396 動く導体棒とコンデンサーとコイル
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、傾斜したレール上を動く導体棒に生じる電磁誘導を扱い、コンデンサーやコイルが接続された場合の力学的な運動とエネルギーの変換を問う、電磁気学と力学の総合問題です。
(1)ではエネルギー保存則、(2)では終端速度における力のつり合いと定常電流という、異なる物理状況を正しく分析する能力が試されます。
この問題の核心は、導体棒の運動によって生じる「誘導起電力」を正しく計算し、それを力学的な「運動方程式」や「エネルギー保存則」、電気的な「回路方程式」と結びつけることです。
- 磁束密度: \(B\) [T] (鉛直上向き)
- レール間隔: \(l\) [m]
- レールの傾斜角: \(\theta\) [rad]
- 導体棒の質量: \(m\) [kg]
- 重力加速度: \(g\) [m/s\(^2\)]
- (1) コンデンサーの電気容量: \(C\) [F]
- (1) 導体棒の落下距離: \(d\) [m]
- (2) 抵抗の値: \(R\) [Ω]
- (2) コイルの自己インダクタンス: \(L\) [H]
- (1) 導体棒が距離 \(d\) 落下した瞬間の速さ \(v\)。
- (2) 導体棒の速さが一定になったときの、電流の強さ \(I\)、導体棒の速さ \(v’\)、コイルに蓄えられるエネルギー \(U\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この問題のテーマは「電磁誘導が関わる力学とエネルギー」です。導体棒の運動と回路の状態が相互に影響し合う現象を扱います。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 誘導起電力の計算: 磁場と速度が垂直でない場合の誘導起電力 \(V = v_{\perp}Bl\) を正しく計算することがすべての基本です。この問題では、速度の磁場に垂直な成分(水平成分)を用います。
- エネルギー保存則: (1)では、回路に抵抗がなく、非保存力である磁場からの力が仕事をしないため、力学的エネルギー(位置・運動)とコンデンサーの静電エネルギーの総和が保存されることを利用します。
- 力のつり合い: (2)の終端速度の状態では、導体棒に働く力がつり合っている(加速度が0)と考えます。
- 定常状態の回路: (2)の終端速度の状態では、電流も一定になります。このとき、コイルの自己誘導起電力は0になるという点が重要です。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- (1)は問題の指示通り「エネルギー保存則」を立式します。初めの位置エネルギーが、後の運動エネルギーとコンデンサーの静電エネルギーに変換されると考え、速さ \(v\) を求めます。
- (2)は「終端速度」という条件に着目します。まず、導体棒に働く力のつり合いから電流 \(I\) を求めます。次に、電流が一定であることから回路方程式を立て、速さ \(v’\) を計算します。最後に、求めた電流 \(I\) を用いてコイルのエネルギーを計算します。
問(1)
思考の道筋とポイント
導体棒が落下したときの速さを「エネルギー保存の法則」を用いて求める問題です。この系では、重力(保存力)のみが仕事をし、磁場からの力は仕事をしないため、力学的エネルギーとコンデンサーの静電エネルギーの和が保存されます。したがって、「重力の位置エネルギーの減少量」が、「導体棒の運動エネルギーの増加量」と「コンデンサーの静電エネルギーの増加量」の和に等しい、という関係式を立てます。
この設問における重要なポイント
- 誘導起電力の計算: 導体棒は速さ \(v\) で斜面を滑り降りますが、磁場 \(B\) は鉛直上向きです。誘導起電力の公式 \(V=v_{\perp}Bl\) における速度 \(v_{\perp}\) は、磁場に垂直な速度成分です。導体棒の速度 \(v\) の水平成分は \(v \cos\theta\) であり、これが磁場 \(B\) と垂直です。したがって、誘導起電力の大きさは \(V = (v \cos\theta) Bl\) となります。
- エネルギー保存則の立式: (減少したエネルギー)=(増加したエネルギー)の形で立式するのが明快です。
- 減少したエネルギー:重力による位置エネルギー。導体棒がレールに沿って \(d\) 落下するときの鉛直方向の高さの変化は \(d \sin\theta\) です。
- 増加したエネルギー:導体棒の運動エネルギーと、コンデンサーに蓄えられる静電エネルギーの2つです。
- 磁場からの力は仕事をしない: 磁場から電流が受ける力(ローレンツ力)は、常に導体棒の運動方向(速度の向き)と垂直な水平方向に働くため、仕事をしません。これがエネルギー保存則を適用できる根拠です。
具体的な解説と立式
初速0で落下を始める前の状態(位置エネルギーの基準点を落下後とする)と、距離 \(d\) を落下した瞬間の状態でエネルギー保存則を考えます。
初めの状態のエネルギー \(E_{\text{初}}\) は、位置エネルギーのみです。
$$ E_{\text{初}} = mg(d \sin\theta) $$
距離 \(d\) を落下した瞬間の速さを \(v\) とすると、このときのエネルギー \(E_{\text{後}}\) は、運動エネルギーとコンデンサーの静電エネルギーの和になります。
$$ E_{\text{後}} = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}CV^2 $$
ここで、\(V\) はこの瞬間の誘導起電力の大きさです。導体棒の速度 \(v\) の磁場に垂直な成分(水平成分)は \(v \cos\theta\) なので、
$$ V = (v \cos\theta) Bl \quad \cdots ① $$
エネルギー保存則 \(E_{\text{初}} = E_{\text{後}}\) より、
$$ mgd \sin\theta = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}CV^2 \quad \cdots ② $$
使用した物理公式
- エネルギー保存則
- 運動エネルギー: \(K = \displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)
- 重力による位置エネルギー: \(U_g = mgh\)
- コンデンサーの静電エネルギー: \(U_C = \displaystyle\frac{1}{2}CV^2\)
- 誘導起電力: \(V = v_{\perp}Bl\)
式①を式②に代入して、\(v\) について解きます。
$$
\begin{aligned}
mgd \sin\theta &= \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}C(vBl \cos\theta)^2 \\[2.0ex]
mgd \sin\theta &= \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}CB^2l^2v^2 \cos^2\theta \\[2.0ex]
mgd \sin\theta &= \frac{1}{2} v^2 (m + CB^2l^2 \cos^2\theta)
\end{aligned}
$$
この式を \(v^2\) について解くと、
$$
\begin{aligned}
v^2 &= \frac{2mgd \sin\theta}{m + CB^2l^2 \cos^2\theta}
\end{aligned}
$$
したがって、速さ \(v\) は、
$$
\begin{aligned}
v &= \sqrt{\frac{2mgd \sin\theta}{m + CB^2l^2 \cos^2\theta}} \text{ [m/s]}
\end{aligned}
$$
導体棒が坂を滑り落ちることで失う「高さのエネルギー」が、2つのエネルギーに分け与えられます。一つは導体棒自身の「速さのエネルギー」、もう一つはコンデンサーに蓄えられる「電気のエネルギー」です。この「失ったエネルギー=得たエネルギーの合計」という関係を数式にして、速さ \(v\) を逆算します。
導体棒が距離 \(d\) 落下した瞬間の速さは \(\sqrt{\displaystyle\frac{2mgd \sin\theta}{m + CB^2l^2 \cos^2\theta}}\) [m/s] です。
もしコンデンサーが接続されていなければ(\(C=0\))、この式は \(v = \sqrt{2gd \sin\theta}\) となり、これは単に摩擦のない斜面を滑り落ちる物体の速さの公式と一致します。コンデンサーがあることで分母が大きくなり、速さが遅くなることがわかります。これは、エネルギーの一部がコンデンサーに蓄えられるために運動エネルギーへの配分が減る、という物理的状況と一致しており、妥当な結果です。
問(2)
思考の道筋とポイント
「導体棒の速さが一定になった」という記述が最大のヒントです。これは、導体棒の加速度が0、つまり導体棒に働く力がつり合っている状態(終端速度)を意味します。まず、この力のつり合いの式を立てて電流 \(I\) を求めます。次に、速さが一定であることから誘導起電力も一定、したがって電流も一定(定常電流)であると考えます。定常電流ではコイルの自己誘導は働かないため、回路は単純なオームの法則に従います。この関係から速さ \(v’\) を求め、最後にコイルのエネルギーを計算します。
この設問における重要なポイント
- 力の図示と分解: 導体棒に働く力は「重力 \(mg\)」「垂直抗力 \(N\)」「磁場から受ける力 \(F\)\」の3つです。これらの力を、運動を解析しやすい「斜面に平行な方向」と「斜面に垂直な方向」に分解します。
- 磁場から受ける力 \(F\): 電流 \(I\) が流れる導体棒が磁場 \(B\) から受ける力は \(F=IBl\) です。力の向きはフレミングの左手の法則で決定します。レンツの法則から電流はP→Qの向きに流れると判断でき、磁場は鉛直上向きなので、力 \(F\) は水平右向きに働きます。
- 力のつり合い: 速さが一定なので、斜面に平行な方向の力がつり合っています。重力の斜面下向き成分 \(mg \sin\theta\) と、磁場からの力 \(F\) の斜面上向き成分 \(F \cos\theta\) が等しくなります。
- 定常状態の回路: 速さ \(v’\) が一定なので、誘導起電力 \(V = (v’ \cos\theta)Bl\) も一定です。これにより回路を流れる電流 \(I\) も一定値になります。電流が時間変化しない(定常電流)場合、コイルに自己誘導起電力は発生しません(\(V_L = -L \frac{dI}{dt} = 0\))。したがって、コイルは単なる導線と見なせ、回路全体ではオームの法則 \(V=IR\) が成り立ちます。
具体的な解説と立式
まず、導体棒に働く力のつり合いを考えます。
導体棒に働く力は、鉛直下向きの重力 \(mg\)、斜面に垂直な向きの垂直抗力 \(N\)、そして水平右向きの磁場からの力 \(F\) です。
磁場からの力 \(F\) の大きさは、電流を \(I\) として \(F = IBl\) です。
斜面に平行な方向の力のつり合いを考えると、重力の斜面下向き成分 \(mg \sin\theta\) と、力 \(F\) の斜面上向き成分 \(F \cos\theta\) がつり合います。
$$ mg \sin\theta = F \cos\theta $$
$$ mg \sin\theta = (IBl) \cos\theta \quad \cdots ① $$
次に、回路について考えます。
導体棒の速さが \(v’\) で一定なので、誘導起電力 \(V\) も一定で、その大きさは
$$ V = (v’ \cos\theta)Bl $$
電流 \(I\) も一定なので、コイルの自己誘導起電力は0です。したがって、誘導起電力 \(V\) がすべて抵抗 \(R\) にかかることになり、オームの法則が成り立ちます。
$$ V = IR \quad \cdots ② $$
最後に、コイルに蓄えられるエネルギー \(U\) は、電流 \(I\) と自己インダクタンス \(L\) を用いて次式で与えられます。
$$ U = \frac{1}{2}LI^2 \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 磁場から電流が受ける力: \(F=IBl\)
- 誘導起電力: \(V = v_{\perp}Bl\)
- オームの法則: \(V=IR\)
- コイルに蓄えられるエネルギー: \(U = \displaystyle\frac{1}{2}LI^2\)
まず、力のつり合いの式①から電流 \(I\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
I &= \frac{mg \sin\theta}{Bl \cos\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{mg \tan\theta}{Bl} \text{ [A]}
\end{aligned}
$$
次に、この \(I\) を用いて速さ \(v’\) を求めます。式②に \(V = (v’ \cos\theta)Bl\) を代入すると、
$$ (v’ \cos\theta)Bl = IR $$
これを \(v’\) について解くと、
$$
\begin{aligned}
v’ &= \frac{IR}{Bl \cos\theta}
\end{aligned}
$$
この式に上で求めた \(I\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
v’ &= \frac{1}{Bl \cos\theta} \left( \frac{mg \tan\theta}{Bl} \right) R \\[2.0ex]
&= \frac{mgR \tan\theta}{B^2l^2 \cos\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{mgR}{B^2l^2} \frac{\sin\theta / \cos\theta}{\cos\theta} \\[2.0ex]
&= \frac{mgR \sin\theta}{B^2l^2 \cos^2\theta} \text{ [m/s]}
\end{aligned}
$$
最後に、求めた電流 \(I\) を用いて、コイルに蓄えられるエネルギー \(U\) を式③から計算します。
$$
\begin{aligned}
U &= \frac{1}{2}L I^2 \\[2.0ex]
&= \frac{1}{2}L \left( \frac{mg \tan\theta}{Bl} \right)^2 \\[2.0ex]
&= \frac{m^2g^2L \tan^2\theta}{2B^2l^2} \text{ [J]}
\end{aligned}
$$
(電流) 導体棒が一定の速さで滑り落ちるためには、地球が斜面下向きに引く力と、電流が生み出す斜面上向きのブレーキ力がぴったり釣り合う必要があります。この力の釣り合いから、必要なブレーキ力を生み出すための電流の強さが決まります。
(速さ) 上で決まった電流を流すためには、回路に一定の電圧(誘導起電力)を供給し続ける必要があります。その電圧はオームの法則で計算できます。そして、その電圧を発生させるために必要な導体棒の速さが逆算できます。
(エネルギー) 電流の強さが分かれば、コイルにどれだけのエネルギーが蓄えられているかは、公式に値を代入するだけで計算できます。
導体棒の速さが一定になったとき、
電流の強さは \(I = \displaystyle\frac{mg \tan\theta}{Bl}\) [A]、
導体棒の速さは \(v’ = \displaystyle\frac{mgR \sin\theta}{B^2l^2 \cos^2\theta}\) [m/s]、
コイルに蓄えられるエネルギーは \(U = \displaystyle\frac{m^2g^2L \tan^2\theta}{2B^2l^2}\) [J] です。
これらの結果を見ると、終端速度 \(v’\) や電流 \(I\) はコイルの自己インダクタンス \(L\) に依存していません。これは、定常状態ではコイルは電流を妨げず、単なる導線として振る舞うという物理的事実と一致します。\(L\) はエネルギー \(U\) の式にのみ現れます。また、速さ \(v’\) が抵抗 \(R\) に比例しているのは、抵抗が大きいほど同じ電流を流すためにより大きな誘導起電力(つまり、より速い速度)が必要になるためで、物理的に妥当です。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 誘導起電力と力・エネルギーの連成:
- 核心: この問題の根幹は、導体棒の「運動」が「誘導起電力」を生み、その起電力が回路に「電流」を流し、その電流が磁場から「力」を受け、その力が導体棒の「運動」にフィードバックされる、という一連の連成(カップリング)現象を理解することです。
- 理解のポイント:
- (1)では、この連成が「エネルギー」という共通の土俵で語られます。運動エネルギー、位置エネルギー、静電エネルギーが相互に変換される様子をエネルギー保存則で捉えます。
- (2)では、この連成が「力のつり合い」という定常状態に落ち着いた場面を考えます。重力と磁場からの力がつり合うことで、運動と回路の状態が一定に保たれる力学的な平衡状態を分析します。
- 磁場に垂直な速度成分の抽出:
- 核心: 誘導起電力の公式 \(V=vBl\) は、速度 \(v\)、磁場 \(B\)、導体 \(l\) が互いに直交する場合のものです。この問題のように角度がついている場合、磁場 \(B\) に垂直な速度成分 \(v_{\perp}\) を正しく見抜くことが、すべての計算の出発点となります。
- 理解のポイント: 磁場は鉛直上向きなので、速度 \(v\) を水平成分 \(v\cos\theta\) と鉛直成分 \(v\sin\theta\) に分解します。磁場と平行な鉛直成分は起電力に寄与せず、磁場と垂直な水平成分 \(v\cos\theta\) のみが起電力を生み出します。よって \(V = (v\cos\theta)Bl\) となります。この幾何学的な関係の把握が極めて重要です。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- 水平レール上の導体棒: 最も基本的なパターン。重力が関与しないため、外力と磁場からの力の関係、あるいは電池と誘導起電力の関係を考える問題に集中できます。
- 鉛直レールを落下する導体棒: 重力と磁場からの力が直接対決するパターン。終端速度の計算が典型的な問題です。
- 回路の要素の変更: コンデンサーやコイルの代わりに、ダイオードや別の電池が接続される問題もあります。それぞれの素子の電気的特性(ダイオードなら順方向のみ電流を流す、など)を考慮して回路方程式を立てる必要があります。
- 初見の問題での着眼点:
- 運動状態の確認: まず、導体棒が「加速しているのか」「等速運動なのか」「静止しているのか」を問題文から読み取ります。これにより、運動方程式を立てるのか、力のつり合いを考えるのか、という基本方針が決まります。
- エネルギー保存の可否: 回路に抵抗(ジュール熱を発生させる要素)が含まれているかを確認します。(1)のように抵抗がなければエネルギー保存則が有力な選択肢になります。(2)のように抵抗があれば、エネルギーは保存せず、エネルギー収支(仕事とエネルギーの関係)を考えることになります。
- 力の向きの徹底的な図示: フレミングの右手の法則(誘導起電力の向き)と左手の法則(力の向き)を正確に適用し、力のベクトルをすべて図に書き込みます。特に、磁場や速度が斜めを向いている場合は、力の向きを立体的に把握することが不可欠です。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 誘導起電力の計算ミス:
- 誤解: 速度 \(v\) をそのまま使って \(V=vBl\) としたり、角度の取り方を間違えて \(V=(v\sin\theta)Bl\) としたりするミス。
- 対策: 必ず「磁場に垂直な速度成分は何か?」と自問自答する習慣をつけましょう。図を描いて、速度ベクトルを磁場に平行な成分と垂直な成分に分解し、垂直な成分だけを使うことを徹底します。
- 磁場から受ける力の向きと分解の間違い:
- 誤解: 電流の向きを間違え、力の向きを逆にしてしまう。また、力 \(F=IBl\) が水平に働くことを見抜けず、斜面に垂直などと勘違いする。さらに、水平な力 \(F\) を斜面方向の成分に分解する際に、角度を \(\theta\) ではなく \(90^\circ-\theta\) と取り違える。
- 対策: フレミングの法則は指の向きを正確に。電流(中指)、磁場(人差し指)、力(親指)の向きを、問題の図に合わせて丁寧にあてはめます。力の分解では、図に補助線(水平線や鉛直線)を引き、錯角や同位角の関係を明確にしてから \(\cos\theta\) か \(\sin\theta\) かを判断しましょう。
- (2)におけるコイルの扱いの誤解:
- 誤解: 速さが一定になった後も、コイルが何か特別な働きをする(例えば自己誘導起電力を発生させ続ける)と考えてしまう。
- 対策: 「定常状態」という言葉の意味を正しく理解することが重要です。電流が一定 (\(dI/dt = 0\)) のとき、自己誘導起電力 \(V_L = -L(dI/dt)\) はゼロになります。したがって、定常状態のコイルは「ただの導線」として扱える、と覚えましょう。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 力のベクトル図: (2)では、導体棒の重心に「重力 \(m\vec{g}\)」(鉛直下向き)と「磁場からの力 \(\vec{F}\)」(水平向き)の2つのベクトルを描きます。この2つの力の合力が、斜面に垂直な「抗力 \(\vec{N}\)」とちょうど逆向きで同じ大きさになる状態が、力のつり合いです。\(m\vec{g} + \vec{F} + \vec{N} = \vec{0}\) というベクトル和の図(閉じた三角形)をイメージすると、力の分解(\(mg\sin\theta = F\cos\theta\))がなぜその形になるのか直感的に理解できます。
- エネルギーの流れのイメージ: (1)では、高いところにある「位置エネルギー」というダムの水が、「運動エネルギー」と「静電エネルギー」という2つの水車を同時に回しているイメージを持つと良いでしょう。エネルギー保存則は、ダムから流れ出た水の量が、2つの水車を回すのに使われた水の量の合計に等しい、ということを表しています。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 3次元的な状況の2次元化: この問題は3次元的な設定ですが、真横から見た断面図を描くことで2次元の問題として扱えます。このとき、磁場 \(B\) の向き(紙面の奥から手前に向かう向きなど)を記号(\(\odot\) や \(\otimes\))で明確に描くと混乱が減ります。この問題では鉛直上向きなので、矢印で表現するのが適切です。
- 力の分解図: 力を分解するときは、元の力(実線)と分解後の成分(点線)を区別して描くと、どの力を計算に使うべきかが一目瞭然になります。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- エネルギー保存則 (1):
- 選定理由: 問題文に「エネルギー保存の法則を用いて」と明記されているため。また、系に非保存力である摩擦や抵抗によるジュール熱の発生がないため、エネルギー保存則が適用できる最も典型的な状況です。
- 適用根拠: 重力がする仕事は位置エネルギーの変化として、電場がする仕事は静電エネルギーの変化として扱うことで、力学的エネルギーと静電エネルギーの和が保存される、という法則を適用します。
- 力のつり合いの式 (2):
- 選定理由: 「速さが一定になった」という記述から、加速度が0であると判断できるため。
- 適用根拠: ニュートンの第一法則(慣性の法則)または第二法則で \(a=0\) とした場合に基づき、物体に働く力のベクトル和がゼロになるという原理を適用します。
- オームの法則 (2):
- 選定理由: 「速さが一定」→「誘導起電力が一定」→「電流が一定(定常電流)」という論理の流れから、回路が定常状態にあると判断できるため。
- 適用根拠: 定常電流では、コイルの自己誘導起電力は0となり、コンデンサーは電流を流さない(今回はコンデンサーはない)。したがって、回路は誘導起電力(電池と等価)と抵抗だけで構成される単純な直流回路と見なせ、オームの法則が適用できます。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- (1) 速さの計算:
- 戦略: エネルギー保存則を立てる。
- フロー: ①初状態と後状態のエネルギーを定義 → ②後状態での誘導起電力 \(V\) を \(v\) の式で表現 (\(V=(v\cos\theta)Bl\)) → ③エネルギー保存則を立式 (\(mgd\sin\theta = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}CV^2\)) → ④ \(V\) を代入し、式を \(v\) について解く。
- (2) 電流・速さ・エネルギーの計算:
- 戦略: 力のつり合いと定常回路の性質を利用する。
- フロー (電流 \(I\)): ①導体棒に働く力を図示 → ②斜面平行方向の力のつり合いを立式 (\(mg\sin\theta = IBl\cos\theta\)) → ③式を \(I\) について解く。
- フロー (速さ \(v’\)): ①誘導起電力 \(V\) を \(v’\) の式で表現 (\(V=(v’\cos\theta)Bl\)) → ②定常状態の回路方程式(オームの法則)を立式 (\(V=IR\)) → ③ \(I\) と \(V\) を代入し、式を \(v’\) について解く。
- フロー (エネルギー \(U\)): ①コイルのエネルギーの公式を記述 (\(U=\frac{1}{2}LI^2\)) → ②求めた \(I\) の値を代入して計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: (2)の速さ \(v’\) の計算のように、複数のステップを踏む場合は、途中で求めた \(I\) を数値ではなく文字式のまま次の式に代入することが有効です。これにより、途中の計算ミスを防ぎ、物理量間の関係性を見失いにくくなります。
- 三角関数の整理: \(\tan\theta = \sin\theta / \cos\theta\) の関係を使って式を整理する場面があります。最終的な答えの形が指定されていない場合でも、できるだけシンプルな形にまとめる習慣をつけておくと、見通しが良くなります。例えば、\(v’\) の計算途中で出てくる \(\displaystyle\frac{\tan\theta}{\cos\theta}\) を \(\displaystyle\frac{\sin\theta}{\cos^2\theta}\) に変形する部分は、落ち着いて行いましょう。
- 単位の確認: 最終的に得られた答えの単位が、求められている物理量の単位([A], [m/s], [J])と一致しているかを確認する癖をつけましょう。例えば、エネルギーの計算で単位がJ(ジュール)になるか次元解析をしてみるのも有効な検算方法です。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- (1) 速さ \(v\): 分母に \(m\) と \(C\) の項があります。これは、慣性質量(動かしにくさ)と、電気的慣性(エネルギーを溜め込む性質)の両方が、速さの増加を妨げる要因になっていることを示唆しており、物理的に理にかなっています。
- (2) 電流 \(I\): 重力 \(mg\) が大きいほど、また傾斜 \(\theta\) が急なほど、それを支えるためのブレーキ力、すなわち電流 \(I\) は大きくなるはずです。式の形 (\(I \propto mg\tan\theta\)) はこの直感と一致します。
- (2) 速さ \(v’\): 抵抗 \(R\) が大きいほど、同じ電流を流すのにより高い電圧(誘導起電力)が必要になるため、速さ \(v’\) は大きくなるはずです。式の形 (\(v’ \propto R\)) はこの直感と一致します。また、磁場 \(B\) やレール幅 \(l\) が大きいほど、弱い速度でも大きなブレーキ力を発生できるため、終端速度は遅くなるはずです。式の形 (\(v’ \propto 1/B^2l^2\)) はこの直感と一致しており、妥当です。
- 極端な場合を考える:
- もし傾斜がなかったら (\(\theta=0\))、(2)の電流 \(I\) と速さ \(v’\) はともに0になります。これは、駆動力がなく運動が始まらないという状況と一致し、式が正しいことを示唆します。
- もし磁場がなかったら (\(B=0\))、(2)の力のつり合いは成立せず、終端速度は存在しません(無限に加速し続ける)。式の分母が0になり発散することも、この状況と対応しています。
397 2本の導体棒が動く電磁誘導
【問題の確認】まずは問題文をしっかり読み解こう
この問題は、磁場中で2本の導体棒が異なる速度で運動する状況を扱います。それぞれの導体棒が誘導起電力を生み出す「電池」として機能し、それらが一つの閉回路を形成する点が特徴です。
この問題の核心は、2つの誘導起電力の「合成起電力」を正しく求め、それによって回路に流れる電流を決定し、最終的に各導体棒に働く力のつり合いを考えることです。
- 磁束密度: \(B\) [T] (z軸方向、鉛直上向き)
- レール間隔: \(l\) [m]
- 導体棒aの速さ: \(v\) [m/s] (y軸正方向)
- 導体棒bの速さ: \(kv\) [m/s] (y軸正方向, \(0 < k < 1\))
- 抵抗の値: \(R\) [Ω]
- 導体棒a, bには同じ大きさの動摩擦力が働く。
- 導体棒bを流れる電流の強さ \(I\)。
- 導体棒aが手から受けている力の大きさ \(F\)。
【設問別解説】考え方から計算プロセスまで徹底ガイド
この解説は、模範解答とは一部異なるアプローチで解説を進めます。
- 解説の方針が模範解答と異なる点
- 電流の向きの定義: 模範解答では、回路全体を流れる電流\(I\)を定義し、その向きを最初から仮定しています。本解説では、まず各導体棒に生じる誘導起電力の向きをレンツの法則から個別に判断し、その結果として回路に流れる電流の向きと大きさを決定します。これにより、物理現象の因果関係がより明確になります。
- 力のつり合いの式の表現: 模範解答では、動摩擦力を\(f\)と置いていますが、本解説では、2つの力のつり合いの式から動摩擦力\(f\)を消去する過程をより丁寧に示します。
- なぜ異なるアプローチを取るのか
- 物理的直感の重視: 電流の向きを機械的に仮定するのではなく、「どちらの誘導起電力が優勢か」という物理的な考察から始めることで、なぜその向きに電流が流れるのかを直感的に理解しやすくなります。
- 思考プロセスの明確化: 模範解答では「①〜③より」と計算過程が省略されていますが、本解説では、連立方程式を解いて未知数(動摩擦力\(f\)と外力\(F\))を求めるプロセスを段階的に示すことで、思考の迷いをなくします。
- 結果への影響
- 計算の途中式や考え方の順序は異なりますが、最終的に得られる電流の強さや力の大きさは、模範解答と完全に一致します。
この問題のテーマは「2つの誘導起電力が存在する回路」です。2本の導体棒がそれぞれ電池となり、互いに逆向きに接続された回路と見なすことができます。
問題を解く上で鍵となる物理法則や概念は以下の通りです。
- 誘導起電力: 各導体棒に生じる誘導起電力の大きさと向きを、\(V=vBl\)とレンツの法則(またはフレミングの右手の法則)から正しく求めます。
- キルヒホッフの第二法則(回路方程式): 2つの誘導起電力と抵抗によって構成される閉回路について、電圧の関係式を立て、回路を流れる電流を計算します。
- 力のつり合い: 2本の導体棒はそれぞれ「一定の速さ」で運動しているため、各導体棒に働く力(外力、磁場からの力、動摩擦力)はつり合っていると考えます。
- 連立方程式: 2本の導体棒の力のつり合いの式を連立させることで、未知数である外力と動摩擦力を求めます。
基本的なアプローチは以下の通りです。
- まず、導体棒aとbに生じる誘導起電力の大きさと向きをそれぞれ求めます。
- 次に、2つの起電力が作る回路を考え、キルヒホッフの法則を適用して回路に流れる電流の強さ\(I\)を求めます(問1)。
- 最後に、導体棒aとbそれぞれについて、水平方向の力のつり合いの式を立てます。この2つの式を連立方程式として解くことで、手から受ける力\(F\)を計算します(問2)。
問(1) 導体棒bを流れる電流の強さ
思考の道筋とポイント
回路を流れる電流の強さを求める問題です。この回路には、導体棒aとbという2つの「電池」(誘導起電力)が存在します。それぞれの起電力の大きさと向きを調べ、回路全体としてどちら向きにどれだけの電流が流れるかを考えます。これは、キルヒホッフの第二法則(電圧則)を適用することに相当します。
この設問における重要なポイント
- 2つの誘導起電力:
- 導体棒a: 速さ\(v\)で動くため、起電力 \(V_a = vBl\) を生じます。フレミングの右手の法則より、aの上側(x軸正方向)が高電位となります。
- 導体棒b: 速さ\(kv\)で動くため、起電力 \(V_b = (kv)Bl\) を生じます。同様に、bの上側が高電位となります。
- 回路全体の起電力: 2つの起電力は、回路内で互いに逆向きに電流を流そうとします。導体棒aの方が速いため(\(v > kv\))、\(V_a > V_b\) となり、導体棒aの起電力が勝ちます。したがって、回路全体の合成起電力は \(V_{\text{合成}} = V_a – V_b\) となり、電流は導体棒aが生成する向き(反時計回り)に流れます。
- オームの法則の適用: 回路全体の抵抗は \(R\) のみなので、オームの法則 \(I = V/R\) を用いて電流を計算します。
具体的な解説と立式
導体棒aとbは、それぞれが動くことで誘導起電力を生じるため、電池と見なすことができます。
導体棒aに生じる誘導起電力の大きさ \(V_a\) は、
$$ V_a = vBl $$
導体棒bに生じる誘導起電力の大きさ \(V_b\) は、
$$ V_b = (kv)Bl = kvBl $$
フレミングの右手の法則を適用すると、どちらの導体棒も上側(x軸正方向)が高電位、下側が低電位となります。
回路図で考えると、これら2つの電池はプラス極同士が向き合うように接続されているのと同じです。
\(0 < k < 1\) より \(v > kv\) なので、\(V_a > V_b\) です。したがって、導体棒aの起電力が優勢となり、回路には反時計回りに電流が流れます。
導体棒bを流れる電流の向きは、図の上から下(x軸負方向)になります。
回路全体にキルヒホッフの第二法則を適用すると、合成起電力は \(V_a – V_b\) となります。回路の全抵抗は \(R\) なので、流れる電流の強さ \(I\) は、
$$ I = \frac{V_a – V_b}{R} \quad \cdots ① $$
使用した物理公式
- 誘導起電力: \(V = vBl\)
- オームの法則 / キルヒホッフの第二法則: \(I = \displaystyle\frac{V}{R}\)
式①に \(V_a = vBl\) と \(V_b = kvBl\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
I &= \frac{vBl – kvBl}{R} \\[2.0ex]
&= \frac{(1-k)vBl}{R} \text{ [A]}
\end{aligned}
$$
2本の導体棒は、それぞれが発電機(電池)になります。速い方の導体棒aがたくさん発電し、遅い方の導体棒bは少しだけ発電します。この2つの発電機が逆向きに押し合っているため、差し引きの電圧(発電量)は「aの発電量 – bの発電量」になります。この電圧によって、抵抗\(R\)にどれだけの電流が流れるかをオームの法則で計算します。
導体棒bを流れる電流の強さは \(\displaystyle\frac{(1-k)vBl}{R}\) [A] です。
もし \(k=1\) なら、2本の導体棒は同じ速さで動くため、起電力が等しくなり、電流は \(I=0\) となります。これは物理的に妥当です。また、もし \(k=0\) なら、導体棒bは静止しており、この回路は1本の導体棒が動く最も基本的な問題と一致し、電流は \(I = vBl/R\) となります。これらの極端な場合を考えても、得られた式は正しいことがわかります。
問(2) 導体棒aが手から受けている力の大きさ
思考の道筋とポイント
導体棒aに加えている力の大きさ \(F\) を求める問題です。問題文に「一定の速さで動く」とあるため、それぞれの導体棒に働く力はつり合っていると考えます。導体棒aとbの両方について力のつり合いの式を立て、未知数である外力 \(F\) と動摩擦力 \(f\) を求める連立方程式を解きます。
この設問における重要なポイント
- 各導体棒に働く力: y軸方向の力のみを考えます。
- 手から受ける力 \(F\): 導体棒aにy軸正方向に働く。
- 動摩擦力 \(f\): 導体棒a, bともに、運動を妨げる向き(y軸負方向)に働く。大きさは等しい。
- 磁場から受ける力 \(F_{\text{磁場}}\): 大きさは \(IBl\)。向きはフレミングの左手の法則で決まります。
- 導体棒a: 電流は下から上(x軸正方向)に流れるため、力はy軸負方向に働く。
- 導体棒b: 電流は上から下(x軸負方向)に流れるため、力はy軸正方向に働く。
- 力のつり合い:
- 導体棒a: \(F = F_{\text{磁場}} + f\) (y軸正方向の力 = y軸負方向の力の和)
- 導体棒b: \(F_{\text{磁場}} = f\) (y軸正方向の力 = y軸負方向の力の和)
- 連立方程式の解法: 2つのつり合いの式から、まず動摩擦力 \(f\) を求め、それを使って外力 \(F\) を計算します。
具体的な解説と立式
導体棒aとbは、それぞれ一定の速さで運動しているため、y軸方向の力はつり合っています。
動摩擦力の大きさを \(f\) とします。
(1)で求めた電流 \(I\) は、導体棒aでは下から上へ、導体棒bでは上から下へ流れます。
磁場から受ける力の大きさはどちらの導体棒も同じで \(F_{\text{磁場}} = IBl\) です。
フレミングの左手の法則より、
- 導体棒aに働く磁場からの力は、y軸負方向。
- 導体棒bに働く磁場からの力は、y軸正方向。
それぞれの導体棒について、力のつり合いの式を立てます。
導体棒a: y軸正方向に働く力は手からの力 \(F\)。y軸負方向に働く力は磁場からの力 \(IBl\) と動摩擦力 \(f\) です。
$$ F – IBl – f = 0 \quad \cdots ② $$
導体棒b: y軸正方向に働く力は磁場からの力 \(IBl\)。y軸負方向に働く力は動摩擦力 \(f\) です。
$$ IBl – f = 0 \quad \cdots ③ $$
使用した物理公式
- 力のつり合い
- 磁場から電流が受ける力: \(F=IBl\)
求めたいのは \(F\) です。式②と③は \(F\) と \(f\) の連立方程式になっています。
まず、式③から動摩擦力 \(f\) が求まります。
$$ f = IBl $$
次に、この結果を式②に代入して \(F\) を求めます。
$$
\begin{aligned}
F – IBl – (IBl) &= 0 \\[2.0ex]
F &= 2IBl
\end{aligned}
$$
最後に、この式に(1)で求めた \(I = \displaystyle\frac{(1-k)vBl}{R}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
F &= 2 \left( \frac{(1-k)vBl}{R} \right) Bl \\[2.0ex]
&= \frac{2(1-k)vB^2l^2}{R} \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
2本の導体棒は、どちらも一定の速さで動いているので、力が釣り合っています。
まず、遅い方の導体棒bに着目します。bを前に進ませようとする「磁石の力」と、それを邪魔する「摩擦力」が釣り合っています。これで摩擦力の大きさが分かります。
次に、速い方の導体棒aに着目します。aを前に進ませようとする「手の力」と、それを邪魔する「磁石の力」と「摩擦力」の合計が釣り合っています。先ほどわかった摩擦力の大きさを使い、手の力の大きさを計算します。
思考の道筋とポイント
系全体に着目し、エネルギーの出入り(仕事率)の関係から外力\(F\)を求める方法です。「手が系に供給する仕事率」が、「抵抗で消費されるジュール熱の仕事率」と「摩擦によって失われる仕事率」の和に等しい、というエネルギー収支の式を立てます。ただし、この式だけでは未知数(\(F\)と\(f\))を決定できないため、メインの解法と同様に、導体棒bの力のつり合いの式を併用する必要があります。
この設問における重要なポイント
- 仕事率の計算: 単位時間あたりのエネルギーの移動量を考えます。
- 手がする仕事率: \(P_{\text{手}} = Fv\)
- 抵抗での消費電力(ジュール熱率): \(P_R = I^2R\)
- 摩擦力の仕事率: 導体棒aとbの両方で摩擦が仕事をするため、その合計を考えます。\(P_f = fv + f(kv) = f(1+k)v\)
- エネルギー収支の式: \(P_{\text{手}} = P_R + P_f\)
- 力学との連携: エネルギーの式だけでは解けないため、導体棒bの力のつり合いの式 \(f = IBl\) が必要不可欠です。
具体的な解説と立式
系全体のエネルギー収支を考えます。単位時間あたりに、
- 手が系にする仕事(仕事率)は \(P_{\text{手}} = Fv\)
- 抵抗\(R\)で消費されるジュール熱は \(P_R = I^2R\)
- 摩擦力がする仕事(熱として失われる)は、導体棒aとbの合計で \(P_f = fv + f(kv) = f(1+k)v\)
エネルギー収支の式は、
$$ Fv = I^2R + f(1+k)v \quad \cdots ④ $$
この式と、導体棒bの力のつり合いの式③ \(IBl – f = 0\) を連立して\(F\)を求めます。
使用した物理公式
- 仕事率: \(P=Fv\)
- ジュール熱の仕事率: \(P=I^2R\)
- 力のつり合い
式③より \(f = IBl\) です。これを式④に代入します。
$$ Fv = I^2R + (IBl)(1+k)v $$
両辺を \(v\) で割ります。
$$ F = \frac{I^2R}{v} + IBl(1+k) $$
ここに、(1)で求めた \(I = \displaystyle\frac{(1-k)vBl}{R}\) を代入します。
$$
\begin{aligned}
F &= \frac{R}{v} \left( \frac{(1-k)vBl}{R} \right)^2 + Bl(1+k) \left( \frac{(1-k)vBl}{R} \right) \\[2.0ex]
&= \frac{R}{v} \frac{(1-k)^2 v^2 B^2 l^2}{R^2} + \frac{(1+k)(1-k)vB^2l^2}{R} \\[2.0ex]
&= \frac{(1-k)^2 v B^2 l^2}{R} + \frac{(1-k^2)vB^2l^2}{R} \\[2.0ex]
&= \frac{vB^2l^2}{R} \left( (1-k)^2 + (1-k^2) \right) \\[2.0ex]
&= \frac{vB^2l^2}{R} \left( (1-2k+k^2) + (1-k^2) \right) \\[2.0ex]
&= \frac{vB^2l^2}{R} (2-2k) \\[2.0ex]
&= \frac{2(1-k)vB^2l^2}{R} \text{ [N]}
\end{aligned}
$$
手が導体棒aを動かすことで系全体に供給したエネルギーが、どこで使われたかを考える方法です。手が供給したエネルギーは、「抵抗で熱になる分」と「2本の棒の摩擦で熱になる分」の合計に等しくなります。このエネルギーの等式と、導体棒bの力のつり合いの関係を組み合わせることで、手の力の大きさを計算します。
導体棒aが手から受けている力の大きさは \(\displaystyle\frac{2(1-k)vB^2l^2}{R}\) [N] です。
この力は、回路で消費される全ジュール熱 \(I^2R\) と、摩擦によって失われる仕事率 \(f(v-kv)\) の合計を、導体棒aの速さ \(v\) で割ったものに等しく、エネルギーの観点からも妥当な結果です。
また、\(k \rightarrow 1\) の極限では、電流が0になるため \(F \rightarrow 0\) となります。これは、摩擦がなければ力を加えなくても等速運動を続ける状況に対応し、物理的に正しいです。
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最重要ポイント:この問題の核心となる物理法則は?
- 合成起電力と回路方程式:
- 核心: 複数の誘導起電力(電池)が1つの回路に存在する場合、回路全体を駆動する「合成起電力」を考えることが核心です。この問題では、2つの起電力が互いに逆向きに作用するため、その差が実質的な起電力となります。
- 理解のポイント: \(V_a = vBl\) と \(V_b = kvBl\) という2つの起電力が逆向きに接続されているため、回路方程式は \(V_a – V_b = IR\) となります。これはキルヒホッフの第二法則そのものであり、複数の電源を持つ回路を解く際の基本です。どちらの起電力が優勢かを判断し、電流の向きを正しく設定することが重要です。
- 複数物体の力のつり合いと連立方程式:
- 核心: 関連し合う複数の物体がそれぞれ力のつり合い状態にある場合、各物体のつり合いの式を立て、それらを連立方程式として解くのが定石です。
- 理解のポイント: この問題では、導体棒aとbに働く力は、電流\(I\)を介して相互に関連しています。しかし、未知数が「手から受ける力\(F\)」と「動摩擦力\(f\)」の2つあるため、1本の導体棒だけを見ても解けません。導体棒aのつり合いの式と、導体棒bのつり合いの式を両方立てることで、未知数2つ、式2本となり、解を求めることができます。
応用テクニック:似た問題が出たらココを見る!解法の鍵と着眼点
- 応用できる類似問題のパターン:
- コンデンサーを含む2本の導体棒: 抵抗の代わりにコンデンサーが接続されている場合。定常状態では電流は流れませんが、各導体棒の起電力の差がコンデンサーの電圧となります。そこから電荷を求める問題に応用できます。
- 3本以上の導体棒: 複雑な回路網を形成する場合。キルヒホッフの第一法則(電流則)と第二法則(電圧則)を駆使して、各部分を流れる電流を求める問題に発展します。
- 相対速度で考える: 観測者Aから見た物体Bの速度は \(\vec{v}_B – \vec{v}_A\) となります。この問題の回路を流れる電流は、導体棒aに対する導体棒bの相対速度 \(v – kv = (1-k)v\) によって生じる起電力 \((1-k)vBl\) が源である、と解釈することもできます。この視点は、より複雑な問題で見通しを良くするのに役立ちます。
- 初見の問題での着眼点:
- 電源(起電力)の特定: 回路の中に、電池や誘導起電力を生じる部分がいくつあるかをまず確認します。
- 起電力の向きの確認: 各起電力が、回路のどの向きに電流を流そうとしているのかを、フレミングの右手の法則や電池の極性から一つずつ決定します。
- 未知数の特定: 問題で求めたい量と、それ以外に式の中に現れる未知数(この問題では動摩擦力\(f\))をリストアップします。
- 方程式の数を数える: 未知数の数だけ独立した方程式が必要になります。この問題では未知数が\(F, f\)の2つなので、導体棒aとbの力のつり合いという2つの式を立てる必要がある、と戦略を立てます。
要注意!ありがちなミス・誤解とその対策
- 電流の向きの混乱:
- 誤解: 2つの起電力があるため、電流の向きをどちらに設定すればよいか分からなくなる。あるいは、両方の導体棒に同じ向きの磁場からの力が働くと考えてしまう。
- 対策: まずは各起電力の大きさを比較します。\(V_a > V_b\) なので、起電力が大きいaが主導権を握り、aが生み出す向き(反時計回り)に電流が流れる、と判断します。電流の向きが決まれば、フレミングの左手の法則を各導体棒に適用することで、力の向きは一意に決まります。
- 力のつり合いの式の立て間違い:
- 誤解: 導体棒aに働く磁場からの力と、導体棒bに働く磁場からの力の向きを同じにしてしまう。
- 対策: 「電流の向き」と「磁場の向き」から「力の向き」を求めるのがフレミングの左手の法則です。導体棒aとbでは、流れる「電流の向き」が互いに逆であるため、「力の向き」も逆になることを、法則に忠実に従って確認しましょう。
- 動摩擦力の扱い:
- 誤解: 動摩擦力\(f\)が未知数であることを見落とし、力のつり合いの式が1本で解けると思い込んでしまう。
- 対策: 問題文の「同じ大きさの動摩擦力がはたらいている」という記述は、この動摩擦力が未知数であり、かつ2本の導体棒で共通の値を持つことを示唆しています。未知数が2つ(\(F, f\))あることに気づいた時点で、式も2つ必要だと考え、導体棒bの力のつり合いにも着目する思考が重要です。
物理の眼を養う:現象のイメージ化と図解の極意
- この問題での有効なイメージ化と図示:
- 等価回路図: 2本の導体棒を「電池」に置き換えた電気回路図を描くと、状況が非常に明確になります。起電力\(V_a\)の電池と起電力\(V_b\)の電池が、互いのプラス極を向き合わせる形で抵抗\(R\)に接続された図です。これにより、なぜ起電力が引き算になるのかが一目瞭然となります。
- 力の矢印図: 導体棒aとbを並べて描き、それぞれに働く力をすべて矢印で書き込みます。「手からの力\(F\)」「磁場からの力\(IBl\)」「動摩擦力\(f\)」の3種類(導体棒bには\(F\)は働かない)の矢印を、向きと働く物体を間違えずに描くことが、正しい立式の第一歩です。
- 図を描く際に注意すべき点:
- 電流の向きを明記: 回路図や物理的な配置図に、決定した電流\(I\)の流れる向きを矢印で書き込みましょう。これにより、フレミングの左手の法則を適用する際のミスを防げます。
- 力の作用点を明確に: 各力は、それぞれの導体棒に働くことを意識して描きます。特に磁場からの力は、電流が流れている導体棒自身に働くことを明確にしましょう。
なぜその公式?論理的な公式選択と適用の思考法
- キルヒホッフの第二法則(\(V_a – V_b = IR\)):
- 選定理由: 回路に電源(起電力)が複数存在するため。単純なオームの法則 \(V=IR\) を拡張し、複数の起電力と抵抗を含む閉回路の電圧関係を記述するために不可欠です。
- 適用根拠: 「閉回路を一周すると電位は元に戻る」という電位の保存則に基づいています。起電力による電位の上昇と、抵抗による電位の降下の総和がゼロになる、という普遍的な原理を適用します。
- 力のつり合いの式 (\(\sum F = 0\)):
- 選定理由: 問題文に「一定の速さで」と明記されており、加速度がゼロであると判断できるため。
- 適用根拠: ニュートンの運動法則において、加速度がゼロの場合は物体に働く力の合力がゼロになる、という基本原理を適用します。この問題では、2つの物体が連動しているため、それぞれの物体に対してこの法則を適用する必要があります。
思考を整理する:立式から計算までのロジカルフロー
- 電流の計算:
- 戦略: 回路全体の合成起電力を求め、オームの法則を適用する。
- フロー: ①導体棒a, bの起電力\(V_a, V_b\)を計算 → ②起電力の向きを判断し、合成起電力 \(V_a – V_b\) を求める → ③回路方程式 \(I = (V_a – V_b)/R\) を立て、値を代入して\(I\)を計算。
- 外力の計算:
- 戦略: 2本の導体棒それぞれについて力のつり合いを立て、連立方程式を解く。
- フロー: ①導体棒a, bに働く力をすべてリストアップし、向きを決定 → ②導体棒bの力のつり合いを立式 (\(IBl – f = 0\)) → ③導体棒aの力のつり合いを立式 (\(F – IBl – f = 0\)) → ④式②と③を連立して\(F\)について解く (\(F=2IBl\)) → ⑤求めた\(I\)を代入して\(F\)を最終的に計算。
計算ミスをなくす!日頃の意識と実践テクニック
- 文字式のまま計算を進める: 外力\(F\)を求める際、まず\(F=2IBl\)という関係式を導き、最後のステップで(1)で求めた\(I\)の具体的な式を代入するのが最も効率的でミスが少ない方法です。途中で数値を代入すると、式が複雑になり、計算ミスを誘発します。
- 符号の確認: 力のつり合いの式を立てる際、座標軸の正の向きを決め、その向きの力をプラス、逆向きの力をマイナスとして式を立てると、符号のミスが減ります。例えば、y軸正方向を正とすると、導体棒aの式は \(F – IBl – f = 0\) となります。
- 一貫性の維持: 電流の向きを一度決めたら、その向きを前提としてフレミングの左手の法則を一貫して適用することが重要です。途中で考えを変えると、力の向きがちぐはぐになり、つじつまが合わなくなります。
解きっぱなしはNG!解答の妥当性を吟味する習慣をつけよう
- 得られた答えの物理的妥当性の検討:
- 電流 \(I\): \(I = \frac{(1-k)vBl}{R}\) は、2本の導体棒の速度差 \((1-k)v\) に比例しています。速度差がなければ電流は流れない、という直感と一致しており、妥当です。
- 外力 \(F\): \(F = 2IBl\) という関係は、外力\(F\)が、導体棒aを減速させる磁場からの力\(IBl\)と、導体棒bを加速させる磁場からの力\(IBl\)の両方を打ち消す役割を担っていることを示唆しています(\(f=IBl\)なので)。これは、系全体でエネルギーを供給する役割と一致しており、物理的に理にかなっています。
- 別解との比較:
- エネルギー収支による解法: 手がする仕事率 \(Fv\) が、抵抗で消費されるジュール熱 \(I^2R\) と、2本の導体棒で摩擦によって失われる仕事率 \(f(v+kv)\) の和に等しい、というエネルギー保存則(仕事とエネルギーの関係)からも \(F\) を求めることができます。この方法で計算し、同じ答えが得られれば、解答の正しさを強力に裏付けることができます。
- \(Fv = I^2R + f(v+kv)\) と \(f=IBl\) を使うと、\(Fv = I^2R + IBl(v+kv)\) となり、\(F = \frac{I^2R}{v} + IBl(1+k)\) となります。これに \(I = \frac{(1-k)vBl}{R}\) を代入すると、\(F = \frac{2(1-k)vB^2l^2}{R}\) が得られ、力のつり合いによる解と一致します。
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