒間に陽極に達する電子の個数 \(N\) と、電子1個の電気量 \(e\) の積で表されます。
$$ I = Ne $$
使用した物理公式
- 電流の定義: \(I = Q/t\)
上記で立てた式を \(N\) について解き、与えられた値を代入します。
$$
\begin{aligned}
N &= \frac{I}{e} \\[2.0ex]&= \frac{4.0 \times 10^{-3}}{1.6 \times 10^{-19}} \\[2.0ex]&= \frac{4.0}{1.6} \times 10^{-3 – (-19)} \\[2.0ex]&= 2.5 \times 10^{16} \text{ [個/s]}
\end{aligned}
$$
電流計が示す値は、たくさんの電子が一斉に流れることによって生じます。電流の大きさを、電子1個が持つ電気の量(電気素量)で割り算することで、1秒間に何個の電子が流れているのかを計算できます。
陽極に達する電子の数は、毎秒 \(2.5 \times 10^{16}\) 個です。
4.0 mA という、日常的にはさほど大きくない電流でも、ミクロな視点で見ると、天文学的な数の電子が移動していることがわかります。
問(3)
思考の道筋とポイント
X線が結晶格子によって特定の角度で強く反射される現象は、波の干渉の一種であり、「ブラッグ反射」と呼ばれます。この現象が起こる条件は「ブラッグの条件式」として知られています。この式に、問題で与えられた値を代入するだけで、格子面間隔 \(d\) を求めることができます。
この設問における重要なポイント
- ブラッグの条件: 格子面の間隔を \(d\)、入射角(格子面となす角)を \(\theta\)、X線の波長を \(\lambda\) とすると、隣り合う格子面で反射されたX線が強め合う条件は、\(2d\sin\theta = n\lambda\) (\(n=1, 2, 3, \dots\))と表されます。
- 角度 \(\theta\) の定義: ブラッグの条件における角度 \(\theta\) は、入射X線と「格子面」とのなす角です。問題の図2では、この角度が \(30^\circ\) として正しく与えられています。
- nの意味: \(n\) は「次数」と呼ばれ、経路差が波長の整数倍であることを示します。\(n=1\) のときを1次の反射、\(n=2\) のときを2次の反射と呼びます。
具体的な解説と立式
ブラッグの反射条件の式は、
$$ 2d\sin\theta = n\lambda $$
です。この式に、問題で与えられた \(\theta = 30^\circ\) を代入します。
使用した物理公式
- ブラッグの条件: \(2d\sin\theta = n\lambda\)
ブラッグの条件式に \(\theta = 30^\circ\) を代入し、\(d\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
2d\sin30^\circ &= n\lambda \\[2.0ex]2d \cdot \frac{1}{2} &= n\lambda \\[2.0ex]d &= n\lambda
\end{aligned}
$$
結晶のように原子が規則正しく並んでいる構造にX線を当てると、特定の角度でだけX線が強く反射されます。これは、結晶の各層で反射されたX線の波が、うまく重なり合って強め合うためです。この現象が起こるための「角度・波長・原子の層の間隔」の間の関係式(ブラッグの条件)が知られており、それに値を当てはめるだけで答えが求まります。
格子面間隔は \(d = n\lambda\) [m] となります。
この結果は、もし1次の反射(\(n=1\))が観測されたのであれば、格子面間隔 \(d\) はX線の波長 \(\lambda\) に等しいことを意味します。実際には、X線の波長と結晶の格子定数は同程度のオーダー(約 \(10^{-10}\) m)であり、この性質を利用して、未知の結晶の構造解析や、X線の波長測定が行われます。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- エネルギー保存則と運動量の関係:
- 核心: (1)では、電子が電場からされた仕事 \(eV\) が、すべて運動エネルギー \(K\) になるというエネルギー保存則 (\(K=eV\)) と、その運動エネルギーと運動量 \(p\) を結びつける関係式 (\(p=\sqrt{2mK}\)) が核心です。この2つを組み合わせることで、\(p=\sqrt{2meV}\) という、加速電圧から直接運動量を求める強力な関係式が導かれます。
- 理解のポイント: 電子を「粒子」として捉え、その力学的な運動を解析する視点が重要です。
- 電流の微視的定義:
- 核心: (2)では、マクロな測定量である電流 \(I\) が、ミクロな量である電子1個の電気量 \(e\) とその個数 \(N\) によって構成されている、という視点が核心です。\(I=Ne\) という関係式は、マクロとミクロの世界をつなぐ基本的な式です。
- 理解のポイント: ここでも電子を「電気を運ぶ粒子」として捉えています。
- ブラッグの反射条件:
- 核心: (3)では、X線を「波」として捉え、その波が結晶格子という周期的な構造によって回折・干渉を起こす現象を考えます。隣り合う格子面からの反射波の経路差が、波長の整数倍になるという条件 \(2d\sin\theta = n\lambda\) が、この現象を支配する法則です。
- 理解のポイント: (1)(2)とは対照的に、ここではX線の「波動性」に着目する必要があります。同じ対象(電子やX線)でも、現象によって粒子として扱うべきか、波として扱うべきかを見極めることが現代物理の入り口となります。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- ド・ブロイ波: 加速された電子そのものの波動性を考える問題。電子の運動量 \(p\) を(1)と同様に計算し、その運動量を持つ電子の波長(ド・ブロイ波長)を \(\lambda = h/p\) (\(h\)はプランク定数)で求め、電子線回折を考える問題に発展します。
- 光電効果: (1)とは逆に、光子(X線など)が金属に当たって電子を叩き出す現象。光子のエネルギー \(h\nu\) が、仕事関数と電子の運動エネルギーに分配されるというエネルギー保存則を扱います。
- 中性子回折: X線と同様に、中性子線も波としての性質を持ち、結晶構造の解析に用いられます。中性子の運動エネルギーや運動量を計算し、ブラッグの条件を適用する流れは本問と共通しています。
- 初見の問題での着眼点:
- 現象の分類: 問題が「粒子の加速」なのか、「電流」なのか、「波の干渉」なのかをまず見極めます。
- 粒子か波か:
- 「衝突」「運動量」「エネルギー」といった言葉が出てきたら、粒子の性質に着目します。→ エネルギー保存則、運動量保存則、運動方程式などを適用。
- 「回折」「干渉」「波長」といった言葉が出てきたら、波の性質に着目します。→ ブラッグの条件、回折格子の式、ヤングの実験の式などを適用。
- ブラッグの条件の角度 \(\theta\) に注意: 問題によっては、入射線と格子面の法線とのなす角(入射角・反射角)が与えられる場合があります。ブラッグの条件で使う \(\theta\) は、あくまで「入射線と格子面のなす角」であるため、必要に応じて \(90^\circ\) から引くなどの変換が必要です。この問題では図で直接与えられているため、そのまま使えます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 運動エネルギーの計算ミス:
- 誤解: 運動エネルギーを \(K=eV\) で計算する際に、電圧 \(V\) の単位を kV のまま計算してしまう。また、運動量との関係 \(p=\sqrt{2mK}\) を忘れ、速さ \(v\) を求めてから \(p=mv\) を計算しようとして、計算が煩雑になりミスをする。
- 対策: 単位は必ず基本単位(V, A, m, kg, s)に直してから計算する習慣をつけましょう。また、\(p=\sqrt{2mK}\) や \(p=\sqrt{2meV}\) の関係式は非常に便利なので、導出過程と合わせて覚えておくと有利です。
- 電流の式の混同:
- 誤解: 電流 \(I\) と電子の個数 \(N\) の関係を、\(I=e/N\) や \(I=N/e\) のように間違える。
- 対策: 電流の定義「単位時間あたりの電気量」に立ち返りましょう。1秒あたりに \(N\) 個の電子が流れ、1個あたりの電気量が \(e\) なので、総電気量は \(Ne\)。これが電流 \(I\) になる、と論理的に組み立てることで、式の形を間違えにくくなります。
- ブラッグの条件の \(2d\sin\theta\) の「2」を忘れる:
- 誤解: ヤングの実験の干渉条件 \(d\sin\theta = m\lambda\) などと混同し、\(d\sin\theta = n\lambda\) と間違えてしまう。
- 対策: ブラッグの条件の「2」は、隣り合う層へ「行って帰ってくる」分の経路差から生じる、と図形的に理解しておきましょう。図を描いて経路差を自分で導出する練習を一度しておくと、忘れにくくなります。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- X線発生のイメージ: フィラメントから湧き出た電子の雲が、強力な電場(電圧)によって陽極に向かって一斉に引き寄せられ、猛烈なスピードで陽極の金属に激突するイメージ。この衝突の衝撃で、金属原子の内側の電子が弾き飛ばされ、その空いた席に外側の電子が落ち込む際に、余分なエネルギーがX線として放出されます(特性X線)。
- ブラッグ反射のイメージ: 鏡の面が、原子の層という非常に薄い面で何層も重なっている状態をイメージします。各層で反射した光(X線)が、波として位相が揃って重なり合う(山と山、谷と谷が一致する)特定の角度のときだけ、非常に強い反射光が観測される、というイメージです。これは、CDやDVDの記録面が虹色に見えるのと同じ原理(薄膜干渉や回折)です。
- 図を描く際に注意すべき点:
- (1) エネルギーの関係: 電子のエネルギーが「位置エネルギー \(eV\) → 運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\)」と変換される様子を、簡単なエネルギー図で描くと理解が深まります。
- (3) 経路差の図示: ブラッグの条件を導出する図を自分で描いてみることが最も有効です。隣り合う格子面で反射する2本の光線を描き、その経路差が \(2d\sin\theta\) となる部分を三角形で抜き出して示すと、公式の意味が視覚的に理解できます。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 仕事とエネルギーの関係 (\(K=eV\)):
- 選定理由: (1)で、静止していた電子が電場によって加速される、という「力の働きによるエネルギーの変化」を扱うため。
- 適用根拠: これはエネルギー保存則の現れであり、電場による位置エネルギー \(eV\) がすべて運動エネルギー \(K\) に変換されたと考えることで、力や加速度を計算することなく、最終的なエネルギーや速度、運動量を求めることができます。
- 電流の定義 (\(I=Ne\)):
- 選定理由: (2)で、回路を流れるマクロな電流値と、それを構成するミクロな電子の個数の関係が問われているため。
- 適用根拠: 電流という物理量が、電荷を持つ粒子の流れそのものである、という定義に基づいています。
- ブラッグの条件 (\(2d\sin\theta = n\lambda\)):
- 選定理由: (3)で、結晶によるX線の「反射」が「特定の角度で強くなった」という、波の干渉に特有の現象を扱うため。
- 適用根拠: これは、結晶格子を一種の回折格子とみなし、複数の波源(各格子面の原子)からの波が干渉して強め合う条件を数学的に表現したものです。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 運動量の計算:
- 戦略: 電子のエネルギー保存則から運動エネルギーを求め、運動量との関係式に代入する。
- フロー: ①電子の運動エネルギーを計算 (\(K=eV\)) → ②運動量と運動エネルギーの関係式 (\(p=\sqrt{2mK}\)) を準備 → ③2式を組み合わせて \(p=\sqrt{2meV}\) を導き、数値を代入して計算。
- (2) 電子数の計算:
- 戦略: 電流の定義式を、電子の個数について解く。
- フロー: ①電流の定義式 (\(I=Ne\)) を準備 → ②式を \(N\) について解き (\(N=I/e\))、数値を代入して計算。
- (3) 格子面間隔の計算:
- 戦略: ブラッグの反射条件の式に、与えられた値を代入する。
- フロー: ①ブラッグの条件式 (\(2d\sin\theta=n\lambda\)) を準備 → ②\(\theta=30^\circ\) を代入し、式を \(d\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 単位の接頭語の処理: kV (キロ, \(10^3\)) や mA (ミリ, \(10^{-3}\)) といった接頭語を、計算の最初に必ず基本単位に直しましょう。\(50 \text{ kV} = 50 \times 10^3 \text{ V}\), \(4.0 \text{ mA} = 4.0 \times 10^{-3} \text{ A}\)。
- ルート計算の工夫: (1)の計算では、やみくもに掛け算するのではなく、\(16=4^2\) のように平方数を見つけ出したり、与えられた近似値 \(\sqrt{9.1}\) が使えるように式を整理したりすることで、計算が大幅に楽になります。
- 指数の計算: 負の指数や大きな指数の計算が頻出します。\(10^a \times 10^b = 10^{a+b}\), \(10^a / 10^b = 10^{a-b}\), \(\sqrt{10^{2k}} = 10^k\) といった法則を落ち着いて適用しましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 運動量: 計算された運動量は非常に小さい値ですが、これは電子の質量が極めて小さいためです。しかし、その速さは光速の数割に達するほど高速になっており、相対論的な効果も無視できない領域です(高校物理では扱いません)。
- (2) 電子数: 4mAという小さな電流でも、毎秒 \(10^{16}\) 個という膨大な数の電子が流れていることがわかります。この結果は、電気素量がいかに小さいか、そして原子がいかに小さいかを物語っています。
- (3) 格子面間隔: \(d=n\lambda\) という結果は、格子面間隔がX線の波長と同程度のオーダーであることを示しています。X線の波長は原子の大きさ程度(約\(10^{-10}\)m)なので、これは物理的に妥当な関係です。もし格子面間隔が波長よりずっと小さいと回折は起こらず、ずっと大きいと干渉縞が細かすぎて観測できません。
440 コンプトン効果
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、光の粒子性を強く示すもう一つの重要な現象、「コンプトン効果」を扱っています。X線のようなエネルギーの高い光子を電子に衝突させると、まるでビリヤードの球同士が衝突するように、光子が散乱されてエネルギーを失い(波長が長くなる)、電子はエネルギーを得て弾き飛ばされます。
この問題の核心は、光子と電子の衝突というミクロな現象を、「エネルギー保存則」と「運動量保存則」という、力学の最も基本的な2つの法則を用いて解析することです。
- 衝突前の電子: 静止(速さ0)、質量 \(m\) [kg]
- 衝突前のX線光子: 波長 \(\lambda\) [m]
- 衝突後の電子: 速さ \(v\) [m/s]、散乱角 \(\theta\)
- 衝突後のX線光子: 波長 \(\lambda’\) [m]、散乱角 \(90^\circ\)
- 物理定数: 光速 \(c\) [m/s]、プランク定数 \(h\) [J・s]
- (1) 衝突前後のエネルギー保存則の式。
- (2) X線入射方向(x軸方向)の運動量保存則の式。
- (3) X線入射方向に垂直な方向(y軸方向)の運動量保存則の式。
- (4) (2)(3)の式から \(\theta\) を消去し、衝突後の電子の運動エネルギーを \(m, h, \lambda, \lambda’\) で表すこと。
- (5) (4)の結果を(1)に代入し、\(\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’}\) を求めること。
- (6) 波長の変化 \(\Delta\lambda = \lambda’ – \lambda\) が小さいという近似を用いて、\(\Delta\lambda\) を \(m, c, h\) で表すこと。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「コンプトン効果におけるエネルギーと運動量の保存」です。光子を粒子として扱い、そのエネルギーと運動量を正しく式で表現できるかが鍵となります。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 光子のエネルギー: 波長 \(\lambda\) の光子のエネルギーは \(E = h\nu = \frac{hc}{\lambda}\)。
- 光子の運動量: 波長 \(\lambda\) の光子の運動量の大きさは \(p = \frac{h}{\lambda}\)。運動量もエネルギーもベクトル量であることに注意が必要です。
- エネルギー保存則: 衝突前後の(光子のエネルギー + 電子のエネルギー)の総和は等しい。
- 運動量保存則: 衝突前後の(光子の運動量 + 電子の運動量)のベクトルの和は等しい。運動をx, y成分に分解して考えます。
- 近似計算: (6)では、与えられた近似条件を適用して、式を簡潔にします。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、衝突前後の光子と電子のエネルギーをそれぞれ式で表し、保存則の式を立てます。
- (2)(3)では、衝突前後の光子と電子の運動量をx, y成分に分解し、それぞれの方向で保存則の式を立てます。
- (4)では、(2)(3)で立てた運動量保存則の式を、\(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) を利用して連立させ、電子の散乱角 \(\theta\) を消去します。
- (5)では、(1)のエネルギー保存則の式と(4)で得られた式を組み合わせ、波長の関係式を導きます。
- (6)では、(5)で得られた式に近似を適用し、波長の変化量 \(\Delta\lambda\) を求めます。
問(1)
思考の道筋とポイント
衝突の前後で、系全体のエネルギーの総和は保存されます。光子と電子、それぞれのエネルギーを衝突の前後で考え、等式で結びます。
この設問における重要なポイント
- 衝突前のエネルギー:
- X線光子: \(E_{\text{光子}} = \frac{hc}{\lambda}\)
- 電子: 静止しているので運動エネルギーは0。静止エネルギー \(mc^2\) は変化しないので考慮不要です。
- 衝突後のエネルギー:
- X線光子: 波長が \(\lambda’\) になったので、エネルギーは \(E’_{\text{光子}} = \frac{hc}{\lambda’}\)
- 電子: 速さ \(v\) で運動しているので、運動エネルギーは \(K_e = \frac{1}{2}mv^2\)
具体的な解説と立式
エネルギー保存則は、(衝突前のエネルギーの総和)=(衝突後のエネルギーの総和)です。
衝突前の系の全エネルギーは、
$$ E_{\text{前}} = \frac{hc}{\lambda} + 0 $$
衝突後の系の全エネルギーは、
$$ E_{\text{後}} = \frac{hc}{\lambda’} + \frac{1}{2}mv^2 $$
エネルギー保存則 \(E_{\text{前}} = E_{\text{後}}\) より、
$$ \frac{hc}{\lambda} = \frac{hc}{\lambda’} + \frac{1}{2}mv^2 $$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 光子のエネルギー: \(E = hc/\lambda\)
- 運動エネルギー: \(K = \frac{1}{2}mv^2\)
上記の立式がそのまま答えとなります。
光子と電子の衝突を、エネルギーのやり取りとして考えます。最初に光子が持っていたエネルギーが、衝突後に「弱くなった光子のエネルギー」と「弾き飛ばされた電子の運動エネルギー」の2つに分けられた、という関係を数式にします。
エネルギー保存則は \(\displaystyle\frac{hc}{\lambda} = \frac{hc}{\lambda’} + \frac{1}{2}mv^2\) と表せます。
この式は、衝突によって光子のエネルギーが減少し(\(\lambda < \lambda’\))、その減少分が電子の運動エネルギーになったことを示しています。
問(2)
思考の道筋とポイント
衝突の前後で、X線の入射方向(x軸とします)の運動量の総和は保存されます。光子と電子、それぞれの運動量のx成分を衝突の前後で考え、等式で結びます。
この設問における重要なポイント
- 光子の運動量: 大きさは \(p = h/\lambda\)。ベクトル量なので向きも重要です。
- 衝突前の運動量(x成分):
- X線光子: x軸正方向に進むので、\(p_x = \frac{h}{\lambda}\)
- 電子: 静止しているので、0
- 衝突後の運動量(x成分):
- X線光子: 入射方向と垂直(y軸方向)に散乱されたので、x成分は0
- 電子: 運動量の大きさは \(mv\)。x成分は \(mv\cos\theta\)
具体的な解説と立式
x軸方向の運動量保存則は、(衝突前のx成分の総和)=(衝突後のx成分の総和)です。
衝突前のx軸方向の運動量の和は、
$$ p_{x, \text{前}} = \frac{h}{\lambda} + 0 $$
衝突後のx軸方向の運動量の和は、
$$ p_{x, \text{後}} = 0 + mv\cos\theta $$
運動量保存則 \(p_{x, \text{前}} = p_{x, \text{後}}\) より、
$$ \frac{h}{\lambda} = mv\cos\theta $$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- 光子の運動量: \(p = h/\lambda\)
上記の立式がそのまま答えとなります。
衝突前のx方向の勢い(運動量)は、すべて入射光子が持っていました。衝突後、光子はy方向に進路を変えたためx方向の勢いはなくなり、その代わりに電子がx方向に勢いの一部を受け継ぎました。このx方向の勢いの前後での合計が等しい、という関係を数式にします。
x方向の運動量保存則は \(\displaystyle\frac{h}{\lambda} = mv\cos\theta\) と表せます。
この式は、入射光子の運動量が、衝突後の電子の運動量のx成分に等しいことを示しています。
問(3)
思考の道筋とポイント
衝突の前後で、X線の入射方向に垂直な方向(y軸とします)の運動量の総和も保存されます。光子と電子、それぞれの運動量のy成分を衝突の前後で考え、等式で結びます。
この設問における重要なポイント
- 衝突前の運動量(y成分):
- X線光子: x軸方向に進むので、y成分は0
- 電子: 静止しているので、0
- 衝突後の運動量(y成分):
- X線光子: y軸負の向きに進むとすると、運動量のy成分は \(-\frac{h}{\lambda’}\)。(y軸正の向きでもよい。その場合、電子のy成分の符号が逆になるだけで最終結果は同じ)
- 電子: 運動量の大きさは \(mv\)。y成分は \(mv\sin\theta\)
具体的な解説と立式
y軸方向の運動量保存則は、(衝突前のy成分の総和)=(衝突後のy成分の総和)です。
散乱光子がy軸負の向き、電子がy軸正の向きに進んだと仮定します。
衝突前のy軸方向の運動量の和は、
$$ p_{y, \text{前}} = 0 + 0 $$
衝突後のy軸方向の運動量の和は、
$$ p_{y, \text{後}} = -\frac{h}{\lambda’} + mv\sin\theta $$
運動量保存則 \(p_{y, \text{前}} = p_{y, \text{後}}\) より、
$$ 0 = -\frac{h}{\lambda’} + mv\sin\theta $$
使用した物理公式
- 運動量保存則
- 光子の運動量: \(p = h/\lambda\)
上記の立式を整理すると、
$$ \frac{h}{\lambda’} = mv\sin\theta $$
となります。
衝突前、y方向の勢い(運動量)は光子も電子も持っていませんでした(合計ゼロ)。衝突後、光子が下向き(y軸負方向)に、電子が斜め上向き(y軸正方向)に進んだとすると、それぞれのy方向の勢いは互いに打ち消し合い、合計はやはりゼロになるはずです。この関係を数式にします。
y方向の運動量保存則は \(\displaystyle\frac{h}{\lambda’} = mv\sin\theta\) と表せます。
この式は、衝突後の光子の運動量と、電子の運動量のy成分の大きさが等しいことを示しています。
問(4)
思考の道筋とポイント
(2)と(3)で立てた2つの運動量保存則の式から、測定が難しい電子の散乱角 \(\theta\) を消去します。三角関数の基本的な関係式 \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) を利用するのが定石です。
この設問における重要なポイント
- 利用する式:
- (2)より: \(mv\cos\theta = \frac{h}{\lambda}\)
- (3)より: \(mv\sin\theta = \frac{h}{\lambda’}\)
- 計算の方針: 両方の式を2乗して足し合わせます。すると、左辺が \((mv)^2(\cos^2\theta + \sin^2\theta) = (mv)^2\) となり、\(\theta\) が消去できます。
具体的な解説と立式
(2), (3)で得られた式をそれぞれ以下のように準備します。
$$ mv\cos\theta = \frac{h}{\lambda} \quad \cdots ① $$
$$ mv\sin\theta = \frac{h}{\lambda’} \quad \cdots ② $$
①式と②式の両辺をそれぞれ2乗します。
$$ (mv)^2\cos^2\theta = \left(\frac{h}{\lambda}\right)^2 $$
$$ (mv)^2\sin^2\theta = \left(\frac{h}{\lambda’}\right)^2 $$
この2式を辺々足し合わせます。
$$ (mv)^2\cos^2\theta + (mv)^2\sin^2\theta = \left(\frac{h}{\lambda}\right)^2 + \left(\frac{h}{\lambda’}\right)^2 $$
使用した物理公式
- (2), (3)で導出した関係式
- 三角関数の公式: \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\)
上記で立てた式を整理します。
$$
\begin{aligned}
(mv)^2(\cos^2\theta + \sin^2\theta) &= \left(\frac{h}{\lambda}\right)^2 + \left(\frac{h}{\lambda’}\right)^2 \\[2.0ex](mv)^2 \cdot 1 &= h^2 \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right) \\[2.0ex]m^2v^2 &= h^2 \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right)
\end{aligned}
$$
問題では電子の運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) を求めるよう指示されているので、両辺を \(2m\) で割ります。
$$
\frac{1}{2}mv^2 = \frac{h^2}{2m} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right)
$$
運動量保存則から得られた2つの式を、数学のテクニック(2乗して足す)を使って合体させます。これにより、やっかいな角度 \(\theta\) の項を消し去り、電子の運動エネルギーを、測定可能な波長 \(\lambda, \lambda’\) だけで表す式を導き出します。
衝突後の電子の運動エネルギーは \(\displaystyle\frac{h^2}{2m} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right)\) [J] となります。
この式は、電子の運動エネルギーが、衝突前後の光子の波長によって決まることを示しています。
問(5)
思考の道筋とポイント
(1)のエネルギー保存則の式と、(4)で求めた電子の運動エネルギーの式を組み合わせます。(1)の式に含まれる電子の運動エネルギーの項を、(4)の式で置き換えることで、光子の波長だけの関係式を導きます。
この設問における重要なポイント
- 利用する式:
- (1)の式: \(\frac{hc}{\lambda} = \frac{hc}{\lambda’} + \frac{1}{2}mv^2\)
- (4)の式: \(\frac{1}{2}mv^2 = \frac{h^2}{2m} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right)\)
- 計算の方針: (1)の式を \(\frac{1}{2}mv^2\) について整理し、(4)の式と等しいとおいて、波長の関係式を導きます。
具体的な解説と立式
(1)のエネルギー保存則の式を変形します。
$$ \frac{1}{2}mv^2 = \frac{hc}{\lambda} – \frac{hc}{\lambda’} \quad \cdots ① $$
(4)で求めた式は、
$$ \frac{1}{2}mv^2 = \frac{h^2}{2m} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right) \quad \cdots ② $$
①と②はどちらも電子の運動エネルギーを表しているので、右辺同士を等しいとおきます。
$$
\begin{aligned}
hc \left( \frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’} \right) &= \frac{h^2}{2m} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right)
\end{aligned}
$$
使用した物理公式
- (1), (4)で導出した関係式
上記で立てた式を、問題の形式 \(\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’} = \dots\) になるように整理します。
両辺を \(hc\) で割ります。
$$
\begin{aligned}
\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’} &= \frac{h^2}{2mhc} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right) \\[2.0ex]&= \frac{h}{2mc} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right)
\end{aligned}
$$
エネルギー保存の式と、運動量保存から導いた式。これら2つの異なる法則から導かれた式を、電子の運動エネルギーを仲立ちとして合体させます。これにより、電子の速さ \(v\) や角度 \(\theta\) といった直接観測しにくい量を含まない、光子の波長だけの関係式が得られます。
\(\displaystyle\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’} = \frac{h}{2mc} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right)\) という関係式が得られました。
この式は、コンプトン効果における波長の変化を、物理の基本定数(\(h, m, c\))だけで記述する一歩手前の重要な式です。
問(6)
思考の道筋とポイント
(5)で得られた厳密な式に、「波長の変化 \(\Delta\lambda = \lambda’ – \lambda\) が、元の波長 \(\lambda\) や \(\lambda’\) に比べて十分に小さい」という近似を適用します。この近似は \(\lambda’ \approx \lambda\) と考えることと同じです。
この設問における重要なポイント
- 近似の適用: \(\lambda’ \approx \lambda\) という近似を、(5)の式の右辺に適用します。
- 左辺の変形: (5)の式の左辺を通分すると、\(\frac{\lambda’ – \lambda}{\lambda\lambda’} = \frac{\Delta\lambda}{\lambda\lambda’}\) となります。
- 右辺の近似: \(\frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \approx \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda^2} = \frac{2}{\lambda^2}\)
- 分母の近似: 左辺の分母にある \(\lambda\lambda’\) も、\(\lambda\lambda’ \approx \lambda^2\) と近似します。
具体的な解説と立式
(5)の式 \(\displaystyle\frac{1}{\lambda} – \frac{1}{\lambda’} = \frac{h}{2mc} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right)\) の左辺を通分します。
$$ \frac{\lambda’ – \lambda}{\lambda\lambda’} = \frac{h}{2mc} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right) $$
ここで、\(\lambda’ – \lambda = \Delta\lambda\) です。
$$ \frac{\Delta\lambda}{\lambda\lambda’} = \frac{h}{2mc} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right) $$
この式に近似 \(\lambda’ \approx \lambda\) を適用します。
右辺は、
$$ \frac{h}{2mc} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda’^2} \right) \approx \frac{h}{2mc} \left( \frac{1}{\lambda^2} + \frac{1}{\lambda^2} \right) $$
$$ \frac{h}{2mc} \left( \frac{2}{\lambda^2} \right) = \frac{h}{mc\lambda^2} $$
よって、近似後の式は、
$$ \frac{\Delta\lambda}{\lambda\lambda’} \approx \frac{h}{mc\lambda^2} $$
となります。
使用した物理公式
- (5)で導出した関係式
- 近似計算
上記で立てた近似式を \(\Delta\lambda\) について解きます。
$$ \Delta\lambda \approx \frac{h}{mc\lambda^2} \cdot (\lambda\lambda’) $$
ここで、右辺の \(\lambda\lambda’\) にも近似 \(\lambda’ \approx \lambda\) を適用すると、\(\lambda\lambda’ \approx \lambda^2\) となります。
$$
\begin{aligned}
\Delta\lambda &\approx \frac{h}{mc\lambda^2} \cdot \lambda^2 \\[2.0ex]&= \frac{h}{mc}
\end{aligned}
$$
(注:問題文の \(\frac{\lambda}{\lambda’} + \frac{\lambda’}{\lambda} \approx 2\) という近似式は、\(\frac{\lambda’^2+\lambda^2}{\lambda\lambda’} \approx 2\) を意味し、(5)の式 \(\frac{\lambda’-\lambda}{\lambda\lambda’} = \frac{h}{2mc}\frac{\lambda’^2+\lambda^2}{\lambda^2\lambda’^2}\) に代入すると複雑になるため、模範解答の解法がより直接的です。)
物理では、厳密な式が複雑な場合、条件を付けて式を簡単にする「近似」という手法がよく使われます。ここでは「波長の変化はごくわずか」という条件を使って、複雑な(5)の式を簡単な形にします。これにより、波長の変化量 \(\Delta\lambda\) が、実は入射光の波長にはよらず、プランク定数 \(h\)、電子の質量 \(m\)、光速 \(c\) という普遍的な定数だけで決まる、という驚くべき結論が導かれます。
波長の変化量は \(\Delta\lambda \approx \displaystyle\frac{h}{mc}\) となります。
この量 \(\frac{h}{mc}\) は「コンプトン波長」と呼ばれ、約 \(2.4 \times 10^{-12}\) m という値を持つ物理定数です。この結果は、光子が電子と衝突して散乱されるとき、その波長の伸びは散乱される角度にのみ依存し、元の光子の波長にはよらないという、コンプトン効果の非常に重要な性質を示しています。
【総まとめ】この一問を未来の得点力へ!完全マスター講座
最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- エネルギー保存則と運動量保存則:
- 核心: この問題の根幹をなすのは、衝突現象における2大保存則、「エネルギー保存則」と「運動量保存則」です。特に、光子という質量のない粒子を扱うため、そのエネルギーと運動量を波長 \(\lambda\) を用いて \(E=hc/\lambda\), \(p=h/\lambda\) と正しく表現できることが、すべての立式の前提となります。
- 理解のポイント: コンプトン効果は、光が粒子のようにエネルギーと運動量を持ち、電子と力学的な衝突を起こすことを証明した決定的な現象です。この2つの保存則を連立させて解く、というアプローチは、素粒子物理学など現代物理の様々な場面で用いられる基本的な思考法です。
- ベクトルの分解:
- 核心: 運動量保存則はベクトルについての法則であるため、そのままでは扱いにくいです。そこで、運動をx成分(入射方向)とy成分(垂直方向)に分解し、それぞれの成分ごとに保存則の式を立てることが、問題を解くための具体的なテクニックとして極めて重要です。
- 理解のポイント: (2)と(3)でx, yそれぞれの運動量保存則を立て、(4)でそれらを \(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) を使って結合し、角度 \(\theta\) を消去する流れは、コンプトン効果の問題を解く上での定石パターンです。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 光子の散乱角が任意の場合: この問題では散乱角が \(90^\circ\) に固定されていましたが、一般の散乱角 \(\phi\) で散乱される場合も、同様にエネルギー保存則と運動量保存則(x, y成分)の3つの式を立てて解きます。計算はより複雑になりますが、基本的なアプローチは全く同じです。
- 原子核反応: 原子核同士の衝突や、原子核の崩壊といった現象も、エネルギー保存則(質量とエネルギーの等価性 \(E=mc^2\) を含む)と運動量保存則を用いて解析します。
- 対生成・対消滅: 光子から電子と陽電子のペアが生まれる(対生成)、あるいはその逆(対消滅)といった現象も、エネルギーと運動量の保存則が基本となります。
- 初見の問題での着眼点:
- 衝突前後の状態を整理する: 衝突に関わるすべての粒子について、衝突前と後の「エネルギー」と「運動量(ベクトル)」をリストアップします。
- 座標軸を設定する: 運動量保存則を成分分解するために、入射方向をx軸、それに垂直な方向をy軸と設定するのが定石です。
- 3つの保存則を立てる: まずは機械的に「①エネルギー保存則」「②運動量保存則(x成分)」「③運動量保存則(y成分)」の3本の式を立てることを目指します。これが解析の出発点となります。
- 未知数を消去する方針を立てる: 立てた3本の式から、問題で問われていない中間的な変数(この問題では \(\theta\) や \(v\))をどのように消去していくか、計算の見通しを立てます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 光子の運動量の扱い:
- 誤解: 光子の運動エネルギーを \(\frac{1}{2}mv^2\) のように考えてしまう(光子に質量はない)。あるいは、運動量をスカラー量として扱ってしまい、ベクトルの和を考えずに大きさだけで足し算してしまう。
- 対策: 「光子のエネルギーは \(hc/\lambda\)、運動量は \(h/\lambda\)」とセットで正確に覚えましょう。そして、運動量は必ずベクトルとして扱い、x, y成分に分解して考えることを徹底しましょう。
- エネルギー保存則における電子のエネルギー:
- 誤解: 衝突前の電子のエネルギーを \(mc^2\)、衝突後を \(mc^2 + \frac{1}{2}mv^2\) としてしまい、式が複雑になる。
- 対策: 高校物理の範囲では、核反応などを除き、粒子の質量は変化しないと考えるのが基本です。したがって、静止エネルギー \(mc^2\) の部分は衝突前後で変化しないため、エネルギー保存則の式からは両辺で相殺されます。変化する「運動エネルギー」のみに着目すれば十分です。
- 近似計算のタイミング:
- 誤解: 計算の早い段階で安易に近似を使ってしまい、結果が大きくずれる。
- 対策: 近似は、式の意味が明確になり、計算が大幅に簡略化できる最終段階で適用するのが原則です。(6)のように、問題文で明確に指示された条件(\(\Delta\lambda\)が小さい \(\Leftrightarrow \lambda’ \approx \lambda\))に従って、指定された箇所にのみ適用しましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- ビリヤードの衝突アナロジー: 光子と電子を、大きさの異なる2つのビリヤードの球に見立てるイメージが有効です。入射する手玉(光子)が、静止している的玉(電子)に衝突し、手玉は角度を変えて勢いを失い(波長が長くなる)、的玉は斜めに弾き飛ばされる(運動エネルギーを得る)、という描像です。
- 運動量ベクトル図: 衝突前後の運動量ベクトルを図示することが極めて重要です。衝突前の光子の運動量ベクトル \(\vec{p}_{\text{光子}}\) が、衝突後の光子の運動量ベクトル \(\vec{p’}_{\text{光子}}\) と電子の運動量ベクトル \(\vec{p}_{e}\) のベクトル和に等しい(\(\vec{p}_{\text{光子}} = \vec{p’}_{\text{光子}} + \vec{p}_{e}\))という関係を、三角形や平行四辺形として図示すると、運動量保存則の意味が直感的に理解できます。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 座標軸と角度: 入射方向をx軸とし、角度(\(\theta\) や散乱角)を正確に図に書き込みます。
- ベクトルの矢印: 運動量のベクトルは、その大きさと向きがわかるように矢印で描きます。衝突前後のベクトル関係がわかるように、始点を揃えて描くと良いでしょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- エネルギー保存則:
- 選定理由: 衝突現象において、外力や非保存力が働かない(あるいは無視できる)場合、系全体のエネルギーは必ず保存されるため。
- 適用根拠: これは物理学で最も普遍的で強力な法則の一つです。衝突現象の解析では、運動量保存則とセットで必ず考慮すべき基本法則です。
- 運動量保存則:
- 選定理由: 衝突現象において、系に外力が働かない(あるいは内力に比べて無視できる)場合、系全体の運動量は必ず保存されるため。
- 適用根拠: ニュートンの運動の第三法則(作用・反作用の法則)から導かれる、エネルギー保存則と並ぶ重要な保存則です。衝突のように、相互作用の力が複雑で直接求められない場合に特に威力を発揮します。
- 光子のエネルギー・運動量の式 (\(E=hc/\lambda, p=h/\lambda\)):
- 選定理由: 衝突に関わる粒子の一つが「光子」であるため、その粒子としての性質を記述する専用の公式を選択します。
- 適用根拠: これらは、光の粒子性を提唱したアインシュタインの光量子仮説と、物質の波動性を提唱したド・ブロイの関係式から導かれる、量子力学の基本的な関係式です。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1)〜(3) 保存則の立式:
- 戦略: エネルギー保存則、運動量保存則(x成分、y成分)の3本を、定義に従って機械的に立式する。
- フロー: ①衝突前後の各粒子のE, \(p_x\), \(p_y\)をリストアップ → ②エネルギー保存則の式を立てる → ③x方向の運動量保存則の式を立てる → ④y方向の運動量保存則の式を立てる。
- (4) 角度\(\theta\)の消去:
- 戦略: 運動量保存則の2式を連立させ、\(\sin^2\theta+\cos^2\theta=1\) を利用して\(\theta\)を消去する。
- フロー: ①(2)(3)の式を \(\cos\theta=\dots\), \(\sin\theta=\dots\) の形に変形 → ②両辺を2乗して足し合わせる → ③得られた式を \(\frac{1}{2}mv^2\) について整理する。
- (5) 波長の関係式の導出:
- 戦略: エネルギー保存則の式と、(4)で得た運動エネルギーの式を結合する。
- フロー: ①(1)の式を \(\frac{1}{2}mv^2=\dots\) の形に変形 → ②この式と(4)の式を等しいとおく → ③式を整理し、\(\frac{1}{\lambda}-\frac{1}{\lambda’}=\dots\) の形にする。
- (6) 近似計算:
- 戦略: (5)で得られた厳密な式に、\(\lambda’ \approx \lambda\) の近似を適用する。
- フロー: ①(5)の式の左辺を通分し、\(\Delta\lambda\) を作る → ②(5)の式の右辺と、左辺の分母に \(\lambda’ \approx \lambda\) を代入して簡略化 → ③式を \(\Delta\lambda\) について解く。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: この問題はすべて文字式で計算するため、計算ミスは主に式変形の過程で起こります。焦らず、一行ずつ丁寧に変形を進めましょう。
- 分数の整理: \(\frac{1}{\lambda}\) や \(\frac{1}{\lambda^2}\) といった逆数やその2乗が頻出します。通分や約分の際に、指数を間違えないよう注意が必要です。
- 目的意識を持つ: (4)では「\(\theta\)を消去する」、(5)では「\(v\)を消去する」というように、その計算ステップの目的を明確に意識することで、式変形の道筋を見失いにくくなります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (5)の式: この式は、衝突によって光子の波長が長くなる(\(\lambda’ > \lambda\))ことを示しています。これは、光子がエネルギーを失ったことを意味し、そのエネルギーが電子に与えられたという物理描像と一致します。
- (6) コンプトン波長: \(\Delta\lambda \approx h/mc\) という結果は、波長のずれがプランク定数 \(h\) に比例し、電子の質量 \(m\) に反比例することを示しています。もし衝突相手が陽子のように重い粒子であれば、波長のずれは非常に小さくなり、観測しにくくなることがわかります。また、このずれは入射波長 \(\lambda\) によらないという驚くべき結果を示しており、これがコンプトン効果の顕著な特徴です。
- 別解との比較:
- この問題の解法は、エネルギー保存則と運動量保存則を連立させるという、ほぼ一本道です。しかし、計算の順序(例えば、先にエネルギーの式を \(v^2\) について解いてから運動量の式に代入するなど)を変えることは可能です。どの順序が最も見通しが良いかを考えることは、計算能力の向上につながります。定石とされる(1)〜(6)の流れは、多くの物理学者が洗練させてきた最もエレガントな解法の一つと言えます。
441 電子線の散乱
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、電子が波としての性質を持つことを示す「電子線回折」の実験(デビッソン・ガーマーの実験に類似)を題材にしています。電子を波として捉え、結晶格子による干渉の条件を考えることで、その波長(ド・ブロイ波長)を実験的に検証する内容です。
この問題の核心は、電子を「波」として扱い、その干渉条件を幾何学的に導出する能力と、電子を「粒子」として扱い、加速電圧からその波長を理論的に計算する能力の両方が問われる点にあります。
- 結晶の格子面間隔: \(d\)
- 入射電子線と格子面のなす角: \(\theta_1\)
- 散乱電子線と格子面のなす角: \(\theta_2\)
- (2)の実験条件:
- 電子の加速エネルギー: \(K = 56 \text{ eV}\)
- 入射電子線と散乱電子線のなす角: \(50^\circ\)
- 結晶の格子面間隔: \(d = 9.1 \times 10^{-11} \text{ m}\)
- 経路差は1波長分 (\(n=1\))
- 物理定数:
- プランク定数: \(h = 6.6 \times 10^{-34} \text{ J・s}\)
- 電子の質量: \(m = 9.1 \times 10^{-31} \text{ kg}\)
- 1 eV = \(1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\)
- 近似値: \(\sin 65^\circ \approx 0.91\), \(\sqrt{13} \approx 3.6\)
- (1) 異なる格子面で散乱された電子線が強め合うための条件式。
- (2) 実験データから、干渉条件を満たす電子線の波長 \(\lambda\) を計算し、それが理論的に計算される物質波の波長 \(\lambda’\) とほぼ等しいことを確かめること。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「電子の波動性とブラッグ反射」です。X線の回折で用いたブラッグの条件を、より一般的な形で導出し、電子線に適用する応用力が試されます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 波の干渉: 2つの波が強め合う条件は、経路差が波長の整数倍になることです。
- 幾何学的な経路差の計算: 図から、隣り合う格子面で散乱される電子線の経路差を、三角比を用いて \(d, \theta_1, \theta_2\) で表します。
- 物質波(ド・ブロイ波): 運動量 \(p\) を持つ粒子は、\(\lambda = h/p\) で与えられる波長を持つ波として振る舞います。
- 運動エネルギーと運動量の関係: 運動エネルギー \(K\) と運動量 \(p\) の間には \(p = \sqrt{2mK}\) の関係があります。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)では、問題の図を参考に、隣り合う格子面で散乱される2つの電子線の経路差を幾何学的に求め、それが波長の整数倍になるという強め合いの条件を立式します。
- (2)では、まず実験の幾何学的配置から角度 \(\theta_1, \theta_2\) を特定します。次に、(1)で立てた干渉条件の式を用いて、実験的に観測された波長 \(\lambda\) を計算します。最後に、加速エネルギーから電子の運動量を計算し、ド・ブロイ波の公式を用いて理論的な波長 \(\lambda’\) を計算し、両者がほぼ等しいことを示します。
問(1)
思考の道筋とポイント
隣り合う2つの格子面(AとC)で散乱される電子線を考えます。これらの電子線が強め合うためには、その経路差が波長 \(\lambda\) の整数倍 (\(n\lambda\)) になる必要があります。図を元に、この経路差を \(d, \theta_1, \theta_2\) を用いて幾何学的に求めます。
この設問における重要なポイント
- 経路差の特定: 図において、下の格子面Cで散乱される電子線は、上の格子面Aで散乱される電子線に比べて、距離にして BC + CD だけ長く進みます。これが経路差です。
- 三角比の利用:
- 三角形ABCに着目すると、\(\angle BAC = 90^\circ\) であり、\(\angle BCA = \theta_1\) となります(錯角)。よって、\(BC = AC \sin\theta_1 = d\sin\theta_1\) となります。
- 同様に、三角形ACDに着目すると、\(\angle ADC = 90^\circ\) であり、\(\angle CAD = \theta_2\) となります。よって、\(CD = AC \sin\theta_2 = d\sin\theta_2\) となります。
- 強め合いの条件: 経路差 = \(n\lambda\)
具体的な解説と立式
図のように、上の格子面Aと下の格子面Cで散乱される電子線を考えます。点Bは、点Aから下の電子線の経路に下ろした垂線の足、点Dは、点Cから上の電子線の経路に下ろした垂線の足です。
このとき、2つの電子線の経路差 \(\Delta L\) は、
$$ \Delta L = BC + CD $$
三角形ABCと三角形ACDに注目し、三角比を用いると、
$$ BC = d\sin\theta_1 $$
$$ CD = d\sin\theta_2 $$
と表せます。したがって、経路差は、
$$ \Delta L = d\sin\theta_1 + d\sin\theta_2 = d(\sin\theta_1 + \sin\theta_2) $$
電子線が強め合うためには、この経路差が波長 \(\lambda\) の整数倍に等しくなければなりません。
$$ d(\sin\theta_1 + \sin\theta_2) = n\lambda \quad (n=1, 2, 3, \dots) $$
使用した物理公式
- 波の干渉条件(強め合い): 経路差 = \(n\lambda\)
上記の立式がそのまま答えとなります。
隣のレーンを走るランナーが、カーブの内側と外側で走る距離が違うように、隣の原子層で反射される電子線は、少しだけ長い距離を進むことになります。この「寄り道した分の距離(経路差)」が、電子の波としての波長のちょうど1倍、2倍、3倍…になるとき、波の山と山がそろって強め合います。この関係を図から読み取って数式にします。
強め合いの条件は \(d(\sin\theta_1 + \sin\theta_2) = n\lambda\) となります。
これは、X線回折で学ぶブラッグの条件 \(2d\sin\theta = n\lambda\) を、入射角と反射角が等しくない(\(\theta_1 \neq \theta_2\))一般の場合に拡張したものです。もし、鏡面反射のように \(\theta_1 = \theta_2 = \theta\) であれば、この式は \(d(2\sin\theta) = n\lambda\) となり、ブラッグの条件と一致します。
問(2)
思考の道筋とポイント
この設問は、2つのパートに分かれています。
- 実験的な波長の計算: まず、実験条件から \(\theta_1, \theta_2\) の値を求めます。問題の図から、入射電子線と散乱電子線は対称的な配置(鏡面反射)になっているため、\(\theta_1 = \theta_2\) と考えられます。この角度と、与えられた \(d\) の値、\(n=1\) という条件を(1)の式に代入し、実験的に観測された電子線の波長 \(\lambda\) を計算します。
- 理論的な波長の計算: 次に、電子が \(56 \text{ eV}\) のエネルギーで加速されたという情報から、ド・ブロイ波の公式を用いて、その電子が持つべき理論的な波長 \(\lambda’\) を計算します。
最後に、この2つの方法で求めた波長 \(\lambda\) と \(\lambda’\) がほぼ等しいことを示します。
この設問における重要なポイント
- 角度の決定: 図より、入射電子線と散乱電子線のなす角が \(50^\circ\) であり、\(\theta_1 = \theta_2\) の対称的な散乱であることから、\( \theta_1 + \theta_2 + 50^\circ = 180^\circ \) という関係が成り立ちます。ここから \(\theta_1 = \theta_2 = 65^\circ\) と求められます。
- ド・ブロイ波長: 運動量 \(p\) の粒子の波長は \(\lambda’ = h/p\)。
- 運動量の計算: 運動エネルギー \(K\) が与えられているので、運動量 \(p\) は \(p = \sqrt{2mK}\) で計算できます。
- 単位の換算: エネルギーが eV (電子ボルト) で与えられているので、J (ジュール) に直して計算します。\(56 \text{ eV} = 56 \times 1.6 \times 10^{-19} \text{ J}\)。
具体的な解説と立式
1. 実験的な波長 \(\lambda\) の計算
図より、\(\theta_1 = \theta_2\) であり、入射方向と散乱方向のなす角が \(50^\circ\) なので、
$$ \theta_1 + \theta_2 + 50^\circ = 180^\circ $$
$$ 2\theta_1 = 130^\circ $$
$$ \theta_1 = 65^\circ $$
よって、\(\theta_1 = \theta_2 = 65^\circ\) です。
(1)の条件式 \(d(\sin\theta_1 + \sin\theta_2) = n\lambda\) に、\(\theta_1 = \theta_2 = 65^\circ\) と \(n=1\) を代入します。
$$ d(2\sin65^\circ) = 1 \cdot \lambda $$
$$ \lambda = 2d\sin65^\circ $$
2. 理論的な波長 \(\lambda’\) の計算
電子の運動エネルギー \(K\) は \(56 \text{ eV}\) なので、ジュールに換算すると、
$$ K = 56 \times (1.6 \times 10^{-19}) \text{ [J]} $$
このときの電子の運動量 \(p\) は、
$$ p = \sqrt{2mK} $$
したがって、ド・ブロイ波長 \(\lambda’\) は、
$$ \lambda’ = \frac{h}{p} = \frac{h}{\sqrt{2mK}} $$
使用した物理公式
- (1)で導出した干渉条件
- ド・ブロイ波長: \(\lambda = h/p\)
- 運動量と運動エネルギーの関係: \(p = \sqrt{2mK}\)
1. \(\lambda\) の計算
$$
\begin{aligned}
\lambda &= 2d\sin65^\circ \\[2.0ex]&\approx 2 \times (9.1 \times 10^{-11}) \times 0.91 \\[2.0ex]&= 1.6562 \times 10^{-10} \\[2.0ex]&\approx 1.7 \times 10^{-10} \text{ [m]}
\end{aligned}
$$
2. \(\lambda’\) の計算
$$
\begin{aligned}
\lambda’ &= \frac{h}{\sqrt{2mK}} \\[2.0ex]&= \frac{6.6 \times 10^{-34}}{\sqrt{2 \times (9.1 \times 10^{-31}) \times (56 \times 1.6 \times 10^{-19})}} \\[2.0ex]&= \frac{6.6 \times 10^{-34}}{\sqrt{1630.72 \times 10^{-50}}} \\[2.0ex]&= \frac{6.6 \times 10^{-34}}{\sqrt{16.3072 \times 10^{-48}}} \\[2.0ex]&= \frac{6.6 \times 10^{-34}}{ \sqrt{16.3072} \times 10^{-24}}
\end{aligned}
$$
ここで、ルートの中を近似値が使えるように工夫します。\(2 \times 9.1 \times 56 \times 1.6 = 2 \times 9.1 \times (7 \times 8) \times 1.6 = 14 \times 9.1 \times 12.8 \approx 14 \times 9 \times 13 = 1638\)。
模範解答の計算 \(\sqrt{2 \times 9.1 \times 56 \times 1.6} = \sqrt{1630.72} \approx 40.38\) を使うと、
$$
\begin{aligned}
\lambda’ &\approx \frac{6.6 \times 10^{-34}}{40.38 \times 10^{-25}} \\[2.0ex]&\approx 0.163 \times 10^{-9} \\[2.0ex]&= 1.63 \times 10^{-10} \text{ [m]} \\[2.0ex]&\approx 1.6 \times 10^{-10} \text{ [m]}
\end{aligned}
$$
3. 比較
実験から求めた波長 \(\lambda \approx 1.7 \times 10^{-10}\) m と、理論から求めた物質波の波長 \(\lambda’ \approx 1.6 \times 10^{-10}\) m は、ほぼ等しい値となりました。
まず、電子が実際に結晶で反射されたという「実験結果」から、干渉のルールを使って、その電子が持っていたはずの「波長」を逆算します。
次に、電子を \(56 \text{ eV}\) で加速したという「理論的な条件」から、物質波の公式を使って、その電子が持つべき「波長」を計算します。
この2つの方法で計算した波長が、ほぼ同じ値になることを確かめることで、「電子は本当に波としての性質を持っているんだ」ということを証明します。
実験的に求めた波長 \(\lambda\) と、理論的に計算したド・ブロイ波長 \(\lambda’\) がほぼ等しいことが確認できました。これは、電子が粒子としての性質(運動量)だけでなく、波としての性質(波長と干渉)を併せ持つこと、すなわち「物質の二重性」を実験的に裏付ける強力な証拠となります。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 物質の波動性(ド・ブロイ波):
- 核心: この問題全体を貫く最も重要な概念は、「すべての物質は波としての性質を持つ」というド・ブロイの仮説です。運動量 \(p\) を持つ粒子の波長 \(\lambda\) は、\(\lambda = h/p\) (\(h\)はプランク定数)で与えられます。電子を粒子として加速させ、その電子が起こす干渉という波の現象を観測することで、この仮説を検証するのがこの問題のテーマです。
- 理解のポイント: (2)で、干渉現象という「波の性質」から求めた波長と、加速エネルギーという「粒子の性質」から求めた波長が一致することを示すのが、この問題のクライマックスです。
- 波の干渉条件:
- 核心: (1)で導出する、異なる経路を進んだ波が強め合う条件「経路差 = \(n\lambda\)」が、波の現象を解析するための基本法則です。この問題では、X線回折で学ぶブラッグの条件を、より一般的な入射角・散乱角の場合に拡張して導出します。
- 理解のポイント: 幾何学的な関係から、三角比を用いて経路差を正しく計算できるかが鍵となります。\(d(\sin\theta_1 + \sin\theta_2)\) という経路差の導出は、様々な干渉問題に応用できる重要なスキルです。
- エネルギーと運動量の関係:
- 核心: 電子を加速電圧 \(V\) で加速した場合の運動エネルギー \(K=eV\) や、その運動エネルギーと運動量 \(p\) を結びつける関係式 \(p=\sqrt{2mK}\) は、粒子としての電子を扱う上で必須の知識です。これらを用いて、ド・ブロイ波長を \(\lambda = h/\sqrt{2mK}\) と計算できることが、理論的な波長を求めるための土台となります。
- 理解のポイント: 加速エネルギー[eV] → 運動エネルギー[J] → 運動量[kg・m/s] → 波長[m] という一連の計算フローをスムーズに行えるようにしておくことが重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- X線回折(ブラッグ反射): 本質的に同じ現象です。X線の場合は、波長 \(\lambda\) が直接与えられるか、発生原理(電子の加速エネルギーから最短波長を求めるなど)から計算します。電子線回脱は、その波長をド・ブロイ波長として計算する点が異なります。
- 中性子回折: 原子炉などで得られる中性子線も、物質波として結晶構造の解析に利用されます。中性子の質量とエネルギーからド・ブロイ波長を計算し、干渉条件を考える流れは全く同じです。
- 透過型電子顕微鏡(TEM): 高速の電子線を薄い試料に透過させ、その回折パターンから物質の原子配列を調べる装置。電子の波動性を利用した最先端技術の原理も、この問題の考え方に基づいています。
- 初見の問題での着眼点:
- 粒子か波か、両方か?: 問題文に「電子線」「結晶」「散乱」「強め合う」といったキーワードがあれば、電子の波動性と干渉を考える問題だと判断します。「加速」「エネルギー」というキーワードは、粒子としての側面を考えるヒントです。
- 干渉条件の図示: 波の干渉を扱う問題では、必ず図を描いて経路差を視覚的に確認します。特に、角度(\(\theta_1, \theta_2\))がどこを指すのか、経路差がどの部分の長さの和(または差)になるのかを正確に作図することが、立式のミスを防ぐ鍵です。
- エネルギーの単位に注意: 加速エネルギーが[eV]で与えられることが非常に多いです。運動量やド・ブロイ波長を計算する際は、必ず[J]に変換(\(1.6 \times 10^{-19}\)を掛ける)する必要があります。この単位換算は頻出の注意点です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 干渉条件の式の混同:
- 誤解: ブラッグの条件 \(2d\sin\theta = n\lambda\) を暗記しているだけで、(1)のような一般的な場合に対応できない。あるいは、ヤングの実験の \(d\sin\theta = m\lambda\) と混同してしまう。
- 対策: 公式を丸暗記するのではなく、図から経路差を導出するプロセスを理解しておくことが重要です。本問の \(d(\sin\theta_1 + \sin\theta_2)\) という経路差は、ブラッグの条件(反射)とヤングの実験(透過)の両方の考え方を組み合わせたような形になっており、良い練習問題です。
- 角度の定義の間違い:
- 誤解: (2)で、入射線と散乱線のなす角 \(50^\circ\) を、そのまま \(\theta_1\) や \(\theta_2\) として使ってしまう。
- 対策: 問題で与えられている角度が、物理法則の公式で使われる角度の定義と一致しているかを常に確認しましょう。この問題では、図から幾何学的な関係 (\(\theta_1+\theta_2+50^\circ=180^\circ\)) を見抜く必要がありました。
- ド・ブロイ波長の計算ミス:
- 誤解: 運動エネルギー \(K\) を[eV]のまま \(p=\sqrt{2mK}\) の式に代入してしまう。あるいは、プランク定数 \(h\) や質量 \(m\) の値、指数の計算を間違える。
- 対策: 単位換算を徹底すること。また、\(h, m, e\) などの基本定数の値は問題文で与えられることが多いですが、オーダー(\(10^{-34}, 10^{-31}, 10^{-19}\))は覚えておくと、計算結果の妥当性チェックに役立ちます。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 電子の波面のイメージ: 電子線を、進行方向と垂直な波面が連なって進んでくる平面波としてイメージします。結晶の原子面に波面が到達し、各原子が新たな波源(素元波)となって球面波を送り出す(ホイヘンスの原理)。これらの球面波が干渉しあって、特定の方向にだけ強い波(回折線)が形成される、という描像を持つと、現象の理解が深まります。
- 経路差の作図: (1)の解説にあるように、隣り合う経路の間に垂線を下ろし、直角三角形を作ることで経路差を求める作図は、あらゆる波の干渉問題で使える基本的なテクニックです。この作図法をマスターすることが最重要です。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 角度の記入: \(\theta_1, \theta_2\) だけでなく、錯角や垂線の関係からわかる角度もすべて図に書き込むと、どの三角形に注目すればよいかが見えやすくなります。
- 経路差の明示: 経路差となる部分(BC, CD)を色ペンでなぞるなどして、視覚的に強調すると、立式の際に混乱しにくくなります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- 干渉の強め合い条件(経路差 = \(n\lambda\)):
- 選定理由: (1)で、「電子線が強め合う」という波の干渉現象を扱うため。
- 適用根拠: これは、波の重ね合わせの原理から導かれる、干渉の最も基本的な条件です。波の山同士(または谷同士)が重なり合うためには、経路の差がちょうど波長の整数倍でなければならない、という普遍的な原理に基づいています。
- ド・ブロイ波の公式 (\(\lambda = h/p\)):
- 選定理由: (2)で、電子という「粒子」の運動状態(運動量)と、それが示す「波」としての性質(波長)を結びつける必要があるため。
- 適用根拠: これは、量子力学の根幹をなす「物質の二重性」を定量的に表す基本公式です。この式がなければ、粒子としての電子のエネルギーから、波としての性質を理論的に計算することはできません。
- 運動エネルギーと運動量の関係式 (\(p=\sqrt{2mK}\)):
- 選定理由: (2)で、ド・ブロイ波長の計算に必要な運動量 \(p\) を、与えられた運動エネルギー \(K\) から求めるため。
- 適用根拠: これは、運動エネルギー \(K=\frac{1}{2}mv^2\) と運動量 \(p=mv\) という、古典力学における2つの定義式から導かれる純粋な数学的関係です。速さ \(v\) を介さずに \(K\) と \(p\) を直接結びつける便利なツールとして利用します。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 干渉条件の導出:
- 戦略: 図から経路差を幾何学的に求め、強め合いの条件式を立てる。
- フロー: ①隣り合う電子線の経路を図示 → ②垂線を下ろして経路差の部分(BC+CD)を特定 → ③三角比を用いて経路差を \(d, \theta_1, \theta_2\) で表現 → ④経路差が \(n\lambda\) に等しいとおく。
- (2) 波長の検証:
- 戦略: 「実験結果からの波長算出」と「理論からの波長算出」の2つを行い、比較する。
- フロー(実験): ①実験の幾何学的条件から角度 \(\theta_1, \theta_2\) を決定 → ②(1)の干渉条件式に \(d, \theta_1, \theta_2, n\) の値を代入し、波長 \(\lambda\) を計算。
- フロー(理論): ③加速エネルギー \(K\) [eV] を [J] に単位換算 → ④運動量 \(p=\sqrt{2mK}\) を計算 → ⑤ド・ブロイ波長の公式 \(\lambda’ = h/p\) で理論的な波長 \(\lambda’\) を計算。
- フロー(結論): ⑥\(\lambda\) と \(\lambda’\) の値がほぼ等しいことを示す。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 三角関数の値: \(\sin 65^\circ\) のような有名角でない値は問題文で与えられます。値を正確に代入しましょう。
- 単位換算の徹底: 特にエネルギーの eV → J の換算(\(1.6 \times 10^{-19}\) を掛ける)は、この分野の問題ではほぼ必須の操作です。計算の一番最初に行う習慣をつけましょう。
- 複雑なルート計算: (2)の \(\lambda’\) の計算のように、ルートの中に多くの定数が含まれる場合、指数部分と係数部分を分けて計算するとミスが減ります。指数は \(10^{-31} \times 10^{-19} = 10^{-50}\) のように先にまとめてしまい、係数部分 \(2 \times 9.1 \times 56 \times 1.6\) は筆算などで慎重に計算しましょう。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 波長のオーダー: (2)で計算した波長は、\(\lambda \approx 1.7 \times 10^{-10}\) m, \(\lambda’ \approx 1.6 \times 10^{-10}\) m でした。これはオングストローム(Å)の単位で 1.6 ~ 1.7 Å となり、原子の大きさや原子間の距離と同程度のオーダーです。波がその進行を妨げる障害物(この場合は原子の並び)と同程度の波長を持つとき、回折や干渉といった現象が顕著に現れます。したがって、得られた波長のオーダーは物理的に非常に妥当です。
- 実験と理論の一致:
- この問題の核心は、実験(回折角の測定)から求めた波長 \(\lambda\) と、理論(ド・ブロイの式)から求めた波長 \(\lambda’\) が、測定誤差の範囲で一致することを示す点にあります。この一致こそが、「電子は波である」という仮説の正しさを裏付けるものです。解答の最後に「よって、電子線の波長と物質波の波長がほぼ等しくなる」と記述することは、単なる計算の確認ではなく、この問題が持つ物理的な意義を理解していることを示す上で非常に重要です。
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